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Part3では、霊性教育についても考えます。
世界一と言われた日本の教育がこんなに荒れてしまったのはなぜなんでしょうか。このような嘆かわしい日本の現状を見て誰もが頭を抱えています。
一体どこが狂ってこんなふうになってしまったんでしょうか。
それは、例の、陰でいろいろ悪さを企んでいる連中が、戦後の日本の教育制度だけではなく色々な面で日本人を自分たちの奴隷とするために画策しているのです。
実は日本は独立国という名だけの植民地なのだからです。
日本人がいくら頑張っても豊かにならないのは、日本が米国政府財政を支えているからとそろそろ気付くべきです。
日本人の国富が一方的に米国に吸い上げられる構造を“新帝国循環”と言いますが、この悲惨な構造を日本政府も日本のマスコミもまったく国民に知らせません。
人々は、情報という目に見えない檻の中で、飼い主たちに生き血を抜かれ、死ぬまで奴隷のように働かされています。
こんなに勤勉で実直で正直で優しい国民は世界でどこにいるんでしょうか。
実は、戦後、戦争を通じて日本の底力に驚いた陰の支配者たちは教育を通じて日本人を間抜けな羊にしようとしたのです。日本人を大学を卒業しても十三歳の知能レベルにするとはっきり宣言しています。
詰め込み教育主義で、生徒に何がどうなっていて、どうしてか?なぜか?どうなるのか?というような事を一切考えさせない教育を意図的にしています。
それに、日本が昔から持って来た家族を大事にし、近所付き合いを大切にし、仲間、先輩を尊敬して、個配の面倒を見る、目上の人を尊敬するなどの道徳心は、裏社会の支配者が信じている事と正反対のことなのです。
教育の真の目的は、生徒一人ひとりが素晴らしい人格を作ることです。
人生の目的は何か。人として生きる上で一番大切な事は何か。また経済でも金儲けは何の為にするのか。儲けた金を何のために使うのか。そういうことも人格形成教育やシュタイナー教育を紹介して考えて行きたいと思っています。
人は、偉大な人になるより、良い人になった方が良いのです。
また、認知症介護の話やアボリジニを通じて八百万の神の大切さ、そして、もちろんサイババさんの話や霊性の話、神様を愛することの重要性の話など盛りだくさんです。
そういう事を、霊的な視点から考えていきたいと思っています。
それでは、楽しんで下さいね。
ポニョ:五人のお子さんもいて、教育はどうしてたん。
ヨシオ:前世での、断片的な記憶から自分は先生をしていたということは知っていたので、昔から先生という職業にとても自分は向いているとは思っていたよ。
だから、大学を卒業して大学院に進んでも、将来は先生とか教職、教授になろうと決めていたんや。
ポニョ:それが、一転してビジネスマン。えらい違いやんか。
ヨシオ:偶然でなってしまってね。あんたもブログに書いてくれていたけれど、たまたま塾教師になるための試験会場にアメリカのポスターが貼ってあって、そこにコインランドリーがあったんや。
その頃、まだ日本には無くて、最初の店をオープンした時、お客さんは汚れ物を乾燥機の中に放り込んで洗剤を入れるもんやから大変やったで。
母が、一日中付きっ切りやったね。
それでも、まだ大学院には通っていて、教育のことは自分でとても興味があったし、自分の霊的な体験からシュタイナー教育が一番やと思ってたんや。
ポニョ:子供の学校はシュタイナーにしたいなー。か?(笑)
ヨシオ:その通り。それで学校を探したんやけれど、日本にはまだ無かったんや。
関西大の幼稚園が実験的にやっているということを聞いていたけれど、まだまだ日本では難しいと諦めていたんや。
ポニョ:今では、日本ではもう知らん人もいないぐらいシュタイナー教育が有名になっているけれど、一体どこに惹かれたんや。
ヨシオ:さっきも言ったけれど、霊的なことがよく分かった人、もちろん創始者のシュタイナー自身やけど、が創り上げた教育システムというのを自分自身の体験から知っていたからや。
具体的に言うと、人の身体には、肉体とそのすぐ内側に霊体があり、その中核にアートマがあるんやけれど、その霊体も人が摂る食物から出来ていて人の身体が死ぬと、やがてそれぞれのレベルの霊体も、時間をかけて宇宙に充満してるエーテルに溶け込んでいくんや。
それで、肉体は人が摂った食べ物の一番波動の粗い部分を採り入れて肉体を保持するんやけれど、霊体はそれよりももっと波動が細かい部分を栄養として取り入れるんや。
だから、テレビを見ながら食事したりすると、その時に見ていた暴力シーンとか性的なシーンが霊的な身体に食べ物と一緒になって霊体に取り入れられてしまうんや。
というのも、想念のレベルと、食物の霊体の波動のレベルは同じやから。
今の教育は、肉体である身体だけを重視して、霊体を全く無視しているところに問題があるとずっと思っていたところ、シュタイナーに巡り合ったんや。
ポニョ:ほんまに、今の教育は肉体だけやもんな。霊体が、肉体にどんな働きをするのか。霊体を傷つける行為は何か。逆に、霊体にとって良い事とは何か。そういうことに対して全く考慮してないもんな。
ヨシオ:それが、今の教育だけではなくて、世界中のあらゆる問題を引き起こしとるねん。
物質至上主義、金が全て、名誉や地位、権威や権力というものへ価値を置きすぎてる。
逆に、その人が、どれくらい同情心を持っているか。
どれくらいの道徳心を持っているか。
どれくらい愛を人と分かち合えるか。
どれくらい自己犠牲の精神を持っているか。
神様を愛する心を持ち合わせているか。
そういった、人としての価値を高める教育は、人としてのこの社会で生きて行く上で一番大切なことなのに、無視され続けている。
これが、この世界が大きく混乱している一つの大きな原因なんや。
シュタイナー教育は、今言ったような人間の価値を高める教育については余り言及しないけれど、しかし価値を高めるためのベースになる人の霊体をどのように豊かに育んで行くかを身に付けさせてくれるんや。
ポニョ:それって、とても良さそうじゃんか。
ヨシオ:そう。自分もいろいろと当たったけれど、これほど霊的な身体に焦点を当てた教育制度を見たことも聞いたこともなかったので、当初はとても驚いたよ。
シュタイナー自身がとても霊的な人でオーラが見ることが出来、新入生一人ひとりのオーラを見てから担任の教師に、その一人ひとりの生徒の性格や嗜好、気質などをアドバイスしていたようだね。
だから今も、子供が最初に入学した時に、滲み絵というのをやるんだけれどそれは、水に浸した画用紙の上から、水彩絵の具でなんでも子供が好きなように絵を描いて行くんだけれど、絵が滲んでしまうので普通のお絵描きの絵のようにならない。
他人が見ると、抽象画のように見えるけれど子供に何を描いているか分かっているんや。
訓練されたシュタイナー学校の教師は、その子がどんな色を好みどんな絵を描くかを見て、その子のオーラの色を判断できるんだよ。
ポニョ:それはすごい。
ヨシオ:それに子供の発達によって、子供に対して色の与える影響というものを無視できないんだ
だから、学年が上がるに連れて教室の壁や天井の色を変えなくてはいけないこともあるんや。
綺麗に塗られてある塗料の上から、また違ういろを塗り直させられたこともあって、無駄だなぁと思ったけれど、それって大事な事なんだよ。
ポニョ:パースに引っ越してすぐにシュタイナーに入れたの。
ヨシオ:いや、パースにもまだ無かったんだ。保育園は、アボリジニの職業訓練校の敷地の中にあっただけだった。
次の年に、幼稚園がスタートしたのですぐに長男を入れたよ。
ポニョ:どうだった。子供の反応は。
ヨシオ:それまで、公立の幼稚園に行ってたんだけれど言葉に着いていけなかったので、落ちこぼれのようになっていて、先生も面倒見きれないというような雰囲気があって、どちらも可哀想だったんだけれど、シュタイナーに移ってからはすぐに友達も出来、言葉の問題も解決したよ。
とても良い先生に当たって幸運だった。
シュタイナー教育は、一年生から八年生まで同じ担任の先生が見るねん。
だから、先生の良し悪しが子供に大きく影響するんや。
それに、途中であまり良くない先生だと分かっても、制度上とてもその先生をやめてもらうのはよっぽどでないと難しいねん。
うちの場合は、四人とも同じ学校行ってたから、一人の先生を除いて全て良い先生やった。
そこは、小学部だけしか無かったので、長男だけ中高部のある別の学校へ移ったけれど、そこはドイツ系移民が多く住む街でアデレードの近くにあり、八十年も歴史のある大きなシュタイナー学校で、卒業生も多くてみんな社会のいろいろな場で活躍している。
そこの高等部を卒業すれば、どの大学にもシュタイナー学校からの推薦があれば、受験勉強をしなくても入学出来るようになっていたんや。
ポニョ:すごいな。日本の受験生聞いたら泡吹くで。でも、それだけ社会から認められているということや。
ヨシオ:そうやな。大学側も、シュタイナー卒業生は、大学入学後もとても良い成績を取ってるから信頼してるねん。
だから、その大きなシュタイナー学校に子供を入れたい両親はたくさんいて、お腹の中に赤ちゃんがいる時から、名前を決めて申し込むんや。
ポニョ:女か男か分からん場合はどうするねん。
ヨシオ:あとで名前を変えるか、男でも女でも付けれる名前って結構あるからその名前を選ぶか。両親も苦労しとるわ。
逆に、そうしないと定員がすぐにいっぱいになって入れないぐらい人気があるんやで。
ポニョ:そんだけ人気があるんやな。
ヨシオ:学校の方も、それだけ人気があるので両親が子供が入学後、しっかりシュタイナー教育を理解してサポート出来るかどうかチェックして新入生を選ぶことが出来るねん。
つまり、子供を入れるだけ入れてあとは、学校任せみたいな親っておるやろ。
だから学校の方針にそぐわない家庭かどうか先生が家庭訪問するんやで。
でないと、きちんと学校の方針を守っている家庭から来ている子供に 、悪い影響を与えるやんか。
ポニョ:へー。それで何をチェックするのん。
ヨシオ:まず、テレビにコンピューターゲームや。学校から帰って来た子供に、テレビのスイッチをつける親は失格や。
ポニョ:なに〜。テレビ見たらあかんのけ。
ヨシオ:そうや。うちもテレビは倉庫に放り込んだ。
家にテレビが無くなったんや。最高やろ。
ポニョ:ほんなら、ニュースとか見られへんやんか。
ヨシオ:あんたもいつも言うてるやんか。マスコミはマスゴミやって。
ニュースや映画は人を洗脳する道具やろ。
ポニョ:その通りやけど。たまには、スポーツも見たいやんか。
ヨシオ:子供をきちんと育てようと思ったら、両親も犠牲払わなあかんねん。
子供が真っ直ぐに育つんやったら、それぐらいの犠牲は、犠牲って言えないよ。
どの家にもテレビがあります。
テレビは、金持ちの家には、各部屋に置かれています。
テレビが出現してから、人の心は汚染されました。
テレビの無かったころには心はそれほどは汚染されてはいませんでした。
暴力行為も、以前にはそれほど多くはありませんでした。
今日テレビはどの部屋にも置いてあります。
人々は食事を取りながらテレビを見ます。
その結果、テレビに映る下劣なことも(霊的身体にも取り入れて)消化します。
テレビに集中することは、見る者の世界観に影響を及ぼします。
テレビの見せる、感覚、思い、行為は見る人の心をいっぱいにします。
知らず知らずのうちに苛立ちと悪い思いが人々の心に入ります。
やがてそれらは心に根を張るでしょう。
それゆえ、食事をしながら恐ろしい事件を話題にすべきではありません。
心を興奮させる話題を食卓にのぼらしてはいけません。
食事をしている間は静粛にしなさい。
音響さえ心に侵入して影響を及ぼします。食事の時はテレビを見てはいけません。
それは蜂蜜を塗った刃。蜂蜜をなめるなら、刃は舌を切ります。
バラタ(インド)のみではありません。全世界がテレビの悪影響に犯されています。
世界には無秩序、不和、欲求不満が溢れています。テレビを見ることを完全に止めなさい。
ことに食事中であれば尚のこと、仕事中であれば仕事に集中しなさい。15/1/1996
ヨシオ:コンピューターゲームはもちろん映画も見せたらあかんねん。
ポニョ:それって、徹底しとるな。
ヨシオ:例外なしやで。特にディXXーの映画は問題がいっぱいあるから見せたらあかんって父兄会でも言うてたよ。
ポニョ:そうや。前にも言うたように、ディXXーは、あっちの人やからピノXオをはじめ、アニメの中に何にも知らんと見てたら普通の映画と思うけど、見る人を無意識に洗脳するいろんな悪いイメージが隠されてるねんで。
本当はディXXーのマンガ映画は、とても危険なアニメやねんで。
ヨシオ:ウソついたり、悪いこと考えたら鼻が伸びることやろ。ちょっと卑猥やもんなそれって。
ポニョ:あのな、なに考えてんねん。そんな事いつも思ってるから子供が五人も出来るんや。
おいらが言うてるのは、ディXXーの映画は、人の頭に無意識にいっぱい悪魔のシンボルや性的描写を幼い頭に埋め込み、家庭を捨て顧みない、両親から早く自立して独立するなどの、古き良き時代の家族主義を破壊しようとするメッセージを植え付けるようになってる映画やなんで。
それを、世界的な規模で子供達を洗脳してるんや。
家族を大事にしたり、みんなで協力して助け合って行く事など、奴らが大嫌いな事なんじゃ。
だから、奴らにとっては、仲間意識を高めたり、両親を大事にしたり、両親の言うことを聞いたり、兄弟愛、目上の人を尊敬したり、逆に後輩を大事にするなどを描いた《ナルト》のようなアニメは大嫌いなんや。
逆にディXXーが、宮崎アニメの上映権を買い取ったあと公開されて、ディXXーが大々的に世界中で上映した、《千と千尋》は、両親は自分のことを分かってくれない。両親は豚になる。など彼らが最も好むストーリーが入ってるんだぜ。
家族主義を破壊し、社会のモラルを低下させた方が人をコントロールしやすいからな。
それに、ディXXーランドは、全面的に禁酒やけど会員だけは酒飲めるXXブ3さんという名の秘密のレストランも中にあるねんで。
ヨシオ:酒飲みの友達に教えたろ。それはどこにあるんや。
ポニョ:ワールドバザールの近くや。年間会費何百万円や。でもなんぼ金積んでも、会員紹介でしか入れないねんで。中の写真も撮ったらあかんねんで。
ヨシオ:裏で色々仕切っとるお仲間だけのクラブやという訳か。
ポニョ:アメリカではそうやろな。日本では、ほとんどが法人会員らしいけどな。
ヨシオ:法人が隠れ蓑って事か。
ポニョ:因みにその3さんという数字は、ウオルトディXXーが属しているフリーメXソンの階級の数や。
公けには、ロスのディXXーランドの中にあるXXブ3さんは、ディXXーランドの中の住所で3さん番地やから。という説明がされているけど、ほんなら、誰がその番地を決めてん。
あんたでしょう。自分のディXXーランドやから好き放題できるやんか。
そしてそのウオルトは、フリーメXソンの階級の3さん番目にいたと言われているねん。
ヨシオ:一番目が一番か、3さん番目が一番かどっちやねん。
ポニョ:ビリケツのナンバーを屋号に持ってくるわけないやろ。
ヨシオ:そうかな。俺やったらするで。だってビリケツナンバーでもええやんか。
ポニョ:あんただけやそんなん言うのん。虚栄心持ってるもんはみんな上の階級になりたいねん。上の階級のもんは見せびらかしたいし。
ヨシオ:そんなもんかの。おもろい。
ポニョ:別におもろないわ。
また、アメリカでは、子供たちがディXXーランドで行方不明になってアッXXビルという、奴らが警察も裁判所もコントロールしている町で、悪魔の儀式の餌食になってんねんで。
現場で被害者の子供が持ってたディXXーランドのお土産用の袋も発見されてるわ。
東京ディズニXXーランドは地層の関係で三本のトンネルしかないけど、ロスのディXXーランドの地下は迷路のように地下道が張り巡らしてあるからな。
ヨシオ:本当は、怖いとこなんや。知らんかったわ。気いつけるわ。子どもにディXXーランドの地下へは間違うても行ったらあかん、てよく言う聞かしとくわ。ありがとう。教えてくれて。
ポニョ:あのー。誰かに誘拐されないと地下道に行かれへんねん。従業員用の通路やから。あんたさっきから何聞いてるねん。
まあ、おいらが言うてる誘拐された話はアメリカのディXXーランドの話や日本と違うねんけどな
このブログの品が落ちるのでこれ以上、奴らの事を言うのんやめとくわ。
たとえこの映画は教育的で、感動を与えると宣伝されていても見るべきではありません。
製作者は、儲けを得たいという欲から、下品で堕落したシーンをわざと入れ、人生経験の無い、初心な心を喜ばせます。
悪徳のウイルスをあなたの頭に入り込ませてはいけません。
もしそれを許せば、あなたは野獣より低いレベルに落ちていくでしょう。p,210SaiVandana
ポニョ:それで、テレビの無い家庭で育った子供ってどんな子ができるねんやろうな。
ヨシオ:まず最初に、家に帰って来ると本を読む。絵を描く。何かを造りはじめる。親の仕事を手伝う。
刺繍をする。服を作り始める。近くに、海岸や雑木林があれば一日中帰ってこない。
友達の家を訪問しあって、いろんな服を着て遊ぶ。何でも音を出せるものがあれば、音を出して遊ぶ。もちろん楽器を鳴らして遊ぶ。
とにかく、テレビが無いので学校から帰ってきてもたくさんの時間を、自分のやりたい事に費やせることが出来るねん。
それに、テストや宿題も無いので、学校が楽しくて仕方がない。
休みの日も学校へ行きたがる。
学校では、同じ教科を何ヶ月間も続けて毎日するので、とても集中できる。自信ができる。
どんなに、重要な事を教わっているところでもベルが鳴れば、ハイおしまい。
と、強制的に先生も生徒も授業を終わらなければいけないのではなく、生徒の一人ひとりの個性と気持ちを大事にした教育ができる。
その結果、自分に自信が出来て、社会に出ても潰しが効く人間になれる。
例えば、商工会議所の会頭をしていても、ある日突然、タイル張りの職人に成った人を知っているし、銀行員だったのに船乗りになった人もいる。
自分の娘も、とにかく普通の学校に通っていた子供に比べて読むスピードが桁違いに早く、読解力も優れているので、ナロジンに戻って普通の学校に入っても飛び級を繰り返し、大学を人より二年早く卒業して、二十一歳という若さでオーストラリアで一番若い弁護士となったんや。
でも、二年間働いた後、ある日「弁護士業はあまり面白くないので辞めた。」と言って帰って来て、絵を本格的に描くといって職業訓練学校に通い、サイババさんの子供の頃の話を絵本にして出版し、インドのサイババ アシュラムのブック トラストからも売りに出されたんだ。
その後、小説家になりたいと言っておばあちゃんの人生を本にしたところ、新人女流大賞、ノンフィクション大賞などを受賞した後、また弁護士に戻りあちこち飛び回っている。
こんな風に、形にとらわれない生き方が出来るのがシュタイナー卒業生の特徴やね。
何かの、レールの上に乗って死ぬまでそこの会社のために働くのんとは、正反対の人生が待っているんや。
逆に言えば、自分の働いている会社が、首になっても、倒産しても、新しい事にすぐ挑戦して、そこに落ち着けるんや。
会社が首になったり、経営していた事業が倒産したりして自殺する、なんて考えられないような子が出来る。
息子の同級生は、ブルームという街が気に入ってそこで観光ビジネスを始めたんや。
今では、大当たりで観光客に大受けでマネをした同業者も増えてるねん。
ポニョ:分かった。人力車を引っ張るんやろ。日本の観光地でもやってるで。
ヨシオ:あのな、オーストラリアに人力車は無いねん。
ポニョ:そうか。それやったら…、カンガルーのぬいぐるみを着て、お腹のカンガルーの赤ちゃんを入れるところに観光客を入れて、ピョンピョン跳ねてあちこち案内するや。
当たりやろ。おいら、シュタイナー学校に行かなくてもそんな発想できるねん。
ヨシオ:あんたは、自分の鯉の池で、カエルをお腹に乗せてピョンピョン跳ねとき。
カンガルーよりその方が、あんたに向いてるわ。
ポニョ:向いてへんわ。ほんなら、何やねん。言うてみ。
ヨシオ:ブルームというところは、砂浜が広くて車でも行けるところやねん。
それに、月の階段と言うて、面白い自然現象が夜の海岸で見れるんや。
そこを、ラクダの行列を組んで海岸を散歩するんや。めちゃロマンチックやで。
ポニョ:おいらが言うたカンガルーの案とちょっと違うなぁー。
ヨシオ:そうやな、ほんのちょっとだけな。
シュタイナーの学生は、カメラで言うたら、努力しなくてもいい写真が撮れる全自動カメラには興味が無くて、自分の努力次第でいい写真が撮れるマニュアルの旧式のカメラが欲しい子供が出来るんや。
ポニョ:おいらそんな学校好きになって来たぜ。入学して見たいぜよ。
ヨシオ:サイババさんもオーストラリアグループがインタビューに呼ばれた時、既存の教育システムの中では、シュタイナー教育がベストだ。と言うてはるで。
でもちょっとあんた、年取り過ぎやと思うで。あんたが他の生徒に混じって校舎の中ウロウロしてたら警察呼ばれるかもしれんな。
ポニョ:大丈夫や。ディXXーランドのTーシャツ着ていけへんから。
ヨシオ:それやったら、合格!いらっしゃい。ようこそシュタイナースクールへ!
人々は霊的でない分野での高等教育を推し進めています。
しかし、それだけでは十分ではありません。
真実・正しい行い・平安・愛・非暴力といった人間的価値を教える霊性教育もまた進めなくてはなりません。
それによってハートの変容がもたらされるのです。

ポニョ:コンピューターとかは与えてもいいのかい。
ヨシオ:コンピューターも小さい時に与えてしまうと、どのようにして、どういう原理で、どういう仕組みで作動するか分かっていないのに使うと、コンピューターの使い方が分かる子が出来るけれど、コンピューターの奴隷になってしまう。
コンピューターも、その仕組みが分かる年代になるまで、うちは使わさなかったね。
逆に、何か新しいものを与えると、何でも分解してしまい、元通りに組み立てられない時は親としては大変だった。
ポニョ:そら金かかるで。おもちゃやないんやから。
ヨシオ:授業もとてもユニークで、例えば化学の時間だと、いろんな石を集めてきて一つひとつをガスバーナーで溶けるまで焼いて、それがどんな色に変化するとか、溶けたときの匂いの違いとか、溶けたものを混ぜるとどうなるとか、まるで中世の錬金術師のような事を一日中やって、家に帰ってきても目を輝かせて、その授業の事を話してくれるんや。
ポニョ:ほんまに錬金術師やなそれって。金造る授業ってないのか。
ヨシオ:あんたが講師になってやったらええやろ。
また教科書も無く、自分で大きなノートブックを作って毎日習ったことを、色んな絵を混じえて書いていくので、今ではそれはすごい大事なシュタイナー学校の想い出になっている。
シュタイナー教育から得た一番の収穫は、何と言ってもテレビや映画を見せない事で、想像力イメージ創りの力が養えるということやった。と思う。
この世界は、心によって創り出されたイメージです。SSSVol1chp9
うちの子は、小さい時から瞑想をさせてるんやけれど、神様のイメージを瞑想中に自分の中で創ることが普通に出来るようになるようや。
しかも、そのイメージを長い間保てるし、やがてその自分の創った神のイメージと話したり遊んだり出来るようになる。
想像力を養えば、瞑想にとても役に立つんや。
ポニョ:それは、すごいな。
神の御姿を完全に心の中でイメージしてそこに心をそそぎ込むようにすべきです。
神の御姿が、外界に見られる時、それは条件付き二元論です。
心の中で見れる時、それは条件付き一元論です。
神の御姿が、アートマに吸収された時、それは不二一元論となります。
外界で見れる神の御姿は、まず第一に心に吸収されて、次に魂に吸収されなければなりません。
自分で選んだ神のイメージに集中して他に心を揺らすべきではありません。
心を御姿の型に流し込むことによって心が神の御姿になるのです。
CWSSB
ヨシオ:何をやるにも、自分の中で想像力を膨らますことが出来るので、複雑な仕事でも自分の頭の中では想像力を働かせて、もうやりのけてしまっているから、実際の仕事をするに当たってもプレッシャーは軽減される。
シュタイナー教育では、直感力とか想像力をまかなっている右脳が良い具合に発達するみたいやね。
例えば、バイオリンとかチェロ、フルートを鳴らすと右脳が反応するねん。
シュタイナー教育では、これらの楽器を音楽の時間に習うんや。
ポニョ:そういえば、日本語は左脳をよく使うらしいから、ちょうどバランスがとれて良いかもしれんな。
ヨシオ:あんたの脳はシーソーみたいやなぁ。また先生も、その子の良いところをいつも見てくれるので、子供達もいつもポジティブでハッピーな子供ができるねん。
また、バイオダイナミックというシュタイナー自身が考え出した、天体や地球の動きが植物に与える影響を考慮した有機農法で作られた野菜を食べるように生徒や保護者にも勧めているので、自分達のような、菜食主義者にはピッタリだね。
いつも、新鮮な野菜を学校に近くの農家の人が届けてくれるんだ。
シュタイナーの教え自体がサイババの言われている事と本質的には、ほとんど変わらないので子供達を安心して学校に送り出す事が出来たんだ。
それに愛情を豊かに注げる先生が多くてとても良いよ。
特に、朝一番に教室に入る前に、一人ひとりの生徒の顔を思い浮かべて、その子たちの良いところを思い浮かべてから教室に入るねん。
ポニョ:そらええわ。おいらの担任は、いつも寝起きが悪くて、おいら朝イチにいつも怒鳴られてた悪い思い出があるな。
ヨシオ:もちろん、いろいろな生徒がいるので問題も起こる。
特に、定員割れのクラスでは、運営の都合上、いろんな子供が、入って来るので前の学校でコンピューターゲームをしていた子や、テレビや映画ばかりを見ていた子がクラスに入って来ると先生も大変だけれど、子供達も影響を受けるのは否定できない。
子供の絵を見たら、誰が編入生かすぐ分かるで。全然違うもんな。
また、男女共学でいつも兄弟のように仲が良い分、ませガキ同士がすぐに結びついてしまう。
こちらは、初体験年齢がとても低いのでませガキだらけになってしまう。
両親もそれを普通に受け取るし、学校も別に干渉しない。
一時期、ヒッピーみたいなインドのあるグルの弟子たちが、たくさん子供をスクールに入れてきた時期があって、どこを見てもそのグループに属してる親たちばかりになったんや。
ポニョ:またあの例の、ブルーに塗ったジャンボ機やベンツを持っているグルか?
ヨシオ:違う。そっちの方がマシや。来たのは、ロールスロイスの高級車を五十台も持っているオレンジ色をシンボルカラーにしているグルや。
ポニョ:ちょっと、ちょっと、それって多過ぎやんか。一台でええから分けてくれまっか。
ヨシオ:話は戻るけど、それで、親がそんな親やし、その子供も子供や。分かるやろ。だから、違うシュタイナー学校に転校したんや。そういう問題もあったな。
また、個人個人の子供の意思を尊重するので、大変自立した自由な魂の子供が出来るが、逆に自分の意思に反したことであっても、社会的な義務、子供としての義務だからしなさい。と言っても、やらないし、やりたがらない。という傾向に陥りやすい。
シュタイナー教育は、子供を自由に何でもさす教育ではなくて、魂の自由を目指す教育なんだけれど、それを取り違えて子供を放任さす親が多い。
教育の究極の目的は、社会に有用な優れた人格を持った人材を育てることだから、モラルや自己犠牲、自制心、規律も、もっと子供達に教えるといいんじゃないかと思う。
ところが、学校側はしっかりとそういうことを教えるが、親の方がシュタイナー教育の理念を理解していないために子供が影響を受けるんや。
先ほども述べたようなモラルのない人々がいると、学校側としても大変や。
子供を、シュタイナー教育に入れる場合、必ず親はこのような功罪をよく理解して入れる
必要がある。
今日の人間社会には利己主義がはびこっています。至る所に虚栄が見られます。
そのような環境の中で平和と安全が保障され得るでしょうか?
そのような状態の中で神の恩寵が流れることができるでしょうか? いいえ、できません。
学識や富がどれほどのものであろうとも、アハンカーラ(利己主義)がある限り神の恩寵が流れることはありません。
恩寵は水のように、高いレベルから低いレベルへと流れます。
神の恩寵は謙虚さと規律を備えた人に注がれます。
神の恩寵を確実なものとするためには謙虚さが不可欠です。
年長者を敬いなさい。自分の持っているものに満足しなさい。
すべての人に対する好意を育てなさい。だれに対しても悪い感情を抱いてはなりません。
誰からも愛されたいと願うのであれば、誰をも等しく愛するべきです。23/11/94
もちろん、東洋人には受け入れ易いカルマの法則や輪廻転生などを教えるし、神を信じることも大事だと教える。でも、社会や家庭において自分のやらねばならぬことを、嫌でもせねばならない事もある。そういう義務を嫌だと思わずに、積極的にやらなくてはならない。そういう、嫌なことでもそれを好きになってやらなくてはならない、子供としての義務も好きになってやる。ということを教える。という事が求められていると思う。つまり、規律を守り、礼儀よく、自制心をもって社会的にも、社会的な弱者や歳を召された老人を尊敬して奉仕活動をするなども大切なことだと思う。この世を、快適に過ごすには、やらなくてはいけない義務を好きになる事、ってサイババさんも言っておられるけど、本当にその通りだと思うね。現に自分は、母の介護を十年以上してきたけれど、それを負担ではなく、好きになろうと努力して来たからやり遂げることが出来たと思う。
でも、そういうことはたぶん、日本のシュタイナー学校の方が進んでいるやろな。日本でのシュタイナー教育は、西洋にあるシュタイナー学校よりももっと、人々の中に儒教や仏教の教えが生きているのでいい条件だと思う。モラルもあって規律や自制心、奉仕活動も積極的にやる日本独自のシュタイナー学校が出来れば素晴らしいやろうね。こちらでも、両親にシュタイナー教育の事をもっと正確に理解してもらうために努力しているが、先ほども言ったように子供を学校任せにする親が多い。学校のために色々な奉仕活動があるが、そういう活動に全然出て来ない両親も少なくない。
それで、否応なくペナルティーを課す事もある。つまり、罰金を取るのだ。やむえない処置だけれど、こうしないと出て来ないから。やはり、学校と生徒、教師と両親も積極的に協力して運営していかなくてはならないだろうね。そういう意味で、今、世界各地で設立されているEHV教育はとてもユニークだと思う。というのも、良い人格を持った生徒を家庭と協力して育て上げて行く事を目標としているからだ日本語で言うと、人格形成教育、Education in Human Valueと言うんだけれど、優れた人格を持った子供を育てる教育。これは大いに注目されて良い教育制度だと思う。それに、全て寄付で賄っているので無料というのがいいね。日本でもまだ、週末とかにやりはじめているところがあちこちで、出てきたようやね。バル ヴィカスという名前でやっているようだね。自分は、EHV教育とシュタイナー教育の良いところを取り上げてれば、良いものが出来るんじゃないかなと思うんや。
ポニョ:素晴らしい人格形成を創る教育か。それも素晴らしいな。
でも、おいらのように生まれつき素晴らしい人格を持っている者にとっては、必要無いよな。
ヨシオ:あんた、いつまでも寝言を言ってないで、早くカエルをお腹に乗せて鯉の池でピョンピョンしておいで。
いたるところに、怒りに満ちた雰囲気、苦痛に満ちた雰囲気、緊張に包まれた雰囲気、あるいは、不安に満ちた雰囲気、動揺した雰囲気、落ち着きのない雰囲気に満たされています。
人間的価値を培うためには、自制と規律という二つの特質が最も重要です。
自制には 非暴力、真理、他人の財産をほしがらないこと、誰からも何も受け取らず、要求もしない、禁欲という五つの行動指針があります。
規律にも清浄、苦行、満足、霊的書物を読む、すべての行為を神に捧げる、という指針が五つあります。
ヨシオ:サイババが帰って来るよの本の中にある《最高の日本人帰依者》これ読んだら星やんの事を思い出したわ。昔の事。
今から考えてもすごい男やったな。あいつ。俺たちより年が一回りも若いのに。
ポニョ:もう、二十四年前やもんな。あんたが神戸で開催した第一回サイババ全国大会に来てくれたおかげで皆と知り合うことが出来たんや。
ヨシオ:そうやな。考えて見たら長い付き合いやな。
俺ら達の気持ちは、その時と一緒やけど身体はお互い老けちゃったね。白髪もいっぱい出来てシワも出来た。
ポニョ:もう、お互い還暦過ぎたもんな。いつお迎えが来てもええように準備しとかなあかんな。
ヨシオ:そうやなぁ。星やんと三人でいてたら、いつも面白かったけど、一番若いあいつが一人だけ先に逝ってしまいよったからな。
ポニョ:大会終わってから、三人で大阪の花博行ったん覚えてるか。
ヨシオ:ああ、よく覚えてるで。みんなでスタンディングローラーコースター乗ったよな。
ゲー出そうになったであの後。俺いややねん。あんな乗りもん。
ポニョ:おいらもなんでか知らんけど、あんなん乗っても全然怖くないねん。
ヨシオ:そらあんたは、いつもカヌー乗ったりしてほんまの冒険してるから、あんな人工的な乗り物乗っても怖いと思えへんやろな。
ポニョ:ほんまにあいつ、子供みたいやったな。
ヨシオ:あんたもや。いつまで経っても子供みたいや。
ポニョ:いつも、バジャン口ずさんでたな、あいつ。
ヨシオ:そうやな。同んなじ曲ばっかりやけどな。でも、気持ちめっちゃ入ってたで。
横で聞いてるだけで涙出そうになったもんな。
ポニョ:まだ、耳に残ってるで、あのハレラーマ、ハレクリシュナのメロディ。
ヨシオ:あんな奴、あんな神さんのこといつも心から思って生活してる奴見たことないわ。
ポニョ:ほんまや。時代を間違うて生まれて来よったみたいな奴やったな。
ヨシオ:でも、あんたと星やんめちゃ似てるで。特に、世間ずれしてへんとこなんか一緒や。一番面白かったんは、花博で、あるパビリオンへ入りたかったけれど三時間待ちや。
そんなん並んでたら、他のを見る時間無くなるからやめとき。と言うたんやけれど、どうしても入りたいて言うから、冗談で、出口から人がいっぱい出て来てるから、そこを後ろ向きに歩いて入ったらええやんか。と言うと本当にそうしたやんか。
ポニョ:おいらは、とても良い考えやと思ったで。
ヨシオ:そういや。あんたも一緒に入って行ったんやんか。
俺、横で見ていて腹抱えるぐらい笑ったで。係員も、笑って何にも言わんと入れさせてくれたやんか。
ポニョ:あれ、十メートルぐらい後ろ向きに歩いたかな。簡単に入れたんでびっくりしたわ。何でみんなそうしないのかな。って思ったわ。
ヨシオ:そんなんするのん、あんたらしかおれへんわ。この世界で。
ポニョ:三時間並ぶより良かったで。
ヨシオ:そらそうやけど、人の言うたことをすぐに信じるって、ほんまにあんたら子供の心持ってるな。この世で生きて行かれへんな。
ポニョ:インド料理のレストランで、シルディババの写真見つけた時、嬉しくなってみんなでバジャン歌ったな。
ヨシオ:俺やめときって言うてんのに、星やんがめちゃ大きい声で歌ったからレストランの人も他の客も嫌がってたで。
ポニョ:あいつ、いつもバジャン出来るように、小さいタンバリンやらシンバル持ち歩いていたから、それをカバンからいつ出すんやろってヒヤヒヤしてた。
ヨシオ:神さんだけや。あいつの頭にあることは。一度、甘い甘い蜜の味を知ったら蜂はそれしか興味無くなるのんと一緒や。
ポニョ:そうやったな。どんなトピックの話題をしていても、すぐに神さんの話題に変わるんや。
ヨシオ:あれぐらい神さんへの信仰心があるからこそ、あんだけサイババさんから祝福してもらえるねんやろうなあ。僕は、ヨシオさんみたいに神さんになりたいと思えへんねん。
ポニョ:それより、神さんの甘い甘露を味わいたいねん。と言ってたね。
ヨシオ:それが、そういう気持ちを持ち続けれるのがほんまの神の信者や。
あいつのような、ほんまもんの信者見てたら、ほんまの振りしても、ほんまで無いのがすぐ分かるな。
ポニョ:そういえば、アメリカのグループがインタビューに呼ばれて、そこでサイババさんが、あんたは何が望みか言ってごらん。と言われたんや。
そしたら、そのアメリカ人の女性は、あなたに融合する事。解脱する事です。と言ったら、サイババさんは、よろしい。それではそれを叶えてあげよう。用意はいいかな。と言われたんで、その女性は慌てふためいて、いや、今すぐでは困るんです。ちょっと待って下さい。
アメリカに戻って子供達や夫や両親に言わなければならないし、私の名義の株もあるので名義を書き換えなければならないし、まだ若くていろいろやりたい事もあるし、もっと年をとって死ぬ時にもう一度願いを叶えて下さい。と言ったんや。
こういう人の、信仰心は本物じゃないってすぐ分かるよな。星やんやったら、とっくに解脱しとるわ。
ヨシオ:でも、サイババさんが身体を離れる前に星やんが逝って良かったな。
ポニョ:そうや、あいつがサイババさんが身体を離れられた時に生きてて、そのニュースを聞いたらその日に死によるで。
ヨシオ:二つの葬式や。
ポニョ:ほとんどの人は、サイババさんが体を離れられたニュースを聞いて、もちろん悲しいけれどでも、サイババさんはどこにでもいる。死んではいない。とか何とか言って気を取り直し、プレマサイババさん早く来てくださいとか言っているけれど、でも実際そういう事だと知ってはいても人生立ち直れないぐらい、葬式にも出れないくらい落ち込む人をおいら達は知ってる。
ヨシオ:そこが、サイババさんを頭で理解している人と、ハートで理解している人との違いやな。でも、いろんなレベルの人がいるから、どれが一番とか言えないけどな。
ポニョ:ほんまに星やんが、サイババさんの追悼式に出るなんて考えられへんわ。
ヨシオ:それまでに、心臓麻痺か、精神異常か、落ち込みすぎて死んどる。それぐらいの信者やった。信者の鏡や。あんな奴見たことないわ。
ポニョ:それに、とても傷つきやすい奴やったな。
ヨシオ:繊細のかたまりや。人の心が読めるからちょっとでも、その人の言ってる事と思ってることが違うのが分かると傷つくねん。
ポニョ:そういや、夕陽ヶ丘図書館の地下に続く階段で、この世界は嘘ばっかりやと言うて泣いてた時があったな。
ヨシオ:そうそう、神さんはどこにいてるねん。世の中めちゃくちゃや。と言って泣いてたんや。
ポニョ:その時、上の方から誰か階段を下りてくる音がしたので泣き止むと、なんと足音の主はサイババさんやったんや。
それで、サイババさんは幸せでいなさい。幸せでいなさい。とだけ言われて消えてしまった。
ヨシオ:そのお言葉と、「故郷」のメロディーでS夫人がバジャンを作ったんやったな。
ポニョ:そうやったな。それはそうと、星やんオーストラリアへ行きよったな。どうやった。
ヨシオ:ほんとに来るとは思わなかったので、最初はびっくりしたよ。1ヶ月ぐらいいてたかな。毎日一緒やった。二人だけやったら、あいつが一人でずっと話し続けてたな。
ポニョ:あんたとおったら、言いたいこと言わなくても分かってくれるから楽やった。と帰ってから言うてたで。
ヨシオ:そうか。それは違う。いっぱい一人で喋ってたなぁー。あれで言いたいこと言ってないんやったら、どんだけ言いたいことあるんやろうか。不思議な奴や。
こっちはあんまり話すことが無いんだけれど、星やんは時々、今、僕の事うっとうしい奴やと思っているでしょう。とか、ようしゃべる奴やと思っているでしょう。とか、いろいろと、カマかけてきよったな。
あいつといると、あんまり喋らなくても分かりあってたお袋といるみたいな、そんな雰囲気を感じてたな。
だから、こちらから話すことは何も無かったけれど、一緒に長い間いてても気になれへん奴やったな。インドの話を沢山したな。そう言えば。
ポニョ:おいらが聞いたインドでの話で面白かったのは、星やんと一緒にアシュラムへ行った日本人の人がサイババさんに、あなたは利己的な心を持っている。
でも、私がそれを修正してあげよう。と言われて大変な苦行をされた話や。
星やんは、こう言ってた。
その人は一体サイババさんが何をされるのかなぁ。と思っていたんです。
そしたらその、日本人の人が早朝マンディールにお祈りと瞑想に行った時、一人のインド人の方がサイババさんに言われて来ました。と言って付いてきたんです。
そして、その日本人の人がマンディールに毎朝、他のみんなと同じように瞑想のために座られた真横に、そのお付きの人が立たれたんです。。
もちろん、毎朝マンディールの中は人でいっぱいです。それで、どうして一人だけそのお付きの人が立ったままなんかなぁ。と皆んなは、いぶかしがってたんです。
その日本人の人は、実はお祈りの時とか瞑想の時に、ずっと長い間動かずにじっとしてることが出来ない人やったんです。
時々やけど、ちょっとだけピクッって、身体や頭をほんの少し人に気づかれない程度に動かしてしまうくせが有ったんです。
そしてその度に、そのお付きの人は、その小さな動きを見逃さずにすぐさま、その日本人の首根っこを捕まえてマンディールの外に連れ出して放り出してしまうんです。
強圧的に、それも、毎日なんです。
神のなさり方についても、私たちは不愉快なことを経験します。
私たちは善の内側に悪を見つけることが出来ます。
神の行為は善悪の組み合わせです。悲しみがなければ誰も幸福に価値を見出さないでしょう。
21/5/95
もちろん、サイババさんがそのようにしろ、と言われたからやっているんだけれど。
横で見ていても胸が張り裂けるような、心痛む利己心を治す荒療法だったんです。と言ってたんや。
ヨシオ:普通の人やったら耐え切れへんで。だって、何百人という人が見ている目の前で毎朝そんな風にして恥をかくんやから。
自分のエゴとか、プライドがグチャグチャに潰れてしまうで。
サイババさんは、愛の化身やからこそ、その人の為にと思って心底、心の中からいっぱいの愛情を捧げてくれておられる。
自分の両親や友人よりも千倍もの愛を注いでくれてはるんや。ありがたい話やで。
なんで、サイババさんがその人の小さな身体を動かすくせまで知ってられるのか。もちろん、サイババさんがその人の本当の親やからや。
両親でも気付かんような小さなくせまで知っておられるんや。それを利用して、その人のエゴやプライドを無くそうとしてられる。
ポニョ:すごい祝福のされ方やなそのお方。良かったな。でも苦しかったやろうな。
そういう意味で、キャンディぶつけられた誰かさんの方がマシかな。でもおいら、こういう話し聞くと嬉しくなってきたぜよ。
そう言えば、その人がお土産やと言うて線香入れるケースをもらったんや。とても綺麗で上等そうやった。大事に持って帰ってきたんやて。
おいら、こんな上等な物、お土産にもらって恐縮したけど受け取ったんや。
後で奥さんが言うてはった。正直言ってとても驚いたって。
何でも、その線香入れは、インドに行く前から綺麗なお線香入れあちこちで探していて、それをインドで見つけたので喜んで買い求め、宝物みたいにして大事そうに持ち歩いていたのに、人に気前良くポンとあげるなんて、うちの人、執着心人一倍強いのに変わった。と…。
信じようと信じまいと、スワミには頭のテッペンからつま先まで、利己心のかけらもありません
スワミが何をし、何を言おうとも、それはあなたのためなのです。
スワミはなぜ、時たま厳しくするのでしょう。
それも皆さんへの愛なのです。スワミは皆さんを調べて変容させるために、厳しいふり、深刻なふりをするのです。
もしスワミが、皆さんはスワミのものであると思っていなかったとしたら、なぜスワミはわざわざ皆さんを正さなければならないのでしょうか。
みなさんはスワミのものであるからこそ間違っている時に正すのはスワミの義務です。
私が話しかけないと皆さんが悲しくなるのは皆さんが私の言葉を尊重しているからなのです。
ポニョ:オーストラリアは、日本と違ってあまり歴史が古くないから変な地縛霊みたいなん少ないのんと違うのん。
ヨシオ:それは言える。俺も、一番最初に空港に降り立った時、なんやこのバイブレーションは。めちゃクリーンやんか。と思ったわ。
ヨーロッパやアメリカ、アジアの国々、いろいろ行ったけれどこんなクリーンなバイブレーションを感じたんは、始めてやった。
ポニョ:でも、アボリジニが古くから住んでいたんやろ。
ヨシオ:そうやな。俺もアボリジニの事を少し日本で調べてから行ったけど、白人からとても酷い目に遭わされてるな。民族抹殺や。
ポニョ:オーストラリアだけと違うもんな。白人の世界でやってきた武力を背景にした植民地化は、現地の人たちを虐殺して来た醜い歴史やもんな。
ヨシオ:だから、俺は自分の子供達に白人の歴史史観を植え付けたく無い為に、砂漠の真ん中にあるアボリジニの村に連れて行って、アボリジニの生活を体験させた事がある。
アボリジニのことを理解さすために。ここで、その事言い始めると長くなるのでやめとく。
ポニョ:そんなん言わんと、ちょっとでも続けろや。
ヨシオ:それやったら。まず最初に、アボリジニのシンボルであるディジャリードゥという楽器があるやんか。それを吹けるように習わしたんや。
ポニョ:知ってるで。ボウオウオウオ〜〜って低い音出るやつやろ。
ヨシオ:あんた、うまいやんか真似すんのん。そっくりやったで。口だけで、ディジャリードゥの音を出せるんちゃうか。でも、音出すだけやったら誰でもちょっと練習したら出せるねんけどな、続けて十分も二十分もずっと吹き続けるって、とても難しいねん。
ポニョ:もちろんや。肺活量が二万CC位い要るやんか。
ヨシオ:ハッハッハ。そんなに要らんわ。吹き方があるねん。サイクルブリーディングって言うんやけれど。
自分たちと違う文化を学ぶには、まずそういう楽器とか食文化とか入って行くのが簡単やから、その部落の人に子供達にディジャリドゥのサイクルブリーディングを、教えてもらうように頼んだんや。
その現地の人達の文化を尊敬するには、自分達の持っていないものとか、出来ないものを教えてもらうのが手っ取り早いからな。
ポニョ:子供には、ええ教育やな。でも、えらい難しそうなテクニックやな。それってずっと吹き続けるんやろ。
ヨシオ:サイクルブリーディングは、口で説明するのは難しいけど、要するに息を速く素早く鼻から吸いながら、同時にゆっくりとコントロールしながら口から息を出すというテクニックや。
ポニョ:それって、めちゃ難しそうやな。考えただけで頭が痛なってきたわ。
ヨシオ:練習してても頭が痛なって来るで。コツは速く息をたくさん吸って、肺を空気でいっぱいにする事。
そしてそれを、いっぱいほっぺたにためる。そして、それと同時にその溜まったほっぺの空気を、ゆっくりとじわじわと,コントロールしながら吹いて出すんや。
イギリスのバグパイプってあるやろ。あれを吹くのんと似たようなテクニックや。
ポニョ:おいら、考えただけで難しすぎるからやめとくわ。それで、子供達は出来たんか。
ヨシオ:長男は、出来るようになった。けど、あとのんは、チビすぎてちょっと無理やったな。
俺も、三日通ったけど出来なかったで。
でも、悔しいから家に帰ってから毎日練習したら、ある日突然出来るようになった。
それから病みつきになってしもて、一日中ディジャリードゥや。
腑に沁みるような音で癒される気持ちになるねん。それだけやない。
テクニックがたくさんあって、吹けば吹くほど高度なテクニックをマスターしたい、と思うようになってやめられへんようになった。
アボリジニってすごいな。って思うたで。
ディジャリードゥの音は、地球の、母なる地球の音や。鼓動や。息吹や。
その音は、遠く忘れ去った自分の内なる音と繋がってるねん。
自分の中に深く深く沈静して行けば、それと同じ音に出会うことができるねん。
自分と地球、自分と世界、自分と宇宙、を繋ぐことができる音や。
ルッドラムは、ヴェーダの響きは自分が神だってことを気付かさせるが、ディジャリードゥの響きは神と自分を結びつかせるんや。
ポニョ:ブオウオウオウオウオ〜〜だけと違うねんな。
ヨシオ:違う。また、吹いている途中に舌をいろいろな角度に当てると、変わった音がでよる。
また、息をまとめてきつく吹き込むと、遠くまで聞こえるような汽船の汽笛みたいな音が出る。
すごいのが、ブオウオウオウオ〜〜と吹きながら、他の人と普通の言葉で喋れるんや。
ポニョ:なに。ほんまかいな。おもろいなーそれって。
ヨシオ:そうやろ。最初俺も聞いた時に、それは、町の中でアボリジニが道に座って演奏していた時やけれど、うまい演奏やったから帽子の中とかにお金を入れるんやけど、その度にサンキュウとか吹きながらいろいろ話しよるんや。どうするやろうとずっと不思議に思っていたんやけど、自分で出来るようになってどうするか分かった。
ポニョ:多分、肺の空気をゆっくり出しながらブオウオウオウオ〜という音を出し、ほっぺたに溜めた空気を出しながら話すんか。
ヨシオ:そんなテクニックもあるかもしれんけど、あんたしか使われへんと思うわ。
俺が見つけたテクニックは、ずっと吹いている時に出る、あのブオウオウオウオ〜の音がなるのは、唇が微妙に震えているからやねん。それに、共振して音が出るねん。それで、音をずっとでし続けていると、唇が自然に震えて別に意識して音を出す努力をしなくてもよくなる。その状態になったら、舌を使って色々話せるようになるねん。だから、舌と唇が別々の仕事を共同で出来るというわけや。
ポニョ:俺もやっぱりディジャリードゥやりたくなってきたぜよ。めちゃオモロそうやんか。
ヨシオ:そうやで。その吹きながら喋るときの声が自分の声とは違う、なんかあの世から話しかけてるみたいな声になるねん。
ポニョ:めちゃめちゃおもしれー。おいらもやりてえー。でもあんたの長男は、そんなん、すぐ吹けたって前世アボリジニやったかもしれんのう。
ヨシオ:そうやなあ。でも実は、違うねん。あいつの前世は、イスラム教徒やったんやて、サイババさんが言うてくれたんや。名前まで。
ポニョ:へえー。面白いな。それで。
ヨシオ:また、このこと話し始めたら長くなるから、ディジャリードゥのことに戻るわ。
子供らもサイクルブリーディングの練習を通じて、アボリジニの文化を尊敬し始めた。
特に、ディジャリードゥは、ただの楽器ではなくて、いろんなことに使われてたんや。
ポニョ:というと、棒みたいになってるから戦闘とかで使うんか?
ヨシオ:あのー。あれ中が空洞になってるから音が出る楽器やねん。そんなんで頭を叩き合いしても、ポンポンとええ音が鳴るだけで、戦闘にならんとコンサート会場になるわ。
ポニョ:それって、戦いがコンサートになってええやないの。
ヨシオ:ディジャリードゥは、中が空洞なのは、シロアリが中を綺麗に食べたからなんやで。時間かけて。出来るだけ、樹皮の近くまで食べて薄くなった方が響く音が出るねん。軽くなるしな。
それを、部族によっても違うけど、本当は男しか吹いたらあかんねん。
ある部族は、葬式の時にしか吹かないし、ある部族は、ディジャリードゥを使って病気の治療をするのんや。
ポニョ:どうやって。病気のところをポンポン叩くんか。
ヨシオ:あんた叩くことしか頭にないんか。ディジャリードゥは吹く楽器やろ。だから、吹いて治療をするんや。
ポニョ:そんなんだけで、病気が治るんか。
ヨシオ:ディジャリードゥの音を聞いたことあるやろ。すごい魂に触れるようなサウンドが出せるねん。一本一本のディジャリードゥの長さや太さを変えることによって、違うバイブレーションの音を出せるんや。例えば、胃が痛いとしよう。アボリジニのヒーラーは、その患者の胃に一番近いバイブレーションを持っているディジャリードゥを選び、胃の前で吹くんや。
そうすれば、しばらくすると、胃が本来持っている健康なバイブレーションを取り戻すんや。
ポニョ:おいら、その事ブログに書いたで。この世は全てが波動やから、ヴェーダのように神の波動を持った音は、身体の細胞を活性化さすって。それが、病を癒すって。
想念の波動は、人々の喜びと悲しみ、健康と病、幸福と苦悩、生と死の原因です。
人の人生は、想念の波動の力を完全に理解することにより意味あるものとなります。
全世界が精神的な波動により覆われています。
実際のところ、すべての世界は波動によって創られたのです。
それ故私たちの想念も、高貴な道へと向かわせなければならないのです。
人々の心は高貴な思いや好ましい感情で満たされるならば純粋で煌びやかに輝くでしょう。
この様に、純粋な心を培うことによってのみ、純粋な行動をとることが出来るのです。
そして純粋な行動をとってのみ、純粋な結果を得ることができるのです。SSIB1993
ヨシオ:アボリジニは、もともとインドから渡ってきた人達で、というよりオーストラリアとインドは昔、陸続きやったんや。民族的には、インドのタミル人ととてもよく似ているんや。
分かっているだけで四万年も前からオーストラリアに住んでいて、あちこちの岩や山や川、木、などを日本のように八百万の神と見て信仰して壁画を残し、神聖な聖地をあちこちに持っているとても霊的な人たちやねん。彼らが霊的波動の事も理解していて何の不思議もない。
実際、この大きなオーストラリアの大陸にたくさんの部族がバラバラに住んでいるのに、全部の部族ではないが、一年に一回何処か決められた場所で落ち合い、お祭りをするんや。
彼らはもちろん、携帯もないしメイルも無い。どうやってコンタクトを取り合ったんやろうか。
ポニョ:テレパシーと違うか。
ヨシオ:そうかもしれんな。自分の兄弟が死んだり、病気になったりすると腕の皮膚の一部がヒクヒクと動くんや。という人も知っているし、彼らはとても霊的に繊細な人らやで。
意思の力をとても大事にしていて、仲間の掟を破ったものは、ある骨をその者に向けるだけで殺すことも出来たんや。
ヒラニヤカシプは大科学者で、自然や四季や太陽系を研究していました。
ある時、ヒラニヤカシプは、地軸が23,5度傾いていることに気づきました。
そして、ヨーガで得た力によって、好奇心からその傾きの角度を変えてしまいました。
その結果、大災害が起こり、ヒラニヤカシプは地軸をもとどおりに戻しました。ヒラニヤカシプは自らの意思の力によって、太陽と月の軌道も操ることができました。
それゆえ、彼は自分を神だと思い込んでいたのです。26/5/95
遠く離れた親戚の様子や敵の様子を霊体になって探ることも出来たんや。
何というても土地勘がすごいな。地図もなく、砂漠のようなところを間違えずに何ヶ月も歩いて目的地に着くことが出来る。
ポニョ:神業やな。おいらが川下りやっていけるんは、おいらのような方向音痴でも真っ直ぐ漕いで行ったら目的地に着くからな。山行く時は、必ずGPS持って行くで。
ヨシオ:アボリジニは、子供の時から歌を唱って子供に道を教えるんや。歌の中に、旅の途中にある水飲み場や、カンガルーやエミューがうろつくところ、山や丘、谷や小川そんなんを物語にして歌形式で覚えさすんや。
だから、俺たちから見れば、ただの丘や小川だけれど、彼らから見ればその丘が昔、勇者たちが戦って、ホワイトスピリットに祝福された聖なる地であったりするんや。
アボリジニにとっては、一つ一つの景色が自然の絵本と一緒や。
俺たちは、本を読もうと思ったら、図書館とか行くとけどアボリジニにとっては、自然が図書館やねん。
ポニョ:自然の生きてる図書館や。それが、白人が来て、自然を破壊される。彼らのとっては、ただの丘や、小川と違うかったんや。たまらんかったやろな。
ヨシオ:そうやったやろな。オーストラリアのような乾燥大陸で一番重要なのは、水や。彼らは、水筒も持たずに何千キロも歩いて移動するんや。
オーストラリアへ行って観光土産にアボリジニアートを買い求める人もいると思うけれど、どのアートも大小様々な渦巻き模様が描かれている。
ポニョ:渦巻きナルトや!
ヨシオ:そういうと思ったわ。あんた、じっと静かに聞いている人と違うもんな。この辺でなんかチャチャ入れると思ったわ。
ポニョ:あんたも、入れるやんか。
ヨシオ:とにかく、あの渦巻きは、水飲み場を表している地図やねん。
ポニョ:あんな簡単な、絵が地図か。
ヨシオ:そうや。俺の知り合いはその聖地のある市の、重要な役についている人の奥さんやったんやけど、ある日アボリジニにその一つの水飲み場に案内されて行ったんや。
カナナラの近くのキャニングストックトラックからそんなに離れていない場所やった。と言っても分からんやろうけど。
何年か前に日本人がオフロードバイクで横断しようとして途中で動けなくなり、救出された砂漠の道や。
とにかく砂漠の真ん中で、周りは背の低いトゲのある草が茂っているだけの場所に、どこにでも転がっている岩があった。
そして、それをのけると、細い直径五十cmぐらいの、人がやっと入れるぐらいの縦穴が八メートルほどあって、ロープで底まで降りてゆくと、次は斜めに下って行く横穴があり、履いながら三十mほど行ったんや。
すると、驚くなかれ、野球場ほどの大きな湖面を持った地底湖に着いたんや。
懐中電灯の光に照らし出された湖面には、たくさんの目の無い魚が泳いでいて、水の中に入るとすぐに足が届かないくらい深くて、その水も塩気のない真水だったと言っていた。
そこは、秘密中の秘密の聖なる地底湖なんだそうや。
オーストラリアは、昔南極のように氷が千m以上も覆われていて、地軸が変わってから氷が溶け大地が出て来たので、地面の下深くには溶けた氷が巨大な地底湖となって真水を蓄えているんや。
最近分かっただけで、日本の本州ぐらいの大きさで、深さも千m近くあるらしい。
俺の知り合いは、その一部を見たんやろうな。
宇宙においては、神は最初に水として顕現しました。
人間は水なしには生きていけません。
水は地上の目に見えるところに在ったり、地下に伏流水として流れていたり、いたるところに存在しています。
神は水として、生きとし生けるものすべてを護っています。
SSSVol23Chp2
オーストラリアの真ん中は、その巨大氷が乗っていたので窪んでいるねん。
世界的に知られているエアーズロック、本当の名前は、ウルルと言うんやけれど、その近くにある近代的なホテルが建ち並んでいる観光客の街は、この地下水で水を賄っているんや。
その水を調べると、とても古くて何万年も前の古代の水なんやで。それをプールの水に使ったりして無駄にしてるんや。
アボリジニが旅をする時はもうほとんどの、細かい情報は歌になって頭に入っているから、あとは今言ったような大事な聖地は、忘れんように手荷物として持っているディジャリードゥやカンガルーを仕留める武器に描いたりするんや。
彼らにとって、一日に一頭カンガルーやエミューを仕留めるって大変なことやねんで。
ドリーミングタイムのストーリーにも、二人の英雄がカンガルーを、どちらがたくさん仕留めることができるかを競い合う話があるんやけど、ホワイトスピリットが出て来て、わしは、お前たちの食べる分だけのカンガルーを殺す権利しか与えとらん。と言って罰を与えるんや。
そういうドリーミングタイムと言われている神話もたくさん語り継いでいるし、ホワイトスピリットと言われる大霊を信仰している。
ある、神話では、世界の終わりにオーストラリア中の全ての海沿いの土地が大津波で水没する。というのがあって、その神話は最高の秘密だったんやけれど、それを元にして製作された「ラスト ウエーブ」という映画もある。日本語の字幕も付いてるよ。
ポニョ:三、四十年ぐらい前の昔の映画やろ。おいらも、ビデオショップで借りて見たぜよ。なんでも、オーストラリアに、日の出づる方の国から預言者が来たあとに地球規模の大津波が起こり、オーストラリアの海岸に面した土地が全て水に浸かる。という話やったな。
その前に、いろいろと異常気象が起こったりするとかいうシーンもあったな。
映画では日の出づる国は、チリになってたけど、この預言者ってひょっとして.......。
ヨシオ:とにかく、子供達をアボリジニの村へ連れて行って白人の歴史史観から見たアボリジニとは違う観点から見れるようになって、良かった。
それまでは、白人のおかげで、アボリジニも原始時代から一直線に現代文明の恩恵を受けることが出来た。というのが一般の人たちの、アボリジニの人たちを見る捉え方やから、どうしても軽蔑してしまう。
特に、政府の補助金を貰っても、酒を買って使い切ってしまい、酔っ払いがいっぱいうろうろしているのが、アボリジニの社会と思っていたから。
でも実際は、子供を家族から切り離して西洋式の教育を、全寮制の学校で無理やり受けさし、女の子は農家に手伝いに行かせてその牧場の親父の慰みものにさし、女の子が生まれると残して、男の子を生むと殺して来たんや。
今、中国がウイグル族にやってる事とよく似ているんや。
ポニョ:ウイグル族の男には、職を与えず失業させて貧しいままにして結婚出来なくさせ、女性は、金を持っている漢族の男と結婚さして、民族融和という名の民族差別をして行く政策やろ。
そして、学校ではウイグル族の言葉文化を教えない。使わない。そして、使えなくして、忘れさし、民族とその文化を消滅さす。
ヨシオ:どこでも一緒やな。民族抹殺や。だから、西オーストラリアでは、純粋なアボリジニは全滅したんや。アボリジニの事をこちらではヌンガーと呼ばれているんやけど、その意味は白人との混血という意味や。
タスマニアでは、もっと酷くて全てのアボリジニを抹殺したんや。
牧場を歩いて横切るアボリジニを、カンガルーを撃つようにライフルで殺しまくったんや。
アボリジニには、私有財産という観念が無いので牧場にウロウロしている羊なんか、お腹が空いていると捕まえて殺して食べてしまうので、鎖に繋がれて牢屋行きのアボリジニが続出したんや。
ナロジンでも、ほんの五、六十年前まで森に住んでたんやで。すぐに西洋式の生活に慣れるわけがないやんな。
俺たちが、行ったアボリジニの部落でも、年寄りのアボリジニは、誰も英語が喋れないんや。
若い人だけや。息子の友達のアボリジニは、まだ砂漠のオアシスに全家族が住んでいて昔と変わらない生活をしてると言っていた。
今、オーストラリアは観光客が世界中から、押し寄せてきているけれどこのような歴史を持った国って誰も知らないし、知らせない。
アボリジニの人たちは、つい最近まで選挙権さえなかったんやで。
ポニョ:人間扱いされてなかったんや。知らんかったわ。
ヨシオ:実は、今住んでいるナロジンの家のあるところは、アボリジニの聖地やったんや。
今も、奇岩が周りにゴロゴロしてるとこやねん。近くには、イーリミニン岩というのがあって、高さ三十メートルぐらいで、長さは500メートルぐらいの一枚岩や。小さい岩の割れ目があってそこで今もアボリジニが儀式をしとる。この前行ったらウサギが吊ってあった。ここのナロジンと、ウルル(エアーズロック)の近くにあるオルガという巨岩を線で結ぶと、その間にはウエーブロックなどの巨大岩群が点在してるんや。多分、このラインに沿って地球のエネルギーが出ているので、昔はそのエネルギーを利用して古代人はマントラを使って、地球のあちこち飛び回っていたのかもしれんな。このラインをレイラインと言うらしい。日本でも天の岩船伝説があって、あちこちに船の形をした岩が古代にマントラの力で飛んでいたらしい。
今、私たちはラジオやテレビの放送が電波によって全世界に送られていることを知っています。
それと同じように、クリシュナ神が何人ものゴーピカー〔牧女〕たちの家に同時に現れることができたのは、信じられないことでしょうか?
機械にさえ全世界に電波を送るようなことができるのであれば、マントラにはさらにどれほど大きな力があるのでしょうか?
神の御名と御姿の力はあらゆるものに浸透しています。
大気中の電磁波は、音と姿を常時保持していることができます。
最近、スワミがハイダラーバードを訪れたとき、そこでのスワミの活動は、テレビを通じてインドのさまざまな地方で見ることができました。
機械装置によってこのようなことができるのなら、マントラの神聖な力によってそれよりはるかに多くのことががなされ得るというのは、驚くべきことですか?
必要なのは、神の御霊(みたま)に周波数を合わせることなのですが、それはラジオやテレビの放送を受信する際に適切な周波数に合わせることが必要とされるのとよく似ています。
自分の心(ハート)をラジオの受信機と見なしなさい。あなたの集中力が、周波数を合わせる装置です。自分の心が正しく周波数を合わせたとき、あなたは神を体験するでしょう。
これには、しっかりした、揺るぎない集中力が必要とされます。27/9/92
ヨシオ:ほんの、五六十年ほど前に四つのアボリジニの種族がこの辺りの林や森の中に住んでいて、だんだんと政府が町に定住さすようにして来たんや。俺が、最初にナロジンに来た時に、サイババさんが夢に来られてな。こんな不思議な夢やった。俺の家のダイニングテーブルに家族と一緒にアボリジニの男が座っていたんや。サイババさんも、部屋に入って来て同じテーブルに腰掛けられたんや。そして、みんなにそのアボリジニを紹介してくれた。その後、嫁さんにコーヒーを出すように言われて、アボリジニも一緒に飲んだんや。その夢を見た時、まだ自分の住み始めた土地がアボリジニの聖地だと思わなかったんや。その日が来るまでは。ある日、ヒーラーのような男が突然家にやって来て、裏山に今日から住むことにしたのでよろしくと挨拶に来たんや。数日後、見に行くと昔アボリジニが森の中に住んでたやり方で木を集めて、小さい小屋を作って住んでたんや。もちろん、ビニールシートだけの何にもない高さ一メートルぐらいのカンガルーの巣みたいな小屋や。なんでも、冬になると北方のアボリジニの聖地の洞窟に住み、夏はこの辺りに住んでるという人やった。その土地の妖精やデーヴァと言われる霊とかと話が出来るんやと言っていた。その男がある日、血相変えて家に転がり込んで来て、こんな怖いところ住まれへん。あんたの住んでいるこの土地は、昔からの聖地でアボリジニがずっと大切に守ってきたとこや。よそもんの俺があんたの地所の近くに住んだだけで、毎晩ものすごく脅かしに来て、てめえなんか出ていけと言うんや。ものすごい怖いねん。今日出て行くことにした。あんたここに住んでどうもないか。と聞いて来たんで。そういや。そいつらの親玉が俺のボスで、ここに始めて来た時に、この辺の若いもんと一度、顔どおしをして、一緒にコーヒーの盃を交わしたから大丈夫や。と言うと、あんたのボスってあっちの世界にそんな顔効くんかい。わいにも紹介してくれっていうから、サイババさんの写真をあげたら喜んで持って帰りよったわ。
ポニョ:面白い。それ。ヤクザみたいやな。サイババさんは、ヤクザの親分さんか。
ヨシオ:それに、ここを守っているアボリジニの霊はとても力があるみたいやねん。新しい家を大体建て終わって、近所に挨拶廻りに行こうと子供も連れて家族で出かけたんや。一人だけ、家の下に潜って仕事してた大工がいてて、俺らが帰ってくると、文句を言うんや。家の中で階段を上がったり降りたりバタバタしてあんたの子供元気が有りすぎて、エネルギー余ってるな。あちこち走り回って、もううるさいのなんのって。仕事が、落ち着いて出来ないわ。と言うから、家族中で出かけたんで、家に誰もおれへんかったで。というと、次の日から青ざめた顔して十字架持ちながら仕事して、終わったらさよならも言わんとサッと帰りよったわ。家に一人でいても、一人だという感覚がしない。いつも何処かで、昼間でも大きな音があちこちでする。あまりにも、うるさい時にはディジャリードゥを吹くと、静まるのや。子供が小さい時には、いつも子供達の部屋の外でディジャリードゥを吹いて寝かせるのが日課やった。すぐに、イチコロに寝てしまいよる。逆に、ディジャリードゥがないと寝ないので、知り合いの家に泊りがけで行く時もいつもディジャリードゥを持って行って吹いていたんや。でもある日、俺たちが帰ってから、その知り合いの家にアボリジニの霊が出るようになって大騒ぎになったことがある。うちの娘も少し霊的なところがあり、家の外でディジャリードゥを吹くと色んなアボリジニが夢に出てくるので怖いと言いだしたので、もう外で吹くのは止める事にしたんや。それぐらい、このディジャリードゥという楽器は霊を呼ぶことができるんや。最近は、夜に吹くとアボリジニ以外の色んな霊もやって来るので昼間だけ吹くようにしてるんやある日の夜、二階にある寝室で本を読んでいると、家内が大きな声で誰かと話していた。
自分の声の方が大きいのに、「そんなに大きな足音立てたら子供が起きるので静かに歩きなさい。」とかなんとか言っていた。それで、君は一体誰と話しているのや。と言って部屋から出て行くと、腰を抜かさんばかりに驚いていた。理由を聞くと、俺と話していたつもりだったようだ。俺の歩き方とまるっきり同じだったから、てっきり俺だと思ったらしい。またある時、娘が夜中にベッドの横に置いてあるキーボードがカチャカチャと誰かが叩いていて、とてもうるさくて寝れないので、うるさい!と言ってキーボードの上を払いのけると、キーボードがグッショリ濡れていた。すると、そのあと直ぐに誰かが馬乗りになって娘の首を絞めてきたので、「あっちに行け!」と言って押しのけたと言ってた。子供達も、いつもアボリジニの霊がウロウロしているので怖くないらしい。アボリジニの霊には慣れていて、「今日はうるさいからガヤトリマントラを唱えた。」とか言うねん。ほんまにすぐに静かになるんや。すごい強力なマントラやで。ガヤトリは。
ポニョ:霊がウロウロしてる変な家によう住めるな。あんたらだけやで、そんなん出来るのん。
ヨシオ:俺の仕事場に、大きな長いヘビが住んでいるんや。ボブ君って名前をつけて呼んでいるねんけど、とても小さい時からいるから自分に慣れていて、暑い時なんかは皿に水を入れて持って行くと、ペロペロと飲んでくれるんや。一番最初に見たのは、家が完成し初めて家の中に入ろうとしたら、ボブ君が玄関の前にとぐろを巻いていて挨拶に来てくれたんや。その辺にいつもウロウロしとるから、子供も慣れて家族の一員みたいになってしもたんや。家族で、暫く家を離れる時は、どこからともなく車の横に来てさよならをしに来てくれるし、冬眠の前にはどこか家の中のあったかいところに連れ行ってとねだりに来よる。可愛いもんやで。家の中のあちこちに脱ぎ捨てた蛇の皮があって、いつの間にこんなとこにまで来たんかなと思っていたんや。でも、ある日、応接間に長い身体をドテッと横たわらして客人を驚かすので、暫くの間遠くに引っ越ししてもらおうと思い、箱に入れて一キロほど歩いて森の中に置いてさよならと言って歩き出すと、後を一生懸命クネクネとついて来るんや。走って帰って来たので大丈夫と思ったんだけれど、あくる日仕事場に行くといつもの梁の上でとぐろ捲いとるんや。その日、ボブ君が夢に出てきたんや。家族や俺に挨拶したいっていうから、手を伸ばして頭を撫でてやると、突然アボリジニの男に変身したんや。俺が驚いて、君はいつからここに住んでいて今、何才なんだい。と聞くと、家族一人ひとりを見回してから、ここにいる誰よりも年取ってるよ。と言って俺の顔をにっこり笑いながら見てた。その夢の後すぐに、ボブ君が屋根のところで死んでたんや。多分、ボブ君は聖地を蛇になって守っていたアボリジニやと思う。また、ガレージが坂になっていて、きちんとハンドブレーキかけやな危ないねんけど、ある日、嫁さんが買い物から帰ってきて、しばらくすると大きな声で車が無くなった。と騒いでるんや。その時、俺は二階で仕事をしていて、窓から覗くと車が五十メートル離れた違う家のガレージの前に止まっているんや。家内もそれを見つけて、ああ大丈夫や。うちの人が運転してあそこに止めてるわ。と言うから。俺は、ずっとここに居てるねんけど。と言うと、子供が乗ったままや。
と言ってあわてて車のところに走って行くと、子供がサイババ、サイババと言いながら車の中で泣いてたんや。家のガレージに止めてあった車の中にいた息子が、勝手にハンドブレーキを外して、鍵を抜いてハンドルロックがかかってある車を、バックで五十メートルも坂道を運転して、しかもまっすぐ行くと五十トンの水が入っている大きなタンクにぶつかる。それを、直角に曲がってタンクを避けて隣の家にまで行けるかな。ハンドルロックがかかってたら、大人でも無理やろ。
ポニョ:それを、たった三歳の小さな子供が、.......いや、幽霊が、.......いやその親分のサイババさんがしたんか。
ヨシオ:俺、後で警察の友達に報告しておいたけどな。インドから来た知り合いが、オーストラリアの免許持ってないのに、その辺ウロウロ運転してるから捕まえといてやって。アフロのおっちゃんやからすぐ分かるでー。て。
ヨシオ:お袋が死んで、あっちの世界に行ってしまって寂しかったけど、本当は、俺は生まれる前、あっちの世界にいてるとき、生まれるのが嫌でこっちの世界に来たくなかったんや。
その時の、フィーリングをまだ覚えてるんや。
でもこうして一旦生まれたら、死ぬのが嫌やで、逆にあっちに行きたくないと思うから人間て不思議やな。
ポニョ:本当は、もう何遍も生き死にしてるから、死ぬのんは慣れてるはずやねんけどな。
でも、みんな理由があって生まれ変わらなあかんのやなぁ。
ヨシオ:そういや、俺、サイババさんの事知ったばかりの時、不思議な夢を見たのを、今思い出したわ。
ポニョ:生まれ変わった理由についての夢か?
ヨシオ:うん。夢の中で、俺が一人で梅田の阪急百貨店のような大きな一階の売り場に、買い物に来てたんや。
と言っても、何か特に買いたい物も無く、ウロウロしてたんや。
そうしてたら、目の前にネクタイの売り場があったので、「そうや。センスのええネクタイでも一本買おうか。」と思って見てたら店員の姉さんが来て、何本か洒落たネクタイをガラスのショウケースの上に並べてくれたんや。
そして、鏡も目の前に持って来てくれてどうぞ。と言って一本選んで渡してくれたんや。
それを手にとって自分の首のところへ持って行き鏡を見て、「どうや。これ似合うか。」て聞いたら、若い店員のお姉さんが「ブサイクな男には、どんなネクタイをしても似合わんな。」と言ったんや。
俺は、少し驚いて、聞き間違えたんかなと思い、その若い店員の顔を見ると、「あんたみたいなブ男に、つけるネクタイなんか無いって言うてるねん。」と言ったんや。
俺は、ちょっとムカッと来たけどすぐ気を取り直して、この若い店員の教育がなっとらんな、この百貨店は。多分この店員、頭いかれとるな。多分そうや。
と思って、ネクタイをショウケースに戻して、何も言わずに立ち去ったんや。
すると、黒いスーツを着たおじさんが近づいて来て、四角い小さいテーブルに案内してくれて、ここにお座り下さい。と言ったんで腰かけたんや。
その黒いスーツのマン イン ブラックのおじさんは、今から引き継ぎの儀式をします。と言われたんや。
そして、自分は、あなたの守護霊でした。そして今日からは、…と言われた時に、近くの階段の方が少し騒がしくなっていて、見ると、VIPのような方がお連れの人達を引き連れて、階段を降りて来ているのが見えたんや。
そしてその偉い方は、人を従えて俺の座っているところまで来られたんや。
そして俺の守護霊は、直ぐに立ち上がってその偉いさんに挨拶されたんや。
そして、俺にも「立ちなさい。そして挨拶しなさい。この方は、普通の方ではない。とても高貴な方なるぞ。」と言われたので、「なんや突然、それにこのおっさん。一体誰やねん」と思ったけど、俺も席を立って敬意を払って挨拶したんや。
そしたら、そのお方は俺の正面の席につかれて、俺たちにも座るように合図されたんや。
俺たちが席に着くと、おもむろに俺に向かって、「お前は一つだけこの世にいる間に直しておかなければいけないものを持っておるな。」と言われたんや。
俺は、「それは何ですか。」と尋ねると、
「ほれ、今しがたネクタイ売り場で、お前はあの女店員の態度が悪いから、一瞬だけでもムカッと来たやろう。それじゃ。」と言われたんや。
俺は、「あの状況の下では、誰でもムカッとなりますよ。それに、俺、ムカッと来たけど態度に出してないし、顔にも出せへんかったと思うで。それのどこがあかんねん。」と少しきつく言い返したんや。
すると、そのお方は、「ほれ、今度はわしに向かってムカッと来とるやないか。もうちょっと修行を積まんといかんな。ちょっとプライドが高い。」と言われたんや。
俺は、今度は、まともにムカッと来て、
「おっさん、見ず知らずのもんに向かっていきなり、プライドが高いとかなんとか、抜かしやがって、俺はな、大阪の下町、天満の天神さんのお膝元で生まれ育ち、売られた喧嘩は一回でも負けたことがないんやど。あだ名も組長やったんや。」
「その俺に喧嘩売っとんのんか。根性あるやないけ。元はと言えば、おっさんの方が失礼やないか。ええ加減にさらせ。」
「あのな、おっさん!あんたがどんな偉い、高貴なおっさんか知らんけどな。物事には、道理ってもんがあるんや。」
「俺は、客で、あの生意気な小娘は、店員や。そのケツの青い小娘店員が、このお客のワシに向かって偉そうな口をききやがったら、誰でもムカッと来るのが当たり前やないけ。」
「そうではなく、ただ黙ってヘラヘラ笑ってへっこむような奴は、お釜か、ケツの毛を根こそぎ抜かれてるペンペン野郎だけや。おっさん、初対面のくせに偉そうな口を聞くんじゃねえ。」
「昔の俺やったらな、店長呼んで土下座さすとこやったんやで。」
「それになあ。おっさん。ええ事教えといたるわ。この世には、上には上があるんじゃ。あんたが、どんな高貴なお方か知らんけど、あんたのもっと上のお方がこの世に来られてるんやで。」
「あんたより、もっと高いところからおりて来られてるんや。悔しいやろ。ええ、おっさん。」
「あんたが、俺の守護霊やて?こっちからごめん被るわ。」
「俺には、そのトップから来られてるアヴァターがいてはるんや。」
「高貴のおっさんは、いくら高級霊か知らんけど、隠居しとき。仕事は無くなったわ。悪いけどな。」
「なに?聞こえへんわ。おっさん。そうか年取って大きい声出されへんのんか。可哀想に。ちょっとだけ同情したってもええで。」
「まあここまで、俺の啖呵を我慢して聞いてくれたから、そのお方の名前を教えたるわ。」
「よーく耳の穴ほじくって、聞けよ。一回だけ言うたるからな。」
「この世を正すために、全知、全能、全在の愛の神さんが、生まれ変わってこの世界に来てはるんやで。」
「その方はなぁ、おっさん。俺のグルなんや。あんたと違うんや。その方が俺の先生や。俺の本当の親なんや。あんたな〜今度から突然、俺の前に現れて偉そうにするなよ。おっさん」
「その方はなぁ、今、こうして俺の前で踏ん反り返ってる、見たこともないおっさんと違うんじゃ。」
「その方のことを、もっと知りたいやろ。高貴のおっさん。その方はインドにおられるんや。」
「良かったな。今日俺と出会えて。嬉し涙がちょちょぎれて出るで。その方の名前を聞いたら。」「ええか。おっさん。よう聞けよ。その方の名前は、サッチャ サイババというねん。覚えときや。おっさん。」
と言ったとたん、そのおっさんの顔が、サイババさんの顔に変わったんや。
俺は、「あっ」と叫び、びっくりして、椅子から落ちそうになったんや。
そして、そのおっさんやったサイババさんは、俺の事ニコニコ笑うて見てくれてたんや。
それから、目が覚めた。
俺は、目が覚めてからも興奮していて、もちろん夢の中とはいえ久しぶりに啖呵も切ったし、何よりも、あのおっさんがサイババさんで、しかも自分の新しい守護霊で、その神様御自身が、俺の守護霊ということが分かって、嬉しいやら、恥ずかしいやら。だって俺は、その神さんに啖呵を切ってしもうたんや。
その夢から分かったんは、俺はこの世で生きている間に、プライドを低くせなあかんということや。
あのような小娘にバカにされる事を言われるような状況でも、これからは、ブサイク、ブ男と言っていただいてありがとうございます。と言えるようにならないあかんと云う事や。
実際、サイババさんの信者になって、自分のプライドがペチャンコになるぐらい、数え切れないくらいの試練やテストがやって来たで。
その試練の時、苦しい時に、自分があのおっさんサイババさんに、知らなかったとはいえ、めちゃ偉そうな啖呵を切ってしまった事を思い出すんや。
試練が、テストが来た時に、ここは、我慢の時や。忍耐の時や。
堅忍不抜の精神を発揮する時や。ここで言い返したらあかん。我慢しろ。
表情にも出すな。言葉も優しく話せ。
本来のあの、ガラの悪いお前に戻るな。
喧嘩早いくせは直せ。手は絶対出すな。
口もや。我慢して耐えろ。と自分で言い聞かすんや。
もう三十年ぐらい前の話や。
だから、あの夢以来怒ったことは無い。もう啖呵も長いこと切ってないから、どうやって切るのかも忘れた。
俺、この三十年間サイババさんに導かれて霊性修行させてもらったおかげで、少しはマシな性格になったと思う。
ポニョ:これで、なんで、サイババさんがインタビュールームであんたのほっぺたパチンとされたんかが分かったわ。
ほんまに、あんた、やんちゃやってんな。
でも三十年前のあんた、カリが来てる時の今のおいらに似てるな。
今でもあんた、まだ充分啖呵切れるで。ヤーさんみたいやったで。
ふーん、知らんかったわ。あんたのあだ名。組長やて…。
合うてるわ。態度がいつもデカイし、どんがらもデカイし、ピッタリや。
ヨシオ:じゃかーしわい!ええ加減なこと言うたら、いてまうで!
ポニョ:あっ!今、怒ったやろ。なーんや、まだ、プライドあるやんか。
賢人と呼ばれている人は、悪事に関与せず、自らの内なるアートマへの思念をよりどころとし、プライドもなく、世俗ごとに惑わされることも無い。
そして感覚的な欲望を引き起こす物事から距離を置き、楽しみや苦しみからも自由になっていて、そういう人は生きているにも関わらず、すでに解脱に達しているのである。
ガルーダプラナP75
ポニョ:ガソリンの値段が高いままで苦しいね。オーストラリアではどうなの。
ヨシオ:こちらも一緒だよ。日本円だと、安いところだと120円、高いところだと150円ぐらいかな。
でもこちらは、消費者運動が盛んやから、前日にそれぞれのガソリンスタンドが次の日に売るガソリンの価格を公表せなあかんから、誰でも、一番安いスタンドを知っていてそこで入れるねん。
ポニョ:それでも、オーストラリアも結構高いね。自分の国でLPG 輸出しているのになんでそんなに高いんや。
ヨシオ:それは、オーストラリアの国旗を見たら、イギリスの国旗がひっついてるやろ。
それが、意味するところはオーストラリアは完全な独立国やないということや。
つまり、まだイギリスの統治下にあるねん。
ポニョ:へ〜。それは知らんかったな。
ヨシオ:だから、選挙で第一党となった党首が日本のように首相になるんだけれど、もしイギリスが、その首相に対して相応しくないと判断すれば首を切ることが出来るんや。
実際、過去にイギリスによって首を切られた首相もいてるんやで。
ポニョ:なに〜?それって、日本より悪いやんか。日本も一応独立国やけれど、実際は国際金融マフィアに乗っ取られているアメリカの支配下にあるもんな。
ヨシオ:それが、もっと露骨になっているのがオーストラリアや。
それが、よく分かるのは俺が土地を探している時に知ったんやけれど、パースから千キロほど行った農場が気に入って、不動産屋に問い合わせたらオーナーはイギリス女王で、99年のリースは出来るが名義の変更は出来ないとの事だったんや。
ほとんどの、田舎の不動産は女王が持ち主になっていて、それが普通だという事だった。
ポニョ:日本やったら、どっかの国の王さんが日本の国土の持ち主で、それを日本国民が借りるということやろうけど、考えられへんな。
ヨシオ:そうやろ。俺もびっくりしたわ。俺が気に入った農場は、シンガポールの十倍の大きさで六つも飛行場が付いているんや。
もちろん、四つの寝室もあるプール付きの家や真水が湧いてる井戸もあるんや。
ポニョ:それって、信じられへんぐらいの大きさやな。その農場でちなみにいくらぐらいの値段がするの。
ヨシオ:約4000万円ぐらいやったな。
ポニョ:あのね。シンガポール十個分が、たったの4000万円!そこを買って国を造れるやんか。
独立して、おいらが国王になったら、あんたを大臣に任命したるで。
ヨシオ:ポニョだけや無いんや。そんなことを考えつくのは。
ハットリバーという農家がオーストラリアから独立宣言して独立したんや。
ポニョ:ほんまか。冗談抜きで?
