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あーよかった、よかった。本当によかった。よよよ。うん? 何が? 何がって、こうして無事家に帰ってこれたからですよ。あーほんとよかった。ね。実は今日押しちゃってさ、押しちゃったんだわさ、ボタンを。ほら今働いてる工場で、赤いボタンをね。工場? って、あれっ言わなかったっけかね? ワタシって先週から工場であるバイトしてるんだよ。違うよ、アルマジロじゃないよ。アルバイト。うんそうそう、アルテイドじゃなくて。でも未だに、そこの工場で何つくってんのかさっぱりわからないんだけど。ね。
はじめに、「初めまして、きょうからバイトを始めました、恥肇(ハジハジメ)です」なんて生まれてはじめて自分のことを紹介してね、うん、もちろん「ハジハジメ」は偽名だよ。個人の情報は保護法だからね、簡単に本当の名前は言っちゃあいけないんだよ。知ってる? ワタシの本名を? ああ知ってるならいいけどね。
自己紹介のあとすぐに連れて行かれたのはね、工場の横にある建物でね、それは黒い煙が、何も言わずモクモク(黙々)と出ている大きな焼却炉だったんだ。焼却炉って知ってる? この世にあってはならない不穏なものを燃やしてしまう所なんだよ。そのときは、何も燃やしてはいなかったんだけどね、案内してくれたオクラ入りさんが「ちょっとあそこにおいてあるモジャモジャを持ってきなさい」なんて言うんでね、あそこを見てみると、木でできたリヤカーがあってね。そう全部木でできてるの。それでね、その木リヤカーの上に乗っていたモジャモジャをほんのひとつまみ手に取って、オクラ入りさんのところへ持っていったんだわさ。
オクラ入りさんのこと話したっけ? オクラ入りさんって人がその工場にいて、あっ本名じゃないよ。でもね、本当に「オクラ入り」って感じなんだよ、見た目がね。青緑色した顔の表面には、うっすらと産毛が生えていてね、触ると少しネバッとしてて。まあ触ってはいないんだけどね。そんな感じのおじさんなんだよ。そう、おじさん。
でね、モジャモジャをオクラ入りさんのところへ持っていくと、「俺の頭に載せな」って言うので、手に持ったモジャモジャをオクラ入りさんの頭の上に載せたんだよ。オクラ入りさんは髪の毛がほとんどなかったからペチャって音がしたんだわさ。
でね、そのペチャって音に合わせて、オクラ入りさんは「よし」と言ってね、焼却炉に近づき、小さな扉のついた小さな箱の真ん中にある小さな取っ手を握ると「やし」と言って、その取っ手を右に回したんだ。「ゆし」小さな箱の中から誰かの声が聞こえたとたんに、その箱の右にある大きな扉の真ん中にある中ぐらいのシャッタが開いてね、その中から大きくも小さくもない、しかも中ぐらいでもない手が出てきてね。その手のひらを上に向けて両手をあわせたところへね、オクラ入りさんが、「もし」と言って頭を下げてモジャモジャを落としたんだよ。
「どし」
中にいる人の声がして、どうやらそれで終わり。「じゃあ、よろしくな」と言ってオクラ入りさんは工場の方へ行っちゃったんだ。
誰が持ってきたのか、オクラ入りさんの説明を聞いている間に焼却炉の横には、数えきれないリヤカーが並んでいてね。とにかく早くしないと、日が暮れちゃうって言うんで、作業を開始したんだわさ。
「よし」「やし」「ゆし」「もし」「どし」
「よし」「やし」「ゆし」「もし」「どし」
「よし」「やし」「ゆし」「もし」「どし」
「よし」「やゅし」
ときどきね、中にいる人と声が重なってね、ちょっと気まずい空気が流れたりしたんだけどね、まあ、初めてだからしかたないよね。
「よし」「やし」「ゆし」「もし」「どし」
「よし」「やし」「ゆし」「もし」「どし」
「よし」「やし」「ゆし」「もし」「どし」
焼却炉の中からは、ときどき「あち」とか「あちちちち」とか「ぎゃあ」とか聞こえてたよ。たぶんモジャモジャを燃やしてるんだろうけど、中には入れてもらえなかったから正確なことはわからないんだ。
