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目次
1 黎明月〈Rising moom〉
2 Private zone〈プライベート ゾーン〉
3 残された希望〈Left hope〉
4 Spectrum〈スペクトル〉
5 与えられた使命〈Mission〉
6 YESのきみ NOのキミ
7 Luminescence Lily〈ルミネセンス リリー〉
8 Mature〈マチュア〉
9 光の翼〈Phototaxis〉
10 Creation〈クリエーション〉
11 青い瞳と赤い瞳の闘志〈Requiem〉
12 翅に惑う、翅にゆれる〈Dissociation Morpho〉
13 箱庭の羊草〈The water lily of a miniature garden〉
14 7±2記憶の断層
15 Call Me〈コール ミー〉
16 これからのこと、これまでのこと〈A future thing an old thing〉
私の作品は写真作品ですが、写真と聞くとどうせ風景だろうとか、よくわからない風景をただ撮っているだけだろう!と言われ、誤認されているように感じることが多くあります。現代アートの中でも写真は理解されてきているように見えがちですが、本当に理解して下さるのは見識のある、ごく一部の方だけなのです。
写真のみの公応募でしか、評価されない写真とはいかなるものなのでしょうか?このままではいつまで経っても、写真と絵画が肩を並べて受賞することや、何億という高値で取引されることはないように感じます。これは絵画のように作家の思いや汗の結晶により時間をかけて描くわけではなく、シャッターを切っただけで作品になってしまう写真作品が、絵画よりも軽視されているように思えてなりません。写真を撮る側から言わせて頂くと、すべての人々がそうでないにしろ、必ず写真を撮った意図があるはずです。大きい小さいはあるかもしれませんが、見た風景に心を動かし、頭で理解するよりも体が先に反応しシャッターを切っているのです。ただシャッターを切る人の方がむしろ少ないと言えます。
絵画を批判する訳ではないのですが、私は絵画の方がこう見せたいだとか、ここをこうしようなどの、作家の意図が混沌と渦巻いていて気持ちが悪く見えることがあります。もちろんこの世には絵画作品で目を奪われ、心を鷲掴みにされた美しい作品も数多くありました。しかしこの世にそのような他に類を見ない写真作品があまりに少ないと感じるのです。
現代の写真家はパソコンを含めた作品づくりが必出となっているのにも関わらず、絵画とは違い、自由に加工できてしまう写真が軽視されている部分があります。形は違いますが、写真も絵画も同じ工程を踏んでおり、人々の心をゆする作品に甲乙をつけること自体おかしいように感じます。そんなものは十分わかって選考していると偉い方々は言うかもしれませんが、大賞などの素晴らしい賞に写真作品が選ばれた例を見たことがまずありません。賞を頂くことに意味があるとは思いません。しかしそのような偉い人たちによって築かれた世界に居座り、作品を製作して偉い人たちに物申す為には、必要不可欠だと思います。
私の作品は17ヶ月もの間、明朝の短い時間に出る月を追い続けた作品があります。パソコンで加工しただけだろうなど、加工ソフトの限界を知らない表面しか見ることのできない人々に嘲笑されることも多々ありました。しかし作品の本質を見抜ける見識のある方はできること、できないことを知っており、作品製作を理解して下さいます。製作に費やす工数や写真はデータの為、複製がきく点が絵画に劣っている部分だと言うのであれば、私は作品のデータからすべてをお渡しするか破棄し、この世にただ一つだけの作品を作って見せます。そもそも絵画や彫刻であれ写真が劣っている点など何もないのです。平等に客観的に写真も絵画も評価していると思っていても、心の奥底では絵画の方を優先的に選定するでしょう。私が選ぶ側であればそれ以外の賞は取らせても大賞にはしないでしょう。
父親はプロカメラマンで私は幼い頃よりカメラが近くにある環境がありました。しかしカメラマンと言うこともあり、転勤が多く、私も成人までに10回を超える転勤を幼稚園の頃より体験しております。果たして自分は、どこかもわからないような土地に馴染めるのか?周りはすでに出来上がってしまっている世界の中にポンと投げ込まれ、今まで構築してきた私という何かを、また一から構築しなければならず、病んでしまいそうな時期もありました。周りの皆は幼馴染や、親友同士なのに余所者がいきなり投げ込まれ、先生や親にその輪の中に入れと強要される。皆が転校生をそう言った目で見ていることもすぐに分かったし、幼いながらもなんとなくその目になる理由も理解できていた。そのため信じられるものは共に生きてきた自身の体のみだと考えていました。誰よりも速く走りたくて昼休みも走り、運動も学力も誰よりも上手くなって周りを見返したいと学生時代は没頭しました。
写真を撮る為に転勤となっていたので私はカメラを好きどころか嫌っていました。そんな私も父親の仕事を手伝う機会があり、写真を撮る現場を目の当たりにしました。そこには私がいくら頑張っても盗み出すことの叶わなかったモノが、シャッターをきる事でいとも簡単に、その対象を切取ってしまうカメラの姿でした。私は秘密の魔法を覚えたような感覚に陥り、写真に惹かれることになりました。
風景はその表面のぺらぺらしか写すことができないと考えているのと、そのような経験があった為、すでに何者かによって作られた風景を撮ることに抵抗があります。風景が嫌いではなく好きなのですが、自身の考えの及んでいない領域がある為、恐怖を感じてしまうのです。
