spine
jacket

───────────────────────



ずっとすきだった

添嶋 譲

空想少年はテキストデータの夢を見るか?



───────────────────────

ずっとすきだった

 ときどき、誰かに見られているような気がした。
 それはたいてい授業中のことだったし、さっきもよそ見するなって先生に叱られたばかりだったから何度も確認をするわけにもいかなかった。
 乱雑に並べられた教室の机、やる気なさそうに広げられたノート。教科書は今やっているところがつまらなくて、その先の伊勢物語を読んでいた。
「ワタベ。次訳してみろ」
 ふぁあい。本当はものすごくだるかったけれど、極力そう思われないように立った。前のヤツがうそを並べて適当に訳した文章の次からを口語に直していった。
 また誰かが僕のほうを見てる。
「ちゃんと予習してきたな。そこまででいいぞ」
 僕は座るときに視線のほうを見た。オオサキと目があった。なんだよ、という顔をすると手をふってきた。マジかよ。
 授業は知らない間に横道にそれ、くだらない話で先生がみんなの笑いを取ろうとしていた。
「えええ。やだあ」
 お前女子かよ、というような反応を女子がしていた。


 夕方、帰り支度をして教室を出ようとするとオオサキに呼び止められた。
 さっきからこっち見てただろ。
「なんだ、ばれてたのか」
 ばれてたじゃねぇよ。僕はできるだけ不機嫌そうにいった。あれだけガン見してりゃわかんだろうよ。ふつう。
「そうだよなぁ」
 オオサキと僕は小学校からずっと一緒だった。クラスが違うことがあってもなんとなく一緒にいることが多かった。だから同じ高校に行くことになったときも「お前らはどこまでもワンセットなんだな」なんてまわりみんなに言われるくらいだった。
「ちょっと来て」
 オオサキに校舎の非常口のほうに引っ張られていった。階段からはプレハブの部室が見えた。陸上部とかサッカー部が出入り口を開けっ放しにして着替えていた。
 なんの用なん?
 僕は早く帰って予約したCDを買いに行きたかった。
「お願い。キスの練習させて」
 両肩をつかんで、言うとほとんど同時に僕の唇にふれた。息ができない。どうしていいかもわからなかった。ただ、あ、これ、初めてだ、って思った。反射的に目をつぶる。すぐに目を開け、さっき見えた部室の方を見た。誰も気づいてない。
 なんだよこれ。なんの罰ゲームだよ。
 僕は努めて冷静に、だけどすこし荒っぽく抗議をした。初めてだったのに。
「そうなんだ。そっか。そうだよね。ごめん」
 オオサキは、ワタベを見てたらなんか急にしたくなった、と唇の端っこで笑った。
「ワタベかわいいなぁ。見てるとさ、なんかこう、かわいい、ってなって抑え効かないんだよね。だからってこんなことしていいわけじゃないってのはわかってるんだけどさ」
 こいつなに考えてるんだ。僕はどうしていいかわからずに固まったままだった。
 それ以来オオサキはことあるごとに僕に「練習させて」といってきた。僕は嫌だといった。
「練習だからいいじゃん。ノーカンで」
 そういう問題じゃないだろ。ただでさえなんか気持ち悪いって言われるんだ。こんなところ誰かに見られたら変態扱いされんだろ。
「見られなかったらいいのか?」
 だからそういう問題じゃねえじゃん。そういう隙にオオサキはキスをしていった。


