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この作品は、「戦う僕らのRGB」シリーズのスピンオフです。「戦う僕らのWhiteクリスマス」のネタバレを含みます。本編未読の方はご注意ください。
「戦う僕らのRGB[完全版]」
「戦う僕らの革命Black」
「戦う僕らのWhiteクリスマス」
とはいいつつ、軽い気持ちで書いたお遊び的短編集ですので、あまり身がまえずお気軽に読んでください。
本編主人公。茜学園に転入し、ヒエラルキーがはびこる学園の状態に異を唱えて白のヘッドを名乗り、〈タイ・フェス〉優勝を目指した。鳴海涼太とは小学生時代の幼なじみ。熱血で猪突猛進。晴れて涼太と両想いに。
生徒会長で元・青のヘッド。〈タイ・フェス〉優勝者。学園にはびこるヒエラルキーを撤廃する。瑞希とは小学生時代の幼なじみ。冷静沈着な性格で、成績も運動神経もよい。
元・白のナンバー2で瑞希のよき相棒。学年一位の頭脳を誇るゲーマー。トレードマークはオレンジ色の髪の毛。友子と付き合っている。
瑞希のクラスメイトで親友。早くから瑞希の考えに賛同し、白の仲間になった。控えめな性格ではあるが意外と芯は強く、文芸クラブの会長でもある。
瑞希が福岡に住んでいた頃、中学時代のクラスメイト。当時のクラスで起こっていたいじめ問題を瑞希が解決したため、瑞希のことを姉御のように慕う。瑞希に告白するもフられた。
素行不良の問題児で、かつてはカラーギャングのヘッドをやっていたことも。元祖白。瑞希の熱意に負け、〈タイ・フェス〉では瑞希の仲間になり、それ以来瑞希の親友の一人でもある。
「えぇ!? 友ちゃん、京平に罵倒されたいの!?」
目を丸くした瑞希に友子は悲鳴を上げた。
「違う! そうじゃないって! 違うから!」
二人で近くのショッピング・センターに来ていた。季節は寒さ本番、二月も始め。
バレンタイン目前である。
瑞希と友子は、二人で来たるべきイベントのための買い出しに来ていたのだった。
「え、違うの? 私にはそうとしか聞こえなかったよ」
あくまで悪気のなさそうな瑞希に、内心ため息をつく。
なんやかんやで、京平と付き合い始めて三ヶ月。
京平はマメだった。メールはきちんと返してくれるし、たまに電話もくれる。何かと思っていることを溜めがちな友子のことをちゃんとわかっていて、時間をかけて話を聞いてくれる。友子の希望を優先してくれる。京平は思いのほか――というか、自分にはもったいないくらい優しくて、不満なんて一つもないのだけれども。
「瑞希ちゃんにはさ、ヒドイこといっぱい言うでしょ? きょ――堤くん」
「『京平くん』って言ってもいいよ?」
にやにやしている瑞希の言葉に真っ赤になった。
「と……とにかく。瑞希ちゃんには色々ズバズバ言うのになって」
「私のこと女だと思ってないからじゃない?」
ラッピングコーナーに移動する。クラスの女の子たちと交換する友チョコ用の小袋を選ぶ。
「なんていうか……瑞希ちゃんには、気を許してるのかなって」
「えー、そんなこと気にしてたの?」
そんなこと。そんなことなのかなぁ。
「私が男友達と大差ないからだって」
気にすることないよ。そう軽く肩を叩かれ、そうだね、と笑って返したものの。
すっきりなんてするわけがない。
――思い返してみれば。
友子がずっと見ていた京平は、いつだってイタズラっ子のように笑っていたのだ。人を出し抜くことにかけては天才的だし。
そんな京平が、友子には柔らかい笑みを向けてくれた。
最初は、そのことが嬉しくてたまらなかったはずなのに。それはいつしか不安になりかわってしまった。
気を遣ってるんじゃないか。
無理してるんじゃないか。
楽しくないんじゃないか。
友子は、周囲と比べて自分が特別面白い人間だとか思ったことはない。平凡にもほどがある。その上、瑞希や京平をはじめとして、周囲にはアクの強いキャラが山のように集まっていて。
そもそも、自分と一緒にいて京平は楽しいんだろうか。
そんな疑問ばかりが膨らんでしまって、でもそんなことを口に出すことなんてとてもじゃないができなくて。
この一ヶ月近く、ずっと悶々としていたのだった。
☆
