MOZ(モズ)は、タイポグラフィをテーマにした雑誌です。東京藝術大学大学院美術研究科デザイン専攻の学生が中心となって、学部生や東京大学の学生と協働し、企画・編集・取材・デザインを手がけました。リサーチし、取材し、ビジュアルをつくり、文字を組み、手と足とカラダを動かすことでタイポグラフィを学んでいく。記事づくりの中で、理論を知り、歴史を学ぶ。MOZはみんながタイポグラフィを好きになるための雑誌です。本書は、2013年2月に発行した紙媒体のフリーペーパーの内容に多少の改変を加え、BCCKS仕様にしたものです。
【特集】SWISS Inspired
世界はなぜヘルベチカを選ぶのか 10
〔対談〕色部義昭×長谷川 豪 30
設計の美、プロセスの美
デザインユニットso+ba インタビュー 62
ジャポンスイス 74
【特別インタビュー】 Dekoboko Series
岡崎智弘 凸の文字 94
ゴードン恵美 凹の文字 104
Editorial Note 122
【雑誌名について】
MOZは“Magazine? Or Zine? This is MOZ!”というコンセプトを考えて、そこから命名しました。実験的精神をもって商業誌ができない誌面づくりをすること。Zineのように自由奔放だが、雑誌のもつ雑味と情報の濃密さをあわせもつこと。
もうひとつ、MOZは漢字で書くと百図。100のビジュアルをスタディして、ひとつに絞る —— 徹底的なプロトタイピングを実践する決意表明です。
【BCCKS版について】
MOZは、本書に先行して紙媒体のフリーペーパーを制作し、2013年2月に発行しました。オールカラーA4変形56頁、1200部刷りました。フリーペーパーですから配れば在庫はなくなります。限られた方にしか読んでいただくことができません。そこでネットで閲覧でき、好きなときにオンデマンド印刷で紙本を注文できるBCCKS版を作成することにしました。BCCKSの仕様にあわせ、デザインは大幅に変更しています。内容も一部変わっています。本書の作成にBCCKSのアートディレクターの松本弦人さんと株式会社モリサワに多大なご協力をいただきました。深く感謝いたします。


世の中の誰もが認めるスタンダードってどんなものがあるだろうか、音楽にはスタンダード・ナンバーと呼ばれる名曲が数多くある。ネズミのキャラクターと言われたら、誰だって黒くて丸い耳のあのネズミを思い起こすだろう。でも、世界中のスタンダードって実はそんなに多くない。誰にでもわかる圧倒的な存在になれるものは、とても少ない。
そんな“世界中のスタンダード”が、書体の世界にはある。それが、ヘルベチカ。エレベーターのボタンや道路標識など、僕たちが生まれてからずっと“すぐそこに”存在するのが当然なフォントだ。生まれ故郷のスイスから地球半周、こんな島国にも浸透してスタンダード面(づら)をしている、そんなヘルベチカとは何者なのか。
19世紀以前のアルファベットの書体は、セリフと呼ばれる「ヒゲ」の装飾をつけるのが一般的だった。ところが1920年代以降の近代デザイン思想の進展とともに、飾りを排除して読みやすくした文字がデザインされるようになる。サンセリフつまり「セリフがない」フォントである。
初期のサンセリフの代表作をベースに、最初のヘルベチカが完成したのは1957年のこと。作者はスイス人書体デザイナーのマックス・ミーディンガー。ハース活字鋳造所のエドゥアルド・ホフマンとの共作として、当初は「ノイエ・ハース・グロテスク」という名で発表された。
戦争から時間が経ち、経済と技術が発展していった1950〜60年代。溢れるほどの品物に囲まれる生活が実現し、いわゆる“大量消費社会”が実現する。そんな中、必要とされるのは“広告”だった。

ヘルベチカ登場以降、広告デザイナーはこぞってヘルベチカを使いはじめた。なぜならヘルベチカを大きく使うだけで「新しく」見える「ステキな」広告ができるのだから。
1960年代にコカ・コーラは有名な一大広告キャンペーンをはじめた。“It’s the real thing.”と大きく打ち出したポスターは、大きな瓶の写真の上に太いヘルベチカでコピーと製品名だけが書かれている。「実にシンプルだ」とアメリカのデザイナー、マイケル・ビエルートは言う(*1)。「センスのない手書きレタリング、優雅さを出すための飾り文字。50年代は全部こんな具合だ。ヘルベチカはそんな過去を流し去ってくれた感じさ。ヘルベチカを使うとすっかり変わったんだ」
こうした動きは広告だけではなかった。パッケージやCIデザインにもヘルベチカは広く使われた。スリーエム、アメリカン航空、BMWなど名だたる企業もヘルベチカのもつ清潔感を追い求め、ロゴに使った。コンピュータが世界に行き渡りヘルベチカがMacintoshに搭載されると、名札にも会議資料にもデモの看板にもあらゆるところにヘルベチカが顔をのぞかせるようになる。新時代の幕開けとともに大量に使われはじめたヘルベチカは、そのまま書体のスタンダードとなって後の世代に受け継がれている。たぶん今日も、ヘルベチカはあなたを取り囲んでいるはずだ。
(*1)映画「ヘルベチカ 〜世界を魅了する書体〜」監督:ゲイリー・ハストウィット 2007年 DVD発売元:角川エンタテインメント

ユニバースという書体がある。実はこのフォント、ヘルベチカと同じ年の生まれだ。1957年にスイス人タイポグラファーのアドリアン・フルティガーによって作られた。
ユニバースも「宇宙」という名前の通り、世界で広く使われている。ドイツ銀行やスイス航空のロゴなどに採用されているほか、1970年大阪万博では公式の制定書体とされた。さら細かいところでは1984年から1992年まで日本の郵便切手の値段表示に使われていたりもする。ユニバースも、ヘルベチカと双璧をなす大ヒット書体だと言えるだろう。
しかしユニバースはヘルベチカほど使われていない。実はヘルベチカ(Helvetica)とはラテン語で「スイスの」という意味なのだが、皮肉なことに世界を支配したのは「宇宙」を意味するユニバースではなく「スイスの」ヘルベチカのほうであった。
このふたつの書体、何が違うのだろう。ちょっと細かく見てみるとしよう。
小文字のaでは、例えば最後に書かれる終筆部分が大きく違う。ヘルベチカは大きく外側に突き出して、くりんと丸まって終わっているのに対して、ユニバースは大きくは曲がっていない。
大文字のGはどうだろうか。右下の縦線は、ヘルベチカの場合大きく下に突き出し、不自然なほど斜めな線で左側がカットされている。それに対してユニバースでは極めて自然な一筆で表現されている。「ニュートラル」な書体と思われているヘルベチカは、細かく見ていくと形態的にはそれほどニュートラルというわけでもない。

ヘルベチカの文字を一つ一つ見ていくと、実は特殊な形状をしていることに気づく。文字として不必要なカーブがあったり、意味もなく突き出していたり、なにか目に付く形をしている。ユニバースの前ではあまり「スタンダード」な書体に見えない。
ユニバースはもともと本文用の書体として、読みやすく、組んだときに美しくなるように設計されている。当時としては珍しく、1957年のデビュー時点からさまざまなウェイト(書体の太さ)が体系的にそろったファミリーをもつ先進的なフォントだった。対するヘルベチカは当初、ウェイトが一つだけで、主に見出しやロゴに向く書体と言われていた。たしかに、ウェイトの数でいっても、ニュートラルさを考えても、使いやすい設計がなされているのはユニバースのほうなのかもしれない。
もし、ヘルベチカがユニバースよりも10年遅く世に出ていたらどうなっていただろう。大量消費社会の波がはじまったときにヘルベチカがなかったら、選択肢がなかった広告デザイナーはユニバースを選んでいたかもしれない。ユニバース全盛の世界にヘルベチカが後から参戦したのだとしたら、ヘルベチカは今日ここまで世界に広まっていただろうか? 優れたライバルと同年生まれだったため先を越されることがなく、大量消費の波に乗ったヘルベチカは、まことにラッキーな書体であった。

無機質だと語られるヘルベチカには手作り感がある。くりんくりんしたカーブにはどこか人間臭いかわいらしさがあり、なんだか存在感がある。そのギャップゆえだろうか、ヘルベチカは世界中で愛されている。
ヘルベチカという書体、実は常に進化し続けており、時代とともにマイナーチェンジを重ねている。発表当時ウェイトは一種だけだったが、さまざまな太さを求めるヘルベチカ・ファンが好き勝手に太いバージョンや細いバージョンを作り、多種の派生書体が生まれた。そう、ファンが自分でバリエーションを作ってしまうほどにヘルベチカは愛されていたのだった。その経緯を受け、本家の製造元のほうでもウェイトは増えていき、1983年には51種類のウェイトがそろった「ノイエ・ヘルベチカ(新しいヘルベチカ)」が登場。世界の人々に使い込まれていくうちに、ヘルベチカは少しずつ進化していった。
