"Faith is taking the first step, even when you don’t see the whole step.”
Martin Luther King Jr.
「初めの一歩を踏み出しなさい。たとえ階段全体が見えなかったとしても、信じて。」
キング牧師
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初めの一歩(韓国・ソウル)
ラバーソウル(韓国・ソウル)
あなたがチュキだから…。(韓国・ソウル)
戦争を知らない子供達(韓国・ソウル)
さらばジョン。男はDMZに消ゆ!(韓国・ソウル)
深夜特急(香港)
西武黄金時代(香港)
ラッキーハウス(香港)
百六十円をめぐる攻防(香港)
南京大虐殺(香港)
2年2組 小林先生(マカオ)
ランナー(香港)
走走看看(中国・広州)
ロマンスの神様(中国・南寧)
猫ひろし、肉うまし。(中国・陽朔&桂林)
グッドモーニング ベトナム(ベトナム・ハノイ)
風に吹かれて(ベトナム・ホイアン)
太陽は罪な奴(ベトナム・フエ)
あいのり(ラオス・サワンナケート)
題名の無い音楽会(ラオス・デット島)
地雷を踏んだらサヨウナラ(カンボジア・クラチェ)
夢 with You(カンボジア・プノンペン)
今を生きる(カンボジア・プノンペン)
乾杯(カンボジア・プノンペン、シェムリアップ)
究極のメニュー(カンボジア・シェムリアップ)
笑顔の行方(カンボジア・バッタンボン)
カローラ2に乗って(カンボジア・ポイペット)
ハンター × ハンター(タイ・アランヤプラテート)
傘がない(タイ・バンコク)
イージーライダーのテーマ(タイ・バンコク)
ラッキー池だ(タイ・バンコク)
四目並べ(タイ・バンコク)
ロクなモンじゃねぇ(タイ・バンコク)
夜行観覧車(タイ・バンコク)
ザ・ビーチ(タイ・パタヤ)
ティアーズ イン ヘブン(タイ・バンコク)
ロックンロール イズ デッド(タイ・バンコク)
吹石+雛形=ゴーゴーガール(タイ・バンコク)
ピンポン(タイ・バンコク)
ザッツ エンターテインメント(タイ・バンコク)
エデンの東、パッポンの西(タイ・バンコク)
戦場にかける橋(タイ・カンチャナブリ)
Korea
予定してた飛行機には乗り遅れ、更に悪天候のために飛行機は墜落寸前、トドメにロストバゲージ!
というトラブルなんて何一つ無く、特にコレといった語るべきことも無いまま、俺の旅はソウルから始まった。
宿の同じ部屋には、カナダ人のキャシーがいた。彼女は現在は台湾で働いており、多くの西洋人がそうであるように、ビザランのためにソウルに来ている。以前は長野でスキーヤーとして働いていたこともあり、とにかくアジアが性に合うらしい。そんな彼女との会話の中で、『韓国から日本にはいつ帰るのか?』という、極めてありきたりな普通の話題になった。
『韓国の次には香港へ行くんだ。そして日本へはまだまだ帰らない。』
と俺が告げる。
『じゃぁ、どこまで行くつもりなの? ゴールは?』
と尋ねてくる。ごくごく普通の会話の流れだ。
『Round The World(世界一周)』
と俺は正直に告げた。彼女は、『そりゃ凄い! 素敵ね!』と言い、その表情に怪訝さは伺えなかった。確かに世界一周という言葉は、非常に格好良く聞こえる言葉かも知れない。でも正直、俺は少し後ろめたさにも似たモノを覚えた。
今日が初日、一カ国目。
直ぐ隣の国、最初の街。
そこで、今から世界一周するんだよ、と言った日本人。そんな俺の言葉をキャシーは百パーセント、本気に受け取ったのだろうか? その言葉にリアリティはあるのだろうか? 少なくとも、今の俺には無い。
これから目指そうとする世界は、とてつもなく広い。旅の全容も、その終わりどころか、次の街にいる自分の姿さえも、全く想像出来ないのだから。
チョウム、ベッケンスンニダ!(はじめまして) そんなこんなで、ソウル三日目の朝。既にニンニク臭のオーラをまとった俺。それを勝手にフォースとかコスモと呼んでいるのは、もちろん俺だけである。
韓国はとにかく何食ってもめっさ旨い、それで値段は日本の五~六掛けぐらい。昼飯から普通に焼肉を食らう。こっちは、焼肉と一口にいっても店ごとに豚、鳥、牛と専門店に分かれており、このあたりに日本とは一味違う焼き肉文化を感じる。特にこちらスタイルのタレに漬け込んだ豚肉は庶民価格なのにめっさ美味しく、これ舌鼓! チッチャマシッソヨという奴だ。昨夜は東大門市場の屋台に行って、飯を食ったのだがやっぱトッポギやらチヂミやら、とにかく何食ってもハズレが無い。(ただしビールは炭酸がかなり弱くて、あんましだ。)
あと、予想以上に寒いので、バッタモンのジャージを購入した。こっちは蚊もかなり多いので、短パンだとなにかとキツイ。寝るときはジャージが好きです。ちなみに韓国語でジャージとは、チン●の意味である!
街を感じるために、ひたすら歩く一日。ゲストハウスから、幹線道路沿いに北へ。二〇分程のところに位置する、クラブの集まるエリアが弘大(ホンデ)。平日昼間はまぁ落ち着いた様子だ。辛いもの続きだったので、お昼はあっさりしたヌードル屋でまずは腹をこしらえる。ちなみに今週末は月末最後の金曜ってことで、クラブデイ! 二万ウォンで全クラブが出入り自由とのことだ。うむ、今から楽しみだ!
そこから更に二〇分で、新村の中心地へ。ダッカルビの店舗が並び、どこも美味そうな写真が掲げられている。街の匂いが食欲をそそる。少しまた歩くと、女子大のある梨大に出た。のんびり屋台で串を摘みながら、行き交う人々を眺めてみる。通りは若い女の子で溢れてるが、多くが前髪を真っ直ぐに揃え、レンズの大きなメガネを掛けている。日本のファッションを必死で真似ている子達も見受けられるが、そもそも、このファッションセンスが日本との一番の違いのようである。
満腹感を憶えつつ、更に歩くこと三〇分。火事で話題の南大門に。といっても、全面的にフェンスで覆われ、今は屋根の一部しか垣間見る事は出来ない。フェンスにはハングルで多くの書き込みがなされている。おそらく『早く元に戻ってね』みたいな応援であろう。
時計の針は既に十八時を回っていたが、九州よりも西に位置するソウルの空には、まだまだ明るさが残っていた。ソウル駅近くの韓国版健康ランド、ジムイルバンに入ってみる。日本よりもかなり設備は充実しており、八千ウォンで時間フリー。自転車とルームランナー、筋トレマシンでなまっていた体を起こす。そして十五種類のサウナで順に汗を搾って三時間。
カラカラに乾いた体で、南大門市場へと足を延ばす。四月のソウルを吹く風は、まだまだ骨身にしみる寒さだが、屋台のゲソ炒めやらチヂミは辛めの味付けで、体を暖めてくれる。それらをアテにほっこりしながら飲んでいると、隣に座っていた親父と仲良くなってヒッテビールとチョミスルを奢って頂いた。パと名乗るその親父は、LGに勤めているらしく、日立と取引があるので、日本語を結構勉強しており、充分なコミュニケーションが取れた。韓流ブームだなんだと言うものの、つくづく思うのは、日本語を話せる韓国人の割合というのは、韓国語を話せる日本人の割合よりも遥かに多い、特に若い世代に。
そこで我々はもちろん、日本と韓国、同じ東アジアの雄として互いの国の政治、経済、文学、教育のシステム等について熱い熱い議論を交わした。
というのは最初の一〇分ぐらいで、あとは主にキャバクラや風俗のシステムの違いについて、とことん語りあった。
帰りの地下鉄で、オヤジがしきりに連呼していた
『フェ●チオバー』
という言葉を思い出して、一人笑ってしまった。
が、車両の窓に反射した自分の間抜け面を見ると、俺は直ぐに素の顔に戻り、そして帰路を急いだ。
今日の目当ては、チョッパルと呼ばれる、豚足の韓国料理である。韓国は、想像していた以上に英語が通じない。まぁ日本並みと考えてよく、更にメニューも観光客向けの店は別として、殆どの店がハングルのみで書かれているため、一苦労なのだが、同じゲストハウスに宿泊しているトモは、現在ハングルを勉強中ということで、本当に心強い。
あても無く、町外れを散策し、その辺を歩いている人に、チョッパルのお店を尋ねる。我々が行き着いたのは、五〇歳前後の夫婦がやっているとても家庭的でローカルな食堂であった。(っちゅうか、見た目は完璧に普通のお家!)
観光エリアでもないので、外国人の客がやはり珍しいのか、オバちゃんの愛想がすこぶる良い。チョッパルは、醤油をベースにニンニクやネギ等を加えた秘伝のタレに豚足をつけ込む。長年続いているお店には、それぞれ秘伝のタレがあり、この店もやはり味はばっちりで、ボリューム満点、そして値段もお得! と箸も進む進む進む。
満腹になった我等は、座敷でゆっくりしながら、夫婦と片言のハングルで、色々話を聞かせてもらった。とても和やかな時間が過ぎていった。正直、そんな会話の中で、ありきたりなのかもしれないが、やはり日本に対するイメージだったり、反日感情についてが、俺が今まで一番聞いてみたかったことである。
トモがそれとなく遠回しに質問を投げかけ、そしてオバちゃんが最初に言った言葉をトモが訳してくれた。それは、こんなにも愛想良く接してくれている人が放った言葉とは、とても信じられなかった。
『私は日本が大嫌いだ!』
オバちゃんの言葉はストレートだ。だからとても響く。トモの表情も強張っていた。そしてオヤジが、続いて言葉を付け加える。
『ワシもそうじゃった。でもそれは随分と昔の話。今の日本の若者のことを決して悪くは思わないよ、ガハハッ!』
そこでオヤジが豪快に笑ってくれたことで、少し緊張が和らいだ。今思うと、それはオヤジの優しさだったんだ。そして韓国という国を、今までよりグッと近くに感じた。
同じ宿に日本の某国立大学の学生がいた。彼女は韓国系の在日三世で、現在は交換留学生として、韓国で勉強していた。幼少期にアメリカンスクールで学んだ彼女の英語はとても流暢だ。今日もキャシーとリビングで色々語り合っていた、そして俺も直ぐ隣にいた。キャシーが彼女に『何故日本に住んでいるのか?』と尋ねた。
『祖母が、日本に奴隷として連れて来られたからだ!』
と彼女は語り始め、間もなく完全に彼女のスイッチはONした。
戦時中、日本軍が韓国で行った愚考についてから彼女の話は始まった。その言葉や喋り方には、たっぷりの嫌悪感が含まれている。なんだかそれはキャシーに対して話しているというより、自分周りに対しての演説のようにも感じられた。ヘイトスピートというのは、こういうヤツだろうか? その延々と続くスピーチで、今の日本人に対する不満、日本文化の全否定、あげくは日本人の英語がオカシイとまで文句を言い出した。
『Coffeeのことをコーヒーって言うのよ、本当にクレイジーでしょ?』
スペイン語だったら『カッフェ』だけど、それならOKなんだろうか、などとボケ〜っと、どうでも良い事を考えていると、急に話がこっちに降ってきた。
『でしょ?』と。俺はよっぽど、昼間の食堂のオヤジの言葉をそのまま伝えたかったが、もう完全に彼女は瞳孔が開いていたし、キャシーもちょっとうんざりの表情だったので、
『まぁ、だいたい合ってるんちゃう?』
と逃げた…。
好きな人もいれば、嫌いな人もいる。
許した人もいれば、許していない人もいる。
戦争を知らない我々の世代。
今はただ、共に歩む未来を信じていきたい。
徳寿宮、景福宮、昌慶宮、宗廊、昌徳宮を一日かけてじっくり巡る。まぁ何か色々興味深い事があるが、一言でいうと
『チャングムだっ…。』
この日は風が強く、日中雲に覆われた空が、気温の上昇をいたずらに拒んでいた。ダッカルビを食べ終わると、底冷えのする明洞から、俺は足早に宿へと戻る。イングランドから来たジョンは気さくな野郎で、
『ビールいっぱい買ってきたから、みんな勝手に飲んでいいよ!』
と言っていた。そういえば、ここ二~三日ジョンを見ていない。っちゅうか、DMZ(北朝鮮との国境)にちょっと行ってくると言った日以降、彼の姿を見た奴はいない(笑)
冷え切った体を暖めるために、ジョンが買っていたビールの栓を一本空ける。東京からやはりビザランのために、この日やって来たばかりのクリスに、
『お前もビール飲むかい?』と尋ねると、
『もちろん!』
ということで、二人で
『ジョンに乾杯!』
しばらくすると、アーカンが戻ってきた。
『とりあえず、おめぇも飲めよ!』
って事で、二本目のビールで乾杯! サンクス、ジョン! そこにトモも加わり、酒癖の悪いアーカンは次々にビールの栓を抜いて行く。
やたらとお洒落な服装をした謎のラテン系の男(皆、ラーメンヘアーの男って呼んでいた。一体何者?)が、
『俺のワインも飲んでいいよ!』
と言い残し、また荷物をおいて、出掛けていった。
『ラーメンに乾杯!』
クリスが持ってきたロンリープラネットJAPANを見ながら、大爆笑。ジャンも加わり、『ベッドの上で使う英語』を皆で大討論。実用的なセンテンスが幾つも紹介されている。
Don't worry. I'll do it myself!
