著者紹介
photo/ text_宍戸竜二
72年小田原生まれ
イラストレーター
http://shishidoryuji.net/
photo_宍戸美咲
83年小田原生まれ
webデザイナー
http://misakishishido.com
我家に迷い込み、いつの間にか住み着いた野良猫ボス♂(年齢不詳)。そしてこのボスにめろめろになっていくフリーランスのイラストレーター(夫:竜二)同じくフリーランスのwebデザイナー(妻:美咲)。そして先住猫うみ♀(8歳)、先住猫たま♂((1歳)と4ヶ月間一緒に暮らし、短い人(猫)生を終え土へ還ったボっちゃんの日々の記録。
<前編>
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東日本大震災から丸一年経った2012年3月11日 ボスという名の猫が死にました。
「ある日の夜、窓際の和室の座椅子の上に野良猫がちょこんと座っていました。気持ち良さそうにじっとしているのです。」
ヨダレはだらだらで顔は風邪が治らないようで目やにも鼻水もぐちゃぐちゃ、必ず舌はぺろっと出っぱなし、そしてまるで殺し屋のような風貌たっぷりなこの猫名前は「ボス」♂(年齢不詳)
しかしその後一緒に暮らす中で、あまりの愛嬌や人懐っこさでわれわれ夫婦はめろめろに。そしてのちのち穏やかな表情になっていくボスを「ボっちゃん」と呼ぶようになるのです。
そんな風に我家に現れた野良猫ボス。そして猫エイズと肝臓の病気で死んでしまったボス。
その野良猫ボスと出会い一緒に暮らし始めた2011年11月初めから、死んでしまう2012年3月11日までのおよそ4ヶ月間、私たち夫婦と先住猫「うみ」と「たま」と一緒に暮らした記憶を思い出として忘れないようにするため、そして果てしなく人懐っこく涙が出るくらい愛らしかったボっちゃんを、二人で撮り貯めたほぼすべての写真をまとめるために作った記録です。
外で見掛けた時からボスは病気をしてるのが一目で分かる位目ヤニぐちゃぐちゃ鼻水ぐちゃぐちゃヨダレがだらだら、そんな状態でした。うわあ、すごい猫が居る…。人もちょっと後ずさりするくらいの風貌でした。
昨年一件となりからこの家に引越してきた私たち夫婦。前の家とはほぼ庭続き。周りも庭のある家が多く、野良猫が沢山徘徊しています。周期があるのか半年くらいでうろつく野良猫メンバーが変わるのです。良くある話ですが、大抵見掛ける猫にあだ名をつけます。「中野」「ハンニャ」「にゃんパパ」「たろうじろう」etc. そしてこのボスも昔から何度かは見掛けていたのです。そのころは体も大きく躊躇無く「ボス」と呼んでいました。
引越してから久しぶりに見たボスは、そのように絶句するくらい酷い状態でした。不憫でたまらなかったのですが、呼んでも当然逃げて行くし世話なんてさせてくれないですからね。
しかしある日から気がつくと度々和室に置いてある座椅子にちょこんと座るボスを見掛けるようになるのです。家の中に野良猫が入るのは頻繁にあることで、ボスにも最初はだめだよと手を振るとぴゅーと逃げて行くくらい警戒しながらだったのですが、だんだん近づいても逃げないし、かなり強引な「入れろ」アピールを始めるのでした。
そんなに我家が気に入ってくれたのか、ここまで人間の目の前で入れろアピールをする猫。もしかしたら過去に人と暮らしていた時期があるのかもしれません。そんなボスをますます気になるようになっていくのです。
同居猫の紹介を。
まずは一番最初に出会ったキジトラ柄の「うみ」
近所の海岸に兄弟4匹と捨てられていた所を発見。さすがに4匹は無理と、しばらく餌をあげに通う事に。
ある日どこにも猫が居ない事に気がつく。カラスや犬などに襲われたのではと心配していると「ニャー」という声が。良く探すと寝床にしていたシートの中に1匹居る様子。シートの奥で鳴いている猫を探り出すと、いつも臆病でなかなか触らせてくれなかったうみでした。これも縁と思い家に連れて帰り、生まれて初めて猫と暮らす日々に。
後で甥っ子に聞いた所、甥っ子の友人がその場所から3匹連れて帰ったということでホッとしました。うみは臆病すぎて外に出なかったので見つけられなかったのでしょう。人同士でも動物とでもいろんな奇遇で出会うのだなと思う出来事でした。
