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プロローグ
1.十五代目の《番人》
2.《番人》探し探し
3.“交替の日”
4.十代目の《番人》
5.市子さん
6.十三代目の《番人》
7.《番人》の秘密
◆101:あかつきの優等生:4/15 20:30
面白い噂を聞きました。
◆102:あかつきの優等生:4/15 20:38
もったいつけるなよ
◆103:あかつきの優等生:4/15 20:42
例の荷物荒らしは《番人》を探しているらしいです。写真部の部室に、《番人》は名乗り出ろとのメモがあったとか。
◆104:あかつきの優等生:4/15 20:49
何それ。ソースどこ?
◆105:あかつきの優等生:4/15 20:54
イミフ
◆106:あかつきの優等生:4/15 21:01
じゃ、これからは荷物荒らしのこと「《番人》探し」って呼ぶ
◆107:あかつきの優等生:4/15 21:05
そのまんまじゃんw
何これぇっっっ! だなんて、この私が思わず女子な悲鳴を上げてしまうような光景が、女子更衣室に広がっていた。うっわー、といつも冷静な葛西恵美もテンションの低い声を上げた。つまりはそういう事態だ。
制汗スプレーの残り香で、ベルガモットやらピンクローズやらの甘ったるい匂いがする女子更衣室。個人の私物を置くスペースなんてないし、誰もいなくなりロッカーの扉さえ閉まっていれば余計なものなんて何一つないガランとした空間になるはずなのに。並んだロッカーの扉は開け放たれ、中に入っていたバッグは軒並み引っ繰り返され、制服や化粧ポーチがどれが誰のものやらわからない状態で、ばらばらとリノリウムの床に散らばっていた。
「これも《番人》探しの仕業かなぁ」
メガネの奥の目を細め、淡々とそう分析した葛西とは対照的に動揺しまくっていながらも、私は自分の通学バッグがすぐ近くに転がっていることに気がついた。飛びつくようにそのバッグを拾い上げてつけていたお守りの状態を確認し、再び悲鳴を上げた。
――というわけで。
私こと麹結華高校二年生の春。女子更衣室荒らしという明るくない事件を皮切りに、《番人》を巡る事件に巻き込まれ――もとい、首を突っ込んでいくことになる。
■No.05:市子@夕ご飯食べたよ 5月14日 19:25
女子更衣室が荒らされたらしいですよー。怖いですネー。
■No. 06:アリス 5月14日 19:35
>市子さん 知ってます! というか私の荷物も荒らされました(T_T)
■No. 07:☆16☆ 5月14日 20:01
>アリスちゃん 怖いですねぇ。何か盗まれたのぉ?
■No. 08:アリス 5月14日 20:05
>☆16☆さん 心配ありがとう(^_^)何も盗まれなかったんですけど、大事にしていたものを汚されました(激怒)本当に悔しいです(T□T)
■No. 09:めい 5月14日 20:23
先週は二年五組のロッカーが荒らされたそうです。その前は写真部の部室。この手の事件が続いていますね。
■No.10:市子@もうすぐお風呂入るよ 5月14日 20:42
《番人》を探してる人がいるって噂ですよネー。
■No.11:アリス 5月14日 20:48
>市子さん そういう噂ありますよね。そもそも
グループチャットの入力フォームにそこまで文字を打ち込んで、私はキーを打つ手を止めた。特別考え込んでしまったから、というわけではない。単に、くしゃみが出そうで出なかったからだ。
会員登録数日本有数のSNSのとあるコミュニティ。数えるほどしかメンバーがいないそのコミュニティに、私は毎晩のように入り浸っている。〈暁広場〉という、うちの学校の生徒が大勢書き込みをしている掲示板の方もチェックは欠かしていないが、私はこの『よもやまクラブ』――通称『よもクラ』――という名のコミュニティの方が断然好きだった。うちの高校の生徒数人が登録している小さなコミュニティだが、ハンドルネームなので誰が誰かはわかっていないし、日常的にログインしているのは私を含めて四人と極めて少なくそれがまたよし。小さくても特別なコミュニティに属しているという事実は、特別感を与えてくれる。
コミュニティ管理人でもある☆16☆さんが、顔がわからない者同士で井戸端会議のようなことができたらと、うちの高校の生徒を無作為に集めたのがよもクラ発足の経緯だそうだ。学校内の噂好きが集まっているらしく、とにかく情報が早いのも魅力の一つだ。それに、ハンドルネームを見る限りでは女子ばかりで、本当に井戸端会議をやっているような感覚になるのもいい。
早くお風呂入りなさい、という母の声に答えたら、やっとこさ小さなくしゃみが出た。私はのろのろと続きを打ち込む。
《番人》って、実在するんですか?
☆
昨晩の『めい』さんの書き込みのとおり。ここ最近、学校内には不穏な空気が漂っている。あちこちの教室やロッカーが荒らされる事件が立て続けに起こっていて、女子更衣室荒らしもその延長線上の事件だと思われた。
これまでは自分に直接的な被害がなかったので、物騒な世の中じゃのう、なんて他人事のように思っていたけど。女子更衣室が荒らされ、伸ちゃんにもらった大事なお守りまで汚されたとなっちゃ、他人事じゃすまされない。一体どこのどいつがこんなことやってるんだっ!
机に頬杖をつき、もんもんと怒りを抱え込んでいた私のもとに葛西がやってきた。スカートのポケットに両手を突っ込んだまま、王子は知ってる? だなんて思わせぶりに訊いてくる。ちなみに私はここ数年、ずっと『王子』というあだ名で通っている。
何を? 訊き返すと、葛西は私の頭に手を置いて、短い髪をくしゃっと撫でた。
「一連の事件を受けて、魔女が動き出したらしいよ」
うっへぇ、と声を上げた私の反応に満足そうに頷いて、葛西は一つ前の席を占領する。それ、ほんとなの? ほんとほんと。長い髪をシュシュで束ねながら葛西は笑む。
魔女こと、二年八組、月島美耶。その名を知らない者はいないという、我が校の現役生徒会長である。昨年度末、一年生ながらトップ当選を果たし、生徒会長に就任した強者だ。我が校始まって以来の『強硬派生徒会長』などと呼ばれていて、またの名を『あかつきの魔女』。下ろした長い黒髪が醸す妖艶な雰囲気に加え、とにかくためらいがない強気な姿勢が魔女っぽい、ということらしい。月島美耶が生徒会長になってから解決したいじめや不良グループによる問題は数知れず、と噂されている。実際問題、何が真実で何が嘘かはわかっていないのだけれど。
その魔女が、犯人探しに動き出した。
私も協力したいくらいだわ。そんな私の言葉に、とんでもない、と葛西がぶんぶんと顔の前で手を振った。絶対にやめなさい。なんで? ファンクラブ総出になったら収拾つかなくなるでしょ。想像しただけでぞっとした。
それでさ、と何か言いかけた葛西の言葉を遮る、甲高い笑い声が教室中に響き渡った。うちのクラスで最も派手な、三田奈々たちのグループだった。いわゆるギャルのグループで、誰を見ても同じように明るい茶髪にまつ毛ぱっちりの美肌メイクだ。例のごとく化粧品を広げながらきゃっきゃと笑っている。平和だねぇ、なんて派手さとは縁のない葛西は肩をすくめ、スマホのタッチパネルをいじり始めた。〈暁広場〉を表示する。
◆369:あかつきの優等生:5/15 06:59
《番人》探しとかマジ意味わからん
◆370:あかつきの優等生:5/15 07:20
魔女に狩られる前に自首!
◆371:あかつきの優等生:5/15 08:15
《番人》は早く名乗り出るべき
うちの学校には、《番人》伝説なるものが存在する。《番人》、またの名を『ひな子さんの番人』。簡単に説明すると、都市伝説――学校だから学校伝説か? ――のようなものである。
一般的に知られている《番人》ルールはこうだ。年に一人、二年生の誰かが《番人》に選ばれる。次の《番人》を指名するのは、先代の《番人》。《番人》というのが何をするためのもので、どうして毎年引き継がれているのか、そもそもそれが本当に存在するかどうかも定かではない。ただただ、生徒たちの間で《番人》というものが存在するらしい、という噂だけが脈々と語り継がれている。
それが今なぜ、話題に上っているのかというと。最近ロッカーやら更衣室やらを荒らしている犯人が、《番人》を探しているという噂があるのだ。
《番人》が持っている何かを探すために、荒らしをやっているということらしい。あくまでなんの信憑性もない、出所が〈暁広場〉の噂ではあるのだけれど。一向に荷物荒らしの犯人が見つからない生徒たちのイライラは、いるかどうかもわからない《番人》に向けられた。お前のせいで荒らしが出るんだ、と。
まったくどうなってるんだか。視線を動かした先に、我がクラスの名物バカップルがいた。一色千景と春日透のカップルだ。彼らは単体で会話をするといたって普通なのに、二人の世界に入ってしまうともう周囲のことなどおかまいなしだ。ちゃきちゃきと喋る千景に、どちらかと言えば物静かな春日の組み合わせに最初は誰もが意外に思ったものだが、見慣れてしまえばなんてことはない。今も千景の髪を春日が手ぐしで梳いていたりして、見ているこっちが恥ずかしい。
「どいつもこいつも、理性的じゃないねぇ」
葛西の言葉に頷いた。まったく。
昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
この鬱憤は部活ではらさんとばかりに意気込んでいた私は、『使用禁止』という手書きの貼り紙がされた女子更衣室の前で立ち尽くしていた。放課後になったばかりの校舎はにぎやかでこんなにも明るいのに、気が塞ぐような女子更衣室荒らしのことを思い出してしまった。仕方ない、部室に鍵をかけて着替えるしかないかということで、袴を抱えて部室へ向かうことにした。
結先輩! と黄色い声が背後から聞こえてきてぎくりとする。私と同じようなショーカットの三河りえが、突進してくるかという勢いで駆けてくる。はつらつという言葉がぴったりな元気で素直な弓道部のかわいい後輩ながら、ちょっと痛い部分がいなめない、自称『結先輩ファンクラブ会長』。
「《番人》探しの被害に遭ったと風の噂で聞いたのですが、本当に本当ですか?」
まぁ、と答えて思い出す。昨日、りえは風邪で練習を休んでいたから、女子更衣室の惨状を見ていないのだ。
「風邪はもう大丈夫なの?」
訊いた私がバカだった。りえは感極まった様子で、結先輩に心配していただけるなんて誠に誠に光栄です! だなんて、大げさな。
こんなにお優しい結先輩の荷物を汚すなんて! りえはどこかずれた怒り方をして地団太を踏む。このカタキは、この三河りえが必ず必ず! 鼻息も荒いりえに、葛西の『ファンクラブ総出』なんて言葉を思い出し、大騒ぎしないでねと釘を刺した。
それでは結先輩、またあとで! 九十度に腰を曲げて頭を下げるりえの声は大きく、周囲の視線が私たちに集まった。もはや今日に始まったことではないので怒る気にすらならない。
「またあとでって、これから部に行くんじゃないの?」
「今日は図書委員の集まりがあるので遅れます」
結先輩が見えたのでこちらに寄っただけですので! 元気よく敬礼せんばかりの勢いで頭を下げたりえに、小さく手を振って別れた。慕ってくれる後輩がいるというのはいいことだ、とりえと話す度に前向きに捉えることにしている。
そのまま昇降口の前を通り過ぎると、今度は「結ちゃん」と声をかけられた。この学校で私のことをそう呼ぶ人間は至極限られている。振り返ると、通学バッグを肩にかけた幸広が立っていた。
何か用? そう幸広を見下ろした。
別に用ってわけじゃないけど、と曖昧に笑んだ幸広は歯切れが悪い。小学生の頃からまったく変わらない童顔と柔和な雰囲気に、ついつい刺々しく返してしまった自分に自己嫌悪する。りえが言うように優しくなんて、全然ない。幸広と話すと、毎度毎度、つっけんどんに当たってしまう。幸広が、いたいけのない少女のような、つぶらな瞳で私を見上げてくるからかもしれないけど。
ユキ姫、ばいばーい。なんて、通りすがりの女子たちが幸広に手を振っていく。幸広は嫌な顔一つしないで、彼女たちに手を振り返す。何の因果か、私のあだ名が『王子』なら、幸広のあだ名は『ユキ姫』だ。つぶらな瞳がたまらない、なでなでしたくなる、生まれたての子犬ばりに萌える、とこれまた別の意味で女子に大人気なのだった。私が男子顔負けの身長一七六センチであるのに対し、幸広の身長は一五八センチである。
ということで、身長差十八センチの幸広と並ぶのを、私はなんとなく避けがちになっていた。葛西に言わせると、私は身長だけでなく顔立ちも宝塚の男役のようなきりっとした雰囲気で、かわいい系の顔立ちじゃない。が、もちろんそんなことを気にしているわけじゃないし、男の幸広相手にコンプレックス感じてどうするんだと、わかっちゃいるけど。でもって、幸広がこれまた何も気にせず昔と変わらず声をかけてくるもんだから、もう色んな意味で逃げ出したくなってしまう。
「用がないなら、私、練習があるから」
幸広はほんの一瞬、ふいを突かれたような顔をしてから、そうだよね、と笑んだ。忙しいのにごめんね、と謝る幸広を置いて歩きだした。幸広は幸広で、やってきた同じクラスらしい女子生徒に声をかけられ、そのまま喋りながら昇降口の方へ去って行った。こうやって幸広を突き放すたびに、自分ばかりが変なことを気にしていてバカみたいだと思うし、伸ちゃんが見たらバカだなぁって笑われるのはわかってるんだけど。
その小柄な背中をちらりと見送った私に、結先輩さようならー、と女子のグループが声をかけてきた。さようなら、と軽く返すと、女の子たちはわかりやすいくらい嬉しそうな顔をして、ぺこんと頭を下げた。上履きの色から一年生だとわかる。りえが率いるファンクラブの子なのかもしれない。見知らぬ後輩(女子限定)に声をかけられることにもすっかり慣れてしまった。
教室を出たときの勢いはすっかり萎え、私はのろのろと弓道場へ向かった。
――幸広が学校に来なくなったのは、その翌日からだった。
☆
週明けの月曜日。昼休みに、担任の赤塚先生に呼び出された。
赤塚先生は、少女のようなあどけなさの残る顔立ちなのに、その物腰、物言い、すべてが女性らしい女性だった。かわいらしいのに美人。同じ長身でも(以前身長を訊いたら一七〇センチをちょっと超えたくらいと言っていた)、私はこうはなれそうにない。先生が漆黒の髪を伸ばしているのを見て、自分への予防線を張るために私は短髪にした。比較してがっかりするのは自分だ。
と、そんな赤塚先生にちょっといいかしら、なんて、同性なのにドキリとさせられてしまうような美しい笑みを向けられた。その上、甘い香水の匂いなんかがふんわりと香るもんだから、もうたまらない。これにやられた男子生徒が一体何人いることか。まぁ、赤塚先生は怒っているときもにこにこしていることが多いので、にこやかだからと安心はできないのだけれど。
何かやったかなと疑問符いっぱいで赤塚先生についていくと、職員室で私を待っていたのは二年四組の担任の乃木先生だった。三十歳、日本史担当。ちなみに、二年四組は幸広が所属しているクラスだ。接点がないのであまりよく知らないが、いかにも独身一人暮らしのやぼったい見た目に反し、授業が面白く評判がそこそこよかったような記憶がある。
「芦沢幸広が学校を休んでる理由に心当たりはないか?」
幸広が休んでいることを知らなかった私に、乃木先生は露骨にがっかりした。同じマンションに住んでいるし、何か知っているかと思ったらしい。訊けば、幸広はもう一週間、学校を休んでいるという。言われてみれば、最近見かけていなかったような気がする。って、一週間前? 幸広が昇降口の前で話しかけてきたのが最後ということじゃないか。
「クラスの奴らにメールとか電話とかさせたりもしたんだが、ろくな返事がなくってな」
別にいじめがあるってわけでもないようだし。との先生の言葉に私も頷いた。少なくとも、今の幸広は男女問わずかわいがられているし、それに幸広をいじめるということは、寒さで震える捨て犬をいじめるような罪悪感との葛藤になる。私には縁のない小動物的なかわいらしさを兼ね備えた幸広は、まさにクラスのマスコット的な存在だ。
「よければ、帰りがけに様子を見てきてもらえないか?」
――ということで。
先生から預かったプリントを持参して、私は幸広の家を訪れた。私の家が五階で、幸広の家が三階だ。先週、何か言いたげだった幸広を拒絶してしまったことも気になっていたので、弓道部の練習は早退した。
あら、結ちゃん。ドアを開けてくれた幸広のお母さんは、丸い目をくりくりさせた。久しぶりねぇ、大きくなったわねぇ、なんて、感慨深そうに頷かれる。当然ながら、幸広以上に背が低い幸広のお母さんはこの上なくかわいらしい見た目をしていて、私と頭二つ分くらい身長差がある。遺伝子って残酷だ。うちの両親の身長、父親は一八九センチで、母親も一七〇センチだもん。そりゃサラブレッドにもなるってもんだ。
「幸広のクラスの先生から、プリントを預かってきたんです」
お母さんの笑顔に、ほんの少し影が差した。わざわざごめんね。それから、ちょっと待ってて、と部屋の奥にぱたぱたと駆けていく。結ちゃんが来たわよー、という声が聞こえてくる。少しして、お母さんは戻ってきた。
「幸広が、結ちゃんと話したいって」
それじゃあ、と出されたスリッパに履き替えた。なんとなく落ち着かない様子のお母さんに、あの、と訊いた。幸広、どこか具合でも悪いんですか?