私の作品は2通りの製作の仕方があります。まず1つ目はシリコンやガラス、顔料やモチーフを入れ題材を写す被写体(レンズと呼ぶ)を作ります。できたレンズに光を当てる、角度や当てたいモノに対する反射や見え方を探究し撮影することをやっています。
2つ目は実際の風景に違う色を当てることや、フィルターを通してそれを撮影することです。私の持つ目とあなたの目で見ている風景は、同じように見えていると思われていますが、実際は異なる景色なのです。私達が見ている色はそのモノの本当の色なのかどうか?偽りの色に翻弄されているだけかもしれないのです。そのモノの本当の色を見つけ出すことを行っています。私の切取った世界だけは私が創造したものの為、実際には存在しない世界、現実とは異なる嘘の世界であると言えます。これをカメラという嘘の私の目で写すことで、偽りの世界は偽りであるという正で真実だと言える。真実であるという証明を探すより嘘であるという証拠を探すほうが容易いこともあるのではないでしょうか。
自然は人間が到底創造しえないモノ達で溢れており、それを自身の目でとらえ、触れてはじめてその意味が理解でき、本当の姿を見ることができると私は考えています。同様にこの世に存在する全てのモノに結晶構造(プリズムのようなモノ)があり同じ効果があると考えています。モノに光が当たると陰の部分と陽の部分ができる。光の当たっている部分だけが鮮やかに輝いて見え、光の当たっていない部分だけがくすんで見える…。客観的に見ても両者の違いは光の当たり方の違いだけに見える。しかしその本当の違いはもっと奥深くにあり、私は自然の中にその真理を見、知ることができたように感じた。
何万光年も遠くの星の光は多くの人々の心を惹きつけて止まない。果たしてそれは、何に心を奪われているのか?光に囚われるのではなく光を創造し、光を探求し、光を知り、光を写し、私は光を誰よりも上手くとらえたいと願う。
長々と他人の身の上話をしてしまい申し訳ありませんでした。もし私の考えが根も葉もないでたらめだとおっしゃる方がいるのであれば、私は理解者が現れるのをまだ待ちます。ただ私は絵画ではなく写真で誰か一人でも感動させられるモノをつくりたい。絵画の歴史に比べ写真の歴史はまだ浅い。写真が本当に理解される日を願いながら、絵画を超える写真の域をこの目で見出したいだけなのです。
http://takakino.jimdo.com 山口貴之
深い漆黒の夜空と淡い黄色を放つ月が、混ざり合う夜は実に美しい。夜空と月と太陽とが薄明にかけ、水平線で混ざり合う瞬間が最も美しい。
この世の美しい物すべてを掻き集めたような、何とも言い難い光が包みこむ瞬間、私はいつも同じことを考えていた。明朝の月は空が白んでくる、ほんの僅かな時間しか見ることができない。妖しい光を放ちとても儚げで魅入ってしまうが、月は太陽と逆転し沈んでしまう。
私は月が好きだ。いつまでも見ていられるように月を再び昇らせたいと考えた。長い年月をかけ今の姿となった月を表す為、多重撮りで異なる時間の月を幾重にも重ね合わせた。淋しげな深い紺碧の海の底に沈んだ月を昇らせ、再び夜空を煌々と照らす様子を写した作品。
空に浮かぶ月と地上にある海は関係のないように見えるが、月の満ち欠けと海の干満のように密接に関係している。生命は海より生まれたとされている。月が揺らめく神秘的な海に目を見開き、波の音に耳を傾けたくなるのは当たり前なのかもしれない。
そして今日も、空が青色に変化する瞬間、海も色を変えた…。我々もまた月と海とその両方に密接に関係しており、今宵も月に惹かれている。昨夜よりまた少し、月を思う時が増えていた。
「木は神聖なものである。木と話、木に耳を傾けることを知るものは真理を知る。木は教義も処方も説かない。木は個々のことにとらわれず、生の根本法則を説く。」 ヘッセ
防風林として大切な役目を担うフクギと呼ばれる木がある。激しい雨や風から守ってくれるその木はとても美しく、並木道はまるでどこか別世界へと誘っている様に見える。守られた中の風景は神秘的で風もなく凛とし、とても穏やかな表情を見せていた。
青色に染まる木々の隙間から、太陽の光だけが透過しフクギの新芽を眩しく照らしている。入ることを許されたあの光だけがこの場所に入ることができ、新芽を成長させ、何層にも重なる深い防風林を築き上げている。眺めている中に深く閉ざされた聖域から同じ匂いを感じ、その声を聴いた。
人も木も似ているのかもしれない。歳を重ねる度に、受け入れる心が朽ちはじめ、受け入れられない事に対する恐れや迷いが生じ、己を護る、けして破ることのできない壁を創り出した。壁では物騒に見えるからと、当たり障りのない透明で限りなく薄い膜へと変化した。さらに大人になり洗練され、余所行きの面を創り出し、必要のない光を効率よく外側に反射することを覚えた。本当に必要としている光が差し込む日を願いながら。
そして黄色く透明感のある光だけが膜を乱すことなく、いとも容易く入り込んできた。
温かく心地良い、明かりを大切に大切にしなくては。
ギリシャ神話に出てくるパンドラの箱が題材。その箱にはありとあらゆる災いが入っていた。
パンドラは神様から渡された絶対に開けてはならない箱を、好奇心から開けてしまい、大地にありとあらゆる災厄がもたらされた。慌てて蓋を閉めたがその殆どが出て行き、たった一つだけ箱の中に残ったものがあった。それが希望であるとされている。そもそもパンドラの箱にはありとあらゆる災厄が入っていたのに、なぜ善である希望が混在していたのか疑問が生じる。それとも希望もまた災厄の一つなのか?信じ過ぎて返って我々を危険に陥れるものであるとすれば、それは悪なのか?希望は偶然、或いは必然的に残ったものなのか?神は開けることを初めから分かっていて我々に与えたのか?混沌と渦巻く疑問の波に襲われた。わからないことに躓き進まない。考えてみれば幼い頃からいつもそうだった。
