スタジオボイスを休刊に追い込んだ前科二犯のグラフィック・デザイナーの日記です。
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本は綴じられる事で塊になり、塊ゆえの堅固さをもち、堅固さゆえのある不自由も生まれちゃう。
カード、とくに絵はがきは、一枚で完結したプロダクト性が要求されざるをえない。使われ方からしてあたりまえだよね。
カードブックは一枚一枚完結したプロダクトが集まった入れ子的な物体。綴じられてはいるものの「本」とも「写真集」ともちがうメディア、つーかメディアですらないとも言えるのかも。この「メディアですら無い」ってところにちっちゃな可能性を感じる。なぜなら「写真メディア」がメディア性を見いだせてないのよね、少なくともオイラは。無論、メディア性なんてはなから凌駕してる写真集は今も生まれつづけてるんだけど、クチサガなく言えば伝統芸能一歩手前。保護活動も大事だけどオイラはそのメディア性を考える方に一〇〇〇点。
そんな「保護活動が必要なメディア」でもなく、「絶滅危惧されているプリントサービス」でもなく、んで、その中間ともちがうし、そもそもそれは物体としてそこにある。この物体はなんなんだろう? 悶々。
写真はデジタルによって大きく変わっちゃった。「絵画から写真」よりもでかく。デジタル写真とアナログ写真の比較はほかに譲って、ここでは「写真データ」ってものについての考察。
アナログ写真のオリジナルはネガ(またはポジ)つまりフィルムで、それ自体は流通せずその複写がオリジナルプリントと銘打って狭い空間を流通し、そのまたコピーが雑誌やカタログやポスターとしてやや広く流通する。
デジタル写真のオリジナルはデータで、いまだとRawデータね。完コピ改ざん可能なオリジナル。探偵が撮る浮気の証拠写真っていまもフィルムなのかな? オリジナルじゃないのに「オリジナルプリント」という文化のおかげでプリント中心の写真家のデジタルプリントへの移行はそれほどのハードルではなかったようですね。デジタルデータをレーザーで印画紙に直接焼き付ける「デジタル銀塩プリント」の進化はすさまじく、ドルロンとかガルスキーらの「なにがデジタルなのやら」なデジタル写真家たちがいち早く多用し流通したことが証明してるように、オリジナルの複製としての「品質」において問題ない一つのプリント手法だと認識された。
オリジナルプリントは大抵ギャラリーやコレクターの間を行ったり来たりする程度でたいした流通はしない。ネガは写真家のもとから動くことはほぼないもんね。オイラたちが見ている写真のほとんどはコピーのコピーである印刷物で、それも「オリジナルプリントに出来るだけ近づけようと血のにじむ努力をしてる写真集」で見てる人はごく少数で、紙も印刷もバラバラな雑誌がほとんど。
写真のある写真性はデジタルによって「キャプションよりキャプション」という存在になりつつある。オリジナルデータの断定やコピーにシリアルナンバーが付くなど逆行した方法が編み出されないかぎり、オリジナル写真データは狭い流通もしない。「オリジナルプリント」としてのjpg流通の試みには若干の可能性も感じつつ、中国の写真家をナメきった巨大画像サイトやパッケージ性の欠落によって加速できないように見えちゃう。
コピー写真データは、多くの場合単独で流通し、アルバム機能などでの複数流通もあるけど、人の手によるコピーのコピーが流通する場合は単独の一枚が逆入れ子的に流通し、その一枚は「キャプションよりキャプション」という役割をメディアに期待されてる。
コピーデータ流通、綴じられない入れ子本、現像メディア、さぁて、悶々。
今週末のトークショー用にノニータの写真一〇〇〇枚を本に綴じてみた。この秋立ち上げる『一〇〇〇本』ってシリーズのフォーマットにさっくり流し込んだもので、出版するしない以前のいわば「モック」ね。
で、まずは「写真集」について再考します。『ノニータ一〇〇〇」でね。
ノニータは、ご覧のわかりやすさと、ご覧の通りのわかりにくさが、わかりやすく共存する写真家です。「エロ写真なのに勃起しない」は古くは末井昭がアラーキーを多用した『写真時代』についた冠だけど、ノニータのそれはまた違うようです。この展覧会へのコメントを求められ「多くの人々が様々な女性のヤル前後を見たがったからアラーキーは生まれました」と乱暴に書き「プラトニックと真逆の「ヤラナイ」はノニータから」と続けた。アラーキーやノニータが実際にハメ撮りしているかは、性をモチーフに写真で読まされている見る側の誤読の中のひとつでいい。どちらも当然のようにまだ撮られていない性を求めることを真ん中に置いて被写体を見る。
見られるという性を内包した行為を機材と肩書きが下品に拡張するのが〝撮影〟ってヤツで、「ピアノを弾く男に弱い」くらい古びたその図式も、デジタルが機材性をはぎ取り、SNS的コミュニケーションが肩書的作品的崇拝を払拭したとすればITも悪くもないのかもねと。
「ハメドリ」も「プラトニック」も目指さず、IT以前から「機材」も「肩書」も持ち合わせないノニータの〝撮影〟は、女性に限らず、その性を被写体や見る側の欲望に閉じ込めず、食事や酒やカラオケや観光や仕事にノニータ場を気づかれずに持ち込み、ときにすっとんきょうな性として、ときに演技いらずの性として、撮影や被写体や性の意図からは外れた欲望が、ノニータ本人も意図せずで切り取られ続けてきた。
話が抽象的なのでわかりやすい例をいっこ。「写真家が撮った「女性写真」を被写体は気に入らない」も世の常だけど、ノニータはそれとも違う。ノニータに撮られたことがあればお気づきでしょうが、あの顔、あのフォームでシャッター切られると、こっちのさらし具合がスナップでもポートフォリオでもない表出をさせられる。ご多分に漏れずシャッターを切るタイミングは小さな違和感を残し、配役された被写体への演技指導になる。
「ノニータ場」はノニータにも被写体にも意識しないさせない場で、結果、「こっちの角度は写りがよくないのよね」とはかけ離れた、ヤクルト安田のピッチングフォームのようなノニータの写真が残される。
「ノニータ考察」は安田のスピードガン計測のように意味が無いので「安田性」とザックリくくり話を進める。公式戦や練習試合やバッティングピッチャーとしてノニータに対峙し、生きた球のバットの感触で確かめるように『ノニータ一〇〇〇』を綴じてみた。
安田のピッチンゴフォームのような写真しか撮れないノニータが投げきる九回をつぶさに見てみたい。まだ写真集ってマウンドに上がったことが無いノニータのそれを。
んで、ノニータ!
あれがお前の写真集か? レゾネってマジで言ってる?
『一〇〇〇本』の準備を始めたのは昨年末あたりで、ノニータには「写真集としての電子書籍」や「現在の写真集(『写真集の現在』でなく)」のメディアの意味が見失われてるって話とともに、そこへのひとつの解としての『一〇〇〇本』による写真集ってのは考えられないかって話をしたのが今年の春頃だったよな。あわせて「生きてるのにレゾネ」的な作品集を丁寧かつ大胆につくりたいという話もした。写真家のタイプで言えば、ノニータが「構成」の人でないのは知ってるんだけど、「セレクト」ってことや、まして「レゾネ」とか口にするのなら、それこそその全作品が作家に沈殿してヘドロ化した海底に手ぇ突っ込んでひっかき回し、置き去りにされた思考や習慣や身体性を紐解かないとなんも始まらないじゃん。構成側じゃないノニータだからこそそこに積み重なった「安田性」だけじゃ現せないそれをどう綴じられるかってことにドキドキするんだよ。「ザックリでいいから」とは言ったけどざっくりと何もしないは違うからな。
まあ、「レゾネ」がそんなに軽くできるわけ無いし、本に綴じることが写真家の目的でもない。そもそもこの展覧会にあわせての「モック」ってことから始まってることを考えれば「トークショーの十分なネタ」にはなってりゃいいのかな?
週末じっくり話そうぜ!