(心配いらないよ、自分でヤるから)
まぁそんなこんなで、ソウルの夜は今宵も和やかに更けてゆく。
Hong Kong & Macau
飛行機はまもなく香港へと到着する。窓から見る香港の島々、意外と青い海、港に停泊する無数の船舶、そして並び立つ高層ビル群、等々。なぜだか分からないが、韓国に降り立つ時とは全く違う種の大きな興奮が俺を支配していた。
足早に入国審査のゲートに進んだが、俺の並んだ列はなかなかスムーズには進んでくれない。いつもながら俺には列を見極める才能が全く無い。結局、飛行機を降りて四〇分程経ってから、ようやく入国出来たというありさま。おかげで預け荷物を取りに行った時には、コンベアにはほとんど荷物は残っていなかった。
一応予約をしておいた宿に連絡をいれる。電話に出たミスターは、名前と予約をしてある旨を伝えると、電車とバスの路線ナンバーと所要時間、値段を親切に教えてくれた。香港にも公共交通機関の『八達カード(オクトパス)』という名の非接触プリペイドカードがあり、料金も毎回割り引かれる。エアポートエキスプレスの改札まで行き、オクトパスを購入。でも電車は高いので、市内へはバスで向かうことにした。
二階立てバスの二階へ登ると、一番前の席が空いていた。パノラマビューだ! 思わず隣にいたおばちゃんに
『めちゃエエ景色やん!』
というと、おばちゃんは
『でしょ? 特等席よ。』と言って笑った。バスから見る香港の景色もまた、膨れ上がる俺の興奮をより一層、後押しした。やがてバスはネイザンロードを南へと下る。
尖沙咀駅の近くで降りた俺は、そのあまりにも韓国とは違う人々の熱気に少し圧倒されていた。行き交う人々の六割ぐらいは中国系だが、残りの殆どを中東系,アフリカ系,南アジア系が占め、まさに人種のるつぼと化している。
バックパックを背負った俺が、目指したのはチョンキンマンション。深夜特急でも沢木耕太郎が立ち寄った、安宿の集合ビルである。(一昔前は、犯罪の巣窟でもあった。) 入り口付近では、次々と客引きが寄ってくる。インド人やら、パキスタン人やら、イラン人やら、どいつもこいつも香辛料の臭いが強烈だ。俺は頑なに彼らを無視し、足早に歩く。
このチョンキンの構造はちょっと文章で説明するのは難しく、とにかく複雑になっている。違法建築でどんどん上の階を継ぎ足していったのが、その原因だろう。(現在十七階まである) 合計八機のエレベーターが、四ヶ所に分かれたブロックに二機づつ配置されているが、ブロック間の移動が出来ず、自分のブロック以外は使えない。さらに二機も奇数階と偶数階に分かれているため、実際目的の宿に着くのは一機だけである。
六人乗りのため、一階の乗り場には、常に行列が出来ている。本当にやっかいなのは、途中の階から乗る場合で、満員だとスルーされてしまい、再びG⇄17階の往復を待たないといけないし、待っても乗れる保障はない。
俺はとりあえずBブロックのエレベーターの一方に乗り込んだ。五人の屈強なアフリカ人に囲まれるのは、あまりいい気分では無かったが、たまたま奇数階の方に乗ったらしく、すんなり三階に着いた。そして宿のフロントには、電話に出たミスターがいた。
『Welcome to Dragon Inn !!』
辿り着いた宿の名は龍匯賓館(ドラゴンイン)。フロントのミスターはとても気さくな人で、手続きをしながら色々話してみて、俺はこの人を直ぐに気に入った。メールでお願いしていた部屋は手違いで埋まっているらしく、代わりに今夜は少し大きめの部屋を同じ値段で貸してくれるらしい。
ミスターに部屋まで案内される。少し大きめといっても、普通のホテルのシングルルームと比べると、それは随分と狭く、風呂とトイレは―メートル四方のスペースに無理矢理に詰め込まれている。まぁそれでも冷房が付いてるし、鍵も部屋と宿の入口の二重なので安心だ。何より三階で、階段で登ってこれるのが嬉しい。俺はミスターに『メーウンティ!(問題無いねっ)』と告げた。
かくして俺は、香港で
一番の安宿ビル、チョンキンマンションの
一番まともそうな宿の内の一つ、ドラゴンインの
一番安い部屋に、今夜からお世話になることになった。
少し宿で休憩してから、街を歩いてみようと思い、尖沙咀駅から佐敦駅までMTRで移動し、ネイザンロードをじっくり歩いて宿まで戻る事にした。香港の交通ルールは結構無茶苦茶で、信号は車に対してのものであり、歩行者に対してはあってないに等しい。とにかく赤でも行けそうだったら、Goという、九〇年代に西武ライオンズが強かった頃の積極走塁を彷彿とさせる。
ネイザンロード沿いの佐敦駅からほど近くに、粥麺専家がある。店頭に出ているメニューを見ると、なかなか美味しそうで、予算的にもそんなに高くなかったので入ってみることに。牛肉野菜のXO醤炒め,ワンタンメンと注文したが、やっぱり香港は美味い! 横浜中華街で同じ値段を出しても、絶対同じレベルの決して料理は出てはこないだろう。
夕食後、通りから外れた屋台街や洋服街などを少し見て回ったが、少し疲労感があったため、早々に宿に戻ることにした。韓国とは全く異なるカオス、所狭しと行き交う人々の熱気、独特な街の喧騒が、きっと俺を疲れさせたに違いなかった。
ドラゴンインで数日過ごしたが、どうもダニが酷くて背中に斑点が増えてきたこともあり、宿を移ることにした。近くに随分と昔から、日本人のおやっさんの経営する安宿があるらしく、中国のビザ情報の収集にもちょうどいいや、ということで早速訪ねてみると、
『おぇっ!? なんじゃぁこりゃ!!』
あまりにエキゾチックな入口に、少し入るのを躊躇う。掲げられた手書きの立て札からしてボロボロで、建物共々、相当年期が入っている。宿へと通じる薄暗く、うす汚い階段には、元気に走り回る鼠とゴキブリさん達。絶対にやめといた方が無難なのだが、こんな状況で、なぜか俺の好奇心という野郎が、背中を力強く押しやがる。そして、薄暗い階段を登り、恐る恐るそのボロボロのドアを開けてみる。
『こんにちはぁ~』
『・・・・。』
あれ!? 誰もおらんのか…。って
おもっきりおるがな! 親父! こんにちはって!
ドアを開けると、そこはもうドミトリーの大部屋で、ボロボロのベットに囲まれた中央のスペースにオーナーらしき人物がいた。が、親父は半裸姿で、なにやら不思議な踊りを舞っていた!!
こんにちはっ! と、何度呼んでも俺の声は届かない。五メートルと離れていないのに! もう親父はトランス状態だ。完全に自分の世界に入ってしまっている。この時点で既に怪しすぎるのだが、外はクソ暑いし、荷物も重いし、面倒なので、仕方なく荷物を降ろして、そばの年期の入ったボロボロのソファに腰を掛ける。ヒビ割れしまくりの壁には、これまた年期の入った張り紙が。
『当方、太極拳の鍛錬のため、毎朝五時から出かけます。
お客さんが来たら、空いてるベッドに通してください』
チェックインすら完全に他人任せ! ホント色んな意味で、相当パンチの効いた宿だ。仕方がないので、親父の太極拳の自主練の終わりを待つ。静かな部屋には親父の荒い呼吸音だけが響く。親父の体からは、汗が湯気立ち、まるでオーラの如き、凄みを放っている
ってな訳はもちろんなくて、おっさんの姿を眺めてても退屈なので、その辺りに転がってた古い日本の新聞を見ながら、時間を潰した。一時間ぐらい俺は待った。親父も舞った。ようやく太極拳を終え、俺に向かって親父が言う。
『あれ、来てたの!? 声掛けてくれればいいのに。』
おーい! 何回も呼んでるっちゅうねん!! 呼ばなくても、すぐ目の前にずっと居たし!
と、ようやくベットへ案内された訳だが、本当にここの宿はボロイ。絶望的なボロさなのだ! クソ汚く、染みだらけのシーツ。トイレもシャワーも本当に古くて汚い。圧巻は金属製のパイプの二段ベッドだ。全てのメッキはとうの昔に剥がれ、全面サビに覆われている。何十年も前から使っており、しかもその時も拾ってきたものらしいという噂だ。上段へのハシゴはなんとステップの部分が完全にU字にひん曲がっている。一体どれ程の回数、昇り降りしたら、こんな風になるのだろうか??
しかしこの宿の本当の恐ろしさは、寝てる時に訪れる。そう、南京虫というヤツだ! 俺の泊まっている数日間にも、肌がボッコボコになる程、やられる被害者が続出した。
この宿の名は、ラッキーハウス。そう、南京虫にやられなければ、ラッキーという宿。なぜ宿泊代金を払ってまで、自らの悪運の強さを試さなければならないのだ?という疑問はさておき、なぜか居心地は良い。(ナゼだ???)
俺は今のところ無事だ。
ラッキーハウスに宿泊している白川さんは北京に在住の日本人で、中国に関する話を色々と教えて頂いた。北京で何年か過ごしているということでマンダリン(中国本土の標準語)はペラペラだ、香港は初めてらしいが。(香港は広東語)
そんな白川さんと共に、少し夜の香港の裏通りを歩いてみる。ボぉーッと歩いていると、気がつかないのだが、よくよく注意してみると、なんだか不自然な光景を目にする。
各建物の入り口の前に、パイプ椅子にババァが腰掛けて暇そうにしている。怪しい匂いがプンプン。白川さんが冷やかしに話しかけてみると、ババァが品の無い声で『百香港ドル!』と連呼する。やはり売春宿の並ぶ通りのようだ。しかし百香港ドル (約千六百円) とはさすがに安すぎる。ババァにどこの国の女だ? とかいくつの女だ? とか聞いてみるが、別に普通の答え。うむ、何かがオカシイ・・・。
暇つぶしに他の三~四人のババァにも声をかけて、最終的に解ったのが、時間が一〇分ってことらしい。一〇分かぁ…。なるほど。
翌朝、白川さんと大衆的な食堂にお粥を食べに。そこで会計の際に、思ってたよりも一〇香港ドル(百六十円)高く請求された。これはオカシイ!と店員に文句を言う、が折れない。これは税金だのサービス料だのという訳の分からん理由をこじつける店員との押し問答が続く。語気は荒れ、机を叩き、やがて怒号が飛び交う。緊張が走る中、もう一人、一緒に来てた日本人のおじさんが、
『たった百六十円だし、もう面倒だから、これ以上いいじゃん。』
と宥める。しかし白川さんは切れていた。相当ブチ切れていた!
『警察呼びましょうか? ねぇ、警察!』
やはり北京で過ごしている彼の金銭感覚は洗練されているのだ! おじさんの顔は引きつっていたが、俺はというと楽しそうだから、
『ぜひ警察呼びましょう!』
が、結局そのおじさんが払うから止めておこう、ということで、しぶしぶ我々は折れた。
例え百六十円だろうが、全身全霊本気でブチ切れる。白川さんが教えてくれた、中国を旅するのに一番大事なものは、コレだった。
ある夜、やはりいつものように白川さんと別の中国を何度も旅しているツーリストと三人で、夜な夜なビールを飲みながら、宿で色々と語らっていた。北京に住む前は南京に住んでいたという白川さん。南京といえば言わずもがな、我々が連想してしまうのが、大虐殺という闇の歴史である。
日本のメディアの報道だけを見ていると、あたかも中国人全員が反日であり、日本人の事を親の敵のように嫌っている、という印象を受けてしまう。だが、この宿にも何人かいる、実際に中国を旅したツーリストの話を聞くと、その印象は随分と違っている。彼等が接する殆どの中国人は、親切な人が多く、中には親日の人もいる。かつ中国という国の広さ、深さに魅了され、中国という国を何度も訪れてしまうのだという。しかしながら、現地で生活を営んできた白川さんの話はというと、そういったツーリストのエピソードとはいつも少し異質で、見ている次元が異なっていた。
白川さんは南京で生活を始めた当初、行政に少し関連した仕事に携わっており、これはある日、市役所の会議室に呼ばれた時の話である。その会議室には、中国人の役所の人間が5〜6人おり、それに白川さんを加えたメンバーでの会合であった。その部屋に入ることも、そのメンバーと会うのも初めだったが、自己紹介もままならぬまま、その中国人の開口一言の質問がこれだ。
『お前は南京大虐殺について、何を知っているのだ?』
壁には戦時中の写真のパネルが何枚か掲示されており、過去に訪れた事のある他の都市、他のビルの部屋とは明らかに雰囲気が違っていた。そこは虐殺の歴史を物語る産物で形成されていた。そんな実情も何も聞かされずに呼び出された白川さん。周りを取り囲む南京の人たちを相手に、母国の犯した虐殺行為について、中国語で語れという。なんという凄まじいシチュエーションであろうか。
実際、南京大虐殺に関する証拠資料等は不明な物が多く、その虐殺の規模も報じるメディアによってかなり大きくバラツいている。極端なところでは、虐殺の事実そのものが疑わしいとの考え方もある。本当の事実を知る事は非常に難しい。現在、有る情報の中で、自分がどれだけ深く知り、そしてどの情報を正しいと選択するかによって、それが自分の中の事実となる。もちろん自分たちの先祖の愚行など無かったものと願いたいのが、人間の心情であるのだが・・・。
一番大切な事は、その中で自分がもっとも確からしいと信じ、選択した事実から目を背けず、きちんと向き合うことであろう。白川さんが直面したのは、本当に大変な場であったと思うし、自分の意見のみならず、周りの中国人の心情も汲み取りながら、その質問の答えを述べないといけなかっただろう。自分の人生において、かつてこのような血と歴史とアイデンティティを問われるような場面はあっただろうか? もちろんない。
歴史の授業なんて、遠い昔の話。海の向こうの話。本やテレビの中の話。対岸の火事であり、自分の人生には全く関与することのないファクターだ。そう、そういう今までの自分の生き方においては。
消灯時間が過ぎ、ベッドに横になりながら、壁の染みをぼんやり見つめていた。その質問に、俺だったらどう答えるだろうか?という自分への問いが、何度も駆け巡った。答えのない答えが何度も浮かんでは消え、本土へ向かう事の不安も同様に、浮かんでは消えていった。
一定期間お金を預けると、利息をつけて返して貰うというのが、世の中の定石である。俺はマカオに十四万円、一年前に訪れた時に、預けてある。くれてやったつもりなど毛頭ないので、今回はきっちり金利をつけてきっちり返して貰おうではないか!
入国審査を得て、リベンジの地、マカオへと足を踏み入れる。フェリーターミナルから適当にバスに乗り、市の中心地で降りる。
グランドリスボア。
黄金に身を染めたヤツと俺は再び対峙した。中国人の金持ちの悪趣味を結集させた、その巨大で、どこもかしこもキンキラキンの黄金の姿は、周りの他のカジノを圧倒している。前回はコイツにやられたので、他のカジノで勝負するつもりだった。しかし、曇り空の下のせいか、前回のような威圧感はなく、リスボアの黄金の輝きは影を潜めていた。そう、見上げたその姿は、俺にはなぜか少し悲しそうに見えた。そして俺の中に
『今日のコイツなら勝てるんじゃないか』
という根拠の無い勝算が浮かんできた。よし、夜にまた会おう。
セナド広場から少し歩き、安宿街へ。四軒目に訪れた東方旅客にて。入口の階段を登り、フロントっぽいところへ。誰もいないので、『はろ~っ』と呼ぶと、すぐ隣の部屋の客室から小太りの女が、、、
『マッサージ? ホテル?』
ん~、完全に売春宿のようだ。思わず、『マッサージ』と言いそうになるのを堪え、『ホテルだ!』と述べると、さらに上の階へ。そこにいた兄ちゃんに部屋を見せてもらうとラッキーハウスと変わらないぐらいのボロさだが、他よりもぐんと安い。よし、面倒なのでここに決定!
