日本科学未来館
日本科学未来館は、最先端の科学技術と人をつなぐ、すべての人にひらかれたサイエンスミュージアムです。さまざまな分野に波及する先端科学技術の営みを「新しい知」と捉え、私たちを豊かにする文化の一つとして、社会全体で共有することを目指しています。
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プロローグ…………………………………p5
1章 金属…………………………………p17
時間 構造 つかいかた1、2、3
科学者からのメッセージ
監修:中村崇(東北大学多元物質科学研究所教授)
2章 プラスチック………………………p61
時間 構造 つかいかた1、2、3
科学者からのメッセージ
監修:吉岡敏明(東北大学大学院環境科学研究科教授)
3章 木……………………………………p99
時間 構造 つかいかた1、2、3
科学者からのメッセージ
監修:舩岡正光(三重大学大学院生物資源学研究科教授)
◉ 本書記載の経歴、所属先、組織名は、iPad版がリリースされた2011年7月の時点のものです。
4章 エキシビジョン………………………p143
デザイナー11組の提案
福島加津也
東泉一郎
成瀬友梨+猪熊純
中村竜治
参/MILE
鳴川肇+平井正司
野末壮
坪井浩尚
熊谷彰博
佐藤淳
山口誠
公開ブレインストーミング
5章 活動報告………………………………p229
エピローグ……………………………………p239
文:今泉真緒
日本科学未来館「地球マテリアルプ会議」企画担当
日本科学未来館には、特殊なゴミ処理設備が導入されている。収集車をつかわずに、処理場へと一気に送られる巨大なダクトだ。この設備では、あらゆるモノが廃棄処理へ向かう時を待っている。スタッフが飲み終わった紙コップもあれば、つい先ほどまで展示物として人々が楽しんでいたモノもある。常設展示は最低5年間、企画展示は長くて数か月、イベントならば数時間、ある一時期、同じ時を共にしたモノたちは、展示期間を終えるとバラバラに解体される。ほかの会場へ巡回していくモノもあるが、廃棄されるモノは、このゴミ処理設備から、有明にある中間処理場へ送られ、最後には中央防波堤の埋め立て処分場へと向かう。
私が今いる、ここ未来館も、東京湾を埋め立てて造られた「大地」の上に建っている。百年前にはなかった土地だ。
目の前のモノを「時間の流れ」で捉えてみると、実に、さまざまな時間スケールがあると感じる。数時間だけお披露目される展示物。1日で商品からゴミへと変わるパッケージ。何世代も大事にされる宝石、1000年以上も愛されつづける建築物や、10万年後まで影響を残す廃棄物。数か月の製作プロセスに、1年単位のモデルチェンジ……。モノたちが目の前を流れていく時間は、それぞれのマテリアルの性質に起因する場合もある。しかし、大きな決定要因となっているのは、人間の欲望ではないだろうか。楽しさ、強さ、温もり、効率、賢さ……。モノは、人生にさまざまな価値をもたらしてくれる。省エネ、省資源といわれても、幸せは感じたい。どのような価値を、どのくらいの期間欲するのか。それを決めるのは、私の意思だ。
ではこの先、私たち人間はどのようなモノづくりを目指したいか? 本書では、その答えを探るために、まず、科学者の視点を共有することにした。科学が見つめるマテリアルは、人間社会の浮き沈みに関係なく存在する。私たちの意図とは無関係に、ただ、目の前にある。それは、大きな時間の流れの中、厳密な自然法則に則って、50億年後に地球が終わりをむかえるまで、たゆみなく地球上を流れつづける物質だ。
この先のモノづくりを考えるために、まず、一人ひとりの意思には左右されない、基盤となる視点の共有から始めよう。これが本書の狙いだ。この姿勢をもって構成された本書には、いくつかの特徴がある。本書をお読みいただく前提として以下に挙げたい。
[本書の特徴1]
大きな時間スケールでマテリアルを捉える。
既存のマテリアルブックの多くは、機能や性質からマテリアルを分類している。それは、モノづくりの材料選びに役立つ人間中心の視点といえる。本書の特徴は、地球スケールの時間軸でマテリアルを捉える点にある。現代人のライフサイクルに流れる時間スケールを超えた、地球誕生からつづく46億年の大きな時間スケールの中では、それぞれのマテリアルは、機能や性質の異なる固定したものではなく、変化していく状態として捉えられる。その時、すべてのモノは濃縮・拡散を繰り返しているということが見えてくる。
* モノは、地球に存在する物質が「一時的に濃縮」した姿である。
* 地球上に存在する物質は、すべて元素であり、不滅で増えることも減ることもない。
* 元素は、さまざまな時間スケールで、濃縮され、また拡散していく。
* 異なる時間スケールで濃縮されたものが、モノづくりの材料となるさまざまなマテリアルだ。
[特徴2]
元素(金属)・化合物(プラスチック)・生物(木)で分類。
モノは、細かく分ければすべて元素のくみあわせでできている。たとえば、木をつくっているのは炭素、酸素、窒素、リン……。ペットボトルは炭素、水素、酸素……。車は鉄、アルミニウム、亜鉛……。元素は100種類ほど。しかし、マテリアルの種類は数限りない。それは、元素のくみあわせが無限にあるからだ。
* 本書では、この限りない種類のマテリアルを、元素・化合物・生物の3つの分類で見ていく。
* 「1種類の元素だけでできているもの」「いくつかの元素からなる化合物」「化合物がしくみや機能をもった生命体」。地球上のマテリアルはすべてこの3つに当てはまる。
* それぞれが異なる時間スケールをもつ。本書では、元素、化合物、生物の代表例として「金属」「プラスチック」「木」を解説する。
* 元素が自然の営みによって集められ濃縮すると、資源になる。資源から取り出したものがマテリアル。
* 自然界では元素が集まる「濃縮」の営みと、ばらばらになる「拡散」の営みが、日々くり返されている。
* 濃縮や拡散の時間はマテリアルによって異なる。
* 一般に金属など一種類の元素だけでできているマテリアルが、最も長い時間をかけて濃縮・拡散される。
* 次に長いのが、プラスチックなどの化合物。
* 最も短いのは、木や動物などの生物。
[特徴3]
マテリアルの時間スケールからモノづくりを捉える。
本書では、3つのマテリアルの紹介の後に、それぞれ、つかいかたの参考となる解説を加えている。それは、マテリアルがもつ時間スケールを踏まえたモノづくりに対する、科学者からの提案でもある。
* それぞれのマテリアルがもつ時間スケールと、人間がマテリアルをつかう時間スケールには違いがある。
* 地球上の物質とエネルギーが有限な限り、持続可能なモノづくりのためには、マテリアルの時間スケールを認識する必要がある。
* なぜなら、私たちがマテリアルをつかうのは、自然が濃縮したものを拡散させるプロセスだからだ。
[特徴4]
科学者とデザイナーの対話から生まれた。
本書は、2010年に日本科学未来館が行った「デザイン×科学 地球マテリアル会議」の内容をもとに、新たな編集を加え、まとめたものである。「地球マテリアル会議」は、勉強会と展示を通して、これからのマテリアルのつかいかたを考える複合的なイベント。2010年の1月から科学者とデザイナーが対話しあう勉強会を4回開催し、そこで得た知見を受けて、11組のデザイナーが作品を制作し、5月19日〜6月7日に展示会を開催、あわせて公開ブレインストーミングを行うというプロセスをたどった。本書は、科学者とデザイナーという、モノづくりにおいて異なる役割を担う両者の対話から生まれたといえる。
* モノづくりとは、地球上に存在するマテリアルを、社会の中で濃縮・拡散する行為。
* デザイナーは、「どの物質を」「どのくらいの配分で」「どのくらいの時間」濃縮するかを決める役割をになう。
* 科学者は、それぞれの物質の適切な配分と時間について判断する基準を提供する役割をになう。
以上の特徴をもつ本書は、3名の科学者の話をもとに執筆した「金属」「プラスチック」「木」の各解説、11組のデザイナーの作品をまとめた「エキシビション」で構成されている。「エキシビジョン」の章で紹介する作品は、地球スケールの時間でマテリアルを捉え直すという視点に立った、デザイナーによる提案である。私たちがどのような価値を求めるか。この先のモノづくりのありかたは、一人ひとりの意思が決める。デザイナーの提案は、それぞれの方向性を鮮やかに指し示している。
「地球マテリアル会議」開催から3年がたった。2011年にはiPad版の電子書籍を発行し、2013年、より多くの方々に「大きな時間のモノづくり」を共有するために、BCCKS版を発行するに至った。強い共感をもって、本書の発行を支えてくださった皆様に感謝したい。また、「地球マテリアル会議」に参加してくださった科学者、デザイナーの皆様に改めて感謝する。
本文では、参加した方々それぞれの「今」について、更新できていない。しかし、大きな時間は変わらずに、すべての人の前に流れている。そして、豊かさのありかたが問われる今、大きな時間でモノづくりを捉えるという姿勢は、ますます重要になっていると実感する。
それでは、モノづくりに携わる人も、モノをつかう人も、エピローグまでじっくり読み込んでもらい、目の前のマテリアルとは何かを、再発見してもらえると幸いである。地球上で、たまたま本書が目の前にある、読者のあなたの「今」において、本書が新たな視点を添えられますように。
監修:中村 崇
東北大学 多元物質科学研究所 教授
文:今泉真緒
自然における金属の循環は、人間の時間軸をはるかに越えることを知る。
私たちの身の周りにある金属の大部分は、もともと鉱石のかたちで地中に眠っていた。金属鉱石は、きわめて長い時間で濃縮された原料だ。46億年という歴史をもつ地球が、地殻変動によってゆっくりと海や陸を形成する過程で、少しずつ形づくられたものである。
たとえば地球上で最も豊富な資源である鉄鉱石は、大むかし海に溶けていた鉄が濃縮した姿だ。鉄は地球の総重量の35%をも占め、地球は別名「鉄の惑星」ともよばれる。約46億年前の原始太陽系で、鉄を主成分とする宇宙塵が大量に濃縮され、原始地球ができあがった。その後、約27億年前、地球では、シアノバクテリアとよばれる藻のなかまの微生物が大繁殖し、光合成によって、大気中にあふれていた二酸化炭素から大量の酸素をつくりだし、地球の大気成分を激変させた。当時、海に大量に溶けていた鉄のイオンは、シアノバクテリアがつくりだした海水中の酸素と結合し、水酸化鉄の固まりとなって海の底に沈殿していった。
やがて、水酸化鉄がたまった海底が地殻変動によって隆起し、山となった。これが、現在、私たちが利用している鉄鉱石の層(鉄鉱床)である。鉄鉱石の成り立ちのように、その他ほとんどの金属の鉱床は同様に、ほぼ数億年~数十億年という長い時をかけて金属が濃縮し、できたものだ。
地球が鉱脈(鉱床)をつくりだす億年単位の年月にくらべて、金属をつかいはじめた人間の歴史は、きわめて短い。最も古くから人間がつかいはじめたのは金で、8,000年前のこと。その次は銀、そして錫と銅、鉛、水銀、鉄へとつづき、これらが「古代7金属」とよばれる。私たちがつかっているその他の金属はすべて、18世紀以降に実用化された。すなわち、近代になって私たちが電気を手に入れ、酸化した金属から思いのままに酸素をはがすことができるようになってからのことだ。
現代の私たちは、地球が時間をかけて形成した鉱床から鉱石を掘りだして、金属を手に入れ、さまざまな製品につかっている。そして、たとえばその高い電気伝導性から多くの工業製品に不可欠な銅は、多種多様な製品の中に部品として少量ずつつかわれ、あっという間に社会の中へ拡散していく。
やがてつかわれなくなった製品は、可燃ゴミとして焼却される。多種多様な製品に紛れこんだ銅は、ほんのわずかな燃え残りのゴミとなり、さらに他のさまざまなマテリアルとともに燃やされ、焼却灰となる。焼却灰に熱をかけて溶融すると、融け残った金属が炉の底にたまっていく(*日本では埋め立て地の省スペース化を目的に、焼却灰を溶融し質量を減らしている)。
このようにして炉底にたまった銅の塊は、鉄などと混ざり合った低純度なもので、もはや工業製品をつくる品質はない。人間社会に広く拡散した金属のなれの果ての姿だ。
人間は、自然がきわめて長い時をかけて濃縮した金属を、数年から数十年という速さでバラバラに拡散させてしまう。最後に残るのは、ゴミとなったさまざまな物質が混ざり合い、放置されている状態だ。
私たちが金属をつかってモノづくりをつづけていくためには、まず、目の前にあるどんなに小さな金属片も、数億年から数十億年をかけてようやくここにたどり着いたという認識をもつことが必要だろう。人間の営みのタイムスケールの中で、金属は自然にはけっして循環しないマテリアルなのだ。
金属は元素ベース。元素そのもので金属の性質が決まることを理解する。
金属の特徴とはなんだろうか? 電気を通し、光沢があり、その多くは強くて硬く、熱も通しやすいが、光は通さない。比較的高温に耐え、溶かせば成型でき、叩いて延ばす、削る、彫るなど加工性もよい。光沢は高級感をもたらし、刀、彫金、アクセサリーなど、職人技が冴えるモノづくりの材料としてつかわれてきた。そうした性質は、金属を成り立たせる元素によって決定づけられている。
元素とはあらゆる物質の構成要素であり、私たちが現在その性質を理解し、コントロールして新しいマテリアルをつくることのできる最も小さな構成単位だ。元素は粒子の実体である「原子」を示す別名称である。実体としての原子は、陽子と中性子からなる原子核と、電子からできている。原子(元素)の性質は、陽子、中性子、電子のくみあわせで決まり、陽子の数が増えるにつれて質量は大きくなる。世の中のマテリアルは、単一の元素(原子)だけで構成されるもの(=金属など)、複数種の原子がくみあわさった分子で構成されるもの(=化合物)、異なる分子構造が複雑な組織体を形づくり成り立っているもの(=生物など)の3つに大別できる。
金属は、単一の元素(原子)だけで構成される元素ベースのマテリアルである。金属の中には、合金のようにいくつかの金属元素からできているものもあるが、その構造は木材やプラスチックとくらべて非常に単純だ。元素の種類は約100種類、その中では金属元素が圧倒的な量を占める。
金属はすべて錆びるが、金(Au)は最も錆びにくい金属元素だ。それは金の元素が、他の金属にくらべ酸素との結合力が最も小さいことに由来する。金は自然に放っておいてもまず酸化することはなく、美しいままだ。この性質が、キラキラした輝きを放つあらゆる金属の中でも、とりわけ金が古代より重宝され、財産となりえた由縁だろう。また、原子同士の結びつきが強いタングステン(W)は、最も融点の高い金属元素だ。すべての金属が電気を通すにもかかわらず、タングステンが白熱電球のフィラメントに選ばれたのは、この性質ゆえである。一方で、生体に最も無害な金属元素はチタン(Ti)だ。多くの場合、金属を生体に入れると、金属イオンが溶けだし生体に悪影響を与えるが、チタンは影響が少ない。そのためチタンは、心臓のペースメーカーのケースや人工骨など、生体に埋め込む医療用品に利用されている。