友子が差し出したチョコレート・ブラウニーを見て、おぉぉぉぉ! と京平は緑色のメガネのフレームの奥で目を輝かせた。
「すっごい嬉しい」
一緒に映画を見て、ご飯を食べて。ちょっと寒いけど公園でもぶらつく? という流れになり、そこのベンチで渾身の一作を渡したのだった。
「こんなにちゃんとしたものもらったの、始めてかも」
さっそく開けたチョコレートケーキの箱の中を何度も覗き、京平は頬を緩ませた。サンタさんのプレゼントを受け取ってはしゃぐ子どもみたいな顔。
……こういう顔をしてくれるのは、嬉しいかも。
自然と友子の方まで頬が緩んでしまった。そんな友子を見て、京平が顔を上げた。
「今日は元気そうだね」
突然の言葉に戸惑ってしまう。
「風邪とか引いてないけど?」
あぁ、そうじゃなくて。
「最近、ちょっと元気ないなって思ってたから」
目を丸くしてしまう。悩んでいたことが本人にバレていたなんて思ってもみなかった。
「私、そんなに元気なかった?」
「いやまぁ、なんとなくだけど」
京平は開けた箱を丁寧に元に戻して封をする。京平は意外と神経質な一面があって、今もリボンを元通りになるようにかけ直していた。
「何かあった? あ、それか僕、なんかした?」
途端に不安気な表情に変わった京平に慌ててしまう。そんなことない、絶対ない。
「京平くん、すごくいい彼氏だもん」
自分自身が発した『彼氏』という単語が急に恥ずかしくなって、耳まで真っ赤になってしまった。視線を上げると、京平の方も少し照れたように頬をかいている。
「何もないなら、別にいいんだけど」
瞳を覗き込まれる。後ろめたくて、逸らしたい。何もない、わけじゃない。でも、なんて言えばいい? 一緒にいて面白くないでしょ? なんて訊いて頷かれたら色んな意味で終わってしまう。
「心配だったからさ」
鼻腔が少しツンとする。心配までかけてしまったのか。
「もしかして、嫌われるようなことでもしたかなって」
「そんなこと!」
立ち上がってしまった。
「そんなことない! 私……毎日、すごく楽しいんだよ。楽しくて、楽しすぎて、悪いなって」
言葉が次々と溢れてしまい、同時に腹が立ってきた。うじうじするだけで、京平に心配をかけてしまった自分に、はっきりと何も言えない自分に。
「私なんて、瑞希ちゃんみたいに面白くないのに――」
パシッと乾いた音がした。
京平の手が友子の手を掴んでいる。
途端に顔が熱くなる。手をつなぐのは、あったかいし嬉しいし付き合っているなら当然のことと思うのだけれど、恥ずかしさがいまだ勝っている。
「ちょっと、ストップ」
動揺する友子とは対照的に、京平は真面目な顔で友子をじっと見上げ。
――ぷっと吹き出した。そのまま、ケラケラと笑いだす。
「な……なんで? なんで笑ってるの?」
困惑しすぎてむしろ友子は泣きたくなってしまう。
「ごめん……いやだって。僕、友ちゃんが瑞希ちゃんみたいになるのは勘弁なんだけど」
「で……でもでも、瑞希ちゃんには気を許してるでしょ?」
「気を許してる?」
「すぐヒドいこと言うし……」
「まさか友ちゃん、そんなこと気にしてたの?」
手をほんの少し広げ、京平は友子のそれに指を絡めた。太くて温かい指にぎゅっと包まれ、心臓がきゅっとして、直後、大きく脈打った。
「僕が友ちゃんを雑に扱う理由はないでしょ?」
『雑』だなんて、それはそれで瑞希が聞いたら怒りそうな言葉だけど。
「僕は友ちゃんに面白さは求めてないし。芸人は瑞希ちゃんだけで十分でしょ」
「それで、京平くんは楽しい?」
「楽しいよ」
自分だけに向けてくれる柔らかい笑み。泣き出しそうなくらいの幸福感に包まれる。
「僕は絶対に友ちゃんは雑に扱わない。大事にしたいって思ってるし」
握られた手が熱い。指先から、チョコレートみたいに溶けてしまいそうだった。
それに、と何かを言いかけた京平を遮った。もう十二分に幸せで、これ以上の言葉なんていらないと思うのに。
訊かずにはいられなかった。
「私、このままでいい?」
もちろん。
「このままの友ちゃんに惚れてるんだし」
――あ、も、ダメだ。
溶ける。