本を読み終えることだけでも誰よりも時間がかかった。疑問で脱線し本文よりもそちらに興味を惹かれてしまう。何回も何回も辞書を引いている中に、小学館の鮮やかな水色の辞典は見るに堪えない姿になっていた。国語の先先にも本を読むのが遅いと叱られたが、なぜ叱られたのか理解できなかった。私はその理解できないことについて「頭が悪いから」と答えた。それと同時にたぶんこの先生は頭が悪いのだと幼いながらも嘆いていた。そしてこっそり本を読むことにした。
それから時と共に大人になり、文章や言葉では構築することのできないイメージが存在することを知った。今までとは異なる解らないことに対する興味と好奇心のスパイラルにのみ込まれ、イメージをイメージのままにしておくことができなくなった。頭を使い、手を動かし、身体を委ねることで撮るということを覚えた。
「天に隠された宝物は実に豊である。それはまさに人間の心が
新しい栄養物にこと欠かないようにするための天の配慮である。」 ケプラー
我々一人一人に与えられた色があるとすれば、美しい色を奏でる人も中にはいる。波長の長い者もいれば短い者もいる。黄色を放つ者もいれば、青色を放つ者
もいるし、赤色を放つ者もいれば、もちろん緑色を放つ者も確かにいる。無論、我々にしか見ることのできない光もあれば、昆虫にしか見ることのできない光があり、植物しかとらえられない光もまたある。
それぞれが必要としている光を補色せよと、意図的に配色されているように思えてならなかった。その上、各々が同じ輝きを放たないようにも配慮されている。本当にうまくできた世界だと痛感させられた。光を分けることを許された宝玉は一点の曇りもなく、見ることさえ叶わない程の透明度を放っており、まさに和氏の壁とも言うべき宝玉なのであろう。
そもそもよく耳にする希望の光とは如何なる光なのか?とまた疑問が生まれ、どのようなイメージかと聞いて周った。すると暗闇の中に一筋の光というものが共通意見みたいだ。この光は本当に一筋の光なのか?私にも見ることが叶うのか?
その答えに近いものを2011年3月11日に発生した東日本大震災後に少しずつ感じ取っていた。お互いを思いやり、支え合い、助け合うことのできる人々の光は、一つ一つは微量ながら何事にも揺るがず、どんな困難にも散ることのない、英知の輝きを放っていた。
光は誰かに与えられるものではない、それぞれがすでに持って生まれていたのだ。時が異なるだけで、嘆く必要など何も無かった。それは生きていく過程の中で磨かれ、経験の昇華や、己の理解と共に、初めて輝きを放つモノだと私は思う。すがる者も無く、何も見えない暗闇は心に恐怖を生み出す。しかし漆黒に染まった時にしか、見出せない光があるのも事実。
光は渦となり奥底に仕舞い込んだ記憶を舞い上げ、不条理な日常を呑み込み始めていた。
「運命は我々を幸福にも不幸にもしない。
ただその材料と種子とを我等に提供するだけである。」 モンテーニュ
それぞれに与えられた使命があるとすれば、それは何のために存在しているのだろう。
簡単には見つけることはできないが必ず理由がある。
それは風が吹くことに理由があり、空が青いことにも理由があるように、海が青く在ること、その海をたゆたう波でさえ、起こる理由があり存在しているからである。
美しい月も太陽の光により輝いている。この世に必要とされないモノがあるとすれば、
その存在を認めようとしない心の弱さであろうか?或いはその弱ささえも必要とされるものなのか?
すべての存在には理由があり、個々がそれぞれの現象を引き起こし、その個々によって存在し助けられることもあれば、掻き消されてしまうこともある。自身のそれに気づかぬ者もいれば、それに気づく者、それではないモノに翻弄され続ける者もいる。我々もまた植物や動物のように、自然体で過ごし、自身に宿る本質に従い、与えられた使命を見出せ。
頭に在るのか? 心に居座るのか?
どこにいるのかは不確かだが、答えを出そうとする時、
自身の中にはYesと言わせたい自分がいる。Noと言わせたい自分がいる。
果たしてどちらが本当の答えなのだろう。
本当は、どちらを行いたいのだろう。欲するものはどちらなのだろう。
嫌われることを恐れているYESのきみ。傷つくことを恐れているNOのキミ。
両者の良いところを上手く使い分けるずる賢い君。
その場の状況や雰囲気に応じて臨機応変な賢い君。
ただただ流されたいだけの君 …。ぼんやりうつろな君 …。
そっとして欲しい君 …。本当は一人が嫌いな君 …。
自信を持って放たれた答えは、多くの君達の中から
選りすぐられた強者のはずなのに、どこか頼りなく感じてしまう。
また投げかけられた言葉によって、嬉しさと嫌悪感を同時に覚えてしまうこともある。
Yesに込められた想いもNoに込められた想いも、
同じ自身から生み出された一つの答えであることは間違いないのだが、
今日もまたYesのきみとNoのキミが現れ答えに困る君が現れた。
「花、無心にして蝶を招き、蝶、無心にして花を尋ねる。花、開くとき蝶来り。
蝶、来るとき花開く。知らずして帝則に従う」 良寛
人々を魅了する香りを視覚化したとすれば、七色に輝く玉虫色を放っていると感じた夜がある。仕事終わりの疲弊した体に、幼い頃によく活けられていた花の香りが、どこからともなく沁み込んできた。