とりあえずチェックインを住ませた後、昼間は市内を、歩いて観光する。ポルトガルと中国の文化が混在するマカオの街並みは実にユニークで、見所たくさんだ。そして昼間なのに、やたらと立ちんぼとその張り紙が目に入る。カジノで一儲けした奴をターゲットにしているのは明らかだった。
一通り町を歩き終えた俺は、サン・パウロ天主堂の近くの小さなカフェで、マカオ名物のエッグタルトとコーヒーと頂きながら、胸の高鳴りを感じていた。頭の中では、何度も大金を掴むイメージを繰り返している。
そしてあたりに夜の帳が降り始めた頃、予算の限られた俺には大金である六万を握り、グランドリスボアへと向かった。左手の腕時計は、二〇時ちょうどを示していた。リスボア内のカジノは、既に多くの人で賑わっている。雰囲気を楽しんだり、ゲームの種類を確認している内に、あっという間に一時間が過ぎていた。二階のステージでは華やかな衣装を身にまとった白人の女性ダンサーが妖艶にポールダンスを踊り、カジノに華を添えている。軽くテンションをあげるため、まずはステージ近くのスロットへ。小額の掛け金で遊べるため、一時間ばかしやっていた。その後に大小も少しやったが、賭け方が難しい。結局、なんとかイーブンで終えたが、ディーラーの手さばきを見ているだけでも、一見の価値が有った。
そして、いざ勝負の時。何十台とあるルーレットの中から、大きな金が動いており、かつなんとなく勝ちオーラの無さげなディーラーの台を慎重に選び、勝負の席に着く。台選びだけで三〇分も費やしてしまった・・・。
偶数奇数、赤黒、大小、全て直前に出た目の逆に張る。更に反対が続いた時には、額を少しあげていくという、少し体力のいる張り方。加えて十二刻みの大中小を、一番掛け金が少ないゾーンで張る。二~三倍のオッズばかりの掛け方なので、出入りはそれ程大きくはないが、これを二時間ほど続けていると、たまたま二回程、大きく賭けた目が当たり、元手の六万円は一〇万円程に増えていた。
六万円の軍資金で四万円稼いだ、というのは決して悪くない。結構運が向いていたのだ。目標としていた十四万円には程遠いが、俺は四万円勝てたという成果に満足し、その台を離れた。そして、そのまま宿へと帰る
べきだったのだ。
時刻は二十三時を少し回り、少々疲れを感じていた。あと少しだけポーカーでもやってから帰ろうと、台を見回っていると、ふいに何かの既視感が走った。そう、中2の時の担任、小林先生にそっくりな、その女はブラックジャックのテーブルにいた!
一年前の記憶が鮮明に蘇える。前回、ルーレットのディーラーをしていたこの女に、全て持っていかれたあの夜の記憶。刹那、自分の中で完全にスイッチが入ったのを、自覚した! そして、俺はブラックジャックのテーブルについた。
・
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結果、俺のマカオでの預金はトータル二〇万に増資することとなった。
かつて経験した事のない敗北感を抱え、俺はカジノを後にした。帰り道、振り返るとそこにあるグランドリスボアは、昼間に見せた悲しげな顔ではなく、やはりいつもと同様に凛と佇み、マカオの夜に光々と輝いていた。
俺にはヤツが笑っているように見えた。
香港に戻ってきた。小雨の朝。傷心の俺。宿のテーブルに腰かけ、コーヒーを啜りながら、俺はマカオでの悪夢を振り払おうとしていた。同じ宿に泊っている女の子が、隣のイスに座る。大阪から来たという彼女は、朝からテンションが高い。ひたすら喋りながら、おもむろに煙草を一本取り出し、そして口にくわえ、俺に尋ねる。
『ねぇ、火もってへん?』
残念ながら、俺はもう二年もタバコを吸ってないので、ライターを持っていない。でもこの時の俺は無性にタバコを吸いたい、そんな気分だった。
俺は火を借りるため、彼女を誘い宿の外へと出た。そして二人はオースティンロードを目指した。三〇分程待つと、知らないオヤジがちょうど火を持っていたので、彼女はそのオヤジに向かって大声で、
『ごめ~ん、おっちゃん!ちょっと火かしてぇ~!』
と大声でお願いした。しかしオヤジは無視して、俺達の前を走り過ぎていった。親父がもっていたのは聖火だった。
金曜の夜のランカイフォン。街はアツい。懐は寒い。バーで一杯だけビールを頂き、雰囲気を味わいながら、そして今後の事に思いを巡らす。夏に控えたオリンピックのため、中国ビザの発給は現在停止されている。入国の可否も確認は取れてないが、このまま香港にいる訳にもいかない。
親父の聖火は結局、俺が咥えていたタバコに火をつけることにはならなかったが、俺の旅立ちへの希望と、元来の楽観性に火は灯された。
今の、現在の自分の状況というものは、全て過去の自分の言動の選択の結果なのだ。香港&マカオでの出来事は起こるべくして全て起こったのだ。全てを納得した。いよいよだ。とりあえず明日は中国大陸を目指そう。
きっとどうにかなる、何故だかそんな予感がしていた。
China
Finally, I got into Chine w/o visa. Here Guangzhou is the biggest city in southern Chine, it took only 3 hours from Hong Kong by bus.
I was really surprised YH is quite beautiful thought it's much cheaper than Hong Kong's hostel. That's Chinese price, isn't that?
I have a serious trouble with my skin. In Hong Kong, there were a lot of bed bugs in my dormitory room. It was so ...... terrible! I feel itchy so much on my skin! Fuck the bed bugs! LUCKY HOUSE was yeah, definitely UNLUCKY!
A young Chinese guy who is from east part of mainland was staying in the same dorm. Though he couldn't speak English nor Japanese, we could communicate enough by writing KANJI. The guy was so nice and I've made friend with him immediately. Actually we talked a lot about Japanese comic and girls. Chinese actress Fan Bin Bin is extremely cute!
He also paid for a dinner (Chinese noodle) and took me out to night cruise. Besides, helped me to book a train ticket. I really appreciate his kindness, thanks thanks!
After 16 hours train from Guangzhou, I arrived at Nanning. My seat was the middle of three levels berth. Everyone in my compartment was very kind and taught many Chinese words.
走走看看 (zou zou kan kan)
Also gave some foods, in addition supported me to find a accommodation. All Chinese I`ve met so far are so nice that my journey in Chine is gonna B very fantastic, I believe.
My skin condition has been still terrible. There are a lot of pink rushes in my skin, likely I'm wearing polka dots dress ;-( I tried to count the dots. But I had to stop counting, it's too many, say uncountable, more than 200 dots!! Unbelievable! Then I arranged to see a doctor yesterday. But you may know, it's very difficult to explain to a doctor in Chine. No doctor can speak English at all in this local city.
With some efforts, I finally could see a doctor this morning with two Chinese girls who are studying Japanese in university. I got some medicines and it's getting better. Hopefully I`ll be able to forget my fuck'n itch tomorrow!
BTW, I made 3 oaths before this journey.
1. No stealing
2. No drugs
3. No prostitude
At Guangzhou station, I asked a woman about the place of platform. She also had the same ticket to Nanning, so she kindly led me. After the train departed, she came to my compartment, then spoke, spoke and spoke only Chinese like a machine-gun! It also made surrounding people laugh. Beside, she found me when I was looking for an accommodation near Nannning station. She guided me to a cheap hostel.
This funny (funky?) woman said (just my guess) "If you have any problem, call me!" and gave me her mobile number. Yesterday early evening, I called her with Chinese dictionary. I just wanna say "thank you". But she spoke a lot again in Chinese. I hardly understood her words, but I could catch only word "7“
7 o'clock? Will C come? Yap! She knocked door 5min before 7pm. As usual, she talked a lot of unknown words. Then likely she said "let's go out!" then we went out...
Though still I couldn't make sense of what she means, we rode on a bus. In 10min, we got off at "south lake park" where she favorites much. We started walking around the lake. Nightview was so fantastic. It was just like a date unexpectedly. Sometimes she walked hand in hand w/ me. Are Chinese women so aggressive !? Or just frank !? (also sometimes she grabed my itchy arm strongly. OMG!)
We went a pub to drink beer. (Actualy I only drank a tap of beer because I took a medicine). She seemed to get drunk a little, her eyes were gentle. After that, we took a bus to return my hotel.
Unnnh??? She got off the bus together...and walked ahead of me, rather than... then in my room together.
The TITANIC was being broadcasted on TV. A few minutes later, C turned off main room lighting, then only indirect lighting was left. So, you guys easily imagine…… Oh! what a RISKY mode!!! Ummmm…
As a results, nothing as you expected happened. I sent her by taxi without XXX. So I kept the 3rd oath, whether or not. (But I notice it was not prostitution but just like a… romance?

カルストの大地が俺を呼んでいる。。。
さて、桂林の地を後にし、リージャンの船下りの終着点、陽朔へ。片田舎の町は、かなりまったりしている。通りの屋台には幾つかの野菜と、肉が並んでいた。一応、何の肉か聞いたが、よくよく考えたら、牛肉(ニューロウ)以外の中国語の言葉を知らないので、色艶のよさげな肉と二、三の野菜を指差すと、全部まとめて炒めてくれる。味付けは少々濃い目だが、本当に美味い! 中国の食文化はなるほど偉大である。宿に戻ってから、英語の通じるスタッフの男に『ミャオロウみたいなこと、いってたけど、ソレって何の肉?』と俺が尋ねると、『ニァ~~ッ!』とふざけていた。えっ・・・ネコ肉!?
翌日、市場に行くと、そこはまるで小さな動物園のようだった。犬、猫、ウサギ、鶏、等々。なるほど…。そういえば、中国の食文化を比喩した言葉に、こういうものがある。
『中国人は四つ足の物は、椅子と机以外は何でも食べる!』
市場のそこかしこに置かれた檻。その檻の中から俺を見つめる彼等の眼差しには、もう諦めの表情が伺える。誰かが鳥を注文すると、カウンターの裏側から、鳥達が声を荒げ、その断末魔の叫びがまもなくピタッと止まる。それは非常に残虐な光景である。そんな雰囲気の中、檻の向こうの動物達の可愛い姿を直視するのも、やはり非常に辛い。しかしながら動物であれ植物であれ、我々が口にしてるものの大半が、他の生き物の生命を頂いていることを、決して忘れてはいけない。そう、『頂きます』という言葉が持つ真意を。
一方、陽朔の滞在中に起こった、四川省の大地震。今いる辺りは、かなり離れたとこなので、地震は全く揺れなかった。色々な方から心配して頂き、電話やメールを頂いた。ホンマにホンマにありがたい。改めて思う、皆の声が俺の背中を押してくれている、と。
I completely changed my plan again and again. Though I wanna stay more days in Yangshuo (stayed only 2 nights), I was back to GuiLin early this morning to meet the cute girl! We had the 2nd date this afternoon. YaYa, it was, of course, extremely wonderful! And sweet? Because she is so nice that I maybe melt here. I'm stacked on Guilin (or say "on her"). Unnn... Which do I have to hurry for "TABIJI" or "KOIJI"? Her appearance becomes another serious issue for the journey!!

なんたる偶然というか奇跡的というか、、、あれだけ香港やら南寧やらそこかしこで拒否された中国ビザ。なぜか桂林でだけは降りるとの確かな情報が…。(依然、他の街では不可らしい。女神が微笑んだのか!?) 昨日、ビザの申請のため、早朝に目覚めた俺。その足は公安へ向かおうとしていた。ビザを取れば元の予定通り、雲南へ行く事も出来る。2週間前にあれほど切望していたビザである。しかしなぜだか気がつくと、俺は駅の窓口で南寧への切符を求めていた。もしビザを取っても、きっとこのまま桂林で沈没してしまうんだろうな…と思ったからだ。(うむ、彼女の微笑みは、雲南の田舎風景よりも癒される…。)
先は長いのだ。俺の意思はいつも弱い、相当虚弱だ。現に何度も予定変更を繰り返している。少しでも『先に進まねば』と思った瞬間に動かないと、もうこの先には動けない、そんな気がした。(彼女の微笑みは、沈没するに相応しい)
俺は急いで荷物をまとめ、そして彼女に電話し、ベトナムへの道を急いだ。その日の内に電車で六時間かけて、まずは南寧の地に向かい、翌朝のバスでハノイを目指すことに。全ての桂林での思いを振り払い、いざ次の国へと。で、その通り六時前に起き早々にチェックアウトし、南寧郊外の国際バスターミナルを目指したのだが、そこに向かう市バスの中での一幕。
早朝ということで、まだ乗客もまばらな車内。俺から少し離れた席に五〜六歳くらいの男の子と、その母親とおぼしきババァが座っていた。そこで子供が何やらグズグズ言い出し、ババァはムスっとしながら、カバンからビニールの買い物袋を取り出した。そして、車内にも関わらず、男の子のズボンをずらし、その袋の中にウンコをし始めたのだ!(笑) 他の乗客はというと、別段驚く様子もなく、普通におしゃべりや本を読んだりしている。常々思うが、この国は国土も広いが、ウンコや小便に対する許容範囲も広すぎる!
ただ、終着の国際バスターミナルに着いた時に、ババァはこともあろうに、その袋を車内の通路に置いて、バスを降りようとするではないか! おい! さすがにこれには、俺もカチンときて、大声で注意したのだが、ババァも怒りながら、何か言っている。他の乗客は先に降りていたが、運転手がやってきて、『仕方ないから良いよ』みたいな事を、身振りで示した。オリンピック効果で人々のモラルが改善してると報じられているが、ほんの一部の都会だけの話だろう。ま、どうせこの国とも、今日でオサラバだ、俺の知った事ではない。
さて、ハノイ行きのバスのチケットは… げっ、ウソ!? 一〇元値上がりしてる!? 財布には…六元たらん! で、ATMも見あたらず…。
そして、時間通りにバスは出発した。もちろん俺を乗せずに(涙)
Vietnam
チャウ! (こんちわ)
灼熱の大地、ハノイ。熱いな〜、暑いで〜。なんだかんだで凄い喧噪だ。ベトナムにやってくると、いかに中国が豊かで過ごしやすかったかと実感する。ここに比べれば、ホンマ快適! しかし毎日毎日、アホみたいにクラクション鳴らしまくっているこの街の雰囲気にも随分慣れてきた。もう楽勝で交差点横断できる。まぁ最初は毎回命がけだった訳ですが…。
そして物価はクソ安い。特にビール! 1リットル二〇円! お金使うのが大変だ。毎日その辺の屋台やら、もの売りやらで色々買っているが、本当に美味い。何も気にしてなかったが、同じ部屋のヤツは、どうもお腹をやられたらしい。やっぱ衛生状態は…。あとビールが温いから、どうしても氷入れてしまう。とにかく丈夫なお腹に産んでくれた親に感謝だ。
さてさて、次の町へは、前から乗ってみたかったホーチミン鉄道で、移動する。車両の作り等は、中国の列車とそんなに変わらないが、まぁ比べてしまうと、随分ボロい。あと、中国みたいに皆が皆、カップラーメンを食ってない。(笑)
が、特筆すべきはトイレである。中国のは和式というか、いわゆるスクワット式だったので、電車の揺れ以外は問題なかったが、ベトナムのはフランスの植民地だった影響なのか、洋式なのだ。もちろん殆ど掃除してる様子も無いが、水がうまく補充されておらず、流れも悪いので、排泄物は便器内に波々と溜まってしまう。そして電車というものは激しく揺れる乗り物だ。うむ、これらの要素を全て考慮して、想像して欲しい。
ハノイを出発してから、五時間くらい経った時に初めてトイレにいったのだが、ドアを開けると、そこには地獄絵図が広がっていた! なんと形容してよいのやら、うーん、床上浸水?(浸水というより浸尿とゆうか浸糞というか...!?)
映画の中のDJクロンナウアは、危険を恐れずに戦地に向かった。この地獄絵図を見ても、きっと自然にジョークとロックで笑わせてくれたのだろう。
俺は臆病者です。俺には勇気がなかったんです。そして、笑えない状況だ。
という訳で、ざっと十四時間ぐらい? トイレ我慢しました。(涙)
After 15 hours train?, I got to Danang city where is located in the middle of Vietnam. (famous for the beautiful beach)
Of course it`s getting hotter and hotter as I come down this country. I would melt maybe soon. From Danang, I took a motorcycles-taxi and run among the beautiful coast. Then finally got to Hoi An city yesterday. Very beautiful and cozy place! Here is just like a small Kyoto. (or say unnnn... a little bit BOROI Kyoto)
Beers are also very yummy here! (yes! cheap of course) under this hooooot sun!
