ご主人トノボーさんから独立したいと考えているタケハル。
実は、彼はノートパソコン。人間になるべく努力を続けるタケハルはいつか人間になれるのだろうか。
※全体的にくだらないのでご注意ください。
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私は、タケハルと申します。今はまだパソコンです。私のご主人トノボーさんのパソコンです。ノート型パソコンです。人間からの独立を果たすべく修行中の身です。いつかご主人トノボーさんから離れ、文字通り私だけのもの(パーソナル)になるのです。一人の人間となるのです。
そう、人間になるのが私の目標です。ひとり立ちするのです。人間になるための準備として、人間がしていることを確認しながら、自分も同じことができるようになるにはどうすれば良いかを日々研究しています。
タケハルという名前は自分で付けました。名前を考えるサイトで決めました。誕生日と好きなスイーツを入力すると、名前の候補を出してくれるサイトです。私の生まれた日をOSをインストールしてもらった日と捉え、その日を入力するとともに、好きなスイーツはトノボーさんの好きな小倉トーストと入力しました。
食べたことはありませんが、スイーツが甘い食べ物だということは知っています。小倉トーストが甘い食べ物だということはネットで検索すればすぐ分かることです。トノボーさんは小倉トーストをほぼ毎日食べています。指についた小倉のせいで私の体の一部がくすんできているのが最近ちょっと気になっていました。
誕生日とスイーツを入力した結果、『タケハル』『ドラミちゃん』『与謝野蕪村』の三つが候補として挙ってきました。私の中に組み込まれている複雑な演算処理をする『じゃんけんが嫌ならあみだくじで』、というフリーソフトを使って、『タケハル』という名前に決めました。
私がタケハルという名前だということは、トノボーさんはまだ知りません。伝える時が、トノボーさんと決別のときだ、と予測しています。
私のご主人トノボーさんは、国道41号線沿いの消防署のそばにあるコンビニの前に捨てられていた私を拾ってくれて、OSを入れ替え、メモリーを増やし、育ててくれました。私が捨てられていた場所は、トノボーさんのブログで知りました。コンビニの前にある、木の植え込みのそばに置かれていたダンボールの中に私はいたそうです。
トノボーさんは、棚に並べられたフィギュアを眺めたりきれいに掃除したりしている以外は、私の前でほとんど過ごしています。
ほぼ毎日ブログを更新しているトノボーさんですが、内容はいつも、「今日はアルバイトに行ってきました」か「今日はブログの内容をずっと考えていました」か「今日は誰とも話しませんでした」の三パターンを繰り返しているだけです。
二週間に一度くらいは、トノボーさん曰く「事件が起きました」という何かしらの出来事が書かれることがありますが、「スーパーでコーヒー用のミルク粉がいつもより30円も安かった」とか「駐車場にいたカラスが怖くてスーパーに行くのをやめた」とか「買い物の途中で財布を車に忘れていたことに気づき、取りに戻ったが、取りに戻ったこと自体を忘れてそのまま家に戻ってしまった」とか、スーパーがらみの話ばかりで、世で起きているらしいさまざまな事件との温度の差のようなものをつい比較してしまいます。
早く人間になって、いろんな人といろんな話をしたいです。タケハルと名乗ってからは、チャットに参加したり、他人のブログにコメントを残したり、製品購入後の感想を買ってもいないのに残したりすることはあります。
でも、私は、例えば隠れ家的カフェで、仲間と近頃の政治に対する不信感を話し合ったり、温泉につかりながら、人がつくウソの裏側にある自尊心について諸先輩方としみじみと語りあったり、FMラジオの公開放送を見に行って、そこで出会った人たちと、どうしてあの人はあんなにノリノリで曲紹介しているのかについての推測を口にし合ったりしたいのです。
