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ヴィジョンクエストin セドナ

Mineko Oka

makoce出版





最初に。



ヨーコちゃんと、その息子ENZOと、
今年、あたらしく生れた命に、
また、
私のブログ「涅槃はどっちだ!?」を
お読みくださっているすべての読者さまに、

この本をささげます。




http://www.whereisnirvana.com/

1. Sedona. This trip was my Vision Quest for get grounding.

- -

 アリゾナ州、フェニックスから車で、白茶けた砂漠と低い山岳地帯にのびるフリーウェイを北へひた走ること2時間、いくつかのインディアン居留地を超えて、ルート179に入ると突然、目前に真っ赤な巨大な岩山が数多く現れてくる。
 そう、そこからがセドナへの入り口だ。
 赤い岩肌は迫り来るように、くねくねと走り抜ける緑の合間を縫って私の視界を奪う。
 真横に走る地層のラインが白く、時に黒く、ごつごつした赤茶の岩肌に古代(いにしえ)からの絵を描く。まだ、ずいぶんと遠くにあるはずなのに、空の青と岩の赤のコントラストがきつすぎるせいなのか、さえぎるものの無い太陽の光が強すぎるせいなのか、遠近感がうまくつかめない。それは不思議な感覚だ。車に酔ったのではと思ってみる。だがとなりで運転しているヨーコちゃんも同じだというので、そういうわけでもないらしい。

 179に入ってからは、40マイルの速さで15分も走ればルート89にぶつかる。
 セドナの中心部だ。
 信号が見えてきて車の速度が落ちると、これまで聞こえなかった鳥の声が耳に入ってきたり、道路工事をしているお兄さんがアバクロの広告ばりにさわやかに笑いかけてきたりで、高ぶっていた気持ちが少しずつ、我に返ってくる。

 セドナには、ヴォルテックス(Vortex)と呼ばれるパワースポットが点在している、という知識は何かの本で読んで知っていた。世界各地からヒーラーやセラピストが集まっていて、いろんなワークショップも開催されており、私の知っている何人かのスピリチュアリストもセドナツアーを主催している。あとは、マドンナを始めとする"いわゆるそれ系の"各著名人の別荘も多くある、とか(もとはディズニーランドのビッグサンダーマウンテンのモデルになっていることがあまりにも有名だ)。 
 そうやって何となく気にはなっていた矢先、ロスに住む友人、ヨーコちゃんからの「ミネコはセドナとか行きたいんじゃないの?」の一言で、これがタイミングかな、とセドナ行きを決めた。
 沖縄同様、気になるエリアが年々観光地化していく前に、平然と横たわっているままの自然をこの目でちゃんと見ておきたい、という気持ちも強かった。

 また、セドナに来たらどうしてもしたいことがあった。
 「スエットロッジ(Sweat Lodge)」というネイティブ・インディアンの儀式だ。どこかのネットの記事で目にしてからずっと気になっていた。
 個人的に、アメリカ各地をめぐる今回の旅の目的は、「これまでの自分のリセットと、地に足をつけること=グランディング。」だったのだが、スエットロッジは魂の浄化を主な目的としている、とその記事には書いてあり、今回セドナに行くならリーディング(いわゆる占い)やマッサージ(前述したように世界各地からヒーラーが集まるので、他のリゾートと比べても技術水準がとかく高いらしいのだ)をさておいても、スエットロッジだけはやろう、と考えていた。
 そして、やるなら、バーノン・フォスターという名の純血のラコタ族のインディアンにお願いしたいと何故か心に決めていた。面白いことに、ニューヨークに滞在中のある夜、たまたまネットにつないだ途端にメールが届いて驚いたのだが、それは身体調律師のUさんからで、「ミネコさんにもしかしたら繋がるかもしれないと思って。」とバーノンさんとスエットロッジの記事をある雑誌で読んだという内容だった。
 数あるスエットロッジ主催者の中で、私の周りにこの人の名前しか出てこないということは、今回、確実に会うんだろうとシンクロニシティを喜んだものの、Uさんもコンタクト情報は知らないとのこと。
 東京にいたとき、自身でどれだけググっても彼のロッジの予約方法がまったくわからなかったので、それもクエストの一つかなー、どうせ現地のビジターインフォメーションで探せばすぐわかるだろう。とタカをくくっていたのだが、トラブルは、思いがけないところに待ち伏せていた。

 ビジターインフォメーションがどう運転しても、見つからないのだ。






 ホテルにチェックインしてすぐ、時間を惜しむように車を出して、スエットロッジの予約をしようと(有名どころで5つもあるヴォルテックスをどう回ると効果的かもわかりたかったし)インフォメーションセンターを探しに出た。 当初、10分くらいで予約を済ませて一つ目のヴォルテックスに向かう気だった。地図にも場所は載っていたし、ホテルに行く道中にも標示が出ていた。ここを曲がれという看板まで出ていたのを確認済みだった。
 それなのに、どうしてもあるべき場所にセンターが、無いのだ。
 ここだと思って入ってみるとホテルの敷地だったり、モールの一角だったり。“ビジター”のためのインフォメーションなわけで、わかりやすい通りにわかりやすく立っている"はず"(地図でもそうなっている)なのに、どうしても見つからない。
 朝6時に起き、人型のサボテンが林立する以外は特に面白くも無い砂漠の中、ひたすら走ってやっとセドナに着いたわけで、今すぐにでもヴォルテックスへと続くトレイルに登りに行きたいのだ。なのに、じりじりと、時間だけが過ぎていく。ガソリンも無駄に減っていく。
 運転してくれているヨーコちゃんはロッジを予約したい私のためだけに、何度も何度もUターンやら近くのモールに入って方向を変えるやらを繰り返すばかりだ。
 迷いだして30分を過ぎて、私は叫んだ。

 「もういい!スエットロッジはあきらめる!地図にももう頼らないし、これからは直感で行く、よくわかんないけど、もう、何とかなるよ!!」

 頭で考えてもここでは多分どうにもなんないのだ、という気持ちでいっぱいになった。導かれていたら何とかなるし、その証拠に、朝フェニックスを出るときに胸に着けたルチルクオーツ(水晶の種類の一つ)の光の強さが、いつものそれより格段に強かった(私の石はその光や曇り具合で少し未来の私の体調や何らかのメッセージを届けてくれるのだ)。
 悪い兆しだとは思わない、と勝手に心の中で決める。
 飛行機に乗る直前に偶然読み終わったあの本の最後の文章を思い出す。

 【そして、そのことを考えてみると、人は、誰かが自分を待っている場所にあるべき時に、必ず行き着くものだと、私は思うのだった。】

 会う必要があったら、人は、確実にその存在としかるべきタイミングで出会うのだ。これまでだってそうやって生きてきたじゃないか!
 そんなわけで、セドナについて1時間ちょっとのうちに、私は早々と、あれだけ心に決めていたスエットロッジに行くことを諦める状況へと追い込まれた(明日またセンターを探してもいいけど、正直、気持ちがめげていた)。
 残念だけど、まあ、来たからにはまずヴォルテックスへ!
 こういうところ私はポジティブ馬鹿で、ヨーコちゃんも似たようなあっけらかんとしたポジティビティを持っていたことが旅の救いだった。
 二人で、何となく一つ目をベルロック(Bell Rock)に決め、最寄りのトレイルへとにかく車を急いだ。
 なぜなら、道に迷っていたたかだか30分のうちに、今度は、空模様がどんどんと怪しくなってきていたからだった。



ベルロック。 -



 一難去って、また、一難。
 今回の状況をこれほどわかりやすく表現できることわざは無いなあ、と、ひとりごちた。
 「アリゾナに住んでる親戚のおばちゃんに『雨って降ったりすると思う?』って聞いたら『そんなわけないじゃない、基本的にここは砂漠なのよ』って言われたのに!」
 と隣でヨーコちゃんが嘆いている。
 雨はベルロックに着くまでに本降りとなり、グッドニュースといえば、打ちつける雨粒が、道中の砂埃で薄汚れた車を洗浄してくれたことぐらいだった (ここまでくると前向きもなかば投げ槍だ。浄化の雨か?)。
 ベルロックトレイルに着いたときには一時的に小降りになったものの、時折、雷鳴が弾けんばかりに轟き、光の嘶(いなな)きが定期的に空を、ぎざぎざと、切り裂く。
 車窓越しに雷は何度も何度も空を走った。その勇ましい光を背景に、しんと、そびえ立つ赤肌の、ベルロック。
 結果的に、空も含め、私の前には見渡す限りの自然の力強さしか存在しないことになった。
 ・・・こんな力の前で人はいつでもあまりにも、ちっぽけだ(大昔からそれは、何も変わらないのだろう)。
 