お母さんは、ぶんぶんと首を振った。いたって元気。
「なのに、急に学校に行かないって言いだして。あの子、もしかしていじめられてたりしない?」
みんなにいじめの心配をされていて、そんなことないと思いながらも不安になった。あの風貌だしなぁ。なんて思ってから、全力で否定した。少なくとも今は、そんなことはない。いじめられるようなキャラじゃないですよと笑顔で答える。
お母さんはほっとした表情を浮かべて、それから露骨に眉根を寄せた。じゃあ、一体、何が原因なのかしら。
同じマンションなので、私の家は幸広の部屋と左右反対の間取りになっている。幸広の部屋は、廊下の角を一つ曲がった先にある。コンコン、とノックをすると、どうぞ、との返事。そっとドアノブを回した。
この部屋に入るのは中学生の頃以来だったが、部屋の印象は変わっていなかった。水色のカーテンも、整然と本の並んだ本棚も、一切散らかっていない机も。カーペットだけが見慣れない萌黄色で、新緑の草原を連想させた。
幸広は、部屋の中央にある座布団に、青いシャツにジーパンという格好でちょこんと座っていた。お母さんの言うとおり、ぱっと見た感じは元気そうだ。
これ、と立ったままプリントを差し出す。幸広は座ったままプリントに手を伸ばし、ありがとう、といつもどおりのかわいらしい笑みを向けてきた。が。
「元気そうじゃないね」
そのまま、沈黙。長い付き合いだ。無理矢理作っている笑顔かどうかの区別くらいはつく。
幸広はプリントに視線を落としたまま、もじもじと俯いてしまった。そこ、座っていい? 丸テーブルを挟んで幸広の真向かいにある白い座布団を指さした。幸広がコクンと頷く。あぁ、もう。話したいって言ったのはあんただろ! と突っ込んでやりたいが、今日のところはぐっと抑えた。
わざわざ来てもらってごめんね。消え入りそうな声で、幸広はちょこんと頭を下げた。まぁ、同じマンションだし別にいいけど。私は座布団の上で足を崩した。
で。
「なんで、学校休んでるの?」
訊いてから、変わってないなぁと思う。何かあると、幸広は内気な女子のごとく、すぐにうじうじするんだけど、それは人に言いたくないからというわけではない。ただ単に、話し始めるタイミングを掴めないからなのだ。だから、幸広に話がありそうなときは、私はいつだって直球を投げることにしている。彼女でもないのになんでそんな気を遣ってやらにゃならんのだ、とは常々思うところではあるけど、そこは幼なじみのよしみということで。対処方法がわかっているんだから、ケチケチしてもしょうがない。
「驚かないで聞いてくれる?」
お。幸広にしては、珍しく遠回しな返しだ。
「私の肝っ玉が座ってるのは幸広も知ってるでしょ? どーんと来なさい、どーんと」
とんっと自分の胸を叩く。悲しくなるくらい男前な自分に乾杯。
わかった。と、幸広の方も、覚悟を決めた顔をして私を真正面から見据えた。座っていると目線の高さがそこまで変わらないので、見下ろしているときよりは顔の印象から幼さが半減する。中学時代と比べると、顔のラインはわずかではあるがシャープになったし、眉毛もきりっとしている。こうやって見ると、幸広も高校生なんだよなぁ、なんて。
実は僕さ。そこまで言ってから大きく深呼吸をして、幸広は顔を上げた。
「十五代目の《番人》なんだ」
冗談やめてよ、と笑うこともできた。何言っちゃってんの? と小馬鹿にすることもできた。真面目な顔して何それ、と怒ることもできた。――でも。
見たこともないくらい真剣で、思い詰めたような表情をした幸広に、とてもじゃないけどそんなことできなかった。
「十五代目の、《番人》」
幸広の言葉を自らの口で反芻してみて、その意味をよくよく噛み締めてみて。妙に冷静になってしまった。
「幸広が《番人》? っていうか、《番人》って実在するの?」
訊いたら、段々と混乱してきた。一方の幸広はなぜかぽかんとしている。ぐるぐると考え、うーんと唸っていた私はそんな幸広に気づいた。何驚いてんの?
だって。幸広はそう言ったきり、目元を潤ませ、ティッシュをたぐり寄せてちーんと鼻をかむ。
「結ちゃんが、すぐに信じてくれるなんて思ってもみなくて」
あんた、そんなことに感動してるの? コクコクと頷く幸広になんだか情けない気持ちになって丸テーブルに突っ伏した。お前は女子かい、というのは禁句なので言わないけど。
「前言撤回。幸広みたいなのが《番人》だなんて、信じらんない」
鼻紙をゴミ箱に放った幸広は、まだ泣きそうな顔をしている。
「僕だって、引き継がれたときは本当に信じられなかったんだ。何かの罰ゲームかと思ったし、今だってなんで僕がって思ってるし」
幸広が学校を休んでいた理由が、なんとなく読めた。《番人》探しによる事件、それによって過熱する〈暁広場〉での《番人》への攻撃。自分が幸広の立場でも、学校に行くのが怖くなるかもしれない。
「でもさぁ、このまま学校を休み続けるわけにもいかないんじゃない? どうするの?」
「もう少しで、“交替の日”が来るんだ」
「“交替の日”?」
「後輩に《番人》を引き継ぐ日」
ちょっと待って。私は幸広の台詞を遮る。《番人》って、二年生がなるものなんじゃないの?
「噂ではそうなってるみたいなんだけど。僕が《番人》に指名されたのは一年生の春だったよ。二年生が一年生の誰かを《番人》に指名するんだ」
当然のように説明するその様が《番人》然としていて、改めて幸広が《番人》だという事実を認識した。
「幸広は、次の《番人》を誰にするかもう決めたの?」
幸広は座ったまま机に手を伸ばし、一番上の引き出しから、一枚のメモ用紙を取り出した。名刺サイズの真っ白なカードに、URLがプリントされている。
「“交替の日”にこのサイトにアクセスすると、次の《番人》を指名する方法が書かれているんだって」
カードを受け取った。裏返してみたり光に透かしてみたりしたが、なんの変哲もない白いカードだった。ただ、紙の角が折れ、細かな折り目が複数入っていることから、年季が入っていることが窺えた。
「これ、一つ前の《番人》にもらったの?」
幸広が頷いた。
「アクセスしてみたんだけど、“交替の日”にならないとつながらないみたいなんだ。別の紙でパスワードももらってる」
やっとこさ冷静に回りだした頭で、考えた。幸広は私が考え終わるのをじっと待っている。
つまり。カードと幸広を見比べた。「幸広はどうしたいの?」
「“交替の日”に、ちゃんと《番人》を引き継ぎたい」
僕で十五代目なんだ。幸広はぽつりと言った。十五年も密かに引き継がれていた《番人》を、僕の代で途絶えさせるってのは、なんか、気が引けるし。
「でも、今の状態じゃ、引き継がれた後輩もたまったもんじゃないね」
私の言葉に、幸広も小さくなった。本当にそれが申し訳なくて。
「それに、“交替の日”の前に、僕のメンタルが先にやられるかも」
昔っから、私の数倍女子みたいにうじうじしやすくて、頼りがいがなくて、でも誰よりも優しい幸広が、メンタル的にギリギリの状況で私を頼ってきた。その事実に、ノスタルジックな感慨すら呼び起こされた。いつだって幸広の盾になっていた小学生の頃を思い出し、なんだか熱い気持ちが体の奥の方で蘇る。
――一肌脱ぐしか、ないんじゃない?
■☆新着トピック
【情報求む】 アリス 5月28日 19:05
みんなにお願いです! 《番人》探しのこと、なんでもいいんで教えてください!
《番人》探しによる事件が初めて発生したのは、先月、四月の頭。囲碁同好会の部室が荒らされた。盗られた物は何もなかったし小さな部室だったため、猫か何かの仕業だろうとうやむやになったが、その翌週には、美術部の部室が荒らされた。やはりこちらも盗られたものは何もなかった。このときまでは、猫ではないにしろ、ただの悪質ないたずらだと思われていたのだが。次に狙われた写真部の部室に、『《番人》は名乗り出ろ』と書かれたメモが残されていた、という噂が〈暁広場〉で広まった。真偽のほどはわからない。だがこれによって、いたずらの犯人は《番人》を探している、という説がまことしやかに囁かれるようになった。そして犯人は捕まらないまま二年五組の教室が荒らされ、女子更衣室が荒らされた。もうすぐ五月が終わろうとしている。
「よぉく、何も見ないでそんなにすらすら言えるね」
まぁね。葛西は鼻高々に胸を張った。葛西が意外と情報通であることを思い出し、早速《番人》探しについて聞いてみたのだが。おかげで一連の事件の流れを調べる手間が省けた。
「犯人の目星はまったくついてないの?」
ついてない。葛西は断言したが、でも、と声を潜める。噂は色々流れてるよ。奈々たちのグループじゃないかとか、先生の誰かじゃないかとか、辰巳英一じゃないかとか。
「辰巳英一?」
その名を知らない生徒はいないんじゃないかという、顔もよくて勉強もスポーツもできるという三拍子揃った我が校のアイドルだ。
「私はよく知らないけど、人気ナンバーワンなんじゃないの?」
「ナンバーワンじゃないよ。去年のバレンタインデーのチョコの数は、王子の方が多かったんだから」
いやいや、そんな冗談いらないから。冗談じゃないんだけどねぇ、今度ファンクラブの子に訊いてみてよ。
「ともかく、そういうパーフェクトマンほど疑われたりもするものらしいよ」
でもそれってただの噂なんだよね? そうそう、根も葉もないね。辰巳英一のファンに言ったら殺されるから気をつけてねー。
まぁ、奈々たちは同じクラスだからどういうグループかはわかっている。グループでそんな荷物荒らしなんて面倒なことをやるとは到底思えない。先生の誰かなら、見回りの時間を知っているだろうし、犯行は可能かもしれない。とはいえ、何の証拠もないし先生を真っ先に疑うなんてばかげているし。
休み時間に葛西と一緒にお手洗いに向かっているときに、噂の辰巳英一とすれ違った。思わずじっと観察してしまい、視線に気づかれて慌てて目を逸らした。が、何気ない風を装って、再びその顔を覗き見た。身長は私と同じくらい、某アイドルグループの誰だかに似ているという、キラっと輝きそうなくっきり大きな澄んだ目に、外国の血でも入っていそうな彫りの深い顔立ちをしている。いわゆる無造作ヘアのこげ茶色の髪が、彼をますますアイドルのような風貌にしていた。周囲の男子に興味がなさすぎと葛西に年中ダメ出しされる私なので、そこそこ有名であるはずの辰巳英一の顔も初めてちゃんと見た。確かに、みんなが騒ぐのも納得。こういう人こそ、ファンクラブがあってしかるべきだと思うんだけど。思ったそばから、辰巳くん、と女子二人が辰巳英一に駆け寄り、親し気に話し始めた。英一が冗談でも言ったのか、やだぁ、と女子たちが黄色い声を上げる。
そんな光景から視線を逸らした先に、銅色の画びょうがぶすぶすと刺さった掲示板があった。先月の学力考査の上位三十位までの名前が掲示されている。
『五位 辰巳英一』
なんか、色んな意味で納得した。
こんな別世界の住人と、チョコレートの数なんてもので並べられてしまった自分がなんとも滑稽だ。
休んでいる方がかえって怪しまれるという私の忠告を受け入れ、幸広は今日から学校に復帰した。堂々としてればバレる要素なんてないんだからと言ってもなお幸広は不安気で、弓道部の練習が終わってから、自宅マンションの公園で落ち合うことになった。
《番人》探しによる事件をまとめたルーズリーフを、ブランコに座ったまま幸広に渡した。〈暁広場〉の過去の書き込みを遡って得た情報と、葛西に訊いた話をまとめただけだけど。幸広は学生鞄を肩にかけたままじっとルーズリーフを見つめ、顔を上げた。
「こんなもんじゃないよ」
えっ、という私の声は、通り過ぎるトラックの音にかき消された。マンションに併設した公園は狭く、道路との距離が近い。
「こんなもんじゃないって、どういうこと?」
幸広は私が箇条書きにした事件を、すすっと指で触った。
「それぞれの事件の間に、何度も個人のロッカーが荒らされてる」
「そうなの?」
そんなの、〈暁広場〉にはなかったと思うんだけど。なんとなく荷物が仕舞った場所にないとか、そういう程度だよ。騒ぎ立てるレベルじゃないから、あまり表立ってないみたい。
「どうしてそんなこと知ってるの?」
「クラスの女の子たちが教えてくれた」
女子の井戸端会議に違和感なく混じれるのは、幸広の特技の一つかもしれない。
「本当に、『《番人》探し』なんているのかなぁ」
荷物を荒らしているだけで、その人物が本当に《番人》を探しているかどうかなんて誰にもわからない。そんな噂に振り回されるのはどうなんだろう。
「僕にもそれはわからないけど。《番人》探しは、《番人》の証みたいなものを探してるんじゃないかって言われてるよね」
実際問題、荒らされてるの、二年生に関係する場所ばっかりだし。その点は認めざるを得ないところだった。最初に狙われた囲碁同好会も美術部も、部員の過半数が二年生なのだ。《番人》は二年生だという説が主流なので、犯人が二年生の荷物ばかり荒らしているという可能性はある。
「《番人》の“証”なんてあるの?」
そんなものあるわけないよ。あっさりとそう答え、幸広はルーズリーフを私に返した。
「でも、そんなこと知ってるの僕だけだし。犯人がそういうものがあるって思い込んでる可能性もあるよ」
そういうもんなのかなぁと腕を組んで考え込む。なんか、そもそもが変な話なんだよね。
「《番人》が実在するのはいいけどさ。みんなは《番人》が実在するかどうかもわかってないんだよね? なのに、そんないるかどうかもわからない《番人》を探してる『《番人》探し』の存在に疑問を持たないなんて、ナンセンスだよ」
「〈暁広場〉がネタ元だからしょうがないよ」
確かに、あの掲示板から広がった噂は、真偽のほどは二の次に、驚くべきスピードで学校中を駆け巡る。
幸広は近くの鉄柵に凭れた。この幸広が、《番人》。《番人》って一体なんなんだろう。一年に一人選ばれた誰かが、《番人》の名を脈々と引き継いでいくだけの、誰が思いついたかもわからないゲーム。《番人》用の謎のホームページ。そしてその意味は、《番人》本人である幸広すら知らされていない。幸広はただ《番人》に指名され、謎のURLを渡されただけの一般生徒だ。《番人》には『ひな子さんの番人』という別名があったり、学校に隠されている機密文書を守っているとか様々な噂があったりするが、そのどれもが《番人》の実態とはかけ離れている。荷物荒らしはそうとは知らず、ただただ噂を愚直に信じて《番人》を探しているのだろうか。
「結華!」
唐突に私を呼ぶその声に、振り返るまでもなく体中の血液が一瞬で沸騰した。私の中にあった様々なもやもやも《番人》探しも幸広の存在も、あとかたもなく吹っ飛んだ。
「伸ちゃん!?」
伸ちゃんこと、私と幸広と同じく去年までこのマンションに住んでいた、戸川伸二が立っていた。かつて幸広に犬顔と言われた目じりの下がった優しい目と、犬歯が覗く口元。それらは何一つ変わらないのに、ぱりっとしたグレーのスーツはいかにも新社会人で大人だ。大学時代は茶色く染めていた髪も今は黒くて、短くなっている。あの見た目で大学を飛び級して三年で卒業すると聞いたときは本当に驚いたものだった。突然のことに心臓が飛び跳ねる一方で、伸ちゃんが遠い人になってしまったような、このマンションを出て行ったときの淋しさを思い出して、胃がよじれるような切なさでいっぱいになった。
が。何はともあれ、久しぶりの再会に私のテンションは一気に上がった。
「久しぶりだね。仕事帰り? 実家に用? いつまでいるの? ちゃんとご飯食べてる?」
畳みかけるように訊いた私に、飼い主を見つけた犬みたいだな、と伸ちゃんは私の頭に大きな手を置いた。伸ちゃんは、私を見下ろしてくれる数少ない人だ。身長一八二センチ。
「ちょっと母さんのところに用があって、会社からそのまま来たんだ」
伸ちゃんは幸広の存在に今気づいたらしく、よう、と片手を上げた。幸広はさして興味なさそうな顔をしつつ、よう、と返す。お前ら仲いいのな。伸ちゃんの言葉に、違う違う、とぶんぶんと手を振った。たまたまだから!