疲弊した体よりも好奇心のほうが勝っていたのと、その香りがまるで自分のいる場所へと、呼んでいる声のように聞こえた。私は確かめたくなり吸い寄せられるように歩き出していた。やわらかく妖しげな香りは甘い罠に、誘い入れようとしているようでもあった。それでも、その香りの正体が何となく理解できていたことで、妙な安心感がある。
歩を進めるにつれ、より濃厚な香りへと刻々と変化し、私を惹きつけて止まない。そして雲隠れした月が再び現れたのとほぼ同時に、地上に漆黒の静寂を切り裂く光が見えた。美しい姿とその香りのせいで、私の眼には空に戻ることのできない、流れ星たちが集まっているような幻覚が見えていた。その花はひっそりと咲き誇り、星屑を纏った孤高の星の様に輝いている。眺めている中に、ずっと昔から知っていたような不思議な感覚に陥り、深い森に隠された秘密を垣間見た。
答えを知りたくてなぜ呼んだのか?と問うた。すると、彼女はこう応えた。
「帝則に従っている」と。
「死はイメージを欠いているから想像できない。死は思想を欠いているから考えられない。
さればわれわれは永遠に生きる者であるかのように生きなければならない。」 モロア
我々は生まれた瞬間から死に向かい生きている。もちろん私は死んだことがない。だが漠然と死を恐れることがある。そもそも死とは如何なるものなのか?心と体にズレが生じ、疑問が生まれた。
一体いつから死というイメージが構築されたのであろう。思い返せば幼い頃にすでに完成されたイメージを刷り込まれていたように感じる。絵本もたくさん読んだし、本もたくさん読んだ。しかしその中にも死というイメージはたびたび登場し美しいまでに脚色され、よくわらないモノに成り下がり、涙を流し悲しむべきだと刷り込まれていた。
皆が一様に同じ体験や経験をしている事など無いはずなのに、死というイメージは同じ感覚で共有している。決まり事みたいなそういう感覚は嫌いであったし、合わせると気持ちが悪くなった。考えて見れば、私が最初に死というモノに直面したのは昆虫採集をしている時だった。蝶の羽を強く握りしめてしまいその蝶は二度と大空を羽ばたくことはなかった。そして小さいながらもお墓を作り埋葬した。もう二度と昆虫は捕まえないと思った記憶が確かにある。
今思えば子供はなんと恐ろしい生物なのだろうか。虫取り網という凶器を振り回し、虫かごという監獄にこれでもかと虫がつめ込まれていく。まさに虫にとっては地獄絵図であろう。しかし子供たちはその経験から自分よりも小さなモノを大切にすることを学び、虫を優しく掴むことを覚え、死というイメージを構築していった。
さらに成長していく中で昆虫から動物に変り図鑑やテレビから弱肉強食の世界を知り、身近な動物の死や、親戚や肉親の訃報により、死のイメージが確固たるものに変った。大人になり社会を学ぶ中で、友達やさらに親しい人の死を受け死への恐怖が完成した。死を理解していくのと同時に私の中にある死というイメージが意味不明なものになり、死が死んだ。死んだことを悲しみ嘆くのはイメージを共有した周囲の人々であって亡くなった本人ではない。死を悲しいとしてしまうのは周囲なのだ。
視野を広げると自然界はその流れがはびこり、身近な花瓶に生けられた花にも同じサイクルがありその縮尺があった。活けられた花は、当たり前のように枯れ、捨てられている。蕾が膨らみ始め、花が開き、美しい姿と共に甘い香りが放たれ満開になる。しばらくその状態が続き、次第に変色し始める。そして一枚また一枚と花びらが落ち、花は枯れてしまった。私はその状態を悲しいと思って眺めることにした。しかし果してこれが終着点であるのか?
私にはそのしわや落ち着いた色合いや、端が丸まった花びらがもっともその花の美しい姿に見え、とうてい死にゆくモノには見えなかった。気が付くと、夢中でシャッターを切っていた。傷やしわが在っても良い、その体で生きてきた証であり誇るべきモノではないか。そして幾重の経験の中で、円熟し終着に向かった結果であり、洗練された美しい姿なのだ。
目を背けたくなるのも理解できる。
それでも完成されたモノに目を向けることは必要なことであった。
泣きたいものは泣けばいい、笑いたいものは笑えばいい。
そのモノの声を聴き、真意を読み解けた後ならば。
周りを田んぼで囲まれた自宅近くでその不思議な現象を見ていた。むろん夜は静寂に包まれ街頭もなく暗い。しかし夜になると一か所だけ奇怪な光を放つ建物がある。この空間にあきらかにマッチしておらず哀感が漂っており、気持ちが悪い。
特に建物のある光の元にだけ、翼を持った者たちが集い戯れている。私から見ればその光は青味がかった不気味な色合いに見える。それでも翼を持った者はぞくぞくとその光に集い、旋回しながら我先にと、光に向かいパチパチと音を立てながら命のひかりを灯している。
それと同じような感覚を私は体験したことがあり、ブリューゲルの描いた絵画を思い出していた。ギリシャ神話でイカロス親子は、王の勘気をこうむり塔に幽閉されてしまう。塔から脱出するため、鳥の羽を集め蝋で固めて翼をつくり脱出するという物語である。しかしイカロスは父の警告を忘れて空高く飛び太陽の熱で翼をもがれ、海に落ち死んでしまった。その光景を目の当たりにしているように思えてならなかった。
誰もが一度は、翼を持ち空を飛んでみたいと願ったはず。私はその時感じた感覚を再現したくなりしばし時を忘れその光を眺めていた。翼を持つ者、翼を欲する者、翼を失うこと、翼が羽根に戻り、その羽根が光に変る瞬間、光の翼が生まれ、私は自然の理を知った。
「想像力は万事を左右する。それは美や正義や幸福を作る。それらはこの世の万事である。」 パスカル