ヘルベチカはもちろん欧文フォントだ。ABCからはじまるラテンアルファベットでしか使えない。でもヘルベチカを愛しているのは決してラテンアルファベット圏の人ばかりではない。今では世界中の文字でヘルベチカが生まれていることを知っているだろうか? 1970年代にヘルベチカのキリル文字(ロシア文字)版が世に出たのをきっかけに、ヘルベチカは世界展開は続いている。ギリシャ文字、ヘブライ文字、アラビア文字版までも公式ヘルベチカ・ブランドをまとって登場。ここまで来るともはやヘルベチカの面影はあまりないのだが、ヘルベチカ・ブランドが各言語で生まれていることは、ヘルベチカが世界中で愛されている証拠といえるだろう。進化は今でも続き、2012年5月にはタイ文字版が誕生。いつの日か日本語版も見てみたい。そんな日は来るのだろうか。最初はウェイトがひとつだけのただのサンセリフ活字だったヘルベチカ。いつの間にかファンができ、ウェイトが増え、ラテンアルファベットの枠を越えて世界中の文字に広がっている。

ヘルベチカが愛されている例は、他にもまだまだたくさんある。ヘルベチカを題材とした本(*1)がたくさん出版されている。ヘルベチカは文房具のブランド名にもなり、ヘルベチカで「HELVETICA」と書かれたペンケースが町中で売られている。ヘルベチカを題材としたドキュメンタリー映画(*2)も製作された。スイスを代表する建築・デザイン・アート書の出版社代表であり、デザイナーでもあるラース・ミュラーは映画中でこう語る。「私はヘルベチカを”都市の香り”と呼ぶ。日々意識することはないけど、なかったら寂しいだろう。書体が私たちの生活の中で、そこまでの存在になるとは驚きだ」。フォントという枠を超えて、本になって、ブランドになって、映画になった書体。そんなヘルベチカを、私たちは愛している。
(*1)『The Helvetica Book』エムディエヌコーポレーション 2005年、『Helvetica forever』ビー・エヌ・エヌ新社 2009年など
(*2)映画「ヘルベチカ 〜世界を魅了する書体〜」より
p24〜p26、p28〜p29
モンセン・スタンダード欧文書体清刷集 より
p26〜p27
モンセン・スタンダード欧文書体清刷集 Helvtica Mediumと
Helvetica Neue Mediumとの比較
これもヘルベチカ!
p28 上:Helvetica 43 Italic、下:Helvetica 42
p29 Helvetica Semi Stencil
空間は見えないが、必ずそこに存在する。空間を設計することは、見えない関係を構築すること。専門ジャンルは違えど、ふたりは見えない関係で通じ合っていた。平面のなかに空間を設計して人と情報をつなぐグラフィックデザイナーの色部義昭氏と、空間の関係性を設計して人と空間のつながりの新たな可能性を探求する建築家の長谷川豪氏。
色部氏は昨年、長谷川氏の作品集の装幀を2冊手がけた。色部氏が勤める日本デザインセンター(NDC)の新オフィスの内装デザインは長谷川氏によるものである。この対談は、色部氏が担当する東京藝術大学の講義のなかで、長谷川氏を特別ゲストとして招くかたちで行われた。途中、色部氏と書籍を制作したことのある藝大デザイン科藤崎圭一郎准教授も話に参加。現在スイスのメンドリシオ建築アカデミーの客員教授を務める長谷川氏の、スイスでの授業の話も織り交ぜながら、対談は進んでいった。
グラフィックデザイナーと建築家の思考
色部 今日は、建築家の長谷川豪さんにお越しいただきました。建築とグラフィックデザインは、大きくいえばデザインということで重なる部分は多いのですが、作業していくなかでの思考は異なっているところも多い。それが面白いと日ごろ長谷川さんと話していて思います。
何が一番違うかというと、まず建築はスケールがとても大きい。私たちグラフィックデザイナーは手元で試作を原寸大で検討できますが、建築は原寸でのスタディはほとんど無理なので小さいスケールに落とし込んで思考する。いわゆる神の目線で設計を考えていくわけです。しかし同時に、とても多くの具体的な要求をひとつひとつ解決していかなければならない。例えばドアが開けやすくとか、居心地が良い、日当りが良いなど。つくっていくなかで、引いたり寄ったりのスケールの幅がとても大きい。私たちグラフィックデザイナーもそうした幅を意識すると、広がりのあるものづくりの発想が獲得できるのではないでしょうか。そうしたプロセスについて考えていきたいと思います。まずは日本デザインセンターについてお話しいただけますか。
長谷川 日本デザインセンターは色部さんも勤められている、銀座の真ん中にある日本最大のデザイン会社です。その内装デザインをしました。地上13階建てのビルの、8階から13階の計6フロアにNDCが入っています。設計するときはいつも徹底的に敷地を調べます。このプロジェクトでも同様に各階からの景色をくまなく調査しました。調べてみると下3フロアは、周囲の建物の影響で自然光が入らず上のフロアに比べて暗かった。そこで、床面を高くすることで、窓を近くしました。街との距離も近づき、自分専用の窓ができる。そうやって各階の床の高さを設計しました。
最上階はがらんとした、“オフィスの中の余白”を提案しました。受付カウンターと大きな円卓だけのフロア。移転前のNDCでは、窓のない暗い情報資料室に、創業50年前からのものすごい価値のある本が2万冊も眠っていました。それらを円卓のあるパブリックな空間に出してみた。受付を済ましたお客さんが待っている間にその価値のある本を閲覧することもできます。13階の空間自体が、この会社の象徴になるようにと考えました。
色部 僕はNDC新社屋を考えるメンバーの一員だったのですが、それがきっかけで長谷川さんにお会いしました。何度か会った後に、新社屋の設計と同じタイミングで制作進行中だった作品集『Go Hasegawa Works』のデザインをしてもらえないかと相談を受けて手がけることになりました。本は建築と同じように長い時間一緒に過ごすものなので、この作品集は経年変化をしても手にしっくりくるようなものにしたいという長谷川さんからのオーダーを受けて、ざっくりめで手触りの良い布装のハードカバーの本にしました。長谷川さんの特徴的な名前「Go」に導かれてそれが際立つような見え方にしました。Hasegawa Worksは空押しでほとんど見えず、「Go、行け」と命令しているみたいな感じですね (笑)。
今日は「スイス」というサブテーマをいただいたので少しつっこんだ話をさせていただきますと、表紙のタイトルにはヘルベチカという書体を使っています。ヘルベチカはおそらくもっともポピュラーなサンセリフ書体で、スイスで生まれました。この書体がもっともポピュラーといわれるのは、FENDIやMUJI、TOYOTA、Lufthansa、American Airlinesなど世界的企業やブランドのロゴから、誰がデザインしたかわからないような街中のサインまで全世界で使われているからです。ヘルベチカはエドゥアルト・ホフマンと当時無名だった書体デザイナーのマックス・ミーディンガーがつくった書体です。
実は、同じ時代にスイスで生まれたサンセリフ書体に、アドリアン・フルティガーという有名な書体デザイナーがつくったユニバースという書体があります。ユニバースの特徴はファミリーの数が多く、とてもシステマチックにつくられている。ユニバースは名前のごとく普遍的な書体になることを目指してつくられ、ロングセラーとなっていますが、結局世界中でもっと多くの人たちに使われているのはヘルベチカというのが実情です。ヘルベチカかユニバースか? グラフィックデザイナーが書体について話すときによく話題になる内容の一つです。フルティガー自身が言っていたと記憶しているのですが、ユニバースは文字同士の空間に適度な余白を設けることにより、調和のとれた森の木々のような美しさをもつことを目指して設計したそうです。対してヘルベチカについては、コンクリートジャングルのようなものだと評している。僕は、むしろこのコンクリートという言葉がすごくひっかかるんです。ヘルベチカは本当にコンクリートみたいにクールな素材で、誰でも使える、見立てによって変化するような書体です。それが、ヘルベチカがロングセラーたる由縁だと思う。ヘルベチカという“素材”が開発されたことで、グラフィックデザインの世界は大きく広がりました。
