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鉄塔(チラシ用短編)

天野 蒼

文藝サークル鉄塔



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 鉄塔 (チラシ用短編)


 現代の金額で換算すると千二百円ほどだから、当時にしても高時給のアルバイトだ。
 幕府に税が納められなくなると、僕はよくこの仕事をした。誰に斡旋してもらったか、覚えていない。求人情報誌の後ろから二ページ目に、赤い枠線で掲載されていたのをたまたま目にしたものかも知れない。
 とにかくその日は一日中、鉄塔の上でじっとしていればいいのだった。てっぺんに御座ござを敷いて、良いとお達しがくるまで動かない。日給にして一万円。割りが良い。もちろん、仕事というからにはやるべきことはある。けれども、それはほとんどやらなくても良い仕事だ。
武蔵むさし相模さがみの国では、毎日のように騒ぎになっていると電子かわら版で目にしていたが、この辺りに稲を荒す鶴はいなかった。だけど、そんなこと関係ないのだ。
 徳川の家臣がドーム型の飼育舎に放置したまま、あの年の地震でなすすべもなく崩壊し何千羽の鶴たちが日本各地へ飛び立って、今や田畑を荒らす害獣となり下がっても、僕には関係のないことだった。雇い賃さえもらえれば。
 御座の上にはハイ・テクノロジーの望遠鏡と昔ながらの無線機がある。指定されたテリトリーをくまなく監視し、鶴を発見したらばお上に報告する。簡単な仕事だ。
 鉄塔の上は風が強くて気持ちいい。辺りを見回すと一定の間隔で同じような鉄塔が並んでいる。その上では僕と同じような風采の、どうしようもない世間の恥さらしが、納税金を稼ぎにアルバイトに来ている。手を振ると、向こうも手を振り返してくる。与太者ネットワークが電線という形を伴って、僕と君とを繋いでいる。手を振る、手を振る……。
 視線を前へ戻す。見渡す限り稲の海。田舎の情景は美しい。生まれてこの方、一度も故郷から外へ出たことがないが、金がないので出ようとも思わない。田舎は、とてもいい場所だ。都市開発のあおりを受けて、大量生産・格安販売の量販店が増えて来たし、ちょっとの収入さえあれば、独身のままつつましやかに暮らしていくことも可能である。そんな風に、十年かそこいら、やっていくんだと思う。その後のことは知らない。
 そのように明鏡止水の極致でも、一つだけ心穏やかでないことがある。耳を澄ますと、自分の心臓のと共に聞こえてくる。足元から、機を織るささいな、祈りのような音が。
粗末な茅葺屋根の下、美大生のおつうが機を織っているのだ。クリエイトな腕前を駆使して、黙然と。誰の目にも止まるはずのないその品を、わずかながら手に取ってくれる人もいるようで、心の慰みになっていると彼女は言っていた。
 本当は、金稼ぎなどしたくない。税金も年金もどこかへうっちゃってしまいたい。そんな僕が、飽きもせず毎月鉄塔のアルバイトに通うのは、この機織りの音を聞きたいからかも知れないが、本当のところ、よく分からない。

 夕暮れになり、お通の家の戸が開くと一羽の大きな鶴が飛び立つ。この土地で、初めて見かける鶴である。しかし、報告する気になれない。害獣と呼ぶに、鶴はあまりにも美しすぎた。
 僕はただ、舞遊ぶ鶴を見ていることしかできなかった。
                                      了

鉄塔(チラシ用短編)

2013年4月28日 発行 初版

著  者:天野 蒼(http://xxxxmomentsxxxx.xxxxxxxx.jp/)
発  行:文藝サークル鉄塔(http://tettou.kirisute-gomen.com/index.html)

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天野 蒼

書いた小説をWebに発表したり雑誌に応募したりしています。 その中でも雑誌に応募して落選した作品を個人誌に作り替えて発表しています。 電子書籍の他、紙本も刊行する予定ですので詳しくは当サイトのWebページをご覧ください。

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