さあ、いよいよ2014年も9月に入りサイババさんの出番が近くなって来ました。ババは私は96歳までこの世で生き、使命を全うするとおっしゃていると同時に、この身体は94年間人類の為に使うとも言っておられます。ババの一言一語は真理であります。神の化身の発する言葉は言霊でもあります。決して無駄な事や、意味のない事を言われません。その御言葉を冗談として受けとめたり、お年を召されているので妄言だと片付けたりするのは大きな間違いです。軽く言われた御言葉であってもその言葉に隠された意味を深く考え、理解しなくてはなりません。神の化身の御言葉は人の理解をはるかに超えたところから発しておられるのです。ババは、私はこの身体を94年間使いますとも言われましたが、先程96年と言われているのに別の機会では94年、さてさてこの二年いや、数え年としても三年の違いは一体何を意味するのでしょうか?それは、その三年間の間ババは一時期姿をくらますという意味なんではないでしょうか?ババがこの世での使命を始められた時も、当時の帰依者達に将来私は暫くの間いなくなり、帰依者たちに寂しい思いをさせるであろうと言われたことがあります。そしてもしそうだとすれば、今年がその三年目に当たるのです。そうです。彼は今年の末に戻って来られるのでしょう。私たちは空に神の印が現れ世界中の人々が涙する時を待っています。その印は何処かの組織がホログラムを空に照射して映像を写すようなまやかしのものではなく、人々の心にメッセージも伝えてくれることになるでしょう。さあ、皆さん用意はいいですか?ゴールデンエイジの幕開けは近づいていますよ。
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ポニョ:あんたのところに滞在させてもらって一番面白かったのは、あんたの家族と一緒に北の方に旅したことやな。
ヨシオ:俺たちもポニョが一緒に来てくれたので、良い思い出ができた。それに、ポニョは食事係をやってくれたやろ。だから嫁さんも助かってたな。
ポニョ:毎回、カレーばっかりやったけどな。でもあんたの子供達はよく食べるな。びっくりしたぜよ。
ヨシオ:あの頃はみんな育ち盛りやったから。でも一台の車に8人も詰め込んだ長旅やったけど面白かったな。片道28時間も運転したけど。
ポニョ:遠かったな。五千kmは走ったやろ。帰りは内陸の道から帰ったから、ガソリンスタンドも五百km毎にしか無かったで。でも、24時間開いてたな。それに一週間があっという間に過ぎたな。最初の目的地は、野生のイルカのダルシャンを受けに行ったよな。
ヨシオ:そうそう、モンキーマイヤーというところに行ったな。大昔からアボリジニ達が野生のイルカと友達付き合いしていて、エサをやったりしてるから今でも毎日イルカの家族が決まった時間に海岸近くにやって来て、人の膝までの浅い波打ち際で餌をねだるんや。
ポニョ:家族総出で来てたな。子イルカが可愛かったな。
ヨシオ:あるサイの帰依者の方がそこに着いた朝に夢を見たんや。その夢では自分はイルカの子供になっていて、サイババさんの顔をしたお母さんイルカと海の中を自由に、お母さんイルカに守られながら幸せに生き生きと泳いでいた夢やったんや。
そして夢から覚めた後も、その幸せやった感覚を覚えていてしばらくの間テントの中でボーッとして起きれなかったんやて。
その後イルカを見にモンキーマイヤーに着き、波打ち際でイルカが来るのを他の観光客と一緒に待っていたら、後ろに立っていた見知らぬ観光客がその人に突然、「知ってるかい?母イルカはどんな事があっても自分の子イルカを守って離れないんだよ。いつも一緒なんだよ。」って言ったんや。
ポニョ:それは、びっくりするよな。その日の朝、自分が母イルカであるサイババさんと一緒に泳ぐ夢を見たとこやもんな。
ヨシオ:その人は、突然その見知らぬ人からそのように話しかけられて、その見知らぬ観光客の中におられるサイババさんが自分に言われたって分かったんや。それで、至福の気持ちになってしばらくの間涙が出て来て止まらなかったって言ってたな。
ポニョ:ババは、全ての人に中におられるからその観光客を通じてメッセージを伝えられたんか。感動するよな。でも、あそこの海岸に立ってイルカ達が来るのを待っている雰囲気って、アシュラムでサイババさんが出て来られるのを待っている時の事を思い出すよな。まるでイルカのダルシャンやったな。
ヨシオ:ああいう野生の生き物と人の交流っていいよな。
“私は私を憎む者をも愛します。
私は私に対する悪い宣伝に耽る人さえ愛します。
私は誰のことも敵とは見なしません。すべての人は私のものです。
私は母親のように、皆さん全員に気を配っています。
私の愛は一人の母の愛ではありません。私の愛は千人の母の愛です。
サイの愛は千人の母の愛です。
ひとえにその愛ゆえに、私は皆さんのあらゆる過ちを顧みず、前を見て歩んでいるのです。
誰かが過ちを犯したときはいつも、私は本人を呼び、声を高めてその人を正します。
ですが、私はその人に怒りを示すことはしません。
私は誰に対しても怒りはありません。
実際、私には怒りという感情はまったくありません。”
ポニョ:そこからしばらく車で行った海で、ジンペイザメと一緒に泳いだのも良い思い出やったな。サメでもジンペイザメはプランクトンしか食べないので近くまで接近しても大丈夫やけど、世界最大の魚だけあってめちゃ大きかったな。日本でも水族館で見れるけど野生のジンペイザメと一緒には泳ぐ機会はないな。
ヨシオ:マンタレイもいてたな。水中で宙返りをしてた。サンゴ礁もきれいで、クイーズランドのグレートバリアリーフは船に乗って暫く行かないと辿り着けないけど、俺たちが行ったコーラルベイは目の前にサンゴ礁が広がってるから便利やったな。
ポニョ:でも、走っている途中にグロエリの絵っシュロんのレーダー基地やら、エヌエス英の施設があったな。もうええ加減やめて欲しいよな地球をグチャグチャにするのんを。ウクライナの件でもロシアを悪もんにするのに必死やし皆んなマスゴミに騙されているし、都合が悪いもんがいたら直ぐに練炭自殺に見せかけて殺してしまうし、本当に地球のお邪魔虫みたいな連中やな。
ヨシオ:でもお邪魔虫がいなかったら神の化身が出てくる一つの理由がなくなるんや。だからお邪魔虫も神さんから見たら一つの神さんが創られた劇の重要な役割をしてるんや。だから嫌ったらあかんで。無視しとき。ポニョはポニョのやらなあかん事だけやってたらええんや。
ポニョ:そうかな。その旅の時はあの連中の事をすっかり忘れてたけどな。でもあんな大きな施設を見たらムカッと来たんや。それにあんな美しい自然を壊して嫌な奴やぜよ。反対に海の中ではたくさんの魚やジュゴンやイルカやジンペイザメが仲良く生活しているのに…。ナマコも大きいしゴロゴロいてたわ。あんな大きなナマコを初めて見たな。あんたがたくさん捕まえてきて雑巾を絞るみたいにしたら、ナマコの中から水がピューッと飛び出してきてみんなで水鉄砲みたいにして遊んだな。
でも、おいらが一番楽しかったところはカリジニというとこやった。何と言っても一見普通の荒野やけど、近くに行くと突然急峻な谷があって幅が五mから二十mやけど五十メートルぐらいの深い谷があちこちに出来ているってすごいよな。
ヨシオ:幅の狭いとこやったらカンガルーでも充分飛び越せるよな。それに谷の底からスレートのような瓦の形をした岩重なっていて谷の側面を覆っているので、誰でも高いところまで登れるしな。
ポニョ:面白かったのが、五つの谷が一箇所に流れ込んでいて小さい湖を作ってるんやけど、一つの谷を三時間ぐらいかけて歩いて下り湖を泳いで渡ると、また違う谷を歩いて遡って歩けたな。
ヨシオ:しかも、谷の底から上を見ると細い空がクネクネと見えて、きれいやった。
ポニョ:谷の壁を誰も何の装備もなくても登って上まで行けるって面白かった。
でも、あんたが登ってる途中で落下したやんか。ちょうど下を歩いていた息子さんの上に落ちたから良かったものの、そうでなかったら死んでたで。あんな高いところから落ちたら。
ヨシオ:ああ、危なかったなあれは。もうちょっとでモークシャやったな。滝の横を登っていて岩がツルツルやったんや。ちょうど息子の上に落ちて良かったな。
ポニョ:何の偶然もないけど、息子さんと一緒に大きな鋭い角だらけの岩の間でひっくり返っているの見て、うわ〜って叫んだぜよ。息子さんも、こんな危ないところに僕が大きくなって子供が出来ても絶対自分の子供を連れて行かない。と言って怒ってたで。
ヨシオ:でもこの前会った時に、また今度カリジニに一緒に行こう。あの時は面白かったな、なんて言ってたで。
ポニョ:あそこは、神さんが創られた自然の遊園地みたいなとこやったな。まだ時々夢に出て来るぐらい面白かったぜよ。でも、おいらはババの夢をあまり見ないけどな。
ヨシオ:さっき紹介したババの帰依者のように、よくサイババさんが夢に出てくる人もいるな。あるサイの学生さんが言ってたけど、その人はバジャンの歌い手さんなんやけど、ババが夢で美しいバジャンを歌っておられたので、ババさん。是非その美しい歌を教えて下さいと頼むと、夢の中で教えてくれたんや。でも途中で、これ以上教えたら君が起きたら歌を忘れてしまうだろう。だから一度起きてノートに書き留めてもう一度寝なさい。その時にまた夢の中で続きを教えてあげるって言われたんやて。
ポニョ:それで、本当にそうなったんか。
ヨシオ:もちろんや。そのバジャンのタイトルも言ってくれてたけどインド語やから聞き取れへんかった。でもきれいな旋律やったな。
ポニョ:それはすごい話やな。
“あなたが私のことを思ったからといって私があなたの夢に来るわけではありません。私があなたのことを思ったときにのみ、私はあなたの夢に来るのです。”
“夢の中でライオンに追いかけられるなら、あなたはすぐに目を覚まし、目覚めのレベルに戻って来ます。夢の中で生じたことは、あなたを目覚めさせる力を持ちます。
そのように目が覚めている時、あなたがそれを夢と見做すならば、神の恩寵によってあなたは目覚めの世界から、突然に英知の世界に導かれるかもしれません。
怖いライオンの夢を見て、人は夢の世界から目覚めの世界へ返りました。
あなたが目覚めの世界を夢とみるなら、その時、英知の世界は夢からの覚醒に当たります。
それゆえ、聖者や賢者達は私達に目覚めよ、起きよ、悟れよ、と呼びかけて来たのです。"
ヨシオ:俺も似たような話があって、今まで何回か夢の中でババのテストを受けてるんやけど、その時も回答用紙に書き込んでいたら試験官であるババが横に来られて、あと二分十二秒で君の奥さんが起こしに来るからそれまでに回答し終わるようにと言われたことがある。
ポニョ:それで、本当に奥さんに起こされたんか?
ヨシオ:ああそうやったな。その時に回答用紙に全部書き込めたかどうかは覚えていないけどな。
ポニョ:ほんまに面白い夢を見るな。
ヨシオ:ある夢なんかは、毎週末に子供を連れてよく行くバザールの中にあるイタリアンレストランで二度と食事をしてはいけないと言われたことがあったな。
ポニョ:なんでか理由を言われたんか?
ヨシオ:いや、言われていないけど、でもその夢の後、そのキッチンをサッと覗いたんや。すると壁にゴキちゃんの子供がいっぱいウロウロしているし、コックはくわえタバコで料理を作っていたな。
ポニョ:そらあかんわ。不潔なレストランやんか。よく行ってたなそんなとこ。
ヨシオ:一見はOKなんやで。子供たちはそこのスパゲティが好きで安かったしな。
ポニョ:ババが本当の親って分かるよな。そんな話を聞くと。
ヨシオ:ババは、俺たちの事を一から十までお見通しなんや。本当の俺たちのお母さんお父さんやから…。ある女性が、ババに私の足をそんなにきつく抱きしめないで下さい。痛いじゃないですか。と言われた事があるんや。でもインタビュールームではその女性はババから離れたとこに座っておられたし、ババの御足にも触れられていなかったんやけど、その女性はごめんなさいと言って泣いておられた。ババはニコニコして見ておられたな。
ポニョ:どういうことやねん。それって。
ヨシオ:その人は、家の祭壇にババが椅子に座っておられる御写真を飾っておられて、毎日礼拝の度にその御写真の足をギュッと抱きしめるように自分で想像しておられたんや。
ポニョ:ああそれで、ババはそんなにきつく私の足を抱きしめないでね、と言われたんやな。その女性とババしか分からん会話やな。それって、ひょっとして嬉し泣きなんかな。
ヨシオ:当たり前やないの。ポニョは時々訳の分からんコメントをするな。
ポニョ:訳の分からんコメントをしてこめんと。
ヨシオ:あのな。付き合いきれんな。ババはこんなふうに一人ひとりの中にいて導いておられるんやけど、とても愛でいっぱいなんやで。
コダイカナルに行かれた時も、一人ひとり学生がバジャンをババの前で歌う機会があって、みんな喜んで歌ったんやけど、ある学生はちょっと音痴で音が外れるんや。それでババはその学生を呼ばれて、「あの〜君、今度から君の心の中にいる私にだけ歌ってくれますか?」なんて言われたことがある。
ポニョ:その学生が傷つかないように優しく言われたんやな。おいらやったらいつもストレートやから、「君、音痴やね。聞き辛いから今度から一人でお風呂に入っている時にだけ歌いなさい。」なんて言ってしまいそうやな。
ヨシオ:そういうふうに言われたら傷つくよな。ポニョババでなくて良かったにゃ。
でも、ある時子供がババにガネーシャの絵を描いて手渡した時に、こんなふうに言われたな。
そのガネーシャの絵は誰が見てもとても下手くそなんや。それで、ババは長〜い間それを見ておられてから、その男の子に「あの〜今度からガネーシャの絵は描かないでね。」と言われたんや。
ポニョ:ババもなんて言って良いか考えておられたんやな。それってめちゃ可愛いやんか。長い間下手くそな絵を見てられるって。
ヨシオ:ババはいつまでも子供の心を持っておられる愛がいっぱいの神さんなんや。ダルシャンで私がゆっくり歩いているのも、君たちが私の姿を良く見れる為なんだよ。このプーナチャンドラホールの舞台のカーテンが閉まれば、私は本当は舞台の上を一人で走り回りたいんだ。なんて本心を言われた事もあるな。
ポニョ:可愛いな。ババは。本当に子供の心を持ってられる。
“子供は神の申し子と言われています。
子供のうちは、憎しみや怒りや嫉妬に駆られることはありません。
イエスは、子供にはどこにも悪いところが無いのだから、子供は神のようだと言っています。
子供のうちは、心にも身体にも何も悪いところはありません。
悪い心からおこる悪い感情が無いから、子供は美しいのです。
大きくなるにつれて、子供達に少しずつ悪い性質が身についてきます。
そうなると、子供の持っている美しいものが失われてしまいます。
悪い心は、悪い言葉と悪い行いとなって、子供の美しさを無くしてしまうのです。
人の持っている美しさは、少しずつ無くなっていきます。”
ヨシオ:昔ババと駆けっこをして遊ばれたヴィジャヤクマーリさんがババに、最近はもう昔のように走り回ったりされないんですか?と聞くと、いつまで経っても子供のように振る舞うって可笑しいだろう、って言われたことがある。
ポニョ:ということは、そういう事をやりたくても出来ないって言うか、やられないんやな。
ヨシオ:例のウルフ メッシングにも、私は神さんなんだけれど人の身体を取った限りは人のように振る舞わねばならないんだよ。と言われたことがる。
ポニョ:おいらも、お腹が空いてないように振る舞おうと思ったけど、お腹の虫が正直やからグルグル言って鳴いてるよ〜ん。何かの振りをするっておいらには無理だよ〜ん。正直にしか生きれないよ〜ん。
ヨシオ:それが、ポニョの良いところだよ〜ん。
“私はどんな難しい問題も解決する能力を持っていますが、それをあたかも持っていない振りをしているだけなのに、それを見て私が単に奇跡を行う人で、それ以上の存在ではないと見るのは大変愚かなことです。”
“信じようと信じまいと、スワミには頭のテッペンからつま先まで、利己心のかけらもありませません。スワミが何をし、何を言おうとも、それはあなたのためなのです。
スワミはなぜ、時たま厳しくするのでしょう。
それも皆さんへの愛なのです。
スワミは皆さんを調べて変容させるために、厳しいふり、深刻なふりをするのです。
もしスワミが、皆さんはスワミのものであると思っていなかったとしたら、なぜ、スワミはわざわざ皆さんを正さなければならないのでしょうか。
みなさんはスワミのものであるからこそ、間違っている時に正すのはスワミの義務です。
私が話しかけないと皆さんが悲しくなるのは、皆さんが私の言葉を尊重しているからなのです。”
ポニョ:以前オーストラリアのあんたのところに寄せてもらった時に驚いたのが、立派なアクアポニックスセンターがあった事や。
ヨシオ:俺も知らんかった。灯台下暗しやな。日本ではまだ知っている人は少ないけどオーストラリアでは誰でも知っている農法やねん。
ポニョ:そのセンターに行ってびっくりしたのは、たくさんの違うシステムがあってレベルがとても高かったな。
ヨシオ:俺はオーストラリアに居てるのにこんな素晴らしい農法を知らず、逆にポニョに教えてもらった。農薬や肥料を使わず、雑草抜きも必要としないやり方はぐうたら人間の俺にはピッタリや。
ポニョ:おいらは、アメリカのプレッパーのサイトで見つけたんや。アメリカでも結構盛んやで。
ヨシオ:ここでは裏庭でアクアポニックスをしている人がたくさんいて、大きな温室を建てて本格的にやっている人が多いな。俺も今度、温室を建てようと思ってるんや。そうしたら一年中野菜を育てれるやろ。
ポニョ:あんたのシステムは100トンのタンクの中で鯉を飼ってるんやろ。それって、単純に計算しただけで五百平米の野菜畑が出来るで。そんな大きな温室を建てるんか。
ヨシオ:最初は百五十平米ぐらいの温室を建てようと思ってるんや。もう許可も得てる。
ポニョ:アクアポニックスは砂漠の真ん中でも、寒地でも熱帯でも山の中の平地が無い所でも作れるから良いよな。日本でもイギリス人の人が来てプロモーションしてるけどなかなか広まらないな。
ヨシオ:日本やったら理想的やねんけどな。だって団地の狭いベランダにでも置けるし、水も同じ水を循環させる閉鎖的循環農法と言うんやろ。だからビニールで囲ったら放射能の心配がない野菜が自分で作れるし、しかも無農薬でついでに魚の鑑賞も出来る。一石三鳥ぐらいの効果があるで。
ポニョ:オーストラリアではアクアポニックスに使う魚を育てて食料となるけど、菜食のおいら達は鯉やったら観賞用として育てて売れるもんな。それに結構タフな魚で素人でも飼える。
ヨシオ:俺の知っている人だけでも周りに五六人はアクアポニックスをやってるな。
ポニョ:あんたの農場の周りって、だだっ広いところやったな。平らで。
ヨシオ:問題は、人々が木を切りすぎたので、地下水が増えて地下水脈のレベルが上がってきて地上に地下水が溢れて来るんや。普通に考えたらそれでええやんかとなるけど、ところがオーストラリアの地下水って海水の七倍以上も塩が含まれているので、地下水が引いた後の土地って塩だらけで何にも育たないんや。
ポニョ:いわゆる塩害やな。それは困った問題やけど、人がつくったカルマやな。でも塩に強い作物って無いんか?
ヨシオ:俺の友達も百万坪近くの農場が塩害にやられていて使えないので、俺も色々と探したんや。それで見つけたんやで。キヌアって知ってるやろ。
ポニョ:ああ。南米のボリビアかどっかで作ってるプチプチした歯ごたえの小さいやつや。
ヨシオ:そう。それは塩害の土地にでも育つという話を紹介したんや。だってキヌアはここよりもっと酷い塩だらけの所でも育ってるんや。それでここが州で最初のキヌア実験栽培地になったんやで。
ポニョ:それは良かったな。でもキヌアはアクアポニックスでも育つんかな。
ヨシオ:いや無理やろ。キヌアが育つところは結構乾燥地が多いからな。アクアポニックスは水をたくさん使うのでキヌアが根腐れを起こすやろな。
ポニョ:でもええ話やないの。成功したらええな。キヌアって肉よりタンパク質が多く入っているんやて。ベジタリアンにピッタリやな。グロエリが嫌っている作物やから栄養たっぷりなんやろ。それより、あんたの家の倉庫にモーターパラグライダーがあったけど、昔それで飛んでたんやて。
おいらも自然が好きでオフロードバイクや川下りにパラグライダー、山登り、ハングライダーとか色々やってたけどな。
ヨシオ:昔の事やけど、以前も紹介したリシケシュの湖で空に浮かんでいるおばちゃんの話をしたやろ。俺のところに居候してた日本語の先生から聞いた話やねんけどな。
実はその先生が日本からパラグライダーを持って来ていて、週末になったら何処かへ飛びに行きよるから俺も教えてもらったんや。
ポニョ:パラグライダーって面白いもんな。おいらも一時期病みつきになったわ。
ヨシオ:俺も仕事でNZによく行ってたし、ついでにそこでライセンスを取って飛び始めたんや。結構上手くなって上昇気流もつかめるし、海岸の近くで飛んだら風が安定しているから、後ろ向きに飛びながら海岸の崖の上のベンチに腰掛けたりしたこともあったな。バリ島まで飛びに行ったことがある。ファイブスターホテルが崖っぷちにたくさん建ってるやろ、そこに海風が当たって上昇気流が出来、それに乗ってホテルの前を海を見ながら飛んだこともあるな。
ポニョ:新婚さんの部屋を覗き見しながら飛んだんか。あんた意外とやらしいな。
ヨシオ:そんなこと誰も言ってないやろ。みんなベランダに出てきて手を振ってくれたわ。
でも、ここは山も無いし海からも遠いので小さなエンジンにプロペラを付けて家の前から飛んだな。その頃、モーターパラグライダーのライセンスが無くて俺がオーストラリアで一番最初やった。
家の前から離陸して三分ほど飛ぶと大きなパン工場があって、そこの煙突から熱い煙が出てるんや。それを利用すれば五分ほどで高度千メートルほどエンジンを使わなくても上昇出来るんや。
ポニョ:いわゆるサーモリングと言って上昇気流の中をクルクル回って気流と一緒に飛ぶんや。気持ちええやろな。
ヨシオ:でもないんや、三百メートルぐらいまでは上昇気流の直径がだいたい二十から五十メートルぐらいしか無いので、とても小さく回さないといけないので神経を使うんや。というのもそれを一旦外すと、上昇気流の周りは下降気流がすごいスピードで下向きに吹いているから、あっという間に高度を落としてしまうし、乱気流でパラシュートも潰れやすいので危険なんや。
でも、高度五百メートルまで行くとどこを飛んでも上昇気流の中みたいな感じで、ゆっくりと上がって行くので落ち着ける。
ただ、ウエッジテイルという世界最大の鷲がこの辺りに生息してるんで、そいつらのテリトリーに入ると全速力で巣から飛び立って襲いに来よるんやで。動物園でその鷲を見た時はなんや、そんなに大きくないなと思ったけど、翼を広げると二m以上もあってカンガルーの子供や羊などを簡単に捕まえて空を飛んでいけるんやで。
ポニョ:なに〜。世界最大の鷲に襲われる?メッチャやばいやんか。本当に襲われたんか。
ヨシオ:一回や二回と違うで。何遍もや。最初はピーピーとヒヨコみたいな可愛い鳴き方をして俺の横二mぐらいまで接近して来るんや。俺は全てはババやと思っているから、ババさん俺はあんたの友達ですよ。知ってるでしょう。襲わないでね。それにしても可愛い鳴き声やね。全然そのいかつい顔に似合わないですよ。今度鷲を創られる時は、鳴き方をゴワ〜とかギャオウ〜とかその雄姿に相応しい鳴き方にしませんか?なんて鷲を相手に冗談を言ってたんや。
ポニョ:野生の鷲に冗談言ってどうするねん。ほんまにあんたらしいわ。でもそんな近くまで接近されて怖くなかったか。爪とかも凄いやろ。
ヨシオ:飛んでる野生の鷲を至近距離でみれる機会ってないから、よく見ておこうと思って観察してたんや。素晴らしい美しい鳥やったな。爪は見えなかったけど、クチバシは鋭いし小刻みに羽を動かして風に乗ってるんや。羽ばたかなくて長ーく俺と同じところにいとけるんや。感動したな。鷲は上昇気流をつかまえる名人やからな。
そうしたらスッとグライダーの上の方に飛んで行ったんや。上を見上げると鷲が俺のグライダーの向こうに影になって映ってるんや。そして五十メートルぐらいのところから突然翼を小さくたたんだかと思ったら、急降下してきてグライダーにぶつかり、その足でグライダーを掴もうとするんや。それで大きな穴が出来たんや。
俺はこれはやばいやんかと思って鷲の中にいてるババに、ババさん一体何をするんや。家に帰って修理せなあかんやんか。とか文句を言ってたら、再びドスンや。大きな鳥やから大揺れや。
それで、すぐにビッグイヤーというテクニックを使って急降下し、三百メーターほど降りると鷲は、ワシ知らんと言って巣に戻って行った。
ポニョ:穴が出来てもよく飛べたな。普通やったらグライダーのエアー圧が少なくなって潰れるで。
ヨシオ:大丈夫や。予備の落下傘をいつも持ってるから。今まで六百時間ぐらい飛んでるけど、一回も事故もしてないんや。それで、次のフライトではそこを避けて違う空域を飛んだんやけど、また違う鷲がやって来て同じように襲われたな。だからもう鷲の攻撃には慣れてしまったな。鷲が来たらすぐに方向転換すると、攻撃しないってわかったしな。でも、おかげでグライダーはつぎはぎだらけのボコボコや。
ポニョ:まあ、ようあんた、まだ生きとるな。俺やったら一回襲われたらもうやめるけどな。
ヨシオ:それで、俺の住んでる町って五千人ぐらいしかいないやろ。俺が何度も鷲に襲われるのを町の人が見てるんや。それで鷲に襲われたパラグライダーパイロットと、変に有名になってしまって新聞に何回も記事が載ったな。それで俺もこれではいかんと思い、グライダーに大きくLove All Serve Allとペンキで描いてあっちこっち飛んでババの、メッセージの宣伝マンみたいな事をやったな。俺の記事とかをプッタパルティのサイカレッジに送り、今度のスポーツフェスティバルでモーターパラグライダーのパフォーマンスをババの前でやったらええで。ババは喜ぶで。俺が機械やグライダー寄付したるからしないかという手紙を書いたら、俺の助けなしに本当にあいつら自分たちでパラグライダーのパフォーマンスをババの前でしよった。
ポニョ:その写真おいらも見たで。インドでもモーターパラグライダーやってるって知って驚いたな。
ヨシオ:俺のいるところは上昇気流があっちこっちから出て来るので、とても高度を稼ぎやすいんや。だから一回飛んだら、上昇気流を捕まえながら上がったり降りたりしながら100kmぐらいの距離は軽く飛べるな。もちろん高度が落ちてきて上昇気流が掴めない時はモーターのエンジンをスタートさせて上昇気流を探すんや。
ポニョ:おいらは山飛びばかりやったけど、エンジンを担いだ方がサーモリングが上手くなるな。毎回簡単に100kmやて。日本じゃ考えられないよな。
ヨシオ:それでいつも遠距離バスの時刻表を持っていて、バス停の近くに着陸してバスに乗って帰って来るんやけど、バスの運ちゃんにこの大きな羽がついている機械は何やって聞かれるんやけどこれで空から今降りて来たところやと言っても信じてくれなかったな。
風向きによってはバスが来ないところに飛んで行ってしまうので、家内が子供達を連れてよく来てくれた。それで、ババのメッセージが描いてある大きなグライダーがあっちこっちの田舎町の空を飛ぶので、着陸すると人がたくさん寄ってきて質問責めになったな。
ババの話は余り聞かれなかったけどな。今から二十年前、俺が四十歳の頃の話や。
ポニョ:フーン。すごい冒険談やと思うで。それでベストフライトはどんなんやった。
ヨシオ:ベストなフライトと言えば昼すぎから飛び始めて夕方まで飛んでいたんや。
それで太陽が西の地平線に沈むのを空から見ていたんや。俺は夕陽を見るのが好きやねん。空の色がだんだん宇宙の色になって行くやろ。高度は地平線が丸く見えてたから約千五百メートルぐらいやったかな。
すると東の地平線から満月が昇って来たんや。
全然予期してなかったので驚いたな。そうやった。今日はグルプニマの日やった!と思い出したんや。
俺は沈む夕陽と昇ってくる満月の間の空間にいて、その神の創造した世界の美しさに見惚れていたんや。
夕陽が沈むに連れて周りの空の色が赤から紫そして群青色に変わって行く。片や満月は昇って来るに連れて空の色が暗くなってコントラストがはっきりし、その月のパターンまで見えて来る。なんて素晴らしい世界、美しい世界に俺は生まれたんやろうって思ったな。地球を独り占めしてるみたいな気になった。
その時、自分は神様に生かされている。守ってもらっている。愛してもらっているって心底から実感して涙が止まらなくなったな。
下を見ると嫁さんの車が俺の機体を追いながら、おもちゃのように走ってるのが見えるんや。
子供たちが窓から手を振っているのも見える。そうか俺をみんなで迎えに来てくれたんや。
なんという幸せな人生やろ。
スワミありがとうって何回も叫びながら車の横に着陸するまでバジャンを歌い続けたな。
それが、俺のベストフライトやった。その時ババと一緒やと実感出来たな。
そしてそれが俺の最後のフライトやった。
自分でこれ以上のフライトは経験出来ないと分かったから、もう飛べなくなったんや。
美しいものは、悦びが形を顕したものです。美しいものがあれば自分も嬉しく思います。
美しいものには永遠の悦びがあります。美しいとはどういうことでしょう。
この世界が物を美しくしているのでしょうか。それとも美しさははじめから物の中にあるのでしょうか。
これまで私たちは、あらゆる物がどれほど儚く移ろいでゆくか見てきました。
移ろいゆく物が、一体いつまで美しいままでいられるのか。よく考えてみて下さい。
永遠のものだけが本当に美しいのです。ただ一つの永遠の存在、それは神です。
神だけが本当に美しいのです。この世界で神より美しいものはありません。
神を信じる者にとって何より大事な務めは、神の美しさからあふれ出る蜜を吸うことです。
神は美しさに満ちています。
この神を自分の中に取り入れ満たすには、良い特性を身につけなくてはなりません。
この徳を高めるには、自分の中に巣くっている欠点や弱さを滅ぼさなければなりません。

ポニョ:今日から何回かに分けてインドのビジネスマンの帰依者の話を紹介します。これは、ラジオサイに八年前に紹介された話ですが、最近すまブロさんが素晴らしいきれいな日本語で、触りの部分を紹介されていましたね。http://ameblo.jp/smanalo/entry-11885340629.html
ヨシオ:俺も関西弁の翻訳やったら上手いねんけどな。今回も俺のええ加減翻訳で悪いけど楽しんで下さいね。
ポニョ:あんたはいつも直感で訳すからな。
ヨシオ:今回の主人公は商売人やから、俺たちが使い慣れてる大阪弁で翻訳出来るから楽チンや。
ポニョ:なんで商売人やったら大阪弁で喋らなあかんねん。東京の商売人も大阪弁で喋るんか。でもあんたは商売の中心、天神橋筋商店街で育ったから許したろ。この話はあんたにぴったりやもんな。
ヨシオ:というわけで早速行きまひょか。
この商売人は兄弟で貿易会社を経営してはるんやけど、規模が大きいわ。1,2000人もの人を雇っておられるんやで。
ポニョ:なに〜?大きな会社やないの。いくらインドは人件費が安いと言ってもこれだけの人を雇えるって大きな会社やろうな。
ヨシオ:でもこの人、占星術師に自分の運命を見てもらったら1960年の6月14日に亡くなる運命らしいねん。24才以降の生命の反応が感じられないと言われてるんやで。それで気になって、とても有名な占星術師に何人か見てもらったり、手相見に見てもらったりしても、その運命の日以降に生きることは出来ないと、言われているんや。
ポニョ:一人だけの占星術師に言われたんやったら、なんやこの占星術師は、嘘つくなとか何とか言えるけど、どの占星術師に聞いても同じってやばいよな。
ヨシオ:それに、インドの占星術師はハンパやないで。めちゃ当たる確率が高いんや。俺のようなええ加減な適当人間と違うからな。
ポニョ:そらあんたと比べたら、誰でもきっちり人間になるよな。
ヨシオ:何やねんそれって。それだけではなくて、その人は三男なんやけど、お父さんが亡くなったので長男がビジネスをコントロールされてるんや。そして、縁があって次男の奥さんの妹さんを嫁にもらおうと婚約されてるんや。ところが、長男さんは自分の二人の弟たちの奥さん同士が姉妹ということになると、弟夫婦同士が結束が強くなるのでその結婚に反対されてるんや。
ポニョ:ちょっと、そこのところが理解出来ないんやけど。何であかんねん。
ヨシオ:インド人の家庭は結構嫁さんが強いんや。それで将来、弟夫婦が結託すれば自分の立場が弱くなると心配されてるんや。それで、チッダムバラムさんて言う名前の弟さんに、誰か違う娘を探して来いと言われたんや。
ポニョ:それはちょっと無茶苦茶で御座りまするがな〜。もう婚約もしてるんやろ。
ヨシオ:それってまた仁鶴カルカルか?ほんまに無茶苦茶やな。誰でもそう思わ。だから、チッダムバラムさんは嫌だ。と言ってお兄さんの要求を断られたんや。ところが、お兄さんは態度を硬化させて裁判所に結婚を取りやめるように弁護士を使って働きかけたんや。その結果、少なくとも向こう五年間は結婚出来なくなってしまったんや。
ポニョ:訳の分からん兄貴を持つとこれや。弟の幸せより自分の商売の方を優先しとる。えらいカルマをつくっとるなその兄貴。
ヨシオ:そうやろ。でも、そうこうしているうちに、運命の1960年6月14日が近づいて来たんや。
ポニョ:というと、あと何日間残ってるの。
ヨシオ:たった5日間や。それで、同じように大きな商売をしている友達がいて、サイの帰依者なんやけど、一度俺のグルのサイババさんに会いなさいと勧めてくれたんや。でも、その時にはもう既に運命の赤い糸がチッダムバラムさんの首を絞め始めていて、食べ物を食べることは出来ないし、熱もあって身体も弱って来てたんや。
ポニョ:それって、すごいよな。星の位置が悪いとか、星から発する悪い波動とかで人の命まで奪ってしまうことが出来るんやろか。
ヨシオ:そうかもしれんな。俺もインタビュールームでババに九つの宝石が付いてる指輪を出してもらったことがあるけど、インド人の友達は、それは九つの惑星から出ている悪い霊的波動を中和する、聖なる指輪やで。と言われたな。だからそういう事ってあるんやろうな。
ポニョ:その九つの宝石が付いてる指輪をあんたはインドに行く前にずっと探していて、宝石店巡りをしてたんやろ。でも、あんたはババからその指輪を受け取れへんかったんやろ。
ヨシオ:オーストラリアではどこの宝石店に行っても売って無かったな。インタビュールームで俺はババの真横に座っていたんやけど、ババが目の前でその九つの宝石が付いてる指輪を物質化し、俺の目の前にそれを差し出したんや。でも、俺はババの目を身近で至福に包まれながら、じっと集中して見ていたんで、指輪なんてどうでも良かったんや。この世の物なんて何にも入りません、みたいな気分や。それでババはしばらくして、この指輪のもらい手はいないと言われて、みんなに見てご覧と言われて他の人に渡されていたな。後でお袋に、何でもらえへんかったんや、と言われたな。
ポニョ:当たり前やんか。神様からのプレゼントやのに、惜しいことしたな。
ヨシオ:そうかな。でも、インタビュールームでババの真横にいてると、何にも欲しいものって無くなるで。神様のすぐ横に座ってるんやで。いつでも手も握れるし足にも触れることが出来る。抱きしめてもらえることも出来る。なんでそんな時に指輪を欲しいと思うねん。俺は、そっちの方が不思議や。
ポニョ:う〜ん。そうかもしれんな。分かるような気がしてきたぜよ。でも、おいらは貰うぜよ。ただやもんな。
ヨシオ:そんなレベルの問題と違うやろ。
ポニョ:ハイハイ。それで、さっきのチッダムバラムさんの話に戻るけど、あと5日の命やけど友達がサイババさんに会いに行けってアドバイスしてくれたんやったな。
ヨシオ:そうや。それで近くの街にサイババさんがたまたま来られるって聞いたので、行ったんや。そこには十二三人の人しか来てなかったんや。それで、ババがある帰依者の家から出て来られてチッダムバラムさんを見つけられた途端、すぐにチッダムバラムさんの手を引いて家の中に入って行かれたんや。
そしてチッダムバラムさんに君の命は終わらないので心配しなくてもいいよ。と言われたんや。
チッダムバラムさんは何も質問もしていないのに、いきなりそういう事をババが言われたんでとても驚かれたんや。ババにどうしてそういう事を知っておられたんですか、と聞くと、この頭は全ての事を知っているんだよ。と言われたんや。
ポニョ:そら驚くよな。いきなり自分が心配していたことを言われたんじゃ。
ヨシオ:チッダムバラムさんは、それにスワミやヨギって年寄りのおっさんかなと思っていたんやけど、ババがとても若くてハンサムな青年だったのでびっくりしたと言ってたな。
ポニョ:その時、ババは幾つぐらいやったんや。
ヨシオ:若干34才やったんや。
そして、「君の結婚の話はどうなってるの?」と聞かれたんや。チッダムバラムさんがお兄さんと結婚の事でもめてるって、本当に親しい人しか知らないのでとてもびっくりして、
「どうして僕の結婚の事について知っておられるんですか?」と聞いたら、
ババは「さっきも言ったでしょう。この頭は何でもお見通しなんだよ。」と言われたんや。それで、お兄さんとのゴタゴタを説明して、
「だから結婚出来ないんです。」と言うと、
「誰がそんな事を言ったんだね。」と言われたので、
「裁判所にストップをかけられてるんです。」と言うと
「そんな事は忘れて結婚しなさい。」と言われたんで、チッダムバラムさんは
「裁判所の事は忘れてもいいのですか?それに結婚するといろんな問題も出て来るんです。だって、僕のお兄さんは議員だし、首相も知り合いなんです。だから、僕が結婚するとお兄さんはいろんな手を使って僕を刑務所に放り込んでしまいでしょう。」すると、サイババさんはにっこりと笑いながら
「そういう事情なら、君の結婚式をプッタパルティで執り行いましょう。私が、君の結婚式を執り行ってあげるよ。」と言われたのです。でも、チッダムバラムさんは
「スワミ。あなたは僕のお兄さんの事を知らないのでそんな事を言えるんですよ。彼は僕が結婚するって分かればアメリカまで追いかけてきて、結婚式をさせないでしょうね。それに…」と言い続けるのを遮り、僕の頭を愛情いっぱいにポンポンと叩かれてこのように言われた。
「君の今まで言ったいろんな心配事は何にも起こらないよ。君は僕の事を何にも知らないだろう。そのような心配事は忘れて私に任せなさい。」と言われたんや。
それで、チッダムバランさんは「それじゃあなたの言う通り、プッタパルティで結婚式を挙げさせてもらいます。」と言ったんや。
ポニョ:サイババさんが結婚式を執り行うことを約束してもらって良かったな。でもお兄さんが強硬に反対してるから難しいやろな。インドってお兄さんが絶対的な権力を持ってるからな。
ヨシオ:そうやな。ババのお兄さんのシェシャマさんも家族のみなんなが尊敬していてほとんどの事を決めておられたな。ババもシェシャマさんと話される時は顔を見られなかったんやて。
ポニョ:それぐらい、お兄さんって尊敬されてたんやな。その分大きな責任も負っておられるもんな。それから、この話はどうなるか早く知りたいな。さあ、進めてくれるか?
