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空色のベンチ  水上スイロ


 
彼が住む街にはベンチがある。それは公園であったり、河川敷であったりと至って普通の場所だ。しかし、一つだけ変わった場所に、変わった色のベンチがある。誰が、何のために置いたのか分からないたった一つのベンチ。
今日はそれにまつわる話をしよう。

彼がこの街に来たのはおよそ六年前。親の仕事の関係で引っ越してきた時から始まった。当時、まだ子供だった彼は、新しい環境に慣れずにいた。
新しい家。新しい街。新しい学校。幼い彼は中々なじめず、けれども慣れない家に居るのは息苦しかった。それなら外に行く方がまだ楽しめると考え街へとくり出した。

物珍しさに周りを見回しながら街を歩く彼。今は平日の昼ということもあって、人はまばらにしかいない。だからか、ゆっくりと自分の住んでいく街を見まわした。ふと、目に付いたのは一つのベンチ。何の変哲もないただのベンチに彼は惹かれた。
 それは、桜並木に並ぶベンチの一つで、特別綺麗だとか、芸術的だとかではなかった。本当にただのベンチだったのだ。
彼は立ち止り、それを近くで見つめた。近くで見ても、ただのベンチで彼は首を傾げた。
「ただのベンチ?」
純粋な疑問。なぜそれに惹かれるのか分からず、もしかしたら特別なものなのかも知れないと思った。しばらくそうしていたが、彼は思い切ってそれに座った。その違和感を見つけるために………。
ベンチから周りを見回すと、彼は違和感の正体に気づいた。そう、ここからは空が見えなかった。ここからだけは空が見えなかった。
彼は違和感の正体に納得すると、家へと帰った。

翌日。
彼はまたその場所に来ていた。ただし、別のベンチに座って。
彼は昨日発見した違和感の正体が本当かを確認しに来たようだった。昨日とは違うベンチから辺りを見まわし、一つうなずくと別のベンチへと移動する。その場所でも周りを見まわして、彼の中で納得すると次のベンチへと移動した。
そんな行為を繰り返す彼を、通行人たちが不審そうに見て、何も言わずに通り過ぎていく。彼は気にすることなくその行為を続けた。


さらに翌日。
彼はまた、桜並木のベンチに来ていた。昨日、一昨日と同じ行動を繰り返し、そして家に帰る。

彼はその行為を何日も続けた。

とうとう彼が桜並木に来てから一週間以上が経った。今日は彼が引っ越してきた三週間後。桜並木に来るようになって丁度一週間と三日後の日曜日だ。
彼はついに変化を発見した。彼が不審に思ったあのベンチに一人の老人がいたのだ。少々厳つい、けれども優しそうな老人だった。
ベンチに行くか帰るか、どちらにしようかと悩みながら近づく彼に老人が話しかけた。
「君は、最近この場所に良く来る子だね」
「………………う、うん」
いきなり話しかけられ反応が少し遅れた。そして、自分の事を知っていることに驚いた。この老人はなぜ自分を知っているのかとも思った。
「少し話をしないかい?」
老人は彼にまた話しかけた。
彼はうなずき、その老人の隣に座った。何を話すのかと疑問に思いながら。

「私は、高橋宗一(たかはしそういち)というんだが君の名前を訊いていいかな?」
「うん、僕はコウ。夜月光(やづきこう)だよ。おじいさんはなんで僕の事知っているの?」
彼は―光と名乗った少年は疑問を口にする。老人は彼の疑問に笑って答えた。
「私はここに良く来る。そうしたら君がいてね。少し
離れたベンチから見ていたんだよ。」
 はたして彼の疑問はすぐに解決した。宗一はあっさりと答えを口にしたからだった
「そうなんだ。僕は最近引っ越してきたばかりだから、ちっともしらなかった。」
光は無意識のうちに宗一の疑問を解決していたようで、彼は納得したように呟いた。
「なるほどねぇ。だから見たことなかったのか。」
けれどもそれは光には聞こえなかったようだ。
「ここってとっても素敵だよね。」
と話を続けた。
「ああ、とても素敵だろう。なんせ、君が住んでいる街だろう?これから君に好きになってもらわなくてはいけないからね。」
と宗一は笑って言った。
「うん、そうだね。」
と光は答えた。しかし、空をみあげて、あっ、と声をあげた。どうしたのだろうかと、宗一も空を見上げるともう夕方になっていた。
「もう、こんなに暗くなってたんだ。おじいさん、僕もう帰らないと。」
光はそう言ってベンチから立ち上がった。そして振り返ると、また会えたらお話し聞かせてね、と一言のこすと走って去って行った。

