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あっぷるぱいちゃんは世界に一人だけの一日を過ごすために船を漕ぎ出した。そこで出会ったのは
世の中のデフォルト設定を超越したような存在たちだった。それはもうひとつの本当の世界かもしれない。あっぷるぱいちゃんの小さな旅は大きな変身の旅になった。

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あっぷるぱいちゃんは・・・・

tomoko poet

wonder poems出版



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 あっぷるぱい ちゃんは
とってもいい気持ちで朝を始められそうな
予感を胸に抱いて、ベッドから出た。
 家の中はしんと静か。
そう、誰もいない。

きょうは
「世界に私しかいない日ごっこ」にぴったりだ。
うるさいことを言う人は誰もいない。

あっぷるぱい ちゃんは
熱い紅茶をいれると
特別な「きょう」を始めることにした。
空気も新しい匂いがする。
 特別な日にするためには
いつもより丁寧に始めることが大切だ。
なんだって丁寧にやってみると、
いつもとは違ったことが起こったりするものだ。

例えばゆっくりと
息を吸ってみる。
それから深い息を吐き出すと
自分の分身が現れる

「ごきげんよう、あっぷるぱいさん。さあ素敵な一日を」
そういって白いリンゴの花を差し出すと、直ぐにいなくなる
「わきまえているわ
直ぐにいなくなってくれて。
だってきょうは世界に誰もいない日なんだから
たとえ自分だって二人いてはおかしい」

あっぷるぱい ちゃんは
新しい世界を作るために
何も無い国を探しに行くことにした。
なるべく遠くに行くために船に乗ろう。

あ、でも。

世界に誰もいないのなら、船を操縦する人もいない訳だ。
それでは客船に乗るわけにはいかない。
そう考えて

あっぷるぱい ちゃんは 
港への道を引き返してボート小屋の方に向かった。
ボート小屋は魚の匂いと土の混ざった冷たい匂いがする。
そこにも誰もいないことにしたので、
「ボートを一艘おかりします」
と言うと手漕ぎのボートに飛び乗り、
舫うロープを杭から外した。

あっぷるぱい ちゃんを乗せたボートは
ちゃぷんごわんと音を立てて海の上を滑って行った。
もちろん漕ぎ手は自分だ。

どこに行こうか。

船の向かう先は鏡のように平で何も無い。
何も無いように見えるということは
いいことだ。

だってきょうは
世界に一人しかいない日なんだから。

船は静かに
岸に着いた。
湿った草と花の匂いがする。
岸は水辺の近くまで樹が茂っている。
生き物はいるのかしら?
虫の声は聞こえるが、その他は静か。

ここはどこだろう。

本当に誰もいないみたいだ。
これから始まる国かもしれない。
何も決まっていないって、
なんていいんだろう。
あっぷるぱいちゃんは胸が踊るのを感じた。
たいていの人は
なんでも決まっていることが良いと思っている。
何も決まってないと
全部自分で決めなくてはならないからたいへんだ、
という理由で。

「おや誰だい?」
木の上の方から声がした。

「だれ?」

「勝手に入って来て誰とは失礼な。お前が先に名乗るのだ」
「わたしはあっぷるぱい」
あっぷるぱいちゃんは声のする方に向かって言った。

「おかしな名前だな」
「名前を聞いておいて失礼ね」
「わたしだってこの名前がいいとおもっているわけじゃないんです。ただ他の人がそう呼んで、そうなってしまったのよ・・・」
「他の人が呼んだと言う理由だけで、その名前にするとはあきれた話だ。しかも自分も気に入ってないなら、なぜ自分で好きな名前をつけないんだ。情けないぞ」
あっぷるぱい ちゃんは
木の上の方から聞こえてくる声に驚いて辺りを見回した。
そして確かにその人の話は道理が通っているわ、と感心し、茂みの中へ入って声の相手を探した。
「そうですね。私もその考えに賛成だわ。そうするべきだったわ。あの、どこにいらっしゃるの?出てきていただけませんか?」
「私は声だ。だから姿はない」
「まあ、ちょうどいいわ。わたし、きょうは世界に誰もいない日ゴッコをしているのよ。だから話し相手がいるのは楽しいけど、姿がないというのはとても都合がいいのです。」

「声が初めにあって、形になるのだ。これから形を生むところだ。」

木が揺れて、頭の上の方から羽音が聞こえて七色のインコが現れた。
七色のインコはおかしな歌を歌ってどこかへ飛んで行った。
あまりの鮮やかな色に目を奪われる。
それっきりあたりは静かになった。

あっぷるぱい ちゃんはもっと声と話がしたいと思った。
「あの、私の名前、何がいいかしら?」
「どうして自分で決めないんだ。さっき言っただろうが。名前は自分で決めるものだ。」
「そうでしたね。それではあなたはなんて言うお名前ですか?」
「わたしはランドルフだ。声が形を持ったらまたその形に名前を付けるだろう。」
「ランドルフさん、ぜひ形になったらお会いしたいです。あの、この島には誰もいないのですか?」
「誰もいないという訳ではないが、」
「では誰がいるのですか?」
「わたしがいるではないか」
「あなただけですか?」
「私と他にはいくつかの生き物たちだ。」
「さあ、わたしは自分の仕事に戻る。もしここが気に入ったのならゆっくりしていくといい。」
「ありがとうございます。お話し出来て光栄です。もうしばらくこの島を探検させていただきます。」
「ここにいる間に自分の名前が決まったら、どこかに書いておいておくれ。」
「ええ、そうします。さようなら、ランドルフさん」

