spine
jacket

───────────────────────



コーチ物語 〜明日は晴れ〜 占い師の言葉

古賀弘規

ユーアンドミー書房



───────────────────────

占い師の言葉

「ね、すごいでしょ。ホントびっくりしたよの」
「うん。果穂の言うとおりだったわ。あんなに私のことをピタリとあててくれるなんて。それにね、もうすぐステキな彼が現れるんだって!」
 私は果穂の喜ぶ顔を見て大満足。失恋して落ち込んでいた果穂に、よく当たると評判の占い師を紹介して正解だったわ。
 タロットカードと星占いで、今まで私もいろいろとこの占い師に見てもらったことがあるんだけど、これがいつもピタリと私のことを当ててくれて。今では私の心の支えになってくれている。
「でさ、沙也香は何を見てもらったのよ?」
「私? 私は……」
 今回、私はこれからの進路のことを相談してみた。私ももう大学三年生。就職活動を意識しなければいけない歳になった。来年の今頃は、リクルートスーツに身を包んで企業訪問を始めている頃。それまで自分の進むべき道を決めたいって考えている。けれど、特にこの道っていうのが無いだけに、私もどうすればいいのか迷っている。
 で、今回果穂を紹介するついでに私も占ってもらったんだけど……。
「沙也香さん、あなたには新しい出会いが待っていますよ」
「えっ、ど、どういったことなのでしょうか?」
「その出会いがあなたの一生を左右することになるかもしれない。それまではこれといった方向を決めない方がよろしいとカードに出ています」
「で、でも……その出会いっていつ頃なのでしょうか?」
「はっきりとした時期まではわかりませんが、そう遠くないと思います。しかしこのことをあまり人に伝えない方がよろしいかと」
「どうしてですか?」
「あまり人に伝えてしまうと、沙也香さんが本当に出会うべき人がどの人なのかわからなくなってしまいますから。沙也香さんがお友達にそう伝えてしまうと、お友達から紹介されたどの人もそういった目でとらえてしまうでしょう。だからこのことはご自分がそうだと思えるときまではなるべく口にしない方がいいかと」
 なるほど、それも一理ある。
 ということで、果穂には「就職のことでね」と言葉を濁しておいた。
 果穂も「ふぅ〜ん」という口調。それほど私のことには興味を持っていなかったようだ。やはり自分がこれから出会う新しい彼とのことで頭がいっぱいなんだろうな。
「あれ、あそこにいるのは由衣じゃないの?」
 果穂が由衣を発見。由衣は少し変わった子で、最初は先生になりたいということで教育学部に入ってきたのに、今では心理学についてかなり深く学んでいる。今では学部の枠を越えて、心理学の先生のところに入り浸っている。どうやらカウンセリングを専門的にやりたいということらしい。
 そのせいか、私たちはよく由衣に相談をもちかけることが多い。なんていうんだろう、安心して話せる第三者って感じ。
 でも、由衣とは遊び友達にはなれない。なんだか空気が違う。おとなしいんだけれど、どこか大人びているというか。年配の頼りになる女性。そんな空気を持っている不思議な子だ。
「あ、果穂に沙也香!」
 由衣は私たちを見つけて大きく手を振っている。
 その頼りになる空気とは裏腹に、普段の生活はどこか抜けていて、天真爛漫な一面も持っている。今も、大通りでたくさんの人がいるにもかかわらず、大きく手を振って、ジャンプまでして私たちに存在をアピールして、さらに全力で私たちの方へ走ってくる。
 この大人びた雰囲気と、あどけない子どもの雰囲気の二面性が由衣の魅力でもあるかな。
「ハァハァ……ふ、二人とも、今日は何してたの」
 由衣は息を切らして私たちに質問してきた。そんな、走ることないのに。でも、由衣に言わせると「いつも一生懸命に生きていたいから」だそうだ。これは由衣の口ぐせでもある。といっても、これを言い出したのは一年ほど前くらいからかな。
 一年前、由衣の彼氏がバイク事故で亡くなった。そのころから由衣は心理学の世界にはまりこんでいった。もともと天真爛漫なあどけない子どもの顔を持っていた由衣だったが、心理学を学びだしてから大人の顔を見せるようになった。
「え、私たち? うん、ちょっとね」
 さすがに占いに行ってきたとは、面と向かって言いにくい。が、由衣はこういうときにはするどい質問を投げかけてくる。
「そうかぁ。にしては果穂はとてもスッキリした顔をしているわよね。逆に沙也香はちょっと神妙な顔。今朝は逆だったような気がするんだよね。ね、果穂はなんかいいことあったんじゃないの?」
「え、そ、そう? やっぱわかるかなぁ」
 果穂は嬉しそうにそう言った。
「うん。きっと誰かにいいこと言われたんでしょ」
「そうなのよ。ちょっと占いの先生に見てもらってさ。そしたら……」
「もうじき新しい彼ができる、でしょ?」
「えぇ〜っ。由衣、なんでわかるの?」
「わかるわよ。顔にそう書いてあるもん。逆に沙也香は……ひょっとして就職のことで何か言われたでしょ」
 そう言われて私はドキッとした。ど、どうしてそれが由衣にわかったのかしら。
「ど、どうして……」
「あら、だって沙也香ってこの前から悩んでたじゃない。もう三年生になったから就職のこと考えなきゃって。あのときかなり真剣な顔つきだったから、きっとそうじゃないかって思ったの」
 由衣の恐ろしいのはここ。まるでこちらの考えていることが手に取るようにわかっているって感じがする。
 由衣に言わせると、相手のほんのちょっとした表情やしぐさ、声のトーン、そして話す内容などを注意深く観察すれば誰にでもできることだって言っていたけど。それでも超能力でも持っているんじゃないかって思えるほどするどい言葉が返ってくることがある。
「あ、そうだ。沙也香は就職のことで悩んでいるんだったら、私が今から行くところに一緒に行ってみない?」
「え、どこに行くの?」
「う〜ん、これは一言では言い表せないなぁ。まぁ、強いて言えば私を導いてくれた人のところ、かな」
 前に由衣から聴いたことがある。彼氏を亡くしたときにある人と出会い、そこから心理学の道に入ったって。きっとそのある人のことじゃないかな。
 そう思ったときに、私は少し興味が湧いてきた。今の由衣をつくったその人のことに、だ。就職のことも気になるけれど、ちょっとその人のことを覗いてみたくなった。
「そうね、これから時間もあるし。果穂はどうする?」
「ごめん、私夕方からバイトだから。あまり時間とれそうにないし」
「わかったわ。じゃ、また明日学校でね」
 そうして私は果穂と別れ、由衣と一緒に由衣の言うある人のところへ。由衣は見た目はおしとやかなのだが、まるで小学生が遠足にでもいくような腕の振り方ではしゃぎながら歩いている。
 よほどその人に会いに行くのが楽しみなのだろう。ってことは由衣の新しい彼氏なのか?
 そんなことを思いながら、たどり着いたのは一軒の花屋。
「フラワーショップ・フルール? 由衣、ここなの?」
「ううん、ここの二階。あ、舞衣さんっ」
 由衣は花屋の店員と思われる女性を見ると、手を振りながら駆けだしていった。ホント、子どもみたいなんだから。
「あらぁ、由衣さん。久しぶりね。しばらく顔を見せなかったけれど元気にしてた?」
 舞衣さんと呼ばれたその女性。私たちより少し年上かな。落ち着いた感じだけれどとてもかわいらしい。
「あら、お友達?」
「はい。大学の同級生で宮原沙也香っていうの。羽賀さんにちょっと会わせたくて連れてきちゃった」
 私はペコリとおじぎをした。羽賀さんっていうのか。由衣を導いてくれた人っていういのは。
「羽賀さんだったらたぶんいるはずよ。あ、もしかして今日約束していた人って由衣さんのことだったのか」
「あ、羽賀さんから聞いてたんだ」
 由衣と舞衣さんの話は羽賀さんのことで弾んでいた。この二人が話題にするくらいだから、よほどいい男なのだろう。
 私はまだ見ぬ羽賀さんのイメージを勝手につくりあげていた。
「ミクはまだ今日は学校みたいだから、あとでお茶を入れに行くね」
「わぁ、舞衣さんありがとう」
 私ももう一度舞衣さんにペコリとおじぎ。そして由衣に誘われるままに二階へ上がっていった。いよいよ羽賀さんとやらにご対面だ。
「羽賀さん、こんにちは」
 由衣はドアをノックして、すぐに扉を開けて部屋へ入っていった。もう何度もここに足を運んでいるのだろう。慣れたものだ。
「今日は私の友達を連れてきちゃったけど、いいかな?」
「あぁ、どうぞ。大歓迎だよ」
 奥から声が聞こえる。なかなかいい声だわ。
「失礼しまぁ〜す」
 私はそろりと扉をくぐり、部屋の中へと入っていった。そしてそこにいたのはすらりとした長身の、メガネをかけた男性。
「初めまして、羽賀といいます」
 あなたには新しい出会いが待っています。
 このとき、私は占い師のあの言葉を思い出していた。
「あ、初めまして。宮原沙也香といいます」
 目の前の男性。ちょっと渋い感じのいい男。そのせいか私は極端に緊張してしまった。
「そんなに緊張しないで。さ、よかったらそこに座ってて。今お茶でも入れるから」
