spine
jacket

2013年に行なわれたTM NETWORKのライブの内容と、そこから浮かんだイメージを織り交ぜて書いた文章です。イメージは観客の数だけ存在しており、それぞれの光が物語を照らします。光の当て方によっては、物語をもっと楽しむことができます。その一助となれば幸いです。

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IR2: Investigation Report 2

FJK

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目次

INTRO

START INVESTIGATION

ON THE EARTH

WE HOPE GREEN DAYS

CAROL SUITE

DINER

PROPHETS

OUTRO

INTRO

 TM NETWORKにとって、二〇一四年はデビュー三〇周年というメモリアル・イヤーです。この年を見据えて、二〇一二年の活動再開からひとつの物語が展開されてきました(それゆえ、二〇一二年に開設されたTM NETWORKのTwitterアカウントは「@tmnetwork_2014」となっている)。ぼんやりと輪郭が浮かぶ物語がサウンドとパフォーマンスで表現され、観客はいくつかのピースを拾い集めます。それらをすべて組み合わせても全体像に迫るのは難しいのですが、欠けているピースをイメージで補うことで、体験した人の数だけ物語が形づくられる。
 そのイメージングこそが、TM NETWORKストーリーの本質なのだろうと思います。音・歌詞・ステージ演出をもとに、あれこれ想像を巡らせる遊び。そのストーリーの一部が、二〇一三年七月に行なわれたライブ「TM NETWORK FINAL MISSION -START investigation-」です。二〇一二年の「TM NETWORK CONCERT -Incubation Period-」よりも具体的な表現がなされ、それは演出やステージ・セットに表われています。そのぶん、イメージを広げる余地が狭くなったとも言えますが、行間から何かを読み取ってもいいし、二〇一四年に明かされる謎や秘密を推測するのもおもしろいですね。もちろん、二〇一〇年代らしさを放つEDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)サウンドにフォーカスして楽しんでみてもいい。
 ブルーレイ・ディスクに記録されたライブの映像を観たり、小室さんの解説を聴いたりすることで、物語の流れや曲の配置からいくつかのキーワードが浮かびました。輪郭はおぼろげながらも、これらの括りから「TM NETWORK FINAL MISSION -START investigation-」について考えを巡らせてみましょう。発信されたキーワードを手がかりにしてセット・リストに補助線を引いてみると、ライブは六つのセクションに分けられます。

START INVESTIGATION
ON THE EARTH
WE HOPE GREEN DAYS
CAROL SUITE
DINER
PROPHETS

 音が物語を呼び、物語が音を誘う。INTROの最初の一音からOUTROの最後を締める一音まで、音は、物語は続いてゆきます。シートに背を預け、窓の外に広がる風景を眺めながら、音と物語が織り成す世界を旅してみるとしましょう。

START INVESTIGATION

 六〇年ほど時間を遡り、地球をぐるりと回って、物語はアメリカのある場所にフォーカスします。森林や沼地、草や土といった自然が色濃く残る地方都市では、人々はどのようなことを考え、どのような生活を送っているのでしょうか。そんなアメリカの田舎町に、三人の男女が現われます。「TM NETWORK CONCERT -Incubation Period-」のオープニングで登場した三人です。
 TM NETWORKに課せられた三〇年の任期はもうすぐ終わろうとしており、新たな三人(「IP」と呼ぶ)はその役割を引き継ぐために地球に送り込まれました。その役割とは、地球に降り立ち、時代や場所を変えて潜伏し、いろいろな人々の営みを調査して報告すること。IPたちは純粋な気持ちを持って地球の人々とコミュニケーションをとろうとし、この時代のこの場所の調査を始めます。
 TM NETWORKは一九八四年に地球に降り立ち、一九九四年(DECADE)、二〇〇四年(DOUBLE-DECADE)という節目を経て、二〇一四年の任期終了を迎えます。今は、プロフェッショナルの調査員であるTM NETWORKからIPたちに役割がシフトする移行期間、訓練期間です。IPは調査の途中で困ったことがあればアラートを出すことができ、それを受けてTM NETWORKがサポートすることになっています。予想どおりか、あるいは予想よりも早めなのか、TM NETWORKはIPからのアラートを受信しました。
 泥だらけのIPたちが最初に見たのは、ランプを手にして見回りをしている人物です。せわしなくランプを動かし、夜の中で暗がりへの恐怖と戦っています。あるいは、もともと神経質な性分なのかもしれません。弱々しい光の中にIPたちが姿を見せると、彼は驚き、思わず後ずさります。IPたちはにこやかに振る舞い、友好的なことを示すジェスチャーで彼に近づきますが、彼の恐怖は強まることはあれ、弱まることはありません。三人を振り払うようにして離れ、首に下げていたホイッスルを思い切り吹きます。接触を拒む彼の心を表わしているかのような、耳をつんざく音が響き渡ります。なおもコミュニケーションを図ろうとするIPたちですが、ひとりがその輪から外れると、ぽつんとたたずむ電話ボックスに歩み寄り、受話器を手にしてボタンを押しました。ナンバーは「911」。
 二人のシェリフがやってきます。IPとのやりとりのために敏感になっている見回り役の男性は、二人の登場にも驚く有様。すぐに安堵の表情を浮かべ、彼は不審な人物を見た現場に二人を案内します。シェリフのひとりは彼の言葉を真面目に受け止めて真剣に調べ始めるけれども、もうひとりは信じられないとばかりに呆れた表情を浮かべ、形ばかりの身の入らない捜査を行ないます。
 会場に響く音はSEのように表情を持たない音から次第に厚みを増し、リズム・パートを強めていきます。シンセサイザーの音が観客の記憶に刻まれたメロディに変わります。鳴り響くのは「CHILDREN OF THE NEW CENTURY」のイントロ。オリジナルは一九八七年にリリースされたアルバム『humansystem』のオープニングを飾っています。二〇一三年になってソフト・シンセの音を埋め込んだEDMサウンドに転生し、メタリックな輝きを帯び、鋭さに磨きがかかりました。かつてはギターの音とシンセサイザーの音が拮抗するアレンジだったのが、EDMスタイルではやはりシンセサイザーの方が前に出てきていますね。EDMサウンドを軸にしたライブの開幕を告げるのにふさわしいアレンジです。
 再び現われたIPたちに気づくと、その場の緊張が一気に高まります。拳銃を抜いたシェリフはIPたちを威嚇し、強い口調で動かぬように命令する。IPの存在を信じていなかったシェリフは警棒を構えるも、明らかに腰が引けています。いずれにしても、穏やかに話ができる状況ではない。二人を刺激しないようにアクションを控えながら、IPたちはじっと待ちます。
 「CHILDREN OF THE NEW CENTURY」の印象的なフレーズが絶え間なく鳴り響く中、一台の電車が走ってきて、彼らの前に停まります。側面には「967854328」という文字と、薬のカプセルのような意匠が刻まれています。シェリフたちは驚きの表情を隠しきれません。IPたちがいることも忘れて、突如として現われた得体の知れない電車に近づきます。やがて自分たちの手には負えないと判断すると、逃げるようにその場を去りました。
 再び訪れる静寂。それを呑み込みながらソフト・シンセの音とベースの音がうねるように鳴り、キックの音が後から姿を見せます。「TM NETWORK FINAL MISSION -START investigation-」のためにつくられたこのインストゥルメンタルは「MISSION PART1」と名付けられました。二〇一三年九月に配信された小室さんのアルバム『DEBF EDM 2013 SUMMER』で聴くことができます。
 電車のドアが開き、人影がひとつ現われます。白い衣装に身を包み、背後から放たれる光の中でゆっくり歩を進め、外に出る。階段をのぼり、シンセサイザーに囲まれたエリアに足を踏み入れると、すぐさま音の調整に入ります。IPのアラートを受けたTM NETWORKは地球にやってきて、まずは小室さん(の姿をした潜伏者)が姿を現わしました。
 続いて、開け放たれた扉の向こうから出てきたのは背の高い男性と幼さが残る少女。先に男性が外に出て周りを興味深そうに見回していますが、少女はためらっているのか、中に留まったままです。男性が少女の手を引いて外に連れ出し、安心させるように軽く肩を抱きます。少女が身にまとうワンピースと緑のトップスが観客の記憶を巻き戻し、そしてひとつの物語の存在を示唆します。
 男性が少女の手を引いて坂道をのぼろうとしたとき、少女はその手を振りほどき、車体を挟んで坂道の反対側にある階段を駆け上がります。階段をのぼり切るとくるりと回り、そのまま小走りで森の奥に姿を消します。坂道を歩き切った男性は少女が消えた先を一瞥すると、少女の後を追いかけていきました。
 「MISSION PART1」ではダブステップというジャンルで多用されるソフト・シンセの音をふんだんに盛り込み、後半は小室さんが得意とするパターンが展開されます。シンセサイザーの音がループしながら徐々に高くなって、螺旋階段のような軌跡を描く。音がじわじわと熱くなっていき、観客の気持ちも高めたところで、パイプ・オルガンを思わせる音が高らかに鳴り、曲が終わります。もっと聴きたいという気持ちを抱えながら余韻に浸ります。こうなるともうどのような曲が披露されるか、予想もつきません。
 黄色い筐体が目を引くシンセサイザーStudiologic Sledgeが、独特の歪みを持った音を出します。続いて宇宙を駆け巡るかのようなシーケンサーのフレーズが鳴り始め、やがて濃密なキックの音が追随します。スペースシャトル発射のカウントダウンで使われる言葉「IGNITION, SEQUENCE, START」をタイトルに冠した曲です。二〇〇〇年に発表されたアルバム『Major Turn-Round』に収録されています。アルバムがプログレッシヴ・ロックを標榜していたことから、シングルでもアルバムでもロックの要素が強く表われていますね。特にアルバムではベースにカーマイン・ロハス、ドラムスにサイモン・フィリップスを迎えているため、両者の素晴らしい演奏を堪能できます。
 縦横無尽に音が舞うイントロの中、電車のドアが再び開き、木根さん(の姿をした潜伏者)が光の中から現われます。坂道を駆け上がり、エレクトリック・ギターを鳴らして曲に参加します。エレクトロニック・サウンドを軸にしたアレンジが、この物語に含まれる宇宙という要素を体現している。小室さんはSledgeの他にAccess Virus Indigo RedbackとAccess Virus TI Polarを弾き分け、サウンドに厚みと深みを持たせます。サイモンが叩いた生の音(ティンバレスのような高い音)もサンプリングして鳴らしており、多彩なレイヤーを感じるアレンジでした。

