2012年10月1日から一ヶ月間開催される、「グッドデザイソ賞」のオフィシャルハンドブックです。デザイン関連ダジャレのご応募、お待ちしております。http://good.dezaiso.jp/
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今年も懲りずにやります。グッドデザイソ。ついに二年目です。去年は誰もがはじめてだったワケですが、今年は初心者と経験者が集うことになります。で、はじめて「グッドデザイソ」って聞く人に対しての説明だったり、あるいは去年から参加してる人にとっても「グッドデザイソ」って何だっけ? というところとか、そもそもこれって一体何だったっけか。と、当の本人も記録に残しておきたいところもあって、こうして文章にしてみました。
とはいえ10月1日直前ギリギリで書いてるわけで、随時更新していきます。まずは「第一章:グッドデザイソとは何か」では、そもそもこのコンテストのはじまったきっかけみたいなものを振り返って書いています。「第二章:言葉のデザイソ」では、当コンテストの傾向とか対策とか、おれ自身のダジャレ感みたいのを書こうかなぁと、第1回のグッドデザイソが終わったころに思ってんだんけどずーっと書き忘れてて、それを書こうかなぁと思っています。というか、3月にやった「グッドデザイソエキスポ」で弦人さんと話をするためのメモが発端。で、その対談を第三章に収録しようと思ってます。文字起こししたり加筆修正しまくったり。
で、いちおうこれが「グッドデザイソ公式ガイドブック」というか、サブテキストみたいなもんになればいいなぁと思うんですけど、これで興味もってもらって、実際にダジャレを投稿してもらうのが一番です。第2回めのグッドデザイソ、はじまってしまいました。是非とも盛り上げてくださいよろしくお願いします。
2011年8月の一ヶ月、ツイッター上で開催されたデザイン関連ダジャレコンテスト「グッドデザイソ」とは一体何だったのか。誕生のいきさつ、一ヶ月の募集期間と、最終選考までの経緯などを、ここにあらためて振り返ります。
(当コンテンツは、2012年3月16日に開催された「グッドデザイソエキスポ」内の対談「グッドデザイソとはなんだったのか」(@takawo)用の資料を元に構成されたものです)
ツイッターが140文字である理由は、海外でのSMSの送信文字数に由来するとか、簡単なやりとりの手紙や葉書の文字量を測ったところの平均的な数値であるなどと言われているが、かならずしも140字をフルに使う必要は全く無い。むしろ文字通り文字が流れていくタイムライン上では、よどみに浮かぶうたかたの、よどみそのものも流れていく。そんな流れを眺めていると、ときおり文字列が生み出す「よどみ感」にいつのまにやら意識を奪われることがあるのだ。
◆
それは2010年の夏でした。いつものようにツイッターのタイムラインを眺めていると、「島原のLAN」という文字列がそこに表われました。それは実際に長崎県島原市で行われている公衆無線LANプロジェクトで、その名称が面白いと話題になっていたわけです。当然それに連られて「大塩平八郎のLAN」とか言い出す輩もいたりして。鉄板とも言えるネタですね。押韻。ダジャレ。言葉遊び。で、それを見て、いやいやそこは歴史関連にこだわらないで、もうちょっとズラしたほうが面白いんじゃないだろか、とかついつい反応して「シェイプアップLAN」とツイートしてしまったんです。あ、この「シェイプアップLAN」が面白いかどうか、っていうのはここではさほど重要じゃないです。そもそものこれが始まり、という話なだけなので。
すると「ソレIT駄洒落に応募してください」とのメンションが。ん? IT駄洒落ってなんだろう、と検索してみると、日立ソリューションズというセキュリティ云々やってる固そうな企業が「第3回 IT駄洒落コンテストNEO」っていうのをやってたんですね。第3回っていうくらいだから過去に2回程度はやっていたわけで、しかも今回の特別審査員が伊藤ガビン氏だったり。なんだろうこの企業イメージと場違いの企画は……と思いつつも(実際にはこれまでも「セキュリティいろはかるた」など作成し、堅いイメージのセキュリティを柔らかく伝えようという志がある様子)、結局はそんなことおかまいナシ、こちらにとっては駄洒落をドロップできる格好の場が与えられたわけで、それ以降は「#itdajare」というハッシュタグの付いたツイートを連投するようになったのです。
