twitterで不定期断片掲載中の『カラスのかぁこは過去と泣く』の掲載終了分を、BCCKS用にまとめたものです。実際予定している装丁は、全く別のものになります。掲載の順番は、時間軸に沿ったものではありません。行ったり来たり、のらりくらり。お好きなところからお好きなようにお読みください。短編小説?いいえ、これは“断片”小説です。
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そして、
彼は頭痛を抱えて家路についた。
いつもと違う電線から見る街は、
何やらゆっくりだった。
そして、
かぁこはいい女だった。
かぁこはドブで生まれた。
正確には、
最初の記憶がドブでもがいている記憶だから、
かぁこはそう思っていた。
あいつがいる。
キツネの刑事だ。
かぁこはこいつの、
丁寧でいやらしい態度が嫌いだった。
あるものは力強く声を荒げ、
あるものは羽をちぎれんばかりに動かし、
あるものは自らのくちばしをアスファルトに叩きつけていた。
ドブ川ドブ子もドブで生まれた。
ドブ子は、年頃になると母親に聞いた。
「ねぇ、母さん。ドブにかかる虹も、キレイなの?」
「ドブに虹はかからない。」
どうにも寒い。
かぁこは足下に落ちていた新聞紙を体に巻きつけようと必死にもがいた。
その様は人から見ると、
カラスが新聞紙と遊んでいるように見えた。
かぁこは女を見た。
月が昇ってきた。
かぁこは自分の体が周囲に溶けて行くのを感じていた。
「ゲッタファッカウト!」
無学なドブ子は、この外国人の叫んでいる意味はわからなかったが、
激しく怒っていることは理解できた。
いもむし軍団の教祖を名乗るいもむしがやって来た。
確かにそう言われれば多少は立派かもしれないが、
かぁこには他のいもむしと同じに見える。
かぁこが自分の性別を意識したのは、
後にも先にもこの時だけだった。
ドブ子はカラスを見た。
「あの松まで、鳴いた方が負けだからね!」
かぁこはそう言って飛び立つのだが、
いつも途中でどうにも楽しくなってしまって、かぁかぁ鳴いてしまう。
それがまた、自分でどうしようもなくおもしろいのだ。
「この松か…」
キツネの刑事はそう言って、
くるりと松を一周して鼻をくんくん鳴かせた。
キツネの刑事は、すっぱいブドウの話が嫌いだった。
自分だったらあのキツネみたいには思わない。
そもそも、自分の身の丈ならよく知っている。
「さとうきび?いいね!シナモンも?最高だ!」
なぜ同じ仲間にそんなむごい仕打ちをするのか、かぁこはわからなかった。
だが、自分の内から湧いてくる、説明のつかない感情に突き動かされていた。
本能だった。
かぁこは鳩が嫌いだった。
大して美しくもないくせに、人間から餌をもらっている。
大きさだって中途半端だ。
この団体には、
ゲタッテ、レタッテ、ナンダナ、という三羽ガラスがいた。
いわば見張り役のようなものだ。
食べ物を見つけると、独り占めしたいのについついうれしくてかぁかぁ鳴いてしまう。
それを聞いた別のカラスも、かぁかぁやる。
ついには、かなりの数のカラスがかぁかぁやる。
「おはよう畳。おはよう枕。おはよう布団。」
ドブ子は感謝の気持ちいっぱいにそれらに挨拶した。
そしてしばらく間をおいて、
閉まったままのカーテンの向こうを見ながら
「おはよう地球。」
と言った。
なんの前触れもなく吹き荒れた風に、
かぁこは思わぬ高さまで持ち上げられた。
はじめての高さから見る夕方の街は、きれいだった。
何となく目標を定めて、そこにめがけて、
かぁ!と鳴いてみた。
「…しかしおもしろい猫だったな。」
「そいつは一体どんな猫だったんです?」
「いや、だからおもしろい猫だよ!」
「や、だから何が」
キツネの刑事はそこで気がついた。
「尾も白い、か…」
(逃げたって隠れたって無駄なんだな)
ドブ子は誰かのそういう声を聞いた気がした。
見上げれば、カラスが三羽、
夕闇迫る雨上がりの空を飛んでいた。
特に自分を美人だとか思ったことはなかったが、
自分の黒くしっとりとした羽根は好きだった。
他のカラスと比べてどうとかではなく。
その黒い羽根は少し青かった。
ドブ子は発泡スチロールのペン立てを使っていた。
ペン立てといっても、鉛筆やハサミを直接さした塊だ。
さしたものの形で穴の形が決まっていて、
戻す場所がわかりやすいこのペン立てをドブ子は気に入っていた。
元々は、
近所に暮らす浮浪者の男がこの発泡スチロールのペン立てを使っているのを見かけて、
それ以来気になっていた。
中学への入学を機に、自分でも使ってみることにしたのだ。
「フルフェイスメッツのライヴへようこそ!」
ドブ子はかつてないほど高揚していた。
今、手を伸ばせば触れられる距離に、
あのフルフェイスメッツがいるのだ。
かぁこは、他の生き物を見るのが好きだった。
特に、
猫が道すがら草の匂いをひょいと嗅いだり、
飼い犬が飼い主に引っ張られるのをぐっと踏ん張っているのは、
何回見かけても愉快だった。
「ちっ、だから狸は嫌いなんだ。馬鹿にしやがって。」
キツネの刑事はぶつぶつ言いながら顔を洗った。