 いつだったかの日曜日、僕とオオサキはミツイの家でゲームをしていた。
 オオサキは早々に飽きてしまったらしくその辺においてある映画のパンフレットを手当たり次第に読み始めた。
「ミツイってこんなに映画見るんだっけか」
「あんまり人には言わないけどな。一人で単館とか行くよ」
 RPGをこなしながらミツイはオオサキとの映画の話を続ける。僕はよくわからない話には無理やり割って入ることはしないけど、ただ聞いているのは好きだ。二人の会話をBGMのようにして攻略本を読んでいた。
「ワタベが暇そうにしてるじゃん。かまってやれよ」
 ミツイはこちらをちらりともせずにいう。これ読んでるからいいよ。僕は本を振り回してアピールした。
「んじゃぁ、ちょっといちゃいちゃすっか」
 ミツイ! お前が余計なことをいうから!
 オオサキは僕の左側、足元から覆いかぶさるようにのしかかってくる。やめろって。
「お前らそういう仲なのか」
 ちゃうわ! オオサキが勝手に。
 僕はオオサキの頭を右手で遠ざけながら文句を言った。
「ミツイは俺がワタベのこと好きなの知ってるだろ」
「いま初めて聞いた。そうなんだ。部屋あけようか?」
 いいよあけなくて。
 別に物音を立てないようにしてるつもりはないのだけれど、妙に静かなまま抵抗を続けた。
「女子が聞いたら喜ぶんじゃない? 薄い本とか作るかもよ」
 バカだろ、と思った瞬間、バランスを崩してオオサキが僕の上に乗っかるようになって、肩を押さえられたと思ったらよけたはずのほうにオオサキの顔があってそのまま唇が触れた。
「おおお。はじめてみた。すげえな」
 ミツイは一瞬こっちを見るとすぐにテレビ画面に向きなおった。しかも棒読み。ふざけんな。
「疲れた。なんか飲み物持ってくるわ。お前らどうする?」
 ミツイは立ち上がり、大きく伸びをするとそのまま台所に向かった。


 二人きりになったのを確認するとオオサキはまた僕にのしかかってきた。
「なんでダメなんだよ。いいじゃん。練習なんだから」
 じゃあ逆に聞くけどさ、なんでそんなに僕とやることにこだわってんの? 女子でもそこらへんの人でも誰でもいいじゃん。僕は両手でオオサキの体を押しやろうとした。
「ワタベのこと好きだから」
 それ、どこまで本気で言ってる? 僕はどうにかオオサキとベッドの間から抜け出すとゲームの前に陣取り、そのまま続きをはじめた。さっき読んだところだからダンジョンもなんとかなるだろうと思った。本当はそんなことより、この状況をなんとかしたかった。
「ホントは一回やりたいんだけどさ、ワタベ嫌だろ?」
 わけがわからなかった。そういうのって普通、いや、あるのは知ってるけど。
 いつからそんなふうに思ってたんだよ。僕は画面から視線をはずさなかった。
「中学入ったときからずっと。かわいいって思ってたら抑え利かないって言ったじゃん」
 オオサキは背中側から僕に抱きついてきた。僕はひたすらひたすらモンスターを倒していた。きっと、ものすごい怒るかなにかして帰ってしまうとかすればいいのかもしれなかったけど、たぶん本当にわけがわからなくてなにもできなかったのだろう。
「あれ、続きやってんの?」
 ミツイはお盆にコップを三つと大袋に入ったポテチを持って戻ってきた。
 面白そうなダンジョンとレベル上げだけだけどな。
「こんなんしかないけどいい? ていうかオオサキ、ちゃんとやってんじゃん」
「こんなのやってるうちにはいんないよ」
 そういう問題じゃねぇだろ。
 僕はコントローラーでオオサキの頭を小突いた。オオサキはベッドの上に移動し、ミツイとお前がいらんことを言うから、いやお前だろなんていうふうに押しつけあっていた。結局ダンジョンは思ったよりも難しくなくて、レベルもあっという間に二つ上がった。呪文を覚えた。メダパニだった。