松本弦人
あたらしいBCCKS大リニューアルにかまけてて、すっかりずっぱり止まっていた天然文庫がちらりほらりと出来上がりつつあります。まずはイベント告知をかねて、街で噂のリアル金太郎ことDJプリプリと魔法酒パウロ野中率いる天才算数塾『わたしの天才生活』。あたらしいBCCKSではまだ本を売る機能が実装されてないんで、明日12日、渋谷はWWWでのぷりぷり「お誕生会」にて先行発売されますよ。いらなくてもサイン入り。
「お誕生会」。そう、今日も夜な夜なあちこちで開かれては消え、そして開かれては消失する、事務所もお店も一億総ギャラリー時代の人間関係なんでもアリ的イベントをオイラはそう呼んでるんだけど、明日の「お誕生会」はなにやらなことになりそげです。ヒゲミボ、クドトウ、オオユウ、ヤマフユ、ヨシアミetcと、人間関係何でもアリ的生態では手に入らなそげな量と質。なんだおまえら? 詳しくは『わたしの天才生活カミングスーンちら読みバージョン』でご覧あそばせ。
続いてのご紹介は、ナンバー12ギャラリー「島/名刺展」での展覧会を終えたペインター松田水緒の、書籍にラク書きしただけにしか見えようがない『田園交響曲』。古本屋で見つけたい一冊ですわ。現BCCKSは文字と画像を重ねて置くことが出来ないんだけど、近いうちにその機能も実装すべく開発陣が奮発してて、そすれば「ラク書き書籍」をバンバン作れるね。青空文庫で幸田露伴全冊とか持ってきてボールペンや鉛筆やクレヨンや水彩やらでおもいっきし落書きしてみたいなあと。
ちなみにあたらしいBCCKSの紙の本はね、造本が変わるのね。ペーパーバックとまではいかないけど、ジャケットなしでも気にならない、汚れても別にってなラフな作りにしてみた。そう、今まさに造本テストを繰り返してるところで、おおよそこの写真の感じに落ち着くと思われます。大変なのが、リーダーの印刷ビューで、今、この本を読んでもらってる、このリーダーでそのまま印刷データで閲覧できるようになるんだけど、紙の本はね、物理だから、データを物理に置き換えるのにはやんこしい工夫がてんこもりでいるのです。
初夏の一泊旅行から家に戻ると玄関の鍵が掛かっていなかった。無論、指差しとともに確実に施錠を確認して出かけた。玄関に置いてある48㎜⌀鉄パイプを軽く握りしめて部屋に入るも、荒らされた様子も公安が潜んでる気配も感じられない。
もう一度用心を改め窓を開けてベランダに出るとギャーーーーーーーー!! 地べた置きのメダカの鉢にバスタオルが!!!!!!!!!!!!!!!! 無論、指差しとともに確実に洗濯物を取り込んだことを確認して出かけた。タオルはものの見事に鉢のふちにキレイに掛かっていてそのバツグンな毛細効果によって鉢中の水を完全に吸い取っていた。すかざずカルキも抜いていない水道水を流し込むものの、九匹のメダカ共はすでに絶滅。ふぅーとオイラも地べたに座りこみ、しばらくバスタオル・オン・グランドゼロのジオラマを力なく見下ろす。
翌朝、目を覚まし、震災地と化した鉢を布団の中からぼんやり眺めていると、水面にピチン。尋常ではない小ささのピチンってウネリが、風によるそれとは明らかに違う小さな突き上げるようなピチンってウネリが、ひとつ、ふたつ、と立っている。あわてて駆け寄り水中を凝視すると、数学的には面積も体積も認められない「点」が、それも二匹の点がゆらゆらぴちぴちと泳いでる。メダカだ! メダカの赤ちゃんだ! 速攻復興じゃん!
すぐさま別のガラス鉢の蓮によっていい状態になってる水に差し替えてやろうと蓮を引っこ抜くとガラス鉢にはカウパー腺液分の精子の数の赤ちゃんメダカが群がっていた。
今ではもう家の鉢だと入りきらないので事務所にお裾分け。
だれか次世代メダカいらないですか?
ウチは客の多い事務所だ。別にオイラが人気者って話じゃなくて、いろんな来やすさがこの場所にはある。ノーアポ上等、手ぶら歓迎、居座り無料の無線LAN。近所のCS5インストールタワー使い放題マン喫とタメをはるな。
今日は若手サブカルデザイナー川村コロスKがフェイスブックアポでぶらり。自分を振り返ればまあ言えたギリでもないんだけど、コイツのチグハグな善し悪し具合はまあ気が抜けるんだけど、何やら今日は気持ちなんだか外側なんだかを持ち帰った様子。偽マカロンじゃなく作品持って出直しなさいな。
ここんとこのその他のぶらり様は、DJぷりぷり、パウロ、高橋真希子、吉川挂一、ピョンタ、松本祥子、中島敏子、大木裕之、フジッキーって雑多な顔ぶれ。まともに取り合ってると身が持たん。
相談するのは総合知より嫌いだ。まして仕事じゃないとなるとシオシオノパーだ。旨い焼き鳥でもおごらんとやってられん。
これだけ強いのにここまで弱い。ぜってー引かないのに押さない。プラスとプラスなのに引き算。
今日から千駄ヶ谷方面の出版社には足を向けて寝ない事にし、三〇年後を決めた。
(少なくとも日本の)美術は春眠と夏バテとお芸術の秋と冬眠をむさぼり床の間アートと二子玉川方面だけを見すぎたのか、横浜トリエンナーレのメイン会場だけ見て何かを言うのもいかがかと思いつつも(少なくともその方面の)美術があまりにモノ言わぬ者になってることに愕然とするっつーかした。「モノを投げないでください」とでも言われたのか? 「モノを考えないでください」とでも言い続けたのか? マークレイもマイクも良太も言われてるのか?
来週メイン会場以外の展示を見てからちゃんとモノ言う。
んで早々に夕飯。「山東」はもはや有名店で18時前から長蛇の列。十年ぶりにネギそばの隠れ名店に。ネギみたいだったババアが旨そうなトン足みたいになってた以外、メニューも店内ももいっさい変わらずでうれしいピョン。
ぴょん太ことビデオ・ボーイ君とやらがなんでか知らんが事務所にイソーローちゅう。オイラはまったく知らなかったんだけど秋葉原界隈をにぎわすVHSソースをあやつる一部でちやほやもてはやされてるVJ兼グラフィック・デザイナーだそうです。イベントフライヤーデザインとお呼ばれVJとエディトリアルデザインの切り売りとパトロン的ウェブデザイナー契約で生計をたてているんだそうです、いまいまは。
オイラ世代は、デザイン事務所か代理店で10年勤め上げてトレスコープとレーザーコピーと3A(青山赤坂麻布)のマンションをリースできる身分になれたら独立ってのがデザイナーで、運良くか悪くかオイラはそこからは早々にハミ出す。
一回り下の世代のハミ出し系を見たときは、オイラよりもハミ出しの方向と素性がハッキリしてて、デザインとかはそいつらの活動に欠かせない手法の一部的扱いであることに逆に安心感を覚えた。おまえらはダイジョブ。
さらに一回りとチョイ。もちろんオイラはすでに知らんそんなヤツら。勝手に生まれて死ねばいい。いや、むしろ知られちゃダメだオイラとかに。でもノコノコと現れたり見つけちゃったりはする。見つかっちゃったら話もするし考えもする。ちょっとだけ考えてみるものの「おまえらはダイジョブか?」がうすーくリフレイン。
ぴょん太、次の次のデザインを見せろピョン。
震災で自粛中止してた菊池成孔+南博&東信によるライブが11月3日に行われます。企画の小沢康夫がラフォーレで最も「話せた」という、震災とはまったく関係ないところで故人となったプロデューサーのラストイベントでもある。
アルバム『花と水』で菊で地で南で東。そんなつもりはもちろん無いのに「葬儀っぽい」的お言葉をいただいたので色校に勝手に黙祷。
日曜なのに働いてきました。原研哉と本と電子書籍のお話。誤解を恐れず書くと、まあ、同じデザインって領域でなんと異なる積み重ねをしてきたんだろうか、となるね。否定じゃなくて違い。朝はパンなのかみそ汁なのか。
震災直後から今も「震災離婚」というのがみゃくみゃくと続いてるらしい。被災地ってわけではなく。おそらくそれは、あまりにも決定的な状況によって相手と自分の関係や見え方が圧倒的にどうにもしようがなく変わってしまってのお別れってやつらしく、オイラの周りにもそれらしきお別れがちらほらと見え隠れしています。良質な成田離婚または今までなかった領域の成田離婚、つまり十代の「おまえ九割五分はジャストいっしょ! でも残りの五分が死ぬほど決定的に許せない」的な俺様とかでもなく、三十代の「ああ、こいつの好きだったところがこいつのせいではなくその好き自体には変容があってさぁ」的消耗性とかでもなく、それはたぶん「いままで毛ほども認識していなかった領域のビックバン的決壊に対峙してしまった事」的な、たぶんそんなお別れ。
