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糸の導きを信じて

垣根 新

垣根 新 出版



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 第一章
 食卓に多くの料理を並べられているが、誰も食べようと手を伸ばす者は居なかった。それなら、装い分けるのを待っているのだろう。そう思うだろうが、違っていた。その理由は、誰もが直ぐに分かるだろう。室内は料理が見えないほど暗いからだ。だが、機械仕掛けの光が無いと言う訳でも故障でも無い。その事は表情で感じられた。怒りを感じる視線を食卓の中央にある燭台を見つめ続け、灯そうともしない。皆は怒りを感じている事だろう。目が慣れるのを通り越して、料理が冷たくなる程の時間が過ぎているからだ。
カチリと鍵を開ける音が響いた。怒りの表情のままだが、微かな笑みが感じられた。恐らく待ち人に違いない。ギギイ、と扉の開ける音と同時に一本の蝋燭の灯りが見える。
三人は座ったまま、一本の蝋燭を目線で追い続け、燭台に挿してある全ての蝋燭が灯ると、三人は同時に怒りの声を上げた。
[お父さん遅い、何をしていたのよ」
「もう、料理を作ったのに冷めましたわ」
[やっと話せるぅ、死ぬかと思ったぁー」
 この地の住人の習慣で、誕生日の最初の灯りを灯すのは異性の役目、大抵は父と決まっていた。夢を持たせる遊びなのだが、心底から住人は信じている。それは、歳を取る最初の夜の蝋燭の灯りに未来の事や結ばれる異性が現れると思われていたのだ。そして、蝋燭を灯した者は、幻影が本当に成るまでの未来を守り、導かなければならない。そして、歳を取る者は料理を並べた後、歳の数の蝋燭が灯るまで声を上げてはならない。知人や家族は声を上げても良いのだが、蝋燭の囁きを聞き逃しては困るだろう。それで、共に沈黙するのが普通だった。
「最高の贈り物を用意するのに時間が掛かったぞ。待たして済まなかったが、私の贈り物は蝋燭の灯りに映っていたかも知れないぞ」
「えっ」
「えっーお姉様だけずるい。私も欲しい」
「あなた早く教えてあげなさい。驚きの余り息をするのも忘れているみたいよ。窒息で死んでしまうかも知れないわ」
「この都市の人口の星ではなくて、外界の本当の星が見たい。そう言っていただろう」
「えっ、外界に行けるのね」
「そうだよ。遅れた事は許してくれるな」
 父の、これ以上崩れないと思う笑顔を見て感謝の言葉を掛けようとした。その時に、突然耳に、草木の踏む音や擦れる音が聞こえた。
「誰、お父さんなの?」
 その音で夢から覚めた。夢を見ていた事の驚きよりも、人の気配に恐怖を感じた。
「脅かして済まない。火に当たらして欲しいのだが、宜しいかな?」
「えっ、えっ」
 若い男の声が聞こえる。声色からは疲れが感じられた。歩きながら話をしているのだろう。草木の踏む音が近づいてくる。
「えっ、えっ」
 私達と同じ姿をしていると聞いたが、初めて出会うのだ。猿の遺伝子と我々の遺伝子の複製だ。好奇心もあるが恐怖も感じた。何か答えなければならない。恐怖を感じているのを悟られたら襲いかかるかもしれない。そう心を決めて、言葉を上げようとした時に男が現れた。そして、決めた心が吹き飛んだ。
(あっらぁー、見られる程度の良い男じゃないの。無精髭を剃った姿が見たいわねぇ)
 緊張も恐怖も完全に無くなった。この女性が特別なのか、それとも、全ての女性も色男なら恐怖が消えるのだろうか。
「どうぞ、焚き火の近くに来て下さい」
 色男は犯罪をしないと思っているのだろうか、笑みを浮かべながら手招きをする。
「図々しいと思いでしょうが、温かい飲み物を頂けないでしょうか、お礼に可也の金額を差し上げる事が出来ます。駄目でしょうか?」
 男は本当に飲み物を欲しいのか、金に困っていないと強調して、恐怖心を取ろうとしているようにも感じられた。
「宜しいですよ。お礼なら旅の話や貴方の事などの話が聞きたいですね」
「そうですか、良いですよ」
 女性は、男性の返事を聞く前に、焚き火の周りの石に紅茶の容器を載せようとした。男性に目線を向けながらなのに手元は確りしている。恐怖心も、疑いも感じていないのだろう。そう目が言っている。男性は容器が心配なのだろう。目線を向けながら話を始めるが、ちらちらと手首を見るのは焚き火の火で、火傷をしないか心配をしているのだろうか、その仕草に女性は気が付いてない。
「そうなの、それで」
 直火ではない為に時間は掛かるが、男性の旅の話が楽しくて時間を忘れていた。
「旅をするのは楽しいのは分かりますが、長男で家柄も良いのに信じられませんよ。何故、お父さんは旅を許してくれたのです」
 男性は話し疲れたのだろうか、それとも紅茶が温まった事を知らせようとして、話を止めたのだろうか、視線は容器とも女性の手首とも思える。そんな、視線を向けていた。
「あっ、ごめんなさい。淹れますね」
「ありがとう」
「どうぞ、砂糖はありますよ。それとも塩の方が良いのかしら?」
 女性は容器を地面に下ろしながら尋ねた。
「このままで飲むのが好きですから」
「そうですか」
「いい香りですね。そう、旅を許してくれたのは、叔父の話を持ち出したからなのです」
 男性は喉を潤しながら、又、話を始めた。
「えっ、どのような話ですか?」
 女性の表情からは驚きが感じられない。ただの、相槌のように感じられた。
「母方の叔父が、私と同じ歳に近衛兵に入隊し、忠誠の誓いの時に言った言葉なのです」
「どのような言葉なの?」
「それはですね」
 男性は、先ほどの柔和な表情から真剣な表情に変わり、言葉で足りない事は身振り手振りで表現しながら話を始めた。それは、
「陛下。私は自分の気持ちを陛下に伝える為に入隊の儀式を頑張りました。早く儀式を終わらせ、見知らぬ老人の話で心動かされた事を伝えたい為です」
 男は、物語の主人公のように声色を変えて伝えた。少し話すと、喉を潤すために中断して、今度は叔父の感想を言い出した。
「叔父は死ぬ覚悟で話をした。そして、頷くのを待ったそうです。許されると、満面の笑みを浮かべながら話し出したそうです」
 今度は老人と叔父の二役を演じた。
「貴方は地位、名誉、財産はあるように見えます。それで、次は何を望みですか?」
「えっ、何を言っているのだ。私に言っているのか?」
 老人は路肩に腰掛け、愚痴のように話を掛けた。叔父は、普通は無視するのに笑みを浮かべて、老人の隣に腰掛けた。
 男は二役の動作まで演じるのだから芸人を職業にすれば天下を取れると感じられた。
「その中の一つでも、一生掛けて得ようとする人がいるそうです。それで一つでも手にした者は、次に何を得ようと考えるか、それは、若い時に出来なかった思いを取り戻そうとするそうです。特に異性を欲しいと願うそうです。私は、負け惜しみだと思っていました。
 私は地位、財産、名誉を得たのですよ。信じられないでしょう。私は何の為にがむしゃらに働いてきたのか忘れていたのです」
「私は信じるぞ。心の底からの悲しみを感じるが、目は死んでないぞ。何かをやり遂げた。良い目をしているからな」
 男は二役を完璧に演じているから疲れたのだろう。又、喉を潤し、終わると普通に話を始めた。このように普通にしていれば貴族だと言っても、誰でも信じるだろう。
「叔父の身なりで、地位も財産もある人だと思ったからでなく、目の輝きや顔色で何かの思いを感じた。そう言っていました。
 その老人は気が付いたら、その歳になっていた。そして偶然に初恋の相手に再会して、昔の思いを伝えたそうです。そしたら、悲しくなる事を言われたそうです。
 男は突然立ち上がり女の声色を上げた。姿や雰囲気が、育ちが良いから変には感じない。
それが変だと言われれば、確かに変だろう。
「何故、言ってくれなかったの。貴方は馬鹿です。思いだけでも生きて行けるのですよ」
 男は本当に涙を流しながら演じる。涙を流すのを隠す為に演じたのだろうか、何故、そう思えたか、それは、涙の演技だと思わせると、直ぐに腰を下ろしたからだ。
「老人は全てを話し終えると、叔父の肩を叩き頑張れよ。私の様な人間になるな。そう言って笑ったそうです。叔父も、ここの場面だけは笑って言うのです。不釣合いの二人が路肩に座っているから、人の視線を感じ、昔の気持ちが戻って羞恥心を感じたのだろう。そう言いっていました」
 笑みから真剣な顔というより、死にそうに顔を青ざめてゆっくりと声を上げた。
「陛下。私の想い人が、何処かで待っているはず。旅に出る許しを頂きたいのです。旅から帰った後は陛下に生涯の忠誠を誓います」
「・・・・・・・・・・」
 女性は無言で耳を傾けていたのだから、本当の話しと感じたのか、それとも惚れてしまったのだろうか、それで、口から出る言葉を全てが本心と感じたのだろう。
「私も、父に想い人の探しの旅に出たいと言いましたら、一言で許されました。お前はあの男と似ている。駄目だと言って陛下に直談判されては困る。行きたいのなら行け、又、我が部族からあの言葉を吐く者が出たら、王の輩出が出来なくなるどころか、一族全てが抹殺される。だが、必ず見つけて帰ってきてくれ、あの男と同じになってくれるな」
「そうなの、ふううん」
 男の顔色は、無邪気な子供が好きな物語を話すように見えて、女性は口調では真面目な話だと思い装っているが、笑いを堪えているようにも感じられた。
「先ほどから気になっていたのですが、一つ聞いても宜しいでしょうか?」
「なんですか?」
 女性は驚きなのか、それとも不審とも思える顔色を浮かべながら首を傾げた。
「小指と一体になっている腕輪は、何の宝玉なのですか。継ぎ目も無いようですね。不思議だなぁ。そう思っていました」
「これの事ですか?」
 目を見開いて、驚きの声を上げた。
「そうです。連れ合いを見付けた時に、贈りたいと思いまして、何の宝玉なのです」
「このような所に客人とは珍しい。何かの用があってですかな?」
 女性の父は、話し声が聞こえて娘の事が心配になり現れたのだろう。
「いえ、何の用事もありません。占いで、この方角に良い事があると出ましたので、行ける所まで行こうと考えています」
「あっの、あっのうぉ」
 女性は顔を真っ赤にして、父と男は交互に視線を向けて、何かを言いたいのに言えないでいた。だが、心の中では悪態を吐いていた。
(もうお父さんの馬鹿、なんでこんな時に現れるのよ。現れるのならもっと早く現れればいいのに。本当にもー。この男も名前を言うか、先ほど尋ねた話題を出しなさいよ)
「あっの、あっのうぉ」
「ほう、自由気儘の旅ですか、いいですな」
「今、頂いているような嗜好品は飲めませんが、異国の様々な物を見る事が出来ますからね。本や話を聞くのとは違います。目の保養にも、心を豊かにもしてくれます。それが、一番の楽しみですね」
「そうでしょう。お若いから出来る事です。私にも聞かせて欲しい。私もこの歳です。そのような話を聞く位が楽しみですからなぁ」
「いいですよ。私も旅の話で本当に喜んでくれる。その顔を見るのも楽しみの一つですから、そうですね。何から話しましょうかね」
「あっの、あっの」
 娘は顔を真っ赤にして、死ぬほど恥ずかしいのだろう。必死に我慢して声を上げているのに気が付いてもらえない。父は、娘が居る事を、男は女性が居る事を忘れていた。
「あれも見てきたのですか、それは、それは、良かったでしょう。私も感動しましたよ」
 二人だけの会話が続いていた。笑い声、感動の声や自分が見たかった場所などを交互に話し掛ける。その脇で女性は必死に目線を向けているが、しだいに涙目に変わり嗚咽を漏らし始めた。それでも、男二人は話に夢中で気が付かないでいた。
「そうそう、私も話だけで行った事はないのですが、砂漠のある国では川が飛ぶらしいです。私は蜃気楼と考えていますが、貴方は聞いた事がありますかな。必ず話題に出るでしょう。まさか、その国も見て来たと言いませんよねえ。どうです、次の旅の目的にしてみては、どうですか?」
 娘の父は話し方に熱がこもる。誰でも、この話題を持ち出せばさらに盛り上がるはずなのだが、男は突然に笑みから真剣な顔に変わった。二人の会話や笑い声が大きかった事に気が付き、生物の眠りを妨げるとでも思ったのだろうか、それとも、本当に可也の時間が過ぎて疲れたのだろうか。
「あなた方の連れが戻られたようです。私は失礼した方が良いようですね」
「何故、私達は朝まで居るつもりですが、仲間にも話を聞かせて欲しい。それに、夜中を無理して歩かなくても良いでしょうに、お疲れなら焚き火の近くで休まれては、仕事の後ですから仲間も休む者もいますので、お気遣いなされないで下さい」
「いえ、私は失礼します。何やら揉め事が起きるような気がしますので」
「そうですか」
「あっの、あっの」
 父は不審な表情を表し、娘は嗚咽を漏らしていたが、男と目線がやっと合い笑みに変わった。男も笑みを見たからだろう。微かな笑みを返したが、声を掛けようか迷っているように感じられた。
「焚き火に招いてくれた事と、美味しかったお茶のお礼として、名前を名乗ります。
 飛河連合東国、第八王家、羊長信です」
(トガ連合トウ国、第八王家。よう、ちょう、しん様。私は一生忘れません。父を説得して必ず貴方の元に行きます)
 娘は心に刻むように耳を傾ける。目線は男の全てを忘れないようにする為だろう。目に焼き付けるように真剣に見つめていた。
「最大の感謝として言いますが、貴方が話しをしていた。幻の河に住む国の者です」
 最後の言葉は歩きながら語る。同時に仲間が現れて、男の声と仲間の声が重なって声が届いたのか分からない。全てを言い終わる頃には、木々に隠れて見る事が出来なかった。

 第二章
 微風が木々の葉を揺すり、女性に向かって囁いているように聞こえる。
「外は気持ちが良いわよ。ふふ、本を読むにしても外の方が明るいわ。出てきたら良いのに、外にも椅子もテーブルもあるわよ。肩が凝るような窮屈な所が好きなの。うっふふ」
 女性が窓を開けていれば、いや、窓を開けていなくても、木々の葉の揺れを見れば心に感じて気持ちが変わるはずだろう。だが、女性は本に夢中だ。そして時々、目の前にある二つの水晶球に似た物に視線を向ける。恐らく、四ページ位読むと必ず視線を向いているはずだ。何をしているのか、それは、女性の仕草や部屋の中を見れば解るだろう。
 部屋の中央に有る水晶球に似た物は恐らく警報機だ。その前にメモを書ける位の小さいスペースに無理やり本を広げながら看視しているはずだ。右の隅に大きい水晶球がある。その中には地球の映像が浮かんでいた。左の物は硝子の板のような物だが起動していない。恐らく、細かい地域を映す物だろう。
 本のページも後半になると、目線は活字を読む時間が長くなってきた。看視の事など頭の片隅に残っているか分からない程に、本に夢中になっている時だ。突然に水晶球に似た物が光り出し、光が目に飛び込んだ。
「えっ、まさか。えっ、えっ」
 何が起きたのか分からないのだろう。赤い点滅を見つづけ、何を思ったのか。意味の分からない事を呟きながら部屋を飛び出した。
「あれが、あれが、あれが」
 喚きながら走り、知らせに向かった。
「何があった?」
 扉を叩く事もしないで、女性は喚きながら部屋に入ってきた。
「あれ、あれ、あれが、ぴかぴか」
「あれが点滅したのか、何色だ」
「分からないわ。驚いて、知らせに来たから色までは覚えていないの。今から見てきます」
 自分の喚き声で言いたい事が伝わり、落ち着きを取り戻した。
「行かなくて良いぞ。一緒に行こう」
「はい」
「私が幼い頃に点いて以来だ。驚くのは無理ないが、あれは異常な驚きだ。人でも殺したのかと思ったぞ」
 立ち尽くしている女性の肩を叩き、二人で水晶に似た物を確かめに向かった。
「青ではないぞ。赤は獣人だ。俺でも対処の方法は知らんぞ」
「私は何をすれば良いのですか?」
 男は、光を見るまでは落ち着いていた。完全に対処方法が頭の中にあったからだろう。
 だが、光を見ると驚きの余りに気を失いかけたが、連れの何事も無かったような普段の声色で問い掛けられて、怒りを感じ、辛うじて意識を取り戻せた。如何する事も出来ない事に変わらないが、自分に言って欲しい言葉を、心の叫び声が、口から出ていた。
「あっ義務を果たした。帰って良いぞ」
「はい、分かりました」
 女性は、上司に報告したから全てが終わった。そう思っているのだろう。本を手に持ち、部屋を出ようとした。
「警報を鳴らせ」
 男は無表情で口にしたが、自分でも何を言っているのか分かっていないはずだ。
「えっ、警報は付いていますが?」
 女性は意味が分からず問い掛けた。
「緊急非常警報を鳴らせと言ったのだ」
 表情も声色も落ち着いているように見えたが、この言葉を吐くのだから完全に正常の判断が出来ない状態だ。
「あれは所長しか押せないはずです」
 驚きのあまり大声を上げた。
「私は所長代理だ。私が良いと言っているのだ。押して来い」
「分かりました。押せば良いのですね」
 女性が部屋から出て数分後に、都市中に警報が響いた。
 人々は何が起きたのか、不安を抱いて端末機に情報を得ようとした。だが、娯楽を流す映像機などは、普段は手動でなければ動かないはず、それなのに、物が勝手に動き出した。
「A地区の方はA地下避難所に至急お集まり下さい。身分照合を確認後に、全ての情報を得る事が出来ます」
 室内にある電灯は明暗で、映像を映す物は映像で、全ての機械が機能を使い室内にいる人に同じ情報を知らせた。非難に向かう人や恐れを感じて外に出た人々は、失神するほどの驚きを感じた。それは、普段は動く訳が無い石畳が動いているからだ。近くで見る勇気がある者は、無数の砂が動いているのに気が付くはずだ。無理をして走れば逆の方向に行けるが、無限に走れるはずが無い。いずれ疲れ果て、人や砂の上の全てを指定の場所に連れて行く。驚きは、それだけでは無かった。外に置かれた拡声器や照明からも、室内以上に同じ言葉を騒ぎ伝える。全ての機器は緊急避難警報が作動すると動き出す仕組みか、それとも、普通の警報でも作動する物が錆付いていた為に、偶然に緊急非常警報が作動したのだろうか、何故、警報で、これ程の騒ぎになるか疑問に思うだろう。それは、
「原子爆弾が飛んできますよ」
 それを、知らせる警報だと思ってくれれば分かるはずだ。そして、都市中は想像絶する騒ぎになっている。そう思うはずだ。だが、機械が騒ぐだけで情報を与えない為に、人々は非難場所に向かうしかない。その場所でなければ何一つ、情報が得られないからだ。

 第三章
 「今回最後の議題に入る」
 警報事件から二日経ち、都市の中が落ち着きを取り戻し始めた。その午後に人知れずに各部署の長が集まっていた。
「警報の件に付いてだ。現場の二人の告白書によると、女性は、貸し出し禁止の本を読む場合は、例の部屋の看視が義務とされていた。 そう、告白書には理由が書いてある。所長に確認して見ると、五百年以上も作動していない為に故障していると思われ、名目上だったらしい。それは、今回の件で不明の施設や故障と思われていた物が作動したから、女性の気持ちは分かるだろう。だが、我々は、この騒ぎで得た物は多いが、このような事が頻繁に起きては困る。それで、緊急非常警報を使用が出来ないようにするか、そのままにするかを決めて頂きたい」
 老年の男性は透明なガラスのような機器の前で、十八人の同じ年配の男女に問い掛けていた。部屋に居る男女は作戦会議室と思って使っているのだろう。確かに話の内容や雰囲気は近い。だが、元の用途は休憩室だと思えた。何故か、それは、一つだけ置かれている起動していない。その機器だ。それは、一般家庭に置かれている受信を受けて映る娯楽機器と思われるからだ。
 男性は話を終えたからだろう。一つ空いている椅子に向かう。自分には関係ない。後は勝手に決めてくれ、そう思える表情をしていた。その気持ちに気が付いたのか、椅子に座る前に、声を掛ける者がいた。
「貴方の部署は全て起動したから良いが、この都市の半分の機械は解らないままだぞ」
「その警報の事を、今話したはずだが、それとも、直ぐに決を採る事にするかね」
 椅子に腰掛けながら不機嫌そうに呟いた。
「そうね。早く決を採りましょう。あの騒ぎで忙しいのよ。皆さんも分かるでしょう」
 十八人は、誰の声なのかと顔を向けた。それもそうだろう。少女の声色とは大袈裟だろうが、少女が、大人をからかうような響く声だ。同年輩しか居無いはず。だから、驚くのも無理ない。その口調のまま、話を始めた。
「それでは、何かの処置をする。そう思う方は手を上げて欲しいわねえ」
 十八人は声色に聞き惚れているのか、それとも、本当に異議が無いのだろうか、誰も手を上げる者はいなかった。
「議題は全て終わりね。私は帰るわよ」
 老年の女性とは感じさせない声色の女性が席を立つと、他の女性も後に続いた。残りの男性は席を立つ事も無く、視線を送り続けた。やはり聞き惚れていたに違いない。
 全ての女性が部屋を出ると、部屋の男達も、一人、二人と出て行く。用事を思い出したと言うよりも、惚ける夢の度合いの深さのように感じられた。老年の男なら、幾人の美女を見ているだろう。それを夢心地にさせるのだから、あの年配の女性は余程、若い頃は美女だったのだろう。最後まで残る者は、今でも想いを抱いているに違いない。だが、最後まで残る者は、先ほど最後の議題を出した者だ。表情からは夢心地をしているとは思えない。もしかすると、部屋の鍵を閉める役目なのか、それとも、夢心地のまま、部屋に残り続ける者が居ると思っての事か分からないが、男は、一人になると笑みを浮かべた。夢心地になった男達を馬鹿にしたのか、その表情からは若い頃の夢を見ているように思えた。笑みが消えると、やっと腰を上げる。用事を思い出したのだろう。事件の起きた建物に向かった。隣のビルだった為に、疲れる事は無いだろうが、何故だろうか、顔色の表情には心底から疲れを表していた。そして、建物の中に一歩入ると、建物の中は悲鳴の声なのか、指示の声なのか分からない程の慌てようだ。水晶のような球が、点滅してから、全ての機器が動き続け、指示を要求していたからだ。その中を、先ほどの男性は他人事のように歩き続ける。自室に向かうのか、水晶の点滅を確認するのだろう。だが、向かわない。何を考えているのか地下に向かい出した。何か用があるのだろう。地下には倉庫、監禁室、配電室などがある。普段は入る者が居ない。まさか、警報を止める為、それとも、外界に居る獣に会いに行くのか、今は倉庫として使用しているが、当初は地、海、空の乗り物の駐車場だから、探せば乗れる物はあるだろう。
 それにしては倉庫の灯りを点けない。置かれている場所を知っているのか、壁沿いを歩けば、用途のしれない部屋でも灯りは点いている。だから歩ける。それとも、騒ぎを止める為に配電室に向かっているのか、警報機だけを壊す事は出来ないはずだ。
 さらに、地下に向かうと言う事は監禁室に向かうようだ。室に人が居るとすれば、酒色や口答では分からない者などを入れて反省させる場所だ。勿論、警察のような組織はあるが、建物や地域ごとが親族の集まりだから羽目を外す者がいる為に設けてあった。だが、本家や分家や家長などは無い。年配者を重んじる考えだけだ。この都市に生きる者は歳以上に、上を作らない考えで、大根一本と自動車一台も同じ価値だ。そして、得て、不得手に関係なく生涯の内に全ての職種を経験する決まりだ。全ての差別を無くし、心を丸く最高の人格者になる。そう決められていた。老年になると最後の学問で真実を知る事になる。月に人が住んでいた永い歴史の間に、差別を無くす為に様々な事を試されていたらしい。そして、財の差別は職種にある。と考えられ強制的に職種替えを考えた。だが、軍隊のような自我を無くす事ではない。評価を下げる事が目的だった。当時は、税率の上げ下げの目安とされ、一日の体験だけで行かない者がいたが、その者は、極端の税率上げや新しい職種で役職候補の者が、次の職種では格下げされる。地位も金もない者は、いずれ赴く職種を学ぶ事や助手を務めれば、福祉制度で最低限の生活が出来る。それが嫌な者は一度赴いた職種でも助手でなら仕事に就けた。
「コッ、コッ、コッツン」
 年配者の男性は階段を降り終えると、幾つかの部屋が並ぶと言うよりも、寝起きが出来る位の個室が廊下の両脇に並んでいた。
「おおおおい、誰かいるのだろう。ここから出してくれー。おおーい、出来ないのなら長老を呼んできてくれよー」
 成年に近い声色だが、泣き声に近いからだろう。子供がいても良い位の大人のはずだ。
 この者は、足音が聞こえ大声を上げたのだろう。だが、返事が無い為に扉を叩き始めた。
「まだ、丸一日過ぎてもいないぞ。普段のお前は、監禁室に入られたら評価が下がる。心底から恐れるのに、何を考えている。何の職種でも上位ランクなのに。何故、酒を飲むと職場まで持つ込み、飲み続けるのだ。二日酔いと分かる休み方や何を考えているのか突然休む者もいるが、それを、やれとは言わない。だが、休んで酒を飲まれた方がましだぞ」
 無視していたが、自分の事を呼ばれたからか、それとも、全く反省が感じられない声が聞こえて、無視できなくなったのだろう。
「普通の人の二日酔いの治し方は分かりませんが、私は二日酔いの時は酒を飲んで、飲んで飲み続け、そして吐き続けて、酒が見たくなくなるまで飲めば直るのです」
 声色から判断すると、この室から出たい為に、真面目に説得しようとしているようだ。
 長老と言われた者は歩きながら聞いていたが、立ち眩みを感じたようだ。一瞬足が縺れて振り向いたが、又、歩き始めた。
「長老聞いていますか。真剣に話をしているのに、何故、何も言ってくれ無いのです」
「お前は何度この部屋に入った。この部屋で酒を飲んだか、飲まずに直っただろうがー」
 信じられない話を聞いて怒鳴り声を上げた。
「・・・・・・・・」
 普段の長老は人の話を聞いているのか分からない表情だった為に、この男のように調子の良い者は言ってはならない事を言ってしまう。だが、この怒りようでは余程、男を期待していたのだろう。言った後は何事も無かったように右の通路を歩き始めた。そして、目的の場所に着いたのだろう。
「話がしたいのだが、良いかね」
 コン、コンと扉を叩きながら声を掛けた。
「気が向くまで、この場で待たしてもらうよ」
 普通の人は、このように落ち込むのだ。もう、何をやっても駄目。一生窓際族が決まった。そのように思い続けて開き直るか、好きな職種だけに赴くのが幸せと気が付く。
「誰だが分かりませんが、何の用ですか?」
「今直ぐに出してあげます。その前に話を聞いて欲しいのですが、良いかな」
「何の話です。私の人生は終わりました」
 死人のような声の為に、女性と分かるが年齢まで想像が出来なかった。
「その事で話に来たのだが、話を聞いてくれるかね。聞く気持ちがあるのなら扉の前に来てくれないか、歳だから聞き辛いのだ」
 少しの間だが待ってみると、何か引きずる音が聞こえ言葉を掛けた。
「来てくれたのだな」
 だが、声が返ってこない。一瞬大きな溜息を吐いて、扉に寄りかけながら話し始めた。
「貴女は何も責任を感じる事は無いのです。本を借りに来ただけだ。運悪く貸し出し禁止の本で偶然に事件が起きただけだ。
 この室に入れたのも。貴女の事を隠す為だ。この室に入ったのは誰も分かりません。ただ、貴女がこの建物に来たのは本を借りに来たのではなく。この建物の事件の使いに来ただけです。分かりましたか」
「それでは、私は始末書を書いた事も、そして、事件にも関係が無くなるのですね。分かりましたわ。それで、何時、この室から出してくれるのですか?」
 即座に、喜びに溢れた声が響いた。
「今直ぐに出して上げます。だが、今から話をする内容を、貴女の口で、長老に、全てを伝えて欲しいのです。出来ますか?」
「えっ」
(やはり無理か、仕方がない。この子と共に、私が直接行くしかないのか)
と、心で思い。又、話を掛けた。
「娘さん」
「そんな事で良いのですね。私の祖母ですから大丈夫ですよ」
 一瞬言葉を失くしたように見えたが、長老の言葉と同時に、又、良く響く声を上げた。そして、長老は、鍵を開けた。錯乱の恐れがないと感じたのだろう。
(ほー、あの人の若い頃に瓜二つだ)
 扉を開け、少女を見ると、言葉を無くした。
「如何したのですか、出ても良いのですよ」
「あの、眼鏡は返してくれ無いのですか?」
「私の手に掴まりなさい」
 声が上擦っているように感じられたが、そうだとしても、この女性に対してでは無い。老人が、若い頃の思い出の人と重なっての事だ。
「貴女が、あの方の孫なら何が起きたか分かっているだろう。ただ、一言、人手を借りたい。そう伝えてくれれば、それで良いのです」
 部屋と部屋の間の壁に、小さな引き出しが有り、娘を支えながら左手で開けて眼鏡を取り出した。
「眼鏡は、この建物を出てから掛けなさい」
 少し厳しい口調になったが、若い頃の思い出を隠そうとしたに違いない。
「でも、眼鏡を掛けないと見えません」
「私が手を引いていれば、誰もが客人と思ってくれるだろう。地下から出て来た。何て誰も思わないはずだ」
「そうですね。誤魔化せますわねえ」
 先ほどまでは事件や眼鏡の事もあって、顔を強張らせていたが、笑みを浮かべながら言葉を返した。一歩、歩くごとに怖いのだろう。左手で相手の右手を強く握り締めてくる。
「娘さん。私が左手を添えたら、階段などが有ると思ってください」
「はい、分かりましたわ」
 くすくす、笑いながら答えた。
 二人の様子は、深窓の令嬢と執事のように思えた。女性は、目が見えない為に真剣に歩いているだけなのだが、長老は、女性の為に足元を注意過ぎる程に見ている仕草は、心の底から傅くように感じられた。だが、この都市には主従の関係は無い。それでも、女性の気を惹こうとして良く遊びで見られる光景だった。その様子のまま、地下から1階、そして、正面玄関に出るまで続いた。
 後日だが、長老が流行に乗ると思えない人柄だからか、それとも、美しい女性だからだろう。今の二人の様子を、誰でもが知る話題になっていた。
「それでは、お嬢さん。先ほどの事をお願いしますね」
 正面玄関に出ると、長老は、言葉と同時に眼鏡を渡した。
 長老から、眼鏡を渡されると直ぐに自宅に向かった。そして、身だしなみを整え終わると、優雅に紅茶を飲もうとした時だ。何か思い浮かべて、突然に手を止めてしまった。
「女性ですから、身だしなみを整える時間は欲しいでしょう。整えしだい、なるだけ急いで、私の話を伝えて欲しい」
 その言葉が思い出された。
「さすがに、これは許されないわねえ。一口だけにしますわ。それ位は良いでしょう」
 誰も部屋には居ないが、聞いて欲しいのではなく。自分の心の言い訳だろう。
 そして、自宅の扉を閉める時に沈みがちの気持ちは、テーブルの上に置いたままの残りの紅茶の事。それとも、事件に係わりが無いのは本当の事だろうか、それが祖母の力だったら、何を言われるか分からない。そう思い悩んでいる表情をしていた。恐らく、紅茶を残した理由も、長老の言葉を思い出して残したはず。楽しみを残しておけば嫌な事が減ると思っての事だろう。おどおどしながら自分の職場であり。祖母の職場でも在る。建物に向かうが、途中で人と会えば視線を逸らす。人に会うのが怖いのだろう。突然に事件の犯人だ。そう言われる事が怖いのだろう。建物に入る時は、更に青ざめて、祖母がいる部屋に向かった。
「お婆様。御用があります。宜しいですか」
 扉を叩き、暫く言葉を待っていたが、返事が無い。仕方が無く又、大声を上げるが、声色には不安を感じて震えていた。
「入りなさい」
「はい」
 女性が扉を閉め終わると、同時に、温かみの無い声が耳に届いた。
「この部屋に来たと言う事は、手紙が来る前に家を出たのね。まだ、分別はあるみたいね」
「えっ」
 大きい溜息を吐き、胸を撫で下ろした。

「それで、何を言われてきたの?」
 祖母は、笑みを浮かべて声を掛けてくれるが、何かを隠している。そう思えた。
「お婆様に、私の口で直接に伝えて欲しい。人手を借りたい。その一言でした」
「それだけなの?」
「あっのう」
「貴女の事は、何も言わなかった」
 悩んでいると言うよりも、微かに怒りが感じられた。そして、直ぐに作り笑いを浮かべて、話しを掛けようとしたが遮られた。
「ああっあ、言われました。私は事件の現場には居なかった事にした。それから」
「全てを言わなくても分かっているわ。ただ、確かめる為に聞いただけよ」
「えっ、あっ」
 意味が分からず言葉を無くした。
 確かに、自分からは言いたくなかったのだろう。知っているのに何故聞くの。と、驚きの表情を表した。その表情を見て、孫を褒めるような笑みを一瞬だけ浮かべると、又、作り笑いと分かる笑みを浮かべ、問い掛けた。
「貴女は知らない振りをして、元の部署に戻るの。それとも、この事件を解決するの?」
「私の任期はまだ終わっていませんから、部署に戻りたいのですが、やはり格下げされて、別の部署に移るのですか?」
「何故、格下げと思うのです」
「誰もが思っている事です」
「任期間の途中の移動はよくあるのですよ」
「えっ、初めて聞きました」
「貴女は肉体労働の部署には、いつ赴くつもりだったのですか?」
「男性だけと聞きました」
 溜息を吐いた。歳だからか、それとも、呆れているのか、問いの答えを待っているのだろうか、言葉を待つよりも、話し始めるのだから、話し疲れたのだろう。
「それこそ噂です。全ての検査を年に二度するのは健康の検査と思っていたのですか。
 違いますよ。人生の内に全ての部署に就かなければならない事は分かっているわね。
検査の目的は、誰が、何キロ持てるかの基準の様な物。女性の場合は子を儲けた者は免除されますが、その代わりに、人事の緊急要請があった場合は必ず赴く事が決まっています。何故、このような話をしたか分かります。私の所では反省室と呼んでいる所に入れられたようですけど、貴女は、我を忘れて呟いた事を覚えていますか、これで自分の評価が下がった。人生が終わった。そう言ったそうだけど、貴女が居た部署は、逃げ組みと言われているのですよ。私は知っていて部署に入ったと思っていましたわ。評価で言えば下がる事は有っても、上がる事は無いわよ」
「私は、好きな部署から赴いて良いって、だから、そう言われたから」
 言われた事に驚いて、それ以上は言葉にする事が出来なかった。
「大抵の人は、若い時に肉体を使う部署に赴くわ。私が好きな部署からしなさい。そう言ったのは、貴女が糸の導きを信じる。そう言ったからです。神が導く道を歩く人だと思ったから、時の流れに任せるのだろう。だから、好きにしなさい。そう言いましたわ」
「私は、今の部署が終わりしだい。肉体を使う部署に赴きます」
「行きたいと言うなら止めませんが、そんなに評価を気にしているようだけど、何か考えがあるのですか?」
「えっ、考え。だって義務なのでしょう。私の歳では当然だって、だから、私は、私」
 今まで思っていた事が全て違う。そう言われたからだろう。顔を青ざめていたが、やっと気持ちを変えてやり直す決心を決めたのだろう。だが、再度の問い掛けを受けると、我を忘れて嗚咽を漏らして座り込んだ。
(何が行けないの。どうすれば良いの?)
 何度も心の中で考えるが答えが出ない。
「私が、貴女の歳の頃は、赤い糸を真剣に考えていたわ。だから、逃げ組みだったの。それで、手当たりしだいの学科や助手を受けて、出会った男の子に見えるか確かめたわ。あの時は、糸を腕輪型にすると出会う確立が高くなる。そう噂だった。男の子は皆同じ事を言うのよ。噂は男の子も知っていたのね」
 女長老は、我を忘れている女性を落ち着かせようと、思い出を話し始めた。それも、甘い楽しい思い出なのだろう。目が潤み、声色も優しく、少女のような声色とは大げさだが、耳に届いてくれれば、我を取り戻すはずだ。だが、我を取り戻さないからか、それとも、気分を害する事を思い出したのか、怒りを感じる声色に変わりだした。
「初めて違う事を言った人。貴女に言付けを頼んだ長老よ。何て言ったと思う。赤い糸は退化したが、元は身を守る武器と言ったわ。動物の爪や牙と同じと言ったのよ。うぁあああっあああ。今、思い出しても腹が立つ」
 女長老は元気付けようとしていたはず。だが、突然に怒りを表した。それは、花瓶を投げては喚き、近くの物や引き出しなどを撒き散らしていた。
「お婆様。落ち着いて下さい」
 女性は、我を忘れていたはずだ。長老の話も、この場の状況も目に入ってない。偶然と思うが花瓶が肩に当たった。痛みを感じたからか、体が痙攣を始めた。それから直ぐ、我を取り戻したが、痛みの為と言うよりも体の機能が危険を感じて、我を取り戻したように感じられた。
「あの野郎。会議の時も澄ましやがって、あの頃とまったく変わってない」
 女長老は、あの長老が余程嫌いなのだろう。一々憶えているのだから好きなのか、その事は別として、この都市の人々は赤い糸が見えない同士が半数位はいるのだ。何故か、老年の時に受ける。その最後の学問を取得した長老が説き伏せるからだ。
「あの、あの。お婆様。私の話を聞いてください」
 喉が潰れるほどの大声を上げた。
「ごめんなさいね。まさか物が当たったの。貴女の正気を戻そうとしただけなのよ」
 女性の声で直ぐに落ち着いたのだから話の通りなのか、だが、投げる物が無くなったから正気が戻ったとも思えた。
「何、話があるのでしょう」
 先ほどが鬼女なら、菩薩のような笑みを浮かべた。感情の切り替えが安易なのはこの人物が特別なのか、それとも、この老婆くらい歳を取ると当たり前の事なのだろう。
「長老様は、全ての職業の義務を終えたのですか、それとも、終えて無いのですか」
 親しい言葉で問い掛けようとしたが、先ほどの怒りが自分に向いたら命が無い。それで、言えなかった。震えた声が、そう感じられた。
「私は全て果たしたわ。あの男の話を聞いて疑問を感じてね。特に人生の大半は歴史を調べる事に費やしたわ。全ての職業は助手で済ましても、知りたい事はわからないまま、知らなくてもいい事ばかり分かったわ」
「全てを助手で終わらしたのですが、それでは評価は最低ですよね」
「そうよ。誰に何を聞いたかしらないけど、例えば、服や自動車が欲しい時は工場に申請して評価の点数で決められるでしょう。それは助手でも同じなのよ。ただ、時間が掛かるけどね。好きな分野というか、趣味で人生が生きられるわよ。そして、私は自分の趣味を職業として申請しているの。雑用役は派遣されて来るわ。勿論、私も雑用の派遣は赴かなければならないわ。私が言いたかったのは貴女が何をしたいのかよ。長老にも、全ての期間を最高の評価の人はいるわ。だけど、最終の職業というよりも学問でしょうねえ。それを受けて怒りを感じるのを通り越して、自分の人生は何だったのかと泣いていたわ」
「何故、泣いていたのです」
「最終の職業の事は言えない規則なのよ。
 だけど、最低肉体労度の経験は早く済ました方が良いわよ。そうしないと出来ない物や何かしたい時に申請が通らない事があるわ」
「分かりました。直ぐに赴きます」
 何もかもが、吹っ切れたような表情をして、部屋を出ようとした。
「そう、何所に赴くか知らないけど、今回の事件を担当してみない。それだと、肉体労働に、兵務の経験にもなるわよ。どう」
「兵務は経験したくないです」
 即座にでも部屋から逃げ出したい。そう思える表情を表した。
「運が良ければ外界に行けると思うわ」
「わぁー、それ本当ですか。私赴きます」
 女性は満悦の笑みを浮かべて即答した。
「それで、何所に赴けば良いのです」
「事件現場の建物よ。長老に会って聞きなさい。私が宜しく。と言っていたって伝えて」
「はい、伝えます」
 今直ぐに走り出すのでないか、そう思える様子で部屋を出て行った。
「ふっはー」
 一人になると深い溜息を吐いた。その後は独り言を呟いた。
「嘘は付いてないわ。でも、本当にあの子でないと、事件を解決出来ないのかしら、あの野郎の目の保養の為だったら許さないわよ」
 だんだんと不満を解消するような呟きに変わった。そして、自分の耳にも聞き取れない言葉になり、幼い頃を思い出しているような表情に思えた。
 女性は長老の部屋を出た後は、自宅の紅茶の事など忘れ、直ぐに事件が起きた建物に向かった。そして、建物の中の騒音の事など耳に入るはずもなく、嬉しそうに扉を叩いた。
「入りなさい」
 扉を叩く音と同時に声が聞こえた。
「失礼します」 
 嬉しいような恥ずかしいような複雑な表情をしながら礼を返した。恐らく、反省室での醜態を思い出したのか、それとも、外界に行ける喜びだろう。そう思えた。
「真面目な人だ。直ぐでなくても、何日か考えてからでも良かったのですよ」
「あのう」
(外界に本当に行けるのですか?)
 そう問い掛けようとしたのだろうが、遊び半分でするのか、そう、言われる気がして声を掛けられなかった。
「引き受けてくれて有難う。詳しくは明日、昼食を食べながら話そう」
「はい」
 即答で答えたが、部屋をでようか、問い掛けようか、迷っていた。
「貴女が思っている通り外界に行けます」
「えっ、本当に行けるのですね」
「驚いているようですが、貴女の考えが分かった訳ではないのです。外界に行くと言えば、皆は極端な反応を示します。貴女は承知してくれたのですから外界は好きなはずですね」
「はい、好きです。有難う御座います。私頑張ります。それでは失礼します」
「娘さん。明日の昼は、この部屋に来なさい」
「あっ、はい。済みません。済みません」
 場所も聞かずに部屋を出ようとして引き止められ、顔を真っ赤にしながら何度も何度も頭を下げながら部屋を出て行った。そして、念願の外界に行ける喜びだろう。興奮を表したまま、寄り道などせずに、自室に向かった。恐らく、外界の写真や資料を見て想像したいのだろう。だが、何故か、女性は自室に戻ると、湯を沸かす容器を見つめ続けている。年頃の女性特有の湯が沸く音でも楽しいのだろうか、それとも、先ほどの失態の事を思い出しているのだろうか、そして湯が沸くとさらに、嬉しそうな笑みを浮かべながら容器に紅茶の葉を入れて、湯を注ぎ入れる。目線はテーブルの上の本に向けて歩き出した。腰掛けて美味しそうに一口紅茶を飲んだ。その後は本を開くが、溜息を吐いて何度も本を閉じてしまう。何かを思い出しているのか分からないが、自分の耳にも届かない声で呟いた。
「早く、外界に行きたいなぁ」
 女性は外界を楽園と思っているのか、それとも、深い思い出が外界にあるのだろうか、それにしても、それほど好きな本が読めないとは、悪魔か、それとも、神に導かれている。そう思えるような陶酔しているような顔色をしていた。

