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この本はタチヨミ版です。
「うそっ、まさか…」
ボクは目を疑った。こんなことが我が社で発生するとは。
我が社はこの街でも老舗の部類に入るお菓子会社「お菓子の三陽堂」。先代が戦後すぐに和菓子を作り出して、これが大ヒット。そして今の社長が販売戦略を立てて、駅や空港、地元の有名デパートといったところに出店を重ね、今ではこの街の定番お土産品として常に上位にランクインされている。地元をはじめ、全国的にも名前を知られつつある三陽堂ブランド。それだけにお菓子の品質と製造にはこだわりを持っている。
ボクがこの会社に入社した動機は、誠実と信頼をモットーにしつつ、自由な社風が気に入ったからだ。もちろん、自分の地元企業ということもあるが。
世間ではさまざまな食品偽装問題が話題になっている。賞味期限をごまかしたり、材料の生産地を偽ったり。こういった問題が起きるたびにボクたちの間では
「正直な経営をしていないからだよ。我が社を見習えよ」
と鼻で笑っていた。が、よもやこの問題がそのままそっくり我が社に降り注ぐことになろうとは。
その第一報が入ってきたのは、総務担当をしているボクのところであった。送られてきたのは一枚のファックス。そこにはこんな文字が。
「五日間の営業停止処分を下す」
うそだろう…どうして?いや、うすうすは気づいていた。先日、突然の保健所の監査がやってきた。どうやらどこからか保健所への密告があったらしい。どんな密告だったのか。それは「賞味期限切れの材料を使って製造しているらしい」というもの。この時点ではそんな事実あるわけがないと思っていたのだが。
なにしろ社長は一連の食品偽装問題を真摯に受け止め、この会社の材料の管理にはうるさく口を出していたのだから。しかしそれが事実となって起きてしまった。一体どうして、我が社に何が起きたんだ?
「課長、これを…」
ボクはファックスを課長に見せた。
「やはり、か…わかった、社長にはおそらく保健所から連絡が入っているはずだ。至急会議の準備をしてくれないか」
「会議、ですか。誰を招集すればいいのですか?」
課長はこの処分が下されることをすでに察知していたらしい。受け入れ準備はできている、ということか。ボクは課長から渡されたリストを元に、会議開催通知を作成した。そしてすぐさまそれを関係者に配布。会議は一時間後に開催される。
今度は会議室の準備だ。といっても、机をスクール形式から会議用のロの字に変更するだけなのだが。その間、課長は社長のところへ行き今後の指示を仰いでいるようだ。
「課長、今から私たちはどうなるのですか?」
社長室から出てきた課長にボクはそう質問した。
「五日間の営業停止処分はしっかりと受け止めなければいけない。問題は今後こういったことが起きないようにするためにはどうすればいいのか、だ。そのために今回起きた問題をきちんと整理して、原因をハッキリさせて対策を打つ。社長はこれからマスコミ対応とか対外的な応対に追われるだろう。その間、私たちがしっかりと対策を打つ会議をすすめないといけない」
そうしているうちに社内放送が始まった。
「みなさん、今朝から製造ラインがストップしているので何が起きたのか、と疑問に思っているでしょう。大変残念なことではあるが、我がお菓子の三陽堂は五日間の営業停止処分を受けることになりました。これはみなさんもご存じの通り、賞味期限切れの牛乳を使って製造してしまったことが原因であります。私はこのことを真摯に受け止め、二度とこのようなことがないようにしっかりとした社内の管理体制をつくり、世間の皆様にふたたび信頼をもって、安心して我が社の製品を購入してもらえるようにしていく所存です。みなさんにはそのための協力をして頂きたいと思っております。まずは関係者で早急な対応策を考えますので、皆さんには今しばらくお待ち頂きたいと思っております」
重苦しい空気が一気に社内に蔓延した。社員は口々に「これからどうなるのかしら?」と不安そうな言葉をつぶやいている。ボクも同じ気持ちだ。
「坂口、いくぞ」
「はい、課長」
ボクは課長の後ろから会議室へと足を運んだ。だがその足は今まで以上に重く、そして後ろから何かに引っぱられるような感じがしていた。
会議室にはすでに社長が待っていた。そして今回招集されたのは製造部、管理部、営業販売部の各部長、そして総務課長である。総務は管理部の中の組織ではあるが、今回は全体の調整役ということでこちらに呼ばれた。ボクはさらに下っ端で、会議のお世話係と書記を言い渡されている。
