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序章
五月五日、天候、晴れ。午後八時五十二分、江藤区、福田交差点。八十八歳の我が隊員、正面から前方より、信号無視の黒のセダンに、特攻機時速二十キロで突撃。逃げる相手の車前輪に、我が特攻機(自転車)が絡まり、セダン、前輪付近より火花を上げ逃走。目撃者の通報にて犯人逮捕。無免許歴十五年の悪質運転者、撃沈。我が方、被害。左大腿骨骨折並びに左上腕部粉砕骨折、全治半年。特攻機廃棄処分。
隊員のリハビリに、毎日二名のさすり隊派遣。さすり隊とは、手の平で患者の患部をマッサージし、血行の流れを良くし、回復力を高め、復帰意欲を向上させる部隊である。隊員、入院期間三ヶ月、八十八歳とは思えぬ回復力で退院。現在、二回目の特攻に志願し、日夜、自転車の早こぎの特訓中。
隊員のコメント:
「死に切れず、かえって皆様に生き恥をさらし、申し訳ございません。一日も早く特攻復帰し、日本の為に戦います。」
八月七日、天候、曇り時々雨。深夜二時十二分、藤沢区西原一丁目の某コンビニ前。毎夜騒がしい若者の集団に、我が方隊員二名、一丁目交差点付近の勾配を利用し、時速三十五キロの高齢者記録の最高速度で突撃。少年少女十名に打撲と裂傷を負わす。コンビニ、ガラスウインドウを破壊し、裏口ドア突破、陳列棚破壊分解。我が方被害、一名、裏口突破後、コンビニ裏の畑に不時着。頭部裂傷、首鞭打、全治二週間の安静。もう一名、全身打撲による一時意識不明の重体、一ヶ月の入院。さすり隊の懸命なる看護により、見事回復。特攻機二機、廃棄。
のちにこのコンビニは、地域住民の運動もあり、閉店休業。よって、深夜の騒音や若者のたまり場は壊滅。
隊員のコメント:
「地域の人達に喜んでいただき、自分達のような者でも、人の為に役立つ事ができ、最後の仕事を果たせました。今後は引退して、後輩の育成に全力を注ぎます。」
特攻隊員代表コメント:
「我々は、この世に長く生きました。最後の力を世の中の悪の退治の為、特攻隊に志願し、日夜、自転車の高速乗りの特訓をしております。道半ばにして突撃前にこの世に別れを告げる者、その者の為にも、訓練に励みます。」
平成ババア特攻隊とは、七十歳からの入隊受付とし、十八年後の特攻日まで心身を鍛え、全員自転車乗りの訓練をし、隊員は適性に応じ、突撃パイロット或いはさすり隊、この二班に分かれ、全隊員の最後を見守り、応援する特別老人通所施設の隊員である。太平洋戦争の中、二十歳前後の若者が敵の艦隊に突撃し、日本の為に命を捧げた。その生き残りが、今、平成の世の中で再び、蘇るのである。男より度胸のあるババアが、今、この無気力の日本を救うべく立ち上がる。愛と正義の物語、Never give up!
介護認定施設へ突撃!の巻
十月一日。隊員より緊急連絡の一報。直ちに戦闘モードに切り替え、特攻機の配備。今秋より、我が部隊に元自動車整備士の谷博士八十歳を迎え入れ、特攻機の改良に着手し、より隊員の安全と相手への突撃能力を高めた矢先の出来事であった。
一人暮らしのマリエさん八十二歳が、三回目の介護認定日を迎え、緊張感と不安感でその日を待っていたところ、A介護施設より派遣されてきた介護認定士のB子五十八歳が、粗悪な態度と誘導尋問のような聞き取り調査を行い、言われるがままに答えた結果、要介護二級だったマリエさんは要支援に格下げされ、満足な介護を受けられず体調を崩し、我が隊員に直訴。
このような認定士は全国各地にはびこり、何の罰則もなく、市は見て見ぬふり。一方、認定を受ける老人側は、一年に一度、認定士に良い心証に見えるように気を遣い、職権乱用を助長し、過度の甘やかし接待態度を取らざるを得ない。この不公平さに、我が特攻部隊は重量編隊四機(ママチャリ改造)に、メガトン級隊員四名を召集した。今回の攻撃目標は、介護認定士B子ならびにA介護施設である。
谷博士によるママチャリ改造とは、自転車前輪部に五キログラムの鉛の玉を搭載、また十六段変速によりギアーアップさせた。隊員には両手を安全に守るモトクロス用のカバーを着用させ、隊員の頭にはアメリカンフットボール用のヘルメット、さらにエアーベスト、エルボーカバーを装着し、より安全に任務を遂行できるように改良を行った。