「あ、舞衣さんが後でお茶を入れてくれるって言ってましたよ。舞衣さんのお茶ってすっごくおいしいから大好き!」
 由衣は妙にはしゃぎながらそう言った。由衣は嘘をつくような女の子じゃないから、よほど美味しいお茶がくるのだろう。
「あ、羽賀さん。ずいぶんとご無沙汰してましたけれど。昨日メールしたのをぜひ羽賀さんに見てもらいたくて」
「そうだったね。じゃぁ、早速見せてもらえるかな」
「はいっ。あ、そうだ。どうせだったら沙也香に手伝ってもらおうかな?」
 え、な、何よ? 今から一体何が始まるの?
 私がちょっと驚いているのを尻目に、由衣はバッグの中から何か小道具を取りだしてきた。
「沙也香って占いが好きだったわよね」
「え、う、うん。まぁ占いは大好きだけど……」
「じゃぁさ、今からちょっと私が沙也香の就職に対しての未来を見せてあげるね」
 そう言って由衣が取り出したのは七枚のカード。それぞれのカードには赤、橙、黄、緑、青、紺、紫の色が一面に。由衣はそのカードをテーブルに並べて、私にこう語り出した。
「色ってね、不思議な力があるのよ。今自分が望んでいるものやこの先の未来を見通す力があるの。でね、今から沙也香には自分がこの先、就職活動を行うにあたって欲しいって思う色を一枚選んで欲しいの」
 由衣からそう言われて、私は七枚のカードを真剣に見つめた。就職活動をするにあたって欲しい色かぁ。
 目を引かれるのは、一番明るく見える黄色。でも欲しい色とは少し違う。そうねぇ、今欲しい色は……
「この色、かな」
 私が手に取ったのは青色。好きな色ということではないのだが、なぜかこの色が私の心の中にすぅーっと入ってきた。
「そっか。沙也香は青色なんだね」
 由衣は青色のカードを手にして、そして私にこう語り始めた。
「青色にはね、人とのコミュニケーションや自己表現といった意味があるの。沙也香、ひょっとしたら就職活動で苦手なこととして、自分のことをうまく表現できないっていう問題があるんじゃないの?」
 その言葉で私はビックリした。普段は明るく、とてもおしゃべりに見える私だけれど、自己紹介とか自分の長所や短所といった性格を語れというと、私は極端に緊張してしまう。
 また、初対面の人に対しても同じく緊張するタイプ。
 そのことを由衣に話すと、今度はこんな言葉が。
「そっか。でも安心して。今度はこの青色が教えてくれているから。沙也香がこの先どんなふうにすれば就職活動をうまく乗り切れるかをね」
「ね、ね。どうすればうまく就職活動を乗り切れるの?」
 私は思わず身を乗り出して由衣に質問した。
「そうね。まず沙也香は今まで自分のことをうまく表現できた経験ってないかな? この色が私に教えてくれているのよ。沙也香は昔うまくいったことがあるっていうことを」
 由衣にそう言われて、私は記憶の中から自分の経験を引き出してみた。高校、中学、そして小学生……あ、あった!
「そうそう。私ね、小学生の頃実は児童会の会長に抜擢されたことがあったのよ。こんな性格でしょ。それにわりと何でも積極的にやってたし。自分で言うのも何だけど、結構人気があったのよ。そのときに、全校集会であいさつしたときは自分の思いとか考えをうまく話した記憶があるわ」
「そっか。やっぱりそうだと思った」
 私ですら忘れ去ってしまうようなことを、由衣はどうして言い当てることができたのだろうか? 不思議に思いながらも、次の由衣の言葉を待った。
「そのときって、どうしてうまくいったんだと思う?」
「そうねぇ。あのころは怖いもの知らずだったんだよね。でも中学になって、私よりできる子が出てきてね。この人にはかなわないやって思ったの。それからかな。どんどん前に出しゃばるのをやめたのは」
「ってことは、自分で自分にフタをしちゃったわけだ。ならそのフタはどうやったら開けることができるんだろうね」
 そう質問されて、私は考え込んでしまった。いや、考え込んだというよりはそのフタのあけ方を由衣に求めている事に気づいた。
 私は由衣の方をじっと見て、その答えが出てくるのを待った。
 だが由衣は何も言わずにニコニコした笑顔で私を見つめている。そしてしびれを切らしたのは私の方。
「そうね。あのころ負けたと思った彼女にもう一度会えば、そして今の自分を彼女に見てもらい、私も今の彼女を見れば、自信を取り戻すんじゃないかしら」
「今の何を見てもらいたいの?」
「うん。私は今、自分のやりたいことに向けて羽ばたいているんだぞっていうところかな。勉強とかの能力じゃ彼女には叶わないけれど、この情熱だったら誰にも負けない自信があるもん」
 そう言いつつ、自分が忘れかけていた情熱を思い出すことができた。
 私は小さい頃から文学が大好き。本はたくさん読んでいた。そうして今は文学部で基礎を学んでいる。
 今の私の目標は編集者になること。それも流行ものの雑誌とかじゃなくちゃんとした文学を扱うものとか、単行本の編集者。活字にふれながら、作家さんと二人三脚でいいものを作り上げていくのが私の夢。
 気がつくと、私は由衣に対して熱い思いを語っていた。
「じゃぁ、今の思いをその彼女に伝えればいいんだ」
「うん。でもその彼女は今どこで何をしているか、さっぱりわからないんだよね。これじゃぁダメじゃない……」
 私があきらめかけたその時、由衣からこんな体験談が飛び出した。
「私ね、こんな経験があるの。ほんのちょっと前なんだけど、インターネットのブログに小学校の頃なかよしだった友達の話を書いたの。ふと思い出してね。そしてそんなことを書いたのも忘れかけた頃に、なんとその友達がブログにコメントをくれたのよ。これはビックリしたわ。人ってどこでどう見られているのか、わからないものよねぇ」
 そっか、インターネットを使うって手はあったな。これなら直接は会えなくてもどこかで私の思いを彼女が目にすることがあるかもしれない。
 それに思い出したら、彼女となかよしだった子とはこの前たまたま街で出逢ったんだった。あのときに携帯の番号は聞いてあるから、ひょっとしたらうまくつながるかも。
「由衣、ありがとう。そうか、インターネットを使ってみるって手があったな。それに思い出したけど、彼女の友達とは今つながっているんだった。ひょっとしたら彼女とうまくつながるかもしれない。うん、なんか自信湧いてきた!」
 と、ちょうどそのタイミングで事務所のドアが開いた。
「ごめんごめん。吉田さんがちょっと手が離せなくて接客に追われたものだから。今からお茶入れるね」
 そう言って飛び込んできたのは舞衣さん。
「丁度いいタイミングだったね。由衣さん、なかなかいい具合に進んだじゃないか。さすがだね」
 あ、羽賀さんもいたんだ。由衣と話をしていたら、その存在をすっかり忘れていた。そのくらい由衣の占いに私ははまりこんでしまっていた。
「でも由衣ってどこでそんな占いを覚えたのよ。今は心理学に凝っていたんじゃなかったの?」
「ふふふっ。ってことは大成功ってことよね、羽賀さん」
 由衣の言っている事がよくわからない。何が大成功なのだろうか?
 あ、ひょっとして羽賀さんって由衣の占いの先生なのかな?
「あのぉ……羽賀さんってひょっとして有名な占い師か何かですか?」
 私はおそるおそる羽賀さんにそう聞いてみた。そしたら羽賀さん、笑いながらこう言った。
「あはは。ボクは占い師じゃないよ。そして由衣さんがさっきやったのも、実は占いでも何でもないんだよ」
 えっ、それってどういうこと? ひょっとして私をだましたの?
 ちょっと不機嫌になりかけたときに、舞衣さんがお茶を持って登場。
「はい、おまたせしました。まぁ一口飲んでゆっくりしてよ」
 私は口をとんがらせたまま、言われるとおり舞衣さんの入れてくれたお茶を一口のどに流し込んだ。
「お、おいしいっ」
 お茶ってこんなにおいしいものだったんだ。今まで気づかなかったなぁ。
 私が目を丸くしているのを見て、由衣がこう言ってきた。
「ね、舞衣さんのお茶ってすごくおいしいでしょ。これを味わえるだけでも来た甲斐があったっていうものよ。でね、さっきの話の続き。別に沙也香をだますつもりじゃなかったの。でもこれでわかったでしょ。人って暗示にかけられると意識がその方向へしか向かなくなるのが」
 暗示ってどういうこと? 私にはまだ今ひとつ理解できなかった。
「由衣さんがやったのはね、色のカードをうまく活用したコーチングなんだよ」
 へっ、コーチングって? 私はまだ事態がうまく飲み込めず、目を白黒。
 相変わらず由衣はニコニコ顔だし。
「じゃぁ、今起こったことをボクが解説してあげるね。でもその前に、沙也香さんは最後に自分で言った言葉を覚えているかな?」
「えぇ。インターネットを使って、彼女に対して自分の思いを書いてみるっていうのでしたよね。私も細々とブログはやっているから、それはできると思いますけれど」
「でしょ。人って自分でできないことは口にしないものなんだよ」
 そう言われて、妙に納得。
 そしてその後の羽賀さんの解説で、私は予想もしなかった事実を知ることとなった。
「沙也香さんは由衣さんが最初にしたこと、覚えてる?」
「え、最初って……確か七色のカードから一つを選べって」
