spine
jacket

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光と闇、蝶のいる庭

sasaberi

MANGO BOOKS



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「光と闇、蝶のいる庭」

<M E N U>


RanongからMyanmarへ


RanongからSurat Thani。再びBangkokへ。


BangkokからCambodiaへ


Angkor Wat、その他。




 Beng Mealea


 Tonlé Sap


 LAST DAY


 Bangkokへの帰還


 おわりとはじまり

Ranongから
    Myanmarへ


約1ヶ月の島暮らしを終えてRanongラノーンからMyanmarへ向かう。タイの滞在期限が迫り、一度出国して再入国するため。例によって木舟+トラックエンジンのワイルドボートに乗って海を渡る。強烈な日差しを浴びて、足にはくっきりとビーチサンダルの痕。途中、水上家屋に立ち寄って荷物を受け取ったり、人が乗り込んで来る。満員の舟は、海上のチェックポイント数箇所で停止しながら30分ほどでMyanmar国境の町に到着。大きな石のごろごろした岸壁に舟は停まり、親切な乗客や毛糸の帽子をかぶった船頭に助けられて壁をよじ登る。

この町に滞在する観光客はほとんどいない。多くはパスポートにスタンプをもらったら、そのままタイ側へとんぼ帰り。せっかく来たのだし、1泊してMyanmarを見てみることにする。出国までイミグレーションにパスポートを預け、代わりに写真つきの証明書が発行される。パスポートを預ける、というのはちょっと緊張。

灼熱の中、安宿を探して町の中を歩き始める。「コンニチハ!」すぐにあちこちから片言の日本語が聞こえてくる。皆人が好くて世話好きなのだ。タクシーのドライバーでさえ最初は客引きで声をかけてきても、断って歩いていると暫くして後ろから追いついてきて「どこへ行くんだ」「それならこっちだ」と教えてくれる。完全な善意。しつこい客引きもない。

観光客が少ないせいか宿泊場所も数件しかない。船着場付近の商店街を抜けて上り坂をてくてく歩き、迷いながら教えてもらった宿に到着。数階建のけっこう大きな建物で労働者が泊まるような宿。受付カウンターには若い男の子たち。設備の割りに宿代は高いが、選択肢も無いし疲れたし1泊のことなのでここに決める。部屋に入ってすぐファンに問題があることが分かる。スイッチがゆるんでいてONにしても押えていないとファンが止まってしまうのだ。すぐに受付のお兄ちゃんに訴えると、いつものことなのか慣れた手つきで隙間に厚紙をさしこみスイッチを固定させてノープロブレム。何事もワイルド。

町を見学しにまた坂道を下る。お腹がすいたのでシンプルなスープ麺を食べる。ニョクマムは日本で食べるより生臭くなかった。町のお茶屋に入る。客は地元の男性しかいない。小さなテーブルと子供用位の低さのプラスチックの椅子に座ってお茶を飲む。Teaを頼むとコンデンスミルク入りの甘くて濃い紅茶。美味しい。テーブルの上にはポットが置いてあり、好きなだけフリーサービスのお茶が飲める。食べ物だけ注文してこのお茶を飲んでいるひともいる。何のお茶かはわからない。薄い番茶に近いような…タイでは出会わなかった。甘くないお茶がうれしい。

船着場近くの海に面した公園。日陰に座ってのんびり船をみたりしていると、地元の女の子が近づいてきて足元に置いた空のペットボトルを拾っていった。捨てたつもりじゃなかったんだけど…見ていると彼女はペットボトルを海へ抛りこんだ。海に捨てたのか?否。彼女は「蟹」をめがけてペットボトルを抛っていた。海水と岸壁の間の土塊の上に小さな蟹が何匹も動いていた。

商店街はごく狭い。歩いてもすぐに見終わってしまう。お茶屋、総菜屋、観光客相手のカフェ、ホテルが1件、薬局、おもちゃ屋、洋服屋…。屋台のココナッツはおいしくなかった。薄いポカリスエットみたいな味。(飲む用ではなかったのかもしれない。)タイと同じで女の子たちはひらひらふりふりのお洋服が好き。店先の子供服は金銀きらきらスパンコール、フリルの5段ティアード、お遊戯会のドレス。

部屋に戻って、建物の屋上に上がった。庭の大きな木、バイクを磨きあげる男の子たち。海も見える。通りをはさんだ向かい側の空き地では子供から大人まで暗くなるまで熱心にサッカーをしている。靴を履いた子、裸足の子。屋上で小さな男の子に会った。恥ずかしがり屋だけどすこしづつ近づいてくる。はにかんだ笑顔が可愛い。洗濯をしていた彼のお母さんも居て、自分の子供が知らない日本人と遊んでいても全く警戒することなくニコニコ見ている。両頬にまるく塗った白い日焼け止めと笑顔の可愛い女性。たぶんまだとても若く、とても痩せている。言葉はかわせなくても(英語は通じない。)意識はお互いに通じていると感じる。

夜。ご飯を食べに外へ出る。何度も坂道を上ったり下ったりしているうちにだんだんショートカットの道を開拓する。船着場の周辺やメインストリートの道端に屋台が出ている。でも魚や肉が入った料理ばかり。カレーはチキンにビーフにマトンに…各種肉ごとに用意されている。ベジタリアンは厳しい。結局屋台で青菜のような野菜の炒め物に唐辛子をたくさんかけてご飯に混ぜて食べる。期待しなかったのに美味。体が欲していたのかシンプルな塩辛い味が食欲をそそりむしゃむしゃ食べた。英語の通じる人はあまりいなかったが、この屋台のおじさんは「二番目のお母さんがイギリス人」だそうで英語が流暢。「何年か前に日本人の男の人がここに来たよ」と話していた。近所でビールを調達して屋台で飲む。

宿へ帰る途中、道路沿いにあるお茶屋に寄る。道路から石を積んだ手製の階段を上がったところにある屋外お茶屋。公園の空き地に子供サイズの丸いプラスチック椅子と小さなテーブルを並べた感じ。観光客が来るような場所ではない。最初だけちらちらこちらを見る人も居たが、すぐに溶け込めた。パンや焼き菓子の置いてあるレジの辺りは屋根があってテレビが置いてあり、韓国ドラマが映っていた。お茶屋は満員で、男性ばかり。みんな集中して韓国ドラマをみている。日本だけじゃないんだ、と思う。不思議な感じ。ここでもTeaを頼む。町中のお茶屋よりこちらのほうがさらに美味しい。日本で飲むミルクティーより濃厚で美味しいと思う。サービスのポットのお茶ももちろんあってつい長居をしてしまう。店主は元気一杯のおじいちゃんと、やる気のなさそうな(たぶん)若い長髪男子。祖父と孫か父と子か。けだるそうだけど結局働くのは若い方の男の人。お茶はおいしいし繁盛しているようだしそんなに悪い仕事じゃないと思うんだけど。