ON THE EARTH

 「IGNITION, SEQUENCE, START」の最後にSledgeで弾いた一音が鈍く響き続ける中、小室さんがシンセサイザーの音を重ね始めます。音の束は次第に「BEYOND THE TIME」のメロディを含み、ダンス・ミュージックで熱くなった空気をゆっくりと冷ましながら、静謐な雰囲気を漂わせる。シンセサイザーの音は層を成して空に導かれ、青い光と溶け合います。そして木根さんが鳴らすアコースティック・ギターの音を合図にして「BEYOND THE TIME」のイントロが始まりました。
 電車からウツ(の姿をした潜伏者)が姿を現わします。宇宙を駆け、地上に降り立つTM NETWORK。プロフェッショナルの調査員である三人が集合し、点と点を結ぶ線が引かれ、ひとつの図形が浮かび上がってきます。やがて、歌が始まり、トライアングルがはっきりとした輪郭を持ちます。この曲が世に出て二五年、新たな魅力をまとって生まれ変わり続けます。歌詞とメロディはDNAであり、不変の要素と言えるでしょう。ウツの声質は変わったし、歌い方も二五年前とは違います。サウンドに至っては言わずもがな、同じところを滞留していたことはありません。
 「BEYOND THE TIME」の音を聴いて思い浮かんだのは、オーロラのような光のカーテンです。もちろんそれは自然科学の領域ではあるけれど、宇宙と地球を結びつける、イマジネーションの入口ととらえることもできますよね。地球から見た空、すなわち宇宙の方向に現われる光のゆらめきは、潜伏者が地球にやってくる合図なのかもしれません。ステージでは、黄色とオレンジが混ざったやわらかい光と、青と白が織り成すメタリックな光が入れ替わりながら曲を彩ります。地球の視点と宇宙の視点が交差しているかのようです。
 この曲には「メビウスの宇宙(そら)を越えて」というサブ・タイトルが付けられました。映画『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』の主題歌として制作されたため、歌詞に綴られた物語は、宇宙と地球、そしてその狭間に存在する人間を歌います。TM NETWORKとは別の物語から生まれた物語が、偶然か必然か、TM NETWORKのコンセプトと結びつきました。それは時を越えて二〇一二年から始まった現在のTM NETWORKストーリーを構成する重要なピースになっています。
 夜空に浮かぶ三つの宇宙船。三人に付き従うように待機しているのでしょうか。宇宙船は、アルファベットで言えば「M」の形をしており、地上に向けて光を放っています。ぎゅっと絞られた細い光が空からいくつも伸び、ギリシアの神殿の柱のように宇宙と地球をつなぎます。光の神殿が目の前に姿を見せる中、響き渡る曲は「HUMAN SYSTEM」です。人と人との関係について、多くを語らずにイメージを喚起する言葉で歌う曲です。
 木根さんが奏でるアコースティック・ギターが、エレクトロニック・サウンドと混ざり合います。多くの人に好まれるEDMのタイプとして、エレクトロニック・サウンドと生楽器の音(特にピアノやギター)がミックスした曲が挙げられると思います。それはクラブ・アンセムにはなり得ないのかもしれませんが、EDMが世界中に拡散していく役割は果たしているでしょうね。EDMの要素を含むポップスが世界のあちこちで聴かれるとき、おそらく人々はそれをEDMだとは思わない。
 そういうケースが積み重なり、EDMというジャンルがメジャーな存在になりながらも、同時に、ジャズやロックの歴史をたどるかのように「これはEDM、あれはEDMじゃない」という線引きがなされ、EDMのエリアは縮小するわけですね。混ざり合って広がり、保守化して小さくなる。その要因が、ジャズやロックにとってエレクトロニック・サウンドだとすれば、EDMにとってはアコースティック・サウンドなのかもしれません。音楽の可能性を広げてくれる存在は、逆説的に、狭める方向にも作用する、と。
 アルバム『humansystem』の表題曲となった「HUMAN SYSTEM」のオリジナル・バージョンではバンドによる演奏がフィーチャーされていますね。アルバム自体がジャズ、ファンク、ロック、フュージョンの分野で活躍しているミュージシャンの演奏で構成されており、「HUMAN SYSTEM」ではスティーヴ・フェローンのドラム、ウォーレン・ククルロのギター、ラリー・ウィリアムズのサックスを聴くことができます。
 「TM NETWORK CONCERT -Incubation Period-」でも、リズム・パートを中心にエレクトロニック・サウンドの比率が高かったのですが、このライブはさらにエレクトロの雰囲気が強まったように思います。思い出すのは一九九三年に発表されたリミックスですね。この年には二枚のリミックス・アルバムがリリースされ、そのうちの一枚である『CLASSIX 1』に「HUMAN SYSTEM -café de paris mix-」として収録されています。当時のテクノ・サウンドを取り込んでおり、アコースティック・ギターとの調和が気持ちいいミックスです。エレクトロニック・サウンドとアコースティック・ギターの相性はとてもいいんですよね。
 曲の終盤を♪She is here and he is there in the human system♪、♪I am here and you are there in the human system♪というフレーズのリフレインが飾ります。心にダイレクトに届くメロディであり、これだけでも物語を紡げそうな言葉が乗ります。偶然の組み合わせなのか意図的な演出なのか、続いて披露された曲のタイトルは「HERE, THERE & EVERYWHERE」です。
 地上で宇宙を強く意識するのは、途方もなく広い夜空を見上げているときです。冬の夜空には、息を呑むほどに美しいスクリーンが広がりますよね。都市の中では難しいけれども、凛とした空気の中、見上げる星空の美しさは筆舌に尽くし難い光景です。手の届かない圧倒的な存在でありながら、近づきたくなるような優しさも併せ持つのが満天の星空なのではないでしょうか。
 「HERE, THERE & EVERYWHERE」は1987年のアルバム『Self Control』に収録され、アルバムの最後を飾っています。優しい音が印象に残る曲です。オリジナルではサックスで吹き込まれていたパートを、小室さんはRoland JUPITERで弾きます。あたたかみのある、大事な人を包み込むような音。木根さんは、この曲でもアコースティック・ギターを弾きます。優しげな表情を見せながらギターを奏で、コーラスを重ねる姿が、この曲の雰囲気を伝えてくれますね。
 いくつもの青が重なる光を背にして歌うウツも、たくさんの笑顔を見せます。ウツの声はTM NETWORKのボーカルとしていろいろな役割を担います。TM NETWORKのボーカルは楽器のひとつだと自ら語っていましたし、二〇〇四年にデビュー曲をトランスにリメイクしたときは「ボーカルはパーカッションのようだ」と表現しました。木根さんが書くバラードのメロディの良さをまっすぐ伝えるように歌い、あるいは小室さんのモノローグを聴き手に押し付けることなく届けるインターフェースに徹することもありました。もちろん、そんなウツの声そのものが輝く曲もたくさんあります。そのひとつが「HERE, THERE & EVERYWHERE」です。
 ギリシア神話のオリオンとアルテミスを歌詞に織り交ぜ、遠く離れている人を思う心を綴った歌です。別れた恋人を思い出しているのか、それとも悲しい旅立ちとなった人への祈りなのか、それは想像力の空白地帯に委ねましょう。ひとたびイメージが解き放たれると、曲の隅々まで浸透してゆきます。
 わずかな言葉のずれが隙間を生み、そこからイメージの世界は広がります。ダイナミックな心変わりと言うわけでありませんが、気持ちの震えが垣間見えるかもしれない。前半で♪覚えた冬の星座は/春になってすべて変わるだろう♪と歌っていたのが、後半では♪覚えた冬の星座は/春になればすべて変わるだろう♪というように、わずかながら変化しています。大切な記憶も時とともに薄れて、冬の星座のようにいつかは消えてしまう。両方とも「when」としてとらえるのがシンプルですが、ちょっとひねくれて「if」の意味を含ませたらどのような世界が描けるでしょうか。春になれば。春になりさえすれば。
 地球にはいろいろなものがある。中には目に見えない、たとえば人と人がいることで生まれる、心というものがあります。触れ合ったり、すれ違ったり、ぶつかったり、閉ざされたり。TM NETWORKはIPが出したアラートを受けて再び地球に降り立ちました。地球での調査を始めてからいくつもの心の存在を知ったTM NETWORKは、IPの調査活動をどのように捉えているのでしょうか。もがきながらも人々と関わり続けるIPに、かつての自分たちを重ね合わせているのか。物語は進みます。

