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さすらいのファシリテーター 第四話

古賀弘規

ユーアンドミー書房

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  この本はタチヨミ版です。

第四話 閉ざされた道

「コジローさん、今から行くペンションは期待していてくださいよ。私の友人がやっているのですが、おいしい料理を食べさせてもらえますから。それに露天風呂がいいんですよ」
「橋場さん、料理と露天風呂はいいのですが、天気は大丈夫なんですか?  確か台風十四号が来ているのじゃなかったかな」
 ここは九州の山の中。コジローは大永証券の橋場と共に、この九州で裏ファシリテーションの仕事を終えたところである。橋場はコジローに
「九州に来たのだから、私の友人がやっているペンションに一泊しましょうよ。もちろん、お代はこちらで出させて頂きますから」
という言葉。
 幸いにしてコジローも予定が入っていなかっため、今回は橋場の薦めるとおりにペンションに足を伸ばすことにした。そして二人は、降り出した雨の中レンタカーで橋場の友人が営んでいるペンション『るりかけす』へと進んでいる。
 しかし、コジローがいうとおり現在台風十四号が九州へと向かっている。橋場は楽天家なのか
「大丈夫ですよ。台風が来たところでそうそう簡単につぶれやしませんよ」
と笑っている。ただ、この時点ではコジローも橋場も、今回の仕事であるファシリテーションで頭がいっぱいだったため、台風十四号の威力については全く知らなかった。
「ここです。なかなかいい感じでしょう。できてからまだ三年ほどなのですが、それなりに評判はいいんですよ」
 橋場のその言葉に、コジローはペンションをまじまじと見つめた。なるほど、橋場が言うとおりペンションとしてはなかなかいい作りをしている。煉瓦の壁もいいアクセントになり、周りの風景ともなじんでいる。
 ただ一つ気になるのは、おそらく普段であれば観葉植物などを外にも出しているのだろうが、台風の接近のせいかそういったたぐいの物が一つもなかった。玄関の入り口には、大きな鉢植えが置いてあったであろう跡だけが残っていた。
「おぉ、橋場か。おまえこの天気の中来てくれたんだな」
「よぉ、神崎。元気そうだな。紹介するよ、こちらは仕事でお世話になっているコジローさんだ」
「どうも、コジローです。よろしくお願いします」
「橋場、よくこの天気でここまで来たな。台風十四号が来ているから、てっきり来ないかと思っていたぞ」
「台風くらい、大丈夫だろ?  それに台風よりもおまえの料理が食べたくてね」
 橋場とペンションのオーナーである神崎はそうやって再会を懐かしんでいるようだった。先ほどから降り出した雨は、コジロー達の到着を待っていたかのように、急に勢いを増してきた。
 コジローはペンションの窓から外を眺める。見渡す限りの緑。これが晴れていたのであれば、コジローも心の解放を求めてリラックスできたのだろう。しかし、外は雨。次第に風も増してきている。
「神崎さん、ここに来る途中で川を渡ってきたのですが、道はこれ一本なのですか?」
 コジローは神崎にそう尋ねた。
「えぇ、あの川を渡るところで県道を右折してきたでしょう。あそこから県道に出るには、今きた道しかないのですが。それが何か?」
「いえ、もし川が増水してここから出られなくなるなんてことはないのかと、ちょっと心配になりまして……」
 コジローが言うとおり、このペンションに来る途中に川を渡ってきた橋がある。その橋が崩れでもしたら、ここにいる人間はここから出られなくなる危険性があるのだ。
「大丈夫ですよ。去年連続して台風が来ましたよね。あのときでもあの橋は渡ることができましたから」
「コジローさん、神崎のいうとおり安心してくださいよ。それよりも、部屋に入って荷物を片づけたら、すぐに下に降りてくださいね。さすがに露天風呂は無理みたいだけれど、内風呂も気持ちのいいのがあるんですよ」
「あぁ、そうさせてもらうかな」
 コジローもさすがに疲れているのか、橋場から気持ちのいい風呂があると言われておもわず顔がほころんだ。

「ここが風呂か……おっと、まだ先客がいるようだな」
 コジローは荷物を片づけると、橋場の言っていた風呂へ直行した。だが、そこはカギがかかっており脱衣所から男女の声がしていた。
「なるほど、家族風呂になっているのか」
 仕方なくロビーで待つことにしたコジロー。と、すぐに風呂場のドアが開き、そこからは浴衣の男性と女性が出てきた。
 男性の方は、六十歳前後だろうか。その風格からは中小企業の社長といった感じを受けた。女性の方はまだ三十代だろうか。妙に色っぽさが残る。二人は出てくるときは笑顔で会話を交わしていたが、コジローの姿を見るとまずいものを見られたとばかりに顔を隠して小走りに去っていった。
「なんだ、こんな天気でも他に客がいたのか……」

