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あらすじ

筆者は青森県津軽地方、岩木山のふもとで生まれ育った。
戦後間もない日本復興の時代、1頭の馬が家族のために働いて一家の暮らしを支えていた。
馬の名は「青馬(アオ)」
アオは来る日も来る日も休む事なく、山で伐採された杉の木を運ぶ仕事を手伝っていた。
戦後まもない不自由で物の無い時代、子供だった筆者たちに白いご飯をおなか一杯食べさせたアオ。
その為にアオは辛く苦しい、最も過酷な仕事を引き受けて働いた。
馬と人間との繋がりを描いた感動の実話物語。

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「青馬」と過ごした物語

中野壽美

DYNAMO Publishing



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   目 次

 アオと私わたし
 アオの涙なみだ
 アオの異変いへん
 アオ、転落てんらく
 アオ、事ことなきを得える
 走はしれ!アオ!
 突然とつぜんの再会さいかい
 もったいない
 憔悴しょうすい
 別わかれ
 アオ、ありがとう

   アオと私わたし

 私わたしは青森県津軽地方あおもりけんつがるちほう、岩木山いわきさんのふもとで生うまれ育そだちました。
 戦後せんごまもない日本復興にほんふっこうの時代じだい、一頭いっとうの馬うまが私わたしたち家族かぞくのために働はたらいて、一家いっかの暮くらしを支ささええてくれました。
 馬うまの名前なまえは「青馬(アオ)」。
 アオは来くる日ひも来くる日ひも休やすむことなく、山やまで伐採ばっさいされた杉すぎの木きを運はこぶ仕事しごとを手伝てつだってくれました。
 アオと悲かなしい別わかれをしたのは、今いまから五十数年前ごじゅうすうねんまえ、私わたしが小学二年生しょうがくにねんせいぐらいの時ときでした―。

 戦後せんごまもない、本当ほんとうに物もののない不自由ふじゆうな時代じだいでした。今いまのように車くるまも自転車じてんしゃもなく、バスが一日五いちにちご~六本ろっぽんしか走はしっておらず、どこに行いくにもそれはそれは不便ふべんでした。
 私わたしが小学生しょうがくせいの頃ころは、校内こうないで履はく上履うわばきは藁わらぞうり、女おんなの子こは絣かすりのもんぺを履はいたものです。今いまの子こどもたちには想像そうぞうもできないことでしょう。

 当時とうじ、私わたしの実家じっかは林業りんぎょうと製材業せいざいぎょうを営いとなんでいました。山林さんりんを持もっていたので、アオが我わが家やに来きてくれたことで仕事しごとがとてもはかどりました。

 ある日ひ、父ちちが私わたしを山やまに連つれて行いってくれた時とき、ちょうどお昼時ひるどきで職人しょくにんさんたちは湧わき水みずのある木陰こかげでお弁当べんとうを食たべていました。その様子ようすを見みて、私わたしはびっくりしたのを今いまでも鮮明せんめいに覚おぼえています。十じゅう~十四人じゅうよにんくらいの職人しょくにんさんが、みんな同おなじおかずを食たべていました。大おおきなアルミのお弁当箱べんとうばこにご飯はんが詰つめられ、梅干一粒うめぼしひとつぶとたくあんがぎっしりのっていました。昔むかしはそれだけで美味おいしくいただいたものです。
 そんな時代じだいに牛うしは田たんぼに入はいり、馬うまは木材もくざいや荷物にもつを運はこび、それぞれの家いえのために働はたらいたのです。

 ある寒さむい日ひの出来事できごとです。杉すぎの木きを馬ばそりからトラックへ積つみ替かえていた時とき、そのトラックが雪ゆきのぬかるみにはまって転倒てんとうしそうになりました。もう一台いちだいのトラックで引ひっ張ぱってもぬかるみから抜ぬけることができず、二に~三時間さんじかんしてあっという間まにあたりも暗くらくなり、吹雪ふぶきの中なかみんなが途方とほうに暮くれていました。
 そんな時とき、一人ひとりの職人しょくにんさんが「アオしかいない!」と叫さけび、馬小屋うまごやで休やすんでいるアオを連つれてきました。そしてアオとトラックをワイヤーでつなぎ、アオに引ひっ張ぱらせる用意よういをしました。

