spine
jacket

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F de C reader 2

f de c

f de c 出版

矛盾论

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CONTENTS:




青木正一
① martin margiela
② 昆虫採集
③ 珈琲

任航
インベカヲリ
Dooling Jiang
Jack Mauritsz
西山高士

決済

F de C Reader 2

出版: F de C
編集長: Alin Huma
編集: Erik Bernhardsson, Robert Cook, Dan Hards, Hiroyuki Watanabe

寄稿( paper version ):
A.R. Shoichi Aoki, Erik Bernhardsson, Robert Cook, Anders Edström, Dan Hards, Alin Huma, Kawori Inbe, Norihide Kose , Jack Mauritsz, Arnaud Meuleman, Daphne Mohajer, Ken Ngan, Keiichi Nitta, Chiharu Ozaki , Ren Hang , Hiroyuki Watanabe, Yu Cong

翻訳:
Yumiko Kikuchi, Hiroyuki Watanabe, Daphne Mohajer, Yui Otsuki, Yuko Kamei

デザイン:
Ski Projects




thank you:
Makoto Aida , Sayo Akasaka , Shoichi Aoki, Ann-Sofie Back , Ben Davis, Dooling Jiang, Jackson Eaton , FdeC Cargo Cult, Edi & Fendy Gunawan, Vicente Gutierrez, Indi Huma, Meta Huma, Norihide Kose, Benny Kuma, Hyun Lee , Takashi Nishiyama, David O’Halloran, Bar Oussou, Yui Otsuki, Koji Oyamada, Madison Pawle, Alessandro Rolandi, Anna Santangelo, Goso Tominaga, Pierre Toussaint, Yi Hongbo, Asta Yu, Yik Chow, Zi Dan

Elein Fleiss and Olivier Zahm に捧ぐ

F de C Reader 2 矛盾论
2013
©FdeC and the authors
http://salle-fdec.com

①martin margiela

青木正一: (この雑誌は)日本で売ってるものなの?
Alin Huma: いや、世界でも。でもだいたい海外…
Daphne Mohajer: 海外のどこ?
A: まだディストリビューターを探してるけど、ベルリン、LA、シドニー、メルボルンの店で売ってる。そんなにプロモーションはやってないけど、いろんな店からオーダーは来てる。上海、香港、ソウルの店とか。
: いくらなの?売ってる?
D: 10ドル、1000円、10ユーロ、100元って感じでしょ?
A: なんでああいうロー・キーに作ったのかはいろんな理由があるけど…
D: でも作りが良いと思う、サイズとか、あの紙質とかも。
A: うん、なんかカッコもいいし、あと原価もロー(low)。
D: 何冊作った?
A: 1000冊。みんなすごい気に入ってるみたい、ポケットに入れたり。飛行機で読んだり、電車とかトイレで読んだり。
D: うん大きさもちょうどいい、わたしもずっとこのポケットに入ってたの。で、その雑誌のコンセプトをちょっと教えて。
A: えーと、ファッションマガジンだけど、コンセプトはちょっと微妙なんだけど。
D: 広告がないよね。
A: ない。インフォメーションなんかはインターネットでいっぱい拾えるし、ただ単に綺麗なものとかイメージとかはtumblrにも乗ってるから、とにかくゼロレベルからスタートしようと思った。それで、一冊はReaderというか読み物で、もう一つ別にart bookとか、visualなものを作りたい。その方がちょっと難しいと思うけど。
D: どうして?
A: どんなレベルにするかが難しい。だって今、雑誌というものは自分で読んでもゴミにしてるからほとんど買わないし。それはちょっともったいない。新しいPurple Magazineとかも、良いけど結局捨てちゃうし…でも中のアートブックは取っておくけど。だからざら紙とかならゴミになってももったいなくないかなと。
D: 環境に優しいとかそういうこと?
A: まあそんなにエコじゃないけど。
D: どういうことを考えながら作ってる?
A: いろんなことについて考えたけど、取っておくに値するものを作りたいと思ってる。そうじゃなければ別に捨てられてもいいもの。
: あの雑誌ならなんか取っときたいよね。
D: 写真の質とかは
A: それは、そんなに決められてない。典型的な質という意味では。それよりもっと、何か具体的で物質的な感じかもしれない。物質的なものをとても物質的に扱ってる。ひとつの写真や記事が、ほかの写真や記事を引き出してくるとか…コンセプトを訊かれて考えたんだけど、これは一種の「関係性の美学」かも(笑)実際はそんな学派のタイプじゃないけど(笑)
D:ヴィジュアルブックは、アートブックみたいに…どんなものを載せたい?
A: 写真とか、ドローイングとか、コンセプチュアルなものも、おもしろ可笑しいものも…
D: …しかも、ファッションマガジン?
A: 面白い雑誌って、だいたいファッションマガジンじゃない?Purple Prose、アンディ・ウォーホルの Interviewとか、STREETも…ちょっとアイロニックだけど。ある日、ステファン・マラルメはファッション雑誌を作ってたってことに気づいて、すごいと思ったんだ。もう一つのインスピレーションは、Walter Benjaminの歴史…
D: それって何の人?写真家?
A: 違う違う、哲学者。彼は「パサージュ論」について書いた人。
: 日本では(ヴァルター・)ベンヤミンって言ってる感じだよね。
A: ベンヤミンって呼び方は、ドイツ語の呼び方だけど。日本ではいつも、名前とか、その国の発音の仕方で呼んでて、英語の呼び方は知らないことが多くて、そのやり方いいと思う。
D: 何か彼の本を呼んだかもしれないけど、思い出せない。何か、美学について書いてた? これRUBYの新しいの?
: これねえ、ミスプリントなんだけど。
D: あー、ネームが入ってない。
: そうそう。ただSTREETってしか書いてない。
D: これ、もらってもいい?いつか価値が上がるかも。
: だめだめ…
D: これは新しい雑誌、RUBY、このままSTREETの上に、RUBYを載せるの?
この写真Facebookに載せたら友達が気に入ったの。
: あ、本当に?カッコいいよね。
D: ウォルター・ベンジャミン、彼は何を書いたの?
A: ベンジャミンは、歴史について書いてた。「パサージュ論」とか。20世紀の始まりに本を書いたんだけど、実際には19世紀を振り返っていて、過去と現在をショートさせてる。だから、この雑誌では、何がクールで次は何が流行るとか、新しいとかじゃなくて、データベースとしてとか、アレンジし直したりして…
D: なるほど。ところで、昨日彼(Alin)と話したら、STREETで作ったマルジェラの本のこと話しててね、それが世界で一番良いアートブックだって言ってたの。
A: うん、僕は本当にそう思う…
: 知ってたの?
A: もちろん。今までで一番最高のファッションブック。
: 僕もそう思うよ、あれはまあマルジェラの力だけどね、僕はほとんど何もしてないけど。
A: すっごくでかいマルジェラの本が出たけど、STREETの方がよっぽど良いと思う。あれを再発行しようと思ったことありませんか?ハードカヴァーにして。
D: なんか今ね、あれインターネットで数万円で売られてるみたい。だってすっごいレアだから。
: ほんとに?
A: 僕今1冊しか持ってないから、2冊目を探そうとしてヤフオクとか見ても、2万円とかします。でも海外はもっと高い。
D: コピーライト持ってるでしょ?
: あのね、マルジェラ本人と直接やってたから、何にも契約書とか交わしてないの、僕。
D: 契約書とかないの?
: うん、で勝手に全部向こうから資料もらって、勝手に出していいよって言われた。お金の話も何もしてない。
D: 何冊作りました?
: 何冊だろう、1万部とかかな。あとはヨーロッパで別のバージョンを作るって。1と2をまとめて一冊にしたやつを海外で売るって言って。このあいだ見せたのはそれかな?で、それはいくつ作ったか知らない。
A: ああ、両方知ってる。もう一つの本も今、びっくりするほど高くなってる。実は2つとも、2002年にシドニーの古本屋で買ったんだけど、デッドストックで1冊8ドルくらいで売ってた。今はもし見つけられたとしても、1冊500ドルくらいで売ってる。
: あ、ホントに?それでその後にマルジェラのオーナーが変わったでしょ。GAPのオーナーか、、、あ、DIESELか。なのでちょっとわかんないんだ、勝手にやっていいか。
A: 昨日アンダース・エドストロームにも会ったんだけど、あの本の半分くらい彼の写真でしょ。彼はリプリントしても大丈夫だって言ってたけど…マルジェラ本人も多分喜ぶって。
D: 印税とかそういう関係はどうなったの?
: ないよ、一切無し。
D: マルジェラは全然お金取らなかったの?
: もともとね、うちが雑誌作りたいっていったのね、マルジェラの。うちで持ってるコレクションで写真撮って使うから、足りないコレクションの部分を出してくれないかって言ったら、むこうが全部作りたいって言ってきてね。で、こういうの作ったことないからぜひやりたいって言われて、でお金はいらないって。
A: 昔のSTREETは、特定のデザイナーの特集みたいなのもいくつかありましたよね。集めたくなるようなものだったけど、世間的にはあまり知られてなかったかも。僕はVivienne Westwoodのと、Gaultierのを持ってる。
D: お金がいらないっていうのがすごいね。
A: でもマルジェラにとっては良い宣伝になったから。
: あれがあったから、エルメスの話が決まったって聞いたからね。
D: どうやって?
: あの本が出たあと、マルジェラはエルメスのデザイナーになったでしょ。で、あの本には彼のコンセプトが書いてあるのね。マルジェラはまだ結構若いデザイナーで、今までのファッションを壊すだけという認識だったのが、こういうコンセプトで作ってるんだっていうのがあの本に書いてあって。それをエルメスのスタッフが読んで、彼にしようってことになったらしい。だから役立ってると思う。
D: 本を作るっていうのは青木さんのアイデアでしょ?
: うん。
D: ここにあります?
: えっとね、ほんのちょっとだけしかなくなっちゃったけど。多分1だけしかない。探しとくね。
D: 再発行は?
: したいけど…
A: マルジェラの本は他にも4つほどあるけど、どれもSTREETのやつほど良くない。
: だってうちのやつはマルジェラが自分でやったんだもん。
A:すごい。マルジェラの所で働いてた人が言ってたけど、あの頃のマルジェラは24時間365日働きっぱなしだったって。
D: 青木さんみたいにいろいろ全部自分で…
: あれ作るの結構大変で、必死にやったんだけどね。
D: あのマルジェラの本?
: うん。写真がとかレイアウトの指示とか、これをこうしてっていうのが全部送られてくるんだけどね。プリントされたやつをね。そのままで印刷所に出せないようなものだったのね。実は全部スキャンして、デジタルでやったんだよね。だから全部デジタルデータは手元にあるから、リプリントはできるけど…
D: 資料の原本は全部残っているの?
: や、それは全部返した。アンダースって今日本にいるの?
A: はい。
: フォトグラファーしてるの?
A: うーん、まあ、そんなに。ちょっと日本に居すぎたみたい。
: アンダースとちょっと仕事したいな。
D: 青木さん会ったことあります?
: うん、あります。奥さんと、よしこさんとね。よしこさんも日本にいるんだ?
A:うん、広尾に。
: へえー。
A: なんかあんまり外に出ないとか言ってた。でも最近会うようになったから。
D: どこで知り合ったの?
A: ええと、この雑誌を作ってるときに、雑誌の関係で…
D: そのマルジェラの本を再発行するときって、勝手にしても良いと思う?
: うん、ちゃんと聞いてみる。でも今、ちゃんと頼んだらダメって言うかもしれないけど…でもまあ、昔の契約でやってるものだから、最近のマルジェラのブランドの会社とは関係ないかも。
A: ちょっと思ったんだけど、メゾン マルタン マルジェラは、BooksのカテゴリーのリストにSTREETを載せてた気がする。だから戦略的には彼らが文句を言ってくることがあるのかも…アンダースも、それでこの雑誌のためにインタビューをしたんだけど、最初のインタビューでちょっと彼がいろいろ言い過ぎたって思ったみたいで…マルジェラの会社はエルメスが買った方が良かったとか、そういうことを…ほら、そのDIESELのこととか、会社の政治的なこととか気にしてて。自分の言ったことを後で検閲しすぎちゃって、これもカットあれもカットってなって、本当に何も残らない感じになって、やり直すことになった。でも本当は言い過ぎだった部分がすごい面白かったんだけど。最近はちょっとしたことがすぐに批評になっちゃうから、全部が「いいね」とか「良い」って好意的になるか、無関心か…結局そのどっちかにバランスを見つけなくちゃいけない。
: それ次のに出る?
A: いや、No.1に載ってます。そんなにたいしたことじゃなかったんだけど、みんなパラノイアになってて…この雑誌ではみんながちょっと物議をかもすようなことを言ってるけど…カジュアルだからみんなそうなっちゃうみたい。
D: 青木さんにもそういう意見ありますか?あ、でもマザーカンパニーとかないよね?
: マザーコンプレックス?
D: いやいや、マザーカンパニー(笑)
A: 青木さんはインデペンデントだよね。
: そう、ずーっとインデペンデントだった。STREETの最初から。
A: 最初のSTREETはすごかった…
: え、知ってるの?ほんとに!
D: どれ見た?90年代の?
A: 一番最初の頃、90s, 91年か。
D: 青木さん自分で撮るのはいつやめたの?
: FRUiTS始めてから。最初14年くらいは全部自分で撮ってたかな。その前にSTREETも5年くらい僕が撮って。
D: そういうの、青木さんが作るまでは世界には無かったでしょ。で、それ撮るとき、その人に説明するのはどう説明したの?だって見たことないものだったから。
: 説明してないよ。説明したことない。マザーカンパニーとかないから大丈夫。
D: プロモーションとかは?
: してない。書店に置くだけしかしてない。
A: STREETのNo.1は今ここにあります?すごいみたい。
: あるよ。
A: これかっこいい。
D: これみんな青木さんが撮ったの?
: でもこの頃のSTREETは撮ってないんだ。最初の1,2号は撮ってない。そのときはKorean JapaneseのParisに住んでる女の子が撮ってた。

