歯科医師をしていると、口唇口蓋裂を伴って出生した本人や家族が、周りの目を気にしながら、苦しい気持ちで生活しているという話が頻繁に耳に入ってきます。このことは、私自身が口唇口蓋裂をもって生まれ育ったのでよく理解できるのです。しかし、これほど多くの方が苦しんでいるのに、一向に改善する気配すらないことに驚きました。この平和な国に生まれることができたのに、生まれた時に唇が裂けていたというだけで、人生を楽しむことができないというのはおかしいのではないでしょうか。
口唇口蓋裂をもって生まれた私は、歯科医師としての経験を積むまでは皆さんと同じように悩み、苦しい生活をしていました。しかし、歯科医師になって経験を積むにつれて、今では見た目の問題を気にすることなく楽しい生活をしています。
なぜ、昔の私はそれほど「不安」を抱えていたのでしょうか?私が小学生の頃は1200人いる児童で、口唇口蓋裂児は私一人でした。口唇口蓋裂の発生率からすると、2~3人位いても良さそうなのに、私一人っきりでした。そんな孤独な状況が私の「不安」を増幅させていたのだと思います。さらに、1つ1つの手術や治療の目的が分からないこともさらに「不安」を増大させていました。
しかし、歯科医師となったことで、非常に多くの口唇口蓋裂の方が近くにいらっしゃることを知りました。この点に関しては、幼少期の頃から、口唇・口蓋裂友の会(口友会)に両親が通う機会を与えてくれていれば、「不安」は軽減されていたかもしれません。重要なことは、歯科医師となり口唇口蓋裂の治療や処置の目的を知ることができたことです。一つ一つの手術や治療の目的をしっかりと理解したことで、私がやってもらった手術や治療は全て私に必要で、全てベストなタイミングでやってもらってきたのだと理解できました。その時に「不安」がすーっとなくなったことを今でもはっきりと覚えています。
口唇口蓋裂児と歯科医師の視点から口唇口蓋裂一貫治療の流れを分かりやすく説明することで、読者の皆様がこれから始まる治療やこれまでに施された処置の意味を理解することができれば、本人や家族の将来の「不安」を軽減することになると考えています。そうやって、不安を1つずつ減らして、人生を楽しむチャンスを1つずつ増やして欲しい。その想いから本書の執筆に至りました。
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