隊員の食事面も、元栄養士の吉川さんの加入により、玄米食の推進、一日一個のニンニクと梅干、ならびにミドリムシの栄養補助食品の摂取にも励んだ結果、隊員の骨密度の量も上がり、骨折数の減少にも役立っている。
特攻日時が決定した。十月十日(体育の日)午後0時0分、A介護施設の昼休み。B子は一番に食事に出るという調査情報を入手した我が隊は先方二機、後方二機のワンツー攻撃。先方二機はB子に突進、後方二機は施設正面の自動ドア目掛け突進。後方二機の前カゴには、ダニ千匹、ノミ千匹の爆弾を搭載、さらに隊員には突撃前に下剤を飲用させ紙オムツを着用せしめ、施設内部に糞尿を撒き散らす作戦。
当日、全隊員に早朝ミーティングをしていたところ、後方の列の一名が前日、韓国ドラマを深夜まで見ていた為、居眠りをしており、命を懸け特攻出陣する四名の手前、居眠りした者を絶たせ、往復ビンタをする。
「歯を食いしばれ!腹に力を入れよ!」
「隊長!私は入れ歯を本日家に置いてあり、歯を食いしばることができません!」
「バカモノ!この大事な時に居眠りするとは国会議員と一緒だ!」
平均年齢八十一歳の我が部隊はよくこのような事が起こり、隊員の士気に影響を与えるのである。
「本日特攻の四名、前へ。」
この四名はいずれも体重七十キログラム越えの巨体揃い、入隊時は糖尿病や高血圧症の病人だったが、今や全員完治、毎日の特訓で足腰は丈夫になり肌艶も良く正に青春である。当部隊は再生施設でもあり、心身共に蘇る特攻学校である。
「敵の悪害施設を破壊せよ!」
いよいよ攻撃である。
十一時三十分、現場に到着。前列二名、ヨシコさん八十八歳、トヨさん八十九歳。後列二名、トミエさん九十歳、ミッチャン八十八歳。いざ出陣!
十月十日午後〇時〇分、突撃準備完了、天候晴れ。予定通り、十二時と同時に介護認定士B子、正面玄関口より出てくると同時に、前方二機、突進。ヨシコさんの重量機、見事B子に命中。トヨさんの機は大きく左に反れ植え込みに体当たり、自爆。後方二機も施設正面自動ドアに突進、二機は見事命中突破し、ダニ千匹、ノミ千匹破裂、施設中に飛び散る。両二名の紙オムツも破裂、糞尿の悪臭漂う中、施設長他職員、慌てふためき飛び出す。
今回の特攻による我が方、トヨさんの機以外、被害なし。谷博士の安全装備の結果、奇跡的に全員無傷。一方、悪質介護認定士のB子は、五キログラムの鉛の玉の命中により股裂け全治三週間との事である。
今回は警察の事情聴取の結果、事故処理扱いとなり、完全に我が方の勝利を収めることができたが、現在も介護認定は各市町村において、財政難を理由に認定を少しでも下げようと目論む認定士を採用し、業者の入札にも市に有利な業者を選び、老人達の不評を招いている。今後もこのような問題は数多く起こり、根本的な解決の糸口にはならないかもしれないが、特攻隊員の気持ちは、我が身を世の中に捧げる覚悟で、毎日の練習にますます熱が入るのであった。
死闘!秋の大運動会の巻
十月も残り少なく、肌寒くなってきた。捨て身の隊員達にも息抜きが必要である。
我が特攻部隊には数多くの大会があり、その一つが、命無用の秋の大運動会である。この大会では毎年多くの入院患者を出し、入院患者が多い年ほど豊作の年なのである。全員参加は当たり前で、中には大会の為、病院を抜け出てくる者や、家族に反対され絶縁してでも出る者など、大変盛り上がる大会で、運動会の枠を完全に超えている。
何と言っても大会の華は、過去、脳に何らかの支障があった者(脳梗塞、脳溢血、脳出血など)が出場し、現在どれほど回復しているかを競う「頭突き大会」である。愛媛県宇和島市で行われている闘牛のようなものである。土俵の中で二人が向き合い、よーいドンで頭からぶつかり合う。土俵から出たり、倒れこんだりした方が負けで、見ている方が興奮し、毎回多数の失神者が出る。基本は二人で一対一の対決だが、トーナメント方式で優勝するには五回対戦しなければならず、運と覚悟が必要で、この世に強い未練のある者は負けてしまう。過去この大会で優勝した者達はその後元気で、特攻攻撃に出陣できるくらい脳の病気は再発せず、案外人の体は労わるより荒治療の方が強くなり、寿命とは魂の強さが決めるものではないだろうか。出場者達は自分が回復し元気になり、強く鍛えた姿を多くの人に見てもらいたいのである。皆が見ているほど、力が入るのである。
