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この本はタチヨミ版です。
村はずれにある古井戸の中を覗いてみた。底は深く、かすかにハッカの香りがする。
小石を投げ入れてみた。
頭蓋骨が投げ返されてきた。
にわとりを投げ入れてみた。
空き缶が投げ返されてきた。
黒い未亡人を投げ入れてみた。
やがて地鳴りのような音がして、井戸の中から巨大なロケットが飛び出して、猛烈な勢いで空の彼方へ消えていった 。
誰もが思いつめた表情で、ぶつぶつ数をかぞえながらステップの練習をしている。
決して止まることのない超特急のホーキ星に跳び乗るにはタイミングが何より大事なんだ。
場内アナウンスの後すぐに、シャーッという音をたてて、すごい勢いで7009番ホームにホーキ星が飛び込んできた。
次々とスーツ姿の男たちがタイミングを見計らって、ホーキ星に跳び移る。みんなダンスする時みたいに軽やかなステップだ。
たったひとり、タイミング悪く乗り遅れた男がいて、彼は片足だけホーキ星の乗車口にひっかけたまま、逆さまの宙ぶらりん状態で、あっというまに遠い冥王星まで運ばれていった。
「ここの道せまいですね」といきなり自転車に乗ったおばあさんに声をかけられた。
おばあさんはミルキーウェイの端をよろよろゆっくりとペダルをこいでいく。週末にミルク雨がまとめて降ることを、おばあさんは知らなかったらしい。星のミルクで真っ白にぬれた髪を束ねて、よろよろゆっくり自転車を木星めがけてこいで行った。
その一方で、別の老女は背負ったリュックサックにポメラニアンを入れたまま、傘を差し無言で星々の上をすたすた歩いていく。小犬はリュックの中から頭を出して流星群にとり囲まれると、不安そうにキョロキョロしている。
ぼくが「パーン!」手を叩くと、小犬は驚いてリュックサックの中に隠れてしまった。
粉雪がふってきて夕空がますます暗くなった。寒くなってきたので、近所の星くずカフェへ行くことにしたんだ。店に近づくと、屋根の上に付いている看板のあかりが消えていた。
古びたドアを押して一歩入ると、薄暗い店内に北極星コーヒーの香りが漂っていた。お客は一人もいない。マスターは暖炉のそばでうつらうつらしていた。
看板のあかりまたつけ忘れてるよ、とぼくが言ったらようやく気づいたらしく、マスターは照れくさそうに笑いながら壁のスイッチを押した。それでようやく屋根の上の北極星にあかりがついた 。
イット市長の次に演説をする予定だったので、ぼくは被り猫ブリンメリーデを頭に乗せた正装で市長の隣に座っていたんだ。
増税について演説中の市長の袖口からほつれた長い毛糸のようなものが出ていた。それを見つけたブリンメリーデが興奮してぼくの頭から飛びおり、糸にとびかかった。
不幸なことに、その糸は市長の衣服から出ていたものではなく、市長の体の一部だったんだ。
イット市長の体は一瞬のうちにほどけ、ぐちゃぐちゃにからまった毛糸の上に二つの目玉が落ちて驚いたようにまわりをキョロキョロと伺っていた。
最近話題になっているオペラがあるというので、劇場に来てみたんだ。
かろうじて開演には間に合ったらしい。まだステージを分厚い真っ赤な垂れ幕が遮ったままだ。
満席の客席からは時折咳払いや鼻をすする音が聞こえる。
ぼくは席についたまま幕が上がるのを待ちつづけた。
かれこれ4時間ほど待っていてもオペラは始まらない。
ぼくは待ちくたびれて眠くなってしまった。
うとうとしていると、突然隣の席の老紳士が立ち上がり、BRAVO!と叫んだ。
それに続いて劇場内の観客達から一斉に嵐のような拍手が起こった。
ぼくは驚いてステージの方を見たけれど、分厚い真っ赤な幕は依然として下りたままだった。
魔法庁の二階の角にある休憩スペースで、七色星ネクターを飲みながらうたた寝していたら、年寄りのくたびれたブリキ・ロボットがやってきた。