元素単体でできている金属の性質は、何度加工し直しても、基本的に変わることはない。つかい終わったら溶かして元素にもどし、また加工し直せばよい。だが、プラスチックなどの化合物や、木などの生物は金属のようにはいかない。元素にもどすと、元とはまったく違うものになってしまう。金属は基本的にすべてリサイクルできるといえる。元素ベースであるからこそ発揮される金属のこのリサイクル性に注目しながら、それぞれの元素が決める性質を存分に活かす設計を心がけることが重要だ。
自分のつくるモノの元素を知ること。そして情報公開すること。
資源という言葉を聞くと、「貴重で少ないもの」と考えがちだが、本来、金属鉱物資源とは、「一か所に同じ金属元素が大量にある」状態をいう。現在、私たちが資源とよぶものは、人工衛星などで地球を探査することで発見される。そして、大量のエネルギーを投入して採りだす。効率よく採掘するためには、一か所にどれだけの量が存在するかが重要となる。
人類がつかう資源は、地球の最も地表近くの「地殻」とよばれる層から採掘される。地殻は地球を卵にたとえると、卵の殻に相当するような薄い層で、地表からの深さは0〜60kmほど。この地殻にどんな種類の元素がどれくらい存在するかは、ほぼ推定されている。クラーク数とよばれる値だ(クラーク数は、地殻中の賦存[ふぞん]割合、つまり、理論上算定された存在量を示す)。酸素(O)、ケイ素(Si)、アルミニウム(Al)、鉄(Fe)といった元素が中心で、それらが全体の85%以上を占めている。地球の半径は6,400km。そのうち人間が探査し、掘りだしているのはせいぜい深さ10kmの範囲だ。資源を探しているといっても、地表をうろうろし、薄皮一枚だけもぐっているにすぎない。人類が踏みこめる領域の限られた量の資源を、人間全体で分け合っているのだ。
「レアメタル」とよばれる金属元素は、まさに人間が奪い合っている資源だ。レア(=Rare)といっても、必ずしも「地球上に希少」というわけではない。つかわれかたがレア(特殊)であったり、製法が難しくレア(入手困難)な場合もあり、生産量や流通量が非常に少ないものをそうよぶ。たとえばディスプロシウム(Dy)。小型モーターなどにつかわれているネオジム磁石をつくるときの添加剤として必須の元素だ。つまり、最新の電化製品などには欠かせない元素であり、日本では輸入に頼っていて、この元素がもし足りなくなると産業は立ちゆかなくなる。このように産業戦略にとって重要な元素が、国によってレアメタルとして指定されている。その数は日本では47元素(31種類。経済産業省による定義)で、アメリカでは10元素と希土類(スカンジウム、イットリウム、ランタンからルテチウムまでの17元素)と多少異なる。各国は、レアメタルを戦略的に確保する必要に迫られており、備蓄を進めるとともに、レアメタルが必要とされる製品や技術を、手に入りやすい元素で代替するための研究開発も進んでいる。
レアメタルの一方で、手に入りやすい金属元素をいかに分かち合うかも重要な課題だ。鉄(Fe)、銅(Cu)、鉛(Pb)、亜鉛(Zn)、アルミニウム(Al)の「ベースメタル」は、地球上にも比較的豊富に存在し、大量につかわれていて、古くからなじみがある。これらは私たちの生活を支えるインフラに欠かせない。つまり世界の国々が発展をとげ、同じくらいの生活水準を手にすると、その必要量は爆発的に増える。中国、インド、ブラジルなど発展の目覚しい新興国があまたある現在、ベースメタルを十分まかなえない可能性がでてきており、徐々にではあるが資源価格の高騰が起こっている。インフラに欠かせない金属元素の価格が上がれば、世界経済に大きな影響をあたえるだろう。ベースメタルについても人類全体で分かち合うためには、各国が自国内にある金属元素の適切な管理を行い、ていねいにつかい回していくことが必要となる。
限られた資源を分かち合う以上、金属をつかってモノづくりをする人は、自分のつくるモノが何の元素からできているかを知ることが重要だ。加えて、それは地球上に豊富に存在するのか、どの程度手に入れやすい元素なのかを認識する必要がある。さらに、リサイクルの流れをつくるためには、設計者のみならず、生産者、ユーザー、廃棄物処理事業者やリサイクル事業者といったさまざまな人々が、モノの元素情報を共有することが求められる。
製品の成分が公開されると、それに伴い、企業が開示するのを好まない製造法やコストなど多くの情報が明らかになるため、現実的には多くの困難が生じるだろう。しかし人類がその誕生以来、資源を争う歴史を歩んできたことを考えると、マテリアルを元素レベルで意識しながら情報公開してデザインする必要が見えてくる。
金属のリサイクルの流れと、純度に適した機能を考えながら設計する。
金属は、自然がきわめて長いタイムスケールで濃縮したものであるから、慎重に扱わなければならない。モノづくりを続けていくためには、社会の中で金属元素を管理して、長期にわたりくり返しつかうことが求められる。一度だけのモノで終わらせず、リサイクルをして次の誰かのための製品に何度も生まれ変わらせるのだ。
金属は元素ベースであり、リサイクルにはとても適している。ただしリサイクルをすると不純物が混ざり、純度が落ちてしまう。そもそも高純度といっても100%ピュアな金属はない。また、高純度の金属でモノをつくっても必ず不純物が混ざる。こうした自然の流れに逆らって純度を一桁上げようとすると、コストも一桁跳ね上がる。純度を上げることはできるが、大量のエネルギーの投入が必要となる。そのため金属のリサイクルは、高純度の金属を上流として、純度の低下に沿ったつかいかたを考えて行う必要がある。
純度が落ちるからといって、単純に品質が悪くなるというわけではない。純度に適したつかい分けをすればよいのだ。私たちが生活で目にする鉄のほとんどは「スティール(鋼)」とよばれ、炭素などの不純物が少し混じっている。より高純度なものは「高純度アイロン(鉄)」とよばれ、その性質はスティールとは異なる。純度99.9999%ものアイロンになると、電気をよく通し、とても柔らかく、よく延び、薄くでき、錆びない。このような高純度の鉄は半導体などに応用できるほか、低コストの加工方法が開発されれば今まで腐食や割れが問題となってきた部分を改善でき、情報分野、エネルギー分野、航空宇宙分野などでの活用が期待される。高純度をつくりだすのには手間がかかるため、高純度アイロンは金より価格が高くなる。一方、アイロンは柔らかいので、たとえば車体などには適さない。頑強さとともに、薄さやデザイン性が求められる車体には、高純度のスティールがつかわれる。さらに低純度のスティールは、錆びやすくはなるがより頑強な素材であるため、建物の骨組みなどにつかわれる。
アルミニウムについても見てみよう。純度99.90%以上のものは純アルミニウムとよばれ、電気や熱をよく通し、柔らかくて加工性がよく、薄く延ばすことができるため、導電材や精密な加工を要する照明器具などに適している。
また、添加元素を含んだより純度が低いアルミニウム合金は強度が高くなるため、スポーツ用具や機械用のネジ、調理器具などにつかわれる。
さらにリサイクルして純度が低くなったアルミニウム合金は、錆びやすくはなるが非常に強度があり、車のエンジンなど車両用の部材などにつかわれる。
アルミニウム合金の中でも特に銅とマグネシウムを加えたものはジュラルミンとして知られ、軽量でありながら鋼材に匹敵する強度をもつため、航空機、鉄道車両の部材につかわれ、省エネルギーに貢献している。
リサイクルをシステム化し、純度を下げながら多段階に利用していくことを、「カスケード利用」という。このようなつかいかたを実現するためには、モノづくりに携わる一人ひとりが、自分がつくるモノの“前と後”に意識を向ける必要がある。
金属にはさまざまな特徴がある。純度が落ちて、たとえば銅が導電性という機能を発揮できなくなったとしても、銅という素材がもつ独特の質感が失われるわけではない。銅線が美しい装飾品にみごとに生まれ変われるかどうかは、私たちがある役目を終えた銅の別の性質に目を向け、新しい機能を見出せるかどうかにかかっている。さらには異なる分野の人同士が連携し、社会全体でマテリアルの流れをつくっていけるかにかかっているのだ。
ゴミにしないための、解体しやすい形と回収のしくみを設計する。
金属をつかうときに私たちが考えるべき時間にはふたつある。ひとつは、金属が自然の中で濃縮されるまでの時間。もうひとつは、社会における拡散の時間である。私たちはモノづくりと称して、何十億年もかけて濃縮された金属を採掘し、あっという間にさまざまな部品や製品をつくりだし、社会の中に拡散させてしまう。この拡散のスピードを管理して、社会の中で金属を長くつかいつづけることが必要だ。
携帯電話一台の中には、200~300ppm(parts per million=100万分の1%)の金が含まれる。これは自然の金鉱石に含まれる金の濃度の100倍に相当する。しかしたった一台の携帯電話では資源にならない。つかい終わった携帯電話などの電化製品も、何十万台と大量に集めるしくみができれば、重要な資源となり得るのだ。
R to S(Reserve to Stock)構想は、これまでリサイクルできていなかった金属を社会の中で「備蓄する」ことで、原料として再利用する提案だ。現在日本では金属の多くを輸入に頼っている。タンタル(Ta)や希土類金属などのレアメタルはほぼ全量が輸入され、一度製品化されただけで、つかい捨てられている。
レアメタルのように製品に微量にしか含まれない金属類では、効率の良い回収のしくみが見出せず、リサイクルが進んでいないのだ。しかし、そうした金属の再利用は、ある期間いったん「備蓄する」など、社会の中での時間のありかたを変えることで可能になる。時間をかけてたくさん集めれば「資源」となり、蓄積することで人工の「鉱床」にもなり得る。
目先の必要に左右されるのではなく、できるかぎり多くの金属類のゆく末を管理して、将来のモノづくりの原料とする社会システムを構築することが必要だ。
金属はリサイクルに適したマテリアルだ。しかし多種多様なマテリアルがくみあわされた電化製品などから金属だけを回収するには、大きなエネルギーとコストがかかる。金属のR to Sをうまく機能させるためには、経済合理性を成り立たせる必要がある。現状はつかい終わった製品を回収するよりも捨てるほうが安い。さらに、多くの製品はダウンサイジングで電子部品がよりいっそう複雑化して、解体を困難にしている。
だがそんな中でたとえばコピー機は、回収・解体のしくみがうまく機能している好例といえる。コピー機の場合、製品のほとんどはリース利用されている。そのため部品のリサイクルとリユースがきめ細かく設計され、つかい終わった製品は効率よく回収・分解・再製品化される。製品の設計・製造・流通・回収・解体のルートが確立・管理され、これをベースに次世代モデル以降の設計も早め早めに行われている。
長くつかってもらうだけでなく、つかい終わった後の壊すときまでを考慮した設計が求められている。さらにひとつのモノだけではなく、多種多様なモノの中に潜む金属を、社会でどう備蓄し再利用するのか、その大きな流れの設計も同時に求められているのだ。
◉資源とは「一か所に同じ物質が大量に」濃縮されている状態であることを理解すること。
◉その上で、金属資源を100%循環させることは不可能だと認識すること。
◉以上を理解した上で、社会における循環型システムを考えること。
◉適材適所であること。
謙虚に自然科学の法則に従い、かつ社会の要請に応える素材・材料の製造プロセスの開発を心がける。
なかむら・たかし 九州大学大学院工学研究科博士課程冶金学を修了後、九州工業大学工学部、東北大学素材工学研究所での研究活動を経て、2001年より東北大学多元物質科学研究所に在籍。 資源循環・再生研究センター長を経て、現在は同研究所教授として、主に金属資源リサイクルプロセスの研究に立脚し、資源回収を可能にする社会システム構築を目指している。
監修:吉岡敏明
東北大学大学院 環境科学研究科 教授
文:大西将徳
プラスチックに含まれる「石油の時間」も考慮したモノづくりを考えること。
プラスチックは石油を原料につくられる。石油は数千万年~数億年という長い時間をかけて、自然がつくりだした。人類はその石油を、地中数千mの深さからくみ上げ、利用する。日本は石油をほとんど産出しない。石油のほとんどを海外から買っている。サウジアラビア、アラブ首長国連邦……。石油を産出する国や地域に偏りがあるのは、自然界での石油のつくられかたに起因する。
石油は、大昔の生物の死骸から、数千万年~数億年という長い時間をかけて地球内部につくられた。現在世界の石油埋蔵量の大部分が集中するペルシア湾付近は、今から数億年前、テチス海という海域だった。
当時、この海域の気候は温暖で、生物が活発に繁殖した。生物の死骸は海の底に沈み、流れの穏やかなテチス海では、他の生物活動によリ分解されることもなく地中に閉じ込められた。長い時間と熱、圧力が、生物の死骸を炭素の鎖の集まりである石油へと変化させた。
石油が燃えることに気づいた人類は、19世紀になると長く地中に眠っていた石油を大量に掘りだし、18世紀の産業革命の原動力であった石炭に代わる燃料として利用した。1835年、可塑性(Plasticity。圧力や熱により変形する性質)のある合成樹脂(プラスチックの元祖)を発明。20世紀に入り、第二次世界大戦後に石油化学が本格化すると、多種多様なプラスチックを開発し、大量のプラスチック製品を製造し、今の私たちの生活をつくりあげた。
数千万年~数億年かけてつくられた石油を、人類は工場で一瞬のうちにプラスチックへと変化させる。限られた地域に眠っていた石油は、プラスチックというかたちで、人が生活する地球上のあらゆる場所に拡散される。私たちの手に渡ったプラスチック製品は、石油がつくられた時間にくらべれば、はるかに短い時間でゴミとして捨てられる。
石油価格と生産量の予測(世界)
現在未発見・未開発の油田では、開発コストが高くつくため、石油価格が上昇すると予測されている。油田の開発コストの上昇によって、石油生産量はすでにピークを迎えているという説もある。
資料提供:大久保泰邦(NPO法人もったいない学会)
参考:World Energy Outlook 2008, IEA
プラスチックという自然界に存在することのない人為的マテリアルは、人の手を離れた後、なかなか別のかたちに変化しない。たとえばペットボトルにつかわれているPET(ポリエチレンテレフタレート)は、自然に分解されるのに800年かかるともいわれている。
私たちがこれからもプラスチックをつかいつづけるためには、短い時間でプラスチックを製造し使用することに慣れた社会を、根本的にデザインし直さねばならないのかもしれない。
プラスチックは複合材料。非常に多くの種類があることを認識する。
プラスチックは種類が多い。ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリ塩化ビニル(PVC)、ポリスチレン(PS)、ポリエチレンテレフタレート(PET)。この5種類がその主たるもので、私たちの身のまわりに存在するプラスチックの実に80%を占めるといわれるが、それ以外の種類をすべて総合すると、180種類を超える。この種類の多さが、私たちの生活の隅々で、適材適所のさまざまなつかわれかたをしている所以だ。
プラスチックが私たちの多彩なリクエストに細やかに応えてくれる秘密は他にもある。添加剤だ。