不思議な宿だった。シャワー室は泊まった部屋の逆側、フロアの端にあり、そこまでの廊下はほとんど真っ暗で懐中電灯を持っていく。2つあるシャワー室のうち電気が点くのは片方だけ。ほの暗い裸電球の灯りでシャワーを浴びる。鏡のある手洗い場も真っ暗。小さな懐中電灯の灯りで歯磨きする。怖くはなかったが、廊下へ出る時、真っ暗闇でバスタオルを腰に巻いた男の人とすれ違ったときはギクリとした。相手も同様に。部屋の右手隣は宿のスタッフの部屋になっていて夜通し音楽をかけて酒盛りをしたり、朝方まで人の気配を感じた。窓からは木の葉隠れに大きな別の建物が見えて夜遅くまで仄かに灯りが見えていた。

翌朝。快晴。チェックアウトのためカウンターへ。支払いをしようとすると釣銭の用意がなく、お兄ちゃんたちがバイクでどこかへ両替にいった。ロビーにはチューニング不可能な緑色のギターが置いてある。応接セットには昨日屋上で会った男の子と彼の(たぶん)おじいちゃん。お母さんは庭で掃き掃除をしている。猫を抱いた男の子と少し遊ぶ。お兄ちゃんたちが戻り無事に精算して出発。男の子やその家族が手を振って見送ってくれた。

最後に屋外お茶屋にもう一度寄る。朝ごはんにクリームパンとTea。久しぶりのカスタードクリームが美味うま。お茶はやっぱりちょっとびっくりするくらいおいしい。平日の朝だと言うのにのんびりお茶する男の人がたくさん。観察していると朝ごはんを食べ終わってからもポットのお茶を飲んだり、テーブルに備え付けてあるロールティッシュを無意味に捩ってみたり、なかなか帰らない。テレビでは今日も韓国ドラマ。お兄ちゃんは相変わらずやる気なさそうに働いている。お茶屋から見える道路沿いの植物を売る屋台では女性が忙しそうに働いていた。通りを歩く托鉢のお坊さんの行列。出遅れたのか一人で托鉢する子供のお坊さん。

イミグレーションで証明書と引き換えにパスポートを受け取り、再び舟にのってタイへ戻る。
Myanmar国境の町の印象。人が善い。


格言。

お茶の美味しい場所に悪いところはない

蟹と女の子の公園。Myanmarでは何故かほとんど写真を撮らなかった。
Surat Thani station
ゲストハウスの部屋から見たリス。

RanongからSurat Thani。
  再びBangkokへ。


タイ側の国境の町Ranong到着。船着場は舟でいっぱいで、何艘も踏み越えて行く。再びタイに入国。今度の滞在期限は15日間。Surat Thaniスラタニ行きのバスに乗るためバイク便に3人乗りしてバスステーションまで向かう。バイクで町中を疾走。振り落とされないようにドライバーのオレンジ色のジャケットを握り締める。

大きなツーリストバスではなく地元の人が乗るバスに乗る。出発まで数時間あり、食事をしたりぶらぶらする。バスの切符を売る場所は普通の家みたいな造りで、吹き抜けになっている。建物内に巣があるのか雀がたくさん住みついていて出たり入ったり吹き抜けを飛び上がったり好き放題やっている。雀のバス停。神様を奉っている場所がお気に入りで、あげられた水を飲んだり何かつついたり全く警戒していない。建物の中に居るタイ人たちは飛び交う雀を誰も気にしない。バス停の向かい側にあるツーリストバス専用の立派なステーションの売店で買い物をした。この売店のおばさんは売店横のトイレの使用についてもしきっていてお金を払わないと怒られる。最初、気づかなかったらおっかない顔で怒られた。勝手に掃除してお金取ってるだけのような気もするけど。お金を払うとビックスマイル。

バスとは言っても普通のワゴン車で10人ちょっとで定員いっぱい。バス停の前に車が停まると乗客は我先に乗り込もうとする。席は早い者勝ち。ここから4、5時間100キロ近くのスピード、休憩なしでぶっ飛ばすので、乗り心地の悪い席だと結構つらい。幸い悪い席にはならなくて、Surat Thaniまで順調なドライブ。運転手と知合いらしきタイ女性は途中で停車させて食べ物を調達し、乗車から降車まで延々としゃべり続け、食べ続けていた。すごいパワー。

終点までバスに乗る。例によってワゴンを降りた場所は旅行屋で、翌日のバンコクまでのツーリストバスの予約と今夜の宿を確保する。連れて行かれたのは陰気な中国系ホテル。部屋に荷物を置いて取り敢えず外へ出てみる。Surat Thaniといっても島へ行く前に寄った場所とはだいぶ雰囲気が違う。いかにも地方都市といった感じで皆豊かそう。日本と変わらない。町中に近づくにつれて日本や韓国などの車のディーラーをたくさん見かけた。洋服屋やら商店だらけ。誰がそんなに買うんだろうと思う。デパートも数件あって日本食レストランも見かけた。夕方になると密集したエリアに物凄い数の屋台が出る。khaosanカオサンで見た屋台より迫力がある。観光する場所ではないので地元民のための屋台か。この辺りの人は料理なんかしないのではないかと思ってしまう。屋台で十分まかなえそうだ。暗くなるとホテルの周りには妖しげなピンクのネオンがあちこちに浮かぶ。

翌朝。荷物を旅行屋に預け、ドーナッツで朝食をすませてバスでSurat Thani Stationに向かう。ちょうど発車間際のバスに乗る。バスには切符売りのお兄ちゃんと日焼けで黒光りする顔にティアドロップ型のサングラスをかけた強面ドライバーのコンビ。車が完全に止まらないうちに乗客が乗り降りする。まごまごしてると走り出してしまう。お兄ちゃんが掛声で合図し、ドライバーが急加速してぶっ飛ばす。すごいスピード。どこかのバス停で縁石か何かにぶつかった。

Surat Thani Stationで写真撮影。酷暑。じりじり焼けていくのがわかる。アイスとコーラを連続して生き返る。さらに駅前カフェで苺の巨大スムージー。食堂でトムヤムヌードルスープ。テーブルの傍には赤ちゃん。ママではない子守のお姉さんのおっぱいをTシャツの上から吸おうとしていた。駅付近には日本と同じコンビニがたくさん。学生たちの溜まり場で学校帰りにストッキングを真剣に物色したり、買い食いに夢中。