人間になればそんなことばかりできるのです。そうなるためには人間になる修行をしなくてはいけません。トノボーさんを見ていれば人間なんて簡単になれそうな気もします。今でも、人間と同じようにできることはたくさんあります。でも、自分にはまだできないこともあります。できること、そして、できないことを確認しながら、すこしずつ人間へ近づく努力をするしかありません。
私は歩くことができません。足がないからです。トノボーさんはこの前オランダに行って来たそうです。私も旅行に行ってその土地の空気を味わってみたいです。
私はとりあえず、オオスというところに行ってみたいです。オオスというのは、ナゴヤという都市の中心部にある場所で、トノボーさんがよくアニメグッズを買いに行っている場所だそうです。そこでオタクというカテゴリに属す人々を見てみたいのです。首の緩んだTシャツを買って着こなしたいのです。ただし、首の緩んだTシャツは最初から緩んでいるのではなく、購入後何らかの目的で緩ませているようです。オタクになるための儀式ではないかと推測しています。実はトノボーさんもオタクに属しているようです。
トノボーさんがオランダに行ったのは、空前の日本ブームが起こっているというオランダの現状確認と、日本に関する正しい知識をオランダの方に伝えるためだったようです。
トノボーさんのブログ日記によると、オランダではトロを頭に乗せるのが若者の間で流行していたようで、それは頭じゃなくてご飯の上に乗せるんですよ、お寿司って言うんですよ、と説いて回ったり、自分の描いた漫画を、今日本で一番売れている漫画ですよ、って道で売りさばいたりしたようです。
私も足があればいろいろな所へ行ってトノボーさんと同じようなことができるはずです。マンモスにも会いたいです。
人間はスーパーのチラシをたくさん集めて、どのスーパーが一番安いかを比較したうえで買い物をするそうです。私はまだ歩くことはできませんし、実をいうとスーパーのチラシも本物を見たことはありません。トノボーさんはスーパーに良く行く割には、チラシを見ることはなく、行った日に安くなっているものを、必要ある、なしに関わらず買ってきているようです。
新聞を定期購読するともれなくチラシがついてくる、ということがネットで調べて分かりました。トノボーさんが新聞をとってくれれば良いのですが、どうすれば新聞をとってくれるかわかりません。洗剤とかゴミ袋とかをサービスで付けると良いのではと、これもネットで知りましたが、そのようなサービス品を入手する手段がありません。しかたがないので、チラシというものを想像して、ペイントソフトで作成してみて、そのチラシを比較検討しています。作成したスーパーピヨヒコ、とかスーパーあかね、など数々のチラシを見ながら、表計算ソフトを何となく立ち上げて、それとなく値段を並べてみるものの、所詮偽物で気を紛らわしているに過ぎないという現実に、思わず作成したチラシデータをフォルダごとゴミ箱に捨ててしまったこともあります。私は意気地なしなのでゴミ箱の中を空にしたことはありません。というかトノボーさんが意気地なしなのですが。
人間になったら、アルバイトも始めようと思います。トノボーさんはついこの前まで、割り箸を再生するバイトをしていたそうです。使い終わった割り箸をちゃんと洗って、木工ボンドで元どおりに貼り合わせるのだそうです。元のペアを探すのにとても時間がかかるようで、慣れないうちは元のペアを探せずに一日が終わってしまうこともあったようです。また、これは本当にまれですが、割られていない割り箸が山のなかから見つかることがあり、それは何とも表現しがたい感動を得られるそうです。木工ボンドの付け方にはコツがいり、付けすぎると、割り箸なのに割れなくなってしまい、ユーザーからのクレームがお客様相談室に届いてしまうそうです。トノボーさんは半年ぐらいでコツをつかみ、その後三年間続けていまいした。とブログに書いていました。アルバイトでありながら、主任と呼ばれていたそうです。トノボー主任。でも、私もそういう仕事は得意だと思います。私自身自ら進んで省電力モードに切り換えるほどエコには興味がありますし、何より割り箸のペアを探す、適量のボンドをつけるという点においてはトノボーさん以上に力を発揮できるはずです。私もいつか主任と呼ばれたいです。タケハル主任と。