それでも、初めてにしては作業は早かったんだよ。たぶん。それにね、ワタシの頭っててっぺんが平らになってるんでね、ちょうどモジャモジャを載せ易くてね。まあ、針金のような髪の毛みたいなものが生えてるけどね、モジャモジャと絡まることもなく、行儀よくしてたんだよ。よよ。
なんとか日が明ける前に終了。最後のひとモジャは、記念に頭に載せたまま、オクラ入りさんに挨拶をして帰ってきたんだわさ。え? ボタンの話。ああ、押しちゃったボタンの話ね。もうちょっと待ってよ、すぐ話すからさ。
二日めに行った部屋は、通路の突き当たりにある部屋で、中に入ると細長く天井の低い部屋だったんだよ。そこには、長い長机と、少しだけ長い長椅子があってね、そこに顔の長い人が三人座っていたんだ。三人とも同じような顔だったよ。挨拶したけど、その三人はみんな無口でね、何も教えてくれないんだわさ。それでね、仕方なく見よう見まねで検査をしたんだよ。椅子に座ったり座らなかったりしてると横にある丸い筒状の箱からコローンってな具合にセンサーが落ちてくるんだわさ。それを机の上に置いてる機械で検査するの。そのセンサーからはね、2本の線が出てて、その1本を機械のボッチに引っ掛けて、もう1本を機械から飛び出てる〈飛び出てるのか棒〉にひっつけると、電気が流れれば機械がピカッてオーケーサインを出したり出さなかったりなんかするんだ。よ。そのとき自分にもビリッって電気が流れて、これがもう快感でたまりませーん。アッハーン。うん? ボタンね、そうボタンの話ね。
そのピリッってのが快感でどんどんスピードアップアップしてたら、博士君先輩が来て、「ハジメ君は仕事が早いねぇ、ピーガガガ」ってね・・・・・・。博士君先輩のこと話したっけ? 博士君先輩って人がその工場にいて、あっ本名じゃないよ。でもね、本当に「博士君」って感じなんだよ、見た目がね。いつも大きなチェックのコートにメガネをかけて髪は六・三分け(残り一)なんだわさ。動き方がなんかぎこちなくって、ガクッとしてるんだよ、雰囲気的にね。
そう、博士君先輩ったら、スクーターで出勤してくるんだけど、エンジンがいつもかかってないのさ。足でこいできててね、「やあ、ハジメ君おはよう、ピーガガガガガッ」って後ろからやってくるんで、「おはようございますます。どうしてエンジンかかってないんですか?」って聞いてみると「これハイブリッとするスクーターなんだ。環境にやさしーのだよ、ピロンピロン」「そうですか、それはすごいすごい」ってなことがありまして。
そうそうそういえばさあ、この前仕事の帰りに、博士君先輩が「牛丼でも食べに行こうか、ピロンピロンガガーッ」っていうんで一緒に行ったんだわさ、牛丼屋に。ハイブリッとするスクーターに乗せてもらってね。もちろん二人乗りは危ないからって、博士君先輩は普通に歩いて、ワタシが足でこいだんだよ。
そしたらさ、博士君先輩ったらお店に半分ぐらい入った所で、「牛丼並をご飯とハーフ&ハーフで、ピロリロリー、ガタン」って頼んでね。何ですそれは? って聞こうかなどうしようかなって間もなく、「会計お先にいいですか、ピーヒョロ、ピーヒョロ、ピロピーッ」って言って自分の分だけ先にお金払っちゃってさ、席に半分だけ座って、出てきた牛丼を半分だけ食べて「じゃあねハジメ君、ピーッ、ガッ、ホッホーホッホー」って先に帰っちゃうんだよ。まだ注文してないんですよ、って言う間もなかったんだよ。
まあね、ワタシって牛丼は食べないからさ、いいんだけどね。外に出ると乗ってきたスクーターが半分だけ置いてあったんだ。仕方ないからハンドルのないスクーターを足でこいで帰ったんわさ。えっボタンの話? ボタンって? ああ、ワタシの押しちゃったボタンね。そうだよその話をしなきゃ。ね。
博士君先輩は、「ハジメ君は仕事が早いねぇ、ピーガガガ」って検査していたワタシに言ったあと、一旦部屋を出ていって、しばらくすると戻ってきて「ハジメ君、明日は違う仕事してもらうね、ピョロピョロ、ガホ」って言ってすぐ出ていっちゃったんだよ。それでね、三日めは違う部屋へ行くことになったんだ。わさ。会話はできなかったけど、三人には「お世話になりました」ってハイタッチと見せかけて頭を叩いたふりで、髪の毛をプチプチってちぎってお別れしてきたんだよ。いや。話してくれなかった仕返しじゃないよ、単なる調査だよ、世論調査とか、捕鯨調査とかさ、そんな感じ。で。ね。