ヨシオ:ババはこの後、ケララ州の知事さんに招待されていて行くつもりやったんや。それで、ババはチッダムバラムさんも誘われたんや。ここから、チッダムバラムさんの話に入ります。
ババは突然僕に「ところで明日、私たちはトリバンドラムに行くんだけど着いて来るかい。」と聞かれたんで「はい。」と言うと「じゃあ今日は帰って明日に、旅の用意をして戻っておいで」と言われた。
あくる日、サイババさんとトリバンドラムに旅立ち、そこでケララ州の知事さんの家にみんなで滞在することになったんや。その数日後、カンヤクマリという海辺にある聖地に行った。
チッダムバランさんはその時の様子を、
ババは、岩場のところから海の方へ向かって歩き出しました。とても、急で危険なところで、みんながここは何人も人が亡くなっている所だから、カスツーリさんも一緒になってババが海に行くのを止めようとしたんだけれど、ババは海に向かって歩を進め始めたんや。
僕は、カメラを持っていたのでカスツーリさんが写真を撮れば?と言ってくれたんですが、もう夜の七時近くなっていてだいぶんと暗くなっているし、フラッシュもカメラに付いていないので、ババが海に入る様子をカメラで撮るのをやめたんです。
でも、僕たちの会話を聞いておられたババが「君は私の事をまだよく分かっていないようだね。カスツーリが言ったようにシャッターを押してごらん。」と言われたのですが、僕はすぐに「あなたは、スワミかもしれませんが、だいぶん暗くなって来ているので写真を撮ることは出来ませんよ。」と反論すると、ババは「言われたように撮ればいいんだ。」と言われたのでフイルムを一枚損したなと思いながらシャッターを押したんです。
後で現像してみると、周りが暗いのにまわりの景色が美しくきれいで、まるで昼間のような景色を背景にしてババが写っていたのには驚きました。
それでシャッターを押した後にすぐに大きな波が襲って来たのです。とても大きな波でサイババさんの半身が見えなくなってしまうほどでした。
僕たちそこにいた全員が、この大波によってサイババさんが波にさらわれてしまったんではないかと心配したんです。
それで、波が引いた後ババの元へ行くと、ババは笑いながら「君たち、自分の命の方が大切なんだね。だって、みんな私をおいて逃げて行ってしまったじゃないか。」と言われたのです。
僕はスワミに「だって今来た波はとても大きくてそれはそれは巨大な波でしたよ」と言うと、ババはゆっくりとローブを二三cmめくり上げると。足の周りには大きなダイアモンドが沢山ついているネックレスが有ったのです。ババは「海の神様が私に敬意を表しにやって来て、これを捧げようとしているのに無視出来ないでしょう。君たちは波に飲まれると思って海の神様から逃げようとしたじゃないですか。」と言われたんです。
僕たちは、スワミに許しを乞いました。そのネックレスは知事にプレゼントされましたが、後で大きなダイアモンドがいくつ付いているか数えると、全部で108個も有ったのです。
その後、近くの砂丘の丘に行きました。皆で輪になって座るとババは、今から海をここに呼びましょう、と言われて砂を少し掻き出されました。そこは丘なのになんと水が湧いていたのです。
ババはこの水の味はどうだいと言われたので、少し口に含むと塩辛くて本当に海の水でした。
そして、砂の中からロケットなどいろんな物を出された後、「この場所は何が重要なのか知っている人はいるかい。」と聞かれました。それで、みんなでこの場所はカンヤクマル女神様がお祀りしてあったところで、その女神様の像の鼻には巨大なダイアモンドが付いていて、夜になれば灯台の光ほど眩しく輝き、船が灯台と間違えて座礁して難破したのでその像を取り除くことになったと聞いています。でもその時にその巨大なダイアモンドも無くなったんです。と言うとババはそのダイアモンドを見せてあげようと言って砂の中から取り出されたんです。
それは、本当に巨大で明るく何千ワットの電球にも相当する程の輝きを放っていました。
ある人がそれを私に頂けませんかと頼んだのですが、ババはこれはその当時の王様によって盗まれ、王様が亡くなった後、地面に埋められたのだ。これは、元あるところに戻さねばならないのだ。それが自然の掟なのだ。と言われました。
翌朝、みんなで別の海岸に行きました。スワミはビーチが大好きで長い間、そこで一日中みんなで遊びました。ババは、アラティに使うお盆の上にハンカチをかけられました。そしてそのハンカチを取ると美味しそうなミルク菓子が出て来たのです。
それを皆で分け合って頂いた後、もう一度ハンカチをかけて取ると違う食べ物が出て来ました。
そういう事を何度かしながら神聖な美味しい食べ物を頂いた後、ババは誰か魔法瓶を持っている人はいないかと尋ねられました。
僕は一つ持って来ていて、誰か他の人も持って来ていましたのでスワミに二つ手渡すと、ババは軽く魔法瓶の側面を叩き蓋を開けると熱いコーヒーが満杯入っていたのでした。
それから、しばらくしてサイババさんを車にお乗せして僕はあちこちへお連れする機会が有りましたが、いつも必ずタンクは満タンにして予備のガソリンも常に用意をしておくように言われていました。が、その時はババがどこも行かれないという事だったので満タンにせずプッタパルティに行きました。
ババは満タンにして来たか。今から突然マドラスに行くことになったのだ。と言われました。僕は実は満タンではないのです。と答えるとババは「人生には、何が起こるか分からないんだよ。君はいつもその為の準備をしておかなくてはならないんだ。いつも計画通り事が運ぶとは限らないんだからね。」と注意されました。
その当時、プッタパルティに行く道は大変でした。小さな小川を二十以上も渡らなければならなかったのです。それに水の中には隠れ岩などがあり、そういうものにぶつかると車は簡単に立ち往生してしまいました。
その当時、スワミは緑色のドッジという車になっておられましたが、最後にチットラヴァティ川を渡る時は牛に車を引かせて渡ったものでした。
ババをお乗せして、マドラスに行く途中にあるガソリンスタンドのガソリンは二箇所とも空でした。それで別のところに行こうとしたのですが、道を間違えてしまいガス欠で荒野の真ん中でスワミをお乗せしたまま立ち往生してしまったのです。
スワミは、これからどうするつもりだね。と聞かれましたので、ガソリン輸送トラックが通りかかるのを待つしかないです。と言いました。いや、近くのバス停からバスに乗って街に行き、ガソリンを買って帰って来ますと言って車から出るとババも一緒に出て来られました。
そして、車のガソリンが空で、それを買うところも近くにないんだね。本当にガスケツなのかどうか見てみようと言われてタンクを叩き、キャップを外してタンクの中を覗き込まれました。そして僕にもう一度キーを回してごらん。君のガソリンゲージの見間違いかもしれんよ。と言われたのでもう一度キーを回して見ると何と、満タンになっていたのでした。
それで、僕はスワミにこのゲージは壊れていますね。満タンになっています。と言うと、この車は新車だからそういうことはないよ。キーを回してエンジンをかけてごらん。と言われたのでキーを回すとエンジンがかかったのです。
以前、海岸で魔法瓶を叩いただけでコーヒーが出て来た事が有ったけど、今回は一度タンクを叩かれただけで、ガソリンを満タンにされたんです。
ババは、こういう事はこれっきりだよ。今度から不測の事態にも対処出来るようにいつも準備を怠らないようにしなさいと言われたのでした。
長兄は何の用でやって来たんだ。と聞きました。僕は、この度結婚することになり、日にちも決まったので家の長である長兄にも参列して頂きたいと思いこうしてやって来ました。と言うと、長兄は何を今更抜かしてるんだ。俺がお前の結婚式を裁判所命令でやめさせてるを知った上での言葉か?よし分かった。お前の結婚式をやめさすために、お前とお前のスワミを牢屋にぶち込んでやる。と言ったのです。
僕は、お兄さん、僕たち兄弟のお母さんやお父さんはもうこの世にいません。だからお兄さんが僕にとっての両親なのです。なのに、このような吉祥をお兄さんではなく一体誰に申し伝えればいいのでしょうか。僕は、お兄さんに道理も通らず、ひどいことを頼んでいるんでしょうか。
僕があなたに頼んでいる事は、家の長として僕の結婚式を取り仕切り、参列し祝福して頂きたいだけなんです。それが悪い事なんでしょうか。
お兄さんは、俺はお前が結婚する事に何も反対しているわけではない。俺が選んだ花嫁と結婚すれば盛大な結婚式を俺が執り行ってやる。でもこんな風に俺を怒らせるような真似をすればお前を警察に突き出すぞ。と言ったのです。それで僕は諦めてとぼとぼと家に帰り始めました。スワミ、僕はあなたに対して100%の信仰心を持って今回お兄さんに結婚式の事を告げました。でも結果はこんな酷いことになってしまいました。やはり、お兄さんには結婚式が終わってから伝えた方が良かったのではないでしょうか。と落ち込みながらお兄さんの家のゲートを開けて通りに出ようとすると、突然お兄さんが戻って来いと言って呼び戻されました。
僕は、この上まだひどい事を言われるんではないかと内心ビクビクしながら戻ると、お兄さんは俺はお前にさっき何を言ったのだったかな。と聞かれたんです。
それで先程お兄さんが言った言葉を繰り返すと、そうやったな。確かにそう言った。でも、それは大きな間違いや。お母さんもお父さんも亡くなったので、俺がお前の幸せな結婚を望まないといかんのに、逆に俺はお前の結婚の邪魔をしようとしてあれこれと画策してしまった。
なんで、俺がこんなひどいことをお前にしてしまったのか、さっぱり分からん。と言いながら涙を流し始めたのです。
そして、なぜ、俺がお前の結婚に反対したんだろうか?お前が幸せになることにどうして、邪魔をしようとしたんだろうか?と言って声を詰まらせたのです。
僕は、本当に耳を疑いました。ほんの数分前には結婚式をやめさすと言って、とてもひどい言葉を使って僕を脅していた人が、次の瞬間には愛や情けに満ち溢れたお兄さんになってしまっているのです。何という変わり様なんでしょうか。
僕も涙が出て来て、お兄さんにもう過ぎ去ったことはいいじゃないですか。それより、亡くなったお父さん代わりになって僕の結婚式に出て祝福して下さい。と言いました。
お兄さんは、今から俺は家長として皆の陣頭指揮を取り、お前の結婚式を家族のしきたりに基づいて盛大に執り行う用意をしよう。と言ったのです。
それで直ぐに部下を呼びつけ、お前は弟が結婚式から家に戻って来たら、家のしきたり通りに盛大な披露宴を準備するのだ。と命じました。
その部下は、ボスが弟の結婚式に断固反対しているのを知っていたので、そのボスの変わりようにひっくり返らんばかりに驚いていました。
そして結婚式の為に、なんと七十台もの車が列を組んでプッタパルティに向かったのでした。
もちろんお兄さんもその中にいました。
僕は、花嫁のお父さんと車に乗っていました。義父は、道中、小川を横切ったり狭い道やデコボコの道を通らなければならないので不平を言いました。
自分の住んでいる町の近辺にはたくさんのヨギやスワミがいる。こんな遠くで不便なところに来なくてもスワミなら沢山いるのに。と。
僕は、もちろんそのコメントに対して気分を壊しましたが、長い道中において義父と議論したくなかったので、ただお義父さん、サイババさんは普通のスワミではありませんよ。あなたはまだ彼の事を何も知らないのでそんなことを言えるのです。彼の事をそんな風にすぐ結論づけずに会ってから、コメントを言って下さい。と言いました。
もちろん義父は僕の言ってることに同意していませんが、この結婚式が終わった後、皆で彼が礼拝する神様を祀ってある寺院にすぐ行くぞ、言いました。
というのもそこは、プッタパルティに近いし、そこに行くのが彼の夢だったからでした。
やがて、車列はプッタパルティに着きました。
途中、七十台もの車列と大型バスが村を走り抜けるのを見ていた村人たちは、大変大きな結婚式が執り行うのに違いない。自分たちも参席して食事を頂こうと普段はババの事を快く思っていない村人たちがお互い誘いあってやって来ました。
なんとその数1500人でした。というのもこのような寒村で、いつも質素な食事しかしていない村人たちにとっては、結婚式での豪華な食事は夢のような豪勢な食事だったからです。
ところが、以前にも述べたように食事係の人はたかをくくって、たった三百人分しか用意していませんでした。
ババは台所に入って来られて、こんなに少ししか食事の準備をしていないのか。私が何度も千五百人から千八百人分を用意しておきなさいと言いつけておいたはずだ。
担当の人は震えて泣いていました。ババは仕方が無い、もう人々は席に着きお腹を空かせたまま長い間待っている。これ以上待たすことは出来ないので取り敢えず給餌し始めなさい。と言われました。
すると、何と不思議なことに全ての人々に充分に行き渡るくらい給餌しても、まだその日の夕食の分に回せるほど、残っていたのでした。
ババは花嫁に首飾りをプレゼントしました。そしてその後、花嫁のお父さんにこちらに来る時に車中で花婿と何を話していたのですか?と聞かれたのでお父さんは、すみませんスワミ。そういうつもりで言ったのではなくて…とモゴモゴ言っていると、いやその会話では無く、この後何処かへ行くとか言ってなかったですか?と聞かれたので、はい、私の礼拝している神様の寺院にみんなで行く予定です。と言うと、ババは私がその君の神様をここに呼んでおいたよ。と言われて花嫁の首飾りを見せるとその神様の像が付いていたのでした。
ババは参列した一行に5日ほどここに滞在するように言いました。というのも皆にインタビューを与えれるからです。その一行の中には、家族だけではなく、会社の関係者も多く含まれていましたが全員ババにインタビューをもらって、とても満足して嬉しそうに帰って行きました。その中にはもちろんお兄さんも含まれていました。
ポニョ:それって凄いよな。だって三百人全員インタビューに呼ばれるんやで。
五日間で三百人やから、一人当たりザッと計算すれば10分ぐらいになるな。
ヨシオ:ものすごく恵まれているよな。シルディババの時も会いに来た人は列を作り、ババは順番にインタビューを与えておられたんや。
ポニョ:おいら達のように、1980年代の信者はババの元に行ってもなかなかインタビューに呼んでもらえないので、しびれを切らして帰って行く人が続出していたな。その点、あんたは毎年九月十八日に呼ばれていたしめちゃラッキーやな。
ヨシオ:でも、一度、ババを自分のハートの中に据えてしまったら、インタビューは要らなくなるんや。
ポニョ:ババはインタビューではなく、インナービューを求めなさいと言われてるもんな。でも、やっぱりババと個人的に話がしたいのは人情やで。
ヨシオ:だから先ほども言ったように、ババを友達として心の中に据えるんや。というかババはずっとポニョと友達になりたいな、話しかけて欲しいなと待っておられるんやで。
ポニョ:母親の子宮から生まれてから、この世界でいろんな人に出会って別れ、また出会うけど本当は神さんが生まれる前からいつも一緒にいてくれてはるんやもんな。
ヨシオ:俺は五人の子供を育て上げたけど、一人ひとりの子供にいつもこのように言い聞かせた。お父さんはあんたらの肉体的な親や。だから肉体的に一緒にいる間はこうしていろんな面倒を見れる。でも学校に行ってしまったらお父さんは、あんたらが何をしているのか先生に聞かないと分からない。先生もあんたらの心の中まで分からない。でも、神さんだけはいつもあんたらと一緒で、いつも見守り、導いてくれておられるから、決して神さんの事を忘れたらいかん。心の中の神さんを生涯の親友として話しかけながら人生を送りなさい。
ポニョ:そんな風に小さい時から言い聞かされて育ったらおいらみたいにええ子が出来るやろな。
ヨシオ:おいらみたいには余計や。インタビューの話に戻るけど、ババは俺たちのような肉体的な身体を持っているものだけにインタビューを与えられるんではなくて、目に見えない霊体にもインタビューを与えられるんやで。
ポニョ:それって面白いな。時々、ババが宙に字を書かれるような仕草をされるけど、誰かがババさん一体何をしてるんですか。と聞くと、君たちでは見えない霊たちとコンタクトを取ってる。と言われたことがあるな。
ヨシオ:俺は、アシュラムにいた頃、日本人の団体が次から次に来たことがある。そして、アシュラムにある俺の部屋に詰めかけて来るので話をしたんや。というのもその頃、青やんの本が売れてサイババブームになっていて、ババの事を知ったばかりの人ばかりやったのでババの話に飢えてたんやろな。そういや、当人の青やんも来てたな。
ポニョ:あの頃、日本語の本もそんなに無かったしな。
ヨシオ:そこで俺がいつも話したことは、あんた達がここに来てババのダルシャンを得たということは、あんたの身体だけがダルシャンに出ているんではなく、あんたたちの身体の上に何百というあんた達を見守ってくれて導いてくれている守護霊やら、家族の霊が一緒に付いて来てダルシャンを受けてるんやで。
ババから見たらあんたらの背中の上に一人ひとりの帰依者の上にたくさんの霊が積み重なって手を合わせているのが見えるんやで。と言ったんや。
というのも、俺の友達でマレーシアから来た医者がいてババの話を聞いて是非インドに行って、ババに会いたいと思うようになったんや。それで行く用意をしようとすると、最近亡くなったその人のお母さんが夢に出てきて、息子よ。ババはお前が考えているようなお方ではないのだよ。もっともっと上の方から降りて来ておられる方なんやで。今のお前では例えババ様に会っても、あの方のほんの少しの栄光しか垣間見れないであろう。そしてお前はあの方を誤解し失望したりしてしてしまうであろう。お前には、まだ早い。もう少しあの方の言っておられることをしっかり学んでから行きなさい。と言われたんや。
面白いのは、そのお母さんは亡くなるまで敬虔な仏教徒で、ババのことは全然知らなかったんや。なのにババについて、彼はとてつもなく高いところから来られているお方と形容されていることや。
ポニョ:という事は、この世でババの事を知らなくてババと縁がない人でも、あの世に行くとババの栄光が見れて、ババのことを知る事が出来るってことやねんな。
ヨシオ:だって、お母さんが信仰していた仏様も実はババやからな。
ババが何度も行っておられるけど、俺たちはこの肉体の身体じゃないんや。だから肉体的にババに会うという事はとても大切なことやけど、それ以上に大切な事はババを神様を心の中に据えるってことやねん。
俺は昔、瞑想を始めた時にババに抱きつきババの中に溶け込んで、ババと一体になるイメージを浮かべるようにした事がある。そして、ババと一体になった後、愛という光そのものになりそれが世界中、いや宇宙全部を包んでしまうイメージを創るんや。
その日の夜、ババが夢に出てきてこう言われた。素晴らしい瞑想の方法や。それをもっと続けなさいと。
ババが一旦心の中に据えることが出来ると、毎日の生活が神聖化されて行く。何か悪い有害な写真や絵が見えても、何やこの映像は!ババどう思う?ひどいな。こんなに人類が落ちぶれてしまってるんや。
そうやな。ラーマの時とえらい違いや。今の時代にシータのような女性は見つからんやろ。とかいう会話をババとするんや。
そういうふうに毎日ババと話しながら生活していたら、絶対に間違った道に足を踏み入れなくなる。
ポニョ:それって、大切やな。今、ババは一時的にあの世に引っ込んでおられてこの世にその肉体は無いけど、また戻って来られたら世界中がババ一色になる。それでゴールデンエイジが始まるとババは仰っているけれど、そのババも96才で今度は本当にいなくなる。次はプレマサイまで待たなければならない。だからそれまでに自分の中に神様を据えるようにしたいな。そうしたらババがいなくても寂しくなくなるもんな。
ヨシオ:今のこのカリユガの悪が猛威を振るっている時に、自分の霊性修行だけしていても、世界中で人々がポニョが教えてくれたように、アルミが混入してる塩を食べさせられたり、毒の入っているワクチンを接種されたり、遺伝子操作で作られた食べ物に含まれている毒を食べさせられたり、アスパルテームのようなダイエットコークに腐る程入っている脳が溶けるような毒を飲まされたり、罪のない動物たちが殺されて食されている時に決して至福の気持ちにはなれない。
世界中の生き物や人々が皆、幸せにならないと自分だけ神を体験して至福を味わうなんて利己的やと思う。
もちろん神の方を向いて生きて行けば世界は小さくなって行く。でもその大元の神が世界が酷い状態なので、ダルマの世界を再び打ち立てるために来られているんや。自分達もその一翼を担うようにしなければならないと思って、俺たちは記事を書き始めたんやったな。
ポニョ:だから、もう一度ババがサッチャサイババで来られてダルマを世界中で復興されてから本当のサーダナつまり霊性修行に励めるってことーダナ。
インタビューの話がえらく飛躍してしまったな。でもこれは大切な事や。ところであの例のアシュラムの近くにある、星やんが柿をババからもらった願望成就の木の近くに洞窟があるって言ってたよな。
ヨシオ:そうそう。今は危険やから多分塞いでしまっているんやろうけど、少し割れ目があってそこを降りて行くと大きな部屋みたいな洞窟がある。そこに小さな机とその上にインク壺とバガヴァッドギーターというクリシュナの時代の聖典が置いてあるんや。
ポニョ:その洞窟の中でババは、高級霊たちと地球や人類の運命について話し合ったと言っておられたな。
ヨシオ:つまり、霊たちにインタビューを与えておられたんやな。以前も記事にしたけど、ババの部屋に光り輝く七人の仙人たちがやって来てババと輪になって長い間話されているのを目撃されたことがあるな。まあ俺達には理解出来ない世界やな。
実はムーンロカという月にある地球の引力から離れたところに、もう地上のカルマから自由になった魂が住んでいる世界があるんや。
そこの住人は、地上のカルマから自由になったとは言え、地球に住んでいるもの達へ大きな愛を持っているんや。それで本当は生まれ変わらなくてもいいんだけど、人類や生き物の為にグルとなったり、先生となったり、政治家や哲学者、科学者や芸術家になったりして俺たちの為に生まれ変わってくれてるんやで。
ポニョ:それじゃ、今まで歴史に名を残している偉人や聖人と言われている人は、ムーンロカから来ていたんやな。そうか。ムーンから来てたのか。ロッカから来てるのかと不思議やったけどそうやったんや。
ヨシオ:どこから、がロッカからになるって苦しいよな。ポニョしか分からんな今のダジャレは。それで、その高級霊達は地球でのミッションが終わった後、今度は完全にババと一体になってもう帰って来ないと言ってられたな。
ポニョ:ガンジーもそうだ。と講話で言われてたな。彼が暗殺される時、ババは部屋から出てきたり入ったりウロウロされて謎めいた行為をされていたな。それも、やはりガンジーが暗殺されるのでいろんな霊がババのところに来てたんやろな。
ヨシオ:本当に魑魅魍魎の世界やな。俺たちが住んでる世界は。面白いな。というわけで結婚出来なかった男の話の続きです。
ポニョ:もう結婚出来たやんか。でも、良かったよな。ババは人の心を普段変えない。と言っておられたけど、変えられることもあるんやな。初めて聞いたぜよ。
ヨシオ:帰依者の為にならどんな事でもされるんやな。
ババも自分の神の力を御自分の為に使われないといっておられるんやけど、そうすることが人々の為であるんやったら、それを使われることもある。面白いのは、自分の言った言葉を守るために他の人を使って自分の身体を癒されたことがある。
ポニョ:具体的にはどういうことやったんや。
ヨシオ:ババが毒蛇に噛まれたときに、カスツーリさんにちょっと手をクルクル回してくれるかと言われて、カスツーリさんが言われた通りにクルクル回すとカスツーリさんの手からヴィブティが物質化して出てきたんや。それを食べられて治ったことがある。
ポニョ:なんや、それって御自分でやってるのんと一緒やんか。おもろいなでも。
ヨシオ:また別のケースでは御自分で癒されたこともある。それは、マンディール(礼拝堂)の工事中にババが高いところで、工事人に指示を与えておられたんやけど、足を滑らせて落下し頭を打たれるという大怪我をされたんや。
皆が駆け寄り大丈夫ですかと言ったんやけど、皆に身体を担がせて自分の部屋に戻られたんや。そして誰も部屋に入ってはいけないと言われてしばらくの間、戸を閉められて部屋に閉じこもられた事がある。
そしてしばらくしてから部屋から出て来られたんやけど、もう普通のババになっていて頭の傷も、もうすでに半年も経っている傷跡のようになって治っていたんや。
ポニョ:でも、今紹介させてもらっているチッダムバラムさんは本当に祝福されているよな。前世はシルディババの帰依者やったんや。あんたもそうやったな。あんたのお母さんもシルディババに料理を作って捧げたことがあるって言ってたな。
ヨシオ:その話をすると長くなるのでやめとくけど、俺は前世はババにとても近いとこにいたので、この生は肉体的にはババから遠く離れた所でも良いので、ババのお仕事をさせて下さいと頼んだんや。その代わりそれが終わったらあなたのところに行きたいって。
ポニョ:それで、ババはよろしいと言って約束してくれたんやな。
ヨシオ:俺は別にババが肉体的から離れてこの世におられないから寂しくて、サイババさんがまた戻って来るよと言ってるわけではないんや。
そうではなくて、ババが俺たちに約束された事がまだ成就されてないので戻って来られるよ。ババは絶対嘘をつきませんよ。彼は真理の化身です。真実そのものの神さんですよ。と言いたいんや。ババは、今このような状況をわざと作り出し、帰依者や世界の反応を見て喜んでおられるんや。
俺たちがどれくらいババの事を信仰しているか、ババの言葉をどれくらいリスペクトしているかテストをされているんや。
ポニョ:今、ババが肉体から離れられて、ババは自分たちの心の中にいるからどうして帰って来るなんて望んだり、言ったりするんや。ババがあんたの心の中にいないからそんな事を言うんや。ババは今、目には見えない宇宙に偏在する神となって私たちの為に働いておられるのが分からんのか?という人もいるけど、そういう人こそババの事を本当に分かっていないって丸分かりやもんな。
ヨシオ:人は人。俺たちはババが帰って来ますよ、と発信するだけで人がどう言おうが関係ない。批判もしたらいかん。その人を批判して人差し指をその人に向ければ残りの三本は自分の方を向いとる。とババも言っておられるしな。というわけで今度は本当にチッダムバラムさんの話に戻ります。
この方はお兄さんと大きなビジネスをされていて、スリランカにも事業を展開されているんや。それで、お兄さんも結婚式以来、サイババさんを自分のスワミと認められていて、事あるごとにサイババさんにいろんなアドバイスをもらわれるんや。
それで、今回もスリランカに行く前にアシュラムまでわざわざ行ってババに許可をもらったんやけど、家に帰ってからババが夢に現れて行ってはいけないと言われたんや。
それで、弟のチッダムバラムさんが一体どっちやねんということで、もう一度ババに聞きに行かれたんや。
ババは、実は事情が変わった。スリランカで雇っている運転手が支店長から解雇を言い渡されて逆上し、その理由を支店長から聞くと君のお兄さんである社長からの通達だからという嘘を言ったので、お兄さんが行くとその運転手がお兄さんを殺すつもりだから行かない方が良いのだ。と言われた。
でも、君ならお兄さんの代わりに行ってもいいよ。と言ってヴィブティを物質化して口に入れてくれました。
そして、何も悪い事は起こらないから、私の言葉を信じて行くのです。と言われたのです。
ここからチッダムバラムさんに語ってもらいましょう。
スリランカに着きホテルに投宿すると、朝方、運転手が三人のギャング達を連れて僕を殺しに来たのです。そして、散々悪態をついたので、本当の話をしましたが聞きいられず兄の替わりにお前を殺すぞと言ったので、僕のマスターであるババに二分間だけお祈りさせて下さいと頼んだんです。そして、その運転手と悪党の前でババに最後のお祈りを始めました。ババに話が全然違うじゃないですか?あなたを信じてスリランカに来たのに殺されようとしているではないですか。と言って泣きながらお祈りを始めました。
すると、涙が僕の足を濡らし始めました。そっと目を開けるとなんと運転手が泣きながら僕の足にひれ伏しているではないですか。
そして、運転手は俺は何ということをしでかしているんだろう。今まであなた方兄弟に雇っていただいて、しかも給料もボーナスもたっぷり頂いていて、あなた様を本当はお守りせねばならない立場であるのに、逆にこんなふうにしてあなたをひどい目に合わせようとしてる。俺をぶってください。気が済むまで殴って下さいと言って泣いていたのです。僕は頭がクラクラして一体何が起こったのか分かりませんでしたが、運転手にもういいよ。過去は忘れよう。と言いました。するとあなたのグルであるサイババさんが私をこんな風に変えさせてくださったのです。本当に悪いのは支店長です。あいつが嘘をついてあなた方兄弟をひどい立場に追い込み、自分は何処かに逃げてしまったのです。あいつこそコテンパンにやっつけなければなりません。と言いました。そして、俺はあなた様をこれからずっとお守りします。と言いました。後ろでそれを聞いていたギャング達は目を白黒して一体何が起こったのか理解出来ない様子でしたが、僕を尊敬の目で見てくれていました。
運転手が帰った後、支店長がそっと様子を伺いに窓の隙間から覗いているのが見えました。そして、驚いた様子であなた様はまだ生きておられるのですか。と尋ねたので、生きてて悪かったな。と言うとちょうどそこに帰ったはずの運転手が戻って来たのです。
そして、この野郎!お前がチッダムバラムさんを陥れたんじゃねーかと言って殴りかかろうとしましたが皆に止められました。
スリランカに9日間滞在しましたが、その運転手は僕の汚れ物の洗濯までしてくれて一から十まで面倒を見てくれたのです。
インドに戻りババのところに挨拶に行きました。ババは何も知らないふりをされて、スリランカはどうだった?と聞かれました。
僕は、あなたの神聖さとその力に驚くばかりでした。と答えると大笑いされていました。
ポニョ:神様の神聖な力ってすごいよな。全てをコントロールされるっていつも口では言ってるけど、こんなにもすごいパワーなんや。
ヨシオ:ババはこのチッダムバラムさんにこんな事を言われたことがある。
人があなたを襲って刺そうとしてくる、その人はあなたのカルマによってそうしようとしているのです。
あなたはその攻撃を避けることができるかもしれませんが、カルマの結果を永遠に逃れることはできません。本来は逃れる手段はないのです。
けれども、もしあなたを襲って刺そうとしてくる相手の中にスワミを見てその人にナマスカール(足に触れて敬意を表する)をするなら危険は過ぎ去って確実にカルマそのものがキャンセルされます。
ポニョ:ヘェ〜。それって面白いよな。この世には何も偶然は無いって事やな。なるべくしてなるカルマの法則か。面白い世界や。眉間にシワを寄せていろんな事を考えたり、心配したりすることがアホみたいに思えてくるよな。
ヨシオ:それではこの辺で、このチッダムバラムさんの話を終わりますが、最後に幾つか最近のエピソードをチッダムバラムの言葉で紹介します。
サイババさんは以前僕にこう言われた事がありました。
私は、お前に何が起ころうと、とことん守ってあげよう。そしていつ、どのように何をすればいいのかを教えよう。
当初、スワミにお会いした頃に、サイババが神だなんて受け入れるのを躊躇していました。でも徐々にババは全てをご存知であると理解出来て来て、全てを彼の意思に従って生きて行こうと思うようになり始めたのです。
というのも、彼が何をしようとそれは自分の為に良かれと思ってベストの事をして頂いていると分かって来たからなのでした。
以前は、サイババさんが言われたことをいろいろと分析したりして飲み込めないし、受け入れられない事も有ったのですが、今では立てと言われれば無条件に立つし、座れと言われれば座るようになりました。
また、最近では全てにババが宿っておられると感じるようになって来ました。
その事はババは何度も言っておられるんですが、この世に生活して囚われてしまうと往々にして忘れてしまいますよね。だから、毎日の生活の中で出来るだけ外の世界の事より、内に深く沈潜して神の事を思うようにしているんです。
ここで、僕がスワミをお乗せして車を運転している時に、サイババさんが他の人と話されている内容を皆さんに少し紹介したいと思います。
☻あなたは動物を殺してはいけないとおっしゃっているけれど、例えばコブラが噛みつきに来たらどうしますか?
サイババ:もし、君がコブラに噛まれるって思ったら殺しても良いけれど、でも全ての中に神はいるんだ。だからスワミがコブラの中にいると思ったら殺してはいけない。
☻でも、コブラは噛みつきますよ。
サイババ:もし君が、サイババがそのコブラの中にいるって事を信じるならば、コブラは噛みつかないのです。
僕の子供も大きくなり結婚の話まで出て来ました。でも、息子が自分で選んだ結婚話に、僕は反対だったのです。
でも息子は親のいう事を聞かなかったので、僕は腹が立って二年間息子と口も交わしていないのです。
そんな時、ババがホワイトフィールドにおられると聞いてお会いしに行きました。後で聞いたんですが、その時、偶然息子も来ていたようです。
そして、アシュラムではちょうどバジャンをしているところで、大勢の帰依者たちは歌っていました。
すると、突然バジャンの歌声が止まり、ババがマイクを握って何かを話そうとされていました。
バジャンを止めてまで何かを話されるってとても珍しいのでしっかり耳を傾けて聞いていました。
ババは、このような事を話し始められたのです。
人は表面上良い子ぶって自分はサイの帰依者だと思っている。
そして、私は何も気付いていないとでも思い込んでいる。
彼らは、私が全てを知っていることを知らないようだ。
そのような帰依者は、自分の家庭内において自分の子供たちと、どのようにすれば平安に暮らせるのかも知らない。
そのような者は、どのように(人生を)調整しながら生きて行く様を全く分かっていないのだ。
と言われたのです。
その者とは僕の事だったんです。それがすぐに分かりました。僕は、スワミの言葉に打ちのめされました。スワミは続けてこのように言われたのです。
人生において、いろんな事が起こるけれど、それは全てカルマの法則に基づいて起こるのだ。
だから、誰もそれが正しいとか間違っているとか言えないのだ。
真の帰依者は自分の家庭に調和をもたらすことに全力を尽くさなければならないのだ。と言われて立ち去られたのでした。
僕はとてもショックでした。その後サイババさんは人を介して、息子さんに話しかけてあげなさいね。というメッセージをくれたんです。
ポニョ:優しいね。サイババさんは…。やっぱり愛の化身や。涙が出てきたぜよ。
ヨシオ:俺の最初のインタビューで、ババは俺にもメッセージをくれたんや。
俺の方を見ながら、神様は愛そのものなんだよ。愛の中に浸って生きて行くんだよって…。
ポニョ:いくら自分の心の中におられる神さんの声を聞こうとして耳を澄ましても、聞こえてこない事があるな。
ヨシオ:神さんの声を誰でもそんな簡単に聞けるというわけではないんや。
昔から、今年は雨がよく降るでしょうか?とか、豊作でしょうか?とかいろんな事をそういう神のお告げとか、霊の囁きを聞ける巫女さんなどを通じてメッセージをを得ることが出来たんや。
ポニョ:そういや、学校で卑弥呼が未来の出来事を占うのに亀の甲羅を火にあぶり、乾燥して出来たひび割れのパターンを読んでいろんな事を占ったという話を日本史の先生がしていたな。
実は日本史の授業で覚えているのはそれだけやねん。
ヨシオ:古代史って面白いもんな。ババは人類の歴史は君たちが思っているよりずっと古いし、もっとアドバンスのテクノロジーを持っていたと言っておられる。
ポニョ:そういや、ヒラニヤカシプは地球の自転の速度を変えたり、地軸の角度を変えたり、北極星まで旅をしたりしたんやろ。
ババはバガバッドバヒニの中で、各ユガ期は大洪水によって終わる、と言ってられるから古代の超文明も大津波で押し流されて今では跡形も残っていないんやろな。
ヨシオ:でも、オーパーツと呼ばれる古代の超文明の遺物が世界中から掘り出されている。
ポニョ:オーパーツって今の科学では説明出来ないような機械の一部やら、クリスタルの頭蓋骨やら高度な科学技術を持った掘り出した物やろ。
ヨシオ:実際、俺たちが今住んでいる地球には何度も何度も高度な文明が栄え滅んで行った痕跡が世界各地にあるんや。だって、人類の歴史は四つのユガ期が順番に回ってやってくるんやけど、今俺たちの生まれたカリユガ期の前にもたくさんのユガ期があったんや。
ポニョ:つまり、今までたくさんカリユガ期のような時代を人類は経て来ているって言いたいんやろ。世界中にそういう巨石文明とかあるもんな。どうやってあんな大きい岩を切り出して巨大な構築物を造ったんやろな。
ヨシオ:特に俺が面白いと思ったんは、南米にある岩をくりぬいた用水路やねん。その用水路は巨大な岩の中を直角に二回も曲がってるんや。どのようにしてそんな大きな岩の中の岩をくり抜けるのか現代の技術を使っても不可能なんや。だってその用水路は人が入れるような大きさではないんやで。
ポニョ:不思議な事があるんやな。そういやヴィジャヤクマーリさんがバトラナードゥ寺院にババと行かれた時、ババが昔は人は空を自由に飛んでこの寺院に行き来していた、と言われた事があるけどナスカの地上絵なんかも空から見ないと描けないやろ、あんな大きな何十kmもある絵なんて。だから、昔は人が空を飛んでいたんやなって分かるよな。
ヨシオ:それって、ババが再降臨された時にされるパフォーマンスやな。昔は普通にそういう事が出来てたんやな。
ポニョ:今でもそういうことが出来る人って実はいるんやろな。だって、以前記事にして紹介したけどあんたの家に居候していた先生が、リシュケシュの湖の真ん中で神への賛歌を十メートルぐらい空中に浮かびながら歌っていたって言ってたな。
ヨシオ:そういうふうに、神を思う気持ち、想念の力が物質で出来ている肉体を空中へ浮かばせる力になるんやろうな。
ポニョ:昔、ババに神聖な力が入って行く時にもババもよく宙に浮かんでおられたな。
ヨシオ:ああ、そういうエピソードが幾つかあったよな。座っておられた木の板ごと宙に浮かんでおられた時もあったな。
ポニョ:そうそう、ラマナマハリシが亡くなった時も宙に浮かび御足からバケツ一杯分のヴィブティを出されたエピソードも有ったよな。
ヨシオ:大元の神であるサイババさんがこの世に降臨される前に、露払いをする為にいろんな高級霊や天使たちが事前にこの世界に生まれ変わって来ていて、色々とお仕事をされていたんや。
そして、これからもそういうアドバンスソウルと言われる魂が、ゴールデンエイジを迎えたら世界中の人々をアヴァターの手足となって導いて行くんやろな。
それで、ババが来られる前と言っても百年以上も前やけど世界中でそのような高級霊や聖者がやって来ていろんな素晴らしいメッセージを、人類に伝えたり空中浮揚やテレパシー物品移動などのパフォーマンスをしたんや。
当時、世界中にスピリチュアルブームを巻き起こしたんや。
ポニョ:おいらも写真を見たことがあるけど、真っ赤に焼けた石炭を頭の上に乗せたり、満員の講演会場で人々の間を空中浮揚して飛び回ったり、舞台の上で一メートルもある刀を身体を突き刺したり、身体を刀が突き抜いてもあのおっさん死ななかったで。レントゲンでもちゃんと刀が写ってたもんな。
ヨシオ:そういうパフォーマンスやら、シルバーバーチや日月神示、お筆書きのような霊能力者や霊媒を介したメッセージも盛んやったな。
ポニョ:いろんな、いわゆる霊能力者と言われる人がたくさん世界中に生まれ変わって、来るべき大元の神さんの御降臨に準備をされているんやな。
ヨシオ:そういう霊能力者によるパフォーマンスや霊界通信のようなメッセージで、いろんな人が霊的に目覚めて霊的な啓蒙活動を始められたな。
そういうのがあるのと無いのとでは全然違うよな。霊的叡智の満ち溢れたババのメッセージを初めて聞いた時に、受け入れ方が早いし良く分かるよな。
ポニョ:以前、神への道は大きな神さんが創られた山を登る登山みたいなもんや。一歩一歩が霊的修行や、なんて記事を載せたよな。だから、そういう露払いに来られた高級霊たちの言葉に耳を傾けて霊的世界に入って行った人はその山登りの五合目ぐらいまで登ることが出来るもんな。
ヨシオ:シルバーバーチのメッセージを研究していた友達がいて、シルバーバーチは大元の神さんへと導く役割をしていたと言っていたな。だから、Silver Birchって白樺の木のことやけど、略してSBつまりSaiBabaのSBと同じや。と気付いて今はサイババさんの帰依者になってられるんや。
蛇足やけど彼はいろんな霊媒師が霊界にいる偉人の名を使って私はニュートンです。とかソクラテスですとか言っている霊媒は注意しなくてはいけない。と言ってたな。内容で勝負するのが本当の霊媒師らしい。
ポニョ:でも、ババは降霊会のようなものに出て自らを神のように振る舞うのは、レベルの低い霊が悪さをしてるから関わらない方が良いと言われているよな。
ヨシオ:そうやったな。人が死ねば肉体から離れて霊界に旅経つけど、この世に束縛を持っているものは、まだこの地上でウロウロしとるからな。それに、そういう連中は肉体の束縛を離れたので、一段階だけ人間より高いレベルにいるので、いろんな人が出来ないことが出来たり、見えないものが見えたりするんや。だから人から見たら神のように振る舞えるんや。
ポニョ:でも、ムーンロカのような高いレベルの霊界に旅立った者も生まれ変わってきたり、人類のために働いたりされているんやろ。
ヨシオ:ババジのようなヨギは何百年も生きて、時々自分の肉体を物質化して人の前に姿を現す聖者もいるし、霊たちの人類への働きかけは数え切れないほどあるよな。
ポニョ:そういうヨギや聖者の霊的な教えを学んでいる人って、ババの教えに接しても理解しやすいやろな。
ヨシオ:逆に事前に、そういう霊的な知識を持たずババを神の化身と認めてその霊的な山登りをしている人は、俺はヘリコプター登山って言うんやけど、一気に七合目まで登れるので、ちょっと酸素が薄い分、酸素切れになって少しお休みする人がいてるな。ババの教えはとてもレベルが高いからな。
ポニョ:もちろん、ヴィジャヤクマーリさんのように前世では神に近かった人は、すぐにババの事を神の化身って認められてたな。逆にあんたが言ってるように、これも記事にしたけどババがインタビューを与えたシンガポール人の人にあんたはまだここに来るのが早すぎる。もうちょっと世俗的な欲望を満たしてから来なさいなんて言われて、現金をプレゼントされていたな。
ヨシオ:人の身体だけみると、みんな目があり、手があってそんなに違いは無いけれど、霊的な目で見るとえらい違いやもんな。動物に近い人がいっぱいいてる。星やんはそれをいつも言ってたな。
ポニョ:うわ〜なんやこの人、まるっきりアニマルや!なんて大袈裟やったな。
ヨシオ:俺もいろんなサイの帰依者の人を見てきたけど、あんなに繊細で傷付きやすくて、ババに対して愛がいっぱい持ってる奴っていないで。
ポニョ:とにかく、ババ以外の話にはあまり興味がなかったな。もちろんおいら達に合わしていろんな話もするけれど、すぐにババの話に話題が戻ってたな。
ヨシオ:この世界で生きて行くのはあいつは無理や。日本のサイの組織でもっとしっかり頑張って欲しかったけど早く逝ってしまったな。
ポニョ:あいつがいてたら日本のサイセンターの人達も、すごいババの話が聞けたのにな。惜しいことをした。でもプレマサイの時代にマイソールで生まれるってババから言われてるし、次に生まれた時はこんなややこしいグローバルエリートが跋扈して嘘いっぱい垂れ流している世の中ではなく、真理、ダルマが世界を支配している世界やからあいつにはピッタリや。
ヨシオ:まだ覚えてるわ。あいつの口癖。こんなひどいことが世の中に起こっているけど、それもババがお許しになられているんですよね、みたいな事ばっかり言ってたな。
ポニョ:またこんなこともよく言ってたで。地球の女神様が悲しんで泣いているのが皆さん分からないんでしょうかね。仏様は毎日泣いておられますよ、なんて言ってたな。
ヨシオ:あいつにはこのカリユガの悪が一番ひどい世界では耐え切れんかったやろな。俺は、あいつが喜びそうなバジャンを作ってやったことがある。だってあいつ、いつもバガワーン ババ〜のバジャンしか歌わんかったやろ。もちろんメチャ思いがこもってたけどな。
それは、こんなバジャンやった。これを歌ってあいつ泣いてくれたんやで。
ポニョ:神さんの事やったらいつも泣いてるやんか。星やんは。
ヨシオ:そうやったな。まあ黙って聞けや。
良心のささやきが聞こえますか〜?