今夜バンコクへ向かうのでバスの時間に余裕をもって町中へ戻る。学生がいっぱいでバスの中でも何か食べてる子が多かった。帰りのバスは料金係が女の人。ドライバーは強面のルックスは同じだけど乗降は落ち着いてできる運転。スピードはあいかわらず。バス料金は往きのバスよりなぜか安かった。

出発予定時間を大分過ぎて旅行屋の前を出発。やがて小さな売店と食堂のあるバスの乗合所で停車。運転手と乗合所の男の人が盛んに何か言い合ったり、携帯をかけたり様子がおかしい。何かトラブルかと訊ねると問題ないと言う。結局その場で暫く待って別のワゴンに乗り、さらに別のもう少し広い乗合所に連れて行かれる。そこで手持ちのビスケットなど食べながら随分待った。南で過ごしていると待つのが当たり前になってくる。それほど苦痛に感じない。そのまま受け入れることを悟る。何台も車が来て南の島帰りの観光客を吐き出していく。だんだん待つ人が増えてくる。だいぶ暗くなってから大きなツーリストバスがやってきて皆一斉になだれ込む。一番前の席がキープできて、前方の台の上に足を投げ出して快適に過ごす。デンゼル・ワシントンが過去と現在を行ったり来たりする映画が写っていてけっこう真面目に見ていたら、盛り上がってきた場面で突然ブラックアウト。それっきり。後は車窓を流れる夜景を眺めたり、眠ったりしてバンコクへ向かう。真夜中、休憩所で焼きそばとコーラ。深夜1時2時でも休憩所では人が料理を作ってバスを待っている。

明けて早朝。パームツリーや田舎の風景が次第にビル群に変わっていく。バスは特徴の無い道路端に停車、終点だから降りろと促され皆あわただしく降りる。どこだか初めはわからなくて白人カップルとタクシーに同乗するが、すぐにkhaosan Rdカオサンロードの近くだとわかって降りる。宿に行くには時間が早すぎるので屋台で朝ごはんを食べることにする。店が開く前の早朝の時間だけテーブルや椅子を並べて営業している屋台。揚げパンとTeaをタイの人たちに混じって食べる。出勤前に手早く食べて仕事に向かう人、常連さん、揚げパンをたくさんビニール袋に入れてもらってテイクアウトする人。オールナイトで遊んだ人がふらふら歩いている。道路を散水車が通って行く。暑さの気配。


常宿のゲストハウスに向かう。皆が起きだすまで入口前の長いすに座ってのんびり待つ。窓なしの狭い部屋しかなかったが、後、端っこの広めの部屋が空いて移動する。とりあえずゆっくり休んで、あとはインドに向かうだけ、の筈だった。


インドのビザを取得するため日本人が経営する旅行屋へ行く。日本人スタッフが居て、久しぶりの日本式テキパキ対応に感慨深い。ここで予期しない事態が発生する。通常のスケジュールであれば滞在期限内に取得できた筈が、インド大使館の予想外の休みがあって期限内にビザを取得することが不可能なのだ。そうするとまた一度国外に出なければならない。出るとすると近いのはカンボジア。わざわざカンボジアまで行ってとんぼがえりするのももったいない。カンボジアと言えばアンコールワット。この旅行屋ではバンコクから出発してカンボジアの遺跡を見学するツアーが組まれていた。観光してみるか。ここで突然、インドに行く前に3泊4日のカンボジア行きが決まった。

BangkokからCambodiaへ


早朝。旅行屋の前に集合。参加者はほとんど学生ばかり。定刻には出発しないだろうと思ったが日本式にほぼ時間通りに出発。ワゴン2台に分乗。積み上げた荷物の隣の席に押し込まれる。車が満席になるまであちこちで乗客をピックアップしながら街を走り出す。

国境の町まで100キロ位のスピードでがんがん飛ばして行く。国境手前で昼休憩をとり、出発から6、7時間で国境通過。あっけないほど。イミグレーションでは若干並んだがスムーズに通過。係官に無意味に媚びる日本の女の子にうんざりする。壁に貼ってあった「子供たちはツーリストのなぐさみものではない」のポスターが妙に印象に残った。

国境を越えて売店で不思議な味のパンと水を買って、食べながらその場でしばらく待つ。イスが並んだ待合所になっていて目の前は広場のようなロータリー。ビニール袋に入れた大量のペットボトルを両手に持ったり抱えたり無理やり載せて、さらにバイクに一家5人乗りして走り去っていく姿。待合所の前には胡散臭い客引きが山ほど。早速何か踏んづけてスニーカーを汚す。やがて大きなぼろバスに満員の乗客を乗せてタクシーの乗り場へ向かった。その場所はバスステーションになっていて各地にバスが運行しているようだが本数は少なそうでそれほど混んでもいない。ここから宿泊先のホテルのあるSiem Reapシェムリアップに向かうのだが車に乗るまでに随分待たされた。グループからまとめて乗せるのでバラで来たような客は最後の車に相乗りで詰め込まれる。

タクシーは恐るべき運転で走っていく。猛スピード、頻繁な追い越し・追い越され、鳴り止まないクラクションの応酬。何車線なのかわからなくなる。ドライバーは「味の素、一番!」を大きな声で連呼してご機嫌。(カンボジアでは「味の素」が有名で、日本人と見れば「味の素」を連呼するらしい。)フロントガラスには大きなひび割れ。対向車とハイスピードで紙一重にすれ違った時は、隣で本を読んでいたポール・スミスに似た紳士と思わず顔を見合わせお互いに首を振った。

Siem Reapの中心部に近づいてくると広い立派な道路沿いに高級ホテルが立ち並び、極めて人工的に開けた観光都市だということがわかる。高級ゾーンを抜けて舗装された道路から赤茶けた土のでこぼこ道に入る。ホテルなどが立ち並ぶごちゃごちゃした裏道の途中で乗客の一人が降りる。さて出発しようとするとエンジンがかからない…。またもポール氏と顔を見合わせる。やれやれ。ドライバーが車から降りて何かごちゃごちゃやってどうにかエンジンがかかる。間もなく無事今夜のホテルに到着した。

宿はまたしても陰気な中国系ホテル。赤い提燈形の灯り、漫画チックな中国人形がお辞儀してるようなポスターが入口に張ってある。明りが小さく、ロビーも暗い。しかし、ここは旅行中唯一泊まった観光客相手のホテル。MyanmarやSurat Thaniのホテルに較べたら夢のように立派。部屋は広く、(建付けは悪くても)ハンガー付きのクローゼットがあり、バスタオルも用意してある。何より嬉しいのはホットシャワー。洗濯にも気合が入った。テレビもあって、旅行に出て初めて日本の番組が写った。

