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コーチ物語 〜明日は晴れ〜 人生の転機予報

古賀弘規

ユーアンドミー書房

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  この本はタチヨミ版です。

人生の転機予報

「よっし、今度こそ買ってもらうぞ!」
 私は今、町のちょっとはずれにある小さな商店街の入り口に立っていた。
 保険サービス業に転職してもうすぐ半年。今までこれといった成績が出ていない自分にとって、今はもう崖っぷち状態。とにかく歩いて歩いて、歩きまくるしかない!
 しっかし、この町はなんか年寄りばかりだね。どの店を覗いてもお客になりそうな人なんていないわ。おっ、あそこの花屋。「フルール」か。ん、なかなかかわいい子がいるじゃないの。あの子なら話しを聞いてもらえるかもしれないぞ。ちょっと声をかけてみるか。思えばこれが私の運命を変える出会いだったかも知れないな。
「あのぉ~、こんにちは」
「わっ、びっくりしたぁ~。あ、いらっしゃいませ。お花のご用でしょうか?」
「い、いえ。実はこういう者でして…」
 とりあえず名刺を差し出す。大半がここで「ウチは間に合ってます」って言われちゃうんだよな。今日はここを強引にでも突破しなきゃ。
「えっと、はなまる保険の藤川さん、ですか。はなまる保険って変わった名前ですね。おもしろいしかわいいっ!」
 え、予想外の反応だな。この会社の名前、あまり気に入らなかったけどこんな事で役立つとは。よし、ちょっと押してみるか。
「えぇ、わたくしのところでは主に損害保険を中心に扱っているのですが、スタッフにファイナンシャルプランナーがおりますので生涯にわたる生命保険のアドバイスも行っております。見たところまだお若いようですが、今のうちから生涯設計を考えられると今後の生活にもゆとりが出てきますよ。それにお店の経営についても、いろいろと損害保険を取りそろえておりますのでこの機会にぜひ……」
「あ、あの~、藤川さん、でしたよね。ちょっといきなりそんなにしゃべられても、私はそんなに頭よくないですから」
 あちゃ、やってしまった。これで終わりか……
「えっと、まだウチじゃ保険なんて考えていないから」
「そ、そうですか」
 はぁ、やはり撃沈か。そう思って立ち去ろうと思ったところに、思わぬ言葉が。
「でも、ウチの二階に今度越してきた羽賀さんなら、話しを聞いてくれるかもね。よかったら顔出してみませんか? それに見たところ、藤川さんって悪い人じゃなさそうだし。こういう人を見ると、つい応援しちゃいたくなるんですよね。ご迷惑でしょうか?」
「いえいえ、とんでもない! ぜひその羽賀さんって方をご紹介して下さい!」
 よっしゃ、思わぬ展開だぞ。
「そしたらちょっと待ってて。あ、吉田さん。ちょっとの間お店お願いね!」
「はぁ~い、舞衣さん」
 お店の奥からもう一人若い女性の声。おそらくここのスタッフなんだろうな。この舞衣さんに連れられてお店の二階へ。聞くところによると、その羽賀さんとやらはつい二日前にここに引っ越してきたようだ。でも「何の仕事しているんですか?」と聞いても「これがうまく説明できないよねぇ~」という返事。一体何者なんだ?
「羽賀さん、いますかぁ~? お客さん連れてきたんだけど」
「はいはい、今開けま~す」
 ドタンどたん、がたがたっ、おわっ!、どてっ、バタン!
 おいおい、なんか派手な音が聞こえたぞ。途中に「おわっ!」とか叫び声もあがっていたし。大丈夫なのか。そうして待っていると、ゆっくりとドアが開き始めた。背の高い、めがねをかけた30半ばの男が頭をおさえながら現れた。
「いててっ。いやぁ~、まだ片づけの最中でものがあふれちゃって。今出てこようと思ったら、そこに転がしていた本にぶつかっちゃって。転んじゃいましたよ。ハハハ」
 な、何なんだよ、この人は。いかんいかん、最初が肝心だぞ。
「は、初めまして。私保険の代理店の営業をやっております藤川と申します」
