spine
jacket

水城ゆうが主宰するテキストライティング塾「次世代作家養成塾」では、塾生から多くの作品が寄せられています。
そのなかから秀作を選りすぐり、塾長のコメント付きで塾の機関誌を編纂しています。
毎月一回の発行予定ですが、その4号です。

───────────────────────



HiYoMeKi Vol.4

HiYoMeKi同人

アイ文庫



───────────────────────

 目 次

はじめに

「牡蠣」野々宮卯妙

「絆」唐ひづる

「凱旋門」片岡まゆみ

「不在」照井数男

「無念のもなか」照井数男

「不在証明」前野佐知子

「謝肉祭」船渡川広匡

「塩御飯」船渡川広匡

「腸診性」船戸川広匡

「フリース」荒川あい子

「超新星」野々宮卯妙

「片葉の葦外伝 下駄屋」奥田浩二

「ラージャン」奥田浩二

「牡蠣フライは大人の味」奥田浩二


はじめに

                               水城ゆう


 現代朗読協会テキスト表現ゼミの機関誌『HiYoMeKi』第四号をお届けする。
 ところで、現代朗読協会こと「げろきょ」では、テキスト表現ゼミと朗読ゼミ、ビデオゼミなど、いくつかに分かれていたゼミを、「表現ゼミ」として統一した。以後、ゼミでは、朗読も小説も音楽もまとめて扱うようになった。そして直接ゼミの場である「羽根木の家」に来れない人も、グーグルのハングアウト経由で遠隔参加できるようにした。
 これによってゼミはさらに熱気を帯びている。
 リアルタイム表現である朗読や音楽と、そうでないもの書きと、おなじように扱えるのかって?
 そこがげろきょの表現ゼミの最重要ポイントである。
 すべては無意識と身体性の扱い方にある。これはすべての表現行為において基本的なことであり、リアルタイム表現のパフォーマーは(一流ならば)全員知っていることだが、なぜかテキスト表現の分野では真剣にかんがえる人が少なかった。が、身体感覚抜きですぐれたテキストが生まれないのは明らかだし、テキスト表現がいくら脳内における言語活動のアウトプットとしておこなわれるのだとしても、それに先立つ経験や感覚などはすべて身体を通して外部からやってくるものだ。それらの扱い方に熟練すること、そして感受性をみがくこと、また自分がはっきりと自覚できないけれど脳内で明らかに起こっている情報処理にアクセスできること、これがすぐれたテキスト表現の鍵となる。
 げろきょの表現ゼミはまだまだ試行錯誤の過程にあるが、そこにはこれまでにないすぐれた作品の萌芽が明らかにある。今回も未熟な面もあるがつぎのフェーズを予感させる作品群をこうやって送りだせることができるのを、大きな喜びとするものである。


 次世代作家養成塾のリアル版であるテキスト表現ゼミでは、ときどき、遠足ならぬ外に出かけての外ゼミを開催することがある。
 先日は「焼肉ゼミ」だった。そのときのテーマは「サーロインステーキ」。
 次に紹介する野々宮卯妙の作品も、外ゼミのときに書かれたものだ。出かけたのは横浜中華街。テーマはもちろん「中華街」。
 中華街の片隅でふと目にとまったちいさなバー。実際に目撃した店から想像をふくらませて、この短文を書いたのだという。
 自分のリアルな体験や目撃から生まれる、想像のなかの世界。そこにどれだけの豊穣をこめられるかどうかが、書き手の腕にかかってくることだ。
(水城)


「牡蠣」野々宮卯妙

 カウンターの椅子に横座りになって、丈太郎はガラスのドア越しに通りを眺めていた。
 冬の陽射しは、色付きガラスの窓にかかった安いチュールのカフェカーテンを通り、冷やかに変換されて店内に落ちる。テーブルの化粧板やステンレスの砂糖壺に淡い光が反射して、電気をつけていない薄闇の天井にゆらゆらとした影を映す。なにかの拍子に、丈太郎の白い頭にも影は及び、老眼鏡の紫色のガラスに滑り込んでは、丈太郎の瞳を細めさせる。
 今日も表は大混雑だ。春節の翌週だが公園には龍や獅子が出ているし、観光客はひっきりなしに湧いて流れてくる。
 だが、比韻豆びいんずに入ってくる客はいない。
 モーニングコーヒーを飲みにくる老人会の連中も、休日は混雑を避けて家にこもっている。ちょっと元気な者は家業に駆り出されて暇がない。
 丈太郎は、水槽のような店内でただひとり、細かな皺の貼りついた左頬を片手で支えている。カウンターに突いた肘が、目に見えないほどゆっくりと、脇から離れていく。
 比韻豆びいんずはその傍で四十年、烏龍茶に飽きた人々にコーヒーを出してきた。
 だが、昔気質の華僑も年をとり、テレビに乗せられてチャンピオンの安い点心を食べにくる観光客が、番組を覚えている間だけ押し寄せるばかり。
 最近は本土からやってくる連中があこぎな商売をして、稼ぐだけ稼いで帰っていくので華僑たちも迷惑しているのだそうだ。
 信用第一で日本に根付いてきたのに、連中が彼らの積み重ねてきた年月をあっさりと蹴散らしていく。テーブルからカードを払いのけるようにあっさりと。
 比韻豆びいんずに入ってくる客など、もはやいないのだ。
 冷たく晴れた二月の午前十一時、水底に張り付いて微睡まどろむ牡蠣のように、丈太郎はカウンターに上半身をべったりともたれかけさせて、冷たい化粧天板に頬をつけた。