 ベルロックは、その名の通り、大きな釣鐘の形をした岩山で、周りに比べると背は低めなのだが、肌がとても赤く、観ているとやはり遠近感を失うほど大きな存在感で迫ってくる(以降気づくのだが、パワースポットと呼ばれる箇所の岩山に近づくとどれもすべて遠近感を失う。太陽光も青い光が強くて、私やヨーコちゃんの肌がそういったエリア付近では青白く光って見えるし、育っているサボテンやアロエなどの植物の緑の発色が、木の幹までも少し蛍光を帯びて青白く反射している。その色味は、ここが特殊な場所であることを見る者に嫌でも認識させた。ヨーコちゃんはデザイナーなので、私よりもっと敏感に色の違いに反応していた。エナジーフローの変化か何なのかわからないが、その場に漂っている空気の濃さが違っていて、光の屈折率が変わっていたんじゃないかと今になって、思ったりする)。
 「どうする?登れる・・・かな。」
 東京で読みかじった知識で、セドナの岩肌は鉄分を含んでいるから赤いのだということを思い出しながら超・都会者の私は言った。
 鉄←雷って、ゴルフクラブ←雷? 私ベルトもしてるしデジカメも持ってる。
 うーん、やばくないか?
 「平らなところにいると、雷に当たりやすいから、くぼんだところを探しつつ、ゆっくり、行ってみようか。」
 弟が登山家で、彼女自身も山登りに慣れている自然派のヨーコちゃんが冷静に状況を判断する。
 そして、初めてのヴォルテックスへと、雨と雷の中、足を踏み出した。




 最初にベルロックに入って思ったのが、岩自体の力がものすごくあたたかくて、何かが湧き出ているようなエネルギーの流れがその場にあるということだった。でも、雷はやっぱり怖いので、おそるおそる、おっかなびっくりトレイルを、歩む。
 出発して地上200メートルくらいか? 中間部の台座のようになったなだらかな部分を横断しないとさらに険しい上へといけないギリギリのところまで移動して、岩の隙間に身体をうずめてみると、岩と岩のつなぎ目から、とてもあたたかい気が湧きでているのを感じた。
 なんというか、空気のお風呂? ミストならぬ、エアーサウナ?
 裂け目に背中を押し付けてみると、脊髄にじわじわと、あたたかさが沁みこむ。それはどちらかというとアッパーなエネルギーなので、なんだか分からないけれど、「とにかく上へ、上へ、ずんずん登りたいっ!」と気持ちを大きくさせるのだ。
 表情を探りつつ、ヨーコちゃんに、
 「もうちょっと、上に行ってみる?」
 と聞いてみたら、彼女もまったく同じことを感じていた。
 うーん、これがパワースポットの力なのか!?
 嬉しくなって二人で立ち上がって、よし、と坂道を登りかけたら、途端に大きな雷がゴロゴロドドッ!と鳴って、しかもそれはベルロックの頂上付近をかすめるように空を切り裂いた。
 大慌てでしゃがみこむ。心臓がちぢこまる。
 もう完全に空が、我々の浅はかなノリを笑っているようだった。
 周りには人影も無く、帽子にスニーカー姿できゃーきゃー騒ぐ小娘が二人(アメリカで日本人は30過ぎても小娘に見られがちだ・・・)。天上からはさぞ滑稽に見えたことだろう。そうまでされてやっと気づく。
 私、ベルロックに入るまでに挨拶も何もしていなかった。
 どんな神社に詣でても、鳥居をくぐるときにちゃんと黙礼をするなり無言で唱えるなりして挨拶をするのに。
 大いなる自然に対しての礼節にかけていたと、心の中で詫びを入れ、今後のセドナでの日々をどうかお守りください、と祈りをささげる。
 そうこうしているうちに雨は止み、空が少しずつひらけてきたが、上まで登る気力は無くなったので次のヴォルテックスへと向かった。

ホーリー・チャーチ、イエスの像。 -



 次に訪れたヴォルテックスは、ホーリークロス・チャーチ(Holly Cross Church)。
 赤い岩肌の切り立った崖の部分に、大きな教会が埋め込まれるようにして建っている。礼拝堂の奥(座って祈りをささげる方向)が一面大きなガラス張りになっていて、その向こうには、マリア像の形をした赤岩が見えるように設計されているとのこと。
 ここは、トレイルというわけでもなく、ただの礼拝堂なので、多くの観光客が訪れ、とてもにぎわっていた。残念ながら、特にそんなパワー的なものをあまり感じないまま、早々と立ち去る。やはり、人の手の加えられた後では、何かが少し違う気がした。
 サンセットまで少し時間があるので、南のほうの自然公園に遊びに行き、大きな木をいっぱい眺め、小川のせせらぎに耳を澄ましたりして時間をつぶす。
 気味悪いと思われるかもしれないが、古い神社や森に行くと、気になった大木に触れたり、抱きついたりして、彼らと交流することが大好きだ。自分の五感を自然に対して開放すると、彼らのささやかなエネルギーを感じ取って、つながることが出来る。ウェルカムされているかリジェクト(拒否)されているか、はっきりとわかることもある。人間嫌いの人や動物がいるのと同様、植物だって彼らの個性は場所によっても木によってもさまざまだ。
 その自然公園の自然は、とてもありのままに大人びていて、スマイルしかしない、決してLaugh(高笑い)はしないけど毎日明るいおじいさん、という感じだった。
 彼らは彼らの歴史の長さを、葉の揺れる音に鳥の鳴き声と川の音を控えめにハーモナイズさせて静かに、穏やかに語り続けていた。
 そして、初日の締めくくり。次なるヴォルテックス、エアポート・メサ(Airport Mesa)へサンセットを見るために、向かうことにした。





 エアポート・メサは、ベルロックに比べると穏やかなものの、同じくアッパーな感じの力を持っていた(ホテルに戻って読んだセドナに関する本に書いてあったのだが、両方とも男性的な気を持つという。確かに、外へと力を広げていく力強い、わりといきり立つような勢いが感じられた)。ここのすごいところは、頂上が台地なので、360度、自由に周りを見渡せるということだ。サンセットやサンライズを見るには格好の場所(太陽と、その日が当たる反対側との両方をいっぺんに見れる)だが、あいにく初日は雲がどうしても多く、そこそこの眺めだったが、散々な初日を締めくくる最後としてはじゅうぶんなエンディングだった。
  翌日は、カセドラル・ロック(Cathedral Rock)に、朝日をエアポート・メサで拝んでのち早々に行こうと決めた。ヨーコちゃんも私も、何故かいちばん行きたいと決めていたヴォルテックスだ。
 ホテルのベッドリネンとスプレッドのきき心地が最高で、あっという間に、眠りに、落ちる。
 ちなみに泊まったホテルはAmara Creek side Resort。
 
http://www.amararesort.com/
 
 これも直感でえいっ!と決めたのだが、アップタウンのど真ん中にあるのに静かで、火・地・風・水という世界を構成する四つの要素に基づいてホテル内が設計されているという、Zen的でもあり、インディアン思想的でもあるホテルだった。
 決めてからそのコンセプトは知ったのだけど、まあ今回はそういったことに意識的になりましょう、っていう何らかの導きだったのかも、と後になって、しみじみ思う。




2. セドナ. カセドラル・ロックの不思議。

カセドラル・ロック。トレイルはこのような急傾斜。 -




 翌朝の、エアポート・メサから拝む日の出は果てしなく最高で、もう何年もの間、朝日をじっくり見ながら身体をすみずみまで起こしていく生活をしていなかったことを思い出した(夜遊びもしくは仕事徹夜明けのそれはカウントには入らない)。
 太陽をじっと見ながら瞑想する。だんだん明るくなるにつれて自分の目が負けていき、太陽の輪郭がわからなくなるのが心地いい。
 西側の山肌に当たる日が徐々に徐々に拡がっていくさまが、荘厳だ。
 眠っていた夜の空気と、日の光がじわりじわりと混ざって世界が暖まっていく感触を全身で知覚して楽しむ。
 
 今日は、結構いい一日になるかもしれない。
 
 メサを出るとき、そんな予感がした。その足でコーヒーだけゲットし、早々にカセドラル・ロックへと向かう。
 トレイルの難易度は、Medium(中級)。
 読んだ書物にも「カセドラルはきつい。」と書いてあったが、その通り、登山初心者に等しい私にはかなり困難で、果てしない道のりだった(しかもそれはマクドナルドでまだハッシュポテトしか注文できない朝っぱらなのだ!)。
 私だけ息があがり、続く斜面で立ち止まっても転がり落ちそうに体のバランスを崩したりする。ペースの変わらないヨーコちゃんの背中を必死に追いかけ、やばそうなとこでは二足歩行をすぐにあきらめた。
 手を地面について這いつくばるようにして登っていく。途中で何度も(本当に何度も)めげそうになったのだが、前を行くヨーコちゃんがあまりにも平然と、足元確かにすたすた歩いていくので、両手まで使ってる私なんだからそこそこは行けるはずだろう、と必死で思い込んで岩にへばりついていたら、人足で登れる頂上部分まで知らないうちに辿り着いてしまい驚いた。
 短い休憩を入れて一時間くらいはかかっただろうか。
 道中振り返っても、自分の足でこんなところまで、本当に来ちゃったんだってことが、にわかに信じられないくらいに下界が、遠い。そして、空が、知らぬ間に、近い。
 「すごいよ、来ちゃったよ。ミネコちゃんが、ミネコちゃんに対してびっくりだよ。」
とつぶやいていたら、ヨーコちゃんが隣で受けていた。
 とにかく嬉しくて、思わず、数メートル先に垂直にそそり立つ巨大な岩肌にかけ寄って、両腕を精一杯に広げ抱きついた。
 その「地」の力を知覚する。
 登っている途中にもなんとなく感じていたのだが、とてもやわらかく、全身が包み込まれるような、ほわん、としたパワーを感じた。
 なんというか、ありきたりだけど“Mother”という言葉がやっぱりぴったり来る。
 別にパワースポットであろうと無かろうと、ありのままの自然だってだけでもう、十分に、圧倒的だ。

 「母なる、大地。」

 岩の力は、あたり一帯を包み込むような広さを感じさせつつも、穏やかで、慈愛に満ちていた。
 ヨーコちゃんが自分の好きなエリアを見つけたようだったので、私も心の赴くまま、その垂直の崖に沿った狭い足場を何となく進んでいった。

 カセドラル・ロックは、その名の通り、遠くから見ると昔の神殿のように太い柱が林立する佇まいをしている。私が人歩で行ける頂上と呼んでいるのは、その神殿の柱っぽく切り立った岩々の根元付近のことで、30センチ幅くらいのけもの道がところどころあったりして、岩壁にそってある程度、水平に散策することが出来た(トレイルの終点付近だけに少し、柱と柱の谷間のようにひらけた空間がある)。
 気の向くまま、西側の大きな柱をぐるりと150度回りこむくらいのところまで行ってみた。するとちょうど、人ひとりがあぐらを組んでしゃがみこめる幅に、三角にくぼんでいる岩の亀裂を発見する。
 ぴんと来た。

 (この場所大好きだ。私の場所、見つけた!)