WE HOPE GREEN DAYS

 水面に満月が映る夜。池は穏やかに水をたたえています。良くも悪くも、大都市から遠く離れた田舎町には静寂が似合います。都市を牛耳るビジネスライクなギャングも存在せず、もちろんギャング気取りの小悪党や、アウトローに憧れた少年少女くらいはいるかもしれませんが、それほど深刻な問題があるわけではない。さびれていく街で暮らす人々は、刺激もないかわりに、ささやかな安定を手に入れているのでしょう。欲望や陰謀が渦巻く都会の喧騒は、新聞に刻まれた活字を通して眺める、遠い世界の物語に過ぎない。
 小室さんが鍵盤のひとつを指で叩くと、それを嚆矢として、力強いキックの音がスピーカーを震わせ、くすんだ緑色のスポットライトがいくつもステージをさまよいます。ソフト・シンセのひとつが生み出す音は早まる鼓動を思わせ、不安や緊張に陥ったときのように飛び跳ねる。いつもならば最高に心地よいリズムであるはずのキックとハイハットとベースが、このシーンでは物語を構成する舞台装置として機能します。観客を踊らせるというよりはサウンドトラックに徹し、観客の不安を煽り、物語の世界に引きずり込み、没入させる。
 地球を見下ろす満月の姿がゆらゆらと歪み、友好的とは言えないノイズが静寂を破り、夜をかき回します。拳銃を構えたシェリフたちが泥を蹴飛ばし、草を踏みつけながら、林の中を用心深く歩き回ります。何も持たない三人のIPたちに敵意はなく、むしろ親交を結ぼうという意志を示しているのだけど、相手の懐に飛び込むどころか握手をすることすらままならない。冷たく光る拳銃は心の距離を示している、というのは情緒的に過ぎるでしょうか。
 銃を突きつけるシェリフを前に、IPたちは声を枯らして語りかけます。手を伸ばせばその手を握って挨拶を交わすことのできる距離にいる相手に向かって、はるか遠くに見える誰かに叫びを届けるようなことをしている。IPの存在に恐れをなして一度は退散した彼らは、以前にも増して頑なになり、見知らぬ人間の声に傾ける耳はどこかに置き去ってしまいました。
 シェリフはひとりのIPの頭に拳銃を突きつけ、服従させようとします。時が止まる。シンセサイザーが無表情に唸り、時間が流れていない空間を埋めていきます。小室さんの指が別の鍵盤を叩くと、時が再び回り始めます。IPは拳銃を振り払うも、横っ面を殴られ、倒れかけます。別のIPはシェリフに組みかかりますが、やはり強力な力で突き飛ばされます。震える手で拳銃を構え、及び腰だったシェリフが、混乱した場に誘発されたのか、IPに叩きつけるべく拳銃を持った右手を振り上げます。時が止まる。IPの目は遠くに見える人影をとらえたまま、動きを止めます。
 止まった時間を動かしたのは乾いた銃声です。残響が漂う中、ライフルを携えた男性が木陰から姿を見せ、シェリフたちはそれぞれにうなずき合ってその場を立ち去ります。IPは胸を撃ち抜かれ、仰向けに倒れています。凍りついた時間がゆっくりと溶解すると、IPはおもむろに起き上がり、軽くも重くもない足取りで歩き去ります。赤い光が消え、やがて音も小さくなり、ソフト・シンセの尖った音を合図に曲が終わります。この曲に付けられたタイトルは「SHE WAS NOT A HUMAN」。
 銃声がもたらした再びの静寂。誰の目にも見えないストーリーテラーは場面を切り替え、TM NETWORKの三人が並びます。ウツがマイクの前にゆっくりと歩み寄り、ひと言、「We hope Green days.」と口にします。スネアの音から始まる「Green days 2013」は、テンポをぐっと抑え、サウンドが歌を包みます。力強いスネアが曲の土台をしっかり支え、シンセサイザーの音はひとつひとつの言葉の輪郭を浮き立たせる。
 この曲が最初に披露されたのは、二〇〇四年のライブ「DOUBLE-DECADE TOUR FINAL "NETWORK"」です。ライブは初期TM NETWORK、TMN、そして二〇〇四年のアルバム『NETWORK -Easy Listening-』をフィーチャーした三部構成になっていました。TMNセクションの最後に演奏され、NETWORKセクションへの橋渡しの役割を担ったのが、当時としては新曲だった「GREEN DAYS」です。サポート・ミュージシャン(葛城哲哉、阿部薫、浅倉大介)の素晴らしい演奏に支えられ、二〇〇四年の活動を語る上で欠かせない曲となりました。
 スタジオ録音版のリリースが望まれたけれども叶わず、映像作品にのみ残る曲になるかと思われていましたが、予期せぬニュースが飛び込んできたのは二〇一三年。「TM NETWORK FINAL MISSION -START investigation-」の一週間ほど前のことです。音もボーカルもすべて新たに録音してタイトルを「Green days 2013」とし、会場で販売されるシングルに収録することが発表されました。小室さんが「二〇一三年の最新の音」と語ったこともあり、ライブに合わせて発表されることで、どのようなステージが披露されるのか、期待は否応なしに高まりますよね。
 新緑のように濃い緑、淡く発色する緑。エメラルドやライムを思わせる緑。緑の光がステージを包み、木々が明るく輝きます。緑の自然光は存在しませんが、緑を感じる光に触れることはできます。林の中や木陰の下を歩くと、木洩れ陽を浴びることができます。空を見上げると、生気に満ちた葉を経由した太陽の光が降り注ぐ。それは生命の存在を感じる光です。
 二〇〇四年のコンセプトは「DOUBLE-DECADE」と名付けられ、直接的には二〇周年を言い換えた言葉ですが、その奥には小室さんのモノローグが存在していました。いくつかの曲が小室さんの独白を乗せて響きます。「SCREEN OF LIFE」で人生の最期に思い出すであろう多くの顔について綴り、「PRESENCE」で窓辺のガーベラに大事な人の存在を重ね合わせ、「GREEN DAYS」では歳を重ねた人間だからこそ生まれる、前に進む気持ちを表現しました。詩的な言葉の間に私的な思いが見え隠れしています。
 「Green days 2013」は二〇〇四年と歌詞を同じくし、当時の思いを受け継ぎつつも、新たな音、新たな声とともに新たな生命を吹き込まれました。間奏に入ってシンセサイザーの音が一段と大きくなり、柔らかいメロディを奏で出すと、TM NETWORKを運んできた電車に明かりが灯ります。ドアが開き、一組の老夫婦が姿を見せました。婦人は車椅子に乗り、男性は車椅子を押します。婦人の顔は表情を失くしており、その目は焦点を結んでいないように見えます。警官が彼らとともに現われ、男性の代わりに車椅子を押して、坂道をゆっくりと登ります。
 『NETWORK -Easy Listening-』のジャケットは、いくつかのモノクロの写真が並ぶデザインです。風にあおられた傘を両手で握る子供、何十年も前の日本の家、象の家族、積み上げられたスクラップ寸前の車、おもちゃを手に眠る子供など。アルバムの核である曲「SCREEN OF LIFE」を象徴的に表現しているジャケットですね。そして、アメリカなのかイギリスなのかわかりませんが、家の前で並び、カメラを見つめる老夫婦のスナップショットも印刷されています。二〇〇四年の思い、少なくともそのかけらは、その後も表に見えないところで小室さんの中で生き続けていたのかもしれません。
 坂道を歩く男性の目に入ったのは、道端に咲く白い花です。腰をかがめて花を摘み、坂道を登ります。車椅子を停めた警官に促されると、男性はジャケットの内ポケットをがさごそと探り、パスポートを取り出して警官に手渡します。警官はページをめくって内容を確認すると、スタンプを捺し、男性に返します。男性はパスポートを仕舞い、手にした花を婦人に見せようと彼女の顔に近づけます。その花の色にも匂いにも反応することなく、婦人はうつろな目をして一点を見つめたままです。その手をとって花を握らせると、男性は車椅子を押して、ゆっくりと歩み去ってゆきました。