あ、と、突然伸ちゃんが声を上げた。足元に置いていた、私の通学バッグを指さす。
「もしかして、そのお守り、俺が昔あげた奴?」
隠そうとしたけど遅かった。伸ちゃんは通学バッグの前に、ちょこんとしゃがみ込んだ。
「すっげー年季入ってる」
薄桃色だったお守りは、どんなに洗っても元の色には戻らなかった。その上、洗いすぎたせいで袋は毛羽立ってしまい、この数日で一気に老けこんでしまった。
「新しいお守りに取り替えたら?」
だって、と口ごもった私に、伸ちゃんは立ち上がってぽんっと手を叩いた。そうだ。
「今度、新しい奴買ってくるよ」
ほんと!? ほんとほんと。
「今度、浅草寺に行くんだ。そのときに買ってくるよ」
約束だからね! 私の言葉に伸ちゃんは笑った。その笑顔は、昔から変わっていない。任せとけ、ともう一度私の頭を撫でてくれる。大きくて体温の高い手。
じゃあな、と明るく去っていく伸ちゃんに、私と幸広は手を振った。
「……結ちゃん、顔がにやけてる」
幸広に指摘され、うるさいっとそっぽを向いた。
「よかったじゃん、お守り、買ってくれるって」
「まぁね」
「女子更衣室を荒らされたときに汚れたお守りって、伸二にもらった奴だったんだね」
「そうだけど」
「災い転じて福となすだね」
「そうとも言うね」
「よかったねーホント。よかったよかったー」
ひたすら棒読みを続ける幸広を睨んだ。が、幸広の方も怯むことなく、すました表情で私を見返してくる。何? 別に。
「喧嘩売る気なら、協力するのやめるけど」
幸広はぱっと表情を変え、女子顔負けのかわいらしい笑顔になった。やだなぁ、僕が結ちゃんに喧嘩売るわけないじゃん。
「僕はいつだって結ちゃんの味方なんだから」
何それ。何それって何? 嘘っぽい、白々しい、ごますりっぽい。幸広は唇を突き出してむくれて見せる。悪いけど、こういう仕草が本当に女子っぽい。
見方によってはかわいさ満点のむくれ方をしつつも幸広は吐き捨てる。伸二と同じくらい僕のことも大事にしてほしいね。
一発はたいてやった。
■No.01:市子@弁当食べたよ 5月29日 12:35
アリスさんがトピック作るなんて珍しいですネー。《番人》探しですかー。《番人》やってたっていう知り合いはいたりいなかったり?
■No.02:めい 5月29日 16:01
残念ながら噂レベルの情報しか持ち合わせておりません。
■No.03:市子@帰宅したよ 5月29日 16:55
>めいさん 噂レベルって例えばどんなどんな?
■No.04:めい 5月29日 17:03
>市子様 先程も申したとおり、噂レベルであります故、このような所で実名を出してよいものかどうか判断がつきかねております。
■No.05:市子@着替えたよ 5月29日 17:16
>めいさん 私は気にしないヨ☆
■No.06:めい 5月29日 17:48
>市子様 私が気にするので本名は伏せますが。二年一組の学校一モテるTさんなど、御名前がよく挙がっておりますね。
■No.07:☆16☆ 5月29日 18:00
えー、そんな噂あるのぉ? Tさんって真面目でかっこよくて、すごく性格良さそうなのにぃ。
■No.08:市子@お腹が空いたよ 5月29日 18:27
辰巳くんって、完璧すぎて逆に黒い噂絶えませんもんネー。
■No.09:☆16☆ 5月29日 18:33
ファンだったのにショックぅ。っていうか、市子ちゃん、本名言ってるよぉ。
今日一日の書き込みの様子を眺めつつ、ベッドの上でうんっと伸びをした。情報が早いよもクラと言えど、さすがに《番人》探しの正体までは、か。
ごろごろしながら考える。幸広によると、“交替の日”は今週末の、六月二日。あと三日だ。そこで引き継いでしまえば、幸広自身はもう大丈夫だとは思うのだけれど。《番人》探しのことを野放しにしたまま後輩に引き継ぐのはいかがなものか。もちろん、《番人》探しに先生方も黙ってはいないし、だからこそ魔女こと月島美耶も動き出したのだろうけど。手をこまねいているのはどうも性に合わない。まぁ、とはいえ。今の私にできることなんて、ネットで情報を集めることくらいしかないのだけど。
それにしても。《番人》探しとして、辰巳英一の名前がこんなにもあちこちで挙がってくるのは意外や意外だった。一部では鉄板の噂なんだろう。犯人が見つかる気配が一向にないという点も、頭のよい英一の名前が上がる一因なのかもしれない。完璧すぎて裏がありそう、という心理はわからなくもないけど。疑われるような事実や証拠が何もない、というのが怖いところだ。ネット上だからこそ噂は簡単に広まり、その真偽は二の次になる。幸広が《番人》だと知れたらどうなるのか、考えただけで恐ろしい。
ベッドでごろごろと転がりつつスマホを見ていたら。画面の右上に、ダイレクトメッセージの受信を知らせるアイコンが表示された。
『From めい』
がばっと起き上がった。よもクラメンバーからメールが来たのは初めてだ。
『To:アリス様
突然のメールで失礼致します。アリス様がトピックを作成なさるなど、何か余程の事情がおありなのかと思い、メールさせていただいた次第でございます。なんら確証のない話であります故、話半分に聞いていただければ幸いです。
敢えて名前は申し上げませんが。「明日のターゲットは二年四組だ」という内容の話をしている二人組を、本日の放課後、学校内で偶然見かけました。盗み聞いた話ではありますし、まさかとは思いましたが、《番人》探しの被害は部活動の部室や二年生のロッカーや教室ばかりですので気になっておりました。
アリス様にどのような事情がおありかは存じ上げませんが、少しでもお役に立てれば幸いです。』
おぉ。思わず声を上げていた。おぉぉぉぉ。
「よもクラ、すごいなぁ……」
■No.24:市子@ドラマ見てるよ 5月29日 21:09
それにしても。色々と物騒な世の中ですネー。市子、ガクブルですっ。
■No.25:☆16☆ 5月29日 21:17
《番人》探しとか、不気味だよねぇ。何かあったら、よもクラのみんなに助けてほしいよぉ。
■No.26:アリス 5月29日 21:25
確かに不気味ですよね(( ̄_ ̄;))早く犯人が見つかってほしいです……
■No.27:市子@提案です 5月29日 21:49
助け合いっていうのはいいですネー。オフでよもクラメンバーか確認したくなった時の合言葉、みたいなものを決めておくっていうのはどうですか? もしものときの助け合い☆
■No.28:☆16☆ 5月29日 22:00
それ、すっごくいぃ! 心強いぃ。
■No.29:アリス 5月29日 22:11
秘密結社みたいで面白いですね(^◇^)♪
■No.30:市子@考えました 5月29日 22:22
はいはいはい、合言葉、考えましたよー! 誰かが「四方八方」って言ったら、ある言葉を返してくださいネ☆
■No.31:☆16☆ 5月29日 22:26
>市子ちゃん ある言葉って?
■No.32:めい 5月29日 22:34
「よもやまクラブ」、ですね?
☆
「ねぇ、結ちゃん」
私の影に隠れ、幸広は不安気な表情で私を見上げる。
「そんな顔も知らない誰かからの情報なんて、信用できるの?」
うるさい、と小声で幸広を一喝した。誰のために、弓道部の練習休んでまで張り込みやってると思ってるのよ!
私と幸広はその日の放課後、廊下の角から、ひたすらに幸広が所属する二年四組の教室を見張っていた。六時間目の授業が終わった直後はにぎやかだった教室や廊下も、帰宅部組がいなくなって部活動組がそれぞれの活動場所へ移動してしまったため、人通りもめっきり少なくなり、遠くから吹奏楽部の管楽器の音が聞こえてくるだけになった。
いい? 腰に手を当て仁王立ちになり、幸広を見下ろす。
「情報の真偽はともかく、《番人》探しを見つけるチャンスかもしれないんだよ? 大体、怖いならついてこなくてもいいって言ったじゃん」
「べ、別に、怖いなんて言ってないし」
ふふんと鼻で笑う。いまだに、寝るときは部屋の電気点けてるくせに。誰に訊いたんだよ! 幸美ちゃん。くっそぉ、と幸広は後頭部をかく。姉キの奴ぅ。
廊下で張り続けること一時間。外はこの上なく気持ちよい快晴、運動部のかけ声が外から聞こえてくる。二年四組の教室には誰も来ない。上がっていたテンションも次第に落ち着きを取り戻し、段々と自分は何やってるんだろうという気になってくる。そんな私に気づいた幸広が、もうやめたら? なんて訊いてくるものだから、余計に意地でも動くかという気になったりするのだけれど。
張り続けて一時間と十分が経とうというときだった。
結ちゃん、と幸広が私のブレザーを引っ張った。誰か来た。
廊下の角から、そっと顔を覗かせた。中が見えそうなくらいスカートが短い、派手な雰囲気の女子生徒二人が廊下の向こうからやってくる。なんとなく落ち着かない様子だ。やたらときょろきょろそわそわしているのが、人目がないか気にしているようにも見えた。
二人の女子生徒のうち、一人はよくよく見知った顔だった。肩まで伸びたふわふわパーマの明るい茶髪に、まつ毛ぱっちりのパーフェクトメイク。私と同じ二年三組の三田奈々だった。もう一人の女子生徒は、別のクラスの三田奈々のグループの一人だろう。同じような茶髪とメイクだ。
どうするの? 小声で訊いてきた幸広に、黙って見てろと手で制す。
三田奈々たちは、ささっと周囲を見回し、二年四組の教室のドアをそっと開けて入った。行くよ、と幸広を従え、足音を殺して教室へ向かう。
二年四組の前に立ち、ドアの小さな窓からそっと中を覗いた。これくらいなら背伸びしなくても簡単に覗ける自分が頼もしいやら悲しいやら。
三田奈々たちは、教室の後方にあるロッカーの前に立っていた。ロッカーの扉に手をかけつつ、何やらごちゃごちゃと喋っている。
「もう一人の方、二年四組の子?」
幸広が首を振った。よし。大きく息を吸って、勢いよく教室のドアをスライドさせた。
バンッと開いたドアに、奈々たちがぎょっとしてこちらを振り返った。それから、なんだ王子じゃん、と奈々は拍子抜けしたように表情を緩めた。
「何か用?」
「奈々こそ、何やってるの? ここ、二年四組だよね?」
奈々はもう一人の女子生徒とちらと顔を見合わせ、たまには別の教室もいいかなぁなんて、と笑った。
「王子こそ、何やってるの? やだ、何怖い顔してんの?」
行こ行こ。もう一人の女子生徒の手を引き、教室を出ようとした奈々の前に立ち塞がった。何、なんか文句でもあるワケ? ぎろっとガンを飛ばしてくる奈々を睨み返した。身長が高い分、すごみだけは負けない。なんなんだよっ! と苛立たし気にもう一つのドアから駆け出ようとした奈々を、今度は幸広が止めた。
「っんだよ、チビ! そこどけよ!」
あ、幸広内心傷ついただろうなぁー。なんて思いつつも、幸広の前で足止めを喰った奈々たちの後ろに回り込んだ。
「堪忍しなよ」
はぁ? 長いまつげの目を見開き、ヤンキーのように奈々は眉間にしわを寄せた。
「《番人》探しの正体、奈々たちなの?」
奈々の顔から、急に険が消えた。少女たちはきょとんとして顔を見合わせ、違う違う違う、と二人して顔の前で手を振った。
「王子、あんた、何言っちゃってんの?」
そんな奈々の様子に、私と幸広も視線を交わした。
「《番人》探しじゃないの? このクラスのロッカー、荒らしに来たんじゃないの?」
はぁぁ? 奈々は顔を歪め、ばっかじゃん? と言い放った。
「あたしらみたいなバカちんが犯人だったら、とっくの昔に捕まってるよぉ」
キャハハっと笑った奈々たち二人の言い分はあまりに自虐的だったが、私も前々から思っていたことではあるので、納得せざるを得なかった。彼女たちが、おしゃれと男以外に労力を割くとは思えない。
「じゃあ、何しに来たの?」
それはその……。奈々たちは笑うのをやめ、声のトーンを低くした。
「魔女に脅されて」
「ねぇ、結ちゃん、本当に乗り込むの?」
「やめた方がいいって」
「相手は魔女だよ?」
必死に私を止めようとする幸広を振り払った。
「幸広は腹立たないの? 無茶苦茶じゃない! 脅すってどういうことなのよ!?」
三田奈々たちは、学年末考査で集団カンニングを企てたらしいのだが、そのことをどこからか月島美耶に知られて事前阻止された上に、昨日、そのことをネタに脅されたのだという。ばらされたくなかったら言うことを聞け、と。で、その結果がなぜか、二年四組の教室に行ってロッカーの写メを撮ってこい、というものだったという。まぁ、カンニングが阻止されたのはよかったとしても。脅すってのは、どういうことだ。
「でも、どうしてそんなことさせたんだろう」
ずんずんと廊下を歩き、生徒会室の前まで来たところで。半ば諦め顔になった幸広が首を傾げた。
「本人に訊けばいいでしょ」
コンコン、というかドンドン、と生徒会室のドアを叩いた。誰だ? と、逞しさすら感じさせる、女子生徒の低い声が返ってきた。
「月島さんに、用があるんですけど」
数秒の間のあと。ガラッとドアが開いた。肩まで伸びた日本人形のような漆黒の髪と、シミ一つない白い肌のコントラストが印象的な女子生徒が現れた。三田奈々たちのファンデーションの色とは違う、ナチュラルホワイトの肌だ。そのままでも十分美人であろうに、ぱっちりした目のふちを黒いアイラインで不自然なほどくっきりと囲っていて、魔女と呼ぶにふさわしい容貌になっている。ハイソックスではなく黒いストッキングを履いているので、黒っぽい印象にますます磨きがかかっていた。
魔女こと月島美耶は、微笑をたたえて私を見上げ、それから視線を下げて幸広を見た。身長的には幸広と大差なさそうなのに、圧倒的な存在感と雰囲気で幸広よりも大きく見える。幸広は早くもその空気に押されていて、尻尾の垂れた犬のように縮こまっている。ったく、情けない。
「今なら誰もいない。立ち話もなんだ、中に入れ」
命令口調で促されたが首を振った。ここで十分。
「脅すなんて、どういうつもり?」
月島美耶はその長い指を優雅に顎に当て、小首を傾げた。
「三田奈々たちのこと!」
あぁ。美耶はぽんっと手を叩き、再び首を傾げた。
「それが何だ?」
「何だって、それこそ何? 無茶苦茶じゃない!」
「麹さん……だったか? 麹さんが、どうしてそんなに怒る必要がある?」
葛西のように淡々としているのにその言葉には目に見えない力があり、紐で絡め取られたように動けなくなった。
「別に、麹さんが何かされたわけではないだろう? それとも、三田奈々たちと特別親しいのか? そんな風には思えないがな」
首を伸ばして私の顔を覗き込む美耶に、やっぱり私は言い返せない。睨まれているわけでもなんでもないのに。月島美耶の視線は、鋭く、強い。身長だけで人を威圧してしまうこの私が、こうもたやすく気圧されている。