   アオの涙なみだ

 白しろい息いきを苦くるしそうに吐はきながら、アオはみんなの掛かけ声ごえに合あわせて力ちからいっぱいトラックを引ひっ張ぱりました。時々ときどきムチで叩たたかれながらも、アオは頑張がんばりました。
 そんなアオの姿すがたを見みて「アオ頑張がんばって!頑張がんばって!」と心こころの中なかで叫さけんでいるうちに、私わたしは「アオを叩たたかかないで」と思おもわず大声おおごえで叫さけんでしまいました。私わたしの声こえを聞きいたのか、父ちちも「アオを叩たたくな!」と言いいました。その一言ひとことで胸むねがスーッとしたのを覚おぼえています。
そして、アオは見事みごとトラックを引ひき上あげました。

「よくやった、アオ!」
 そう言いいながら、手綱たづなを引ひく職人しょくにんさんがアオの顔かおを拭ふいてやりました。
 すると、ムチを打うたれながら精一杯頑張せいいっぱいがんばってくれたアオの目めには涙なみだが浮うかんでいました。泣なきながら頑張がんばってくれたのです。その夜よ、私わたしはアオの涙なみだが頭あたまから離はなれず、なかなか眠ねむりにつくことができませんでした。


 その後ごもこんな出来事できごとがありました。
 私わたしの実家じっかのそばに岩木山神社いわきさんじんじゃという第二だいにの奥日光おくにっこうと言いわれる立派りっぱな神社じんじゃがあります。当時とうじは山田様やまださまが宮司ぐうじさんでした。ある日ひ、宮司ぐうじさんが父ちちにお願ねがいにやってきました。
「実じつは、先日せんじつの台風たいふうで神社じんじゃの杉すぎが倒たおれ掛かかって危あぶないのです。何なんとか切きり倒たおしてもらえませんか」
 宮司ぐうじさんの依頼いらいを受うけた父ちちは、現場げんばを見みてこう考かんがえました。
「崖がけがあって危あぶない仕事しごとになりそうだ。これはアオしかできない!」

 数日後すうじつごアオを連つれてくると、早速さっそくアオと杉すぎをワイヤーでつなぎました。
「さあアオ。二、三回にさんかい引ひっ張ぱったら今日きょうの仕事しごとは終おわりだよ」
「なあアオ。今日きょうも頼たのむよ」
 職人しょくにんさん達たちの期待きたいを背せに、アオは懸命けんめいに杉すぎを引ひっ張ぱり始はじめました。
「アオ、頑張がんばってくれよ。ソレーガンバレー!もう一回いっかい。ソレーガンバレー!」
 みんなの掛かけ声ごえに合あわせ、アオは苦くるしそうに白しろい息いきをはきながら力ちからを振ふり絞しぼりました。

   アオの異変いへん

 アオは懸命けんめいに杉すぎの木きを引ひっ張ぱりましたが、生木なまきなのでかなり手てこずっているようでした。
 杉すぎが少すこしだけ横よこになったので、職人しょくにんさんがワイヤーを結むすびなおすため杉すぎの下したへ近寄ちかよりました。
 杉すぎの根元ねもとをよく見みると大おおきな空洞くうどうがあり、覗のぞき込こむと何なにやら動うごくものが見みえました。じっと静しずかに見みていると、何なんとそこには大おおきなヘビが住すんでいたのです。
 職人しょくにんさんはあまりの大おおきさにびっくりして叫さけびました。
「大変たいへんだ!巨大きょだいなヘビがいる!」
 職人しょくにんさん達たちは杉すぎの下したに集あつまり、それぞれの想おもいを口くちにしました。
「こんな大おおきなヘビは今いままでに見みたことがない!」
「危あぶないから殺ころすべきか。そうでないと安心あんしんして仕事しごとができないぞ」
「殺ころすにしてもどうやって?」
 ざわざわ、ガヤガヤと騒さわいでいると一人ひとりの職人しょくにんさんがこう言いいました。
「神社じんじゃの境内けいだいにいるヘビだから殺ころすのはやめたほうがいい。昔むかしからヘビは神かみの遣つかいというではないか。殺ころしたらいいことはないぜ」
「そういえばそうだな。俺おれも子こどもの頃ころばあちゃんからそんな話はなしを聞きいたよ。生いき物ものをむやみに殺ころしたりいじめたりするものじゃないってな」
 そこに宮司ぐうじさんがやってきました。
「どうしました?」
「ああ宮司ぐうじさん。ものすごく大おおきなヘビがいるので退治たいじしたいと思おもうのですが、どうしたらいいでしょうね。」
「それは驚おどろいた。どうか殺ころさないでそっと逃にがしてやってください」
「そうですか。わかりました」

