錫蘭(スリランカ)にはアダムズ・ピーク、またの名をスリー・パーダ(聖なる足跡)という標高2,200メートル余の山があり、宗教を超えて人々の信仰を集めている。
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一大山有り、雲を侵し高く聳えり。山頂に人の脚跡一箇有りて、石に入ること深さ二尺、長さ八尺餘なり。是を人祖阿耼聖人、即ち盤古の足跡と云う也。此の山は内より紅雅姑、青雅州都、青米藍石、昔刺泥、窟没藍等を出だし、一切の寶石皆な有り。大雨の有る毎に土を冲出し、流下せる沙中に尋拾すれば則ち有り。常に寶石は乃ち是れ佛祖の眼泪より結成すると言う。
馬歓『瀛涯勝覧』
ハットン駅を出たバスは、多くの巡礼客を乗せて一面紅茶畑の山間を蛇行しながら走ること一時間で、ナラタニヤのバスターミナルに着いた。街は、まるで祭りのような、人だかりと浮揚感に包まれていた。
バスを降りた男は一人の客引きに声をかけられた。
男は思う。こういう場合、最初に声をかけてくる奴に言われるままに着いていき、そのままそこで旅装を解くのは、どうもこいつにうまく捕まったみたいで、格好悪いな。
「いいよ。少し山の方まで歩いてみて、それから考えるから。」
この田舎町に似つかわしくない異様なまでの熱気と人間の数は、巡礼シーズン最後の日曜というためなのだろう。ハットンまでの汽車にも、コロンボから休みを利用してこの山に登りに行くという若者が多かった。彼らは飽きることなくドラムを叩き、合唱し、そして笑っていた。これは彼らにとって日常から離れた“ハレ”の行為でもあるのだろう。
ターミナルからみやげ物の露天が並ぶ坂を下り、川に出た。橋の上から下を見ると、下山してきた褐色の人々が石鹸で体を清めている。彼らは一様に満足そうな笑みを浮べ、高地の身を切るような冷たい水も苦にならないようだった。
「だから言ったろ。この辺りには宿は無いんだよ。だからうちに来なよ。」
あきらめず男の後をついてきた客引きは、屈託の無い笑顔で男に話しかける。男は決まり悪そうな曖昧な笑顔で、ぶつぶつと言い訳めいたことを口にした。もう少し先に行ったら何かありそうな気はするんだけどな。でも少し疲れたな。
「とりあえず部屋を見せてくれよ。もちろん、ホットシャワー付だろ?」
結局、男は、このバスターミナルの側のホテルの三階に荷物を置いた。少しでも安いホテルを探さねばならないほどに財布は逼迫していなかったし、少しでも良い雰囲気を求めるほどの宿泊施設へのこだわりも無かったのだ。ただ、少しばかりの値切り交渉に成功しただけで満足していた。
男がこれから登ろうとしている山は、スリー・パーダ、またはアダムズ・ピーク(Adam’s Peek)と呼ばれる、標高二二四五メートルの孤高の鋭鋒である。古くはサランディーブ(中国の趙汝适の『諸蕃志』では「細輪疊」と音写されている)と呼ばれ、仏教、イスラム教、キリスト教、ヒンドゥー教といった宗教を超越して、人々の信仰を集めている。
大正時代にスリランカを旅した商社マンの前田寶治郎が読んでいたガイドブックの記述が、この山を最も簡潔に説明している。
藤椅子に椅りながら案内書を見る。この秀嶺こそ確かに佛教信者の所謂佛足山として尊崇するアダムス・ピークだ。海抜七千三百五十二呎、その山巓の巌上に一つの凹所がある。佛者はこれを釋尊の足跡と信じ、回々教徒は人祖アダムの舊趾と称し、ヒンズ教団は神涇婆の足迹と主張し、互いに聖者の舊蹟の争いをなしている。従って是等信徒の巡礼登山者が四時絶えぬ、一大霊場となっていると記してある。
前田寶治郎『錫蘭巡礼記』
このように遥か洋上からも望めるので、インド洋を航行する船の目標となり、そして船乗りや海上商人たちからは航海安全を祈る聖山とも見なされていたらしい。