原研哉のことをオイラは「デザイン都市の良質な市長」または「デザインバカ」と呼んでるんだけど、そう、まあ、普段会ったりしないよね、市長さんと。で、たまに会ったとしても、あそこに公園作る事になったんだけど的な話がおおよそで、そこから見える事には限界がある話がまあほとんどとなる。今回の講義にはオイラ的にある目的があって、そこに沿うように、普段より五倍は丁重に話を進め、ふだんなら突っ込みまくるところも押さえつつ講義は進んだんだけど、いや、一枚上手でしたね原研哉。オイラの予想を遥かに上回る原研哉らしい原研哉の積み重ねでの原研也の回答をワイルドカードよろしくピッとさしだされジ・エンド。五十代的には「今まで認識していた領域を根こそぎその意味をもひっくり返すおまえのよーく知ってる武器の使い方にあたらしい敬意をもった」とか。
群青色の思春期に散々お世話になった石井先生と天才算数塾にて再会。『実験人形ダミーオスカー』『俺の空』そして『天使のはらわた』が三大思春期漫画。乗りこなし具合でいえば『俺の空』はパッソル、『実験人形ダミーオスカー』はDAXとすれば、『天使のはらわた』はガレージに起きっぱなしだけどメンテはかかさないKAWASAKIのケッチ。そんなナイーブな先輩見た事ねーよ的なね。
今日はパウロのオナニーの撮影にきたんだけど、こんなもんが畳部屋に転がってるとあやうくこっちが被写体となるところ。すっぽんぽんのパウロにけなげにライティングするサクラちゃんが『天使のはらわた』の世界観と完璧にかけ離れていたのが救い。
「ようやく家も片付いたんで遊びにきてください」の誘いで踏太の新居におじゃま。「外国人枠社長宅・デザイナーズマンション・オール電化」の文字が頭にパッと浮かんだその通りの白ホリ御殿がこんだけイヤミにならんのもどうかと思うくらいの育ちっぷり。「料理の鉄人」と題され舌のねも乾かぬうちに「料理勝負はしません」とサブタイトルが歌われるこのホームパーティーには20代から50ジャストのITデザイン業界6人+野生児が招かれジェネレーションと育ちと食育の違いをあちらこちらに食べこぼす。それぞれに持ち寄られた料理がこれまたそれぞれにオイシくて、ホワイトソースコロッケをほうばりながら「物理的なデザインをしてないK君は料理下手だと思ってた」と言えば「僕にとってはウェブの方がよっぽど物理的っすよ」と返ってくる。
おはなし変わって踏太おすすめ「ゴキブリポーカー」。二〇〇〇年頃デザインされたカードゲームらしいいんだけど心理戦の矛先があたらしい。「下品だから」という理由で任天堂が日本での販売を断念した日本一美しいカード「手本引き」をベースに、集団心理・SNS・外交・二子玉川性を大切あつかったデザインがされてます。残念ながらこのカードデザインはバツ。勝手にリ・デザインしちゃおうかと思ってます。
「島/名刺展」におじゃまさま。「(前略)/ようするに、漂流教室で、未来の子供の死体から芽がはえちゃった感じ/(後略)」と副題?的に歌われるこの小さな展覧会は、買い物かごに入れる前にお金を支払ってるようなアルミ紙が欲しいがためにポテチを箱買いしてるような死体からはえた芽がいきいき生い茂ってるようなこれからうっそうとしそうなあちゃこちゃにはためいわくな花粉をまき散らしてるまっ最中のようなtaggingって何がingなんだっけ? なような途中なのか始まりなのか死体なのかゾンビなのかなナンバー12ギャラリーとは思えない広大な空間になってたような。
リニューアルで刊行を中断イングしてた天然文庫第四弾『田園交響曲』松田水緒著もiPadバージョンでちゃっかり展示しております。
二年半バイトだったさくらが今日から正式スタッフ。その初日に次回作(北朝鮮モノ)をクランクアップした安藤さくらが遊びに。期末ってかんじ。
芸能には暗いけど、事務所を移ってのアレコレで幕間で睨みまれたり仕事干されたりひざかっくんの日々が一段落しての夏休み明けの訪問。山本太郎も東電批判で、んだぁ? 干すって。
そーいや大昔に大先輩と大喧嘩して「おまえなんか干してやる!」って言われたわ。「そんな時代じゃないぴょーん」と返すも、そんな時代も業界も残ってる、と。オイラも後輩に言ってくか。干しかたが皆目見当つかないオイラは大の大人としてどーなんだろ? それくらいの気概・権力・コネとか持ってないといけないお年頃なんじゃねーのか。さくら、たまにはソファー干せ!
9.11ツイン(オイラと研哉)タワー(世田谷)です。本と電子書籍についてのトークイベントです。BCCKSをやってるオイラは、まあ、わかるとして、「電子書籍」はもちろん、「本」も専門とはしてない原研哉になんでお願いしたかっつーと、『言葉のデザイン「オンスクリーン・タイポグラフィーを考える」』の三回目にオイラが呼ばれて話したんだけど、オイラは電子書籍そのものに四苦八苦してて、原研哉はオンスクリーンタイポのまだ入り口で、結果、互いに踏み込めず、大事なゾーンを消化不良に終わらせちゃったんですね。あれから一年、オイラはようやくあたらしいBCCKSを公開、原研哉は原仕事の傍ら「言葉のデザイン」全八回を終わらせ、それを電子書籍にまとめて出版するんで。これは、もうリベンジじゃん! てことです。
今回はおたがい現物ビシバシトークにしたいものですな。
二〇年前に事務所に借りてた赤坂のアパートの近所に今日はわりと大事な用事。アパートですら外装補修やオートロック化やと、いろんな手が加えられいろんな時間を重ねてくんだから、ましてや人や仕事やその業種とかってのの時間ってね、大変だよん。ある側面だけではモノを見ないなんてカンタンと思い過ごして30年。そこに時間や横の空間や縦のつながりやらも含めて見ないと意味が無いって、大人がしなきゃなことをずいぶんとさぼってきたんですね。オイラ。巻き返してみるか。いまから。
今年も屋上枝豆神宮花火。
すったもんだの上に無事打ち上げ。
長谷川踏太ってぽんぽこなボンボンが渋谷にはいます。モノをつくってるボンボンです。このボンボンは直接モノをつくろうとはあまりしません。できれば関わりたくないくらいにも見て取れます。思いついた事が、積み重ねてきたことが、瞬殺される今の仕組みのなかで仕組みのデザインに意味を見いだす輩も横目にこのボンボンはそんなイタチごっこからもスルっと一抜けしているようです。
別のかたちで一抜けしたサマタマサトの家に贈る旅館の看板を花火大会に持ち込むのがぽんぽこ踏太。
後藤輝ちゃんと毛利悠子ちゃんのパフォーマ……ライブかな、を観ました。毛利の、ここんとこの作品単体としての見るべきところや見えないところがヒュンヒュンと体や機械をカマイタチられる感覚は刮目してたんだけど、そのハードマシーン性との魔逆にいる、作品の外側としてのオフ顔の毛利のそれとそれのあまりの乖離に逆に騙されてたんだなあと気づかされるライブ。居ないことでできあがる空間に居ることとその居かた。後藤輝ちゃんは初見だったんだけど、ふん、時間の時間、空間の空間、身体の機械、その表裏と憑依。すんげー良かった。ふんふん。
デジカメ忘れちゃったからさぁ〜弦人サン写真とってくんないかなぁ〜と、後輩に頼むようにお願いされて撮った写真。
そもそも身体との相性が内臓のように内蔵されてる機械なんかな。
行きにくくもあり迎えにくさもあるだろう、そんな中、「でも行くんだよ(©根本敬変形)」と、富山に帰郷した友人の実家に遊びに行った。今は、いろいろと万全ではなく、そもそも万全とかは、まあ、ありえなくて、真夏に冷蔵庫が壊れるとちょっとめんどくさい的な話と同じく、そんな日でもなんとかして枝豆とビールにはありつく。
今日は、日本一の冠をのせた魚達が当たりまえに目の前を泳いでる環境に代々もまれ続けた漁師旅館の昼食に招かれる。厨房にジャマイカ人がまじってるだろって工夫だらけの料理はありえないうまさ。
ココに住むことに決めた友人はもちろん旨いものを食いに帰郷したんじゃなく、シャッター通りを復興させるためでもない。おのおのが書く四種のカードをシャッフルして読みあげる「いつ」「どこで」「だれが」「なに」をした、ってあの遊び。何枚かのカードは彼とオイラが書いたんだよな。手書きで。
