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 子どものころ読んだお伽話や童話では、主人公の美しい娘はたいてい "かわいそう" で、継母はいぢわるで、そして最後には王子と結婚して幸せになるのでした。でも、たとえばグリム童話の初版には、ところどころに残酷な表現や謎の場面がさしはさまれて、さまざまに想像力をかきたてられます。そう、物語の深層にはまだなにか "裏" がある、と……

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うらゆきひめ

KINOTORIKO

Toriko Brand

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昔むかし、

あるいはそれほどでもない昔、ある国に王さまとおきさきさまがおりました。
 ある冬のこと、窓辺で雪をながめながら縫いものをしていたお后さまは、うっかり指に針をさしてしまいました。窓にかざした指から落ちる三滴の血は、外の雪景色と黒檀こくたんの窓枠にえて、たいそう美しく見えました。そして、「わたくしは、雪のように肌の白い、血のようにくちびるの赤い、黒檀のように髪の黒い子どもが欲しい」と願いました。
 ほどなくしてお后さまはみごもり、やがて願っていたとおりの子どもが産まれました。肌は雪のように白く、くちびるは血のように赤く、髪は黒檀のように黒い、女の子でした。その子は「雪姫ゆきひめ」と名づけられました。子どもが女の子だと聞いた王さまは、「あ、そう」とほほえみましたが、その子の顔を見にくることはありませんでした。お后さまはそのことを悲しく思いましたが、自分ひとりの愛情で雪姫を育てると心に誓いました。ただひとつ、お后さまの心をくもらせる大きな不安がありました。

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 雪姫はとても、みにくかったのです。

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 お后さまはしばしば雪姫を鏡の前にすわらせて、こう言い聞かせました。
 「鏡よ鏡、世界でいちばん美しいのは誰かしら?」
 「それは雪姫、あなたですよ」
それはお后さまの、娘へのおまじないでした。いつか美しくなる日を信じていました。雪姫はそれを聞いてにこりと笑いますが、笑顔さえおぞましいものでした。
 お后さまは雪姫をだれにも会わせずに育てました。娘が自分の醜さに気づかないようにするためです。雪姫が七才の誕生日をむかえた日、いつものように
 「鏡よ鏡、世界でいちばん美しいのは誰かしら?」
 「それは・・・」
そう言いかけたお后さまは、鏡に映る娘の醜い姿についに胸をつまらせ、その場に倒れてしまいました。お后さまは、このままでは娘を不憫ふびんに思うあまり、殺してしまいそうだと感じました。そして、自分から娘を遠ざけるために、娘を都からはなれた森のなか、崩れかけた高い塔に住まわせることに決めました。そこなら誰にも会わずに暮らせるからです。娘の身のまわりの世話をさせるため、旅芸人やサーカスや見せ物小屋の〝異様なひとたち〟から七人を選びました。彼らは人間でもなければ女でも男でもない、だから娘の醜さなど気にかけない、そう思ったからです。
 お后さまは、それが母親にできる最良のことだと思いました。

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 「お母さまとべつべつに暮らすの?」と雪姫は母にききました。
 「七才になったら、親子はべつべつに暮らさなくてはいけないのです。」お后さまは言いくるめました。
 「でも、わたくしはいつも雪姫のことを思っていますよ。この鏡を持っていきなさい。おまえがこの鏡をのぞきこめば、この鏡はいつだって、おまえがいちばん美しいと答えるはずですよ。」
 「それから〝この七人のおともだち〟が、これからおまえを守ってくれます。なかよく暮らしてゆくのですよ。」
雪姫はあいかわらずの醜い顔で「はい」とすなおに答えました。

 ある朝はやく、まだ霧が晴れないうちに、お后さまは森の入口まで雪姫を見送りにきました。
そのさきは〝七人のおともだち〟が連れていきます。
「わたくしは、おまえを愛しています」お后さまは涙を流しました。
「わたしも、お母さまを愛しています」娘は無邪気に手をふりました。
一行を見送り、お后さまがあおざめた顔で森から出てくるところを、狩りに出る猟師が見ていました。

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お城にもどったお后さまが

部屋に召使いをとおすようになりますと、まわりでは変なうわさがたちはじめました。
 美しかったお后さまが、ずいぶんとげっそりやせたものだ、そういえばとうの昔に産んだはずの、あの娘はどこへ行ったのだろう。「朝の森で、悪魔たちと儀式をしていた」というのは、あの猟師が言いふらしたに違いありません。いつのまにかお后さまは「娘を殺して食べた魔女」ということになってしまいました。いままで娘に関心さえなかった王さまも、これには眉をひそめ、お后さまをますます遠ざけるようになりました。
 しかし、お后さまはそんな噂を気にしませんでした。娘の幸福のためなら、自分はなにを言われてもかまわない、それが母親の愛情だと信じていました。