考えてみると「ハッシュタグ」というものを使ったのも、ほとんど初めてといっても良い程かもしれないくらい、「#itdajare」を自然と文末に付け、ダジャレの元ネタを探し、推敲し、投稿し、という日々でした。そしてこれまでのダジャレと決定的に違っていたのは、リアルタイムでの反応があったことでしょう。それは単純にリプライやリツートだけではなく、同じハッシュタグを検索して既出を避け、傾向と対策を練り、あるいはバトルし合う現象。ダジャレにおけるこの快感はこれまでには得難い新種のもので、これが中毒性を高めていました。
さて、募集期間も終わり数ヶ月後、審査結果の発表となりました。大賞は @osicoman 氏の「お前にURL筋合いはない!」でしたが、そこで私の渾身の一発「ビートパケ死」が伊藤ガビン賞を受賞したのです。「ビートたけし」と「パケ死」をかけたダジャレ。更に深い解釈の解説はここでは省きますが、ここで受賞したことによって、自分自身のダジャレの立ち位置を確認することができました。数あるダジャレを投稿した中でどうして「ビートパケ死」が賞を取ったのか、そしてどうして大賞でなく伊藤ガビン賞なのか…。そしてこれ以降、私はビートたけしのモノマネもするようになった程のインパクトを私自身とその周辺にもたらしたコンテストでもあったのです。
そして月日は経ち2011年夏。一年前にこぞって応募した「IT駄洒落コンテスト」の第4回目がそろそろ始まるだろうと誰もが思っていたその時期……いや、もはや誰もがそうは思わなくなっていたのです。何故なら、去年の「IT駄洒落コンテスト」が終わってからも「#itdajare」のハッシュタグはタイムラインのあちこちに常駐し、これまでの7月半ばから約二ヶ月限定の投稿期間での盛り上がりが、日常に均されてしまったかのよう。
そんなダジャレ・リテラシーが一段上がった状態に放たれた荒くれ者が拠り所としたのは、@takawoが旗を上げた「takawo杯」だったのです。
takawoは前年の「IT駄洒落コンテスト」で「いろはにほへとちりNULLオワタ \(^o^)/」という作品で私と同じ伊藤ガビン賞を取って以来、「#itdajare」のハッシュタグを存分にいじり倒し手懐けた後に「#takawo杯」のハッシュタグで塗り替えました。8月のアタマのある日、「学生CGコンテストみたいにitdajareも僕みたいな若手を選考委員にして荒削りだけど現在形の表現を掬い上げるような仕組みにしないと間違いなく廃れると思う」とツイートした直後に「takawo杯」のハッシュタグを掲げ、takawo杯はスタートしました。ツイッターとITの相性が良いのは当たり前。それを毎日捻り出されるアオリ文によって加速させていき、2011年8月の一ヶ月で6000を超える作品が投稿されたと言います。個人のノリが駄洒落コンテストの歴史を変えた瞬間を私たちは目の当たりにしました。
(その後、本家の「IT駄洒落コンテスト」は2011年は「大喜利」とスタイルを変え、2012年は「あるある」を開催し、新境地へと向かっています。このローリングストーンかつフロンティアな精神は今後もリスペクトしてゆきたいですし、いつまで経っても母校のような、故郷のような気がしてなりません)
私もtakawo杯にダジャレを投稿しつつ、シンパシーとジェラシーを同時に感じていたことは、いまここに正直に告白しておきます。そしてそれが2ヶ月後に、いとも簡単に実現することになるとは。
「IT駄洒落コンテスト」から「takawo杯」といった流れは、「IT関連」という括りで行われたダジャレです。IT関連に少々の知識はありながらもそこまでどっぷりと漬かっていない私は、takawo杯への投稿において時々うまく立ち回れないこともありもどかしく思うこともありました。自分の立ち位置に相応しいダジャレに身を浸したい……。
そんなふうに思っていた2011年の初秋、10月3日から開催されたグッドデザイン賞(グッドデザイソ賞ではないほう)の展示会「GOOD DESIGN EXHIBITION 2011 - 適正 - 」のタイミングで、中村勇吾氏 @yugop がGood Design賞にあわせて、Good @dezaiso 賞を開催してくれないかしら。」というツイートをしたのです。これが10月3日の20時51分。