天地創造、聖書に神は7日間で地球を作ったと記されている。1日目、暗闇がある中、光を創り昼と夜ができた。2日目、空を創った。3日目、大地を創り、海が生まれ、植物ができた。4日目、太陽と月と星を創った。5日目、魚と鳥を創った。6日目、獣と家畜と、神に似せた人を創った。7日目、神は休んだ。
聖書を作ったのも人間で、創造することを許されたのもまた人間である。時としてその創造により、すべてを無に帰す力が生まれるも事実。破壊する力で新たな創造が生まれるも事実。誰かが創造し、築き上げられた世界で生きているのも事実。しかし事実は真実ではない。
その昔、誰かが見つけた土地に誰かが見つけた種子を植え、実った果実を誰かが食べた。誰かが硬い石を見つけ、誰かが加工し、誰かが道具を作った。誰かが捕えた動物を食べ、誰かが骨を武器に、誰かが毛皮を着た。誰かが火を見つけ、誰かがやけどをして、火を利用することを覚えた。誰かが美味しいキノコを発見し、誰かが毒キノコを食べ皆が食べられる物と食べてはいけない物があることを学んだ。何かをすることで何かを学び、再び同じ過ちを繰り返さぬよう、経験は次の世代に受け継がれた。
その結果が積み重なって結晶となり、生まれる前からすでに完成された社会の秩序ができていた。そしてこの世に生まれた子供達は、その世界に従えと強制された。あれをやればこうなる、あれはやってはいけない、こうあるべきだと…。漠然とやってはいけないと言われ、叱られるからやってはいけないと誤認してしまった。その本当の理由が解らないまま認識したことで理解することを履き違え、そのまま次の世代に受け継がれた。
次の世代を思う優しい創造によってこれから生まれる創造を小さく狭めていった。相手を思う優しい気持ちを上手く表現できればよかったのか?不器用な人々は不器用な優しさを上手く伝えることができなかった。だから我々は、言葉では伝えられないもやもやした気持ちを、吸着させようと無意識のうちに、絵を描くようになったのかもしれない。
私にとってそれが写真だった。写真はうまく伝えられないイメージを具現化することができ、相手の姿や気に入った風景を、いとも簡単に切取り自分の物にできた。初めてカメラを手にした時は誰にも知られたくない、秘密の魔法を覚えた気分だったことを今もはっきりと覚えている。
生きていく中で得た経験を昇華させ、それを誰かに伝えようと具現化し、表現することは簡単にできることではない。時間がかかるかもしれないし、完成に向かわないかもしれない。イメージとかけ離れたモノができてしまうかもしれない。それでも言い表せられないモノを、言い表さないままにしておくことの方が、勿体ないことだと私は思う。今あるモノを破壊し再構築することで理解が深まるのも事実である。しかしすべてを創造する力はすべてを壊すものではない。
創造は誰かの創造を掻き立て、その優しさがさらに誰かの創造を掻き立てるものであって欲しい。私たちの生まれた世界もまた創造の上で成り立っている。その上、こんなにも創造で溢れている世界は他にはないのだから。
「魂の永遠の自由は愛の中に、偉大なものは小さなものの中に、
無限は形態の絆の中に見出される。」 タゴール
それはなんの前触れもなく突然現れ、すべてがどうでもよく思えてしまう時の流れを告げた。生温い風が肌に触れる感覚によく似ていて、それはどこか遠くに行こうと、誘い出しているような気分にさせる。満月に近づいた夜になると必ず現れ、すべてを投げ出して消えてしまいたくなる衝動に駆られる。本当に浮ついた気持ちとは、こう言う感覚を指すのだろう。
生きていく中で、色と言うものは不思議な力を持っていると、実感することは多い。しかし何かを持ち上げる力や、飛び跳ねたりする力のようにはっきりと見える力ではないので、それを表すこれだという言葉がなかなか見つからないまま、月日が流れてしまった。きっとこれからも同じ速度で理解が並行し、目欲しい言葉が見つからないまま、また同じことを呟くのだろう。
暖かい光は暖色と呼ばれ、冷たい光は寒色と呼ばれている。体内を巡り流れる血の色は赤色で体温と同じ温かい。すべてを照らす太陽の光も温かいから納得できる。空や海は青色で冷たさ、静けさ、冷静さを持っているから寒色で寒いと言われ、空や海は冷静なのか?
と言われたら答に困るのだろう。
空さんと海さんに尋ねている所を見られれば、変人扱いが関の山だ。熱い心を持っている人の心は赤いのか?青色の心は冷たい心なのか?青い瞳は美しく、赤い瞳も美しい。そもそも二つは相反する色ではなかった。
私は人があまり好きではない。しかしその中で唯一、好きな部分があり、それが瞳であった。片方の瞳が青色で良かったと思う、もう一方の瞳が赤色で良かったと感じる。時間はかかったが体はどんなに燃え滾っていようとも、頭は冷ややかでなくてはならないと、教えられた意味がようやく理解できるようになっていた。
銀河には数多の輝きを放つ星たちがあるにも関わらず、近くに在る星の存在しか知ることを許されなかった。ゆえに見えるもの手の届く範囲の中で知らず知らずのうちに、世界は創られていた。いくら輝いていても受け取る側がいなければその光は知られることはないし、受け取る側がいてもそれを見ようとしなければまるで意味をなさなかった。全てがあって、初めて全てが見え、何かが足りず、本当の姿は見えないようにできていた。
そんなことを考えていた時、「若者よ、君たちには限界がない」と言われたことを思い出した。私は目で見たものしか信じることはできないし、その時もいやいや私には限界があると思っていた。鬱陶しいくらい今も変わらず限界はある。頭は一つ、目は二つ、手足も二つずつしか付属されていないのだから、動作範囲は指定されている。そんな状態で漠然と限界はないと投げるとは、無責任な事この上ない。確かに人間の限界はある。しかし新たな創造により可能性は膨らみ続けている。考えは矛盾でできているし、年を重ねるたびにまた、考え方も変わるのだろう。私は創造に限界を感じたことはないし、これからも感じることはないとはっきりと言える。