ヨシオ:ほんまや。それでポニョが言ったように、農家の親父が国王になって、その嫁はんが女王になったんや。息子がプリンス。娘がプリンセスや。
ポニョ:メチャ面白い。俺たちもやろうぜ。金は無いけど。それで、政府は何にもしなかったんか。
ヨシオ:放ったらかしや。それで、農家の家族は一躍世界的に有名になったんや。最初に、オーストラリアと平和条約結ぶことが、皇室だけの秘密会議で決まったんや。
でもそんな事より金儲けしよう。ということで、ハットリバー王国の切手を発行したら、それが世界中の切手マニアに大受けになったんや。
切手の原価は一枚あたりしれている。
それが、ものすごい数の切手が売れたため一晩にして億万長者になったんや。
今では、隣国の州都のパースに豪邸を買って、国王と女王は住んでいるようだね。
それで、王子様は、王様が外遊されたまま帰ってこないので、困惑されているらしい。
ポニョ:なんか、面白すぎて頭がまっ白になったわ。こんな事が、まだこの俺たちが住んでいる地球で出来るなんて面白いな。
ヨシオ:そうやろ。オーストラリアに来る前にいろんな国の国籍取得について調査したけど、面白かったんはパプアニューギニアで、七年間続けて住めたら国籍をあげると言われたわ。
今は知らんけどな。
この世は楽しんで生きないと、洗脳された固定観念に囚われて生活してたら、自分で自分の檻を作ってその中から出られへん、と言ってわめいているようなもんやからな。
例えば就職や学業、仕事でも、何もかもうまく行かなかったら、落ち込まずに自分の人生をリセットして、パプアニューギニアに移住したらええねんや。
俺が、まだ日本に住んでるねんやったらそうするで。言葉なんか、あとでマスター出来る。
日本にいて子供を放射能まみれにさす生活するより、よっぽど健康的やし、面白い人生が歩めるで。
ポニョ:地球は、神さんが人類全てが幸せに暮らせるように、生き物が幸せに暮らせるように創造された惑星やもんな。
人間が勝手に、国境を決めたりして、自分らの首を絞めてるだけや。
ヨシオ:そうや。宇宙から地球を見たら、国境線なんか見えへんもな。
ポニョ:渡り鳥が、地球のあちこち飛ぶのにパスポート持って飛ばんでも、入国管理法違反になれへんもな。
ヨシオ:人間だけや。ややこしい事しとるのん。この地球で。いずれにしても、死んだら、霊になってパスポート無しでどこでも行けるけどな。
それで、さっきの話の続きやけど、オーストラリアでは大きな会社、特に鉱山業は、オーストラリアを支配しているイギリスの会社が、ほとんど握っているねん。
その後ろには、あんたの友達のロス茶位ルドが主要な株主でコントロールしとる。
例えば首相の息子を、それらの会社の役員にしたりして骨抜き状態やね。
ポニョ:どこでも、悪いことばっかりしとるな。おいらの友達は。ところで、なんであの人達がおいらの友達やのん?
ヨシオ:あんた、彼らの事に詳しいから友達と思ったけど違うんか。
気骨のある政治家が、知事も含めてLPGガスを安くオーストラリア国内に売ろうとがんばったけれど、みんな潰されるんや。
お陰で、国際価格と同じ値段で売っとるで。
ポニョ:でも、それで国民は何も反対しないのか。
ヨシオ:マスゴミも全部握られているから、日本よりも世論操作は簡単や。
地方にある独立系の新聞まで全部買収されてしまったので、今まで遺伝子操作された小麦やナタネなどに警鐘を鳴らして来た新聞は無くなった。
お陰でどこを見ても、門さんトの種を使っている農場ばかりになって来ていて、それらが日本に輸出され少子化に一役買ってるんや。
ポニョ:地球規模で頑張ってるんや。おいらの友達は。
ヨシオ:あちこちに、スノー電が暴露した世界中の携帯などを盗聴する秘密の基地もあって、オーストラリア人でさえその近くに行く事が出来ないんやで。
また、ものすごく大きな秘密地下基地が砂漠の真ん中にもあるんや。グーグルマップで出入り口まで見れるんや。
ポニョ:そんなことに使う金が有ったら、もっと人に役立つことに使えばいいのにな。
役立つと言えば、人や地球に優しいメチャいい車が発売されそうやねん。
ヨシオ:燃費が抜群な自動車とか電気自動車か?
ポニョ:違うんや。燃料が…
ヨシオ:分かった。水素を燃料とする燃料電池車や。
ポニョ:違う。空気や。圧縮空気や。
ヨシオ:この俺らが吸うてるどこにでもある空気か。
ポニョ:そうやねん。それを、コンプレッサーで圧縮してタンクに入れ、それを少しずつ出してピストンを押してエンジンを回すんや。
ヨシオ:そ、それは、簡単やな。
ポニョ:そうや。最初は、路面電車をこの装置で走らせたんやけど、百年以上も前の話や。
その後、液体空気を使って車を走らせた事もあるけど。それもずっと昔の話やねん。
だから、この圧縮空気エンジンはとっくの昔に実現してるんや。
でも、石油会社などのいろいろな既得権益を得ているところから圧力や妨害があって、世に出てないんや。
ヨシオ:いつものやりそうな手口やな。
ポニョ:でも、フランスの会社とインドの会社が手を組んでやっと発売されようとしとるんや。
ヨシオ:それは、ええ話やな。ところで、いくらぐらいするんや。
ポニョ:日本円で八十万円ほどや。三人乗りで、子供を入れたら四人まで乗れるんや。
ドアが、前と後ろにあり乗客は背中合わせに座るねん。
ヨシオ:安いやないの。それで一度、タンクを空気で一杯にしたらどれくらい走れるの。
ポニョ:タンクの容量によって違うけれど、200キロから400キロメーター走るし、タンクを暖めたりコンプレッサーを小さいガソリンエンジンで動かして空気を入れながら走ると、800キロまで走るようだね。スピードも、100キロぐらい出るようだよ。
ヨシオ:それで気になる、タンクに空気を注入するコストは?
ポニョ:200リッター弱のタンクで180円やから、一キロ走るのに一円かかれへん計算になるね。
専用注入機で三、四分、家の電源に繋いですると四時間ぐらいかかるようだ。
それに、メカがとてもシンプルやから軽いし、整備も簡単やねん。
ヨシオ:何と言っても、燃料が空気やし環境に優しいからええやんか。
ポニョ:面白いのは、圧縮空気を出す時に熱を奪うので、クーラーがいらんねん。
それに、最近、空気窒素液化機というのが開発されて市販されているので、誰でも安く液化空気を手に入れることが出来るねん。
しかも、メカがシンプルやからメインテナンスも簡単や。
ヨシオ:でも夏はいいけど、冬は寒いよな。
ポニョ:もちろんどの車にもついてるヒーターを付けないといけないけど、冷たい空気が出るエンジンって、暑い沖縄なんかに最高やね。
ヨシオ:八十万円か。これやったら、チョイ乗りに便利屋やし、誰でも欲しいのんとちゃうか。
なんと言っても地球に優しいし環境に優しいからええよな。空気が燃料で、ガソリンスタンドに行かなくてもええ車って、夢みたいやな。
今日至る所が汚染されています。わたしたちの考えも汚染されています。
水も周囲の環境も空気も汚染されています。全てが汚染されています。心もまた汚染されています
どうしたらこの汚染された世界において善良でいられるでしょうか。
偉大な人でなく善い人になりなさい。偉大な人の状態は過ぎ行く雲のようなものです。
人々は多くのお金を稼いで偉大な人になろうとしますが、最終的にはその人には何も残らず、偉大さも残りません。
最後まで残るのは善良さだけです。従って、わたしたちが求めるべきものは善なる評価です。
だれもが自分は善良なる人であるというべきです。バーラットの全ての人は善良なる人です。
事実、全宇宙は善良な人々で満ちています。実際、あなたは善い評価を得て、善良な人間になるべきです。
あなたが善いことをしていれば、悪評をうけることはありません。15/7/01
ヨシオ:エアーカーのようなテクノロジーは日本ではやってないんか。
ポニョ:もちろんやってるぜ。ホンダがホンダエアーという車を2010年に試作車を作って時速160kmを出し、トヨタもその明くる年にKu:Rinというエアーカーを発表したんや。
トヨタのエアーカーは、豊田自動織機のコンプレッサー部門の有志がクラブを作って最高時速約130kmを出したんや。
ヨシオ:それで終わりか?ところで何で、発売しないんや。
ポニョ:日本では、この手の車が発売出来ないように法律で、がんじがらめに縛られてるんや。
例えば、圧縮空気の入っているタンクは300気圧以上もあって危険やからという理由で、高圧ガス保安法にもとずいて普通の整備士では整備出来ないようになっているんや。
でも、さっきあんたが言った燃料電池車も、高圧の空気ではなく200気圧以上の水素が入っているから、そっちの方が危険や。気圧は、それほど変わらないし、もし燃料電池車が公道を走れるんやったらエアーカーも走れるはずや。
それに、昨日紹介した液体空気を使えば、もっと走行距離も伸びるはずやし安全や。
空気が入ってるエアーカーのタンクが危ないねんやったら、普通の車だってあの危険なガソリン入れて走ってるんやで。ぶつかったらもっと危険や。
大体、潜水用のタンクも200気圧入れてるし、一部のテクニカルダイビングでは300気圧も入れてるで。
タンクは、安全基準に合格したカーボンで出来ているし、石油資源の無い日本にピッタリの車やと思うけどな。
会社の実験では、高圧タンクがぶつかって壊れても、空気が勢いよく出てくるだけやったと言ってる。
ヨシオ:そらそうやろ。水素と違うねんから。それやったら、皆で政府に働きかけて法令を変えればええんや。
ポニョ:というわけにもいかんのや。というのも、石油ビジネスで儲けている既得権益者がいろいろ邪魔しとるんや。
考えて見てみ、この技術百年以上も前にもう確立してるねんで。
その間、誰も発売出来ないやろ。
マスゴミや政治家を使って、あいつらがこの百年間世界中でこの車を発売出来ないように、邪魔し続けてきとるんや。
ヨシオ:どんなふうに邪魔するんや。
ポニョ:これは、新しいエネルギーや動力装置などを発明したり、実用化させたりすれば、必ずそれを実用化出来ないように法律を作ったり、改正したり、銀行を使って融資をしなかったり、取引先に圧力をかけたり、ひどい場合には、わざとその製品を欠陥に見せかける事故を起こさせて、自分がコントロールしているマスゴミに騒がせたりして邪魔しに来よるんや。
でも、一番あいつらが使う手は、初期の開発段階で潰してしまいよる。
大統領令まで使うねんで。
例えば、昔あのエジソンのライバルといわれた、天才科学者テスラは電線が無くても電気を送れる装置を作ったんや。
モル癌財閥が、資金援助したんやけれど、もしこれが広まればその当時モル癌が独占している電線に使う銅が無駄になったら困るので、資金援助を止められて出来上がっていた装置も全て破壊されたんや。
テスラは、この地球に住んでいる全ての人が平等に、電気を使えるようにすべきだと考えていたのに実験室を、焼き払われて潰されたんや。
また、アダム トロンプリーは、地球というのは宇宙空間を回転している磁石であって、そこから電気を取り出すことが出来ると考えて、新しい発電機を発明したんや。
そうすれば、地球のどこにいてもただで電気が取れるんや。
国連にも招待されて、その試作した発電機を動かして皆を驚かしたんだけれど、ロス茶位ルドの召し使いである、ブッシュの親である前ブッシュ大統領の命令でその装置は没収されたんや。
また、ジョンべデー二という科学者はテスラの装置を進化させたものを発明したが、研究室にいたところを襲われ、これ以上研究を続けてはいけないと脅されたんや。
カナダの研究家、ジョンハチソンは重力に反発する装置を作り、当局からこれ以上その研究をしてはいけないと1978年1989年と2000年に強制捜査を受け、装置も没収されたんや。
マロブ博士は、そういった新しいエネルギーの装置を紹介する科学雑誌を出版したが、2004年に何者かによって殺されたんや。
このように、既存の化石燃料や原発で潤っているエネルギーマフィアの妨害が酷くて、エアーカーのようなオイルを使わない車は、奴らの目の敵にされるんや。
ヨシオ:ところで、インドのどこの会社がこの車を作ろうとしてるんや。
ポニョ:タタ自動車や。エアーポッドというのが車の名前や。
もう、十七カ国以上の会社からその国の代理店契約して売りたいと言って来てるんや。
ヨシオ:やっぱりそうやと思ったわ。なんでか言うたら、このタタ財団は、インドの三大財閥でも一番清廉潔白な企業で、企業の倫理規律は世界に誇れるぐらいしっかりしてるねん。
インドでビジネスをしようとしたら、賄賂やコネ無しでは出来ないと言われている程、政府も企業も汚職にまみれているんだけれど、このタタ財団だけは汚職のおの字もない、インドではとても尊敬されている会社なんやで。
もし社内で汚職や賄賂が明らかになれば、大問題や。
元会長のラタンタタ氏は、ゾロアスター教徒で一生独身を貫き、創業百五十年の会社を率いて、売り上げを二十年で二十倍にしたんや。
今や、インドのGDPの3.2%の売り上げを誇り、従業員も33万人を超えてるんや。
賄賂が効かない綺麗な会社というイメージがあるので、外国の会社も喜んでタタと提携するんや。
それに、会社の全収益の65%を傘下の様々な慈善事業に寄付し、ラタンタタ自身は1%だけしか収入がないようにしてるんや。
もし、今までの収益をラタンタタが受け取っていたら、あのチョーブラック企業、門サントの大株主のビルゲー出るツより多い収入になると言われているんやで。
その慈善事業やけれど、ここでは多すぎて全部紹介をしようとすれば、来年の記事までいっぱいになるので出来ないけれど、一つだけ敢て紹介しよう。
インドでは、全生徒の約二十%しかきちんとした教育を受けることが出来ないと言われているんや。
その二十%の生徒は、ほとんどが都会の子供で残りの八十%は、田舎の子供やねん。
だから、学力テストをしても都会の小学校の高学年の子供の方が、田舎の高校生より良い点を取りよるんや。
だから、タタ財団は、以前このブログでシュタイナースクールの時にも紹介した、EHV(人格形成)教育を田舎の生徒に普及しようと、無料でEHVの教材やDVDを作り、Vidya Vahiniというプロジェクトを推し進めているんやで。
また、タタ財団はこんなサイババ病院の広告も新聞に掲載してる。
この国が腐敗している直接の責任は、ビジネスマン達にあります。
利己的な理由と個人的な利益追求の為に、ビジネスマンは権力を握って資金を調達し、その影響力を一層強めてきました。
もしあなた方ビジネスに関わっている人達が正しい行動指針に従って商いに従事するならば、そうした腐敗を一瞬の内に終わらすことが出来るでしょう。
死にかけている者でさえ、施しの金を積み上げれば起き上がると言われています。
賄賂が積まれ、それを官僚が拒まなかったとしても驚く話ではありません。
ビジネスと利潤追求に制限を課し、その能力を公益の促進のために役立たせることが、ビジネスマンの務めです。
ビジネスと道徳を結びつけるのは難しいかもしれません。
しかし、まず最初にハートに道徳心を植え付けて、神への信仰を持ってビジネスに従事するのです。そうすれば、国はビジネスマンの努力によって利益を得、ビジネスマンは社会に奉仕できるようになるのです。
SSSVOL17
サイババさんは、このようなビジネスマンが大好きで、ラタンタタがサイババさんのアシュラムを訪れる時に、学生たちに卒業式より立派な劇をラタンタタに見せなさい。と言われて自らも何度も劇の下見をされたんや。
ババが亡くなる一年半前の話や。
そして当日、ラタンタタが来ると一緒に観劇し、学生たちと質疑応答の時間を取り、そのあとサイババさんは長い間インタビューをラタンタタに与え、あくる日も、引き続きインタビューを与え、それを邪魔をしてはいけないので、バジャンのスピーカーの音をオフにしたぐらいなんや。
その為、その日のダルシャンが終わったのが、昼前だったという。
ポニョ:それだけ、このラタンタタという実業家はすごい人なんや。
ただの金儲けだけではなく、ガンディーも言ったように、ビジネスをするのにモラル、道徳を兼ね備えてる人やということやな。
ヨシオ:今のこの世界で、最高の実業家だと思うよ。
だから、さっきの話に戻るけど、石油を使わない、地球の環境に優しい車を開発しているインドの会社と聞いて、すぐにタタ自動車と分かったんや。
ポニョ:こういう会社が、世界中に増えたらええな。そういや、シトロエンも開発に乗り出したぜ
電気自動車やハイブリッドカーをいろんな会社が競い合って作ってるけど、船瀬俊介が警告してる電磁波がすごいんやで。
エアーカーは、メカがシンプルやし法律を改正すれば、日本のエネルギー問題も解決しやすくなるで。
ヨシオ:もう俺は決めたぜ。
ポニョ:何をいきなり決めたんや。
ヨシオ:あの、タタ自動車が開発したエアーカーが売りに出されたら買うでー。
タタ自動車の儲けの65%が、慈善事業に回されるということは、俺がタタの製品を買えば俺の金も誰かの役に立つということやろ。
ポニョ:その通りや。
ヨシオ:あんたは、そのエアーポッドとかいう車に詳しいやろ。
売りに出されたら言うてな。嫁はんが車持ってないから、奮発して買うぜ。
それまでに、例の奴らが今までやって来たように、この車の販売を邪魔しないように願っているわ。
ポニョ:あのー。ちょっと言いにくいんやけれど……。販売されるかどうか分かれへんようになったんや。
ヨシオ:何でや。どうしたんや。ポニョ。あんたらしくないで。いつもニコニコしてるのに。
遠慮せんというてみやんせ。友達やろ。
ポニョ:うん…。このプロジェクトを率先して進めて来たタタ自動車の社長が、突然、先週自殺したんやて。タイのホテルから飛び降りて。
タタ自動車の純利益も去年の三倍の790億円もあるのに、
多分…、それは自殺とは…………。
ビジネスの世界におけるプレーマ(愛)は、経営者、従業員、その他ビジネスに関わるすべての人が一つの家族の一員である、という気持ちを持った経営陣によって、示されなければなりません
経営陣は、皆に兄弟のような気持ちを持たなければなりません。
互いへの愛と敬意を持つことによって、工業の調和を達成することができます。
工業経営におけるアヒムサー(非暴力)には、単に他人に害を与えないということ以上に、広義の社会的な意味があります。
大気汚染や、川をはじめとする天然資源の汚染を避けることは、企業がアヒムサー(非暴力)を実践する方法です。
以上のようなさまざまな手法を用いることで、基本的な人間的価値を固守する経営者たち、ビジネスの世界でのタスクに霊的なアプローチを採用する経営者たちによって、私たちの国民と国に多大な善がなされ得るのです。
MBAの学生諸君はしっかりとした神への信仰心を持ち、自分が雇用されるであろう企業において、そのビジネスへの献身と社会奉仕の精神で、自らの義務を果たすべきです。
10/2/1990
ラタン タタ氏の話はここから頂きました。
http://d.hatena.ne.jp/SaiLaksmi/20091203/1281557012
ヨシオ:そうやったな。それはそうと、インド人の友達に最近初めての子供が出来て、男の子やけやど、Aarushて言う名前を付けたんやて。
名前の意味は、朝陽から差し込む最初の光線っていう意味やねんて。
太陽が地平線から顔を出して差し込む最初の光はとても大事な重要な意味があるらしい。
昔の人は毎朝、一日の始まりには手を叩いて朝陽を拝んではったよな。朝日から出る光線を見るとその光線に含まれている霊的光線が霊体を刺激すると言われてる。
太陽というのは、実は水素やヘリウムガスなどで出来ている物質的な太陽だけではなく、人の身体の中に霊があるように太陽の中にも霊的な太陽があって、その霊的な光線が肉体の中にある霊体を刺激するんや。
ポニョ:何日か前に手の指とか、足を事故で無くした人がまだそこに指とか足があるのを感じるように、肉体の中に霊体があるって言ってたよな。
ヨシオ:こういう話をするとキリが無いけど、実は、俺たちの目の中からも何千万という霊的光線を発しているんや。だから、目が輝いている人っているやろ。キラキラしてる人。
ポニョ:おるおる。生き生きとして輝いてる人がいるな。
ヨシオ:太陽は、この宇宙を人に例えると、宇宙神人の眼と言われてるんや。天啓経典ヴェーダンダでは、スーリアという名の太陽神、エジプトではイルちゃんの好きなラーという神が太陽神なんや。
それで、この太陽神は人が愛に満ち溢れた良い行いをし、良いものを見た時にその霊的な光線を目の中に増やしてくれるんや。
逆に、人のあら探しをしたり、汚らわしいものや、不道徳、非真なものや卑猥なものなどを好んで見ていると、スーリア神は霊的な光線を人の目から人知れず奪って行かれるんや。
ポニョ:人知れず奪うって…。それってスリや。だから、スーリヤ神と言うんか。
ヨシオ:違うんだってばよ。だから、肉体の機関である目を見ていても、田舎の子はいつも神様の顕現してる自然の中で過ごしているから、見るものは神さんだらけやから、目が輝いている。霊的光線に満ち溢れたキラキラしたええ目をしてる子が多いやろ。
ポニョ:逆に、毎日のようにコンピューターゲームをして、人の荒さがしをし、アダルトサイトを見て喜んでいる人は霊的光線がかなり減少してる、死んだ目になってるな。
それに、お役所仕事で、自分の保身の事や出世のことしか考えていない人も、死んだ魚の目をしてるって、昔から言うもんな。
そう言えば、そんな映画を見たことがある。黒沢監督の生きるっていう映画や。ダラダラ生きていた公務員がガンと宣告されて、今まで死んだ魚みたいな目をして生きてきたのを後悔して頑張って残りの人生を歩むという感動的な映画やったな。
ヨシオ:ガンになってから頑張るって偉いけど、もっと早くから頑張っていれば良かったのにな。死んだ魚の目をしている人が突然生き生きした目になるのんは難しいやろな。長年、霊性修行してる人は、その人の目を見ただけで霊格が分かるんや。
ポニョ:そういや、目は体を表すとかいう言葉があるけど、目は霊格を表すということやな。
ヨシオ:それで、そういう芳しくないものばかり見てると、スーリヤ神が霊的な光線を奪っていき最後は失明するんや。
ポニョ:逆に、良いものだけを見て、良いことをしてる人はどんどん目がキラキラしてくるんやな。おいらみたいに。
ヨシオ:ポニョは鯉ばっかり見てるから、魚の目みたいになってるわ。
もう少し詳しく言うと、普段日光浴とかして太陽の光を浴びると、その霊的な光は目からだけではなく体にある無数の神経系統を伝ってハートの虚空に降り注ぐんや。
因みに霊的なハートは人の体の右側つまり心臓と反対側にあるんやけど、人の肉体が死を迎えた瞬間に心の支配下にある感覚器官を司っている霊的感覚は、霊体と融合してハートの虚空に達して、いよいよ死の瞬間を迎えた時に、魂はそのハートより上昇する極めて微かな一筋の霊的な神経系統を先ほどと逆に伝って霊的な太陽光線に赴き太陽界に旅立つんや。
太陽界に辿りついたあとは、魂の旅の終着点であるこの世界の創造主であるブラフマ神の界まで辿り着けば上がりや。
でも、心がアートマの放つ光で活動していることを知らない無知な魂は、五感の感覚を経てカルマの支配する界に赴くんや。月が明るいのは、月自体が光っているからだと思っているのが、無知や。だから、月の明るさに惑わされて月に行く。でも着いてみればそこは、太陽の光が反射していただけの荒涼としたカルマの世界であった。というわけやな。
ポニョ:はい、外れでした。ああ勘違いの世界ですよ。また生まれ変わってくださいね。
次は、太陽界に間違わずに行きましょうね。太陽界ですよ。ああそう界な。
お後がよろしいようで。
ヨシオ:お後はスペースが無いよ。誰かが喋りすぎるからや。
ポニョ:あんたやないの。
あなたは、自分の目にどれほど膨大な力が潜んでいるかを知っているでしょうか? 目の中には、何千万もの光線が存在しています。太古の人々は、より良いものを見ることができるようにと、太陽神の恩寵を祈願したものでした。スーリヤ・ナマスカール(太陽神への礼拝)をしてその恩寵を祈るときには、あなたの目の中の光線はよりいっそう光輝を放ちます。一方、あなたが他者の過ちを詮索しているときには、太陽神はあなたの目からその光線を取り払い、あなたを盲目にしてしまいます。それゆえ、神によって与えられた諸器官を正しく用いなさい。19/11/02
心は自ら活動しない物質です。自ら活動しない水は、太陽の光を受けて輝きます。それと同じく、自ら活動しない物質である心もまた、内在の神霊の光輝を借りて光るので、あたかも意識あるかのように見えるのです。心の知性が、内在の神霊の光輝を照り返すので、心もまた知性を持つようにみえるのです。ただそれだけなのです。心の本性は無知です。DVJp97
ポニョ:昨日の太陽の話とチャクラとの関係、それにクンダリーニヨガ、霊的光線と太陽神スーリヤとの関係など盛りだくさんやったな。
ヨシオ:この話題をしたら、次から次からいろいろ出てくるから話題が拡がっていって収拾がつかなくなるよな。でも人類にとって大きな福音があるんやで。
前から言っているように、サイババさんの御講話を聞き流したらあかん。行間を読まないといけないんや。というのも、一言も余計な事を言われないから。
それで、次のような事が人類にもたらされる。とサイババさんが言ってられるんや。
それは、神さんからの人類への贈り物なんや。
人類は、太陽エネルギーの1500分の一しか使っていない。でも、それの割合をもっと増やすと人類に計り知れない便宜を与えることが出来る。
その太陽エネルギーを使って機械などを動かせば、エネルギー問題や環境汚染問題を解決出来るんや。
そういうことが実現すると今、イルちゃんが世界中の鉱山会社を支配して地球や人々を収奪し、またロシアなどのエネルギーの狙って画策してることも無駄になるんや。
それぐらいの大発明が近い将来もたらせる。と言っておられるんやで。
それには、サイババ大学がその画期的な研究を完成させて、人類に大きな貢献をするだろうと言っておられるんや。
そのために、太陽光発電の専門家であったサンパット教授が引退する時に、あんたはまだやらなあかんことがある。エレクトロニクスと太陽エネルギーの研究を学生達に伝え、彼らが将来太陽エネルギーを使った新しい動力源を発見するためにここに留まりなさい。と言われたんや。
ポニョ:それは、すごい話やな。でも、そんな発明が仮に今されたとしても、今までそうやったように潰されるで。
ヨシオ:でも、神さんが言われたことやから、それは100%実現するんや。
エドガーケイシーも、巨大なクリスタルで太陽光を集めて電気に変換して使ってた時代があった。と言ってたな。
また、送電線を使わずに電気を送れるようになるらしい。オーストリア出身のニコラ・テスラはその時代に生れてくるには早すぎた天才で、高周波振動の電気的共鳴を利用して、巨大な電圧を発生させ電気の拡大送信機を作り、それによって地球が電気を帯びていることを証明したんや。
そしてこれによって、地球を媒介とする送電システムをつくれると思ったんや。
また雷放電を観測して、周波数の等しい波が干渉しあい波動がまったく動いていないように見える「地球定常波」を発見して、これに電気エネルギーをのせれば、エネルギーを減らすことなく、電気を地球全体に送れるやろと考えた。このように、時が来たらいろんな新しいテクノロジーが人類の役に立つやろな。
問題はタイミングやな。サイババさんが出て来られたあとかもしれんし、その前かもしれん。
ポニョ:その前やったら、既得権益を得てる連中がほっとけへんで。テスラも嵌められたし。
そら、イルちゃんがほとんどのエネルギー既得権益を持ってるから、大騒動になるやろな。例の、ストップ細胞も医療や製薬の既得権益者が、マスゴミ使って潰しにかかってるやろ。バレバレや。エネルギーの既得権益て言うたら、医療の既得権益と比べられないぐらい大きい。
ヨシオ:ということは、それらの発明がもたらせるのは、サイババさんが帰って来られてからということになるな。
ポニョ:帰って来られた時の手土産やな。
サイババ「久しぶりやな。ポニョはまた頭が薄くなって、お腹が出て来たな。わしはちょっと、あっちの世界に帰ってたんやけど、留守の間よう我慢したな。わしがいない間でも、しっかりわしの事をいつも思ってくれてて偉かった。
ほとんどの信者は、わしの言った空に現れるとか、山脈を持ち上げるとか、影分身の術を使うとかを冗談と思ってまともに取ってなかったけれど、お前たちはわしがこうしてサティアサイババの姿で戻って来ることを信じておったの。
予は満足じゃ。
それに、わしが帰ってくる為の露払いまでしてくれたんか。おかげで、たくさんの人がわしの事を良く知るようになって、わしもこれから仕事をし易いわ。
そやそや、これは、気持ちだけやけど、あんたらにお土産や。太陽光を使ったソーラーパネルなんてあるけど、そんなんと比べられないぐらい凄い太陽光を使って発電ができる装置や。これを使ったらガソリンを使わずに車も走らせるし、原子力発電も要らんようになる。きれいな空気、きれいな水、きれいな空が戻って来るんやで。全ての人類が神を崇める世の中には環境もきれいでないとな。でないと、ゴールデンエイジって呼ぶことが出来ないもんな。さあご苦労さんやった。さあ、いつでも、あっちの世界に連れて帰ったるで。こんな世界よりあっちの方がお前たちには、合ってるからな。そら、早よ帰りたいやろ。早い方がええもんな。」
と言っておいら達の首を二つ、ヴィシュヌ神の武器である円盤でシュバーッ!シュバーッ!と切り落とされるんや。そして、おいら達の首が、ころころとその辺に転がっていて、それを野良犬がペロペロしてるんや。
ヨシオ:あのな、ちょっと酷いでそれは!それやったら打ち首やないか。ついでに切腹もしろって言われたらどうするねん。ポニョに付き合ってら、ろくな人生が待ってないな。途中までポニョの話を気に入ってニコニコしながら聞いてたのに、突然首切りの刑やなんて酷い。
ポニョ:まあ話だけやから。カリ来るなよ。
ヨシオ:誰でも来るわ。
サンパット教授は、エレクトロニクスを専攻しさらに、太陽エネルギーを用いて動力とする事に興味を持っています。バラタの国民は太陽を崇めます。太陽は、水素とヘリウムよりなる巨大な球です。太陽から地球に来る太陽エネルギーの一部を動力に用いる機会は豊富にあります。私は、わがサンパットがここに留まり彼の知識を用いて太陽エネルギーを利用してもらいたいのです。
太陽は光輝の具現です。太陽の光は何処からどのようにしてくるのでしょう?太陽光線が我々にどのように到来するかを発見した学者は一人もいません。それは神の力から来るのです。神は光輝にあふれています。神は幾十億の太陽を併せたほどの光輝を発します。今日人々は、一個の太陽エネルギーすら利用することが出来ません。そのような人間に、どうして幾十億の太陽の光輝を持つ唯一者の力を押し測る事が出来るでしょうか?
神の光輝に比べれば、太陽はろうそくの光のようなものです。太陽の源が神であることを実感認識し、太陽のエネルギーを動力に用いる為、サイ大学においてはエレクトロニクスと太陽エネルギーの研究を発展させて、特別の努力をしなくてはなりません。教授の持つ全ての知識をサイ大学の学生に与え、それによってプラシャンティニラヤムのサイ大学から新しい発見が生まれて国家に寄与することでしょう。5/93
人間はすべてを超越する力を、自らが直接的に体験して証明することを探求しました。彼らはその証明を太陽に発見しました。太陽がなければ光はありません。太陽がなければ全てのものが存在しません。この世で植物をはじめ一切のものの成長の為には、酸素は無くてはならぬものです。太陽の主要な構成要素は酸素とヘリウムです。そして酸素とヘリウムが無ければ世界は存在できません。それゆえ太古の賢者は太陽こそ目に見える証明であるとの結論をだしました。そして彼らはガヤトリマントラにおいて最高の神として太陽を崇めました。
~例えば太陽の発するエネルギーのうち、私達は3000分の2しか使っていません。まだ使われていない太陽エネルギーの量は膨大です。太陽エネルギーのごく微量を用いて機械を運転するならば人類は巨大な仕事を成就することが出来ます。そして全太陽エネルギーを人類の福祉の為に使うならば、人類の為に計り知れぬことを成就できるはずです。21/5/91
あなたは太陽に向かって、どうか光って下さいとは頼まないでしょう。光ることは太陽の本性です。あなたがしなければならない事は、太陽とあなたの間にある、障壁を取り除くことである。そうすれば太陽の光はあなたに届くのだ。私、私のもの、という無知の障壁をそのままにして、日がささないと不平を言っても、太陽はどうしようもないのだ。SDMp79
太陽と月は世界を維持しています。太陽が無ければ生命は存在出来ません。太陽は私達に、光、季節、雨、食べ物をもたらせてくれます。多くの病気は、太陽の慈悲深い光線によって癒されます。電気でさえ太陽の光で作ることが出来ます。22/5/95
太陽は、鍋にも川にも鏡にも映る。しかし、太陽はそれらのものが太陽自身と感じるだろうか。また鍋が割れた時、川の水が干上がった時、鏡が割れた時、太陽は悲しむだろうか。それと同じで、あなたが、私は肉体であると思う時、悩みが生ずる。あなたが私は肉体でない、と思う時、あなたは一切の事情に関係無く、太陽のように光る。その上、あなたは至る所に内在するようになるでしょう。SDMp89
ヨシオ:今回も太陽の話ですが、朝陽とか夕陽を見られる時は網膜を痛めるので注意して下さいね。私たちの目は直接太陽の光を見れるようには、出来ていませんから。
俺も、太陽を見る時は、必ず地平線に太陽の一部がかかっている時だけにしてる。
ポニョ:いずれにしても、霊的な光線は前にあんたも言ったように、身体中の神経系統を通じて体の右側にある霊的なハートに降り注ぐので、体全体で霊的光線を受け止めたらええやんな。
太陽は、全ての生き物を支えてくれてる。太陽が無かったら、この星にある全ての生き物は死に絶える。
ヨシオ:それに、太陽は自分たちが実は肉体では無い事を悟らせてくれるんや。というのも、太陽はバケツの水にも、池にも川にも映るけど、それらの水が干上がって自分の姿が映らなくなったら、悲しむだろうか。また、太陽はガラスや鏡にもきれいに写るけど、これらの鏡が割れた時に悲しむだろうか。
ポニョ:もちろん、鏡の持ち主は悲しむやろうな。
ヨシオ:あのね、ポニョさん。今は太陽の話をしてるんですが。ちょっと話に集中してくれますか。
それと同じで、自分を肉体と思っていたら、この世のゴタゴタに巻き込まれて悲しんだりするけど、太陽のように自分がそこにただ写っているだけやと思ったら、何があっても太陽のように動じない。そういう事を太陽から学べる。
つまり泰然さやな。何事があっても動じないのは平然さ。言うのは簡単やけど、やるのんは難しいのは当然さ。
ポニョ:久しぶりにあんたの字余り言葉遊びが出たな。
おいらは沈む太陽を薄目で見るとプリズムの作用で、虹のように七色の光線が見えるんやけど、誰でもそんな風に見えるんやろうか。
でも、同じようにして他の光を見ても七色には見えない。
ヨシオ:人工的に作られた光のことか?
ポニョ:そうや。それだけではなく、ろうそくの火も七色には見えない。いろいろ試したけど、太陽の光だけが七色に見えるんや。やっぱり、太陽はスペシャルやなって思うわ。
その太陽神へのお祈りのマントラがガヤトリやろ。だから、太陽を見ながらそのマントラを唱えると凄い御利益があるんやろ。どんな御利益があるんやろか。
ヨシオ:ガヤトリマントラは、全てのマントラの中で一番強力なマントラなんや。それは、オームと唱えるプラナヴァマントラを精緻にしたマントラで、一日に朝昼晩と少なくとも3回唱えると良いとされている。
ポニョ:3回やったら簡単やな。それで、どんな御利益があるんや。おいらは、それをさっきから知りたいんや。
ヨシオ:あのね、ポニョは神さんにこういう霊的修行をしたから、こういう御利益をもらえるとか、神さんにこんなものを捧げたから、こういう願いを叶えて下さい。とかいうのはまだレベルが低いんやって。全ての、霊的修行は、以前も言ったように山登りをしているようなもので、山の頂上を目指さなあかんねん。それを、山の神さんに、昼飯を食べるからどっか眺めの良いところに導いて下さい。とか、清水の湧いているところを教えて下さいとか、美味しい果物が成ってる木のところを教えて下さいとかを頼んでるようなもんやねん。
ポニョ:でも、腹は減っては戦さは出来んて言うやんか。やっぱり、しっかり食べるもんは食べて、飲みもんもしっかりとって、昼寝もして、景色を楽しんで、一緒に登ってる人と会話も楽しんで、それから…。
ヨシオ:もう分かったって。ポニョは、人生を楽しみながらゆっくり登ったらええやんか。何にも悪くない。でも、今は、ガヤトリマントラの話やけど、このマントラはいまポニョが言ったように、全てのお願いを叶えてくれるパワーを持ってるんや。
これさえ唱えてたら、他の全てのマントラを唱える必要はないんや。
登山中のポニョをいろんな崖崩れや、落石や、落雷などから守ってくれるし、頂上への道も教えてくれるんや。
それに、このマントラを正しく唱え続けていると、自分の周囲のもの全てが光に満ち溢れて来るのが見えるんやで。
ポニョ:それって凄いな。それじゃ、周りが明るく見えたら、夜道も歩けるって事やな。
ヨシオ:違うって。ポニョはホンマに二つの目で見えるこの物質世界のことばっかりを基準にして話してるやろ。そうではなくて、光に溢れて来るのが見えるんは、第三の目が開いて来るからなんや。
ポニョ:なに~!あの、シヴァ神の第三の目か!それは凄いぜよ。顔のどのあたりにそれが現れるんや。その瞬間を、携帯のカメラで撮れるんやろか。もし上手くカメラで撮れたらフェイスブックの表紙に貼ったら格好ええやろな。ポニョの第三の目です。とかなんと横に遠慮がちにちょこっと書いて、おいらのフェイスブックを見てる人はビックリするぜよ。
ヨシオ:さっきから、一人で興奮するなよ。ポニョはおもろいやっちゃ。何回も言ってるけど、そういう物質的な事ではなくて、ガヤトリマントラはポニョが本当は神さんやで。ということを悟らせてくれるマントラなんや。
だから、額に第三の目が現れるとかではなくて、本当の自分は誰かを考える力、識別する力に神聖な光を当ててくれるマントラなんや。心はいつも五つの感覚器官の横にひっついてるから、それらに影響を受けて、美味しい匂いがして来たら食べたいとか、人の噂話が聞こえて来たら聞き耳を立ててみたいとか、公開されたばかりの話題の映画を見に行きたいとか、そんな世俗的な事に振り回されるやろ。そうではなくて、心を感覚器官の方ではなくて、神さんの方に向けさすのがこのマントラなんや。そうすれば、心は鏡みたいなもので、自分自身だけでは光ることが出来ないけど、ガヤトリマントラの力で神さんを映し出すことができるんや。
神さんは前からこのブログでも言っているように、光そのもので、常に放射してるんや。その光輝は太陽が何十億個も集めたよりも明るいんや。
太陽のあの輝く光も、光輝く神さんの前では、ろうそくの火みたいなもんや。
ポニョ:そんなに明るいんか。何ルクスぐらいあるんやろうな。一度しっかり測って神さんの光輝が太陽の何倍か計算したいな。
ヨシオ:出来ないっちゅうに。してなんぼのもんやねん。意味ないやないか。それで、神さんの光輝を映し出した心は、自らが神さんのように光って全てを照らし出すことが出来る。
つまり、ポニョがその頭みたいに光り輝き、神さんのような人になるんや。
ポニョ:頭の毛が薄い人はいつも光ってるから、神さんに近いってことやな。
ヨシオ:そうや、良かったな。ポニョ。そう思っとき。あんただけ。
それで、ガヤトリマントラを唱えると第三の目が開いて光が見えるっていったけど、この第三の目という意味は内なる目、心の目のことで実はガヤトリマントラ自体が第三の目の作用をするんや。つまりこのマントラを唱えれば、第三の目として自分が実は神さんやったということを、心の鏡に映し出された光り輝く神である自分自身を、ポニョやったら頭の部分がより光っている神さんを見ることが出来るんや。
このマントラは、神さんが人類に下さった贈り物の中でも、一番大事な価値のある贈り物なんやで。
さて、いよいよガヤトリマントラの紹介です。
これを一人でも多く、みなさんで唱えて世界の波動を高めましょう。
ポニョ:ところでサイババさんの話はどうなってるんや。
ヨシオ:昨日 首切られたとこやから、今日はちょっと遠慮しとくわ。
オーム
(宇宙のはじまりのめでたき音)
ブール ブワッ スワハー
物質的な世界、心の世界、天界。〔そのすべてに満ちている〕
タット サヴィトゥール ワレーニャム
至高の「あの存在」のみなもとをたたえます。
バルゴー デーヴァッシャ ディーマヒー
精神の光を、「あの存在」の聖なる真理を、深く瞑想いたします。
ディヨー ヨーナッ プラチョーダヤートゥ
知性によって、われらに光があたえられ、絶対の真理をさとることができますように。
(正しくものを見る目が開かれますように。神さまどうかお導きください)
一日二回ガヤトリを唱えるならば、その日のうちに無意識に犯した罪や、払い終えてないカルマを燃やし尽くすことが出来る。~毎日これを行えば、他のどんなマントラを唱える必要もない。あなたは自分の人生を神聖化することができる。ガヤトリは万能で、あなたを災害から守るだけではなく、あなたを賢くし、学ばせ、成功に導くのだ。P,177 ANDI
ガーヤトリー マントラは、いつでも、どこでも唱えてかまいませんが、心の清らかさだけは確保しなければなりません。私は皆さん方、若い人たちに、入浴時にガーヤトリー マントラを唱えることを勧めます。安っぽく、神聖を汚すような映画の主題歌は歌わずに、ガーヤトリー マントラを唱えなさい。入浴の際には体を清めますが、心と理知も清めるようにするのです。入浴時のほかにも、毎回食事の前、眠りから覚めたとき、そして、床に就くときにも、努めてガーヤトリー マントラを唱えるようにしなさい。加えて、最後に「シャーンティ」と三回唱えなさい。そうすれば、あなたの体と心と魂という三つの存在に、シャーンティ、すなわち平安をもたらしてくれる。20/6/1977
ポニョ:星やんは、いつも寝不足気味の時に、魑魅魍魎の世界に行ける。とか言うてたな。
ヨシオ:そうやな、ちょっと寝不足気味の時の方が、身体から霊が離れやすくなるから、言うてみれば半分霊界に足を突っ込んだ状態になるって事やろ。
インドの聖典バガバットギーターにも、寝過ぎたら瞑想は出来なくなる。と言ってるし、サイババさんも、覚醒時と睡眠時の間に神は世界の創造の秘密を隠しているので、自分たちが努力すればそれを垣間見ることが出来る。と言うてはるね。
私は天地創造の秘密をこの地上や天国にしまっているのではなく、この二つの境目のところにしまっているのです。
あなた方は、それを瞑想などによって目覚めの状態と睡眠状態の間のかすかな隙間から一時的に見ることが出来ます。
神はその創造の二元性を人の身体の中にしまっておきました。
あなたはその二元性のうちのひとつでも見ることが出来ますか?
P, 344 Anandadai
ポニョ:星やんは、そういう霊的な観点から見て家相が良いか悪いかを見てたな。
ヨシオ:それは、正しい事やと思う。丁度、スタやんがオーストラリアにいる時に妹達が家を探していたので、星やんがいろいろアドバイスしてた。
ポニョ:そういや、日本に戻ってからオーストラリアの家探しは難しいっていうてたわ。
ヨシオ:まず、鬼門に水に関するもんを避けるやろ。でもオーストラリアは大体どこの家でも裏庭にプールを作るから、ほとんど家が鬼門を外すのんて無理や。良い家相の家を探すのは、至難の技になる。
星やんと見つけたある家は、もう目も当てられへんぐらい家相はグチャグチャや。
でも、売り手のシンガポール人は家相に凝っている人で、わざわざ家相の専門家を何人もシンガポールから呼んで家を建てたんや。でも、俺たちが方角とか調べてもメチャクチャやったんや。
不動産屋が、そんなはずないからもういっぺん調べて欲しいと言われたんで、次は本格的に調べようとコンパスを持って行ったんや。すると、驚き、桃の木、山椒の木やないけど、バッチリや
どこもかしこも、全てバッチリや。ちょっと怪しいとこも、木を植えたり、置物置いたりしていろいろ工夫しとる。さすが専門の風水師が、アドバイスして建てた家やと感心してたんやけれど。
でも一旦、そのコンパスを家の外に持って行くと、なんとコンパスの針が違うとこに振りよるんや。不思議に思って不動産屋に聞いて見たら、景色の良い方向に窓を向けたいけれど、家相が悪くなるので家を建てる前に、大きな磁石をたくさん地面に埋めて磁力の方角を人工的に変えてから家を建てたという。
さすがに、俺も唸ってしまったわ。人の業って、欲って凄いなあって思ったよ。
もともと、家相や、風水というのは、人が自然と一体となって、自然のリズムを邪魔しないように、そして崩さないように、自然と調和して生き、自然を敬いながら生きて行く知恵なのに、それを悪用しとる。
自分で、自然を、自分の都合の良いように変えれると思っておる。
なんと、傲慢な。呆れるぜ。これが、今の文明人のやり方なんや。このような考え方の奴が五万とおるから地球が、荒らされてグチャグチャになるんや。ええ加減にしろ。おごれる人類よ。
こんなのがいるから、地下資源を取り尽くしたり、川を堰き止めて大きなダムを造ったりして、地球のバランスを壊すから地軸がひっくり返るんや。
地球は一つの球です。球を安定な状態にしておくには、バランスをとらねばなりません。
今、限度も無く天然資源を消費し、バランスが崩されています。21/1/93
私達は、創造物をただの物質とみなして自然界を取り扱い、多様の自然構成物に正しいバランスを与えるという自然自体が持っている、知覚ある機能と本性を無視して創造物を無造作に扱いがちです。
また科学者と科学技術者は、利己的な関心と名声を追うことに熱心なあまり、世界の国家の安全と安寧を完全に無視し、自然界のバランスを崩しています。
その結果,さまざまな事故、災害、損失、惨めさが大規模に人々を襲います。
例えば、大洋は地球の必要とする酸素の10年分以上を含んでいます。
一回の稲光りは、全世界が必要とする電気の20年分を放ちます。
巨大ダムを建設し,膨大な量の水を蓄える事によって、その地域には地盤沈下が生じ、その結果、シーソーのように他の地域の地盤が上昇します。
科学者や科学技術者によるミネラル,雲母、石炭、石油およびその他のオイルを発掘するためのさまざまの鉱山等の無分別な開拓は、五大原素のバランスを乱し、汚染して、地震、火山爆発などの災害の原因になります。
26/5/1992
ヨシオ:家探しの話に戻るけど、家相が悪い家を買うと、浮かばれへん霊が悪さしたりして、あとあといろいろ問題が起こるんや。
ポニョ:でも歴史が浅いから、日本ほどでもないやろ?
ヨシオ:そら、全然違うで。
でも、俺が懇意にしてた日本から来た人の嫁さんが廊下の突き当たりのトイレの前に、夜になると足の悪い年取った女の人が杖をついて歩くのが見えるねん。
それで、そこは借家だったんで、気持ち悪いから近所の人に聞くと、前に住んでた人が足の悪い女の人でその家で亡くなっていたとのことやったんや。
それで、すぐ引っ越した。
でも、オーストラリアは空気が乾燥してるから東南アジアみたいに、湿気がなく、地縛霊がそこら中ウロウロしてない。アボリジニの霊は、彼らが虐殺された場所や聖地におるけどな。
ポニョ:あんたの家みたいにか?で、湿気と霊と何の関係があるんや。
ヨシオ:この世界は、五代元素で出来てるんや。宇宙の果てに行っても、またブラックホールの想像出来ないくらいの圧力の中で生成されるのも全て、この地球で見れる五大元素なんや。
宇宙は、リンガムのような楕円形をしていて、トーラスと呼ばれている。そして、その中にある核では、全てが溶けていて、宝石でさえ液体なんや。
それらが、核から飛び出たのが、いわゆるビッグバーンで、それらが冷やされて五大元素になって宇宙を生成するんや。
霊界も、この五大元素の霊妙な部分から出来ているんや。だから、核から出て宇宙を一周して、またブラックホールに吸い込まれて核に戻るんや。
この五大元素の中で最も、霊妙なのがアカーシャつまり空と言われるもので、人の心の動きも含めて全てがそれに記録されるんや。この、アカーシャも、宇宙の終わりには消滅するんや。
一番、霊妙でないのが、地で、その次が水なんや。つまり地よりも水の方が霊妙で霊の世界に近いと言えるんや。
だから、霊が水の近くに溜まりやすくなってしまうんや.それで、風水では水はとても大事な要素となるんや。
ポニョ:水もんの近くに家を建てる時は、要注意やという事やな。
ヨシオ:本当は水だけじゃないねん。人がよく使い込んだ物の中に、その人の霊体を取り込んであるから、そういうところにも霊は来やすい。
また、動物や昆虫などの生き物にも霊は惹かれて寄ってくるんや。
ポニョ:動物園にもいるんやな。
ヨシオ:そうやなぁ。日本から来た知り合いの人は、こちらの動物園に来たあと肩が凝ってどうしようもなかったんや。
そういう霊が見える人に頼んで見てもらったら、あんた最近動物園に行ったやろ。
そこで、変な動物の霊が背中に引っ付いてきとる。と言って除霊したら肩凝りが治った。と言ってたな。
今の人は、食事に出て来たものをなんでも口に入れるけど、動物の肉を食べるということは、その動物の霊体も一緒に自分の身体に取り込んでいる事やねん。
だから、自分の霊体の波動が、動物に近づいて動物園なんかに行くと、そこに浮遊してる動物の霊がワシの仲間が来た〜と言って引っ付いてくるねん。
また、霊の波動は固い物質よりも水、水よりも生命体に近いから、蜘蛛の巣が張ってるとこにも引き寄せられるねん。
また、人の霊体を取り込んでいる革靴にも注意せなあかん。
人の足の指先は、霊体が血液と一緒になって、まるでマラソンの折り返し地点のようなところやから、オーラが指先からいっぱい出てるんや。
革靴は、もともと動物の皮膚やから、そこにその靴を履いている人の霊体が、足の指から出て来て溜まりやすいんや。
そう意味で、足の指の爪にはたくさん霊体が溜まってるねん。
だから、ヨガの行者は爪を切らないんや。
そういう意味で霊体の貯金箱みたいになっている、革靴がいっぱい入っている靴箱の置いてある場所にも気をつけた方がええねん。
ある時、サイババさんが夢に出て来られたんや。
その当時、新聞やテレビを見てナロジンに引っ越したいという人がやって来たのはいいけれど、仕事はないし離れて行く人が多かったんや。
もちろん、誰にも俺はナロジンに来てくれなんて頼んだことはないけど、来たい人には出来るだけのことはしたんや。
ほとんどの人は、出て行く時にきちんと挨拶してお世話になりました。と言って離れて行くんやけど、中には世話になったことをすっかり忘れて、悪態ついたり、いちゃもんつけて出て行く人がほんの少数やけれどおるんや。
そういう人の、悪い想念がやって来たことがあった。
サイババさんは、夢の中でそういう悪い人のネガティブな想念がベランダに置いてある靴箱の中に、悪い霊力として溜まっているから明日それに、注意するよう警告されたんや。
その日、すぐに靴箱の中を掃除して革靴を片付け、靴箱の位置を変えたんや。
すると、靴箱の後ろは蜘蛛の巣だらけで、霊の住処みたいになっていたんや。
でもその日、嫁さんが台所で洗い物をしていたら、突然熱湯が勢いよく噴き出して手に火傷を負ったんや。
自分も、風呂に入っていて少しだけ湯を出しながら浸かっていたら、突然熱湯が嫁の時のように、勢いよく噴き出てきて脇腹に火傷を負ったんや。
この程度で、済んだんはサイババさんが警告してくれたおかげやった。
靴箱をあのままにしていたら、もっとひどい目にあっていたと思う。
ポニョ:そんなん聞いたら、おいらも靴箱を今日綺麗に掃除しようかなっと。
ヨシオ:でも、ポニョは俺みたいに誰からも恨まれてへんから、大丈夫や。
ポニョ:そんな事ないで。鯉の餌をやる時、カエルに取られんように意地悪してるから、カエルの悪い想念が来てると思うわ。
髪の毛、爪の切りかす、埃、くもの糸、タバコの煙、そして壁の落書きのあるところに幽霊は来やすいのだ。
神はきれいなところに来るのだ。〜暗闇の帳りが降りる前に、家に明かりを灯さねば幽霊が入ってくる。
P270Anandadai
ポニョ:いくら自分の心の中におられる神さんの声を聞こうとして耳を澄ましても、聞こえてこない事があるな。
ヨシオ:神さんの声を誰でもそんな簡単に聞けるというわけではないんや。
昔から、今年は雨がよく降るでしょうか?とか、豊作でしょうか?とかいろんな事をそういう神のお告げとか、霊の囁きを聞ける巫女さんなどを通じてメッセージをを得ることが出来たんや。
ポニョ:そういや、学校で卑弥呼が未来の出来事を占うのに亀の甲羅を火にあぶり、乾燥して出来たひび割れのパターンを読んでいろんな事を占ったという話を日本史の先生がしていたな。
実は日本史の授業で覚えているのはそれだけやねん。
ヨシオ:古代史って面白いもんな。ババは人類の歴史は君たちが思っているよりずっと古いし、もっとアドバンスのテクノロジーを持っていたと言っておられる。
ポニョ:そういや、ヒラニヤカシプは地球の自転の速度を変えたり、地軸の角度を変えたり、北極星まで旅をしたりしたんやろ。
ババはバガバッドバヒニの中で、各ユガ期は大洪水によって終わる、と言ってられるから古代の超文明も大津波で押し流されて今では跡形も残っていないんやろな。
ヨシオ:でも、オーパーツと呼ばれる古代の超文明の遺物が世界中から掘り出されている。
ポニョ:オーパーツって今の科学では説明出来ないような機械の一部やら、クリスタルの頭蓋骨やら高度な科学技術を持った掘り出した物やろ。
ヨシオ:実際、俺たちが今住んでいる地球には何度も何度も高度な文明が栄え滅んで行った痕跡が世界各地にあるんや。だって、人類の歴史は四つのユガ期が順番に回ってやってくるんやけど、今俺たちの生まれたカリユガ期の前にもたくさんのユガ期があったんや。
ポニョ:つまり、今までたくさんカリユガ期のような時代を人類は経て来ているって言いたいんやろ。世界中にそういう巨石文明とかあるもんな。どうやってあんな大きい岩を切り出して巨大な構築物を造ったんやろな。
ヨシオ:特に俺が面白いと思ったんは、南米にある岩をくりぬいた用水路やねん。その用水路は巨大な岩の中を直角に二回も曲がってるんや。どのようにしてそんな大きな岩の中の岩をくり抜けるのか現代の技術を使っても不可能なんや。だってその用水路は人が入れるような大きさではないんやで。
ポニョ:不思議な事があるんやな。そういやヴィジャヤクマーリさんがバトラナードゥ寺院にババと行かれた時、ババが昔は人は空を自由に飛んでこの寺院に行き来していた、と言われた事があるけどナスカの地上絵なんかも空から見ないと描けないやろ、あんな大きな何十kmもある絵なんて。だから、昔は人が空を飛んでいたんやなって分かるよな。
ヨシオ:それって、ババが再降臨された時にされるパフォーマンスやな。昔は普通にそういう事が出来てたんやな。
ポニョ:今でもそういうことが出来る人って実はいるんやろな。だって、以前記事にして紹介したけどあんたの家に居候していた先生が、リシュケシュの湖の真ん中で神への賛歌を十メートルぐらい空中に浮かびながら歌っていたって言ってたな。
ヨシオ:そういうふうに、神を思う気持ち、想念の力が物質で出来ている肉体を空中へ浮かばせる力になるんやろうな。
ポニョ:昔、ババに神聖な力が入って行く時にもババもよく宙に浮かんでおられたな。
ヨシオ:ああ、そういうエピソードが幾つかあったよな。座っておられた木の板ごと宙に浮かんでおられた時もあったな。
ポニョ:そうそう、ラマナマハリシが亡くなった時も宙に浮かび御足からバケツ一杯分のヴィブティを出されたエピソードも有ったよな。
ヨシオ:大元の神であるサイババさんがこの世に降臨される前に、露払いをする為にいろんな高級霊や天使たちが事前にこの世界に生まれ変わって来ていて、色々とお仕事をされていたんや。
そして、これからもそういうアドバンスソウルと言われる魂が、ゴールデンエイジを迎えたら世界中の人々をアヴァターの手足となって導いて行くんやろな。
それで、ババが来られる前と言っても百年以上も前やけど世界中でそのような高級霊や聖者がやって来ていろんな素晴らしいメッセージを、人類に伝えたり空中浮揚やテレパシー物品移動などのパフォーマンスをしたんや。
当時、世界中にスピリチュアルブームを巻き起こしたんや。
ポニョ:おいらも写真を見たことがあるけど、真っ赤に焼けた石炭を頭の上に乗せたり、満員の講演会場で人々の間を空中浮揚して飛び回ったり、舞台の上で一メートルもある刀を身体を突き刺したり、身体を刀が突き抜いてもあのおっさん死ななかったで。レントゲンでもちゃんと刀が写ってたもんな。
ヨシオ:そういうパフォーマンスやら、シルバーバーチや日月神示、お筆書きのような霊能力者や霊媒を介したメッセージも盛んやったな。
ポニョ:いろんな、いわゆる霊能力者と言われる人がたくさん世界中に生まれ変わって、来るべき大元の神さんの御降臨に準備をされているんやな。
ヨシオ:そういう霊能力者によるパフォーマンスや霊界通信のようなメッセージで、いろんな人が霊的に目覚めて霊的な啓蒙活動を始められたな。
そういうのがあるのと無いのとでは全然違うよな。霊的叡智の満ち溢れたババのメッセージを初めて聞いた時に、受け入れ方が早いし良く分かるよな。
ポニョ:以前、神への道は大きな神さんが創られた山を登る登山みたいなもんや。一歩一歩が霊的修行や、なんて記事を載せたよな。だから、そういう露払いに来られた高級霊たちの言葉に耳を傾けて霊的世界に入って行った人はその山登りの五合目ぐらいまで登ることが出来るもんな。
ヨシオ:シルバーバーチのメッセージを研究していた友達がいて、シルバーバーチは大元の神さんへと導く役割をしていたと言っていたな。だから、Silver Birchって白樺の木のことやけど、略してSBつまりSaiBabaのSBと同じや。と気付いて今はサイババさんの帰依者になってられるんや。
蛇足やけど彼はいろんな霊媒師が霊界にいる偉人の名を使って私はニュートンです。とかソクラテスですとか言っている霊媒は注意しなくてはいけない。と言ってたな。内容で勝負するのが本当の霊媒師らしい。
ポニョ:でも、ババは降霊会のようなものに出て自らを神のように振る舞うのは、レベルの低い霊が悪さをしてるから関わらない方が良いと言われているよな。
ヨシオ:そうやったな。人が死ねば肉体から離れて霊界に旅経つけど、この世に束縛を持っているものは、まだこの地上でウロウロしとるからな。それに、そういう連中は肉体の束縛を離れたので、一段階だけ人間より高いレベルにいるので、いろんな人が出来ないことが出来たり、見えないものが見えたりするんや。だから人から見たら神のように振る舞えるんや。
ポニョ:でも、ムーンロカのような高いレベルの霊界に旅立った者も生まれ変わってきたり、人類のために働いたりされているんやろ。
ヨシオ:ババジのようなヨギは何百年も生きて、時々自分の肉体を物質化して人の前に姿を現す聖者もいるし、霊たちの人類への働きかけは数え切れないほどあるよな。
ポニョ:そういうヨギや聖者の霊的な教えを学んでいる人って、ババの教えに接しても理解しやすいやろな。
ヨシオ:逆に事前に、そういう霊的な知識を持たずババを神の化身と認めてその霊的な山登りをしている人は、俺はヘリコプター登山って言うんやけど、一気に七合目まで登れるので、ちょっと酸素が薄い分、酸素切れになって少しお休みする人がいてるな。ババの教えはとてもレベルが高いからな。
ポニョ:もちろん、ヴィジャヤクマーリさんのように前世では神に近かった人は、すぐにババの事を神の化身って認められてたな。逆にあんたが言ってるように、これも記事にしたけどババがインタビューを与えたシンガポール人の人にあんたはまだここに来るのが早すぎる。もうちょっと世俗的な欲望を満たしてから来なさいなんて言われて、現金をプレゼントされていたな。
ヨシオ:人の身体だけみると、みんな目があり、手があってそんなに違いは無いけれど、霊的な目で見るとえらい違いやもんな。動物に近い人がいっぱいいてる。星やんはそれをいつも言ってたな。
ポニョ:うわ〜なんやこの人、まるっきりアニマルや!なんて大袈裟やったな。
ヨシオ:俺もいろんなサイの帰依者の人を見てきたけど、あんなに繊細で傷付きやすくて、ババに対して愛がいっぱい持ってる奴っていないで。
ポニョ:とにかく、ババ以外の話にはあまり興味がなかったな。もちろんおいら達に合わしていろんな話もするけれど、すぐにババの話に話題が戻ってたな。
ヨシオ:この世界で生きて行くのはあいつは無理や。日本のサイの組織でもっとしっかり頑張って欲しかったけど早く逝ってしまったな。
ポニョ:あいつがいてたら日本のサイセンターの人達も、すごいババの話が聞けたのにな。惜しいことをした。でもプレマサイの時代にマイソールで生まれるってババから言われてるし、次に生まれた時はこんなややこしいグローバルエリートが跋扈して嘘いっぱい垂れ流している世の中ではなく、真理、ダルマが世界を支配している世界やからあいつにはピッタリや。
ヨシオ:まだ覚えてるわ。あいつの口癖。こんなひどいことが世の中に起こっているけど、それもババがお許しになられているんですよね、みたいな事ばっかり言ってたな。
ポニョ:またこんなこともよく言ってたで。地球の女神様が悲しんで泣いているのが皆さん分からないんでしょうかね。仏様は毎日泣いておられますよ、なんて言ってたな。
ヨシオ:あいつにはこのカリユガの悪が一番ひどい世界では耐え切れんかったやろな。俺は、あいつが喜びそうなバジャンを作ってやったことがある。だってあいつ、いつもバガワーン ババ〜のバジャンしか歌わんかったやろ。もちろんメチャ思いがこもってたけどな。
それは、こんなバジャンやった。これを歌ってあいつ泣いてくれたんやで。
ポニョ:神さんの事やったらいつも泣いてるやんか。星やんは。
ヨシオ:そうやったな。まあ黙って聞けや。
良心のささやきが聞こえますか〜?
御仏の心の痛み分かりますか〜?
物質文明花盛り
カリユガの悪のその中で
真理の叡智を求めて
私は御仏求めます
波阿弥陀仏唱えます
(サイナータバガワーンの曲で)
ポニョ:星やんが好きそうな歌詞やな。それにひきかえ、インドに行って帰って来た時は生き生きしてたよな。朝まで喋ってもまだ元気やったで。三日間続けて徹夜したこともあったな。
ヨシオ:それでだんだん寝不足で霊体が体から離れそうになって、いろんな魑魅魍魎の世界が見え始めるんや。ヨギみたいなやっちゃ。俺は、オーストラリアにいるからそんなにあいつと会う機会は無かったけど、心の中では俺の心の一番深いところまで降りてきて会話できた奴やったな。
ポニョ:ババからもあんなに祝福してもらってるもんな。直接手紙をもらったり、あいつのババの写真からヴィブティが出過ぎて額のガラスがバジャンの最中に割れた事もあったな。
ヨシオ:ババもあいつのおかげで四六時中一緒に付き合わないかんかったから、大変やったやろな。いつも、ババと話しをしてたで。
ポニョ:ババを自分の中に持っていたな。そんなふうにおいらもなりたいな。
ヨシオ:あいつにはババがいつもいるから、霊媒やらサイキックな人やら巫女さんのような人は必要なかったな。
ネパールに行くと雨が止み、空が澄み渡った後、虹が二重にも三重にもできる時がある。日本でも空気がきれいな時、二重の虹ができるよな。
その二重の虹が出来た時に人々は寺院へ押しかけるんや。するとそこには若い少女の巫女さんがいて霊が取り憑いて霊媒になり、人々にいろんな助言をするんや。
ポニョ:ほう。面白いな。二重の虹が出る時でないといかんのけ?
ヨシオ:空気がきれいな時でないと二重の虹が出ないやろ。そんな特に霊媒になるんやろうな。
それで、人にあなたの盗難物は今、そこのバザールのどの店で売られているとか、息子や娘の結婚相手の相談やらをやってくれるんや。
ポニョ:星やんも、そういう事出来てたで。
ヨシオ:あいつは、あなたには変な霊が憑依してるとかというパターンが多かったな。
星占いやら手相を見るのが好きやったな。
ポニョ:あいつの前世は完全なブラミンやで。だって、全然結婚願望もないし禁欲生活なんて普通に出来てたからな。ネットでは性文化が蔓延っていて、目があんたみたいにギラギラしている人がたくさんウロウロしているような世の中で禁欲って難しいやろな。
ヨシオ:あんたみたいには余計やろ。ということで、初めの話題に戻るけど心の中の神さんの囁きを聞くにはどうすればええんやろなっていう話しや。
ポニョ:それがメインの話やったな。忘れてた。
ヨシオ:ババは、このカリユガでは神の御名を唱えるのが一番有効な霊性修行やと言っておられる。というのもポニョの周りを見まわしてみ。ひどい災害や事件ばっかり起こっているやろ。
テレビで放映されてるニュースも嘘だらけや。だから、誰でもそういう非真理に影響を受けるから神の御名を唱えないかんねん。
ポニョ:神の御名は真理そのものやもんな。でも、一日中サイラムって言うのんは難しいで。おいらやってみたけど一時間が限度やな。
ヨシオ:だから、以前俺が言ったように、クリシュナダスさんのような神の御名を何度も唱えているような曲を朝一番に何回か聞くと、それが耳に一日中残るから良いよって言ったやろ。
ポニョ:おおそうやったな。そんな事あったな。ずっと昔の事やから忘れてたぜよ。
ヨシオ:あのな、簡単に忘れんなよ。でも、もしそれが難しいのならババはカルマヨガをしなさいと言ってられる。
ポニョ:カルマヨガってバガバッドギータの第二章やったかな。確か三章もそんな事書いてたな。
やるだけやって行為の結果を神様にお預けしなさいっていうヨガやろ。
ヨシオ:まあそういうことやけど、だからと言って何をやってもええって言う訳ではないんや。自分の良心に基づいてダルマをせなあかんねん。それも、以前チッダムバラムさんの話にあったように、常に注意深くどんな状況になってもそれに対処出来るように、物事を進めていかなあかんねん。
ポニョ:ああ、結婚話を兄貴から反対されていた人やな。ガス欠になった時にババにそのような事を言われて叱られてたな。
ヨシオ:それに、そういうふうにやっても過去生のカルマで全く思い通りの結果にならない場合があるやろ
。だから結果については、もう行為をした後は忘れることや。だって自分が蒔いた種が回り回ってまた自分に戻って来ているだけなんや。それが、良い結果であればハッピーに受け入れたらええけど、悪い結果でもそれをハッピーで受け入れなければならないんや。
それを、自分の思い通りにならないからと言って、コネを使ったり賄賂を使ったり、ひどい場合にはヤーさんを使って脅したりして自分の欲望を人は叶えようとするやろ。それがまた新しい悪いカルマを作ってしまうんや。
ポニョ:自分の欲望を人に迷惑をかけながらゴリ押ししてやる人がいるよな。
ヨシオ:だから俺が言いたいのは、神様を友達として普段からどんな小さな事でも心の中の神さんに尋ねたらええねんけど、神さんは俺たちが自分の英知を使ってどれだけ上手くやれるか見たいんや。だから、いちいち全ての質問に答えてくれないんや。
ポニョ:神さんに質問しても、答えてくれないけど優しく見守ってくれてはるんやな。ババは御講話で二羽の鳥がいる。一羽は食べ物を探したり、さえずったりして毎日忙しくしている。
もう一羽の鳥はいつも一緒にいて相棒を黙って見守っているって。それで、いつも見ている方の鳥が実は本当の自分なんやて。
ヨシオ:プッタパルティのアシュラムで外国から来ている帰依者の為に週に一回、EHVホールで講話をされていた俺の知り合いがいるんやけど、何をするにも、どこへ行くのにも肉体をとっているババの許可を得てからしかされないんや。
ババは、お前がお腹が空いた時には、私の許可を取らずに食べるのにどうしていちいち小さい事を私に聞きに来て、私の邪魔をするのだ。自分の頭があるやろ、と言ってと叱られていたな。
ポニョ:要するに自分の心の中のババに聞けばええんやろ。肉体のババは一人だけやけど、心のババは全ての人の中におられるもんな。
ヨシオ:でも、心の中のババに聞いても何も言ってくれない時の方が多い。どうしても答えを聞きたいときは声に出して頼むんや。そして、そのあと半時間ほど心の中でお願いした後、もう一度自分が知りたい事を精査してみると自然に答えが浮かんで来るんや。それが神さんのささやきやねん。
“人々は、公園や海岸のベンチに静かに座っている時に、良心のささやきに耳を貸さないために非常に価値のあるものを失っています。彼らは、一人きりになるのを恐れ、静寂でいることを何か忌まわしい物のように見なして避けています。しかし、自分自身の真理を見つけるのに一人で静寂にしている時にのみそれが可能なのです。”
“想念は、正しいことも間違っていることもあるでしょうが、直感の促しは真理以外の何ものでもありません。想念はほとんどの場合、感覚的で世俗的な性質を持っています。一方、直感は内なる声、つまり良心のささやきであり、神聖なるものです。”
“真理は純粋で汚れのない心から、良心のささやきとして聞こえて来るのです。”
“人間の内面には良心というものがあり、つねに正しいアドバイスをささやき、正しくない行動を止めようとします。人間はこの良心の声をほとんど黙らせてきましたが、それは神の声であり、その声を黙らせることはできません。”
ポニョ:でも普段の生活で、三十分もかけていちいち神さんに聞いてたら日が暮れてしまうよな。
ヨシオ:だから、さっき言ったカルマヨガをすればええんや。自分の良心に基づいて行為をし、ダルマの道を踏み外さないように、注意深く結論を出して一歩一歩人生を歩んで行くんや。
そうすることによってどんな結果が待ち受けていても、それがどんなに耐え難い結果で有っても、それを神さんからの贈り物やと思って有難く幸せな気持ちで受け入れるんや。
ポニョ:それが、カルマヨガか。酷い結果やったら受け入れるのんて難しいやろな。
ヨシオ:でもババは、一度私の帰依者になればあなたが耐え切れられないぐらいの試練は、神は与えませんから心配しなさんな。と言っておられる。
ポニョ:それやったらええけどな。でもさっきも言ったように大きな過去生からのカルマを持っていた場合はどうなるんや。ひどい結果が待ってるんと違うんか?
ヨシオ:その場合は、有効期限が切れた薬みたいに、薬を飲んでもそれを飲んだ本人は気が付かないようにして、その人のカルマを返すことを神の恩寵でやってくれるんやて。
ポニョ:それって最高やないの。大元の神であるサイババさんやからこそ、そんな凄い約束が出来るんやな。なんか嬉しくなってきたぜよ。
ヨシオ:と言ってもポニョは大したカルマを持っていないけどな。ポニョはどこから見ても善人の塊やないの。
ポニョ:そうかな。まあ海千山千のあんたと違うことだけは確かやな。
ヨシオ:あのな!せっかく褒めたったのに返って来た言葉がキツイやないの。
“夕刻の三十分か一時間を、自分の問題を熟考するために取っておきなさい。そうすれば、問題の解決策を見出すことができるでしょう。もし四六時中心配ばかりしていれば、あなたは時間を無駄にし、問題は解決できないでしょう。”
"アシュラムにいる時はスワミに直接聞くことが出来ます。アメリカにいる時は答えを求めて祈り、そのあと客観的に探求すれば、30分で答えが得られるでしょう。何が正しいか判っている時は質問せず、実行しなさい。それが自信であり、神の力なんです。
全ての人間関係を横に置いて判断をしなさい。どの人がそれに関係しているかではなく、それをする事が正しいかどうかを考えなさい。"
ポニョ:カルマヨガって誰でも出来るみたいでも難しいよな。特に自分が予想していない結果や好ましく思っていないような状況になったら受け入れられないよな。
ヨシオ:でも、そう状況に自分を追い込んだのは、実は自分なんや。そのような不快な状態になるってことを以前の行為、と言ってもそれが前世での行為であったかもしれないし分からない。
それになぜそうなったのかを分析してもその時の自分では判らない時が多い。
ポニョ:つまり、なるべくしてそんなふうな不利な状態や気分を害する状態になっているって事やからあれこれ詮索しないで受け入れなさいよ、という事やな。それって難しいよな。
ヨシオ:カルマには宇宙のカルマ、例えば小惑星が衝突するとかで地球が破壊される。あるいは太陽が赤色矮性になって膨張し、地球が飲み込まれて全ての生物が消滅する、とか。
また、地球や社会や国のカルマがある。これは自分の国が何処かの国を植民地化して収奪しその富を収奪したりすると、次の戦争で自分の国土が破壊されたりひどい事になる。
もちろん、個人のカルマは説明しなくてもポニョが知っている通りや。ババは、地球や国のカルマ、社会のカルマを支払う時に、そこにいる人が巻き込まれるのは普通だ。と言っておられる。
もちろんその時にその国に生まれてそこで生活していたらそれにまきこまれるけど、でも本当は自分が生まれる前に何才何ヶ月の時にそんな事になるって分かって、そこに生まれ変わって来ているんや。
“人は欲に限度を設けるべきです。人間の行いが本末転倒しているために、今日、自然災害が起きているのです。
皆さんはグジャラート州で起こった地震による惨害を知っていますね。
何万という人が命を落としました。このようなことが起こる原因は、人が過度の欲望を心に抱いていることにあります。
神は自らが創造した宇宙の完全なバランスを保っています。神の創造物の中で、大地と海はバランスが授けられています。
ところが、人間は地球の天然資源を無分別に採取して、石油を採掘しています。毎日何万トンもの魚介類が海で捕獲されています。
このような天然資源の無差別な収奪が地球のバランスを失わせ、人間の生活を破綻させています。心の不安定さ(カムパム)から解放されたとき、初めて人は地震に悩まされることがなくなります。SSS Vol.34C3
私はグジャラート地震の被災者たちのために、トラック何台分もの米や豆などを送りました。
中には、「スワミ、どうしてそんなに多額のお金をかけて、グジャラート州に救援物資をお送りになるような手間をとられるのですか?最初から地震をお止めになればよかったではありませんか」と尋ねた人々がいました。
私は答えました。「愛しい者よ、人間は地震が起きたことに関して自らを反省しなければなりません。過度に富を追い求めるあまり、人間は地球のバランスを崩しています。だからこそ地震が起きたのです。それが自然の掟(おきて)です」”
ポニョ:この世で起こる酷い事件や戦争や自然災害も含めて、そういうもので犠牲になる人たちは全て神様の計画の中に織り込み済みっていう訳やな。
だから、そういう災害や事件を事前に読み取れる人は、もしもし、あなたこのままだと危ないですよ。もうちょっと行くと肥溜めがあってどっぽんですよ。身体中ウンチだらけになりますよって伝えるだけでええんや。説得する必要はないってサイババさんが言っておられるよな。
ヨシオ:あゝクサ〜臭って来た。今、まだ日本に肥溜めなんてあるんか?ポニョのバーチャルリアリティの世界だけやろ、
ポニョ:おいらは、肥溜めにはまった事あるで。足だけやったけどな。もう時間が経ってる肥溜めやったからそんなに匂いはしなかったで。逆にウンチが発酵した甘〜い香りがしてた。
ヨシオ:ええ加減やめとけって。その話題。日常生活でも、子供達が二十歳を過ぎ成人式を迎えたら親の義務はほとんど終わりや。もちろん、伴侶を探したり、病気になれば世話をしたりせないかんけど、いろんな事を自分で決めて行動することに干渉したらいかん。
今、ポニョが言ったようにそんなんしたらこうなるから、危ないよとか言って、警告するだけで充分なんや。
ポニョ:ババがいつも言っておられるけど、この世で起こる全ての事象は、カルマの法則に基づいて起こっているので、第三者がそれが良いとか悪いとか言う権利は人には無いってことやな。
何か悪い事のように見えても、カルマの法則があんなふうに作用いているぞ、って思えばええんや。
でも口でそう言っても、実際パレスチナで虐殺されている子供やマレーシア機の犠牲者を見てたら、可哀想でそんなふうに思えないし言えないよな。
ヨシオ:だから、大元の神さんがこの世界に来られているんや。俺たちはこの世俗の世界に肉体を持って生活しているので、いろんなことに囚われていて真理が見えないことが多いけど、微かな体をとってこの世界とあの世界に生きているヨギや聖者達には、この世界で起こっている不正義や、不道徳、非ダルマ、暴力、虐殺、非真実などが俺たちの千倍以上も耐えられないことなんや。
俺たちは、ひどい事件などを見たり聞いたりしても、しばらくしたらチャンネルを回して高校野球の決勝戦を見て喜んでいるやろ。でも、ああいう神に近い神聖な魂の持ち主は、この世で狂ったように吹き荒れている虚偽や非ダルマの嵐に耐えきれないんや。彼らのとっては一分一秒が、拷問の日々のようなもんやねん。
“真の社会は、利己心のない人々の集合体です。
理想的な社会は人間的な価値を尊び、すべての住民がモラルを守っていきている社会のことをいいます。
社会の中に非ダルマや非モラルが蔓延ると、その国全体が崩壊します”
ポニョ:まるで星やんと一緒やそれって。繊細なんやな。て言うか他人の痛みが分かるんや。地球の女神様の痛みや苦痛が理解出来るんやろ。
ヨシオ:その通りや。だからそういう聖者たちの祈りに応えて、大元の神様がこうして地上に降臨されたんや。この世で蔓延してる非ダルマや虚偽を一掃しないと、聖者達はサーダナが出来なくて神の方へ向くことが出来ないんや。
ポニョ:だから、この世界で人や生き物が苦しみに出会っている間は、いくら霊性修行をしても至福の気持ちになれないって言うんやな。
ヨシオ:カルマヨガの話に戻るけど、ババは帰依者が耐え切れないほどの苦痛を神の恩寵で与えることはないと言っておられたという話をしたよな。
逆に言えばその人は神の恩寵を得ることが出来ないと、耐えられないぐらいのカルマを持っているってことやねん。このようにたくさんカルマを持っている人でも、このカルマヨガを実践出来るんや。
ポニョ:それじゃ、おいらみたいにあんまり悪いカルマを持っていない求道者はどうなるんや。
ヨシオ:なんでポニョがあんまり悪いカルマを持っていないって分かるんや。
ポニョ:この前あんたがおいらに、ポニョは善人の塊やなんて言ってたやんか。
ヨシオ:そうやったかな。心にも無い事を言ってしまったんか。善人でもカルマを持っている人はおるで。でもまあポニョ君はカルマが無い事にしとこか。
そういうポニョのような過去生からの悪いカルマをあまり持っていない人が、全ての行為を神に捧げ、ダルマに基づいて行為をし、生き物も殺生せず愛で持って生きているんやったら、その人が無執着で行う行為は、全て神がされている行為と変わらなくなるんや。つまりサイババさんがアヴァターやから、ポニョは小さいアヴァターやな。
ポニョ:あの〜もしもし。おいらはサイババさんより大きいですが。
ヨシオ:そうやな、特にお腹がポッコリ出てるとこなんかはな。
話を戻すけど、そういうレベルの高い魂の人はもう自分の為やとか、金を儲ける為やとかというこの世俗の世の中で自分の為にやらなくてはいけないものが無いんや。
その人がやってることは全て自分以外のものの為なんや。
ポニョ:つまり、無私の行為って事やな。それらの行為を神に捧げればパーフェクトなんや。
“無私の行為を行うこと、行為の結果をすべて神に捧捧げること、各人の内なる神に奉仕し、内なる神性に気づくことによって人は実践的知識や経験にもとづいた知識を養うことが出来ます。”
“愛は無私の行為によってのみ知ることが出来る。”
ヨシオ:そうやな。だから、その人の行為の結果が失敗したように見えても、成功したように見えても、その人には関心は無いんや。どっちに転んでもその人にとっては良い事って知っているんや。だから全てが良い事になるんや。もともと、その人がやってる行為自体が、その人が自分でやっていると思っていない、神様が自分の身体を使ってやっているって思っているので生き方が淡々としている。
その上、行為の結果に対して一切何も期待していないし、どちらに転んでもそれは神様の意思だと信じているからいつもハッピーなんや。そういう意味で、その人が何をしてもそれは神様がやっている事と同じになるので、ポニョは小さいババやって言ったんや。
“人生においては、一切があなた自身の思いと前世の行為の反映に過ぎません。
あなたは誰も自分の行為や思いに気づくまいと考えて、うまく周りの人々を偽ります。
けれども、あなたの内なる神は、あなたの考えも感情も行為もすべてご存知です。
神はあらゆる場所におられます。神には何も隠し事は出来ないのです。
いつの日か、あなたは自分の行為の結果に直面しなければなりません。
これは至上の真理です。あなたは、誰かを自分の困難の原因と考えて、その人を非難しますがそれは完全な間違い間違いです。
良いことであれ悪い事であれ、人生であなたが体験することすべてはあなたの行為が原因です。”
ポニョ:確かババは、クリシュナがアルジュナにお前のようなレベルに達した帰依者には自由を与えなければいけないと言われたよな。それって、このように全ての行為を神に捧げて、結果を放棄することが出来る帰依者について言われたんやろな。
ヨシオ:神の帰依者にもいろんなレベルの人がいるけれど、一歩づつ霊的階段を登っていけば誰でもそんな高いレベルのヨガが出来るようになるんや。
ポニョ:それってセヴァに似てるよな。セヴァって日本語で奉仕って訳すけど、本当はもっと深い意味があるんやな。だって今言ったことってセヴァと一緒やろ。例えばホームレスの人に食事を配っても自分が満腹になる訳でもないし、それに今日のおかずは俺の好みやとか、俺の嫌いなキュウリが入っているとか言われてもそれは配る人ではなく食べる人の問題やから。
神様に捧げているからその人に食べていただいても、食べられなくてもありがとうの気持ちが湧いてくるしな。セヴァってカルマヨガの中でもとても高いレベルのヨガって感じやな。
先ほどクリシュナがアルジュナに自由をあげるって言ったけど、どんな自由をあげたんやろうな。
ヨシオ:そのアルジュナのような高いレベルの人は、何をしても自分を勘定に入れないんや。その人がやること考えること、思うこと全てが他の人や生き物の中におられる神様への奉仕なんや。だからその人が自分の意思だと思っているその意思自体が神様の意思と一つになるんや。
ポニョ:ということは、その人と神様は同じになるっていうことやな。おいらのような小さいアヴァターになるんや。
ヨシオ:だから、そういう高いレベルのカルマヨガが出来る人は、四六時中ババと会話をすることが出来る。だって、その人の思いや想念はババと変わらないから、その人の心はババしかいなくなるんや。
ポニョ:以前、神様と椅子取りゲームしましょうという記事を出したけど、あんたが言ってることはその椅子取りゲームで神さんがずっと椅子に座ったままの状態なんやな。
でも、実はその椅子にずっと座っている神さんはエゴが無くなった自分っていう訳や。
セヴァっをする事によって、そのような高度の幸せに満ちたカルマヨガを少しの間だけ垣間見ることが出来るんや。だから、ババはおいら達にセヴァをするように勧めておられるんや。
ヨシオ:普通に生活している人は、毎日の生活に追われるやろ。学生さんやったら受験が控えているとか、サラリーマンやったらいついつまでに仕事を終えやないかんとか、事業家やったら手形の切れる期限が迫ってるとか、主婦やったら来週からパートに出ないと家計のやりくりが出来ないとかいろいろあって神様の方を向こうと思っても世俗的な事で忙しい。
ババがセヴァをすることをお勧めになる理由は、ポニョも言ったようにセヴァって自分の時間が取れる時に出来るやろ。カルマヨガの最高の幸福感を味わえるしな。
ポニョ:おいらもセヴァに行った時に幸せな気持ちになるぜよ。ホームレスの人に暖かい食事を届けてありがとうと言ってくれたらなんか嬉しくなるよな。
ヨシオ:そのように行為の結果がすぐに分かるセヴァもあれば、分からないセヴァもある。結果がすぐに出て来ないセヴァはとても難しい。それに、ホームレスの人に食事を届けるセヴァはエゴとかが入る余地はないけど、例えばリンゴの木を孫のために植えるなんてセヴァは自分の為にする行為ではないものの、自分の孫のためにというところで自分、つまりエゴが入って来る。
だから全く自分の事を勘定に入れなくてしかも奉仕をしてもすぐに結果が見えないセヴァは難しい。誰でもが出来るセヴァではない高度のカルマヨガやな。まあ、セヴァの話を始めたら切りが無いのでまた別の機会にしよか。
ポニョ:そういや、あんたの子供の名前もセヴァやったな。
ヨシオ:末っ子やけどな。その名前をつけてえらい損したわ。おかげでもう二十歳にもなるのにまだ世話がかかるんや。セヴァをいつまでもせなあかん。めちゃ大食いで。一日六食も食べるんや。
ポニョ:六食は多いな。でも育ち盛りの時はおいらもそれぐらい食べてたな。豊橋に住んでいる時に満腹亭という飯屋によく通っていたんやけど、ある日お腹が空き過ぎて大盛りの焼きうどんを食べてる時に一緒に割り箸の一部も噛み切って、えらい硬いうどんが入ってるなとか思って噛み砕いて呑み込んだことがある。そして短くなった割り箸を飯屋の親父に見せたらえらい笑われたな。
ヨシオ:そういう芸はポニョしか出来んな。
ポニョ:そうやろか。ところでそのさっきあんたが言ってた高度のカルマヨガって、なんか特別な名前は付いてないんか?
ヨシオ:あるよ。アーナシャクティーヨガって言うんや。
“完全に利己心が無く、行為の結果を全く考えず、完全に集中して有能な仕事をし、しかも執着や欲望を待たず、全ての行為を神にささげる時、それがアーナシャクテイーヨガの実践です。アーナシャクテイーヨガはブッデイヨガよりはるかに優れ、中々凡人に出来ることではありません。しかし私達は、アーナシャクテイーヨガの境地に達する努力を放棄してはなりません。全力を挙げて努力し神の御加護があれば、一見不可能なことに見えることも成し遂げられます。6/86
“クリシュナはアルジュナに必要とされる忠告をすべて与え、アルジュナの捨てたエゴを受け取ったあと自らの意思のままに行為する自由を与えました。アルジュナの意思は完全にクリシュナのものとなったからです。このようなレベルに達した弟子には自由を与えなければなりません。”
ポニョ:一見悪いように見えていても、実はいい事や。という事がたくさんあるよな。
ヨシオ:本当はこの世は愛で溢れてんねんけれど、うっとうしい話ばかりが周りにあるように見えるな。
ポニョ:先日の、エアーカーの話でもまともに聞いていたら、なんや、また奴らにやられたな。と、うっとうしくなるけど、本当はこのような車が世界の天変地異が起こって、あいつらが掃除された後に世界中で走り回るんやな。って思うと嬉しくなるな。
ヨシオ:それに、この世界はなんでも反映、反響、反動があるから、今、このように妨害してたら何倍にもなって、素晴らしい世界がやって来るねんで。
ポニョ:そうやったら、将来ゴールデンエイジになれば、ポチになってお手をしている奴らの横を、エアーカーでさっそうと走り抜けたるねん。ポチちゃーん頑張ってね。と言いながら気持ちええやろな。
ヨシオ:でも、簡単に人間がたまに犬になるって生まれ変わるって言うけど、本当は大変な良心の苦しみを経てそのような姿を取るので、冗談でも、奴らの身になったらとても可哀想やねんで。
人が死ぬと、肉体の束縛から自由になり、自分の良心とまともに向かい合うことになるから。
詳しい事は、「良心のささやきが聞こえますか?」という記事に書いたやんかな?