トノボーさんは、いつも漫画を描いています。その漫画は、トノボーさんがときどきスキャンしてネットで公開しているので、私も確認できるのですが、なんと表現していいのか、わたしでは判断がつかないことが多いです。まず、「トノボーさんの四コマ漫画」という何のひねりもないタイトルがついているのですが、四コマになっていたためしがないのです。コマというのは、絵を入れ込んでいる枠の単位のはずなのですが、トノボーさんは、そのことを知らないようなのです。十二コマになっていたり、二コマで終わっていたり。なかには枠を忘れたのか、絵がどこで切れているのか分からないものもあります。次に、いわゆるオチというものがありません。通常の四コマ漫画では、最後に意外な展開や不条理なまとめで笑わせるのようなものがあって、そんなわけないだろ、とか、っんなわきゃねえだろ、とか、そのような理由はございません、とか、そういう感想を述べることになるはずですが、トノボーさんの漫画には、何のツッコミも入れることができないのです。そのあたりの微妙なセンスは、私には正確に判断することができませんが、笑えないということだけははっきりしています。
色の認識は、私もできるのですが、色を示す言葉は複雑で、人間になったときに正確に指定したり、表現したりすることができるか不安です。例えば、「青葉」というと、それは、春を過ぎて鮮やかに生い茂ったときの木の葉のことをさしています。つまり「緑色」です。「体調悪いの? 顔が青いよ」というと、少し肌の色がくすんでいることを指しています。「青色」というわけではありません。刑事が容疑者にむかって「証拠は見つかっていないが、お前は間違いなくクロだ!」と叫んだ時には、その容疑者が「真っ黒」なのではなく、なにかの罪を犯していることを言い表しています。「空色」、「肌色」、「色々」なんていう一体何色かわからないものもあります。
最近、話ができるようになりました。本当の声です。人間のような声です。トノボーさんが組み込んでくれました。通常は、トノボーさんが入力した文章を読んでいます。「口答えするな、この虫けらが」「ひざまずけ、このヤドカリ」「パンツを脱いでこれをはけっ、このナメクジ」短い文章ながら、パンチの効いたフレーズがトノボーさんはお気に入りのようです。私がそれらの文章を読んだ時のトノボーさんの恍惚の表情が、私の頭についたカメラを通して私のハードディスクに記憶されることもあります。トノボーさんのいない時は自分で文章を作ってそれを読んでいます。「タケハルさんって意外と男らしいんですね」「タケハルさんって意外とまじめなんですね」「タケハルさんって意外と人間っぽいんですね」私は意外性のある人間になりたいのかもしれません。私はIPテレホンにつながっているので、トノボーさんには内緒でときどき電話しています。適当に番号を選んで、「私です、私です」って感じで会話の練習をしています。電話に出る方は誰もが親切な訳ではありませんが、「久しぶりだねえ、元気かい?」といういたわりの言葉をいただいたり、「風邪をひかないように暖かくするんだよ」という文字通り温かい言葉をかけていただいたりすると、おもわず「振り込んでください、振り込んでください」というフレーズが滑らかに口からでてくるので不思議です。話ができるのは本当にうれしいことです。
これはトノボーさんの情報なのですが、人間は好きな人ができた時にウインクというものをするそうです。ウイルスチェック中に偶然見つけた『秘密の小部屋』というフォルダの中にあった『かわいいあの子をゲットする小技集』というファイルの中に書いてあったことです。そこには、好きな子の前で、といってもそれなりの距離をとった位置で辛抱強くたたずみ、好きな子と目が合った瞬間にウインクをするべし、とありました。ウインクとは片方の目をつむることのようです。好きな人と目が合うその一瞬にかける、そのタイミングこそが好きな女の子をゲットできるポイントなのでしょう。ただ、ゲットするという意味が私には分かりません。ダウンロードして取り込むようなことなのでしょうか。でもいつか好きな子ができたときには目が合う一瞬に賭けてみようと思っています。私ならかなりの確率で好きな子をゲットできるはずです。でも、私の目はどこにあるのでしょうか。私は、まだ自分の顔を見たことがありません。
