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誕生から80年の豚丼。
豚丼を生み、生涯80年にわたり
貫いた元祖店・創業者の思い
豚丼と共に生まれ育ち、
80歳を迎える長女・幸子さんの願い
帯広「ぱんちょう」から生まれた豚丼は、今年で80年。今や海外からのリピーターを呼ぶほど、ファン層が広がりました。2012年8月6日には「とかちぶた祭り」(実行委員会主催)公募から、シンボルキャラクター「ぶたどんまん」が誕生。豚丼の縁をつなぐゆるキャラが、元祖店にスポットを当てて紹介します。
豚丼の生みの親は、「ぱんちょう」創業者の阿部秀司さん(1906~86年)。東京で料理人としての技能を身に付け、33年(昭和8年)1月10日、帯広駅前で構えた店が「ぱんちょう」です。「都会的モダンを知るコックさん」と敬われた阿部さんは、都会で話題の洋食を中心にメニューを展開。さらに「養豚業が盛んなこの土地ならではのごちそうを」と創作したのが豚丼です。当時の上流社会で人気を博した「うな丼」からヒントを得たと伝えられていますが、生みの苦労は試行錯誤で大変だったようです。同年7月13日、家業を継ぐ長女・幸子さんが生まれました。
作り方を人に明かさなかった阿部さんでしたが、食べた人たちからうわさが広がりました。阿部さんは豚丼の定義のようなものを公表しなかったため、各店で作り方や味わいが異なる豚丼が次々と誕生。十勝の町村部では「帯広に行ったら豚丼を食べてみて」と注目を集めるようになり、次第に「帯広の名物」として定着していきました。
ぱんちょう創業者・阿部秀司さんと妻のうめさん(1960年ごろ撮影)です。当時、メニューの価格順は上から「梅、竹、松」と続く。幸子さんによると「とても家族思いで子供好き。子連れのお客さまも喜んで迎えていました」とのこと。同業者からも慕われていたという阿部さんご夫妻。温厚な人柄が伝わってきます。
「帯広市内の各飲食店でも品書き札に豚丼が並ぶようになったのは、父が亡くなったころからですね」と、創業と同じく年を重ねる長女の幸子さん。今年でちょうど80歳を迎え、笑顔で接客に応じています。「ずっと家族経営みたいなものだったから、子供のころから店に出ていました。太平洋戦争中は外来語が使えない理由から、屋号『ぱんちょう』を別名にして営業していたことも」と懐かしみながら、店の歴史を振り返ります。
幸子さんは「父は『宣伝はしなくていい。店で食べた人が感想を広げてくれるのが一番で、お金に変えられない真実が伝わる』と、80歳の生涯を閉じるまで貫いていました」と創業者の思いを継承し、親族と共に元祖店ののれんを守ります。
「せっかく来てくれるお客さまのためにも、期待に応えていきます」と幸子さん(写真中央)。創業時からお客さまを迎える服装は「モダンで清楚(せいそ)」が条件。「ホール係は上半身白地、白レースのエプロンと紺色スカート着用。おもてなしの心で」と阿部砂織さん(写真左)。ホール担当の名久井亜衣さん(写真右)。
「この場所で、同じ味、同じもてなしで迎えることが大切」と、幸子さんも創業時からの接客スタイルを通します。ここ数年で海外からの来店客も目立つようになった「ぱんちょう」。「元祖の味を知って、他店の豚丼も楽しんでいただきたい。この先も広く愛される豚丼でありますように」と、「ぱんちょう」と幸子さんは願っています。
豚丼の代名詞とも言える店名の「ぱんちょう」は、中国語の「飯亭」に由来。豚丼を提供する器はたくさんの「唐子」が並ぶ絵柄で、創業時から定番として使う特注の焼き物です。唐(中国)の子供を描いた文様の伝統絵柄は、その人数によっても大衆品、献上品の用途で区別されたとの由来があります。
この本の内容は2013年6月15日発行『まんぷく十勝2013-2014』掲載時のものです。
2014年4月1日 発行 初版
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