CAROL SUITE

 二五年前にロンドンで生まれたメロディが空気を震わせ、観客を包み込みます。そのメロディは、今の物語——あるいは過去にとっては未来の物語——に引き寄せられたのか。それとも、過去に綴られた物語が、新たな物語を書いたのかもしれません。先ほどまで観客が目にしていた物語の奥には、過去の物語が潜伏していたのでしょうか。「TM NETWORK FINAL MISSION -START investigation-」の幕間に、一九九一年のイギリスを舞台にした物語「CAROL」がリワインドします。物語の幕を上げる曲は「A DAY IN THE GIRL'S LIFE」です。音が広がり、霧のように観客を覆い隠して、物語の中の物語にいざないます。
 バースという小さな町に住む少女キャロルは、ある日、ロンドンまで足を運びます。彼女の頭の中にあるのは、GABALL SCREEN(ガボール・スクリーン)というトリオが四月二一日にリリースした最新アルバムです。グループは数々のヒット曲を生み出しており、最新作も絶賛の声に包まれる、と思いきや、そうではなかった。曲を聴いた誰もが酷評する始末。けれども、彼らの新曲をラジオで耳にしたときから、彼女の胸の奥には、何か表現しようのないものが渦巻いていました。その正体をつかめぬまま、キャロルはアルバムを求めてピカデリー・サーカス駅の近くにあるレコード店に向かいます。
 ロンドン・フィル・ハーモニーの一員である父親を、そしてそのチェロの音色をキャロルは誇りに思っています。GABALL SCREENのアルバムを聴いてからというもの、ヨーロッパ・ツアーを終えた父親の表情が晴れないことや、チェロの演奏が聞こえてこないことが気にかかります。けれども、それらを問いただすこともできずに、日々は過ぎていきます。そんな中、日曜日の新聞に書かれた、ビッグ・ベンの鐘の音が鳴らなくなったという記事が彼女の心をざわつかせます。壊れてもいないのに、音が鳴るべき瞬間に音が鳴らない。誰もその謎を解くことができず、ロンドンの人々は答えのないミステリーを見上げては、不思議そうに通り過ぎていきます。
 GABALL SCREENの曲は、別の世界からのメッセージでした。そうとは知らずに、キャロルは音を通じてメッセージを受け取り、導かれるままに異世界に紛れ込みます。そこは音が失われ、荒廃した世界です。悪魔の群れがその世界の音を盗み、さらにはキャロルが住む世界の音も奪い、呑み込んで消してしまおうとしています。残すはキャロルが持っている音のみ。キャロルは、悪魔たちの野望に抵抗せんとする三人(ティコ、フラッシュ、マクスウェル)と出会い、ともに戦います。最後の音を守るため、奪われた音を取り戻すため。そして苦闘の末、たったひとつの勝利を手にします。彼らの世界に音と光がよみがえり、キャロルの父親が奏でるチェロの音も、ビッグ・ベンの鐘の音も元の場所に戻ってゆくのでした。
 ステージにはミュージカルのような時間が流れます。これまでIPやシェリフといった役を演じてきたキャストたちが、一旦仮面を脱ぎ、別の人格としてステージに立ちます。アルバム『CAROL -A DAY IN A GIRL'S LIFE 1991-』の中から、物語の骨格ともいうべき曲で構成された組曲が披露され、観客は物語の記憶を巻き戻します。小室さんが自らを取り囲むあらゆるシンセサイザーを弾き、音を重ねていきます。Sledgeを弾き、Indigo Redbackを弾き、ソフト・シンセでいくつもの音色を弾き分ける。
 CAROL組曲はこれまでに何度か披露されてきました。中でも、一九九六年に行なわれた小室さんのプロジェクト「tk-trap」は雰囲気が異なります。当時の小室さんのサウンドを支えた日本のミュージシャンに加え、海外で活動するミュージシャンがサックス、パーカッション、コーラス隊として参加しており、ジャズ・ファンクの匂いが漂うバンド・サウンドでCAROL組曲を聴けました。コーラス隊によるタフな歌声は、すべて英語で披露され、その点でもTM NETWORKで演奏されるものとは一味違いました。
 「A DAY IN THE GIRL'S LIFE」は物語のプロローグにあたる曲です。物語が動き出す前のイントロダクションかもしれないし、あるいはメッセージを携えたGABALL SCREENの曲とも捉えられます。キャロルという少女は、彼女の住む世界では別段秀でているわけではなく、世界を動かし、変えることなんて想像したこともない。他の人々と異なっていたのは、音に対する感受性が高く、誰もが顔を背けたGABALL SCREENの新曲を受け入れたことです。彼女はメッセージを受け取っていました。特別な存在であること、それは彼女自身も意識していないけれど、キャロルに備わっているのだ——「A DAY IN THE GIRL'S LIFE」は歌います。
 曲の途中で木根さん(の姿をした潜伏者)が姿を見せ、そこにいる人々と軽く挨拶を交わしながら椅子に座り、おもむろに新聞を広げます。これは「CAROL」と関係があるのか、ないのか。おそらく関係ないでしょう。これは先ほどまでの物語に連なるピースである、と想像してみます。「TM NETWORK FINAL MISSION -START investigation-」と「CAROL」が入れ替わりに顔を出し、交差するのではないか。この後もふたつの物語は、境界線を分かち難く進みます。
 「A DAY IN THE GIRL'S LIFE」の最後の音を引き継いで、「CAROL (CAROL'S THEME 1)」が始まります。物語を貫くテーマ・メロディと言える曲ですね。ステージでは幼いキャロルが駆け寄ってきて、無垢な目で物珍しそうに周囲の大人を見渡します。ブロンドの髪を一本だけ編み、それを含めて後ろでぎゅっと結び、ひとつにまとめています。見た目の年齢をそのまま受け取るとすれば、キャロルが異世界を旅する五~六年前ほどでしょうか。自分が持つ力には、もちろん気づいていない。