鏡に映る自分のひげは、少しくたびれていた。
もう三日、家に帰っていない。
浮浪者はシーサンと呼ばれていたが、
本当の名前は誰も知らない。
シーサンは、いつも、拾ってきた新聞紙をびっくりするくらい細く巻いて、
その巻いたものでかごを編んでいた。
かぁこは川が大好きだった。
あの山の方から流れてきて、どこかに向かっている。
一度小さいとき、
川の終わりを見てやろうと随分飛んだこともあった。
「いいですか、今日が未来への第一日目なのです。昨日でも明日でもない。今日が、です。お集まりの皆さんはもうわかってらっしゃる。」
同じように、川の始まりを突き止めようと山の方に飛んでいったこともあった。
しかし、一山越えた辺りでトンビに追いかけ回され、
それ以来、川の始まりへの気持ちはどこかへいっている。
かぁこはどんなに空腹でも、油揚げだけは食べなかった。
狐憎けりゃあげまでにくい、だ。
そんなこと、あのサラリーマンは知るわけはない。
ただ、
あげには目もくれないカラスを不思議そうに見ながら急ぎ足で踏切りを渡って、
代々木方面の夜に消えた。
祭りだった。
屋台のいいにおいや太鼓の音にうれしくなったかぁこは、
やぐらのてっぺんでかぁかぁやった。
しかしすぐに下の方でやぁやぁ騒ぎだしたので、仕方なく移動した。
かぁこはなかなかさめない興奮のために、
近くのマンションの屋上でもかぁかぁやった。
しばらくして満足したかぁこは、
さっきの太鼓や、屋台の匂い、こどもたちの笑い声を思い出しながら家に帰った。
かぁこはヘルメットを持って飛んでいた。
この、大きな生き物の頭みたいな所がなんとも気に入ったのだ。
いつものように、
マンションのアンテナの上で、明けていく空を見ていた。
あの大きなパラボラアンテナに太陽の光が射す瞬間が、かぁこは大好きだった。
かぁ吉と、よく見た。
イジハと呼ばれるカラスがいる。
このカラスは、
その昔まだ色のなかった時代に、あらゆるものに色をつけてまわったとされている。
一生懸命あらゆる色で世界を染めていたイジハを、他のカラスたちも手伝った。
気づけば自分たちは、色がまざって真っ黒になっていた。
それ以来、自分たちの羽は黒いのだと、信じられていた。
よく似た名前のイジパというカラスもいる。
イジハよりもずっと前からこの世にいたとされている。
イジパには三羽のカラスが仕えていた。
イジパは真っ白で見えない。
仕えている三羽のカラスは赤いカラスと青いカラスと緑のカラスだった。
この三羽は、それはそれは鮮やかなカラスだった。
イジハより前にいたのに色が?
なんてことはカラスは気にしない。
それにその三羽は特別なカラスなんだから。
しかしかぁこは別だった。
この話は嘘だと思っていた。
自分の羽根が黒いのは、自分がカラスだからだ。
そうやって自分たちを特別なものだと思いたがる仲間を、かぁこは嫌いだった。
カラスはカラスだ。
「みなさん既にご存知かもしれませんね。限りなく大きいものは、限りなく小さい。そこのあなた!あなたは宇宙であり、宇宙はあなたなのです。」
セイホーとハイホーは、
いつも一緒に行動している、町専門の泥棒カラスだ。
久しぶりの天気雨だった。
かぁこは、松の上から、下の道を行列するキツネの嫁入りを見ていた。
いちいち嫁入りのときに天気雨のキツネたちを、
やっぱり好きではないなとかぁこは思った。
しかし、やっぱり何だかめでたい気持ちのかぁこは、
一声「かぁ!」と鳴いて、
枝の上を左右にチョンチョン行ったり来たりした。
「ドアからドア。駅から駅。町から町。銀河から銀河。そして、生から死。みなつながっています。ラーメン。」
泳ぎの達者なイモムシは、カエルと呼ばれていた。
そのカエルたちが一斉に川に飛び込んだ。
途端に、おもしろいくらいあっという間に、全員フナか何かに食べられた。
他のイモムシたちは、当然のようにそれを見ていた。
「今日は祝うのにもってこいの日だな!なぜって?泣いても涙がみえないからさ!」
そう言ってかぁ吉は、雨のなかに飛び出して、
バカみたいにかぁかぁやった。
そのフロアはイモムシの踊りのフロアだった。
どうやら、フロア毎に踊りの種類が決まっているらしい。
かぁこも踊ってみたが、
くにゃくにゃモソモソした踊りは、カラスには難しかった。
そこにあったおはぎを食べて、水を浴びたら、すっきりした。
墓の人と少し話して、日も暮れてきたので家に帰った。
あの花はなんという花だろう。
かぁこはまた明日お墓に行こうと決めて、寝た。
夜中に突然蝉の声が聞こえた。
(もう星も薄いのに、寝ぼけたに違いない。)
かぁこはその蝉を想像してうれしくなった。
ニヤニヤしながら、独り言でかぁかぁ言った。
いつの間にか寝た。
想像の中の蝉は、きのう出てきたばかりのツクツクホーシだった。
道端に落ちていた真っ青な渋柿に、歯形がついていた。
ドブ子はゾッとした。
きつねの刑事はタバコに火をつけた。
わっかを三つほど吐き出して、鼻をすんすんした。
(別に吸いたくもなかったな)
きつねの刑事は、とりあえずタバコを吸いきって、
タバコを吸ったことを少し後悔しながら寝た。