キャバ嬢時代を内側から写し写真新世紀大森克己賞を受賞した谷口育美が二度目の来社。一度目は受賞したブックを中心に、まだまとまらない他の写真をいくつかの塊で見る。「受賞ブックは大森克己にひっかかるそれはもちろんあるけど、内側に居てしまった事止まり。まだまとまっていない写真にむしろ先が見え隠れしてる」と伝えての今回。あたらしい塊は今の生活が撮られている。その何かは大森克己賞とその後の彼女とのただの組み合わせだし、その何かはいまは無い組み合わせでもあるし、その何かは大きく敷かれたシナリオ上のお話でもあるんだけど、おれらの入れ知恵と時間が意識された上で、その何かが今も営まれながら記録されていることだけは実在のお話。
彼女は彼女をどう扱うのか。
オイラは彼女のそれを扱えるのか。
通勤途中に渋谷サウンドデモに出くわす。詳しくは知らないんだけど、高円寺は「素人の乱」のめんめんが中心に立ち上がったデモで、前回高円寺で行われたときは一万強の規模だったとか。「子どもの子どもの子どもの子どもの子どもの子どもの子どもの子どもの子どもの子どもの子どもの…」とRUMIが歌い続けた話を聞いて、なるほどデモの意味をあらためてたところに今度は渋谷。渋谷のサウンドデモは祭りの町内会対向神輿よろしくミュージシャンごとにいくつかの山車が出来てて、全部を見た訳じゃないんだけどデビルイヤーで神経をとがらせると一〇っこくらいかな? 道幅狭しと暴れる行列をその勝手はしらない渋谷署の警官が神輿先導よろしく大活躍の図とともに渋谷の街のスケール感は変わった。演奏が聴けたのが三つの山車。ひとつはインストデスメタルで一つはDJ。一番長い引き手を連ねたアニメ声バンドは「原発ちゃちゃちゃ!はん〜たい〜ちゃちゃちゃ!」と、まさに担がれながら連呼していた。念には念をでナイキパーク(愛称)の渡り橋にチャリであがり眺めてたんだけど、ナイキパーク(愛称)の運動神経抜群そうな係員が生涯したことなさそうな超申し訳なさそうな口調で「あの〜ここ自転車だめなんス」と。
夜には、ファッション批評家平川武治と青木淳の「都市とファッション」レクチャー。『現代モードと社会の関係性について』と『震災と現代建築』に建築家は口をつむんだ。
工夫の王様、略して「クフ王」の称号をいただきました。なので調子こいて少しずつ事例を紹介してきます。
まずは「ベランダレンジ」。でかくて重くて存在がブサイクでそれほど使わないのに無いと不便な電子レンジのおき場所にはBCCKS開発プログラマーでもアタマを悩ますとこだけど、すなおにベランダおきがオススメです。なにより外から聞こえる「ちん」音のオレ事じゃない感じはいまだに新鮮。チャリンコで走ってるのに電車のレール音がしてるようなね。
ドンキの六八〇〇円なのでどーでもいいんだけど雨風は意外にダイジョウブなようです。こわれたら報告します。
もういっこは、ゴールデンウィークの合間につくった「障子イン障子棚」。
古いマンションとかにたまにあるサッシと障子のあいだに若干空間があるそんなお宅にオススメな隙間棚。意外に収納力が高くておどろきますよ。障子ひとマスの天地が二三〇㎜くらいなので菊判書籍や漫画やDVDやなんかがキレイに収まります。
つくりのコツはうすい板と細い柱をつかって障子のピッチに合わせる。です。写真の棚は4㎜ラワン合板に10㎜角のクワ角材を使用。薄ければ薄いほど、細ければ細いほど美しいんだけど、最初は5㎜合板、12㎜角材くらいからはじめるのがイイかもです。
材料費は写真のサイズで、切断加工代込みでホームセンターで買えば二〇〇〇円くらいで済むんだけど、買いにいく時間がなかったので東急ハンズ。ホームセンターの倍の値段になるので、大物やイイ素材で作る場合は気をつけて。
つくりのコツはうすい板と細い柱をつかって障子のピッチに合わせる。です。写真の棚は4㎜ラワン合板に10㎜角のクワ角材を使用。薄ければ薄いほど、細ければ細いほど美しいんだけど、最初は5㎜合板、12㎜角材くらいからはじめるのがイイかもです。
先日行われた「APMT」というデザインカンファレンスのプレゼンテーション資料。
「原点回帰、そして次へ」がお題で演目が『メディアと表現』ということです。わかりやすいですね。なのですこし絞ります。マシュー・カーターに言わせると「我々は巨人の肩の上に乗って物事をほんの少しだけ高い位置から見ることが出来る、その権利と義務がある」ってなります。「原点回帰」の原点を、すでにあるモノ・つみ重ねてきたこと・今ある環境、に。「回帰」を、もどるではなく、原点をさまざまな角度の視点・聴点・嗅点で時間的空間的にとらえる。と置き換えると今日のそれにおおよそはまるんじゃなかなと。
で、「そして次へ」。すきな言葉なんだけどすげーむつかしいよね。アフター3.11的な言動やら催しがちらりほらりとうかがえるけど、オレらビフォアーであったかどうかすらあやしいわけだしね。なので「自分でさだめた原点のつぎ」くらいにしておきましょう、いまは。
んで、「メディア」。言うまでもなく足元から書きかわってるわけですね。ここ、どっぷりかかわってるオイラ的にはいろいろと複雑で、今日そこまでいければ話します。メディアに表現がくっつくと、なんかね。選択種くらいにしかおもえないんですね表現にとってのメディアって。もちろん「選択」って強い意志だから、それについてもとうぜん掘り下げられるべきで、木をしらない大工に家を建ててはほしくないけど、2×4もね。と。ちなみにオイラは表現者ではなくメディアを作る人で、そこにいちばんリーチしやすい技法としてデザインをいまもむかしも選択していたんだとおもいます。イマイマ、デザインがオイラをふくむある種の人にとっての最短技法ではなくなりつつあるとも感じていますがその話はまたこんど。
そんなこんなで、今日のお題を「原点環境」、演目は「メディアのデザイン」として話をしたいとおもいます。
APMTプレゼン資料より
一年ぶりの更新をあたらしいBCCKSでしてみました。サボッてたふしもあるけど、この一年「あたらしいBCCKS」の開発に集中してたんですね。よーやく目鼻がついてきたので宣伝とデバックをかねてのサンプル版として日記を再開してみます。
あたらしいBCCKSは「生まれかわる」の文字どおり、まったく新しくリニューアルされます。サイトもリーダーもエディターもゼロからつくりなおしています。詳細はおいおい説明しますが、「あたらしい出版」「読書体験と文脈としての本棚」を大きなテーマとしてあげています。
まず、公開しているこのリーダーの特徴を箇条書きにすると
・bxmlフォーマットで書かれています
・記事方式
・ページフォーマットが固定型からフロー型に
・電子書籍マルチデバイス対応
・カンタン製本とじっくり編集
といったところでしょうか。
ひとことで言うと「いままでの10倍カンタンにつくれていろんなデバイスで出版と閲覧ができてみんなで本がつくれて売れてボタン一個でカンタンに美しい本にできてその気になればじっくり編集することもできる本を作ったり読んだりするサイト」です。
イマイマ、ないサイトじゃないでしょうかね。
大阪はモリサワ新社屋で「文字文化フォーラム2010」なるイベントで天然文庫を中心にしゃべってきました。メンツもメシもゴージャスなイベントで、ひときわなのがスティーブン・セガール似のマシュー・カーター。外国人デザイナーの「そんなにえらいのかデザインって?」&「クリント・イーストウットみたい?」的トークにはおくゆかしい日本人としてはなんだか感がむらむらしてたんだけど、このオヤジ、ちょっと違った立ち位置でしゃべってました。
「我々は先人の巨人たち(GoudyとかHelveticaとか)の肩の上に乗っている。その巨人よりすこし高い目線で少し先の事をクリエイトする権利と義務がある」と。
「GMemo」 BCCKS 二〇一〇年四月
大阪モリサワからその足で京都如是庵」に。
五分ちりの桜がむかつくほど似合う三〇〇坪の里山日本庭園がひとり占めできるこの旅館というか友人宅は、天然文庫『吉田屋とヒント』の著者であり吉田屋料理店のおかみが本業の吉田裕子が二年ほどまえに購入した梁山泊。
「おまかせでええん?」
と十年まえとおなじセリフとおなじ声でポンポン出てくるその料理にいまさら味がどうとかいう気もないけど「ナチュラルボーンおかみ」が積みかさなったなぁと。食器がすんげ増えたこと以外、内装も客スジもなにも変わらない、その骨子は最初からデロンとヨコたわってたのですね。