 羽賀さんからの質問に、私は由衣が行ったことを一生懸命思い出しながら答えた。
「その色にどんな意味があると思うかな?」
 え、どういうこと? 色の意味は確か由衣が言っていたコミュニケーションとか自己表現とかだったわよね。
 そのことを羽賀さんに伝えると
「ではそれから由衣さんはどんな占いをしたっけ?」
「あ、そうそう。私が昔は自己表現がうまかったはずだって言い当てたんだわ。そんなはずはないと思っていたけれど、よく思いだしたらそんなことがあったんだ。そして解決策としてあの頃勝てないと思っていた友達に連絡をするといいっていうことも言ってくれたわよね」
 私が一生懸命思い出しながら言っていると、由衣がクスクスっと笑い出した。
「あら、私はそんなこと一言も言っていないわよ。私は過去にそんな経験がないかなって質問しただけ。それと勝てないっていう彼女のことは沙也香が勝手にしゃべっていただけよ。私はフタをはずすにはどうしたらいいかなって質問しただけなの」
「うそっ。でも確かに由衣は私の過去を言い当てたじゃない」
 由衣の言葉が未だに半信半疑な私。そんなはずはないと思っていたけれど、よくよく思い出してみると由衣の言う通りかもしれない。
「あ、羽賀さん。これがこの前言っていた新しいコーチング?」
 そう言ったのは舞衣さん。今度はお茶菓子のせんべいを出してくれた。
「沙也香さんがまだキョトンとしているから、ちゃんとした解説をするね」
 羽賀さんはせんべいを一口パリッと口にすると、ぼりぼり食べ出した。
「うん、うまい。沙也香さんも一つどうぞ」
「は、はい……」
 未だにワケがわからないまま、私は羽賀さんに勧められるままにせんべいを口にした。
「コーチングってね、相手の心の中にある答えを引き出して、そこから行動を促す技術のことなんだ。全ての答えは相手の心の中にある。ボクがやっているのはその答えを会話を通じて引き出すこと。でもこれがなかなか簡単にはいかないんだよ」
 うん。羽賀さんの言っていることはわかる。というか、会話でそんなに簡単に心の中が引き出せたらすごいことだわ。
「でもね、これをいとも簡単にやっている人達がいるってこと、知ってた?」
「え、ど、どんな人達なんですか?」
「それがね、沙也香の大好きな占い師なのよ」
「うそっ!」
 どういう事かまだ結びつかない。占い師がそんなことやってたの?
「まぁ全部の占い師がそうだというわけではないけれど。でも、上手な占い師は言葉の誘導やカードなどを使って、相手の心の中にある答えをうまく引き出すんだよ。ちょうどさっき由衣さんがやったようにね」
 羽賀さんの言葉で私は由衣の方をあらためてみた。由衣はニコニコしながら七色のカードを私に見せていた。
「この七色のカード。その色にはちゃんとした意味があるの。これはカラーセラピーなんかで言われている意味をそのまま使っているのよ。でもね、ここに込められた意味って過去の経験や思いであてはまらない人はいないものよ」
「じゃあ、他にはどんな意味があるの? 例えば赤は?」
「赤はね、活力とか安定感。あのとき沙也香が赤を選んでいたら『就職をしたい動機の中に安定感を得たいとか、もっと活力的に働いてみたいっていう気持ちがあるんじゃない?』って質問していたかな。そうしたらどう答える?」
「そうね。言われてみればそんな気持ちもあるわ。しっかりとお給料をもらって安定した生活を送りたいっていう願望はあるし、もっと自分の力を発揮させて、編集者として活力ある毎日を送りたいわ」
「でしょ。だから誰でもこの七色の言葉の意味に沿った答えは持っているの。でもこれは答えそのものじゃない。心の中に潜んでいる本当の答えをしっかりと引き出すためのきっかけに過ぎないの。沙也香も昔の友達がトラウマになっていることを思い出して、それに対しての解決策を自分の口から出したでしょ」
 そっか。あの答えは由衣が出したものじゃない。私自身が出したものなんだ。でもどうして由衣が言い当ててくれたって勘違いしたのかしら?
「まだ一つ腑に落ちないところがあるみたいだね」
 今度は羽賀さんにバトンタッチ。羽賀さんの言うとおり、どうして由衣が言い当てたって勘違いしたのかがわからない。
 そのことを羽賀さんに伝えると
「それは『占い』という暗示にかかっているからだよ。占いとなると、その答えは占い師が出すものだという気になるからね。でも実際には自分が言った言葉をうまく要約して復唱しているに過ぎないの。その言葉を耳にすると、それはあたかも占い師が言い当てたような言葉に聞こえちゃうんだよ」
「ってことは、今まで私はだまされていたって事?」
 羽賀さんからその真相を聞かされて、私は急に腹が立ってきた。それって本当の占いじゃなくて詐欺みたいなものじゃない。
「あら、でもその言葉を聞いて今までうまくいっていたんじゃない? あながち詐欺とは言えないと私は思うな」
 由衣の言葉に私は何も言えなかった。だってその通りだから。
 私は占い師から言われた言葉に従って行動することで、何事もうまく切り抜けてきた。今回だって、近々一生を左右する人と出会うって言われたばかりで、就職のことを口にしない方がいいと言われたからそうしたまでのこと。そしてそれがその通りになりつつある。
「ふふふ。どうして沙也香さんが今まで占い師の通りにしてきてうまくいったのかが不思議みたいだね。でもこれは不思議でもなんでもないよ」
「え、どうしてですか?」
 私は羽賀さんが言っている意味が理解できなかった。占い師が導いた行動だからうまくいったんじゃないのか?
「人はね、自信を持って行動すると必ずその結果が出るものだよ。普通は失敗するんじゃないかっておどおどしながら行動するから、その失敗を招いてしまう。でも自信を持って行動すると、頭の中では成功するイメージしかないからね。だから何事もうまくいく。それだけのことだよ」
 羽賀さんの言葉に妙に納得。あ、でも占い師がだましているって事には変わりないんじゃないかな。そのことを羽賀さんに伝えると
「でもだまされたって気はしないんだろう。これがお金を払ってすごく偉い人からのアドバイスをもらったと思ったらどうだろう?」
 そっか。そう思えば一緒のことか。
 占い師の真相をここまで聞いて、私はなんだか呆然としてしまった。
 ってことはこの先私は何を信じて生きていけばいいのだろう?
 そう思うと急に不安感が襲ってきた。
「ねぇ、由衣。じゃぁ私はこの先どうすればいいの? これから先は占い師の言葉が信じられなくなっちゃうよ。あ〜、こんな思いをするんだったら占い師の真相なんて聞かなきゃよかった」
 私は頭を抱えて悩んでしまった。その様子に由衣も羽賀さんも少し困惑気味。でも私の不安は逆に大きくなるばかり。どうしたらいいの?
「あらぁ、沙也香さんは自分が信じられないの?」
 さらりとそういったのは舞衣さん。今までずっと由衣と羽賀さんとの会話を傍観していただけなのだが、今のはなんだか私の胸にグサッと刺さる言葉だった。
「占い師にしろ、コーチングにしろ、結局答えを出したのは自分なんでしょ。自分が出した答えだから自分に自信を持って行動したに過ぎないのよ。それにあなたには由衣さんや羽賀さんって言う見方がついているじゃない。また迷ったら由衣さんに話をして、自分の心の中の答えをもう一度引き出してもらえばいいだけのことでしょ」
 私の心に何本も矢がささったような感じがした。
 だが、その矢は痛いのは痛いのだけれど、その痛みはなんだか心地よさがある。あ、決して私はMでは無いとは思っているのだけど。
「実はね、私沙也香のことが心配だったんだ」
 そういってくれたのは由衣。どういうことなのかしら?
「沙也香ね、最近ずっと占い師のところばかり行っているでしょ。それでいい感じで結果がでているみたいだけれど、見ていたら徐々に占い師に依存しているような気がしていたの。これが進むとどうなると思う?」
「これが進むと……」
 私は泣きそうな顔を上げて、由衣の質問に対しての答えを考え出した。
「そうね……これが進むと、きっと私は占い師無しでは生きられなくなるかも。仕事のことでも恋愛のことでも、全部占い師に頼っちゃうかもしれない」
 口から先に出た言葉であった。頭では今言ったことを否定しているのに。でも、自分が言った言葉に妙に納得してしまった。
「うん。私もそれが怖かったの。だからいつか沙也香にそれに気づいてもらわなきゃって思って。メールで羽賀さんにいろいろと相談しながら、そして今の七色のカードを思いついたの。実はこのカードを使うのは今回が初めてなんだ。」
 それにはびっくり! それにしてはうますぎる。私の目から見ても、しっかりと占い師になりきっていたわ。
「私は決して占いを否定はしてないの。でも、そこに依存し過ぎちゃうと、今度は自分で考えてしまうことを止めてしまうかもしれない。そうなると自分の意志では行動できなくなる恐れがあるのよ。占いはあくまでも生活を潤わせるためのヒントとして使ってみるのがいいと私は思うの」
 由衣はそういうと、私ににっこりと微笑んでくれた。
 そして、いつもは天真爛漫な由衣がまるで天使のように見えた。