朝起きて、ご飯を食べ、出勤し、仕事を終え帰宅し、気が付けばまた朝を迎える。なんの変化もない憂鬱でしかない日常が嫌になることは始まる前から決まっていた。憂鬱な毎日は何かを打ち砕き、興味を向ける余裕がなくなり、いつしか好きだった物達はどうでもよくなってしまっていた。
我々現代人は恐ろしく太陽の光を浴びる機会が少なくなっている。 太陽の光はコンクリートの壁に阻まれ、その莫大な光の力を、中の人々に届けることができなくなっていった。人々は奇怪な擬似太陽に照らされ、いつしかそれが正常であるかのように適応していった。
そんな中にも自分だけの美点を見つけ出し、周囲に上手く溶け込むことで、ほんの少し弱音が見えづらい人たちが育っていた。心が壊れてしまわないように無意識の中に自己防衛本能が働いたのだろう。作品の前に立つ時くらいは自身に灯る、心の光が見えて欲しかった。
私は皆を救いたいわけではないし、偽善者になる気もない。皆も救われたいなど思っていないであろう。そうでなければ今の状態になることはなかったのだから。
具現化されたとはいえ、あくまで作品はイメージでしかない。しかし生み出された作品達はイメージでありながらもそれぞれの想いを託され、一人で歩き出している。人によっては何にも見えなければ、ある人にとってはどんな見え方もする。その時の臨場感や感覚まで共有できる人もいる。
私にとって自信を持って自分の物だと言えるモノは身体である。どんな時も誰より近くにあり、この身体と共に生きてきたからそう思うのだろう。人はなぜ人の絵を描き人の彫刻を創ったのだろうと考えると、たぶんそれは一番身近にあったモノだったからではないだろうか。それくらい単純な理由だと思う。頭を使い、体を使って、そこから生まれた作品は誰のモノなのか。
なにも私は何百年も後の人々に見てもらおうと創っているわけではない。少しでも誰かの創造を刺激してその誰かの創造が後世に刺激を与え、それが地球の自転のように廻っていく。
這いつくばっていても何も終わりではない。
立ち上がり心にかざせ、何度でもはっきりと見えるように。
幼い頃は目に映るもの全てが宝物みたいに輝き、見えていたように思える。今まで見たことも体験したこともない、言い知れない想いだけが先行し、あれはなんだろう?と時には危険なことにも興味を示していた。しかしそれよりも先を考えることはできなかった。
人は心よりも先に興味や好奇心が生まれたとされる。小学校の歴史の教科書に、原始人が火を使い、肉を焼く場面が印刷されていたことに疑問を感じていた。どんな動物も逃げ惑う中、火に興味を持ち近づいたのは人間だった。
本来生物は種の存続の為に、死に至る危険に対して危険だ!近づくな!と、
本能で避けるようにできている。
しかし人間は、その危険なものに対し近づき、それを利用することを覚えた。
なぜ人間だけが火に近づくことができたのか、その時に感じた違和感が今も同じようにあった。昔の生活を学んでいく中で、昔も今も人の心自体はあまり変化していないと感じた。
私は道端や公園で遊んでいる子供を見掛けると、つい目で追ってしまう。猫なんていたら目の色まで変わる。猫を追いかけてシャッターを切っていると子供に何しているの?と声をかけられた。
何にでも興味を示し、首に下げたカメラにまで触ろうと必死になっている。
生まれてから月日の浅い子供は大人に比べ、全てが新しい世界に見えるのは当たり前のことだった。
カメラから見た風景は、外界を遮断し、視点が狭められたことで、内側から秘密の鍵穴を覗いたような世界が広がっていた。大人はいつも見ている世界に慣れ、 些細な変化にも気づけない程に退化していた。
これが大人になることであれば、子供に戻りたいという意味も納得できる。
しかしカメラはその世界を払拭し、切り取ることができた。
カメラの魅力はここにあり、また写真に惹かれる理由も同じだった。
幼い頃の記憶を辿ると、網を持って昆虫採集に出かけていたことを思い出す。
昆虫の中でも蝶が一番のお気に入りだった。買って貰った昆虫図鑑の中でも、それはひと際目を惹く、美しい姿をしていた。もしそれが人を惹きつける蝶の独特な雰囲気なのであれば恐るべき才能なのだろう。
蝶は古代より魂や復活、不死の象徴とされてきた。今も昔も我々は惑わされ続けているのかもしれない。日が暮れるまで探し、網を振り下ろしても、その美しい蝶を見つけることはできなかった。だんだんと日本には存在しないという恐ろしい事実が、迫ってきていることは理解していたが、認めたくない現実と、私のように変わり者のふらふらした蝶の一匹くらいは、日本に迷い込んでくるだろうと言う、少しばかりの希望に懸けることにした。
あれから20年近く経った今も、姿を現すことはないし、長い間彷徨い続けたことで彷徨っているのがいつの間にか、当たり前になっていた。そしてうろ覚えの記憶を辿る中、蝶のイメージはどんどん膨らみ、蝶とかけ離れた、もはや蝶ではない何かに変わり果ててしまっていた。
蝶を図鑑で見たことはあっても、その蝶はきっと私のことを知る事はないだろうし、図鑑から見られてでもない限り、知っているわけもない。ましては、その蝶と会えるわけでもなく、話せるわけでもない。
図鑑に印刷された蝶のようなモノにしか、働きかけることができない為、
どうしてもそれを知りたければその方法を考える他なかった。
蝶になることができたとしても、人間の心が分からなくなるのだろう。
相手側の視点と自分側の視点の境界はいったいどこにあるのだろうか?