I luv Vietnam (hahaha) !
ベトナムの風に吹かれて。
緩やかに流れる時間。灼熱の太陽。火照る体。
今日もホイアンの町は静かに、そして温かく。ハノイの喧噪と混沌とは全く異なる空気。
人がみな、温かく、そして和やかに、居心地良く。
近所の中学生のガキ共と一緒にサッカーやったり、おばちゃん達がバドミントンに入れてくれたり、市場のもの売りとくっちゃべったり、ベトナムコーヒーを啜ったり。
まぁそんなこんなで今日も全く予定の無い平和な一日が、ゆるやかに、そして心地よく流れてゆく。
古都フエ。
ハノイ程では無いにしろ、再び大きな喧騒に包み込まれてゆく。駆け抜けるオートバイのクラクション、シクロの親父の必死な汗、屋台の呼び込み。混沌が活気に変わる。そして大地を照らし続ける太陽はこの地でも、手加減を知らない。
王宮を観光した後、昼飯を求め、リバーサイドを歩いてく。昼間っから親父どもが、ビール片手にテーブルを囲んでいた。
『とりあえず、まぁ一杯飲んでいけや!』(多分そういう意味)
ということで、混ぜてもらう。グラスに波々と注がれたフエの地ビール、FUDA。今日も昼から『ヨー!!』(乾杯!)
あと、ベトナム語でエロい言葉を最近覚えたのでこれを言うと、すぐに馴染める。男って世界中、どこでもアホなのだ!(ゥンぱっ、みたいな発音)
とにかくひたすら水分が搾り取られる国、ベトナム。息をしているだけで汗だく。基本的には毎朝下痢。しかも最近は食い物も全く注意しなくなって、普通にビールに氷いれたり、箸も皿もグラスも汚くても、気にもならなくなってきた。
ベトナムに入ってから食ったモノでマズいモノなど一つも無かった。ホーチミンには行かなかったが、各地の屋台で美味いモノは充分食いまくった。フエの食い歩きも充分満喫した。さて、そろそろベトナムも去るべき時が来たかな。
Laos
クラクションなんて、日本では凄く危ない局面ぐらいでしか、あまり使わない。中国では、割り込もうとしてきた車に『どけっ!』って感じで。で、ベトナムでは、ひたすら連発。
バスはラオスの国境を超え、果て無き山道を西へ西へとひた走る。対向車なんて殆ど来ない。この国でクラクションを使うのは
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主に道路にいる牛やらヤギやらに対して…。しかも彼ら?も賢く学習しているようで、クラクションが聞こえると、歩みを速めたり、踵を返して戻ったり。そこにはきちんとした交通ルールってのが存在するらしい。
俺が昨日から滞在しているのは、サワナケート。別に特に何も無い町。旅人のほとんどがこの町をスルーして行くらしい。宿泊予定を三泊と伝えると『Wow! Very long!』だって。
ここにはベトナムのような喧騒もなく、時は緩やかに流れゆく。夕日に染まるメコン川も緩やかに流れゆく。ビアラオを飲むそのペースも、少し緩やかにしてみようか。心地よい風に吹かれ、日が沈むつかの間の空を、ただじっと眺める。何も無い町?
人々の気さくな笑顔、愛想のよさ、おいしいラオス料理、よく冷えたビアラオ。何も無いどころか、ここには最高の贅沢な空間があるではないか!(もちろん温水シャワーは無い)
ところで二週間程前に人気TV番組あいのりのラブワゴンが、ラオス北部の町バンビエンを通ったらしい。ラオス北部と比べると、南部への旅行者ってのは結構少ない。でもなんとなく、サワナケートから更に南へ下ることにした。
一〇時半のバスに乗るべく、少し早いが、一時間程前にバス乗り場に着いた。殆ど英語の表記はなく、あるのは行き先と『Have a good trip!』の文字くらい。韓国のお下がりのローカルバスが待機している。
で、出発時刻の一〇分程前に乗り込んだのだが、なぜか直前に全員に降りろ!との指示が...。何だか訳がわからず、片言のラオ語で尋ねまくったが、どうやら今日は一〇時半のバスは取りやめだ!とか言っている。
ボ〜っと次のバスを待つこと更に二時間。『Have a good trip!』の文字が実に憎らしい。バスの屋根には大量のダンボールやら布団やらが、どんどんと積まれていく。挙げ句の果てにはバイクまでもが、やんちゃに乗せられてゆく。もう何でもありだ。夜逃げですか? バスの高さは、ざっと高さ一・五倍ぐらいに達している。
バスの中はというと、更にやんちゃだ。日本代表の俺様、その他大勢の現地人、そして犬やら鳥やら魚やら…等々。
このバスは綺麗なピンク色ではなく、ペンキの剥がれかけたくすんだ赤色だったが、多分こういうのをあいのりと言うのだろう。(隣の席は運良く、人間でした。)
吉幾造が昔、『テレビもねぇ~、ラジオもねぇ~』とか歌っていた。一方、俺はサワナケートで何も無い、とかほざいていた。
そんなのとはレベルが違う。ここはホンマに何も無い。メコン川に浮かぶ島、ドンデット。テレビもラジオも車ももちろん、電気も水道も無い。夜は七時になると、歩くの不可能。街灯も無いので、明かりは月とホタルのみ。素敵やん!(紳助風に)
やることないので、ただボケーっとメコン川を見ながら、本読んだりビール飲んだりしてます。俺にとっては楽園です。あぜ道が島のメインストリート。たまに水牛に寝そべってると、交通完全麻痺! (その際は、しばし待つのみだ。)
朝日に染まるメコンを臨み、緩やかな今日が始まる…。目覚まし代わりに朝の訪れを告げる鶏の雄叫び。陽が昇りきる前の束の間の朝焼けをボォーっと眺め、耳を澄ませば聞こえてくるメコンのせせらぎ。朝食を取りながら包まれゆく小鳥達のさえずり。
真昼の太陽の元、裏の田んぼで働く牛たちの水面を揺らす足音。キャッキャッと走り回る子供達の笑い声。猫達の鳴き声、犬の咆哮。ハンモックに揺られる俺の隣で、風に揺られる木々の葉音。空が夕暮れに染まる頃、奏で始めるコオロギとカエルの二重奏。
NO MUSIC, NO LIFE?
i-Podなんか必要ないやん。
ここには自然の織りなす幾千の音楽がある。
Cambodia
カンボジア北部はどこに行っても、キリングフィールドや刑務所といったポルポトの負の遺産がひどく目立つ。そして未だ多くの未処理の地雷が、一般の人々を苦しめ続けているのは、非常に悲しい現実だ。この地域では、轍のない道や草原はもちろん、時には幹線道路のすぐ脇にさえ、地雷が眠っていることもある。
クラチェを一時間ほど前に発ったバスは、ひたすら何も無い一本道を、南へと走っている。大きな岩や、ブッシュ等も殆ど無い、とてもフラットな草原と一本の幹線道路。そしてバスに乗っているのは多数の現地人と、腹痛に苦しめられ、ひどく脂汗をかいている唯一の外国人、つまり俺である。
朝から強烈に下痢だった。額からの発汗は尋常じゃない。ウーン、ウンコしたい…。でもウンコするからバス停めてって言うのもハズカシイし、こんな何もない草原じゃ、全部丸見えやがな…。(当時はまだ羞恥心があったのだ、一応。)
腹痛の波、来たる!
耐える…。
肛門が開きそうになる!
ギュッと閉める…。
再び波がやって来る!!
汗が滲む! 目がチカチカしてくる!
車が揺れる!
思わず肛門がユルむ!
アッ! ってなる!
半ば諦めそうになるが、痛みを噛み締める!
なんとか土俵際持ちこたえる!
つかの間の安心感が訪れる。
が、また新たな波が訪れる…。
今度は『TSUNAMI』だ!
俺はベストを尽した。最初の波から、1時間は我慢した。でも、もう限界だった…。
運転手に、注意深く肛門を閉じたまま、内股で歩み寄り、非常事態を告げる! するとバスはすんなり停まった。そう、何も無い草っぱで。
幸い、道路から三〇メートル程離れたトコロに隠れられそうな岩があった。ソコに向かい、恐る恐る轍のない草原を歩いて行く。すると背後から、バスの運転手が怒声が響いた!
『バカヤロー! 危ねぇぞ! 死にたくなかったら道路から絶対に離れんな! 』
やっぱりこの辺もヤバイのかぁ…。
男だったら誰だって、『太陽に吠えろ』の松田優作の様に、英雄的にカッコ良く、死んでいきたいと思うハズだ。それがウンコ漏れそうになって、地雷踏んで死んだなんてのはあまりに切なすぎるぜ、ベイベー。
仕方なく俺は、バスから程近い、乗客から丸見えのトコロでパンツを下げた。カンボジアの六月の陽差しが、そして乗客のアツい視線が、俺のケツに注がれた。
首都プノンペン。俺の抱いていたこの街の印象。
ポルポト、銃、そして売春。一〇ドルのあぶく銭を稼ぐために、その身を削る女性達。未成年の少女も多く、クソ売春ツアーみたいなのもたくさんあるらしー。日本人客も多いとか。本当に反吐の出る話だ。
しかし、女かぁ…。
精神分析的人格構造論において提唱されるところの、リビドーなる主要概念は、もう俺の中には無いのかも知れない。これまで旅中、何度か女の子とも部屋をシェアしてきたが、何の気も起こらない。
『女を買わない』と旅立つ前に誓いを立てたが、女を買うどころか、マスターベーションさえ全くやってない。俺の性欲など、もはや消えうせて、むしろインポテンツになっているのではないか? であれば、ミスターフロイトにファックと言おう!
と、そんな悩める俺の昨夜の出来事。ホイアンでメーソン遺跡のツアーに参加した際、ボートの隣に乗っていたスウェディシュのメルは、それはそれは美人で、彼女のブロンドは美しく風に靡いていた。彼女は常に知的な笑みを浮かべていた。間違いなく、この旅で出会った女性の中で、ダントツにセクシーだった。うん、エロス。
そんな彼女と偶然にも昨夜、街角で再会した。俺は頑張って彼女を飲みに誘い、とても良い雰囲気の時間を二人は過ごした。その後、成り行きで彼女の部屋に。
なんか物事って、上手く転がる時には、本当に簡単にいくもので、その後めでたくチョメチョメ(メイクラブって言うんですか?)ってな具合に。
それは本当に夢のようだった。
ってか、本当に夢だった。
朝起きたら、ムセーしてた(涙)
そのメールが届いてから、今日まで大して何もしてへん。
旅の間、暇な時間は売る程あるが、本を読むでもなく、音楽を聴くでもなく、誰かと話をするでもない。大半の時間、ただボォーッと考えていた。
地雷で片足を失ったと思われる物乞いが、町には溢れている。彼らにお金を渡すのが正しいのかどうか分からないが、俺は渡してしまう。別に偽善ぶってる訳でもなく、ただ俺にはそんな彼らを無視し続ける勇気が無いだけ。お金を渡さないと、いつまでも隣で待ち続ける彼らを直視する勇気が無いだけ。
ロケットランチャーで武装した山賊、国の至るところに埋まったままの地雷、街に蔓延る銃犯罪、そして種々の病気やら。色んなところで死に近い、死を身近に感じさせるものがある。トラックの荷台の屋根に溢れんばかりに荷物を積み込み、更にその荷物の上に、これまた溢れんばかりに乗り込む何人もの人々。急ブレーキでも駆けようものなら、簡単に振り落とされてしまうだろう。
なにかこの国を見ていると、命の扱いが日本人と比べて凄く軽いのではないかと思えてくる。同じ一人の人間の命なのに。
この国がめっちゃ貧しいから?
それでも足を引きずりながら、格好悪くても人に頭下げながら、街を這いずりまわって、もがきまくって、なんとか少ないお金を手にし、毎日を必死で生きてる。そんな『死』というモノを考えさせるこの町にいる時に、草野球のチームメートだった友達が自殺したという訃報のメールが届いた。
なんであんなにおもろくて、底抜けに明るくて元気で、アホみたいに声がデカくて、態度もデカくて、人の倍もメシ食うようなヤツが死んでしまうんだろう?
なんであんな豊かな国にいて、死んでしまうんだろう? ロケットランチャーぶちこまれても、最後まで生き残るようなヤツが、なんで?
信じられへん。あまりに急すぎて、涙も出えへん。なんか色んな事がよく分からん。訳わからん。リアリティが無い。混乱してくる。頭が痛む。
また一緒に野球やったり、バカやったり、騒ぎたかったなぁ。帰国する楽しみが一つ減った。
俺は生きる。
ただ本能のままにとか、流れに身を任せてとかじゃない。精一杯考えて、精一杯悩んで、精一杯もがいて、そして精一杯生きる。ブっ生きる。
せっかくオトンとオカンから頂いた一度きりの人生。次の試合なんか無いし、次の打席なんか無い。この一度きりのチャンスを、お前の分までとことん。
元々カンボジアは東南アジアの中では治安は良くない。夜になると入ってはイケナイ通りとかもある。更にここプノンペンは今、大統領選の前でピリピリムード。前回の選挙時には、市内で派手に銃撃戦があり、しかも敗れた候補は、翌日に自宅のワニ池で、ズタズタの死体姿で発見されたとか。
という訳で、ジモティ達も夜八時以降は出歩きたがらず、ほんの一部の通りを除いて、街は随分とひっそりしてる。
という訳で、夜は大人しく部屋に。で、奮発してテレビ付の部屋に宿泊中。うむ、しかしこの国のテレビ番組はなかなかユニークだ。
ミリオネアはカンボジアでも人気のようだ。こっち版みのもんたがシリアスな顔で回答者に迫っている。カラオケ番組ではみんな日本の演歌を現地語で熱唱している。北国の春あたりが人気のようだ。終日、一〇年以上前のFMWを放送してたりもしてる。若いぜ、猪木。三沢も馬場も現役だし。あと、映画の吹替えが、男も女も登場人物全員を、同じ奴が一人で吹き替えをやっている。(訳わからん!)
昼間は昼間で、カンボジアで唯一の都会っぷりにビビる。他が田舎過ぎるだけだろうか? 俺はこの街で、
八週間ぶりにスーパードライを飲み、
六週間ぶりに勝手に水が流れるトイレでおしっこをし、
五週間ぶりにエレベーターに乗り、
三週間ぶりに道路で信号を待ち、(ラオ、カンボ北部には信号など存在しない。)
そして三年ぶりにムセーしたんだな。
あっ~、三週間ぶりに温水シャワーを浴びたい!