 第四章
 事件の起きた建物の最上階の在る一室では、長老の様子が可笑しかった。朝に入室してから受話器の上げ下げに始まり、一つしかない扉のノブを持つと、直ぐ離して椅子に座り、
指で机を叩く。イライラしている様に見えるが、片方の手では指を額に付け考え始める。その動作を何度繰り返したか覚えていないだろう。
「娘さんが来てしまう。もう迷っていられない。あの二人にするしかないか?」
 扉を開くと、騒ぎ声が耳に入ってきた。
「いったい何時までこの騒ぎが続くの?」
「何か、指示を要求しているわよ」
「俺に聞かれても解らん」
「隣の部屋にも電源が入ったそうです」
「作業指示通りに全て記録してくれ」
「音が鳴り出したそうです」
「指示を要求し始めました」
「誰も解る人は居るはずも無い。作業指示通りに全て記録しろ」
「あああっ、もう嫌だ。何時までこんな事をするのよ。映像記録では駄目なの。ねえ」
 女性は余ほど嫌なのだろう。鬼のような表情で髪をかき回しながら声を上げた。
「何度同じ事を言わせる。そうしたいのなら良いと言っているだろう」
「御免なさい。義務なのは分かるわ。だけどねえ。早く自分の専攻した仕事をしたいの」
「映像記録と関係が無いだろう。そうしたいのなら良いぞ。だが、専攻した仕事には行けないのは分かるはずだ。この義務が嫌なら止めろ。次が荷物運びになるかも知れないぞ」
「あっ新しい指示が表示されました。記録を開始します。それと同時に、他の部署に同じ記録がないか調べます」
 鬼の表情をしていた人が、まるで、別人のように何も無かったように仕事を始めた。
「ああっあー、ヒステリーを聞く、俺の身も考えてく、俺も早く専攻した仕事に帰りたい。このヒステリー女と同じ奴が、俺の苺の苗や実の世話をしていると思うと胃が痛くなる」
「どうすれば良いの?」
「ああ、それなら資料室にあったぞ。警報が止まるまで同じ事を表示するだけだ」
 長老は地下に向かう途中で、悲鳴のような声を全ての階で耳にした。先ほどまで気難しい顔をしていたが、目的の階に着いたからか、騒ぎ声が聞こえなくなった為だろうか、表情が少し和らいでいるように感じられた。
 その静けさも、監禁室、反省室とも言われる階に入るまでだった。呻き声や泣き声が響いてくる。何を言っているのか分からないが、近寄る毎に言葉が聞こえてくる。
「うっうっ、何故、何故、この部屋に居るのだろう。私が何をしたのだろうか、だけど記憶がまったく無いのは、私は頭が変になったのだろうか、うっうっ、何故、何故」
「今度は愚痴か、いい加減にしてくれ」
 隣の反省室の者が愚痴を言った。
 長老は言葉がはっきりと聞こえる毎に、気難しい顔に変わる。
「熱は下がったかね」
 長老は、扉を叩きながら意味不明な事を吐いた。確か、牢の男は、酒色のはずだ。
「はっはい。熱はありません」
 熱があるような、おどおどした声色だ。
「わしの話を聞くだけで良い。何も考えるな」
「はっはい」
「隣の御仁も、わしの話を聞く気があるか?」
「話ですか、聞こえますよ」
「そういう意味では無い。仕事の話を聞く気があるか、と言う意味だ。特注車で外界の月人の跡を調べる予定だったのだろう」
「そうです、そうですよ。今ではどうでもよくなりました」
「それでだ。今回の事件を解決する。と言うなら、車が必要だとして、特注車の申請をしても良いぞ。それと得点を普通の四倍払う。どうだあぁ良い話だろう」
「貴方に、そんな権限があるのですか」
「ない」
「私をからかっているのですか」
「違うぞ。一族全員が、いや、この都市全員が嫌気を感じている。解決をしてくれたら、と言うよりも、事件の担当を引き受ける。そう言った時点で、感謝を込めて一人、一人から最低でも一得点を自然に払うはずだ。それを何人かで分ければ良い。悪くないだろう」
「そうですね。悪くない」
「扉を開けるが、暴れるなよ」
「しませんよ。話を聞くまでもありません。即座に、引き受ける。そう言います」
 男は扉が開いて出て来ると、直ぐに、
(酒は抜けているようだが、もし、暴れたら頼むぞ。これも仕事の一つだからなあ)
と、長老に耳打ちされた。
「開けるから、奥の壁に手を付けていろ。良いか。病状を見たら出すそうだぞ」
 長老から、鍵を渡されると、檻の中の獣を出すような様子だ。
「私は何の病気だったのですか、まさか」
 この男の顔を見なくても、顔色は青ざめていると感じる。それは声色からも、体の機能からも、不治の病と思っているに違いない。
「ただの風邪だ」
 男の後ろから長老が言葉を掛けた。
「本当にそうなのですね」
 部屋から出ると、長老の顔を見て問い掛けた。
「そうだ。大丈夫のようだな。廊下の突き当たりの部屋で身なりを整えろ。湯も出るから汗なども流せよ」
「はい、分かりました」
 即座に返事をすると、駆け出した。
「あの男は何ですか。別人ですよ。確か二日酔いとか、耳にしたような、違うのですか?」
「ううんっう。あの男は酒が強いのか、弱いのか分からん奴で、何て言えば分かるだろうか、普通はあのような男なのだが、酒の臭いでも酔ってしまう。酔うと底なしに飲んで記憶がなくなり、性格も少し変わってしまう。それを知り合いが面白がって、つい、慰労会の時に酔わせるのだよ。止めろと言うのだがなあ」
「あの男は使えるのですか?」
「それは保障する。お前も身なりを整えてくれんか、昼には二人が来るのでなぁ」
「ほう、四人でやれ、と」
「そうだ、頼んだぞ。わしは、自分の部屋に居る。終わりしだい部屋に来てくれ」
「分かりました。必ず二人で行きますからぁ」
「済まない」
 長老は最後の言葉だけが、心からの声なのだろう。ふかぶかと頭を下げた。その後は同じ騒ぎを聞きながら自室に戻ると、のんびりと煙草を一本吸い終わる頃に、ほぼ同時に二人の女性が現れた。
「あっ済まないが、お茶でも飲んで、暫く時間を潰して欲しい。ついでに、わしの分も用意してくれると嬉しいが、良いかな」
「はい、はい、長老様は紅茶ですね。貴女は何を飲むの。遠慮しなくても良いわよ」
 声を掛けられた女性は顔を顰めるが、この女性を知る者が見れば照れ隠しをしていると感じるはずだ。
「紅茶にします」
と、答えるが、扉の近くで立ち尽くしていた。
「お嬢さん。椅子に腰掛けて待ちなさい」
長老が話を掛けた。
「はっはい」
 人見知りする人柄のなか、腰を掛けると俯きテーブルを見つめていた。
「どうしたの。気にしなくて良いのよ。この部屋に何があるか分からないのだからねえ。何も出来ないのは当然よ。どうぞ、お口に合うか分からないけどねえ」
「いいえ、良い匂いで美味しそうです」
「お婆様のように美味しくないわよ」
 長老に渡しながら声を掛けた。
「有難うなぁ」
 部屋に居る三人は、紅茶の香りや味で夢中になったのだろう。二人の男が来るまで時間を忘れていた。
「コン、コン」
扉を叩く音が聞こえ、二人の女性は驚いた。と、言うよりも、この部屋に来た目的が思い出されたような驚きだ。
「入ってきて良いぞ」
「あっ、済みません」
 少し時間をずらして、また来ます」
 男二人は、女性を見ると部屋を出ようとした。
「あっ、あの時は済みません」
「あっ、酔っ払い」

 二人の女性は驚きの声を上げた。片方は険悪表し、もう片方は何度も誤り続けた。
「何を考えている。この四人で事件を解決するのだぞ。気心を確かめたらどうだ。
 長老は四人をなだめた。
「この馬鹿と一緒なの。冗談でしょ」
 先ほどは囁き程度だったが、長老の言葉で理性が切れたようだ。
「礼儀も知らない小娘と、共に、やれやれ」
 大げさに肩を竦ませ、連れの男性を助けに入ったように見えるが、これからの仕事、いや、使命の事を考えたのだろう。心の底から疲れを感じられた。
「小娘とは何よ。礼儀を知らないのは、あなたの方でしょう。貴女も言って上げな。この馬鹿が適切な対処をしていれば、大騒ぎにならなかったと言う噂よ」
 この女性の一言で、四人は言いたい事を言い始めた。その様子を長老が椅子に腰掛け、笑みを浮かべながら見ていたが、話題がずれるにしたがい笑みが崩れてきた。
「いい加減にしないか」
 老人独特の恐怖を感じさせる声色が響いた。
「あっ済みません」
何故か四人の言葉が重なった。その様子を見たからか、長老は何も言葉を掛けずに何度も頷いていた。恐らく、似た者と感じたのだろう。
「共に食事をしながら任務の事を話そうとしたが、無理のようだな。まずは、四人だけで食事を食べて、気心を確かめてきてくれ、話はそれからだ。費用は、わしが持つぞ」
「この馬鹿とですかぁ」
「生意気な女、俺が言う事だ」
「いい加減にしろ。早く行け」
 四人が、また、騒ぎ始め。それを見た長老は、怒鳴り声を上げた。
「はい~」
 長老の判断は間違い無いと思える。又、四人の返事は声色まで同じだったからだ。
「始めに言っておく。私は、誰の指揮でも構わない。これから言う事は命令ではないぞ。
食事や、飲み会をするような良い店は分からない。隣の男もなぁ。二人の女性に任せるぞ」
「良いわよ」
「あああ、忘れていた。飲み会は駄目だぞ」
「私達を馬鹿にしているの。そんな事は分かっているわよ」
「そうねえ。この騒ぎでも開いている店屋があれば、あっあの店屋なら開いているかな」
「それ程の騒ぎになっているのか?」
 年配者が、不審に思い問い掛けた。
「何も知らないの?」
 三人の男女が同時にうなずいた。
「まさか、反省室に、今まで居たの?」
「・・・・・・」
 三人の男女は口にするのも嫌だ。そう表情に表れていた。
「そうなの、食事をするよりも、家に帰りたいでしょう。この場は長老に謝って、素直に話を聞きましょうか?」
「そうなだ。私は、それで良いぞ」
 他の男女もうなずいた。まだ、長老の部屋の前で話しをしていた為に、即座に扉を叩いた。
「入れ」
 そう言われ、四人は部屋に入った。
「長老様。先ほどは失礼しました」
 最年長の男が声を上げると、三人は俯いて答えた。長老はその様子を見て笑みを浮かべているが、その笑みは可笑しいので無く、全てを任せられる。安堵の笑みに思えた。
「そうか分かった。それなら椅子に腰かけてくれないか、見上げると、わしの首が疲れる」
 四人は何やら言いたそうにしていたが、長老の真剣な顔を見て、口にするのを止めた。
「外界の事を知っている者もいると思うが異議を答えないで欲しい。まず、本名は忘れて欲しい。自分で好きな名前を考えてもらうのが良いと思うが、時間が惜しい。わしが決めるぞ。愛、蘭、甲、乙と決める」
 左から女性二人、男性二人に指を示した。 
 愛と名づけた者は、この中では一番の身長があり眼鏡をかけ、長い髪で色白で均整のとれた体をしていた。二人目の蘭は、襟首までの短い髪で、幼児体型だからだろう。幼く見えるが二十代前半で背が四人の中で一番低く少年のようだ。甲は一番の年長だが二十代後半で、愛とほぼ同じ身長で、そして、常に渋い顔を表していた。最後の乙は、蘭が背伸びをすれば届く位の身長で、常に何かに恐れているように落ち着きがない。そして、酒の匂いでも酔い。酔うと性格が変わる。
「何故、名前を変更するか分かるなぁ。だが、一応、簡単に伝えておく。外界で、同姓の種族が居た場合、仇と思われて命の危険があるからだ。それに、同属と思われて、一族を救うのも困る。歴史が変わるからなぁ。その行為で記録に残されて、英雄などになって外界の歴史に残されても困る。まあ、出来る限り騒ぎを大きくして欲しくない。
「それは、分かっています」
 代表のように甲が答えた。
「それで、外界で何をするか、ただ、獣に会って話しを聞き、その要求に応えるだけだ。もしも、四人が本能で獣が危険だと感じた時は、連れ帰ってきて欲しい」
「えっ、命の危険があるのですか?」
「特別兵務経験得点を付けるからなぁ」
 長老は突然に笑みを浮かべて、問いの答えになっていない事を呟き、後は笑みを浮かべて誤魔化しているように感じられた。
「あのう」
 四人は問いの答えに言葉を無くした。甲だけが年長だからだろう。長老に再度問い掛けようとした。
「ん、どうした。あっ言い忘れていた。甲が申請した特殊車だが、明日の朝に届くようにしたぞ。獣人探知機だけは確認してくれよ」
「なん、なな、何で、私の最高傑作車を使わないと行けないのですか。私の夢ですよ。あれを設計するのに車を何台潰したか」
 怒りで我を忘れ、長老に掴み掛かる行きよいだった。
「今回の車はお前の物ではない。試作品だ。今回の任務で不具合を確かめたら良いだろう。わしの気持ちが分からないのか」
 長老は話を誤魔化せた。そう思ったのだろう。煙草を吸う為に視線を逸らした時に、甲が、長老の首に掴み掛かった。長老は自分の力でも、三人に助けを求める時間も無い。そう感じたのだろう。死に物狂いで声を上げた。
「そう何ですか。有難う御座います」
 笑みを浮かべながら自分の世界に入り、任務の事も自分が何処に居るか、全てを忘れているように感じられた。
「げっほ、げっほ、ごっほ、ごほごほ」
 甲は無邪気な表情のまま。愛と乙は長老の言葉で顔を青ざめ何も言えないでいる。蘭は気性の為だろう。微かな気を振り立たせた。
「あのう、長老様。命の危険の事や助言などを詳しく聞きたいのです」
「ごほ、そうだろう。ごほ、ごほ」
「そうですよね。あれだけの話で任務に赴け。そう、言うはずが無いと思っていました」
「ごほ、ごほ、ああっ明日の朝までに調べておく。ごほ、心配しなくて良い。ごほ、出発までに間に合わせる。今日は、ごほ、心身ともに休みなさい。通常出勤時間には車が来ているはずだ。ごほ、点検していてくれ」
 長老は始の内は息をする事が苦しかったのだろうが、用件を言う頃には顔色も赤みを取り戻したのだが、考える仕草を誤魔化す為に咳きをしているようだ。そして、全てを言い終わると、又、わざとらしく咳きを吐いた。
「長老様、大丈夫ですか」
「ああ、大丈夫だ。ごっほ、今日は早く帰りなさい。ごほ、ごほ」
 咳きを理由に、四人を部屋から無理やり出したように感じられた。
 四人は、周りで騒ぐ人々に話を掛ける事も出来ず。長老の部屋に入る事も出来ないでいた。ここに居ても何もする事も、出来る事もない。そう思ったのだろう。それぞれが家に帰って行った。
 翌朝。甲以外は、出勤時間を言われなかった為だろう。皆が出勤する時間をずらして現れた。恐らく三人は、事件の担当に決められた事を、皆に知られていないと思うが、中には知る者がいて話を掛けられる。そう感じたからだろう。それなのに何故。
「がんばってくださいね」
「この騒ぎを早く終わらせて下さい。得点なら好きなだけ与えますからお願いします」
「ありがとう。頑張って下さい」
 三人の、家を出る時間が分かっていたのだろうか、それとも待っていたのだろうか、窓という窓から声を掛けられる。普段のこの時間なら人に会わないのだが、何故か人が可なりいるのだ。そして、声を掛けられる。握手を求める者もいる。何故か涙を流す者もいた。
(何故。皆は知っているの。誰にも会わなくて済むと思ってこの時間にしたのに、これで失敗したら命の心配は大げさかもしれないが、もう普通に暮らせない。と言うよりも、この都市には居られるはずがない)
 甲以外は、同じ考えなのだろう。青ざめて落ち込んでいるようだ。甲だけは笑みを浮かべながら車の点検に夢中だった。
「長老にお聞きします。何故、皆は任務の担当を知っているのですか?」
「それは当然分かると思うが、助言や忠告などを知りたいと言ったはずだ。それを調べれば都市に住む全ての人に聞かなければならないだろう。そう考えなったのか」
「そうですね。長老様、意味は分かったのですが、何故、手には花しか無いようですが、助言などの資料は無いのですか?」
「ない」
 長老は真剣な顔でハッキリと答えた。
「・・・・・・・・・」
 甲以外は言葉を無くし立ち尽くした。
「それでは任務を頼んだぞ」
 愛と乙に花束を渡し、甲と蘭に大人の菓子と言われている。度数の高い酒入りチョコレートを渡した。そして、二人に耳打ちした。
「乙が役に立たない時に一つ渡しなさい」
 長老が渡し終えると、人々の声援が響いた。「がんばってください。頑張って下さい」
 人々の雰囲気は四人が任務を断る事が出来ないようにする。そのような演出に感じた。
「あの、あのう」
「長老」
「長老」
「・・・・・・」
 甲もやっと、この任務が危険なのかも知れない。そう気が付いたようだ。だが、長老を
含めて、人々は固まったままの四人を動かす為に、そして、早く任務に赴いて欲しい為だろう。これでもか、これでもかと大声を上げる。そして、人々の押す力に負け、無理やりに車内に押し込められ、車は自動操作で走り出した。もう、後は、四人には何も出来ず、悲鳴だけが車内に響いた。
 そして、車が消えると、人々は自分の部署に帰りながら囁く。だが、大勢だからだろう。
「目標点に行動開始。と打ち込める」
 ハッキリと都市の中に響いた。
 四人が居た。幻のような都市とも船とも思える物は、周りを薄い膜で覆われ異空間を漂い浮いていた。まるでシャボン玉のような感じだ。だが、都市の人々は、都市が作られた理由も、機能の操作も何も分からなかった。それでも、その都市に住む人々は、都市の外を外界と呼び、外界に住む人々を擬人と獣人と呼んだ。その者達は、都市の住む人々の祖先が自分達の遺伝子と動物の遺伝子を使って人を造ったが、猿の遺伝子を持つ者は何一つ獣としての力が無かった。その為に擬人と呼び慈しんだ。その他の動物の遺伝子を持つ者は鼻が利く者や足が速い者がいた。そして、変身が出来た。だが、獣人は家族を守る時だけに力を使い。普段は力があるのは動物の血が濃いと自分を蔑み、力を隠し通し擬人として暮らしていた。そして、時が流れた。獣人は生まれた所を子供達に夢物語として伝えた。東洋系獣人は崑崙、西洋系獣人はエデンと言い。アトランティスと話す人々もいた。擬人は力などが無い為だろうか、全てを忘れていた。
「これから、どうすれば良いの」
 愛は車内の雰囲気や精神が我慢出来なくなるまで悩み続けたのだろう。悲鳴のような泣き声のような声を上げた。
 車内の四人以外、都市に住む者は何が起きようと機械の指示通りにするか、指示が変わるのを待ち続ければ良いのだろう。だが、四人は何をして良いか分からない。それどころか命の危険があるに違いない。そう思っているはずだ。
「自動的に目標の獣の十キロ範囲に出現する。その後は接触してから考えるしかない」
 甲は驚いたような声を上げた。
 それは皆が思っている事だろう。愛は着いてから、どうするの。と、聞いたはずなのに。

 第五章
 一人の女性が何故、雨に濡れながら歩いているのか、紋章入りの服装から判断すると供がいても同然な裕福な育ちと感じられた。
「雨は恵みの雨だが、このように何日も続くと嫌になるわ。えっ」
 夜と言うよりも、朝と考えて良いほどの時間だ。人が居るはずが無いと感じた。それもそうだろう。雨も降り止まないのだからだ。
「人形か」
 この女性は貴婦人のように見えるが目線からは戦士のように感じられた。だからだろうか、恐怖でなく敵意が感じられた。それを確かめるつもりでは無かったが、帰るには、この道だった為に近づいた。
「人だねえ」
 その人物の下に目線を向けると、陶器のお椀が置かれ、最低通貨が一枚入っていた。
(托鉢をしているのか?)
 そう思い、男の顔に視線を向けた。
「これから、私は軽く食事をしながら飲むのだが、付き合わないか?」
 この男は元々無表情なのだが、女性は雨に濡れて青ざめている。そう思い、自分が無視すれば人が通る時間まで体が持たないだろう。それで声を掛けた。
「私に言っているのか?」
 この男は驚いているのだろうか、表情からも声色からも感じられない。
「そうだ。他に誰か居るように見えるのか?」
 服装からは想像が出来ない。男性のような話し方で、男は驚いているのだろうか。
「むう、うっうう」
 何か考えている。悩んでいるようだ。
「私とでは、食事をしたくないのか?」
 怒り声を上げた。
「いや、違うのだが、女性と二人では何かと、不味いのではないかと考えていた」
 歯切れの悪い口調だ。
「ほう。私を見て色気を感じたのか」
「いや、違うのだが、何って言えば」
「坊やと食事をしても困る事はない」
 この男は坊やではない。二十代前半だ。そして、何かの宗教だろうか、マントの背に遺言命と、刺繍で書かれていた。
 男の話を途中で遮り、声を上げた。
「それでは行くぞ。後に付いて来い」
 女性はお椀を拾い。男の手を引きながら話し掛けた。
「何をしている。来い。酒も付き合えるな。飲めるのだろう?」
「遺言状、第一巻、第二章二十番と、第三章三十番。目上の好意は受ける事、女性の気持ちを尊重する事。にある。喜ぶべき事だ」
 無理やりのように歩かせられ、男は呟くが、雨音に消されて、女性の耳に届かなかった。
「ん、何だ。飲めないと言いたいのか、私の酒を断るとは始めて聞いたぞ」
 このような時間で、雨で人が居ない為だろう。遠くからも店屋の明かりが見える。女性は、男性を引きずるようにして明かりの元に向かった。
「親仁。飯をくれ、酒も頼む」
 常連の親父のような声を上げた。
「まいど、どうも」
 初めての客だが、親仁の癖に違いない。
「それと、悪いのだが、親仁の服と湯を借りたいのだが、金は払うぞ。この坊やに、な」
「貴女様はよろしいのですか」
「私の湯は良い。近くに家があるからな。部屋で窮屈な服を脱いでくる。その間に飯を作っていてくれ、私は直ぐ来る」
「はい。畏まりました」
「あっ」
 店主は驚き、一瞬だが声を掛けるのを忘れた。
 女性の言葉の通りに直ぐに現れたからだが、それだけでなく、先ほどが深窓の令嬢と思える服装から男女兼用の旅装服だ。普通の旅人なら着ても可笑しくないのだが、穴が開いてよれよれだからだ。
「お連れさんは湯に入っています」
「かまわない。酒をくれないか、あれも食事はまだなのだろう」
「はい。ご一緒に食べるのですね」
「そうする」
 店主と女性が話をしている間に、男が湯から上がって来たが、何故か、裏口の扉で立ち尽くしていた。
「おー上がって来たのか」
「何て言って、お詫びすれば良いのか」
「このくらいの事で気にするな」
「第五巻、第二章七番、人の睦言を聞いては行けない」
「ななっ、第、睦言。何、馬鹿な事を言っているの。早く、席に座りなさい」
 驚くと女性の言葉に戻るのか、それとも身の危険を守る為に男性のような言葉を使っているのだろう。
「お連れさんの体を考えて、やや冷たい汁物から出しますが、同じ物にしますか?」
 女性は顔を赤らめ言葉を無くしていた。その雰囲気を変えようとしたのだろう。立ち上がりながら言葉を掛けた。
「そうする。同じ物で良い」
 二人は食べ物の香りに負けたのだろう。調理場を見つめ続けた。そして、料理を出されると、一言も話す事も無く食べ続けた。
「酒は飲めるのだろう。礼の代わりに付き合って欲しい。それとも、貴方が信じる神では酒は飲めないのなら別だが、違うのだろう」
「おっ、付き合ってくれるのか」
 男は無言で杯を女性の目線まで上げた。
「若そうだが、何歳だ」
「歳か、何歳に感じる。貴女は、あっ、
 遺言状、第一巻、第一章、二番の注意事項は、女性の歳を聞かない事」
「何歳に感じる。ん、何の冗談だ。えっ、そうだな、二十歳位に見えるな」
「目は確かだ。二十歳だ」
 男の表情からは判断が出来なかった。女性が見える。それを俯いたように感じられた。
「おまえは、何処から来たのだ?」
「・・・・・・」
「言いたくないのか、そうか、これからの行き先はあるのか?」
「行き先は出来た。第一巻、第二章三番、例え、米粒一つの事でも義理を返す事。
 例え、行き先が地獄だろうと、貴女の護衛をします」
 男は酒を一気に飲み込んだ。普段は酒を飲まないと、言うよりも飲んだ事もない。まして、誰に勧められても飲まないのだが、女性から自分と同じ匂いを感じて、故郷の事を思い出しているのだろう。そう思う微かな笑みを浮かべていたが、全ての感情表現を知る事は、親以外には分からないだろう。
「ほう、面白い奴だな。義理を返すかぁ」
 女性の目が一瞬だが光った。この男の性格が分かったのだろう。そして、試してみた。
「私に義理を返すのだな、それなら飲め」
「そうだ」
 男は機械人形その物に見えた。杯の差し出す時間も、杯の酒を飲み終わる時間は、何度繰り返しても同じだった。
「酔わないなぁ。酒は強い方だろう。それとも、酔っているのか?」
(やはり何も答えないなぁ。試してみるか)
「私に義理があるのだろう。酒は好きか」
 女性の表情は子供が悪戯をする時のような表情を浮かべた。
「義理はある。酒は好きではない。感覚が狂い、眠気を催す。気にするな、美味いぞ」
 この男としては、最後の言葉は冗談なのだろう。だが、無表情で言われれば相手は気にする。それは分かっていないだろう。
「そうか、嫌いか」
(義理と言えば何でも話すのか、先ほどは答えなかったからな、もう一度試してみるか)
「私に義理があるのだろう。それなら、何処から来て何をしに来た」
「義理はある」
 男は女性の悪戯で全てを話してしまった。
 自分が訓の息子の由と言い。あだ名が遺言男と言う事から始まり。地球多次元世界から来た。そこは、無数の地球が存在するが月は一つしか無く、その月が生まれ故郷で、その
月には地球と同じ植物や動物がいる。その住人は蜉蝣のような羽と小指に赤い感覚器官があり。蜉蝣のような羽で次元を飛び。赤い感覚器官の導きで、連れ合い探す。その旅に出た事を話してしまった。
「ほう、赤い糸が繋がる異性を探す旅なのか、私と同じだぞ。あははは。だが、私には羽など無いがなぁ。お前の背中には本当に羽があるのか、その話は誰から聞いた。あははは」
 二人は、元は同じ同族だと知らない。
 男女の祖先は、まだ、通常空間の宇宙の月に植物や動物ともに月人が存在していた時の直系の子孫だ。だが、月に異常が起きて脱出したが、逃げ出す時に、偶然に次元の狭間に入ってしまい。そのまま、時の流れの次元の隙間に取り残されてしまった。その閉ざれた所で生存していた為だろう。連れ合いを探す事が出来るはずもなく、背中に蜉蝣のような羽が生えたのだ。だが、それでも、違う月だが月に住めたのは救いだったはずだ。この月に住む純粋な月人の生き残りが、この男だ。
 女性の方は、当時、月に無質転送装置があり。それで、無事に地球に着いた。その装置は簡単に言えば、月から地球までの重力を軽減するトンネルと思ってくれたら分かるだろう。そして、地球に逃げ延びて暮らしていたが、月人は、時が経つにしたがい子孫を残す力が衰えた。そして、様々な職種の担い手や自分の子孫を残す為に、動物と月人の遺伝子を使い擬人を造った。だが、猿の擬人だけ何も獣としての力が無い為だろう。擬人として信じられない程に慈しんだ。他の動物の遺伝子を使った人々を獣人と差別した。それだけでは済まずに、月人は、擬人が、獣人を怖いと言えば倒してまで、擬人の願いを叶うように手を貸し続けた。このまま係わっていれば、月人は、一人、二人と消えてしまう。そして、全ての同族が消える。そう考えた。だが、それだけで収まれば良いが、擬人が月人と同じ歴史を辿らせては成らない為もあった。それで、この地の全てを擬人に渡し、残りの月人は係わりを絶つ為に、都市だけで住み。都市を雲のように浮かべて空から見守る事を考えた。元々、月に住んでいる時は、月から地球を見守っていたのだ。それと、同じ様にしようと、都市の周りの地面を切り取り、周りの砂や土の時間を止めて船のように作り変えようとした。月に住んで居る時は、何でも無い事だったのだが、永い月日の為に知識や使用方法を忘れたのか、それとも、都市の機械設備の限界だったのだろう。成功しなかった。その結果が、異空間に都市が漂い浮く事になったのだった。その子孫が、この女性だ。
 この男女とも地球人類から連れ合いを探すのだが、蜉蝣のような羽がある男性は、より純粋な月人の血を探す為だろう。二人の共通する事は、赤い糸の感覚器官がある事と、遠い過去を忘れている事だ。何故に忘れたか、それは、最後に全機能が使用されてから数千年の時間もあるが、その時の使用目的だったはずだ。
「まあ、嘘でも良い。私の気を惹こうとしたと思うぞ。冗談も言えるのだな。あっははは、面白い奴だな。私を涙花と呼び捨てして良いぞ。なみだの涙、と、花と書いて、るいか。可愛い名前だろう。この名前で呼ぶ者は、お前を入れて二人目だ。光栄に思え。あっはは」
 女性は楽しそうに、男から聞き出していた。話し出す内容によっては真剣に頷きながら声を掛けていた。始めの内は自分の知らない血族と思っていたのだろう。だが、羽衣の話を聞くと突然に笑い声を上げた。赤い糸も嘘に違いない。自分に気を惹こうとして、外界に住む獣人の夢物語を話したのだろう。そう感じた。
「そろそろ夜が明けるな。私は少し寝るが、お前は如何する。宿は無いのだろう。私の所に来るか。宿と言っても自宅のような物だ。空き室があるぞ。来ないか」
「・・・・・・」
 遺言男は無言で頷いた。
「親仁。お代はここに置くぞ。釣りは良い」
 女性は紙幣を見せると、食卓の上に置いた。
「ありがとう。御座います」
 女性は楽しそうだ。男と会う前は雨具も使わず。雨に濡れながら歩いていたはずだ。よほど男との会話が楽しかったのだろう。それもそうだろう。世界中探しても男と同じような変人は居無いはずだ。心の底から笑いすぎて、嫌な考え事は忘れたに違いない。
「雨は止んだようだ。行くぞ」
 店を出る前に、男に振り返り言葉を掛けるが、後を付いて来ているのか気にも掛けずに歩き出す。その後を遺言男は顔を赤くして呟きながら歩き出す。
「既婚、未婚に係わらず。女性と二人で家に泊まる事は、遺言、遺言、遺言」
 父親も書き忘れがあったようだ。それとも息子と違い。父親は女性と二人で部屋に泊まる事が当たり前で、書き残す事が思い浮かばなかったのだろうか。