このツイートを目にしたときの心臓の高まりは今でも覚えています。ついにこの時が来たか、と。自ら勝手に始めるのではなく、周囲に求められることも公募展には重要です。先の takawo杯も、「takawo杯まだですか」というようなツイートを受けスタートしています。よって当コンテストも、スタートのきっかけが他薦であったことが大変に想定外すぎるほどに理想的で、しかも勇吾さんが、ネーミングまで勝手に考えてくれている…! これには相当アガり、2分後にはとりあえずの体を装って「えっ」とリプライを返しました。それでもコンテストの運営を一気に担う重圧や、ダジャレを投稿する側から審査する側に回ったときの立ち振舞いに苦悩したものの、やはりそれでもそんな世界を見てみたい、ここは飛び込むしかないという一心で、22時06分には【グッドデザイソ賞:応募要綱】を宣言し、「グッドデザイソ賞」は幕を開けました。
後日、勇吾さんに話を伺ったところ、「グッドデザイソ」はダジャレコンテストとして想定していたのではなく、当時私がよく行っていた、ツイッターのタイムラインを利用したテキストによる疑似アニメーションを気に入り、それを展開していくことを期待してのツイートだったとのこと。すでにこの解釈のズレがダジャレ的ではありますが、結果的には「グッドデザイソ」というネーミングと合わせてデザイン関連ダジャレに落ち着いたことは最適解であったように思います。
そこからの一ヶ月、「#グッドデザイソ」のハッシュタグを付けたデザイン関連ダジャレは、「takawo杯」ほどでは無いものの、地味にしかしIT駄洒落では見られなかった新しい潮流を起こしました。3日の深夜のスタート当初はかなりのスロースタートではありましたが、徐々に応募も増えてきて、最終的には応募総数 1054点ものダジャレが投稿されたのです。
これらダジャレツイートは、当初はツイッターまとめサイト「トゥギャッター」にまとめられたものの、私自身の一覧性および読みやすさの嗜好によってBCCKSというウェブ上の本の仕組みを使ってまとめられ、毎日その日の応募作品を追加更新していく方法が取られました。『グッドデザイソ賞応募全作品』として束ねられたこの最初の「本」は、日々増えていく応募をまとめ作業としてこなす精一杯のルーチンワークとして、また一次審査のための仮の場としてのみ機能していたため、さほど読み物としてのデザインを施さず、テキストのコピペに終始していました。
その後、11月21日に一次選考を行い、300点に絞られ、12月15日には二次選考により48点に、そして12月31日の大晦日、紅白歌合戦の裏で最終選考を行い、グッドデザイソ大賞およびグッドザイソ賞(各1点)と、「エーでいいし賞」「ティーでいいし賞」を各3点、特別審査員賞としてBCCKS賞1点が選ばれました。
この各選考の発表はすべてBCCKS上で行われ、本としてご覧いただくことができます。ツイッター上で開催された駄洒落コンテストという仕組みは、同じくウェブ上にある「本」としてのBCCKSで完結をするはずでした。先に募集期間を終えたtakawo杯は、トゥギャッターとグーグル・スプレッドシートにより作品をまとめ、選考の様子はUstreamを経由して、というIT駄洒落にふさわしい手法で発表をされていました。デザイン関連ダジャレを用いた当コンテストは、やはりデザイン的にまとめないと、という考えからも、BCCKSという手法を選びました。そこには実際の紙の本に近い質感や編集方法といった、デザイン寄りの思想がありつつも、やはりそこはウェブ上である、という佇まいが実にしっくりと来たのです。このBCCKSを使っての選考については、実際にその本をご覧いただくことで体験できるでしょう。
『グッドデザイソ賞 投稿作品全集』
『グッドデザイソ賞 一次選考作品集』
『グッドデザイソ賞 二次選考作品集』
『グッドデザイソ賞 誌上最終選考会』
ところが、takawo杯は勢いあまってネット上からリアルの世界に飛び出していきます。たとえば一次審査の発表はメディアート系イベントの中の1コーナーとして行われ(そして何故か私も特別ゲストとして呼ばれ登壇し、グッドデザイソの告知もした)、授賞式は秋葉原のMOGRAというクラブで「T Party」という名のオフラインイベントとして開催する始末。
また、グッドデザイソ開催期間も終盤にさしかかった頃、「iimio杯」と名乗る謎のコンテストも始まります。@iimioという女性によるこのコンテストは、きっかけは彼氏探しだったようですが、彼女の人徳のいたすところでしょうか、投稿されるのはシュールな動画や画像などで、そのVOW的投稿をまとめた公式サイトがtumblrを使用していることも、その混沌さと秩序のバランスを体現していて興味深いものがありました。そしてこのiimio杯は、途中の選考などブッ飛ばしていきなり12月23日に「講評会」と題したオフラインイベントを行います。そのコンテスト故の雑さを駆使して、グッドデザイソの後発イベントにもかかわらずあっという間に終了したのです。