「教えてやろうか? 単純に、怒りをどこかにぶつけたいだけなんだろう? 一時間以上も《番人》探しが来ないか見張っていたのに、現れたのがニセモノだった鬱憤を、大義名分を振りかざすことで発散したいだけ」
かっと顔に血が上った。そんなことっ。言いかけた唇を月島美耶の人差し指で塞がれ、図らずしもドキリとする。
「怒るということは、図星ということだ」
完全に勢いを殺されてしまった。沸騰しかけた血はゆるゆるとクールダウンし、なんだか気抜けした。もはや、やられた、という感想しか出てこない。
「でも、ここまで来てくれてたことには本当に感謝してるんだ」
ふふっと笑んで、月島美耶は私の顔を両手でそっと挟み込んだ。冷たくさらりとした手にどきりとし、抵抗するタイミングを逃した。美耶はこれからキスでもするかのように顔を近づけてくる。待て、ちょっと待て! ふわりとミントのようなすっとした匂いがその黒髪から漂ってきて、怒りで沸騰しかけていた私は別の意味で沸騰しそうになって及び腰になった。逃げようとする私を思いのほか強い力で離さず、月島美耶はそのまま顔を近づけてきて、私の左耳にひんやりとした息と共に囁きかけた。
「『四方八方』」
月島美耶はぽかんとした私から離れ、にこやかに笑んだ。「返し言葉をどうぞ」
まさかと思いつつ、答えた。
「『よもやまクラブ』?」
☆
「今頃になって《番人》探しの情報を集めるなんて、どんな事情があるのか考えたんだ。アリスが《番人》探しの被害に遭ったのはちょっと前だし、今さら犯人探しを始めたっていうのも少しおかしい。考えられる選択肢は二つ」
ファイルが詰まった書類棚に囲まれた狭っ苦しい生徒会室。その中央のテーブルに肘をつきつつ、月島美耶は私に二本指を立てて見せた。
「一つ目。アリスは再び《番人》探しの被害に遭って、今度こそ腹に据えかねた。でも、この可能性は低い。《番人》探しの被害は、女子更衣室の一件以来、大きなものはないからな」
そして、二つ目。
「アリスには、《番人》探しを探さなければならない新たな理由ができた」
で、思ったんだ。書き込みを見る限り、お人よしで面倒見の良さそうなアリスは誰かに頼まれたか、誰かのために自ら《番人》探しを探そうと思ったんじゃないか。
「すると、その誰かっていうのが、《番人》だっていう可能性がなきにしもあらずだってことに気がついた」
美耶は幸広を流し見た。幸広はますます表情を強張らせ、背筋をぴんと伸ばしてかしこまる。美耶はそのまま、薄い唇に美しい三日月のような笑みを浮かべた。
「少々挨拶が遅れたな。初めまして、芦沢幸広くん」
お姫様みたいな男子がいるって有名だから、名前だけは知っていたんだが。まさか、君が《番人》とはねぇ。にこにこと幸広に笑みを向ける美耶から幸広を隠すように、私は前に一歩出た。
「幸広が《番人》だなんて、誰も言ってないじゃない」
美耶はふふんと笑んだ。まぁ、否定したければかまわないが。
「こっちこそ、『あかつきの魔女』が『めい』さんだとは思ってもみなかったけどね。私に偽の情報を流して、三田奈々をおとりにしておびき出したの?」
「生徒会室まで来るとは思っていなかったがな」
美耶は肘をついたまま両手を組んでにっこりと笑んだ。三田奈々とのやり取りは見させてもらったよ。
「《番人》探しを探しているアリスが誰か、確認できてよかった」
何が目的なの? 精一杯すごんだ。幸広の忠告を聞かず、《番人》の正体をばらしてしまったのは自分だ。少なくとも月島美耶が《番人》探しでないのなら。なんとしてでも黙っていてもらわなければならない。
「怖い顔するな。私はただ、アリスと協力したいと思っていただけだ」
すっと立ち上がり、美耶はまた私に手を伸ばしてきた。さすがに今回はその手を避けた。私の眼前で手を止めた美耶は、そのまま握手を求めるようにその手を差し出す。
「知っていると思うが。あたしは今、《番人》探しを探している。生徒会長としても、月島美耶個人としても。どうだ? 協力しないか?」
美耶はちらっと幸広を見た。
「もっとも、嫌だと言うのなら、あたしは《番人》の正体を遠慮なく〈暁広場〉に書き込むがな」
朝のホームルーム五分前。ばんっと教室のドアを開け放ち、やられた! と怒りで肩を震わせたのは、名物バカップルの片割れ、一色千景だった。
突然のことに教室はしーんとなり、皆がきょとんと千景を見つめる中、臆することなく、彼氏である春日透が立ち上がって駆け寄った。
何かあったの? ちょっと聞いてよー。なんて二人のやり取りが始まり、いつものいちゃいちゃが始まるのかとみんなの注目は一旦逸れたが、千景の次の一言で、教室には再び沈黙が下りた。
「バスケ部の部室が荒らされたのっ」
昨日の美耶との会話を思い出す。美耶は先生方が見回りをしている時間とずらして、単独で校舎内の見回りをしているらしい。それも効をなさずということか。
視線を感じて振り返ると、三田奈々がささっと目を逸らした。昨日、私に《番人》探しだと疑われたことを気にしているのかもしれない。奈々もまさか、美耶が私を釣るためのエサとして使われただなんて思ってもいないだろう。
私と幸広は、美耶と共闘――なんていうと大げさだけど、協力関係になった。なったというか、脅されてというのが正確なところではあるけれど。私たちは(というか幸広は)《番人》の情報を美耶に提供し、美耶も必要とあらば私たちに協力する。美耶が生徒会長の使命感だけでどうしてあそこまで《番人》探しに固執できるかはよくわからないが、心強くないと言えば嘘になる。
そして、私たちのこの二日間――“交替の日”までの命題は。幸広が《番人》だと周囲にばれないようにすること。
まぁ、私たちが積極的にばらさなければ、心配ないはずなんだけど。
■No.45:☆16☆ 5月31日 19:16
今度は、バスケ部の部室らしいですよぉ。物騒です。
■No.46:市子@夕食のデザートはプリン 5月31日 19:25
朝練中に荒らされたって噂ですよネー。くわばらくわばら。
■No.47:アリス 5月31日 19:38
こんばんは! また《番人》探しが出ましたね( ̄□ ̄;)
■No.48:市子@そろそろ明日の予習やろうかな 5月31日 19:52
>アリスさん こんばんはー。その後、《番人》探しの情報は集まりましたか?
■No.49:アリス 5月31日 20:00
残念ながらさっぱりです(T‐T)
■No.50:☆16☆ 5月31日 20:10
そういえば、魔女の《番人》探し狩りはどうなったのかなぁ?
■No.51:市子@やっぱり予習はあと回し 5月31日 20:16
何の成果も上がってないからバスケ部が荒らされたんですヨー。
■No.52:めい 5月31日 20:24
今晩は。《番人》探しには、そろそろしっぽを出していただきたいところです。
■No.53:☆16☆ 5月31日 20:40
そうだ、アリスちゃんに情報があったんだ! 《番人》探しは男だって噂だよ。
■No.54:アリス 5月31日 20:51
>☆16☆さん 本当ですか? 噂のでどころはどこでしょう?
■No.55:☆16☆ 5月31日 20:59
荒らされていたバスケ部の部室の、ロッカーの上の荷物まで下ろされてたんだけど、踏み台を使ったあとがなかったんだって。身長一七〇センチでぎりぎり届くか届かない高さだって聞いたよぉ。
☆16☆さんの書き込みを見て、私はそのままベッドに突っ伏した。残念ながら、身長一七〇センチ以上の女がここにいる。
なんだか悲しくなってきて、よもクラから〈暁広場〉に画面を切り替えた。いやに盛り上がっているなと書き込みを辿っていって、最後に悲鳴を上げた。
◆843:あかつきの魔女:5/31 20:10
《番人》の正体を知っている。知りたければ、《番人》探しは私のところにやって来い。
☆
朝一番に、生徒会室まで駆けた。
「おはよう、王子」
美耶は狭い生徒会室で優雅に紅茶を飲んでいた。アールグレイティだろうか、ベルガモットの匂いが充満している。その落ち着きっぷりと微笑を湛えた顔に、頭に上っていた血がさらに沸いた。
「おはよう、じゃない! 昨日の書き込み、あれなんなの?」
まぁ怒るな。美耶は静かに紅茶をすすった。王子も飲むか? いらん! と美耶の向かいのパイプ椅子を引いてどかっと座った。
「『怒るな』ってことは、あれはやっぱり美耶が書き込んだのね!?」
「王子、あたしがここにいるのは、誰かに訊いてきたのか?」
なんで? いいから、と促され、二年八組――美耶が所属するクラスだ――で訊いてきたと答えた。
「それが何?」
わかってないな、と美耶は白いティーカップをカチャリと置いた。
「あたしは昨日、《番人》探しはあたしのところまでやって来いと書き込みしたんだぞ? 昨日の今日であたしのことを探しているなんて、王子が《番人》探しのように見えるだろう」
んなこと知るか! ギロっと美耶を睨む。
「もしも幸広の正体ばらしたりしたら、ただじゃおかないからね!」
美耶は濃いアイラインの目元に笑みを浮かべた。安心しろ、ばらすつもりはない。
「明日が“交替の日”なら、これくらいのことをしてみても面白いんじゃないかと思っただけだ」
「面白いって――」
言いかけた私の台詞は、鳴り響いた予鈴に遮られた。
「遅刻するぞ?」
もはや何も言い返せなかった。美耶を残し、生徒会室をあとにする。
魔女というあだ名もその理由も情報としては知っていたわけだけど。あまりに無茶苦茶だ。無茶苦茶すぎる。
歩きながら幸広にメールをした。今日一日、絶対に美耶に近づかないよーに!
教室に着くと、今日はぎりぎりだねと葛西に声をかけられた。まぁちょっと、色々あって。
昨日の〈暁広場〉見た? 葛西の問いに無言で頷き、席についた。
「誰かが魔女を騙ったか、魔女がついにやけを起こしたか」
なんだか楽しそうな葛西を放置して、そのまま机に突っ伏した。勘弁してほしい。
「ねぇ葛西、《番人》探し、現れると思う?」
「私が《番人》探しだったら、まず月島美耶のところになんか行かないね」
葛西の言葉にほんの少しだけほっとしたら、チャイムが鳴った。ポケットの中のスマホが震える。幸広から返信だ。わかってる、と一言。わかっているなら何よりだ。
美耶とはクラスが離れていたし、結局盛り上がっているのは〈暁広場〉というオンライン上だけだ。何事もなく時間は過ぎ去り、放課後になった。
練習行く? と葛西に声をかけると、今日は遅れるとの返事があった。美化委員会の集まりがあるのだという。そういえばと思い出す。幸広も葛西と同じく美化委員会だった。
じゃ、と手を振り、一人教室を出て更衣室に向かった。女子更衣室はもう使えるようになっている。
「こんにちは、結先輩!」
更衣室に着くなり、三河りえの甲高い声に迎えられた。そのほかにも、弓道部の後輩が何人かいて、一斉に頭を下げられる。
「結先輩と更衣室で一緒になるなんて、勢いがあまってあまって鼻血が出そうです」
葛西がいないことを恨んだ。誰だ、こんなときに美化委員会をやろうなんて言った奴は。
今日は二年生と一年生がペアになって、初心者向けの基礎練習を行うことになっていた。ゴム弓を使った素引きだ。この素引き、日常生活ではあまり使わない部分の筋肉を酷使することになるので、始めはものすごい筋肉痛と戦う羽目になる。
背筋が曲がっている後輩に声をかけていたときだった。弓道場に、制服姿のままの葛西が現れた。王子、と手招きされる。先輩に断って弓道場の外に出た。
「どうかしたの?」
珍しく葛西が動揺しているように見えた。ここまで走ってきたのか、その肩がわずかに上下している。
「王子を呼んできてって言われて」
誰に? それがその、と葛西が言い淀む。
「美化委員会が終わって、私と芦沢くんだけ用があって残ってて。教室に戻る途中で、降ってきたんだ」
「何が?」
「月島美耶が」
袴のまま、葛西と共に校舎に戻った。三階の南階段。校舎内は生徒の姿がほとんどなかった。昇降口から入ってすぐのところで赤塚先生とすれ違い、走るなーと声をかけられたが、すみませんっと謝ってそのまま走った。
ごめん、先行ってて。途中で息切れを起こした葛西を置いて、階段を駆け上った。
結ちゃん、と幸広が顔を覗かせる。南階段の三階の踊り場に、手持無沙汰に立っている幸広と壁に凭れて座っている美耶がいた。私を認めた美耶が片手を上げた。
「階段から落ちたって?」
違う。美耶は笑んだまま訂正した。落ちたんじゃなくて、落とされたんだ。
「その落ちた先に、僕と葛西さんがたまたまいて」
幸広は自分の後頭部をさすった。おかげで、たんこぶできちゃったよ。
「美耶はケガしてないの?」
あぁ。美耶はゆっくりと立ち上がった。さすがに今回はビビったがな。
「走り去る足音を聞いたか?」
美耶に問われ、幸広は申し訳なさそうに首を振った。ごめん、僕は気づかなかった。
美耶はつまらさなそうに幸広を見て、一応保健室に行っておけ、と偉そうに指図した。それから私を見る。
「話は以上だ」
「……は?」
「お前、《番人》探しの存在に懐疑的だっただろう。現場を見せた方が早いと思っただけだ。特に用はない」
ちょっと……ちょっと待て。
「それだけのために、葛西を走らせて私を呼んだの!?」
それだけとはなんだ。美耶は憮然とする。それだけの相手だってことがわかっただろう。
「あー、もう、頼むから! 明日まで大人しくしててよ!」
それは悪いことをしたな。美耶はしれっと薄い笑みを浮かべた。
「だが、明日で本当にすべてが終わるのか?」
「……どういう意味?」
「おせっかいな王子のことだ。次の《番人》が決まったら、結局そいつのことも守らなきゃ、とか言い出すんじゃないのか?」
答えられなかった。美耶は愉快そうにくくっと笑う。
「《番人》探しを見つけられればその心配もなくなる。そうだろう?」
美耶は落とされた階段をゆっくりと上り始めた。
「明日の件については、また連絡する」
「それ、どういう意味?」
「“交替の日”にはあたしにも立ち合わせろ」
それだけ言い残し、颯爽と立ち去った美耶と入れ替わりに葛西がようやくやってきた。
「あれ、月島美耶は?」
息せき切らしている葛西の肩をぽんと叩いた。
「葛西、お前も被害者か」
葛西は額の汗を拭ってずれたメガネを直し、ほんの少しの間のあと、は? と一言だけ漏らした。
■No.68:☆16☆ 6月1日 18:13
魔女さんが〈暁広場〉で《番人》探しを呼びつけてたけど、成果はあったのかなぁ?
■No.69:市子@今日のご飯はなんだろう 6月1日 18:25
成果があった方がびっくりです☆
■No.70:アリス 6月1日 18:39
こんばんはー。今日はなんだかとっても疲れました(T◇T)
■No.71:市子@肉じゃがでした☆ 6月1日 18:52
>アリスさん もしかして、例の《番人》探し探しですか?
■No.72:☆16☆ 6月1日 19:00
>アリスちゃん えー、もしかして色々調査とかしちゃってるんですかぁ?