 第六章
 「目標地点には車内時間で三十分後に到着します。探査虫を飛ばす準備をして下さい」
 車内には四人以外の声が響き、驚き車内を見回した。
「あああ、忘れていた」
 甲だけが意味が分かり、あわてて射出した。
 その虫は人口の蚊に似た物だ。時期によって形は違うが目標地点を探査する機械だ。
「本当にもー。これから如何するのよー」
 愛は又、声を上げた。
「だから、目標地点の安全を確認する為に虫を出したから、そんなに心配するな」
 甲は操作をしながら声を上げた。
「甲で良いですよね。年長者と思い聞きますが、何かの計画を考えているのですよね」
「だから、虫を出したから目標地点に障害物があっても、この時間なら変更が出来る」
 画面を見ながら操作をしていた。その為に苛立ち、問いとは違う事を喚いた。
「何故なの。到着する前から危険に会うの?」
 愛は狂ったように喚いた。乙は気絶して何も言わない。蘭は怒りを表しながら到着まで声を上げるのを我慢していた。それもそうだろう。甲の何も考えていない事に呆れていた。
「ふうー大丈夫だな。衝撃があるかも知れない。しっかりと椅子に座っていてくれ」
 甲が椅子に腰掛けながら話すと、二人は慌てて腰掛けた。数分後、エレベータが急速に落ちるような感覚を感じた。
「俺の車がー」
 喚きながら甲は車外に出た。
「着いたのですね」
 愛は顔を青ざめていた。よろめきながら車から出ると、ホットしたのだろう。
「うぁああ広い空」
 満面の笑みを浮かべ、愛は喜びの声を上げた。
「あいつは駄目」
 蘭は、甲に鋭い視線を向けた。
「何なの。乙はまだ気絶しているの」 
 車内から出る間際に蘭は、泡を吹いている乙にも声を投げ掛けた。
「うぉおおお。これなら都市だけでなく、外界でも何ども行き来できるぞ」
 子供が始めて自転車を買って貰った時のような異常な驚きだ。
「ほう、任務を終了しても都市に帰るのに支障ないのですね。それで、これからの計画はどの様にするのでしょうか。私は歳も若くて、計画を考えられませんわ」 
 笑みと目が釣り合ってない。勿論、声には感情が感じられないが、天性の営業微笑だ。
「そうだな。それなら飲み物でも作ってくれないか、飲みながら気持ちを解そう。今この時間以外は緊張の連続が続くだろうからな」
(この野郎作ってやるよ。どうせ即席の物しか無いのだろう。えっえー)
と、蘭は心の中で思いながら頷いた。
「俺は薬草茶に、同じ薬草を三枚入れてくれよ。それから小さじで一つの酒を、ああ、あいつが居た。匂いでも酔うのだった。諦めるしかないか、全ての物に名前が書いてあるから安心してくれ、作り方も扉に貼ってあるぞ。大抵の物があるから好きな物を飲んでくれ」
「はい、はい。分かりましたわ。用意しますから、乙の様子を診て下さい。愛も惚けていますからお願いします」
 営業微笑は変わらないが、本格的な物がある思いで、目元に微かだが喜びが感じられた。「えっ、乙は病気なのか。それは大変だな」
(この野郎は、車以外は頭にないのか)
 甲の話を聞き流し、蘭は心の中で悪態を吐きながら車内の中に消えた。
「わぉおー泡を吹いている。なんでだぁーやばいぞ。おーい、愛、あーいー」
「もうー何ですか。素晴らしい景色を見ているのにー。ほんとにっ、もー何なの」
 先ほどまでは奇人のように錯乱していた愛なのに、他人事だからか、それとも都市以外の風景を見た事が無いからだろう。まるで別人のような変わりようだ。
「悪いが、乙の様子を診てくれよ。愛が医師職種経験者なのだろう」
 愛はお多福風邪に罹ったような顔で現れ、その為に、甲は怯えた声を上げた。
「そんな事ですか、私ではないですよ」
 乙が見えないのだろうか、用件を聞くと車外に出ようとした。
「チョット待ってくれよ。蘭なのか」
「乙ですよ。私は看護だけです」
「こいつなのか信じられない。愛、チョット待てって」
「もうー何です」
「乙を見ても何とも思わないのか」
「変ですね。何かあれば酒入りのチョコレートを食べさせろと言っていましたでしょう」
「食べさせれば良いのだな」
 甲は言われたように袋を開けて手に持つが、意識が無い者にどうの様に食べさせるか考えていた。乙は酒の匂いで、ぴく、ぴく、と身体を痙攣させて意識を取り戻したのだが、目が虚ろで自分では食べられないだろう。
「もう何をやっているの」
 愛は言葉と同時に、甲からチョコレートを取り上げると、心の底から不満を表しながら無理やり乙の口に押し込んだ。
「ほう、荒っぽい治療だな」
 甲は治療の事が全く分からないからだろう。真剣に愛と乙を交互に見つづけた。
「私に用はないわね。外に居るから」
 返事も聞かずに車外に出る。
「はっふー」
 乙は溜息なのか気合のような声を上げた。
すると、顔中に赤み戻る。と言うよりも酔っているようだ。だが、気のせいなのかも知れないが瞳には知性が感じられた。
「わっおっ大丈夫なのか」
「ああ大丈夫だ」
「本当に大丈夫なのか。何か眼つきと言うか雰囲気がいつもと違うように感じるぞ」
「ああ本当に大丈夫だ。有難う」
 甲が変と感じたのは、乙がおどおどした話し方でなくハッキリとした話し方だからだ。
「そうか。それなら手を貸してくれないか」
「私に出来る事なら。うっうう」
「大丈夫なら簡易小屋を作るのに手を貸してくれ。少し休んでかれで良いからな」
 甲は、乙が何度も頭を振りながら話す仕草を見て不審に思いながら話を掛けた。
「何をやっているの。出来たわよ」
「蘭、乙の様子が変でないか」
「ん。そう見えないけど、どこか変なの。それよりも、これを置く所を作ってよ」
 乙の事はどうでも良いのだろう。愛は一瞬目線を向けるが、目に入ってないに違いない。
「適当に腰を下ろして飲まないか、話の内容によっては準備で忙しくなるはずだ」
「別に良いわ。早く紅茶を取ってよ」
 四人は車内では飲みたく無かった。たとえ座り心地が良い椅子が有っても、都市とは違う開放感を味わいながら飲みたいのだろう。
「外界って凄いのね。空を見ても隔てる物もないわ。それに周りは砂しかないけど、その先は又、空なのよ」
「日が沈んだら驚くわよ」
 蘭は、愛に話に相槌を打った。
「ん。ああっ太陽の事ね。星が見えるのでしょう。早く見たいわ。綺麗でしょうねえ」
 二人の女性は満面の笑みを浮かべる。嬉しさで目が輝くとは、この様な笑みだろう。
「私達は都市から出た事がないのだから驚くのは確かに分かる。だが、そろそろ話を始めても良いかな」
「何を言っているの。いつ話すのか、いつ話すのかと、待っていたのよ。早くしてよ」
 蘭は本心の言葉のように声を上げた。
「そうか悪かったな。許してくれ」
 ここで言い返せば言い争いになる。甲はそう思ったのだろうか。いや違うだろう。蘭の悔しがる顔が見たかったに違いない。それは、甲の一瞬の笑みで感じられた。
「これから話すとしても、あの乙の様子では話をしても頭に入らないわよ」
 蘭は心配などしていない。それは人を馬鹿にしたような勝ち誇る笑みで感じられた。
「ぎり、ぎり」
 甲の顔の表情は変わらないが、耳を澄ましていれば、奥歯の噛み締める音が微かに聞こえるだろう。そして、心の中で悪態を吐いた。
(先ほどから言っているだろうがー、今頃気が付いたのか。この女、良い性格しているよ。
それとも、どうしても俺を怒らせたいのか」
「あっああ、もっもー、ほんとっにっもぉー、一つで駄目なら二つあげたら良いでしょう」
 愛は又、乙の口にチョコレートを入れた。
すると、微かだが目が潤んだ。感謝からと言うよりも酔いが回ったように感じられた。
「愛、蘭ありがとう。私を心配してくれるのは嬉しいですが、本当に大丈夫ですから話を始めて下さい」
 乙は、愛と蘭に礼を返して、甲に話しを勧めた。そして、甲は頷き、話を始めた。
「ここからだと、目標物が居る都市は歩きだと半日位の距離だ。二手に分かれるしかないだろう。車を隠し、簡易小屋を建てて二人が残る。もう二人が目標物を確認しに行く」
「チョットまって、その人選を甲が決めるのですか、それで自分は行かないつもりね」
 蘭は掴み掛かるような態度だ。
「まて、まだ話の途中だ」
 死にそうに青ざめているのは、本当は別の考えが無い為か、それとも蘭の鬼のような表情の為だろうか。
「あのう、なあ、あっ近くに民家がある。
 そこで馬を買うか、馬を借りて、車を馬車のようにする方法もあるぞ」
「ほうー皆で目標物に向かうのですね」
「私も、それなら文句ないわ」
 愛は歩くのかと思い悩み、甲とは違う意味で顔を青ざめていたが、大きく息を吐き出すと、赤みを取り戻し始めた。蘭もその姿を見て渋々承諾するしかなかった。
「誰も文句はないようだな」
 乙の承諾も聞かずに計画が決定された。
「甲、何をすれば良いの。夜になる前に終わらせたいのですが、大丈夫ですか」
 愛は話をしながら、夜の星を夢見ているのだろう。目を潤ませ惚けているようだ。
「大丈夫だろう。それでは始めに車に幌を被せて簡易小屋を作ろう。馬に逃げられて立ち往生したように見せなければならないぞ。それでは早く準備を始めようか」
 甲が設計した車は、この世界には無い物だ。この時代から二千年後位に化石燃料で走る物に近い。それは荷物を運ぶ専用車と、簡易宿舎を兼ね備えた車と思ってくれれば分かってくれるはずだ。
「乙、留め金を取ってくれないか」
と、甲が、乙を使用人のように扱う。それを見た二人も、当然のように同じ扱いを始めた。「乙、小屋まだなの。急いでね。食器運ぶから、えっと、それ終わったら火を起こして」
「乙、これ売れそうだから外に出してね。それと、これと、これに、それもね」

「おおお、これなら馬車に見えるだろう」
 甲は一人で喜んでいた。ただ、車輪以外の部分を皮布で覆った。それだけだ。そして傷が付いてないかを撫で回すように探し始めた。
 その少し離れた所で、乙は小屋を一人で建て、火を熾し、湯を沸かし、汗を流しながら無言で売り物にする物を磨いていた。
「ねえ。何か食べ物を作ろうかぁ。もしかしたら、馬と交換が出来るかしら、蘭どう思う」
「そうねえ。ああー塩よ。塩なら売れるわ」
「らんぅ。塩ですかぁ」
 不振そうに、愛は問うた。
「そうよ。塩、塩よ。そう、よねえ」
 蘭は思案していた。他に売り物が無いか考えているのか、それとも、交換金額だろうか。
「愛、思い出したわ。何かの資料でみたわ。確かねえ。金と同じ価値で交換が出来るのよ」
 二人の女性は軽い食事を作るからと、乙に全てを任せて車の中に居た。甲は車の事でまったく気が付かないが、乙は声が聞こえる度に様子を見る。そして塩が売れる。それだけが確実に耳に入る。もう品物と言っていた物を磨かなくて良いのか。不思議そうに、それとも問い掛けているのか、どちらかにも思える視線を向け続けていた。
「乙、どうした」
 車の傷が有るかを確認し終えると、正気に戻ったような顔で辺りを見回した。そして、驚き声を上げた。小屋から全ての用意が終わったからの驚きではないようだ。
「ん、何だ。何だ。女の尻を見ていたのか、不謹慎な野郎だ」
「えっ、えっ」
 想像絶する事を言われて、声が出ないのだろう。そして又、甲の言葉で声を無くした。
「何をしている。そんなガラクタを磨いて遊んでいるのか、早く片付けろ」
 甲は、乙に言うと車内に入った。
「おお食事の支度をしていたのか、済まない。民家に行くのは食事の後にするか」
「蘭の話では塩は金と同じ価値があるのよ」
「そうか、馬と交換出来るな。待てよ。それは大きい町で交換しよう。良い考えが浮かんだよ。我々は塩を交換する為に町に向かう途中で馬に逃げられたとしよう」
「だけど、それなら馬はどうするの」
「大丈夫だ。任せてくれ」
 四人は直ぐに食事を始めた。愛と蘭は夜が楽しみだと嬉しそうに話ながら食べる。甲は、誰が小屋などを作ったのか、などを聞きもせずに惚けていた。おそらく又車の事だろう。
 その横で乙は、汗を掻きすぎて、もう汗は出ないのだろう。その代わりに塩を噴出しながら無言で食べていた。
「ねえ甲。民家に行くのでしょう。ゆっくりしているけど、そんなに近くなの」
 蘭との話も尽きたのだろう。愛は心配そうに尋ねた。その心の中は日が沈んで、星を見逃してしまう。それだけだろう。
「そろそろ行くとするか、愛大丈夫だぞ。往復しても日が沈むまで戻れるはずだ」
 甲は空にある太陽を見て問いに答えた。
「勿論、塩だけを持って四人で行くのよね。まさか、誰かを残して大事な車の見張りをしろ。なんて言わないわよね」
「ああ勿論そうだ」
「ふううん。そう、荒らされない自信があるの。それとも理由があるのかしら」
「ああ警報機も入れたしなぁ。小屋があれば近くに人がいる。そう思うだろう」
 蘭の笑みは、確認と言うよりも、甲の表情が変わるかを確かめながら遊んでいるようだ。
「良いな。それでは行くぞ」
 その掛け声で話を止め、甲の後を追う。
 四人の頭上には、やや西に傾いた太陽が輝いていた。時間にして二時頃の時間だった。
 一同は民家に向かうが、その住人は、砂漠にある数少ない水源の管理と国境の監視を任されていた。国境と言っても同じ獣人族の飛河連合国なのに変だと思うだろうが、国の成り立ちに原因があった。獣人は、猿人とも擬人とも人とも言われる人々に係わらないように東洋系は西へ、西洋系は東へと逃げるように移り住んだ。そして、この地に行き着き。一つの国を興した。自然と衝突を避ける為に東洋系と西洋系とに分かれて住んだのだ。
 それが丁度この水源が西と東の境であり。今では国境線となった。
「甲。本当に民家の方向に向かっているの。まさか迷ったとは言わないわよねぇ」
 太陽の位置が動いたとハッキリ分かる頃で、そして、身体が疲れを感じて歩くのが嫌になったのだろう。蘭は愚痴のように問い掛けた。
「間違ってはいない。あれが見えないのか、虫がいるだろう。確かに、太陽だけを見ていれば可也の時間が過ぎた。そう思うが、それほど歩いていないぞ。砂の上を歩き慣れていないから、そう感じると思うぞ」
 甲は空を見上げながら話を掛けた。
「えっ虫」
 愛は意味が分かれず声を上げるが、蘭が指を指して伝えた。
「あれ、あれよ」
 乙は話に乗らずに無言で歩き続ける。声を上げる気力もないのだろう。休んでいたのは食事の時だけだ。心底疲れているのだろう。
「あれだ。前を飛んでいるだろう。あの虫の設定は、我々の歩く早さの平均より下だぞ」
「分かったわよ。それで、後どの位なの。いい加減に疲れたわ」
 蘭は、甲をやり込めようとしたのだろう。だが、出来ずに頬を膨らませた。
「そろそろ着いても良いのだが、仕方が無い。あの砂丘を登り、見えなければ休もう」
 三人は休める。そう思ったからだろう。愚痴を零さず、笑みまで浮かべ砂丘に向かった。
「あれだ」
 甲は指を指して声を上げた。一人だけ喜び顔だ。他の三人は休まずにまだ歩くのかと苦渋を表している。だが、砂丘を登り民家が近い事に安堵したような表情を表した。

 第七章
 枯れ井戸を中心に土で固めた家のような物が五件建てられていた。砂丘の上からは建物の中で四頭の馬が鳴いている姿が見えた。恐らく馬小屋だろう。奥行きがあるから十頭位は入れられるだろうか、それにしても何故、馬が鳴いているのだろう。そう思える姿で家人が別棟から出て来た。宥めるよりも辺りを見回した。普段は大人しいのだろうか、家人は首を傾げる。水か飼い葉の催促と考えたのだろう。馬を落ち着かせて二頭だけを放した。何故二頭だけなのか分からないが、馬はゆっくりと出て来て近くの草を食べる。段々と遠くに向かうが気に留めない。残りの二頭を宥めながら閂を閉める。突然に砂丘に目を向けたが、馬から知らされたのだろうか、家人は見慣れない物を見つけ、見つめ続ける。四人はそう思われても仕方がないだろう。馬も無く歩き旅にしては汚れてもいない。と言うよりも新品にしか見えない。そして旅装服にも見えないからだ。そして、家人は用事を思い出したのか、それとも殺気も感じられず、武器を持って無い事が見えたのだろうか、何事も無かったように家に入って行った。
「四頭いるな。これなら多分貸して貰えるだろう。直ぐに行こう。ほら、立ってくれ」
 愛、蘭、乙は着いた事で安心したのだろうか、砂丘の上で座り込んでいた。甲だけは目が血走っている。目や表情からは早く恋人に会いたい。そう見えるが、恐らく早く済まして車の場所に戻りたいのだろう。
「はぁい、はぁい」
 蘭だけが、嫌、嫌、声を上げる。二人が歩き始めると、愛と乙も付いて行く。
「ほう、これ家よねえ。土を固めた物よねえ。雨が降っても崩れないかしらねえ。蘭」
「もうー何を言っているの。固まったら溶けないの。愛、話しは止めなさい。聞こえたらどうするの。失礼よ。早く来なさい」
 蘭は怒り声を上げた。当然の反応だろう。
 これから交渉すると言うのに印象を悪くしたくない為だ。
「何の御用でしょうか?」
 家人は話が聞こえ玄関に現れた。声色からだけで判断すると優しそうな中年と感じるが、髪と髭が覆われていて老年とも感じた。だが、目は人を殺した事があるような鋭い視線だ。視線が本心なら髪も髭も油断を誘う為だろう。四人は気が付かないが、武道を少しでも学んだ者なら感じるはずだ。
「あのう、ですね。言い難い話ですが聞いて頂けませんか」
 甲は心底から困っているように思わせるが、誰もそう思わないだろう。だが、見方によれば御曹司が困っているようには感じられる。
「何でしょうか。もし、宿をお探しなら、小金を頂けたら空き家をお貸し出来ますよ」
 家人は右手を隠して話を掛ける。恐らく背中に武器を隠している。そう思わせたいはずだ。邪な考えがあるか確かめる為だろう。
(何も感じないのか、武術を知らなくても分かると思うが、余程の腕の持ち主か、それとも本物の馬鹿なのだろうか)
と、家人は思いを巡らした。
「どうしても、町に行かなければならないのです。ですが、馬に逃げられてしまいまして、出来れば馬を貸して頂けないかと、話に来ました。駄目でしょうか」
「ほう、それはお困りでしょう」
 穏やかに話を掛ける。だが、疑いが晴れず背中に差してある短剣を握り締めた。
「出来る限りのお金を払います。あっこれをお金に換えに行くのです」
 甲は現物を見せれば良い返事を聞ける。そう考えて塩の袋を見せた。
「ほう、海の塩ですか、それも一級品ですね。これだと金の十倍の価値がありますよ」
 家人は手触りと味を確かめた。
「そうでしょう。それで相談なのですが、お裾分け程度の塩で保障として考えてくれませんか、後は換金した時に正規の値段を払いますから馬を貸してくれませんか」
 甲は、家人が一瞬だが表情が和らぎ手答えを感じて上擦った。
「そこまで言われたら断れませんね。それで貴方が一人で行くのですかな」
「いいえ、三人で行きます。心配でしょうから、もう一つの保障として、この男を置いていきますので好きに使ってください」
 仲間から苦情が出ないように一気に話しながら乙の背中を叩いた。
「えっ、そこまでして頂かなくても」
 一瞬だが、襲われる心配をして断ろうとしたが、即座に話を持ち出された。
「それで、三頭の馬を借りたいのですが」
「三頭ですか、うっ、ん。良いでしょう」
(考え過ぎか。本当に油断を誘うなら手持ちの塩を置いていくな。まあ襲われても、この四人なら負けるはずがないがなぁ)
「好きな馬を連れて行きなさい」
 家人が口笛を吹くと、二頭の馬が直ぐに帰ってきた。そして、二頭を甲に手渡しながら馬を与えた。やはり、先ほど二頭放したのは遊ばせる為でなく、もしもの時に危険を伝える為だろう。四人は気が付かないでいるが、世間話をする中でポツリ、ポツリ出てくる内容がそう感じられた。それは、自分はこの近くの水の管理と関所を兼ねていると、四頭も馬が居るのは伝書の為だと話をしたからだ。
「そのような大切な馬を貸して頂いても宜しいのですか、任務の支障は無いのですか」
「大丈夫です。一頭いれば足りますから」
 家人は、そう伝えた。
(この甲と言う男は、代替わりになっての始めての仕事だろう。少し様子が変だが報告はしなくても大丈夫だな)
 甲は安心した。話をして心を落ち着かせられた。そう感じた。視線が和らいだからだ。
「ああっ忘れていました。この男は乙と言うのですが、働きに渋るようでしたら、この菓子を与えて下さい」
と、言いながら酒入りのチョコレートを家人に手渡した。乙に視線を向けるが苦情を言わないのは馬に乗りたくないのだろう。それは馬が近寄る度に顔が引き攣っているのだから間違いないはずだ。三人は家人に分かれの挨拶をすると即座に行動に移した。
 愛、甲、蘭は何も話さずに車のある場所に向かっていた。乙の為に目標物の確認と換金を終わらせて戻る為ではないだろう。ただ、馬から振り落とされない為なのかもしれない。「やっと着いたぞ」
 甲はふらつきながら車に向かった。
「外界では、このような物に乗って移動しているの。信じられないわ」
「だけど、蘭、行きの半分の時間も掛かってないわ。馬に乗って来たから夕陽も見える事が出来るのよ。良かったわ」
 だが、馬の方にも言い分がある。自分の周りに蚊のような機械が飛んでいるからだ。まだこの世界には機械など無い。始めて機械の音(人の耳にも聞こえないのだが、馬の方も聞こえたのでなく人口物を感じて恐れたのだろう)で死ぬほどの恐怖を感じたはずだ。
「蘭。それ位にした方が良いわ。馬だって好きで乗せていた訳でもないし、聞こえていたら本当に怒るかもしれないわよ」
「えっ、そうね。そうよね」
 蘭は顔を青ざめた。先ほども死ぬ気持ちを味わったのに、本気で怒らせたら殺される。そう思っているからだろう。馬の手綱を持つ手が震えていた。
「ねえ、甲まだなの」
 蘭は震えた声を上げた。甲から馬は臆病だぞ。大声を上げたら暴れる。そう言われたからだ。だが、甲の耳には届かない。夢中で車を馬車に見えるように装っているからだ。
(ほんとにっもぉー)
と、心の中で悪態を付き、甲の所に行こうとしたが行ける訳が無い。馬車に装う作業の音。特に、金槌の音が聞こえ無い所で、逃げないように馬を捕まえているからだ。どうしようかと迷っている。馬から離れたい為に声を掛けた。それも馬を気にしながら何度もした。
「ねえ、ねえ。甲まだなの」
 声が届いたのだろうか、それとも偶然なのか、甲が声を上げた。
「良いぞ。連れて来てくれ」
「愛、良いってよ」
「えっあっ、はい」
 愛は空を見て惚けていた。
「お願いだから暴れないで歩いてよ。そう、そう、そうよ」
「ありがとう。馬を馬車の木枠に繋ぐから、もう少し捕まえていてくれよ」
 甲が工夫をして馬車のように装ったが、ただ、車体を布で覆っただけだ。確かに車の後ろに木枠を固定して馬を繋げば、馬車に見ようと思えば見えなくもなかったが、大きさから見ても三頭では動かないだろう。それとも自力で動かすのか、それなら問題がないが後ろ向きで長距離を走れるか疑問だ。
「ねえ。甲、大丈夫なの」
 愛は疑問を感じて問い掛けた。
「えっ何がだぁ」
「蘭も。そう思うでしょう」
「そうねえ。後ろ向きではねえ」 
 蘭は馬から離れる事が出来て、普段のような勝気の声色に戻った。
「あああ、その事なら大丈夫だぞ。手動なら「前方方向の運転席側だが、自動運転なら後ろ向きの荷台向きに動くからなあ」
「えっ何故そんな仕組みにしたの」
 二人の女性は驚きの声を上げた。
「愛、そう言う事は聞かないのよ。甲の専攻職種の問題だと思うわ」
 顔を顰めながら首を横に振っていた。恐らく話題にするな。と、言っているのだろう。
「おおお、良く分かるなあ。そうなのだよ。愛なら分かると思っていたがなぁ。星を見ながら行動したいだろう。私も地図を見ながら地形を見ないと行けないからなぁ。まさか蘭が、気が付くとは思わなかったよ」
 満面の笑みを浮かべて話を始めた。
「その話は後で聞くわ。早く町に急ぎましょう。乙の元に早く帰らなければ行けないわ」
 蘭は顔を顰めて話を逸らした。愛の問い掛けで気分を壊しているのに、その愛は荷台に座り夕陽を見ながら惚けていた。
「愛、良かったわね。夕陽もゆっくり見られて楽しみにしていたものね」
「はっ、出発するぞ。私は中に居るから、愛と蘭は確りと手綱を持って馬車のような感じに思わせていてくれよ」
 甲の溜息は、二人の遊び気分に疲れを感じたのだろうか、それとも、愛車の傷の心配なのか、恐らく車の傷だろう。そう思えた。話し終えてから数分後に偽馬車は動き出した。辺りには、二人の女性の心の底から楽しんでいる会話が辺りに響いた。
 三人が向かう先は飛河連合西国と言われる都に向かっていた。その国は幻の国と言われていた。何故、幻か。それは、獣人しか居ない為に、擬人が軍隊で攻めて来る者や邪な考えを抱く者を、獣人の嗅覚、殺気や心を読む力で感じ取り、都市中の獣人が消える事が出来た。その事に不審に思うだろうが、都市の生命線の河が不規則に流れを変えるのだ。砂の上を河が流れる為に酷い時は十キロも変わってします。その度に新都を造っていた。その為に、何か危機を感じたら旧都市に逃げる事が出来たからだ。その数も無数とは大袈裟だが、そう思うほど都市の跡があった。
「ねえ、甲。本当に町があるの。周りは廃墟しかないわよ。まさか、この車で一夜を過ごす事になるの。ならないわよね」
 夕陽が沈んで、念願の満開の星空を見ていたが、何も変わらない事に気が付く頃だ。愛の気持ちを考えて、二人は無言でいたと言うのに、その本人が沈黙を破った。
「愛、そうでも無いと思うわ。
堀の向こうを見てごらん。最近まで住んでいたように新しいわ」
「そうなの。暗いのによく見えるわね」
「月明かりでも見えるわよ。建物が確りと残っているし、恐らく堀でなく河だと思うわ。
底の方に光っているのが見えるもの。河の流れが変わったのよ」
「そう。私は眼鏡だから見えないのかな」
「あっ愛ごめんなさい」
 蘭は心の底からの悪いと思い謝罪をした。
「星も見飽きただろう。それなら、馬車の速度を上げても良いか」
 二人の話し声が聞こえ、車内から問うと。
「ああ甲、良いわよ」
「ねえ甲、話を聞いていたでしょう」
「ああ、蘭の言う通りだ。河の流れが変わったようだ。五キロほど先に人体反応があるから住人は移ったのだろう」
「五キロなの。そう、まだ時間が掛かるわねえ。だけど、そんな時間に店屋が開いているの。本当に部屋に泊まれるのよね」
 愛は話せば話すほど、険悪を顔に表した。
「えっあっあ、愛、流れ星を見たか」 
 甲は、愛に恐れを感じて話を逸らした。
(この女が一番怖い。表情や殺気が本物なら何をするか分からんぞ。この様な人が我を忘れて、原形を留めない程に殴り殺すのだろうなあ。何とかしないと不味いぞ。流れ星を探し疲れて寝てくれないかな)
と、心で思いながら恐る恐る目線を向けた。
「えっ流れ星。ななんですか。それは」
 一瞬で表情が変わった。目をキラキラさせえて、もう先ほどまで何で怒りを感じていたのかを忘れているようだ。
「仕組みなどを聞いているのではないよなぁ。知っていると思っていたよ。何て言えば良いのかな、星が動くと言うより流れるのだよ。見れば直ぐ分かるぞ。それよりも、擬人には面白い話しがあるぞ。流れ星が消えるまでに願いを言えれば叶うらしいぞ。試してみろ」
 話し終えると、大きく溜息を吐いた。愛の顔色や様子で誤魔化せたと感じたのだろう。
(これで、明日の朝まで夢中で星空を見ていてくれよ。俺が流れ星に祈りたいよ)
 そう心の中で祈った。
「愛は何を願うの。ねえ愛」
 蘭も女性だからだろうか、本当に楽しそうに話を掛けるが、愛は夢中で流れ星を探していた。町に入るまでは馬車の中も回りも静かだったのだが、流れ星が見つからなかった為だろうか、愛は喚き声を上げた。
「なな、何なの、無人じゃないの。これで人がいるの。これじゃ部屋に泊まるどころか食事も駄目でしょう。甲、絶対に何とかして」
 愛が無人と思っても仕方がない。普通の町なら全ての家の灯りが消える時間ではない。それに、家々が粗末と言うよりも機能重視の簡易家だからだろう。夜だと人が住んでいないように見える。だが、三人は町の外側しか見ていないが、町の中心に行けば粗末な家がなくなり、開いている店もある事に気が付くはすだ。恐らく、故意に廃墟とは大袈裟だが、人を寄せ付けない考えだろう。住人全員が人付き合いを嫌っているか、それとも、襲撃を恐れているのだろう。町の造りでそう思えた。
「なあ、愛落ち着いてくれ、今日は馬車に泊まってくれよ。明日、塩をお金に換えたら好きな物も、好きな所を連れて行くからなあ」
「ぎぎゃあ、甲、変な事を考えているでしょう。寝言を聞きたいの。寝顔が見たいのね」
 甲が何を言っても、愛は、我を取り戻してくれない。声は段々大きくなり、何を言っているか自分でも分からないのだろう。甲は頭を抱え座り込んだ。それもそうだろう。愛の叫び声が都市中に響いているはずだからだ。

 第八章
 「あれはなんだ。雄叫びなら止めさせろ」
 都市の中心にある。ただ一つの木造の家から、光と同時に怒鳴り声を上げる者がいた。
古い組み立ての家だが質素には見えない。この都市の象徴物か、支配者の家だろう。建物の壁面には豪華に六頭の彫り物が描かれている。家紋か、神話の彫刻だろう。それにしても何故、他の家々からは灯りを灯す家はないのかと感じるはずだ。それは、獣の血が流れているからに違いない。獣の様に空腹か発情期以外は寝て過ごす習性が微かに残っているからだ。何故この男だけが、そう思うだろう。確かに気性は激しいが、住人を守る気持ちと、その仕事で睡眠が少ない為と、余りにも愛の喚き声が大き過ぎるからだ。
「今調査をしていますが、悲鳴のようです」
「悲鳴だと、東国は干渉しない。そう確約したはずだぞ。欺いたのか、許せん」
「落ち着いて下さい。擬人のようです」
「擬人だと、調査だけで済ますな。擬人なら自国に帰るまで付けろ。もしもの時は」
 主の気持ちを考え、途中で話を遮った。
「はい、言わずとも。それでは失礼します」
 部下は即座に部屋から退室したが、部屋の主は悲鳴が消えるまで、窓から離れる事も灯りが消える事もなかった。この悲鳴が直接の原因ではないが、愛、蘭、甲、乙の四人が、この世界に来たのが原因で、二つの種族が種族と名乗れないほど、命が消える事になる。
 そして、甲は、どうしたら良いか悩んでいた時だ。どの家からか分からないが、家の主人だろう。家族に言われて苦情を言いに来たに違いない。だが、甲は気が付かない。
「どうしました?」
 今は夜中で朝ではないのに、朝刊の新聞でも取りに出て偶然に会ったような話し方だ。
「えっ」
 甲は驚き、声が出なかった。苦情などなら即座に答える事は出来ただろうが、清々しく笑みまで浮かべていた。
「お連れさんが奇声を上げているようですね。人に、それとも獣に襲われたのですか?」
 耳が聞こえないのなら分かるが、今見聞きしたような驚きだ。
「えっ」
 甲は言葉の意味が分からないのだろう。愛と主人を交互に目線を向けた。
「お嬢さんも馬車では怖いでしょう。又、襲われるのではないか、そう心配しての悲鳴なのでしょうねえ。今のお嬢さんの状態では、直ぐに旅立つ事は無理でしょう。だが、この町には宿は有りません。どうしたら良いでしょうねえ。仕方がない家内に聞いて見ます」
 突然に現れた男は、自分の思いを述べ、自分で勝手に納得して、家に帰ろうとした。
「あのう、話したい事があるのです」
 蘭は二人の様子を見て、自分だけ正常の判断が出来ると感じたのか、いや違う。甲の様子を見て魔女のような笑みを浮かべた。その笑みの通り、邪な考えが浮かんだのだろう。
「なんでしょう」
「貴方の言う通りなのです。変な集団に襲われるし、何の獣なのか暗くて分からなかったのですが襲われました。それは忘れられるのですが、連れの男は変態で常識を知らないのです。普段はどちらかが起きて見張っているのですが、あの状態ですから困っていました。ああっ何故に一緒にいると思われるでしょう。あの男の家は名の知れた資産家なのです。それで、男の父親から始めての仕事の監視を任されたのですよ。お願いと言うのは、あの男は甲と言うのですが、人生の経験と言う名目で朝まで仕事をさせえてくれませんか、昼間寝てくれれば、私達も安心出来ます。どの様な事でも命じても構いません。もし渋るようなら車と言ってくれれば喜んで働きますよ」
 蘭は泣き顔、微笑みと様々な表情を作りながら説得を試みた。どの表情に弱いかを確かめて女の武器として使った。そして、言葉を待った。
「分かりました。そうしましょう。甲さん以外は、私の家でゆっくり休んでください。何かあれば車と言えば言いのですね」
 主人は穏やかに言葉を掛けるが、心の中は違っていた。
(擬人は何を考えているのだ。この擬人の心は読めない。嘘を付いているのは分かるが、同属をいたぶって楽しいのか?)
「そうです。心の底からの感謝をします」
 主人が振り向き家に向かうと、蘭は、子供が悪戯を成功したような笑みから、魔女のような笑みを浮かべた。そして、馬車に向かう。
「愛、愛、大丈夫よ。この家の主人が泊めてくれるそうよ。安心だから落ち着いて、ね」
「ふぅあ」
 愛は錯乱して、自分が誰かも忘れていた。
「そうよ。安心して良いの」
 愛は喚き騒いでいたが、蘭の言葉が分かったのだろう。微かだが、我を取り戻した。
「甲には悪いと思うけど、私は、愛の様子を見ないと、そう思うでしょう。だから、一人で礼を返して欲しいの。それと、換金場所やこの世界の常識などもね。大丈夫よ。良い人ですもの簡単な用事よ」
「そうだな。調べて見るよ。余り時間を掛けていられないからな。任せてくれ」
 甲は、蘭から殺気と言うか、不審を感じて視線を向け続けるが、表情からは判断できず。考え過ぎかと思ったのだろう。快く即答した。
「御免なさい。後はお願いしますね」
 目を潤ませながら頭を下げた。それも深々と、甲は済まない気持ちからだろうと、言葉を無くし、甲は何ども頷いた。だが、蘭は、
(けっけけけ。これで仕返しが出来たよ。私を馬鹿にするからだ。それも長老の前で、だけど、これで全てを忘れるわ。安心しな)
 目を潤ませたのも、頷いたのも、嬉しさの余りに堪えきれないからだった。
「愛、行くわよ。甲、お願いね」
 蘭は、明日の甲の表情を考えると、嬉しくて、嬉しくて、心の底からの満面の笑顔だ。
「ああゆっくり休めよ」
(やっぱり女の子だ。部屋で泊まれる事であんなに喜んで可愛いね。私は車外で寝る方が怖いぞ。車内の方が清潔なのになぁ)
 甲は、完全に女性の笑みに騙された。二人が心配で、扉を叩き、家内に入るまで身届けた。その後、車内に泊まる準備をした時だ。声を掛けられた。
「待たせました。甲さん、行きましょうか」
「えっ、そうでしたね。分かりました」
 甲は、主人の指示通りに車を進める間、優しく言葉巧みに話を掛けられた。そして、確実に何かを知りたい時は、ある言葉を使用して聞き出した。そうあの言葉、車と言って聞き出せたが、半分も理解出来なかった。
「甲さん。底の敷地です。好きな所に止めて下さい。大丈夫ですよ。馬車を触る人などいませんから安心して下さい」
「あっはい。ありがとう」
 主人は何を慌てているのか分からないが、車から降りると歩きながら甲に伝えた。そして、周りにあるのと同じ土で作られた家に向かった。知人の家にしては変に感じる。何かを警護しているように人が立っているからだ。
「まだ、寝ていなかったのですね。良かったよ。頼みたい事があるのです」
 笑みを浮かべながら知人に近寄った。何故か、甲に聞こえるように大声を上げた。
(至急知らせなければ、神が居るはずがない。
あれは禁じられている武器のはずだ。まして、神の子孫など言い訳だろう。我ら六氏族を滅ぼす企てをしているはずだ)
 だが、心の中では真剣な思いがあった。
「良いですよ。暇ですから」
 その様子を後ろから甲は見ていた。世間話をしながら近づき抱きついたのだ。甲は、驚き見つづけたが、相手も同じ事を返した事で挨拶だったのかと、安心したが、挨拶なら女性にもするのだろう。そう思い、自分には出来ない。と、顔を赤らめた。
「大丈夫です。なぜ真っ赤な顔をしているのか分からないが、不審には感じてないようです。何があったのです。顔が真っ青ですよ」
 警護をしていた者が小声で呟いた。主人は大きな溜息を吐いた後、抱き付きながら相手の耳元で、心の思いを囁いた。
「まさか」
「感情を表すな。気付かれたら困る。私は六種族の危機の恐れがあると知らせに行く」
「私は」
「あの男を頼む。朝まで寝かせないでくれ」
「わかった。私も探ってみる」
と、挨拶と思える事をしながら一瞬の間に伝えた。
「甲さぁん。来て下さい」
 主人は振り向くと、心の中を見透かれない為だろうか、微笑みを浮かべた。
「なんでしょう」
「この人の指示に従ってください」
「はい」
(やはり、何かするのか、はっー)
 甲は、心の思いを言葉にしなかったが、表情には不満をハッキリと表した。
「それでは入国許可書を見せてください。まあ、形式ですから勿論持っていますよね」
「えー必要な物は塩をお金に換えたら揃えようとしたのですが、今すぐ必要ですか」
「えっ」
 意味が分からず言葉を無くした。
「如何しました。私が何か可笑しい事を言いましたか。ん、大丈夫ですか」
 甲は即座に問い掛けたが、口を大きく開けて、虚空を見ていた為に声を掛けた。
「えっええ、大丈夫ですよ」
(この男は本気で言っているのか、まあ何でもいいか、言いがかりを付ける積りだったのだ。手間が省けた。さて、何をして貰おう)
「そうなのですか、分かりました。購入しなくても良いですよ」
「それは、どういう物なのですか?」
「ん。そうですね。礼儀と思ってください。人は一人では生きて行けないでしょう」
「そうですね」
「分かってくれましたか、それでは名前と生まれた所を教えて下さい」
「名前は甲と言います。生まれは神の国です。分からないですよね。それならエデンで分からなければ崑崙なら分かりますよね」
「んーう。仕方がないですね。甲さんですか、生まれた所は良いですよ」
(言うわけ無いか。さて、どうするか?)
 甲の事を始めから間者と考え、その為に何を言っても誤魔化しだろうと考えるのだ。それにだ、神の国って言う方も、普通に考えれば変に違いない。
「それなら旅の理由は、この都に来た目的は何でしょう。それも言えませんか?」
「この都に来たのは、塩をお金に換えに来たのですが、日が暮れて困っていました」
「それはお困りでしょう。朝になれば両替屋を教えますよ。ここは塩の交換率が高いのですよ。知っていらしたのですか」
「本当ですか、ありがとう」
「それでは、誰でもがやっている。礼儀の奉仕活動をしてくれますね」
 不審人物の尋問をする者は、この男のように仏のような安らぎの笑みを浮かべるのだろうか、それとも、この男が特別なのか、だが、この笑みでは心の底から感心して、全てをぶちまけるはずだろう。
「はい。私は礼儀を重んじますから」
「ありがとう。先にお礼をいいますね。仕事が忙しくて言えない人もいますからね」
(ほっ、これで素性が判断できるだろう。何も出来ない。ボンボンを装っても分かるぞ)
と、心で考え、仏のような笑みを返した。
「それではまずは、薪割りをお願いします」
「えっ。こんな夜中に薪割りですか」
「月明かりで十分でしょう。貴方もですかぁ。はっーやれやれ、遣りたくないからですね」
 先ほどの仏の表情からは例えようもない醜い表情を表し、盛大に嘆いた。
「すみませんでした」
「お願いします。あっ、私は台所にいますから少しの間一人で割っていてください。私は飲み物を作って、持ってきます。その時一緒に一休みしましょう」
(さて、陰から様子を見るのも時間が掛かるだろう。何を飲もうか)
 そう思いながら台所に入った時だ。地震か雷、いや、爆弾の破裂音のような音が響いた。
「なんだ」
(やはりな、化けたか)
 驚いたが、意味が分かったのだろう。一人で頷き、風呂場に向かった。
「うぅん、難しいものだな」
 甲は、何ども同じ事を呟き、大きい株の上に割る木を置いて、斧を投げているのだ。
「この男は何をやっているのだ」
 風呂場にいた。薪を割る所と風呂を焚く所が隣の為に、男と甲との間は板壁一枚の隔たりしかない。その隙間から覗いていた。
「おおっわぁー」
 隙間から覗いていた所に、斧が段々と近づき刺さった。何とか声を上げるのを我慢しようとしたが、体の機能が恐怖を感じ取り、叫び声を上げていた。
「おっと。うん、何をやっているのですか」
 甲は刺さった斧を取り、隙間から覗いて見た。人がいると思って覗いたのでなく。ただ、穴が開いてしまい好奇心を感じたからだ。そして、顔を青ざめて腰を抜かしている人を見かけたからだ。
「何をやっているのですか、薪割りを頼んだはずですよ」
「そうです。薪を割っているのですが、難しいものですね。まだ、一つも割れません」
「わかりました。甲さんの所に直ぐ行きます。ですから、何もしないで、何も触らないでくださいね。お願いしますよ。必ずですよぉ」
「ううっむ」
 斧を見て立ち尽くしていた。何故、自分を見て青ざめて怯えているのか思案していた。
「そのままですよ。そのまま、良いですか」
「はい」
「良い子ですね。この丸太に座りましょうねえ。そして、私のやり方を見ていてくださいね。まずは斧を持ちます。大きい株の上に割る木を載せて、斧を下ろして、トン、トン」
 男は、甲の元に向かう数秒間に思案した。それも、そうだろう。薪の割り方を教えるなど、一度もした事も、聞いた事も無いからだ。
「おおお、簡単に割れた」
「簡単でしょう。投げないで出来ますねえ。それなら、お願いしても良いですね」
「大丈夫です」
と、答え斧を持ち上げた。時に、甲が怖いのだろう。何度も視線を向けながら家に入ろうとした。玄関まで来て安心したのだろう。大きな溜息を吐いた。その時だ。
「シュルル、ドッカ」
 男の鼻先に斧がかすめた。
「ひっひい」