「どうでした、お風呂は気持ちよかったでしょう」
 コジローが風呂から上がり、ロビーへ向かうとそこには待ってましたとばかりに橋場が缶ビールを持って座っていた。コジローは橋場から缶ビールを受け取ると、疲れを癒すように一気に飲み干した。
「はぁ、なかなかいい演出じゃないですか、橋場さん。お風呂もジャグジーがあって一人ではいるにはもったいない広さでしたよ」
「でしょ。元々は家族風呂としてつくったんですよ。それに小さいですがサウナルームもありますし」
 横からペンションオーナーの神崎が、二本目のビールを持って割り込んできた。
「そろそろ夕食にしますので。夕食はそちらのダイニングルームでみんなで一緒に食べるようにしているんですよ」
 そういって神崎は奥の部屋を指さした。そこには先ほどお風呂の前ですれ違ったカップルが。いや、カップルというにはちょっと裏がありそうな二人だ。
「ところで、ここは携帯電話の電波は入らないのですね」
 コジローはポケットから携帯電話を取り出して、神崎にそう尋ねた。
「えぇ、ここはちょっと山奥で、残念ながら携帯は通じないのですよ。ま、これが逆にいいみたいで、日頃仕事に追われている人にとってはくつろげる環境のようですよ」
「なるほどね」
 コジローも神崎の言葉に納得したのか、携帯電話の電源を切ってまたポケットにしまい込んだ。仕事の依頼が来ても、マスターが聞いていてくれるはずだ。それに真希ちゃんもいるし。
 コジローは少し安心して、二本目のビールを空けることにした。

「しかし、雨がひどくなってきましたね。やはり台風の影響でしょうね」
 食事の時間になり、橋場はそういいながらロビーのソファから腰を上げた。
「台風情報はやっていないのかな?」
コジローはそう言って辺りを見回す。よく見ると、このペンションにはテレビというものがない。
「さっきラジオを聞いたら、台風はまだ鹿児島の南側に位置しているらしいですよ。しかも速度が遅いので、抜けるのには当分かかるらしいです」
 コジローのその声に反応したのは、神崎の奥さんであった。食事の準備も終え、今からダイニングルームへ移動しようというときだったらしい。
「そうか……へたすると明日は足止めを喰らうかもな」
 コジローのその予感は、正しかった。そして、その予感は悪い方へと進むことになるとは、この時点ではこのペンションの誰も気づかなかった。
「うん、なかなかうまいじゃないですか」
 コジローは珍しく目を丸くしてそう言葉を発した。
「でしょ、だからいつもお世話になっているコジローさんにはぜひ食べてもらいたいと思って。その言葉を聞いて、この天気の中ここまでやってきたかいがあったというものです」
 橋場はコジローのその言葉を聞いて、得意げな表情を見せた。隣のテーブルでも、女性客が料理に対して同様の反応を示していた。
「だっはっは、そうだろう。何のためにおまえをここまで連れてきたのか、これでわかっただろう」
 女性客の連れである男の方は、自慢げにそう答えていた。これじゃ、橋場さんもこの男と同じだな。コジローはふとそう思って微笑んでいた。
「コジローさん、何かおもしろいことでも?」
 橋場はそのコジローの表情を見て、不思議そうにそう尋ねた。
「ところで、雨も風もだんだんと強くなってきましたね」
 食事が済んで、このペンションにいるメンバーはロビーでくつろいでいた。アットホームがウリのペンション。できるだけ一緒になったメンバーの間でコミュニケーションを取ろうというのが、オーナーの神崎の意向だ。
「えぇ、どうやらこの台風は今までにない大型のものらしいんですよ。それに速度が遅くて、九州を抜けるのには結構時間がかかるようですわ」
 コジローにそう話しかけてきたのは神崎の奥さん。今度はポータブルラジオを手にしていた。
「こんな山奥だから、ラジオの電波も入りづらくて。ちょっと雑音が多いけれど、なんとか台風情報だけは聞こえますよ」
「おい、台風だからってこのペンションは大丈夫なんだろうな?」
 中年カップルの男の方がそう質問してきた。中年カップルとはいったものの、明らかに年の差がある。
「神崎さん、ちょっと……」
「はい、なんでしょうか?」
 コジローは思うところがあり、神崎を部屋の隅に呼び込んだ。
「つかぬ事を伺いますが、今この状況で二日間くらいここに閉じこめられたとしたら、食料や水の確保はできていますか?」
「えぇ、飲料水は買い置きが外の物置に結構ありますから。食料は野菜や生ものは基本的に新鮮なものを使いますから、残念ながら買い置きはそれほどありません。ですが、缶詰やレトルト、それに米なんかは水と同じ外の物置に結構たくさん置いてあります。このくらいの人数なら、一週間は大丈夫かと」
「だったらいいのですが。それでは念のため、外の物置から少しでもこちらの方に運んでおいた方がいいかと思います。今からまだ台風がひどくなりそうだし、ひどくなってからでは外に取りに行くのも面倒でしょうから」
「そうですね。ではちょっと取りに行ってきます」
「私も手伝いますよ」
「いえいえ、お客様にそんなことはさせられませんよ。ゆっくりとくつろいでいてください」
「そうですか……ではお言葉に甘えて」
 コジローは後ほど、このときの判断を誤ったことを後悔することになる。あのとき、神崎を手伝っていれば…。