御仏の心の痛み分かりますか〜?
物質文明花盛り
カリユガの悪のその中で
真理の叡智を求めて
私は御仏求めます
波阿弥陀仏唱えます
(サイナータバガワーンの曲で)
ポニョ:星やんが好きそうな歌詞やな。それにひきかえ、インドに行って帰って来た時は生き生きしてたよな。朝まで喋ってもまだ元気やったで。三日間続けて徹夜したこともあったな。
ヨシオ:それでだんだん寝不足で霊体が体から離れそうになって、いろんな魑魅魍魎の世界が見え始めるんや。ヨギみたいなやっちゃ。俺は、オーストラリアにいるからそんなにあいつと会う機会は無かったけど、心の中では俺の心の一番深いところまで降りてきて会話できた奴やったな。
ポニョ:ババからもあんなに祝福してもらってるもんな。直接手紙をもらったり、あいつのババの写真からヴィブティが出過ぎて額のガラスがバジャンの最中に割れた事もあったな。
ヨシオ:ババもあいつのおかげで四六時中一緒に付き合わないかんかったから、大変やったやろな。いつも、ババと話しをしてたで。
ポニョ:ババを自分の中に持っていたな。そんなふうにおいらもなりたいな。
ヨシオ:あいつにはババがいつもいるから、霊媒やらサイキックな人やら巫女さんのような人は必要なかったな。
ネパールに行くと雨が止み、空が澄み渡った後、虹が二重にも三重にもできる時がある。日本でも空気がきれいな時、二重の虹ができるよな。
その二重の虹が出来た時に人々は寺院へ押しかけるんや。するとそこには若い少女の巫女さんがいて霊が取り憑いて霊媒になり、人々にいろんな助言をするんや。
ポニョ:ほう。面白いな。二重の虹が出る時でないといかんのけ?
ヨシオ:空気がきれいな時でないと二重の虹が出ないやろ。そんな特に霊媒になるんやろうな。
それで、人にあなたの盗難物は今、そこのバザールのどの店で売られているとか、息子や娘の結婚相手の相談やらをやってくれるんや。
ポニョ:星やんも、そういう事出来てたで。
ヨシオ:あいつは、あなたには変な霊が憑依してるとかというパターンが多かったな。
星占いやら手相を見るのが好きやったな。
ポニョ:あいつの前世は完全なブラミンやで。だって、全然結婚願望もないし禁欲生活なんて普通に出来てたからな。ネットでは性文化が蔓延っていて、目があんたみたいにギラギラしている人がたくさんウロウロしているような世の中で禁欲って難しいやろな。
ヨシオ:あんたみたいには余計やろ。ということで、初めの話題に戻るけど心の中の神さんの囁きを聞くにはどうすればええんやろなっていう話しや。
ポニョ:それがメインの話やったな。忘れてた。
ヨシオ:ババは、このカリユガでは神の御名を唱えるのが一番有効な霊性修行やと言っておられる。というのもポニョの周りを見まわしてみ。ひどい災害や事件ばっかり起こっているやろ。
テレビで放映されてるニュースも嘘だらけや。だから、誰でもそういう非真理に影響を受けるから神の御名を唱えないかんねん。
ポニョ:神の御名は真理そのものやもんな。でも、一日中サイラムって言うのんは難しいで。おいらやってみたけど一時間が限度やな。
ヨシオ:だから、以前俺が言ったように、クリシュナダスさんのような神の御名を何度も唱えているような曲を朝一番に何回か聞くと、それが耳に一日中残るから良いよって言ったやろ。
ポニョ:おおそうやったな。そんな事あったな。ずっと昔の事やから忘れてたぜよ。
ヨシオ:あのな、簡単に忘れんなよ。でも、もしそれが難しいのならババはカルマヨガをしなさいと言ってられる。
ポニョ:カルマヨガってバガバッドギータの第二章やったかな。確か三章もそんな事書いてたな。
やるだけやって行為の結果を神様にお預けしなさいっていうヨガやろ。
ヨシオ:まあそういうことやけど、だからと言って何をやってもええって言う訳ではないんや。自分の良心に基づいてダルマをせなあかんねん。それも、以前チッダムバラムさんの話にあったように、常に注意深くどんな状況になってもそれに対処出来るように、物事を進めていかなあかんねん。
ポニョ:ああ、結婚話を兄貴から反対されていた人やな。ガス欠になった時にババにそのような事を言われて叱られてたな。
ヨシオ:それに、そういうふうにやっても過去生のカルマで全く思い通りの結果にならない場合があるやろ
。だから結果については、もう行為をした後は忘れることや。だって自分が蒔いた種が回り回ってまた自分に戻って来ているだけなんや。それが、良い結果であればハッピーに受け入れたらええけど、悪い結果でもそれをハッピーで受け入れなければならないんや。
それを、自分の思い通りにならないからと言って、コネを使ったり賄賂を使ったり、ひどい場合にはヤーさんを使って脅したりして自分の欲望を人は叶えようとするやろ。それがまた新しい悪いカルマを作ってしまうんや。
ポニョ:自分の欲望を人に迷惑をかけながらゴリ押ししてやる人がいるよな。
ヨシオ:だから俺が言いたいのは、神様を友達として普段からどんな小さな事でも心の中の神さんに尋ねたらええねんけど、神さんは俺たちが自分の英知を使ってどれだけ上手くやれるか見たいんや。だから、いちいち全ての質問に答えてくれないんや。
ポニョ:神さんに質問しても、答えてくれないけど優しく見守ってくれてはるんやな。ババは御講話で二羽の鳥がいる。一羽は食べ物を探したり、さえずったりして毎日忙しくしている。
もう一羽の鳥はいつも一緒にいて相棒を黙って見守っているって。それで、いつも見ている方の鳥が実は本当の自分なんやて。
ヨシオ:プッタパルティのアシュラムで外国から来ている帰依者の為に週に一回、EHVホールで講話をされていた俺の知り合いがいるんやけど、何をするにも、どこへ行くのにも肉体をとっているババの許可を得てからしかされないんや。
ババは、お前がお腹が空いた時には、私の許可を取らずに食べるのにどうしていちいち小さい事を私に聞きに来て、私の邪魔をするのだ。自分の頭があるやろ、と言ってと叱られていたな。
ポニョ:要するに自分の心の中のババに聞けばええんやろ。肉体のババは一人だけやけど、心のババは全ての人の中におられるもんな。
ヨシオ:でも、心の中のババに聞いても何も言ってくれない時の方が多い。どうしても答えを聞きたいときは声に出して頼むんや。そして、そのあと半時間ほど心の中でお願いした後、もう一度自分が知りたい事を精査してみると自然に答えが浮かんで来るんや。それが神さんのささやきやねん。
“人々は、公園や海岸のベンチに静かに座っている時に、良心のささやきに耳を貸さないために非常に価値のあるものを失っています。彼らは、一人きりになるのを恐れ、静寂でいることを何か忌まわしい物のように見なして避けています。しかし、自分自身の真理を見つけるのに一人で静寂にしている時にのみそれが可能なのです。”
“想念は、正しいことも間違っていることもあるでしょうが、直感の促しは真理以外の何ものでもありません。想念はほとんどの場合、感覚的で世俗的な性質を持っています。一方、直感は内なる声、つまり良心のささやきであり、神聖なるものです。”
“真理は純粋で汚れのない心から、良心のささやきとして聞こえて来るのです。”
“人間の内面には良心というものがあり、つねに正しいアドバイスをささやき、正しくない行動を止めようとします。人間はこの良心の声をほとんど黙らせてきましたが、それは神の声であり、その声を黙らせることはできません。”
ポニョ:でも普段の生活で、三十分もかけていちいち神さんに聞いてたら日が暮れてしまうよな。
ヨシオ:だから、さっき言ったカルマヨガをすればええんや。自分の良心に基づいて行為をし、ダルマの道を踏み外さないように、注意深く結論を出して一歩一歩人生を歩んで行くんや。
そうすることによってどんな結果が待ち受けていても、それがどんなに耐え難い結果で有っても、それを神さんからの贈り物やと思って有難く幸せな気持ちで受け入れるんや。
ポニョ:それが、カルマヨガか。酷い結果やったら受け入れるのんて難しいやろな。
ヨシオ:でもババは、一度私の帰依者になればあなたが耐え切れられないぐらいの試練は、神は与えませんから心配しなさんな。と言っておられる。
ポニョ:それやったらええけどな。でもさっきも言ったように大きな過去生からのカルマを持っていた場合はどうなるんや。ひどい結果が待ってるんと違うんか?
ヨシオ:その場合は、有効期限が切れた薬みたいに、薬を飲んでもそれを飲んだ本人は気が付かないようにして、その人のカルマを返すことを神の恩寵でやってくれるんやて。
ポニョ:それって最高やないの。大元の神であるサイババさんやからこそ、そんな凄い約束が出来るんやな。なんか嬉しくなってきたぜよ。
ヨシオ:と言ってもポニョは大したカルマを持っていないけどな。ポニョはどこから見ても善人の塊やないの。
ポニョ:そうかな。まあ海千山千のあんたと違うことだけは確かやな。
ヨシオ:あのな!せっかく褒めたったのに返って来た言葉がキツイやないの。
“夕刻の三十分か一時間を、自分の問題を熟考するために取っておきなさい。そうすれば、問題の解決策を見出すことができるでしょう。もし四六時中心配ばかりしていれば、あなたは時間を無駄にし、問題は解決できないでしょう。”
"アシュラムにいる時はスワミに直接聞くことが出来ます。アメリカにいる時は答えを求めて祈り、そのあと客観的に探求すれば、30分で答えが得られるでしょう。何が正しいか判っている時は質問せず、実行しなさい。それが自信であり、神の力なんです。
全ての人間関係を横に置いて判断をしなさい。どの人がそれに関係しているかではなく、それをする事が正しいかどうかを考えなさい。"
ポニョ:カルマヨガって誰でも出来るみたいでも難しいよな。特に自分が予想していない結果や好ましく思っていないような状況になったら受け入れられないよな。
ヨシオ:でも、そう状況に自分を追い込んだのは、実は自分なんや。そのような不快な状態になるってことを以前の行為、と言ってもそれが前世での行為であったかもしれないし分からない。
それになぜそうなったのかを分析してもその時の自分では判らない時が多い。
ポニョ:つまり、なるべくしてそんなふうな不利な状態や気分を害する状態になっているって事やからあれこれ詮索しないで受け入れなさいよ、という事やな。それって難しいよな。
ヨシオ:カルマには宇宙のカルマ、例えば小惑星が衝突するとかで地球が破壊される。あるいは太陽が赤色矮性になって膨張し、地球が飲み込まれて全ての生物が消滅する、とか。
また、地球や社会や国のカルマがある。これは自分の国が何処かの国を植民地化して収奪しその富を収奪したりすると、次の戦争で自分の国土が破壊されたりひどい事になる。
もちろん、個人のカルマは説明しなくてもポニョが知っている通りや。ババは、地球や国のカルマ、社会のカルマを支払う時に、そこにいる人が巻き込まれるのは普通だ。と言っておられる。
もちろんその時にその国に生まれてそこで生活していたらそれにまきこまれるけど、でも本当は自分が生まれる前に何才何ヶ月の時にそんな事になるって分かって、そこに生まれ変わって来ているんや。
“人は欲に限度を設けるべきです。人間の行いが本末転倒しているために、今日、自然災害が起きているのです。
皆さんはグジャラート州で起こった地震による惨害を知っていますね。
何万という人が命を落としました。このようなことが起こる原因は、人が過度の欲望を心に抱いていることにあります。
神は自らが創造した宇宙の完全なバランスを保っています。神の創造物の中で、大地と海はバランスが授けられています。
ところが、人間は地球の天然資源を無分別に採取して、石油を採掘しています。毎日何万トンもの魚介類が海で捕獲されています。
このような天然資源の無差別な収奪が地球のバランスを失わせ、人間の生活を破綻させています。心の不安定さ(カムパム)から解放されたとき、初めて人は地震に悩まされることがなくなります。SSS Vol.34C3
私はグジャラート地震の被災者たちのために、トラック何台分もの米や豆などを送りました。
中には、「スワミ、どうしてそんなに多額のお金をかけて、グジャラート州に救援物資をお送りになるような手間をとられるのですか?最初から地震をお止めになればよかったではありませんか」と尋ねた人々がいました。
私は答えました。「愛しい者よ、人間は地震が起きたことに関して自らを反省しなければなりません。過度に富を追い求めるあまり、人間は地球のバランスを崩しています。だからこそ地震が起きたのです。それが自然の掟(おきて)です」”
ポニョ:この世で起こる酷い事件や戦争や自然災害も含めて、そういうもので犠牲になる人たちは全て神様の計画の中に織り込み済みっていう訳やな。
だから、そういう災害や事件を事前に読み取れる人は、もしもし、あなたこのままだと危ないですよ。もうちょっと行くと肥溜めがあってどっぽんですよ。身体中ウンチだらけになりますよって伝えるだけでええんや。説得する必要はないってサイババさんが言っておられるよな。
ヨシオ:あゝクサ〜臭って来た。今、まだ日本に肥溜めなんてあるんか?ポニョのバーチャルリアリティの世界だけやろ、
ポニョ:おいらは、肥溜めにはまった事あるで。足だけやったけどな。もう時間が経ってる肥溜めやったからそんなに匂いはしなかったで。逆にウンチが発酵した甘〜い香りがしてた。
ヨシオ:ええ加減やめとけって。その話題。日常生活でも、子供達が二十歳を過ぎ成人式を迎えたら親の義務はほとんど終わりや。もちろん、伴侶を探したり、病気になれば世話をしたりせないかんけど、いろんな事を自分で決めて行動することに干渉したらいかん。
今、ポニョが言ったようにそんなんしたらこうなるから、危ないよとか言って、警告するだけで充分なんや。
ポニョ:ババがいつも言っておられるけど、この世で起こる全ての事象は、カルマの法則に基づいて起こっているので、第三者がそれが良いとか悪いとか言う権利は人には無いってことやな。
何か悪い事のように見えても、カルマの法則があんなふうに作用しているぞ、って思えばええんや。
でも口でそう言っても、実際パレスチナで虐殺されている子供やマレーシア機の犠牲者を見てたら、可哀想でそんなふうに思えないし言えないよな。
ヨシオ:だから、大元の神さんがこの世界に来られているんや。俺たちはこの世俗の世界に肉体を持って生活しているので、いろんなことに囚われていて真理が見えないことが多いけど、微かな体をとってこの世界とあの世界に生きているヨギや聖者達には、この世界で起こっている不正義や、不道徳、非ダルマ、暴力、虐殺、非真実などが俺たちの千倍以上も耐えられないことなんや。
俺たちは、ひどい事件などを見たり聞いたりしても、しばらくしたらチャンネルを回して高校野球の決勝戦を見て喜んでいるやろ。でも、ああいう神に近い神聖な魂の持ち主は、この世で狂ったように吹き荒れている虚偽や非ダルマの嵐に耐えきれないんや。彼らのとっては一分一秒が、拷問の日々のようなもんやねん。
“真の社会は、利己心のない人々の集合体です。
理想的な社会は人間的な価値を尊び、すべての住民がモラルを守っていきている社会のことをいいます。
社会の中に非ダルマや非モラルが蔓延ると、その国全体が崩壊します”
ポニョ:まるで星やんと一緒やそれって。繊細なんやな。て言うか他人の痛みが分かるんや。地球の女神様の痛みや苦痛が理解出来るんやろ。
ヨシオ:その通りや。だからそういう聖者たちの祈りに応えて、大元の神様がこうして地上に降臨されたんや。この世で蔓延してる非ダルマや虚偽を一掃しないと、聖者達はサーダナが出来なくて神の方へ向くことが出来ないんや。
ポニョ:だから、この世界で人や生き物が苦しみに出会っている間は、いくら霊性修行をしても至福の気持ちになれないって言うんやな。
ヨシオ:カルマヨガの話に戻るけど、ババは帰依者が耐え切れないほどの苦痛を神の恩寵で与えることはないと言っておられたという話をしたよな。
逆に言えばその人は神の恩寵を得ることが出来ないと、耐えられないぐらいのカルマを持っているってことやねん。このようにたくさんカルマを持っている人でも、このカルマヨガを実践出来るんや。
ポニョ:それじゃ、おいらみたいにあんまり悪いカルマを持っていない求道者はどうなるんや。
ヨシオ:なんでポニョがあんまり悪いカルマを持っていないって分かるんや。
ポニョ:この前あんたがおいらに、ポニョは善人の塊やなんて言ってたやんか。
ヨシオ:そうやったかな。心にも無い事を言ってしまったんか。善人でもカルマを持っている人はおるで。でもまあポニョ君はカルマが無い事にしとこか。
そういうポニョのような過去生からの悪いカルマをあまり持っていない人が、全ての行為を神に捧げ、ダルマに基づいて行為をし、生き物も殺生せず愛で持って生きているんやったら、その人が無執着で行う行為は、全て神がされている行為と変わらなくなるんや。つまりサイババさんがアヴァターやから、ポニョは小さいアヴァターやな。
ポニョ:あの〜もしもし。おいらはサイババさんより大きいですが。
ヨシオ:そうやな、特にお腹がポッコリ出てるとこなんかはな。
話を戻すけど、そういうレベルの高い魂の人はもう自分の為やとか、金を儲ける為やとかというこの世俗の世の中で自分の為にやらなくてはいけないものが無いんや。
その人がやってることは全て自分以外のものの為なんや。
ポニョ:つまり、無私の行為って事やな。それらの行為を神に捧げればパーフェクトなんや。
“無私の行為を行うこと、行為の結果をすべて神に捧げること、各人の内なる神に奉仕し、内なる神性に気づくことによって人は実践的知識や経験にもとづいた知識を養うことが出来ます。”
“愛は無私の行為によってのみ知ることが出来る。”
ヨシオ:そうやな。だから、その人の行為の結果が失敗したように見えても、成功したように見えても、その人には関心は無いんや。どっちに転んでもその人にとっては良い事って知っているんや。だから全てが良い事になるんや。もともと、その人がやってる行為自体が、その人が自分でやっていると思っていない、神様が自分の身体を使ってやっているって思っているので生き方が淡々としている。
その上、行為の結果に対して一切何も期待していないし、どちらに転んでもそれは神様の意思だと信じているからいつもハッピーなんや。そういう意味で、その人が何をしてもそれは神様がやっている事と同じになるので、ポニョは小さいババやって言ったんや。
“人生においては、一切があなた自身の思いと前世の行為の反映に過ぎません。
あなたは誰も自分の行為や思いに気づくまいと考えて、うまく周りの人々を偽ります。
けれども、あなたの内なる神は、あなたの考えも感情も行為もすべてご存知です。
神はあらゆる場所におられます。神には何も隠し事は出来ないのです。
いつの日か、あなたは自分の行為の結果に直面しなければなりません。
これは至上の真理です。あなたは、誰かを自分の困難の原因と考えて、その人を非難しますがそれは完全な間違い です。
良いことであれ悪い事であれ、人生であなたが体験することすべてはあなたの行為が原因です。”
ポニョ:確かババは、クリシュナがアルジュナにお前のようなレベルに達した帰依者には自由を与えなければいけないと言われたよな。それって、このように全ての行為を神に捧げて、結果を放棄することが出来る帰依者について言われたんやろな。
ヨシオ:神の帰依者にもいろんなレベルの人がいるけれど、一歩づつ霊的階段を登っていけば誰でもそんな高いレベルのヨガが出来るようになるんや。
ポニョ:それってセヴァに似てるよな。セヴァって日本語で奉仕って訳すけど、本当はもっと深い意味があるんやな。だって今言ったことってセヴァと一緒やろ。例えばホームレスの人に食事を配っても自分が満腹になる訳でもないし、それに今日のおかずは俺の好みやとか、俺の嫌いなキュウリが入っているとか言われてもそれは配る人ではなく食べる人の問題やから。
神様に捧げているからその人に食べていただいても、食べられなくてもありがとうの気持ちが湧いてくるしな。セヴァってカルマヨガの中でもとても高いレベルのヨガって感じやな。
先ほどクリシュナがアルジュナに自由をあげるって言ったけど、どんな自由をあげたんやろうな。
ヨシオ:そのアルジュナのような高いレベルの人は、何をしても自分を勘定に入れないんや。その人がやること考えること、思うこと全てが他の人や生き物の中におられる神様への奉仕なんや。だからその人が自分の意思だと思っているその意思自体が神様の意思と一つになるんや。
ポニョ:ということは、その人と神様は同じになるっていうことやな。おいらのような小さいアヴァターになるんや。
ヨシオ:だから、そういう高いレベルのカルマヨガが出来る人は、四六時中ババと会話をすることが出来る。だって、その人の思いや想念はババと変わらないから、その人の心はババしかいなくなるんや。
ポニョ:以前、神様と椅子取りゲームしましょうという記事を出したけど、あんたが言ってることはその椅子取りゲームで神さんがずっと椅子に座ったままの状態なんやな。
でも、実はその椅子にずっと座っている神さんはエゴが無くなった自分っていう訳や。
セヴァっをする事によって、そのような高度の幸せに満ちたカルマヨガを少しの間だけ垣間見ることが出来るんや。だから、ババはおいら達にセヴァをするように勧めておられるんや。
ヨシオ:普通に生活している人は、毎日の生活に追われるやろ。学生さんやったら受験が控えているとか、サラリーマンやったらいついつまでに仕事を終えやないかんとか、事業家やったら手形の切れる期限が迫ってるとか、主婦やったら来週からパートに出ないと家計のやりくりが出来ないとかいろいろあって神様の方を向こうと思っても世俗的な事で忙しい。
ババがセヴァをすることをお勧めになる理由は、ポニョも言ったようにセヴァって自分の時間が取れる時に出来るやろ。カルマヨガの最高の幸福感を味わえるしな。
ポニョ:おいらもセヴァに行った時に幸せな気持ちになるぜよ。ホームレスの人に暖かい食事を届けてありがとうと言ってくれたらなんか嬉しくなるよな。
ヨシオ:そのように行為の結果がすぐに分かるセヴァもあれば、分からないセヴァもある。結果がすぐに出て来ないセヴァはとても難しい。それに、ホームレスの人に食事を届けるセヴァはエゴとかが入る余地はないけど、例えばリンゴの木を孫のために植えるなんてセヴァは自分の為にする行為ではないものの、自分の孫のためにというところで自分、つまりエゴが入って来る。
だから全く自分の事を勘定に入れなくてしかも奉仕をしてもすぐに結果が見えないセヴァは難しい。誰でもが出来るセヴァではない高度のカルマヨガやな。まあ、セヴァの話を始めたら切りが無いのでまた別の機会にしよか。
ポニョ:そういや、あんたの子供の名前もセヴァやったな。
ヨシオ:末っ子やけどな。その名前をつけてえらい損したわ。おかげでもう二十歳にもなるのにまだ世話がかかるんや。セヴァをいつまでもせなあかん。めちゃ大食いで。一日六食も食べるんや。
ポニョ:六食は多いな。でも育ち盛りの時はおいらもそれぐらい食べてたな。豊橋に住んでいる時に満腹亭という飯屋によく通っていたんやけど、ある日お腹が空き過ぎて大盛りの焼きうどんを食べてる時に一緒に割り箸の一部も噛み切って、えらい硬いうどんが入ってるなとか思って噛み砕いて呑み込んだことがある。そして短くなった割り箸を飯屋の親父に見せたらえらい笑われたな。
ヨシオ:そういう芸はポニョしか出来んな。
ポニョ:そうやろか。ところでそのさっきあんたが言ってた高度のカルマヨガって、なんか特別な名前は付いてないんか?
ヨシオ:あるよ。アーナシャクティーヨガって言うんや。
“完全に利己心が無く、行為の結果を全く考えず、完全に集中して有能な仕事をし、しかも執着や欲望を待たず、全ての行為を神にささげる時、それがアーナシャクテイーヨガの実践です。アーナシャクテイーヨガはブッデイヨガよりはるかに優れ、中々凡人に出来ることではありません。しかし私達は、アーナシャクテイーヨガの境地に達する努力を放棄してはなりません。全力を挙げて努力し神の御加護があれば、一見不可能なことに見えることも成し遂げられます。6/86
“クリシュナはアルジュナに必要とされる忠告をすべて与え、アルジュナの捨てたエゴを受け取ったあと自らの意思のままに行為する自由を与えました。アルジュナの意思は完全にクリシュナのものとなったからです。このようなレベルに達した弟子には自由を与えなければなりません。”
ポニョ:以前の記事であんたがウジ虫をペットとして飼ってた話が、結構受けてたで。ほんまに可哀想やな。都会の子供は。
ヨシオ:箱の中に二十匹ぐらい入れて土や残飯を餌として与えて秘密で飼ってたんや。
見つかったら怒られるからな。すると、そのうち全然ウジ虫がいなくなったなと思ったら、小さい小豆みたいな赤っぽい色の殻の中に閉じこもってしまいよったんや。
今まで、毎日餌をやってモソモソ動くのを見てるのが楽しみやったんやけど、急に動きがなくなってしまったんや。
しばらくすると、殻から小さいハエが出て来よった。
そして、折りたたんである透明な羽を後ろ足で器用に体を捻じりながら伸ばして行きよるんや。
その動作が面白くって笑ってしまったな。そして、あっという間にサヨナラも言わずに飛んでいきよった。
ポニョ:サヨナラって言うわけないやろ。でも、ようそんだけ観察してたな。ウジからサナギ、そしてハエやて。信じられへんな。きったね〜。ここもなんか臭ってきたな。あのね、もっと何か違う昆虫おれへんかったんか。あんたの周りに。
ヨシオ:ゴキブリは、いっぱいいてたな。女郎蜘蛛とかな。あと、丸虫も探したら土の中におったけどな。でも、観察しようとしてもすぐにクルクルと丸まって面白くなかったんや。無理やりこじ開けたら死んでしまいよったな。
ミノムシも捕まえたけど、箕の中に入ってしまって出て来よれへんやろ。俺、長いこと待ってたけど出て来ないから、とうとう癇癪を落として、一枚一枚ミノムシの箕を剥いてたんや。そうしたら、細い芋虫の痩せやような奴が震えて入ってたな。身ぐるみ剥がされてよっぽど寒かったんやろな。くしゃみしてた。
ポニョ:するわけないやろ。
ヨシオ:その点ウジ虫は、きれいに洗ってから飼ってるから大丈夫やで。白くて、くねくねして可愛いもんや。黒っぽい口がちょんととんがっていてそこからモソモソと何でも食べるんや。それに触ったらふわふわで、気持ちええしな。机の上に並べてレースもして遊べるで。面白いねんこれがまた。そして、夏休みの自由研究でハエの観察という題を付けて、絵も描いてたんや。俺が小2ぐらいやったかな。大体二、三週間ぐらいでうじからハエになるで。ポニョも夏休みの自由研究にピッタリやと思えへんか?
ポニョ:思いません。知ってるか。ハエってとても繁殖力があって、もし一匹も死ねへんかったら半年で二匹のハエが地球の表面を高さ150メートルまでびっしり覆うぐらい増えるんやで。
ヨシオ:そんなに増えるんか。すごいな。隠れて飼うていたんやけど、ある日お袋が自由研究の絵を見つけたんや。「あの〜。ちょっと、世潮君。これはひょっとしたら、ひょっとしたらですか?」
「ハエ。そうです。ひょっとせんでもハエの絵です。セミに見えますか。ゴキちゃんに見えますか。トンボには見えんでしょう。」
「見えません。立派なハエの絵に見えますね。ところでこの絵は何をもとにして描いたんですか。この家にうじちゃんとかがいるんでしょうか。そして世潮君はそれらをどうするつもりなのでしょうか。」
「夏休みの自由研究としてうじごと学校に持っていきます。絵は上手く描けてるでしょう。」
「あのな、世潮。ええ加減にしなさい。何がハエの研究や。そんなんを学校に持っていったら、私が母として恥ずかしいわ。父兄懇談の時に先生に一言、苦言を言われるやないの。ハエの観察は不潔ですよ、お母さん。って言われるわ。あんた、どこでそんな汚いものを飼ってたんや。どっかに捨てて来なさい。」と言ってこっぴどく怒られたので、仕方なく諦めたな。一匹一匹名前まで付けてたんやけどな。その代わり天神祭の夜店でクワガタ虫と兜虫を買ってもらったわ。
でも、二匹をいつも喧嘩させて遊んでたから、二匹とも甲羅がボコボコになって死んでしもたな。ポニョはどっちが強いか知ってるか?
ポニョ:そんな事知りませんです。あのね、君。どうして喧嘩さすの。甲羅がボコボコになったって。可哀想やないの。ようやるわ。ほんまに。信じられへんな。あんたはほんまに都会っ子やったんやな。
ヨシオ:その代わり、阪急百貨店の屋上のゲームは誰にも負けへんかったな。アイススケートも上手かったで。
ポニョ:こうして今、おいらのような素晴らしい子供時代を送った御曹司が、あんたみたいな不遇な子供時代を送った奴と友達付き合いしてるのが信じられへんな。
ヨシオ:どこが御曹司やねん。座敷童みたいな顔をして。サイババさんも、手のひらの上に小さいローラーベアリングを置き、それを銀紙で包んでクルクル回しながら、それをお母さんのイシュワランマさんに見せながら、中で虫が忙しそうに走り回ってるで。と言ったらイシュワランマさんは可哀想に早く出したげなさい、と言ってまともに虫のことを心配されていたな。
ポニョ:本当に昔の人は心がおいらのように純真やな。どっかの都会の子供とえらい違いや。
ヨシオ:また、黒色っぽい床の上に黒い糸を置き、それにババの写真をくっ付けたマッチ箱を繋いで、汽車が並んで走っているように見せかけたトリックをサイババさんに見せたところ、子供のように興奮して大きな声を上げて、どのようにして動かしてるの?早く教えて!と言われたので、今回は私がマジックマジックをかけて動かしているんですよ。とおちょくったら、僕にもやらせてと言って、まだ見てない人たちを呼んで来て、さあご覧あれ、サイババのマジックショーの始まりです。と言って得意そうに黒い糸を引っ張っておられたんや。
そして、皆が驚いて見ているのを見ながらすごいだろうと言って、得意そうに腰に手を当てておられたんや。
ポニョ:ほんまに子供と一緒やな。それってまるで純真無垢な田舎の子供やんか。
ヨシオ:その通りや。それが神さんや。そのような昔、誰でも持っていた子供の心を俺たちも取り戻さないかんな。それが神への道なんやろな。それに、お母さんがババに輪をかけたぐらい純真な心を持っておられるんで、ババとお母さんの会話や口論を聞いているととても面白いんやで。
ポニョ:それは面白そうやな。でも、どんな風な会話になるか大体予想はつくけどな。
ヨシオ:ある時、ババが幾つかゼンマイ仕掛けのおもちゃを持っておられて、それらのゼンマイをいっぱい巻かれ、シンバルを叩くお猿や、逆さ宙返りをするピエロや汽車などの全てのおもちゃを一カ所に集めて動かしたんや。
ポニョ:そんな事をしたら、全部がぶつかり合ってグチャグチャになるやんか。
ヨシオ:そうやねん。それを見てお母さんは大笑いをされて、その中のお猿さんのおもちゃを孫にあげるからちょうだいな。と言われたんやけど、ババは、これだからあなたに見せるのが嫌だったんや。と言われて全てのおもちゃを膝の後ろに隠されたんやけどお母さんは、あんたはもう大人やのになんでこんなオモチャがいるんや、と言って全部持って行かれたことがあった。
ポニョ:本当や。いつまで経っても子供やな。
ヨシオ:また、貧しい人用に配るサリーがババの部屋に積んであるのを見て、お母さんが私にも一つちょうだいと言われたんだけれど、ババは、お母さんはもう充分持っているでしょう。きれいなサリーをいつもタンスにしまい込んだままで全然着ないのに、新しい物を欲しがるって良くないでしょう。あなたはケチだから。と言って渡されなかったりすると、お母さんはすねられて部屋を出て行こうとするとババはお母さんの鼻をつままれて坐らせた後、もっと奥から別のサリーをプレゼントされたことがある。そして、二つあるうちの一つだけ選んで持って行ってもいいよ。と言われたのにお母さんは二つとも持って行かれたんや。そのあとババは、一つだけあげるって言われたのに、二つとも持って行きよった。と嘆かれるふりをされたこともあった。
ポニョ:こういうやりとりを聞いていると、その辺の親子と同じやな。なんか親しみを感じるぜよ。
ヨシオ:お母さんのババに対する愛はとても深くて、ババがダルシャンを与えるために人々の間を歩かれる時も、悪い人がいるかもしれないのに人混みの中を歩かないように心配されていたな。
ババはこの世には、ラーマの子孫もいる反面ラヴァナの子孫もいると言われたことがある。
ポニョ:そら、お母さんにして見たらいつまで経っても子供は子供やもんな。
ヨシオ:そして、ダルシャンから帰って来られたサイババさんはお母さんに、「何ともなかったでしょう。誰も私に指一本触れることさえ出来ないのです。彼らはどうなったと思いますか?毒歯を抜かれた毒蛇のように大人しくなって私の召使いになったんですよ。」と言われたんや。
そして、とてもサイババさんの事を心配していたお母さんを抱きしめられたんやで。その場でそれを見ていてた人は、ババのお母さんに対する深い愛情に感動して涙したんや。
ポニョ:すごいな、神様に誰も対抗できる奴なんてこの世には存在してないもんな。だって、ラヴァナの子孫の中にも神さんがいてるもんな。
ヨシオ:不思議なことにお母さんが亡くなってからも、ババに対するお母さんの愛情や母としての心配事は変わらず、ある日、ババが二階の御自分の部屋におられた時、お母さんの霊がやって来て、ババにダルシャンであなたはハンカチを人から受け取って口を拭ったりされますけど、ある人がそのハンカチに毒を塗っているので注意して下さいと言われたんや。
また、ローブの下に着けているドーティの紐が長すぎるので替えなさいと言われたんや。
ポニョ:それって、おいらも御講話で言われたのを読んだことがあるっちゃ。公共の場で言われるって事はそういう事をする輩が本当にいるってことやな。どうしようもないな。ラヴァナの子孫か?