外へ出てみる。ホテルの周りは粒子の細かい赤茶けた土のでこぼこ道で歩くとすぐに土埃が舞う。何件かレストランやカフェもあるがほとんど客は入っていない。観光客はにぎやかな繁華街に繰り出していく。街は範囲は限られてはいるがミニバンコクといった趣でおしゃれカフェやレストラン、雑貨屋、ここがカンボジアであることを忘れてしまいそうになる。目に付いたインド料理屋で食事を取る。機内食で使うような銀色のプレートに何種類かのカレーとチャパティ。見たことのない鮮やかな緑色の酸っぱい付け合せ。全体的には可も無く不可も無い味だがこの緑色のものはおいしくなかった。「生水に気をつける」ことなどすっかり頭に無くて氷入りのレモンジュースをオーダーする。目の前に出されてから思い出したが、深いことは考えないことにしてごくごく飲んだ。

ミニバンコクをぶらぶら通り抜けてホテルへ戻る。ホテルへ向かうでこぼこ道はほとんど街灯が無く、随分暗い。足元を注意していないと躓きそうになる。ところどころ商店の灯り。そして男の人の群がる暗いお店、小さなピンクのネオン。ホテルの玄関前にある食堂スペースでフルーツの盛り合わせと「街一番のフライドポテト」をオーダー。メニューに違って普通のフライドポテト。部屋に戻ってホットシャワー。早速蚊?に喰われたらしく腿の内側がかなり黒く内出血。カンボジアの虫は強烈…気をひきしめる。テレビでは久しぶりの日本語のニュース番組が、3月11日から間もなく1年が経つことを報じていた。

Angkor Wat、その他。


朝。食堂で朝食にフレンチトーストと紅茶。とても小さな犬がいて初めは猫かと思った。目と目がずいぶん離れた可哀そうな顔のチワワ。最初からひっくり返ってお腹を見せて「降参」のポーズをとる。誰にも吠えないのだろうと思ったら誰かに向かってしきりに吠えていた。後からそっくりなチワワがもう一匹出てきた。

日本語を話せる現地のガイドが付いて観光に出かける。一緒にまわるグループは8人で男子学生ばかり。トゥクトゥク2台に乗ってアンコール遺跡群に向かう。天気は快晴。赤土を巻き上げながら走ってゆく。風をいっぱいに浴びて疾走するトゥクトゥクはとても気持ちが良い。最初に20ドル(!)で顔写真付きワンデイパスを買って遺跡巡りスタート。

アンコールワット、アンコールトム(バイヨン)、タブローム。突然決めたカンボジア行きなので遺跡のことも何一つ勉強せず、予備知識も持たないでやって来た。日本人の先生に日本語をならったという現地ガイドが一所懸命大乗仏教と小乗仏教について、などなど説明してくれたが解説にはあまり興味が無くて、ただその圧倒的な空間に身を浸し、回廊を巡り、石の壁の手触りを感じ、かつて宝石が象嵌されていた空っぽの穴に指を触れ、彷徨した。観光客が大勢いるが、団体客が通り過ぎるとぽっかりと人が居なくなる瞬間がある。外の強い光と建物内部の影の濃さ。通り抜ける風。不思議な感覚に陥る。
タブロームは名前も知らなかった。(「トゥームレイダー」のロケ地だそう。)観光客の人口密度はアンコールに較べれば低い。遺跡を大樹が飲み込み朽ちていく途中のような光景。植物の力に圧倒される。木の根がむき出しになって伸びて石の建造物をじわじわと侵食していく。柔らかく、しなやかに石の建造物を破壊していく大樹の官能。ガジュマルの甘い匂い。


「写真撮影のベストポジションです。」ガイドがお決まりの撮影スポットを指し示す。周りを見回せば韓国や中国の団体ツアー客が目立つ。遺跡を観に来ているのか記念写真を撮りに来ているのかわからない。日本人も大概記念写真好きだと思っていたが比較にならない。中国人のおばさんは全員と言っていいほど立派な一眼レフのカメラを首から提げている。のんびり遺跡を見ていると「写真を撮るから退けろ」と言われた。傍若無人。幸い一緒のグループの人たちは、男の子だけだったせいか記念写真願望が淡白。自分撮りにそれほど興味が無くスマートフォンで遺跡の写真を撮っている。私も随分写真を撮ったが、所謂「撮影スポット」で撮った写真は面白くなかった。自分の目で、ふいに惹かれた光景や遺跡の細部を撮ったものに「私的遺跡」がいくらかは写せたように感じた。スケールの大きな世界を写すのは難しい。

夕方、プノンパケンの丘でサンセット鑑賞。これも観光客の定番コース。良いポイントでみるために、まだ大分明るいうちから向かう。結構な長さと勾配の山道をふうふう言いながら登る。途中、楽師達が通り過ぎる団体客に合わせて(韓国人ならアリラン、とか。)あざとく演奏している。ようやく山道を歩ききると、最後に長くて急な階段が待ち構えている。若いお兄ちゃんたちはそのまま階段を登り始めたが、階段の前でしばらく休憩してから登ることにする。時間が経つにつれ階段を登る人がどんどん増えていく。人が多すぎると入場制限されるほどの込み具合。観念して急な階段を登った。登りきると中心に寺院のある360度視界が開けた眺めの良い場所に出る。アンコールワットが遠くに見える。何とか日陰と座れる場所を見つけてひたすら夕陽待ち。うじゃうじゃの観光客。おしあいへしあい。結局、大きな雲がかかってサンセットをはっきり見ることはできなかったが、夕陽を浴びてオレンジやピンクに染まる空や雲は美しかった。しかし、長い夕陽待ちとあまりの人の多さに疲れてしまった。

慣れない早朝からの観光ですっかりくたびれたのでこの日はホテルの食堂で夕食を摂る。さんざん迷って野菜カレーを頼むと煮込み野菜のあんかけのような不思議な食べ物が出てきた。うっすらとカレー風味。何だろう?と思いながらも完食。辛味が欲しくて唐辛子が欲しい、と店の女の子に頼むと想定した赤唐辛子を挽いたものではなく、「VERY HOT!」の言葉とともに生の青唐辛子を刻んだものが出てきた。恐る恐る一切れ齧ると…衝撃的な辛さ。辛いというより痛いぐらい。辛い物が大好きで辛味には強い私でも「これはヤバイ」と思う。一切れか二切れ煮込み野菜とともにあまり齧らずに呑み込んでやめた。刺激の強さは半端なくひとかけ指で触っただけで指がぴりぴりし、石鹸で洗っても取れない。洗った手で顔に触ったら顔もひりひり…。結局その刺激症状は2、3日続いた。呑み込んだ唐辛子が気になった。