 そのときの内心、喜びようといったら! 随分と昔からこの場所を知っている感覚にとらわれ、頂上についてからもずっと戦っていた、足を少し踏み外せば下まで簡単に転がり落ちて死んでしまうだろう、という恐怖感がその瞬間、あっけもなく消えた。
 直前の道をふさぐ棘のある低木も、もはや私の敵ではなく、神聖な場所を他の登山者から隠してくれているありがたいヴェールでしかなかった。
 私がインドのラビだったとしても、チベットの修行僧だったとしても、ギリシアの娼婦だったとしても、この場所を探して転生を繰り返し絶対に、また、訪れる。そういう類の場所だった。
 木を超え、たどり着くと、惑うことなく裸足になってしゃがみこむ。その場で深呼吸していると、自分がこの場所を好きだという気持ちがさらに強まっていく。ゆったりとした気分になる。しばらくの間、眼下に広がる自然にのんびり目をやったり、空を仰ぎ、時折まっすぐに描かれる飛行機雲を遠くに眺めたりした。
 こんな高いところなのに、ツバメが数羽、それぞれつがいになって歌を交わしながら飛び交っている。それを見ているだけでも十分に幸せだった。
 何となく、岩肌に頬をつけたくなったので、右側にあった赤岩のでっぱりに頭をくっつけてじっとしていると、突然、ささやかな人の声が聴こえてきた。

私の場所から見える天空。 -


 最初、付近を散歩する登山者の声かと思って、特に気にもしていなかった。だが、それにしてはボリュームが小さいし、その声は左の耳からしか聴こえてこないのだ。
 何だろう? 
 不思議に思って体を起こすと音は聞こえなくなる。あれ?と思って、腰を沈めて岩肌に元のようにもたれると、またその声は復活する。相変わらず左耳からしかそれは聞こえないのだが、鳥の鳴き声は両耳でちゃんと聞こえているので、耳が変になったわけでもなさそうだ。
 ひょっとすると、何かのテレパシーか、メッセージかもしれない・・・と、息をひそめ集中して、聴き入ってみる。
 声は、話し声では無く、とある低いメロディだった。それは何か静かな歌をゆっくりと、似たフレーズを何度も繰り返す調子で、低く、やわらかく、歌っていた。
 とても優しいけれど、静かな、心強さで。
 なつかしいなぁ、と顔をくしゃくしゃにしたくなる感覚に襲われる。
 やはりどこかで聞いたような気配だ。思いをめぐらすと似たような記憶が。そうだ! 

 これは、子守歌じゃないか!!
 
 私がずいぶん小さいときに、父が歌ってくれた韓国の古い民謡に、なんとなくだけれど似ていた。
 私の左耳で鳴っているのは、男の人と思われる、低く優しいトーンの語りかけるような歌声だった。
 そう思った途端、今度は私の右目だけから涙がふた筋、三角座りの膝元へとまっすぐにこぼれ落ちた。瞬間、謎がはっきりと解ける。

 左から、入り、右から、出る。
 これは、エネルギーの基本サイクルだ!

 この図式は私にとってとてもシンプルだった。なぜなら、人の身体は左半分が陰(-)、右半分が陽(+)で出来ている、ということを、数ヶ月前あるヒーラーに師事し学んだばかりだったからだ。
 水晶を使ってヒーリングするときなど、体に力を呼び込むときは石を左手に握り(=取り入れる)、体の毒を出すときは右手に握ったり(=吐き出す)する。日本に古く伝わる陰陽道の考え方や、中国の気功のそれも基本理念は同じだ。
 気は、陽から陰へと流れていく。万物の流れもそれに従う。
 つまり、私は左耳(-)でこの歌を受け取ったことで、右目(+)から涙として何かを押し出した=浄化したのだ。
 何か分からないけれど、ここに導かれてきたことを心の底から強く感じ、だからこそ、この場所を見つけたときに私の心が激しく喜んだことを理解した。 
 Prayer(祈り)。
 私がここで意識したのはこの言葉だ。


 納得して、その祠(ほこら)のような場所を出ると、ヨーコちゃんが離れたところに背を向けて座り、登ってきたのと逆側に広がる風景をのんびりと眺めていた。彼女の小柄な背中を見たときに、「She is your Guide, you know. (知ってるでしょ。彼女はあなたのガイドだよ。)」という声が聴こえた気がした。
 確かに、彼女と一緒にいなければ、私はこんな高いところまで到底歩んでこれなかった。途中でリタイヤして、普通に下界のマッサージやクリスタルの物色に力を注いでいたに違いないのだ。それを思うとまた泣きそうになったけれど、ヨーコちゃんは普通に、
 「ミネコ大丈夫? もっと奥に行ってみようか。」
 と提案しただけだった。

 私は心から感じていた。彼女は今回の私の旅のガイド役を担ってくれていた。
 起こることすべてには意味があり、それらはたいていが何かしら、繋がっている。

仙人のような、ヨーコちゃん。 -
- -


 祠(ほこら)のあったけもの道の逆側に、さらにもう少し上まで登れそうなトレイルを発見し、二人で上まで登りきってみたものの、その場所は個人的にあまり好きになれず、またあの祠に戻ろうと思って、ヨーコちゃんをそこに残してもと来た道を引き返した。
 人によって好みは分かれるものだ。
 ヨーコちゃんはそこが気に入ったらしく、さらに高い岩肌に出来た40センチ四方しかない出っぱりにひょいひょいっと簡単に移動して、さえぎるものの何もない自然をずっと眺めていたそうだ。

 さっきの子守歌しかり、カセドラル・ロックは、他にも何か面白いことがあるかもしれない。私の直感はそう言っていた。
 カセドラルと話をしてごらん。聞きたいこと、話したいこと、もらいたい言葉、届けたい思い。
 祠にしゃがんで以降、私は絶対的な安心感に包まれていた。体は軽く迷いが無く、心はまっすぐ落ち着いていた。
 風通しのいい平らな箇所に大の字に寝転んで、真っ青な空を見つめ、声にならない言葉を、飛ばしてみる。
 なぜ、こういった旅をしようと思ったのか。
 昨年末くらいから大きくなってきた、心の中の葛藤を打ち明ける。
 人は、私は、何のために生きるのか。なぜ、この人と出会い、あの人と別れるのか。私の今生のテーマは何なのか。心に決めた方向は、間違っていないか。あの時伝えた思いは欺瞞ではなかったか。あのことを考えると、この思いを胸に抱きしめると、血を吐くような焦燥を覚えるけれど、それが、「道」なのか。

 風が頬を撫でた。今のは知っている風だった。運ばれてきた言葉を耳ではない耳が捉えた。それは私を通り過ぎず私の上に、とどまった。大いなる自然が語っていた。風に乗せて言の葉が、次々と、胸に舞い降りた。
 忘れるのが惜しい! カメラ代わりに持ってきたケイタイのメール画面にあわてて文字を打ち込んでいく。



 


 『一人ひとりが愛のために生きるために
 壮大な行為は何一つ必要ではない。日々
 の小さな所作のなかにつねに壮大な愛が
 生まれている。例えるなら、母親の子守歌。
 それらが世の中から忘れられてしまうこと、
 我々は何よりもそれに気をつけなくてはならない。
 目の前で起こるすべては奇跡であり必然で
 ある。あなたがタヒチを好きなのなら、五反田
 に吹く風がタヒチを渡った風であると、ただ、
 見つければいいのだ。』 


- -


 風は次々と通り過ぎ、私の言葉を持ち去り、彼らの言葉を代わりに残して空の向こうに、消えた。
 (なんで、五反田なんだろう。)
 おかしく思いながらも、セドナの風が五反田を知っていると考えてみるのは、とても愉快なことだった。
 個人的にも見えたことがいくつかあり、ケイタイを閉じ、上体を起こす。降りる前にやっぱりもう一度あの祠へ行きたいや。私の場所。それは母なる子宮のように小さな小さなMy Space(→場所。空間。そして、宇宙だ!)。