三日めの部屋は、壁がゆったりとカーブしていて、そのカーブにそって、台が備え付けてあってね。その台は、ベルトンコンベアっていうの? まあ、そういうベアが乗っていてね、そのベアがベェアーって動いてるんだ。そう、ベェアーってね。そのベアは幅が一、二メートルはあるんだけど、うまいこと上手にカーブにそって動いていてね。入り口も出口もヒラヒラとした、黒いビニールのような帯が下がっていて向こう側は見えないんだけど、何かが流れて来る予感はしたんだよ。よよよ。
博士君先輩が、「今日は、ここで働いてもらうよ。ピガ」って言ったあと、そのベアの前へ移動して、すこし腰を屈めたんだよ。そしてね、「向こうから流れて来るものを受け取ってね、後ろにあるこの容器に一瞬だけ浸してね、また渡すんだよ。ポロポロピーン」って言って、何かが流れて来ると想定して動きをしてくれたんだわさ。何かを受け取り、体を後ろに回して何かに浸し、そして体をもとの向きにもどして、何かを戻す。そんな動き。
「じゃあ、よろしく。キュルリロキュルリロ」って言った博士君先輩が、その部屋から出ていくとすぐにね、どこからか、ブーッとブザーが鳴ってね、あわてて腰を屈めて準備したんだわさ。
するとね、黒いビニールの向こう側で、ゴツンと大きな音がした後、「うっ」と鈍いうめき声のような音が聞こえて、すこししたら大きな細長い固まりがゴロンゴロンと転がってきたんだよ。その固まりは、黒くてなんだかモコモコしててね。でもね、近づいて来るとその固まりは、なんと人間だったんだよ。人、人。北京原人。直立不動の姿勢でね、優勝トロフィーかなんかを両手でもってそのまま持ち上げるでしょ。そんな感じのまま横に寝転がった感じ。
それで、その人は何か金属の固まり、「ナカトミノカタマリ」っていう名前だったんだけど、その固まりをワタシの方へ突き出して「早く!」って言ったんだわさ。
「あ、オクラ入りさん」見ると、初日に焼却炉でお蔵入りになったはずのオクラ入りさんだったんだよ、その人。黒いビニールのようなモコモコ服を着ててね。
「おお、お前か。今日はここか。出世が早いのう」オクラ入りさんは、回転するスピードを落として上目使いで言ったんだわさ。
「はい、早いですよ。ワタシは成長が。要領よしです。で、オクラ入りさんは、いつもここですか?」
「そうさ、まあここだけではないけどな。俺はなもう二十年ここで転がっているんだぞ。年期が入ったこの回転ぶりをとくとご覧あれ。はいいい」そう言って、オクラ入りさんはワタシの前を回転しながら行き過ぎちゃってね。
「ああ、まだ浸してませんよう」って言うと、「ああ、すまんすまん」って、すぐに逆回転して戻ってくれて、目の前で停まってくれたんだわさ。
「あれ、このベアって動いてませんね」気づくとベアがね、ずっと動いていなかったんだよ。
「うちはね、環境に優しい工場だからね、必要なとき以外は動かさないんだよ」オクラ入りさんは、手に持ったナカトミノカタマリをワタシに渡して自慢げに言ったんだ。横になったままだけど。ね。
「それは、またエコい工場ですね。でも、今が必要なときじゃないんですか?」ってね聞いてみると、「ああ、そうか。そうだよな。でも、これでいいんだよ。早くそれを浸してくれ」なんてやりとりがありまして。
オクラ入りさんは、回転して出口へ吸い込まれてしばらくすると、また入り口から転がってくるんだよ。転がってくるのはオクラ入りさんだけなんだわさ。一人だけ。ワタシは、すぐに仕事に慣れてね、でも、オクラ入りさんは、途中で「あかん、もうあかん」って言ってね、ベアの途中で動かなくなっちゃってね。そこでその日の作業は終了。少し早く帰れたんだんだわさ。そんな感じでね。えっ? ボタン? ああ、その話だったね、そうそう。ちょっと待ってね。順番に話すからさ。ね。
四日めも最初は、ベアの前でナカトミノカタマリを浸す作業だったんだけどね。昼ご飯を食べた後、博士君先輩が近寄ってきてね。「ハジメ君は、午後からは別の作業してもらうからね。モワンモワン、ピーン」って言ったんで、別の部屋に行くことになったんだわさ。