痛そうな地獄の図1
痛そうな地獄の図2
Angkor Watの中心に立って天井を見上げた。

Beng Mealea

3日目、滞在最後の日。この日は午前中にベンメリア遺跡観光。ラピュタのモデルの地、とも言われているらしいが「ベンメリア」という名前も初めて聞いた。どんな場所だか全く想像がつかない。この日もフレンチトーストと紅茶の朝食を摂り、チワワをちょっと撫でたりして観光にでかける。

ベンメリアまでは距離があるためこの日は車で移動。街を少し離れるとカンボジアの日常の景色が見られる。ミニバンコクは特異な状況で本当のカンボジアの姿のひとつはこれなのだろうと思う。車は赤土のでこぼこ道を激しくバウンドして進む。道路端には椰子の葉っぱの屋根の押せば壊れるような粗末な家が並ぶ。もともと密林の中に人が暮らすエリアが存在しただけなのを遺跡観光が行われるようになって車が走りやすいように道を通したのだろう。車が走り抜けると赤土がもうもうと巻き上がり、建物も木々も土色に染まって赤茶けた風景が続く。豊かさに比例して葉っぱで組んだ粗末な家から木製の高床式住居→付属の建物つき→コンクリート製の住居へと移行するようだ。立派なコンクリート造りの雑貨屋には赤い提燈とホテルの入口で見た中国人形のポスター。こんなところにまで華僑がいる。しかし多いのは粗末な印象の家。各家には大きな水瓶が置いてあり水浴びしている子供がいた。高床式の家では家の下の空間にハンモックをぶら下げたりテーブルを置いて普段は外で暮らしているようだ。ハンモックに揺られて気持ちがよさそうな女の人。子供が多い。田んぼの風景は日本の田舎に似ていて懐かしい感じがする。日陰の無い田んぼで子供たちが元気に遊んでいる。

出発から2時間ほどでベンメリア到着。訪れた遺跡の中で観光客が一番少ない。今日のガイドは知的で物静かなタイプの昨日の人とは違ってお調子者な感じ。遺跡の内部に向かう道で最初の衝撃が。トニー・レオンに激似の男の人がいる!彼はガイド氏の仲良しらしく首に腕を回してからかって遊んでいる。「おー、ポル・ポト、こわいねー。」ガイド氏のこのギャグに一瞬どきりとした。

ベンメリア周辺は長年続いた内戦によって長く手付かずのままだったという。観光客が入れるゾーンは地雷撤去が完了したというが、それ以外の場所は勝手に歩き回るには危険。
最初に奥に進んでその姿を見た時、愕然とした。所謂「遺跡」ではない。ほとんど崩れて石がごろごろする廃墟と化している。発見から一切手を加えられていないのだという。ここでも大樹が繁茂し静かに石の建造物を瓦解させている。崩れるまま、当初の姿を留めている姿はこれまでに見たことの無い光景。訪れる人はその崩れた遺跡を踏み、乗り越えて手足をフル活用して奥へ進んでいく。足腰の弱い人や老人にはとても無理。ハードな天然アスレチック。崩れた大きな石を乗り越えて進んでいくと建物の構造が残っている場所に出て、崩れた天井から綺麗な光が差し込んでいる。かと思えば懐中電灯が無ければ何も見えないような真っ暗な場所もある。ずっとその繰り返し。眩暈のようなどこで何のために何をしているのかわからなくなってくる感覚。

ガイド各人が「自分の場所」を持っているようで他の観光客があまり来ない場所で長めの休憩。苔むした墓石みたいな形の石塊を椅子がわりに思い思いの場所に座る。このガイドさんはガイドらしい説明にあまり熱心ではなくちょうど良かった。あの場所の空気を味わうだけで何の説明も要らなかった。廃墟と言っても暗い、陰鬱な雰囲気は全く無い。むしろその反対でどこまでも穏やかでゆっくりとした静かな時間が流れている。天気はすばらしく、満ち足りた気分。蝶々がたくさんひらひらしていて不思議な心地よさ。天国のお庭。ラピュタのモデルかどうかは分からないけれど、朽ちたロボット兵の周りを小さな蝶がひらひら飛んでいるシーンや飛行石ごと大樹が上昇していく最後のシーンを思い出した。
アスレチック的遺跡見学が続いた。ガイド氏が「煙草を吸いたい」と言い出した2度目の休憩のとき。彼が内戦時代に兵士だった話をしてくれた。ポル・ポト派になったり、政府軍になったり、その時々の情勢で立場は変わった。ベンメリア周辺で生まれた彼は自分の意思に関係なく、生きていくために兵士になった。煙草を吸う時も灯りが漏れないように煙草を茶碗で覆って吸った。地雷の撤去の仕方を枯葉を使って説明してくれた。生きるか死ぬか。ためらえば自分の命はない。彼だけではなく、この辺りに生まれた人は多かれ少なかれ彼と同じように生きてきたという。入口付近で会ったトニー・レオン似の彼もそうなのだろう。普段は本当に陽気で明るくトークに下ネタも交えるガイド氏だが何年も何年も味わった暗闇は彼の内部から消え去ることはないのだろうと思った。それでも全て受け入れてポル・ポトもネタにして明るく笑い飛ばしてしまう強さ。遺跡を巡り終わって帰る途中、遺跡に集まっていた地元の子供たちがガイド氏に声をかける。子供たちとも仲良しらしい。彼は子供たちのほうに近寄って何か会話し、いくらかお金を渡した。お金を上げる方も受け取る方も施しとか感謝とかではなくごく自然な感じ。

来た道を戻る途中、またトニー・レオン氏に遭遇。遺跡でぶらぶら遊んでいるようだ。「ベンメリアはよかったですか」と日本語で話す。彼もガイドをしていたことがあるのかも知れない。それにしても似ている。何回見ても似ている。あまりにも似すぎていて写真を撮る勇気が出なかった。
いつのまにか離れて歩いていた学生君たちを待つ間、ガイド氏と横並びして丁度日陰になったナーガの遺跡に腰掛けて待つ。世界遺産に腰掛けることはあまり無いと思う。

Tonlé Sap

ベンメリアを見学後、いったんホテルへ戻る。オールドマーケット近くで車を降り、特に買い物する気もないので店先をひやかして通り過ぎる。日陰が全く無いので歩いていると眩暈のするような暑さ。道端にココナッツを売っている店があり店先で飲む。普通ココナッツは冷やされていないのだが、この店ではクーラーボックスで冷やしたものがあった。味が濃くておいしい上にしっかり冷えているので旨さが倍増する。ストローで一気に飲み干した。元気を取り戻してホテルまで歩く。シャワーを浴びてしばし休息。夕方はトンレサップ湖遊覧とサンセット鑑賞。