添加剤とはプラスチックに必要な機能をもたせるためにつかわれる“混ぜもの”のこと。可塑剤、耐熱剤、防カビ剤、着色剤などさまざまな機能が、この添加剤によってプラスチックに与えられる。同じ目的の添加剤にも多くの種類があり、複数の添加剤を混ぜあわせることもある。とりあわせも混ぜる割合も、無限のくみあわせが考えられる。
まさにプラスチックの種類は無限であり、どんな機能も添加剤の混ぜかたしだいでぴったり調節できることこそプラスチックの最大の特徴といえる。
さらに、同様の原理で色素を混合すれば、多種多様な色素材を得ることができる。木材や金属では困難なこの自在な色のコントロールも、プラスチックがもつ大きな特徴である。
さまざまな機能を制御できる夢の素材。なぜそれが可能なのかといえば、プラスチックが化合物であるがゆえだ。
化合物とは、単一元素が規則的に並んだ金属とは異なり、複数種の元素が化合した構造からなる。プラスチックは有機高分子化合物であるが、有機とは炭素を主要な骨格に含む化合物を意味する。有機化合物はそもそも生体に備わる化合物であった。石油という生体由来の化合物をベースにした分子レベルでの新素材開発を、人類は過去50年のうちに膨大になしとげた。人工的な化学合成により、多様な要求に応えるプラスチックを大量に製造したのである。
もともとプラスチックは自然素材の代替品として生みだされた。象牙の代用品としてのセルロイド、絹の代用品としてのナイロン。私たちのさまざまなニーズに安価かつ手軽に応えることこそ、プラスチックの本質なのかもしれない。そのため身のまわりの多くのものがプラスチックで置き換えられ、今や私たちの社会はプラスチックなしでは成り立たないほどになっている。しかしながらこの多岐にわたるプラスチックの機能の細分化こそが、使用後の生まれ変わりを困難にする。種類の多さや添加剤の多様さが、再生にとっての最大のバリアとなるのだ。プラスチックと離れられない社会に生きる以上、プラスチックとの関係を、今一度考え直す必要があるだろう。
プラスチックの3種類のリサイクル方法を理解して設計する。
私たちがこれからもプラスチックをつかいつづけようとするとき、求められるひとつの答えは“プラスチックの寿命”を少しでも延ばすことである。役目を終えたプラスチックをゴミとして捨てれば、焼却処分されて二酸化炭素となる。この瞬間、プラスチックは完全に寿命を終えるが、たとえば溶かして別のかたちに成型すれば、プラスチックの寿命を延ばすことができる。後者の考えに立つとき、プラスチックのたどる道は3つに分けられる。マテリアルリサイクル、ケミカルリサイクル、そしてサーマルリサイクルだ。
一度役目を終えたプラスチックを、溶かして別のかたちに成型し、別の製品に再生するのが「マテリアルリサイクル」だ。ペットボトルを例にとろう。回収され、選別されたペットボトルは工場で粉砕・洗浄され、フレークとよばれる材料の状態にもどされる。これを溶かして成型すれば、再びペットボトルにすることも、衣服や、プラスチックのトレーにすることもできる。しかし問題もある。回収されたプラスチックの素材が同一でない場合、期待したような機能が発揮できなくなるのだ。つまりマテリアルとしての価値が落ちてしまう。プラスチックは素材の種類だけでなく、添加剤やその割合などにより、無数の種類が存在する。そのため分別の良し悪しが、マテリアルリサイクルの価値を決めてしまう。この点ペットボトルは優等生だ。ポリエチレンテレフタレート100%でできているため、マテリアルリサイクルにうってつけの素材である。逆にいえば、ペットボトルほど、どのメーカーがつくろうとも素材がそろっている製品は他に存在しない。ここにマテリアルリサイクルの難しさがある。
廃プラスチックを材料(フレーク)にもどして新たな製品に再生するのがマテリアルリサイクルだが、材料よりさらに前の状態、つまり油にもどして新たなプラスチック製品に再生するのが「ケミカルリサイクル」だ。プラスチックを分子レベルで見ると、モノマーとよばれるプラスチックの部品(分子の一単位)が、鎖のように無数に連結(高分子化)してできている。高分子を解きモノマーの状態にもどすことで、新品同様のプラスチックを再生できるのだ。ケミカルリサイクルは、原理的にはどのプラスチックでも可能だが、種類や添加剤の状況などにより、簡単に行えるものと難しいものとがある。
マテリアルリサイクルを永遠に続けることはできない。マテリアルの劣化により、やがて限界が訪れるからだ。そのとき、ただ捨ててしまうのではない利用法がある。それが「サーマルリサイクル」だ。プラスチックの元は石油である。ならばリサイクル性が低下した廃プラスチックを、石油に代わる燃料として利用することができる。新しいプラスチックを生むエネルギーの一部として活用するというリサイクル方法である。
日本では2010年時点で、マテリアルリサイクル、ケミカルリサイクル、サーマルリサイクル、廃棄の割合は、それぞれ21%、3%、51%、24%となっている。
3種類のリサイクルを見てきたが、いずれの場合も、モノづくりの始めの段階で、使用するプラスチックの種類や状態を確かめ、リサイクルの方法も機能のひとつとして設計することが、プラスチックの寿命を延ばす鍵となる。
リサイクルを促進するための機能と、マテリアルの規格化を考える。
プラスチックの寿命を延ばすためには、マテリアルリサイクルやケミカルリサイクルが有効だ。しかしそのためには、リサイクルを促進する機能を、あらかじめモノづくりの設計にくみこむことが重要となる。ではリサイクルを促進する機能とは、どのようなものか。
ペットボトルは、単一素材(ポリエチレンテレフタレート)100%からなるマテリアルリサイクルの優等生だが、キャップや商品情報が印刷されているラベルの素材は異なる。キャップはポリプロピレン、ラベルの多くはポリスチレンだ。マテリアルリサイクルをするためには、ペットボトル本体、キャップ、ラベルは分別しなくてはならない。最近のペットボトルには、これに配慮して、ラベルに分別しやすいようミシン目が入っている。これがリサイクルを促進する機能の設計の一例だ。ペットボトルの設計は比較的単純な例だが、社会の隅々にまで浸透している多種多様なプラスチックに対し、このような機能の設計を実現するのは容易ではない。
すでに世の中に浸透した180種類を超えるプラスチック製品に対し、リサイクル性を考えて設計し直すのは不可能ともいえる。しかし、もしもプラスチックの種類が5種類しかなかったとしたらどうだろう。分別回収も現実味を帯びてくる。ペットボトルの例のように、5種類のプラスチックを分解しやすいように設計することで、プラスチックの寿命は大きく延びるかもしれない。
このようにマテリアルの種類を、リサイクルが効率よく行えるよう限定するのが、マテリアルの規格化である。ペットボトルが「飲料水の容器」のマテリアル規格化の例だとすれば、「文字を書く文具」「雨風から身を守る衣服」「料理の道具」等々、さまざまな用途にあわせた諸製品ごとのマテリアルの規格化は、実行できそうに思える。絵具の赤、青、黄さえあれば、その混ぜあわせかた次第で無限の色をつくりだすことができるように、設計者やデザイナーの力によって、規格化の範囲内での新たなモノづくりを期待することもできそうだ。しかし、実際は容易ではない。
世の中にはすでに、個々の事業者が素材の開発方法や製造方法を自由に決めて発展させた生産システムが存在する。ひとつにはこれが規格化の大きな弊害となるであろう。安易な規格化は、現状の生産行為を妨げ、経済効率の低下をまねきかねない。また、プラスチック素材ならではの、多様に性質を変えてさまざまな場面に利用できる自由さや展開力、消費者が求める安価さや便利さなど、この素材がもつ可能性や価値を大きく失いかねない。
マテリアルの規格化の発想は、この先私たちがプラスチックとどのように付き合っていくべきかを考えるための大きな出発点のひとつであり、その実施には、多くの人の連携と行動力が必要となる。
製造・回収・リサイクルの、ローカルなマテリアルフローを考える。
マテリアルの規格化を社会全体で進めていくことができれば、新たに石油から製造するよりも、リサイクルで生まれたプラスチックのほうが、安価で気軽につかえるものになりそうだ。しかし、実際にはそうはいかない。リサイクルによってプラスチックの寿命を延ばすためには、もうひとつの鍵が必要になってくる。
現在、マテリアルリサイクルやケミカルリサイクルの技術は進歩しており、石油からプラスチックをつくる場合と同程度のエネルギー投入で、再生プラスチックを生産することができる。しかし、再生プラスチックの生産がいまだに大きな位置を占めないのは、輸送・回収・保管に莫大なコストがかかってしまうからである。
ケミカルリサイクルを例にとると、再製品化するために分別し、化学原料にもどし、成型して製品にするまでの一連のプロセスのコストを1とした場合、輸送と回収に14、保管に8ものコストがかかる。廃棄物を資源としてリサイクルするためには、ある程度以上の量が集まらなければ再製品化が難しいという事情があるからだ。プラスチックとして社会に拡散したものを一か所に濃縮するのに、いかに大きなエネルギーが必要か。さらに多種多様なプラスチックの中から種類を限定して選びだし濃縮するとなれば、なおさらである。
輸送、回収、保管に大きなコストが必要ならば、小さなエリアごとに回収を行い、輸送コストを小さくするというのはひとつの考えかたである。たとえば廃プラスチックを熱資源としてサーマルリサイクルする場合、その熱を有効に利用できる電力、鉄鋼、セメント、石油化学などの基幹産業プラントは、全国に点在している。これらのプラントから100km圏内の地域をそれぞれ塗りつぶすと、日本全国はほぼ覆われる。このことは、基幹産業プラントを中心とした半径100kmのローカルなエリアで、サーマルリサイクルのマテリアルフロー(物質の流れ)が実現できる可能性を示している。
しかし、小さなエリアでは回収量が限られていて、保管コストとのトレードオフ(どちらを取るかの選択)が発生する。また、マテリアルリサイクル、ケミカルリサイクルが可能なプラスチックの全てを、燃料にしてしまうサーマルリサイクルに利用するのは、合理的な判断とはいえない。
ここで必要となるのは、どのような空間スケールでマテリアルフローをつくるのか、また回収されたマテリアルごとに、どのリサイクルを行うのかを決める判断基準である。現在は廃棄物処理法や各種リサイクル法がそのガイドラインであるが、持続可能社会に向けて、より未来志向で大胆でありながら、同時に現実社会で実践可能なリサイクルのシステムをデザインしていくことが重要だろう。社会のしくみも考えたマテリアルフローの設計と構築が必要である。
◉社会からは、プラスチックはとり除くことができないということを前提とすること。
◉その上で、機能としてリサイクル性をとらえること。
◉そのために、マテリアルの規格化と管理を行うこと。
◉狭く近いスケールで回収できるしくみを考えること。
新しいリサイクル技術と他分野で行っている既存プロセスとの融合が、理想的な物質循環社会と環境保全社会を構築する鍵であると考えている。
よしおか・としあき 東北大学工学部応用化学科を卒業後、同大学院工学研究科、NEDO海外派遣研究員、ドイツ・ハンブルグ大学、東北大学環境保全センターでの研究生活を経て、2005年より現職。リサイクル化学、環境工学を専門に、特に廃プラスチックの化学原料化など、プラスチックのリサイクルに関する技術開発に取り組む。
監修:舩岡正光
三重大学大学院 生物資源学研究科 教授
文:藤崎圭一郎
木の寿命は人間より長く、伐採後も人の寿命より長く活用できる。
木は人間よりはるかに長生きである。数百年生きるものもあれば、縄文杉のように樹齢数千年とされるものもある。木は生命体として死んでからも、機能は生きつづける。伐り倒されて木材にされた後も、法隆寺のヒノキのように1300年現役のものもある。
木には2つの循環系がある。ひとつは、小さなローカルな循環系だ。木は窒素、リン、カリウムなどの生育に必要な元素を地中から水とともに吸い上げ、短期間つかった後、それら元素を葉と木の皮に移して地面に落とし、また吸い上げる。
もうひとつは、グローバルな長期にわたる循環系だ。木は光合成を行うことで、二酸化炭素(CO2)と水から炭水化物をつくり生育する。つまり木とは、大気中に拡散している二酸化炭素を、太陽エネルギーをつかって濃縮したものといえる。木が枯れて倒れれば、菌類やバクテリアによって土壌の中で分解され、木に濃縮されていた二酸化炭素は、最後はふたたび空気中に拡散される。
木を含めバイオマテリアルは「拡散→濃縮→拡散」の流れの中にある。木が二酸化炭素を「拡散→濃縮→拡散」する流れは、台形型の図(次頁に掲載)で表すことができる。横軸は時間、縦軸は潜在的エネルギーだ。木が光合成を行い、大気中に拡散されている二酸化炭素を濃縮させて生育するプロセスは、右肩上がりの左辺に示される。木々はやがて森となる。物質が循環する生態系が生まれ、拡散と濃縮は平衡状態を保つ。これが台形図の上辺にあたる。
自然界では、森で倒れた木は、菌類やバクテリアによって分解され、土壌の中でゆっくり分解されて、最終的には二酸化炭素として拡散されていく。台形図でいえば、右辺はゆるやかに下降して拡散に向かう。
しかし、人間は拡散のスピードを一気に加速させてしまった。森から木を伐りだし、大量に製品をつくり大量に廃棄する。木を燃やすということは、二酸化炭素を大気中に拡散させることだ。台形の右辺は急角度になる。いらなくなったらすぐに焼却処分するというのは、人間の勝手な都合で、自然の流れに反している。
生態系における木のエネルギーとCO2
台形の左辺は、大気中に拡散しているCO2(二酸化炭素)が濃縮されて、木の潜在的エネルギーとなる過程を示す。上辺は、木が森を形成して、CO2の濃縮と拡散が平衡状態を保っている状態。右辺は、木のエネルギーがCO2となり拡散する状態。ゆるやかな角度は自然界のCO2の拡散。人間が木をつかうと拡散速度が高まり、右辺は急角度に下降する。
資料提供:舩岡正光(三重大学)
草は、木と違って短期間に「拡散→濃縮→拡散」する。その流れを図示すると頂点が尖った三角形になる。つまり、野菜を食べたり、1年で枯れてしまう草をつかい捨てて燃やしても、自然界の生態系の流れを乱したことにはならない。しかし、木は人間の寿命よりはるかに長く生き、伐採した後も人間の寿命より長く活用できる。それを人間の勝手な都合で数年~数十年でつかい捨てていいものだろうか。大量生産・大量消費に限界が見えてきた今、私たちは、木のタイムスケールを尊重して、木というマテリアルをつかいこなすことを真剣に考えなければならない。
生態系における草のエネルギーとCO2
草は1年間で育って枯れるので、CO2がエネルギーとして濃縮され、再び拡散されるスピードが速いために、頂点が尖った三角形の図になる。
木のしくみを分子レベルで理解して、時間にともなう変化も知る。
木は生命体としてのしくみをもった有機化合物(炭素が基本骨格となった化合物)の集まりである。しかし生きている木の大部分は、実は死んだ細胞の集まりである。幹の内側も樹皮も細胞はほとんど死んでいて、生きている細胞は葉っぱと形成層とよばれる部分に集中している。幹の樹皮を深くめくると、中に明るい色のつるつるした木肌が見える(この部分を木部とよぶ)が、形成層はその外側の層だ。ここが春になると細胞分裂をはじめて、木を太くさせる。分裂した細胞は秋には死んでしまう。それが毎年重なって年輪となる。つまり、私たちがつかう木材とは、すでに木を伐り倒す前から細胞としては死んでいる部分なのである。