みんなで濡れながら飛んで、
ちょうどいい枝で朝までかぁかぁやった。
かぁ吉の言う通り、祝うにはもってこいの日だった。
その日は、やけに遅くにカラスが騒いでいるなと、ドブ子は思った。
(カラスにもキリストみたいな神様はいるのかしら。いるならそれは、カラスト、ね)
西日を背中にしょっている、電線のカラスたちを見て、ドブ子は思った。
前みたいに、パラボラアンテナの朝日を、いっしょに見たかった。
「いい感じいい感じ!まるっきり鷹みたいだ!」
「はは!おめえ、それじゃあひばりだよ!」
みんなで伸びる影をひっつけたり離したりして遊んでいた。
遠くでサイレンが鳴り始めたので、
みんなでそれに合わせてかぁかぁやった。
ここいらでは、ある季節になると県道でタヌキと亀がたくさん死んだ。
川と民家の間を走る県道は、余りにも危険だった。
どうしてそんな危ない目に会ってまで民家の方へ行くのか、
かぁこは聞いたことがあった。
夜中に目が覚めたときに、あんまり明るくてびっくりした。
満月だった。
しばらく見ていたかぁこは、はっきりと自分の影が落ちているのに気づいて、
夕方みんなでやった影遊びをしてみたが、
一人だとやっぱりうまくできなかった。
かぁ。
かゎかゎ。
けぇ。
んかぁこ、かゎ。
くゎ。
こぉぉぉ。
近くのくすのきで三羽のカラスがしきりに鳴いている。
落ち着きなく枝をチョンチョンしたり、くちばしを擦っている。
ドブ子はおもしろくてずっと見ていた。
トットットッとステップを踏んだり、
首をキョロキョロさせて、
羽をむくむくさせたり片足をあげたりして、
楽しく踊った。
くちばしもカツカツ鳴らして調子をとった。
大体かぁこが踊っていると、すぐにかぁ吉もきていっしょに踊る。
最後はなぜか二人して飛びあがり、
あそこの木まで笑いながら飛んで行く。
特に決めたわけではないのに、必ずそうなった。
この、木まで飛んでいく時間も、踊りと同じくらい楽しかった。
雨、雨、雨。
大粒の雨が突然降りだした。
かぁこは、(いつもより大粒だから、かわしやすい!濡れずに飛べる!)と思ったが、
1分も経たないうちに濡れ鼠になっていた。
満月のスポットライト。
湿り気を含んだ風。
微かに感じる電波。
遠くに見える山。
雲が流れている。
今夜の月は、少しくらいの雲では遮れない。
かぁこは鳩を追いかけ回し、無茶苦茶につついてやった。
空を飛びながら、下を歩く人の群を目掛けて糞を落とした。
(これは惜しくも誰にも当たらなかった)
今日のかぁこは優しくなかった。
木から見える山の広場には黒い塊がぎっしりとモソモソ動いていた。
それらはジッと、
何かを待っているようだった。
「なに?かぁこが?」
キツネの刑事は驚いて、食べていたブドウを吐き出した。
「一体どこに?」
かぁこを見かけたという場所を聞いてまた驚いた。
「〜だと…」肝心のその場所は、通りかかった雀の一団にかきけされた。
「ねぇ、ドブにかかる虹もきれいだと思う?」
昔、母親に聞いたみたいに聞いてみた。
そのカラスは何も言わず、
ドブ子の顔を珍しそうにくるくる見ていた。
教祖は、どうしようもなく重い体をうねらせて、
いかにも立派な枝に登っていき、ジッとした。
皆、固唾を飲んで見守っている。
これから何日間かかけて、教祖のメタモルフォーゼを見守るのだ。
ジッとして数分後…
一羽の雀がやって来て、ひょいと教祖をさらっていった。
街の月と、山で見る月は違うものだと思っている。
そもそも、あの夜空に白く光る月というやつはたくさんあって、
毎日違うものが順番に上ってきていると思っている。
ただ、
そのたくさんある月が違うというのとは違う感じで、
街の月と山の月は違っていた。
雨はいっこうにやむ気配はなく、ますます強くなるばかりだった。
空が一面雲でおおわれて、翼もおもーくなってきた。
かぁこは降りだす前に家に帰ろうと、飛び立った。
その帰り道にあいつがいた。
なんだか気持ちが重いのは、この天気のせいだけではなかったらしい。
(きつねの刑事だ…)
かぁこは、セイホーとハイホーが、
何か大きなものを一生懸命運んでいるのを見た。
ドブ子は、二羽のカラスが、何か大きなものを運んでいるのを見た。
それは一斤ほどの食パンだった。
頼んで分けてもらった食パンの半分を夕飯にして、
残りは朝に取っておいた。
その日は、あの食パンは一体どこから持ってきたのかを考えながら眠った。
かぁこはバス停の上にとまっていた。
子どもが何人か来たが、かぁこはそこにいて、子どもたちを見ていた。
かぁこのことを聞いたり、
今日のことを話してくれる子どもたちを、かぁこは好きだった。
ある日、こんなことがあった。
もう結構な大人であろう女性が話しかけてきたときは、
かぁこは驚いて、思わず声を出した。
するとその女性は、
かぁこに話しかけられたと思ったのか、少し自分のことを話していった。
その女性はドブ子というらしかったが、
かぁこはすぐに忘れた。
確かかぁ吉は、
「一つだけな、一番いい思い出を置いていくよ」
と言った。
かぁこは、ずっと考えていた。
一番いい思い出とは何だろう。
かぁ吉に?