 職人しょくにんさん達たちの話はなし声ごえが気きになったのか、いつの間まにかヘビはいなくなっていました。
 手綱たづなを引ひく職人しょくにんさんがアオに声こえを掛かけました。
「アオ、もう一度いちど頑張がんばってくれ!左ひだりは崖がけだから落おちないように気きをつけるんだぞ。ソレーガンバレー!」
 職人しょくにんさん達たちの掛かけ声ごえが響ひびき渡わたる中なか、再ふたたび杉すぎを引ひっ張ぱり始はじめたアオに異変いへんが起おきました。

   アオ、転落

 みんなの掛かけ声ごえに合あわせ、アオは何度なんども杉すぎを懸命けんめいに引ひっ張ぱり続つづけました。
「もう少すこしだアオ、ガンバレー!」
 その時ときです。アオと杉すぎの木きをつなぐワイヤーが切きれ、アオは崖がけから足あしを踏ふみはずし、真まっ逆さかさまに崖がけの下したへ落おちてしまいました。
「大変たいへんだ!早はやく村むらの人達ひとたちを一人ひとりでも多おおく連つれてきてくれ。馬うまは長ながいこと横よこになると死しんでしまうそうだ」
 みんな村むらのほうへ必死ひっしに走はしりました。しばらくして、村むらから多おおくの人々ひとびとが駆かけつけました。
「アオ、大丈夫だいじょうぶか!今いま助たすけるからな。アオも頑張がんばるんだぞ!」
「おや、何なんだかアオの呼吸こきゅうがおかしいんじゃないか?」
 アオに近寄ちかよってみると、先さきほど逃にがしてやってヘビがアオの体からだの上うえに乗のり、なでるような感かんじでズルズル、グルグルグルと動うごいていました。
「さっきのヘビがいるぞ!」
「そんなことより早はやく起おこさないと死しんでしまう!」
 職人しょくにんさんは手際てぎわよくアオの体からだに毛布もうふやら布ぬのを巻まくと、その上うえから太ふといロープを何重なんじゅうにも巻まきつけました。
「みんな、声こえに合あわせて引ひっ張ぱってくれ。ソレヨイショ、ヨイショ!」
 アオの無事ぶじを願ねがいながら、みんなは心こころを一ひとつにして引ひっ張ぱりました。その時とき、アオの足あしがバタバタ動うごき、アオは立たち上あがったのです。
「アオが生いきてたよ!助たすかった!」
 みんなの歓声かんせいが上あがりました。
「アオ頑張がんばったね。よかったね!」
 アオの体からだをなでながら「よかったよかった」と、職人しょくにんさん達たちも村むらの人達ひとたちもみんな泣ないていました。なんと、アオは無傷むきずだったのです。
「不思議ふしぎだなあ。あの崖がけから落おちて無傷むきずとは。ところであのヘビはまたどこかに行いってしまったのかな。アオの上うえで異様いような動うごきをしていたな」
 手綱たづなを引ひく職人しょくにんさんは、アオの体からだを見みてあの不思議ふしぎなヘビのことをつぶやいていました。