あっぷるぱいちゃんは、
木の生い茂った島の岸辺を歩き出した。
船の着いたところは岩が多かったが、歩いて行くと美しい砂浜に出た。
誰もいない砂浜の砂の中から、小さな蟹が現れて波に消えて行った。
太陽は真上を通り越していた。
海から吹く風が砂のページをめくる。
白い砂は誰の足跡も無い。
誰もいない浜を独り占めだ
ここを私の国にしたいところだ。
でもここはすでにランドルフさんたちが住んでいるんだ。
ここはわたしのお友達の国ということだ。
しかもとてもすてきなお友達だ。
見たことも無い素敵なお友達は見ることも出来ない。

さらに海岸沿いを歩いて行くと、
どこからかパンの焼けるいい匂いがして来た。
さっきからとてもお腹がすいていることを思い出した。
「誰かいるのかしら?」
あっぷるぱいちゃんはパンの匂いのする方へ向かって歩き出した。


すると石を積んで作ったかまどから煙が上がっていた。
傍には美味しそうに焼けたパンが並んでいる。
「わあ、美味しそうなパン。どなたかパンを分けて頂けませんか?」

「どうぞ、召し上がれ。」
そういって白い馬が現れた。
「あのお腹がすいていて、パンを頂きたいのです。でもお金を持っていないのです。」
「お金なんてものはいらないよ。そんなものは大昔に撤廃された制度の品だね。
喜ぶ者が食べれば、みんなが幸せになる。」
「ほんとうですか?」
「食べたいだけどうぞ」
「ありがとうございます。」
そう言ってあっぷるぱいちゃんは大きな丸いパンを手にとると、ぱくりと食べた。

焼きたてのパンをお腹いっぱい食べるとすっかりくつろいだ気持ちになった。
「とても美味しかったわ。ごちそうさまです。これはどなたが作ったのですか?」
「それはカリールが作ったのです。パンを焼くのがうまいんだ。」
「カリールってどなたですの?とてもおいしいパンでしたと伝えてください」
カリールと言う名前を聞いただけで、なんとも優しくて優れた人を想像することができるわ、
とあっぷるぱいちゃんは思った。

「カリールは見えないけど優しくて料理が得意なんだ」
「まあ、カリールさんも姿が見えないのね、この島には姿の見えない人が多いのね。
あなたは姿が見えるわ。真っ白い馬さん。」
「わたしは馬ではありませんよ。わたしはユニコーンのサクレです。」
「まあ、失礼しました。ユニコーンのサクレさん!
わたし今までにユニコーンを見たことがなかったので、分かりませんでした。」
「気にすることはありませんよ。知らないことは素晴らしいことですから。知っているよりも、知らないことのほうが素敵なことじゃないですか?」
「よくわからないけれど、もしかしたらそうかもしれませんね。
この島はみんなとても自由な考えを持っているのね!
わたし自由を何より愛しているつもりだったのに、この島の人たちに比べたら
全然自由じゃないわ!これからはもっと自由の質を深めるようにするわ。」
「自由について考えるということは、自由ではないということですよ。
君がここにいることは、すでにとても自由なことじゃないですか。」
「そうね、そのとおりだわ。そうだ、わたし名前を考えているの。
ここで出会った方達の名前はみんな素敵だわ。」
「名前なんて深刻に考えないことです。飽きたらまた変えればいいのだから。
今、自分について感じることを名前にすればいいのです。」
「今感じていることね、そうね、あなたのおかげでとても自由な気分になったわ!」
「ではそれを名前にしたらいいのです」
「ありがとう。やってみるわ。もう少し海を散歩しながら考えてみます。」
「きっといい名前が浮かぶと思いますよ。さようなら。」
「さようなら、ユニコーンのサクレさん。」


あっぷるぱいちゃんは海沿いをゆっくりと歩き始めた。
頭の中にはいろいろなことが台風のように渦巻いていた。
それから不思議なことに気がついた。
さっきまでの自分と今の自分は、まるで違うように感じるということに。
とても自由な感じ。
自由という意味すら自由な感じ。
この自由な空気をそのもののような名前にしよう。

ホリー
ホリー・パイ

「とてもいい名前だわ。」

早速、
新しい名前を砂浜に大きく書く。
それから日が沈みかけた空に向かって叫んだ。
「ランドルフさん!わたし名前を決めました!今ここに書きました。」
「わたし、ホリー・パイです!」

いつの間にか時間が過ぎていった。
気がつくと、
ふわりとベールがかかったようなピンク色の夕靄に包まれて
うっとりと日が沈んで行く。
眩しい光に眼が暖められている。
音も無く日は沈み、
満天の星が話しかける。

今日はこのままこの星空をおなかの上に抱えて、眠いまま眠ろう。

いったいいくつの星があるのだろう。
この星たちみんなに名前を付けてあげたいくらいだわ。

「明日の朝まで世界は眠っているのだから一眠りしてから帰っても同じね」
そう言って
ミス・ホリー・パイは波の音に包まれ、
無限の星を抱き夢を見始めた。

朝日が昇り
ミス・ホリー・パイは元気よく
船をこぎだした。
また鏡のような海の上を漕いで行く。
ときおり朝日が細かくくだけて海を金色に染める。
空と海は境が無く一枚の布のようだ。

ちゃぷん、ごわん、と
ボートは岸にぶつかった。
ボート小屋はまだ眠っている。
そっと船を元の舫いに返すと、
ミス・ホリー・パイは家に向かって走り出した。
走りながら世界に向かって言った。

「わたしの名前は
ホリー・パイ!
口にするだけで、自由で幸せな気分になる名前よ。
わたしは
ホリー・パイ!」

あっぷるぱいちゃんは・・・・

2013年4月10日 発行 初版

著  者:tomoko poet
発  行:wonder poems出版

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tomoko poet

コンセプトデザイナーを経て、詩人、ポエムアーティストに。 アコースティックギターの旋律とともにポエトリーリーディングを行っています。

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