 二学期に入って最初の連休、いらないのに出された宿題を片づけるつもりでオオサキの家に集まった。本当はミツイも来るはずだったけれど、用事があるとか言って来なかった。
 それを知って僕は自分の宿題をさっさと終わらせると帰る気でいた。オオサキと二人でいるのは、なんか、嫌だった。
「なぁ」
 オオサキは数学の問題を解きながら話かけてきた。
「この宿題終わったら、やらせて」
 やだ。僕はシャーペンを放り投げて床に寝っころがった。
「即答かよ」
 前も嫌だっつったじゃん。僕にそんなことする理由がないだろ。
「俺はあるよ。好きだもん。一回でいいからさ。やろう」
 わかんないかな。オオサキのことは嫌いじゃないけどさ、でもそれとこれとは
「そんなことわかってるよ。どれくらい我慢してると思ってんだ。無理やりやったりしたら犯罪だろ」
 起き上がった。オオサキのほうを見た。オオサキは僕をずっと見ていた。ほんの一瞬も目をそらさないで僕を見ていた。少しずつ涙目になっていくのがわかる。おおげさ、すぎないか?
 なにかをごまかすようにTシャツで顔を拭って数学の問題に戻っていった。
 僕はこんな話をどっかで見たことがあると思った。こういうとき主人公は二人の仲を壊したくないって思うんだ。どういう結末になったとしても、絶対にいい方向に行かないんだよな。なのに決定権が僕にしかないなんて。どうしろっていうんだよ。
 あのさ、オオサキ。
 僕はテーブルの上の参考書を見てた。
 もしオオサキの言うとおりにしたとして、僕たちは今までどおりだと思うか?
「学校で話さなくなるとか? みんなに怪しまれるよ」
 もう怪しまれてるよ。お前さ、裏でなに言われてると思ってんだよ。だいたい、もしやっちゃったら、それこそなに言われるかわかんないじゃん。
「そんなの言い訳だろ。俺のこと避けたいだけだよ。ホントは来るの嫌だったみたいだし」
 返事できなかった。たぶん、図星だったからだ。じゃあなんで来たんだよ、と続けられたら本気でなにも言えなくなる。
「エロいでも変態でも頭おかしいでもなんでもいいよ。一回やったらもうあきらめるから。俺のこと嫌いになってもいい。だから」
 オオサキは僕のとなりに来るとそのまま抱きついてきた。そのままゆっくりと倒される。冷房が直撃してたせいか、冷たかった。
 本気で言ってんの?
「本気だよ。俺はいつでも」
 髪をなでられる。いくら練習といって何度もやられていても怖いものは怖かった。オオサキの手も、近過ぎる顔も。
「お願いだから」
 僕はオオサキを見た。今度は目をそらさなかった。これが女子なら流されてしまう自分を馬鹿だと思うだろうか。ぎゅう、と自分の服をつかんだ。
 お前最低なヤツ。僕は床に落ちていたシャーペンを拾うと、そのまま目を閉じた。

みせいねん

 昼休み。学校の隅っこ、まあどう考えたってここまで来るヤツなんかいないだろってところに僕たちはいる。タイキは「お前黙っとけよ」って言って真横でタバコ吸ってる。
 けむいのが嫌いだから本当はやめてほしいんだけどなあ。だいいちバレたら謹慎くらいじゃすまないじゃん。全国大会行くような部活のヤツがさ。
 そんなふうにぶーたれる僕にタイキはしゃーねーな、ってタバコを消す。跡は残さないようにしてる。
「純真無垢なフリなんか疲れんだよ」
 そんな言い訳に僕は鼻で笑う。ま、わからんでもないけどな。どっかのクソガキにできもしねえ自分の夢だのなんだのしょわせんだもんな。やってらんないわな。

 タイキは間が持たないのか、二本目に火をつける。
 煙が僕のほうに流れてくる。けむいっつーの。
「勃たなくなっても知らねえぞ」
 目が合う。笑う。頭を殴られる。痛えよ。僕たちはゲラゲラ笑った。バカだよなあ。
「お前さ、全ッ然興味ないのに言い寄られてみろ。軽く死ねるぞ。別にお前なんかとつきあう気なんかねーっつうの」
 笑う。まだ笑う。