 私が羽賀さんと出会ってから一週間後のこと。それは突然やってきた。
「さやかぁ〜、どうすればいいのよぉ〜」
 次の講義のために、大講義室の奥に座っていた私。そこに泣きついてきたのは果穂。一週間前に私と一緒に占いに行った彼女だ。
「果穂、どうしたのよ?」
「あのね、先週末にね、わたしね……」
 果穂は涙ぐみながら私にこう訴えてきた。
 どうやら先週末、合コンでステキな出会いがあったらしい。これは占い師の言うとおりだ! と意気揚々。
 彼は大学四年生。今年地元企業に就職も決まり、このままつき合ってもいけそうな状況。しかもスポーツマンでそこそこイケメンだとか。
 涙ながらにも彼の写真を携帯で見せる果穂がなんだかいじらしい。
 そしていろんな事を知っており、合コンの場でもさりげなく見せるその知識がとてもインテリっぽく見えて、さらに好感度アップ。
 しかしここからが問題だった。
 今週末、彼とデートの約束をした果穂。そして昨日、デートのためのコスメを買いに街に出たときに予想外の光景を見てしまった。
 なんとあの彼が腕を組んで女性と歩いているではないか。
 しかもその女性、どう見ても彼よりも年上。しっかりとしたお姉さんタイプだったという。
 そんな光景を見て果穂がショックを受けないわけはない。
 もうデートなんかどうでもいいや。そう思ったのだが、その日の夜に彼からデートの待ち合わせについてメールが。
 最初は無視しようかとも思ったけれど、ちょっと探りも入れてみたいので少しだけーメルのやりとりを進めてみた。
 しかしメールのやりとりをするうちに彼の優しさにまた惹かれ始めた。そこで揺れ動く乙女心。彼に会いたい気持ちと、彼の気持ちを確かめたい気持ち。そしてあの彼女の真相を知りたい気持ち。
 複雑に揺れ動く果穂の気持ち。しかし私にはそれをどうすることもできない。
「ねぇ、沙也香。どうすればいいと思う?」
 どうすればいいって言われても……あ、そうだ!
 このとき私の視界に一人の人物が現れた。その人物は今の私にはまばゆいばかりに輝いて見える天使。そう、由衣である。
「由衣、ゆーいー!」
 私は大講義室の奥から大声で由比を呼んだ。
 由衣ははずかしげもなく大きく手を振って私の呼びかけに応えてくれた。
 そしていつものごとく全力疾走で私のところへ飛んできた。
「はぁ、はぁ。沙也香、はぁ、いったい、はぁ、どうしたの? はぁ」
「まぁまぁ。急いできても息が切れるんじゃ話にならないじゃないの。由衣ももうちょっと体力をつけなきゃね。でね、ちょと果穂に困ったことが起きたのよ」
 果穂は私の横でまだ涙目。どうしたらいいのかわからない表情。
「そっか。もうちょっとしたら授業始まるから、お昼休みにゆっくり話を聴こうか。果穂、いいでしょ?」
 果穂は無言でうなずいた。
 しかしこの状態じゃ、果穂はこの講義の内容なんか頭には入らないだろうな。まぁ私も今は就職のことで頭がいっぱいだからこの講義の内容が頭にはいるとは思わないけれど。
 そして講義が終わり、私たち三人は学食でお昼を食べながら果穂の相談にのることにした。といっても果穂の話を聴くのは由衣。私はその付き添いのようなものだ。
 さきほどより時間が経ったせいか、果穂の表情はだいぶ落ち着いた。泣くことこそしなかったが、とても不安げな表情で手元のパスタをフォークでくるくる巻くだけ。それをいっこうに口にしようとはしなかった。
「そっかそっか。で、果穂はこの解決策を導き出す方法って何か思いつくことはあるかな?」
「うん。やっぱり先週行ったあの占い師のところに行ってみようかと思ってるの。私に彼が出現することを当ててくれたから。だから今回も何かいい方法を教えてくれるんじゃないかなと思って。そしてできればあの彼女がどんな存在なのかを占ってもらおうと思うの」
 え、占い師……。私は果穂の出した答えにちょっととまどった。
 先週羽賀さんと由衣から占い師の真相について聞かされたばかり。あれ以来私はあれだけ頻繁に通っていたあの占い師のところには行こうとは思わなくなった。
「そうか。占い師さんに聞いてみるんだね。じゃぁそれ、いつ行ってみる?」
 私は由衣の言葉に驚いた。先週占い師の真相について教えてくれたのは由衣のはずなのに。果穂にそれを忠告するどころか、逆に行くことを推奨しているような発言なのだから。
「ちょ、ちょっと」
 私は由衣にそのことを言おうとした。が、由衣は私の言葉を無視して果穂の言葉に集中していた。
「そうねぇ。今日は木曜日でしょ。デートは土曜日。だから遅くとも明日までには行かないと」
「今日は何かあるの?」
「うん、バイトが。でもバイトは六時からだから。今日の講義は四時半には終わるからなぁ……やっぱり今日行ってみようかな」
 由比の気持ちがわからない。どうして果穂を占いに行かせようとするのよ。このとき私は由衣に対しての見方が変わったことに気づいた。
 さっきまではとても輝いて見えたのが、今はちょっとそれが曇って見える。
「そっか。ところで果穂は彼とどんな関係になりたいって思っていたの?」
 由衣が話題を変えた。これに対して果穂は先ほどとは少し変わった表情を見せた。
「うん。彼がここで就職するって聞いたから、この先もずっとつきあいを続けていきたいなって。まだその先は考えていないけど、お互いにもっと深く知り合って、そして私もここで就職して、その先のゴールインまで……」
 果穂は急に顔を赤らめた。でもその顔はとても幸せそう。
「ねぇ、果穂。こういうの知ってる? 人って今思っていることがそのまま現実になっちゃうんだよ。これはね、世の中の成功者って呼ばれている人はこの法則をうまく活用しているの。『思考は現実化する』って言葉、知ってる?」
「それ、この前由衣が言ってたやつでしょ。確か本があるって。由衣があまりにも熱心に薦めたから、あれから図書館に行って借りて読んだわよ」
「あれ、そうだったっけ?」
 由衣は舌をぺろっと出して、おどけた表情。
 そういえばちょっと前に由衣が熱心にこのことを言っていた時期があった。今の自分がいられるのも、この法則を活用したおかげだって。あのころは私はフンフンと適当にしか聞いていなかったが、果穂はそうじゃなかったみたい。
「でね、今の果穂ってそうなってるのよね。占い師に彼氏ができるって言われたでしょ。その後それを心から信じていたから、本当に彼氏が出現しちゃったのよ。でも彼氏ができた途端、その彼があまりにもできすぎた人だったから自分に対して自信を失っちゃったんじゃないの?」
「え、由衣。どうしてそれがわかるよの?」
 果穂の言葉に私もびっくり。まさか由衣がそこまで見抜いているとは。
「果穂は今の自分に自信がない。だから彼に本当に自分が釣り合うのかが不安。不安だからもし彼にもっとふさわしい人が現れたらどうしよう。それを心の奥底で考えていたでしょ。だから今その状態が来ちゃったのよ」
「由衣って……占い師よりすごいわ」
 果穂が目を丸くしている。私も同じだ。
「ねぇ由衣。だったら果穂はどうすればいいの?」
 私が今度は口を出した。思考が現実化するのなら、果穂はどんな考えを持てばいいのか。そこを知りたいのだ。
「ちょっとだけヒント。果穂が占い師の言葉で彼氏ができたのだったら、今度はそれと同じ心の状態をつくってあげればいいのよ。あとはどんな考え方を持つかは果穂次第よね。それを占い師の言葉でもらってもいいし」
 そういうことか。由衣が占い師のところに早く行ったほうがいいと促した理由は。
 つまり、果穂の心が安定した答えさえ出てくれば、あとはそれが現実のものとなる。不安な状態のままだとそれがそのまま現実のものとなる。
 由衣はそこまで見越して果穂に占い師のところに行くことを推奨したんだ。
 それを裏付ける言葉が由衣の口から飛び出した。
「ま、占い師って相手に対して露骨に悪いことは言わないものだから。むしろ相手が嬉しくなる言葉で締めちゃうものなのよ。じゃないと、次にまた行こうってことにはならないでしょ」
 そうかぁ。そういわれれば私があの占い師に凝ってしまったのもそんな感じだった。
「うん。由衣、わかったわ。おかげで余計なお金使わなくてすみそう。最後は自分が彼を信じればいいのよね。そして堂々と土曜日にデートすればいいんだ。一緒に歩いていた女性が誰なのかを知るのは、その後でも遅くはないわよね。もしあの女性が彼にとっての彼女なら、それがわかってから考えればいいんだわ。よぉし、あの女に負けるもんか!」
 そういって果穂は手元のパスタを一気に平らげてしまった。あらあら。果穂は単純なんだから。でも、その単純さが彼女の行動の原動力なのかもしれないな。
「ところで沙也香はあれからどうなの?」
 由衣が突然私に話題をふってきた。
 後から思えばこのときに由比と話したことが、私の一生を左右することになったのかもしれない。
「あれからって?」
「ほら、羽賀さんのところで昔の友達のトラウマの件をどうするか、決めたじゃないの。知り合いの子には連絡してみた?」
「え、なになに?」
 私と由衣の会話に果穂が割り込んできた。
 由衣は先週羽賀さんのところであったことを果穂に説明。ただし占い師の真相についてはあえて伝えることはしなかった。
「なるほどねぇ。そういえば沙也香のブログにそんなこと書いてたわよね」
 そうなのだ。羽賀さんのところから帰ってすぐに、私は自分のブログにこのことを書いてみた。
 
