最低なゲームだったぜ、と君は一言で片付けた。一昨日の夜のことだ。俺は知っている。ティファニーガローズは9‐0で惨敗。エースのローランドは四本のホームランを浴びて二回でノックアウト。ガローズの選手が振り回したバットにボールが当たったのはたったの一度きり。歴史的な試合だった。最低なゲームだった。俺もそう思うよ。
君があの夜、どんな気分で観客席にいたんだろうかって考えるよ。いや、正確には君があの夜、どんな気分で観客席に来たんだろうかって。客としてスタジアムに来る気分をさ。俺だって知っているつもりだよ。バットを振ってボールを投げてグラウンドを走り回る生活をペイして獲得したんだろ、その席を。
「さて今日は、楽しませてもらうぜ」
熱がまだ残っているんだよ。俺の肩には。記憶とか、思い出とか、人がいつか克服するべきだと考えられているような、現在にまで繋がる歴史とは一切関係のない熱が、さ。
君にはあのボールが見えたのか?
追いかけて、見逃して、俺たちは非難されている。俺がわかっているのは今のところそれだけさ。
拝啓 新春の候 いかがお過ごしでしょうか。
閻魔王様には、以前より法事などの際に大変お世話になりました。その後はお伝えしておりましたとおり、仏道を去り、俗人としての生活を営んでおりました。
さて、実は、折り入ってお願いしたいことがあり、こうしてお便りを差し上げた次第でございます。
お願いというのは、つい先日病により倒れた我が子の顔を、もう一度この目で拝みたいというものでございます。
大変不躾な願いであることは重々承知しております。ですが、もう私はあのこの顔を見たくて、会いとうてなりません。ぜひそちらでお預かりいただいております我が子と、面会の機会をいただけませんでしょうか。
十三日の夜に、詳しい話も含めてそちらへ伺わせていただきます。
どうぞよろしくご検討いただければと存じます。
吉川浩平
閻魔王宮 閻魔王様
「ずいぶん早くに来られましたねえ。まだ九日ですよ」
黒で固めたスーツに光る銀色のネクタイを緩めながら閻魔王が言った。
「お手紙には一三日とあったようですが」
ええ、と置いて、吉川が応じる。おそらく意図があったのだろう、吉川は何一つ着飾らない普段着、といった装いである。
「いやなに、居ても立ってもいられなくなりまして。便りにも書きましたが、どうしても我が子の顔が見たい。その一心でございます」
お気持ちはわかります、と閻魔王は言いながら俯いた。
「では、私がお送りした返信のお手紙もご覧になられていないのでしょうね」
「ええ、その点に関しては誠に申し訳ございませんでした」
机を挟んで両者が腰掛けている真っ赤な椅子は、閻魔王曰く自身の血で染めたものだという。浅く腰掛けている吉川を目の前に、閻魔王は薄い眉毛で挟んだ眉間に皺を寄せ、一つ息を吐いた。
「まあ、もうこちらへ来てしまっているのでは今更どうしようもありませんね。よろしいでしょう。ご子息のところまでお連れします」
「あちらで遊んでいるのがご子息ですよ」
周囲には何の姿もない終わりの見えぬ真っ白い平地で走り回る二人の子どもを指さしながら閻魔王が言った。赤の他人にとっては年の頃や背の高さ、顔まで同じに見える子どもに差異を見出すことはひどく難しいことであろうが、そこは父親、吉川は閻魔王の言葉を聞くやいなや、近くにいるほうの子どもに向かって走り出していた。子どもは走ってくる吉川を見つけて足を止めている。
「おいっ、わかるか。俺だよ。お父さんだよ」
すでに吉川の目には涙があふれ出していた。子どもはその吉川の姿を見て思案しかねるという様子。立ち止まりお互い見つめ合うこと数秒、おいっ、早く行こうよ、というもう片方の声をきっかけに、子どもは吉川に掴まれた腕を振り払い、平地の終わりを探しているかのように走り去っていった。立ちすくむ吉川のもとへ閻魔王が近づくと、振り返った吉川は涙を携えた唖然の表情でまくしたてた。
「どうして、あれは確かに我が子です。生きていた頃には誰にでも愛想の良かった我が子です。私に対してあんな態度を取ろうはずがありません。一体あの子に何をしたと言うのです」
取っ掴んだ閻魔王の肩、その骨の隙間に吉川の指がめり込んでゆく。それでも閻魔王は何食わぬ顔で、実はですね、と言ってまた一つ息を吐き、眉間の皺を増やして、
「こちらへ来たものは、生前の記憶を消すことが義務付けられているのです」