なんだか気持ちがもやもやしてしまって、一人になりたい、なんて思って来てみた屋上は思いのほか寒かった。二月も中旬。さすがにコートもなしにこんなところに来たのは間違っていたか、と思って康助は踵を返しかけた。
「珍しいな」
思いもかけず、階段室の上から声が降ってきた。
長い髪を垂らし、こちらを見下ろしているのは坂上瑠衣だった。コートこそ着ていないが、その首には柔らかそうな白いマフラーが巻かれている。
「何してるの?」
何って。瑠衣はわずかに首を傾げる。
「ここは私のテリトリーだが?」
こんなにもはっきりと明言されるとむしろ清々しい。
それ以上どう話をしていいのかわからず、康助は黙り込んでしまう。よくよく考えたら、瑠衣と二人で話したことは記憶の限りなかった。瑠衣と話すときは、いつも瑞希や友子がいた。
その。言いかけ、首を振る。
「なんでもないです」
テリトリーにお邪魔してごめんなさい、なんて謝って去ろうとした康助に、ちょっと待て、と瑠衣は声をかけた。階段室の縁に腰かけ、足をぶらんとさせてから組んだ。……立ち位置によってはスカートの中が見えてしまいそうで、康助は慌てて一歩下がった。
「ほれ」
瑠衣は何かを投げた。くるくる回りながら弧を描いて飛んでくるそれは、康助の右手にきれいに着地する。チュッパチャプス。ストロベリーミルク味。
「甘そう」
「甘いものを食べると気持ちが落ち着くらしいぞ」
「ほんとに?」
さぁ、と瑠衣は笑った。
「少なくともあたしはそうだ」
受け取ったそれの包みを破って、口の中に入れた。ちょっと大きな飴玉は、歯にぶつかってカラカラ音を立てる。てろっとした甘みが口の中に広がった。想像していた以上に甘い。
「持ってるじゃないか」
瑠衣の言葉に顔を上げる。
「甘いもの」
ブレザーのポケットに突っ込んである、チョコレート・トリュフの小袋。
――これ、友ちゃんと二人からってことで。
放課後になって。瑞希と友子が康助の席までやってきた。丸っとしたチョコレートが詰まった小袋を差し出される。
――もらっていいの?
そのために作ったんじゃん、と笑んだ瑞希に、満面の笑みを返した。
――ありがと! 今年は誰からももらえないんじゃないかと思ってた!
自分の発言にいたたまれなくなった。本日はバレンタインデーである。
「……なんていうか」
自分もチュッパチャプスの包みを開いて口に入れつつ、瑠衣は言葉を探すように視線をさまよわせた。
「色々複雑だな、二見も」
瑞希のことは、すっぱり諦めた。
かつての戦友でいい友だち。そのポジションだけは手放さず、今も以前と変わらず仲良くはやれている。
けど、時々だけど。
ものすごく、痛くなる。
「仕方ないのはわかってるんですけど……」
瑞希もきっと、色々考えて、気を遣って、だからこそ友子との合同名義で自分にチョコをくれたんだろう。でも、だけど。
そうやって気を遣われるのもまたツラい。
自分でもよくわからないのだ。仲がいいつもりなのに気を遣われて悲しいのかもしれないし、でも気を遣われなかったらそれはそれでツラいのかもしれないし。
結局のところ。諦めるって決めただけで、長年の気持ちが簡単に消えるわけじゃないということを痛感しているこの二ヶ月なのだった。
思わずため息をついて肩を落とした。それから、改めて瑠衣を見上げる。
「テリトリーに踏み込んだ上に、こんな話してごめんなさい」
「ここは私の城ってわけじゃないし。謝る必要はないさ。みんなの学校だろ?」
粗野な物言いなのに。なんだか沁みた。瑞希や友子から話を聞いて頭ではわかっていたのだけれど。瑠衣はおっかなそうな見た目に反して、人の話を聞いてくれるし、優しい。
「これもやるよ」
と、またチュッパチャプスを投げられた。
「義理チョコだ」と瑠衣は歯を見せて笑んだ。
チョコレート味。
茶色い包みのそれを手の中で転がして、まじまじと瑠衣を見て。
今日初めて、体の真ん中がぽっかりと温かくなった。
「すごく嬉しい、です」
「二見って、ずっとあたしに敬語使ってるよな」
「え、そう?」
「怖い?」
ぶんぶんと首を振ったら、口の中でチュッパチャプスがカラカラと鳴った。
「怖くないしむしろ」
「むしろ?」
「ついていきたい感じです」
ちょっとの間のあと、瑠衣は吹きだした。声を上げて笑う。それにつられるように、康助も笑った。冷たい二月の空に、二人の笑い声はしばらく響いていた。