 祠にまたひっそりと、体をおさめてみる。もう、子守歌は聞こえてこなかったが、じゅうぶんに満ち足りた気分で、また裸足になってぼーっとしていた。
 すると、
 「あの、お休み中のところ、すみません。」
 不意に声がしてびっくりする。
 今度はテレパシーではなかった。例の棘のある木の向こうから誰か、ひょっこりこちらをのぞきこんでいたのだ。
 完全に岩だけに気を許していたから、人影にまったく気づかなかった。
 「いや、決して怪しい者ではないんです。そちらに行くお姿をちらっと見かけまして、もしかしたら、と思って。日本の方ですか?」
 よほど私がぎょっとしていたのだろう、その人はあわてて言葉をつなげる。
 見た目、陽に焼けた普通の青年だったが、私はなんとなく肯いてみせるので精一杯だった。というか、日本人? こんなところで会うのもびっくりだしここ正規のトレイルから離れた場所だしやっぱり怪しくないか?(唯一の道を彼がふさいでいるので、転がり落ちるしか逃げ場所が、無い・・・)
 彼は焦ってしゃべり続けている。
 「いやあの、普段は、こうやってお休みされている方とかには僕は絶対に声をかけたりはしないんですけど、もしかしたら、スエットロッジにご興味とか、おありかなあと思いまして、」
 「え? スエットロッジ? 興味ありますけど!」
 今度は私があわてて声をあげる番だった。
 彼の顔が少し輝いた。
 「実は、ネイティブ・インディアンのとりおこなうスエットロッジ体験の、現地コーディネーターを僕してまして、普段は金曜日にしかやらないんですが、他のお客様でどうしても木曜日にしてほしいというリクエストが今回ありまして、あと二人ほど空きがある状況なんです。なので、もし、ご興味あればと、思いまして。そういうわけで、やるとすると明日なので、急な話では、あるんですが。」
 「それものすごく興味があるんです!」
 気づけば条件反射で言っていた。
 スエットロッジ! 本来の目的! 
 正直もう怪しくてもいいか、と思うほど、やっぱり受けたいと思った。でもこんなとこで勧誘? てか私明日の夜には旅立つのだ。だからやるとしたら逆に木曜日じゃないと、駄目なのだ。金曜日だと絶対に、駄目なのだ。だから逆にばっちりだ。なんだかすべてが素っ頓狂で、でも理想的で、面白いじゃないか!
 「いやーぁ。それは良かったです。」
 と彼はほっとした様子で名を名乗り、所属するエージェンシーについても手短に紹介してくれた。
 その後はとんとん拍子。夕方に再度連絡を取り合いましょう、と電話番号を交換し、費用の内訳や、待ち合わせ時間、身なりについての簡単な注意を聞いた。
 ここまで三分くらいか? 私はとうとうスエットロッジの予約にこぎつけたのだ!
 まだ混乱しているけれど、とにかく、“やった!”
 嬉しくてつい、話しかけてみる。
 「実は日本にいるときから、受けてみたいと思っていて、しかもこの人にお願いしたいって思っていた人がいたんですけど連絡先がどうしてもわからなくて。」
 「その方、どなたですか?」
 「えーっと、バーなんとかさん、っていう方なんですけど。あれ?」
 あれだけ焦がれた人なのにとっさに名前が出てこず、何て名だったっけ、ともだえていると、
 「僕がご紹介するのは、バーノン・フォスターというラコタ族のメディスン・マンです。とても素敵な方ですよ。」
 私は自分の耳を疑った。あまりにも突然で声が出なかった。
 それ、ビンゴなんだけど! 
 その人ですよ!私が探していたのは!!
 まじで!?
 「それでは、どうもお休みのところお邪魔してすみませんでした。また、夕方に!」
 あっけにとられる私を残して、あっという間に彼は消えていた。
 足音はすぐに遠ざかり、何も無かったかのように私は一人になり、数分前と同じ空間が戻ってきて、遠くでツバメがきん、と鳴いた。
 「嘘でしょー。」
 と、思わず、わざと声に出して言ってみたり。
 でも、嘘ではなかった。
 ケイタイのメモリには彼の連絡先がちゃんと残されていた。
 何か、目に見えない存在の強い意図を感じた。
 どうやってもビジターインフォメーションにたどり着けなかったことの、説明が、これでつく。昨日そこにたどり着いていたら、バーノンさんに行き当たらなかったとしても、私は絶対に何らかのロッジを予約していた(2泊3日の旅。時間は限られていた!)。
 その必要は無かったのだ。そっちに行っちゃいけなかった。だって今日、この時間に、この場所に、彼に会うようになっていたのだ。最初からたぶん、決まっていたのだ。
 昨日のあれは、「正しい道」にいることを示す、「前兆」だった。
 なのに私、ただ逆ギレしてた・・・(まあそれが良い効果を生んだとも取れるのだが)。




 その後、ヨーコちゃんに会って早速、スエットロッジを予約できたてん末を話して聞かせた。
 彼女は、
 「ひょーー!」
 と一言だけ言って立ったまま言葉を失っていた。
 そりゃそうだ。
 こういうときには一言、「ひょーー!」と言うしか無い。
 何て正しい受け答えなんだヨーコちゃん!
 こういうときにぴったりの響きだ。妙に深々と納得だ。
 世の中の歯車が久方ぶりに、きちっきちっと在るべきポイントに抜け目無くはまっている感じだ!
 
 時間はまだ午後一時だったが、成すべきことはすべて果たした気分だった。最後に、二人でリンゴを一個ずつ食べて、帰りは驚くくらい足取りも軽やかにカセドラルを、(ヨーコちゃんは人らしく、私は両手両足お尻ですべりながら)降りた。ディーゼルのお気に入りのデニムが、汚れようともうへっちゃらだった。
 あんなにさわやかで甘いリンゴの味を、しばらくの間忘れることは無いだろう。
 
 起こることすべてには意味があり、
 それらはたいていが何かしら、繋がっていた。

 そして、来るスエットロッジがこれまたとんでもないものになろうとは、そのときの私にはまだ、まったくもって知る由も無かった。


3.スエットロッジ、それはひとつの始まり。

朝のベルロック。 -


 セドナ最終日。そしてスエットロッジの日。
 サンライズはエアポート・メサでなく、ベルロックで見ようとヨーコちゃんと決めた。
 初日に登りきれなかった復活戦の意味もあるが、日が昇っていく力強いイメージに、いちばんしっくり来るのがベルロックの持つ猛々しさだと思ったからだ。
 徐々に明けていく薄闇の中、トレイルを進む。夜風に冷やされて冷たくなっているはずの岩道なのに、なぜか発される熱のような力を感じる。カセドラルで感じるのとは違う、どこかで拒否される可能性があると思うような、反発的な、力。
 この力がきっと、ベルロックがいちばんに男性的なヴォルテックスであると言われている由縁なんだろう。

 昨日のカセドラルで散々鍛えられたせいか、道中はそんなに困難ではなかったが、ある程度上まで進むとトレイルの目印が途切れてしまっていた。ヨーコちゃんと、直感で道を選びながら行けそうなところまでよじ登ってみる。
 そのうち、太陽の光が他より赤いベルロックの峰をさらに赤く照らし始めてきた。こうやってまた世界が、東から順番に新しい朝を迎えていく。
 その光をのんびり眺めたい、と思うのだが、じっくり踏ん張れる足場をなかなか探すことが出来ないせいもあって、どうも気持ちが落ち着かなかった。頂上付近のベルロックはなんというか、先が鈍くとがっているような気を発していて、岩肌に背中をつけて下界を見下ろそうとすると、そのまま背中をひょいっと押し返されてしまいそうな威圧感があるパワーなのだ。
 まだ私よりはそういった自然の怖さに慣れているはずのヨーコちゃんでも、長居しようとは言わないほど、朝の、そして頂上の、ベルロックの力は強かった。
 恐怖心に負けながら山を降り始める。案の定、帰りの道を見失った。大丈夫かなと思って降り立った岩場が切り立った崖のようになっていて、しかも出っぱった崖に私は降り立ってしまったらしく、下の足場がまったく見えない。
 行きには通らなかった道だった。はっと気づくと、ヨーコちゃんともはぐれてしまっている。
 「ヨーコちゃん!」
 とあわてて叫ぶと、
 「ミネコこっちー!」
 と聞こえた声が、遠かった。
 彼女は4つほど向こうの大きな岩の出っ張りの上で、まだ低い太陽を背にして、両手を振っていた。距離にして、ざっと100mぐらいか。そして、私の居場所は、逆側の端っこの、崖っぷちだ。
 どうやって下まで辿り着けばいいのか? 
 私自分のガイドを見失っていた! しまった!
 二つの気持ちが一度にこみ上げてきて、瞬間でパニック状態になる。とっさに叫んだ。
 「どうしよう! ヨーコちゃん! 降りれない!!」
 ヨーコちゃんの声が少しして戻ってくる。
 「なんとかこっちまで、来れない?」
 よく見てみると、彼女の立っている足場には、そこがトレイルの通過点であると示す目印のブロックが積まれていた。
 正しい道はヨーコちゃんのほうだった。直感とただの思いつきを取り違えてはいけないのだ。
 自分の間違いは、自分で正さなければならない。
 とっさに鳥のように、俯瞰で自身の足場を見下ろしている自分をイメージした。この旅で初めての、山道の洗礼だ。でも私、スエットロッジに行かなければ。行く必要があるのなら、今、ここで死ぬことは絶対に無いし、今ここで死ぬという予定はどう考えても私のライフスケジュールに無いことを、自問し、確認する。
 そこで、気持ちを決めた。
 たどりつく。
 そのための道が絶対にこの岩々のなかにある。
 
