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この本はタチヨミ版です。
成人式に出席するため、生まれ故郷にもどった。
ここ山形県樵鼓村は、生まれた場所であっても、生家はない。わたしは小学校四年生のとき、あいついで両親を病気で亡くし、そのあとすぐに栃木の親戚に引き取られた。いまは東京に下宿して、都内の大学に通っている。
駅からタクシーに乗り、二十分ほどで会場の村立青年会館に着いた。
この会館、まだあったんだなあ。築八十年は経っている。ここでいろいろな催し物があったっけなあ。夏休み夜の子供映画大会、地区対抗の歌合戦、お年寄りと子供たちでやった演芸会……、おもいだすなあ。
その古ぼけた木造式掘っ立て小屋をしばらくながめてから、入り口へとむかう。五段ほどの丸太の外階段に足をかけると、ポンっと肩をたたかれた。
「よっ、やっちんだよな?」
ふりむくとそこに、なつかしい顔があった。
「あっ、もっちゃん!」
幼なじみの森田ゆきおだ。色黒でくったくのない笑顔、黄色いスキー帽に紋付き袴、白足袋にスニーカーというセンスのなさ。まぎれもなく、鼻たれ小僧のもっちゃんだ。おもわず、もっちゃんの袖に手をかけると、肩越しから、
「やっちん!」
「わあ、やっちんだあ!」
「やっちん、やっちん!」
なつかしい顔がさらに三つ。ひろちん(太田ひろし)、ゆりっぺ(岩崎さゆり)、のんこ(飯島のぶこ)だ。
わたしの記憶は、いっきに十年前へととんだ。
わたしたち五人は同い年で、学校に行くときも遊ぶときも、いつもいっしょだった。
「あんれえ、ゆりっぺものんこも、いろっぺくなったなあ」
「やっちん、あいかわらず、やせっぽちやん」
「元気そうだけえ」
わたしたちは会場内のうしろのほうにすわり、村長や小学校校長のあいさつを聞くのもそっちのけで、むかしのことや近況などをあれこれ語り合った。
式が終わると、もっちゃんのクルマに同乗して、なつかしい場所を走ってまわることにした。
「やっちん。くぼんちのほとんどがダムの底っちゅうの、知っとっかあ?」
走りだすともっちゃんがボソッと言った。
「えー!」まさか。あのくぼんちが……。
樵鼓村は『くぼんち(盆地)』と『やまんち(山間部)』に分かれていた。わたしたちがよく遊んだ場所、そしてわたしの生家は、くぼんちにあった。
「知らん知らん、初耳やあ」
やまんちを走る道路のガードレール脇にクルマをとめ、五人は降りて、ダムをみおろした。
直径百五十メートルほどあるだろうか。水面に青空と太陽と、雪をのせた木々がうつっている。
「へ~、あんなちっけえとこに住んどったんだなあ」
わたしがそう言うと、
「やっちん、カラオケ行こう」
もっちゃんが励ますように言った。
「そうすっか」「そんだそんだ」「行こ」
みんな賛同した。
カラオケハウスは、三十分ほど走った隣町にあった。
「やっちん、なに歌うとお?」
テーブルの下から、ゆりっぺが歌本を取り出す。
「そうだなあ、じゃ、さいしょはみんなで、ドラえもんの歌、いってみようかあ」
「オッケ~」「そうしよ」「よっしゃあ」
あったま テッカ テ~カ……
みんなが二曲くらいずつ歌い終えたころ、もっちゃんが言った。
「なあ、みんなあ。かくれんぼしようぜ」
はあ?