■No.73:アリス 6月1日 19:10
だったらいいんですけどね(遠い目)
■No.74:めい 6月1日 19:15
>アリス様 お疲れですか? それはよろしくありませんね。
■No.75:アリス 6月1日 19:21
まったくもってよろしくないです(怒)
☆
道場を震わせるばんっという音に、ぼうっとしていた私は顔を上げた。先輩が放った矢が、的の真ん中に突き立っている。隣で正座をしている葛西に肘で突かれ、慌てて拍手をした。弓を下ろした三年生の先輩は、すっとした佇まいのまま静かに弓を下ろした。
「麹さん、何か心配事でも?」
いえ、と姿勢を正し、頭を下げた。申し訳ありません。
顔を上げると、先輩はすでに次の矢を手にしていた。ふぅっと小さく息を吐きだす。ダメだ、全然集中できない。気持ちは練習後の予定の方についつい行ってしまう。
午前中の練習が終わり、簡単なミーティングののちランチタイム。一年生と二年生で道場の大掃除をし、午後二時前に私は一人、そそくさと学校を出た。
雲一つない、カラッとした青空が広がっていた。関東は今週の頭に梅雨入り宣言されていたが、ここ数日、雨は降っていない。始めはのんびりと歩いていたが、スマホの時計を見て歩みを速めた。正面から吹いてくる風が心地よい。待ち合わせ場所は、私鉄の駅前。
学校を出て少し歩き、コンビニがある角を一つ曲がったそのとき。雑居ビルの一階から出てきた人影とぶつかってよろけた。
「ごめんなさい!」
聞き覚えのある勢いがいい声の主を見た。目が合ってお互いに、あ、という顔になる。
「王子じゃん。部活帰り?」
一色千景だった。襟元にレースがあしらわれた白いブラウスに、ふわっとした紺色のスカートという格好だ。私服姿は初めて見た。顔立ちもわりときりっとしていたし活発なイメージがあったが、こうしてみるとかわいらしい印象になる。
「バスケ部は練習ないの?」
千景はちらっと顔を背けた。その視線の先には、当然と言えば当然だが、彼氏の春日透が立っている。シャツに柄物のベストを合わせて着ていて、こちらも学校で見るよりもしゃれている。線が細く、制服のブレザーだと肩が余ってしまっているイメージがあった。
「さぼっちゃったから、内緒ね」
春日の腕に自分の腕を絡め、じゃーねー、とバカップルは去って行った。小さく手を振り返し、二人が出てきたビルを見上げた。英会話教室、インターネットカフェ、美容室、皮膚科、雑貨店、CDショップと雑多なテナントが入っている。
幸せそうで何より、と先を急いだ。
土曜日のティータイム。駅前を歩く人はあまり多くなかったが、ファストフード店やカフェは外から見た限りなかなか繁盛しているようだった。小さな子連れのファミリーが多く、休日だということを実感する。立ち止まってぐるりとバスロータリーを見回すと、幸広がガードレールに凭れているのを見つけた。黒いジーパンに薄緑と白のチェックのシャツといった私服姿だ。遠目にみると、ボーイッシュな格好をした女の子のようだ。その隣には、膝上丈の紫色のワンピースに黒のレギンス姿の月島美耶が立っていた。長い黒髪はあいかわらずおろしていて、魔女の名にふさわしい格好だ。
本日、六月二日。“交替の日”である。
私たち三人は、引き継がれたURLにアクセスすべく集合した。向かうはインターネットカフェ。
幸広は緊張しているのか、胃が痛い、なんて青い顔をしている。一方の私は、多少は緊張していたものの、安堵の方が勝っていた。これで目下のお役目は果たしたと言えなくもない。が、問題なのは昨日の美耶の言葉どおり、《番人》探しの件が何も解決していないということだった。少なくとも美耶を階段から突き落とすような危ない《番人》探しがいるのだ。次の《番人》を放置なんてできないし、そもそも、次の《番人》が《番人》になることを嫌がる可能性も十二分にありえる。そうなったらどうするかも考えなくちゃいけない。
まぁでも、何はともあれ。幸広が先代の《番人》から引き継いだというURLは、この六月二日にしかアクセスできないのだ。この日だけは逃せない。
「本当にURL以外に引き継いでいるものはないのか?」
今日も半ば脅すようにここに来た美耶を、ぴりぴりしている幸広は睨むように見返す。
「ない。この紙と、アクセスするためのパスワードを教えてもらっただけ」
ふむ。美耶は腕を組み、隣を歩いていた私を横目で見た。
「だとしたら、《番人》探しはその事実を知らないってことだな。《番人》が鍵か何かを持っていると勘違いして、事件を起こし続けている」
それにしても。美耶はにっとその唇に笑みを浮かべた。
「まさか、今日が“交替の日”だとは思わなかったよ」
どういう意味? 訊いた私に答えず、美耶はさっさと歩きだした。
私たち三人は、ぞろぞろと駅前の雑居ビルの地下階にある、インターネットカフェに入った。三人で入れる個室がなかったので、二人用の個室とオープンスペースの席を一つ借りる。細い通路を抜け、お目当ての二人用の個室を見つけると美耶はさっさとウェスタン扉を開けて中に入った。すぐにパソコンを起動する音が聞こえてくる。
私と幸広が遅れてウェスタン扉を開けると、美耶は鷹揚に手を出した。例のカード。幸広からURLの書かれたカードを受け取ると、美耶はさらに幸広の向こうを指さした。
「アイスティー」
さすがに呆れた。「飲み物くらい、自分で取りに行きなさいよ」
美耶はソファの背もたれに後頭部を乗せ、のけぞるように私を見上げた。アイラインの濃い目元がすっと細められる。私も腕を組んでそれを見下ろした。やろうっての?
結ちゃん、いいから。幸広は私たちをとりなすように、弱々しい笑みを浮かべる。結ちゃんはジンジャーエールでいいんだよね? そう言って、ぱたぱたとドリンクカウンターへ向かってしまった。そんな幸広を見送って、美耶はふふっと笑う。面白いな、あいつ。
座ったらどうだ? にっと笑んだ美耶に進められ、むすっとしたままその隣に腰かける。見ると、パソコンは起動完了していた。美耶がマウスを操作し、ウェブブラウザを起動する。マウスを操作するその手の爪には血のように赤いマニキュアが塗られていて、尖った先端は凶器になりそうだった。マウスが動くたびに、深紅の軌跡が目蓋の裏に残る。
お待たせ、と幸広がソファの後ろから飲み物のコップを差し出したときには、美耶はURLを打ち込み終わっていた。少し待つと、真っ白な画面が現れる。
『《番人》の部屋へようこそ』
画面の上部に、小さな字で控えめにそう表示されていた。そして画面の中央には、三つのテキストボックス。一番上が『名前』、真ん中が『ふりがな』、一番下が『パスワード』。そして、『OPEN』と白色の文字で書かれた薄いグレーの四角いボタン。
「で、何を入れたらいい?」
アイスココアのグラスを両手で持って画面を凝視していた幸広が答える。
「僕の名前とふりがなと、パスワードには半角大文字のアルファベットで『HINAKO』」
へぇ。ソファの後ろに立っている幸広を私は振り返った。『ひな子さんの番人』っていう呼び名に関係してるんだね。幸広は曖昧に首を傾げた。僕にもよくわからないけど。
じゃあ早速。美耶が長い指でリズミカルにタカタカッとキーを叩き、最後にぱんっと『Enter』キーを押下した。
白かった画面から、テキストボックスやボタンなどが消えた。遷移先の画面がゆっくりと表示される。三人、顔を揃えて画面をじっと見つめた。
そして。
「何だ、これは」
美耶の赤い爪が、ディスプレイに表示された文字をなぞっていく。白地に黒い文字でずらっと表示されているのは、番号と名前の羅列。ぱぱぱっと美耶がマウスでスクロールする。番号は十五まで。名前の列の最後はこうだった。
15.芦沢幸広(あしざわゆきひろ)
狭い個室に沈黙が下りてきた。何だ? 美耶はもう一度呟き、そうか、と自らの膝を打った。
「歴代の《番人》か」
この画面に変わる前に入力した名前とふりがな。あれが、この画面に反映されるようになってるんだ。
私と美耶の間から、幸広も顔を出して画面をまじまじと見る。続きがある。幸広に言われ、美耶が画面をさらにスクロールした。画面の最後に、黒文字の文章が一行。
『あなたが最後の《番人》です』
幸広はふらっとよろけて個室の入り口、ウェスタン扉に凭れた。が、そもそも固定されていない、西部劇に出てくるバーの入り口のようなその扉は幸広を受け止めてくれることはなく、幸広はそのまま仰向けに通路にぶっ倒れた。
大丈夫!? ソファから立ち上がって声をかけると、弱々しい返事があった。大丈夫、じゃない。
「残念ながら、《番人》は引き継がれなかった、と」
半ば楽しそうに、美耶はディスプレイに表示された名前を順々に尖った爪でなぞっている。
「これが歴代の《番人》なら。十四代目のこの毛塚って人、三年生なんだろう? 話を訊きに行ってもいいんじゃないか?」
ダメだよ。後頭部をさすりつつ、幸広が個室に戻ってきた。
「毛塚先輩、去年の秋に大阪に転校しちゃったんだ」
美耶は面白くなさそうにディスプレイに視線を戻した。美耶からマウスを借り、私も画面をスクロールした。
1.田淵修二(たぶちしゅうじ)
2.井上幸一(いのうえこういち)
3.武蔵紀子(むさしのりこ)
4.加藤辰(かとうたつみ)
5.古田千恵(ふるたちえ)
6.瀬名時雄(せなときお)
7.流川浩二(るかわこうじ)
8.鴨居祐平(かもいゆうへい)
9.北美津子(きたみつこ)
10.戸川伸二(とがわしんじ)
11.龍崎英美(りゅうざきえいみ)
12.鳥羽圭(とばけい)
13.木場真美子(きばまみこ)
14.毛塚愛(けづかあい)
15.芦沢幸広(あしざわゆきひろ)
「あれ?」
幸広と私は、ほぼ同時に声を上げてディスプレイに顔を近づけた。それから、またしても台詞がかぶった。うっそぉ。
美耶が怪訝そうに眉根を寄せる。
「十代目の《番人》っ」
興奮で上ずった幸広の台詞を私は引き継いだ。
「伸ちゃんだ」
どーうしても訊きたいことがあるんだ。そう電話をすると、伸ちゃんは何とも訊かず、別にいいよー、と気さくに答えてくれた。昔からそうだ。伸ちゃんは、私や幸広の言うことだったら、どんなにばかばかしく思えることでも、とりあえず話を聞いてくれる。周囲にいる大人たちのように、五つも下の私たちのことを子供扱いしなかった。楽しければOKだなんて言って、ちょいちょい小学生だった私たちと一緒にバカなこと――自然公園でのザリガニ一本釣りとか、耐久人間観察レースとか――をやっては、幸広の姉、幸美ちゃんに呆れられたものだった。
かくして、“交替の日”の翌日の日曜日。伸ちゃんとランチデート……と浮かれかけた私は甘かった。
「なんで幸広も来るの?」
なんでって。私の台詞に幸広は半ば愕然とする。
「《番人》はこの僕なのに!」
月島美耶は非常に残念がっていたが、予備校の模試のため今日はパス。ということで、幸広と二人で伸ちゃんに会いに行くことになった。待ち合わせ場所は、駅前のファストフード店。まぁ、ムードはないけど、幸広がいる時点でムードは期待できないから仕方ない。とにもかくにも、伸ちゃんと一緒にランチができるだなんて、まさに棚ぼただ。普段着はパンツがほとんどなのだが、数少ないスカート――丈はロングだけど――などを履いてきてしまった。葛西が見たら、きっと笑顔を見せるだろう。そんなわかりやすい王子が好きよ、だとか。わかりやすいのは自覚ずみだ。
ファストフード店の入り口で待つこと五分。悪い悪い、と伸ちゃんが現れた。今日は見慣れた私服姿で、開いていた距離がぐっと縮まったような、懐かしい空気が流れた。なんだ、結華とデートかと思ったら、幸広も一緒か。伸ちゃんの言葉に赤くなった私を、幸広がつつく。本来の目的を忘れるなと言いたいらしい。
「おし、社会人になったお兄さんがおごってやろう」
気前のいい伸ちゃんの言葉に甘え、私はチーズバーガーセットを、幸広は海老カツバーガーセットを、伸ちゃんはテリヤキバーガーセットを注文した。伸ちゃんは昔からテリヤキ贔屓なのだ。変わっていない事柄を見つけるのは嬉しい。
カウンターでトレーを受け取り、ごちそうさまです、とぺこりと頭を下げたら、大きな手でぐりぐりと撫でられた。ちゃんとお礼が言えるようになったか、なんて。途端に頬が、耳が熱くなり、頭皮まで熱くなってたらどうしよう、と内心ではひやひやしたりもして。全身が血管になったように脈打つ。私の体って、こんなにも頭のてっぺんからつま先までつながっていたのか。頭を撫でられるがままだった私は、今にもため息をつきたそうな幸広の視線に気づいて視線を逸らした。
あ、そうだ。席に着くなり、伸ちゃんは持っていた手提げから何かを取り出した。
「新しいお守り」
朱印の押してある、ぱりっとした白い紙袋。そっと受け取ったそれを蛍光灯にかざしたら、柔らかなピンク色が透けた。
「浅草寺、昨日行ったんだ」
ありがとう。思わず目頭が熱くなり、それをごまかすように繰り返した。ほんっとにありがとう!
「で、本題なんだけど、いい?」
私の感動なんておかまいなしに、幸広が伸ちゃんに一枚の紙を差し出した。昨日、インターネットカフェで印刷してきた、歴代の《番人》一覧だ。
アイスコーヒーをストローでぐるぐるかき回しながら、伸ちゃんは幸広から紙を受け取った。みるみるうちに、その目が驚きで見開かれていく。
「これ、どうしたの?」
「“交替の日”に表示されたんだ」
手にした紙と幸広の顔を見比べ、伸ちゃんは自らの髪を左手でくしゃっと掴んだ。驚いたなぁ。
「十五代目の《番人》、幸広なの?」
幸広が頷く。伸ちゃんは子供時代に戻ったように目を輝かせ、すっげーと紙を天井に透かした。
「《番人》って、まだ続いてたんだ」
俺が《番人》だったの、もう五年も前なんだなぁ。伸ちゃんはしみじみと学生時代を思い出している。あの頃は若かったなぁ。そんな伸ちゃんにすかさずフォローを入れる。伸ちゃんは今でも若いよ! ……お前、それ嫌味にしか聞こえないぞ。そんなことないって!
私と伸ちゃんのやり取りを冷めた表情で流し、幸広はオレンジジュースをすする。
「まぁ、《番人》は僕で最後みたいだけどね」
そうなの? そうらしいよ。それは残念だなぁ。《番人》探しの件などつゆも知らない伸ちゃんは、心底残念そうな顔で紙を眺めている。
「まさか、こんな話だとは思ってなかったよ」
じゃあ、何の話だと思ったの? 伸ちゃんはにやっと笑んだ。結華と幸広の二人から話があるっていうから、交際宣言だったら面白いなーなんて。
幸広がぷっと吹き出した。そのままケラケラと腹を抱える。笑うな! 私よりも先に笑うな!
それにしても、すごいなー。伸ちゃんはすごいなーを連呼する。《番人》が現存してるってのもすごいし、この一覧もすごいし。
「歴代の《番人》があのサイトに表示されるなんてなぁ」
“交替の日”に開いたサイトで見たものを説明した。なるほどね、と伸ちゃんは何かを納得したようだった。最後の《番人》だから、歴代の《番人》が表示されたのかもしれないね。
伸二のときは違ったの? 幸広に伸ちゃんは頷いて返した。
「俺のときは、次の《番人》はこういう人を指名してくださいって書いてあるだけだった」
一年間も秘密を抱えてたのにこれだけかよって、あのときはほんとに思ったね。そうポテトをつまんだ伸ちゃんは、あちっと持ち上げたそれをトレーの上に落とした。
「どんなことが書いてあったの?」
伸ちゃんは十一代目、つまり伸ちゃんが《番人》を引き継いだ生徒の名前を指さした。
11.龍崎英美(りゅうざきえいみ)
「『「り」から始まる苗字の生徒に《番人》を引き継ぐこと』」
☆
じゃ、用があるから。テリヤキバーガーを食べ終えて少しだけ雑談し、私たちを残して伸ちゃんは去っていった。私と幸広はトレーを片づけ、ドリンクだけ追加注文してまだ店に居座っている。もうすぐ午後二時。ちょっと前に美耶から連絡があり、模試が終わったらここに来るとのことだった。
「幸広は最後の《番人》だから例外だとして。十四代目の《番人》までは、“交替の日”にあのURLのサイトを開くと、次の《番人》の指名ルールが書いてあったってことだよね?」
シェイクのストローをくわえ、幸広は私を上目づかいで見上げて頷いた。
「しかも、そのルールは、苗字の頭文字だった」
《番人》一覧を見つつ、その頭文字だけを手帳に書き写してみた。
たいむかふせるかきとりときけあ
あ! 先に声を上げたのは幸広だった。私もすぐに気づく。
「頭の『たいむかふせる』って、タイムカプセルじゃない?」
ぽんっと幸広が手を叩く。うちの学校に、十五年前に埋めたっていうタイムカプセル、あったよね? あぁ、あるある。校門のすぐ脇の、花壇のところの奴ね。
開けたら何か出てくるのかなぁ。ぽつりと言った幸広に、開けろなんてどこにも書いてないじゃん、と私は返した。のだが。
「タイムカプセルを開けるぞ」
これまでにわかったことを話すと、美耶はなんのためらいもなくそう提案した。
「人さまのタイムカプセルを勝手に開けるのは、生徒会長としてまずいんじゃないの?」
つまらん奴だ。美耶は面白くなさそうに吐き捨てた。つまらなくて結構。
「つまらないかどうかはともかく、これだけじゃタムカプセルをどうしたらいいのかはわからないし、開けるのはもう少し待とうよ」
幸広の言葉に、ふんっと鼻を鳴らし、美耶は持っていたかごバッグからスマホを取り出した。タッチパネル上で指をスライドさせ、よもクラのグループチャットを表示する。
「考えがある」
美耶は過去の書き込みの一つを中央に表示した。
■No.01:市子@弁当食べたよ 5月29日 12:35
アリスさんがトピック作るなんて珍しいですネー。《番人》探しですかー。《番人》やってたっていう知り合いはいたりいなかったり?
以前はこの書き込みをスルーしてしまったが。改めてみると、軽い口調ながら、市子さんは爆弾発言をしていた。
「市子さんに一度会ってみる、というのはどうだ?」
その晩、美耶からメールがあった。
『市子さんにメールしてみたが、まだ返事がない』
まぁ、そうだろうな。顔が見えないから面白いのがインターネットの世界だ。私だって、できることなら月島美耶とは名前の知らないお友だちのままでいたかった。っと、まぁそれはおいておいて。合言葉を決めようと言いだしたのは市子さんだ。まったく会いたくないわけではないはずだ。
『気長に待つしかないよ』だなんて、悠長な返事を返した私は甘かった。
『埒が明かないので、こちらで日時を指定した』
明日の放課後、午後四時、特別棟の裏を指定したという。さすが強硬派。だなんて笑えるのも今の内だけかもしれない。
■No.72:☆16☆ 6月3日 22:03
今日はアリスちゃんもめいちゃんも書き込みがないねぇ。よもクラが過疎ってるよぉ。
■No.73:市子@デートに誘われたよ 6月3日 22:18
そうですネー。市子、そわそわしててそれどころじゃなかったでし☆
■No.74:☆16☆ 6月3日 22:30
「でし」ってかわいぃ。私も使うでし。って、市子ちゃんデートなのぉ?