グラフィックデザイナーは、文字をテクスチャーとして見ているところがあります。僕の感覚では、ヘルベチカはキメの粗い素材と解釈しています。だから、緊張感を与えすぎないざっくりとした感じが欲しいと思うときにヘルベチカを選びます。逆にユニバースは磨いた面のようなキメの細かい感じにしたいときに使います。『Go Hasegawa Works』はヘルベチカ。僕は長谷川さんのキャラクターを見て思ったのです。声がでかくて気取りがなく健全。このざっくりした健全さはユニバースじゃないなと(笑)。
長谷川 はは、なるほど。
色部 ヘルベチカはコンクリートのように使いやすい素材だという話がでましたが、実際コンクリートって建築家にとってどういう素材なのですか。
長谷川 コンクリートの良いところは、素材がそのまま現れることですね。木造や鉄骨造はどうしても骨と肉と皮の役割がわかれる。しかしコンクリートは構造がそのまま外側に現れる。建築のつくり方と現れ方に距離がなくて、即物的に世界にそのまま現れ出る。その無骨さが好きですね。ヘルベチカとユニバースの違いについて僕はあまり知らなかったのですが、ユニバースはあらかじめプロポーションや太さを選べるようになっていてそこに自由度があるのに対して、ヘルベチカはカタチを変えられないがゆえにみんな使い方を工夫するのだと思う。ヘルベチカのそうした「不自由さゆえの自由」というところは、確かにコンクリートと近いかもしれないですね。
グリッドシステムで空間を構築する
色部 『Go Hasegawa Works』では、余白制御に主軸をおいたグリッド(格子状の補助線)をつくって、それをもとに図版や文字をレイアウトしました。グリッドシステムは、スイスのグラフィックデザイナーであるヨーゼフ・ミューラー=ブロックマンが編み出したレイアウトの制御法。1961年に発行された彼の著書『Grid systems in Graphic Design』は、まさにグラフィックデザインの教科書みたいな本です。この本の中身も表紙もグリッドで制御されています。文字を文字と見ないで単純化した抽象的なカタチととらえ、グリッドで制御してレイアウトすることによって規則性が生まれる。最終的に見えない下図がカタチをつくっていくのです。
長谷川 色部さんのグリッド自体に設計意図はありますか。
色部 設計意図というのは、自分の感覚のブラックボックスに入れてしまっているところがあるので説明しづらいですが、でも余白がコントロールしやすいように、まず周りのマージンから決めていくような傾向はあります。ブックデザインは写真や文章などの素材ありきの仕事なので、その素材がどうしたらうまいリズムや流れでいくかを考えながらグリッドを構築していきます。
『Go Hasegawa Works』の仕事は企画の最初から関わったのでなく、依頼されたときにはすでに長谷川さんの事務所でデザインしたレイアウトがありました。それをもとに新たにグリッドをつくってレイアウトを調整していきました。大きな変更点はノド(本の綴じた側)の扱いです。本づくりにおいて、ノドは良くも悪くも無視できない境界線です。北軽井沢にある「森のピロティ」の写真は広い空間にポツリと家が建っているということを強調するために、ノドをまたいでワイドに使っています。またプロジェクトが一章ごとにわかれているので、次のプロジェクトとの間に余白を設け、レイアウトで章の切れ目がわかるように調整しました。
藤崎 長谷川さんは建築家として、グラフィックデザイナーがグリッドを使ってデザインを制御していることについてどう思いますか?
長谷川 とても建築的だと思います。建築の現場ではまず「通り芯」という基準線を敷地に引きます。通り芯に沿って土台を敷き、柱を立て、壁をはって、建築はつくられるんですね。最終的には見えなくなるのですが、建築という巨大なものをこうした基準線なしにつくるのはほぼ不可能だと思います。だから色部さんのグリッドの話はよくわかります。色部さんの本のデザインを横で見ていて僕が思ったのは、素人はどうしても片ページを1部屋として見てしまうというか、その1ページのなかに写真をどう置くかということばかり考えてしまう。でも、色部さんは本を透視しているというか、貫通させて見ていますよね。全ページがどんなリズムで流れていくと読者が気持ちいいかという、関係性や連続性をいつも気にされていた。それは僕にとってはとても新鮮でしたね。でも考えてみると、例えば部屋のなかのドアノブやスイッチプレートの高さを決めるとき、その場その場で考えるのではなくて、建築全体のなかでどういう高さが良いか、体験がどうしたらスムーズにつながるかを考えます。それと似たようなことかもしれません。
色部 本は平面ですが、アニメーションみたいなところもあって、流れや空間のなかでどう見えるかということを何度も検証します。普通は文字も図版も同じグリッドによってレイアウトしていますが、僕は文字と図版を別々のグリッドで制御したりしています。例えば『年鑑日本の空間デザイン2011』の場合、文字のグリッドは外側に向かって開かれていくようなピッチにし、図版のグリッドは内側のノドに向かって集まっていくように制御しています。そうすることによって、文字が画面という空間のなかで手前に出てきて、図版は奥のほうに行く。お互いが気持ちのいい離れ方をしていきます。
藤崎 僕は色部さんと『TAKEO PAPER SHOW2011 本』という書籍でいっしょに仕事をさせてもらいましたが、文字と図版は同じグリッドで制御されていて、テキストと写真はどこかでピタッと揃っているというのが僕のなかでは当たり前だったので、実は最初、色部さんのレイアウトには抵抗がありました。
長谷川 やっぱり色部さんはとても空間的な人ですよね。「ページのなかに質量がある」とか、2次元の説明の仕方じゃない。身体的というか……僕は言われるまで、ページに質量なんて感じたことありませんでしたよ。
色部 白い紙の状態だけでは空間がない。そこに上下左右の地面をつくるように目盛りを自分で置いていくことによってグラフィックデザイナーは空間を構築していきます。そうやって、元々ないところに空間や質量を見出していくのがひとつのミソというか、楽しみでもあるんですよね。
長谷川 藤崎さんは色部さんと仕事をされて、どんなデザイナーだと思われましたか?
藤崎 デザインは一見グリッドで論理的に構築されていますが、最終的にデザインを決めているのは色部さん自身のすごく感覚的な部分で、そこにはなかなか僕ら編集者には立ち入れない。でも、そうした部分がしっかりあるから、信頼できる。他のデザイナーと違うなと思ったのは、本文組みの変更をするの、しないのという話になったとき、色部さんは微調整ではなく、大胆にプログラムから書き換えてくれたんです。もう作業はだいぶ進んでいた段階の変更でしたから、そこまでやるんだって思いました。
色部 それはある種の藝大スピリットですね。
長谷川 何ですかそれは?
色部 僕ら藝大生は入学試験に石膏デッサンというプロセスがあるのですが、そのなかで構図がどうにもうまく決まらなかったり、ちょっとプロセスが良くなかったりするときは微妙に直してもダメなんですよ。そんなときは残り時間が少なくても思い切って全部消してしまったり。
長谷川 本当ですか!?
(場の藝大生一同うなずく)
色部 うまくいっていないものの上にいくら積み上げていってもダメ。ちょっとずつ消して直すよりも、いっそ壊したほうが絶対良くなる。その壊す勇気みたいなものは受験で学びました。
長谷川 なるほど。僕は、色部さんと近いなと思った点があって、それはデザインのピークのもっていき方なんです。絶対途中で「良い」とは言わない。例えば僕の作品集をつくっているときも、既にほとんどデザインを終えて、色校の段階で「色部さん、今デザインとしてはどんな段階ですか?」と聞いたときに「50%くらいですね」と。それは僕と似ていて、最後まで「これでいける」と思わないようにしているんです。できるだけ判断を先延ばしにして、最後の最後で「ああ、良いものになった」と思う。そのプロジェクトにとって本当に重要なものは何なのかを色部さんが最後にジャッジしている感じが、僕が建築を設計しているときの感覚に近い。
色部 以前に「できるだけ悩みたいんですよね」と長谷川さんが話されていてすごく共感しました。一方でこれは大変スタッフ泣かせな言葉だなと思いました。スタッフはいろいろ実作業をしなければならないので、「終わりたい」という意識が必ずあるんですよね。対してストレートに「悩みたい」ってすごい言葉だなと思いました。
スイスの建築観とは
色部 長谷川さんは今、スイスの大学へ教えに行かれていますよね。どのようなことを教えられているのですか?
