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学食

添嶋 譲

空想少年はテキストデータの夢を見るか?



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タケダくん

 無理して誰かとつるむのが嫌いで、僕はいつも一人で学食の隅で昼ごはんを食べる。
 誰かの会話をラジオのようにして聞き、誰かが目の前を通りすぎるのを横目で眺め、コンパの相談、バイトの愚痴、試験の根回しから恋の相談までありとあらゆる事象が僕の周りをまわる。
 大学に入ってからひとり暮らしを始めて半年。誰も知っている人がいない町にきて焦る気持ちもないわけではなかったけれど、今ではこれが当たり前になっていた。
 奇跡的に講義は全部出ているし、今のところ単位を落とすこともない。馬鹿がつくほどの真面目ではないけれど、サボる理由もないのでおそらくはこのまま一年がすぎて行くのだろうと思う。



 同じ講義を取っている人の中で、昼になるとどこかに消え、午後の講義になるとまたどこからか現れるという人がいた。学食でよく真後ろの席になる女子が「タケダは便所飯をやっているらしい」と話をしているのを聞いた。たしか夏の終わりくらいのことだ。
 あの人、タケダって言うのか。
 便所飯という言葉を聞いたのはその時初めてで、そのどうしようもなく汚い語感がずっと気になっていた。よくよく話を聞いているとトイレでごはんを食べることをそういうらしかった。よくそんなことできるなと思ったけれど、もしかしたらなにか事情があるのかもしれないなとも思った。
 自分の昼ごはんが終わって席を立つと、その話をしていた女子と目が合った(ような気がした)。僕は気にせずにトレイを戻すために動くとその辺の頭がすっと寄って「あの人もいつも一人じゃね?」と言っているように聞こえた。
 当たり。いつも一人です。別にどってことないけど。

 講義室に行くとタケダくんはいた。机に突っ伏して寝ているようだった。
 小さめの部屋だからすぐに席が埋まってしまうのだけれど、狙ったようにタケダくんの周りは空いていたので彼の視界に入らない近くに座ることにした。耳にはヘッドフォンがささっていて、シャカシャカと規則正しい音が鳴っていた。



 そんな人がいる、と言うことを半分くらい忘れかけた頃のことだ。午前の講義が終わって学食に向かおうとしたときに、コンビニの袋をぶら下げたタケダくんを見かけた。ちょうどトイレに入ろうとしたところだった。僕はふと思いたって、彼を追いかけた。中に入るとタケダくんは個室に入ろうとしていて、僕と目が合った。
「タケダ、くん、だよね」
 タケダくんはひどく驚いたような顔をして僕を見ていた。たぶん誰にも見られていないつもりでいたところを見つかったからだと思う。
「お昼、食べた?」
 僕は構わずに続けた。こういうときに空気を読まない性格は得だと思う。
「あ、いや、えっと、」
 タケダくんはコンビニの袋を見つめたまま返事に困っていた。
「まだだったらさ、僕と一緒に食べませんか」
「え」
 あ、でもごめんね、ちょっと我慢できないから。そう僕は言うとトイレをすませ(るフリをし)た。
「いいん、ですか」
 タケダくんはいつまでたっても用を済ませる気配がなかった。背中から、困ったような、どうしていいかわからないような、そんな声がした。
「この前、講義が始まるときに聴いてた音楽、たぶん僕も好きなやつだと思うから、もしかしたら話が合うかなと思って」
 僕はあてずっぽうで言う。たぶんあのリズムとシャカシャカの具合なら。