 やがてキャロルは椅子のひとつに座り込み、そっと目を閉じます。木根さん(の姿をした潜伏者)は、彼女に気づくと驚きを隠しきれず、その存在を確かめるように何度も見つめます。何かがその頭の中で駆け巡っている。物語の枠を飛び越えた、ティコとしての記憶か。それともロンドンに潜伏していたときに少女と出会い、そこで少女と交わした言葉を思い出したのか。前触れもなくキャロルは目をぱちりと開き、立ち上がって駆け出します。木根さんも立ち上がり、彼女の後を追いますが、その姿を捉えることはできません。キャロルはどこか別の場所にいます。彼女はメッセージを受け取ったのでしょうか。そして木根さんはGABALL SCREENのひとりとして、メッセージが届いたことを確信したのでしょうか。再び椅子に座り込み、一点を見つめています。キャロルはゆっくりと歩き、幼い微笑みを残すと、くるりと振り向いて去りました。
 音が跳ねるように雰囲気を変え、曲は「IN THE FOREST」に切り替わります。異世界に潜り込んだキャロルが最初に見たのは、どこまでも続く深い森。森の中でまずはティコに出会い、そしてフラッシュと顔を合わせます。この世界の主であるマクスウェルに出会うのは敵の居城の中です。闇に閉ざされた森の中であっても、キャロルは希望を捨てません。前に進もうとしているティコたちと知り合い、ともに戦う決意をする場所でもあります。ステージでは表情豊かに、そしてジェスチャーもふんだんに盛り込まれ、活き活きしたパフォーマンスが繰り広げられています。
 青く暗い光がステージを包み込み、曲が「IN THE FOREST」から滲むように「CAROL (CAROL'S THEME 2)」に変わります。戦うキャロルの姿を歌う曲を、美しいストリングスの音が飾ります。アルバム『CAROL -A DAY IN A GIRL'S LIFE 1991-』ではアン・ダドリーの指揮するストリングス・オーケストラが参加していて、この曲でもその美しい弦のアンサンブルを聴くことができます。そして、キャロルがスポットライトの中に現われ、軽やかに舞い、バレエのステップを踏みます。やがて彼女は立ち止まり、はっとして振り返る。そこにはウツ(の姿をした潜伏者)が、多くを読み取れない表情でたたずんでいます。彼女はウツに駆け寄り、その手を取ると、ともに奥の方に歩いてゆきます。
 静謐な雰囲気が切り裂かれ、ストリングスも激しく扇情的に音を奏でます。ステージでは小室さんがIndigo Redbackをノイジーに弾いて、まるで戦いを表現しているかのようです。ステージ後方のスクリーンには、数多くの写真が次々と映し出され、ウツ、木根さんを含めた人々はその写真に釘付けになります。写っているのはロンドンの景色。数え切れないほどのロンドンの姿が、追えないくらい早く目に飛び込んできます。
 突如として音が途切れる。すべての音がミュートし、無音の空間が目の前に広がります。人々は困惑し、耳に手をやって、自分の耳が聞こえていることを確かめる。再び音が鳴る。人々も再びスクリーンに目を向けます。歪んだシンセサイザーの音がうねり、咆哮します。と、またも音が何かによってカットされる。スクリーンには、耳を塞いで苦悶の表情を浮かべる人々の写真が映し出されます。それは音を失って叫んでいるのか、不快な叫び声に耳を塞いでいるのか。音が失われた世界。それは心地よい音が奪われ、不快な雑音に苛まれる世界のことかもしれません。
 やがて音が完全に戻り、荒れ狂う音の奔流が途絶えると、やわらかなメロディが戻ってきます。ゆっくりと、そして音を慈しむように、「CAROL (CAROL'S THEME 2)」が終わります。すると、マーチを思わせるリズムの中、シンセサイザーが鳴り響きます。このライブのために準備された短いインストゥルメンタルはタイトルを「THE OTHER SIDE OF THE FUTURE」と言います。キャストのひとりが木根さんから黄色い旗を受け取り、ステージを端から端まで走り、目一杯旗を振ります。「CAROL」という物語の一部と捉えるなら、旗は悪魔たちとの戦いに勝った証です。
 一方で、この旗は地球の人々が自らの手で争いを解決した、それを讃える勲章と考えることもできるでしょう。すれ違いや衝突は起こるものであり、それをいかに解決するか。TM NETWORKが調査する人々の営みとは、そういったものも含まれています。潜伏者であるTM NETWORKの役割は、あくまでもニュートラルに見守り、調査記録をつけることであり、直接手を出して介入することではない。とはいえ、この二八年の潜伏期間の中で、人々に対する(地球の言葉で言うところの)感情が自然に生まれていたのかもしれません。人々の営みを観察してきたTM NETWORKによる、見えない、そして声に出さない賞賛を旗という形で表現した、とも考えられます。
 わずかな響きが耳に残る中、キャロルとウツはじっと見つめ合います。スネアの音を合図にして、力強いリズムが鳴り響きます。キャロルは明るい表情で駆け出し、ウツの手を取ってステージの中央まで導きます。ステージからすべてのキャストが去り、TM NETWORKによる「JUST ONE VICTORY」の演奏が始まります。「CAROL」のエンディング・テーマであり、物語を締めくくるにふさわしい、ロック・スタイルをまとうアクティブな曲です。ステージには光が満ちあふれ、バンド・サウンドの分厚い音が駆け巡ります。ワイルドなリズムに支えられたIndigo RedbackとSledgeの音も、伸びやかに勢いよく響く。曲の勢いに煽られたのか、演奏風景をダイナミックにとらえるカメラ・ワークも魅力的です。特に、Sledgeを弾く小室さんを斜めにパンするシーンはかっこいいですね。最後のフレーズを歌い終わると同時に、ウツは手を振り上げ、人差し指を空に向けて突き出す。それに呼応して、観客も一斉に人差し指を掲げます。いくつもの「たったひとつの勝利」が集まり、そして輝いて、「JUST ONE VICTORY」が終わります。