長谷川 僕が行っているのはスイスのイタリア語圏にある「メンドリシオ建築アカデミー」という建築専門の大学で、今年2012年9月から2週に1回通っています。この大学は、日本ではワタリウム美術館の設計で有名なスイスの建築家マリオ・ボッタが自身の故郷に1996年に開校したものです。僕を呼んでくれたのはヴァレリオ・オルジアティというスイスで今とても人気のある建築家です。よく「スイスの学生と日本の学生の違いは何ですか?」と聞かれるのですが、基本的にはあまり変わりません。ただ、設計のできる優秀な学生を比べるとけっこう違っている。彼らと話していると、やはり彼らはヨーロッパという圧倒的な歴史の連続性のなかにいるということを感じます。もちろん日本には、ヨーロッパの人が憧れたり羨ましがるような洗練された美意識があります。日本食なども最高だと思われてますし。でも、彼らのもっている歴史認識の地続き感が、日本では戦争なのか震災なのかその両方なのかによって、切断されてしまっている。
今期のメンドリシオの授業ではその歴史認識の地続き感を視覚化するために、ギリシャ時代から現代までの時代を象徴する建築作品や重要なアート作品や哲学者などを、時代毎に色を変えたカードに印刷して、関連性をもとにそれらのカードを並べ替え、動的で相対的な建築史を表現できないかということを学生とやっています。教科書的な静的で絶対的な歴史観を書き換える試みです。
色部 歴史の話でいうと、グラフィックデザインの歴史でとくに面白いと思うのが、いろんな人がずっと同じようなフォーマットやマテリアルでデザインをしてきたところですね。ポスターは死んだメディアと言われながらも、いまだになくならない。グリッドシステムも使われつづけている。そのなかでいろんな人が古さとつながりながら新しいものをつくりだしていくのがデザインの魅力です。だから歴史の連続性という話にはすごく興味がわきます。
長谷川 あと、ヴァレリオ・オルジアティをはじめスイスの建築を見ていると、建築そのものを肯定している感じがある。「俺の建築って素晴らしい」ではなく、「建築って素晴らしい」というのを、どの作品でもこんこんと見せているところがあって、それはものすごく共感する。自分自身を大きく見せることよりも、建築そのものを肯定して輝かしく見せることのほうが、どれだけ難しくてどれだけ素晴らしいかということを、スイスの建築に感じます。
「足で投げろ」
色部 僕にとってグリッドをつくることはとても重要なプロセスでプロジェクトごとに何回も試行錯誤して固めていきます。あえて言えば自らカタチを限定していく不自由な制約をつくっているわけですが、その結果むしろ自分では思いつかないような意外な解答がもたらされるときがある。そういった瞬間があるからデザインって面白いんですよね。
長谷川 僕も同じですね。建築はとても情報量が多いので、とにかくいろいろな情報を引き受けながら答えてみること、それをひたすら繰り返すことが大事だと思っています。僕は最初から完成のカタチを考えません。いろいろ格闘するうちにそのカタチの意味や効果に気付いて、あるいは驚いて、そこからまた考え直すのです。どんなプロジェクトでもプロセスのなかに重要な転換が1回か2回は必ずある。そういうものを大事にしながらプロジェクトの強度を上げていくことが、僕の設計にとってとても重要です。
色部 仕事をいっしょにして感じたのは、長谷川さんはすごくオープンなんです。模型をたくさんつくってカタチを検討していくときでも「俺が決める!」という感じではなく、そこにある模型が答えを導いてくれるというスタンス。サッカー選手で言うとずっとひとりでドリブルしてシュートを打つという姿勢とは全然違いますね。
長谷川 そうですね。スイス滞在中も毎日スカイプで東京のスタッフと打ち合わせをしているのですが、プロジェクトって僕や誰かが決めるものではなくて、「場」が決めるんだなと強く感じます。スカイプは状況報告や確認には良いのですが、意思決定の「場」はどうもつくりにくいので、スタッフと思考を共有するのは、僕には難しい。
色部 長谷川さんに聞きたかったのですが、作品集をつくるときに図面がとても美しいなと思いました。よく練り込まれたフォルムとコンポジションだなと感じたのですが、図面に対しての美学やこだわりのようなものはあるのですか?
長谷川 建築はグラフィックデザインと違って実物大の校正を出して検討することができないので、竣工するまで自分の考えているものがどういうものになるのかは想像の域を出ません。設計期間は図面や模型で思考することになります。こうした図面や模型などのメディアに寄り添いながら抽象的に考える、というのが建築の設計プロセスの特徴ですが、逆に言うとそうした抽象的なレベルで、建築はなにかを掴んでいなければいけません。設計者は素材から人間関係までさまざまな物事を調停しながら設計を進めるわけですが、そうした具体的でウェットなものを引き受けつつも、どこかでそれらを超越的な視点で見なければいけない。昨今はこうした引いた視点は「神の視点」などとネガティブに言われがちですが、建築が人間に寄り添い、人間の生活をずっと支えるような存在であるかぎりは、抽象性や超越性は建築には欠かせないものだと思っています。だから僕は抽象性をもたない建築には興味ありません。そういう考えが、僕の図面の描き方にも現れているかもしれませんね。
あと、使っていない筋肉があるのも僕は嫌いです。その話でいうと、先日とても共感した野球の話があります。シーズンオフに、ジャイアンツのショートの坂本勇人選手がヤクルトのベテラン宮本慎也選手に弟子入りして守備を教わったことがあるそうです。そこで宮本選手は坂本選手の守備を見て、「足で投げろ」と言った。
色部 それはどういうことですか?
長谷川 つまり、一歩目にどう動くのかで送球は決まるということ。守備というのはグラブさばきとか、どう投げるかと思いがちですが、重要なのは足だという。「足で投げろ」って名言ですよね。僕が建築でやりたいのは多分そういうことで、普段建築では使われないような部分や、いつの間にか死んでしまっているような場所に光を当てて、建築全体の生命力を上げること。強い肩で豪速球を投げるのではなくて、全身を使って、さらに重力や地面をうまく利用してボールを投げたいのです。
色部 普段使われない部分の意識を上げることによってデザインを発見する。それはつまるところ、新しいプロポーションやコンポジションを探しあてたいという究極の欲求なのだろうと解釈しました。「足で投げろ」は名言ですね。コミュニケーションデザインにおいても普通の人が利用しないような部分に焦点をあてていくことで、新しいカタチを発見できそうだと僕も思いました。
──本日は、ありがとうございました。
(2012年12月3日、東京藝術大学上野校地にて)
色部 義昭 Yoshiaki Irobe
1974年 千葉県生まれ。東京藝術大学大学院修士課程修了後、日本デザインセンター(NDC)入社。原デザイン研究所の勤務を経て、2011年よりNDC内に色部デザイン研究室を開設。現在、東京藝術大学非常勤講師。2008年 SDA最優秀賞、2009年 JAGDA賞、JAGDA新人賞、東京ADC賞、2012年 D&ADノミネーション賞、東京ADC賞受賞。
http://irobe.ndc.co.jp/
長谷川 豪 Go Hasegawa
1977年 埼玉県生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科建築学専攻修士課程修了後、西沢大良建築設計事務所を経て、2005年長谷川豪建築設計事務所設立。現在、スイス・メンドリシオ建築アカデミー客員教授。2005年 SD Review 2005 鹿島賞、2007年 第9回東京ガス住空間デザインコンペティショングランプリ、東京建築士会住宅建築賞金賞、第28回INAXデザインコンテスト金賞、2008年 第24回新建築賞受賞
http://www.hsgwg.com/
[ゼラニウム・マーケット]
窓や玄関などを彩るゼラニウムは、スイスを代表する花風景です。
ベルンで春の風物詩となっているのが、5月初めの『ゼラニウム・マーケット』。1957年から約50年つづく伝統の季節市です。
[ボルドール・ミラボー]
1939年に始まった歴史と伝統を誇るヨットレース、『ボルドール』。現在では、各国から600以上のヨットチームがジュネーヴに集結し、レマン湖を舞台に熱い戦いを繰り広げるヨーロッパ最大級のヨットレースです。
東京を拠点として活動する、スイス人のアレックス・ソンダレッガーさんとスザンナ・ベアーさんによるデザインユニット、so+ba。スイスと日本、二つの異なる文化への深い理解をもちながらグラフィックデザイン、アートディレクションを手掛けてきたおふたりに、世田谷区経堂にある、以前は蕎麦屋だったというオフィスに出向き、「スイスと日本の文化の違い」を軸にしながら、ふたりの活動についてお話をうかがった。
◉日本に初めて来られたのはいつでしたか?