 今、就職を控えてすごく不安になっています。
 何が不安なのかというと、本当に自分の実力を発揮できるのか。
 そして自分のことを就職先に見せることができるのか。
 これは誰しもが思うことだと思います。
 でも、自信がないのです。
 どうして自信がないのか。
 それは私の中学の頃にさかのぼります。
 実は子どもの頃、私はとても自信家でした。
 しかし、転校してきたある人との出会いでそれが根底から崩されました。
 彼女はとてもできる子で、私の力を凌駕していたのです。
 それで次第に自分に自信がなくなりました。
 そのため、いざというときに実力を発揮できなくなった気がしています。
 子どもの頃の自分に戻って、もう一度あのころの自信を取り戻したい。
 今はその気持ちでいっぱいです。
 そのためには、あの彼女にもう一度会いたい。
 会って、今の自分の姿を見てもらいたい。
 彼女には劣るかもしれないけれど、今の自分なら堂々としていられる。
 そんな気がしています。
 私は○×中学校を△年に卒業しました。
 私の名前とこの学校に覚えのある人、ぜひ情報を下さい。
 
 最後は尋ね人の広告のようになってしまったが、勢いで書いたのでこんな文章になってしまった。
 だが、誰一人連絡をくれた人はいない。
 そのことを由衣と果穂に伝えたところ、由衣は感激しながらこう言ってくれた。
「すごいなぁ。ちゃんとすぐに行動に移しているんだ。ね、今の気持ちってどんな感じがする?」
 その問いに対しての私の答えはこうだ。
「そうね。とりあえずインターネットを使ってみたってことで一つ満足しているかな。最初はすぐに情報が来るのを期待していたけれど、今はそこまで期待していないわ。でも気分は先週よりもいい感じ」
 由衣に言われて改めて気づいた。今、結構気分はいい。今だったらちょっと自信を持って面接に迎えそうな気がする。
「だったら、もうちょっと自信をつけてみない。今日ね、また羽賀さんのところに行くのよ。よかったら少し時間をつくってもらうから、沙也香も羽賀さんからきちんとしたコーチングを受けてみない?」
 そうねぇ。幸いにして今日は何も予定は入っていない。それに羽賀さんって人にも興味はある。なにしろ占い師の言葉では一生を左右するかもしれないって人なのかもしれないのだから。
 あ、まだ私あの言葉にこだわっているんだ。
 そう思うと、ちょっとおかしかった。
 果穂も一緒に誘ってみたが、残念ながらバイトがあるということ。授業後に由衣と私の二人で羽賀さんのところへ行くことになった。