独り言をつぶやきながら、窓にかかっていたロール・スクリーンを勝手に全部引き上げて、汚れたバッテリー・パックの中からおもむろに何か得体の知れない食べ物を取り出し、むしゃむしゃ食べ始めた。
食べている時もずっと外を見ながら、独り言をつぶやいている。ウルサイナ~と思っていたら突然ロボットの動きが止まり、静かになった。
ブリキ・ロボットの目には青々と波打つ月のさとうきび畑が映っていた。
星間バスの一番前の座席でうとうとしていたら、後ろからしつこく話しかけてくる奴がいる。
「貴君のアタマは私の物だ。それと貴君の体もな」
こいつは多重怪盗アヤノサラにちがいない。
ぼくが無視し続けていると、いつの間にかいなくなった。
この大泥棒は誰にでもすぐちょっかいを出し、油断した者の体をつぎつぎ奪い取っていくというやっかいな奴なんだ。
アヤノサラの立ち去った後には、軽い気持ちで返事をしたために顔を盗まれてうろたえている紳士や、胴体をなくしたことに気づかないまま散歩しているご婦人達がたくさん出てくる。
ぼくが星間バスの後部座席の方を振り返ると、乗客達の首から上がすべて盗み取られていた。
しかもそのことにまだ誰も気づいていないらしい。
ただひとり、運転手だけが緊張してすごい汗をかいている。
彼もまた両腕両足を盗み取られていたせいで、ハンドルを操ることもブレーキペダルを踏むことも出来ず、
バスはふらふらと暗黒の宇宙空間を疾走中。
月の小屋には一年中クリスマス・ツリーが飾ってあるんだ。
そして、その地下室には秘密の星置き場がある。
ぼく達調査団のスペース・カヤックが古代門に到着した時、
上空では星の群れがいっせいに泡立って騒ぎだした。
ホーキ星達の尾も交差して、激しさを増していく。
光沢を放ちながら、銀河鯨までがまとわりついてきた。
かなくずの焼けるねっとりした匂い。
案内人が突然態度を変えて、かばん語をしゃべりだした。
そのときホーキ星同士がぶつかった!
エーメ星行きの星間シャトルに乗っていたら、突然激しい横揺れがして危うく座席から放り出されそうになった。
乗務員のイカイルカが大慌てで機内アナウンスをする。「皆さま、当機はただいま大変激しいソロバン気流にのみ込まれました。無事にここを抜け出すためには皆さまのご協力が必要です!」
次の瞬間シャトルがまた激しく横揺れした。乗客の一人が叫んだ。「わかったから、早く問題を出せ!」
イカイルカは問題を出した。35たす25は?
別の乗客が答えた。60!
シャトルの揺れが一瞬おさまった。
機内もしーんと静まり返る。
うわっ、まただ!さっきよりも激しくシャトルが上下に揺れ始めた。
「7890ひく2456は?」大慌てでイカイルカが新しい問題を出した。
「・・・5434?」乗客の若い女性がおそるおそる手を上げて答えた。
何事も無かったかのようにシャトルの揺れはぴったりと止んだ。
乗務員は汗を拭って弱々しく笑った。
その途端またシャトルが激しく揺れて上下逆さまになった。
「6390751かける0.3966214は?」
ぼくはすかさず答えた。「2534708.609!」
シャトルは上下また逆になって、ふつうに戻った。乗客達の間から「ほお~っ」という感嘆の声が上がった。
「皆さま、ご協力ありがとうございました。もう少しでソロバン気流から抜け出すことが出来そうです!」
乗務員のイカイルカがうれしそうにそう言った。
乗客が全員歓声をあげた途端、最後の縦揺れが来たんだ。
「2かける3は?」とイカイルカ。
でもその顔には余裕の笑みが浮かんでいる。
乗客達の間にもくすくす笑いが広がった。
そして誰かが勝ち誇ったように叫んだんだ。
「8!」
シャトルは狂ったようにぐーるぐーる、ぐーるぐーる・・・。
「ダメだなあ!そこで剣を引いてくれなくちゃ。ぼくは右から斬りつけたいの!」
ベンコダは膨れっ面で、相手の剣士に文句を言ったんだ。
相手の剣士は驚いて剣を引くと、ベンコダはここぞとばかりに斬り込む。
ギリギリのところで剣をかわされると今度は、顔を赤くほてらせてベンコダは駄々をこねだした。