 ありふれた温泉の風景から、最後は妄想のイメージが広がっていく。
 小説はストーリー展開が重要なのではない。それが「どのように」書かれているのか、どういう「口調で」語られているのかが重要なのだ。
 唐ひづるの語り口は、ある種のヨレた感じがあり、それはあてどなくふわふわと散歩している人の歩調のようでもあり、それが楽しい。そしてそれがオリジナリティを感じさせる。
 最後の妄想部分が書き手の最深部をちらりとかいま見せるようで、そのチラリズムも唐のオリジナリティなのかもしれない。
(水城)


「絆」唐ひづる

 高い天井まで真っ白に湯気が立ち込めた向こう側は、壁いっぱいの大きなガラスになっていて、ところどころ水滴の垂れた筋を残しながら、南国風に植え立てられたテラスの緑をもんやりと透かしているのを、佳織はぼんやりと眺めながら四一・七度の源泉浴槽に三十分程も浸かっていた。
 洗面器を置くカローンという音や、ご近所さんらしきおばあちゃん三人組のおしゃべりや、子供のきゃっきゃいう笑い声が、高い天井に谺して佳織の鼓膜と昔の記憶を揺らす。
「アジアンリゾートスパ」と謳っているが、ところどころにバリ風の彫像や家具などが置いてあるだけで、このまっ黒茶なお湯に浸かりながら湯気で霞んだ浴場を見ていると、これはやっぱり湯治場よね、という気がしてくる。
 今やこの辺りは窓から外を見ると送電タワーと工場や倉庫の四角い灰色コンクリートばかりが並ぶ殺風景な地域だけど、ほんの数十年前は瓦葺の旅館や料亭が軒を連ね、芸者さんも沢山いるようないかした温泉歓楽街だったらしい。
 その前は? きっと「歓楽」が付かない温泉街。その前は? きっと素朴な湯治場。畑や山の仕事を終えた老若男女が笑いさざめきながら疲れをいやした憩いの湯。その前は? 旅人や、ひょっとして戦場から落ちてきた武者とかも来て傷を癒したかも知れない。その前は? サルとか鹿とか猪とかが入っていたかも知れない。えー、ちょっとやだな、そこまで遡らなくていっか。
 佳織は想像する自分にツッコミを入れると黒茶色いお湯でざばざばっと顔をなで、ふっと目をあけると、冬の午後の日差しが大きなガラスを通して差し込んでいた。
 白い湯気の粒子にぶつかって、光は何本もの細い糸になって斜めにお湯の中に注ぎ込み、それでお湯が揺れるとヒラヒラと踊るように交叉して、紐を綯っていくような様子をみせる。日が翳ると糸は消え、日が差すと現れる。夜になれば糸は消えるだけどまた日が差すと現れるのだこれは見える見えないだけの問題で糸はそこに確かにあるのだ、と、佳織は不気味に感じる。
 らせん状に織られていくこの光の糸は巨大なDNAで私は宇宙の胎の中の一つの細胞の中にポッチリとして蠢いている微細器官に過ぎないのだ、そう思うと佳織は眩暈がして吐き気を感じた。

 眩暈を振り払うように顔をたたき、浴槽から這い上がる。
 湯あたりしちゃったんだな。
 フラフラしながら着替えてラウンジに出ると、浩一がバリ風の椅子に腰かけて待っていて、佳織を見つけ笑顔を向けた。
 佳織は浩一の隣に腰かけると、彼の首にかかっているバスタオルをそっと掴んだ。

 シュルリアリスムの系譜であり、またカフカの『変身』の系譜であろう。使い古された仕掛けだが、そんなことは問題ではない。その仕掛けのなかで書き手がどのようにふるまうのか、どんな口調で語るのか。それしか重要でない。
 どんな奇怪な状況を設定しようと、軽いノリで楽しげに語る片岡まゆみは、それが彼女の身体性なのだろう。それが文章に乗っている。さらにノリノリになってくればもっとおもしろいものが出てくるはずで、今後のそれに期待したい。
(水城)


「凱旋門」片岡まゆみ

 カーテン越しの朝日を遮るものがある。
 眉間に深いしわを寄せて薄目を開けると、凱旋門のような物体が部屋の中央に屹立していた。重い頭を左手で支えて身を起こした。肩の力を抜き、一息入れて、再び目を凝らした。
 やっぱり凱旋門だった。
 門という字のとおりの形で、オレより背が高い。幅はオレの倍はある。狭いアパートの中は凱旋門でいっぱいになってしまった。カーテンを少し開けてみると、その表面には凝った彫刻が施されている。素材は、石のようだ。
まだ昨夜の宴の余韻が頭蓋骨の中を何度も旋回している。この物体との出会いの記憶がない。
 しばらくベッドの上に座って凱旋門を眺めていると、右のほうに小さな真鍮の取っ手のようなものがついているのを発見した。頭の中のロンドが少し落ち着いたところで、立ち上がってその取っ手を握った。右に回してみる。