■No.75:市子@ばれちゃった 6月3日 22:42
心臓ばっくんばっくんでしー。
■No.76:☆16☆ 6月3日 22:50
モテル女はいいなぁ。
■No.77:市子@モテないよ 6月3日 23:00
どんな人が来るのか楽しみでーす☆
月曜日。あくびを噛み殺しつつ登校すると、昇降口で三河りえが待っていた。
「先輩にぜひぜひお伺いしたいことがあるのですが!」
響いたりえの声に、騒がしかった昇降口が一瞬しんとなった。ぎょっとして眠気など吹っ飛んだ私の世界に、喧騒はすぐに戻ってくる。
「朝からどうしたの?」
「ですから、先輩に――」
あぁ、わかったから。再び大声を出しそうなりえを制する。ここじゃうるさいし邪魔だから、外出よう。
昇降口の外、職員用の駐車場の前まで出て立ち止まった。わざわざすみませんっ! とりえは勢いよく頭を下げた。
「で、何を訊きたいの?」
ファンクラブの子から聞いたんですけど、とりえは前置きをした。実のところ、私はこのファンクラブというものの規模もメンバーも活動内容も把握していない。弓道部に入部したばかりのりえに「結先輩のファンクラブを作ってもいいですか!?」と真正面から聞かれ、全力で阻止しようとしたものの最後には押し切られ、怖くて活動内容も訊けないまま現在にいたっている。
「結先輩、月島美耶先輩と仲が良いんですか?」
意外な質問だ。仲がいいわけじゃないけど、と答える。
「昨日、結先輩が、芦沢先輩と月島先輩と一緒にいたのを見た子がいたので」
人の目って、どこにあるのかわからないものだ。まぁ、ちょっと野暮用で。って、なんで私がりえに弁解せにゃならんのだ。
そうですか。りえは考え込んでから、おずおずと上目遣いで私を見上げた。余計なおせっかいであることは、百も二百も承知なのですが。
「結先輩、もしやもしや、生徒会選挙に立候補されるのですか?」
なんだか想像もしていなかった単語が並んだ。生徒会選挙? 立候補?
「だって、結先輩は二年三組、月島先輩は二年八組で、選択授業も一切かぶっていませんよね? 中学校も別だったと記憶しています。でしたらでしたら、結先輩が個人的に月島先輩と会う理由が、それくらいしかあたしの少ない脳では思い浮かばなかったんです。アドバイスなどもらっていたのかと思ったのですが」
「いや、それはちょっと唐突でしょ」
「結先輩、これ以上はごまかされなくてもいいです。水臭いじゃないですか。結先輩ほどの方なら、それくらいのことお考えになって当然です! 次の選挙は九月ですよね? ファンクラブ一丸となって、選挙活動の準備を――」
「だから違うって!」
思わず怒鳴った私に、りえが泣きそうな顔になった。すみませんすみません、なんて謝られたら、これ以上怒る気にもならない。
「私は選挙なんかに出ないから」
「でも、結先輩なら絶対に当選しますよ」
月島先輩にも勝てると思います! 両手で拳を作り、りえは力説する。
「あかつきの魔女を倒そうなんて思ってないから」
「でも、それならどうして月島先輩と?」
あ、答えたくないならもちろんかまわないのですが、とりえは両手を振った。月島先輩、すごい方なのはわかっているのですが、結先輩にもしものことがあったらと少々心配になったのもありまして。もしものことって? 結先輩が《番人》探しのことで変なことを頼まれているとか。月島先輩が《番人》探しを探してるの、有名じゃないですか。まぁ、そうだけどねぇ。
すごいですよー、月島先輩。りえは指を折りつつ知っている情報を挙げていく。評判の悪い連中のところに探りを入れるために乗り込んだついでにしめたとか、先生方の見回りのスケジュールを完全に押さえてそれを上回るペースで見回りしてるとか、寝る間も惜しんで被害状況を分析して疑わしい生徒をピックアップして観察してるとか。まぁ、噂でしかありませんけど。
ファンクラブなるもので、りえにはそれなりの情報網がありそうなことに気づいた。
「実は、《番人》探しについて、生徒会長サマの意見を聞いてたの」
そういうことだったんですか。りえは尻尾の垂れた犬のごとくしゅんとした。
「そうですよね、結先輩も被害に遭われたんですもんね。ファンクラブ会長を名乗っていながら、結先輩のお役に立てず、誠に誠に申し訳ありません……」
再び泣き出しそうなりえに慌てた。女の子を泣かせる趣味はない。何も頼んでないんだから、落ち込まないでよ。
「もし《番人》探しのことで何かわかったことがあったら、教えてもらえる?」
「この三河りえ、必ず必ず!」
二人で並んで昇降口に向かいながら、はぁっと小さくため息をついた。
美耶が指定した午後四時前に、特別棟の裏手へ向かった。
ひょろっとした特別棟は、学校の隅にあるプールを見下ろす位置に建っていて、すぐ横にはトタン屋根にコンクリート壁の体育倉庫があり、グラウンドも近い。四階建てで、部活動の部室としても使われている。主に運動部が使っているので、どの部も練習に励んでいる今の時間帯は人気がなくなる。おかげで美耶の姿はすぐに見つかった。
「おい、姫は来ないのか?」
美耶の疑問に眉根を寄せる。姫?
「芦沢くんに決まってるだろうが」
決まってるも何も、と反論しかけたがやめた。幸広もかわいそうに、と内心同情する。
「今日はあくまで市子さんとの待ち合わせだし、来させなくてもいいかなって」
それに。私はちらっと特別棟の裏から見える体育倉庫の方を見た。
「私と美耶が立ってるだけで、目立ちまくりだし」
そうか? 美耶はなんてことない顔をしているが、私はさっきから体育倉庫を出入りする生徒たちの視線が気になってしょうがなかった。幸広を連れてこなくて本当に正解だったと思う。魔女に王子に姫が揃ったら、ある意味笑えることは笑えるけど。現実に似合わず、なんてファンタジックな響きなんだろ。
特別棟の裏は、つたの絡まったフェンスにうっそうと生い茂った雑草で青くさかった。美耶の黒髪と白い肌は、緑を背景にすると驚くほどに映える。妖艶な雰囲気すら漂っていて、一緒にいる自分がひどく場違いなもののように思えた。
美耶が腕時計を見た。もうすぐ四時になる。
「市子さん、来るかな」
昨晩のよもクラの書き込みを思い出す。昨日の調子であれば、市子さんは来てくれそうではあるけれど。
美耶は自分の腕時計を、私はスマホの時計をじっと見つめた。
――午後四時。
遠くから、吹奏楽部のファンファーレが聞こえてきた。沈黙。
「……誰も来ないんじゃない?」
美耶は悔しそうというか、この誰も来ないという状況が解せないといわんばかりの不満げな表情で辺りを見回した。
「どこかに隠れてるんじゃないのか?」
まぁでも確かに、それもありうるかも。来てみたら、待っているのは『あかつきの魔女』とあだ名が『王子』の大女だ。自分でわかっているところが悲しいが、私の身長は、初対面の人間を威圧するには十分だったりする。初対面の人間の私への印象は、大概「怖そう」か「かっこいい」に二分されるのだ。
落ち着きなく辺りをうろうろし始めた美耶をそのままに、近くの壁に凭れた。と、視線を感じて体育倉庫の方に目をやった。
一人の女子生徒が、体育倉庫の影から伺うようにこちらを見ていた。身長は一五五センチくらい――ついつい人を身長から判断してしまうのは悪い癖だ――で、二つに結んだ髪が、その童顔以上に少女を幼く見せていた。ついつい守ってあげたいと思わせられるような無垢な雰囲気に、こちらの警戒心は跡形もなく消えてしまう。なんとなく見覚えが……あ、思い出した。いつだったか帰り際に、幸広に声をかけていた女子生徒だ。ということは、幸広のクラスメイト?
美耶もその女子生徒に気がついた。あかつきの魔女に視線を向けられ、女子生徒は明らかに怯えた表情になった。これはいかんなと、私はできるだけにこやかに女子生徒の方へ歩み寄った。
「もしかして、『市子』さん?」
えっと。女子生徒は両手を胸の前で握りしめ、おどおどと私と美耶の顔を見ている。それから、あの、えっと、ともごもごとやってから、意を決したように口を開いた。
「『四方八方』……」
おぉ。嬉しさのあまり、思わず声を上げてしまった。
「『よもやまクラブ』!」
なんか、こういうのはちょっと楽しい。RPGで、仲間が徐々に増えていく感覚と同じだ。笑んだ私につられるように、困惑の色はまだ残っていたが、女子生徒もその顔に笑みを浮かべた。その胸元のプラスチック製の名札に目がいく。やっぱりそうだ。幸広と同じ二年四組。『東海林』と書いてある。
「『市子』さんなのか?」
初対面だというのに威圧的な態度の美耶に、女子生徒の笑顔が凍りついた。あの、えっと、と再びどもる。そして、ばっと頭を上げた。
「今日は都合が悪いので、出直してきます!」
呼びとめる間もなく、まさに脱兎のごとく、女子生徒はスカートの裾を翻して全力で走り去ってしまった。
あとにはぽかんとした私と美耶だけが取り残される。
「美耶が怖がらせるから逃げちゃった」
「あたしのどこが怖いんだ!」
ギロリと睨んでやった。全部だ、全部!
弓道部の練習に出て、帰りにマンションの公園で幸広と待ち合わせた。練習が長引いてしまい、空は薄っすらと紺色がかっている。帰宅部の幸広は制服から着替え、私服で私を待っていた。待った? 全然。幸広は例え一時間待ってても、「全然」と答えるんだろうなぁ。
私と美耶の前に現れた女子生徒はやはり幸広のクラスメイトで、東海林藍理というそうだ。
「その『市子』って人、本当に藍理ちゃんなの?」
『藍理ちゃん』という親し気な呼び名に、仲がよいらしいことが窺える。
「よもクラの合言葉知ってたし、間違いないと思うけど」
スマホで、よもクラのグループチャットを幸広に見せてやる。画面をスクロールしながら、幸広はうーんと唸った。
「藍理ちゃん、こんな書き込みしないと思うんだけどなぁ」
確かに、その点は美耶も指摘していた。あのおどおどした子が、こんなに調子のいい書き込みを本当にしていたのか、と。
「ネット上だと人格が変わるって人もいるらしいし、僕には判断つかないけどね」
ちなみに、結ちゃんはなんでハンドルネームが『アリス』なの? う、うるさいっ。女の子っぽいかわいい名前だね。思いもかけず顔が赤くなった。これ以上名前の話はしないでいいから!
「藍理ちゃんには、明日、僕から聞いてみようか?」
《番人》である幸広が直接動くのはなんとなくためらわれた。が、少なくとも合言葉を知っていたのだから、東海林藍理はよもクラに関わりのある誰かであることは間違いないし。
「よろしく頼んだ」
ぐっと拳を作り、幸広は胸を叩いた。これくらい任せてよ。
☆
翌日。朝一番に、東海林藍理に話を聞いたのだろう。昼休みにでも話せないかというメールが幸広から届いたのは、一時間目の授業のあとだった。了解、と手短に返信をし、私は美耶にその旨メールを送った。
午前中の授業が終わって昼休みになると、女子たちはガタガタと机を移動させ始める。机を寄せ集めた島をいくつか作り、仲のいいグループに分かれてのランチタイム。私は机を動かすのだけを手伝い、今日はちょっと、と葛西に小さく拝んだ。そのまま弁当を片手に教室を抜け出す。
一階の購買へ向かう生徒の流れに逆らって、階段を小走りに上がった。本来は立ち入り禁止だけど、鍵が壊れていることは周知の事実である屋上の鉄扉をそろそろと押し開ける。
ぶわっと正面から風が吹き抜けた。青空ではあったが風は強く、遠くの空には垂れこめた灰色の雲も見えている。結ちゃん、と幸広が隅の方で大きく手を振っていた。その隣には東海林藍理が立っていて、向かい合うような位置で美耶が鉄柵に凭れている。藍理は私の姿を認めると、姿勢を正してぺこっと頭を下げた。
「みんな早いね」
お前が遅いんだ。間髪入れずにそう突っ込んだ美耶は、吹きすさぶ風に長い黒髪を片手で押えた。
三人のもとに駆け寄ると、藍理が再び頭を下げたので、下げ返して自己紹介。
「三組の麹結華。幸広と同じマンションに住んでるんだ」
「四組の、東海林藍理です」
藍理はまた頭を下げた。いやにかしこまっていて、なんだかこちらまで恐縮してしまう。
「東海林さんは、『市子』さんじゃないそうだ」
ふふっと笑った美耶に、藍理がますます小さくなった。すみません、と小さくなったままもごもごしている。
「『市子』さんじゃないって、どういうこと?」
幸広が答えた。「『ほしじゅうろくほし』さんだって」
美耶がほらっとストラップも何もついていない黒いスマホ(可愛さのかけらもない)を私に差し出した。
『☆16☆』
あぁ、そうか! ぽんっと手を叩く。ほしじゅうろくほしさん!
「あのハンドルネーム、なんて読むのが正解なの?」
そこはご想像にお任せです。ようやく藍理は表情を緩めた。
「でも、なんで昨日、特別棟にいたの?」
それは。言葉を切った藍理は、幸広をちらっと見てから続きを話した。
「実はこの間、生徒会室のところで、麹さんと月島さんが、合言葉を使っているのを偶然聞いちゃって。その……二人がよもクラの人なら、藍理も正体バラしてもいいかなって」
『市子』じゃないにしても、こんなにおどおどした子が『☆16☆』なのかとは思ったが。彼女の一人称が「藍理」であったことにキャラの片鱗が窺え、なんだか納得した。
「まぁでも、よもクラメンバーならよかった。よろしくね」
私が差し出した手を、藍理はにこっと笑んで握ってくれた。温かくて、かわいらしい小さな手だ。丸くて小さな爪は、古臭い表現かもしれないが桜貝のようにきれいなピンク色でかわいらしく、ちょっとだけ羨ましい。私の手は、彼女の手をすっぽり覆ってしまうサイズだ。
で? 美耶は私たちの挨拶に混じる気もなさそうな様子で、鉄柵に凭れたまま私たちの顔を順番に見た。
「仲間が増えたのはいいが。結局、『市子』さんは見つかってないぞ」
よもクラいちの情報通、ハンドルネームの@以降をころころと変える市子さん。
屋上で各々弁当を広げつつ、心当たりを考えてみる。情報通で、ネット上ではやたらめったら饒舌な女子。
「思い当たる人、いる?」
私の問いに、幸広と藍理が首を振った。かわいらしい二人が揃って首を振ると、なんだか兄妹のようだ。一方、かわいらしさのかけらもない美耶は早々に弁当を食べ終わり、一人考え込んだままだ。
「美耶は、心当たりあるの?」
曖昧に首を傾げ、美耶はすっと立ち上がった。
「市子さんの件は考えておく。悪いが、生徒会の用があるから先に失礼する」
スタスタと立ち去る美耶の後ろ姿に、藍理がほっとしたように肩を落としたのがわかった。
「月島さんってきりっとしてて、すごく雰囲気あるよね」
なんともうまくまとめた表現だ。
「昨日、よく私たちに声をかけようと思ったね」
「まぁ、ネットでは色々話してるし。それでも正直、月島さんがちょっと怖かったから、昨日は逃げちゃった。幸広くんが《番人》だっていうのはびっくりしたなぁ」
幸広はおにぎりを頬張りつつ、まぁ、ともごもごした。『幸広くん』か。幸広が男女問わず『ユキ姫』と呼ばれているのを知っているので、こちらの呼び名は幸広にとっても新鮮かもしれない。
微笑ましい二人をにこにこと見ていたら、気味悪いな、と幸広が眉根を寄せた。
屋上から校舎内に戻り、廊下で幸広と藍理に手を振って別れた。ふと思い立って、私はダイレクトメールを送ってみた。
『From アリス
To:市子さん
突然メールしてごめんなさい。今日は、めいさんには内緒でメールをしてみました。
昨日と同じ場所で一人で待っています。もしよければ、お会いできませんか?
