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惑星(予告)

出宰 漱太郎

デザイソ書房

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出宰漱太郎の新作『惑星』のお知らせ

 出宰漱太郎の新作『惑星』が5月6日にデザイソ書房より刊行、BCCKSより販売されました。9つの掌編集『コモン・センス』でデビューしてからの本作が二作目となります。こちらからご覧ください。

そして、5月6日開催の、文学フリマ(ブースFー30)にて先行販売されました。

 なお本作の文庫本バージョンは、5月6日に京流通センター 第二展示場(E・Fホール)にて開催される第十四回文学フリマ内、ブースFー30にて行われる「第二回京急蒲田処女小説文藝大賞」会場にて限定10部、先行販売をしました。お買い求めいただいたお客様、ありがとうございました。
 なお、売り切れもしくはお越しいただけずに入手できなかった方々、文フリ版から修正・加筆をしたバージョンをBCCKSにて公開しています。こちらからご覧ください。

(既に第一回京急蒲田処女小説文藝大賞に『コモン・センス』を発表している時点で処女作家では無いため、今回は非処女部門での参加となるため賞候補とはなりません)

 文庫バージョンには、デビュー作『コモン・センス』も収録されています。また、出宰漱太郎と親しいグラフィックデザイナーの塚田哲也が写真を数点、提供しています。

 ただいまご覧いただいている『惑星(予告)』では、最初の数ページ(文フリ版)をお読みいただくことができます。つづきはこちらで。

 それでは出宰漱太郎『惑星』をよろしくおねがいします。










惑星              7




コモン・センス         31


   手術              32
   工場              33
   差異              35
   猿               36
   レシピ             38
   葬式              39
   新型              41
   宇宙一般            43
   立つんだ、ジョー        45