「大丈夫ですか。斧が株に刺さって抜けなかったのです。本当に済みません」
「ひっ」
(この男は故意にやっているな。そっちがその気なら、ぼろが出るまで苛めてやる)
 その頃の愛と蘭は、与えられた客室で蘭だけが格闘していた。
「何で蜘蛛がこんなにいるのよ。この部屋は蜘蛛の巣でないの。それに、カサカサと音はするし、何かいるわ。もうー嫌よ」
「ふっーはあー、ふっーはあー」
 愛は幸せそうに寝息を立てていた。
「幸せな顔して本当にもー、愛は良いわねえ。
 だけど、もし、起きて悲鳴を上げられたらねえ。それを考えると仕方が無いわ。今は我慢する。明日の朝、甲の死んだような顔を見られるなら我慢しなくちゃ」
 蘭は、愛の為だろう。いや、ある意味では甲の為だろう。一晩中蜘蛛と格闘しなくてはならなかった。
「ふぁーんっはぁー良い朝ね」
 熟睡できた心の底からの喜びを感じられる。大きな欠伸をした後は、蘭の事も何処に居るかなどまったく気にしていない。ただ、小鳥の囀りに導かれるように窓を開けて喜びを感じていた。それは本当に嬉しそうだ。
「愛、起きたのね。おはよう」
「ん、おはよう。良い朝ね」
 空を見上げながら気の無い返事を返した。
「そうね」
 蘭は、溜息のような声で答えた。
(だぶん、愛だけよ。気持ちの良い朝を迎えたの。都に住む、全ての人は夜中に起こされているだろうし、甲は一睡もしているはずないわ。私も知らない内に寝てしまったけど、小鳥の声は聞いたのよ。殆ど寝てないわ)
「愛、お礼を言って帰りましょう」
「んっ、お礼。そうね。人の家ですものね」
 愛は部屋を見回して、今気が付いたようだ。
「はー行くわよ」
(もー興味あるものしか、頭にないのね)
 愛は、窓の景色が名残惜しいのだろう。蘭は、無理やり手を引きながら部屋を後にした。
「お二人さん。おはよう。良く眠れました」
 主人の奥さんだろう。満面の笑みで話を掛けた。その笑みだけで判断できる。全ての事柄を喜びに感じ、笑み意外の表情を作った事がないように思えた。
「はい。有難う御座います。気持ち良く寝られて疲れが取れました」
 蘭は、愛が返事を返さないので肘を突いた。
「ん。はい、本当に有難う。気持ち良く寝られて、今も夢心地です」
「まあーそうなの。良かったわ。今、内の人がお連れさんを迎えに行っているから、来るまでお茶でも飲みましょう」
「うわぁー本当ですのぉ」
 我を忘れたような満面の笑みを浮かべた。
「ミルク茶ですよ。嫌いでなければ良いけど、水を汲みに行くのは大変だから」
「蘭、ミルク茶ですって、ここに来たら飲めないと諦めていたわよねえ」
 話を最後まで聞かずに即答した。表情からも分かるが、喜びを我慢できないのだろう。蘭の背中を何ども叩き、興奮を抑えた。
「良かったわ。椅子に座って待っていてください。温め直しますから」
「はい、有難う御座います」
 蘭は、礼を返したが、愛は、惚けていた。殆ど、待たずにお茶が用意された。恐らく、主人が飲んで出掛けたからだろう。
「美味しいです」
 蘭が言葉を掛けると同時に、愛と女主人は話を始めた。二人は別々の話題を挙げているのに、何故か会話の意味が繋がり盛り上がっていた。その様子を見て、蘭は、愛が歳を取ると、女主人になるだろう。そう感じた。二人の会話を聞いていると疲れを通り過ぎて、嫌気を感じ始めた。もう我慢できない。そう思った時に主人が帰って着てくれた。
「済まない。遅くなった」
「もうー早いですわ。話が盛り上がってきたところなのに、ほんとうにっもぉー」
 頬をそんなに膨らませたら破裂するのではないか、そう思えるほど膨らませて愚痴を零すが、他人が聞いたら殴りたくなる甘い声色だ。恐らく、普段からも何事にも愚痴を零すのだろう。そう思える目線のやり取りだった。
「ゴッホン。蘭さんでしたね。お連れさんは疲れて動きたくないから、車で待っているそうですよ」
 主人は、妻の甘い声を聞いたからだろう。一瞬だけ、顔を崩したが、二人が居る事を思い出し、甲の言付けを伝えた。
「甲に悪いわ。愛、早く行きましょう」
「ふぁい」
 まだ、寝ぼけていて、正常な気持ちに戻らないのだろう。一言だけ、やっと吐き出した。
「ああっご馳走様でした。愛、早く、早くして」
 蘭は、慌てて挨拶を済まし、手を引いて、甲の元に向かった。
「甲、ごめんね。いろいろ大変だったのでしょう」
 蘭は喜びの余りに、表情が引き攣っていた。
「蘭、愛も大変だったのだなあ」
 甲は、特に蘭の引き攣る表情を見て、何か嫌な事があったと感じた。
「ええ、蜘蛛とか、変な虫がいて怖かったわ」
「えっ」
と、愛が困惑した。
「そうか、そうか。大変だったのだなあ」
 甲は涙を浮かべた。自分だけでなく、二人も同じだったのかと共感した。
(女性に虫攻めか。本当に酷いなあ。私も一息も吐く事が出来ないくらい辛かった。まだ、薪割りは良いほうだった。あの後は、自分の体重と同じ水量が入る桶を作らされ、何をするのかと思えば、それで水を汲んで来てくれだ。あれは疲れた。その後は食事の用意だ。風呂の掃除、拭き掃除だ。風呂を沸かせ)
と、苦しい思いに耽っていたが、蘭が優しい言葉を掛けられ心底から安らいだ。
「泣くほど心配してくれていたの。有難うねえ。だけど良いのよ。私達は少しでも寝られたのだから、後は休んで良いわよ」
(甲も良い人なのねえ。これからは考えを改めるわ。本当にごめんなさいね)
 男女に関係なく涙には心が動くようだ。
「いや、心配するな。大丈夫だぞ。愛、蘭に比べたら何でもない事だからなあ」
 甲は、嗚咽を漏らした。
「甲さん。塩をお金に換えるのも、乙の所まで行くのも、私がしますから休んで下さい」
「塩をお金に換えてきた。後は、乙の所に帰るだけだ。気にしなくて良いぞ。自動制御で済むからなあ。私は男だ。大丈夫だ。愛と蘭はゆっくり休んでいてくれて良いぞ」
 甲は、愛と蘭を無理やりのように床に就かせると、自動制御した後は体の機能が限界に来たのだろう。その場に倒れて眠りに就いた。暫くしてから、愛だけが起きだすと、御者席で手綱を持ちながら幸せそうに空を見続けていた。乙の元に着くまでには、愛は勿論だが、蘭も甲も、心身ともに回復するだろう。

 第九章
 都の中心地にある。象徴と思える建物は一晩中灯りが付いたままだった。その、ある室内の人物は何かを待っているようだ。表情から判断しようと思うが、怒り顔、悔しい顔など、全ての表情を表す為に判断が出来ない。
「コン、コン」
 この人物を待っていたようだ。やっと安心したのだろう。一つの表情に落ち着いた。
「入れ」
「遅くなりまして済みませんでした。ある者の報告はあったのですが、確認の為に時間が掛かりました」
「簡潔にしてくれ」
「はい。あの者達は、自国、擬人の地へは向かいませんでした。やはり、この地を探りに来たと考えられます。それだと、早く決断した方が良いと考えます」
「うーむ」
「族長会議を開きますか?」
「よい。まだ、新都は建設途中のはずだ。全ての作業員、警備人を、我の種族に替えろ。新都を頂き、一種族だけの絶対王政を敷く」
「畏まりました。急ぎ」
「まて」
 ニヤリと笑い言葉を遮った。
「即位式と同時に開始する。それまでに、間に合わせば良い。悟られたら困るからな」
「主様。王位に就かれるのですね」
「え、何を言っている。私は王にならんぞ」
 家臣が感涙の叫びを上げようとしたが、問い掛けの言葉を聞き、言葉を無くした。
「父にも何度も言っていたな。だが、父も笑っていただろう。私も興味がないのだ」
「何故でしょうか、先代様は六種族を率いて王国を興しましたが、あの時は力の関係と、分裂を起こすからだろう。そう思っていましたが、今の主様なら何の問題もないと思います。何か問題があるのでしたら、私が」
 主が、又、話しを遮った。
「父に聞いた事はないが、私の気持ちと同じと思う。六種族の頂点に就くと恐怖の顔色しか見られないと思うぞ。今のように最低の地位なら他の五人の悔しい顔色を見られる。そう思わないか、私以外は計画と命令は出来るが行動を起こす力が無い。自分で先頭に立てば出来るだろうが、そこまでやる気も無いのだからな。五人の中で、私の考えに近い者の命令書を使えば良い。そして、喜ぶ顔と悔しがる顔が見られる。それより楽しいのは、喜ぶ顔から怒りに変わるのも楽しいぞ。自分が思っていた事になる。そう思っていたのが、私の考えなの。だからなぁ。わっははは。私は楽しいぞ」
「私は、先代が出来なかった王位を、主様になって欲しくて、なって欲しくて」
 想像もしない事を言われて嗚咽を漏らした。
「私の事は良い。自分の人生を楽しめ」
「私の人生ですか」
 我を忘れても、主の言葉を聞くと、我を取り戻すのだから使用人の鑑だ。
「飛河王国東国のような人々になるな。自分の事よりも、種族の為、国の為に生きる。人生を最高の人格者になる為だけに生きる。確かに簡単な事ではないが、残るのは名声だけだ。私には出来ないが、悪くない生き方だろう。だが、今の指導者達なら間違いは起きないだろうが、怖くないか、指導者の思想、いや、教育を間違えれば恐ろしい事になる。国が、種族の王が死ねば生きる意味が無い。父の時は集団自殺の恐れがあったのだぞ。この国を見て分からないか、悲鳴が聞こえても灯り一つ灯す者がいないだろう。何時寝ようが起きようが個人の自由だからなぁ。無理をして寝なくて良い。これが一番獣人らしい生き方と思うぞ」
「主様は、獣人統一はなさらないのですか?」
「干渉しないと確約したのだ。それをやぶったのだ。勝てば全てを貰うぞ」
「はっ、指示通り行動します」
 顔を青ざめて声まで震えていた。親が死んだと聞いても、ここまで狼狽しないだろう。
まるで、心の中に二心があるようだ。
「なんだか、眠くなったな、寝るか」
 部屋の主は、先ほどの年配者が、室の外で指示を上げる声が子守唄と感じたのだろうか、一つの大きな欠伸をすると寝室に向かった。よほど眠いのだろう。そのまま寝具に倒れ込み寝息を立てた。
 年配の部下は、軽く扉を叩くと返事も聞かずに室内に入った。永い間同じ事をしていたのだろう。迷わずに寝室に向かい、主が寝ている寝具を整え終わると囁いた。
「主様、心の底から信じています」
 その表情には不信を表したが、それは主の事だろうか、それとも、使わした部下の現場が見えるのだろう。その部下は心臓が止まるような事が起きていた。
「何だ。どうしたのだ。止まったまま動かないぞ。気付かれたか?」
 飛河連合西国からの密偵は不審を感じた。
それも、そうだろう。国境越えた時点で東国の密偵だと伝えたのだ。今さら違うと言えない。もし間違っていたら、西か東のどちらかの国が消えるのだ。そう思う気持ちで、確実な確認を取る為に近づき。そして、過ぎたか、と感じた。
「ブォーツ、ブォーツ、ブォーブォー」
 馬車からほら貝のような音が響いた。
「ふー。合流するのか」
 密偵は、馬車を見つめ続けた。だが、耳が慣れるほど鳴り続ける。
「はっふー。外界って綺麗で広いわねえ」
 愛は、御者席から無邪気に空を見上げていたが、その後ろで呻き声を上げる者がいる事に全く気が付かないでいた。
「うっう。予定地点に到着したのか。えっ」
 甲は、愛が首を傾げ、大きく口を上げながら上を見ている姿に驚いた。
「愛、大丈夫か、おい愛、愛」
 顔の半分しか見えないが、目は虚ろで死んでいるのかと感じた。
「この世界に居たい。帰りたくないなあ」
 惚けたまま呟く。
「はっあー。良かった」
 甲は安心した。
「えっ」
 甲に肩を叩かれ声を上げた。
「うわぁー何なのよ。この音を止めて」
(今気が付いたのか、何を考えているのか分からない。この女が一番怖いぞ。係わらないで済むなら係わらない方が良いだろう。何を聞いても、何を言っても無駄だしなぁ)
と、思い。笑みを浮かべて誤魔化した。
「はい、はい」
「わぁーうるさい、うるさい、何とかして」
「蘭も起きたか、済まない。ここで馬車を置いて、馬を返しに行くぞ」
「分かったから止めて」
 甲は話を終えると、操作して音を止めた。
「蘭、私は鍵などを確かめるから馬を外してくれないか、疲れていると思うが頼む」
「大丈夫、良いわよ」
 蘭は満面の笑みを浮かべ答えた。あれほど馬が怖かったが、蜘蛛の駆除をしたからだろう、もう何でも無くなっていた。
「ありがとう。終わりしだい出かけよう」
 甲は話し終えると、少し慌てながら車内に入る。蘭の笑みを見て恥ずかしいのだろう。「甲終わったのね。これ」
「蘭、あっありがとう、行こうかぁ」
 蘭から手綱を手渡された。
(どうしたのだ。急に可愛くなって)
 三人は、乙の所に向かう。馬を引きながら、少し早歩きで甲だけが先に歩き出した。完全に車から見えない位置に行くと、即座に西国の密偵が現れた。
「近くで確かめて見ると、鉄では無いな。まさか神から譲り受けたとされる武器か、禁忌とされているはずだ。まずい。壱号よ。我が種族も禁を破るべきだと、そう報告だ。六種族全てなのか、それは確認しだい知らせる。となあ」
「はっ」
 聞き終わると、即座に、この場から消えた。残りの者は、再度、また馬車を検める者と三人を追う者に別れた。密偵は三人を見付けると砂丘の中に潜り様子を窺った。
「なんなのよ。一人で酔っ払って、もー頭にくるわ。私達がどれほど大変だったか分かってないわ。甲、何とか言ってよ」
「あばばばば、うっうう、あばばば」
 乙は、酔いの為に呂律が回らず。必死に遊んでいた訳ではない事を伝えようとした。
「そう悪く言うものではないぞ。今はこのような有様になったが、先ほどまで仕事をしていたぞ。その証拠に足元は確りしている。口を開かなければ分からない事だぞ。恐らく仲間が来て安心したのだろう」
 国境警備人の髭面の家人が、乙の弁護をした。恐らく、乙を家畜のように使ったが、仲間からも冷たくされて、可愛そうに思ったのだろう。家人が話をしていると、家人の部屋を借りている二人の客人が現れて弁護を始めた。
「貴女に何が分かるのよ。今知り合っただけで判断して、ほんとうにっもぉー。私達がどれだけ酷い事があったか分かるっていうの」
「だがな。この男は凄い働きをしたのだぞ。そうだろう。遺言男」
(私の様子を見に来たのでないのね。薄情な妹ね。数年会わないだけで忘れるかしらね)「確かに嘘は付いていません。この方はご主人の冗談と思います事を、全てやり遂げました。一つ終わる度に大笑いを上げながら菓子を与えていましたから冗談と感じました。この方は真面目な方です。家の掃除や洗濯から始まり、家の修理、そして水路まで作りました。それでも連れが来ませんので、その間に土の家を作っていろ。そう言われて、幾つ作ったか、お解かりでしょう。勿論、その間は休みもせず。菓子だけしか食べていません」
「蘭、そんなに怒らないでくれ、嫌な事もあったが、私達は三人で事に当たったが、乙は一人だったのだぞ」
「そうね」
 頬を膨らませて嫌々返事を返した。
「私達の事で嫌な思いをしたと思います。お二人は歩きのようですね。もし、東の方に向かうならご一緒に行きませんか、お詫びとして馬車で送りしますよ。どうでしょう」
「有り難い。お返しに都を案内しますよ」
「私は直ぐに出掛けたいのですが、貴女方は出られない用事がありますか?」
「いいえ、ありません。遺言男、出掛けるぞ」
「近くに馬車がありますので、その場所まで付いて来て下さい」
 甲と涙花の話が終わると、男女六人は馬車のある所まで五分位無言で歩くが、涙花と名乗った女性は、蘭に何度も視線を向けて、話し掛けられないでいた。
「ほう、変わった馬車だな。戦馬車に似ているぞ。まさか邪な事でも考えている訳ではないだろうなぁ。ああ、済まない。お前らでは考えても無理だな。それにしても、何の金属で覆っているのだ。全て鉄なら二頭では動けんぞ。何か仕掛けがあるのか?」
 涙花は問い掛けた。全ての理由を知っているはずなのに、困る様子が見たいのだろう。
「あっえっえぇああのう、時計の仕組みと同じ仕組みなのですよ。ふっー」
「おおそうか、凄いなあ」
(馬鹿だな、時計もまだ作られてないぞ。それよりも、このような物騒な乗り物を持ち出して、何を考えて、この地に来たのだろう?)
と、納得したような顔色を作ったが、心の中では不安を感じていた。
「どうしたのです。さあ乗って下さい」
 涙花が馬車を見つめていた。甲は、又何か言われては困る。そう思い、乗るのを勧めた。
「都に行く道を教えて下さい」
「道では無いが、河跡を進んでくれ、それが一番近くて分かり安い」
 馬車に六人が乗り込み終わると、甲は、涙花から問い掛けられる。そう感じて飲み物や食べ物で気持ちを変えようとした。だが、余計に気持ちが緩んだのだろうか、それとも久しぶりに妹に会えた喜びだろう。
「貴女は、蘭と言うのよね」
と、喜びを感じる声色で問い掛けた。
「そうよ」
「それは本名なの?」
「なによ。本名だと行けないの。突然に女言葉を使って、私の名前より合わないわよ」
 姉だとは知らずに、満面に怒りを表して声を上げた。
「いいえ。何でもないわ」
 その言葉を最後に女性達は無言になり。男性は、甲と乙は空腹の為に食べ続け、遺言男は何も手を付けずに、馬の手綱を持ちながら気配を配っていた。馬車が動きだして一時間位経った頃に、遺言男が声を上げた。
「涙花。あの人工物がそうか?」
 少し恥らうように名前を呼び上げた。
「見えたのか、そのまま河跡を回れば、入り口が見えてくる、それを入ってくれ」
「分かった」
 遺言男は簡潔に答えた。
「あっ、さあ、皆さん着きましたよ。都の全てを案内しますね。もし、困った事や購入する物があれば言って下さい。私は、皆さんを家族と思っています。気を使わないで下さい」
 涙花の心の中では、自分の幸せを妹に見せたい余りに、妹の名前が出掛かった。
「似合わない女言葉を使って、誰を誘惑しているかしらねえ。そう思わない。愛」
「うわぁー何で同じ服を着ている人が多いの?」
「また、何か夢中になる物を見つけたのね」
 蘭は頭を抱えた。
「やはり言われたか、私が始めてこの地に来た時も感じだったからな。種族事に色が決められているのだよ。愛さん」
「えっ、それではお洒落が出来ないのね。何か、女性には悲しい事ですわね。それで、涙花さんは、男見たいな言葉とか雰囲気なのね」
「私用の時はお洒落できるぞ。何を着ても良いし色も自由なのだ。だが、仕事に赴く時は色が決まっているのだよ。例えば、今来る一団は軍人で軍服が六種類あるし、そこの菓子屋二件見えるか、六種類の制服が見えるだろう。あれは三種族で一軒の店を経営しているからだ。それで、一年毎に経営も代わり品物も変わるのだぞ。この国事態がそうなのだ。
王政だが、王も将軍も、計画された祭事も動かす人も、商人、農家も全てだ。長と名が就く者から末端まで全て一年毎に変わる」
「ほう、それでは国の機能に問題が起きるのではないでしょうか。まず、一年では計画の実行は無理でしょう」
 涙花は疑問に答えていたが、愛本人は途中で興味が薄れ、楽しそうに町の景観や人々を見ていた。話の途中で興味を感じたのだろう。甲が、涙花に問い掛けた。
「そう思うだろう。だが、六年に一度だぞ」
「あああっそれで、念入りに計画を考えるのか、そして、王が変わると同時に末端まで変わり実行するのか、それなら出来る」
「勿論、他族の計画の邪魔はしないぞ。そして、末端の者が突然に長に就くのではない。
年毎に地位が上がり、長に成ったら又、最低に戻る。それの繰り返しだ。色分けしているから不正も出来ない。そう思うだろう」
「そうだな。だが何故、このような仕組みを考え、実行出来たのです」
「我が民族の始祖が神に作られたのが始まりらしい。そして、神と同じ規律と政治体制を実行しているのだ」
「それなら、歴史などの資料もあれば見たいのですがぁ」
「おおおっ涙花、帰って来ていたのか」
「あっん。んっもぉーやだわぁー」
 甲は、余りの喜びで飛び上がりながら問い掛けようとした。だが、突然に話をしている時に大声が聞こえ。全てを言う事が出来なかった。そして、涙花はもだえ始めた。
「あのう、涙花さん。聞こえていますか?」
 甲は、再度、問うた。

「んっもぉー旅装服なっのぉー。恥ずかしいわぁ」
 涙花は猫が甘えるような様子で、擦り寄るように、声が聞こえる元に向かった。
「何かどこかで見た事あるような。ああっ思い出した。お姉ちゃんとそっくり。他人でも気持ち悪いわ。うっう、吐きそう、うぅえ」
 蘭だけは免疫があるからだろう。残りの男女は様々な態度をしめしたが、目線だけは同じだった。まるで化け物を見るような恐怖を感じる目をしていた。
「あっあー見ないでぇ、恥ずかしいのよぉー」
「道の真ん中で何をしていた。楽しそうだったぞ。知り合いなら挨拶をしなければなぁ」
「ああんもぉー嫌だわぁ。楽しい時っわぁー信といる時だけなのっよぉー。ほんとうにっもぉー、何故、分かってくれないの、よう、うっうう」
 涙花は、身体全体からも喜びを表して話をしている。男も微かに喜びを表しているが、必死に恥ずかしさを隠そうとしていた。涙花は、その仕草がもっとも好きだと感じられたが、それと同じに、何故か、声色から微かに悲しみも感じ取れた。
「信様も、いい加減に初恋の人を忘れて、涙花様にお決めになった方が良いのに」
「確かに、あの時の初恋の発表は都中の騒ぎになったが、名前も知らないのではなあ。今思えば許婚から逃げる為だったのだろうよ」
 信以外の都の人々は、涙花がどのような態度や言葉を使っても、悲しみを浮かべて涙まで流してくれていた。
「始めまして、私は信と言います。涙花の友人ならば、私にとっても大切な友人です」
「あああっあ、しっんぅ。大切っとぉ言ってくれるのは嬉しいけっどぉ、友人と言わないでぇ。私泣いちゃう、ううっう」
「今は挨拶しか出来ないのが心の底から悲しいです。私は都の警備が仕事でして、都に泊まる予定でしたら、ぜひ、私の家にお泊り下さい。ゆっくりと旅の話で盛り上がりましょう。簡単な挨拶で済みません。又、後ほど宜しく。涙花、本当に楽しみにしているぞ」
「えっ。もうー行ってしまいますの。やっだぁー泣いちゃうわよ。ううっ、ううっう」
 涙花は、泣き真似をすれば引き止める事が出来ると思っているのだろうか、それとも本当に泣いているのか分からないが、信が路地の角に消えるまで泣いていた。
「この女、本当に限度超えているわ。ねえ、適当に買い物をすまして、町を見学してから出掛けない。甲も、そう思うでしょう」
「何か必要な物があるのですね。何ですか案内しますよ。それに、私が全ての費用も払いますから旅の話など聞かせて下さい。と、言うよりも、信様の仲を取り持って下さい」
「それは無理よ」
「私もそう思うわ」
 蘭が即答すると、愛も頷いた。
 涙花は、自分の目線から信が消えると、何かの術が切れたかのように話を始めた。蘭は、信が見えなくなると普通に戻るのを分かっていたのだろう。それほど驚く事もなく会話を始めたが、甲、乙、愛は一瞬、頭を抱えた。
「涙花さん。ふざけないで下さい。いい加減に教えて下さいませんか?」
「えっ何をですかぁ」
「この都では、知らない人にお金を払ってまで親切にするのが常識なのですか?」
 甲は、少し顔を青ざめながら話を掛けた。
確かにそうだろう。知人からでも理由もなく親切を受けたら何かある。そう考えるのが普通なのだから、それが他人なら余計に嫌な考え浮かぶ事だろう。
「ああっその事ですか、私は本当に、信様との仲を取り持って欲しいのです」
 涙花は満面の笑みで答えた。
「ふざけないで下さい」
「仲を取り持って欲しいのは本当なのだけどね。何故、あなた達なのかと言うと、信頼できて面白い人だからよぉ」
「馬鹿にしているのですか」
「いや、馬鹿にしてない。だけど、常識を知らないのは確かだね」
「なな、何ですって」
 蘭が顔を真っ赤にして声を上げた。
「あなた達が馬を借りた人はね。国境警備人なのよ。知らなかったでしょう」
 涙花の話し方を聞いていれば馬鹿にしている。そう感じても可笑しくない。蘭と話す時だけ女言葉を使うのだから複雑な気分のはずだ。それを感じないのは、蘭と話す時、涙花が楽しそうだからだろう。まあ、信との話し方を見れば何も感じるはずだ。
「それが、何なのよ」
「その人から報告を聞いたと言うよりも、お願いされたのよ。助けて欲しいとね」
「えっ何故だろう。礼金をあげすぎたのかな。それとも塩だろうか、どちらにしても気にしないで下さい。気持ちですから」
 甲は不審顔を浮かべた。
「うーん。何て言えば良いのかな。警備人と言う仕事は、良い人か悪い人かを判断しないとならないのよ。それで、脅して確かめるのが普通なの。それで、素人でも分かるように脅しているのに、馬を借りたいとか、お金より高い塩を見せたり、与えたり。それは殺してくれと同じ事だと知っていてやったの?」
 涙花は、髪を掻きまわしながら幼子にも分かるように伝えた。
「えっ」
「やっぱりだぁ。彼が、心配していたぞ。いつ誰に殺されても可笑しくないから、助けられるなら助けて欲しいと、頼まれたからだ」
「そうですか、気を付けます」
 特に、甲は神妙に頷いた。愛は町の店屋を見て惚けているし、蘭は、人形のように動かない遺言男を見て不信そうに見ている。
「そうね。気を付けた方が良いわね。それで、何処まで行くの。私の知り合いと同じ行き先なら護衛になるわよ」
 涙花は、蘭が振り向き又、女言葉を使った。
「良いです。何か気を使いそうだから」
 いい加減に、この場に居るのが嫌になったのだろう。蘭が答えた。
「そう。なら場所だけでも教えて、危険な所なのか教えてあげるから」
「そうですか、この都の北の方角に裾野が広がり、そこに国があるはず。そうよね。甲」
「あああっあ、そこなら大丈夫よ。治安も確りしているわ」
「そうですか、ありがとう」
 蘭が簡潔に返事を返して、この場を去ろうとしたが、涙花が引き止めた。
「これでお別れになるのは寂しいから、水と食料は用意させて、帰りはゆっくり出来るのでしょう。旅の話が聞ければ良いからね」
「そこまで言われては断れませんね」
と、甲が承諾した。
「私の知り合いの店を案内するわ。そこなら、珍しい食べ物もあるから気にいる物もあるはずよ。楽しみにしていて良いわよ」
(もー薄情な妹ね。まだ気が付かないの)
 涙花は、無理をして女言葉を使っていた。それは蘭に気が付いて欲しいからだった。
「あっ」
 涙花は案内をしていたが、ふっと街角を眺めると、信を見掛けて喜びを表し駆け寄った。
「しっんー。会いたかったわー。もっもっも寂しかったのよぉー。あっんあっんぅ」
「あの女性を信じて大丈夫なのか?」
 甲は小声で呟いたが、蘭の耳には届いた。
「私の姉と同じ人種なら大丈夫よ。頭の思考は恋愛の事が一番なの。何が起きようが、何をしていようと、想い人を見掛けると勝手に思考して行動するのよ。私の姉の例だと、母が倒れて病院に向かう途中に、想い人を見掛けたの、そうしたらね。母を路肩に置き去りにして半日帰らなかったわ」
「それは信じるなと、言いたいのか」
 甲は肩を竦めた。
「そうでなくて、正気の時は信じても大丈夫よ。その時は嘘を付かないわ」
「ねえ、何時まで待つの?」
と、愛が問い掛けた。だが、時間は一本の煙草を吸い終わる位しか経ってない。
「声が聞こえたから行って見ましょう」
「そうだな、行くしかないな」
 涙花の泣いているのか、喜んでいるのか分からない声の元に向かった。
「おお又お会いしましたね」
 信が喜びの声を上げた。
「ええっ何って言って良いか、その」
 甲達は苦笑いを浮かべた。
「遺言状、第二十九巻、第三十章四十番の規則事項。決め事は守るべきだと感じる」
「おおっ話せるの。精巧な人形ね、凄いわ」
 愛は目を輝かせて喜んだ。
「まさか、涙花と約束をしていたのか、ああっ又やったのか。私が代わりに受けよう」
「良いですよ。水と食料を買うだけです」
「いや、我が種族が約束を守らないと言われては困る。気にしないで頂きたい」
 その場所は直ぐ近くだった。店屋に着くと、言われた通りに凄い品数だった。涙花と信が一緒だからだろう。心の底から盛大に笑い。あれも、これもと馬車に詰め込まれる。止めようとしたが、お金は要らないから気にしないでくれと、何度も言われ、そんなに気にするのなら旅の帰りでも、涙花が何をしたかを教えてくれれば良いからと、何度も喜びを表して声を上げるだけだった。
「分かりました。ですが、約束は出来ないのですよ。それでも良いのですね」
「かまわない。その方が良い。よけい楽しみが膨らんで嬉しいよ」
 店主の言葉がこの都で最後になり、愛、蘭、甲、乙はこの地を後にした。

 第十章
 「これ以上調べる必要はない。あの笑いながら泣いて人を殺す涙姫(本当は、信と楽しく話をしている時に、傘を振り回して偶然に密偵に当たっただけだ。だが、年一度の女性だけの武道大会では常に上位の成績だ)と、信だ。指揮を任せたら十二種族一の上手さ。千人の部下がいれば五万の敵と対等に戦えると噂だ。(だが、王の就任儀礼で昨年の王は少数の者に負けなければならなかった。それが、誤って伝わっていた。毎年やっているのに気が付かない密偵の報告の間違いだろう。それでも、駒の戦争遊びなら常に一位を取っていた。それを見て感じたのなら無能の密偵で無い)
 その二人が、擬人と街中での密談しているのだ。必ず仕掛けてくるぞ。このままでは挟み撃ちに合う。私が一人で残り作戦の邪魔をする。そう伝えてくれ頼んだぞ」
「ん、やはり二人は他部族の長老の家に向かうか?」
 一人残った密偵は三人の後を追う。
「涙花、一人だが、私達の後を付ける者がいるぞ。どうするか決めてくれないか」
 まだ、女性と話すのが慣れないのだろうか、遺言男は恥ずかしそうに問うた。
「もうー信様。目線を外したらやー」
「遺言男と言うのだったな、ありがとう。理由は分かっている。我ら六種族が弔問に来るか探っているのだ。今回は戴冠式もあるから心配なのだろう。これから全ての長老の元に向かう。全て長老の家に向かえば安心して報告に帰るだろう」
 時の流れが悪い方に向かって行く。虹家の党首であり、飛河連合西国の王の危篤の知らせを受けて種族でない者。涙花が赴いたからか、遺言男がこの地に来たからか、愛、蘭、甲、乙が外界に来たからだろうか、それとも、時の流れを操る本当の運命の神は、擬人だけを愛しているとしか思えない。それでは悲しすぎる。
「ここで分かれよう。虹家の党首を看取った者が、我ら六種族に直接会うのは不味い。何の為に種族に関係のない者を使わしたか分からなくなる。涙花は羊家に向かい、父に報告してくれ頼んだぞ」
「ああっんもぉー、離れたくないのを知っているくせにー、ほんとうにっもぉーいやあー」
 信の話が伝わってないのだろうか、涙花はまとわり付いて離れないでいた。
「この門を、御二人で入られるのですか?」
 大きな門の扉に竜の絵柄が書かれ、それを隠さないように二人の警護人が立っていた。
「いや、私だけだ」
「それではお入り下さい」
 扉が開かれると、廊下が広がっていた。廊下の両脇には簡易椅子が並べられ、その奥に
は又扉があった。その手前には一つの机と椅子が置かれ、一人の警護人が机に膝を付けながら座っていた。何故か、その者は、私に鋭い視線を向け続けていた。
 その頃、扉の外にいる涙花は、信が視線から消えたからだろう。我を取り戻した。
「報告しなければならない。付き合え」
 突然に、男言葉で声を上げ歩き出した。一瞬だが、扉に視線を向けた。信の事が心配なのだろう。その頃の信は、
「お願いがあります。私は、第八王家、羊長信です。御取り付けを願います」
「少々お待ち下さい」
 老人は深々とお辞儀をすると扉の中に消えた。信は机の元により、机の上に視線を落とした。記帳が置かれていたが、信は名前を書かずに書かれていた物を読んでいるようだ。
「お入り下さい」
 信は記帳に書かれていた人物名を十人位だろうか、目を通した頃に扉が開かれた。
「ありがとう御座います」
 一礼すると、中に入った。
「やはり」
 老人と言えば言い過ぎだろうが、黒髪よりも白髪の方が多い人が椅子に腰掛けていた。
「はい、お亡くなりになりました」
 扉を開けると、即座に声を掛けられた。そして暫く言葉を待った。だが、話は始まらず、仕方が無く自分から言葉を掛けた。
「我々は、戴冠式だけは出なければならないと思うのです。それで、一番重要な竜家の確認を取りに来ました。他の五種族が出席しても竜家がいなければ意味がありません」
 老人は話題を口にしたくなかった。だが、他人に言われると、よけいに怒りを感じるのだろう。それは声色で感じられた。
「確かに竜家は、代々虹家の就任の儀式をしてきた。だが、今の虹家は勝手に五種族を率いて王制を興した。それでも、竜家が儀式をする理由があると思うか?」
「羊家で代わりが務まるなら、ですが」
「言いたい事は分かる。我らの始祖が神から仰せつかった役目だ。竜家は、虹家に王冠を渡す。他家が代わりを務まる訳が無い」
「それでは、出席するのですね」
「だが、その為に負けるのは口惜しい」
「六種族が欠席しても、試合に勝っても戦が始まります。それは避けたいのです。竜家が出席してくれれば、他家も出席します」
「分かった出席する。儀式もするのだろう」
「少数で行きますから多分ないでしょう。もし、あったとしても剣の試合でしょう」
「虹家は少数で来いと言ってきたのか」
「いいえ。涙花から聞いたのです。先の王が、いや、虹家の先代が言い残したそうです」
「何と言っていたのだ」
 幼い頃は遊び友達だった。その頃なら何を考えていたか分かったのだが、今では何を考え残したか分からなかった。その事が本当に悲しくて声色に表れていた。
「息子とは知らない仲では無いのだから頼むと、人が居る前で言われ、そして、言付けがあるからと涙花一人残し、竜家の党首に、最後の就任の儀式で良いからお願いします。そう言われたそうです」
「そうか、就任の儀式と言ったのか」
 ますます、昔を思い出して涙を流した。
「党首殿」
 信は言葉を掛けなければ、この場から消えてしまう。そう思い声を掛けた。
「私が率先して、皆に頼みに行こう」
「いや、私もお供します」
「そうか」
 何度も同じ言葉を吐いて頷いた。
 信は後で思った事だ。自分一人で手紙だけを持ち他家を回っていれば、二日も掛かれずに、その日に終わったと感じていた。
「しんっさまぁ。二日もー何をしていたのですのぉー、さびしーくって、さびしーくって」
「済まない時間がないのだ。父には言っといてくれたな。涙花、直ぐに出掛けるぞ」
 二人の会話は勝手に話して納得する。全く噛み合った会話がないのは何時もの事だ。だが、涙花の表情には嬉しさよりも不安が表れていた。それが本当に起きてしまう予兆のようなものとは、本人も気が付かないでいた。
「大門の前で待っているぞ。簡単に用意をすまして来てくれよ。ん、どうした?」
 信は話を終えて門に向かうつもりが、裾を捉まれ立ち止まった。
「私には大切な物は無いのよ。この旅装服があれば良いの。後は何を要らないの」
「そうか、女性なのだから気配れよ。それよりも、どうした。急に真面目になって」
「いいえ、何でも無いわ」
「そうか、何か気持ちが悪いぞ。普段のようにしてくれ。恥ずかしくて話し難い」
「はい、私も楽しまなくてはねえ」
 そう呟き終わると、二人は大門に向かった。
 大門の前、それは、以前は河だった跡には五種族の長老が出発を待っていた。
「信、軽装だな、本当に良いのか、我らに気を使ったのではないのか?」
 竜家の長老が話を掛けてきた。
「いえ、違いますよ。私と涙花は旅が好きなだけです。輿に乗るよりも、歩く方が気持ち良いですから気にしないで下さい」
「それで、羊家党首は来ないのか、まさか、まだ敵国にいると思っているのか?」
「いいえ、思っていませんよ。就任儀式もしてますでしょう。それに、党首の責任も果たしていますのはご存知ですよね」
「そうだった、そうだったな。済まない」
 竜家の長老が盛大に笑い声を上げた。
「私と旅には行きたくないと言われました。私が旅に出ると何かが起きるそうです。余程、私が始めての旅に出た時の時を気にしているようです。そうですよね。その翌日に反乱ですから、旅と聞くだけで苦い顔を浮かべます。口では言いませんが、十二種族での就任儀式を楽しみにしていたのですね。結局、見る事も指揮をする事も出来なかったのですから、深酒をする度に言われますよ。お前と叔父は厄病神だと言います」
「それはある意味安心だな。都の留守を任せられるのだからな」
「そう言ってくれれば父も喜びます」
「それでは行くとしよう」
 竜家の長老が声を上げた。皆は、その言葉を待っていたかのように動き出した。
「そうですね」
 信と涙花は問い掛けた。籠よりも歩きの方が早いのだろう。信と涙花を先頭で、まるで新婚旅行でも行くような感じだ。

