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夜の時間をひっそり暮らしながら、彼此と想像に任せ現実の世界を行ったり来たり。 あちらこちらに散らかした散文詩集。 心の奥深くにある言葉のひとつひとつを丁寧に汲み取り、宵闇を楽しむひと時の沈黙の一冊。

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宵闇のうた

林安由美

ザックバラン企画出版



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  この本はタチヨミ版です。

流れ星

テレビの電源を消す
誰の干渉もない
伴侶は床屋へゆき
義父母と娘は三人で飯屋へいった
昼間から電気のついた部屋でひとり
待ち人はまだ来ず
半分に開いたガラス障子を全開にすべく
席を立つ ついでに電気を消した
変わりない日常の中
蠢く自律神経の欠陥が
脳みそと心臓を苦しめる
一端の起こりはなんだったのか
か弱く逃げ惑うわたしは
斯様な姿を曝け出したいわけではない
力なく 気力なく
泣くことも 叫ぶこともない
不愉快さだけがまわりくどくやってくる

今日は祝日
昼間というのに、あたりはしんと静まり
ひとりが孤独に変わる
テーブルの上には
お土産のサンドウィッチと珈琲カップ
おやつに食べかけのドーナツ
お茶の入ったやかんに煙草と灰皿
これだけ埋め尽くされれば
孤独とはいえない

静かな午後
わたしはひとり待っている
時間が過ぎゆき
ある一定の命を燃やしたという証を立てるため
何かを得たと確信するため
こうして、じっと待っているのだ

大日本帝国

簡単にものをいう
どれが本当なのかも分からない
どの言葉が信頼できるものなのか
言霊は消えてしまった
万物に神のやどるこの国で
全ては消え失せた
目に見えぬものは劣化し
己の命までも擬態する
善きも悪しきも変化するこの国を
なんと呼ぼう
今更、大日本帝国か

鬼ごっこ

略奪される命
脅迫される心
虐げられる存在
この星で、今、ある全ては
何を目的としているのだろうか
何故こんなにも無情な世界が広がっているのだろうか
君は鬼の手を切り落とした
その鬼はどこへいった?
鬼は本当に鬼だったのか?
その腕は本当に鬼の腕なのか?
何故、鬼と分かる?
鬼とはなんだ?
君は鬼と話したか?
君は鬼を知ったか?
君は鬼の目を見たか?
君は鬼の心に気付いたか?
君は鬼を唆しその腕を切り落とした。

鬼は君のほうなんじゃないか?

透明の箱

これ以上話すことはない
一服やったら終わる
簡単なことだろう
空元気も、空回りも
もう飽きただろう

飽きもせず聞き流す日々
流れに任せて ただひとり
すすり泣き 家人から離れ
透明の箱を作り
その中で生きることを選ぶ

どうしようもない
舌を噛み 痛みを与えても
なんの変わりもない
この透明の箱を壊さないでくれ
ここだけが
わたしの場所なのだ
どうか触れないでくれ
ここにしか
存在できないのだから

透明の箱は
海の底のよう
明かりもなく
未来もなく
絶望もない
わたしの心だけが揺れている

うねった波が
激しく叩き付けては寄せてゆく
それだけの、ただの透明の箱

コップ一杯の

コップ一杯の幸せなら捨ててしまうか
コップ一杯の格差で命は変貌する
コップ一杯の血溜まりではじまる朝もある
コップ一杯の炎で終わる夜もある
コップ一杯の希望で已む無くされる明日もある
コップ一杯の光で消えゆく星もある
コップ一杯の愛で全ての迷いは消え去る
コップ一杯の未来でこの宵闇は輝きだす
コップ一杯の勇気があれば何処へでもゆける
その足で
その腕で
その体で
感受性を注ぎ込め
泣き喚け
生きろ
生きろ
生き抜いてみせよ

ひとりの男

始末の悪い男がひとり
いつものように道に座り込み
何処かへ引っ張られるように
急ぎゆく人人を眺めている
忙しいのか?
急いでいるのか?
何があった?
緊張しているのか?
悲しいのか?
五月蝿いのか?
辛いのか?
苦しいのか?
眩しいのか?
迷っているのか?
幸せか?
幸せか?
幸せか?
幸せか?
幸せか?

男は呟きながら
ゆき過ぎる人人の代わりに
全ての疑問と不安を背負って
闘っていた



  タチヨミ版はここまでとなります。


宵闇のうた

2014年7月31日 発行 初版

著  者:林安由美
発  行:ザックバラン企画出版

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林安由美

京都を拠点に様々な表現活動を行う。 2009年に京都市中京区にてギャラリーアトリエ芸術倶楽部亀甲堂をOPENし、夫である林コウヘイと共に作品展示を常時行い、また、帽子やアクセサリー作家のオリジナルブランドなども取り扱う。 作品を眺めながら珈琲を楽しむこともできます。
■note:https://note.mu/ayumi555

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