そういえば、その工場の昼ご飯って変わっててね。工場の横にある小さなテントで食べるんだけど、そのテントはね、真ん中の二カ所に大きな柱が立っていて、それで布かビニールかどちらかを吊っていてね、サーカスのテントを小さくしてみました、って感じなんだわさ。それに、中には観客席みたいに、回りにパイプ椅子が並んでいてね。でもさ。もささ。昼ご飯を食べる人はね、そこで座ってご飯を食べる前にすることがあるんだよ。
大きな柱には片方にロープを編んで作ったはしごがかけられていて、そこを登ると、天井に手が届くくらいの位置に三人ぐらいが立てる舞台があるんだわさ。そしてその舞台からは一本のロープがもう一本の大きな柱につながっていてね、そこを渡るんだよ。だから、みんながね。順番にね。
ロープを半分ぐらい渡ると、その場所に、上から釣り糸のようなものでパンが吊るされていてね。渡ってきた人はそれを口にくわえて、反対側まで渡りきるんだよ。パンはもちろんクリームパン。えっ、何で「もちろん」かって? 知らないよそんなこと。ちなみにパンを吊っているのはオクラ入りさんなんだわさ。パンを吊るのもオクラ入りさんの仕事らしいよ。
反対側の柱には上から何かの液体がつたって流れ落ちていてね。液体はもちろんコーンスープ。えっ、何で「もちろん」かって? だから知らないよそんなこと。で、みんなは、マイカップ持参でそのコーンスープをすくって、そして柱を降りて、観客席に行ってご飯を食べるんだよ。ちょっと変わってるでしょ。年に数回だけね、クリープパンが生クリームパンになったり、コーンスープがスコーンスープになったりするんだけどね、ワタシのいる間はずっと一緒だったわさ。でもね、ワタシはおなかが空いていないんで、結局食べたことはないんだけどね。それにロープを渡る自信もないからね。新人アルバイトの三人に一人は落ちてるっていうことだしね。昨日ワタシも落ちてく人を見たしね。ネネネ。
午後から作業をした部屋はね、たぶん工場の中で一番広い部屋だとおもうんだけど、ほぼ正方形の形をしててね。東京ドーム何十分の一個分ぐらいの広さはあると思うよ。
そこではね、一方の壁際に四人の人が立っていてね、反対側には五人の人が立っていたんだ。分かる? ほら、関東一の暴走族と関西一の暴走族がついに決着をつけるため浜名湖サービスエリアに集結して相対峙している感じだよ。
一方の壁側にいる人はね、すぐ横に積んである木のケースの中から、黒い円盤を取り出すんだ。その円盤は直径三十二センチメートルぐらいの円盤なんだわさ。約ね、約。それでね、その円盤を左手でまず持ってね、胸の辺りに持ち上げて、そしてそこで右手に持ち替えてそのまま下へ弧を描くように落とし、後ろへ腕をそらせた後、勢いをつけて前の方へもってきたか、そうきたかと思うと、そのまま頭上を超えて、また後ろへ回り、どうなるんだと思うと、また前の方へきて、そうなるんだと思った瞬間に手から円盤が放たれるんだ。よ。分かるかな? ソフトボールの投手みたい?え、ソフトボールって何? 野球みたいなスポーツ? 知らないよ、そんなスポーツ。ボールが野球のより大きくて少し柔らかいの? ああ、だからソフトなんだね。でも、何で大きいのさ? それじゃあ、ビッグアンドソフトボールでしょ、どうなってるんのさ。ビッグはどこへ行ったんのさ。まあ良いや。ヤヤヤ。
でね、投げられた円盤は、そのままその広い部屋の床を綺麗に回転しながら転がっていってね、反対側の人がそれを受け取るんだわさ。キュルルル、キュルルルール、パシッ。そんな音が聞こえるんだよ。キュルルル、キュルルルール、パシッ。
反対側の人は、受け取るとすぐに同じように投げ返すんだよ。そう、元の人にね。最初に投げた人は、投げ返された円盤を受け取ると元の木のケースの元の位置に戻すんだ。それでワンセット。
ワタシもね、四人の方の壁に博士君先輩に連れて行かれてね、すぐ作業を開始したんだよ。一投しただけで、ワタシはすぐに慣れてね、テキパキ、テキパキ、腕の関節を鳴らしながら、作業したんだわさ。まあ円盤投げるだけだからね。そうそう、その円盤はね、ナカトミノカタマリなんだよ、実は。どうやらいつのまにか形が円盤に変わっているんだ。ナレノハテラって、そこにいる人は呼んでいたよ。