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 いっぽう森のなかでは、雪姫のあたらしい生活がはじまりました。
〝七人のおともだち〟はそれぞれの得意なことに責任をもち、雪姫のお世話をすることにしました。そしてすぐにお互いを、仕事のなまえで呼びあうようになりました。

 家をなおし家具をつくるのは〝ダイク〟、食事の用意は〝カマド〟、服を作るのは〝シタテ〟。
 雪姫の病気やけがは〝オイシャ〟がみて、雪姫の勉強は〝ハカセ〟がみました。
 重い荷物を運ぶのは〝リキシャ〟の役目、七日に一度お城に通い、お后さまに雪姫のようすを伝えるのは〝ハヤテ〟の役目でした。

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 お后さまの指示どおり、ダイクはじめ七人は、まず塔のいちばん上の雪姫の部屋をつくりなおしました。壁・床とテーブルは白い大理石に、その他の家具と窓枠は黒檀に、カーテンは赤いビロードにえました。これらの色がもっとも美しいということになっていたからです。

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 カマドの料理の材料には、イノシシの肉や、黒い実・赤い実、白いキノコなどが好まれました。
 シタテには大量の白・黒・赤の生地や糸やリボンが、お后さまから届けられました。もちろんこれら重いものはみんな、リキシャが運びました。

 
 雪姫に、むずかしい勉強は必要ありませんでした。この塔で七人と暮らすためだけの、言葉や数字を知っていればいいからです。
 雪姫は「お母さま」という言葉は知っていましたが、「お父さま」という言葉は知りませんでした。
「愛する」という言葉は知っていましたが、「憎む」という言葉は知りませんでした。これからも、その言葉を教えてはいけないと、ハカセはお后さまにきつく言われていました。
 「お母さまはわたしを愛しています。」
 「わたしもお母さまを愛しています。」
と唱えるのが日課でした。

「美しい・きれい」はいいけれど「醜い・きたない」はいけません。
「嬉しい・楽しい」はいいけれど、「悲しい・つらい」はいけません。
「おそれ」や「ねたみ」、「苦しみ」や「死」など〝わるい言葉〟は教えてはなりません。

 ハカセのまかされた勉強は、そんな言葉たちを〝教えない〟ことでした。ほかの六人も、お互いにケンカやののしりあいをしても、雪姫の前で〝わるい言葉〟を使うことだけは堅く禁じられました。

 
 雪姫は、熱が出ても「つらい」とは思わず、けがをしても「痛い」とは感じませんでした。オイシャを困らせたのは、血を見るのが大好きな雪姫が、自分の体をときどき傷つけては喜んでいることでした。そんなときは雪姫を台所に連れていき、カマドが肉をさばくのを手伝わせたりして、なんとか気をそらせたのです。

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 七人の部屋は雪姫の下の階で、その下は長く暗いらせん階段になっていました。塔を出入りできるのは七人だけで、彼らが草木を集めたり狩りをしに森に出ている間は、雪姫の部屋に鍵がかけられました。もっとも雪姫も下におりようなどと思ったことはありませんでした。塔の上の部屋が全世界だったからです。

 七人は、仕事をするとき以外のほとんどの時間を、雪姫の部屋でともに過ごしました。もともと彼らは旅芸人やサーカスや見せ物小屋にいたものたちなので、歌ったり踊ったり手品をしたり、雪姫を楽しませるのが得意だったからです。これはお后さまのお望みどおりで、ハヤテからをそれを聞くとお后さまはたいへん喜んだのでした。そのかわり、雪姫を怒らせたり悲しませたりしたら、すぐに死刑だときびしく言われました。七人も、衣食住に不自由なく、人からもさげすまれることのないこの生活を手放したくありませんでした。だからお后さまのいいつけは、いつもしっかり守りました。
 こうして雪姫と〝七人のおともだち〟は、何年かを幸福に過ごしました。

 
 雪姫は、薄暗がりの中ちらちら飛びかうコウモリたちを 数えるのが好きでした。カラスが黒いネズミをって、窓辺で食いちぎったときは、狂ったように喜びました。燃えるようにひろがる夕日を、うっとりと眺めました。夜に都で火事があると、「とおくの真っ赤なあれはなに?」と指さして、ケラケラと大笑いしました。
 そしてなにより目を輝かせたのは、森じゅうが真っ白にひかる冬の朝の景色でした。