 第十一章
 信と涙花が楽しそうに話していた。その同時刻
「甲、どうなっているの。歩きで半日だったのでしょう。少し遠回りしたのは分かるけどいい加減に着いても良い時間よ」
 愛が愚痴を零した。昼間だと回りの景色は枯れ草や砂の地平線だけで興味を惹く物がなく、余計に疲れを感じるのだろう。
「仕方がないだろう。目標は生き物だから動いてしまったのだよ。私が悪いのではないぞ。こんな事は一生の間に一度あるか無いかの経験だぞ。頼むから楽しんでくれよ」
「それで、甲、何時に着くの?」
「明日の朝には着けるはずだ」
 蘭の問いに、甲は答えた。
「愛、良い事教えてあげる。今頃の時間だと、蜃気楼が見えると思うわ」
「うっそ、本当なのね。本当ね」
「本当よ。信じていれば見られるわ。そうよね。甲、私は嘘を付いてないわよね」
 蘭は話し終えると、甲に片目を瞑った。
「そうだな。蘭の言う通りだぞ」
 大きな溜息を吐き、胸を撫で下ろした。
「甲、何か食べ物を作ってあげるね。その間に計画を練って下さいね」
「蘭ありがとう。そうするよ」
 愛は、蘭達の作戦にのり、目をキョロキョロして辺りを見回し、乙は、二日酔いなのだろう。寝台からピクリとも動かないでいる。蘭と甲は馬車に二人しかいないような態度だ。
その為だろうか、馬車の後を一人の男が付いて来ているのを、誰も気が付かないでいた。
 その頃の飛河連合西国の都市の中心の建物では、一人の老人が顔を青ざめながら猪の紋様が描かれた扉を叩こうとしていた。

 第十二章
 「主様、使えの者が戻りました」
 この老人は育ちが良いのだろうか、それとも骨の髄まで教育されているのだろう。誰が見ても余程の事が起きたと感じ取れる。だが、態度は信じられない程に礼儀正しかった。
「かまわない、入れ」
「失礼します。主様、やはり、擬人と手を組み。我が国を挟み撃ちにし、禁忌とされている。あの、武器を使う可能性が高いとの知らせを受けました。それと、今日中に六種族が、我が国に入ります。即位式の為に来るのでなく、恐らく陽動作戦と考えられます。監禁致しますか?」
「そうか、一週間以内に新都を押さえろ。即位式と同時に仕掛ける。それまで何もするな。我は何も知らない振りをして、六種族を持てなせ。そして、式が終えずとも王冠を載せ終えたら即座に監禁しろ。人質にする」
「畏まりました」
 老人は指示を受けた事が成功すると感じての笑みだろうか、それとも、内に秘めた思いを主に求めているのだろう。そう思える笑みを浮かべながら退室した。そして、扉越しからでもわかる大きい声で指示を出していた。
 それから一時間も経つと、都市の中は上を下への大騒ぎになり。騒ぎが終わる頃には城門の前で別の騒ぎが起きていた。それは、兵が客人を迎える為に控えていたからだ。まるで戦でも始まるのではないか、そう、人々は恐れを感じていた。
「あら、珍しいわね。迎いに出るなんて」
「それも、そうだろう。六種族の全ての長老が出席するのだからな」
「だけど、少し物々しいと思わない」
 涙花は、信の側にいるのにまともな言葉を呟いた。それほど、整然としたと言うよりも、殺気を感じる物々しさだ。
「お待ちしていました」
 猪家の党首が慇懃無礼に呟いた。そして、それぞれの、専用室に迎えるように、部下に命令を下した。
「はっ、それでは」
 服の前面に猪の紋様のある部下だけが畏まった。そして、それぞれの長老を警護しながら案内役を務めると言うよりも、逃げられないように囲っているようにも感じられた。
 他の紋様の他家の兵は、民衆の騒ぎを静めるのが目的なのだろうか、そのまま動かずに簡易礼を送り、そのまま見送った。
「ありがとう。ゆっくりと休まして頂く」
 六種族の代表のように竜家の長老が呟く。
「戴冠式は一週間後に行います。それでは、私はこれで失礼します。ごゆっくりと」
 猪家の長老は満面の笑みを浮かべながら見送るが、その笑みは心の中の考えを隠すためだと、誰もが感じる不気味な笑みだ。
「信、いつ見ても嫌な笑みね。猪にそっくりよ。服に猪の紋様を付けなくても分かるわ」
 涙花は笑いを堪えた。
「それは仕方が無い。猪の遺伝子があるのだからな。涙花、面と向かって言うなよ」
「もうーそんなー話をしないでー」
 涙花は完全に緊張が取れたようだ。
「やはり考えすぎだな」
 信は、先ほどの笑みを見て不安を抱いたが、涙花の緊張の無い話し声が聞こえ、自分の考え過ぎと思い。不安が消えた。
「お集まりの皆さん。飛河連合東国の人達は建物に隔離しましたから安心して下さい」
「戦が始まるの?」
 民衆の中から不安の声が響いた。
「安心して下さい。我ら西国の六種族は、東国と違い武力に優れています。何が起きようと、必ず皆さんをお守りします」
 六種族の長老が都市の中心の建物に入ると騒ぎ始める。だが、静める為だとしても適切な言葉とは思えない。何故だろうか、その言葉には気遣いが感じられず、何か思惑があるように感じられた。
「ほう我らの紋様が描かれているぞ。まだ同族と考えているのだな」
 建物の中の長老達は、外の騒ぎが聞こえないのだろう。それは歓声で判断が出来た。
「そうだな、考え過ぎだったようだ」
「心配が無くなったのだ。思う存分に七日の間を楽しませて頂こう」
「そうだな。ははは」
 戴冠式までの間、六種族の長老達は下にも置かない歓迎を受けた。接待を受けたからではないだろうが、心の底から祝福をしていと思われる顔色が表れていた。
「長老様方、式場へご案内したいのですが宜しいでしょうか」
 兵が現れた。服の前面に猪の紋様が描かれてあり、勲章か階級を表す物だろうか、歩くにも邪魔になると思えるほど身に着けている男だ。何故か苦笑いを浮かべている。恐らく、一般兵がする任務と考えているのか、それか、長老達に知られたら困る企みがあり、隠し切れずに表情に表れているようにも思えた。
「おお待っていたぞ。赴こう」
 東国の六種族の長老は、竜家の部屋に集まっていた。恐らく、戴冠式の時に儀式を催してくれ。と言われた時の打ち合わせだろう。
「それではお連れ致します」
「ああ聞き忘れていた。我らは儀式の事は何も伺ってない。旧来の通りなら問題はないのだが大丈夫なのか?」
「その事なら安心して下さい。竜家の長老殿が、我らの国王の頭の上に王冠を載せて頂くだけのお役目です。お名前を申し上げますからお気遣えなく」
「そうだったな。全ての事柄を擬人の様式に変えたのだったな」
「擬人様式か、あれは疲れるぞ」
「訳の分からない人を何人も呼んで説教のような話を聞かなければならないはずだ」
「そうなのか、それでは話す事も食べる事も出来ないのだろうなあ」
 竜家の長老が呟き終わると、他の長老達が愚痴をぶちまけ始めた。
「んっごほん。十二種族だけです。ですが、話や食事は困ります。同種族なのですから気遣いはないと思います。宜しいでしょうか、そろそろ時間が迫っています」
 軽く咳払いの後、苦笑いの顔をますます顰めた顔に変わり、再度、問い掛けた。
「ほう建物の地下にこのような祭壇室があるとは素晴らしい」
 案内兵の通りに建物の中を下へ下へと歩きながら不安を感じていた。何故、広場に向かわないのかと問い掛けようとしたが、案内された室内を見て歓声を上げた。
「ここで、十二種族代々の簡易儀式を済ました後、広場で最後の王冠の儀式を一般公開で行います。儀式の終了後は、この室で十二種族の談話会を開きたいと申しておりました」
「そうか了解した。心の底から楽しみにしていると伝えてくれ」
 東国の長老達は、同じような言葉を呟きながら相槌を打った。
「伝えてきます。それでは、紋章が描かれている椅子に座って居て下さい」
 案内兵は使命が終わったのだろう。心底から安心した顔色をして、この場を去った。
「まさか、拒否した訳では無いだろうな」
 予定時間より遅れたからだろう。案内兵は主と鉢合わせした。
「いいえ、大丈夫です。逆に喜んでいます」
「そうか、頼んだぞ」
「はっ、予定通りに行います」
「次の国王を向かいに行かなくてはなあ。待っているのだろう。あっ、その前に様子を見るか、顔を忘れる程会っていないのだからな」
「何時に始まるのだろうか?」
 地下の祭壇室に向かう間に言葉が聞こえた。
「お忘れですか、鼠家の長老。代々獣人族の、いや、飛河国の恒例の行事でしょう」
「そうだったな。次の年の王にはよく遊ばれたからなあ。特に虹家には半日待たされた事があった。その時の事を思い出したよ」
 東国の六人の長老は、それぞれの昔を思い出しているようだ。自分が王の時の思い出だろうか、それとも、他家の思い出に違いない。だが、一人だけが虚空を見詰めていた。それは涙花だ。それも悲鳴が聞こえたような表情だ。その方向には愛、蘭、甲、乙が居る所だ。確かに蘭は悲鳴を上げていた。

 第十三章
 四人の一行は二日では着かずに三日も係り、他国に到着していた。直ぐに行動を起こそうとしたのだが、目標点を特定できず丸一日も、都市の中を隅々まで探索し続けていた。
「ぎゃぁー何をするのよ」
「どうした。蘭、大丈夫か?」
 甲は、蘭の悲鳴を聞き駆けつけた。
「乙が、私のお尻を触ったの」
「何だって、何を考えているのだ」
 二日酔いが治らず。身動きが出来ない乙に、掴み掛かった。
「うっうう」
 乙はただ、水が飲みたくて手を伸ばしただけだ。それなのに、甲に喉を絞められて声が出ないようだ。
「甲、良いわよ。殺すほどでは無いわ」
「そうか、蘭がそう言うなら」
「それよりも、甲、早く任務を終わらせましょう。早く二人だけの旅に出掛けたいわ」
「私は、もう少し居ても良いけど、お酒臭いのは何とかして欲しいわね」
 愛は、鼻を摘んで息苦しいそうだ。
「仕方が無いでしょう。乙の為にお酒を飲んでいるのよ。この位のお酒の匂いが充満していれば飲まなくても酔えるらしいわ。酔いが消えると大変らしいのよ。それに、これ以上酔っても大変らしいわ」
「本当に、そうなの?」
「そうよ。二日酔いには迎い酒が良いらしいわ。乙は酒が弱いから匂いだけで同じ効果が得られるらしいの」
「そうなの。乙の事は分かったけど、甲は酔っていると思うわ。大丈夫なの?」
 不信な顔を表しながら問うた。
「大丈夫よ。計画通り進んでいるらしいわ」
「そう」
 蘭は、甲を本当に好きになってしまったのだろう。例え嘘と思える事でも好きな人の言葉なら信じてしまう。もう、このような状態では何を言っても無駄と、愛は感じた。
「甲、そうよね」
「そうだ。目標物は日に二度決まった行動をする。目標都市時間で九時と四時に動く」
「え、本当の話だったの」
 愛は目を見開き驚きの声を上げた。
「えっ何が本当だと」
「なっなんでもないわ」
 自分の周りの人が普通でなくなると、理性が表れるのだろう。自分の身を自分で守らなければならない事に、愛は外界に来て初めて正気らしい言葉を吐いた。と、言うよりも気が付いたのだろう。
「甲、そろそろ八時よ。又様子を窺いながら町の中を回るの。それとも行動を起こすの?」
「起こす。だが、特定が出来ない。一つは擬人の子供だろう。もう一つは愛玩動物と思うが大きさが幼児と同じ大きさがある。もし判断を誤れば命の危険もある。子供には一人で、動物には三人で当たりたいが、どうしても決められなくて悩んでいた」
「私が子供の方に行きます」
 愛は即答した。だが、好んだ訳ではない。蘭が鋭い視線で睨むからだ。
(一人で当たりたくないわ。だけど、あの蘭の視線には断れないわよ。命の危険があるなら甲とは離れたくない。そう言っていたわ。もし、私が言わなければ任務の後で殺されるわ。それなら可能性の少ない方が良いわよ)
と、愛は一瞬で判断を下した。
「愛、済まない」
 甲は深々と頭を下げた。
「馬鹿ねえ。甲、言ってくれれば良いのに」
 蘭は満面の笑みで答えるが偽りのはずだ。
「そうか、ありがとう。今度は頼む」
(蘭には無理だ。あの人を殺せる視線を一瞬でも浮かべたら失敗に終わる。愛なら惚けて立っているだけで良い。だが、愛も切れると何をするか分からない。だから悩んだのだ)
 甲の表情には笑みを浮かべていたが、内心では、今でも悩んでいた。
「目標点は町の中心の公園で暫く時間を潰す。愛は公園で子供が来るのを待ち、現れたら少しの間引き止めていてくれ、私達三人は愛玩動物を調べる」
「あっ、はい」
「心配しなくても良いぞ。恐らく子供は関係がない。それに、我々が近くにいる。何かがあれば直ぐに掛けつけるからな」
 甲は歯切れの悪い返事を聞き、愛の気持ちを慰めた。
「私は大丈夫よ。そっちも失敗しないでよ」
 愛の虚勢で四人の不安は消えた。
「ああ心配してくれてありがとう。車は公園に置いて行くから危険を感じたら隠れろよ」
 甲の言葉を最後に四人は話しを止めた。そして公園に着いても、愛と分かれる時も無言だった。だが、不安からではなくて、一人残る愛の為の願掛けのように感じられた。
「後三十分ね。車の中には居られないわ。早く車から出ないと、えーと後は、あの子は確か北口から来るのよね。そして偶然を装うのよね。偶然ねえ。うーん。偶然。うーん」
 愛は思案に耽りながら同じ所を行ったり来たりしていた。まるで落とした物を探しているように感じられた。そして、三人の仲間達は目標点がいる。その家が見える所だ。
「甲、今日は出掛ける時間は遅いのかしら」
「そうでもないぞ。獣が騒ぎ始めた」
「そうね。同じ時間のようねえ」
「後を追うぞ。それも、自然に歩くのだぞ」
「どうやって離すの。聞き忘れていたわ」
「公園の前に来たら駆け出すよ。獣は子供の危険を感じて、向かってくるはずだ」
「そう、危険じゃないの」
「いや、大丈夫だろう。襲うとしても子供から見えない所に追い込むはずだ」
「ああっそれが目的なのね」
「そうだ」
 三人は、子供と犬の後を追う。故意に追う事を装わなくても、服装からも異人と分かるが、甲と愛は目を血走らせ、乙は足元がおぼつかないほど酔っているのに、必死に二人の後を追っている。それを見れば、誰もが不信を感じるはずだろう。
「甲、獣が走り出したわ」
 獣が子供を引きずるように走り出した。子供は犬の名前だろう。大声を上げながら必死に綱を握り締めながら付いて行くが、公園に入ると子供は躓き、綱を離してしまう。犬は一度振り向き吼えるが、大丈夫。と言っているように感じられた。
「大丈夫だよ。しろ」
 子供も意味が分かったような呟きをする。だが、子供は起き上がり辺りを見回すが、犬がいない事に泣きそうな顔を表した。恐らく普段ならば、主人を引きずって、連れ回しても、何かあれば直ぐに戻って来て、顔を嘗め回すのだろう。
「大丈夫だ。そろそろ近くに現すぞ」
「あそこに居ます」
「えっ」
 蘭は、犬が居ると言うよりも突然後ろから乙の声が聞こえて、驚き振り向いた。
「お前は獣だな。我らの言葉が分かるだろう。お前の要求を聞きに来た」
 甲は真面目な顔で犬に問うた。乙は無表情で犬を見続けるが、蘭は苦笑いを浮かべ、甲に犬が話す訳ないでしょう。そう、言葉を掛けようとした。その時に、
「お前ら、主を襲いに来たのではないのか?」
 始めの一言は言い辛らそうだが、その後はスラスラと話し続けた。
「違うぞ。お前に会いに来た」
「俺か、用は無い。帰れ」
 振り向き、主の所に帰ろうとした。
「それは変だな。お前に呼ばれたぞ」
「呼んだ。呼んでない。帰れ」
 振り向きながら答えた。
「言い方を変えよう。欲しい物か、何かして欲しい事があるだろう。それを叶えに来た。
「ない、帰れ」
「今回は帰るが、もう一度会えないか」
 主の事が気になるらしい。その主に女性が近づくので恐怖を感じるのだろう。その主は辺りを見回して、犬の名前を呼ぼうとした。
「大丈夫。どこか痛いところある?」
 愛は子供の身体を撫でながら確かめた。
「ないよ。お姉ちゃん良い人みたいだね」
「えっ何でなのぉ」
「だってえ、しろがぁ来ないもの」
「そう、頭の良い犬ねえ」
 愛は言葉を掛けながら頭を撫でた。
「お姉ちゃん。その赤いのぉ綺麗だね。指輪なの。小指の物は初めて見たよ」
「えっ見えるの?」
 愛は驚き目を見開いた。
「うん、見えるよ。本当に綺麗だねえ」
「好きな人いる?」
「いるよ。お姉ちゃんが好き」
「う~ん」
 愛は悩んでいた。それもそうだろう。十歳以上離れている相手から赤い糸が見えると言われても普通は悩むか、信じないはずだ。
「ありがとう。お姉ちゃんの事忘れないでねえ。そうしたら、又会えるからねえ」
「いつ、明日」
「明日は会えないわ。忘れなければ、又会えるからねえ。私と同じ背になる頃に必ず迎えに来るから忘れないでねえ」
「もう会えないの。忘れちゃうよ。明日も会えたら忘れないと思うなぁ」
「うぅんん。明日同じ時間に来られる?」
 愛は死ぬほど悩み言葉を掛けた。
「うん。来られるよ」
 無邪気に答えた。その言葉が大声だからだろう。獣が叫び声を上げた。
「大丈夫。安心してくれないか、あの女性は仲間で、愛と言う」
「脅迫するのか?」
「違う。一緒では話が出来ないと思っただけだ。勘違いしないでくれ、今決められないのなら、もう一度会えないか、そうだ、今夜は会えないか、その時にゆっくり話そう」
「一度会えば気が済むのか、分かった」
「ありがとう。明日の朝まで公園にいるから何時でも良いです」
 甲は心底から安心したのだろう。口調まで優しく丁寧に伝えた。
「必ず行く。もう良いな。行くぞ」
 獣は伝えると、直ぐに主の所に向かった。
「ワン」
「シロの声だ」
「よかったわねぇ」
「うん。明日ね。必ず来てよ」
「大丈夫よ。必ず来るからねぇ」
「うん。シロ。行こう」
 余程嬉しいのだろう。普段は犬に散歩されている感じなのに今は違っていた。心の底から嬉しい気持ちを感じたからだろうか、身体全体の機能が活性したような動きだ。
「うぅぅん」
 獣は鳴き声を上げた。人間語に訳すなら何かあったの。そう言っているようだ。
「うぅうあん」
 又、鳴き声を上げた。本当に悲しそうな鳴き声だ。恐らく、ご主人様、早いよ。そう言っているはずだ。鳴き声の後は諦めたのだろうか、俯いているとは言い過ぎかもしれないが、主人の顔を見ようとせずに、諦めて地面を見ている。と言うよりも、昔を思い出しているように感じられた。
(どうしたのです。ここは、私のお気に入りの所ですよ。ご主人様も息づきが出来ると喜んでいたのに忘れたの。あっ転ばしたから怒っているのかなぁ。危険を感じたからですよ。それとも、あの女に何かされたの。今のご主人様は変です。私が居ないと家にも帰れないし、犬や猫の前を通る事も出来ない。方向音痴で怖がりなのに、何か遭ったのですか、今のご主人様の考えは分かりません。今までは考え事は分かったのに、これなら、先ほどの変な男に、ご主人と話が出来る事が願いだ。そう言えばよかった)
 今までの主人なら、犬の全ての思いを感じ取ったはずだが、今は違っていた。
(綺麗な人だったなあ。それに、あの指輪を見たらドキドキした。本当に綺麗だからドキドキしたのだろうなあ。お姉さんに会いたいよう。早く、明日にならないかなあ)
 もし、獣でなくて家族が、いや擬人が子供を見ていれば余程楽しい事があったのだろう。そう思うはずだ。地が足に付いてない。と言うよりも、酔っているのか、そう感じるはずだ。それなら何故、方向音痴で怖がりが家に帰れるのか、そう思うだろうが、愛に夢中の余り感情も思考も、目を開いているが愛の姿しか見えていない。身体の機能で残るのは生命機能のみ、それも、今は使われない微かな獣だった時の帰家本能だけが機能していた。
「ワン」
 獣は答えてくれないと思うが鳴いてみた。
家に着いたからだ。喉も渇いたし、お腹も空いたから催促してみた。普段の主人なら家に着くと同時に、喉が渇いただろう。そう言いながら家に入れてくれる。そして、少し待っていてね。と、言ってくれるのだが、今日は言ってくれないし、家にも入れてくれない。
「うっうう」
(これ位の事で主人の守りを忘れない)
 主人以外に伝わらない言葉を上げた。そして、獣は空腹を紛らわせる為だろう。昔を思い出していた。
(まだ、使命が終わっていない。大主人が帰るまでは確りしなくては駄目だ。主の母が死ぬ時に頼まれたのだ。今は家に主が一人だ)
「うっ」
 獣は空腹の為に腹音を鳴らした。気持ちを切り替える為だろう。一声を上げた。それから五時間位経っただろうか、声を掛けられる。
「シロ、私の出迎えありがとう。本当に頭が良いなあ。ああそうか出掛けるのだったなあ。もう良いぞ。遊んで来い」
「ワン」
(お腹が空いた)
 主人しか分からないと思うが、鳴いてみたのだろう。だが、
「ん、どうしたのだ。私が門を閉めるから良いぞ。シロ、ん。帰って来たら知らせろよ」
 獣は空腹の為だろうか、それとも気持ちが通じないからだろうか、よろよろと門を出ようとした時だ。大主人の声を聞き振り返った。期待がはずれ益々落ち込んで門を出た。
「ワン、グゥオン、ギャワン」
(おの男達と会ってからだ。許さんぞ。許さんぞ。お腹も空いたし、今日は散歩も一回だけだ。一度位噛み付かなければ気分が落ち着かない。もし、居なければ意地でも探すぞ)
 獣は目を吊り上げて公園に向かった。
 同時刻の公園では、愛が怯えながら問うた。
「あのう、甲」
「なんだ、どうした?」
 甲の声色だけで判断するなら男らしい。そう思うが、顔の表情は引き攣っていた。
(何を言う気なのだろう。まさか、血が吸いたい。そう言わないだろうなあ。だが、この女なら言いかねないぞ)
「あのねえ。何時に帰るの?」
「愛、私達は何をしに来たのでしょう」
 頭を抱えそうになったが必死で堪えた。
「ああっなぞなぞねえ」
 満面の笑みで答えた。
「ああっ答えなくても良い。直ぐに帰れない事が分かっているのなら言わなくても良い」
 甲は答えを聞きたくなかった。もし、考えられない事を言われたら、愛の首を絞めるだろう。自分を抑える事が出来ないからだ。
「あああっ蘭、聞いて、聞いてよ」
「なに、聞いてあげるけどねえ。お願いだから、甲と同じ事は言わせないでね」
「赤い糸が見える。そう言われたの。だからね。だからね。明日までは居たいの」
 顔色では喜びを感じるが、声色では、今直ぐに泣き出しそうな声色だ。

「嘘、いつよ、いつ、そんな時間があったのよ。誰なの乙なの。まさか、まさか甲なの」
「恥ずかしくて言えないわ。どうしても明日まで公園に居たいの」
「甲、あ、な、た、ねえー」
「蘭、違うぞ。俺では」
 蘭に迫られたからか、それとも、鬼の顔を見たからだろうか、最後まで話す事が出来なかった。それでも必死に、愛に救いを求めるように視線を向けた。
「乙が言うと思う」
 蘭はゆっくりと、甲の首に手を伸ばした。
「愛、必ず明日は、いや、好きなだけ公園にいるから名前を言ってくれ」
「だけど、名前は知らないし」
「そうよね。自己紹介してないものねえ」
「せめて、私で無い。と、それだけでも」
 蘭の手は、もう目の前だ。時限爆弾の時間で言うと、二秒前と同じだ。
「そうなの。愛」
「甲ではないわ」
「ふー」
 爆弾解体者の気持ちが、心の底から分かったような顔色を表していた。その時だ。
「ウォーン」
「来てくれたようだぞ」
 甲が車内から出ようとして、半身だけ出た時だ。獣が襲い掛かり、腕に噛み付いた。
「わぁーやめろー」
「食われたくなければ何か食べさせろ」
 獣は、甲達には隠す意味がない為だろうか、いや、声色や言葉の内容で判断すると空腹の為だろう。もし、甲たちが居なければ、誰かまわず、人間の言葉で喚いたはずだ。
「わかった。何でも食わすからやめてくれ」
 甲は必死に頼み込んだ。
「待つ間に腕の一本でも食べて良いか?」
「ら~ん。何でも良いから与えてくれ」
「これ食べられる?」
 蘭は、即座に手近いにある果物を与えた。
「肉が食いたい。無いのなら腕」
「分かりました」
 蘭は恐ろしくて、獣の話を最後まで聞きたくなかった。
「いい加減にしなさい。主人の命令ですよ」
「お前が、俺の主人だとおおー」
「愛、やめてくれー」
 甲は泣き出した。
「愛、怒らせてどうするのよ。えっ、今何て言ったの。愛が主人と言ったのよねえ。それでは赤い糸って、あの子供なの」
「そうよ」
「ら~ん。早く与えてくれよ。お願いです」
 甲は、まだ腹の上にいる獣に怯えていた。
「我が主人を子供と呼び捨てにするのか、分かった。お前らを食ってやる」
「分からない獣ねえ。私は主人と結婚する運命なの。だから主人なのよ。分かったわね」
「うっうううっううう」
「人の言葉で話しなさい。分からないわ」
 愛は又、挑発的な態度を崩さない。
「ら~ん。ら~ん」
「ハム入り野菜炒めを食べてください。お願いです。後で肉を用意しますからね。愛も落ち着いてよ。愛、まるで別人よ。お願い」
「すっん、すんすん。仕方がない。食べてやるよ。後で肉を食べさせろよ」
 獣は匂いを嗅いだ後に愚痴を零すが、食べ方で判断すると好物と思えた。
「ううっううっう。ら~ん。怖かったよ~」
 甲は極限の緊張で幼児に戻ったようだ。
「大丈夫よ。大丈夫よ。もう怖くないからね。安心してねえ。大丈夫だからね」
 蘭は、甲を抱きしめながら呟く。それも甲の震えが消えるまで何度も呟いた。
「うっ」
 獣は、蘭と甲の様子を見て、主人の母が死ぬ時を思い出していた。呟きは違うが、二人と、その時が重なるのだ。主人が泣き叫び、母が抱きしめながら誤る姿が、全く同じ様子に思えた。その為だろうか、それとも食欲が満たされた為ではないと思えるが、愛の話が聞きたくて仕方がないのだろう。
「おい女、先ほどの話を聞かせろ」
「主人に向かって女と言うのですか」
 愛は又、獣に挑発的な態度を取った。今度は殺されると思い。蘭は必死に止めた。
「むっむむうっうう」
 蘭は必死に両手で、愛の口を塞いでいた。
「獣様。願いを言いに来たのですよね」
「願い、う~ん。そうだ。そうだぞ」
 何も考えもなく、ただ、空腹と怒りの発散の為に来た。そう言えなかった。
「分かっていますって、獣様。主様と話が出来るようにしたいのでしょう。ねえ」
 甲は、手を擦るように猫なで声で、精一杯、護摩をすりながら話を掛けた。
「そのような事が出来るのか?」
「出来ますとも、出来ますとも、獣様」
「それを願いにするぞ」
「それでは獣様と主様二人で、今まで通りに明日も公園に来て下さい」
「わかった。済まなかったな。噛み付いて」
「いえいえ、気にしていませんよ」
 甲と蘭は、獣が帰った後、盛大な溜息を吐いて座り込んだ。
 暫くして蘭は、愛の様子を窺った。
「愛、大丈夫」
 愛は口と鼻を塞がれた為に気絶していた。
「このような時に、乙は何をしているのだ」
 甲は、獣と同じく八つ当たりと思えた。
「えっ。乙は放心しているわ。酔いは醒めていないから仕方が無いでしょう。一緒に騒がれたら、どうするのよ。役に立たないのだから、このままで良いのよ」
「蘭、話が出来るようにする。そう言ったが、子供に何と言って納得させたら良いと思う」
「赤い糸が見えるようになったから、話が出来るようになった。それで良いでしょう」
「それで納得するだろうか」
「大丈夫よ。本当に獣と話せるのよ。納得するしかないでしょう」
「それも、そうだな」
 蘭と甲は、心の底から安心した微笑みを浮かべた。気持ちが落ち着いたのだろう。二人は空腹を感じて遅い夕食の準備を始めるが、その食べ物の匂いが車内に充満したからだろう。匂いに釣られ、愛も意識を取り戻した。乙も、二日酔いの吐き気が少し良くなったのだろうか、それとも、食欲を感じたのだろう。這いずるように席に着いた。四人は、余程空腹だったのだろう。口が開くが、話す事には使われず、物を入れるだけに使われた。
 その後は、今までの通り、男は車外で、女性は車内に残り、暫くは、二人の話し声が聞こえたが、聞こえなくなった。恐らく、寝息を立てているのだろう。
「乙、今日は朝まで付き合えよ。俺は、今日は寝られない。何か獣が来そうな気がする。乙も寝られないだろう。先ほどまで寝ていたのだからなあ」
 二人は朝まで起きていた。甲は酒を飲み続け、乙は酒入りのチョコレートを一晩で食べ尽くし、正気を無くすほど酔っていた。
「ワッン。ワッン」
「お姉ちゃん。どこにいるの」
 一人と一匹は公園に現れた。一人は悲しみのような不信のような声色で問い掛け、一匹は喜び溢れる叫び声を上げた。犬の主人は公園の入り口から離れずに何度も問い掛ける。
その様子が不満のように犬は見上げている。主人が遊んでくれないからか、それとも連れて行きたい所があるような感じだ。少しの間は我慢していたのだろうが、痺れを切らしたように主人を引き摺る。入り口からは見えないが、外れの方には馬車が止まっていた。その場所に向かっているようだ。主人は行きたく無いのだろうが、幼い子供よりも大きい犬の力では止める事が出来る訳がない。嫌々だが引き摺るように連れられて行く。
「シロ。行っちゃ駄目。ここに居るの」
 主人は怒りよりも不信を感じていた。普段は、自分の言葉が分かっている。そう思っていたのだろう。主人も犬の気持ちが分かると思っていたのだ。自分が命令をすると嫌々従う表情だと感じる時は、止めたりしていた。それなのに、今の表情や吼え方は喜びしか感じていない。そう思えたからだ。
「ウォォン」
 犬が吼えた。この犬を知る人でも恐怖を感じてしまう。野生の獣のような吼え方だ。
「来た。愛、先ほど言った事を頼むぞ」
 甲は、犬の吼え方が聞こえると馬車の中に隠れていた。そして、愛に頼んだ。恐らく一晩中考えていたのだろう。酒を飲みながらの考えだから良い計画と思え無いが必死だった。
「ウォォン」
 犬は吼える。恐らく遅いと言ったはずだ。
「私に従いなさい。そうすれば主人と話せる力を与えます。従うのなら証拠として、お座りをしなさい。それが承諾の証です」
 愛は満面の笑みを浮かべながら馬車から出て来た。子供と会うのが楽しみなのだろう。
その後を、引き立て役のように乙も現れ畏まった。だが、愛は直ぐに、犬に視線を向け大声を吐き出した。
「お姉ちゃん。えっ、シロと話せるように出来るの。本当に出来るの?」
 子供は、愛の姿を見ると声を掛けるが、話を聞き即座に問い掛けた。
「分かりました。従うのですね。私が頭を撫でるのを許しなさい。そうすれば話が出来るようになります」
 愛は話ながら子供と犬の所に向かった。
「約束の通り来ましたよ」
「うん。嬉しい、ありがとう。ねえ、お姉ちゃん、シロと話せるって本当なの?」
「そうよ。ああっ私の事は愛で良いわ。あなたの事は何って言えば良いの?」
「ぼく、リキって言うのだよぉ。力と書くのだよ。強い人に成れるように付けたのだよ」
「そう、良い名前ね。りき」
「なあーに、愛お姉ちゃん」
「シロに、話を掛けてごらん」
「うん。シロ、僕の言葉わかる?」
「わかりますよ。お主人様」
「本当だ。凄い、愛お姉ちゃん何で、何で」
「それはねえ。私は、リキが大人になるまで一緒に居られないの。それでよ」
「そうなの、シロ」
「そうです。ご主人様」
 シロは、これから、主人と話せるならどうでも良かった。愛が理由を考えてくれたのなら、それで良かった。
「何日くらいなの。愛お姉ちゃん」
「リキが大人になるまでは一緒には居られないの。だけどね。誕生日の時は会えるわよ」
「そんなに会えないの?」
「ごめんねえ。シロと話せるから寂しくないでしょう。だけどねえ。他の人に教えては駄目よ。私とリキとシロの三人だけの秘密よ」
「ご主人様、嬉しくないのですか、愛様が居ない間は、シロが遊んであげますよ」
「シロ、ありがとう」
「いいえ、愛様。シロが死ぬ気持ちでお守りしますから安心して下さい」
 シロは、愛に人と言われた事が嬉しかった。それで、心から従う事に決めた。
「シロ、お願いします」
 愛が深々と頭を下げた。
「ご主人様、そろそろ時間です」
 シロが頷き。リキに話を掛けた。
「もう時間か」
「リキごめんねえ」
「いいよ、仕方がないよ。仕事でしょう」
「うん、そうよ。誕生日に会えるのを楽しみにしているわ。お土産を楽しみにしていてね」
「うん、楽しみにしている。またね」
「リキ、またね。シロ、お願いね」
「ウォーン」
 シロが、愛の言葉に答えた。
「ふー、やっと帰ったぞ」
「そうねえ。やっと終わったわね」
 甲の独り言に、蘭が答えた。
「えっ何が?」
「任務よ。そう言う意味でしょう。獣とも接触して、獣の願いも叶えたでしょう」
 蘭は、不思議そうに問い掛けた。
「そうだな。直ぐ帰るか」
「えっ、もう少し外界に居たいわ。任務は終わったのですから遊びましょう」
「そうだな。飛河東国に戻ってみるか」
「そうしましょう」
「乙、出発の準備をするぞ」
 甲は声を上げるが、蘭に話を掛けられると、これからの東国の話に夢中になり、全てを乙に任せてしまう。愛は御者席に居るが惚けたまま、虚空を見つめていた。恐らく、公園の景色を見て、では無い。リキとの未来の夢を見ているのだろう。乙は、いい加減な三人に、時々視線を向けるが何も言わず。全ての準備が終わると、愛の隣に座り。今直ぐに死にそうな顔で、息を整えていた。
「もうー何かを作るわ。まだ、連絡はしないで、東国に行ってからにしてよ」
「分かった。それでは出発するぞ」
乙が準備を終えて、太陽が中天に昇るまでと言うよりも、甲の腹の音が鳴るまで、この地を出る事が出来なかった。

 第十四章
 飛河連合西国の象徴と思われる建物の最上階で、猪の紋章を付けた人物が扉を叩こうとしていた。
「第十二族、猪家の長老の灰です」
 扉を叩かずに声を上げた。
「待っていたぞ。入れ、入れ」
 部屋の主は声を上げながら扉を開けた。
「はっ失礼します」
「それで、何か、言っていたか?」
 子供が悪戯をして、親の言葉を窺っているような男が現れた。
「東国の全ての長老は喜んで祝福する。そう、伝えて欲しい。と」
「そうか、ありがとう」
「それでは、室に、ご案内します」
「灰、言葉を掛けられたら、私は」
「何も言わなくて構いません」
「そうか、それと、私の周りを猪家だけにしてくれたか、私の家の者でも怖いのだ」
「扉の外に控えています。宜しいですか」
 その言葉で、この国の王は頷いた。そして、王は地下の祭儀室に行くまで、足が痛い、疲れた。と呟く。それほど、歩きたくないのなら地下か一階にでも住めば良いだろう。そう言いたい者が供にいるはずだが、無言で警護し続けた。王は、地下の階段を踏むまで口を閉じる事がない。まるで、愚痴を言えば疲れが取れると思っているようだ。王が、口を閉じた理由は恐怖を感じたのだろう。地下に入ると供とは違う警護人が、廊下の両脇に控えて剣を交互に十字に重ねていた。それが同時に鞘に収めた事に驚いたのだろう。そして、先頭の猪家の長老の灰が、早歩きで先に室に入り声を上げた。
「十族の長老殿、王が参られました」
 その言葉で、全ての者が席を立ち上がると、畏まりながら王を迎えた。王は、全ての長老を確かめると、室内に目を向けた。周りの壁には獣人の誕生から神と共に住んで居た都から出される理由が描かれ、天井には飛河連合西国の成り立ちが描かれていた。王は、この室に始めて入ったのだろう。何度も頷き、心の底から感心しながら最奥に歩き出す。その先に薄い幕が下ろされ、王が近づくと幕が開かれ椅子が現れた。
「うっ」
 十族の長老は驚きと言うよりも不満を表しているようだ。何故、それは、十一族の象徴の像を台座にした椅子だったからだ。その事に王は気が付いてない。満面の笑みを浮かべ腰掛けた。
「第十二家、猪族は王に忠誠を誓います」
 王が腰掛けると、即座に言葉を上げた。
「うっ」 
 王は何か声を掛けようとしたのだろう。だが、猪の長老に何も言葉を掛けなくて良い事に気が付き、口を噤んだように感じられた。
「それでは、儀式の為に、傅く事を一時解く事を許して戴きます」
 猪の長老は、王に視線を向けた。頷かれると、承諾を得たと感じたのだろう。立ち上がり十族の長老に視線を向けた。
「第一族の長老殿。王の承認に異議が無ければ傅け、それが証とする」
「はっ」
 鼠家の長老は、猪家の長老と同じ姿勢を作った。その姿を確認した後は、猪家の長老は、次々と大声で名前を上げた。そして、全ての十族の長老が傅き終えた。その確認後、壁画に描かれた歴史を話し始めた。それも簡易的に、時間を掛けないように気を使っているように感じられる。いつ、長老が傅きを止めて、苦情を言うのを恐れているように思えた。
「それでは、王冠の儀に移らして戴く」
 猪の長老が王に一礼した後、王の手を持ち室外に案内した。その後を十族の長老が付いて行くが、猪家の家臣が勧めたはずだ。十族の長老が室外に出ると歓声が響いた。王と猪の長老が野外に出たのだろう。その歓声の元に全ての長老が向かう。人々が集まっていたが公園なのか、恐らく避難場所だろう。東国の長老が見れば可笑しいと思う事があった。儀式の集まりのはずだが、儀礼服を着る者は年配者が多い、その他の者は自分の好きな服装をしていた。それを見て、これが自由なのかと嘆いているような顔色を表していた。だが、猪の紋様を付けた者は全てが警護人と感じていたが、よく目を凝らすと、剣も付けない者や女性や子供がいたからだ。東国の長老は礼儀を知る種族がいる事に安心したような顔色を一瞬浮かべたが、恐ろしさも感じたのだろう。これでは、西国の王は虹家が王なのか猪家が王なのか分からないと感じたのだろう。その考えも一瞬で止めた。先代の王でもあり、元虹家の長老の話を思い出した。今の規律や思想が古いと言って、半分の種族を率いて国を興した事を思い出したからだ。
「竜家の長老殿。王冠の儀をお願致します」
 全ての長老が椅子に腰掛け、人々が歓声を止め、何時始まるのかと待っていた。そして、不信を感じる位の時間が経った時に、猪家の長老が、少し苛立つように立ち上がった。それも、そうだろう。この儀式だけは飛河連合国を興した。始祖十二族から同じだからだ。そして、王に一礼した後、竜家の長老の後ろから声を掛けた。少し驚いたようだ。隣の席に居たからではないからだ。席は、第一族から第十二族と横一列に並べられ、猪家は一番端で竜家は王の隣だった。
「はっ」
 竜家の長老は一瞬済まないと言おうとしたようだが、言える訳がなく。畏まりながら王の席の後ろにある。王冠台から王冠を持ち上げた。そして、人々に見えるように高く上げたまま王の頭上に、そして、乗せた。歓声が盛大に広がり、王と十一族の長老は、人々の歓声を見つめ続ける。ある程度の熱気的な歓声が静まるのを待って席を立とうとした。
「東国の長老殿。宴席の用意が整いました」
 猪の紋章の者が一人、一人に畏まりながら伝えた。元々席を立とうとしていた為に、素直に従い、先ほどの地下の祭儀室に使われた所に案内された。室内に入る前に一瞬だが顔を顰める者がいたが、その気持ちも分かる気がする。確かに豪華な部屋だが、椅子だけが置かれて、談話しながら食事を取る部屋とは思えないからだ。それでも、テーブルが並べられるだけ並べて、その上に菓子、果物、酒などが並ぶと雰囲気が変わって見える。その為だろうか、室内に入ると穏やかな表情を浮かべた。それぞれの、紋章の描かれた椅子に案内されて、西国の王と長老を待った。
「お待たせしました」
 誰となく、同じような言葉を答えた。
「何も話をせずに帰るのは失礼と感じて、待っていた。軽く食事を取った後は帰らせてもらう。それで、構わないな」
 東国の一年間の王、兎家の長老が伝えた。
「構いません。我らも歳を取りました。恐らく、これが最後の十二族の顔合わせだ。昔の思い出を話す機会も無いでしょうから、今日の事も楽しい思い出にしましょう」
「そうですな。猪の長老」
 兎家の長老が笑みを浮かべ頷いた。他の長老は気が進まないのだろう。黙々と飲んでいたが、一人が昔の話をすると、
「そうですな。あの時は困りましたぞ」
と、一人、二人と増えていった。
「西の方々、主賓の王が寝てしまわれたぞ」
「無礼講と言われたのは、王ですからな」
 西国の鳥家が笑いながら声を上げた。
「まだ若いから、酒の飲み方を知らないのでしょう。お気になさらず。飲めましょう」
 酒の飲め方を知らないのは、西国の者に思える。自国の王を全く無視して、会話を弾ませ飲み続けるのだからだ。
「珍しい。猪の長老も寝てしまわれたぞ」
「東国は、兎家と竜家だけですな。負けていられないですぞ。ん、西は、ワシだけか」
 鳥家の長老が目を擦りながら回りを見回した。口調は確りしているのに、眠気が酷いのだろう。少し、不信に思ったのだろう。竜家が問い掛けようとした。
「なんだか、眠気を感じるが、何の酒ですかな。と、りけ、のちょう」
 竜家の長老は最後まで言えず、倒れ込んだ。他の二人の長老も、ほぼ同時だった。それから間もなく、猪家の老人が現れた。
「西国の王、西の長老は各部屋に連れてってくれ、東国の長老は地下室に放り込んどけ、念のために手だけは縛るのを忘れるな」
と、呟き。主を見詰めていた。
(主様。何故です。始めは人質にすると言われたのに。二日程飲み食いしている内に終わるから止めろ。と言われるからです。私には何を考えているのか分かりません。ですが、確実の手段を取りました。これで、確実に勝てますぞ。これで、猪家が全ての王です)