 気を取り直して、名刺を差し出す。ま、どうせ捨てられる運命にあるんだろうけどね。
「はい、はなまる保険の藤川さんですね」
 なんとこの羽賀という男、さっきまでよろよろしていたのが名刺を受け取る態度がびしっと決まってるじゃないか。ちゃんと背筋を伸ばして、両手でしっかりと受け取り、私の顔を見ながら名前を呼ぶ。一体どういった男なんだ?
「申し訳ありません。引っ越してきてしかもここで今から開業しようと言うところなので、まだ名刺が用意できていないんですよ。もしお時間があったら、もう少しお話しを聞かせて頂けませんか?」
 な、なんと。相手から話しが聞きたいという申し出! こりゃナイスタイミングなのか?
「あ、舞衣さんもお時間があればどうですか? 二人よりも三人の方がにぎやかだし。まだちょっと片づいていないところもありますけど、これでよかったら」
「あ、羽賀さん。そういって私に片づけを手伝わそうと思っているでしょ。昨日もうまいこといって、結局私がお手伝いしたじゃないの。といっても、困った人を見るとつい手助けしちゃいたくなるのよねぇ~。もう、しょうがないな」
「ははは、ばれちゃいましたか」
「ま、いいわ。今の時間はそれほど忙しくもないし。ちょっと吉田さんに一言いってくるから待ってて」
「あ、ついでにお茶も持ってきてくれるとうれしいな」
「はいはい、わかりましたよ」
 この二人、なんだかよくわからない関係だな。恋人ってわけでもなさそうだし、ただの知り合いにしちゃ親密な関係だし。
「えっと、あ、そうそう。早速なんですけど我が社は主に損害保険を中心に扱っているのですが、スタッフにファイナンシャルプランナーがおりますので生涯にわたる生命保険のアドバイスも行っております」
 私は案内されたソファーに座るなり、『主導権をにぎらなきゃ』という思いからあわてて保険の案内を始めた。むこうが聞きたいって言っているんだからこのくらいは大丈夫だろう。とにかく我が社の案内を、と一通り話したあとで、この羽賀という男から意外な言葉が発せられた。
「なるほどね。で、藤川さんは何を売っているんですか?」
 え? おいおい。今までの話しを聞いていなかったのかよ?
 私が半分あっけにとられているところに、さっきの舞衣さんという女性がお茶を持って来てくれた。
「あ、どうも。え、えっと。質問の意味がよくわからないのですが?」
 舞衣さんに軽くお礼を言いつつも、まだ頭が混乱している私。その私に笑いながら羽賀という男はこう答えてくれた。
「あ、はなまる保険さんが扱っている保険というのはわかったんですよ。でも、藤川さん自身は何を売りたいのかなってふと思ったもので」
 私が売りたいもの……そんなこと、今まで考えたこともなかったな。とにかくお客さんのところに行って、話しを聞いて、どんなものを要望しているのかをそれとなく聞き出して……その繰り返し。そう思っているところに、舞衣さんが言葉を返した。
「あ、羽賀さん。ひょっとしてそれがコーチングってヤツなの?」
「あ、わかっちゃいました? さすがは舞衣さんだな。ハハハ」
「な、何なんです? そのコーチングってのは」
 私はこの二人の会話の意味がよくわからず、思わず質問してしまった。その問いに対して羽賀という男はこう答えた。
「すいません。実は今からここで開業しようとしているのが、この『コーチング』という仕事なんですよ。ま、わかりやすく言うと個人向けのコンサルティングみたいなものかな」
「はぁ、コンサルティングですか。というと、販売促進とか売り上げ向上とかの?」
「いやいや、それもあるけれどそれだけじゃないんです。何か目標を持っている人を『コーチング』という技術を使ってサポートしていくんです。企業そのものをコーチングすることもできますけど、私の場合はどちらかというと個人が専門になるかな」
「具体的にどんなことを教えてくれるんですか?」
 私はこの羽賀の言葉に少し興味を持った。うまくいけば、私が悩んでいる営業成績向上について、何か教えてもらえるかも知れない。