ほかの四人はみんな、くちをぽかんとあけて、もっちゃんをみつめた。
「どこでやるとお? まさか、ここかあ?」
と、ひろちん。
「そっだ。ここでだ。あたりまえやろ。ほかにどこでやるとお?」
もっちゃんは顔中、汗だらけだ。黄色いスキー帽はかぶったままだ。もっちゃん、若ハゲでもかくしているのかな、とわたしは勘ぐった。みんなも暑そうにしていたので、わたしはちかくにあったエアコンのリモコンを手に取り、温度が低くなるように調節した。
「なにふざけてんのお、もっちゃん」
と言ったあと、のんこが残り少ないレモンスカッシュをズズッとすすった。
「いっか、みんなあ。おもいだしてくれよ」
もっちゃんの顔つきが真剣になった。
「十年前、かくれんぼの途中で雨が降ってきて、なんとなく解散したよな」
みんなは動きを止め、遠くをみる目になった。
十年前というと、わたしが栃木に引っ越すちょっと前か……。たしかにそんなことがあったような気がする。そうだ、ひぐらしが鳴いていた。夏休みだ。急にしずかになって、夕立がきたんだっけ。
みんなをみると、おもいだしたようにかるくうなずいている。
「なあ、おもいだしたやろ。さっ、再開すると。おれがオニだったよな」
「ここでどうやってやるけ?」
ゆりっぺがくびをかしげる。
「ほら、目をつぶってみなよ。うかんでくるやろ? くぼんちの情景が」
わたしは目をつぶった。分校の校庭、木造の体育館、駐在所のドアの破れ目、やまんちとの境の貯水池、ひろちんちの前の原っぱ、ゆりっぺんちの裏の雑木林、曲がりくねったあぜ道、田んぼの案山子……、みんなみんな覚えている。あざやかによみがえる。
「あっ、そのまえに」
もっちゃんは割り箸の袋を持ってひらひらさせた。
「ズルんこしないように、さいしょに、これにかくれた場所を書いてえ」
そして始まった。なんとも奇妙なかくれんぼ。みんなの記憶のなかだけにある、くぼんちでのかくれんぼ。
「やっちん、たぶん、のんこんちの裏山に捨ててあった風呂がまのなかやろ。どだ?」
なんてことだ。開始早々、わたしはみつかってしまった。
「なあ、やっちん。どだ? どだどだ?」
「あたり~。なんでわかった?」
「へへへん。あの日かくれんぼするまえ、やっちん、あのあたりで遊んでたろ」
「ん? そだっけ」
「そうだよ。そんとき、やっちん、あの風呂がまをみつけてさ、やけに気に入ってたみたいで、『ひみつ基地にすっかなあ』なーんて言ってたやろ。はーい。やっちん、みっけえ」
「みっかっちゃったあ」
「おつぎはゆりっぺだ。ゆりっぺはなあ、ギン婆んちの庭のおんぼろ小屋のなか。どだ?」
「ブー!」
「そんじゃあ、共同電話ボックスのなかだ。ほら、あの木造の。どだ?」
「あたり~」
そんなこんなで二十分ばかり、記憶のなかだけのかくれんぼをして、もっちゃんはみごとにみんなを探し出した。そのあいだ、わたしは目をつぶって、もっちゃんといっしょにみんなのかくれそうなところをおもいうかべて楽しんだ。
「あ~あ、おもしろかった」
みんな満足げな顔をしていた。
それから駅前の居酒屋で二時間ほど飲み食いし、わたしはみんなに駅のホームまで見送られて、電車に乗りこんだ。
「やっちん、元気でなあ」
「また来いよお」
「いつでも待っちょるとお」
「きっと帰ってこいよお」
ドアがしまる。電車が動き出す。みんな手をふっている。
急いで席に走り、窓をあけ、上半身を突き出し、わたしも手をふる。
もっちゃんが黄色いスキー帽をふりながらジャンプしている。
「ありがとう、また来るけええーー」
ありがとう、みんな。
みんながだんだん小さくなっていく。
涙がとまらない。
ありがとう、ありがとう。
涙をぬぐい、車内にからだを入れる。
窓をしめる。
ふと、窓にうつった顔をみる。
あれれ? なんだこりゃ?
あたまのてっぺんに、円錐形のでっぱりが一本、にょき~っと生えている。
そっと触れてみる。硬い。
わあ!
ツノだ!