これらtakawo杯、iimio杯、そしてグッドデザイソは、その開催のタイミングと、ツイッター中心のほとんど一個人の思いつきでスタートしたコンテストであること、そして周辺人物が若干カブることもあり、並列比較して語られることがあります。私はこれを「DIYコンテストのビッグ・スリー」と名付けています。takawoの飄々としたルックスを明石家さんまに例え、もちろん私はビートたけし、それじゃあiimioはタモリなのか、というところでいつも悩むのですが最終的には私がたけし、takawoがガダルカナル・タカ、そしてiimioは兵藤ゆき(a.k.a. ゆきねえ)という、たけし軍団的キャラクター配置に無理に落ち着けています。
さて、takawo杯とiimio杯がオフラインイベントを行いリアル空間でしっかりとケジメを付けてきました。それが単なる酒を飲むためだとしても、じゅうぶん過ぎる理由です。遅ればせながらグッドデザイソも授賞式を兼ねたイベントを行うことにしました。それが「グッドデザイソエキスポ」です。それは翌年2012年3月16日に渋谷のSUNDAY ISSUEで開催され、受賞作品をポスターとして掲示した会場で授賞式を行いました。DJぷりぷりとDJキング事務による選曲や、cookedによるVJによって彩りを添えながら、先のtakawoとの対談「グッドデザイソとはなんだったのか」そしてBCCKSの松本弦人さんとの対談「言葉のデザイソ」を行い、「グッドデザイソエキスポ」および2011年の「グッドデザイソ賞」は幕を閉じました。
第1回目のグッドデザイソの初期衝動はいまでも忘れられません。3月に「グッドデザイソエキスポ」を終え半ば杯ではなく灰になった自分を感じ、また打ち上げの席でビッグスリーによる杯ではなく盃をかわした際にも、互いに「第2回どうするよ」という声も出てきました。華々しくデビューしたものの鳴り物入りのセカンドアルバムが不振に終わる例は星の数ほど。また第1回目はツイッターをはじめダジャレを投稿するインフラや仕組み、そして時代とのタイミングがとても良かったとも言えます。果たして2012年はどうなっていくのか…。
そんな悩む間もなく8月にはtakawo杯がサクッと第2回を開催し、夏を終えました。それはあたかも自然で、夏の風物詩として定着していました。さて、グッドデザイソはどうしたものか。
…と書いている時点で開催は決まったも同然ですよね。はい。今年もやります。「グッドデザイソ 2012」。やることは去年と全く同じ。しかし去年は応募から選考の経緯まで行きあたりばったりでリアルタイムに更新していました。もちろん第2回の今年も思いつくままリアルタイムに更新していきます。みなさまどうか、ご応募よろしくお願いします。
2012年3月16日、SUNDAY ISSUE にて行われた「#グッドデザイソエキスポ」での対談「言葉のデザイソ」より
(後日追加掲載の予定です)
弦人さん、ギターを持って登場。TALKING HEADS「PSYCHO KILLER」が流れてくる
装丁なんか見やしねぇ
出版社名? 気にしないね
読みにくい! 前書きがねぇ
文字組み、めちゃめちゃじゃねぇかよ
電子書籍Qu'est que c'est
君は書き終えたことがない
いっぱい書くけど、何にも言ってねえ
僕は何もなけりゃあ、本は書かないねぇ
一度書いたものを、なんでもう一回書くのよ
電子書籍Qu'est que c'est
逃げて逃げて逃げて
あの晩、大日本が
あの晩、タイポグラフィーが
自分の望みを果たして遂げて
電子書籍Qu'est que c'est
逃げて逃げて逃げて逃げて
えー、BCCKSはだれでも出版できる電子書籍サービスです。
いろんな使い方ができます。
今回、たったひとりでこのようなすばらしい公募展を開催し、
あたらしい使いかたをした、大日本ほにゃららを改め、
敬意を表して大日本タイポグラフィと呼ばさせていただきます。
★ ★ ★
松本弦人(以下、G):おつかれ(笑)。
D:ちょっとなんなんすか、こんなことやられるとは思わなかったですよ、かなわないわ〜。
G:ナメられちゃいかんからね。
D:いやいや、ナメてないです。ノーギャラなのにすみません、グッドデザイソ鉛筆あげます。
G:やったー、んじゃこれ(と、ブ厚い文庫本を差し出す。表紙には「塚田一〇〇〇哲也」の文字が)。
D:うわ。なんですかこれ。
G:いいでしょ、『塚田一〇〇〇哲也』ね。
D:一〇〇〇の風になって的な?