人が動物に生まれ変わる可能性はあります。
しかしまれにしかそういうことが起こらないのです。
徳の欠如による人の生まれ変わりの下降現象は、普通レベルの低い人間となって生まれ変わります。
しかし、実はどの生まれ変わりの生においても、あなたはアートマンとして存在しているのです。MBAI
ポニョ:そうやな。おいらも、間違いを犯して反省して、大反省して、よし、この償いは次の生で犬になって借りを返そう。こんな大きな間違いを人生で起こし、人様に、多くの人様にこんだけ大きな迷惑をかけてしまった。
人に生まれ変わるなんてとんでもない。犬の姿で、生まれ変わり、この世の全ての人のお顔を地面に近いところから見上げて、悪かったです。ごめんなさい。と言って謝りながら生きていこうと思うやろな。
地面に近いとこから見上げるから、時々スカートの中も見えるけど、また新しいカルマを作ってしまうから我慢して見ないように頑張るやろな。
ヨシオ:もしもし、ポニョさん。一人で一体あんた何を想像して言うてるのんや?
ポニョ:思わず、犬になった気持ちになってしもたわ。
ヨシオ:犬になったら人間のスカートの中なんかに興味ないわ。アホやなあんたは。犬になったらキャンキャン言うて雌犬追いかけ回しとき。
もし解脱を求めて修行している人が殺されると、また生まれ変わって最初から修行をやり直さねばならない。
それゆえ、その人の解脱の時期は先延ばしになる。
また、人として生まれたのにも関わらず、解脱を求めず悪い行いをしてその生を終えると、次の生は動物として生まれ変わる。
その結果、その人の解脱する時は先延ばしされるのである。
解脱を求めるのを途中で止めた修行者は、解脱を求めつつも殺されてそれを達することが出来なかった修行者と同じように、大成就は先延ばしされるのだ。
ガルーダプラナーP30
ポニョ:前の人生では、人口削減のために『世界の人口を五億人と勝手に決めつけてごめんやっしゃプロジェクト』を立ち上げ、多くの罪のない人々に毒の入ったワクチンやフッ素の入った水や、遺伝子操作で不妊にする毒物を混ぜた大豆やトウモロコシを作って食べさせて悪かったと思っている。
また手下を使ってフリーエネルギーの研究をしている人や世界のために、人のためになる尊いお仕事をしている人達を、辱め、消してしまった。
また通貨発行権を握っているという特権を利用してほとんどの人を奴隷のようにこき使い、金を巻き上げてきた。
自分らが特別な存在だと勘違いして、多くの人々をコントロールするためにマイクロチップを入れることを画策したり、その薄汚い計画に気付いたお方を消してきた。
ああ、なんて悪いことをして来たんだろうか。こうして、霊界に来てみたら、生きている時に信奉していた悪魔さんが、閻魔さんが、実は自分の良心やったんやなんて初めて知った!
その自分の良心が、いつも、そんな酷いことやったらあかんで。やめときや。と言ってるのに無視してきた。死んで初めて自分の良心に対面して、これまでやって来たことを反省するなんて地獄の苦しみとはこの事や。
この自分の良心の声、ささやきに耳を傾けて来なかった為に、こんだけ多くの人様に迷惑をおかけしたんや。
動機の純粋さは、あなたが平安を得る上で最高の保証となります。
良心の呵責とは、慈悲の心が苦しむことです。
正しい行いをしていれば、眠りが妨げられたり、健康が害されたりするような、悪い影響を受けることはありません。
このように、悪かった。と後悔して犬になって生きることを決意するなんて、悲壮な決心やもんな
それで、おいらがポチになって生まれ変わって、おいらの飼い主にお手をしているところを、誰かがエアーカーに気持ち良さそうに乗って、イエーイ、前世で悪い事しよったから犬になってお手をしとるぜ。ええ気味や。お利口な犬ちゃん。て言われたら、おいらめちゃ落ち込むやろな。おいらもうこの冗談もうやめとくわ。
おいら、こうして自分で話しているだけで落ち込んできたわ。
ヨシオ:あのな、ポニョは話すのはええけど、気持ちを入れすぎとるんや。あんたは、何も悪いことしてないのに、相手の気持ちになってしまうからや。ほんまにおもろいおっちゃんやな。あんた、落語家なったらええねん。一人で、朝まで喋れるで。
ポニョ:それと同んなじ事、嫁さんにいつも言われるわ。
ヨシオ:それはそうと、俺も何処かで読んだことあるけど、あのラーマクリシュナの弟子ヴィヴェカナンダが、私はインドに腹の減った野良犬がいなくなるまで、その最後の野良犬一匹のために、このインドの大地に何度でも生まれ変わる。という感動的なスピーチをしてるんや。
ポニョ:おいらは、奴らが悪い事をいっぱいしとるから、次の生は犬やぞ。とからかってたけど、ヴィヴェカナンダが聞いたら、私が代わりに犬になったげる。というかも知れんな。
ヨシオ:そこまでは言わんやろうけど、でもそこまで言いかねんぐらい、人類愛を持っていた人、インドを愛してた人やったな。
ポニョ:そのヴィヴェカナンダが生まれ変わって、サッチャサイババからプレマサイババへの引き継ぎの仕事をしはるんか。
ヨシオ:そうやな。サイババがプレマサイとして生まれ変わってから最初の二十年間世に潜む間、今、ヴィヴェカナンダに生まれ変わっているスリランカの男が世界の指導者になるっていう話やな。
プレマサイ降臨の時までに、世界は今より良好な状態になっており、プレマサイは最初の20年間、誰にも名を明かさず、あごひげをつけた状態で動き回るだろう。
P57神の化身SS Baba
このサッチャサイの身体は96才まで生き、その後一年間の空白期間を経てプレマサイが人の身体を取り、75年間君臨します。P, 65 Anandadai
そういやサイババさんが送ってくれて、俺と一緒に働いてた歯医者のインド人はアシュラムで彼と何度も会って挨拶したと言ってたわ。
アシュラムで、彼の事が有名になって顔もみんなが知っているので、アシュラムのどこに行っても誰もが彼の足に触って挨拶するので、アシュラムにおれなくなってババにスリランカに帰りなさいと言われ、泣く泣く帰ったようやな。
その後、彼はコロンボに住んでいて、いろんなサイセンターの奉仕活動に熱心に取り組んでいると言ってたな。今では結婚してロンドンに住んでおられるらしいな。
また、スリランカの元大統領の娘がサイの帰依者やけど、ナロジンの噂を聞きつけてわざわざこんな田舎の俺の家まで、俺の話を聞きにやって来てくれたんや。
その時に、彼の話をしてくれたな。彼が、サイババさんからもらったという髪の毛の一部を見せてくれたわ。なんでも、サイババさんが自分の髪の毛をわしづかみにして、ばさっとお岩さんみたいに抜いてお守りにしなさい。と言って渡したらしい。
ポニョ:しゃーから、サイババさんが亡くなる時にみんなに自分の髪の毛をあげてたから少なくなってたんか。失礼な奴や。サイババさんが可哀想やのに分からんのか。
ヨシオ:あの〜それは違うと思うけど…。実は髪の毛には爪と一緒でその人の霊的パワーが詰まっとるんや。だから、ヨガの聖者は爪や髪の毛を切れへんねんで。
ポニョ:そういや、おいらの行きつけの年配の散髪屋のおかみさんが、いつも人の髪の毛ばっかり長年触ってるから、目に見えないあちらの世界のもんが見えてくるようになった。と言ってたぜ。
ヨシオ:そういう事もあるやろなぁ。相当、ヨガの苦行を積んだ聖者は、自分の髪の毛や、爪を切るとその中に神経ができるるぐらい繊細になり、毛や爪を切るととても痛みを感じるんや。
クリシュナの時代のあるヨギは、自分の住んでいる森全体に長い髪を神経のように張り巡らせて、果物とかを誰か盗まないかを、髪の毛で監視してたんや。
ポニョ:それじゃ、神経が中にあるから、そのヨギが散髪屋に行くと一本一本毛を切るごとに痛て〜!痛て〜!て叫ばなあかんから、うるさくて散髪出来ないやんかな。
お客さん。ちょっと静かにしてくれませんか。他のお客さんが、誤解して私がお客さんの肌をハサミで傷つけたと思って、待合室のお客さんがみんな逃げて行きましたんや。
あの〜。毛を一本切ったぐらいで、大の大人が大きい声あげて泣き叫ばんとってくださいな。
お客さんのせいで、もう商売上がったりや。今度から、違うお店に行ってくれはりますか?うちは、あんたみたいなお客様は……あの〜いつになったらおいらの一人芝居止めてくれるんや。
ヨシオ:ほっといたら、ポニョがどこまでやるんやろ。と見てたんや。
ほんまにおもろいな。ポニョは。あんたとおったら退屈せえへんわ。
だから、爪とか髪の毛には貯金箱みたいに霊的エネルギーが溜まっているから、そのあんたの行きつけの散髪屋のおかみさんが霊的な力を持つことが出来たんと違うか。
ポニョ:そら散髪屋は、一日中人の髪の毛ばっかり触れてるもんな。でも、霊的なレベルもいろいろあるから、霊的に低いレベルの人の髪の毛とか足とか触ると逆に悪い影響を受けるやんな。
古代、聖賢たちは髪の毛を切りませんでした。
というのも、霊的に毛髪は非常に神聖で、力があると考えられていたからです。
この体(スワミの肉体)は、もうすぐ80歳になります。
にもかかわらず、今日まで私の頭髪は非常に強く、ずっと強力なままです。
私はくしを使いません。
私が髪にブラシをあてようものなら、髪はブラシにからまってしまうでしょう。
私の髪はとても太くて強いのです。
もし、だれかが私の髪の毛を一本抜いてみたいと思ったとしても、不可能です。
それは神の化身の毛髪の特質です。私だけでなく、人はだれもがある種の神聖な力をもっています。人はそうした力を伸ばすよう努めるべきです。
今、若者たちは神に授けられた力を保つための努力を払っていません。
若者たちはその神聖な力をありとあらゆることで無駄 にしています。
若者は日々多くの力を浪費しエネルギーを失って早く老けてしまうという結果 に陥っています。 10/2/05
ポニョ:髪の毛や足に触れれば、その人からいろんな影響を受けるって面白いな。
ヨシオ:そう言えば、こんな面白い話をインドにいてる時に聞いたことがある。
ある日のインタビューで、アメリカのグループが呼べれ、そのあと一人の女性の帰依者が、サイババさんからある人にメッセージを託されたと言っていたんや。
普通、サイババさんは直接、その人にメッセージを伝えるんや。神さんやから、人を介さなくても簡単に出来るんや。
だから、誰かを介してメッセージを伝えるというのは珍しいので、一体どういう事やと、後でみんなで彼女が帰ってから聞きに行ったんや。
その女性はサイババさんから、「君は、明日バンガロールに行く予定だよね。一つ頼まれて欲しいんだけどいいかな?」と聞かれたんだ。
さすが誰にも何も言ってないのに、私が明日バンガロールに行くことを知っておられるってすごいな。と思い、「もちろんです。少し買い物に行って帰ってこようと思っていますので、何なりともおっしゃって下さい。」
「どんなものでも、ついでに買って来ますよ。」と言うと、
「いやいや、欲しいものは何にも無いんだよ。ただメッセージをある人に届けて欲しいだけなんだ。」と言われたんだ。
「もちろんです。容易い御用です。地図か住所を書いていただければ、そこに明日必ず届けます。」と言うと、「いや、簡単に行けるから覚えなさい。」と言われて、
「まず、あなたが乗る予定のバスでバンガロールに着けば、ターミナルでXX番のバスが止まっているので、それに乗り換えなさい。」
「そして、XXXで下車すると、XX番のバスが三分後にやって来る。」
「そのバスに乗り換えて、四つ目のバス停にバスが停車した時に、他の乗客と下車する。」
「通りをはさんだところに、小さい路地が見えるのでそこを、三十メートルほど行くと、T字路に出る。左に折れて六軒目の右手にある家だ。」
「入り口の戸がいつも開いたままになっている家だ。大きな声で呼んでもすぐには出て来ないが、でも暫く待てば、主人が出て来るので、このメッセージを伝えて欲しい。」と言われた。
あくる日、サイババさんが言われた通りにバスに乗りバンガロールへ行き、そこで違うバスが待っていたのでそれに乗り込み、言われた通りにXXXで下車すると、三分後にXX番のバスがやって来た。
そして、それに乗り換え、人々が次々に下車をして行き、四つ目に停車した時に他の乗客と一緒に下車した。通りの反対側に路地が見えたので、サイババさんの言われた通りに行くと扉が開けたままの家があった。
その家の前で大きな声で呼んでしばらく待つと、年寄りの男が歩き辛そうにやって来た。
そして、その男に、「実は、私はアメリカから来たサイババの帰依者です。」
「昨日、私のグルのサイババさんから頼まれたことがあります。それは、あなたの耳が遠いので、大きな声で次のメッセージを伝えることなんです。よろしいか。では言いますよ。」と言って大きく息を吸い、大声で
「あのな、もう二度と人に足をさわらすな。そんな事するからいつまで経っても病気が治らないのじゃ。もう二度と、ビブティを人にやるな。それはお前の為に出しとるんじゃ。」
「というメッセージでした。大きい声を出して失礼しました。私のグルであるサイババさんに言われたもんですから、失礼とは知りつつ大きい声を出してしまいました。」
「あのー。良かったらもう一度言いましょうか?」と聞くと、男は「よく聞こえた。立派な大きな声だった。耳が痛いほどやった。メッセージの件よく分かったありがとう。」と言ってその女性に、「ご苦労さん。コーヒーでもいっぱい飲んで帰りませんか。」と言ったんや。
その女性も、サイババさんにこんな変なメッセージを頼まれて、普段出さないほどの大きい声で叫んだのはいいんだけれど、一体どういう事なのかを聞きたくてコーヒーを呼ばれることにしたんや。
男の話は次のようやった。
男が、まだ五つに手が届くか届かない頃、シルディサイババの信者であった両親は、息子を連れてシルディサイババに会いに行った。
シルディババは、いつも火を起こしているところから、注意深く綺麗な灰を選び、それを紙に包んでその息子の胸ポケットに入れながら、このウッディイ(ビブティ神聖灰)を肌身離さず持ち歩きなさい。
そうすれば、この子は病気知らずで一生を終えることが出来るでしょう。と言われた。
やがて、時が経ち、男はバンガロールへ移り小さい時からシルディババの信者だったので、家にある応接間をバジャンホールにして、毎週木曜日のシルディババの日にバジャン(神への賛歌)を始めた。
近所の人達も参加して、バジャンが終わると、その家の主人である男の足を、敬意を表して触れてから帰って行った。
男が病気がちになったのは、その頃からだった。すると、祭壇に飾ってあるシルディババの写真やいろんなヒンドゥー教の神さんの写真から、ビブティ(神聖灰)がバジャンの最中に吹き出すようになった。
その奇跡の噂を聞いて、たくさんの人がバジャンに来るようになった。そして、その地区で男は有名になり、人が来るたびに人々はグルにするように人々はその男の足を触れ、バジャンの最中に物質化したビブティも、ついでに持って帰って行った。
男の病状はとても悪くなり、歩くのも大変な状態となっているところに、アメリカの女性が、サイババさんからのメッセージを伝えてきたのだった。
他の人の罪が、その人と接触することによって乗り移ってきます。
それがあるヨギたちの足に触れてはいけない理由です。
信仰心が大きく、強くなることによってすべての罪は燃え尽くされます。
その時が来るまで、神への道を歩み始めたばかりの人には、良いものは良い、悪いものは悪いと教え導いた方が良いのです。
やがて信仰心が強く育ち始めれば、悪も善に見えてきて、結局すべてが善に見えるのです。
その時まで、肉体の接触だけではなく、精神的な接触も危険なのです。悪は人から人へと乗り移っていくのです。
CWSSBp69
俺は、この話を聞いて感激したよ。だって神さんが信者を思う気持ちは、母の千倍も深いという事を証明してるやんか。
この男、もうかなりの年でもちろん俺みたいに、両親は亡くしているんだろうけれど、でもこうして神様が、自ら両親になって面倒見てくれておられるんや。
生まれる前は、誰が親で誰が兄弟や?誰が自分の子供で、誰が妻やねん。
死んでからは、誰が親戚で、誰が親兄弟やねん。本当のずっと変わらず、何遍生まれ変わっても面倒見てくれているお方は、神さんだけや。
次の生で、この生で自分の子供やった子が、通りですれ違ってもお互い知らん顔をするかもしれん。
でも、神さんは違う。ずっとずっと、俺たちが元来たところに、神さんから離れてしまった所に戻って来るまで、こっちやでこっちやで、はよ帰っておいでや。
あんたの事、帰って来るまでずっと導いて、待ってるからな。寄り道せんとはよ帰っといでや〜。
と暖かい心で、待ってくれてはんねん。
ポニョ:ありがたいな。そんな良い話を聞くと腹減ってくるわ。おいらも早よ帰って、晩ご飯食べよ。お母ちゃんも腹減ったな。待たしてごめんな。ところで今日の晩ご飯は何やのん。
何やて。おいらの大好きな、小芋の煮っころがしと、さつまいもとオクラの天ぷらやて?お蕎麦もあるの?
わははは!スカイプのカメラでちょっと写したるわ。美味しそうやろ。
お母ちゃん、口開けてみ。これ、美味しいとこやで。ハイ、アーンは?美味しいやろ。次は、おいらの口に入れてくれるか。アーン。
ちょっとこの味は、オーストラリアでは味わえんやろうな。悔しかったら、メールで送たってもええで。
ヨシオ:あのな、ええ年こいて何してんねん。あんたら、夫婦で胃にチャクラあるねんな。便利でええわ。夫婦仲ええはずやな。ごちそうさん。
私は賞賛も嘲笑も、尊敬も軽蔑も、怒りも幸福も、超越しています。
私には、徹頭徹尾、一つの属性があるのみです。
それは私の愛です。私は私を憎む者をも愛します。
私は私に対する悪い宣伝に耽る人さえ愛します。
私は誰のことも敵とは見なしません。すべての人は私のものです。
私は母親のように、皆さん全員に気を配っています。
私の愛は一人の母の愛ではありません。
私の愛は千人の母の愛です。サイの愛は千人の母の愛です。
ひとえにその愛ゆえに、私は皆さんのあらゆる過ちを顧みず、前を見て歩んでいるのです。
誰かが過ちを犯したときはいつも、私は本人を呼び、声を高めてその人を正します。
ですが、私はその人に怒りを示すことはしません。
私は誰に対しても怒りはありません。実際、私には怒りという感情はまったくありません。23/11/08
ポニョ:この前に紹介してくれた蛇のボブ君の話面白かったわ。
ヨシオ:ボブ君は、カーペットスネークと言って、日本では青大将の仲間のような蛇で毒蛇では無いんやけど人を襲う時もあるんや。
でも、こちらの蛇はほとんどが毒蛇で、それも半端な毒と違うで。
ポニョ:コブラぐらいの毒を持っているんか?
ヨシオ:コブラと比べたら、コブラの方が可愛いぐらい毒がキツイんや。十倍はキツい。
世界一の毒蛇や。危ないで。その辺にウロウロしてるで。
ポニョ:恐ろしいな。
ヨシオ:近所の農家の主人も、家の中でコンピューターをしていたら後ろから、音もなく毒蛇が忍び寄ってアキレス腱を噛んだんや。
奥さんが、見つけた時にはもう息が切れとった。
ポニョ:必殺仕置人みたいな蛇やな?
ヨシオ:そうや。爪楊枝みたいな舌をペロペロぺろ出してやって来るんや。
必殺仕掛け人て若い人誰も知らんやろな。
ポニョ:海底人間ハヤブサの後にやってたもんな。
ヨシオ:そこまで古くないやろ。
ポニョ:ほな、鉄腕アトムか、いや違う。分かった!赤胴鈴之助や。
いや、そっちの方が古いわ。七色仮面やったかな。宇宙人ピピ、マグマ大使かな。宇宙少年ソラン、月光仮面それとも.......
おいら忘れちゃったぜよ。なぁ、必殺仕掛け人はどの番組の後にやってたっけ。
ヨシオ:あんただけや。そんなん興味あるのん。次行くで。
また、農家の子供が、ミミズぐらいの蛇を捕まえてテーブルの上で鉛筆で突きながら遊んでたら、指の先を噛まれたんや。蛇は、体が小さくても毒の強さは同じやから、死んだわ。
うちの農場にも、毒蛇がウロウロしてるんや。ドゥガーというのと、ブラウンスネークという2種類がいてて、世界一毒のきついのが後者の方や。
ポニョ:農作業していてうっかり踏みつけたら、噛まれるやろ。危ないな。
ヨシオ:そうやなぁ。子供はいつも裸足で走り回ってるしな。
少し南に行くとカエルが主食のタイガースネークという蛇がおって、これは人を見たら追いかけて噛みに来よるで。
とにかく、カエルが主食やから動くもん見たら何でも噛みつきに来よるんや。
その点、ドゥガーは、タイガーと同じ仲間やけど、ネズミが主食やから待ち伏せして捕食するので、人とか近くに来るとさっと逃げよるから大丈夫や。
でも、気温の低い日は、あいつらの動きが鈍いので、踏みつけそうになる時もある。
子供達は、特に危険や。身体も小さい分、一度噛まれたら身体に毒が回るのが早い。
自転車に乗っていた子供が噛まれて、自分で急いで家に帰る途中、血がいっぺんに回って百メートルいかんうちに死んだ子もいてる。
うちの農場の中にも蛇の巣が幾つかあり、子供に近づかないように言って聞かせているんやけれど、子供は、子供で遊ぶのに夢中やし、さっきも言うたけどいつも裸足や。
踏みつけたら、イチコロや。ある日、子供が走っている横にドゥガーがいるのを見つけたんや。
ドゥガーは、自分の巣に頭から入って行ったんやけど、その巣がいつも子供がウロウロするところなので、蛇さんに悪いけれど身体の真ん中あたりを狙って、サイラムと言ってショベルを振り下ろしたんやけれど、狙いが外れてかすっただけやったんや。
それでそのまま穴の中に逃げて行ったんや。
これはもう穴を掘り返して捕まえるしかないと思って、1mぐらい掘ったけれど、どこが蛇の穴かさっぱり分からなくなって、諦めたんや。
あくる日に子供達を連れて見に行くと、昨日掘った量の三倍ぐらい誰かが掘り返していて、しかも蛇と戦ったような血の跡があったんや。
これは、多分近くに住んでいるキツネが、蛇の血の匂いを嗅ぎつけて一晩かけて土を掘り起こして仕留めたんやろう、と確信して狐の巣を見に行くと、案の定、巣の前に蛇を食べた後があったわ。
ポニョ:賢いなキツネは。
ヨシオ:キツネというてもシェパードぐらいの大きな奴がウロウロしとるで。
とにかくサイズがでかい。
世界で一番大きなワシもおるで。
ウエッジテールと言うんやけど、カンガルーの子供とか、人の赤ちゃんぐらいやったら軽々とさらっていきよる。
仔羊をいつも狙っとうるから、農家の嫌われもんや。
虫も大きいで。世界最大の昆虫はここ西オーストラリアで採れたんや。
俺も、写真でしかみたことないけど巨大カマキリみたいやったな。
大きくなると60センチぐらいになるようや。
ポニョ:そらでかいわ。
ヨシオ:それ以外にも色々おるで。以前も、仕事場の大きなゲートを開けようと、足を踏ん張ったら右足がくるぶしまで、地面にめり込んだんや。
ビーチサンダルを履いていたんやけれど、何か豆腐のような柔らかいもんを踏んずけてる様なフィーリングやったんや。
何やこれは。シンクホールか?と思って足を上げ、踏んだものを見るとでっかい蛇の頭やったんや
動物園で見るアナコンダぐらいの大きな頭や。
こっちを目を動かしながら見とるんや。なんでこんなところに、アマゾンの奥地におる大ヘビがいてるんやとビックリして、何遍見てもヘビや。
頭の部分しか見えなかったけれど、頭の大きさから推定すると、ゆうに五六メーターの長さや。そうしているうちに少し奥の方に入って行ったので、鼻しか見えなくなったんや。
家に帰って、子供達となんか餌をやろうという話になって、スモモはどうかというもんだから、穴には入るやろうけれど、ヘビはフルーツを食べないやろな。
とか言って、少し下り坂になっている穴にスモモをコロコロ入れたんや。
スモモが、大蛇の鼻に当たる直前に大きな口を開けて、パクッと一飲みや。
二個目、三個目、四個目も続けていれてもパクッ、パクッ、パクッと一飲みや。
もう満足したのか奥の方に行って見えなくなったんや。
それで、こんなに大きなヘビがオーストラリアにおるんかな?と不思議に思ってアボリジニの友達に聞いたら、それはホースレースゴアナという大トカゲらしい。
穴から見たら、頭の部分しか見えなかったので、大蛇見たいやけど実際の長さは、大きいので1メートル半ぐらいのトカゲやそうや。
走るのが早くて、テリトリーも広く、蛇やネズミ、ウサギなどを捕食し、果物も食べるということやった。最初見た時、ナガサンが来たと思ったよ。最近も、クイーンズランドで蛇がワニと戦って飲み込んだんや。
ポニョ蛇がワニを飲み込んだって。すごい話やな。
ヨシオ:飲み込んだ後蛇がワニの形になっていた。消化するのに一年はかかるらしい。
ポニョ:ワニは生まれ変わらんでも蛇になったようなもんやな。面白い。ところで、何や?そのナガサンて。
ヨシオ:ナガサンは、蛇の神様で大蛇なんや。サイババさんが昔、みんなを連れてチトラヴァティ川の砂地に座っていた時に、大元の神が地上にやって来たから、挨拶に来られたんや。
それこそ、尾っぽが見えないぐらいの長い蛇で、頭も人ぐらいあるんや。
そこにいた人は、みんな逃げまくったそうやで。
でも、大蛇の頭が、突然サイババさんの頭になったんや。
それで皆んな少し安心したんや。サイババさんは、蛇を祝福するとまた元来た方に帰って行った。
ポニョ:大元の神さんが、来られたら色んな神さんが挨拶に来るって面白いよな。
ヨシオ:そうやな。ある時なんか、ガンジス川の女神様がやって来たんやで。
その前に、皆にサイババさんが両手を広げて、今から女神ガンガーが挨拶に来るから、ここから前に来てはいけない。と言われたんや。
暫らくすると、大きな轟々という洪水のような音がして、みんな震え上がったんや。
建物の前の、乾燥した広場が瞬く間に水に覆われてしまい、高い波がそこら中にぶち当たって大洪水や。
でも、その波も、サイババさんの前で止まり、人の背の背丈ほどもある波がまるで生きているように、サイババさんに挨拶したんや。
サイババさんは、その大きな波の上に両手を触れられて、よく来たね。来てくれて嬉しいよ。でももうお帰り。と言われたんや。
すると、波はスーと引いて、今まで何もなかったようにまた乾燥した広場が現れたんや。
そして、サイババさんの足元には、見たこともない薔薇の花ぐらいの大きなジャスミンの花で編んだ花輪が供えてあったんや。
その巨大なジャスミンの花を、一つずつ取ってサイババさんは、皆に配られたんや。
それを、頭の髪に付けたんやけれど、すごく良い香りが四方に広がって行ったんや。
ポニョ:おいらがその場に居たら、腰抜かすぜよ。
ヨシオ:ヒマラヤに行かれた時も、渓谷沿いのクネクネ道を走っていると、突然そこで止まりなさい。と言われたので崖の近くに車を止めると、サイババさんは一人で崖っぷちまで歩いて行かれたんや。
皆は、一体何が起こるのか、ドキドキして見ていると、なんと深い崖の底からからエレベーターに乗ったみたいに、美しいサリーを着た女性が崖の下から現れて、サイババさんの前に立たれたんや。
サイババさんは、長い間待たせたね。と言われてその女性を祝福されたんや。
するとその女性は、また崖に戻り、川に消えて行ったんや。
このように、人間だけではなく、この世界の自然や生き物の神さん。インドだとデーヴァ、日本だと、八百万の神さんも、サイババさんが降臨されるのを何千年も待ち続けてきてたんや。
というのも、人が母なる地球の女神様を無視して、酷いことをこの地球にしてる。
全ての宇宙や地球の資源は、俺たちのものや、なんて思い込んで、収奪しまくっている。
その結果、地球のバランスを崩し大災害を招こうとしている。
アメリカのインディアンのホピ族は、母なる地球のバランスを崩すことをしてはいけないと、子供の頃から教えて来たんや。
だから一つの岩でも、ある場所から、違うところへ動かすのはご法度なんや。
たった一個の岩やで。今どんなんや。ぐちゃぐちゃや。どんだけ、周りの自然に対して人は敬意の気持ちを、感謝の気持ちを持っているんやろうか。
昔、人々は母なる地球を女神様と呼んでとても大事にして祀って来た。
今日、その母なる地球を人々は売女のように扱い、略奪し、収奪している。
人生の目的は、ただ食べる為に生きたり、役立たずで地球の重荷になる事や、獣の様に感覚の奴隷になることではありません。
きつい仕事を避け、脂肪で身体を膨らし、巨大な身体を持て余している怠け者の群れに加わる事によっては、何の恩恵も得ることはできません。
また人は、神から戴いて消費し楽しんでいる、全ての贈り物に対して感謝の気持ちも持たず創造主を無視し、また知性と識別力を使わず宝の持ち腐れにしてはなりません。
自然は、「これは、私のものだ。あれもそうだ。それも私の身内のものだ。」などと言いながら自然を喰い物にする者共を罰します。
自然は、自然界の掟を破るものたちを厳しく罰します。Gheetha Vhini cp12
今では、この世界の誰も八百万の神さんを信仰してない。
だから、彼らは大元の神に祈って、自分たちを信仰し、敬愛し、感謝してもらえる、まともな世の中に戻してもらうことを願ってきたんや。
ポニョ:今、人はそんな事を言うと、頭がおかしいと決めつけるやろうな。
ヨシオ:昔の人は、蛇神様、川の神様、山の神様、太陽の神様........を大事にして、敬愛し信仰し感謝の気持ちを捧げて来たんや。
人は生まれてから死ぬまで、明け方から夜まで、人は自然を収奪し、略奪し、その神聖さを汚すことによって束の間の喜びを追い求めます。
そして、自然は創造主である神の財産であり、それに対してなされる如何なる損害も、厳罰に値するほどの神への冒涜であるという真理を無視しています。サイのご講話より
ポニョ:そうやな。そろそろ、しっぺ返しが来るで。ロス茶位ルドのせいだけと違うで。
それらを知ろうとせず、訴えようとせず、立ち上がろうとせず、日和見主義を通するのを終わりにしようや。
若い青年男女の皆さんは、虚偽や不正義と戦うべきです。
あなた方、若者は、この不安な状態に立ち向かうのに相応しい者たちです。17/7/97
ヨシオ:少なくとも、自分の周りで何が起こっているのか、大きく目を開いて見てみよう。
ポニョ:この物質文明を享受して、皆んな楽チンに生きているけど、その裏にどれだけの犠牲があるか、知る努力をしてみようぜ。
ヨシオ:どれだけのアボリジニの聖地が、彼らに西洋文明をもたらすという名目のために壊されて来たか。どれだけ、彼らの八百万の神が蹂躙されたか。
ポニョ:サイババさんは、困難の時が近づいている。Hardship ahead.と言われた。
ヨシオ:それが、もうすぐ目の前に迫ってる.........。
すべては神です! 地震は神です! 津波は神です! そして、神なるものは善です。苦しみは存在しません!
それらは自然の摂理です。医者が腹痛の患者を治すためには、刃物を使い、腹を切って開け、痛みの元を取り除かなければなりません。
そのようにして、医者は痛みを取るために痛みを与えなければならないのです。
これは神のやり方でもあります。苦は存在せず魂が苦しむことはありません。
ヨシオ:日本は今、雪がすごく降ってるそうやな。
ポニョ:そうやねん。こんなに降ったのは初めてやな。山梨なんか今までこんなすごく積もったことないし、いっぱい人が雪の中に閉じ込められてるんや。
ヨシオ:それは大変やな。電気も来てへんとこあるみたいやし、踏んだり蹴ったりやな。
交通網が遮断されてるって聞いたけど食べ物はあるんかい。
ポニョ:そうやねん。どんどん棚から消えてるな。パンなんかあっという間や。
でも、ある会社がヘリコプターを2機チャーターして山梨にパンを運んでるんや。偉いやろ。
それに、さすがに日本は違うでー。みんな助け合いして色んな心が温まる話がいっぱいあるよ。
ヨシオ:そう言うたら、以前紹介したアメリカのヘリパイロットが怖くて、津波でやられた地域に行くのが嫌やった話し。被害者の人たち取り合いせんと、きちんと並んで救助物資取りにきたやろ。
あれを、こちらオーストラリアやったらどうなる?て聞いたら、みんなやっぱり、殺し合いはしないけれど取り合いになる。て言うてたな。
ポニョ:日本人だけかもしれんな。そういう譲り合いの美徳を持ってるのん。
ヨシオ:西洋社会では、なかなかごめんなさい。という言葉を聞けへんもんな。
日本では交通事故で、自分は悪くなくて相手の人の過失であっても、すみません。大丈夫ですか
と相手をいたわる気持ちがあるもんな。
ヨシオ:西洋社会では交通事故でこっちから謝るなんてとんでもないで。だから、みんな事故の時の証拠を残すために、車載カメラを付け始めてるんや。
ポニョ:そういや、ロシアなんかどの車も付けとるで。そんなんつけなくても、皆がお互い相手をいたわり、本当の事を話せば示談なんかすぐに着くのにな。
ヨシオ:大阪に住んでる俺の叔父貴なんか、渋滞で止まっているところにぶつけられたけど、いろいろややこしい連中と示談したくないとか言って、Uターンしてぶつけられた本人が逃げて行ったわ。
ポニョ:大阪は特にややこしい連中が多いからな。こんな世の中に誰がした。の世界やな。
ヨシオ:俺も数年前に、交通事故で殺されそうになったんや。
ポニョ:それ初耳やな。大きい事故やったんか。
家に帰る時に右折待ちしてたら、ドーンとおかまされたんや。
ポニョ:あらあら。
ヨシオ:実は、その日の朝、サイババさんが夢に現れて、「今日事故があるけどお前らは大丈夫や。」と言われたんや。
それで事故にあったんは、夜の十一時過ぎで、もうあと一時間の間に何かあるのかな。と思ってた矢先やった。
約70kmぐらいのスピードでブレーキ踏まんと、大きい四駆がそのまま突っ込んできよった。
自分の車は、横転して横倒しになりながら三十メートル進み、前から来た車にもうちょっとでぶつかるところやったけど、前の車が急ブレーキを掛けたのでかすっただけで済んだんや。
でも、そのまま歩道に乗り上げて誰かの家のレンガの壁をぶち壊して進み、家にぶつかる寸前で止まったんや。横倒しのままや。
中には、家族が乗ってたけど横倒しのまま、みんな一斉に「誰も怪我ないか。」と言ったんで、「一緒に言うたなー。」とか言って、面白くて皆で笑ってたんや。
そのうち、ガソリンの匂いがしてたので、すぐにドアを開けて表に出たんだけれど、車の中にはまだ家族が残っていて、出て来ない。
何をしてるんかな。と思っていると、ハンドバッグが見つからんとか、携帯なくした。と言うて探しとるんや。
「アホか。はよ出て来い。爆発するぞ。」と言ったら、やっと割れたガラスの間から出て来よった。
ポニョ:人間ってこんな時でも、執着心があるんやな。おもろいな。それよりホンマに怪我は無かったんか。
ヨシオ:外から見たら車の長さが、3分の2ぐらいになっていて、救急車や消防車、警察も来たけれど、車だけ見たら誰も生存者がおれへんやろうな、という位、潰れていたな。
ポニョ:ただ、嫁さんがシートベルトが肩に食い込んで肩を痛めたぐらいや。
シートも、リクライニング機能が潰れるぐらいひどく、衝撃を受けていたな。
ヨシオ:俺は、もちろんサイババさんの夢のとおり、全然どうもなかった。でも、ぶつけた奴がトンズラしよったんや。
でも、トンズラした道が行き止まりでまた帰って来よった。その時、人がたくさん集まっていたから、そのまま止まればいいのに、またトンズラしよったんや。
目撃者だらけや。ナンバープレートも見られている。
近所の悪ガキや。ドラッグやって酒飲んだパーティの帰りや。うちの次男と同じクラスで、その悪ガキのお兄ちゃんも娘と同じ法律事務所に働いている弁護士やった。
ポニョ:悪い事出来ひんで。世の中狭いで。
ヨシオ:警察と話してたら、どんどんモラルが無くなってきてる。と言うてた。住みにくい社会になってきたな。と警察も言うてたわ。
俺は、「君たち警官が忙しい社会はダメやな。」とか言ってたんや。
ポニョ:でも、サイババさんが、事前に知らせてくれてたから良かったな。
ヨシオ:何も偶然は無いから、多分、俺たちの家族が支払うべきカルマを、こんな事故に遭って、車は潰れたけど人は大丈夫やった。という形で払わさしてくれたんやろうな。
善のみが真実であり、目に見えるものがたとえ歪んでいても、本質的にはすべてが善であるという真理を、不断の態度としてあなたが培えば、非常な力を得ることができるでしょう。
~全ての人は良い人なのですが、悪い行動が伴っているのです。
作用と反作用の法則です。
それゆえ、邪悪な事件の被害者に関していえば、すべては何の例外もなく起こるべくして起こるのです。
CWSSB
宇宙を創る前から、その年の、その月の、その日の午後十一時に俺たちが追突されるのを知っておられる神さんや。
この世の中で、何が起こってもジタバタする事など、本当は何も無いんや。
ポニョ:全ては、起こるべくして起こるやな。
ヨシオ:何が人生で起こっても、どんな悪いように見えていても、その裏には必ず理由があるねん。その理由を知る必要はない。
ポニョ:ただ、それを泰然とした心で受け止め、この程度で済んだ。ありがとうと神に感謝すればいい人生が歩めるんやな。
神もまた、時にはあなたに困難を課します。
しかし、それはただあなたのために、それがあなたにとって良いことであるからこそするのです
喜びも悲しみも神の贈り物です。それらは神の恩寵です。
だれにも神のリーラ遊戯を理解することはできません。
1/3/03
ヨシオ:そう言えば、サイババさんがアフリカに行かれた時に、車を二台に分乗して山道を走っておられたんや。
サイババさんの車が先頭で、カスツーリ博士の車が後続や。
山道で、渓谷沿いのクネクネ道やった。
サイババさんは、突然車を止めて後続車を待つように言われたんや。
しばらく待ってると、カスツーリ博士の乗った車が来たんだけれど、カスツーリ博士が、カーブのところでドアが開いて車から落ちたんや。
大きな怪我はなかったんやけれど、その落ちた場所の近くに、カスツーリ滝というのが昔からあったんや。
つまり、英語で滝は、Fallというのだけれど、これは、もう一つ、「落ちる。」という意味もあるんや。
カスツーリ滝のあるところで、カスツーリは車から落ちたんや。
ポニョ:誰や。その滝の名前をカスツーリと決めたんは。もうずっと前から、そこでカスツーリ博士が車から落ちるのを知っている人やろ。
ヨシオ:そんな人、宇宙で一人しかおれへんわ。せいの〜。イタズラ好きの、
ポニョ、ヨシオ:サイババさん〜!
ポニョ:怖いな。何にも悪いこと出来へんで。こんなグルがおいら達のグルやから。
ヨシオ:全ては、お見通しやからな。
ポニョ:この世界を自分で創って、人がいろいろ慌てふためいてるのを見たりして、めちゃ楽しんで遊んではるな。
ヨシオ:シルディババも、一人でいつも帰依者がいろんな間違いを犯したり、変なことをするのを笑ってはったで。
この世の中に何にも真剣になる事なんか、所詮何にも無いねん。
真剣にならなあかん事は、神さんの事だけや。
それ以外のことは、どんな辛いことが起こってもアホツラして、ヘラヘラ笑って幸せそうにしてたらええねん。
人の真の本性は歓喜です。それゆえ、人は常に明るい顔をしていなければなりません。2/4/2003
ポニョ:そうしていたらサイババさんが、君たちの駒は僕が作った「世の中浮き沈みゲームで叫びまくろう!悲しんだ挙句、幸せになろう!」ゲームに相応しくないね。君たちはもう僕のゲームで遊んでやらないよ〜。とか言って、ゲーム盤からつまみ上げるんや。
ヨシオ:それが、モークシャや。解脱や。
ヘラヘラ、アホっぺ、いつもニコニコ。何があっても、嬉しいよ〜。ポンポン。や。
ポニョ:何や。最後のポンポンの音は。
ヨシオ:お尻叩いた音やんか。
ポニョ:そんなんしたら、サイババさんに失礼やんか。
ヨシオ:お尻もサイババさんやから、ええねんやってばよー。ナルトだ。ナルトだ。俺行くぜ〜。
ポニョ:なんか、何でも真剣に悩む事が阿呆らしなってきたな。おいらも、ナルトでも見に行くってばよー。お母ちゃん。ナルトの時間やで〜。
何やて?明日だってばよ〜。
解脱と神我顕現に入る門には、三人の門番が見張っていて、中に入ろうとするあなたが、信任状を携えているかどうかを調べます。
信任状は、歓喜、満足、心の平安、探究心、識別心等です。
門番のうちの一人と親しくなれば、他の二人の門番もあなたを喜んで中へ入れてくれます。
三人の門番のうち、最も重要な門番はあなたの満足感を調べる門番です。
あなたが満足しているならば、歓喜と平安はあなたのものです。
そして、満足は歓喜の最高の源泉であり、人にとって、最も価値ある財産なのです。
心に満足感が無ければ愛欲は危険なまでにのさぼり始め、識別の力を失わせます。
欲望は貪欲となり、貪欲は惨めさと邪悪に人を引きずり込みます。
欲望と愛欲は、尽きることのない感覚の欲望が満たされることを望んで、あれこれと世俗的なものを追い求めます。
そのような人がどうして神に集中出来るでしょう。
Dhayana Vahini
ポニョ:昔、超能力を持ってるいろんな人がおもろいことをやってたな。
ヨシオ:ほら、ユリゲラーのスプーン曲げとか、日本人の男の子の清田君とかもやってたよな。俺、昔、サイの会というところまで行って清田君のスプーン曲げを見に行ったことがある。
ポニョ:おいらもオーム真理教の麻原がまだ若い時空中浮揚してる写真をムーという雑誌で見たことがあって、写真やったら飛んでるみたいやけど、実際は跳ねて一番飛んだところを写真で撮っただけやったんや。
そんなこと全然知らんかったから、一生懸命あぐらを組んで跳ねてたら尾てい骨を打って笑泣きした事があったな。
今から考えたらなんてアホやったんやと思うわ。
ヨシオ:でも、俺の家に居候してた日本から来た高校の日本語教師は面白いこと言うてたで。
その人がインドのスリニガルというところでボートを湖に浮かべて漕いで湖の真ん中ぐらいに来た時に、前からやはりおっちゃんが一人で船を漕いでいてすれ違ったんや。
その時、そのおっちゃんは空を指差したんや。それで空になんかあるんやろうかと思って見るとおばちゃんがあぐら座りをして神様への賛歌を空中十メーターぐらいのところで歌っていたんやて。
その人はびっくりして、そのボートを漕いでいたおっちゃんに聞くと、毎週一回その人の信仰している神様の日に、湖の真ん中にボートで連れて行き、神への賛歌を歌い始めると自然に身体が宙に浮かび始め一時間ほどして迎えに行った時に降りてくるらしい。
ポニョ:それはすごい術や。一遍そんな事やって見たいぜよ。
ヨシオ:でも、インドってすごい奥深いところやな。そんなおばちゃんがその辺にいてるんやもんな。
ポニョ:さっき霊力が肉体より上にあるとか言っていたけれど、これは出口王仁三郎が言ってた霊主体従と同じ事やろ。
ヨシオ:サイババさんの霊性博物館がインドにあるけれど、そこに行くと大きな木が逆さまになっているディスプレイがある。
これもそういうことを意味してるんや。つまり、木で例えると、地上の部分だけを見ると木は幹と枝葉っぱしか無いように見えるけれど、本当は地面から下の見えないところにある根っ子がそれらを支えているやろ。
それと同んなじで、この世で見えるものは見えない世界である霊が支えているんや。
だから、本当は、霊がこの世の物質的なものより上にあるということを知らせる為に、逆さまの木をディスプレイしてるんや。
ポニョ:あの木を何も知らない人が見たら、変な木や。作った人は木が触れてる人やと思われるやろな。
ヨシオ:あの〜木の字が間違っていますが…。
こんな話がある。自分の肉体から自由に抜け出ることが出来るぐらい高いレベルに達した聖者が、ガンジス川のほとりで瞑想をしていた。
暫らくすると、岸辺の辺りが騒がしいのでどうしたものかと見てみると、小さい男の子が溺れて土左衛門となって川岸に横たわっていた。
そして、その子供の両親が大きな声で泣いていた。
聖者は、泣き叫んでいる両親の事を哀れに思って土左衛門となって変わり果てた男の子の身体に入ることにした。
というのも、その聖者は自分の肉体に何の未練もなかったからだ。それで、男の子の魂が抜けた後の亡骸に入るにあたって、その死体が受けているダメージを一瞬にして霊力で癒したんや。
ポニョ:ということは、溺れてたから、肺に入った水を無くしたり、血液中の酸素を増やしたり、壊死してる脳細胞を蘇らさせたりするのを霊力の力で一瞬でしたんか。
ヨシオ:そういうことや。で、両親は聖者の魂が入ったと言う事を知らずに、生き返った息子を見てとても喜んだけれど、しばらくして、息子の態度が子供らしく無いのに気が付いた。というのも、一人で静かに座っていることが多いし、何をやっても欲しがらないし、全然子供らしくないんや。それで、ある聖者のところへ連れて行って見てもらうと、例の聖者があんたらのことを可哀想だと思って息子になっていると教えてくれたんや。
ポニョ:ショックやろな。そんなことを聞いたら。でも、この世に囚われさす力、マーヤはすごいパワフルやな。サイババさんも両親が心配して来られた時に、これは、マーヤだ。なんてずっと言うてたんやろ。
ヨシオ:このように霊力が肉体より上にあるという例は幾らでもある。
以前記事にした、死んだ犬を生き返らせた話もそうやし、
ヴェンカマさんが死んで丸一日も経って身体中蟻だらけになってなっているのに、サイババさんの一言で生き返ってゾンビ婆ちゃんになった話。
ポニョ:普通に考えたら、死んで丸一日も経ったらインドみたいな暑いところやったら遺体はすぐに傷むで。それが、目を開けて喋り始めるんやからびっくり仰天や。
ヨシオ:そんなにも傷んだ遺体を生き返らせるほどの力を霊力はあるっていうことや。
霊力てそれじゃ何やねんと思うけど、これは一言で言うと、もちろん神の力やけど、分かり易く云うと波動の力やねん。
神に近づくほど波動が細かい。物質、肉体が一番波動が荒いんや。
神の力=アートマンの力は、最初、光の放射として顕現する。光の放射が波動になる。
だから、光である神の力が放射して波動力になった時の波動はとても細かい波動やねん。それが悪霊とか憑依霊とかイルちゃんが人身御供して恐怖の想念を悪魔くんに捧げてもらって喜んでいるレベルの低い霊とかになると、その霊力の波動は荒い波動になり、とても肉体に近い波動を持った霊やねん。
でも彼らは、この物質世界より一つレベルの高い波動の細かいところにいてるから、人が持っていない能力、我々から見たら超能力を持っているので、一見神様みたいに見えるとサイババさんも言うてはる。だから、降霊会や、チャネリングなどで降りてくる霊は、ほとんどがこの類なので相手にしたらいかんで。と言っておられた。
神のフリとかが出来るから人を簡単に騙せるんや。
話を戻すと、波動が細かいと、荒いレベルの中に入って行けるけど逆は無理や。これが、霊力の秘密やねん。つまり、死体という波動の一番低い犬や人の死体を生き返らせられるのは、波動のもっと細かい高いレベルの霊力がその低いレベルの荒い波動の中に入って波動を活性化さして奇跡というものが起こるんや。
でも、肉体の一部の器官をいじくったり、浄化させたりして霊力を得るというのは妄想なんや。
霊的なことを知っていれば、本当は簡単なことやねん。だから、化学物質などで汚染されたり、癌になったりした肉体のような荒い波動を持っている器官を、癒したり、活性化さそうとすれば、もちろんそれを手術で取り除いたりしたら症状が改善したりするけれど、一番良いのはそれと同時に、いい環境に住んで肉のような低い動物的な想念の力が入った荒い波動の食品を口にせず、いつもニコニコとして何事もポジティブに考え
ていれば、どんな難病も癒すことが出来るんや。
船瀬俊介は、それを自然治癒力と呼んでいるけれど、彼の言っていることは霊的に見ても100%正しい。
霊力を得るためにそれより低くて荒い霊的波動を持っている肉体の器官を大きくしたり活性化したり、また物質である薬品に頼ったりして霊力を得ようと努力するのは、霊が肉体より上にあるという事を私は知りませんと言っているようなものなんや。
ポニョ:整形手術してダンボの耳をつけたら音はよく聞こえるけど、霊のささやきは聞こえへんやろな。
ヨシオ:いや、分からんで。ええ考えかもしれないな。ポニョが実験第一号でやってみ。
ダンボの耳のポニョって可愛いやろな。
ヨシオ:冗談でダンボの耳の話をしたけど、これは冗談ではなくて実際とても危険な事なんや。というのも、いろんなオカルトグループやイルちゃんが薬物を使ったり、身体のある器官に特別な意味を持たして儀式をしたりして、人を洗脳したりするんや。
ポニョ:ということは、危険なオカルトグループはみんなダンボの耳をしてるってことか。
ヨシオ:あのねポニョは、人の話を端折って聞かんといてくれるか。そんなんやったらそのカルトのメンバーになった人はみんな大きい耳を持っていてバレバレカルトやんか。
そうじゃなくて、例えば、霊的体験をするのにドラッグを使ったり、天才ばかりを集めて交わらせて優秀な人類を創るとか、特殊な染色体を持ったものだけで特別なグループを作るとか、そういう血統を持っているものだけで世界を征服するとかは全てイルちゃんが実際やってる事なんや。
ヒットラーのやってた優生学とか聞いたことがあるやろ。そんなことも全て繋がってるんや。
これらは全部、昨日説明した事、つまり霊が肉体や物質世界をコントロールしているという霊的法則の大原則を無視して、それとは反対の、ドラッグとか、血筋とか、染色体とか、松果体とかをなんとかすれば霊的な体験をしたり霊的な力を得ることが出来るという危険な考えと結びついとるんや。
こういう間違った思想を元にして、全く霊的な法則のABCを分かっていないイルちゃんたちが、世界を混乱に陥れているんや。
昔、スタニスラフ・グロフという人がLSDを使って至高体験を得る方法というのを研究し、それに感銘を受けたニューエイジ世代と言われる若者が影響を受け、薬の力を借りて霊的な体験をするということが、一時期ヒッピーなんかを中心に拡まったんや。真理教もこの流れや。
インドでもハッシッシのようなドラッグを使って、霊的体験をさそうとするヨギもいてるが、これはさっきも言ったように身体の機能を感覚をマヒさせ、霊体が肉体から出易いようにするだけの話で、霊性修行によってなし得る行為を薬物によって同じ体験をさそうとするものなんや。
そのため薬物を使えば誰でも肉体から半分抜け出ることが出来るので、霊的体験をしたように感じ、いわゆる至高体験の大安売りになってしまったんや。
サイババさんは、これらのドラッグを使って得られる霊的体験は良くないと言っておられる。というのも霊性修行によって五感をコントロールすれば、自分は肉体ではないということが実感出来る。それは霊性修行における自然のプロセスやねん。
ところが、ドラッグを使って、まだ感覚のコントロールも出来ていない人が、例えば性的欲望の強い人の霊が身体から離れてしまうと、そういう周りにウジャウジャいてる霊的レベルの低い霊たちの波動の中に取り込まれてしまう事になってとても危険なんや。
たとえ、肉体から離れることによって霊界を垣間見れたとしても、その人が持っている低いレベルの欲望を持っている低級な霊がやって来て悪さをされるか利用されるだけなんや。
というのも、そういう欲望をいっぱい持っている低級な霊たちは自分の欲望を満足さそうとして、似たような欲望を持っている人の身体を乗っ取ろうといつもチャンスを伺ってるんや。
このような体験は真の霊的体験とは程遠いことなんや。
ちょっとこの事とは状況は違うけど、バリ島で霊的修行している人の話を以前紹介したやんな。
みんなは間違って霊的能力をつけるということは、テレパシーとか、浮揚力とか、トランスポーテーションとか、予知能力とか、マインドリーディングとかの能力をつける事だと思っているけれど全然違う。
本当の霊的体験とは神を体験すること。
瞑想も一緒。神を体験することが瞑想なんや。
それに、ドラッグなどを使って自分は霊的体験をしても、次からドラッグを使わないとそういう体験は出来なくなるから、結局その人の霊的進歩を遅らせてしまうことになる。
また正しい方法で霊性修行をしてる人でも、五感をコントロールし霊性修行が進むに連れていろんな霊的能力が自然に身についてくるけど、これらの霊的能力を無視しないと終着駅つまり神さんの元にたどり着く前にこれらの霊的能力に魅了されてしまい、そこに留まってしまって途中下車をしたのと同じことになってしまうんや。
霊性修行を正しくしている人はそういう超能力と言われているものに興味はないし、得たいとも思っていない。彼の唇は、神の御名を唱えるのに忙しいんや。
だから、ラーマクリシュナパラマハンサはそういう霊的能力を用いて奇跡などをするグルから離れておきなさいとアドバイスをしたんや。つまり、その修行によって奇跡をする能力を身に付けたグルたちは途中下車した人たちやから。
だから、ラーマクリシュナの信者の人は奇跡をするサイババさんのことを、そういう類のグルだと勘違いしている人が多いんや。
でもサイババさんはそうでは無い。神の化身が執り行う奇跡は修行によって得られたものではなく、生まれながらにして持っている生得のものなんや。
それは、神が化身として降臨された時にくっついて来るもんなんや。
だから、神の化身であったクリシュナが村を守るために大きな岩山を持ち上げたり、ナラカという地球に衝突することになっていた小惑星を破壊したりしたこと、そういう事全てが、人類のために神様がお遊びでやっておられることなんや。
さっきも言ったように霊的な能力とは、日々の生活で如何に愛そのものである神を体験でき、そして、その体験した愛を自分の周りの人々に広めて行くことなんだけれど、そうすることによって自分自身の神聖さがどのようなものか、つまり本当の神の愛を体現しているかが自らの行為によって試されるんや。
そういうことが出来る人、自分が体現した神の愛を周りの人々に与える能力を持った人のことを霊的能力が高い人と言うんや。
つまりその人の見かけは普通の人やけど、神の化身と一緒なんや。
その人は生き神さんになったんや。
神さんと融合するのに身体を脱ぎ捨てるまで待つ必要は無い人なんや。
そういう人は、いろんな霊的能力を持っていても決して見せびらかしたりしないし、それを自分のためには使わない。
そういう人の毎日の生活の一つひとつが愛で溢れているし神を体現している。
また瞑想をしていても、瞑想の後に嫁さんと口喧嘩したり子供を怒鳴り散らしてたら瞑想をしてる意味がない。
愛がいっぱいで、いつもポジティブな生き方をし、ニコニコ顏の似合う人になりましょう。
真の瞑想とは、あらゆる場所{や人}の中に神の存在を認め、その意識を、私たちの行う小さな一つ一つの仕事の中にまで、表現することです。
ポニョ:さっきから超能力の話をしてるけど、確かに自分がそんな透視能力とか、瞬間移動とか、念力とか、空中浮揚のような普通の人が持っていない力を持てば、なんか自分が特別な存在に思えてきてエゴが膨らむよな。
ヨシオ:スプーンを曲げる力を持つより、曲げたスプーンを直す技術を身に付けた方が社会の役に立つやんな。俺も、昔そんな超能力に憧れていろいろ自分でも試したり、またいわゆる超能力者のパフォーマンスを見に行ったこともあったけど、パフォーマンスの後、曲がったり折れたり、ちぎれたりして、散らばったスプーンを片付けるのを手伝いながら、こんな事して社会に何の役に立つんやろうと疑問に思ったことがあったな。
ポニョ:予知能力をつけて、未来を垣間見るよりも今現在、目の前で困っている人を助けた方がええ未来が待っているで。自分の過去生を知っても過ぎたことやからどうしようもない。覆水盆に返らずや。そんな事より、ホームレスの人にあったかいご飯を届けてあげた方が、過去生で作ったカルマは帳消しには出来ないけれど、良い未来を築くことが出来る。テレパシーのような超能力を身につけて他の人の心の中を読むより、自分の心の中の思いを読んで、人を傷つける事や、嫉妬心や恨み、怒りや、貪欲などが心の中にあるかどうかチェックしてそれを無くして行く方が大切や。
今の自分のできる範囲でまず、自分の周りの人から少しずつ愛を広げて行ったら、やがてそれは大きな輪になる。自分の周りの人達、お母さん、お父さん、おじいちゃん、おばあちゃん、子供や嫁さん、旦那さん、友達、一人ずつやがて死んでこの世からいなくなる。
いつまでも、自分の周りの人じゃない。みんなさよならとも言わないで、ある日突然、自分の目の前から消えて行ってしまうんや。だから、自分の周りに居てる人から、毎日出来るだけ自分の愛を注いであげるようにしよう。それが、結局自分の為になるんや。
ヨシオ:死ぬまでにどれだけたくさん人を愛せるかという愛の競争が人生やな。人は、他の人を恨んだり、悪口を言ったり、欠点をほじくったりする為に生まれたんやない。自分の中にある神の愛をこの社会に顕現する為に肉体をもらったんや。昔、ガンで死んだ友達がいて死ぬ前にこう言ってた。僕は、もうすぐしたら死んであの世に行くけど、一つだけ後悔してることがある。それは、自分の今まで生きてきた人生で、この地球に生きてる六十億人の人のうち、ほんの僅かの人しか愛せなかったことや。いろんなくせを持った人がいるけど、僕は、その人の欠点を見つけるのが上手かった。逆にその人の良いとこを見つければ、僕はもっとたくさんの人を愛することが出来たと思う。それを、今になって後悔してる。六十億人は無理でも、縁があって出会った全ての人を愛してから死にたかった。もっともっといっぱい人を愛して死にたかった。と言ってた
ポニョ:おいら達はまだ時間がある。まだ生きている間にもっと人を、生きとし生けるものを愛して死んで行きたいものやね。
ヨシオ:俺の娘婿も、子供の頃お母さんに連れられて車で買い物に行った時、一緒にいたお兄さんと兄弟喧嘩をしたんや。それで喧嘩したらあかんとお母さんに叱られたんやけど、そのあとすぐにお母さんは交通事故で亡くなったんや。まだ、十歳になったばかりでお母さんとの最後の思い出が叱られた事だったので、あの時どうしてお兄ちゃんとあんなしょうもないことで喧嘩をしたのかずっと後悔してトラウマになったんや。それ以来、怒らないように自分で気をつけているのでとても穏やかないい性格になった。逆に、息子を交通事故でなくされたお母さんの詩がナイン/11の時に有名になったよな。確か「最後だとわかっていたなら」というタイトルやった。ノーマ コーネットというお母さんが作られたんやけど、その日が最後やったと分かっていたら、もっと我が子を愛してたんやけどという悲しい詩や。
あんたが、ドアを出て行くのを見るのがこれで最後やって分かってたら、もっと抱きしめてキスをしたげたら良かった。とか今日であなたを見るのが最後やってんやったら、愛してるって言ってあげたら良かった。とか、明日があると思ったらあかん。今日という時間を使って、愛してるとか、許すよとか、微笑みとかをもっとせなあかんねん。
ごめんとか、許してね、とか、ありがとうとか、気にしなくてもええよとか心から言えるようになったら後悔しない人生を送れるよ。という内容の詩やったな。
ポニョ:この詩いつ読んでもお母さんの苦しい気持ちが伝わって来て涙が出そうになるな。それに、おいら達も何年生きられるか分からんけど、さっきのあんたの友達みたいに死ぬ際になって後悔しないように出来るだけたくさんの人を好きになって死にたいよな。
ヨシオ:そういうふうに思って毎日を過ごせたら、ポニョみたいな心の優しいおっちゃんがいっぱいいてる、ええ世の中になるんやな。
ポニョ:先日の大雪で中央道が閉鎖になっていたけど、ようやく開通したんぜよ。
でも、それまであちこちのSAに避難していた人は、食べ物が無くなって大変だったようや。
パンを配達しようと横浜から山梨に入ったトラックも足止めを食らったんだけれど、運転手のとっさの機転で、それらのパンをそこに避難していた人たちに無料で提供したんや。
ヨシオ:そらええ事しはったな。他の国やったら、逆にそこで商売して、倍ぐらいの値段で売ってぼったくるで。
ポニョ:そこが、この国のええとこやな。まだいっぱいの人が、お天道様を拝みながら生きてはるんや。
ヨシオ:ところで、どこのパン屋がそんな事したんや。俺、今度買って、ちょっとはサポートしたるわ。
ポニョ:山崎のパン屋や。
ヨシオ:山崎のパン屋て言うたら、福島の被災地の食材を食べて応援しよう。という農林省のキャンペーンに乗っかって福島産の小麦とか使ってるとこやろ。
ポニョ:千葉工場ではな。それに、いっぱい訳わからん添加物も使っとる。
ヨシオ:ちょっと俺やっぱり買うのん止めとくわ。
ポニョ:あんな、さっきから聞いてたら、パン買うとか買わへんとか言うてるけど、オーストラリアで山崎パン売って無いと思うで。変なコメント言わんと、あんたちょっと静かにしてくれるか。
実際、放射性物質がパンから300ベクレル/キロも出てるんや。横浜工場のパンやけどな。
大体、福島の農家の人も自分で作った野菜とか食べるのが怖い。と言うてはるんやで。
昔は、いろんな農作物作って、自分たち家族も食べて、こんな美味しいものを皆さんにも食べて頂きたい。と思って出荷した野菜やったんや。
それが、農家の誇りであり、喜びやったんや。それが奪われた。
今では、自分たちが作った野菜を自分たちで食べれない。そして、それを見知らぬ消費者に罪の意識を感じながら出荷せなあかんねん。
ヨシオ:それって、地獄の苦しみやで。
ポニョ:放射能で汚染されたものを食べて、被災地を応援しよう。やて。とんでもない話や。
本当は、東京も含めて避難せなあかんところやけどな。
ヨシオ:そういや、「世界の人口を勝手に五億人と決めてごめんやっしゃ。」計画の推進人であるロックンロールフェラーが日本にやって来て、日本の水産物をもっと食べよう。キャンペーンをしてたな。
ポニョ:日本人を放射能漬けにするつもりや。政府も企業も奴らの手先やから、自分らの命は、自分らで守らなあかん。
ヨシオ:大変な時代やな。特に、守らないかん人を抱えておられる家庭は。
ポニョ:おかしな事を考えとる奴がおるから。でも、その反動がすごいで。このおかしな世界の後、まともに素晴らしい世の中がやって来るで。
利己心の増大に伴い物質的反動がくるでしょう。幾ばくかの環境調整作用が地球上で作用し、ある部分は、きれいに掃き清められるでしょう。TEOLp225h
でも、この世界でまかり通ってる、こんなややこしい事も神さんの計画の内やねんやろうけど、将来、不妊症の人だらけになったら、困るんと違うんけ。
ヨシオ:神さんが、一体何を考えてはるかは、誰も計り知れんもんな。
まるで、大きな石の上に立って、その石の重さを測ろうとしているようなもんや。
でも霊的な目で、世界で何が起こっているか見てたら大体分かってくるんや。
ポニョも以前言ってたように、牛などの動物が人間の食料となるために、その牛が、牛としての生の途中で殺されて、たくさんの未熟な元々牛やった霊達が人の身体をとって生まれ変わって来ている。
それらの、未熟霊が入っている人間は、自分の欲望をコントロールするのが難しい。
それらの、未熟霊達は自分の欲望を満たせる大都市へと自然に移り住んでくる。
そして、地球の大掃除が起こり、ほとんどの大都市が水に沈み、その未熟な霊たちも元の鞘に戻っていく。
将来、ゴールデンエイジになれば、人間の身体をとった限りは、それに責任を持って生きていける霊しか、人に生まれ変われなくなるんや。
つまり、人として生まれた限りは、次の目的地である神との合一を目指して生きて行く。そういうレベルの霊でないと、人の身体を取れなくなる。
大掃除によって霊界に戻り、また動物に逆戻って生まれた未熟霊たちも、次は人として生まれ変わろうと思っても、ゴールデンエイジに見合ったレベルに達していなければ生まれ変われないようになるねん。
それに、その時代になると、ほとんどの人は菜食やから未熟霊が生まれて来ない。そのため、霊界にいる低いレベルの霊も、そういう自分に合った低いレベルの家庭へ生まれ変わる機会がなくなるんや。
だから大掃除の後、生き残った人たちは、その時のゴールデンエイジ政府が、人口が減ったので産めよ増やせよ、政策をしたとしても子供があまり出来ない方がいいんや。
ポニョ:そうやな。レベルの低いのがたくさん産まれてきたら困るからな。
ヨシオ:だから、今、こうして不妊症の人だらけになって来てるけど、それはそれでいい事なんかもしれん。
神の計画は奥が深いから、俺のような凡人が詮索しても、「ハズレでした。」と言って、後ろで笑っておられるかもしれんな。
とにかく、この世で起きる事全ては実は良い事なんや。悪いことのように見えていても、その後ろには奥深い理由があるんや。
世界を変えようと努力する代わりに、人間は自分のものの見方を変える努力をすべきです。
私たちは、物の見方を変えたとき、初めて真実を見ることができます。
世界は何も悪くありません。神が創った世界は完全であり、誰もそれを別なものと取り替えることはできません。
神は、何かを意志するだけで、この世界にどんなことでも引き起こすことができます。23/11/05
ポニョ:いずれにしても、霊界では、人として生まれ変わりたい霊達がなが〜い行列を作るんやろうな。
ヨシオ:霊的レベルの高い霊から生まれ変われるようになるから、低いレベルの霊は、長い間社会が落ち着いて霊的な教えが世界に広まるまで生まれ変わるのを待たなあかん。
ポニョ:星やんみたいに、もうすでに霊的にレベルの高い霊は、プレマサイババと共に生まれて、重要な仕事の一翼を担うねんやろな。
ヨシオ:ゴールデンエイジのための大事な役割が待ってるで。
忍耐していなさい。やがてあなたに一切が与えられます。
幸福でいなさい。何事に関しても、心配する必要はありません。
何を経験しようとも何が起きようとも、それを神の意思と知りなさい。
この化身が降臨した天命の実現を遅らせる力はこの世にはありません。
あなたがたは皆神聖な魂です。
あなた方は来るべき新しい黄金時代に展開するドラマにそれぞれの役割を持っています。
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ポニョ:おいら、星やんが生きている間に、サインをもらってたら良かったな。その時が来たら、地位の高い、おいらから手の届かない人になっているやろうから、お近づきになるのんが大変やろな。
へ〜イ!スタやん!おいらや。ポニョや。覚えてるか。大阪で一緒やったやろ。いろいろ、楽しかったな。
どや、今晩、仕事終わったら、一緒にそこのゴールデンエイジのお好み焼き屋菊水にでも食べに行こか。
あんたの、メガネがホンマもんの金になった話、今では小学生でも知っとるで。めちゃ有名な話や。漫才のネタにもなってるわ。
そやから、このお好み焼き屋さんの一番人気のあるメニューがメガネの形したお好み焼きやねん。美味しいで。今から注文しといたるわ。予約をしてなかったら、すぐに売り切れるからな。
なに?今から、外国の賓客と会合があって、そのあと外遊せなあかん?今日は、菜食鉄板焼きソバの店、千草で賓客をもて為すからお腹いっぱいになって食べられへんのか。
エライ偉くなってしまって、ホンマに近寄り難いわ。あれが、前世で星やんやった奴か。
信じられへんわ。あの神さんのこと思っていつもビービー泣いとった泣き虫が、えらい変わりようやな。警護の人までついてるで。
あなた達の中にある神聖さを輝かせ、ビーコンのひとつとなって世界に明かりを灯し、ゴールデンエイジを少しでも早くこの世界にもたらそうではありませんか。
今日、幾人かのすでに啓発された、神を悟ったステージに達している魂たちが、来たるべき新しい時代を導いていくことでしょう。
P41 Sai Vandana
ヨシオ:いつまで、一人だけでゴールデンエイジのお好み焼き屋菊水におるんや。
ポニョはホンマに食べもんの事ばっかりやな。
ポニョ:これだけは、止められんわ。でもその時が来たら、全ての政府がサイの教えを自国の国民に広めるから、素晴らしい世界になるやろな。
ヨシオ:全ての国が、全世界が、ダルマに基づいた、真理に基づいた、愛に満ちた、平安な世界になるんや。
世界中のリーダーがサイの帰依者になるんや。
そういや、イタリアの首相がサイババさんのところへやって来たことがあったで。
家族みんな連れて来たんや。十代の反抗期の息子もおった。その息子は、親父がサイババさんの帰依者やから仕方なしに着いて来たという感じで、アシュラムにおっても面白ない顔してウロウロしてたんや。
暫くしたら、家族全員、警備の人らも一緒にインタビューに呼ばれたんや。
その息子はサイババさんをもちろん神と信じてないし、信じたくもなかったんや。
だから、インタビュールームの中に入っても一番目立たない後ろの方にわざと座ってたんや。
やがて、サイババさんが、手をいつものようにクルクル回して、いろんな人に指輪やペンダントをプレゼントしてたんやけど、その息子は、なんでこのアフロのおっさんがほんまの神さんやったら、物を出すのにいちいち手品師みたいに手をクルクル回すんや。
このアフロのおっさんは、ほんまもんの神さんと違う。皆んな騙されてるだけや。ただのぺてん師や。と思ってたんや。
それで、もしほんまの本当の神さんやったら、手なんかクルクル回さんでも、俺の手首にサイズがぴったしのロレックスでも物質化してみろ。と心の中で思ったんや。
すると、その瞬間、ロレックスが手首に現れた。息子は、とても驚いたのと同時に、さっきサイババさんにあんな事を心の中で言ってしまったことを後悔して、大きい声で泣きはじめたんや。
その時サイババさんは、みんなに冗談を言って笑かしていたんやけど、突然後ろの方で男の子が大きい声で泣きはじめたので、皆んなはビックリしたんや。
サイババさんは、心配しなくてもいいよ。彼は、神性さを体験して嬉し泣きをしているんだよ。(Tears of Joy.)と言われたんや。
やがて、日がたてば今スワミの真実に気づいていない者でさえも、私を体験し、後悔の涙を流しながら私のもとへ戻ってくるでしょう。
非常に近い将来こういうことが起こるのです。
スワミは現在こういうことを起こるのを制止しているが、しかし一旦それが起こることを私が許せば、全世界がプラシャンティニラヤムになるでしょう。
vol15Chap55
何百万人もの人々が、アヴァターの降臨から恩恵を受ける日が近づいてきています。
私はあなた方に、多くの人々がやって来る前に私から恩寵や祝福を得て、あなたの宝物殿にしまっておくように忠告しておきます。
SSSvol11chap41
全世界がサイオーガニゼーションとなり、サティアサイがすべての人のハートに宿るようになります。SS1/99p20
ヨシオ:ババは、神の化身の肉体の近くにいても、悲しみが待っている。自分のハートの中にいるスワミをいつも、感じないといけないと言っておられる。だって、その時は一緒でも、しばらくしたら離ればなれになるやろ。
ポニョ:それって、よく言われていることやけど、なかなか難しいよな。身近な例で言えば、恋人同士が何処かで会ってデートをしていても、お互いの家へ帰る時が来る。また、恋人が出張で何週間も離ればなれになる時だってある。そんな時に、その恋人のことを心に思い浮かべて、話しかけても虚しいだけやもんな。
ヨシオ:ところが、神さんの場合は、本当に心の中で会話も出来るし、その存在を実感出来るんや。場合によっては、神さんはその人の前に、姿を現されることだってあるんや。
ポニョ:そういや、星やんが夕陽ケ丘の図書館の地下に続く階段の踊り場で、どうしてこの世の中はこんなにひどいんや。神様がサイババさんとして降臨されたのに、嘘や虚偽ばかりまかり通っている、と言って泣いていたら階段の上の方から誰かが降りてくる足音がして、誰かなと思ってみると、ババやったんや。それで、「ババ〜」と言って御足に触れて挨拶をしたら、「ババは幸せでいなさい。幸せでいなさい。」と何回か言われてから消えられた。と言ってたな。そして、その時に現れたババは、星やんがいつも持ち歩いている、ババの写真の姿と全く一緒やったって言ってたな。
ヨシオ:そう言えば、そんな事を言ってたな。夕陽ケ丘図書館か。そこに確かS夫人達もいて、その時にババが言われた言葉を元にして、バジャンを作られたんやったな。確か「故郷」のメロディーで歌うんやったな。こんな歌詞やった。
♫幸せでいなさい。
幸せでいなさい。
苦しい時も、悲しい時も、微笑みを浮かべて♫
ポニョ:おいらも、夕陽ヶ丘図書館に自習しによく行ったな。ちょうど上町台地にあって、裏道を行くと階段だらけの細い坂道ばっかりやったな。そんなとこにババが出て来られたんか。面白い。神さんは、その信者が心に抱いている御姿を取って出て来られるからな。つまり、自分がイメージしてる神さんの姿を取られるんやったな。ラッキーな奴やったな、星やんは。おいらはそこに勉強に行くだけやったけどな。たまに、デートをしてる奴もおったな。それで勉強が終わると、図書館の近くの神社に続く沿道に、美味しいそば屋さんがあって、そこに行ったことがあるぜよ。
ヨシオ:また食べもんの話か。ババは、ヴィジャヤサイ君に、神様の身体に執着するのは構わないけど、君の中にいつもいる私を見つけなさいと言われたんや。つまり、肉体を超えたところにいる私を見つけなさいということや。帰依心って、この世の物事への執着、神の身体へ執着することも含めて、自由になれば、どんどん育って行くもんなんや。
この世の愛は一時のものです。それは愛とは呼べません。
本当の愛は不滅です。
そのような愛を育てるべきです。
肉体は成長し衰えます。
一体どうやってそれを実在するものと見なすことができるでしょうか?
実際には、この世にあるものはすべて現実には存在していません。
迷妄の原因は肉体への執着です。
それゆえ、徐々に肉体への執着を減らしていきなさい。
これは、皆さんが始めなければならない一番大切なサーダナ(霊性修行)です。
ポニョ:そういや、ババはこんな事を言ってられるな。帰依というのは、ホテルに宿泊してチェックアウトするようなもんやって。というのも、そのホテルに投宿しても、チェックアウトする時には、そのホテルの部屋の備品を持って帰れないやろ。だってそれらは全て、そのホテルのもんやから。自分のもんて何も無いやんか。と言っても、おいらの嫁さんは、いつも石鹸とかミニシャンプーを持って帰りよるけどな。この小さい石鹸が便利なんやとか言って。
ヨシオ:つまり、ポニョが言いたいのは、この世に生まれて死ぬまでの間、自分のものは何にも無い。全ては神さんの持ち物で、自分が死んでもあの世に持って行けるもの何て無い、ということやな。だから、全てが神だって事を気付くのが帰依だってことを言いたいんやろ。
ポニョ:まあそういう事やな。帰依者がインドに行って帰って来ると、インタビューもらえたかとか、とすぐに聞いてくる人がいるけど、本当はババに会って、ハートの中のババに少しでも近付けるようになったか?と聞くのが本当やけどな。インタビューってインナービューの為にあるんやから。
ヨシオ:ポニョは今日、なんか、冴えてるやんか。夕陽ヶ丘図書館の話が出たからか?インタビュー フォー インナービューか。そういやババは、肉体的に私に近いのは重要ではない。Seek me within yourselfと言っておられる。そうすると私自身が、君に近くて親しい存在になるといわれた。
ポニョ:Near and Dearやな。でも、ババの近くにいると、いろんなことが経験出来て面白いやろな。
ヨシオ:ババは学生たちに、周りにいる人達が席を外したり、いない時を見計らって、その人たちのモノマネをされて笑わせるんや。声色を真似たり、くせを真似たり、動作を真似るんや。学生たちはそれを見て大笑いするんやて。
ポニョ:めちゃひょうきんやな。
ヨシオ:でも、ババは規律に厳しいので、気が抜けないんや。ヴィジャヤサイ君はダルシャンの時は、歌手だから一番前列に座るんやけど、そこから女性の席の方も見えるんや。ヴィジャヤサイ君がババと目が合った時に微笑むと、ババは私に頬笑みかけてはいけません。女性たちには、君が彼女たちに微笑みかけているように見えるから、と言われたんや。
ポニョ:それは、ちょっと苦しいな。
ヨシオ:ババは西洋の社会ではそのようにして、異性の気を引くけど、それは良くないって言われている。
西洋社会では、男が女を見つめ、女が男を見つめ返すことによって、両者の関係を築くという悪い習慣があります。
このような習慣は動物的なのです。
これは又、悪魔的な習慣へと発展していきます。
このような傾向は若い男女の間に見られます。
あなたが、最初にやるべきことは、目で何を見るのかをコントロールしなさい。
他の人を邪悪な目で見るよりも、視力を全く失った方がましなのです。SSN秋1984
ヨシオ:アシュラムの中でも、お姉さんと偶然会って立ち話をしていた学生に、ババは、君たちが姉弟と知らない周りの人々が、君たち二人が通りの真ん中で立ち話をしているのを見たらなんて思うだろう。たとえ姉弟でも、公衆の面前で立ち話をしてはいけない。と言われたんやで。
ポニョ:めちゃストリクトやな。でも、ババが言われたように、知らん人が二人を見たら、サイの学生が女の子と道の真ん中で、イチャイチャしとるって思うやろな。
ヨシオ:また、こんな事もあった。ヴィジャヤサイ君が舞台裏にいてた時、ババがちょうど講話をされていたんや。その時、ヴィジャヤサイ君は全然ババの講話を聞いていなかったんや。ババが講話を終わり、舞台裏に戻って来られた時に、ヴィジャヤサイ君に今日の講話はどうだったと聞かれたんや。その目は、私は知っている。君は全然講話を聞いていなかったね。という目だったんや。
ポニョ:それも、苦しいよな。全部お見通しやもんな。
ヨシオ:このようにババと肉体的に近いと、いつも気を抜けないんや。少しの嘘でもすぐに分かるし、心の中まで、ガラスのショウケースを見ているみたいにお見通しやしから、その心の中の良からぬ動きを読んで叱られたりするので、欲望やエゴをたくさん持っている人は、絶対にババの近くで生活出来ないんや。
ポニョ:心の動きまで読まれたら、普通の人やったら、どうしてババが突然、怒っておられるか分からんもんな。
ヨシオ:また、フェスティバルの時には、帰依者がたくさんやって来るので、ババの神聖なエネルギーが溜まり始めるんや。それで、知らずにババに触れるとひどい電気ショックを受ける時もあるんや。もちろん、ババはその前に警告されるけどな。
ポニョ:そういや、昔、ヴィジャヤクマーリさんたちに、ババがご自分の第三の目を見せられた時も、身体に触れてはいけない。ショックを受けるからと警告されたよな。それでも、興奮してババに触れた人は、気を失ってしまったよな。あの時も全身に電気ショックを感じたと言ってられたな。
何千という帰依者がこのマンディールに集まるために、莫大な量の磁力がここに集積しています。
それが益々信者が絶え間無く流れ込んでくるために、輝きを増して光り輝いています。
マンディール自体は何も特別な力を持っていませんが、帰依者、一人ひとりの磁力が外に影響を及ぼしているのです。13/3/02
私の体内でリンガムの形成を容易にするために、私の身体は強力な磁力と化しました。
そのため私はこの三日間歩行が困難でした。
私の身体の磁力のために足が地面にくっついてしまったからです。
また私が触ったものすべてが、私の手にくっついてしまいました。
私の全身が磁気を帯びたのでそれはもっともなことです。
このような引力は誰もが体験出来るものではありません。
こうした極めて強力な磁力は神だけが持っているものです。
これらのことを万人に明かすことは出来ません。
神聖な磁力は全ての人の内にありますが、人には一定の限界があります。13/3/02
ヨシオ:特に、霊的なパワーは髪の毛に溜まるんや。だから、インタビュールームでババの近くに座った人が、ババの髪の毛に触れようとすると、ババは許可を得てから触れなさい。と言われる時がある。
ポニョ:散髪屋さんも、常に人の髪の毛を触ったり、切ったりするので、その人の霊力を自分に取り込んだりしてしまうんやろな。髪の毛を切ると、その切った毛の先からオーラが出てるのを、キルリアン写真で見たことがあるな。その切った毛から出ている霊力に触れると、その霊力を自分に取り入れたりするんやろな。だから、髪の毛を切るリアン写真っていうのか。
ヨシオ:そんなわけが無いやろ。というポニョのレベルの低いダジャレのオチが付いたところで、今回でヴィジャヤサイ君の話を終わりにしたいと思います。
ポニョ:なんやもう終わりか。もっと聞きたかったな。楽しみにしてたのに。
ヨシオ:それじゃ最後に、こんなエピソードを紹介して終わりにしよか。ある時、ボンベイ、今のムンバイからヴィジャヤサイ君の知り合いのグループが、ババに会いに来ることになっていたんや。それでババは、何人ぐらい来るのかヴィジャヤサイ君に尋ねたんや。ヴィジャヤサイ君は、二十人です。と答えると、ババは違うやろ。もう一度確認してご覧と言われたので、名簿を数え直すと、やはり二十人やったんで、ババに二十人でした、と答えたんや。すると、ババはいや、どのグループにも私がいるんや。私を数えていないだろう。と言われたんで、ヴィジャヤサイ君は、失礼しました。ババはどこにでもおられるのを、忘れていました。すみません。二十一人でした。と答えたんや。ババは、よろしい。と言われたんやけど、次の日に君のグループは何人ぐらいなんや?と同じことを聞かれたんや。ヴィジャヤサイ君は、昨日ミステイクしたので、今日は大丈夫だ、間違わないぞ。と胸を張って、ババを入れて二十一人です。と答えたんや。するとババはいや違う。私はそのグループの一人ひとりの中にいるんだよ。だから、四十人だ。と言われたんや。ヴィジャヤサイ君は、そう言われればそうだったと気づいたんや。いよいよ、彼らが到着したので、ババに報告すると、ババは全部で何人だ。と聞かれたんや。ヴィジャヤサイ君は、今度こそ絶対間違わないように、四十人です。というのも、一人ひとりの中にあなたがおられるからです。と答えたんや。するとババは、いや違う。全ては、私だ。私しかいないので、実は一人だけなのだ。と言われたんや。
ポニョ:すごい、哲学問答みたいやな。二元論から条件付き一元論、そして不二一元論へとババの答えが飛躍して行ったぜよ。
ヨシオ:その人の霊的レベルに応じて、ババの答えも変わって来るんや。でも、ポニョが言ったように、二元論、つまり自分とババの関係から、ババが自分の中にいると気付く、条件付き一元論、そして最後には全てが神だと悟る、不二一元の世界へ、全ての人が歩んで行かねばならないんや。
ポニョ:それが、霊的進化の過程やもんな。ところで、おいらはどの辺の過程を歩んでいるんやろか。多分、食べ物と私という二元論のところを、行ったり来たりしているんやろな。情けないよなそれって。
ヨシオ:自分で分かってるんやったら、もうちょっと節制したらどうやねん。ポニョは大体食べ過ぎや。
二元論の根っ子には欲望があります。
欲望が生じるのは自分と他のものという思いがあるからです。
欲望を持つ者と、欲望の対象物は異なる二者であるとの観念があります。
しかし真の不二一元論は主体と客体が一体となることにより、二者の分離がなくなると説きます。8/9/96
信愛は二元的です。神と神を愛する人がいます。
帰依者は神がいなければ価値はありません。
同様に神も帰依者と結びついています。
帰依者と神をつないでいるのが信愛です。
一方、全託は不二一元です。
ひとたび神に全託したなら、あなたはもはや自分自身のためには存在しません。
自分自身のものと呼べるものは何も無くなるのです。
自分自身を完全に神に全託している帰依者は、自分を神と別個の存在だとは考えないのです。
これが真の全託であり、不二一元の精神なのです。STPSp272
砂糖から離れて甘さだけを、太陽から離れて光だけを見ることは可能だろうか。
神には霊と物質という二つの特徴がありますが、実はそれらは一つなのです。
神の本質は公に現れず、また逆に人々の目の前にあるのにも関わらず、それはただ各々の体験によってのみ知ることが出来ます。
あなたが砂糖の甘みを味わうように。
神が単に意思することによって宇宙が神を包み込みました。
この神という唯一の存在が、普遍なるものと個なるものの基本であり、全体であるとともにその部分でもあるのです。顕現された全体としての宇宙、言い換えれば充満性は、目に見えない実在から生じましたが、それらは少しも減少することはないのです。真善美p148
ポニョ:昨日の記事で面白かったんは、神を思えばその人がいつも親しんでいる姿で、神が出てこられるってとこや。
ヨシオ:人の想像力ってとても、重要なんや。というのも、すごいパワーを持っているんや。以前にも記事にしたけど、想念の力って、磁力の一種で、想念の波動とも呼ばれているけれど、神様は、その俺たちが持っているのと同じ想念の力を使って、この広大な宇宙を創造されたんや。
ポニョ:この、広大な宇宙を想念の力だけで創られるって、本当にすごいパワーやな。
ヨシオ:だからババはいつも、思っていることと、話す事、そしてそれを為す事が一つにならないといけない、とおっしゃってるんや。それらが、バラバラになると、思いと言葉が繋がらなくなり、想念の力も、言葉の力も失くしてしまうんや。
ポニョ:ということは、想念のパワーを失うと同時に、言葉の力、つまり言霊では無くなってしまうんや。
ヨシオ:いつも、真理のみを話していると、自然に言葉にパワーが付いてくるんや。つまり、言ったことがその通りになるんや。それが、今ポニョが言った言霊な訳や。
ポニョ:以前に、パンダヴァーズの妻であったドロウパティが、髪の毛を掴まれて引き回されて辱めを受けた時に、この髪の毛をお前の血で洗うまで、決して束ねたりしないと言った時、そこにいた武将たちは恐れおののいたって話をしたよな。
ヨシオ:そうやったな。ドロウパティは、それまで、一回も嘘を言ったことがなかったので、彼女が発する言葉は、全て実現するんや。だから、ドロウパティが恨みを持って言った呪いの言葉が、将来実現するのは間違いないので、みんな恐れおののいたんや。
小さな子供でさえ眼鏡をかけ、若い人々が毛を染め、多くの人々が入れ歯をするというこれらの理由は、現代における家庭の雰囲気が、虚偽に満ちていて真理から程遠く、心配事やねたみ心がいっぱいで、人々は何事にも満足できず、高慢で見せびらかしや嘘や欺瞞に満ちているためである。
このような腐敗した環境の中で育った者は病気になってあたりまえである。
もし人々が満ち足りた平安の香ばしい香りのする家庭で育ったならば、そこに住んでいる人は幸せで健康であるはずです。
そういう意味で、年長者は次世代者のために大きな責任を負っているのです。SSvol6p89
ポニョ:だから、あんたの子供達が嘘を言ったら、あんたが24時間断食して、嘘を絶対言わない子供に育てたんか。
ヨシオ:そうなんや。どんな状況の元でも真実だけを話す、という生き方は、人に利用されたり、騙されたり、ペテンにあったりするかもしれないけれど、たとえそういう被害にあったとしても、霊的に見たら、真理を堅持する方が結果的にはええんや。
ポニョ:そら、嘘を言ってその場を取り繕っても、その分、その人の霊力は削られてしまい、霊的なレベルも下に落ちて行くもんな。
ヨシオ:いつも、真実を守って行きているか?常に真理を口にしているか?神の御名を唱えているか?全ての生きとし生けるものを愛しているか?といったことを守って生きていけば、心の純粋性が保たれるし、よりピュアになって行けるんや。
ポニョ:でもいくら真実でも、それを言うことによって人を傷つけたらいかんしな。
ヨシオ:ババは、人を不快にさすようだったら、真実であっても口に出してはいけないとおっしゃっている。
ポニョ:ハイ、そこの不具のお兄さん。足が一本短いですね。ヨタヨタと身体を揺すって歩かれていますね。このクソ暑い日に大変やけど頑張って歩いてね。汗だらけやね。そら、そんなに身体を揺すって歩いたら汗もかくよな。義足とかしはったらええのに。でも、その身なりではお金を持っていないようやね。お互い、貧乏人は辛いよな。それでは、またね。なんて真実しか言ってなくても、その人にぶっ飛ばされるやろな。
ヨシオ:それって、嫌味やないか。誰でも頭くるで。そんなん言われたら。
ポニョ:おいらも、自分で適当に言ってたけど、自分で話してて腹が立ってきたぜよ。
ヨシオ:当たり前やないか。さっきの話の中で、ババは想念の力でこの世界や宇宙を創られた、って言ってたけど、こんな面白い話をされたんや。それは、バスの中で学生たちに言われたんや。私がいろんな物を物質化しているけれど、その秘密を教えてあげようか?って。
ポニョ:それって、おいらがめちゃ知りたい事やぜよ。早く、言ってクレマハーデーバーヤ、ナマハ。
ヨシオ:なんやねん。最後のナマハとかいうのんは。
ポニョ:ちょっと興奮したから、ルッドラムの一節が思わず出て来たんや。
ヨシオ:ポニョの言葉が、一瞬、言霊に聞こえたからびっくりした。
ポニョもうどうでもええコメントはやめて、早く言いなさい。
ヨシオ:ババはこの世界で、物質化する方法は三つある。と言われたんや。一つ目は誰でも知っている方法や。例えば指輪を物質化しようとすれば、彫金師に頼めば自分の好みの指輪を作ってくれる。
ポニョ:当たり前の話をするなよ。なんかイライラして来たぜよ。それで、二つ目は何でっか。
ヨシオ:二つ目は、苦行をして感覚をコントロールしたり、滝に打たれたり、禁欲したり、断食したり、瞑想を何時間もしたりして、苦行をして身につける霊的なパワーを使って物質化すること。でも、このパワーは、得ることが出来ても一時的なもので、折角溜め込んだ霊力をたくさん使うので、すぐに霊力が無くなってしまうんや。それに、ラーマクリシュナパラマハンサも批判しているように、そういう霊力を持てるようになると、なんか、普通の人より上の人間みたいに思えて来て、エゴが膨らむんや。だから、そういう超能力を身につけても霊的向上は望めないんや。
ポニョ:それも、何遍も聞いたし、知っている話や。それでいよいよ、最後の三つ目はどんなんや。しょうもないやり方やったら、おいら明日の飛行機で日本に帰るで。
ヨシオ:三つ目は、ババがいつもされているやり方で、想念の力を使うんや。ババは、学生たちの前で、今から想念の力を使ってダイヤモンドを出すデモンストレーションをします。と言われたんや。それも、普通のダイヤモンドと違うで。緑色のダイヤモンドや。ババは、まず最初に自分が物質化しようとしているもの、今回だったら緑のダイヤモンドを頭の中にイメージします。
ハイ、頭に緑のダイヤモンドがイメージとして浮かんで来ました。だんだん、浮かんで来ましたよ。ほら、きれいに浮かんだ。と三回言われたら、なんと手の中に緑のダイヤモンドを握られていたんや。
ポニョ:なに〜?たったそれだけで、物質化出来るんか。驚き桃の木山椒の木やないの。それって。めちゃ簡単やんか。
ヨシオ:ババはこの方法はシンプルで、とても簡単に皆さんが奇跡と呼んでいる事が出来る、と言われたんや。そして、唖然として、口を開けたままの学生たちに、シンプルだろ。こんなに簡単なんだよ。では、次にこの緑のダイヤモンドを、白いダイヤモンドに変えましょうと言われたんや。そして、先ほどと同じやり方で、まず、白いダイヤモンドのイメージを頭に浮かべます。そうです。白いダイヤモンド。ほら、だんだん浮かんで来た。浮かんで来た。浮かんだ。と三回言われたら、手の中のダイヤモンドが白い色になっていたんや。ババはとても簡単に、こうして私は何でも物質化することが出来るのです。と言われたんや。
ポニョ:ちょっと待ってくれる?明日の飛行機で帰れへんから、もうちょっと詳しく教えてくれへんか。
ヨシオ:まだ、アクアポニックスのシステムが、全工程の半分も出来てないのに、帰ってもらったら困るんやけどな。砂利運びも大変やし。俺一人で、今日だけでもバケツ四十杯分運んだで。しかも運ぶだけやなくて、砂利を洗うのが大変やったな。
ポニョ:仕事の話はどっちでもええから、その秘密をもうちょっと詳しく言ってもらえませんか?とさっきから、と頼んでいるんやけど。
ヨシオ:それは、もうさっき話したやろ。心がきれいやったら、こういうことが出来るって。
ポニョ:それは、想念の話やったやろ。物資化の話と違うやんか。
ヨシオ:想念やねん。想や念。想念がピュアやったら出来るんや。だから、さっきから想いと、言葉と、行為が一つにならなあかんと言ってるんや。
アートマンは英知を研ぎ澄ませることと、純粋な心でつかむことが出来る。
ではどのようにして心をきれいにするのであろうか?