 数分ののち、僕たちは学食の、僕がいつも座る場所にならんで座っていた。向かい合わせのほうが話しやすいんだけどな、とは思ったけれど、誰かと向かいあって話をするのは僕も苦手だということをなんとなく思い出していた。
「好きなんですか、あれ」
「やっぱそうなんだ。うん、あれは大好き」
 彼がスマートフォンの画面を見せてくれた。表示されていたのは僕がまだもっていないアルバムで、それは先月くらいに出たばかりのものだった。
 僕はそれを汚さないように、今日のおすすめと書いてあった安いラーメンをすすった。タケダくんはコンビニの袋からおにぎりを出して食べはじめた。
 会話はなかなか続かなかった。好きな歌手のこと、つまらない講義のこと、出身、どこに下宿しているか。質問して答え、質問して答えているから、会話というよりはきっと面接に近いんじゃないかと思った。
「ぼく、こんなに話をしたの、初めてです」
「僕もかわらないけどね。お昼いつもどうしてるのかなぁって思って」
 しまった。できるだけふれないでいようと思ったことが口から滑るように出てきてしまった。
「ごめん。どうだっていいじゃんね」
「や、たぶん、ソウマくんが考えているので正解だと思う」
 おにぎりの海苔の、バリ、という音が聞こえたような気がした。ごまかすように、明太子が好きなんです、とタケダくんはつけ加えた。



 けっきょく、それ以上会話は続かずに、僕はラーメンを食べきってしまった。
「ラーメン、おいしいですか」
 タケダくんが切り出す。僕の食べた、スープまで飲み干したどんぶりを見て、そう言った。
「おいしいよ。今日はなんでだか、いつもより」
 僕はそう言うと両手を合わせ、ごちそうさま、をした。
「明日はそれを食べてみようかなあ。また一緒にお昼食べてもいいですか?」
 タケダくんはゴミをコンビニの袋にまとめ、荷物を肩にかけながら言った。それから僕の顔を見て笑った。 初めてちゃんと顔を見た。
「明日は親子丼ぶりがおすすめらしいから、それにしてもいいかも」
 僕はカバンとトレイをもって立ち上がる。
「講義室に入ったら、さっきのアルバム聞かせてほしいんだけど、いい? 僕まだ買ってないんだ」
 返却口まで移動しながらそんなことを言ってみた。タケダくんはなんだかうれしそうにしていた。それを見て僕もなんだかうれしくなった。

キャベツとジャンプ

 ひとり暮らしをしていると、晩ご飯を作るのが面倒なときがある。ときが、っていうかわりといつも。
 その日はもう本当に面倒で、コンビニに行くのすら嫌だなあと思うくらい動きたくなかった。
「いるか?」
 同じ下宿のナカノが僕の部屋に入ってくる。
「いるけど、腹減った」
 僕は床の上で死体みたいなだれかたで寝っころがっていた。
「学食行ってメシ食わん?」
 僕は、こんな時間に学食なんかやってたっけか、と思いつつ、んー、と声に出す。
 誰かと一緒ならなんか食べに行く気にもなるか。
「あそこ、今の時間なんか食う物あったっけ」
「なんかあるだろ、定食とか」



 夕方の学食は昼とは違って人が少ない。図書館からあぶれた人がレポートを書いていたり、サークルをサボるみたいにお菓子を広げてだべってる人がいたり。それくらいだった。
 ナカノと僕はトレイを持って定食を取る。思ったよりしょぼいなあ。メインは薄いハンバーグらしきもの、小鉢はひじきかなんか、味噌汁とご飯。ここの学食は他の大学に比べたら食べ物はイマイチだっていう噂だけど、それ、夕方とかそのくらいの時の話なんじゃないだろうか。

 ナカノはどっかから持ってきたジャンプを読みながら食べ始める。
「あ、これ先週のじゃん」
「買ってんの?」
「だいたいここに放置してあるやつですませてる」
 なんだそれ、っていいながら僕も中をのぞく。ジャンプなんて自分で一度も買ったことがないから、今どんな連載をしているかも知らなかった。
「それ、面白いの?」
 ナカノは、そんな僕の言葉になんだ知らないのかという顔をする。
「やっぱお前、マジメさんやから、マンガとか読まんのな」
「そういうわけじゃないけど」
 すこしずつお腹の中に入っていくご飯はそれでも僕のどこかを満たしていくようで、さっきみたいな動くのやだなんていうことはなくなっていた。これでもうちょっとおいしいといいんだけどな。
 もう全部食べきってしまっていたナカノは、ジャンプを手に持って本格的に読みにはいっていた。
「先週のなら読んだんじゃないの?」
「読んだよ。でもこれしかないし」