ヨシオ:これも全部、ババのこの世でのお遊びの一つやからカリカリ来なくても良いんだってばよ。
“
決して自分の母親の愛を忘れてはなりません。母の愛は最高です。
子どもの中にある神聖な思いは、唯一、母の愛によって発達します。
気高い性質を備えた母親のいるところには、必ず平和と繁栄がもたらされるでしょう。”
“母親の気高い考えに従って人生を送るとき、あらゆる苦しみは取り除かれるでしょう。
他の人のことは尊敬してもしなくてもかまいませんが、自分の母親のことは必ず尊敬しなければなりません。
人は自分の母親の愛を勝ち取るために一生を捧げるべきです。
母の愛にはつねに私心がありません。
私たちはそのような愛を育めるようにならなければなりません。
どこに行こうとも、何を見ようとも、母の愛という祝福があってこそ繁栄を得ることができます。母の愛を勝ち取れないまま神の恩寵を勝ち取ることを望むことなどできますか? そんなことは出来ません。”
“人には皆、母親がいます。母を喜ばせることなく、その愛を受け取ることもない人は、真の息子ではありません。母を敬うことは、子どもの最大の義務です。”
ポニョ:今日は、ガネーシャ神の誕生日ですので象さんの頭を持たれたガネーシャ神のお話をします。
ヨシオ:ガネーシャはヴィナーヤカとも呼ばれているな。胡麻団子や白い草を捧げてお祝いするんや。
“ヴィナーヤカ チャトゥルティーの日、人々は特別料理としてクドゥムルとウンドラッルーを作ってヴィナーヤカに捧げます。
これらは少しも油を使わずに蒸して作るという意味において特別で独特な料理です。
ゴマと米粉とジャッガリー〔ココナッツ黒糖〕を混ぜ、団子状にし、蒸してヴィナーヤカに捧げます。皆さんはこのような供物を作る目的を調べるべきです。
ゴマは目に良いのです。油を少しも使わずに蒸して調理した料理は消化器官に良いのです。
このような料理を食べる人には血圧と血糖の問題がなくなり、ずっと健康と幸せを満喫できるでしょう。
油を使って火で熱する調理法は、ジャタラーグニ(消化の火)に対して有害です。そうした料理はさまざまな病気を引き起こします”
ポニョ:おいらもインド人の家に招待された時、ゴマ団子を頂いたけど美味しいよな。日本のお菓子の中にあんこが入っているゴマ団子があるけど、元々はインドから来たんやろうな。でも、白い草を捧げるって聞いたことがないな。それに白い草って見たことがないぜよ。
“ガリカー(白い草)でヴィナーヤカを礼拝しなさい。
ヴィナーヤカに供えた草を食べれば消化不良から解放されるでしょう。
ペットに犬を飼っている人たちはこのことをよく知っています。
犬を草むらに放すと、犬は白い草を探して食べます。
このわけは何でしょう? 白い草は犬の消化器官に役立つのです。
このことから、ヴィナーヤカに捧げられた供物はすべてのものの健康を保証することがわかります。10/9/02”
ヨシオ:白い草って見かけないよな。でも、漢方薬で片白草 三白草という草を使っているし、ババが言われたように消化にええんやろうな。
ポニョ:おいらはいつも胃炎になるから、自分にピッタリな草なんや。ところであんたの家の玄関先に大きな等身大の木彫りのガネーシャ像があるな。あれはインドで買ったんか?
ヨシオ:そうやねん。ホワイトフィールドにババがおられた時、家族でバンガロールに滞在していたんや。その時に通りを歩いていると、ある店の前にあの大きなガネーシャ像が置いてあるのを見つけたんや。そしてその前を歩くとビビンと感じたので直ぐその店の人と交渉して買ったんや。
ポニョ:ほんまに直感人間やな、あんたは。何がビビンや。
ヨシオ:ほんまやで。言葉で説明出来ないけれどビビンと感じる時ってないか?
ポニョ:あるかもしれんけど、そんな風にすぐに行動に移せへんわ。おいらがビビンと来て買うのは食料品売り場の前を歩いている時だけやけどな。みたらし団子の前を歩いたり、オクラの天ぷらの前を通るとビビンと来るな。
ヨシオ:ポニョのビビンと俺の言ってるビビンと少し違うと思うねんけどな。まあええわ。
ポニョ:同んなじやって。それで、あんたとこに泊まらせてもらった時に朝の三時頃、あんたはいつもそのガネーシャ像の前で大きな声でルッドラムを唱えてたな。
ヨシオ:ババは帰依者たちに神様の像を物質化して与える時に、親指程の小さい神像を与えられるんや。というのも、もしそれ以上の大きさのものを与えると、聖典に則ってきちんとその神像に礼拝をしなければいけないからと言われたことがある。
ポニョ:それで、毎朝やってるってわけか?大変やな。小さい神像やったら楽やのにな。
“普通の家庭では、神像の大きさは5センチメートルを超えてはならない。
それより大きい神像を持っている場合はきちんと手順を踏んだプージャやナイヴェーダを毎日しなければならない。
これが私が人々に小さい神像を与える理由なのだ。”
ヨシオ:買った時は、そんな事をババが言ってられてるのを知らなかったんや。知ってたらそんな大きいのを買わへんわ。でも、おかげで早起きが出来るようになって良かったな。
ポニョ:あのね夜中の三時はちょっと早すぎるで。おいらが泊まっている時に、そのガネーシャ像のある玄関に続く部屋の扉が開いたり、閉まったりする音で目が覚めたで。もうちょっと静かに戸を開け閉めしてくれないと、家族中が目を覚ますやんか。
ヨシオ:そうやろ。うるさいなほんまに。しかも早朝に。俺も困ってるんや。
ポニョ:どういう意味やねんそれって。あんたが自分でやっといて。
ヨシオ:俺じゃないねん。ガネーシャが催促しとるんや。玄関先から出て来て戸を開け閉めしよるんや。
ポニョ:なに〜。ガネーシャの亡霊か!
ヨシオ:ガネーシャは既に神霊やんか。何を言ってるねん。そのガネーシャの霊がウロウロしとるんや。その戸を開け閉めしてもまだ俺が寝てたら俺が寝てる二階まで上がってきて、俺の眉間にある第三の目のところを優しく撫ででてくれるんや。ものすごく愛がいっぱいある手やで。その手のフィーリングは愛の塊と言うしか形容の仕方が無いな。それで俺が渋々起きて礼拝に行くっていうわけや。冬なんかここは内陸やからとても冷えるで。
ポニョ:ガネーシャがベッドの側まで来て起こしに来てくれるんか。それは驚き、桃の木、山椒の木やな。まるで霊界に住んでるみたいやな。そう言えばあんたの家でバジャンをしている時や、礼拝をしている時に大きな音が家のあちこちからするなって思っていたんや。ホーンテッドハウスみたいや。
ヨシオ:そうやろ。この家の横に大きな岩があるやろ。その前に丸い岩を幾つか集めて四角の形にしてあったりして、ここはアボリジニの聖地なんや。アボリジニの神聖な土地なんや。以前にも記事にして紹介したやろ。
ポニョ:おお、そんな事があったな思い出したぜよ。なんでも家の建築中の時に大工さんが家の下で働いてたら、誰もいないはずの家の中を誰かが走り回ってる音が聞こえたり、あんたの娘さんが、夜中に枕元に置いてあるキーボードを誰ががカチャカチャと叩いてうるさいから触ると濡れていたり、あんたの嫁さんが大きな足音がするのを夜中に聞いたり、本当に霊の集会所みたいな家やな。
ヨシオ:この場所に引っ越してきたその日の夜に、ババが夢に出て来たって以前記事にしたよな。ババが家族全員をアボリジニに紹介したって話。
ポニョ:そうそうコーヒーをそのアボリジニの人に差し上げなさい、と言われたんやったな。それと、サイキックな人があんたの話を聞いて遠くからやって来て裏山に野宿してたけど、毎晩アボリジニの霊がやって来てその人を叩き出したんやろ。それと、あんたのペットやった大きな蛇が夢の中であんたに挨拶に来て、その蛇の頭を祝福すると突然アボリジニに変わったっていう話もあったな。
ヨシオ:蛇のボブ君の話か。あの夢の後、ボブ君が屋根の上で死んでたってことも言ったよな。
ポニョ:多分、次の生は、人になって生まれ変わって来るんやろな。今までこの土地を護って来てたんやろな。寒くなると冬眠を家でさせてくれって、玄関先でとぐろ巻いて待ってるんやろ。
ヨシオ:あいつは家族の一員やったな。応接間で長〜くなって寝てたりして知らない人が見たら驚くで。俺たちが家族で出かける時も何処からともなく出て来て送りに来てくれたな。話題は元に戻るけどガネーシャが夜中に待っているから、仕方なしに朝早くからガネーシャ像の前でヴェーダの詠唱をしてるんや。
ポニョ:それで寝坊して起きて来なかったら、ガネーシャさんがベッドまで起こしに来るんや。面白いなそれって。本当にガネーシャさんが家の中をウロウロしているのが見えたら可愛いやろな。
ポニョ:ちょっと、ガネーシャさん。そんな大きなお腹を揺らして夜中に家の中を歩き回ったら、家中の人が目を覚ましますよ。音を立てないようにゆっくりと歩いてくれませんか?
ガネーシャ:いや、それは無理なんだ象。一歩一歩、歩く度にこの長い鼻が左右に揺れて弾みがつくので、どうしてもこんな歩き方になってしまうのだ象。象のように四つ足だったら上手く歩ける象。それより、お前もヨシオと一緒に朝からヴェーダを唱えた方がええ象。身体中の細胞がリフレッシュになる象。
ポニョ:いや、おいらは朝と言っても三時では早すぎますので遠慮しておきます。それでは、相方のヴェーダを楽しんで下さいね。
ガネーシャ:うん。そうする象。毎朝それが楽しみなんだ象。
ポニョ:それより、ガネーシャさんはどうして、身体がそんなに大きいのに小さいネズミさんの上に乗っかってウロウロされるんですか。弱いものいじめをしているみたいですよ。
ガネーシャ:わしは弱いものいじめをしない象。ワッハッハ。ネズミさんはいつもウロチョロしてる象。感覚がウロチョロしておるからなのだ象。ネズミさんというのは、人々がわしに到達するには感覚をコントロールしなくてはならない、というシンボルなんだ象。だからネズミさんの上に乗っかっておるんだ象。
ポニョ:そうだったんですか。でも、その大きなお腹では本当にネズミさんも重そうで可哀想ですね。ガネーシャさんは知っておられると思いますが、お腹をへっ込めようとしてダイエットコークを飲むと余計に太ってしまうんですよ。
ガネーシャ:わしはなんでも知っている象。アスパルテームという化学物質をあらゆる食品にわざと入れて悪さをしとる奴がおる象。ついでに脳細胞も溶ける象。お前もお腹がポッコリ出て来とるから、わしの弟子になれる資格はある象。一緒について来れば良い事がある象。
ポニョ:いや、お誘いは有難く受け取りますが、もう少しこの地上でやり残した事がありますので、次の機会にお願いします。
ガネーシャ:それではまた会おう象。
というような会話になるんかな。
ヨシオ:はいはい。久々に出ましたポニョの一人会話。でも、ポニョがやり残してることって美味しいものの食べ歩きをすれば叶うんと違うんか。
ポニョ:そうなんかなぁ。うん、そうかもしれん。それ以外に考えられへんわ。
ヨシオ:ポニョは何を一人で納得しとるんや。
ポニョ:あゝそうや。ガネーシャについて少し気になったババのコメントを思い出したぜよ。
おいらの知っているサイの組織で頑張ってる人に、お前はガネーシャのレベルにまでしか行けない象。と言われたんや。それってどういう意味だ象。
ヨシオ:象はもうやめておこう象。俺の知り合いもそういう事を言われたって言ってたな。それはこういうことやろう。つまり、ガネーシャって全ての障害物を取り除き、神々の中でも一番最初に礼拝する地位を持ってる神さんやろ。だから、ガネーシャ神を礼拝している人は自分が一番素晴らしい神を礼拝していると思い込んでいる人がいるんやろな。
それと同じようにババの事をやってる人の中にも、特に組織で頑張っている人の中には、ババが大元の神さんやから、ババが一番や、なんて思っている人がいるんやろ。
他に色々神さんを信じて頑張っている組織もあるけど、俺たちが一番やなんて思ってる人っているやろ。
ポニョ:おるおる。おいらの知り合いの中にもそんな人はいてる。気持ちは分かるよな。だって人って自分がやってる事や信じていることが一番良いって思いたいもんな。
ヨシオ:もちろんババは大元の神やけど、ババのその人に対するコメントはそういう意味ではなく、ババもラーマもクリシュナもガネーシャも同じ神さんやって言われたんやろな。
"アートマの原理としてすべての中に住む神は、特定の名も姿ももちません。
しかし、人々が様々な名と姿を神にあてはめるのです。
ガナパティ(註:ガネーシャ神の別 名)を崇める者は、ガナパティを偉大だと考えます。
シヴァを崇める者は、シヴァに勝るものはないと考えます。
サイの帰依者は、サイが最も偉大であると考えます。
すべてはひとつと語る帰依者もいます。
実際、すべての名と姿は同じ神に属しているのです。
帰依者がどのような姿の神を崇めようと、神は帰依者の祈りに応えます。
それゆえ、それぞれの者は、自分が崇める神の姿が他の姿をとる神々に勝っていると考えてしまうのです。
ある姿の神が他の姿の神々よりも優れていると考えることは、無知の証です。
大切なのは、あなたの祈りが単なる言葉に留まらずにいることです。
祈りは、行動に移されなければなりません。
言うは易し、行なうは難し、です。行動に移されるものが、真の祈りです。"
ヨシオ:ガネーシャについてある時、ヒスロップさんがババにこんな事を質問されたことがある。
ババ様、ガネーシャ神は本当にいるんですか?あんな格好をされている神さんがいるんですかって。するとババは、この世界には隙間がないぐらい色んな霊で満たされておる象って言われたんや。
ポニョ:ということはおられるって事なんや。
ヨシオ:ヒンドゥー教で祀られている全ての神々は霊の世界に存在してるって事なんやろな。
でも、ババは御講話でシバ神をこの世で見た人はいないと言っておられたから、霊の世界にだけその御姿を見れるんやろな。
ポニョ:でも、ガネーシャ神はあんたの家の中をウロウロされてるで。姿は見れねど気配はするや。あんたの家は、なんか霊界とこの世界の接点みたいな、霊界の入り口みたいなとこやな。
ヨシオ:そうかもしれんな。一人で居る時も、周りにいつも何かがいるっていう感じはすごくするな。土地の形も三角形やし。風水から見ても霊が集まりやすい場所なんやろな。
(ガネーシャが兄弟のムルガと世界一周の競争をしたが、ガネーシャは両親の周りを一周しただけだった。しかし、両親であるシヴァ神とパールヴァティを全世界とみなしたのでガネーシャが勝ちをおさめたというお話をされてから、)
"
森羅万象は、自然と主という二つの力によってのみ動いているのです。
それゆえ、そのような両親のまわりを一周することは、全世界を勝ち取るのに等しいのです。
このようにして、ヴィナーヤカは、どんな礼拝を行うときも真っ先に礼拝されるという特別な地位を手に入れました。
罪深い行為の前には障害物を置いてもらい、賞賛に値する行為からは障害物を取り除いてもらえるように、人はヴィナーヤカに祈らなくてはなりません。
人間が救いを見出すのは、神を愛し罪を恐れているときのみです。
しかし、最近では誰も罪深い行為を恐れていません。
その結果、神への愛も存在していません。
人は、これからは罪深い行為を用いないという決意をもってヴィナーヤカを礼拝します。
若者たちの幼いハートは、放っておけば舵のない船のように動きまわります。
若者たちは凧のように飛んでいってしまいがちです。
若者たちは野放しの想像や光景を頭に描いてそれに浸っています。
私たちの大学の学生たちは、母性の具現である未来の母親となる可能性を秘めています。
ですから、そのような想いにふけるべきではありません。
なぜなら、子どもは、母親が善良であるときにだけ善良になるからです。
嫁が善良であれば、嫁ぎ先の家族全員が善良になります。
私たちは皆、善良な性質を育てるよう努めなければなりません。
皆さんが得ている教育は、お金を稼ぐためのものでも、仕事に就くためのものでもありません。徳を身に付けるためのものです。徳があれば座はあります。
徳がなければ座はありません。ですから、大小にかかわらず、どんな仕事を始めるときにも、その前に障害物を取り除いてくれるようにヴィナーヤカに平伏しなければなりません。"
“重要なのは、永続的な効果を得られる可能性の高いヴィナーヤカへの礼拝の内的意味を知ることです。
命の通っていない像への礼拝の意義は、その像の容姿に現されている微かな霊的存在への黙想へと導くことなのです。
アートマ(真我)の悟りはこのようなプロセスによって生じます。7/10/97”
ポニョ:昨日のガネーシャの話は面白かったな。
ヨシオ:ポニョは人ごとやから面白いかもしれんけど、夜中に起こされる俺にとっては大変やで。
ポニョ:全てはええ事なんや。受け入れなさいって記事にもしたよな。言ってることとやってる事が違ったらあかんねんで。
ヨシオ:うるさいわ。俺がガネーシャになってポニョを夜中に叩き起こしたろか。ポニョやったら布団を頭から被って出て来ないやろ。
ポニョ:それ以前にあんな大きなガネーシャの像なんて買わないよーだ。
ヨシオ:そうやろな。ビビンが悪かったんや。でも俺が聞いたガネーシャの話で面白かったのが、ホワイトフィールドにあるサイカレッジでガネーシャのお祭りのためにガネーシャの像を毎年造ってたんや。
粘土は近くの湖から取ってきてそれをプラットホームの上に乗せて、主にアートクラスの学生が中心になって造っていたんや。
でも、問題はガネーシャのお祭りの日になると、粘土を焼いていないので、像のあっちこっちがひび割れて、とても醜くなるんや。
それで皆で相談して、こんな醜いガネーシャの像をお祭りに使うのは良くないと考えて、その年は既成の像を店で買うことにしたんや。
ポニョ:その年って一体いつ頃の話なんや?
ヨシオ:七十年代やったな。それでガネーシャの像を買おうとしたら、ババから電話がかかって来て、昔から各家庭でガネーシャの像を造るのがインドの伝統行事だから、今年も自分たちで作りなさいと言われたんや。
ポニョ:七十年代にはババから直接電話がかかって来て、そんな指示をもらってたんか。考えられへんな。めちゃラッキーやぜよ。
ヨシオ:それで早速、湖から粘土を持って来て、プラットホームの上に置き、アートクラスの学生たちがババからの直接の指示だからということで張り切って造り始めたら、どこからともなくネズミが一匹部屋に入ってきてプラットホームの下に逃げ込んだんや。
ポニョ:ネズミって昨日の記事にも有ったけど、ガネーシャの乗りもんなんやろ。それって、ええ事やんか。そのまま居てたら面白いのにな。
ヨシオ:そうやねん。学生たちもガネーシャの乗りものが来たって喜んでたんや。それで当初、店で買い求めるつもりやったから、時間がもう余りなくて突貫で造り上げたんや。
ポニョ:どれくらいかかったんや?おいらはガネーシャ像の写真を見たことがあるけど、結構大きな立派なガネーシャ像やった【絵】。
ヨシオ:もう、ええっちゅうに。同んなじギャグばっかりじゃ嫌がられるで。学生たちは約五日で造り上げたんやで。
ポニョ:それはすごい。よく頑張ったな。
ヨシオ:そして、お祭りの当日ガネーシャ像をプラットホームから持ち上げようとすると、五日前に逃げ込んだネズミが、またプラットホームの下から出て来て、何処かへ逃げて行ったんや。
ポニョ:五日間もその下におったんやろか。何を食べてたんやろな。学生たちも驚いたやろな。
ヨシオ:そうやねん。みんなガネーシャの像を造っている間中ネズミが像の下に居てたって、カレッジ中にその話が伝わったんや。そしてお祭りも無事に終わり、ある日ババが学生たちにガネーシャのお祭りはどうだった。と聞かれたんで、みんな上手く行きました。ありがとうございました。と言ってババに礼を言うと、ババは「私は一匹のネズミに、君たちのところへ行くように言ったんだが来ましたか?」と聞かれたんや。
ポニョ:それはすごい。ネズミさんに行くようにババがアレンジされたんや。本当になんでも全てをコントロールされているんやな。今の話、オチが最高やったな。ババらしいわ。
でも昨日の記事の中で少し腑に落ちなかったのが、なんで小さい神像やったらきちんと礼拝を捧げなくてもよく、五センチ以上の大きい神像やったらしきたりに則ってプージャや礼拝をせなあかんねんやろか。サイズが違うだけでどっちも同じ神像やのに。
ヨシオ:それは以前に記事にしたけどバッテリーの容量と出力の関係や。それを載せている過去記事から少し引用すると…。
ポニョ:二三日前の記事で少し気になったのがあって、言いそびれてたけど、サイババさんは病気のような状態になっておられたんや。それで、皆はもう死なれるんじゃないかなと心配してたんやったな。
ヨシオ:実際のところ、半年以上ゆっくりされていて、親しい信者の人にババは、サマディになりたいって言っておられたんや。
ポニョ:サマディって体から離れるってことやろ。まだ、二十四五歳の頃やったんと違うのん。ちょっと早すぎるやんかな。
ヨシオ:これも、いつものババのお遊びや。だって、同じ頃にカスツーリさんに、君は、僕の伝記を将来書く仕事があるよ。って言われてたから、サマディなんてなるわけは無いけど、少しは思っておられたかもしれん。
ポニョ:でもいくらお遊びでも、なんでそんな長いこと療養されてたんやろな。
ヨシオ:これだけは、後世の「アヴァターの傾向と対策」を分析する専門家がいろいろと論文を書くやろうけど、今、俺が言えることはバッテリーの容量と出力の関係かな。
ポニョ:なんやねん突然。このブログはユアサバッテリーのホームページと違うで。
ヨシオ:俺が言いたいことは、ババの霊力が帰依者が増えるに連れてどんどん増えて行くにつれて、ババの身体の中にある霊体を調整していくって事やねん。だって、普通の人間の肉体に入っている霊体はその人間の体を動かして、毎日の生活を送って行くのに十分な容量を持っているけど、神の化身のように莫大な霊力を保持して行くには、容量はとても小さすぎるんや。
ポニョ:ああそれで、バッテリーの容量と出力の関係って言ったんか。なんか分かったような気がしてきたぜよ。だから、あんたが言いたいことは、その容量を大きくする為に療養しないといけないと言う事やねんやろ。というのも、その肉体に入っている霊体では神の大きな霊力を受け入れることが難しいからや。
ヨシオ:人間の身体の内にある霊体も、実は、俺たちが食べる食料で維持されてるんや。
その食料の、波動が荒い部分は肉体の栄養となって身体を維持し、その食料の精妙な部分である霊体を、俺たちの霊体が、自分の中に取り込んで霊体を維持してるんや。
クリタユガ期、トレタユガ期、またはドワパラユガ期では、人の体も今の何倍も大きかったし、霊界との繋がりも強くて、半神半人みたいな霊体か肉体か分からん用なモンスター人間がたくさんいてたけど、このカリユガ期では、人は食料を身体に取り込まなかったら三週間以内に死んでしまう。もちろんその中の霊体も体からすぐ離れてしまう。
昔やったら、神のような強力な霊体が入っていたから、肉体が死んでも骨が朽ち果てるまで、霊体が骨の中に残っていて、一見、骨やけど実は生命力がその中に宿っていたんや。
ポニョ:以前、そのこと記事にしたよな。その中に想念のパワーが入っていて人をも殺すことが出来るんや。それに、ガイコツ踊りのシンドバット虎の目大冒険の話もあったな。
ヨシオ:でも今では、そんな神さんの巨大で強力な霊体を入れれるような器を人は持っていないので、少し療養して英気を養っておられたんやろな。
ポニョ:霊体だけでは無いやろな。だってババはシヴァラトリの日に、身体を磁石化したので足が地面にくっついて歩くのが難しいて言われたやろ。肉体だって大変やで。そんな強力な霊力を持っていたら。
ヨシオ:サイババさんのように神の力を全て持って来ておられるアヴァターは、肉体の中に入り込むと色々と不都合が出て来るんや。だから、霊体だけやったら、いくらでも大きな霊力が入ろうが簡単に調整出来るけど、肉体は少しの調整期間が必要になってくるんや。
ポニョ:でも、本当はババが意思すれば、一瞬のうちに身体を調整して大きな霊力が入るようにされることだって可能やろ。
ヨシオ:もちろんポニョの言う通りや。でもババは、こういうふうに言っておられる。一度、人の身体をとってこの世界に来た以上、この世界の法則に従う、と。
ポニョ:つまり、おいら達が、もし、大きな霊力を身体に取り込むんやったら、いろんな不都合が肉体に起こるけど神の化身やからと言って、それを、避けて通りません。と言うておられるんやろ。だから、子供の時にも、大きな霊力が入る時に、なんか気狂いみたいになったりして、大変な目に遭われたんやったな。
ヨシオ:その通りや。ババは、肉体をとるってとても面倒臭いことや。と言ってられる。本当は、人の身体なんか取らなくても、いろんな事が出来るし、そっちの方がやり易いんや。でも、人に、神さんを愛してもらって、親しんでもらう為に、人間の身体をとって、人間のように振る舞って、わざわざ大変な道を選んで歩んでおられるんやで。だから、ババは療養中に親しい帰依者に,サマディをしたいとおっしゃたんや。だって、身体を離れて、霊体だけになった方がもっと楽にいろいろ出来る。だから、ババがやっておられる事は、頭のてっぺんから足の先まで、一点の曇りもない無私の愛そのものなんや。ババがやっておられること全ては、愛なんや。だから、愛の化身と呼ばれているんや。
ポニョ:ババは、そう言うたら、私がこうして皆さんの前を歩いてダルシャンを与えているだけでも、あなた達の為にとてもいい事なのに、あなたの為にしているのにそれを分かっていない。インタビューばかり望んでいる。と言われたことがあるな。
ヨシオ:今回も、肉体から一時的に離れられているけれど、それは、大きな神の計画の一部なんや。というのも、これからサイババさんは、世界中の空に現れたり、全ての人のハートに直接話しかけたり、また、何千、何万と身体を分けて人々の前に現したり、山脈を持ち上げられたりされると予言されている。
ポニョ:それって、すごい霊力を使うやろな。
ヨシオ:だからやねん。肉体を離れられた一つの理由は。来るべき、人類の歴史上、比類なき奇跡が連続して俺たちの目の前で展開されるんや。
だから、そのためにも、いろいろと制限のある肉体を投げ捨てられて、霊体だけとなって神の無限の霊力を全人類の目の前に現されるんや。今まで、いろんなアヴァターがこの世に生まれ変わって来てくれたけど、これほどすごい力を人類に示されるアヴァターは初めてなんや。
そういうことを理解すれば、今こうしてこの時代に生きているって事が、どれほどラッキーなのかが分かるはずだ。
ポニョ:すげ〜。寒イボが立ってきたぜよ。おいら達は本当にすごい時代に生きてるんやな。なんか、めちゃ嬉しくなってきたぜよ。
ヨシオ:それではポニョが興奮して寒イボが立ってきたところで、サイババさんの話に入ります。
以上、過去記事から引用しました。
ポニョ:つまり神像が大きければそれだけ霊力を蓄えられるので、しっかり礼拝をしていかないかんということやろ。小さければ、毎日しなくても少し神様のことを思っただけで、霊力が補充されて行くので大丈夫なんや。
ヨシオ:大きい神像にはそれに見合った霊力を送り込む礼拝をしないと、霊的な効果が望めないし、御利益も得ることは出来ないんや。俺は、デリーにあるシルディの寺院に行ったけど、そこには大理石で出来た巨大な、鉄人28号のような大きさのシルディの像が安置してあったんや。御足に触れさせてもらったけど、すごいバイブレーションで、頭の中が真っ白になるほどやった。その時お袋も御足に触れたけど、お袋は俺より霊的に繊細な分、その神聖な影響を受けて、涙がちょちょぎれるぐらい出てたな。もう腰が抜けてしまって、しばらくの間立って歩くことも出来ないので、その場に息子と三人で座ってバジャンを聞いていたな。その頃、俺たちはシルディババの事を知らなくて、サイババ寺院があるって聞いたので行ったんや。すると祭壇で待っておられたのは初めて見たシルディババの像やったんや。
ポニョ:でも、それを見てお袋さんは、以前見たことがあるって泣いておられたんやったな。前世の記憶が蘇った瞬間やったんや。以前に霊力が物質の中にしっかりチャージ出来ると、その物体を浮かすことも出来るっていう記事も載せたことがあるな。
ヨシオ:ああ、確かそんな事も話したよな。インドのある寺院の神像はそんなに大きくはないけれど、人々の霊力が入っていて24時間一年中、宙に浮かんでいるんや。
ポニョ:そういや、ババがマドラスのシルディババの寺院の中にある神像に霊力を注いだ時に、その神像は宙に浮いたよな。霊力ってすごい力をもたらすことが出来るんや。おいらも少し欲しいな。
ヨシオ:その話をし始めると切りがなくなるのでまたの機会にしよか。
ポニョ:なんやせっかく乗ってきたのに。
マントラの力やヤントラの力よりも強力なのは、清らかなハートです。
信仰は、神の御座であるハートから生ずるものでなくてはなりません.
今日、私が教えた5つのマントラをあなたの不断の同伴者とし神への信仰を強めなさい。
それによってあなたは必ず神我顕現を得ることが出来ます。
神への不動の信念によって、霊力は強化され甘美な至福を享受することが出来ます。
疑ってはなりません。人生において何事を成し遂げるにも、神への信念こそ肝要です。
信念が無ければ、ごく平凡なことでさえ成し遂げられません。21/7/86
現実の生活において、人は生と死の秘密を理解できずにいます。
多くの人が、死の特性を発見しよう、死後何が起こるのか、死の背後にある神秘とは何かを見出そうと試みましたが、答えを見つけることはできませんでした。
そのため、深い探求心を授けられていた者たちは、すべての生き物の奥底には一つの力が存在し、その力は神から来ているという結論に至りました。
彼らはその力を神と名づけたのです。そして、神の力が存在すること、そして、それは人間の理論を超えており、宇宙にみなぎっていると結論づけました。
その力は何なのでしょう? 人は目に見えないものをどうやって認識できますか?
そのようなものを信じるべきなのでしょうか?
ポニョ:この前は、せっかく乗ってきたのに途中で話が切れたけど、霊力の話題やったな。
ヨシオ:霊力というのは想念の力と結びついているんや。その想いがきれいで純真な心から出てようが、悪い思いから出てようが関係ないんや。霊力ってまるでナイフみたいなもので、お医者が持てばメスとして使われたり、シェフが持てばそれを使ってポニョが好きな美味しい料理を作ってくれる。でも悪意を持った人が使えば悪魔儀式のようなものに使って、人を呪い殺したりすることが出来るんや。
ポニョ:以前も記事にしたけど、ブラックマジックとホワイトマジックの違いやな。バリ島のサヌアという村やったかな、そこでホワイトマジックの行者の元で修行していたオーストラリアの女性が、自分の身体から魂を抜け出している間に、その行者と敵対関係にあるブラックマジックの行者に魂を豚の中に入れられて元の身体に戻って来れなかった話やったな。
ヨシオ:その事件は新聞にも載ったし、結構当時は有名な話やったな。人は誰かを陥れたい時、ブラックマジックの使い手に頼み、マジックをかけられた人は、それを防ごうとしてホワイトマジックの使い手に助けてもらうんや。このように霊力って道具みたいなもんやな。
ポニョ:ヒラニヤカシブも人類きっての霊力の持ち主やったんやろ。だって地球の自転のスピードを変えれたし、北極星まで行くことが出来たんやもんな。
ヨシオ:神さんが創られた創造のドラマでは彼は何度も生まれ変わって、カムサなどの神に敵対する悪役を演じているけれど、本当の彼の仕事は天国に入ってくる魂が、天国に入るのに相応しいかどうかをチェックする天国の門番やったんやで。
ポニョ:ああそうやったんや。だから、それだけのパワーを持ってるんやな。でもなんでそんな素晴らしい仕事をしてたのに悪もんになってるんや。
ヨシオ:ああいう仕事をしていたら、自分も早く神さんのところへ行きたいと思うのが人情やろ。だから神さんが門番に、私の元にたどり着く為に、私の敵になり悪もんの役になって少なく生まれ変わるか、良い人で普通の人生を歩んでたくさん生まれ変わるか、どっちを選択するか聞かれたんや。それで、悪者になっても神さん自身に殺されるんやったら嬉しいです。早くあなたのところに行きたいって言ったんや。
ポニョ:それで、神さんの創られた劇の中で悪もんの役をしてるんか。本当に、この世界は全て神様がお創りになられた劇なんやな。
ヨシオ:だから、この世界は本来は全ては善なんや。全てが愛、愛、愛で出来ている。一見恐ろしい事件や、おぞましい出来事が起こっているように見えるけど、全てはなるべくしてなっている、起こるべくして起こっているんや。
ポニョ:世界が全て愛、愛、愛で出来てるって見るのんて難しいよな。そんなメガネが有ったらええな。いつもかけて歩きたいな。でも最近、久々にあるニュースを聞いてカリが来たんでツイートしたんや。それは、イギリスのモンサントの社員食堂に出入りする業者は遺伝子組み換え食品を提供してはいけないんやて。それにその会社の前CEOは自分の子供にオーガニックミルクを飲ませているけど、モンサントが開発した飼料を食べさせて、二割多くミルクが出ている牛のミルクを飲まさないんやて。腹が立って、こんな世界においら達は住んでいるんや、腹立つ。みんな怒ろうぜ!とかというツイートをしたけど、後で落ち着いてよく考えたら腹立ったらいかんな、クール アンド カームで行こうと思って削除してしもたわ。
でも、ビルゲー出るツや、グロエリの宣伝売女ガガがやってる例のバケツで水をかぶるキャンペーンも、悪魔の洗礼の儀式やろ。ガガが持ってる洗面器はバケツと違って底が丸いやろ。あれは洗礼で使う容器と一緒の形なんや。それにそのキャンペーンで集めた金のほとんどは最終的にその難病を治療する薬を開発している会社に行くんやろ。
その会社は、胎児から採った細胞を使っていろんな薬を開発してる悪魔の会社やで。腹立てへんか?