 身体がふわっと門の中に吸い込まれた。
 オレは光に満ちた世界に立っていた。目が慣れてくると、それは勤めている会社の前じゃないか。こんなダサいトレーナー上下の姿を会社の奴らに見られたらまずい、と思ったが、幸い今日は休日、さっさと帰ることにした。
 タクシーを拾い、運ちゃんをアパートの前で待たせて代金を取りに部屋に帰ると、凱旋門はまだそこにあった。残念ながら。

 頭の中のぐるぐるがだんだん消えて平常に戻りそうになった時、昨夜の記憶がよみがえってきた。酔って一人電柱に寄りかかっているオレに、その女は近づいてきた。夜だというのに黒いサングラスをかけ、漆黒のストレートヘアを腰まで伸ばし、身体の線がはっきり見える赤いドレスを着ていた。つんとくる香水の香り。
「右に回すと、行きたくないところへ行くの。左に回すと、行きたいところへ行けるのよ」
 オレの耳元でそうささやき、絹のように通り過ぎ、夜の闇に溶け込んでいった。
 そうか、オレの行きたくない所は会社かと、やや落胆した。それなりに努力してんだがなあ。でも、この凱旋門をうまく使えば、さぼりのアリバイ工作に使えるかも、とほくそえんだ。

 もう少しまともな服に着替えてから、凱旋門の取っ手を、今度は左に回してみる。
身体が浮いて着地した先は、駅前の花屋だった。
「いらっしゃい。今日はガーベラがいいですよ。」
 いつもの店員が目の前でほほえんでいる。名は咲子。親の花屋を手伝っている。年は二十四歳、色白で目がぱっちりした小柄な子だ。
 オレはこの咲子と会いたくて、もう三か月、週に一度は花を買うことにしている。毎週、自宅用に花を買う三十過ぎの男なんて珍しいのだろう、このごろは咲子も花のこと、家業のこと、自分のことを少しずつ話すようになった。

 オレは、凱旋門に感謝した。そして、思い切って言ってみた。
「咲子ちゃん、今度映画でも行かない?」
 咲子は、濡れたような長いまつ毛を震わせ、こくんとうなずいた。

 照井数男作品をふたつつづけて。
 どちらも奇妙な味わいの不思議な作品である。
 照井作品には独特のユーモアがただよう。独特であり、味わったことのないものだが、ユーモアにはちがいないと思う。あからさまでなく、ひょっとして人の陰の部分につうじているかもしれない陰影のあるユーモアだが、決して重くはなく、むしろ軽妙といっていい。
 それでいてちょっとリアルでもあり、ナマコもモナカも、なかなかその感触を忘れることができない。
(水城)


「不在」照井数男

 湯に入ると足先できゅっとした感触があった。
 岩作りの浴槽にはたくさんのナマコが生息していた。
 ここは、グアムかあるいはサイパンか。
 大浴場の隣には足湯があり、二人の女が足を入れているのが見えた。
 女達の足にはアメフラシがへばりついていて、女達はその感触を楽しんでいるようだ。
 あちらは沖縄か。
 浴槽の中にはナマコらに混じって海鞘が見えた。
 おれは海鞘が好き。
 湯上がりに採ったばかりの海鞘を割ったら最高だろう。
 と思ったが、
 湯煙で海鞘のように見えたものは実は大きなセイウチだった。
 近くで見るセイウチは腐ったハムのようで気持ちが悪かった。
 セイウチは水の抵抗を少なくするために耳たぶや性器のような突起を体の内部に収納できる。
 はずだが、
 目の前の巨体はあらゆる物がおおっぴらに飛び出していた。
 そこでおれはとうとう気付いた。
 おれは今、会社で課長におこられているのだった。
 隣を見ると、女達は足湯をやめてぬれた足を丁寧に拭いていた。
 しばらくそれを見ていたが、やがて女達は足をしまってしまったので、
 課長に視線を戻した。
 課長の表情には怒りはなく、ただおかしな物を見るような目をしながら、
「顔色が悪いから今日はもう帰りなさい」
 と言った。


「無念のもなか」照井数男

 お茶の時間。
 楽しみにしていたもなかの袋を開くと、袋の中はアンコでぐちゃぐちゃ。
 袋の奥の方がもぞもぞしている。
 どうやら笑いもなかが混ざっていたらしい。
 怒りが込み上げ、袋の中身を雑にアンコ玉にしてつかみあげ、茶で流し込む。
 そして袋の底に残った笑いもなかをつかみ取る。
 笑いもなかはアンコをすべて吐き出し、力なく クフ、クフ、クフと乾いた音を鳴らしていた。
 握りつぶしてやるウ、という気持ちも失せて、からのもなかがつぶれない力加減で
もって指で包み込む事にした。