 夏休みどうすんの?
 ふと思いたって聞いてみた。ナカノは確かずいぶん遠くからきてるはずだ。
「帰んないよ。バイトあるし、面倒くさいし。お前は?」
「帰ってこいってうるさいけどね。なんかいまいち帰る気がしない」
 別になにがあるわけでもなく、バイトもまだはじめていないから帰省してもいいのだけれど、家にいるときのあの妙な気まずさを考えると積極的に帰りたいと思わなかった。自分の家なのにな。
「免許とりに行けばいいじゃん」
「ナカノはもう取ったんだっけか、っていうかバイク乗ってんじゃんね」
 ナカノは入学早々自動車学校に通いはじめて、あっという間にバイクの免許まで取ったようだった。あれ、この前から下宿においてあるバイク見かけないな。
「あのバイク、どうした?」
「事故った。いま修理出してる」
 僕は「マジで?」と叫ぶ。思ったよりも学食に響いて注目を集めた。やばい。
「この前ひっくり返ってさ。カウル大破したから修理。すっげーかかるって言われてさ。」
 そう言って二の腕のケガを見せてくれた。ひどい擦り傷が見るからに痛そうだ。確かにこれじゃ帰省どころじゃないな。

 ごちそうさまをする。子どもの頃からの習慣だ。ガキじゃないんだからと言われるけれどそうするようにできてるんだからほっといてほしいと思う。
 ナカノは一瞬、僕のトレイを見る。つけあわせのキャベツのでかい芯が残っていた。
「終わった?」
「終わったけど」
 ふうん、という顔をしてまたジャンプに戻る。……と思ったら、僕の肩越しに向こうを見た。
「あ、あれ、あそこ」
 ナカノが指を差す。どれ?
 僕はナカノが言うほうを見て、どれがあれなのかを探した。なんもないじゃん。
「どれ?」
 僕がナカノのほうを見ると、口がもぐもぐしていた。
 皿を見ると、さっきあったはずのキャベツの芯がない。食ったの? と聞くのも野暮ったい気がする。というか残してごめんなさい。
「や、なんでもなかった」
 口の中が空っぽになったナカノが本当に何もなかったようにそう言うから、ちょっとおかしくなった。
「なんだよ」
「や、なんでもない」
 僕は笑いをこらえる。ナカノの眉がふい、と上がる。へんなの。



 そろそろ行く? 僕はナカノに聞いた。ナカノは時計をチラ見してケータイを確認する。
「やべ、バイト忘れてた。戻る」
 トレイを返却口に持っていく。たりぃバイトだからサボってもいいかなって思っちゃうんだよなぁ。ナカノがそう言うので、それじゃバイトの意味がないじゃんと笑った。
「あとで来いよ。なんもサービスできないけど」
「なんかビデオでもつけてくれればいいじゃん」
「じゃぁ、ちょーエロいので」
 焦りからかだんだん歩くスピードが速くなるので「えー、なにそれ」っていいながら僕は追いかけた。
 僕もそろそろバイトを始めようかなぁ、と思いながら。

サークル勧誘

「放送研究会でーす。よろしくお願いしまーす」
「よろしくおねがいしまーす! フットサルサークルでーす」
「映研でーす」
 新学期になると二年生はサークル勧誘という役が回ってくる。前の年、自分たちが入学したときにされたような、派手なサークル勧誘を行うのだ。
 俺たちは放送研究会のメンバーで、普段はだらだらだべっているだけで、ときどき思いついたようにボイスドラマとか映像作品を作っている。あとは学祭でディスコとか。
 入学式のあとのオリエンテーションでは一列に並んで、発声練習とボイスドラマ製作のデモを披露した。本当は学祭でやるときみたいにDJプレイとかできればいいんだけど、あまりちゃらいヤツらが来てもたぶんうちのサークルにはなじまないだろうし、準備が大変なわりには派手に見えないという意見もあってやめたのだった。
 次の日はサークル勧誘だけのための集まりがあって、そこでは外にテントを立ててFM放送局を模した公開番組をやった。昔は本当にFMの電波を飛ばしたらしいけど、ある日突然警察が来てつかまったとか、近所から苦情が来たというまことしやかな伝説と、今の時代ニコ生かユーストでしょというもっともな意見があって、ここ何年かはネットラジオ中心になっていた。