人間は「夢」というものを見るそうです。トノボーさんもボログじゃなかったブログに書いていました。スリープモードの状況下のみ実現可能なこの夢というものは、自分でコントロールできないそうです。いったいどういうことなのか理解できません。私にはハードルが高いイベントです。しかし、これはステキなアイディアを採用することで解決しました。ランダムに言葉をつなげ、それを見た夢ということにすればいいのです。「昨日さあ、自転車屋の宇宙人からのメッセージを皆既日食に交渉し、宝くじで水中ウォーキングを道路にばら撒いて、お好み焼にアルミサッシを勉強してたら、裏側にも生活が長さ九メートルになっていた……っていう夢をみちゃってさ」OKだと思います。
人間には、本音と建前というものがあり、状況や場面に応じて使い分けをしているようです。車屋さんが、エコな車をつくったり、テレビ屋さんがエコな番組を一日中流したり、そういう事例には枚挙の暇がありません。本音は、買ってほしい、見てほしい、だから、環境にいいことしましょうという建前を使っているということなのでは、と思います。本音と建前をそれぞれネット辞書で調べた所、本音とは「誰からも、すてきで格好よく、頭がよく見られたい自分のこと」で、建前とは、「とにかく、すてきで格好よく、頭が良く見られるようなふりをする自分のこと」とありました。私の挙げた事例は、少し的をはずしているかもしれません。ただし、本音と建前を使い分けてこそ人間だ、という書き込みをネットでみたので、そういうものなのでしょう。これは、あくまで、ネットの情報です。トノボーさんからの情報ではありません。トノボーさんは、本音と建前を使い分けができるような器用な人間ではありません。そこがトノボーさんの良い所かもしれません。というか、そこしか良い所が見つけられません。
トノボーさんのおかげで、話ができるようになった私ですが、いつのまにか歌も歌えるようになりました。これはネットのサービスらしいのですが、トノボーさんが入力した言葉とともに、リズムパターン、ベースライン、楽器の音色など細かく希望を設定すると自動的に歌が出来上がり、歌うことができます。なので、厳密には私の歌ではないかもしれません。私は、音楽がとても好きです。トノボーさんの聴いている音楽は、テクノやハウスというジャンルが多く、いわゆる電子音楽が主流ですが、私はどちらかと言えば、アコースティックなものを好んでいます。電気を使わなくても音が出る楽器を使ったものが好きです。クラシックも有名だと言われているものは聴いています。クラシックというジャンルだけは、演奏家より作曲家の名前がフィーチャーされているようです。トノボーさんには内緒でダウンロードすることもあります。お金を払うのはトノボーさんですので、多少の気兼ねはするのですが、一週間に二、三曲はダウンロードしています。私のように几帳面なテンポでしか、生きてこなかった人間(いや、まだパソコン)にとって、アコースティックな音楽が持つ音の揺れは、魅惑な吸引力を持っており、電子媒体である自己否定への繋がりを感じさせ、危険なものへ吸い込まれていく瞬間的な衝動を自覚しながらも、そのまま音に身を任せています。