 今でもまだ持ちつづけている。
 ピアノを弾く時も、
 誰かと握手をする時も、
 手の中には小さなもなかがいる。
 つぶしてしまわぬように気を使っている。

 その人の性格や人間性が、その人の顔や表情や立ち居振る舞いにあらわれるように、文章にももちろんあらわれる。
 どんなにたくらんで、作りあげ、嘘でかためようとした文章でも、それはあらわれる。
 そもそも前野佐知子には文章でたくらもうという気配がまったく感じられない。たくらまないという気配しか感じられない。
 素直で作為のない文章を読むとき、私たちは自分自身のことをつい振り返ってしまう。
(水城)


「不在証明」前野佐知子

 玄関の鍵を回す。ルミがドアを引くと、見慣れた自分の家の玄関がそこにあった。
 灰色のレンガ造り風のタイルがたたきにしきつめられている。
 二階の吹き抜けにある細いあかりとりの窓からは、昼下がりの光が斜めに入り込み、細かな塵が空気中に浮いているのが見える。
 紺色の大人用のサンダルが一足だけきちんとそろえておかれている。
「ただいま」と小さくつぶやいて玄関をくぐる。
 ルミに応えてくれる声はない。
 お母さんとお父さんは仕事だ。そして、おじいちゃんはこの間死んでしまった。
 家の中には誰もいない。そんなことはわかっている。もう、五年生なのだから。
 そんなことを思いながら、ルミはうつむいて一歩一歩玄関を進んだ。
 背中の赤いランドセルが小さく揺れる。
 その度に、ランドセルにつけた「交通安全」のお守りの鈴がちりんと鳴る。

 居間の方から、ぼぉんとひとつ、馬鹿にしたように柱時計の鐘が鳴った。
 その瞬間、ルミはぱっと顔をあげた。
 サバンナで、敵の匂いを嗅いだシマウマのように緊張し、あたりを見渡す。
 おじいちゃんが、部屋にいる。
 いつもみたいに、私を待ってる。
 強く、強く、そう思った。
 ルミは白いスニーカーを振り払うように脱ぎ捨てて、家に上がり、
 仏間を風のようにつっきって、おじいちゃんの部屋のふすまを引き裂くように力いっぱい開けた。
「おじいちゃん!」
 ルミが叫ぶと同時に、たん、と音がした。
 おじいちゃんの細い金縁のメガネが、きらりと光ったような気がした。
 だけど、六畳一間のその和室には誰もおらず、
 金色のあたたかい光が、窓のレースのカーテンの隙間から、
 光の階段を作るようにあふれながら、白菊を活けたガラスの花瓶に降り注いでいるばかりだった。

 おじいちゃんはもういない。
 その事実が、立ち尽くしたルミの頭からゆっくりゆっくり滑り落ちて、おなかでとまった。
 白菊の、少し苦味のある匂いがした。

 迷走する書き手、船渡川広匡の作品を、三作つづけてお送りする。
 彼がどこに向かっているのか、あるいは方向性があるのかないのか、それは本人ですらわかっていないだろう。そのこと自体がまさに船渡川作品の魅力なのであり、生き迷う現代人すべての共感を呼ぶ可能性がある。
 また、書いても書いても未熟感ただよう文章は、書きなれてしまうことを拒絶しているかのようなかたくなさであり、私たちはそのことに安堵すらおぼえる。
 彼は「うまく」なってはならない書き手なのだ。未熟で方向性がさだまらない、迷走する作家。それ自体が船渡川広匡のアイデンティティなのではないか。それはまさに、現代を生きる私たち自身の姿の投影でもあるように見える。
(水城)