ヨシオ:ポニョはすぐに感情的になるもんな。俺も熱くなりやすいけど。
ポニョ:話は戻るけど、そういう霊力を得たいがためにドラッグを使うのが一時期流行ったよな。その事も記事にしたっけ。
ヨシオ:ババはそういうのは良くないって言われているな。その事についての過去記事を少し引用してみよか。
霊的体験をするのにドラッグを使ったり、天才ばかりを集めて交わらせて優秀な人類を創るとか、特殊な染色体を持ったものだけで特別なグループを作るとか、そういう血統を持っているものだけで世界を征服するとかは全てイルちゃんが実際やってる事なんや。
ヒットラーのやってた優生学とか聞いたことがあるやろ。そんなことも全て繋がってるんや。
これらは全部、昨日説明した事、つまり霊が肉体や物質世界をコントロールしているという霊的法則の大原則を無視して、それとは反対の、ドラッグとか、血筋とか、染色体とか、松果体とかをなんとかすれば霊的な体験をしたり霊的な力を得ることが出来るという危険な考えと結びついとるんや。
こういう間違った思想を元にして、全く霊的な法則のABCを分かっていないイルちゃんたちが、世界を混乱に陥れているんや。
昔、スタニスラフ・グロフという人がLSDを使って至高体験を得る方法というのを研究し、それに感銘を受けたニューエイジ世代と言われる若者が影響を受け、薬の力を借りて霊的な体験をするということが、一時期ヒッピーなんかを中心に拡まったんや。
インドでもハッシッシのようなドラッグを使って、霊的体験をさそうとするヨギもいてるが、これはさっきも言ったように身体の機能を感覚をマヒさせ、霊体が肉体から出易いようにするだけの話で、霊性修行によってなし得る行為を薬物によって同じ体験をさそうとするものなんや。
そのため薬物を使えば誰でも肉体から半分抜け出ることが出来るので、霊的体験をしたように感じ、いわゆる至高体験の大安売りになってしまったんや。
サイババさんは、これらのドラッグを使って得られる霊的体験は良くないと言っておられる。というのも霊性修行によって五感をコントロールすれば、自分は肉体ではないということが実感出来る。それは霊性修行における自然のプロセスやねん。
ところが、ドラッグを使って、まだ感覚のコントロールも出来ていない人が、例えば性的欲望の強い人の霊が身体から離れてしまうと、そういう周りにウジャウジャいてる霊的レベルの低い霊たちの波動の中に取り込まれてしまう事になってとても危険なんや。
たとえ、肉体から離れることによって霊界を垣間見れたとしても、その人が持っている低いレベルの欲望を持っている低級な霊がやって来て悪さをされるか利用されるだけなんや。
というのも、そういう欲望をいっぱい持っている低級な霊たちは自分の欲望を満足さそうとして、似たような欲望を持っている人の身体を乗っ取ろうといつもチャンスを伺ってるんや。
このような体験は真の霊的体験とは程遠いことなんや。
みんなは間違って霊的能力をつけるということは、テレパシーとか、浮揚力とか、トランスポーテーションとか、予知能力とか、マインドリーディングとかの能力をつける事だと思っているけれど全然違う。本当の霊的体験とは神を体験すること。
瞑想も一緒。神を体験することが瞑想なんや。
それに、ドラッグなどを使って自分は霊的体験をしても、次からドラッグを使わないとそういう体験は出来なくなるから、結局その人の霊的進歩を遅らせてしまうことになる。
また正しい方法で霊性修行をしてる人でも、五感をコントロールし霊性修行が進むに連れていろんな霊的能力が自然に身についてくるけど、これらの霊的能力を無視しないと終着駅つまり神さんの元にたどり着く前にこれらの霊的能力に魅了されてしまい、そこに留まってしまって途中下車をしたのと同じことになってしまうんや。
霊性修行を正しくしている人はそういう超能力と言われているものに興味はないし、得たいとも思っていない。彼の唇は、神の御名を唱えるのに忙しいんや。
だから、ラーマクリシュナパラマハンサはそういう霊的能力を用いて奇跡などをするグルから離れておきなさいとアドバイスをしたんや。つまり、その修行によって奇跡をする能力を身に付けたグルたちは途中下車した人たちやから。
だから、ラーマクリシュナの信者の人は奇跡をするサイババさんのことを、そういう類のグルだと勘違いしている人が多いんや。
でもサイババさんはそうでは無い。神の化身が執り行う奇跡は修行によって得られたものではなく、生まれながらにして持っている生得のものなんや。
それは、神が化身として降臨された時にくっついて来るもんなんや。
だから、神の化身であったクリシュナが村を守るために大きな岩山を持ち上げたり、ナラカという地球に衝突することになっていた小惑星を破壊したりしたこと、そういう事全てが、人類のために神様がお遊びでやっておられることなんや。
さっきも言ったように霊的な能力とは、日々の生活で如何に愛そのものである神を体験でき、そして、その体験した愛を自分の周りの人々に広めて行くことなんだけれど、そうすることによって自分自身の神聖さがどのようなものか、つまり本当の神の愛を体現しているかが自らの行為によって試されるんや。
そういうことが出来る人、自分が体現した神の愛を周りの人々に与える能力を持った人のことを霊的能力が高い人と言うんや。
つまりその人の見かけは普通の人やけど、神の化身と一緒なんや。
その人は生き神さんになったんや。
神さんと融合するのに身体を脱ぎ捨てるまで待つ必要は無い人なんや。
そういう人は、いろんな霊的能力を持っていても決して見せびらかしたりしないし、それを自分のためには使わない。
そういう人の毎日の生活の一つひとつが愛で溢れているし神を体現している。
また瞑想をしていても、瞑想の後に嫁さんと口喧嘩したり子供を怒鳴り散らしてたら瞑想をしてる意味がない。
愛がいっぱいで、いつもポジティブな生き方をし、ニコニコ顏の似合う人になりましょう。
"真の瞑想とは、あらゆる場所{や人}の中に神の存在を認め、その意識を、私たちの行う小さな一つ一つの仕事の中にまで、表現することです。PN"
ポニョ:ルッドラムのチャマカム第十一章は、神様からこれらの数字を使っても良いですか、という許可を得るお祈りだ、なんて「サイババが帰って来るよ。Part1」にいちびって書いたけど、おいらが時々遊びに行くすまさんのブログにこれらの数字は、DNAに関する数字だよ。ということが書いてあったで。
ヨシオ:ほう。それは知らんかったな。さすがすまさんやな。よく調べておられるわ。俺も、なんでこんな中途半端な数字ばっかり並べてあるんかなと思ってたんや。もちろん深い意味はあるんやろうと思っていたんやけど、やっぱりそうやったんやな。道理で、このルッドラムを唱えていたら身体の細胞の一つ一つが躍動するはずやな。
ポニョ:おいらも、このルッドラムを唱えていたら自分の意識のレベルが一つも二つも上に行くような気になるな。というわけで、そのすまさんの記事を引用しますね。
http://ameblo.jp/smanalo/entry-11921157595.html
パート1に入っている「認知症も癒すヴェーダの力」シリーズに、チャマカムの11章は神から数字を使う許可を得るお祈りで占められていると書かれていますが
最近チャマカムを唱えていて、この11章ってすごく不思議だなと思いました。
1章から10章までは富や知性、食べ物、幸運などありとあらゆる具体的なものを祈り求めているのに、最後の11章になって数字に関して望むものを列挙しています。
(略)
この部分の英訳を直訳するとこうなります。
これらを私にお授けください。
1、3、5、7、9、11、13、17、19、21、23、25、27、29、31、33
4、8、12、16、20、24、28、32、36、40、44、48
なんですかそれは。意味不明すぎ。と思いました。
もちろん各数字には固有の意味があり、例えば数字の1はプラクリティであるとか3は三つのグナを表すとかいろいろあるのですが、
なぜここでこうした数字が出てくるのかについて面白い解説を見つけました。
サシダラン博士によると、これらの数字は生命と知性の進化を可能にするアパあるいは水を形成する高分子鎖を表し、アパとはDNAの窒素塩基対以外のなにものでもない。
1から33までの数字はミトコンドリアDNAの3万3000塩基対を表す。
4から48までの数字は4800万のDNA核塩基を表している。
ふたつのDNA塩基のセットは、人間の生命の進化発展と人類の幸福の維持をもたらすために結びつく。
帰依者がこれらの数字の恩恵を祈るとき、実は人類の安寧と幸福の維持をもたらすすべてのDNA塩基を授かることができるように祈っていることになる。
だそうです。
私は人生で初めて塩基という言葉を使いましたので、正直理解できてないです。
この解説が正しいかどうかもわかりませんが、とにかく壮大ですよね。。。
(参照:https://sites.google.com/site/mathematicsmiscellany/mathematics-in-chamakam)
引用終わり
ヨシオ:ということは、ポニョのチャクラの位置が胃袋からハートや喉仏にあるチャクラに昇って行くってことやな。
ポニョ:そういう事になるんかな。でも、いつも唱え終わったらお腹が空くけど…。
ヨシオ:それやったら、全然チャクラの位置が変わってないやんか。何が、意識のレベルや。ポニョがえらい難しい事を言い始めたなと思ったらこれやから。ガクンって来るな。大体、胃袋から上にチャクラが昇れば、お腹が空くっていう感覚が感じられなくなるで。
ポニョ:それは、おいらには永遠に無理な話やな。でも、最初の頃、唱え始めた時には、身体中が熱くなって汗だらけになってしまったけど。あれは自分の汚れた細胞が、シヴァ神のレベルで振動する時に起こる身体の自浄作用やったんやろか。今はスイ〜スイ〜と泳ぐみたいな感じで最初から最後まで気持ち良く唱えられるで。それに、唱えている最中にババの教えや、霊的な事柄についての答えがフット浮かんで来る事もあるんや。
ヨシオ:それはええな。俺もそんな風に感じていたな。なんか、身体から魂が離れてしまうようなフィーリングやろ。でも、ババはヴェーダを唱えているサンスクリット語がペラペラのブラミンの坊さんでさえ、頭の中は世俗的な事を思ったり考えたりしてる。と言っておられたから、ルッドラムを唱えている間は、世俗的な事は思わんと出来るだけ自分が唱えているヴェーダの意味に集中したり、眉間にある第三の目の位置に集中して唱えた方がええんやろな。
ポニョ:そうやな。おいらも唱えている間中いろんな想念が湧き上がってくるな。以前にも記事にしたけど、ルッドラムを唱えているとシヴァダンスと言われる原子の動きが、自分の身体の中で活発になるって分かるよな。
ヨシオ:そうやな。俺の場合は一日三回唱えているけど、毎回唱える度にシヴァダンスをしてる宇宙意識と一体になるっていう感じがするな。良い贈り物をサイババさんからもらったなって喜んでいるんや。最初覚え始めた頃は、毎日何度も朝から晩まで繰り返し聴いてたから、夢の中までルッドラムを唱えてたな。今も、一人の時とか気が付いたら頭の中でルッドラムを唱えている時があるな。
ポニョ:あんたのとこに、寄せてもらって一緒に働いているけど、あんたはよく一人で、大きな声でクリシュナとかラーマとか言って叫んでるな。周りに誰もいないから良いけど、都会やったら気狂い扱いされるやろな。
“阿修羅の特質を変容させて、甘露の如く純粋なものにすることのできる神の御名は実に万人にとって、世界にとっての平安の天国であります。
御名を途切れることなく繰り返し唱えること、その御姿と御名を熱烈に愛すること、それこそがバクティ(神への愛、帰依)という呼び名にふさわしいものです。
バクティとは、最高の愛が、そしてもっとも純粋な愛(プレマ)が、神に向けられていることを意味します。至高の平安 P.99”
ヨシオ:ババは毎日神の御名を唱えるのが、このカリユガの時代では一番効果がある霊性修行やと言われているけど、本当に心の中から唱えたら時々大きな声が出てしまうんや。
ポニョ:横におったらびっくりこいたで。突然大きな声出すんやもんな。
ヨシオ:ヴィヤーサというマハーバラータという大叙情詩を作った聖者が、いろんなその当時聖音だけだったヴェーダを編纂して書物にし、聖音をそれぞれのヴェーダに振り分けた時に、幾つかの音が余ったのでそれらの余ったラとかマの音を、全ての人類の為に共通の音として、ラとかマとかをくっ付けて神の御名にしたんや。だから、そこらへんの、ポニョとかヨシオとかいう名前とは訳が違うんや。
ポニョ:なんで、おいらの名前がそこで出て来るんや。でも、この前も言ったけど、ただ単に唱えてても飽きてくるよな。あんたは、クリシュナダスさんのハレクリシュナの歌を聴いたら頭の中にその歌が一日中残るから、それに合わして唱えたらええって言ってたよな。おいらも最近始めたけど、確かに良い方法や。
ヨシオ:俺が住んでいるところはポニョも知ってるとおり、誰も周りにいないし、隣の家まで少なくとも五百メートルや一キロメートルもある。だから、大きな声で神の御名を唱えても平気や。気持ちがええで。すごいバイブレーションを持ってるからな。一度、ポニョも大きな声で歌に合わせて一日中大きな声で唱えてみ。俺の言ってる意味が分かると思うで。これは経験せな分からんけどな。
唱えている途中、突然至福のフィーリングが心の底から湧いてきて、涙が出てきて止まらなくなる時が一日に一回ぐらいはあるな。そんな時、身体中の細胞が音を立てて崩れてしまうような感じがする。自分が溶けて無くなっていくみたいやな。
“このアヴァターがこの世界で悪魔を退治し始めたら、誰もこの世界にいなくなってしまうでしょう。
私はそれゆえ出来る限り、一歩一歩あなた方を霊的に高める為に来たのです。
この素晴らしい機会を逃すことなく,あなた方の人生の目的を果たさねばなりません。
後で後悔しても始まりませんから。
その方法は簡単です。ただ神の御名を唱えることです。p256ANDI”
ポニョ:ヴィベカナンダの師匠であるラーマクリシュナ パラマハンサも、一日一回は神を体験したい。と言っておられたけど。そんな感じなんかな?パラマハンサは、その日の夜になっても、その日にまだ女神様のヴィジョンを見れてなければ、とても悲しくしておられたそうやな。
ヨシオ:そのようにして毎日、神様を体験できれば人生が神聖化されるよな。別に何処か等別なところに神様を探しに行かなくても、自分の心の中をほんの一センチほど覗けば、そこにいつも神さんがおられるんやもんな。ちょっと覗いてね。いつも待ってるよ。と言って首を長くして待っておられるんや。
ポニョ:その、神さんをおいら達はいつも無視して生活してるんやな。
ヨシオ:前にも言ったけど、何かやる前にいつも神さんと話す癖を付けやらええと思うで。買い物をしている時も、「ババさんこれどう思う?私に似合うかな?買って帰ろうと思うんやけど?」とか聞けば、「前にも似たようなものを買って全然着ずにタンスにしまったままやんか。」とか言ってくれるで。その自分の心の声を聞いて毎日生活することが出来れば、それが霊的な自信につながり、霊的に満足して行けるんや。霊的に満足した人は、他の人にも自分が体験した満足感を分け与えたいと思って、いろんな困っている人や助けを求めている人の光となって、世の中を明るく照らしていける人になって行くんや。
ポニョ:そういう人は、神さながらの人になるんやな。おいらみたいに、頭の毛が少なくなっている人は、その人の存在自体が世の中を明るく照らすことが出来るんや。
ヨシオ:ちょっと違うけど、ポニョがそれでハッピーやったら、今日のところはそれでええ事にしとこか。
“神の御名が如何に強力であるか、自分自身で探求しなさい。
~一切は神から来ました。普通の人は、全てのものの根源をさかのぼって見極めるという基礎的な探求をしません。
しかし、科学者でさえ今やこの基盤を発見しようと研究に励んでいます。
実際、神の御名は全宇宙の基盤です。
御名とは、如何なる者をも等しく神と見る手段です。
それゆえ神を認識し、御姿のヴィジョンを拝する最善の方法は御名の憶念です。2/3/92
至高の神の御名が如何に甘美で神聖であるかを、言葉によって表現することは不可能です。
あなたが帰依の心でもって唱える神の御名は、その熱意に比例してあなたに恵みを授け歓喜を与えます。
声を合わせて、神の御名を唱えるように努力しなさい。
今日、空、風,火、水、地という世界の五大要素は汚染されています。
清らかな水、澄んだ空気を得ることは出来ません。
耳にする音も汚染されています。
大地も汚染されています。
カリユガはカルマシアユガ(不浄の時代)になりました。
これらを清めるためには至高の神の御名を唱えるのが唯一の手段です。
今日の人々は、多くの時間をテレビやビデオ映画を見ることに費やします。
このような時代に生まれた子供達はテレビ時代の申し子といっても差し支えないでしょう。子供たちは幼い時からテレビタレントのように振る舞い、人目を引くことを好き勝手にしたがります。それは両親の責任です。3/3/92”
ポニョ:読者の皆さんから、なんで電子本に新しい記事を載せてるのに、ブログには載せないんや。とお叱りを受けてるで。
ヨシオ:俺たちがブログを立ち上げたのは、警告をしてその準備をしてもらう為なんや。だから、当初は、一ヶ月もあれば俺たちの情報を拡散するのは充分やから、一ヶ月限定で俺はポニョの話に乗ったんや。それが半年も続いてしまったな。
ポニョ:毎日十二万人も人が見てるある有名なブログに俺たちの記事を毎回アップしてもらって、本当にたくさんの人がアクセスされてたよな。あんたも、コンピューターも持ってないし、ネットも来ていないオーストラリアのど田舎に住んでいるから、コンタクトをしようと思ってもすぐに出来ないし、記事を毎日アップするのは大変やった。でも、たくさん霊的なことを知っているから、一度に一週間分ぐらい記事を書けた時もあったな。
ヨシオ:俺も、ブログなんて俺には関係ない世界と思っていたんやけど、こんなにたくさんの人に俺たちが書いた記事を読んで頂いて嬉しいです。一ヶ月限定が三ヶ月、そしてそれが、半年まで伸びたけどなんとか毎日記事をアップできて良かったな。ポニョが助けてくれたおかげや。
ポニョ:俺は、ただあんたから話題を引き出そうと相方をしていただけや。ほとんどの記事はあんたが書いたんやからご苦労さんでした。でも、お袋さんの介護で毎日忙しいし、コンピューターとかネットとか携帯が嫌いやったあんたをどうやって説得しようかなって少しは考えたな。そんな時、こんな言い方をしたら失礼やけど、すごいタイミングでお袋さんが亡くなられたもんな。
ヨシオ:お袋が逝ってなかったら、毎日記事をアップなんて到底考えられへんわ。それに、実はポニョにも言っていなかったけど、ババがこういう仕事があるからしっかりやれってメッセージをもらってたんや。
ポニョ:ほう。それは初耳やな。どんなメッセージやったんや?
ヨシオ:ババが夢に出て来られて、俺に金の指輪をくれたんや。指はめてくれたんやけどピッタリで、ありがとうと言うと、また、二つも物質化して俺にくれたんや。それは、一つはスマートフォンの形をしていて、もう一つは同じような形やけれどもう少し大きいねん。
ポニョ:それって、iPadの事と違うんか?
ヨシオ:そうや。それで、これらを使って仕事をしろって言われたのが分かったんや。俺は、そんなん使ったことがないし困惑してたんや。あくる日の俺の六十才の誕生日に、長男が家に来てiPhoneをくれたんや。お父さんこれ使ってと言って。その後すぐに、他の子供達も金を出しあってiPadを買ってプレゼントしてくれたんや。
ポニョ:そんなことがあったんか。知らんかったな。でも、ネットは使えないんやろ。
ヨシオ:町に出た時に使うんや。そして、それらをもらった後すぐお袋が突然亡くなり、バタバタして葬式が済んだ時にポニョから連絡が入ったんや。普通やったらそんな話は断ってるけど、ババがもうこんな仕事をやれってメッセージをもらってるし、iPadやiPhoneももらっているので、やるっきゃない、という感じやったな。
ポニョ:半年もいろんな警告やババの教えや、グロエリの悪巧みを発信して来たから、もう充分やろ。あとは、ドンと来た時の為に準備をするだけやな。
電子本Part1にも載せたけど、地軸が傾く原因は、太陽ストームが地球を襲って地磁気が弱くなり、その結果地殻とマントルの吸着力が弱くなってツルリと地殻が滑るっていう話やったな。
“多くの自然災害は人為的なものなのです。
地震、火山の噴火、戦争、洪水、飢饉や他の災害は厳重な自然の乱れの結果です。
それらの乱れは人の行為の帰結なのです。
人は、未だに人と自然の関係を完全に理解していないのです。”
地球は一つの球です。
球を安定な状態にしておくには、バランスをとらねばなりません。
今、限度も無く天然資源を消費し、地球のバランスが崩れば地軸が傾くのです。"
ヨシオ:時々ソーラーストームが地球を襲うけどな。
ポニョ:そうやな。エドガーケイシーこのように言ってるしな。
「その変動だが、われわれの見るところ、これらは1958年に始まり、大異変と両極の移動が織り成す変化をもって終結するのである。…」(378-16)
「…北極南極に異変が起き、それが熱帯地方の火山噴火を早め、両極の移動を起こす結果となるだろう。…」
「その変動だが、われわれの見るところ、これらは1958年に始まり、大異変と両極の移動が織り成す変化をもって終結するのである。…」(378-16)
「…北極南極に異変が起き、それが熱帯地方の火山噴火を早め、両極の移動を起こす結果となるだろう。…」
地球は、磁石と一緒やから、磁石が北を指すことで分かるように地球自身の作る磁場がある。この地球磁場を地磁気というんや。
それが、ソーラーストームで弱められて…
ヨシオ:ツルツル、ツルリンコ、やな。
ポニョ:なんや、ツルリンコって頭の毛があまり無いからって、余りからかわんとってくれるけ。
ヨシオ:ポニョの髪の毛の事なんて一言も言ってないやんか。
ポニョ:でも、ババの言われていることって、いつも理解出来るって云う訳ではないもんな。まあ何れにしても、ブログの役割は終わったと判断したので電子本にだけ記事を載せています。
ヨシオ:ババがもうすぐしたら、空に現れたり、影分身の術を使って世界中に同時に現れたりしたら、たくさんの人々がこの俺たちのブログを読まれたり、電子本を読まれたりするのは目に見えているんや。だから、今の間に電子本を充実させてるんや。
ポニョ:おいらも、その合間を縫って相棒のところでアクアポニックスのシステムを作りに来ています。この事についても、ババからメッセージをもらったんやな。
ヨシオ:そうやねん。あれは家族中で驚いたな。ババが夢の中でダルシャンを与えてくれたんや。そして、俺にノンハイブリッドの種を沢山買いなさい。と言われたんや。
その時、ちょうどポニョからアクアポニックスの事を聞いていたんで始めようとしていた時やったんやそれで、ババはそれをやるには金がいるから受け取りなさいと言われて、くれたんや。
目が覚めてすぐに嫁さんが街に行く用事が有ったので、ついでに銀行口座に入金があるかどうかチェックしてくれるかと頼んだんや。すると、驚き、桃の木、山椒の木やないけど大金が入っていたんや。送金先を調べたら、二十五年ほど前に俺が人助けだと思って立て替えていた金が有ったんや。それを二十五年分の利息を付けて返金してくれてたんや。すっかり忘れていた金やったから驚いたな。
ポニョ:それを使って大きなアクアポニックスのシステムを作ってるんや。種もたくさん買ったしな。
ヨシオ:とにかく、人生の全てをババに委ねたらいろんな神の仕事が舞い込むから面白いよな。人生が楽しいな。
ポニョ:おいらも、そのおこぼれをもらって嬉しいぜよ。これからも、よろしくね。
ヨシオ:こちらこそ。これからが、本番やで。いろいろ起こるで。人類史上最も素晴らしい神の奇跡がこの地球の全ての場所で見れるんや。自分たちが実は、孫悟空のように神の手のひらにいてたって分かる時が来るんや。
近い将来、サイの栄光は世界中に広まるでしょう。
それは千倍にもなって大きくなるでしょう。
その理由はサイの使命が本質的に善に基づいているからです。
どのような汚らわしさもありません。
すべての行為は純粋な動機から出ています。
サイのすべては真理にもとづいています。
サイのすべての活動は誰か他の者に頼らず執り行われています。
それでいて、すべては何の問題も無く、粛々と進められています。
収穫が終わると籾取りが始まります。
風は籾殻を吹き飛ばし、籾のみを残します。
この例えのように残った籾とは真の信者のことなのです。
そして信仰心の定まらぬ者は籾殻となって吹き飛んでいくのです。
これが真の信者かどうか選り分ける過程なのです。SS12/93p333
世界は神の身体です。その身体に癌ができれば取り除かねばならない。
利己主義の増大に対して物質的反動とある種の調整作用と整理が起こる。p129サイババ世界の危機を救う。
高度な物質生活の追及が社会を荒廃させた。P244(同)
知識や発明の才や富ではなく、人格が力となる賢明な知恵が国々の会議で尊重されるだろうP258(同)
アバターは最近、将来の世界地図を物質化した。そして地球表面にいくつか環境調整変動が起こるだろう。そしてそれに伴い人口が減少するだろう。といった。P259(同)
ゴールデンエイジが到来するでしょう。
私が天空を横切り大空を講堂に使うときが来るでしょう。P400(同)
今後、全世界は必ずプラシャンティニラヤムに集まります。
プラシャンティニラヤムは心身の病を癒す神聖な治療殿堂となります。23/11/91
神の栄光は日増しに高まり、皆さんに喜びと至福をもたらします。
まもなく地球上からあらゆる不安が根絶されます。
今日、私たちは至る所で暴力行為を目にします。
しかし、何が起こっていても、それはある意味ですべて皆さん自身のためです。
だれもが神聖な思いをもつようになります。
すべての人が神の至福を味わうでしょう。
まもなく国中が平和と幸福を味わいます。
困難も苦しみもなくなります。
皆さんは苦難に遭うのではないかと考えて、恐れにうちひしがれています。
実際には、悲しみや苦しみといったようなものは存在しないのです。
どうしてそれらが皆さんを悩ますことなどできるでしょうか?16/3/03
困難はやって来るかもしれませんが、それらは最終的には幸福を引き起こします。
ごく近いうちに、この世のすべての人が理想的な生活を送るようになります。
愛は力で得られるものではなく、その「源」から自然に生じるべきものです。
力は恐怖を引き起こし、愛を減少させます。
自分の中から自然に神聖な思いを湧き上がらせましょう。
自分の喜びを他の人と分かち合いなさい。16/3/03
まもなく、全ての国々が一つになるでしょう。
全世界は一つになるでしょう。
カーストや宗教や国籍という狭い考えは消え失せ、全ての人が一つになって神聖さを体験するでしょう。全ての人が愛の思いを深め、お互いを兄弟姉妹と考えるようになるでしょう。21/10/07
私はこの人間の身体を2020年以降も存続させます。Life of Bhagavan Sri Sathya Sai p235 1971
アヴァターが歩むどの一歩も、その足跡もすでに決定されているのです。23/11/68
すべての人類が調和に満ちて生きるという時が近づいています。
その時期は、人々が思うよりも早くやってくるでしょう。
それは、誰も想像できないくらいです。
それは、人の理解を超えています。
私が今言えることは、そのときの美しさは、すべての人が見る夢よりも、もっと素晴らしいということです。SSS Balvikas9/1995vol15p9
全世界は今日、心配事や恐れで苦しんでいる。
しかしすぐにその黒い雲は追い払われ、幸せな時代が全世界に訪れるのを、あなたが見届けられることを私は保証します。SSvol11chap28
もし変化があるとすれば、それは宇宙的規模の変化であって、地域的な変化ではない。それはあらゆるところで起こるのだ。MBAIp18
ゴールデンエイジのサインは、サイの栄光が全世界に広まり、何千もの信者が増えることです。SS12/1993
ごく近い将来にあなたたちは神の栄光が日に日に増し、あなたに喜びと祝福が授けられるのを知ることになるでしょう。すべての不穏さはこの地上から消え去るでしょう。16/3/03
やがて、日がたてば今スワミの真実に気づいていない者でさえも、私を体験し、後悔の涙を流しながら私のもとへ戻ってくるでしょう。非常に近い将来こういうことが起こるのだ。スワミは現在こういうことを起こるのを制止しているが、しかし一旦それが起こることを私が許せば、全世界がプラシャンティニラヤムになるであろう。vol15Chap55
ポニョ:ババがスマホとか、iPadを夢の中で出してくれた話が面白かったな。
ヨシオ:ババが下さったから愛パッドと愛ホーンやな。今までそんなもんを触ったことがなかったから、息子達からもらった時にドギマギしたな。
ポニョ:あんたは、コンピューターとか嫌いやもんな。携帯も持ったことがないやろ。
ヨシオ:昔から、電話って好きじゃないんや。だって、俺はお前がトイレに入っていようが、来客中であろうが、本を読んでいようが関係無く俺と喋れ!みたいな感じやろ。
ポニョ:そんな風に電話の事を思っているって世界中であんたぐらいやろうな。確かに言われてみればそんな傲慢な機械やな。特に、みんなが携帯を持ち始めてどこにいようが何をしていようが関係無く呼び出されるもんな。
ヨシオ:それだけじゃない。その人の電話番号をみんなが知るようになるし、裏からその人に知られないように盗聴することだって出来るってポニョが言ってたやないの。
ポニョ:日本の警察だけではないけれど、会議の時には携帯を持って入ったらあかんねん。スイッチをオフにしていても盗聴出来るし、カメラを通じて周りの様子を見ることだって出来るんや。
それに、GPS機能が付いているのでその人がどこにいてるのかもすぐに分かるんや。
ヨシオ:いわゆる誰かが監視出来るように、作られているんやな。ババは、もし君たちが携帯を持っているんだったら、井戸に投げ捨ててしまいなさい。と御講話で言われたことがあるな。
"今、どこを見ても、人々は映画やテレビ番組を見たり、映画音楽を聴いたりして時を過ごしています。
その上、性別や社会的な地位にかかわらず、ほとんど誰もが携帯電話を使っています。
人々は携帯電話で誰かと話すことで多くの時間を無駄にしています。
見ず知らずの人とさえ話をしています。
娯楽メディアの激増と分別のない携帯電話の使用のせいで、人は自らの価値を失ってしまいました。携帯電話の悪用で、人は頻繁に深刻な問題に陥っています。
特に若い世代がそうなっています。
携帯電話は、ほとんどの場合、適切な使い方をされるよりは、悪用されています。
私は皆さんに、特に青年男女に対して、自分の携帯電話の番号を人に教えないよう忠告します。
人に教えると大きな危険に直面することになるからです。
携帯電話の使用は避けるようにしなさい。
たとえ携帯電話を買ったとしても、分別なく人に番号を教えてはなりません。
中には絶えず何時間も携帯電話で話をし続けている人たちもいます。
これはまったく間違っています。そうすることで、皆さんは罪を犯すことになります。
一度人に携帯電話の番号を教えてしまえば、人はあなたに電話をかけてきます。
あなたは最初はそれを嬉しく思うでしょうが、しばらくすると、相手は頻繁に電話をしてくるようになります。
それによって不必要な接触がなされるようになります。
最終的に、電話の相手はあなたを誤った方向へと引き込み、あなたの人生を駄目にしてしまいます。
初め、相手は「私はあなたの友人だ」と言ってきますが、友人関係はだんだんと恋愛関係を築くことへと通じていきます。
あなたは惑わされ、ついには厄介な問題に陥ることになるのです。
ですから、そうした不必要な接触に付け入る隙を与えてはなりません。
いつも神の御名を黙想しているか、良い本を読んで時間を過ごすようにしなさい。"
ポニョ:でも今では、もう生活の一部やから若い人はそんな事は出来ないやろな。あんたも、スマホやiPhoneをもらったぐらいやもんな。あんたとスマホってイメージが合わへんわ。
ヨシオ:そうやろ。家族や友達がびっくりしてるな。突然iPadの前に座っていろいろやってるから。
ポニョ:でも、息子さん達からのプレゼントがババの意思だって事が分かったから、子供達が驚いていたやろ。
ヨシオ:実は、ババが出て来られた夢をもっと詳しく言うと、最初に金の指輪をババが物質化して指にはめてくれたんや。その後、プラスチックの子供のオモチャのような、人参の形の指輪をくれて、それを俺の顔をやんちゃ坊主みたいに意味ありげに笑いながら指に入れてくれたんや。それで、俺はババに何やねんこれ。プラスチックの人参が付いてるオモチャの指輪なんか付けて、俺が世間様の間を歩き回らないかんのけ。とか、文句を言ってたんや。すると、ババがその人参の指輪にフッと息をかけると二つの大きな指輪に変わったんや。
一つ目の指輪には小さいスマホが付いていてそれがだんだん、普通のスマホの大きさにまで大きくなったんや。もう一つの方も、小さいスマホみたいなのが付いている指輪が大きくなり、iPadになったんや。
ポニョ:それは、おもろいな。でもどうして人参がスマホやiPadになったんやろな。
ヨシオ:俺も、そこんとこが分からんかったんやけど、子供達がいるところでその話をしたら、ええ?どうしてお父さんはそんなババのトリックが分からないの?と言ってバカにされたんや。
ポニョ:と言う事は、子供達の方があんたの夢の中でババがされたトリックの意味を、解く事が出来たって事か?
ヨシオ:とにかく、あいつらはとても直感が鋭くて直ぐになんでもサッと分かるんや。トランプの神経衰弱ゲームをしてもメチャ速いで。
ポニョ:そうなんや。前世は霊性修行を途中で辞めてしまった、ヨギかなんかやって言ってたもんな。それで、そのトリックの謎は解けたんか?
ヨシオ:ああ、子供達の説では、お父さんはiPadやスマホを使ってこれから、ブログに記事を書く仕事が待ってる。今のところは、まだ始めていないけどその仕事がババが意図したように上手くお父さんが成し遂げるとババはその人参の指輪をダイヤモンドの指輪に変えてくれるはずや。と言ってたな。
ポニョ:どうして人参がダイヤモンドの指輪になるんやろ。
ヨシオ:俺も、不思議やから聞いてみたんや。すると子供達はお父さんがこんなに鈍いって知らんかったな、これは面白い。って言うんや。俺は答えを言え、と言うと人参って英語でキャロットやろ。だからダイヤモンドの重さを計る単位であるキャラットと発音が似てるやんか。ババはいつも、言葉で遊ばれるやろ。だから、キャラットの代わりに人参の指輪をくれたんやんか。と言ったんや。
ポニョ:ババがいつも言葉で遊ばれるって事を、知らないと分からない英語のダジャレやな。
ヨシオ:そうすると、しばらくしてポニョからそろそろ俺たちの事を世間に知らせる仕事を始めるぜよって連絡が来たんや。それまでに、苦労して使い方をいろいろ子供達に教えてもらっていたんや。俺の性には合わんなこういう機械は。メールとかスカイプは便利やけどな。
ポニョ:でも、今の若い人は長い間スマホとにらめっこしてるで。出口王仁三郎が大峠の前にはたくさんの人が、小さいテレビの画面みたいなものを持って歩いているって言ってるけど、本当にそのようになっているよな。
ヨシオ:そうか、王仁三郎がそんなこと言ってるんか。時は、近いってことやな。俺の子供達の中では一番末っ子がフェイスブックとかなんか、やってるな。小さい自分たちのバスケのコミュニティを作ってるようや。まあ、俺には理解出来んけどな。でも面白いって言ってる。
ポニョ:その、スマホをプレゼントしてくれた息子さんって、あんたと一緒にババのところにパスポート無しで行った男の子やろ。
ヨシオ:ああ、そうや。嫁さんはその頃、三人のチビの面倒を見ていたので、お袋と二人でインドに行こうとしていたら、ババが夢に出て来たんや。夢の中で、俺とお袋がインドのアシュラムから離れようと、白いまん丸っぽいタクシーに乗ってアシュラムから離れようとしていたんやけど、ババが俺たちを見送りに来てくれていて、俺たちの方に向かって片手を振っておられたんや。でも、もう一つの手は俺の長男の手を握っておられたんや。
ポニョ:ということは、長男をインドに連れて来い、わしがインドで面倒見るって事かな。
それに、その丸っこいタクシーってインドによくあるアンバサダーという車のタクシーやんか。
ヨシオ:俺は、インドに行ってからインドのタクシーがアンバサダーやなんて知ったんや。それで、急遽息子を連れて行くことにしたんや。まだ六才になったばかりやったな。息子のパスポートは無かったけれど、嫁さんのパスポートに息子の写真も付いていたので、これで行けるやろって思い空港に向かったんや。
ポニョ:それは、無茶な話やな。普通、お母さんと一緒でないとそのパスポートは息子さんのトラベルに使えないで。
ヨシオ:俺は、そういう情報に疎いんや。ババが意図したらなんでもOKやと思っていたから、とにかく空港に連れて行ったら、案の定、出入国管理官に出国を止められたんや。
ポニョ:そりゃ当たり前やろ。無茶やるなあんたは昔から。
ヨシオ:でも、俺は「この度はただの観光旅行と違うんや。神様に会いに行くんや。子供のチケットも買ったし出国させてくれ」と頼むと、「後で誰がこの子を出国させたか分かると私が大きな面倒に巻き込まれる。それに帰国した時にも大きな問題だ。パスポート無しでは多分この子は再び入国出来ないだろうな。罰金も二百万円近く払わなくてはいけないようになる。それでも良いのか?」
と言われたので、「構わん。神様が面倒見てくれているので大丈夫だ。俺には神様が付いているんだ。」と言うと、「私は長い間この仕事をしているが、あんたみたいな人は初めてだ。それではどこに行くのか知らんが無事に帰って来いよ。パスポート無しで。」と言ってハンコを押してくれたんや。
ポニョ:聞けば聞くほど無茶苦茶やな。その管理官はよく出国させてくれたな。ところで、エコノミークラスのチケットしか持っていないのにファーストクラスに案内されたんやて?
ヨシオ:そうなんや。客室乗務員にこれはなんかの間違いや。俺たちはエコノミークラスのチケットしか持っていない。と言うと黙ってニコニコしながらファーストクラスの席に案内されたんや。
ポニョ:それはババがやられているとしか考えられないな。ところでインドに入国する時は大丈夫やったんか?
ヨシオ:いや、やはり入国管理官に止められたな。この子のパスポートはどこやって。それで、無いって言うと、どうやって出国出来たんや。信じられない。と言ってブツクサ言いもって俺のパスポートをチェックしてたんや。そして、パスポートの中にババの写真を見つけたんや。そして俺に、お前は中国のパスポートを持っているけれど、中国人の中にもサイババの帰依者がいるのかと言われたので、神の信者に国籍は関係ないだろ。その神に会いに行くんや、と言うとオームサイラムと言って入国許可のハンコを押してくれて、両替所まで親切に連れて行ってくれたんや。
ポニョ:ババもいろんな信者を抱えておられるけど、こんなに手間がかかる帰依者の面倒を見るのは嫌やろな。
ヨシオ:ババが俺たちが出る直前に夢に出て来られたからやんか。ババはいつもギリギリやからな。俺のせいと違う。
ポニョ:多分あんたの帰依心と試されたんやろ。パスポート無しでも子供を連れて来るかなって。
ヨシオ:そういうことなんやろな。ババは帰依者たちの帰依心を試して面白がられるという、いけずな性格を持ってられるもんな。覚えてるか?ヴェンタカタギリの王様の亡くなられたお母堂が王様に言われたアドバイスを。
ポニョ:ああ覚えているぜよ。ババが何か望みは無いか?と聞かれた時、亡くなったお母さんに会わせて下さいって頼まれたんやったな。それで、肉体を持たれたお母さんが壁からスッと出て来られて王様である息子さんに忠告をされたんや。
私の祖母は1947年に亡くなり、スワミが初めてヴェンカタギリを訪問されたのが1950年のことです。
そのとき父はスワミに、亡くなった母親に会わせてくださいとお願いしました。
祖母の名前はラトナンマです。スワミが「ラトナンマ、おいで」と仰いました。
すると祖母が、夢のようなぼんやりしたものや幽霊なんかではなく、生身で壁から姿を現したのです。
祖母は本当に生前と同じように見えました。私たちは彼女の足に触れました。
祖母は父に「この方はあなたが崇拝しているラーマ様ですが、クリシュナ様のような特質をお持ちです。神の囲いから離れるかどうか確かめるためにあなたをだまそうとなさいますから、気をつけなさい。この方から離れてはなりません」と伝えました。
数分後に 祖母はゆっくりと出現した場所へ帰っていきました。
ヨシオ:このようにババって騙そうとされるんやったな。これはカリユガって一人ひとりの中に善と悪があるから、その悪にどれだけ一人ひとりが打ち勝っていけてるか神さんが試されるんやろうな。ということで、俺も、パスポート無しでも世界旅行が出来ることを証明したな。
ポニョ:そんなん証明しても何の意味も無いやんか。
ヨシオ:少なくとも、神さんと一緒やったらなんでも出来るっていう事の証明やんか。
ポニョ:あんたしかそんな事しないやろな。むちゃくちゃや。
ヨシオ:むちゃくちゃかな?全てを神に委ねたらなんでも出来るんや。
“どうやったら限りある人間の力を限りない神の力に変えられるのでしょう?