 「鏡よ鏡、世界でいちばん美しいのは誰かしら?」
 「それは雪姫、あなたですよ」
雪姫はにこりと、あの笑顔を見せるのでした。

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お后さまは雪姫のことを

案じつづけていました。
 娘の成長をたしかめに、ときどき森のなか長いみちのりを歩いてやって来ました。娘には母と気づかれないように変装をし〝七人のおともだち〟の協力のもと、雪姫の部屋をたずねました。雪姫は成長しても、ちっとも美しくなっていませんでした。そして年齢よりずっとおさなく見えました。

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 「アタクシは通りすがりの物売りです。姫さまにお似合いの帯があるのですが・・・」
雪姫は、かごいっぱいの赤い帯の中から、ひとつお気に入りを取り出しました。
 「おお。これはお目が高い、アタクシが結んでさしあげましょう。」
お后はおもわず帯をきつく結んでしまい、雪姫は気をうしなってしまいました。娘は母の思うより、大きく育っていたのです。母は涙ぐみました。オイシャに治療をまかせ、そっとお城に帰りました。

 
 またあるときは髪結かみゆいに扮して、やってきました。
 「姫さま、ワタシに髪をすかせてくだされ、もっと美しくしてさしあげましょう。」
そうしてくしを髪にあてると、もつれた髪がバサッと抜けて、皮膚から血がにじんでしまいました。ふだんの手入れがゆきとどかずに、髪がかたまっていたからです。お后さまはびっくりして、抜けた髪をにぎりしめたまま、叫び声をあげて逃げ帰りました。森の入口ではまた猟師が見ていて、魔女の噂をひろめました。

 
 そんな噂に、ひとりの学者が興味をもちました。彼は、珍しい生き物をさがして世界をめぐる、探検家でもありました。まだ若くて姿のよいこの青年を、人々は親しみを込めて「王子」と呼んでいました。王子は森に入り、何日もさまよった後のある夕方、ひっそりと建つ崩れかけた高い塔を見つけました。

 塔の入口には鍵がかかっていましたので、王子はゆっくりと塔の壁をつたって登ってゆきました。上に近づくにつれ、なにやら歌声が聞こえてきます。やがて塔のいちばん上の窓にたどり着き、中をのぞきこみました。すると・・・異様な姿のものたちが、歌い踊って大騒ぎをしているではありませんか。王子は息をのみ、そのまましばらく見入っていました。

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よく見てみると、

大騒ぎの七人は旅芸人やサーカスや見せ物小屋で、見たことのあるようなものたちでした。その輪のまんなかにひとりだけ、この世で見たこともない顔だちの少女がいるのを発見しました。王子はその〝醜さ〟に興味をもちました。

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 つぎの日、七人の留守をたしかめて、王子はふたたび塔の壁を登りました。雪姫がひとりでいる部屋の、窓をコツコツとたたきました。雪姫は音のほうを向きました。見たことのない姿のものが目にはいると、さっと後ろに飛びのきました。警戒心などほとんどない姫でしたが、体が自然にうごきました。はじめて〝男の人〟を見たのです。目を離さずに見ていると、彼はどうやら「ここをあけて」というしぐさをしています。ですが雪姫は鍵を開けませんでした。なにか開けてはいけない気がしたのです。王子はあきらめて塔をおりました。その晩、雪姫は昼間のことを七人に話そうと思いましたが、これもなぜか言いだせませんでした。

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 つぎの日も、またつぎの日も、王子は壁をつたって雪姫を訪ねてきました。雪姫は少しずつ窓に近寄っていきましたが、開けることはありませんでした。けれども七人が留守になると、王子が現れないかと窓のほうを見るようになりました。四日目に王子が現れないと、雪姫はそわそわしはじめました。姫の様子がおかしいと七人も気づきはじめました。こころなしか姫の姿も変わってきたように思われます。体は少しふっくらし、肌にはうっすらツヤがでて、ほおの赤みはほどよい桃色になってきました。

 「鏡よ鏡、世界でいちばん美しいのは誰かしら?」
 「それは・・・」
雪姫にはよく聞こえませんでした。自分の姿が、奇妙に思えました。何度も何度も鏡のまえに立って、じっと見つめているのでした。雪姫のそんなようすをハヤテから聞いて、お后さまは胸さわぎを感じました。そしてまた姫を訪ねようと、老婆に変装して森に入りました。

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王子はやっと七日目に、

ふたたび雪姫の窓をたたきました。雪姫がおもわず窓に駆けよると、王子はやさしくほほえんで、袋からまるいものを取り出しました。それは深紅しんくの、大きくてつややかなリンゴでした。リンゴを見るのはこれがはじめてでした。その美しさにせられて、雪姫は窓を開け王子を迎えいれました。