   アオ、事ことなきを得える

「もしかしてあのヘビは神様かみさまだったのか?殺ころさないで良よかった」
「宮司ぐうじの山田様やまださまはそれを分わかっていたんだよ。だから殺ころさないで逃にがしてやってくれと言いっていたんだ」
「山田様やまださまも生いき神様がみさまみたいなお人だからな!」
 村むらで一番いちばん尊敬そんけいを集あつめる宮司ぐうじさんと不思議ふしぎなヘビのことを、みんなざわざわ、ガヤガヤと話はなしていました。
 アオが助たすかったこと、大仕事おおしごとを終おえたことで安堵あんどの表情ひょうじょうを浮うかべ、みんな笑わらったり泣ないたりしていました。
「みんなの力ちからでアオは助たすかりました。本当ほんとうにありがとうございました」
 手綱たづなを引ひく職人しょくにんさんはそう言いうと、深々ふかぶかと頭あたまを下さげました。それを見みた私わたしはみんなへの感謝かんしゃの気持きもちで胸むねがいっぱいになり、子供心こどもごころに涙なみだが止とまりませんでした。
「アオ、家うちへ帰かえろう。歩あるけるか?」
 手綱たづなを取とり、職人しょくにんさんはゆっくりゆっくりアオを気遣きづかいながら歩あるき出だしました。
 すると、一人ひとりのおばさんが大声おおごえでこう呼よびかけました。
「みんなでアオを送おくっていこう!」
 みんなも「そうだそうだ」と言いって、ぞろぞろと歩あるき出だしました。アオを先頭せんとうに、まるで大名行列だいみょうぎょうれつのようでした。
 家いえに着つくと、一足先ひとあしさきに戻もどっていた父ちちが玄関先げんかんさきで待まっていました。
「皆みなさんのおかげでアオは助たすかりました。本当ほんとうにありがとうございました。アオのあの姿すがたを見みた時ときはもうだめかと思おもいましたが、皆みなさんが手際てぎわよく手伝てつだってくれたことで事ことなきを得えました。皆みなさんも怪我けがなど無なく、本当ほんとうによかった。食事しょくじの用意よういをしていますので上あがっていってください。さあ、どうぞどうぞ」
 父ちちは何度なんども頭あたまを下さげてお礼れいを言いうと、みんなを家いえに招まねき入いれました。
「今日きょうは大変たいへんなことが起おきたけど、みんな無事ぶじで本当ほんとうによかったね」
 みんな笑顔えがおで夕飯ゆうはんを食たべ、その日ひはまあまあ無事ぶじに一日いちにちが終おわりました。

   走はしれ!アオ!