木の主成分はセルロース、ヘミセルロース、リグニンである。このうちセルロースが約50%を占める。セルロースとヘミセルロースは炭水化物(糖質)。リグニンはセルロースを接着する役割をし、ヘミセルロースは、セルロースとリグニンをつなぎ合わせる役割をする。
細胞壁中でセルロースは角度を変え多層に配向(一定の方向に並ぶこと)し、網目状構造を形成している。リグニンの構造はきわめて複雑な3次元構造で、その詳細はいまだ解明されていない。このリグニンが、セルロースの網目に密に絡み合って、セルロースを強固に固定している。
世界一高い木は、アメリカのセコイア国立公園にある樹高80mのセコイアの木で、樹齢は1,000年以上になる。長年の風雨に耐え自立するその木は、リグニンとセルロースの複合構造がひじょうに安定性の高いことの証しである。
私たちがつかう大半の紙は、紙の原料となるパルプをつくる段階でリグニンを化学的に除去して、セルロース繊維だけを水素結合させたものである。しかし、新聞紙はリグニンを取り除かず、木材をすりつぶしたパルプで紙をつくる。新聞紙が数か月すると変色するのはリグニンが含まれているせいである。
リグニンは長期的には安定しており、セルロースを結合させてセコイアの幹や法隆寺の木材のように1,000年以上安定した構造を保つ。
しかし短期的には不安定で、セルロースに混ぜて紙をつくると数か月で変色する。これは一体どういうことだろうか。
リグニンの複雑な構造の中には、活性構造ときわめて不活性な構造の、ふたつの部分がある。活性構造の部分は、環境に応答して分子構造を随時変化させる。我慢しないで分子内のストレスをつねに解放しているから、短期的には不安定にみえる。しかしストレスをため込まないから、結果として長もちするのだ。
では、不活性な構造の部分はどうか。不活性とは、今はつかわれていないということで、ある状況になると機能を発現する。樹木としての生命を終えた後、土壌で分解されるときに働き出す分子構造もある。木としては、不要な構造にみえても、後でつかっているのである。
20世紀の産業では「燃えない、腐らない、狂わない」ものが良い材料とされてきた。鉄筋コンクリートもプラスチックも、変化しない高耐用性が求められてきた。木にも難燃剤や防腐剤が施される。しかし、人為的に「燃えない、腐らない、狂わない」ように矯正したマテリアルは、50年100年経つと分子の中にストレスをため込み、多くのものが劣化していく。
リグニンは、「小さな時間」の中では不安定で、しかも、後でつかうために今は役に立っていない分子構造をたくさん抱えた非効率な物質だ。
しかし「大きな時間」の中では、環境に応じて変化しながら安定性を保ち、しかも役に立たないと思われている構造が、時が来れば機能する。リグニンの働きの真価は、大きなタイムスケールの中ではじめて発揮される。このことは、木というマテリアルのこれからの有効利用を考えるための大きな道標となる。私たちは長期的物質循環という視点に立って、木の利用法を考え直す時期に来ているのだ。
つかい終わった木の分子を分解し、新たな材料とする。
私たちがつかった木材は、多くの場合、そのまま捨てられる。だが、その分子構造を操作すれば、次の材料に生まれ変わらせることができる。
家具や建材につかった木は、切ったり釘が打たれていたりして形は変えてあるが、分子レベルでみれば、使用前と使用後の分子構造に変化はない。
分子を操作することで、木の成分であるセルロースやリグニンなどのとても複雑な有機高分子化合物の構造を、単純な構造へと分解していきながら、順次、新しい材料をつくりだすことができる。いわゆる木のカスケード利用(多段階の利用)を実現するひとつの手法である。
木の主成分のひとつリグニンは、今までほとんど工業的に利用されることがなかった。分子があまりに複雑な3次元構造であるのみならず、その構造がすぐに変わるために、つかみどころがなく研究が遅れていたのだ。
リグニンは、木の種類にもよるが、木の成分の約30%を占める。主な特徴に、①接着力があり繊維細胞を結合させて、木という構造体を支える。②微生物などから木を守る。③紫外線をカットする。④防水効果があり、根から吸った水を葉へ送る通水路を保護する、などが挙げられる。現在工業的にはそのほとんどが燃焼廃棄されているが、数少ない利用法として、バッテリーの寿命を延ばすための機能材や、その分散性を活かし、セメントなどの分散剤などにつかわれている。
これまでずっと、その基本特性を破壊することなく効率よく取り出すことができなかったリグニンであるが、ようやく新たな方法が実社会で試されつつある。三重大学の舩岡正光教授は、木の粉からリグニンを新素材として取りだす「相分離システム」を開発して、リグニンの工業的利用を進めている。
細かく砕いた木粉を、液体フェノールに浸した後、酸の溶液に入れてかき混ぜると、リグニンの成分からなるリグノフェノールという素材を、容易に取り出すことができるのだ。リグノフェノールは、天然リグニンより分子構造は単純で扱いやすく、しかも性質はほぼ受けついでいる。
リグノフェノールをつかえば、古紙からウッドプラスチックをつくることができる。何度もリサイクルして紙の原料にさえ適さなくなった古紙のセルロースを、リグノフェノールで接着させてプラスチックを製造するのだ。
このウッドプラスチックは「りぐぱる」と名づけられている。古紙でなくても、木でも紙でもセルロース繊維があれば製造可能だ。生成には、熱もエネルギーも特別な薬品も不要である。
見た目も触った感じも木材に近いが、木目や節や年輪はない。切ったり削ったり、木のように加工できる。積層構造にすれば、表層は堅いが内側には細かな空隙のある、断熱効果や防音効果をもった材料をつくれる。内側に金属板を挟み込めば磁石のつく木質材料も製造できる。木材の割れ目などに注入する補強材になる。
コンクリートのように型枠に入れて家を建てる工法も不可能ではない。木の代用品ではなく、木の次に来る新しい材料として考えると、用途はどんどん広がっていく。また、このウッドプラスチックは循環型であることも特徴だ。不要になれば、再びリグノフェノールとセルロースといった分子レベルに分解し、次なる材料へと循環させることができる。こうした木のカスケード利用は、廃木材を即、焼却処分するのではなく、徐々に分解しながら利用していくことで、二酸化炭素の排出を自然界のペースに近づける。
むやみに燃やさず、端材も古紙も回収してつかう循環系をつくる。
近年、植物を原料としたバイオ燃料の研究が進んでいる。そのひとつバイオエタノールは、サトウキビ、トウモロコシなど炭水化物(糖質)を多く含有する植物を、アルコール発酵させてつくった生物由来のエタノール(エチルアルコール)のこと。ブラジルではサトウキビ由来のエタノールが一部ガソリン代替の自動車燃料として利用されているなど、バイオエタノールは世界各国で自動車やボイラーなどの燃料として広く利用されはじめている。
木の主成分セルロースも炭水化物である。廃木材や間伐材や製材端材などをつかってエタノールを醸造する技術も研究が進んでいる。また、間伐材や端材を「木質ペレット」とよばれる小粒状の固形燃料にして利用することも行われている。
廃木材をただ焼却処分するのでなく、燃料として再利用するから、これらは一見正しいリサイクルのように思える。しかし、木を焼却処分すれば、光合成で長い時間をかけて濃縮されてきた二酸化炭素は、瞬時に空気中に拡散されることになる。それがたとえ燃料として利用されたとしても、である。
では、どうすれば長期にわたって木を大切につかいきる循環系をつくり出すことができるのか。ここで期待されるのがウッドプラスチックである。ウッドプラスチックには、木粉に石油由来プラスチックを混ぜてつくるものや、木くずを高温高圧の蒸気を加えてつくるものがある。前項で紹介した「りぐぱる」は、木100%で、しかも常温常圧で製造できるという点で注目される。しかもこのウッドプラスチックは、常温常圧で溶剤に浸けると、ふたたび原料であるセルロースとリグノフェノールに分離する。たとえばウッドプラスチック製のテーブルを、ふたたび常温常圧で原料にもどし、ウッドプラスチック製の椅子に成型し直すことができるのだ。
都市鉱山という言葉があるが、都市が資源集積地になるのは金属ばかりの話ではない。都市でつかわれた古紙や廃木材でウッドプラスチックをつくり、つかい終えたら何度も原料にもどして再利用する。この「シティールート」の循環系の設計が待たれる。加えて、廃材や製材端材の出る現場を資源集積地として利用する「フィールドルート」の循環系も検討していく必要がある。木材は、端材といえども、集積させるには運搬コストがかかる。廃材を原料に再生するためのプラントを一定の場所に建設する代わりに、複数の集積場所に車載移動型プラントを赴かせながら、そのつど再生するという発想だ。先述の常温常圧下での製法ならば、可能かもしれない。
普及の鍵は経済である。石油由来プラスチックや新たに伐採した木のほうが低コストなら、木からつくる新素材の普及はむずかしい。しかし石油資源には限りがあり、将来、石油由来プラスチックの価格上昇は避けがたい。森林乱伐にも歯止めが必要だ。未来に備えて「木の次」にくる新素材製造システムを整えることは、持続可能な社会の実現ために火急の用といっていい。
既存の産業を否定しないで、マテリアルの新たな流れをつくる。
持続可能なこれからの産業システムを、どうやって構築していくか。私たちが20世紀までに築いた技術や産業を全否定するのは、現実的な解決策ではない。既成の産業を活かし、新たな技術を積み上げて、新しいマテリアルフロー(物質の流れ)を創出する。リサイクルさせながらつかいきり、つかえなくなったら次の産業に渡す。物質の流れの下流側にある産業は、上流からきたマテリアルを分子レベルで制御して別の形の有用なマテリアルに変身させる。さらに下流にはそのマテリアルを加工する産業をつくりだす。
木の場合、マテリアルの流れで見た産業システムの最上流は「林業」である。
林業は森を管理し、木を伐採する。先述した木の二酸化炭素の「拡散→濃縮→拡散」の流れを示す台形型の図でいえば、林業は左辺と上辺にあたる。木の生長を促しているのが左辺で、森を保全しているのが上辺である。
次にくるのが「木材工業」だ。林業が伐採した木を、製材し製品に加工する。もうひとつ並行して次にくるのが「紙パルプ工業」である。これらの工業は、台形の上辺右側から右辺にかけて、拡散に向けて下方に傾くあたりに位置する。
木材工業と紙パルプ工業という従来の木材利用産業の下流に、「分子分離工業」と「植物系分子素材工業」という新たな産業をつくることで、拡散のスピードを抑えることができる。
木から工業的に利用可能なリグニンなどの高分子を分離するのは「分子分離工業」にあたる。それをつかってウッドプラスチックをつくるのは「植物系分子素材工業」である。
木材工業は、切ったり削ったり釘を打ったり、木の形を加工はするが、分子には変化を加えない。分子レベルでみれば、木材工業から出るものは木くずも含めて全てが、植物系分子素材工業の原料になる。この流れにおいて、上流側の製品の設計者・デザイナーは下流側の製品に対して、原料を供給するという責任をになう。安易に毒性をもつ防腐剤をつかうと、次の製品づくりができなくなる。
さらに「植物系分子素材工業」の下流に「合成化学工業」がくる。植物系分子素材工業でつかいきったセルロース系素材やリグニン由来物質を、ブドウ糖やエタノールやベンゼンなどの、より単純な分子構造の化合物に変えて、それらを原料にプラスチックなどの化学製品をつくりだす。
植物由来のプラスチックには、ブドウ糖を乳酸発酵させてつくるポリ乳酸という、自然に土に還る生分解性素材もある。しかし現在は石油からつくるほうが安価なために、植物由来プラスチックの実用化は進んでいない。だが木質原料の「合成化学工業」が実現すれば、石油由来プラスチックの多くは植物由来プラスチックで代用できる可能性がある。そして最後にブラスチックなどとしてつかいきった後は、エタノールなどにして燃料として利用する。
産業社会の中でマテリアルを循環させながら多段階利用するためには、マテリアルの流れを管理する制度が必要となる。たとえば、国がマテリアルリースの管理運営を行うことも考えられる。国が木材を買い取り、木質系マテリアルをきちんと上流の産業から下流に流れるように管理する。メーカーは国から木材を借りて、製品をつくる。テーブルや椅子といった機能をもたせ、消費者はその機能にお金を払う。マテリアルはつねに国のものであり、つかい終えたら、国に返却しなければならない。自分が買ったものだからと勝手に廃棄処分してはならないのだ。
「マテリアルは借りて、機能を買う。つかい終えたらマテリアルを返す」という社会システムの構築は、私たちの所有に対する意識を大きく変えるものなので、実現がむずかしいように思える。
しかし、実は、私たちの身近にある製品でマテリアルリースに近いシステムをすでに実現しているものがある。新聞である。私たちは新聞を買うとき、紙を買ったとは思っていない。情報を買っている。記事を読んだ後は、情報の載っていた紙は回収にまわしてリサイクルしている。
機能を買うというシステムは、それほど私たちの生活感覚からかけ離れたものではない。
木には、石油依存の現在の産業構造を変える潜在的エネルギーが秘められている。それを引き出すのは、21世紀を生きる私たちの課題である。新しい産業システムを構築するだけの問題ではない。私たちのマテリアルに対する価値観も変えないと世界は変わらない。
◉生態系のしくみの中でモノをとらえ、CO2に始まりCO2に終わる、自然なエネルギー拡散の流れを止めないこと。
◉不安定さ、つまり「くさる・くるう・もえる」ことを否定しないこと。
◉「モノはみんなのもの」であり、モノではなく「機能」に対価を払う価値基準をつくること。
◉20世紀に築いた技術を否定しないこと。
生態系においてマテリアルは固有の時間で形を変え流れている。そのことを具現化する社会システムを設計すること。
ふなおか・まさみつ 三重大学大学院農学研究科修了、東京大学で博士号取得、三重大学農学部、ミシガン工科大学、ニューヨーク州立大学での研究活動を経て、1997年より現職。専門は資源環境化学。木の分子材料としての機能に注目し、それを利用した石油に変わる新しい持続的工業ネットワークを提案。次世代型の製造システムとして注目されている。
マテリアルの“正しい”つかいかたについて
科学者がレクチャーする勉強会を経て、
11組のデザイナーが作品を提案。
2010年日本科学未来館で開催された
「デザイン×科学 地球マテリアル会議」で
作品が展示され、科学者とデザイナーによる
公開ブレインストーミングが行われた。
解説:楠見春美
タイトル
「力の形」
テーマ
小さな木材から大きな木材をつくる。
展示コンセプト
今回の勉強会で私が興味をもったのは、木材が常に固体であることだ。木材の大きさの流れは大から小への一方向だけで、金属のように小さな素材を溶かして再利用することができない。
しかし、この提案は両端に圧縮する力を入れることで、接着剤や釘をつかわなくても、小さな木材から大きな木材をつくり出すことができる。目に見えないが、確かに存在する力。それは「素材と時間の流れ」を少しだけ押しもどす。
“正しい”モノづくりとは?
いくつかの「素材と時間の流れ」を同時にとらえること。
あなたがデザイナーとしてできることは?