かぁこに?
一つだけ。
思い出。
アメヨフレフレッ!
ナミダフレフレッ!
ヨダレフレフレッ!
ハナミズフレフレッ!
シッコフレフレッ!
ドブ子は、誰にも負けたくなかったし、誰にも勝ちたくなかった。
かぁこはおもいっきり、とにかく一番大きい声で鳴いてみた。
誰でもいいから届けばいいと思いながら、
とにかくやけっぱちで、馬鹿みたいに鳴いた。
「泥棒!泥棒!」
怒り叫ぶ浮浪者を尻目に、あんパンを掴み飛び去った。
そして、まだ浮浪者から見える距離で、
まるで興味無さそうに捨てた。
フルフェイスメッツというのは、つまりは新興宗教の宣伝塔だった。
ドブ子は後日それを知り、自分でも驚くほどあっさりと冷めた。
そのかわり、なのかはわからないが、
蟻を見ることが多くなった。
あめ玉や何かを置いて、蟻たちが運んで行く様子をじっと見た。
最初のうちは、蟻というのはチョロチョロセコセコ動いている奴らだと思っていたが、
すぐにそれは間違いだったと気づいた。
蟻は急いでいるようで急いでおらず、
蟻たちにとってかなり丁度いい速度で動いているように思った。
それからしばらくは、
ドブ子は日常の動作を、かなり蟻を意識して振る舞った。
ドブ子はもう、わからなくなってしまった。
笑ったつもりが泣いていた。
鏡に映るのは、覇気のない顔をした目やにのついたきつねの顔だった。
かぁ吉は速度を落とさないまま、目を閉じた。
そうしたいからではなく、そう言われたから。
ゆるいカーブに生えた松が、風もないのに激しく揺れた。
(お母さん、たくさん話してくれてありがとう)
「忘れたのですか?目を閉じれば宇宙、闇、黒です。そう、カラスの黒。だから目を、閉じなさい。」
ドブ子は、誰とでもへらへら話す奴は信用していない。
むしろ、見下してさえいた。
そうか、滝壺ばばあに相談してみよう。
かぁ吉があるとき、
みんなで遊んでいた最中に「踊りたくなっちまうよ!」と言った。
こんなうすっぺらいもの一枚で、
人はこんなにもかわいく魅力的になるなんて!
ドブ子は常々、皮膚というものをすごいと思っていた。
いつだったか、
とてもかわいい女の子が、転んで膝をひどく怪我していた。
かぁこが、かぁ吉を好きな理由はたくさんある。
骸骨をみたとき、一体それが何なのか、理解できなかった。
同じものが自分の中にもあるという想像ができなかった。
かぁ吉には、楽しいという気持ちと踊りたくなる気持ちは同じだった。
いま、かぁ吉は踊らない。
(みんな気に入るといいなぁ)
かぁこはみんなのかぁかぁ喜ぶ姿を想像して
ニコニコしながら寝た。
百蔵はなんでもたくさん持っていた。
どうやって踊っていたか。
どんなときに踊っていたか。
かぁ吉はいつの間にか忘れていた。
帰り道に一円玉8枚と五円玉1枚を拾った。
きれいに並べて、
五円玉を一円玉の色んな間に挟んで遊んだ。
滝壺ばばあと言っても、それは何も話さない古い枯木だ。
そこにいって考え事をするのが、困ったときの対処法だ。
カラス食いかす食い散らからす!
お前のおうちはごみだらけ!
「全部ここにあるよ」
百蔵は自分の頭をぱしっとしながら言った。
ある日、
片目のダルマが捨ててあったから拾った。
それ以来、あそこにいる。
はじめのうちは、
捨てた人がどんな願いをかけていたのかとか、
結局望み叶わず捨てたのだなとか想像したりもした。
そんな想像をしなくなって久しい。
ダルマはずっとあそこから片目で部屋を見つめている。
百蔵にとっては、頭の中に思い描けば、それは持っているのと同じだった。
滝壺ばばあに勝手に色々話していると、気持ちがすっきりして考えがまとまってくる。
すっきりしたところで、ついでに水浴びする。
つまり、百蔵は何も持っていない。
悪気のない嘘が原因で、百蔵はみんなから嫌われた。
これだから泥棒はやめられない。
今のところ、いいことしかない。
その空いたスペースには、
[若さと健康]
と書いた。
あなたわかってるの?未来は過去じゃないのよ?
ドブ子はよく叱られた。
かぁ吉?
そんなはずはなく、ただの知らないカラスだ。
夕闇は迫る。
力なく羽ばたく。
かぁこは電信柱の上から見ていた。
しかし、かぁこに気づいたのは、ビルの隙間の野良猫一匹だった。
かぁこが見ていたのは街?人?夕日?