それは、例えばおなかがすいているからといって悪い食べ物、つまり世俗的なものでおなかを満たすより、良い食べ物、つまり神のことを思うことで空腹を満たすことである。
英知も、何が一時的で、何が永遠なものかを識別することによって研ぎ澄ませることが出来る。
あなたの思いを神の御名と御姿に集中させてみよう。
そうすればあなたは、純粋で永遠なものとずっと一緒だったと気づき、そこから喜びを引き出されることができるであろう。
このような理由で私はナマスマラナという霊的修行の重要性にこだわっているのです。SSSvol5p9
純粋なハートは真理を映し出す最高の鏡です。
それゆえあらゆる修行はハートを浄化するためのものなのです。
ハートが純粋になるやいなやすべての真理が一瞬の内にハートに映し出されます。
あなたが本当に純粋であるならば宇宙に存在するすべての真理があなたのハートに顕れ出ることでしょう。プレーマ ダーラ P.47
神はどうしたら体験できるのでしょう?
第一の必要条件はハートの純粋さです。
すべての宗教は、純粋さが根本的に重要であることを確言してきました。
すべての霊性修行の目的は平安に到達することです。
あらゆる生き物に対する慈悲は神への信愛です。30/3/87
ポニョ:ああそうか。そこで、さっきの話と繋がっているんやな。やっと分かったぜよ。つまり、純粋な心を持っていたら、頭の中でイメージしたことが、この物質世界にそのイメージした物を物資化出来るっていうことなんや。それって、めちゃ面白いな。
ヨシオ:ババは以前、人々がどうして、こんなに簡単に出来ることを見て、奇跡だ奇跡だと言って大騒ぎするんだろう。と不思議やった。と言っておられた。私にとって、物資化なんて何の努力も要らず、普通に昔から出来ていたのにって。
ポニョ:ババは生まれた時から、ピュアなハートを持っておられたんやもんな。おいら達と違って、何のカルマも背負わず、アヴァターとしての生を、全ておいら達に捧げるためにこの世界に来てくれたんや。本当に有難い話やな。ババのおいら達への愛を思ったら、涙が出て来るぜよ。
ヨシオ:確かに、この地球で一番心がきれいで、繊細で、誰よりも人や、生きとし生けるもの全てを愛しておられて、ただの一秒も御自分の事を考えず、計算にも入れずに生きておられる人の姿を取られた神様が、俺たちと一緒にこの地球の土の上を歩かれて、食事をされ、同じ空気を吸われていたと持ったら、本当にありがたいよな。
ポニョ:そして。この宇宙で一番きれいなハートを持っておられるお方が、もうすぐその真の御姿を世界中に現して、全世界を善に、真理に、正義に、愛に導いて行かれるんや。
ヨシオ:もう待てないよな。これ以上。早く出てきて欲しいよな。待ってるよ。スワミ!!早よ出ておいでや。
多くの人々は、スワミが指輪、腕時計などを物質化しているが、それには何か現世的な意味があると解釈している。
しかし、それは大きな間違いである。
そのように解釈してはいけません。
それらのものは、明るい理想的な未来に上るための梯子としてあるのです。
あなたがその神聖なものを保持している以上、高貴な思いのみが心に浮かぶようにすべきなのです。16/6/96
ヴィブティを生み出すことは、神の栄光のほんの一部にすぎませんが、私はほんのわずかしか顕さないようにしているのです。
~人々に注目されようとして奇跡を見せびらかすことは、私の本性ではありません。
私は何の目的もなく、ただ喜びを分け与えるのです。
私が不思議な御業を楽しんでいるのはその為なのです。真善美p,152
私はどんな難しい問題も解決する能力を持っていますが、それをあたかも持っていない振りをしているだけなのに、それを見て、私が単に奇跡を行う人で、それ以上の存在ではないと見るのは大変愚かなことです。SSIB1974c32
ポニョ:昨日の記事で面白かったんは、神を思えばその人がいつも親しんでいる姿で、神が出てこられるってとこや。
ヨシオ:人の想像力ってとても、重要なんや。というのも、すごいパワーを持っているんや。以前にも記事にしたけど、想念の力って、磁力の一種で、想念の波動とも呼ばれているけれど、神様は、その俺たちが持っているのと同じ想念の力を使って、この広大な宇宙を創造されたんや。
ポニョ:この、広大な宇宙を想念の力だけで創られるって、本当にすごいパワーやな。
ヨシオ:だからババはいつも、思っていることと、話す事、そしてそれを為す事が一つにならないといけない、とおっしゃってるんや。それらが、バラバラになると、思いと言葉が繋がらなくなり、想念の力も、言葉の力も失くしてしまうんや。
ポニョ:ということは、想念のパワーを失うと同時に、言葉の力、つまり言霊では無くなってしまうんや。
ヨシオ:いつも、真理のみを話していると、自然に言葉にパワーが付いてくるんや。つまり、言ったことがその通りになるんや。それが、今ポニョが言った言霊な訳や。
ポニョ:以前に、パンダヴァーズの妻であったドロウパティが、髪の毛を掴まれて引き回されて辱めを受けた時に、この髪の毛をお前の血で洗うまで、決して束ねたりしないと言った時、そこにいた武将たちは恐れおののいたって話をしたよな。
ヨシオ:そうやったな。ドロウパティは、それまで、一回も嘘を言ったことがなかったので、彼女が発する言葉は、全て実現するんや。だから、ドロウパティが恨みを持って言った呪いの言葉が、将来実現するのは間違いないので、みんな恐れおののいたんや。
小さな子供でさえ眼鏡をかけ、若い人々が毛を染め、多くの人々が入れ歯をするというこれらの理由は、現代における家庭の雰囲気が、虚偽に満ちていて真理から程遠く、心配事やねたみ心がいっぱいで、人々は何事にも満足できず、高慢で見せびらかしや嘘や欺瞞に満ちているためである。
このような腐敗した環境の中で育った者は病気になってあたりまえである。
もし人々が満ち足りた平安の香ばしい香りのする家庭で育ったならば、そこに住んでいる人は幸せで健康であるはずです。
そういう意味で、年長者は次世代者のために大きな責任を負っているのです。SSvol6p89
ポニョ:だから、あんたの子供達が嘘を言ったら、あんたが24時間断食して、嘘を絶対言わない子供に育てたんか。
ヨシオ:そうなんや。どんな状況の元でも真実だけを話す、という生き方は、人に利用されたり、騙されたり、ペテンにあったりするかもしれないけれど、たとえそういう被害にあったとしても、霊的に見たら、真理を堅持する方が結果的にはええんや。
ポニョ:そら、嘘を言ってその場を取り繕っても、その分、その人の霊力は削られてしまい、霊的なレベルも下に落ちて行くもんな。
ヨシオ:いつも、真実を守って行きているか?常に真理を口にしているか?神の御名を唱えているか?全ての生きとし生けるものを愛しているか?といったことを守って生きていけば、心の純粋性が保たれるし、よりピュアになって行けるんや。
ポニョ:でもいくら真実でも、それを言うことによって人を傷つけたらいかんしな。
ヨシオ:ババは、人を不快にさすようだったら、真実であっても口に出してはいけないとおっしゃっている。
ポニョ:ハイ、そこの不具のお兄さん。足が一本短いですね。ヨタヨタと身体を揺すって歩かれていますね。このクソ暑い日に大変やけど頑張って歩いてね。汗だらけやね。そら、そんなに身体を揺すって歩いたら汗もかくよな。義足とかしはったらええのに。でも、その身なりではお金を持っていないようやね。お互い、貧乏人は辛いよな。それでは、またね。なんて真実しか言ってなくても、その人にぶっ飛ばされるやろな。
ヨシオ:それって、嫌味やないか。誰でも頭くるで。そんなん言われたら。
ポニョ:おいらも、自分で適当に言ってたけど、自分で話してて腹が立ってきたぜよ。
ヨシオ:当たり前やないか。さっきの話の中で、ババは想念の力でこの世界や宇宙を創られた、って言ってたけど、こんな面白い話をされたんや。それは、バスの中で学生たちに言われたんや。私がいろんな物を物質化しているけれど、その秘密を教えてあげようか?って。
ポニョ:それって、おいらがめちゃ知りたい事やぜよ。早く、言ってクレマハーデーバーヤ、ナマハ。
ヨシオ:なんやねん。最後のナマハとかいうのんは。
ポニョ:ちょっと興奮したから、ルッドラムの一節が思わず出て来たんや。
ヨシオ:ポニョの言葉が、一瞬、言霊に聞こえたからびっくりした。
ポニョもうどうでもええコメントはやめて、早く言いなさい。
ヨシオ:ババはこの世界で、物質化する方法は三つある。と言われたんや。一つ目は誰でも知っている方法や。例えば指輪を物質化しようとすれば、彫金師に頼めば自分の好みの指輪を作ってくれる。
ポニョ:当たり前の話をするなよ。なんかイライラして来たぜよ。それで、二つ目は何でっか。
ヨシオ:二つ目は、苦行をして感覚をコントロールしたり、滝に打たれたり、禁欲したり、断食したり、瞑想を何時間もしたりして、苦行をして身につける霊的なパワーを使って物質化すること。でも、このパワーは、得ることが出来ても一時的なもので、折角溜め込んだ霊力をたくさん使うので、すぐに霊力が無くなってしまうんや。それに、ラーマクリシュナパラマハンサも批判しているように、そういう霊力を持てるようになると、なんか、普通の人より上の人間みたいに思えて来て、エゴが膨らむんや。だから、そういう超能力を身につけても霊的向上は望めないんや。
ポニョ:それも、何遍も聞いたし、知っている話や。それでいよいよ、最後の三つ目はどんなんや。しょうもないやり方やったら、おいら明日の飛行機で日本に帰るで。
ヨシオ:三つ目は、ババがいつもされているやり方で、想念の力を使うんや。ババは、学生たちの前で、今から想念の力を使ってダイヤモンドを出すデモンストレーションをします。と言われたんや。それも、普通のダイヤモンドと違うで。緑色のダイヤモンドや。ババは、まず最初に自分が物質化しようとしているもの、今回だったら緑のダイヤモンドを頭の中にイメージします。
ハイ、頭に緑のダイヤモンドがイメージとして浮かんで来ました。だんだん、浮かんで来ましたよ。ほら、きれいに浮かんだ。と三回言われたら、なんと手の中に緑のダイヤモンドを握られていたんや。
ポニョ:なに〜?たったそれだけで、物質化出来るんか。驚き桃の木山椒の木やないの。それって。めちゃ簡単やんか。
ヨシオ:ババはこの方法はシンプルで、とても簡単に皆さんが奇跡と呼んでいる事が出来る、と言われたんや。そして、唖然として、口を開けたままの学生たちに、シンプルだろ。こんなに簡単なんだよ。では、次にこの緑のダイヤモンドを、白いダイヤモンドに変えましょうと言われたんや。そして、先ほどと同じやり方で、まず、白いダイヤモンドのイメージを頭に浮かべます。そうです。白いダイヤモンド。ほら、だんだん浮かんで来た。浮かんで来た。浮かんだ。と三回言われたら、手の中のダイヤモンドが白い色になっていたんや。ババはとても簡単に、こうして私は何でも物質化することが出来るのです。と言われたんや。
ポニョ:ちょっと待ってくれる?明日の飛行機で帰れへんから、もうちょっと詳しく教えてくれへんか。
ヨシオ:まだ、アクアポニックスのシステムが、全工程の半分も出来てないのに、帰ってもらったら困るんやけどな。砂利運びも大変やし。俺一人で、今日だけでもバケツ四十杯分運んだで。しかも運ぶだけやなくて、砂利を洗うのが大変やったな。
ポニョ:仕事の話はどっちでもええから、その秘密をもうちょっと詳しく言ってもらえませんか?とさっきから、と頼んでいるんやけど。
ヨシオ:それは、もうさっき話したやろ。心がきれいやったら、こういうことが出来るって。
ポニョ:それは、想念の話やったやろ。物資化の話と違うやんか。
ヨシオ:想念やねん。想や念。想念がピュアやったら出来るんや。だから、さっきから想いと、言葉と、行為が一つにならなあかんと言ってるんや。
アートマンは英知を研ぎ澄ませることと、純粋な心でつかむことが出来る。
ではどのようにして心をきれいにするのであろうか?
それは、例えばおなかがすいているからといって悪い食べ物、つまり世俗的なものでおなかを満たすより、良い食べ物、つまり神のことを思うことで空腹を満たすことである。
英知も、何が一時的で、何が永遠なものかを識別することによって研ぎ澄ませることが出来る。
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このような理由で私はナマスマラナという霊的修行の重要性にこだわっているのです。SSSvol5p9
純粋なハートは真理を映し出す最高の鏡です。
それゆえあらゆる修行はハートを浄化するためのものなのです。
ハートが純粋になるやいなやすべての真理が一瞬の内にハートに映し出されます。
あなたが本当に純粋であるならば宇宙に存在するすべての真理があなたのハートに顕れ出ることでしょう。プレーマ ダーラ P.47
神はどうしたら体験できるのでしょう?
第一の必要条件はハートの純粋さです。
すべての宗教は、純粋さが根本的に重要であることを確言してきました。
すべての霊性修行の目的は平安に到達することです。
あらゆる生き物に対する慈悲は神への信愛です。30/3/87
ポニョ:ああそうか。そこで、さっきの話と繋がっているんやな。やっと分かったぜよ。つまり、純粋な心を持っていたら、頭の中でイメージしたことが、この物質世界にそのイメージした物を物資化出来るっていうことなんや。それって、めちゃ面白いな。
ヨシオ:ババは以前、人々がどうして、こんなに簡単に出来ることを見て、奇跡だ奇跡だと言って大騒ぎするんだろう。と不思議やった。と言っておられた。私にとって、物資化なんて何の努力も要らず、普通に昔から出来ていたのにって。
ポニョ:ババは生まれた時から、ピュアなハートを持っておられたんやもんな。おいら達と違って、何のカルマも背負わず、アヴァターとしての生を、全ておいら達に捧げるためにこの世界に来てくれたんや。本当に有難い話やな。ババのおいら達への愛を思ったら、涙が出て来るぜよ。
ヨシオ:確かに、この地球で一番心がきれいで、繊細で、誰よりも人や、生きとし生けるもの全てを愛しておられて、ただの一秒も御自分の事を考えず、計算にも入れずに生きておられる人の姿を取られた神様が、俺たちと一緒にこの地球の土の上を歩かれて、食事をされ、同じ空気を吸われていたと持ったら、本当にありがたいよな。
ポニョ:そして。この宇宙で一番きれいなハートを持っておられるお方が、もうすぐその真の御姿を世界中に現して、全世界を善に、真理に、正義に、愛に導いて行かれるんや。
ヨシオ:もう待てないよな。これ以上。早く出てきて欲しいよな。待ってるよ。スワミ!!早よ出ておいでや。
多くの人々は、スワミが指輪、腕時計などを物質化しているが、それには何か現世的な意味があると解釈している。
しかし、それは大きな間違いである。
そのように解釈してはいけません。
それらのものは、明るい理想的な未来に上るための梯子としてあるのです。
あなたがその神聖なものを保持している以上、高貴な思いのみが心に浮かぶようにすべきなのです。16/6/96
ヴィブティを生み出すことは、神の栄光のほんの一部にすぎませんが、私はほんのわずかしか顕さないようにしているのです。
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私は何の目的もなく、ただ喜びを分け与えるのです。
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私はどんな難しい問題も解決する能力を持っていますが、それをあたかも持っていない振りをしているだけなのに、それを見て、私が単に奇跡を行う人で、それ以上の存在ではないと見るのは大変愚かなことです。SSIB1974c32
ポニョ:この前の記事の中で、誰でも人はミルクみたいなもので、世俗の悪い水と混じれば薄くなって飲めないけれど、ミルクをかき混ぜてバターになったら水と混じらなくなる。という例えがわかりやすいけれど、おいらには難しい教えやったな。だって、学生と違ってもういろんな習慣が身についているし、変えるのって難しいぜよ。
ヨシオ:年を取ってきたら、誰でも長年染み付いた習慣などを変えるのは本当に難しいよな。それに、誰でも世俗の誘惑に負けて人生の道を大なり小なり外してしまうのが普通や。そして、罪を犯して、新しいカルマを作り、また生まれ変わる要因を作ってしまうんや。
ポニョ:おいら達もババのことを知らなかった頃、結構無茶苦茶してたよな。特にあんたは。ババにほっぺたを、ぺっちんされたぐらいやもんな。
ヨシオ:ババは天使でさえ、この世の誘惑に負けて道を踏み外す事さえある。と言ってられる。ババの事を知らない時はいろんな過ちを犯しても、それはそれで仕方が無いことや、と言って済ませるかもしれないけれど、一旦、ババを神の化身と認めてその教えにも触れたなら、それを命に代えてでも守り切るのが帰依者の義務なんや。
ポニョ:ということは、あんたは天使やったと言いたいんか?何処にそんないかつい顔をした天使がいるんや。あんたは天神橋筋四丁目に住んでたから、天使ではなく天四の人間や。
ヨシオ:言ってくれるやないの。最近ポニョは冴えてるな。やはり、俺のような人間といつも一緒にいるから影響を受けるんやな。
ポニョ:そういや、最近柄が悪くなってきたと思うぜよ。
ヨシオ:ババは、良い仲間を持つのがとても大切や。特に若いときは、まだいろんな悪い影響を受けるから仲間を選ぶのが大切や。と言われてるな。普段、ババが学生たちと一緒に旅をされるときは、ご自分の車に乗られるんやけど、途中で車から降りて学生たちが乗っているバスに乗り込んで来られることもある。すると、あちこちの町や村を通る時に、人々がババの車を見つけると、その車にババが乗っておられると思って、両手を合わせて挨拶をしたり、走って追いかけたりするんや。それを見てババは、ご覧、あの車はいつも私と一緒にいるおかげ、で人々から羨望の眼差しを受け、人々が両手を合わせて挨拶をされている。だから、良い人と混じるのはとても大事なことなのだ。と言われたんや。
ポニョ:それにひきかえ、学生たちの乗ったバスは誰も振り向きもしない。ババが乗ってるのにな。面白いやんか。
ヨシオ:ババは彼の時間の75%を学生達のために使い、残りを帰依者のために使うって言われたことがあるんや。
ポニョ:なんや、ちょっと不公平やんか。せっかく帰依者が遠いとこから来てるのに。
ヨシオ:学生は、まだ俺たちのように世俗の垢に染まっていないし、真っ直ぐな心を持っている。だから、若いうちにしっかりと鍛えておけば、将来の世界を導いていける指導者になるんや。
ポニョ:鉄は熱い間に打てって言うもんな。もう、おいらのように還暦を過ぎた帰依者なんて、どう叩いても変わり様がないほど、自分というエゴが固まってゴリゴリになっているもんな。
ヨシオ:という訳でもないんやけど、さっきも言ったけど、ババは将来を見据えておられるんや。学生を鍛えて、あちらこちらに派遣されて、ゴールデンエイジを迎えた暁には、その学生たちを使って世界を導いて行かれるんや。
ポニョ:ババは。もう頭の中で誰をどこに使うかマスタープランが出来てるんやな。そういや、ババのカレッジを卒業し、そのあと九州に来て、その後、名古屋や石川で研究活動をしていた学生が言ってたけど、同級生だったバレーボールの選手だった学生と偶然、ヴェーダを学ぶ九州の会で会って、その同級生は、僕はわざわざ日本の反対側からここ、九州まで来てるから、君が九州地区を担当してくれないかと頼まれたんや。そして、気が付くともう一人の、知り合いの学生も北日本にいたので、三人でちょうど日本を三つに手分けしてヴェーダ普及の仕事をしたって言ってたな。
ヨシオ:それらの三人の学生たちは、ババからの日本のヴェーダ履修者への贈り物やな。
ポニョ:彼は福島の原発の事故の後も、日本での奉仕をするためにヴィザを延長して滞在したって言ってたな。仙台の方へセヴァに行く時に、放射能で汚染されている地区を通ったけど、一晩中恐れを無くすマントラを唱え続けけたと言ってた。でも、日本に来てもほとんどの食べ物に魚や肉の出汁が入っているし、食うもんに困ったと言ってたな。
ヨシオ:いつ食いもんの話が出るかなと待ってたら、やっと出て来たな。
ポニョ:それに一般の人はババに対するネガティブキャンペーンに、洗脳されているから驚いたと言ってたな。以前も記事にしたけど、日本という国は独立国のように見えるだけで、実は政治経済、そして教育やマスゴミに至るまで、全て占領政策の延長上にあるんや。特に、政治面では、何処かの国の軍事基地が日本中にあるし、経済面では新帝国循環といって、日本の富がアメリカの国債を買わされ、その金でハゲタカヘッジファンドが、日本の優良企業の株を買い占め、乗っ取ろうとしてるんや。だから、どんなに一生懸命勤勉な日本人が働いても、ワーキングプアのままで、日本の官僚を操っている裏社会の一部の悪党共に、全てを吸い上げられているんや。それに気付いて、真に独立した日本を取り戻そうとした心ある政治家は、消されたり失脚させられたりするし、日本は世界の一部の裏社会人間が操っているポチの国なんや。
ヨシオ:ここオーストラリアはもっとひどいけどな。昨日もテロ対策やなんて言って、ネットを裏から合法的に見れる法案が可決したしな。
ポニョ:でも、だんだん裏社会の連中も追い詰められて来ているから、あからさまに人々を強権で支配しようとしてるな。今、どこを見ても全てが裏社会の連中にとって、想定外の出来事が起こっているやろ。
ヨシオ:香港の騒乱やエボラ、ウクライナはもちろんの事、それらの騒動を作り出そうとしてる試みは全て失敗に終わってるもんな。
ポニョ:それに今、北朝鮮が怪しい動きをしてるな。主席や政府要人が乗る専用機が北京で目撃された。何かクーデターか何かが起こったかもしれないな。
ヨシオ:こんな田舎でもポニョのアドバイスのおかげで、無線を使ってネットが見れるようになって良かったな。言われるまで知らんかった。
ポニョ:ネットはあんたにとってええか悪いか分からんけどな。でも、世界の最新情報は入って来るし、記事もアップ出来る。
ヨシオ:テレビやラジオのニュースは全て洗脳手段やからネットだけが頼りやもんな。まあでも、こうして毎日、昼間は肉体労働で、夜になればこうしてポニョと雑談して記事を書くって充実してるな。裏社会の連中なんてどっちみちすぐに歴史から消え去ってしまうから、あまり関わりたくないよな。でも、いろんなことをポニョは暴いてくれたおかげで、食べもんにはとても気を付けるようになったな。例のヒマラヤの海塩を摂るようになって、血圧が下がったな。今は68/108やから下がり過ぎかな。
ポニョ:あんたは元々低かったんと違うんか?六十才超えてるのにちょっと低すぎるんと違うか?さっきの話に戻るけど、裏社会の連中は、嘘と非真、不正義と不道徳の価値観を押し付けて世界を支配しようとしてるから、ババと全く正反対なんや。だから、反サイババキャンペーンをしてババを攻撃するんや。
ヨシオ:俺たちのブログもいろいろと嫌がらせが来たよな。
ポニョ:彼らはスカウトされて、詩愛映画、金を出している電通でバイトをしてるんや。時給四千円ぐらいで。それでおいら達のような、社会のカラクリを知って目覚めたブログを攻撃するんや。でもすごいカルマを作っているぜよ。金のために良心を売り渡して神であるサイババを批判するなんて。
ヨシオ:彼らの将来に、そんなにひどいカルマが返って来ないように、祈ってあげることしか俺たちには出来ることが無いけどな。
ポニョ:早く、世界の全ての人々が幸せに暮らせるような世界が来ればええのにな。
ヨシオ:ババは、学生たちに同じような質問をされたことがあるんや。君たちに聞きたいんだけど、どのようにすれば世界中の一人ひとりの人たちを幸せにする事が出来るでしょうか?って。
ポニョ:うーん。それはとても難しい質問やな。自分の周りの人を少しはハッピーに出来るかもしれないけれど、世界中の人たちとなると想像もつかんな。ババのような神さんだけが、そんな壮大な質問を考えて、答える事が出来るんやろな。それで、その答えは何やねん。
ヨシオ:学生たちは誰一人、その質問に誰も答えることが出来なかったんや。それでババは、次のような分かりやすい例をあげて説明された。この世の全ての人は、水道の蛇口のようなもので、それがトイレットにあったり、台所にあったり、風呂場にもある。でも、そこから出てくる水は同じや。それは高いところにある水タンクから来ている。そのタンクの水が神様で、一人ひとりと繋がっている。そして、人が神さんを幸せにすれば、神様であるタンクの水も幸せになって、そのタンクに繋がっている全ての蛇口から出てくる水も幸せになると言われたんや。
ポニョ:つまり、神さんをハッピーにすれば、全てがハッピーになるって事か?でも、神さんって元々ハッピーなんと違うのんか。
ヨシオ:もちろんそうや。でも、一人ひとりの人々が神を愛し、自分の周りの人の中にその神を見て、その人の中におられる神様をハッピーにすれば、その神聖な思いは神である元の水タンクを経て全ての人々に伝わって行くんや。
ポニョ:ということは、一人ひとりの神への思いは、神を通じて全ての人と共有出来るって事か?
ヨシオ:その通りや。だってこの世にあるものは全てが神で、全部が実は、元で繋がっているんや。
ポニョ:それってすごい発想やな。裏社会の連中ともおいらが繋がってるって考えたら、少し気分が悪いけどな。でも、ババの教えを深読みすれば、確かにそう言えるぜよ。
ヨシオ:だから、ババは数人の、神を心底から愛する者がいるだけで、世界を変えて行けることが出来るって言われたんや。
ポニョ:だから、いつも神の事を思って生きて行きなさい、と言われてるんやな。そうか、自分の周りの人たちの中にババを見て、そのババをハッピーになってもらうようにすればええんやな。分かったぜよ。これやったら、おいらでも出来そうや。そうする事によって全ての人たちを少しでもハッピーに出来るんやったら、喜んでやるぜよ。そんな事で全世界の人々を幸せに出来るって分かったら、なんか嬉しくなってきたぜよ。
(スワミは、インドの地図とサンスクリット語が描いてある直径10センチメートルほどの銀のメダルを物質化された後、講話を始められた。)
このメダルには、これから将来にわたってインド各州に設立されるであろう大学や記念塔などが描いてあります。この身体はあと46年間生き続けます。(2022年)そしてその間、インドで何が起こるかが、このメダルに示してあります。このメダルにはまた、インド各州のリーダーになるであろうサイ大学の学生達の名前も書いてあります。
~近い将来、インドの霊的遺産を、ここにいる若者達が世界中に広めるであろう。学生達を出来るだけ簡素に保っておけば、私が彼らを世界のリーダーに育て上げるであろう。このメダルには未来における世界のリーダーの資質や、性格、赴き先などが書き記してあります。ここにいる若者達は、自分にどのような未来が待っているのか案じているが、私はこのメダルに、将来においての各自の指針を書いておいたので、これらの指針に注意深く従い、他の者の模範となって欲しいと思っています。
近い将来、あなた方はスワミが様々な姿を取ってあなた方の前に現れるのを見るであろう。このような素晴らしい機会を逸しないように、努力して私の教えに従いなさい。神の計画を世界に顕す為に、私はこのような教育機関を設立したのです。
ごく近い将来、あなたは私がマンディールにいる同じ時に、別の私をあなたのクラスルームで見るでしょう。そして私がクラスルームにいる間に、人々は別の私が講堂にいるのを見るでしょう。私が講堂で講話をしているときに信者達は、私がマンディールでアラティを受けているのを見るでしょう。あなた達はそのような体験を近い将来するのです。あなたはこのような体験をし、その体験によって得た至福を世界中に広めるでしょう。これが、この教育機関を設立した主な目的です。私はインドの伝統的な文化、古代からの叡知を現代に甦らすでしょう。こういうことがもうすぐ起こるのです。甦ったバラタの古代の叡知はこれからずっと続き、あなたがたは世界中にダルマを教え広めるという機会が与えられるのです。勝利はどんどん近づいてきており、あなた方は必ずその使命を成し遂げるでしょう。
未来については、あなた方にはよく分からないかもしれませんが、私には私の意図した計画が、実現するのがはっきりと見えています。今、私の神聖さを無視している連中も、私の元にひれ伏すようになるでしょう。間もなく、私の神聖さはすべてに知れ渡るようになるのです。私は意図的に私の神聖さが世界に広まるのを遅らせています。しかし、一度、私が私の真の姿を顕現すれば、すべての世界がプラシャンティニラヤムになることでしょう。
ヨシオ:息子が面白い記事があるって紹介してくれた。闘牛士のアルバノ ムネラさんという方が牛と闘っている時に、牛の優しさに触れて闘う気力を無くし、座り込んでしまったんや。それを見て牛が優しく気遣っているんや。
ポニョ:おいらもちょっと読ましてくれる?本当や。長〜い角やなこの牛。ヨシオ:この闘牛が、このプロの闘牛士であるムネラさんの最後の闘牛やったんや。
ポニョ:ムネラさんは、この牛から何かを感じたんやろな。昔、闘牛士になりたくて子供の時から憧れていた人の生い立ちを描いたスペインのドキュメンタリー映画を見たことがあるけど、闘牛士になるってめちゃ難しいねんで。それに、彼らは地元の英雄なんやで。
ヨシオ:でも、こうして観衆の前で膝を曲げて首を垂れて、闘う意思を無くしてしまったら、もう闘牛士としての生命は断たれたのも同然やな。
ポニョ:この牛も背中にもう既に剣を何本か刺されていて、自分を殺そうとしている闘牛士を、気遣って近づいて来てるんやて。よっぽど優しい牛やったんやろな。プロの牛殺しの心を変えたんやから。
ヨシオ:ババは、愛より強いものはこの世界に存在していない。と言っておられる。今世界をぶっ壊そうと暗躍している輩もいてるけど、俺たちが出来るだけ毎日の生活の中で、自分達の周りから愛を広げて行けば、きっといつか世界が平和になる。
ポニョ:近い将来、ババが再降臨されて、地球の大掃除をされるけど、それを待たずとも、おいら達は、おいら達が出来る範囲で愛を広めていかなあかんよな。
ヨシオ:そういうことや。ババは私の生き様が私のメッセージだと言っておられるけど、俺たちも、俺たちの生き様がババのメッセージだと言えるぐらい、ババの教え通り生きていかないかんな。
ポニョ:おいら達の生き様が、ババのメッセージか。それじゃまず最初にしなくてはいけない事は、手をクルクル回して物質化する練習やな。
ヨシオ:アホやなポニョは。何言うてんねん。
ポニョ:だって、ババはいつも奇跡は私の名刺やって言ってられるから、ババのメッセージを伝えるには、まず最初に名刺を用意せないかんやろ。
ヨシオ:はいはい。頑張ってね。ババのメッセージは愛を広げる事なんや。Love All Serve Allや。さっきの牛さんの例でも分かるように、愛があればどんな事でも可能やし、愛を持って立ち向かえば、恐れるものなんてこの世界に何も無くなるんや。
ポニョ:自分を殺そうとしているプロの闘牛士の心を、口が利けない手負いの牛が変えるって本当にすごい話やぜよ。
ヨシオ:感激もんやな。俺もお袋が亡くなる一時間ほど前に、二人で一緒に近くの公園のベンチに座っていたけど、そこでお袋の顔が突然ババの顔に変わって、その慈愛溢れる目でじっと俺の目を覗き込まれた。その目は、今思い出しても鳥肌が立つほどパワフルな愛に満ちた眼差しやったな。目だけでこんなに愛のパワーを人に伝えることが出来るってとても驚いたな。
ポニョ:目は口ほどにものを言う、やな。
ヨシオ:愛の力や。牛にでも、人の心を変えるほどの愛の力があるんやから、人間である俺たちも、毎日の生活を愛を持って送り、俺たちのハートの中におられる神さんの力を顕現させていかなあかんよな。
ポニョ:愛そのものであるババが、その良い例やな。あんたが紹介してくれたいろんなババの愛に満ちた行為は、人の心を変えることが出来るもんな。
ヨシオ:ババと一緒にいると、その一つ一つの言葉や行為が愛で満ち溢れているのがよく分かるんや。学生たちと一緒にバスに乗って旅をされている時も、道中で貧しい人たちを見つけると、バスを停めさせて、自ら下車して、その人たちに言葉をかけられることは珍しい事ではないんや。ウーティに行かれる途中に、道端で貧しい老女が裸足の孫を膝の上に置いて座っていたのを見つけられて、バスを停められ、バスから降りて声をかけに行かれたんや。
お婆ちゃん。この子はあなたの孫さんですか?
はいそうです。
お婆ちゃんは僕の事を知っていますか?
いいえ、あなた様にお目にかかった事は無いです。
そうですか、知らないの。でも、プッタパルティのサイババって聞いたことがあるでしょう。
はいありますよ。聖者さんでしょう。
そう。僕がそのサイババなんです。
あなたがサイババさんなんですか。ありがたい事です。御足に触れさせて頂いてもよろしいですか?もちろん良いですよ。孫さんにこのお菓子を食べさせて下さいね。お婆ちゃんにもこれをプレゼントさせて下さいね。
と言われて、お菓子と大枚のお札を物質化してプレゼントされたんや。お婆ちゃんは、涙を流しながら喜んでおられた。
ポニョ:本当にババは優しいな。愛がいっぱいやな。
ヨシオ:ババは愛の化身って言うやろ。でも、人はババが言われたりする事を誤解することが多いんや。
ポニョ:ババは、人が見れない未来まで先読みして人にアドバイスをされるから、そういうことが起こるんやろうな。
ヨシオ:未来だけではなく、過去も知っておられるからな。だから先日まで連載して来たヴィジャヤサイ君も、他の学生たちから嫉妬される程ババと親しかったけど、他の学生たちはヴィジャヤサイ君の過去生で積んだ良いカルマが、このように神の化身と親しくなるという結果を生み出していることを理解したんや。
ポニョ:みんな若いのに偉いな。そういう風に理解するって、なかなかおいらのように年をとっていても難しいぜよ。
ヨシオ:年をとったら頑固になるし、変なプライドも出来るから余計に難しいかもしれないな。ババのアドバイスで思い出したけど、こんな話もあった。ババはプッタパルティが暑くなる頃に、いつも涼しいホワイトフィールドに行かれるんやけど、プッタパルティのアシュラムにいるある帰依者の人は、ババがホワイトフィールドに行かれている間、ババに許可をもらって自分の故郷に毎年帰るんや。その年もいつものように、ババがホワイトフィールドに行かれるので、直接ババに聞いて、故郷に帰る許可をもらおうとしたら、ババは今年は帰ったらダメだ。ここに滞在しなさい。と言われたんや。その人は、ババがそう言われたらその忠告に従わなければならないって知っているので、その夏は暑いプッタパルティで過ごすことにしたんや。それで、ほとんどの人たちはババと共にホワイトフィールドに行っているので、幾つかの新しい建物を建てる工事人以外は人がいないアシュラムを散歩してたら、突然レンガが落ちて来て頭を直撃したんや。その人は、すぐに病院に運ばれ手当を受けたんや。幸い軽傷だったので三日後に退院出来たんや。その人は、もし郷里に帰っていたらこんな怪我をすることが無かったのに。とババの忠告に従ったことを後悔し始めたんや。でも、翌日の新聞の一面の見出しを見て驚いたんや。というのも、自分が乗るはずだった汽車が故郷の町の近くで事故を起こし、百人近くの乗客が亡くなったんや。その人は、一瞬でもババの忠告を疑ったことを後悔したんや。
ポニョ:頭の怪我は、ババがカルマを取られたんやろうな。でも、神さんへの信仰心が無ければ人生は後悔だらけになるやろな。逆に昨日も言ったように、神さんを信じて、おいら達一人ひとりが神様を幸せにさす行為をすれば、その行為は神さんを通じて世界中の人々を幸せにする力を持っているんやな。世界中の人々がお互いをいたわり合って愛に満ち溢れた世界になるのが、ゴールデンエイジなんや。早くそんな世界にならないかな。待ちきれないぜよ。
ヨシオ:本当やな。全ての人々が神を愛し、お互いを兄弟と呼ぶ日が来るんやもんな。でも、ババと一緒にいる学生たちは、そのような体験をカレッジでもうしているんや。どの学生たちに聞いてもサイカレッジに在籍している時が、人生で一番充実していたと言っている。
ポニョ:神の化身が75%の自分の時間を学生たちのためにさいておられたんやから、そら当たり前やな。
ヨシオ:それだけではなく、テストの時にはもう準備が出来ている学生が、他の学生たちに僕はこの科目は得意やから、教えてあげようか?とか言って助けてくれたり、いつもトップの成績を取っている学生が全然偉そうにせず、謙虚に他の学生たちを助けたり、スポーツをやっている時も昔の中国や無いけれど、友好第一、試合第二の精神でするので、とても楽しいと言っていたな。
ポニョ:そういう環境で学んだら、本当の友人関係が出来るやろうな。
ヨシオ:同窓会の活動もとても盛んなんや。面白いのは、同期の学生たちだけではなく、先輩や後輩のことも良くお互いに知っているんや。だから、昨日の記事で日本に留学した三人の学生がお互いによく知っているので、上手くヴェーダを手分けして広めることが出来たんや。
ポニョ:聞いてたら、本当にゴールデンエイジを先取りしてるような学校やな。
ヨシオ:もちろん、学生たちはお互い助け合いもするけれど、ババの恩寵を少しでもたくさん受けたいので、ババの車を見つけたら走って行って追いかけたり、競争をするんや。また、一部の学生がババと個人的に親しくなっているのを見て、嫉妬心が出てくるのは当然や。
ポニョ:でも、神さんを追いかけたり、お互い神さんの事で嫉妬したり、競ったりしてもカルマを作らないって聞いたことがあるな。
ヨシオ:全ての行為を神に捧げれば、カルマを作らないんや。だから神さんの事で競い合うのは良い事なんや。
ポニョ:神さんの事で競い合うと神さんの事をいつも考えたり思ったりするから、頭の中はいつも神さんになるもんな。
人間として生まれた目的は何でしょう?
それは神の愛を体験することです。
神の愛を受け取った人だけが、世界に変革をもたらすことが出来ます。
現代社会は不安と悲しみに満ちています。
どこを見ても悲しみ以外何もありません。
洪水などの自然災害の多くは、大変な惨状を引き起こします。
これらは神によって引き起こされるものではありません。
人間の苦しみの原因はすべて人間にあります。29/10/09
世俗的な愛は彼の執着する心の反映でしかないために、月日が経つに連れてだんだん冷めてくるものなのです。
しかし神の愛は、絶えることなく不変です。
それは、永遠にして神聖、無私のもですが、誰でもこれを理解できるというわけではありません。
人は自分達の欲望が満たされなければ、この愛を誤解し、神を非難さえします。17/7/97
愛に満ちたヴィジョンを持つ人は、全宇宙に絶対実在(ブラフママヤム)が浸透しているのを見ます。
肉眼で世界を見るならば生まれてから死ぬまで世界は惨めの束と見えます。
神への愛は、惨めさから逃れる唯一の道です。
神への愛が無い人は、少なくともこの瞬間から神への愛を培いなさい。4/4/92
欲望とむさぼりを戒め、いつも満ち足りていて、神の愛を受け取ることが出来るように努める。
ただ神様を愛しているだけでは足りません。
どうすれば神様から愛されるか。
どうすれば神の恵みを得られるか。
どうすれば神の愛をじかに得られるか。
それを良く理解せねばなりません。
神は自分のものだと言って泣いたり叫んだりしても何もなりません。
おまえは私のものだと言ってもらうように願うべきです。SGc23
ポニョ:暑い夏をプッタパルティで滞在しなさい、と言われた帰依者のように、全ての人の未来を知っておられるババのアドバイスは、しっかりと聞いて従わないと後で後悔するよな。
ヨシオ:ババがされるたり、言われたりすることは、何一つご自分の事を計算に入れておられないんや。全ては、帰依者の事を思ってされているんで、その事を分からないとババを誤解したり、ババを批判したりして離れていく人も少なくないんや。ある人は、ババからダルシャンで顔も見てもらえず、もちろん話しかけてもらえず、手紙でさえ取ってもらえなかったんや。でも、めげずに何年もアシュラムに通い、やっと手紙を受け取ってもらえたんやけど、ババがその時に君がこの手紙を書こうと思った瞬間に、君の思いが私に既に来てる。君がペンを便箋の上に走らせる前に、文章はもう私の元に届いている。君は私とコンタクトをするのに、こういう手紙やインタビューでは無く、もう君と私の間には、ホットラインが開設してあるのに気付いていないのですか?と言われたんや。
ポニョ:そういう事なんや。 ババと霊的にもう繋がってるんや。普通の人やったら、それだけ無視されたら嫌になるけどな。根性あるな、この人は。
ヨシオ:ババは、帰依者の信仰心がどれくらいあるのかテストをするのが神の趣味だ、と言っておられる。だから、いつも帰依者の事を試されるんや。
生徒は、試験を受けなければ、上の学年に進級することができません。
人々は、試験に合格して面接を受けなければ、職に就くことができません。
同様に神は帰依者の幸福と進歩の為にテストをします。
テストは神の趣味です。23/11/99
あなたの中にある愛の火花は、神に到達することができるよう、大切に養われ、油を注がれなければなりません。
そうすれば、すべての存在は神になり、すべての行為は神聖になり、外界からあなたが得るすべての反応は、プレーマ〔愛〕に満たされ、その甘露によって甘くなることでしょう。
あなたがあらゆる存在の中にいる神を愛するとき、あらゆる存在にいる神は愛を込めて応えます。神を愛しなさい、たとえ苦難があなたの運命であったとしても神を愛しなさい。
たとえ拒絶され、叱責(しっせき)されたとしても。
なぜなら、厳しい試練という坩堝(るつぼ)の中でのみ、金属は純化され、汚れは取り除かれるからです。18/7/70
ポニョ:今回もスワミは、崩御されて葬式までしたけど、私はまた戻って来たよ。パッパラッパパーとラッパを鳴らしながら、ついでに舌をちょこっと出して、おいらにウインクしもって復活されるんやろな。
ヨシオ:なんでポニョにウインクをされるんや。気持ち悪いやないか。
ポニョ:今回の崩御自体が、全ての帰依者を試されるテストなんやろな。だってババは御講話で、これまで何度も化身としてやられる仕事のことや、この世に神が生まれ変わって来た理由などを予言されているのに、それらを途中で全部ほっとらかして逝かれたもんな。その事を太陰暦で数えると96歳で亡くなったとか、無理にいろいろとこじつけて正当化出来ないぜよ。
ヨシオ:ババがまた戻って来られるとしか、考えられないよな。でも、そういう事を受け入れられない人がマジョリティやな。だって、俺たちが言っているように、一度ドカンと経済が下に落ち、世界情勢も悪化して世界戦争が起こりそうな事態となり、また自然現象も火山噴火や地震などが世界中で起き始めるような状態になって初めて、ババがもう一度この世界に降臨される条件が整うんや。
ポニョ:でもほとんどの人は、今自分が置かれている状態に満足されているんやろな。そこそこの給料ももらっているし、マンションや持ち家もあるし、ビジネスも上手く行ってるし、仕事もきついけど我慢したら海外旅行に行けるし、そんな世界的な大災害や、大恐慌なんて起こって欲しくない人がほとんどやろ。
ヨシオ:だから、それじゃダメですよ。いつまでそんな生活をしているんですか?もっと真剣に神様を思うような人生を歩み始めましょう。と警告を鳴らすのがこのブログの目的やったんや。
ポニョ:ババは、この世界に住んでいる人間の99%は利己的や。と言っておられたことがある。自分さえ良かったら、パレスチナや、東ウクライナで人が殺されようと、自分には関係ないと思っている人がほとんどやろ。また、罪もない動物や、生き物が殺されて人に食されているのに、平気でスーパーの棚から肉を買ったり、皮革製品を身に付ける為に買い求めている。
ヨシオ:これから、いろんなことが世界に起こるけど、これは全部、人類の身から出た錆なんや。特に、一部の裏社会の者が社会を混乱に陥れようとしているけど、全てがリセットしなければ、あれだけの富と軍事力にものをいわして世界中で悪さをしている輩が、単純にハイ、参りました。これから、神を思い、清く正しく生きていきます。今まで世界を混乱に陥れ、たくさんの人々を殺して来てすみませんでした。反省してます。なんて言うわけがない。
ポニョ:そんな事が起こったら、まさしく奇跡やな。結局のところ、人は頭を打たないと賢くならないんぜよ。
ヨシオ:というわけで、人をテストするのが神さんの趣味やそうやから、俺たちの神さんである、サイババさんがええ趣味してるかどうか、ちょっとこれから見ものやな。
ポニョ:あんたの話によると、今年の後半から色々と起こるっていってるけど、もうあと二ヶ月半しかないで。
ヨシオ:いろんな事が年末までに始まると思うで。だって見てみ。世界中でどれだけの地震があり、火山が噴火してる?また、巨大台風に慣れてしまうぐらい、巨大台風が普通になってしまってるやろ。
ポニョ:裏社会の連中も、今年、二機のマレーシア航空機に悪さをし、それを口実にネオナチを使って東ウクライナを攻めてロシアをおびき出そうとし、シリア、イラク、イランにまたがるイスラム国を捏造して、以前からの陰謀通り、あの地域を三分割しようと企んでいる。もうとにかく、今年だけでもめちゃ大きい事件を起こしているな。
ヨシオ:それら全てが、想定外の結果に終わっている。これも、世界中で人々が覚醒して来たおかげやな。今ではもう誰も、あのツインタワーの件はオサマがやったと思ってないやろ。
ポニョ:ここ数年の間の、人々が覚醒するスピードは速いな。ネットのおかげやろな。
ヨシオ:俺はパイロットやから、ジェット燃料は灯油に近いって事を知ってる。翼の上にわざとまいて、ライターの火を近づけてもすぐに火がつかないし、ついてもゆっくり燃えるって教官が言ってた。それが、あの超高層ビルを潰して灰にしたのを見て笑ってしまったな。
ポニョ:それに、飛行機がぶつかっていない高層ビルも粉々に壊れたやろ。なんでもありの世界やな。今面白いのは、ロシアがそれらの詳しい情報を世界に発信し始めてるんや。テレビでも放映を始めたし、こうなると、もっとたくさんの人々が覚醒して、彼らの足元に火がつくやろな。今では、もう誰もマスゴミの言うことを信じていない。奴らの洗脳手段やからな。
ヨシオ:このような俺たちが住んでいる世界は、嘘や暴力、非ダルマでとてもひどい反面、真理の芽が出て来てる。これから、どういう展開になって行くのか分からないけれど、何が起こっても、それはええ事なんや。ババが人類の未来は明るく、真理の光りで輝いていると約束されてるんや。だから、そうなるんや。100%。誰も、未来の事を全て知っている神さんに逆らえないし、その神さんが人類に約束して下さった未来の世界は、想像も出来ないくらい素晴らしい世界なんや。
すべての人類が調和に満ちて生きるという時が近づいています。
その時期は、人々が思うよりも早くやってくるでしょう。
それは、誰も想像できないくらいです。
それは、人の理解を超えています。
私が今言えることは、そのときの美しさは、すべての人が見る夢よりも、もっと素晴らしいということです。SSS Balvikas9/1995vol15p9
ポニョ:ババは本当に全てを知ってられるもんな。細かい事でも全てを。
ヨシオ:ある人が、バンガロールからプッタパルティにババのダルシャンを受けに行こうと、車で走っていると反対車線にババの車が止まっているのが見えたんや。それで慌ててストップして、車から出て急いでババの車に走って行くと、ババは、君は今からどこに行こうとしてたんだ。と聞かれたんで、今からあなたのダルシャンを受けにプッタパルティまで車を走らせていました。というと、ババがわざわざ車から出て来られて御足に触れさせてくれたんや。そして、こんなところにいると、事故に遭うので早く車に戻りなさいと言われたんや。それで、その人は思わぬところでババに会えて、御足にも触れることができて喜んでいたんや。でも悲劇は九年後に起こったんや。その九年前と同じ場所で、前に止まっていた砂利を満載したダンプが、ギヤを入れ間違えて後ろ向きに走り出し、運転手はダンプをコントロール出来なくなったので、ドライバー席から飛び降り、ダンプはそのまま後ろから来た、そのババと道の途中で会った人の車に突っ込んだんや。ダンプはフロントガラスをぶち破り、その人の鼻の前、二センチのところで止まったので、怪我はしなかったけれど、もちろん車は大破したんや。
ポニョ:九年前に、ババがここにいたら事故に遭うとおっしゃったんか。そして、その同じ場所で事故にあったんや。未来の事を分かっていてその場所で車を停められたんやな。ババらしいな。このようにババの言葉は奥深いから、絶対冗談として受け取ったり、無視したらあかんな。でも、鼻の前二センチでダンプが止まったって、めちゃ恐ろしい体験やな。ババがそこで止めてくれたんやろな。
ヨシオ:そのダンプは50%も最大積載量をオーバーして砂利を積んでいたんや。こんな砂利の話をしてたら、俺はもう、これからの人生、砂利を見ないと一日が始まらないような気がしてきたな。
ポニョ:砂利洗いと砂利運びの仕事は楽しいやろ。もうどれくらいやっているんや。一週間ぐらいか?ちょっとは筋肉がついてきたみたいやな。還暦になっても筋肉はつくんやな。面白い。今度から、砂利を買ったらコンクリートミキサー車でデリバリーさせたらあかんで。砂利がセメントの粉だらけになるからな。アクアポニックスは閉鎖型水循環式農法やから、水にセメントが混じると野菜も育たないし、魚も死んでしまう。しっかり砂利を洗わなあかんぜよ。コンクリートミキサー車なんかで運ばしてくるからや。常識やぜよ。あんたが作ったカルマやから、自分で支払いなさい。おいらは、タネから芽を出さす仕事で忙しいんやぜよ。こういう具合に仕事も分業すれば楽しいな。
多くの人々は、私の言葉を重視せず軽く取っています。
これは正しいことではありません。
私が話すことは、例え私が軽い調子で話し、冗談として話したとしても、全て真理であり真理のみなのです。
しかし、人々はそのことに気付いていません。
肉体的にスワミの近くにいる人でさえも、このことを正確には理解していません。
その結果しばしばスワミの言うことを無視しています。
私の言葉を真剣には受け取らず、スワミは軽い調子で話をしたのだと思っています。
そして、私の言葉が真理である事を後でそれが現実となった時にようやく気付くのです。
人は未来のことを何も知らないので、私の言葉を軽く受け取ります。
けれども、私の言うことが全て本当だということが将来判明するでしょう。
そうして初めて、人は私の言葉を理解することが出来るのです。
眼の前で、私が歩き、話しているのを見、起こっている事を全て目撃しているのにもかかわらず、人々は私の言葉を理解することも、私の神聖さを認識することも出来ずにいます。
人々の多くは、私の言葉を冗談でかたづけます。8/08
ポニョ:神さんの趣味が人の信仰心をテストする事やなんて、少し意地悪いよな。ヴェンカタギリの王様の亡くなったお母さんを霊界から呼ばれた時も、お母さんは王様である息子に、この方は、お前の信仰しているラーマ神であるけれど、クリシュナ神のように人を試されるから注意しなさいとアドバイスをしてたな。
ヨシオ:ババは、帰依者がアシュラムに来ていつまで滞在するか知っておられるので、その帰依者が帰るギリギリまでインタビューに呼ばれない事が多いんや。だから帰依者たちは、今回はババはインタビューに呼んでもらえないんやろか?とか思って疑心暗鬼な気持ちになり、ババのアシュラムに来たことを後悔したり、ババを疑い始めたりして、自分の帰依心や信仰心の強さなどに、心の中で向かい合わないといけないんや。
ポニョ:つまり、インタビューではなくインナービューやな。そういう状況をわざとババは作って、帰依者を試されるんやな。ちょっと意地悪やなそれって。
ヨシオ:シルディサイババの帰依者で、シルディババに、また、南インドで生まれ変わると告げられた方がいるんや。それで、サッチャサイババになって生まれ変わったシルディババを、見つけ出し、サッチャサイババの帰依者になられた、ペッダバッドゥという方なんやけどな。
ポニョ:ほう、二人の神の化身の帰依者か。それってすごいよな。
ヨシオ:その方が、私はババに私がこんな風にサッチャサイババの事を思っているなんて知られたくないので、彼には直接言いませんが、シルディババは帰依者に対して怒ると、その辺にある石を拾い上げてその帰依者に投げつけたものでした。でも、サッチャサイババは表面上は甘く優しいように見えますが、でも、人の心の内部で石を投げられるんですよ。と言われたことがある。
ポニョ:つまり、帰依者をテストされるって事やろ。シルディババの方が、もっとストレートでおいらに向いてるな。
ヨシオ:サッチャサイババは、帰依者一人ひとりの中に神様がいますよって教えてくれるんや。そして、次のプレマババは、実はあなたが神なんですよって導いてくれるんや。だから、今のサッチャサイババは、一人ひとりの心の中に神さんがおられる事に気が付きなさい。良心の囁きに耳を傾けなさい。その良心の囁きは神の囁きですよ。心に悪い思いが浮かんだら、すぐに捨て去りなさいね。神様とその悪い思いは共存出来ませんよって教えられているんや。
ポニョ:以前、椅子取りゲームの話をしたけど、そのことやな。だから、一人ひとりの心の中の悪い思いに石を投げられるんか。
ヨシオ:カナダのバンクーバーのサイセンターの会長をされていて、HSBCのテクニカルライターの仕事をされている、マユールパンディアさんていう以前、サイのカレッジで教えていた方がいるんやけど…。
ポニョ:なに〜。HSBCってグロエリが仕切っている悪さばかりしてる銀行やぜよ。High Society Bank of Criminal やんか。
ヨシオ:何を興奮してるんやポニョは。世界中のほとんどの銀行は繋がっていて奴らの影響下にあるから、どれでも一緒やないの。それで、そのマユールさんは、トライブリンダヴァンという建物の前の庭を誰も手入れしていないのに気がついて、雑草抜きや花を育てたり、掃除をしたりしていたんや。
ポニョ:トライブリンダヴァンって、中にマンディールがあって、ババもホワイトフィールドにおられる時にそこに滞在されるところやろ。おいらも中に入ったことがあるぜよ。それって、かなり以前の事やろ。だって、おいらがインタビューに呼ばれてトライブリンダヴァンの外で、ババがダルシャンを終わられるまで待っていたけど、ペットの鹿や鳥や他の生き物もいたし、庭もめちゃきれいに手入れしてあったで。
ヨシオ:マユールさんが、ブリンダヴァンのカレッジに入ったのは35年以上も前の話なんや。だから、誰も庭の手入れなんてしていなくて、マユールさんが一人でしていたんや。ある日、ババがマユールさんに、君の庭はどうだい?って聞かれたんや。それで、マユールさんは先ほど新しい花のタネを撒き、肥料も入れましたし、他の草花も順調に育っていますよ。と返事すると、ババは君の庭はどうだい?と同じ質問をされたんや。それで、どのように答えていいのか分からなかったので、返事出来ずにいると、ババは去って行かれたんや。近くにいた学生に何か言いそびれたことがあったかな?とか聞いていたんだけれど、結局分からずじまいやったんや。でも、次の講話でババは一人ひとりの心の中に人は庭を持っている。その心の庭の雑草を抜かなければならない。と言われたんや。
ポニョ:そういうことか。ババが君の庭はどうだい?と聞かれた意味は、マユールさんの心の中にはびこっている雑草取りもしていますかという意味なんやな。ところで、心の中の雑草って何やろな。
ヨシオ:俺に聞かんでも、自分で分かるやろ。
ポニョ:そうやな、腹が減ったら我慢出来ずに、すぐに何でも口に入れてしまうこととか、食事の前にフードマントラを言うのんを忘れてしまうとか、甘いものには目が無いので、もうちょっとダイエットに気をつけやなあかんとか。
ヨシオ:分かった分かったって。ポニョは食べることばっかりやんか。雑草って簡単に言えばババが以前、講話で言われてたけど人の六つの敵の事やねん。
単に人間のみならず、生きとし生けるもの全ては欲望、怒り、痴情,貪欲、自惚れ、嫉妬という六つの敵に取り囲まれています。
六つの中で最も強力な敵は欲望と怒りです。
欲望と怒りは異なるものとみなされますが、怒りは欲望より生じます。
貪欲、痴情、自惚れ、嫉妬もまた欲望の結果です。28/9/90
ポニョ:ああそういうことか。おいらの場合は、欲望って食欲だけやからな。他にないぜよ。
ヨシオ:それって大きな敵やないの。チャクラが胃の位置にある証拠やからな。それで、このマユールさんはババのカレッジに入るまでムンバイのカレッジに在籍していて、ババのカレッジではしてはいけないということを全てして来て、普通の学生生活を楽しんでいたんや。でも、家族全員ババの帰依者で両親はマユールさんがババのカレッジに行って欲しかったんや。でも、マユールさんは壁にかけてあるババの写真が後ろ向きにひっくり返ったらババのことを神と信じてもいいよ。なんて言ってたんや。
ポニョ:にくそいガキやったんやな。両親も頭が痛いやろなこんなガキが一人家におったら。
ヨシオ:でも、ある日、知り合いの人がババのところに行くのでついて行ったんや。そして、最初のダルシャンでババが神さんって分かったんや。家に帰ると、お母さんが壁にかけてあるババのお写真はひっくり返らなかったけど、あんたが神の方にひっくり返ったね。と言われたんや。それで、カレッジに入ったんやけど、早朝からバジャンを歌って通りを歩いたり、礼拝やいろんな行事が自分にあってると分かって、すっかりババのカレッジにはまってしまったんや。ある日、マンディールの中にいた時、郵便局に行く用事を思い出したんやけど、当時、学生がマンディールを離れる時は、教授などに許可を得ないといけなかったんや。でも周りを見回しても誰もいないので、事後承認でいいやと勝手に自分で決め込み、規則を破ってマンディールを抜け出したんや。そして、トライブリンダヴァンの横を通って裏ゲートの方に歩いていると、何かを感じて上を見たんや。するとババが二階のベランダからマユールさんを見下ろされてたんや。それで、ああババに見つかってしまった思い怒られるのかなとババを恐々みると、ババは、お前が勝手に規則を破って出て行くのを見つけた!という悪ガキのような笑い顔をされて、マユールさんを指でさされていたんや。そして、その指をおもむろにピストルの形に変えてマユールさんをバンと言って撃つマネをされたんや。マユールさんはおかしいやら、驚くやらわけが分かなくなってマンディールに戻ったんや。
ポニョ:ババは何でも知っておられるし、どこにでもおられる事の証明やな。おいらは大阪出身やから、手でピストルの形を作って友達とよく撃ち合いしてたな。子供やったら誰でもするやんかな。知らん人にもピストルの形を手で作ってバンと撃ったら、撃ち返して来るんやもんな。おもろかったな。チャンバラも、知らん人に切る真似をしたら切り返してきよるもんな。それで通りでやり合いするんや。
ヨシオ:そんな事を知らん通行人と出来るのは、世界中で大阪だけやろな。何というても、チャンバラトリオの発祥の地やもんな。俺の学校にも来てパフォーマンスやってたな。
ポニョ:そんなノリがええのが大阪のええとこやな。でも、まさかババが大阪のノリをやるって知らんかったな。面白いやろな。ダルシャンで、ババとそのノリでバンバンと言いながら帰依者と撃ち合いしたら。ダルシャングランドが吉本新喜劇の会場になるやろな。
ヨシオ:今回は、ポニョの一人芝居はやめとこな。この記事を読んでくれているババの帰依者の人は平均俺たちと違って、生真面目な人が多いから立腹されるかもしれん。
ポニョ:…そうやな。やめとくわ。本当はおいらやりたかったんやけどな。
神は、あなたがしていることをすべて見ています。
あなたは、他の人は誰もあなたが何を考えているかを知らないだろうと想うかも知れません。あなたは他の人々を騙せるかもしれませんが、神を騙すことができるでしょうか?
神はすべてを知っています。ですから常に善いことをしなさい。 5/7/01
朝、目を覚ました時、至高の神によってあなたに割り当てられた役割りを演じる舞台劇に登場した、と思いなさい。その役を上手く演じて神に褒められるように祈りなさい。夜、眠りに着く時は、舞台を降りて自分の演ずる役割の衣装を着たまま楽屋に居ると思いなさい。なぜなら、おそらくあなたの役は未だ終わっていないので、衣装を脱ぐことを許されていないからです。おそらく、あなたはまた翌朝舞台に立たねばならないでしょう。何も心配はありません。彼の意思に従いなさい。彼はすべてを知っています。彼が劇を書いたのです。そして、彼は劇がどのように終わるのか、どのように続いて行くのかを知っています。あなたはただ、与えられた役割を演じて退出すれば良いのです。OCSp12
ポニョ:このマユールさんも、以前紹介させてもらったヴィジャヤサイ君のように、ストレートな人間て分かるよな。おいらと似ているぜよ。
ヨシオ:昔、ムンバイで行ってたカレッジでは、ババのカレッジでやってはいけない事を全てやってた。とか、壁にかけてあるババの写真が裏返ったらババを神様と信じるとか、自分の気持ちを素直に述べられているな。
ポニョ:自分を飾らないっていいよな。今の世界は、虚栄を張って自分を飾る人が多いから、一体その人が何を考えて、何を言いたいのか、何かを企んでいるのかいないのか、さっぱり分からん人だらけやもんな。おいらには、ちょっとついていけないぜよ。
ヨシオ:ポニョは一番苦手やもんな、そういうタイプの人って。その点、マユールさんのような人は、初めてのダルシャンで直ぐババの神聖さが分かり、それ以後、ババにずっと一瞬も離れることなく着いて行っておられるな。
ポニョ:もちろん、前世からの徳もあるんやろうけど、ババに会って花が開いた人って多いよな。
ヨシオ:ババも、そういうストレートな人、心で思っている事と口に出して言うことが同じ、そして口に出した事は必ずやるという人を好んでお側に呼ばれるな。
ポニョ:今の世界でそういう人は少ないよな。だって、そんな事をしていると人に騙されたり、利用されたりするぜよ。
ヨシオ:さあ、それではマユールさんの話に入ろか。マユールさんがカレッジにいた頃、ババが車で出かける時みんなでお見送りに行ってたんや。でも周りは学生だらけでババの姿を見るのも難しいので、マユールさんは自分が育てた花を摘んで、ババの車が通る道の横に立って待っていたんや。すると、ババは車を停めてマユールさんから花を受け取られるんや。それを見ていた他の学生たちも、マユールさんのマネをして花を摘み、マユールさんのように道の脇で立つようになったんや。それで、庭の花がすぐに無くなり、花を持った学生達が等間隔で道にたくさん立って待つようになったのでとても面白かったと言っておられたな。
ポニョ:なんか、それって知らん人が見たら変な光景やもんな。なんか、笑っちゃうようなそんな光景や。学生たちが、花を持って道に等間隔でたくさん立っているなんて。
ヨシオ:そういや、俺もババがサマーコースが終って講堂から出て車に乗られる時に、少しでも近くに行こうと一生懸命やったな。でもある日、講堂の廊下に少し高さの低い窓があるのに気がついたんや。講堂の廊下の幅って、たかが一メートルぐらいやろ。そこをババが歩いて車のところまで行かれるんやけど、その窓の前を歩かれるから、その窓を開けて顔を出していたら、至近距離でババを見れるかなと思って待ってたんや。すると案の定、ババが俺の鼻の先、三十センチのところを通られたんや。俺のなが〜い顔が突然窓に出現したんで、横目で見て行かれたけどな。
ポニョ:そら、そんな長い馬面がいきなり窓の外に現れたら誰でも驚くよな。
ヨシオ:馬面は余計やろ。多分俺と同じ事を考えて、このマユールさんもその窓の前でババを待っていたんや。するとババはラッキーな事にその窓の前で歩みを止めてマユールさんに話しかけられたんや。ババはマユールさんに、君は私の事を愛していますか?と聞かれたんや。マユールさんはもちろんですともスワミ。あなたの事を心から愛しています。と答えると、ババはお前は嘘つきだ。神を本当に愛すると、愛してるなんて言えなくなるんだよ。自分が神を愛していると思ったり、言ったりしている間は、本当は神を愛せていないんだ。と言われたんや。
ポニョ:愛しているという感覚や意識がある間は、本当に愛していないって事なんやろな。難しいよなそれって。そう言えば、クリシュナの時代にゴーピー牧女達は、クリシュナの事を思いすぎて我を忘れてしまっていたよな。あるゴーピーはロウソクの炎の中にクリシュナを見て、そのロウソクが溶けて自分の手がやけどしていることさえ気づかなかったよな。
クリシュナは言いました。 「ラーダー、私は宇宙の主だ。何でも欲しいものを願いなさい。すぐにそれを授けよう」
ラーダーは答えました。「あなたから欲しいものはありません」
クリシュナは言いました。 「私の愛さえ欲しくないというのか? 」
すると、ラーダーは「私は自分があなたを愛していることを知っています。あなたが私のものであることも、この先ずっと私のものであることも、永遠に私のものであることも知っています。あなたが私を愛していようと、愛していまいと、それは問題ではありません」
クリシュナは、初めてひざまずくと、母なるラーダーの手を取って言いました。
「ラーダー、私は自分の全創造において、今、初めて自分の帰依者からあるものを受け取った。それは無条件の愛である」 と。
ヨシオ:ラーダーってゴーピーの一人でクリシュナの叔母に当たる人なんやろ。
ポニョ:そうやったんか。それはおいらも知らんかったな。確か亡くなる時に、クリシュナのフルートを聞きながら死にたいって言って、クリシュナの膝の上で亡くなったんやったな。
ヨシオ:理想的な死に方やな。それ以来クリシュナはフルートを吹くのんをやめたんや。
ポニョ:でも、実際はヴィシュヌ神の相方のラクシュミー女神の化身やって言う話もあるぜよ。
ヨシオ:でも、ラーダーぐらい強い神への信仰心を持っている人ってなかなかいないし、いたとしても普段その信仰心を、人に見せないようにしているんやろな。ある時、マユールさんはババの車の前席に乗る機会があったんやけど、乗っている間、誰も話さないし、後ろを振り返ってババを見たら、なんか、自分の事を睨んでいるみたいやし、嫌な雰囲気やったから思い切ってババに話しかけたんや。スワミ、あなたの事を愛しています。あなたの事を思って夜も寝れません。というと、ババは嘘を付くな。毎晩大きいいびきをかいて寝てるやないか。と言われたんや。
ポニョ:なんでもお見通しやな。ババにかかると。神様になんにも隠し事なんて出来ないよな。
ヨシオ:ババはその頃、学生たちを連れて野生動物を見に、モトマライの森によく行かれたんや。三頭の象に分乗して、深い森の中の道無き道を歩んで行くんや。
ポニョ:その写真を見たことがあるぜよ。象の上に六七人乗って森の中を行くエコツアーやな。それってめちゃ面白そうやな。
ヨシオ:途中にカルグリーレストハウスというところで休憩するんやけど、ババはマユールさんに、森の探索を楽しんでいる間に何か分かったことはあるかい?と聞かれたんや。マユールさんは、いいえ別にと言うと、ババは、人々は森の中にいる野生動物を探すように神を探し求めているけれど、実は神様はいつも君たちと一緒にいるんだよ。と言われたんや。
ポニョ:ババはいつもいろんな機会を捉えて、帰依者たちに易しく霊的な事を教えられるよな。森の中で捜す野生動物を神様と例えられているんやろうけど、実は神様は君たちと一緒に象に乗っているんや。
ヨシオ:本当は、神様は俺たちといつも一緒に人生を歩んでいるんやけど、それに気がついていないのが俺たちなんやな。
ポニョ:昔、外国に住んでいる友人からカードをもらったことがあって、そのカードに書いてあった詩や絵がとても良かったんで、何度も読み返したことがあるぜよ。そこに描かれている絵は、砂浜に二人分の足跡がずっと続いているんや。それで、あるところから、一人分だけの足跡になっているんや。しばらくしたら、また二人分の足跡がずっと続いていて、また一人の足跡だけになって渚に消えてしまっているんや。
ヨシオ:不思議な絵やないの。それで、どんな詩が添えてあったんや。
ポニョ:昔の事やから、よく覚えていないけど、大体こんな感じやった。
神様と二人で歩む人生
それは、長い長い海岸を歩くようなもの
後ろを振り返ると、ああ本当だ。神様がずっと私と一緒に人生を歩んでくれているんだって分かる
だって、私と神様の二人の足跡が砂浜に残っているから
ああ、時には人生に悲しみや苦しみが襲ってくる
そんな時、心から呼び求めるあなたの名前
神よ、神よ、神よ
この苦しみから私を救いたまえ
ようやく過ぎ去った人生における苦難の嵐
私は、そんな苦難の時にこそ、きっと神様がその苦しかった私と一緒にいて下さったんだと信じて後ろを振り返りる
そして神様の足跡が私の足跡の横に付いているかどうかを見てみる
でも、私があんなに心から神様を呼んだのに、その時に神様は来てくれなかった
私の人生で一番苦しかった時に、神様は来てくれなかったのだ
だって、私が神様を泣き叫んで呼び続けていた頃の足跡は、私のたった一人分の足跡しか無かったのだ
神様、私の呼ぶ声が聞こえなかったのですか?
私が悲しみで毎晩、涙で枕を濡らし続けていたのに
私が苦しみに負けて、心がへし折れそうになっていたのに
あの時、私がどれほどあなたを必要としていたかを、ご存知のはずなのに
娘よ、私の愛しい娘よ、お前が私を呼ぶ声は耳が痛くなるほどよく聞こえたよ
だから、あの砂浜についている足跡は、お前の足跡ではなく、私の足跡なんだよ
そうなんだ、お前が苦しみに負けそうになっていたので、私がお前を背中に背負って、困難を乗り切ったんだよ
私は、今までずっとお前と一緒だったし、これからもそれは変わることはないんだ
こうして、二人でお前の人生の最後までずっと一緒に歩もうな
そして、お前の人生が最後を迎える時、逆にお前が私を背負って歩いておくれ
そうすれば私たちは一つになれるんだよ
ヨシオ:ええ詩やないの。心にズンと来たで。最後のオチが最高やったな。そうか、人生でしんどい時は神様が背負ってくれるんやな。それでよく分かったわ。なんでポニョがダイエットせなあかんていつも言ってる理由が。ポニョは人生でしんどい時に、神様に背負ってもらおうと思ってるんやろ。やめ時、あんたみたいなお腹出たおっさんを神様は背負わないから。
ポニョ:そうやろか。でも、その通りやな。あの小さい身体のババが、お腹がプックリ出てるおいらを背負って歩くなんて、想像したら可笑しいよな。
どのようにして心をきれいにするのであろうか?
それは、例えばおなかがすいているからといって悪い食べ物、つまり世俗的なものでおなかを満たすより、良い食べ物、つまり神のことを思うことで空腹を満たすことである。
英知も、何が一時的で、何が永遠なものかを識別することによって研ぎ澄ませることが出来る。
あなたの思いを神の御名と御姿に集中させてみよう。
そうすればあなたは、純粋で永遠なものとずっと一緒だったと気づき、そこから喜びを引き出されることができるであろう。SSSvol5p9
いつも幸せでいなさい。
あなたの喜びを周りの人々にも分け与えなさい。
これが真の霊性です。
覚えておきなさい。
愛は神です。
愛の中に生きるのです。
真理は神です。
真理の中に生きなさい。
恐れてはいけません。
神はあなたといつも一緒です。
神は私といつも一緒にいて、私は神様の中にいるんだ。
という確信を持って生きていくなら、あなたは何も恐れることは無いでしょう。
このように行動することによって、皆さんがそれぞれの国で平安と調和を広めて行くことを私は望みます。17/2/89
ポニョ:昨日の記事で、クリシュナの膝の上でラーダーがフルートの音色を聴きながら亡くなった話が感動的やったな。そして、それ以来クリシュナはフルートを吹くのをやめたんやったな。
ヨシオ:金子ミス夫の砂浜に残った神様と二人分の足跡の詩もハートフルやったな。
ポニョ:前にも言ったけど、その金子ミス夫はおいらのペンネームと違うからやめてくれる?それより、以前、あんたがパラグライダーをやってて、最高のフライトをグルプニマの日にしたよな。地平線から昇る満月と地平線に沈む夕陽の間の空間を飛んで素晴らしい体験をしたけど、それ以来飛ぶ気がしなくなったと言ってたやろ。クリシュナもフルートをやめたのは、ラーダーのような素晴らしい帰依者が死んでいなくなったので、フルートを吹く気がしなくなったからなんやろか?
ヨシオ:このクリシュナがフルートをやめた話は、ババの講話の中で実は二つ程違うバージョンがあるんや。ババは人は九つの穴が開いた皮袋やって言ってられる。フルートも九つの穴が開いていて、中は空洞になっているやろ。神さんがそこに息を吹き込むと、綺麗な音がなって素晴らしいメロディを奏でることが出来るんや。それと一緒で神の帰依者も自分というエゴを身体から追い出せば、神さんが息を吹き込んでくれて、素晴らしい神さんの道具となって世の中を光で輝かせることが出来るんや。ラーダーは素晴らしい神の道具の典型やったんや。エゴが一点の曇りもなく、彼女の心の中は、クリシュナだけで占めていてまさしく彼女こそ、バクティヨガをしている帰依者のお手本やったんや。最高の帰依者であるラーダーはクリシュナがいつも持ち歩くに相応しいフルート自体やったんや。そして、そのフルートであるラーダーが亡くなったのでクリシュナもフルートを捨てたんや。
ポニョ:そうやったんか。人の体に空いてる九つの穴と、フルートの穴。そしてそこに吹き込まれる神の息吹によって奏でられる神聖なメロディーと、人が神聖化する事によってもたらせる神さながらの行為。二つの物質が神聖化する事によって神の道具になるのか?すごいロマンチックやな。でも、本当に人間の身体って九つの穴が空いているんやろか。目と耳が二つずつやろ。鼻は一つとして数えるんやろか、それとも二つかな。
ヨシオ:ポニョの鼻の穴は一つに繋がってるんかい。二つに決まってるやろ。
ポニョ:でも奥で繋がってるで。でも見かけは二つやな。おいらもそうやと思った。それと口と…おへそも数えるんかな?
ヨシオ:さっきからしょうもない事ばっかり聞いてくるなよ。ポニョのでべそは穴が空いていてそこから息をしとんのかい?
ポニョ:おいらは、でべそと違うんやけど。おへそに穴が空いてたら息をする代わりにおならが出てくるやろな。でも、なんか変や。公共の場でおならが出そうになったらおへそを押さえるなんて。あんたはん。さっきからおへそを押さえてはりますけど、芋の食べ過ぎやおまへんか。もうちょっと離れたところでその押さえた手を離してくれますか、ここら辺でおへそからプーと嫌な臭い撒き散らさんといてくださいな。という具合に直ぐにおならを我慢してるのがバレるもんな。だからおへそは数えたらおかしいぜよ。あっ、変な話やけど男と女は穴の数が違うやんか。
ヨシオ:あのな、もうさっきからええ加減にせえや。ポニョはほんまに。どこが、ロマンチックやねん。現実的過ぎるやないか。まあ、ポニョは誰が見ても善人の塊みたいな人間やけどな。ポニョが何を言っても罪がないわ。神さんの事もしっかり愛しているし、ポニョみたいな人間が神の神殿に到達出来るんやろな。でも、おかげでクリシュナとラーダーの夢が壊れてしまったやないか。
ポニョ:神の神殿に?おいらが?それやったら今からちょっとええ服を新調しとかなあかんぜよ。
"私達は、他人からの批判に臆すること無く我々自身の正しい道や、英知そして決意を守り通さなければなりません。
格言にもある通り、果物をつけた樹木だけが、通行人から石を投げられるのです。
常に善人は悪人を刺激して中傷を招き、悪人は善人を中傷して物笑いの種とします。
これがこの世の常道です。
この世にそうしたことは起こらないと思う事にこそ、人は驚くべきです。
単なる善人は、至高の神がおわす神殿に到達する候補者となりうることは確かであるが、しかし帰依の念を持つ善人は、確実にそこに到達する権利を持っているのだ。SDMp115"
ポニョ:ところで今さっき、ババの講話で幾つか違うバージョンを言ってられるって言ったけど、どうしてそのように違うバージョンがあるんやろな。
ヨシオ:それは、民間に伝わっているクリシュナのエピソードを尊重されているからなんや。ババはクリシュナだったし、もちろんその時その場で一体何が起きたかも逐一知っておられる。でも、クリシュナの話は六千年前の話で、その間いろんなバージョンが伝えられてるんや。小さい頃からそういうクリシュナについての伝承を聞かされて大きくなった子供達も、その伝えられた話を信じているし、そういう子供がインドにはたくさんいるんや。だから、物語の根幹に関わらない部分については、民間の伝承を尊重されるんや。こういう事は、ラーマヤーナにも出て来る。例えば、ラーマがラヴァナを征伐して凱旋して武将たちに褒美の品物を配っている時に、シータがハヌマンに、自分を救ってくれたお礼にと、自分がしている真珠の首飾りをプレゼントしたんや。するとハヌマンはその真珠を一つひとつ耳に当てて、ラーマというサウンドがするか確かめて、サウンドが聞こえなかったので、歯で噛んで割って中身を確かめているんや。ハヌマンにとっては真珠もダイアモンドもラーマのサウンドを発していないものは何も価値は無いんや。そこまでは、どのバージョンも一緒なんやけど、それを見ていた将軍がやっぱりこいつは猿や。真珠の価値を知らんから歯で割って壊してしてしまいよった。というのと、それをシータやラーマが言ったという三つのバージョンがあるんや。因みに、この後ハヌマンは自分の身体の毛を一本抜いて耳に当てるように言ったんや。するとその毛からは、コンスタントにラーマ、ラーマ、ラーマというサウンドが聞こえて来たんや。このようにいろんなバージョンがあるのは、物語に大きな影響を与えないマイナーな部分やから、インド各地に伝わっている民間の伝承を尊重されているんや。
ポニョ:でも、将来ゴールデンエイジになってババの講話を学校とかで教えるようになったり、大学で研究するようになったりすれば、ババは違うところで違うことを言ってるなんて重箱の隅を突つくような事を言い出す研究者もいるんやろな。
ヨシオ:もちろんや。実はババは、そこを狙っておられるんや。わざと矛盾するような事を講話で言っておいて、後世においてババを研究する事によって食っている研究者や学者、専門家はその頃はメジャーになっているやろうけど、そういう者たちの間で、争いの種、争論を起こさそうとされているんやろうな。
ポニョ:なんでそんな種をわざわざ蒔かれるんや。
ヨシオ:今の世界を見渡したら、一体どれくらいの人がババの教えを守って行きていると思う?ほんのほんの一握りやろ。しかも、今回ババはあの世で潜伏されて再び降臨される機会を伺っておられるけれど、ババの帰依者の間でも、そういう事を否定して信じていない人が大多数やんか。
ポニョ:でも、最近は少し増えて来ているぜよ。
ヨシオ:でもまだまだマイノリティやろ。将来、ババが再降臨された時、世界中がババ一色に塗りつぶされる。その時に、今までババを三流マジシャンだと言って馬鹿にして来た人も、インチキ手品師のアフログルと言って無視して来た人も、今、ババの再降臨を信じず鼻でせせら笑っている人も全て、涙を流しながら空に浮かんでおられるババの神々しい御姿を見るんや。そして、これからの何千年の間、その事が神話となるまで後世に伝えられて行くんや。
ポニョ:ゴールデンエイジが待ち遠しいな。でも、それとバージョンと何の関係があるんや。
ヨシオ:その、ゴールデンエイジがやって来ると、今までババを批判して来た人も、誰も彼もがババのことを学び始め、周りはババの専門家だらけになる。そして、霊的レベルの低い人もババの帰依者になり、ババの教えについて一言申す人がわんさか出て来るのは目に見えている。そして、大抵そういう人たちは、以前ババを批判していたように、ババの講話の中の矛盾点を重箱の隅を突つくみたいにして見つけ出して、将軍の首を取ったみたいに喜ぶんや。ババは、そういうレベルの人達のことを考えて、今わざと餌をばら撒いておられるんや。
ポニョ:それに、ババは講話の中や、グループ、個人に話される時に、その人の霊的レベルに応じて話されるので、同じトピックでも違うことを言ってられる時もあるしな。でも、えらい遠い将来の事まで考えて講話されているんやな。でも、本当にそうやろな。ババは一言も無駄な事を言われないから。将来、今ババをマジシャンやとかペテンやとか言って批判している人も全てババの帰依者になり、自分が昔言ったことを忘れて、ババの事を人一倍知っているような事を言い始めるんやろな。
ヨシオ:そのような人が例え亡くなっても、次に生まれ変わった時代はゴールデンエイジになっているけど、その人の前世からの傾向でゴールデンエイジになっても、ババの言われている矛盾点を見つけ出して、いろんなことを言うんやろな。だから、その時に人々に本物と偽物を見分ける機会を与えるために、ババはこういうことをされるんや。
ポニョ:前世からの傾向って結構その人の行為に影響するんやろな。
" 不浄の傾向は、低い欲望をかきたてるもの、例えば映画などを見たがったり、魚や肉などを食べたいと思ったり、人格を台無しにするアルコール類を飲みたいと思ったり、怒り、迷い、貪欲、自惚れ、欺瞞、憎悪、嫉妬などの念を生じさせます。
そのような不浄の傾向には、栄光、権力、個人的な栄耀栄華を手に入れようとする世俗に関する前世からの欲望傾向、世に名の聞こえた学者となり、同じ分野の競争相手を負かそうとする学問に関する前世からの傾向、美しい肉体、筋骨たくましく、なめらかな肌を愛し、それらが皺や筋肉の歪みで衰えるのを好まない身体に関する前世からの傾向の三つがあり、それらは、あなたを生々流転の浮世の車輪に縛り付けます。
そして、ハートに侵入して次々に悩みを作り出します。
それは、過去の経験を思い起こさせ、快楽を思い出させるので、人はまたそれを味わいたいとの欲望を持ち始めるのです。
心は執着という傾向を持つゆえに、物資と外界に引きつけられ物質のことを絶えず考えるようになり、物資の属性に囚われます。
すべてそれは、心に前世からの傾向があるからなのです。
心に前世からの傾向が無い人は、外界の事物によって影響を受けません。DVJp80~3"
ヨシオ:そして、一旦ゴールデンエイジになってプレマサイもサマディになった後、何千年も神の化身は地上に現れないんや。それくらいこの世は平和になっているんや。だからちょっとぐらい刺激がある方がええやろ。何れにしても、ババは全てを知っておられるし、わざと人々の間が混乱する様に種を蒔かれるんや。ババが何もされてもされなくてもそれは、愛で持ってやられているんや。全ては愛、愛、愛なんや。
ポニョ:この世は全て愛なんやな。本当はどこを見ても愛に見えるように自分を訓練しないといけないし、この世に起こる全ての事は、起こるべくして起こるんやな。
ヨシオ:カルマの法則や。二三日前に紹介した、闘牛士の心を動かした牛の話も、あの牛は多分前世では闘牛士やったと思うで。
ポニョ:そう言ったらそういう可能性はあるよな。だって、闘牛士って罪もない牛を、余興のために殺すというめちゃ大きなカルマを作る人たちやろ。だから次の生は牛に生まれ変わっても仕方が無いやんか。そして、牛に生まれ変わって闘牛士に殺される時に、その自分を殺そうとしている闘牛士に私を殺さないで下さい。あなたも私のように牛になって生まれ変わりますよ。動物を殺すのをやめましょう。と、その闘牛士に強いメッセージを想念の力として送っていたのが通じたんやろな。
ヨシオ:今日はポニョの変な一人芝居のおかげでスペースが無くなり、サイの学生さんの話が出来なかったやないの。
ポニョ:おいらよりあんたの方がたくさん話していたぜよ。
"神の信者になろうとしている者は、肉食、アルコール、喫煙をやめなければならない。SS12/1994p315
今日、どうして人口の増加が起こっているかといえば、それは人々の行為のせいである。
人々の小さな胃袋を満たす為に、神は世界に沢山の食料となる物を創造しました。
大量の米、大量の小麦、大量の果物のような良い食料を神が与えているのにもかかわらず、人々は肉や魚などを摂っています。
そしてそれらの人によって殺され食された魚(や動物たち)が,人として生まれ変わってくるのです。SSIB1977p182
人々の為に飲料水を提供する施設を創設し、同時に人々が動物を食料として殺しているのを止めさす、という二つのことが太古の栄光を取り戻す上で基本的に必要なことです。
どんな形にせよ、罪のない動物を殺すということは暴力であり、悪であり、野蛮な行為なのです。SS12/94p323
真の信者になろうと思うならば、肉食を完全に止めなければならない。
人は動物を殺しながら、どうして自らをサイやラーマやクリシュナの信者だと言えよう?