 いよいよ寒さむくなり、雪ゆきもちらちら降ふり始はじめ、冬ふゆが訪おとずれました。
 朝あさ起おきると、夕ゆうべ振ふった雪ゆきが子こどもの私わたしのひざ上うえまで積つもっていました。
 使用人しようにんのおじさんが玄関げんかんから道路どうろまで雪ゆきかきをしてくれ、道みちをつくってくれました。その時とき、村人むらびとの一人ひとりがだいぶ慌あわてた様子ようすで家いえに入はいってきました。
「こんな朝早あさはやくに何事なにごとか?」
 使用人しようにんのおじさんが声こえをかけると、
「この大雪おおゆきでバスが一里先いちりさきで立たち往生おうじょうしている。隣となりの赤あかん坊ぼうが夕ゆうべから高熱こうねつで危あぶなない。町まちの病院びょういんへ行いくにも足あしが無ない。羽黒はぐろ神社じんじゃの所ところでバスが待まってくれているようだが、そこまで歩あるくのは大変たいへんだ。馬ばそりで送おくってください。お願ねがいします」
「急いそいでアオを出だしてくれ!」
 父ちちはそう言いうと、使用人しようにんは馬小屋うまごやへと走はしりました。
「アオ、大変たいへんだ。この大雪おおゆきでバスが村むらまで入はいってこられないそうだ。村むらの人々ひとびとを助たすけてやってくれ」
 使用人しようにんの一人ひとりがそう言いいながら、馬ばそりにむしろを敷しき、七輪しちりんに火ひをおこして、みんなが少すこしでも暖だんをとれるよう準備じゅんびを整ととのえました。
 そこへ村人むらびとが赤あかん坊ぼうを抱だきかかえて、今いまにも泣なきそうな顔かおをして「お世話せわになります。助たすかります」と、何度なんども何度なんども頭あたまを下さげて馬ばそりに乗のりました。
 全員ぜんいん馬ばそりに乗のり込こむと、
「待まってくれ、私わたしも乗のせてくれ」
 と一人ひとりのおばあちゃんが遠とおくで手てを上あげていました。使用人しようにんの一人ひとりが馬ばそりから降おりて走はしって行いき、おばあちゃんをおぶって戻もどってきました。
 ようやく出発しゅっぱつの準備じゅんびが整ととのいました。
「アオ、急いそいでくれ!赤あかん坊ぼうが大変たいへんなことになっているからな!」
 と、手綱たづなを引ひくおじさんにアオに話はなしかけながら手綱たづなをアオのお尻しりにぽんぽんと軽かるくあててやると、そのリズムでアオは走はしり出だしました。
 吹雪ふぶきの中、峠とうげを越こえ走はしるアオの足音あしおとと、首くびから下さげた鈴すずの音ねだけがカランカランと静しずかな山やまへ響ひびきました。 
 やっと峠とうげを越こえたところで、遠とおく弘前ひろさきの町並まちなみが見みえてきました。
「あとは坂道さかみちを下るだけだ。アオ、もう少すこしだぞ!頼たのむぞ!」
 ようやくバスが見みえると、一人ひとりのおじさんが立たち上あがって首くびに巻まいた手てぬぐいをはずし、バスに向むかって「待まっててくれ!」と叫さけびながら振ふり回まわしました。いくら叫さけんでも届とどくはずがないのに、よほど赤あかん坊ぼうのことが心配しんぱいだったに違ちがいありません。
 そんなことを知しっているかのように、アオは白しろい息いきを吐はきながらスピードを上あげて走はしる走はしる!

 やっとの思おもいでバス停ていまでたどり着つき、みんなそれぞれバスに乗のり込こみました。
「アオ、助たすかったよ。ありがとう!」
 みんなアオと手綱たづなを引ひくおじさんにお礼れいの言葉ことばをかけると、やがてバスは町まちへと出発しゅっぱつしました。
 そして、みんなを乗のせたバスが遠とおく見みえなくなるまで、アオと手綱たづなを引ひくおじさんは見送みおくりました。

   突然とつぜんの再会さいかい

「ごめんください」
 ある日ひ、見知みしらぬ一人ひとりのおじいさんがアオを訪たずねてきました。
「馬うまを見みせてくれませんか?」
「はあ、どうぞ」
 突然とつぜんの訪問客ほうもんきゃくに手綱たづなを引ひくおじさんはびっくりした様子ようすでした。アオは気持きもちよさそうに眠ねむっていましたが、話はなし声ごえが聞きこえたのか、目めを覚さますと、くるくる回まわったりしっぽを左右さゆうに振ふったりといつもと違ちがう動うごきを始はじめました。
 見知みしらぬおじいさんはアオに近寄ちかより、こう話はなしかけました。
「アオ、覚おぼえているか?もう忘わすれてしまったかな・・・・・」
 アオはおじいさんの目めを見みつめました。おじいさんはアオの顔かおをなでてやると、アオはおじいさんの顔かおにそっと頬ほおずりしました。
「そうか、覚おぼえてくれていたか」
 おじいさんはうつむいたまま、なかなか顔かおを上あげませんでした。
「アオ、悪わるかった!許ゆるしてくれ!」
 おじいさんはとうとう泣なき崩くずれてしまいました。その姿すがたを見みて、手綱たづなを引ひくおじさんが声こえをかけました。
「どうぞ、こちらにお座すわりください」
 おじいさんは涙なみだを拭ふきながら立たち上あがりました。そこへ父ちちがやってきました。おじいさんは帽子ぼうしを脱ぬぎ、父ちちにお辞儀じぎをしました。父ちちはおじいさんを家いえに招まねき入いれると、色いろんな話はなしを始はじめました。実じつは、このおじいさんはアオの元もと飼かい主ぬしだったのです。
「これからは日本にほんにも自動車じどうしゃの時代じだいが来くる。農機具のうきぐも次つぎから次つぎへと新あたらしくて便利べんりなものが誕生たんじょうしている。もう馬うまはいらない―」
 今いまから何年なんねんも前まえ、おじいさんはそう思おもい立たつと、若わかかったアオを手放てばなして大おおきな事業じぎょうを始はじめました。しかし、全すべて大失敗だいしっぱいに終おわりました。
「アオが働はたらいてくれた頃ころは本当ほんとうに何なにをやっても成功せいこうした。振ふり返かえれば、アオが私達わたしたち一家いっかを支ささえてくれていた。それなのに私わたしはアオに心無こころないことをした。あれから何年なんねんもたったのにアオは私わたしのことを忘わすれれないでくれていた。こんなばかな私わたしのことを・・・・」
 おじいさんはまた泣なき出だしてしまいました。