それともあそこでゴミをあさる浮浪者?
どれも違う。
見ていたのは空気だ。
かぁこは空気を見ることが出来る。
どんな風に?
それは水の流れに近い。
きつねの刑事は鯛焼きは頭から食べる。
あんこは少な目が好きだ。
煙草は一日7本くらい。
お酒は飲まない。
独り身だった。
夢の中でかぁ吉が踊っていた。
いくらかぁこが話しかけても、かぁ吉はこたえずに踊ってばかりいる。
仕方がないので、かぁこもいっしょに踊ることにした。
踊っているうちに涙が流れ出した。
いつもなら、かぁ吉と踊っているとクスクスゲラゲラ笑い始めるのに。
ふと気がつけば、かぁ吉は踊るのをやめて、かぁこをじっと見つめていた。
かぁこはかぁ吉に「どうしたの?」と聞こうとした。
そこで目覚めた。
まだ辺りは暗く、黒い羽に残った涙が、月明かりに光っていた。
相変わらずその羽は青く美しく、
何だか自分のものではないみたいだとかぁこは思った。
(もう踊れねぇや)
月夜にかぁ吉の声が聞こえた気がした。
トテモオイシイデス。コレハナンデスカ?
「きな粉よ」
ドブ子はこたえた。
地団駄踏んだ次男が死んだらしい。
死因は地団駄の踏みすぎという診断だ。
きつねの刑事は、
その次男坊をどこかで見たような気がしたが、思い出せなかった。
実際は、神社にあがる長い階段で一度すれちがっていたが、
お互い顔も見ていない。
きつねの刑事は足どりをたどってみた。
が、何もつかめない。
得られたのは、まだ酸っぱそうなぶどうのなる茂みだけだ。
(またもう少ししたら来てみよう)
かぁこはゆっくりと水浴びをした。
途中で人が来たが、かぁこはお構いなしだった。
顔は見てないからきつねの刑事の勘違いだ。
しかし、すれ違っているからそうとも言えない?
どちらにしても大した話ではない。
かぁこはごみを漁り散らかし、ご機嫌に踊り、かぁかぁやった。
驚く人の顔は愉快だ。
(ここらで一服つけるか)
そう思いタバコを取り出したが、火がない。
「悲しけりゃさ、飛んでくっからよ!」
「うれしい時も、もちろん飛んで来るぜ?」
かぁ吉はよくそう言ってくれた。
ドブ子はあの日以来、
どうも世の中が変にきれいに見えて嫌な感じがしていた。
変にきれいなのだ。
晴れの日も、雨の日も。
雲も、夕焼けも。
かぁこは電線からフンをした。
それを見た男は、その大量さに驚いてしばらく立ち止まってかぁこを見ていた。
「ぜってぇ生まれ変わってやっからな!覚えとけよな!」
百蔵は叫んだ。
真っ青なきれいな空だ。
雲は端の方に行儀よく並んでいる。
ドブ子の左手。
親指の腹にはほくろがある。
正しくは、鉛筆の刺さった痕がほくろになったので、純粋なほくろとは言えないかもしれない。
風の便りに聞きました。
あなたがお亡くなりになられたと。
わたしはどうすればよいのでしょうか。
思えばその頃かと思うのです。
虫の知らせか、あなたの夢をみました。
という手紙を受け取った。
もちろん宛先違いだろう。
ドブ子はこんな女は知らない。
その手紙には、
その女が、死んでしまったであろう男に、
自分がどれだけその男のことを好きだったか、
どれだけ深く理解していたかが書かれていた。
ドブ子は、その手紙を大切にしまった。
なぜ女は、
死んだであろう男に手紙を書いて出したのか。
あなたは楽しそうに雨の中、
傘もささずに踊られていました。
うれしくなった私も、あなたといっしょに踊りました。
二人、ゲラゲラと笑いました。
「つまりここで、鳩子さんは何者かに殺されたと。」
きつねの刑事は辺りをくるりと見回して、鼻をスンスンした。
足下には、鳩子さんのものと見られる羽が、辺り一面に散らかっていた。
右の翼だけは、そのまま残っていた。
「みなさん、新世界です」
イモムシの教祖はゆっくり口を開いた。
「フロム、マクロ。トゥ、ミクロ。フロム、ミー、トゥ、ユー。ラーメン。」
ブラックブーツバードに憧れて、歌を始めたのだ。
カラスの、かぁこが。
どうやらどこかの地方では、春一番が吹いたらしい。
それは例年より13日早かった。
しかしかぁこには関係ない。
今日は少し長めに水を浴びた。
その後、くちばしを木で鳴らした。
「踊ってる奴がいる方がよ、お前の歌は良いんだよな!」
と、かぁ吉は言って、ピョイっと片足をあげてみせた。
かぁこの下手くそな歌で、かぁ吉は踊ってくれた。
ブラックブーツバードは歌が好きだ。
何でも歌ってるみたいに話す。
名前の通り、足の辺りは真っ黒。
雄にはとさかがある。
とさかは、色がコロコロ変わる。
黄、赤、緑、なんとも言えないきれいな色。
理由はない。
昔、骨董品屋で買ったレコードに、
カラスの鳴き声ばかり入っていたことがあった。
