水彩色鉛筆で絵を描こうと思った。描いたあとに水を含んだ筆などでなぞると、水彩画のようになる画材。今まで使う機会がほとんどなかったから、これは練習が必要。BCCKSもあたらしくなった。これも練習が必要。あたらしい画材とあたらしいお道具で、まずひとつ本を仕上げてみる。イラストレーションや本に関する雑感などを織りて。
こんにちわ。イラストレーターの木野鳥乎です。ここ10年くらい、「きのとりこ/ KINOTORIKO」名で、絵本〜ビジュアル・ブックの制作にも取り組んでいます。いまこうしてBCCKSを作りながら、イラストレーションや本への思いをつらつら書きたいとおもいます。テキストはほとんど前もっての準備なしで、このツールの気軽さを楽しみながらオンライン推敲、文体も不統一で進めますが、おつきあいいただければ有り難く。「PC新書」モード推奨でレイアウトしていますので、これもご了承お願いします。
この本そのものが実験なので、イラストレーションも新画材を使っての実験です。次ページの写真は、左から筆と刷毛、七色が一本で書けるITO-YA色鉛筆。オレンジから右の水彩色鉛筆が今回はじめて使う、カランダッシュのSupracolor。使いかけを長さ順に並べました。
もうだいぶ前の話だが、イラストレーターの集まる席で、自分の描いている絵のことをうっかり「イラスト」と言ってしまったら、大先輩のN氏に「ちゃんとイラストレーションと言いなさい」とたしなめられた。しまった、私自身も「イラスト」には抵抗があったのだが、つい短縮してしまい……(そして今でも非公式には「イラスト」とつい、言ってしまう、だって会話で何度もフルで発音するの大変だし……。
なんで「イラスト」がダメかというと、その言葉の使われかたがどうやら正しくないからだ。「趣味はなんですか?」という問いに対して「映画鑑賞と〜イラストで〜す」と答えるとき、また「彼の絵は、油絵なんだけど、イラスト風な画風だね」と評するとき、一般的にこれでなんとなく伝わってしまうイメージがあるのがまずい。これらの文は意味をなしていないのに。そのN氏もそういう使われ方の「イラスト」は、たんに「イラストレーション」を短縮したのとは意味が違うから、ちゃんとフルで言いなさい、ということだったと思う。
イラストレーションというのは、人に何かつたえる目的をもって描かれた絵のこと。イラストレーターが依頼主の発注をうけて絵を描くのが、仕事としてのイラストレーションだが、たとえば友達に「こないだ買った服、どんなの〜?」とて聞かれて、うまく言葉で説明できなくて「えーとえーとこんな感じ」とそのへんのメモに服を描いて説明するのもイラストレーションだし、旅行先の感動をひとに伝えたくて「絵日記」を描くのもイラストレーションだ。漠然とした趣味としては成立しないし、ましてや画風は関係ない。そしてまた、目にとまった花が美しくてスケッチしたとか、なんとなく手を動かして描いてしまった絵は、その時点ではイラストレーションとは言えないのだね。
この本に載っている絵は、七色の色鉛筆を手にして、いろいろ試したくて描いたものだから、最初は人に見せることを前提にしていなかった。その時点ではスケッチやドローイングではあるけれど、イラストレーションではない。だけど、BCCKSで本にしようと思ったときに、読者の存在が想定されて「目的」が生まれた。自然にコンセプトの設定や構成・編集が要求され、ここで「ただの絵」がイラストレーションの機能をもつことになる。
次ページの絵は、色鉛筆の感触や滲み具合をたしかめた、はじめの一歩の寄せあつめ。ためし描きもコラージュ(切ったり貼ったりして構成すること)してみると、サマになったりする。なにがその「サマ」をもたらしているのかは定かではないが、ヒトが地球上で感じてきた重力→落ち感や安定感、太陽との位置関係→光と陰の方向、などで長年つちかわれた感性と無関係ではないと思う。人間が地球圏外でくらしはじめてそこそこ長い年月がたてば、美意識もずいぶん変わるだろうなぁ。
コンピューターソフトで絵を描けば何度でもやり直しがきくけれど、手描きは一発勝負なので緊張する。とくに「高級水彩紙」などに向かい合ったら、ヴァージンスノウの前にたたされたスキー初心者のごとく足が震える、というかこのばあい震えるのは手だけれど。白い紙はそれだけでも美しい。それをこれから慣れない画材でヘタな絵描いて汚そうとしている……おのずと謙虚な気持ちになるが、それでもこれから果敢に攻めなければココロザシを全うできないのでフンバル。
水彩紙はそもそも値段も高い。この紙!と決める前にいくつかの水彩紙を選んで試し描きをするのだが、どれもB3くらいの大きさで数百円かそれ以上の値段がするので、これも緊張の一因だ。失敗するたびに数百円が無駄になるこの感じは、(ワタクシのような者の)日常生活にはない消費感覚で、なかなかに後ろめたい……が、修行中の料理人が次々とオムレツをつくってはゴミ箱に捨てる(いつかテレビでみた)姿を思いだし、そうだそうだと覚悟するのだった。
さて今回、カランダッシュの色鉛筆「スープラカラー」用に選んだのは、ドイツ製「ハーネミューレ」という水彩紙。画材店によると、この紙は製造元で生産中止、日本にある在庫がなくなればもう販売できなくなるそうだ。ますます緊張する〜そしてますます愛しい。
で、このページの絵だけれど……最初はいつもこんな。おそるおそる紙の表面を鉛筆で何度も撫でてみた、という感じの。なんどか繰り返し描いてみると、鉛筆の先端の、紙に沈む感触が、ちょうどいい鉛筆の尖らせ具合と筆圧の程度を教えてくれる。このトライアル段階で、なかば暴力的に「攻め」でいくのか「撫で」でいくのかは人によるのだろう。私は臆病なので「撫で派」デス。
乗馬初心者は「馬にナメられる」というけれど、この場合もオドオドしていると「紙や鉛筆にナメられる」。いつまでも「撫で派」でいると、もう「乗らんでよろしい」と画材に拒絶されるので、少しずつ少しずつ「攻めて」いくのだが、慣れたら慣れたで(まだまだ先だけど)「慣れ合い」のかもしだす緊張感のなさが見る人にも伝わるので、ものとの付き合いも「人並み」にムズカシイよね!