「だいぶ風が強くなってきたなぁ」
 橋場がそうつぶやいた。そのつぶやき通り、会話の声も聞き取りにくいくらい風の音が強くなってきたのだ。
 コジローはふと思い立ち、カップルの女性の方へ近づいてきた。
「失礼、こうやって一緒に時間を過ごしているのも何かの縁です。ここは余興だと思って、よかったら私があなたの占いをしてみましょうか?」
「え、占い?  私、そういうの大好きなの。ぜひやってよ」
 女性は喜んでコジローの提案を受け入れた。
「へぇ、コジローさんって占いもできるんだ。始めて知ったよ」
 これは橋場のつぶやき。だがそのつぶやきは周りに聞かれることはなかった。
「ではちょっと手相を拝見……ふぅむ、これはいけませんね……」
「え、何、なにがいけないの?」
 コジローの言葉に、女性はどぎまぎとした反応を示した。
「えっと…そういえばお名前を聞いていませんでしたね」
「あ、私はさくら。北条さくらといいます」
「さくらさんですね。きれいなお名前だ。さくらさん、今のお仕事はひょっとして夜のお仕事ではありませんよね」
「え、なんでわかったの?  私、今中洲のクラブで働いているのよ」
「そうでしょう。しかも、今お金に関することでちょっと迷っていますね」
「そうなのよ。収入は悪くないんだけど、どうしても使い過ぎちゃって。ちょっとカードローンがやばいのよね」
「それに、こんなことを言うのは失礼かもしれませんが、異性とのことで悩んでいらっしゃいますね。それも深刻な悩み……」
「それほど深刻じゃないと思っていたけれど、やっぱり深刻なのかしら。ちょっとね、いろいろと考えることがあってさ……」
 そのとき、さくらはちらっと連れの男の方を見た。
「おい、そんなにオレの方を見るんじゃない」
 男は今まで黙ってコジローとさくらのやりとりを見ていたが、さすがにこの場面になって口を挟んできた。
「おい、おまえさんなかなか腕の立つ占い師のようだな。そんなにさくらのことをずばずばと言い当てるとは。だったら、さくらの将来も占ってみろ」
 男はぶっきらぼうに命令する口調でコジローに話しかけてきた。
「まぁ、そうあわてないで。それよりもさくらさんよりあなたの方が心配だ」
「え、な、何がだ?」
 男はそう言われて、ドキッとした。
「あなた、こんなところにいていいのですか?  地元ではあなたのことを信頼して、心待ちにしている人が大勢いらっしゃるでしょう。あなたはその方達の代表なんだから」
「おい、どうしてそれがわかったんだ?  確かにオレは地元で県議会議員をやっているが……」
「プライバシーの問題があるのでこれ以上の突っ込みはしませんが、これから先、近い将来あなたの持ち前の判断力とカリスマ性を役立たせる機会が訪れます。そのときに冷静な判断を下すためにも、まずは私情を捨てることだ。いいですね。あなたは人のために自分自身を投げ捨てることができる人間だ。そうすることで、あなたの地位や名誉はさらに高まっていく!」
 コジローは男を指さしながら、最後に力強くそう言い放した。
「こ、コジローさん、まさかあなたにそんな占いの能力があるなんて……知らなかったなぁ。今度ぜひボクも占ってくださいよ」
 コジローの占いの言葉に、半ば考え込んでいるカップルを尻目に、橋場はコジローにそう懇願してきた。
「ま、占いについては後からいろいろと説明しよう。それよりも、私の予想が外れなければ二日間はここに閉じこめられることになりそうだ」
「え、それってどういうことですか?」
「さきほどラジオから聞こえてきた天気予報、あれを頭の中で組み立ててみたのだが、どうやら台風が抜けるのはあさっての夜か夜中になりそうだぞ」
「そんなにかかるんですか!?  普通台風っていったら一日もすれば抜けちゃうじゃないですか。まいったなぁ、水曜日は絶対にはずせないお客さんが来るのに……」
 今日は日曜日。風は徐々にひどくなってくる。おそらく明日の朝から完全に台風の気配のようだ。



  タチヨミ版はここまでとなります。


さすらいのファシリテーター 第四話

2012年4月5日 発行 初版

著  者:古賀弘規
発  行:ユーアンドミー書房

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古賀弘規

たぬきコーチの古賀弘規です。コーチング、ファシリテーション、自己啓発、人材育成、その他もろもろ、人生にお役に立つ小説や物語、ノウハウをお届けします。

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