そしてそれから7年後のある夜中、外で子猫の鳴き声を聞く。庭先のテラスを探すと倉庫の奥で子猫がうずくまっていました。なかなか出て来ないので手を伸ばして引っ張りだしてみました。その途端突然「ニャーーーーーー」と大声で私に乗りかかってきました、「な、なんだこの猫は」とびっくり。どちらにしろ、うみが居るので家には入れられません。一先ず離して次の朝まで待つ事に。なんだったんだあの人懐っこい野良子猫は。子猫と言ってもちょっと大きくなりかけていたのですが何とも可愛らしい顔をしておりここまで懐かれるとなんとかしなきゃと言う気持ちになるのでした。翌朝も相変わらず「ニャーーー」と騒いでいます。私を見つけると窓越しまで走り寄り「家に入れてくれー!」と言わんばかりに網戸をよじ登ってきます。結局強引に押し切られ一緒に暮らす事に…。生後半年は経っていると思われ、明らかに野良猫状態だったたま。一体どこでどうやって暮らしてきたのか未だに謎です。きっと最初は人に飼われていたのではないでしょうか。
その後は毎日ご飯を沢山食べてとても重くなったたま。毎日庭を駆け回りよく寝て良く食べる猫になりました。
風邪が治らなくなっていたボスの鼻はいつも詰まっているので
「すーこーすーこー」と息をします。
なのでこの音がするとすぐにボスが来たと分かります。息が聞こえる度に
「来た!」
そういっていつもの和室の座椅子をみると、ボスがどうどうと鎮座しています。しかしうちには既に「うみ」と「たま」という猫を飼っていました。あきらかに病気を持っているボスを、うみたまに近づけるのに抵抗もありました。うみもたまも普段自由に外に出るので5種の予防注射と猫エイズの予防注射は処置してありますが、心配で最初は一緒に暮らすなんてだめなのでは、それだったら優しくしちゃいけないのか。ですが、頭ではそう思っていても毎日のようにすーこーすーこーと言いながらのんびりと我家に入り込むボスに段々感情移入をしていってしまうのでした。
そして最初に覚悟を決めたのは妻の方で
「私が病院へ連れて行く」
そう言われ自分もどこかで面倒をみたいと思っていましたがその一声で覚悟を決めました。最初はきっと寿命も長くない、せめて我家で看取ってあげよう。そのくらいの気持ちでした。そしてまずは病院へ連れて行き検査をすることになりました。
検査結果、予想通り最悪の結果でした。猫エイズを発症しており肝機能はかなり低下していました。僕らは動物にかぎらず人間でも延命治療という概念に普段より疑問を感じておりました。世の摂理にしたがい命は全うされていくもの。というのが我々の考えで、延命治療のおかげで切ったり閉じたりの繰り返しで余生も楽しめず苦しみながらわずかな人生を長引かせるのは周りのエゴではないか。と思っていました。そして現実にある経済的な理由もその一つです…。しかし痛みを和らげることや余生の為のケアはできる限りしてあげたい。と思う訳で、まずは見るからに悪化している歯槽膿漏で何本もぐらついている歯を抜く手術をしました。幸い麻酔に耐える体力はあるようで無事に抜歯は終わりました。下の犬歯一本はそれほど酷くなかったらしく、誇らしげにこの歯だけ残ることになり、何とか一先ず我家へ迎え入れる準備が整いました。
そこでまずは段階として、一先ず雨風をしのげるテラスに部屋を作る事に。そこで余っていた犬用のベッドに小さいホットカーペットを仕込み、断熱シートでそれを覆い、中には要らなくなった服を沢山入れて完全防備はボスの家が完成したのです。
これで雨風がしのげてご飯が食べれて暖かい寝床があればなんとかなるし、家に入りたい時は入ってくればいい、そんなスタンスでボスとの付き合いを続けました。
ボスの部屋の下に敷いたリフォームで余った断熱材。ボスはこの上に座るのが好きでした。朝になるといつもこの上にちょこんと座り、声をかけると「あーーー」と言いながら家に入って来るのです。
ここまでは日々ボスもとても元気で、たまと追いかけっこをしたり台所の流しのなかの食べ残しを漁ったり、そしてだめだよと言うとぴゅーっとひとっ飛びに降りたり、健康そのものに見えました。きっとこれじゃあと何年も生きるかもな。なんて思えるくらい元気な毎日で我々を楽しませてくれていました。
ボスが歩いて外の家に帰る時でも
「ぼすー」 と声をかけると、
「呼ばれたのかな」なんて言いうそぶりでゆっくり振り返り、また
「あー」と言いながらこっちに来るのです。
人の言葉がわかるのかな、というくらいコミュニケーションがとれる猫でした。
そして寒さも厳しくなるにつれてボスに異変が起き始めるのです。
2012年3月29日 発行 初版
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動くボスです。こちらもどうぞ。(動画)
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