そのナレノハテラはね、円盤なんだけどね、少しだけ楕円になっているんだわさ。真ん丸じゃないのよ。だからね、なかなか反対側にいる相手にね、うまく届かないんだって。ワタシは大丈夫だったけどね。その日の他の人はみんなベテランらしくて、一度も失投することもなかったよ。失投って分かる? 自分が何を投げようとしていたか忘れちゃうことだよ。元カレにもらったカバンだったかな? 小学校のときの通信簿だったかな? それとも心の奥にしまってあった優しさの欠片かな? って、そんな忘れ物のことだよ。ネネネ。
そのベタレンナインは、なんだか顔が似ててね。ああ、ベテラン九人だから、ベタレンナインだよ。まあワタシしか呼んでないけどね。しかも今考えたんだわさ。
ベタレンナインは、全員顔がそっくりなんだよ。そういえば、二日目に一緒に作業した三人とも似てたんだけど。ベタレンナインは、ワタシがすぐにそこの作業をできるようになっちゃったからか、みんなの視線が厳しくなってきてて、気づくといつの間にか目の前二センチくらいのところに、ベタレンナインの一人の顔があったりしたんだわさ。相手が怒っているときは、お菓子をあげろって教わったことを思い出してね、ポッケの中からキリクズモチを出してあげたら、ニッコリして作業に戻ってくれたんだけど。ドドド。
帰るときには、ベタレンナインには「明日もよろしくお願いします」ってハイタッチと見せかけて頭を叩いたふりで、髪の毛をプチプチってちぎってお別れしてきたんだよ。いや、顔を近づけてきた仕返しじゃないよ、単なる調査だよ、調査。浮気調査とか、いかりや調査とかさ、そんな感じ。で。
五日めもベタレンナインと一緒にナレノハテラ投げだったんだわさ。前の日に髪の毛をちぎったせいか、ベタレンナインは誰もワタシと目を合わせてくれなかったけどね。それでね、午前中にナレノハテラを三十一往復させたところでね、朝からずっとワタシの仕事ぶりを見てた博士君先輩がね、「ハジメ君ほんと早いねー、ピーガガガ。社長に報告してくるよ、ボッボッボボボ」って言ったと思うとすぐに、チャーリーおじさん社長を連れてきたのさ。
チャーリーおじさん社長のこと話したっけ? してない? チャーリーおじさん社長って人がいてね。あっ本名じゃないよ。社長は本当だけどね。でもね、いかにも〈チャーリーおじさん〉って感じなんだよ、見た目がね。もみ上げがこう長くってね、鼻の下のひげがモワッとしてて……、うん? チャーリーの話しなんかいい? そうなの……。でもひとつだけ。ね。チャーリーおじさん社長っていつも言葉の最後に「タケノコ、タケノコ」って言うんだよ。
「君がハジメ君かね、ご苦労ご苦労、タケノコ、タケノコ」
「竹が伸びるくらい作業が早いんだってな、君は。タケノコ、タケノコ」
「竹田君の子供は元気かね? タケノコ、タケノコ」
「先週北海道行ってきたんだよ、おみやげの数の子だ、タケノコ、タケノコ」なんてね。
おもしろいでしょ、えっ? おもしろくない? だってタケノコだよ。今さら。今さら? サラサラ。えっ、やっぱりおもしろくないんだ。変わってるね、君は。笑いのポイントがずれてると、ろくなことにならないよ。友達やめちゃうよ。なんてね。ああ、ボタンの話ね、そうそう赤いボタンの話しないと。ねねね。
「明日は別の作業してもらうよ。タケノコ、タケノコ」ってことで、六日めはね、また違う部屋に行ったんだよ。
六日めの部屋はね、ちゃんと機械が並んでる部屋だったんだわさ。それはもうちゃんとしてるっぽい機械でね、もちろん初めて見る形をしてたんだ。よ、その機械は。ね。しかも大きな四角い機械が三つ連なっているんだよ。その三つの機械は、ベアでつながっているんだけど、全体をうすっらと白い透明な、でもぽっこりと青いイナズマな、それでいてがっぽりと赤いヒデカズな、っていう、良い加減な色合いをしたプラスチックのカバーに覆われてるのさ。機械はずっとピカピカとランプが点滅していてね。ガシーン、ゴシーンって大きな音を立てながら、ワタシの心の奥底にある優しさの欠片を揺さぶるぐらいの振動がずっと続いていたんだよ。すごいなあ、がんばってるなあ、って感心したんだわさ。