そのような人は悪魔である。
そのような人は、神の恩寵を決して受けることは出来ないであろう。
誰であろうと、その人がインド人だろうが外国人だろうが、サイババの命に従わなければなりません。
今すぐ肉食を止めなさい。SSN春95p33"
ポニョ:昨日の記事は、少し将来を先取りしたような事を偉そうに書いてたけど、その頃にはおいら達はもうこの世にいないやろな。おいらは、神の神殿にいるようやし。
ヨシオ:あの世でポニョを尋ねようと思ったら神の神殿に行けば会えるんやな。
ポニョ:そこでおいらは多分、来客の食事係かなんかに任命されて忙しくしているやろな。
ヨシオ:ポニョっぽくってええやないの。神殿を訪れるのが楽しみやな。俺は多分飛ぶのんが好きやから、綺麗どころを集めた天女さんと一緒に神の神殿の空からの警備を担当しようかな?
ポニョそれって、不公平やないか。なんでおいらが食事担当で、あんたが綺麗どころと一緒に空をふわふわ飛んでる警備係なんや。
ヨシオ:綺麗どころっていうのは、うちの嫁さんの事やんか。
ポニョ:まあそれやったら許したるわ。やっぱりおいらは食べもんの近くに居てるのが合ってるな。ところで、昨日紹介し損ねたサイの学生さんの話やけど、名前も忘れたやんか。ええと…。
ヨシオ:マユールさんやろ。このあと、マユールさんはホワイトフィールドの学校を卒業して、ババから直接呼ばれてバンガロールにある大学に行きなさいと言われたんや。というのもホワイトフィールドの学校はまだその当時、大学として認められていなかったんや。
ポニョ:でも、バンガロールにある大学に入ろうとしたら、ババの学校と違っていろいろと金もかかるんと違うのか。
ヨシオ:そうやねん。それで、その指示をババがマユールさんにされた時に、ババはこの金を入学金の一部に使いなさいと言われて手を出されたら、その手に札束が現れたんや。
ポニョ:いきなりか。くるくる回さんとか?それって驚くよな。手からいきなり金が出て来たら。
ヨシオ:以前も記事にしたけど、イタリアの首相の息子がババのことを信じていなくて、インタビュールームに呼ばれた時も、わざと一番後ろに座り、その間ババがいろんな物を同じグループの人たちに物質化されているのを見ていても、ババが本当の神さんやったら、手をくるくる回さんでも、俺の欲しい腕時計を出せるやろ。と思った瞬間に、腕時計が自分の手首に出現したので、驚いて泣いたって話をしたよな。そのように、ババは別に手をくるくる回したりしなくても何でも出せるんや。俺がインタビューに呼ばれた時も、手のひらを上に向け、その手のひらの真ん中から銀のシルディババの像がニョキニョキとタケノコが生えて来るように出て来たな。
ポニョ:でも、それが出来るんやったら、どうして手をくるくる回したりされるんや。
ヨシオ:手をくるくる回したら、手品っぽく見えるやろ。ババの事を疑っている人たちに、ババがやっている奇跡は、やれ手品や、とかマジックや、とか言える機会を与えておられるんや。そうすれば、嘘を信じた人たちはババの元にやって来ないからな。
ポニョ:つまり、霊的レベルを落としたくないんや。量より質って事なんやな。いつも人をテストをされるババらしいな。シヴァラトリの時も、昔は逆さ向けにしたツボをカスツーリさんに持たせて、そのツボの中を下から手を入れてツボをかき混ぜる様にしたら、たくさんヴィブティが出て来てシルディババの像がヴィブティで埋まっていたよな。
ヨシオ:そうそう、それを見て、ある人たちはこのマジックはカスツーリの袖からパイプを通してツボからヴィブティを出してるんや。とか言っていたな。
ポニョ:そのように、わざとトリックをしているように見せかけられるんやな。
ヨシオ:まあ、人を試すのがババの趣味やから仕方がないけどな。マユールさんの話に戻るけど、無事バンガロールの大学を卒業した後、プッタパルティのカレッジで教えなさい。とゴーカク副学長に頼まれたんや。でも実はババがゴーカク副学長を通じて頼まれたんや。というのもマユールさんはとてもホワイトフィールドのカレッジに執着していて、離れたくなかったんや。それで、ババが直接プッタパルティに行けと言うとマユールさんを傷つけるので、ゴーカクさんを通じて言われたんや。でもマユールさんはそれでも僕は嫌だ。ババから離れるのは嫌だ。と言ってだだをこねたんや。というのも、その頃ババはホワイトフィールドのカレッジの方によく顔を出されていたんや。それで、仕方が無いから直接ババがマユールさんを呼んでプッタパルティに行ってくれるか?と頼まれたんやけど、マユールさんは、それでもだだをこねて嫌だ。あなたから離れてプッタパルティに行きたくないと言ったら、ババはそれは執着心だから神である私のいう事を聞きなさいと言われて、こんな話をされた。全てを捨てて森に行き苦行をしていた苦行者が、ある時いつもの岩に座って瞑想しようとしたら、誰かがもうそこに座っていたので、そこは自分がいつも座って瞑想するところだから、そこをあけてくれと怒って言ったんや。君もこの苦行者と同じやないか。岩がホワイトフィールドで、それに執着してはいかん。と説得されたので仕方なくプッタパルティに行くことになったんや。
ポニョ:ババにだだをこねるって、聞いたことがないな。でも、ババがきちんと例を出して説得されたんや。そうか全てを捨てて苦行に励んでいる修行者でも執着心はあるんやな。身体は森にあれども、心は街にあるって奴やな。心のコントロールか。簡単ではないよな。
ヨシオ:人によって違うけど、普通の人は瞑想の時に揺れ動く心をコントロールするのは難しいやろな。マユールさんも、クンダリーニヨーガの本を読んで瞑想をしようと思ってるけど、心がさまようので、ババにどうすれば良いか聞いたんや。するとババは、子供がお母さんの手から抜け出したので捕まえようとして、子供を追いかけてもすばしっこくてなかなか捕まえることは出来ない。逆に、お母さんが子供を無視してじっとしていると、子供はお母さんが追いかけて来ないので退屈になってお母さんの元に戻ってくる。心もそれと一緒だ。と言われたんや。
ポニョ:そうか。心がさまよっている時に、それを無理に連れ戻そうとせず、無関心さを装えば自然に心はさまようのを止めるんか。そう言えば、ババは心をハンカチに例えて、ハンカチを持っているより放す方が簡単だ。と言っておられたよな。
ヨシオ:ババは、マユールさんに君は私と二人っきりの時の事を思い出しなさい。私が君にヴィブティをあげたり、私にパダナマスカ御足に触れる事をさせてあげたことを思い出しなさい。そしてそのシーンを心に浮かべるのです。そういう修行を毎日続けてして行けば、きっと私にいつか融合出来るようになる。と言われたんや。
ポニョ:そういう風にババからアドバイスをもらえてラッキーな人やな。
ヨシオ:マユールさんはババに、それをトライしてみますと言うと、ババはトライしてもドライになるだけだ。言われたことをやれば良いのだ。と言われたんや。
ポニョ:トライはドライになるって、つまりやってみます、ではダメで、必ずやります。と言わないといけないんやな。
ヨシオ:ババは人々がダルシャンに出る事がどれだけ意義があるのか分かっていない。と言っておられる。つまり、ババが神の化身として肉体をとって人々の間を歩き回るのを見れるというのは、何十年も森の中で修行を積んでやっと一瞬の間だけ神のヴィジョンを見るよりラッキーな事なんや。と言っておられる。「サイババと精神科医」という本を記されたサムさんは、ある時、車から降りてババと二人で通りを歩く機会があったんや。夕方遅かったのですれ違う車もババと気付かなかったんや。ババはサムさんに、今こうして君が私と二人で歩いている情景を心に刻むのです。君は、その事がどれくらい君の霊的進歩にとって良いのかまだ分かっていないけれど。と言われたんや。
ポニョ:つまり、ダルシャンに出たり、インタビューに呼ばれたりした時に、ババを見たりババと会話をしたりすることが、その人の想念の中に刻まれて、その情景が心に永遠に残るってことなんやな。
ヨシオ:だから、俺が瞑想中、ババとハグしてババと一つになる事をイメージしていたら、ババが夢に出て来られて、なんという素晴らしい瞑想の仕方だ。と言って褒めて下さったんや。
ポニョ:だから、大事なことは、自分の心の鏡にババを映し出し、それをいつでも思い起こせるようにして、瞑想をするって事なんやな。
ヨシオ:そして、それを続けて行けば自然とババと一体化出来るようになるんや。ある時、ババがコダイカナルに続くクネクネした山道を車で登っておられた時に、後ろから二人乗りのモーターバイクが追いかけて来たんや。ババと一緒にいた同乗者は、なんてあんな無謀な運転をするんや、あのバイクの若者は。きっと不良に違いないとか言ってたら、ババは彼らはそんな人達ではないと言われたんや。すると急カーブのところでそのバイクが転倒したんや。ババと一緒の同乗者は、それ見たことか。危ない危ないと思っていたらやっぱりひっくり返りよった。と言ってたら、ババが車を停めさせて、転倒したバイクの二人に駆け寄り、大丈夫かいと聞かれたんや。すると血を流して倒れたまま、その二人はババの御足に触れながら、僕たちのバイクが転倒したおかげで、今こうして神様を見ることが出来たばかりでなく、神様と話すことも出来、そして、その御足にも触れる事が出来ました。人としてこの世に生を受け、これ以上一体何を求めることがあるでしょうか?と言ったんや。
誰であれスワミの教えを完全な不動の信念で実践するものは、一瞬において神の直接のヴィジョンを得ることが出来ます。31/7/96
あなたにゆるぎない信仰と帰依があり、重ねてしっかりとした純粋なハートを持っていれば、あなたは神を自分の前に出現させることができます。22/7/02
心を御姿の型に流し込むことによって、心が神の御姿になるのです。CWSSBJp117
愛を込めて神の御名を唱えなさい。神は人の姿を愛します。それだからこそ、化身は人間の姿をとって降臨しました。人として守るべき本分の道を歩んでいるならば、あなたは神のヴィジョンを体験することが出来ます。SS8/89
ヨシオ:最初、このブログを始める時に五つの目的を決めていたな。
ポニョ:一つ目は、サイババさんが霊体を物質化して、同じサッチャサイババの身体で帰って来られる事をお知らせすること。
ヨシオ:霊体を物質化するので肉体の持っている制限に活動を邪魔されずにすむんや。
ポニョ:神の力をフルに顕現さすことが出来るんってことやぜよ。飯も食わなくてもええし、休憩しなくてもええし、最も大きな利点は空に現れたり、多数の身体を取られたり、山脈を持ち上げられたり、おいら達が畏敬の念を持てる様な奇跡を肉体に付随している霊体の制限無しに、出来ることやぜよ。
ヨシオ:この事は、ババの若かりし頃の伝記シリーズの中で何度も例をあげて説明したよな。それで、二番目は今、人類が地球環境を破壊し好き放題、地球の資源を収奪しているし、生き物たちを商品扱いし、同じ宇宙船地球号の乗組員として扱っていない。それに、牛や豚を殺して食べると、霊体にその牛や豚の霊体を取り込んでしまうし、殺された牛や豚も霊的レベルの低い人間になって生まれてくるという話。
ポニョ:また、裏社会の連中が戦争を起こし、人口をわざと減らそうとして、人間羊牧場を作るため、モラルを落として不正義を働き、暴力やワクチンの強制接種、医療ビジネス、食品に毒を混ぜるなどをしてダルマを破壊しようとしているツケがやって来るよ、ということを警告する事。そして、第三番目はババの栄光や神の不思議な御技を紹介すること。
ヨシオ:四番目はババの愛をいろんなエピソードを交えてご紹介する事。そして最後がその教えのエッセンスを紹介する事やったな。
ポニョ:一番目から四番目までは、もうほとんど終わったし、五番目だけがまだやりかけやぜよ。
ヨシオ:幾つかババの教えを記事にしたけれど、教えの部分が一番難しいな。
ポニョ:ヴェーダの不二一元の教えを、誰にでも分かる言葉で教えられるのは、ババしか出来ないよな。というわけで、先ず三つの世界と神への愛、そして帰依について掘り下げて行こか。
ヨシオ:この物資の世界に俺たちは住んでいるんやけど、それ以外に世界があるって言ってもそれは目に見えないから理解することはとても難しいな。
ポニョ:この世界は神さんがキャンパスに絵を描かれた様なものやから、色んな苦しいことがあって、耐えられなかったら神さんに全てをお任せして神さんの手の中に飛び込んで行けば、二次元の世界から三次元の世界に行くようなものやって言ってたよな。そして一旦、その苦しみを神さんに捧げたら、神さんが全ての面倒見てくれるって言ってたな。
ヨシオ:苦しみも悲しみも、そして楽しみも喜びも全ては神さんからのプレゼントなんや。人が苦しんでいる時は、実はその苦しみ痛み、悲しみという神さんからのプレゼントをもらって包装紙を破って開けて中身を箱から取り出し、それを手に取って泣いているんや。そのプレゼントがその人にとって苦しみや悲しみをもたらそうと、それはその人の過去の行為が神様が作られたカルマの法則によって、その人に返ってきているだけの話で、自分が自分宛に昔送った贈り物なんや。もちろん、その人が自分宛に送った贈り物の内容を知っておられるし、それがその人に良かれと思って届けられる郵便配達人が神さんなんや。
喜びや苦しみは皆さん自身が作り出しているものです。
喜びも苦しみも神が授けるものではありません。
他の誰でもなく、あなた自身があなたの苦しみの原因です。
この真理を知りなさい。
霊的な視点から見るなら、苦しみもこの世の関係も幻です。
それらは現実に存在するものではありません。
人は明けても暮れても迷妄の生活を送っています。
人として生まれたからには真理を体験すべきです。
肉体は一定の期間成長し、その後、弱って老いぼれます。
生まれることも成長することも、体という、現実には存在しないものと結びついています。
けれども人は、体を現実に存在するものと思い、そのために苦しむのです。
〜自分は体ではなく、この世にあるすべてのものは何も自分のものではない、ということをひとたび悟ったなら、苦しむことはなくなるでしょう。
この世のすべては皆さん自身が作り出しているものです。
実在するものは何もありません。25/12/03
ポニョ:そんな歌があったよな。自分宛の手紙とかいうタイトルやったな。未来の自分に宛てて手紙を書くんや。でも、神様はそのプレゼントの内容を知っておられるって、郵便法に違反しているな。配達人は中身を覗いたらあかんねんで。それとも神さんの世界では特例秘密法案がもう遵守されて、人々のプライバシーが無いんやろか?
ヨシオ:何を的外れな事を言ってるんや。神さんは何でも知っておられるんや。俺たちのプライバシーなんて何にもないんや。でも、慈悲の権化である神さんはその人が昔、自分宛に送ったプレゼントが余りにもひどいと、それを少し手直しして送り届けられるという特権を持っておられるんや。
ポニョ:その人が経験する苦しみは、その人の過去の行為の結果が返って来る事やけど、それが神様からの贈り物であるっていう意味は、神様がその内容をすでに知っていて、それが余りにもひどいプレゼントやったら、ちょっと箱を開けて中身に細工してから送り届けられるんや。
ヨシオ:だから、困難な状況や苦しみに対して勇気を持って立ち向かう事が大切なんや。神さんは、それにその人が打ち勝てると思ってそのプレゼントを配達して下さっているんや。
ポニョ:そういう苦しみを経ることによって、その人が他の人の気持ちが分かるようになるし、謙虚になるやろな。
ヨシオ:でも、さっきも言ったようにどうしても、その苦しみに耐えきれないと感じれば、その内容を知り、配達して下さった神さんに、それをお返しすればええんや。
ポニョ:ちょっと。宅急便の方。おいら宛に自分が昔送ったオクラやけど、腐って食べられへんから、ちょっと持って帰ってくれますか?こんなん無理やり食べたら、自分がオクラ入りになって、トイレから出て来れなくなるぜよ。と言ってクレームをつけたらええんやな。
ヨシオ:ちょっと的が外れてるけどそんなところや。
ポニョ:そして、この物質の世界以外に、心の世界があるって言ってたな。めちゃ大きいんやろ。
ヨシオ:そこには太陽もあれば月も星も、この世にあるものは何でもあるんや。でも、そこは心の中にある世界で、そこにいる人物は、自分がその人はこういう人だと思っている人がいる世界なんや。
微妙な心の世界は物質的世界の微妙な姿で、因果の世界は、それより更に微妙な姿であるとクリシュナは教えています。
それぞれ互いに深く繋がっているこの三つの世界~目覚めている意識、夢を見ているときの意識、深い眠り時の意識~の中では因果の世界が最も微妙です。
因果の世界は、あらゆるものに満ちています。
ところが、そのすべてを超えるもの、それが無限の神、究極の神の摂理です。
神の摂理は、どんな微妙なものよりも微妙で、どんな小さなものよりも小さくどんな大きなものよりも大きいのです。神にはどんな力の強いものより強い力があります。
神より大いなるものはありません。
神を求めなさい。
心の中に神が宿るようになれば必ず救われます。
そしてあなたに気づいてもらいたいのはどんなに強いものより強いものとは皆さんの真の自己、アートマだということです。
これこそが神の真理でありアートマの真理です。SGc9
ポニョ:ということは、おいらがあんたの事をちょっとガラが悪くて、口も悪いし顔も長い。と思っているけど、そういうあんたがおいらの心の世界にいてて、ウロウロしてるんやな。
ヨシオ:そういうことや。あのな俺の顔が長いのはほっとけ。だから、ババは人は自分が自分やと思っている自分。つまりこの物資世界でこの肉体が自分やと思っている自分。そして、今ポニョが言ったように、誰かが自分の事をこんな人だと思い込んでいる自分と、本当の自分、つまり神さんである自分の三つの自分があるって言っておられるんや。
ポニョ:そういうことやったんか。そしたら、心の世界は自分が想像し、想念の力で創り上げた世界なんやな。神さんがこの物質世界を想念の力で創り上げたように。
ヨシオ:この物質世界は、神さんの心の世界に当たるんや。言って見れば神さんの夢の中の世界やな。でも、神さんは愛そのものやから、この世界でいろんな、悪いものや、見にくいもの、ひどい事件などがあっても、それは結果オーライで、全ては良いことに繋がっているんや。
実際、物質世界は、魔法使いの杖の一振りによって生じる、マンゴーの木のようなもので、心という魔術師によって創り出されたものです。
粘土はこねられて皿や鍋の形になりますが、ある期間がすぎると再び元の形のない土に戻ります。
この世の一切のものは、無相のサットチットアーナンダです。
心が迷妄と無知によって曇っているために、無相がしばらくの間、相をもって顕現したのです。
あるものは役に立ち、あるものは役に立ちません。JV
ポニョ:善と悪、男と女、陰と陽、プラスとマイナス、雄と雌、ポジティブとネガティブ、といった全てのものは、やがて一つになって神そのもの、愛となって行くんやな。
ヨシオ:だから、俺がポニョに何度も言っているけれど、余り裏社会の連中がやっていることに目くじらを立てて批判し、首を突っ込まない方がええんや。連中も神様が造られた一つの道具で、連中がいるから人々が苦しんで神の方に目を向けて行くことが出来るんや。
ポニョ:苦しみ製造機みたいな連中やけどな。地球的規模で悪さをしてるぜよ。本当におもろい役割をもらってこの世界に来てるんやな。どんなカルマを背負って生まれ変わってきたんやろな。
ヨシオ:一部の人たちが信じているように、人は、決して他の惑星にこのような肉体をとって生まれ変わったりしないんや。平行世界なんかもないんや。もちろん、霊体はどこにでも行けるし、どこでも住める。太陽にだって霊は住んでいるんや。でも、全ての霊はこの地球に生まれ変わらないと次の段階に登ることが出来ないんや。
転生は宇宙の他の星に生ずることはありません。
すべての生命は、人として生まれ変わるのを望んでいます。
というのも、人として生まれ変われたものだけが生死の輪廻の鎖から抜け出ることが出来、神を完全に体現出来る、という二つのことを実現できる機会を持っているからです。
それはこの地球だけで起こりえることなのです。
他の星や、言葉に出来ないくらいこの広い宇宙のどこにもそのような機会は存在していないのです。
ですからこの地球に人として生まれるという事は、とてもユニークなのです。CWSSB
ポニョ:その話は、今までに何度もしたよな。そして、この物質世界と心の微妙な世界。そして神様が光を放つ因果の世界があるって言ってたな。
ヨシオ:それぞれの世界は、その上に包括しながら大きく拡っているんや。例えば心の世界は物質世界に比べると例えようもなく大きくて、その上に拡がっている因果の世界は更に大きい。因果の世界に比べると心の世界は芥子粒に見たないほど小さいんや。だから、この大宇宙がある物質世界は大きいと思っていても、上の世界から見るととても小さな埃のような世界なんや。しかも、神様はそれら三つの世界の中に最も小さいものとしておられ、またそれらを超えたところにもおられて、全てを統べられ神の摂理として顕現されるんや。
ポニョ:広大な話過ぎて、想像が追っつかんぜよ。頭が痛くなって来たぜよ。おいらは塵のような小さな物質世界に住んでいて、色んなことで悩んだり喜んだりしてるんか。アホみたいやなそれって。
ヨシオ:これらの世界は大き過ぎて、人の理解を超えているんや。というか理解しようにも出来ない世界なんや。
ポニョ:まるで、人が大きな岩山の上に計りを持って来て、自分が乗っている岩山の重さを計ろうとしている様なもんやな。
ヨシオ:だから、昔から聖者たちはこれらの世界を人は理解しようとは思わないで、神様に全てを委ねて生きて行けば良いと言ってるんや。
ポニョ:帰依の心は諦めの心って言うもんな。全てを諦め、神を知るか。昔の人はええ事を言うよな。
皆さんの生きている世界は、つかの間のはかないものです。
どうすれば移ろいゆく世界に生きている小さくはかない生き物が、永遠の果てしない存在を悟ることが出来るでしょうか。
永遠の存在を悟るためには、永遠の存在の内にある永遠の場にとどまらなくてはなりません。
肉体も個性も人格もはかないものです。
~人の身体が物質的な世界全体では芥子粒に過ぎないのと同じように、この大きな物質的な世界全体も、心の世界の中では、それ自体が芥子粒のようなものです。
更にこの信じがたいほど巨大な心の世界も、因果の世界では、やはり芥子粒のように小さいのです。
物質的な世界は、五つの物質の元素から出来ていて、五種類の知覚によって捕らえることが出来ます。
ただ物質世界のすべてはたった五つの元素から出来ている以上、この世界はどうしても生命力の乏しい、動きの鈍いものであるほかありません。
ところが、神の摂理は、まさにその物質的な世界の中にあるのです。
神の摂理は、心の世界にも見られます。
心の世界もまた同じ五つの元素、ただしその繊細で微妙な姿から出来ている為に、やはり生命力の乏しい動きの鈍いものです。
ただし神の摂理が「内なる存在」として物質としての身体に宿り、命の力を与えています。
神の摂理の輝きは因果の世界から放たれています。
因果の宇宙はこの限りない宇宙の中で、最も微妙な宇宙です。
これを理解していただくために、鏡の反射を考えてみましょう。
鏡に映っている像は、像だけで存在しているのではありません。
元のものが動いて、はじめて鏡に映っている像も動きます。
この世で見られるものの輝きは、すべて因果の世界で生まれて、それからまるで鏡のように、心の世界と物質的な世界に映し出されます。
太陽の光が月に映し出されるのと同じように、因果の世界における輝きは、微妙な心の状態に映し出され、それから物質的な状態に映し出されるのです。SGc22
ポニョ:昨日は、三つの世界の話やったけれど、おいら達の想像を超えたところの話やから、頭が着いて行くのが難しいかったぜよ。
ヨシオ:とてもスケールが大きい話やもんな。それら三つの世界を超えた、究極の創造の原因が神の摂理なんや。そして、それは時間をも超越しているんや。
ポニョ:時間を超越するってあんた、過去や未来が全てその手の中にあるって事なんやろうけど、創造主ってすごいよな。そして、その創造主自らが人の姿をとってこの地上に降臨され、そしてその神さんと友達になれれば、この世で無敵やぜよ。
ヨシオ:俺は、今は割と辛抱強いけど、昔は癇癪をよく落としていたんや。最近も、ポニョが知っているようにアクアポニックスのシステムから水漏れしてるので、排水口の金具を点検するために、取り外す作業をしていたんやけど、金具の取り付けネジの直径が十センチもあって、特殊な工具で回していたんやけど、とても固いし、回しにくくて、一時間以上やっても取れなかったんや。それで俺は癇癪を落としてババに、あんたは私とお前が共同で働けばこの世界で出来ないことは何もない、と言ってたのにこんな単純な作業も出来ないやんか。と言ったんや。するとその金具は突然工具なしに、手でくるくる回せて外せたんや。俺は少し驚いたけど、ババに「これでよろしい。出来た出来た。良くやったな。」と言って褒めてあげたんや。
ポニョ:神さんを褒めてどうするねん。ありがとうの一言ぐらい言えや。失礼やで、そんな態度をしてたら。
ヨシオ:そうかな。いつも俺とババはこんな感じやねんけどな。でも、どんな結果であろうと、どんな事が起ころうといつも平静でいることが出来ないと、ババとこんな関係を持つことは難しいかな。
あなたは、神との友情を培うべきです。
もし神があなたの友人であれば、全世界をコントロールすることができます。
しかし今日、不運な人々は、神との友情を失いつつあります。
神と友達になるのは容易なことではありません。
しかしあなたは、このことにあらゆる努力を傾注すべきです。
いったん神と友情を培うことができれば、サーダナ(霊性修行)を通じてそれを最大限に活用しなければなりません。おしゃべりをして時間を無駄 にしてはなりません。23/11/02
ポニョ:お袋さんが亡くなられた時も、家族のみんなは、嫁さんの悲鳴を聞いて風呂場に走って行ったのに、あんただけまだ金魚に餌をやり続けていたもんな。
ヨシオ:この世は全て幻や。何も真剣になって目くじらを立ててやることなんてこの世に何もないんや。そういう事が分かって、いつもハッピーでいることが出来れば神の境地に達しているのと同なじなんや。
ポニョ:ババは神さんのおられる門をくぐれる最初の条件は、その人がいつもハッピーかどうかだって言っておられたな。
ヨシオ:ただ一つこの世の中で真剣にならなくてはならないことは、神さんを求めることだけや。それ以外の事は全て、木で例えれば枝葉の部分で大した事はないんや。
時は早く過ぎ去り、人の寿命は氷の塊が溶ける様に、刻々と無くなっていっていることに気付くべきである。
人は自らの人生に幕を下ろすときでさえも、未だ自分がやらねばならなかった基本的なことでさえ見つけられていません。
何が義務なのでしょうか?
それは、人生の目標を見いだすことです。
人は、富、快適さ、地位、幸せ、を探し求めています。
それらは、結局のところ何だというのでしょうか?
人がそれらの世俗的な幸せのみを求めることによって、神からの祝福を得られなくなっているのです。
それらの、一時的なはかない物質的な喜びが、いったい何だというのでしょうか?SS8/95p199
ポニョ:そう言えば、こんな話があるぜよ。ラーマがシータが幽閉されているランカ島に攻め入った時に、ラーマ軍の放った矢が雨のように降り注ぎ、人々が逃げまくっていたけど、その中の一本が不幸にもお母さん抱いて逃げていた赤ちゃんに命中したんぜよ。それでそのお母さんは、赤ちゃんを手から放り投げてそのまま走り続けたんや。それを見ていたラクシュマナはラーマに、お兄さん見ましたか今のシーンを。あの女は自分の子供が矢に射られた途端、子供を放り投げて自分の命を守るために走って逃げていましたね。ここはさすがに悪鬼が支配する国だけあって、住んでいる人々も鬼のような人ばかりですね。と言うと、ラーマは私は違うと思うよ。そのお母さんをここに連れてきて話を聞こうじゃないか。と言ってラーマの前に連れて来られたそのお母さんに、どうして自分の子供を放り投げて逃げ続けたのか聞いたんや。すると、そのお母さんは、こう言った。私はヴィシュヌ神の化身であるラーマ神がこの国にやって来られることを聞き、是非そのお姿を拝み、ダルシャンを得る事が出来るようにお祈りしておりました。私の子供は不幸にも矢に射られて死にました。その子はその時に死ぬ運命にあったのでしょう。でも、私はまだ生きております。ですから、ラーマ神が来られた機会を逃さずに神にまみえることが出来るように、走って矢の雨から逃げたのでございます。そして今こうして、あなた様にお目通りさせて頂いて私どもの祈りが叶い、とても嬉しく思っています。と言ったんや。
ヨシオ:そのお母さんは、この世で何が一番大事なことか知っておられたんやな。子供が目の前で死んでも、その子に執着することなく、神さんだけを見て生きるって並大抵の事では無いけれど、そういう生き様が一番大切なんや。
ポニョ:この世は全て、神様がキャンパスに描かれた絵やもんな。その中の絵が自分を描いた絵かきの事を見ないで、絵の中のストーリーに巻き込まれて泣いたり笑ったりしてるんや。
ヨシオ:それがこのマーヤーの世界やな。このまやかしの世界から自由になるには、神様に全てを捧げるっていう態度が大切なんや。何をやるにも全ては神様のために、という態度やな。
アートマの悦びに満たされたいと願うなら、自分の欲望を戒めなければなりません。
どんな思いが浮かんだときも、その思いがどんな性質のものかを考えてみてください。
自分の胸に聞いてみるのです。
「この気持ちは、私の成長にとって望ましいか、害になるか、どちらだろう。」
神を信じる者にとってまず特に気をつけるべきは、自分の思いによこしまなものが無いかどうかです。
何の思いも無くすことなど、普通の人には無理でしょう。
ただせめて、悪い思いが浮かんだときに、何らかの手があるはずです。
悪い思いにとらわれてはいけません。忘れなさい。
どんな思いも、すぐ良い思いに切り替えるのです。
それから、いつも良いことだけをするように心がけなさい。
そしてどんな場合もその仕事を神に捧げ、自分の務めを神様へのお勤めとしていくのです。
すべての思いを尊い思いに変え、すべての務めを神様へのお勤めとする事によって、神への道を自然に進んでいけることでしょう。
ポニョ:でも、普段の生活の中でそういう態度を取るって難しいで。
ヨシオ:例えば俺たちは日常生活を送っている時に、自分の身体や心の要求を満たすためにいろんな活動をしているって思っているやろ。それじゃ、寝ている時は何のため、誰のために寝ているんや。誰の為に心や身体を休めているんやろ。
ポニョ:そんな事を今まで考えた事は無いな。考えなくても夜になれば眠くなって寝るだけや。誰のために寝るなんて考え始めたら寝れなくなるから、考えない方が良いのが決まってる。何でそんな事を考えやなあかんねん。
ヨシオ:ポニョはとことん現実派人間やからな。典型的なO型人間やもんな。寝て食べて笑って仕事を一生懸命して、人生を送って行くタイプやもんな。俺たちが起きていろんな活動をしたり、寝たりすることは全てアートマンのためなんや。人間として生まれた限りは何をやるにしてもアートマンのためにやるように出来ているんや。
ポニョ:でもアートマンって全てに内在していて、いつもハッピーなのにどうして、そのハッピーなアートマンのために、なんで何かを捧げやなあかんのか分からんぜよ。
ヨシオ:アートマンは自分を自分で見ようとしてこの三界の世界を創造されたんや。だから、俺たちの周りにある全てのものは、その目的のために存在しているんや。アートマンが自分を自分で愛するために、創造された世界が俺たちが住んでいる世界なんや。だから、いろんないやな事件とかあるけど本当のこの世界は愛の世界なんや。人がこの世界でいろんな悪さをしているからそれがカルマとなってなって返って来てるだけの話なんや。
ポニョ:つまり、おいら達は、愛するために創られた神様の人形みたいなもんなんやな。
ヨシオ:自分を自分で愛するために創造されたこの世界に俺たちは生きているけど、この世界で先ずやらなければならない事は、全ては愛だって事を悟る事や。そのためには自分の内に深く内省し、そのマーヤーのカラクリを探り当て、そのカラクリに騙されたフリをして神様の事を愛する事なんや。そういう覚めた態度を取ることが、このマーヤーのまやかしに騙されず生きるコツなんや。その人は夢の世界に住んでいても、いつも目覚めた状態で生活をしているから、この世の中のものに全く囚われないんや。
ポニョ:でも、神さんから見たら、その人は神さんが創ったカラクリに全然騙されないから、面白くない人なんやろな。
ヨシオ:映画館に行って、人はスクリーンに映し出された映画を見るやろ。その映画は悲しい物語やったり、とてもエキサイティングなストーリーやったり、アクションものやったり色々やろ。そのスクリーンに映し出された物語が、俺たちが住んでいるこの世界に展開されるいろんな事件や出来事なんや。
ポニョ:人はスクリーンに映し出されている映画のストーリーを本当だと勘違いして、泣いたり笑ったり怒ったりするもんな。
自らの実体をちらりと見ただけで、人のエゴ〔自我意識、アハンカーラ〕はなくなり、慢心と失意もなくなります。
そうなると、賞賛されて喜ぶことも、非難に悲しむこともなくなります。
そして、どんな嵐でも揺らすことができない山の頂のように、人は堅固になり、揺らくごとはなくなります。
映画館のスクリーンのように、中傷の火や賞賛の雨の影響を受けることもなくなります。20/2/1966
ヨシオ:ところが覚めている人は、他の観客と一緒に映画館の席に座って映画を見ているけれど、その人はスクリーンに映し出された映画を見ているんではなくて、スクリーンつまり銀幕を見ているだけなんや。その人は、目の前で展開されるいろんなストーリーは、白いスクリーンに映し出されたまやかしだと知っているんや。だから、クライマックスシーンで皆が興奮していても、お涙頂戴の場面では他の観客がハンカチで涙や鼻汁を拭いていても、その人は涙一滴流さずに白いスクリーンだけを見ているんや。
ポニョ:冷血人間みたいやな。そんな人とお友達になりたくないな。さっきのお母さんみたいやな。おいらは好きになれないな。そういう人って。
ヨシオ:ババは、人が英知を得るとクール&カームになるって言っておられる。つまり、何があっても動ぜず、いつも落ち着いたハッピーな態度を取る事が出来るようになるんや。そういう人が神に近い人なんや。とは言ってもそういう人は冷血人間だとは言えないんや。というのもその人はいつも見ている白いスクリーンが至福そのものっていうことを知っているんや。それに映し出された映画はその至福を隠すために、神さんがディレクターとなって創られた映画なんや。人はこのような神さんが作られたカラクリに惑わされずに、それを見破り至福そのものである白いスクリーンだけを見て生きて行くようにならないといけないんや。
ポニョ:神さんは要するに、おいら達が映画館でその白いスクリーンに映し出された映画を見て、それが本当のように思い込み、泣いたり笑ったり怒ったりしているのを見て、からかって笑っておられるんやな。意地が悪いぜよ。それって。
ヨシオ:実は、この三界の世界は神さんが遊びで創られたプレイグランドなんや。俺たちは神さんのゲームのコマみたいなもんで、双六のボードの上を上がったり下がったりしながら上がりに近づいているんや。
ポニョ:誰かが遊んでいる双六で、おいら達は上がったり下がったりしながら泣き笑いしてるんやな。アホみたいやな。それって。神さんがちょっと遊びで創られたゲームに真剣になって泣き笑いしてるって。
ヨシオ:そういうことや。だから最初に言ったように、この世の中で何一つ真剣にシリアスにやらなければならない事って何もないんや。ただ一つの事を除いては。
ポニョ:映画館に行って席についても、スクリーンに映し出された物語に一喜一憂するんではなく、それを映し出している後ろにある銀幕を見ろってことやな。それって、映画館の入場料が無駄になるぜよ。
ヨシオ:何れにしても、ポニョは映画を見ててもすぐ寝てしまうやんか。いつもマーヤーに惑わされずに目覚めていて、その後ろにおられる神様に気付いていること。それがこの人生をハッピーに歩んで行くための秘訣なんや。
ポニョ:いつも、マーヤーに惑わされず目覚めて気づいていることか。英語で言ったらCONSTANT INTEGRATED AWARENESS やな。略しておいらが大嫌いなCIAや。
ヨシオ:おお!ポニョが久々に能ある鷹は爪を隠すんではなく、爪を出してきたな。
ポニョ:ババの言われた事をコピーしただけや。でもたまにはおいらの叡智の泉から水が湧き出てきて溢れ出すこともあるんぜよ。また直ぐに涸れるけどな。
すべての姿、形とすべての名前は神に属しているというのが、本当のCONSTANT INTEGRATED AWARENESSコンスタント統合意識である。 サチョーパニシャッド
すべての人が、またすべての生き物が、平安と幸福を得ようと努めます。
誰もが人生の目的を知ろうとしています。
しかし、人々はその努力に成功することができないでいます。
強い決意をもって、目標に到達するまであきらめない人は、百万人に一人です。
限りある命をもつ普通の人は、それが自分の手に届かないものだと考えて、全くこの方面の努力をしません。
彼らは、物質的なその場限りの快楽を追及することに一生を費やします。
彼らは、衣・食・住こそが人生の三大目的であると勘違いしています。
その人生は、妻子を中心としたものになっています。
彼らは、人生にはこれよりも高い目的があるということに気がつきません。23/11/02
今日、人間は人生の目標を探求しません。
人生の目標を知ろうと努める代わりに、人間は自分の世俗的生命を心配しています。
動物や昆虫でさえ、自分たちの世俗的生存に関心をもっています。
生命の秘密を知ることは大事なことではありません。
人は、人生の目的を知らなければなりません。
それはとても大事なことです。
私たちの人生の目標は、アートマの原理に象徴された真理に他なりません。
人生の目標を探求する代わりに、人間は生命の秘密を知ろうとしています。
それは不毛な努力です。
これを知るためには、何度生まれ変わっても十分ではありません。
あなたの心を人生の目標に定めなさい。
生命については心配する必要はありません。1/3/03A
人は、はかない物事の追求に深く捕らわれて人生を過ごします。
人は、人生の各成長段階に特有の無益な思考に心を奪われます。
そして人生の最後に、自分は貴重な人としての生を、実にくだらないことを追い求めることで浪費してしまったと気づくのです。
これが人間の本性なのでしょうか?
人間が人生で学ぶべきことはこれなのでしょうか?
これらの活動は、水の泡のような束の間のものです。
それが人に永続する幸せをもたらすことはできません。
そうした取るに足りないことを追い求めることで自らの時間を費やすことは、愚行にほかなりません。7/10/05
ポニョ:昨日の記事であんたは、自分を自分で愛するために創造されたこの世界に俺たちは生きているけど、この世界で先ずやらなければならない事は、全ては愛だって事を悟る事や。そのためには自分の内に深く内省し、この世界を覆っているマーヤーのカラクリを探り当て、そのカラクリに騙されたフリをして神様の事を愛する事なんや。そういう覚めた態度を取ることが、このマーヤーのまやかしに騙されず生きるコツなんや。その人は夢の世界に住んでいても、いつも目覚めた状態で生活をしているから、この世の中のものに全く囚われないんや。って言ってたけど、そのカラクリに騙されたフリをして神様の事を愛するって言ってた所が面白かったな。
ヨシオ:そういう人は、映画を見ていても実はそれを写し出しているスクリーンを見ている。みんなと同じように映画館の椅子に座って映画を見ているフリをしているだけで、本当は違うんや。ポニョが言ったように、それって映画を見るために買ったチケット代が無駄になるやろ。つまり、この世に生まれて来ても、このように全てが神だと悟ればもう、この世で過ごす理由が無くなるんや。
ポニョ:でも、そういうことを悟ってもまだこの世に自分の義務をするために、身体をまとったまま生活している人だっているやろ。
ヨシオ:もちろんや。シータを畦道の中から見つけ出して、自分の娘として育て上げたジャナカ王もその一人や。ジャナカ王は聖者に言われた事に従い、馬の鐙に一方の足をかけて鞍の上にまたがろうとした時に悟りを得たんや。王はその時アートマンの光を垣間見てしまったんや。それ以来この世に対する興味を一切失ってしまったんやけど、しかしまだ王としての義務を果たすために働いていたんや。
ポニョ:アートマンの光を垣間見た王か。もうそんなレベルにまで行ってしまったら、何もかも興味が無くなるやろな。
ヨシオ:ジャナカ王は、ある時、聖者の教えを乞うために講義を聞こうとして、庵を訪ねたんや。聖者は王が来るまで講義を始めなかったので、そこで修行していた修行者たちは、聖者が王に対して依怙贔屓をしていると思い嫉妬したんや。聖者は王が到着し講義を始めようとした時に、ああ大変だ。王国が火事だ。宮殿も、たくさんの家々も火に包まれている、あちこちから火の手が上がっていて、家々が燃えていると叫び声を上げたんや。すると、全ての修行者が自分の家が燃えているかどうか心配になって、王国に走って戻り、庵から誰もいなくなったんや。
ポニョ:でも、ジャナカ王だけが残っていたという話ジャナカと思ったけど、当たりやろ。
ヨシオ:ピンポーンや。ポニョも冴えてるな。最近のダジャレ。俺のレベルになって来たで。このように、一度アートマンの光に人が触れるとこの世の物事に関心が無くなってしまうんや。このジャナカ王のレベルになれば、水の上に書いた字のようにその人の行為は、行為をした後からスーッと消えてしまうんや。
ポニョ:どんな行為をしてもその人はそれを自分がしたと思わないから、カルマを作らないんやな。
ヨシオ:その人は、自分というエゴが無いので、その人の全ての行為は神がやっておられるのと一緒になってしまうんや。
ポニョ:ということは、絵描きである神さんがキャンパスに向かって描いた絵から、その人が飛び出してきて、神さんのキャンパスに神さんと一緒にお絵描きをして遊んでいる様なイメージかな。
ヨシオ:そういう感じやな。そのレベルになれば、絵描きである神さんとその人は、友達のように仲良く並んでベレー帽をかぶりながら、キャンパスに向かって一つの筆でワイワイ言いながら絵を描くんや。
ポニョ:それって楽しそうやな。「君、ちょっと絵が下手くそやね。鼻が欠けているやないの。もうちょっとこの女の人を綺麗に描いてあげないと、可哀想やんか。」「あんたちょっとうるさいで。いちいち人が描いた絵に注文つけやんといてくれる?この女の人は耳や鼻をちょん切られる役割りやからこれでええんや。この人はラクシャサやねん。」とかワイワイ言って絵を描いたら面白いやろな。
ヨシオ:神さんはそういう人と一緒に、いつも遊びたいなって思っておられるんや。帰依者がそういうレベルにまで昇って来るのを待っておられるんや。
ポニョ:つまり、遊び相手が欲しんやな。おいらで良かったらいつでもお相手したげるぜよ。
ヨシオ:そのためには、エゴや欲望、執着などを無くしていかないとあかんな。特に、ポニョは食欲が強いからな。まだチャクラが胃のあたりをウロウロしてるやんか。
ポニョ:これだけは、誰にも譲れないおいらの楽しみやぜよ。
ヨシオ:神さんに君は僕の友達だと言ってもらえるには、その人がいつも神さんと繋がっているという強い決意を持たなくてはダメなんや。自分の思い通りにならないからと言って、神さんへの信仰心がぐらついたり、ひどい場合には批判をしたりしてたらお友達にはなれない。また、日常生活で神さんの教えを守って生活をしなくてはならない。ここまでは、神さんに捧げる生活や活動で、ここからは自分のプライベートな部分。とか、これは神さんに捧げる部分でこれは、自分の物とか言っていたら、いつまで経っても神さんと離れたままになるんや。それに、一番大切なことは、どんな事があっても幸せに満ち、喜びに溢れて、満ち足りていることなんや。
ポニョ:食べ物への執着を除けばおいらにとって、そんな難しくないぜよ。早くお友達になりたいな。
ヨシオ:ただ誤解してはならない事は、世間の物を手に入れることによって得られる喜びや満足と、心の底から湧き上がって来るアートマンの喜びとは違うって事や。世間的な喜びは長続きがしないんや。スマホを手に入れても、しばらく経てばもっとアップグレードした新しいスマホが欲しいとか言っているやろ。それと一緒や。
ポニョ:車と家と嫁さんは新しい方がええって言うもんな。
ヨシオ:それを、ポニョの嫁さんの前で言えるんか?殺されるで。今回は黙っといたげるけどな。
ポニョ:ちょっと言ってみただけやろ。そんなにいつものように怖い顔をして怒らなくてもええやんか。目くじら立てずにいつもハッピーって今あんたが自分で言ったとこやろ。
ヨシオ:いつものようには余計や。それで心の底から湧き上がってくる大きな喜びは、世間の儚い楽しみからはやって来ないんや。だから神様を信じるものは世間の事に気を取られたり、それに溺れたりしてはいけないんや。
本当の悦びはただの満足とは違います。
この二つの違いを理解していただくために、神への讃歌を歌う場合を見てみましょう。
口から出てくるだけの歌と、心から湧き上がって出てくる見事な歌、大きな悦びが自然にあふれ出るような歌があります。
それと同じように、目に見える物質的な世界で手に入るつかの間の楽しみと、心の底から湧き上がる本当の悦びがあります。
本当の悦びは、真実と結びついた永遠のものです。
世間のはかない楽しみにとらわれることの無い魂は神と一つです。
本当の悦びは移ろいゆくことがありません。
そこに付け加えるものは何もありません。
それ自体が満たされていて完全なのです。
この話の深い意味は、神を信じる者は世間のことに気を取られ、溺れてはいけないということです。
時間をかけて、彷徨う心を抑え、静かな心でいるように努めるのです。
本当の悦びは、静かで落ち着いた心からやって来るのです。
勝ち負けや損と得、喜びと悲しみのどちらにも左右されない涼やかな心から生まれるのです。SGc3
ポニョ:心を世間的なものから遠ざけ、心がさまようのを抑え、静かな心を持たないと難しいやろな。
ヨシオ:それには、人は人生で、失ったり得たり、勝ったり負けたり、損をしたり得をしたり、喜んだり悲しんだりするけど、そういうことに左右されない穏やかな心を持たなくてはいけないんや。それにはどんな事があっても、それを神さんからの愛の贈り物だという態度を取ることが必要なんや。
ポニョ:そんな態度を取ることが出来れば、いつも満ち足りた心でいることが出来るんやろな。
でも、言うは易し、行うは難しやな。
ヨシオ:それが一人ひとりに与えられた霊性修行や。別にヒマラヤの山の中にこもって一日中瞑想しなくても今いるところで、そういうことが出来るやろ。
ポニョ:どんなことが自分や家族の身に降りかかっても、静かで落ち着いた心で受け止められたら、いつも心の底から湧き上がってくる喜びを体験出来る人になれるやろな。おいらもなれるかな?そんな人に。
ヨシオ:それには強い決意がいるんや。全ての人は、決意という神さんからのプレゼントをもらっているんや。でもそれをある人は金儲けだけに使って財産を残す事は出来るけど、その財産のひとかけらも、死んだ時に一緒にあの世に持って行くことは出来ないんや。またある人はその決意を人への復讐などに使って、人としての品性を失い悪魔のような性質を身につける人もいる。また、ある人はそういう決意を持ってはいても、全く優しさや同情心に欠け、神さんからどんどん離れて行く人もいる。だから、この決意というのは道具と一緒で、良い事にも悪い事にも使えるんや。
神への信仰と善良な決意が結びつくことは、電流の陽極と陰極が交わるようなものです。
その結びつきによって、どのような大きなことでも達成できるのです。
私達は、人間の無限の潜在能力を自覚していません。
人間は身体に関してだけでなく、知性の点でも地上の他のどのような生き物より遥かに優れています。
人は、自分がそうしようと意志したことは何でも達成することが出来ます。
それどころか全世界の主人になる事だって出来ます。21/7/86
ポニョ:それをどう使うかは、あなた次第です、やな。だから、そういう神様から頂いた決意という道具を人は悪い事や、世間的なものに向けるんではなく、神の方に向けてそこから恵みを受け取らなあかんという事なんやな。おいらも、自分がもっと美味しいものを食べたいな。と思う代わりに、美味しいものを神様に捧げたいなと決意せなあかんという事なんやろな。
ヨシオ:それってちょっと的が外れてるけど。
すべての人が、またすべての生き物が、平安と幸福を得ようと努めます。
誰もが人生の目的を知ろうとしています。
しかし、人々はその努力に成功することができないでいます。
強い決意をもって、目標に到達するまであきらめない人は、百万人に一人です。
限りある命をもつ普通の人は、それが自分の手に届かないものだと考えて、全くこの方面の努力をしません。
彼らは、物質的なその場限りの快楽を追及することに一生を費やします。
彼らは、衣・食・住こそが人生の三大目的であると勘違いしています。
その人生は、妻子を中心としたものになっています。
彼らは、人生にはこれよりも高い目的があるということに気がつきません。23/11/02
決意あるいは、その決意の背後にある決心の力が強くなりすぎると、マインドは自らの限度を超えてしまい、そうなった人は精神異常者という表現をされます。21/11/79
ポニョ:四万十川をお盆の頃に下ったことがあって、気が付くとカヌーの周りを、何処かから流されてきた、たくさんの灯篭に囲まれた事がある。
ヨシオ:それって気持ち悪いよな。一つひとつの灯篭に、それを流した人が故人を思う気持ちが入っているもんな。
ポニョ:そうやねん。そうねんやねん。流した人の想念のパワーを感じながら、灯篭と一緒に下ったんや。おいらはその時に、三途の川を下っているような気になって、この世にいる気がしなかったな。
ヨシオ:そらそうやろ。もうちょっと漕いで行けば閻魔さんが大きな口を開けてポニョのカヌーを飲み込もうとして待ってるで。
ポニョ:変なことを言わんとってくれる?おいらは怖がりなんやから。
ヨシオ:でも、ちょっとその辺の川岸で休憩して灯篭をやり過ごしたらよかったのに。
ポニョ:そうしたんやけど、また漕いで行くうちに灯篭の集団に追いつくんや。それを繰り返しているうちに目的地に着いてしまったんや。
ヨシオ:ポニョはどこか不器用なとこがあるからな。要領が悪いっていうか。でも、そういうとこがポニョのええとこやねんけどな。
ポニョ:褒めてくれたんかどうかよく分からないけれど、おいらが灯篭に囲まれて川下りをしている時に感じたことは、この世に祝福されて生まれて来た赤ちゃんも、いずれこうして人々に惜しまれながらあの世に旅立って行くんやなと思うと、全ての事が無常に思えて来て、カヌーのパドルをしていることさえ、どうでもええように感じたんや。
ヨシオ:この世に住んでいる人たちの誰一人として死から逃げれる人はいない。全ての動物や生き物も同じや。ポニョが川下りをしているように、時間という大きな流れの中に飲み込まれていて、一緒に流されて行くんや。誰も、その時間という川の激流から抜け出して岸に這い上がれるものはいないんや。誰かが助けてくれようとしても、その人もその川の流れの中にいて一緒に流れているし、結局激流に流されてしまうんや。この時間という川から抜け出すには、その川にいて一緒に流されている人に助けを求めても無駄な事や。唯一助けてくれることが出来る人は川の中にいない。それは川岸にいる人だけが出来ることなんや。それが神さんや。
ポニョ:以前、神さんは時間をコントロールすることが出来るって言ってたけど、時間の川の流れから人を救い出すことが出来るって事は、神さんが自由に時間を調整して帰依者を時間の束縛から救う事が出来るって事なんか?
ヨシオ:神さんが時間を創られたから、それをどうにでもする事が出来るんや。例えば、死の神が日の出と共にご主人のサティアバンの命を取って行くと宣言したけど、奥さんのサヴィトリさんの必死の祈りで朝陽が昇らなくて、ご主人の命を救われたという話がある。また、星やんの体験のように、願望成就の木がある丘で、ババがご自分を五十年若返らせて、子供のババにして星やんに柿をプレゼントされたこともある。また、宇宙創造の初めから現在までを、帰依者に見せられたこともある。このように、神さんは自由に時間をコントロールされるんや。
“夢ならば実際には五十年かかって経験する事を、ほんの二分間の夢で見ます。
そのように神に属する時間の尺度、神聖な環境における時間の尺度においては、私たちが普段使っている時間の尺度は、あてになりません。
私たちが普段の暮らしで使い慣れている時間と空間の尺度は、神の世界では意味を持たないのです。SSIB1972”
“何が起こってもそれはあなたの為だ、という事を信じなさい。
神だけが、何を、いつ、どのように、なぜ、誰に行えば良いかを知っています。スワミの行動の一つひとつはすべてあなたのためです。
スワミは、ある人にはすぐに話しかけ、ある人には長い間話しかけないかもしれません。
このことはあなた達の観点から見ると時間に関わることです。
けれども、スワミは時間と空間を超越しています。
STPS2p272
神を理解することは誰にも不可能です。
神がある瞬間に行う事と、次の瞬間に行う事とは相反するように見えるかもしれません。
神の行為は不可解で、時間と空間と人間の理性を超えています。
スワミがよく言うように、「理由はなく、時に縛られない!」のです。
ですから、神の行為を分析することや解釈することは無意味であり、適切なことでもありません。もし、神が「イエス」と言うのなら、それはその通りになるのです。
もし、神が「ノー」と言うのなら、それはその通りになるのです。
これが運命です!
あなたはそのすべてを受け入れなければならず、異議を唱えてはなりません。
神の行為に疑問をもつことは、信仰心の欠如という意味を含んでいます。23/5/2000”
ポニョ:それって凄いよな。タイムマシンを懐に持っておられるようなもんやな。
ヨシオ:その時をコントロールされる神さんに助けてもらうには、その神さんに帰依しなくてはならない。自分が持っている財産や、家族、富そして自分自身も神に捧げるならば、神さんは全ての面倒を見てくれるんや。
ポニョ:神さんに委ねるって言っても、実際神さんは隣の家に住んでいるわけでもないし、どのように神さんとコンタクトすれば良いか分かれへんけどな。
ヨシオ:この世に見える全てのものは実は神さんなんや。それが山に見えたり、川に見えたり、いろんな生き物に見えたり、人に見えたりしているだけで、全ては神さんなんや。
ポニョ:それをマーヤーっていうって前に記事にしたよな。
ヨシオ:人は、この世に生まれて死ぬまで、いろんな人との出会いや別れを経験するやろ。何度も何度も身近な人の葬式に参列しないといけない。でもその反面、誰かが新しい命を何処かで産んでいる。死と誕生。それはどちらも終わりがない事象なんや。たとえ、この地球が白色矮星になった太陽に呑み込まれて消滅しても、人の魂は生き続けるんや。だから、各々の死だけ見ると、それでその人は終わりのように見えるけど、宇宙を一つの生命体として見ると生命は永遠に続いているんや。これが真実なんや。これをヴェーダは、この世は「真実と真実でないものが、渾然一体となったもの」と形容しているんや。
生命そのものは真実です。
そうした真実である生命からなりたっているこの世界の生き物は、絶えず移ろいゆく、真実では無いものが顕現したものなのです。
だからこの世界は、真実とそうでないものが一緒に流れている川のようなものだというのです。
真実が、真実でないものや変化するものと繋がっています。SGc4
熟れた果実は全て枝から離れ地に落ちます。
この事実は人生の根底にある重要な秘密を示します。
人がそのために生まれた目的、時間、仕事が終わると、身体は活気を失い生命のない状態になって崩れ落ちます。25/5/91
ポニョ:つまり、おいら達が人の死を悲しんだりするけど、それは単なる見せかけのまやかしで、実はその死んだ人の生命は、永遠に続いているんやな。だから、命は死ぬように見えて実は死んでいない。でも人はそのカラクリに惑わされて生きているんや。
ヨシオ:最愛の人との別れは誰でも辛いもんや。でもそういう辛い別れの体験があって、初めて人は他人の心の痛みや辛さを知ることが出来、同情心を養い、愛を培い、神さながらの人へ自分を変容させて行くことが出来るんや。人類の歴史が始まって、一体今までどれくらいの人が最愛の人との別れを小説にしたり、詩にしたり、劇にしたり、歌にしたりして人々の心に訴えかけて来た?それが本になり、歌劇になり、哲学になって人類の文化になり、人々の心に訴えかけて来たやろ。
ポニョ:そうして、人々は愛する心を植え付けることが出来るんやぜよ。
ヨシオ:ババは、もし自分の子供が死ななかったら、どのようにして母親は子供を愛することが出来るだろうか?と言っておられる。
“困難がなければ決して幸福を得ることはできません。
幸福から幸福は得られないのです。
逆に困難にだけ陥る苦難もありません。
困難が無ければ決して喜び“の価値を知ることはできないでしょう。
自分の家族が不死ならば、母親でさえ我が子を愛せなくなるでしょう。
今あなたの味わっている幸福は、将来不幸をもたらすかもしれませんし、また不幸は幸福をもたらすのです。
絶対的な幸福や不幸をもたらすものはありません。
冬に着るコートは夏に着れば不快になるように、幸不幸は時間と状況と場所によって変わってくるのです。
喜びとは二つの苦しみの合間のことであり、苦しみは二つの喜びの合間のことです。
悲しい時に、困難や苦しみの辛さを思うと、その苦痛は二倍になります。
不運な時には幸福だった日々やその時のことを思い返すべきです。
そうすれば苦しみの辛さは軽減されるでしょう。
苦難を神の試練と見なして、あらゆる困難に立ち向かいなさい”STPS2p164
ポニョ:確かにそうやんな。人が不死になると誰も何も心配しなくなるもんな。交通量が多い国道の横に家があって、子供が、お母さん家の前で遊んで来ます。と言って出かけると、ものの二分の間に三回も車にはねられたと言って、子供が帰って来るんや。お母さんは今日は三回もはねられたの?昨日は二回やったから、記録やね。明日は五回ぐらいやったら面白いのにね。とか言って笑うやろな。
ヨシオ:詩人は、神さんに、どうして私たちを惑わすマーヤーを神さんは創られたんですか?そのマーヤーのおかげで私たちは毎日、神様を見失い盲目の人のように世界をさまよっています。という詩を作るけど、マーヤーがあって初めて人は心の中に愛を育むことが出来るんや。
ポニョ:全ては、愛、愛、愛なんやな。マーヤーを創られたことも全てが…。
ヨシオ:そうなんや。実はマーヤー自体も愛なんや。この世を含めて、この三界で愛で無いものなんて何も存在しないんや。ポニョが嫌っている裏社会の連中も、何かの役割を帯びてこの世に存在しているんや。俺たちは、神様が描かれた絵の全体像を見ることは出来ないから、いつもどうしてやねんとか、何でやねんとか、いつやねんとか文句ばかり言っているけれど、全ては神様が愛でもってやっておられていることなんや。
ポニョ:前の記事で、何をやってもそれは自分の為やって言ってたけど、その自分は愛そのものであるアートマの事を指すんやろ。だから愛である創造主が自分を自分自身で見るために、この三界を創造したから、この世界で何をやってもそれは全て愛である自分自身の為なんやぜよ。
ヨシオ:今日は色々と難しいことばかり言ってきたから、そろそろポニョの耳から煙が出て来たな。ちょっと早いけど今日はこの辺でやめとこか?
ポニョ:何を言うてるんや。やっとウォームアップが終わり、これから本題に入れるなって思っていたのに。まだまだいっぱいしていない話があるで。不二一元や条件付き一元論なんかまだ一回も論じてないやんか。
ヨシオ:不二家のオマケ付きキャンディーがどうしたって?
ポニョ:あのね君、そっちはおいらの領域だと知って、話題を振っているんやろ。おいらはその手にはもう乗らんぜよ。
“人々は自分の欲望を満たし、目の前にある快楽を追いかけるのに夢中で、自分のすぐ後ろに何がひそんでいて何が襲いかかろうとしているのか、少しも考えようとしません。いずれ自分に降りかかる災いに気づかぬまま時間を無駄に使っています。何時どこでどんな場面でどんな危険が待っているかは知りようがありません。だから今自分の時間を神聖なものにせねばなりません。SGc14
全宇宙は神の意志によって創造されました。
神は宇宙を創造し、宇宙を維持します。
宇宙は、最終的に、そもそもの根源である神に融合します。
神の意志によって生まれた宇宙は、ヴィシュワという名で呼ばれています。
ヴィシュワという言葉は、正確に言えば、「自ら拡張して、至福に満ちているもの」という意味です。
神は、一つの目的をもって宇宙を創りましたが、人間はその目的に反する行動をしています。
〜宇宙は神の反映です。13/7/03
ポニョ:サイババと精神科医という本を書かれたサミュエル サンドイッチさんが、夕方周りが暗くなって来た時に、
ヨシオ:サンドイッチさんて誰やねん。違うやろ。確か…
ポニョ:サミュエル サンド豆さんや。
ヨシオ:それも違うっちゅうに。ポニョにかかったら何でも食べもんになるんやな。まあどっちでもええわ。それで?
ポニョ:ババは「車から降りて一緒に歩こう。このように私と二人で歩くという経験は君にとって、とても良いことや」と言われたんや。その時、ババは牛の糞が落ちていると言われたんやけど、サンド豆さんは聞き取ることが出来なかったので、もう一度きくと牛の糞が落ちているから踏むなよ、と言われたんやけど、そういう会話がとても日常的で面白いよな。
ヨシオ:暗闇で見えなかったんやろな。ババは目立つから、通りを歩いていると人がたくさんついて来るので、こんな夕方遅くなってからしか歩けなかったんやろ。ババがサンド豆さんにこのように言われたのは、この物質世界で体験したことは因果の世界に刻まれていつまでも残るということを言われてるんや。
ポニョ:アカシックレコードやな。それって。
ヨシオ:そして、それが後で心の世界で思い出すことが出来るって言われている。サンド豆さんのようにババと一緒に歩いたり話したり、またはピクニックに行って一緒にお弁当を食べたりした経験は、ずっと後になっても因果の世界に残るんや。目を閉じた時に、その時の体験が心の中に浮かび、まるでその場にいるような気になって来るんや。
ポニョ:おいらも、最初に嫁さんとデートをして楽しかったことを、今でもつい最近のように思い出すことが出来るぜよ。大文字山に一緒に登ったり、大原三千院や嵐山、清水さんにも行ったな。でも、一番覚えているのは、その時に安もんの飯屋で食べた定食の中身やな。味まで覚えているぜよ。
ヨシオ:それってすごいよな。味まで覚えているって。このように人は過去に体験したことをアカシックレコードに記録し、因果の世界にそれがずっと残っているんや。そのあと、しばらくしてからその記憶を、心の世界でまた呼び戻すことが出来るんや。だから、ヒマラヤで修行しているヨギたちがババの元にやって来たけれど、ババはそういうヨギたちに普通インタビューを与えないんや。だって必要がないから。
ポニョ:そういう霊的レベルが高いヨギたちは、少しだけババを見ただけで、そのババの御姿を因果の世界に焼き付けることが出来て、いつでもそれを取り出すことが出来るんやな。あんたがババと組み体操出来るみたいに。
ヨシオ:人はババにインタビューを求めるけれど、インタビューよりババを心に焼き付けて、いつでもそれを取り出せる修行をしないといけないんや。一旦それが出来るようになると、外の世界に神様を求める旅は終わるんや。
ポニョ:インタビューよりインナービューやな。
ヨシオ:俺がインタビュールームにババに呼ばれた時、ある帰依者がババにこんな事を聞かれていた。「このババのアシュラムを訪れた後に、君は一体どこのアシュラムや聖地に行って神様を見つけに行くんだい」と。そして、俺の方を横目で見ながら笑っていた。その人はリシケシュに行くと言ってたな。
ポニョ:その人はババのところが双六の上がりやって気付いていなかったんやな。目の前に神さんがいるのにな。面白い。
ヨシオ:神さんを外の世界に求めてあちこち探し回っても、結局神さんを見つけることは出来ないんや。自分の内に神さんがおられる事に気付くまで。それが昨日、ポニョが言った二元論から、条件付き一元論への道なんや。
ポニョ:つまり、外の世界に神さんを探し、自分と神さんが分離していると思っているのが、二元論で、そうではなく、自分の中に神さんがいると確信し、自分はその神さんの一部分であって、その神さんを信奉するのが条件付き一元論やな。
“自分の肉体に執着し「自分は肉体だ。」という意識のある限りは、かたちも属性もない絶対の存在はわからないし、そこに達することも出来ません。
かたちの無い神を敬う資格は、自分の肉体への執着も、世間への執着もすべて捨ててはじめて得られます。
自分は肉体だと思い込み自分には自分の姿があると思っている限りは、形のない神に達することは決して出来ないのです。SGc3”
ヨシオ:ダルシャンでババを見神し、そのババともっとお近付きになりたいと思う心が、二元論から条件付き一元論に導いて行くんや。だから、ダルシャンでババは人々の間を歩き回っておられるけど、ダルシャンに来た人たち全員をインタビューに呼ばれるとは限らないんや。
ポニョ:わざと心の中のババに人びとを導くためにそうされているんやな。心の中の神を求めさすために。
ヨシオ:また、もう一定の霊的レベルに達している帰依者には、声もかけられない事だってあるんや。
ポニョ:ヒマラヤから来たヨギの様な人達にはそうされるもんな。
私がヒマラヤで苦行に従事している者にダルシャンを与えるとき、たとえそれがほんの数秒であっても、彼らはその神のビジョンを得られたことでこの上ない至福を感じます。
そして、それをとてもすばらしい経験であると見なします。
しかし、あなた方は皆、毎朝毎夕私のダルシャンを得ていながら、未だにその価値にまったく気づいていません。9/98SNSarthi
ヨシオ:だから大切なことは、ダルシャンで神を見て、神の事を強くいつも思いっていると、神を心の中で感じることが出来るようになるんや。つまり、実は神様がいつも自分の心の中におられたんや。と感じる事が出来るんや。その段階まで行くと、あとは神様をじかに体験することが可能になって来るんや。
ポニョ:つまり、自分が思い焦がれている神さんを強く思えば、神さんが自分の心の中にいることを感じれて、そして、体験出来るって事なんやな。星やんがいつも言っていたけれど、ババが星やんの前に姿を現す時は、星やんがいつも礼拝している写真のババが出て来られるんやて。
“皆さんは、ここプラシャンティニラヤムに一時間ほどいるだけです。
ところがこれは、帰ってからも消えることの無い永遠の経験になるのです。
最初に目の覚めた状態で経験したことは因果の世界に何時までも残り、それがあとになって心の微妙な世界で思い出すことが出来るのです。SG”
ヨシオ:その通りなんや。帰依者がいつも礼拝している神さんの姿が、その人の心の中にもうプリントして焼き付けてあるので、その御姿で出て来られるんや。だから、礼拝している神さんの写真を変えたりしたら、今までの霊性修行が無駄になるんや。
ポニョ:心にせっかく刻まれようとしている神さんのイメージが潰れてしまうもんな。
ヨシオ:その自分がイメージした神さんの御姿を大事にしないと、心の世界でそれを思い浮かべてもなかなか出て来ないやろな。若い時のババのイメージやら、晩年のババのイメージやらいろんな違うイメージを心に刻んでいたら。
ポニョ:あんたも、いろんな年代のババの絵を書いて喜んでいるやんか。
ヨシオ:俺の場合はもうしっかりとババが心の中にイメージ出来ているから、そこんとこは問題無いんや。
ポニョ:そうやな。ババと言葉も交わせるしな。ババと組み体操をやってたな。おいらもやってみたいな。一度でいいから。
ヨシオ:ポニョがそう願っている以上に、実はババの方がもっとそのようにして帰依者と遊ぶのを願っておられるんや。帰依者がそのレベルに達してくれないかなー、とずっと待っておられるんやで。
ポニョ:遊び相手が欲しいのか、神さんは。
ヨシオ:そうやろな。神様はいつでも四六時中遊んでおられるんや。だから早くポニョの中におられるババと遊んだげてやってな。でも、帰依者が心の世界で神さんをイメージし、ババと言葉を交わすことが出来るようになって、一緒に遊んだりして喜びに満ち溢れた体験をしても、実はまだ帰依者は満ち足りないんや。
ポニョ:何でやねん。神さんと一緒に遊び、言葉を交わす事が出来ればそれで充分なんと違うんか。
ヨシオ:いや、それではまだ充分な喜びを得れないんや。ポニョも昔から長い間、神様を追い求めて来たけれど、ババのことを知って、ああ、自分が追い求めて来た神様に会いたいな、と思ったやろ。
ポニョ:おいらはとても嬉しかったな。遂に見つけたなっていう感じかな。ムーという雑誌にサイババ特集が組んであったんや。1986年ぐらいやったかな。今から考えるとずいぶん前やな。それを読んで直ぐにインドへ行ったぜよ。
ヨシオ:そのように先ず神様を知る段階が二元論の段階や。でもその段階では神様と私は違う。別ものや、と思っているやろ。でも神様に会って、神さんの教えに触れると、ああ自分は神様の一部やったんや、とだんだん分かって来るやろ。これがポニョが好きな不二家のオマケ付き一元論や。
ポニョ:あんたが勝手に不二家のオマケ付きキャンディって言ったんやんか。おいらはお腹が出て来るからキャンディは余り食べないんや。好きやけど。でも、白砂糖が山ほど入っているからガンになるんやぜよ。アスパルテームも入っていたら脳細胞も破壊されるし、おいら達の周りは毒がいっぱいなんやぜよ。気を付けないと。特にお子さんがいてる家庭では…。
ヨシオ:ちょっとストップしてくれる?食べ物の話になると機関銃みたいにいろいろな話が出て来るなポニョは。話題を元に戻すと、不二家のオマケ付きキャンディじゃない、条件付き不二一元論の段階に到達すると、さっきも言ったように、いろいろと神さんと話したり遊んだり出来るんや。でも、この段階で修行者は休んだり終わったりしてはいけないし、また自分自身も本当に満足していないんや。というのもまだその段階では、その人は神と完全に融合していないから。神さんと自分は実は一つだったのだ。俺たちは一つの存在だったのだ。と思うことが出来るまで、修行を続けて行かないかんねん。
“究極の段階である、完全に神の中に入り、神と一つになるまでは、休息も安らぎも、満ち足りた思いも持つことは出来ません。SGc6”
ポニョ:それって、どういうふうに修行をすればええんや。
ヨシオ:しっかり、不二家のオマケ付きキャンディーを…
ポニョ:もうええっちゅうに。不二家の回しもんかあんたは。不二家の一元の客じゃないんやからええ加減にしなさい。
ヨシオ:俺たちはそれぞれ海に流れ込む川のように、神さんを求めて修行を続けて行くんや。川は海に到着するまで流れ続けるやろ。途中でヤーメタなんて言わないやろ。その川である俺たちは、海である神さんと一緒になって行くけど、川の水は河口に近づくに連れて塩辛くなるように、神さんの特性を少しづつ自分に付けていかないといけないんや。
ポニョ:神さんの特性って何やろか。先ず全てを愛する大きな心やろ。その次に自分を勘定に入れない無私の心やろ。それから…
ヨシオ:それだけあったら充分や。川の水は最初海の中にいたんや。それが太陽の熱によって蒸気となって雲になり、雨となって川となり、最後にまた自分の生まれ故郷の海に戻って行くんや。その生まれ故郷に戻りたいと思う強い気持ち、つまり神を追い求める強い愛の気持を持って旅を続ける事が大切なんや。
ポニョ:星やんも「神さんへの道を歩むには、大人しい良い子でいてたらあかんねん。神様を求めて泣かないとダメなんや。自分は別にそんな泣くとか叫ぶとかしなくても、神さんの事を瞑想の時にしっかり思っているし、お祈りもヴェーダも唱えてる。だから、泣いて神様を求めるなんて恥ずかしくて出来ないなんて思っていたらダメなんや。自分のエゴを子供のように小さくして、泣いて神様を求めたら、神様は必ずお母さんのように、子供になった自分を抱きかかえてその愛の泉の中に浸してくれるんや」て言ってたな。
“聖者たちは、熱心に神に祈り、心の底から神の愛を求めました。
サキュバイやミーラが神と離れていることに耐え切れずに泣いたように、神を求めて泣きなさい。彼らが神の御姿を見ることができ、神の恩寵をいただくことができたのは、そのような熱烈な願いがあったからに他なりません。
しかし、カリユガの時代の影響によって、人々は、まったく何の努力もせずに神の恩寵を得たいと思っています。
神への愛が減少しているために、邪悪さ、悲しみ、暴力が増大しています。
皆さんの妬みや怒りのようなよこしまな性質を、すべて愛に変えてしまいなさい。28/7/99”
ポニョ:サイババと精神科医という本を書かれたサミュエル サンドイッチさんが、夕方周りが暗くなって来た時に、
ヨシオ:サンドイッチさんて誰やねん。違うやろ。確か…
ポニョ:サミュエル サンド豆さんや。
ヨシオ:それも違うっちゅうに。ポニョにかかったら何でも食べもんになるんやな。まあどっちでもええわ。それで?
ポニョ:ババは「車から降りて一緒に歩こう。このように私と二人で歩くという経験は君にとって、とても良いことや」と言われたんや。その時、ババは牛の糞が落ちていると言われたんやけど、サンド豆さんは聞き取ることが出来なかったので、もう一度きくと牛の糞が落ちているから踏むなよ、と言われたんやけど、そういう会話がとても日常的で面白いよな。
ヨシオ:暗闇で見えなかったんやろな。ババは目立つから、通りを歩いていると人がたくさんついて来るので、こんな夕方遅くなってからしか歩けなかったんやろ。ババがサンド豆さんにこのように言われたのは、この物質世界で体験したことは因果の世界に刻まれていつまでも残るということを言われてるんや。
ポニョ:アカシックレコードやな。それって。
ヨシオ:そして、それが後で心の世界で思い出すことが出来るって言われている。サンド豆さんのようにババと一緒に歩いたり話したり、またはピクニックに行って一緒にお弁当を食べたりした経験は、ずっと後になっても因果の世界に残るんや。目を閉じた時に、その時の体験が心の中に浮かび、まるでその場にいるような気になって来るんや。
ポニョ:おいらも、最初に嫁さんとデートをして楽しかったことを、今でもつい最近のように思い出すことが出来るぜよ。大文字山に一緒に登ったり、大原三千院や嵐山、清水さんにも行ったな。でも、一番覚えているのは、その時に安もんの飯屋で食べた定食の中身やな。味まで覚えているぜよ。
ヨシオ:それってすごいよな。味まで覚えているって。このように人は過去に体験したことをアカシックレコードに記録し、因果の世界にそれがずっと残っているんや。そのあと、しばらくしてからその記憶を、心の世界でまた呼び戻すことが出来るんや。だから、ヒマラヤで修行しているヨギたちがババの元にやって来たけれど、ババはそういうヨギたちに普通インタビューを与えないんや。だって必要がないから。
ポニョ:そういう霊的レベルが高いヨギたちは、少しだけババを見ただけで、そのババの御姿を因果の世界に焼き付けることが出来て、いつでもそれを取り出すことが出来るんやな。あんたがババと組み体操出来るみたいに。
ヨシオ:人はババにインタビューを求めるけれど、インタビューよりババを心に焼き付けて、いつでもそれを取り出せる修行をしないといけないんや。一旦それが出来るようになると、外の世界に神様を求める旅は終わるんや。
ポニョ:インタビューよりインナービューやな。
ヨシオ:俺がインタビュールームにババに呼ばれた時、ある帰依者がババにこんな事を聞かれていた。「このババのアシュラムを訪れた後に、君は一体どこのアシュラムや聖地に行って神様を見つけに行くんだい」と。そして、俺の方を横目で見ながら笑っていた。その人はリシケシュに行くと言ってたな。
ポニョ:その人はババのところが双六の上がりやって気付いていなかったんやな。目の前に神さんがいるのにな。面白い。
ヨシオ:神さんを外の世界に求めてあちこち探し回っても、結局神さんを見つけることは出来ないんや。自分の内に神さんがおられる事に気付くまで。それが昨日、ポニョが言った二元論から、条件付き一元論への道なんや。
ポニョ:つまり、外の世界に神さんを探し、自分と神さんが分離していると思っているのが、二元論で、そうではなく、自分の中に神さんがいると確信し、自分はその神さんの一部分であって、その神さんを信奉するのが条件付き一元論やな。
“自分の肉体に執着し「自分は肉体だ。」という意識のある限りは、かたちも属性もない絶対の存在はわからないし、そこに達することも出来ません。
かたちの無い神を敬う資格は、自分の肉体への執着も、世間への執着もすべて捨ててはじめて得られます。
自分は肉体だと思い込み自分には自分の姿があると思っている限りは、形のない神に達することは決して出来ないのです。SGc3”
ヨシオ:ダルシャンでババを見神し、そのババともっとお近付きになりたいと思う心が、二元論から条件付き一元論に導いて行くんや。だから、ダルシャンでババは人々の間を歩き回っておられるけど、ダルシャンに来た人たち全員をインタビューに呼ばれるとは限らないんや。
ポニョ:わざと心の中のババに人びとを導くためにそうされているんやな。心の中の神を求めさすために。
ヨシオ:また、もう一定の霊的レベルに達している帰依者には、声もかけられない事だってあるんや。
ポニョ:ヒマラヤから来たヨギの様な人達にはそうされるもんな。
私がヒマラヤで苦行に従事している者にダルシャンを与えるとき、たとえそれがほんの数秒であっても、彼らはその神のビジョンを得られたことでこの上ない至福を感じます。
そして、それをとてもすばらしい経験であると見なします。
しかし、あなた方は皆、毎朝毎夕私のダルシャンを得ていながら、未だにその価値にまったく気づいていません。9/98SNSarthi
ヨシオ:だから大切なことは、ダルシャンで神を見て、神の事を強くいつも思いっていると、神を心の中で感じることが出来るようになるんや。つまり、実は神様がいつも自分の心の中におられたんや。と感じる事が出来るんや。その段階まで行くと、あとは神様をじかに体験することが可能になって来るんや。
ポニョ:つまり、自分が思い焦がれている神さんを強く思えば、神さんが自分の心の中にいることを感じれて、そして、体験出来るって事なんやな。星やんがいつも言っていたけれど、ババが星やんの前に姿を現す時は、星やんがいつも礼拝している写真のババが出て来られるんやて。
“皆さんは、ここプラシャンティニラヤムに一時間ほどいるだけです。
ところがこれは、帰ってからも消えることの無い永遠の経験になるのです。
最初に目の覚めた状態で経験したことは因果の世界に何時までも残り、それがあとになって心の微妙な世界で思い出すことが出来るのです。SG”
ヨシオ:その通りなんや。帰依者がいつも礼拝している神さんの姿が、その人の心の中にもうプリントして焼き付けてあるので、その御姿で出て来られるんや。だから、礼拝している神さんの写真を変えたりしたら、今までの霊性修行が無駄になるんや。
ポニョ:心にせっかく刻まれようとしている神さんのイメージが潰れてしまうもんな。
ヨシオ:その自分がイメージした神さんの御姿を大事にしないと、心の世界でそれを思い浮かべてもなかなか出て来ないやろな。若い時のババのイメージやら、晩年のババのイメージやらいろんな違うイメージを心に刻んでいたら。
ポニョ:あんたも、いろんな年代のババの絵を書いて喜んでいるやんか。
ヨシオ:俺の場合はもうしっかりとババが心の中にイメージ出来ているから、そこんとこは問題無いんや。
ポニョ:そうやな。ババと言葉も交わせるしな。ババと組み体操をやってたな。おいらもやってみたいな。一度でいいから。
ヨシオ:ポニョがそう願っている以上に、実はババの方がもっとそのようにして帰依者と遊ぶのを願っておられるんや。帰依者がそのレベルに達してくれないかなー、とずっと待っておられるんやで。
ポニョ:遊び相手が欲しいのか、神さんは。
ヨシオ:そうやろな。神様はいつでも四六時中遊んでおられるんや。だから早くポニョの中におられるババと遊んだげてやってな。でも、帰依者が心の世界で神さんをイメージし、ババと言葉を交わすことが出来るようになって、一緒に遊んだりして喜びに満ち溢れた体験をしても、実はまだ帰依者は満ち足りないんや。
ポニョ:何でやねん。神さんと一緒に遊び、言葉を交わす事が出来ればそれで充分なんと違うんか。
ヨシオ:いや、それではまだ充分な喜びを得れないんや。ポニョも昔から長い間、神様を追い求めて来たけれど、ババのことを知って、ああ、自分が追い求めて来た神様に会いたいな、と思ったやろ。
ポニョ:おいらはとても嬉しかったな。遂に見つけたなっていう感じかな。ムーという雑誌にサイババ特集が組んであったんや。1986年ぐらいやったかな。今から考えるとずいぶん前やな。それを読んで直ぐにインドへ行ったぜよ。
ヨシオ:そのように先ず神様を知る段階が二元論の段階や。でもその段階では神様と私は違う。別ものや、と思っているやろ。でも神様に会って、神さんの教えに触れると、ああ自分は神様の一部やったんや、とだんだん分かって来るやろ。これがポニョが好きな不二家のオマケ付き一元論や。
ポニョ:あんたが勝手に不二家のオマケ付きキャンディって言ったんやんか。おいらはお腹が出て来るからキャンディは余り食べないんや。好きやけど。でも、白砂糖が山ほど入っているからガンになるんやぜよ。アスパルテームも入っていたら脳細胞も破壊されるし、おいら達の周りは毒がいっぱいなんやぜよ。気を付けないと。特にお子さんがいてる家庭では…。
ヨシオ:ちょっとストップしてくれる?食べ物の話になると機関銃みたいにいろいろな話が出て来るなポニョは。話題を元に戻すと、不二家のオマケ付きキャンディじゃない、条件付き不二一元論の段階に到達すると、さっきも言ったように、いろいろと神さんと話したり遊んだり出来るんや。でも、この段階で修行者は休んだり終わったりしてはいけないし、また自分自身も本当に満足していないんや。というのもまだその段階では、その人は神と完全に融合していないから。神さんと自分は実は一つだったのだ。俺たちは一つの存在だったのだ。と思うことが出来るまで、修行を続けて行かないかんねん。
“究極の段階である、完全に神の中に入り、神と一つになるまでは、休息も安らぎも、満ち足りた思いも持つことは出来ません。SGc6”
ポニョ:それって、どういうふうに修行をすればええんや。
ヨシオ:しっかり、不二家のオマケ付きキャンディーを…
ポニョ:もうええっちゅうに。不二家の回しもんかあんたは。不二家の一元の客じゃないんやからええ加減にしなさい。
ヨシオ:俺たちはそれぞれ海に流れ込む川のように、神さんを求めて修行を続けて行くんや。川は海に到着するまで流れ続けるやろ。途中でヤーメタなんて言わないやろ。その川である俺たちは、海である神さんと一緒になって行くけど、川の水は河口に近づくに連れて塩辛くなるように、神さんの特性を少しづつ自分に付けていかないといけないんや。
ポニョ:神さんの特性って何やろか。先ず全てを愛する大きな心やろ。その次に自分を勘定に入れない無私の心やろ。それから…
ヨシオ:それだけあったら充分や。川の水は最初海の中にいたんや。それが太陽の熱によって蒸気となって雲になり、雨となって川となり、最後にまた自分の生まれ故郷の海に戻って行くんや。その生まれ故郷に戻りたいと思う強い気持ち、つまり神を追い求める強い愛の気持を持って旅を続ける事が大切なんや。
ポニョ:星やんも「神さんへの道を歩むには、大人しい良い子でいてたらあかんねん。神様を求めて泣かないとダメなんや。自分は別にそんな泣くとか叫ぶとかしなくても、神さんの事を瞑想の時にしっかり思っているし、お祈りもヴェーダも唱えてる。だから、泣いて神様を求めるなんて恥ずかしくて出来ないなんて思っていたらダメなんや。自分のエゴを子供のように小さくして、泣いて神様を求めたら、神様は必ずお母さんのように、子供になった自分を抱きかかえてその愛の泉の中に浸してくれるんや」て言ってたな。
“聖者たちは、熱心に神に祈り、心の底から神の愛を求めました。
サキュバイやミーラが神と離れていることに耐え切れずに泣いたように、神を求めて泣きなさい。彼らが神の御姿を見ることができ、神の恩寵をいただくことができたのは、そのような熱烈な願いがあったからに他なりません。
しかし、カリユガの時代の影響によって、人々は、まったく何の努力もせずに神の恩寵を得たいと思っています。
神への愛が減少しているために、邪悪さ、悲しみ、暴力が増大しています。
皆さんの妬みや怒りのようなよこしまな性質を、すべて愛に変えてしまいなさい。28/7/99”
ポニョ:今、船俊さんの一日一食という本が十二万部を超えるヒットになったようやぜよ。
ヨシオ:以前から応援している人の本がそれだけたくさんの人が買い求めているって、嬉しい話やな。
ポニョ:その本をおいらはまだ読んでいないけれど、あの相撲取りにの白鵬でさえ一日一食らしいで。あれだけ身体を使ったスポーツをしているのに、よく腹が持つよな。と言っても、あんたも一日一食やけど。
ヨシオ:育ち盛りの子を除いて、全ての人が一日一食にすると地球の食料問題なんてすぐに解決するんや。それに身体にも良いしな。人の病気の原因は食べ過ぎやってババが言っておられるやんか。
“肉体を維持していくために必要な食べ物も、量 をわきまえて摂るならば健康によいのです。食べ過ぎれば身体器官を害します。
食べ物は満足感を与えることもあれば、毒になることもあります。
人は食習慣によって病気の餌食となるのです。
。食べ物は必要ですが、健康によい量 だけに抑えて摂らなければなりません。”23/11/94
“何をする場合も度を超さないように。
皆さんのすることが限度をわきまえた、正しいものであれば何の害もありません。
度を超えたものは、たとえ悪気が無くとも皆さんの害になります。
例えばあまり物を食べ過ぎると、消化に悪いし、心にも好ましくありません。”SGc19
ポニョ:一日一食はヨギだ。とも言っておられるな。二食や三食摂るものは、病気か世俗の喜びを味わっているものだ。とも言っておられる。そのコメントはおいらにグサっと来るぜよ。
断食をすれば身体は健康になり、心には悦びが訪れます。
度を超えた不規則な食事は、神を信じる者にとっては害になります。
おいしい食べ物に夢中になっていると、怠惰で無気力なタマスの性質に向かうでしょう。
一方で美味しいものを食べ放題に食べ、神を喜ばせ、神のそばにいる悦びを味わいたいと思う事は、ひどく愚かなことです。
食べ物に夢中になることと、神に近づいていく事、この二つは決して相容れないことなのです。SGc7
ヨシオ:その反面何でも中庸の道を行かなくてはいけないとも言っておられるで。極端な絶食や少食、断食は身体を壊すんや。俺の場合は、朝一晩水に浸したアーモンドを数粒食べ、同じく一晩水に浸したキヌアをカレーに入れてグツグツ炊き、それを夕方に食べれば、充分、霊的な力が身体中にみなぎって来るんや。
ポニョ:キヌアは完全な栄養素が入った食べ物やって紹介されているもんな。それを、カップ半分毎日摂ってるあんたはめちゃ健康そうやもんな。
ヨシオ:俺は味とか気にしないから、適当に、ババがこれは浄性な食べもんやと言われたやつを食べているだけなんや。ババからは、お前は健康そのものやな。って言われたことがあるな。でも、俺はポニョのような肉体労働者じゃないからな。
ポニョ:おいらは、少し辛めの味が好きやな。ピリッとくる奴や。
ヨシオ:霊性修行は五感をコントロールせないかんやろ。五感の中でも舌のコントロールはとても難しいと言われているんや。というのも食べることと喋ることの二つの機能を持っているやろ。
ポニョ:そう言えば、目は見るだけ、耳は聞くだけ、肌は感じるだけ、鼻は臭うだけやもんな。
ヨシオ:神様は舌に特殊な地位を与えられたんやけど、この特殊な能力を持っている舌を人がコントロールすることが出来れば、神様はとても喜ばれるんや。というのも、舌を正しく使えるようになれば、人はすぐにも清らかで揺るぎない心を持てるようになって、自分の中に神がいることを感じれるようになるからなんや。
ポニョ:ふーん、それは良いことをを聞いたな。舌をコントロールするか。ところでそれはどのような修行をせないかんねんや。
ヨシオ:先ずポニョの苦手な食事をひかえる事やな。一日一食に減らせるか?無理やろ。
ポニョ:ハーイ。無理でーす。諦めました。修行終わり!