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 王子はこの数日のあいだに雪姫が少し変わったことに気づき、
 「きみは美しいね」と言いました。そして
 「ほら、食べてごらんなさい」とリンゴを姫に差し出しました。

 雪姫は王子の目を見つめたまま、ゆっくりとリンゴにくちびるをあてました。そっと一口かじると、白い果肉があらわれて、みつがしたたり落ちました。甘酸っぱさが口の中にひろがり、えもいわれぬ味わいに姫はめまいがしてきました。胸はどきどき高鳴り、呼吸が苦しくなりました。姫が倒れかけるのを、王子がさっと抱きかかえました。

 
 扉がとつぜん開き、そこに現れたのはお后さまです。この光景を見たお后さまは、言葉を失い青ざめました。抱きかかえられた娘の顔は、ほんのり赤く輝いていました。美しくなって欲しいとずっと望んできたはずなのに、お后さまの心は悔しさでいっぱいになりました。こんなはずではなかった、この男がわるいのだ、と壁にかけてあった鏡をつかみ、振りかざして王子に襲いかかりました。

 王子は姫を突き放し、すばしっこくお后さまをよけました。鏡は床に打ちつけられて割れてしまいました。魔女に襲われたと思った王子は、鏡の大きな破片を拾い、お后さまの心臓に突き刺したのです!

 お后さまは倒れ、白い床に真っ赤な血がひろがってゆきました。そこへ七人が次々に戻ってきました。

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 「お后さま!」
誰かが叫びました。老婆の変装をとりはずすと、それはまぎれもなく雪姫の母親でした。
 「お母さま!お母さま!」
雪姫が叫びました。お后さまにとりすがる雪姫を見て、王子はうろたえました。
 「それは魔女だ、魔女を殺したのだ」
そして、ひとつば飲んでこう言いました。
 「姫さま、そいつは魔女です。私といっしょにここから逃げましょう。私はあなたを愛しています。」
すると、お后さまは最後の力をふりしぼり、
 「そんなもの・・・愛なものか!」こう言って息をひきとりました。

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 雪姫は起きていることを理解できず、その場にすわったまま、ふるえ続けました。
 「さぁ・・・」と王子が抱き起こそうとしました。
雪姫は体をかたくして、大きく首を横に振りました。する王子は、
 「なぁんだ、やっぱりおまえは醜い魔女の子だ、せっかくここから出してやろうと思ったのに!」
と荒々しく言ったのです。そしてすばやくお后さまの死体から片目をえぐり、血まみれの服を裂いてその目玉を包み、らせん階段を走りおりていきました。王子の去る足音を聞きながら、雪姫にはじめて〝憎しみ〟という感情がうまれました。

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 雪姫が母親の体から鏡の破片を抜くと、血がさらにあふれました。この深い赤さを見て、背筋がぞっとしました。その破片の血をぬぐうと、鏡が
 「美しいのは、あなたですよ」
ささやきました。雪姫は混乱しました。激しい感情が体じゅうを駆けめぐりました、が、言葉にならずに大暴れして泣き叫びました。泣いたのも初めてでした。暴れながら鏡の破片で自分の体を何百カ所も傷つけて、血まみれになりました。七人がなんとか姫をおさえて、ベッドに横たわらせました。オイシャが薬草をせんじて与え、それから何日も、雪姫は眠りつづけました。

 
 雪姫の眠っている間に、七人はお后さまの遺体を埋葬しました。それから部屋の片づけをしました。彼らが鏡の破片を拾うと、それぞれの破片がキラリと光って
 「美しいのは、あなたですよ」
と囁きました。彼らはその破片を、お后さまの形見として身につけました。お后さまの体から抜いた大きな破片は、雪姫のためにとっておきました。

それから幾日が

過ぎたでしょう。都では、森から戻った王子が英雄になっていました。お后の目玉と血まみれの服を証拠に「魔女を討ち取った」と讃えられたのです。お后が魔女だとわかったのは王さまにも幸いでした。これで王さまも新しいお后さまを迎えることができるのです。王さまは王子をお城に住まわせ、手厚くもてなしました。

 森のなかの七人は、お后さまが亡くなっても、塔の中で雪姫と暮らしつづけました。雪姫の傷は、眠っている間に少しずつ、よくなっていきました。ある冬の朝、前の晩からの雪が止み、森じゅうが朝日に照らされてキラキラと真っ白に輝くと、雪姫はぱちりと目を覚ましました。オイシャが皆を呼び、喜びあいました。