 タイキはそれでも間が持たないのか、くちびるを重ねてきた。ヤニ臭いキスなんかしたくないんだけど。
「好きなヤツとなら嫌な味しないって言ったのはお前だろ」
 ちょっと怒ったところとか、まあ、かわいい。こんな顔はたぶん僕しか知らない。たぶん。
 繰り返す接触。何度も、何度も。それ以上はここじゃできないから、気がすむまでお互いの感触を味わう。タイキのくちびるは最近ガサガサしてる。リップクリーム嫌いとかいってたもんな。

 目が合ったら恥ずかしくなって、元の姿勢に戻る。タバコにはもう火がついてない。
「バレたらどーすんの?」
 なんとなく聞いてみる。返事はない。いつものことだ。ずるいっちゃずるい。人のせいにすんなよ。そう言っても忘れるだろうけど。
 僕はタイキの手を握る。少し力を入れて握りかえしてきた。
「好き?」
「察しろ」
 素直に言えバカ。みぞおちにグーパンチ。 むせるタイキ。瞬間、ヘッドロック。痛いって。
「お前どうなんだよ」
「察しろ」
「死ね」
「前に手首切ったら本気で泣いたくせに」
 素直じゃないのはどっちだ。



 夜。タイキの部屋。
 ぱしゅーって派手な音を立てて缶をあける。風呂上がりはこれだよな。
「お前も人のこと言えねえじゃん」
 聞こえないフリで一気飲み。ぷはあ、ってわざと声をあげる。
「ノンアルコールだからいいんだよ、水じゃん」
 まあ、いつもは違うけど。
 そう言うと「お前おっさんかよ」って缶を横取りされる。
 んだよ、残ってないじゃん。
 タイキはしかたなさそうにもう一缶あけた。俺が変な道にひきこんだかね。
 初めて会ったときは僕はそれはそれは真面目そうに見えたらしい。僕は僕でタイキみたいなガタイのいいヤツは苦手だったし、実際ちょっと怖かったし。だけど僕は頭おかしいし、時々血を見たりする。タイキは運動部のレギュラーのくせに酒とタバコは常習だ。どっちかの家でだらだらするのがやめられなくて、ときどきエロいこともする。今だって、まあ、ヤった、後だ。

 口で受けとれるかなと思って柿ピーを投げる。それる。サッと手が出て取られる。それ、僕んだからな。僕はちょっとほおをふくらませる。こんなことしても効果なんかない。あるわけない。タイキは手に持った柿ピーを口に入れて、別のを僕の口に押しこんだ。で、残りを個袋からそのままざらざらと口の中に流しこんだ。僕が買ってきたんだって、それは。
「こんなの先生見たら卒倒もんだよな」
 ほとんど残ってない袋を僕に押しつける。いいよもう一袋開けるから。

 タイキは退屈になったのか、プレステの電源を入れて、格闘ゲームを始めた。
「僕もやりたい」
「お前弱えじゃん」
 んだと。僕は柿ピーを口にくわえて対戦を仕掛けた。
 全然ダメなのはわかってる。でも意地になって技をかける。

↓↘︎→↓↘︎→P

 コンボが、
 決まっ、
 た?
 !
「っしゃー!」

 何回も対戦をしたけど、勝ったのは一回だけだった。あんまりしつこいからたぶんタイキはあきれてると思う。
「お前ストレスたまってんだろ」
「真面目なフリだっていろいろめんどくさいんだよ。早く歳とって死にたいくらいなのに」
 さっき決まったコンボが決まらない。ダメだなあ。僕はいつもまぐれだけでなんとかしてる。こんなこともきっといつかはできなくなる。
 手が止まる。
「どした?」
「別に他に行っちゃっていいよ」
 タイキは聞こえないフリで技をかけてきた。

ready,set,go!