「こんにちはー。今日も沙也香をつれてきちゃいましたー」
「あ、由衣さんいらっしゃい」
 今日は前回とは違う女性がパソコンの前に座っていた。
「あ〜、みくぅ〜。ひさしぶりぃ〜」
 由衣はその女性、いやどう見ても私たちより年下の女の子と二人で再会を楽しんでいた。
「あ、紹介するね。こちらは私と同じ大学に通っている宮原沙也香。で、こちらが羽賀さんの事務所でアシスタントやっているミク。今はコンピューターグラフィックの専門学校に通っているんだよ」
「あ、初めまして。宮原沙也香です」
 私は初対面の人にはちょっと緊張するクセがある。だがミクさんはそんなこと物怖じもせずに私に話しかけてきた。
「あ、どもっ! 私は間中ミク。ミクって呼んでね。羽賀さんのところでコーチングを修行しながらお仕事のお手伝いをしているの。特にパソコンがらみのお仕事をね。あ、羽賀さんならもう少ししたら帰ってくると思うわ。今日は吉田さんの旦那さんの会社の相談日になってるから」
 ミクの話す姿勢。一見するとキャピキャピしている女子大生のようにも見えるが、その奥にはなんだか隠れた自信が見えている。
「ちょっと待っててね。お茶入れるから」
 そういってミクはイスからひょいと飛び降りて、お茶を入れる準備を始めた。
「でさ、今日は羽賀さんにどんな用事なの?」
 ミクはお湯を沸かしつつ、お茶の準備をしながら由衣に話しかけてきた。
「うん。私は今開発中の新技の最終的なアドバイスをもらいに。今日で完成させたいからね」
「新技って、あれ? うわぁ、ひょっとして間近で見れちゃうのかな? 楽しみだなぁ」
 新技って? ひょっとして先週私にやってくれた、あの色のカードを選んでアドバイスしてくれるってやつかしら。
「あ、それと沙也香の就職についても羽賀さんにコーチングしてもらおうかと思って。時間、大丈夫だよね?」
「うん。今日はこのあとは由衣さんのためにたっぷり時間をとってあるみたいだから」
 由衣とミクの会話はそこから何気ない世間話へと移っていった。私もその会話に加わり、気がつくと三人で何でもない話で盛り上がっていた。
 と、そこへ待望の羽賀さんが戻ってきた。
「ただいまー。ちょっと遅くなっちゃったね。あ、沙也香さんも来てたんだ。こんにちは」
 羽賀さんはさわやかな笑顔で私にあいさつをしてくれた。やはりこの人が占い師の言うとおり、私の一生を左右する人なのかしら?
「あ、羽賀さん。今日は沙也香のコーチングを先にしてもらってもいいでしょうか? 先週の続きって感じで」
 由衣は厚かましくも羽賀さんにそうお願いをした。
 私は恐縮してしまったが、羽賀さんの軽い返事「うん。いいよ」の一言で安心。そうして今、羽賀さんは私の斜め前に位置している。
 ふと気がつくと、ミクと由衣はいつの間にか部屋から姿を消していた。わぁ、なんかちょっと緊張してきたじゃない。
「沙也香さん、じゃぁよろしくね」
「あの……由衣とミクさんは?」
「あ、相談業務はプライバシーの問題もあるから、このときには席を外してもらうようにしてるんだ。たぶん一階の舞衣さんのお店にいると思うよ」
 そうなんだ。でも二人がいた方が緊張しなくてよかったかも。このときはそう思ったのだが、この後は逆に二人がいなくてよかったと思う事態に陥ってしまった。
「で、由衣さんからは先週の続きってことを言われたけど」
「あ、はい。先週こちらにうかがったときにインターネットで昔の友達と出会うための書き込みをやるってことを決めてですね……」
 私は先週から今日までのいきさつを羽賀さんに話した。
「そっか。状況はだいたいわかったよ。今話をしてみてどんな気分だい?」
「はい。昼もそうだったんですけど、人に話すとなんだかスッキリしますよね。それに結果は出ていないけれど、今なら前よりも自信を持って面接に望めそうな気がしています」
「うん、それはよかった。じゃぁ、本来の沙也香さんを100としたときに、今の状態ってどのくらいだと思う?」
「そうですね……今だったら70くらいかな。まだまだ本領発揮はできてないなって思います」
「じゃぁ、残りの30って何なんだろうね?」
 残りの30かぁ。改めてそう言われて、そこがなかなか思いつかなかった。私はじっと頭を廻らせて考えてみた。
「……そうですね。何かはハッキリとはしていませんが、今イメージできたのは、私が体を動かしている場面です。よく考えたら私が児童会で堂々とやれていたのは、体を動かしていたからじゃないかと。でも私が衝撃を受けた彼女はどちらかというと知的な部分が私より優っていた気がします。そう、今思えば私の得意とする分野でないところを彼女と比較していた自分がいたんだわ。体を使った分野なら、彼女には負けないと思うもの」
 自分の口で話せば話すほど、何かが生み出されていく。そんな印象を受けた。
 ここで羽賀さんの顔を改めてみたとき、その笑顔がとても印象的だった。
 そう、私の言葉を全て受け入れてくれたって感じがした。
 このとき、私の目からはなぜか涙がこぼれ落ち始めた。
「……ご、ごめんなさい」
 私自身、自分に何が起こったのかわからなかった。ただなぜか涙が出てきてしまった。
「沙也香さん、ボクはこう思うんだ。今の涙、それはようやく自分に気づいてくれたんだって、沙也香さんの奥底にいるもう一人の自分が喜んでくれたから出てきたんじゃないかなって」
 私は羽賀さんの言葉に妙に納得してしまった。
 私の心の奥にしまってあった、体を動かして堂々とした態度で臨むもう一人に私。これがようやく開放されつつある。
「羽賀さん、今まで何回も占い師に見てもらいましたが、こんな事言われたの初めてなんですよ」
「あれ、ボクは何も言っていないよ。すべて沙也香さんの口から言葉として出ただけなんだよ」
「え、そ、そうでしたっけ?」
 改めて先ほどの経緯の記憶をたどってみる。
 確かに羽賀さんが私に言ったのは、本領発揮のための残り30が何か、といった質問だけだった。その先は私の口から出されたもの。
「そうですよね。私が私の言葉で私に言い聞かせたんだ」
「そう。だからそれはどんな占いよりも正確で確実なものだとボクは思っているよ。人から言われてつくり出す未来よりも、自分で考えてつくり出す未来の方が楽しくて確実だと思わない?」
「はい、確かにそうです」
 羽賀さんからそういわれて、私もなんだか自信が湧いてきた。
 ということは、これからもっと体を動かして自分をアピールすればいいのか。でも具体的にどうしたらいいのだろうか?
 そのことを羽賀さんに尋ねてみたところ、こんな提案が出てきた。
「ねぇ、その先のことは由衣さんにまかせてみない?」
「え、由衣にですか?」
「そう。さっきも言っていたけれど、由衣さんが新しく開発した新技。あれの被験者にぜひなって欲しいんだよね。最初はミクを被験者にしようかとも思ったんだけど、今の沙也香さんにピッタリの解決策だと思うから。ね、どう?」
 由衣の新技ってのも確かに興味がある。どうせだからこのチャンスにぜひそれを受けてみるか。
 私は二つ返事でOKを出した。
「じゃぁ由衣さんを呼んでくるね」
 羽賀さんはそういって一階のお花屋さんへ由衣を呼びに出て行った。
 羽賀さんがいない間、事務所の中を改めてみる。
 余計なものが無く、殺風景な部屋。しかし、壁には一枚の絵が飾られている。
 私はその絵の方へ吸い寄せられるように近づいていった。
 その絵はなんて事のない一本の木の絵。どうやら水彩画のようだ。
 繊細な色遣いの中にも、一つひとつの線が大胆に描かれている。
 大胆さと繊細さ、その対局する二つの性質をバランスよく備えており、見ている人の気持ちによっては力強く感じたり、癒しを感じたりすることがある。
 今の私には「もっと自信を持って力強く生きてみなさい」というメッセージにも見える。
 見ていると不思議な気持ちになる絵だ。
 私がじっと絵を見ていると、ドアの外がガヤガヤとしてきた。どうやら羽賀さん達が戻ってきたようだ。
 私はあわててソファに座り直した。
「あ、沙也香。だいたいの話は羽賀さんから聞いたわ」
 由衣は私の横に座ってそう話しかけてくれた。
「で、今からどんなことをするの?」
 由衣のことは信頼しているけれど、今から何をするのかがわからないとやはり不安になるものだ。
「簡単なことなの。ちょっと待ってて」
 そういって由衣はバッグの中からA4用紙に印刷された一束の絵をとりだした。
「この絵の中から、今沙也香が気になっている絵を一枚選んでくれるかな」
 絵はどうやら七枚あるようだ。私は最初の絵から一枚一枚をとりだして眺めてみた。
 一枚目は昭和三十年代を思わせる街並みの絵。どことなく懐かしさを感じる。
 二枚目は山の絵。スッキリとした清涼感がある。
 三枚目は人物画。一人のきれいな女性がアップで描かれている
 四枚目も人物が描かれているが、こちらはたくさんの人が公園を散歩している光景。
 五枚目はかわいい猫の絵。見ていて心が和む。
 六枚目は都会的な街並み。ビルが建ち並び車が行き交う、モダンな絵だ。
 そして七枚目。私はこの絵を見たときにびっくりした。
 そう、先ほどまで見ていた、羽賀さんの事務所に掲げてあるあの一本の木の絵なのだ。
 私はこの絵のところで時間が止まった感じがした。他の六枚はさっと見ていただけなのだが、この絵だけは食い入るように見てしまった。
「どうやらその絵が沙也香のお気に入りみたいね。じゃぁ、その絵から何を感じることができるのかな?」
 私は由衣の言葉でハッと我に返った。そして由衣が質問してきたことをもう一度整理するように自分の中で考えてみた。
「そうね……この絵は私を応援してくれているような気がするの。もっと根を張って、自分の自信のあるところで勝負しなさいって。力強さを感じられるところで自分を発揮してみなさいって。そう訴えている感じがする」
「そうなんだ。木の絵って、心の成長を意味しているの。今の沙也香の言葉にピッタリの解釈だわ。じゃぁ、沙也香は自分の心がそうやって強く成長したら、どんなことをやっているだろうね? この木の絵から何かそれを感じられないかな?」
 私は改めてこの絵を眺めてみた。この中に自分が強く成長したときに何かをやっている姿が見えるかもしれない。
 そう、占い師が水晶玉を凝視して相手の未来を見るかのように。私もこの木の絵から自分の将来をしっかりと見つけることができるはずだ。
 私はじっとこの絵を見つめていた。見つめているとだんだんと私の頭にある映像が思い浮かんできた。
 私の夢は編集者になること。しかも雑誌とかではなくちゃんとした文学系のもの。作家と二人三脚で一つの作品を作り上げていく。そんな編集者になろうと思ってる。
 私の頭の中に浮かんできたのは、小脇に出版社の袋を抱えて、背筋を伸ばして街を歩いている姿。今から作家のところに打合せに行くのだろうか。頭の中では作家に提案するネタを持っている。今回のネタには自信がある。きっと大ヒットするはずだ。
 そんな感じでウキウキしながら、堂々とした態度で歩いている。
 私は頭に浮かんだことをそのまま由衣に話してみた。由衣は微笑みながら私の話をしっかりと聴いてくれている。
 話していくと、今度はさっき頭に浮かんだこと以外のこともどんどんひらめいてきた。服装はパリッとしたスーツ。でも胸元にはワンポイントのアクセサリー。相手の作家は今から売り出そうとしている若い女性。同年代なので話しもはずんで打合せもいい雰囲気で行っている。
 こうやって一つひとつ細かいところが映像となって頭に描かれ、それを言葉にする度にさらにその映像がハッキリとしてきた。
 一通り話したところで、ミクさんがお茶を持ってきてくれた。そのお茶をすすってほっと一息。
「沙也香、今話をしていてどんな気持ち?」
「うん。とってもスッキリしているわ。編集者になる夢はあったけれど、ここまで明確にイメージできたのは始めて。不思議よねぇ。この一枚の絵からこんなにも頭の中でイメージが湧いてくるなんて」
 私は手にした木の絵を改めて眺めた。
 すると今度はその絵がまた一つの言葉を語りかけてくれた。
「今の気持ちを持ったまま、のびのびと行動していきなさい」
 さっきまでは木の幹に意識が集中していたのだが、今度は木の枝、さらにそこから伸びている葉っぱ一枚一枚に意識を向けている自分に気づいた。
「うん。なんだか自信を持つことができたわ。由衣、ありがとう」
「ううん。こちらこそありがとう。私もまさかこんなにもうまくいくとは思わなかった。これが沙也香の自信になって、面接もうまくいくようになればバッチリ問題はないわね」
「大丈夫。なんだか今すごく自信があるのよ。さっき見せてもらった自分の未来。これが確実に手にはいるような気がして。さぁ、がんばって就職活動をしてみるか!」
 私は大きく背伸びをして、その後思わずガッツポーズ。
 ふと見渡すと、羽賀さんとミクさんが目に入り、ちょっと恥ずかしくなった。
「あはは。沙也香さんがとても生き生きとして見えるよ。これからの沙也香さんの活躍が楽しみだなぁ」
 羽賀さんがそう言葉をかけてくれた。
「なるほどぉ。これが由衣さんの新技かぁ」
 ミクさんが感心している。そういえばそうだった。私は由衣の実験台となっていたんだった。そのことすら忘れて、由衣との会話に没頭していた。
「ねぇ、由衣。よかったら今私にやってくれたことを解説してくれない?」
「う〜ん……」
 由衣はちょっと困った表情をしたが、羽賀さんがにっこりと首を縦に振ったのを見て、私向かって解説を始めた。
「沙也香、先週私が七枚の色のカードを使ってちょっとした占い師をやったの覚えているでしょ。基本的にはあれと同じなんだけど」
 由衣はそういって、先週私に使った七色の色のカードを目の前に見せてくれた。
「うん。あのとき確か私は青色を選んだんだよね。そしてこの色には確かコミュニケーションとか自己表現って意味があるって。そこから私は昔のことを話し出したんだったわ」
「うん。今回も全く同じなの。でも大きく違うのは単純な色ではなくちょっと複雑な絵を使っているところ。この絵一枚一枚にも心理学的な意味があるの。今はこの絵の意味は教えられないけれど」
 う〜ん、そのところが一番知りたかったんだけど。由衣は今回使った七枚の絵を再度見せてくれた。改めてみると、どの絵もそれぞれ特徴がある。間違いなく作者はバラバラだわ。作風が全く違うもの。
 由衣の解説は続いた。
「今の状態とかどうなりたいのかをこの絵をヒントに相手に話してもらうのは、色のカードと全く同じなの。でもね、これだけじゃコーチングはまだまだ不十分。色だけでは相手の行動を完全には引き出せないって思ったの。そこでひらめいたのが占い師なのよ」
 え、また占い師? でも今度は占いなんてやっていなかったはずだけど。
 そのことを由衣に伝えたら、逆にこんな質問をされた。
「沙也香がよく行っていた占い師って、確かタロットカードを使うんだったよね。その人は水晶玉は使わなかったの?」
「水晶玉は使っていなかったけど……」
 この時点で由衣が何を言わんとしているのかわかった気がする。そう、私があの木の絵を凝視していた時に思い浮かべたのが、占い師が水晶玉を通して相手の未来を見ている姿だった。
「そうか。由衣、あなたの言いたいことがわかったわ。占い師は水晶玉に映る相手の未来を言葉にして伝えるのよね。でも私たちにはそんな力はない。だからこうやって心理学的に意味のある絵から何かをイメージさせてそれを言葉にさせていく。そうじゃないの?」
「さすが沙也香。占い通だけあるわね」
 由衣はにっこりと笑って私の選んだ木の絵を手に取り、私に向けて見せてくれた。
「沙也香は最後にこの絵から『のびのびと行動していきなさい』ってメッセージを受け取ったんだよね。でもそのメッセージって本当は誰が出したんだと思う?」
「誰がって……この絵、じゃないの?」
「あら、絵は何もしゃべらないわよ」
「じゃぁ、この絵を見て何かを感じた私自身ってこと?」
「その通りだよ、沙也香さん」
 そういってくれたのは羽賀さんであった。
「周りからいろんなアドバイスを受けたときに、そのアドバイス通りに行動しようと選択したのは誰だろうね?」
「はい。私自身、ですよね」
「そう。結局最後は自分がそれを行動するって決めなければいけないんだよね。占い師がそういったからその通りになったのではない。占い師がそういったから自分がそれに向けて行動を起こした。だから占いの通りの結果が生まれるんだよ。結局は自分の意志で行動しないと何も生まれはしないよ」
 羽賀さんはそういうと、手元にあったまんじゅうを一口パクリと口に入れた。
 私もそれを見て、おまんじゅうを口にした。そしてじっと考えて一つの結論に達した。
「自分で出した答え、か……じゃぁ、私は今の私のままで行動していけばいいって事なのよね」
「うん。その通り」
 羽賀さんと由衣の声が同時に聞こえた。と同時におかしくて笑い声が。
 このときの羽賀さんと由衣の笑った顔が私の心を安心させてくれた。なんだか自分の出した答えに対して背中を押してくれた気分だ。
「よし、なんだか勇気が湧いてきたわ。明日からまた就職活動、頑張ってみます。羽賀さん、由衣、ありがとう」
 私は立ち上がって二人に深々とおじぎをして感謝の言葉を伝えた。
 このとき、私の心の中は明日からまた始まる就職活動のことでいっぱいになっていた。そのいっぱいになったものは、不安や恐れではなく、勇気と希望であることに私は気づいていた。