 そうやって深呼吸を一つすると、心がかなり落ち着いたので、その場の雰囲気に身を任せてみて、そうすると何か情報をもらえるだろうとこれもまた心に決めた。
 岩に同化するような気持ちで、目前の岩を次々眺めていく。ヨーコちゃんがいる岩に移るために、3つほど大岩を超えないといけないのだが、降りるのでなく、少し登りながら移動すれば、次の岩へと下っていけそうなルートに、ところどころつかまることの出来そうな木も生えていた。
 よし。行こう。決めた後は驚くほど早かった。
 もしかしたら前世は忍者だったんじゃないかと錯覚しそうなほど、無駄な考えをする時間も無くヨーコちゃんの岩にたどりつく。
 ついた途端に脱力した。ほんとうに、どっと、疲れた。手足が緊張で知らぬ間に冷たくなっていた。
 ヨーコちゃんの笑顔だけが、背中にのぼっていく太陽みたいにあたたかく、身にしみる。
 そのあとはいそいそとトレイルを下り、持ってきていた朝ごはんをふもとでゆっくりと食べて、ベルロックを後にした。
 カセドラルの優しさと、ベルロックの、険しさ。
 自身の不注意のせいではあるが、自然の持っている両方の顔を、結果的にものすごく対照的に味わう最終日の始まりとなった。

ボイントン。カチーナ。 -
ボイントンにて。水晶が埋まっている。 -


 スエットロッジは午後1時からなので、それまでの間、最後のヴォルテックスでもあるボイントン・キャニオン(Boynton Canyon)に向かった。
 ボイントン・キャニオンは、セドナの中心部からいちばん離れたところにあるヴォルテックスで、トレイルの難易度としてはEasy(簡単)、基本的になだらかな道が続いているようだった。
 2、3時間かけて歩くルートもあったのだが、まだ10時前にしてはかなり気温が高く、長距離のトレイルはきつそうだったので、30分くらいで上にたどりつけるショートトレイルを選んだ(スエットロッジ用の体力を残しておく必要もあった)。
 トレイルの、とある付近、頂上が近く見えたな、と思い始めるあたりから、他のヴォルテックス同様太陽の光が青白く変わり始め、そのせいで世界が蛍光に発色しているように見えてくる。その感覚が面白いので、道中、自分の腕を何度も何度も太陽光にかざしていろんな角度で見てみたりして遊ぶ。地面をゆっくり這う真っ白なトカゲやカマキリも見つけた。
 何となく、ここは「何かを生み出す、変容させる」パワーが強い感じがした。
 体感する力としては穏やかだけど、カセドラルのよりはもう少し自己主張する感じか。
 頂上には、ネイティブ・インディアンの女神と呼ばれている、「カチーナ・ウーマン」という岩がそびえていた。これは女性的なパワーの象徴だという。その岩に向かい合うようにして、数十メートル離れたところに男性的なパワーを持つ岩が立っている。
 
 男性性と女性性。その融合。
 
 カチーナ側の岩かげに腰掛けて、時折吹く風に頬をゆるめてぼんやり考えていたのだが、カチーナの岩肌に埋まっている水晶の数が他のヴォルテックスよりも大きかったり多いことに気づいて納得した。(ヴォルテックスの赤岩には、たまに白く光っている箇所があって、そういうところには水晶の結晶が小さく埋まっていることが多い。手をかざすと、たいてい何らかのパワーの反射を感じる。それがその石の持つ力だったりする。)
 男性と女性が結合することで子どもが生まれるように、ボイントンにもそういった両方のエネルギーの融合する磁場があり、だから水晶がたくさん生まれるのではないか。
 異なるエネルギーが交じり合うことで、それは何かを変容させる別の力を発し始める。
 どちらかというと、女性的なパワーは精神に、男性的なパワーは肉体に働きかけるようにも思う。それはカセドラルとベルロックの対比にも当てはまった。
 やはり、ボイントンも何らかの不思議なパワーを発している場所のようだった。その証拠に、カセドラルの時に近い感覚で、何らかの存在が私に話しかけたそうにしているのをまた体の左半分で感じていたのだが、ベルロックの疲れがまだ残っているのと、スエットロッジに気持ちがとられている部分もあり、心を開放することは出来なかった。
 また、来ます、そのときに会いましょう、と、心の中でメッセージを岩肌に飛ばして、ヨーコちゃんと帰途についた。
 基本的には好奇心が旺盛で、自分の無理に気づかず、気になることはどんどん押し進め追究して体力が持たずにいきなり倒れたりする性分だったのだが、このセドナの旅で、いつの間にか、「無理をしないということも一つの正しい戦い方だ。」ということを、少しずつではあるが学び始めているようだった。他の人にとっては当たり前のことかもしれないのだが、「当たって砕けろ、砕けてから考えろ。」と平然と公言していた私にとっては、それはなかなかに重要な、発見だった。

 最初はどうなることかと思った二泊三日のセドナ旅行も、振り返ってみれば目標どおり、全てのヴォルテックスを制覇し、朝日夕日を何度も味わい、おまけに雷にも遭遇し、残すところはスエットロッジだけとなっていた。
 思い残すことは何も無かった。
 ホテルロビーで、迎えに現れた現地エージェンシーの女性と落ち合う。
 一路、バーノンさんの家まで、車を誘導してもらうこととなった。


- -


 バーノンさんの家は、セドナから空港のあるフェニックス方面へ、元来た道を45分ほど戻る途中のとある町にあった。
 家の前で、一緒にロッジを体験する参加者の人たちと軽く挨拶を交わす。
 僭越(せんえつ)ながら、生まれて初めてのネイティブ・インディアンとの遭遇だ。高ぶる気持ちをおさえつつ、家に入る。
 すると、ジーンズをはき胸元にNIKEのスウッシュマークの入ったトレーナーを着たおじさんが、黒い革張りのソファにSUBWAYのプラスチックのLサイズコップを右手に座っていた。
 周りでは、小学低学年くらいの女の子と4歳くらいの男の子が、小さなバランスボールを投げあいっこして遊んでいる。
 「彼がバーノン・フォスターさんです。」
 エージェンシーの女性が彼に、How have you been?(お元気ですか?) と親しげに声をかけている。
 正直、あまりにも現代的な雰囲気で一瞬拍子抜けしたのだが、自分の無知さ加減に少し、恥ずかしくなった。
 ある意味、アイダホを一歩も出たことの無いアメリカ人が、日本人はチョンマゲにカミシモ姿に違いない、と思っている(かもしれない)ことと変わらない。
 私はどこかで、頭に羽根飾りをつけた上半身裸の人と出会うことを想定していたのだろうか。
 21世紀のインディアンだもん、ジーンズをはくし、NIKEだって着る。バランスボールダイエットをしてるかもしれないし、パソコンだって使えるわけで。いやはやほんとに自分のイメージの貧困さにがっくりだ。
 ごめんなさいバーノンさん・・・と思いつつ挨拶をしてみると、私の手を握り返した彼の手のひらはとても温かく、微笑む口元と眼光は、優しいが、強く鋭かった。
 後ろに流された白髪交じりの黒髪は長くさらさらで、インディアンはいつでも風を感じるために髪を伸ばす風習がある、というどこかで読みかじった知識を思い出した。
 彼は、4代目の、ラコタ族の純血のインディアンだった。
 目の前のこの人には、風を感じ、自然を感じ、それと共に生きている者独特の、都会人とはまったく違う生命力の強さが垣間見えた。
 存在が深かった。セドナ初日の自然公園で出会った、でっかい木みたいなパワーだ。
 ・・・そうか、インディアンってこういう存在だったのか。
 「人に会って挨拶をするときに、ただ握手をして名前を言っただけでは、お互いの気持ちに交流は生まれない。でも、相手の目をしっかり見て、自分が何者であるかをちゃんと言葉で説明し、会いたいと思っていたと気持ちを込めて手を握り返すと、そこに気持ちの交流が生まれて、人と人はつながり始める。何かが何かとつながるというのは、つまりそういうことだ。そして、インディアンは、そのつながりの重要性を、いつも意識して生きている。」
 バーノンさんは、みんながソファに腰掛けたのを見ると、おもむろに、そう話し始めた。
 それからは、およそ1時間くらいだろうか。
 スエットロッジに使う石が炎に熱せられ十分に熱くなるまでの間、彼はぽつぽつといろんな話を私たちに語った。おじいさんが、子どもに向けて世の中の仕組みについてわかりやすく説明するかのように、でもけして子供だからといって言葉を省略したりすることのない真摯な調子で、インディアンについて、語ってくれた。
 正直言って、もうその話だけでもここに来た価値があった、と思えるような時間だった。
 ヨーコちゃんは私の隣でその大きな目をうるうるさせながら話に聞き入っているし、私は私で、今まで心の中でもやっと考えていた事柄たちが、簡潔な言葉に置き換えられ、しかもより明確に教えられている感じで、感動で胸が始終どきどきしていた。
 でもその空間自体はとても穏やかで、人なつっこい猫が一匹どこからともなく入り込んで、次から次へといろんな人の膝の上に乗っかっては、ゴロゴロとのどを鳴らし、頭を撫でられるのをせがんでいた。
 彼が話していたのは、羅列すると、こういった事柄だ。