 たぶん今が一番地味な勧誘で、学食の出入り口で両側二列に並んでビラを配るということをしている。当番制だけれど一部のヤツはちっとも参加しない。最初に話し合ったことからことごとくずれたことをしているので、押しつけられたように責任者をやっている俺はそろそろ我慢の限界だった。
「放送研究会でーす。よろしくお願いしまーす」
 一年生の両手には廃品回収に出せるくらいの紙の束が乗っけられていた。俺たちもかまうことなく紙を乗せていく。本当にこんなので効果あるのかな。交代で来るはずのやつらが来ない。また昼抜きで午後の講義かよ。
「よろしくお願いしまーす」
 ビラを渡す手が雑になっていくのがわかる。もう誰でもいいからこれ全部もらってってくれないかな。それと俺に飯食わせろよ。

「三年生ですぅ」
「ごめんなさあい。新入生じゃないでーっす」
 若く見られちゃったー、なんていう、ババアみたいなことを言いながら見たことのある顔が通り過ぎていく。もう勧誘される側でないことを自覚していれば、こんな列の間をわざわざ通ることはしないのだけど、たまに「一年生ですか」と言われたいためにここをくぐり抜けていくやつらがいた。
「ごめんなさい。二年生です」
 聞いたことのある声が目の前を通り抜けようとしていた。タナハシだ。
「おい、ちょっと待てよ」
 俺はタナハシの肩をつかみとめた。
「お前、今日、当番じゃねぇのかよ。なんで来ない」
「あたしそんなの聞いてない」
「聞いてないじゃねぇよ。昨日だって確認したし、今朝だってメールしただろ」
 タナハシは「えー、そうだっけ」といいながらケータイを確認する。一瞬しまったという顔をしたように見えたけど、すぐにそんなの知らないという表情に戻った。
「聞いてないよ。違う人なんじゃないの?」
 その言葉を聞いて、俺はキレた。

 別にサークル活動だけやりに来てるわけじゃないし、授業サボってまで準備をしたって得るものよりも失うものの方が大きい。単位とか。今のうちにとっておきたい講義がほかのヤツよりもほんの少しだけ多かった俺はたぶん焦っていたんだと思う。ビラ配りの時間が終わると、ダッシュでサークルボックスに行き、連絡ノートにタナハシに名指しで「今後一切勧誘活動に手を出しませんので、あとはそちらでやってください」とだけ書いて午後の講義に向かった。

 特に今はなにもしてない。週に一回ネットラジオの放送があるけれど、そろそろ番組改編のはずだし希望しなければ枠はなくなるはずだ。ネットラジオを担当していたやつに「ちょっとしばらく休ませて」とメールをした。ここのサークルは来るもの拒まず、去るものは追わずが決まりだ。あとは部長に話をすればなんとかなるだろう。
 短絡的だなと思ったけれど、あいつに対しての常日頃からの不満がここに来て一気に出てきたのだった。
 子どもじゃないんだから無理やりにみんな仲良くする必要はないし、大人のように義理でつきあう必要もなかった。中心になってやっているやつらは別として、ただ誰かと一緒にいたいだけの俺のようなのは、むしろどうでもいい存在だと思われているはずだった。