「いや、私は何も教えませんよ」
「え! それでコンサルティングってできるの?」
 私が思わず言おうとしていたセリフを先取りしたのは、お茶をくんだあと羽賀の隣に座り込んだ舞衣さんであった。
「そっか、まだ舞衣さんにも詳しく話していなかったね。コーチングをする私みたいな人のことをコーチって言うんだけど、コーチはね、基本的に何かを教えたりするんじゃないんだよ。『答えは全て自分の中にある』これを信じて、その答えを引き出すのがボクの仕事なんだ」
 答えは全て自分の中にある……この言葉が私の胸をキュッと締め付けた。
「ねぇねぇ、でもその答えってどうやって引き出すの?」
 舞衣さんは続けて質問をしてきた。これは私も聞きたいところ。身を乗り出して羽賀の言葉を待っている私がいた。
「これは企業ひ・み・つ!」
「羽賀さんのいじわる!」
「ハハハ、冗談ですよ。そうだな、ただ教えたんじゃおもしろくないから……そうだ、藤川さん。ちょっと体験してみませんか?」
 一体何が始まるのか? それになにかの教材とかの勧誘につながるんじゃないだろうな? あとからとんでもない額を請求されるとか……。
 私が返事を躊躇していると、羽賀はこう言い出した。
「あ、大丈夫ですよ。私と十分くらい会話をするだけです。それに今日はオープニングサービスです。料金はいただきませんから」
 料金を取らないと言う言葉に安心してしまったのか、思わず
「じゃあ、ちょっとだけなら」
と返事をしてしまった私がいた。その言葉に反応して、今まで応接テーブルの向かい側に座っていた羽賀は、私とL字型に位置するように席を移動した。そしてこんな言葉で会話を始めた。
「それじゃぁ、さっきの質問の続きでいきましょう。藤川さんが売りたい『保険』って一体なんでしょうね?」
「売りたい保険……いやぁ、今まで考えもしなかったから思いつかないな」
「なるほど。今まで考えたことがなかったんですね。それじゃ、ちょっと質問を変えます。藤川さんは保険屋さんとして一年後、どうなっていたいんでしょうね?」
「一年後ねぇ……保険屋さんとして、というよりもまずは生活を安定させたいんですよ。実は私、この業界には行ってまだ半年なんです。前の会社が希望退職制度を実施してですね。私はこれ以上前の会社にいても出世も望めないし、そう思ったら一度別の世界をみたいと思いまして」
「差し支えなければ、その時にどんな気持ちで辞められたのか教えていただけますか?」
「はい、前の会社では経理畑をずっと歩いてきましたからね。あまり人とのふれあいってなかったんですよ。これからの人生を考えたら、もっと人とたくさんであって、いろんな刺激を受けたいと思いまして。ですから、営業の仕事をやってみたいなって。そんなときに、一緒に辞めた同僚から今の会社をすすめられましてね。自分を試したくなったんです。家族は反対しましたが、自分の人生は自分で決めたい、そんな思いが強くてですね。反対を振り切って今の仕事に就いたんです。しかし、世の中はそんなに甘くはないですね」
 気がついたら、私の口からは自然と頭の中で渦巻いていた思いや考えがポロポロとでてきていた。羽賀は私の言葉に一切口を挟まず、ときおりうなずいたり相づちを打ったりしてただ真剣に聞いているだけ。なのにどうしてなのか、今まで妻にすら話したことのない自分の胸の内がどんどん言葉となって出て行く。出て行くたびに、何か使えていたような重みが次第に軽くなっていくことに気づいた。
 今まで味わったことのない不思議な感覚。気がつくと私が一方的に話した。半年前の会社を辞めたときの思いを一通り話し終えたとき、ホッとしたような感覚を覚えた。その余韻に浸る間もなく、羽賀は次の言葉をつなげた。
「なるほど、藤川さんってとっても前向きに人生を考えられる方なんですね。聞いていて私もその考え方をマネしなきゃって思いましたよ」
 そう言われると、私もまんざらじゃないな。
「では、もう一度聞きますね。一年後はどうなっていたいですか?」