ちなみに、私は昨日市子さんを待っていた、背の高い方です。』
藍理の美耶に対する評価も踏まえると、このメールはありかもしれないと思ったのだ。昨日は美耶と私という人をビビらせまくることこの上ない二人が揃っているのに驚いて姿を見せなかった、ということは十二分に考えられる。市子さんが昨日どこかで私たちを見ていたのなら、メールから私が『アリス』で、美耶が『めい』だとわかるだろう。片方だけとなら会ってくれるかもしれない。
五時間目の授業が終わってすぐ、机の下でスマホを見た。来た! 思わず声を上げ、不審そうに私を見る葛西に気づいてそそくさと廊下に出る。
『From 市子
To:アリスさん
メールありがとー☆ そんなに会いたがってくれるなんて嬉しい☆
場所は、第一校舎一階の渡り廊下のところなんてどう? あそこは告白スポットだしネ☆じゃ、待ってまーす☆』
☆
待ち合わせは十六時。二日連続弓道部の練習に遅刻することになってしまうが、いたしかたない。教室を出たところで弓道部の後輩でもある三河りえに遭遇したので、うまいことごまかしておいてと頼んでおいた。任せてください! と鼻息を荒くしてりえは去って行ったので、ま、大丈夫だろう。なんだかんだで、三河りえの存在はありがたい。
図書室に行って時間を少し潰し、十分前には指定された第一校舎の渡り廊下に向かった。あかつき高校には、第一から第三までの三つの校舎がある。それぞれの校舎は一階と二階の渡り廊下でつながっていて、一番奥まった位置にある第一校舎の渡り廊下は市子さんの言うとおり、言わずと知れた告白スポットとなっている。第一校舎は理科室や家庭科室などの特別教室ばかりが集められた校舎で、放課後になると途端に人気がなくなるのだ。ここで生まれた伝説や玉砕した恋は数知れず。
渡り廊下に点々とある鉄柱に凭れ、空を仰いだ。青空はすっかり見えなくなっていて、厚い雲に覆われている。ロッカーに置き傘があったかどうかを考えながら、スマホを見た。
デジタルの数字が、ちょうど「16:00」に変わった。
ぱっと周囲を見回す。がらんとした渡り廊下、校舎沿いの花壇、奥には職員用の駐車場。人っ子一人いやしない。
まさか、また肩透かし? なんて思っていたそのとき。チャリン、と硬貨が落ちたような金属音がした。
渡り廊下から外に出た少し先に何かが落ちている。上履きのまま、廊下から出た。アスファルトの上に落ちているのは、茶褐色の丸い硬貨、十円玉だ。
どこからこんなものが。渡り廊下を振り返り、二階を見上げようとした――が、それは突然ぶつかってきた何者かによってかなわなかった。
振り向いた瞬間、ものすごい勢いでタックルを受けたように思った。足が宙に浮いて、誰かと共にごろごろと渡り廊下の軒下まで転がり戻った。少し遅れて、ぱんっと何かが弾けるような音がした。
気がつけば、渡り廊下の冷たい石畳に横たわっていた。後頭部がズキズキと痛んで星がちかちかと舞っている。いったぁっ、と後頭部をさすりながら目を開けたら、茶色い短髪と紺色のブレザーが私の肩の上に見えた。男子生徒が自分に覆いかぶさっている。ここで女らしい悲鳴の一発でも叫べたらいいのだろうが、うわっと声を上げて四つん這いになっている男子生徒の下から這い出るに留まった。男子生徒の方はそんな私などあまり気にした様子もなく、いてて、と頭をさすっている。
ぺたんと座ったまま男子生徒を見つめた。なんだこれ。何が起こった? 男子生徒が頭を手で押さえたまま顔を上げようとしないので、とりあえず声をかけてみた。大丈夫? 俯いていた男子生徒がようやく顔を上げた。そこには思ってもみなかった端正な顔立ちの少年がいて。
「辰巳英一!?」
名前、知っててくれたんだ。なんて、後頭部を押さえたまま辰巳英一はその場に胡坐をかき、おだやかな笑みを私に向ける。この状況でそんな爽やかスマイルを向けてくるなんて、いくらイケメンだろうが、かっこイイとか思う前に警戒心が働いた。おかげでようやく頭が冷静になってきた。これが、私がバレンタインのチョコレートの数で勝ってしまったという辰巳英一か。なんて観察してみたり。
君こそ大丈夫? なんてにこやかに訊き返された。大丈夫だなんて、そもそもいきなり人に突っ込んできてなんなんだこいつは。そう口に出さずとも全身で不審感を表にした私に、英一は自分の背後、私が十円玉を覗き込もうとした辺りを背中越しに親指で指差した。
そこには、くしゃっと潰れた白い何かと、血痕のようにちらばった茶色い土の山があった。白い何かが、ひしゃげたプラスチック製のプランターだと気づくのに数秒とかからなかった。
「僕が突っ込まなかったら、あれが頭に当たってたよ」
ぽかんとして、その意味を考えた。頭に当たってたら、どうなってたんだろう。
ぱんぱんっとブレザーを払って立ち上がった英一を見上げた。とりあえず、理解できたことがある。
「助けてくれたみたいで、ありがとう」
お。英一は嬉しそうに笑んで、髪をかき上げた。
「まさか、王子様を助けることになるとは僕も思ってなかったけどね」
英一はその場にしゃがみ、座ったままの私の顔を覗き込んだ。美耶ほどじゃないにしても、そこら辺の女子よりも綺麗で白い肌にドキリとする。近くで見れば見るほど、その顔は整いすぎていて作りものめいて見える。どうやったらこういう風に生まれてこれるんだろう。
ついついまじまじとその顔を見返してしまった。何を思ったか、英一はにこっと笑う。
「そうやって座ってると、ちゃんと女の子なんだね」
……これ、英一ファンの女子だったら、鼻血を出して卒倒するシーンなのかもしれないけど。ぞわわっと全身に鳥肌が立った。ぱっと立ち上がって英一と距離を取る。
「ありがとう、じゃ、そういうことで」
駆け出そうとした私の手首を、英一はぱしっと掴んだ。もう少し話そうよ、だなんてスマイリーに言われても。
「私の方に、話はないです」
えー。抗議の声を上げ、英一はぐっと私の手首を引いた。おっかしいなぁ。
「僕をここに呼び出したの、君なんだろ?」
いやいやいや、呼び出して……って、えぇぇ!?
向かい合って立つと、英一とは身長差はほとんどなかった。口をぱくつかせた私に、英一は楽しそうにクスリと笑い、ずいとその顔を近づけてきた。
「『四方八方』」
続きをどうぞ。至近距離で微笑まれ、図らずしもどぎまぎしながら返した。
「『よもやまクラブ』……」
ずっと灰色だった空から、ぽつぽつと雨粒が落ち始めた。
■No.90:市子@雨に降られちゃいました 6月3日 18:23
アリスさんに無事に会えましたヨー☆
「こんにちは。二年一組、辰巳英一です」
にこやかにそう自己紹介した英一に、屋上は水を打ったように静かになった。口を開いたのは、顔をひくつかせた美耶だった。
「ネカマじゃないかとは思っていたんだが。こいつが本当に『市子』なのか?」
私に噛みつきそうな顔をした美耶に答える。残念ながら。英一はにこやかなまま私を見た。残念だなんてひどいなぁ。それに。
「美耶ちゃんも、あからさまにがっかりしないでもらえるかな?」
美耶ちゃん?
私と幸広と藍理は顔を見合わせ、一斉に美耶を見た。まったくもって似つかわしくないその呼び名に、当の美耶は顔を赤くしてわなわなと震えている。
「馴れ馴れしく呼ぶな!」
かくして、よもクラ常連組の顔合わせがすんだわけだが。
不安だ。ものすごく、不安だ。
昨夜から朝にかけて降っていた雨は上がり、空には薄っすらと雲が広がってはいたが明るかった。まぁ、よもクラオフ会の門出としては悪くないけど。
「ずっとオンライン上での井戸端会議しかしてなかったよもクラは、どうしてここにきてオフ会を始めたの? わざわざ僕を二回も呼び出したんだし、その理由くらいは教えてもらえるんだよね?」
まだ少し顔が赤い美耶は、きっと英一を睨んだ。
「お前やっぱり、おととい、特別棟に来たんだな?」
まぁ。英一はあっさりと認める。だって、相手を確認しないで顔を出すなんて、あまりにリスキーだよ。
「その代わり、昨日の結華ちゃんの呼び出しには応じたでしょ?」
結華ちゃん? あまりに馴れ馴れしくあまりにむずがゆい呼称に口元が引きつった。
美耶は額に手を当てて大仰にため息をついた。もう、いい。英一は愉快そうにふふんと鼻を鳴らす。
「それにしても、こんなに濃いメンバー構成だったなんて驚きだよ」
もちろん、僕も含めてだけど。英一の言葉に強く頷いた。藍理もよくこんなメンバーばかりをコミュニティに招待したものだ。英一は私、藍理、美耶と順々に顔を見て、最後に幸広を見た。
「まぁ、メンバーじゃない人もいるみたいだけど」
じろじろと幸広を見下ろし、英一はクスリと笑う。なんだよ、と気圧されまいとする幸広は、大人に虚勢を張る小学生のようだ。
「『ユキ姫』だなんて呼ばれてるだけあるね。本当にかわいい顔してるんだ」
声も出さずに顔を引きつらせた幸広を放っておいて、英一は私に向き直った。
「そういえば、結華ちゃんはどうして狙われたの?」
狙われた!? 素っ頓狂な声を上げた幸広に、落下してきたプランターのことを説明した。
「たまたま誰かがうっかり落としただけでしょ?」
誰かって、誰? 一歩前に出てきたのは幸広だった。その表情は見たこともないくらい険しくなっている。そんなに怒らないでよ。
「そりゃ怒るよ! わざとじゃなくても、当たってたら大ケガじゃすまなかったかもしれないんだよ! それに誰かが落としたなら、すぐに拾いに来て顔を見せてもおかしくないじゃないか!」
「僕もユキ姫の意見に賛成だね。結華ちゃん、何かを拾おうとして、渡り廊下から外に出たんだよね?」
忘れていたけど、そうだった。十円玉。
「プランターを落とした誰かは、わざわざ十円玉を落として結華ちゃんを渡り廊下の外におびき出してるんだ。これが故意じゃないって言う方が不自然だよ」
いやいやでもでも、と手を振った。んな、大げさな――
「大げさじゃない!」
さらなる怒りを露わにした幸広に驚いて黙り込んだ。この顔、見たことがある。小学校六年生の頃、女男だとか何かといじめられていた幸広をかばった私に、クラスの男子が「こっちは怪力ゴリラ女だ」と悪口を言ったあのとき。顔を真っ赤にして反撃に出た幸広は、結果的にはボコボコにされたんだけれど。
すっかり熱くなってしまった幸広に興醒めしたような視線を送り、英一はぱっとその表情を明るくした。
「ま、そっちの犯人探しは別の機会に。結華ちゃんから、昨日、僕に何の用があったのかは聞いてるよ」
結華ちゃんの頼みだしね。だなんて、英一はどこまでも馴れ馴れしい。
「みんなが話を聞きたがっている十三代目の《番人》と、今日の放課後に約束を取りつけておいたから」
話が済むと、英一から逃げるように美耶がいなくなり、続いて英一もいなくなって、私と幸広と藍理も屋上を出た。校舎内に戻ると途端に昼休みの喧噪が、にぎやかしい生徒たちの声が届いてきて、現実に引き戻されたような感覚に陥る。
「あ、芦沢!」
階段下からの声にきょとんとしていると、顔を覗かせたのは幸広の担任の乃木先生だった。
「変わったメンツだなぁ。一応、屋上は立ち入り禁止なんだぞ」
「すみません。先生、見逃して!」
乃木先生は手を合わせた幸広を、腕を組んで見上げた。
「それは考えどころだな」
口ではそう言いつつも、乃木先生はそれ以上咎める気はなさそうだった。最近学校を休んでいた幸広の悩み相談でもやっていたと思ったのかもしれない。鍵が壊れたまま放置してる学校側も悪いしなぁとため息をつく。
危ないからもう入るなよと釘を刺され、私たちはそそくさと退散した。
☆
本日の練習も終了。並んで弓道場のモップがけをしていた葛西が、ふむ、とモップを杖に腕を組んだ。
「『辰巳英一がどんな奴か』だって?」
私の質問を繰り返した葛西に頷き返した。
「王子もついに男に興味が出てきたの?」
「ついにも何も、私は昔から女には興味ないんだけど」
ははっと笑って、葛西はモップを杖に考え込む。辰巳英一かぁ。
「とにかく、スポーツ万能、成績もそこそこ優秀、おまけにイケメンで誰に対してもフレンドリー。女子に絶大なる人気を誇る我が校のアイドル。現在特定の彼女なし」
もっとも、バレンタインチョコの数ではそのアイドルを上回っちゃった人がここにいるけどね。笑った葛西にため息で返す。だからそれ、誰の統計なのよ。
「でも、王子が『伸ちゃん』以外の男の話するなんて珍しいじゃん」
そうか、辰巳英一ねぇ。葛西は遠い眼をしてにやついた。辰巳英一と王子がくっついたなんてことになったら、大騒ぎだろうなぁ。色んな意味でビッグカップルすぎる。愛しの伸ちゃんは諦めちゃったの? もちろん諦めてなんかいません! それに。
「辰巳英一って、なんか掴みどころないんだよね」
「あ、それはわかる」葛西が頷いた。
「なぁんか、できすぎてるよね。完璧すぎて、逆に裏がありそうというか。だから《番人》探しじゃないかなんて噂になっちゃうわけだし。いけすかない奴だって思ってる人も多いんじゃないかな」
そう言う葛西もそう考えているクチなのだろう。葛西は何事も自分で判断する。クラスの女子が騒いでいるアイドルだろうが、自分がよいと思わなければけっして流されたりしない。そういえば、よもクラでも、辰巳英一が《番人》探しじゃないかって噂が上がってたんだっけ。……もっとも、その話を盛り上げていたのが英一本人だったんだから笑えないけど。
弓道場の掃除を終えてバタバタと学校を飛び出した私は、そのまま全速力で最寄り駅に向かった。午後六時半を回っている。空はもう夜の気配で、街灯やネオンが煌々としていた。英一が約束を取りつけたのが午後七時で助かった。昨日も練習を遅刻したし、今日もサボるわけにはいかなかった。
大きなバスロータリーのある駅前は、帰路を急ぐ学生やスーツ姿のサラリーマンがひっきりなしに往来していた。この時間帯は本数が多く、線路を走る電車の音も絶えず聞こえてくる。老朽化が進んでいる駅の階段を上ると、切符売り場の脇に幸広と美耶が立っていた。幸広はジーンズ生地のシャツといった私服姿で、美耶は制服のままだ。
「藍理ちゃんは?」
訊くと、幸広が答える。用事があるからって来なかった。
「で、あとの一人は?」
あえて名前を言わずに訊くと、幸広は面白くなさそうに改札の方をあごでしゃくった。制服のままの英一が、満面の笑顔でこちらに手を振っている。
「結ちゃんが来たら呼べだって」
偉そうに。幸広は不満そうにぶつぶつ言っていて、美耶はそんな幸広を面倒くさそうに横目で見ている。あえて深くは突っ込まず、私は英一のもとへ向かった。
練習お疲れさま。にこやかな英一に、どーも、と素っ気なく答えて近くの鉄柵に凭れた。
「で、なんであの二人はあっちにいるの?」
「四人で取り囲んだら、相手がビビるでしょ?」
美耶ちゃんなんて、あの見た目だし。なんて、英一が述べた理由はわりとわかりやすかった。
「十三代目の《番人》って、どういう知り合いなの?」
「中学時代に受けてた家庭教師。現役女子大生」
英一はいつものようににこやかに笑んでいるのに、その目が標的を狙う捕食動物のように強い光を放っていることに気づいた。
「面白い話が聞けると思うよ」
意味深にそう言い、英一は改札の方に視線をやった。電車が到着する音が聞こえ、ぱらぱらと改札に人が現れ始める。約束どおりなら、その人物はもうすぐ駅のホームから出てくるはずだ。少し経つと、改札前はたくさんの人で一気に溢れた。ICカードをかざし、次々と改札を出てくるサラリーマン、学生、OL……
英一が改札に向かってさっと手を上げた。すると、今しがた改札をくぐった二十歳ぐらいの女性が小さく手を振り返した。ラフな長袖のTシャツに黒いパンツ、髪もショートカットとカジュアルな雰囲気だった。ただ、ヒールの高い白いパンプスと目元のぱっちりした明るい表情が、彼女をとても女性らしく見せている。私があのパンプスを履いたところを想像した。身長一八〇センチを優に超えそうだ。
女性は「久しぶり」と明るく英一に声をかけた。
「悪いね、これからバイトがあるから、十五分くらいしか話できないけど」
問題ないよ。英一に同意を求められ、私もコクンと頷いた。それから、名乗って簡単に自己紹介した。英一と同じ高校だと説明する。
おっきーねぇ。無邪気な彼女の発言はグサリと突き刺さったが、深手を負う前に、モデルみたいでかっこいい、というフォローが入った。
「あたし、木場真美子。よろしくね」
何度も読み返しているうちにすっかり覚えてしまった、《番人》の名前の頭文字を思い出す。『たいむかふせるかきとりときけあ』の、終わりから三つ目の『き』に当たる人だ。
「《番人》のことが訊きたいんだっけ?」
単刀直入な真美子さんの言葉に頷いた。学校新聞のネタにね、色々調べてるんだ。なんて、英一は根も葉もないことをすらすらと喋っている。
英一からは何も聞いてないんだっけ? 問われて頷いた。事前に聞いておくような話があったのかと英一を見たが、先入観がない方がいいでしょ? と一蹴された。
真美子さんはほんの少し周囲を見渡し、声を潜めた。実名とかは伏せて欲しいんだけど。その言葉に頷いた。もちろんです。
「私、十三代目の《番人》、実は友だちから引き継いだんだ」
友だち? そう、同級生の子。
「その子、体が弱くて、高校一年生の後半はずっと入院してて。“交替の日”までに元気になるかわからないから、《番人》やってって頼まれたの。もう、びっくりしちゃった」
英一の台詞の意味がわかった。《番人》が途中で引き継がれた。つまり、十三番目の『き』は、本来意図されていた文字じゃない。
「そのお友だちの名前、参考までに教えてもらってもいいですか?」
別にいいけど。真美子さんは不思議そうに私と英一の顔を見た。英一も小さく頷く。
「『浅川菜摘』。浅い川に、菜の花を摘むで菜摘」
訊きたいことがあったら、気軽に声かけてね。真美子さんは私にも気さくにそう声をかけてくれ、バイトの時間だと駅から去って行った。それと入れ違うように、ずっとこちらの様子を伺っていた幸広と美耶がやってくる。
「何かわかった?」
幸広に頷いて返した。わかった。すごく、わかった。
二人に聞いた話を説明し、通学バッグから手帳を取り出した。例の暗号文が書いてあるページを開く。
たいむかふせるかきとりときけあ
→たいむかふせるかきとりとあけあ
「『あけあ』?」
って、何? 幸広の言葉に、さぁ、と首を傾げた。
たいむかふせるかきとりとあけあ
自分が手帳に書いたそんな文字を見つめ、ごろんとベッドの上で転がった。
歴代の《番人》の名前の頭文字そのものに秘密があり、それをつなげた冒頭の単語が『タイムカプセル』であることは間違いない。でも、そこから先がどうしてもわからない。
手帳を枕元に置いて、代わりにスマホを手にした。そのまま〈暁広場〉を表示する。
◆843:あかつきの優等生:6/6 22:02
また《番人》探しの被害があったって。今度は二年九組の女子ロッカー。鍵が開けられただけでなくなった物はなし!