D: 記事もありますね、デザイナーについての…それで最初から雑誌的な記事も入ってて。
: そう、でも途中からやめちゃったんだけどね。めんどくさいから。記事が…
A: 僕は今してるこのインタビューをこれから編集して読めるようにしなきゃいけないから、今その話は聞きたくないけど(笑)
D: めんどくさいか。青木さん自分がめんどくさがりと思ってますか?
: うーん…(笑)
D: FRUiTSは、どんな感じで始めたんですか?
: うん、ロンドンのファッションが本当に面白かった頃だから、絶対原宿のシーンにも影響があると思ったから。
D: この人たちの写真を撮るときに何て声かけました?
: STREETで新しい雑誌出すから、って言って。
D: でもこの時ってまだ知らない人に写真に撮られるのに慣れてないもんね、みんな。ほらこの人の顔とか、何?って感じ。
: ははは、そうだね。
A: これ最初から売れました?
: うん売れた、結構。
D: フォーマットが変わってないですよね、ほとんど。
: うん、ないかな。ほら、アイデアが浮かばない…(笑)サイズはよく変えるけど…あるときすごく大きくして、で、最近のみたいなサイズにする。次はもっと小さくしようと思ってる。ELLE girlが出るまでは、FRUiTSが一番小さい雑誌だったのに、今はこれでも大きく見える。だから競ってもっと小さくしようと思ってる。
D: 一曲無料?(他の雑誌を見ながら)わあ…何これ?iTunesで1曲無料でダウンロードできるカードがついてる。これは前にも聞いたかもしれないけど…どうやって被写体を選んでるの?
: ええと、これはただ単にスタイリッシュだったりクールだと思う人を見つけるんじゃないんだ。クールで、しかも何か「ワォ!」って感じのオーラを発している人じゃないと。しかも、無意識に。そういう人を撮りたい。
D:だから日本のサブカルチャーでもカテゴリー化されてるものには興味がないのね。
: そう。トレンドがどうとか、全然興味ない。「今シーズンはこれが流行ってます」みたいな格好の人ってカッコよくないじゃん。何が流行ってるかを知っていて、それを自分のスタイルにちょっと取り入れたりするのは良いけど。僕はオーラーのある人を撮りたい。オーラとか、何かメッセージを感じられる人とか。KERAとか、スナップのウェブサイトの人たちは、目立ってればいいって感じだから。僕はそういう感じはちょっといやだけど。
D: 確かにストリートファッションのブログの人たちはみんな同じところに行って、同じ人たちを撮ってますよね。だからFRUiTSはどうやって他のものと差別化してるのかなって。ちょっと変わってきてはいるけど。
: うーん、変わってきてるよね…僕が撮ってないっていうのもあるけど…
D: でも載せるのを選んでますよね。毎月どのくらい捨てますか?
: ほとんど載せてる。だいたい8割くらいは載せてるよ。もっと撮れって言ってるんだけど、あんまり撮ってこないから。
D: みんなセンスいいよね。だって青木さん、私のは8割くらい捨てるよね(笑)
: そうだね(笑)Daphneはちょっと違うとこで見てるよね、あと感動しやすいんだろうね。
A: 人々が発してる「メッセージ」についてだけど、それすごくわかる。でも青木さん自身は、それういう人を撮って、何を伝えようとしてるんですか?
: これって僕にとっては、昆虫採集みたいな感じかな。ただ、自分の周りで起こってることをみんなに見てほしいと思ってる。別に、世界中の人にこういう格好をしてほしいって言いたい訳じゃないんだよね。
A: ああ、なんかのFRUiTSの感じ、特に初期のFRUiTSの感じとか、すごくわかる。「ファッションマガジン」としては、ちょっとプログレッシブで、最近はアメリカとかヨーロッパのファッションマガジンも民主的になってきて、ブロガーとかが有名になったりしてるけど。自分のスタイルをつくるとか、雑誌に載ってる誰かのマネをするとか、その人と同じ物を買うとか…ファッションコンプレックスの逆になってるけど…
: うん、あの頃は、FRUiTSみたいなことやってる人たちはあんまりいなかったからね。みんな雑誌のモデルと同じような格好してたし…でもでも僕はFRUiTSの子たちをリスペクトしてる。それは伝わってるとは思ってるけど。
D: FRUiTSに載ってる子たちのような格好ってしたことありますか?
: ないね(笑)
D: ラフォーレができたのっていつでしたっけ?
: わからない。ある日あそこにあったんだよね。今は東急プラザもできて、ちょっと厳しい時代だろうね…でもこれでラフォーレも原宿のファッション自体も変わっていくだろうね。
D: いつから、被写体がポーズするようになったんですか?
: STREETで?自分で撮るのを辞めてから、フォトグラファーの子たちには最初に撮っていいか訊けって言ってる。自分が撮ってたときは何も訊かずに撮ってたけど(笑)僕は謝意だし、英語も大変だったから。あと、ロンドンでは外国人だし、その空間とか、見たままを撮りたいって思った。それに撮りたいと思う人ってそんなにいなかったし、そのときの動きとか、雰囲気を大事にしたかったから、声をかけるとその雰囲気が変わっちゃうから、訊かなかった。多分法的なこととかに引っかかったりするのかもしれないけど、日本の雑誌のことなんか誰も知らないし。
D: 肖像権とか、そういう関係でもめたりしなかったんですか?
: ないね。でも日本の方がそういうのは問題になりそう。実際に、日本ではどこかに所属してるモデルとかを撮ったりすることもあるし。ヨーロッパとかアメリカの方ではあんまり問題にならないね…なんでだろう…
A: ここではプライバシーとか、そういうの全部が、あらゆるレヴェルですごく重用しされてる。GoogleのStreet Viewも、日本ではすごく問題になってるみたいだし。
D: 青木さん社会人類学とかに興味はありますか?
: 学術的には興味ないけど、そういう視点から見てるとは思う。
D: STREETみたいなファッションについて、日本ではどんなリアクションがあったんですか?日本人がこういう格好をしはじめましたか?
: 僕のねらいは、服とかブランドを見せることじゃない。だから多分みんなはその人の服だけじゃなくて、全体像とか、特定のスタイルをマネするんじゃなくて、パリやロンドンのストリートに居た人たちからインスパイアされたんじゃないかな。彼らは、見た物をすごく深いレベルでちゃんと消化してたと思う。FRUiTSとかに載ってる子たちがね、日本人で初めてオリジナルのファッションを作ったんだと思うんだよね。それまでのファッションは外国から来たものだよね、洋服は。それでデザインとかも流行とかも全部アメリカからヨーロッパから来てて。コムデギャルソンとかのブームもあったけど、あれはデザイナーの流行の一部だし。あれはファッションだと思ってない。
A: それって何でしょう?初めての日本的なファッションって?
: えっとね、自分で考えたファッション?かな。何かをコピーしたりマネしたりするんじゃなくて、自分たちの頭で考えたファッション。それが良かったし、彼らが作ったものって感じがする。
D: しかもみんなカッコいいよね。外国人の視点から見るとね、日本では若者が毎日学校の制服とか仕事の制服とか着てるから、自分で選んだファッションで遊ぶ機会がないように見えるんですよね。
A: しかも、あなたの解釈では、ハラジュクのファッションは、また別のユニフォームでもあるってことですよね。
: でも東京では制服じゃない学校もあるんだよ。
A: 日本で思うのは、制服とかあってもミクロなところが違いますよね。
: そうだね、制服の高校でもファッションのトレーニングしてるのかもね。服の決まりの中でどうやって、よりよく見せるかとか。
D: ルーズソックスみたいに?
: あとスカートの長さとかね。中学校にいるときは最初はこの辺だけど、学年が上がったり、放課後になったら、ぐーっと引き上げたりとか。ここ何センチが一番良いみたいな(笑)。僕は中学・高校の頃も結構うるさかったかも。パンツの裾の感じとか、シャツの素材とか。髪型もかなあ。でもみんな高校卒業して、専門学校とか入るでしょ。まあ大学に行く子もいるけど、特に文化(服装学院)とかバンタンとかに入るとすごく解放されるみたいなね。
D: ほんと、1年生を見るとね、解放されて爆発って感じがするよね。
: でも最近は結構おとなしいかもね。特にバンタンの子が普通になってる。今はちょっと違うよね、最初の頃のFRUiTSのたった一つののコンセプトは、「やりたいことをやるだけ」だった。ただやっちゃえばいいっていう。
D: しかも、それで目立ってたんでしょ?
: そう。しかも、変わって見えててオッケー。何でも受け入れられた。でも最近はまた、すっごく小さいファッションサークルの中で、そのサークルに合った格好しかしない。サークルに合っていて、おかしくないっていうことが重要で、変わってる風に見えないように努力してる。
D: でもファッションっていうものは、周りの人から見られて認められるものですよね。
: そうだね。
D: だからどこまで自分の満足のいく表現をするかと、人に良い印象を持ってもらえるようにとか…
: そうそう、そうなると複雑な問題になってくるんだけどね。ファッションについてあんまり気にしてない子たちは、人からどう見られたいっていう風にはあまり考えてないんじゃないかな。でも、人から見られたいって子たちも、見られたい人の幅がすごく狭いんだと思う、友達とか同世代の人たちとか、すごく狭い世界の。
A: そう、だから今日日、そういう努力とかファッションにお金をかけるとかっていうことが本当に目立たなくなってきてる。逆に自分を目立たせないこととか、カモフラージュすることに頑張ってる。
D: 原宿の歩行者天国って2年間続いたんだよね?
: いやずーっとあったんだけど、FRUiTS出すようになってから1年で終わっちゃったかな?それまでは長くやってたんだけど。この子たちのファッションってメッセージだから、なんていうか…twitterみたいな感じなのかな(笑)だからフォローしてくれてる人には発信するけど、メッセージを受け取らない人たちのことは気にしないみたいな。
D: 大きいグループの中に、小さく分かれたグループっていうのはありましたか?
: それもあるし、ただ見た目であの人とあの人が友達だっていうこととかもわかるよね。
D: どのお店で買い物するかとかも関係ある?
: そうだと思うけど。
D: よくFRUiTSにはショップの店員さんが載ってますよね。
: うん、外歩いてると店員さんでおしゃれな人が結構いるからね。
D: RUBYには、ちょっと年が上の人たちも出てるのかな?STREETみたいに…
: うん、RUBYのファッションだったら歳とってもできるかもね。でもこういうの(FRUiTS)だと難しいかもね。
D: RUBYはフレッシュだね、こういうのは初めて見る。
: まだ2号目だから。そういうタイプの女の子たちもまだ出てきたばっかりなんだよね。
A: RUBYが良いと思うのは、この人たちは、ただ服を着てそこに居るだけじゃなくて、本当に生きてるって感じがする。スタイルも、日本と海外とのギャップがあまりなくなってきてる気がします。日本は明治かそれより前は、他のものを観察したり勉強して、もうちょっと良くしたり、もっと小さくしたり、変な感じになってた。今は見た目のギャップがあんまりない。
: うん、わかる。どっちかっていうとこの(RUBYの)ファッションはSTREETのから来てるファッションかもしれないね。まだ真似してる段階かもしれないけど。でも日本人は昔、こういう格好しても、こんな風には見せられなかった。足太くて背も小さかったから。今は足も細くて背も高くなってるからそういうファッションが似合うようになったんだと思う。ものすごく頑張って足を細くしてるのね。今の日本の若い子って努力して。
D: でもそういう手術もあるよ。足を細くする手術がある。でも日本人は細いね!
: 最近だよね、でも。むくみを取る薬をつけてマッサージしたり。
D: でも歩いてる時、足に筋肉がないように見えるよ。あ、青木さん動物だったらどんな動物になりたい?
: 僕が?動物になるんだったら?
A: 動物?…動物占い15年くらい前にあったけど…
: なんだっただろう、覚えてないや。
A: オオカミだったよ。
: それカッコいいね。
D: わたしあれだった、クジラ?
: 何で覚えてんのそんなの、だいぶ昔だよね、流行ったの。
D: あ、違うこれは自分で選んだ。クジラになりたい。
:あ、クジラがいいんだ。クジラいいね。僕も理想はね、シロナガスクジラね。なんか楽しそう。
D: 冒険もできるし誰にも食べられないし。イルカと遊んだりできるし。でも1日100キロくらい食べるんだって。それ大変そうだけど…あ、TUNEは一言で言うと?カッコいい、とか?あのね、カナダの男のファッションはすごくつまらない。アメリカの男の人たちは、これは一般論だけど、ゲイだと思われたくないから。メトロポリス以外の普通の街だとね、こういう格好したりおしゃれしたりするとゲイだと思われちゃうからしないようにしてる。でもそれでおかしくなっちゃう。
A: でも変わってきてるんじゃない?オーストラリアでも最近はすごく変わってきてる。
D: でもこういうのはまだ来てないでしょ?(TUNEを指差して)で、言いたかったのは、東京みたいに男性向けのファッションブランドがたくさんある都市ってあまりないの。北米には。東京は本当にいろんなスタイルありますよね。そんな中からどうやってTUNEの人たちを選んでますか?
: そう、東京にはメンズのブランドいっぱいあるよね。ヨーロッパとアメリカだとメンズ館行ってもスーツばっかり置いてあるよね。
D: そう、ポロシャツとか。だからファッションとは思わない。
: たぶん日本の男の子のファッションは、欧米のサブカルチャーのシーンから影響を受けてると思う。ロンドンとか、それとアメリカの若いスケーターとかHip Hopファッションの影響。ロンドンのブランド人気だもんね。
D: で、TUNEの子たちは、どんな感じですか?
: ファッションセンスはいろんな意味で重要なんだと思う。友達に対してもだし、彼女を作るのにも重要。だからそれを表現しないといけない。
D: 表現しないといけないの?FRUiTSとは違う?
: FRUiTSもまあ同じだけど。うーん、何て言っていいかわからないや。
D: 彼女を作るため?鳥と同じ?
: そうだね、鳥と同じだね。
D: 男がおしゃれだね。
: 何かを表現するでしょ。頭がいいことを表現するのとかと同じで、センスを表現するのがファッションになってるのかも。美的感覚とか、興味のあることも、全部ファッションになる。しゃべらなくてもだいたいファッションでわかる。
D: そうだね、情報だよね、ファッションは。
: だからファッションセンスがないと馬鹿にされたりするし。友達にね。そこは厳しいと思う、日本は特に。男の子は特にださいと仲間に入れなかったりするよね。ファッションセンスも才能だから。
D:でも青木さんはおしゃれしないよね?
: 僕は、うん、しないね。歳だから。
D:若い頃は?あ、若い頃の写真ある?
: ないな。本当にない!
D: 運転免許のは?
: 運転免許のは見せないよ!(笑)すごい変だし。あるけど見せない。でも昔は髪の毛立ってるのは僕くらいしかいなかった。今はみんな立ってるけど。20年くらい前からずっとこんな感じだったから。
D: センター街のギャル男より前から?ドラゴンボールみたい。
: (笑)あとお笑いの人たちとかもたまにしてるけど。昔は日本では僕くらいしかいなかった。普通はみんな長めでたらしてたんだけど、ロンドンに行くときに変だと思って短く切っちゃって、立てたりしはじめたんだよね。
D: ロンドンのために?すごく、ロンドンの影響を受けてますよね。
: ロンドンカッコいいと思ってたから。
D: 行きたいと思ったきっかけは?
: ヨーロッパ見に行きたくて、でもファッションは全然関係なかったけど。どんなファッションがあるのかも知らなかったし。もう30年前くらいだから、結構冒険というか大事だったからね。高かったし。
D: いくらぐらい?
: 40万くらいしたんじゃない?だって1ドルが360円くらいの頃だったと思う。大変だったよ、パリのホテルとか…ロンドンとニューヨークはちょっと安いくらい。
D: さっきね、友達たちに馬鹿にされると言っていましたけど、青木さんもそういう経験はありますか?
: 僕は馬鹿にされたことない。センスよかったから(笑)
D: でもこういう人がやったことないことをするって、緊張しなかった?怖くなかった?
: いや、怖くはないね。どうなるかな、とは思ったけど。ある種ギャンブルってところもあるから。
D: 好奇心があった?
: うん、怖くはなかったね。雑誌については一応ちゃんと計算してるから。売れたらどうかとか、売れなかったらどうかとか。売れなくても死なないし、やってみようかなって。
D: 写真撮るときに、人にアプローチするのは緊張しなかった?わたしはたまに緊張しちゃうときある。
: いやー、緊張するよ、すごく。その緊張を飛び越えて、絶対声かけたいって思う。
D: がっかりするかも。すごいカッコいい人がいて、声かけて断られたら。がっかりしない?
: それあるけどね。がっかりする。
D: 最初に影響されたフォトグラファーはいますか?
: いないかな。フォトグラファーとかあんまり知らなかった。今もあんまり知らない。
D:でもビル・カニンガムは?
: ああ、でもそういう人がいるって知ってただけだよね。
A: でもファッションでもアートでも、良いなと思った人は1人もいないんですか?
: うーん、あんまりない。アンセル・アダムスとかは好きだけどね。風景の。実物のプリントを見たらすごかった。どれもものすごく濃い情報量だからぐーっと入って行ける感じ。でもそれ以外のフォトグラファーとかはあまり興味がない。
D: 自分がフォトグラファーだと思ってますか?
: うーん、思ってないね。
D: アーティストだと?
: うん、全体的には自分自身はアーティストだとは思うことはできる。でも、そしたら、自分のやってることとか、身の回りにあるものが全部アートと言える。
例えばクリストは、自分の制作費を何でもないキャンバスの絵で賄っているけど、包むっていう作業を通してアートにしてるよね。僕がフォトグラファーだとして、アーティスティックな部分っていうのは、ぶれてるのとか、ぼけてるのとか…そういう写真を平気で使ったのは僕が最初なのかな。
A:ワォ、確かにこれはワイルドですね。ぼけててぶれてる後ろ姿を雑誌の表紙に持ってくるのとか。(初期のSTREET)
: うん、撮ったらぶれちゃったけど、カッコよかったから載せちゃった。ぶれててもカッコいいともう載せたくてしょうがなくなるっていうね。関係ないじゃん別にぶれてても、おしゃれだったら。
D: 人間に興味ある?
: うーん、ないかもしれない。あ、これとかぶれててもカッコいいでしょ。
D: そういう人に会って、この人ってどんな人なのかなあとか、話してみたいなとかじゃなくて、画像だけで残したい?
: イメージだけで満足できると思う。だいたいそれでわかるでしょ、どういう人か。そこまでカッコいい人は、見せてくれるだけでも充分だと思う。
D: 友達いっぱいいる?
: 友達ってどういうのかわからないけどね。
D: 仲がいい、コミュニケーションを取り合う人。わたしは青木さん友達だと思ってるよ。
: それならいるかもしれないね。でもあんまり時間ないじゃない?仕事の中で仲いいやつがいる感じかな。あと奥さんとはよくしゃべってるから。あとは昔の友達は、5年に一回くらいしか会わないけど友達だと思ってる。ずっと会ってたような感じだよね、意識として頭の中にあるから。会っても意外な話をする訳じゃないし、どんな感じかもだいたいわかってるから。そういう種類の人は結構いると思うけど。
D: でも写真の話とかしたりする?
: それはないかなあ。STREETやFRUiTSやTUNEの子たちとも。
D: 写真撮る時、笑わないで撮ってますよね?
:うん、だってこっちが 笑うと向こうも笑っちゃうしね。だから誘導しないようにしたかったのかな。フォトグラファーは被写体に影響を与える、っていう人もいるよね。人撮るときは被写体との関係を撮るっていう人もいるけど、僕はできるだけそれがないように撮りたい。なるべく影響しないようにしてるんだけど。今うちで撮ってる子たちは影響させちゃってるよね、あんまりニヤニヤするなって言ってるんだけど。
D: わたしも言われたね。
: そうだね、笑っちゃうんだよね、ニーってしちゃうよね。
D: でもFRUiTSの子たちだとアプローチしやすいから笑っちゃうけど、でもRUBYだと笑わないかな。時々FRUiTSにセレブとか載ったりしますよね?きゃりーぱみゅぱみゅとかアイドル的な。
: でもきゃりーはまだアイドルじゃない時から載ってるから。
D: だからFRUiTSに出たことで有名になったのかなって。
: いや、彼女はね、自分のブログで有名になったみたい。それとは別におしゃれだったからFRUiTSにも載ってたし、別の雑誌に出たりとかしてて。あとは事務所がプロモーションをすごく頑張ってるみたいで。どうやってるかわかんないけどね。
D: わたしプロモーションとか全然わからない。で、この雑誌によく出た子でフォロワーが出た子たちとかいる?
: うん、この子とかすごく人気だった。(FRUiTSの表紙を指して)あきちゃん?
D: どこかで働いてた?
: いや、原宿で目立ってたから、いつもいて。それで有名になったみたい。
A: これ(STREET のNo.1)をF de C Readerに載せてもいいですか?そのまま。スキャンして、そのまま入れたい。FAXみたいに。ページごとに。
: まあちょっと恥ずかしいけど小さいmagazineならいいか。ちょっとやってることが似てるもんね。だから共感する。これラフなのはわざとやってるけどね。
A: これのPDFとかファイルはない?
: あーないね…この頃…ネガで撮っててね。自分でプリントしてたの。だから変なカラーになってる。まだ京都にいた頃だから自分の家でやってた。その後印刷してちょっとましになったけど。
A: これ何冊作った?
: 1万冊くらい作ったかな。
D: いつ東京で事務所を作ったの?
: STREET始めて1年くらいかな。ずっと東京来たかったから。最初も原宿でまい泉の近く。とんかつの。表参道の裏の、メネスのとかの近く。同潤会のアパート知ってる?今表参道ヒルズが建ってるところに、前は同潤会のアパートがあったんだよ。何も入ってなかったけど、見た目がすごくカッコよかった。
A: ああ、知ってる。あれカッコよかった。表参道ヒルズの横にちょっとだけ同潤会のが埋め込まれてる。
D:原宿はいつからエルメスとかが入ってきたの?
: 5年くらい前かなあ。それまでは…
D: 表参道ヒルズとかGyreとか。
: 昔はビブレだったんだよね。ヘルムート・ラングが入ってた。好きだったんだけどね。
D: これは和だと思いますか?(典型的なFRUiTSっぽい格好の子を指して)
: 日本の和?うーん、あんまり関係ないかも。
A: どういうこと?
D: これって「日本人」って感じなのかなあって。
: でも着物をミックスしたりもしてるよね。そう、この頃そういうの流行ってたよね、着物の生地使ったり。でも日本の「和」って言うよりも、どっちかというとロンドンっぽいフリースタイルな感覚で使ってるかも。モードでは起こらない、ストリートでしかない感覚。
D: 「わび・さび」とか、「和」的な感覚に興味ありますか?
: 「わび・さび」?うん、そういう感覚はあると思う。いい感じに上品な感覚とか、東京にはあると思う。大阪にはないんだよね、ごてごてしちゃったり、いろんなもん全部つけてっちゃう。東京の子はあんまりたくさん付けたり、やり過ぎるとダサいって思ってるところが粋だと思う。ちょっとはずした感覚とか。全部キメないでとか。一部ダサくするとか。靴から頭まで全部完璧にはしないで、靴は汚いスニーカーにしてみたりとか。RUBYはちょっと違うんだよね。全身キメる系なんだよ。
D: ね、コンタクトレンズの色からメイクの細かいところまで。
: だから一個おかしくなると、全体がダサくなっちゃう。完璧にキメるけどやり過ぎないように、ギリギリの線でやってるからそこはすごいと思うんだけどね。
: 表参道ヒルズの前の原宿はこんな感じだったんだよ。で、一部はちょっと今も残ってる。
A: ああ、そうそう。
: でも今にも崩れそうだったから良かったけどね。もしこれが残ってたらこの間の地震で結構崩れてたかもしれない。
A: ここで24時間働いてるの?
D: ここで寝たことある?
: あ、寝たことはないね。でも始発で帰ることは結構ある。朝帰って家で寝る。そういう仕事だから。
D: そう青木さんね、朝4時とかにメールをくれる。スケジュールがバラバラでしょ。でもわたしは基本的には朝まで起きてるけど。
: ああ、そうなんだ。
D: あのマルジェラの革命に話を戻しましょう。どんな感じなんですか?日本において。
: 革命?
D: 日本人はマルジェラを見てから格好が変わった?
: ああ、確かに。でも、FRUiTSの子たちじゃないね。もうちょっとハイファッション好きの人たち。昔ギャルソンとか着てたような人たちかな。あとファッション雑誌をよく読むような人やファッション業界の人たち。スタイリストとか。うちからマルジェラの本を出してからは、フォトグラファーにも影響があったね。アンダースの写真みたいな感じに。日本人のフォトグラファーも、スタイリストのスタイリングも、洋服の見せかたとか、洋服自体も。あの本がだいぶ影響してたと思う。洋服だけじゃなくて見せかたとかも全部マルジェラのやり方だよね。店の見せ方も変わった。マルジェラの洋服が出てきた時すごかったよ、びっくりした。今となっては結構普通に見えるけど、あのときはあんなものはなかったもの。クチュールがディオールだけで、それとゴルチエでしょ、それからヨージ・ヤマモトがいるみたいな感じだった。マルジェラはそこに、全然違うものを出してきたから。で、世界観も全然違う。ランウェイきれいに歩くだけか、ギャルソンとかはこうやってゾンビみたいにぞろぞろーっとしてたけど、マルジェラはなんて言うんだろう、もうちょっとミステリアスな感じ。スカートとかも最初からこんなものを穿いて、何て言っていいか、説明するのが難しい。
A: うん、説明するのはすごく難しい。ある意味なんか何でも良いっていうか。なんか、安いプラスチックとかから何か綺麗な物を作るとかじゃなくて、説明し難い何かを作って、結果はまだちょっとダサかったりするけど、それまでファッションになかったような、完全に違う価値観を生み出した。
: でも最初の2年くらいはもっとすごかったよ。ファッションとかモードっていう感じでもなくて、カルチャーだったね。たった一人でスタイルでもなく、何か、カルチャー。パンクカルチャーみたいなものを作っちゃって。そこからだいぶコムデギャルソンの影響とかも出るようになってきちゃって、今は面白くなくなってるとは思うんだけど。ベルギーの社長の女の人がギャルソン大好きで、ああいうの作ってよってマルジェラに言ったんだけど、彼もギャルソン好きだったから。でも最初の2年くらいのコレクションは全然違ったので。
A: 最初のコレクションはシルクのスカーフで全部リメイクしてて、パターンがスカーフからモデルの体にまでペイントされてるものだった。ああいうのはどこにもなかったけど、70年代のDIYスピリットみたいのがあったかも。例えばマルジェラのジーンズからできてるスカートとか、今でもまだコピーされてるけど、あれは70年代からヒッピーとかみんなやってた。
: マルジェラのコレクションからは、洋服自体っていうより、フィーリングをすごく感じた。彼は全然違うムードを作ったから。コムデギャルソンがパリコレで最初にショーをした時、違う気分を持ってきたでしょ?それと同じように、マルジェラは今までに感じたことないようなムードがあって、それをコレクション全体から感じた。彼のやったこと全体から。他とは全然違って。怪物だったよね。ファッションのモンスター? でももう古くなっちゃったけどね。
A: 今のものは全部コンピューターがデザインしてるって感じ。コンピュータに原料のまま入れて、順番が変わっただけの同じものを毎シーズン出してるみたいな。
: 本人は引退しちゃったもんね。なんかもうちょっと他のこと、建築とかやって欲しいね。
A: たぶんガーデニングとかやってると思う。
: 僕の中では、最初のシャネルくらいのインパクトがあるかな、マルジェラが出てきたときって。
A: 僕もちょうどそれを思ってました。だからなんか80年代後半とか90年代前半の初期のマルジェラの服を見つけたら買う。89年のファーストコレクションのジャケット持ってるんだけど、あれ絶対20年代のシャネルのものと同じくらい、ミュージアムピースだと思う。だから売りたくない。
: じゃあ僕も捨てないようにしよう…いくつかもう捨てちゃったけど(笑)置くとこないから。
A: スペース!それって日本の問題…
D: 家ってオフィスよりもっと大きいよね?
: もうちょっと大きいけど…でもあそこの下とかに昔のマルジェラの服とほかのもいろいろあるんだけど、かさばるから捨てたいんだ…
A: 捨てないで!店もやってるから…そういうミュージアムピースみたいなレアな服集めてて。ヴィンテージのギャルソンとかマルジェラとか。今はやってないけど、高円寺でやってたから。いまは全部倉庫にある。
D: あ、そうだ、Garterって知ってるよね?Alinは前Garterでお店やってたの。キタコレビルの中でお店やってたの。
: あ、コーヒー入れてなかった!?
A: まあ、うん、いろいろやってた。
: ああ、行ったことある、ああ、そうなんだ!!!今やっとわかった。なんかちょっと違う感じだったからわかんなかった(笑)。あの不思議なエスプレッソマシンで!
A: ああ!そうだ。
D: みんな結構ごちゃごちゃしてたもんね。
: エスプレッソめちゃくちゃ美味しかった。ほんとによかったよ。あのエスプレッソ。あの時あそこはコーヒーしかなかったよ。服はなかった。写真撮ったよ、あの時。エスプレッソマシンに感動して。今まで飲んだので一番美味しかった!多分地震のあった、すぐ後だった。これこれ。エスプレッソマシンの写真。
D: どこからエスプレッソが出てくるの? これで一番美味しいコーヒーができる?
A: これ本当にすごいく良いから。ほんとにミニマルなマシンですごく美味しいエスプレッソができる。
D: これってホームメイド?
A: ううん、これはFaemaっていう、一番いいエスプレッソマシン。これは家庭用だから、ちょっとださい、家庭のキッチンに似合うような感じだったけど、必要なパーツだけ残して、あとは全部、外側も捨てちゃった。
D: だから見た目がそんな感じなのね!
A: いいでしょ。70年代の。Made in Italyで、いい金属で出来てる。真ちゅうとか、他のパーツもいいし、マシンがいいから美味しいコーヒーが作れる。
D: 最近の物っていつか壊れるように作られてるもんね。寿命が短いね、パソコンでも何でも。
A: あ、でも服は捨てないでください!もったいない。
D: ここにある?
: 今ここには無い、マルジェラは家にある。かさばるんだよね、なんかコートとか…ボリュームが…すっごい長いロングコートとか、ジャケットとか。奥さんのなんだけど。あとニットとかでもぼわーってしたのあって。
D: それメンズ?
: ユニセックスかな?昔ユニセックスしかなかった。
D: 奥さんはおしゃれ?
: うん、マルジェラばっかり着てたよ昔は。
D: 今は?
: 今はあんまりおしゃれしてないかもしれない。無印良品とか買ってるかも。買うのやめろーっていってるんだけど。家でしか着れないから(笑)。
A: でもおしゃれするなら?マルジェラの代わりになるとしたら何を着れば良い?
: ないねえ。なんかずっと好きな服なかったんだけど、ジョン・ローレンス・サリバンっていう日本人の男の子がやってるブランドとか。東京の。
D: ああ、中目黒の店がすごいよね。見た?すっごく大きい黒いガラスのドアがあって、石膏の仕切りがある…
: うん、洋服はすごくきれいに作ってある。
A: メンズだけ?
D: ちょっとだけレディースもある。この前行ったら全部迷彩だった。
: ちょっと着てみたら着れた。今日本の若いデザイナーの服は着れないのね、若い子仕様だから。歳とると着れない服ばっかり。体系が違うのかな。ジョン・ローレンス・サリバンは着れかたら久しぶりに買おうかなって。ちょっと前からだけど。
D: どこで買い物してますか?
: 全然最近買い物してない。昔のマルジェラと、その前のヘルムート・ラングとか。ユニクロに買収される前の。プラダがやってたときはきれいだった。だから今ラフォーレとかに入ってるラングは安いけど作りが悪いしね。着た感じが全然違う。プラダの工場で作られてた時は、昔のデザインをそのまま使ってやってただけなんだけど、一番好きだった頃のラングの服をやってたから。あとトム・フォードの時のグッチも結構好きだった。高かったからちょっとしか買えなかったけど。
D: カッコよかったよね。
: うん、あの時だけね。なんか今グッチ…なんだろう、ヨーロッパの大人が着るとカッコいいと思うけど、日本人は着れないね。六本木っぽくなっちゃう、なんか。
A: ラフ・シモンズは?
: ああ、ラフ・シモンズは着たことないや。
D: エディ・スリマンは?ディオールだったっけ?
: 誰?知らないなあ。
A: 絶対好きだと思う。今フォトグラファーしかしてない。ロバート・メイプルソープみたいな。彼は僕と同じ年の同じ月に生まれたって誰かに聞いた。そういえば何座ですか?
: 星座?乙女座。
D: わたし火曜日ヨーロッパに行っちゃうのね、3週間くらい行っちゃうんだけど。文化の展示と遊びで。バルセロナで、音楽のフェス行くのね。それからウィーンに行って学校の展示がある。
: いいなあ~。
D: でも安い飛行機チケットは長い日程でしかなかったから、しょうがない…だから帰ってきたら、また話しましょう。またもうちょっと質問考えてもいいですか?
A: え、何?これ録音してるって知らなかった。
D: 先に言えばよかった、ごめん!

f de c espresso machine. 高円寺

② 昆虫採集

D: 何で忙しかったんですか?
: FRUiTSをちょっとリニューアルしたの。ちょっとちっちゃくしたかったのと…あと色々…持ってくればよかったね。カードを作って中に入れることしにしたの。
D: カード?
: 小さくて、集められるFRUiTSに載ってる子のカードを作ろうと思って。
D: ポケモンみたいなカード?集められる、人気のある子たちのカード?
: うん。
D: 昔のFRUiTSから?
: ううん、最近の。
D: 集めて交換したりして…?
: 交換。すると面白いかなと思って。名刺みたいな感じの大きさの。
D: で、それはどうやって選ぶんですか?
: 表紙の子と、あとはランダム。
D:完全にランダム?
: 6つくらい選んだ中で、そっからランダムに1枚入ってる。ランダムに選んだうちの1枚と、表紙の子のも入ってるから2枚入ってる。
D: 面白いねえ。
A: 毎回入ってるやつとかもあったらいいね。
: 昔のやつからから?それいいかも。今からやってみようかな。
D: ね、読んでる人の声とか聞いた事ありますか?
: ない。
D: わたしは聞いてみたい。読者の声。実は、前にちょっと聞いたことあるんだけど。私が青木さんについて本を書いてるって言ったら、「青木さんって誰?」って聞かれて。みんな青木さんの存在知らないの。FRUiTSは、10代とか20代とかの子たちのグループが作ってると思われてるみたい。
A: ホント?海外で?
D: ううん、日本人に聞いた。
: ああ、最近の子は知らないかもしれないね。
D:昔の子は知ってる?
: うん、多分僕が自分で撮ってたから知ってると思う。
D:でも、青木さんが撮ってた時、みんな青木さんが実際に雑誌を作ってる人だって知ってたかな。
: うーん、でもどうだろうなあ…よく撮られてた子たちとかは知ってるかもしれないよ。
A: この前話してたけど、英語のウィキペディアでは、青木さんのところ、”Japanese photographer”って書いてある。日本語のウィキペディアには野球選手の名前が一緒に載ってるけど。 自分自身がフォトグラファーだと思いますか?
: フォトグラファーって書いてある?
D:それどう思う?
: いいんじゃない?
D:でも青木さんホントに、フォトグラファーなの?
: まあ、昔撮ってたしね。
A: 確かに、最近はみんな誰でも写真撮ってるけど。青木さん自身は自分のことをフォトグラファーだと思いますか?僕は自分がフォトグラファーとして、あなたは「反フォトグラファー」っていうよりも、「非フォトグラファー」だと思う.いい意味で。
: うん、そうかもしれない。まあ僕は人が呼びたいように呼べばいいと思うけど。でも海外ではフォトグラファーって言った方が便利だし、話が早いんだよね。まあ写真撮ってるからフォトグラファーって言われるのは間違いじゃないし…それが全部じゃないけど…雑誌を作ってるっていうのもその一部であって…
D: じゃあ雑誌のエディター?
: いや、そう言う感じじゃないよね…。でも海外の認識的にはフォトグラファーでもいいかもしれない。ちょっと違うけど。
A: フォトグラファーではないと思う。だってなんか違うもん。
: 確かに違う。
D: 何が違うと思う?
A: フォトグラファーとしての、意識が違う。向き合い方が違う。フォトグラファーって、撮りたい、或る状態を創ってると思う。既に頭の中にそういうのがあって。それか、そういう状態のものを探しているというか。
D: 写真を撮りたい?
: ああ、何か、その、ある状態を創り出したいとかは思わない。ただ、こういう状態を撮っときたいだけ。←
D: だから写真は目的じゃなくて、その時のその人を、その瞬間を、撮っておきたいってことかな。
: そうだね、でもドキュメンタリーのフォトグラファーは基本的にはそんな感じかもしれないね。戦争のフォトグラファーとかね。なんかドキュメンタリーのフォトグラファーも、いい構図を考えるところから入っていくことが多いから、そういうのとも違うかもしれない。きれいに撮りすぎてるような気がする。あんまりきれいに撮りすぎても、逆に伝わらないなあと思うんで。例えば911の写真とか、すごく美しく撮れてすぎて、なんかアート作品になっちゃってる。←
D: フォトグラファーの人たちはそういうことを意識してるから、撮るときがちょっと違うのね。青木さんはそうじゃない。ホントに、ただ見たものをパチっと撮って終わり?
: なんだろうなあ。どっちかといえばできるだけ排除したいと思ってる。アート的な意識を。僕の表現はしたくないの。
D: アート作品を作ったことはある?
: ないない。
D: 公園行って花の写真撮ったりとかも?
: ない。
D: 青木さんがカメラを使うときは、ストリートで人の写真撮るときだけ?
: でも歩いてて、いいなって思って何か撮るときはあるよ。それはアート作品ぽくなったりもするけど。
D: どんなもの?ビルとか?
: この辺とか。(壁を指して)