G:今回この「グッドデザイソ」っていうのを塚田が個人がひとりで勝手にやろうと思って、それをサクッとやれちゃうっていいと思ったのね。で、BCCKSも面白い使い方してくれたし、ちょうどローンチしたての紙の本の仕組みもさっそく使ってくれて。今日の授賞式になんとか間に合ってよかった。
で、BCCKSは仕組み作ってるだけじゃなくて、こんなのも作れるんだぜってことで「一〇〇〇本」ていうのやろうと思ってます。ひとりが一〇〇〇ページの本を書いて出版するっていうやつ。
もちろん有名著者が書いたり、そうじゃない人だって書いたりするんだけども、これが書店に置かれることもある意味グッドデザイソ的かなと思いまして。その束見本差し上げますので一週間以内に一〇〇〇ページお願いします(笑)。
D:え。あ。ありがとうございます。一〇〇〇本ノック的な(笑)。
G:そうだな、どっから話しよっか。BCCKSのこと言うとね、本を作るのってめんどくさいじゃないですか。誰もが作るもんでもないし。ツイートって簡単だし、楽だし、テキストが流れていく感じの気持ち良さとかも分かります。でも、やったもんはやったもんとして残しておきたいな、と思うんです。たとえば編集だったり時間だったりね。で、このBCCKSの「あたらしい本」の仕組みを始めたんだけど、これって昔からある手法かもしれないし、あるいはこれすらも、新しい手法なのかもしれない。
ツイッターとかは、いわゆるフロー型のメディアで、どんどんどんどん流れていくこととか、そのスピード感とかがとってもチャーミングだったりもするんだけど、BCCKSはその真逆で、ストック型のメディアなんですよ。蓄積しておく。
で、今回ちょうどそういう使い方をしてくれたってことなんだよね。ツイッターで流れていくダジャレ作品を、貯めとくのにどこがいいのかなーって探していてBCCKSを見つけてくれたってことじゃないですか。
D:そうですね。きっかけとしては、ツイッター上でダジャレをずっと見ていて、どんどん流れていくのをまとめておきたいと思ったときに、トゥギャッターとかのまとめサイトに行くんですけど、ツイッターの延長っていうか、流れていっちゃう感じがしてとっても見難いんですよね。それと、もう歳のせいかもしれないんですけど、あんま長い文章をモニタ上で読めないんですよ(笑)。
G:それは女子大生ですね(笑)女子大生は四行以上の文章は読めないっていうし。
D:僕、大日本タイポ組合だとギャル字みたいなの作ってるから女子大生っていうかギャルなんですけどね(笑)。それはさておき、どうしてもまとめて行くと四行以上になっちゃうワケで、でもやっぱまとめてじっくり読みたいって思ったときにBCCKSが読みやすいし便利だなと思ったんです。
G:それは狙いどおり。もはや屁理屈とか説明とかどうでもよくて、単純に見やすいとか気持ちいいとか、そういったフワフワしているもんが漏斗に集まって落ちてきて、それを受け入れたいなって思ったのがブックスの基本です。
D:最初はね、何も考えずにこの『グッドデザイソ賞 投稿作品全集』ってやつを作ったんです。募集したダジャレを一日ごとにその都度アップして。自分自身のメモとしてまとめとこう、っていう感覚。
G:横組みかよ!て思ったけどね。
D:いや、これは一番最初なんで。まずはBCCKSの機能を使ってまずはザクッとまとめた、っていう段階なんです。で、BCCKS上で一次選考を発表したんですけど、段階が進んでいくにつれて、どうやって見せていこうかって考えていったんです。(と言って『グッドデザイソ賞 一次選考通過作品集』を開く)あ、まだ横組みだった(笑)。
G:あはは。でも変わってきてるよね。
D:はい、1ツイートに1ページ使っちゃってます。これは紙じゃなかなかできない贅沢な使い方でしょ。実際にそうい指摘をするツイートもありました。んで、ここまでは時系列なんだけど、ここから編集をしたくなってきて、次の『グッドデザイソ賞 二次選考作品集』では、あるデザイナーの一日っていうテーマでストーリーを作って、そこにダジャレ作品を並べていくようにしたんです。一行コメントとかも入れて読み物感を出してきましたね。
G:このへんから容れ物感がでてきたよね。
D:二次選考をどういうふうにやっていこうかと考えていくなかで、その選考理由とかも書かなきゃなぁとか思ってたらいつのまにかこういう展開になってきまして。『グッドデザイソ賞 誌上最終選考会』に至るともう寸評書きまくったりしてますけど。
G:良くも悪くも、むちゃむちゃデザイナーの公募だね。「生テキスト」からはじまって「横組み」→「縦組み」って編集されて、んでもって最終的い「紙の本」になるわけじゃない。で今日こうして会場に「ポスター」になって飾られる、という流れ。
D:あぁ言われてみればそうですね。作っていってる。なんかね、選んでいくうちに選んでる理由もあるし、それをちゃんと伝えなきゃっていうか、文章を書きたくなっちゃったんですね。んで、『最終選考会』でこんだけ選評書きまくったっていうのはなんでかっていうと、BCCKS賞の選評だけはもちろん選者の弦人さんにお願いしたんですけど、これが結構なヴォリュームで(笑)、これにつられて他の賞もそれなりの長さの文章を書かざるを得なくなったんですよ(笑)。最終選考は大晦日の夜ギリッギリにやってましたから。紅白歌合戦も終盤に向かいネット回線があけおめムードで塞がれつつあるところ寸前のタイミングまで大慌てで文章書いてたんですから(笑)。
G:あはは。
D:それでもBCCKS賞の選評長くて、紙本のページレイアウトしてるときに当初予定してた新書版にキレイに収まらなくて、最終的には10インチ版にせざるをえなかったっていう。
G:イェーイ。
D:ていうか、文章が書きたくなってくるBCCKSって、一体なんなんすかね?