- -



 「インディアンは、常にバランスというものを重要視して生きている。
 goodでも、badでもなくその中間にいることが、バランスをとることだ。
 goodに寄り過ぎるとbadが生まれるし、その逆もしかり。
 どちらがいいというわけでも、悪いというわけでもない、goodの中にだってbadがあるし、その逆もしかり。
 中間にいるとそれらを客観的に見つめることが出来る。
 片側に寄り過ぎるとそれは調和ではなくなってしまう。」


 「今の人たちにも言えることだ。
 今の人たちは、頭だけを使って生きている。
 人は常に論理的であれと思っている。
 理論で説明されることだけが、正しいとされる傾向もある。
 インディアンは違う。
 ただそれは、論理的に生きるな、と言っていることではない。
 Intellectual(知性)とSpiritual(精神性)のバランスをとることが大切なのだ。
 考えてもわからないことはそのまま受け入れればいい。
 だってそれはもう、考えても答えは出てこないのだから。
 頭や目だけで物事を見ようとすると、どうしても説明できないことにぶつかったときに、どうしようもなくなる。
 心を開放すればいいのだ。
 頭と目だけに頼らず、心が話すことを自由に話させるのだ。」


 「911の事件が起こったときに、世界じゅうが悲嘆にくれたが、
 唯一、インディアンだけが平常心だった。
 インディアンはあの時、あれだけの悲劇が起こったからこそ変えられる希望のかけらがあそこにあるのだと見つめていた。
 物事は、起こるべくして起こるし、そこには必ず意味がある。
 普段からそういう心づもりでいればいい。
 すると、何が起こってもパニックになったりせず、冷静に対処することが可能になる。」


 「宗教はSpiritualと同義語ではない。
 一般に言われている宗教とは、言ってみれば紙の上のことだけを示す。
 神は一人ひとりの心の中にそれぞれの神としてあり、それらはすべてつながっている。
 人だけではない、動物や、植物や、自然のあらゆるものには精霊が宿り、
 それらもすべてつながっているのだ。
 そのことを理解さえすれば、我々は、お互いにすべてのものを尊重しあうことが出来る。」


 ・・・願わくば、このままずっと話を聞いていたい、と思ってしまいそうに、彼の紡ぎだす言葉はシンプルに、そして深く心にしみわたった。途中、インディアンの言葉で、「地球の歌」というのを私たちに歌ってくれ、一緒にハミングしようとも言ってくれた。
 生まれて初めて聴いたインディアン・ソングは、簡単なメロディがとても懐かしく、日本の民謡にも近いゆったりとした歌だった。
 インディアンは「ミタケ・オヤシン(Mitakuye Oyasin)」という言葉を繰り返し使う。それは、「すべてのものはつながっている。」という彼らの信条をあらわす言葉なのだが、まさに、あらゆるものはつながっているのだ、昔から。そのことをすんなりと納得できるような、あたたかい調べだった。私がと言うよりも、私の細胞というか、前世? 守護霊というか、とにかく昔からのさまざまな私が「ああそのメロディなら知ってるよ。」と、うなずいてしまうメロディだった。
 人を含むすべての子どもたちへ。そしてそのすべての母である、地球のための、子守歌だ。



 「インディアンは、常にバランスというものを重要視して生きている。
 goodでも、badでもなくその中間にいることが、バランスをとることだ。
 goodに寄り過ぎるとbadが生まれるし、その逆もしかり。
 どちらがいいというわけでも、悪いというわけでもない、goodの中にだってbadがあるし、その逆もしかり。
 中間にいるとそれらを客観的に見つめることが出来る。
 片側に寄り過ぎるとそれは調和ではなくなってしまう。」


 「今の人たちにも言えることだ。
 今の人たちは、頭だけを使って生きている。
 人は常に論理的であれと思っている。
 理論で説明されることだけが、正しいとされる傾向もある。
 インディアンは違う。
 ただそれは、論理的に生きるな、と言っていることではない。
 Intellectual(知性)とSpiritual(精神性)のバランスをとることが大切なのだ。
 考えてもわからないことはそのまま受け入れればいい。
 だってそれはもう、考えても答えは出てこないのだから。
 頭や目だけで物事を見ようとすると、どうしても説明できないことにぶつかったときに、どうしようもなくなる。
 心を開放すればいいのだ。
 頭と目だけに頼らず、心が話すことを自由に話させるのだ。」


 「911の事件が起こったときに、世界じゅうが悲嘆にくれたが、
 唯一、インディアンだけが平常心だった。
 インディアンはあの時、あれだけの悲劇が起こったからこそ変えられる希望のかけらがあそこにあるのだと見つめていた。
 物事は、起こるべくして起こるし、そこには必ず意味がある。
 普段からそういう心づもりでいればいい。
 すると、何が起こってもパニックになったりせず、冷静に対処することが可能になる。」


 「宗教はSpiritualと同義語ではない。
 一般に言われている宗教とは、言ってみれば紙の上のことだけを示す。
 神は一人ひとりの心の中にそれぞれの神としてあり、それらはすべてつながっている。
 人だけではない、動物や、植物や、自然のあらゆるものには精霊が宿り、
 それらもすべてつながっているのだ。
 そのことを理解さえすれば、我々は、お互いにすべてのものを尊重しあうことが出来る。」


 ・・・願わくば、このままずっと話を聞いていたい、と思ってしまいそうに、彼の紡ぎだす言葉はシンプルに、そして深く心にしみわたった。途中、インディアンの言葉で、「地球の歌」というのを私たちに歌ってくれ、一緒にハミングしようとも言ってくれた。
 生まれて初めて聴いたインディアン・ソングは、簡単なメロディがとても懐かしく、日本の民謡にも近いゆったりとした歌だった。
 インディアンは「ミタケ・オヤシン(Mitakuye Oyasin)」という言葉を繰り返し使う。
 それは、「すべてのものはつながっている。」という彼らの信条をあらわす言葉なのだが、まさに、あらゆるものはつながっているのだ、昔から。そのことをすんなりと納得できるような、あたたかい調べだった。
 私がと言うよりも、私の細胞というか、前世? 守護霊というか、とにかく昔からのさまざまな私が「ああそのメロディなら知ってるよ。」と、うなずいてしまうメロディだった。
 人を含むすべての子どもたちへ。そしてそのすべての母である、地球のための、子守歌だ。





 石が十分にあたたまったというファイヤーキーパー(儀式の間、ロッジ内へ運ばれる石のために、石の温度を下げないように外で火をたき続ける人のことをいう。今回のロッジでは、バーノンさんの次女がやってくれた。彼女にとって、初めてのファイヤーキーパー体験だったそうだ。)からの知らせを受け、私たちはついに、ロッジに入るため洋服を着替えることになった。
 ロッジに入る時、女性はロングスカート姿に上は袖のついているもの、男性は上半身裸となり、伝統的にはサロンのような腰布を巻く(参加者の男性は海水ズボン姿だった)。
 着替えてきたバーノンさんは、赤い腰巻にメディスンバッグを携えていて、さすがにインディアンとしての風格をまざまざと見せ付けた。
 いざ、スエットロッジへ。
 バーノンさん宅の裏にある庭へ出ると、小さな半球型をしたドームが設置されていた。
 これが、ラコタ族の言葉で「イニィプー(子宮)」と呼ばれる、スエットロッジそのものだった。
 ロッジ自体は、12本の柳の枝を使ってまずドーム上に骨組みを組むことから始まる。それは、男性のあばら骨を意味するそうだ。そこに、女性の織る布が幾重にもかけられる。布は風などに飛ばされないよう、純潔を意味する純血色のリボンで骨枝に固定され、ドームが出来上がる。
 ドームの入り口を布で覆ってしまうと、中は完全なる真っ暗闇だ。
 男性性と女性性が、“純血”によって一つとなる場所。
 インディアンは、それを「母なる大地の子宮」であると見立て、人々がそこに戻り、そしてまた生まれる(=外に出る)、すなわち、肉体と魂がいったん浄化され再生するという儀式に仕立てた。
 それが、スエットロッジだ。
 