と告げたのであった。閻魔王に向かって見開いた吉川の目はすっかり涙を吸い取ってしまっている。
「あなたもご存知でしょう。輪廻の規則です。差し上げていたお手紙には、そのことを書いていたのですよ」
俯き、小刻みに肩を震わせはじめた吉川のすっかり白くなった髪を見ながら、どうしようもありません、と閻魔王は続けた。
「現世の記憶を引きずったまま輪廻されることも大変困りものですが、なによりこちらの世界の記憶を現世に持ち帰られても困りますからね。仏道に至られていた吉川さんには、ご理解いただけると思います」
おい、吉川さんを現世までお送りしろ、という閻魔王の声に呼ばれた下僕達が、子どもたちの走っていたのとは逆の方へと吉川を引いていった。閻魔王は肩に残った老爺の爪痕を払いながら、軽い息を吐いている。
「あら、あなたどちらへ行かれていたのですか。閻魔王様からお手紙が届いていらしたのに。ああ、あの手紙はどこへやったかしら」
忙しく遠ざかるスリッパの音を聴く男の顔は、どこか思案しかねるといった様子で、ただその目尻に涙の残りが乾いているのみであった。
昨夜、夢の中であの頃の僕に土下座をした。
夢の中で、あの頃の僕はどんな目で僕を見ていたのだろうか。同情か、それとも憐みか。どちらにせよ、あの頃の僕は今の僕を拒絶していたし、それが明確に感じられたからこそ、僕は土下座をしたのである。僕は、あの頃の僕の顔を、目を、心を、それら全てを正視出来なかったのである。
僕はベッドに仰向けに横たわりながら、何も映らない天井を見上げていた。
「探し物はなんですか。見つけにくいものですか」
気付くと、僕はベットの上で土下座の姿勢になっていた。実際にやってみて分かったのは、この土下座という姿勢が思いのほか心地良かったということである。現実の世界で他人が土下座をしているという光景は見たことがない。ところが、テレビや映画で土下座をしている役者は、相手の許しを得ようと苦悶の表情を浮かべている。
嘘だ。と思った。こんなにも楽な体勢で、あんなにも苦しそうな表情が出来るわけがない。実際にそのような土下座をしている人がいたら、そいつはきっと役者だ。演技をしているんだ。椎名林檎なんだ。
そんなことを考えていると、いつの間にかまた夢の中にいた。僕は現実の世界と同様、土下座をしていた。もしかするとこれはさっきの夢の続きなのかもしれない。だとすると、当然僕の前にはあの頃の僕が立っているわけである。そうだとすると、僕は顔を上げることが出来ない。顔を上げて、あの頃の僕の目を見ることなど出来やしない。
ところが、一度目の夢で感じた、あの背中が凍てつくような目線が今は感じられない。僕は瞼を開け、恐る恐る目線を上へ上げていった。前を見た。ぼやけた視界が、徐々に鮮明になっていく。
そこに、あの頃の僕はいなかった。代わりに未来の僕が、僕に背を向けてあぐらをかいていた。遠目から見ても、未来の僕の背中はあまりにも汚かった。髪は伸び放題で、且つだらしのない肥満体型。どうやらスナック菓子のようなものを頬張っているらしく、右手をせわしなく口元に運んでいる。さらに耳を澄ませてみると、何やら口の中でぶつぶつと呪詛の言葉らしきものを呟いているのである。
僕は絶望した。我ながら最低の豚野郎だと思った。涙が頬を伝うのを感じた。気付くと僕は再び地面に額を当て、ごめんなさい、ごめんなさい、と何度も呟きながら大量の涙を流していたのである。
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4 母の話
ぼくが小学生になった年の春から、母は介護の現場に戻った。正社員としてでなくパートとしてだったが、資格も取得しているし、母が十八のころから兄が生まれる二十五まで勤めた現場だったので、いささかの不安もなく働いているようだった。それでも母は、母に限ったことではないのだろうけれど、ときどき愚痴を言った。やめたい、と漏らした。中学三年のころだったと思う。晩ごはんの後で、母はため息をついて話しはじめた。
「ねえ、カケル、お母さん、仕事は好きなのよ。でもね、どうしてもイヤになっちゃう。もう浜田さん、今夜が山だって、お医者さんおっしゃっててね、こういうとき、もうどうしたいいかわからないのよ。もう何年もおんなじ仕事なのにね、慣れないのよ」
ぼくは頷いて聞いたが、よくわからなかった。慣れるということも慣れないということもだ。