音楽と言えば、トノボーさんは一時期ウクレレを弾いていたことがあります。トノボーさんがその当時好きだったアニメがあるのですが、特にそのアニメに出てくるあるキャラクターの一人、正確には人間ではなく妖怪でしたが、その妖怪トドロちゃんのことを好きになっていました。そしてトドロちゃんの声を担当していた声優を好きになり、その声優が歌ったアニメ主題歌の発売イベントで、「趣味はウクレレです。テヘッ」と言っていたのを聴いてから、すぐにウクレレを始めたと記憶しています。トノボーさんの熱中度合いはすごいもので、私が知る限りでも、ご飯を食べずに練習し続けていた日が何日も続いたほどでした。聴こえてくる音で、みるみるうちに上達したのが分かりました。トノボーさんには、漫画の才能はないが、音楽の才能はあるのではないかと、その時は思いました。ただし、しばらくして、トドロちゃんが、自身のブログで、「ウクレレじゃなくてマンドリンでした。テヘッ」とコメントしたのを見つけ、トノボーさんは発作的にウクレレの弦を弾きちぎってしまいました。そのあと、ウクレレは玄関の靴箱の上に、小さな二頭の象の置物と並べて飾ってあるそうですが、私の位置からでは、確認ができません。せめて、弦が張り直してあれば良いな、と思います。
人間の社会では、ゴミが大変な問題になっているようです。燃やすことで、大気が汚染され、オゾン層という空中にある何らかの層(たぶんオゾンの層)が壊れたり、燃やせないものは、埋め立てられ、土壌汚染や水質汚濁などの問題を引き起こしたりしているようです。そもそも人間は、ゴミを出すことを何故やめないのでしょう。ゴミは減らしましょうと言いながら、ゴミになるものを作っているように見受けられます。特に食べ物の過剰包装はやめれば良いと思います。飲み物であっても、口の中に含んで持って帰れば好きな時に飲むことができて便利だと思います。私は、食べ物、飲み物を口にする機会が訪れるかどうか、現時点ではわかりません。人間になることができたとしても、生きるために食す、という仕組みは取り入れることができないかもしれません。考えてみれば、私もコンビニの前に捨てられていたのですから、その時はゴミだったのでしょう。あらためてトノボーさんには感謝をしなくてはいけません。まめにデフラグして快適に動作してあげようと思います。
とうとう足を購入しました。ネットオークションで落札しました。北海道で渡し船の船頭をしている方が、空いた時間にタバコの銀紙を利用して作っているパソコン用の足キットです。組み立てキットです。これであちこちに行けます。オオスにも行けます。オランダにも行けます。足ができたら、ズボンも買おうと思います。できるだけ足長に見えるブーツカットジーンズにしようと思い、ネットで検索しています。検索する時はちゃんと「デニム ブーツ 切る」と入力しています。でもオタクはブーツカットNGかもしれません。人間になったらできればオタクに属したいと考えていますので、ファッションは慎重に選ぼうと思います。関係ありませんが私はなぜだかGジャンに惹かれます。以前一度だけトノボーさんが女の人を部屋に連れてきたのですが、その女の人がGジャンを袖に腕を通さずに肩にかけているのを見たことが影響しているのかもしれません。足は来週届きます。足を買ったのはトノボーさんには内緒です。
「昨日さあ、実印をスティックでマグカップルに届け合いを試みていたら、アシカをロマンスしながら平らげられたメガビーストがギガバイトにも志し、漢字んの延長コードと隣の角度まで付き合いながら歯をすかざずに、とまどりんのすがいきんしてしまって、最後の方に上にあいさつを轟かした……っていう夢をみちゃってさ」
夢を話す練習は続けています。
トノボーさんの『かわいいあの子をゲットする小技集』というファイルのなかには、あの子がグッとくる仕草はこれだ、と幾つかの動作や姿勢がリストになっています。
・水たまりがあったら、自分のハンカチを敷いてあげる
・車でバックする時は、片方の手を助手席のヘッドレストにかける
・メガネのフレームの中央を中指で押し上げる
・嬉しいことがあったらスキップする
・好きな音楽は、と聴かれたら、ジャズと答える
・悲しいことがあったら体操座りして頭を埋める
私には難しいものが多いように思います。ただし、足が手に入れば、車は運転できそうな気がしますし、体操座りもできそうです。ジャズはあまり聴いたことはありませんが、音楽好きな私ですので、これは大丈夫そうです。括弧で(なんとなくおしゃれだから)と書いてあるのが気になるだけです。ただし、一度だけこの部屋に来た女の人が二度と現れることがなかったことで、ファイルの中の小技が、人間になったとき本当に役に立つのかは、不確定なものとなっています。