D:この部屋撮るなら?壁の汚いところ?
: そう、パリとかでそういうのよく撮ってたけど。まあ、日本ではそういう感じにあんまりならない。
D: でも絶対面白いと思う。毎日、1~3枚くらい撮って。青木さんのセンスで。センスは絶対ありますもんね。
: だからそういうのが出ちゃうのが…良いとか悪いとかじゃなくて、自分の表現が出ないように気をつけてるけど、どうしても出ちゃうもんね。でもまあそれでもいいのかなって…日本の工芸?焼き物とかさ、そういうのって、自己表現のためじゃなくって。作家の個性とか、表現の仕方とか、意味を含ませることが、制作の過程で邪魔になるっていうか…
D: もうちょっと詳しく説明してくれますか?わたしそれずーっと思ってたの。日本の工芸とかの職人に対して。なんでモダンにしない、なんでもっとモダンにするとか、いろんな作家の個性を表現がないのか…新しいやり方とか。
: でもそっちの方が、高度なんだよ。アートとしても価値がある。もっと純粋な美みたいなものとか、どっちかっていうと、神の領域。本当の意味で、神とか自然とかの意識に近づくことっていうのかな。本当にハイレベルな人たちは、アートとか自己表現から完全に離れたそういう領域まで達していて、ひとつ何百万円とかするものを創ってる。能も結構それに近い。歌舞伎はまたちょっと違うけど。
D: 歌舞伎はもうちょっと装飾的でですよね。
A: それって、まだデジタルカメラとかコンピューターにも通じるところがあるような気がするんです。禅とかわび・さびとかそういうのって、ちょっとマルジェラに通じるものがあるような気がするんです。最近、マルジェラと働いていた人たちと話すことが多いんですが、マルジェラは、彼のスタジオでこういう物を作りたいって言うんですって、雨の中で自転車に乗ってると、パンツが濡れて足にくっつくでしょ、そういうパンツが作りたいって。もっと前は、フリーマーケットですごく安いタキシードを買った知り合いがいて、それを見た彼が同じ物を作ろうって、そのまま。
: ああ、なんかタキシードの話と似てるところがあるかもしれない。マルジェラはタキシードをそのままコピーしようっていうでしょ。でも普通の若いデザイナーだったらそれをアレンジしようって言うのね。それって全然行為として違うものだから。そこがマルジェラのすごいことだと思う。
A: ああ、でも皮肉にもでは、そういう日本的な控えめな感じとかって、今の日本にはあまりない気がする。言ってることはすごくわかるし、日本人はすごいがんばってるんだけど…やりすぎてるとか、過剰にデザインされてるものとか、過剰な「わび・さび」とか…
D: たとえば、森ガールっていうのはナチュラルをテーマにしてるのにやり過ぎてるところとか?すっごいがんばって作ってる。
: でもね、東京の男の子とか女の子とかでおしゃれな子たちの考え方は、やっぱりやり過ぎないっていうのがあるよ。完璧にしすぎないってところを意識してやってたりする。
D: 完璧ってどういうことですか?
: なんだろうな。上から頭まで、靴まで全部キメるファッション。それだと逆にダサくなっちゃうから、一個わざとはずすとか、何か足りない状態にするとか。それってマルジェラにも通じるところがある。最初のメンズのコレクションのショーでは、中に入ったらまだ作業してる人がいて。まだやってて、それで「終わりましたー」って出てきたら、作業の人とモデルが同じような格好だったんだよ。全然区別がつかなかった。あれ別に古着屋で買えるよなっていうやつだったんだ。わざとそうしてたんだけど。本当に、ちょうどいい感じで。やり過ぎないでちょっとはずす。あの頃、一歩先に行ってた気がする。
D: あ、話が少し戻るんだけど、今までFRUiTSは何回も形を変えてるでしょ。それは何で?
: なんだろうな、飽きちゃうんだよな。でもある程度影響力があると思うんだよね。
D: 何に?
: ええと、一緒に始めた人に。あと、他の雑誌もそうだし。それを出したときの環境に影響を与えることはあるよね。逆に、他の反応を見て、こっちがどうやって行くかっていうやり方を変えるってこともあるし。直接反応がある時もあるし、自分がやったことと同じことを回りがやり出したら、当然それはフレッシュでもなんでもなくなるから、また変えなくちゃいけない。
今回カードなんで付けたって言うと、雑誌の意味を変えたかったの。雑誌をもうちょっと宝物みたいなものにしたかったのと、ゲーム的な要素を入れたかった。昔は雑誌って結構特別なものだったと思うのね。宝物みたいな。気に入ったものだったら取っとくとか。最近はもう情報だけのもので、バッグとか付けて買ってもらうみたいになってるから。だから、雑誌に載ってる写真のカードを付けて、雑誌自体を宝物っぽくしたかった。
D: どういう影響を与えたいと思って出してるんですか?
: ただ原宿にFRUiTSに載ってるような、面白いことをしてる子たちがいるってことをみんなに見てほしいだけなんだよね。もしそのまま、何の記録もされずにほっといたら、そのシーン自体もなかったことになっちゃうよね。もしFRUiTSを90年代に作ってなかったら、多分その時代のことも、そこにいた人たちのことも忘れちゃうでしょ。それを記録して集めたかったというか…コレクター的な感じ。ストリートファッションコレクターって言うのとかどう?
A: あの、ベンヤミンもコレクターのエッセイが有名。あれおすすめです。
: ああ、あの人。
D: じゃあ、年表を教えて下さい。まだ埋まってないところがあるから。青木さんは1955年に生まれ。それで合ってますか?1965年に京都に引っ越したんですよね?それからが結構間がある。何があったんですか?
: 何も起きてないよ。
D: バイオグラフィ作ろうとしてるから。
: 学校に行ってた。多分。
D:ごく普通の学生として、学校に行って…制服着てましたか?
: 小学校だけ制服であとは私服だった。
D:制服ってどう思いますか?
: 汚いよね。だって毎日ずっと同じの着てるじゃん。洗わないでしょ?クリーニングに出してるの見たことないし、家では洗えないよ。
A: ワックスかけてるみたいにピカピカになってくる。マルジェラのやつみたいに。僕は好きだった。
D: 制服着てるとみんな一緒に見えることとか、気にしてると思いますか?
: うん、一緒に見えるけど、細かいところで違いを出そうとしてるよね。パンツの丈を何センチにするとか。スカートの裾とか。制約のある中でもいろいろ工夫してる。そっちの方が面白いかもしれないよね…
A: そうですね、だから、日本ではみんな同じように制服を着るけど、羊とかみたいに。でもよく見ると、品川から、神奈川のどこかに入ったりすると、学生の制服の着方って全然違いますよね。どこかの駅で同じ発行の制服の女の子が載ってきて、みんな同じように制服着て、同じようなヘアクリップつけてるけど、実際は、1人ひとりみんな違う着こなしをしてる。すごく微妙にだけど、ちょっとずつ違ってて、それが主な違いを生み出してる。
D: おしゃれに気を使ってる子と、気にしてない子の違いもあるよね。じゃあ、なんか初恋とかそう言う話とかありませんか?例えば…「ライ麦畑でつかまえて」読んだことある?
: ない。
D: そうなんだ…じゃあその本買いましょうか。ギャラリーとかに行ったりしましたか?自分の世界がどんなだとか。
: なんだろう?この頃でしょ。
D:なんか映画とか、本とか読んだりしたでしょう?
: 本はね、全然読まなかった。大人になるまで読まなかったね。
A: なんか、最初に美的感覚で「ワォ!」って思った出来事とかは?
: あ、小学校の頃だけど。蝶々の採集をしてたの。
D: それは美しいと思ったから?
: そうそう、それとFRUiTSって似てるすごく、気持ち的に。
D: いつも何かきれいなものを撮(採)りながら歩き回ってたんですね。どこで採ってた?
: 京都で。北の方に山があってね。あの辺山だらけなの。
D: 京都で何か影響受けましたか?
: 京都ねえ…京都の方が東京よりおしゃれだと思う。少なくとも京都の人はそう思ってる。僕もそう思ってた。おしゃれっていうのは、モダンだとかトレンディっていうんじゃなくて…
D: 平安時代からとかの流れで?源氏物語的なおしゃれ?
: ちょっとベースにはあると思うよ、京都のプライドと言うか、美意識とか。今はもう個人的にどうって言えないけど、京都の人たちは、東京の人たちよりファッションセンスあると思ってる。東京の人がどんな格好してたか知らないし、行ったこともないんだけど、でもなんとなく京都の方がおしゃれって思ってたね。やっぱり間違って思うけど。すごく狭い世界でレベルを上げていくとが好きだったんだと思う。たぶんこの頃、高校の頃はアイビーファッションが京都で流行ってたから。
D: アイビー?アメリカっぽい…
: そう、こうブレザーとか。VANジャケットっていう大きいアイビーの会社があって、だから東京もアイビーだったと思うんだけど、でも僕らが京都でアイビーを着てた頃のファッションって、東京はたぶん違う感じだったと思う。その時はヨーロピアンって呼んでたのかな。JUNっていうアパレルとかね。
D: それいつ?
: 僕が高校の頃だから…あの頃若い子はみんなJUNかVANかって感じだった。
D: JUNが東京でVANは…
: VANも東京。
D: 70年代?
: 多分Googleで検索したら写真出てくると思う。
D: 青木さんのファッションは?FRUiTSにでてくるような奇抜な格好とかしなかったんですか?
: いや、もちろんしたいんだけど…似合わないよね。
D:でも若い時も?
: 若い時は…それなりにおしゃれはしてたと思うよ。アイビーの後は、DCブームが来たり。その後にコムデギャルソンとかヨージ着てた。
A: ヨージに会ったことはあります?
: ない、すれ違ったことはあるけど…
D: 京都のコンピュータプログラミングの学校行ってましたよね。何歳の頃?
: 18,9歳頃かな。
D: 5年間?
: 2年。卒業したよ、大学じゃないから。
D:でもプログラマーとしては働いてないんですか?
: うん、働いてない。
D: 親のプレッシャーはありましたか?
: ないよ、何にも。言われても聞かないもん。人に言われても全然聞かない。昔も今も。参考にはするけど。逆のことやったりしちゃうかも。反抗はしないんだけど、言うことは聞かない。
D: 自分はrebelだと思う?
: レベル?
D: 革命者…うーん。例えば、みんながこうしろって言ったら、青木さんはああする。とか。自分は反逆者だと思う?
: うーん、まあそうかもね。
D:  親に将来のこととか言われなかった?仲はいい?
: うん。
D: で、車の工場に入って?
: いや、それはアルバイトで3カ月くらいだけだよ。
D: それは卒業してから?
: 卒業した後に、3~4年くらいは京都の会社に勤めてた。
D: 何の会社?
: あのねえ、これは書かないでいいんだけど、佐川急便の本社が京都にあるのね。そこにいた。そこでコンピュータの開発の仕事はしてたけど、プログラムはしてない。
D: で、その後そこでお金稼いで?
: それで東京に出てきたの。1年は東京にいて、それで京都に戻って。あれ、ヨーロッパ行ったのが先だったかな。
D: ヨーロッパは82年。働いてから、東京に来て…
: あ、東京に来る前にヨーロッパ行ったのかな。
D: ヨーロッパから帰ってきて、本屋さん作ったって。
: そうそう、本屋さんやったね。会社を辞めて東京出てきたんだ。1年くらい。それで京都にまた戻って、お金貯めてヨーロッパに行った。6カ月、パリとロンドンとか、いろいろ回った。
D: ホステル?ホテル?
: ホテルに泊まったんだけど、深夜列車で寝たりとかもした。
D: で、戻って、本屋さん作って、85年にSTREET。結婚はいつ?
: 結婚はいつだっけ?
D:次は結婚て書いてあるけど…FRUiTSの後だった?
: 後だね。
D: STREETつくって、マルジェラの本作って、FRUiTS、マルイでFRUiTSのお店やって、FRUiTS mixは2009年。でもその前に結婚してますよね。いつ?何年に結婚してる?
: 何年だろう…笑。平成5年、かな。今は平成24年でしょ。94年かもしれない。違うかな。違うね。
D: 結婚した後は、仕事に影響はありましたか?奥さんもファッション関係だったし…意見を交換したり、自分の意識が向上したとか。
: 結婚ではないけど、ファッションについては奥さんの方が詳しいから。
D: だから結構話しますよね?
:うん、するする。
D: 結婚する前は結構つき合ったりとかは?
:うん、まあ…時々ね…でも最近の日本の女の子とかはさ、結婚を目的につき合わないじゃない?逆に男の子の方が結婚したがるみたい。昔は25歳過ぎると女の子は、つき合うともう結婚とかでてきちゃうから面倒くさくって。しばらくつき合ってなかった。今の奥さんの前は何年もつき合ってなかった。つき合うのは結構イージーにつき合うじゃない。かわいいなあとかって。でも女性の方の最終目的が結婚ってなっちゃうと、そこまで結婚していいっていう人が出るまではつき合うの辞めようって思ってた。25歳過ぎた女性とつき合うと、責任とれない。責任って言うのは結婚ってことだけど。
D: 結婚しようと思ってつき合った?
: 今の奥さんと?そう、うん、結婚してもいいかなって思った。でもつき合いはじめたのと結婚まで時間があったから。いつか覚えてない。
A: どうして結婚する必要がある?
: うん、それはわからないねえ。
A: 子ども3人いる…
: 日本に?
A: 一人は日本にいる。結婚って、日本は特に、異様な圧力が上からくるから…人間関係が出来上がる前にくるから。
: うん、世界的にそうなのかもしれないよね。フランスはそうだよね、あんまり結婚しないでしょ、みんな。結婚しないでも一緒に住んでて、パートナーで、法律的にも守られてる。面白いよね。
D: カナダもそう。
A: 日本は順番が違う。昨日子どもの母親と、まあ今は仲も良くなったけど、彼女はわかってるけど、社会的なところに入ると…なんか基準が違ってくる。西洋人だから、日本の女の人とつき合うことができない…日本のそういうのとは、順番が逆だから、承認されてできる関係を築くことができない。
D: なんの順番?
A: 僕の立場から言えば、人間のつながりってコミュニケーションで築き上げていくもの。誰かと知り合って、お互いに意味があることを見つけて、理解して、その上で結果的に結婚する意味があるんだったら、じゃあ結婚してもいいと。でも日本では、ちょっとずつ変わってきてはいるけど、早く決めすぎて、結婚しようと思うポイントが早すぎたり、思い込みで結婚しようとする。日本だけじゃないけど…
D: 両親が生まれたイランもそう。結婚を決めてから、コミュニケーションをとる。うまくいくことを願って。
A: 上からばーんと何か落ちてきて、変なリアリティに絡んでいかなきゃいけない。多分それがDNAに組み込まれたりしてるとできるのかもしれないけど、僕には本当に正直なコミュニケーションがなくなりそうですごい大変。ちょっと誇張しすぎたかもしれないけど。
: 向こうの家族とかそっちの家族とかね、面倒くさいよね。
A: あれは、人間失格…
: でも最近の若い子の感覚は変わってきてるみたい。男の子がつき合ってて結婚早くしようよって言って、女の子が別にいいじゃないとか言ってね。
A: でも両方ある…複雑すぎる…
: 奥さんは日本人なの?元?別れた?
A: 前は結婚してた。でも結婚っていうものは…ちょっと西洋的で、しかも僕は1968年に生まれて、エネルギーって自然にそのへんにあるのが普通だったから、言葉的に抵抗がある。「奥さん」っていう言葉聞くとむずむずする…他の人が使うのはいいんだけど…
: なるほど。僕の今言う、「奥さん」っていうのは尊重してる感じ。他に言葉がないもん、僕が「妻」っていうのはなんかわざとらしい感じになるでしょ?
A: 正確には、でもその尊重するっていうことについては、僕はちょっと西洋的すぎるのかも。誰かを持ち上げるにしても、下げるにしても。民主的じゃない(笑)「パートナー」ってカタカナで言うこともできて、西洋では一般的に受け入れられてるけど、それも違った意味でちょっと変。客観的すぎて、ちょっと愛の可能性を否定しているように受取られる。
D: そのルーツは、平安時代頃からの、女の人は結婚すると家を出ないから、奥にいるって言う?
: でも、どっちかっていうと、会社の社長ってオフィスの部屋のなかで見ていて、あんまり外に出ないでしょ?だからそういう感じなのかな。
A: そう、奥にすごいパワーがある。だから、本当に日本の女性たちのことをかわいそうだと思う。だって、彼女たちは男性に抑圧される必要はないんだもの。これは西洋のフェミニズムとも違う、複雑で微妙なことだと思う。僕はいろいろなことを、極端に捉えすぎてるとは思うけど。何かの役を演じるのは上手くないし。
D: それ考えたことなかった。それって面白いけど、不公平な社会の兆しじゃない?
: うんでも、まあルーツはいいんだけど、ものすごく差別されてた歴史はあるからね。それは日本だけじゃなくて。
D: じゃあ、青木さんは自分のことを「奥さん」だと思いますか?社長として。事務所にいて、みんなに撮ってもらって、こうしてって、指示したりして?
: そういう風に思ったことないけど…
D: 成功してますか?自分が成功者だと思いますか?
: 成功してるとは思ってないよ。
D: 何にしても?
: 成功の意味がわからないんだけどね…
D: まず青木さんの目的は、毎月雑誌を出す目的はなんだったんですか?
: 何のために仕事をするのかっていうね。仕事はしなきゃいけないでしょ?しないで済むならその方が良かったけど。まず、人は仕事をしなくちゃいけないし、お金が必要でしょ。でも働くなら、仕事をするのに費やす自分の時間とかパワーとかエネルギーが、何かの形に還元されないと意味がないって思ったから、何か社会的に大きな影響のあることをしたいと思うでしょ。お金を稼ぐことと、その仕事の意味みたいなもの、その両方を考えていて、この仕事がやれるようになったっていうのはあるけど。
D: 働く意味と、仕事と社会との関係?
: STREETを始めた一番の理由はね、日本の人が、ヨーロッパの人をファッションから理解して、リスペクトするっていう。ファッション雑誌をメディアとして使って、ヨーロッパの若者を見せると、日本人の若者は彼らのスタイルやファッションに親近感を持つと思ったんだよね。それは、言葉よりも強力に伝わると思った。僕個人の目的は記録するためなんだけど、社会的なレヴェルでは、おしゃれな人がおしゃれな人を見て、リスペクトできればいいっていうところだよね。おしゃれとか美的感覚っていうのは言葉とか政治よりも簡単に境界を超えられると思ったんだ。
D: で、STREETの目的は日本人が海外の人をリスペクトするっていう。
: そう。で、FRUiTSの目的は、海外の人が日本の子たちをみて、同じようにリスペクトするっていう。
D: そのリスペクトというのは?
: リスペクトする意味はね、殺し合わないってこと。平和のために。
D: コミュニケーション?
: そう、だから知ってたら喧嘩できないでしょ。通りすがりに誰かにあいつをやっつけろって言われても、その相手を知ってたらできないでしょ。もし海外の子たちが、日本の若い子たちのセンスを理解すれば、お互いのファッションの感覚をわかってくれたら、殺そうとか思わないかな、って。戦争にもならないし。僕はロンドン好きだし、イギリスと戦争になってもロンドンの人には鉄砲は向けられない。知らない国だったら何のインフォメーションもなくて戦争したとしたら、殺せちゃうかもしれないけど。そういう感覚、美的なところで共感があると一つになれると思うのね。
D: それってすごいね。戦争を例えにね。青木さんは若い頃、外国人にはそういう心を持ってたの?
: 持ってないよ、それは。
D: でも第二次世界大戦のあとは…
: 戦争に入っていったところのこととか、その後のことは、色々情報は入るよね。その時の日本人の気持ちみたいなのも感じようと思えば自分でもわかるわけじゃない?確かにそういう気持ちに、操作されてコントロールされれば、そうなっていっちゃうなって言うのもわかるから。それは、聞かされたことしか知らなかったからって言うのは大きいよね、だって外人見たことなかっただろうから、その頃の日本人は。
D: 好奇心は持ってたのかな、日本人は外国人に対して。
: どっちかっていうと怖かったんじゃないかな。全然違うものだって思ってたんじゃないかな。逆に日本人もそう思われてたと思うから。
D: そう、今でもそうだよ。
: 今でもそうなの?そうなの!?
D: 日本人ですか?サムライですか?みたいな(笑) そういう人いるよね(笑)だからそういう人には、FRUiTSはすごく役立ったと思うんだよね。違う世界を覗き見するみたいな。
:日本人の意識?戦争の話に戻るけど、日本の若い子って、ファッションでグループが分かれるじゃない?だから全然違うタイプのファッションしたグループだと結構喧嘩になったりするでしょ。
D:そうなの?ウエストサイドストーリー?
:裏原ブームの時は、裏原の子たちは違う格好の子たちを指差して笑ったり、STREETで、ロンドンで撮影してた子がいるんだけど、彼はまあ変なカッコしてたのね。で裏原通ったら指差して笑われてたから、「なんで笑うんだ?」って言ったら、後ろから蹴られたって。
D: ええっ?そんなばかな…
: でもあれもそうだよ、地方でヤンキーとかさ、違うファッションしてるヤツをからかったりとかするんだよね。そういう存在じゃん?だからリスペクトするのも反対にファッションなんだよ。
D: 厳しいね、すごく厳しい…何の話だった?
: 成功。成功と、なんで仕事するのかって。
D: 安定してると成功っていう訳ではないのかな。
: 成功ってさ、今のままの状態がずっと続くって保証されてるなら、例えば日本の国家公務員みたいに、そうしたら成功かもしれないけど、いつ何が起こるかわかんないから。
D: 若い頃何をやりたかったんですか?将来の自分が何をやっていたいとか。
: 自分で何かをやりたかったかな。人からこれしてください、っていわれるの嫌いなの。だから自分で決められるなら、喫茶店でもなんでもいいかなって。
D: じゃあ、ある意味成功してるじゃないですか?やりたいことをできていて。
: でも、それはどうかわかんないよね。
D: あ、でも自分が成功とか、トップになってると思った瞬間、そこから落ちるしかないもんね。
: そうそうそう。でもね、なんだろうな。日本で成功って結構難しいよ。なんで?
A: (Daphneに。Aokiはトイレに。)さっき思ったのは、君が青木さんに尋ねてる「成功」って、ちょっと意味が違うような気がする。アメリカンの成功者とか、野望とか、そういうことでしょ。でも、彼が言ってるのは、全部社会的なこと。社会的な責任をどう果たすかとか、そういう社会的な話に全部戻ってきてる。
D: 有名になりたいですか?
: とくになりたいとは思わない.
D:自分が有名だと思いますか?
: 有名だとは思わない。
D: 雑誌は有名だと思いますか。
: どうだろうねー?
D: 有名でしょ。
: そうかもねえ。
D: でも有名じゃなくてもいいの?
: 日本ではとくにあまり有名になりたいとは思わないかな。世界では有名だとおもしろいと思うよ。
D: 雑誌は有名だけど、青木さんはあんまり知られてない?
: 日本で?世界で?
D: 世界で。ほとんど知られてないと思う。
A: わからないけど、彼は英語のウィキペディアのページには載ってるけど、日本語のところにはない。シドニーのPowerhouse Museumでなんか、展覧会をやったとき、行きましたか?
: ああ、行ってない。
A: 僕もあのときシドニーにいたんだけど、展覧会には行ってません。でも、なんか宣伝文句はあなたのことを、ちょっとスーパースターみたいに、「アオキ,ジャパニーズフォトグラファー」ってあれやこれや書いてあった。アラキ(荒木経惟)みたいに。
: うそでしょ。
D: さっきこのオランダの人たちと話してたの、東京は流れが滞ってて、不景気だって。
A: それについてはちょっとわからないけど、そういうのって、全部ヨーロッパのアカデミックファンタジーだと感じてしまう。ごいスピードで筋書き通りに発展してる中国に比べて…とか、その意見には賛成しないけど…東京は確かに動いてる。いつも。(細かく痙攣してる手)みたいに。(腕を斜めに上げて遠くに投げ出して)こんな風ではないけど。
D: どういう意味?
A: んーーー、東京、日本は、なにかすごいアイデアや、何かを一掃するような革命的な動きはないけど、いつもちょっとずつ…盆栽みたいに、盆栽については個人的にはちょっと矛盾した気持ちを持ってるんだけど(笑)盆栽はすごく美しいけど、見ていて痛くもある。わざと遅らせてる…いやいや、成長を阻止されてるって言った方がいいかな…たとえば、チェスと将棋を比較すると、チェスは、クイーンとか、他の駒も、飛び越えて移動することができるけど、将棋はすごくタイトな動きで、あちこちから圧力がかかる。すごく。僕は将棋もすきだけど、日本にいる間はプレイすることができない。だって、ここでの生活そのものが将棋をプレイしてるみたい。だから、停滞してる用にしても、いつも動いてる。将棋知ってるよね?
D: 知らない。将棋、名前は知ってるけどルールは知らない。
A: 相手の駒を取ったら、自分の駒にできる。それで、盤の後ろに置いとけるの。黒澤明の「乱」とか「影武者」みたいに、どっちか忘れたけど。映画の中で、捕虜の旗の色を変えて、また敵地に送り込むんだけど。将棋には、白も黒もなくて、全部白。しかも、チェスみたいに論理的で、ゲームが進むにつれて、自分が有利か不利なのかわかる訳でもなくて、将棋はますます複雑になっていく。どんな動きもできるけど、動きが信じられないくらい遅くて、駒どうしの動きがすごくタイトでインテンス。
: そうだね、わかる。それには日本の社会的な構造があると思うよね。独立した動きはしにくい。政府のトップとか、天皇が僕たちの上にいて…
D: リーダー
: うーん、「お上」…うーん中国で言う共産党みたいな感じ。
D: 天皇?権力者?政府?
: そう、そんな感じ。(お上)
D: (辞書を見ながら)えーちょっとウケる!オカミって「ワイフ」って意味もあるんだ。
A: え!また!?「オカミ」は知らなかった(笑)
: でも日本ではFacebookのザッカーバーグみたいに、パワーを持ちすぎる人間はすぐ潰されたと思う。
D: どうして?
: だって、きっと権力者にとって邪魔だから。
D: それって誰のこと?
: みんなが「霞ヶ関」って呼ぶ人達ー官僚社会のこと。これは戦争が終わってからずっと同じ。アメリカが日本に介入してきて、テレビとか、新聞とかのマスメディアもコントロールする新しいシステムができた。大きい会社とかからもコントロールされてる。独裁的な社会システムだけど、一人の独裁者がいるんじゃなくて、何万人も独裁者がいるんだ。
A: システムが独裁者。官僚社会そのものがってこと?
: そう。沢山の人がシステムをコントロールしてるから、誰のせいとか言うことができない。でも最近は何人かの個人が明るみにでてきてるけど。
D: ほんとに?
: 例えば財務省のトップとか、メディアの、読売新聞のトップとか明確にいるはいる。一番上でコントロールできるやつは。表に出てきて政治家をやったりはしてないからあれだけど。だからさっき言ってたように、あんまり目立つ行動をすると、潰される。
D: まあ、日本語のことわざあるよね。
: 出る杭は打たれる。
D: そういうプレッシャーをかけられたことはあります?
: うーん、直接はないけどね、僕は自分で出版してるから。でも出版だってその中に入ってるからね。大手の出版社とはやりにくい。その上にはさっき言った、霞ヶ関がある。
D: でも自分と同じ年代で社長をやってる人たちと比べたら、ストレスはあまりない?
: どうだろうねえ、そんなには感じないかな。
D: 好きなことやってるからね。
: 好きじゃないことはやらないから。締め切りはストレスかな。ちょっと変えていきたいと思ってるけど。
D: 例えば?
: 例えば、指示だけしたら、僕がいなくてもできるような状態に。
D: ニューヨークに引っ越して?
: そうそう、ニューヨーク行きたいね。どうだったあの話?
D: えーっと、すっごい工場とね、やりとりが難しくて。日本での。日本での生産やめて全部アメリカでやろうかなって。なかなか名前がないと、工場は話してくれないの。あなた誰?ってなって。だからなかなか進まないんだけど。
: 日本ってそうなんだよね。
D: もしかしたらみんなそのうちニューヨークに住んでるかもね(笑)いつですかニューヨーク移住するの。
: でも女性にはちょっと危ないでしょ?奥さんとか大丈夫かな。
D: 大丈夫だよ、だってマンハッタンとかの素敵なところに住むでしょ。ブルックリンとかブロンクスとかは住まないでしょ!夜一人ぶらぶらしたりはしないでしょ。
:まあ行きたいとは思ってるけど、まだ本当に行けるかわかんないけど。
A: 僕の友だち、そんなに有名じゃないけどブランドやってて、明治通りで小さいお店やってた。すごく有名な訳じゃないけど、いい感じにやってて、彼女今70歳くらい。パリで、すごい若いデザイナーの人と一緒にまた新しいブランド始めて。去年。日本のシステムに嫌気がさして。彼女はすごくクールで、彼女の夫が70年代から80年代前半とかにアメリカのヴィンテージの輸入やってて、それから彼女も自分のブランドをやってて、結構いい感じにやってたんだけど、子どもたちが独立して、離婚してから、彼女のニューライフが始まった。
: うんうん。さっきの将棋とチェス、すごいよくわかるんだよね。日本だと色々やり辛いって。時々見ててピンとくるやついるんだけど、なんか潰されるから。
D: ニューヨークに行けば自由にやれると思いますか?自分は自由だと思う?
: 自由だとは今も思ってるよ。でも一番最初に言ったけど、日本の会社経営のシステムとかもグーンとチェスみたいな動きをするところにはバイアスがかかる。ちょっとずつ大きくなってくところにはシステムも応援してくれるんだけど。アパレルとかをみてても、急成長しちゃうと潰れちゃったりとか。税金もそうだし、銀行のシステムもそうだし。売上げが落ちたら貸してくれなくなっちゃうから、逆に無理矢理売上げを増やそうとする。そうすると無理をして膨らませていくと、本当にダメになった時にはもうクラッシュしちゃう。だから急成長したときに、コントロールするのはすごく難しい。