「はい、今の会社は給料が歩合制なんです。これがちょっとおもしろいシステムをとっていてですね。入って三ヶ月までは基本給が約束されているんです。それが三ヶ月毎に基本給と歩合給の割合が変わってきてですね。一年後には完全歩合給制に変わってしまうんです」
「ありゃ、ということは給料って減っちゃうんじゃないんですか?」
 口を挟んだのは舞衣さんであった。
「いえいえ、これもまたおもしろいシステムで、三ヶ月毎に歩合給の割合が増えていくんですよ。最初は利益の五パーセントだったのが、一年後には五十パーセントまで上がるんです。つまり、お客さんをとってくればくるほど、給料はぐんぐんあがっていくんです。逆を言うと、お客さんをとってこなければ給料はゼロになってしまうんです」
「ということは、一年後、つまりあと半年後にはそれなりの安定したお客様を確保すれば、藤川さんのイメージ通りに生活できるって事ですね」
 羽賀のその言葉に私はこう答えた。
「はい、実際に私の先輩、といっても年齢は私よりもずっと下なんですけどね。この人は年収一千万円を超えていますからね」
「すごい!」
 この言葉に反応したのは舞衣さんであった。
「では、どうすれば安定したお客さんを確保できるんでしょうね?」
 羽賀の質問。私は一瞬ムッとしてこう答えた。
「それがわからないから、こうやって苦労しているんですよ!」
 しかし、羽賀は私の言葉を冷静に受け取りこう言い返してきた。
「それがわからないから、か。では誰に聞けばわかるんでしょうか?」
 誰に聞けば……そんなこと、考えもしなかったな。この仕事についてから今まで、いろんな本を買って読みあさったり、販売促進や営業関係のセミナーに足を運んだり。そうやって一人で勉強してきた。しかし「人に聞く」なんて。
「私にだってプライドがあるんだ。そんなことできるわけないじゃないか」
 これが私の答え。しかし、意外にも羽賀はゆっくりとこう言葉を発した。
「うんうん、その気持ち、よくわかります。だって、今まで経理課長補佐として人の上に立って一生懸命仕事をしてこられたんですから。そして営業っていう今までとは違う世界に飛び込んだんですから。今までお一人でいろいろと努力されてきたんですよね」
「え、えぇ……ま、まあな」
「だったら、もっとその勉強の成果を発揮できるようなステージをつくるには、どうしたらいいでしょうね?」
 ステージをつくる。そんなこと考えもしなかったな。とにかく目先の利益ばかりに目を向けて、自分の力を発揮できる場面をつくるなんてことに気がつかなかったとは。この思いが私の口からこんな言葉でこぼれ出た。
「いろいろ勉強してきたんですよ。本とかインターネットとか。ちょっと高い営業セミナーにも出席して刺激を受けたし。でもよく考えたら、これらのことを何一つ役立てていないことに気づきましたよ。羽賀さん、どうやったらこれだけの自分への投資を取り戻せるんでしょうか? 教えて下さい!」
 この時私は、この羽賀さんしてとても素直な気持ちになれていることにあとから気づいた。
「羽賀さん、藤川さんがこれだけ頼んでいるんだから、ケチケチしないで何か一つ教えてあげたら? お父さんから聞いたけれど、羽賀さんって昔商社でトップセールスマンだったんでしょ。えっと、確か四星商事だっけ?」
「えぇ! 羽賀さんってあの四星商事のトップセールスマンだったんですか!?」
 私は舞衣さんのその言葉に腰を抜かすところだった。



  タチヨミ版はここまでとなります。


コーチ物語 〜明日は晴れ〜 人生の転機予報

2012年3月9日 発行 初版

著  者:古賀弘規
発  行:ユーアンドミー書房

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古賀弘規

たぬきコーチの古賀弘規です。コーチング、ファシリテーション、自己啓発、人材育成、その他もろもろ、人生にお役に立つ小説や物語、ノウハウをお届けします。

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