トーナメント制では、最初くじ引きを行う。体の大きさや年齢のハンデは一切なく、下は七十歳から上は八十八歳まで、かなり幅広い年齢層である。毎年八十七歳、八十八歳の者が優勝することも多い。やはり特攻間近の者は度胸が半端なく強いのである。たんこぶの上にこぶができても関係なし、優勝決定戦の時は両者、顔は腫れ上がり、まさに牛そのものである。
優勝者には豪華な景品が授与される。今年の大会の優勝者にはトヨタのランドクルーザーが一台、副賞として成人用オムツ一年分、また準優勝者にはダイハツの軽トラックが贈られる。なお参加者全員にヤマハスクーターが贈られるので、反対していた孫達はそれが欲しくて応援に来る。家族の絆が結ばれる、素晴らしい一体感の瞬間である。
ここで今回、参加者を優勝候補四名に絞り紹介する。東方一人目、川根さん七十歳。病歴、三年前に脳梗塞を一回と坐骨神経痛で現在通院中。バツハチ、つまり離婚を八回繰り返しており、入隊の動機は八回目の離婚の時、パチンコにはまり自己破産、やけを起こし、死ぬぐらいなら最後に人の為、世の中の為に死にたいと入隊した。今回の大会参加の動機は、ランドクルーザーを現金に替え、死ぬほどパチンコがしてみたいとの事である。
東方二人目、春美さん七十八歳。病歴、四年前に脳梗塞と同時に鬱になり、現在は時々鬱症状が出るくらいで、脳の方は落ち着いている。入隊の動機は亭主の度重なる浮気が原因で、残りの人生、自分の好きな事をしたいと入隊し、今大会で必ず優勝し、孫に車をあげたいとの事である。
西方一人目、セマセさん八十八歳。病歴、今年の春、脳出血を起こし通院中。先月、早期の痴呆症と診断された。一人暮らしの為、ここへ来ると皆に会えて楽しいとの事で入隊した。今大会参加の動機は近所の人の、
「強そうや。」
の一言である。なお家の中でゴキブリがたくさん子供を産み、今朝バルサンを焚いて来ているので、今日一日は家に帰らないとの事である。
西方二人目、カシラさん、同じく八十八歳。病歴、脳溢血と骨粗鬆症、主に首がやられており、今大会はあまりにも危険なのでは?との声もあったが、本人が谷博士考案の最新式の首のサポーターが本当に効くのか試してみたいとの事で、無理はしないと約束の上、参加を許した。入隊の動機は、我が部隊がカシラさんの粗大ごみを運んであげた事に感動して、志願に至ったとの事である。
運動会の華、頭突き大会開戦。今大会は今まで以上に死闘が繰り広げられた。そしてやはり決勝はセマセさんとカシラさんの八十八歳コンビとなった。両者とも家族が誰一人なく、この世に未練は一切なし。命など遠い昔に捨て去った、命知らずのツワモノである。決勝戦の二人の頭はすでに流血しており、顔の形はいびつになり、カシラさんの首を心配して近所の電気屋が試合の中止を申し出たが、カシラさんは電気屋に頭突きをして黙らせた。サポーターの威力がこれほど凄いとは、首の調子の悪い観客が、どこで入手できるのか聞いて回っている。
西方の二人であったが、最後は東と西に分かれ、決勝戦である。互いに低い姿勢でぶつかりあう。
「ゴツン」
ものすごい音が響き、勝負は三分間にも及ぶ、意地と意地のぶつかり合い。両者一歩も引かず、観客が興奮して次々と倒れる。これ以上試合が続くと隊員達の体に良くないのでやめようとした時、セマセさんが会場の隅にいたゴキブリに気を取られ目線を逸らしたその時、一気にカシラさんが押し出した。ゴキブリの登場で、手負いのカシラさんの初優勝である。首の負傷を押してまで参加したカシラさんの勇気に全員、涙と拍手の嵐である。勝負に年齢や病気など関係無用の証明になり、今大会も本当にすがすがしい秋の夜空を全員で迎える事になった。入れ歯の噛みつき大会や死んだふり大会など、熱戦の秋の大運動会であった。(続く)
2012年7月14日 発行 初版
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私は、趣味で老人の話を聞くボランティアをやっております。この話「平成ババア特攻隊」は私の夢であり、半分現実でもあります。 短編で連載予定ですので、是非お楽しみください。