いつも不意に飛んできて、きれいに歌って、またどこかに行く。
姿が見えなくても、
歌声が聴こえると、かぁこはうれしくて小さくかぁかぁ言った。
何度も聞いているうちに、
ドブ子には何だか鳴いている意味がわかってきたような気がした。
そういう風に聞いてみると、このレコードはなかなかいい。
ドブ子は毎日、カラスの物語を聞いた。
全身真っ黒のかぁこは、
その足だけ黒い、
お洒落なブラックブーツバードにとても憧れていた。
(しまった…)
心ならもう、折れていた。
沈丁花の匂いがした。
強烈にあの頃を思い出した。
遠い、懐かしい、あの頃の匂いだ。
朝から電線で、ひよどりが二羽、やかましく話していた。
まさか嵐になるとはとても思えない、
穏やかな春の朝だった。
かぁこは、
ひよどりたちから二本くらい離れた電柱の上から、
バスを待つ人の群れを見ながら鳴いたりしていた。
ミーちゃんは飼い猫だ。
見た目は目の大きい、黒と白の毛並みが美しい、かわいい猫だ。
飼い主は、たまに外に出たがるミーちゃんのことを、少しも疑っていない。
天気が悪くない限りは、
「あんまり遠くに行っちゃダメよ?」
と言ってドアを開けてくれる。
タヌキに聞いても、変な奴を見る顔であしらわれ、
亀に聞いても、何か慎み深い瞳で見つめられるだけだった。
しかし、
野良猫たちに君臨するワントップでもある。
申し訳なさそうにビルの隙間に一本だけある桜を、
かぁこは大切に思っていた。
家の中ではいつも目を閉じて、
たまに飼い主に甘え、
適当に撫でさせもする。
その男は、かぁこが家に帰ってもそこにいた。
ニッチモとサッチモはいつも落ち着きがない。
いま、かぁこが歌えばカラスたちは騒ぎ立て熱狂した。
「踊ろうか、殺気子」
「いいわ。スウィングね、ドッペル」
テレビからは古い映画が流れている。
ドッペル健というチンピラが、
殺気子という娼婦に出会ったことにより、運命の歯車が狂っていく。
この映画のラストは、車中の二人に一〇八発の銃弾が撃ち込まれるというもので、
当時ちょっとした話題になった。
いつも気がついたらやっていて、途中から見始めるので、
二人の出会いや、それぞれの人生のドラマを知らないまま、
ドブ子は最後まで見る。
好きな感じの映画だった。
なかでもこの、ドッペル健が殺気子を踊りに誘うシーンは、大好きだった。
後ろの音楽も、大人っぽくて、ドブ子はドキドキしたものだ。
♪
わたしは数よ。数えてください。
わたしは式よ。解いてお願い。
わたしは答。そうよ人生
♪
その桜の下には、一人の男がいて、
かぁこはよくご飯をもらった。
わァたしィは数ですゥ、足してェくゥださい、お好きなァようにィ。
引いィてくださァい、我がァ子のようにィ。
数ォえてェくださいィ、お願ァいィだかァらァ♪
大きな声で、うろ覚えの歌詞で、妙なこぶしを効かせて歌った。
野良猫たちは敬意を込めて、
[キャットウォーカー]
と呼んでいた。
「想像なさい。あらゆる道を。次は選択なさい。そして、行動なさい。いいですか?まず、想像力です。ラーメン。」
実際、
想像することと選ぶこと、そして行動するということは、
なかなか大事だと思えた。
かぁこは置いてあった洗面器にたまった水を浴びた。
それは、そこに暮らす浮浪者のものだったが、かぁこには関係ない。
その後、なにも知らないその男がその水を捨てたのか、
そのまま何かに使ったのか。
それはわからない。
かぁ吉は答えが欲しかった。
しかし、答えは求めてはいけない。
あそこにいたはずのおばさん三人が、
少し目を離した隙に、あとかたもなく消えていた。
考え、
迷い、
悩み、
選び、
間違い、
それでも生きるしかない。
たいして気にせず少し欠けた月を見ながら、ぶらぶら歩いて帰った。
朝日からの木漏れ日が、いつもと違ってすべて光の輪っかになっていた。
かぁこは驚いて小さく鳴いた。
しばらくクルクルと首をかしげながら楽しんだが、
かぁ吉とこの木漏れ日を見たかった。
いつもの朝日とは違う、特別な朝日だ。
かぁこは泣いた。
ドブ子は、
角砂糖の入っていたガラスの瓶を割って、ろうそくであぶりススをつけた。
角砂糖は、きれいにテーブルに並べておいた。
太陽が欠けることは知っていた。
しかし、キツネの刑事は、
いつも通り近所のふくろうが出掛ける頃に寝て、
太陽があそこの木にかかる頃起きた。
その日、すれ違う奴らが、口々に太陽のことを話していると、
別に構わないけれど、少し悔しかった。
いもむしの教祖はたばこを一服、ぷかりとやった。
ぼんやりとカラスのことを考えていた。
キャットウォーカーの手口は大体決まっている。
♪
梅雨明け願う関東地方(ハッ)
明けて浮かれる九州地方(ヨッ)
何が違う?(ハァ~)
何が違う?