   もったいない

 父ちちはおじいさんの話はなしを聞きき、泣ないている姿すがたをじっと見みつめていました。しばらくすると、おじいさんは顔かおを上あげて言いいました。
「アオはお宅様たくさまに飼かわれ、大事だいじにしていただいている。本当ほんとうに良よかった。アオは元気げんきでいるか、それだけが心配しんぱいでした。会あえて良よかった。また会あいに来きてもいいでしょうか?」
 そう言いいながら、おじいさんは父ちちに頭あたまを下さげて頼たのみこみました。
「会あいたい時ときはいつでもおいでください。アオも喜よろこぶでしょう。アオは本当ほんとうによく働はたらいてくれています。木材もくざいを運はこぶ仕事しごとは最もっとも過酷かこくですが、先頭せんとうに立たって全部ぜんぶやってくれています」
 アオの活躍かつやくぶりを、父ちちはおじいさんに話はなしました。
「アオは我わが家やの大黒柱だいこくばしらであり宝たからです。アオが来きてくれてから、立たち上あげた事業じぎょうはすべて良よい方向ほうこうに進すすんでいます。自分じぶんの力ちからや努力どりょくだけで、こう、うまく事ことが運はこぶものかと不思議ふしぎに思おもいました。その時とき、アオは不思議ふしぎな力ちからを持もっている馬うまだと気きづいたのです。この大切たいせつな宝たからをくれたのはあなた様さまです。事業じぎょうを成功せいこうに導みちびいてくれたのはアオとあなた様さまなのです。このご縁えんに私わたしは大変たいへん感謝かんしゃしています。本当ほんとうにありがとうございます」
 父ちちはそう言いうと、おじいさんに深々ふかぶかとお辞儀じぎをしました。
「私わたしにできることがあれば何なんでも協力きょうりょくします。どうぞ遠慮えんりょなく話はなしに来きてください。力ちからになります」
 そう言いいながら、父ちちはおじいさんの手てを握にぎりしめました。
「こんな私わたしにもったいない言葉ことばを、本当ほんとうにありがとうございます。ありがとうございます―」
 おじいさんは涙なみだながらに父ちちの手てを両手りょうてで握にぎり、しばらく離はなそうとしませんでした。
「アオはもちろん、これからはあなた様さまも私達わたしたちの家族かぞくですから」
 父ちちの言葉ことばに、おじいさんは「もったいない、もったいない」と泣なきながら言いいました。

