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「春は持ち歩けない
春を詩の中にしまっておけば
何時でも取り出して
それを味わうことが出来る」
ー「山は持ち歩けない」よりー

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春 spring poems

Tomoko Watanabe

wonder poems出版



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  この本はタチヨミ版です。



春の日は
晴れと雨

あたたかく明るく
希望が飛び立つ

冷たく暗く
悲しみがしみとおる

ふたつのものが
まぜこぜになって
春はつくられる

雨の仕事



明るさを増した灰色の空から
冷たい雨が降る
「わたしはわたし」
楽しさなんて
どこ吹く風

冷たい雨は
運んでいく
人の涙を運んでいく
流した涙を
流さなかった涙を
拾い集めて
ひとつぶずつ
雪に変える

重いものを軽やかに
ぽつり
ふわり
ふわり
ぽつり
ぽつり
ふわり
一粒づつ
音もなく
地面に抱かれて
溶けてなくなる
きっとそこから
草が芽吹く
しなやかなみどりの
娘たち















捕まえていたい

つかまえていたい
ずっとこのときを
花が開き始めるそのときを
寒さがとけてゆくそのときを
灰色の空は
高いのか低いのか
その虚空に突然現れる
きまぐれなゆきのひとひら
ひとつふたつ
音も無く
また虚空に消えていく
いつも思い出す
誰かさん
それは友人?
いつかの自分?
誰だかわからない
あいまいな夢の記憶のように
ぼやけているのに
強烈な印象をもっている
いつも思い出す
誰かさん
それは知っている人?
見知らぬ人?
あったものは消えていく
出会った人は消えていく
そして消えずにいてくれるもの
それは目に見たことがないもの
消えないもの
いつかみたゆめ
いつかゆめみたゆめ
自分の記憶の中に生み出した
本当はなかったもの
本当はいなかった人

水溜り

帰り道
誰もいないアスファルトに
薄日が差して
水溜りが笑う
灰色の空を太陽が照らし
雨はおしまい
置いていった
水溜り
雨はどのくらい
降ったの
ほらこれくらい
水溜りだけが知ってる
降るだけ降って
今頃何処かの空を
吹き渡る風に運ばれ
旅をする
また来たい?
もう二度と来ないよ
すべての雨は
一度っきり
二度とない
たった一度の
雨の痕

ひみつの庭に行かせて

もし、
誰かと
日の当たる公園を
歩いていても
そこへ
行くことは出来る
誰もいない
あの場所へ
もし
見知らぬ人が
道を尋ねてきても
そこへ
行くことは出来る
誰かの目を
見つめながらでも
あの場所へ
行くことは出来る
誰もいない
あの場所
日の光溢れる
秘密の庭
生い茂る
雑草の甘い匂いを
吸い込むと
あの場所に
行くことが出来る
耳を澄ませば
幽かな声を
聞くことが出来る
花が開くよりも
蝶が落ちるよりも
幽かな
その声が
その声は
言う
時の川に流されて
心躍るものを見失うなと
捉えようとしていたものを
諦めるなと
それは時間の手の届かないところに
言葉と言葉の間にあると
この庭のように
だからその声を聞くために
ひみつの庭に
出かけて
行くの

木は

雪を溶かす雨にぬれて
さるすべりの木は
肌を輝かせて立つ
つやつやとした
幹と枝ばかりの木を前にして
いつか
教わった通りに
見ていることに気がつく
「今、木は蘇る準備をしているね、
もうすぐ緑の葉が出るね」
そう教えてくれた優しい
先生

自分で見ることを
覚えたわたしには
違うものが見える
木はなにも待ってなどいない。
何も用意などしていない。
いまこのときが木のすべて
いまこのときが木の喜び
いま以外に何もない

poem art works

この道

いま
銀の雨の中
歩いている
どこもかしこも ぼんやりとした
雨の中
アスファルトを流れる水の上を
歩いている
ありふれた
どこにでもある
どこともにたりよったりの
この道を歩いている
すきもきらいもなく
ただむかうところがあるから
歩いている
この道は
宇宙の中に浮かぶ
そうおもうから
まるで足は
羽のように
歌うように
歩いていく
この道の先にいる
いろいろな
自分に合いに
歩いている
この道の先にいる
いろいろな
君に会いに
歩いている
すきもきらいもなく
ただ向かうところがあるから
歩いている
この道は
前も後ろも無く
ただ心の向かうところへ
続いている
雨が降り続こうと
日が照らそうと
ただ向かうところがあるから
歩いている
この道
誰もいなくても
何も無くても
かまわない
もし悲しければ
悲しくていい
もし嬉しければ
嬉しくていい

あるのは
この道
ただむかうところがあるから
ただ心が向かいたがるから
歩いている

あるのは
歩いている
この道



  タチヨミ版はここまでとなります。


春 spring poems

2013年2月14日 発行 初版

著  者:Tomoko Watanabe
発  行:wonder poems出版

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Tomoko Watanabe

アーティストとして詩作,ポエトリーパフォーマンス、インスタレーションを行う。シンガーソングライターとして世界に楽曲配信。

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