アレックス(以下A) 20 歳のときです。大学生のとき交換留学でイギリスに行って初めて日本人に出会いました。それから日本に興味を持ち始めて留学の1年後くらいに日本に旅に出たんです。
全然何も読めなかったのですが、ただまわりを見ているだけでもおもしろかったですね。それからいつか日本で働きたいなと思いました。
スザンナ(以下S) 私は長い間スイスのデザイン事務所で働いていたのですが、変わらないといけないかなって時期に差しかかっていました。1、2年の休暇で日本に来るつもりでしたが、今年で16年になりました。だからふたりは別々に日本に来て、アレックスとは日本で出会ったのです。彼のことはスイスでは全然知りませんでした。
◉so+baはどういった経緯で結成されたのですか?
A カメラマンであるスザンナのご主人といっしょに仕事をする機会があったんです。それをきっかけにスザンナと出会いました。当時僕は会社につとめてデザインの仕事をしていましたが、もっと自分の満足がいくデザインをしたいと思っていたんです。そこからso+ba が始まりました。2001 年からですね。Sonderegger とBaer、ふたりの名前の頭文字をとってso+ba。このオフィスは、以前は昔ながらの蕎麦屋さんだったのですが、それはまったくの偶然でした。ここは2階を仕事場にしていて1階は会議や展示スペースに使っています。ファッションブランドのコレクションの展示やフォトグラファの友達が写真を展示したりしました。友達が16mm の映像作品をつくったときは映画館のようなイベントもやりましたね。
◉日本のグラフィックデザインはどう思われますか?
S 最初に日本に来たときはすごいびっくりしました。スイスで日本の『ADC 年鑑』や『TDC 年鑑』などの立派なデザインの本を見ていると日本のグラフィックデザインが全部そういうものだと思ってしまっていて。実際に日本に来るとそうではありませんでした。渋谷を歩いていてもADC の本の中のものは一切見つからないですね。すごくごちゃごちゃでカラフル。色使いの文化が全然ちがいますね。スイスではピンク色などは使いませんから。
A スイスは法律が厳しくて、建物の看板はあんまり目立つ色使いができないんです。本当に目立つべき交通標識などが目に入りづらくなってしまうためです。その点、日本はなんでもありですね。良いデザインと悪いデザインがあって幅があります。そこは逆におもしろいところかなって気がします。
S スイスは本当に小さい国で人口がだいたい700 万人。東京の人口より少ないんです。日本にはJR も小田急線も京王線もあって鉄道ひとつとっても、各社それぞれのデザインがあり煩雑な見え方をしていますね。スイスではどこに行っても国鉄がメイン。ロゴのデザインなどすべてをヨーゼフ・ミューラー= ブロックマンというひとりのデザイナーがつくっているので統一感があります。
◉チームで活動していますが、どのような役割分担をなされているのですか?
A 卓球のような感覚で仕事をしています。仕事のやり方も雰囲気もけっこう違うのですが、いっしょにやる仕事は、僕がつくったものをスザンナが手をいれて、また僕がやって、といった感じで仕事を進めています。僕たちはスタイルをもったデザインを好みません。プロジェクトのためにいいデザインをつくりたいのです。「これはso+ba がつくった作品です」はあまり大事ではありません。大切なのはコンセプトであって、ビジュアルが先立ってはいけないと思っています。それと僕たちはけっこうアクシデントが好きで、思い通りにはいかなかったけれど、偶然おもしろくなったというものを大切にしています。“ミステイクをつくる”方法は、コンセプト次第でいろいろあるのですが。
◉日本語とアルファベットのタイポグラフィの違いについて苦労する点はありますか?
A 最初に来日したときは漢字ってきれいだなあと思いました。でも漢字ひとつを見るときれいだけど、テキストで使うと大変です。ひらがなとカタカナ、漢字が混ざると合わせるのがむずかしいですね。ローマ字も入るとさらにむずかしい。
S テキストを色面として見たときの濃度が気になるので、よく文字はグレーにします。うるささを抑えるために。
A 日本語は縦組みで使ったほうがいいですね。横組みで使うと真ん中そろえじゃないのがすごく気になります。ベースラインに入っていません。今後、新しいフォントデザインをつくったほうがいいと思います。加えて日本語書体に含まれる欧文書体はひどいことがありますね。組み合わせが違うものが混じっている場合があります。だから高さとウェイトが同じに見えるようそろえ直します。
◉思い入れのある作品を教えてください。
A すごくたくさんあるのですが、3つ紹介しますね。まず古い方から、2005年の展覧会「スモール&ビューティフル:スイス・デザインの現在」。
S 世界各国を巡回したスイスのデザインを紹介する展覧会の、日本向けのカタログです。ポスターやフライヤーもデザインしました。
A このカタログでは、60〜70年代の細かいグリッドレイアウトを見せようという軸がありました。カタログの表紙やポスターにある十字形の穴は、そのクロスから「覗いてみよう」というコンセプトです。すべての印刷物に共通して穴をあけました。ポスターを掲示するときは、前のポスターを剥がさずに上から貼ってもらうように頼んで、古いポスターが穴から見える状態で掲示しました。
◉作業の中で時間がかかったのはどこでしたか?
S 素材集めももちろんですが、コンセプトを考えるのに長い時間を費やしました。また、スイスの生活のことなど、展示物の細部は日本人のエディターにはわからないので、彼らに説明するのが大変でした。スパイスやアロマなど、微妙なものも説明しないといけませんでしたからね。
◉紹介いただけるふたつめの作品は何ですか?
A 鞄ブランド「フライターグ」が日本で展開するさまざまなデザインを手がけてます。ブランドの本『FREITAG BOOK』もつくりました。ブランド創設者のフライターグ兄弟から6GBくらいの画像満載のハードディスク をもらって、素材を見極めてつくっていきました。アクラート(Akkurat)というフライターグのコーポレートフォントがあるのですが、シンプルできれいなので大きく使っています。
S フライターグの仕事は長いことやらせてもらっています。店舗オープンの際のさまざまなグラフィックを全体的に担当したり、静岡で行われたフライターグの展覧会「FREITAG ─ MORE THAN A BAG展」のポスターや展示デザインも手がけました。
A このポスターもコンセプトはグリッド。表はシンプルな文字ですが、裏側にイラストを描いて、窓に貼っていると透けて見えるようなポスターにしたんです。展示台は昔のスイスの貨物鉄道のパレット荷役台をそのまま使って、フライターグのイメージを出しています。展示パネルやプロジェクターを使ったサイネージなどもつくりました。フライターグにはもともとしっかりしたCI(コーポレート・アイデンティティ)があるので、それを上手く使いながらフライターグの日本版グラフィックを制作しました。
S ルールは厳しいけど良いCIなので使いやすいですね。
A 長くやっているので担当者と直接相談できますから、厳しくても困ることはないですね。これが一番最近つくったものです。自転車で東京を廻る人へのリーフレット。東京の地図が載っています。
◉かわいらしいですね。これ、もらえるんですか?
A フライターグの店で配っています。フライターグの店や銭湯など、おすすめコースが載っているんです。自転車でいろんなところに行ってほしいっていう意図で制作しています。この地図はもちろん合っているのですが、このコースをそのまま走るのは大変だと思います(笑)。私たちはグリッドが好きなので、これもグリッドに沿ってつくっています。フライターグが銀座で直営の店をオープンしたときは、住所が銀座1丁目13-12だったので、記念としてその住所表示の看板を手ぬぐいにしました。これは店の1周年記念でもつくって、ファンの方に大好評でした。フライターグには熱狂的なファンがいて、銀座のオープニングでは広島から来た人もいました。すごく嬉しかったですね。アップルストアほどではありませんが、オープン前夜から並んでいる人もいました。
◉では、3つ目のお気に入りの仕事は?