吉田ちゃんは銀彫金で男根指輪とかをつくってた京芸時代に美術界いちの美
食家森村さんとかの展覧会オープニングにケータリングとかしてて、だんだん男根にもあきて京都の老舗のワイン専門店でバイトをはじめたらスジのよさを旦さんに見ぬかれワイン倉庫の裏の平屋をかりて吉田屋料理店をスタートして10周年をむかえる寸前に如是庵をゲットするって「わらしべ」人生ひたあるきにもかかわらず、男根のときもバイトのときも料理屋のときも如是庵のときも嫁のときもずうっとその格がまんまおかみ。
「ウチの仕事はもちこさないんよ、その日のことはその日のうちで片付いちゃう。だからラクチンなんよ」
「仕事とはもちこすモノ」のオイラの耳に、やさしい京都弁でつき刺さる。
「GMemo」 BCCKS 二〇一〇年四月 二〇一一年五月改編
おそらく都内でもっとも充実したシステムのオンデマンド専門某印刷社に刷りだし&造本たちあい。
オフ4色機なら二台がギリギリのスペースにDocuColor8000、Nuvera144が計八台はいってオペレータ席まで確保。
ヌーベラは1色マシンで、あきらかにオフの1色の刷り上がりをシミュレートしてる。1色のオフって原稿・製版・紙・刷りのバランスがむつかしいんだけど、今回、4色原稿をそのまんま1色で刷っだけにもかかわらず目がさめる仕上がりだった。
今日はKODAKNEXPRESS2100という空調湿度調節内蔵のへたなオフ4色機よりデカイPOD印刷機で天然文庫「パンモロ」をテストプリント。
こいつは5色機でニス的・ビニールコート的・バーコ的な効果を擬態できる。
そんなバケモノみたいなマシンから出力されるのはノニータのパンツパンツパンツ。背広組八人にかこまれ校正するのはちょいと照れる刷り上がり。「キレイですね」も言いにくい。
またまた大阪。モリサワ「RISA PRESS」の4色機と1色機のテスト刷り。このマシンの最大の特徴はオイルレス。
他の印刷機はほとんど(全部?)プリント時にオイルをひいてトナー定着させる方式なんだけど、ここんちはトナーにオイルが含まれてて、プリント熱でオイルを溶かすしくみ。結果、POD特有の光沢面にならないのよね。
今日は門前仲町で製本たちあい。リトルモア+ブックスのノート「Nanuk」の糸中綴じ製本の縫い目ぐあいの調整。針のフトさ、糸のフトさ、裏糸のフトさ、糸のハリ、紙の斤量の組みあわせでさまざま表情をみせる。
たまたまの「骨せんべい」のようなぬい傷に魅了され、偶然を生産ラインにす
べくなんどもやりとりをする。
職人性ってことばは、わりとシンプルに解釈されてると思うしオイラもそーだったけど事はそれほど簡単じゃないんだなぁとおもってた。
のは、オイラが捕まるまえのお話し。
刑務所ではハイヒールのかかとをつくるのが仕事。毎日毎日せっせとプラスチックのヒールに合成革をまく。
先輩の指導のもと、革のはりぐあい、カットの要領、ナメシのコツなどの基本を教えられる。ところどころに極めて職人的な感覚や技法をつたえようとしているのがわかる。「そこですっと息をはくんだよ」って、西岡常一バリのアドバイスをもと銀行員の班長からいただく。
職人気質や職人技はほぼ手放しにほめたたえられているけど、毎日毎日のくりかえしによって身につく職人性の行きつく先ってなんなのかしらね。
「After Prison Uncut」(BCCKS)より抜粋
と、書いたのが出所後。
今、この「職人が一冊一冊、手づくりで作ってます」ってノートの製造フローを通して、またまた見えかたがかわってきてる。
モノづくりの魂は「つくる手とライン」にぐっとにぎられていて、彼らの手と目のつみ重ねと、人と機械と人とでかわされた会話の質、で、ほとんどすべてが決まっちゃう。「職人性」ということばが指すモノは、手や目や機械修練ではなく、それら全てと他との時間と関係かな? またかわりそうだけど。
「GMemo」 BCCKS 二〇一〇年四月 二〇一一年五月改編
今日、山梨にでもありそげな千駄ヶ谷のそば屋で「カツ丼せいろセット」を食べながら見たニュースで、一昨日の地震が東名高速が崩壊するほどだったってことをはじめて知る。あわせてノリピー御用達の逃亡地ラインナップが山梨・箱根・立川って、オイラといっしょなことも知りました。車で逃げるのにイイんだよねーノリピー。
地震(3.11でなく)のときは事務所にいて、プレハブビルなのですさまじくギシギシっとあちゃこちゃからしてちょいとびびりつつも「震度4強だからダイジョブ」とか思ってたんだけど、「事件」ってニュースによってあとから認識するよなあ、そういえば、むかし、山梨帰り中央道笹子トンネルの山がチラチラ燃えてて「キレイー」とかおもってたら数分後にラジオで「全焼!トンネル封鎖!」とビビッたのでした。
拘置所でいっしょだった「錦糸町の郵便局に包丁一本で押しこんじゃった好青年」も「金だせ! っていった瞬間にもーアタママッシロでなにがなんだかわからなくなって即逮捕ッス」と、本人記憶は「超ヘタレ強盗事件」として刻まれたんだけど、留置所で「錦糸町郵便局強盗事件」の記事のあつかいを読んで「ゼッテー地元に戻れない、もーマッサオすよ」と涙目になってった。
ノリピーご飯はなれたかな?
いってくれればむっちゃ気のきいた差し入れいたします。
親父がたおれたとき、立川の絵画教室を週三で見にいってたんだけど、あれもある意味逃避だったかもなあ。
「GMemo」 BCCKS 二〇〇九年八月
「STUDIOVOICE」のリニューアルをすることになりました。四月六日売りの四〇一号から。あ、いま売られてる四〇〇号もこれまでの全部の表紙が載っててお買い得ですよ。BCCKSでもstudiovoicecenterを立ちあげて、いろいろとトライしてみます。
「GMemo」 BCCKS 二〇〇九年三月
「STUDIO VOICE」を休刊に追い込んだデザイナーの松本弦人です。
雑誌のメディア性、そもそも「メディア」自体のメディア性、モノのつくり方、つくる人のつくられ方、ストックとフロー、流通、資源、情報、それだけで語れない人情がらみの悲喜こもごも。
00年代最後の年に、さあ、イロイロなサイがあちゃこちゃで振られてますが、何かが絶滅するときにはすでに必ずな理由があるわけで、おおくの理由はゴロゴロ見あたるわけだけど、それらをならべかえる気持ちより、最後を看取れたことが今後の糧になりますようにと。
やっぱ「STUDIO VOICE」って「ウチの子」感あるんだよな。
「GMemo」 BCCKS 二〇〇九年八月
編集長松村正人の「どんな誌面にしますか?」って問いに「読む気になる誌面、そのために可動性を下げる」「三ヶ月で形になるかな」と答えました。読みやすいテキストと読みにくいテキストと読まなくていいテキストを混在させるデザインです。変形混合書体を多用したのもその一つです。それと、なにしろ文字がおおい雑誌なので、本当ならユリイカみたいな判型が適してるところをぐいっとビジュアル誌にしてるわけなので、なりでつくると中途半端なことになるなあと。新しい判型も考えたんだけど「ストック型」の中でも本棚にそろえられてる率が高い雑誌なのでやめました。ストックされるのもメディアデザインだからね。あと、イイ判型なんですよ、三〇〇×二二五㎜。雑誌の場合デザインが細かいので計算しやすい二〇㎜グリッドがむいていて、それを整数比でひけるんですよ、ノドに食われる五㎜をないものとしてね。このグリッドは計算も速くデザインしやすかったですね。ああ見えて半分以上はガッチガチのグリッドデザインです。
スタジオボイスのリニューアルというより雑誌の存在そのものが問われてる時期なので,飛び道具でも投げっぱなしでもウリャッて意志を提示しないと黙殺されておしまいって危機感を二人とももってました。
ロゴはさくっとできました。松村さんの特集企画書にその意志がドスと書かれてたからかな。リニューアル号「特集アムロ」を皮切りに「いぬねこ特集」「特集会社」と、スタジオボイスではあつかってこなかったかつ今やるべき特集タイトルがずらっとならんでました。おまけに定番「写真集の現在」は廃止。グッときました。アムロと会社をモチーフに、ロゴと表紙のイメージをデザインして「こりゃいける!」っていさんでプレゼンしたものの、インファス上層部のハシにもボーにも引っかからず「いまはキビシイ時期だからおとなしくしずかにね」的お返事をいただきましたです。
