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第八回(最終回)前編

                            吉川トリコ

 
 
 
 

                                          Toriko Yoshikawa

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【主要な登場人物】
ミツコ●名古屋在住でオリーブ少女を自負する中学三年生。幼なじみの空太以外これといった友達がいない。突如、東京から帰郷した姉・チエコをうっとうしく感じていたが、姉を追いかけ東京からやってきた柴にひと目惚れする。
チエコ●28歳の元オリーブ少女。実家の喫茶オリーブをカフェにする!といきまいて帰郷。が、うまくいかず実家でダラダラとした日々を送っている。そんなある日、柴とは何から何まで違う空太にかつてないときめきを覚え……!?
空太●女の裸を生で見ることに情熱を燃やす中2のチェリーボーイ。ひょんなことからミツコにキスされ、それ以来ミツコの気をひくことにやっきになっている。チエコは良き姉的存在。
柴●ボーダーのカットソーをこよなく愛する生粋のオリーブボーイ(メガネ着用)。東京からチエコを追いかけてきたものの、つれないチエコとは反対に、よくなついてくれるミツコをかわいく思いはじめていたが……。

 
 
 
 

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ブンゲイ ダ・ヴィンチ

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「オリーブ・フォー・エヴァー」
       前 編

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二〇〇五年三月

 田中ミツコは気にいらなかった。
「なにがそんなに気にいらないの?」
 と訊かれたら、
「なにもかもが!」
 と答える。
 だけど、だれも訊いてくれそうにないので自分から動くことにした。
 まず姉。
「おねえちゃん、いつまで寝てんのお。結婚式遅れちゃうよ。矢野さん迎えにきちゃうよ」
 狭くて急な階段をばたばた駆けあがってふすまを開けると、案の定まだ寝ていた。
「もう、さっさと起きなってば。こんな日ぐらい」

 万年床の上で丸まっているチエコに声をかけながら、ざっとカーテンを引く。思わず目をつぶってしまうぐらいの強烈な光が六畳の和室に射し込んで、うううう、背後でチエコがうめく。
「あとちょっと、あと十分だけ寝かせて。最近ぜんぜん寝てなくて死にそうなのよ」
「だめだってば。普通こんな日にだらだら寝てたりするか? 矢野さんきちゃうよ。いいの?」
「いいよいいよ、あんなやつ待たせておけば」
「おねえちゃんはよくてもあたしがやなの!」
 起きろ起きろ起きろ起きろとしつこく耳元でがなりたてていると、うえありゃしゃりゃうえら、と親父のようなうめき声をあげて、ようやくチエコが起き上がった。スリーパーの裾をめくりあげ、ばりばり腹を掻きながら枕もとの煙草に手を伸ばす。頭は寝癖でぐしゃぐしゃ。我が姉なが

 

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コは風下に避難した。
「なんで煙草なんて吸うかなあ。肌にも悪いし、ぜんぜんオリーブっぽくない。リセエンヌの風上にもおけない」 「あんたの頭ん中にはそれしかないの」
 まだ半分寝ているような目でチエコがこちらをふりかえる。
「ない」ミツコはきっぱり即答した。
 なんといってもミツコは「オリー部」の部長なのである。いかにロマンティックにガーリーにリセエンヌに暮らすか。頭の中にはそれしかない。
 煙草ではなくシガレットチョコを!
 ビールではなくカフェオレを!
 握り飯ではなくバゲットを!
 それこそが正しいオリーブ少女の姿だと信じている。
 所属部員がミツコひとりだけしかいなかった地下組織

ら、目を背けたくなるほど醜悪な寝起き姿だ。
「だめだって、煙草は。お母さんに言いつけるよ」
「一本、おねがい、一本だけだから」
 気付けにどうしても一本必要なの、と土下座する勢いでチエコに懇願され、しかたなくミツコは窓を全開にした。このところ肌寒い日が続いていたけれど、今日はずいぶんあったかい。絶好のピクニック日和だ。
「なんで窓開けるのよぉ、あたしが花粉症だって知ってんでしょ? いやがらせのつもり?」
「花粉症だったら煙草やめればいーじゃん。気をきかせて窓開けてやったのになにその言い草」
 つめたくひとにらみしてやると、布団の上であぐらをかいて目覚めの一本を吸っていたチエコが、仕返しのように勢いよくけむりを吐き出した。
「やだもう、やめてよ。ガンになるじゃん」あわててミツ

 

「オリー部」も、ここにきて急激に勢力を拡大していた──といっても、チエコを平部員に、栗原くるみを名誉部員に迎えただけなのだが。それも本人には確認をとらず、ミツコの独断で。
 ちなみに「オリー部」名誉王子の座には、もうずいぶん長いこと小沢健二クンが居座っていたのだが、小沢クンにはそろそろ殿堂入りしてもらって(ベストジーニスト式に)、新名誉王子として矢野柴を迎えようと目論んでいる。これももちろんミツコの独断だ。
 つまり、あいかわらずミツコひとりで空回っているというのが現状である。おそらく、いまだにだれもその存在を知らない。
「あんたにとっちゃオリーブがすべてかもしれないけどさあ」
 部長の言うことにまったく耳を傾けようとしない駄平部