その為には、すべてを神に委ねるのです。SGc2”
“あなたの力は宇宙の中にあり、宇宙の力はあなたの中にあります。
皆さんは誰か他の人を偉大な人間だと思っています。
けれども、あなたより偉大な人間など存在しません。
あらゆる力と可能性はあなたの中にあるのです。
引力と磁気エネルギー、電流、光、火、エックス線も生まれつきあなたに備わっているのです。
すべての人はコンピュータであり、発電機であり、光源であり、無線局であり、あらゆるニュースも私たちの中にあるのです。20/5/95
人間の肉体が特別なのは、神の力の80%までがそこに内在しているからです。
動物の体には15%位しか存在していません。
人間は自らを高めて神と一体となることができますが、動物は、決して生まれ持った状態から自由になることは出来ません。CWSSBJp270
人間は、ほんの小さな存在であっても、神の大きな力とつながり、一つになれば、果てしない力、どんなことも出来る力が生まれます。SGc2”
ポニョ:いくらババに全てを委ねるって言っても、パスポート無しで普通は飛行場に子供を連れて行けへんで。もし、万が一本当に断られたらどうするの。
ヨシオ:その時は、ババが子供を呼んでおられないと理解して、連れて行くのをキャンセルすれば良いだけの話やんか。子供を一人でタクシーで家に帰らすだけや。
ポニョ:帰らすだけってあんた、なんでもそんな簡単に飄々と物事を決めれるな。
ヨシオ:俺なんか、家族の中ではまだこれでも、お父さんはいろんな事にこだわりすぎや、なんて言われるんやで。何でもっとシンプルに生きられないのかって。
ポニョ:一体どんな家族やねん。おいらが以前オーストラリアのあんたの家族のところにお世話になった時に、一週間ほど北の方に車で旅行をしたけど、確かに変わっている家族やったな、って思ったぜよ。だって子供が五人も狭い車の中に閉じ込められて、オーストラリアの単調な外の景色を眺めながら五百kmに一回のガソリンスタンドでの休憩以外、ずっと車に24時間乗りっぱなしでも、誰も文句を言わんと喧嘩もせんと座っていたな。全然子供っぽくなかったで。
ヨシオ:時々、子供達が自分の友達の家とかに遊びに行って帰って来た時に、なんであんなに兄弟姉妹同士喧嘩するか分からないな。とか言ってたな。うちの子は兄弟喧嘩を一度もしたことが無いんや。一番下のチビが劇性で、今バスケをさせているけど、小さい時から10才歳上のお兄ちゃんに何かして負けた時には、悔しくて泣いてつっかかって行きよった時はあったけどな。それ以外別にないな。
ポニョ:みんな家の中にいてるかどうか分からんぐらい静かやもんな。それも、コンピューターを与えてないからコンピューターゲームもさせていないし、携帯もない、テレビも見せてないし、映画館にも連れて行ってない。普通じゃないで。一体何を部屋でしてるのかなと思って覗きに行くと、みんな本を読んでいる。それもラーマヤーナやマハーバラータ、バガヴァッタム、ヨガナンダの本も読んでたな。
ヨシオ:子供の時からそういう環境を親が与えると、子供もそういう色に染まって来るな。だから、インドの事はよく知ってる。前世では全員インド人やったと思うな。カレーが好きやし、ご飯を出してもカレーにはご飯よりもチャパティが合うんや、とか言ってチャパティを自分で焼いて食べるし、子供達同士でヴェーダの話をしてるし、ほんまに親から見ても変な子供やで。
ポニョ:それに何と言っても、生まれた時からサイババの帰依者って凄いよな。菜食やし。チーズの中にもレネットという、硬化剤が牛の背骨から取ってきてるから、レネットの入っていないチーズを選んで買って来るんやろ。出汁も、もちろん鰹節や鳥なども使わないし、徹底してるよな。ほんまに、めちゃラッキーな子供達や。
ヨシオ:以前子供達全員を連れて、乗馬に行ったことがある。そして、俺たちが出かけている間に、そこの乗馬のインストラクターが、俺たちが菜食とは知らなかったので、近くで遊んでいた次男にソーセージを食べさせたんや。それがきっかけで次男はひどい下痢を一週間もしてたな。
ポニョ:食べ物って怖いよな。おいらが行った時もその話を次男さんがしてたな。ソーセージの思い出がよっぽどショックやったんやろ。トラウマになってたんやろな。乗馬に行ってトラ馬って冗談にもなってないけど。
ヨシオ:とにかく、毎日一緒に生活していて思うのは、子供特有の自分という、エゴを出して来ないな。何か美味しいものをテーブルに出しても、先ず他の兄弟や親とかが食べるのを見てから手をつけるし、おもちゃとか買ってきても、小さい兄弟から先に遊ばすし、先ほども言った下のチビは俺より大きくなって、バスケのプロリーグで十五才の時からやってるけど、試合に負けても勝っても飄々としとるな。バスケってただのボールを鉄の輪の中に入れるスポーツやのに、なんでみんなあんなに熱くなるか分からんなとか言ってるな。
ポニョ:さめとるな。でもそういう態度を取るって人生では大切やもんな。人生では大事な分岐点ってあって、そこで重要な決定を下さなあかん時があるやんか。そんな時に、全てを神さんに委ねたらどっちに転んでもハッピーになるよな。
ヨシオ:実はそれが幸せな人生を送る秘密なんや。その人生の分岐点に於いて、そこで自分の好き嫌いや、欲望、を持って来ると、その分岐点で自分にとって好ましくない方に行くと、悲しんだり、失望したり、怒ったり、はたまた自分の思い通りの方向に向けるために賄賂を使ったり、コネを使ったり、脅したりして画策したりするやろ。でも、神様に委ねたら、人生の分岐点で、どちらに転んでもそれが神様がすでにお決めになられた事であって、神様がこの宇宙を創造される前から、例えば自分がその場所で、その時間に交通事故に遭って不具になっても、それが神様から与えられた自分へのプレゼントなんやと思うとハッピーになれる。この程度の被害に抑えてくれたんや。これで過去生からのカルマを支払わせて下さったんや。ありがたい事や、と理解すればそんな一見ひどい交通事故もラッキーな一件に思えるようになるんや。
ポニョ:そうか、どちらに転んでもそれが神の意思だと分かれば良いわけや。
ヨシオ:その神の意志が自分の望む意思と同じだと思えば、それが最高の霊性修行となるんや。つまり、この世で一見ひどい事件や災害などが自分に降りかかって来ても、それをたんたんと、飄々と、まるで自分がその災いを喜んでいるように振る舞うことが出来るんや。
ポニョ:ということは、人生で何が起きてもその人は勝利者になれるんや。そしてその人は、神様から自由をもらった人になれるんやな。それがクリシュナがアルジュナに与えたことなんや。今回はよく分かった。でも、実際そのようにトライしようと言っても、言うは易し、やるは難しで、難しいよな。
ヨシオ:昔、子供も少し大きくなったんで、嫁さんも一緒にババのところへ連れて行ってあげようと思い準備を始めた事があったんや。ところがその当時、幼子を四人も抱えてインド旅行をするって大変な事でだって聞いていたので、嫁さんはスーツケースの中にありとあらゆるものを詰め込んだんや。俺は、全てインドで買えばいいから少ない荷物にしようと言ったんやけど、初めてのインド旅行で緊張していたんやろな。いろんな予防注射をせなあかんとか言ったり、あれもこれも要るって言って、てんやわんやで大きなスーツケースを幾つも抱えて旅立ったんや。ところが、マドラス空港に着いても、スーツケースが一つも到着ラウンジのベルトコンベヤーから出て来ないんや。空港に問い合わせると失くしてしまったとの事やったんや。俺は、ババが隠されたなってすぐ分かったんや。これはババのテストやって分かったんや。面白かったのは、ホテルにチェックインした時に何にも荷物は無く、手ぶらでたくさんの家族が来たもんでホテルの人も驚いていたな。
ポニョ:それは驚くよな。
ヨシオ:そして、一ヶ月以上もインドに滞在してたけど、オムツなど必要なものは現地で調達して無事に過ごせたな。そして帰って来る時に、マドラスエアポートの管理事務所にもう一度行くと、全てのスーツケースを預かってくれていた。
ポニョ:ババがやりそうな事やな。ということは、旅の為に詰め込んだ物を一つも使わずに帰って来たんやな。
ヨシオ:嫁さんは、今回良い修行をババのおかげでさせてもらった、と言ってたな。旅は荷物が少ない方が楽だって事を。それ以来余り何事にも動じなくなったな。
ポニョ:タフになるよな。そんな経験すると。神様に人生を委ねれば委ねるほど、人生での荷物が少なくなるんやろうな。
"あまりに多くの欲望のために、わたしたちは真理を知ることができないのです。
私達はこの長い旅、即ち人生の乗客にすぎないのです。
荷物が少なく気楽なことは旅を楽しくします。
一旦あなたが欲望といった荷物を減らしたならば、不安が無くなるでしょう。
苦しみも喜びも心が原因となっています。
自由または束縛の責任はあなたの心にあります。"
“今、人間のハートは、怒りや憎しみ、貪欲、妬み、虚栄心といった悪い性質の巣窟になっています。
こうしたネガティブな性質を追い出すことができるのは、愛だけです。
欲望、怒り、貪欲、妬みといったようなものは、肉体への執着と食習慣から生じます。
ですから、人は肉体への執着がないかどうかよく調べ、欲望を抑えなければなりません。
「荷物を少なくして身軽になれば、旅は快適なものとなる」と言われています。
人生という旅を快適なものにするために、欲望という荷物を減らしなさい。
肉体への執着は、少しであれば、あってもかまいません。
なぜなら、人生という旅は、肉体の助けがあってこそ始められるものだからです。
家族や友人と生活していれば、肉体への執着を手放すのは不可能です。11/8/2000”
ヨシオ:自分が持ち運びしないといけない人生の荷物って何かなと、一度紙に書いてリストアップして真剣に考えてみることも、必要な事かもしれんな。本当は大した荷物なんて無いんやって分かる。
ポニョ:神様の方に向かって歩み、神さんと一緒になる、それが自分たちの本当の人生の目的やもんな。
ヨシオ:俺も、十年以上介護をして来たし、子育てもして来た。でもそれが俺の人生での目的ではない。それらはただ、俺のエゴや欲望を無くしたり、少なくしたりして、神さんの方に歩み易い様にする為に、神さんが下さった贈り物なんや。たとえ、事故か何かで人を傷つけても、それも自分が人様に謝る機会を与えてくれることによって、自分が謙虚になれるから、ええ事なんや。人生で起こる全ての事は実は、全て自分にとって人生の唯一つの目的の為に良いことなんや。
ポニョ:その目的とは、神様の元に行くことなんやな。そういう風に人生を考えれることが出来たら、そら人生の荷物も少なくなるよな。人は、亡くなった家族へ執着をしたりして苦しむけど、それらも実は自分にとって良い事なんやって分かるようになるんやろな。
ところで、この前の記事でパスポート無しで入国出来たけど、出国する時はどうやったんや?
ヨシオ:インドから出る時は、どうやってインドに入ったとか聞かれたけど、全然問題なく出してくれた。出国させてくれへんかったら、息子をあんたに預けるから面倒見といてな。息子はインドが好きやしと言ったら笑ながらハンコを押してくれたな。オーストラリアに入国する時も、罰金なんか取られずに、逆に、パスポート無しで世界をウロウロ出来たな。ウエルカムバック トゥ オーストラリアと言われて入国審査官に感心されたな。
“如何なる者をも憎まぬものこそ、至高の神が愛しく思う信者です。
どんな人をも憎まず、悪い仲間には近づかず離れていなさい。
邪悪な人と付き合えば心が汚れます。悪い人と付き合ってはなりません。
心は束縛の原因ともなり解脱の原因ともなります。
心を神に向け無執着をつちかいなさい。
心を俗世間に向けるなら、執着心が増大します。
欲望は人生という旅に不必要な荷物です。
欲望を完全に捨てきることは不可能なことですが、せめて欲望を最小限にとどめなさい。
人ー欲望=神です。
欲望を、食べ物、衣服、家等の生活の維持に必用なことのみに限定しなさい。
過剰の欲望を持てば心が落ち着きません。
どのような仕事であれそれらを神への捧げものとして行うならば何ひとつ悩み事は湧き上がりません。
これが真の霊性修行です。11/4/94”
ポニョ:息子さんを連れてインドに行った話しの続きやけど、その後どうなったんや。
ヨシオ:プッタパルティにあるサイババ小学校に入れようとして、息子を連れて学校に行ったんや。受付の人に、、ババが夢に来られた話をしたら、それはあんたの言う通り息子をインドに連れて来たらババが面倒を見てくれるってことやろな、と言ってくれたんや。そういう事なら入学を許可しましょうという話になったんやけど、確認の為にババに手紙を出して下さい。ババがダルシャンでそれを受け取られたら、入学手続きをします。手紙の内容は、私は自分の子供をババの学校に入れようと思いますが祝福して下さい。という短い手紙を書きなさい、と言われたんや。それで手紙を書き、ババに渡そうとダルシャンに行くと、ちょうどケララ州のお祭りであるオーナム祭の時やったから、人がやたら多くて俺が座ったところはずっと後ろの方やったんや。それでこんな遠いところまでババは普通やって来ないから手紙は受け取ってもらえんやろな、とか思っていたら俺の顔を見ながら、俺のいる一番後ろの列までわざわざ手紙を取りに来てくれたんや。俺は、めちゃ感激して直ぐに事務所に直行し、ババがわざわざ来て手紙をとってくれはったで、これで、OKやろと言ったら、いや、保証人がいる。インド国籍を持っている保証人を誰か探して来なさい。と言われたんや。俺は、インド人の知り合いは一人だけいるけれどな、というとじゃあその人に頼めば良いじゃないですか。それで入学手続きをしましょう。ところで、誰ですかそのインド人は?と聞いたので、サイババさんや。と言うと呆れた顔をされたな。他にいないんですか?と聞かれたので、それ以外の人で俺が知っているインド人はあんたぐらいしかおれへんな。と言うと、それは困ったな。私は保証人になれないので誰か他の人を探して来なさい、と言われてもどこにも探しようがないので諦めたんや。
ポニョ:それは残念やったな。もうちょっとで入学出来たのに。
ヨシオ:でも、俺にとっては当時、ただ一人の息子やったし、お袋の可愛がっていた孫やし、嫁さんも息子を異国の地に手放したくなかったし、これで良かったんやと思う。というのも、そのすぐ後にババがインタビューに呼んでくれたけど、息子の手を握って自分の前に立たせて、息子の将来の事とか話をしてくれたんや。でも、その時に息子がインドのサイババスクールに入学するなんて一言も言っておられなかったので、連れて帰ることにしたんや。
ポニョ:そうか。あんたも子供に執着するんやな。でもインドに出発直前になってババが夢に現れて、息子さんと手をつないでいる夢のメッセージは、あんたがどれだけババに帰依心を持ってるか試されたんやろな。パスポート無しでほんまにインドまで息子を連れてやって来たんで、あんたは テストに合格したんと違うか。それに、あんたみたいなー家庭で子供が育ったら、別にインドのサイババスクールに行かなくても、真っ直ぐ神を見て育つ子供が出来るやろな。
ヨシオ:インド滞在中に一つ面白い事が有ったのは、息子がアシュラムにいる間に、ババが息子の夢に来られたんや。そして、お前はインドラのお城からここに呼んだんや、と言われたんや。そして、息子がインドラのお城の中を歩いていると、城の中をいろんな有名な聖者やヨギが歩いていていたんやけど、ババに呼ばれたから、そこから下界に下って来たんやて。するとアシュラムのゲートの横にババが立って待っていてくれたんや。
ポニョ:何か将来、息子さんにはババのお仕事が待っているかもしれんな。
ヨシオ:実はババは、俺にも同じ事を言われたんや。
ポニョ:インドラの城から来たってか?あんたらはインドラファミリーやねんな。
ヨシオ:そうかもしれんな。息子はババの学校に入らなかったけれど、ババがインド以外で一番良い学校や、と言っておられたシュタイナースクールにもう入学していたし、学校にも結構馴染んていたんや。普通に考えたら別に何処かの学校に転校さす理由なんて無いんや。でも、俺の親方であるババが夢に出て来られたから息子をインドまで連れて行ったんや。
ポニョ:なんやねん、その親方って。よく考えたら、インドに行っても寮生活やろ。まだ六才の子供やで。ちょっと早いのんと違うか。トイレに行ってもトイレットペーパーは無いで。水と手でお尻を拭くんやで。そんな事いきなりあんたの息子にやってみろ、と言っても出来るんか。
ヨシオ:ところが、長男はとても従順でどんな事でも俺の言うことを聞くんや。今はもう三十才越えとる大人やから、自分というものを持ってるし頑固なとこもあるけど、それでも俺の言うことはよく聞いてくれるな。
ポニョ:シュタイナースクールに行ってたし、ユニークな子供が出来たんと違うか。
ヨシオ:そうやな。記事にもしたけど、俺の家の方針はどんな事があっても嘘はつかない、というのが家のきまりなんや。だから、どんな小さな嘘でもつくと親として責任を取るために俺は24時間絶食するんや。もちろん子供達と一緒に食卓に座るけど、料理には手をつけないんや。
ポニョ:それって、あんたにも拷問みたいやけど、子供にとっても父親が自分のせいで食事が出来ないので苦しいやろな。ご飯が喉を通れへんで。
ヨシオ:そこが味噌やねん。自分のせいで父親が食事が出来ないので、良心の呵責に苦しむやろ。これからは絶対に嘘を付きませんからお父さんもご飯を食べて下さいって泣きながら頼むんや。可愛いで。そんな時。
ポニョ:あんたもいけずやな。子供が泣いているのを見て喜んで。
ヨシオ:2回目に嘘をつけば48時間絶食で、3回目やったら72時間や。
ポニョ:それはきついな。五人も子供がいてるから痩せてしまうで。
ヨシオ:実は俺は、時々一週間ぐらい絶食する時があって、メシを食わなくても平気やねん。逆に絶食してる時の方が頭が冴えるし、身体も調子がええんや。子供には内緒やけどな。おかげで子供は嘘つかないようになったんや。今まで全員合わせても、嘘をついた事は十回以内と思うで。特に長男は生まれてから、今まで一回も嘘をついたことがないんや。
ポニョ:それはすごいな。
ヨシオ:だから、あいつの言ってることは信用出来るんや。俺との信頼関係はとても強いものを持ってるな。先日、新婚ホヤホヤの娘婿が、お義父さんの一番大事だと思う家庭での教育方針は何ですか。と聞いてきたので、真理を守ることや、と言ったんや。と言うのも夫婦や家族の間でお互い嘘をつき合って嘘を隠していたら、どのようにしてお互いの間に愛を育むことが出来るんや。だから、夫婦の間は一切嘘をつかない、子供にも嘘を付かせない、そうすると良い家庭ができる。別に天国に行くことを望まなくても、そういう真理を守り神を愛する家庭を築けば、自分がいる家庭自体が天国と同じになるんや。
ポニョ:家が小さくて借家でも、お父さんの給料が少なくてお母さんがパートに行って生活を支えていても、子供達も昼間働いて夜は定時制に通っていても、お婆ちゃんが認知症になってみんなが支えやなあかんかっても、家族のみんなが真理を守り、神を愛していれば、その家庭自体が天国になるんやな。ええ事を聞いたわ。そういう家庭が世界中でどんどん増えて行ったらええよな。
“全世界において、家庭と家族は社会の基本となる構成単位です。
家庭がより善くなれば、世界全体がより善くなるでしょう。
この現象世界では、人々がどこからどのような喜びや満足感を引き出してこようとも、家庭に喜びがなければ、家庭はまさに地獄となってしまいます。
本来、家庭は天国です。
家庭を天国として維持していくことが女性の義務です。19/11/96”
ヨシオ:今の世界は、金、金、金の社会やからな。金を持っていたら幸せも買えると思っている人が多いけど、実はそうではないんや。虚偽と見え張り、虚栄と限りない欲望を満たす生活を送っていても、それは最後は虚しいだけや。いつまで経っても幸せはやって来ない。毎日、鏡を見る度にシワが増えて行くだけなんや。そしていつかは頭を打って自分がやって来た愚かさに気付くけどな。その時は、頭に大きなタンコブが出来てるやろな。
“あなた方は金持ち達は、とても幸せであると考えて、あなたも多くの富を得ようとします。
金持ちは食べ物が十分にあっても食欲はありません。
金持ちは、他人に権力を振るえても自分は病気に怯えています。
金持ちは召使いがたくさんいても、平安に暮らせません。
ですから、美徳と良い理想を持ち、帰依と献身の心を持って生活することが豊かな生活だと見做しなさい。
優れた人格を持つことが豊かだといえるのです。
真理を固く守ること、欲望の自制、信愛、無私の奉仕、これらは人格形成に不可欠の要素です。良心の指示に従いなさい。そうすれば決して道を外すことはありません。SSSVol11
金持ちといわれている国の人々に精神的な平安はありますか?
彼らは恐れ、緊張、心配事、不満足というものをその国から追い出しましたか?
そうではないでしょう?
金持ちというのは、これらを追い出すことに関心がないのです。SSSvol6p125
裕福な人に、幸せですかと尋ねると、どんな答えが返ってくるでしょうか? おそらくその人は、次のように答えるでしょう。私には平安はありません、と。
ポニョ:でも、大きなタンコブが出来るまで、この世俗のものを追いかけて人は、人生を無駄にするんやな。ところで、以前寄せてもらった時に、あんたの家に卓球台があったけど何処かにしまったんか?
ヨシオ:あれは、長男がいつも使ってたんや。息子の世俗的な欲望に、父親として付き合った時の名残かな。実は俺も昔、少し卓球をやってたから、ちょっと息子に練習をつけたったら、すぐに俺を負かすぐらい強くなったので、町の卓球クラブに連れて行ったんや。すると、数カ月でみんなを負かすくらい強くなったんや。まだ小学生の頃やったな。それで、州の大会があるので連れて行くと、いきなり州の高校のチャンピオンに勝ったんやで。
ポニョ:小学生がか?それはめちゃ強いやないの。周囲の人は驚いていたやろ。
ヨシオ:俺が一番驚いたな。それで、一二年間卓球練習用のロボットを買ったりしてトレーニングに励み、州の代表として全国大会に出場したんや。すると、全国大会でも大活躍したんで協会から推薦されて東京にあるバタフライ卓球道場に一ヶ月間留学して、元世界チャンピオンの伊藤選手とかの指導を受けてたな。
ポニョ:長男さんが、卓球がそんなに上手かったんとは知らなかったな。今度、手ほどきをしてもらおうかな。
ヨシオ:いや、もうスピンボールを打ちまくって、若いのに腰痛になって辞めよったな。でも、卓球道場にいてるとき、福原愛ちゃんと試合をしたって言ってたな。相手がまだ自分より小さい子供やからボレーの球ばっかり打って返したら、球筋が高すぎて背が届かず打てないやろうとか言って、いちびって遊んでたら負けたと言って笑ってたな。
ポニョ:愛ちゃんって可愛いもんな。あんたの息子さんより年下やもんな。そうか、そんな事があったんや。
ヨシオ:周さんという中国の女子のナショナルチームのコーチが、息子の試合を見てくれていて、オーストラリアにいてもこれ以上上手くならないから、中国に連れて行くって言ってくれたんや。そこで五六年鍛えればオリンピック選手になれるだけの素質があると言ってくれたんや。でも、そこまで熱を入れたくないやろ。所詮ピンポンやんか。なんでオリンピック、オリンピックと言って必死になるか分からんな。
ポニョ:でも、子供が望んでるんやったら、親としてサポートしたったらええやんか。
ヨシオ:息子も、そろそろ卓球は飽きてきたな。腰も痛いし普通の中学生に戻りたいって言ったんや。その後、サッカーに熱を入れてたな。
ポニョ:それで今は、何をしてる人になったんや。
ヨシオ:薬剤師になってるんや。しかも、どの西洋の薬には副作用があるから自分では飲まないな。お客さんにもあまり勧めないので、逆に客から人気があるんや。性格もあっさりして、直感力が強く、人を見ると直ぐにその人のことが分かるから、逆に余り深く付き合ってる友達はいないな。一度、彼女が出来たから結婚するとか言って、目が顔の三分の一ぐらいある飛び切り美人のイラン人の彼女を紹介してくれたけど、やっぱり性格が合わないってやめたみたいやな。五才も年上やったし。
ポニョ:それは惜しいことをしたな。年上の女房って可愛がってくれるで。
ヨシオ:そうなんやろな。でも、息子は五人兄弟の長男やし、いつもリーダーシップを取る方やったから、年上の彼女は合わなかったんやろ。性格もきつそうやったからな。でも、俺はその彼女と気が合ったんや。俺ととても似てたな。バハイ教徒といって、イランなどで広まっている宗教なんやけど、全ての宗教の大元は一緒や。とか言って宗教の融和を説いているんや。だから、イスラム諸国では排斥されてるな。それで、七人兄弟の末っ子で看護婦になりたいって勉強してたな。
ポニョ:あんたのストーリーを記事にしようと調べている時に分かったんやけど、五島列島から来たあんたのおばあちゃんも、七人兄弟の末っ子やったで。しかも、看護婦になるのが夢やって。そのイラン人の彼女と同んなじやんか。
ヨシオ:そうやろ。お袋からその話は聞いてたな、彼女は性格もしっかりしていたしな。俺のお婆ちゃんの生まれ変わりかなって思ったな。
ポニョ:それは大いに考えられるな。
ヨシオ:そうかもな。おばあちゃんは結婚当初、中国で暮らしていたけど、妊娠するや否や子供は日本で産むんやと言って、日本に帰って来て以来、戦争のドタバタに巻き込まれて一緒に生活してないもんな。戦後すぐ、どっちも死んでしまったし。
ポニョ:あんまり、縁のないカップルやったんやな。だから今世でも縁がないんやろか。
ヨシオ:でもババは、長男の前世はイスラム教徒やったと言われたな。その当時の名前も教えてくれたで。それで、イスラム教徒の人にその名前を言うと、その名前が付いている人は、イスラムの宗教的な行事を執り行う人やなんて言ってたな。
ポニョ:まあ色々回りまわって、人って生まれ変わって来るんやな。ええ加減、神様も同じ魂が何度も生まれ変わって来るんで、飽きて来たやろな。
ヨシオ:アヴァターが来る目的は、ダルマを復興する為に来たとか、聖者の祈りに応えて来たとか、はたまた、人類の危機を回避さすために来たとか言ってるけど、本当の本当は、ポニョが言ってるように、同じ魂が何度も生まれ変わって来るのを見飽きたから、モークシャ(大成就)の秘密を皆の前に明らかにして、ポニョのような見飽きた魂をもう生まれ変わらん用にさそうとしてるだけかもしれんな。
ポニョ:おいらは神さんから飽きられてるって訳なんか。面白いな。つまり、おいらのようなテストに何度も落っこちて、及第点を取れない生徒にテストの答えを教えてくれる試験官がアヴァターなんやな。面白いな、その発想って。そんなふうに考えたら、逆に神さんに意地悪出来るな。ババの教えを横目で見ながらわざと無視して、この世の楽しみを味わいながら、何遍でも生まれ変わったらババに嫌がられるやろな。
ヨシオ:そんな事をわざとしなくても、ポニョは今まで何遍も生まれ変わって来てるやんか。悪いカルマもそんなに持ってないし、美味しいもんだけ食べて喜んでるだけの人生やんか。そろそろ、そんな人生は終わりにしようぜ。
“生まれたばかりの赤ん坊は泣き声を上げますが、成長した大人は微笑みながらこの世を去るべきです。
どうして赤ん坊が泣くのか知っていますか。
赤ん坊が泣くのは、これから待ち構えている長くて骨の折れる問題だらけの人生、という不幸が目の前に横たわっているからです。
人は誰もが何度も何度も生まれ変わるのです。だから赤ちゃんは泣くのです。"
“ただ一回限り、今世のみを生きなさい。
あまりにこの世の魅力にとらわれてしまって喜びと悲しみから成るこの世に繰り返し生まれ変わるべきではありません。
すこし身を引いて、世間に巻き込まれることなく、この世はすべて神をディレクターとする劇であると気づきなさい。
でないと、あなたはあまりにもこの世間に巻き込まれ、逃れることが出来なくなってしまうでしょう。
この世を犠牲、奉仕、あなたのハートを広げ、心をきれいにする修行の場とみなしなさい。
実はそれこそがこの世の持つ価値なのです。2-62 SIP”
ポニョ:あんたの長男さんの話が面白かったな。なんやかんやと言っても、あんたの話を聞いていると、家庭での教育が大事やなと思ったぜよ。確かヒロトって名前やったよな。どんな漢字なんや?
ヨシオ:昊人って書くんや。天国からの贈り物っていう意味なんや。
ポニョ:珍しい字やな。日ってんと、か。
ヨシオ:なんやねん、その日ってんとって。
ポニョ:いや、日に天やろ、それから人のとやから日ってんとやんか。
ヨシオ:ポニョはしょうもないこと言うなよ。でも、英語ではHirotoって書くやろ。だからオーストラリアでは、ハイロートとか、ヒーロートって呼ばれとるな。
ポニョ:オーストラリアではいじめられなかったか?
ヨシオ:サイババスクールに行かしていたら、そんなにイジメとかないやろうけど、普通の学校に行くといろいろあるで。でも日本的なジメジメしたいじめって無いな。でもいじめられるのも、程度によるけど、将来誰かがいじめられている子を見た時に、その子の気持ちが分かり、同情心を持てるからええ事なんや。それにいじめられた方がタフになるしな。俺は、いじめる側やったけどな。俺の代わりに子供が俺のカルマを取ってくれてるんやろな。
ポニョ:あんたの子供が、あんたの代わりにカルマを支払ってくれてるんか。そんなアホな。でも、オーストラリアって昔は白豪主義の国やったから、あんたらみたいなアジア人は差別されへんか?
ヨシオ:別に感じたことが無いな。昔、俺が来てしばらく経った頃、アジア人の移民が増えて来て英語が話せない人がたくさん出てきたので、「英語を話せなかったら死ね」とプリントしてあるTシャツを着て歩いている若い男の子を何人か見たけどな。でも、すぐに二世三世の時代になればみんな英語がペラペラやし、すぐに社会に馴染むな。でも俺たちが住んでいる町は白人ばかりで、アジア人は医者とか歯医者、会計士、レントゲン技師ぐらいやねん。それでアジア人といえば専門職についている賢い人達、というイメージを地元の人は持ってるな。それでみんなからアジア人は尊敬されてる。面白いのは、子供達が白人社会の中で育ったから、街でアジア人の人を見ると、あっ知らないアジア人が歩いてる。とか言って興奮しよるねん。大学生になって大きな街に移り、大学のキャンパスの中を、たくさんのアジア人がいたので驚いて、カルチャーショックになっていたな。
ポニョ:いっぱいアジア人がいるってか?自分達がアジア人って忘れてしまうぐらい、白人だらけのとこで育ったんやな。
ヨシオ:ここにはアボリジニもいてるけど、町の人口の五%ぐらいやねん。いろいろ差別されてるみたいやな。失業率や自殺率も高いし、アル中になってる人も多いんや。俺がこの街に移ってきた時に、ババに何かアボリジニの助けになるような仕事をくれたら嬉しいけどな、とか言ってお祈りしてたら、アボリジニの若い子が、俺たちのバスケのチームに入れへんか、と誘われたのがきっかけで、たくさんのアボリジニの友達が出来たな。俺の事をいつも兄弟!と言って呼んでくれるんや。
ポニョ:前にも言ってたけど、子供達にアボリジニの文化を教えるために、砂漠の真ん中にあるアボリジニの村へ行って、ディジャリードゥとか、いろんなアボリジニの文化を学んだんやろ。
ヨシオ:白人の観点からアボリジニを見ると、劣等人種みたいな見方をしてしまうようになるやろ。だから、アボリジニの文化を尊敬さすために連れて行ったんや。日本も戦争に負けて、今でも暗記だけ得意な子供が、良い成績を取れるというわざとアホな子を育てる教育をしてるし…。金太郎飴のような同じ顔をした学生が、わんさか出てくる教育を、戦後一貫してイルミナティから強制的にさせられてるやんか。だから、親がしっかりと正しく子供達に真理を教え、神への愛を持った子供を育てる教育をせなあかんねん。子供は家で過ごす方が学校にいてる時間より多いからな。親がしっかりせなあかん。親とか家の人が気を付けて育てないと、すぐに変な方向に子供は行ってしまう。
ポニョ:日本は経済面でも新帝国循環と言って、日本人が一生懸命真面目に働いて貯めた金で米国債を買わされて、その金を使って外資やヘッジファンドなどが、日本のキャノンやトヨタなどの優良企業の株を買い付け、日本から生き血である利益を吸い取ってるんや。キャノンなんかひどいで、もう半分以上の株を買われてしまってるんや。だから経営者が、働く人の面倒を見るという、日本の伝統的な、ババも褒められている日本式経営が出来なくなり、その代わりババが批判されているアメリカ式の経営に変わりつつあるんや。吉川元忠という大学の教授が、そのカラクリを暴露した「国富消尽」という本を出版した途端に亡くなられたけどな。今流行りの練炭を使った自殺もどきではなかったようやけどな。
ヨシオ:新帝国循環か。つまり、自分の金で自分の国の企業が第三者に買われてしまう魔法のようなトリックに、日本は嵌められてしまっているんやな。腹が減ったタコが自分の足を食べるようなもんやな。
ポニョ:ソニーも乗っ取られて大きな損を出しているし、内部保留金は人々のために使われないで、投資に使われてしまうし、元々日本人の金やったのに、外資に化けてしまって企業は買収されるし、その買収された企業は低い法人税しか払わなくても良いか、または全く払わなくても良いのに、普通の人は消費税を支払わなあかん。そのようにして、富が一方的に一極に集中するような仕組みが出来上がってるんや。しかも、奴らは消費税を最終的に30%に上げるのが目標なんやで。
ヨシオ:それはひどいな。竹中、小泉の時にブッシュに400兆円も貢いだもんな。買った米国債を売りませんって約束したらしいで。日本が不況から出れないわけや。こちらでは、食料品には消費税がかからないけどな。いずれにしても、このカラクリは一部の陰の支配層だけが儲かる仕組みになっているからな。そういう社会のカラクリを学校では絶対に教えないから、俺たちが子供達に教えないといけないよな。
ポニョ:でも、ある高校の社会科の先生が9/11はアメリカのやらせで、でっち上げ事件やって教室で教えているらしいで。日本も捨てたもんやないな。嬉しいぜよ。食べ物や水、ワクチンなどにも毒を入れとるしな。青森のある町は日本美人がたくさん住んでるので有名やったんやけど、そこの町の女の子は子宮頸癌ワクチンを射つのを強制されたんやて。100%の女子生徒が注射されたんや。誰も断れなかったんやて。
ヨシオ:それって日本中の若い女性を不妊にしようと企んでいるワクチンやろ。ひどい世界になってきたな。俺たちは家庭を守り、子供を守る義務があるけど、世界を陰で操っている者共のカラクリを見破り、家族を護るのは難しいよな。特に国、社会、学校ぐるみでやられたら大変やな。それに学校でどんな友達と付き合っているかによって、子供も影響されるもんな。
ポニョ:おいらが何処かで聞いたアメリカのインディアンの子育てについての教えやけど、こんな事を言ってるぜよ。
批判ばかり受けて育った子は、非難ばかりするようになる。
敵意に満ちた中で育った子は、誰とでも戦うようになる。
ねたまれて育った子は、何時も何か悪い事をしているような脅迫感を持つ子どもになる。
心が寛大な人の中で育った子は、がまん強くなります。
いつも励まされて育った子は、自信を持つ子になる。
ほめられて育った子は、感謝する子になる。
正義を守る家庭で育った子は、正義心を持つようになる。
思いやりのある中で育った子は、信仰心を持つ子になる。
人に認めてもらえる中で育った子は、自分を大事にするようになる。
仲間の愛の中で育った子は、世界に愛を見つけるようになる。
うろ覚えやけど、確かこんなんやった。
ヨシオ:ええこと言ってるやないの。特に、最後の仲間の愛の中で育った子は、世界に愛を見つけるようになる。ってとこが好きやな。普段から、愛がいっぱいある仲間に恵まれたら、世界を見た時も、全てに愛が見えるんやろな。友達って本当に大切やな。
ポニョみたいに、美味しいものをいつも食べさせてもらった子は食い道楽になりますよ、も付け加えないとな。
ポニョ:何でやねん。それってポニョの子育ての教え、第一条やな。でも、人類を啓蒙するような教えでは無いような気がするな。その点サイババスクールはすごいよな。
ヨシオ:世界一の学校や。神さんが創設されたからな。俺はサイババカレッジに見学に行った事があるんやけど、そこで学生の論文なんかを読んだり、図書館に行ったりしたけど、経済を学んでいる学生は、ババが日本式経営を褒めておられたので、ホンダやトヨタなどの経営についての論文を書いていたな。今回紹介したインドへ行った話も、たまたま俺がインドに行く前にババが夢に出て来られたので、息子をプッタパルティのサイババ学校に入れる手続きをしようとしたけど、本当はウータカマンドのサイババスクールに入れたかったんや。
ポニョ:ウータカマンドって略してウーティーと呼ばれているとこやろ。なんでそんな田舎の学校に子供達を入れようとしてたんや。
ヨシオ:そこは、暑い南インドの中にあっても、標高がとても高い山の中にあって、夏でも涼しいんや。イギリスの植民地時代の避暑地やったとこやねん。
ポニョ:南インドの季節はホット、ホッター、ホッテストの三つのシーズンしかないっていうもんな。
ヨシオ:それに俺たちは山の中が好きやし。そこに家族全員で移り住もうと考えてたんや。でも、ババからオーストラリアで仕事をもらったから、まだこんなオーストラリアの田舎におるけどな。
ポニョ:考えてみたら、長い事やってるよな。何年ぐらいになるんや。
ヨシオ:そうやな、こちらに引っ越してきてかれこれ、二十五年やな。でも、そろそろクライマックスが近づいて来てるけどな。実は、ポニョには言ったけど今年の後半からややこしい事が起こると睨んでいるんや。だから、ブログも立ち上げ、電子本も出版してババが来られるための梅雨払いをしてるんや。
ポニョ:後半と言ってもそろそろ十月やな。あっちこっちで火山が噴火したり、地震が起きたり、世界情勢にも目が離されなくなってきたり、ややこしい世界になって来たな。
“最近、自然が災害という形で反旗を翻しているのをよく目にします。
それは人が自然の資源を強奪する際に、あらゆる限度を無視しているからです。
豪雨、干ばつ、地震、洪水は人間の貪欲に対する反作用です。
科学の進歩を理由に、科学者たちは世界の幸福を考慮する事なく、ますます利己的になっています。
科学者たちは、自然を報復へと駆り立てているのです。”
ヨシオ:でも、ポニョが来てくれたおかげで、アクアポニックスのシステムも大分出来て来たな。ババからもらったお金で、ノンハイブリッドの種もたくさん買えたしな。最初は、ノンハイブリッドて何か知らんかったんや。
ポニョ:今、ほとんどの種は、ハイブリッドシードと言って一度種を巻いて食物を収穫したら、収穫物から種は取ることが出来なくて、また、種屋さんからタネを買わないといけないシステムになっているんや。
ヨシオ:取れても発芽しなかったりするんやろ。自殺種子って言うんやってな。
ポニョ:人口削減の為に創設された奴らの会社、モンサントの遺伝子組換え植物やな。金儲けのための化け物植物や。ラウンドアップというベトナム戦争で使った除草剤を元にして作った農薬と一緒に売ってるんや。
ヨシオ:そんな植物を口にしてるって、大丈夫なんかなって思うよな。特に、妊婦さんや子供さんは。自然じゃないもんな。
ポニョ:こんなに自然を金のためや、悪意を持った目的のためにいじくってたら、まあいつかどっかで、大きなしっぺ返しが人類全体にやって来るやろな。でも、あんたにババがノンハイブリッドシードを買えと言われた意味は大きいで。それらの種は将来役に立つやろな。ヘチマの種まで買ったもんな。今、おいらが手伝っているアクアポニックスのシステムを使って、たくさん野菜などを育てて種を取る仕事をしたら良いと思うで。それらの種はゴールデンエイジのためにとって置いたらええな。
"科学者は無制限に自然を探求、開発して、自然災害の原因となる恐るべき不均衡を作り出し、人類を危険にさらしています。
この事に関して科学者を責めることは出来ません。
識別心を用いること無く、科学の発見を無分別に運用する人間こそ責められるべきです。
彼らは、天然資源を過剰に撮り尽くせば如何なる結果が発生するかについて、深く考えることをしません。
~自然は人間よりも一段上のレベルにあり、その自然を保護するために自然の開発には限度を設けなければなりません。
人間が無思慮に自然に干渉するならば、自然は人間に逆らい問題が生じます。
自然を守るために欲望に限度をもうけねばなりません。
自然が人間に対して不利益をもたらさぬように十分に配慮しなさい。
この点に関して、科学者達は彼らの発明が社会にもたらす有害な影響については無関心です。"
ヨシオ:俺は、そういう農業について余り詳しくないから、ポニョが担当してくれるか。
ポニョ:何を、ほざいてるんや。ババがあんたに言われたんやから、あんたが頑張らないかんやんか。おいらは助けるだけや。まあ、でも二人で頑張ろうぜ。
ヨシオ:明日の予定は、野菜栽培台の設置とペンキ塗りやな。それから、粘土を焼いた玉、クレイペブルを入れたり、川砂利を入れるんやったな。そのあとは、システム全部を覆う温室を作らないかんし、それに一度、水が循環するか試さないといかんし、配管もあったな。やることが多すぎて大変じゃ。
ポニョ:おいらが設計したこのシステムは、オーストラリアへ来てから学んだシステムなんや。CHOP(Constant height One Pump)システムと言うんやけど、60Wのポンプ一台で全てが上手く回るからエコノミーやな。今回は120平米ぐらいの広さの野菜畑を作ってるけど。でもこのペースでやってたら、あと二ヶ月はかかるぜよ。時間はもう余り残されていないからな。明日からスピードアップするぜよ。
ヨシオ:俺には向いてないな、この仕事は。俺は記事を書いてる方が楽やな。今、電子本Part1の英語への翻訳を始めたしな、ちょっと忙しすぎるわ。
ポニョ:ブツクサ言ってないで、行動あるのみや。以前、あんたは何万枚ものたくさんの毛布を運んだやろ。その時の事をを思い出せよ。
ヨシオ:あの時は、まだ三十代やったんやで。今はもう還暦過ぎてるし…。でも、最近ババが夢に出て来られて、私とお前が一緒に働いたらこの世界で出来ないことは何もないと言われたな。でも見てみ。あの川砂利の山を。全部で二十トンって言ってたで。大きなダンプで持って来よったんや。どうやって運ぶんや。システムまでそこから五十メートルもあるで。
ポニョ:システムを作っているところには重機械が入れないからな。バケツで一杯づつ野菜の栽培台まで運べばええんや。筋肉が付くで。一輪車でもええけどな。おじん軍団、頑張るぞ!