「すっぴんのほうがいいじゃん!」というのは誉め言葉かというと、そうでもないですよ。まず、すっぴんは①敏感肌や病気などの事情 ②意志あるアスリート ③素肌志向とという「活動」 ④ただの無防備、にカテゴライズできますが、たいてい④に対して言われるのが、この誉め言葉。これは顔の造形の良さや、素肌の質を誉めているわけではなくて「そんな無防備なきみ」を持ち上げています。本人の意図のスキをついた誉めことば……無防備でいい間柄なら問題ないのですが。つまり、お薦めより「素なもの」を評価されている点で、言われた当人は複雑です。レストランなら「このメニューのじゃなくて、まかない飯のほうが旨いよ!」、俳優なら「NG集のときのあの感じがイイね!」、イラストレーターなら「仕上がりよりラフスケッチのほうがいいじゃん!」「えーっ!」
不本意ですが、こういうことママあります。ラフや何気なく描いたスケッチ〜ドローイングは肩の力が抜けていて、描き手の最初の感動が技巧に埋もれず、なんともいい味をだすもの。ある意味こういったものは誰のものでも「イイに決まっている」という面があって、そこに甘えるのはプロとしてマズイよね、と。たとえば、以前に共著で出版された『わたしたちは どこから来て どこへ行くのか』の表紙ですが、これは最初に出した企画書に添えた、マウス描きのカットです。その後、表紙用に何枚か提案しましたがすべて却下。デザイナー氏がカットを評価してくれたのは嬉しいのですが、チョット情けないエピソードです。一時代を席巻した「ヘタうま」はそのいい味をキープしつつ実はラフでもスケッチでもないプロの仕事で、難度の高いスタイルでした。
この本ではその「ヘタうま」の覚悟がない、もっと前段階のものを敢えて見せているわけで……無防備すっぴんを堂々と晒すがごとし。動機は「気軽にBCCKS使ってみたい」ということだけど、この際いつもと違うタイプの絵を見て欲しい、読者の反応から何かを得たいという期待があります。スケッチだから「やっぱヘタクソじゃん!」と言われてもいい保険つきで! ズルイ。 それでこうしてコンセプトの設定、編集〜レイアウトで、なんとかカタチを整えようとしています。そう、手軽にそれらしく仕上がるBCCKSならではの!
なにげなく描くものに深層心理があらわれるものだが、自動書記的に描いてみると、たいていメランコリックな絵になる。描くことそのものが内省的な作業なので自然にそうなると思われるのだけど、他のひとはどうなのだろう?