ヨシオ:そんな簡単に諦めてどうするんや。二番目は断食をする。
ポニョ:ハーイ。無理でーす。諦めました。修行終わり!
断食をすれば身体は健康になり、心には悦びが訪れます。
度を超えた不規則な食事は、神を信じる者にとっては害になります。
おいしい食べ物に夢中になっていると、怠惰で無気力なタマスの性質に向かうでしょう。
一方で美味しいものを食べ放題に食べ、神を喜ばせ、神のそばにいる悦びを味わいたいと思う事は、ひどく愚かなことです。
食べ物に夢中になることと、神に近づいていく事、この二つは決して相容れないことなのです。SGc7
ヨシオ:ポニョが出来そうな修行って無いな。三番目は沈黙を守ること。これやったら出来そうやな。
ポニョ:…そうやな。出来るかもしれん。でも、思わず話してしまいそうになるやろな。
ヨシオ:沈黙の行というのはポニョが考えているように易しいものではないんや。というのも、舌は動いていなくても、心の中で何事かを話し続けていては、それは沈黙の行とは言わないんや。
心の波立ちをそれを見る者として、傍観者として眺め、それに対して何かを決意や決心をするとか、嫌いだとか、好きだとかという感情を起こさず、自分の心とその動きを制御しなさい。UVc12
一日の内、何時間は沈黙を守るようにして下さい。
そうすれば打ち寄せる言葉や思いの波からいくらかでも心は休まります。
神聖な名前を唱えたり、神の事を思うのも休ませる訓練になります。SGc12
舌がいつも良いことを願い、どんなことも容易く進めていくためには、舌を正しく使いこなせば良いのです。
言い換えれば沈黙を守ることです。
ただ黙っていれば良いのではありません。
言葉の上で沈黙を守るだけでは無く心も静かに沈黙を保つべきです。
心にどんな思いも無いこと。それが本当の沈黙です。SGc7
ポニョ:それって簡単じゃないな。心までコントロールせないかんのか。
ヨシオ:それに、今日は沈黙の行の日だからと言って、紙に言いたいことを書いて他の人と会話する人もいるけど、これもルール違反なんや。
ポニョ:ガンディーはそのようにして訪問者たちと意思を交わしていたで。
ヨシオ:ルール違反は、ルール違反なんや。だから、舌のコントロールだけでもとても大変なんや。
ポニョ:独り言もダメなんやろ。どうすればええんやろか。
ヨシオ:それは、以前から言っているようにナーマスマラナや。神の御名を唱えていれば独り言も何処かへ消え失せてしまうやろ。食事を控える事ってさっき言ったけど、これも食事の量を減らすだけではなくて、どのようなものをいただくかを考慮せなあかんねん。
ポニョ:ああ、さっきあんたが言ってた浄性な食べ物を摂る事やろ。
ヨシオ:自分の口に入れようとする食べ物が清浄で清らかな物か、それともポニョが好きなスパイスがいっぱい入った感情を激するものか、それとも地下茎などのように、人を怠惰にさせるような物なのかを吟味して口に入れなければならないんや。
ポニョ:その清浄で清らかな物ってどんなものがあるんや。
ヨシオ:地上に生えて来る野菜で、チリのように辛くなく、また、ナッツ類や乳製品なども浄性な食べ物と考えられているんや。ただ、乳製品は取りすぎると劇性になるって言われているんや。
ポニョ:ババはミルクは水を混ぜて半乳にして飲みなさいと言っておられたな。
ヨシオ:また、その食材をどのようにして手に入れたのか、誰が料理したものか、どのような鍋や釜の調理器具を使って料理し、どのような容器に入れて出された物なのかも検証しないと、それを作っていた人の想念までが食べ物に入っていているので、それを自分の霊体に取り込んでしまうんや。
ポニョ:でも、実際問題としてレストランで食べていたら、そんな事をいちいちチェックするなんて不可能やで。
ヨシオ:だから、俺は絶対レストランで食事をしないんや。嫁さんが作った物しか食べない。
ポニョ:それって徹底してるな。普通の人はそこまで出来ないぜよ。
ヨシオ:だから、ババが食事の前に食事用のマントラを唱えなさいと言っておられるんや。俺の場合は、そういう料理人の想念やら、皿やら、前の客が座っていた席から、その人の想念やらいろいろ影響を受け易いんや。だから家でしか食事をしないんや。
ポニョ:めちゃ繊細やな。
ヨシオ:それは、すぐに俺の中に普段と違う想念が湧き上がって来るので分かるんや。その人の霊的なレベルなんてすぐ分かる。本当は分かりたくないけどな。
ポニョ:そらそうやろ。そんなこと知りたくないよな。
ヨシオ:それに自分が食べたいものばかりを食べたり、舌が喜ぶものばかりを食べてお腹を膨らましていると、感情や執着をコントロールすることなんて不可能になって来るんや。人に褒められれば、有頂天になり、けなされれば落ち込んでしまうというような性質になってしまうんや。
ポニョ:それほど、食べるものが人に影響するって知らなかったな。今度から充分注意して口にものを入れようと決意したポニョでした。
ヨシオ:食べる事と、話す事の二つの能力を持つ舌を正しく使いこなせば、神への道を正しく歩んでいけるんや。特に、さっきも言ったけれど、神の御名を唱え続けていれば、舌は容易くコントロール出来るんや。いつも美味しいものをたらふく食べて、おしゃべりに花を咲かせるのではなく、沈黙を守り、食事を制限し、そして必要な事だけを手短に話すようにし、神様の名前をいつも唱えていれば、その人は変人や。とか、変わり者で付き合いが悪い奴や、とかいろいろ言われても、その人の人生の終わりで、神様が良くやった、お前の霊性修行はとても良かった、と言って大きく両手を広げてニコニコ笑いながら迎えてくれるんや。
真の人間に相応しい生き方をして下さい。
人間の特性を磨くのです。自分は人間だと言いながら動物的な自由を楽しみたいと思うのは良くないことです。
人間の持つ特性とは、犠牲の心、愛、真心、広く大きな心、思いやり、非暴力などの、尊い性質です。
エゴ、怒り、むさぼり、憎しみ、ねたみ等の動物的性質を持っていてはいけません。SGc7
人間の身体は、過度のおしゃべりに耐える事は出来ません。
ある国会議員の場合、彼は二時間話し続けたあと、目眩を覚えました。
耐えず話し続けることができる人はいません。何年もそうし続けているスワミ以外には。CWSSBJp205
しゃべり過ぎてはいけない。
君たちの持っている神の力はおしゃべりで消耗してしまう。
しゃべってばかりいると記憶力も鈍るし、身体も弱くなる。
早い内から老け込んでしまうばかりか、自分自身の評判も下げてしまいます。
皆さんが持っている聖なる神の力はそのような果てしないおしゃべりで消耗していきます。
朝目が覚めて夜寝るまで、たとえ声には出していなくても頭の中でもおしゃべりは続いています。SGc7
ポニョ:人の想念が調理器具や食材に入り込み、それを食べた人に影響を及ぼすって話を以前したよな。
ヨシオ:そうそう、可哀想な娘が俺たちのようなおじんと無理やり結婚させられる話やったな。
ポニョ:せっかく食事の話になっているから、その話を少し転載しよか。
(転載開始)
ヨシオ:サイババさんは何も無駄なことを一言も言われないんや。将来の事を見越して冗談などを言われる事がとても多い。旦那さんが戻ってくる日を言われたのも、肉体が戻って来るのではなく、魂がサイババさんに戻ってくる日やったんやな。
ということは、俺が、いつも同じ日に呼ばれてるから、その日は俺の将来の命日ってわけか?
ポニョ:そんな、単純なことじゃないかもしれんけど、その日に何があるかカレンダーに印をつけて見とくわ。…今年は木曜日やて。あんたがババに12月11日にこのプロジェクトが世界に知れる。その日は木曜日やと言われたけど、今年の12月11日も木曜日やで。
ヨシオ:12月11日は、木曜日か。1997年もその日は木曜日で、その日にたくさんマスコミが突然やって来たけど、今年も何かあるんかな?それより、昨日まで波動の話をしたけど、俺は人に会ったら握手するというのがちょっと苦手やな。
ポニョ:なんでやねん。そういや、他の人の想念が波動になって入って来るって言うてたな。
ヨシオ:そうや。夜になると、昼間に握手した人が夢に出て来るねん。それで、その人が思ってることとか、考えていること、悩んでいることなどいろんな事が夢の中で展開するんや。
だから、その人がどんな人かすぐ分かる。それに、波動が荒い人と握手するとひどい時は、一週間以上も影響を受けるで。マインドが落ち着けへんし、いっぱいいろんな想念が浮かんでくるんや。
ポニョ:そういや、ラーマヤーナの中に、ある森の中をラーマとラクシュマナが横切っていた時に
疲れたから、倒木の上に座って休憩してた。すると、あれだけラーマに忠実やった弟のラクシュマナが、なんでこんなに長い間、森の中で生活せなあかんねん。とか今まで、言ったことのないようなひどい悪態をお兄ちゃんについたんや。
ラーマは、あとで返事するわ。とか言ってまた歩き始めたんやけど、しばらく経ってラクシュマナが、あれ?なんで俺、あんなにいっぱいお兄ちゃんに悪態ついてしもたんやろか?ごめんな。と言って謝ったんや。
ラーマは気にせんでもええで、実を言うと、あそこの倒木の上に魔女がいつも座って悪いことを思い巡らしてたんや。だから、誰でもそこに座った人は、その悪い想念の波動の影響を受けるんや。という話があったな。
悪い思いを巡らした人の後に座っただけでも影響を受けるんやから、そら、食事をしてそういう想念の波動が入ったものを食べたらもっと、影響を受けるやろな。
ヨシオ:こんな話もあったな。これは、百三十年前に実際に起こった話なんやけど、パドリナートというところに、ハムサナージという聖者がいて、その弟子があるバラモンの家での礼拝会でごちそうになって戻ると毎日のように少女が悲しそうに泣いてる夢を見るんや。
少女は、「誰も私を救ってはくださらないのですか?」と泣いてるんや。
それで自分のグルに相談すると、そこのバラモンの家で食べた食事の中の想念があんたに影響してるから調べなさい。と言われたんや。
調べてみると、貧しい十六歳のそのバラモンの家の少女が父の言いつけで、礼拝会の為に金貸しから一万ルピーを都合してもらう代わりに娘を六十歳の金貸しに嫁に行かさなければならなかったんや。それで、その少女は、毎日を泣いて過ごしてたんやて。
ポニョ:何やて~!失礼やないか。そんな事って。不公平やないか。
ヨシオ:なんで不公平なんや。
ポニョ:だって、そのおっさんおいらと年が変われへんのに、十六歳やで。十六。そんな、ケツの青い娘と結婚出来るなんて不公平やないか。おいらも、今度インドで生まれ変わりたいわ。
ヨシオ:あのね。ポニョさん。そんな事で興奮せんとってくれますか。スケベエジジイやな、あんたは。ええ年こいて。
ポニョ:それで、そのジジイはその少女の作ったものを食べたんで、そんな夢を見たんか。面白いな。
ヨシオ:面白くない!あんたは人の話を何にも聞いてないやろ。話が、めちゃくちゃになってしもたやんか。もうええわ。違う話しよう。ほんまに。
ポニョ:ごめん。だから、食べ物を口にする時は、食べる場所、食物を準備する人、取り扱う人がその食物に及ぼす微妙な影響というものがあるので、注意しないといけないんや。というのも食物は人格の基なんやということやろ。
ヨシオ:なんや、しっかり分かってるやないか。それに今の時代では、インスタント食品のような食べ物の中に、何にも霊的エッセンスが入っていないものをみんな食べるやろ。だから、霊的な力が付かないので、心が落ち着けへんし、身体にも影響を及ぼしてすぐに風をひいたり病気になる。
それに、せっかく霊的エッセンスがいっぱい詰まった青野菜や豆なんかを買ってきても、火を通したり、煮たりすることで霊的エネルギーが抜けて行くんや。
だから、出来るだけ生野菜とかの方が自分の霊体のエネルギー補給に良い。
ポニョ:この世は物質だけと違う。その後ろに霊があるんや。学校で学ぶことは、例えば栄養学とかは、どれにどんだけカロリーがあるとかを学ぶけど、身体と同じ五大元素、正確に言えば五大元素の微かな部分から出来ていて、一人ひとりが持っている微かな身体である霊体の栄養をどうすれば、摂れるのかを誰も教えてくれない。
どのような食物が霊体に良くて、逆にどのようなものが悪いのか。そういうことをもっと、これからこのブログで紹介して行きたいと思います。
ポニョ:以上転載バガボンでした。
ヨシオ:食べ物の話をし始めたらきりがないけど、加工食品なんかは全然霊的なパワーが無くてカロリーだけなんや。だから、それを食べ続けていると身体や魂に活気が無くなり、鬱になったり、ちょっとしたことでも風をひいたり病気をしたりするんや。
ポニョ:瞑想をやっても心は迷走になるって聞いたけど。
苦行の力は、我々が摂っている食物と生活習慣を見ればわかる。今日の我々の摂っている食物や生活習慣は、中身の無い物となってしまっている。我々の摂る加工食品は。瞑想を落ち着いて出来なくしてしまっている。それ故、我々の霊的修行は役に立たないものとなってしまっているのだ。16/4/96
ヨシオ:また、喫煙も肺がんだけではなく、心臓麻痺を引き起こすんや。
ポニョ:なんで、喫煙と心臓麻痺が関係するんやろか?
喫煙は心臓麻痺と肺がんの原因です。肺と神経が健康を損なうと、疾病をコントロールするのが難しくなります。やがて身体機能が退化し、ぜんそくや他の病気を引き起こします。アルコール飲料の中に含まれている沢山の化学物質も、身体を毒化し、神経系統を鈍くします。アルコール飲料によって人々は、自らの聡明さや記憶力を失い神経過敏になります。それらは、喫煙とアルコール摂取により、100%ダメージを受けるのです。SSN春95p15
インタビューに呼ばれた人が心に留めて置かなければならない重要なことが一つあります。私がこのように清らかで神聖な体を携えてインタビュールームに入るのに反して、そこにグループで座っている人の何人かに喫煙の習慣があることに気づくことがあります。私が喫煙を許可していないことに注意してください。私は喫煙の習慣を断固として許しません。私は即座に喫煙の習慣のある者を捕まえて、出て行くように言います。喫煙者の妻が私に懇願することがあります。「スワミ!彼は私の夫です。スワミが夫を追い出すのであれば、私はスワミに何と言って抗議したらよいでしょう?」私はきっぱり答えます。「夫であろうと息子であろうと、だれであろうと、悪臭とタバコの臭いを漂わせながら私の部屋に入ってはなりません。出て行って、口を洗浄してから戻ってくるように言いなさい。そうしたら、私は彼と話をすることにします」そのような人々はすぐに部屋を出て行き、体をきれいにしてから十分以内に戻って来ます。そして私は彼らに愛情を込めて話しかけるのです。 21/10/04
ポニョ:これを食べたらいかんとかばっかりやけど、これやったら身体や霊体に良い食べ物ってないんか?昨日少し紹介してくれたけど。
ヨシオ:ババは次のようにおっしゃっている。
調理していない食物、木の実、果物、発芽している豆類が最良の食べ物です。これらのものを少なくとも一日に一度は夕食などで食べなさい。それによってあなたの長寿は約束されます。ココナッツの実や、ココナッツ水、発芽した豆類、生か少しだけ火を通した野菜や青菜類が健康に良い食物です。SSVol15p115~7
家庭で行うプージャ(供養)ヴェーダの朗唱、バジャンはすべて周りの雰囲気を清め清潔にする波動を発し、あなたの摂る食物を清めます。SIP8-16
霊的に良いビタミンは、ビタミンB12です。SSVol8p38
浄性の食物とは、身体と同様に心も強める事ができるものです。それは塩辛すぎず、辛過ぎず、甘過ぎず、酸っぱ過ぎないことです。湯気が立ち昇るくらい熱いうちは、口にするべきではありません。喉の渇きを煽る食べ物は避けるべきです。原則は、中庸を守り自制することです。スープ類は次の日まで取りおかないようにしなさい。身体に有害なものとなります。油で揚げた物はいやな匂いを放つ前までに食べてしまわなくてはなりません。GVCh26
ヨシオ:また、ゴマについても
胡麻には肺と眼の病気を癒す成分が含まれています。31/8/92
ポニョ:蒸した食べ物や黒砂糖も身体に良いらしいな。
蒸し菓子、もちは消化に良いので、医師たちはそれを手術後の食餌として勧めています。
黒砂糖にはまた、ガスの発生をコントロールする性質があります。
この蒸し菓子は(ヒヨコマメの粉に黒砂糖や胡椒を混ぜ合わせ、粉から作るパスタで出来た皮でくるみ、油を用いずに蒸して作る食べ物。)眼の疾患を軽減し消化不良を防ぎます。9/9/94
ヨシオ:食べ物の話はやり出したらきりがないな。今日はこれくらいでやめとこか。
ポニョ:食べ物の話しばかりしてたら、お腹が空いてきたぜよ。
きれいな心で食事の準備をしなさい。というのも食事の準備をしている時の想念が、それを食べている人の心の中に取り入れられてしまうからです。P, 74 ANDI
多くの医師はたんぱく質の価値を強調し、肉や卵等を摂るように勧めます。
しかし肉や卵のたんぱく質は単に肉体の形成に役立つのみであり、かなりの害を心に及ぼします。
医師は主として粗なる身体に関心を持ち、心の状態という霊妙な相には注意を払いません。
今日世界にはびこる病気の多くは心に関係があります。心の病気は、肉体の病気より多いのです。21/7/93
実際のところ植物も動物と同じような生を持っています。
しかし動物が持っているような心や神経系統というものは持っていません。
動物は、彼らが殺されるとき泣き叫びます。
植物にはそういうことはありません。
動物を殺すことと、植物を刈り取ることを同様に見るのは間違った考えです。
付け加えて言えば、動物を殺してその肉を食べるとその動物の性質や振る舞いが、人の中に入り込み浸透していくのです。
その結果、動物的な性質つまり、牛や羊のような鈍生の性質を身につけてしまうのです。
それ故肉食は止めなければなりません。
食物が人の心の性質を左右するのです。心は思いを導き、思いは行為の結果を引き出します。
行為は、それに見合った結果や影響を引き出します。
我々の摂る食物と我々の行為の結果との連鎖は、肉食が、獣的な行為と悪い影響を人に与えるということに繋がることを教えています。SSALp, 132
ポニョ:昨日はどんなものを食べたら良いのかを話していたけど、ババは一体どんなものを食べられているんやろか。
ヨシオ:ババは御自分の身体のことをあまり構われないんや。アシュラムから離れて何処かに滞在された時でも、目に見えて体重が減られたのでどうしてかなと思ったら食事をされておられなかったんや。というのも、ババにとったら豪華過ぎる料理やったから。それで、何時ものような質素な粟や稗の入ったお粥を持って行くと喜んで食べられたんや。
ポニョ:あんたがアシュラムに着いた時、もうお昼過ぎでキャンティーンが閉まっていて、食べるものが無いなと思っていたらせヴァダルの人が、ババの残り物ですと言ってカレーを持ってきてくれたんやろ。
ヨシオ:ああ、そんな事を以前記事にしたよな。少ししか食べておられなかったな。めちゃ辛かったで。ババのお姉さんが作られたらしいけど。
台所を管理している一人の青年がラギー〔四国稗〕の薄粥を運んで来てくれます。
私はその粥を食べると大いなる幸せと活力に満ちるのを感じます。
私はこのラギーの薄粥以外、早朝には何も食べません。
私は朝食(現代のインド人はよく朝食としてサモサやイドリーやウプマといったインドのスナック類)をとりません。薄粥を食べたあと、もう一度口をきれいにします。
それから、新鮮な水をいくらか飲み、下に降りて行きます。
私が朝食に何を食べるのだろうかと好奇心を抱いている人たちも何人かいるかも知れません。私は何も食べません。私はスナック類はまったく好みません!
私がほしいのはコップ一杯の冷たい水だけです。
そのあと、私はダルシャンを与え、何人かの帰依者と話しながら、その人たちと幸せなひと時を過ごします。選ばれた人たちにインタビューを与えることもします。
私の体と心はいつも清らかです。
私の言葉は清らかであり、私の思いは清らかであり、私の行動は清らかで神聖です。21/10/04
ポニョ:このブログで何度も言っているけれど、一番、食事でやめなければいけないことは、肉食やな。めちゃ罪作りやで。おいらがバリに行って驚いた事は、大きなサイセンターがあってバジャンをしているんやけど、人が会場に入れなくて外に溢れ出しているんや。でも、後で話を聞いたら、ほとんどの人は肉食をやめれないって言ってたな。
ヨシオ:でもそれってずっと前の話やろ。今では変わっているかもしれないで。俺が行った時は、あちこちに菜食レストランが出来てたから食事には苦労しなかったな。
多くの医師はたんぱく質の価値を強調し、肉や卵等を摂るように勧めます。
しかし肉や卵のたんぱく質は単に肉体の形成に役立つのみであり、かなりの害を心に及ぼします。
医師は主として粗なる身体に関心を持ち、心の状態という霊妙な相には注意を払いません。
今日世界にはびこる病気の多くは心に関係があります。
心の病気は、肉体の病気より多いのです。21/7/93
今日、自らを帰依者だと思う人もそうでない人も、肉食を止めなければなりません。
何故でしょうか? 肉食は動物的な性質だけを育てるからです。
摂取する食物がその人の思考を決定すると言われています。
様々な動物の肉を食べることによって、動物の性質を吸収しているのです。
人間と同様に五大元素で維持されている動物を食べるとは、何と罪深いことでしょう!
それは、動物に残虐な行為をするという罪を犯すだけでなく、人を悪魔的な傾向に導くものです。
それゆえ、純粋に神の帰依者となることを求める者は、非菜食の食物を口にしてはなりません。非暴力 P.30
肉食は人間の身体の必要と相入れません。
医者達は肉食には蛋白質があるようなことを言いますが、実は野菜、豆類、ミルク、カードなどにはもっと良質の蛋白質が含まれているのです。ブリンダヴァンの慈雨p48
アルコール飲料と肉を口にしてはいけません。
人の思い、感情、行為はその人の摂取する食物によって決まります。
正しい行為をするために食物に関する規則を注意深く守らねばならないのです。
良い思いを保つためには、清らかな食物のみをとることが大切です。
~生活を清らかに保つためには、食物に関するタブーを厳格に守らねばなりません。6/10/86
ポニョ:食間は最低でも四時間は空けるように言われているな。それに、食べた後二十分近く歩くように勧めておられる。
ヨシオ:食後の散歩は消化を助けるって言われてるな。
ポニョ:ある医者が言っていたけど、食後に歩いて足の筋肉を動かすと、食事の後に頭にあるタンパク質が蓄積されるのを防ぐんやて。そのタンパク質は足の筋肉の方に行ってしまうんや。そのタンパク質が頭にたまると脳細胞がいかれて、認知症になるんやそうや。
ヨシオ:そういや、俺のお袋は食事が終わってスイートを食べ、テレビを見たりしてそのあと寝に行ってたな。
ポニョ:それって認知症まっしぐらの生活パターンやぜよ。食事の後は、軽い散歩をせなあかんぜよ。
ヨシオ:そういう間違った生活習慣が病気の原因という場合が多いもんな。
食べ過ぎてはいけません。
食べるのは生きるためであって、決して食べるために生きているわけではありません。
食べ過ぎは鈍性の性質です。
~口当たりの良いバランスのとれた浄性の食べ物を適度に食べると、高潔な浄性の心が育まれます。
香辛料の効いた辛い激性の食べ物を食べると、感情的で興奮しやすい激性の心になります。
肉やお酒といった鈍性の食べ物を食べると、獣のような鈍感で不活発な鈍性の心になります。
このように、心を形作るのは食べ物であり、行いはその心に作用され、その心に見合った結果がもたされるのです。
~更に食後も食前と同じように身体が軽く感じられるようで無ければなりません。
一番良いのは、胃の半分を空にしておくことです。
残りの半分は水と食べ物で満たすようにしなさい。
塊茎類は身体に良くありません。
全乳を飲むべきではありません。
牛乳は、水で薄めてから飲むようにしなさい。
食事と食事の間は最低四時間は置くべきです。
摂る食べ物は、身体が必要とする十分なカロリーを摂取すべきです。
油っぽいカレーや油で揚げてあるカレーは、あまり食べ過ぎないようにしなさい。
昼食の後は少し寝て、夕食の後は一マイル{1,6キロメートル}歩きなさい。
よく働き、正しい食事を摂るようにしなさい。STPSp153
苦行で得る力は我々の摂る食物と生活習慣を見れば分かる。
今日の我々の摂る食物や生活習慣は、中身の伴わないものとなっている。
我々が摂る加工食品は、瞑想をきちんとできなくさせている。
それゆえ我々の霊的修行は無益なものになってしまっているのだ。16/4/96
ポニョ:ババは御講話の中で食事の事について本当に細かい指示を発信されているな。それだけ食べ物が肉体だけせはなく、霊体にも大きな影響を与えるってことなんやろな。
ヨシオ:食べ物の波動が粗い部分は肉体に行き、細かい部分は霊体に行くからな。
きれいな心で食事の準備をしなさい。というのも食事の準備をしている時の想念が、それを食べている人の心の中に取り入れられてしまうからです。P, 74 ANDI
利己心も執着心も、不適当な食物を消費する結果です。
悪い種類の食物や、不正な手段で手に入れた食物は、いくつかの点で人間を無知の底に落とし、純粋な思いが浮かぶのを押えつけます。そのような人は、誰とどこで、いつ、どのように、何を話したらよいのかを忘れてしまうでしょう。ブリンダヴァンの慈雨 P.147
~心臓病の中には薬の服用によって治療できるものもあります。
食べ物とその他の習慣を規制する事によって、心臓病を防ぐことが各人の主要な責任であると私は考えます。~非菜食主義の人アルコールを飲む人は菜食主義者に比べて心臓病にかかる傾向が高いとの調査があります。バランスの取れた健全な菜食を取るためには、にんじん等に含まれるビタミンCやビタミンEがたっぷり含まれている野菜を摂りなさいそれらのビタミンは心臓病を予防するのに大いに役立ちます。~鳥や獣は人々を悩ませる心臓病や消化器の疾患にかかりません。
その理由は、味覚の奴隷となってあらゆる種類の揚げ物や調理食品を摂る人間と違って、鳥や獣は自然物を食べているからなのです。~心の緊張は健康に最も有害です。
それゆえ人はストレスと緊張をもたらす激情と情緒をコントロールする技術を学ばねばなりません。食事の時には心を静かに平安に保つことが重要です。心を動揺させ、興奮させ、心の平安の妨げとなる話題を食事中に議論すべきではありません。心の緊張は病気の原因となります。又食事の時には、テレビ、ビデオ等を見てはなりません。それらは心の混乱を招くからです。今日人々は悩み事の餌食です。悩みの原因は何でしょうか?原因は満足をしないことです。金持ちは、山のような財産を持っているのにも関わらず不満を抱いています。悩みは焦りを生み、悩みと焦りは結合して病気を生みます。それゆえ,悩み、焦り、カレー(油っこい食べ物)は心臓病の根本原因です。
大量の脂を摂ることは心臓血管病の原因となります。
医師は、脂っこい食物を摂ることは体重を増加させ、それによって心臓病にかかりやすくすると警告しています。毒素の存在も又同様の害をもたらします。それゆえ、健康を守るには正しい種類の食物を中庸で持って摂取し、アルコール飲料を避けなさい。50才を過ぎたら食べ物の量を減らしなさい。~食べ物の量を減らしても、カロリーが減るとは限りません。21/1/94
ポニョ:食事の時間や量また、食物だけではなく、ビタミンの話や酒の害についてもはなしておられるな。
食事は軽く食べなさい。定められた時間以外に食事をしてはいけません。27/5/02
私たちが摂る食事によって、将来、どのような道が開けるか決まるのです。
摂取する食物の種類に応じて、どんな考えが私たちの中からわき起こってくるのか決まります。
食事中に興奮すれば、それに関する言葉が心に浮かんできます。〜食事をしているときにしゃべり過ぎると,あなたを傷つける原因となります。食事をするときは、何も話さないことです。SSN夏1995p29~30
今日、人間が食べている物は、人間の活力を維持する本来の力をまるで持ち合わせていません。体を維持するにはビタミンとたんぱく質が必要です。あるビタミンは目に力を与え、視力を良くします。あるビタミンは血液を浄化し、補強します。三つ目のビタミンは骨を強くします。たんぱく質は絶対に必要です。たんぱく質、すなわちプロテインとは、「あなたを守るもの」(プロテクトするもの)という意味です。食物に含まれているたんぱく質を見てみると、未調理のものには大量のたんぱく質が含まれています。ムング豆、レンズ豆、大豆といった食用の豆類を例にとりましょう。インド人はヒヨコ豆を誇らしげに「インドの大豆」と呼びます。ヒヨコ豆にはたんぱく質がかなり含まれています。ヒヨコ豆の食べ方は、水に浸して、噛むことができるほどになったら食べるというものです。そうすれば、その栄養素はあなたのところにやって来ます。ところが、味覚や舌、自分の嗜好、気まぐれや好みの餌食となったばかりに、人は何をしているでしょう?たんぱく質をすべて取り除いているのです!ヒヨコ豆をグツグツ煮ています!
油や他のいろいろな材料を加えて、ヒヨコ豆をさまざまな変化にさらしています。
その過程で、ヒヨコ豆に元々含まれていたものを奪い、それらが人に与えることのできるものを奪っているのです。果物を例にとりましょう。果物にはビタミンが含まれています。野菜もそうです。果物や野菜は皆さんにいくらでも力を与えることができます。
しかし、人が今、摂取しているものは「人工のビタミン」と呼べるようなものです。
そして、そのような野菜の人工的な形態を通して、あらゆる種類の病気があふれているのです。
かつて、村ではさまざまな野菜を収穫していました。
一般の習慣では、天然の肥料、つまり牛糞という形態の肥料が、植物に施されていました。
オクラやキュウリといったものを自然な状態で収穫することができました。
大きさは小さかったかもしれませんが、含まれている栄養素は豊富でした。
あるいは、赤唐辛子を例にとってみましょう。赤唐辛子は、小さくても一本あれば、鍋いっぱいのサンバルに香りを添えるのに十分でした。今、赤唐辛子は釣り合いを失って膨れ上がり、巨大な、大きな赤唐辛子になっているのを目にします。人はそうした赤唐辛子を大量に手に入れて、小さなカップ一杯のラッサムに入れています。それでも、赤唐辛子の風味を味わうことができずにいます!その理由は何でしょう? 赤唐辛子は今、人工の肥料で栽培されており、本来持っているべき固有の力を実際には備えていないからです。8/10/83
ベジタリアンでない人、アルコールを飲む人は、ベジタリアンよりも心臓病にかかりやすい、とある調査があります。バランスのとれた健全な菜食をするには、人参のような野菜に含まれているビタミンCやEが豊富に含まれている食事を摂るべきです。これらのビタミンを摂ることによって、心臓病は予防できます。鳥や獣は人間のように心臓病や消化器系の疾患にかかることはありません。
その理由は、味覚の奴隷となって、揚げたり調理したあらゆる食物を食べる人間とは異なり、鳥や獣は自然のままの物を食べているからです。現代人は、多くの人口的な食品や様々なアルコール飲料を摂取していますが、それらは健康に害を与えています。SS2/94p37
ポニョ:霊体にとって何が良い食べ物かを言われているけど、学校の栄養学では絶対に教えないもんな。
ヨシオ:肉体を身体としか見れない学問やから、片手落ちやな。将来大きくこうした学問体系は変わった行くやろな。俺がいつも、アーモンドやキヌアを一晩水に浸して食べているけど、発芽する時にたくさんの霊力が出て来るから、霊体にはとても良いんや。これもババから学んだんや。
疲労を感じた時は、一日の最後の瞑想を終えたのち、水に浸してやわらかくしたピーナッツかアーモンドを数粒食べると良いでしょう。身体が涼しくなり、力が湧いてきます。DVJp78
ポニョ:今回はたくさんのスワミの食べ物に関するメッセージを発信させてもらったけれど、とても重要な話ばかりやったぜよ。
ヨシオ:霊性修行をするにあたり、食事は霊的な自信をつける意味でとても重要な役割をしてるんや。だって、肉食をすると心に動物の波動が混じって瞑想をしても心をコントロールするのが難しい。
ポニョ:大元の神さんである食事についてのアドバイスを真剣に心に刻み、それを実行して行くことが大切やぜよ。
あなたは身体のためや身体のための食物であるコーヒータイム、朝食、昼食、お茶の時間、夕食にどれほどの時間を費やしているのですか?
5 回もの食事の時間を身体のために費やしているのですか?
いつかは捨て去らなくてはならない身体のために。
しかしあなたの本質であるアートマだけがあなたに真の祝福をもたらし、あなたに平安と幸せをもたらすことができます。
アートマだけが、あなたにそれをもたらすことができ、肉体では、それを与えることはできません。
しかし、あなたはそのために一度も(霊 性修行に座る)時間を取らなかったのですね?
それなのに私の恩寵が欲しいのですか?
どうしてあなたに恩寵を授けることができるでしょう?
いいですか、人々は私の恩寵を欲してはいても、私の指示には従わないのです。
魂の食事は身体の食事よりも大切です。
〜スワミの指示に従わないのであれば、あなたのアートマは飢えるでしょう。
あなたは自分の身体への食事を優先し、魂についてはまったく重視しませんでした。
それでどうして私があなたを助けられますか?
私の助けがほしいなら、私があなたに告げたことを行わなければなりません。
それをあなたの最優先事項にすべきです。ラニマーへのインタビュー
ポニョ:おいらが、ババの教えを知り始めて菜食になろうとしたんやけど、周りの人たちから動物を殺して食べたらいかんと言うけれど、植物も痛みとか分かるんやで。動物だけではなくて、それやったら野菜も食べたらあかんやんか。と言われたんやけど、そう言えばそうかなと思うだけで、ババがその事についてどう言っておられるか知らなかったので反論出来なかったんや。
実際のところ植物も動物と同じような生を持っています。
しかし動物が持っているような心や神経系統というものは持っていません。
動物は、彼らが殺されるとき泣き叫びます。
植物にはそういうことはありません。
動物を殺すことと、植物を刈り取ることを同様に見るのは間違った考えです。
付け加えて言えば、動物を殺してその肉を食べるとその動物の性質や振る舞いが、人の中に入り込み浸透していくのです。
その結果、動物的な性質つまり、牛や羊のような鈍生の性質を身につけてしまうのです。
それ故肉食は止めなければなりません。
食物が人の心の性質を左右するのです。
心は思いを導き、思いは行為の結果を引き出します。
行為は、それに見合った結果や影響を引き出します。
我々の摂る食物と我々の行為の結果との連鎖は、肉食が、獣的な行為と悪い影響を人に与えるということに繋がることを教えています。SSALp, 132
ヨシオ:でも、子供の時から俺たちはカロリーがどれくらい入っているからとか、肉を摂らないと元気が出ないとか、筋肉が付かないとかいろいろと間違った情報ばかり頭に入れられて洗脳されて来たよな。
ポニョ:WHO自体が、裏社会の連中のコントロール下にあるし、地球の人口を合法的に減らす目的で作られた組織やから、言っていることと逆の事をすれば丁度ええんやぜよ。
ヨシオ:ワクチンにしてもひどいよな。それに食べ物の中にどれくらい霊力があってそれがどういうふうにすれば、壊さずに人の霊力に取り入れることが出来るかなんて、誰も教えてくれなかったから、スワミの教えは本当に有難いよな。
今日人々は手に入れるものを全て食べ、何処で手に入れたものでも食べ、その結果健康を害します。
食べ物は健康の維持の為に主要な役割を果たします。
摂取する食べ物が過度の脂肪分を含まないように注意しなさい。
多量の脂肪は健康に害を及ぼすのみならず、心の健康にも有害です。
肉とアルコール飲料は健康に重税を課し、多くの病気の原因となります。
この世界には多数の生命体が存在しています。
それらの生命体は840万種に分類されます。
そのうちの839万9999種は、未調理の食物を食べる傾向にあります。
それらの生命体は、自然なままの、自然界で入手できる食物を食べ、完全な健康を享受しています。
しかし、もちろん、気候の変化や、自分では制御しきれない要因のために、これらの生命体も病気にかかることはあります。
とはいえ、最も多くの問題にさらされているのは人間だけです。
人間に関しては、かなりの数の病気が増えています。
その理由は、人間が神の創造物である食物、自然の状態で手に入る食物を食べることを好まないからです。
人間は味蕾(みらい)〔舌の粘膜にある無数の味覚器官〕の餌食になっています。
人間はそのまま利用できるものを何でも自分の味覚に合わせて変えてしまい、その中に含まれている生命の精を殺しています。
今、人間は食物の中に存在する生気を与える力を完全に破壊しているせいで、増え続ける病に身をさらしているのです。
もし食物を自然のままの状態で食べようと努めれば、決して増加する病に身をさらされることはないでしょう。8/10/83
ポニョ:食べ物の中に含まれている霊力だけではなくて、神にそれを捧げたり、食前のお祈りやヴェーダを唱えることによって食べ物が聖化されるって知らなかったよな。
神に捧げられた食物は、微妙な形で人に害を及ぼす邪悪な波動を、打ち消す作用があります。
飢えた人に施され、食された食べ物にも、同様の恩恵があります。
食物は人間の感情や思いに微妙な影響を与えるため、あなた方は常に食物への警戒を怠ってはなりません。SSSVol10p38
家庭の祭壇で執り行うプージャ、ヴェーダ、バジャンは環境を浄化する波動を生み出し、あなたが摂取する食物を聖化させます。SIP p217
人は、身体を維持するために、何らかのものを食べなければなりません。
時々、あなたは悪夢を見たり、瞑想中に悪いものを見たりすることがあります。
これは、清らかでない食物をとった結果です。
あなたは調理をする前に、食材が神聖な手段によって得られたものかどうかを調べなければなりません。
そうであるときに初めて、食物は食べるのに適したものとなるのです。
食事を食べる前に、神聖なマントラを唱えなさい。
そうすれば、あなたのハートには、神聖でないものが入ることはありません。23/11/02
ヨシオ:しかも、俺たちが何気無く普段たくさん食べているものの中に健康に良くないものがあるって言われているな。
インド人は料理の風味付けにタマリンドを大量に使用します。
しかし、タマリンドは健康に良くないのです。
このようにして現代人は、神経衰弱や高血圧の餌食となっています。
精神の不安定や緊張、心配が高血圧の原因です。
今日の世界で見られる混沌、混乱、動乱や激変は、病んだ健康状態から引き起こされるのです。SSIB1993p91
ポニョ:ババが食べ物の事を話された中で一番面白かったのは、おいら達が普段知り得ない犬の行動や。
ガリカー(白い草)でヴィナーヤカを礼拝しなさい。
ヴィナーヤカに供えた草を食べれば消化不良から解放されるでしょう。
ペットに犬を飼っている人たちはこのことをよく知っています。
犬を草むらに放すと、犬は白い草を探して食べます。
このわけは何でしょう?
白い草は犬の消化器官に役立つのです。
このことから、ヴィナーヤカに捧げられた供物はすべてのものの健康を保証することがわかります。10/9/02
ヨシオ:あと、俺が興味深く聞いた話は、米ばかりを食べるとブドウ糖が増えるので小麦も食べやなあかんという話やったな。
この国(インド)の南部では米が多く食されています。
それは南インドの人の習慣です。
米を食べれば食べるほど、ブドウ糖の含有量も増えていきます。
そのため、南部の医師たちは、米の代わりに小麦を食べるよう忠告します。
南部の人は小麦を食べ慣れていないため、小麦をたくさん食べる気にはなりません。
北部の人は一般に小麦を食べる傾向にあります。
しかし、小麦を食べ慣れているという事実が北部の人を糖尿病と無縁にさせているわけではありません。
北部の人はどのような食餌制限をすべきでしょうか?
北部の人は米を食べるべきです。そうすれば、食べる量が少なくなり、糖の含有量も下がります。中心になる考えは、食べ物の量を制限すべし、ということです。
過食は精神の混乱をもたらします。
限られた量の食事は喜びと幸福を授けます。
食事と個人的習慣は、本当に長寿を授けることができるのです。
おそらく、あなたの持っている制御する力を超えた一定の状況があなたに苦悩をもたらすかもしれませんが、それ以外は、病気にかかる原因は何一つありません。8/10/83
ポニョ:心臓が一回鼓動をする度に血液が19300kmも旅をするっていう話も驚いたぜよ。
食物をとりすぎると肥満になり、その結果、心臓には血液を送る際に大きな負担がかかります。血液は心臓の一鼓動ごとに体内を12,000マイル〔約19、300km〕流れます。
肥満が進むと血液の循環が妨げられ、その結果、心臓の機能も阻害されます。
したがって、人は自分の食習慣を管理すべきです。10/9/02
ヨシオ:ポニョは俺から見ると食べ過ぎやな。食べ方もめちゃ早いし。大体、茶碗の飯を箸で取ってから口に入れるまでの速さが俺の三倍ぐらいの速さや。
ポニョそんなに速いかな。
ヨシオ:速い速い。今度スピードガンで測ったるわ。多分、世界記録保持者になれるやろな。それに口に入れてから噛む回数がめちゃ少ないやんか。俺の方が三倍ぐらい多く噛んでいるで。だから胃に負担が来て消化不良になるし、食べ過ぎて肥えて来るんや。
食べすぎは、神経を弱め、高血圧を招くと述べています。
人は、食べすぎにより興奮しやすくなります。SS11/93
人は過食気味で、精神の混乱につながる種類の食べ物を摂取する傾向にあります。
人が食べる食べ物には、限度が設けられるべきです。
もし限度を超えるなら、必ず苦しむことになります。
体を守り保護するためには食べ物が必要です。
しかし、こうした食べ物でさえ、体の維持に必要とされる特質に基づいて摂取するべきです。
もし限度を超えるなら、あなたの状態、あなたの体に、不調が起こります。8/10/83
肉体には食べ物が必要だということは疑いようもありません。
しかし、人生は食べ物だけのためにあるのではありません。
この真実を忘れて、人間は食べ物と物質的快楽のために不正義な道を歩んでいます。
肉体は五大元素でできており、一時的なものです。心は単なる思いと欲望の束です。私たちは身体と心に過度に執着するべきではありません。至福を体験するために努力すべきです。28/8/04
食前のお祈りです。
http://www.sathyasai.org/devotion/prayers/brahmarp.mp3
ポニョ:食物がこんなに人の霊的な発展に必要な事やなんて知らなんだな。ババは本当に細かいところまで指示を出しておられるな。不正な手段で手に入れたもので生活していると奇病になるって話も面白かったな。
不正な手段で手に入れた金銭で暮らすと、ある程度の病気の原因となり、また世の中にこれまであまり知られていない奇病になります。
このような諺があります。心は食物しだい。思いは心しだい。行為は思い次第。健康は行為次第。というではありませんか。21/1/94
ヨシオ:そういう事って神さんしか言えないことやもんな。神さんが俺達と同じ人の姿を取ってこの地球に降臨され教えを説かれている。俺たちが先ずしなければならない事は、その神の化身が一体どんな教えをされているかを謙虚になって耳を傾け、そしてその教え通り生きることなんや。その神さんは、このように食べ物についてもたくさんの事を指示されている。命令と言ってもええ程や。それを一つひとつ理解してそれに従って毎日の生活を送って行けば、必ず神さんは祝福して下さるんや。
ポニョ:その神さんの教えを自分で適当に歪曲して、自分を甘やかしていると後々、それが自分に返ってきて病気になるかもしれない。
人々は、自らの無節制や無知が引き起こした病の責任をすべて神に負わせます。
しかし、自分が受ける苦難において責められるべきは、自分自身です。
苦難はもっぱら無知によって引き起こされます。
身体的な病と身体的な苦痛を例に取れば、大部分の病気は、過食、もしくは間違った食習慣の結果と言えます。5/4/62
今日、人々がかかっている病気の多くは、不正な手段によって得られたものを食していたり、性格に問題がある料理人の悪い精神的波動によって、汚染されたものを食べる事が原因になっているということです。SSIBp113
ヨシオ:その時に後悔してももう遅いんや。以前、紹介させてもらったサイカレッジの留学生やけど、日本に着いて何処のレストランに入っても食べれるものが無かったと言ってたな。
ポニョ:そら、無理無理。おいらが外で食べれるものといえば、白飯だけや。出汁は全てカツオ節や鳥、豚出汁やし、たとえ肉が入っていないものを見つけても、出汁が問題や。日本で外食をして生活しようとしてもめちゃ難しいで。コンビニの弁当でも食べれるもんなんて無いよな。おにぎりぐらいやな。人は適当に妥協して食べている人もいるけれど、ババから見たらぺけやろな。
ヨシオ:インドから輸入した菜食レトルトカレーパックも安く手に入るけど、ババから見たらこれも新鮮さに欠けるから、霊力なんてとっくに消え去ってしまっているんやろな。入っているのは肉体を保持するカロリーだけや。だから俺は、その中にキヌアを入れて食べるんや。
ポニョ:それはええ考えやな。今度トライしてみよかな。
ヨシオ:今回は食べ物の話しをシリーズでさせてもらったけど、このブログで一番俺たちが発信したかったメッセージは、人が肉食をするために罪なき動物たちを殺し、その殺された動物たちが人になって生まれ変わって来ているということやな。
ポニョ:それが、このブログで発信したかった主要なメッセージやな。それをもう一度今回、発信したいと思っています。
ヨシオ:牛や羊や豚などがその生の途中で人に食されるために、その動物たちの霊体は充分に発達しきれずに人の身体を取るから、人として分別のある行為が出来ない社会に迷惑ばかりかけるお邪魔虫人間として生まれ変わるんや。
ポニョ:それが、今世界に自己中人間が腐るほど、闊歩している根本原因なんや。
ヨシオ:それらは全て、人が罪なき生き物を殺して食しているのが原因や。すぐに肉食をやめよう。
ポニョ:動物実験もやめようぜ。牛乳を搾乳するために雌牛を閉じ込めて運動もさせず乳がかれた途端に殺してしまう恐ろしい世界。
ヨシオ:しかも、乳の出を良くしたり、肉牛が大きく育つために飼料に牛の脳みそまで入れる気狂い文明。
ポニョ:遺伝子組換え作物も飼料に混ぜ、肉を食べたり、ミルクを飲んだ人が不妊になるように仕組んでいる悪魔の世界。
ヨシオ:これらに目をつぶり、今の世界を楽しんでいる自己中人間たちの終わりがやって来る。
ポニョ:物質主義文明の終焉が近づいている。
ヨシオ:それと、同時に明るい光に満ち溢れたゴールデンエイジの足音がすぐそこまで聞こえて来ている。
ポニョ:もうちょっとの辛抱やで。今まさに屠殺場に連れて行かれようとしている牛君豚君、鶏君。我慢してや。
そろそろ地球の大掃除が、始まるで。
千年至福の時代の為の大掃除や。
今苦しんでいる、人や魚や、豚君や、牛君や、ニワトリさん。もうちょっとの辛抱やで。
君たちの苦しみおじさんはよ〜く分かってるで。
君たちの痛みは、このおじさんも感じてるで。
君たちの悔しさも、骨身にしみて毎日のように、おじさんの魂を揺り動かしているんやで。
君たちの苦しみのこと考えたら、ほんまにやりけん、涙を堪えて祈ってる。
ごめんやで。ホンマにごめんやで。
おじさんと、おんなじ人間が、こんなに地球をグチャグチャにしてごめんやで。
許してや。
おじさんが、人間の代表やったら、千回いや、何万回生まれ変わっても罪を償いきれへんのを知ってる。
口も聞かれへんで、ただ涙だけ流して屠殺場へ送られて行く君たち。
家族や仲間から切り離されて、人の胃袋に放り込まれる為だけの命と違うやんな。
人間に言うたれ、俺ら豚はなあ〜、お前らに食われるためにこの地球に生を受けたんと違うぞ。って。
人間に言うぞ〜。俺らニワトリはなあ〜、唐揚げにされる為に、この地球に生を受けたんと違うぞ。
俺たちの肉食べたら、あんたら間抜けになるねんで。しゃーから、お願いやから食べんとってな
そやそや、その調子で言うたれ。
人間に言うぞ〜。俺ら魚はなあ〜。
刺身になりたくないねん。活き造りやめてーな。
生きたまま、お腹裂かんとってや。切腹やないで。
あんたらの死体も飾り付けて、熊か虎に食べてもらったらどんな気するねん。
小エビ君や白魚君がどうしても言いたいことあるねんて。
あの~。踊り食いだけやめてくれる?
あの~。誤解してはるかもしれへんけど、あれ僕ら踊ってるのんと違うねんで〜。
痛くてのたうち回ってるねんで〜。
そうや、俺たち、ドジョウも生きたまま食われるねんで。
胃酸の海の中で、自分の身体が溶けて行くって地獄やで。
暴れまくらなあかんぐらい痛いねんで。
そんなんの為に、俺ら生まれたんと違うねんで〜。ええ加減にして欲しいわ。
もっと言うたれ。牛さん。あんたが、一番大きい声で言うたれ。
人間よ。ええ加減にせえよ。わしらの事バカにするな。
どんだけ苦しい思いしてるか知っとんのんけ。
わしらは、物とちゃうぞ。生きてるんやで。
ワシらにガキもおるし、家族もおる。
人間と同んなじ心もある。
さみしい気持ちも、嬉しい気持ちもあるねん。
人間と変わらんのやで。
たまに落ち込む時もあるで。
わしら、もう お前らに食われたくないのや。
あんたら、わしら動物よりひどい生きもんやな。
天罰下るぞ。天誅や。
わしら、何もしゃべられへんと思ってるんやろうけど、殺される前にお前の瞳をじっと見てるねんで。
じっと見て、わしを食べた奴、承知せんって言うとるんや。
もう食べてんとってくれや。
そんなんの為に生れたんやない。
わしらは、プラスティックで包装されてショッピングセンターに並んでると思ってんねんやったら
そこへ行く前のわしらを見てから、ワシの肉買うてんか。
そこで、そこの屠殺場で、ワシらの怨念のうめき声聞かしたるわ。
それ聞いても、まだ買うと言うねんやったら、
てめえは、人間やってる資格はないぜ。
皆んなよう言うてくれた。ここで特別にこの子等にちょっと喋らしたってな。
あの〜。私たち猿やネズミ、モルモットは動物実験に使われるんです。
頭や身体の毛を剃られて電極を付けられたり流されたり、なんか訳の分からん薬も飲まされるんです。それで、どれくらい飲んだらガンになるかとか死んでしまうとか調べられるんです。
私たちまるで死刑囚なんですよ。
それも、何にも悪い事してへんのに。
人間はそんなに薬を欲しかったら、神様が昔から薬草とか鉱物とかいろいろ与えてくれてるのに何で私たちをこんな目に合わしてまで薬を作らなあかんのん。
それも、全部金儲けのためやって聞いたんですが…ひどい…。
おじさんは、あんたらもっと言いたいことあるのん知ってる。
でもな、もう少しで、もうちょっとであのアホな人間どもの住んでる世界がひっくり返る。
あいつら、君らの事ただの物扱い、商品扱いして来たやろ。
あいつら、君らを金儲けに利用してきたやろ。
そんな世界は、もう終わりや。
バイバイや。
あの高層ビルの眺めのええオフィスの部屋で、ふっくらした椅子に座って電話一本であんたらの命、弄んできた連中、莫大な金をその後ろで動かしてきた連中、世界を陰で操ってマスゴミ使って嘘ばっかりこいてきた連中、全部終わりや。
新しい世の中になったら、君たちの子孫は君たちの事を悲しむだろう。嘆くだろう。
何という酷い時代に、自分たちの両親や祖父母が生きていたんだろうと。
おじさんは、知っている。
このような、ひどい、とっても地獄のようなひどい時代はもう終わりだってことを。
君たちのような酷い扱いを受けた時代は、君たちで最後だと。
安心して逝くがよい。
おいらの、兄弟たちよ。
本当に悪かったな。ごめんよ。
許してな。恨まんとってな。
すべての人、すべての生き物は愛の具現です。
あらゆる鳥や動物や昆虫は、人間と同じように幸せを手に入れたいと望んでいます。
それらも人間同様に幸せを味わうのです。
2/4/2203
ポニョ:世界には、多くの悲惨な出来事が起こり、子供達もたくさん犠牲になっているぜよ。
ヨシオ:普通、低いレベルの霊が人の身体を取る時、生まれた時から飢餓線上のようなところや、戦時下に生まれて、長く生きれない状況下で死んで行く。でも、自分たちと同じ人類がそのような苦しみを受けているのは、見るに堪えない。
ポニョ:それは神様から見ても同じことぜよ。牛も、豚も、鳥も、魚も、そして人も神様からみたら同じ一つの命。
ヨシオ:人が、自分たちの兄弟であるべき他の生き物に苦しみを与えているのを、神が放って置かれるわけはない。
ポニョ:人は、自分で蒔いた種を刈り取る時がやって来たのだ。
すべての生き物に優しくするのは、人間にとってとても大切です。
物事を正しく見極めて、優しさを深め暮らしに活かす道を探らねばなりません。
すべての生き物に優しくすると言うのは、苦しんでいる人や生き物の面倒を見て、助けようとすることです。
他の生き物の痛みや苦しみを和らげるために、力を尽くして下さい。
優しさという言葉を何度唱えても、それだけでは何にも役立ちません。
優しさを身をもって示し、人生の一部とするのです。優しい心は神と同じだと信じて下さい。
SSIBc27
神の信者になろうとしている者は、肉食、アルコール、喫煙をやめなければならない。SS12/1994p315
今日、どうして人口の増加が起こっているかといえば、それは人々の行為のせいである。
人々の小さな胃袋を満たす為に、神は世界に沢山の食料となる物を創造しました。
大量の米、大量の小麦、大量の果物のような良い食料を神が与えているのにもかかわらず、人々は肉や魚などを摂っています。
そしてそれらの人によって殺され食された魚(や動物たち)が,人として生まれ変わってくるのです。SSIB1977p182
真の信者になろうと思うならば、肉食を完全に止めなければならない。
人は動物を殺しながら、どうして自らをサイやラーマやクリシュナの信者だと言えよう?そのような人は悪魔である。
そのような人は、神の恩寵を決して受けることは出来ないであろう。
誰であろうと、その人がインド人だろうが外国人だろうが、サイババの命に従わなければなりません。今すぐ肉食を止めなさい。SSN春95p33
動物を殺すのは罪です。
しかしあなたは、動物を殺すのは自分ではなく,肉屋だと主張するかもしれません。
それは正しくありません。
というのもあなたが肉を食するからこそ、動物が殺されるのです。
もしあなたたちが皆、肉食を止めたならば、誰が動物たちを屠殺場へと連れて行くでしょうか?それゆえ罪を犯している者は、動物たちを屠殺しているものだけではなく食している者も含まれるのです。
このように我々は正しい食生活をしていない為に人間的な価値を失い、獣的な性格を身につけて来ているのです。SSN春95p,16
今日、自分をサイの帰依者であると思おうと思うまいと、だれもが肉食をやめるべきです。
なぜでしょう?
肉食はもっぱら動物的性質を増長させます。
何を食するかによって何を考えるかが決まるのです。
さまざまな動物の肉を食べることで、その動物の性質が吸収されます。
人間と同じく五大元素でできている動物を食べることは、いかに罪深いことでしょう!
動物を食べることは、人に悪魔的性癖をもたせ、その上、動物への残虐行為という罪をも犯します。
ですから、真に神の帰依者になろうと努める者は、非菜食の食べ物をやめなければなりません。自分たちをサイの帰依者であるとかラーマの帰依者であるとか言いながら、鳥や肉を食べて肥えている人たちがいます。
それでどうして真の帰依者であると見なされるでしょう?
それでどうして神がそのような人を帰依者として受け入れることができるでしょうか?
ですからインド人であっても無くても、そうした肉食をやめるべきです。 23/11/94
ポニョ:以前ジャナカ王が馬に乗ろうとした時に、神を悟ったという話が頭に引っかかっているんやけど。
ヨシオ:ああその話か。もっと詳しく言うと、ジャナカ王は国中にアートマの知識を説いてくれる人を求む、というおふれを出したんやけど、誰も尻込みして出来なかったんや。というのも、ジャナカ王はその知識を直ぐに欲しかったので、すぐにこの知識を私に伝えられなかったら、二度と私の前に姿を現してはならぬ。という条件が付いていたからなんや。
ポニョ:そんな条件が付いていたら誰でも尻込みするよな。
ヨシオ:ところが身体が醜く曲がった、アシュターヴァクラという少年がジャナカ王の国にやって来たんや。そして、来る途中でいろんな学者から王様の要求に答えられずにみんなが困っているという話を聞き、自分だったら答えられるよ。と言って王様の下にやって来たんや。そし王に、私はまだ子供ですが私はあなたの師となりあなたが私の弟子となりますが、それで良いですか?と聞くと王は勿論です。と答え、あなたになんでも望むものを差し上げましょうと言ったら、少年は、あなたの心だけを下さい、と言ったんや。そして、二人で森に行き少年は王にこの道の真ん中に座るように指示した。そして、自分は森の奥まで行きそこで座った。警護の兵や大臣たちは王が何をされているのか見に来ると、何と道の真ん中に座っておられたので、一緒に国に帰るように話しかけましたが、王は目を閉じたまま一言も応えなかったんや。困った大臣たちはお妃様を連れて来て、王に帰るように説得を試みたのですが、やはり王は座ったままやったんや。そのうち兵が少年を見つけて連れて来たんや。そして今までお妃様も含めてみんなが話しかけても王は返事をしなかったのに、少年が話しかけると返事をしたんや。少年は王様に、どうしてみんなが話しかけているのに無視したのか聞くと、王は、自分の心を師であるあなたに捧げたので、あなたのお許しがなければ誰かに話しかけたり、心を動かしたり出来ないのです。思いと言葉と行為は全て心と繋がっていますから、と答えたんや。それを聞いて少年は、あなたは既に神を悟る境地に達しています、と言って王に馬に乗るように命じたんや。王は鐙に足をかけ、鞍に腰掛けるためにもう一方の足を反対側の鐙に足をかけたその瞬間にアートマの悟りを得たんや。
ポニョ:感動的な話やぜよ。胸にぐっと来たぜよ。自分というエゴを無くし、心も行為も言葉も思いも全て神に捧げたら、このような境地に達することが出来るんやな。兵士や大臣やお妃様は世俗の関わりを現しているんやろな。でも、そうしたものに少しも振り向きもせず、師である少年のいう事だけを聞いて神を悟ったんやな。
ヨシオ:王様が、身体の不自由な少年を師と仰ぐこと自体、プライドを捨てないかんから難しい事なのに、その上、思いや行為など全てをその少年に捧げる事が出来るって、並大抵の王ジャナカと。
ポニョ:博多弁やな。あっ、そのシャレは、おいらがこの前言ったやつと同じやんか。二番煎じでした。
ヨシオ:暑い時に人はうちわで扇いで、風を起こすやろ。同じ風でも大きな台風が来たら、トラックさえひっくり返すほどの力を持っているやろ。また、家に灯りがいる時にスイッチを入れたら電気がつくやろ。でも、朝になって太陽が昇ってくると、太陽の光で部屋の中も外も全てをまぶしい光で満たしてしまうから、それと比べると電気の明かりなんて弱々しいものや。それと一緒で、神さんのパワーは人と比べると限りなく強力なんや。その神様の限りなく凄まじい強力な力を、どのようにして人間が得ることが出来るのか、それは今、ジャナカ王がやったように、神様に全てを捧げなければならないんや。
ポニョ:神への帰依の力は神の凄まじい力でさえ、人の中に取り入れることが出来るというわけやな。
ヨシオ:例えば海の水を手のひらにすくってみる。海の水と比べるとほんの僅かの量の水しか手の中にないけど、でもその水を海に戻すと大海原の一部になるやろ。
ポニョ:ババはそれと同じ例えを、風船の中の空気は風船が破裂すると大気と混じってしまうと言われたな。
ヨシオ:人はこの大宇宙と比べるとほんの小さな存在やけど、今の例のように、海の水や風船の中の空気が外の水や空気と混じって一つになると、果てしない力、どんな事でも出来る力を得ることが出来るんや。
ポニョ:神を悟るものが神自身となるということやな。
ヨシオ:自分は大海原の一部であって決して、その辺の泥水の水たまりではない。と気付かなければいけないんや。
ポニョ:おならの臭いメタンガスでもない。
ヨシオ:あのな。風船の空気がなんで突然、おならのメタンガスに変わるんや。ポニョは何を考えとるんや。
ポニョ:カリカリ来たらあかんぜよ。つまり、自分がこの五大元素で出来ている肉体ではなく、その中に宿っている神のまばゆい光そのものやと悟らなければならないんやな。
ヨシオ:神を常に思い、普段の生活の中で、どのようにすれば神に近づけるかを考えなければならない。
ポニョ:普段の生活の中でどのように神に近づけるかを考えるか…。人の中に神を見るかな。
ヨシオ:前にも言ったけど、失敗しても成功しても、良いことがあっても不幸があっても、褒められてもけなされても、それらをポニョのようにいつもニコニコして受け入れるんや。
ポニョ:おいらがニコニコしているのは、元々こんな顔なんや。でも、人にけなされたらめちゃ反発してしまうぜよ。
“例えば誰かがあなたの事を批判しているとしましょう。
あなたはそれも自分のためだと考えるべきです。
他の人が何をしようとも、それはすべて自分のためなのだと思いなさい。
すべての行為を、自分の人生を修復することを目的として行うようにしなさい。
人間性を失わないように気をつけなさい。
たとえ財産を失ったとしても、人間性という財産は失わないようにしなさい。
つねに笑顔で、至福に満ちながら、人生を送るようにしなさい。
とはいえ、不必要に笑うことも良いことではありません。
すべての行為を良い意図をもって行うようにしなさい。
良い行いをすれば、あなたの思いも良いものとなります。
心が良い思いで満たされれば、悪い思いはすべて消え去ります。
ですから、いつも良い思いだけをもつようにしなさい。
それは健康へと導いてくれます。すべての人“を愛するべきです。
すべての人を愛し、すべての人に奉仕しなさい。
この原則に従うなら、いつも健康でいられるでしょう。7/3/08”
ヨシオ:そら、けなされたら誰でも反発してしまうけど、そこを何とか思いとどまって、それを喜びの種とするんや。ババはけなされたら、人から自分の欠点を指摘してもらったと、有難く思いなさいと言っておられる。それに誰かが自分の事を批判したら、その人が自分のカルマを取ってくれてるんや、と言われたことがあるな。
“他の人が、あなたに敵意を抱いても、それを気にしてはいけません。
その人に対して友好的な態度をとりなさい。
また他の人から罵られても無視しなさい。
それは単にあなたの持っている罪を軽減するだけであり、あなたの罪をあなたを罵った人に置き替えることになるのです。
人が他の人を褒めるとき、褒めた人にその褒められた人の功徳が移転されるのです。
あなたへのお世辞ではなく,あなたに向けられた批判を友としなさい。8/95p206SS”
ポニョ:それはありがたい話やな。カルマを取ってくれてるんか。それやったら、人に批判されて、けなされるように頑張ろうか。
“人々があなたのもとにやってきて、あなたの中に元々存在しないものに対して批判しても、それはあなたとは全く関係無いことなのに、その人を嫌悪する必要は無いのです。
どうして、心に平安のない人に批判されることによって、あなたは自分の中の平安を手放すのですか?
このような間違いを犯すことによって、人は平安を失ってしまうのです。SSN1986p,35~36春”
ヨシオ:どうやって頑張るねん。それより、この世で経験する全ての事は理由があって存在するから、ポニョが嫌いな裏社会の連中がやっている事にも、ポニョはあまり感情的になって目くじらを立てないことやな。
ポニョ:目くじらではなく目イルカぐらいに、まけといたろか。
ヨシオ:目ダカぐらいにしといたり。あの連中、また悪いことを企んでるな。またこんな事をしよったな。しょうがない奴や。そんな事をしてたら、しっかりカルマが返ってくるで。そんだけ社会をめちゃくちゃにしてひっくり返したら、人々が覚醒するで。人々が神様を呼び求めるで。君たちも頑張ってね。ぐらいの気持ちで見てたらちょうどええんと違うか。
ポニョ:頑張ってね、はないやろ。人口を減らそうと貧しい国だけではなく、全ての国の子供達に不妊になるようにワクチンを投与しとるんやから。
ヨシオ:それも含めて全ての事は裏に理由があるんや。前から何度も言ってるけれど、大事なことは何を見ても聞いてもハッピーで受け止めるってことや。どうしても受け入れられないことやったら、神様に一体どうなっとるんや。と言ってその問題を投げ出してしまったらええんや。人は自分の心の世界に、小さな自分の身の回りの問題から社会や世界の大きな問題を取り込んでその中に抱え込むから、落ち込んだり腹立ったり悲しんだりするんや。この世界で何が起こっても、それはもう、この宇宙が創造される前に、神さんがご自分の心の中で描かれているストーリーが、一つまた一つと実現しているだけの話なんや。
ポニョ:つまり、神さんの想定済みの話なんや。星やんもこんな事をいつも言っていたな。この世界に起こる不都合や、僕達が受け入れ難い出来事であっても、神さんはそれが起こることをお許しになっているので、どうして僕たちが怒り、そして嘆き悲しまなくてはいけないんでしょうか?って。このブログを始めた頃、おいらは裏社会の連中がやっている事にいちいち反発して興奮して腹立っていたけれど、今は少しハッピーで受け入れることが出来るようになったぜよ。ワクチンとか食べ物とかに気をつけて生活したら、その他のことは聞き流すようにしているんやぜよ。
ヨシオ:ポニョは、とんがらしを食べ過ぎや。激性になってしまうで。そういうことを知ること自体は別に悪い事ではないけど、それを自分の心の中に取り込んでしまうと自分の問題となってしまうんや。自分の心の世界に、以前は無かった裏社会の連中が現れるようになって、それが自分の人生に影響を及ぼすんや。
“このカリの時代にあっては、すべてのことに反応・反響・反射が返ってきます。優しく甘美に話せば、同じことが返ってきます。無作法な態度で人に接すれば、無作法な態度で振る舞われることになります。”20/11/02
ポニョ:ババはこの世で経験する全ての事は反応、反響、反射やとおっしゃっている意味が分かって来たぜよ。この物質世界で体験する全ての事は、自分の心の世界において、自分の心の持ちようによって良くもなったり悪くもなったりするんやな。
“世界に蔓延しているあらゆる混乱や争いの原因は、人々の思いや考えです。だれかがあなたを批判したときに腹を立てたり、だれかがあなたを傷つけたときに仕返しを考えたりすることは、それらに対する正しい反応ではありません。あなたに良いことが起ころうとも悪いことが起ころうとも、起こることはすべて自分の行為の結果 であると考えなさい。それらを神の仕業だと考えてはなりません。23/11/94”
ヨシオ:この世界を、全て明るいショッキングピンクの色に変えるには、ペンキ屋さんに行ってショッキングピンクのペンキを買ってきて、世界中をその色に塗りたくる必要は無いんや。その代わり、メガネ屋さんに行ってショッキングピンクの色の付いたサングラスを買えばええんや。
ポニョ:どこにそんなショッキングピンクの色が付いたサングラスが売ってるんや。つまり自分の社会や世界の見方を変えろって言いたいんやろ。
ヨシオ:ジャナカ王が、身体が醜く曲がった少年にさえ帰依して、神を求めたのと同じように、俺たちもこの世で起こる全ての事は神の現れだと受け入れて、ハッピーに毎日を過ごさなければならない。この世の中に起こること全ての事は、実は、愛、愛、愛でしかないんや。人がそういう見方を受け入れれるようになった時に初めて、その人の前に神様が御自分を隠されていたカーテンを開けて人に姿を見せられるんや。
“神は宇宙の舞台監督であり、脚本家であり、俳優です。
神はあなたの姿をとって演じてさえいるのです。
神は批判する者であり、批判される者です。
神は泣く者であり、泣かせる者でもあるのです。
それらが神の本質ならば、一体誰が神について何か断言できるような事を言えるのでしょうか。23/11/87”
“あなたのことを誰が何と言おうとも、言わせておきなさい。
その人はあなたのことではなくその人自身を批判しているのだと考えなさい。
その人が何を言おうとも、それは空に消えます。
空に消える言葉に反応することが何になりますか?
ハートに届くのは愛だけです。1/5/08”
あなたが外で見るものは、反映と反響にほかなりません。
あなたが誰かを批判するとき、あるいは、ののしるとき、あなたは自分の悪い感情が相手に映っているのを見ているのです。
善も悪もあなたの中から生じるのであって、外にあるわけではないのです。11-8-2000”
ポニョ:昨日のジャナカ王の記事を読んで、神に帰依するってとても大切な事やなぁと思ったけど、心から神に帰依するとか、神を心から信じるというのは、どういうことを言うんやろな。
ヨシオ:俺たちが住んでいるこの世界は、創造主が創られた物や生き物と、目に見えないけれどそれを創造された創造主の二つがある。創造主は自分を自分が創造されたもの自体ではあるけれども、それらを使って人々から隠れておられる。もちろん、創造主は元々姿形を持たないんやけど、その無形で属性を持たない創造主を人が見つけやすいように、人が理解しやすいように、創造主を愛せるように、いろんな神様となってこの世界に来られている。でも、人って自分の周りにあるものに目が奪われたり執着したりしているので、自分が見ているものが実は創造主だと気が付かない。無形無相の創造主が姿が見える神様となって、聖者を通じたり、アヴァターとなってこの世界に来て、君たちは実は、私が愛で創造した世界にいるんだよ。全ては愛なんだよ。君たち自身も愛そのものなんだよ。だから、本当は私と君たちは寸分変わらないんだよ。その事に早く気付いてね。自分の本当の姿、実在を分かってね。君たちは私と同じ愛そのものであることを、早く気付いてね。と願っておられるんや。
ポニョ:でも、おいら達は、自分がこの肉体であると思っているから、その背後にあるアートマに気が付かない。
ヨシオ:だから、神様を心から信じるという意味は、周りにあるマーヤーで覆われているものの後ろにある、神様、創造主、アートマに向かう一筋の愛の流れの事なんや。
ポニョ:創造主は自分を自分で見るため、自分が愛そのもので、その愛を自分の愛を通して見るためにこの世界を創造されたから、全ては愛なんや。
ヨシオ:創造主は全てやから、一つであった自分が多数になっただけや。多数になっても全ては自分やから、自分が自分を愛するのは当たり前や。だから全てが愛になるんや。
ポニョ:そういうことか。だから神さんは愛そのものなんや。お互いを愛しなさい。全てを愛しなさいて言ってられるけど、実は全てが自分やから自分が自分を嫌いになるなよ。と言っておられるのが不二一元の教えなんや。えらい簡単やのに、不二一元なんて小難しい名前が付いているからなんで不二家に一元の客が来るねんと構えてしまうけど、おいらやったらそんな不二一元論という名前をやめて、全てはワタスだす論に変えるやろな。
ヨシオ:天才バガボンやないんやから、ワタスはないやろ。まあ、そっちの方が親しみがわくけどな。でも、神を信じるには、二つの段階があるんや。一つ目は神さんに花や食べ物など物質的なものを備える段階。これにはお金を寄付することも含まれているんや。でも、その花や食べ物、金は元々その人のものではないやろ。神さんのものや。だから、神さんのものを神さんに捧げるってことやから、全然自己犠牲が伴っていないやんか。
ポニョ:でも自分が使えたはずの金を我慢して使わずに寄付するってことは、少しは自己犠牲を伴っているんと違うんか。
稼いだお金は、人類の幸せの為に使いなさい。
自分の富を誇ってはなりません。
偉大さは、犠牲の中にしか存在しないのです。20/11/98
ヨシオ:でも、お金もこの世にある全てのものは神さんが創られたものやんか。そのお金も、神さんがその人に委託して持たせているだけで、この世にあるもの全ては本当は何も人に属するものなんて無いんや。つまり、神を信じるにはお金や物を備える段階と次の段階である心におられる神様を愛する段階があるって言っているんや。
実際には、あなたが手に入れた富の本当の持ち主は神です。
あなたが稼いだお金は、神から預かっているだけです。
神がその本当の持ち主です。
神を信頼して、あなたが持っているお金を使いなさい。
お金をもっと欲しいと思ったり、他の人の財を手に入れたいと思ってはいけません。1/1/04
ポニョ:そういう大きな神の視点から見たらよく分かるぜよ。でも、こんな話を聞いたことがある。ある小学生が、サイババスーパースペシャルホスピタルを建設するという話を聞き、自分も少しは役に立ちたいなと思い、洗濯物を洗濯屋さんに出さずに自分で洗ったりして、欲しいものを買わなかったりして、少しずつお金を貯め、遂に100ルピーも貯めることが出来たんや。そして、ババに手紙を書き、その封筒の中に100ルピー紙幣を入れてババに手渡したんや。ババはその手紙を何時ものようにその子の手紙も取られて、他のたくさんの受け取られた手紙と一緒に、ご自分の部屋に戻って行かれてドアを閉められたんや。普通は、ババがご自分の部屋に戻られてドアを閉められると、もうしばらくの間出て来られないので、みんなは立ち上がって、朝食に行くためにゾロゾロ歩き始めたんや。すると突然、すごい勢いでババの部屋の扉が開き、満面に笑みを浮かべたババが、ちょっとみんな、聞いて欲しい。私はこの手紙を今受け取ったばかりなんだけれど、こんな事が書いてある。今から私が読むから、聞くんだよ。と言って大きな声で読み始められたんや。その手紙にはこんな事が書いてあった。
親愛なるババ様。僕はババ様が、大きな病院を困っている人々の為に建てられるというニュースを聞きました。僕の家は貧しくてお金も余り無いのですが、毎日少しずつ洗濯代やお小遣いを貯めました。外国の金持ちの人が大金を寄付されたと聞きました。そのお金に比べると、僕が貯めたお金はほんの僅かの額しかありません。でもババ様が、病院の為にほんの少しの額ですが、この僕が貯めたお金を使って下さることをお願いします。
ポニョ:ババはこの手紙をどこに行くにも一緒に持って行かれ、事あるごとに人々に読んで聞かされたんや。
ヨシオ:ええ話やな。誰がどれだけの大金を寄付したかなんてどっちでもええんや。ババはその人がどれくらい自己犠牲を払ってその金を寄付したかを見られるんや。どんな霊性修行者でも三つの段階を通って神の元に歩んで行くんや。一つ目は、「神様、私はあなたを信じています。」という段階で、神様がいるって分かったらこんな気持ちを誰でも持つやろ。二つ目は「私はあなたの召使いです。」という段階で、神様の側にいつもいたいので、神様、私はあなたのものです。あなたに仕えます。奉仕します。という気持ちを持つんや。三つ目は、「神様は私でした。私と神様は一つでした。」という段階に進むんや。
ポニョ:この小学生は、既に二つ目の段階にいてるんやろな。この年齢にして既にもうこのような段階に達し、ババをこれだけ喜ばせることが出来る手紙を書けるって、すごいピュアなハートを持っているな。生まれながらにして聖者みたいな子供やぜよ。
ヨシオ:聖者でさえ、先づ第一段階である私はあなたの召使いです。から始めるのにな。
ポニョ:あんたも、最初にババに会った時にそう言ったんやろ。
ヨシオ:あれは、二回目のダルシャンやったな。ババがすぐ近くまで来られたので、ババの目を見ながら心の中でババに、大変遅くなりましたがこのヨシオ、やっとあなたの元に参りました。是非、この俺をあなた様の召使いとしてお使い下さい。お願い致します。と言ったんや。するとババは笑顔を浮かべて俺の目をじっと見てくれたんや。俺は感激して涙が出て来て何も見えなくなったんや。その時のババの笑顔を忘れることが出来ないな。嬉しかった。
ポニョ:一回目のダルシャンもスペシャルやったんやろ。ババがあんたに誰よりも先にダルシャングラウンドに入るように図られたんやったな。
ヨシオ:ババの思い出は口では言えないほどあるけど、こんな俺でも、とても愛して下さっていることが嬉しいな。神様と召使いの話やけど、昔、ヴィディヤーラニヤという聖者がいて、いつも「私はあなたの召使いです」と言っていたんや。ある時、神さんがヴィディヤーラニヤの夢に現れて、「私はあなたの召使いです」という言葉から「召使いです」という言葉を取り除かれたんや。すると、「私はあなた」しか残らなくなったんや。神さんは、ヴィディヤーラニヤに、お前は長い間「私はあなたの召使いです」と唱えて来た。そして、少しずつ私に近づいて来て、私にとってかけがいのない者となった。これからは「私はあなた」ソーハム、つまり、「私は神である」と唱えるが良い。お前と私は一つなのだから。と言われたんや。
“生まれたばかりの赤ん坊は泣き声を上げますが、成長した大人は微笑みながらこの世を去るべきです。
どうして赤ん坊が泣くのか知っていますか。
赤ん坊が泣くのは、これから待ち構えている長くて骨の折れる問題だらけの人生、という不幸が目の前に横たわっているからです。
人は誰もが何度も何度も生まれ変わります。
だから赤ん坊は泣くのです。人生は「私は誰か。{コーハム}」という質問で始まり、一生が終わる前に「私は神である。{ソーハム}」という答えを見つけなければなりません。STPSp249”
“今日誰も原子のプロセスを体験するための正しい探求を行っていません。
人々は物質的な見解にしたがって生活しています。
肉体はその中にソーハム(呼吸)がある限り尊重されます。
「ソーハム」はプラナヴァ(AUM)の音に他なりません。
それは原子に含まれているエネルギーです。
このエネルギーは神を起源としています。
誰もそれを創ることは出来ません。
この真理はカーナーダによって広められました。
原子の力を理解することは非常に困難です。
神は原子の形をしています。
全世界は原子が顕現したものであり、空間と音は原子の表現です。
ですから原子の原理を無視してはなりません。
原子には偉大な力が備わっています。
科学者たちは、昔からこの原理に関する実験を続けて来ました。
原子が最初の状態に戻るには2200億年という時間が掛かります。
原子の背後にある神秘を人間が解明できないのはむしろ不思議なことです。
地球は地軸を中心として自転しており、太陽の周りを公転しています。
これらの現象は誰が引き起こしているのでしょう?