 第十五章
 王冠の儀と同時刻。十二時に西国の新都から五万の軍勢が東国に向かっていた。それも指揮の時にだけに使われる大太鼓を鳴らしながらゆっくりと進んでいた。何故か、東国の都に分かるように大袈裟に鳴らしていた。
「西国の兵が東国に来る、儀式なのか?」
 知らせが届いたのは新都を出て直ぐの事だった。そして、不信に思い、羊家の長老が問い掛けた。
「違うようです。全て本物の武器を手にしているそうです」
「そうか、儀式だと困る。念の為に都市の前に五万の兵を置くが、仕掛けてくるまで手を出すな。それと、我が羊家と虎と竜家だけで出る。伏兵が居ては困る。残りは城内を固める。そう伝えてくれ、急げよ」
「はっ」
 六家の使いは即答した。西国の軍が、都市から耳を澄ませば聞こえる位まで近づいた頃に用意が整った。その知らせを聞くと、羊家の長老は大声で指示の声を上げた。
「羊家を中央、虎家は左に竜家は右に陣を置く、そして、指示があるまで待機だ」
 即座に命令は実行された。都市の門の前、五百メートルの所に、三家が並んだ。
「何を考えているのか分からん。規律もなく種族もバラバラで行進だぞ。戦う気持ちがあるのか、やはり、儀式なのか?」
「変身できる者だけで確認してきますか、常人の力での刀や矢では傷も付きませんから」
「そうしたいが、罠だったら、それで変獣が遣られたら太刀打ち出来なくなるぞ」
「分かっています。私達も五万に十人で向かうのです。無理はしません」
「もう、羊の純血族が十人しかいないのか?」
「他家の人数は分かりません。調べますか?」
「調べなくても良い」
「ですが、老人を入れれば可也の数になりますが、何時、変身が解けるか分からないようでは使えません。それで、除きました」
「そうだな」
「数が必要なら加えますが」
「良い。十人で頼む」
「はっ」
 即座に変身した。羊と言っても象位の大きさがある。これでは、人の力での刀や弓では毛で遮られ無駄だろう。だが、五万の敵に向かうのだ。鳴き声が怯えているように感じるのは自声とは思えなかった。陣の後方に獣が十頭現れても敵の進撃は止まらない。見えないはずはないのだが、逆に、味方の陣の方が踏まれないように乱れて分かれた。そして、気合か威嚇のような声を上げながら向かった。まだ、乱れた太鼓の音は変わりなく、進撃してくる。もう、踏み潰すと思う時だ。五万の軍勢は乱れながら逃げたのでなく、整然と六人ずつに分かれた。それも、六種族ごとだ。
「な何だ。何が起きた」
 突然、腹に響くような音が聞こえた。その同時に変身した羊が四頭も斃れた。
「たった退却だ」
 指揮官の言葉を聞く前に、我を忘れて自陣に駆け戻る。数人の同族を踏み潰したからか、太鼓の音が止んだからだろうか、やっと我を取り戻した。だが、恐怖の為に変身は解かれ、直ぐには変身は無理だと思えた。
「信じられん。禁忌の武器を使うとは、戦に勝のでなく、皆殺しにする気なのか?」
「報告に来ました。変身できるのは二人だけです。ですが、機動性は無くなるでしょう」
「音が止んでいるなぁ」
 敵の軍勢は六人ずつに別れたまま、行進は止まっていた。
「はい。獣機音を隠す為だったのでしょう」
 羊家の軍長が話し掛ける。
「これは戦と言えない。ただ、指揮も作戦もなく獣機で撃ち続ければ終わりだ。それにしても、何故動かない。弾がないのか?」
「それは違うでしょう。確認したが石でしたから、それに、準備はしているはずです。恐らく、他家の獣変身の数を気にしていると思います。特に竜家でしょう。竜が出て来るのを待っていると思います。効くと分かれば直ぐにでも攻めて来るはずです」
 話をしている間に悲鳴が響いた。石が飛んできたのだ。一つの石で二人、三人と身体を突き抜ける。ただの石と思うだろうが、獣機の中に石を高速で飛ばす仕掛けがしてあるのだろう。恐らく、遠心力だと思える。
「都市に戻るぞ。急げ」
 羊の長老の声で退却の太鼓を鳴らした。
 命令を出して無いが、長老の気持ちを感じ取り、羊家がしんがりを努めた。矢盾は役を立たず、三万の内の半数の命が消えた。三家の全てが都市に入っても攻撃は止まず、城壁や建物が次々と壊される。その都市のある一室で悲鳴以外の声が響いていた。
「猪と馬と犬の戦車と、兵の殆どが半変身獣でした。普段のままの者では太刀打ち出来ないでしょう。まだ現れていないが、完全の変獣と、鳥家と虹家の飛行獣機と猿家の歩兵獣機が現れたら終わりです」
「そう、軍長が話をしてくれた事ですが、撃退は無理だ。出来る事は講和か都市を捨てるかです。それも、六家の完全の変身獣が居て、逃げる作戦だけが、考えられる程度だ」
 羊家の長老が話し掛けると、五種族の軍長が獣の数を即答した。何かが起きた場合は羊家に委ねる。信じて従えと言付けされていた。
「ありがとう。鼠家が十五。牛家が十。虎家が十。兎家が十。竜家が四頭か、それで、あの石弾に耐えられるか?」
 そう羊家の長老が問い掛けた。
「一、二発なら大丈夫と思うが、それ以上は変身が解ける。だが、竜家の獣機なら耐えられると思うが、新都に取りに行ければ」
 思案している時だ。新たな悲鳴と振動を感じられた。そして、一人の男が現れた。
「虹家と鳥家の獣機が現れました」
「来たか」

 第十六章
 都市の一つだけの門の方からは猪、馬、犬家の戦車が、虹、鳥家は戦車の届かない所を攻撃していた。都市中は弾丸の破片や衝撃の風発、建物の破片や崩壊が起きていた。神が罰を与える為に、地上に地獄を創るとしても、今の惨状を創造も出来ないだろう。それほどの事が起きていた。だが、虹、鳥家の攻撃は予定になかった。元々は要求に応じない時の威嚇の為だった。それが、四時までに指示が来ない為に、虹、鳥家の軍長が自分で判断を下した。何故かは、一時間前の西国で起きていた。それは、猪家の長老の一言が原因だった。事件の一時間前。三時の事だ。
「何故、私は自室で寝ているのだ」
 猪家の長老の灰は声を上げた。
「主様。全て予定通りです」
「何が予定通りだ」
「主様は、手を汚さなくていいのです。私が、主様の願い通りに致しました」
「東国の長老はどうした。まさか、殺したのではないだろうなあ」
「いいえ。牢に入れております」
「そうか、ん。今は何時だ」
「三時を少し過ぎました。どうしたのです」
 主が、慌てていたと言うよりも、考えているのか、悩んでいるとも思える複雑な表情をしている。それで、問い掛けた。
「間に合えばいいが、むっんん。牢屋が先だ。今すぐだ。案内しろ。まだ間に合う」
「主様。落ち着いてください」
「いいから、直ぐに牢を案内しろ」
「はっはい」
「走れ、時間がないのだ」
 灰は、急ぎ部屋を出た。老人が礼儀を優先していた為に、引き摺るように急がせた。
「済まない。何かの手違いが起きた」
 灰も老人とは大袈裟だが、部屋から牢まで走りとおす事は出来なかったが、息が切れるほど真剣に走って来た事は声色で感じ取れた。
「おおそうか、出してくれるのだな」
 灰の様子で、指示を出してないと感じた。
「今出す。それで、竜家の長老直ぐに変身が出来るか、東国が攻撃されているのだ。皆を乗せて帰れるか?」
「主様。何を言っているのです。人質にすれば確実に勝てるのです」
「お前は何を考えている。鍵をよこせ」
「主様。十二族の王に成れるのです。止めてください。お願いです、止めてください」
「何度言ったら分かるのだ。私は王になる気持ちがないと、何度も言っているだろう」
「私達を騙していたのですか」
「良いからよこせ」
 奪い取り、鍵穴に差そうとした。
「うっ、何を考えて、いる、のだ」
 背中を短刀で刺された。刺した者は猪家の灰の片腕の老人だ。主を刺した同時に、牢番兵が刺した者の命を奪った。
「早く出してやれ」
「はっ」
「猪よ。大丈夫か、確りしろ」
 五種族の長老と、涙花、信は自国が攻撃をされているのを忘れているのだろうか、灰の容態を気にした。
「父が、近い間に十二族を一家で従えたい。そう思う者が出るはずだと言っていた。十二種族が分かれ、二つの政治の体制を作れば防げるはずだ。その話を何度も聞かされた。だが、私は年々他家への険悪を感じ、駄目だと感じた。東国の者が遠い地へ行けば防げる。威嚇の行動を起こせば意味が伝わるだろう。そう思ったのだ。それは、酒を飲みながら伝える積もりだった。今日の酒は美味しかった。若い頃に皆で飲んで以来かなぁ」
 目が虚ろで、眠いのだろうか、目を閉じて昔の思い出を見ようとしているのだろうか、それとも、身体の機能が役目を果たせないのだろうか、だが、穏やかな表情している。
「わかった。もう良い」
 灰は言葉を聞き、竜家の長老は、目を見開いた。
「私が死ねば、獣機を止められない、戦も止められない。獣族が泥沼になるはず。東国はこの地を捨てた方が良い」
「獣機。禁忌だぞ」
 四家の長老が驚きの声を上げた。 
「言うな」
 竜家の長老が諌めた。
「そうだな、猪の。そう思う有難う」
 もう、灰の口から出るのは、会話にも言葉にもなっていない。全てを話し終えたら償われる。そう思っているようだ。
 灰が息を引取ると、皆は、建物の外に駆け出した。走りながら竜家の長老が声を上げる。
「変身をしたら直ぐに乗ってくれよ」
 西国の都市に住む者は戦が行われている事は知らない。虹家と猪家が、東国との交渉の為と言う名目で軍を動かしたからだ。勿論、東国の長老を引きとめようとする者もいない。
「急げ、都市の外に出るぞ」
 外に出ると、竜家の長老は変身した。全長二五メートルの蛇と鯉を併せたような物が現れた。それが竜だろう。
「良いぞ。全ての者が乗ったぞ」
 その言葉が分かるのだろう。鳴き声を上げると、大空に昇った。
「あれでは、もう間に合わない」
 悲鳴の聞こえない所でも火や煙が見える。それで、都市中の様子は感じ取れた。都市の中で弾丸の破片や建物の崩壊などが、想像が出来て、状況が目に見えるのだろう。
「竜家の長老。私を北の方向に連れてって、妹がいるはずなの。妹の仲間と一緒に故郷に帰るわ。そして、空を飛ぶ船を持ってくるわ。必ず戻るから待っていて」
 竜は頷いたように首を下げ、北の方向に向かう。それ程飛ばなくても馬車を発見した。

「居た。私を、あそこに降ろして」
 空から大きい蛇のような生き物が降りてきたからだろう。愛達が乗る馬車が止まり、即座に涙花は竜から降りて馬車に向かった。
「私は涙よー。涙花よー」
「涙花さん?」
 愛と乙が不審顔で呟いた。
「そうです。涙花です。蘭を呼んで」
 呼ぶ声が聞こえたのだろう。蘭は現れた。
「なんです」
「私は涙花です。貴女は本名を隠しているようだから言わないけど。私の事忘れたの。涙花よ。貴女の姉の涙花よ」
「涙お姉ちゃん」
「そうよ。涙お姉ちゃんよ」
「会いたかったよぉ。お姉ちゃん」
 嬉し涙を流しながら抱き付こうとした。
「ごめん、そんな暇はないの。私を都市に連れて行って。お願い」
「今直ぐなの」
「そう、今直ぐよ」
「甲、直ぐに都市に帰れる」
「帰れるぞ。だが、愛、良いのか」
「良いわ。直ぐに都市に帰って」
「分かった。それでは、椅子に腰掛けて確りと身体を固定してくれ」
 車は行きの時とは違い。微かな振動もしないで到着をした。恐らく、完全な肯定位置を入力が出来たからだろう。
「帰りは良いわ。勝手に帰るから」
 即座に簡単に挨拶を済まし。事件が起きた建物に入っていった。蘭と同族だからだろうか、それとも元の仕事場だったのか、迷いもしないで地下に向かった。
「静かね。私達の使命は終わった証拠ねぇ」
「そうだな。帰って来たのだから報告しに行くとしよう。報告が終われば安心して好きな事が出来るからな」
「そうしましょう」
「蘭、良いのか」
「何が」
「お姉さんなのだろう。何か久しぶりに会ったように感じたから」
「そうよ。何年も会ってなかったわ。だけど、今は駄目なの。何か遣っている時とか、何か遣ると決めた時のお姉さんは人の話は聞かないから、終わるまで待つしかないの」
「そうか」
「行きましょう。愛、乙も行くわよ」
 愛と乙は、何も否定する理由がない為に話には入らず。そのまま二人の後を追った。
 四人は長老の室に行く途中に喚き声や叫び声は勿論、警報機の音も聞こえてこない。それで使命は終わったと感じた。だが、長老の室の近くに来ると、怒鳴り声が聞こえた。一瞬、事件は終わってないのか、そう感じたが、長老と蘭の姉の声と感じ取り、胸を撫で下ろした。だが、四人は室に入る勇気がなかった。
「長老、船の鍵を貸してください」
「駄目だ。外界で使うのだろう。そして、そのまま外界に置き去りにされては困る」
「だから、何度も、返しに来ると言っているでしょう。分からない人ね」
「それにだ。外界には干渉をしないようにしている。そう何ども言っているだろう」
「だから、ただの運搬船よ。理由を言ってよ。持って帰って来ると言っているでしょう」
 二人の会話は扉の外まで聞こえていた。このような喚き声が聞こえていては、普通の神経の持ち主なら入る者は居無いだろう。四人は話が終わるのを待っていた。その時に後ろから靴音がしたのを気が付かないでいた。そして、その者は近寄り、蘭の肩に手を置いた。
「あっお父さん」
「涙花が帰っているのを知っているか」
 娘が扉に指を向けた。
「ああっそうだな、涙花の声だな」
「蘭と名前を変えて、事件の担当している。そうだな、全てが終わったのか」
 蘭は又、扉に指を向けた。
「そうだな。これでは入れないなあ」
 そう言いながら扉を叩いた。その様子を見て、四人は声を掛けようとしたが、許可の返事も聞かずに入ってしまった。怒鳴り声で扉の音が聞こえない。そう思ったのだろう。
「涙花、少し落ち着きなさい」
「お父さん」
「来てくれたか。お前からも言ってくれ」
「長老、お父さんを呼んだからって、諦めないわよ。ある種族の危機なの、お願いよ」
「長老、娘のかたを持つ。そう思うかもしれないですが、他家の建物で水晶球が点滅した。そう知らせを受けました。同じ警告なのか、違う警告なのか分かりませんが、娘が外界から都市に帰るほどの事が起きているのです。恐らく関係している。そう思うのです。私からもお願いします。許可して下さい」
「うぅうう」
 長老は思案していた。
「長老、又、誰かを調査に向かわせる考えのはず。娘二人と、他の三人で向かわせてください。そして、運搬船の許可もお願いします」
「うぅうう。分かった。議題として採り上げる。今日中に結果をだす。それで良いな」
「お願いします。涙花も納得しろ」
「長老様、お願いします」
 涙花はしぶしぶ納得した。
「失礼します」
 部屋の騒ぎ声が聞こえなくなったからだろう。軽く扉を叩きながら部屋に入った。
「ご苦労さん。そう言いたいが、他家で水晶球が点滅したようだ。もう一度出掛けてもらう事になりそうだ。恐らく明日だろう」
「そうですか。わっ分かりました」
「涙花、久しぶりだ。家でゆっくりしなさい。向こうでの話を聞かせてくれるのだろう」
「嫌よ。この部屋で待つわ。一秒でも早く帰りたいの。今でも、一人、二人と命が消えているわ。その事が分かって言っているの?」
「涙花、我がままは止めなさい」
「あのう」
「なんだね」
「なによ」
 親子二人が、愛に問い返した。蘭は二人の姿を見て天を仰いでいた。
「私の部屋に来ない。ここから近いし、一緒に出発するのでしょう。変な言い方だけど、長老が、私達だけで出掛けろ。そう言ったとしても、私と一緒なら大丈夫よ」
「うっ」
 長老は言葉を無くした。愛に言われた事を考えていたのだろう。そう表情を表した。
「そうする、ごめんね。お邪魔するわ」
 涙花は長老の表情を見て、そう言葉を返した。
「私は車に止まるわ。何か、上手い具合に父さんが来たのって、嫌な予感がするわ。言い包められて、仕事が増えそうだわ」
「勝手にしろ」
 父は、そう言って部屋を出た。
「甲も乙も車に来るわね。勿論、外よ」
 蘭は、二人に聞かずに決めてしまった。
「お姉ちゃん、またね」
「私達も行きましょう。う~ん、涙花さん。それとも、涙さんと言えばいいのかな」
「好きな方で、呼んでいいわ」
 愛と共に部屋を出ようとした時、一瞬だが、長老に鋭い目線を向けた。口では言い切れない事を言っているように感じた。
 最後に長老が一人で残ったが、慌てる訳でも、連絡を取ろうともしない。蘭、涙花の父が来た事で再度四人を行かせる事が決まった。そうなのだろう。残るは、涙に鍵を渡す事は長老の気持ちしだい。そう表情で感じられた。
「あのねえ。・・・・」 
 涙花は、蘭達と別れる時、本名で問い掛けようとした。恐らく、父も同じ気持ちのはず。自分の嬉しい事や妹の嬉しい事などを話したかったのだろう。蘭は、その気持ちを気が付かず。甲、乙と罵り合っていたが、涙花には楽しい会話をしている。そう感じた。
「涙さん。外界に付いて色々聞きたい事があるのです。時が経てばねえ。私も外界で住む事になるのです。あの、そのねえ」
「いいわ。何でも言って、分かる事なら何でも教えるわ」
 愛のお蔭だろう。明日の朝までは、外界の事は忘れて楽しい時間を過ごした。

 第十七章
 「信、涙花を信じて待とう。それで、この地を去ろう。行き先は、大陸の東に擬人の大きな国がある。その王から不老不死の霊薬の旅に出てくれないか、そう頼まれた事がある。その王に旅に出る。そう言えば全ての用意をしてくれるはずだ。新天地を探せ、良いな」
「そうですね」
 信は、虎家の長老の話に頷いた。
「そうだ、何度か、言ようとしていた事がある。涙花の事だ。左利きの武道家だから常に、左だけに武器を付けている。そう言うが、あれは、信が言っていた。左手の飾りを隠す為と思えないか、一度確かめたらどうだ」
 兎家の長老が問うた。
「えっ」
 信は、問い掛けようとしたが、全ての長老が、都市に付く喜びの声で話す事ができ無かった。
「おわ、おおお」
 都市上空に来ると、虹家、鳥家の獣機に攻撃を受ける。何発も当たるが、貫通する事も変身も解けない。役に立たない。そう感じたのだろう。虹家と鳥家は退却した。その隙に都市に降りる。竜家の長老は即座に変身を解き、声を上げた。
「直ぐに長老会議をするぞ」
 だが、皆は集まったが話し合いと言うよりも確認のように感じられた。恐らく、心の中の考えは同じだったのだろう。それぞれの長老が種族の元に戻ると、高齢者と思える人が可也の人数が集まり、変身を始めた。竜家の長老を残し。それ以外の竜家だけが上空の敵の攻撃を受け持つ。その他の他家は、猪、馬、犬の攻撃を身体で受け止めていた。歳を取ると毛並みや鱗などが硬くなるのだろう。一度や二度位では貫通しない。だが、変身が解ける者が増えたが、気合で何度も変身を繰り返した。
「我らも援護に行くぞ」
 信が自家、他家の獣変身になれる若い者に言葉を掛けた。
「まだ、分からないのか、私や高齢者は旅に出られない。邪魔になるなら、この地で死にたいのだ。それにだ。涙花の為に何かをして上げたい。今まで待たせたお詫びとしてだぁ」
「えっお詫び・・・」
「涙花は、信を助けたいから船を持ってくるのだぞ。信が死んでも、獣族の皆を非難させてくれるだろう。それでは償いきれない」
「私は嫌です。人の犠牲で生き残るなんて」
「いい加減にしろ。誰が、新天地までの護衛をする。はぁー、死ぬ気持ちはない。信と涙花の結婚式を見るまではなぁ」
「だから、私は」
「お前以外は、気が付いている者は大勢いる。確認はしていないが、左手には噂の物があるかもしれないぞ」
 竜家の長老は吐血を吐いた。地上に降りるまで可也の数の石弾が腹に当たっていたからだ。信や他の長老が背に載っていなければ、腹に当たるはずもなかったはずだ。
「竜の長老、大丈夫ですか?」
「気にするな」
「結婚の祝いとして守って頂きます。だけど、遅いと言われ断られるかもしれないです」
「わははは、そうだな。その時はひたすらに謝れよ」
二人は笑っているが、都市の外は地獄のようだ。獣は石弾の角度を見切り、最小限の傷で跳ね返していた。だが、全ての獣と言って良いだろう。獣の身体は血が滲み痛々しかった。長老たちが着てから、都市には全く被害が増えていない。それでも人体だ。時間の限りがある。何故、可也の変身獣がいるのに獣機を壊しに行かないのか、そう思うだろう。それは、六種族の半身獣が六人ずつに分かれ、それぞれの獣の力を使い。変身獣と対等に戦う力があり。都市を守る事しか出来なかったからだ。
「ぐっ、虹、鳥家が来たぞ」
 竜族が、同族の様子を見て援護に向かおうとした時だった。虹、鳥家の獣機は車よりやや大きいが、速度は可也速く、地上獣機と同じく石弾を連射する。だが、竜の腹に当てる事は出来なった。巨体で飛んでいる訳でなく浮いている為に、即座に身体を捩れるからだろう。それで、硬い鱗しか当たらなかった。
「ウォォー、ウォォー」
 竜は痛みを感じるのだろう。泣き声のような悲鳴を上げる。それでも、変身が解ける者はいない。上空から落ちたら死ぬ。そう思うからだろうか、それとも、十二族最強の誇りからとも思えた。だが、竜の表情には微笑みを浮かべているように思える。その下には逃げる人々がいるが、我を忘れているのでなく、竜に手を振る子供がいるのだ。その竜の血族か孫なのだろう。
「最低限の物だけにして下さい」
 都市に残る。戦える者も何もしていない訳ではなかった。
「建物に入って待っていてください」
「そろそろ、満員だ」
「何を言っている。確りとした建物に避難させろ。涙花様が着き次第、この地を出るのだぞ、確りしろ」
 軍属に属す者は部下には厳しいが、避難をする者には穏やかに事を勧めていた。恐らく八つ当たりと思える。それも、そうだろう。軍属に属しているのに、軍属でもない老人が最前線にいるのだから悔しいのだろう。
「それにしても、涙花様は故郷に帰ったのだろう。そして、飛ぶ船を持って来てくれる。そう聞いたが、そこは楽園なのかな?」
「夢のような楽園だと思うぞ」
 避難をしながら話し声が聞こえる。だが、部下でない為に話を止めろ。そう言えない。一瞬だが、顔を顰めたが、笑みに変わった。恐らく、同じ事を考えているのだろう。

 第十八章
 夢の楽園と思われている。その故郷に帰ってきた。話題の人物は、愛にせがまれ夜遅くまで話をしていた。そのお蔭で身体が休まる位の睡眠を取る事ができた。それは後で感謝するだろう。愛と一緒でなければ一睡もできるはずが無かったからだ。愛の方が喜びの為に、涙より朝早く起きていた。
「いい匂い」
 音よりも匂いの方が、目を覚ます効果があるのだろうか、それとも、余ほど空腹だったのだろう。声に気が付き、愛が言葉を掛けた。
「あっごめん。うるさかった」
「ううん。普段からこの時間だから」
 涙は、食欲を感じたとは言えなかった。
「連絡が無いけど、朝食を取ったら長老の所に行きますよ。それの方が良いでしょう」
「そうねえ。それにても、いい匂いね」
「えっそう、そう思う。リキも好きかな」
「食べて見ないと、何とも言えないわね」
「もうー」
 二人は昨夜の話題を上げながら食事を取る。又、時間を忘れて話すと思われたが、涙花は食欲と睡眠を取れたからだろう。怒りと不安の気持ちが膨れ上がった。
「ごめん。私、少しでも早く帰りたいの」
涙花は、幻だが、東国の被害が目に浮かんだ。
「うん。私も会えないけど、リキと同じ地を踏みたいわ。長老の所に行きましょう」
 建物の前では、乙が湯を沸かしていた。蘭か甲にでも目覚めの飲み物が欲しいと言われたのだろう。都市に住む人の出勤時間は早いが、外界に行って恥ずかしい気持ちが無くなったのだろう。それで無ければ、玄関の前で飲み食いする考えは浮かばないはすだ。
「涙花さん。長老から渡されました」
 乙は、握り締めていた物を渡した。
「何で、貴方が持っているの、それなら、早く知らせてくれたら良いのに、人の命が掛かっているのよ」
 そう、言いながら、乙の首を絞める。
「涙さん。手を放してくれないか、今長老が帰りながら渡された。色々な所に連絡をしていたと思う。今帰るのだからなぁ」
 甲は、怒声を聞き車外から出てきた。
「ごめん」
「ああっ言い忘れていた。二万人が限度らしいぞ。恐らく、要らない物を外してくれたのではないかな。愚痴を言いながら帰る人もいたから、そう思うぞ。気を付けろよ」
「ありがとう」
 振り向きながら答え、建物の中に消えた。
「愛、私達も行くぞ」
「良いの、朝食の用意だったのでしょう」
「時間潰しだ。気にしなくても良い」
 その言葉が聞こえたのだろう。乙は不平も言わずに片付け始めた。
 出発の準備をしている時だ。ズズと腹に響く低い音が伝わってきた。
「蘭、姉さんが出たらしいぞ」
「そうね」
 蘭は気の無い返事を返したが、真っ先に車外に出たのだ。姉の事は気にしているはずだ。
「可也大きいなあ」
 甲は呟く。偶然なのだろうか、又、興味が引く事などが起こり、雑用を乙に押し付けた。
「それはそうでしょう。人々を逃がすのよ。二万人乗りの船でも足りないはずよ」
 箸箱の蓋を取ったような船だ。手を加える前は、恐らく、空母のような形のはずだ。
「それでは、行くぞ」
 その言葉がこの地の最後の言葉になった。
全ては、外界に付かなければ遣る事が無いからだろうか、鍵を渡される時に、長老に言われた事を思い出した。
(済まない。始めの予定なら任務は終わりなのだが、他家で新たに水晶球が点滅したのだ。
今回は都市の中の異常らしい。涙花が船の電源を入れたからだと思える。無事に船が都市に戻れば警報は止まるはずだ。頼んだぞ) 

 第十九章
 「何だ。慌てるな。落ち着け」
 涙花、甲達が都市を出て、一時間後だ。長老は徹夜の為に床に入ろう。とした時に電話がなった。それも、緊急連絡ようだ。
「全家の建物から注意を知らせる水晶球が点滅したそうです」
「注意なら気にしなくても良いだろう」
「確かに、機械の設定も注意なのですが、今の我々には致命傷です。薬がないのです」
「何だと」
「外界では当たり前の細菌なのです。ですが、我々には抵抗がありません。薬も無いのです。都市の中に蔓延するのは時間の問題です」
「分かった。全ての長老に連絡を取る」
「待ってください。その為に連絡をしたのではないのです。細菌に感染した者が多く、都市の機能を維持が出来ません」
「まさか」
「このままでは外界に現れます。と言うよりも、墜落するでしょう」
「どうすれば良いと言うのだ」
「他家と連絡が取れないのです。全部所とは言いませんが、生命、都市機能室に一人でも居てくれれば着陸させる事は出来ます。私が指示を打ち込んでも、返信がなければ機能しません。完全自動は無いのです。今までは簡易自動で機能していましたが、警報が作動した為に、今では手動です。誰か、返信を返せる者を配置して下さい」
「どの位の時間は待てるのだ」
「二、いや一時間です。それを過ぎたら修正をする事は出来なくなります」
「わかった。何とかする、出来る限りの事をしていてくれ、頼んだぞ」
「はい」
 安心したのだろう。ハッキリとした口調だ。電話を切ると、即座に電話が繋がった。
「何をしていた。何度電話をしても繋がらなかったぞ。他家の長老と話をしていたのか?」
「済まない。用件は分かっている。このままでは外界に墜落するのだろう」
「私は細菌の事で、えっ墜落。本当か」
「本当だ。今連絡があった」
「どうすれば良いのだ」
「落ち着け、重要な部署に一人でも就けてくれ。そう言われた。それも一時間以内にだぁ」
「わかった」
「まて、私からも他家に連絡するが、お前からも他家に同じ事を伝えて欲しい」
「わかった。切るぞ」
 この都市の騒ぎは、涙、愛、蘭、甲、乙は知るはずがないが、もし、知る事が出来れば、都市の細菌の駆除は出来ただろうか、それでも、外界の人達の命を優先しただろうか、恐らく優先したと思える、このような人を出さない為に外界と接触を断ったはずだからだ。

 第二十章
 「おっおお涙花様が着てくれたぞ」
 全長百メートル位あるだろう。都市上空に現れた。だが、空中浮遊が出来ないからだろうか、それとも、攻撃を恐れてなのか、都市から二キロ位だろう。離れた所に直陸した。
「信。私の背中に乗せるから、信が出迎えなさい。そして、船で避難の指揮をしろ」
「えっ。私は、一族の指揮をしなければ」
「変身も出来ない者は足手まといだ。それも分からないのか。ん、えっ」
 竜家の長老は、上空に飛んでいる同族から知らせを受けた。同種族で変身が出来る者は、
言葉で無くても会話が出来た。
「どうしたのです」
「飛行物が向かって来るらしい。涙花が都市に向かって来るのだろう」
(涙花を掩護してくれ頼む。そして、非難の為に西側の城壁を壊してくれないか)
 信に簡単に伝え、竜家の長老は上空の同族に頼んだ。
「ワォー」
 竜に話が伝わったのだろう。一声鳴いた。
「信、西の城壁に向かえ」
竜の長老が信に伝える。と同時に、西の城壁を竜が体当たりして城壁を壊した。
「私の背に乗ってください」
信の部下の一人が羊の獣に変身した。
「済まない」
 信は背に乗り、西に向かった。

 第二十一章
 「遺言男。そこで何をしているのだ?」
 信に会う前に、涙花は西側の倒壊した城壁から都市の中に入っていた。そして、想像以上に都市の中が倒壊しているのを見て、まさか、信も。そう感じたのだろう。羊家の屋敷に向かった。そこが、元は入り口の門だった所に一人の男が立っていた。
「命令を受けた。此処の地で待て。だから、一歩も動かずに待っていた」
 遺言男の周りには、まともの建物は無い。と、言うか、瓦礫しかない為に元が何なのか全く分からなかった。遺言男は嘘を付いてないだろう。だが、本当は百歩を歩いたとしても、分からない程、瓦礫しかなかった。
「えっ」
 涙花は考えていた。自分が何か言ったかを、そして、突然に笑いだした。
「私は此処の地で待て。そう言った。う~ん。何て言えばいいのか。この都市で好き事をしていて良いから、都市に居てくれ。そう言う意味で言ったのだぞ」
「そうか、済まなかった」
「面白い奴だ。謝らなくても良いぞ」
 又、笑い声を上げたが、先ほどよりは小声だ。だが、その笑い声で、今度は信の耳にハッキリと届いた。何の目印もない瓦礫の中で会えるのは奇跡のはずだ。
「涙花、涙花。ありがとう」
 泣きそうな震える声だ。今まで好きだった人が同一人物だからか、船の事だろうか、それは、会えた喜びで抱きしめたのだから前者のはずだ。そして、羊の獣は安心したのだろう。人の姿に戻った。
「おい、信はどうしたのだ。様子が変だぞ」
 信の部下に問い掛けた。普段の信が恥ずかしい。と何度も言っていた事が分かるような表情を表していた。
「涙花。もう男言葉を使わなくても、武道家の振りもしなくて良いのだぞ」
「んっとにっもぉー。私、私、男の振りなんってぇしたことなぃわよ。しっんー」
「無事の確認は、それ位にしてくれませんか、時間が惜しいのです」
 部下は、二分位は我慢したのだろう。だが、言葉を掛けなければ死ぬまで終わらない。そう感じて言葉を掛けた。それも、本当に恥ずかしそうに話を掛けた。
「ああそう、そうだな」
 信は真っ赤な顔で頷いた。
「済まないが、竜家の長老の元に連れてってくれ」
 涙花は声を上げた。
「それでは、私の背中に乗ってください」
「遺言男。行くぞ」
 そして、涙花は、信に身体を向けると、
「あっのう、し~んさまもぉーきてくださっいぃ」
「少しお待ち下さい。同族に居場所を聞きます」
 目を顰めた。集中しているのだろう。そして、同族から声を聞いた。
(竜家の長老は来るなと言っているぞ。そして、もう人々を避難に向かわせたから、信様は船で合流してくれ。と、そして、竜の長老は、もう一度変身して援護するらしい。涙花様が着たから安心したのだろう。変身が解ける者や息を止めた者もいる。もう獣は半分以下だが、獣に変身できる者は軍属でなくても配置に就くように伝えたそうだ。勿論、変身出来ない軍属も全てだ。二人には気付かれないようにしてくれよ。それが、涙花様の礼儀返しとなる。それが、獣族の全員の考えだ)
「人々は船に向かっているそうです。時間が惜しいから来なくても良い。人々を頼む。
 竜家の長老に、そう言われました」
「そうだな、船に行こう。頼む」
「それでは、少し離れてください」
 変身した後、お辞儀するような仕草をした。
「遺言男、何をしている。乗れ」
「その速度なら着いて行ける。気にするな」
「話をしている時間がない。行くぞ」
 苛立ちながら信は声を上げた。
「速い。涙花、何者なのだ」
 遺言男は、背中に蜉蝣のような羽がある。それを羽衣と呼んでいた。羽衣は羽ばたく必要もなく、肌から離しても付けたままでも同じ働きをして、飛ぶ事も浮く事も出来た。
「同じ人間よ」
「人間」
「そう、私も、遺言男も、し~んっもよぉ~」
「そうだな。頼もしい友人を持っているな」
 羊の獣が、避難してくる人々の中を駆け抜けると、様々な喜びの声が聞こえた。
「信様。涙花様が来てくれたぞ」
「おっおお船が見えて来たぞ」
「有難う御座います。涙花様」
 涙花は、様々な言葉に何ども頷いた。
「皆、船はもう少しよ。がんばって」
 涙は、何度も、何度も同じ事を言った。
「遺言男、聞こえるだろう。私の事は良い。この人達を護ってくれ、無事に船に入れるように、頼むぞ。義理があるのだろう」
 涙花は必死に声を上げた。遺言男が頷くのを見るまで、何度も、何度も繰り返した。
 そして、ふっと船の後方に視線を向けると、空間の歪みが見えた。それは、甲、乙、愛、蘭達が乗る車だった。