 もう二十分以上になるだろうか、今日も昨日と同じポーズで座り込んでいる。昨日とも一昨日とも同じである。この家に越してからはほぼずっと、同じように過ごしてきた。ここ最近と違っているところといえば、今日は下痢であるということだ。久しぶりの下痢は下腹部に便座の中に落ちてしまいそうなほどの重力を発生させ、尻は左右に分かれて必死に便座にしがみつく。腹の痛みは鋭く鈍く、汗は普段以上に流れている。四月半ばではあるがトイレの中の体感温度は既に夏である。一年じゅうキンモクセイの香りが漂っている。
 とその時、トントン、とドアをノックする音がした。
 何故ノックされるのか。ここは私の家である。単身赴任で一人で住んでいる私の家のトイレである。ドアをノックする人物などいるはずがない。どうにもおかしい。昨夜は誰も泊めていないし、だいいちこれまで誰も泊めたこともない。であれば玄関の鍵をかけ忘れてしまったのか。それににしてもなぜわざわざうちのトイレに来る必要があるのだ。向かいに公園のトイレだってあるじゃないか。
 すると次にはトントン、とノックの後に「八代さん、宅Q便でーす、お荷物の配達に参りましたァ」という声。最近の宅配便はトイレにまで配達に来るのだろうか。やはり鍵をかけ忘れたんだな、仕方ない。宅配業者も再配達が面倒なのだろう。でもやはり人の家にあがって来るのはちょっとやりすぎだよ、と一言いってやろう。とはいえどうしてトイレにいることが分かったんだろう。などと思いをめぐらせながら、便座にじっとりと付着していた腰を引き剥がす。残糞と残糞感が離別する。ファスナーを閉め「はいはいお待ちください」と、つい普段インターホン越しに言うセリフを口にトイレのドアを開けたのだった。
 するとそこに立っていたのはサ川急便の配達人である。たしか「宅Q便です」と名乗っていたはずなのに。そもそも「宅Q便」は山ト運輸のサービス名であるから、それをライバル会社のサ川急便の配達人が口にするのは変だ。考えられるのは、この配達人が先月まで山ト運輸で働いており、今月からサ川急便に転職をしたという憶測。であれば「宅Q便です」とついこれまでの癖で言ってしまったのも無理は無い。もっとも、そういったところにいちばん厳しそうな印象があるのがサ川急便という気もしないでもないが。
 ともあれ山ト運輸の宅Q便であろうとサ川急便であろうと、私宛の荷物であることに違いは無いので受け取ることにする。さて下駄箱の上に置いているシヤチハタ印を取ろうとして、ここがトイレであることを思い出す。そういえばトイレのドアを開けたそこに配達人が立っていたのだ。サ川か山トか、そちらにばかり気を取られていた。当然下駄箱もなければその上のシヤチハタ印も無い。あ、サインでいいですよ、と、配達人は胸ポケットからボールペンを取り出し、それを借りてサインをした。「毎度ありがとうございまァす」彼は軽く頭を下げるとトラックへと走っていった。
 あらためて配達人の立っていたそこを見ると玄関であった。八時半の日差しが眩しい。後ろを振り返ると便器がある。ここはトイレである。トイレのドアが、玄関のドアである。
 昨日までは、いや、今朝このトイレに入るまでは、寝室から階段を下りて廊下の左手にあるドアを開けてトイレに入り、玄関はトイレのドアを開けて右に廊下を進んで5メートルほどのところにあった。それがいまはトイレのドアを開けたとたんに玄関になっているではないか。
 扉の外に出てみると、たしかにいつも見慣れた我が家の玄関である。表札もかかっている。玄関を閉めてもういちど開け、中を覗いてみるがそこには便器しかない。二度三度開け閉めしてみるが変化はない。玄関あけたらすなわちトイレである。先ほどの配達人には便器は見えただろうか。玄関を開けたらトイレだったということに気付かれただろうか。下駄箱はともかく居間や台所も見あたらずただトイレがあるのみのこの家で私は暮らしていかなければならないのか。しばらくの間、呆然と立ち尽してみたものの、何も考えが浮かばない。むしろ先ほど便座に座り込んでいた姿のほうが、考える人と呼ぶにはふさわしいポーズであった。
 何をどう考えればいいのか分からないまま、便座に座り直して先ほどの荷物を開梱する。運ばれてきたのは妻からの荷物である。月に二度くらいの割合で、単身赴任にはちゃんとした食生活が大切と、食料や生活用品、また家に置いてあって処分に困っている私の衣料などが送られてくるのだ。 今回の荷物は米、ピーマン、キュウリ、煎餅、缶詰、ポロシャツ、靴下、スニーカー、アルミホイル、食器用洗剤、そしてトイレットペーパーとスナック菓子が緩衝材のかわりに詰め込まれていた。おそらく食料に関しては今月から大学生となって独り暮らしを初めた長男と同じものが入っていると思われる。
 出社時間も迫ってきた。午前中から会議が入っていることに気付いた。出勤直前のトイレは毎日着替えた後という私の行動パターンが奏功した。ジャケットは無いがワイシャツとズボンはちゃんと着ている。やはり下駄箱がないので靴がなくトイレ用のスリッパのまま出かけざるをえないと困ったが、先ほど宅配便で届いたスニーカーを履いて出かけることにする。週末の庭いじりに履こうと送ってもらったスニーカー。ジャケットの無いスーツ姿に白いスニーカー。地方の体育教師みたいな格好ではあるが今日のところはやむをえない。会社に行ったら作業着に着替えてもいいだろう。ひとまず現状を把握できないまでも対処は可能と安心したもの束の間、腹痛が再び重い腰を上げ、腰を重くさせるのであった。(つづく)




 このつづきは5月6日に公開され、「第14回文学フリマ」内の「第二回京急蒲田処女小説文藝大賞」ブースにて文庫本サイズの本を限定10部、先行発売されました。

 BCCKSより電子書籍版と紙版も販売しています。こちらからどうぞ。

惑星(予告)

2012年4月26日 発行 初版

著  者:出宰 漱太郎
写  真:塚田 哲也
発  行:デザイソ書房

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