 次の日から俺は、朝起きて講義に出かけ、学食で昼飯を食い、午後の講義を受け、ダッシュで帰ってアルバイトというルーティンを始めた。余計なことを考えずにすんだから、週一のレポート提出もなんとかなりそうだった。
 週末、バイト前に部長に直接会ってサークルをやめると言ったら、なぜかそれは困ると懇願された。
「今ここで抜けられると困るんだよ。勧誘とかオリエンテーションで仕切るやつがいないって、もうみんなしっちゃかめっちゃかでさ」
「タナハシにやってもらえばいいですよ。最初に決めたことを提案したのは全部彼女ですから。一コも実行してくれないですけど」
 部長はやっぱそれかー、とため息をついた。
「あいつにはみんな困ってるんだよねー。俺、あいつと高校一緒なんだけどさ、昔っからあんな感じでさ。自分が声をかければあとは誰かが全部やってくれるって思ってるんだよ」
 あいつと話してみるかー、という部長の顔は思いきり気が進まなさそうだった。
 申し訳ないですが、と俺は頭を下げる。
「タナハシがどうにかなるまでは二度とここには来ません」



「サカイさー、ペンクラブに来ねぇ?」
 学食で昼飯を食っていると、同じ学科のキノシタがそんなことを言い出してきた。あれ、お前、ペンクラブだっけか。
「そう、なんかちょっと今年いまいちなんだよなぁ。ぜんぜん人が来ない」
「俺もういいよ、なんか疲れた。ぼっちでいい」
「んなこというなよ。ペンクラブは楽だぜ、年に二回の締切りだけ乗り越えればあとは幽霊でもOK!」
 なんだそりゃ。俺は派手に笑った。そんなゆるくていいのかよ。
「この前見せてくれたじゃん、あれ、なんだっけ」
 キノシタはカバンをあさる。ああ、これだこれだと言って俺が渡したコピーをひらひらとさせた。
「『荒野の果てに見える花の名は』これさー、部員にも好評でさ。今度のイベントで出す本にに載せさせてほしいって言うんだよ。ついでに勧誘してこいって部長が。なんならかけ持ちでも」
 こんなところででかい声でタイトル言うなよ。俺は顔が赤くなるのを感じつつキノシタをおとなしくさせようとした。
 本当はボイスドラマにしようと思って書いていた話だった。どうにも今の放送研究会の技術ではクリアできないところがあって(単純に機材が足りないってだけなんだけど)、それでももったいないから形にしてキノシタに見せたのだった。っていうかどういう経緯で見せたんだっけか。まあいいや。
「載せるのはいいけどさ、そんな中途半端なのでいいのか?」
「や、いいっていいって。待て次号! って最後に書いておくからさ。あとでデータでちょうだい」
 俺はひとことも続きを書くと言っていないのに、なんだかよくわからないうちに押し切られてしまった。