誰もこれを説明することができません。
地球が地軸を中心に自転しているために昼と夜があります。
また、地球が太陽の周囲を公転しているために、四季があり、我々の肉体を維持するのに必要な食物が得られるのです。
このような全てのことを引き起こしているのは神の意志です。
それは世界に恩恵を与えるための神の全体計画です。
今に到るまで、誰も原子の力を完全に理解した人はいません。
人々は原子には生命がないと考えています。
それは誤った考えです。
全宇宙をつなぎ止めている生命力が、原子の中にも存在しています。
だからこそ「神は大宇宙の中にも小宇宙の中にも存在している」と言われるのです。
人間は宇宙の神秘を理解する努力をしなければなりません”24/7/02
ポニョ:神さんの召使いになるって、自分が持っているエゴを少なくしていかないと無理な話やなぁと思ったぜよ。当たり前やけどそれって難しいよな。
ヨシオ:あの聖者のように私はあなたの召使いです。とマントラのように毎日言い続けていたら、だんだん自分が謙虚になっていってそうなるんやろな。
ポニョ:でも、ジャナカ王のように大きな王国を支配し、金も富も財産も名誉も持っている人が身体が醜く曲がった見知らぬ少年を自分の師と仰ぎ、その少年の指示に一語一句従えるなんて世間の人から見たら常軌を逸しているような話やな。
ヨシオ:世間というのは、神様が想念の力で創造されたキャンパスに描かれた絵のようなものやって、何度も言っているけれど、その絵の中でいくら高い地位にいても、金を腐る程持っていても、それはまさしく、その言葉通り絵に書かれた餅なんや。いつかは消えてしまうし、死んだら銀行に何億円も貯金があっても一銭だってあの世に持って行くことが出来ない。死ねば自分のものと思っていたものが全て、あぶくのように消え去ってしまうんや。それを悟っているものだけが、この世に身を置いていてもジャナカ王の様な態度を取ることが出来るんや。
ポニョ:つまり、この世間は幻のようなものであるって悟っている人は、世間の人からみたら常軌を外したような行為を取るんやな。
ヨシオ:でも、神さんから見たらそっちの方がまともなんや。
ポニョ:そういや、マトリックスという映画の中で主人公が赤と緑の丸薬のどっちを選ぶと聞かれていたな。一つはこの世は真と思い続ける事が出来、もう一つは、実はこの世は裏で操作されて創られた幻の世界だと分かる丸薬やったんや。この世界は、なんかそれと似ているよな。
ヨシオ:丸薬でこの世界のマーヤーの覆いが取れるんやったら苦労しないけどな。昔、覚醒作用のある薬を使ってどんな人でも、その人の魂を半分身体から遊離させて、そういう神秘体験をさしていたグルやニューエイジの人達がいたよな。
ポニョ:今でも、インドではハッシッシを使ったりして瞑想をする修行者は掃いて捨てるほどいてるぜよ。
ヨシオ:ババはそういう薬物を使って瞑想をして神秘体験をしても長続きせず、一時的な効果しかないし、それによってかえって霊性修行が遅れてしまうし、本当の霊性修行とは言えない。と言っておられる。
ポニョ:そらそうやろな。だってちょっとぐらい幽体離脱のような体験をして、霊界を垣間見て帰ってきても、それが自分のエゴを膨らませるだけで返って害になるもんな。
ヨシオ:人は、足を組み結跏趺坐をしながら目を閉じて、静かに座って瞑想をするけれど、瞑想って八つの段階の霊性修業の上の方にあるから、誰でも静かに座って目をつぶれば出来るようなものではないんや。
ポニョ:確か神の事を思い、神を体験するのが瞑想やなんて言ってたよな。
ヨシオ:サイの帰依者がたくさん俺の家にやって来たんやけど、いつも決まったように俺にどんな瞑想をしているんだ?と聞いて来るんや。俺は、人によってレベルが違うし、自分の霊的な体験を余り人には話さないようにしてるんやけど、その時は、俺が信じていることをその人に説明したら、ババがその夜、俺の夢にやって来て昼間した瞑想についての説明はとても良いと言われたな。
ポニョ:確かに、ババは瞑想は人に教えれるものではない。その人が目をつぶって座っていても心の中で何を考えているか分からないから。と言われたことがあるよな。
ヨシオ:一般的には、瞑想って何かに意識を集中して、究極の存在に達する事のように思われているけれど、俺は、瞑想って神さんだけを思う、しかも集中的に思うことやと自分の体験から信じているんや。でも、神に対する信仰心が無ければそれは実現できないんや。
すべてを超えて神を愛することを瞑想と言っていいでしょう。
世間で言う瞑想とは、何か物に意識を集中して、それによって究極の存在に達することを言います。
瞑想への正しい近づき方だとは言えません。
瞑想の本来の意味は、ただ神だけを思うことです。
だから瞑想と信じる心は、同じものなのです。SGc8
ポニョ:おいらの知っている人は、いろいろなグルについて瞑想を学び、様々な瞑想のテクニックを知っているんや。でも、その人は神さんを信じていなかったな。一体なんの為に瞑想をしているねん。と聞くと超能力を得るためやと言っていたな。
ヨシオ:それは、全く本末転倒や。神を信じ、神を瞑想しなければ、無限の神の輝きに触れられずに、神の知識も得ることは出来ないんや。あの、悪鬼の王であったラヴァナでさえ、シヴァ神の信者やったんや。だから、あれだけの霊力を授かったんや。
ポニョ:悪鬼の王って今言ったけど、例のヒラニヤカシブも苦行をして北極星まで旅したり、地球の自転速度を変えたり、とんでもない程の霊力を持っていたんやもんな。
ヨシオ:彼は、自分はもう神と一緒やって思い込んでいたんや。
ポニョ:でも、本当は今言った二人は同一人物なんやろ。同じ霊やんか。
ヨシオ:そうやな。元々、天国に入ってくる人たちがそれに値するかどうか調べる天国のゲートの番人なんや。
ポニョ:それが、神様に自分も神の元に行きたいって頼んだら、神様は何千回も普通の人として生まれ変わってからが良いか、それとも神に殺されるけど、悪者になって少なく生まれ変わった方が良いかどっちにする?って聞かれたんやろ。それで、あなた様に殺されるのであれば嬉しいです。早くあなた様の元に行かせて下さい。と言って後者を選んだんや。
ヨシオ:今、この世界でポニョが嫌っていて、信じられないくらい悪さをしている連中も、裏を返せばそういうことを神様にお願いして、そういう悪さをする役割なんかもしれない。だから、ババはこの世界の誰をも、人は批判したり、嫌ったりする権利を持っていないと言われているんや。
ポニョ:全てはなるべくしてなっているという訳やな。Let it beや。このブログはもうそろそろ終わりやけれど、おいら自身、この一年間学んで来たことがたくさんあったな。いろんな嫌な事件や、ニュースを見ても、もうカリカリ来なくなったぜよ。
ヨシオ:大体、ニュースなんかを見るからカリカリ来るんや。たとえ見て知ってしまってもそれらを無視しないと、一旦それらを心に刻んでしまうと、それが自分の感情として現れて自分の性格や人格になってしまうんや。だから俺は、テレビを一切見ない。
ポニョ:マスコミって洗脳装置やもんな。嘘のニュースばっかり流している。
ヨシオ:さっきの瞑想の話に戻るけど、先ず、感覚器官をコントロールしないと瞑想をすることは難しいんや。それには、奉仕活動を通じて欲望の炎を消して行くのが一番や。欲望が無くなって行けば、感覚もコントロールし易くなって来る。逆に言えばそれは、正しく瞑想をするための修行の一つなんや。
ポニョ:ということは、奉仕活動をすることによって、感覚器官をコントロールし、欲望を抑えれて、瞑想がし易くなるんやな。考えたら当たり前やんかな。頭の中にいろんな欲望があれば、目をつぶって座っていて静かに座っていても、神様に集中出来るわけがないよな。
ヨシオ:こんな怖い話を聞いたことがある。ババがダルシャンを与えておられる時に、ある帰依者が目をつぶって瞑想をしていたんや。ババは別の帰依者の人に彼は次の生では、盲目になるって言われたんや。
ポニョ:目の前に大元の神さんがこの地上を歩き、ダルシャンを与えているのに、それを見ないで、目をつぶって瞑想をしていた事を後で、とても後悔するんやろな。それって、以前森の中でアシュラムを持っていた聖者がラーマがその森に来たのに挨拶に行かず、次の生で木になった話と似てるよな。
ヨシオ:人は、生きて肉体をの中にいると、肉体の波動に邪魔されて神の光が見えない。だから、間違った行為をするんや。だからさっきも言ったように奉仕活動を通じて欲望を減らし、心をきれいにしていかなければならないんや。またそういう事によって、人はだんだんと、その奉仕活動から何ら見返りを求めないような高貴な人になって行くことが出来るんや。人は、神様を拝みに寺院や神殿に行き、手を合わせて祈り、口でマントラやヴェーダを唱え、耳で法話や神の神聖な話を聞いて神様を崇めるけれど、それらは、その人のいろんな思いを鎮める効果はあるけれど、その人の心に神様が宿るようになれば、自然と心の思いや感覚を鎮めることが出来るようになるんや。
ポニョ:そのためにも、心の中にいる神様を強い決意を持って信仰することが大切なんやな。
皆さんの出来ることで一つ素晴らしい力を持ち、めざましい働きをなすものがあります。
それは、皆さんの心の中に私が永遠に住むようになることです。
心に私を住まわせば、他のどんな行いも、取るに足らない物に見えるでしょう。SGc8
ヨシオ:神さんってパーフェクトやろ。いつもハッピーで。その神さんと一緒になるには、出来るだけその神さんと同じ性質を持たなくては無理な話やんか。
ポニョ:神さんを疑ったり、いつも幸せでなかったり、自分自身が満足していなかったりしていたら、到底神様の足元にたどり着けないぜよ。
ヨシオ:それには、世間的な行為も内面に向かう行為も全て神に捧げ、最近の記事でも言ったように心の八つの花を神様に捧げるんや。そうすれば全ての行いに調和が出来、人生を神聖化出来るんや。
ポニョ:そのためには、まず神様に帰依することやな。神様を愛する事や。
思いのすべてに愛を込めてください。そうすれば自然に心に真理が現れます。
すべての行為に愛を込めてください。そうすればどんな行為にも自然に正義が現れます。
気持ちのすべてに愛を込めてください。そうなれば、限りない平安を味わえます。
理解のすべてに愛を込めてください。そうすれば誰をもにくむことも無く傷つけることも無いでしょう。
愛は心の平安を支えています。愛は真理の生まれるところです。愛は正義と非暴力のよりどころです。
だからババはいつも「愛は神であり、神は愛だ」と言っているのです。
帰依の道の教えで何より大切なのは愛を育み実践することです。
愛を実践すれば広く大きな心を持つことになるでしょう。
そうやって内にある偉大なものを磨いていくのです。SGc8
ヨシオ:その人が優れた人格の持ち主かどうか、その人が常に良い行為をする人かどうかは、その人がどれほど、真理に元ずいて生きているかによるんや。そしてその真理は神の愛そのものなんや。
ポニョ:ということは、その人が素晴らしい人格を持っていればいる程、良い行為をする人であればある程、その人はその人の行為を通じて神を体現しているってことやな。つまり、生き神様ってわけや。
愛が思いになれば、真理になります。
愛が行動になれば正義になります。
愛が気持ちになれば平安になります。
平安とは愛のことです。
愛を込めて理解すれば非暴力、不殺生です。
愛がすべての底に流れています。
愛を実践するのがダルマ。
愛を思うことが真実。
愛を感じることが平安。
愛を理解することが非暴力。SGc8
ポニョ:何度か前の記事で、聖者が「私は神の召使いだ」とマントラのように言い続けていると「召使いだ」を神様が取っていかれたので、「私は神だ」という部分しか残らなかったという記事が面白かったな。
ヨシオ:俺が、ババの帰依者になった頃、自分はババの召使いだと言い聞かせていて、どんな事をやっていても、それはババの召使いとしてババのためにやっているんだと、自分に言い聞かせていたんや。ある時、知り合いの人がたくさんの荷物を運ばなければならない事があったんやけど、それらは自分のものではないし、自分が運ばなくても良かったんやけど、その知り合いの人を神さんと思い、自分は召使いとみなして、その人の荷物を担いで何回か車に運んだんや。その時に、自分がこれだけ謙虚になれて、誰かに何かをしてあげたという気持ちも湧かず、自然に人を神様として見て、自分の身体を使って奉仕が出来るようになっている自分に驚いたな。
ポニョ:ババの奇跡の中で一番大きな奇跡は、人を変えるということやから、あんたが変わっていったて事もババの奇跡やったんやろな。あんたは元々めちゃガラが悪いし、顔も長くて口も悪く、態度もでかい人間が、なんでこんな霊的な道におるのんか誰も理解できないやろな。
ヨシオ:もしもし、俺の聞き間違いかもしれないけれど、なんか余計な言葉が途中に入っていませんでしたか?
ポニョ:いや、自然に心から出てきた言葉やから余計な言葉なんて無いと思うけど。
ヨシオ:今回は俺の耳が悪くなったことにしておいたげるわ。それで、その荷物を両手に持って運んでいる時に突然、なんていうかすごい至福感のようなものが、胸の奥底から湧いてきてめちゃ幸せな気分になったんや。涙が出てきたんやけど、両手は荷物を抱えているから、涙を拭けないし、そのまま涙で頬が濡れたまま歩いていたんや。そんな小さい奉仕、誰かの荷物を運ぶのを手伝う事だけなんやけど、それを通じて至福感を味わえた事にびっくりしたことがある。
ポニョ:神様の召使いになれば、至福感を味わえれるか。そう言われれば、いろんな奉仕活動をしている時に、自分が小さくなっていく様な気になるよな。エゴやプライドが無くなって行くような気がするぜよ。そういうふうにして、神様の方に人が向いて行くと、その人の人格も良くなって行くって訳なんやな。
人格は、霊性修行によって決定されます。
人の運命は幸運であれ不運であれ、人格によって決定されます。
よい行いを常に実践することによって、人格は磨き上げられます。
一方、行為の基盤となるものはその人の想念と意図です。
想念が心に浮かんだときそれが良い想念かどうか、社会に対し善であるか害であるかを調べなくてはなりません。
充分に吟味した上で行為しなさい。
自分の不運を他の人のせいにするべきではありません。
清らかな想念を持ちあらゆる行為を神への信仰を持って行う時、その人に神の恩恵が注がれます。
世間の肩書きや名声、財産や家族は、いずれもはかないものです。
生きている内に無くなってしまうかもしれません。
災難や不運な目に遭えば、肩書きも名声も財産も家族も無くなります。
もっと大事なことは、皆さんが死んでしまったら、そのすべての関わりは消えて無くなってしまうのです。
しかし良い人格、良い行い、アートマの知識、すぐれた徳性は皆さんを助けてくれます。
生きている間だけでは無く、この人生が終わった後も強い味方であり続け、皆さんが神に達し、一つになるのを助けてくれるのです。SGc9
人生の流れの中で、もし前に進みたいのであれば、悲しみと罪という押し寄せる波をかき分けなくてはならないのです。
子どもから大人まですべての人が、神の愛を獲得するために努力しなければなりません。
この神の愛のための苦闘は人間の人格を形作ります。
人格とは何を意味しているのでしょう?
それは背丈や体重、強靭な体を意味するのでしょうか?
いいえ、そう考えるのは間違っています。
悲しみと困難に妨げられることなく、人は勇気をもって前進し、神の愛を獲得するために困難に挑まなくてはなりません。
それが人格の本当の意味です。
事実、神はすべての人にこのような人格をすでに与えているのです。
不幸にも私たちはこの真実に気づかずにいます。28/8/04
ヨシオ:人は自分が肉体が体やと思っている限り、エゴ意識が付きまとうし、悲しみや苦しみも次から次にやって来る。でも、そのエゴ意識が小さくなって行くに連れて神様の神聖意識が入って来て、だんだん幸せな気持ちになって行くんや。
ハヌマーンは「私はラーマ様の僕だ」という一途な気持ちによって大きな悦びを味わっていました。
ただその気持ちはいつまで続くでしょう。
それは神の恵みを受け、神の近くにいるときだけです。
神と別れてしまったら大変苦しむことになるはずです。
「私は神」の段階になれば苦しみの問題は全く起こりません。
高度な段階になれば、いつも神と一つなのですから、神と別れたり苦しんだりすることはありません。
「神の僕」の段階では、神と僕が別れてしまう事もあるが「私は神」の段階では悦びが途切れることはありません。
二つに分かれることは決して無いからです。SGc9
ポニョ:以前椅子取りゲームの話をしたよな。心の中には一つしか椅子がなくて、その椅子に神様が座るか、それとも肉体が自分と思っているいうエゴが座るかっていう話やった。
ヨシオ:最初は、「私は神様の召使いです」から始まり、次にそこから「召使い」という言葉が抜けて「私は神様です」になり、最後に「神様」という語も抜けて「私」しか残らなくなるんや。
ポニョ:ということは、「私は私です」。つまり自分は本当の自分であるアートマ、創造主になるんやな。
ヨシオ:人は、今、いろんな物質的な、世俗的なことに巻き込まれていて、どっか違うところを向いてウロウロしているけれど、どんな人でも全て、今言ったプロセスを通って神へと続く道の方に歩み出すんや。
考えている内容と、ものの考え方によって心のあり方が決まります。考えている内容が物質的な世界や物に向いていると、富、財産の方に偏りがちになります。富や財産はこの物質世界を支えているからなのです。SGc9
私たちがそこにいて世の中を見る時のみ、世界は存在します。
我々が盲目であったり、気を失っていたりすれば私たちにとっては世界は存在しません。
私たちにとっては、世界は見えるとおりのものです。
世界は私たちが抱く観点のままの姿を取るのです。
例えば、私たちがすべては神だ、と思えば見えるものすべてが神となるのです。CWSSBJp111
物質的な世界では、すべてのものは儚いのです。
形あるものはみないつも変わっていきます。
そんなは儚いもので、神の姿を捕らえるなど出来るはずはありません。
神の移ろうことの無い清らかな姿を捕らえようと思うなら、清らかな心の内に捕らえるほか無いのです。
~五つの元素はいつも変化しています。
永遠の境地に達するためには、五つの元素をその変わりゆく姿を超えなければなりません。SGc22
ポニョ:「自分は実は自分だった」という道か。面白いよな神さんが作られた創造主による双六ゲームは。しかも、そのゲームを高いところからいつも俯瞰して、人がマーヤーに惑わされているのを見て、笑われているんやろ。人が悪いよな神様って。
ヨシオ:人が悪いってあんた、神さんは人じゃないで。それより、俯瞰(ふかん)なんて難しい言葉を使わんとってくれるか。それに、俯瞰って高いところから見るっていう意味やろ。それやったら高いところから俯瞰するって言ったら二重に同じことを言ってることになるやんか。
ポニョ:使い慣れん言葉を使うとこうなるぜよ。痴能程度がばれたぜよ。
ヨシオ:痴能の字が違ってるで。ああそれで合ってるんか?昔、シルディババが一人で、焚き火をしながら古い使われていないモスクの一室にいる時、独り言を言ったり、大きな声を出して怒鳴ったり、楽しそうに一人で笑われたりして、気狂いのように振舞われていたんや。人がどうしてそのように振舞われるんですかと聞くと、人が、自分を神だということを忘れてしまって愚かな行為をするので、面白くて笑ってしまうんだ。と言われたことがある。
ポニョ:でもそういう状況をおつくりになられたのは神さんやもんな。本当に神さんってゲームをして、いつもハッピーで毎日の一瞬一瞬を楽しんでおられるんやろな。
ヨシオ:この世界は神さんのプレイグランドなんや。今回も、わざとサマディになってこの世からいなくなられているけれど、それも大きなマスタープランの一つで、一時的にお隠れになっておられるだけで、人がババさんを忘れ去った頃にまた再び、「バアー!」と言って現れて人を驚かせるつもりなんや。ババが今までやって来られたことを振り返って見てみたら、そういうことをやられるってすぐに分かる。見え見えや。
ポニョ:いたずら好きのババやもんな。子供と一緒やな神様って。ほんまに。
ヨシオ:でも、いつ戻られるかは絶対に誰にも教えらないやろな。だって、そうしたらみんなはババが戻ってきても驚かないやろ。まあ俺たちは推測は出来るけど、定かじゃない。
ポニョ:ババが物陰に隠れて人をいつか人を驚かせようとしているけど、それをいつやられるかを人が分かってしまえば、驚かなくなるもんな。
ヨシオ:まあ俺たちは、ババが創造された宇宙規模の大きなゲームに踊らされている駒みたいなもんやから、その時々でババがやられるいろんな事を、幸せな気持ちで楽しんでいたらええんや。
ポニョ:だから、ババはいつも幸せでいなさいって言われているんやな。だって、どんな事がこの世界に起こっても、それは神さんが計画して作られたゲームの一場面やから。
ヨシオ:だから、この世で何も真剣になり、シリアスになってやる事なんて何にもないんや。何かに失敗したり、人に傷つけられて落ち込んだり、逆に欲しいものが手に入ったり、望みがかなったりしても有頂天になる必要も無いんや。世俗的な欲望を諦め、何が起こっても全てを受け入れる態度。何事も淡々と粛々と、神様に捧げるつもりで自分に課せられた義務をやり抜き、結果を期待しない。そういう態度を堅持して人生を歩んで行けば、決して悲しみに捉えられたり、落ち込んだりせず、幸せな人生を歩めるんや。
ポニョ:でも神さんは、全ての人々がそういう人生を歩んで行くことを望んでおられるんやろか。だって、世の中にそういう悟ったような人ばかりが住んでいたら、神様が化身としてこの世界に来られる理由が無くなるし、人の喜怒哀楽をゲームのように見て喜んでいる神さんの楽しみも無くなってしまうやろ。
ヨシオ:でも、そういう風にはならないように神さんはゲームをつくっておられるんや。この世界はピラミッドのように、だんだん進化して行くように出来ているやろ。だから、この人の世には早くから人に生まれ変わり、いろんな良いカルマを積んですでに神に近い魂を持って生活をしている人もいれば、たった今、動物から人に生まれ変わったばかりの動物や獣の性質をたくさん持っている人も、一緒に混在して住んでいるんや。だから、いつでも神さんが楽しめるような材料がこの世にたくさんあるようにわざと作ってあるんや。
ポニョ:その中にいて、一喜一憂しているのがおいら達なんやな。神さんから見たら、おいら達が一番面白くない駒やろな。神さんのゲームの手の内を知っているっていう意味で。もう神さんはおいら達を上がりにさせてゲーム盤からつまみ上げたいやろな。
ヨシオ:この双六ゲームのクライマックスである、ババの再降臨を、ネットでバラしてしまっているしな。俺たちがやっていることは神さんの創られた神聖劇の物語のネタバレや。
ポニョ:そういうことなんやろな。おいら達は神さんから見たら、ちょっと目触りな人間なんやろな。
ヨシオ:何遍も何遍も生まれ変わり過ぎて、神さんがもう君たちの顔は見飽きたぜ。って思われているんやろな。でも、最後に少しだけゴールデンエイジに向けて神様の栄光を広め、ポニョのように、頭を使って世の中に光を届ける仕事をしてから親父のところに帰ろか。
ポニョ:さっきの仕返しですか?巳年は執念深いって言うけれど本当やぜよ。おまけにあんたは蠍座やしな。ああ怖い。
人類の再建は、実に、世界の再建です。
人間がより良くなって、初めて社会は幸福になり得るのです。
政治的、経済的、社会的領域といった外的な進歩だけでは十分ではありません。
人の心が改心させられなければなりません。
これは食べ物を通してだけでは達成できません。
人類の問題は衣食住を確保することで解決できると論じる唯物論者たちは、原子爆弾が爆発したときに自らの運命に直面することとなりました。
人間は、物質と知性と霊性の進歩という三つの道筋のすべてを熱意をもって追求するときにのみ、完全性へと到ることができます。19/11/80
ゴールデンエイジになれば、世界中が調和で満たされどこかしこも愛であふれるでしょう。
今日、どこを見ても混乱、争い、騙しあい、悪徳,などのネガティブな状況が優位を占めているので、あなた達はそのようなすばらしい世界を想像出来ないでしょう。
しかし、最終的に変化はやってくるのです。
今日、種はまだ土の中にあり、それがゆっくりと芽を出すように、神の教えは世界中の人々の心に浸透し広まりつつあります。
間もなくこれらの種は成長をはじめ、たくさんの人々にその絶対真理の美が届き始め、明るく輝き始めることでしょう。
時間は少しかかるかもしれませんが、新しいゴールデンエイジはゆっくりとやってきているのです。
あなた達の中にある神聖さを輝かせ、ビーコンのひとつとなって世界に明かりを灯し、ゴールデンエイジを少しでも早くこの世界にもたらそうではありませんか。
今日、幾人かのすでに啓発された、神を悟ったステージに達している魂たちが、来たるべき新しい時代を導いていくことでしょう。P41 Sai Vandana
アヴァターの使命は人類の心に変容をもたらすことです。
皆さんは一つの事実に気づくことができなければなりません。
人類の世界規模の変容はすでに始まっています。
短期間のうちに、すべての人間社会が一体となり、次のヴェーダの祈りの中で尊ばれている理想に沿って、平安と一体性のうちに生きていることに気づくことでしょう。
共に生きよう、共に成長しよう。共に知性を育もう。互いに仲良く暮らそう。
私は、黄金時代はとても近いと断言します。
バーラタ(インド)、そして、全世界で、個人の対立、不和、同胞への憎しみは、過去の遺物となるでしょう。10/10/05
ポニョ:最近の記事で面白いなぁと思ったのは、ハヌマンも、偉大な聖者ラーマクリシュナ パラマハムサも、星やんもみんな神さんになるより、神の至福を味わうことが出来る、「私は神様の召使いである」という段階に留まっていたいと思っていることや。
ヨシオ:砂糖は砂糖の甘さを知ることは出来ないし、蟻のように砂糖を求めることもしない。人は、私は神様の召使いです。と思っている間は神様の持っている喜びを感じることが出来るし、それをもっともっと欲しいので、神様に泣きついてでもその神聖な甘さを体験したいと思うんや。
ポニョ:まさしく、星やんがそうやったな。蜜の味を知ったミツバチのようにババさんの事だけを思って毎日を毎時間の一瞬一瞬を過ごしていたよな。すごい信者やったな。
ヨシオ:まだ若かったのに、ババが命を取っていかれたな。素晴らしい信者が死んじゃった。
ポニョ:こんな不謹慎な言葉遊びはやめようぜ。
ヨシオ:不謹慎かな?世の人は、子供が生まれると喜んで祝う。死ぬと悲しんで弔う。でも、霊的な視点から見ると逆なんや。本当は人が死ねば、お祝いせないかんねん。
西洋の言葉では「命を失う」というが、インドでは「肉体を去る」という。
西洋では、人は肉体を持ち、肉体に魂が宿るというが、インドでは、人は魂であり、魂が一時肉体の衣をまとうという。
したがってインド人は、感覚の楽しみと世俗の栄光を追い求める文明や文化は砂上の楼閣であり、崩れ去る前の僅かな時間輝くだけのものと考えている。
死は嘆くべき出来事ではない。
それは旅の終わりであり、目的地についたとき、持ち主が車を降りるだけのことである。
一つの完成であり、少なくともそうなるべき幸福な結末なのだ。
ただし、皆が死をそのように賢明に捉え、そのために準備しているようであればの話だが。
悲劇を喜んで迎え、神聖な思いをよろいかぶととして、戦い抜きなさい。
劇は神が創作し、それぞれの役割は神の贈り物。
筋書きは神が書き、神がディレクターであり、衣装と飾りも神が与え、身振りと調子、入場と退場も神が決めます。
割り当てられた役割を見事に演じ、幕が下りる時神から褒められるようにしなさい。
技と熱意によって、より良い役を演じれる権利を勝ち取りなさい。
それが人生の意味であり、目的なのです。
世間に執着しすぎてはなりません。
人生における様々な出来事に巻き込まれてはなりません。
常に感情をコントロールしなさい。
逆巻く波は海の表面だけです。
深い海底は鎮まっています。
それと同様に、人は深く沈静するならば人生の波立ちと無関係でいられます。
識別心を働かせて、何がガラクタで何が宝物かを見付け出しなさい。SIP5-70
ヨシオ:俺は、生まれ変わる前の事を少し覚えているけれど、生まれ変わるのは絶対嫌やと言って神さんにごねたことがある。また肉体の中に入るってとても面倒くさい事なんや。でも神さんは、私も人の身体を取って仕事をするので来なさいと言われたんで、仕方なしにこの世界に来ることにしたんや。その時のフィーリングはとても強烈で、この世に生を受けた後もトラウマのように消えないな。めちゃ悲しかったで。この世に六十年以上生きてきているけど、あんなに悲しい思いをしたことは一回も無い。だから、生まれてからもこの世が嫌で嫌で仕方なかったんや。幼稚園に行っても、誰もそんな俺の気持ちを分かってくれる人はいないと思っていたし、誰とも親しくなりたくなかったので、いつも一人でいてることが多かったな。
ポニョ:そういう意味では、星やんも身体から離れて幸せやったやろな。今ではババとずっと一緒に入れるんやからな。
ヨシオ:人が死んで、まだこの世に支払い切れていないカルマが残っていたら、神さんに融合出来なくて、自分が創り上げた心の世界に行くけれど、その世界の中に、星やんやったら、星やんがイメージしているババがおられて一緒に過ごすことが出来るんや。だからめちゃハッピーと違うか。
ポニョ:その心の世界には自分の亡くなった両親やら知り合い、友達なんかもいるんやろ。それって良いよな。
ヨシオ:俺の叔父貴が、自分の妹が末期ガンになって、その痛みが苦しくて自殺したのを聞き、急いで妹の亡骸に対面するためにやって来たんや。その叔父と俺は一つ屋根の下に住んでいて、親父がいない俺の面倒を見てくれていたんや。でも、一度もガキの頃からその叔父貴が感情的になって涙を流した事を見た事が無かったんやけど、妹の亡骸に対面した途端に、周りにたくさんの弔問の人がいてるのに、大声で泣きながらこう言ったんや。「和子よ。おお和子よ。俺の愛する妹よ。こんな姿に変わり果ててしまった。もうこの世に未練はなくなったんか?あっちに行きたかったんか?あっちに行けば、俺たちの兄貴や両親がいてるもんな。お前が行けばちょうど四人になって麻雀が出来るやんけ。俺たちと一緒にいるよりそっちの方がええよな。」と言って泣き続けたんや。俺は、叔母が麻雀をやっているのを見たことは無いし、叔父の世界では人が死ねばみんな麻雀をやるんかなと思って、複雑な気持ちになって泣き崩れている叔父貴を見てたんや。
ポニョ:ババは、人には三人の自分がいる。一つは自分が肉体やと思い込んでいる自分。二つ目は他人の世界にいて、その他人の人が創り出している自分。そしてアートマである本当の自分。このババの話によれば、あんたの叔父さんの心の世界では、人が死ねばみんな麻雀をやっているんやろな。面白いなぁ。
ヨシオ:人はそれぞれこのように、自分の世界を創り上げているんや。ババは何を見ても、それは神さんだと思いなさい。と教えを説かれているやろ。それってとても大事なことなんや。だって、自分の創り上げた世界にいる全ての人や全てのものが神さんだと分かれば、自分の心の世界にいるものたち全てが神さんだらけになってしまって、違いは消え失せてしまうんや。
ポニョ:そう言えば、ババはこの世の算数では、三引く一は二になるけど、霊的な視点から見ると、答えは一になるって言われたことがあるな。
ヨシオ:そんな事を言っておられたな。鏡に映っている自分を見ている自分の話やったな。
ポニョ:そうそう、そこには、鏡と、それに写っている自分と、それを見ている自分の三つがあるけれど、鏡を取ってしまえば、そこには本当の自分しか残っていない、という例えを使ってこの世のカラクリをうまく説明されていたぜよ。
ヨシオ:この世の全てが神さんだと分かれば、もう生まれ変わらなくてもええんや。だって、死んで身体を離れて自分の世界に行っても、そこに見えるものは全てが神さんだらけなんや。叔父貴の場合はみんな麻雀している人だらけやけどな。インタビュールームでババにこんな事を聞いた人がいてる。ババ様、人が死ねばどうなるんですか?霊界か何処かに行くんですか?って。ババはその質問した人に自分で自分を指差してごらんと言われたんや。そして、その人がそうすると、人が死ねば、お前が自分の肉体を指差しているように、また肉体を取って生まれ変わってくる。と言われたんや。
ポニョ:面白いな。また肉体の中に入って生まれてくるんや。自分たちは生まれ変わりのエキスパートなんやな。
ヨシオ:俺は神様を探し求めて若い頃、いろんな霊的な本を読んだり、あっちこっちの霊的なグループや宗教組織に出入りしたことがあるけど、ババはあまり霊界の話をされないやろ。それは霊界ってその人が創り上げた世界で、それにこだわっていたら、いつまで経っても神の方に行けないんや。それよりも、自分が神御自身になれる近道を教えてくれているから、死んだ後の世界のことなんて知らなくてもええんや。
ポニョ:おいらも、一歩一歩霊的な道を登ってきて、やっとババに巡り会えたな。霊界通信とか、霊界物語とか、スエーデンボルグの本はめちゃ高かったけど無理して全部買って読んだぜよ。
ヨシオ:最初の話に戻るけど、自分が神の召使いだと思っている間は、神さんの仕事をしている時や、一緒にいてる時にはとてもハッピーなんやけど、一旦離れてしまうと、神さんを求めて悲しくなってしまう。でも、帰依者はその段階を乗り越えてもうひとつ上の段階へ登らなければならないんや。
ハヌマーンは「私はラーマ様の僕だ」という一途な気持ちによって大きな悦びを味わっていました。
ただその気持ちはいつまで続くでしょう?
それは神の恵みを受け、神の近くにいるときだけです。
神と別れてしまったら大変苦しむことになるはずです。
「私は神」の段階になれば苦しみの問題は全く起こりません。
高度な段階になれば、いつも神と一つなのですから、神と別れたり苦しんだりすることはありません。
「神の僕」の段階では、神と僕が別れてしまう事もあるが「私は神」の段階では悦びが途切れることはありません。
二つに分かれることは決して無いからです。SGc9
ポニョ:以前、ヴィジャヤ クマーリさんの話をした時に、ババが長い間ヴィジャヤさんを無視されていたよな。それで、ヴィジャヤさんはババを心から思い焦がれる詩を書かれて、それをババの前で泣きながら読まれた話が感動的やったぜよ。
ヨシオ:でも、その時のババのリアクションが興味深かったな。ババは、ずっと首を垂れながらその感動的な詩を聞かれていて、その場にいた人も全て胸を打たれて泣いているのに、ババは一言、君はこのような詩を書くんですか?と意外にもクールな感じで聞かれたな。
ポニョ:ババはそのような詩を期待されていなかったようやったな。
ヨシオ:ババがそのようなレベルに達した帰依者に期待されているのは、自分が愛そのものである神様だと気付いて欲しいんや。いつまで経っても子供のレベルに留まって、愛である神さんを求めて泣くのではなく、自分の人生を神聖化させ、自らの心の内におられる神さんを、神さんの愛を自分自身の生において、自分の生き様が神のメッセージとなるように神を顕現させて欲しいんや。
信仰の目的とは、自らのハートにおわす神を認識する事、そしてその神の光と力をあなたの身体を通じて顕現さすことです。
これが成し遂げられたなら、この世の全てのものに対して投げかけられている神の愛があなたのハートの中から溢れ出てくることでしょう。
そうなれば、あなたの目はあらゆるものの中に神を見、あなたの手は万人のために良いことだけをするために使われ、そしてその結果、あなた自身が神の化身そのものとなり、至福に満ち、永遠の法悦を味わうことでしょう。
この状態にあっては、帰依者と神との違いは消え失せてしまいます。
常に神を憶念し、神に全託することによって帰依者は神自身となります。
それゆえ、あなたが常に神を思うなら、あなたは神の似姿となるのです。
その時、永遠の歓喜と平安を味わうのは他でもなく、あなた自身なのです。PD42
ポニョ:つまり、一人ひとりが愛に満ちた神様のようになって欲しいって事やろ。人は光の子になるんやというか、光そのものになるんや。それって、難しいよな。誰でもなれるってもんやないから。
残念なことに、今日、あなたは数々の欲望のせいで、このような至福の神聖な性質を失っています。
もしこうした欲望を切り離すことができれば、あなたはつねに至福に満たされているでしょう。
たとえば、ここに白い布があります。
白さがこの布の本質です。
しかし、いつも使っていることにより、この布は汚れます。
同じように、あなたの心ハートもつねに純粋で、明るく、至福に満ちています。
しかし、心は欲望によって汚れます。
ですから、愛を培い、心をつねに純粋にしておきなさい。
そうすれば、あなたは人生のいかなる瞬間においても至福に満たされるでしょう。
しかし、あなたは、至福の内なる本質を忘れてしまい、つねに、悩みと不幸に浸っています。14/1/05
ヨシオ:その段階に至るまでに、人は神さんを恋い焦がれなければならないんや。星やんみたいに。神さんへの愛情を持っていなくて、いきなり神さんのようになれるなんて無理なんや。
ポニョ:おいらは昔から落語や、舞台もんが好きで見に行っていたけど、役者がお殿様の衣装を着て舞台に上がってお殿様のふりをしても、またその衣装を舞台裏で脱げば、お殿様からただの役者に戻るだけやもんな。
ポニョ:甘露の海に少し膝ぐらいまで浸っても、まだ神さんはこんなに甘くて優しいですよって、人に伝えることは出来るけど、浸りすぎて、口まで浸かったらもう話すことが出来なくなるもんな。お兄さん。幸せそうやね。どうしたの。何か言いたいんですか?口から泡吹いて癲癇ですか?ブクブク言うだけで、なにを言ってるかわからんぜよ。
ヨシオ:そんな霊的な段階にまで昇った人が、また俺たちのような人のレベルにまで降りて来れるのは、創造主である神の化身だけや。この世にいる聖者やグルはまだそこまで達していないので、人々に教えを垂れることが出来るんや。俺たちは神様に続く線路の途中の駅で下車して、みんなにこっちに来いよと言っているだけなんや。
ポニョ:お腹空いたから、駅弁買うで。ちょっと途中下車しよかと言っているようなもんやな。
ヨシオ:また胃袋を膨らます話か。ちょっと食べることを忘れられへんのか?
ポニョ:ババはマイライフ イズ マイ メッセージって言っておられるやろ。それと一緒や。
ヨシオ:どこが一緒やねん。
ポニョ:イーティング イズ マイ メッセージや。
ヨシオ:……。
ポニョ:おいら達のようにブログを立ち上げて、ピーチクパーチクうるさく世間を騒がしているおしゃべりさんは、まだまだ神への道は程遠いところにいるって証拠やもんな。おいらも、早く美味しい駅弁食べて無口な人になりたいな。
ヨシオ:なりたいなと思っている間はなれないんや。そういうものは自然になるんや。それに、どこの駅で菜食駅弁なんか売ってるんや。ポニョは、どっちでもええから早くなんか食べて来いや。お腹空いてるのんが丸分かりや。
話すことを少なくすればするほど、あなたの心の力は強くなります。
心の力が強くなるにつれて、識別心も強くなります。
その結果、あなたは個人的な(狭い)識別力を捨て、(すべてを網羅する)根本的識別力を頼りとするようになります。
それに伴い、あなたは自分個人の安寧よりも世界全体の善を考えるようになります。
あなた方学生は、若いうちからそのような広い感情を培わねばなりません。24/5/92
最初は、神は姿を持つものとして認識されます。次に、神のその御姿が至る所見られるようになります。それから神を無形のものとして認識することが出来るようになります。というのも、すべての形は永遠のものではないからです。
CWSSBJp113
お前の身体ではなく心を私の近くに持ってきなさい。ハエや蚊は私の身体の近くにいつもいるが、それらはモクシャに達せれるかね?p278ANDI
私はあなた方に告げます。神から逃げることは出来ない、と。
一切の生物は長い途を行くか、短い途を行くかの違いはあっても、いつの日か必ず神に到達せねばならないのです。
ヴィジャヤダサミの日1953
神を忘れるのは人間です。
神は決して信者から離れていることはありません。
信者が神から離れているだけです。
あなたは神があなたから離れていると思っています。
しかし全くそうではありません。
あなたは神を忘れ、神があなたを忘れたと宣言していますが、実はあなた自身の感情があなたに反映されているだけなのです。14/1/96
ポニョ:三十年ほど前に、ゴルフ好きの知り合いにマウイ島のカパルアベイに行こうと誘われたことがあるんや。おいらは、ゴルフは素振りぐらいしかし出来ないんやけど、一緒について行ったんや。
ヨシオ:そのホテルは取り壊しになってもう無いやろ。でも、ポニョとゴルフはイメージが合わないな。
ポニョ:みんながゴルフをしている間に、パイナップル畑に行って、一生分のパイナップルを食べたぜよ。でも、良かったことはマウイ島で日本の有名なジャズトランペット奏者の日野 皓正と知り合いになって、意気投合したんや。二人で人生についていろいろ話したんやけど、とても落ち着いた人で、なんかもう悟っている感じの人やなって思ったんや。それで色々聞くと、人生の指針というものを持っておられて、それを教えてくれたんや。
ヨシオ:十代の時に大阪駅前で坊さんの足を車で轢いて、謙虚になったって話は以前聞いたけど、ジャズトランペット奏者と話をして、教えを垂れてもらったなんて話は知らなかったな。
ポニョ:日野 皓正さんは、おいらに紙切れを一枚出して来て、自分が信じている座右の銘を丁寧に書いてくれたんや。それは、京都でお寺巡りをしている時に、竜安寺のつくばいにあったのをコピーしたって言ってたな。
ヨシオ:つくばいってなんやねん。ポニョは物知りやな。ところでその座右の銘ってなんやったんや?
ポニョ:日野 皓正さんは、最初に大きな円を描き、そしてその真ん中に四角を描いたんや。
ヨシオ:なんや、それって昔の銭みたいやな。和同開珎ってあったやろ。
ポニョ:そうやねん。おいらもそう思っていたら、その四角の上に五という字を書き、右には唯の右側部分、そして下には足の口が無い部分、最後に左には矢という字を書いたんや。そして、それらの字は全て、真ん中の口という字を共通に持っていて、それらの字をまとめて「吾、唯、足るを知る」と読むんやと言ってられたな。
ヨシオ:それって、自分は満足してるって意味なんやろ。
ポニョ:日野 皓正さんは、人間って、この世俗の欲望ばかりを追い求めても結局は虚しくなるばかりで、この世間でいろんな誘惑があっても、そこそこにしておかないといけない。一定程度追求すればそれで諦めて満足しなければいけない、って言っておられたな。でないときりがないって。
ヨシオ:本当にその通りやもんな。前にも言ったけど、この物質的な世の中にあるものは全てが一時的なもので、永遠な物って無いんや。しかも、いつかは幻のように消えて行ってしまう。ある程度、世俗的なものを追求したらそれに満足し、最後まで追い求めず諦めれば、良い人生が歩めるんや。この世の中で、最後まで諦めずに追求せなあかんことは、神さんだけ、自分が誰かを知ることだけなんや。
ポニョ:おいらは、日本だけではなく世界的に有名なミュージシャンの口から、我唯足るを知る、という言葉を聞いて、とことんこの世の中の事を突き詰めてトップランナーになったら、こんな風な気持ちになるんかなって思ったぜよ。
ヨシオ:俺は、バスケットボールをやっていたから、そっちの方から例を出すけど、マイケルジョーダンの属していたシカゴブルズというチャンピオンチームは、いつも試合前になればチーム全員で瞑想をやるんや。そして心を落ち着かせてから、試合に臨むって言ってたな。また、レイカーズのジャバーっていう選手も、趣味は日本刀の収集で、試合が終われば、いつも家で日本刀を長い間集中して見て瞑想状態になるって言ってたな。そういう心の豊かさを求める有名人ってたくさんいるで。最近もこのブログで紹介したラップミュージシャンのプリンスEAも、フェイスブックなどでメッセージを発信しているけれど、涙が出そうなくらい、愛について素晴らしい事を言ってるな。
ポニョ:あの人はまだ24歳やで。若いのに偉いよな。前世は多分ヨギかなんかやったんやろな。何れにしても、一定程度この世の中で名を成した人たちは、この世の虚しさを感じて精神世界の方へ歩み出すんやろな。
ヨシオ:我唯るを知るか。今日はええ事を聞いたな。俺も日野 皓正さんが描かれたように、円に収まるようにその言葉を書いて財布に入れとくわ。確かに欲望に天井を設けるって大切やもんな。特に俺のように昔からすぐにカッとなる人にはちょうどええ言葉や。
ポニョ:欲望を節する事と、怒ることって関係あるんか?
ヨシオ:有りも有り、大有りや。怒りの元は欲望なんやで。欲望の元は思いやしな。だって、自分が何かを欲しいとかしたいとか、有名になりたいとか、失敗したくないとか、ええ点を取りたい、有名校やええ会社に行きたいって全て欲望やろ。それらを実現させようと一生懸命努力しているの突然誰かに邪魔されたり、夢を破壊されたりしたら怒りの気持ちが湧いてくるやろ。一番端的に理解出来るのが、普段親しくしている友達に金を借りようとか、世話になろうとか思っていても、断られた時や。その友達に対して怒りの気持ちが湧いてくるやろ。
ポニョ:おいらにピンと来ないけどな。誰かに邪魔されて、失敗したり、物が手に入れられなかったり、学校や会社に入るテストが不合格になったりしても、それはそれで、神さんが意図したことやと思ってすぐに諦めるな。別にそれを妨害した人に対して腹が立ったりしないな。友達に金を借りに行って断られて会社が倒産したり、家族が路頭に迷うことになっても、その友達に、お時間取らせてすみませんって言って帰るだけや。さっと受け入れて家財を差し押さえられたら、家族を連れてどっかの田舎の土地を借りて自給自足の生活をするだけや。おいらが怒りの感情が湧いて来る時は、裏社会の連中が世界をぐちゃぐちゃにしてたり、罪もない子供に不妊になるワクチンを射ったり、毒を食わしたり飲ましたり、動物たちが人に食されるために殺されたり、動物実験の犠牲になったりするのを見聞きした時やな。ところでなんでそれが欲望なんや?
ヨシオ:ポニョは元々とても良いキャラしてるからな。普通の人とだいぶん違うな。ポニョが怒るのも欲望のせいなんや。だって世界はこうあるべきやとか、動物と正しく人は付き合うべきや、と思うポジティブな欲望があるからや。でも、そういう欲望って大切やもんな。世界を良くしていく月光仮面や。悪を退治し、正義の世を作る、その名も月光仮面やもんな。
ポニョ:ちょっと古すぎるでそのギャグは。おいらは正義の味方かどうかは知らんけど、確かにそういう世の中を正したいという思いはあるな。それが欲望やって言われればそうかもしれないなって思うけど。
ヨシオ:ポニョのようにもう霊的な法則を知っていれば、全ての事を受け入れて諦めることが出来るけど、普通の人は難しい。一般的に言って怒りの原因は欲望なんや。だから、日野 皓正さんが座右の銘にしている我唯足るを知る、という言葉はとても大切なんや。それに、悪魔のような裏社会の連中のやっていることはとてもひどくて、到底受け入れることができないけれど、でも俺たちがやらないといけないことは、全てを愛する事なんや。それが神さんから与えられているこの生でやらなくてはならない宿題なんや。世界中の人や生き物を愛していますが裏社会の連中には早く死んで欲しい、この世から消えて欲しいと思うのは、神さんの教えに反しているやろ。
“残念なことに、今日の人間はダーナヴァ(悪魔)のごとき生活を送っています。
人間は頭のてっぺんからつま先まで、悪魔のようになっています。
それでどのようにして幸せを得ることができるでしょうか?
心を清め、その中に至福を体験し、あなたの幸せをあなたのまわりの人と分かち合いなさい。
時として、怒り、貪欲、嫉妬というような悪い性質があなたを打ち負かそうとするかもしれません。
それらは過ぎていく雲のようなものです。
それらに流されてはいけません。
あなたのハートから生じる純粋なる永遠の意識をしっかりとつかんでいなさい。16/3/03”
ポニョ:その事は理解出来るけど、でもさっき言ったワクチンやら、動物が殺されていることやらも受け入れなさいってことか?
ヨシオ:今まで何度も言っているけれど、今世界で起きている正義、ダルマに反する行為や出来事は、神様がこの世界を創造する前から頭の中で描かれているマスタープランに元ずいて一つひとつ俺たちの目の前に展開しているんや。だから、それらを見たり聞いたりして、どうしても受け入れられない時は、神様に丸投げしたら良いんや。この三界の世を創造された神さんが、俺たちから見たらひどい裏社会の連中がやっている悪業をお許しになられているんやから、下っ端の俺たちが、なんでそれらを見て聞いて、悲しんだり怒ったりせなあかんねん。
“実際、私の愛を理解していない人々は、なぜ私が悪事を働く人々を保護するのか不思議に思っています。もし私が罪びとを受け入れず、罪びとを変容させないなら、いったい誰がそれを行うというのですか? ND”
ポニョ:到底受け入れ難い出来事も、悪魔のような裏社会の連中も全て何かの理由や、目的があってこの渾然としたカオスの世界においら達と一緒に住んでいるんやな。全てを受け入れるって本当に難しいよな。おいらが、このブログを立ち上げようという気になった一つの理由は、去年、友達に赤ちゃんが出来、お祝いに夫婦で行った時に、赤ちゃんに大豆から作った粉ミルクを飲ましているのを見たからやねん。おいらはその粉ミルクに使っている大豆は遺伝子組み換え作物やとすぐに分かったので、いろいろ説明したんやけど、受け入れてもらえなかったんや。その人たちはサイの帰依者で菜食やし、もちろん酒やビールも飲まないんやけど、脳みそを破壊するアスパルテームが入っているダイエットコークを飲んでいるんや。それらを見て、おいらはブログで裏社会の人口削減の陰謀を暴露せなあかんという気になったんや。
平安の秘密は外界にあるのではなく、各人の内にあります。
全宇宙には神が浸透していることを実感認識せねばなりません。
今日世界は争いばかりです。
人間と悪魔を区別することが出来ません。
動物から進化した人間は、神性に向かって前進するどころか、動物に逆戻りしています。
人間の主要な義務は真理、ダルマ、平安、信愛という人間の価値を掲げることです。16/8/96
ヨシオ:俺たちは、世間に裏社会の連中がやっている悪さを暴露して、警告するだけで充分なんや。人がそれを知って、自分たちを守るためにワクチンの注射や経口薬を飲まないとか、遺伝子組換え食品を食べないとかは、その人が決めればええんや。それはその人の問題や。別にその人を説得する必要もないんや。もちろん、俺たちの言っていることを信用せず、子供達に引き続き毒を食わせているのを、はたで見ているのは辛いけど、それは俺たちの問題では無いんや。それは、両親や、そういう両親を選んで生まれて来た子供の問題や。
あなたの義務は、人にそういうことをすると、このようになるよ。と、知らせるだけでよいのです。
説得する必要はありません。
又、求職の為に誰かに頼んだりすると、本来人として持っている善という品位を落とすことになります。
それゆえ人に頼んだり頼まれたりすることは、人間としての性分を恥ずかしめることなのです。SSSvol3p79
ポニョ:その若夫婦も同じ事を言っていたな。百歩譲ってポニョさんが言ったことが正しかったとして、将来この子が不妊になっても、それはこの子のカルマやって。それに、この世界を動乱に陥れようとして、裏社会の連中が暗躍しているんやったら平行世界に逃げたら終わりやなんて言ってたな。
ヨシオ:完全に頭がプーやな。どこからそんな情報を仕入れてくるんやろうか?今、霊言とか言って亡くなった有名な人の遺言とかを伝えている人がいるけれど、おかしいよな。俺も、いろいろな道を通ってここまで来たけれど、そういう霊言集でいいなと思ったのは、シルバーバーチやったな。高倉健のような有名人の名を語らせる霊媒は嘘や。それとなんで、子供のカルマになるんや。親である自分たちがそういう情報を得たんやったら、子供を守らないといけないやろ。それに、三界の世界に人のように肉体をとってウロウロしている世界は、この地球でしか無いんやってババが何度も言っておられるやないか。大元の神さんがこの世に人の姿を取られて来られ、教えを説いておられる。俺たちがまずしなければならないことは、どんな教えを説いておられるかを謙虚にしっかり学ぶことや。もちろん、今まで平行世界の話、異次元移動の話を信じていても、一度それらの知識をリセットして、ババが仰っていることだけを受け入れなくてはいけないんや。そうして始めて、その人は自分をババの帰依者って呼ぶことが出来るんや。でも、その人を帰依者かどうかはババが決められるんやけどな。自分では決められない。
ポニョ:今では、その若夫婦の家に行くと、毒の入った飲み物や食べ物を子供が手にしているのを見るのが辛いので足が遠のいているけれど、ババに彼らの幸せを祈っているんや。それぐらいしか自分たちには出来ないやろ。このブログを立ち上げることも言ってあるので少し読んでくれて、気が変わってくれたら嬉しいな。
生命は宇宙に満ちあふれています。
創造には終わりがないのです。
この宇宙で人間のような生命やそれに似たような生命体はないのです。
転生は宇宙の他の星に生ずることはありません。
すべての生命は、人として生まれ変わるのを望んでいます。
というのも、人として生まれ変われたものだけが生死の輪廻の鎖から抜け出ることが出来、神を完全に体現出来る、という二つのことを実現できる機会を持っているからです。
それはこの地球だけで起こりえることなのです。
他の星や、言葉に出来ないくらいこの広い宇宙のどこにもそのような機会は存在していないのです。
ですからこの地球に人として生まれるという事は、とてもユニークなのです。CWSSB
ポニョ:以前に欲望が怒りの元なんて記事を出したよな。でも、欲望を制限するなんてとても難しいぜよ。
ヨシオ:人はこの世の魅力に巻き込まれて、目にしたり聞いたりしたものを欲しがったりするけど、行動に移す前にそれが本当に自分にとって必要なものなのかを十分吟味せなあかん。それと、宣伝とかに乗せられて衝動買いなんかをしてしまうけれど、それを買い求める前にその物の短所や欠点を捜し出せば、買いたい、欲しいという気持ちは、潮が引くように無くなってしまうんや。
ポニョ:そう言われれば、そうやな。おいらも中古バイクを買いに行った時に、とても気に入った奴があって一時期それに夢中になるけど、バイクって一度転倒してフレームが歪んだりすれば危険なんや。もちろん転け具合にもよるけど。だから、とても気に入ったバイクがあっても、ちょっと転けたような跡があると、購買意欲はすぐに無くなってしまうな。それまでそのバイクに夢中になるけど、その気持ちがフット消えてなくなるのが自分でも面白いぜよ。
ヨシオ:レストランに皆で食事に行ったことがあって、とても美味しそうな料理が出てきたんやけど、サラダの中にミミズが死んでいたのを見つけた時、食欲が一度に消えてしまったな。
ポニョ:料理の中に髪の毛を見つけた時も、食欲が無くなるよな。
ヨシオ:このように、何かを欲しいという欲望が湧いてきたら、そのものの欠点や短所などを探し出せば、それを得たいという欲が無くなってしまうんや。
ポニョ:旅行会社のパンフレットの写真なんかを見て、どっかに行きたいなぁとか思っても、それにつきまとういろんな面倒な事、例えばその国ではチップを払わないとあかんとか、窃盗、スリが多いとか聞けば行きたくなくなるもんな。それに、きれいなモデルのような美人さんでも、三十年経ったらシワだらけのおばんになってしまうもんな。どんな美人でも口と足は臭いって言うしな。ついでにオナラも、ゲップも臭い。
ヨシオ:……。人はいろんなものを欲しがって喜んでいるけど、喜びはその物の中には無いんや。だって、ポニョが好きで買い、喜んで乗っているバイクを他の人に良いバイクでしょうと自慢しても、その人は二輪は危ないから嫌いですって言うかもしれん。だから、喜びは物の中に無くて、人の中に有るんや。
ポニョ:食べ物も一緒やもんな。おいらが好きで注文した料理も、違う人は嫌いかもしれんもんな。味が薄いとか、辛いとか言って。でも、騙されたと思って食べてみたら、意外と美味しかったりして、また注文してしまう事もある。また、ちょっと酢をかけたら味がしまって美味しくなる時もあるしな。そんな場合は、その料理や酢の中に喜びがあるんやろか?ところで、酢って意外と簡単に作れるって知ってた?あんたとこに古い米がたくさんあったけど、古い方が米が乾燥しているから、米麹とマッチングするんや。一度酢造りや醤油造りにチャレンジしてみたら?美味しい手造り味噌や酢、醤油などを造ったらええで。食卓が豊かになるで。保存材などの化学薬品も入っていないしな。造ったら連絡してくれる?ちょっと味見して美味しかったら、へつりに行ったげるわ。
ヨシオ:へつるって、そんな大阪弁を知らん人がいっぱいいてるで。もうちょっと静かにしてくれるかポニョは。食べもんの話になると饒舌になるんやから…。話がややこしくなって、何の話題か分からん様になったやないの。そうや、ものの中には喜びは無いっていう話をしてるんやから、話を混ぜかえさんとってくれるか。今ポニョが食べ物の話をしたけど、どんなにご馳走が出されても、お腹がいっぱいやったら食べたくないやろ。そういうことを俺は言っているんや。食べ物の中に喜びは無くて、人の中にあるって事なんや。
ポニョ:もし、ものの中に喜びがあるねんやったら、誰でもその物を得ることが出来たら嬉しいけど、クリスマスやお歳暮でもらったりする贈り物の中には、ありがた迷惑になるような物もあるよな。でも、商品券なんかやったら、誰でも喜ぶし、極端な例では現金をもらったら誰でも喜ぶんと違うか?ということは、現金の中に喜びがあるやんか。
ヨシオ:ポニョとおったら話が進まんな。この世の中には、全てを捨ててヨギのように暮らしている人もいる。そう人たちは現金をもらっても喜ばないし、却って自分の霊性修行に現金は邪魔になるって思うやろな。それに、その現金が不正に得られたものであれば、そういうヨギはその現ナマに付随している悪い想念がすぐに分かるから、その現金に触れたくもないやろな。また、超大金持ちも現金なんか見たことないやろな。カードだけで欲しいものは何でも手に入るし、南アフリカの中央銀行の役人のように、国の経済を不正に握っている者も、現金が欲しかったら輪転機を回すだけですむから、他の人から現金をもらっても俺は新札しか要らんとか言って何とも思わんやろ。だから、現金の中にさえ喜びは無いんや。
ポニョ:ということは、人がものや、あるいは恋人、ペット、お金などから喜びを感じるけど、それらから得る喜びはどこから来てるんやろな。
ヨシオ:さっきから言っているけど、全ての喜びは自らの内からやって来るんや。それが、どういうカラクリになって人を惑わすかと言うと、さっきのポニョが好きな買いたいと思っていたバイクの例で言うと、本当の人はアートマやろ。アートマって至福、愛そのものなんや。それが本当の俺たちなんや。そして、この世にある全てのものは、その至福そのものである創造主が自分の想念を使って創造したものやろ。だから、この世界は創造主のイメージで創られたもので、幻の世界なんや。そこに住んでいる俺たちは、自分たちが見るもの、触れるもの全てが実際存在しているように見えているだけで、実際は、目の前にある、大きな山でさえあと、一億年もすれば、無くなって砂になっているかもしれないし、プルトニウムでさえ毒性が無くなって違う物質に姿を変えているかもしれない。このように、この世にある全てのものは永遠ではなく幻なんや。その、物などを本当は至福の化身である俺たちが見て、魅力を感じて欲しいと思う。その段階で、そのバイクはポニョの頭の中でイメージ化されていて、ポニョの心の中にそのバイクが素晴らしいとインプットされるんや。つまり、真の自分が喜び、至福の化身やから、その喜びをその自分の心の中にイメージしたバイクに投影してしまって、自分の喜びを持ったバイクに自分が創り上げてしまうんや。だから、その人にとっては、そのバイクの中に喜びが見えるけど、他の人には見えないんや。
ポニョ:ものに自分の喜びを投影するから、それを得ると喜ぶって、その喜びは本来は自分の中にあったものなんや。このように、霊的に喜びというものを深く考えたことは無かったけど、そういう見方をすれば頭の中がスッキリしてくるな。
世間のものはいつも移ろいゆきます。
いつかは影も形も無くなってしまいます。
それがわかったら、世間のものを手に入れるのに熱を上げることもないし、そこから永遠の悦びを得ようとするはずも無いでしょう。
食べ物とは、空腹という病を癒やす薬に過ぎません。
贅沢をして夢中になるようなものではありません。
今皆さんは次から次へと美味しそうなものを追い求めています。
病気を治すどころか悪くしているのです。
世間にあるお気に入りのものを、沢山見つけて喜んでいます。
しかしそこに本当の悦びはありません。
そんなことに夢中になっていると、いずれ必ずその報いを受けることになるのです。SGc10
ヨシオ:もう少し詳しく説明すると、人がバイクを見る。それを欲しいと思う。家に帰ってからも、そのバイクの事を思う。そして、自分の心の中でそれをイメージする。自分の想像した世界の中でそれに乗ってコーナリングを楽しんだり、交差点でのぶっちぎりの発進を楽しんだりする。友達に見せびらかしたりする。そして、もう一度バイクショップに行って、現物のバイクを見て幸せになりそれを手に入れる。という過程を経て人は物を手に入れるやろ。至福の化身、愛の化身である人の中にある喜びを、自分の心の中でそのイメージしたバイクに投影して、それに喜びがあるって勘違いしているのが人間なんや。
ポニョ:つまり、本当の喜びは人の中にあって、その変わることのないアートマの喜びが外界にあるいろんなものに重なってしまうと、まるでその物自体に喜びがあるように勘違いしてしまうって事なんや。でも、この世のほとんどの人は、物の中に喜びがあるって思っているから、お歳暮やお中元に贈り物をするもんな。心がこもった贈り物を届けます。とかなんとか言って。でも、その心がこもったという意味は、送った人がそのものに対して抱いている喜びであって、もらった人は、いくらこの肉の燻製は私の心がこもった贈り物ですよ、と言われても、ああそうですか、うちは菜食やから、ありがた迷惑ですって言うやろな。
ヨシオ:このように、人はこの物質世界で生きているんやけど、毎日、大きな勘違いをしているのを気付かずに人生を歩んでいるんや。だから、ババが、物や人に対する執着や欲望を制限しなさいって言っても、ほとんどの人は、そのものの中に自らの喜びを投影して、物の中にその喜びがあるって思っているから、もっともっと喜びを得ようとして物に執着し、欲望を膨らますことに熱心で、少しも霊性修行が前に進まないんや。
ポニョ:だんだん頭がクリヤーになって来たぜよ。おいらが好きなバイクの中に喜びがあるんやったら、喜びが入っているバイクを、誰であれそれを得ることができれば喜ぶけど、実際はそうじゃないもんな。物と喜びはつながっていないって事なんや。喜びは内から来るってことか。それを知らずに人は歳末クリスマス商戦の広告に踊らされて、広告のチラシを見て自分が自分のなかに持っている喜びを、そのチラシの中の物に投影し、そのものの中に喜びがあると勘違いして、スーパーに飛んで行くんやな。なんか、カラクリが分かってしまえばこの世も虚しいよな。広告に踊らされて人は、なけなしの金を使わされるって。外にはない喜びを求めて人は彷徨い、人生を無駄にするか。変わらぬ真の喜びを自分の内に持っていることに、一生涯人は気付かずに人生を終わる人がほとんどやもんな。やりきれないよな。
ヨシオ:実はこのようなカラクリは、神さんが創られたんや。俺たち人間がそれを見破り、賢くなるように神さんは望んでおられるんや。
ポニョ:今日は、少しおいらも賢くなったような気がするな。この話題をもう少し続けようぜ。面白いぜよ。
つかの間の楽しみはすべて、心の奥にある本当の悦びが、頭の中で輝いて映し出されたものでしかありません。
誰かのことや、何かあるものについて何度も考えていると、心は元の場所を離れその相手やものにまで彷徨い、その人やものとなって、まるでそれを楽しんでいる気になります。
それは本当の悦びではありません。
頭の中で作り上げたごく限られた楽しみです。
あらゆる悦びの元である内なる本当の悦びの影に過ぎません。
例えば、赤ん坊が指をしゃぶっていますが、赤ん坊はお乳を飲んでいると思って喜んでいますが、実はそれは唾ですし、指からでは無く自分の口から出ているのです。
赤ん坊は悦びは外から来ていると思い込んでいるのです。
それと同じように無知の人は、感覚的なものから悦びを味わっていると信じています。
悦びはごく限られたものでありしかも外から来たのではありません。
本当の悦びは心の中にいつもあります。
この変わることの無い悦びが何かのものに重なり合うと、まるでそのものが悦びの元であるような気になります。
そうやって世間のものから悦びを得ていると思い込んでいます。
ところがその悦びは、内に秘められている限りない悦びの小さな影に過ぎません。
外部の世界で味わっている楽しみが本当の経験で内なる世界から来る悦びが幻だと思い込んでしまうと、執着を捨てる修行などしたくなくなってしまうでしょう。
そうなると、すべてを超えた悦びを求めるのを止めてしまって、感覚的なものから得られそうな世間の楽しみばかり追い求めるようになります。
もしもこの世の物から本当に悦びが得られるなら、その悦びは誰にとっても同じはずです。
ところがそうでないことは分かっているでしょう。
ある物を喜ぶ人もいますし、嫌いな人もいます。
物に悦びが備わっているなら人によって違うはずは無いのです。
~どうしてある人は好み、他の人は嫌うのでしょうか。
それはどんな悦びもそのものと繋がっていないからです。
物に悦びが備わっていると思うのは間違いです。
悦びは内からやってきます。
それはつきることの無い内なる悦びなのです。SGc19
ポニョ:物の中には喜びは無くて、それは自分の中にある喜びを物に投影させるから、喜びが物の中にあるように錯覚するっていう話やったな。
ヨシオ:そのカラクリは人を常に外の世界に向かわせ、金や物、名誉や権力などに自分の中にある喜びを投影させて価値を持たせ、それらの中に喜びがあると勘違いしてそれらを際限無く追い求めさせるんや。
ポニョ:そんなものを追い求めてもキリが無いと分かるまでやろう。そして、日野皓正さんみたいに「我只足るを知る」の境地に落ち着くんぜよ。
ヨシオ:悟った人はな。そうではなく欲望の泥沼から出て来れない人もたくさんいてる。そういう自分の内に持っているアートマの限りない喜びの一部を、人はものなどに投影するだけではなく、人にもするんや。すると、人はその自分の喜びを自分が創り出した他の人のイメージの上に投影させて、その人を好きになったり愛したりし始めるんや。
ポニョ:人によっては好きになると、アバタもえくぼっていうぐらい一途にその人に向かって心が向いて行くもんな。
ヨシオ:それを人は愛って呼んでいるやろ。でも、それって執着なんや。人は、自分の中に光り輝いているアートマを愛するように創られているんやけど、その自分の中の光に向かって行く思いが外に向かい、他の人の身体をその人だと思ってその身体を愛してしまうと、その愛は執着と呼ばれるようになってしまうんや。
ポニョ:ということは、自分が愛している妻や夫、子供や恋人に向かう思いは執着って事なんや。
ヨシオ:だから、自分が愛していると思っている人の中にあるアートマを愛すれば執着にならないんや。
ポニョ:その話は前にもしたけど、全ては神さんだと思って見ないといけないんやな。う〜む。出来るかどうか分からんけどトライしてみるぜよ。
ヨシオ:人は何度も何度も生まれ変わって来て、自分の周りにいる人を肉体だと思い込んでいるから、そういう間違った思い込みから抜け出すのは簡単じゃないんや。
身体への執着と迷いからエゴの本性と機能は益々強められます。
エゴが増大するにつれ霊的な希求は弱められます。
しかし、霊は衰えることがありません。
実際何が起きるかといえば、彼の霊的<アートマン>のヴィジョンが薄れるのです。
これから見ても、身体の衝動をコントロールする為のたえざる努力の必要がわかります。27/5/92
個我の「私」は、自分が限定されたものであると信じていますが、それは錯覚です。
個我の「私」は、自分を有限のものだと思っていますが、普遍なる神霊と同一です。
この気づきは、英知のひらめき、あるいは、普遍的な愛の閃光を通して、人にもたらされることができます。これは、自分は愛そのものだったんだ。と気付く自己確認の行為なのです。11/70
ポニョ:日頃からそういう風に人の中にアートマを見て行く訓練をせな無理やぜよ。
ヨシオ:それに、自分が長年寄り添って来た嫁さんや旦那さんや子供も、実は自分が頭の中で創り出したイメージの嫁さんであって、その自分が創り出したイメージの嫁さんを嫁さんだと思い込んで愛しているんや。でもそれは本当の嫁さんではないんや。
ポニョ:自分が創り出したイメージの嫁さんや子供を愛してるっていうわけか?
ヨシオ:嫁さんや子供はそういう姿を仮にとっているだけなんや。自分の周りに展開している世界、そしてその世界に存在している全ての生きとし生けるものは全てアートマなんや。それに気付かず、身体をその人だと思い込んで、人はこのカラクリの世界に騙されて泣き笑いしながら人生を終えて行くんや。
ポニョ:それって悲しいよな。本当の自分は至福そのものなのに、その至福を外に追い求めて果たすことが出来ず、惨めになってようやく自分の内を探る旅に出れるんやもんな。
ヨシオ:人は人生の中で、いろんな人と関わって生きて行くやろ。とても親しい身近な家族から友人親戚の人、職場の人などいろいろや。でも、誰一人として、自分はその人の事を100%理解出来ていない。だって、その人と一日中行動を共にしていたとしても、その人の心の中まで推し量るなんて無理や。
ポニョ:子供や主人を学校に送り出した後、学校や会社で一体何があったのか、帰ってきて話を聞くまで知る術もないし、ましてや一日中一緒やと言っても、まさかトイレの中まで着いて行くことなんて出来ないもんな。
ヨシオ:ポニョは何を考えとるんや。だから、自分が自分の周りの人を理解していると思っていても、それは自分がその人の事をこんな人だとイメージしている人なんや。だから、とても親しい人であっても、今まで自分が知らない一面を見つけると、その人の事を実は全然理解していなかった自分に気付く時ってあるやろ。
ポニョ:人は自分の嫁さんや子供にさえ、誤解している時ってあるよな。
ヨシオ:人は、自分の周りの人を、自分の心の中にイメージ化させ、好き嫌いの感情をその人の上に映し出して、自分の心の中の世界にある劇場にその人を登場させるんや。
ポニョ:自分劇場の始まりやな。一人ひとりがそういう自分劇場を持っているのが、想念の世界、心の世界で、その世界では、おいらが他の人の劇場に他の人の好き嫌いの感情をおいらの上に映し出しているおいらという人間がそこで闊歩しているんやな。
ヨシオ:だから、ババは三人のポニョがいると言っておられるんや。一人目は、ポニョが自分が肉体であると思い込んでいるポニョ。二人目は他の人がポニョの上にその人の思いを映し出しているポニョ。三人目はアートマであるポニョ。この三人目のポニョが本当のポニョなんや。
ポニョ:人は、他の人に自分の感情を映し出して、自分が思い込んでいる人にその人を仕立て上げるんやけど、それやったら、その人をアートマと見れるまで、その人のことを誤解し続けるって事になるぜよ。
ヨシオ:その人の事を肉体をまとっている人だと思いこんでいる限り、一生その人を誤解し続ける人生を歩むんや。
ポニョ:例えば、ミスユニバースと結婚し、毎日美人の嫁さんの顔を見るのが楽しみで、会社が終わっても同僚と飲みにいく時間さえ惜しんでいそいで家に帰って来ても、十年も経つとシワが増えてきて自分が思っていたイメージしていた嫁さんじゃ無くなって来るもんな。でも、嫁さんの中のアートマは一緒や。肉体だけが変化するんや。でも、そういうことに気付くってなかなか難しいぜよ。
心は純粋な愛で満たされるべきです。感覚の対象への執着を育ててはなりません。
自分自身の心を汚してはなりません。そうして初めて本当の幸福を体験するのです。〜「私」と呼ばれる神は、あらゆる人間に内在しています。
この「私」という神が、ブラフマー神、ヴィシュヌ神、シヴァ神として受け取られることはありません。これらは、神を認識するために人間が神に帰せた名前です。
名はそれほど重要ではありません。本当の神は「私」なのです。17/2/07
ヨシオ:ババは、カレッジの学生に、一人ずつババと二人だけで写真に収まる機会を与えたられたことがある。学生たちは一人ずつババの横に立ち、写真を撮り終えると、すぐ別の学生がやってきて順番に撮っていたんや。ババは、その時学生たちにこのように言われたんや。君たち一人ひとりが、生まれ変わって来ている人に例えられる。ある時は、背が低く太った人となって生まれ、ある時は背が高く痩せた人となって生まれ変わって来る。そしてその度に私がこのように一緒に立って君たちと一緒に人生を歩んで行く。私は常に変わらないけれど、君たちは生まれ変わる度に、今こうして君たちが順番に私の元に来るように、毎回違った姿で私の元に来て去って行く、と。
ポニョ:ババからみたら本当にそういう気持ちになるよな。まるで、借家に住む、借家人に似てるよな。家はいつも一緒やけど、ある時は新婚夫婦がその家を借りて住み、子供が生まれて大きくなって手狭になれば、家を出て行き、その後、老夫婦が借りて住むように、家つまりアートマは変わらないけれど人は生まれ変わって、違った姿でやって来るんや。
ヨシオ:実は自分は、その変わらないアートマなんや。もちろん自分だけではなく、自分の周りにいる全ての人や生き物も自分と同じアートマなんや。自分の肉体の中に隠れているアートマが本当の自分だと気付くのが、人生の目的なんや。アートマは愛そのものやから、愛は愛によってでないと捉えることは出来ないんや。だから、自分の愛を自分の心の中に向けて、アートマを探すんや。まるで磁石が鉄を引き付けるように。そうすれば、至福、法悦、嬉しさ、喜びというものを体験出来るんや。その愛を自分の内側ではなく、外にある身体を持っている人や、生き物に向けてしまうとそれは先ほども言ったようにそれは執着心となって現れるんや。
ポニョ:人は、自分の周りにいる親しい人たちを愛するけれど、その人の上に自分が元々持っている愛を投影してそれを愛しているから、結局、自分が自分を愛しているのと一緒やな。
ヨシオ:自分が自分を愛するか。そういうことやな。人を愛するってことは結局、アートマである自分を愛することやもんな。その通りや。本当の自分であるアートマのために、その人を愛しているんや。ポニョの英知の泉はまだ渇れていないな。
ポニョ:さっき、ミスユニバースの話をしたけど、この世に向かう愛は全て一時的であって、変化し移ろい行くものやと分かったら、その愛を内側に向ける努力をせないかんということや。
ヨシオ:外にある、何かを手に入れて喜んでいても、一時的な喜びしか得ることは出来ないんや。この世のものは全て移ろい行くもので出来ているから何一つとして、永遠の喜びを与えてくれるものなんて無いんや。それは、美人の嫁さんであっても、ロールスロイスであっても、名誉であっても、権力であっても一緒なんや。あの歴史的に有名なアレキサンダー大王がインドに攻め入り、そこで死を迎えた時に、部下にあることを自分の死体に細工するように頼んだんや。それは、棺桶から両手を棺桶の上に出して、人々が見えるように手を真っ直ぐにして縛る事なんや。そして、その状態でインドからギリシャまで人々に自分の遺体を担がせたんや。
ポニョ:なんで、そんな事をしたんや。キモいな。それって。
ヨシオ:アレキサンダー大王のように多くの地域や国々を併合し、征服した偉大な人間であっても、死ねば手に何も持たずにあの世に行かねばならないことを、世の人々に示したかったんや。
この世は、創造主が自分の想念で創り出した大きな劇場や。その舞台で繰り広げている物語に夢中になり、それがあたかも本当のように思い込んで興奮し、泣き叫んでいるのが俺たちなんや。
その舞台で演じている役者に恋をしたり、舞台道具が気に入ってそれを得たとしても、それらは本物ではないんや。
ポニョ:何かを手に入れても、それはやがて露のように手から消えてしまう幻の世界。この世に何も必死になって手に入れるもんなんて無いよな。神さん以外は。おいらの嫁さんがミスユニバースみたいでなくて良かったな。
ヨシオ:今度嫁さんに会ったら、ポニョがそう言ってたって言ったげるわ。
あなたを身体と同一視することは大きな誤りです。
身体への執着を放棄し、アートマの意識を育みなさい。
そのときにのみ、あなたは自分の真の姿、すなわちアートマを理解し体験するでしょう。
そうでなければ、胃痛や頭痛などの実にささいな身体の不調でさえもが、あなたを不安に落し入れるでしょう。身体の病は過ぎゆく雲のようなものです。
あなたが肉体意識に惑わされている限り、あなたはその意識に影響されるでしょう。
いったん身体への執着を放棄すれば、あなたはもはや身体やその限界に縛られることがありません。 〜 あなたが、身体への執着を手放さないなら、あなたが受けるすべての教育は虚しいものとなるでしょう。自分は身体ではない、ということを理解しなさい。あなたは「私」です。この真理を決して忘れてはなりません。肉体としての姿は移ろいゆくものなのです。5/10/03
ヨシオ:次男ははお袋と性格がよく似てる。
ポニョ:お婆ちゃん似か。隔世遺伝やな。
ヨシオ:神経質で甘いものには目がなく、細かいことにこだわるしな。繊細やな。家に帰って来たら甘いもんばっかり食べとる。昨日も、帰ってきた途端にお父さんも久しぶりにアイスクリームを食べませんか?なんて言ってきたんや。俺は、アイスクリームを食べるのを二十年以上も前にやめたんや。でも、久しぶりに次男が帰って来て、せっかく勧めてくれたから、「そうやな、お前が勧めてくれたから食べようかな」と言ってそのてんこ盛りになったアイスクリームを食べたんや。そして、俺のいる居間にやって来て横に座ったので、「お前は食べないんか」と聞くと、「僕は明日アイスクリームを買ってきた奴を食べるねん。」と言ったんや。嫁さんが、「そのアイスクリームで最後や。もう無くなった」と言ったんや。俺は、少しバツが悪くなって「少ししか無いんやったらてんこ盛りにせず二つ作れたやろ。それに俺にアイスクリームを勧めるなよ。まだ食べ始めたとこやから食べるか?」と言って俺のを手渡そうとしたけど、「お父さんが食べるの見てる方が良い。お父さんが美味しそうにアイスクリームを食べるのを初めて見た。僕はいつでも食べているから要らんねん」と言って受け取ってくれなかったんや。
ポニョ:そうか、あんたもアイスクリームを食べるんや。おいらが滞在している時、みんなは食べていてもあんたが口にしているのを一度も目にしなかったから、甘いものは嫌いかなと思っていたんや。
ヨシオ:それは逆や。俺の家族は大家族制で、四人の叔父貴たちと一つ屋根の下に住んでいたんやけど、高校生の頃に二番目の叔父貴がアイスクリームショップを始めて、俺にいつでも食べに来いよ。ただで食べさせたるぞ。と言ってくれたんで、学校の帰りに毎日叔父貴の店に立ち寄ってアイスクリームを食べるのが日課やったんや。でも、ババの帰依者になりババの教えの中に、毎年一回、自分の一番好きな食べ物をガネーシャに捧げなさい。と言っておられるのを読んだので、俺が一番好きなものと言えばアイスクリームやな。と気がついてその年からアイスクリームを食べるのをやめることにしたんや。
“神に捧げられた食物は、微妙な形で人に害を及ぼす邪悪な波動を、打ち消す作用があります。
飢えた人に施され、食された食べ物にも、同様の恩恵があります。
食物は人間の感情や思いに微妙な影響を与えるため、あなた方は常に食物への警戒を怠ってはなりません。SSSVol10p38”
ポニョ:そうか。あんたは甘党やったんか。でも、今までずっと食べていた大好物のアイスクリームを突然やめるって難しいやろ。
ヨシオ:俺は、ババに俺の大好物のアイスクリームをやめてあなたに捧げます。でも、一つだけその代わりと言ってはなんですが、お願いを聞いてくれますか?俺には子供が五人もいるけど、みんな良い子になるように見守ってください。とお願いして、その日からアイスクリームを食べるのをやめたんや。でも、もう子供達も全員二十歳を越えたし、それぞれ仕事も持っているし、俺の子供に対する義務は終わりに近づいてきたのでアイスクリームを食べることにしたんや。
ポニョ:本当に子供達はあんたと違って性格が良いよな。おいらは、心からそう思うぜよ。正直でストレートで、意地悪と違うし、ガラも悪くないし……。あんたの遺伝子が半分入っていると思われないぜよ。
ヨシオ:それ以上言ったら殺すかもしれんで。
ポニョ:ああ怖い。殺すやて。ああそうか。そういうわけで、次男さんがお父さんがアイスクリームを食べているのをニコニコして見てたんやな。お父さん、僕たちの為にアイスクリームを食べるのを我慢してくれてありがとうって。本当は自分も食べたかったんやろうけど、最後に残ったアイスクリームをお父さんに食べてもらおうとしてわざとてんこ盛りにしたんや。
ヨシオ:その日に食べたアイスクリームの味は最高やったな。今まで食べたどのアイスクリームより美味かったな。世界一のアイスクリームやった。
ポニョ:誰かの犠牲による奉仕って、それを受けた人はその人を通じて神さんの愛をもらったのと一緒やもんな。
ヨシオ:そういうことや。アイスクリームが美味しかったのではなく、そのアイスクリームの中に、次男の愛、甘い神さんの愛が入っていたから美味しかったんやろな。もう一度お前が好きやったアイスクリームを食べてもええぞ、って言われたみたいな気がしたな。でも、久々に食べて思ったけど、もう自分の身体はアイスクリームを受け付けないって分かったな。自分の身体に良くないなと感じた。この二十年の間に身体も心もピュアになっているからアイスクリームの中に含まれている凝固剤や保存剤や砂糖が俺の体が受け付けなくなっているんや。それに昔と違ってもう年やからな。冷たいもんは食べれなくなった。
“今日、皆さんは、自分が食べるあらゆる食べ物に、化学調味料や他の人工的な物質が含まれていることを見出すでしょう。
このすべては、ただ、お金を儲けるためです。人々はそのような数多くのいかがわしい物を食べ物に添加して、その結果、病気が増加しているのです。8/10/83”
ポニョ:でも、どうしてババは自分の好物をガネーシャに捧げなさいと言われたんやろな。
ヨシオ:それは、自分の好物って往々にして食べ過ぎるやろ。人間って食べ過ぎるとろくな事はないんや。なんでも中庸の道を行かないといけないから、好物を捧げなさいと言われているんや。
ポニョ:おいらから、オクラの天ぷらを取ったら死んでしまうかもしれないな。食べるのはやめられないから、今度から食べ過ぎないように気をつけるわ。そういや、天ぷらのような揚げ物も食べ過ぎると身体に良くないもんな。おいらの場合は、サイババさんの帰依者になった時点で、一生分の好きな食べ物を捧げたから、もう許してもらおうかな。だって、ババのことを知るまでは、嫁さんと寝る前に二人で仲良く晩酌してから寝床に行くのが日課やったし、これがまた、ええんやで。冬になると外は冷えるやろ。夫婦でこたつ入って温もりながら、はいあなた。もう一杯如何?なんて言われたら新婚時代を思い出すぜよ。
ヨシオ:今もそんな感じやんか。
ポニョ:その寝る前の晩酌を辞めた時の悲しさは口には出せないな。でも、ババは酒はダメやと言われたからな。それに、スルメが大好きやったんやぜよ。それもあかんし。あとエビフライも大好物やったんや。出来たてのエビフライにタルタルソースをかけて、レモンを上から絞るんや。ああ、よだれが出てきたぜよ。それに、もずくやじゃこのふりかけ飯、オムライスに玉子焼き、たこ焼き。それとお好み焼きに牡蠣が入っている五味焼きもめちゃ美味かったな。それらを全部やめたんやで。出汁も魚や鳥だし、豚だしが使ってあるやつは食べれないし、ババの帰依者になるっておいらにとっては地獄の日々やったな。だから、これ以上おいらの好物を取らんとってんか。本当に死んでしまうぜよ。オクラまで取られたら。
ヨシオ:よくそれだけ食べ物が出て来たな。でも、もずくって海藻やから食べれるんと違うんか?なんで、やめたんや。
ポニョ:もずくはビールや酒と合うんや。もずくを食べるとビールや酒を飲みたくなるからやめたんや。もう、これ以上食べ物の話をせんとってくれますか?苦しくなって熱が出てきたぜよ。
ヨシオ:ポニョが一人で喋ってるんやないか。そうかそれほど苦労したとは知らなかったな。俺はさっと切り替えれたけどな。
“お腹がすいているときにご馳走を出されたらうれしく思いますが、そうでないときは、どんなに立派な食事でも美味しくは思いません。
それは好きという気持ちも嫌いという気持ちも自分から来ていると言うことです。
食べ物から来ているのではありません。
悦びも苦しみもどんな感情も、自分の外から来るのでは無く、人の内側から来るのです。”
ヨシオ:でも人によっては、一年に一度、自分が一番好きな食べ物を捧げる代わりに、一番嫌いな食べ物をガネーシャに捧げる人もいてるんや。
ポニョ:それってルール違反やろ。そんな事やったらおいらでも出来るぜよ。
ヨシオ:ババはそういう人には、神様が後々、その人にその人が一番嫌いなものをプレゼントして返すって言われたな。
ポニョ:それって怖いよな。一番嫌いなもの、嫌なものを返してくれるって。なんでも神様はお見通しで騙せないから、真心を込めて神様とお付き合いさせてもらわないと、後々、痛い目に会うんやろな。
“決して不適切な食べ物を食べてはいけません。
良いもの、神聖なもの、そして、神に捧げることで清められた食品だけを食べるようにしなさい。不適切な食物を神に捧げてはいけません。
神聖で浄性の食べ物だけを、清潔な器で神に捧げなさい。
あなたは自分が捧げた供物に見合った結果を受け取ります。
自分の行いに応じた結果を手にするのです。
悪行を為して善果を手に入れることは不可能です。
ですから、良い行いをして、善果を味わうようにしなさい。
そうして初めて、健康でいられるのです。
良い食べ物を食べれば、良い思いを抱きます。
しかし、今の人々は、言うこととすることがバラバラです。7/3/08”
ポニョ:最近、「一度きりの人生を幸せに生きる」さんのブログから良い記事を見つけたので、紹介するぜよ。転載開始
今ではどこの家にも当たり前のようにある、洗濯機、冷蔵庫、テレビ、電子レンジ、パソコンなどの電化製品が、あなたの家にだけは一切なかったらどうでしょうか?皆の家にはあるのに自分の家にだけは無い、そんな状況を想像してみて下さい。私ならきっと、みじめで不幸な気分になると思います。でもたった半世紀前の日本の家にはこれらの電化製品は一切なかったわけです。それでは当時の日本人が皆、不幸だと思って生きていたかといえば、そうではないと思います。現在でも極端な話、アマゾンの未開地では電化製品なんか一切ない生活を送っている人がたくさんいます。彼らが不幸を感じて生きているかといえば、やはり違います。かえって我々よりはるかに幸せを感じて生きているかもしれません。つまり皆がそれを持っていなければ、もっと極端に言えば、そんなものの存在を知らなければ、その状態で「満足することを知る」ことが出来るわけです。
そう考えると私たちは極めて相対的なことで幸せや不幸を感じているのかもしれません。
私には精神的な部分に関しては誰よりも分かり合える小学校以来の親友がいます。
大人になってから「彼の家は、とても貧乏だった。」という話を彼から聞いて、とてもビックリしたことがあります。
なぜなら子供の頃しょっちゅう彼の家に遊びに行っていましたが、一度も彼の家が貧乏などとは感じた事がなかったからです。 お金が払えなくて、電気やガスを止められるなんて事は日常茶飯事だったそうです。
そういえば、「昨日は家族みんなでローソクを1本立てて、夕飯を食べた。」と、とても楽しそうに話す彼のことを記憶しています。あまりに楽しそうに話すので、当時、私は楽しいイベントの話を聞かされているような気がして羨ましく思ったりしたことを覚えています。実際、大人になった今、当時の事を思い出してみてもそれは彼の中ではやはり楽しい思い出のようです。
本来ならみじめに思うことを彼はとても楽しく感じていたのです。
彼の両親は敬虔なカトリック教徒でしたから、それは信仰に支えられたものだったかもしれませんが・・・
今では彼は医者になり、世間ではどちらかといえば裕福な部類に入るでしょう。
そんな彼が母親に一度、贅沢な思いをさせてやろうと、お母さんをハワイ旅行に連れて行ったそうです。
超一流ホテルに泊まり、超一流のレストランで食事をしても彼のお母さんは、それほど嬉しそうな顔をしなかったそうです。 たまたま夜、ホテルの部屋でお母さんがお腹が空いたと言ったので、ちょっとしたパンをルームサービスに持ってきてもらったところ、そのパンにバターを塗って「おいしい。」と言って幸せそうに食べる母親の顔を見て彼は愕然としたそうです。
「今まで一体、自分は何を追い求めてきたんだ!人生において自分はまだ母親の足元にもおよばない。」と。
きっと彼のお母さんは、それは信仰によるものかもしれませんが、我々とは違う次元で満足することを知っていたんだと思います。
そんなお母さんのいる家だったからこそ、少年時代、電気を止められローソクをたてて食事をしても彼は楽しかったんだと思います。
人間の欲望は際限がありません。
それを追い求め続けてもきりがありません。
どこかで満足することを知らなければ幸せにはなれません。
逆に、あなたの心の欲するものや夢に到るための条件が自分には無いとあきらめていませんか?