DINER

 アメリカのどこにでもありそうな、こぢんまりしたダイナー。テンガロン・ハットをかぶり、ギターを下げた男性がスツールに座り、飲み物を前に時間をつぶしています。そこにIPたちが姿を見せ、何やら親しげに挨拶を交わす。彼らは何とか地元の人々の生活にとけこめたのでしょうか。たとえ異分子だったとしても、音楽を介せば、境界線はいとも簡単に越えられるのかもしれません。本質的な解決ではないかもしれないけれど、距離を縮めるきっかけとなり、入り口には立てる。
 物語「CAROL」の世界から一変して、ギターの「葛G」こと葛城哲哉、「バンナ」こと松尾和博、ドラムスのRuyという三人のサポート・ミュージシャンが加わり、ステージはロック・ショーの雰囲気に包まれます。木根さんが葛Gに近寄り、手にしたブルース・ハープを挑発するように鳴らします。にやりと笑う葛Gはバンドに合図を送り、Ruyのカウントで即興演奏が始まりました。ギターとブルース・ハープがせめぎ合うジャム・セッション。スツールに座るウツは二人の音楽的やりとりを眺め、楽しそうに煽ります。木根さんは小室さんのブースにも近づき、小室さんもソフト・シンセでピアノの音を鳴らして応える。そして、演奏は木根さんのジャンプで締められます。
 エレクトロのビートが鳴り始め、きらびやかなシンセサイザーのフレーズがそれに重なります。葛Gのエレクトリック・ギターも加わり、次第に音が曲の輪郭を浮き立たせていきます。それと気づいたとき、観客席が沸きます。ライブで歌われることはないと思われていた曲が、リリースから二〇年を経て披露されました。タイトルは「一途な恋」。TMNとして発表された、一九九三年のシングルです。その頃に始まったプロジェクト「trf」と同系統の音、すなわちテクノ(小室さんというフィルターを通したテクノ)で構築されたサウンドに、日本語の歌詞をのせた曲です。ウツと木根さんが交互に歌い、音はソフト・シンセの音を絡めたEDMサウンドが鳴り響きます。
 ダンス・ミュージックのリズムに合わせて、IPたちは身体を揺らし、手を打ち鳴らします。ダイナーで働くウェイトレスも仕事の合間を見つけては音楽に身を委ねます。IPたちが去ると、スーツ姿の男性と少女がやってきて飲み物と音楽を楽しんで、去ってゆきます。ある場面では、警官もやってきて、ウェイトレスと親しげに言葉を交わします。TM NETWORKのヒット曲が次々と披露され、ダイナーの客も、演奏するバンドも、そしてもちろん観客もみんなが音楽を心から楽しみます。
 TM NETWORKの曲を、二〇一三年のEDMサウンドでリミックスする。時代を越えて、いくつかの曲が集められ、ノンストップミックスのようにメドレー形式で演奏されます。「一途な恋」に続き、真夏の太陽や花火が似合う「DIVE INTO YOUR BODY」が会場のボルテージを上げます。光がぐるぐると回り、踊り尽くせと言わんかりに観客をあおります。一九八九年にリリースされたこの曲は、当時のダンス・ミュージックのひとつ、すなわちユーロビートのサウンドに満ちていました。シングルになる前の原曲はサンバ調のラテン・ミュージックだったそうで、メロディに漂う底抜けの明るさはそこに起因するのかもしれません。
 一九八九年のアルバム『DRESS』に「DIVE INTO YOUR BODY」は収録されていませんが、同系統のサウンドで構築されています。『DRESS』は、ナイル・ロジャース、バーナード・エドワーズ、ジョナサン・アライアスといったプロデューサーがボーカル以外の音を自由に料理した曲を集めたリミックス・アルバムです。当時のニューヨークとロンドンで録った音が聴ける音楽ライブラリとして、とても貴重だと思います。リアルタイムで体験していないため、この音が当時の日本でどのように聴かれていたのか知る由もないのですが、相当尖った部類に入るのではないでしょうか。
 なお、「DIVE INTO YOUR BODY」のオリジナルはピート・ハモンドがミックスを担当しています。彼は『DRESS』に収録されている「GET WILD '89」のプロデュースおよびミックスを手がけています。カイリー・ミノーグやDEAD OR ALIVEのサウンドを支えたエンジニアであり、そのエッセンスがTM NETWORKにも取り入れられました。イギリスから発信され、世界を席巻したサウンドがTM NETWORKを媒介のひとつにして日本に流れ込んだのです。
 ソフト・シンセの音が空間を引き裂き、強烈なビートが観客の身体を直撃します。曲は「COME ON EVERYBODY」。オリジナルは一九八八年の『CAROL -A DAY IN A GIRL'S LIFE 1991-』に収められ、先行シングルにもなっていますが、物語とは関係を持たないダンス・ミュージックです。むしろ、その後にリリースされた『DRESS』に近く、このアルバムにはナイルがプロデュースとギターを担当したバージョンが収録されています。
 「COME ON EVERYBODY」は「TM NETWORK CONCERT -Incubation Period-」でも披露され、途中で「COME ON LET'S DANCE」を含む構成も前年を踏襲していますが、今回はエレクトロニック・サウンドの印象が強まっています。一九八六年に発表された「COME ON LET'S DANCE」のオリジナルはファンクの要素を含んでいて、一九八九年にはナイルの手でさらにファンキーな音になりました。ダンス・ミュージックのDNAなるものがあるとすれば、それはこの二曲に埋め込まれているのかもしれません。その時代に息づくダンス・ミュージックのスタイルを身にまとい、常に観客を刺激して、心ゆくまで踊らせる。タフな曲です。
 曲間に空白はありません。リズムがループする中、小室さんの両手はソフト・シンセとSledgeに置かれます。Sledgeはチェンバロにも似た音を奏で、少しずつエレクトロニック・サウンドの角を取って丸くしてゆく。重厚なベースがゆるやかに響き渡り、曲の輪郭を浮かび上がらせます。バンナさんのギターは同じフレーズを職人的に刻みます。バンナさんは一九九〇年代後半に小室さんのプロデュース・ワークを支えたミュージシャンのひとりであり、先述のtk-trapにも参加しました。このライブではステージに上がりながらも、裏方に近いポジションでサウンドを支えています。彼が刻むギターの音がとても心地良いんですよね。
 音がカットアウトしてスポットライトがウツをとらえます。光の中でウツが観客に向かって短くメッセージを発すると、その瞬間に演奏も歓声も一際大きくなり、「BE TOGETHER」が走り始めます。一九九九年のカバー・バージョンによってアメリカ大陸のように「発見」されたこの曲は、主にライブの後半で観客を盛り上げるポジションを確立しました。木根さんはステージの端まで走り、ギターをかき鳴らします。葛Gが奏でるギターが、Indigo Redbackで弾く小室さんのソロ・パートが、そしてウツのサビメロのリフレインが観客をヒートアップさせる。
 一気に駆け抜けた「BE TOGETHER」の余韻に浸る間もなく、小室さんのサウンド・ラボラトリーのドアが開きます。マウスを動かしてソフト・シンセ上で音をコントロールし、ダブステップの要素を埋め込んだサウンドを呼び出す。Ruyの叩くビートと、バンナさんのギターのリフが重なると、EDMとロックが衝突し、次第に融合していきます。TM NETWORKの代名詞である「GET WILD」は、数々のリミックス、そしてライブ用のアレンジで新たな姿にシフトしてきた曲であり、変わり続けるTM NETWORKを象徴する曲です。
 二〇一三年の時点ではTM NETWORKの曲はダブステップに染まっておらず、あくまでもそのパーツを移植する、という状態でした。世界を席巻するダブステップ・サウンド、例えばSKRILLEXのような音を加えると、おそらくバランスが一気に崩壊する。振り返るに、どのようなジャンルを標榜しても、小室さんの曲には彼のフィルターを通した音が使われます。「良くも悪くも無国籍料理になる」とは本人の弁ですが、バランスを保ちながらジャンルを横断することで、曲に心地よさが生まれる。「TK DUBSTEP MIX」とも言うべきサウンドは、ダブステップの入り口としても楽しめるし、他のジャンルとダブステップのミクスチャー・サウンドとしても楽しめます。
 二〇一三年版の「GET WILD」はiTunes Storeで配信された『DEBF EDM 2013 SUMMER』で聴くことができます。ライブで使った音を下敷きにして、生演奏の部分を打ち込みやソフト・シンセに置き換えているため、よりEDMらしくなり、そしてダブステップの色が濃く出ています。かつて小室さんが傾倒していたトランスを想起させる音も使われており、シンセサイザー・ミュージックのターミナルと表現できるサウンドに仕上がっています。
 ライブは「GET WILD」をひとつのピークとします。「TM NETWORK FINAL MISSION -START investigation-」は、物語を軸に据えた演劇的アプローチをとっていると同時に、当然ながらロックやポップスのライブでもあります。後者のピークは「GET WILD」が担い、その役割は充分に果たしました。短くサイジングされたコーダの後、わずかな音が残る中でステージが暗くなります。物語がエンディングを目指して、ゆるやかに発進します。