世界之窗 (深圳) Erik Berhardsson
ストリートファッションPARIKORE会場 1985 STREET #1 ➡

③ 珈琲

A : …ああ、あのウェブサイトの謳い文句読んだけど、なんか変だった。
D : 何?Commons and Sense?
A : あの、ちょっと文学的に言ってたけど…日本にああいう雑誌がないのは、彼らがヨーロッパの雑誌をコピーしてるから…いやいや、10年前の、すごく面白かった時のヨーロッパの雑誌をコピーしてるからみたいなことをすごく明確に言ってるけど…それが良いとは思えない。
: でも他の日本の雑誌とはちょっと違うよね。
A : そうけど…
(コーヒーをつくってる音)
D : じゃあ、青木さんは、今までの雑誌とは違うものを作りたかったってこと?ヨーロッパか日本の雑誌で?
: そうだね。ファッション雑誌で…
A : 砂糖いる?
: いる。ええと、僕が作りたかったのは、ファッション雑誌だけど、違うもの…
D : 若いデザイナーとか新しいものを紹介したりする。
: しない。RUBYみたいだけど、実際にフォトシュートとかもあるファッション雑誌。
D : RUBYに載ってる最先端の女の子たちがハマってるものとか乗せたり?
: ファストファッション。
D : ファストファッション…
: そう。しかも、セクシーでクールにスタイリングされてる。
D : そういう雑誌にはどんな価値があると思いますか?
: あー、そうだね。新しい日本人はクールだってことを見せる。FRUiTSがそうだったように。RUBYはヨーロピアンの古典的なセクシーに通じるところがあるけど、もっとフレッシュなんだ。それが次のビッグなトレンドになるかは分からないけど…同じではないと思う。
D : 何と何が?
: 新しい日本人ルックとヨーロピアンのルック。
(コーヒーがカウンターに出てくる)
D : すっごくおいしそう。同じものもらってもいい?
A : わかった。
(青木さんがカメラで撮影する音)
D : いつ発売されるんですか?
: 多分11月とか。準備できたら。コーヒーすごくおいしい。当然だけど。
A : なんて名前の雑誌?
: Visible
A : Visible?いい名前。
: なにか、それまで見えなかったものが見えるようになるような…
A : 全部名前がいい。
D : うん。いい名前。
: うーん…
A : RUBYもすごくいい名前。そのものって感じ。
D : FRUiTSはなんでFRUiTSなの?
: FRUiTSは…
(コーヒーグラインダーの音)
: FRUi…
(コーヒーグラインダー)
A : これ録音してる?
: コーヒーほんとにおいしい。ほんとに…
D : Alinがつくった。こんな変な場所で。多分新宿でおいしいコーヒーを飲める場所はここだけかもしれない
: そうだね
A : 新宿だと、僕はいつもSegafredoに行く…
: これは高円寺で使ってたのと違うね。
A : これ高円寺で最初に使ってたもの。
: ほんとに?これ、ここに運んできたの?
A : 話が長くなるけど…僕はこのマシンと、高円寺で青木さんが見たやつと持ってて…ちょっと会話が飛んじゃうけど、この会話はちゃんと編集されるけど、ちょっと面白いからこれをそのままノーカットで使おうと思う。シネマ・ヴェリテみたいに。最近は誰も使わないけど。
D : 60ページくらいになりそう。
A : アンチ・ツイッター
: (笑)
A : 大丈夫かわからないから印刷する前に青木さんに確認したいけど…シチュエーションコメディみたい。
(クリック クリック)
: 僕はこのマシンの写真、奥さんに見せるために撮ってるんだ。あ、これは軽蔑される言葉だった。
(一同笑)
D : でも青木さんが説明してくれたからもうわかったよ。
A : ほかのコーヒーマシンの写真もある。見て…これ。これ雑誌に載せた方がいい。
: 日本人にはこんなもの作れないよ。
D : どうして?
: わかんないけど…
A : なんで?
D : 外側を取って?中だけ使ってるの?
: 中身から始めてるから…日本人は外しか見ない。完成された製品しか。
D : システム?
: システムって?
D : システム全体のこと。
: 日本人はそんな風に考えられないだけだと思う…多分、アーティストとかは考えるかもしれないし、こういう形を作ったりするかおしれないけど。でも絶対に、中にコーヒーを入れて実際に使おうとはしない。ありえない。多分日本から出たとしても。すごいことだ。
D : それで…FRUiTSのネーミングのことだけど。
: 意味は2つある。FRUiTSのファッションは、フレッシュでカラフル、そして若い。もうひとつは、STREETが日本に入ってきて、熟してFRUiTSになったから。
A : どうしてFlowersじゃないの?
: 本当はFlowerも最初は考えてたんだけど。
A : え、ほんと?
: でもコピーライトの関係ででそれは使えなくて。もう使われてた。
D : でもフルーツの方がいいですよ。フラワーズはちょっと…わかりやすすぎる。それでTUNEは?
: TUNEは…音楽のことを考えたんだよね。本当はNOISEってしたかったんだけど、それも既に使われてたから。
D : 音楽雑誌っぽい。
A : NOISEって雑誌がどこかにあるってことですか?
: 雑誌じゃなくてもあるんだよ。その名前が使われてたから…
D : わたしのお皿汚い…コーヒーはすごくおいしい!
A : 甘すぎない?
: ううん、ちょうどいい。ガムシロップ使わないところがいい。
D : ガムシロップは、なんか怪しい。
: 怪しい?
A : 砂糖の方がいい。僕はだいたい、アイスコーヒーにガムシロップをつけるか砂糖をつけるかでマクドナルドみたいな場所で店員と喧嘩する。
: おかわりください。
D : コーヒーに砂糖を入れるかどうかで喧嘩するなんて、そんな人Alinしかいないよ。
: 美しい。
D : いいカップのコーヒー。
: アートみたい。お水もらえる?
A : 多分ここの水は飲める。
(写真を撮る音)
D : Monkiだけど、一体何を話したいっていうんだろね?
: うん…何のコラボだろうね?
(またコーヒーが淹れられた)
: Alinが言ってた哲学者誰だっけ。
D : ベンジャミン?
: そう。彼の複製技術についてのエッセイを読んだよ。
D : 復活?
: コピー。
D : ああ…
A : んー…「複製技術時代の芸術」
: それだ。
A : それ、多分彼の一番有名な本。
: すごく面白くて、しかも短かった。だからそれを読んで、自分もショートエッセイを書こうと思った。
D : じゃあ今すぐ始めましょう。
: うん、それで本の最後にくっつけたらどうかなって…
D : すごくいいと思う。
: ねえ。
D : わたし、青木さんに前書きも書いてほしいんです。どうして本を書こうと思ったのか、どうして私に頼んだのかとか…基本的なこと…なんで英語なのかとか…
: ファイドンから本を出して、世界中の人達が原宿のファッションを知るようになった。だけど、この本は、時系列で掲載されていないから誤解されているところがある…
D : 文脈がない。
: 僕は、時系列で見てほしいと思った。それが僕の本当のアイデアだった。でも、僕がFRUiTSと名付けたファッションが生まれた時から、そのブームがクールダウンするまでの5年間、4000枚以上の写真の中からファイドンの編集者がピックアップしたものは、時系列に沿っていない。。だから、進化の過程があの本からは見えない。その間に沢山のことが起こって…
D : 確かに。
: 何故そういうブームが起こったか、起こったルーツや順番があった。だから、そういうことが起こった例を挙げて、どうしてそういうブームが起こったのか説明したいと思ったんだ。
D : じゃあ、一緒に雑誌を見ながら、その変化とか、影響のあった人物について説明してくれますか?
: ルーツと、変化していったステップを。
A : 分析ですね。海外でもみんなそれを知りたいと思う。
D : そうだね。
A : ただクールでクレイジーな日本じゃないってことが説明される。
: そうだね、みんな表面的な「クールジャパン」についてききたがる。だけどもっとちゃんと説明したいんだ。例えば…ジャージについてだけど、日本では「ジャージ」って言うけど、英語では何て言うんだろう…
D : スポーツの時のジャージ?
: トレーニングウエアあるじゃない?何て言うの?
D : ええっと…ジャージはスポーツ用のシャツ?かトラックスーツ。セットアップの…アディダスとかの。
: そうそう。僕たちは、どうして彼らがジャージを着ていたのか、最終的にどうやって発展していったかのかを知ってる。
D : 私も持ってる!
: デコラファッション…ほんと?今じゃ普通だけど、当時は結構革命的だったんだよ。
D : ああ、「ジョギングするの?」みたいな。
: 最初は、ソフトパンク風な子達が数人で着はじめたんだよね。すごく新しい感じだった。それからテレビタレントなんかが真似するようになって、一気にブームになったんだ。でもその頃にはその子達はもう次のことを始めていて、チープなプラスティック製のアクセサリーや、和テイストの、着物みたいなものをミックスするデコラスタイルになっていった。これが第一次デコラブーム。第二次デコラブームは、2年後くらいに始まって、独自の進化を遂げて行った。そういえば、リサーチに使えそうな、時系列を追ったインタビューが光文社と終わったところなんだ。ちょっと短いけど、あれをたたき台にして、そこから広げていってもいいと思う。それも一緒に載せたいと思ってたんだ。
D : なるほど。いいですね。
: そう。それもやらなきゃいけないんだ。
D : それで…私、東京都現代美術館でやってた、「日本ファッションの30年」を観てきたんです。ところで、F de C Readerは都現美でも売られるんです。その、日本nファッションの30年で、すっごく大きな年表のポスターがあって、その2005年の写真がFURUiTSのものだったんです。
: そうそう。2005年。
D : でもあれ、間違ってますよね。
: うん…
D : あれ、1995年ですよね。
: そう。間違ってる。
A : 官僚社会…
D : でもFURUiTSが年表にのってて、すごく光栄でした。
A : それっていつ出てきたかが書いてあったの?
D : わからない…でも2005年のところにあったの。青木さんの本のことだけど、どんな方向性にするか考えてる?
: 特に何も考えてない。
D : あと、写真のことも…全部雑誌から選んで載せますか? みんな。
: そうだね。
D : 青木さんの写真も入れましょうよ。事務所の写真とか。
: そうしたいならしていいよ。
D : 青木さんが働いてるところとか、雑誌がいっぱい入った箱とか、フィルムに埋もれた未使用のストーブとか。
: え、何のこと?
D : フィルムの箱に埋もれた未使用のストーブ。
: ???
D : 事務所の台所にあるやつ。あるでしょ?
: ある。
D : ガスバーナー使ってないよね。
: ああ、あれフィルムじゃないんだよ。大きいプリンターで試し刷りするときのインクだよ。すごく高いの。あのプリンターは、展覧会で展示する写真のために使ったの。
: 僕のことについては具体的に書かないでね。
D : どういうこと?
: うん。
D : でも…待って、どういうこと?私にこの本のこと頼んだとき、自分のことを書いてほしいって思ったんじゃないの?それともただFRUiTSのことを書いてほしいと思っただけなんですか?
: ああ…うん、両方とも…僕はみんなにちゃんと理解してほしくて、「クールジャパン」とかアニメとは違った日本の文化を見てほしいと思ったんだ。基本的にはFRUiTSのカルチャーをちゃんとムーヴメントとして認めてほしい。アートや音楽と同じで、そのルーツや進化の遂げ方を知らないと、本当にそれを理解したことにはならないと思ってる。ファイドンから出てるFRUiTSの写真集は、世界的に誤解されてると思う。ちゃんと前書きも書くから大丈夫。
D : そう。よかったよかった。じゃあ、私達はこれからFRUiTSの分析を始める訳だけど、そのためには、青木さん自身のことと、あなたが開拓した写真の撮り方についても書かなくちゃいけないと思うの。今や沢山のブロガーがいるけど、こういったスナップ写真って青木さんが起源になってますよね。あなたはカルチャーに大きな影響をもたらしたと言える。
: まあ、そうだけど…そういうこと言い出すと、君はドキュメンタリーライターにならなくちゃいけない。
D : そうだね。だから青木さんの情報を引き出そうとしてるんだけど。
: ああ、そうなんだ。君はドキュメンタリーライターにならなくちゃいけないよね。でも僕は基本的に、この「クールジャパン」とか「ハラジュクカワイイ」からは離れたいんだ。原宿のファッションとアニメは全然関係ないし、誤解されてる。なぜ5年間でクールダウンしたのか、どうして僕がゴスロリをファッションだと思ってないかも説明しよう。
D : わあ、書くことが沢山ある。Alin、コーヒーのおかわりもらえる?1日何杯コーヒー飲んでるの?
A : 最近はそんなに…5杯から10杯くらい。
D : 5杯から10杯!?
A : 最初にこのマシンを買ったときは、違うことをしようとしてて、友だちと2人で一晩で40杯くらいずつ飲んだ。
D : 1週間くらい寝れなかったでしょ。
A : まさか。ちゃんと寝れたよ。
: 僕もこれ買ったほうがいい気がしてきた。僕もパナソニックの家庭用の小さいの持ってるけど。
D : 私も持ってるけどパナソニックじゃなくてネスプレッソ。
: 僕はもう1年くらい使ってないし、もう壊れてる。スチームとかどっかいっちゃったし。
A : これは絶対に壊れない。
: これはどこ製?
A : イタリア。でもこれは日本ではすっごく高い。
D : いくら?
A : ヨーロッパ、オーストラリアとか、あとカナダでも、多分20万円もしないくらいだけど、これは日本では80万円もする!
D : そんなに!?
A : そうだから本当にこういうのを輸入しようかと思ってる。日本では代理店が1つしかない。モノポリーっていう会社。パーツとかも高い。
D : Alinは日本の価格で買ったの?
A : ううん、ヤフオクで買った。セットで16万円。
D : それは、グラインダー?豆用の?
A : そう。一番ミニマムな設備。
: 一度こういうエスプレッソを飲んだら、もう家庭用の小さいやつとか使いたくない。しかも、それって家のやつと比べてもそんなに難しそうじゃない。自分用のエスプレッソマシン本当にほしい。
(コーヒーグラインダーの音)
D : 小型のやつもいいけどね。
: そう思う?
D : うん、でも私、ミルクの泡立て器買わなかったんだよね。
A : マシンについてなかったの?
D : ついてない。別々に買わなきゃいけなくて、私のは安かったから。
A : それはナンセンス。もっとコーヒーいる?
D : 一杯もらおう。
A : この豆はエスプレッソ向きじゃないから、カプチーノの方がいいと思う。
D : じゃあカプチーノ。
: 僕は何か違うのもらおう。アイス…ミルクなしで。アイスコーヒー。難しい?
A : 難しくはない。エスプレッソフレッド?それかロング?なんだっけ、アルメニア系カナダ人の監督。
: つめたいエスプレッソ。
A : あの、カナダ人の映画監督誰だっけ…
D : アトム・エゴヤン?
A : そう。彼はまだ映画つくってるの?
D : うん、多分。彼はトロントで「カメラバー」っていうバーを経営してる。そこで映画が流してるみたい。スクールバスの事故の映画を作って、みんな死んじゃう恐ろしい映画なんだけど、でもすごく良かった。
D : あとクローネンバーグもいる。
A : ああ、でもみんな今アメリカに住んでる。
D : エゴヤンはトロントに住んでると思う。でも確かにみんなアメリカに住んでる。日本もそうだけど、海外で評価されないとなかなか国内でも認識されないよね。
: カナダに有名なロックミュージシャンっている?
D : んー…Rush?
(合意の声)
D : みんな嫌いなんでしょ。
: もったいない!彼らは英語をがんばって吸収しようとしたけど、世界的に有名にはなれなかった。
D : そうでしょ。いや、そういうことなのよ。彼らは納得してなかったけど。どんなに才能や技術があっても、私達はいつもアメリカの妹分だと思われるのよ。
A : オーストラリアもそう。文化に厚みがない。
D : 濃度ね。
A : プレッシャーとか…良いものを作ろうと思ったらプレッシャーがないと。カナダとかオーストラリアは、自由で、サポートもしてくれるし、みんな熱心。だけどそれでどうなる?
D : ああ、みんな自己満足に流されて生きてる感じがする。「多分銀行で働くかも」みたいな。信念がない。
: 平和な国なんじゃない?
D : まあそうだね。
: 日本は…いつもプレッシャーがつきまとってる。今は原発のプレッシャー。地震のプレッシャー。全部プレッシャー。
D : あれってどうなったの?
: 何が?
D : 放射能。
: 全然下がってないみたいだけど…
D : どんどん増えて、広がってないの?
: 多分広がってると思うんだけど…みんなもう忘れてるよね。
A : みんなカラフルになるのかな。
D : そして、でかくなる。
: チェルノブイリの植物とか見たことある?みんなカラフルなんだよ。
D : スリーマイル島のたんぽぽ見たことある?10年後、植物が突然変異で4倍くらいの大きさになって、黒っぽい緑になってた。グロテスク。でも、公表されてる結果は見てる出版物によるとは思うけど。
A : うん、僕が見たのはすごくカラフルできれいだった。
D : ああ、これからどうなるんだろう?それに、汚染されてる地域についてはどうなってるんだろう?国によって基準が違うから、一体どこが境目なんだろう?
: しかも、お金がある人はさっさと逃げてる。それで、みんなが「どうしてあの人達は逃げてるの?」って思い始めて、それが全ての結果を引き起こしてる。ほんとに酷いよね…本当はアメリカの基準みたいに100キロにすべきだと思うけど。35キロじゃなくて。それか、力を持ってる会社がその土地を買って使うとか。それでみんなそこで働くとか。福島で。日本の闇の部分だよね。わかるえしょ。
D : みんなが知りたくない部分かも。
: 知りたくないだろうね。本当のことは。
D : みんな現実のダークなところは無視してるように見える。そのせいで幸せな人生が狂っちゃうから。
: テレビが僕らの意識をコントロールしてて、それがものすごく大きな影響を与えてる。
D : そうだね。番組と番組の間でも、CMであなたの人生はもっと良くなるって言ってるもんね。みんな広告が普通だと思ってるけど、ちょっと考えたら全然意味がないってことはわかるはず。失礼だし。自分の欠点を直す為に歯磨き粉を買わなきゃいけないって思わせようとして、人のことをこき下ろしてる。CMで自分のごくわずかな欠点でも見つけさせようとしてる。
A : だから共産主義にもいいところがある。
: いいところ?
A : テレビCMは15分ずつ、1日に、朝と夜の2回しかない。だから無視することもできるし、興味があれば見てもいい。
D : いいね。
A : 80年代の西ドイツもそんな感じだった。いくつかのチャンネルは。
D : 青木さんの雑誌にはあんまり広告がないですよね。
: そうなんだ。そんなに載せたくないし、けんかになるだけだから。
D : どういうこと?だいたい雑誌に載ってるのはFRUiTSか原宿に関係ある会社だけですよね。
: うん、彼らが来て、雑誌に載せてほしいって言うから…
D : じゃあ、広告主を探したことはないんですね?
A : 新しい雑誌でも?
: 新しい雑誌には広告ある。
D : 普通の雑誌みたいに?最初の20ページは広告みたいな?
: うん、 もしできたらそうしたいと思ってる.
A : ハイブランド?
: いいや…
D : 日本のブランド?
: わからない。
D : コーヒー飲みすぎたかも。ちょっと外出て走ってきたほうがいい気がする。 : 僕たちみんなコーヒー飲みすぎたよね…トロント、トロント行ったのいつだっけ。
D : トロントに行ったの?
: うん、写真の展覧会で。多分5年前に…
D : え、あそこにいたの?私あの展覧会覚えてるよ…高校卒業した年だったから2003年だ。私は行かなかったんだけど、ルームメイトが展覧会のポストカードを買ってた。キッチンいっぱいに貼ってあって。あの時初めて青木さんの写真を見たんです。Power Plant Galleryでしょ?みんながもっと青木さんの作品観れるように、展覧会した方がいいですよ。
: でも全然興味ないし…
A : そうですね、青木さんのメッセージを伝えるには本の方がいい気がする。
: 写真は…ギャラリーに展示するにはちょっと弱いんだよね。
A : インスタレーションとかの方がいいかもしれませんね。
: もうちょっと要素が必要だと思う。写真の展示する時、全部同じサイズなのが嫌なんだよね。退屈だし。作品を見せる新しいやり方を考えないと。表面的には写真そのものはつまらないし。
D : そうやって考えていくんですね。雑誌の紙質とか。
: そうだよ。
D : いろんな種類の印刷があるけど…
: そうだね。でも僕が欲しいものはないんだ。アクリルに印刷するやり方が好きなんだけど。紙じゃなくて。あの質感…すごくなめらか。でもアクリルは安っぽく見えるから嫌いなんだ。
A : アルミニウムは?
: 印刷したものをアルミニウムにくっつけるの?蜷川実花はいつもアクリルを展覧会で使ってる。あれはみんなすごく美しく見える。コーヒーに酔ってるよ。あと1杯だけもらおうかな。もうすぐ行かなくちゃ。
D : じゃあ、日本は先を行ってると思いますか?
: どういう意味?日本と、日本人は好きだけど、政府は嫌いだね。
D : 青木さんのビジネスモデルは何ですか?人に言われて何かするのが嫌いっていうことは知ってますけど…政府と歩み寄ろうとしたことはありますか?
: 全然わからないな…僕らの仕事は政府と何も関係ないから。税金だけかな。
D : じゃあ妥協しないんですね。
: しない。
D : ヤクザと関わったことありますか?
: ない。
D : 「雑誌にこの紙を使え」とか…
: ないない(笑)
D : 昨日夢にヤクザがでてきて、私の家にきたんです、「俺たち此処に住むから出て行け」って言われて、キッチンを使い始めたの。すごく変だった。青木さんはそういう経験ないですか?
: 彼らは堅気の人とはあんまり関わらないよ。無所属の人達には。
A : 原宿にはヤクザいる?
: いないよ。
D : でも歌舞伎町にはいる…
A : いる…
: あんまりヤクザが道を歩いてるのみたことないでしょ、でも僕は、ヤクザはその辺にいると思ってるんだよね。裏原宿とか。ビルとか土地を持ってるから。でも決して姿は見せないけど。
A : 原宿のファッションシーンのバッックにはヤクザはいる。
: ああ、いるよ。多分、裏原ブランドの半分くらいはそうだと思う。
D : ベルベルジンとか?
: いやいや、BAPEとかUNDERCOVERとか…
D : UNDERCOVER?
: うん、最初は。
A : ヤクザマネーで。
: 最初だけね。ブランドの裏に誰がついてるかなんてわからないから。
D : でも青木さんが個人的にアプローチされたことはないんだ。よかった。
: まあ、彼らはそんな風に出て来ないよ。若いデザイナーが上辺だけの契約って知らなくて、巻き込まれあることはあるけど…そうするとお金を払い続けないといけない。
D : 歩合制で?
: そう。だからBAPEとかUNDERCOVERはそうやってやってきてた。
D : だからBAPEはあんなに成功してたんだ。
: それはほんの一部だろうけど。俳優とかセレブのバックにもヤクザがついてるから。だから彼らに着せて流行らせたり。
D : 独自のネットワークで。
: そうそう。
A : 特に90年代とか。
: そうだね。
D : ロシアでも似た様なことがあるって聞いた。私もヤクザにお願いした方がいいかも…
: 何を?
D : サポート。ちょっとした現金。
: 多分彼らはいいって言うよ。これだけ貸すけど、でもその代わりに…
D : あはは、そうだね(笑)
A : Dahpneの自分のブランドはどうなってるの?
D : カナダに戻ってから考えようと思ってる。
A : 名前決まってるの?
D : ある。Deface。ウェブサイトは作ったけど…


……






Paris Fashion Week '85-6 (STREET #1)

Ren Hang

Q:大家都在谈论“八零后”世代,请问你作为八零后的青年摄影师, 这个时代背景对你是不是有一些影响?Q:我之所以问你上个问题,是 因为现在大家都在谈论中国的创意,与中国对西方世界的影响 。Q:你 做了很多裸体摄影,现在裸体在中国并不常见,也并也不全然合法, 你的作品是不是在某个层面上也是一种性解放的革命?A:我觉得拍摄 裸体并不是一种革命,裸体是人的天性,一件很自然的事情;如果人 出生就是穿著衣服,我们硬要去剥下他的外衣,那个行为这才称得上 是革命。Q: “性行为”的议题在北京或中国家庭被讨论的情况?A: 这不是一个时代的问题,我觉得每个家庭和个人对性行为。Q: 你的 摄影集是合法的吗?A: 是,除了裸体照片是不合法的,其实独立出 版在中国也是不合法的。Q:在中国合法出版刊物的作法?A: 你需要 有一个正规的出版商、取得出版刊号ISBN,并且没有情色和其他不合 法的内容。Q既然是不合法的,你是怎么贩售你这些刊物的?A:在网 上或者一些朋友的艺术书店贩售,这当然是非法贩售,我们都承担风 险。不过,十月份的时候有一个挪威的出版商会在国外发行我的新摄 影书。Q: 中国很多事情虽然不合法,但似乎没有人真的去在乎那些规 定,就像你的摄影书,还是可以私底下去印刷和出售,那这样在某种 层度上,是不是代表中国也是一个自由的国家?A:当然是不自由的。 这本摄影书出版的过程非常艰钜,都是在台面下进行的。我起初找不 到任何一家愿意出版的厂商,之后是拜托了朋友才有机会进厂印刷。 朋友是在下班后偷偷请工人帮我印刷,我们不能使用收据或发票,如 果被抓到,朋友的工厂就会被关闭。Q:但在中国你可以见到很多违 法的事情在发生,比如在美国我们不能在室内抽烟,为什么在中国我 们可以见到很多人在酒吧或是公园等公开的场合中抽著大麻。A:限制 越多的地方,你能看到的“自由”或许越多。好比有一次我路过人民 广场,很多游客在广场中央开心的放风筝,但那里四周的都占满了警 察,人群中也夹杂了很多便衣,我就觉得其实那些人就像出来放风的 囚犯一样,其实都是被人看著的,但自己都不知道。所以我才说,限 制越多,你以为自己拥有的自由也越多。Q: 在北京有著很多关于文明 化的运动,比如像是“文明乘车”这样的活动。我认为在欧洲已经过 度文明化了,在那样国家,限制过多,创意的机会就会减少,而中国 创意发生的机会是不是比较高?A:这些宣传文明的标语存在是因为中 国现在的确需要提倡文明。不过我比较想谈的是,我出生在中国,也 喜欢在这里生活。虽然无法改变这个国家,但我们可以跟著国家的大 方向走,然后在这样的限度里选择自己的小方向。如果有一天这个国 家改变了他的方向,我的书可以在新华书店里贩卖了,那或许也是今 天的我在某一个小方向的选择影响了他。Q:可以谈谈你即将在挪威出 版的书嘛?A:内容还是色情跟裸体,不过因为才刚签完合约,不确定 出版商会选择什么尺度的照片。Q: 为什么把花朵放在模特儿的肛门

インベカヲリ

Alin Huma:そもそも、どんな理由で写真を撮り始めたの?
カヲリ:昔から元々、自分のなかに表現衝動がすごくあったんです。でも、他人に理解されないだろうという思いもあって。それが、最初は(雑誌編集の仕事を)クビになったことで解放されたんですね。それが、撮り始めたきっかけ。写真を選んだ理由は、当時、私にとって写真は表現手段として使いやすいものだったんですよ。偶然だけど。その先になにがあるのか、撮った写真をどうするかっていうのは全然考えてなくて、ただ勢いだけ。それがいまでも続いていて、もう10年以上撮り続けてるって感じですね。もちろん、写真を続けていくなかで徐々に「アートとは何か」とか、「作品としてどう落とし込むか」とかを考えるようになりましたよ。でも、撮り始めは、まったくの初期衝動。もう、もう、やりたくてやったっていう勢いだけでした。
A:そうなんだ! アートスクール出身ってワケじゃないんだね。ウェブサイトで、カヲリは10年前とかずいぶん昔の写真を公開してるよね。初期の頃の写真はアートスクールで撮ったものかと思ってた。
:えー、そうなんですか!? それはどういう意味でなんだろう?
A:順番的に見たら……
:昔がアートスクールっぽくて、いまの写真は……いや、それは逆なんですけどね。
A:初期の写真は、なにかテーマ的なものをはっきりと示そうとているように感じるんだ。写真に「意味」を持たせようとしてるようなところが垣間見えるような感じがあって……。誰かの指導を受けたりモチベーションがない限り、そういうものを作る人は少ないから。学校では “意味のある” 作品を作れ、って言われることが多いからね。だからカヲリの昔の写真には、社会的な側面が感じられる。フェミニズムと言えるのかもしれないけれど、社会的意義があるかのように見えたんだよ。一方で、いまの写真はただ純粋に写真を撮っているという感じがある。ある種の心安さというか、写真を撮ることを楽しんでいる雰囲気。だからこそシンプルで熟成されているっていうね。それに、写真自体はもっとアンビバレントな感じがする。
:昔のほうは本当に勢いだけですよ。自分で説明できなかったし、「なんでこれを撮るのか?」って訊かれても、「ただ思いついたから撮るしかない」っていう、本当に若さゆえのエネルギーだけだったのね。今はもっと、たとえば、昔は写真っていう意識がなかったんだけど、今は展示するにも写真というカテゴリーを意識してやってるから、撮りかたのテクニックとかイメージから形にするまでを意識するようになってきた。そういう意味では、頭の使いかたは10年前と違ってきてますね。マジメになってきたというか。
Hiroyuki Watanabe:知恵がついてきちゃったってことなのかもしれないね。
:そうそう。でも、それを意識しないとまわりに認めてもらえないみたいなんですよね。「ここがこうだよ」「もっとこうすればいいのに」とか、まわりが言うから、私は割とマジメに言われたとおりに勉強してます。