G:マジレスしていい? まず文字組みがきれいじゃないですか。BCCKSは「岩波組み」を基本とした文字組みを実現してます。もはやオイラよりも禁則だの記号だのの処理に詳しい優秀なプログラマが仕組みを作ってます。そもそも文字組みって答えが無いんですよ。入ってきた原稿によって変わってくるし、最終的にはデザイナーなり編集者の裁量にかかってくるところあるから。でもBCCKSは「仕組み」だからそうもいかないのね。中庸的な文字組みではあるんだけど答えを用意しておかないといけない。で、この仕組みは相当良く出来てます。気持ちいいいし、説得力も出てくる。
日本語ってグリッドに一文字一文字を置いていくのね。小さい頃から原稿用紙に作文書いてたと思うんだけど、ああいう均等に割り振られたグリッドに沿った文字組みね。グリッド。美しいじゃないですか。これは欧文には無いよね。その美しさはあるし、一個一個の文字が際立つんですね。で、書かれてる内容が読まなくても感じられて、文章読まなくてもこいつがバカかどうかがすぐわかるのね。
D:なるほど。
G:で、「グッドデザイソ」で言うとね、書かれてる内容はこのコンテンツじゃないですか。
D:文章読まなくてもバカってわかっちゃいますかね。
G:バカなのは内容じゃなくて書かれ方ね。で、この「グッドデザイソ」がここまで書かれたバックボーンと文脈があるわけですよね。
D:はいはい。
G:この文脈を読むとね、このダジャレを書いた人となりすらも見えてくるっていう。そんな気がする。このワード(ダジャレ作品)に刻まれていてるっていうか。で、選評って解説なんだよね。
D:あぁ! それはその通り。
G:この解説をきれいな文字組みで書くってことは、書いてる時はもちろん本人とのピンポンでもあり、出来上がった文章は読者とのやりとりでもあり。グリッドに置かれた日本語の文字組みの特別なインプレッションがある気がする。今回のこの「グッドデザイソ」では、いろんなレベルのやりとりを、4冊の本それぞれで感じることができたって思います。
D:そうですかーありがとうございます。僕はふだんは文字を作ってはいないけど、作られた文字を並べることはしますよね。んで、文字が並んでるだけで気持ちいいのね。だからホントは、選んだダジャレも、解説なんかいらなくて、そのダジャレの文字が並んでるだけでバーンといければいいんだけど、なんかね、ついつい選評というか解説を書きたくなっちゃうんですよ。
G:解説が書きたいから賞をあげてるわけじゃもちろんないんだけど、ダジャレっていうものを選んで、それを皆に納得の行くかたちで提示するってところに於いての、この段階を踏まえた選考と、その選評を書きたいっていう欲望がかたちになった本っていうのを順番に見ていくとね、それはごく自然だしじゅうぶんアリだろうなと思ったよ。
D:はい。
G:ダジャレのそのへんの話を聞きたいな。そもそもなんでダジャレなの、っていう。
D:え?
G:ダジャレに対する欲望が聞きたいですね
D:欲望ですか…。
G:そもそもなんでダジャレなの?
D:ていうかおれダジャレの人って言われるんですけど、それここ最近ですからね。なんなんでしょう。文字は一文字だけでも面白いのに、二つ並ぶと意味が増してくるじゃないですか。もちろん一字でも意味はあるけど、二字以上だと組み合わせが生じてくる。で、その並べ方をちょっと変えるだけで言葉の意味が変わってくるっていうのが面白くて。それとやっぱりツイッターの影響が大きくて。あれは140字っていう制限がやっぱり面白くて、「〇〇なう」とかやるよりも、その枠の中で何ができるかっていう遊びをやっていったときに、読ませるっていうよりは文字の並びの組み合わせで「アレ?」って思わせる方法がいいんじゃないかと思って、それがまぁダジャレだったというわけなんですね。流れていくタイムラインの中でテキストだけでいかにひっかかりを持たせるかっていう。ツイッターがおれのダジャレを加速させてるって言われたことはあります。
G:ダジャレの面白さってなんですか?