際立って三角形に近い形状をしたこの山は、やはり周りの山々から隔絶した印象を受ける。スリランカで最高峰というわけでもないのに、ここが特別視されるのは高さよりむしろその立ち位置、立ち姿に人々が宗教以前に感じ取った原始信仰が、その基礎にあるからだろう。チベットのカイラスしかり、日本の富士山しかり。
人々は山頂でご来光を拝むべく、連れ立って真夜中のうちに登り始める。それぞれの神を讃える歌を歌いながら、思い思いのスタイルで登っていく。そのような単純な行為自体に、宗教を超越した神の存在を、人々は感じ取るのだろう。
ナラタニヤは小さな街だ。スリー・パーダへの登山口の側にあるバスターミナルを中心に、一本道の参道沿いに商店やホテルが立ち並ぶ。道路から少しでも外れれば、そこは一面の紅茶畑だ。
男は、参道沿いのお菓子屋で、物珍しい外国人に興味津々に話しかけてくる店番の青年の質問に適当に答えながら、貰ったハクル(ココナッツを固めた甘いお菓子)を齧っていた。どうやら、あまりにしつこく質問攻めにされるものだから、少し辟易して、頭では違うことを考えているらしい。
参道沿いには、雑貨屋やレストランが多い固定店舗の他に、ハクルなどの軽食や、ジャンパーや帽子といった登山グッズを商う露店が切れ目なく並んでいる。
男の座る露店の前を多くの巡礼者が通り過ぎてゆく。どうも、皆が皆ご来光にご執心、というわけでもないようだ。絶えず発着しているバスで来た者が多いが、他にもワゴンなどに家族で、友人で乗り合って来る者も目に付く。彼らの殆どは、街に到着して少しばかりの休憩を済ませた後、おもむろに登山を始めていた。山道のカーブ沿いの空地では、どこかから薪を集めてきて自炊をしている逞しい人々もちらほらと見かける。腹ごしらえでもしてから、夜の登山に備えるのだろう。
これだけの人を収容できるキャパシティは、明らかにこの街には無い。参道沿いの谷側には、何軒かホテルが建築中、または増築中だったりするが、総じて宿泊施設もそう多くないし、レストランの数も十分とは言えないだろう。
しかし、車で仮眠を取り、空地で鍋を焚き、川で体を洗う巡礼者を見れば、その疑問は氷解する。人々は多くのインフラを必要としていないのだ。その証拠に、男が泊まるホテルも、立地と作りの良さのわりには(否、それ故にとも言えるが)、ほとんど空室だった。どうやら、余裕のあるスリランカ人か外国人しか投宿しないらしい。それなら、もう少し値切れたのかもしれないな。
ここまで考えたところで、「さてと」と、男は少し大げさなアクションを取りながら立ち上がった。
「ありがとう、美味しかったよ。少し散歩でもしてみるかな。」
店番の若者は、親愛の情を込めてハクルをもう一切れ、男に差し出した。正直口に合わないんだがな、と男は思ったが、そんなことはおくびにも出さずに笑顔で受け取り、山とは反対の方に歩いていった。
国には高い山があり、天に参るような大きな山々である。山頂には青美盤石があり、黄雅鶻石、青紅宝石は大雨があるごとに流れて来るので山の下の砂の中を探すと拾うことができる。
費信『星槎勝覧』

男が喫茶店をハシゴし、露店をくまなく見て廻ると、もう時計の針は十九時を指していた。夕暮れの街は、道路で炊く飯の匂いと、車のクラクションと、若者たちの歌で、騒然と夕靄に包まれていた。
巡礼者たちは何かを期待して、抑えきれない感情を歌に託している。男も、気持ちの昂ぶりを感じていた。スリー・パーダも、既に薄暮の中にその姿をうずもれさせている。山影に絡みつくように光が連綿と続いているのは、闇夜をおかして登攀する巡礼者たちの足元を照らす光なのだろう。