   憔 悴しょうすい

 アオは、いつものように山やまへ出掛でかけました。
「何なんだか雨あめが降ふりそうだな。降ふらないうちに帰かえろう。ハイ!出発しゅっぱつ」
 手綱たづなを引ひくおじさんの合図あいずに従したがい、アオは山道やまみちを少すこし焦あせるように歩あるき出だしました。
「アオ、まだ降ふらないから急いそがなくてもいいよ」
 それでもアオは急いそぎ足あしでした。
「なんだ、アオ。どうしたんだ?」
 アオは歩あるき続つづけ、やがて湧わき水みずの出でる小川おがわの所ところで止とまりました。そしておいしそうに水みずを飲のみ始はじめました。
「なんだ、水みずが飲のみたかったのか」
 おじさんはアオが水みずを飲のむ姿すがたを眺ながめながらたばこに火ひをつけ、一服いっぷくし始はじめました。たばこをふかしながら、おじさんは思おもいました。
「いつもと何なにかが違ちがう。様子ようすが変へんだ」
 水みずをいっぱい飲のんだアオ。家いえに戻もどり体からだと足あしを丁寧ていねいに洗あらってもらった後あと、馬小屋うまごやに入はいりました。少すこししてからおじさんが食事しょくじを出だしましたが、アオは食たべようとしませんでした。
「どうした?アオ?」
 おじさんは心配しんぱいそうにアオを見みつめました。
 その日ひから、アオはだんだんと痩やせていき、仕事しごとに出でられない日ひが続つづくようになりました。

 ある朝あさ、獣医じゅういさんや村むらの人々ひとびとが馬小屋うまごやの前まえに集あつまっていました。私わたしは子こどもながらに「アオが大変たいへんなことになっている」と感かんじ、裏口うらぐちの木戸きどを開あけ、馬小屋うまごやへと走はしりました。
「アオ!どうしたの?」
 私わたしはアオの顔かおをなでながら叫さけびました。アオの目めからは涙なみだがぽろぽろと流ながれ落おち、体からだには点滴てんてきの針はりが何本なんぼんも刺ささっていました。その時とき、父ちちが獣医じゅういさんに言いいました。
「私わたしの知人ちじんに獣医じゅういさんがもう一人ひとりいます。力ちからを合あわせて治療ちりょうに当あたってください。お願ねがいします!」
「アオ、もう一度いちど元気げんきになってよ!」
近所きんじょのおばさんがこう叫さけびながら泣なき崩くずれました。
私わたしも涙なみだが止とまりませんでした。

   別わか れ

「アオ元気げんきになって!頑張がんばって!」
 おばさんの叫さけび声ごえに、みんなが泣ないていました。
 すぐそばにいたおじさんがしゃがみこみ、声こえを震ふるわせながら言いいました。
「自分じぶんが病気びょうきの時とき、アオは馬ばそりで病院びょういんまで走はしってくれた。忘わすれもしない冬ふゆの嵐あらしのような日ひだった。猛吹雪もうふぶきの中なか、アオは必死ひっしに走はしってくれた。本当ほんとうにありがたかった。今いまアオがこんなに苦くるしんでいるのに、自分じぶんは何なにもしてあげられない。悔くやしいよ!」
 私わたしはバケツの中なかのにんじんを取とり出だし、何日なんにちも食事しょくじをしていないアオに差さし出だしました。アオはにんじんを食たべてくれました。口元くちもとでにんじんを押おさえている私わたしの手てに、アオの涙なみだがぽとぽとこぼれ落おちてきました。
「アオ泣なかないで!泣なかないで・・・」
 私わたしはアオの顔かおを両手りょうてで抱かかえながら、アオと一緒いっしょに泣なきました。
「アオ、もう一度いちど元気げんきになってくれ!頼たのむよ!元気げんきになったらもう働はたらかなくてもいいんだよ。ゆっくり休やすんでくれ。そう思おもっていた矢先やさきに、まさか病気びょうきになるなんて・・・」
 そう言いいながら父ちちも涙なみだして、何なにも言いえないままアオの体からだをさすっていました。

 そして夕方ゆうがた、獣医じゅういさん達たちの懸命けんめいな努力どりょく、家族かぞくや村人達むらびとたちの願ねがいも空むなしく、アオは泣なきながら倒たおれ、天国てんごくへと旅立たびだっていきました。アオは生いきようと頑張がんばりました。しかし、力尽ちからつき果はて、倒たおれ、息絶いきたえました。
「アオ、なんで死しんでしまったんだ!もう一度いちど立たち上あががってよ!」
「アオ、もう一度いちど目めを開あけて!お願ねがいだから目めを開あけてよ!」
 私わたしはアオの顔かおをなでながら叫さけびました。
 その時とき、息絶いきたえたはずのアオの目めから一粒ひとつぶの涙なみだがぽとっとこぼれ落おちました。
 私わたしは思おもいました。みんなの想おもい、悲かなしみを、アオはわかっていたのかもしれないと。