ヨシオ:ポニョだけ頑張れや。今頃やっと分かったわ。なんでポニョがいつもお腹空いてるのかが。ポニョは肉体労働者やもんな。
ポニョ:あんたも仲間に入れたるぜよ。デカイ図体して。さあやるぜよ。
“肉体と自然界に繋がっている行為と、人間の内面に繋がっている感情、神に繋がっている悦び、この三つが一つになるとき人間と自然と神が一つに出会うのです。
この世界、自然は行為をする場所だと言っていいでしょう。
自然は人間に、行為を聖なるものにすることによって最高の目標に達する機会を与えてくれます。~数え切れないほどよいことをしていれば深い悦び、つきることの無い幸せな感情を、一度か二度味わうことが出来ます。
そして数え切れないほどの良い感情を味わうことによって、はじめてアートマの永遠の悦びに達することが出来るのです。
ですから良いことを沢山しなさい。
皆さんは良いことをするという目的のためにこの身体を授かったのです。
~どんな見返りも期待せず様々な行為をする、奉仕の道、結果に捕らわれずに仕事をする道を歩むのです。SGc31
人生の目的は、ただ食べる為に生きたり、役立たずで地球の重荷になる事や、獣の様に感覚の“奴隷になることではありません。
きつい仕事を避け、脂肪で身体を膨らし、巨大な身体を持て余している怠け者の群れに加わる事によっては、何の恩恵も得ることはできません。
また人は、神から戴いて消費し楽しんでいる、全ての贈り物に対して感謝の気持ちも持たず創造主を無視し、また知性と識別力を使わず宝の持ち腐れにしてはなりません。
自然は、「これは、私のものだ。あれもそうだ。それも私の身内のものだ。」などと言いながら自然を喰い物にする者共を罰します。自然は、自然界の掟を破るものたちを厳しく罰します。GVc12
ポニョ:バケツで川砂利を運ぶって思ったより大変やな。
ヨシオ:俺が言った通りやろ。二十トンもあるねんで。バケツいっぱい入れたら、一杯二十キロはあるやろ。だから、単純に計算しても五十杯で一トンやから、千回も五十メートルの距離を運ばないかん。いや、往復やから百メートルや。二人やから一人当たり五百回や。
ポニョ:ということは、五十km歩くのと一緒やな。一週間かけたら運べるやろな。一日、七十回往復や。
ヨシオ:一日八時間働いても五分に一回の計算になる。五分に一回はきついやろ。しかも休みなしや。それに、この川砂利は採石場から直接持って来たから、ダストが付いているから洗わないといけないってポニョが言ってたやろ。どうやって洗うんや。
ポニョ:アクアポニックスは閉鎖型循環式農法やから、変なものがシステムに入らん方がええんや。それに、砂利を洗う水も普通の水道水を使うとバクテリアの住処となる砂利の表面に、塩素がくっ付くからバクテリアが住めなくなるんや。だから、塩素を抜いた水か、雨水、井戸水がええな。
ヨシオ:いろいろ大変やな。二三回運んだだけで、手のひらに豆が出来たわ。それに、カネのバケツの持ち手が重すぎて壊れたしな。あと497回往復せなあかん。頑張るしかないよな。ポニョも腰をいわさないようにな。
ポニョ:ああ。明日からは、あんたの軽トラックを使って運ぶようにしよか。バケツに砂利を入れ、それを軽トラに積んで運ぼう。そうしないと時間がかかり過ぎるぜよ。でないと、ババの降誕祭である十一月の二十三日に終わらんぜよ。
ヨシオ:期限をババの降誕祭にしたのは、以前に記事にもしたけど、ババから去年の五月一日に、五百日以内に大きな変化が地球内部で起こる。というメッセージをもらったんや。それ以前にも、俺が身体を離れた時にアカシックレコードを読む機会があって、八月に大きな動きが地球の深部で起こり、116日後にそれが地上にいろんな影響を及ぼすと書いてあったんや。
ポニョ:書いてあったんや、ってアカシックレコードって本みたいになってるんか。
ヨシオ:いや違う、いや、やっぱりそうかな。
ポニョ:一体どっちやねん。
ヨシオ:俺が読んだのは、大きな本や。長さがそうやな、幅一メートル半で、たてが一メートルぐらいの本の形をしていたな。俺は宇宙空間に浮かんでいたんや。周りは、綺麗な星々が輝いていた。足の下にも星たちが見えたな。変な感じやった。でもその本の前に立っても何も書いていないんや。ただ、その本の表面は紙ではなくて、白いアクリルのような物やったな。中に蛍光灯が入っているように、表面全体が白く光ってるんや。そして、どこからともなく声がして、お前がそのページを読むことを許可する、といわれたんや。それでそのアクリルの本を見てたら、突然ボッと音がして衝撃を受け、そのページに書かれている全ての情報が、一瞬の間に頭に入って来たんや。とてもたくさんの情報で、一度に頭の中で整理しきれない程やったので、今覚えているのは、116日と八月に地球の深部で大きな変化があるってことなんや。それ以外のことも、しばらくの間覚えていたけど、全部忘れてしまった。認知症が始まったのかな。
ポニョ:そんな訳がないやろ。カレンダーを調べたら、その大きな変化が八月の一日に起こったとすると、116日後はババの降誕祭のあくる日やな。もし、八月三十一日に起こったとすればクリスマスの日や。
ヨシオ:今年のクリスマスは木曜日やろ。ババの日も木曜日やもんな。ノストラダムスは、木曜日の夜、人々が礼拝に向かう時に、空にこの世のものとは思えない程の美しいしるしを見るだろう、と言っているしな。その頃にババが空に現れるかもしれんな。
ポニョ:という事は、それまでに色んなゴタゴタが起こる、ってことになるかもしれんと思い、今、こうしておいらがあんたのとこに来て、いろいろ手伝っているんや。
ヨシオ:降誕祭までに、やり終えないといけない事が多すぎるな。でも、やれるだけやって、後は、神様にお任せしよか。だって、アクアポニックスにしても、電子本の英語版にしても、俺たちの為ではなくて、誰かの役に経てばええな、と思ってやってるからな。と言ってもそれらの仕事は、神様に捧げる仕事やから、回り回ってそれが俺たちのエゴを無くすのに良い事なんやけど。
ポニョ:でも、夜は疲れてすぐに熟睡出来るからええな。毎日、気持ちがええな。あんたは、夜もいろいろ書いたりして大変やけど。
ヨシオ:記事は日記みたいなもんやから、大したことはない。その日あったことや、頭の中に入っているババの話を足してチョイと書けば終わりやからな。でも翻訳はちょっと時間がかかるけどな。それに昨日から、新しいヴェーダを覚えようとテープを聞き始めたしな。ちょっと長いけど、同じフレーズが何度も出てくるので、覚えやすいと思う。ポニョもやるか?
ポニョ:おいらは逆に同じフレーズが出て来ると、それが一回目か二回目かわからん様になって来て、何度も繰り返したり、スキップしてしまったりするから苦手やな。チャマカムを唱えている時も、いまだにフレーズを跳ばしたり、繰り返してしまう時があるぜよ。
ヨシオ:俺は、ポニョみたいに文を見て覚えないので、そういう事は無いけどな。最初から普通のスピードで唱えているテープを何度も聞くと、そのヴェーダが一つの歌のように聞こえて来るから、自然に全てのフレーズが頭に入って来るんや。俺の場合は、耳から入った方がヴェーダは覚えやすいけどな。でも、人それぞれ違うんやろな。
ポニョ:ババから仕事をもらって、こんな地球の果てのようなところで、何十年もあんたら家族は生活してるけど、そうでなかったらインドのウーティに移り住んでるって言ってたよな。
ヨシオ:ババがよく行かれるコダイカナルも避暑地で、夏は涼しいな。マイソールの辺りの山脈の中に点在している村やったら、どこに住んでもええな。ウーティには、二十年ほど前にサイババスクールがあったんや。だから、子供をそこに入れるのにええなって思ったんや。
ポニョ:「奇跡が生まれる」っていう本があるけど、ウーティにババが行かれて、そこにある古い洋館にいつも泊まられるって書いてあったな。
ヨシオ:そうやったな。あれはオーストラリアのハワード マーフェットさんが書かれたんやったな。あのご夫妻は、実は前世でシルディババのお父さんが、舟渡しの仕事をしていた川でよく遊んでいた、二人の男の子達やったんやで。
ポニョ:へえ〜。それは初耳やな。前世はインド人やったんか。今世はオーストラリアの白人に生まれ変わったんか。よっぽど仲がええ友達同士やったんやろな。
“生まれたばかりの赤ん坊は泣き声を上げますが、成長した大人は微笑みながらこの世を去るべきです。
どうして赤ん坊が泣くのか知っていますか。
赤ん坊が泣くのは、これから待ち構えている長くて骨の折れる問題だらけの人生、という不幸が目の前に横たわっているからです。
人は誰もが何度も何度も生まれ変わり生まれ変わります。
だから赤ん坊は泣くのです。
人生は「私は誰か。」という質問で始まり、一生が終わる前に「私は神である。」という答えを見つけなければなりません。STPSp249”
ヨシオ:そうやったんやろな。ある時二人のうち一人が川で溺れたんや。それを、もう一人が気付いて助けた事があるんや。
ポニョ:そういう風に前世からの縁があったんやな。ところでどちらが夫でどちらが妻になったんやろな。変な質問やけど。それと、親友同士やったら次の生では夫婦になるんか?それも変な質問やな。
ヨシオ:ポニョはいつも変な質問するな。そういうカルマを持ってるから生まれ変わるんやろ。彼らの前世の前世は、夫婦やったかもしれんし、それぞれ個別のケースによって違うから、神さん以外、誰も来世はどんな人や関係になって生まれ変わってくるか分からんやろな。大体の想像は出来るけどな。
ポニョ:ところで、その本に書いてあったけど、その古い洋館にハワードさんたち一行がババと宿泊された時に、夜中にハワードさんは何か悪霊に首を締められたらしいで。それで朝になってババにその話をすると、ここにはまだ悪い奴がまだおるからな。と言われたんや。ハワードさんは自分の部屋のすぐ上の階に、神さんであるババがおられても、こんな事が起こるのかと思って驚いたと言ってたな。
“神が内在しているにも拘らず、人間はまるで悪魔の影響のもとにあるかのように振る舞います。何よりもまず、人間は、自分が神の火花であり、いかなる悪霊であれ自分を支配することはない、と悟るべきなのです。
神は、あなたのハートに住んで“いるのです。
ハートはただ一つの座席です。
そこにあるのは、ただ一人のためのみの場所です。
それゆえ、他の誰でもなく、神のみがあなたのハートに座るべきなのです。9/10/02”
ヨシオ:ババは言ってみれば光を放つランタンみたいなもんやねん。そこに人々だけではなく、虫けらも何でも引き寄せられて寄って来るのは当たり前やんか。だって神様は愛そのものやから。どんなものでも引き寄せることができるんや。この宇宙で、この果てし無く広大な宇宙で、それを創造された神さんだけが、言って見ればプラスの極で、残りの俺たち全部は創造されたものであるから、マイナスの極に属しているんや。だから、プラスの極に引かれて当たり前なんや。まるで、大きなブラックホールに吸い込まれるようなもんや。
ポニョ:でも、おいら達も、愛をたくさん持てば他の人を引き寄せることができるやろ。
ヨシオ:もちろんそうや。だから、神に近い聖者の元にはたくさんの信者たちが寄り集まって来るんや。
ポニョ:ということは、神様が大きなブラックホールで小さい愛を持っているおいら達が小さいブラックホールってわけか。面白い。そういや、ババはダルシャンで帰依者に祝福を与えようと近づいたら、その近くにいる人も同時に祝福を得ることが出来る、なんて言われたことがあるな。そしてそれはまるで、母牛が子牛に乳をあげようとしている時に、同時にその母牛の膨らんだ乳房から血を吸っているダニのようなものだ。と言われたよな。
ヨシオ:俺たちも、ババからいろんな祝福をもらっているけれど、実はお前たちはダニだったんだ。なんて言われないようにしようぜ。
ポニョ:それって、ひどいよな。そんなことを言われれば落ち込むぜよ。
ヨシオ:ポニョは本当に単純やな。ポニョが本当にダニだったら、そんな事を言われても落ち込む訳は無いやろ。ダニって人に自分のものを分け与えずに、ただ、人や神さんから取る事だけを考えている人のことを言われてるんだってばよ。ポニョとは全然違うやんか。安心しろや。
“人間は7段階、神より低いレベルのところにいる。
悪霊と呼ばれているものたちは、6段階神より低いレベルのところにいる。
神のオーラはそのすべてのレベルに降り注いでいる。
それゆえ悪霊たちは人間より少しばかり多くの力を持っている。
それらの力を用いて、彼らは自らを神のようなような力があると見せかけて、振舞っているだけなのだ。p 294 ANDI”
ポニョ:ウーティの植民地時代に建てられた悪霊の出る洋館に、ババが滞在された話をしたけど、あんたが言ってたサイババスクールってその洋館を改造して設立されたんと違うんか。
ヨシオ:多分そうやろ。25年ぐらい前に、もう百年以上も経って古くて危ないからと言って、立ち退きになったんや。それ以来、ウーティにあったサイババスクールはプッタパルティに併合されたんや。
ポニョ:でも、よくあんな悪霊がウロウロしてさまよっている洋館を、寄宿舎付きの学校にしたよな。子供が怖がれへんのかな。おいらやったら、絶対そんなとこへ行くのんは嫌やな。
ヨシオ:ガヤトリマントラを唱えたり、ヴェーダを唱えると浄化されて、悪霊も居づらいねんやろな。どっかに行ってしまったんと違うか。王仁三郎も何処かの家を買う時いつも、幽霊屋敷のような悪霊が取り憑いている評判の悪い家を買ってたな。その方が安くつくとか言って。
ポニョ:それで、実際お化けが出て来たらどうするんや。
ヨシオ:幽霊が出たら知らせろ。俺が捕まえたる。とか言って家の中をドタバタ探してたな。
ポニョ:ほんまかいな。怖くないんかな。
ヨシオ:マハーバラータの中に、森の中で幾晩か過ごさなくてはならない時があって、パンダヴァ兄弟たちは順番に夜になると、焚き火をして夜の番をしてたんや。でも、毎晩妖怪が襲ってくるので、たまらずクリシュナに来てもらって、一緒に夜の番をしてもらったら、クリシュナがいる時だけ妖怪が来ないんや。それでその理由を聞くと、君たちが妖怪を怖がっているから、自分たちの想念で恐ろしい妖怪を作り出し、それらと意味もなく戦っているんや、と言われたんや。
ポニョ:という事は、おいらのように怖がりな人のところに幽霊がやって来るんやな。でも、怖いという想念がそんな妖怪を創り出すって昔の人の想念の力って半端じゃないな。
ヨシオ:自分が口に出していう事と思っていることが一緒で、しかもそれに行為が伴っているから、その人が思った事は言霊のようになって実現するんや。その点、今の人は思いと言葉と行為がバラバラやから、霊力や想念の力が弱い人だらけやけどな。
ポニョ:逆に、そうしないと生きていけないような状況が現代の社会やからな。騙され利用されるやろ。それにインスタント食品とかばかり食べてるから霊力も無いし、生きてるしかばねみたいな人が街をウロウロしてるな。悪い霊が取り憑いているような人もたくさんいてるし。
ヨシオ:この世界は、全て反響、反映、反応なんや。自分に降りかかってくる災いは、実は全て自分が作り出しているんや。だから、いつも良いものを見て、聞いて、良い行いをしましょうと、サイババさんが言われているんや。悪霊も自分に自信がなく怖がりの人のところに来るんや。
嫌悪は怒りより危険です。
それは神を体験することを妨げる多くの邪悪な性質を呼び起こします。
人は本来100年間生きることができますが、これらの邪悪な性質のために人の寿命は短くなっています。
このような邪悪な性質が完全に制圧されれば、人は永く幸せな人生を謳歌することができます。
たとえ大きな事故に遭遇しても命を失わないでしょう。
人は自分自身の邪悪な性質の反射と反応と反響によって苦しめられています。
欲望と怒りと嫌悪は人間の性質ではなく、獣の特質です。
自分にこれらの邪悪な性質に支配されることを許せば、人は獣になります。
人は絶えず自分は人間であって獣ではないと自分自身に言い聞かせるべきです。
このようにして、人は獣の性質を抑制することができます。不幸なことに、今日の青年は過大な欲望を抱いており、結果的に自分たちの将来を悲惨なものにしています。10/9/02
自分がしてもらった良いことには、たとえ小さなことでも感謝をすべきです。
感謝の気持ちが欠けていれば、あなたの人生はまったく無駄なものとなります。
良い性質を育てなさい。
どこへ行こうとも、良い思いをもって行動し、すべての人に奉仕しなさい。
たとえ自分に敵対する人に出くわしたとしても、挨拶をすべきです。
そうすれば、相手も同じように返してくるでしょう。
反対に、もし不遜な態度で話しかければ、相手も不遜な態度を示してくるでしょう。
全人生は、反応であり、反映であり、反響です。
もし良い結果を手にしたいのであれば、良い生き方をするようにしなさい。
一生懸命頑張って、よく勉強すれば、一番のランクの成績を取ることができるでしょう。
しかし、もしあまり勉強しないなら、どうやって良い点数を取ることができるでしょうか?
あまり勉強もせずに良い点数を取れば、人々はあなたがテストでカンニングしたと疑うかもしれません。
あなたが良い点数を取ったのは立派な答案を書いたからだということは、あなたの良心が証明してくれます。
ですから、良い行いをして良い状態を体験しなさい。
そうして初めて、人としての生は意味のあるものになるのです。
人として生を送りなさい。
神に守護を祈る必要はありません。あなたの善良さがあなたを守ってくれるでしょう。
あなたの善良さが、あなたの人生の真の支えなのです。7/3/08
ポニョ:そうか。おいらは昔からほんまに怖がりなんや。お岩さんの映画を見た時、夜中にトイレに行けなくて、おもらしをしてしまって怒られたな。
ヨシオ:怖がりが、そんな映画を見に行くからや。だいたい、ホラームービーとか好きな人は、霊的レベルが低いってババが言っておられるで。ナルトぐらいにしておき、その方がポニョに合ってるわ。
ポニョ:でも、サイババスクールの子は映画とか見に行ったらいかんねんやろ。あんたの子供が通ってたシュタイナースクールもそうやったな。聞いた話やけど、サイの学生が夜に寮を抜け出し、塀を乗り越えて映画を見に行ったんやけど、ババは全てをお見通しやから、彼らは退学になったようや。
ヨシオ:サイの大学でも、小学校でも色んな生徒はいてるな。サイババスクールで大げんかがあって殴り合いをして、歯が折れた子がいたな。それで、ババは殴った子を叱るのかなと思ってたら、そうではなくて、両方の言い分を辛抱強く聞かれていたな。そして、君が殴ったのかい?けんかをしたらダメだよ。彼は、君の兄弟なんだ、暴力はダメだよ、愛と調和が大切なんだよ、と優しく教えを説いておられたな。
ポニョ:普通やったら、殴った子だけを叱るけどな。歯が折れたんやろ。よっぽどきつくパンチをしたんやろな。
ヨシオ:子供やから、手加減するって知らんかったんやろ。
ポニョ:あんたぐらいやろ、喧嘩慣れしてるから手加減して人を殴るのは。
ヨシオ:昔の話はやめようぜ。俺がウーティのサイババスクールに子供を入れたいなと思ったのは、サイババさんがウーティを訪れたら、必ず子供達と長い事時間を過ごされるんや。例えば、ホールで全校生徒の出し物を見られたり、スップラバタムも時々、子供達と一緒にされるんやで。とにかく学校の規模が小さいので、いろんなとこや行事の度に、ババとスキンシップが出来るんや。
ポニョ:それはすごいな。めちゃラッキーな子供達やな。
ヨシオ:それだけではなく、赤面症で人前で話せない子供がいれば、その子に自信をつけさせたりもされるんや。
ポニョ:それって、どのようにしてされるんや?
ヨシオ:全校生徒の前で、ある赤面症の子供をババが呼ばれて、発表させたんや。君はサンスクリット語が分かるよね。少しこの舞台で話してごらん、と言われたので、その子は顔を真っ赤にして話し始めたんや。ところが声が小さくてすぐ側におられるババにしか聞こえない声で話しているんやけど、それもだんだん蚊の鳴くような声になって来て、手や足は震えだし、遂に何も言えなくなって黙ってしまったんや。それを見ていた生徒や先生は、その子が可哀想で見ていられなかったんや。どうなるんかなってみんなドギマギしていると、ババはその子の手を取って自分の元に引き寄せ、身体全体が震えている子を長い間、強く抱きしめられたんや。
ポニョ:うわーっ。おいらもやって欲しいな。おいらは赤面症じゃないけど。
ヨシオ:ポニョは、赤面症ではなく、面の皮が厚い厚面症やな。ちょっとそういうポニョの症状では抱きしめてもらわれへんやろな。そして、抱きしめてもらった後、その子はみんなの前で再び話し始めたんや。でも驚いたことに、まるで別人みたいになっていて大きな声で顔も赤くならず、足も震えることなく自信満々に話し始めたんや。
ポニョ:そら驚くよな。突然変わるんやもんな。みんな感激したやろな。神の神聖な力って計り知れないよな。
ヨシオ:またある生徒さんは、小さい時から聡明で、友達を助けたり、先生のお手伝いをしたり、自発的になんでも出来る子で、先生方の間でも評判になっていて、とてもスペシャルな魂の持ち主やな。とか先生方の間で言ってたんや。すると、ババがその子を壇上に呼んで、砂糖菓子を物質化して自らの手でその子の口にお菓子を入れて食べさせていたんや。
ポニョ:ババが自らそういうことをされたんか。その子はよっぽど、高いところから来た霊なんやろな。
ヨシオ:またババは、その時子供がたくさん座っているところにおられたんやけど、突然一輪のバラの花をある男の子をめがけて投げられたんや。その子はその花を受け取ったんやけど、友達も先生も含めて、どうしてこの子にババが花を投げられたのか、ずっと謎やったんや。でもその子が大きくなり、地域の奉仕活動のリーダーとなって活躍していると聞いて、先生方はなるほどと思ったんや。
ポニョ:その子の将来の事もババはお見通しやもんな。その子がどんな人になるか分かってその花を投げられたって、粋な話やんかな。でも、それだけババと近い関係を持てるってすごい学校やな。あんたがそこに子供を行かせたいって理由が分かるぜよ。
ヨシオ:そうやろ。それだけではないで。子供が病気になったら、温野菜を食べさせなさいとか、スパイシーな食べ物を与えてはいけないとか、特別に柔らかくしたライスを与えなさいとか、微に入り細に入り生徒さんの面倒を見ておられるんやで。そして毎日、粉にしたナッツ、椰子砂糖、塩などをスプーン一杯子供達の口に入れてあげなさい。育ち盛りの子供はこのようにして、タンパク質などを取らないといけないって言っておられるな。
ポニョ:キメの細かい痒いところに手が届くような子育て方法を指示されるんや。子育てって本当に大切やもんな。
子供が道を外すのをそのまま見過ごす親は、いつか必ず報いを受けます。
カリユガにおいて、子供を好き勝手にさす事が流行となりました。
親は、そうしないと子供達が家出するか自殺するかと恐れるのです。
そのような劣等な人格の子供に何が起ころうと、それが何だと言うのですか?
親は今日、この種の道徳的勇気を持ち合わしていません。
そのような親は子供達に関する悪いニュースを耳にし続け、絶望の内に死ぬのです。31/3/96
今日、親たちは自分の子供たちに制限のない自由を与えており,それが大きな災難となって降りかかっています。
もし子供たちを小さい頃からコントロールしなければ、大きくなってからコントロールするのは不可能ですSSIB1993p109
ポニョ:この前の記事で紹介してくれた、ババの学校の赤面症の男の子が、ババに抱きしめられた途端、人が変わったように堂々として、自信を持って話せるようになった話が感動的やったな。
ヨシオ:神の化身であるサイババさんが行かれるところには、このような感動的な話がいつも付いて回るな。何と言っても、この宇宙を創り俺たち人間を創られたお方が、あのような無限の愛を持たれたお方って考えただけでも嬉しくなるよな。
ポニョ:ウーティのサイババスクールの話で、おいらが知らないエピソードとかをもう少し紹介してくれるか。特に、おいらが興味がある食事について何か言っておられるか?
ヨシオ:嫁さんがポニョの好きなオクラの天ぷらを揚げてるから食事の話をしたくなってきたんやろ。ポニョは単純やからな。実は、俺はこれらの話をスンニャ ルーパというウーティのサイババスクールで、1991年まで先生として働いておられ、その後プッタパルティのサイババスクールで2000年まで働いておられた人が、ラジオサイで話されてるのを聞いたんや。ババは新鮮な物、調理したばかりのものを食べさせなさい。と言っておられるな。生野菜とかフルーツ、特にマンゴーはお勧めや。おかゆの中に毎日違う材料を入れて、工夫をするのも子供に良いと言って喜ばれるんや。ミルクは全乳ではなく、お湯を半分混ぜなさいといわれてるな。また、小麦とライスをバランス良く食べさせたり、ギーも使っているな。水につけて発芽させたばかりのスプラウトをサラダに混ぜて子供に食べさすのも良いらしいな。。また、ナッツ類を一晩水に浸して柔らかくして、それを明くる朝、食べさせるのも勧められてたな。でも、浸した水は捨てるように言われたな。
ポニョ:なに!おいらは水も一緒に、毎朝アーモンドと一緒に飲んでいるぜよ。それはあかんのか。
ヨシオ:リンガム水は、身体に良いからリンガムを一晩水に浸して、その水を病人に飲ましたりするけど、アーモンドを浸した水は捨てるんや。
ポニョ:知らんかったぜよ。今度からそうするぜよ。話を聞いて良かったな。
苦行で得る力は我々の摂る食物と生活習慣を見れば分かる。
今日の我々の摂る食物や生活習慣は、上辺だけのものとなっている。
我々が摂る加工食品は、瞑想をきちんとできなくさせている。
それゆえ我々の霊的修行は無益なものになってしまっているのだ。16/4/96
調理していない食物、木の実、果物、発芽している豆類が最良の食べ物です。
これらのものを少なくとも一日に一度は夕食などで食べなさい。
それによってあなたの長寿は約束されます。
ココナッツの実や、ココナッツ水、発芽した豆類、生か少しだけ火を通した野菜や青菜類が健康に良い食物です。SSVol15p115~7
ヨシオ:俺は、週に二三回、キヌアを水に浸して柔らかくして、カレーと混ぜたりして頂くんやけど、キヌアのような食物は水に浸すと発芽するやろ。その時に毒素が出て、その毒素が水に溶け込むって聞いたことがあるな。
ポニョ:キヌアは、鳥とかに食べられないように毒素で自分を守ってるんやな。ところでおやつなんかもあるんか?
ヨシオ:もちろんや。子供は、甘いのんが好きやもんな。毎週木曜日は、ババの日に因んでおやつの日になっているんや。子供達は指折り数えて、おやつの日が来るのを楽しみにしてるんや。もちろんババが来られている時は、その日がおやつの日で、ババは子供達の目の前で、キャンディやら、おもちゃ、筆箱、色んな色のペン、ネックレス、日記帳やイヤリング、ハンカチなども物質化して一人ひとりに与えられるんやで。
ポニョ:ババが来られたら、クリスマスのサンタさんが来たようなもんやな。子供達はめちゃ喜ぶやろうな。
ヨシオ:ただ物を与えるだけではなくて、その子を褒められたりされるな。良い子にしていたね。とか言って。愛の化身やからな。
ポニョ:それだけ、愛を神様から直接いただいたら、本当に良い子が出来るやろな。
人は、身体を維持するために、何らかのものを食べなければなりません。
時々、あなたは悪夢を見たり、瞑想中に悪いものを見たりすることがあります。
これは、清らかでない食物をとった結果です。
あなたは、調理をする前に、食材が神聖な手段によって得られたものかどうかを調べなければなりません。
そうであるときに初めて、食物は食べるのに適したものとなるのです。
食事を食べる前に、神聖なマントラを唱えなさい。
そうすれば、あなたのハートには、神聖でないものが入ることはありません。
ヨシオ:でも、ババは不幸な家庭に生まれた子供も、たくさん面倒見ておられるんや。ある兄弟なんか、お母さんがガンで亡くなり、その後お父さんがその子たちを学校に連れて来て、寮に入れたんや。その兄弟は毎日お母さん恋しさに泣いていて、先生もどうして慰めていいのか分からんかったんや。するとある日、塀を乗り越えて学校から逃げ出してしまったんや。もちろん、遠くまで逃げられないので、捕まえて来て学校に連れ戻したけれど。その後、ババが二人を特別にインタビューに呼び、そこで何があったのか分からないけれど、二人は突然元気さを取り戻して、普通の生徒に戻ったんや。兄弟は、ババが千人の母親に値するって分かったと言ってたな。また、その兄弟は、将来僕たちも先生になるって言って、今大学の教育課程で学んでいるんや。
ポニョ:ジワーッと来るええ話やな。そら、そんな若い時にお母さんをガンで亡くしたら毎日泣いてしまうよな。でも、ババが本当のお母さんって分かったんやろな。ひょっとしたら、インタビュールームで、ババがその子たちの亡くなったお母さんを呼ばれて、対面させたのかもしれないで。
ヨシオ:ババがよく使われる手やもんな。だんだん、ババがやられることが読めて来たよな。
ポニョ:あの例の、ヴェンタカタギリの王様にも頼まれて、王様と王様の亡くなられたお母さんと対面させたし、また友達が亡くなり落ち込んでいた女の子にも、亡くなった友達を霊界から呼ばれて対面させたし、アメリカ人の男の子にも、ガンで亡くなったお母さんを対面させたよな。
ヨシオ:ポニョはよく覚えているな。還暦を過ぎても頭がくっきりハッキリ、ピッカピカやんか。
ポニョ:ピッカピカまで行ってないやろ。まだ半分以上、いや、三分の二ぐらい、いや五分の四ぐらいは髪の毛が残っているぜよ。
ヨシオ:そうやな、それぐらいあるかな。でも時間の問題やけどな。あまりシャンプーを使うと毛が抜けるって聞いたで。日本人はこまめに頭をシャンプーで洗うから、世界で一番年寄りになって髪の毛が少ないらしいで。特に合成界面活性剤の合成洗剤のシャンプーを使うと、必ず頭が禿げてかゆくなるから、俺はシャンプーを使わないんや。固形のオーガニック石鹸を使ってるんや。髪の毛専用の。
ポニョ:そんなんがあるんか。おいらも使おうかな。どこで手に入るんや。
ヨシオ:俺は、通信販売でアメリカから取り寄せたけど、まとめて買ったからポニョに幾つかプレゼントするわ。長持ちするで、毎日使っても二ヶ月は持つな。とにかくシャンプーはやめとき。毒が入っているのと一緒やって聞いたで。
ポニョ:この世界では、何も信用出来ないからな。サンキュー。有難くいただくぜよ。持つべきものは友人やな。さっきの話に戻るけど、悪さをしたり規律を乱したりした子は叱らなあかんのやろ。サイババスクールでも。
ヨシオ:もちろんや。ババは後でまとめて叱るのではなく、その時にその場で叱りなさい、と言っておられるな。でも、叱ると言ってもポジティブに叱りなさい、と言われているな。
ポニョ:ポジティブな叱り方ってどんな叱り方なんや。
ヨシオ:ただ、罰を与えるだけではなく、今度からこのようにしたら、他の人に迷惑をかけることがないよ。とか今回は、君が遅れて来たために皆に迷惑をかけたけど、君も誰かに待たされたらどう思う?嫌だろう。だから今度から早めに起きるんだよ。とか、次に、明日に繋がるような怒り方をするんや。しかも先生は、生徒に罰を与える時にこういう間違いを君たちは犯したけれど、どんな罰を受けなければいけないか、自分たちで考えてご覧。と言って自分たちで、自分たちが受けなければならない罰を考えさせるんや。
ポニョ:それって、いいよな。ねぼすけして朝ごはんの時間に遅れたので、罰としてキャンディを朝ごはんとして食べます。とか決めれるもんな。
ヨシオ:誰が朝飯にキャンディなんかを食べるんや。それは、罰と言えないやろ。でも、こうしてババの学校で素晴らしい教育をされているけど、子供達の教育で一番大切なのは、お母さんなんや。ババは、子供にとってはお母さんが最初の先生や、と言っておられる。女の子の中には大学で教育課程を終了して先生になる人も、ならない人もいるけど、でもほとんどの女の子は母になるやろ。ババは、お母さんって土のようなもので、子供の人生全てに渡って、子供のために養分を与える存在でなければならない、と言っておられるな。特に、妊娠している母の想念がお腹の中の胎児に大きく影響するんや。
ポニョ:いわゆる、胎教っていわれているな。マハーバラータに、こんな話があるな。アルジュナが、身ごもっている妻に、敵の迷路陣の中にどういうふうにして入って行けるかを説明していたんや。すると、クリシュナが話の途中でやって来て、こんな話を身ごもっている女性にすると良くない。お腹の子供がそれを聞いているからやめなさい、と。それで、生まれた子供が大きくなって戦争で敵の迷路陣に入って行く方法を知っていたので、入って行って戦えたのはいいけど、出る方法を知らなかったので、その陣の中で殺されたんや。
ヨシオ:このように、お母さんが聞いたことも、お腹の中の子供にも大きな影響を与えるんやな。
ポニョ:ちょっと今自分で迷路陣の話をしていて気付いたんやけど、もしクリシュナが、途中でアルジュナの話を止めに入っていなかったら、息子さんは迷路陣から出る方法を知っているから殺されなかったんと違うんか。クリシュナが殺したようなもんやんか。
ヨシオ:そういう事になるんかな。でも、全てが神さんの筋書き通りに世界は進んで行くんや。でないと、亡くなった息子さんは、英雄たちが赴く霊界の世界に入れなかったんや。それに、その息子さんは、結婚したてやったんやけど、奥さんのお腹の中にいてる胎児の中に、また入って生まれ変わってきたんやで。
ポニョ:摩訶不思議な世界やな。ということは、自分の息子が自分って事になるな。何でもありの世界やな。
ヨシオ:パクリシットという、探す人、という意味の名前をもらって生まれ変わって来たんや。というのも、赤ちゃんの時からクリシュナを探してたんや。
ポニョ:あっ、その話知ってるで。なんでも、お母さんのお腹の中にいる時に、敵が放ったミサイルのような強力な矢がお腹にいる自分に向かって飛んで来た時に、どこからともなくクリシュナが現れて、その矢を破壊して守ってくれたんや。それ以来、命の恩人であるクリシュナを探し続けていたんやったな。
ヨシオ:そうやったな。また、乳飲み子を抱えているお母さんが、誰かと喧嘩をした後に、自分の子供に乳をやったんやけど、その子は死んでしまったという話もあるな。
ポニョ:つまり、喧嘩していた時のお母さんの悪い想念が、ミルクを毒に変えたってことか。それはすごい話やな。酒好きなお母さんの子供も、お腹の中にいる時から酒の味を覚えて、酒好きな人になるとか、お母さんが妊娠している時に好んで食べるものを、子供も嗜好するっていう話は聞いたことがあるけどな。
ヨシオ:ポニョもお腹の中に入っている時に、お母さんがたっぷり栄養のある美味しいものを食べておられたんやろな。オクラの天ぷらとか、お蕎麦とか。
ポニョ:そんな話をしてたら本当に腹が減ってきたぜよ。晩飯にしようぜ。オーストラリアにもオクラが売ってるって知らんかったな。大きいオクラやなこれは。ではいただきま〜す。
ヨシオ:ちょっと、食前のマントラをまた忘れてるでポニョは。いつまで経っても一緒やな。
太古には、身ごもった婦人はプラフラダ、サティアヴァンらの聖者の物語を聞くのがつねでした。
子供は、母の胎内にいる時からそのような物語に影響されて育ちました。
ロシアやその他の諸国の経験は、人の摂取する食物が心の状態に影響することを明らかにしました。
例えば妊娠中の母親がりんごジュースを好んで飲んでいたなら生まれた子供もりんごジュースを好みます。
至高の神の御名を唱えれば、神聖な響きの波動が周囲の大気に吸収され、その結果その場の大気の浄化に役立ちます。3/3/92
まず第一に、視覚と舌をコントロールしなさい。
皆さんは、悪いものを見ることによって、多くの罪を犯しています。
そして、必ずその結果 に直面しなければなりません。
皆さんが悪いことのために感覚を使えば、皆さんに生まれる子供たちも悪い心を持つようになります。
ですから、悪いものを見ず、悪いことを聞かず、悪いことを語らないようにしなさい。
昔の人々は、身ごもっている婦人が悪いものを見たり聞いたりしないように注意を払っていました。
彼らは妊婦に、神の神聖な物語を話して聞かせ、良いものを食べさせ、善い知らせだけを伝えるようにしていました。彼らがそうしたのは、母親が善い感情を持っていれば、生まれてくる子供もまた善い心を持つようになることがわかっていたからです。
両親が犯した罪は、間違いなく子供たちにも影響を与えます。5/7/01
ポニョ:何回かに分けて、サイババスクールの話を紹介して来たけれど、神の化身が直接学校に来られて生徒たちを、そして先生たちも指導されるって本当に恵まれているよな。
ヨシオ:ババが来られた時は、泊りがけで来られるんや。ウーティは夜は寒いから、暖炉にマキをくべて火をつけるんやで。暖かい暖炉の前でみんなで座って、ババと話をするんや。
ポニョ:ババと一緒に暖炉の前で座るんか。夢みたいな話やな。
ヨシオ:そこでババは先生方に、小さい子供達はベッドメーキングが出来ますか?何人ぐらいの子供が出来ないのですか?とか、具体的な数字も聞かれるんやで。
ポニョ:すごい細やかやな。
ヨシオ:また先生達に、みんなが見ている前で子供たちを叱らないようにしてあげてねとか、もし叱る場合は、場所を移して人が見えないところで叱りなさい、とか言われるんや。
そして先生方同士の意見が合わない時には、絶対に子供達の目の前で、言い合ったり、もめたり、競い合ったりしないように、厳しく言い聞かせておられたな。
ポニョ:そら、生徒の目の前で先生方がもめるって最悪やもんな。
ヨシオ:ババは、この世界の全ての争いを、私は今すぐにでも止めることが出来ますが、それを敢えてしないのです。人々が、自分のブッディを使って解決させるようにしているのです。と言われたことがある。
ポニョ:ブッディって、英知とか知恵とかの意味やったかな。それって当たり前やな。世界のもめ事は神様のプレゼントって訳なんや。でも、神さんしか全世界の争い事を今すぐにでも止めることが出来るって言えないよな。そのコメントはすごいぜよ。
ヨシオ:先生方はババがこのようなコメントをされるのを聞いて、少しずつ良い先生になって行かれるんやろな。
ババは、もし同僚が助けが必要なぐらい大変そうに見えたら、何か手伝ってあげましょうかと、聞きなさい。そして、いや、なんとか出来ます。と断られたら、自分の事だけをしっかりやっていたら良い。と言われたな。
ポニョ:でも、カルナという太陽神スーリヤの元から来た勇者がいたやろ。本当はパンダヴァーズの五人兄弟の長男であるダルマジャのお兄さんやけど。その勇者が、ドロウパティが悪者に辱めを受けている時に、何もしなかったから良くないって言って、ババが言っておられるで。
ヨシオ:目の前で、悪がなされている時はその人にそれは良くない事だ。という忠告をすれば良い。先ほどの例でも一緒や。ヘルプしよかと言って、相手が聞くかどうかは、相手次第なんや。ボールを投げた後は、もう自分の問題では無くなるんや。どうしても、問題がこじれてややこしくなりそうな時は、それらを全てババに捧げたら良い。このように、この世界で生きて行くのに、いろいろとゴタゴタに巻き込まれそうになるけど、もっと単純に、飄々と生きて行く事が、この世で幸せに生きる知恵なんや。今の人々は、他人の問題に首を突っ込みすぎるんや。だから関係ない他人のカルマにまで足を踏み入れて、自らを泥沼の中に陥れてしまうんや。もっと淡白に生きた方がええな。
ポニョ:それって、まるであんたの嫁さんやんか。あの人タンパクの化身やな。だからおっぱいが大きいんや。
ヨシオ:なんでやねん。タンパク質が多いからって言いたいんか。ポニョの頭の中のニューロンの配線はグチャグチャやな。どこがどう繋がっているのか分からんわ。
俺がババのコメントで印象に残ったのは、ババは小学校三年生までは、教室で話すのをやめなさい。とか黙りなさい。と言ってはいけないと言われたことやな。
ポニョ:おしゃべりは歓迎なんか?それってちょっとクラスがうるさいことないか?