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 それから雪姫と七人は、たくさんたくさん話しました。もう、禁じられた言葉はなにひとつありません。雪姫は、今まで起きたいろいろなことを振りかえりました。お后さまのことを思い出すと、雪姫の胸はキュウとしめつけられるようでした。王子のことを思い出すと、心がギザギザとがるのを感じました。そのときどきの感情を表す言葉をさがしました。たくさんの〝わるい言葉〟も覚えました。こうして三日三晩が過ぎ、雪姫は七人に言いました。
 「わたしは、この塔を出てミヤコに行きたい。みんな、いっしょに来て・・・?」
七人は戸惑いを隠せず、たがいに顔を見合わせました。
 「でも姫さま、都はこわいところです」
ハヤテが口を開きました。
 「みんなこのまま森のなかで、暮らしていけるじゃないか」
ダイクとカマドとシタテが言いました。
 「おいらは、昔にもどりたくないなぁ」
リキシャがぼそっとつぶやきました。
 「姫さまは、なにをなさるつもりだろう」
オイシャは不安になりました。
 
 「どうしてそうしたいのですか?」
ハカセが雪姫にききました。
 「わたしは、ここから見えるケシキしか知らない。ここを出て、ホントウノセカイを知りたい。」

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 ハカセはいつかこの日がくるのを予感していました。
 「ワタクシは、お姫さまのお供をしますよ。」
ほかの六人はまた顔を見合わせました。
 「姫さまはまだ病みあがりでございます、わたくしめが付いていかないことには・・・」
オイシャが次に言いました。
 「アタシが服をつくらないと、みんながこごえてしまうよね」
シタテが窓の外を指しました。
 「おいしいご飯をたべたいなら、ワイがいないと困るわな?」
カマドが顔をあげました。
 「都に着いたら、姫のお家はオレが建てることになるだろう」
ダイクが腕をまくりました。
 「なんだよみんな、おいらじゃないと、荷物なんか運べないくせに!」
リキシャが胸を張りました。
 「おいおい、ひとりにしないでくれよ」
ハヤテがあわてて続きました。

 「ア・リ・ガ・ト・ウ」
雪姫がこう言ったのは、はじめてではないかと思われました。

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旅支度をととのえて、

出発の日となりました。塔の窓から雪姫は、遠くのお城の尖塔をじっと見つめておりました。
お后さまの形見の鏡に顔をのぞきこむと、
 「美しいのは雪姫、あなたですよ」と鏡が答えます。
 「さぁ、行きます。」
七人もそれぞれにお后さまの形見の鏡をのぞきこみ、小さくうなづいてポケットにしまいました。

 雪姫ははじめて自分の部屋を出て、らせん階段をおりました。足がぐらぐらしました。塔の下にたどり着き扉を開けると、上とは違った臭いがしました。一歩を踏み出すと、足が雪に沈みました。また一歩、また一歩と踏みしめて、塔の裏に回りました。お后さまのお墓があるのです。雪姫と七人は、お墓に祈りを捧げて、それから塔を見上げました。雪姫はまたしばらく眺めておりましたが、ふたたび
 「さぁ、行きます」
と言い、一行は都の方向に進み出しました。すると・・・
うしろでゴゴゴゴ、ガラガラガラ・・・と雷のような音がして、たちまち塔が崩れ落ちました。

 雪姫も七人も振り返ることなく、雪の道をただ黙々と進みつづけました。雪は深く、道も険しく、雪姫はまだ歩くことも上手ではありません。森の中を何日も、歩き続けることになるでしょう。空には厚い雲がかかってきていました。冷たい風が木々の間を音を立てて駆けぬけてゆきます。この先なにが待ちうけていようと、もう戻ることはかないません。

 雪姫と七人は、ただ前を見つめて、都へと向かってゆきました。

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うらゆきひめ

2012年4月27日 発行 初版

著  者:KINOTORIKO
発  行:Toriko Brand

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KINOTORIKO

東京生まれ。小さいころオーストラリアで過ごし、マザーグースなどを愛読して育つ。青山学院大学にて英米文学を学び、卒業後はフリーのイラストレーターとして "木野鳥乎" の名前で広告・出版・ウェブ等の制作にかかわる。
いっぽうで2001年ころから、自由なカタチの絵本づくりをめざし、企画から絵と言葉、造本を含めた制作に取り組む。これらの活動は "きのとりこ / KINOTORIKO " 名で発表。

「うらゆきひめ」には紙本もあります。
BCCKS内書店はココ> http://bccks.jp/store/92784
HPはココ> http://www.kinotori.com/

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