A:カメラのことも勉強した?
:独学ですけどね。でも、今ちょうどジレンマに陥ってるんですよ。勉強すればするほど、自分のなかの ”衝動” が、どんどんバランスとして減ってきちゃって。セオリーがパッションに勝っちゃうっていうんですかね。テクニックがないときのほうが衝動みたいなものは強かったんです。だから、状態に応じて光をどう回すとか、被写体がどうとか、世間がどう見るかとか、考えないほうがいいのかなと最近は思ってます。バランスを良くするために、あえてテクニックをあまり意識しないようにしてますよ。
H:セオリーっていうのは写真の技術的なことですか? それとも作品そのものについて?
:両方です。展示をすると写真についての説明がすごく求められるんですね。それで、たとえば「この写真はなぜこうなったの?」って訊かれたときに、説明することばかりを意識しはじめることになる。その結果、説明と写真の辻褄が合うように撮るようになってきた。
A:説明は、撮ったあとで考えればいいのに。
:そうなんだけど、1枚1枚が違って全部に当てはまるわけじゃないから、「なんでこの人はこんな格好しているの?」とかって訊かれたときにすごく困ることがあるんですよ。それをうまくやり過ごせればいいんだけど、なんかどうしても一生懸命考えちゃって。
H:マジメなんですね。
:そうなんですよ。それでなんか変な方向に行っちゃったりして。
A:そうやっているとワケがわからなくならない?
:でも、見せなきゃいけないから。そうすると、みんな意外とイジワルで、細かいところまでどんどん突っ込んでくるんです。それで、答えられなかったら「あなたは全然ダメ」とか言われて。
A:ウェブサイトでは、撮ったものを全部載せて見せているの? 
:はい。
A:どうして? それって、困るんじゃない? アートとアートじゃないものが混ぜこぜになるっていうか。
H:アップする前にセレクトしたほうがいいということ?
A:これは僕の考えなんだけど、欧米では、1つのシリーズのうち1枚だけ選んで見せるっていうやりかたもある。“This is it.” って感じでね。
H:最高のものだけを見せるっていうことなのかな?
A:最高のものって言うより “最適なもの” って言うほうが正しいかもしれない。そうすることで写真のパワーとか、考えさせるものとか、伝わるものが強くなる。そういうミステリアスな部分を残したままにしたほうがいい気がするんだよ。だから、カオリがウェブサイトに全部載せる目的がわからない。
:ウェブサイトでは未完成の状態の写真を見せているんです。スキャンしたまま、色味も画質もよくないものをそのままアップしているんですけど、雑誌で発表したり写真展で展示するさいは、しっかり追い込んだプリントを見せる。プリントすると色の出が全然違いますからね。ウェブサイトではダーっと見せて、展示のときはそのなかからさらに選んでます。
A:うーん、言いたいことはたくさんあるんだけど……でも、カヲリのすべてを見せるって方法は、新しいやりかたなのかもしれないね。今までの写真家とは違う。かなり極端な例だけど、ロバート・フランクの “ The Americans ” は、何百カットも撮った写真のなかから、わずか50枚くらいの写真しか選んでいない。50年たったいま、彼の作品はもちろんマスターピースとして世界中で受け入れられているわけだけど(史上最高の写真集っていう人もいる)、はじめから彼がすべての写真をカヲリみたいに発表していたら、こんなに有名にはならなかったと思うんだ。写真家は自分のどの写真を見せるかに関しては、かなり気を使うものだと思うんだけど、でも、それはもう別の時代の話で、写真の種類も内容も違う。カヲリのやり方は、今の時代に合っているのかもしれない。でも、これは僕もカヲリと同じフォトグラファーだから思うんだけど、自分が撮ったすべての写真をさらけ出せるっていうのは、本当にすごいことだと思うよ。僕にはできない。
:いやいや、全部を載せてるわけじゃないですよ。発表してない写真はもっとたくさんあって、ウェブサイトにはそのなかから選んで載せてます。数を多く撮って発表するのが、今の自分にとって必要な気がしてるんで、とにかく数を撮る、っていう感じ。発表の場所については、あえて狭めていく必要はないんじゃないかな。ウェブサイトはあくまで……なんていうんだろうな、フォーマルな場所っていう意識はあまりないんですよ。逆に、雑誌とかいろんなところに出して行くさいは、出したくないような写真は初めから見せない。
A:なるほど。確かに僕もFacebookでは同じようなやり方をしてる。撮った写真のほとんど全部を載せたりする。“なんかちょっと違う” と思うようなイメージもね。でも、Facebookで僕の写真を見るのは基本的に友達だけだから、状況はちょっと違うのかな。Facebookはある程度クローズドだけど、ウェブサイトは多くの人の目に触れる、最もオープンなパブリック・スペースだからね。
H:ウェブサイトで公開すると、モデルの女の子たちは喜ぶでしょう?
:そうですね。あと、ウェブサイトに載せてる写真を気に入ってくれた人に撮ってほしいって頼まれることがあるんですよ。ある意味、私にとってウェブサイトはモデル探しのツールとも言えるのかも。あと、自分ですべてセレクトしちゃうと可能性が狭まることもあるでしょう? 自分が気に入っていないものを好きだという人もいるし、幅広く見せればもっとたくさんのフィードバックをもらえるから。ウェブサイトにはそういう意味合いもあります。
A:自分でどの写真が好きか嫌いかはちゃんと分かってるんだよね?
:そりゃあもう、はっきりと。自分の写真の好みはちゃんと分ってますよ。

A:シンディ・シャーマンを知ってる?
:名前だけ。あんまり他の人の写真は見ないから。
A:ある意味、カヲリの写真はシンディー・シャーマンっぽく感じる。彼女の初期の作品に似てる気がするな。もちろん、いい意味でね。
H:これ(カヲリが持参したプリント)には、新作も入ってる?
:何枚か入ってます。
H:これはなに?
:これは、アメリカの小説家とのコラボレーション用の写真。
H:こっちは?
:これは、今度ミラノでやる個展用のカットです。なんかミラノでは着ぐるみがヤバイらしくて、持ってきてって言われて。向こうでは、こういうのが “ジャパニーズ・エロス” みたい。
H:これがエロスなんだ!? わからないなぁ。

A:いつもカヲリが撮ってる写真よりフラットで生気のない感じがする。なんていうか、これは “クレイジー・ジャパン”っていうタイプのものに見えるな……。
:クレイジー・ジャパンっていうカテゴリーがあるんだ?
A:あるんだよ。欧米のオーディエンスの間では、写真それぞれのニュアンスや社会的なコンテクストなんかをぜんぜん理解しないままに、「このアーティストはクール・ジャパンだ」とか「クレイジー・ジャパンだ」とか言ってね、勝手に仕立て上げているというか……まあ、自分の幻想をそのまま押しつけているようなカテゴリーがあるんだ。いいか悪いかは別として、それがたぶん「エロス」だと捉えられているんだろうね。
H:それは誤解でしょう。
A:たとえば、3、4年くらい前に日本のテレビで見たんだけど、村上隆がニューヨークへ行った時の話がある。彼はニューヨークで大成功したよね。いろいろな人に出会い、作品もすごく高く売れている。スティーブン・スピルバーグも彼の作品を買った1人だ。何百万ドルで買ったんだよ。スピルバーグは、テレビの取材に対して、そのことについてなにか言ってたんだけれど、僕が見るに、彼はその作品のポイントをまったく解っていなかったんだ。恐竜かなんかだと取り違えてね。村上がニューヨークのギャラリー・シーンで掲げた「スーパー・フラット」のマニフェストについてもなにも解ってない。なんの彫刻かも解らずに、ただその形状のワイルドさに魅かれて、次の恐竜映画かなんかのインスピレーションのために買ったんだろう。中野ブロードウェイなんかで売ってる100円のフィギュアからだって同じインスピレーションを受けるんだろうけどね。そういうわけで、文化と文化の狭間では、アートはいつもこういう道を辿ることになる。
H:村上さんはきっと、海外のそんなコレクターの姿を見て、心の中では舌を出している気がする。
A:確かにそうだろうね。でも、複雑な気持ちもあると思うよ。もしそのコレクターたちがいなかったら、村上のアーティストのキャリアもなかったから。コレクターだけじゃない。ギャラリー、キュレーター、アートシステム全般ね。
:クレイジー・ジャパンって、ネガティブな意味合いなの?
H:カヲリはどう思う? 僕はアリだと思うけど。
A:クレイジー・ジャパンはネガティブか、か……アーティストのなかにはもっと真剣に捉えて欲しいと感じる人はいるはずだよ。個人的には、他の国のアートよりもクレイジーっていうワケじゃないと思う。でも、日本にはコンテンポラリー・アートのインフラが今もまだ整っていないから、真の理解を得るには海外に行かないと、って感じるアーティストは多いと思う。で、そうなると、日本人のアーティストには何かしらのクレイジーさが求められるのかもしれない。僕の知ってる日本人のアーティストは、ベルリンの水たまりの汚い水を口に含んで、東から西に運ぶっていうインスタレーションをやっていたんだ。泥を口の中に入れたまま、ある地点からある地点へと歩くっていうね。でも、僕は思うんだけど、彼がヨーロッパでそれをやっても、彼のアートが政治的なメッセージを持つことにはならない。そもそも彼にそうしたメッセージを持つ資格があるわけじゃないっていうか。だからこの、自己卑下的な態度というか、アート的苦痛や、彼を「日本人アーティスト」にしている要素みたいなものに、クレイジーさを感じる……「日本的なエロス」っていうものにも同じ感覚を感じるんだよね。
H:つまり、表層的だっていうこと?
A:表層的なものが間違いだっていう訳じゃないよ。みんながそうしたものを理解している状況下ではね。僕自身としては、何かもっと深いところを見ようとしてきた。たとえばこの写真はちょっと違う。これはクレイジー・ジャパンじゃないよね。
:そうなんだ。私には違いが分からない。

A:こういうの好きだな。これは全然クレイジー・ジャパンじゃない。だから、もっと深いところを見ようという気持ちにさせられる。
:わたしは「クレイジー」っていう言葉をほめ言葉ととらえてるんだけど、違うの?
H:クレイジー・ジャパンって、ただ表面的なビジュアルだけで評価されているってことでしょう。それってちょっと安易だと思う。それよりもっと深い部分で、日本のフォトグラファーの写真を見ることができるんだから、クレイジー・ジャパンと真逆なんだよ。
:なるほど。
A:日本については別にしても、写真そのもの、写真というのは何なのか、っていうのを解っている人は少ない。僕がそう感じるだけなのかもしれないし、ちょっと古い考え方だとは思うけど、どうしてもそういうことを感じてしまう……。つまり、ただカメラの前になにかを置いて、その写真を撮る。でもそれって本当は「写真」とは言えないものだと思う。ライティングばっちりで撮った彫刻とでもいうのかな、たいていのファッション誌はそんな感じだよね。モノやコスチュームや、そういったものは誰でも撮れるし、本当の写真とは何の関係もない。写真家の気持ちと被写体の気持ち、人とか場所とかの微妙な関係性があって本当の写真になる。
H:撮影者とイメージが有機的な関係性を持っている必要がある、っていうこと?
A:それは見方にもよるかな。コスチュームとかを使った「ジャパニーズ・エロス」や「クレイジー・ジャパン」っていうものは、努力を惜しまなければ誰にだって撮れるものだと思う。コスチュームを用意して、構成を決めて、誰かカメラを操作する人間を呼べばいい。でも、ここにある作品は、カヲリしか撮れないと思う。たとえばこれなんかはすごくいいよね。Fucking Art、だ。
:ファッキン・アート……(笑)
A:レンズはいつも同じものを使っているの?
:何本かあるけど、ほとんど6×7の105mm。
A:これも105mm?
:そう。

A:これ、すごくいい。被写体との距離感がいいね。距離感はすごく大事。やっぱり、こう考えるテクニックを知ってることはいいことかもね。そうした直感がもともとあれば別だけど。だって、これはすごく近距離で、画面が引き締まってるけど、これを広角レンズやフィッシュアイでやったら、すごく安っぽい感じになると思う。これは何?
:これはライトスタンド。写り込んじゃった。
A:あと、これ、すごく好き。
:ホント? このあたりは最近のを持ってきたから。
A:これはドキュメンタリーとアートの中間かな。これもいいね。
H:これはなんで朝8時なの?
:モデルさんが共感覚(ある刺激に対して通常とは異なる種類の感覚を生じさせる特殊な知覚現象。共感覚を持つ人は文字に色を感じたり、音に色を感じたり、形に味を感じることがある)の人で、数字に色が見えるんだって。「じゃあそれを書いてみて」って言って。
A:でもやっぱり、これ2つを見るよりも、どちらかいいほうを1つのほうがいいと思うな。
H:Alinはどっちがいいと思う?
A:どこに見せるかによるよ。どっちもいい写真。だから、どこに見せるのかによって編集したほうがいい。
:こっちはかなり最近のを持ってきたから連続してるの、同じシリーズで。
H:これは同じ人じゃないよね。
:同じ人だよ。
H:こっちのほうがかわいい。
:この子は地方からやってきて、東京の水道水を初めて飲んだとき、「あ、これはお父さんの味だ」って思ったらしい。それがすごくおもしろかったから、「お父さん」って書いたんです。

H:カヲリは撮影する前にモデルにインタビューして映像を残してるんだよね。
:おもしろい人だと思った時にはビデオを回してますね。
A:どうやってモデルを探すの?
:ホームページを見て「撮ってもらいたい」って連絡をくれる人が多いかな。
A:道ばたやカフェとかで自分から話しかけることはない?
:ないですね。前に試してみたら断られたちゃったことがあって、もうやらないことにしてる。
A:これはみんなモデルの部屋?
:そう。

A:撮影はどうやって始まるの? 1セッションを1日で終わりにするのかな?
:まずは本人と会います。で、どんなふうに生きてきたのかとかじっくり話を聞いて、それであらためて別の日に撮影する感じですね。
A:どうやって撮影を開始するの?
:撮り始めはわりと淡々としてますね。外でだったら歩き回りながらが多いかな。
A:最初の1枚はどう? ここでシャッターを押そう、っていうはっきりしたポイントとかはある?
:1カットめは、この服でこの場所でっていうのを頭の中でなんとなく決めているので、最初はそれにあてはめるかたちで撮る。それからだんだん、その場その場の雰囲気に落とし込んでいきます。

A:セクシュアリティみたいなものはどうやって出てくるの?
:どうやって引き出すのか、って意味?
H:撮影現場を見る限りでは、モデルの内面を暴き出すとかそういうのじゃなくて、まずは造形、かたちから入っている気がする。モデルの内面をポートレートで写そうと思ったって、そんなものは写らないと思うし。
:そうですね。たとえばモデルの内面にあるグロテスクなものを出すためになにか意地悪なことをするっていうようなのは、私にはできない。だから、そのグロテスクな部分を全部聞いたうえで、この子はこういう人なんだっていうのを頭に入れるんです。でも、撮るときは、その負の面も含めてキレイに、一番美しくなるように撮ってます。
H:モデルについてカヲリが持っているイメージと、モデルの造形が重なった瞬間にシャッターを押すって感じなのかな?
:うーん、そうかもしれない。でも、ついつい、なんか変なことをさせたくなっちゃうんですよ。この子はこんな風な人だけど、もっと崩してみたいとか、この人がもっとこうだったらおもしろいのに、とか。そいう意味では、自分から意図して形を作って行きたくなりますね。
A:自分の気持ちから?
:そうそう。

H:それは写真家として普通だよね。自分ではない被写体を撮っていても、ある意味、すべてが作家自身のセルフ・ポートレートというか。
:みんな、素の状態だともっとカワイくてキレイになっちゃうから、それをどれだけ崩せるかは重要なんだよね。
H:彼女たちのもっとグチャグチャした部分をさらけ出したいんだね。
A:そこでおもしろくなる。シンディー・シャーマンを思い出させるね。カヲリはセルフポートレートってやったことがある?
:最初のころはよく撮ってましたよ。
A:どんな感じの写真? ウェブサイトに上がってる?
H:僕が最初に見たカヲリの写真は確か、セルフポートレートだった。
:ウェブにはいくつか載せてますよ。でも、プリントで見ると全然違うから、今日持ってくればよかったなぁ。あの初期のヘタな写真をプロラボに頼んできちんと焼いてもらったら、意外にすごいものができたんですよね。
H:やっぱり「初期衝動最強!」って感じなんですね。
:そうそう。あの頃と同じような写真はもう撮れないと思います。最初のころはコンセプトなんてなかったから。もしかするとあったのかもしれないけれど、自覚できてなかった。だから、あの当時の写真を他人に見せると、すごいボロクソに言われるんですよね。写真の知識がない人からはいいって言われるけど、ちゃんと写真を見ている人や写真をやっている人からはよくは言われない。
A:それは作家じゃやなくて、技術屋の人たちだよね?
H:写真の組み方によっても変わってくるし、見せ方でも変わってくると思うけどな。
A:ウェブサイトに載ってるのでは、この感じの写真が一番気に入った。
:これ、最近のですよ。
A:これもすごい。

:ああ、昔はこういう写真は撮ってませんね。
A:これなんかはすっごくキレイだね。イタリア版の「VOGUE」みたい。ある意味キレイすぎる。
H:カヲリが「VOGUE」で仕事をしたらすごいことになりそう。
A:でしょう。だから、特にこのあたりの写真が僕はホントに好き。理由は分からないけど。モデルを撮っていながらも、実際に写っているのは自身のセルフポートレートや自意識みたいな感じがする。昔の画家、たとえばデューラーやレンブラント、ゴーギャンの肖像画みたいな意味でね。
H:カヲリとモデルがシンクロしてるんじゃない?
A:そこが本当に不思議。
H:でも、被写体とのあいだに完全なチャネルを開くのは無理でしょう。同じ周波数に合わせようとしても合わせきれない。そこのズレから来る、このなんとも言えない感じがいいんじゃないかな。
:そうなのかなぁ…… 「なぜ、写真を全部ウェブサイトに上げちゃうんだ」っていう話に戻るんだけど、さっきの2枚、私は絶対に選ばない。もし1枚だけを見せるのだったら、別のイメージを選びます。だからこそ、ウェブサイトにはたくさんアップしておいたほうがいいのかなって思うんですよね。

A:なるほどね。いや、僕は僕自身が感じた純粋なリアクションを見せただけなんだ。あんまり考えて言ったわけじゃない。カヲリが好きって言ったものもすごくいいと思うんだけど、シンプルなポートレートを撮るのはすごく難しいからね。それを知っているからこそ、こっちの写真が好きなんだよ。これはシンプルですごくいいからさ。あああ!(と言って写真を見る)。これ、リストカット、自傷の写真……。
:そう。リストカット、海外でもやる人いるのかな?
A:もちろんいるよ。経験のある友達はけっこう知ってる。ベストフレンドの1人なんだけど、おもしろいヤツがいてね、すごく計画的にやるんだよ。忙しい人で時間がないから、1日の終わりに5分間、自傷行為に使う時間を取ってあるんだって。
:その人、男なんですか? 日本では男の人のリストカットって、あまり聞かない。女の子に特有の行為かと思ってた。
A:僕が知っているのはほとんど男ばかり。うーん、シニカルに聞こえるかもしれないけど、(の初期の写真を指差しながら)、日本の男性はこっちのほうで解消できるから、自傷行為をしないのかもしれない。カヲリの写真は荒木(経惟)の写真と比べられることが多かったよね。でも、ほのかなエロスがある、という点以外では、全然別ものみたいに思うんだ。
:それに、荒木さんはヌードを撮るけど、わたしはヌードにこだわっていない。だから比べられるとすごく変な気がするんですよ。
H:同じPENTAX 67を使っているから、レンズの光学特性が同じっていうのと、光の当てかたが近いっていうことなのかも。
:でも最初は使ってなかったんですよ。普通のカサバンとかで撮ってたから、全然違う。でも、女の好みがきっと似てるんだろうなって思うことはありますね。私は “不幸な女” が好きなんです。歪みとか葛藤のある人がもつ物語に惹かれる。
H:不幸な女……そういえば、カヲリは写真だけじゃなくて、ルポルタージュも書いているもんね。
:「取り扱い注意の女たち」。
A:露出症、セックス依存症、自傷行為、か。
:さっきの「ファッキン・アート」っていう言葉が気に入った。で、クレイジー・ジャパンはポピュラーなんだっけ。
A:クレイジー・ジャパンかクール・ジャパンか。カヲリはクール・ジャパンのほうが合ってるかもね。日本人で写真に自信がある人なら、ニューヨークに行けば「アーティスト」にはなれる。
:それってなにかおかしくない?
A:そうとも言えないよ。僕の友達は今はベルリンにいるんだけど、長い間ニューヨークに住んでたんだ。同時に彼は神田の小さな出版社で、女の子のためのエロ漫画を描いていてね。ゲイで、すごくユニークなんだ。でも日本ではそういう漫画を書いてる人は何百人といるよね。でもニューヨークでは、彼は本物のアーティストとして扱われている。ちゃんとしたギャラリーで個展を開いたり、どこかの財団からの援助も受けているくらいね。でも彼、日本で描いている漫画は、たんなるポルノよりももっと複雑で意味が深くて、なんていうのかな……本当のアートであるべきものにもっと近いんだよ。でもニューヨークで彼が売っているのは、「ジャポネスク」や「マンガエスク」というか、それにちょっとエロティックでエキゾチックなものを加えたようなものなんだよね。
H:それは。カテゴリーで言うとどっちになるんだろう。クレイジー・ジャパン?、それともクールジャパン?

A:どちらかと言えば、クール・ジャパンかな。
H:Alinの話を聞く限りでは、日本の作家が世界に出るって、そんなに難しくないみたいだね。
A:そうだね…… ただし、自分の作品が “恐竜と勘違いされる”っていうリスクを負ってもいいならね。友達の話に戻るけど、彼の作品はアメリカではアートとして認められてるんだけど、逆に、日本の人が彼の漫画を見ても、アートだと理解することはない。そのいっぽうで、「アートとは何か」っていう議論が、もう明治時代あたりからだと思うけど、だいたい10年くらいごとにアート雑誌では問われ続けているよね。去年、ティルマンスのオープニングに行ったんだけど、アートスクールの学生の何人もが彼に「どうしたらアーティストになれますか」って質問してたんだ。ティルマンスは質問を無視してたけど……。
H:カヲリもアメリカに行ってみるといいかも。
A:いや、そういう意味じゃない。でも、ティルマンスに関して言えば、何かで読んだのだか彼の知り合いから聞いたのか忘れたけど、「どのくらいのペースで写真を撮るのか?」っていう質問に対して、「1カ月に1日だけ」って答えてた。そして、あとの時間はどうやって過ごすのかっていう質問には、「その1日に何を撮るのかってことをずっと考えてる」って言ってたんだ。だからさ、まずシステム自体が違うっていうのかな。海外でも仕事をしてる日本人アーティストたちがよく言うんだけど、日本ではとにかく仕事をたくさんしてなきゃいけないって。いつも仕事をしてるように見せなきゃいけない、いつもたくさん作品をつくらなきゃいけない。なのにアーティストとしてなかなか認めてもらえない。だからちゃんとした仕事も持ってなきゃ生きていけない、ってね。
H:普通、たくさん作るとむしろ個々の作品の値打ちは下がるよね。
A:インフレっていうのかな。
:でも、私は、できるだけたくさん撮ってこの世に残せる写真を増やしたいと思うんだけどな。

A:写真集を作ったことはある?
:今年の10月に赤々舎から写真集を出版します。今、新作を撮り増やしているところですが、社長の姫野さんがすごく褒め上手で、モチベーションをあげさせてくれるんですよ。
H:女性ってほめられて伸びるタイプのほうが多いような気がする(笑)
:女の子ってあまり期待されてないじゃないですか。だから、ほめられると自信が付くんだと思う。男の人と違って、小さな頃から親も社会もあまり期待してないから、自分の能力を必要とされる場っていうのがなかなかないんですよ。だから、ほめられると自信が付いてやる気になる。あと、女の子の場合、子供の頃から「かわいい」か「かわいくないか」が周囲からの評価に決定的な影響を与えるでしょう。だから、自己肯定感を育てにくいんだと思うんですよね。
H:確かに。男の子なら「クラスで一番足が速い」とか「サッカーのリフティングが100回できる」とか、たとえどんなにつまらないことでも自分の努力である程度は自分を認められるけど。
:そう。でも、かわいいかそうでないかっていうのは宿命的なもので、努力じゃどうにもならない。女の子が占いにハマるのも、きっとそういうことが理由なんだと思う。「運しかない」っていう、そこで納得させるしかないんです。きっと、最初から自分でコントロールできるって思ってないんですよね。結婚だって、男の人に選ばれなきゃならない。女って「受け身の性」って言いますよね。っていうところで、女の子たちからいろいろな物語が出てくるところが、被写体としておもしろい。
H:そういえば、カヲリの写真のモデルって、ドラマチックな感じの女の子が多い。
:そういう状態じゃないと、被写体になろうなんてまず思わないですよね。写真を通して自分のこのなんとも言えない想いを表現をしたい、っていうモチベーションには繋がらないだろうし。
H:どんな写真集を作ろうとしてる?
:私は、普段写真集を買わない人にも目がいくような、写真集っぽくない写真集にしたいと思っていますね。
H:それはなぜ?
:そもそも、私自身が写真好きでカメラ好きっていうのとは真逆のところからスタートしているから。カメラの操作とかいまだにホント苦手だし、新しい機材が出たから試したいといった欲求もない。光がどうとかいう技術的な面よりも被写体とどう向き合うかとか精神論的な部分を大切にしているので。そういう人間がそういう表現をしているから、モデルの女の子たちもべつに、元々目立ちたいとか人に見られたいとかそういう理由で撮られにくるわけではない、というのが私の写真家としての特徴なんですよ。だから多分、私の写真を見て何かを感じる人は、社会をちょっと醒めた目で見てたり世間にまかり通っている “当たり前なこと” になにか違和感を感じてすんなりとやれなかったりする人達じゃないかと思うんですね。例えば自分から破滅に向かっていく快楽ってあるじゃないですか。そいうものから高揚感を得てしまう人種ってある一定数いると思うんです。歪んでるほうがかっこいいとか、なんかそういう、いわゆる普通の人とは真逆を行ってしまうっていうか。あるいは、そういう思いを抱えて生きていながら、現実の世の中に受け入れられる方法を知っていて、表向きは確信犯的にやってるんだけど心のなかでは醒めている、っていうような人もいると思うんですよ。私の写真を見る人はたぶんそういう人達なんだろうなって思ってるから。
H:たとえば、そこそこかわいくて、彼氏もいて、いわゆる “リア充” っぽい、普通に渋谷とかを歩いてるような女の子たちに向けて作っているというわけでもなさそうだよね。
:いやいや、私が撮っている女の子たちは、けっこうリア充ばかりですよ、端から見れば。でもね、日本みたいな先進国で、普通に豊かな家庭に育って、ちゃんとした教育も受けて、キレイな服も着て、それなりに楽しい毎日を送っているように見える、そういう人たちのなかにどんな問題があるかなんて、なかなか見えてこないじゃないですか。私はそういう問題の真理を見たいんですよ。私の世代って思いっきり女子高生世代だったから、メディアが決めた、記号化された存在だったんですね。個人個人は特に関係なく、たとえば、この髪型でこの化粧で、というような、女の人のスタンダードな記号っていうのをメディアが作り上げているわけです。で、日本の女の子って、みんなドドーっとそこに行くじゃないですか。で、そこから外れたとたんにアイデンティティが揺らいでしまう、みたいな、よっぽど親がしっかりとした教育をしてないと、簡単にグラグラしてしまうような。私、東京出身なんで、時代的にも環境的にも自分自身がまさにそのど真ん中で生きてきたんですね。で、そこからはみ出ることが許されないような、無言の圧力みたいなものをすごく感じていて、そのイメージからちょっとでも外れたことをすると、妙に1人だけおかしい人間のようになってしまうストレスっていうのがあったんですよ。
H:同調圧力ってヤツだ。
:そうそう。そういうのって、具体的に何がストレスなのかって、言語化しようと思ってもなかなかできないし理解されないし、っていうフラストレーションを長い間蓄積した結果爆発したのが、私が写真を撮るに至った1つの要因になっていると思うんです。で、そのリストカットする子たちって、だいたいみんな裕福な家に育って親からもめちゃくちゃ愛されてて、表から見ても問題らしいものは見当たらないし、本人も「私がなぜこんなに悩んでいるのか自分でもわからない」っていう子もけっこう多い。理由はあるんですよ。精神科医の書いた本とか読めば答えなんてまるまる書いてあったりするし。ただ、それをマイナスに捉えるのではなく、その本人が抱えている怒りとか……。
H:ねたみとか、劣等感とか……
:そうですね…… でも、結局、究極的には怒りだと思うんですけれど、いろいろな悩みとか苦しみの根本って。
H:なんか仏教的な話になってきた。