「さて、もうご存じの通り不測の事態が発生してしまった。我が社は製造管理体制をしっかりと整えてこのような事態が起こらないように徹底管理を義務づけていたはずなのだが。とにかくまずは今後の対応策を大至急考えて打ち出さなければいけない。私は午後にはマスコミへの記者会見を開いて、釈明の弁とこれからの対応策について世間へ伝える予定にしている。木村くん、マスコミへの記者会見のファックスは流してくれたかね」
木村くんとは総務課長の事である。
「あ、は、はい。それは今から…ほら、坂口、おまえやっておけって言っただろう」
そう言って慌てて社長の手書きの原稿をボクに手渡す。出た、課長の悪い癖だ。自分の都合が悪いことになるといつも部下にその責任をなすりつける。今回だってこのことは一言も聞かされていない。だがここで反論しても課長の面目をつぶすだけだ。
「はい、社長の最終的なお言葉を聞いてからにしようかと思っていましたので。ではこの通りにファックスをします」
そう言ってボクは課長から手渡された原稿を片手に一旦会議室から席を外した。この程度なら十分もあれば終わるだろう。
にしても、この会社はどうも口だけの体質がある。社長だってそうだ。管理体制をしっかりしていた、なんていうのは社長の思いだけ。実際にはこういった作業は下にまかせっきりで、現場で何が行われているのかを把握できていないはずだ。そのツケが今回こうやって出てしまった。
そもそも事の起こりは発注ミスにある。材料の牛乳を過剰仕入れしてしまったことが発端だ。そういう意味では発注担当である管理部の責任は問われるだろう。
会議室に戻ると、一目見てわかる険悪な雰囲気が漂っていた。社長は腕組みをして渋い顔をしている。そして管理部の部長と製造部の部長がにらみあっている。
「そもそもそっちの発注ミスが原因じゃないか。おかげでこっちは過剰仕入れした材料を使わなければいけなくなったんだぞ」
「しかしその材料を賞味期限切れまで保管しておいたことが問題だろう。さっさと捨てればよかったんだ。それにそっちからまわってきた伝票の文字が読みにくかったから、誤発注が起きてしまったことは認めてもらいたいな」
一触即発のムードが漂っている。どちらも責任のなすりつけあいだ。
「課長、どうしたんですか?」
「今、どうしてこうなったのかの原因を探っていたんだ。そもそもは仕入れ部門の過剰発注が原因だが、どうしてそうなったのかというと製造部からまわってきた仕入れ予定の伝票の文字の1と7を読み間違えたことにあるらしい」
なるほど、それで過剰に仕入れたのか。
「さらにその牛乳をなんとか消費してしまおうと冷蔵庫に保管しておいたのだが、資材係が賞味期限を確認せずに現場に持っていったらしい。その日付の入ったパッケージが今回の保健所の監査で見つかり、この事態に陥ったんだよ」
「ということは製造部と資材係のある管理部の両方の責任じゃないですか」
ボクと課長は小声でそんな話をした。しかしそれどころじゃないだろう。まずは今後の対策を打たないと。社会的な信用ががた落ちになってしまう。
「あのぉ~、責任のなすりつけあいはこのくらいにして、いい加減対策の話をしませんか。じゃないと私たち営業も社会的な信用を取り戻すのに大変になるんですよ」
営業部長が二人の会話に口をはさんだ。この営業部長は管理職メンバーの中でもまだ若い。頭は切れるのだが、他の管理職の勢いにいつも押されてしまうとろがある。今回も今のセリフが言いたくてじっとガマンしていたのだろう。
「何が責任のなすりつけあいだ! ここはどこに責任があるかをハッキリしておかないと、今後の志気にかかわる」
製造部長が大声で怒鳴った。いや、ボクもどちらかというと営業部長の意見に賛成なのだが。この会社、本当に大丈夫なのだろうか…。
結局午前中の会議は責任の所在を廻っての議論で時間切れ。午後一番で社長の記者会見が控えているというのに。とりあえずは謝罪の言葉と今後このようなことが起こらないように努力していくという、ありきたりの言葉でお茶を濁すことになった。
「課長、このままだと信頼回復って難しいんじゃないですか。確かに責任の所在を探ることも大事ですけど、もっと大事なのはこの先どんなことをして行かなきゃ行けないか。そっちの方だと思うのですが」
「坂口、おまえのいうことは正論だよ。私もあの会議を見ていてどうかとは思った。けれどここで自分の過失を認めてしまうと、その責任がすべて自分にふりかかってしまう。それを避けたがるのが人間ってもんだ」
まぁ課長のいうこともわかる。けれど今はそんな個人の感情を大事にするときではないはず。
ボクたちの生活を支える屋台骨のこの会社がこの先お客様の信頼を回復し、今まで通りの売上げを維持していくこと。こっちの方が大事なはずなのに。どうやったらこの問題を速やかに、効果的に解決できるのだろうか。どこかにいい情報がないかなぁ。