「謝肉祭」船渡川広匡


 がらりというベランダのサッシ窓が開く音で僕は目が覚めた。
 暗闇の中で頭に羊の頭蓋骨をすっぽりかぶった裸の男が窓から入って来た。僕は驚いて布団から起きようとしたが、体が動かない。目だけ動かしてそっちを見た。
 男は僕の枕元までやってくると、無言のまま布団を引きはがし、僕の上着をめくった。そして僕の腹の肉を素手でぶちゃりともぎとり、それを頭蓋骨にはりつけた。頭蓋骨は全体が肉で覆われていき、新しく出来た顔がにんまりと笑った。
 それから男はまた窓から出て行った。やがて猛烈な眠気がやってきて、僕はそのまま眠ってしまった。
 朝起きると、僕のおなかは若い頃のようにぺたんこになっていた。
 その日は土曜日だった。二時からジンギスカン焼肉屋で朗読会を聞いた。福豆々子さんが僕の小説を朗読してくれた。その後六時から現代朗読協会でテキストゼミに出た。
 それが終わってからサンバ歌手と数学者の三人で再び三軒茶屋のジンギスカン焼肉屋へ行った。子羊の肉をいっぱい食べた。また腹がびっくりするほど出た。
 焼き肉を食べ終わるとサンバ歌手がサンバを歌い、店長が打楽器を叩いた。他の店の客も喜んでいた。その時、よく見ると店の棚の一番上に、昨日の晩男がかぶっていた羊の頭蓋骨と同じものが置いてあるのを見つけた。
 帰り道、数学者と新宿で別れると、サンバ歌手は僕の住む団地までついてきた。僕とサンバ歌手は山登りをしてから眠りについた。
 その夜、羊の頭蓋骨をかぶった裸の男がまたベランダからやってきた。男は子羊の骨を脇に抱えて、涙を流していた。
 僕の体はまた動かなくなった。男は布団を引きはがし、上着をめくって僕の腹の肉をぶちゃりともぎ取り、それを子羊の骨にくっつけた。それはだんだん子羊の形になっていき、やがてぷるぷると足を震わせながら数分かけて立ち上がった。
 子羊は僕の脇まで来ると、僕の顔をぺろぺろとなめまわした。
 男はかぶっていた羊の頭蓋骨を僕の頭にかぶせると、子羊を置いてベランダの窓から出て行った。僕はそのまま深い眠りについた。
 翌朝、目が覚めると僕は羊の頭蓋骨をかぶっていた。おなかもぺたんこになっていた。
 サンバ歌手はリオデジャネイロに旅立った。後に残された僕は子羊に「福豆々子」という名前をつけて育てた。
 福豆々子は僕の部屋で元気にうんちをまきちらしながら大きくなった。すっかり大人になった頃、僕は羊の頭蓋骨をかぶり福豆々子を連れて三件茶屋のジンギスカン焼肉屋へ行った。
 店に入ると、あの暗闇の中にいた男がいた。僕は羊の頭蓋骨と福豆々子を引き渡して、「ありがとう」とお礼を言った。
 男は無言で福豆々子を受け取ると、渡された頭蓋骨をかぶり、うなずいた。


「塩御飯」船渡川広匡

 赤いマスクから見える目鼻と口。パンツ一丁の裸の男は、固く拳を握りしめ、脇を締める。拳が両の乳首の横辺りに位置している。
 足は少し内股に、それでいて足裏で地面をしっかりとつかまえている。
 そして両肘を折り畳んだままゆっくりと前後に動かし始める。それは蒸気機関車の車輪のように指数関数的に加速していき、やがて最高速に達する。
 隆起した体中の筋肉が揺れる。その肌にぷつぷつと汗が吹き出る。
 男が吠える。脇の下に摩擦熱が発生し、そこへ汗がたれ込み、脇毛と汗が猛烈に絡み合う。脇毛がちじれ、水分が気化する。
 男は機関車が駅に停車するように速度を落としていき、やがてゆっくりと停止する。体中からオーラの様に湯気が立っている。
 荒い息を呼吸法で静めつつ、左腕の脇を上げて、覗き込む。
 男はちじれた脇毛を丹念に見つめてから、犬のようにくんかくんかと嗅ぐ。
 それから右手の指先で脇毛をじりじりともむ。指先を見ると粉のようなものが着いている。それを口に運び、ぺろりとなめる。
 男はうんうんと深くうなずくと、脇に置いてあった炊飯器からほかほかのご飯を茶碗に盛り、脇の下の粉を振りかけ、はふはふと食べ始めた。


「腸診性」船戸川広匡

 若い女性患者の豊満な胸。母なる起伏が二つ並んでいる。思わず我を忘れて見つめている自分に気づき、はっと気を取り直して白衣の襟を正してから聴診器を当てようとした時、ふと患者のTシャツの絵柄に気づいた。
 心臓の位置辺りから、オレンジや黄色や青が一点を中心にして辺り一面に飛び散っている。explosionと大きく書いてある。
「つかぬ事を伺いますが、これは何の絵ですかね」
 患者は付けまつげをしばたかせて一瞬きょとんとした顔をしてから、ああと気づき、
「古い星が爆発しているんですね。そして飛び散った屑がまた新しい星になるんです」
 私はふむと相づちを打ちながら聴診器を爆発の中心に当てようとした。
 その瞬間、ボムという音がした。
「失礼」
 患者が尻の辺りを手のひらでぱたぱたとあおいだ。
 私はふむと言って鼻をきかせた。かなりきつい匂いがする。腸も悪いようだ。
「お腹の調子はいかがですか」
「最近下し気味なんです。時々吐き気もあるんです」
 私はうなずいてから、眼鏡を人差し指で上げてからうっすら伸びたあごひげをじょりりとさすった。これは風邪かなと思いつつ、再び聴診器を当てようとした。
 ボムという音がした。
「失礼」
 私は自分の尻の辺りを手であおいだ。
「先生もお腹の調子がよろしくないのですか」
「正に医者の不養生というやつで」
 私は精神的ストレスから慢性的に胃腸が悪いのだ。職業病というやつだ。
 改めて聴診器を構えた。ボムという音がした。私と患者はそろって横を向いた。
「すいません」
 看護婦が恥ずかしそうに診療室の外へぱたぱたと出て行った。どうも連鎖反応が起きているようだ。
 私は一息ついて心を静めてから辛抱強く聴診器を構え、心臓の辺りに当てた。
 パァン、じょばあという音がした。
 患者のスカートの下から透明な液体が大量にしたたり落ちていた。
 私は患者を産婦人科に搬送してから診療室へ戻った。椅子に座ると、止めていたタバコに火をつけた。煙はゆったりとたゆたうように上りながらやがて天井にしみ込んで行く。
 今頃分娩室ではお産が始まっているだろう。そして新しい星が生まれるのだ。
 私は尻に次の爆発の予兆を感じながら、やはりタバコは腸に悪いと改めて思いつつ、あごひげをじょりりとさすった。