トンレサップに行くことも当日決めたので全く予備知識なし。あまり期待しないで向かった。途中のカンボジアの粗末な家や田んぼの風景に見とれながら。

貸切の小さなボートで湖に漕ぎ出す。その湖の広大さと水上生活の活気に圧倒される。これまで訪れた場所の中で人々の暮しは最も貧しそうに見えたが、Strangerである私の目にはひどく美しく、魅力的だ。水上に浮かんだ粗末な舟で営業するカフェ、レストラン、漁に向かう舟、湖の水で行水する人、泳いでいる男の子、盥に乗って渡る小さな子供。土手の上にもバラックのような家がたくさん並んでいる。雨季には土手まで水位が上昇し湖はさらに広大になるという。

水上には観光船の停泊場所がたくさんあり、この場所から夕陽を見る。土産物屋があり、客寄せの鰐がいる。狭い水槽に大きな鰐が大量に押し込められていた。一匹ごとのスペースがないので折り重なってうようよしている。観光客はその光景を上から眺める。餌の魚が用意されていて、ガイド氏が餌を放り込むとみな一斉に喰い付いて恐ろしい光景が繰り広げられる。観光客目当てに集まってくる現地の人が停泊所の周囲に大勢舟を寄せている。小さな女の子が太い蛇を首に巻きつけて必死に観光客を呼んでいる。写真を撮らせてお金を稼ぐのだろう。ドルで吹っかける料金は現地の感覚にしたらとても高い。

停泊所の一番高い場所にサンセットの展望台がある。360度湖の光景。この日もはっきりとサンセットをみることはできなかったが、美しい空や雲の色づきや変化を見ているだけで十分満足した。満月のような月が明るいうちから浮かんでいて、大根をスライスしたような白い月が空の色の変化に伴って次第に輝きを増していく。湖や人々の生活する姿が月の下に広がり美しく夢のような光景だった。

ゆっくりとトンレサップを堪能してボートで戻る。暗くなっていく空と白金の月、風景に溶け込んだ人々の日常の姿を夢中になって見つめ、写真を撮った。名残惜しい、景色だった。
ボートを降りて、車でホテルへ戻る途中も夢の中に居るような気分でカンボジアの最後の景色を眺めていた。

LAST DAY


カンボジア最後の夜、おいしいものが食べたくて街へ出る。昼間食堂で見たガイドブックで見当をつけた店を探して歩いていると「タージマハール」というレストランの前に出る。探していた店とは違うが表からみた雰囲気とかメニューの載った看板とか、何だか美味しそう。極めつけは接客するお姉さんがニコニコしていてとても感じが良い。この店に入ることにする。お勧めのターリとジュース、ライタも頼む。サリーを着たインド人家族が食事をしていて手で食べている。これは良い兆候。ちゃんとしたものが食べられそうと期待が膨らむ。お手洗いを借りたらとても清潔で整然としていて、これもおいしいお店の特徴だと思う。
出てきた料理は期待に違わず美味しかった。スパイスが効いていてちゃんと作られた味がする。むしゃむしゃ完食。気をよくして食後にチャイまで頼む。ゆっくり食事をして、すっかり満足・満腹でホテルへ戻る。

久しぶりの苦手な団体行動でどうなることかと思ったが3泊4日の観光を楽しんだ。あらかじめ全て手配のしてある楽な時間を久方ぶりに味わった。団体とは言ってもガイドを入れても10人以下の少人数、同行者にテンションの高すぎる人もいなくて、適当にバラけることも許されたゆるい団体行動で救われた。同行の卒業旅行の学生君たちは身なりも小奇麗で、可愛い顔をして、出歩くときも大きな鞄を持って「地球の歩き方」を細かい字まで読み込んでそのとおり用意して…顔だけじゃなく女の子みたいだなと思った。女の子より女の子っぽいと思った。ツアー客の中にC・ロナウドにそっくりな男の人が居て、学生君たちは「あの人C・ロナウドに似てるよ!カッコいいよね!」と盛り上がっていた。
カンボジアで食べて他に美味しかったのは、ランチに食べた春巻。ちゃんとした、かりっと揚がった野菜春巻が出てきて感心した。

4日目。朝。フランスパンと苺ジャム、紅茶の朝食後、出発予定時刻をしばらく過ぎて用意されたタクシーで国境に向かう。クラクションはひかえめ。快調に飛ばす。ドライバーはほとんど口をきかない。休憩のため停車したときも何も言わないで自分は降りて煙草を吸っている。英語があまり話せないのかもしれない。その後も何の苦労も無くドライブし国境に到着。ただひたすら過ぎて行く景色を眺めていた。到着するとドライバーが突然口を開き片言でチップを要求した。残念ながら誰も渡す気にはならなかった。

スムーズに出国できたもののタイのイミグレーションが異常に混んでいる。長い行列に並びようやく建物内に入ったが、入国カードをちゃんと書いていない人が多くてその度に滞留するのでひどく時間がかかる。いらいらしていたカンボジアの女の子は強烈なアルカイックスマイルを浮かべて隣の列に割り込んだ。ようやくイミグレーションを通過すると予定時間を大幅に過ぎたようでツアーガイドがきりきりしている。きりきりしたって仕方がないのに。後はワゴンに乗ってバンコクへ戻るだけ。今度は乗りやすい席に座れたので前に足を伸ばして快適。車はバンコクへ向かって爆走する。

途中、往路と同じレストランで昼食。この場所で自分の車に乗るべきツアー客であることを確認される。国境に到着した時、緑色のカラーテープをカットしたものを目印に身に付けるように渡されていたのだが、イミグレーションを通過する間に落ちて無くなっていた。「失くした。」と言うと親方みたいな男の人に大罪を犯したかのように糾弾される。「あんなビニールテープの切れっ端、剥れて落ちたって当たり前じゃないか。」と思うが黙っている。ワーワー言っていたがどこかに電話をしてそれっきりお咎め無し。確認する方法なんて他にいくらでもあるに決まっている。

居眠りしながらあっというまにバンコク、khaosan付近に到着。一緒に遺跡を回った学生君のうち数人と挨拶を交わす。礼儀正しい子達。
おなじみのKhaosanに「帰ってきた」と感じる。さらにいつものゲストハウスへ。カンボジアに行く前に泊まっていた部屋を、もし出来たらキープして欲しいと頼んでいたらちゃんと同じ部屋に泊まることができた。
インドビザを取得するまでの間、この旅最後のバンコク暮らしを楽しもうと思う。