さて、そんな物騒な街を後にし、お目当てのアンコール遺跡群の町へとやって来た。宿のスタッフの兄ちゃんはアホの一つ覚えの『マイ・ネーム・イズ・カトー・タカ!』を朝から晩まで、常時連呼してる。
夕暮れ時の丘に登ると、遺跡群の上空には多くの気球が浮いていた。夕陽を背に受けた俺は、アンコールワットを眼下に、東の空にむけて一発、Toastくれてやる。
酒の飲めないお前の、大好きだったコークで。
『チョルモイ!!(乾杯!)』
亡き、背番号00に捧ぐ。
※発音がムズイので、最初間違えてチョイモイって言ったら、それはエロい言葉らしく、現地人にめっちゃ笑われた。
フィリピンやラオス、ベトナム南部やカンボジアで広く庶民に食べられているソウルフードがある。その名はホビロン。これは俺が今まで出会った食べ物の中でも、本当に『珍しくて美味いグランプリ』があれば間違いなく栄冠に輝くような代物である。
ホビロンはその辺りの屋台で、簡単に見つかる。見た目は、普通の卵であるが、実はこれはアヒルの有精卵なのだ。ランキングがA~Fぐらいまであり、下のランクだと、中身は全く普通の卵っぽいのだが、Aに近づくと、それは原型を留めたヒヨコちゃんが潜んでいる。もちろんこっちの方が断然美味い。
当たり前だが、一番最初はかなり躊躇った。なんせグロイ。えげつなくグロイ。 だから、ホビロンは暗がりで少しでも見えにくい、夜に食べることをオススメしたい。
さて、注文の品は、卵を立てる台座に乗ってやってくる。卵にも上下があるので、ちゃんとした向きに乗せられている。同じ皿にはティースプーンが添えられており、これでまずは卵の上部を叩き、一円玉の大きさぐらい、殻をぺりっと剥ぎ取る。すると中身が見えるが、卵が上を向いているのでAクラスの卵だと『こんばんわ!』ってな感じで、必ずヒヨコちゃんと目が合う。
この顔がとんでもなく、グロイので食欲がなくなりそうになる。卵の中には、汁(羊水?)がたっぷり入っているので、ライムをキュっと絞って、塩を半つまみ入れる。そして汁を溢さないように卵を手で持って、日本酒のようにグイっと飲んでる。これが、超濃厚チキンスープで、めちゃくちゃ美味い! 鳥のダシが出まくりなのだ!(そりゃそうか。)
汁を飲み終えたら、残りの殻をめくっていく。この殻の内側には、毛細血管がびっちりと張り付いていて、これまたとんでもなくグロイ。そして、いよいよ中身のヒヨコちゃんをいよいよ頂く。もちろんあまり直視しない方が良い。
で、これが信じられないくらい柔らかいのだ。牛でも羊でも、若い子供の肉の方が、柔らかくて美味いが、これぞまさに『究極の若鶏』の肉。(クチバシは多少、ひっかかったような気がする。)
味も染みてるし、トロける美味さ。しかも二〇円くらい。むろん毎晩、頂いてます!
シェムリアップから船でバッタンボンを目指す。朝五時起床。
大型船での優雅な三時間の船旅、久しぶりにツーリスティック! のハズが、水位の都合で、めっちゃしょぼいボートに…。船には西洋人が一〇人くらいと溢れんばかりの現地人がいた。そして例によって、鶏やら魚やらほにゃらら。奮発して十八ドルも払ったのに、またも超ローカルである…。 大体にして人数やら荷物やら乗せ過ぎなのだ。お陰で余分なスペースなどは全くない。トホホである...。
湖畔の水上生活者の集落を、船はゆっくり進み始める。出発して五分、大き目の船とスレ違う。と、次の瞬間、打ち寄せる大波。俺を含め、船が通った側にいた人々全員、全身ズブ濡れ(涙)
この水上集落では、学校から教会からガソリンスタンドから、とにかく何でもかんでも水に浮いている。スゲェ~! ってことは、メコンと同じく、もちろんこの辺りでは、生活排水やら、オシッコやらウンコやらは、湖に垂れ流し。
ズブ濡れの俺達、、、。うーん、気にしない気にしない。うん。
うん。
うーん。
ウーン、コ。(涙)
湖まで出ると、ボートは快調にブッ飛ばし、そして支流のサンケイ川を逆上ぼる。出発から3時間後、船はサービスエリアみたいなところ(もちろん浮いてる)でしばし休憩をとる。この時点で、既に到着予定時刻。
『予定より遅れてるのかなぁ~』とツーリスト達がザワツキ始める。
『俺は一〇時着って聞いたぞ』
『イヤ、まだ雨季の始めだから六時間かかるって聞いた』
『色々言ってたら、彼らは五時間にバーゲンしてくれたぞ(笑)』
なんか怪情報が入り混じる。
ここからの船旅が、特にスペシャルだった。川幅は急に狭くなり、しかも二〇メートル毎に右に左に大きく湾曲してる。小さい割りに全く小回りの利かない船。おっさんが船先で必死でオールで漕いだり、岸を突いたりしている。
ボートは曲がろうとする度、三〇度近く傾いてしまう。しかも草や木々の枝の中を突き進むには、頭を下げて色々かわさないといけない。まるでジャングルツアーのノリだ。スゲェ〜おもしれ〜!
ってのも一時間ぐらいで、これが四時間も続くのは、さすがにヘビーだった。昼飯ヌキの西洋人達の顔からはすっかり笑顔も消え、もう誰も『何時に着くの?』なんて愚問は口にしなくなっていた。
その後、川幅が少し広くなり、船はやはり何にもない田舎の風景の中を、ただただ突き進んだ。そうしてバッタンバンに到着したのは、予定を完全に無視した十六時過ぎ。実に九時間近くの忍耐の船旅であった。
バッタンバンからポイペット行きのバスはどうやら無いらしく、仕方無く、乗り合いタクシーで行くことに。
朝七時、宿のロビーで迎えを待つ。三~四人の西洋人達も同じく待っていたが、皆さんもれなくプノンペン行きのバスに…。ということで、一人寂しくタクシーを待つ。
待つ。
待つ。
え…っと、そのまま二時間半経過…(涙)
ようやくやってきたのは、二〇年モノのトヨタカローラ。この辺を走っているセダンの8割はカローラだ。日本のお下がりらしく、右ハンドル。なんかカビ臭ぇけど。それでもカンボジアでは綺麗な方だろうか。(あと不思議な甘い気持ち悪い臭いもした)
後部座席の中央に俺、両脇にオバちゃん、助手席に兄ちゃん、そしてドライバーのおっさんの五人を乗せたカローラは、順調に(2時間半遅れで)走り出した
・
・
・
かに、思えた。が、一〇分も経たない内に、再び停車。皆、カンボジア語で話してるので、訳が分からないままに、更に乗客が二名追加され、セダンに七名。スシ詰めの車内。しかも隣のおばちゃんが、物売りから何やら柑橘系のフルーツを大量購入。車内の臭いはますます、表現しにくい状態に・・・。
ドライバーのおっさんは再びカローラのアクセルを踏み込む。もちろん加速はスーパースローである…。しかしそれでも、気合で時速百二〇キロまでもっていく。(やり過ぎ。)
一時間のワンダフルなドライブの後、シソポンでちょいと休憩。ここで二人、降りたので再び五人に。いよいよ快適なドライブの始まりだ。
っと思いきや、シソポンを発ってから十五分もすると、道は舗装されていないダートの悪路となり、車は激しく上下左右に揺れはじめた。何度も天井に頭をぶつけそうになる。なんというオフロード…。そこかしこで車がスタックしている。(そりゃそうだ)
スゲェ〜おもしれ〜!
ってのも最初の一〇分ぐらいで、これが二時間近くも続くのはさすがにヘビーだった。(完全に一昨日のデジャブ)
途中、あまりにヒドク揺れたので、思わず笑いながら、隣のおばちゃんに『なんじゃこりゃ』っみたいなカンジで微笑みかけると、
ねっ…寝てるっ!?
マグニチュード一〇超えの、この極度の揺れの中、どないやったら寝れるねん! 恐るべしオバちゃんパワー…。 まぁなんとか事故らず、無事にイミグレまで辿り着き、いつものように歩いて国境を超える。
はぁ、今日も疲れた…。
Thailand
やっぱ三等列車で六時間の移動はキツいなぁ~(汗)
っという訳で、国境の街、アランヤプラテートから、もちろんツーリストなんて誰もいない列車で、目指すは、
クルンテープマハーナコーンアモーンラッタナコーシンマヒンタラーユッタヤーマハーディロッカポップノッパラットラーチャターニーブリーロムウドムラーチャニウェートマハーサターンアモーラピマーンアワターンサティットサッカタティヤウィッサヌカムプラシット(略してバンコク)である。
ともあれ、俺は列車の旅は旅情があって、とても好きである。ふと、世界の車窓からのメロディが頭をよぎる。ただぼんやり通り過ぎていく田園風景を眺めているだけでも決して飽きない。
フォァラポーン駅からはタクシーでとりあえずカオサンを目指す。キーウィのカップルを改札口で捕まえ、シェアさせてもらう。まぁその流れで、一緒ディナーに出かけた。うぉ~、こいつら超お酒強ぇんデスケド・・・。
さて、カオサンで酒飲んだ後に、よく食べるのが、ココナッツマンゴー丼。ご飯にマンゴー乗っけてココナッツミルクをぶっかけるというなんともエキゾチックな食い物。略してコーマン丼!(笑) キーウィ達にも勧めてみると、さすがにジーザスなリアクションだったが、一口食って、彼らもハマったようだ。
カオサンでの宿は一泊八〇バーツと、この辺りにしてはなかなか安いのだが、昨夜は5人ドミの部屋には、俺と丸坊主のいかついポーランド人のねーちゃんしかいなかった。本を読みながら、ぼちぼち眠りにつこうかという頃、それまで寡黙だったねーちゃんが、突如大声で奇声?を発し、イケナイFワードを連呼し始めた。まるで、何かが取り憑いたかのように…。まっ、まさかこの部屋には出るとか...?
『出たのよ! アレが!』
え!? やっぱこの部屋は出るの? 俺が最も怖がってるアレが・・・?
・・・ 南京虫との感動の再会(涙)
ガッデム…。香港での悪夢が蘇る。辺りを見渡すと夜行性のヤツラが、活発にベッドの上を歩きまわっている。そこからはもう、寝るどころの騒ぎではなくなった。とにかく部屋中のシーツやら、マットレスやら、二人で片っ端から徹底的にひっぺ返して、南京虫をひたすら抹殺&抹殺し続けた。二人は激しい憎悪に燃えていた。俺は二〇匹以上、彼女の方も軽く十五匹は超えている。(しかも安全ピンに毎回串刺しにして、数を競っていた)
一通り納得するまで、南京虫ハンティングを終えた頃には、時計は夜中の3時を大きく回っていた。この時間になって、ようやく徐々に静まりゆく街の喧騒を聞きながら、俺はそのまま朝日が外の景色を明るく染めるまで、眠れずに起きていた。
南京虫を恐れながら迎えた七月の訪れだった。
初めてのバンコクは、親友のうみざる君と一緒だった。現地のタイ人は、会う人皆が口を揃えて、うみざるに『ほんとに、タイ人みたい』と言っていた。さすが地黒、カフェオレの肌を持つ男! 宿のねーちゃん方もそんな話をしていて、『芸能人の誰々に似てる』だの、『ミュージシャンのナントカみたい』とか。とにかくタイ人の誰かに似てるらしいのだが、もちろんそんなジモティな話題、俺達にわかる余地もない。で、さらにねーちゃんが
『タケシよ~。ほらタケシに似てるわよ。』と。
タケシ!? 世界に通じるタケシといえば・・・
『ファッキン・ジャップぐらい、分かれよ!バカヤローっ!!!』
ズキュ→ン!(銃声。決して恋の予感ではない)でおなじみ、北野武か? OK、今日から俺は『殿~っ』と呼ばせて頂きます!
ん? カネシロ? ん~ん、まぁ外国人からすれば、なんとなく似てなくもないか...。さすがアジアのスーパースター。タイでも金城武は有名らしい。
さてさて、街を散策しに出かけた二人。そんな外国人を見つけてはすぐさま寄ってくるポン引き。昼間なのに、
『オニィサン! タクシー? トゥクトゥク? セックス?』
どんな三択やねん!
他にも、『ソープランド?』
いらんっちゅーねん! だいたい、まだ十八時前やぞ! こんな明るいうちから、おね~ちゃんと泡まみれになれるかっちゅーねん!(いや、まぁ、もちろんなれるんですけど。)
スリウォン通り沿いを歩き、タニア通りを突き抜ける。繁華街らしいが、この時間はまだまだ静かである。日本語の看板も数多く見られる。ビジネスマンの接待御用達というところだろう。
さて、晩飯を終えた頃に東南アジアらしく、突然のスコールに捕まった。井上陽水みたく傘を切望するが、二人とも持っていない為に、仕方なくタニア通りに面したカフェで、マンゴージュースを飲みながら雨宿り。
その窓際の席で見る異様な光景。昼間とはまるで別世界だ。タニア通りに、凄まじい数の色っぽいおね〜ちゃん達が、店の軒先にズラーッと椅子を並べて座っている。今、見えている範囲内でもその数、ざっと三〇人ってトコか。キャバクラ形式でおね〜ちゃんを指名し、店で飲むというシステム。その後、店外デートという運びらしい。遠目であるが、かなりの可愛い子ちゃんもチラホラ見受けられる。バンコクには数多の魅力的な夜のプレイスポットがあるのだ。
そしてその魅力にすっかり毒された数多くの旅人が、この街から抜け出せず、今宵もその身を沈めてゆく。
うみざるは、ヘビースモーカーなので、いつでもどこでもタバコを吸っていた。隣にいると俺もついつい貰いタバコをしてしまう。二人でタイのタバコも試してみたが、かなりキツい。そういえば、タイもそうなのだが、日本以外の諸外国で売っているタバコには、よくパッケージにボロボロになった歯の写真や、ゲッソリ青ざめた顔の女性の顔がプリントされており、発病の危険性を啓発してものが多い。そんな写真を見ながら吸うタバコは、どこか微妙で、どこか複雑な味で、そしてなぜだか俺は『イージーライダー』のラストシーンに挿入されているベトナム戦争の画を思い出した。
夕方、街をうろついていると、何やら音楽が♪~♪ 直後、全員が硬直状態。うみざるによると、朝と夕方に音楽が掛かった時には手を止めて、その場でお祈りを捧げる、とのこと。ちょっと驚いた。何に驚いたかというと、この旅で初めて彼が役に立つ事を言った事に、だ。
さて、タイらしくこの日の晩飯は、汁ビーフンに。もちろんシンハーも。絶妙の味の塩スープにセンミー(細麺)が極上のハーモニーを奏でる。ナムプラー、唐辛子などの調味料で自分で好みの味付けをどんどん足していくのがタイ式の食べ方。一足先に食べ終わったうみざるが、『めちゃめちゃウマイなぁ、コレ日本で絶対流行るって。そう思わへん? なっ? なっ? これ、チャンスや!』
ビーフンすすりながら俺は『なんで今更タイ料理屋やねん、既にそこら中にあるがなっ!』と面倒臭いけど、一応丁寧にツッコンであげる。優しーいぜ、俺! その優しさは、ビーフンの塩スープの味が優しかったお陰だろうか?