 運動会なんて本当はなくなったっていいと思っている。っていうか今日だってサボりたくてしかたなかったんだけど。
 何一つまともにできなくていつも隅っこでくすぶっているだけの自分にとって、運動会とか球技大会なんてクラスの連中に迷惑をかけるだけの行事だったから、いやでいやでしようがないのだ。ぎりぎりまでなんとかして回避することはできないかと思っていたんだけど。
「これだったら遅くてもナントかなるっしょ。とりあえずでかい声さえ出せばあとはこっちでなんとかするからさ」
 とかなんとか言いくるめられて競技に出ることになってしまった。

 もういい歳なんだからこんなことで熱くなってもなあって、思うじゃん?
 でも、いざ始まると熱くなるんだよなあ。100m走で意地になるのも、棒倒しでとりあえずしらないやつに蹴り入れるのも、のん気に玉入れなんかやっちゃうのも、こんなことしか楽しみがないんだよなあ、進学校、みたいな感じで。
 競技が進んで、集合時間になる。
「時間だろ、適当にやって来いよ」
 僕をうまく言いくるめたフジイが呼びに来る。ほっといてくれればいいのに。僕は不思議だよなあとか思いながら集合場所へ。

 ……知らなかったんだけど、これ、意外と目立つやつが出る競技だったんだ。自分以外はどいつもこいつも目立つ感じのヤツで、組み分けした中でも応援団ががっちりバックアップしてますって感じじゃん。こんなのに出て大失敗だったんじゃないか。
 流されるように入場。ガッツポーズでアピールとかマジかよ。
「タカギー! カード拾ったら声出せ声ー!」
 フジイが僕を見て手をぶんぶん振りまわして叫んでる。困った僕は眉毛をハの字にして右手を挙げて返事した。
 組対抗のスコアはわりと接戦で、これ落としたら実はけっこうヤバいんじゃないかって今ごろになって思ってるんだけど
「タカギー! 今日の打ち上げはお前にかかってるぞー!」
 担任がめっちゃはしゃいで僕に声を掛けてきた。マジですか。ダメだったらなに、僕が悪者になるのか。それはそれでいいけど、でも今のタイミングじゃないよなあ。だんだん気が重くなってきた。

 一組目。スタート。カードを拾って、叫ぶ。「野球部ー!」「吹部いるー?」人だのものだのを確保したら、残り半周は平均台とハードルと。
 二組目。スタート。「B型いるかB型!!」「中学の時に運動部だったヤツ!!」叫んで走って自分の組まで行ったら、応援団から渡されるみたいな感じ。いや、これ無理だろ。どう考えても。声大きくないし、足遅いし。

 重い気分のまま自分の番。

 号砲が鳴り、走り出す。一瞬だけフライング気味に飛び出す。騒ぐクラス。転びそうになりながら封筒を拾い、中を見る。
 なんだこれ!
「なにー? 中身なんて書いてある??」
 大声で叫ぶより先にチームまで走る。こんなの言えるわけないでしょーが。根性で走って顔が赤いのをごまかす。
 カードを見ようと伸ばしているフジイの手を取る。
「俺?」
「いいから来て」
「なにが出たんだよ」
「いいから」
「わかんなきゃ行けないだろ」
「それ以上なにも聞くな」
 観念して走りながらカードを見せた。フジイは吹き出した。うっせえよ。
 と。突然抱えられる。
「無茶だろそれ!」
「この方が早い!」
 突然のことに場内は大騒ぎ。平均台とハードルは降ろされたけど、そのかわり腕がちぎれるかと思うくらいにひっぱられた。
 大歓声の中、奇跡の一位ゴール。クラスの連中は先生も一緒になって万歳三唱してた。
 僕は。今までになかったくらいに走ったり抱えられたりひっぱられたりで、ぜーぜーいいながらグラウンドにひっくり返っていた。引きずられるように順位の列に。背中の土を払ってもらいながら僕はやっと、息を落ちつかせた。フジイは僕をずっと見ている。なに?
「あれ、あいつらになんて説明するんだ」
「クラス一のイケメンでいいんじゃない?」
「やめろ恥ずかしい」
 うん、まあ、なんて書いてあったかは誰にも内緒で、いいんじゃないかな。

it's a small world.