正直、今年いっぱい、雑誌が仮につづいても、天然破滅系の松村・オイラは年内もたないでしょってイメージでスタートし、リニューアル五冊目であえなく休刊。しばらくオイラのプロフィールは「スタジオボイスを廃刊に追いこんだデザイナー」としておきました。
「アイデア」三四四号(誠文堂新光社)より抜粋
ちょうどスタジオボイス休刊発表とおなじ日に、事務所の下のイベントスペース「Vacant」で「Zine'sMate」ってジンのイベントがあって八〇〇〇人の動員があったんですよ。そこでジンの発祥ともいわれてる「Nieves」の全一〇〇冊がそろってて、おもわず全部タチヨミました。それぞれが身体空間の塊で一〇〇冊が往復書簡のようにつらなっていて、「綴じてきた文化」ってやつの、内蔵のようなハギレのようなヨダレのような、気持ちよかったですね。
雑誌は、とくにカルチャー誌は、たち行きかたを模索した時点ですでに違ってるでしょ、っていわれたような気もしました。
スタジオボイスを続けることはできなかったとおもいますよ。いろんな意味があるけど「つぎの事しないとでしょ」がでかいですね。オイラの場合、BCCKSがそれだと吉。
「アイデア」三四四号(誠文堂新光社)より抜粋
この歳になると、ちょっと練習休むとまんまもとに戻るね。体も反射も感覚も。つか、運動にかぎったことじゃなくて、ジャンク飯、酒、徹夜、体にわるいことするとてきめんにでる。つーか、運動やマッサージやセックスや、体にいいとされてる事しても具合が悪くなってる気がするんよね。
goriの新人君たちなんか、徹夜でセックスしてテキーラ飲んでカップヌードル喰ってこの体だからね。やんなる。そろそろゴルフに転向するか。
「GMemo」 BCCKS 二〇〇九年六月
オイラいま、本を分類してます。
すべての本を十二種のカテゴリに、
すべての雑誌を十二種のジャンルに、
すべての週刊誌を十二種のページフォーマットに、
すべての見開きを十二種のエレメントに、
むりやり分けたいのね。かなりたのしい。
図画工作オーラ全開でもくもくと切り貼りしてるスタッフに「なにしてんの?」とたずねたら「編集!」と即答される。
・デザイナーは、まあ絵がうまいような人。
・ライターは、まあ文章が書けるような人。
・カメラマンは、まあ写真が撮れるような人。
と、おおよそそんななんだけど、編集はね。なんなんでしょうか?
ディレクターズマガジンのインタビューではこう答えてます。
編んで集めて綴じる。つまりいろいろなことのなかから取捨選択してある指針にそってまとめる作業。それって、普段誰もがやっていることなんですね。写真をアルバムにまとめるのも、家計簿をつけるのも、今日の献立を考えて買い物にいって料理をつくるのも、合コンのメンツを考えるのも、洋服をクローゼットにしまうのも、すべて編集じゃないですか。編集があるから合コンがうまくいくんです。編集ということの意味がなんだかわからない人でも、洋服をクローゼットにしまうのはプロだったりします。パンツはここ、シャツはここ、少しでもたくさん入るように、取りだしやすいように、着る頻度順に、あげくイロドリとかならびの美しさとかまできたら、ヘタなファッションエディターより力ありだし、そこにはもうデザインの要素もふくまれてます。なんらかの編集やデザインがされてるものは、されていないそれよりわかりやすく美しく時にあたらしい意味をもつ。
わかりやすいモノは人につたわり美しいものは人に見せたくなりあたらしい意味はひとり歩きをはじめる。それを人につたえるには綴じるんですね。
「ディレクターズマガジン」より抜粋
偉そうにこたえてましたが、総合力とかってカンタンな話じゃないですね。
・エディターはまあ○○が、□□ような人。
の○と□の組みあわせが多すぎるよな〜
「プリントした原稿にペンで赤をいれてハサミできってセロテープで貼るのがうまい人」ってのもアリじゃないすか。
「GMemo」 BCCKS 二〇〇八年十二月
おしらせです。BCCKSの本を「紙の本」に出力できるサービスをはじめます。けっこうちゃんと本です。世のオンデマンドブックとはちがう感じです。
どんなかというと
・印刷がかなりオフセット
・紙と造本がかなりいい感じ
・値段がかなり相当破格!
既存メディアの凋落、マス媒体の解体、取り次ぎの弊害や再販制度など流通と在庫にまつわる累積した問題なんてはなしはもはやいまさらなカンジもしてるけど、結果、「対web」って問題にすらも具体案をみいだせずに巨大紙メディアは疲弊しちゃいましたね、だいたい。でもまあ「対web」っていっても「メディアとしてのweb」という意味においてはおおくの「?」があるし、紙とwebの関係ってもちろん「対」だけじゃないですよね。あ、「対」も大事なんだけど、『ブックス文庫』がいろんなカタチでつかわれるはじめると、そこの関係なんかもちょこっとおもしろくならないかな〜と。
「GMemo」 BCCKS 二〇〇九年十一月
「ブックス文庫」はだれでも本がつくれるサービスです。一冊でも三〇〇冊でもボタンひとつで美しい文庫本ができます。その仕組みをつかって「あたらしい出版」にむけた最初のプロジェクト「天然文庫の一〇〇冊」を立ちあげます。文筆家・編集者・写真家・ペインター・美術家・デザイナー・建築家・音楽家・お店経営者・教師・学生・老人・親・子供・動物・物体などなど、さまざまな分野の一〇〇人の著者による一〇〇冊の文庫本を、二年かけて完結いたします。「天然文庫」は、たとえば「ブックス文庫」というレコード会社の中の一つのレーベルのようなものとお考えください。本の内容はたとえば過去の原稿集、日記、論文、エッセー、作品集、らくがき集、などはもちろん「姪っ子が中学生になるまえに読ませたい児童小説」とか「古三治に詠ませたい現代落語」などなど、「こんなのがつくりたかった」という個々人のつよい想いにもとづいたテーマというのが基本コンセプトです。
「ブックス文庫」は、既存の出版、オンデマンドサービス、自費出版、それらすべてを内包しつつ、そのどれでもなしえないあたらしい出版フローを目指します。従来の出版社では「売れる」「売れない」が第一義ですが、「天然文庫」は「個人のつよい想い」、これが第一義になるとかんがえます。既存の出版社の常識と枠組みにとらわれず、とどけたい内容をとどけたい人にダイレクトにつたえるメディアです。クライアントの意向、部数、しがらみや既得権益など旧態依然の現場からはうまれにくい、個人による生き生きとした、ニッチでユニークでディープでグルービィな一〇〇冊が、一〇年代のスタートをすこし加速できればと妄想してます。
「GMemo」 BCCKS 二〇〇九年十二月
新大久保で新宿の左側にある本屋さん模索舎の「このままだと模索舎つぶれます電子書籍もどーしたもんかカンパ集会」で天然文庫『スカトロジー・フルーツ』の著者五所純子先生がトークショー。「スカフル」も販売するしナマ五所純子が見れるしでいってきました。
知性と痴性の地球ゴマが高速回転するその一見しずかなたたずまいはブレることなく…
とか、書きかけてやめる。
オイラの文章で五所純子を説明するのは動物園で動物図鑑を読みながら野生をひもとくようなモン。
アパートの一枚のドアを表紙にして、一回綴るごとに私は書物としての街へ出てゆく。一行目とは、まさに「今日」のことだ。「事件としての書物」
地球儀は地球の再現ではなく、概念模型だ。その抽象性からいえば途方もない詩性すら感じる。とても幻惑的でフルーティな想像のかたち。
これは「歴史」の裏側、いや、犬側だ。
『ベルカ〜』が歴史の犬側なら、『LOVE』は歴史の猫側である。
『スカトロジー・フルーツ』五所純子著 天然文庫 より抜粋
と、抜粋しはじめてまたやめる。
へそ上十五㎝にはだけた胸元。
「?」のネックレスにボアダウン。
この表情。
で、男をちかづけず勃起すら監視する。
こんなオンナには関わりあうのやめておくのが吉。
「GMemo」 BCCKS 二〇一〇年三月
ピーターです。サザーランドです。キーファー・サザーランドじゃないです。説明不要な気はしますが、ずばぬけた写真身体性をずっと感じてます。