「俺の脚なら山の頂上まで行って、ここまで下りてくるのに二時間もかからないな。」
登山口近くのハクル売りの若者は、そう言って笑っていた。
「毎年この時期はそうなんだが、今日は混んでいるから、早めに発った方がいい。そうだな、一時くらいかな。」
バスターミナルから少し下ったところにある、増築中のホテルのオーナーは、そう言ってアドバイスをしてくれた。
男は思う。確かに、富士山に比べれば大した高さでもない。あの若者ほどでなくても、俺なら二時間もあれば頂上にたどり着くだろう。しかし夜道でペースは遅くなるし、それに、この人出を考えれば、富士山と同じく頂上付近の渋滞は避けられない。
「〇時に出発しよう。」
男は結論を出した。この場合、オーナーのアドバイスより一時間早い設定なのは、彼の性格に由来するものである。
出発時間から逆算すると、一九時半に夕食となる。男は、自分が泊まるホテルの一階のレストランに入った。
やはり高いな。メニューを一瞥した男は苦々しく思ったが、顔には出さなかった。
「何が悲しくて、せっかくの休みに貧乏旅行しなければいけない?」
というのが彼の最近の口癖なのだが、悲しいかな、彼が未だに貧乏旅行の枠から抜け出せていないのは明白である。
「この野菜カレーのセットとライオンビールで」
一番安いセットでも、ビールを付けるところが違うのだ、と男は考える。
振り返ると、いつのまにか学生らしき日本人のカップルが座っていた。
おやおや、えらく爽やかな二人だな、と男は思う。旅を続け、旅を緒重ねていくうちにまとわりつく“しがらみ”のようなものが、まったく感じられない。聞けば、二人とも大学の二回生で、一度東南アジアを貧乏旅行した彼氏が、ヨーロッパ以外に行ったことがない彼女を連れて、今回の旅行に来たのだという。
話は、今回のスリランカ旅行の話から、お互いに今まで過ぎ去ってきた国々のことに広がっていった。どこの安宿でも初対面の旅行者同士が飽きることなく繰り返す、一種のルーティーンだ。
旅を語りの対象とすることで、それが風化していくのではないかと思う。自分は過去の経験を切り売りしているのではないかと思う。その一方で、過去を語ることで、自分を確認することもできる。時には、それが手柄話めいていることもある。
男のわずかばかりの経験でさえ、これから休みの度に旅を重ねていくであろう彼氏の目を輝かせるのに十分だった。そして、その横で微妙な顔をしている彼女の表情にも男は気付いていた。
どっちにしても羨ましい限りだな。男は残ったビールを一気に流し込むと、自分の部屋へと上がっていった。
男は二十三時半に目が覚めた。そして、日付が変わる頃にはもう宿を出ていた。
外はひんやりとした夜気に包まれていた。巡礼者たちは、山頂の寒さに備えるためにウィンドブレーカーにニット帽という出で立ちで、それでも下はサンダル履きである。中には毛布を抱えている者までいる。友人や家族と連れ立って、思い思いのペースで登っていくようで、どの顔を見ても晴れがましい。
男はパーカーを着込み、褐色の巡礼者たちと一緒に登山道へと入っていった。心なしか、歩幅がいつもより大きい。登山口をくぐって暫くはハクルやお香などを売る露店が続くが、ものの五分も歩けば、巡礼者の足元を照らす明かりがポツリポツリとあるばかりである。
少し入ると、大きな公衆トイレもある。電気が無いため、どう見ても真っ黒い不気味な建物でしかないが、これでも有難い。急に催していた男は、懐中電灯を持参していた自分の用意に満足しているようだった。その一方で、数こそ少ないが、登山道の脇に建っているお堂は派手でチープなライトで飾られている。巡礼客が聖なる山への挑戦を前にして、祈り、祝福を受け、そして決意を新たにする場所なのだ。