さっきまで健太の家にいた。
なんもすることがなくて暇だなあって思ってたらあんまり意味なく抱きついてきたから股間握ったら起ってて笑いながらそのまま触ってたら出たらしい。仕返しって言って脱がされて触られて出された。
5時半を過ぎて、おばさんが仕事から帰ってきたから「帰るわ」っていって帰ってきた。
家にいても誰もいないからさっきの感触を思い出しながら今度は一人でした。
なにをしたとかどこを触ったとかそんなの言葉に出すのって恥ずかしい。たぶん罪悪感の塊だからだ。
パソコンでグーグルを開いて、思い立った言葉で検索する一人遊び。履歴とかなんとかは後で削除すればいいやって思って、ときどきやる。いつだったか頭がおかしいときに思いつくまま普段使わないような言葉を入れたらさっき健太の家でしたようなことが出てきてびっくりした。

今日はもうなにもする気がなくて、宿題だけは終わってたから、パソコンをつけっぱなしにしてテレビでニュースを見ていたら、行ったことのない県の、知らない中学の誰かが窓から飛び降りたというのをやっていた。たぶん死ぬ気でそうしたんだと思う。直感だけど、外れてはいないだろう。

好きな人と話をしていて、でも、この人は僕のこと嫌いなんだろうなって急にわかった気がして、話を切り上げて離れようとしたことがある。嫌われても好きでいてもいいんだろうか。どっちにしてもキモいっていわれるんだろうな。わかんないけど。
そのときは好きな人が僕をじっと見て笑うから、ああ、こういうところを好きになったんだよなって思って、一瞬でも幸せな気分になっていたら
「でも、みんなあんたのこと嫌いだから、そこから飛び降りでもしたらいいと思うよ」
って窓の外を指差すのでそれ以来笑えなくなった。ことあるごとに高い場所の縁のところまで行って下をのぞくけれど、お腹のあたりがひゅっとなって体中がぞわぞわしてなにもできないまま帰ってきた。僕が好きな人のために、好きな人が喜ぶだろうと思ってできる唯一のことのはずだった。
ボクハシヌコトモデキナイ。それは僕の中にこびりついて消えない何かになった。

そんなことを思い出してまたお腹のあたりがひゅっとなってきたので、パソコンの画面で「自殺」と入れて検索してみた。さすがにやり方までは教えてくれなくて、スクロールした一番下に「死なないでください」ってあってそりゃそうだよなって思った。
だけど二ページ目からは淡々と検索した言葉のページが表示されてて、一線を越えちゃえばわりとどうでもいいんだなって思った。
テレビのニュースはさっきの詳細をやっていて、役所の人だか校長だか、まあ、そんな感じの人が普通に会見をしていた。いじめは認められなかった。たぶんそんなことを言っているのだろう。大人にばれるようじゃやりかたがまずいんだよな。いつもやられている僕にだってわかることなのに、大人はそんなこともわからないんだろうか。
そうじゃなかったら、いじめられたことがないか忘れたか、今でも続けているかのどれかなんだろう。