天然文庫から「WAR」という写真集を出すことになり、一〇八枚の写真がどかっと送られてきた。そこにはどさっとした地層がありさまざまなシーケンスが何層にもぶあつく沈殿している。一枚一枚にブッといストーリーを留めつつ、他の複数枚と幾重もの文脈でつながる。四八枚を目標にセレクトし落ちたのは二割。けっきょく六本のオムニバスムービーを組み、エイヤで三本をお蔵入りに。半分にあたる五七枚にそれでようやく。ロードムービーにでもなっちまえ。後にピーターとご対面。アンドレ並の高さから握手されたときその写真身体性を理解。「デカイだけ」。「だけ」はアレだけど、デカイはでかい。通常得られない視点を日々なにもしなくても手にいれているんだからね。
「GMemo」 BCCKS 二〇一〇年五月
オイラが「真夜中」巻末の写真をベタボメしてたのを人づてにきいたらしく「事務所にこい」と高橋恭司が連絡してきた。九〇年くらいから印刷クオリティーが急激にあがったことで「プリント(銀塩)」することへの疑問がもたげ、しばらくは、いまどき手札プリントもしないで35mmネガフィルムからセレクトし、印刷原稿にフィルムで入稿し、メディアとしてのプリント(印刷物)ではなく純粋なプリントとして「プリント(銀塩)」とさまざま比較したり、写真集としてでなく綴じられたプリントが放つプリントメディア性にはまったり、それでも「プリント」を焼きつづけていたりしてたらしい。つまらん解釈ですまんが、つまり、印刷を完全にプリント(銀塩)がわりに使いたおしていたわけですね。「写真家」。銀塩粒子のひと粒、印刷網点の集合、その写真の最少単位へのつき合いのタガがはずれた「家」なんだなあと。
「GMemo」 BCCKS 二〇〇八年八月
野田凪のおわかれ会がひらかれた。献花台には三百本以上の花。会場には凪ちゃんの作品がおかれ、CFとPVがながされた。あらためて見せつけられる凪ちゃんの作品に来場者(強者)全員がド肝をぬかれる。
「命がけ」。奥村靫正がぼそっともらした。
その言葉にみあう作品はどれだけあるだろう。恥ずかしくなった。自分で自分の天井をきめている。
永井一正は凪ちゃんとの親友の娘としてのつき合いを語った。大貫拓也は彼女のアイデアは僕にも理解ができず、のちに彼女の作品をメディアで拝み思いしらされた。と語った。葛西薫はおしえることはなにもなかった。と語った。佐野研二郎は凪ちゃんの真逆からはじめた。と語った。松本弦人は彼女の死は彼女にとってたいしたことではない。と語った。大島慶一郎はおそらく最後になったであろう凪ちゃんのプライベート写真を公開した。その美しさが現実離れしていたことにすくわれた。
もともとこの世のモノではなかったんじゃないのか。
そうおもえて仕方がない。
「GMemo」 BCCKS 二〇〇八年十一月
「現場に立てば、信頼できるモノだけが、力となる」の名コピーでおなじみ作業着の「寅壱」をぞんぶんに着こなすモノホン作業員十数人が会場ギリギリに設計された知恵の輪状物体をたっぷり一時間半かけて搬入するパフォーマンス『遊星からの物体を搬入するプロジェクトX』をみてきた。
企画演出の危口統之は七年間運搬作業員を続けていて役者はすべてその仲間たち。いわば「何らかしらの別のところにあるべきモノを舞台にポンと置きかえた作品」なんだけど「タダの置きかえ」にはならなかったんですね。
なんででしょう?
置きかえは今も昔も強い手法でオイラもよくつかいます。強い手法ってそれだけでなんか出来ちゃった感や通用しちゃう感があって、じつは何もいってなかったりやってなかったりっておおいんよね。で、たぶん楕円的な複数芯とか複層的な解体とか均等とかが重要で、それがなかなかむつかしいのよね、危口くん。
オイラ事だけど、水戸芸術館の「椿昇国連少年展」で、図録を「折紙」に置きかえたことがあったのね。折紙って印刷物の上に印刷するって美術図録性をムシした暴力印刷効果とか、バラバラじゃない折紙とか、いくつかの効果はすでに約束されてたんだけど、それだけだとまあ置きかえでね。で、戦争がもちろんテーマの展覧会なので「折紙って鶴にもステルスにもなるんだね」ってことをもう一つの芯としておけたのね。楕円的ってことかな? 図録には、黒の折紙でステルス、金の折紙で鶴の折りかたを刷って、DMは銀の折紙で「鶴」を連想する三角に折った状態で送って、それらのこまかなデザインをあざ笑うSMOの無国籍的暴力着物少女のポスター・フライヤーがまたね。
危口君の七年間の現場と現場の双方にはこばれたカンタンには処理されない時間と情報は、舞台現場をまあいったことない向きに押しまげる力はあった。そう、あれは、舞台空間に搬入を持ちこんだこともだけど、舞台現場を作業現場に置きかえたってことがデカくて、けっか、複層的な構造をたしかにした。その均等もね。
「GMemo」 BCCKS 二〇〇八年十一月 二〇一一年五月改編
鴨撃ちみてきました。食材はすべて撃つか釣るか苅るかして運営される「シビエ」って言われる三〇年前から営まれてきたレストラン「ル・ミディ」の狩人マスター中川さんに同行させてもらった。狩り場は茨城県は小貝川。ウォーキング、サイクリング、犬散歩などの一般農耕民族が往来する多摩川中流のようなふつうの川辺を、愛犬ディーと、これまた「犬連れゴルフ練習オヤジ」程度のオーラで川辺を歩くが、ゴルフバックにしか見えないその中身は散弾銃ウィンチェスターSKEET-B。ドナルドダックやバンビを撃ち殺してよしとされてるスポーツ「ハンティング」は想像の一〇〇倍カジュアルでした。
中川さんは「ハンティングがスポーツの語源だからね」「みんな肉って冷たいモノだと思ってるでしょ」「道具の準備して、移動して、待って、撃って、捌いて、料理して、食う、その一連はなににも置きかええない快感」と、農耕民族が生息しない領域からの言葉をおいて、昨年「ル・ミディ」を閉じた。
「GMemo」 BCCKS 二〇〇八年二月
毎年恒例目黒川のシャバの花見。桜顔の女子は研修医のみなじちゃん。
美大をでて人体工学系のデザインをはじめるも、「人体工学を突きつめてくと医学を学ばないとダメ」と、「そりゃあぁそう言われればねぇ…」とか力ない反論が聞こえてきそうな正論をのたまったあげく美大卒の医大生となり、今、研修医という道程を遂行中のツワモノガール。
市原刑務所の同期に、ブタの解体中に勢いあまって自分の太ももに牛刀を貫通させ「七人の侍」ばりの鮮血をとばし、はいていたゴム長を二秒で満杯にしたSE会社の社長がいる。なぜSE会社の社長がブタの解体をしているのかというと、豚肉の解体計算プログラムを組むためだそうだ。
「体験ブタ解体」ですよ、みなじちゃん。
ブタの解体師にはランクがあって、解体師ピンさんとキリさんでは一頭のブタから捕れるの精肉の量は最大四倍もちがうらしい。なのでその日のブタの入荷量、質、解体師ランクをうまいことシフトすることが兎殺場経営ではとても重要で、むかしは巨大な乱数表みたいなもので管理されてたらしいんだけど、いまは屠殺場ごとに特注で組まれたオリジナルアプリで管理してるんだそうです。彼は青森駅まえの居酒屋「おふくろ」の呑み仲間で屠殺場経営者の知人から依頼をうけ、そのプログラムを組むために三ヶ月ブタの体験解体をした。
「仕事のためにそこまでするってそりゃすげー! っておもうけど体験で三ヶ月ってどーなの?」とたずねると「地方はそこまでしないと仕事がない」と彼はこたえた。
文字組のプログラムを開発すると、禁則処理・外字・行末約物・半角約物・縦中横・ルビ・圏点・ベースラインなどなど、さまざまなものをプログラムしないとならない。プログラムするということはルールを決めることなので「こんな場合はこうかなとか、あんな場合はこんな感じで」と、ながい時間をついやして構築されてきた職人的でアナログで曖昧な文字組乱数表にざっくりメスを入れることになる。開発が佳境になるころには体験解体こそないけど、プロジェクト中誰より文字組という事象に対してプログラマーが精通する。
編集者とにてると思っていたプログラマー的領域拡大方法にも、さまざまなリーチがされてるなあと。
あと、そう。なにかモノをつくるとき、デザイナーって職能は出口をつかさどることで大きく広い権利と責任を負っていた部分があって、デザインにまとわられた個人の能力を自然にモノの中心にそわすことでデザインって事象の領域が拡がってきたんだなぁと思ってるんだけど、今、職能としてのそれはプログラマーの領域に着実に移りはじめているんですね。
