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母ちゃん、ごめん。
島を離れて、こんな町へ嫁にきた。






父ちゃん、ごめん。
まわりが風俗に囲まれた会社に入社してもた。
採用面接のときからおかしいとおもっててん。
ほんで、会社のなかにも、女のひとの裸の絵がようけ飾ってあるんや。
芸術やでの。






母ちゃん、ごめん。
またメール返さんで。そうそう、今日ね、千日前の町内会に初めて出席しました。
料亭の奥さんやら、質屋のおばちゃん、そうそう「秘書の品格」てゆう
近くの風俗ビルのオーナーやラブホの社長とかも出席しとるんよ。
みんな気さくで、ええ人じゃった。







父ちゃん、ごめん。
売春してる中国人に間違われてもた。
道歩いてたら「あなた、ハウマッチ?」て聞かれてん。







母ちゃん、ごめん。
さっきのメール、心配させた?
大丈夫じゃけ。ご近所さん、みんな優しいけん。







父ちゃん、ごめん。
しらんおっさんに抱きつかれてもた。
夜中にニコニコしながら追いかけてきたよ。

母ちゃん、ごめん。
新大阪まで迎えにいかれんなった。タクシーで家まで来れる?「日本一の交差点まで」って云うんよ。「に・ほ・ん・い・ち」。大きいわけじゃなくて、「日本橋一丁目」いう意味。地元の人はそう云うけえ。田舎もんじゃて舐められんように、そう云い。タクシー降りたらすぐに「パチンコ はりまや」という大きな赤い看板が見える。車がようけ走りょうる千日前通りに沿って歩いたら次に「パチンコ タイヨー」が出てくるわ。今度は水色とオレンジの看板。軍艦マーチが流れようるけ、わかりやすいよ。大丈夫、大丈夫じゃけ。その角を右折。ひとつ目の四つ角に、ラーメン屋と「フルール」というペンションみたいなラブホがあるんよね。ラブホテルね。そこ左折。大丈夫じゃけ。連れ込まれんけ。10mぐらい歩いたら、「ホテル マガンダ」が出てくる。これもラブホ。ここね、前に話したじゃろ。ビジネスホテルを建てますゆうて挨拶きたくせに結局、ラブホじゃん、ってなったとこ。ああ、でもオーナーは案外ええ人。大丈夫じゃけ。ここまで来たらわかるじゃろ。その隣がうち。覚えとるよね?小さい階段をあがったらうちよ。わからんなったら、隣の酒屋のおっちゃんに聞き。いらんことまで教えてくれるわ。がはは。ほんなら切るよ。くれぐれも、気をつけて。出来るだけはやく帰る。ごめん。






大阪市中央区千日前一丁目

古い大阪人なら「さかまち」と呼ぶ、大阪ミナミの隅っこのまち。
昔は、寄席小屋やお茶屋がひしめいた賑やかな通りだったと聞いています。
だけど、昔はムカシ。今は、わたしの生きる町。







母ちゃん、ごめん。
右側の窓は、ラブホじゃけ、絶対開けんで。
大丈夫じゃけ。声までは聞こえんけん。







父ちゃん、ごめん。
花の金曜日は酔っ払いのゲェだらけの道を帰ってるんや。
よけながら自転車こぐのはゲェム感覚や、ゲェだけに。





母ちゃん、ごめん。
ピンク色の看板の横に立っとるオッちゃんは、ご近所さんではないけん。
挨拶も、土産も、いらんのよ。
でも、害はないけん。
私ぐらいになったら、見分けられるんよ。
恐い人と、そうでない人。すごいじゃろ。







父ちゃん、ごめん。
朝きたらボコボコに殴られて瀕死の兄ちゃんが倒れてた。
ややこしい人は、ほっとくのが一番なんやって。







母ちゃん、ごめん。
インスタントコーヒーはみんな飲まんのよ。丸福珈琲、頼む?
有名なんで。







父ちゃん、ごめん。
こんなに歓楽街をうろうろしてるのに、
ナンパされたことないわ。






母ちゃん、ごめん。
吉本新喜劇、ひとりでいける?
仕事でいかれんのよ。徒歩10分、夢のようじゃろ?
ビックカメラ行ったらオール阪神・巨人に会えるかもしれんで。







父ちゃん、ごめん。
夜遊びしてもた。
徒歩10分の映画館で観るレイトショー、おしゃれやろ?







母ちゃん、ごめん。
スイカ、6玉は多いわあ。
誰に配れゆうん?