 秋深あきふかく肌寒はだざむい夕暮ゆうぐれ時どき、泣なき叫さけぶみんなの声こえが山里やまざとに響ひびき渡わたりました。時折ときおり風かぜが吹ふくと、一層いっそう寒さむく感かんじられる津軽つがるの秋あきのことでした。

   アオ、ありがとう

 すでに息絶いきたえたアオのそばから、誰だれも離はなれようとしませんでした。その時とき私わたしは、どんな時ときもアオと一緒いっしょだった手綱たづなを引ひくおじさんがいないことに気きづきました。しばらくすると、おじさんは息いきを切きらせながら戻もどってきました。アルミのやかんを手てに、山やまへ湧わき水みずを汲くみに行いっていたのです。アオは山やまへ行いくと冷つめたい湧わき水みずを飲のむのが大好だいすきでした。
「アオ、どうして待まっててくれなかったんだ!病気びょうきなんかに負まけるんじゃあないよ!何なんで死しんでしまったんだ・・・。何なんでだよ、アオ!」
 おじさんは頭あたまに巻まいた手てぬぐいを外はずし、口くちを手てぬぐいで押おさえながら大声おおごえで泣なきじゃくりました。思おもい切きり泣ないた後あと、少すこし気持きもちが落おち着ついたのか、おじさんは汲くんできた湧わき水みずをアオの口元くちもとに流ながしてやりました。
「アオ!大好だいすきな湧わき水みずだよ。いっぱい飲のみな!おいしいか?今いままで本当ほんとうにありがとう・・・」
 おじさんは泣なきながら少すこし微笑ほほえんで、アオに話はなし掛かけていました―。

 どんなに悔くやんでもアオは生いき返かえることはありません。でも、みんなの心こころの中なかにアオは生いき続つづけています。悲かなしい別わかれから六十年ろくじゅうねん近ちかくが過すぎた今いま、一日いちにちたりとも忘わすれることはありません。戦後せんごまもない不自由ふじゆうな時代じだいに、最もっとも過酷かこくな仕事しごとを率先そっせんして引ひき受うけ、私わたしたち家族かぞくを支ささえてくれたアオ。振ふり返かえれば、山やまでの仕事しごとだけに怪我けがも少すくなくありませんでした。猛吹雪もうふぶきの中なか、病人びょうにんを馬ばそりに乗のせて病院びょういんまで走はしってくれたこともありました。

 アオは、あの頃ころ子こどもだった私わたしたちに白しろいご飯はんをおなかいっぱい食たべさせてくれました。そのためにどんなに辛つらく、苦くるしい思おもいをして働はたらいてくれたか。思おもい出だすたびに切せつない想おもいがこみ上あげ、涙なみだが出でてきます。
本当ほんとうに感謝かんしゃの気持きもちちでいっぱいです。アオありがとう。
 私わたしはあなたの唄うたを歌うたい続つづけ、亡なくなった動物どうぶつたちを偲しのび、そして動物愛護どうぶつあいごのためにこれからも活動かつどうを続つづけていきます。

「青馬」と過ごした物語

2014年6月19日 発行 初版

著  者:中野壽美
発  行:DYNAMO Publishing

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中野壽美

青森県弘前市(旧岩木町百沢)出身。聖愛高校卒。
幼少期に出会った1頭の農耕馬「青馬(アオ)」との物語を、全国の子供達やお年寄りに紙芝居で伝える活動を展開。その思いを詩に託し、2011年にCD『「青馬よ」私は祈っている』(徳間ジャパンコミュニケーションズ)をリリース。有線放送で放送されるや多くの人がこの歌に感動し大反響を呼んでいる。東京都在住。

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