プログラムの職能には、デザイナーにとってはあたりまえに要求されている「まとわられた領域」が求められ、そこの領域の重要性が急激にあがりはじめてるんじゃないでしょうかね。
「GMemo」 BCCKS 二〇〇七年四月 二〇一一年五月改編
「写真時代」元編集長で現白夜社の社長で母親が「ダイナマイト心中」の末井明と、東京拘置所での面会でガラス越しに次回作の写真をだーっとならべて熱い写真論を語り面会時間を延長(絶対不可能)させた写真家神蔵美子。
ふたりは夫婦。
末井さんは十九年間の刑に服した前科者を養子としてむかえいれ、いまはその彼に系列会社の社長をまかせてる。写真時代の時代とかわらぬ左側にいまも立ち、リーマンショック直後には「日本デタラメになるねー楽しみだよねー」と小学生のような顔で笑う。
にたもの夫婦。
出所後すぐに神蔵さんの三宿のスタジオに遊びにいき、そのとき取りくんでいたスタジオ写真や、捕まる直前のドス黒いオーラを全身からタレ流しまくるオイラの写真をみせられる。
オイラが神蔵さんに見せられるシロモノは獄中日記だけだった。
その翌日にもらったメール
厄払い、ではない。というか、起こったことは、
「たまもの」と考えた方がいいというか、
やっぱりあのノートと
今の顔を見れば、賜物だったと思います。
ぜんぜん、顔が変わっていた。
おかあさんとかが、天国から見ているから、
こうなったのではないでしょうか? そういう、いい力を感じます。
社会的ということよりも、本人の中身的なこと。
物質的なことよりも、本人の精神的なことのほうが大事だから、
そういう意味では全部ひっくりかえってよかった。
としか、わたしには思えません。
でも、あまりに多くのものが、自分のまわりからなくなり淋しい気持ちも、もちろんあると、思うけど、
淋しくなってみることも、悪いことじゃないんだよね。
淋しくなったりすると、
ずーと、長い間に見えなくなっているものとか、
見えたりもするし。
厄だったわけじゃないんだな。
もう一度、絵がすきとか、創るのが好きとか、
そういう純粋な気持ちに立ち返れたことは、
よかった。
何度も言うけど、余分なころも(身の回りについていたもの)がなくなったところから、そう、感じているから。
あと、そう、「サルブルネイ」というものに、とりつかれていた。
というか、ゲントくん個人じゃなくって、サルブルネイというものに動かされるというか、頑張り過ぎた感じ。
サルなんてなくなってしまえばいいとおもう。
ある時期にあって、またなくなる。そういうものにしないと、
だんだん縛られる。よく、個人では、その個人の為に頑張らない人でも、
急に会社とか、事務所とか、カッコイイものを持つとそれに頑張る。
でも、存続とか、ずっとハデな仕事をそこで、展開しようとすると、
自分から、離れるし、その為になんかするなんて、無駄。
サルブルなんか、やめちゃえばいい。
神蔵美子のメールより
「GMemo」 BCCKS 二〇〇七年十月
東京タイプディレクターズクラブ(TDC)がNPO法人になった。
TDCは文字どおりタイポグラフィに重きをおいた国際コンペを中心に活動をする団体。いま、デザインの国際コンペやソサエティがどうあるべきか? 必要なのか? はアチラコチラにモンモンあるとこだけど「浅葉克己会長と仲間達」がよくもわるくも積みかさねて自身とソサエティに沈殿させてきてしまったその時間その空間を「取りあげる権利」はオイラにないなぁとある日強烈にカンジちゃいました。「取りあげねばならない義務」は逆にあるんだろうけど、祖父江慎でも服部一成でもオイラでもいいんだけど「取りあげねばならない義務」があるかもな人たちは残念ながらそれを引き取る気概を持つ理由を見つけるきっかけも見つけられない。だったら自分でやりゃあいいじゃん、も、いまいまは見あたらない。
高円寺は女子美術大学で「TDCday」で登壇。
前日が花見なのはバレてて「そりゃ来ない」と期待されていないところに十五分遅刻で到着してありがたがられる。
今年はエキソニモと川村真司を迎えてRGBデザインのおはなし。
エキソニモはエキソニモらしくその個をずらして捉えさせない。
川村君は川島君らしくその個のゆるさにピンがこない。
でも、なんか、今回のレクチャーのバランスにTDCのソサエティとしての個と力がわかりやすくでてた。
エキソニモからニクラウス・トロクスラーまで。
集めろといわれれば出来なくはない。
が、登壇者の個と全体の文脈がそれぞれとおたがいの振り幅をもちながら綴じられるある自立的な抑制の持続。
できますかと問われればできないとこたえる。
よくもわるくものある量をともなった積みかさねは、改ざんも搾取もいらないしできないんだろう、と。
「GMemo」 BCCKS 二〇〇八年四月 二〇一一年五月改編
ちっちゃい頃、一度だけ「おまえのおじいさんは発明家なんだぞ」とオヤジに言われた記憶がうっすらとあった。
「自分でも疑わしい記憶」の上位にはいってた記憶だったんだけど、オヤジの荷物を整理してたら物的証拠があらわれた。特許省から高松におくられてきた一通の特許許可書には筆文字の達筆さ、紙の抄き具合、当時のフォーマットデザインの強度、三桁の電話番号など、さまざまな時間が保管されていた。
「疑わしい記憶」の二位は福生基地にどかんとそり立った二〇〇メートル級のキノコ雲。
一位はケムール星人に家のまわりを走られたこと。どちらも小学生の記憶。大人になっての同窓会で「疑わしい現場」を共有した旧友に確認してみた。キノコ雲を見たもっくんは五分、ケムール星人にまわられたぜんちゃんはいったん離席した後三〇分くらいして「見た見た! 思い出した!」と駆けもどってきた。
めでたく疑わしい記憶から削除されるも、さいきんその同窓会の記憶が疑わしい。
中目黒のバーで「疑わしい記憶」の話をp-houseの秋田にしたら「オレもあるある、四谷三丁目の消防署の上をプテラノドンが旋回してた」。
さらに四谷三丁目在住もマスターに「オレも見たそれ」とかぶせられ完敗。
「GMemo」 BCCKS 二〇〇八年三月
二〇〇〇年問題と関係なく二〇世紀以前のデータはすべて消えました。〇六年には倉庫が水びたしになり印刷物がオシャカ。「二〇世紀の事はもーいーでしょ」とハラもくくれ、いま手元にある最古のデータがこの画像データ。いまは無き『広告批評』の二〇〇一年一月号の特集「21世紀最初の日にあなたは何をしてましたか?」に出した写真。オービス写真は警察にもらえないのでもちヤラセ。こんなことしてるからバチ(じゃないか)があたるんだよね。
「GMemo」 BCCKS 二〇〇七年八月
あとがき
個人的でロウな体験・情報・営みが、これまでマスメディアが培ってきたノウハウ・制作製造フロー・流通フロー(の一部)を、個人の仕組みとして手にいれようとしてますね。マスの恣意や規制(の一部)が介入しないその個人の仕組みでつくられるメディアが量産配布されることになるわけです。そこで運よく編集責任・資料的信憑性などの自立的調整とかがおこなわれると、すくなくともその情報としての文献と知の体系に著者・読者の双方向から最速でリーチできる、いまはまだ存在してない空間を手にいれることになります。そう、それは当然、大量の悪果が巣くう仕組みかもしれません、と。で、マスメディアが培ってきたその一部は確実にアプリケーション化されるんだけど、「editor」ってアプリケーションが存在しえない編集って領域に、アプリ化されない部分をふくめた自立的調整にひっかからない領域はつねに存在するわけなんだけど、でも、まーあたらしいモノってのは、いつもそんな土肥から生まれちゃいます。いままで培われてきたさまざまな大切な何かに相反するデザインにはその自覚と想像力が必要だってことをあらためて思いしりつつも、その未知で野蛮な空間にもいとおしさをカンジますね。
本として綴じた空間と本棚として開かれた空間を同時にその手にのせた数千万の個が街を流通し共有するライブラリーは名前や利用方法をつけられる図書館になるのでしょうかね? 望まずとも「書を持て、町へ出よう」が現実となって、寺山がさす「書」とは生業のことなる「まぬかれざる書」はあたらしい書物の文脈を築くのでしょうか?
2011年8月26日 発行 初版
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スタジオボイスを廃刊に追い込んだ前科二犯のグラフィックデザイナー。