「おとなしそうな子でぇ」
「いつも本とか読んでた」
「話したことはない」
「意味なく蹴られたり殴られたりしてたみたい、です」
見てる前で飛び降りろって言われたらしい、というアナウンサーの声。クラスの連中の声で再生される。聞こえるような聞こえないような声で。普段は関係ないって顔をしているくせに、なにかあったときだけ、心配していた同級生のふりをするんだ。そうやって自分を守ろうとして。ずるいよな。ずるいよ。
僕はテレビを消す。
いつだったか、ツイッターとかそんなので自称中学生と話をしたことがある。本当だったらたぶん同い年なんだろうけど、言いだしたもん勝ちなんだからわかんない。その子はクラスにどうしても許せないやつがいて、そいつをどうにかしたいのだといっていた。嫌いとか好きになれないとかじゃなくて、許せない。なんかしたの、って聞いてもなにもしていないらしい。なんにもしてないのに許せないの、って聞いたらそこにいるだけでイラつくって。
この人は僕と反対側にいるんだなって思ったけれど、別に同じクラスなわけではなさそうだし、殺さなきゃなんでもいいんじゃないの、って答えるしかなかった。
名前を聞いてみたけれど、それはさすがにいえないよって言われた。そりゃそうか。

僕は寂しくなった。健太に電話するわけにはいかない(おばさんは僕のことが嫌いらしくて、よほどの用事じゃないと電話を取り次いでくれない)。ケータイでもあったらなあ。それかテレパシーとかあればいいのに。

母さんが帰ってきて、夕飯の支度をしているときに父さんも帰ってきた。僕はあわてて検索と見たサイトの履歴を消す。
「なにやってるんだ」
「べつになにも」
父さんはいつも僕のことを見透かしているみたいで、あんまりなにもいわない。ときどき
「一応注意しておくけど、お前まだ中学生だからな」
っていうけれど、それだけだ。ツイッターで父さんらしき人を見つけてうっかり読んじゃったときに、

そういう年頃だから興味もっても仕方ないわな。
だけどお願いだからもうちょっとこっそりやって
くれ、バレバレ だぞ

って書いてあって、僕のしていること知ってるんだって思ったからいつか怒られるかもしれない。
部屋に戻って健太にテレパシーでメッセージを送ってみた。伝わるわけないんだけど。それから好きな人にも。伝わるわけなんかないんだけど。またさわりっこしよう。友達でいてね。嫌いにならないでね。好きです。ずっと顔を見ていたい。それからうなじとか。クラスの他の連中みたいにふざけてさわったりしたい。できたら一緒にモスとか行きたい。出るまでさわるのっていいよね。でも誰にも内緒だよ。誰のことが好きかとか、誰のことが嫌いかとか、殺したいとか死んでほしいとかそんなのも含めて。内緒。誰にも。
二人分いっぺんに送ったらわけがわからなくなった。僕は頭がおかしい。多数決をとったらきっと、僕は頭がおかしい。そんな結果になるはずだ。

健太にさわられたところを自分でさわって目をぎゅっと閉じたらなんか落ちついてきた気がした。そのままでいたら、自分は知らない学校の教室にいた。やっぱりあんまり好かれてはいなくて、見たこともない同級生から死ねと言われた。すれ違いざまとか回ってきた手紙とか。開いたら中身は血染めの文字で一生恨んでやるとか書いてあって、僕はなにか恨まれるようなことをしたのだろうか。困ってしまう。
生きているだけでも。ここにいるだけでも。空気をすうな。笑うな。消えろ。死ね。死ね死ね死ね死ね。キモい。しゃべるな。視界に入るな。なんだかありとあらゆる罵詈雑言がここにはあって、その一つひとつを避けていたらいつの間にか屋上にいた。
フェンスなんかなくて、風が強い。それから日差しも。真夏のような天気なのに僕は冬服で。誰も来るわけはないのに誰か来ることを期待している自分。ドラマのように「やめろ」と止めてくれる誰かが来てくれたらいいのに、と思うのだ。だれもくるわけはないのに。だけど、僕の生きている小さな世界中の罵詈雑言が僕を縁へ縁へと追いやって、しまいには踏みとどまる間もなく落とされてしまった。聞いたことのある声で「ざまあみろ」というのが聞こえた。
落ちる瞬間につむっていた目を開ける。誰もいないはずの屋上に立つ、誰か。