D:え。
G:なんでこれが面白いんだろう?
D:まずひとつは、、、、え? なんで面白いんだろう?
G:何かに似てるのかな?
D:空耳と空目っていうのがありますよね。そう聞こえちゃったとか見えちゃったとか、間違っちゃったっていうやつ。アレを意図的に誘発させるのがダジャレだと思ってるんです。いわゆる空耳に相当するのが「声に出したいダジャレ」で、空目に相当するのが「目で見てたいダジャレ」って名付けてるんですけども。うっかり間違えるんじゃなくて、わざとやるっていうのが面白いんだけど、やっぱりそれは程度問題で、あんまりやりすぎると面白くもなんともない。その押し引き具合がダジャレの真骨頂だと思うんですよね。
G:あー匙加減じゃなくて押し引き具合ね、分かる気がするな。でもお笑いの面白さって不思議ですよね。あと、モノマネも。アートとお笑いの共通性とかさ、モノマネの相違とかはよく語られるんだけど、ダジャレ忘れてるなって思ってて。
D:あーなるほど、そうかもしれないですね。ダジャレってそういう意味では虐げられてますね。あれ? おれダジャレ擁護派なのかな。
G:そこは擁護しようよ。
D:んじゃ擁護します。たとえばダジャレがですね、こうして今日、ポスターになりましたっていうのは良いですよね。華やかだし。
G:わかりやすくステージにあげたよね。
D:でもこれって、たとえば「やっぱり念校が好き」のポスターは「やっぱり猫が好き」に準じて作ってたりするんですよね。こっちは「ひょっこりひょうたん島」なわけだし。つまり引用元をより明からさまにしたわけです。で、その引用とデフォルメっていうのは、つまりモノマネみたいな感じだと思うんです。
G:うん、この「やっぱり念校が好き」ってポスターがモノマネなのは分かるし「ひょっこりひょうたん」のポスターが下手クソなのは分かるんだけど(笑)、この段階に行く手前の、生テキストのダジャレの時点でもモノマネなの?
D:うーん。モノマネのエッセンスは含まれてると思うんです。
G:ビートたけしのマネうまいよね。
D:なんだバカヤロウ!
(会場失笑)
G:なんでだろう、これはみんな笑うよね。モノマネの面白さの秘密があるなと思ってて、たとえばビートたけしのモノマネをするっていうのは、たけしをこの場にポーンと持ってくるっていうのあるじゃない? 劣化されたものではあるけどさ。で、すぐに消えちゃうじゃん。素に戻るっていうか。ダジャレもそういたところあるのかなぁとは思うんだけど、でもやっぱり腑におちないんだよねぇ。
D:モノマネっていうのは、誰それのこの部分をマネしようってことでピックアップするわけでしょ、その選び方とか持ってき方とかがポイントで、そこはいかにデザインするかっていうところだと思うんですけどね。
G:デザインってそういうところあるよね、悲喜交々まとめて示しちゃうっていうか。ホントはもっと拡がりがあるはずなんだろうけど。パッケージしちゃうっていうか。
D:だから、モノマネまで極端な表現じゃなくて、素材そのものをいただくのがダジャレかなぁって思うんですよね。
★ ★ ★
G:さて、そのパッケージされたポスターなんだけど、こうしてみると、だいたいいいね。
D:「だいたい」すか。
G:いくつか気に入らないのがあるけどね。「ひょっこりひょうたんGマーク」ね、アレ時間なかったなー、っていう(笑)
D:えー
G:「オヤジ、下阪で待つ。」いいね。これBCCKS賞なんだからオイラ作りたかったなぁ。
D:いやいやそんなことされたらBCCKS賞が一番価値あるものになりかねないんでやめてください!
G:「やっぱり念校が好き」これオイラ全ッ然嫌いだったんだけど、こうやってポスターになって見せられると納得するね。
D:嫌いだったんだ(笑)
G:「生きるべきかヘルベチカ」のデザイン酷いよね(笑)
D:えー、いやいや、これはね、デザインできなかったですよ。
G:できないよね。これさ、伊藤ガビンより偉いもんね。
D:シェイクスピアよりも偉いですよね。
G:ヘルベチカって、デザインよりも有名なワードじゃないすか。それを持ってくるっていうね。そこがね。
で、これはArialで組んでんだよね?
D:(笑)いや、それはマズいでしょ。
Arialはヘルベチカのダジャレである、みたいなことですかね。
G:劣化したね(笑)
しかしコンテスト始まって早々これを送ってきた伊藤ガビンのテキトーさがムカつくね(笑)。
D:ダジャレにみえる人格って、ある気がしませんか?