「そういえば、あのケーキ、喜んでもらえた?」
午後の授業が終わって、さて部活だ! と思っていた瑞希だったが、友子のそんな言葉に浮きかけていた腰を椅子の上に戻した。思わず口元が緩んでしまう。
「ものすごく」
先週末はバレンタインだった。さんざん悩んだ挙句、瑞希は友子と一緒にチョコレートケーキを手作りしたのだった。
「私、あんなに喜んだ涼くん初めて見た」
「そんなに?」
高校二年生もあと一ヶ月とちょっとで終わりで、そうなるといよいよ受験生。特進クラスの涼太は、のんびりした瑞希とは対照的に年明けから完全に受験モードで、予備校だの模試だのと、冬休み以降なかなか予定が合わなかった。
なので、「バレンタインだしどうでしょう?」なんて電話越しに訊いた瑞希に、涼太が笑いながら「そこは空けておいた」と答えてくれて、にわかに喜んだのはよかったものの。
バレンタイン、さて何をあげよう、と迷った。迷って迷って友子と一緒に買い物に行って、最終的にはそのまま一緒にチョコレートケーキを作ることにした。
涼太のことだから何をあげても喜んでくれるだろうとはわかっていたのだけれど。せっかくなら気合いを入れたかった。付き合って初めてのバレンタインだし!
そんなこんなで、友子のおかげもあって無事に完成したチョコレートケーキをデートに持参した。待ち合わせは昼過ぎだったので、会って早々、近くにあった公園で包みを渡した。
――もしかしてこれ、手作り?
「あ、そういえば。あんなに驚いた顔を見たのも久しぶりだったかも」
「『手作り?』って瑞希ちゃんに訊いたとき?」
「そうそう」
するするとリボンを解き、ラッピングを開いて、箱の中を覗いて。涼太は顔を上げた。
――カップケーキ?
友子はチョコレート・ブラウニーを作っていて、同じものを作ってもよかったのだけれど。京平とお揃いのものをあげてもなぁ、と思って別のものにしたのだ。手のひらサイズのカップケーキが三つ。丸っと焼き上がった表面には、クリームと砂糖菓子が乗っている。
一つ食べてもいい? と訊かれて頷いた。なんだかこちらを伺うような涼太の視線に、ものすごく緊張してしまった。いや、自分でも毒味してるし、友子にも手伝ってもらったから食べられるはずのものだとわかっているんだけど。
紙のカップを丁寧にはがし、涼太はそれに一口かじりついた。
「そしたらね、すっごく目、丸くして。『すごくおいしい!』『ほんとにびっくりした!』って、そのまま渡したうちの半分食べてくれたの」
ほくほくと話す瑞希に、よかったねぇと友子は相槌を打ちつつ。
「鳴海くんって、もっと淡々としてるのかと思ってた」
うん、そうなんだよ。瑞希はコクコクと頷く。
「淡々としてるっていうか、穏やかっていうのかな。私みたいにテンションの山谷が全然ないの、いつもは。だから私もびっくりしたっていうか……」
「なんとなーく、想像ついた」
と、その声で振り返る。いつの間にか、瑞希の背後に見慣れたオレンジ色の頭。
「あらあら、友ちゃん迎えに来たのー? 熱いねー」
「悪いー?」
瑞希のからかいも、最近はすっかりスルーする京平である。面白くない。
「遅いなと思ったら、瑞希ちゃんのノロケ話聞かされてたのかー」
京平は瑞希の一つ前の席に一切の遠慮なく腰を降ろした。
「京平ごときがガールズ・トークに混ざろうなんて百年早いわ!」
「じゃ、友ちゃんつれてっていい?」
「何!? 私の友ちゃんを奪う上に、見せつけに来たの!?」
ちょっと二人とも、といさめる友子はすっかり顔を赤くしている。
あ、そういえば。
「想像ついたって何?」
「鳴海がキャラに似合わずものすごく喜んだって話」
嘆息。どこから話を聞かれていたんだ。
とはいえ。
「……男子目線の話として、それはちょっと、聞きたいかも」
「でも、残念ながら僕はガールズ・トークには参加できないみたいだしねぇ……」
「今だけ許す! 京平にも義理チョコあげたでしょ!」
ハイハイわかったって、と京平は苦笑した。
「瑞希ちゃん、鳴海にバレンタインチョコあげたの、初めてじゃないんじゃない?」
一瞬、何のことを言われているのかわからなくて考えた。考えて考えて、思わず「あ」と声を上げてしまう。