「これが少年と老人の出会いだった。」
青年はそう締めくくった。
それを隣で聞いていた同年代であろう少女は彼に訊く。
「その後はどうなったの?」
彼は答えた。
「うん、その後はね………………………」


少年は次第に学校にも新しい家にも慣れてきた。


少年―光は次第に新しい環境に慣れていった。しかし暇を見つけてはあの場所に向かう。季節の変化を楽しみながらただベンチに座るのだった。そして、約束はしていないが日曜日の午後になるとあのベンチに必ず行き、老人と話す。
宗一の話はとても興味深いものばかりだった。昔はどうだったかとか、桜並木は春になると本当に桜が綺麗だとか。特にかれが惹かれたのは昔から今にかけての話だった。

宗一の話によるとこの地域は昔から桜が綺麗な町だったらしい。さらに、小川が近くにあって春になると大勢の人が花見に来る。
それは町の人だけでなく、他の町の人も来るのでそれはもう大賑わいだった。夜になれば月明かりで酒を飲み、静かに景色を楽しんだ。
しかし、時代の変化にともない町は都会化した。町が街に変わり小川は埋め立てられてしまった。

「じゃあ、ココが川だったの?」
と光は地面を指差した。
「ああ、そうだよ」
そう、その通りだった。今の桜並木はかつて小川を挟んで立っていた河川敷の桜だったのっだ。

言われてみれば納得できる。この桜並木には水をイメージしているのであろう模様があちこちにある。それは、このベンチを支えている足にも彫り込まれているのだ。
おそらく、小川をつぶしてしまった罪滅ぼしか、あるいは小川があったことをわすれないためだろう。

「そうなんだ。少し悲しいね。」
彼は寂しそうに呟いた。そして疑問に思った。なぜ、宗一はここまで詳しいのだろうと。
けれど彼にはそれを訊く、ことができなかった。なぜだかは分からない。ただ、訊いてはいけない気がしたのだ。


しばらくして、彼も成長し中学生になった。引っ越して来てから三年と少しになる。
中学生になってもまだ、彼はその場所に来た。中学では部活に入り、平日は来ることが厳しくなったが、日曜日だけは必ず行くのだった。
「光は、まだここに来るのか。こんなじじいと話してもつまらないだろうに、変わっている。」
宗一と光はかなり打ち解け彼らの口調も変わっていた。
「そうですか?。僕は宗一さんのお話が好きなんですけど、変わっているんでしょうか。」
光はもう敬語を使えるようになり、けれども宗一との距離は縮んでいた。
「ああ、変わっている。」
「そうなんですか。
あ、そうだ。僕、中学で美術部に入ったんですよ。それでコンクールに絵を出すための絵を描くんです。」
彼は思い出したように言った。
「それで、この場所を描くことにしました。正確にはこのベンチから見える風景何ですけどね。」
苦笑しながら彼は話した。そして、少し真剣になり以前思った事をついに訊いた。
「あの、ずっと訊きたかった事があります。
以前この街の昔の事をお話してくれましたよね。なんでそんなに詳しいんですか。まるで当時者みたいだ………」
彼はついに宗一に訊いた。ずっと疑問に思っていたことをやっと訊いたのだ。
「そうだな。もういいだろう、話しても。私も訊きたいことがあったしな。」
そう言って彼は語り出した。

―時代に合わせて小川がつぶされたといっただろう?その工事に私も携わっていた。正確にはこのベンチを設置したんだがな。
あとは、水をイメージしたあのモチーフは私が提案したことだ。