そういえば、この部屋にはね、一人だけ作業いている人がいてね。でも、困ったことに何度聞いても名前がね、覚えられなかったんだよ。最初に挨拶したとき、自己紹介してくれたときはね、ちゃんと覚えてたはずなのに、すぐに忘れちゃってね。もう一度教えてもらった瞬間はちゃんと覚えていたはずなのに、またすぐ忘れちゃって。へへ。
たしか、オテなんとかっていう名前なんだけどね。オテテツナイデだったような、オテヲハイシャクだったような、それともオテアライハドチラデスカだったか、オテラヘノミチハコチラデヨロシカッタデショウカだったかってね。どれもありそうな名前でしょ。だから覚えられないんだと思うよ。しょうがないからホーラオテッって名前にするよ。
ホーラオテッさんは、実はオクラ入りさんの弟だったんだよ。オクラ入りさんの。
でね、そのことを、その日の昼休みに食堂でクリームパンを吊り終えたオクラ入りさんから聞いたんだ。
「あいつは、ちょっと引っ込み思案だからなあ。お前からいろいろ話しかけてやってくれよな」
「ハイ、わかりましたっちゃ」
「プライベートな質問はほどほどでな」
「ましたっちゃ」
「時間ができたら、見に行ってやるよ」
「たっちゃ」なんてやりとりがありまして。
午後になって、オクラ入りさんのアドバイスを生かすときだ、と勢い良く話しかけようとしたらね、その間もあたえてくれず、ホーラオテッさんからいろいろ話してきてくれたんだわさ。きっとホーラオテッさんは引っ込み思案じゃなくて、オクラ入り兄さんの前だとおとなしくしてるんじゃないかなあ。あるでしょ。オオカミの皮を被ったシツジ、って言うんだっけ。化けの皮を被るネコ、って言うんだっけ。そんな感じでさ。
ホーラオテッさんはね、工場で働いてちょうど十年なんだって。十年前に、なんとなく偽装結婚してから、オクラ入りさんの紹介で工場で働くようになったんだって。入社試験はね、オクラ入りさんが代わりに受けてくれてね、二年目で今の作業になったんだって。そう、その部屋の作業っていうのはね、別の部屋からベアに乗ってやってくる人からナカトミノカタマリを受け取って機械の中へ流すことなんだよ。オクラ入りさんここでも登場。
実はオクラ入りさんがね、朝からすでに回転しながらナカトミノカタマリをホーラオテッさんに渡していたんだって。この前の部屋のとなりにホーラオテッさんがいたんだって。気がづかなかったな。盲点をづかれたなあ。濁点をづけられたなあ。てねねね。受けとったナカトミノカタマリは、機械につながってるベアの上に置くと、後は自動的に機械に吸い込まれていくんだわさ。
「さっきはナイスアドバイスをどうも」回転している途中のオクラ入りさんに声をかけたんだけどね、オクラ入りさんは「ホーッ、ヘーッツ、ホハヘハア・・・。あかん、喋れへん・・・」ってな感じでね。お疲れの様子だったんで、代わりにホーラ、ポチ、オテさんに聞いたんだよ。
「あの方お兄さんですよね」
そしたらね、「いや、知らないよ、知らないおっさん」って、ホーラオテッさんは知らないふりしたんだよ。知らないふり。フリフリ。なんでだろう、分かる? 恥ずかしかった? ああ、そうかもね。まあ恥ずかしいと言うならそれでいいけど。なんとなく、兄弟じゃない気がしたけどね。偽装兄弟。ね。
その日の作業なんだけど、結局ずっと見ているだけだったんだ。だってね、オクラ入りさんは、もう最初からバテ気味でね。やっぱりたぶん弟のハーイオスワリさん一人で十分だったんだわさ。だってなかなかオクラ入りさんは回転してきてくれないから。
ワタシは早さ自慢もできずにね、機械のそばによって、記念写真を何枚も撮って今日の作業終了。ちょっと申し訳ないわよね、そうよね。ヨネニョネ。
それでね、作業が終わった所にちょうどチャーリーおじさん社長が来てね。チャーリーおじさん社長の話ってしたっけ? ああ、してた? そう。もみ上げがこう長くってね、鼻の下のひげがモワッとしてて。知ってる? ああ、そう。タケノコも? ああ、そうなの。ちっ、いつの間に。じゃあ、チャーリーおじさん社長の息子の話は、知らないでしょ。チャーリーの息子はね、小学校のときはトランポリンの選手だったんだけどね、トランポリンの上で、トランとか、ポリンとかやってるうちにね、両腕がトリントリンとなってね、そのうち両足がポランポランってなってしまったんだ。それで仕方なく中学校からは、スリンスリンとコワンコワンしたんだって。で、今に至る。タルーンタルーン。ね。