確かなのは一つの視点では知ることができないということだ。
ゆえに、我々は互いに探り合い、時には傷つけ合い確かめ合うのだろう。
自身が崩壊するのが先か、向こうから突然やってくるのが先か、臨界点までがむしゃらに、思考する必要性があることはなんとなく理解していた。
歯の浮くような馬鹿げた言葉が必要なのであればいくらでも話す。
這いつくばることが必要なのであれば、いくらでも這いつくばる覚悟もある。
プライドが無いわけではないが、必要がなければいらないし、必要があればきっと出てくるのであろう。鱗を纏い、鱗を剥ぎ落としてはまた、新しい鱗を纏う。
いったい我々は何を目指し、何処に向かうのだろうか。そして出発点は何処にあり、終着点では何が待ち受けているのだろうか。
ひらひらと横切る黒い影が季節外れの雨に打たれ、水たまりに浮かんでいた。手を差し伸べても反応が薄く、華奢なその手足では、しがみつくこともできない程に弱々しかった。
風にゆらされ、水面をゆらゆらと泳いでいる中に歪んでいくその形は、
深い海の底に埋葬されるかのように、水に導かれてのみ込まれてしまった。
その光景は脳裏に焼きつき、今も私を惑わせている。
最初に模写した絵はあまりにも有名な、モネの『睡蓮』だった。幼い頃から母親に連れられよく美術館に足を運んでいた。その絵を初めて目にした時は、ぼんやりかすんだ色彩ばかりが目に留まり、美しいと言葉が出ても、果たしてどれが睡蓮なのかよく分からなかった。睡蓮より、『池』と言うタイトルの方が合っているのではないかと思っていたくらいだ。
そもそも、睡蓮と言う花を知らなかったのだから無理はない。それから帰りに寄ったミュージアムショップで、ポストカードをねだり『池』を手に入れた。
早速、家に帰って睡蓮を図鑑で調べ、ポストカードを模写することにした。
描き終える頃、私の中でその絵が『池』から『睡蓮』に変化した。
その睡蓮の絵はモネの手によって、空気中に散らばった淡い光を集めたような、とても繊細な優しい彩だった。
十数年たった今も目に焼きつき、睡蓮を見に行けと促す。印象派の絵画を見るたびに思う。この時代を生きた画家の眼は、光を捉えることに関して非常に長けていた。
それは彼等がアトリエから出で、太陽の光の元で朝日から夕暮れまで絵を描いていたから、微細な光の変化にまで気づけたのであろうか。印象派以前に活躍していた画家達も、もちろん素晴らしい眼をしていると感じるが、その素晴らしさは観察眼の方にあり、印象派と異なる視点で別物である。
光に着目した印象派と同じ時代にカメラが発明された。カメラは微細な光を感光紙に掻き集め、それを結晶にすることができた。時は流れ現代になり、カメラの性能が飛躍的に向上した。カメラを手にした時は、記憶に焼き付いた睡蓮を、この手で撮りたいと考えていた。
作品を製作する過程で、ある瞬間だけ無性にシャッターを切りたくなる、もしくは切らされたような、撮らざるを得ない状況があることに気がついた。それは常に静寂の中でしか現れず、だからと言って、呼吸さえ許されない空気が張り詰めた状態を作っても見ることができない。しかし視点を変えることで確実に、それが現れることを知った。
私は写真を撮るには向いていないとたびたび思うことがある。それは被写体が撮られたくないように感じ、シャッターを切るという簡単なことができなくなるからである。
その瞬間に出会えなければ、たった一枚撮るだけでも時間がかかるし、断念することもある。だがその瞬間を目にしたいという興味の方が勝っていた。
いくら時間がかかっても構わないし、私が無理なら誰かがその瞬間を写せるのであろう。写される者、写させてくれる者に敬意を表し、耳を傾けその者の囁く声を聴きたい。
シャッターを切った瞬間、漆黒の箱庭に浮かぶ睡蓮が、静かにゆれていた。
記憶を辿る途中で度々登場する風景がある。いや、風景と呼ぶには輪郭がはっきりとしていない上、全体に薄い青色の霞がかかっており、空なのか、海なのかも判断できない。ただ、遠くに見える山の頂だけは、確認することができる。
蜃気楼のようにも見えるその記憶は、杉本博司の海景を観ている時の感覚に良く似たモノだったが、作品をいくら眺めても、その正体を知ることはできなかった。もしその記憶が、私を存在させる証明であり大切な何かだとしても、それにいち早く気づくことや正体を暴く事が私の存在意義ではないのであろう。
記憶に翻弄されることが幸せだとも思わなければ、翻弄することが不幸せだと感じることもない。悪かった記憶は消え去り、楽しかった記憶はより美化されて、都合の良いように捻じ曲げられる。
そしてあの時の記憶は今も本質を欠いたまま宙に浮かんでいる。
思い返せば、確かにうろ覚えの記憶もあれば、はっきりと脳裏に焼きついた記憶もある。さらに不思議なことに美しい記憶や忘れたくない記憶ほど、急速に衰退し思い出せなくなる。
また思い出の写真を見ることで、はっきりした記憶はよりはっきりと思い出す事ができるのに対し、うろ覚えの記憶は時の摩擦で磨り減り、鮮明さに欠け、色合いを無くし、最後には思い出せなくなる。
もしくは消えるのではなく、思い出が掏り替り脚色されて、元の記憶と相違があるだけかもしれない。今を創り上げた美しい思い出が消えてしまうのなら、記憶が消えてしまう前に再びこの眼で捉え、二度と忘れることのできないように、記憶の奥底に埋葬する。
幾重の虚偽に埋もれた記憶を整理していく途中、写真を撮るという行為が、死者を埋葬する儀式や祈りにも似た感覚があることに気付き、それに従うようになっていた。そして今宵も夢の中で問いかける。
「この記憶はダレのものか?」
痛ましいニュースが耳に入るたびに思う。工事現場や、貯水池などでよく目にする「危険入るな!」の看板は、好奇心をかき立て、危ないという意識は微塵もありはしない。
人は創造することを許され、危険察知能力や回避能力は文明の発達には邪魔だった。その為、恐れることを弱められ危険察知能力が衰退してしまったのだろうか。生活を豊かにしようという進化の過程に、退化する部分が出てくるのは当たり前だったのかもしれない。
地震を例に挙げれば、動物達はいち早く危険を感知し、地震や津波が来ることを察知できる。これは地震や津波の後に死骸が見つからないことからも明確である。しかし人間は地震が小さいか大きいかを判断してから逃げ、津波が目視できて初めて危険だと感じ逃げ始める。これは他の動物と明らかな違いがあるとしか言いようがない。
地震による死者数の大半を占めるのが、瓦礫などの下敷きになる圧死が原因であると言われている。快適に暮らす為に、自分たちで築き上げたものによって皮肉にも命を奪われているのだ。
人は肉体的にも精神的にも圧力に弱いのだろうか?理性があるゆえに感情をコントロールし、 自我が壊れないように自己を抑え込み、その反動で心が歪み、重さに耐えきれずに崩れる。そして世界もまた、その歪みで溢れている。少しくらい歪んだ眼で世界に触れるくらいが調度良いのだ。
心を震わせたモノがあった時にその理由を考え、分析することは大切な事だと思う。生きていく上で大切なことは誰からも教わることなく、存在する性質がある。これを本能と言う。
もしも、生きていく上で必要なことに対し心が反応するのなら、目に留まり興味を引くモノが、その人の人生で必要なことだと考えるべきではないか?