そうだ。オニだ。かくれんぼのオニだ。もっちゃんからわたしへと、オニが交代したんだ。
くそっ! もっちゃんにしてやられた。
オニになっちまった。
ショックですわりこむ。どうしよう。
そうだ! そう悲観することでもないぞ。
両手で髪の毛を立てて、ツノをなんとかかくしてみる。
まだ、かくれんぼは終わったわけじゃないさ。
そうさ、終わらないさ。
みんなの記憶のなかに、あのふるさとの情景が生きている限り。
町工場で半年ほど働いたことがある。社員は二十名くらい。一応株式会社を名乗ってはいたが、ほとんど親族会社だった。
社長は六十二歳の、ひと癖もふた癖もあるコズルそうなおっさん。奥さんが総務部長、長男が副社長、次男が専務、長女が総務課長、長女の旦那が工場長。
長女は幽霊社員だ。見たことはない。給料はもらっていた。
次男はうつ病で、たまに出社してくると、デスクの前で一日中ぼぉーっとしていた。
毎月二十五日の給料日になると、次男の元妻が子供づれでやってくる。養育費をもらうためだ。
年末になると、関連会社にもらったビールやお菓子などのお歳暮を、ジャンケンに勝った社員に安く売る。
「ふつうタダでくれるよな。社員を食い物にしてんのか」
と、これは私のつぶやき。
それが聞こえたのか、ちかくにいた社長がこちらをにらんだ。
正月休みが終わって出社すると、社長からお呼びがかかった。社長室(といっても工場の奥だが)に行くと、社長いわく、
「きみはうちの会社には不向きじゃないの?」
で、三日後に辞めた。
最後の日、設計室で机を並べていた二歳下の副社長に「いろいろお世話になりました」とていねいにあいさつをし、帰りがけに社長室よこのトイレに寄って大のほうの用を足し、流さずに出てきた。
前日もらった住民票に誤りがあったので、再び市役所にきた。家でよくみたら、住所の番地が間違っていたのだ。受け取ったその場で確認すべきだった。お役所仕事を信用した自分があまかった。
入ってすぐの機械が吐き出す番号レシートを取らずに、奥へ進む。
受付カウンターの前に立つと、すぐ前の席の女性が応対してくれた。女性は私から誤った住民票を受け取ると、カウンターよこの細い通路を抜けてこちら側に来、うしろの階段を昇って二階へむかった。
しばらくしてもどってきた。
「少々お待ちください」
カウンター前のシートに座って待つことにする。
席に着いた女性の横顔を上目づかいに盗み見る。見たいわけではないが、自然に目がいく。
自分と同い年くらい。色白の細面、垂れ気味の目、ちいさく尖った鼻、おちょぼ口。どこかなつかしい。記憶の底のほうにしまわれていた思い出が、浮き上がってきた。
そうだ、思い出した。間違いない。近所に住んでいた同級生のはるみちゃんだ。幼稚園、小学校といっしょだった。特に仲よしだったわけではない。小学生になってからは「はるみ」と呼びつけにした。以降、「はるみ」と記す。
なぜか直視できない。はるみはわたしに気づいているのだろうか。心臓がドキドキしてきた。気づいているかもしれない。さっき住民票を見て、わたしの名前を確認しているのだから。
わたしが通った幼稚園は、父が勤める会社の付属施設だった。年長組が「とりぐみ」、年少組が「はなぐみ」だった。それぞれ二十人くらいいただろうか。
お遊びの時間はそれぞれ好きなことをした。鉄棒、ブランコ、すべり台、砂あそび、おにごっこ……。
ときどき、花いちもんめをやった。
七、八人ずつ二組に分かれ、むかいあってよこ一列に並び、手をつなぐ。歌いながら前後に歩く。そしてジャンケンして、メンバーをもらったりあげたりする。
歌はこんな感じ。
A:ふるさとまとめて 花いちもんめ
B:ふるさとまとめて 花いちもんめ
(さいごの「め」で片足を前にけりあげる)。
A:あの子がほしい
B:あの子じゃわからん
A:この子がほしい
B:この子じゃわからん
A:相談しましょう
B:そうしましょう
(ここでそれぞれ集まって相談する)。
A:ちょいとみたらば、○○さんがほしい
B:ちょいとみたらば、××さんがほしい
(名指しされた二人が出てジャンケンする。負けたほうが勝ったほうへ行く)。
勝:勝ってうれしい 花いちもんめ
負:負けてくやしい 花いちもんめ
(どちらかが一人、または、いなくなったら終わり)。
タチヨミ版はここまでとなります。
2014年7月18日 発行 初版
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