文藝サークル鉄塔のチラシ用として書いた小説を電子書籍化。
チラシは2013年11月4日「第十六回文学フリマ(http://bunfree.net/)」にて無料配布予定です。
たくさんの折り鶴が当ブースでお待ちしております。
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美滝に呼び出されて鶴岡がやってきたのは「安羅樹」という名の、小汚いカフェーだった。店に入った瞬間、灰が煙って鶴岡は盛大に咳込んだ。カウンター席に座っていた常連のおじさん連中が迷惑顔でこちらを一瞥する。迷惑なのはあんたたちの副流煙だ、と言い返したくてたまらなかったが、それよりも先に美滝が鶴岡を手招いた。しぶしぶテーブル席に腰かける。
何が良い? と広げられたメニュー表は薄汚れ、写真も掠れてどれも美味そうに見えなかったが、とりあえず「ウィンナコーヒー」を注文した。実を言うと鶴岡は明け方五時まで友人らと酒を飲んでおり、こちらへは完徹でやってきたのでできることなら用件だけ聞いて早く帰りたかった。
そんな鶴岡の心内も知らずに、美滝は既に配膳されていた「バナナチョコレートパッフェ」から顔を離さない。鶴岡は次第に苛々してきて、隙を突いてこのまま帰ってしまおうか美滝など取っている授業が一緒なだけで特に親しくもないんだし別に切っても差し障りない交友だろう、などと考えていたところ美滝がようやく重い口を開いた。
「鶴岡、鶴と会話ができるって……本当?」
ウィンナコーヒーが配膳されてきたので、鶴岡は口をつけた。カップを握る手が震えていた。鶴岡の鶴岡たる名前の由縁は代々の先祖より最高機密として守られてきたはずだった。それが何故、美滝の耳に……?
小一時間ほど、鶴岡も美滝もうつむいたまま何も喋らなかった。二人の間には気まずい空気が漂い、その重さはカフェーの寂れた雰囲気につられて別れ話をしにきた三組のカップルを追い返すほどの威力だった。
「今朝、小河内くんからメールがあったの。鶴岡のこと、彼が教えてくれたのよ」
そういえば……、と鶴岡はぼんやり昨晩の出来事を思い出す。酔いにまかせ、小河内の好きな人情報と交換で自分の特殊能力を豪語した記憶が浮かび上がってきた(「俺、人類より一歩抜きんでた存在だから。断然、鶴岡は鶴より希少価値が高いからetc...」)。
ちなみに小河内の好きな人とは、何を隠そう、目の前にいる美滝その人である。好機を得たりと、鶴岡の秘密を肴に美滝と束の間のメールを楽しんだのだろう。全く、守秘義務を守れない、デリカシーのない、空気の読めない、小河内は人間のクズだ。ツイッターアカウント、炎上してしまえ!
美滝はリュックサックの中から大きな千羽鶴を取り出した。フサフサとした鶴の大群を油沁みだらけのテーブルクロスの上に置く。美滝は縋るような目つきで鶴岡を見た。
「ボランティアサークルの皆で千羽鶴を折ったの。紛争地域の恵まれない子供たちに祈りの声を届けたくて。鶴岡、鶴の声が聞けるんでしょう? わたしたちの祈りがちゃんと千羽鶴にこもっているか、確かめてほしいの」
おやおや、この娘は何か勘違いしているぞ、鶴岡は思った。
鶴は鶴でも千羽鶴の声など聞いたことがない。そもそも千羽鶴に作り手の声が宿るとか、創作美談をかじった電波の理論だ。大学生にもなって目を輝かせてそんなことを言う人、怖い……と言い返すこともできたのだが、美滝の目があまりにも真剣なものだから、つい未知の領域に挑戦してみようか、などと思ってしまったのだった。
「分かったよ。やってみよう」
千羽鶴を手繰り寄せると、思いのほか重かった。千枚分の紙の重さがずしりと腕にのしかかる。千羽鶴は赤・黄・青・紺・桃・白・緑・橙……様々な色に区分けされていた。無造作に桃色の鶴を一匹手に取ると、思いもよらないベルベット・ボイスが鶴岡の耳を突いた。
『コイツ、お前のことが好きなんだゼ』
えっ、と鶴岡は一驚した。
桃色鶴は再び、
『美滝は、鶴岡のことが好きなんだゼ』
親切心からか、今度は名指しで繰り返した。
『ついでに言うと、美滝は紛争地域の子供のこととか、どうでもいい。千羽鶴だって、ただの紙切れとしか思っていない。すべてはお前に会うための口実なんだよ』
瞬間、鶴岡はゲロを吐きそうになったが、なんとか喉元でこらえた。美滝はあたかも紛争地域の子供の 死を間近で見てしまったように目を潤ませて、千羽鶴を見つめている。
怖い、と鶴岡は思った。怖い……。そろそろ人間不信になりそうだった。小河内といい美滝といい、自分の欲望に忠実すぎる。恐るべき子供たち。恐るべき平成生まれ。恐るべきデジタル・ネイティブ……。
震える手で千羽鶴を突き返すと、鶴岡は適当な美辞麗句(「想いはちゃんと伝わってるよ、鶴も子供たちに会いたがってるetc...」)を告げて、安らげないカフェー「安羅樹」を後にした。
幸いなことに「バナナチョコレートパッフェ」が半分ほど残っていたため、美滝は跡を追って来なかった――つまるところ、それだけの価値なのだ鶴岡は。「バナナチョコレートパッフェ」を優先される程度の。
『美滝、さようなら……俺とお前は結ばれない星の元に生まれた』
例の声が掌から聞こえてきて、見れば右手に桃色鶴を握ったままでいた。どさくさに紛れ千羽鶴から千切ってしまったものらしい。こいつ、美滝に惚れているのか? 気持ち悪いやつだ、折り紙のくせにベルベット・ボイスだし。
街路樹の植え込みに桃色鶴を捨てると、昨晩の疲れがどっと肩に押し寄せた。
自宅のベッドに寝そべり、腐っても親友である小河内に美滝の本性を教えようとSNSを開くと、小河内のアカウントが炎上していた。飲み会の帰りに素っ裸のまま路上を歩きまわった写真をアップロードしてしまったことが原因らしい。ウェブ記事にもまとめられていて、早くも小河内の身元が特定されている。モザイク処理もない、あられもない姿の小河内のアレの先に、居酒屋のメニュー用紙で作った折り鶴が羽を伸ばして止まっていた。画面からぼそぼそと何か聞こえてきたので、スピーカーに耳を近づけると、
『なよなよしていて、か細い木だなあ……』
折り鶴が、なかなか厳しい文句を垂れていた。
2013年9月18日 発行 初版
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