G:普遍的なダジャレを持ってくるところとか、伊藤ガビン性があるなとは、すごく思いますね。
D:誉めすぎてますね
G:いや、これは誉めすぎても誉め足りないでしょ。伊藤ガビンの墓に彫りたいよね(笑)。
D:「生きるべきかヘルベチカ」なのに死んでんじゃん! っていうね(笑)。生きるべきじゃなかったんだっていう。ヘルベチカだったんだって。
G:でもこれあれでしょ、他の作品もさ、選考するわけだから、ダジャレの引用してる文学だ、音楽だ、なんだーって、全てに関与できる俺レベルたけーよって思ってるからやってんでしょ?
D:いやいやそこまで言い切れないすよ
G:それ言っていいと思うよ、うん。
★ ★ ★
G:ところでダジャレはどうやったらうまくなるんですか?
おれダジャレすんごい下手なの。うまくなりたい。
D:レッスンしますか? ていうかそもそもおれってダジャレうまいのかな?
G:うん、うまい。
そもそも去年の今頃って、ツイッター上は自粛ムードだったじゃない?
あの時さ、オイラのタイムライン上でポツーンと、ひとりでダジャレ言ってたわけ。
あれは救われた。
あれがダメだったらほんとキレたと思うんだけど、よかったんだよね。だから、強かった。
D:ありがとうございます。
G:あれは才能なの? 誰もついてくんなよって感じ?
D:んなことないですよー。さっきも言ったけど、ツイッターのあの場では、文字しか遊び道具ないんで、それを並べて遊んでただけです。
G:回文とかもやってたもんね。
D:そうですね、回文は上手い人はホントに上手いんだけど、そっち方向じゃかなわないから違う回文を作りたいなぁと思ってて。究極の回文って一文字でいけちゃうみたいなの探したりしてたんです。たとえば「回」って漢字ひとつで回文とかね。
G:やっぱ大日本ぽいねー
大日本タイポグラフィっぽいねー
D:そこ言い直さなくていいです。
文字で遊ぶのは好きなんだけど、大日本タイポ組合って作らないといけないんです。元々の文字をいじったりして。でもそれってメンドくさいんですね(笑)でも文字ってすでにあるから、それを並べるだけでもじゅうぶん遊べるっていうことのひとつに、ダジャレがあるって感じですかね。
G:あーそれオイラも分かるな、グリッドに文字組んでの伝わりやすさとか美しさっていうのずっとやってるんだけど、たとえば英語の中に日本語をポンッと入れるだけでも意味が分からない英語圏の人にもその日本語が通じやすくなるんだって。だからそういう文字を並べての伝え方ってあるんだよね。
やっぱり日頃の訓練なのかもね。文字をいっぱい並べてみろ、と。
D:そうですね
G:今回の参加者の中でいちばん才能がある人は誰なんですか?
D:うーん、誰すかねぇ。。。
G:自分?
D:ま、そうかな。。
G:あ、やっぱりそう思ってんだ。あーこれはいい会だなー。
第2回はどうなるんですか?
D:今回はたまたまツイッターにうまいこと乗っかってやりました。来年のことはどうなるかわかんないけど、また時期が近くなったらウズウズするかだろうなぁって思ってます。あらためて振り返ると、今はいとも簡単にこうやって本だってできるし、レーザーカッターで物も作れるようになってる。コンテストだって(コンテストって言っちゃっていいんだよね)、個人ベースで作れちゃうんだなぁと思いました。
G:こういう公募ってどうなっていくんだろうね。グッドデザイソは権威になっていくのか、あるいはあれこれ乱立するのか。
D:グッドデザイソ賞の話だけで言うと、今回グラフィック系のダジャレの応募が多かったんで、今度はプロダクトとか建築とか、各ジャンルもあってもいいかと思ったりもしましたね。
G:本家グッドデザイン賞は多ジャンルあるもんね。
D:本家て(笑)。でも言葉とグラフィックっていうのは相性がいいなぁと実感もしました。
ところで、そもそもグッドデザイソ始まったのは勇吾さんの一言からでしたけど、このイベントは弦人さんきっかけですからね(笑)最初に授賞式やったほうがいいよって言ったのは弦人さんです。いざ授賞式やろうって盛り上がってきたところで「やっぱBCCKSでしゃばるの良くないから」って言われて後はひとりで全部進めました。結果的にはとても良かったんですけど。
G:うん、良かったよね。
D:しかもこうして対談にまで引っ張り出しちゃって、ほんとうにありがとうございます。また第2回があるような時にはまたよろしくお願いします。(了)
2012年10月1日 発行 初版
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