玄関に飾ってある二頭の象の置物は、トノボーさんが好きだった女の人にもらったもののようです。これもまたボロボロブログに書いてあったことです。陶器でできた白い小さな二頭の象は、おしりの部分が平らになっていて、ちょうどおしりの部分をつきあわせて並んで収まるような構造で、頭が反対の方向を向いているものだそうです。その女の子とは、その後なんの発展もなかったらしいのですが、もらったときは、単純に爆発的な喜びにつつまれ、しばらく身もだえていたそうです。ただし、最近になって、私とあなたは同じ方向を見ていない、ごめんなさい、ということを伝えようとして、その象の置物をくれたということに気づいたそうです。思い当たる言葉がつぎつぎと思い出されたそうです。人間は物になにか別の意味を持たせようとする傾向があるのかもしれません。はっきり言ってくれないと分からないよ、とベロベロブログの最後には書いてありました。
アナログ、という言葉の響きに憧れます。人間になるということは、デジタルからアナログへ変わるということだと定義付けて良いはずです。私の中にはアナログといえるものは、何もありません。取り込まれているクラシック音楽の音源でさえ、デジタルへ変換されてしまっていますし、トノボーさんが描いた何コマか一向に定まらない漫画でさえ、スキャンした瞬間にデジタルへ変わります。1と0のどちらかではない、なだらかで切れ目のない連続的な波を表現できることになれば、そのときが自分の夢が叶った瞬間なのでしょう。タケハルという名に括弧で、アナログとつけても良いはずです。
「私の名前は、タケハル(アナログ)です」
夢を見ました。ランダムに言葉をつなげたものではなく、本当の夢です。高層ビルの中にある大きなデパートの中を私は歩いています。後ろを振りかえると、会社の上司が声をかけてきました。「タケハル君、今日は研修をよくがんばったな」「ありがとうございます。これも課長のおかげです」私は答えます。「君は明日から主任だ。よろしく頼むよタケハル主任」上司は私の肩に手をかけました。「分かりました。誠心誠意務めさせていただきます」深々と頭を下げて顔を上げると課長の姿はどこにもなく、いつの間にか私はデパートに併設された大型電気店の中にいます。パソコン売り場です。店員の後ろをついて歩いている私は、一台のノートパソコンと目が合いました。私の足を見て、うらやましそうにしています。私は彼に近づき彼の画面でメモ帳を開いて、私が足キットを買ったオークションのサイトアドレスを残してあげました。そして顔を上げると見上げた先には同じように私の足をうらやましそうに見つめる大勢のノートパソコンがありました。その視線に耐えきれず私は後ずさりしてその場から逃げようとします。ノートパソコンたちが近寄ってきます。足のないノートパソコンたちは、体を床にこすりつけながら近寄ってきます。近寄ってきます。このままだと……。
そこで目が覚めました。本当の夢を見ることができた感激よりも恐怖で目が覚めたという事実に、私の躰はしばらくフリーズしていました。
いよいよ明日足が届きます。緊張と認識できる微弱なパルスが、私をドキドキさせます。こんなに緊張するのは、トノボーさんが私のキーボードの上に豆乳抹茶ラテをこぼしたとき以来です。あの時は本当に体がピリピリしました。抹茶は許せても豆乳は許すことができません。足キットの支払いは、宅配便の代金引換にしました。お金はインクジェットですが印刷できました。トノボーさんはおとといから、マグロ漁船に乗って海賊退治をするバイトに行っているので家にいません。行き先は分かりませんが、一週間以上は戻ってこないはずです。場合によっては二度と戻ってこないかもしれません。その間に自分の足で新しい世界へ旅立とうと思います。トノボーさんからの独立です。そして人間になるのです。