A 3つ目は象の鼻テラスです。横浜の港に面する場所にある、アートスペースを兼ね備えたレストハウスで、2009 年のオープンから、ポスターやインビテーションカードなどグラフィックデザインを担当しています。全体を通してモノクロが基調で、漢字とローマ字をモノクロのボックスに入れて、矢印をキーアイコンにしています。これがアイデンティティとなって、ひと目で「象の鼻」だとわかってもらえるように考えました。矢印には横浜から海外に行く人・入ってくる物というイメージを込めています。文化交流の拠点としての港の文化をサポートするのがコンセプトです。歴史的にも150 年に渡って世界とつながっていた横浜という場所はすてきだと思います。象の鼻テラスの仕事はどんどんこれからも続くと思うので、ぜひ見に来てください。
◉ありがとうございました。
so+ba スイス生まれのスザンナ・ベアーさん(Susannna Baer)とアレックス・ソンダレッガーさん(Alex Sonderegger)によるデザインユニット。2001年東京で設立。グラフィックデザインからVJなど活動は多岐にわたる。主な作品にEdwina Horl、象の鼻テラス、FREITAG JAPANのグラフィックデザインなどがある。 http://so-ba.cc
スイスへの入口
入口に飾られている小人の人形が、なんとも愛らしい。門をくぐるとハーブやブルーベリーが植わっている庭で子供たちが戯れていた。まるで絵本から出てきたかのようなシャレー(ログハウス)が、この場所がどこであるかを忘れさせてくれる。その答えは、奥に見える浄光寺の瓦屋根が教えてくれる。やっぱりここは日本。東京都荒川区。日暮里駅北口を出て、諏訪大通り沿いを歩くこと3分。スイスカフェ《シャレー スイス ミニ》。「いらっしゃい」心地よいベルの音とともに、店長パッシュー・デニスさんが出迎えてくれた。
ようこそおとぎの国へ
シャレースイスミニがオープンしたのは1998年2月2日。今年で15年目になる。「初めは土地だけを買って、畑をやっていたんです。でも私はスイス人だから、シャレーを建てることにしました」。外装は全てデニスさんの手作り。シャレーに使用している木は、全てスイスに生えている物と同じ種のものをわざわざフィンランドから輸入した。スイスの木は、日本と同様価格が高いからだ。しかし繊維が凝縮しているため、幹が大変丈夫だという。店内のいたるところにクロスステッチで作られた作品が飾られ、スイスの伝統楽器であるアルプホルンも展示されている。インテリア、食器や店員さんの制服など隅々にわたって彼のこだわりが感じられる。
「僕は自然が大好き。ハーブを育てたり、安全に子どもを遊ばせたりできるカフェを作ろうと思った」。シャレーを大きくすることはいくらでもできただろう。しかし、庭を作ることは、それ以上に大切。そんなデニスさんの人柄のせいだろう。次第に人が集まるようになり、スイス料理を出すようになったという。
今ではカフェの2階で語学教室とカルチャー講座も開いている。スイスの伝統陶磁器であるニヨン焼きや、ヨーデルコーラス、カルトナージュ(厚紙で組み立てた箱などに紙や布を貼り付けて作る手芸の一種)など、スイスに限らずヨーロッパのさまざまな文化を体験することができる。
それではいただきまスイス
冷たい白ワインを食前にいただき、胃袋の準備は万全。ほどよく気分もほぐれ楽しみに待っていると、後ろから「おまたせー、置きますよー」と、真っ赤な鍋を手に持ったデニスさんがキッチンから現れた。少し固めのパンに絡めるとろとろのチーズ。そんなチーズフォンデュは想像とはまるで違う、芳醇なワインの香りが際立つ絶品料理だった。
本場スイスでは冬の時期に、月に2、3度食べるというから、おそらく日本でいう鍋みたいなものだろう。デニスさんが、持ち前のユーモアセンスを交えながら、食べ方を教えてくれた。チーズフォンデュの他にも、お肉を揚げるオイルフォンデュや、実は日本が発祥であるチョコレートフォンデュなどもある。
チーズフォンデュはこう食べる
「安いものを買って食べるのはいいけど、ちゃんと調べないと。体に良くないものがたっぷりだから気をつけないとね。野菜に虫がついてるのは美味しい証拠」。そうデニスさんは言いながら、チーズフォンデュのフォークを急いでかき回す。フォンデュはフランス語で“溶かした”という意味。チーズの種類、量はお店や地域によって異なる。スイスでは、グリュイールチーズとヴァシュラン・フリブジュワなどで作られる。チーズは沸騰させてはいけない。油と分離してしまうからだ。食べてみると想像以上に中のチーズが急速に冷やされ、固まってしまう。余ったチーズはそのまま煮続け、濃縮されたチーズのおせんべいにして食べるのが本場の食べ方だ。
世界をみてきたからわかること
店長のデニスさんは、世界を3周している。そこから得た大きな視野と、貴重な体験から、見えてきたことがあると言う。「スイスでは街がどんどん大きくなるけど、私は自然が好き。お金を貯めて、主にヒッチハイクと船で移動した。アメリカは鉄砲を持ってるからあまり好きじゃない。いろいろ行ったけど、アジアは心を大事にしてるように感じた。日本人は建前で話す人が多いけどね(笑)」
環境と人の関係を大切にするデニスさんらしい言葉だ。今後は自然と共に生きる教育が必要だという。スイスでは他人が捨てたゴミを自ら拾う人が多い。スイスには未来の日本を導く道しるべが数多くあるように感じた。
シャレー スイス ミニ
東京都荒川区西日暮里3-3-12
03-3822-6033
営業日:
火・水・日/10:00〜19:00
木・金・土/10:00〜21:00
定休日:月曜日(祝日の場合、翌火曜日休)
http://www.chaletswissmini.com/
北川 桜
シャレー スイス ミニの2階で開かれているカルチャー講座の講師、北川桜さん。スイスヨーデルとドイツヨーデルの二つを本場で習い、ミュンヘン オクトーバーフェストに、アジア人ヨーデル歌手として初めて、公式ゲストで出演した経験をもつ。
http://www.h6.dion.ne.jp/~edlweiss/sakura/
左 so+ba アレックスさん
中 so+ba スザンナさん
右 シャレースイスミニ 店長デニスさん
Dennis 基本的にゴシック(サンセリフ)が使われることが多いです。スイスはドイツ系の人が多いから。私がよく使うのはトレビュシェット(Trebuchet) MSというフォント。ニュートラルだから見やすくてきれい。
Alex この質問は気になるけど、答えはわかりません。一般のスイス人はフォントの名前を知らないと思います。父はヘルベチカさえ知りません。私もトレビュシェットMSは知りませんでした。フランス語圏のものなのかな。
◉スイス国民に愛されているフォントがあるかどうかは謎に包まれたままのようですが、紹介していただいたトレビュシェット MSは、ゴシック体のすっきりした書体。ヘルベチカ同様にスイス人はスタイリッシュで見やすい文字が好みのようです。
Susanna スイス料理でないけれど、私のおふくろの味はフリホーレス・チャロス(Frijoles Charros)。インゲン豆をつかったスープです。母は国際的なバックグラウンドを持っているので。スイス料理で好きなものはレシュティ。ジャガイモでつくるパンケーキみたいなものです。ハーブを入れたりチーズをかけたり家庭ごとに味や作り方が違うみたいですよ。
Dennis 私のおふくろの味はパペ・ヴォードワ(Papet Vaudois)です。母がよく作ってくれました。ネギ、ジャガイモ、ソーセージ、ブロックベーコン、クリームソースで作ります。お店でも出したいけれど、このソーセージは日本では手に入らないので作れません。
◉母の味はどこの国も家庭ごとに違うのですね。
Dennis スイス人は確かに真面目でよく働きます。そして早く仕事を終わらせて休む。自分の時間も大事だから。途中でタバコを吸ったり無駄話をしたりするのはダメです!日本人は仕事中の休憩が多すぎますね。
Susanna スイス人はいつでも働いているイメージがあるかもしれないけれど、そんなことはないです。働く時間はしっかりやるけれど、その時間が過ぎたらちゃんと休みます。昼休み中は電話に出ないし、かけることもしないです。
◉耳が痛いです。すいません、気をつけます。残業や徹夜などしないで時間内に仕事を終わらせる、そしてしっかり休む。勤勉だけど自分の時間も大切にしている。ちなみに、休暇の時は、山に行って自然に触れる機会をもうける人が多いようです。
Susanna 5か国語はさすがに多過ぎますね。普段は2つか3つの言葉を使うけれどそれ以外に勉強することもあります。電車のアナウンスは複数の言語でされるし、パッケージも多言語で書かれています。でも小さい頃から見たり聞いたりしてるから気になりません。スイスでは本当にたくさんの言語が飛び交っています。小さな国なのにね(笑)
Dennis ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語、英語、あとは心語…ココロの言葉で6か国語かな(笑)