このとき、ボクの頭にひとりの人物が浮かんだ。大学の時のサークル仲間で電機部品会社に勤めている安藤だ。この前、サークルの同窓会があったときに近況を聴いたら
「今、ファシリテーションってのにはまってね。ファシリテーションってのは会議をうまくやる方法なんだけど、これを取り入れたおかげで我が社はピンチを免れたんだよ」
ということだった。それ以上のことは酔っていたのであまり覚えていないが、確かプロの人に手ほどきをうけた、ということだけはなんとなく覚えている。
気がついたら安藤の携帯番号を探している自分がいた。
「お、安藤か、坂口だよ。突然悪いなぁ、今大丈夫か。うん、ちょっとおまえに聴きたいことがあってさ。前に会議をうまくやる方法とかがあるって言ってたよな。そう、そのファシリテーションってやつ。そのことをちょっと詳しく聞きたいんだけど」
結局安藤とは明日の夜に飯を食いながら話を聴くことになった。これがいい方向に向かうといいのだが。
「よぉ、坂口、久しぶり」
待ち合わせの店に安藤がやってきた。その顔はやたらと活き活きしている。
「安藤、おまえなんか顔の色つやがいいなぁ。何か健康法でもはじめたのか?」
「いや、今仕事が楽しくてね」
仕事が楽しい。そんなセリフ吐いてみたいよ。今の状況じゃとてもそんな言葉を出すことはできない。
「ところでおまえの会社、大変なんだよな。社長の会見見たぞ。これからいろいろと対策を打っていかないといけないんだろう?」
「そこなんだよ、安藤。今日もその件で会議を一日中やってたんだよ。今製造ラインが止まっているから、ここぞとばかりに関係者を集めたんだけどね」
「関係者って何人くらいだ?」
「今回の問題に関わりそうなメンバーを集めたから、総勢20人くらいか。でもまともな会議にならなかったよ。言いたいことを言って責任逃れしようとするヤツ。一言も発言せずに黙ったままのヤツ。人の意見に流されて何も考えてないようなヤツ。結局社長が各部署に命令して終わり。それだったら一日かけて話し合う必要なんてないのになぁ」
「なるほど、鶴の一声ってやつか。一番ありがちな会議のパターンだな。その会議の進行は誰がやったんだ?」
「誰がって、もちろん社長だよ」
「もちろん、か…」
安藤は意味ありげな発言をした。
「ところで安藤、おまえ仕事が楽しいって言ってたけど、今どんなことやってんだ?」
「あぁ、社内でファシリテーターとしていろんな会議の面倒を見ているよ。それだけでなく、師匠の堀さんが関わる外部の会議にも出させてもらってる。会社が特別に認めてくれたんだよ」
「へぇ、おまえ師匠なんていたんだ」
「あぁ、プロのファシリテーターでいろんな会議を取り仕切ったり、研修をしたり。いわば会議のコンサルタントって感じかな」
会議のコンサルタントか。ここでボクはあることが頭に浮かんだ。
「そのおまえの師匠の堀さん、その人にうちの会議を取り仕切ってもらう事ってできるのかな?」
これがボクが頭に浮かべたことである。
「もちろん。だってそれが堀さんの仕事なんだから。それにおまえんとこの会社のことは世間に知れ渡っているからな。堀さんもそういったところの解決に力添えできるなら、喜んでやってくれるはずだよ。よし、善は急げだ。早速連絡をとってみるよ」
安藤は早速携帯電話を取りだして堀さんに電話をかけ始めた。あれよあれよという展開に逆にとまどうボク。けれど安藤がここまで押してくれる人物なのだから、任せて間違いなさそうだ。
「…はい、じゃぁあと十分くらいですね。了解しました。おい、坂口、よろこべ。堀さん、あと十分くらいでこっちに来てくれるって。ちょうど企業の研修会が終わったばかりでわりと近くにいるらしいんだ」
なんと、事の展開はさらに加速していった。
「それはありがたい。ところでその堀さんってどんな人なんだ」
ここで安藤は堀さんについて語りはじめた。歳は40代半ばで小柄な痩せた女性。しかしその体つきからは想像もしないほどのパワーがあふれているそうだ。
そのパワーの源は食事。とにかくよく食べる人らしい。ちなみに好物はチーズケーキという。そんな話をしていたら…
「あ~んど~くんっ」
なれなれしく安藤を呼ぶ声が。
「あ、堀さん。さ、どうぞどうぞ」
安藤は居酒屋の四人掛けの席の奥に座り直し、その手前に堀さんを座らせた。
「こちらがさっき電話で話した坂口です。お菓子の三陽堂で総務をやっているんです」
タチヨミ版はここまでとなります。
2012年3月11日 発行 初版
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たぬきコーチの古賀弘規です。コーチング、ファシリテーション、自己啓発、人材育成、その他もろもろ、人生にお役に立つ小説や物語、ノウハウをお届けします。