 初登場の荒川あい子。
 彼女はここに紹介するようなミニマルな作品が多いが、SF的な仕掛けのある奇妙な味わいの作品も書く。あるいはその両方が含まれている作品もある。
 SF的に異次元世界や宇宙観をかいま見せつつ、ミニマルな描写が彼女の息づかいを間近に感じさせる。
 今回、初登場ではあるが、急成長を見せている書き手であり、今後が非常に楽しみなのだ。
(水城)


「フリース」荒川あい子

「旅行は、どうでしたか」
 赤のフリースを着た男が、両手をチノパンのポケットに入れて尋ねた。ますみは振り返った。
「ええ……。おみやげ買って来たので、よかったらどうぞ」
「いいですねえ。別荘があるなんて。年に何回行かれるんですか?」
 男は唇の左端を少し上げて聞いた。
「そんなに行かないですよ。遠いですから」
 ますみは、パソコンのメールを見ながら、応えた。フリースの男は、「ふうん」と言って、自分の席に戻っていった。
 旅行は、満足いくものではなかった。夫と一緒に行くはずだったのに、彼が仕事で来れなかったからだ。そのせいで、別荘に着いてからも、どこにも行く気がしなかった。別荘は森の中にあって、いつもなら家の中や庭で過ごすだけでも新鮮な空気や森の沈黙に癒される。別荘の庭でじっと座っていると、木々が呼吸した冷たい空気が身体に降りてくるのを感じる。手を上げて指先に小鳥が止まればますみはもっと幸福になるが、野鳥は警戒心が強いので、それはますみの願望だけで終わる。子供の頃は、架空の鳥が手や肩に止まるのを想像して、独りで遊んでいた。
 だが、今回は何も感じなかった。何も身体の中に入ってこない気がした。ただ夫が隣にいないことがひどく怖くなって、二泊三日の予定を、一泊で帰って来てしまった。試しに夫に電話をしたが、仕事で忙しいと言ってすぐに切られてしまった。ますみは何も感じないように、気持ちを落ち着けてから、残りの休みを東京の映画館やカフェで過ごした。そんなことを職場で言う気はなかった。
 ますみは地下鉄に乗って、通勤している。彼女は電車に乗っているとき、出来るだけ顔を上げるようにしている。その方が疲れがとれる気がするからだ。以前は音楽を聴いていたが、気分転換のつもりが、かえって疲れることが分かってから、なるべく身体の力を抜くようにしている。中間管理職にポストが移動してから、鏡を見るたびに額のしわが目につくようになったこともあって、彼女はおでこを意識しながら、ぼんやりするようにした。何も考えないように、電車に揺れている体を意識する。右、左、少し上……。そうしていると、からだからぽっかりと魂が抜けていくのだ。そうすると地下鉄の電車に乗っている自分の身体が空から見える気がする。真っ暗闇の中を高速で平行移動する身体が見えてくる。先週は、飛行機に乗って空を飛び、あのスピードの中にいた。
 ますみはふとフリースの男を見た。彼は寒がりのせいか仕事中いつもフリースを着ている。男と目があった。おもわず目をそらすと、彼が書類を持って、やってきた。ますみが作った文書にミスがあったらしい。その箇所を無言で指をさし渡すと、また席に戻っていった。男の腕のそでぐちのフリースの毛玉が、彼女の目に焼きついた。

 説明は不要だろう。
 しっかりした文章技術を持っていると同時に、俳人・歌人としても魅力的である。
 ここでは「超新星」というお題で提出された俳句を三首、紹介する。


「超新星」野々宮卯妙

 凍て星の晴れがましきや終末論

 垂《しづ》り雪返す光に消えしノヴァ

 炬燵甘酒スーパーノヴァ墜ちても

 文体テクニシャンである奥田浩二の作品を三作、つづけてお送りする。いずれも多彩であり、ひとりの書き手から生まれたとは思えないほどだ。
 テクニックがあるがゆえに、いまいち伸びなやんでいる奥田浩二。とはいえ、確実に伸びている。
 さて、テクニック(技術)とオリジナリティ(個性)は相反する性質のものであることは、すでにどこかで述べたと思う。では、このふたつを両立させることはできないのか。
 ひとつ方法があって、それは自分の持つテクニックを加減するための「メタテクニック」を身につけることだ。たとえば、テクニックをあえて捨ててみせるテクニック、といったことがある。
 これはオリジナリティの操作にも使える。
 奥田浩二にはぜひとも、メタテクニックを身につけてもらいたいと思っている。
(水城)