今現在の条件に満足することを知らなければ、心の欲する幸せにはたどりつけません。
あなたは、どこで満足することを知りますか?
転載終了
ヨシオ:ポニョが好きそうなテーマやな。そのお母さんもゴージャスなところで緊張して食べても美味しくなかったんやろな。息子と二人でホテルの部屋でパンをかじっている方が美味しかったんやろな。でもこれってポニョが座右の銘にしている我只足るを知る。と一緒やな。ポニョの場合は、我、エビフライの足る足るソースを知るやけどな。
ポニョ:もうその話はやめよ。昔の好物の話を聞いたらまた頭痛がしてきた。一年に一品自分の好物を神様に捧げるやて。おいらにとっては最悪の教えやな。でもこの話は今、あんたが言ったように我足るを知るがテーマやったんや。いつまで経っても人って欲望を追い求めて、飽きることを知らないからな。
あなたはあなたが持っているもので満足しなくてはならないのです。
このことはとても大事なことなのです。
満足をすることより偉大なことはありません。
満足が無いところに口論が始まります。
それが平安を得られない主な原因です。
そんなことになると家庭生活は本当に地獄となります。
もし夫婦がお互いに理解し合えば、憎しみ会うことも無くなるでしょう。OTYRTNp152
ヨシオ:今日の話を聞いて俺は昔の同級生を思い出したな。そいつの家と言っても、泥川の土手のヘリに張り出して建てた小屋やねんけどな、もちろん不法建築やから電気も来てないんや。学校が終わったらいつも小さい荷車を押して、近くのガラス工場の周りに落ちているガラスのかけらを拾って家の生計を助けていたんや。俺は、そいつの家に行くと別に子供やったから貧しい家とか思わずに、川の上に家があるってええな。羨ましいなと思ってそいつと付き合っていたんや。夜になると電気がないから、近くの街灯の下で一緒に座って本を読んだり話したりしたこともある。いつも明るくて、冗談ばっかり言ってニコニコしてたな。俺が学級委員長やったので、そいつを副委員長に指名したことがある。でもいつも暗いところで本を読んだり宿題をしていたので、ど近眼になっていたな。そのために分厚いメガネをしていたな。中学になった頃、道路公団がその川を埋め立てて高速道路を上に作りよったんや。それ以来学校に来なくなったんや。心配して見に行くと高速道路に使うどでかいコンクリートの柱が立っていて小屋は跡形も無くなっていたな。俺たちにとっては、その小屋はワンダーランドやったんやけどな。
ポニョ:高度成長経済の頃ってそんな話がたくさんあるよな。昔の古き良き大阪が無くなって、コンクリートジャングルになって行ったんや。おいらも学生の頃、北九州の小倉南の被差別部落に住んでいた友達の家に半年ぐらい居候したことがあって、一部屋しか無いのに俺を受け入れてくれて家族同然のように扱ってくれたな。夜は押入れの布団を出して押入れが二段ベッドになるんや。居間兼ダイニングルーム兼台所兼応接間兼寝室があって、八人いる家族はそこで雑魚寝するんや。おいらは家の中は狭くて寝れないので、トタンの板を外壁に付けて二畳ぐらいのスペースを確保し、ビール瓶を入れる箱の上に畳を二枚敷いてそこで寝てたな。冬はコタツの中に入りっぱなしやったな。雨は雨はしのげたけれど、夜寝ている間に雪が壁の隙間から顔の上に降ってきた事もあった。水は道の水道管に穴が空いていてそこから水が四六時中漏れているので、それを汲んで来て顔や口を洗ったりしていたぜよ。そのような大変な住宅事情やし、就職差別もあり、景気に左右されやすいおもちゃに使う模造真珠の工場や割り箸工場、それに人が嫌がるような夜行列車のシェフなどの職についている人もたくさんいたな。でも子供たちとワイワイ言いながら、みんなで関西風のお好み焼きを作って食べた思い出は忘れられないな。みんな明るくてとても楽しかった。
ヨシオ:ババが言われている通り、喜びって外の世界から求めようとしても得ることは出来ないんや。それは自らの内に常にあるんや。それが、外にあるものなどに投影してまるで、そのものの中に喜びがあるように思ってしまうって何度もこのブログで紹介したよな。
ポニョ:今日の話を聞いて、どんなにちっぽけな家でも、どんな金銭的に貧しい生活をしていても、どんなに人からバカにされるような仕事やあんたのような生き方をしていても、本人がそれで幸せを掴めれように努力すれば、その人は喜びに満ちた人生を歩めるんやなと思ったぜよ。
解脱と神我顕現に入る門には、三人の門番が見張っていて、中に入ろうとするあなたが、信任状を携えているかどうかを調べます。
信任状は、歓喜、満足、心の平安、探究心、識別心等です。
門番のうちの一人と親しくなれば、他の二人の門番もあなたを喜んで中へ入れてくれます。
三人の門番のうち、最も重要な門番はあなたの満足感を調べる門番です。
あなたが満足しているならば、歓喜と平安はあなたのものです。
そして、満足は歓喜の最高の源泉であり、人にとって、最も価値ある財産なのです。
心に満足感が無ければ愛欲は危険なまでにのさぼり始め、識別の力を失わせます。
欲望は貪欲となり、貪欲は惨めさと邪悪に人を引きずり込みます。
欲望と愛欲は、尽きることのない感覚の欲望が満たされることを望んで、あれこれと世俗的なものを追い求めます。
そのような人がどうして集中出来るでしょう。DVJp108
ヨシオ:あんたのような生き方ってどういう意味なんや。もちろん、俺は毛布を何万枚も買ったりしているけど、いつも神さんと一緒にいるから、最高の生き方と自分では自負しているんや。
ポニョ:それは分かっているって。そうじゃなくて、世間的に見れば異常な人生やろ。
ヨシオ:世間の後ろにおられる神さんから見たら正常な人生やんけ。俺は毎日、生きがいを感じているんや。今日もババを心から思うことが出来たな。ババを感じることが出来たなって。昨日も、一番下のチビと言っても俺よりでかくなったけど、喋っている時に、このプロジェクトが終わったらやっと普通の人の生活に戻れるかな。と冗談を言ったんや。すると息子は、お父さん普通の人の生活って何ですか?と聞いてきたんや。あいつは普段バスケットボールの話しかしないので、こんな事を今まで聞いて来たことがなかったので俺は驚いて言葉を失ったんや。だって、息子の身体を借りてババが俺に質問したって事がすぐに分かったんや。俺は、言葉を選んでよく考えてから、息子の中にいて、俺の答えを待っているババに向かってこう答えたんや。普通の生活とは、いつも神様と一緒に歩む人生のことで、共に笑い、共に悲しみ、共に喜び、人生の全てを神と分かち合う人生です。と言うと息子はニコッと笑って、それじゃ、今お父さんが歩んでいる人生が普通の人生だね。と言ったんや。
ポニョ:ババがいろんな人の中からいつもおいら達のことを見ておられる。どんな人と話す時でも、その人の中にいるババに向かって話しているということを忘れないようにしなければならないよな。でも、こんな風に突然出てこられるから驚くよな。
ヨシオ:そうやな。俺はいつもその準備をしているから、そんなに驚かなくなってきているけれど、最初の頃はババがそこらじゅうにおられるのを感じて、緊張したな。
ポニョ:そら、誰彼なしに突然その人がババになれば誰でも驚くよな。
ヨシオ:この世にある全てのもの、全ての事柄は神さんなんや。それを普段の生活で体験して行くことが一人ひとりに求められている神さんからの宿題なんや。
ポニョ:聖者ラーマクリシュナ パラマハンサさんも、毎日神さんを体験されていたけれど、時々それが出来ない日があると、今日は神さんを体験出来なかった。と言って嘆いておられたな。
ヨシオ:そういう体験が出来る前提条件がこの世の物事に執着せず、満ち足りた心でいれることなんや。だから、ポニョの座右の銘である我唯足るを知る、ってとても重要な事なんや。
英知の人は自分以外の何者にも依存する必要は無く、自分だけでこの上なく幸福である。
かれは、無為の中に行為を見、行為の中に無為を見る。
彼は行為に携わっているかもしれないが、いささかもそれによって影響を受けることも無く、行為の結果にいささかも関心を持たない。
あなたは英知の人にはどうしてそれが出来るのか、と尋ねるかもしれない。
聞きなさい。彼はいつも満ち足りている。
満ち足りた人は自由であり、他の人やものに依存することは無い。
彼は媒体という感覚に左右されない。
そして良いことであれ、悪いことであれ、何が起きても起きたことに満足している。
というのも彼は何事においても、主の意志により行われると確信しているからだ。
彼の心は揺さぶられることがなく安定している。
そしていつも喜びに満ちている。
満足感に欠けているのは無知の人のしるしである。
人生の目標を諦めて、怠慢の道を歩く人々は、どうして何が起きても幸せといえるだろうか?
満足は、英知の人のみが勝ち得ることが出来る宝物である。
願いの上に願いを重ね、次々に計画を立てて、たえず何かを追い求め、思い悩み、貪欲によって心を燃やす無知の人は、満足を勝ち取ることは出来ない。ギータバヒニ10章
ポニョ:神さんはやっぱり意地悪やぜよ。だって自分の一番好きな食べ物を捧げなさいって言ってるやろ。意地悪としか考えられないぜよ。
ヨシオ:神さんは別に意地悪してこういう事をされているわけでもないんや。ただその人が好物を食べ過ぎて身体を壊さないようにと思って、こういうルールを作られたんや。神さんがやられていることは、全てが愛、愛、愛やからな。
ポニョ:でも、ババは帰依者の人たちに意地悪じゃないかもしれないけれど、インタビューを与えた時にその人が隠していた昔の悪さをみんなの前で暴露される事がよくあるぜよ。
ヨシオ:前にも、紹介したけどババが俺を助けるためにインドから送ってくれたサイの青年も、子供の時お母さんのへそくりをタンスの中から見つけて、十円だけ抜き取りアイスクリームを買いに行った事があって、十年後にババがインタビューで両親の前でその事をバラしたんや。その青年はとても驚いて泣きながら両親の前で許しを乞うたんや。
ポニョ:たった十円だけしかネコババしてないのに、それを咎めるって意地悪やろ。
ヨシオ:俺はこの話を聞いて感心したけどな。だってその青年は、今までの人生で両親に隠し事をした事が無かったんや。この十円以外。そんな子供ってなかなか探してもいないで。だからたった十円であっても、その子の中でこの一件がとても、重く心に引っかかっていたんや。
ポニョ:それをババが両親の前で暴露されることによって取り除かれたんやな。甘いアイスクリームの思い出が実は心の中では両親の金を盗んだという呵責に悩まされて苦い思い出になっていたんやな。前にも、紹介したけど、シンガポールから来た帰依者の家族に向かって、ババは、どうして今回息子さんを連れて来なかったの?と尋ねられた話が面白かったな。
ヨシオ:そんな話があったよな。奥さんに知られることなく旦那さんに隠し子がいてたなんて、家族の前でバラされたらご主人の面目丸潰れやもんな。ババは心の中の隠し事や押さえつけられたドロドロしたものを取り出すのが私の仕事だ。と言っておられる。でないと、そういうものが心にある間は、神さんがその人の心に入る余地がないって言っておられたな。
ポニョ:それを心の中のブラックボックスと呼ぶって前にも記事にしたよな。でも、ババは人が隠し事をしている悪い事を暴露するだけではなく、その人をわざと怒らすこともされるよな。
ヨシオ:わざとその人が一番嫌っているニックネームで呼んでみたり、ポニョのような禿げちゃんにココナッツくんこんにちは。と言ってみたり、足が悪くて西洋式の四本足のある歩行器をカタカタ言わせながらインタビュールームに入って来た信者を見て、足がたくさんある大きなゴキブリが部屋に入って来た。とか言われるよな。
ポニョ:それってやっぱり意地悪やんか。おいらはココナッツのようなツルツルピーじゃないけど、そんな風に言われたら傷つくぜよ。
ヨシオ:人が、どれくらいの事で怒るかを試されているんや。人って普段は猫かぶりで良い子ぶって聖人面しているけど、こんなしょうもない事ですぐ頭に来るんか。まだまだ、修行が出来とらんな。と人をわざと怒らせてその人の忍耐度を試されるんや。
ポニョ:それに、プライドも傷つくから、その人のプライドの高さも試されるんやろな。昔、おいらに背が低い友達がいて、普段はとても良い奴なんやけど、ある日何かの調子に頭をポンと叩いたら、そんな事をしたら背が伸びなくなるって烈火の如く怒ったので、こっちが驚いたことがあるな。
ヨシオ:背が低いことに対するコンプレックスを心の深いところに持っていたんやろな。
ポニョ:でも、頭をポンぐらいで感情をむき出しにして怒るって、それほど深いところに持っていたわけではないんやろな。そいつの怒りを発生する震源地は浅かったな。前にも言ったように、怒りって欲望があるから出て来るんやろ。この場合は背が高くなりたいっていう欲望やな。おいらの場合も髪の毛を増やしたいという欲望や。それが心の隅にあるから、そこを突つかれた時にそれが怒りとなって表に出て来るんやろな。なんか分かるような気がして来たぜよ。でも、怒りをコントロールするって難しいよな。
腹立ちやすい環境にいても、怒りをコントロールすることができるなら、それは見事な成就です。
そのような環境でないところで、怒りの感情をコントロールしたといってもそれは意味のないことです。
それゆえ、怒りや憎悪が起こりやすい世間の生活をしつつ、それらをコントロールすることを学ばねばなりません。SIP5-52
ヨシオ:このように怒りが込み上げて来たら、先ず大きな声でカラ笑いをしてみると、何処かにその怒りが飛んで行ってしまうから不思議やな。また、冷たい水を飲んで、身体が怒りで熱くなるのを冷ますのもええな。また、怒っている時に自分の怒った醜い顔を鏡で見てみると、怒りが引いて行く事もあるな。
ポニョ:おいらの知り合いは腹が立つと鏡の前に行き、その鏡に写っている自分自身に泣きながら文句を言うとストレスが発散して怒りが無くなるって言ってたな。
ヨシオ:それってなんか暗い性格やな。横で見てたらキモいやろな。自分の泣きながら怒っている顔を見ながら鏡の前で文句を垂れるって、あんまりお勧め出来ないな。でも、怒りって本当はすごいパワーを使うんや。一回の怒りで、三ヶ月分の食事などから貯めた霊力を使い果たしてしまうんや。
一度の怒りで、三ヶ月以上かかって食物から摂取したエネルギーを消失します。
それだけでなく、怒りは血液を煮え立たせ、それが冷めるまでには三ヶ月近くもかかります。もし何回も癇癪を起こしていたら、あなたの運命はどうなるか、想像してごらんなさい。11-8-2000
ポニョ:ある帰依者の夫婦は、二人とも激性でよく夫婦喧嘩をするんや。ババがインタビュールームで旦那さんに、君は今年いくつになったんや、と聞かれたので年齢を言うと、とても驚かれたジェスチャーをされて、えらく老けているな。君はいつも怒りすぎや。だからこんな風にどんどん老けて行くんや。もう夫婦喧嘩をやめなさい、と言われたんや。その人は若い時からツルツルピーなんやけど、禿げちゃんになったんは怒りのせいもあるかもしれないよな。おいらも、あんた程じゃ無いけど短気やから気をつけないとな。そのうち髪の毛が全部無くなってしまうぜよ。
ヨシオ:ポニョは先ずチリのような辛いものを食べるのを控えた方がええな。性格に影響するで。一番効果があるのは、怒りが出てきたらその場をさっと離れることやな。怒りの波動って凄いパワーを持っているんや。だから怒りの波動に満ちたその場を離れれば、その悪い影響から逃れることが出来るんや。俺のお袋も普段は怒らないけれど、怒ると自分が怒った時に出てきた怒りの波動によって、更に輪を掛けたようになって怒りが増し、結局自分で怒りをコントロール出来なくなってしまう時があったな。
ポニョ:ポニョ:怒りを鎮めるには、船のイカリを上げて何処かに場所を変えて移ればええんやな。イカリを沈めるにはイカリを上げるんや。面白いな言葉遊びは。でも女の人は繊細な人が多いから、ヒステリーになりやすいよな。男でもいるけどな。男はオステリーや。
ヨシオ:ポニョの言葉遊びは最近冴えてるな。女の人は繊細な人が多いから、ヒステリーになりやすいよな。そう言えば、ババはこんな話をされていたよな。お母さんが赤ちゃんにミルクを与えているときに、隣人と気に入らないことがあって玄関先で口喧嘩をしてたら、お母さんのミルクが怒りの波動で毒になり、赤ちゃんがその毒になったミルクを飲んだために死んでしまったんや。
“怒りによって、血液は急激に脳に流れ込みます。血圧は上昇し、血液の構成成分が変化します。
かなりの量の毒素が血液の中に入り込むために神経は傷つき、あなたを実際の年齢よりも老けさせてしまいます。また、母親が怒るとその乳に毒素が混入し、乳児に影響を与えるのです。SSSVol11p72”
ポニョ:怖いよな。それって。赤ちゃんはえらい迷惑やぜよ。
ヨシオ:このように、人は食事をしている時は平安な気持ちで食べないと、その食事をしている時に受けた波動が霊体に食べ物と一緒に取り込んでしまうから良くないんや。だから、食事の時に絶対テレビを見たり漫画を読みながら箸を動かしてはいけないんや。自分の霊体がその時に見ていたテレビの番組や、漫画のシーンによってどんどん汚染されて、後々までその人に影響するんや。
ポニョ:学校で、おいら達は何を習って来たんやろな。こんな大事な事を全然教えてくれなかったな。
怒りを抑える優しい方法があります。自分の中に怒りが生じたことに気づいたなら大きな声で笑います。また浴室に行って冷たいシャワーを浴びます。
水を一杯飲んで、涼しいところでくつろぐのもいいでしょう。
怒りが生じたらすぐにその場所を離れ他の場所に移るというのはすぐれた効果があります。
これらの方法をみんなやってみて、それでも怒りを抑えることが出来なかったら、鏡の前に行って自分の顔をよく見てご覧なさい。
自分の怒った顔を見れば、きっとうんざりしてすぐに怒りを抑えることが出来るはずです。
こんなふうに、怒りに対して打つ手は色々あるのです。
もう一つ、怒りが生じたときに出来ることが一つあります。
それは、どうして怒ったのか、その原因を振り返ってみるのです。
果たして自分の怒りは正当化できるのでしょうか。
自分が怒って誰かを傷つければそれは罪を犯すことになるし、自分のためにもなりません。
こうした方法は、どれも普通の人には難しいかもしれません。
ただ、怒ったときに口汚い言葉で人を罵ることをしなければ、まずはよしとして下さい。
少し時間をかけてよく考えてご覧なさい。怒りはいろいろなやり方で修行を志す人を弱くしてしまいます。怒ったときにその怒りを抑える努力をすれば、身体も丈夫になるし心も清められるでしょう。SGc9
ポニョ:今日は書評っていうか魂の目という本を紹介してみたいと思っています。まず最初にその本に載っていた、おいらが気に入っている詩というか英知の言葉を紹介したいと思っています。
ヨシオ:やった。出ました。金子ミス夫の推薦詩集。
ポニョ:前から言ってるけど、そのミス夫はやめてくれる?いつも、ミスばっかりしているおいらの人生をもろに表しているから、心にグサっと来るんや。
ヨシオ:それに、金子みすゞのファンに失礼やしな。
ポニョ:なんでやねん。最初から、なんか絡んでくるな今日は。では、言葉を紹介します。
全てを諦めありのままに受け入れる。
そこに至るには強力な精神と深い深い知恵がいる。
ヨシオ:短いけどなんか、人生を歩む上でとても重要な事を言ってるな。でもこれは詩ではないやろ。
ポニョ:これは、観音経を深く学んだ人がそのエッセンスを書かれたんや。
ヨシオ:どこの坊さんやねん。まさか、大阪駅の前で足を轢いた坊さんと違うやろな。
ポニョ:違うぜよ。ヒントをあげるから、当ててみ。その人は、漫画家やねん。お父さんが病気になり仕事を失ったために家が貧しくて、なんと中1でプロの漫画家になり、家族を養った天才漫画家や。
ヨシオ:天才漫画家ってまさか手塚治虫じゃないやろな。
ポニョ:違う違う。手塚治虫はそんなに貧しくはなかったやろ。名門北野高校を卒業して医者の道を歩んでいた漫画家やで。でも、その手塚治虫が連載していた鉄腕アトムを手塚治虫が病気の時に、連載を止めないように手塚に代わって代筆してた男。
ヨシオ:それはすごい。人の漫画を描けるってすごい話やで。それぞれ漫画には独特のスタイルがあるからな。しかも、読者に気付かれずにそんな事ができるって、よっぽどの天才やな。誰やろか?
ポニョ:おいらが通っていた千里山のグレース幼稚園がある吹田市出身や。
ヨシオ:ポニョの幼稚園がなんでそこで出てくるんや。ヒントになってないやないか。
ポニョ:そうかな?ええヒントやって思ったんやけどな。42歳で漫画家という人気商売に虚しさを感じて辞め、以降十年間にわたって人が生きることはどういうことか、ということを模索し仏教教典や聖書、論語、古事記などあらゆる教えを読みふけり、その意味を理解しようとした。そして、それらの教えを分かりやすく漫画にして出版すると、それらの本は瞬く間にベストセラーになったんや。最後のヒントは、胸に八が付いているヒーローや。
ヨシオ:分かった!エイトマンを描いた桑田次郎や。光る海、光る大空、光る大地、行こう無限の地平線。走れエイトマン、弾よりも速く、叫べ胸を張れ、鋼鉄の胸を。エイト、エイト、エイト、エイト、エイト、エイトマン、エイトマ〜ンやな。
ポニョ:ピンポーン。でもいつまで歌ってるんや。あんたは。毎週見てたんやろ。
ヨシオ:あのね、ポニョくん。グレース幼稚園のわけの分からんヒントから、胸に八が付いているヒーローのヒントって、めちゃ大きなギャップがあるで。そんなヒントやったら誰でも分かるやないか。もうちょっとヒントに工夫をしろや。そのヒーローは数字に関係あります。とか渋谷の駅前にいる犬に関係あります。とか。いきなり眉間に八の字が付いているヒーローやなんて言ったら、誰でも分かるやないの。それは答えを言っているのと一緒やんか。
ポニョ:おいらは何でもストレートやから、そんな工夫が出来ないんぜよ。ところでその桑田さんは、今では人気漫画家から転身して名前も二郎に変えたんやけど、人気漫画家が突然収入が無くなったので、小屋に1人で住んで清貧な生活を送っておられるんや。
ヨシオ:ヨギのような人やな。二郎さんは確かに手塚治虫と並んで有名な漫画家やな。日本の二大漫画家って言われたもんな。二人とも大阪の第一学区出身やから地元の誇りや。俺が通っていた扇町中学のある大阪の第一学区は優秀やな。桑田次郎の月光仮面や、幻探偵なんかも子供心をときめかして読んだよな。確かこの人、お袋と年が変わらへんと思うで。
ポニョ:第一学区が優秀でも、そこに属している学生がみんな優秀とは限れへんやんか。特に、扇町中学なんかガラが悪いので有名やったで。隣にあった管南中学の学生がいつもいじめられてたって聞いたで。
ヨシオ:それは、俺が卒業してからの話や。俺らの時はまだ管南中学は無かった。でも、柄の悪い中学のすぐ隣に中学を作るからそんなことになるんやんけ。それに古い刑務所を改築したボロボロの中学の横に、ピカピカの校舎を建てたら誰でもいじめに行くのは当たり前やろ。
ポニョ:そんな道理はあんたしか通れへんわ。二郎さんは、人気ヒーロー漫画家から、マンガで読む般若心経や宮本武蔵の五輪の書、論語などの難解な教えを身近なものに変えて漫画で表現しようとされたんや。
ヨシオ:自分がしっかり理解していないと、普通の人たちが分かる言葉に変えて、理解しやすく身近なものにするなんて難しいよな。全てを諦めて物事をありのままに受け入れるか。世俗的なものの追求はそこそこにした方がええって、以前の記事でも紹介したことがあるよな。
苦痛については諦めなさい。
すべては神があなたのために仕組んだことなのです。
苦痛を通じてあなたの利己心を無くすことが神の意図なのだ。p344サイババは世界の危機を救う
ポニョ:それと同時にいろんな災難や不幸な出来事が人生の中で降りかかって来ても、取り乱すことなくそれらを平静に受け入れなさいということやろな。
ヨシオ:それってババが言われている事と同じやんか。どっちかがパクったんやろな。
ポニョ:違うっちゅうに。観音経にはいろんな大事な教えが載っているんぜよ。仏陀が深く瞑想して得たお言葉は、元々は神さんから来たものやからババと一緒なのは当たり前やぜよ。
ヨシオ:そうか、俺はどっちかが著作権法に違反してるんかなと思った。
神ながらの生活をしようと心に決めたならば、世の人の手本となりなさい。
不安、恐怖、無知がそこから生まれる根本の原因を取り除きなさい。
その時はじめて真の人格は光を放ちます。
不安は、至高の神を信じることによって除去されます。
身に降りかかる一切の出来事は神のお計らいによって、自分にとって良かろう、と思われて為されたことであり、その御心は、必ず成就することをあなたは知るでしょう。
何事もあるがままに率直に受け取る心こそ、不安に対する最善の武装です。
それは弱い人間が、見せる諦めの態度でもなく、英雄のみに可能な勇敢さに満ちた受容です。
悲しみはエゴイズムから生まれます。
自分はこのような、悪い待遇を受けるべき人間ではない、あるいは自分を助け、分かってくれる人は誰もいない、などは、エゴイズムからこのような悲しみが生まれるのです。
エゴイズムが無くなれば、悲しみも消えてゆきます。
無知とは、自分自身を肉体と思い込むことです。SSSVol1chp4
ポニョ:あのね。とぼけるのがうまいやんか。カルマについてもこんな風に説明されているぜよ。
「御釈迦様の教えの中に次のような言葉があります。過去の因を知ろうと欲すれば、現在の果を見よ。未来の果を知らんと欲すれば、現在の因を見よ。因とは原因の事で、果とは結果の事です。原因のない結果などというものはありません。結果のあるところには、何らかの原因があり、原因があれば何らかの結果を生みます。例えば今非常に辛い人生を送っている人がいるとします。
その人は、なぜこのように辛い思いで生きなきゃいけないかが分からないかもしれません。しかし、それにはそれなりの原因が必ずあるのです。その原因は過去の自分が作ったものです。過去の原因が現在の結果を生んでいるのです。従って、未来に現れてくる自分の運命は現在の自分が今、作っているのです。つまり、未来の果を知らんと欲すれば、現在の因を見よ。ということです。
カルマとは本人の生命の中から生まれた現象を生み出すエネルギーです。従って、良きにつけ悪しきにつけ現象となって現れるとともにそのエネルギーは消えて行きます。エネルギーが現象という姿に変わる訳です。従って、この世の一生の中で過去生からの悪いカルマが現れたとしても、それはその時だけのものです。つまり、この世の不幸や苦悩とは過去の悪いカルマが消えて行く姿なのです。それを消化してしまえばそれっきりのものなのです。」と説明されているんぜよ。
ヨシオ:うーん。「カルマとは本人の生命の中から生まれた現象を生み出すエネルギーです」か。上手く説明されているよな。ババは悪いカルマも良いカルマも自分が作り出している。苦しいことがあっても、それを神様からのプレゼントだと思って受け取りなさいと言っておられるな。
ポニョ:そこで、アインシュタインならず愛ンシタイン博士の漫画が出てきて、「これはエネルギーの法則となんら変わるものじゃないんだよ。宇宙の全てのものは存在の共通の法則性の中で成り立って動いているんじゃから」と説明しているんぜよ。
ヨシオ:こういう叡智の言葉がエイトマンの口から出て来るって、想像出来ないよな。エイトマンのイメージが壊れてきたな。
ポニョ:エイトマンの作者が言っているんであって、エイトマンは言ってないの。とぼけ過ぎや。
そして、続けて「そうしたカルマの法則を知らないと、悪いカルマが消えて行く時の不幸や苦悩の中で悪あがきして、怒ったり愚痴ったり悲しんだり嫌な心を働かせてしまいます。そして嫌な心で行動する時、そこに新たな悪いカルマのエネルギーを作り出してしまうのです。そうなると悪いカルマの悪循環が始まり、運命はさらに、最悪の悲劇に向かって動き出すのです。」と言って上手くカルマの法則を説明されているぜよ。
ヨシオ:いやいや感心感心。エイトマンはすごいな。それで?
ポニョ:続けて「したがってこの世で、いかに辛い目に会おうとも、それさえも空の次元から見るならば、全てが霊の進化のためのものなのです。人が悪いカルマで苦しむのも、その苦しみを味わねば本当の意味の正しさに目覚められぬからです。どのような苦しみもそれが霊の進化にとって、どうしても必要なことゆえに、運命の中にそれが現れてくるのです。」と言っておられるぜよ。まだまだ英知の言葉はあるけど、今日はこの辺で一旦打ち切るぜよ。
ヨシオ:ええこと言っておられるやないの。今日は、エイトマンの話を聞けて本当に面白かったな。久々にエイトマンを見て興奮していた時の、子供の頃の自分を思い出したな。そうか、エイトマンは俺たちを光の世界に導こうとしていたんやな。今、初めてエイトマンの歌の歌詞に隠された秘密が解けたような気がする。光る海、光る大空、光る大地、行こう無限の地平線、走れエイトマ〜ン……
ポニョ:もう分かったって。そろそろやめてくれますか。還暦を過ぎたジジイがええ年こいて、恥ずかしいわ。
あなた方は、なぜ私のダルシャンを得た後も苦悩を経験しなければならないのか?と思う者もあるだろう。
それは、いくつもの前世で積み上げたカルマを支払っているからなのだ。
~私のダルシャンを得た後、次の世で良い人生が待っている。
良い人生であれば間違いを犯すことはない。
そして、間違いを犯さなければ、再び生まれ変わることも無い。
これは単純明解な真理なのだ。P260ANDI
すべての人間は、決められた寿命を持っています。
それは借家契約している家に住んでいるようなものです。
その家を出る前にあなたは新しい家を探さなくてはなりません。
同様に、人がその身体から離れる前に、その人のカルマに応じて神は別の身体と寿命を用意します。
もし、死が独断的に刑罰によってもたらされた場合、あなたは、カルマを支払って高いレベルの境地へ恒久的に行ける機会を逃すことになります。
自殺の場合は、あなたは中途で立ち往生した状態となります。
それは、あなたにとって恐ろしい状態となります。
この自然界には空白というものは存在しません。
神は、霊魂やその他の目に見えぬ霊体達でこの世界を満たしています。
自殺を図ると、それらの者たちがあなたのところにやって来るので、あなたは恐怖におちいるでしょう。
それゆえ、自分で神様から戴いた命を絶ってはならないのです。
正義に基づいて人生を送りなさい。
人生の中で困難にぶつかってもいつも神を思い、落ち着いて乗り切ればいつの日か必ず神の祝福を得ることが出来るでしょう。
この真理を疑ってはなりません。
神への信仰を持ちつつ,それらの困難に立ち向かいなさい。P290ANDI
ポニョ:昨日は、プッタパルティに家を買って住む話をしたので、興奮して寝れなかったぜよ。一晩中、プッタパルティに行ったらこうしようとか、ああしようとか考えていたら朝になったんぜよ。
ヨシオ:珍しいやないの。寝床に着いたらいつも十秒以内にいびきをかくのに、朝まで寝れないなんてポニョらしくないやんか。
ポニョ:人生の一大決心やから、いろいろ考えて当たり前やんか。
ヨシオ:俺が、この話をしたのは何か苦しい事があっても、さっと違う生き方も出来るよ、ということを言うつもりでプッタパルティの話を出したんや。ポニョがその話にこれ程乗ってくるとは思わなかったので、逆に驚いたな。
ポニョ:おいら達夫婦もそろそろ老年と呼ばれる年齢になって来たから、将来の事をしっかり考えないといけないなと嫁さんと話していたところやったんや。まさに、渡りに船ってこのことやな。プッタパルティの不動産が三分の一になっていたなんて知らなかったぜよ。それに、これから世界もややこしくなるし、もし、ババが再降臨されたらおいら達には手が届かないくらい不動産の値段が上がるしな。今の間がチャンスやぜよ。それにサイババさんの帰依者が国の長って、とても魅力やぜよ。
ヨシオ:そうやな。神の化身が自ら生まれる場所を決められ、将来そこが多くの人々が巡礼に訪れる聖地になるって約束された土地やもんな。
ポニョ:それだけやない。おいら達は近い将来、ババがもう一度この世に姿を見せられるって知っているから、ババが再降臨されたときにいろんな奇跡が見れるしな。その場にいるってすごくラッキーと思うぜよ。
ヨシオ:でも、ババが再降臨されたら百万人もの人が訪れて、住みにくくなるかもしれないで。
ポニョ:そういうババのことをあまり知らない人たちに、ババの話をしたりするって大切な事やろ。おいらはそういう人のために語り部になろうかな。
ヨシオ:人が多すぎてポニョの声帯が潰れてしまうやろな。でも、ポニョのようにさっと生き方を変えれるっていいよな。この世を生きて行くのに、もっと直感を司る右脳を使って、柔軟に楽しく人生を考えたらええよな。だって、人生の目的は神さんのところに行くことやろ。それ以外のことは何にも大したことがないもんばっかりやんか。もちろん所帯を持てば子供も出来て、義務も発生するからそれらをしっかりせないかんけどな。
まず初めに、あらゆる不純な衝動を手放し純粋な衝動を培いなさい。
その先は、一歩一歩進むように心掛け、この純粋な衝動すらも手放して、心の対象をなくしなさい。
このようにして得られた平安は、光輝いて平安に満ち、英知と結びついています。
実にそれは神そのものの体験です。至高の平安 P.39
ポニョ:いざという時には、自給自足の生活も出来るぜよ。
ヨシオ:ポニョはもうやっているんやないか。この前、いつショッピングセンターに野菜を買いに行ったか覚えてないやろ。
ポニョ:そう言うたらそうやな。現金も長い間触ってないな。あんたも同じやないの。
ヨシオ:今、この世界で生きている人の99%の人は、この世界を自分とは離れたものとして見て、この世界はこんな世界だ、と自分が作り上げている世界に囚われられてしまっているんや。本当は、この世界は神聖な光で覆われた、愛の世界やのに。
ゴールデンエイジになれば、世界中が調和で満たされどこかしこも愛であふれるでしょう。
今日、どこを見ても混乱、争い、騙しあい、悪徳,などのネガティブな状況が優位を占めているので、あなた達はそのようなすばらしい世界を想像出来ないでしょう。
しかし、最終的に変化はやってくるのです。
今日、種はまだ土の中にあり、それがゆっくりと芽を出すように、神の教えは世界中の人々の心に浸透し広まりつつあります。
間もなくこれらの種は成長をはじめ、たくさんの人々にその絶対真理の美が届き始め、明るく輝き始めることでしょう。
時間は少しかかるかもしれませんが、新しいゴールデンエイジはゆっくりとやってきているのです。
あなた達の中にある神聖さを輝かせ、ビーコンのひとつとなって世界に明かりを灯し、ゴールデンエイジを少しでも早くこの世界にもたらそうではありませんか。
今日、幾人かのすでに啓発された、神を悟ったステージに達している魂たちが、来たるべき新しい時代を導いていくことでしょう。P41 Sai Vandana
ポニョ:自分で、自分の人生に檻を作り、その中に自分自身を閉じ込めてしまっているってわけやな。
ヨシオ:そういうことや。人は、誰でも五つの感覚器官を持っているけど、それに引きずり回されているんや。昨日の記事のタクシーを捕まえて天国にいる息子に会いに行こうとしたお父さんの話やけど、この世は全てが神であると分かったら息子への対応も大きくことなってくるんや。例えば、お父さんは、ある日息子からサービス残業で苦しんでいるという相談を受けて、お前は根性が足らんと言って叱りつけたけれど、このお父さんの行為のどこに神様がいてるんや。神さんはお父さんに完全に無視されているやないか。そうではなく、お父さんは息子という姿をとって相談に来た神様を見た。その事によって、どれくらい自分が神様を息子の中に見れるのかテストをされていると思った。息子の中にいる神さんは、息子の口を通じて、サービス残業の苦しさについて訴えた。お父さんは息子の中の神様に向かって、息子が無知に覆われていて自分の神の声である良心のささやきが聞こえないのであれば、喜んで息子にアドバイスをします。と言った。息子はもう二十一才を過ぎていたので、お父さんとしての義務は無いけれど、息子の中の神様が自分に判断する事を聞いてきたので、働いているのに給料にそれが反映されないのは、会社としてのダルマ、義務を果たしていません。ババはそういうアダルマ、正しい事をしていない者から距離を置きなさいと言っておられる。もし、このまま君がその会社で働き続けたら、最後にはボロ雑巾のように投げ捨てられるだろう。これがお父さんのアドバイスだ。君がこのまま仕事を続けるかどうか、最終的には君の心の中におられる神様に聞きなさい。とアドバイスをする。このアドバイスによって息子が神の方に向くか、向かないか、はたまたもう一度アドバイスを聞きに来るかどうかは息子の問題や。それはお父さんに全く関係ないことや。お父さんは自分がやるべき義務を終え、息子はそれによって神さんが宇宙を創造される前から決められていた行動を取るだけやから、その後息子に何が起こってもそれを受け入れるだけや。そういう淡々とした態度をとって人生を送ることが出来、神様をすべての人の中に見れる帰依者を神様が一番喜ばれるんや。
どこへ行こうと、与えられた義務を常に果たしなさい。
そして私があなたのうちにいてあなたの1歩1歩を導いていることを知りなさい。
これから先あなた方は、さまざまな姿をとって現れる私を体験します。
あなたは私のもの。私にとってあなたは、何よりもいとしいものです。
まぶたが眼球を守るように私はあなたを守護します。
私は決してあなたから離れず、あなたも私から離れることはありません。
今この瞬間から他のものを追いかけず、一切を神と見て揺るがぬ信愛を持って義務を果たしなさい。
忍耐していなさい。
やがてあなたに一切が与えられます。
幸福でいなさい。
何事に関しても、心配する必要はありません。
何を経験しようとも何が起きようとも、それを神の意思と知りなさい。
この化身が降臨した天命の実現を遅らせる力はこの世にはありません。
あなたがたは皆神聖な魂です。あなた方は来るべき新しい黄金時代に展開するドラマにそれぞれの役割を持っています。SSBack Cover page10/96
霊性修行に精を出し、あなたの心をもっと輝かせて、あなたの近くにやって来たすべての人にその光を広げなさい。19/2/66
ポニョ:クール アンド カームやな。つまり、最初に言ったように、自分の周りの物や人が、自分とは違う離れたものではなく、全ては神様として見ることが出来れば、二元論、マーヤーの海から抜け出して、そのカラクリに惑わされることなく、いつも本当の自分を意識している覚醒した人生を歩むことが出来るんやな。
ヨシオ:そういうふうにして、毎日の生活の中で神さんを見て、聞いて、話して、感じて、生きていけるようになれば、周りの人から見て、その人がどのような不幸に襲われているように見えても、その人は喜びに満ちた素晴らしい人生を歩めるんや。その人の一瞬一瞬の人生は神さんを感じて体験している人生となり、自らの内におわす神さんを体験するための瞑想さえもする必要がなくなってしまうんや。
ポニョ:そして、その人は身体は普通の人で、アフロヘヤーでもなく、オレンジ色のローブも着ていないけれど、神さんがその人を通じて体現した人となって、その人の人生は、頭から五光がさすような人となって、その人はこの世の光となるんやな。おいらの頭の話をここでしたら、今度は許さんぜよ。
太陽は、鍋にも川にも鏡にも映る。
しかし、太陽はそれらのものが太陽自身と感じるだろうか。
また鍋が割れた時、川の水が干上がった時、鏡が割れた時、太陽は悲しむだろうか。
それと同じで、あなたが、私は肉体であると思う時、悩みが生ずる。
あなたが私は肉体でない、と思う時、あなたは一切の事情に関係無く、太陽のように光る。
その上、あなたは至る所に内在するようになるでしょう。SDMp89
アヴァターの使命は人類の心に変容をもたらすことです。
皆さんは一つの事実に気づくことができなければなりません。
人類の世界規模の変容はすでに始まっています。
短期間のうちに、すべての人間社会が一体となり、次のヴェーダの祈りの中で尊ばれている理想に沿って、平安と一体性のうちに生きていることに気づくことでしょう。
共に生きよう、共に成長しよう。
共に知性を育もう。互いに仲良く暮らそう。
私は、黄金時代はとても近いと断言します。
バーラタ(インド)、そして、全世界で、個人の対立、不和、同胞への憎しみは、過去の遺物となるでしょう。10/10/05
あの人は味方だ、この人は敵だ、という思いでさえ誤りです。
この錯覚を捨て去らなくてはなりません。
俗世への執着は、神にしがみつくことによってのみ断ち切ることができるのです。
あなた方がずっとやってきたことと言えば、空を見つめていただけなのに、どうして、地面が見えないと不満を漏らしているのですか。
地面を注視し、空を映し出す水面を見て御覧なさい。
そうすれば、足元の地面と、空を同時に見れるでしょう。
同様にすべての行為の中にアートマの栄光を見なくてはなりません。DVJp18
ポニョ:以前、ある人がババに毒蛇が目の前に現れたら殺さないと咬まれて死んでしまう。と言ったらババは、そのコブラの中に神様を見ればコブラは噛まないと言われたことがあるな。それって面白いよな。
ヨシオ:インドでそういうことを聖者に言われたので試した男がいるんや。その男は王様の行列の前に横たわって、王様が乗っている象が自分を踏み潰すかどうかを試したんや。
ポニョ:なんやて?行列の前に横たわりながら、象の中におられる神さんを心で思い浮かべたんか?えらい無茶するよな。失敗したら象に踏み潰される象。
ヨシオ:そのダジャレは、もう言い飽きたし聞き飽きた。象はその男の前まで来ると、鼻で男を持ち上げ、道の横に置いてそのまま何事も無かった様に行進を続けたんや。
ポニョ:でもそれって神さんをテストしているみたいで良くないよな。他人の中に神様を見るっていうことは、大事なことやけどな。アシュラムでシンガポールの人に聞いたけど、夜の中華街を一人で歩いていたら、前からチンピラが何人か歩いてきたんや。それで思わずガヤトリマントラを唱えながら、そのチンピラの中にいてるババにお護りくださいってお願いしたんや。それでそのチンピラ達とすれ違った時にチンピラ達は、何か訝しげな顔をしながらその人を見て、何も悪いことをせずにすれ違ったんや。でも、面白いのはその人が属していたサイのセンターに、チンピラ達が後でやって来たんやて。そして、このセンターに入りたいと言って頼んで来たそうや。
ヨシオ:なんでやねん。もう改心して町のチンピラ業から足を洗いたいって言ってきたんか?
ポニョ:違うねん。その男の人とすれ違った時に、その男の人が自分達より多い数になって見えたんで驚いたんやて。後で、一緒にいた仲間に聞くと皆そういう風に見えたんで、自分だけの目の錯覚じゃないと分かったんや。それでその男の人はサイの組織の会員やった知っていたから、サイのセンターの会員になって、すれ違った時にブツブツつぶやいていた呪文か魔法を教えてもらおうと思って来たんやて。
ヨシオ:面白いな。それで、そのチンピラ達はどうなったんや。
ポニョ:そのセンターで、その男の人からあの時にガヤトリマントラを唱えて、ババに守ってくれるように頼んだという話を聞いて、チンピラ達も必死でガヤトリマントラを学んだんやて。
ヨシオ:それって、動機が不純やないけ。でも、チンピラが何処かに殴り込みに行く前に、全員で先ずガヤトリマントラを唱えるっておもしろいよな。いろんなレベルの人が様々な方法で神様の方に導かれて行くんやな。
ポニョ:最初、その話を聞いた時はワロタぜよ。
ヨシオ:そうか、ポニョも長い事、アシュラムに滞在してたって言ってたから色んな話を知ってるよな。確かインタビューにも呼ばれたんやな。
ポニョ:おいらは、ババと直接話す機会は無かったけれど、でもババは心の中におられるってよく分かったな。ほら、以前食べ物の話をしている時に、おいらの大好物やった玉子焼きも食べなくなったっていう話をしたことがあるやろ。それは、インタビュールームでババに言われたからやねん。ある人がババに肉を食べることは罪なんやけど、やめるのを難しいと言ったら、ババは、肉を食べるとその動物の霊体が身体の中に取り込んで、自分の霊体に影響を与えるし良くない。それに殺される時にその動物に痛みを与えるから。という話をされていた時に、おいらは、部屋の後ろの方に座っていたんやけど、心の中でババに、それじゃ玉子やったら痛みを感じないから食べてもええのかな?と思ったんや。するとババは突然その人と話すのをやめ、おいらの方を見ながら、玉子もダメだ。と言われたんや。おいらはとても驚いて口を開けたままになってしまったな。本当にババは人の心の中までお見通しやなと分かったな。それ以来、大好きな玉子焼きを食べれなくなったんやぜよ。ババにインタビューをもらった日が、玉子焼きを食べれなくなったという、おいらの人生で一番悲しい日になったんやぜよ。
ヨシオ:玉子焼きが食べれなくなっただけやのに、それが人生で一番悲しい日やなんてポニョらしいよな。でも、突然誰かと話すのをやめられて、ポニョが心の中で思ったことに答えられるってすごいよな。だって、全ての人の心の中のつぶやきが聞こえているのに、ポニョのつぶやきだけを選んでそれに答えられるって面白いと思えへんか?でも、玉子焼きだけでそれぐらい人生にインパクトがあるって、ポニョは人生の浮き沈みをそんなに経験してないんやろ。
ポニョ:もちろんあるぜよ。おいらは昔からカッと来やすいタイプやけど、すぐに忘れてしまうんやぜよ。でも、何をどこで食べたとか、食べ物のことになるとずっと覚えてるな。昔、嫁さんとデートを始めた頃、いろんなところに行ったけど、覚えている事といえば、どこどこの喫茶店で食べた定食が安くて美味しかったとか、あそこの蕎麦屋にまた天ぷらそばを食べに行こうとか食べ物の思い出ばっかりなんで、叱られたことがあるな。でも、やっぱり美味しいもんは美味しいよな。芋の煮っころがしとかお好み焼きとか大好物やったな。
ヨシオ:人の心は二つの状態があって、今、ポニョが言ったように舌の要求に応えるために。蕎麦屋へ行きたいとか、天ぷらを食べたいとか、感覚器官が心に影響を与えて感覚の要求に従う心。もう一つは、心が感覚器官に従うのではなく、逆にその上に位置する知性によって管理された心によって感覚を支配出来る心。さて、ポニョが持っている心はどっちかな?
無知に浸っている人は動物も同然です。
そのような人の生活は、感覚の満足が中心です。
自らの内なる神性の存在を知らぬゆえ、彼の思いは感覚器官を越えることはありません。
かれは束の間ではかないこの世の快楽を天国の至福と思い違いし、識別力を持たずに迷いの生活をおくります。25/12/92
ポニョ:もう質問する前にあんたが答えを言っているやないか。最初の方ですたい。おいどんの心は。
ヨシオ:突然、西郷隆盛になるなよ。実は心って感覚器官や運動器官のお目付役なんや。
ポニョ:ということは、心は、感覚器官より上に位置するってことなんか。
ヨシオ:例えば、学生時代に教えるのが下手くそな先生の、退屈な授業を受けている時のことを思い出してみ。ポニョは何をしてたそんな時。
ポニョ:そうやな。ノートや教科書に落書きをして遊んでいたり、漫画を隠れて読んだり、頭の中でいろんな事を想像してボーってしてたな。
ヨシオ:そうやろ。そんな時に先生の話なんて耳から入って来なかったやろ。
ポニョ:全然。これっぽちも覚えてないぜよ。
ヨシオ:でも、ポニョの耳は先生の話を聞いているはずやろ。それともポニョの耳には蓋かなんかが付いているんか?
ポニョ:付いていないんだってばよ。ナルトが終わって楽しみが減ったぜよ。
ヨシオ:それじゃ、耳が話を聞いているはずなのに、どうして全然覚えていないんやろか。
ポニョ:心がその時に、そこにいなくて、何処かを彷徨っていたからなんぜよ。ああそうか。心が感覚器官より上に位置するという意味が分かったぜよ。つまり、心が何かを考えていたり、他のことに集中したりすると、目が何かを見ていても、耳が何かを聞いていても、耳とか目の感覚器官が役に立たなくなるんやな。
ヨシオ:牛飼いの女たちゴーピーたちは、クリシュナへの思いがひときわ強かったんや。ある時、自分の手に持っているオイルランプの火の中にクリシュナが見えたので、それに集中しすぎて手が火傷をしても気が付かなかったんや。
ポニョ:ふーん。心の力ってそれだけすごいんか。完全に感覚を超えてしまっているぜよ。
人間として生きることは、単なる平凡な暮らしをする事である。
人の目標は神さながらに生きることです。
しかし今日人々は欲望と憎悪のみを抱き、動物にも劣る生活をしています。
欲望が満たされぬと彼は憎悪を持ちます。
知性の導きに従い、気まぐれにさまよう心を捨てることです。
何故知性は重要なのでしょう?
感覚器官は身体の上位にあり、心は感覚器官の上位にあり、知性は心の上位にあります。
アートマンは知性の上位にあります。
このように、知性はアートマンの最も近くにあり,神我の力と光輝を最大限に受ける利点を持ちます。
それゆえ神我を理解し体験する為に知性を用い、至福に満ちて生きるよう努力しなさい。25/5/93
ヨシオ:心というのは、自分が持っている五つの感覚器官を通じて、いろんな感覚的なものを求めて外の世界に出て行こうとするんや。それを180度方向転換させて、自分の外側ではなく世俗的な世界ではなく、もっと自分の心の内側の奥深くにおられる神さんの方に向かって、歩いて行かなければならないんや。
ポニョ:でも、おいら達が生きているこの世界は、常に五感を働かせて生きているのでそんな事を言われても難しいぜよ。
ヨシオ:自分の外側にある世界は、前から言っているように、実は創造主が自分の想念で創られたまやかしの世界なんや。全ては、いつかはふっと消えてしまう仮の世界。この世のどこを捜しても永遠に存在し続けるものなんてないやろ。
ポニョ:鉄でも錆びて朽ち果てるし、放射能でさえ何百万年も経てば無毒になるしな。
ヨシオ:だから、神さんの目から見たら人々の心がこのまやかしの世界に囚われているのは、歯がゆい事なんや。もっと、本当の自分に気付いて欲しいと思っておられるんや。昔から、その為に創造主自らが、人の身体をとって神の化身という姿で、この世に人々を啓蒙するために来られているんや。
ポニョ:また、ラーマクリシュナやラマナマハリシなどの聖者も人々のために送られているな。
ヨシオ:これらの聖者が記されたり、教えを説かれたりしたことや、バガヴァッドギーターのような聖典は全て、人々を神と気付かすためのものなんや。
ポニョ:この世をまやかしの世界と気付き、自分自身の本質に目覚めるか。そのためには何をしなくてはいけないのか、それが問題だ。ハイ、ヨシオくん、いいとこに気付きましたね。それでは、お後が良いようで、、今日はこれぐらいにしとこ。さっき玉子焼きの話をしたから腹がへったのを思い出したぜよ。
たとえほんのわずかでも悪い考えを心に、入らせないように気をつけなくてはいけません。
心をほんの少しでも汚してはいけないのです。
汚れたものが居座ろうとしたら、直ちに追い出すべきです。
たいしたことは無いから大丈夫だろうと考えて、汚れたものを居座らせてしまうと、それは害をもたらし、心の中でみるみる大きくなってしまいます。
ですから感覚器官の働きを良く知って、その正しい扱い方を心得れば必す皆さんのためになります。
そうなればもう感覚器官に惑わされることは無くなります。
感覚器官の虜になってしまったら、安らぎも悦びも味わうことは出来ません。SGc17
ポニョ:朝、旦那さんと口喧嘩をして、イライラして思わずスーパーで万引きした奥さんの話が面白かったな。
ヨシオ:確か、ババがその奥さんにいろいろと違う日付を聞いて来られたんやったな。この日は何の日ですか?あの日は何の日ですか?とか言って。
ポニョ:そうそう。それで、ババが言われた日は全て、その奥さんの誕生日や結婚記念日や、子供が生まれた日やらで、全て当たっていたんやけど、最後にババが言われた日が何の日か思い出せなかったんや。それでババが、お前は二十年も前の日のことを覚えているのに、どうして半年前の日の事を覚えていないんだ。と言われて、みんなの前でその日、お前は御主人と朝から口喧嘩してむしゃくしゃするので、ショッピングセンターで万引きをした日だ。と言われたんやったな。あれは、ショックやったな。おいらも色んなババの話を知っているけれど、最初に聞いた時少しショックやったぜよ。でも、どうしてそんな些細なことまで覚えておられるんやろか。おいらより、記憶中枢神経が数百倍発達しておられるんやろうか?
ヨシオ:ババは今と同じような質問を他の機会にされた時に、こう答えられたことがある。君たちは、結婚記念日とか誕生日とか特別な日しか覚えていない。というのもそれらの日は君たちにとって特別な日で興味があるからだ。でも、私にとってこの世の全ての出来事に興味があるので、全ての出来事や日を覚えているのだ。
ポニョ:それって、ちょっと考えられないよな。全てに興味があるってどんな神経をされているんやろか。多分七億GBより多いと思うぜよ。
ヨシオ:どこから七億GBという数字が出てきたんや。昨日も記事にしたけど、ババは宇宙を統べる、ブラフマ、ヴィシュヌ、シヴァという三人の神を統合した大元の神さんなんや。そして、人と話される時には、その人の霊的なレベルや興味に応じて、それぞれ違う神様の側面を出されるんや。この場合はブラフマ神の側面を出されたんや。
ポニョ:ブラフマ神といえば宇宙を創造した神さんで、自分を自分で見ようとしたんやったな。それとこれと何の関係があるんや。
ヨシオ:関係は大有りや。だって、自分は一つやったやろ。そして、自分を自分で見る時に全てを創造して、自分が多数になったんや。だから、自分は全てになった自分を見ることになるので、全てに興味があるって言われたんや。
ポニョ:ああそういうことか。つまり、どんな小さな些細なことでも興味があるって言われた意味は、その些細な事や物や、全ての出来事は自分自身やからか。宇宙を創造した時に、自分を自分で見ようと意図され、それが神様の波立つ心となって宇宙を創造されたので、この宇宙全てに起こるどんな些細な事も知っておられるんやな。
夢見ている時、人は衝動を追い求め、求めた物を手にいれて満足します。
感覚世界が人を引きつけ、目的の事物を追い求めさせる魅力は、目覚めている状態と夢見る状態の両方に存在します。心は常に波立ち騒ぎます。
その波立ちこそが潜在する衝動因を育て、繁殖させ、根をはびこらせる肥沃な畑なのです。
実際、一切の創造主の背後にあって創造生じさせるものは、波立つ心に他なりません。UVc5
ヨシオ:だから、神様を、全知、全能、全在の神って言うんや。だから、アシュラムに来たどんな人でも、ババはその人を変える力を持っておられる。というのもの、ババはその人の心の一番深いところに持っている秘密や悲しみや、コンプレックスや罪などを知っておられるので、それらを暴露して表に出すことが出来るからなんや。
ポニョ:おいらやったら、この世の全ての人々の小さい心の動きや秘密、他人の罪やコンプレックスなどを知ることが出来たら頭がおかしくなってしまうぜよ。おいらはそんな事まで知りたくね〜ズラ!と叫んで神様を辞任するやろな。
ヨシオ:それで、その辞任届けをどこに出すんや。
ポニョ:出すとこ無いな。郵便ポストにでも入れよかな。
ヨシオ:宛先はどうするんや。さっき、ババは三つの神さんが一つになった大元の神さんやて言ったやろ。ブラフマ神は全てに興味があるんや。それで全てを知っておられるんやけど、でも、ポニョが言ったように頭がパンクしないのはGBが大きいのではなく、その時々でご自分の興味のあることしか知ろうとはされないんや。例えば、アマゾンの奥地にいる大きな蟻は今、三千二十四歩で歩いて芋虫を口で掴み、少し寄り道して、帰りは五千十一歩で巣に歩いて帰ったなんて事をババに聞けば知っておられるので答えられるけど、そんな知識は必要ないやろ。
ポニョ:そうやな。車も、一度エンジンをかければ、運転している人は、今右前のタイヤが急カーブで12ミクロンすり減りました。あゝ、今、急アクセルしたのでブレーキパッドが三十ミクロンも減りました。オルタネーターが十八.四Vまでチャージしていますよ。とかいう細かい情報は要らないもんな。そんな事を気にしていたら事故を起こすぜよ。
ヨシオ:ポニョはどんな神経をしてるんや。例が細かすぎるやんけ。このように、神様は自分を御自分で見ようとされるためにこの宇宙を創造されたので、自分を見ようとしている帰依者の動向にはとても注意を払っておられるんや。
ポニョ:自分を見ようとしている帰依者って、つまり神の方を向いている信者のことやろ。
ヨシオ:神さんは、神さんの方を向いている帰依者をとても喜ばれるんや。だって、それがこの宇宙を創られた目的やから。だから、この世界に囚われて、神さんを無視して毎日生活をしている人は、さっきポニョが言ったように車のオルタネーターやブレーキパッドや、はたまたタイヤのヘリ具合と一緒になってしまうんや。
ポニョ:つまり、そういう人はカルマの法則に則り、自分が作ったカルマを支払うことによって、頭を打ち、エゴが小さくなって神の方に少しづつ向いて行くから、別に神の化身が特別に目をかけなくてもええんやな。別にほっといても、私の方に来てますね。てなもんやな。
ヨシオ:サイババさんは、私は一生涯この地を離れることはありませんと言われたのに、インドを離れてアフリカのウガンダに行かれたことがあるやろ。何でと思う?
ポニョ:うーん、やっぱりアフリカやから、サイギータのような小さなインド象ではなく、もっと大きなアフリカ象を見にアフリカに行かれたんやろ。つまり、ババは野生動物や自然が好きやからサバンナがあるウガンダに行かれたんや。これってちょっと穿った見方かな?
ヨシオ:おおっ!ウガンダとうがったを掛け合わせたんか。上手いやないの。90点あげるわ。でも、正解ではありませんでした。もちろんウガンダでババはセスナに乗られてサバンナのいる野生動物を空から見て楽しまれたけれど、大きな理由は、ある帰依者との果たせなかった約束を果たすために行かれたんや。それはその帰依者が是非、ババに自分の家に来て下さいとお願いしてたんや。ババは行きますよ。と言ってたんやけれど、時が経ち、その帰依者がアフリカに移住してしまったのでわざわざ、アフリカの家まで行かれたんや。
ポニョ:なんやて。えらい律儀やなババって。おいらやったら、行こうと思っていたけど、あんた達がアフリカに引っ越してしまったから行けなくなりました。またね。バイバーイで終わるやろな。
ヨシオ:神さんって帰依者と交じわした、そんな小さい約束を果たすためにだけでも、海を越えてアフリカにでもどこにでも飛んで行かれるんや。
ポニョ:それぐらい、自分の方を見て人生を生きている帰依者のことを愛おしく思われているんやな。そんな話を聞いたら、おいらも毎日、少しでも神様のことを思って生きて行けるようにならないといけないなと思うぜよ。
私たちは、無知のために、宇宙の中に多様性のみを見ます。
表面的な多様性のみを見て、根本的な統一原理、すなわち神そのものである一体性を見る努力をしないのです。
私たちは俗事にどっぷりとつかり、世俗的な欲望を追い求める中で自分を見失っています。
私たちは、これらの世俗的欲望によっては決して満たされることがないので、俗事に嫌気がさして神の方を振り向きます。
「我々の世俗的欲望が幾分かでも満たされれば、神への帰依心は突然高まる。
そして欲望がくじかれれば、我々の神への帰依心は、たちまち神への嫌悪へと変わってしまうのだ。」
世俗的な欲望を満たすことだけが人生の目的であるという誤った考えを抱き、神の遍在と人生の真の目的を忘れて、絶えず世俗の欲望に悩まされ、私たちは、持って生まれた力をすべて失い、自分は弱く、助けてくれるものもいないと感じています。
諸聖典が真理(真実)は一つである(エーカム=サット)と宣言しているにも関わらず、私たちは多様性という非真理の見かけに引きつけられ、それに騙されて、この多様性の背後にある、二元性を超えた神の真理を理解できないでいます。KSH
ヨシオ:この世の人は、毎日の生活の中で神さんの事なんて一分でも思う時間も無いぐらい忙しく暮らしているやろ。ちょっとでもコンピューターゲームをしたり、LINEをしたりする暇があったら、心にいつもいる神さんに話しかけてごらん。とても、喜ばれるで。だって、人の人生って神さんを無視して生きて来た人生から、神さんを思う人生に移行して始めて意味を持つんやから。最初にも言ったやろ。創造主がこの宇宙を創った目的は自分を自分で見ようと思ったからなんや。その目的を俺たち一人ひとりの人生を通じて体現し、実現することを神様は望んでおられるんや。
ポニョ:おいらも、今までそういや、ずっと心の神さんを無視して来たな。おいらは多分、神さんにとってブレーキパッドやったんやな。いや、ブレーキパッドやったらちょっとキーキー鳴ってうるさいから、やっぱりオルタネーターの方がちょっと格好がええな。ちょっと待てよ。やっぱりオートマティックミッションの方が格好がええかな。かわいそうに神さんて、帰依者の人が話しかけてくれるのをずっと待っておられるんやな。お腹が空いた鯉ちゃんたちが水面に出て来て口をパクパクして待っているようなもんやな。神さんって。そうか、そんなにお腹が空いたか、おいらと一緒やな。頭をちょっと使っただけで、何でこんなにお腹が空くんやろうか?すぐに餌をやるからな。大きい口やな。しっかり食べや。神さんもこんなに大きな口をしながらおいらの事をずっと思って待ってくれているんやな。ありがたい話や。
ヨシオ:あのな、神さんと鯉と一緒くたにするなよ。
鳥が、全面を鏡で張った部屋に入ると、自分の姿が映った多くの映像を見ます。
鳥は、そこには多くの鳥がいて、どれもが自分の競争相手だと想像します。
そこで、その鳥は鏡に向かって体当たりを続け、鏡が割れて幾つもの破片が生じます。
するとその鳥には、鏡の破片と同じ数だけの鳥が見えます。
鏡がすべて粉々に砕けてしまうと、鳥の映像は見えなくなり、鳥はどこかへ飛んで行きます。
これは無知の状態です。
反対に、英知の人が部屋に入ると、その人は、そこに見えるすべての姿は自分自身の映像であると感じて、幸せになります。
同様に、自分以外のあらゆる人の中に自分を見て、彼らを自分自身の姿と見なす人こそが、本当の人間です。
外の世界に現れる、目に見える原理は、一人ひとりの内に存在している原理と同じものです。
名前や姿や能力は、個別 のもののように感じられますが、それらは単なる映像に過ぎません。
本当は、皆さんと私は同じなのです。
神は皆さん自身の内にあり、皆さんと神は分離した存在ではありません。
また神は、神殿やモスク(回教寺院)などのような礼拝の場所だけに特別 に存在しているのでもありません。
皆さんがモスクや神殿の中に見ようとしているものは、皆さんの中にあります。
すべての霊性修行は、この内的実在を体験するために行われるのです。23/11/2000
電子本「サイババが帰って来るよ」Part1~5は以下のポニョ書店からどうぞ
http://bccks.jp/store/114521
Sai's Messages for The Golden Ageの文庫本が出来ました。上下の二部に分かれますが小さいのでいつでも何処でもババの御言葉をポケットに入れて持ち運びが出来ますよ<script type="text/javascript" src="http://bccks.jp/bcck/128820/widget"></script>
また、この本の上下統合版も出来ました。A5版とちょっと大きいですがお得になっています。ポニョ書店からどうぞ
ポニョ:ここんところ、毎日堅い話ばっかりやったから、今日は軽く流そか。昨日いただいた、とれとれのレタスは最高やったな。試験的に植えてみた他の野菜の成長も順調やし、水漏れも修理したし、おいらがやれる事はほとんど終わったぜよ。
ただ、残念な事は、あんたが準備してくれていたポンプは85Wで一万リッター/時も吸い込む優れものやったけど、このアクアポニックスのシステムにはパワフル過ぎてフロートスイッチをつけないと、水が溢れ出すんやぜよ。だから、せっかくCHOPシステムを作ったんやけど、それが機能しなくなった事や。
ヨシオ:でも、まだポンプは使えるし一時間に十五分から二十分しか動いていないので、電気を食わないしな。それにフロートスイッチなんて電気を食わんしな。
ヨシオ:4日前に、ボクチョイのタネを百個ぐらい蒔いてみたんやけど、もう半分ぐらい芽を出し始めているな。アクアポニックスをポニョに教えてもらって本当に良かった。俺のようなアバウト人間にピッタリや。肥料も、農薬も、雑草抜きも、土を耕酢こともなく、こうしてオーガニック野菜が取れるってすごいシステムやな。昨日のレタスは本当に美味しかった。それに、鯉もどんどん大きくなるし。それに鯉は、将来多くなり過ぎたら売れるしな。
ポニョ:あんたとこの鯉はバタフライ鯉やから人気があるんや。すぐ売れるやろ。ヒレがとても長くて綺麗やな。でも、野菜が出来すぎて困るで。いくら菜食やと言っても、毎日食べ切れないほどの野菜が出来るぜよ。
ヨシオ:でも、ジャイナ教の友達の家が近くにあれば出来すぎた野菜を持って行ってあげれるのにな。
ポニョ:その友達の話を、以前記事にしたよな。なんでも14代前までのぼれる家系図がある由緒あるジャイナ教徒の家族から来たんやろ。
ヨシオ:そう。それでその家の前には大きな鉄の門があって、全員が家から出かける時は、もう亡くなったけど、おじいちゃんが大きな鉄の輪っかを二つの鉄の門に錠前のように付けて開けられないようにするんやて。
ポニョ:どうやって、その丸い鉄の輪っかを門に付けるんや。
ヨシオ:おじいちゃんが、特別なマントラを唱えるとその丸い鉄の輪っかの一部が開くんや。そしてそれを二つの門にかけて、もう一度マントラを唱えれば、その開いた鉄が錠前のように閉じるんやて。
ポニョ:それって、すごい技やないの。マントラが鍵になっている錠前やぜよ。聞いたことがないぜよ。驚き桃の木山椒の木やな。
ヨシオ:それだけではなく、当時、そのおじいちゃんは、メディシンマンとしてインド中で有名で、あっちこっちの王様から招待されて、病気の治療にインド中を飛び回っていたんや。ある時、デリーの王様に呼ばれて行くことになったんやけど、おじいちゃんだけ呼ばれて奥さんは呼ばれていないので、家にいることになったんや。でも、奥さんはデリーに行ったことがないので是非ついて行きたいと、だだをこねたんや。それで、おじいちゃんは奥さんに鏡を手渡して、それを見るように言って、奥さんの上から毛布を掛けたんや。そして、奥さんにデリーで見たいものを願えばなんでも見れるよ。と言われたんや。奥さんはしばらくすると、毛布から出てきて、見たいものを全て見ました。と言って満足そうな顔をされていたんや。
ポニョ:その鏡って、実はiPadやったんと違うか?…でも、そんな昔に無いよな。でも、めちゃ面白い話やな。その友達を紹介してくれるけ?是非、インドに行ったらその家の門を見て見たいぜよ。インドって奥が深い国やな。本当に霊的資産の宝庫やぜよ。
私は、この肉体から離れる前に、私の持っている霊的資産を真の信者に平等に分け与えるつもりだ。
私は信者が何かを望んだらそれを拒むことなど一切しない。
モクシャを望むものに対してもそれを与えるつもりだ。
それはいつも私の手の中にあり、天国にいるような甘い体験ができる。
とは言っても、そんなに簡単に人々にモクシャを与えることはよくない。P, 295 ANDI
ヨシオ:インドのような霊的な宝庫の国に生まれれば神さんの方に人は向いて行くことが比較的容易に出来るかもしれないけど、そういうカルマとか輪廻転生の法則を知らない文化に生まれればなかなか、人生に降りかかって来る災いを受け入れるのって難しいよな。
ポニョ:普通、人は今現在しか見えないもんな。過去生でどんなカルマを作っていたとか分からないから、今現在身の回りで起こっている事件や出来事だけを見ると、世の中不公平だらけに見えるもんな。
ヨシオ:オーストラリアの美人コンテストで、優勝した美人の娘さんがいたんや。器量も良いし、家族でサイの帰依者なんや。でもある日、娘さんは殺人事件に巻き込まれて亡くなってしまったんや。
ポニョ:そら、両親は大ショックやったやろな。可哀想に。
ヨシオ:それで、両親はどうして罪もないあんなに性格も良かった娘がこんな目に遭うのかと、とても精神的に混乱されて周りの人たちもどのように声をかけて良いのか分からんかったんや。しばらくして、少し落ち着かれた頃、周りの人たちは両親に、ババのところに行けばババが癒してくれるかもしれないとアドバイスし、両親はそのアドバイスに従ってアシュラムに行ったんや。しばらくして、ババは彼らをインタビューに呼んだんや。それでババは、お前の娘さんは前世で、誤って人を殺した事がある。そのことを生まれる前からずっと後悔していて、今世でそのカルマを返すつもりで生まれ変わって来た。もうカルマは支払ったから、次の生はとても、良い人生が待っているよ。と言われたんや。
すべての人間は、決められた寿命を持っています。
それは借家契約している家に住んでいるようなものです。
その家を出る前にあなたは新しい家を探さなくてはなりません。
同様に、人がその身体から離れる前に、その人のカルマに応じて神は別の身体と寿命を用意します。
もし、死が独断的に刑罰によってもたらされた場合、あなたは、カルマを支払って高いレベルの境地へ恒久的に行ける機会を逃すことになります。
自殺の場合は、あなたは中途で立ち往生した状態となります。
それは、あなたにとって恐ろしい状態となります。
この自然界には空白というものは存在しません。
神は、霊魂やその他の目に見えぬ霊体達でこの世界を満たしています。
自殺を図ると、それらの者たちがあなたのところにやって来るので、あなたは恐怖におちいるでしょう。
それゆえ、自分で神様から戴いた命を絶ってはならないのです。
正義に基づいて人生を送りなさい。
人生の中で困難にぶつかってもいつも神を思い、落ち着いて乗り切ればいつの日か必ず神の祝福を得ることが出来るでしょう。
この真理を疑ってはなりません。
神への信仰を持ちつつ,それらの困難に立ち向かいなさい。P290ANDI
ポニョ:そんな話を聞かされても、はいそうですか。とは言えないぜよ。ご両親の気持ちになれば。でも、受け入れるしか仕方が無いよな。
ヨシオ:両親はとても信仰心の厚い人たちやったから、それを受け入れて、今では静かに神を毎日思い、霊性修行に明け暮れる毎日を過ごしておられるんや。
ポニョ:そういうショッキングな出来事があって人はより神様の方に向くんやろな。おいらが聞いた話も、以前もう言ったかどうか忘れたけれど、事業に失敗した人の話やねん。その人の嫁さんも、御主人が破産して、もう食べていけないので子供を連れて実家に帰ってしまい、その人はすっかり落ち込んでしまったんや。それで一人でババの大きな写真がある祭壇の前でババに向かって、これだけあなたに帰依しているのに、どうしてこんなひどい事が僕や家族の身に降りかかるのですか?と言って泣きながらババに恨みつらみを言った後、ピストル自殺をしようと、こめかみに銃口を向けて引き金を引いたんや。すると、大きな音がして銃弾がピストルから出たんやけど、その人はまだ生きてたんや。火薬の燃えた匂いもしているし、薬莢も転がっていたんや。それで、どうして自分は死ななかったのか理解出来なかったけれど、多分、ババが助けて下さったんだと思い、もう自殺をするのをやめようと目の前のババの写真に向かって、ごめんなさい。自殺を図ったりして、あなたから頂いた命なのに自殺しようとしてごめんなさい。もう二度と自殺なんてしません。と言って泣きながら謝りながらババの写真をよく見ると、ババの写真のこめかみのところに穴が空いていたんや。
ヨシオ:すごい話やな。その人はめちゃ後悔したやろな。自殺を図って。
人間は死にますが、心は死にません。
人間が一生の間にすることはすべて心に焼き付けられて、次の一生まで持ち越されます。
誰も心の性質を理解することはできません。
中には、自分の経験するすべての問題に終止符を打つための方法は、自殺しかないと考える人が居ます。
彼らは「私の苦しみの原因は心である。それに終止符を打とう」と考えるのです。
自殺は最大の罪です!
心はそれほど簡単には殺すことができません。
そのような低劣な考えを抱くべきではありません。
人は、いかなる困難にも根気強く立ち向かい、自分の人生を神聖なものにする用意ができていなければなりません。24/7/02
ここで言う「私」とは、万物の中に存在する「私」、つまり、原子の中にも神の化身(アヴァター)の中にも存在する、真の「私」であるアートマのことです。
自殺しようと考えている人でさえ、「私は死ぬしかない。そうすれば、一切の悩みから逃れて、幸せになれるのだ!」と断言します。
肉体が剥(は)がれ落ちたときに解放される「私」は、アートマです。11/70
ポニョ:この話には後日談があって、その人は、ババに自分の命を救ってくれた感謝の気持ちを伝えにアシュラムに行ったんやぜよ。ババは、その人をインタビューに呼ばれたんや。そこでババは手から銃弾を出されて、これは君の銃弾だよ。しばらく預かっていたけど、返すね。と言われてその人に銃弾を渡されたんや。そして、お前はもうカルマを支払ったから、これからは事業もうまく軌道に乗るよ、と言われたんや。そして、ババが言われた通り仕事も順調に行き、今では再び家族で仲良く住んでおられるんぜよ。
ヨシオ:嬉しくなるよな。そんな話を聞くと。人生って色んな災難や不幸に見舞われるけれど、何が起こっても、全て自分が過去に蒔いた種が芽を出して、自分が今、それを刈り取っているだけの話なんやな。
ポニョ:この本の最後を締めくくって最後に、名前が難しくて上手く言えんがー、アプルバ イエンガーさんという人の話をしようと思っています。最近ババが彼の家にやって来られて、メッセージを残されたのでそれを皆さんに紹介します。
ヨシオ:そのイエンガーさんのダジャレやけど、以前俺がババの若かりし頃の話を紹介した時に使った二番煎じやないか。それをよく覚えていたな。
ポニョ:あの話は面白かったな。ババやその友達のイエンガー君達に意地悪をしていた先生がいたんやけど、その先生に何か仕返しをしようと、イエンガー君たちはババに頼んでその先生を発熱するように企み、その結果、その先生が本当に発熱したんやったな。それでその先生はどの医者に行っても治らないので、ババに頼んで治してもらったんやけど、その発熱を企んだことを誰にも言えんがー。というオチやった。ババも相当やんちゃやったんや。
ヨシオ:でも、ババの神聖さを認めることをしなかった先生が、最後にはババに発熱をすぐに治してもらったのでババの帰依者になられたんや。だから発熱はババの恩寵やったんや。
ポニョ:大体からして、ババが通っている学校の先生になって生まれ変わるだけでも、前世で相当徳を積まないとなれないもんな。
ヨシオ:そういうことなんやろな。ところで、そのもう一人のイエンガーさんがもらったババのメッセージの話を待っているんやけど。
ポニョ:そんなにせかしても早く言えんがー。
ヨシオ:もうええっちゅうに。
ポニョ:先月のババの降誕祭の日に、ババがイエンガーさんの家に来られて次のようなメッセージを言われたんや。それでイエンガーさんは、そのメッセージを残しても良いかと聞くとババは良い。と答えられたので、急いでノート型パソコンをババの前に持って来て、言われたことをタイプされたんや。メッセージは以下の通りです。
「もうすぐ、私は現れます。心配しなくても良い。私は今、人々に真理に立脚するかどうかという機会を与えているところなのだ。つまり、今、世界で悪さをしている連中は、来るべきゴールデンエイジの元では存在することを許されないので、私が再降臨する前にこの世から、自然の摂理によって淘汰されてしまうということなのだ。ゴールデンエイジになって生き残れる者達は、真理にもとづいて生きている者達で、そうでない者達は生き残れないのだ。だから、今、人々はどちらを選ぶか決めなければならないのだ。宇宙の法則は誰に対しても公平に働き、偏見を持たず、それは、世俗的なものではなく、真理を求める者にそういう(ゴールデンエイジに生き残れるものとしての)資格があると認めるのだ。」
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ヨシオ:すごいメッセージやったな。もうすぐやな。ババが現れるのは。もう待ちきれないよな。俺は今年末ぐらいに来られるんじゃないかと思っていたんやけどな。でも、このメッセージによれば、世界中で悪さをしているポニョが嫌っているグロエリの連中は淘汰されてしまうって事なんか。でも、どのようにしてそういうことが可能なんやろな。もちろん、これは神様の仕事やから俺たちがどうやこうやと、口を挟むべきもんやないけどな。
ポニョ:おいらが、ここに来て以来、世界では大きな動きがあるんぜよ。あんたはニュースとか見ないから知らないと思うけど、あの連中は今、ロシアを潰そうと通貨戦争に総力戦をあげて取り組んでいるんや。つまりオイルの値段を下げてルーブルを安くさせ、ロシアやベネズエラの経済を破綻させ、連中の傭兵軍アイシスの一部をロシアに忍び込ませてテロをしようとしてるんやぜよ。目の上のたんこぶであるロシアを潰すために必死のパッチなんや。でも、これは諸刃の剣で、北海油田やアメリカの石油関係の会社も大きな損害をこうむっているんや。でも、中国が通貨スワップをして今ロシアに助け舟を出そうとしているんや。
ヨシオ:そうか。でも、あの連中も淘汰されるってババが言っておられるってすごいよな。ダルマをしてないものはダルマによって滅ぼされるんや。嬉しカルカルやな。ゴールデンエイジの足音がさらに大きくなってきたな。これで、毎日たくさん殺されている牛さんや豚さんや鳥さんが助かる時代が来るんや。でも、以前も記事にしたように広義の意味ではもう、ババが来られた時にゴールデンエイジは始まっているんや。でも、全ての生き物や、世界全体が幸せになる狭義の意味でのゴールデンエイジは今から見れるんや。
ポニョ:本当にすごい時代に生まれたよな。めちゃラッキーやぜよ。人類の歴史で今までどれだけ多くの戦争があり、人々が苦しんで来たか。国やマスコミを操り、戦争するように両方の陣営を煽って武器を売って金儲けをして来た武器商人たちの時代も終わりやぜよ。おいらはツイッターにこんな画像をのせたぜよ。
ヨシオ:上手く見つけてきたな。お母さんと子供か。子供がこのようなどうして戦争があるのか疑問を持つのは当り前田のクラッカーやもんな。
ポニョ:うわ〜、懐かしい!その宣伝、おいらの学校でも流行ったぜよ。涙がちょちょぎれてきたぜよ。おいら達、同じ時代の人間ってすぐに分かるぜよ。今、あんたが言ったように、日本も、そしてアメリカも含めて、世界のあちこちの国は、戦争屋さんに乗っ取られているからな。世界を破壊しようとしているんやぜよ。その後、自分たちに都合の良い世界をつくろうとしているんや。それで、ロシアを悪者にして世界中に恐怖を振りまいているんや。
ヨシオ:ああいう、真理でないお金や権力などのものの上に立脚して世界を恐怖で持って脅し、人々を支配しようとしていること自体が、全然霊的なことに私は無知です、と言って己の本性をさらけ出しているのと一緒や。
今日世界は恐怖に満ちています。
家にいても町にいても恐怖に付きまとわれます。
このようにいたるところに恐怖があるのは、人の心に清らかで神聖な想念のないことが根本の原因です。24/5/90
ポニョ:恐怖で脅すか。そういう事ばかりして来ているよな。愛はポジティブ、恐怖はネガティブのエネルギーを作り出すんやな。だから人を恐怖で脅すとネガティブなエネルギーが出て来るのを知っているんや。それを悪魔崇拝者たちは利用しようとしているんやぜよ。
ヨシオ:今までの記事で見てきたように、本当の自分は、自分の中にいる神様だと気付き、その神様が他の全ての人々の中にもいると分かれば、恐怖なんて起こりっこないんや。
今日世界は暴力と恐怖で充満しています。
それら全ての根本原因は利己心です。
真理に立脚しなさい。
真理はあなたの息吹、真理は時のカテゴリーを超越します。
真理は普遍、真理は無敵です。22/11/96
ポニョ:他の人だけではなく、全ての生きとし生けるものの中におられるし、もっと言えば、その辺に転がっている石の中や流れる水の中、雲や風、雪や雨の水の中というか、それ自体が神さんやもんな。
どんな人に対しても、どんなものに対しても、神を見ることが出来ないとき、そこに恐怖が生まれる。
宇宙のあらゆるところに存在する、様々な名前と姿のあるものはすべて五つの元素の組み合わせに過ぎない。
そして五つの元素がどんな形をとっていたとしても、それを支え助けているのは神だ。
そのことに気づきそれを深く信じるならば、恐怖はその足場を失う。
そうなれば恐怖から永遠に解放されるだろう。SGc28
ヨシオ:そういう風に世界を見ることが出来ればその人は悟った人となり、神様と同じなんや。そんな人に恐怖って何ですか?と聞くと、そんなものはあなたの頭の中で想像し、勝手に創り出した空想の産物です。と答えるやろな。最近、ジャナカ王の話をしたよな。そのジャナカ王の師で、…名前は言わんとこ。ちょっとややこしすぎるな。
ポニョ:ええやんか。ちょっと聞かしてくれるか。もうすぐインドに行くし、インドの名前に慣れとかないかん。
ヨシオ:気乗りしないけど、ヤージュニャヴァルキヤという名前やねん。言えるか?
ポニョ:……(~_~;) それで、そのヤージュさんがどうなったんやて?
ヨシオ:ジャナカ王にこう言ったんや。
「ジャナカよ。あなたは、見事に恐怖に打ち勝った。もう何の心配事もないはずだ。あなたの心は神と一つになった。あなたはこの世で神の手足となっており、全ての行為を通して神に使えておる。それに、この世にあるどんなものにも執着していない。この世の全てのものは神が姿をまとったもので、神がその全てに満ちていることをあなたは固く信じている。あなたがどこを見ても、様々な違った物の中にただ一つの神を見るだろう。その気づきによってあなたは恐怖に打ち勝ったのだ。」
ポニョ:全ての中に神をみると、恐怖が消えていくんだってばよ。でも、簡単じゃないよな。だって恐怖の中で、一番の恐怖は死やから。死の中に神様を見れるか?
ヨシオ:この世にある全てのものは五つの元素から出来ているんや。宇宙の果てにある惑星に行って地下を掘って探索しても出て来るのは五大元素以外の何物でもないんや。六個目の元素なんてどこにも無い。そして、この五大元素は全て時間とともに滅んで無くなって行くんや。人の体も同じ。今、街にの雑踏に出て天神橋筋商店街を歩いている人は赤ちゃんも含めて、あと百年もしたらみんな墓の下や。いつかは、みんな死ぬ。でも死ぬのは肉体だけや。だから、そのことが分かれば死なんて恐れる必要なんて無いんや。
ポニョ:この世界は、真と非真が混じり合ったものという話をしたよな。つまり、生命は生まれ変わった肉体に次から次へと入ってずっと続いて行くけれど、でも、肉体だけや見ていたら、いつかは死んでしまう。永遠とつかの間のものが一緒くたになっているのがこの世界なんや。
ヨシオ:舞台の役者さんは、立ち回りの場面で切られて死ぬことになっているけれど、その場面が来たら、死ぬのが怖くて劇場から逃げ出すか?
ポニョ:アホやぜよ。そんな役者は。するわけないやろ。
ヨシオ:それと一緒や。俺たちもいつかは死ぬ。誰もそれを避けて通れない。でも、本当はその役者のように死なないんや。
ポニョ:おいら達は本当に面白い世界に生きているよな。それでは、サイババが帰って来るよ。Part3を最後まで読んで下さってありがとうございました。
神を信じる人には四つのタイプがあります。
一つ目は、悩みや苦しみのあるときに神に祈る人。
困ったときや、人生の試練にであったときにだけ神に祈る人です。
二つ目は、富や財産や権力を神に祈る人です。
長寿や子孫の繁栄を祈り、財産や牛や、宝石や金などを願う人です。
~たいていの人は、そういう俗世間の願い事ばかりしています。
三つ目は神の節理を知りたいと努力する人です。
神はどこにいるのだろう。神とは何だろう。
どうすれば神に達することが出来るのか。
私と神はどんな風に繋がっているのか。私とは何か。等の知識を身につけようとします。
~これらの知識が身についたとき、四つ目の英知の人の段階にたどり着きます。
英知とは世間一般の知識では無くて神に向かう知識、すべてを超えた知識を言います。
英知とは、すべては一つだと悟ることです。
~世間の知識は、何をしてもそれは自分に戻ってきます。
何を言っても、何を考えても、結局は自分自身に返ってくるのです。
ところが神に向かう世界には、触れるものも、見るものも、聞くものも、何の反応もありません。
ただすべてを超えた知識があるだけです。
これこそは真の知識です。
そこには反応するものも、響き渡る音も、映し出される姿もありません。
そこには二つ目のものが無いからです。
そこではすべては一つです。
二つのものがあるところには、一方を手に入れたいという思いか、一方を退けたいと思う思いがいつでもおこります。
つまり欲望か、恐怖の感情がいつも起こるのです。
けれども、真の知識に満ちていれば、他の人も他のものも経験する事はありません。
他のものなどどこにもありません。
そうなれば、欲望も恐怖もおこらないでしょう。
それこそは英知、最高の知識と呼ばれるに相応しいものです。
高度な意識の状態では、何を見ることも、何を聞くこともありません。
ただ究極の悦びに満たされています。
これこそが、「完全存在、完全知、完全至福」と呼ばれる、永遠の悦びなのです。SGc14
2014年3月5日 発行 初版
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アクアポニックスという魚を使った自然農法をやりながら、千年至福の時代を待ちわびております。