抑圧するのではなく、身を投じ、委ねれば、自身を見つめ直せるし、よく考える。何より先に感じることで、その本当の意味に気づくことができた。
私は手の届く範囲、理解できる範囲でしか何かをすることも、創ることもできないし、その範囲を越えてしまうと、まったく興味を惹かれなくなる。好き、嫌いの境目が、はっきりしているのはこれが関係している。
その中でも光は常に興味を惹いている。光は触ることができないが、その温度や眩しいという感覚は確かに感じることができる。そして写真は光の明暗でその対象としての形をとらえることができた。
実際に、いくら感覚を研ぎ澄ましたとしても、自己の歓喜や嘆きといった感覚を上手く変換することができず、それを越えることができない。
またそれを直視することができるのに、視点を変えることができず、現状を変えることができない。しかしシャッターを切る瞬間だけはそれが可能になった。これは私にない感覚で異質だった。
誰にでも心の奥底に抑圧された部分がある。
だが、いくら躍起になって、自己に問いかけても知ることができない。
これは私の中の感覚なのに異質だった。
それを理解するのと同時に心に引き起こされていた、
幻影が形を帯びてイメージに変った。
目を閉じ、耳を塞ぎ、声を嗄らして、今も心を震わせていた。
「もしもある瞬間における全ての物質の力学的状態と力を知る事ができ、かつ、もしもそれらのデータを解析できるだけの能力の知性が存在するとすれば、この知性にとっては不確実なことは何もなくなり、その目には未来も過去同様に見えているであろう。」
ピエール=シモン・ラプラス
フランスの数学者、ピエール=シモン・ラプラスが提唱した『確率論の解析理論』について考えていた。ラプラスはこれから起こるすべての現象は、これまでに起きたことに起因すると説いている。
本を読み進めていく中に、内容を理解したつもりでいたが、それはあまりにかけ離れた場所での考察であった為に、まるでラプラス本人の知識を手に入れたような錯覚を引き起こしていた。そもそも私はラプラスではないし、同じ知識や経験をしてきたはずもない。なぜこのようなことが起こるのか不思議に感じていた。
もちろん本を読めば、個人で学ぶことのできない知識や経験を学ぶことができる。たとえそれが誰かの一生を懸けた研究の成果であっても、集大成とも言える成果を見れば、はるかに少ない時間でその大半を把握することができる。
しかしそれが理解できたとしても、研究した人と研究を読んだ人とでは大きな隔たりがあり、同じ研究成果ではない。私は写真もこの一冊の書物と同様に、研究の成果だと考えている。思考の中で自分が撮りたいモノ、美しいと感じるモノ、夢中でシャッターを切ったモノが、作品であり研究の成果である。写真の良い所はそれが実際にあったと証明してくれる点であるが、証明はしてくれても、二度と同じ写真を撮ることも、見ることも叶わない儚さを持っている。
私にも最後の日が訪れ、私を知っている人が皆いなくなる日が来れば、感光紙に印刷された写真たちもいつの間にか記憶と共に朽ち果ててしまうのであろう。私の残した研究(写真)の成果は、私の思い出と人々の記憶の中からもきれいさっぱり消えてしまう。
だが、写真の最大の魅力はここにあるのではないか?
たとえ死後も写真が消えず、誰かの目に留まったところで私の顔はもちろん、名前など出でくるはずもなく、この写真を撮った人がいたという証明だけがされる。写真を撮った人=私ではない。
特に最近はこれまでのこと、これからのことを良く考えるようになった。
もちろん昔から先のことは考えて行動するようにしているつもりだったのだが、いつも行き着く答えはあまりいい結果にはならなかった。その理由を解っていたが、砂時計を眺めると少しばかり気持ちが和らいだ。
これから起こること、もう終わってしまったこと、振り返る術も持ち合わせていること、この器に全て備わっていることも、見て見ないふりをしていただけで、全部気づいていた。
この作品はピエール=シモン・ラプラスが残した『確率論の解析理論』の研究に敬意を表し、私なりに考え、到達した一つの解答である。砂時計の砂を粒子に、そのガラスの器を地球に、カメラのレンズをラプラスの眼とし、様々な角度から光を当て撮影した。
ラプラスの悪魔と呼ばれた、その知性に当たるのは実際にこの作品をご覧になるあなた自身なのです。
2012年7月22日 発行 初版
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