「片葉の葦外伝 下駄屋」奥田浩二

「ごめんよ、誰かいないかい」
 藤兵衛のおとないが板葺き屋根を叩く時雨の音を消した。
 日本橋本町の表通りからちょっと脇に入った小さな下駄屋の前である。
 はい、という声がすると中から十七、八の若い娘が顔の分だけ戸を開けた。
「お園、邪魔するぜ」
 怒っているような藤兵衛の声だが、お園を前にすると幾分かの優しさが含まれるようだった。
「藤兵衛おとっつあん、こんな時にまあまあ、ずぶ濡れじゃありませんか。兄さん、藤兵衛おとっつあんがいらっしゃいました」
 土間で鉋を使っていた千太郎が立ち上がろうとすると、藤兵衛は目だけで制した。
「何もこんな雨の中いらっしゃらなくても」
「馬鹿言うな、借金取りに雨もへったくれもあるかよ」
 藤兵衛がそう言うとお園と千太郎は顔を見合わせて噴出した。
「でも毎日一分ずつお返ししていたんでは藤兵衛おとっつあんに百まで生きてもらわなきゃ間に合いませんよ」
 千太郎が申し訳なさそうに言うと今度は藤兵衛が
「百まで生きるよ」
 と言って豪快に笑った。
 藤兵衛は土間に置かれた下駄作りの道具を見た。
 雑然と置かれているように見えて、実に効率よく配置されている。
 道具の中には藤兵衛が使い方を知らないものまであった。
「店はうまく回っているようだな」
 藤兵衛は白湯を啜りながら満足そうに言った。
「西村の旅籠じゃ、お前の作る下駄は評判になっているそうじゃないか。よかったな」
「それも藤兵衛おとっつあんのおかげです」
 千太郎はお園から白湯を受け取ると、一息で飲干した。
 藤兵衛が訪れなければ一息つくことも無かったのだろう。
 白湯は千太郎の胃に沁みた。
「ところで千太郎、西村に卸したあつらえのやつな、駒止の問屋でも扱いたいそうだぜ」
 千太郎は困惑した表情を浮かべた。
「あれは手間が掛かるので商いになるようなものじゃないんです。とても手が足りません」
「手がありゃ作れるんだな?」
 藤兵衛がニッと笑った。
「下駄屋の奉公をしくじった小僧がいるんだが、ここで面倒見ちゃくれないかね」
 千太郎は藤兵衛を見つめた、断る理由は見つからなかった。
 藤兵衛は口角を上げて頷くと一人分色々と物入りになるなと、懐から銀を2つ取り出した。
「いいか、恵んでやるんじゃねぇ、これも後で必ず返すんだぜ」
 藤兵衛がそう言うと千太郎とお園は深々と頭を下げた。
「商いってのは厳しい世界だ、こういう機会を逃しちゃいけねぇよ」
 そう言うと藤兵衛は立ち上がった。
「また来るぜ」
 まだ何所となく幼さの残る兄妹は夜道に消えていく藤兵衛の後姿をいつまでも見送っていた。
 黒々とした雲が薄墨のように流れ藤兵衛を追いかけている。
 雨はいつの間にか上がっていた。


「ラージャン」奥田浩二

「本当にそんな格好でいいのか」
 看守が怪訝そうな顔で男の姿を見た。
「鎧なんぞ着たところであの怪物の前じゃ紙も同然だろうよ」
 黒いシャツに皮のズボン、両手にガントレットを嵌めている以外はおよそこれから死地に向う者の姿ではない。
「俺は前座かな」
 男は背丈ほどもある両手剣を肩に担ぐと今まで自分が座っていた場所より更に奥に目をやった。
 待機所は薄暗くかび臭い。そして何より死んだ者まで投げ込まれるからむせ返るほど血生臭い。
 仄暗い闇の中で無理やり鎧を着せられた女が、頭から真っ二つになった死体を前にして無表情に凍り付いている。
 怪物と決闘し見事打ち勝ったら無罪放免されるというがとんでもない、早い話が殺人ショーである。
 観客達が一様に豪奢なマスクや仮面を被っているのはお互いの身元を明らかにしないためだろう。
 進行役が片手を上げると男の前の鉄格子が不気味な音を立ててゆっくりと跳ね上がった。
 男の頭上に煙の様な雲が激流を作っている。
 時折雲が途切れて日が覗くこともあるが、それも薄暮程度の明るさしかなく闘技場の隅々を照らすには
 あまりに頼りなかった。
 男が闘技場に足を踏み入れると鎖を引きずる音がした。
 怪物と男、赤と黒それぞれの視線が交差する。
 巨大な猿のような怪物には水牛のような大きな角が生えている。
 短く黒い体毛には金色が混じり、反射ではなく内部から輝いているようだった。
 大きさは男の二倍ほどだが酷い猫背だから、真直ぐ立ち上がれば更に倍するほどになるだろう。
 上半身は筋肉がはちきれそうに隆起していてまるでバネのようだ。
 怪物の足は内側にとげの生えた足枷に繋がれていて容易に引きちぎられないように工夫されている。
 男は半身に構えると臆することなく怪物と対峙した。
「数十人の娘を犯し殺した男です! 神の裁きは如何に!」
 進行役がそう言うと歓声が上がり男のため息はかき消された。
 男が疾走する。
 怪物が迎え撃つ。
 振り下ろされた拳は男を掠め空を斬った。
 観客が沸き音圧が男の鼓膜を叩いた。
 男は怪物の足元をすり抜けると壁を蹴って飛翔する。
 怪物が振り向いて空中の男を叩き落とそうとしたが動きが止まる。
 男の狙いに気が付いたのだ。
 甲高い音が闘技場に響いた。
 それは全体重をかけた男の剣先が怪物の鎖を叩き切った音だった。
「さあ、好きにしな」
 怪物は真下にいる男を一瞥すると観客席に向って全身で咆哮をした。
 男が聴力を回復した時にはもう怪物は観客席に飛び込んだ後だった。
 一つしかない出入り口に観客が殺到したが怪物はその背に追いすがり、観客の首や腕を宙に舞わせていた。
 男は観客の悲鳴を背中に聞きながら悠々と待機場に向かう。
 看守が喚いて五月蝿かったから剣で凪いだ。