 ドームの真ん中には、囲炉裏のようにくぼんだ箇所が作られる。儀式の間、メディスン・マン(=ここで言うバーノンさんのこと)の合図でファイヤーキーパーが真っ赤に焼けた石を4回に分けてそこに運び込んでいき、ドームの中を蒸しサウナ状態にする。
 彼らはその4回の儀式すべてを「Journey=旅」と呼んでいた。4とは、東西南北のそれぞれの方角を意味し、同時に火、木、水、石を意味していた。
 つまり、スエットロッジとは、世の中を構成するあらゆる存在、そしてすべての方角への、小旅行なのだ。それを助ける=ガイドする石のことを、彼らはTunkasila(トゥンカシラ)(Grand Father=おじいちゃん)、と呼んでいた。
 精霊は万物に宿ると信じる彼らにとって、歴史の流れを物言わずただ眺めてきた「石」という存在は、知恵に長けたおじいちゃん、そのものなのだ。そのおじいちゃんの助けを借りて、ロッジの中に精霊を呼び込み、儀式は執り行われる。
 ファイヤーキーパーは焼け石を、7つ、一つの旅ごとにロッジに運ぶ。
 7とはつまり、東、西、南、北、天上、大地、中心=自身の心。
 これらすべてのためにおじいちゃんに力を借り、必要な精霊をドームに呼びいれ、集った者たちの祈りを聞き入れてもらうよう、メディスン・マンが儀式をガイドしていくのだ。

 ロッジに入るときには、自分の名前を告げて、入ってからはけして腰を上げることなく囲炉裏を前にしてあぐらを組んだ。
 今回、ヨーコちゃんは生理中で、残念ながら参加することが出来なかった。
 生理中の女性は、インディアンの考え方ではとても神聖な存在らしく、彼女はそれだけで神と直接にコミュニケーションがとれる状態なのだそうだ(ちなみに、男性は直接コネクトするすべが無いため、精霊や儀式を使う。女性は得だ、とバーノンさんがうらやましそうに呟いていたのが印象的だった)。彼女がロッジに入ると、神とコネクトする力が強大すぎて、すべてのパワーが彼女に引っ張られてしまうらしく、したがって生理中の女性はロッジに入ることを禁じられているそうだ。
 ただ、そういう存在が一緒にいるということは、今回のロッジを強力なものにするだろう、と、バーノンさんはロッジの中で繰り返し口にした。
 何となくだが、私もそれを感じていた。
 このタイミングで生理になってしまったことは彼女にとっては不本意かもしれない。でも私にとっては、彼女は最後まで今回の旅の心強いガイドであり、ロッジでも別行動を取ることなく、そばにいてくれたことが、もうそれだけでありがたいことだった。

 最初の、7つの石がロッジに運び込まれた。
 バーノンさんは、その石にメディスンバッグから取り出した松の幹の破片を振りまいた。石の表面が焼ける木の粉でちかちかと真っ赤に光る。松やにの香ばしい匂いが、鼻腔を幾度もかすめとる。
 「精霊たちはこの香りが大好きだから、この香りは儀式の助けになる。」
 とバーノンさんは言った。

 そして、最初のJourneyが始まった。



- -


 「最初の方角は、西へ。精霊を呼び込む歓迎の祈りをささげます。共に歌いましょう。」
 ガラガラのような楽器を振り回しながら、バーノンさんは歌いだした。
 扉も閉ざされた、真っ暗な蒸しサウナの中で、たどたどしくハミングしてみると、ガラガラの音とバーノンさんの歌声がぐるぐると頭の中を侵し始める。
 不思議なのは、バーノンさんの声に合わせて、体が勝手に上体を揺らし始めたことだった。意識ははっきりしているのだが、体が先にトランスしている。あまりにも自由勝手に揺れているので、まあ、気持ちよさそうだし、そのまま身をゆだねよう、と思っていると、真っ暗な目の前で小さな光がぱちぱちと弾け始めた。松の粉がはぜているのかと思ったのだが、頭の上とかでも光ははぜているので、松の粉というわけでも無いらしい。
 後になって、どうやらそれは登場し始めた精霊だったらしいことが分かったのだが、そのときはその光が単純に綺麗で、暗闇ですごーい、すごーい、と見つめながらさかんに体を揺らしているうちに、最初の旅は終わった。
 「精霊たちがたくさん集まってきています。最初の旅を終わります。最後に、みんなで唱えましょう。ミタケ・オヤシン(すべてのものはつながっている)!はい!」
 バーノンさんの掛け声で、最後みんなで声を揃えると、入り口の布が上げられた。
 途端に、外気がドームに入り込んできて、自分がいかに蒸した空気の中に座っていたのか気づいた。

 やっぱり、暑い。

 体じゅう、すでに汗びっしょりで、一緒に参加したある女性はその時点でぼろぼろに泣いていたことに、世界が明るくなって初めて、気づいた。
 ファイヤーキーパーは黙々と次のための石をドーム内に運び込み始めている。
 石が目の前に放り込まれるたび、熱気がじわじわと、肌に襲い掛かる。

 「二番目の旅は、北へ。ここでは、自分のために祈ります。これまでの人生を振り返ってください。子どものとき、成長していく過程で、大人になってからと、印象的に覚えていることを、次々に思い出すのです。それを通して、どういう人生を送ってきたのかを精霊に伝えて下さい。その後、これからどういう存在になっていきたいのか、声に出して、精霊に伝えてください。きっとあなたを助けてくれるでしょう。この中は真っ暗闇だし、どれだけ声を出そうと、隣の人にあなたの声は聞こえません。だから、安心して。」
 7つの石が運ばれる間、静かな声でバーノンさんは言った。
 振りかけられる松の粉が燃える匂いが心地よかった。蒸しサウナ状態の暑さがだんだんときつくなっている感じがしたが、バーノンさんの言うとおりに、ぼんやりと自分の子ども時代を思い出しているうちに、また、扉は閉ざされた。
 真っ暗闇の中で、バーノンさんの新たな祈りの声とガラガラの音が響き始めた。
 ・・・子どもの頃のこと。印象的ないくつかの思い出が頭をよぎった。それらのいくつかは悲しく、さびしい記憶だったのだが、私は大人になってからそれらについてはずいぶんと咀嚼(そしゃく)していて、乗り越えていたので、少し懐かしい面持ちでその思い出を見送るだけだった。
 その後は、成人して、仕事を始めて、人をほんとうに好きになることを覚えて。
 いろんな記憶が頭を駆け抜ける。素敵な記憶もたくさんあった。くやしい思いもあったし、自分の無力さにやけになりそうになったこととかも思い出した。ふんわりと笑い出す優しい思い出もあれば、ふとした修羅場で泣きながら男を追いかけたことなんかも思い出した。
 そのあと、とある風景で自分の心が立ち止まった。それは、そのとき付き合っていた人と一緒に行った、夏の、誰もいない小さな砂浜でのことだった。プライベートビーチのように貸切状態で二人っきりで遊んだあとに、泳ぎ疲れて
 「歩きたくない。」
 とだだをこねた私の手を引っ張って歩き出した彼の背中と、その素足にスニーカーの骨ばったくるぶしと、地面に伸びた力強い彼のシルエットだった。
 彼は、心無いハブが躍り出てビーサン姿の私に噛み付くことのないように、何度も何度も振り返って私の足もとと顔を見ては、少し傾斜のある沖縄の離島の道を、無言で引っ張っていってくれた。
 それは、夏ならではの光景で、空は果てしなく青く、彼の背中の影はくっきりと力強い黒を砂交じりの山道に正確に描いていて、次第に遠ざかっていく波音と草木の揺れる音を聞きながら、私、この人がおじいちゃんになって私が同じくおばあちゃんになっても、こうやって私の手を引っ張っていて欲しいんだ、つないだ手を離せない恋をつなげていければなんて素敵なんだろう、と思って泣きそうになった、あの愛おしい瞬間たちだった。

 ああ、なんて懐かしいんだ。
 私あのとき、ほんとうにあの人に、惚れていた。
 幸せだったな。

 そう思うと、涙がこみあげてきた。
 それと一緒に、心が勝手にしゃべりはじめた。

 しゃべっているのは私ではなかった。私の心だった。私なんだけどいつもの私じゃない器官が、私の声帯を使っている。それが、心だった。
 私はそこで初めて、これまで使っていた言葉は私の頭で考えられた言葉たちだったのだと気づかされた。
 たった今、心は大いなる言葉を手にしていた。そして心は、これからの私に対しての祈りをささげ始めた。すると、バーノンさんの祈りの声とガラガラを振る音が一段と大きくなり、私は他の参加者の祈りをまったく気にすることもなく、心の思うままに祈りの言葉を声にすることが出来た。
 異常な温度の中、両手をきつく握りしめて精霊を思った。
 心は変わらずしゃべり続けていた。個人の幸せと、社会的な成功について。私が今の今まで誰にも言ったことの無いような直接的な言葉で彼女(=心)は精霊に語りかけていた。しぼり尽くすように叫んでいた。
 人をどんな形であれ幸せにすることが出来ますように、私の体を世界にささげます。
 人の心を少しでもいい方へ動かすような、何かを作りたいのです。
 そのために力を、どうか、どうかお貸しください。
 私の書くもので人が少しでも幸せになりますように。
 私の作るもので悲しみの涙が少しでも乾きますように。
 私の力無い腕であっても、私の大切なものたちをいつだって抱きしめることが出来ますように。
 私を、常にお導きくださり、ほんとうにありがとうございます。
 あなたが、私の直感と共にいてくださることを、私はいつも知っています。
 石と植物の導きにも、常に気づかされています。
 ほんとうにありがとうございます。
 私はいつだって、あなたを、そばに感じています。
 