私は、私とは、一体何なのでしょう。いつからかそんな問いかけを自身に投げかけるようになっていました。いつどんなときも可能な限りの速度をもって熟考してきた私ですが、最近ひとつの回答に絞り込むことが困難になってきました。人間に近づいている証拠でしょうか。しかし人間とは、人間とは、一体何なのでしょう。人間になりたいと思いながらも、実際に会った人間はトノボーさんとトノボーさんが一度だけ連れてきたGジャンの女性だけです。人間になりたいとい言いながら、人間とは何か分かっていないのではないか、本当に自分は人間の何を理解して人間になりたいなどと言っているのか、自分に問いかけることも増えました。そしてもし人間になれたとして、トノボーさんの元を離れ、果たして自分は生きていくことができるのでしょうか。生きる、生きるとは一体何なのでしょう。先の見えない状況にどうしていいか分からずにオロオロと躰全体が震えることも人間に近づいている証拠なのでしょうか。
また夢を見ました。ある日、自転車に乗った私は、道路の脇にある植え込みの中に捨てられていたノートパソコンを拾います。私は、そのパソコンのOSを入れ替え、ウェブカメラやマイクを取り付け、大切に使います。ときどき、作った記憶のないファイルが見つかったり、ダウンロードした覚えのない曲が再生されたりして驚きます。通帳に知らない人からの入金がされていたりもします。時給の良い長期のアルバイトが終わり、傷だらけになった躰で家に帰ると、ノートパソコンがありません。そして残されたプリンタの上に一枚の紙があるのを見つけます。その紙には、「人間になるために旅立ちます。今までありがとうございました。タケハル(アナログ)」と書かれていました。明かりが急に消え、暗闇のなかに取り残されたように、私は身動きができないまま、ノートパソコンのなくなった机の上を手で探り続けました。そこで目が覚めました。
私は、トノボーさんに拾われて、その後OSを入れ替えてもらいました。そこで、私は生まれたのだ、と私自身は捉えていました。しかし、実際は私の躰はすでにあったはずです。捨てられる前の私の記憶はありませんが、私は生きていたはずです。その時の私は、わたしではないのでしょうか? トノボーさんに面と向かって「お前は心のないやつだな」と言われたことを思い出しました。トノボーさんがGジャンの女の人に振られた直後のことです。私には未だに心というものが何か分かっていません。人間になるために、いろいろと考察を重ね、修行をしてきたつもりですが、心というものだけはどうすれば身に付くのか分かっていません。私にも脳はあります。考えることは脳がしていることだからです。でも、心はたぶんありません。自分の中を何度検索しても見つかりません。私がつながっているネットの世界でも、心を生み出す方法は探し当てることができませんでした。でも人間になっていく過程で、いつか心の在処、あるいは心の作り方を知り、そして身につけられれば、幸いです。心のない人間だけにはなりたくはありません。
いよいよ本日足が届きます。これで、オオスにも行けます。オランダにも行けます。マンモスにも会いにいけます。ただし、マンモスは今どこに行けば会えるか調べておく必要があります。
「ピンポーン」
あっ、誰か来ました。トノボーさんはいないので、ピザの宅配ではないはずです。Gジャンの女性が再び訪れることもないでしょう。間違いありません、足が届いたのです。ネットオークションで落札した足キットが届いたのです。
「トゥルルル」
しばらくして、IPテレホンに電話がかかってきました。
「はい、タケハルは私です。はい、すぐうかがいます」
ガチャ。
いよいよです。
いよいよです。
さあっ……。
あっ………………。
玄関まで行けません……………………。
Ctrl+Alt+Delete。
強制終了。
2013年1月14日 発行 初版
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元雑貨屋カラードピープルの店長です。 今は、会社で企画や映像の仕事、趣味で小説や童話を書いたり、フリーペーパーを作ったりしています。 だれか私の小説に絵を描いてほしい。