 夜中。新入生歓迎ドライブと称して海岸まで来ていた。途中寄ったコンビニには気の早い花火セットがあったので、みんなでやるためにあるだけ買い占めてきた。
 俺はサークルの友達になにも言われないで誘い出されて来ていた。車を降りるとみんながいて「来てくれた」「よかった」っていう声が聞こえたような気がした。それはそうとしてなんで俺、ここにいるんだろう。 もうサークルにはかかわりませんって言ったはずなのに。
 部長がそばまで来て、花火を手渡された。
「よかった来てくれて」
「来てくれてもなにも、ナイトウとかに拉致られただけなんですけど」
 いやいや、と部長は笑う。あのあと、連絡ノートを見たほかの二年生がびっくりして軽い騒ぎになったらしい。どこまで本当かはわからない。そんなに必要とされているわけでもないだろうに。
「二年の女子がさ、騒いだんだよ。ただでさえアクティブな男子が少ないのにサカイに抜けられたら今年の行事がなにもできなくなるって。あ、もちろん、雑用としてこき使おうとかそんなんじゃなくてさ」
 こき使われちゃたまんないですよ、と俺はつぶやく。波打ち際近くでは花火はどんどん火をつけられ、もうもうと煙が上がっていた。ナイトウが馬鹿みたいに手をぐるぐる回して走り回っている。小学生かよ。
「今日さ、これ言い出したのタナハシなんだよね。結局あいつ自宅生で親が厳しいから出てこられなかったけど、場所と車と人数集めは全部やってさ。サカイも呼べっていったのもタナハシ」
 え? 俺は部長の顔を見た。
「やればできるんだよ、あいつ。普段サカイが全部やるからすげー苦労してた。みんな怒ってるから誰も手伝わないし」
 部長は笑っている。のんきなもんだな。せっかくだから花火やってこうよ、もう終わるぜ、と言われてひっぱられた。俺は輪の中に入る。
 みんな俺が来たことをなぜか喜んでいた。いらないっていうのに五本も花火を渡された。
 その様子を見たことのない女子がじっと見ていた。誰だこいつ。
「サカイさん、ですよね」
「そうだけど」
 俺はちょっとぶっきらぼうに返事をしてしまった。一年生なら大事に扱わないといけないのに。
「あたし、ペンクラブにも顔を出したんです、昨日。で、キシタさん? キノシタさん? に見せてもらった話を読んだんです。すごいよかったです。えーと、」
 その子は俺の顔をじっと見て思い出そうとしていた。いや、そんなに見てもなにも書いてないって。
「もしかして、『荒野の果てに見える花の名は』のこと?」
 その子の顔がぱあっと明るくなったように見えた。
「そうですそうです、それ。サカイさんはなんでここにいらっしゃるんですか?」
 会話を聞いていたやつらが口々に「彼は放送研究会のエースです」「敏腕脚本家!」「あと、みんなのお兄さんだな」なんて勝手なことを言い出した。それどれも当てはまってないじゃん。俺は背中がかゆくなるのがわかった。
「まぁ、あいつらの言うことは信じなくていいけど、ここはいいところだと思うよ。寂しかったらいつでも遊んでもらえるし」
 俺は知らない間に勧誘を再開しているようだった。みんなそれを聞いてじゃぁ、復帰記念でと言って盛り上がった。火のつけられた六本の花火は派手に吹き上がり、俺はせっかくの雰囲気を壊したくなくてわざと馬鹿みたいに振りまわした。



「放送研究会でーす。よろしくお願いしまーす」
「新入生でなくても歓迎でーす!」
「今日、夕方から学生会館前でライブやりまーす! 見にきてくださあい」
 俺は午後の講義に間に合うようにダッシュで飯を食って学食を出る。資料のコピーは機械が占領されているから教授にお願いすればいいや。建物の外は相変わらずビラ配りの人があふれていた。
「よろしくお願いしまーす」
「ごめんなさい、二年なんで」
「二年でもいいですよ!」
 そんなやりとりもいいかげん見慣れたものになっていた。
「放送研究会です。よろしくお願いします」
「あ、俺、二年」
 今まで渡されたこともないのに無理やり手にビラをつっこまれる。手渡したほうを見る。タナハシだ。
「んだよ、ちゃんと見て配れよ」
「放送研究会のタナハシです。今日は夕方からオリエンテーションがあります。これからもよろしくお願いします」
 ぶすくれた顔でやたらていねいに挨拶された。今日は俺は夕方オリエンテーションの当番だったはずだ。
場所どこだっけ、ともらったチラシを見た。裏側にタナハシの字で「このまえはごめんなさい」と書いてあった。素直じゃないヤツだ。

 入学式からもう何週間も経っていた。そろそろビラ配りの人数も減るころだろう。今年は何人入ってきてくれるんだろう。とりあえず新歓コンパの準備だよな。ケータイに登録した予定を確認して俺は講義のある教室に向かった。

学食

2014年2月12日 発行 初版

著  者:添嶋 譲
発  行:空想少年はテキストデータの夢を見るか?

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添嶋 譲

文芸同人「空想少年はテキストデータの夢を見るか?」所属。詩と小説を行き来する週末物書き。文学フリマ等の文芸イベントやWEBサイトにて活動。普段は会社でPCのサポートやったり、家でたまにごはん作ったり。

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