目に見えない何かを「モノ」にすること。
木のキューブが60個ならんだ、長さ9メートルの大きな木の梁である。通常、大きな木材は、金物や接着剤によって構築されるが、それらの異素材を一切つかわずに、小さな木材から大きな木材をつくる方法が試されている。木のキューブの中心にケーブルを通し、両端から圧縮力をかけると水平を保つことができる。圧力、摩擦力、重力という目に見えない3つの力がつくり出した形は、作者の予想を越え、人間の背骨のようでもある。木というばらつきのある生物素材が、シンプルな懸垂(アール)曲線ではなく、有機的でややグロテスクな形を生んだのだ。
「目に見えない力や時間のようなものを、僕らが感じられたり、デザイナーが形にすることができたら面白いと思っています」(作者)。
科学者の舩岡正光氏は次のようにコメントする。「よくエントロピーが増大するなどと難しい言葉で語られますが、つまり自然界ではばらばらになって散っていくほうが低エネルギーで、形あるものは全てそちらの方向に流れます。すなわち、小さいものを集合させるためにはエネルギーが必要で、エネルギーを解放するとばらばらになって散っていく。こうした自然界のしくみをこの作品ははっきりと見せています。自然界のしくみを否定しないで、濃縮と解放という自然の流れに従って、機能をつかい分けていく、今後のモノづくりのありかたにつながるものだと思います」。なお、ここに提案された構造は、建築基準法上も、実際の梁として使用できるという。
福島加津也
ふくしま・かつや 武蔵工業大学工学部建築学科を卒業後、東京藝術大学大学院美術研究科を修了。伊東豊雄建築設計事務所での勤務を経て、自身の事務所を2004年に設立。かたちや色など目に見えるものだけでなく、構造のしくみや素材の空気感のような目に見えない力や流れに注目して、独自の建築やデザインを生み出す。建築の作品に「中国木材名古屋事業所」「e-HOUSE」「柱と床」、家具に「鉄の椅子」など。
関連HP 福島加津也建築設計事務所
http://fta.gotohp.jp/
タイトル
「2nd life to 3rd life to 4th life to …」
テーマ
瞬時に解体・組み換えができる強固なコア。
展示コンセプト
マテリアルに幾度も機能を与え直し、マテリアルの一生の各段階が共存〜移行できるプロダクト。そうした機能や、今目の前にあるものが、マテリアルライフのどの段階にあるのかが一目でわかるようなアフォーダンスをもたせたい。今回はその中の一要素の試行過程を展示します。
“正しい”モノづくりとは?
ただひとつの「正しい」はないだろうし、「正しい」は得てして魅力的でない。それだけでは人に届いていかないので、どうすればその先の心に響くか、模索している。
あなたがデザイナーとしてできることは?
洞察して冒険する&遊ぶ。
シンプルな段ボールのコアは、トポロジカルに支え合う立体構造をもち、接着も、金具での固定も一切必要なく、ただ重ねあわせてマジックテープで縛るだけで、椅子やテーブルなどの機能をもつ。それまで体重を預けていた椅子でも、紐をほどけば5秒ほどで元のコアに戻る。その発想は、「とにかくしつこくしつこくセカンドライフ、サードライフ、なんですね。けちけち作戦なんですけどね」と作者。
「今回、一番学んだのは、物が固体に生成されるまでのものすごく長い時間と、わりとあっという間に燃やされて分解されてしまう短い時間との、大きなギャップでした。そうであるならば、 再生リサイクルの前にまず“ワンウェイ”の中で寿命を延ばそういうことで、スタートからゴールまで、ひとつも段階を飛ばさずにしつこくつかい倒そうと思ったんです」。
提案の最終イメージは、段ボールのコアに異素材がくみあわされた製品だ。「複数の素材のライフプロセスを共存させると、単素材からなる製品よりも責任がもてるようになり、すぐに捨てなくなると思う」(作者)。
舩岡氏はコメントする。「一枚の段ボールをくみあわせると機能が現れるという発想には、自然界のしくみの重要な側面があると思います。地球全体には本当にさまざまな植物がありますが、中の成分は95%まで、セルロース、ヘミセルロース、リグニンのたった3つのくみあわせでできていて、さまざまな環境に適応するかたちや機能を全て生み出しています。この作品はそうした自然のしくみに通じる新しい製品設計を提示しているように思います」。
東泉一郎
ひがしいずみ・いちろう 東京に産まれ育つ。高いところ速いもの好き。理工学を学んだのち、紆余曲折を経てデザイナーに。グラフィックや映像をベースに据えながら、エンジニアリングとデザインの融合的研究開発、パフォーマンスおよび空間の演出まで、活動はしだいにジャンルやスケールを逸脱しつつある。
関連HP Higraph Inc.
http://www.higraph.com/higraph.html
タイトル
「木造建築廃材からつくられた紙」
テーマ
建築の分野でのゴミを、紙として蘇らせるフローをつくる。
展示コンセプト
科学者の先生方のレクチャーで共通していたのは、少しずつ物質を解体しながら、人にとって意味のあるものをつくりつづけるということ。私たちは、現在の技術や産業構造で、すぐにでも可能なものとして、製紙に目をつけました。一般的な再生紙は、原理的にどんどん質が悪くなりますが、展示した紙は、廃材とはいえ「木」が原料なので、新品と変わらないクオリティも可能です。
“正しい”モノづくりとは?
ものごとを根本的なところからとらえなおすこと。
あなたがデザイナーとしてできることは?
社会に対して、新しい方向性を示すこと。
この作品は従来の再生紙とは異なり、バージンパルプからなる再生紙だ。建築廃材は建築分野ではゴミとして扱われるが、とはいえ木なので釘など異素材の部分を外して集めれば、バージンパルプの原料となる。
「すでに再生紙や再生ボードはリサイクルされていますが、元の製品と同じものにリサイクルする場合、大きなエネルギーが必要なわりにクオリティが下がります。今回は木の廃材をつかうことで、いわゆる再生紙ではない再生紙がつくれるのが、とても面白いと思いました」(猪熊)。
コンセプトを決めた後、実際の製作では苦労したという。製紙業の基本は量産だが、展示に必要なパルプは280キログラム。月何百万トンの量産を基本とする製紙会社の設備では対応できない企業がほとんどだった。最後にやっと手作業で行う小さな製紙会社が受けてくれた。
「アイデアに賛同してくださっても、そのスピード感についてくることができない状況がある。量産社会ではなくなりつつある中で、今後だんだん大きな問題になると感じました」(猪熊)。
船岡氏は語る。「この提案は、木のもつ時間の流れを見事に見せています。自然の中で木は、壮大な時間をかけてゆっくり分子に分解されます。木材の廃材はその上流にあり、製紙も上流。同じ上流の中ですので、廃材も紙になりうる。さらに、余計な混ぜ物をすると下流でそれを取り除くのに余計なエネルギーを要するので、上流側のステップにいる活動グループはきわめて慎重であらねばならないことも、この展示は無言のうちに語っていると思います」。
成瀬友梨
なるせ・ゆり 1979年愛知県生まれ。2004年東京大学大学院修了、2005-06年成瀬友梨建築設計事務所主宰。2007年東京大学大学院博士課程単位取得退学、同年より成瀬・猪熊建築設計事務所共同主宰、2009年より東京大学で助教も務める。
猪熊 純
いのくま・じゅん 1977年神奈川県生まれ。2004年東京大学大学院修了後、2004-06年千葉学建築計画事務所勤務。2007年より成瀬・猪熊建築設計事務所共同主宰、2008年より首都大学東京にて助教も務める。
成瀬・猪熊建築設計事務所としては、2007年WORLD Space Creators Awards大賞、2008年天童木工デザインコンクール入選、INTERNATIONAL ARCHITECTURE AWARDS 2009など受賞多数。
関連HP 成瀬・猪熊建築設計事務所
http://www.narukuma.com/
タイトル
「水たまり」
テーマ
プラスチックのつくりだす独特の風景を探す。
展示コンセプト
人工物を自然物に似せてつくることで美しさや心地よさを追求するのではなく、人工物ならではの美しさや心地よさを見つけられればと思いました。
“正しい”モノづくりとは?
マテリアルとかたちの関係を意識すること。
あなたがデザイナーとしてできることは?
かたちによってマテリアルの魅力を発見すること。
素材は、図画工作の授業などでよくつかわれる薄いセロハンである。
「袋から取り出すとくるんと丸まって立つ。そのセロハンで風景をつくりたいと思いました。たとえばこれがどんどん広がって自分がその中に入る、そんなことを想像してほしい」(作者)。
“人工物にかこまれた風景”を問われると、人は多くの場合、無機的で、温もりよりは無味乾燥な景色を思い浮かべるのではないか。だがこの提案は、やわらかく透過する色の光にかこまれた心暖まる世界に見るものを誘う。従来の人工物のイメージを覆すだけでなく、現代のモノづくりがとらわれがちな安易な自然回帰志向に対しても挑発的だ。
「単に自然を真似て心地よさを再現するのではなく、人工素材そのものの美しさを見つけられれば、たとえば宇宙に行ったときに生きつづけていられるのではないかと思いました。ふだん自分が仕事で関わる空間というのは、プロダクトと違って合理性や便利さがあまり通用せず、まず心地よくないと、つかいものにならないというのがあって、こういう提案をしています」(作者)。
作品を見た科学者の吉岡敏明氏は次のようにコメントする。「この3色は表現の基本色を想定されているのでしょうか。人工物でありながら人間が心惹かれる自然との一体感を表しているように思います。プラスチックはもともと自然物でしたが、人間の手がいろいろ加わり人工物ととらえられています。が、この作品には、もう一度“マインド的に”自然にもどすというスタンスがあるように感じます」。
中村竜治
なかむら・りゅうじ 建築家。1972年生まれ。青木淳建築計画事務所を経て、2004年中村竜治建築設計事務所設立。主な受賞に、グッドデザイン賞、JCDデザインアワード大賞、THE GREAT INDOORS AWARD(オランダ)、くまもとアートポリス熊本駅西口駅前広場設計競技優秀賞など。
関連HP 中村竜治建築設計事務所
http://www.ryujinakamura.com/
タイトル
「Pla-stick プラスチック素材の色を決める」
テーマ
多種のプラスチックに物語を与え、愛着のわく素材にする。
展示コンセプト
身の回りにあふれるプラスチック製品。一言でプラスチックといっても、さまざまな材料があるのは知っていますが、それを見分けるのはなかなか困難です。もし、それぞれの材料を見分けることができたら、その材料に対して愛着がわいてくるかもしれない。それが発想のきっかけでした。リサイクルの基本が、分別と回収だと聞いたとき、それを促すものとしても有効なのではないかと考えました。
“正しい”モノづくりとは?
マテリアルの特性や価値をつくり手とユーザーで共有する。
あなたがデザイナーとしてできることは?
科学的知見や経済性にもとづく素材のありかたに、人間が感じる心理的影響を加味したデザインを行うこと。
展示会場で子供たちが自然と引き寄せられ、手にとって作品づくりをはじめる。図工のキットのようなこの4色の「Pla-stick」(プラスチックのスティック)は、色ごとにプラスチックの種類が異なる。
「今回勉強会に参加して、一番危機感をもったのがプラスチックでした。石油資源に限りがある中で、モノを材料にもどして再生するマテリアルリサイクルに注目したのですが、そこで最もネックになるのがプラスチックの種類の多さだと知りました。異なる種類が混ざりあうと、リサイクル素材の品質が落ちるのです。そこで、色によって材料の種類を認識することを提案をしました」(作者)。
「Pla-stick」には2030年と刻まれている。遅くとも2020年に石油産出量が頂点に達するピークオイルが訪れた後、おそらくは希少で高価になるであろうプラスチックの未来を想起させるためにである。
「黄色のABS、赤のポリプロピレン…と触れるうちに、僕はABSが好きだな、私はポリプロピレン…と、材料に対する愛着がわいてきます。木材の杉や松の違いを見分けるられるようになると、木材により愛着がもてるようになるのと同じです。知らないと見過ごしてしまうことを、まずは知ってもらうことが大事」。
色の違いを意識してつかうと、曲がりやすいもの、折れやすいもの、光が通りやすいものと、素材に潜む見えない性質が見えてくる。
「資源の有効利用は行政からだけではだめで、つかい手からのアプローチもあって初めて成り立つ。僕らデザイナーは、トップダウンからだけでは決まりきれない部分を助けるのが仕事かなと意識しています。心理的な影響や素材にまつわるストーリーを加味してあげるのです」。
科学者の吉岡氏はこの提案に感銘し、教材としての開発の可能性を作者とともに探りはじめている。
参/MILE
まいる 同じ筑波大学出身の音響エンジニアの松尾(1977年長崎県生まれ)、ソフトウエアエンジニアの甲斐(1978年福岡県生まれ)、インテリアデザイナーの下山(1977年岡山県生まれ)が学生時代から継続しているデザインプロジェクト。参人よれば文殊の知恵。それぞれの専門性を活かしてデザイン活動の場を広げ、ユーモアのあるストーリーで人・モノ・空間を心地よく結ぶデザインを行う。2009年ミラノサローネにて各国の『ELLE DECO』誌が選ぶ若手24組に選出された。
photo:Takumi Ota
関連HP MILE
http://mileproject.jp/
タイトル
「義歯廃材という人工鉱床」
テーマ
法律によってリサイクルが禁じられている歯科用金属を回収して利用する。
展示コンセプト
1.高価な金属の再利用はモチベーションを向上できる。2.再利用した資源は長寿命でないと無意味。3.ゴミの定義は業界によって違う。4.一か所に大量に集めれば資源。本会議で挙がったこれらの論点を考え、高価な金属成分を含む歯科用金属の廃材を利用した高付加価値の製品を提案。
“正しい”モノづくりとは?
エコだから我慢、といった性善説に頼るデザインはしない。
あなたがデザイナーとしてできることは?
ゴミの定義の見直したい。ある業界で無価値でもデザイン力で付加価値を与えて他の業界で活用する途を開き、単なるリサイクルにとどまらない新しい価値観を提案する。
「今回一番気になったのは、さまざまな素材が複雑にからみあった製品から高純度の物質を取りだすのには、とても手間がかかるということでした。それゆえリサイクル品は精度も良くなく、輸送などの手間もかかるため価格競争に巻き込まれると強くない。平井さんに知恵をお借りして解決方法を練りました」(鳴川)。
都市の中でつかわれる高純度の金属を探し、行きついたのが歯科技工士が義歯などの素材にするコバルトクロム。薬事法により高純度のコバルトクロムが廃棄される現状があり、ある歯科技工士が実験的に精錬を始めたことを知った。義歯用金属を、不要になったその場で鋳造するので、精錬する資源にお金はかからず、運搬費も不要。バージンメタルとほぼ同質の素材が再生されていた。
さらに鳴川は、歯科技工士の精密な金属加工技術にも注目した。「フラーのテンセグリティのジョイント部に応用できると考えました」。
テンセグリティは、バックミンスター・フラー(1895-1983)とケネス・スネルソン(1927-)が発案した構造体。直線部とジョイント部をくみあせると、圧縮力と張力により、少ないパーツから安定性のある大きな立体構造ができあがる。
今回の提案には、科学やテクノロジーをベースに数々の持続可能なデザインを発明したフラーに対する敬意が込められている。
「ある分野でゴミと定められても、違う分野でとんでもない性能をもつ。義歯廃材の場合、薬事法がそのネックとして存在することを洗いだすのが、今回の重要なポイントでした」(鳴川)。
鳴川 肇
なるかわ・はじめ 1971年生まれ。芝浦工業大学卒業、東京藝術大学修了。ベルラーへ・インスティテュート・アムステルダム修士課程を卒業。アーネム建築アカデミー講師、佐々木睦朗構造計画研究所を経て、2006年にNAL設立。2009年にAuthaGraph株式会社を設立。主に模型による幾何学的立体の検証を軸にアイデアを展開し、それがどのような場面で社会のニーズに応用できるかを探求しながら、美術、デザイン、エンジニアリングに関わる領域の活動を行っている。2011年春現在、投影方法の開発、建築意匠、構造計画、美術制作、什器のデザインに携わる。
関連HP AuthaGraph株式会社
http://www.authagraph.com/
タイトル
「文化の中の人工鉱床:炉底メタルのお墓/レアメタルを集積する刑務所」
テーマ
現代文化において人工鉱床が無理なく存在し得るかを考察。
展示コンセプト
持続可能なマテリアルの扱いかたについて何が「正しいか」は、さまざまに研究されてきました。今回、それを現在の文化の中で「無理なく実現する」ための新しい「視点」を提供することが、デザイナーの役割ではないかと考えました。人工鉱床の実現可能性について考察し、発見した2つの「視点」と「アイデア」を提案します。
“正しい”モノづくりとは?