三十分も歩くと、山道は急な勾配の階段となる。ここまで来ると、もうお堂や露店は見えない。高度がかなり上がってきていることは分かるのだが、ちらほらと見える白色光だけでは、斜面沿いに紅茶の木が植えられていることがおぼろげに見えるばかりである。
男が腕時計に目をやると、もう二時になろうとしていた。最初の高揚感も少し薄らいできたな。ここらで一息入れるか。
「俺はこの茶屋で休んでいくよ。先に行ってくれ。」
先ほどから好奇心を剥き出しにして邪気の無い笑顔で絶えず話しかけてくる、キャンディから休みを利用して巡礼に来たというホテルボーイの少年を振り切ることの方が、実は狙いだったのかもしれない。
登り進んでいくと、中ほどまでは茶屋や、ただ屋根があるだけの休憩所もあったりして、多くの巡礼者がしばしの休息をとっている。男の入った茶屋もその一つなのだが、まだまだ登山の前半に位置するためか、足を止める巡礼者はあまり多くないようだった。
「そうか、もう疲れたのか。仕方ないなぁ、日本人は。じゃあ、頂上で。」
そう言って少年は先を急いでいった。
上を仰ぎ見れば、スリー・パーダの山影が大きく巡礼者の上に覆いかぶさる。階段はいよいよ険しくなり、眠気と疲労が押し寄せる。
男が次第に無口になり、笑顔と根気をもって褐色の好奇心に応対する余裕が無くなっているのは、そのあしらい方を見ていればよく分かる。自分へと向けられている人の視線が、言葉が、ただの好奇心や親切心から出ていることは十分すぎるほど分かってはいるのだが、その心は頑なに人を拒絶しているのだ。
男は、次第に足元を見ながら黙々と階段を登り続けていた。
君の祈りとともに、我らを導きたまえ
我らは祝福をもって登る
この多くの人々とともに、我らは神、サマン・サマンを崇拝する
スリー・パーダに夜明けが再び訪れる
我らは神に祈る
この丘を歌い、登ることを
ああ太陽よ
ダイヤモンド社『地球の歩き方 スリランカ』より
ああこの歌だったか。と男は思った。
コロンボからキャンディ、そしてハットンへと列車を乗り継いできたが、その道中で若者の集団が歌っていた歌。それがスリー・パーダの神、サマンを讃えるこの歌だったのだ。
男が振り返ると、少年が疲れ果てて階段に座り込むばかりに疲れ果てたガールフレンドを、歌って励ましている。少女も歯を食いしばって、また一歩また一歩と階段を登っている。
彼らも自分も、ただこの山の頂で太陽が出てくるのを見るという、それだけのためにこの果てしない階段を登っている。
ただ登るべし。しかして、感じよ。
それだけのことなのだな。男は思った。
そこは世界のなかで最高峰の山の一つで、われわれは九日行程も離れた海上からその山を遠望したほどである。われわれがその山を登って行くと、雲がわれわれよりずっと下に見えて、われわれと下界との眺望の間を遮っていた。
イブン・バットゥータ『大旅行記』
「そうだな、もう少しだよ。1時間もすれば頂上さ。」
暗闇の中の黒い影が男の問いかけに答えた。
そこに最後の休憩所がり、そしてそこからの階段は更に急に、狭くなっていた。ここから先は、階段の中央で鉄の手すりによって登る者と下る者の道が右と左に区切られている。エネルギーを内に蓄えながら一歩一歩踏みしめながら登る者と、エネルギーを発散させた後の軽やかな足取りで下る者とが、はっきり分けられているのだ。
巡礼者たちは懐から白い糸を取り出し、階段の手すりに絡めてずっと持って上がっていく。手すりは、巡礼者たちが巻きつける白い糸でがんじがらめになっていた。
「ああやってここから頂上まで糸を巻きつけて持っていくのさ。」
その由来を尋ねても、男はその黒い影から満足な答えを引き出すことはできなかった。