 そんなことがあってから半年後。
 私はこの間に自分を磨くことと自分の将来についてさらにイメージを固めることを必死で行ってきた。
 由衣や羽賀さんの手助けもあって、私は占い師に頼らなくても自分で何かの答えを出すことができるようになった。
 そして就職活動の季節がやってきた。この時期はどこにいっても紺色か黒のリクルートスーツに身を包んだ学生の姿を目にする。私もその中の一人。
 私はどうもこの画一的なリクルートスーツというものが嫌い。自分の個性が失われてしまうような気がする。だからといって奇抜な格好も御法度。学生らしい就職活動の服となると、どうしてもこの格好になってしまう。
 が、由衣と羽賀さんの言葉に後押しされた今、私はちょっとだけ自分らしさを出すことにした。それがこの胸のブローチ。
 ブローチといっても大きく目立つものではない。小さいのだが、きらりと光るもの。ジルコニアという人工ダイヤでつくられたものではあるが、私はこれを気に入っている。さりげなさの中にも前に前に進んでいく自分を象徴している気がするのだ。
 私は今まで二つの大手出版社の面接を受けた。
 一つ目はまだ飾った自分がいたみたいで、今ひとつ自分らしさを発揮することができなかった。
 二つ目は適性試験の時に考えすぎた自分がいた。素直に頭にひらめいた答えを出せばよかったのに、ここでもかっこよく見せようとしていたため、後から考えると矛盾した答えを書いていた気がする。
 でも、この二つの出版社については私としてはあまり本命視していない。どちらも雑誌が中心で、仮に入社できたとしても自分がやりたい仕事ができるとはあまり思えないからだ。
 そして今日、三つ目の出版社の面接を受ける。ここは先ほどの二社よりも数段格が落ちる。が、私がやりたかった文学系の編集をやらせてくれるチャンスが多そうなところだ。
 実は私としては一番大本命の会社。ここを落とすわけにはいかない。
 朝、家を出る前にしっかりと鏡に向かって服装チェック。
 そして自分に向かって一言。
「沙也香、なかなかいけてるじゃないの。これなら大丈夫だよ!」
 自己暗示ではあるが、鏡に映った自分の笑顔を見ると自信が湧いてきた。
「おっと、いけないいけない。これを持って行かなきゃ」
 私はテーブルの上に置いてある一枚の絵をバッグに入れた。
 その絵はあの木の絵。私に自分の未来を見せてくれたあの絵だ。
 二社の面接を終えた後、由衣と話をしたらこんなアドバイスをくれた。
「だったら沙也香に未来を見せてくれたあの絵をお守り代わりにするのはどう?」
 なるほど。ということで、由衣から絵を借りてハガキサイズで縮小コピーさせてもらった。それをバッグに入れて、いつでも見ることができるようにしたのだ。
「よし、行ってくるか」
 自信満々で私は家を出た。足取りも軽い。今日はなんだかいけそうだわ。
 だがそんな私に神様は最後の試練を与えてくれた。

「あらぁ、沙也香、沙也香じゃないの!」
 面接会場についてすぐ、私に声をかけてくれた女性が。え、一体誰?
 その声の主を見て、私は一瞬心臓が止まるかと思った。
「美香……ひょっとして美香!?」
 そう、私の目の前にいるのは、中学になった頃私の自信を失わせたあの子であった。成績優秀、しかも美人。その彼女が私と同じようなリクルートスーツに身を包んで私の目の前に立っている。
 さらに私の自信を失わせるかのように輝いている姿。明らかに大人の女性という魅力を持っている。私と彼女、二人並んだら百人の男性のうちほとんどは彼女を選ぶのは間違いない。
 聞けば彼女は大学も東京の有名私立大学。高校だって地元では難関といわれるところをでているのだから。学歴では明らかに差をつけられている。
 その彼女がよりによって私と同じ出版社の採用試験にきているとは。
 今回は私を含め二十五人の学生が面接試験にきていた。そんなに大手ではないため、採用枠もそれほど多くはないはず。採用は二、三人といったところだろう。かなり狭き門だ。
 そんなときに美香というライバル出現。朝、私に行った自己暗示の安心感も一瞬のうちにどこかへ飛び去ってしまった。
 心臓はドキドキ。私、どうしたらいいの……
 いよいよあとちょっとで採用試験開始というときに、一通のメールが。
「なに……?」
 メールは由衣から。そこにはこんな言葉が書かれてあった。
「絵を見つめて、未来を見つめて」
 たったこれだけの言葉だが、この言葉が私の気持ちを大きく変えてくれた。