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員は、ゆっくりけむりを吐き出しながら遠い目をした。醜い寝起き姿が煙草のけむりに包まれて、ほのかな倦怠感をかもしだす。
 たっぷり三秒間の思わせぶりな間を挟んで、平部員は言った。
「煙草はあたしのすべてなの」
 その芝居がかったかんじにミツコは鼻白んだ。自身もあらゆる意味において芝居がかっているというのに。
「それ、『オール・アバウト・マイ・マザー』でしょ」
「あんた知ってんの?」
 驚いたようにチエコが眉を跳ねあげる。
「矢野さんがおすすめって言ってたから借りて観た」
「またあのおっさんは……中学生に勧める映画じゃないじゃん。あんたあれ観て内容わかった?」
 ミツコはちょっとためらってから、

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ダメ女のくせに矢野さんを弄ぶだけ弄んでサイテーサイテーサイテーすぎる、とっととこのうちから出ていきやがれ! ぐらいに思っていたのだが、「あたしもう使わないからあんたにあげる」とminäのブローチをもらってからは、出ていきやがれは言い過ぎかな、ま、いてもいいけど? ぐらいに思うようになって、「あたしの服とかバッグとか、好きに使っていいよ」と言われてからは、すべてが帳消しになった。もうほんとに、きれいさっぱり。
「え、じゃあNOJESSのアクセも? GASA*のワンピも? Sally Scottのカーディガンもいいの? 使っていいの?」(※1)
 掴みかからんばかりの勢いで言質をとろうとするミツコに、う、うん、とチエコは引きつり気味にうなずいた。「っていうかあんた、いつのまにあたしのたんすの中チェックしてたの……?」

「……ペネロペがかわいかった、かな」
 と答えた。
 柴に伝えた感想とはぜんぜんちがっていたが、それがあの映画を観てのいちばん素直な感想だった。バカにされるだろうか、と身構えたけど、だよねー、トム・クルーズの彼女としか思ってなかったけどあれ観てペネロペ見る目が変わったよねー、とチエコはあっさり同意してくれた。
 チエコといっしょに暮らしはじめて、もうすぐ一年になる。最初のうちはなんだかぎくしゃくとして、変にかまえちゃったり意識しちゃったりでろくに話もしてなかったけど、このごろはこんなふうだ。ケンカ——というか一方的にミツコがチエコを叱りつけ、それに対してチエコがなんやかんやとごねるだけ——もよくする。
 一時は顔も見たくない、口もききたくない、あんなやつが自分の姉だなんて信じらんない、ただのごくつぶしの

 興奮のあまり、ついうっかり口を滑らせてしまったことに気づいて、ミツコはかっと赤くなった。チエコが戻ってきた次の日にはチェック済みだったなんて、言えるわけがなかった。
 それでなくとも当時、無駄にチエコを意識し、対抗心を燃やし、その対抗心を剥き出しにするのをよしとせずに、「あんたなんかにキョーミない」というポーズを取っていたミツコである。
 言えない。いったいどんなお宝が眠っているんだろう、とわくわくしながらたんすを漁ったなんてぜったい言えない。
「そ、それは……」
 とミツコが答えに窮していると、
「ま、いーけどね。そんなんどうでも」
 チエコが軽く笑い飛ばしてくれたから、その話はそれで

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終わりになった。
 こまかいことを気にしない大ざっぱな姉でよかった、とミツコは胸をなでおろし、そのときになってようやく悟った。チエコには余計な気づかいをしたり、見栄をはったりする必要がないのだと。
 だってこのひと、“おねえちゃん”なんだし。
 いったん悟ってしまえば、あとは楽ちんだった。どうせ肉親だし。一生つきあってかなくちゃなんないんだし。気なんて使ってらんない。いらん見栄をはったりするほうが恥ずかしい――っていうか普通じゃない? 年の離れたかわいい妹に服やアクセを貸してあげるなんておねえちゃん的にはあたりまえ、むしろいままでしてこなかったほうが不自然、なんかむかつく、なんでいままで貸してくれなかったのよ、おねえちゃんのケチ! と今度はべつの憤りがわいてきてしまうほどだった。

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るために鏡を覗きこんだ。

 今日は木下先生の結婚式だ。チエコは新婦側の友人、柴は新郎側の友人として出席することになっている。
 毎日ピンクを着ていたからか、毎日髪を巻いていたからか、毎日だれかれかまわず媚びまくっていたからか、三十歳を前に木下先生は無事ゴールインすることになったらしい。
 お相手は、駅前の星山書店の店長。ミツコも何度か見かけたことがあるが、「びみょー」としか言いようがない、銀縁眼鏡をかけたおたくっぽいおっさんだ(あれで矢野さんといっこしか年が違わないなんて信じられない!)。
 キノカヨならもうちょっとましな相手を見つけられただろうに。
 そんなに結婚したかったのか。

「うげ、もうこんな時間じゃん。やべ」
 手近にあったコーラの空き缶に煙草の吸殻をつっこむと、チエコは布団から跳びあがった。じゃまだ、どけ、と戸口に佇むミツコを押しのけるように洗面所に向かう。 「あらあ、矢野さん、いらっしゃい」
 そのとき、階下から聞こえてきた声にミツコはぴくりと反応した。
 お母さんまたあんなぶりっこな声出してる。おばさんのくせによくやるよ。キモ。
 と吐き気をもよおすのと同時に、
 やだ矢野さんもうきたんだ。こうしちゃおれないわ、おぐしを整えなくちゃ。
 と華やいだ気持ちにもなって、 「じゃまよっ、どいてっ」
 洗面所で顔を洗うチエコを押しのけて、おぐしを整え

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