マテリアルのタイムスケールと人間のタイムスケールが調和すること。
あなたがデザイナーとしてできることは?
マテリアルのタイムスケールと人間のタイムスケールが調和する方法を探ること。
テーマは人工鉱床。都市の中のさまざまな製品に含まれる鉱物を備蓄し資源とするアイデアだ。考えかたは提唱されていても、多くの阻害要因からなかなか前に進まない。その状況に対し、2つの提案がなされた。
「金属をためるのに、お墓と刑務所をつかうという提案です。お墓は永代使用料や管理費が払われている限り備蓄しつづけることができます。墓石には情緒的価値があるので、炉底メタル(廃棄物の焼却後に炉底にたまる金属塊)などを墓石に利用すれば、ゴミとされているものに文化的価値が備わり、備蓄が正当化されるという工夫です。一方で、刑務所にはレアメタルを備蓄します。刑務所は頑強な警備をしているので盗まれる心配がなく、受刑者の労働力もあります。この労働力を用い、家電品などを分解してレアメタルを直接的に取り出し、刑務所を広大な備蓄庫と見立て、ためるという発想です」。
現代社会には、未来に価値があるものに対して相応のお金が支払われなかったり、置き場所すら提供されないという問題がある。この提案は、これまで無関係だった既存の価値や機能と、未来に価値あるものとを結びつけ、因習的な文化的意味づけをリセットし、有効なシステムをデザインしようと試みる。
科学者の中村氏は次のようにコメントする。「人工鉱床は、都市鉱山の答えのひとつです。都市鉱山は今ここにあるのに、つかうのが難しい。まさにわれわれが日々考えている課題です。廃棄物処理法は正当な必要性があって生まれた法律ですが、資源の移動を制約するなど逆に循環型社会を阻む一因にもなっている。この画期的な提案は、われわれ(科学者)の会議でも紹介したいと思いました」。
野末 壮
のずえ・しょう 1982年静岡県浜松市生まれ。2005年に多摩美術大学美術学部生産デザイン学科プロダクトデザイン専攻を卒業後、日立製作所に入社、デザイン本部に所属。業務用液晶プロジェクター、フラットパネルディスプレイ、洗濯乾燥機などのデザインを担当、現在に至る。
タイトル
「The Mirror of Truth」
テーマ
真実の鏡
展示コンセプト
他人が見ている本当の自分を映し出す鏡。
“正しい”モノづくりとは?
人や社会に有益である事物をつくること。
あなたがデザイナーとしてできることは?
それを目に見えるかたちにして世の中に提示すること。
この鏡には、それぞれ別の角度を向いた1.5ミリ幅のスリットが267本入っている。鏡から85センチの距離に立って鏡を見ると、そこに映り込むものすべてが反転している。スリットはそのためのしかけだ。
「ふつうは鏡の前で右手を挙げると、鏡の中の自分は左手を挙げます。つまり日常の鏡で認知している自分は左右反転した顔です。今回は、実際に他人が見ているのと同じ本当の自分の姿が映る鏡をつくりました」(作者)。
あるポイントから正反対に結ばれる像の角度を計算によって一本一本導きだし、ワイヤーカットとよばれる微細な金属加工を施すことで、鏡に映る自分が反転するようになっている。
「この世の中のもののすべてが、原子や分子の結合からさまざまな特性を有し、ある質感を伴う表象として意識の中に立ち上がっています。光の反射や加工特性など、物質のもつ特性やしくみを数値的に解き明かすことと、それを利用し感覚や意識に機能させること。そのどちらとも人が生活をしていく上で必要不可欠な要因です。
科学とデザイン、双方の幸せな折り合いを、今回のプロジェクトの目的としました。言葉や数値では表せないけれど、ある感覚をみんなが一瞬でぱっと共有できる。それは人間が獲得したすばらしい能力だと思っています」(作者)。
坪井浩尚
つぼい・ひろなお 1980年東京生まれ、静岡県育ち。2004年多摩美術大学環境デザイン科卒業。2006年Hironao Tsuboi Design 設立。対象の環境を柔軟に読み解く多角的なアプローチに定評があり、現在まで日用生活品から家電製品・家具など、プロダクトデザインを中心に幅広い製品を手がけている。2008年度米国『I.D.Magazine』誌 の「World emerging designers 40」に選出。2009年英国D&AD主催「Creative Faces」Japan's most exciting new design talent に選出。2010年『ELLE DECO』誌「YOUNG JAPANESE DESIGN TALENT」に選出。
関連HP Hironao Tsuboi Design
http://www.hironao-tsuboi.com/
作品タイトル
「ドリンクの美味しさを長く味わえるカップ」
作品テーマ
実用性に加え、美味しく飲めそうな感情づくりをめざす。
展示コンセプト
「時間の流れ」を考えた末に、普遍的な既製品から正しさを見出してターゲットと機能を明快にしました。チタンカップ(真空/二重構造)は強く軽く、金属アレルギーがなく、保温・保冷に優れています。この特徴は子ども・高齢者・患者に相性のよいものです。
しかし金属質の口当たりに抵抗がある人はいます。そこで金属質を緩和する表層の質感(思わず口をつけたくなる感じ)を加えることで、誰でもドリンクの美味しさを長く味わえるカップをつくりました。
“正しい”モノづくりとは?
消費させるのではなく循環させること。
あなたがデザイナーとしてできることは?
人の感情や社会に製品やコンセプトを届けること。
既製の二重構造のチタンカップに化学変化を加え、新たなマテリアル感を与えている。
「製品の良さだけを伝えても人はなかなかつかってくれません。美味しそうに飲めそうだとか、手にとったときの感触が良いとか、そういう感覚を実現したいと思いました」(作者)。
今回つかった化学変化とは、表層を酸化もしくは窒化させるというもの。皮膜を覆う色の変化が、作者の言う“シズル感”(この作品の場合は、思わずカップを手に取りたくさせる質感)を生んだ。
さらに、異素材のくみあわせによる触感も追求した。既製品のステンレスのカップの内部に木のカップを重ねると、耐久性、保温性などはステンレスの性質を保持したまま、なじみのよい木の口当たりがもたらされる。金属に比べて耐久性の劣る木の部分が傷んだときは、その部分だけを取り替えればよい。
既製品の流れに寄り添いながらも、少しの変化を加えることで、より心地よく長くつかい続けたい製品を生んでいく。すでに生産システムのできあがったものにストップをかけるよりも、小さな改良点の発見を積み重ねるほうが、はるかに効率がよいこともある。それもデザインの大きな可能性であることを教えてくれる。
この作品に対して科学者の中村崇氏は語る。「金属の質感を好むのは西洋の人々で、日本人は不得意とされてきましたが、やっとなじんできたと実感します。金属には長くつかうべきものと速く循環させるべきものがあります。今後デザイナーがそれをきちんと理解して設計に関わるようになると、ずいぶんモノづくりが変わると希望がもてます」。
熊谷彰博
くまがや・あきひろ 1984年東京生まれ。「伝えること」をコンセプトに、グラフィック/プロダクトを中心として領域を越えたアートディレクション、デザインを手がける。主な仕事に、オリンパス純正カメラバッグ「CBG-2」、KDDI iida LIFE STYLE PRODUCTS「Design Sheet」「EHON TRAY」など。 グッドデザイン賞、DDA賞、SDA賞など受賞多数。
関連HP AKIHIRO KUMAGAYA
http://alekole.jp/
作品タイトル
「銅造シェルを鍛造でつくる」
テーマ
素材を少なくつかうために要するわずかなエネルギーを体感する。
コンセプト
建築物の架構は、素材の製造に膨大なエネルギーが費やされ、加工の手間にかかるエネルギーはほんのわずかでしかない。それゆえ加工に手間をかけてでも、素材を少なくつかう工夫が大切になる。シェル構造は材料効率のよい構造だが、金属での実現例は少ない。型をつかわず、銅板をハンマーで叩いて成形する鍛造(たんぞう)という手法によって、金属製のシェルを構築する。そうしてこの“手間”にかかるエネルギーを体感する。
“正しい”モノづくりとは?
素材を並列に見ること。
あなたがデザイナーとしてできることは?
ほんのひと工夫でも次の可能性につながる提案をすること。
長さ8メートル、幅2.5メートル、厚さ約1ミリの平らな銅板を鍛造して成形。鍛造とは、金属をハンマーで叩くことで金属内の空隙をなくし、結晶を微細化して結晶の向きを変え、強度を高めつつ成形する手法のこと。総勢110名程度の学生が参加し、毎日約40名ずつ3日間叩きつづけた。
加工にかかったエネルギー量は、金属の運搬、溶接、参加者が採った食事のカロリー量などを合算して9.3万キロカロリー。銅の製錬に要したエネルギー量127万キロカロリーと比較すると、7パーセントという低い割合であり、多くの参加者がそのギャップを身をもって体感した。
「建築の構造では主に鉄、コンクリート、木を扱いますが、たとえば鉄骨の場合、鉄を生産する膨大なエネルギー量に対し、鉄から柱、梁などの部品に加工するエネルギー量は1パーセント未満というオーダーなんです。にもかかわらず建築の現場では、加工の手間にお金がかかるのでこれを省こうとします。しかしエネルギー消費的には、加工の手間を惜しまずに素材を1〜2割少なくつかうほうがよいのです」(作者)。
シェル構造はミニマムな素材で頑強な構造を可能とする。皆の力を結集したこの省エネルギーの試みに対し、参加者からは「建築の知識がない女性でもとんとん叩いてつくることができる。建築がもっているある種お祭りみたいなモノづくりの原始性が、この作品には表れていると感じます」との感想も出された。
佐藤 淳
さとう・じゅん 1970年愛知県生まれ。1993年東京大学工学部建築学科卒業後、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了。1995~99年木村俊彦構造設計事務所勤務を経て、2000年に佐藤淳構造設計事務所設立。2009年まで芝浦工業大学、慶應義塾大学、東京理科大学、東京大学にて非常勤講師を務め、2010年現在、東京大学特任准教授。
作品タイトル
「無垢板をくりぬいた額縁」
「ステンレスを折り曲げたスプーン」
作品テーマ
少ない加工。
展示コンセプト
自分がこれまでにつくった作品の共通点に、なるべく簡単につくるというのがあります。そうする理由は、純粋さを感じるからだと思います。今回、3人の科学者の考えを聞いたとき、とてもスッキリしたのです。簡単につくるとは、単一の材料でつくることができる魅力の可能性を探ることですが、そもそも単一の材料でつくること自体にも価値があると気づいたからです。
“正しい”モノづくりとは?
単純なしくみでつくられること。
あなたがデザイナーとしてできることは?
単純なしくみに魅力を与えること。
究極の“少ない加工”に挑戦した2つの作品は、用と美を兼ね備え、加工時にかかるエネルギーの無駄や廃棄物を最大限に省いたデザインを実現した。
スプーンは、薄いステンレスの板を、作者いわく「ちょんと指でつまんだ」デザイン。ただ少しつまんだだけでスプーンという機能が生まれ、従来のスプーンにはないシンプルで斬新なフォルムが見る者たちの意表をつく。
一方の額縁は、分厚い木の板をくりぬき、真ん中に大きな四角い穴を開けただけのもの。通常の額縁づくりでは、木枠の一辺一辺を角で接合して四角形を構成するが、この提案では個々のパーツの準備や合体などの細かな工程が一切省かれる。
この2作品はどちらも、これまであまりに長い間慣れ親しんできた「あたりまえ」の形や工法の陰に隠れた“盲点”をついた提案である。
加工技術が大きく進歩した今日、もはや従来のモノのありかたに安住するのは愚かなことであり、素材や工法や用途をひとつひとつを検証し、新たに発想し直していくことが重要かもしれないと気づかされる。
「少ない加工でモノをつくるときに、完成品が単純に見えてしまってはもったいない気がします。単に合理的につくるだけというのとはちょっと違う。つくられたものに新しい発見や驚きがほしい。それをどうやってデザインに含めることができるのかが重要だと感じます」(作者)。
山口 誠
やまぐち・まこと 1972年生まれ。2001年に東京藝術大学大学院修了。山口誠建築設計事務所を設立。2007年に株式会社山口誠デザインに改組。Wallpaper* Design Awards、International Architecture Awards、グッドデザイン賞など国内外で受賞多数。建築の他にプロダクトデザインも手がける。代表作に「軽井沢の別荘/ギャラリー」「狛江の住宅」「HANEGI G-House」などがある。
関連HP 山口誠デザイン
http://www.ymgci.net/
これからのモノづくりの行方
科学の知見をもたらした3名の研究者と、それに応えて作品を提案した11組のデザイナーが一堂に会し、5か月にわたる活動を総括すべく、展示会期間中にトークセッションが行われた。
本プロジェクトは当初、「正しいマテリアルのつかいかた」というテーマを掲げていた。勉強会を経て提案を終えたデザイナーが改めて思うこと、新たに掲げる課題とは? 科学者たちの見解は? モノづくりをめぐり科学とデザインが交差する対話は3時間を超えた。
開催日時: 2010年5月30日(日) 13:30~
場所:日本科学未来館 シンボルゾーン
司会(今泉真緖/日本科学未来館) はじめに、今回のプロジェクトを通じて新たに見えてきた課題について、お手持ちのボードに書いていただこうと思います。
「適材適所とマテリアルリースの概念。
+想像力」(中村崇)
「素材の特性を認識し、それを活かす」
(吉岡敏明)
「新しい価値基準、社会のしくみ、マテリアルフロー」(舩岡正光)
「公共性と個人性」(福島加津也)
「正 正 正 正……どの正しさが本当の正しさか。視野と選択」(東泉一郎)
「前後の両方に有効であること。変化に対応できる産業構造」(成瀬友梨+猪熊純)
「心地よさ」(中村竜治)
「作り手とユーザーとの間で無理なく知識を共有すること」
(参[松尾伴大+甲斐健太郎+下山幸三])
「分野ごとの法律のギャップ」(鳴川肇)
「お金、場所と人の気持ち」(野末壮)
「フローそのものを考える」(坪井浩尚)
「ユーザーに対し付加価値をどうつけるのか」(熊谷彰博)
「素材を扱う腕を失わない」(佐藤淳)
「つくられかたが見えること」(山口誠)
「課題、時間、エネルギーが見えない」
(大西将徳/日本科学未来館)
司会 ありがとうございます。では、まず、福島さん、「公共性と個人性」とはどういうことでしょうか?