◆844:あかつきの優等生:6/6 22:15
何も盗らないのが逆に気持ち悪い
◆845:あかつきの優等生:6/6 22:29
教師陣も魔女も今回も先を越されたな
《番人》探しの被害は収束する気配がない。度重なる荒らしに生徒だけでなく先生方の警戒も強まる中、犯行はそれらをかいくぐって行われている。あいかわらずなくなった物はなく、何者かが荒らしていったという痕跡だけしか残っていない。
生徒のロッカーを荒らすだけで何も盗らないなんて、一体何が目的なんだろう。本当に《番人》が誰かを探っているのか。今の状況じゃ、《番人》探しの噂を広げ、幸広を怖がらせる以上の効果はまったくもって発揮されていない。
〈暁広場〉を閉じ、よもクラのグループチャットを表示したら藍理が書き込みをしていた。
■No.64:☆16☆ 6月6日 21:48
みんなー、今日の収穫はどうだったぁ?
みんな、といっても、よもクラに日常的にログインしていたのは実質四人。その四人もオフラインでの顔を合わせたらとんでもないメンバー揃いということもあり、以前のような井戸端会議もぱったりとなくなっていたのだが。
藍理も、大人しそうに見えてなかなかアグレッシブだ。今日来られなかった藍理の書き込みを放置するのもなんなので、返信を入力した。
■No.65:アリス 6月6日 22:41
>☆16☆さん 市子さん紹介の、元《番人》に会えましたよ。気さくな人でした(^―^)
すぐに返信があった。
■No.66:☆16☆ 6月6日 22:45
すごぉい! 何聞いたのぉ?
☆16☆モードだと、藍理ちゃん、テンション高いなぁ。半ば感心しつつも、まぁ英一ほどじゃないかと一人苦笑する。
■No.67:アリス 6月6日 22:58
ここじゃなんだし、また明日、詳しいことは昼休みに屋上で!
☆
弁当片手に重たい鉄扉を開けると、強い風に正面から吹かれた。空は厚い雲に覆われていて日差しは弱く、空気はほんの少し湿っぽい。予報では、夕方から雨が降ることになっていた。地べたに座った幸広と藍理がこちらに手を振った。
「さすが、話を聞きたがってただけあって早いね」
私の言葉に、そうなの? と幸広が藍理を見る。足を揃えてちょこんと座った藍理は、まぁ……と照れたように視線を伏せた。幸広をからかう美耶の気持ちが少しわかった。いじりたくなる人種というのはいるものだ。
私に遅れて美耶、英一が現れ、フルメンバーが揃った。昨日話を聞いた十三代目の《番人》、木場真美子の話を振り返る。
「何が問題って、『タイムカプセル』以外の言葉が単語にならないってことなんだよねぇ」
手帳を睨みつつおにぎりを頬張った。そんな私に、ちょっといいかな、と英一。
「疑問があるんだけど」
英一に皆の視線が集まった。
「みんなは、何が目的で《番人》について調べてるの?」
何を今さら。鉄柵に凭れて立っていた美耶が英一を睨むように見下ろす。
「《番人》探しを見つけたいからに決まっているだろう」
結華ちゃんもそうなの? 訊かれて、噛んでいたご飯を飲み込んだ。私はその。
「《番人》を守るっていうお役目上、成り行きで」
噂どおり、王子だねぇ。嫌味にしか思えない笑みを浮かべた英一はそのまま藍理に視線を移す。藍理は、と藍理は言葉を一度切って、皆を見渡した。
「流れで……」
なるほどね、と頷き、英一はクスクスと一人笑い始めた。何がおかしい? 美耶がむっとしたのか眉根を寄せた。気に障ったならごめんね、と英一はお得意のスマイルを向ける。僕はてっきり、よもクラとして何か目的があってこんなことをやってるのかとばかり思ってたから。
「それこそ昨日は流れで協力したけど。これからはどうしようかなと思ってさ」
まぁでも。英一は笑んだまま私を見た。
「《番人》の名前が何かの暗号になってるっていうのは面白いね。《番人》とは一体何なのか。これも気になる」
僕は自分の好奇心を満たすために協力させてもらうことにするよ。誰にともなくそう宣言した英一に、そりゃよかったな、と美耶は冷めた言葉を返してサンドウィッチを頬張った。
「残念ながら、知的好奇心を満たそうにも、何の進展もないぞ」
あ、と幸広が空を仰いだ。なんだと思ったら、頬にぽたっと温い雨粒。予報よりも数時間早く、灰色の雲が雨粒を落とし始めた。
ばたばたと広げていた弁当を畳み、階段塔の軒下まで移動した。雨粒は徐々に大きく、勢いをつけていく。狭い軒下に五人は少々きつい。
「藍理ちゃん、落としたよ」
英一がプラスチックの名札を藍理に差し出した。気づかなかった、と藍理はそれを受け取って礼を言う。
「『東海林』って苗字、字面がカッコいいよね」
英一のその言葉に、違うよ、と幸広が突っ込んだ。
「藍理ちゃんの苗字、『しょうじ』じゃなくて『とうかいりん』って読むんだよ」
こんな狭い軒下でごちゃごちゃやっていてもどうしょうもない。教室に戻るか、と鉄扉を開けようとした私の肩を美耶が掴んだ。
「ちょっと待て」
美耶は私たちと向かい合うため軒下から出た。その長い髪や制服の肩に、たちまち無数の雨粒がつく。
どうかした? 美耶は私に答えず、幸広に手を差し出す。名札を見せてくれ。
首を傾げながらも、外した名札を幸広が美耶に渡した。そこに呪文でも書かれているのかと思うくらいまじまじと名札を凝視した美耶の表情に、少しして変化があった。もしかしたら。そう呟いたアイラインばっちりの目が見開かれ、私を見上げた。
「『あけあ』じゃなくて、『あけろ』なんじゃないか?」
どういうこと? 訊いた私に、ものわかりの悪い奴だ、なんて美耶は舌打ちした。ものわかりが悪くて悪かったわね。
「芦沢の『芦』って字には、『ろ』っていう読みもあるんだ」
そうか。英一もぽんっと手を叩く。誰か漢字辞典持ってない? すると、幸広がスマホを取り出した。アプリが入ってる、とタッチパネルを操作し、『芦』の字を調べた。
確かに。訓読みは『あし』だが、音読みだと『ろ』になる。
「でも、もし『ろ』って字が必要なら、どうして僕じゃなくて『ろ』から始まる苗字の人に《番人》を引き継がなかったんだろう」
「『ろ』から始まる苗字の奴がいなかったんじゃないか?」
『ろ』から始まる苗字の生徒が本当にいないか、生徒会長の美耶ちゃんならすぐに調べられるよね? 調べるまでもない、と美耶が胸を張る。確かに二年生には、『ろ』から始まる苗字の奴は存在しない。
ということで、今しがた立てた仮説が正しいとすれば。
たいむかふせるかきとりとあけろ
「頭とお尻だけつなげたら、『タイムカプセル』『開けろ』になる?」
私の言葉に、一瞬、沈黙が訪れた。雨に打たれるがまま、美耶が得意げに片頬を上げた。
「そらみろ。結局、タイムカプセルを開けることになるんだ」
春になると赤青黄色と色とりどりのチューリップが咲き乱れる、校門わきの花壇の奥。そこにタイムカプセルが埋まっていることは、うちの高校の生徒なら誰でも知っている。『第十三期卒業生 タイムカプセル』とでかでかと白地に黒で書かれた木製のポールが地面に突き立っているのである。
外は傘がないと五分も経たずびしょ濡れになりそうな、生温い雨が降っていた。グラウンドを使用する運動部の練習は軒並み中止になっている。生徒の下校ピークを過ぎれば校舎外の人通りは減るはずだ、とは美耶の見解。その隙に、タイムカプセルを掘り起こす。
結局、弓道部の練習がある私と、用事があるという英一を除いた三人がタイムカプセルを掘り起こすことになった(正確には、幸広と藍理を美耶が強引に引っ張った)。
雨のせいで弓道場の空気は湿っぽく、木目の床は湿り気を帯びていた。私は弓を片手に的前に進み出た。足を踏み開いて背筋を伸ばし、ゆっくりと弓を構えた。そのまま両の拳を上げ、弓を左右に引き分ける。そして最後に矢を離そうしたその瞬間、タイムカプセルどうなったかな。なんて思ってしまった。あっと思ったときには放った矢が思いっきり的から外れていた。静かに弓を下ろしてから、はぁっと肩を落とす。集中力、切れてるなぁ。
先輩たちに的前を交代し、奥で控えている葛西たちのところへ戻った。最近、絶不調だね。かけられた葛西の言葉に、正座をしながら頷いた。悩めるお年頃なんですよ。そんな私たちのやり取りをいつの間にか聞いていたらしい、三河りえが首を突っ込んできた。
「わかります! 結先輩、とってもとっても繊細な心をお持ちですもんねっ!」
けっして広くはない弓道場に、三河りえの声は響きすぎる。いつもだったら怒鳴られるであろう所業に、クスクス笑いが広がっていく。繊細な私にこの状況をどうしろと。
練習が終わって弓道場の掃除を終え、昇降口へ向かいがてらスマホを見てみたら、幸広からメールが届いていた。
『練習が終わったら電話して』
先行ってて、と葛西に声をかけ、昇降口の隅で電話をかけた。
あ、結ちゃん? なんて、明るい幸広の声が聞こえてきた。もう家に帰ったの? うん、家に帰って教室行ってきたところ。教室? あぁ、なんでもないなんでもない。
「で、タイムカプセルはどうだったの?」
結論から言うと、タイムカプセルはあったものの、中身は見られなかったという。タイムカプセルは頑丈な小型金庫で、ダイヤル式の鍵がかかっていたらしい。挙句の果てには、私のクラス担任である赤塚先生に見つかり、やんわりと注意されて退散したという。
「見つかったのが赤塚先生でよかったね」
教師陣の中では、幸広の担任の乃木先生に次ぐ若手である赤塚先生は生徒に優しい。美人で話も面白く、熱心に生徒の話を聞いてくれるので人気もある。もっとも、赤塚先生はしめるところはしめるタイプだ。あからさまに怒っている場面を当事者以外に見せないだけで。
収穫はなしか、と嘆息した。期待していなかったといえば嘘になる。
「でも、僕、さっき思い出したことがあって」
幸広は少しの間のあと、声を潜めた。さっき思い出したから、まだ誰にも言ってないんだけど。前置きはいいから早く。
「伸二のことなんだけどさ」
その名前を聞いただけでドキリとしてしまった。伸ちゃんがどうかした? となんでもない風を装いつつもすかさず返す。まぁ、幸広相手にそんな必要もないんだろうけど。
「伸二の親って離婚したでしょ?」
あぁ。途端に苦い思いが広がる。幼い頃から面識のあった伸ちゃんのご両親が離婚すると聞いて、ひどくショックを受けたのを思い出す。うちのお母さんに訊いても、理由は教えてもらえなかった。伸ちゃんがマンションからいなくなってしまうかもしれない。そう不安になったが、結局マンションを出て行ったのはおじさんだけだった。
「あれって七年前だと思うんだけど、合ってる?」
うん、と相槌を打った。あの頃、私は小学校五年生だった。七年前で間違いない。
「それがどうかしたの?」
「七年前ってことは、その頃、伸二は高校一年生だろ。で、伸二の苗字が変わったの、冬だったと思うんだよね。ってことはだよ。伸二が《番人》に選ばれた頃、伸二の苗字は前の苗字だったと思うんだ」
幸広の言いたいことが理解できた。スマホを耳元に当てる私の手にも、自然と力が入ってしまう。
「つまり、十代目の《番人》の文字は、『と』じゃなくて」
「『も』が正しい」
伸ちゃんの前の苗字は『盛岡』だ。
肩でスマホを押さえつつ、手帳を取り出した。
たいむかふせるかきもりとあけろ
「『かきもり』」?」
その晩、〈暁広場〉に一つの書き込みがなされた。
◆990:あかつきの優等生:6/7 23:00
《番人》を探しています。 by《鍵守》
To be continued.
下巻へ続く
2013/9/2 初版
special thanks:表紙デザイン マエノヒロタカ
「よもやまクラブと最後の番人(上)」
「よもやまクラブと最後の番人(下)」
「よもやまクラブと一四〇文字の嘘つき金魚」(シリーズ二巻)
「よもやまクラブと秘密のゴーストゲーム」(シリーズ三巻)
「よもやまクラブと正直者のうさ子ちゃん」(シリーズ四巻)
「よもやまクラブと最初のアリス」(シリーズ五巻、完結編)
毎年一人、生徒の中から選ばれているという《番人》の噂。その《番人》をめぐり、学校で不穏な事件が頻発していた。幼なじみの幸広が今年の《番人》だと知らされた結華は、SNSサイト内のコミュニティ『よもやまクラブ』の面々と共に事件に首を突っ込んでいく……。学校に伝わる《番人》伝説とは何なのか? そして、《番人》探しとは? ネットと現実が交差する、青春SNSミステリー!
http://suny-or-rainy.tumblr.com/
極度の紫外線アレルギーの逸子が保健室で目を覚ますと、そこにはなぜかクラスメイトのボスザル、“万年晴れ男”こと三谷野がいた。そして、三谷野は逸子が思ってもいなかったことを口にする――
「ライトなラノベコンテスト」特別賞受賞作。
「ひとりぼっちの桜の亡霊」
http://ishigami1.tumblr.com/
「茶パツおばけの肝試し」
http://ishigami2.tumblr.com/
「おかっぱかぐや姫の仮装行列」
http://ishigami3.tumblr.com/
俺の名前は石神永助、人よりちょっと髪の毛を愛してやまない中学2年生。チャームポイントは美しく伸ばしたポニーテールだ。ある日、クラスメイトの狩野さんに、彼女が拾った髪の毛の主を探してほしいと依頼された。報酬は、俺の自慢のポニーテールを敵視する、頭髪検査の反省文免除。さぁ、これはやるしかない!? 髪の毛ミステリーここに登場!
千葉県立稲浜西高校 技術創造クラブ、略して「ギソウクラブ」。部員は学校一の変人といわれる会長の恭一を筆頭とした、一癖も二癖もあるメンバーたち。高校生活の中で彼らが抱えた、ギソウせざるをえなかったものとは? 5人の高校生たちの青春群像劇。『月刊群雛』連載作が1冊に!
2014年4月30日 発行 初版
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