♪
あの日からもうずいぶん経つ。
しかし、こうして多くのカラスの前で歌っていても、
多くのカラスがかぁこに憧れても、
かぁこはいつも過去を見ていた。
ドブにだって虹はかかるし、
自分は歌手にでもモデルにでも、
何にでもなれるもんだと思っていた。
それは秋のはじまりだったが、
「まだ夏だ」と言わんばかりの雲が、
空の端に堂々とその姿を見せていた。
ドブ子は心の中では、
とにかくチヤホヤされたかったが、それを隠していた。
というよりも、そんな気持ちを持つ自分が少し嫌で、
気がついていないふりをして、
わざとツンツン振る舞うこともあった。
かぁこはすごい風に目が覚めた。
見れば寝床はびしょ濡れで、仕方がないからよいしょと起きて、
滝壺ばばあの所へ行って、懐に入って寝た。
木々は見たことないくらいに斜めになっていた。
あっという間にドブがあふれた。
夢見がちなドブ子は、今を生きていなかった。
いつもいつも、未来を夢見て生きていた。
山がまだ山で、森もまだ森で、我々イモムシがまるで世界だった頃の話です。
ラーメン。
死んだ黒猫、雪降った。
黒い子猫も白くなる。
死んだ子猫は黒い猫。
あそこにいるわ、白い猫。
ならばあそこにいる子猫は、生きている?
ドブ子は不思議な気持ちになって、
わからなくなってしまった。
かぁこは気がついた。
夏真っ盛りの森は、その緑を隠れ蓑に、確実に枯れ始めていた。
そういえば冬の森は、静かに静かに内側に何か潜んでいたように思う。
そのことに気がついた時、かぁこは驚いてドキドキした。
すぐにかぁ吉に話さなければと思ったが、かぁ吉はもういない。
だからかぁこは、滝壺ばばあに話に行った。
うまく話せたかはわからないが、
滝壺ばばあは、そうだとも違うとも言わず、
ただ黙って聞いてくれた。
かぁ!
かぁ!
かぁ!
今日ばかりは事故が多くて大変だ。
こんな風では無理もない。
カラスや雀がぶつかる事故が相次いで、キツネの刑事も対応に追われていた。
中でも悲惨なのは、家に帰るカラスの群れに白鷺が突っ込んだものだった。
途中、見慣れたカラスがいた気がしたが、
忙しさでそれどころではなかった。
風に飛ばされた、迷子のイモムシや蟻も大量にいた。
大体は気にせず、飛んだ場所で暮らし始める。
イモムシは気がついた。
どうやら大体は同じだ。
どこに飛んでも騒ぐことじゃあない。
ここもあそこと大体同じ。
あの、少し前からいる俺を狙う雀。
俺とあいつも大体同じ。
そうしてやがて、そのイモムシは、教祖となった。
はじめは小さな組織だった。
ドブ子は、道端の瀕死のカナブンをそっと街路樹の土のある木陰へやった。
そっちの方がいいと思ったから。
できればドブ子も、道端ではなく、布団などで死にたいから。
てんとう虫がやって来て、背中の星を数えてくれと言う。
数えて教えると、
てんとう虫はありがとうと言ってどこかに行った。
それからしばらくしたら、別のてんとう虫がやって来て、
背中の星を数えてくれと言う。
次の日も、また次の日もてんとう虫がやって来る。
大体は七星だったが、たまに二つや四つのが来た。
そういう奴に星の数を伝えると、
目に見えて落ち込んで帰っていった。
ある日、なぜ星の数を知りたいのか聞いてみた。
そもそも自分たちで数えておしえあえばいい。
すると、そのてんとう虫が言うにはこういうことだった。
「自分の背中に星があることはいつからか知っている。
しかし、それが一体いくつなのかは知らない。
七つかもしれないし、二つかもしれない。
もしかしたら無いんじゃないだろうか。」
「みんな、そんな風に悩むのが嫌なのです。」
そのてんとう虫は二つの星だったが、七つ星だよと伝えた。
すると、うれしそうに意気揚々として、ノソノソ帰っていった。
なぜ、仲間で数えないのかは言わなかった。
ドブ子がつけっ放しにして寝てしまったラジオからは、こんな曲が流れていた。
♪
鼓膜から入るから脊髄で踊って
電波
雲
月
風
太陽はいないわ
あそこには?野良猫
気にしないで
空の上…
「かぁこ!」呼ばれた気がした。
しかし、よく考えれば、かぁ吉はかぁこを名前で呼ばなかった。
かぁこは小さく「かぁ」と鳴いた。
最近、きつねの刑事の頭を悩ます事件がある。
多くのカナブン達が逆さまになって起きあがれず、もがいているのだ。
かぁこは空の端に、大きな入道雲を見つけた。
秋の始まりの空は高く、夏の終わりの雲は大きい。
そんなで、ずいぶんと空が大きく感じた。
朝晩はずいぶん冷えてきた。
ドブ子は一枚多めに布団をかぶり、昼間見た浮浪者のことを考えながら眠った。
趣味はあるのか。
好きな食べ物は何なのか。
家族は…
夢の中で、浮浪者は楽しそうに笑い、カステラを切らずに食べていた。
発泡スチロールのテーブルには、もう一つカステラが置いてあった。
雀が8羽、マンションの縁に並んでいた。
しばらくそれを見ていたかぁこは、いっしょに並んでみたくなった。
雀の間に飛んで行ってみたが、見事に全員飛んで逃げた。
まぁ仕方ない。
別に落ち込まない。
でも、必要以上に怖がられたくもない。
かぁこは「かぁ!」と鳴いてくちばしをカツカツ鳴らした。
ふと見た狭いベランダの手すりに、一羽のカラスがいた。
ひとりで一生懸命何か話しているようだった。
ゆっくり、速く、強く、弱く、怖く、おもしろく、悲しく。
ドブ子と目が合って、どこか飛んで行った。
くぁ!