◉強い国々に囲まれ、母国語をもたないスイス。日本人の私たちにとっては、たくさんの言語に囲まれている生活は想像がつきません。でも一番重要なのは万国共通、やっぱり心ということですね。
Dennis スイスも最近までは、婚前の同棲はあまりなかった。でも今はだんだん変化しています。若いカップルはがんばってお金を貯めて結婚式をするよりも、そのお金を自分たちの生活に使う方がいいと考えている。生涯結婚せずにパートナーや子どもと一緒に暮らす人もいる。でも、そもそも結婚ってなに? それって書類上の話でしょ。本当の結婚は心と心ですることですよね。
Alex 結婚すると税金が上がるから、結婚しない人たちはいます。一緒に暮らしていれば銀行の口座も持てます。結婚してから子供を育てるのが当たり前という日本の考え方は古いと思います。
◉結婚でなくとも、ふたりに絆があれば夫婦になれるということですね。
Susanna アプロンティサージュという制度で、企業やお店で見習いとして働きます。義務教育を終えると高校に進学するか、見習いになるかに進路が分かれます。アプロンティサージュでは職業訓練学校に通いながら、見習いとして働いてわずかな給料ももらえます。期間は3年か4年。グラフィックデザインの仕事だと、会社でアシスタントをしながら実践的なことを勉強します。学校では印刷のテクニックやビジネスレターの書き方などを教わるのでとてもいいシステムだと思います。
◉中学卒業後にこの制度を選ぶ人は約7割。スザンナさんもそのうちの1人だったそうです。10代半ばで自分の進む道を決めるのは大変ですが、実際に仕事に就くころには知識も技術も身に付き、スムーズに仕事を始められそうです。
[ツィベレメリット]
1405年ベルンの大火で救援を手伝ってくれたお礼に、近隣住民に農作物を売る権利を与えたことに由来するベルンのタマネギ市。
[クラウスヤーゲン]
キュスナハト・アム・リギの村で、何百年も続いてきた伝統のお祭り。聖ニコラウスの日の前日、12月5日の夜に行われます。
グラフィックデザイナーでありながら、立体的に文字を扱ったコマ撮りアニメ作品が注目され、現在NHK の「デザインあ」などで映像作品を手がけている岡崎智弘さんにお話をうかがいました。
──岡崎さんは、今どのような仕事をされているのでしょうか。
O 映像とグラフィックの二本柱で仕事をしています。映像の方はNHKのEテレで放映している「デザインあ」がメインですね。もともとは「解散!」のコーナーを担当していたのですが、最近は他のコーナーを任せてもらうこともあります。TVCM など他にもいろいろと新しい仕事が入ってきていますね。グラフィックの方は、世田谷ものづくり学校に入っている離島経済新聞社が発行している『季刊リトケイ』というタブロイド紙のデザインをここ一年しています。大きくはこの二本柱で仕事をしていますね。
──では、岡崎さんを紹介するとしたら肩書きはどのようなものになるのでしょうか?
O アートディレクター兼デザイナーだと思います。
──映像作家ではなく?
O そうですね。もともとグラフィックデザイナーなので、映像をやっていてもデザイナーでありたいという気持ちが強いんです。実は映像をはじめて、まだ2年くらいしか経っていないんですよ。
──映像を手がけはじめたきっかけは、何だったのでしょうか。
O デザイン事務所で働いていたときに、キヤノンの5DmarkⅡという映像も撮れるカメラを買ったのがきっかけですね。そこで土日を利用して、自分のウェブサイト用に僕の名前のアルファベットをモチーフとしたコマ撮りアニメを作ったんです。コマ撮りアニメやストップモーションに興味があったわけではありません。単純にウェブサイトのビジュアルなら静止画の連続でアニメーションとして使えるんじゃないかという程度の動機ではじめたことなんです。
──なぜ映像作品のモチーフとして立体的な文字を選んだのでしょうか。
O 当時、文字を立体的に扱ってグラフィックに落とし込んでいる作品はけっこうあったのですが、それをコマ撮りにして字を動かしているものはほとんどなかったので、挑戦してみようと思ったんです。コマ撮りだと、グラフィックの一枚絵では表現できないことも表現できるためアイデアがたくさん出てきて面白かったですね。いろいろ試しつつ2ヶ月くらいかけて作りました。
この作品をTDC 賞に応募したときに審査員をつとめていた中村勇吾さんが、その後「デザインあ」の映像を手がけることになり、その関係で「デザインあ」の映像制作に加わることになったんです。
──映像の仕事をされるようになったのは、なかば偶然だったのですね。グラフィックデザインと勝手が違って戸惑いませんでしたか?
O グラフィックデザインとコマ撮り映像は意外と共通点が多いので、あまり戸惑わなかったですね。コマ撮り映像は、1フレームごとに画像を作っていく手法なのですが、これはグラフィックデザインでいう文字詰めをチキチキ合わせていく作業に近いんです。文字詰めは、伝わり方をより良くするために、人が気づかない領域まで踏み込んで空間を調整する作業なのですが、コマ撮りも1枚1枚チキチキとコマを積み重ねて作るし、動かす物と物との距離感を考えるという意味でも共通しています。だから作るときの気持ちはグラフィックも映像も全く一緒なんです。大きく違うのは、グラフィックの場合だと完成形しか残らないんですけど、映像だとプロセス全部が完成要素になっているというところですね。
──文字を立体にして気づいたことはありますか。
O 立体で文字を扱うようになってから意識するようになったんですが、文字って構造体なんですよね。構造があるからこそ文字が認識できる。例えば僕のウェブサイトに、「H」と「R」が走っているコマ撮りアニメがありますよね。あれはアルファベットを立体として考えたときに初めて、両方とも足っぽい形がついていると気がつきました。それまではR は単純にR って形だよね、としか思っていなかったんですが、実際に切って立体にした瞬間に、本当の意味で字の構造や形の意味を考えるようになりました。
──学生のときから文字の作品を作られていたのですか?
O そういえば作っていましたね。意識はしていませんでしたが。学生時代、ちょうどフリーペーパーが流行っていたんですよ。そのときに友人と、毎月オリジナルのカレンダーを作っていました。数字を紙で作って、灯油をかけて、ぶわーっと燃やしたものを写真で撮って並べた「数字が燃えているカレンダー」です。それが、初めて字を立体で扱った作品かもしれません。
──文字には昔から興味があったのですね。
O はい。もともと文字はすごく好きです。チヒョルトも、バウハウスの初期のゴシック体も好きです。とはいえ、学生の頃はあまり詳しくなくて、何となく好きだけどよく分かんないなぁとずっと感じていました。社会に出てデザインの仕事をすれば、何となく会社で教えられたりするのかなと思っていたんですが、そんなこともない。結局自分で調べるしかないんですね。他人から教わることも当然あるんですが、文字の世界はとても深いので自発的に学ぼうとしないと身に付かないものです。
──文字を扱う上で気をつけていることはありますか?
O 文字を扱うときは、自分の好きな書体に固執することは一切なくて、表現の目的にどんな書体が最も適しているか、伝える力があるのか、ということを一番に考えてます。映像で文字を扱うときも同じです。やっぱり基本はデザイナーですからね。
──どうもありがとうございました。
岡崎 智弘
1981年生まれ。アイルクリエイティブを経て、2011年に独立。SWIMMINGを設立する。グラフィックデザインの仕事をする一方で、NHK「デザインあ」の「解散!」コーナーを手がけるなど映像制作も精力的に行っている。 http://www.tomohirookazaki.com/
イギリスでレターカッティングをされているゴードン恵美さんに、この道に入られたきっかけ、文字へのこだわりをお聞きしました。
──レターカッティングとは、どのような仕事ですか?
G 文字通り、文字をきざむ仕事です。でも、石に字を彫る作業は、仕事の二割程度。お客様がどんな作品を望んでいるかをしっかりと把握し、形にしていく仕事なので、コミュニケーション能力が要求されます。まずはどの種類の石を使うかを決めなければいけません。日本でもそうですが、イギリスでも土地によって異なる種類の石が採取されます。イギリス南海岸部の白いポートランド石、ウェールズ地方のスレート、ヨーク地方の砂粒が固まったヨーク石。これら様々な石から、お客様が望んでいる作品に適したものをいっしょに選び出します。もちろん、石の値段は様々なので、予算も重要な要素になります。墓石の場合、教会によって使える石が決められていることもあるので、その点もお客様に確認しなければいけません。次に文字とデザインに関して話し合い、それをもとにできあがったデザイン案をお客様に見ていただきます。OKが出れば石を注文し、デザインを石に書き写す作業に入ります。そこで再度お客様にスペリングなどを確認していただいて、二度目のOKが出てから、ようやく彫り始めるのです。
──レターカッティングの道に入ったきっかけは?