「ぼくの剣をよけちゃダメ!ぼくは斬りたいの!キャー!何でわかってくれないの?ぼくが斬る番なの!キー!」
相手の剣士はたじたじとなり、思わず二三歩後退りしたんだ。
「下がっちゃダメ!キー!」
剣士はさらに二三歩後退りする。
「キャー!」
後退り。
「ギャー!」
ジリジリと後退り。
「キー!キャー!ギャー!ウギャー!」
ベンコダは奇声を張り上げ、顔を真っ赤にして泣きわめく。。
相手の剣士は剣をその場に捨て、両手で耳を塞ぐとコロッセオから転がるように逃げていった。
史上最強の剣士、ベンコダ。史上最強と言われるには『理由』があるのだった。
飛び魚のナマラ親方が雲に乗ってやってきた。
ぼくは大急ぎで雲にハシゴをかけると、親方のところまで登って行き、挨拶もそこそこに愛用のブーメランを手渡したんだ。
親方はしばらくのあいだそれを点検してから、微妙な角度を調整すると、これでいいんでないかい、と言った。
ためしにブーメランを力一杯投げたら、くるくるまわって戻ってきた。
そして勢い余ってぼくの頭上を飛び越え、ナマラ親方を真っ二つに切断してしまった。
よく見たらそれはブーメランではなくて、薄ら笑いを浮かべた三日月だったんだ。
「おかしら付きですぜ、ジャジェン・チャさん。」そいつは意地悪そうにそう言い放った。
星の赤ちゃんに音楽を教えることになった。
お母さん星はやる気満々で、どうぞ一人前の音楽家に育ててください、とぼくに頼むんだ。
でも、この赤ちゃんは全然ぼくの言うことを聞こうとしない。そわそわと落ち着かず、楽器を放り投げるわ、ぼくの指にかみつくわ、大声で泣き叫ぶわ、なかなか手こずらせてくれる。
そこで、ぼくは楽器の替わりにミサイルを星の赤ちゃんに与えてみた。
赤ちゃんはうれしそうにキャッキャッと笑いながらいじりまわして、とうとうミサイルと一緒にPON!と爆発してしまったんだ。
その町はあまりにも大勢のゾンビが増えてしまった。ぼくは独り暮らしの女神アマテラさんのことが心配になって、会いに行ったんだ。
アマテラさんは両親から譲り受けた小さな町工場の屋根裏部屋で生活している。親が亡くなった後も作業員達は仕事をつづけていて、彼女はそこの家賃収入で細々と暮らしている。
屋根裏部屋へとつづく階段は裸電球が一個ぶら下がってるだけで暗く、しかも両側の壁は藁造りだ。階段は途中で行き止まりになっていて、頭上の真四角な天井板 が彼女の部屋の入り口だ。粗末な天井板を押し上げると、すぐに小さなベッドが目に入った。簡素な机の上にはポータブルのテレビがおいてあった。
ぼくが中に入って数歩進むとすぐに畳の部屋があらわれた。小さなコタツに座布団が二枚敷かれてあった。少し大きくて厚みのある四つ足のテレビが大事なもののようにおいてあった。
「おや、邪善茶かい?」という声と共にふすまが近づいてきて、懐かしのアマテラさんが顔を覗かせた。
「いま食事の支度してたのサ。」そう言って台所の棚から小さな壺を降ろすと、まだ生臭い梅干しを一粒取り出した。
台所は役割を終えて消え去り、代わりに厠がスーッと現れた。
相変わらず、妙な場所でアマテラさんは食事をする。
ぼくは無視して尋ねた。「最近町はゾンビだらけになってるけど、アマテラさん、どこか体の具合でも悪いのかい?」
アマテラさんは梅干しを口に含んだまま、きょとんとした顔でぼくを見つめた。
それからテレビを呼び寄せて外の様子を確かめると、「ありゃりゃ!」と叫んで慌てて全ての部屋を開放したんだ。
天使達の住むまちを歩いていたらぼくのロボットに木が生えた。
木が大きくなると、やがて蜘蛛と鳥が来て巣を作り、天使とロボットは恋をして、一緒に暮らすようになった。
そしていま、白い花咲き乱れる
アカシアの木の根元で
屑鉄は夢見る。
ロボットだったころの幼かった木と、優しい天使の住んでいた町を。
タチヨミ版はここまでとなります。
2013年7月5日 発行 初版
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