福島 モノをつくるなかでは、すでに、社会的にある程度正義とされているものや法律として確立されているモノがあって、それを「公共性」と呼んでいます。それに対し、僕が欲しいモノ、僕が美しいと思うモノとの間には、ズレがある。むしろ公共性に反しているからこそ欲しいと思うわけで、そのギャップをどう埋めるかが、これからも、僕自身の課題だと思います。無理に公共性にすり寄ると、エコロジカルな話に収束していきます。逆に、たんに自分が欲しいモノをつくるのは、プロフェッショナルとはいえないし、社会にも貢献していないことになる。公共でも個人でもない、第三の価値が今求められていて、それが、今回未来館のいうところの“正しさ”なのかもしれないと思っています。
司会 鳴川さんは、法律の隙間の問題をいかに個人の観点で埋めるかに関心をお持ちのようですが?
鳴川 私の掲げた「分野ごとの法律のギャップ」は、なにも法律だけの問題ではありません。たとえば金属を体内に埋め込むことに関する薬事法は、非常にハードルが高い。入れ歯には、金属アレルギーを配慮し、コバルトクロムならつかえるのですが、一回鋳造しただけでゴミと判断するのは、薬事法の観点からは正しいけれど、分野を越えて、違うモノに転換すれば、全く別の価値としてまだ十分つかえるわけです。今回、そうした可能性が発見できて良かったと思っています。
司会 中村先生、福島さんと鳴川さんのお話をうかがって、いかがでしょう。
中村崇 公共性と個人性は重要だと思います。やはり人間は公共性では動かんのですよ。実際にモノを買い、つくるときは個人性で行なわれます。ですから現実のモノを動かそうとするなら、たんに精神論ではなくて、アトラクティブな要素をくわえることが重要で、それをひとつひとつ具体的に実現するのが、デザイナーの腕じゃないかなと思います。工業の世界では「DfE(Design for Environment/環境適合設計)」が常識です。大企業は皆それをうたい、宣伝にもつかっています。でも、今回の参加デザイナーの方々がどなたもそれをおっしゃらなかったのは、新鮮でした。現実は工業の世界でも、そうはうまくいっていないのです。努力して、少しずつは進んでいますけれど。
私の掲げた「適材適所」は、説明するまでもない絶対条件だと思います。「マテリアルリース」とは、要するに、製品リースと同様に材料をリースしてつかうしくみです。私たちはその実現の方法をさぐっていますが、まずはつかう側がその感覚を持つことが重要です。最後に「+想像力」と足したのは、このままいくとどうなるかを、みんながちょっと想像する、そのちょっとの想像が重要じゃないかと思ったからです。
参(松尾) まずはマテリアルやリサイクルに意識の高い人たちが引っ張るということかもしれませんが、多分それだけでは成り立たない。一般市民に何がしかの知識を与えることで、ぐっと変わると思うのです。かといって、エコロジー番組や、行政がリサイクル学習館のようなハコモノをつくるのは、意味があるとは思えません。お店で実際にモノを手にして、そこから何かを感じることができるように、デザイナーは考えていく必要があると思います。
僕たちは、今回勉強会で学んだことをつかい手につないでいくために、「Pla-stick」というプラスチックの種類を学ぶ工作キットをつくったのだと、今になって自分たちの役割を納得しています。
佐藤 私は価値観みたいなものが変わっていくんじゃないかと思っています。今、世の中で大量生産されている工業製品などは、少し神経質すぎると思うのです。ちょっと傷がついただけで不良品として廃棄されたり、アウトレットになったりします。今は、生活の中で必要なモノを、自分でほとんどつくることのない時代ですよね。熊谷さんが、モノが壊れることを想定しながら壊れた部分を取り替えるという提案をされていますが、たいていの人は、モノが壊れたり劣化することを、あまり意識せずに生活していると思うのです。たとえば台風が来たら家がどのくらい揺れるとか、窓が壊れるかもしれないという感覚も、今や持たずに暮らしています。単に昔に回帰することを要求するのではなく、私が掲げた「腕を失わない」とは、素材を扱う感覚や勘を失わずに生活していきたいというのがあります。
モノづくりのしくみとデザイナーの役割
坪井 ふだん僕はプロダクトデザインの仕事で、まさに大量生産されるモノを考えて、つくっています。今、インターネットが普及して5,000日経っていない状況ですが、人の生活は一変して、iPadやtwitter、iPhoneの登場によっても、皆がモノを享受する時代から、自分でモノを生産する時代へと、プラットフォームが移りつつある。ちょっとしたモノをネットにアップして商売が成り立ったりと、モノづくりのありかたや人間の生活そのものが変わってきているのを感じています。
僕は、デザイナーはもっと「フローそのものを考える」ことをしなければならないと思っています。今のモノづくりのしくみでは、デザインのフェーズに降りてくる前に、すでにクライアントがあってブランドのアイデンティティがあって、こういうお客さんにこの価格のモノを、この工場で製造してこう売るとすべて決まっている。僕らデザイナーはもっとクライアントと一緒になって、モノづくりのフローをトップダウンの視点から考えねばならないし、同時に、消費者と生産者の側からも考えないといけない。モノづくりのスピードがますます速くなる時代の中で、デザイナーの役割がすでに変わってきていると感じます。
猪熊 坪井さんがおっしゃるように、企画段階からどれだけ入り込めるかは、すごく重要になってくると思います。先ほどの福島さんの話に結びつけるなら、公共の利益と個人の利益が逆方向を向いていて、いずれかしか取りえないところを、個人の利益を追い求めると、それが公共の利益にもなるように、しくみを変換するのがデザイナーの役割なのだと思います。しかし、世界中のそうした問題をすべて解決するのは果てがないので、多分、ずっと悶々としながら、がんばり続けることになるのでしょうね。公共性も個人性もウィンウィンになって、しかも儲かって、マテリアルとして長くつかえるという答えをたくさん見つけていければ、意味がある。そのためには、デザイナーの発想に対して俊敏に対応できる工場がもっと出てくると、きっと面白いことになるだろうと思います。
吉岡 たとえば、私たちがふだん電気をつかって支払う代金には、発電に際して生まれる環境に対して負荷を与える物質を浄化するプロセスの費用も内部化されています。しかしデザインはまだ製品のアウトサイドになっていると思います。たとえば、環境への配慮や資源の大切さをデザインに活かして初めて製品の価値にデザインの価値が内部化されていくのでしょう。デザイナーの皆さんはどんどんそこに切り込むスタンスをもってほしい。言われてから対応するのでは遅いと思います。その意味でも、さきほどのDfEに対するデザインの役割は、非常に重要です。工業化されると低価格化が起こり、デザイン性はあまり議論されなくなっていくからです。しかし、モノには素材の特性と、機能の特性、デザインの特性が含まれている。
熊谷 デザインはまだまだアウトサイドだと思いますね。世の中には、デザイナーがさまざまな提言を込めてデザインされたモノがあるかもしれないけれど、例えば自分の実家に帰ると、そんなモノは一切なくて、100円均一の商品がころがっていたり……世の中がその流れにあると思う。付加価値をつけるという意味では、安価につくれて大量に売れてクライアントに利益をもたらして、しかもユーザーのためになるかもしれないというモノが提案できれば、社会のしくみが変わっていくと思う。デザイナーが一方的にこれがいいと伝えようとしているから、なかなか伝わらない。クライアントとお客さんの間にデザイナーが立って、うまくマッチングしていければ変わっていくと思います。間に立てることが、デザイナーや建築家の良さだと思うんです。形のレベルだけでなく、思想のレベルでも、人と人とをつないでいけるといいですよね。
モノの機能のとらえかた
舩岡 新しい時代のために、いろいろな活動指針があると思いますが、一番大事なのは、人間の視点のみで論議を始めて完結してはならない、ということだと思います。私たちは地球というしくみの中を構成しているひとつのユニットにすぎない。だから、まずは自然界のしくみを肯定して、それを真摯に受け入れて、マテリアルがどういう時間とエネルギーとファンクションで動いているのかを理解しようとすることが、最初の活動だと思います。次に、そのしくみを乱さないように、社会の中で、いかに製品として、あるいは材料として、それをつかい分けていくのか。地球は有限の惑星であり、その中で私たちの無限の成長はありえない。でも私たちはある意味で無限の成長を望んでいる。この相反するファクターにどう対応していくのか。
「新しい価値基準」と掲げましたが、私は、マテリアルを勝手に個人所有してはならないと考えています。たとえば木というマテリアルとは、太陽エネルギーで凝縮された物質が、私たちの目の前に可視化されている存在です。それを、個人的な目的で、お金を払って所有して、要らなくなったら燃やすといった、個人の判断で勝手にマテリアルをつかうしくみを拡大してはならないと思うのです。
この新しい価値基準を明確に表した提案が、段ボールを集めてつくる東泉さんの椅子の作品でした。この椅子を購入するとき、私たちは段ボールを買うのか、椅子という機能を買うのか。今の社会では、モノを買うとき、私たちは基本的に素材と加工費にお金を支払います。しかし、そうではなく、椅子という、座るという機能を評価してお金を払うという価値観が、この提案には込められているように思います。
司会 中村さんは、心地よさも機能ととらえておられます。それはこれまでの議論にはなかった視点だと思うのですが、いかがでしょう。
中村竜治 機能というのは、わかりやすいからいいのですが、美しさや心地よさというのは、わかりづらい。世の中にあるモノはぜんぶ意味で満たされていて、意味がないと存在価値がないというような状況にあります。たとえば窓なら、採光や換気といった機能的な意味があるわけですよね。。しかし私は、今の舩岡先生の話とは相反するのですが、無意味なモノや無意味な状態をつくり出すことが、すごく大事かな、という気がしているんです。
司会 意味の間の余白となるモノをつくっていかなければいけないと?
中村竜治 そういうことだと思います。たとえば雑誌などでも、余白をつくるのはすごく難しい。でも、すごく大事かなと。
現実社会の複雑さを前にして
司会 山口さん、いかがですか?
山口 今の時点で、僕には強く宣言できるようなアイデアは全くないし、多分、今後も新しいマテリアルフローをつくることとかに強い関心を持たないだろうというのが正直なところです。でも、建築設計では、床から何から、全部材料を具体的に決めないといけないわけで、そのときに、自分が果たす役割が何かあるだろうとは思っています。これからのマテリアルフローがどうなっていくとしても、直感的にこうしておいたら安全なんじゃないか、将来的にあまり問題が起きないんじゃないか、という的確な選択はしていきたい。たとえば複雑な材料でつくられた建材よりは、単一の材料でつくられた建材を選ぶとか。素朴で、今でもできることですが、その姿勢を保つのが、今の自分にできることだと思います。
司会 「正 正 正」と書かれた東泉さん、その心をひと言でお願いします。
東泉 ひと言でですか。困りますね。だからこう書いたのですが(笑)。そのときどきの自分の立ち位置で、何が正しいだとか、デザイナーがどうすべきだとかは変わるわけですよね。断定的に啓蒙的に「これだ」と決めつけるのは、ファシズムっぽくて気持ち悪い。多様性を大事にしていきたいし。なので、困り果てているわけです。
今日はマテリアル・オリエンテッドな場ですから、だからある意味シンプルなわけで、ひとつの結論にまとまりやすいのかもしれません。しかし、実際の世の中はもっと複雑ですよね。正しいと思うことが逆の側面から見たら悪だったりするかもしれない。そうした中で何を選択していくかが問われるわけです。
僕はエレクトロニクス系のモノの仕事もしていますが、今日ここで何か偉そうに語ったとしても、そのことを明日から携帯電話の仕事に生かせるということはない。ぜんぶ逆行している。本当に解決すべき問題はもっと難しいところに潜んでいて、今回参加させていただいていろいろ学んだこともあるけれども、相変わらず困り果ててる、という感じです。
司会 野末さん、「お金と場所と人の気持ち」とは?