ああ、君か。

揺り起こされて、僕は自分の部屋で寝ていることを知る。落ちなかったんだ。生きているんだ。
「メシだぞ」
父さん。僕が生きていることで歯がみするほどいやな気分になる人がこの小さな世界に入るのでしょうか。
「手、洗ってこいよ」
「はーい」
なにをしていたかは見られなくても、なにをしていたかはわかる、そんな体勢だった。バカみたいだ。

机に飾ってあったはずの、僕と健太で並んで撮った写真がない。ない、というか、本当に存在したのかすらわからない。僕は不安になってクラス名簿を見る。僕が思っているのとも、夢で見たのとも違う人数と名前。健太も僕の頭の中にしかいない友達だったのだろうか。本当は本当に一人だったのだろうか。明日学校に行けるんだろうか。
思い出す吐き気。一度も開いたことのない学習ワークブック。先生からの手紙。たて読みをしたら「二度と学校に来るな死ね」と読める手の込んだ同級生からの、一見励ましに見える手紙。生きている必要なんかあるんだろうか。生きている必要なんかあるんだろうか。

洗面所で手を洗い、食卓に着く。父さん。母さん。兄ちゃん。
いただきます。

とりとめのない会話。兄ちゃんのバイトのこと。学校のこと。父さんの会社のこと。母さんの友だちのこと。僕の話はなくて。僕のことは何もなくて。いてもいなくても同じような。ここにいてもいいと許されているのかすら。ごはんを食べることは苦痛ではない。だからきっとマシなんだろう。好き嫌いはあるけれど、母さんは僕の嫌いなものは出さない。兄ちゃんのも出さない。父さんの嫌いなものは出すのかな。兄ちゃんは父さんに「好き嫌いしないで食べなよ」といって笑う。「食べすぎたからもういらないんだ」といって笑うのは父さんだ。僕はそれを聞いて笑おうとする。だけど笑えたことはない。笑い方は忘れてしまったような気がする。笑っただけで死ぬほど殴られたせいかもしれない。

ごちそうさま。
部屋に戻ろうとする。
「これ部屋に片づけときな」
先に食べ終わってテレビを見ている兄ちゃんから手渡される本、雑誌、写真。

写真。

健太と僕で並んで撮った。

締めつけられそうになる鳩尾、滲む視界。バレないように部屋に戻って、そのままベッドにダイブ。声を出して泣いたのは久しぶりのことだ。理由なんてない。わからない。家族以外の誰かが恋しい。健太とか。また一緒に遊んでくれるんだろうか。嫌いにならないでいてくれるだろうか。変な意味じゃなくて好きだから。
時々わからなくなる現実と夢と妄想の境目、たった今、父さんと母さんと兄ちゃんと健太がいるこの世界を現実と思うことに決めた。外に出て辛いことしかなくても、この四人がいてくれたらそれだけで我慢できる気がする。

電話の気配。母さんの声。あら。ちょっと待ってね。
「電話よー」
促されて出る。聞き覚えのある声。大丈夫。まだこの世界は終わっていない。
「明日の時間割書くの忘れてさ」
健太だ。

ずっとすきだった

2013年9月28日 発行 初版

初  出:ずっとすきだった 断片集ver.130915(2013/9/15発行)
     その他は書き下ろし
著  者:添嶋 譲
発  行:空想少年はテキストデータの夢を見るか?

bb_B_00116931
bcck: http://bccks.jp/bcck/00116931/info
user: http://bccks.jp/user/120070
format:#002t

Powered by BCCKS

株式会社BCCKS
〒141-0021
東京都品川区上大崎 1-5-5 201
contact@bccks.jp
http://bccks.jp

添嶋 譲

文芸同人「空想少年はテキストデータの夢を見るか?」所属。詩と小説を行き来する週末物書き。文学フリマ等の文芸イベントやWEBサイトにて活動。普段は会社でPCのサポートやったり、家でたまにごはん作ったり。

jacket