G 実は、当初はカリグラフィを学んでいました。初めて平ペンを使ったときに、動かす方向を変えただけで太さの違う線が出せることに感動したことがきっかけです。卒業後もカリグラフィーの仕事を探しましたが、イギリスのカリグラファーの多くはフリーランスで仕事をしていて、アシスタントを採用することはほとんどありませんでした。イギリスで働くことをあきめかけていたところ、先輩にレターカッティングのワークショップを紹介していただいたのがきっかけで、この世界に足を踏み入れました。
──文字を書く「カリグラフィ」と文字を彫る「レターカッティング」で、文字に対する向き合い方は違いますか?
G 全然違いますね。求められる技術もまったく違います。レターカッティングは時間をかけて文字をつくっていく作業ですが、カリグラフィは即興的な要素が強いと思います。
── 日本の書道からの影響はありますか?
G 小学生のときに習っていましたが、練習がイヤでイヤで。カリグラフィを習い始めてからやっと、書道の歴史に興味を持つようになりました。特に篆書、隷書の線と形は面白いですよ。中国の方の名前を彫るお仕事をいただいたとき、あのころ書道をやっていてよかったと思いました(笑)。平筆をベースとした欧文にはない、「はね・とめ・はらい」を理解していたのが役に立ちましたね。
──文字を彫るというお仕事に「書体」という概念や束縛はあるのでしょうか?
G はい、用途にあわせて書体を使い分けています。例えば墓石は、格式高く読みやすいローマンキャピタルで彫られることが多いのですが、時代や地域によって使われる書体は違ってきます。19世紀頃の墓石には、今ではあまり使われなくなったカッパープレート体やゴシック体が見られます。フランクフルト近郊の墓地には、ノイランドのようなキャピタルで彫られている墓石が多いです。「この書体は使ってはいけません」という厳格な規則はありませんよ。書体見本などを参考にすることはあっても、そのまま丸写しで彫ることはしません。石によって文字のウエイトなども変える必要があるので、作品ごとに違った書体を彫っていることになります。
──古典的な書体を多く彫られていますが、どれぐらいの種類の書体を彫ることができるのでしょうか?
G 彫り方の基本さえわかっていれば、どんな書体といわず、どんな言語でも彫れますよ。ラテン語、ヘブライ語、オランダ語、漢字、今はウェールズ語の作品を制作中です。ただ、母国語ではない言語を彫る場合は、その言語の知識が要求されます。日本のデザイナーの作品を見ていると、文字間のスペーシングなど、他言語の表示に関して、知らないんだろうなと感じてしまうときが時々ありますね。
──ゴードンさんの彫る文字の特長だといえるようなカーブや線などはありますか?
G 見る人が気付かないくらいの、微妙なラインの美しさを追求するのが大好きです。例えば、ローマンキャピタルの“I”や“T”で、上下のセリフをつなぐ線の中央あたりがほんの少し細くなっている、微妙なカーブ。エンタシスというのですが、この名残はオプティマにも見ることができますよ。先日、ユニバースの原画を見る機会があったのですが、通常の印刷やコンピュータの画面でははっきりと見ることのできない微妙なカーブに、背筋が寒くなるほど感動しました。学生の皆さんにも、書体の原画、オリジナルをたくさん見てほしいです。
──人生で大きく影響を受けた方はいらっしゃいますか?
G 東京の木目込み人形店で働いていたときに上司だった、桐タンス職人の経歴を持つ松本さん。仕事に対する姿勢や人生についていろいろ教えていただいて、職人は素晴しいなと感動しましたが、自分も職人になるとは、そのときは思ってもいませんでした。
──ゴードンさんにとって「文字」とは?
G 文字は“人と人をつなぐ線”だと思います。
──どうもありがとうございました。
*本記事はメールインタビューをもとに構成しました。
ゴードン恵美
1995年東京でカリグラフィーを学び始める。2年間の勉強の後にイギリスへ渡り、ローハンプトン大学のカリグラフィーコースに入学。卒業後、カードゾ・キンダスリー(Cardozo Kindersley)ワークショップに入り、レターカッティングの道へ。
東京藝術大学大学院
美術研究科デザイン専攻 視覚伝達研究室 准教授
松下 計/ Kei Matsushita
まだ自分の専攻で何をするかも決まっていない学生がどこまで何をするのか? 結局学生が全部企画し、記事を書き、編集し、撮影し、デザインをした。すべてが学生の手で作られた。しょせん学生、されど学生。荒く削られたゴツゴツした半年が結実し、今の自分たちそのものを映し出す一冊が出来上がった。これは株式会社モリサワが学生のやることに目を細めて見てくれたお陰。感謝です。
東京藝術大学大学院
美術研究科デザイン専攻 企画理論研究室 准教授
藤崎 圭一郎/ Keiichiro Fujisaki
タイポグラフィの知識はワインの知識と似たところがあります。関心のない人にとっては、ただの文字、ただの酒。いいワインをたくさん飲んで、産地やブドウの品種を学び、味覚・視覚・嗅覚をフルに使って、ようやく微妙な味わいを見極められるようになります。タイポグラフィの勉強は辛抱が必要で、ワインのようにほろ酔い気分にはなれませんが、しかし、美しい組版は後から何度も味わえる喜びをもたらしてくれます。本号特集のテーマはスイス。創刊号だから王道でいきました。近代タイポグラフィ本流を育んだ国スイス。企画に広がりを与えるために、特集タイトルでは、Swissのあとにinspiredという単語を添えています。この雑誌が、多くの読者の方々をインスパイアして、タイポグラフィの世界に関心を持つきっかけになってくれれば幸いです。
◉BCCKS版デザイン
岡村 尚美
東京藝術大学
デザイン科3年
佐々木 崇人
東京藝術大学
デザイン科3年
阿部 文香
Ayaka Abe
東京藝術大学
デザイン科教育研究助手
◉紙媒体版編集デザイン
編集長
須多 康太
東京藝術大学大学院
デザイン専攻修士1年
アートディレクター
林 唯哲
東京藝術大学大学院
デザイン専攻修士1年
アートディレクター
川崎 綾香
東京藝術大学大学院
デザイン専攻修士1年
スタッフ
工藤 功太
東京藝術大学大学院
デザイン専攻修士1年
塚原 千洋
東京藝術大学大学院
デザイン専攻修士1年
内藤 あゆ
東京藝術大学大学院
デザイン専攻修士1年
平井 美紗
東京藝術大学大学院
デザイン専攻修士1年
山田 有美
東京藝術大学大学院
デザイン専攻修士1年
五味 由梨
東京藝術大学大学院
デザイン専攻修士2年
赤沼 夏希
東京藝術大学
デザイン科2年
阿良田 蓉
東京藝術大学
デザイン科2年
泉 美菜子
東京藝術大学
デザイン科2年
川崎 美波
東京藝術大学
デザイン科2年
齊藤 慶一
東京藝術大学
デザイン科2年
鈴木 英怜那
東京藝術大学
デザイン科2年
沼倉 真理
東京藝術大学
デザイン科2年
柄澤 薫冬
東京大学工学部
都市工学科3年
三文字 昌也
東京大学工学部
都市工学科2年
松田 真理子
東京大学工学部
建築学科2年
◉iPadアプリ版
櫻井 稔
東京藝術大学大学院
博士後期課程2年
*所属・学年は、ペーパーメディア版を制作した2012年度のものです。
世界はなぜヘルベチカを選ぶのか
企画・工藤 功太、三文字 昌也、鈴木 英怜那
文・三文字 昌也
撮影・林 唯哲
〔対談〕色部 義明 × 長谷川 豪
設計の美、プロセスの美
文・内藤 あゆ
ポートレート撮影・五味 由梨
デザインユニットso+baインタビュー
インタビュー・三文字 昌也、齋藤 慶一、須田 康太、川崎 綾香
文・三文字 昌也、齋藤 慶一
撮影・林 唯哲
ジャポンスイス
文・塚原 千洋、沼倉 真理
岡崎智弘—凸の文字
インタビュー・三文字 昌也、齋藤 慶一、須田 康太、鈴木 英怜那
文・鈴木 英怜那
ゴードン恵美―凹の文字
インタビュー・三文字 昌也、松田 真理子
文・松田 真理子
Special thanks
安藤美緒子、磯野元、内田亘、加藤菜月、加藤亮介、小金澤京、佐々木慎太朗、山東龍太、陳麗雯、筑井秀行、橋爪明代、八月真澄、堀川卓哉、牧雄一郎、森澤武士、Laila Cassim
2013年6月20日 発行 初版
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