:笑…… で、私はその “怒り” が好きなんですよ。その怒りってやつを、可哀想なものとしてではなく、たくましさとして…… SかMかで言ったら、その子のSの部分を引き出したくなるんです。そこを肯定したくなる。やっと表に出てきたその人の “主張” みたいなものをより引き出したくなるんです。その怒りに満ちた目を、そんな表情をわざわざ出したくなる。
H:それって精神科のカウンセラーがやってることと同じじゃない。
:前に精神科医が書いた本を読んでいて、「ナラティブセラピー」っていう療法を知ったんですけれど、それは、相手の話を聞いて相づちを打つことで、だんだん本人が主人公の物語を表に出していって、最終的には武勇伝に書き換えていくっていう。
H:ネガティブな過去の経験をポジティブなものに変えていく、ということ?
:そうですね。こんなヒドイ経験をしても戦い続けている自分はスゴイんじゃないかとか、そういうおもしろい物語に変えていくという。それってすごい私の視点と似てるなあと思って。まあ、私がそのナラティブセラピーという言葉を正確に理解しているかについて、少々不安はありますけど(笑)。
H:カヲリに撮られることで、モデルの女の子は彼女の抱えていた自己不信的な物語を自己肯定感に変えていく…… インベカヲリ★は、ある意味、写真家という名のカウンセラーだった(笑)。

:治療の意図がないので、とてもそんなことは言えませんが(笑)。でも、彼女たちの居場所のカテゴリを1つ、作りたいのかもしれないです。物事って、なにか名称を付けることでその存在が認知されることになりますよね。そういう感じで自分にとっても居心地のいい世界を一つ作りたいのかもしれない。
H:でも、カヲリ自身は社会が求める女子高生のありがちな生活はしてなかったでしょう。たとえば、女友達と手をつないでトイレに行くみたいな。
:いや、してましたよ。だいぶ周囲に合わせてました。プリクラはしなかったけど…… いや、たまにしてたかな(笑)。まあでもとりあえず、あまり我を出さないようにはしてましたよ。本当に取りたいコミュニーケーションはハナっから諦めていたので、だいたいこの位でいいだろう、っていう部分までは妥協してた。
H:そんな周囲からくる社会的な違和感を持っていなかったら、写真を撮ってなかったかもしれないね。
:そうですね。
H:その居心地の悪い環境から逃げ出そうとは思わなかった?
:前に、なにかの取材で同じようなことを訊かれたことがありましたよ。「そんなに(日本の社会に)違和感を感じていたなら、海外にでも行けばよかったんじゃないか?」って言われたことがあったんだけど、今となっては、それで悩んだ期間があまりにも長過ぎたあまりに、その違和感のある世界が大好きになっちゃった(笑)。そのストレスをもとに、なにかを発信して行くことが楽しくなってしまって、いまさら自由な世界なんて求めたくない。この息苦しい世界こそが私の生きるべき場所だっていう。
H:逆の意味で適応しちゃったんだ。その頃の自分に向けて今度の写真集を作っているのかもしれないね。タイトルはもう決まった?
:「やっぱ月帰るわ、私。」です。
H:「やっぱ月帰るわ、私。」……?? それ、ぶっ飛びすぎじゃない?
:笑…… 「竹取物語」ってあるじゃないですか。あれって、月の人間が地球に紛れ込んで、あれやれこれやれ、って地球の人間に命令して、結婚してくれっていう男たちに無理難題を押しつけて、それができたら結婚してやるとか言って。で、結局だれも選ばずに「やっぱ月帰るわ、私。」って帰っちゃった、っていう話なわけで、そのめちゃくちゃさってすごいエネルギーだなって。タイトルはポジティブにしたかったんですよ。あとは単純に、本来この世界の住人ではないのに、この世界に合わせて生きて行かなきゃならない女たち、っていうのが、私の写真のテーマに重なる部分があると思うんです。モデルの子も、その子の本質の一部が写真の中にあるんだけど、ひとたび撮影が終わると、また一般社会に適応して、それなりに擬態化して生きて行く部分があるから。それと、竹取物語の登場人物に「斎部」(いんべ)って人がいるんですよ。三室戸斎部 秋田(みむろどいんべのあきた)、っていう人が、かぐや姫、って命名するんですよね。というところで、さりげなく “私アピール” みたいな(笑)。結局、私の写真もそうじゃないですか。被写体の精神のことをああだこうだ言っても、写真に写っているのは私自身だったりするから。
H:なるほど(笑)。

A:そういえば、カヲリは生活のためにも写真の仕事をしてるよね?
:雑誌とかウェブとかの頼まれ仕事で普通に写真を撮ってますよ。
H:風俗の女の子たちの写真はまだ撮ってるの?
:うん。
H:それ、どこかで公開したらおもしろいと思うけどな。
A:そう、それを言ってるんだよ。ああいう写真を、この雑誌に載せたい。
:でも決まりきった世界だから。「おなかは隠して」とか、「二の腕は見せないように」とか。
A:それ、ホントに載せたい。
:クライアントとの契約があるから、それは絶対無理。「外部には絶対に出さない」とかね。
A:そういう仕事で撮る写真と自分の作品とでは、どういうところが違うと思う?
:風俗の女の子たちや、業界のシステム全体が気にしてるのは、男からどう見られるかってことなんですね。だから、女の子の欠点を隠す写真を撮らなきゃいけない。これ、前提なんですよ。で、いろんな写真家が撮っても、結果としてできあがる写真はみんな同じようなものになる。
A:でも、そういうことがまさに興味深いと思う。その同一性って言うか。
H:それに、仕事で風俗の子を撮るときはそのコの欠点を隠すけれど、作品でモデルの子を撮るときにはむしろ欠点をさらすっていうのがおもしろいなぁ。
:でもね、そんなにおもしろくないと思いますよ。契約があるのもそうだけど、私自身もあまり見せたくない。
A:どうしてそれを雑誌に載せたいのかクライアントに説明したら、許可が取れないかな?
H:問題は、クライアント側が、アートやドキュメンタリーみたいなものを理解してくれるかだよね。
A:風俗の女の子を撮る仕事を始めたきっかけは?
:知り合いの紹介です。
A:始めたのはいつ?
:2003年頃だったかな。
A:自分の写真を撮る前から?
:ううん、あとからですね。
A:つまるところ、その仕事ってカヲリのアートと何か関係はあると思う?
:あんまりないんじゃないかなぁ。
A:カヲリがそういう写真を見せたくない気持ちはもちろんわかるよ。そういう写真を撮るのは社会的にちょっと問題があると思われるかもしれないとかね。でも、いずれにしても、ファッション写真だって同じことだと言える。どんなに有名な写真家であっても、生活のためにやることと、自分の作品のためにやることはずいぶん違ったりするからね。それがミニマルなものであれ、大きなものであれ、ギャップがあるんだよ。
H:そのギャップって、なんかおもしろそうだね。
A:そうなんだよ。僕の知り合いのなかには、生活のためにやっているものを、どうにかして別のことに利用できないかと考えている人がたくさんいる。「契約があるから」とか、「ファッション業界や企業に作品の権利があるから」とか言うよりも、上司がいたりアートディレクターに指示従った仕事しかできない、つまり、自分のやりたいことができないと言う意味においてだから、カヲリとは事情が違うけど。友達にわりと有名なファッション・フォトグラファーがいるんだけど、彼は自分が仕事で撮った広告の看板を含めた風景写真を撮って、それで写真集を作った。仕事で撮った作品を自分のものにしようという試みの1つだよね。あと、優れたドローイング・アーティストの友達は、日本にいるあいだにファッション誌でモデルをしてた。ルックスがとびっきりだからね。でも、ばかばかしく思いつつもお金のために必要な仕事ってこともあって、彼女は精神的に参ってたみたい。自分の美意識と全然合わないことをしなくちゃならなかったんだから、そりゃあつらいよね。でも、そのうち自分がモデルをしたファッション写真を下敷きに自分の肖像画を描きことを始めて、シリーズ化したんだって。そのおかげでメンタル面は大分よくなったみたいだし、美意識との不一致の問題も解消されることになった。
:うん、それ、わかる。
A:そういう意味でも「ジェネリックな写真」ていうのかな。パスポート写真みたいなあまり個性的じゃないもの。ああいう写真にすごい興味がある。いろんな意味で、アート・フォトグラフィーよりもおもしろいと思うんだ。
:風俗の写真って、一番最初に雑誌で見たとき、衝撃が強くて。だからこそ、この仕事に興味を持っちゃったんですよね。
A:そうでしょう!
:なんか閉ざされた世界っていうのが、ね。この、顔を隠している手を取ったら、裏側になにが隠れてるんだろうって。
A:だから言ったんだ。それはカヲリのコンセプトのルーツなんだよ。だからそのコンテクストを示したくて……。
H:カヲリの写真のルーツが風俗の写真にあったとはね。
:ないない(笑)。
H:アートの仕事をしてると、そっちの仕事は減ったりするの?
:あまり変わらない。女でこういう写真を撮る人って珍しいから、撮られる女の子たちが安心するみたい。
H:いいじゃない。
A:ところで、いま、何歳?
:32歳。
A:1980年生まれか。申年だよね、何月生まれ?
:11月。
A:さそり座だ。
:いて座だよ。
A:わかった。さて、この「F de C Reader」にはなんの制約もない。だから、インタビューはちょっとおかしな方向に進みがちだし、終わりが見えないこともある。だから、いかにも雑誌的な質疑応答にまとめることにしよう。カヲリは男性の写真も撮ってるよね。男性の写真と女性の写真を撮るのでは、なにが違う?
:外見を使って自分を表現するのは女性特有の生理。かたや、男性は外見よりも仕事や行動で表現すると思うんですね。だから、写真のモデルというポジションは女性にふさわしいんじゃないかと。プロポーションの良し悪しに関わらず、見られたい、撮られたいというナルシシズムは、エロティックだと思いますしね。で、そんな女の子たちの感性から、私はインスピレーションを得てる。
H:確かに。どんなにセクシーな見た目の女性であっても、彼女のエゴ、つまり、ナルシスティックな部分が垣間見えないと、艶っぽさはなくなるもんね。デパートのバックヤードに置かれたマネキンみたいに。
:女って、ただ若くて美しいだけでは自信には繋がらないものだと思うんですよ。精神性や生き方に芯が通ってないと、自分を美しいとは思えないんじゃないかな。自信があるからカメラの前に立つ、あるいはその自信を得るための手段として、いまの自分を客観的に見つめるためにカメラの前に立つ。そういう、写真を撮られることに対する女性特有の理由に、わたしはインスピレーションを感じてるんですね。
A:カヲリの写真を見た男の人は、どういう反応をするんだろう?
:そうだなぁ…… 「写しているのは自己を主張する『彼女たち自身』なのに、それがエロティックに見える」とか、「美人でなくても妙にエロティックで存在感がある」とか言われたことがある。あと、私の写真を嫌う人はいるけれど、「嫌いだ」と宣言してくる人は男に多いような気がします。女性のマイナスなエネルギーやトラウマやコンプレックスみたいなネガティブなものをことさら表に出されると、それを見た男の人は落ち込んだり嫌悪感を感じたりするみたい。そういう人たちはきっと、わざわざ醜い部分をクローズアップする必要はなくて、女性のキレイな部分だけを見ていたいんじゃないかな。そういう意思表示してくる人は、女性では思い当たらない。これも1つのおもしろい反応だって私は思ってますね。
A:女性からの反応は?
:モデルに応募してくる子たちは、なにか人生に変化が起きたときや、迷いが出て立ち止まったりしているときに、客観的に自分を見てみたいという理由で来る子が比較的多いような気がしますね。私の写真を通して自分が他者からどう見られているかを確認したいみたい。小さい頃から写真に撮られるのが苦手で、いまでも嫌いだけど、私には撮られてみたいという人がけっこういて、それは私のところに来るモデル特有の傾向だと思います。
H:なかにはプロのモデルとして活躍している女の子もいるよね。
:うん。撮られることが好きでいろいろなフォトグラファーを渡り歩いている子や、モデルを仕事にしている子もいる。彼女たちは普段からキレイにかわいく撮られることに飽きていて、もっと自分のリアルな姿を撮ってほしいって考えているみたい。彼女たちには「ホントの自分自身を見てほしい」ていう欲求が強くあって、私の写真にはそれが写っていると感じているんじゃないかな。
A:これはカヲリのジェネリックな「風俗嬢写真」に「アート」の要素を見る、ということのちょうど対になる質問だと思う。でもそこには何か共通の土台がある気がするし、ある意味で直感的な問題というか。で、アートのエロティシズム vs ポルノっていう問題は、きっと議論してもどこにもたどり着かないものでもある。それで一番最初の話に戻るんだけど、カヲリの初期の写真、あの頃の「アートスクール」っぽい写真を見ても、そういう問題は浮かんでこないんだよね…… それについてはどう思う? カヲリは男性誌のそういうジェネリックな写真を見て、衝撃を受けたって言ってたよね。それに、もちろん自分の作品作りのなかでも何かしらの興奮を感じることもあるだろうし……。
:性的な興奮ではなく、もっと違う興奮だと思います。相手に物語を感じたり、人が普段見せない面を発見したときなどに、精神的に高揚することはありますね。あと、前にも言ったと思うけれど、仕事で風俗嬢を撮る場合、わたしは作品を撮るときとはまったく違うスタンスで撮っています。
A:もしかしたら、仕事のモデルと作品のモデルが、同じ人物だったなんてこともあるかもしれないけれど……! なんだか僕は、カヲリが最初のほうで言ってた口うるさい男たちと同じようなことばかり言ってたかもしれないね、いろいろ追求したり、なんやかやと…… 申し訳なかった!……

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エリック・ベーンハードソン/Erik Bernhardsson: …あはは!うーん…なるほど。例えば、君はアントワープの6人って言うけど、でもそれもシステムの一部になった感じじゃない。マルジェラがガラクタからジュエリーを作ったのとかさ。ゴミを美に。で、彼が異なっていた所は、ほとんどのデザイナーがセレブリティになる、ブランドを助けるためにさ。でも彼はその正反対で、自分を隠した。でもそれで、まさにそのマルジェラの謎めいたところがレーベルを究極のセレブリティーの座へ押し上げたわけで、その匿名性によってさらに有名になった。つまり、本当に何か変わったんだろうか?マルジェラは今DIESELにいて、その神秘性は国際通貨なんだ。この前、北京の三里屯にあるMMMに行ったけど、そこではジュエリーを小さなジップロックの袋に入れて、70%OFFのステッカー付きで売っていた。ここで一周するんだ。ゴミが貴重なモノとなり、そしてまたゴミに戻る。僕がそれを写真に撮ったら、2秒もしないうちに従業員10人くらいに取り囲まれて、出ていきなさいって。つまり、彼らはシステムを変えたのか否か?どうやってその一部になることを避けられるのか?もしイタリアのヴォーグがインタビューしたがったら?きっと有名になる。それにノーって言える?

ドーリン・ジァン/Dooling Jiang:

イタリア版ヴォーグが私と話したがるなんて思えない! ― 僕は話したがると思うな。たぶん1年以内とかそのくらいにね。そこのエディターがついこの間上海にいて大御所デザイナー達にインタビューしてたんだ。つまりもし彼女が年内にメールしてきたら…断れる? ― 中国版ヴォーグからちょうどメールがきた所で、撮影したいってことだったんだけど、私はシーズンで服作りをしないからできないって言ったの。服が完成してないのよ。そういう意味では、私は業界に従ってない。だからイタリア版ヴォーグはたぶん会いに来たりしないわ。あなたは最終的にマルジェラは失敗したと言ってるみたいだったけど、私が思うに問題は私たちが資本主義のシステムの中で生きているってことで、もし新しいシステムを構築したいのなら、一からスタートする必要がある、資本主義無しでね。世界経済は破錠寸前だし、たぶん新しいルールができると思う。そう期待してる。 ― 僕はこう見るかな。資本主義とともに僕らは消費主義を抱えていて、アイデンティティを作り上げるためとか人気者になるとかの為にモノを買っている。でもそこには本当の意味で個人を正当化する理由はないんだ。僕らは雑誌を読んで美しい人たちがその服を着ているのを目にし、そうして結果的に僕らはそれが良いデザインだと信じてそれを買いに出かける。それを2ヶ月くらい着て、それでまた新しいブランドについて雑誌で読んで、代わりにそれを買いに行って古い服は捨てる。そう、そこには全てのイメージとアイディアを生み出すマーケティングのことも絡んでる。僕らが決めることは実際に僕らが考えることではなくて、誰かにそうするように仕向けられたことなんだ。雑誌っていうのは本当は雑誌ではなくて、販促資料なんだよ。彼らは雑誌の中身でお金を稼ぐんじゃなくて、広告を売る事によってそうする訳で、だから読者を増やすことにしか関心がない。だからそこにある全ては実際には嘘なんだ。これってどういう意味なんだろう?システムに加わらない為にシーズンをとばす必要があって、マーケティングをせず、美しいモデルも持たない。たぶん僕らには新しい理想も必要なんだろうね、服がボロボロになったら捨てるんじゃなくて直せばいいとか。 ― 中国には西洋とは全く違うシステムがある。中国は資本主義か共産主義かとは言えないの。私の友達の多くは…2008年に大きな海外ブランドがたくさん中国に入って来て、その年にみんなものすごい大金をそれらのブランドに注ぎ込んだの。でも2年後にはみんなそのブランドに本当に飽きてしまった。たぶん中国には独特なモノの消費の仕方があるんだと思う。 ― でもそれって同じじゃない?みんなスタイルを買って1年それを着て、そして翌年には捨ててしまって新しいスタイルを買う。 ― …あと、中国の人は長い歴史と異なった服の着方があると思う。ほら、一番良い布地、絹は中国発祥なの。つまり、絹というのは中国人にとって日常的な布なのよ。それを着るのに大金持ちである必要はない。だからそれで、中国人が服を買うときに違った基準があるのかもしれない。彼らはもし素材が十分に良いものでなければ、高級ブランドの服は好きにならないかもしれない。つまりそれは、彼らが西洋のブランドを長い間追いかけないということ。初めは高級ブランドに騙されるかもしれない、特に大都市に住んでいる場合はね。でも10着買ったあとに、そこには何の実体も無くただのイメージだと気づくかもしれない。それで彼らは何か他のものを探す。今、彼らが好むのはDigestとかのインディーズ・ブランド。彼らはそれをもっとリアルに、スタイルもより自分たちにフィットしてると感じている。 ― たぶん彼らは君のブランドについても個人的な感じがすると思ってる。彼らは君について知ることができる。 ― そうそう、私もそう思う。あと、1年くらい前にヨージ・ヤマモトのインタビューを見たの。彼が言うに、人々はファッションを無駄にしてるって。でも新しい世代は彼の仕事や服に対して異なった姿勢を持っていると感じている、とも言ってた。私は彼はとても賢い人だと思う。そういうことに気が付くの。私は新しい世代が育っていると思うし、だから新しい種類のシステムの登場を待とうっていう自信がある。 ― 君と僕のような80年代生まれ。 ― そう、あなたのような人達、またはラオ・イ(Lao Yi)やリ・シン(Li Xing)とか、私たちはみんな古いシステムが大嫌い。 ― もちろん。みんな今何か「新しい」ものを見つけることを話してる。「持続可能性」とか。でも誰もそれが何なのか本当には知らない。みんな「オーガニック・コットン」を使うけど、現実には、そのコットンはいまだにヴィクトリアズ・シークレットとかH&Mみたいな会社に雇われた子供が収穫してる。こういう事がいつでも起こっている。何も本当じゃない。 ― マーケティングって、資本主義の中でしか存在し得ないものなんじゃないかって思う。中国では、「商人」はビジネスマンで、古い社会システムでは最下層だった。「农」は農民で最上層だったけど、今は「商」が「农」の地位を奪ってしまった。私たちは今、異なるシステムの中にいる。ビジネスは今ではもう、どうやって成功するかって事なのよ。 ― 僕は世代間でとても差があると感じてる。古い世代はお金に付いてあまり頓着しないけど、彼らには他の価値観がある。 ― うん。でもそれらは実際の中国の価値観だと思う。私の友達は、もしあなたが学者だったら、それはすごく意義深くとても大切なことだと思う。成功はしていないかもしれないけれど、素晴らしい人ということに変わりはないって。 ― 面白いね、成功の計り方がお金によってなのか名声なのか。そこには絶対に何か別のものがあるはず。昔よく言われていた中国のことわざで、「浪費しなければ」みたいなのがあったよね。どんな言い回しだったか確かじゃないんだけど。古いものを捨てず壊れるまで使い続けて、そうするとその素材の別の使い道を見つけられる。または、自分の家の修理を、屋根だったらブルーシートとかプラスチックなら何でもその辺にある物をつかってやる。全く違う生き方。もし服が破れたら彼らは直す。新しいものなんて滅多に買わない。つまり今、僕らはこういう価値観を失いつつあるんだろう…。一般的に、僕らの価値観はどう異なっていると思う? ― 一般的に、私たちは隠すんだと思う。西洋ではみんな見せびらかす。 あのね、3000年前くらいの古代の中国服はこんな感じでカットされてたの(異なるシルエットとカッティングを描きながら)。一方で西洋の衣服は、例えば13世紀のものは身体に沿わせるためにダーツを使って服の形を整えていた。何がセクシーで美しいのか、何がそうでないのか、ここに違いがある。もう知ってるかもしれないけど、古代ギリシャでは衣服はその人の人生のための指針だったの。彼らの服は中国の服と同じで、たった1つだけだった。または、シンプルなシャツとか。ダーツは無く、見せびらかしもしない。 ― 上の階でそんな感じのものを見たよ。あの白と紫のやつ。 ― そう。分かるでしょ、私の服にはダーツが無い。 ― 一度も? ― うーん。 ― 最初のコレクションはどうだろう。あの円形。あ、ちがうか。あれはプリーツだった。 ― 実はこれって、ただそうなっただけなの。私のコレクションが完成した時、ダーツが無いことに気づいた。私のパタンナーはダーツを使う西洋のスタイルに慣れてたから、Digestの服を作るのに相当苦労したのよ。私達はこれを「インナー・カッティング」と呼んでる。つまりダーツを端にずらして、形を変えるために別の方法で裁断するの。他にもいせ込みを使って形を変えてる。長い方を短い方に合わせるのよ。ダーツを使う代わりに、布だけを使って空間を作れるの。 ― 原始美術みたいだ。実直な感じ。 ― これは隠すことと見せることなんだ。ヨージの服を見ると、大きすぎるし背中が中心部になっているのが分かる。彼は日本人女性の背中はとてもセクシーだと言ってる。でも西洋では全ては正面なの。 ― 大きな胸とかね。 ― そう。つまりコンセプトが正反対なのよ。私が異なるシステムがここにはある、と言ったのはそういうわけ。だから、私たちには何か新しいものを作るチャンスがあると思うの。
― スイス人何人かと一緒に夕飯食べに行ったじゃん。彼らはここでアーバン・ファーミングをやってて、服を作ってる。なぜ北京に来たのかって誰かが彼らに聞いたんだ。彼らは「ヨーロッパはもう終わりだ」って。時代はもう過ぎた。既に構造、システムができ上がってる。素晴らしいものがそこからたくさんやって来て、パリから、今はベルリンから、でも今そこには僕らに何をすべきかを告げる構造がある。その構造が作られたのは昔で、現在も僕らはその過去に捕われたままだ。何か新しいものがそこから出て来れるのか?でもここでは全てが新しく、物事に構造がない。もちろん古い文化的価値はあるけど、君がやっていることに関してそれに似たことって今まで無かった。君は完全に自由に自分のやり方を作れるんだ。
― ヨーロッパは終わったって?うーん。 ― うん、だって全てがやり尽くされてしまったから。そこではどんな事にもルールがある。 ― うーん…私はロンドンで勉強したんだけど。半年経ったころ私も同じように感じた。だから学校が終わったら中国へ帰ろうと決めたの。そこでは活き活きしたものを見つけられなかったし、新鮮なものも見ることが無かった。でも彼らはそうは思ってないみたい。 ― もちろんそうさ。誰もみんな自分の文化が一番だって思うさ。その他のみんなが間違っている、もっと自分たちみたいになるべきだって。 ― んー。彼らは自分たちが支配者だと思ってる…私はあなたの国は好きよ。だってそれ程には西洋じゃない。自分のやり方を貫いてる。
― あはは、どれだけ自立してるかは分かんないけど。 ― デザイナーがたくさんいるし、プロダクトとかあそこから来るものって好き。たぶんそれはあの国があまり資本主義っぽくないから? ― 僕らはかなり資本主義だよ、他と同じくらい。 ― 資本主義に対する姿勢ってどう? ― うーん…もしアメリカと比べるとしたら… ― みんなアメリカ文化は好き? ― 難しいな、だって僕らはみなアメリカ音楽を聞くし、アメリカ映画を見てるから、アメリカ文化が僕らの文化を1950年代からずっと形作ってるんだ。例えもしアメリカ文化は好きじゃないって言う人がいたとしても、かなり影響は受けてる。たぶん彼らはどんなに好きか知らなくて、だから好きじゃないって言えるけど、でも本当の所は好きなんだ。これってどこでも同じだよ。例え僕らがアメリカは資本主義に傾倒しすぎてるって批判するとしても、僕らもほとんど同じなんだ。違いはちょっとだけだ。
― アメリカのテレビシリーズみたいに?私はそれは問題ないと思う。でも私たちはそのやり方を真似たりしない。それが中国とは違うって知っている。あなたの国では、たぶん普通にテレビシリーズや映画を楽しんでるのよ、でもそこから影響を受けたりしない。 ― そう、確かに。僕らも見てて違うなとか間違ってると思うことがあるしね。でもそれらは僕らの文化にしっかりと染み付いていて、すごくよく似てる。 ― ヨーロッパについてはどう思う? ― どの国もみな独自の文化があるからそういう意味ではけっこう多様だと思う。 ― ルーツって意味で。文化のルーツ。古代ギリシャとかローマ文化とか。 ― えー…うーん…何だろうもし僕が…  ― じゃあ自国の文化についてどう思う?私が中国文化についてあなたに言ったみたいに、「 农」と「 商」、自分を隠すとか。 ― スウェーデンでも僕らはある意味で隠すことになっている。僕らの感情だね。例えば何かに怒ってるとか、何かに優れていると思ってるとか。でも僕らも体裁にはとてもこだわっていて、キャリアとかさ。僕らの価値観やモラルの中には宗教に影響を受けたものもあるよ。労働倫理とか。近頃は忙しくしてるっていうのが流行ってる。どれだけ多忙かって不平を言ったり自慢したりするんだ。で、もし忙しくなかったらそれが悪いことのように思うんだ。仕事をしてないと役立たずのように思うんだよ。例えその仕事がまったくもって無用だったとしてもね。もう僕らは価値観なんて持っていない、それしかないのさ。実に実用的なんだ。経済を成長させよって。 ― そっか…ところで、IKEAってスウェーデンから来たんだっけ?お気に入りの会社なの。他にはApple。あと3M。 ― 3M?テープとかを作ってる。あの3M? ― そう。アメリカの会社が2つ、スウェーデンが1つ。これって面白い。私はアメリカ文化は好きじゃないけど、でもAppleと3Mは資本主義の良い部分だと思う。私は資本主義は拒むけど、この2つが作ったものは拒めない。 ― うん、ある意味で僕らの暮らしを良くしたよね。でも例えばAppleだけど、これは世界最大の最も資本主義な会社だ。 ― 私はただMacのWindows…何て言ったらいいのかな?
― オペレーティング・システム。OS X。 ― でももうスティーブ・ジョブズはいなくなった。 ― 彼の伝記読んだ? ― ううん。これってただのお話でしょ。著者もアメリカ出身…だからね。 ― この本は彼に関してけっこう批判的だけど、それでも読み終えた時に思うことは「わー、この人は天才だ」ってこと。この本が彼をほぼ神に押し上げた。 ― だから読みたくないのよね。 ― その中で、彼がいつも語っているのは、Appleがより良い製品を作ることによってどのように人々の暮らしを良くしていくか…。でも新しいiPhoneやiPadを買うことが、本当にそうなのか?彼らの電話って一種類だ。だから何を買えばいいか分かる。それで、1年に1回新しいのをリリースする、つまり何を買えばよいかだけじゃなく、いつ買うかも知ってるってこと。誰にでもすごく分かりやすくしてる、僕らは考える必要もない。それでもちろん、見た目もいい感じだし、だから…。 ― あはは、うん、私は今のAppleは昔とは違うと思う。それもあって私は3Mが好きなの。どんどん成功してるけど、以前と同じまま。 ― 同じ価値観を持ち続けてるんだ。 ― そうそう、それって大事だと思う。3M、多くの人はどうして私が好きなのか分からないのよ。
― 僕は知りたいな。 ― 確か1971年かなんかに設立されて、彼らの名前、3つのMが意味するのは…Material(原料)、Mining(採鉱)、Minnesota(ミネソタ)とか。フロッピーディスクを作ったの。実用的なものを何でも作ってる。小さいものとか。医療や、オフィス用品も。特別な会社なのよ… もし彼らが存在しなかったら、またはこういうものを作ってなかったら、人々の暮らしはかなり違ったと思う。もし興味があったらネットで調べられるよ。「わあ、これもだなんて知らなかった!」っていうような事がたくさんある。 ― IKEAはどう?彼らのどこが好き? ― 組み立て式の家具だからかな。彼らは家具やその他の製品によって新しいライフスタイルを生み出した…。たぶんヨーロッパでは普通なんだろうけど、中国では人々のDIYやライフスタイルについての考え方を変えたの。 ― それとたぶん食べ方とかも? ― あはは、そう…。私はDIYは好きだけど、IKEA無しにはできない。そんなわけで、彼らはここでの多くのことを変えたのよ。 ― うん…つまり資本主義にもいい事があるってことかな。 ― そうね。第一に彼らはビジネスを重視して、その次に他の事をするの。 ― ところで中国でのApple、Foxconnとかそういうスキャンダルについてどう思う?労働者の扱い方なんか。 ― あれはひどい、災害だと思う。 ― それに彼らは全く無関心だしね。彼ら(Apple)は気にしてると思う? ― うーん…分かんないな…。ああ、たぶんそれは…ケビン・ケリーっているでしょ?彼はIT分野の哲学者なんだけど。ジョブズが言ってた…1970年代に『ホール・アース・カタログ』っていう雑誌があった。それは彼にとってとても大事だった。その編集者がケビン・ケリー。ジョブズはケリーのITとコンピューティングの思想に傾倒してた。ケリーは若い頃にインドへ1年行って、そこでの生活がアメリカと全く違うことを発見したの。ジョブズも20歳くらいの時に行ったのよ。だから私は初期のApple製品が好き、ジョブズはそこで学んだ事を取り入れていたんだと思うの。でも今では、Appleは単なる…入力機器になってしまったと思う。全てはクラウドに保存されていて、機器は単なる情報を入力する画面でしかない。全てがアメリカのどこかに保存されている。 ― というとGoogleも好きではない? ― ううん、Googleは好き!今GoogleはAppleよりいいと思う。でも、Googleもアメリカ政府の単なる道具。それでも私はそれから逃れられない。コンピューターを使わなくちゃならない。私、こういった事を心配してるの。 ― 僕はGoogleは新しい種類の会社だと思う、新しい世代の。彼らは基本的な価値観をもってて、例えば「悪い事はしない」とか、それに彼らは情報がすべてなんだ。問題は、彼らが広告でしか利益を得ていないってこと。大きなパラドックスだよ。僕が思うに、たぶんある時点でこれがGoogleにとって問題になってくる、というのも彼らは本当に広告に頼りっきりだからね。  ― 私は彼らが資本主義の中にいるからなんだと思うな、それしか選択肢が無い。― ところで資本主義の代わりになるものって何だろう? ― …………わかんない。…………ヤン・シュヴァンクマイエルって知ってる?映画監督の。彼の映画がすごく好きなんだ。彼曰く、僕らは時間の終わりに生きている。なぜかというと、一千年もの間私たちは商業だけをやってきたの。だから彼は、私たちはこの世で最後の世代だって。 ― うん、何だか退廃的になってきたね。どの文明にも終わりがあるんだ。ギリシャ文明とローマ文明は崩壊した。 ― そう…もし今年が最後の年じゃなかったとしたら、そこで私たちは次の段階へ進むのよ。中国では大きな変化がある。ほら、7年ごとに大きな変化があるの。1976年に毛主席が亡くなった。周恩来が取って代わったとか。こんな風にたくさんの事が変わった…。 ― ああそうだ、もうすぐ新しい国家主席が決まるよね。 ― そうそう。だから今年は、それでも何か新しい事を私は期待してる。たぶん2年か3年後には違った風に感じてるかもしれないけど、でも今はただやるべき事をやって、あとは待つ。 ― うーーん…
ここから成都ビエンナーレについて話すってのはどう? ― いいわ。 ― じゃあ、どうしてビエンナーレに参加する事になったの? ― オウ・ニン(Ou Ning)が私の最初のコレクションのビデオを見て、私ならビエンナーレの為に何か作れるかもって思ってくれたのよ。初めは小さな事をやるつもりだったんだけど、次第に大きくなっていって。最終的には完全なプロジェクトになった。成都政府がビエンナーレを奨励してて、彼らはこれが成都の名刺代わりになればと思ってる。彼らは1年間準備をして、私に3ヶ月もの長い準備期間をくれたの。それにコンセプトはとても自由だった。だからとても良かったんだ。 ― 成都で新しい織物区ができるって知ってた?彼らはそれを「东方米兰」(東方ミラノ)って呼んでる。そこに行って来たんだ。 ― あはは(笑) ― 東のミラノ?工場ばっかりなのに。 ― それって成都市内? ― 成都市外。何か村みたいな所。 ― あぁ… ミュージック・パーク? ― ううん、織物のための。布とか服とか。 ― 聞いたこと無いな。
― そこには何でもあるんだ。家とか、そこに住む事もできる。そこでは何でもできる。いずれそこだけの小さな世界になるだろうね。 ― つまりあなたは好きじゃないの? ― 実はどちらかというと好きなんだ。もしかしたら良いかもしれない。そこに住みたいとは思わないけど…これって面白い。世界最大の織物生産地区になるんだぜ。そうやってたくさん宣伝してる。あと君が言ったように、成都政府がどのようにビエンナーレを広報に使ってるかってこと。みんなどの国でもそれをやっていて、それってとても面白い。フランスはそれを中国でいっぱいやってる。草場地春の写真際ってあるじゃん? ― うーーん ― これはフランスが払ってるんだ。つまり僕らは文化を使って互いに戦っている。自分たちの評判をより良くするために。 ― 分かる。中国の都市もみんなそうしてる…。
― っていうか、みんながやってる。ヨーロッパも、アメリカも。僕はこれって面白いと思うよ。 ― あぁ…うーん、私はこれは未熟な広報の仕方だと思う。近道。 ― これには良い面と悪い面が両方あるんだと思うんだ。新しいアーティストに会えるじゃん。でもそれって本当にはアートのことじゃない。評判が良いかどうかだけなんだ。 ― うーーん。評判ってどういう事なのか分かんないな。ある人は「おお!君はファションデザイナーなのか!」って言うけど、私はただ「うん…」って。自分では服装デザイナーだと思うの。ファッションデザイナー、それってただの肩書きでしょ。それを好むプレスや人々がたくさんいるのかもしれないけど、でもそういうのってほんのまやかしだし。そういうものに私は目を向けない。 ― 広報は? ― それも単なるまやかしの出過ぎたものよ。 ― うーん…。中国人デザイナーの何人かは海外で人気が上がってきてる。で、より良い布地を使い始めてる。彼らは良い広報をしたと僕は思うよ。 ― じゃあ、良い広報っていうのは多くの人に受け入れられるってこと? ― えっと、でも評判によって成長する事もできるじゃん。何人かはすごく良くなったし。 ― 私は、広報っていうのは(ブランドの)アイデンティティーを形作るものだと思う。プロダクトの中には良くないものもあって、そうすると評判にはならない。でもそこで人気が出たりするのは、良い広報をするからなの。こういうの大嫌いなのよね、マーケティングをする人たちとか。 ― 変だよね…。パーティでPRの人に会う時みたいな。僕は時々彼らが何を言おうとしてるのか分かっちゃって笑い出しちゃうんだ。彼らは変だと思うし、彼らも僕を変だと思ってる。
― 初めて成都に行ったのがビエンナーレの時。私はあの街が好きじゃない。でも人々はすごく好き、彼らのそこでの暮らしとか。みんな天気を楽しんでて、幸せなの。 ― たぶんシンプルな暮らしをしてるんだよね。家族経営のお店で働いて、心配事が少ない。ストレスも少ない。 ― スローライフ。成都にはもう一つ面白い事がある。「中国好声音」って聞いた事ある?音楽番組で、審査員がその人がスターになれるかどうか決めるの。 ― うわぁ…それ大っ嫌い! ― そこでそのコンぺがあった時、成都の女の子達がすごく参加したがるのよ。彼女たちはしきりに自分を見せたがったりテレビに出たがるの。 ― 成都は中国で一番きれいな女の子がいる街って前に誰かが言ってたんだけど? ― そう、そう、そう!それに彼女たちは本当に目立つのが好きで、服とか歌とか、テレビに出る事とか。だから成都は特別な街なのよ。 ― 目立つのが好きだから? ― そう。そこではみんなスローライフを送ってるんだけど、女の子はみんなスターになりたがってる。それって面白い。 ― はは、ほんとだ! ― だから私は、成都って本当に今の中国だなって思う。 ― 中国をうまく象徴してるって? ― そう、だって中国って実は速く動く国じゃなくて、文化もそう。 ― んー…。何もしないでただ外に座ってリラックスしてる人たちを見るのって、僕は本当に好きだな。僕らはいつも何かしてないといけないじゃん…。うーん…。