かぁく。
んかぁ!
かぁ。
「お前、二本足だな?お前、二本足だな?」
と、三本足の猫に執拗に問い詰められる夢を見た。
目が覚めて、自分は本当は何本足なんだろうかと考えた。
わたしは神です。
わたしは万能です。
あなたたちは、未熟なイモムシに過ぎないのです。
まずは祈りましょう。
ラーメン。
(そういえば…)
以前見つけたぶどうはそろそろ食べ頃じゃなかろうか。
きつねの刑事はそう思ったらジッとしていられなくて、
すぐに飛び出した。
「ねえ!ラジオを大きくして!」ドブ子は店の店主に叫んだ。
そこからは、いつかもラジオで聞いた、
こんな歌が流れていた。
刈入れのすんだ田んぼで野球をした。
稲の切株みたいなところにボールが当たって思わぬ方向に弾む。
それがとてもおもしろかった。
ドブ子はその度に、ゲラゲラ笑った。
きつねの刑事は、雨用の靴を履き、雨合羽を着て家を出た。
雨だろうが雪だろうが関係ない。
とにかく毎日、家を出る。
雨に煙る町のパラボラアンテナに、カラスが一羽。
自分よりもひと回りほど大きなカラス。
ゲタッテとレタッテとナンダナだ。
いもむしの教団の手先みたいなもので、この三羽はいつもいっしょにいた。
かぁこはイモムシの教祖に言った。
「あなた、かぁ吉のこと知ってるの?」
「あれは渋柿だ。あっちのもだからやめときな!あそこのはいいぞ。」
かぁ吉はかぁこにそう言って、
柿の種の入った糞をツルッとした。
「いいか?
人間の家のとこにかかってる柿は、見た目はシワシワだけどかなり甘いからな。
でも食うときは気を付けろよ?見張ってるかもしれねぇ。
そりゃそうさ。
うまいから人間だって他の奴に盗られたくねぇんだよ!」
「俺はゲタッテ」
「俺はレタッテ」
「俺はナンダナ」
「俺たちはかぁ吉を探してる」
「お前、何か知らねぇか?」
ドブ子は冬の昼間、
三羽のカラスが一羽の鳩に、静かに鳴いているのを見かけた。
用事もあったし、特に何も思わず、来たバスに乗った。
「ねぇ、母さん?じゃあさ、どうやったら歌手になれるかな。」
ドブ子は、台所に立つ母に、
テレビをみながら話しかけた。
ものすごい寒さだった。
かぁこはぎゅっと縮こまり目を閉じた。
くちばしが勝手にカタカタ鳴った。
寒いながらも、その不規則なリズムを楽しむ自分がいた。
「一体、かぁこってのはどこにいるんだ…」
きつねの刑事は、ゆるいカーブにある松の下で呟いた。
タバコはさっきのでなくなった。
いつも、大体下を向いて歩いているきつねの刑事は、
その日、その道がいつもと違うことにはすぐ気がついた。
冬だから、
西日が強いから、
建物や人の輪郭がはっきりとキレイで、かぁこは驚いた。
ドブ子は、
昔、生まれた時のあのドブと、
夕日を思い出した。
(お父さん…)
その日の夕日は、
木も、人も、屋根も、道も。
空気や思い出までも橙色に染めてしまったように思えた。
深夜、かぁこは目を覚まして、水を飲んだ。
かぁ吉はいない。
もう会えないのだろうか。
不安がよぎる。
闇に紛れてじっと様子を見ていた。
こんなときカラスの黒さは好都合だった。
雲に隠れた月が現れた。
ゲタッテのくちばしがキラっと光った。
レタッテの目はギラついている。
ナンダナの黒い羽はまるで青だ。
春一番の頃になると、かぁこは昔のことを思い出す。
みんなで風に逆らって飛んで、ムチャクチャに鳴く。
いま思えば、
かぁ吉の様子はこのくらいから変わり始めたようにも思う。
「早くあったかくなればいいのに」
窓から、雪にならないみぞれを見ながら、ドブ子は一人でつぶやいた。
深夜三時。
いい加減寝なければ。
どこからか梅の花の匂いがした。
確かに、寒さの中にも春の雰囲気が漂っている。
例えばこの陽射しだ。
かぁこは目を細めて、まっすぐと射してくる太陽の光を見つめた。
寒いからと家でモジモジしていたドブ子は、玄関から外に出て驚いた。
冬の寒さが春の陽射しによって清々しく切られていた。
日だまりから日だまりへ。
ドブ子は走った。
「トゥモロー」という名のバスに乗って、
ドブ子は生まれた町から出た。
梅の花を見に行こう行こうと思っていたが、ついに見に行けそうにない。
ドブ子は真っ暗な窓の外から匂ってくる沈丁花の匂いに昔を思い出した。
まだ、あの町にいた頃。
ドブ川。
夕焼け。
2019年12月5日 発行 3版
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