「それで、面接はどうなったの?」
 由衣は身を乗り出して私にそう質問してきた。
 就職採用試験の翌日。私は羽賀さんの事務所に来ていた。昨日のことをどうしても羽賀さんと由衣に報告したくて、わざわざ時間を取ってもらったのだ。
「それがね、自分でもビックリするくらい堂々としていたのよ。適性試験の時には、飾らない自分を出そうって思って。素直に設問に答えられたわ」
「でもいちばん肝心なのは面接でしょ。直前に沙也香から『大ピンチ!』ってメールがきたのはビックリしたわ。あれってなんだったの?」
「うふふ。今となっては笑い話だけどね。面接は個人面接の前に集団討論ってのがあったの。今回は五人一組で『出版界を支える人材』ってテーマで自由に討論することになったのよ。で、グループが発表されたときにビックリ! なんとあの子と一緒だったの」
「あの子って?」
「私が中学の時に自信を無くすきっかけになった、成績優秀のあの友達。今回私と同じ会社を受けていたのには驚いたわ」
 私はお茶をひとすすり。だが今回は舞衣さんは仕事で忙しく、ミクさんはまだ学校ということで、羽賀さんが入れてくれたお茶を飲むことに。残念ながら二人の入れてくれたものとは雲泥の差がある。ま、それは大目に見よう。
「それからどうなったんだい?」
 羽賀さんも私の話の続きを興味深そうに聞いてくれている。
 ここで私はバッグからあの木の絵をとりだした。
「このときに集団討論が始まる直前に、もう一度この絵を眺めたの。そして自分の未来像を思い浮かべたのよ。どんな風に仕事をして、どんな活躍をしているのか。これは何度も何度も私の頭の中でイメージしていたことだから、すぐに思い浮かべることができたわ」
 目の前の二人は、うんうんと首を縦に振りながら私の次の言葉を待っていた。
「でね、集団討論の時には私が思い浮かべた自分の姿をそのまま話してみたの。それがあまりにもリアルで、細かいところまで話をしたものだからグループのみんなが目を丸くして。もちろんあの彼女も同じようなリアクションだったわ」
「へぇ、すごいわね。でも集団討論だったら自分の主張だけじゃダメなんじゃないの?」
 由衣がそう質問してきた。
「へへぇ、そこはぬかりないわよ。ここで私は自分の意見を話ながらこれに書き込んでいったんだ。さらに他の人の出した意見もこれに書き込んでいったの」
 そういって私がバッグからとりだしたのは正方形の付箋紙。以前羽賀さんがブレーンストーミングのことを教えてくれたときに使っていたものだ。このときから集団討論ではこれを使おうと思っていた。
「これに書き込んでみんなの目の前に出していくことで、私一人の意見が目立つって事がないようにしたの。あくまでもいくつかある人材要素の一つとして並べていったんだ。これについてもみんな目を丸くしていたわ」
「なるほどねぇ。これはすばらしいな」
 羽賀さんは私の言葉に感心してくれた。私も気をよくして続きをしゃべり出した。
「このときね、あの彼女もすごくいい意見を出してくれたのよ。どちらかというと自信満々で自分をアピールしてたって感じがしたわ。でも、付箋紙に書いてその場に出してしまえばそれはただの一つの意見。最後は出てきたものをいろいろと組み合わせて一つの人材像ってのにまとめちゃったから。私の意見も彼女の意見もうまく採り入れた一つのものになったの」
「沙也香って仕切やさんだからなぁ。でもそれがうまくいったのね」
「仕切やなんて失礼なっ! ファシリテーションって言ってよね。ね、羽賀さん、こんな感じで良かったんですよね」
 実は私は羽賀さんに出会ってから何度もこの事務所に足を運んでいた。その中でファシリテーションという技術について教えてもらい、その道のプロである堀さんという人を紹介してもらった。
 堀さんからはこの技術の一端ではあるが、特別に指導をしてもらい今回それを応用することができたのだ。
「そのあとの個人面接はどうだったの?」
「はい。個人面接ではさっきの集団討論で私がやっていたことに質問が集中したんですよ。どこで学んだの、とかどんな風につかっていたの、とか。私、さっきので自信がついちゃってついペラペラとしゃべり過ぎちゃったかも。でも、面接官の人達はしきりに感心していたわよ」
「じゃぁ、これで採用間違いなしだね」
「こればかりは結果が出ないとわからないわ」
「でも、今の沙也香の表情を見ていたら絶対確実、間違いなしって感じがするわよ。きっと占い師でもそうやって言ってくれるはずよ」
 占い師か。そういえばずいぶんとそこからは遠ざかっているな。
 と、ここで私はふとある悪巧みを思いついた。だがこれは誰にも言わないでおこう。よし、羽賀さんのところからの帰りにそれを実行しようっと。
 そのあとは私がもう出版社に入社したことを前提として、この先の未来について大いに語り合った。まるでそれがあたりまえに自分のところにやってくるかのように私たちは話で盛り上がった。

「じゃ、結果が出たらぜひ教えてね」
 由衣と羽賀さんにその約束をして私はあるところへ向かった。そう、かつていろいろと私のことを見てもらったあの占い師のところへだ。
「こんにちわぁ〜」
 私は先ほど羽賀さんのところで見せた表情とは違って、少し暗い顔を見せた。髪の毛もワザとぼさぼさにしてみた。どこからどう見ても悩み多き女子大生だ。
「あらぁ。あなた久しぶりね」
 そこにはタロットカードを手にした占い師の姿があった。
「で、今日はどんな相談なの? ひょっとしたら就職についてのことなのかな」
 今までの私だったら「どうしてそのことがわかるの?」とビックリしていたところ。しかし冷静に考えたら私が大学四年生でこの時期に持っている悩みと言ったら就職のことだろうというのは簡単に予想がつく。
「はい。実は今就職活動をしているのですが、この先どうやったらうまくいくのか、それを見てもらいたくて……」
 私はワザと蚊の鳴くような細くて小さな声でそう伝えた。
 占い師は私の個人情報が載っているカードを取り出して、なにやら計算みたいなものを始めた。どうやら生年月日から何かを見ているようだ。
 そしてタロットカードをテーブルに広げて、何枚かのカードを選び出す作業を始めた。
 この作業は今まで何度も目にしている。そして一連の作業が終わり、何枚かのカードを選び出した占い師は私にこう告げた。
「あなた、このままだとあまりいい話はないわよ。就職面接を受ければ受けるほどだんだん自信を無くしていくって暗示がでているわ」
 ここで私は少し演技を交えてこう伝えた。
「そうなんですよ。今まで何社か受けてはみたのですが、失敗が多くて……」
 事実、大手の出版社では失敗をしているのだから。占い師は言葉を続けた。
「でしょう。まずは顔を上げなきゃ。そして笑顔で対応。メイクももっと明るいものにかえてみるといいでしょうね。きっと運気が上がるはずですよ」
 よく聞けばあたりまえのことを言っている。暗い顔をして面接を受けても印象が良くなるわけではない。逆に顔を上げて、明るいメイクをすれば好印象が持たれるのは明らか。
「じゃ、じゃぁ私は希望のところに就職できるでしょうか?」
「それについてはこのカードが教えてくれているわ。このカードによると、さっき私がアドバイスしたとおりに行動すれば、その可能性は大きく上がっていくということ。いいわね、まずは顔を上げて笑顔で、そして明るいメイク。これを心がけてくださいね」
「はい、ありがとうございます」
 私は少しだけ明るい声で占い師にそう伝えた。だが心の中では思いっきり笑っていた。だって、羽賀さんや由衣と話をしている方がより詳しく自分の行動がわかるのだから。
 占い師といっても、その言葉全てに信憑性があるわけじゃない。むしろその言葉で元気づけられ、その先の未来を見ていくことの方が大事なのだ。
 そのことを改めて自覚したくて、今回はこんな演技までして占い師の前に立った。
 だからといってこの占い師がインチキだというわけではない。今後の人生をどう歩んでいくのかについてアドバイスをしてくれるというところではとても助かるのだから。
 問題はそれに依存しちゃいけないんだって。最後はすべて自分が思ったとおりにしかならないんだって。
 そのことがハッキリとした今、私は大きな一歩を踏み出した気がした。

 そしてあれから一年が経った。
 私は大学を卒業して、今はコンビニでアルバイトをしている。
 え、就職はうまくいかなかったのかって?
 えへへ。
 実はあのあと、私の人生をさらに大きく変化させた出来事があったのだ。
 私が第一志望にしていた出版社。そこからはなんと採用の通知が。
 喜び勇んでいた私に、もう一人の自分が声をかけてきた。
「今のこの思い、ここまでの道のり、これを何かに記録しておくのはどう?」
 羽賀さんとであって、由衣に自分の将来を引き出してもらって、占いに依存していた私が自立をしてここまでやれた。
 この感動の思いを何かに記録したくなったのだ。
 そうしてブログにこのことを書き始めたら、なんと就職活動をしている同年代からの支持が増えちゃって。
 私って意外と文才あったのかしら。
 そう思っていたら、なんと私が採用された出版社から「これ、本にしてみない?」というお声がかかった。
 出版社もこれを書いたのがまさか来年採用予定の新入社員だとは思わなかったみたいで。
 で、本を出すところまでいってしまったのだ。
 このとき、私は編集者ではなく著者として自分の本を出すという快感を覚えてしまった。
 また、出版社も就職本の新しいジャンルとして認めてくれたみたいで。二冊目の話がすでに持ち上がっていた。
 で、結局就職を蹴ってライターとして私は新たな道を進み出したのだ。
 まぁ駆け出しのライターだから、収入は安定していない。だからコンビニでアルバイト。
 でも、私は今の自分に誇りを持っている。今の姿がとても大好き。
 そう、占い師に頼らなくても自分で自分の未来がつくれることがわかったのだから。
 一生を左右するかもしれない人との出会い。こればかりは占い師の言葉が正解だったな。
 そしてその人が今日もにこやかな顔でお客としてコンビニに現れた。
「いらっしゃいませ。羽賀さん、お元気そうですね」

占い師の言葉 完

コーチ物語 〜明日は晴れ〜 占い師の言葉

2012年8月14日 発行 初版

著  者:古賀弘規
発  行:ユーアンドミー書房

bb_B_00108363
bcck: http://bccks.jp/bcck/00108363/info
user: http://bccks.jp/user/116589
format:#002y

Powered by BCCKS

株式会社BCCKS
〒141-0021
東京都品川区上大崎 1-5-5 201
contact@bccks.jp
http://bccks.jp

koga hironori

ご存知たぬきコーチです♪

jacket