どう、知らないでしょ。そりゃそうだよ、今ワタシが作った話だからね。チャーリーの家族構成なんかしらないもんね。え、なんでそんな作り話するのかって? そりゃあんたはんが、何でも知ってる、知っている、知ったかぶりするからですよ。そうじゃなきゃ、チャーリーの息子がタイムマシンを作ったなんて言うわけないでげしょ。げしょ。タイムマシンなんて言ってない? ああそうさ、何も言ってないだわさ。ワタシは何も言ってないだわさ。まあ、いいや、こんなところで。ね。ぬ。の。
話を戻すよ。チャーリーおじさん社長はね。ワタシの仕事を見てもいないのに、「ハジメ君は仕事が早いから明日から別の仕事をやってもらうよ、タケノコ、タケノコ」ってな感じで何かを言ったかのようにね、ワタシの手を引っ張ってね、そのまま別の部屋にワタシを連れていったんだわさ。それが昨日のこと。えっ、電池が切れそう? ああ、ケータイの。そうなの。でも。もうすぐだよ、ボタンの話は。電池切らせずにうまいことやりくりして聞いてよね。ねねね。そこの部屋へ行ったところで、五日めの作業は終了。
そして、いよいよ、七日め、つまり昨日。チャーリーおじさん社長に連れて行かれた部屋はこんぐらいの狭い部屋でね、こんぐらいって? えーとね、掃除道具入れるロッカーぐらい。っていうかロッカーそのもの。狭いでしょ。その中に入ると、正面に薄っぺらな液晶のパネルがあってね、そこの画面に出てる数字を押すんだって。なんか嫌。まあ別によかったんだけどね。
「さあ、ハジメ君、そのパネルを押してみたまえ、よ・ろ・し・く、タケノコ、タケノコ」
「は? どれを押したらいいんですか?」
「だから、よ(4)・ろ(6)・し(4)・く(9)、だよ、タケノコ、タケノコ」
「はい、よ・ろ・し・く」って押してみるとさ、上から緑色した大きなボタンが降りてくるんだよ、すごいでしょ。この狭さで大きなボタンが降りてくるんだから、そりゃあ危ないっす、ウワギャー。って今降りてきてるわけではないけどね。なんか嫌。その緑のボタンの横には「押せ、このやろう!」って書いてあって、「はい、押させていただきます。ポチッ」って押すと一仕事終わり。これを繰り返すんです、よ・ろ・し・く。
実はね、昨日はそのまま徹夜で作業したんだよ。今日まで徹夜。徹夜って分かる? 昨日の夜からずっと起きているとね、いつの間にやら次の日の朝になっていてね、あれ、いつの間に今日になった? って振り返ることを徹夜って言うんだよ。
どうやらチャーリーおじさん社長に気に入られたみたいでね、ワタシ。「いいねえ、やるねえ、ハジメ君。その調子で朝までやってくれたまえ、タケノコ、タケノコ」ってね。こっちとしても願ったり願わなかったりだったんでね、そのまま「やります。朝まで。 よ・ろ・し・く」ってね。
いつもね、夜中の二時くらいに休憩があるんだよ。あるんだよって、昨日初めて知ったんだけどね。まてよ、二時はもう今日だから、知ったのは今日か。そうだよね。では、二時はもう朝なのかな。それとも今日の夜なのかな。ムムム。
それでね、その休憩の時には自動販売機で何かしらをゴクンと飲むらしいんだけど、コーヒーがなくてね、さあ困った、困った。ワタシはコーヒーしか飲めないからね、体的にね。自動販売機には、コーヒーはなくてね。見ると単なるジュースとか、それとなくジュースとか、これは確かジュース、とか、とにかくワタシの飲めないジュースしかなくてね。しかたなく残った、残ったものを見ると、はっけよい、グワッパっていう変な名前の飲み物しかなくってね。でもジュースとは書いてなかったから、しょうがなくそれ飲んだわさ。