父ちゃん、ごめん。
「会社のみなさんでどうぞ」って、送ってくれた佃煮、
ひとりで食べてもた。




母ちゃん、ごめん。
掃除してくれたんじゃね。
ただ、窓を開けても、外から綺麗な空気が入ってくるわけでないんです。
窓、閉めておいてね。
それから、家の前を掃除してくれるんはありがたいけど、
道に落ちとるもんは触っちゃいけん。危ないけ。
それ、注射針じゃけ。警察に連絡する。
お医者さんが使うんじゃない注射針じゃけ。







父ちゃん、ごめん。
会社が家みたいになってきた。
お風呂さえあったらここに住み込むかもしれん。
あ、そっちの意味の風呂じゃないでの。







母ちゃん、ごめん。
洗濯もんの干し場は外にないんよ。
工夫しても、無理なんよ。







父ちゃん、ごめん。
また会社で夜を明かしてもた。
さみしがりやの上司がいるでの。






母ちゃん、ごめん。
犬小屋も、外にないんよ。
家の中しか知らん子じゃけ、出るときはドア閉めてね、
必ず、ドア、閉めてね。







父ちゃん、ごめん。
いやらしい女の裸の絵を描いてるのは上司なんや。
心配せんでもいい。
べっぴんさんじゃないとモデルにはしてもらえんみたいやで。







母ちゃん、ごめん。
子供じゃのうて、犬が二匹も家族になった。






父ちゃん、ごめん。
大阪にも家族ができた。
彼氏? ちがうよ上司のことやよ。
家族みたいに仲がいいんや。
嫉妬せんといての。







母ちゃん、ごめん。
道頓堀の路上にも「お母さん」と呼ぶ人がおるんよ。
職業は「探偵」、70歳ぐらいのきれいな人。嫉妬せんでね。







父ちゃん、ごめん。
また食べすぎてもた。
みんなで食べるごはん、おいしいんや。






母ちゃん、ごめん。
道頓堀の路上に「お父さん」もおるんよ。うちの犬がなついとる。
昔、ボクサーでむちゃくちゃしてきた人らしいわあ。
今も、かっとなったらすぐ手が出るらしいけど、
犬には優しい。お母ちゃんよりなついとるかな。嫉妬せんでね。







父ちゃん、ごめん。
また飲みすぎてもた。
近所の立ち飲み、チューハイがおいしいんや。







母ちゃん、ごめん。
タカシマヤは、天満屋とはだいぶ違う。







父ちゃん、ごめん。
高校のとき「軽トラなんかで迎えにこんといて、恥ずかしい」って怒って。
さかまちを走る軽トラは、野菜じゃなくて、お酒が積んであるよ。
軽トラみかけると、思い出すよ。







母ちゃん、ごめん。
服は、じぶんで買うけえ。大丈夫じゃけ。






父ちゃん、ごめん。
またメール返してない。
恥ずかしがり屋の私らの連絡手段はメールしかないのにな。
「メールがダメなら電話でもいい〜♪」って歌ったのはさだまさしけ?
「今度いつ帰る?」は母ちゃんに聞いてや。







母ちゃん、ごめん。
ビルの屋上いっても、海は見えん。






父ちゃん、ごめん。
一緒に呑んであげれんくて。
甲子園で野球みた帰り、大阪で一緒に酒を呑みたいって、
朝方まで待っててくれたのに、帰れんくてごめんの。
あれから、大阪来んくなったね。







母ちゃん、ごめん。
みかん、3日前にちゃんと届いとる。ごめんて。
父ちゃんにも電話しとくけ。







父ちゃん、ごめん。
こんな街で働いてると思ったら心配やろ。
でも、普通に生きてたら、案外いい街なんやよ。







母ちゃん、ごめん。
私、すっかり大阪弁になった?







父ちゃん、ごめん。
あんなに怖かったミナミの街にすっかり慣れてもた。
なんばをミナミって言うあたりがこなれてるやろ。






母ちゃん、ごめん。
えらいとこに嫁にきてしもうたね。島を出てから、もう20年以上経つわ。
海も見えんとこじゃけど、
このがちゃがちゃした大阪のミナミの町にも私の家族がおるんよ。
私を支えてくれる、友達やご近所さん、お父ちゃん、お母ちゃんがおるんよ。
また、島には帰るけ。もうちょっと頑張る。大丈夫じゃけ。








父ちゃん、ごめん。
まだもうちょっと、ここにおらしての。








母ちゃーーーーーーーーーーーーん。








父ちゃーーーーーーーーーーーーん。

田舎娘の往復懺悔書簡
大阪ミナミ さかまち帖

2014年2月28日 発行 初版

著  者:村上美香・中村佳苗
発  行:188出版

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村上美香
広島県因島生まれ。
瀬戸の海を産湯に、波を子守唄に育つ。
大阪ミナミの古い通り「さかまち」の昭和的スナックを改造したデザインカンパニー「株式会社一八八」を経営。海や、ふるさとや、女をテーマに日々ことばを紡ぐ。
マチオモイ帖の原作は「しげい帖」。


中村佳苗
里芋の里、雪の深い福井県は大野生まれ。
餅のようなグラフィックデザイナー。
ポップでカラーコントラストの美しいデザインを得意とし、女性向けのファッションイベントから商店街のフリーペーパー、老舗店のパッケージデザインなどマルチにこなす。自虐キャラながら回りから愛され8年目。

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