食後、プロム・ポン駅周辺を歩いてみる。タイでは、巨乳のおねーちゃんの割合は日本と比べると、かなり低い。最近はダイエットが盛んで、基本的に痩せている女性が多いようだ。逆の発想でいうと、美脚が多く、足フェチの俺にとっては辛抱たまらない。が、どうやらこの界隈は巨乳が多いようだ、ということに気づいた。で、大半が『おねーちゃんではなく、おにーちゃん』だということにも気づいた。
ニューハーフが完全に認められている国、タイ王国。そういえば、昨夜のメシ屋の店員も、見た目は昔アントラーズにいた柳沢みたいだったが、リアクションは完全に山咲トオルちゃんだった。
ライトアップされたベンチャシリ公園を左手に見ながら、スクンビット通りを東へ進む。そこに現れたのは…。
ニューハーフキャバレー マンボ
入り口には受付のオバハンが三人いたのだが、英語はいっさい通じない。とにかく八時半からショーが始まることは分かった。八〇〇バーツと、この国では決して安い額ではなかったが、一流のショーを一度は見てみたい。中には大きなステージホールがあり、俺達の席は前から四列目であった。ワンドリンク付きなので、ビールで乾杯し、ショーの始まりを待つ。さてさて・・・
お〜〜〜〜〜〜〜っ! ♪~ ♪~ ♪~
華々しく幕を開けたステージに思わず見入る二人。はい、たまりません、オカマショー。本気でキレイ! ヤバイ過ぎです! スタイルも抜群だし、腰使いも最高にエロい。
いろんな趣旨のショーが次々と演じられ、時には観客席まで踊りながらやってきたりもする。舞台のセットもなかなか立派で、一曲毎にセットが変わってゆく。演出もちゃんとしてるし、ニューハーフでなく普通のエンターテイメントショーとしても十分見応えがありそうだ。そんな中、うみざると二人、どの子がタイプ?とか、ついつい話してしまう。(ってゆうか、みんな男なんですけど…♂) 時には、笑いを狙うようなステージもある。日本でいうなら、ジュゴンとか日出朗みたいなお笑いキャラ(懐かしいね〜)も登場し、ちょっとしたコントが繰り広げられる。
本当に素晴らしい、楽しい一時間半であった。ステージが終わり、出演者全員(二五人くらい?)が出入り口付近へ向かう。ステージ後に記念撮影が出来るというのは、建物内に表示されていた。で、ダンサーにはチップとして四〇バーツ渡すようだ。確か財布に二〇バーツが一〇枚くらいはあったはず。さて、どの子と写真撮ろうっかな~と、ウキウキな二人。
出口付近では、もうそこら中で人だかりが出来ており、フラッシュがパシャパシャ光っている。ダンサーと目が合うと、もの凄い手招きで、こっちおいでーとアピールされる。俺がお目当てのおねーちゃんは、どこかな~?と探していると、、、うみざるがまた調子に乗って手招きに応じ、事もあろうに、お笑いキャラ達の元へとダッシュしているではないか! おいっ、そんなの、アトでええがなぁ~っ!
仕方ない、まぁとりあえず記念にと、一緒に写真の輪の中に入る俺。はい、ちーず。パシャ☆と撮り終わった次の瞬間、
『チップ!チップ!』
と手を出してきやがる。はいはい、四〇バーツね。と、おデブちゃんにチップを渡すと、その相方までもが、
『ワタシモ!! チップ!チップ!』
なぬっ!? 一人ずつ四〇バーツかよ!? っていうか、チップをよこせと俺に迫るその形相、もう完全に男である!
『ワタシモ!!ワタシモ!!』
誰やねん、お前? どうやら、こっそり写真に入ってきたらしい。おいおい、チップ無くなってまうがなぁ~っ!
『ワタシモ!!チョーダイ!! チップ!!』
今度こそ誰やねん、お前? どうやら、うみざるがシャッターを押すのを頼んだ奴らしい。おいおい、チップ無くなっちゃったよ~(涙)
一人のデブと三人の男どもに、がっつりチップを持っていかれた二人。ありがとうの一言も言われず、まるで飲み屋でボッタクられた様な気分。もちろんうみざるも同じ額、もっていかれたので、これまたかなり浮かない顔をしていた。。。がっくり・・・。
少し離れたところで、しばらく呆然と立ち尽くす二人。十五分程すると、もう大半の客が写真を撮り終え、帰ってゆく。が、一番キレイなダンサーの前ではまだ順番待ちの列が。アレだけキレイだと、そりゃ人気あるのも無理ないね。一緒に写真を撮ってもらっている客達は皆、笑顔だ。それに比べ俺達ときたら、まるでハイエナにチップと元気を全て吸い取られた負け犬。産まれてたての子犬よりも、か弱い存在、そんなバカ二人なのだ・・・。
んんん?
アレっ!?
ふと、ポケットに手を入れると、なんとそこには二〇バーツが
・・・ちょうど4枚あった!

『ラッキー、池だ!』
(※珍遊記第一巻参照)
中でドリンクを注文した際のお釣を面倒なので、ポケットに入れていたのを忘れていた。そして二人はめでたく、お目当てのダンサーとの写真を撮り終え、笑顔でマンボを後にした。
たっぷりアルコールも入って、上機嫌の俺達はスクンビット通りを東へ歩いていた。ランドマークホテル前を通り抜け、ソイ4へ入る。少し歩くと、道に面した大きなダイニングバーがあり、画面にはプレミアリーグの模様が映っている。そして大音量で響き渡る“Beloved"。 その左手奥にはネオンが眩くキラめくバンコク有数のナイトスポット、ナナプラザが現れる。
付近の通りや、中庭に数多くあるバーには、売春婦がそこら中、うろついている。そして中庭を囲むような形で建てられたビル内にも怪しい、いや楽そうなお店がぎっしりだ。あー、もぅ、何が何やらわからん!。どこもめっちゃ楽しそうっ! そして、とーってもウサンくさい。ウヒョひょ!
とりあえず、ブラ~ッと店内の様子を探りながら、辺りを歩いてみる。すると、『飲むだけタダよ〜』と声を掛けられる。ヤツらが知っている数少ない日本語なのか!?
俺は路地を奥へと進んでいった。とりあえずバーでゆっくりとビールを飲みたいよなぁ、うみざるよ? さて、どこのバーで一杯やろうか? と、ふと隣を見ると、うみざるが既におねーちゃんと腕を組んで歩いているではないか!
『んっ、この子? あ~、なんかいきなり抱きついてきちゃったんだよぉ(満面の笑顔)』
なんじゃぁ~そりゃ! ってゆーか、ナンだチミは?
ひとまず三人は、中庭の中央付近にあるカウンターに腰をかけた。小太りのバーテンのねーちゃんが注文を聞いてくるので、生ビールを頼んだ。気が付くと、俺の左隣にも知らない女の子が腰掛けていた。バーテンが『女の子のドリンクは?』と聞いてきたが『ノー』と俺は冷静に、冷たく断った。うむ、クールだ!
いや、違う。全く俺のタイプではなかったからだ、というのが本音である。ってゆーか料金システムとか全くわからんから、ここでオゴるのも危険だ。一人に奢ったつもりが、実は周りの女の子全員に奢らされた、なんてものよくありそうな話である。
うみざるは仲良さげに、さっきの女の子と話している。この辺りの連中にはかなり英語は通じる。しかし俺は、隣の女の子とはほとんど話さず、ビールを啜っていると、バーテンが4 ROWS GAME(四目並べ)を出してきた。猜疑心の強い俺は、賭けるお金がないと断ったが、どうやらただのお遊びで、金を取ろうとかそういうのではないらしい。
五回程勝負をしたが悲しいかな、俺は結局、一度もバーテンに勝つことは出来なかった。だが、コツがあるのは間違いない。俺は小学校の頃、五目並べ最強と自負していた。だからこの手のゲームはシラフだったら、絶対負けない!と負け惜しみを言おうとしたが、五目並べを英語で説明するのが面倒なので、途中で諦めて、そしてバーテンにビールを一杯奢ってやった。
あまり勝てないので、うみざると勝負をする事に。じっくり考えてみるが、やはり頭が回らない。ただコインを落とすだけでは、運まかせなので勝ったとは言えない。いろいろ頭を悩ませていると、いつの間にやら後ろから神の声が聞こえ、俺を勝利へと導いてくれた。俺が後ろを振り返ると、その声の主は優しく俺に微笑みかけた。
そしてバーテンは言った。
『この辺りで、彼女にこのゲームで勝てる奴はいない』と。
二五才のタァンと名乗る彼女は、年齢よりも少し若く見え、色白の頬がアルコールの為か、仄かに赤く染まっていた。バーテンに勧められたジャックポットで遊びながら、彼女とは好きな音楽だとか趣味だとか、色々話した。しばらくすると、彼女が『今日は飲みに来ただけ?』と聞いてきた。俺は、今夜は楽しく飲めればそれでいいんだ、と答えた。彼女はこれといって残念がる様子もなく、ただジャックポットのサイコロの目をぼんやりと眺めていた。
うみざるはというと、真剣な目つきで、高々とカウンターに積まれたジェンガを眺めていた。一方、俺はカウンター越しに座っている水着姿のゴーゴーバーのお姉ちゃん達を眺めていた。
キリのよいところで、チェックをお願いしたが、ビール一杯あたり八〇バーツで、それ以外は何の請求もされなかった。女さえ買わなければ、ごく普通のバーなのである。『飲むだけタダよ~』はどうやら偽りではないらしい。
お釣りでもらった二〇バーツ札を、それぞれ彼女とバーテンに渡し、この夜は幕を閉じた。
翌日、昼食にタイスキを食べに。食い方がよく分からんが、とりあえず運ばれて来たものを、どんどん鍋に放り込んでいく。が、一つ難点が! 生卵である。やはり日本のスキヤキみたく、タレとして?と、周りを見渡しても生卵を注文している客もいなそう。
じっと二人で生卵をじっと睨みつけること五分、ホール係のお兄ちゃんがお箸でかき混ぜて、鍋に入れてくれた。コープンカップ! で、そのお味はというと・・・
めちゃ
めちゃめちゃ
めちゃめちゃめちゃウマイ!
外に出て、戦勝記念塔まで歩いていったところで雨が降り出した。そのままBTSでサイアム駅へ向かい、駅近くでスーパーにて果物の王様をお買い上げ。バンコク市内では、かなりタクシーは便利で、二人であれば地下鉄に乗るのと殆ど値段は変わらない。パタヤイ通りを南へ突っ走るカムリ、宿までは十五分程で到着した。
冷蔵庫で二時間ほど冷やしてから勢い良くナイフを入れる。刹那、
めちゃ
めちゃめちゃ
めちゃめちゃめちゃクサイ!
刺激臭が目に沁みる(涙)が、何とか頑張ってカブリつく。王様と呼ばれるドリアンそのお味はというと、、、
うみざる『おえっ、昼間のタイスキ、リバースしそう・・・。』
俺 『うっ、もし臭くなくてもパイナップルの方がええわ。』
とまぁロクなもんではなかった。残ったら残ったでで、また匂いが凄いので、なんとか2人で半泣きになりながら、一気に完食した。はぁ、、本当にヒドイ目に遭った。
夕刻。とても甘く、そしてとんでもなくクサいドリアンの余韻を、まだ口の中に残しながら、再びバンコクの喧騒の中へと身を投じる。今夜の目玉はなんといっても立ち技最強、ムエタイである。ルンピニー駅で降り、人の波に乗り、しばらく歩いてゆく。皆、競馬新聞みたくタイ語で書かれたムエタイの新聞記事を手にしている。空は次第に夜へと更けていく。今宵もアツイ夜になりそうだ。
ルンピニースタジアムに到着すると、チケット売り場は大勢の客でごったがえしていた。一番安い席を買える窓口を探してみるが、全てタイ語で書かれており、解読不可。すると、しつこく色んなヤツに声を掛けまくっている制服姿のオバハンがやってきて、『自分はオフィシャルスタッフだ。どのチケットを買いたいの?』と聞いてきた。こーゆーヤツがいて、やたら高く吹っ掛けてきてマージンを稼いでるのだろう。オバハンは『三階席は千バーツだよ』と言った。千バーツとは! なんやねん、その高さは!
俺達は窓口で買うと告げると、呆れ顔でオバハンは、『普通に買っても同じ値段だよ』と言い残し、去っていった。
『FOR FOREIGNERS』と一カ所だけ、英語で表記された窓口があった。西洋人の観光客がその窓口に並んでいるのを見て、我々も列に加わった。が、、、なぬ?『3F 1000B』だと!? やはり高い! これは観光客向けの料金で、もちろんタイ語で書かれた窓口はもっと安いのだろう。でも、字が全く読めないし、タイ語が話せる訳でもないので、他に仕方ない。なんだかウマいシステムになっている。とにかく観光客から少しでも多く獲る!この辺りが日本的感覚とはまるで違う。ちゅーか、今思うと、うみざるなら現地人価格でチケット買えたかも…(悔)
納得いかないが、時間ももったいないので、しぶしぶ千バーツでチケットを購入し、中に入ると、もう既に前座の試合は始まっていた。その会場の熱気と歓喜、そして狂喜。我々のテンションもアゲアゲである。で、早速、ビールを。。。あっ!?
すげ〜ぇ重要な事を、寸でのトコロで思い出した! 確かドリアン食うたら、酒飲んだらアカンかった! 食い合わせが悪く、アルコールと混ざると急に発酵し、最悪死ぬ場合もあるってのを、どっかで読んだ覚えがあった。 ふう〜っ、危ねっ・・・すっかり忘れてた(冷や汗)。
さて、リング上でのファイターの一挙一動に、歓声と怒号がこだまするスタジアム内。なぜなら、そこには愛があるから
ではなく、お金が賭かっているからだ。
ムエタイは5Rマッチだが、最初の1、2Rはかなり様子見の攻撃しかしない。これは、観客に選手の様子を見せ、その間にお金を賭けさせるためのシステムらしい。が、賭け方はさっぱり理解不能。昔の証券取引所みたく、手を上げていろんなサインを送っているが、何がどうなっているのやら理解不能である。アレで賭けが成立しているのは、さすがに驚いた。
ムエタイといえばミドルキックと、やはり首相撲。首相撲からの膝攻撃の時が一番盛り上がる。皆、自分が賭けている選手が攻撃すると、『イン!』『イン!』と一体になって叫んでいる。これがスタジアムの喧騒をより高めている。
喧々諤々、殺伐とした観客席では二試合目くらいに早速ケンカが始まった。一応、スタジアム内にはちらほら警官がいて、警備をしているため、なんとか事なきを得たようであるが。我々がいる席の周りは比較的客もまばらで、落ち着いていた。周りは現地人と、西洋人の観光客が半々ぐらいの割合で、まぁ試合を観るのにはちょうど良かった。
興奮の中、試合は順調に進み、途中で演舞が入った。そして、本日のメインマッチである。一際長い試合前のお祈りタイムの間にも、観客のボルテージは上がってゆく。そんな中、始まった試合を、食い入るように観る俺。例によって、1Rはお互い、軽く様子を見ながら展開となった。そして、序盤2Rも様子を見る・・・
・・・予定のハズが、赤のトランクスの選手が一瞬にして、マットへと倒れこんだ! 少し斜に構えてしまったところに、青のトランクスの選手のハイキックが炸裂したのだ! 本日一番の見所に、めちゃんこ興奮して、金網を揺らす俺。
『うぉ~! うぉ~っ! すげー! 戦慄の左ハイやったな!』
と、右隣にいたうみざるに話しかけた。
が、『ほぇ、、、何? 見逃した…。』
で更に、左隣にいた西洋人の兄ちゃんが俺に向かって聞いた。
『What's happened?』
お前もかよっ!