昔日の人々は、人が登るための梯子のようなものを山の岩盤に刻み、また登山する人が署ルまるための何本もの鉄杭を穴に打ち込み、鎖梯子を架けた。それは十本の鎖で、そのうちの二本は山の一番麓のダルワーザのところにあり、その先に七本の鎖が続き、そして十本目が他ならぬ<信仰告白の鎖>である。そうした名称で呼ばれる理由は、人々がそこまで登って来て、山の麓の方を眺めると、眩暈がして、落ちてしまうのではないかと恐ろしくなり、思わず「私は神に証言致します。“アッラーのほかに神なく、ムハンマドはアッラーの使徒なり!”」と唱えるからである。
イブン・バットゥータ『大旅行記』
この島には一高山がそびえているが、非常に峻険な山だから以下に述べるような方法がなければ、誰もこれに登ることができない。その登攀手段とはこうである。この山には多数の鉄鎖がたらされており、その装置が非常に巧みにできているものだから、人々はこの鉄鎖を伝って始めて安全に頂上に登ることができるのである。
マルコ・ポーロ『東方見聞録』
今、巡礼者たちがたぐる白い糸は、かつて頂上からまるで蜘蛛の糸のように鉄鎖が巡礼者のために垂らされていたのとは無関係なのではないだろう。ただ、現在ではさらに形骸化してしまったらしく、百メートルも登ったところで白い糸は途切れていたが。
男は冷静に考えていた。
一時間?どうも信じられない。確かに距離的にはその通りなのかもしれないが、この混み具合だと、それは無理だな。そもそも日の出に間に合うかどうかも微妙になってきたぞ。
男が心配するのも当然だった。登るにつれて巡礼者たちの数が増え始めていた。当初はスムーズに流れていたので問題はなかったが、既にこの時点で少しずつしか進めなかったのだ。つまり、渋滞していたのだ。まだ完全な渋滞ではなかったが、頂上に近づけばこんなものではないだろう。男にはその前年に登った富士山で、頂上を目の前にして完全に人の流れがストップし、何時間も待たされた苦い経験があったのだ。
男の予想通り、それから三十分も登らないうちに、巡礼者たちは流れから塊となり、その歩みを止めてしまった。巡礼者たちはそれでも騒がず、泰然としてその状況を受け入れているようだった。男はそれに倣って、はやる気持ちを胸に押し込んでじっとしていたが、頻繁に体を伸ばして前を覗き込んでいることから見れば、苛立っているのは明らかだった。
ただ一つ、このどうしようもない状況から抜け出す方法はあった。時折しか人の通らない、下りの階段を使って一気に駆け上がれば、それで済むことなのだ。
この道をとっていたのは、ちらほらと見える白人旅行者たちだった。彼らは自慢の体躯を生かして、しかし無表情に駆け上がっていった。
そのような表情になるのも当然だった。その最後の手段を選択した者は、褐色の巡礼者の中から出ることはなかったからだ。彼らは、座り込んだり歌ったりしながら、じっと待っていた。彼らの横を駆け上がってゆく人々を、或る者は無関心に、或る者は憤りの目で、或る者は諦観の目で眺めていた。
俺も巡礼に来た一人でしかない。時間は、国籍や金銭の多寡に関わらず、平等にかけなければいけない。男はそう思って、左わきの鉄柵を越えようとはしなかった。
男の気持ちを察してか、中には柵を跨ぐように勧める人もいた。男は己の欲求とは裏腹に、頑なに拒んでいた。俺は、あいつらとは違うのだ。
そのまま一時間ばかりの時間が過ぎた。男にはそれが、とても長く感じられた。
うっすらと夜が白み、やがて黒い影が仄かに人の顔を形作っていったとき、更にその影―スリー・パーダに登るのは二回目だというコロンボ出身の男で、年老いた母の手を引いて階段に座り込んでいた―が、「構わないよ。間に合わないぜ。」と言った。