 第二十二章
 「甲、今度は戦わないと行けないの?」
「うう、その」
「嫌ですよ。私は車から出ませんよ」
「おおー乙が話した」
 愛が驚きの声を上げた。
「酒が完全に抜けたか、もう菓子はないぞ」
「愛は怖くないのですか、蘭も甲も、神経が無いのですか、死ぬかも知れないのですよ」
「私は、外界のこの地で生きなければ成らないし、少々の血を見るくらい大丈夫よ」
「自分の血を見るかも知れないのですよ」
「大丈夫よ。自分の血は見慣れているわ」
「そろそろ、着くぞ。うるさいから、何でも良いから酒を飲ましとけ」
「はい」
「だから、その血でなく、死ぬごぼぉ、ごぼ」
 愛は酒の瓶を無理やり、乙の口に突っ込んだ。乙は苦しくて手を動かすが、愛は左手で何度も手を払い、手を叩き退ける。
「うぉおおおお、美味いぞ。酒は無いのか足りないぞ」
 乙は、顔を赤くしたり青くしたりしていたが、瓶の中身が半分を過ぎると、自分の手を使い呑み尽くした。
「話は後だ。もう着くぞ。椅子に座れ」
 甲が声を上げた。それから間もなくしてだ。
「おおお、到着点がハッキリしていると、全くの揺れもないぞ。これなら、何でも行き来するのなら、到着点を示す物を置くか」
 甲は、自分だけが到着した事に気が付いて、車内の機器に目を輝かせながら、車内を出たり入ったりを繰り返していた。その時に、聞き慣れない声を聞き振り返った。
「甲、着いたようだな。酒は無いのか?」
 乙は身体の隅々まで酒が回り、完全の酔っ払いに変身した。
「うっ」
 頭痛がするほどの低くて響く声、もし人間が殺人鬼と言うよりも獣になってしまったら、このような声になるだろう。そう思える声で、乙が声を掛けた。
「酒は、まだか?」
「貴方様とは、いつお会いしたでしょうか?」
 甲は、死を覚悟するように震える声で伝えた。乙は、人間の顔がここまで赤く出来るのか、そう思う顔色で、目は酔っているからだと思えるが、生気が感じられない。だが、顔の表情には怒りが感じられた。恐らく、酒が無い為の禁断症状だろう。
「酒は、まだかー」
「はい、はい、はい。愛さ~んぅ。あれ、蘭さ~んぅ、お酒は何処にあるのでしょう」
 愛と蘭は、扉が開くと直ぐに逃げ出していた。外に出ると、涙花に気が付き声を上げた。
「おー姉ちゃぁ~んぅ。助けてー」
「涙さ~んぅ、助けて、お酒をーくださぁーいぃ」
 涙花に声を上げても届かないのだろう。だが、必死に走りながら何度も、何度も声を上げながら走った。涙花は様子が変と思い、二人の元に向かいたかった。その指示を羊の獣に頼もうとした。
「危険だ。私が見てくる。先に行け」
「妹も助けてくれ」
「分かった」
 遺言男が、涙花に言った。そして、羽衣の力を使い、一瞬の内に二人の元に着いた。
「あっ人形さん。助けて、お酒を下さい」
「甲が危ないの、お酒を、お酒、お酒」
「酒、酒か、分かった」
 そして、一瞬の内に避難する人々の元に行き、酒を持ち帰った。
「持って来たぞ」
「中に居る。乙に、乙に」
「甲を助けて」
 遺言男は、愛、蘭の言葉を聞き、車内の殺気に気が付き目線を向けた。
「こーう、私に嘘を付いたのかー、それとも、私に飲ませる酒がないのか、まさか、酒はあるが、私に飲ませるくらいなら捨てた方が良いと思っているのだな」
「ひっひー」
 甲は、何かを言いたいが悲鳴しか出ない。
「何をしている。私は忙しい。要件を言え」
「ひっひー」
「お前は助けて欲しいのか、分かった」
「その酒をくれ」
「お前は酒を要求か、わかった」
(乙と言っていたな、普通とは違うと感じていたのは、人を殺した事がある人間だったのか、この男の手を借りるか?)
 遺言男は、乙の目を見るまでは、要求を求めないで酒を飲ませる考えだったが、自分でも感じる殺気の為に考えを変えた。
「だが、酒を渡すが、要求をするぞ」
「何でもする酒をよこせ」
「飲め。来い、行くぞ」
「愛と蘭、涙花の所に行け、良いな」
「はい、そうします」
「甲は大丈夫なのねえ。分かりました。私も姉の所に行きます」
 蘭は、遺言男に頷かれて心を決めた。
「酒を飲ませろ」
「もう飲んだのか仕方が無い、待っていろ」
 今度は抱えられるだけ持ってきた。そして、甲に渡しながら念を押した。
「これで最後だ。用が終われば好きなだけ飲ませる。これで我慢しろ」
「えっ、私も何かするのですか?」
「酒を持ちながら、乙の後を付いて来い」
「うっうう、うっうう、私が、私が」
 二人に睨まれ、承諾するしかなかった。
「我らは、半身獣を避難民に近づけないようにしに行く。石弾は敵の中に入れば撃たれる事はないだろう。分かったな、ならぁ行くぞ」
「そうか、わかった。甲、行くぞ」
「ふぁい」
(酒を飲んで、これほど変われば監禁室に入れられるのは当たりまえだ)
 甲は、そう考え。背中と前に、酒入りの袋を抱えて必死に走って付いて行く。
「遅いぞ」
「済まない。甲、先に行くぞ。遅れても良いが、呼んだら酒を渡せよ。分かったな」
「ふぁい」
 泣きそうな声を上げた。
(この二人、人でないぞ)
 上空には竜が飛び交う。まるで、超大形のヘリコプターと戦闘機のような戦いだ。虹家と鳥家の二台しかないから何とか防いでいるが、石弾が当たったからだろう。泣き声なのか、雄叫びなのか分からない叫びが止まない。石弾を何十発も身体で受ける。その破片が雨のように地に落ちる。それと同じように鮮血が飛び交い。そして、痛みで変身が解けたのだろうか、それとも、命が尽きたのだろうか、一緒に人も落ちてくる。
「俺の頭に落ちないだろうなあ」
 上を見ながら二人の後を追う。
「うぇー、あの中を通り抜けろと言うのか?」
 地上では、五種類の獣が垂直に飛んでくる石弾を受ける者。弾き返す者がいた。竜より酷い有様だ。全身血だらけで、ふらつく者が殆どだ。丸一日石弾を受け続けているからだろう。回りには命を尽きた者が数え切れないほどだ。変身獣が減ってきた為に、変身が出来ない者や変身が解けかかった者が、補うように前進する。元々敵は半身獣の集まりだけでなく、六種族の混合で弱点を補っている。数は対等だが、勝てる訳が無い。抑えているのが奇跡に近い。もう陣が崩れてしまう。その時に遺言男と乙が現れた。甲の姿が見えないが向かっているのだろう。特に遺言男の速さは、虹家と鳥家の空を飛ぶ獣機と同じと思えた。乙も、獣族最速の虹族と同じくらいだ。もし、虹族の完全変身なら敵わなかっただろう。だが、乙は酒の力を使い。ふらふらだが、戦う為の攻撃の形がない為に敵の攻撃が当たらない。奇跡と思えた。
「甲、何処だ。酒を飲ませろ」
 突然に、敵の攻撃がかすり始めた。その時に、乙は大声を上げた。酒で痛みを和らげる為か、それとも酒で、全ての身体の機能を柔軟に出来る。そう思っているのだろう。
「ふぁい、ふぁい」
 甲は、声を上げるが、変身獣の足元で震えていた。だが、何度も言われ、恐る恐る向かい出した。それでも、近寄れない。仕方がなく一本の瓶を、乙に投げた。
「遅い」
 乙は、飛び跳ねて受け取る。一口飲むごとに、人体機能の柔軟性が復活した。殴る、蹴るだけだったが、落ちている刀を拾うと、刺す。切るに変わった。
「大丈夫だな」
 遺言男は、乙の姿を見て安心した。そして、先ほど以上の敵を倒し始めた事を確認した。だが、遺言男は、誰構わずに殺す事は出来なかった。この世界に来たのは、連れ合い探しの為に来た。連れ合いが居ない場合は、時の流れの修正をしなければならない。赤い糸は、連れあいを捜す方向を示す物と赤い糸で傷を付けられる者の命を絶たなければ成らなかった。それは、自分が、この世界に来た為に世界の時間の流れが変わり、死ぬべき者が生きた時間の流れに変わったからだった。遺言男は、命を絶たないと行けない事を思い出したのだろう。大きな溜息を吐いた後、赤い糸を伸びる程伸ばし。鞭のように使いって敵にぶつける。殆どが何も無かったように通り過ぎる。だが、何回かに一回は血が飛び散る者がいる。その人物の所に、羽衣の力を使う事で、信じられない程の速さで向かった。そして、殺した後は、又、先ほどの所に戻る。その行動を、何度も何度も繰り返した。
「あの二人は凄いぞ。涙花の一族なのか?」
 二人の様子を見る為ではないが、避難民が船に入るのに時間が掛かり、心配になり視線を向けたら目に入ったのだ。
「し~ん。ぁ遺言男とおなっじのぉ変人に見えます~の」
 甘い声でしな垂れかかる。
「そうだな」
それしか言えなかった。避難の誘導に時間が惜しいが、それよりも、怒らせると怖い。そう本能で感じたのだろう。そう思う、表情が現れていた。
「お姉ちゃん。今度は甲板の上に案内しても良いのでしょう?」
「いいわよ、お願いね」
「涙花さん。女の人や子供が多いから、予定よりも、千、千五百人位は多く乗れると思うわよ。知らせられないの?」
「そうね。知らせないと行けないわね。長老達と話が出来てれば、う~む。このまま、来るのを待つしかないわ」
「そうですか、分かりました」
「来たらお願いね」
「はい」
「グゴォォー」
 竜が鳴き声を上げた。船に乗る為に集まっていた人々が、全て乗れた事への礼の様な鳴き声に思えた。その意味は獣には分かるのだろう。上空にいる全ての竜が同じ鳴き声を上げ、少し遅れてから五種族も次々と鳴き声を上げる。その喜びのような鳴き声も、十分、二十分、三十分と過ぎてくると、不審とも悲鳴とも泣き声のように思えてくる。獣の言葉の意味がわからなくても、感じ取れる。
「何故、飛ばない」
「飛べ、立っているだけでも苦しいのだ。孫の前では死ねない。早く行ってくれ」
「どうしたのだ?」
「早く、この場から離れてくれ」
 そう、悲しい泣き声に思えた。その言葉を聞いたからか、飛ばない苛立ちだろうか、上空の一匹の竜がゆっくりと降りてくる。それも手に触れられると思える程に近づいた。
「ひどい、鱗が剥がれている」
 涙花は悲鳴を上げた。信は竜の姿を見て助からない。そう感じ取れたからだろう。一言も声を出す事が出来なかった。二人は竜を見つめていたが、突然視界から消えた。
「涙花さん。どうしたのですか、何故飛び立たないのです。故障ですか?」
 竜家の長老は女性の為だろうか、半獣になっていた為に裸のようには見えない。それとも、命の火が消える寸前の為に自分の思う通りに変身が出来ないのだろう。そう思えた。
「まだ、乗れます。急いで連れてきて下さい。それと、私が戻って来た時に、どこに降りたら良いのか、それを聞いていません」
「避難を頼みたいのは、船に乗っている人だけです。今、戦っている人達は、船の安全を確かめしだいに逃がす予定だ。頼むから早く飛び立ってくれ、もう持ち堪える事が出来ない。頼むから急いでくれ、頼むから」
「え、町の人達が船にいるだけ」
 涙花は最後まで言葉に出来ず、嗚咽を漏らした。それを慰めようとしたのか、長老は幼子を癒すように頭を撫でた」
「そうだ、船に居るだけだ。だから、心の底からお願いする。助けてくれ、頼むぞ」
「はい」
 長老は船から飛び降りた。普通の変身が出来ないのだろう。人体機能の危機を無理やり起こして変身を試みたのだろう。
「長老、心配しないで後は任せて下さい」
 信は、言葉を掛けられなかったが、船から飛び降りる時、やっと声が出せた。そして、長老は竜になり、目で言葉を言われたように感じた。死んだら許さない。死ぬ気持ちで守れ。殺気を身体で感じて、そうだと確信した。
「うっうげぼ。うっうげほげほぉ」
 嗚咽も漏らしながら、船内に駆け込んだ。恐らく、操縦室に行ったのだろう。涙花は自分を責めた。一分でも早く来られたら一人でも多く助けられたはずだと、だが、心の底では別の考えもあった。船を貸して貰えなければ六獣族が死ぬはずだった。その事を都市の長老に感謝していた。涙花はホットしているだろうが、ある事を知れば自分の命を絶っていただろう。結局は獣族が死ぬか、自分の同族が死ぬかの運命だった。神は同じ数の命を要求していたからだ。

 第二十三章
 「良かった。墜落は間に合いそうだ」
 長老に連絡してから即座に機械の返答が帰ってきた。一つの家族が独断で操作が出来ない為に、機械に指示を要求しても、他家が許可を承諾しなければ動かない仕組みだった。
 安心したような言葉を吐いたが、表情が硬く必死に指示を打ち込んでいた。大きな溜息を吐くと、受話器に手を伸ばした。
「まだ、居てくれましたか、墜落は間に合いました。ですが、以前の状態にするのは無理と思われます。警報を止める作業と都市を維持するには人手が足りません。今なら外界に墜落ではなく着陸する事が出来ます。外界の地に降りる事を提案します。それから、都市の機能や警報の処置を取るべきです。都市の中で何人が細菌に感染しているか分かりませんが、この部署にいるのは、私一人です。他部署に連絡を取りましたが連絡がありません。恐らく、たぶん、この建物にいるのは、私だけかもしれません」
「分かった。降りる指示をしてくれ、候補地は選択が出来るのか?」
 この作業員は話をしている時間も惜しいと思える口調だ。長老は、早口や口調で話すのを聞き、余程、緊急と感じたのだろう。話を遮り、問い掛けた。
「三ヶ所だけですが選べます」
「ホッ。出来るのか」
「ですが、薬を調合する為に、必要な薬草を採取が出来る所は一ヶ所です。恐らく、私のように感染しない者は、一度でも外界に行った事がある者だけと考えられます」
「それでは、都市の殆どの人が感染するぞ」
「はい、そう思います。薬草の備蓄もないでしょう。都市の機能よりも、直ぐにも降りて、薬草の採取を優先すべきと思われます」
「頼む。人命を優先する」
「分かりました」
 電話を切ると直ぐに機械に指示を与えた。すると、即座に指示が実行された。恐らく、この男と同じ事を連絡したのだろう。指示が実行されて安心しているが、密閉の空間だからだろう。都市の八割が感染していた。公共の建物の中や外、自宅などで倒れたままの人が大勢いる。勿論、担ぎ込まれた者や自力で行けた者で病院は満員だ。都市が外界に現れて、一人の女性が驚きの声を上げていた。
「えっ、何故、都市が空にあるの?」
 嗚咽を吐きながら操作をしていたが、ふっとガラス越しに空を見て呟いた。
「まさか、父や長老が獣族を助けに来たの?」
 涙花だけが居る操縦室で声を上げた。都市は見えるが、船や都市のある方向に向かってはいない。船が向かう先と同じ東へ、東へと進んで行く。
「涙花。涙花」
 信は扉を叩く。始めは軽く、だが、扉が開く事も返事がない。何かがあったのかと段々と扉を叩く力が強くなっていった。
「えっ信なの。開けるから叩くのは止めて」
 やっと扉の音に気が付いた。数秒でなく数分だろう。
「どうした。皆が心配していたぞ。泣きながら室に駆け込んだ。そう言われたぞ」
「何でもないわ」
「そうか」
 信はまともな言葉を聞いて、自分も落ち着くのに少しの時間が必要だった。その為に落ち着くまで一人にさせた方が良い。そう思っていたが、知らせたい事があったからだ。
「涙花、変わった乗り物が近づいてくるぞ。友人の乗り物ではないのか?」
「そう見たいね」
「外を見なくても分かるのか、凄いなあ」
「だけど、獣では」
 涙花は、ある程度の距離を飛ぶと速度を落として、獣族を待っていた。その気持ちが小声で口から漏れた。
「えっ何か言ったのか?」
「いいえ」
 涙花は、信の方が悲しい事に気が付いたからだ。親も友人も死んでいるかもしれない事に、自分が同じ事になったら笑ってはいられないだろう。そう思ったからだ。
「なあ、涙花。一度止まって出迎えよう。皆も食事を取りたいと思うしなあ」
「し~ん。私もお腹すいていたの~」
 涙花は、信の気持ちに気が付いた。自分は機械で近づく物が分かる。だが、信は分かる訳がない。安全なら止まって、仲間が来るかもしれない。それを待ちたいのだろう。
「そうだろう。皆に知らせに言ってくるぞ」
 信は嬉しくて、室を出た訳ではない。普段のように甘い声色だが、何を話しているかを頭の中で考えなくても分かる口調だ。もう少し時間を置いて、自分から室を出るのを待つ事にしたからだった。
「おお泣いてないなぁ。降りたら食事だぞ」
 信は室を出ると、見回りのような事を始めた。もう一人の命も失いたくないからだろう。
「泣かないもん。僕がお母さんを守るのだからね」
「そうか、えらいなあ」
「お父さんとね。お祖父さんと約束したのだよ」
「そうか、約束したのか」
 そのように話をしていると、船が降りるような感覚を感じた。その同時に、人々のざわめきが聞こえてきた。
「気にしないでくれ、私は感謝される事はしていない。誰でもする事をしただけだ」
 その言葉の元に、信は向かった。その声は、涙花だった。
「涙花、今まで済まなかった」
「し~ん、なに、な~に」
「もう、武道家の振りも、男言葉も使わないでくれ、その左手の武器は、赤い飾り物を隠す為なのだろう。涙花は、あの時の森で会った人と同じ人なのだろう。いや、同じで無くてもいい。私の一生の連れ合いになってくれないか、今まで待たしたお詫びは、これから償う。許してくれて、一生の連れ合いになってくれるなら。はい、と言う言葉だけで良いから、涙花、心からのお願いだ」
「はい」
 身動きも出来ない通路だ。その周りには人に囲まれている。そのような所で、信に言われて嬉しいが、心臓が破裂するほど恥ずかしかった。その言葉を遮ってはならないと、周りは沈黙した。涙花は、顔を真っ赤にしながら微かな声で答えた。
「ありがとう」
 信は、嬉しくて抱きしめた。もう、皆の騒ぎ声の振動で船が壊れる。そう感じる位の声が響いた。もし、自動制御でなければ完全に墜落しただろう。その騒ぎではもう、涙花と信の話は、誰も聞いてはくれない。自分の事のように浮かれ騒ぐ、船が地上に着いてしまうと、もう誰にも止められない。もし、止めようと思う人がいれば殺されるだろう。涙花も信も、声を掛ける事も、椅子から離れる事も出来なかった。不満ではないが椅子に座っていると、一瞬言葉が止んだ。
「英雄の登場だ」
「ありがとう」
 人々が様々な感謝の言葉を上げて現れたのは、遺言男と、甲と乙だった。
「ありがとう。遺言男殿」
「ありがとう。甲殿」
「ありがとう。乙殿」
 涙花と信の前に、無理やりのように連れてこられたように感じた。そして、信の言葉を待っているのだろう。人々は静まり。信は緊張しながら簡単な感謝の言葉を掛けた。皆に無理やり連れられるように、甲と乙は二人の後から消えたが、遺言男だけは、皆から言葉を掛けられるが離れようとしない。皆は恐怖を感じたのか、変人と思ったのだろう。好きなようにさせた。遺言男は、二人の前に立ち尽くしていた。恐らく、涙花の言葉を待っているのだろう。
「ありがとう。遺言男」
「私は役目を果たしたのか?」
 遺言男は問い掛けた。
「そうです、ありがとう。好きなように寛いでくれ、本当にありがとう」
 そう、言葉を掛けると、何も言わず、表情も変わらずに、皆の中に入って行った。そして、自分の連れ合いを探す為に、赤い糸の導きを信じて、誰にも伝えずに旅に出掛けた。
この騒ぎは二日も続き、その昼、やや人々の熱気も収まったような感じた時に、涙花が、信に真面目な口調で話を掛けた。
「信が言っていた。王国には二日、いや、三日で着くわ。だけど、燃料は、そう言っても分からないと思うけど、四日位しか飛べないの。その後は、その国で暮らすの。それは擬人と一緒に暮らす事になるわよねえ」
「いや、その国では暮らさない。竜家の長老に言われた事だが、その国の王は、以前、飛河連合国に使いを寄越したらしい。その王は不老不死の薬と、その薬を探す旅に出る者を探しに来たそうだ。その王に薬を探しに行く。そういえば船などを用意してくれるらしい。その王には嘘を付く事になるが、皆で船に乗り、別な地で暮らす事を考えている」
「そう、いい考えねえ」
 そして、何事の無く王国にたどり着いた。涙花は、感情を表す事もなく、機械的に船を返す作業に没頭している。原始的な船旅が怖いのだろうか、それとも、信の話に王が承諾しないと感じているのか、ただ、外界での使用する時の燃料から、都市機能からの動力変換が面倒な作業なのか、複雑な表情からは全ての事柄に当てはめる事が出来る。
「お姉ちゃん、チョットいいかなぁ」
 扉を叩いたが返事が返らないからだろう。蘭が言葉を掛けながら扉を開けた。
「なっな、何でなのぉ」
「ごめんなさい」
 蘭は、姉の声の返事も聞かずに室内に入った為だろう。即座に謝罪した。
「信じられない。外界よ」
「えっどうしたの」
「え、何時からいたの。それよりも、都市が外界に降りているのよ。何か聞いていた?」
「私は聞いてないわよ。そんな事、お姉ちゃんは気にしなくて良いの。それに、何かあれば、甲の車に連絡が来るでしょう。心配する必要は無いわよ」
「それはそうねえ」
「私達、出発するわ」
「そう、あの男、やっと酔いが醒めたの?」
「そうよ。三日も掛かるとは思わなかったわ。酒って怖いわねえ。人格が変わると聞いたけど、あれほど変わるとは思わなかったわ」
「それで、もう部屋から出したの。遺言男が居れば、入れた時と同じく押さえられたけど、今は居ないわよ。大丈夫なの?」
「それは大丈夫」
「そう」
「それでは、行くわね。あっお姉ちゃん。何度も言うけど、何も考えないで船を送り返せばいいのよ。何かあれば、甲の車に連絡が来て、私達が面倒な仕事をするのだからねえ」
「はい、はい、そうします」
「涙花、涙花、直ぐに出発が出来るぞ」
 信は室に駆け込んできた。
「あっ、お兄さん」
「涙花、一族全てで行くと言ったら、千隻の軍船を使用しても、良いと言われたぞ」
「本当なの」
「お姉さん、行くね」
「あっ蘭さん」
「私達は行きます。お姉さんを宜しく」
「ありがとう。気をつけて、それで、涙花」
 信は、自分の要求以上に支度をしてくれる事に喜び、何も耳には入らなかった。
(ごめん、見送りは出来ないけど、又、会えるわよね。あなたの幸せを祈っているわ)
 涙花は、心の中で願った。
「それで、信。私、東へ行きたい」
「東へ、良いぞ。良いぞ。だが、明日中に出発してくれと言われた。余程、薬が欲しいのか、私達が襲撃にでも来たとでも考えているのだろう。直ぐに乗船してくれ、そう言われたよ。何日も待たされたら、どうしたら良いかと考えていたのに良かったよ」
「信、この船の事で何か言われた?」
「ああ、この船のお蔭だよ」
「まさか、この船と交換で千隻の船ではないわよねえ。それは無理よ」
「落ち着け、そう言う意味ではない。この船を崑崙の使い舟と言われた。この地に住む者も、祖先が崑崙の使い舟で、この地に来た。そう言い伝えがあるそうだ。そのお蔭で同族と思ってくれた。もしだ、この地で住みたい。そう言えば恐ろしい事になっただろう。私は、不老不死の薬を探す旅に来ました。だが、一族で行けるのなら承諾する。そう言った」
「そう、分かったわ。脅迫したのね」
 信の話を途中で遮った。急いでいるように感じられた。確かに、自動で船を都市に返す為の設定はした。船の自動起動する時間は迫っている。だが、そのような心配ではない。都市の事だろう。獣国のような危機が迫っている。そんな不安を感じているに違いない。

 第二十四章
 涙花の希望だけでは、ある島国に行く事は出来なかっただろう。元々、この国の王が何十人の者の学者などに、その島の薬草が効くと聞き向かわせる予定だったのだ。その者達は軍人だったが、恐らく、監視も兼ねていたのだろう。それでも、航海術に優れていたお蔭で、船の事には素人の獣族でも航海する事が出来た。島と言えない所でも調査をして、時には住める島では病人などを降ろしながら島に向かった。素人の集まりだからか、調査の為だろうか、その島に着いたのは二年も掛かった。直ぐに全ての船を陸に付けて上陸はしなかった。だが、病人は別として、船団を三方に別れる事にした。この島に住む事を考えていたが、先住民族がいる事を前提に一方は直ぐに上陸して病人や定住の準備の為に、もう一方は北に向かい。上陸ができそうな所で、上陸して、さらに北に向かう。涙花の同族を探す為だった。最後の一方は島を一周して、理想の定住地を探すのが目的だった。
 そして、涙花の同族を探す者達は、都市を見付ける。涙花が船を持ち出してから三年が経っていた。そこで、涙花は驚く事になる。都市の住人は一割にも満たない数だったからだ。それも、細菌を恐れ、怯えて暮らしていた。その地に、信の一族が供に暮らす事を考える。理由は涙花の同族だと知り、今度は自分達が、涙花の一族を守る。恩を返したい。そう考えたからだ。

 第二十五章
「甲、都市に帰って来たのよね」
「そうだ、目標点は、都市になっている。間違いないが、何が起きたのだろう?」
「やっとよ。来年は一緒に暮らせるから誕生日のお祝いは二人で選べるわぁ。だから、私の気持ちでは子供としては最後の誕生日のお祝いなの。もう誕生日まで九日なのよ。買えないのなら、別の所に行きましょう?」
 甲の夢であり。研究の為に、他空間の調査や都市の過去を調べていた。その為に、別の空間との誤差により、外界では、今年で八年、来年では十二年が経つ計算で移動をしていた。本当なら時間の時差が無いように、いや、甲は、時差など気にしないで研究したかったのだが、愛の為に、時差の計算していた。その理由は、歳の離れた連れ合いの為だった。
「あのうなぁ」
「なんなの?」
 愛は、乙の言葉を遮った。
「愛、都市を見て何も思わないのか?」
「思っているわ。だから、早く別の所に行きたい。そう、言いましたでしょう」
「そうだな、確かに、そう言ったな」
「ねえ、乙はどう思う」
 蘭は、ニヤニヤしながら問うた。
「あのう、何かが起きたと思います。調べなければ分かりません。そう思います」
「甲、そうだって」
「乙、チョット調べてきてくれ」
「私が一人で、ですか?」
「仕方が無いだろう。後九日しかない。リキの贈り物を早く探さなければならないだろう。俺は運転しなければならないし、まさか、蘭と一緒に居たいのか?」
「いいえ。違います。あの、帰って来ますよね」
「助かったよ。ありがとう」
 甲と蘭は、乙の話を最後まで聞かずに車外に追い出した。そして、この都市から消えた。
「あの、あの」
 乙は、車が消えたと言うのに、何時までも問い掛けている。そして、顔を青ざめながら辺りを見回した。恐怖を感じるのだろう。それも、そうだろう。出発する時の都市は塵一つ落ちてない。清潔な都市だったのに、今は苔や雑草が生え、虫や鳥の声が響く。乙には、その鳴き声が「美味しい食べ物がいるぞ」そう聞こえるのだろうか、びくびくしていた。
「まだ隠れている者が居たぞ」
「嘘だろう。おおお本当だ」
「おおい来てくれ」
「ななっななな」
 乙は驚いて声が出ない。槍や弓、刀を持ち、どう考えても都市の住人には見えない。
「怯えているみたいだなあ」
「大丈夫だぞ、心配しないでくれよ」
 男達五人は、作り笑いを浮かべながら近寄る。だが、乙には自分を捕まえる為に油断を誘っているとしか見えないからだ。一歩、一歩と近づく度に恐怖を感じた。そして、考えを巡らせる。殺されるなら痛みも一瞬だろうが、食べるのなら新鮮の方が良いはず。動けなくして、噛み付くのだろう。考えれば考える程に声が出ない。足も痺れたように動かない。無理やり足を動かした為に縺れて尻を付いた。もう、駄目だ。と感じて気絶した。
「大丈夫なのか?」
「何かの病気を持っているのか?」
「どうする?」
「連れて行かないと不味いだろう」
「俺は背負いたくないぞ。もしだ、病気だと」
「それ以上言うな。私が背負う」
「だが、主の所には連れて行けないぞ」
「そうだな、涙花様の所に連れて行くか」
 一同は用事があったのだろうが、不平な表情を浮かべながら都市から出る。都市を隠せるように森が広がっていたが、上から見れば丸見えだった。恐らく、都市は垂直に降りて来たのだろう。一同は森の中を進んで行くが、それほど歩く事も無く、近代的な建物と言うよりも、都市を小さくしたような避難船だろう。その中にいるのは都市の住人のはず。都市の住人は都市から離れるのが怖いのか、細菌が怖いのだろうか、恐らく両方と思える。それでも、全ての住人が入れると思えない台数だ。その中に居る者は細菌の抵抗が無い者の専用の物だろう。一同は船の棟の前を通るが、感心がないと言うよりも禁忌と思っている様子で通り抜けた。ほっとした表情を見せるが、通り抜けたからではない。自分達の村が目に入ったからだ。人の目線では全ての村の様子が分からないが、六つに点在して作られていたが、建物は同じ木製の簡易家だ。違いが有るのは扉の紋章だけだ。竜や羊などが描かれている。それだけが違うだけだ。一同は羊の紋章がある村に向かっていた。それも、一番精巧な羊が描かれている家に、そして、扉を叩いた。
「涙花様」
「何だ」
 涙花は長い間、男言葉を使っていたからだろうか、それとも、照れくさいのだろう。口調が苛立っているような話し方だ。
「都市の中に人が居たのですが、どうしたら良いか分からなくて連れて来ました」
「まだ居たのか、身体に異常がなければ、本人の意志に任せるべきだろう」
「診てくれますか?」
 涙花は、手振りで室内の椅子を勧めた。
「えっ何で、乙が都市に居る?」
「涙花様の知り合いですか?」
「そうだ。済まなかったな。後は、私に任せてくれ、仕事に戻ってくれて良いぞ」
「分かりました。何かあれば呼んで下さい」
「ありがとう」
(何故、乙は一人で居たのだろう)
「うっうう」
 乙は、意識を取り戻したようだ。
「大丈夫か、確りしろ」
「うっうぅ大丈夫です」
「何が遭った」
「あっ涙花さんですよね。ここは何処です?」
「私の家だ。安心してくれ、何が遭ったのだ。そして、蘭達はどうした?」
「何から話をしたら良いのか、そうですねえ、原因は、愛です」
「私を馬鹿にしているのか」
「違います、愛さんです」
「あああっ済まない。聞かせてくれ」
「はい」
 そして、乙は話を始めた。涙花と同じように、愛も赤い糸が見えると言われた事。そして、相手は十歳にも満たない者だった事。
「愛は一緒に暮らしたい。そう考えるよりも、その歳の開きを縮めなければならない。そう考え、大人になるまでは一年に一度しか会えない。そう言いました。そのような考えは普通なら浮かぶ訳ないのです。何故、それは、涙花さんと別れた後に、何気なく愛に尋ねました。愛は偶然に、蘭と甲の話を聞いたそうです。甲は、今回の使命を終えた後は、共に専攻した仕事。それは、都市の歴史を調べる事です。それに来て欲しかったのでしょう。興味を持ってくれるように色々な事を言っていたそうです。その話の中で、外界と都市の行き来だけでも普通の人よりは歳を取るのが遅くなる。甲の場合は回数も多い為に、一年もすれば二、三年の違いが有るそうです。自分では分からないが、親戚の子供が歳を取る事で違いが実感出来たらしいのです」
「それで、何故、一人残されたの?」
 乙が一息付いたからだろう。話が終わったと感じて問い掛けた。
「愛の連れ合い。リキと言うのですが、リキの誕生日が近づくと、贈り物を何にするかで、朝から寝るまで話し続けるのです。そして、何点か決めると、直接見に行くのですよ。今回は都市に来ました」
「そうなのぉ。廃墟になっていて、ビックリしたでしょう。それで、蘭はいつ来るの?」
 満面の笑みを浮かべながら問い掛けた。
「分かりません」
「そうか。お前、都市で待っていた方が良いだろう。もう来ているかもしれないぞ」
 不機嫌な気持ちを男言葉で表したように感じられた。
「あのあの、そのあの。獣国の事は聞きたくないですか、一年毎に三回、違う、ええ、外界だと、一年毎に来ていましたから、それで良ければ話しましょうか?」
 都市に捨てられたくない為に必死に話題を考えた。
「本当なの。皆の消息が分かるのねえ。それなら、皆に知らせなければならないわ」
「チョット待って下さい。消息なんて分かりません。どうの様な状態になっているか、それ位しか分かりませんよ」
「そうか、聞かせてくれないか」
「その前に、此処に二週間位、居させて下さいよ。お願いです」
「私の一存ではなんとも、それで良いか?」
「良いです。考えてくれるだけで嬉しいです。
 それでは話しますね。涙花さんの時間では、一年毎に獣国の周辺に行っているのですよ」
「ああ、リキの住む町だな」
「そうです。時間のずれがあるので、何月何日と確実に、その日には着けないのです。それで、一週間位前には町の近くで誕生日まで時間を潰します。その時です。
「逃げられたのか安心したよ」
種族は分かりませんが、そう言いながら男が現れたのです。私達の顔を覚えていたのではなくて、車を覚えていたらしいです。その時は何も言ってくれませんでしたが、又、一年後来る事を知らせました。勿論、同じ人が来てくれましたよ。その人の話によると、涙花さんの船が視界から消えても、完全に追いつけない時間を確保してから、ばらばらに逃げたそうです」
「そうかありがとう。何も分からないままだな。お前は都市で待って居た方が良いぞ」
「まだ、話は終わっていませんが、良いのですね」
「あっほら、あのなあ。蘭達が帰って着ているかもしれない。そう思っただけだ、帰れと言った覚えは無いぞ」
 涙花は、慌てて必死に繕った
「そうですねえ、涙花さんを信じています」
「もったいぶってないで話せ、考え直すぞ」
「私は聞いたのですよ。西国の人に見付ったら大変でしょう。そう言いましたら、
「心配はしなくても大丈夫だぞ。我々の事よりも、自国の勢力争いで忙しいからな」
そう笑いながら言っていました。そして、帰り際に、もし信さんと会えたら伝えて欲しい。鍵を渡したい。そう言えば分かる。男と会う度に何度も言われました。
「そう、ありがとう。そう言うと思うか、それは何年前に言われたぁ」
 涙花が掴み掛かる。その気持ちは心底から分かる。危険で無いと言ったとしても、自分が恐怖を感じ、仲間が死んだ所だ。好んで来たいはずがないだろう。
「うっう、きょきょぉ去年も言われました」
 乙は首を絞められて声を出せないが、一言上げると、涙花は理性を取り戻した。乙は手を緩められると、一気に声を吐き出した。
「それなら、今年も来るかも知れないな」
「げっほ、げっげげっほ。そう思います」
 涙花は怒り顔を表しながら問うた。それを見ると、乙は、死に物狂いで息を整えた。
「なんとかして、連絡は取れないのか?」
「連絡が取れても、私の話を聞くと思えないですよ。それに、私しか男の話は知らないです。私は緊急の事だと思い伝えたが、耳に入っているか分かりませんよ。あの方達は」
「ふーう」
 何も言葉が思い浮かばないのだろう。大きな溜息を吐いた。
「あっ、都市の機能が使えるなら通信をしてみては、来るとは思えないが、探していた贈り物が見付った。そう言えば来るかも知れないですよ」
「無理だ。都市の様子を見て分かるだろう。もし、正常に機能が動いたとしも、操作が出来る者は居ないはずだ」
「そうですか」
 乙は都市に置き捨てられる。そう恐怖を感じながら、甲達が帰ってくるのを心の底から祈っていた。その祈りが届いたのか、甲達は、乙の話題を挙げていた。それも、リキと初めて会った公園。その国に向かう砂漠で会った。