PROPHETS

 戦火を逃れて走る女の子は泣き叫ぶ。どうすることもできず、ただ怯えるばかりの老人。ウェイトレスの格好をした女性は足をとられたのか、それとも恐怖ゆえか、その場にしゃがみ込む。大小の銃を構えた屈強な男性たちが汗を浮かべて駆け回り、引き金を引き、銃身で殴りつける。こんなはずではなかったのにと、IPたちは嘆きます。自らのコミュニティに入り込まれることを拒み続けた人々は、ついに武器を手に取り、相手に突きつけ、自らを守り、相手を追い出そうとします。彼らは心を閉ざし、自分たちのテリトリーに固執し、境界線を曖昧にぼかそうとする者を排除します。銃声が止んだとき、夜は終わろうとしていました。
 鳴り響くメロディは「DAWN VALLEY」。シンセサイザーの音で、物憂げなメロディを奏でます。オリジナルでは小室さんのピアノが奏でる旋律にシンセサイザーの紗のような音が絡み、ジェリー・ヘイというトランペッターのフリューゲル・ホーンがソロ・パートを演奏します。アルバム『humansystem』で吹き込まれたインストゥルメンタルです。録音がロス・アンジェルスで行われたことも影響しているのでしょうか、TM NETWORKには珍しいジャズへのアプローチが見られますね。
 「TM NETWORK FINAL MISSION -START investigation-」ではシンセサイザーの悲しげな音がテーマ・メロディを奏でます。重なるソフト・シンセの音が沈む気持ちに拍車をかけます。小室さんがJUPITERでホーンをイメージした音を奏でると、夜明けに向かうというよりは、夜の闇が一層濃くなった気がします。うまくやれると信じていただけに、IPたちの失望はこの上なく大きく、表情がそれを物語る。どこでボタンを掛け違えたのか、それとも最初から歯車は噛み合っていなかったのか。
 きっかけはIPだったのでしょうか。それとも、IPの訪れは時代の流れとシンクロしたに過ぎないのか。いずれにしてもIPの目の前に広がっていたのは、外の世界から来る人間を拒絶する人間の姿です。自分たちの生活を、考え方を変えられてしまうかもしれない。ある程度までは許容できるけれども、越えるべきではない境界線は確かに存在する。そのラインを踏み越えようとしたとき、冷たい銃口が突きつけられます。たとえその持ち主が内心は怯えているだけだとしても、一度火を吹けば、ものごとは決定的に、致命的に損なわれる。
 光の当たる面があれば、陰になる部分が必ず生まれます。人と人が向き合ったとき、微笑み合うこともあれば、眉をひそめてにらみ合うこともある。IPの任務は地球の人々が何を考え、どのように生きているかを調査することです。光の面だけに目を向けることは、遂行すべき任務の半分に過ぎません。こうして、調査報告書に記載すべき項目が増えました。IPは何を思い、町に背を向けたのか。それを目で耳で読み取るには、あたりに残る夜の闇はあまりにも濃く、銃声の残響をはらんでいました。
 TM NETWORKが地球を去る時間が迫ってきました。最後に彼らはメッセージを残します。それはタイムマシンに乗って未来を見てきたゆえの警鐘であり、ループするリズムのように繰り返される人々の営みであることを綴っています。平和と争い、崩壊と再生は繰り返され、その中で人間はこれからも生きる。それはTM NETWORKの調査結果から導かれた法則であり、善でも悪でもない。過去の人間からすれば予言に見えますが、通奏低音のように地球を貫く人々の営みなのです。メッセージを携える曲は「RESISTANCE」と「I am」。
 ソフト・シンセを軸にしてつくったと思われるエレクトロニック・サウンドのフレーズが、リズムを伴なってループを始めます。無機質なサウンドはラジオやテレビのノイズにも似た音を含みます。やがてシンセサイザーの音が並走し、さらにその後でしばらくしてからエレクトリック・ギターが重なることで曲の全体像が鮮明に描き出されます。この「RESISTANCE」という曲はアルバム『humansystem』に収録され、世に出ました。
 自分を貫き、自分を押し潰そうとするものに抵抗することを歌います。不当な支配か、世間の圧力か、交流を避ける無気力か、抗う対象は聴く人がイメージします。物語の文脈に流し込んでこの曲のメッセージを考えてみましょう。これから訪れる未来には、幾多の困難が向かい風のように吹きつけ、前に進もうとする足を止めます。物語の登場人物のみならず人間そのものの営みに組み込まれたプログラム。そのような状況の中でも一歩ずつ進まねばならないし、進む気持ちを抱き続ける必要がある。それは孤独な戦いを強いられることになるかもしれません。それでもなお、タフな心を持つことが求められる。
 暗転。音も光も姿を消した数秒の空白が漂います。何が起きるのか皆目見当もつかない状況で、観客の視線と期待は暗闇に包まれたステージに注がれる。スネアの音が鳴り、ギターのリフが鋭く響き渡ると、白い光がステージ後方から放たれます。光は両手を掲げるウツのシルエットを描き出し、そして観客を照らします。青空から注ぐ太陽の光のように透き通り、そして力強く輝く光は、♪Yes I am Yes I am Yes I am a human♪と歌うフレーズのリフレインにぴたりと合う。
 二〇一二年の活動再開に合わせて制作された「I am」は、二〇一三年には新たなアレンジを施され、「Green days 2013」とともにシングルとして販売されました。「I am 2013」と題したこのバージョンは、四つ打ちのリズムの印象が強くなり、ダンス・ミュージックに寄ったと言えます。それでいてインパクトを残すのは分厚いギター・サウンドですね。いったいどれだけのギターが鳴っているのでしょう。オリジナルでは少し奥の方に立ち、シンセサイザーを支えていたギターが、二〇一三年のバージョンでは前に出てきています。ボーカルとギターとシーケンサーが並列になっているミックスだからかもしれません。ギターで参加しているのがLimp Bizkitに所属していたマイク・スミスだからでしょうか、分厚いギターの音が鳴り続けるヘビー・ロックのようにも聞こえます。
 ライブではTM NETWORKの三人が歌い、声によるトライアングルを形づくります。小室さんと木根さんが♪Yes I am Yes I am Yes I am a human♪のリフレインを歌い、ウツと小室さんがツイン・ボーカルのように歌い、そして三人が声を重ねる場面もありました。役割や楽器の担当を越えたところにある、三人の存在を強く感じる曲です。三人の声を結ぶトライアングルはTM NETWORKの原点であり、同時に現在を示す要素でもあります。
 歌詞は聴く人のイメージによって形を変える言葉で構成されています。言葉の行間をじっと見つめ、浮き上がってくるものを捕らえてみましょう。ひとりではなく、何人かがどこかを歩いている情景が思い浮かびます。誰かが遅れて足並みがそろわずとも、そのことを嘆いたり遅れた者に早く来るよう促すのはなく、そこまで戻って手を差し出し、もう一度歩き出せばいい。一緒に歩いていけばいい。人間は独りでは歩いていけないけれど、とはいえみんなが同じ歩調で前に進めるわけでもない。もどかしさを抱え、行きつ戻りつ、何とか目の前の道を歩いてゆく。「RESISTANCE」が個としての強さを歌う曲ならば、「I am」はつながりによって生まれる強さを歌います。
 サイレンに似た音が会場をぐるりと回るように鳴り、ディレイしながら沈黙します。再び鳴り始め、再びフェイドアウトする。それに合わせて、テクニカルに刻むギターの音が聞こえます。バンナさんが弾くフレーズは「LOVE TRAIN」です。ソフト・シンセが歪んだダブステップ・サウンドを放ち、音が厚みを増してゆく中、TM NETWORKを乗せてきた電車が再び姿を現わします。ばらばらにされた音が集まり、輪郭が浮かび上がり、イントロが鮮明な像を結んで走り出します。
 「LOVE TRAIN」は「GET WILD」と並ぶTM NETWORKの代表曲ですね。リリース当時の一九九一年はTMNという名称で活動していましたが、シングルやアルバムの売り上げも全国ツアーも規模の大きさが目立ちました。日本の音楽業界全体が伸び始めた時期でもあり、「LOVE TRAIN」はそうした時代の流れをキャッチアップすべく世に出たと言っても過言ではない。その一方で、小室さんはこの曲のリミックスを何度か制作しており、クラブというアンダーグラウンドなマーケットにも目を向けていました。ライブでの盛り上がりを約束するヒットソングでありながら、新たなリスナーを求め、新たな場所に向かって走る曲でもあるのかもしれません。
 曲のエンディングからバトンを受け継ぎ、シンセサイザーのメロディが流れます。「FOOL ON THE PLANET」のイントロの一部が切り取られ、ループしています。乾いた音が延々と鳴り続ける中で、TM NETWORKの三人は互いに目を合わせ、意思の疎通を図ると、地球を去る準備を始めます。ウツ(の姿をした潜伏者)とキャロル(あるいは町に住む女の子)の目が合います。彼女は手を差し出すけれども、それを目にしたウツは、言葉を残すことなく歩き去ります。木根さん(の姿をした潜伏者)は、町の住人の顔を見渡します。そして、電車のドアが開くとまばゆいばかりの光があふれ出し、TM NETWORKの三人は光の中に向かいます。三人を包み込んだ光は輝きを強め、シルエットも見えなくなっていく。ドアが閉じ、電車が走り出します。行く先は遠い宇宙の果てか、終わりの始まりを告げる場所か。「TM NETWORK FINAL MISSION -START investigation-」はTM NETWORKの帰還をもって、その幕を降ろしました。