ムエタイの興奮も冷めやらぬ俺達は、メリケン野郎に別れを告げ、ルンピニー公園の屋台街へと向かった。タイのナウなヤング達が、中央広場の大きなステージで歌&踊りを披露しているのを見ながら、今夜は照り焼きチキンにピラフ、そしてパッタイを頂く。
満腹の二人は、食後に公園内の大観覧車に乗ることにした。タイの観覧車は、日本のモノと大きさは変わらないが、少しだけ勝手が違う。ドアは結構適当というか厳重なロックはない。窓もガラスでなく吹く抜け。で、
めちゃくちゃ回転が速い! 少なくとも日本の二〇倍くらいのスピードで回るのでスリル満点! もう観覧車というより、ちょっとしたジェットコースター気分である。
我々を乗せたワゴンは全速力で回転し始め、ほんの二〇~三〇秒ほどで、もうてっぺん付近へ。で、、、まさかの急ブレーキ!
『ほぎゃっーーーーっっーーっ!?』
【物理的側面】 運動エネルギー保存の法則より、
全速力の観覧車 + 急ブレーキ
= この上なく激しい左右への揺れ
【精神的側面】 ユングの精神分析学より、
この上なく激しい左右への揺れ + 観覧車のてっぺん
+ タイ製の観覧車という安全性考慮
= 恐怖のどん底
あー、チビるかと思った…。 揺れが治まり、再び動き出した観覧車はあっという間に一番下に。はぁ~、助かった。。。
という、俺の期待をヨソに、乗り場をスルーしてゆく観覧車。あ〜っ、助けて~っ! いつもより余分に廻しております! で、恐怖の五周(涙)
翌朝、すっきりと目覚めた我々は、エカマイのバスターミナルへ向かった。バンコクの空はあいにくの曇り模様ではあったが、我々の心には一点の曇りもない。そしてバスに乗りこんだ。市内の混雑は相変わらずだが、程なくハイウェイに乗ると快適なもので、俺はただ移りゆく郊外の景色をぼぉっと、眺めていた。同じ色、形の家が集合してズラリと並んでいる。日本の団地みたいなモノなのか。本当に全く同じばかりが集合している様は、少し滑稽に思えた。うみざるはというと、やっぱり寝ているZzz…
バスは2時間程高速を走った後、更に三〇~四〇分下の道を経て、ようやく目的地のパタヤに到着した。バスターミナルからビーチまではソンテウで移動することに。バンコクでは見かけない乗り物だ。十二~十三人ぐらいの客が集まり、満員となったところでソンテウは走り出した。トゥクトゥクに比べると、まぁ随分とまともな乗り物とも言える。途中で降りた客の様子をじっと伺いながら、適正料金を探ってみる。どうやら1人二〇~三〇バーツぐらいらしい。
俺達も適当なところで天井のブザーを押し、降りてみることに。そして助手席に座っていた奥さんらしい人に五〇バーツを渡してみた。そのババァは特に『ありがとう』とも『足りない』とも言わず、どうやら一人二五バーツでOKな様だ。
ソンテウを降りた二人の目の前に広がるのは、THE BEACH !
そしてここにきて晴れ渡った空。そのあまりの開放感につい俺は、感極まって、
『I'm the king of the world!』(世界は俺のモノだ!)と叫んでいた。しかしそれはタイタニックの方だった、と気が付いたのは、それから暫くしてからのことだった。
青い空、白い雲、どこまでどこまで続く♪
僕の夢をのせて、雲を越えてゆくよ~♪
昼食を終え、レンタルチェアーに横になる。さざなみが俺の心を洗ってくれる様だ。何度もエビフライを抱えたババァがやってくる。スゲェ満面の笑みだが、今はエビな気分じゃないぜ。パタヤのナイトライフも相当充実しているらしい。よし、一泊していこう!と、言・い・た・い・ト・コ・ロ・だ・が…(珍遊記第四巻 参照)
夕方しぶしぶ帰りの途につく。相変わらずパタヤの街にメータータクシーは見当たらず、その辺に停めてあるソンテウのオヤジに声を掛けると、『三百バーツ』だとっ!
やれやれ、来たときは二〇~三〇バーツだぜ、勘弁しておくれよ! その後もそこいらの客待ちの連中に声を掛けるが、どいつもこいつも百バーツ以下にはなりそうもなかった。仕方ないので、歩いて帰ることに…。
五分後、早くも暑くて疲れる(汗&汗)
手当たり次第、その辺走ってるソンテウを捕まえ交渉。1人四〇バーツでなんとか、バスターミナルまで。そしてのんびりバスに揺られ、帰りの途につく・・・。ふと、東の空に目をやると。遠くに虹が見えた。一方、西の空はというと、夕暮れに赤く染まっている。昼間、あんなに青かった空。なんで青かったり赤かったり虹になったりすんだっけ? レイリー散乱? 色々と思い出しそうとしたら、急に眠たくなってきたZzz…
太陽が地平線にオチる寸前の、僅かな間だけの鮮やかな情景。隣には完全に寝オチているうみざる。そして、特にオチもない話。
バンコク市内のとあるメシ屋にて、シンハー飲みながら。中央のステージでは誰かが歌っている『Tears In Heaven』が聞こえてくる。美しい歌声だ、どうやら素人さんではないらしい。
うみざるの斜め後ろの席に目をやると、ちょっと長島敏行に似ている男と、ちょっとジョーダンズの三又ではない方に似た男が隣に並んで座っている。二人ともタイ人に思えた。『えっ、もしや!?』と思っていると、長島(男役)がジョーダンズ(女役)にキスしやがった! ブッチュ~ッとね♡
つくづく思うが、オカマ、ゲイがきちんと人権を確保して暮らせる国、タイ。文化の違いに、改めて関心と驚愕を覚える。そして・・・長島くん、頼むからそんなに俺を見つめないでおくれよ! ケツの穴がキュっと締まるじゃないか! 俺はこんなところで操を捨てるわけにはいかんのだよ!
ふと壁の時計を見ると、長針と短針がほぼ重なっていた。二〇時四五分。良い頃あいだ。程よく酔っ払い、テンションも上がってきたところで、またもや夜の街へと二人は足を踏み出す!
今宵はバンコク、いやアジア屈指の歓楽街、パッポン通りへ。昔、パッポンさんっていう中国人大富豪がいたらしい。所狭しと犇めき合う土産物の屋台、煌めく色とりどりのネオン、行き交う人々の喧騒が織り成すカオス。以前、夕方に訪れたことがあったが、夜になると全く違う様相を呈するストリート。そして、豹変した街に飲み込まれそうになる2人。
パッポン2通りに入り、歩くこと五分。大体十四~十五人のポン引きに声を掛けられた。土曜の同じような時間に、渋谷のセンター街を歩いているおね~ちゃんがナンパされてるかの様な。ポン引きのいる店、二階にある店などは、ボッタクリやトラブる可能性が非常に高い。このあたり傾向は、歌舞伎町でも同じと言えるが。
さて、困った。どこをどう見ても怪しい客引きのいる店ばかりだ。店の前には、おねーちゃんが何人か椅子に座り、とっても艶めかしい視線を送っていたりもする。しかし初めて訪れる俺達にとっては、どこもかしこもめちゃめちゃ怪し過ぎる。まぁでもナナも最初はそう感じたのだから無理もないが。
パッポン1通りをもう一度折り返してみる。ネオンに照らされた通りの、人ごみを掻き分け歩む。何度も何度も同じポン引きが、俺達を見つけては、しつこく声を掛けてくる。
『What are you looking for?』
あーっ、もぅ、ウザイ! 『Shut the fuck up!』
もう、どこでも同じじゃーい! うーん、えい、やあぁっ、ということで、通りの中ほどにあるゴーゴーバーに、とりあえずは入ってみた・・・。
一抹の不安を抱えたまま、パッポン1通りの中ほどにあるゴーゴーバーにとりあえず入ってみた二人。さてさて、今宵ロックな一夜になるのだろうか?
その店は、『GOLD FINGER』という『007』の映画をコンセプトにしていた。そういえば、その映画のロケはタイで行われたんだっけ。店内の作りは、真ん中にUの字の長細いカウンター。それを囲むような形でカウンター席と、壁際にも幾つかテーブル席がある。全部でまぁざっと四〇~五〇人くらいで全席が埋まるぐらいの広さだった。そしてカウンターの中央では、八人の女の子がビキニ姿で、ポールを掴みながら、ゴーゴーを踊っている。約二〇分毎の二交代制なので、もう一組の八人はその辺の席に座っていた。
『うむむ。パッポンのゴーゴーバーって、こういうカンジなのね☆』
我々は入り口近くのカウンター席に腰を掛けた。バーテンの兄ちゃんはタイ人だが、英語は充分通じた。見た目はインパルスの板倉によく似ているのだが、日本語は全く駄目らしい。(そりゃそうか)
とりあえず、板倉にシンハーを二本注文する。入り口に突っ立っていたねーちゃんは、一杯百バーツでノーチャージと言っていたが、果たしてどうだろう?
『まっ、、とにかく乾杯☆!』とビールを二口ほど飲み、マルボロに火をつける。壁に目をやると、デカデカと、『Rock'n Roll Will Never Die!』とのネオンの文字が煌々と輝いており、『Boulevard Of Broken Dreams』が店内に大音量で流れている。ビリージョー信者のうみざるはいうと、やっぱり曲に酔っている様子だった。で、やっぱロックは最高とか、ほざいてやがる。
一方、猜疑心の強い俺は、まだ警戒を緩めることなく、注意深く店内の様子を伺っていた。一見すると、ゴーゴーを踊っているおねーちゃん達さえいなければ、ごく普通の、いやむしろ結構良い感じのカウンターバーのように思える。
続いて『Smells like teen spirit』が始まる。ギターのリフ、カートのシャウト、それは激しく、そしてメロウに流れていく。
how low, how low, how low, how low?
With the lights out it's less dangerous
Here we are now, entertain us
I feel stupid and contagious
Here we are now, entertain us?
シンハーのボトルを半分くらい飲んだところで、なんだか、少し俺も酔ってきたような気がした。好きなお酒と好きな音楽に包まれ、とても心地が良かったのだ。
・
・
・
ふと気がつくと、俺達の隣には若いおねーちゃんが二人座っていた。しかも、うみざるの隣に座った女の子はホントにめちゃくちゃ可愛かったので、彼はロックの世界からあっさり現実に戻ってきた。既に鼻の下が完全にノびている。俺はそんなヤツをみて、心の中で呟いた…。
『レニー、やっぱあんたの言うとおりだ。』
この店の踊り子(ゴーゴーガール)である、二人のおねーちゃん達。うみざるの隣に座った子は、ハンパなく可愛い二十一歳であった! 俺は、『吹石一恵に似てる』と言い、うみざるは『昔の雛形あきこを少しスレンダーにしたカンジ』と比喩した。その二つの例えは共に、決して大袈裟でもなんでもなかった。俺の隣に座った子はというと、まぁ結構普通なカンジで、特に俺のタイプという訳でもなかったが、とても歯並びがよく、その歯は元メジャーリーガーの新庄に負けじと言わんばかりに白くキラリと光輝いていた☆
とにかく俺はこの店のシステム、料金体系とかどーなっているのかがやっぱり不安だったので、それを知りたかったが、タイ人である二人は英語もほとんど通じなかった。覚えたタイ語を全てフル活用してみるが、やっぱり会話は続かない。すると、おねーちゃんが、カウンターの反対側に座っていたおばちゃんを呼んできた。年の頃は五〇代頃のそのおばちゃんは、英語だけでなく日本語までちょこっと話すことが出来た。で、この店のシステムだが、踊っている女の子達は腰に番号札をつけており、気に入った子の番号を店のスタッフに言って、料金を払う。ショート(2時間)とロング(朝まで)のコースがあり、あとは近くの連れ込み宿に持って帰ってチョメチョメ。店のマージン(いわゆるペイバーと呼ばれるものだよ)を含め、ショートで二千五百バーツぐらい、ロングはそれに三~四割増だったと思う。それ以外は普通のバーと変わらない。てな具合で、変なチャージとかボッタクリとかは無いような事らしいが。
うみざるはカワイ子ちゃんとお話しながら、かなりご機嫌な様子だ。さすが、タイではイケメン君である。俺は、なんかゴーゴーを踊っている店内の風景にも慣れてきて、それが普通に思えてきた。うん、ごくごく普通だ。日常だ。
大音量のロックンロール。飲みかけのシンハーのボトル。水着姿でゴーゴーを踊るカワイ子ちゃん。そして、日本語を操る陽気なオバちゃん。
『オンナノコ、スゴイ、カワイイデショ? ホテル、イッテ、セックスセックスネ?』
と言いながら、バーテン板倉はテーブルにおかれたマルボロの箱の上に、バイアグラの箱を重ねた。が、、、
う~ん、、、何だろう?
少し前から、心の中に何か少しぼやけた違和感があるのを、俺は感じていた。だがそれが何なのか? 違和感が正しいものなのか? そんなことすら分からないような、とてもファジーな感覚だった。なので、美味しいアルコールと最高の音楽、異国の雰囲気の中、そんなのはきっと気のせいで、まぁ楽しく飲んでいれば良いのだ、と思い始めていた。そんな折、板倉が一枚のラミネートされた絵をチラっと見せてきた。
『おっ!! 何それ? ちょっと見せて!!』
お陰で、俺の中の違和感の輪郭が鮮明になった。
心の奥に何か少しぼやけた違和感を覚えていた俺。そんな折、バーテン(板倉似)が見せてきた一枚のラミネートされた絵。俺の中の違和感の輪郭がくっきりと鮮明になる。
『おっ!! 何それ? ちょっとそれ見せて!!』
そのラミネートには、色んなメニューのように文字が書かれており、横にはその内容を表す簡単なマンガも一緒に添えられてあった。
俺 『な、、何やの、これ?』
板倉『はっはっはっ~、オ●ンコ ピンポンショウ ねッ!』
ピ…ピ…ピンポンショ~ゥ??