 第二十六章
「蘭、乙が居ないのか、そう言われたぞ。何と言えば良いだろう」
「もー、そんな事。一々聞かないで、乙に会わせれば良いでしょう」
「えっ」
 甲は、蘭の一言で言葉を無くした。
「何で、こんなに忙しいの?」
「それは、普段は乙が遣っているからな」
「それなら、乙はどこに居るのよ。呼んで手伝わせなさいよ」
「あの、その、いや、居ないです」
「だから、呼んで。そう言っているでしょう。私の話が分からないの?」
「あの、都市に置いてきたのですが、覚えていないのですか?」
「もうー、愛は役に立たないわぁ。乙はどこに遊びに行ったのよ。もー、良いわ。甲、紅茶なら作れるでしょう。お願い」
「だから、乙は置いてきた。と何度も」
「もー良いから、作って」
 車外では、愛と獣族の男がいた。そして、何度も、乙を呼んでくれ。そう何度も話を掛けているが、惚けている愛の耳には入らなかった。勿論、車内の中で騒いでいる。蘭と甲に気が付くはずが無かった。
「蘭、やっぱり、時計が良いわ。オルゴール付きのねえ。今ねえ。喜ぶ姿を考えていたのだけど、この玩具では駄目よ。喜ぶ姿が八分位と思うの。時計なら満面の笑みに感じるのよ。だから、もう一度、都市に行きましょう」
 御者に座り、惚けていたが、突然に立ち上がり車内に入った。男は、その姿を見て喜びを現したが、直ぐに愛の話を聞き不安の表情に変わった。
「愛、分かった。後でちゃんと話を聞くから、頼むから食事の手伝いをしてくれ」
「甲、口を動かすよりも、手を動かしなさい。もー、乙は何をしているのよ」
「だから、乙は」
 甲は、二人から突付かれ泣きそうな声を上げた。そして、(食事を済ませれば、話を聞くはずだ。それまでの我慢だ)そう心の中だけで喚いた。
「もー又、口より手を動かしてよ」
「はい、はい」
 蘭と甲は、食事の準備をしているのだろうが、まるで獣と格闘のようだ。その脇で愛は一枚の皿を持ち立ち尽くしている。その表情には、リキの事しか考えられない。そう感じられた。愛はそれでも、蘭と甲の指示で一枚の皿をやっと運び終えた頃、食事の支度が終わっていた。
「あら、お客さんねえ」
「そうねえ。御一緒に食べません」
 愛と蘭は、食事を口に入れるだけの作業だけだからだろう。周りに意識を向ける事が出来た。それで、やっと男に気が付いた。
「あのう」
「ご心配なく、料理は余分にありますから」
 そう、甲は声を上げた。その後に、
(乙の所にお連れしますから心配しないで下さい。それに、涙花さんに、ひょっとしたら会えるかもしれませんよ)
 男に耳打ちした。
「おおお、美味い、美味い」
 そう呟くが、料理をただ口に放り込むように感じる。もしかしたら、料理を早くなくそうとしているのだろうか、確かに無くならば出発が早いのは確かだろう。
「甲、乙は時計を探しているわよねえ」
「大丈夫よ。時間に間に合うように、私も一緒に探すわ。だから、心配しないでねえ」
「あの都市の様子では、ちょっと無理」
「甲、食べたのなら出発の準備をして」
 蘭は鋭い視線を向け、甲の話を遮った。
「愛、大丈夫だからねえ。だけど、時間が許される限り探すけど、無い時は諦めるしかないわよ。リキの誕生日に間に合えないよりも良いでしょう」
「う~ん。そうしますぅ」
 愛は渋々頷いた。
「蘭、準備は出来たぞ」
「はい、はい、食べ終わったらねえ」
「蘭、私は良いわよ」
「そう、それなら行きましょう」
「蘭、愛、食器などは後で良いと思うぞ。盗まれる事は無いだろう。貴方も乗って」
「はい。私は鼠家の道と言います。宜しくお願いします」
「はい、はい、みち、さんねえ」
 男は、三人の仕草を見て、安全の為の様々な留め金をした。だが、その意味が解らないのだろう。そして、目を閉じる。その後は膝に顔を埋めると、腿の下で腕を組んだ。恐らく、この男は獣族の獣機に乗った事があり。この姿勢が獣機の助手席の正しい乗り方と感じられた。
「ほう、この男は凄いな。その姿勢ならむち打ち症にも、首を折る事ない。だが、これを強制は出来ないだろうなあ」
「何をやっているの」
「おかしな人ねえ」
「この姿勢は疲れるが、一番安全だぞ」
「そうなの」
「席に着いたな、なら行くぞ」 
そして、タバコを二本くらい吸った位の時間で、乙を置き去りにした所、都市に着いた。
「早く扉を開けてよ。時間が無いのよ」
「甲、この男、もしかして気絶しているの?」
「安全が確認された。席を立て」
 甲は、肩を叩き、身体を揺するなどしたが、起きない為に、冗談で口にした。
「着いたのですか、凄いです。揺れもなくて、時間も早いですねえ。これなら違う意味で心配ですね。子供が乗っても怖がらないのは困ると思いますよ」
「まあ、良いから降りて下さい」
 車外では、愛と蘭が大声で、乙の名前を上げていた。
「あう、あう、うっうう」
 乙は、泣きながら現れた。何故、この場に居る。そう思うだろう。涙花に贈り物にする物を探さなくて良いのか、そう言われて、家から叩き出されたからだ。
「帰って来てくれたのですねえ」
 乙は泣きながら話すから伝われなかったのだろうか、愛と蘭の言葉には微塵も心配していない事が感じられた。
「時計、時計はあるの。探したのよねえ」
「もし、持ってなければ置いていくわよ」
「うっううう。有ります。有ります。置いてかないで、うっううぅそうだ。涙花さんに会いましたよ。蘭に会いたい。そう言ってってぇ」
 乙は、愛と蘭と男にもみくちゃにされた。
「どこにあるの。時計を出しなさい」
「姉さんにあったの。何処に居るの?」
「涙花様に会ったのですねえ。何処です?」
「ぐっえ、ぐっえ、ぐっええ」
 乙は声を出せないかわりに、甲に視線で助けを求めた。だが、甲も、愛と蘭が怖いのだろう。首を横に振り続けていた。
「愛さーんぅ。蘭さーんぅ」
 森の茂みから、三人の男が手を振りながら現れた。偶然を装っているようだが、手には薬草や機械部品などを持っている。可也の時間を都市の中や周りにいたのだろう。涙花の頼みで、愛と蘭たちが来た時の為に、都市の中や周りで時間を潰していたのだろう。どんなに、乙が都市の中で泣き声や悲鳴を上げたとしても無視していたはずだ。それなのに、女性だからか、それとも、涙花に頼まれたからだろうか、満面の笑みを浮かべながら、嬉し涙まで流していた。
「えっ」
「うっうう、涙花さんは、やっぱり心配で護衛を寄越してくれたのですねえ。うっうう」
 乙、一人が感涙していた。だが、男女四人は、この地に知り合いが居るはずが無い。居たとしても、涙花と同じ位の歳なら、自分達を判断が出来るだろうが、まだ、少年のような者に不審を感じていた。
「愛さんも蘭さんも、分かれた時のままだ。子供の時の幻影かと思っていましたが、やっぱり天女のように綺麗ですねえ」
「うっうう、嬉しいです」
「うっうう、美しい」
「えっ、まあ、本当なの、嫌だわぁ」
「やだわっもぉー」
 男たちの視線や喜びの声を聞き、愛と蘭は完全に不審が消え、喜びを感じていた。
「さあさあ、涙花様が待っていますから村に来て下さい」
「えへへ、俺、蘭様に憧れていました」
「おれ、先に行って、皆に知らせてくる。今度はゆっくり居られる。そう、涙花様に言っても良いのでしょう」
「蘭、駄目よ。直ぐ帰るわよ」
「そうねえ。仕方が無いわ。お姉ちゃんには又、必ず遊びに来るから。そう伝えて」
「愛、探していた時計は有ったのか」
「甲、有ったわよ」
「そうか、それでは行くか」
「チョット待ってください。涙花様か信様に伝えたい事があるのです。少しだけ、時間を下さい。お願いします。お願いします」
 道は土下座をして頼み込んだ。
「う~ん、でも。本当に時間が無いのよ」
「この地から村までは遠いのですか、近いのなら、愛、二、三時間なら良いだろう」
「愛、私からもお願い。お姉ちゃんと少し話すだけだからねえ」
「分かったわ。近くならねえ」
「近いです。ですが、この男は、あの戦いで一緒に居たのでは無いのですね。それでは連れては行けません。ここで待っていて下さい。直ぐに来ると思います」
 道の土下座を見て、仲間では無い。そう感じて顔色を変えた。
「俺はこの場に残る。お前は信様に知らせに行ってくれないか?」
「蘭様から離れたくないが、仕方が無い」
「ごめん。頼む」
「気にするな。一つ貸しだぞ」
 そう呟くと、この場から走り出した。
 この場に居る者にとっては長い時間と感じただろうが、信と涙花が来るまでの間は、一時間も経たなかった。
「お姉ちゃんなの?」
 蘭は頭の中で解っていた。自分には三年だが、姉達には八年が経っていた事に。
「そうよ。老けたでしょう」
「二歳しか変わらないはず、私が苦労をかけた為に、済まない。そればかりか、着飾ってやる事も出来ない」
「ばぁか」
 涙花は心底から恥ずかしかったのだろう。顔を真っ赤にして、悲鳴のような声を上げながら、信の頬を叩いた。
「うっううう、幼子が叩くような力にまで落ちたのか、気が付かなかった。済まない」
「信、いい加減にしないと本当に殺すわよ。それよりも、時間が無いのでしょう。着いてから話を聞くわ。行きましょう」
「そうだな」
「甲さん、私たち二人も乗れるの?」
「七人ぐらい、大丈夫ですよ」
 そう言いながら車内に招いた。そして、隠された椅子を出し、信と涙花に勧めた。
「はい、ありがとう」
 道と信は椅子に座ると、即座に、安全の為の様々な留め金を閉める。そして、膝に顔を埋めると、腿の下で腕を組んだ。
「信、何をやっているの?」
「なにって、涙花、早く腿の下で腕を組め。舌を噛むだけで済めばいいが、下手をしたら首の骨を折るぞ」
「大丈夫よ。様々な事故防止用の安全留めをしているでしょう。これで安心よ」
「そうなのか」
「もう良いから、私と同じ姿勢をして、愛さんが睨んでいるわ」
「済まない」 
 信は、そう言って体を強張らせた。
「もう着いたわよ」
 そう言いながら、信の肩を叩いた。
「え、嘘だろう。何分経った。と言うよりも、いつ出発して、いつ着いたのだ。振動は感じられなかったぞ」
「そうねえ。十五分ぐらいかな。んっ、あれよ。赤が点灯すれば出発と到着を表すの、青は安全確認が終わった。それでよ」
「乙、町から馬を借りてきてね。早くよ」
「はぃ~」
 乙は心の底から嫌だ。そう感じられた。
「この男またかよ。信さん、起こし方があるのでしょう。お願いしますよ」
 甲は、そう信に声を掛けながら車外に出るが、その時、信の起こし方が聞こえた。
(やっぱり、あの言葉で良いのか)そう思い、笑い声を上げた。
「蘭、足りない物があったか、大丈夫だったろう。皿など持ち去る者など居無いよ」
「えっ、誰か何か言った?」
「乙、俺も一緒に行こうか」
「気にしないで下さい。良いですよ」
 甲は、次々と、皆に声を掛けるが、相手にされないからだろう。車の点検を始めた。
「出てきたな。話を聞かせてくれないか」
 信と道が車外に現れた。
「はい、簡単に言います。竜家の長老に剣を、信に渡してくれと言われました」
「まさか」
「信様、そうです。竜の獣機の鍵です」
「それよりも、何人位が生存しているの?」
「六種機の獣機も、竜の中にあるそうです。それも信様に任せる。そう言われました」
「そうか、分かった。この地から持ち去ろう。それと同時に、生存者も連れて行くぞ」
「ですが」
「皆を初期の古都跡の地に、連れてきてくれないか、頼む」
「ですが」
「あの地は墓標と同じだ。あの地なら西国も手は出さないはずだ。お願いだ。私は、あの時は何も出来なかった。だから、生存者が居るなら家族に合わしたい。うっうう」
 信は、最後まで話す事が出来ずに泣き崩れた。自分でも悔しいのか、悲しいのは分からないのだろう。だが、自分だけが幸せに過ごした時間を、生存者にも味わって欲しいと心底から願っての涙を流した。
「分かりました。言ってみますが、もう、普通に暮らしている者もいます。皆が来るか分かりませんよ。それでも」
「構わない。私は何度も、この地を行き来する。その為に獣機を使う」
「それでは、竜家の長老が思っていた事と違うと思います。恐らく、長老は封印を願っていたはずです」
「だが、私に託すと言ったのだろう」
「ですが」
「三度だけ許して欲しい。今回と、一年後と二年後、三回だけ使用する。生存者に、共に暮らそう。そう、伝えてくれ。それでも、この地に残る。そう言うのなら諦める。その後は必ず封印する。お願いだ。三回だけだ。信じてくれ」
「分かりました。それで、発つ日は」
「一週間後に、そして、一年後と二年後に必ず来る。そう伝えて欲しい」
「伝えます。それでは、鍵を渡しますから一緒に来てください」
「涙花はどうする」
「一緒に行きます」
「お姉ちゃん」
「ごめんねえ。今度は遊びに来て、その時は、楽しい話をしましょう」
「うん、お姉ちゃん、遊びに行くねえ」
「それでは、行こうかぁ」
 案内をする道は一人者と思えた。信と涙花は、二人で居られるだけで嬉しい。そう姿や表情で感じられた。その姿や表情を見たくない為だろう。道は無言のまま、早足で先頭を歩き出した。
「必ず行くねえ。お姉ちゃん」
 蘭は、姉に伝える為では無いだろう。今度会う時は、もっと歳が開き、親子のようになるだろう。それで、姉妹でいられるのは最後と感じての呟きに思えた。
「行ったのか?」
「うん」
「お姉さんも信さんも、何か楽しそうだな」
「うん。も~、馬鹿、愛も乙もいるのよ」
 蘭は、甲に手を握られ恥ずかしそうに声を上げた。そして、大きな溜息を吐いた。
「乙はいないぞ」
「バッカねえ~、同じ事でしょう」
 又、大きな溜息を吐いた。姉の嬉しそうな後姿を見たからだろうか、それとも、甲が握る手を離したからか、それは、蘭が嬉しそうに、甲の手に、自分の手を触れた。女心が分からない為だろう。そう感じられた。
 邪魔者にされた。愛は、満面の笑みを浮かべながら懐中時計を綺麗に包んでいた。時々、殺気を放つように車外に耳を傾けている。恐らく、乙を待っているのだろう。そして、時計に視線を向けて、溜息を吐くのだ。日付が変わるまでに、リキの元に着けるか心配なのだろう。
「乙。もし、間に合わなければ殺すわよ」

 第二十七章
 愛に殺されるかもしれない。乙は、悩み悩んで、一歩も進める事が出来なかった。
「う~ん、どうしよう。毎年、適当な菓子を用意するのだが、今回は、そのような時間が無かった。これでは、馬を貸して貰えないだろう。う~ん、時間に遅れても、馬を連れて行かなくても、馬を盗んでも殺されるかもしれない。どうしたら良いのだろう」
 乙は、頭を抱えながら座り込み、泣きながら呟いていた。
「どうせ、殺されるのだ。盗むしかない」
死にそうな顔で立ち上がった。そして、神からの贈り物だろうか、ポケットから何かが落ちた。金属の音が耳に入り、不審そうに、それに視線を向けた。
「懐中時計、愛が持ち忘れたのかぁ。これで、頼んでみよう」
 もう、夕陽が沈みかけていた。乙の目には、向かう家しか入っていない。恐らく、自分が二時間近くも悩んでいた事も、今の正確な時間も分かっていないだろう。そして、駆け出し、家の扉を叩いた。
「はい、今開けますよ」
 その言葉の後に、家の中で囁き声が響いた。
「婆さん、やはり来たぞ」
「私の事よりも、開けるのが先でしょう」
 乙には室内の声が聞こえなかった。それで、もう一度、扉を叩こうとした。
「今年も来ましたね。待っていましたよ」
「済みませんが、今回は、この懐中時計で馬を貸して貰えないでしょうか?」
「変わった品物ですなあ」
「なんですのぉ。甘い物、辛い物、なんですのぉ。美味しそうな物なのでしょう」
「今回は懐中時計と言う物らしいぞ」
「済みません。来年は必ず。食べ物を持ってきますから、馬を貸して下さい」
 乙が、余りにも低姿勢な態度だからだろう。老夫婦は、不気味な笑みを浮かべた。
「まあ、中に入って下さい」
「あのう、分かりました」
 乙は、毎年菓子を渡すと、直ぐに帰るのだが、今回は懐中時計の用途などを教え、馬を借りる為に説得しようとした。
「ほう、太陽の位置が分かるのですか?」
「そうでなくて、時間が分かるのですよ」
「おお動いているぞ」
「馬を貸してください。返しに来た時に、どの様な事でもしますからお願いします」
「ふぅ、ゆっくり出来ないのですか、良いですよ。今度は話を聞かせてください。今日は楽しかったのですよ」
「済みません。お借りします」
 老夫婦には簡単な挨拶で済まし。死ぬ気で愛の元に向かった。やはり、愛はやはり車外で待っていた。遅くなり殺されると思っていたが、愛は泣いていた。乙には分からないのだろう。愛は約束に遅れるからでも、会える時間が削られる為でもない。もし、時間に遅れて居なかったら、それが怖いのだ。早く着く事が出来れば、自分から声を掛けられるが、遅れたら声を掛けられない。いつも怖いのだ。歳も離れ、私だけ歳を取らない。怖がれる事もなく、毎回、毎回、満面の笑みを浮かべ話を掛けてくれる。
「お姉ちゃん、早いねえ。今度は、僕が待っているからねえ」
 そう言って笑ってくれるから、話が出来るのだ。それでも、笑みを見るまでは、心の中で化け物。そう言われる事を恐れていた。愛が、今までの事を振り返っていると、
「愛、遅れて、ごめん。泣かないでくれないか、まだ、間に合うのだろう」
「話をしている時間が惜しいわ。だけど、これだけは言っとく、女の涙は高いのよ。あなたは、女性の涙の原因で、女性の涙を見たのですからね」
「うっ」
 愛は視線で殺せるような目で、乙を見つめた。乙は、まるで、蛇に睨まれた蛙のようだ。
「蘭、愛は泣き止んだようだぞ」
「甲。駄目よ、出ないで、石にされるか、死ぬかよ。女が泣いた後は、満面の笑みを浮かべるか、殺されるかなのぉ。そんな事も分からないの。女の子を泣かせては駄目。そう、親に言われなかったの?」
「乙が帰ってきたから笑っているかも」
「本当に馬鹿ねえ。殺気を感じないの?」
「殺気」
「そう。甲、乙に言った方が良いわ。愛が帰る前に、何所かに消えた方が良い。とねえ」
「大袈裟だろう」
「それ程の事なのよ。女の涙はね」
「分かった。伝えて来るよ」
「まだ駄目よ。死にたいの、この殺気の状態では二時間位は出られないわよ」
「乙は死んで居るのでは無いのか?」
「台風の目と同じよ」
「台風の目?」
「そうよ。殺気を放って、自分が死んでは困るでしょう。だから、自分の中心では何も起きてないのよ。乙は中心にいると思うわ。それだから、まだ生きているはずよ」
「そうなのか?」
 甲は半信半疑だったが、蘭だけが感じたのでは無い。まだ、信達も近辺に居た。

 第二十八章
「んっ」
「嫌な感じねえ」
「この近辺には西国の者は来ないはず。だが、これ程の殺気は獣族しか居無いはずです。
 まだ、我々には気が付いてないようだが、丁度良い。先を急ぎます」
 三人は、今進んで来た後ろを振り向いた。
「だが、殺気を感じた方角は」
「信ありがとう。蘭達なら大丈夫と思うわ。あの戦いを生き残ったのよ」
「そうだな、考え過ぎか」
「何をしているのですか、急ぎますよ。もう少しで、私の家に着きます」
「済まない。急ごう」
 暫く歩くと、道は、二人に声を掛けた。
「着きました、あの家です」
「ほう」
(可なりのぼろ小屋だな。剣を隠す為に好んで選んだのかな。それにしても、男の満面の笑みはなんだろうか?)
「どうします。少し休んで行きますか?」
「そうだな、喉が渇いたなぁ。休まして頂こうか、涙花、そう思うだろう」
 信は、男の笑みの理由を知りたい。そう個人的な考えだけなら、先を急いだのだが、涙花の疲れた姿を見て、そう感じた。
「そうねえ。良いわよ」
「美味しい、お茶を飲ませますよ」
 そう言うと、道は駆け出した。犬がお帰り。そう吼えているのだろう。それを無視して、家に駆け込んだ。
「花、帰ったよ。信と涙花を連れてきたぞ」
「信様と涙花様でしょう」
 女性と思えない。男のような強さを感じる声が、小屋から響いた。
「信で良いですよ。奥さん」
 信は、先ほどの笑みの理由が感じ取れた。主人としての態度だろうか、それとも、愛情が溢れた。その声を聞きたいのだろう。
「ごめんなさいねえ。お邪魔します。あっ」
「どうした」
 涙花の驚きを感じ取り、信は即座に、涙花の前に出て、身を守った。
「気持ち悪いでしょう。ごめんなさいね」
 花の左腕が複雑に折れ曲がっていた。
「医者」
 涙花は、そう言葉を掛けようとしたが、西国の者から逃げている者に、それを口にする事が出来なかった。
「花、約束は果たしたぞ。これで、俺の奥さんに成ってくれるのだろう」
「静かにして、その話は後よ。信様、竜家の長老から、鍵を渡すように言われました」
「ありがとう」
「いいえ。それで、鍵の隠し場所は、犬の習性を利用しました。何か光り物を犬に与えれば、鍵の場所に案内してくれます」
「ありがとう」
「ああっお茶を淹れますねえ」
「いらないわ。信、行くわよ」
 涙花は、不機嫌と言うよりも、信じられない。そう、思うような怒り顔だ。
「あの?」
「あんたも来るの」
 涙花は、そう言いながら、無理やり道の手を引っ張り、小屋の外に連れ出した。
「えっえええ」
「行って来なさい。待っているからねえ」
 花は、心の底から安堵した表情で送り出した。
「信。犬と剣だが、鍵だか分からない物は任せるわ。道、必ず。花さんを竜機の所に連れてくるのよ。腕だけでは無いと思うわ。完全の完治と行かないと思うけど、何とか治して見せるわ。良いわね」
 涙花は、家に残り、花の容体を確かめた。
「涙花、話は済んだのか」
「なに、それは、剣のように大きいけど、突起が何個も付いて、武器としては役に立ちそうにないわねえ。何か剣というよりも、突起が沢山あって、添え木には丁度良いわねえ。長い突起にトマトが生ると可愛いわよ」
「なななっ、トマトだと、この素晴らしさが分からないのか」
「分からないわ」
 馬鹿馬鹿しいのだろう。あっさりと答えた。
「私は、家に入ってもいいですよねえ」
「ああ、そうだ。信、あの人を一緒に連れて行っても良いかな」
「そうだな、一緒に連れていく方が良いだろう。獣機の中にも医療施設があるはずだ」
「そう言うと思っていたわ。早く奥さんを連れてきなさい。信がおんぶしてくれるって」
「えっ」
 信と道は満面に嫌気を表した。信は背負う事に、道は、自分以外の男に肌を触れさせたくないのだろう。そう感じられた。
「馬鹿ねえ。おんぶくらいで嫌気を表してどうするの、診察や治すのに肌に触れるのよ」
「うっ」
「早く、準備と奥さんに話してきなさい」
 道が小屋に入ると、即座に怒鳴り声が響いた。だが、道の声は聞こえない。一方的に花の話し声だけが響き渡るだけだ。
「説得しに行った方が良いのではないか」
「馬鹿ねえ。今言ったら殺されるわよ。それに話がこじれるわ」
「そうか」
「そうなの。ただ恥ずかしがっているだけ」
「あの怒鳴り声が、恥ずかしがっている?」
「そうよ。女心が分からないのねえ」
「そうとは思えないが」
「あの手の男は泣き落としねえ」
「ん、静かになったな」
「ほらねえ。そろそろ出て来るわよ」
「おっ」
 信は二人の姿を見て驚き、声を無くした。
(涙花、男の頬が腫れているぞ。涙花の予想は外れたらしいなあ)
(本当に馬鹿ねえ。恥ずかしい気持ちを隠す為に叩いたのよ。分からない人ねえ)
(そうか、顔の形が変わっているぞ)
 二人に聞こえないように耳打ちした。
「大丈夫なの。おんぶしてもらったら?」
「大丈夫だ。気にするな」
 顔を真っ赤にして答えた。恐らく死ぬほど恥ずかしいのだろう。涙花は、自分なら喜んでおんぶしてもらうのに、そう思える。不満顔を表していた。
「蘭の所に急ぎましょう」
(大丈夫か、殺気を感じたのだぞ)
(何度もしつこいわよ。大丈夫よ)
 涙花と信は囁き合った。
「そうだな、行こう」
「すびばぜん」
「何を謝っている。関係ないだろう」
「ふぁい。そうでず」
 信と涙花は笑いながら歩き出した。花と道は、自分の事で笑われた。そう感じて、気分を壊したのだろう。何度も問い掛けながら二人の後を追った。

 第二十九章
 「蘭。そろそろ、良いかな」
「そうねえ。殺気は感じられなくなったわねえ。大丈夫かな、良いかも知れないわ」
「わかった。出てみるよ」
「待って、私も一緒に行くわ」
 二人が車外に出ると、乙は、うずくまり震えていた。
「何をしているの?」
 蘭は、疑問に思い問い掛けた。
「あの、あの、あの、ここから動けないのです。身体が自由に動かないのです」
 乙の身体の状態は、蛇に睨まれた蛙のような状態だった。
「そうでしょうね」
「助けてくれませんか?」
「それ位ならまだ良いわよ。愛と会えば殺されるわ。早く逃げなさい」
「でも、でも、動けません」
「もう大丈夫よ」
「本当に、そうなのですかぁ?」
 乙は、恐る恐る手を伸ばした。
「早く逃げるのよ」
「でも、どこに逃げたら良いでしょうか?」
「それは、自分で考えるしかないだろう」
「私達が決めてもねえ。気に入らないかもしれないでしょう」
「馬は、どうしたら良いでしょう。返さなければ、この近くに居られないですよ」
「それは心配するな。また、借りなければならないだろうから、老夫婦の家の近くで馬を放すよ。それで良いだろう」
「それより、早く行きなさい。愛が、いつ来るか分からないわ」
「は~い~」
 顔を青ざめ、振るえる声でうなずいた。
「乙、気をつけてねえ」
「邪魔者が居なくなったな」
「馬鹿ねえ。可愛そうでしょう。ふっふふ」
 蘭は微笑みを浮かべながら、乙の後姿を見る事もなく、甲の目を見詰めていた。
 乙は、とぼとぼと歩いていた。行き先は三通りしかない。近くの町には、愛が居る。元の東国は廃墟だから行っても無駄のはず。最後の選択は老夫婦の家しかない。そして、喉が渇いたのだろうか、老夫婦の家の近くの井戸の前に立ち尽くしていた。何分くらい経っただろうか、乙は涙をポロポロ流しだした。心の底から悲しいからだろうか、足に力が入らなくなり、座り込んでしまった。
「うっうう」
 乙は、いつまでも涙を流し続け、日付が変わるが、動く事が無かった。
 その、少し前の時間に、甲と蘭は、
「乙が居ると酒は飲めないからな。良い酒があるぞ。愛の連れ合いの誕生日が間もなくだ。それを乾杯として、飲まないか?」
「そうねえ。良いわよ」
「椅子に座っていてくれ、持ってくるから」
「楽しみにしているわ」
 そう言うと、愛は車内に入らずに、御者に腰掛けた。
「蘭、グラスを取ってくらないか」
「はい、美味しそうねえ」
「そうだろう。少し時間が過ぎてしまったが、いいだろう。ん、どうした?」
「馬の鳴き声が聞こえたような」
「こんな何も無い所で、真夜中だぞ。誰も、居るわけ無いだろう」
「それもそうねえ。いや、気のせいではないわ。甲、やっぱり聞こえるわよ」
「そうか、ん。本当だ。誰だ」
 甲は笑っていたが、耳を澄ましてみた。
「愛、愛みたいよ。何でなのぉ。一緒にいる男性は、あの時の子供なのかな?」
「そうだろう。大きくなったな」
「私ねえ、私ねえ」
 愛は満面の笑みを浮かべ、馬上から、声を上げながら近づいてきた。
「愛、どうしたの」
 蘭は、御者から降り、愛の元に近寄った。「あっ」
甲は、酒を飲まれる事が心配なのか、顔を青ざめながら車内に戻る。それとも、リキの飼い犬がいる。そう思い、初めてあった時の恐怖が思い出されたに違いない。
「蘭、私ねえ。毎年、誕生日になる日。十二時に贈り物を置いてから、朝まで、あの公園で、シロから一年間の出来事を聞いていたの。
だけどね。今回は、お父さんとお兄さんに見付ってしまったの」
「まあ、酷いわね」
「何で酷いの」
「だって、帰れと言われたのでしょう。それとも、泥棒と言われたの?」
「違うの、あのねえ」
「だから、どうしたのよ」
 愛の煮え切らない態度に怒りを感じた。
「貴女が、リキの幼い頃からの想い人ですよね。そろそろ、リキと結婚して、一緒に暮らしませんか、そう言われたの」
「本当なの。よかったわねえ」
 蘭は、そう言いながら、愛の耳元まで近寄り。そして、リキに聞こえないように囁いた。
(あの愛、歳の事は誤魔化せたの?)
(私の事は飛河連合東国の人だと思っているわ。それでねえ。幼い頃に会って居たのは、私の母か姉でしょう。そう言われたわ)
(リキもなのぉ)
(そう見たい)
「愛、良かったわねえ」
「ありがとう。そして、お別れを言いに来たの。それに、馬も返しに来たわ」
「結婚式はするのでしょう。出席は出来ないけど、遠くから見て祝福するわね」
「ありがとう。だけど、飛河国に睨まれないように、内輪で済ました方が良いって」
「そう、なんか悲しいわねえ」
「ううん。一緒に住めるだけで嬉しいわ」
「そうよねえ」
「乙は居ないようねえ。甲、馬を返して来て、お願いして良いでしょう」
「愛、おめでとう。馬や他の事も心配するな。自分の事だけを考えろよ」
「うん」
「近くに来たら、遊びに来て下さい。慌ただしいですが、これで帰ります」
 そう伝えると、愛はリキが乗る馬の後ろに乗り、幸せそうに話しながら町に戻っていた。
「蘭、乙をお姉さんの所に連れて行かないか、野垂れ死にされたら、寝覚めが悪いしなぁ」
「そうねえ。居る所は分かるの?」
「馬を借りた家にしかないと思うぞ」
「そう、私も行くわ。それで、車で行くの?」
「そうだな、車で行こうかぁ」
 一頭引きの馬車に装い、出掛けようとした時だ。悲鳴のような怒鳴り声のような音が聞こえて来た。だが、恐怖は感じなかった。獣が居る訳が無いのは分かっていたからだ。
「お姉ちゃんかな?」
 そう感じた。
「蘭、違う。と分かったら車内に入れよ」
「やっぱり、お姉ちゃんだ」
 自分の名前がハッキリ聞こえたからだった。
「病人がいるのよ。建設途中の新都市跡まで連れて行ってくれない。お願いよう」
「私一人で馬を返してくるよ。お姉さんとゆっくり話す機会がなかっただろう」
 甲は、そう言葉を掛けると、蘭も信達もうなずいた。花だけが、不満そう態度だ。

 第三十章
 甲は、恐る恐る馬を引いていたが、月明かりに目が慣れたからだろう。夜でしか味わえない静けさと言うか、星に魅入られたような微笑を浮かべている。楽しむゆとりがあったからだろう。井戸に座り込む、乙を見付ける事ができた。
「ほら、帰ってくれ」
 そう馬に声を掛け、手綱を放した。そして、心の中では、乙に気付いてくれ。そう思った。そして、乙は、馬の嘶きが聞こえたからだろう。老夫婦の家の灯りがともり。直ぐに、老人が家から駆け出してきた。自分の馬を見付けるよりも、乙を見付け近寄った。何故、井戸の前に座っているのか分からないが、落ち込んでいるように感じられた。
「どうしたのだ。大丈夫か?」
「馬を返せないし、行く当てもない」
「ほら、馬ならいるだろう」
「自分で帰ってきたのか?」
 生気が抜けたような声を上げた。
「行く所がないのか、それなら、私も歳だから力仕事も辛い。一緒に住まないか、良ければだが、私の息子と考えてもらってもいい」
「え、こんな、私をですかぁ」
「ごめん遅くなって、乙、迎えに来たぞ」
 甲は、変な好奇心を抱いた為に、様子を窺い、話を掛けるのが遅れた。
「えっ」
「良い、忘れてくれ」
 甲が現れると、老人は泣きそうな声を上げた。そして、手綱を手に取り自宅に向かった。
「乙、行こう」
「ごめん、俺、この地に住むよ」
 甲に、そう言うと、老人の所に駆け寄った。
「乙、もし、帰りたくなったら」
「爺さん、居ても良いのだろう」
「本当に良いのか?」
「甲、大丈夫だから気にしないでくれ」
 乙は、振り返り、簡単な別れの挨拶をした。
「分かった。それなら、帰るぞ」
 甲の最後の言葉は、二人の耳には入っていないだろう。本当の親子のように笑いながら家に向かったからだ。甲は、二人が家に入るのを見届けた。その後は悲しそうにうつむきながら、愛達の所に向かった。
「甲、乙はどうしたの?」
「養子になるから帰らないそうだ」
「乙が養子」
 蘭は、甲がうな垂れていた。その為に、それ以上の問うのを止めた。
「都市の跡に行くのですね」
「東国ではなくて、建設途中の」
「はい、東国の南方の建物跡でしょう」
「ああ、そうです」
「直ぐに動きますから椅子に座ってください。良いですか、行きますよ」
 甲は、そう言った後、皆の安全の確認もとらずに機動させたのだろう。一瞬機動音が高く響いた。すると直ぐに、甲は席から離れた。恐らく着いたのだろう。皆は必死に安全帯を締めている途中だった。
「甲、何を考えているのよ」
「えっ」
「着いたのか?」
 蘭は突然の発進に怒りを感じた。そして、男女四人は都市跡に着いた事に驚いた。
「言われた通りの場所に着きました。私達も忙しいのです、直ぐに降りて下さい」
「忙しいのに済まない。何かあった時には出来る限りの事をする。それで、許してくれ」
 信が、全ての責任を引き受ける。そう思う気持ちを心で決め、真っ先に声を上げた。
 他の三人は不満を表していたが、涙花はふっと、蘭に耳打ちした。
(ごめんね。二人で居る所を邪魔して、許してねえ。優しくして上げなさい。そうしたらね。直ぐに機嫌が直るわ。うっふふ)
「もうお姉ちゃんの馬鹿」
「別れの挨拶が済んだのなら、出掛けるぞ」
「良いわ。どこに行くの?」
「この車の本当の使用目的に使う」
「私行きたい所があるの。もう、誰にも係わりたくないから、小さい無人島に行きたいわ。そこで、色々楽しみましょう。そこで、一緒に飲もうとした。あれを、飲みましょう」
 この言葉を最後に、この地を後にした。乙が一瞬笑みを浮かべたが、自分以外に誰も居ない。それは、自分が、使用人のように扱われる事を分かっていないだろうか。
「涙花、済まなかったな。妹さんには、借りを必ず返すからな」
「いいのよ。楽しんでいるのだから」
「そうなのか?」
 そう言うと歩き出した。
 四人が降ろされた所は都市の中では無く。都市外、周りは砂ばかり、砂の海に浮かぶ船。と言うより、竜の細長い背に巻き付かれ空を飛び立つよう形の都市だった。その都市の景観を見惚れたのだろうか、それとも、竜の大きさだろうか。四人は、威嚇のように口を開けたままの入り口、竜の口に向かった。口の前に来ると、信が問い掛けた。三人は惚けているのか、三度も同じ事を口にした。
「それで、長老は何番と言った?」
「剣に印が付いているでしょう。重大な言葉よ。声を上げる事が出来ないでしょう」
「そうだったな。済まない」
「機動後は、自分で変えろ。そう言っていました。信以外の人が剣を手に入れても、一度しか機動できないようにした。そうですよ」
「何だ。別の鍵があるなら真剣に剣を守らなくても良かったのかよ」
「道。あんたねえ~」
 花は満面に怒りを表した。
「ごめん、神聖な物ですから当たり前でした。だけど、凄いですよねえ。甲殿の車がそのまま、通れそうですよ」
「通れるぞ。この中に、我の猪の獣機も、他家の獣機が収納されているからな」
「凄いですね。凄いです、花が乗る猪の獣機が見てみたいです」
 信は、花が道をたこ殴りにされるのが見たくなかった。と、言うよりも、この場を荒らされたくなかったのだろうか、それとも、涙花が、竜家の長老が死んだ。それが確かなのを知り、涙を流している。その姿を見たくない為に思えた。
「涙花、羊の宝。獣機を直接見られるのだぞ。私でも見た事がないのだ。見たいだろう」
 信は、一瞬だが、涙花が興味を感じた。そう思い。微笑みを返した。
「うん」
「そうだろう。鍵を開けるぞ」
 信は、剣に書かれてある。参。と書かれた数字を憶え。竜の口に入り、歯と牙を探った。
歯と牙には数字が書かれていた。信は、参と書かれた歯を見付けると、横に動かし、剣型の溝が現れた。
「舌が動くから、一度外に出てくれないか」
 剣を刺すと、舌が中に入るにしたがい、喉奥が開いた。
「いいぞ」
 そう言うと、三人は中に入ってきた。そして、薄暗い長い通路を四人で進んだ。もう少し明るければ、即座に周りの物を見て、悲鳴か歓喜の声を上げたはずだ。
「あっ」
 涙花が驚きの声を上げた。
「何だ。もう気が付いたのか、両脇にある物は動くのだぞ」
「えっ、全てなの」
「そうだ。十二種族、全ての獣機がある」
「だって、あの戦いの時に使われたのに、何故、西国の獣機が、この場所にあるの」
「それは、西と東に分かれる時に、西国の要請で何台かを持ち出したらしい。その時の西国の者は獣に変身できる者が少なくて、軍事力の関係の為に仕方が無かったらしい」
「そうなの」
「ああっここだな」
 脇に、下に降りる階段があった。外側から見れば、右手に持つ玉の部分に行く階段だ。
「先に起動が先だな。それから医務室だ」
 円形の室の中心の床に、竜が描かれていた。その口に溝があり。そこに剣を刺した。と同時に、全ての照明と機械が起動した。
「医務室は最後尾だな。一箇所しか無いのか。ん、移動医療機もあるのか」
 信は、機械操作をしていない。剣を触っているだけで、脳に情報が流れる仕組みだ。
「音声入力に切り替えだ」
 信は情報に基づき、そう声を上げた」
「鍵番号を変更しますか」
(六番に変更する)
 そう、頭で考えた。
「変更を確認しました。音声入力を起動します。医療機を起動します」
「浮上しろ」
「小型診察機を、この場によこしてくれ」
 船の返事だろうか、振動し始めた。
「甲さんの乗り物で忘れていた。直ぐに席に座れ、気持ち悪くなるほど揺れるぞ」
「うっわあ」
「何だ、止まったぞ」
 振動が直ぐに止まったのは、都市に巻き付いていた物が、解け、浮いて止まったからだ。
「外の様子を見てみろ」
「おお凄い。浮いているのか、これが、外の様子なのか。凄いぞ、凄いぞ」
 竜は雲のように浮き。手に持つ球が、乳白色から透明に変わった。室内から見れば上、下と、全ての外の景色が見る事が出来た。そして、診察機が、現れ、花を診察した。その結果を、信だけに伝えられた。
「道、楽しそうだな。もう一つ良い事を教えよう。花の身体は元のように治るぞ」
「本当ですか」
「ある程度の時間は掛かるがなぉ」
「うっう、ありがとう、ありがとう」
 余りにも嬉しくて涙を流した。
「感激しているのに悪いと思うが、一週間後に、この地を出る。それを」
「分かっている。全ての人に言えないが、ある何人かに言えば伝わるはずです。私は直ぐに出掛けますから、花をよろしく」
「わかった。あっ、それと、花と同じような人がいれば、手を貸す。そう言ってくれ」
「分かっていますって、それでは行きます」

 第三十一章
 道のお蔭で、一回目の旅立ちの時に千人が集まってくれたが、花と同じような症状が殆どだった。人々を見て、想像できない位の酷い戦だったと感じた。二度の竜機の飛行の時は、愛とリキが挨拶に現れた。皆が、愛を忘れるはずもなく、結婚をしたと聞き。無理やりのように竜機に乗せてしまい。一族全てで結婚式を行なった。愛は、「どうやって帰るのよ」そう、怒りを表していたが、本心ではないだろう。恐らく、時が過ぎてからだから恥ずかしかったのだろう。まあ、乙、甲も一緒だったから帰る心配はなかったが、分かれる時に、甲と乙の時はみてなさい。そう笑いながら声を上げた。蘭と甲は時期が近いだろうが、乙はまだ、一人だ。最後に祝福される人は想像も出来ない騒ぎになるはずだろう。もともと、馬鹿騒ぎが出来た気持ちは、前回も、二回目の時も怪我や病人が多かったが、死んだと思っていたのに、会えた喜びだろう。だが、戦だったのだ。死んだ人が多い。そして、会える期待も大きい。それで、慰める気持ちと、父や母や兄が素晴らしく、立派だと教える為と、二度と戦が起きないように、子供や病人などに、話を聞かせていた。
「涙花お姉さん。もう話しは終わりなの?」
「涙姉さん。お父さんとお爺さんに手紙を書いたから届けて」
 涙花は笑みを浮かべながら涙を堪えていた。死んだと確認できた者の知らせは、大人でも、死んだと知らせても耐えられる者にしか知らせてない。特に子供には、病気や仕事で、この土地に来られないと話し、手紙を書かせていた。勿論、返事は来る。だが、別人が書いていた。
 そして、三回目。竜機の最後の飛行日が近づく。前回の時は見送りや薬品などで忙しかったが、最後だからだろう。子供が竜機の見物と手紙を渡す者しか集まらなかった。
「お姉ちゃん。お爺さんは変身すると、どの位の大きさなの。後ろの竜機と同じくらい」
「はい、話は終わりよ。又、明日ね」
 人には最後の飛行でも、竜機には壊れるまでの使命がある。種族と国の象徴として、子供達の夢や希望だ。
 涙花は、楽しい事も悲しい事も、全てを子供達に伝えた。その子も又、子供に伝え続けた。その気持ちが竜機に伝わったのだろう。いつまでも壊れる事なく、証拠として、竜機は残り続けた。

糸の導きを信じて

2013年12月6日 発行 初版

著  者:垣根 新
発  行:垣根 新 出版

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垣根 新

羽衣(かげろうの様な羽)と赤い糸(赤い感覚器官)の話を書いています。

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