OUTRO

 「TM NETWORK FINAL MISSION -START investigation-」は、二〇一二年の「TM NETWORK CONCERT -Incubation Period-」を引き継ぐ物語でした。組み立てられたプロットの隙間は、観察者である観客の想像が補います。少なくとも自分にとっては楽しい作業ですし、こうしてイメージにイメージを重ねることでこの物語に深くコミットできたことを嬉しく思います。ステージで展開される物語を文章に起こしたり、会場で響くEDMサウンドを文字で表現したりするのは実におもしろい。ブルーレイ・ディスクをBGMのように再生しながら文章を書いていると、ライブの時には分からなかったことがいくつも判明しますし、何度も観ることで新たな事実を発見します。物語を分解し、新たな素材を加えて文章にまとめることは、感想、評論、情報拡散とは異なる、いわばリミックスに似た試みです。
 セット・リストを追いながら、文章は右へ左へ、脱線とも言える寄り道をします。ライブで披露されたほとんどの曲にはオリジナル・バージョンがあり、それらが収録されているアルバムがあります。そのレコーディングに関するエピソードやクレジットを差し込んだわけですが、いくつかは小室さんのインタビューから得ました。『キーボード・マガジン』に掲載されたインタビューを集めた電子書籍が二〇一三年にリリースされており、やはりこういう記事はアーカイブとして重要だとつくづく思います。後世の人間にとって価値があるかないかは、その時になってみないとわからないものです。
 『DRESS』に関する記述はアルバムのクレジットの情報をつなぎ合わせたものです。このアルバムを引き合いにしようと思ったきっかけは、現在のナイル・ロジャースの活躍ですね。彼とDaft Punkがコラボレイトした曲は、二〇一四年のグラミー賞に選ばれました。AVICIIの曲でもあの特徴的なギターを披露しており、ダンス・ミュージックを語る上で外せないミュージシャンなのではないかと思い、自分の文章に組み込みました。現在と過去をつなぐために文章を書くのも、これまた魅力的な行為です。
 フィクションとフィクションのつながり、重なり、交わり。木根さんがまとめた小説『CAROL』を再読したところ、プロローグの部分に強く惹かれました。ロンドンの街中を歩くキャロルの姿が鮮やかに描写されており、駅名やサッカー選手の名前が物語を立体的に浮かび上がらせています。ブルーレイ・ディスクの映像で確認したいくつかの演出と、改めて読んだ『CAROL』の内容をミックスすることで、現実世界のロンドンにも別の物語が存在したのかもしれないと思うようになりました。「TM NETWORK FINAL MISSION -START investigation-」におけるCAROL組曲は、かつて上演されたものの焼き直しではありません。ロンドンに潜伏したTM NETWORKはひとりのブロンドの少女に出会っていたのではないか。イメージは尽きません。
 一九五〇年代のアメリカの風俗は、物語のパーツとしておもしろい要素をいくつも含んでいますね。偶然ながら、これを書いている時期にレイモンド・チャンドラーの作品を立て続けに読んでおり、いくつかの箇所では意図的に自分の文章に反映しました。「フィリップ・マーロウ」という私立探偵が活躍するシリーズはロス・アンジェルスが舞台になっています。「TM NETWORK FINAL MISSION -START investigation-」の舞台となった田舎町とはもちろん違いますが、「同じ時代に存在していた人間」は意識してもいいでしょう。オノ・ナツメの漫画『not simple』で描かれたダイナーも、少なからず意識の片隅にありました。アメリカで生きる人々の表情や会話を自分なりにイメージし、それらを裏のレイヤーとして、物語に重ねていきます。
 二〇一四年を迎え、「TM NETWORK 30th FROM 1984」と題した活動が始まります。「Season 1」から「Season 3」までが予定されており、「Season 1」はシングルとリミックス・アルバムのリリースから始まって、同じタイミングでライブ・ツアー「the beginning of the end」を敢行します。物語は更新され、新たな世界が観客の前に広がるでしょう。音に含まれた物語はネットワークに乗って拡散していきます。インターネット、ソーシャル・ネットワーク、そして人と人のリアルなつながり。どのような物語が提示されるのか、そしてどのような音楽を聴けるのか、ネットワークを通じて徐々に発信される情報がイメージと期待を膨らませます。OUTROが次の曲のINTROを呼び、つながっていくのです。

IR2: Investigation Report 2

2014年6月21日 発行 初版

著  者:FJK
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