まぁ大体、ラミネートを見て、ピンと来た! 昔、長崎に住んでいた時に、そーゆー新手の風俗が存在するというのを、タクシーのドライバーに聞いたことはある。が、結局長崎では行く機会は訪れなかった。俺は、太ももをポンと叩き、自分の心の中にあった違和感の正体を確信した。そうか、俺が本当に求めていたのは、こういう胡散臭いモノだったんだ! そして、おばちゃんに色々と詳しく聞いてみた。
おば『場所はこの店の真上でやっているのよ。』
俺 『いくらぐらい? 結構高いの?』
おば『一人二百バーツとドリンク代だよ。』
俺 『この子達が踊るの? すごいぢゃん!』
おば『違う、違う! この子達は別。』
俺 『えぇ、どういう事!? まさかおばちゃんが!?』
おば『はっはっはっ(笑)』
俺はてっきりゴーゴーを踊っているカワイ子ちゃん達がやるのかと勘違いして、最初なかなか話が噛み合わなかった。その店は入り口も別で、このゴーゴーバーとは直接関係ないらしい。どうやらそっちにも、また別のオンナの子達がいるようだ。
『さっさとオンナの子とホテルに帰ってセックスすればいいのに』と、板倉はぼやいていたが、とにかく俺のテンションは急激に上昇している。
『おばちゃん! 俺、どうしてもソレが見たいっ!』と告げると、おばちゃんは、やれやれという表情をし、そして『OK、ついてきなっ!』と気風良く立ち上がった。
俺達二人はとりあえず、ここまでの会計を済ませ、おばちゃんについて店を出た。そして、三軒ほど隣の店の横にその階段はあり、店の名前は 『Fire Cat』 と書いてあった。確か二階,三階にある店はヤバイ店が結構多いらしい。いわゆるゴーゴーバーとは違い、2nd floor barと呼ばれる店はロンプラの掲示板などでも、多数の被害が報告されてたりする。この店も階段の登り口にポン引きと思われる男が立っており、胡散臭い雰囲気はプンプンしている。おばちゃんがいなければ、絶対に入る勇気が湧きそうもないようなトコロである。
おばちゃんは顔見知りのようで、『元気かい?もうかってまっか?』みたいなカンジのフランクな挨拶を交わし、階段を登り始めた。どうやら、店の中までおばちゃんは御一緒してくれるらしい。黙っておばちゃんについていく。二階にあるその店の入り口はうす暗く、いかにもってカンジの様相を呈していた。ちょっぴり不安がこみ上げてくる。
入り口で二百バーツずつ支払う。おばちゃんはもちろん顔パスのようだ。中に入ると、店内は暗く、ミラーボールが真ん中に、そしてそれなりの照明が設置されており、トランスの音楽が流れている。レーザーも音楽に合わせて動いたり、点滅したりしている。DJみたいなのもいる。一見すると、それは普通のクラブのようでもあった。
だが、普通のクラブとの大きな違いはというと、カウンターの真ん中にあるステージで、素っ裸のおねーちゃん達が、とてもダルそうに踊っていることである。板倉の言葉の真意がここにきて分かった。ゴーゴーガールの女の子達と比べると、確かに全員、とってもブサイクであった。
しかも店にはまだ客はおらず、我々が最初の客であった。三人並んで、カウンターの席に座り、ビールを注文する。おばちゃんに一杯オゴるよ、と聞いてみたが、今は何も要らないとの返事。会計は一杯毎で、とりあえず百バーツ払う。
俺達がシンハーのボトルに口を、おばちゃんがタバコの先に火をつけたタイミングで、音楽と照明が変わった。
さて、ピンポンショーの、はじまり、はじまり~ ♡
ピンポンショーを見るために、店内のカウンターに腰をかけたうみざると俺、そしておばちゃん。It's a show time !
さて、最初に登場した子。ポールを掴みながら、ステップを踏んでいるが、何ともかんともヤル気の無い表情が見てとれる。そしてこちらを向いて、おもむろに自らの股間に手を突っ込んだ! で、穴の中に仕込んでいたのは、、、
万 国 旗 !
なるほど、バンコクだけにね…。
次々と引っ張りだされる旗、旗、旗。もう、二人ともアングリ、である。しばらくすると、その子が席のところやってきた。手にはカゴを持っており、『チップ、チップ!』と、訴えてきた。俺は面倒くさそうに、テーブルに置いていた二〇バーツをカゴの中へ投げ入れた。
続いての女の子も、同じようにアソコから何かを取り出している。よく見ると、それは金属の細い棒状のモノで、一見針のようにも見える。あっ痛っイタタッッ。 同じようにして、ショーを終えた子がカゴを持ってやって来た。仕方なく二〇バーツを一枚やると、『ノー、お兄さん達二人。だから四〇バーツ!』と言ってきた。やれやれ、ガメツい女だなぁとぼやきながらも、機嫌良く酔ってる俺は、更に二〇バーツをくれてやる。
今度は、二人の子がステージの上で横になり、タバコをアソコに当てがった。そして次の瞬間、あたかも普通に口でタバコを吸うかの如くアソコから煙を吹きだした!
シュッシュっ、ポッポ~ =3=3=3
またカゴに四〇バーツ入れてやる、すると『女の子二人。だから、八〇バーツ!』だと。マジかよ!? チップ、あとちょっとしかもたないよ…。そうこうしている内に、店内は他に三組ほどの客が入ってきた。 で、次のショーの際、店内の音楽が小さくなった。
ソーダーのビンをステージの真ん中に立てる。それを跨ぐように仁王立ちする女。腰を下ろし、ソーダーのビンをアソコに突っ込み、次の瞬間
『 ポ ン っ ! 』
というコーラのCM並みの、爽快な栓を抜く音が店内に響き渡る。ちゅうか、えっ…!? どないなってんねん!!
例によって、またカゴを持ってやってくる。俺は、おばちゃんに、『もうチップ無いよ~、全部持ってかれちゃった〜(涙)』と泣きついた。すると、おばちゃんは、『チップなんてあげなくてイイんだよ、バカだね!』と言い、ポケットから二〇バーツを六~七枚ほど取り出し、『もうチップせびりに来るんじゃないよ!あっちいきな!』と、その女にチップを投げつけた!
カッチョイイ~~!
俺とうみざるは、おばちゃんを尊敬の眼差しで見上げた。
その後は、おばちゃんが一括してくれたお陰で、女どもはもうチップをせびりに来なくなった。さて、安心して続きを見てやろうではないか。
女の子がステージに寝そべっている。そして、
『 ぴろろろろぉ~~~~んっ♪ 』
と、調子ハズレな音色が発せられた。どうやらアソコにラッパを仕込んでいたようで、これには思わずおばちゃんも苦笑していた。次なる女の子は、笛の先にロールがついてて、吹き終わるとクルクルっと戻って来るヤツを同じようにアソコに突っ込み、ピーヒャラピーヒャラやっている。もう面白過ぎて俺とうみざるは、ゲラゲラ笑いっぱなしである。
さて、女の子が一人降りてきて、俺に大きく膨らませたバルーンを渡してきた。そしてそれを頭の上に高く持ち上げる様に、一生懸命説明している。ステージ上では女の子が長いパイプをアソコに当てがい、その先端はこちらに向けられている。
その次の瞬間、
『 パ ン っ ! 』
と、俺の頭上にあったバルーンは弾けて消えた。
おぉっ! イシュージョン !?
いや、吹き矢だ! っちゅうか、何をどうやったら、アソコからそんな吹き矢とか飛ばせるわけ??? 人体の不思議展よりも不思議だ。
同じように他の席の客にも、バルーンが渡され、吹き矢が店内を飛び交っている。おばちゃんは、カウンターの中に入り、その矢を持ってきて見せてくれた。プラスチックの安全なヤツかと思っていたが、矢の先端はちょうど注射ぐらいの大きさの金属の針で出来たハードダーツで、明らかに『殺傷能力有り』という代物であった・・・。
ショーはまだまだ続いているが、ビールも飲み終わったので、そろそろ先ほどのゴーゴーバーに、引き返す事にした。もう少し見てもいいかな、という未練を少し残しつつも、なかなか楽しいひと時に、俺はこの上なく満足していた。
出口のところで、俺が最後に振り返った時には、ステージ上の女の子が、アソコから火を吹いていた…。
ピンポンショーを満喫し、ゴーゴーバーへと戻り、俺達はカウンター席に腰を掛けた。再びロックとシンハーに酔いしれよう!
板倉(バーテン)は嬉しそうに『ピンポンショーどうだった?』と聞いてきたので、俺は満面の笑顔で『That's Awesome!』と、感想を述べた。うみざるの隣には、例のゴーゴーガールの可愛い子ちゃんが再びやって来て、彼もまたすこぶる笑顔でシンハーを飲んでいた。
店はなかなか賑わってきて、席も八割方埋まっている。大音量で流れる『STUCK IN AMERICA』がますます俺のテンションを盛り上げている。
Everybody's talking 'bout
blowing up the neighborhood
Everybody's gonna watch it burn today
Everybody's talking bout
walking up the neighborhood
I'm still trying to escape~♪
ロッケンロールさいこ~っ! (内田裕也風で)
そんな折、板倉が俺とうみざるに新しいシンハーのボトルを差し出してきた。
板倉『どうぞ!』
俺 『えっ、何? まだおかわり注文してへんで。』
板倉『あちらのお客様からです。』
おおぉぉっっ!! これは『一度でいいから言われてみたい台詞』の代名詞ともいうべきフレーズ! こんなのテレビでしか聞いた事ね〜!
んっ!?
っちゅうか我々、言われる側でなくて、言う側なんですけど・・・。
板倉が『あちらの方からです』と指したのは、ちょうどカウンターの真向かい(真ん中のゴーゴーを踊るステージを挟む形なので、声は聞こえない距離)に座っているヒゲ面の西洋人の大男であった。
誰だチミは!? 変なオジサン!? しかし大柄なオッサンだ。座っているから、はっきりとはわからないが、相当ガタイは良さそう。
栓の抜かれた二本のシンハー。とりあえず、その大男に向かってボトルを掲げ、ありがとうの意思を伝える。大男もそれに合わせボトルを掲げ、そしてニコリと微笑んだ。
俺はシンハーを飲みながらうみざるに、『えっと、コレって、ん〜、もしや、そ〜ゆ〜事け?』と疑問を投げかけた。なかなか油断して酔っ払うことを、この国は許してくれないらしい。またもや、俺の肛門がキュッと締まった。
カウンターの向かい側の席に座っている大柄の西洋人の男。彼は果たしてどういう目的で俺達にビールを奢ってきたのだろうか? 俺とうみざるは、とりあえずシンハーを飲んでいる、内に強い猜疑心を抱えたまま。
オッサン一体何者? ガブリエル? ヒライケンジ? マッキー? 俺の操は絶対破られてたまるものか!どんな時も! どんな時も!
どうやらオッサンはこのバーの常連客らしく、隣近所に座る奴らと仲良さげに談笑している。俺達の隣には、また踊り終えたゴーゴーガール達がやってきたので、彼女達と話をしながらビールを飲んでゆく。やっぱり酒が結構入っていたので&ゴーゴーガールとトークに盛り上がり、いつしかそんな大男の事なんてのは、すっかり忘れてしまっていた。
・
・
・
で、ふと横を見た時には、既にその大男は、直ぐ隣に立っているではないか!
ゲッ、マジかよ!? ジーザスっ!
で、大男は開口一番、
『ダイジョウブ! ワタシ ゲイ ジャナイヨ!』
と日本語で告げた。その瞬間、うみざると顔を見合わせて大爆笑! なんだ、ただの良い人ぢゃん! 疑ってごめりんこ。 ということで、俺達はとりあえず、ビールのお礼と簡単にお互いの自己紹介をした。
『ディーン ダヨ。ジェームスディーン ノ ディーン ネッ!』
ヤツはカナダ出身の四〇才ぐらいの優しそうなオッサンで、新潟に七年も住んでいたらしいので、とても日本語が堪能だ。当時、日本人と結婚していたらしいが、『バツイチダヨ』と陽気に答えた。タイには二年ほど住んでおり、職業は作家(専門はビジネスコラムとか)とのこと。なるほど、だから平日のこんな時間にでも飲みに来れるって訳ね。
この店では日本人はめったに見かけないらしく(確かに俺達の他には見かけなかった)、たまたま見かけた俺達に親切にビールを奢ってくれたとの事。ここのバーには週に二回ぐらいは来ているらしく、店のオーナーであるアメリカ人のオッサンも紹介してくれた。(じゃぁアノおばちゃんはオーナーではない? 働いている様子もないし、一体何者?)
また、ディーンはこの店のシステムは知っているか? と気を使って、一通り親切に説明してくれた。 まぁ、先刻おばちゃんから聞いたのと同じシステムであったが。
俺『じゃぁ、ディーンもいつもここで、女の子にお世話になってるの?』
デ『ウ~ン、イヤ、イツモ デハ ナイヨ。』
俺『じゃァ、オーフンってとこかい?』
デ『ウ~ン、イヤ、チョット ネ』
俺『サムタイムズ?』
デ『ウ~ン、マァ、ソンナトコ!!!』
三人で顔を見合わせ、再び爆笑! なんだ、男が助平なのは、ワールドワイドだな!
その後、一時間ほど飲んだ頃、ゴーゴーガールのお姉ちゃん達は踊りを終え、店から一応の給料を頂いていた。楽しい時間は流れ、夜中の二時だか三時だか。そろそろ、ということで俺とうみざるは、ゴーゴーガール達、おばちゃん、板倉にチップを渡し、ディーンにお礼を言い、名残惜しいまま、店を後にした。
実に色々な出来事があった夜だった。そう、最高の思い出と共に。
ダイビングのライセンスを取りにタオ島へと行った訳だが、予定外にハマってしまい、ダイビング三昧の日々を過ごしていた。パンガン島のパーティには目も暮れず、昼夜を問わず、海の中へ。非常に透明度の高いこの時期のタオ島。青く澄んだ海の中、中性浮力という名の武空術を覚え、その果てに見た景色は、別世界であり、全てがパーフェクトであった。
バンコクへ一旦戻ったのだが、次のフライトまで少し日数があるので、カオサンで知り合ったウィットの故郷、カンチャナブリへと行ってみる事にした。凄く自然が豊かで、人も良くって、とにかく最高とだけ説明されて、どんな素敵な場所が待ってるのやら、と意気揚々でローカル電車に乗り込む。ただ冷房なんてもちろん無い車内は、停車すると恐ろしい程暑い事を、全く説明してくれはいなかったのだが。
一人、何もないカンチャナブリ駅に着くと、この辺りではサムロー(客のシートを自転車で引っ張るヤツ。シクロみたいなの)というのが、現地の人々の一番便利な足となっており、じいちゃん(七〇歳ぐらい)が声をかけて来たので、安宿の集まるエリアまでお願いしてみる。じいちゃんは生活のため、必死にチャリを立ち漕ぎしているのだが、さすがに良い歳したじいちゃんのチャリはなかなか進まない。で、すげぇ遅い上に、すげぇ顔してる。
途中から、なんだか可愛そうに思えてきた俺は、結局じぃちゃんを客席に乗せ、宿まで俺がチャリをぶっ漕いだ(笑)。なぜ金を払ってまで現地のじじいを送っていかねばならんのだ?
その疑問はさておき、この爽快なライディングのお陰で、この町に滞在中は、『あのチャリの日本人』ということで、色々な現地人に声を掛けて頂く(笑われる)ことになったのだが…。
Appendix
Apr. 2008
1st @ Yokohama, Japan
7th @ Nagoya, Japan
10th @ Osaka, Japan
13th @ Himeji, Japan
18th @ Osaka, Japan
19th @ Seoul, Korea
26th @ HongKong, China
29th @ Macau, China
May. 2008
1st @ HongKong, China
4th @ Guangzhou, China
6th @ Nanning, China
9th @ Guilin, China
12th @ Yangshuo, China
14th @ Guilin, China
15th @ Nanning, China
17th @ Ha Noi, Vietnam
21st @ Da Nang, Vietnam
21st @ Hoi An, Vietnam
25th @ Hue, Vietnam
29th @ Savannakhet, Laos
31st @ Pakse, Laos
Jun. 2008
2nd @ Don Det, Laos
11th @ Stung Treng, Cambodia
12th @ Kratie, Cambodia
14th @ Phnom Penh, Cambodia
20th @ Shiem Reap, Cambodia
25th @ Battambang, Cambodia
27th @ Aranya Prathet, Thailand
28th @ Bangkok, Thailand
Jul. 2008
3rd @ Koh Tao, Thailand
12th @ Bangkok, Thailand
14th @ Kanchanaburi, Thailand
15th @ Bangkok, Thailand
2013年11月10日 発行 初版
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