「なんで知ってるの?」
「いや、別に知らなかったけど。小学生の頃に、あげたんじゃないのかなって」
確かに。小学六年生の頃にあげた。あのときは福岡に引っ越すってもうわかってて、せめて最後に気合いを入れたチョコの一つでもって……
「手作りチョコあげた」
すっかり忘れていた。いや、あげたことは覚えていたけど。涼太が笑顔で受け取ってくれたことしか覚えていなかった。
やっぱりねー、とにやにやするばかりの京平に、すっかり敗北した心持ちだ。
「それで? それと何か関係あるの?」
そのとき。先ほどの瑞希のように「あ」と声を上げたのは友子だった瑞希の視線に気づくと、いやその、と急にもごもごしてしまう。
「もしかして、友ちゃんもわかったの?」
いまだもごもごしている友子に、「言わない方がいいよ」なんて京平が釘を刺している。
「友ちゃんまで血を見ることはない」
「血って何!? っていうかどうしてこの短期間で二人は意思疎通できてるの!? これが愛の力!?」
「……こっぱずかしい台詞吐かないでくれる?」
呆れ顔の京平に、うー、と瑞希は唸って机を叩く。
「教えてよ! 流血なんてさせないから!」
「鳴海はきっと、遠い昔の忌まわしい記憶から解放されたんだよ」
首を傾げた瑞希に、京平は言葉を続ける。
「その小学生の頃にあげた手作りチョコとやらが、まぁ、鳴海にトラウマを植えつけたってことだよ」
瑞希に対してデリカシーのカケラも持ち合わせていないような京平にしては、珍しく遠回しな言い方だった。しばしその意味を考えて。
「そういうことか!」
さすがに理解した。つまり。
「昔、私があげたチョコがあまりにまずかったから、今回も手作りだって聞いてギョッとしたけど、予想外においしかったからリアクションが無駄に大きくなったってこと?」
「一気にまとめたね。すごいじゃん」
褒められた気がしない。
「最悪を想定して臨んだ結果が良好だった場合、期待値が低い分、感動も人一倍になるんじゃないかな」
「最悪を想定……」
大丈夫だよ瑞希ちゃん! と友子に肩を揺すられた。
「今回は『おいしかった』って言ってもらえたんだから! トラウマはもうなしだよ!」
「トラウマ……」
「友ちゃん、それ追いつめてるから」
「え、嘘!? ごめん、瑞希ちゃん!」
「いや、うん、大丈夫、ちょっと視界が歪んだだけ」
「ま、今がいいなら、別に気にしなくていいんじゃない?」
呆れた顔の京平の言葉に、コクッと頷いて。
瑞希は勢いよく立ち上がった。
「ちょっと、行ってくる」
突然の瑞希の言葉に、「え、どこに?」と友子が目を丸くする。
えっと……と京平に訊いた。
「二年一組に、涼くん、まだいる?」
「いなかったと思うけど?」
「じゃ、生徒会室に行ってくる」
「鳴海に『トラウマ克服おめでとう!』とでも言いに行くの?」
「なわけないでしょ! 好きなお菓子とか、そういうの訊いてくるの」
「……訊いてどうするの?」
おそるおそる訊き返した友子に、「決まってるじゃない」と瑞希。
「色々作って食べてもらって、昔の失態など忘却の彼方! っていう展開を目指す」
じゃ、お幸せにー、と瑞希は教室を駆け出て行った。
嵐が去ったあとのように落ち着きを取り戻した教室で、友子と京平は顔を見合わせた。
「……瑞希ちゃん、この間のケーキは、友ちゃんと一緒に作ったんだよね?」
「うん」
京平は堪え切れず、かはっと笑った。
「これから大変だなぁ、鳴海も」
「鳴海くん、体調を崩さなきゃいいけど」
「うわ、さらっと今日一番ヒドイこと言った!」
え、そうかな? なんてあたふたした友子に、京平はまたしても笑ってしまう。
「あー……平和だ」
〈了〉
2014/3/13 初版
晴海まどか(@harumima)
★公式サイト「白兎ワークス」http://whiterabbitworks.wordpress.com/
★ブログ「原点回帰―Running possible―」http://mfineocean.blog98.fc2.com/
2014年3月13日 発行 初版
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