………………
まあ、そうあわてるな。
それで、私はこのベンチを設置した。しかしずっとあの小川が忘れられなかった。それからだ、私がここに来るようになったのは。
けれど私の気になることはそれだけではなかった。
ここ。このベンチだけは何かが他と違う。しかし私には分からなかった。月日は流れ私も老人と呼ばれる年になってしまった。そんな時だ、君に出会ったのは。
君は毎日毎日うろうろして、何かに気づいただろう?それを私に教えてほしい。―

宗一は自分の過去を簡単に話したまま、己の知りたかった事を続けて話した。光はただ無言でスケッチブックを手渡した。
実は光はここ数日コンクールに出すための絵のためにスケッチをしていた。それは先ほど言ったようにこのベンチから見える景色だった。
「これは?コンクールに出すと言っていたやつか?」
「ええ、そうです。すべて角度は違いますがこのベンチから見える景色です。これを見て何か気づきませんか?」
光に渡されたスケッチを見て宗一はやっと気づいた。
「空が見えない」
「正解。僕がここに始めてきて、気づいた事です。そして何日もここをうろついた理由です。」
光はスケッチブックを受け取りながら、頷いた。


「こうして少年の長い間の疑問と、それ以上に長い老人の疑問は解決した。」
青年は続きの話を語った。それを彼女は頷きながら聴いていた。そして彼女は口を開いた。
「それで、このベンチが青色になったの?」
彼は答えた。
「そうだね。この話には、もうちょっと続きがあるんだけど結論を言うとそうなるね。君はやく結論が知りたそうだからちょっとだけ飛ばして話すよ。」


そして光は宗一に提案した。
「宗一さんはここを造ったんでしょう?だったらこのベンチだけ色を塗りませんか?」
「色?」
「ええ、色です。ここからは空が見えない。ならこのベンチ自体を空にすればいいんですよ。空色のベンチに。」
そう、この提案によって桜並木御にあるベンチの色が一つだけ空色になったのである。
けれど、一度設置されたものの変更は難しい。そのため彼らは夜中に二人でこっそり塗ったのである。

こうして空色のベンチが完成した。それと同時に宗一はまるで憑き物が落ちたかのように穏やかに死を迎えたのだった。


「これが、空色のベンチができた物語である。終わり。」
物語を語り終えると彼女に訊いた。
「これで、君の疑問は解けたかな。僕にできる精一杯の説明なんだけど………」
彼女は質問に答えることなく彼に訊いた。否、言った。
「その少年って、光のことでしょ。って事はその老人が光の話していた素敵なおじいさんのことなんだよね。」
それは、確信だった。
彼女は小さく呟いた。
「そんな大事な話、聴いてよかったの?」
彼には聞こえたようだった。彼は、光は優しく微笑んでいった。
「君だからだよ。僕の大切な君だから聞いてほしかったんだ。だから、忘れないでほしい。
僕と、宗一さんの物語を。」
「もちろん!ぜったいに忘れない。」
彼は最後にもう一つだけ言った。
「実はね、今日は宗一さんの命日なんだ。だから、聞いてくれてありがとう。

宗一さん、聞こえていますか?あなたと僕が紡いだ物語、少しだけ世界が広がりました。いつか僕が死んでも、このベンチが無くならないように、少しだけ世界を広げました。
あなたが生きた、そして造り上げたものは後の世にもきっと残ります。だから………」
彼はその先を言わなかった。けれども彼女には分かったような気がした。彼が何を言おうとしていたのかを。

きっと彼は――――――――――――






「空色のベンチ」いかがだったでしょうか。少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。実はこの作品、詳しい設定は乗っていませんが、初期の光は小学三年生。現在は高校二年の設定です。また、ちょこちょこ出てきたのは光の恋人です。
二人は実は空色のベンチで出会ったという裏設定があります。なので光に物語風に語らせました。
ここまで読んでくださってありがとうございます。

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水上スイロ

空色のベンチ

2014年7月24日 発行 初版

著  者:水上スイロ
発  行:水上スイロ出版

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水上スイロ

大学で文芸部に所属しています。 卒業研究の一環で電子書籍を出版します。

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