…服について話そうか。君のプロセス、どういう風に服を作るのか。君はアイディアがあってそれで…? ― 個々のコレクションを始める時、私はただひたすら読むの。読みたいものを読む。 ― 「消化」(Digest)というのは、アイディアを得て、それを寝かせておいて…消化する。 ― そう、それはとてもすごく大事な部分なの。まず始めにすごく簡単なドローイングをして、その後パタンナーとプロポーションをどういう風に作りたいとか、どんな素材かとかを伝える。始めはたぶん、彼女は私が何を欲しがっているのか分からない。私はただやってみてと言うの。彼女の解釈でトワルができた時、私は何が良くてどこを変える必要があるか伝える。アイディアについてやり取りするだけ。私は決して細かい所は言わないの、例えば肩はもう2cm必要、とか袖は…とか。絶対に。技術の人もクリエーターだと思うからね。最初の頃は服はあまり良くないんだけど、それは私が何が必要なのか本当には伝えてないからなのよ。ただただ、彼らに仕事をさせる。 ― どうしてそうするの?彼らにもっと楽しんでもらいたいから? ― 楽しむ?いいえ、そうじゃない。 ― つまり、彼らにもっと自由を与えたいってこと? ― そう。彼らをコントロールしたくない。私がこうするのは、ほとんどの場合中国人、特にパタンナーとソウアーはただオーダーを受注するだけと考えているのよ。「言ってくれればやるよ」って。 ― 君は彼らに自分で考えてもらいたい。 ― そうなの。私が思うに、たぶんヨーロッパでは技術者は自分たちで考る。でも中国ではそうじゃない。彼らはただ従っていたいだけ。だから私は考えを伝えることに多くの時間を費やすの。最終的にいくつか良い服ができた時には、あと半分もの新しいシーズンの服を作るのにほんのちょっとしか時間が残ってない。はじめの2〜5着はすごく時間がかかるけど、一度私が何を欲しいのかが分かったら、後は早いの。だから時々私のチームは時間を心配して、それじゃほんとに時間が足りないとか、まだ1着しか作ってないって。でもこんな感じで進展を目の当たりすると、彼らはなんとかやれるって感じるの。それで、次のシーズンではもっとリラックスして、より自由に服や技術的な部分について考える。これが私たちのやり方。私にとってデザインすることやひらめきは安定したものじゃない。私が唯一できるのは服をたくさん作ることなの。仕事をやり続けて、ひらめきを待つ。
― 生産についてはどうかな。どこかの工場で作るの?それかここで全部? ― 全部ここで作ってる。品質を管理する必要があるから、あと今はDigestはとても小さいし、短期間で人気が出て欲しくないの。最初のコレクションから3年以内の計画はしてるけど、Digestは小さくあり続けられたらいいなって、だってそうすればもっと消化できるから。現時点で買いたいって言ってくれるバイヤーがたくさんいるけど、私はノーって、時間が無いって。今は北京と成都だけで服を売ってる。 ― 上海はなし? ― 上海には行くわ、だってリッチー知ってるよね、彼が新しい店を出すの。たぶん9月に。そこには…、店がある、でも私はそこには入りたくないんだ。 ― なんでさ?ザン・ダ(Zhang Da)のBoundlessも入ってるんでしょ? ― あまりに「ファッション」なんだもん。ザン・ダはすごくいい人で、ノーと言えないの。でも彼の服はあの店に合わない。広東と香港にもメールをくれたバイヤーが何人かいて、私をそこやアメリカで広めたいって。私はノーって言ったの。今は有名になりたくない。もっと消化したいし、もっと成熟したい。で、ぴったりなショップを見つける。あと、バンクーバー。そこのファッション・ウィークに招待されたの! ― 今はどの街でもファッション・ウィークやってるね! ― たぶん、2014年に私自身のレーベルを立ち上げることになる。Digestじゃなくて。Doolingになる予定。これが私の計画。 ― じゃあDigestはどうなるの? ― レム・コールハースいるでしょ。彼は OMAとAMOという会社を2つ持ってる。一方は商業的で、もう一方は研究。Digestは私の研究になる。Digestはいつでも私のアイディアと思考を消化する、一方でDoolingは着やすくなる。Digestっていうのはもっとコンセプトのことなのよ。

翻訳:亀井佑子

ハロー、ジャック
1. 先日、あなたのデザインした服(Jack Mauritsz)を東京の古着屋で見つけました。クリーム色のナイロン製のドレスで、タグはまだついていました。価格をみるとたった1900円。とてもいいものだと思ったので、その場ですぐさま買いました。そのドレス自体が、あまりにも素敵だったからです。90年代のベルギーっぽさがあって、現代的な合成繊維のナイロンで作られているのにもかかわらず、上品で落ち着いたところもあるドレス。マドレーヌ・ヴィオネらしさもあるなと思いました。その後、そのドレスをモデルに着せて撮影し、インターネットに載せました。するとあなたからのコメントが届いたのです。「わたしが以前デザインした服だ、着てもらえてうれしい。何年も経っても着れる服をと思ってデザインしたんだ! ジャック」と。わたしにとっては本当にうれしい驚きで、それからずっとこのことが気になっていたんです。
2. 今、わたしはあるファッション雑誌(であり、でないようなもの)を作っていて、もうすぐ2号目が仕上がるところです。この雑誌はずいぶん変わっていて、ロウ・キーでありながら、服、人間、そして過去の物事など、ありとあらゆる事を扱っています。60ページにも及ぶ長編インタビューから、コンセプチュアルに見える超短編、会話まで、いろいろな要素で構成されているのです。
そこで、ぜひあなたとの短い会話も載せたいと思い、まずは今もわたしの所にある、あのドレスから始めたいと思っています。わたしがあなたについて知っているのは、あのドレスだけなのです。(おそらく)現在は存在していないブランドをフィーチャーすること、というのもアイデアの一つです。あなたの作ったこのドレスは本当に素晴らしい。ドレスだけで考えてみても、もし状況が違っていれば、あなただってラフ・シモンズのようなデザイナーになっていたかもしれない……
という訳で、かなり控えめに(むしろ積極的なのかもしれませんが)直球勝負で聞きたいのですが、「一体あなたには何があったのでしょうか?」

アリン



ボンジュール、アリン
わたしのレーベル「ジャック・モーリッツ」についての話が聞きたいそうだね?

それには、わたしが自分のコレクションを始める前に、どこにいて誰のために働いていたのかから話す必要がありそうだ……

オランダ王立芸術科学アカデミーでの5年間、わたしはファッションデザインを専門にしていた。最後の年に、外部から講師としてきていたマリナ・イー(アントウェルペンの6人のうちの一人だ)に連れられてパリに行った。マルタン・マルジェラのセカンド・ショーを見せてもらったんだけど、それにすっかりやられてしまって…… マルジェラと、ジャン・ポール・ゴルティエのところで働きたいと思ったんだ!それからその2人のの元で働くことになった。
北部オランダ出身で、ロンドンではリッチモンド・コルネホ(破壊、混乱・無秩序というテーマ)でインターンとして働き、マルジェラの元では脱構築を学んだことが、わたしに影響を与えたと思う。
とても数学的・図面的で力強く、現代的な服でありながら、北国の厳しい寒さでも、女性的で脆く、セクシーに着こなせる服。
構造上必要な、技術面での壁を崩し、新しいものを作るにはどうしたらいいのか、わたしはいつも自分に問いかけていた。どうしてここはこうしなきゃいけないのか、どうしてこの袖は別の場所につけてはいけないのか、とかね。例をあげれば、XXXXLくらいの超・オーバーサイズのTシャツを作り、普通サイズの形に縫うとか(今冬のコム・デ・ギャルソンと同じようだ!)、立方体のスカートとか、脚の部分が正方形のパンツとか、グレーのスウェット素材を使ったジャケット(最初のコレクション)とか、カットオフされたスカートとパンツ、定番のジョギングスーツ(これは92年の作品だけど、20年後の今ではZARAの超ヒット商品になっている!)、肩が外れるデザインになっていて、パッドは立方体に見えるように詰めてあるもの、そして真っ平らのデザインの服にリボンを縫い付けて、巻き付けたり纏ったりして着れるような服など……
これを書いていると、またあの時の情熱が蘇ってくるようだ。投資してくれる人を見つけられていたなら、今でもあのブランドは存在していたと思う。
あのコレクションは、SOという別のオランダのブランドをプロデュースしていたメーカーの元で、オランダで作られていた。服の製造レベルは、わたしが以前働いていたデザイナーたちと同じくらいトップレベルにしたかった(価格もそれと同等でね!)。イギリス紳士用のウールやダッフルコートののウール、シルク、カシミア、レザ―など高級素材を使いつつ、同時にスウェット素材やナイロン、トワールコットンや普通のコットンジャージー、合成素材のストレッチレースなどのチープな素材も組み合わせたり。ふつう、服を作るのには使わない素材も使ったりした。透明なプラスティックと一緒に織られたコットンとか、バッグやテント用のラバーナイロン、それにふつうは使われない織物を使ってイブニングドレスを作ったり……おもしろい「不調和」を生み出せるようなミックスにしたかったんだ。
コレクションはすべて、一色のバリエーションで作った。初めのコレクションはグレー、2度目はベージュ、3度目はネイビー、4度目は白黒……当時は新しい試みだった。
コレクションはパリ・ファッションウィークで、一風変わったやり方で発表した。最初のコレクションは、ルーヴルで行われていたシャネルのショーの出口のところでやった。違法だったよ。モデルはプロと友達(年齢は様々)に頼んだ。ばかでかいラジカセをサウンドシステムにして、シャネルのショーから出てくる観客の間を、モデルたちが闊歩した。警備員に掴まったけど、許してもらった。ルーヴル前のリヴォリ通りにはたくさんの「モデルたち」がいたんだけどね。みんなすっかりエキサイトして、シャネルの最後の観客たちが出てきた時にも舗道でショーをやったんだ。お金をかけないショーだったけど、次の日フィガロのファッションページに記事が載った。シャネルと他のブランドのあいだにね。
いつも、そういうことばかりやっていた。普通のファッションショーの考えから抜け出せるような何かをね。今でも思い出すと思いっきり笑いたくなるよ。二度目のショーはパリのダッチ・インスティテュートでやった。三度目は中二階のあるフォトスタジオで、男女のモデル(とプラスサイズのモデルたち)を使って行った。四度目はパリのアートギャラリーで、壁をつかった「ショー」をした。
初めのシーズンが終わった後、コレクションが日本のエージェントの目に止まった(まったくありがたい!当時はファッションを買う人間がいて、そのおかげでわたしたちは生活できたんだ)。"Jardins des Mode"っていう今はもうないフランスの雑誌でわたしの記事を読んだらしい。
どうして辞めることになったのか…… 90年代は(銀行でも個人でも)投資してくれる人を見つけるのが難しい時代だった。それに、新しいコレクションを発表するにはお金がかかりすぎて、自分の資金だけでやりくりするだけでは難しくなっていた。残念だけど、後悔はしていない。わたしの人生で最高の時代だったし、素晴らしい経験をしたからね。
それに、たとえ才能やお金があったとしても(うぬぼれているわけではないよ)ファッションをクリエイトするには、プレスとの駆け引きも重要になってくる(わたしはある意味、舞台裏を知っているから、プレスから興味を向けられるのは居心地悪くもあるのだけれど)。
そうした考え方は、今ではもっと広がっているみたいだ。どんな商品を作るにせよ、それが良いものでも悪いものでも、うまく売り込んで記事になればどんどん売れる。
わたしの友達のなかには、わたしの服をまだ着てくれている人たちがいる。母も着てくれている。今の時代でもちゃんと着こなせる(しかも、品質も保たれている)ことがわかってとてもうれしい。マルジェラについても同じことが言えると思う。彼の昔の作品が、H&Mのコレクションに提供されているけど、いいデザインはいつまでも色あせないことがよくわかる。
今だったら、もっと違うやり方をするかもしれない……服に対する考え方が変わってきたんだ。でも、「反抗的な」精神はいまだに残っているよ。
2年前、年を重ねた女性たち(35歳から70歳まで)のためのコレクションを(紙の上での話だけれど)デザインしたんだ。PROUDという名前をつけた。
そうした女性は、購買意欲があるというのに、なかなか「ターゲット」にされていない。60年代や70年代を生き抜いてきた女性たちなのに。彼女たちはフェミニズムやピルを通過してきたし、就職して自分のお金を稼いだ経験がある。わたしの母もそうした女性たちの一人だけど、灰色の服を着たおばあさんのような格好をしたいとは思っていない。と同時に、25歳の若者のような格好をすることも望んでいない。ボトックスをするのではなく、自分の年齢や身体、美しさを受け止めているような人たちだ。自分たちの社会にまだ関心を抱いていて、気持ちは若い。彼女たちは、モダンで特徴のあるフェミニンな服を、適正な価格で求めているんだ。デパートで見かけるような、形のない袋のようなオーバーサイズの服を着るのではなくね。
それで、投資してくれる人を(日本とイタリアで)探していたんだけど、金融危機が起きたから……
とにかく、今わたしがやりたいと思っていることは、そういうこと。誰か興味がある方がいたら、ぜひわたしに連絡してください。
もうこれくらいで十分かな。もっと他に質問があったら、なんでも聞いて欲しい。
そしてこれが発行されたら、一冊送ってくれたら嬉しいよ。


また連絡を待っています、
ジャック・モーリッツ

Takashi Nishiyama


インタビュアー=きくちゆみこ

西山高士:人間の形がすきじゃないんです。子どものころは、ゴジラになりたかった。だからかもしれない。立体的なものがすきなんです。人間の形って、考えてみれば結構ひらべったいでしょう。だからあんまりすきじゃない。ゴジラはずっと立体的です、しっぽがあって、奥行きがあって… だから僕の服は、大きくて、長いんです。

きくちゆみこ:西山さんは「モンスターハンター」にインスピレーションを得て、最初のコレクションを作りましたよね。ハンターとモンスター、どっちにインスパイアされたんですか?

西:モンスターです。よく通勤電車で、サラリーマンがゲームしてたりするじゃないですか。そんな感じなんです。ゲームしてたら、いつのまにか現実でモンスターに出合ってしまう。それでなんとか戦おうとして…

き:それでサラリーマン自体がだんだんモンスターになってしまって…

西:モンスターを狩ることで、彼らのアイテムが手に入るんですよ。でも実は僕、あまりあのゲームのことしらないんで・笑

き:わたしもあんまりよくわかりません・笑

西:フォーマルなデザインがすきなんです。でも「モンスターハンター」自体は特にスタイリッシュっていうわけではなかった。だからさっきのサラリーマンの話を思いついたんです。そうしたらもっとフォーマルな要素を取り入れられると思ったので。モデルたちは、モンスターの服の下に、フォーマルスーツを着てるんです。

き:つまりサラリーマンが中に隠れている。モンスターのアイテムを手に入れて、それを身につけることでどんどんモンスターに変わっていく、と。服と服が組み合わさって、最後に大きなモンスターになる、という発想がいいですよね。あと、わたしよく「仮面」というものについて考えるんです。顔に何かを被ること。だって、身体を隠すためにはみんな服を着るのに、顔には、何も身に付けないじゃないですか、ふつうは。眼鏡やサングラス、あとは風邪引いたときのマスク以外。確かに、お化粧はするかもしれないけれど、でも基本的には顔って、裸のまんまですよね? だからたまに、仮面みたいなものが日常には必要なんじゃないかな、って思うんです。心理学的な「ペルソナ」というか。毎日取り替えられて、この日は着ける、この日は着けない、と選べるような何か。わたしたちは毎日服を着るのに、仮面は着けない。それでね、思ったんですけど、よく「服はその人の人となりを表す」って言うじゃないですか。でもその逆を考えれば、つまり人が服を着ることによって、服は形と存在を与えられてる。だから人と服は互いの存在に意味を与え合っているっていうか。でも、「仮面」は、その人の顔、つまりパーソナリティすべてを覆ってしまう、消してしまうと思うんですよね。だから、それがいやだから、人は仮面を着けないのか、と。それで、です。西山さんの服を見た時にですね、とくに最初のコレクションを見た時に思ったのは、これって、ある種の「仮面」みたいだなと。もしくはコスチュームと言ってもいいかもしれない… それでさっき、西山さんが「モンスターになりたかった」って言ってたのを聞いて余計そう感じました。

西:確かにそうですね。僕のデザインには、ヘッドドレスとかフードとかがよくあるんです。それがきっかけだったかもしれない。自分が何かに変わりたかった、何かに変身したかったっていうのが、始まりかもしれないです。

き:日本の伝統的な服って、とてもフラットですよね。だから日本のデザイナーたちはそのデザインのロジックを追求したりしていましたよね。人間の身体が纏うことによって、着物もそうですけど、服に形が生まれる、とか。西山さんのお母さまは、イッセイミヤケで働いたことがあったと聞きました。でも西山さんの服って、形がしっかりと見えますよね、すごく立体的で。だから日本の伝統的なデザインとは違ったところにあるのかな、と思いました。

西:たしかに、立体的なものがすきです。でも服って、僕がつくるものでも実際はフラットな、平面から作るんですよね。つまり、トルソーを使って縫うとかはしないで、作図・製図から作るんです。デザイン画ではなく、パターンがデザイン画になって作る。作り終わるまで、どんな風に見えるのかわからないんです。それがおもしろくて。写真に撮ってもらったりするとまた違って見えたり、新しい感じになっていて驚いたりもします。

き:西山さんの服って、いろんなものを組み合わせたときにどんな形になるかわからないっていうのもありますよね。(ファーストコレクションをみながら)これって、取り外せるんですよね?