野末 「お金と場所」というのは、僕が今回提案した都市鉱山の利用法には、まとまったお金とまとまった場所が必要という意味です。最後の「人の気持ち」というのは、デザイナーに限らず、製造業者さんや、今、会場いるみなさんにも共通する課題ということです。本当に考えなければならないのは、デザインの善し悪し以上に、大量生産の社会についてではないかと思うのです。大量生産の社会が機能しているから、多くの人が暮らしていけるということも、やっぱり考えないといけない。現状の資源をやりくりして生活を成り立たすシステムに対し、今後何ができるのか。デザインに限定した話ではないのですが、最も考える必要があると思い、「人の気持ち」という言葉に込めました。
司会 東泉さんの「困り果てている」という言葉に象徴されるように結論が見えたわけではないのですが、この場のみなさんと複雑な状況をフラットに議論できたように思います。本当にありがとうございました。
2009年2月
日本科学未来館にて「デザイン×科学 地球マテリアル会議」が始動。最先端のマテリアル研究に携わる科学者への取材を経て、4名の科学者への参加依頼から始まった。
2010年1月31日
マテリアル勉強会
講師:中村崇(金属担当 東北大学)、舩岡正光(木担当 三重大学)、吉岡敏明(プラスチック担当 東北大学)、大久保泰邦(石油担当 産業技術総合研究所)、池辺靖(日本科学未来館)
4名の科学者にくわえ、未来館からの参加者募集を受けて64名のデザイナーが参集。科学コミュニケーター池辺靖がマテリアルを宇宙的規模の流れの中でとらえ直し、大久保氏が現代文明を支える石油の起源を語った。吉岡氏、船岡氏、中村氏が正しいモノづくりの条件を提示した。
金属、プラスチック、木の、全3回の分科会を開催した。「マテリアル勉強会」に出席したデザイナーが主体的に参加。それぞれの科学者による詳細な講義の後、“正しい”モノづくりについての議論が対話形式で行われた。
3月6日
マテリアル分科会『金属』
講師:中村崇
参加デザイナー22名
古代7金属から現代に至る人類と金属の歴史を講義。人類が多様な金属を適性に合わせて利用してきた例が語られた。後半、金属のリサイクルを困難にしている法律や、マテリアルリースの考えかたについて、活発な議論がなされた。
2010年3月7日
マテリアル分科会『木』
講師:舩岡正光
参加デザイナー32名
生命体である木のしくみを講義。後半、建材や紙などさまざまな木の利用形態と、現在のモノづくりがはらむ課題について、各自の認識を深め合う意見交換がなされた。
3月14日
マテリアル分科会『プラスチック』
講師:吉岡敏明
参加デザイナー25名
プラスチックの3つのリサイクルを詳細に講義。リサイクルの障害となる不純物、特にプラスチックの色について、密度の濃い討議がなされた。モノづくりにおいて、着色は悪なのか。それともプラスチックの重要な特性なのか。
3月25日~4月中旬
デザイン提案
勉強会で議論された“正しい”モノづくりの答えとして、デザイナーがマテリアルの新しいつかいかたを書面で提案。科学者と企画者が公開イベントの出展作品を選定。その後、デザイナーは科学者と意見交換を行いながら制作を進めた。
2010年5月19日~6月7日
展示会
「デザイン×科学 地球マテリアル会議」
参加科学者:中村崇、舩岡正光、吉岡敏明
出展デザイナー:熊谷彰博、佐藤淳、坪井浩尚、中村竜治、鳴川肇、成瀬友梨+猪熊 純、野末壮、東泉一郎、福島加津也、参(松尾伴大+甲斐健太郎+下山幸三)、山口誠
アートディレクション:野老朝雄+三星安澄
来場者数18,149名。計18日間。
日本科学未来館のシンボル展示「Geo-Cosmos」の下、11組のデザイナーが作品を発表。金属、プラスチック、木、それぞれのマテリアルをつかい、色や構造から社会のしくみまで、これからの“正しい”モノづくりのありかたを提案した。
5月30日
公開ブレインストーミング
出演者:参加科学者、出展デザイナー
来場者数214名
展示会期中、参加科学者と出展デザイナーが全員参加し、トークセッションが開催された。前半、各デザイナーが自身の作品について語り、科学者がコメント。後半、各作品の提案内容をもとに議論を深め合い、それぞれのモノづくりの課題を浮き彫りにした。
2010年7月 iPad版制作スタート
東京藝術大学デザイン科の藤崎圭一郎准教授、松下計准教授、同大学院博士課程在学の山口幸太郎、櫻井稔と、日本科学未来館がチームを組み、『地球マテリアルブック』iPad版制作開始。櫻井が、デザイナーの様々な要望に広く応えられる独自の電子書籍プラットフォーム「Material Reader」を開発。ページを繰る際に画面が揺れ動き物質感を演出するなど、既存の電子書籍と一線を画すものを目指した。GUIとインフォグラフィックスのデザイン、さらに写真撮影は山口が担当した。
2011年7月31日 iPad版リリース
無料。日本語・英語バイリンガル。アニメーションや図版をふんだんに使い、地球スケールのマテリアルの流れとモノづくりとの関係が、楽しみながら理解できる電子書籍になっている。世界70カ国以上から3万ダウンロードを超えた。iTunes App Storeで入手することができる。
2013年7月 本書BCCKS版刊行
BCCKS版はネット上で閲覧でき、オンデマンド印刷で紙の本にして読むこともできる。ページのカスタマイズには、BCCKSアートディレクター松本弦人にご協力いただいた。
本プロジェクト企画者が語る、あるべきモノづくり、新しいマテリアルのつかいかた。
文:大西将徳
私がこのプロジェクトを通して改めて強く感じたこと。それは、自然のすごさ、である。私たちは今回のプロジェクトの中で、人類がいま実現しているような豊かな生活をこれからも長くつづけるためにはどうしたらよいかを考えてきた。今後重視していくべきマテリアルのつかいかたとして注目された、マテリアルのカスケード(多段階)利用。物質としてのマテリアルに価値を与えるのではなく、機能に価値を与えるという脱マテリアルの発想。しかしすでにこのようなアイデアは、自然界ではあたりまえのように実現している。そして、地球上では46億年にわたり、なんの困難もなく豊かな物質世界が形成され、今後も数十億年にわたってつづいていくだろう。人間がいなくても、自然界ではマテリアルは必要なところに、必要なだけ供給されているのである。私たちはこの自然界でのマテリアルの流れに寄り添うことで、効率的に、つまり「小さなエネルギー」で、私たちが必要としているマテリアルとの関係を築いていけるのではないだろうか。そしてこの「小さなエネルギー」こそ、私たちが豊かな生活を今後も長くつづけるための本質的な課題のひとつである。
本プロジェクトを始める前、私にはひとつの疑問があった。それは、同じような機能の商品でも、「環境にやさしい」ことをうたうもののほうが、そうでないものよりも多くの場合値段が高いということだ。古紙をつかった再生紙。ペットボトルを再生した化学繊維。これらはバージン材をつかった商品にくらべ高価なことが多い。この「環境にやさしい」ということと「価格が高い」ということの関係に、矛盾を感じていたのだ。
原料とそれを加工・運搬するためのエネルギーの量で価格がほぼ決定されてしまう工業製品の場合、価格が高い商品ほど多くの原料や多くのエネルギーが投入されていると考えられるだろう。ここでいうエネルギーには化石燃料や、自然エネルギーによるもの、さらには限りある資源として人件費も含まれる。原料やエネルギーは原理的に限りがあり、私たちはこれらを大量に消費しながら現在の生活を手に入れている。そうであるならば、原料やエネルギーの使用を小さくすることが、私たちの文明を永らえるための重要なポイントとなる。言い換えるなら、原料やエネルギーの使用を小さくすることが、「環境にやさしい」ことの条件のひとつと考えることができるだろう。つまり「この瞬間」に安い商品の方が「環境にやさしい」はずなのである。
ただこの考えかたには落とし穴があった。それは、「この瞬間」しか考慮されていないということだ。現在私たちが大きく依存している化石資源、特に石油はあと数十年で底をつくと考えられている。実際石油の値段は近年徐々に上昇してきており、20年後、30年後には相当値段が上がるであろう。これに応じて現在の化石燃料依存社会のシステムでは、マテリアルの値段も徐々に上昇することが予想される。一方、脱化石燃料社会への転換を考えた場合はどうだろうか。社会のしくみを大きく変える必要から、初めは人的エネルギーや設備投資も含め、大きなエネルギー投資が必要であろう。しかし、しくみの転換が成功すれば、エネルギー投入は低く抑えられる可能性がある。つまり「この瞬間」のエネルギー消費が大きくても、100年、200年先まで考えたトータルのエネルギー消費は、化石燃料依存社会の社会システムよりも小さくなる可能性があるのだ。
私たちは、大きな時間で見た社会システムのかたちを考えていく必要がある。これが本プロジェクトのひとつの答えといえるかもしれない。今回は科学者とデザイナーが議論することにより、未来のモノづくりを模索した。私たちが直面したのは、乗り越えなければならない壁の多さだった。法律、流通、製造、消費……。しかし同時に、分野の壁を越えた多くの人の協力こそ、新しいモノづくりのありかたや、新しい社会のかたちをつくっていくことも、今回参加したメンバーの中に確かな実感として芽生えたはずだ。このプロジェクトが、ある瞬間のできごとではなく、「大きな時間」の中で存在感を持つものとしていきたい。
(日本科学未来館 科学コミュニケーター)
文:今泉真緒
私たちは、デザインに生かされている。心地よい温度に調整された家で、誰かが育てた作物を食べる。メディアから流れる情報を糧に、便利な道具を使い仕事をこなす。町では、誰かが名づけた広場で、設計通りに並んだ木々が心を潤す。大自然へと冒険に出かける時も、快適な乗り物に守られ、張り巡らされた道が目的地まで安全に導いてくれる。私たちの生活は、人間が人間の生活をより良くしようと考えたモノたちで成り立っている。大きな事故でも無い限り、それらがそこに存在し、その背後に誰かの意図があったことには気づかない。それはまるで、自然環境と同じように私たちを包み込む。生活空間の都市化に伴いモノづくりは、人間の生きる環境そのものをつくる営みになったといえる。
一方で、科学におけるモノづくりとは何か。ナノテクノロジー分野のある研究者に、「あなたにとって人工物とは?」と尋ねたことがある。「人工物とは自然界において人間が手を加えた領域」などと月並みに定義した後、彼は、「実は、自然を相手に研究していると、本当の人工物などどこにも無いと感じる」と語った。コンクリートだろうと空を巡る星だろうと、すべてのものは自然法則に従って存在している。その世界を覗くための道具を洗練させ、見える範囲をどんどん拡げることはできるが、どこまでいっても人間が手を下すことのできない領域は残る。分子レベルでの素材開発や遺伝子レベルでの品種改良など、私たちのモノづくりはいま、五感で感じる範囲を越えてしまった。それは同時に、その境界より先を覗くことのできる一部の人々を除き、人間が変えることのできない領域があることを見えにくくしてしまった。人工物や人間が自然のひとつとして存在することを、人工物に囲まれて生きる多くの人は忘れてしまう。
本プロジェクト「地球マテリアル会議」は、この巨大化した現代のモノづくりを、「大きな時間の流れ」で解体する試みだった。「大きな時間」とは、約46億年前に誕生した地球の営みを機軸にした、人間をはるかに越えるスケールの時間だ。
20世紀は小さな時間のモノづくりだったといえる。産業革命に端を発した大量生産型消費社会では、細分化された生産プロセスを異なる専門家が分担し、緻密に組まれた工程すべての時間を縮める努力がなされてきた。広告によってつくる側と売られる側が分断され、メディアが伝える美しさや手軽さ、メッセージ性、希少さ、効率などの概念化された価値を基に、人々はモノを判断し、手に入れることを欲するようになった。激しく価値が浮き沈みする人間社会を機軸にした小さな時間のモノづくり。それは目の前のかたちあるモノのみに執着し、製造・販売・消費の速度をひたすら向上させて、モノを有用性で価値づける仕組みだったといえる。そこでの自然は、概念化され、利用される対象であり、人工物をつくるための部品に成り下がっていった。
「大きな時間」で捉えると、すべてのモノの価値がたちまち疑わしく見えてくる。モノは、物質の過渡的な姿でしかないからだ。どんなにちっぽけなものも、確からしく存在する立派なものも、数十億年という時間の中で地球上を流れる物質が、たまたま一瞬だけ組み合わさった状態にすぎない。その目の前にあるモノを、さらに私たちは、社会の枠組みやそれぞれの人間の都合によって概念化し価値づける。分子レベルでみれば同じ物質も、たまたま「資源」と呼ばれたり、「ゴミ」と呼ばれたり、「木(もく)」と名づけられた材料であったり、「いくら」と価格が決められた製品であったり……。それぞれに役割が与えられ、違うモノに見えているとしても、どれも「状態」の変化でしかない。すべての人の前に同じように横たわる大きな時間において、モノは、状態の連なりとなって流れつづける。それは、その全体像をとらえきれない自然そのものである。
自然という存在には、人間が手を下せぬ領域があること。私たちは自然を概念化し、その定義は時代と共に変わってゆくこと。そして目の前にあるモノは、変わりゆく自然のひとつの状態であること。これまで見てきたように「大きな時間」のモノづくりは、自然がけっして人間の手中に収まる存在ではないということを教えてくれる。それは同時に、モノをつくる営みを力強く肯定し、新しい枠組みのヒントをも教えてくれる。人工物とは、自然の中にあるものでも、自然を搾取したり自然と対峙したりするものでもなく、自然そのものである。そう認識した時、私たちは初めて、モノをつくる行為そのものを、従来とは異なる大きな枠組みで考え出す地点に、立つことができる。
地球上を流れつづける物質は濃縮と拡散を繰り返している。偶然の条件が重なり、エネルギーと時間をかけて濃縮された物質は、放っておけばやがてゆっくりとバラバラに拡散していく。濃縮した物質を人間は取り出し、組み合わせてさまざまなモノに変え、そしてゴミとしてあっという間に拡散させる。「大きな時間」のモノづくりとは、どのようなモノをつくるかではなく、濃縮されていた資源から材料を取り出し、モノに加工し、商品や道具として社会の中に拡散させ、使い終えたらまた別のかたちで再利用して、ゆっくりと物質を拡散へ向かわせる過程全体のことである。
新たなモノづくりは、拡散のデザインなのだ。そこでは、科学者やデザイナー、材料メーカー、エンジニア、販売者、ユーザーから廃棄物処理事業者まで、すべての人々が主役のモノづくりが必要になる。
1969年に、自然科学に対して人工科学を提唱したハーバート・A・サイモンは言う。「人間の求めるものが変われば、人工物もまた変化するのであり、その逆についても同じことが言えるのである。(中略)このような自然の法則と人間の目的の両者をあわせもつ事物や現象を、もし科学によって取り扱うとするならば、科学はこれら2つの異質な要素を関係づける手段をもたなければならない」(*1)
人間の求めるものとは何か?
「大きな時間」という要素で関係づけられた私たちは、誰でもその問いを平等に発することができる。すべての人に同じように流れる時間の中では、人間がつくりだした分野や業種の違いは縛りにならない。そこには、専門性を超えて探ることのできる、自由なモノづくりが開かれている。問われるのは、人間にとって価値あるモノづくりとは何かという本質的な問題だ。省エネや省資源の手段を開発する部分的な技術論でもなく、いかに拡散のデザインの仕組みをつくるかという方法論だけの問題ではない。
今回のプロジェクトで私たちは、新しいモノづくりの枠組みには、多くの課題が待ち受けていることを実感した。それにもかかわらず、このプロジェクトをいっしょにつくりあげてきた人間たちとの対話、科学者の語ってくれた宇宙から日常までを貫く視点、そして11組のデザイナーによる力強い提案は、モノをつくる喜びを改めて教えてくれた。
地球を舞台にこれからも続くモノづくりの営みと、私たちの生きていく環境づくり。それは息苦しいものではなく、たくましい人間たちが生き生きと変化する原動力であり続けるに違いない。そして私も、その推進力の一部を担えるように。そんな期待と意気込みをこめて、この地球マテリアルブックを締めくくろう。
(日本科学未来館 地球マテリアル会議 企画担当)
*1 『システムの科学』第3版 ハーバート・A・サイモン著、稲葉元吉、吉原英樹訳、パーソナルメディア発行、1999年
「デザイン×科学 地球マテリアル会議」プロジェクトの実施にあたり、ご協力をいただきました下記の方々、関係機関の皆様に深く御礼申し上げます。(敬称略・順不同)
全体: 協力研究者
中村 崇(東北大学 多元物質科学研究所 教授)
舩岡正光(三重大学大学院 生物資源学研究科 教授)
吉岡敏明(東北大学大学院 環境科学研究科 教授)
全体: 出展デザイナー
熊谷彰博 (ALEKOLE)
佐藤 淳 (佐藤淳構造設計事務所+東京大学佐藤研究室)
坪井浩尚 (Hironao Tsuboi Design)
中村竜治 (中村竜治建築設計事務所)
鳴川 肇 (AuthaGraph株式会社)
成瀬友梨 / 猪熊 純 (成瀬・猪熊建築設計事務所)
野末 壮 (株式会社 日立製作所 デザイン本部)
東泉一郎 (Higraph Inc.)
福島加津也 (福島加津也建築設計事務所)
参 [松尾伴大 / 甲斐健太郎 / 下山幸三]
山口 誠 (山口誠デザイン)
勉強会、事前調査
石井吉徳(東京大学名誉教授/もったいない学会 会長)
大久保泰邦(産産業技術総合研究所 イノベーション推進本部 連携主幹/もったいない学会 監事)
安井 至(国際連合大学 名誉副学長/東京大学 名誉教授/製品評価技術基盤機構[NITE] 理事長)
公開イベント
アートディレクション:野老朝雄 (TOKOLO.com) + 三星安澄
会場施工:株式会社上田工舎 / 株式会社オフィスGenzo
パブリケーション
iPad版:東京藝術大学デザイン科(藤崎圭一郎、松下 計、櫻井 稔、山口幸太郎、庄司さやか、八木澤優記)
BCCKS版:株式会社BCCKS(松本弦人、山本祐子、前川真吾、近藤さくら、廣岡孝弥)
主催・企画・会場設計
日本科学未来館
◉ 本書記載の経歴、所属先、組織名は、iPad版がリリースされた2011年7月の時点のものです。
発行 日本科学未来館
発行日 2013年7月31日 / 発行人 毛利 衛(日本科学未来館)
企画協力、デザイン、制作:株式会社BCCKS
アートディレクション:松本弦人
デザイン:近藤さくら、廣岡孝弥、前川真吾
プロデュース:山本祐子
企画協力、制作協力:東京藝術大学美術学部デザイン科
編集、執筆:藤崎圭一郎
図版デザイン、撮影:山口幸太郎
イラストレーション:庄司さやか
デザイン協力:松下 計
ロゴデザイン:野老朝雄+三星安澄
撮影:勝見一平、木奥恵三
企画、制作:日本科学未来館
企画構成、執筆:今泉真緒
科学情報構成監修、執筆:大西将徳
編集、執筆:楠見春美
日本科学未来館 〒135-0064東京都江東区青海2-3-6 http://www.miraikan.jst.go.jp/
2013年7月31日 発行 初版
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