Bangkokへの帰還

日本から最初にバンコクに入った頃は、昼間は暑くても夜は涼しくて寝袋をかけて寝ることもあった。それが3月に入った今では日中の暑さは苛烈になり、夜も寝苦しくなった。エアコンなんて無い。昼間は動きが緩慢になり思考が停止する。熱帯に暮らしていることを強く感じる。

日々の暮しは最初の頃と変わらない。目が覚めたら起きて、シャワーを浴びて、いつもの朝ごはんを食べる。メニューはかりかりに焼いた薄いトースト3枚と極甘パイナップルジャムとマーガリン、それに大きなマグで飲むたっぷりの紅茶。毎日食べても決まって食べたくなるメニュー。宿泊客のほとんどは早起きして観光に出かけてしまうのでゆっくり起きる頃にはダイニングはがらがら。食事は本当はゲストハウスの人が用意してくれるのだが、遅く起きるので台所に誰も居なかったり他のことをしていたりすると、声をかけて自分で用意するようになった。どこの棚に何が入っているのか覚え、後には朝食は毎日自分で用意するのが公認になった。その方が早いし、ジャムを大盛にしたり好きに出来るので好都合。

遅起きのメンバーはだいたい同じだった。Chang Beerのロゴのタンクトップを着たもの静かで穏やかな男の人。(タイ式に氷をたくさん入れたビールをいつも飲んでいる。)自称DJのアメリカ人の男の人。二人とも私が最初に来た時には既にこのゲストハウスに居たので何ヶ月もここで過ごしているようだ。途中どこかへ行っても家に戻るようにこの場所に戻ってくる。DJ君はその時一緒に居る人の影響を受けやすいように見えた。騒ぐ連中と居ると同化してうるさくなる。通りすがりのガールフレンドには事欠かないようだが、みんな何日かすればどこかへ出発してしまうので特に昼間は手持ち無沙汰で退屈そうだった。メロウな古い曲をかけて自分の好きな曲だと言った。

映画版「かいじゅうたちのいるところ」の怪獣みたいな風貌の、いたずら好きなフランス人の男の人がいた。一人でタイの島やあちこちを見て回っていて、相手に通じているかなんて気にしないでいきなりフランス語で話し始める。フランス語のタイのガイドブックを広げて類推で会話した。ときどき謎のタイ女性を連れて歩いていた。ある日。どこかで摘んだ花を片手に持ってゲストハウスに戻ってきて、入口前の長いすに腰掛けていた私に匂いを嗅ぐように花を差し出した。その花はなかなかのボリュームで小さなブーケと呼べるくらい。彼はどこかの家から伸びている花を勝手に大量に摘んできたのだ。全く悪びれず自分でもいい香りにうっとりして何度も花の匂いを嗅いでいる。またある日。アメリカのアニメのキャラクター「シンプソン」に似たひとを目の前にして「シンプソン!シンプソン!」と指差して笑った。…本人に聞こえている…。本当にシンプソンに似ていたので可笑しくてしかたがなかった。子供みたいでなんだか憎めない。

暑さに耐えられなくなると外の屋台で冷たい飲み物を買って公園の木陰で飲んだ。Thai Teaは独特の強い香りというか味があって苦手なのでもっぱらコーヒーを頼む。キティちゃんにそっくりなキャラクターの描かれた大きな容器に山盛りに細かい氷を入れて手でならし、そこに砂糖の大量に入ったコーヒーを注ぎ缶入りのミルクをかける。この屋台は近所のおばちゃんたちの溜り場で常連さんばかり。店主の女の人は愛想があったりなかったり日によって印象が随分違った。歩きながらアイスコーヒーを飲んで公園に向かうと着く頃には半分位飲んでしまっている。
冷たい飲み物で他にはまっていたのが屋台で売っているみかんジュース。ゴルフボールくらいの大きさのタイのみかんを絞った果汁100パーセントのジュース。ボトルにつめて氷で冷やして売っている。不思議なことに仏頂面のおばさんの屋台のものは苦くておいしくなくて、にこにこしたおばさんの屋台のものは味が濃くて甘みが強くとてもおいしかった。おしゃれカフェで飲むよりずっと安く、味も量も申し分ない。タイのスムージーはフルーツが豊富なせいか総じてレベルが高く、値段もお手頃だった。

昼食のいきつけはお気に入りの屋外カレー屋。バンコクに戻ってきた翌日、昼前に早めに行ったら誰もいなくて潰れたのかと心配したが、正午オープンになっていると向かいのネットカフェの女の子が教えてくれた。中東風の彫りの深い綺麗な顔の女の子。店の人が来たのは正午をしばらく過ぎてから。向かいの店の軒下に座って開店準備を見るとも無く見ていると準備もそこそこに席に座るように促された。常連。「同じの。」と言うだけでオーダーが完了する。チャパティ、ターリ、トマトカレー、それに冷えたChang Beer!南国の屋外で昼間飲むビールはなぜあんなに美味しいのだろう。日本では少ししか飲めないのにタイではすっかりビール好きだ。体の組成が日本に居るときと変化しているのだろうか。お気に入りの、よく気がつくカレー屋のお兄ちゃんは極度の緊張が薄れて大分仕事に慣れたようだった。(ラッシーをひっくりかえしてお客さんにかけてしまった時はかなりパニックになっていたけれど。)最初の頃の初々しさは失くさないで欲しいと勝手に思う。
この店からはいろいろなタイの日常を観察した。掃除道具や野菜を売る屋台、その場で好きな具を選んで作ってくれる食べ物の屋台などが売りに来る。近所の店で働いている人は屋台で食事を調達しているようだ。座っていると先住民族だか少数部族だかの格好をした女の人が、手に持った民族楽器でコロコロとせつない音を鳴らしながら民芸品を売りに来る。店の目の前の水着を売る屋台で働く女の人は、いつもカレー屋のテーブルでヌードルスープを食べていた。彼女は口が利けないのだがなかなかの商売上手で、私も島に行く前にここでシンプルな黒のビキニを買った。