西:これはフードなんです。この洋服の型を作るとき、実は動物のパターンを使ったんですよ。動物って四足歩行でしょう? これは袖が(動物みたいに)前に来ているんですが、腕は通さずに、ケープのように着るんです。

き:本当に人間の形から離れようとしてるんですね!

西:やるんだったら、動物からやっちゃおう、と。

き:確かに、モンスター的なものを考えると、とにかく人間ではないものっていう発想になるのはわかります。でも、人間の形がすきじゃないって言っているのに、人間のための洋服を作ってるのって、なんだか不思議です・笑 わたしは人間の形についてあまり考えたことはなかったなあ。すきとか嫌いとかっていう観点では。

西:奥行きがある生き物がすきなんですよね。しっぽが長い生き物。ワニとかサメとかもすきです。

き:わたしもサメ、大すきですよ。

西:メガロドンって知ってます? 巨大サメなんですけど。全長20メートルって言われてるんですよ。ホオジロザメの大きいやつらしいんですけど。絶滅したって言われてるけど、目撃情報もあって。

き:へえ…! それが憧れなんですか?

西:いや、ただ彼らがこの世界にいるってだけで満足です。

き:確かに大きいものには、惹かれるところありますよね。クジラとか…

西:クジラですよね。見てみたいですね。

き:わたしはアメリカ文学専攻だったので、クジラと言えば『白鯨』を思い出します。アメリカの捕鯨船での話なんですけど。あれを読んで以来、クジラってどこか神々しい感じがしてます。とてつもなく大きいっていうだけで、とにかく神聖な感じがする。

西:一緒に泳いでみたいですよね。シロナガスクジラがこう、ばあーっと列になって泳いでるの二遭遇したいです。歴史上最大の生物ですよね。33メートルのもいたり、恐竜より大きいらしい…

き:でも、どうして大きいものに憧れるんでしょうね。人間だって、他の生き物と比べてみたら、そこまで小さいわけではないですよね。ところで、西山さんのコレクションの服も大きいですね。

西:たぶん、その衝撃じゃないですか。うわ、やべえ! みたいな驚きというか。考える余地もなく、ただ、じかに感じるすごさ。だから地球上に大きいものが存在してて欲しいなって思う。僕のセカンドコレクション、ITSでグランプリをとった次のコレクションなんですけど、あれはステージで見せられなかったんです。大きすぎたから。だから自分でも、全体がどうなるのか見れてない。それぞれの部分はあるんですけど、全部繋げることができなくて。ステージでも見せることができなかったから、自分でも見られる場所がないんですよね。大きいものを作ってると、こういうことになっちゃう・笑 あれは7人で着る仕組みなんです。ガンダムに影響されて作りました。いつか自分のショーで見せられたらいいなと思ってます。

き:すごく楽しみですね。

西:最近スペインに行ったんですよ。それでサクラダファミリアを見たんですけど、あれ、作りたいなあと思いました。ああいうもので服をデザインしたいなあって。でもお金がないから、作っても見せる場所がないんですよね。

き:生き物じゃなくても、大きいものがすきなんですね。

西;いや、もちろん生き物の方がすきです。でも他にもインスピレーションが必要なので・笑 サクラダファミリアって、ゴジラと同じくらいの大きさらしいんですよね。

ーーーーーーーーーーーーーーーー

き:たぶん、この雑誌でもこの洋服の写真を使います。どうして今回はレディースを作ろうと思ったんですか?

西:ファッションで生きるなら、やっぱりレディースのデザインなんですよね。

き:結構違うものなんですか?

西:そうですね。まず、モンスターっぽくするわけにもいかないなと思って。あと、身体にフィットするものを作ってみたかったんです。だからレディースでいこうと思いました。

き:そう言えばAlinが西山さんの服を撮影するときに、もっとオープンに見せたい、もっと流れるように、今まで見てきた写真よりももっとフェミニンに写したいって言ってましたよ。

西:それはわかる気がします。今まで撮ってもらった写真はみんな雑誌用で、だから服自体がしっかり写っているわけじゃなくて。例えばこれは、ディテールを写した方がっていう提案がカメラマンからあって撮ってもらったんですが、僕としては全体を見せた方が、僕のデザインが伝わりやすいかな、とも思います。

き:赤の色が特徴的ですよね。どうして赤にしたんですか?

西:このコレクションは、「ヒーローたち」というテーマで作ったんです。戦隊もののリーダーの色って、赤じゃないですか。

き:確かに、赤ですよね。そしてあと白も使ってますよね。まさに「日本」の色ですよね。

西:実はこれを作ったのが、震災の直後だったんです。これは後から気づいたことですけど、ヒーローというアイディアも、震災と関わってくるかもしれないです。もともとヒーローって言うテーマはあったんですけどね。

き:西山さんにとって、「ヒーロー」ってなんですか?

西:最初は、ガンダムコレクションをやろうとしてたんです。でも代わりにこのヒーローシリーズをやることになった。それから色は赤にしよう、パターンやカッティングは鋭くしようとか、と考えて。もっとロボットみたいにしたいと思ったんですよね。これは(と写真を指しながら)バズーカなんです。火を噴射してる感じで。

き:このヒラヒラしてるのがビームなんですね!

ーーーーーーーーーーーーー

き:わたし元々服について考えたときに、どこか演劇的な要素があるって思うんですよ。うまく言えないんですけど。でもそもそも服っていうのは、実用的なものでしたよね。例えばジーンズは労働者たちがタフな布のズボンが欲しかったからできた…とか。でも、別のところで考えると、演劇的で。だからわたしは「仮面」が欲しいのかなあ… とにかく、服を着ることで何かのキャラクターになってしまえる、役を与えられるっていうのはありますよね。ハムレット役の役者は、ハムレットの衣装を纏うことでハムレットになる、というか。で、それと同時に、その衣装もハムレット役の人に着てもらえないと、ただの衣装でハムレットの衣装とは言えない、みたいな。と考えると、人間の身体と服が一つになることで、何かがあたらしく生まれるのではないかと。たとえば、普通の人がヒーローの衣装を着ることで、突然ヒロイックになって人助けをしちゃう、とか。

西:そこまで言えるかはわからないんですけど、僕が洋服をすきなのって、そこに理由がある気がします。たとえばこのモデルの彼(写真を指して)は、僕の服を着たら突然ノリノリになって、別に指示は出してないのにランウェイでヒーローみたいにポーズしたりしてくれたんですよ。それで僕の服は、人の気持ちを変えられる! って思って嬉しかったですね。

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西:これはあたらしいコレクションのデザインです。レディースラインを発表したあと、審査員の一人が来て、他のコンテストに参加しないかって行ってくれたんです。そのコンテストの賞金が大きいことを知ってたんで「出たい!」ってすぐに決めました。

き:日本のコンテストですか?

西:いや、日本のコンテストには出たことないんです。きっとノミネートもされないと思うので… いろいろ違うんですよ。日本のコンテストは、デザイン画からなんですよね。もちろん僕も描けますけど、デザイン画だけでは僕が見せたいものがしっかり伝わらない。海外のは、服ができたあとでまとめたブックを見てくれる。それだと自分が見せたいように見せることができるんですね。審査基準もずいぶん違います。日本のコンテストは、真新しさみたいなものを評価する傾向があると思う。あたらしい生地とか技術とか。ファッション性とかをあまり考慮に入れてない気がして… 僕がグランプリをもらったITSのコンテストに、あれから何人かの日本人も応募したらしいんですけど、技術はあってもファッション性がないから通過しなかったらしいんです。僕は技術もファッション性もどっちも大切だと思ってます。だから海外のコンテストの方が向いてるのかな、と。

き:文化服装学院とここのがっこうは結構違うものなんですか?

西:日本のファッションスクールは技術ばかりでデザイン自体をあまり教えていない、ということを危惧して、ここのがっこうが設立されたらしいんです。海外のファッションスクールは、もっとデザインのコンセプトを教えるんですよ。たとえばスカートを作るってなったときに、日本ではスカートの縫い方を教えるんですけど、海外では、とくに良い学校では、「スカートとは何だ?」っていう質問から始めたりする。多分、海外のファッションは芸術的なところから始まったと思うんですけど、日本は社会的・経済的なところから生まれたのかなあと思います。だからまず技術を教える。でも、少しずつ変わってきているとは思います。海外で学んだデザイナーたちが戻ってきて、先生になったりしていますから。話はずれますけど、文化服装学院って世界でトップの設備があるらしいって聞きました。

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き:また自分のはなしに戻ってしまいますが、ファッションってよく考えるとなんだか複雑ですよね。「服」だったらわかるんですよね。「もの」としての。元々肌を守るためとか、裸でいられないからという社会機能的なものでもあるし。でもファッションってある意味、概念的だと思うんです。

西:その二つは分かれてないんじゃないかなと思います。もの、と概念って。そういうことは、ここのがっこうに行ってから考えるようになりました。一般的に人はファッション=洋服って考えると思います。でも本当のファッションて、やっぱりデザイナーの世界観を伝えることなんじゃないかな、と。ショーとか展示とかも含めてですね。もっと一般的にもそう認知されたらいいなあと思ってます。でも日本でそれに到達するにはまだ遠いかもしれません。あまり海外に行ったことあるわけじゃないですけど、向こうではファッションウィークとかはもっとお祭り騒ぎになったりするらしい。ファッション業界じゃない人でも楽しめる見たいです。

き:たしかに、東京ファッションウィークは、業界の人たちだけのお祭りっていう感じがしちゃいます… わたし、ファッションにあまり詳しいわけじゃないから、そういう場所には入って行きづらい気がして。特権がある人じゃないと行けない! みたいに勝手に感じてます。

西:今の若い人たちにとってのファッションって、ユニクロとかファストファッションとかだったりする気がします。今でもギャルとか、東京ガールズコレクション、みたいなものが中心で。なので服だけじゃなくて、実際にクリエーションをやってるデザイナーのことももう少し認知して欲しいなとも思いますよね…

き:棲み分けみたいなものもある気がします。

西:本当に… 僕たちみたいなデザイナーは、「闇の中」みたいに思われている気もします。

き:認知されるにはやはり、着てもらうことが一番ですか?

西:それが、デザイナーとしての僕の課題なんです。でも、見せ方が大事だとやっぱり思うんですね。今までみたいなランウェイだけじゃなくて。だからもっと考えたい。グランプリをとっても、ちょっと哀しかったりするんです… 実際はあまり何も変わらなくて。業界が盛り上がっただけ、みたいな。イタリアだとテレビにも出たらしいんですけど、日本ではフィードバックがあまりなかった。

き:確かに、文学だったら芥川賞とか、実際に文芸に興味がない人でもテレビやネットで知って盛りがったりはしてますよね。村上春樹がノーベル賞をとるかもしれない! みたいな。それがファッション業界だと…

西: ない、ですよね。だからそれが課題なんですよ。

き:同年代のデザイナーたちと、そういうことを話し合ったりしますか?

西:あまりないかもしれないです。僕が勝手に思っているだけかもしれないんですが、若いデザイナーだと、ファッションデザイナーになれただけで満足っていう人もいる気がします。頑張り時はこれからだと思うんですけど… 誰か芸能人に着てもらえた! といっても、ブランド自体をテレビが扱うわけじゃないから。山縣(良和)さんや坂部(三樹郎)は、そういうことをいつも話してるから、本当に尊敬しています。

き:でも、そういう話が聞ければ、もっとみんな興味を持つと思うんです。もちろん、服自体をイメージとして見ることができて、着ることができて、それだけでも、いいな、と思ったりはしますけど、その背後にあるストーリーや思いみたいなものを言葉で提示してもらえると、もっとおもしろい。ふだん服についてそういう話をすることって、実は少ないじゃないですか。それ格好いいね、とか、かわいいね、とか以外には。毎日着てるし、みんな興味があることのはずなのに。

西:僕のまわりでも、あまりそういう話をすることがないかもしれない。ファッション業界以外の人たちでも興味を持てる何かを、考えて行きたいですよね。そういえば、グランプリをとったときに、モンスターハンターのサイトに僕のことがちょっと載ったらしいんですよ!・笑 公式サイトかはわからないんですけど。でも、デザインを通じて他の分野ともコミュニケーションがとれるって思って嬉しかったんです。

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き:これが新しいコレクションですか?

西:スペインのMANGOのコンテストで出したものです。展示での審査だったので、クリアケースに一体ずついれなきゃいけなかった。でも、僕の服ってかさばるので、布だけでいっぱいになっちゃうから少し不完全燃焼…です。もっとコンパクトにしなくちゃいけなかったから。本当は、レディースのコレクションを2回作ってないといけないとか、市場取引してないといけないとか、ルールはあったんですけど、僕はどれも満たしてないんですよ・笑 でもかっこいいから出てよ! って誘ってもらえて。だからとにかく、今回はセンスとディテールで勝負しようと思いました。そのおかげで、デザインレベルも少し上がった気がします。

き:ITSのグランプリを受賞してから、2年が経ってますね。

西:昔はがむしゃらで、あまり考えたりしてなかった。でもあの時のコレクションが一番すきです。

き:その前には何を作ってました?

西:三木勘也さんがすごくすきなんです。だから彼を意識したものをつくってました。三木さんのものは、奇想天外というか、めちゃくちゃかっこいいです。でも卒業して、ここのがっこうに入ってから変わらないとと思ったんですね。やっぱり見せ方とか、展示とかでもっと人に伝えて行きたいです。映像の可能性についても考えてます。これとか着て、スカイダイビングしたらおもしろいんじゃないか、とか…

き:そうしたら、ステージの広さといった問題からも自由になれますよね… レディースラインについてもっと聞かせてもらえますか。

西:今回の一番あたらしいコレクションですよね。実は二つ目のヒーローシリーズのレディースを見た人が、レディースのコレクションを見たいっていうので作ったんです。Female Soldires 女性戦士のイメージです。でもそこまで物語性はないかもしれない。MANGOコンテストのためにコンパクトに作って、ディテールにこだわったものなので。ちょっと物足りないところもあるのかな。奥行きがあまりなかったりするし…

き:テーマは奥行き、ですもんね。着ることによって、いかに人間の形を脱するか、と。おもしろいですよね、だって人間の服はふつう、人間が布を纏うことによって布が人間の形を帯びる、じゃないですか。

西:やっぱり僕は人間とかけ離れたものがかっこいいと思ってるんですよね。

き:今は何を作ってますか?

西:あ、実は仮面を作ってます。デザインだけして別の人に作ってもらってるんですが。特にテーマがあるわけじゃないですけど、やっぱり人間を隠したい、っていうのがある・笑 エイリアンみたいな形で。しかもバッグにもなるんですよ。かぶることもできるし、バッグとしても使える。やっぱりファッションだから、使えるものにもしたいんです。アクセサリーや小物だと、奇抜でも実際に使えるなって思う。服の方は、展示のしかたを考えることでおもしろくしたいです。パフォーマンス性を加えたり、もっとストーリーを与えたり。

き:確かにモンスターハンターも、ストーリーの一環として考えるとよりおもしろく感じられますね。

西:僕、宇宙についてもよく考えるんですよ。だからエイリアンみたいなものにも惹かれる。とにかく人間じゃないもの… そういえば、ヒューマンビートボックスにも興味があって。あれも人間離れしてておもしろいんです。で、試してみたんですよね、自分でも。練習したら結構できちゃって、初めて3カ月で大会に出たら、ベスト16になった・笑 ITSのグランプリをとる前だったから、ファッションより先に結果だしちゃった! と思って・笑

き:ええ!ヒューマンビートボックス! すごいなあ。そういえば、人間以外の服を作りたいとは思わないんですか? 犬とか猫とか動物の服…

西:いや、それは思わないです。そうなるともうファッションじゃない気がする。でもその逆に、モンスターハンターのためには動物でまず型を作ったりもしたので。人間が着れば、ファッションになるな、と考えたんですね。

き:確かに、たとえばペットの服だとしても、人間が着ることでファッションになるのかもしれないですね! 他に何か話したいことはないですか?

西:…実は僕、言葉の表現がすごく苦手なんです。文章がずっとつづいてたりすると、あまり読めない・笑 だから立体とかイメージからの方が、いろいろ受け取りやすいです。

き:そうなんですね! するとわたしたちはまるで反対かも… わたしは立体的なものを作ったり考えたりするのは苦手で、文字と言葉に親しみを感じるので。

西:でも、コミュニケーションはやっぱり大事だとは思ってます。もっと多くの人にファッションが広がればと思ってます。今はまだ、やっぱり闇の中、みたいなところがあるから。そういった意味では、今までできあがってきた歴史をまたあたらしく塗り替えていかなきゃいけないんだろうな、と。ずっと継続していくことなんだと思ってます。

Alin Huma

決済|空け開け

AR/AH 2005 — 2012


xx xxx xxxxx xxxx xx 「明るみ」「空き地」「伐採地」etc... xxxxxx xxxxxxx xxxx xxxx xxx x xxxxx xx 「空け開け」x xxxxxxxx xxxx xx xxx x「決済」xxxxx xxxx xxxxx xxx 「清算」xxxxx xx xxxxxx xxxx xxxxxxx xx 決済、(xxxxx xxxx xx xxxxxxxxx x xxxx) xxx xxx xxxx xxxx xx xxx x x.xxxx xx xxx xx 清算 xx xxx xxxx x xxxx xx etc...


翻訳:きくちゆみこ

魔術的リアリズム。大・原始主義。住まうのは熊の時間、そして夜の時間、鯨男のブルースがヒッチハイカーのはらわたを掘り進んでいく… 彼の前にやってきた者たち… われわれの前にやってきた者たち。いまこそ、自分たちのフロンティアをつくるのだ。そしてわれわれの文化に潜む英雄精神を支持しようではないか。




...トナーの包みを剥ぎとる。癌にならないかと手が怯えている。トナーはどのように広がるのか、僕は知らない。何かが崩れ落ちる前に、何枚のコピーをとれるだろうか。携帯電話が一台。手紙が一枚。たった一枚だけ? 君が電話を切るのを待つ。計算しなきゃいけないものがいくつか。僕はプリンターの上でこれを見つける。ホチキスでとめ、裏にメモを残す。

Ken Ngan

WE DON’T BOTHER WITH CAMERAS AND僕らはカメラやビデオについては気
VIDEOS ANYMORE BECAUSE THIS HAS にしない。あまりにも一般的なものにBECOME THE NORM. NO ONE HERE KNOWSなってしまったから。ここにいる誰もが WHAT SEASON IT WILL 次にどの季節がやってくるのか BE ANYMORE. を知らない。

THE FARMERS農民たちはもうHAVE GIVEN UPあきらめてしまった。 - WHERE THEIR WHEAT USED TO GROW IT IS豊かに育った小麦は、風に NOW BLOWN AWAY飛ばされてしまうか OR SCORCHED TO DEATH枯れて死んでしまった。.

Yu Cong

エッジという考え方はすべて、以前の意味とは異なることを僕らは知った。一例としてそれを見つける可能性は、存在する。

僕らは仕事の後に落ち合い、広告、建物、衣装、展示会、映画、雑誌、本、Tシャツ、漫画についての計画を立てる。僕らがすることには、二次的世界の感情の噴出なんて必要ない。批評家や学者たちの、亡霊のような世界。そんなものは、僕らの速度を遅くするだけ。



始まって15分で映画館を出る。全額払っていたにも関わらず。僕らが愛するのは、映画の最初の部分。上から家へクローズアップしていく、狂った父親が慌ててドアの外に飛び出す、コーヒーがこぼれる、それから妻の冷たいまなざしに切り替わり、彼女が電話に手を伸ばす。僕らは希望を好む。新たな世界が今まさにひらかれようとしているという、希望。本を読むときだって同じ。僕らは最初のページを読む。すべてが新しく、それだけで十分。そこにずらりとならんだコードを手に入れる。それだけでも十分なスリル。驚きの瞬間はそこにある。話の展開には、それほど興味は湧きはしない。僕らは、はじまりの場所にずっといたい。

すべての議論は過剰だ。理論と著述は余分なのだ。居座るべき議論などもはや存在しない。窓際に立つ君と君の裸体、それだけがここにある。そうしたことを僕らは信じる。君と君のズボンのしわ。夏の午後、君がミルクを買いに家を出る。君の湿った靴がたてる、キュッキュという大きな音。

芳香剤はまともな発明だと僕らは考える。


アート界での仕事なんて喜んで放棄しよう。今時アートについて語る人がいるだろうか? 気恥ずかしくなる。スピリチュアリティーについて語り合うみたいに。僕らが決してしないこと。60年代に置き去りにされるべきもの。
ハーバート・リードの再版本、カオスに存在する芸術的な要素について、ロマンティックに語りたがる科学者たちの手、貪欲な会社員、芝刈りの仕事に何年もついた挙げ句、アートスクールに逆戻りするような人たち、そうした中に置き去りにされるべきもの。ひどく個人的な約束の一部として、日々の苦痛や個人的な悲劇、不幸、そんなものの向こうに何か偉大なものを見いだすこと、その一部として。そんなものに僕らは関わりたくはない。


僕らは跳ねる、XXXX XXXXのサウンドトラックを詰め込んだiPodに合わせて。そして気づく、前衛アートは世界を取り込んだわけではないのだ。世界はただ、アートが溜め込んでいたものを連れ戻しただけ。いつもその逆だと思われているのだけど。引用符。なんでもかんでも取り囲もうとする、引用符。それも、もう終わりだ。

僕らはもう知っている。アート(ペットのように飼われている)が存在するのは、あの時代を思い出させるためだけなのだと。境界線がもろくなり、欲望を発動するには十分なのに、変化を阻むあのギャップがあった時代のこと。


僕らはリュックを背負い、君たちの銃を恐れない

僕らは、まるで群れの端にいるバッファロー。バッファローは、群れをなして巨大な川を渡る。真ん中にいるものは安全を保障される。端に追いやられたものは深い川底に沈んでしまう。水の流れに巻き込まれ、群れから引き離されることもある。僕らは、まさにそうしたバッファロー。どこかで読んだものなのに、自分の話にしてしまったのだろうか。とにかくこれは、不思議なほどにあまりにも身近に感じる話。

新興企業ブームの全盛期と自分を並べて考えてみよう。友人たちが、世界を変革させることができた時代。少なくとも未来の展望は変わった。僕らは気がついたのだ、巨大企業が生んだシステムの外で、新しい何かをつくり出すことができると。官僚組織やお堅い制度、やつらの戯言、そんなものの外でつくり出すことができる。僕らは市場に対応することもできる、この自由でしなやかなブームは僕らを受け入れ、運んでくれる。そこにはロジックなどないのだから。


僕らは十代のオオカミだ。君が住む郊外の街を走り抜ける。君のバスルームに毛を残していく。車の鍵の在処も知っているし、家の合鍵だって持っている。

Ken Ngan


展示会のカタログに載っていた、ボートに横たわる少女たちの死体。恥ずかしくもつい最近、僕らは彼女たちに嫉妬した。あまりにも幸せそうに見えたから。すっかり調和しているように。僕らだってそういたい。

僕らは幸せなのだ。絵を描き写真を撮る人がまだいるから。僕らは幸せなのだ。時代は変わり、我々は互いの脅威であるという、愚かな考えがもはや存在しないから。僕らはたぶん、自分たちのことを、深遠でおおらかで寛大な人間である、と見なしているのだろう。

つまり言いたいのは、君も僕らも、ある点においては信じられないくらい似ているということ。僕らだって、独身最後のパーティに参加し、ゴルフに行き、ダンスをし、売春婦を訪ね、自由貿易協定の条項を検討する。ただ僕らがそうするとき、君よりももう少し繊細で、スタイリッシュで、おもしろくやる。それだけのことだ。結局のところ僕らだって同じことをする。それが僕らの共通点。だからといって高望みはしない。僕らが親しい知人以上の関係になることはない。僕らは君よりもずっと美しい。君は僕らのことを醜いと思っているし、その美しさを理解することは決してないだろう。これが、僕らと君の間の、埋められないギャップなのだ。

・・・
これは終わりではない、そしてはじまりでもない。いままでずっとつづいてきたことの、継続でしかないのだ。

詩、詩でない詩、詩でない詩でない詩でない

詩、詩でない詩、詩でない詩でない詩でない
詩、詩でない詩、詩でない詩でない詩でない
詩、詩でない詩、詩でない詩でない詩でない
詩、詩でない詩、詩でない詩でない詩でない

詩、詩でない詩、詩でない詩でない詩でない
詩、詩でない詩、詩でない詩でない詩でない

(Web Based Projects NO and books about the start of stories that don’t continue in the book NO)

(ウェブベースのプロジェクト、ノー、本の中でつづかない物語のはじまりについての本、ノー)


提示された言葉に僕らは同意する。プロット装置は、役を展開させアクションをせきたてる場合は、プロット「装置」であってはならない。物語のすべての要素は、「物語のようなもの」である場合にだけ「物語」となる。何かが起こる、何かが生じる、と考えさせてはいけない。僕らの立場は過激なまでに静止的だ。だから僕らは同意する。プロットを失くすことで結末を宙に浮かせられる、ということに。

実話:まだ僕らが学生だった頃、ビラを手にした男に呼び止められた。将来、何になりたいのか、と彼が訊いてきた。「ジャック・ラカン」と僕らは答えた。許したまえ、僕らだってまだ若かったのだ。「ラカンて誰だ?」と彼が訊いた。「著名な精神分析学者だよ。それ以上にすごい人だけど」と僕ら。「別の誰かになりたいなんて、哀しいことだ」と彼が言った。そして、私には文学がある、だからもし一緒にくれば、、、と続けるのだが、「いや、ほかに行かなきゃいけないところがあるんで。今すぐにでも」と僕らは断った。彼についていかないことで、僕らは自分たちが皮肉よりも誠実さを信じていることを明らかにした。哀しさのない答えなどないのだ、ということも。僕らは学生で、ストリートにいた。すべてが悲惨な状況。おまけにその男の問いが、結果的に僕たちを定義することになったことも理解させられた。「眼差し」による定義づけを逃れる方法などない。こうしたとき、問いかけは大文字の他者になる。それは僕らを、開け放しで汚しうる存在として描写する。今一度言おう、それを避ける術があったなどと考えないで欲しい。あったためしなどないのだから。ウォーホルだってかわさなかった。だから「眼差し」としての問いによってプラスティックにされてしまったのだ。ラカンだって同じだ。自分の問いによって、比喩的に口を閉ざされ、取り囲まれ、今僕らがこれを語らうように、激しくも複雑なやり方で開放されることになった。これまでに僕らがわかったこと。それはパーキンソン病(こわばる表情)と、問いかけの「眼差し」との微妙な関係性である。今一度言おう、これは記号論における生物学的な接点であり、そこで僕らは苦しみ続けているのだ。僕らには自由に使える定理がある。


提示された言葉に僕らは同意する。プロット装置は、役を展開させアクションをせきたてる場合は、プロット「装置」であってはならない。物語のすべての要素は、「物語のようなもの」である場合にだけ「物語」となる。何かが起こる、何かが生じる、と考えさせてはいけない。僕らの立場は過激なまでに静止的だ。だから僕らは同意する。プロットを失くすことで結末を宙に浮かせられる、ということに。


それでも今日、僕らは気づいてしまった。僕らの人生は、どういうわけかその舞台上にはないのだと。待っていれば、僕らは連続コメディーの構成に呼び戻される。繰り返される視覚性のスタジアムにふたたび戻ってくるはずだ。問題は、どのくらい待てばいいのかということ。


することもないし、行くあてもない。雲が僕らを世界から切り離す。僕らの人生は高尚なもの。行為遂行的リアリズムに対する自分の能力と交わり合うだけ。排他的な戦術のおかげで呼吸ができる。でもどんな犠牲を払って? 僕らは川辺にキャンプを張り、鱒を釣る。そして夜がくればレイと共に横たわる。僕らに寄り添う彼女のぬくもり、微かで、暴力を孕んでいる。

洪水 ジャカルタ 2013年1月
(F de CR2 印刷時)

洪水 ジャカルタ 2013年1月
(F de C Reader 2 印刷時)

F de C reader 2

2013年6月1日 発行 初版

著  者:f de c
発  行:f de c 出版

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