男はついに柵を跨いだ。そして、右側には視線を送らず、ただ鉄面皮の面持ちで、一段飛ばしに階段を駆け上がっていった。そして、頂上まであと二〇〇メートルかそこらというところで、再び塊の中に没していった。
頂上に近づくにしたがって、少しずつ視界に色が入ってきた。男の上には木々が垂れ下がり、更にその上には山頂の御堂が見える。眼下には、聖山に連なる山々の影がその姿を現しはじめている。光が自分の背中を照らしているのが分かる。上を歩く巡礼者たちの丸い背中と頭が次第に見えてくる。
まるでサマンを拝しているようだな。男は思った。
夜明けは近かった。
細輪疊という山があり頂上には長さ七尺餘りの巨人の跡がある。跡の一つには細輪疊山から三百餘里も離れた水の中にある。その山の材木は高くあるいは低く十重八重にかこみ(あたかも巨人の足跡に)朝拜しているかのように折れ曲がっている。
趙汝适『諸蕃志』
人々はただ待っていた。或る者は御堂の屋根によじ登り、或る者は恋人の肩によりかかり、或る者は冷えた指先を息で暖めながら、待っていた。
立錐の余地もないほどに巡礼者たちは身を寄せ合って、スリー・パーダの頂上の東側に集まっていた。絶えず登ってきてはそこから動こうとせずに居座ってしまう巡礼者たちを、何とか散らそうとする堂守の手を何とかかいくぐって、男も階段が途切れて少し窪みになったところに何とか自分の場所を確保していた。
頂上の中心の仏足石のある堂に向かって段々が続くのだが、そこは人で溢れんばかりだった。彼らは自らのうちにエネルギーを溜め込み、太陽が昇ると同時にそのエネルギーを大気に向かって解き放たんと待ち構えていた。
男はその中に、一人の少年僧の姿を認めた。どこか投げやりな表情を浮かべてはいるが、静かなその深い目からは、太陽が昇るのを待ちわびている期待感のようなものが感じられる。
孤高という言葉はこういうときに使うんだろうな。と男はふと思ったりした。
そのまま数分も待っただろうか。ついに、太陽が東の山から顔を出した。
その時、人々が一晩かけて蓄えてきた思いや願いが、すさまじいエネルギーとなって東の空に放たれる。光が人々の顔をオレンジに染め上げる。巡礼者が真言を唱え、旅行者がシャッターを切る。あまりに神々しい夜明けだった。
男は打ちのめされたように、じっと東の空を見ていた。熱いものが込み上げてくるのが分かる。登り続けた一晩で、否、ここまでに至る道程で己の内に蓄積されていた思いが解放されているのだろうか。
ふと気になって、あの少年僧の方を振り返ってみた。少年僧は、太陽の光に一瞬顔を輝かせていた。しかし、すぐに表情から感動の色は消えて、また深い表情に戻った。そして暫くすると、太陽に背を向けて仏足石を安置した御堂の方へと人ごみをかき分けていった。
三十分もすると、淡いオレンジの光に南国の力強さが加わり、空が青く染まった。巡礼者たちも次第に踵を返して、御堂の方へと動き出した。
男は少し迷ったが、それには背を向けて階段を下りることにした。
俺は既に巡礼者ではない。巡礼者でない俺が、あの少年僧と同じく仏足石に祈りを捧げることができるか?果たして俺にはそんな資格があるのだろうか?
男はまるで何かに追われるように階段を駆け下りていった。すぐ後ろからは、両手をポケットに突っ込みながらも一段飛ばしに階段を下りてくる白人旅行者が迫ってきていた。
よし、競争だ。男は更にスピードを速めた。
2014年3月11日 発行 初版
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1978年奈良県生まれ、東京在住。旅と本とフットボールを嗜好する図書館員。
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