夜ご飯は初めはベジタリアンメニューを求めて綺麗なレストランやおしゃれカフェで食べていたけれど、観光客の多い屋台でも食べられることが判明してからはもっぱら屋台専門。ムエタイ選手みたいな顔をした恰幅のいいおじさんがオーナーでメニューや店内のあちこちにオーナーの写真が載り、来る客全員と握手をする。メニューはいろいろ試したけれどヌードルスープが一番おいしかった。パクチーを入れて欲しくてリクエストするが「パクチー」がなかなか通じない。身振り手振りで伝え、オーダーする度に繰り返した。最後にはリクエストしなくてもちゃんとパクチー入りで出てくるようになった。
家族で経営している店のようで奥さんや娘も調理場で働いている。まだ小さい女の子は手伝いはせずにぶらぶら遊んでいる。お父さんはムエタイ顔だけどお母さんはぽっちゃり可愛い顔をしていて、その二人の娘である彼女は凄いファニーフェイス。目と目が離れていてパパにそっくりだけどママの可愛さもブレンドされて何とも言えず強くて印象深い顔になっている。一度見たら忘れられない。アニメの強気キャラの女の子みたい。
本物のムエタイ選手も家族やとりまきと食事に来ていた。奥さんは白人で子供は完全にタイの子の顔。テーブルに座ってから奥さんがいちども笑顔を見せなかったのが印象に残った。南の暮しに疲れてしまっているように見えた。
いつも決まって道路側の端っこの同じ席に座っている女の人。厚い化粧をしてお酒を置いて煙草を吸っている。たぶん娼婦。気のいい姐さん、と言う感じ。子供好きで同じ稼業の若い女の子たちからも慕われている。周囲からも職業として認められているようだ。誰も蔑んで見たりしないし、本人も明るく堂々としている。タイガールを連れた白人男性は多い。これもタイの風景のひとつだった。

ゲストハウスの泊まった部屋の下はタイの人たちが暮らす路地に面していて、窓からは向かい側の家の干した布団や洗濯物、ぬいぐるみが見えた。ちょうど部屋の真下あたりにタバコ屋があって店の前の木製の長椅子にはいつも地元の人が集まっていた。タバコ屋といっても日用雑貨のほかにごはんやおかず、お酒までいろんなものを売っている。朝、まだ暗いうちから夜中まで揚げ物を揚げる音が聞こえていてそんなに大量の揚げ物をいったいどうするのか不思議だった。タバコ屋の男の人はだいたいいつも無表情で光文堂(私の地元にあった陰気な本屋。)の店主を思い出させた。笑った顔を見たのは一度だけ、夜、腰巻姿のおじさんが店でウィスキーを飲んでいたとき。ウィスキーは1杯ずつ売っている。ゲストハウスの周りには子供が多くみんな路地でわあわあ遊んでいた。よく見かけたのはいつも鮮やかなピンクの自転車に乗っている黒髪の女の子。ゲストハウスの前のベンチに座っていると、こちらに向かって舌を出して通り過ぎた。夜、部屋の窓から路地を覗くと神様を奉る場所に真っ赤な灯りが燈っているのが見える。

バスに乗って鉄道記念館に出かけた。広い公園の中にあってたどり着くまでにずいぶん歩く。草の上でピクニックをしている人たちが気持ちよさそう。丸ごとのフルーツを売り歩いている人がいる。草上に落ちていたプルメリアの花をひろって髪に挿して歩いた。良い匂い。記念館は開館していないように見えたが、開いている入口があって中に人がいる。工事をしている人しかいなくて「入っていいか」と訊くと中に入れてくれた。入場料も取らないし監視も無し。展示してある車両の中に自由に入ったり、触ったり、写真を撮ったり。他にタイ在住の日本人家族が1組いるだけで、のんびり見てまわることが出来た。
見学後外でみかんジュース。いつも飲むものより黄色っぽい。味は酸味が強めだが甘味もちゃんとあってさわやかな味。その場で一気飲みした。

ウィークエンドマーケットを見学。信じられないくらいの大量のお店。迷子になりそう。観光客も地元のひともたくさん集まっている。本気で買い物する気があるなら楽しいと思う。オレンジ色の刺繍のキャミソールを購入。謎のカキ氷を食べる。おばちゃんにお任せで作って貰う。見たことの無いフルーツや餅みたいなもの、寒天。マンゴーがコリコリして美味しかった。
この周囲にはデパートも何件かあって日系の店も入っている。久しぶりに日本のチェーンのカフェでお茶する。日本と違ってセルフではなく店の人が運んでくれるシステム。エアコンの効いたカフェで熱いお茶を飲み、出国以来のファッション誌を眺めた。南国暮しの疲れもあったのかなんだか癒された時間。コスメ売り場ではおかまちゃんがセールスしていた。

ある日。公園のベンチに座っていると地面に細長い白い花がたくさん落ちていた。風が吹くと木からぽつぽつと落ちてくる。子供たちは落ちた花を競って拾って、花冠を作ったり花輪にして誰かの首にかけたりしていた。私も落ちたばかりの綺麗な花を拾って髪に挿した。

Hua Lam Phong

おわりとはじまり


予定より随分長く2ヶ月近くタイで過ごした。起きて食べて寝て気が向いたら出かけて、ただのんびり南の暮しを送った。身体や気持ちを南国に慣れさせた。それでも毎日何らかの小さなエピソードがあり、印象に残る光景を目にした。
日本での震災疲れや長い間のあれこれでこわばった自分をリラックスさせ、解放させたくて旅に出た。タイでの日々はインドに行く前の準備期間でもあった。
ゆっくり時間を過ごすことで、なにげない日常やこの先会うことのないであろう人々とのありふれた会話がきらきらと記憶に残った。この旅をしなかったら気づけなかった感覚だろうと思う。旅はまだ続いてゆく。次はインドだ。

バンコクからChennaiチェンナイへのフライトはエアアジアのその路線の就航便だった。1日オーバーステイして罰金を払っても他の航空会社を使うよりずっと安い。罰金は1日だったら取られない、という話も聞いたけれど一応500B用意して出国手続きに並ぶ。初めは合理的そうに見える男性の係官の列に並んでいたが隣の生真面目そうな中年女性の係官が空いたのでそちらで手続き。案の上1日のオーバーステイを言い渡される。ピンクのポロシャツを着たオカマちゃんが呼ばれ、彼によって別の係官のもとへ連行された。「オーバースッテイッ!」手をひらひらさせ彼は楽しそうに連行する。係官のおじさんは、リストに名前を記入し、500Bを徴収し無事に出国。納得がいかないのは同じようにオーバーステイしてもお咎めなしで罰金を取られない人がいること。やはり係官は融通のきく人を見抜かなければ。

空港のカフェで残り少ないバーツを使ってサンドウィッチとコーヒー。

エアアジアは初めて乗ったが、もっと窮屈かと思った座席は普通に快適。真っ赤な超ミニの制服を着てミスコンテストに出るようなけばけばしい化粧をしたCAのお姉さんたち。お客さんと一緒に初フライトの記念撮影をしていた。携帯でCAの写真を撮っている乗客の男の人もいる。就航記念のカードと分厚いメモ帳を貰った。チェンナイまでは3時間弱のフライト。予想より早くあっという間にインドに到着した。


光と闇、蝶のいる庭

2013年3月4日 発行 初版

著  者:sasaberi
発  行:MANGO BOOKS

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