「それでね、もう浜田さん、全然ごはん食べないの。もうわかるのよ。ごはんを食べない人は長く持たないことくらい、あそこで働けばだれだってわかるわ。それからうんちだって全然しなくなるの。食べないから当然なんだけどね。浜田さん、うちに来てるくらいだからそりゃあボケてしまってるんだけど、とっても良い人なのよ。こないだなんかはね、私が疲れて、コップ落としたときだって、プラスチックだから割れたりしないのよ、でね、浜田さんったら、割れない割れないって、喜んでくれるのよ。足が悪いのにバタバタ動かして、手を叩いてね。なにがそんなに嬉しいのか、お母さんにはわかんないんだけど、なんだか慰めてくれてるみたいで嬉しいの」
母は目に涙を溜めて言った。少しでも間を開けるとなにかが滑り落ちるのかと不安になるほど早口に言った。スイッチを入れていた電気ケトルの湯が湧いて、くつくつと音をたてた。夜はだんだん涼しくなっていった。
ぼくがなにも言えないでいると、また母は話し始めた。
「そういう陽気がな人たちがね、今日まで何人も亡くなっていって、これからもそうなのよ。今夜は浜田さんで、次は磯部さんで、その次は水谷さんなのよ。わたしつらくって、何年もこういうことには立ち会ってきてるのに今でもつらいのよ」
うん、そうなのかもしれない、とぼくは言った。なにを言っても間違いのような気がした。
「それでね、そう、なんでかわからないけど、みんな夜に亡くなるんだって。昼間はあんまり人は亡くならないんだ。夜は暗いから、そうなるのもなんだかわかる気もするわね。気が滅入るのよ。気が滅入ると弱ってしまって。死神だとか悪魔だとかが黒いのも、なんだかわかるわね」
うん、うんとぼくは返事をした。母の話はいつも、気を抜けばどこかへ逃げてしまう。母がすっきりした表情で席を立ち、便所へ行った。ぼくは自分の部屋に戻ってノート開いた。
・人は食べなくなると死ぬ
・人は排泄をしなくなると死ぬ
・人は夜死ぬ
と書いて閉じた。あのノートは実家に置いて来ただろうか。喉がからからに乾き、口の中がべたべたしている。ぼくは母のことを思い出しながら水を飲んだ。水が食道を、音をたてて流れていく。
あれは高校生になって二度目の夏だったように思う。母が突然レコードプレーヤーを買ってきた。「安かったのよ。素敵じゃない?」と言って。
それまで音楽になんてさっぱり興味のなかった母が、家でレゲエをかけるようになった。ちょうどぼくはロックに夢中で、反抗期でもあった。それでぼくは、うるさくて勉強できないだとか、なにかいろいろな文句をつけてそれをやめさせた。母はぼくが家にいるときはレコードをかけなくなった。それでもぼくが外に出ているときには聴いていたようで、月に一枚ずつレコードは増えていった。ヘプトーンズやパラゴンズ、カールトン・アンド・ザ・シューズなんかだ。ぼくはぼくで、アルバイトで貯めたお金をすこし良いオーディオ・コンポやポータブルの音楽プレーヤーに使っていた。
お互いの趣味の住み分けも板についてきたころ、ぼくは母と音楽の話をした。そのころほとんど会話をしなかったように思うが、なぜそういう話をしたのか今となってはわからない。ぼくが、レゲエのなにがそんなにいいの、と訊ねると、母は嬉しそうに話しはじめた。
「そうね、レゲエっていうか、お母さんがいつも聴いてるのはロックステディっていうのよ、レゲエなんだけど、レゲエよりすこし古いのよね。その時代ってね、ジャマイカの音楽がどっとのびたっていうか、すごくなったのよ、それは、音楽が売れるようになったっていうか、とにかくそういうことなのよ。メロウな歌詞でしょ、ゆったりしたリズムで、恋愛や不良少年のことばかり歌っていて、ジャマイカになんて行ったことないけど、きっとこんな風だったんだとかぜんぶ伝わってくるの。そういうところが、好きなのかなあ」
母は説明が下手で大事なところを省いてしまっていたが、およそ熱意は伝わった。ぼくには大してロックの知識も慕情もなかったのが悔しかったのを憶えている。そうか、すごいんだね、と小声で言って、ぼくは部屋へ戻った。それからいつもよりボリュームを3上げてウィーザーのアイランド・イン・ザ・サンを聴いた。オルタナティブ・ロックの意味もよくわからなった。
ー続ー
2013年3月1日 発行 3月号 初版
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