 「叫んでください、ミタケ・オヤーシン(すべてのものはつながっている)!!」
 バーノンさんの掛け声ではっと我に返って、復唱すると、私の頬は汗と涙でぐちゃぐちゃになっていた。
 「北への旅は終わりました。次の旅の前に、少し、休んで下さい。」
 バーノンさんも随分と汗だくになっていて、この温度の中で声を出し続けることがいかに苦行なのか容易に想像がついた。
 ロッジ内に入り込んでくる時折の風が、ほんとうに心地よかった。
 心が勝手にしゃべりだすという経験が生まれて初めてのことで、驚いたせいか、体がだんだん消耗してきていたのだが、おじいちゃん=石はまたどんどんとロッジに運び込まれて、中の温度は上がっていく。

 そうだ、まだ私は旅の途中だったのだ。

 「次は、東へ旅立ちます。今回は、あなた以外の他の人のために、祈りましょう。外で私たちを見守っている生理中の彼女のため、私たちよりさらに暑い思いをしているファイヤーキーパーのためにも、祈りましょう。ロッジの中にいても、外にいても、祈りという意味では、何も違いはありません。」
 ドームがまた暗闇に閉ざされ、バーノンさんの祈りの声が聞こえ始めた。

 私は最初から心に身をゆだねた。心が激しく震えていたからだ。それは、不思議な経験だった。
 心は私が明文化できなかった激しい思いをしゃべり続けていた。彼女は、完全に解き放たれた自分の状態を活かしきろうと全力を尽くしているようだった。私の脳の中に設置された大きなスクリーンが、映画「マトリックス」の3部作の最後のシーンのように、たくさんの映像を映し出していた。

 それらは、世界だった。
 世界は慟哭していた。
 私はそこに、たくさんの苦しむ人々を、見た。

 ある人は目が見えなかった。ある人は、手足が不自由だった。多くの人が何らかの病に苦しんでいた。私は自分の幸福を思った。カセドラルに無事に登れた、五体満足の幸福を思った。世の中を見渡してみると、そのほうがむしろ奇跡だった!
 他のある人は、戦争のために国と国を分断され、兄弟なのに離れ離れになっていた。彼らは夜の星を見上げ、同じ星を兄は(弟は)見ているだろうか、いやそのはずだからと声を上げて泣いていた。夜の闇の中で彼らは互いに一人だった。だからこそ、男だけれど声を上げて泣くことが出来たのだ。
 彼らの親はスパイ容疑で国に殺された。したがって彼らは身寄る者がなかった。それでも朝になれば、結局はまず食うための手段を考えないといけなかった。戦争のために、悲しみを強いられている人の数はあまりにも多すぎて、それらは光り輝く星の数に匹敵していた。都会にいるとそれが、星同様見えづらくなるのだった。
 地震のせいで建物の下敷きになった少女がいた。その上を彼女の父親が血眼になって歩き回っていた。
 戦時中、人を殺したくないと森の中を逃げ惑った人たちがいた。彼らは逃げてしまったがゆえに、戦争が終わったことを知ることが出来ず、気が狂うまで森の中をさまよって、次々と死んでいった。しゃれこうべは野犬に荒らされるがままだった。
 土地のために迫害された先住民もいた。
 金のため、家のために売られた女たちはいつの時代にもいた。
 自身の影響力が大きくなりすぎ、制御のしかたが分からずにおののいている指導者たちがいた。
 クラスの一番端っこで、死を決意する小学生の後姿が見えた。
 先生は、同じ部屋で、自身の教育方針について苦悩していた。
 でも、何よりもつらかったのは、不幸せな子どもたちが世の中にはあまりにも多いという事実だった。愛の無いセックスで、どうしようもない経済状況で、彼らにはまったく関係の無いおとなたちの事情のせいで、後進国でも、先進国でも、この世に生を受けた多くの子どもたちが実際に苦しんでいた。生を受けたその世界が苦しみであると気づくことすら出来ずに死んでいく乳飲み子だってたくさんいた。ほんの少しの薬で生きながらえる子どもたちがたくさん死んでいたし、逆に、ありあまる贅沢の中にいながら、親に頭をなでてもらうこと、抱きしめてもらうことだけが無く、幼くして孤独を背負っている子どもたちのこわばった笑顔が見えた。
 彼らには自分の親を選ぶことは出来ないのに!
 私の心は激しく泣き出した。
 彼らの笑顔を壊す権利なんか、この世界のどこにだって無い。
 それなのに、彼らの前で、私は、あまりにも、あまりにも、無力だ。
 どうしたらいいんだ?
 祈ることで何かがほんとうに変わるのか?

 途端に、隣で祈りをささげていたバーノンさんの声が激しくゆがんだ。
 「今、この瞬間に、寂しさを感じる子どもたちのために。明日どうやって生きていくかわからずに震えているすべての子どもたちのために・・・」
 バーノンさんが、すぐ隣で激しく嗚咽していた。
 彼も、子どもたちのことを思っていた。
 静かだが激しいシンクロニシティだった。私の両目からも涙が次々とこぼれ落ちた。
 今は祈ることしか出来ないけれど、絶対に何らかの力で手を伸ばさせてください。
 一人でも多くの子どもたちを助けることが、どうか出来ますように。
 彼らを吹き抜ける風が、一瞬でも、彼らの口元を心地よく緩ませることが出来ますように。どうか、どうか、どうか!!!
 他者のことについて、これほど掛け値なしに祈ることができるなんて、これまで思いもよらなったぐらいに、全身全霊を込めて、祈った。握り締めた両手に爪が食い込み、石の熱さに関わらず私の全身はがたがた震えていた。あごもはずれそうなくらいに震えながら、叫んだ。
 「ミタケ・オヤシン(すべてのものはつながっている)!!!」
 ロッジの入り口は開け放たれた。
 そして、3つ目の旅が終わったことを、知った。
 
 「イヌワシ(eagle)の、声を聴きましたか。彼らが今ここに来ています。私は、彼らのホイッスル(鳴き声)を聞きました。」
 バーノンさんが静かに言った。
 「精霊たちは、皆さんの祈りを聞き届けています。これだけ他者のために真剣に祈れることに対して、すばらしいと、言っています。」
 鷲の声は聞こえなかったのだが、ミタケ~と唱える直前に、放り込まれた石の真上あたりに男性らしき顔が現れて、私ににっこりと微笑んだことだけがわかった。
 粒子の塊のように目の前で形作られた顔だけの彼は、穏やかに言っていた。
 「そこまでこだわるんなら、心の底から愛していると伝えればいいじゃないか。それでダメだったら、あきらめて、次に行けばいいじゃないか。それだけの勇気を、手にしているのは、あなたのほうだと、知っているだろうに。」
 これは、ある意味個人的なメッセージだったのだが、納得できるところも十分にあったので、胸の奥に大事にしまって、最後の旅へと気持ちを定めた。
 「精霊たちは我々の願いを十分に聞き届けてくれました。最後の旅は、その精霊たちに、グランドファーザーに、感謝の意を示し、彼らがもといた場所へ戻れるように、送りだすための、儀式です。南に向かいます。そして今から、感謝の歌、Thank You Songを、歌います。」
 ともにハミングしましょう、とバーノンさんがまた歌を歌い始めた。
 聴いて、びっくりした。そのメロディを私は知っていた。
 それは、私が、カセドラル・ロックの頂上で、左耳だけで聴いた、あの歌だったからだ。

 ・・・すべては最初から、こんなにも、つながっていたのか!

 ただひたすらに涙がこぼれた。知っている曲だから、これまでの何よりも一緒に歌うことが出来たし、体は最初のJourneyの時のように勝手に揺れだした。
 心のおしゃべりはおとなしくなっていった。真っ暗闇のなかで、白くもやっとした存在が、次から次へとドームの上へ上がって消えていくのが見えた。私はそれらをじっと見送りながら、歌っていた。精霊たちがきっと、もときた場所へ帰っていったのだろう。
 Tunkasila, hear my Pilamaya(おじいさん、ありがとう).
 こうやって会えて、ほんとうにありがとう。
 すべてのものは、つながっている。





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 2時間ほどのロッジを終えて、外に出ると、世界は変わらずにあたたかく、ヨーコちゃんもいつも通り笑っていたのだが、私自身が何か一つ薄いさなぎの殻を抜け出たような、さっぱりした気持ちになっていた。
 小さな死、もしくは、「Rebirth」。
 散々にかいた汗もべたつく感じではなく、逆にさらさらしていて、びっくりする。
 さらに面白かったのが、バーノンさんのインディアンネーム(インディアンは、姓名とは別にその人の個性を的確にあらわすインディアンネームを持っている)は「雷とともに歩く男(Wakia-Un-Manee)」だそうなのだが、ロッジも終えて最後、みんなで記念撮影しましょう、と庭に集まった途端、ゴゴゴゴ!!と、雨の降りそうに無い空を雷が走ったことだった。
 思い起こせば、セドナ最初のベルロックでも雷だ。
 今回の、私の旅は、雷で始まり、終わった・・・「雷とともに歩く男」に、出会うために。



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These words are all my prayers.
Thank you so much, Tunkasila. Pilamaya.









(これは、2007年11月に、
筆者のブログ“涅槃はどっちだ!?”
http://www.whereisnirvana.com/にて
書きとめられた日記をまとめたものです。)

ヴィジョンクエストin セドナ

2011年10月3日 発行 初版

著  者:Mineko Oka
発  行:Makoce出版

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