広告などはたいていが「明るい未来」「明るい家族」「明るい暗し」もとい「暮らし」を謳うので、そのような表現に関わるときは、うんと自分をアゲなければならない。もちろんどんなに落ち込んでいても、それはできる。むしろ落ち込んでいるときほど、自分を「別モード」に切り替えてくれる仕事のありがたみがわかる。(実際は、私に「大口開けて笑うような」明るさを求めてくる依頼主はいないので、ギャップに悩むこともなく、ありがたいです)
いっぽうで、自分自身の企画で絵本をつくるときは、少し複雑な心理状態だ。一見あかるい絵本をつくるモチベーションは、たいてい「暗い経験」から生まれる。たとえば最初につくった『なないろえほん』は、「人生は色々だから面白い」というテーマで作った。それ以前のある時期に「こんなに辛い思いをするなら人生は退屈なほうがいい」と思っていたことの裏返しで、作りながらその転換プロセスをたどることになった。
『ここにいるよ!めいろないきものたち』も『なないろ……』と同様に、最終的には「読んで遊べて、部屋に飾れる」楽しい絵本になった(はずだ)が、白状すると「蝶々」はチョー苦手ダ! あんな繊細な模様が鱗粉という粉で出来ているなんて! 驚愕驚異、フラジャイルすぎて触れない〜! そのほか、あの本に出てくるほとんどの「めいろないきもの」は、もともとちょっと怖い。観察するときに感じる目眩を迷路で表現したのだが、そこには小さきものへの畏怖が根底にあった。苦手克服のために描いたのかもしれない……。
あそび絵本のながれで書くと、フランスで出版された『 Cahier Tangram de KINOTORIKO / Qui Suis-Je ? 』はタングラム・パズルのバリエーションで、パズルからうまれたキャラクターが主人公だ。この背景には「変身願望」があって「死ぬほどではないけれど、とりあえず明日明後日くらいは自分でありたくない、回避!」そんな思いに取り憑かれた夜にひらめいた。パズルで、いろいろな姿に変身するキャラクターへのシンパシーと、「ではいったい自分てなに?= Qui Suis-Je ? 」という問いかけがカタチになった。
『わたしの優しい死神』は、「自殺」がテーマだからさらにズシンとした直球で、「死ぬことばかり」考えるハメに自ら陥った。でもこのテーマは過去にひととおりの思考パターンを整理してあり、生々しい感覚からだいぶ時間が経ってから制作にかかったので、案外、気持ちを軽くキープしたまま描けた。
あまり作者みずから作品を語るのも野暮というものだが、メランコリックなスケッチどう活かそうかな、なんて考えていたら、こんな話になってしまった……。
最後にすこし、楽しげなカップルと極楽気分で閉めます。ハッピィ・エンド。
「はじめに」で紹介していますが、七色を一本にした色鉛筆があります。これはITO-YAオリジナルのもの。子どものころ、誕生日にリクエストした画材をもらえると、夢のような心地でしたが、当時これを手にしていたら、もう魔法使いになった気でいたでしょう。そして今も。
素直に喜んで使えばいいものを、なんかコレずるいなー。だって、たいがいは巧く、というかイイカンジに描けてしまいますよ。描きながらくるくるっと回せばほらほら〜、ニュアンスが出てしまうではないデスカ。「すっぴん」の章で書いたように、「イイに決まってる」ものを武器にするのはちょっと……
もうコレはどういう文脈にまとめようか、という絵たちが残った。上の絵は、「何か決定的なボタンを押さなければいけない状況に立った少年」なんですが、どうしましょう? 次ページは、なんとなく似ているものたちを4コマふうに並べてみました。あとは読者さんに想像していただく、というのをこの章の企画にしましたので、よろしくおねがいします。
問題:広告を想定して「!?」に相応しいコピーを入れよ
例:「やった! 転げまわるほどのお値ごろ感! すちゃらかスーパー」
せっかく最後の章なので、マジメに考えましょう。紙の本と電子書籍のことなど。といっても、このテーマは出版に関わるたくさんのひとが既に語り尽くしている気がするので、とくに自分が感じることだけ書きます。
「子ども向けの本は、紙がイイ!」
それは
①ひとつひとつの本が違うカタチと厚み、触感をもっていたほうが体験として豊かだし、本も記憶に残りやすい。私自身が、本の大きさ・重さ、カタチ・色で覚えているから。
「棚のあの位置にあった、赤い背表紙の……」で蘇る記憶が愛おしい。
②年月を経ても、幼少時と同じカタチで残っていることが大事。デバイスやソフト依存は、自分とその本の時間的なつながりを裁つ。親から子へ、孫へと受け継がれる本もある。その本がアップデートに対応していなかったら、すぐ見られなくなってしまうなんて……。
③自分の腕と本でつくる輪の中が宇宙。本がモノであることで身体の一部となる。身体が小さいうちはより強く感じられる。
最近はページをめくるよりも画面をフリックすることが、本に触れる最初の機会であることも多いでしょう。それはそれでどんな違いをもたらすのか興味あるけれど、自分の体験からは以上のようなことを切実に感じるのです。
実用書や旅行ガイドなど、電子書籍が向いているコンテンツもたくさんありますね!
紙の集まりを「本」にしているのは「背」です。綴ってあることでひとまとまりになったものが「背」で固められているのです。電子書籍ではなにが「背」になるのかな、と考えたとき、それは目に見えないけれど、コンテンツに貫かれている理念なのでしょう。見えないだけに、ピンと背を張り続けるのはハードル高いですね!
BCCKSは「背」も敢えて見せています。作り手を甘やかしていますね(笑)
私も、この本をふくめ、いくつか電子書籍を出しています。興味があればぜひココをのぞいてみてください。
そうこうしているうちに、色鉛筆のスキルも少し上がってきました。次ページの絵は一発勝負、コラージュなしで描きました。最初よりだいぶ滑らかになったのではないかなー。
最後までお読みいいただき、ありがとうございました。日ごろ考えていることを書きつづったものですが無理やり⑦章にまとめ、そこそこのボリュームになったかな、と思います。実はこれはウォーミング・アップで、次作として正統な物語絵本を準備しています。BCCKSの新フォーマットで紙の本の発行も計画しています。 また読んでくださいね!
2012年3月3日 発行 初版
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