「牡蠣フライは大人の味」奥田浩二

 中央線は高円寺駅の高架線下にある定食屋。
 昼下がりの狭い店内は客もまばらで厨房にはしみじみとカセットテープで香西かおりが流れている。
 そして壁に吊るされた木製のお品書きには店主の字であろうか黒マジックで「牡蠣フライ」と張り紙がしてある。
 赤マジックで縁取っているところに店主の意気込みが感じられた。
 チラリと値段と盗み見る。
 別に盗み見なくても良いと思うのだが店主が全身を目にしてこちらの出方を窺っているから、
 凝視すると私が好みではなく値段で物を決めるケチな人間と思われる危険があった。
 焼肉定食七百円に対して牡蠣フライ定食八百五十円。
 幸い古着屋で予定より安く革ジャンを手に入れることが出来たので懐具合に問題は無い。
 私は店主が赤マジックで縁取るほどの未知の定食に興味がわき、
 平静を装い百五十円高い牡蠣フライ定食を注文したのである。
 さて、定食の全容は大振りの牡蠣フライ4個にキャベツの千切りが添えられ、それにご飯と味噌汁が付いているというものだ。
 焼肉定食に比べ全体の量は少なめの印象である。
 まずソースをかける。
 ウスター、中濃、とんこつ。
 この中に正解は一つである。
 未知の定食には未知のソース、そう思った私はウスターに手を伸ばす。
 瞬間店主が咳払いをする。
 慌ててウスターからとんこつに目標を変えると店主が週間大衆のページを捲った。
 危ない所だった。
 どうやら、これが正解らしい。
 ソースをかけ、牡蠣フライを口の中に放り込む。
 咀嚼を開始した瞬間、それまで停滞していた私の味覚が波打つのが分かった。
 噛むほどに牡蠣の旨みが弾けそれが甘めのソースと絡み合いお互いの長所を主張して顎の両脇を直撃する。
 旨い!
 更にもう一つ、と思った瞬間ある事実に気が付いた。
 牡蠣フライの量に対してご飯が圧倒的に多いのである。
 節約してご飯をやっつけようか。
 そう思い、私は牡蠣フライを半分に噛み千切るが中から緑色のはらわたがこぼれ落ちた。
 これは視覚的に非常に良くない。
 ホタテに代表される大型の貝と同じように牡蠣も噛み千切る場所に注意が必要なようだった。
 しかも噛み千切ったくらいでは大量のご飯という事態は到底打開出来るものではない。
 何かもう一手ないか。
 困惑していると店主が徐に冷蔵庫を開けた。
 あっと気が付き壁に視線を走らせる。
 お新香八十円が光り輝く。
 解決策は意外と身近にあったのだ。
 こうして私は牡蠣フライ定食を完食するに到り、一回り大きくなった自分をお茶を飲みながら感じるのである。
 帰り際、店主と視線が交差した。
「小僧よくやったな」
 店主の声はカセットテープがB面に切り替わる音に消えた。

HiYoMeKi Vol.4

2012年8月5日 発行 初版

著  者:HiYoMeKi同人
発  行:アイ文庫

bb_B_00107957
bcck: http://bccks.jp/bcck/00107957/info
user: http://bccks.jp/user/113519
format:#002t

Powered by BCCKS

株式会社BCCKS
〒141-0021
東京都品川区上大崎 1-5-5 201
contact@bccks.jp
http://bccks.jp

水城ゆう

東京世田谷在住。作家、音楽家、演出家。 現代朗読協会主宰。音読療法協会オーガナイザー。 朗読と音楽による即興パフォーマンス活動を1985年から開始。また、1986年には職業作家としてデビューし、数多くの商業小説(SF、ミステリー、冒険小説など)を出している。しかし、現在は商業出版の世界に距離を置き、朗読と音楽を中心にした音声表現の活動を軸としている。 2006年、NPO法人現代朗読協会設立。ライブや公演、朗読者の育成活動を継続中。数多くの学校公演では脚本・演出・音楽を担当。 2011年の震災後、音読療法協会を設立。音読療法士の育成をおこなうとともに、音読ケアワークを個人や企業、老人ホーム、東北の被災地支援など幅広く展開している。 詩、小説、論文、教科書などの執筆も精力的におこなっている。

jacket