でも仕事に戻ってほれ困った、困った。パネルで押す数字を忘れてしまってね、「おふくろ(0、2、9、6)」じゃない、「おとうさん(0、10、3)」じゃない、「よい風呂(4、1、2、6)」じゃない、「よくない風呂(4、9、7、1、2、6)」じゃないなんてことになりまして。きっとグワッパのせいだよ、ゲロッパ! うーん困った、困った、はっけよい。うーん残った、残った、はっけよい。そっそうだ「横綱(4、5、2、7)」だ! って思い出したんで、パネル押したんっす。そすたらだす、大きなボタンが降りてきたんだす! ウワギャー。って、でもいづもの緑色でなぐて、赤いやつだっただす。ありゃりゃ。なんかなまってるね。
それでね、その赤いボタンの横には「絶対押すなよ、このやろう!」って書いてありまして、「はい、押さないです」と言ったものの、どういうことでしょね、ボタンなのに押すなって。ウーン困りました。ね。押すなと言われれば押したくなるってのが、人情ですわね、これが。でもいかんいかん、押しちゃあいかんよね、やっぱり。ってな感じでしばらく悩んでたんだけど、ウーン……グーッって寝ちゃってね。ハッて目がさめたら周りが真っ赤にピカピカしてて、ブーブーって大きな音もしてるんだよ。なんかやばいっすよ、これは。って前を見ると自分の手がね、しっかり赤いボタンを押してしまっていただす。ブーブー。
「押してしもた! しもった、しもった!」慌てる、慌てる、どうしたらよいですか? どうしたらよいですか?
「とりあえず、ここから出るだす!」ってロッカーを開けたとたん、博士君先輩にぶつかったんだわさ、ドカーン。
「くっ、ハジメくーん、ピロピロヒョロヒョロ、ピロピロヒョロヒョロ!」博士君先輩そのまま後ろに倒れたんだけどね、首がポローンって取れちゃったんだよ、クビチョンパ! 首は取れたけどなんか大丈夫そうな感じ。ってロボットじゃん! 博士先輩たら。知りませんでした、ロボットでしたのね、というかそれどころじゃありませんので、お先に失礼します、って工場の入り口の方へ走っただわさ。後ろの方からはね、オクラ入りさんの「おはえっー。はたんかあ。はあはあ」ってかすれた叫び声が聞こえたんだけどね。まあ、なんとなく逃げないといけないのかなあ、ってぼんやりしながら思って、足を止めることはしなかったんだよう。よううう。
それでね。そのまま工場出て帰ってきちゃったんだわさ。これがついちょっと前の出来事だよ。まあ、そんなわけ。ワタシの話もおしまいおしまい。ヨレヨレ。
えっ? テレビ? 見てないけど何かやってるの? うん、つけるよ。でも最近室内アンテナの調子がね……。よいしょ、ポチッ。キュルキュル。「ピー……ガー……にある精密機械製造工場からミサイルが発射された模様です。ミサイルは、まっすぐ東京へ向かっており現在航空自衛隊が追跡しています。ピー……によるとアルバイトが勝手に発射ボタンを押したとのことです。各地で起きているテロとの関連も……ピー……ガー……」「ただいまミサイルの映像が入ってきました。ガー……になれますでしょうか……ミサイルにはタケノコ・タケノコの文字が見えま……ピー……ガー……」
ピーピー。ピーピー。
あっ、ごめん、電話がかかってきちゃった。うん、家の電話。そうそう。ごめん、じゃあ、後でまたかけるね。やっぱり、ちょっとそのまま待ってて。すぐ済むはずだから。ね。
ピーピー、ガチャ。
「もすもす」
「わたしだ」
「あっ、ボス。さきほど任務終了しただわさ」
「うむ。ミサイルはこちらも確認している」
「敵のロボット破壊もうまくいっただす」
「クローンの方は確認したか」
「はい、クローン十二人の髪の毛を入手してあるです」
「冷凍して送るように」
「はい、あと製造機の写真も撮影してありだす」
「よろしい。コンビニで現像しておくように」
「すばやくやりんす」
「誰にも話してないだろうな」
「もちろんです。よよよ」
「では、また連絡する。ご苦労だった、ハジメロボ」
「ヨレヨレ」
「マイタケ、マイタケ」
ごめん、待った?
あれ?
もしもし、切れちゃってるね。
電池切れちゃったかな。
ヨレヨレ。
おしまい
2013年8月18日 発行 初版
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元雑貨屋カラードピープルの店長です。 今は、会社で企画や映像の仕事、趣味で小説や童話を書いたり、フリーペーパーを作ったりしています。 だれか私の小説に絵を描いてほしい。