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花男論メモ

細馬 宏通

蛙房社



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 松本大洋の「花男」について書こうとしたものの、何も思いつかない。

 こんなときはあれだ、前から一度やろうと思っていたあれ。

 夏目房之介の開発した「模写批評」をやってみよう。

 吹き出しを写すだけでもおもしろいなあ。

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雄弁な身体や、

雄弁な世界。

口のスタジアム

  

 松本大洋のマンガは、輪郭の迷彩とでもいうべき、多様なシロとクロの領域であふれている。

 花男のつるりとした頬骨には、いつもVの字に塗られた影が隈取られている。そもそも主人公の顔からして、すでに虚構の影に飾られているのだ。
 耳のちょっとした描線も見逃せない。松本大洋の描く耳には、じつに不思議な影が落ちている。耳たぶの内側の線のところどころに、まるで潮だまりのようなインクの黒い塊が描かれている。登場人物の横顔が描かれると、そのほんのわずかな黒い塊によって、耳に落ちる陽射しの強さが感じられて、世界のコントラストが強くなる。

 奥歯のくぼみまでわかるあざやかな歯並びは、まるで球場を埋め尽くす観客のように、ぐるりと周りを埋め尽くしている。

 歯の観客に囲まれたその中に、あたかもグラウンドのようにぽっかりと口腔が見え、スコアボードのようなのどちんこが黒い影となってぶらさがる。いや、いっそ、野球場は花男の口の中にあり、口の中から叫びとともに生まれるといってもよい。

 花男の背後に描かれる「オオオオオ」という描き文字は、単なる歓声というよりも、彼の口の中の闇から生まれたヒトガタではないだろうか。

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水陸の交わり

  

 あたかも夢を召還する手続きであるかのように、街には水辺の気配が繰り返し呼び出される。

 針にかかって水中から釣り上げられつつあるのは、陸上の道具であるはずの靴だ。

 そして釣れたのは靴だけではない。

 靴とともに、粘菌のような水が、海から陸へと高く釣り上げられる。その勢いで、釣り竿は空にはみ出す。花男の魚釣りは、魚を釣るというよりは、陸水空をひとつながりに釣ることであり、陸から水、陸から空への誘いといったほうがよい。この不思議な釣り人に惹かれたのか、後のコマでは、水辺にラクダが憩い、牛は馬のように駆けだしている。

 松本大洋は、しばしば魚眼レンズ風の歪みを多用して空間を変換させる。
 『花男』には魚屋の息子ブーヤンという、魚眼ならぬ魚顔のキャラクタがよく登場する。いったい今見ているのが裸眼ごしなのか魚眼ごしなのかわからなくなる。

 魚顔と化した世界では、地平線を形作る山並み、家並みは、丸い輪郭となり、光を満たすための空間が開く。
 魚顔とは、世界をブーヤン化する技法であり、世界を花男の口の形に近づけていく技法、江ノ島海岸を満々と水を湛えたスタジアムへと変換する技法である。

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夢の方法

  

 眼を閉じてしか見ることのできない夢を、眼を開いて見るには、どうすればいいだろう。

 まずは、夢を見なくてはならない。そして夢を見るには、思いがけないところから夢がやってこなくてはならない。なぜなら、見ようとして見えるもの、思い通りのところからやってくるものは、夢ではないからだ。

 だから、気の進まない野球観戦に無理矢理連れて行かれるところから『花男』第十一話の『追想』が始まると、いいぞいいぞ、と思うのだ。

 花男と茂雄が住む街には、電車が平気で道の真ん中に割り込んでくる。魚眼レンズで覗いたかのようにふくれあがった街に、電車は、足もとに黒々とした夜を抱えて到着する。まるで江ノ電みたいだ。

 そして電車は、まるで現実と夢を入れ替えるように、上下さかさまになって天井からぶらさがる。天井の黒い夜に吊されて、真昼をたどるように電車が走ってくる。まるで湘南モノレールみたいだ。

 二人が乗っているのは、その、天井から下がったモノレールだ。よく見ると地上駅の入口には「現実」という駅名が入っている。陸地に立てられているはずのバックミラーに島影なのか舟影なのか、海の気配が映り込んでいる。人を驚かすように笑う老人の名前が看板に記されている。追想はもうそこまで来ている。

  

追想の打法

 いや、追想にはまだ早い。

 だって試合はまだ始まってもいない。グラウンドのピッチャーの前には防球用のL字型ネットが置かれて、バッターのうしろにはコーチや選手たちが集まっている。まだここは、練習中なのだ。

 しかし、それを見ている茂雄の目が、にわかに見開かれる。

 見開いた目は解像度を上げて、遠いグラウンドをまなざしている。松本大洋のマンガでは、遠い景色がやけに記憶に残る。白(#シロ)と(#クロ)のわずかなタッチで、小さな人々の衣服や姿勢の違いまでが浮き上がってくる。ピッチャーは、ちょうどL字ネット越しに球を投げたところで、丸いマウンドの中で片足を蹴り上げたばかりのその姿は、まるで眼の中の瞳のように見える。その、瞳から放たれた球は、あたかも視線が凝って一つの物質になってしまったかのように宙に浮いている。

 茂雄の見開かれた目を、テレビカメラは隣のコマから捉えようとしている。時は満ちつつある。

 茂雄の瞳が、さらに見開かれる。眼の形はいよいよ球に近づく。このチャンスを、隣のコマからバッターが狙っている。右足に重心がかかる。背中のバットがかしぐ。眼球は、いままさに、カメラとバッターによって打ち込まれようとしている。

いまだ。

  

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花男論メモ

2013年2月13日 発行 converted from former BCCKS

著  者:細馬 宏通
発  行:蛙房社

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