ヨシオ:小学三年生までは、話す能力を付けてくる時期なので、どんどん話させなさい。いろんなトピックを与えて話す力を付けさせなさい。と言われたんや。
ポニョ:おいらは、話し始めるのが遅かったので、学校に行っても静かに隅の方で聞いていた生徒やったな。逆に、女の子はたくさんの喋りがいて、とてもうるさかったな。姦しいって、三人の女という字を書くやろ。ほんまにその通りやぜよ。
ヨシオ:でも、学年が上がって行く度に、少しずつ話す力をコントロールさせなさいと言われている。
ポニョ:コントロールと言っても、どうふうにするんやろな。
ヨシオ:俺が初めてシュタイナースクールに行った時、先生は子供達を静かにさす時には、静かに!とか、黙りなさいとか言われないんや。どうするんかなと見ていたら、何も話さずに、目で子供達をコントロールされてたな。それでも子供がまだ騒いでいたら、何も話さずに、ただその子を指で指しておられたな。すると、その子は、静かになったな。
ポニョ:それって、難しいぜよ。特に、目だけで子供をコントロールなんて、おいらが行っていた学校なんかやったら、誰も先生の言うことを聞かなくなるぜよ。
ヨシオ:なんや、ポニョは、ええとこの学校で育ったんやなかったのか。御曹司やなんて言ってたやないか。
ポニョ:御曹司は御曹司でも、下町の御曹司なんや。ほっといてんか。人の事を言えるんかあんたも。ウジ虫で遊んでたくせに。
ヨシオ:俺は、最初から柄が悪いとこで育った、って言ってるやないか。一言も、ポニョみたいに下町の御曹司やなんて言ってないやんけ。
ポニョ:そらそうや。大体、あんたみたいな、いかつい顔をした人が御曹司やなんて言ったら、そんな冗談は御曹司なさい、なんて言われるで。
ヨシオ:それって、およしなさいやろ。おんぞうしなさいって言わんで。今のダジャレはちょっと苦しかったな。9割の人は分からんで。でも、ポニョにしたら上出来やから80点あげよか。
ポニョ:それくらいのダジャレで80点は嬉しいな。おいらの学校の先生は厳しくて、どんなに頑張っても60点以上くれなかったけどな。ババの学校でも先生は厳しくせなあかんねんやろ。もちろん愛を持ってやろうけど。
ヨシオ:ババは、先生はみんなのお手本にならないといけない、とおっしゃているな。例えて言えば、タンクの水がきれいだったら蛇口から出て来る水もきれいなはずだ。とおっしゃった。つまり、先生がきちんとして素晴らしい先生やったら、生徒も良い生徒が出来るっていう意味や。
ポニョ:ところで、サイババスクールの先生って、お給料をもらっているんか?
ヨシオ:何人かの先生たちは、給料は要りません。この仕事を神に捧げる奉仕としてやります。とか言われたんやけど、ババはそれはいけない。政府が決めたガイドラインに沿って給料を支払うので受け取りなさい。と言われてる。というのも、もし、先生方が給料を受け取らなかったら、政府がサイスクールを誤解して見るようになるから、と言っておられたな。
ポニョ:誤解ってババが強制的に働かせているとか、変なカルトのグループに間違えられたりするからやろな。ババは神さんやけど、きちんと政府が定めた法律に従われるんやな。
ヨシオ:この前に紹介した話しの中に、ウーティの学校を閉校して、プッタパルティの学校に併合したって言ったよな。あれも、せっかく設立した学校でも、政府の法令に従って百年以上も経っている建物で古くて危険なので、移るように決めたんや。このようにババは国や地方政府が決めた法律に従われるんや。
ポニョ:神さんが創られた創造の法則やけど、化身としてその中に降臨される時は、自らが創られた法則に従われるってことやな。それってまるで、政治家が法律を作り、その法律に従ってフィー魔キャンプに入れられるようなもんやな。
ヨシオ:ポニョの例えは的が外れるな。三本の矢って、的を射る事が出来ないのんか?
ポニョ:あんたのも、外れているやないの。
ヨシオ:というわけで、先生の話に戻るけど、ポニョはリシケシュてとこ知ってるやろ。そこに、サイババスクールが出来たんや。
ポニョ:知ってるもなんも、メチャ有名なとこやんか。あのビートルズもそこで瞑想を習ってたガンジス川のほとりにある、聖地やろ。そんなとこにサイババスクールが出来たんか。ええやないの。
ヨシオ:最近の事やないのに興奮するなよ。もう、十五年ぐらい前の話や。それで、そこでの先生の宿舎やけど、ババはきちんと政府の基準を満たしたものを建てなさいと言われたので、バルコニーがあり、部屋も家具付きでとても住みやすいんや。
ポニョ:おいらたち夫婦をそこで用務員として雇てくれへんかな。一度、腰を下ろして、二三年ぐらいゆっくりとそんな聖地に住んでみたいな。
ヨシオ:俺も一度は行って見たいとこやな。ババはいつもの言葉遊びで、先生というのはcollection of facts ではなくconnection of love をしなさいと言われた。
ポニョ:つまり、先生というのは、この世俗的な事を教えたりするだけやなくて、どのように愛を育むかを生徒に教えなさいと言われたんやな。
ヨシオ:えらいポニョにしたら高尚な意訳やんか。
ポニョ:あんたも、意訳だらけやんか。
ヨシオ:でも、それが人々の医薬になるからええやんか。
ポニョ:それが本当の…せえの
ポニョ、ヨシオ:いい訳!
ポニョ:今のんは、決まったな。おいらの知っているプロの翻訳家はこんな事を言ってたぜよ。英語の文を一度、自分の中に飲み込んで自分の言葉にしてから日本語にするんやて。でないと生きた日本語になれへんと言ってたな。
ヨシオ:そうかもしれんな。俺はそのようにしか出来ないけど。それとババは、目上の人を尊敬しなさいって言っておられるやろ。もちろん、先生方の間でもそれは守らなあかんねん。例えば、校長先生が早く出世した若造でも、その若造校長は年配の先生に従わなければいけないんや。
ポニョ:今どこでも、若造が偉そうにしてる職場が沢山あるけど、この言葉を聞かせたいな。
こういう、ババの直接の教えってもっと広まって行くんやろな。特に、ゴールデンエイジになれば、教育指導要綱は全てババのお言葉になるんやろうな。
ヨシオ:そうなるし、そうなるべきやな。ここ、オーストラリアでは年寄りは邪魔者扱いされてるんや。もう社会のクズのような感じで。俺がお袋のお世話をさせてもらっている時に、近所のおばさんが、あんたとこのお母さんをいつになったら、ゴミ捨て場に連れて行くんや、と言ったんや。もちろん笑いながら冗談やけど。俺は、聞き間違えたんかなと思って、もう一度頭の中でその言葉をテープレコーダーの再生ボタンを押すように、何度も繰り返して聞いていたんや。すると、やっとその意味が分かったんや。つまり、いつ老人ホームにお袋を入れるのかって意味やった。
ポニョ:それってひどいな。傷つくよな。
ヨシオ:それが、普通の感覚やねん。老人を尊敬しない社会は、自分を大事にしない社会なんや。だって、やがて自分も老人になるもんな。だから、こちらでは、年取ると、ほとんどみんな老人ホームに入るんや。金持ちは、5スターホテルのような、劇場まで付いているホームに入り、貧乏人は収容所みたいなホームの入るんや。俺の二人の息子が老人ホームでバイトしてるけど、ひどいホームは老人を物扱いするって言ってたな。
俺が知っている老人ホームに入っているおばあちゃんはこんな事を言っていた。ある日、家に居てたら遠くに住む一人息子が久しぶりに訪ねてきて、お母さん、もう一人で自分の面倒を見るなんて大変やから、そろそろ老人ホームに入ろか、と言って息子が全ての手続きをして、ここに連れて来られたんや。そして、家を処分して金を持ったまま帰って来ないんやて。そのおばあちゃんは、まだ頭もしっかりしてるし、歩けるし、健常者と一緒やのに、鍵が二重にも付いている、自由に外に出れない、収容所みたいなとこに住んでたな。
ポニョ:でも、まだバスが来ないバス停がないだけマシやんか。
ヨシオ:その点、俺が属していたアボリジニのバスケットボールチームやけど、年下の子は自分より年上の人の言うことをよく聞いていたで。年上の人たちを、誰でもおじさんって呼ぶんや。白人の若い子が、そんな言葉を使ったのを聞いたことがないな。ここはポチの国やから、裏社会の連中がわざと家族制度を破壊してるんやろな。支配しやすいようにな。現に子供が21歳になったら家の鍵を親が与えて、一人前になったから自由を与えるパーティを開くんや。
ポニョ:それって逆やんか。親から自由になるんやったら、家の鍵を取り上げて出て行かさないといけないのに。
ヨシオ:神様の意思に逆らうと、必ずしっぺ返しがやってくる。世界中で今、ダルマが土足で踏みにじられている。ダルマはダルマを守って生きるものを守護するが、ダルマを踏みにじるような社会や国を正されるんや。だって神さんはダルマの化身なんやから。
“真理あるところに怒りは存在しません。真理が苦痛を負わせることはありません。真理に根ざしている人が暴力を振るうことはありません。それどころか 、その人は非暴力は自分のダルマであるとみなします。~自己のダルマに死ぬことは幸せであるが、他人のダルマを行なうことは危険である。STPS2p134”
ダルマを復興する為に、アヴァターが人間の肉体をとってやってきたのです。
神があなたの目の前にいてそのための作業に従事しています。
そうであるのに、あなた方はなぜ永遠の生命や解脱について議論しているのですか。
君たちの人生は始まったばかりです。
まず最初に、今世でのあなたの人生の目的が何であるか見定めなさい。
神ご自身がダルマを育むために降臨しているのです。
君達も私と同じ作業に従事するのであれば、それは神を礼拝することになるのです。
そうすればあなたは、神に奉仕し、神の帰依者と自分自身に奉仕することになるので、神の身近にいる者となり、神に愛される者となるのです。CWSSBJp75
神は時代から時代へと生まれ変わり、ダルマが衰退するときはいつでも、悪を滅ぼし、正しき者を守ります。真理は支持されるべきであり、非真は滅びるべきです。
ダルマ(法)は守られるべきであり、不法は滅びるべきです。23/11/99
ポニョ:今日は嵐です。外で働けない代わりに、相棒と雑談をしながら、忙しくて書けなかったPart1の続きを書き終えることが出来ました。この記事は既に、Part1に載せましたが、part7にも暫くの間ですが載せておきます。
それでは、始まりますよ。たくさんの訪問者が相棒の家から帰って静かになったけど、母、東洋子が認知症になったのに気付いた記事の続きです。
東洋子の病気は、ゆっくりと虫が床を這うように脳細胞を侵して行った。しばらくぶりに東洋子に出会った人でも、東洋子が認知症になっているのを見抜くのは難しかった。東洋子も人と会う時には、自分の持っている能力を最大限に使って、出来るだけ、自分が正常であると演出して見せた。でも、それは東洋子にとって大変な疲れを伴うことだった。
ヨシオは、まだ東洋子の病気がひどくならないうちに、東洋子と良い思い出を残したいと思い、あちらこちらと小旅行に出かけた。最初は、ウルルとオルガの巨大な岩を家族で見に行った。費用を節約するために、家族で小さいユニットをキャラバンパークで借りて、全員そこで寝泊まりした。オルガの風の谷を訪れた時は感激した。大きな岩の壁の間を歩岩を登り終えると、そこは眺めの素晴らしい峠のような岩の上に出てきたのだった。東洋子も、毎日孫に囲まれ手を繋いで歩き、子供に戻ったようにはしゃいでいた。
当初、ヨシオはアボリジニの聖地であるウルルには登るつもりはなかったのだが、ウルルに旅する前日、アボリジニの夢を見た。それは、アボリジニたちがヨシオを歓迎するダンスをしている夢だった。
その夢は、ウルルに登っても良いというサインだと分かった。あくる日、思ったより急勾配な岩肌に取り付けてある鎖を持ちながら、岩の頂上を目指して登り始めた。岩をほぼ登り切ったところを導かれるようにして少し道を外れると、人が十人程座れる小さな岩で囲まれた、平らな広場のようなところに出た。その一角に小さな洞窟があり、洞窟の中を覗くと思ったより深くて、人がやっと一人這って入って行けそうだった。その洞窟の入り口を離れたところから見ると、人の目のように見えた。
ヨシオは、その洞窟の前の平らな場所で、お祈りをしなければならないと強く感じた。そこはアボリジニの神聖な礼拝所だったのだろうと推測できた。そうか、俺がこのウルルに来たのはこの為だったのだ。と分かり、目を静かに閉じた。そして、ガヤトリマントラを唱え始めた。
すると、ヨシオが座っていたウルルの岩が軽くなり、空洞化し始めたように感じた。
この地球上で一番大きい一枚岩の一つだと言われている岩が、実は岩では無く、神聖なエネルギーの塊のように思えた。
アボリジニたちがこの岩を神様だと信じて、何万年も礼拝して来た聖なる想念の波動が、岩全体を覆って物質を超え、岩そのものが霊的なエネルギーをたくさん取り入れていたのだ。
想念の波動は、人々の喜びと悲しみ、健康と病、幸福と苦悩、生と死の原因です。
人の人生は、想念の波動の力を完全に理解することにより意味あるものとなります。
全世界が精神的な波動により覆われています。
実際のところ、すべての世界は波動によって創られたのです。
それ故私たちの想念も、高貴な道へと向かわせなければならないのです。
人々の心は高貴な思いや好ましい感情で満たされるならば純粋で煌びやかに輝くでしょう。
この様に、純粋な心を培うことによってのみ、純粋な行動をとることが出来るのです。
そして純粋な行動をとってのみ、純粋な結果を得ることができるのです。SSIB1993p,3
人は他の人を傷つけようと、沢山の悪い思いを心に抱きます。
しかしこれらの、他の人を傷つける想念は10倍にもなってその人に返っていくのです。
この真理を人々は気づいていません。
~逆に我々の想念でもって他の人々の病を癒やすことも出来るのです。8/93p,211~3
そうだったのか。だから、アボリジニたちはこの神聖な岩自体を、神だと信じて礼拝していたのだと分かった。だから、アボリジニたちは観光客に、この聖なる岩に登って欲しくないのだ。ただの物見遊山の人々がたくさんやって来て、アボリジニたちの聖地である岩に染み込んでいる聖なる想念の波動を汚しているだけではなく、この岩を護っている聖霊たちをも侮辱しているように思えるのだろう。アボリジニにとってウルルは、寺院に安置してある神像と同じなのだ。
ヨシオは、深く息を吸って、ゆっくりとガヤトリを何度も唱えた。ウルルがガヤトリの聖なるマントラのパワーと一体になり、岩全体の波動が細かくなってどんどん浄化され、それと同時に岩の周囲の波動が変化して来ているように感じた。
聖なる岩が喜んでいる。グレートスピリッツが喜んでいる。ガヤトリで聖浄化されて喜んでいると、ヨシオは独り言を言った。
ガヤトリはやっぱりすごい。すごいパワーだと思った。この、大陸の中心にあり、世界のへそと言われているウルル。何万年も神として拝まれ、アボリジニの人々が畏敬の念を持って礼拝して来た岩、ウルル。この大陸に住む全ての人や生き物を守り、育んで来た世界最大で最古の聖なる岩が、今、宇宙で最強のマントラと出会って結び付き、二つの波動が一体となったのだった。
ウルルは、リンガムなのかもしれないとヨシオは思った。最新の調査によると、ウルルの地上に出ている部分はほんの一部分で、地面の下に隠れている岩の大きさは、大きすぎて果たしてどれぐらいなのか分からないとのことだった。
実は、この私たちが住んでいる宇宙自体がリンガムの形をしていて、創造主ブラフマンが創造した世界を形成する物質はホワイトホールから噴出し、やがて気が遠くなるような時を経て、また全てがブラックホールに吸い込まれて、元のブラフマンに帰する。
地球自体もリンガムで、地球のコアから出て来た磁力線が、北極から出て南極に向かって走り、また地球の内部に帰って行くいる。そして、ウルル。この巨大な一枚岩は、全体の姿を見せることなく、且つ全体の形を容易に想像出来る姿をしている。その岩が発するポジティブな波動は、何万年もの間、この大陸に住むものを霊的に導いて来た。その壁面の様々な岩のくびれや洞窟、岩の表面を水が流れて出来た紋様の一つひとつに、アボリジニたちのドリーミングタイムのストーリーがぎっしりと詰まっているのだ。大昔からアボリジニたちは、自分の子供達に、その一つひとつの紋様などを指差しながら、その英知溢れるストーリーを話して聞かせ、自然を神として敬い、尊敬し、そこから学ぶことを教えて来たのだ。
霊的なレベルに関して言えば、実は人間より自然の方が一段上の方に位置しているのだ。それゆえ、もし自然を尊敬せず、今人間がしているように、母なる自然から収奪しまくり、汚し、辱め、その警告を無視し続けていると、いつか大きなしっぺ返しが帰って来るのだ。
その時には地球の何処に人が隠れようと、全ての人類が自らの母なる地球を辱めているカルマを返すために、苦しまねばならないのだ。これは人類全体の連帯責任なのだ。そして、そのカルマを支払う時期が、もうすぐそこまで迫って来ているのだ。
ヨシオが、ガヤトリマントラを唱え終わると、大きな満月が地平線から登って来た。グルが、聖者たちが、そして、この偉大な霊的な岩を守って来たデーヴァ達が自分たちを見守って下さっていると感じた。周囲が暗くなる前に岩から下り、しばらく離れたところから岩を眺めた。
夕陽に照らされて岩肌の色が白っぽい色から、真っ赤に焼ける色に変化していくスペクタクルショーを固唾を飲んで見ていた。すると突然、ヨシオの脳裏にウルルが青い水の上に浮かんでいるビジョンが見えた。その巨大な岩全体を水に映し出しながら、波一つない鏡のような真っ青な水の上に浮かんでいるのだ。
その青い水に逆さまに映し出されている岩の映像と、岩がくっ付いて、それは横向きに置かれている巨大な丸いリンガムのように見えた。
ウルルはやはりリンガムだったんだ。とヨシオは思った。やがて、周りの空の色がだんだんと暗くなって来て、星々が空一面に現れ始めた。
ババが物質化された未来の地図によると、この辺り一帯は浅い内海になるのだ。
ヨシオたち家族が、ウルルで礼拝を捧げる旅に行っている間、ヨシオを訪ねて、台湾から天道教の道士が十人ほどの弟子達を連れてやって来た。ヨシオたちが留守なので、近くの天道教の信者の家に投宿して、ヨシオたちの帰りを待っていた。その時、道士は、ヨシオたちは今オーストラリアにある神聖な場所で、大事な使命を帯びて行っているところだと弟子達に述べていた。
一日二回ガヤトリを唱えるならば、その日のうちに無意識に犯した罪や、払い終えてないカルマを燃やし尽くすことが出来る。
~毎日これを行えば、他のどんなマントラを唱える必要もない。
あなたは自分の人生を神聖化することができる。
ガヤトリは万能で、あなたを災害から守るだけではなく、あなたを賢くし、学ばせ、成功に導くのだ。P,177 ANDI
決してガーヤトリー マントラをやめてはなりません。
他のマントラは、やめても、無視してもかまいませんが、ガーヤトリー マントラは少なくとも一日数回唱えるべきです。
ガーヤトリー マントラは、あなたがどこにいても、旅行しているときも、家で働いているときも、あなたを危害から守ってくれます。
西洋人はガーヤトリー マントラによって生み出されるバイブレーションを調査して、ガーヤトリー マントラがヴェーダで規定されている通りの正しいアクセントで唱えられると周囲が目に見えて光に満ちあふれてくることを発見しました。
ガーヤトリーマントラは、あらゆる力と能力を授けてもらうための神への祈りなのです。〜ガーヤトリーマントラが唱えられると、さまざまな力がその人の内側から浮上してきます。ですから、ガーヤトリーマントラを不用意に扱うべきではありません。23/8/95
やがてヨシオの子供達も大きくなって来て、大学に行くために家を離れる時がやって来た。今住んでいる農場とパースの距離は往復五百kmもあり、よくカンガルーが突然飛び出して来るので、それを避けようとして事故を起こし、死亡事故事故が相次いでいる。子供達が次々とパースの街に巣立って行くのは良いけれど、子供達の行き帰りの車の運転が気になっていた。特にオーストラリアの田舎では制限速度が速くて、普通120km/時で車を飛ばすし、車道にはガードレールや中央分離帯が無く、道路のアスファルトが夏に溶けないように、道路沿いを影で覆うように植林してあるので、少しでも運転に気を抜いて道を逸れると木にぶつかって死ぬ事故が絶えなかった。それで、多くの農家の人達は自家用飛行機でパースへ行き来していた。パースの街の中に僻地の人たちの為に安価で利用出来る飛行場があり、とても便利だった。ヨシオもパイロットのライセンスを取り、飛行機を買うことにした。近所の何軒かの農場の人も家の横に滑走路を作っていた。オーストラリアでは飛行機の値段は安くて、二人乗りの中古機なら小型車と同じくらいの値段で買えた。しかも程度が良い飛行機がたくさん売りに出ていた。しかし、四人乗り以上の飛行機だと値段も高くなって来るので、ヨシオは家族で乗れる四人乗りの飛行機を、自分で制作する事にした。
毎日少しずつ、コツコツと家のガレージでグラスファイバーを使って製作し、八ヶ月後ようやく初飛行にこぎつけた。政府の検査官がやって来て、半日ほどかけて検査し、おめでとう。合格です。安全に飛んでオーストラリアの空を楽しんで下さいと言って帰って行った。
巡航速度は220km/時で、燃費は一リッター当たり13kmも飛ぶというエコ飛行機だった。例え、飛行中にエンジントラブルに巻き込まれても、周りは農場ばかりでどこにでも着陸出来るスペースはあるし、滑空率も、12:1とよかった。ガソリンもハイオクが使えるうえに車のように税金もかからず、車検も無く、とても経済的だった。それに自分で作った飛行機は自分で整備が出来るという規則があるので、維持費もとても安くついた。つまり、自分で飛行機を作って乗る限りはオーナーが全て責任を取って下さい。というシステムだった。国や自治体が国民を子供扱いせず、一人ひとりの命は各人の責任で守るというやり方は、煩雑な色々な法令や条例を作らなくてもよく、役人の数を少なく出来るのだ。言ってみたら最大公約数の政策だ。つまり、基本的な事を国が決めたら、あとは、全てあなたの責任ですよ、というわけだ。逆に、最小公倍数の国は、一から十まで国や自治体が責任を取って人々の管理をしている。だから、国や自治体が決めた細々な約束事を守って下さい。という政策だ。
果たして、どちらが良いのか人によって判断は違うだろうけど、ある時、大きなワニのいる川のほとりで日本人旅行者がワニに近づき、腕を食いちぎったニュースが話題になったことがある。その川岸には、別にワニがいるから危険だとか、柵があって人が水辺に近づくのを禁止しているわけではないが、ワニがいる時は、地元の人は誰も川行かないし、ワニに近づかないのだ。でも、腕を噛みちぎられた日本人旅行者は柵もなく、注意書きの立て看板も無かったので、ワニに近づいたと言っていた。そして、看板を立てていなかった政府を相手に訴訟すると言っていた。ワニが危険かどうかも分からないような大人を生み出す教育を、国を挙げてしているのが日本の現状なのだ。敗戦以来、もう二度と、ゼロ戦のような優れた飛行機を作り出す天才が現れないように、金太郎飴のような同じ顔をした子供がたちが、学校からトコロテンのように押し出されて出て来る教育を裏で誰かが日本に押し付けているのだ。そして、そういう教育をとことん推し進めて行くと、国民が法律や条例でがんじがらめになり、誰かの手先となった政府のこっぱ役人共が、国を支配するようになるのだ。挙げ句の果てには知らぬ間に自分の子供達が赤紙を受け取り、他国に戦争に行くことになるのだ。
話は飛んでしまったが、ヨシオも早速パースまで飛んでみた。まず、2000mまで上昇し、そのあとガソリンを節約するために1500回転ぐらいでエンジンを回してグライダーのように滑空すると、ほんの約30分程でパースの飛行場の上空に着いた。管制塔の指示に従って飛んでいると、窓の外にジャンボがすぐ近くに飛んでいた。車で行き来する事と比べると、とても楽だった。嫁や子供たちは離陸して、ものの10分もしないうちに寝息を立てていた。東洋子もパースにいる娘にしょっちゅう会いに行けるし、昼前に家を出て、娘と昼ごはんを一緒に食べ、夕方には帰って来るという芸当が出来た。また、嫁が子供達の誕生日のために作ったケーキも届けることが出来た。最初の一年間だけでも、六十回以上も往復した。
ある日、娘たちも連れて東洋子と四人で、旅行者もあまり訪れないような僻地にある、家から五百キロメートルほど離れたエスペランスという海辺の街に一泊二日の小旅行に出かけた。その頃、東洋子の認知症は目に見えて進んで来ていた。ヨシオは多分、これが母との最後の旅になるかもしれないと心の中で思った。そのエスペランスという町の郊外には、ピンク色した不思議な湖があるのだ。ヨシオは、それを空から東洋子に見せてあげたかった。家の近くの飛行場を飛び立ち、しばらくの間、高度三千メートルほどの高さを保って飛んでいたが、低い高度のところに突然、雲がたくさん出来始めたのが見えたので、高度を落として雲の下を飛ぶことにした。ヨシオのパイロットライセンスでは、地上が見えないほどに覆われた雲の上を飛ぶことは出来ないのだ。
ヨシオは、上空から雲の切れ目を見つけておいたので、そこをめがけて飛行機をゆっくり降下させた。しかし、雲の近くにまで達すると周りは雲だらけになっていて、どこが切れ目か分からなくなってしまった。四人であっちだとかこっちだとか言ってどこを見ても同じように見える雲を指差していたが、ふと自分達の飛行機が雲に写っている機影を見ると、三重の丸い虹が飛行機の周りに出来ていた。まるで、飛行機から出ている虹色のオーラのようだった。
その不思議な光景に、少しの間四人で見とれていたが、そうしている間にも雲の量も増えてきたので、新しい雲の切れ目を探す為にもう一度高度を少し上げた。すると少し離れたところに大きな雲の切れ目が見つかり、そこをめがけて降下していった。そこは、ちょうど大きな雲と雲がぶつかっているところで、雲の厚さはゆうに五百メートルはあっただろう。その大きな二つの雲で挟まれた、大きな雲の壁の間の細い隙間を、飛行機が雲の中に入ってしまわないように気を付けながら、ゆっくりと降下して行った。それはまるで白い幽玄境を旅しているようだった。四人ともその壮大な雲の美しさと大きさに圧倒され、息を飲んで見とれていた。その自然の造形物に比べれば、ヨシオたちの飛行機がまるで小さな蚊のように思え、自然に比べると自分たち人間は、なんて小さな存在なんだろうと、その飛行を体験した者たちを謙虚にした。
その荘厳な、この地上のものとは思えない光景を目の辺りにして、機内の誰もがしばらくの間、一言も言葉を発する事が出来なかった。やがて、雲の切れ目から下を覗くと、雲に挟まれた細い長い地上が見えてきた。おもちゃのような車が見え隠れし農家も見えはじめた。下界は少し小雨が降っているようだ。時折、飛行機のフロントスクリーンに水しぶきがかかった。やがて雲の下に出た。風向きは雲の上と全く逆だった。雲の上では、GPSによると地上速度が三百キロメートルで飛んでいたのに、雲の下では向かい風になり、その半分の速度を示していた。管制センターがパースとエスペランスを結ぶ定期便にヨシオたちの飛行機の高度と場所を無線で教えているのが聞き取れた。あちらこちらの雲からタオルを絞ったように、雨が雲下から吹き出していた。円柱状に吹き出している雨があれば、カーテン状に薄く拡がって降っている雨もあった。あと小一時間ほどで目的地に着くはずだったが、ヨシオは出来るだけ雨を避けようと、雨のカーテンのような帯びの間をジグザグ状に飛行をした。プロペラに雨が当たると傷みが早くなるのだ。やがて遠くの方にピンクレイクが見えてきた。その湖の上空は雲が切れていて、そこから明るい太陽の光が差し込んでいた。水の色がピンクなのは、塩湖に特殊な藻が発生して湖面がピンク色に見えるのだ。東洋子や娘たちは、その不思議な自然が織りなす不思議なキャンパスのパステル画を見て、声をあげて喜んでいた。エスペランスはもうすぐだった。知り合いの飛行場が見えてきた。空の雲は強風に吹き飛ばされたようで、晴れ渡っていた。その飛行場の滑走路はとても細くて短く、横風が強いと少し神経を使わなくてはならないので緊張した。滑走路の狙い通りのところに車輪が着く寸前、カンガルーが二頭滑走路を横切った。機内では悲鳴に近い声が上がった。でも、ヨシオは少しフレアーをかけてカンガルーを避け、無事に着陸することが出来た。フレアーを掛けた分、少し多めに滑走路を使ったがまだ充分な距離が残っていた。機内からは拍手がした。ナイスランディングと東洋子は言った。
ヨシオは、もうすぐすれば何も分からなくなってしまう母親に、オーストラリアの雄大な景色をプレゼント出来た嬉しさと、満足感でいっぱいだった。
娘たちが船に乗って島巡りをしている間、船が嫌いな東洋子を連れてヨシオは知らない街をゆっくりと散策した。オーストラリアのどこにでもあるような、田舎の素朴な店々を覗いて歩いた。人々はとても親切で、どの店に入っても暖かく接客してくれた。東洋子は、つたない英語を使って、孫や嫁にお土産物を買っていた。とても幸せそうだった。時が二人の間をゆっくりと流れて行った。そして、これがヨシオが思っていた通り、母との最後の旅となった。
家に戻り、東洋子を知っている多くの人たちと、東洋子が記憶を失う前に、さようならという挨拶をすれば良いかもしれないと思い、東洋子が日本に住んでいた頃の電話帳を探し出してきた。そして毎日、一人ずつ電話をした。最初に、ヨシオはどうして突然電話でお邪魔しなければいけないのかを説明して詫び、そして東洋子に電話を替わった。
昔の友人や知り合いの人たちは、東洋子の久しぶりの声を聞いてとても喜んでくれた。東洋子も健常者と変わらないほど流暢に話していた。時々、同じ事を何度も繰り返して話すと、ヨシオは電話を切る前に相手の人にお詫びの言葉をかけたが、相手の方は全然気付いていないようだった。
東洋子はまだその時、相槌を打ったり、笑ったり、そして哀れみの言葉をかけたりすることが出来たのだった。でも、それもほんのしばらくの間だけだった。
サヨナラ電話の後、東洋子は急激に病状が悪化して行った。毎日の散歩もままならなかった。身体がくの字に曲がり、真っ直ぐに歩けなくなってしまったからだ。
ヨシオの生活は、完全に介護一色になってしまっていた。しかし、嫁と二人三脚で頑張った。
そんな介護で慌ただしい毎日を過ごしているうちに、いつの間にか十年の月日が流れた。ヨシオも還暦を迎えた。あれ以来、飛行機に乗る時間も余裕もなかった。時折エンジンの調子を見るために格納庫へ行くぐらいだった。そんな時も,ヨシオは東洋子を連れて行かなければならなかった。
毎年、冬が近づいて来ると、ヨシオは母を連れて子供達がいるパースに住むようになっていた。農場のあるところは内陸で東洋子には寒すぎたのだ。
そんな時、インドから送られてくる月刊誌サナザナサラチを読んでいると、サイババさんも病院に入院することになったという記事が載っていた。
ヨシオは、ババは96才までこの世で肉体をとって使命を果たされると聞いていたので、そのうちに回復されて退院されるだろうと思っていたが、ある日ニュースでババが逝去されたことを報じているのを知った。すぐさまインドのニュースチャンネルを見ると、サイババ崩御のニュース一色だった。ヨシオはすぐさま、これはスワミ一流のリーラ(神の神聖遊戯)だと思った。
一度死なれて生き返り、世界をあっと驚かせ、神の化身の神聖な力を近い将来、見せようとされていると思った。というのも、肉体を持っておられる間に、人類に対して約束された事が、まだ成就していないからだ。だから、ヨシオはババは必ずもう一度サッチャサイババの御姿で復活されると分かったのだ、でも、問題はいつそれが起こるかだ。いろんな情報が飛びかった。ある本には、またババが生き返るという記事がある、と聞いたので読んでみると、どこを探してもそんな記事はなかった。いろんな人が、いろんな事を言っていた。
一番驚いたのが、サイの組織の公式見解だった。ババは96才で亡くなると言っておられたが、太陰暦では今年は96才なので、ババの予言は成就した。というものだった。
ヨシオはお腹を抱えて笑った。そして、帰依者の人たちの気持ちは分かるが、これはこじつけだと思った。知り合いのサイの組織のリーダーたちに、その見解は間違っていると手紙を送ったが返事は無かった。
ババのテストだ。一人ひとりに問われている。これでババから離れていく人は、帰依者ではないってことだろう。籾殻が風に吹き飛ばされるように、彼らは、「あゝ、今まで神さんだと思って信奉して来たのに、大きな誤りだった。ただのアフログルだった。」なんて言うんだろう。と思った。
また、肉体のババがこの世を去られましたが、私はババから生前いろんなメッセージをもらっています。これからは、私の言うことがババのメッセージです。とか、ババが瞑想中にこういうメッセージを、私を通じて皆さんに下さいました。とか、私が瞑想時に得たババからのメッセージによるとババは85才で肉体を脱ぎすてられましたが、元のコスミックフォームに戻って96才まで仕事を続けられると言っておられます。等と言う人が、案の定雨後の竹の子のように出て来た。
ヨシオはそういう話を聞く度に笑い飛ばしていて、ババの葬儀を見ても涙が出なかったけれど、ある日ホームバジャンで「プッタパルティの神様、私は来ました。」というヨシオが昔作ったバジャンを歌っている時に、ババの愛、無私の愛、無条件に全てを愛しておられるババの愛、自分にこれだけ愛を注いでくださっておられるババの愛を思い出し、声をあげて泣いてしまった。皆はヨシオが大きな声で泣くのを初めて見たので、驚いて全員もらい泣きしていた。
ヨシオは、ババが帰依者のために、自分の命さえも投げ出して奉仕されていることを、実感したのだった。
ヨシオは、ババからの別離が寂しくて悲しいわけではなかった。もしそうなら、毎年ババに会いに行っているはずだ。
一度、心の中のババを見つけたら、インドにおられるババに会いに行くために、遠い距離を旅しなくてもいいのだ。胸の内、ほんの数センチのところにババはいつもおられるのだ。
実は、ババが肉体を離れられた大きな理由があるのだ。それは、これからババが自らの予言通り、人類史上最大の奇跡を執り行われるから、その準備をされているのだ。過去にこういうババについての不思議なエピソードがある。
それはまだババが二十五才の頃、重い病にかかられてバンガロールの帰依者の家で一年間近く静養されていたことがある。
その年の十一月二十三日には新しいマンディールが完成し、その後たくさんの帰依者が訪れることになっていた。そのたくさんやって来るであろう帰依者のために使う霊力を、その当時のババの肉体の中に取り込めるように、静養しながら調整されていたのだった。
あまり帰依者がいなかった頃は、例えば憑依された人が来ると、ババは全身に汗をかきながら、憑依された人の髪の毛を掴んで振り回したり、怒鳴ったり、殴ったりして、憑依霊を追い出されたが、帰依者が増えるに連れてババの霊力が増し、アシュラムにその人が近づいただけで、憑依した霊は肉体から逃げ出すのだった。静養している間に、それくらいババの霊力が増して行ったのだ。それと同じことが、今、起ころうとしているのだ。ババがこれから人類のためにされる奇跡は、肉体を取られたババの霊体では持ちこたえられない程の巨大な霊力がいるのだ。それで肉体を脱ぎ捨て、霊力の制限のない霊体となって、山脈を持ち上げたり、何千もの身体を同時に世界中で出現させたり、大空を歩いて渡られる奇跡を世界中で同時に行われたりされると宣言されている。それはとても人智では理解出来ないくらいの大きな奇跡なのだ。
だからそういう意味で、ババは霊体となって、あるいは宇宙的な姿で仕事をされるという指摘は正しい。でも、その事とババが肉体を再びまとう事とは関係ないのだ。
霊体の波動は物質である肉体よりも細かい。だから、霊体の波動を少し荒くしただけで、物質化が出来る。それが、人間たちが奇跡と呼んでいる神の御技なのだ。ババは、物質化は私にとって自然なもので、特別でも何でもありません。と言っておられるが、それは波動が一番細かい、いや波動以前の、波動をもたらしている神聖な光そのものである神様にとっては当たり前なのだ。
ババが、霊体を調整するために帰依者の家で静養されている時に、本当はもう死にたいと言われたことがある。また、肉体をとって生きて仕事をする事は、とても面倒くさい事だ。と言われたこともある。
神様であるババは、如何にこの肉体が神の御技を執り行う上で制限になっているか、邪魔になっているかよくご存知なのだ。
だから、面倒くさいと言われたのだ。
人の体には、肉体の他に、微細体、原因体 がある。
それぞれの各自の肉体の中に、限られた霊力を持っている微細体と呼ばれる霊体がある。人は限られた霊力しか持っていないのに、それ以上の霊力を使うと、肉体は生気を失って病いに倒れるのだ。
ババは神様で無限の霊力を持っておられるが、一度人間の体に入った以上、肉体が持つ制限を自分に課すと言われたことがある。
ババは今、肉体の制限から解き放たれ、自由に無限の霊力を自在に使って今までと同じように、仕事を続けられている。だからと言って、96才までしか微細体を使って仕事をして、その後はしない。と言ってはおられない。96才以降も、とっくの昔に肉体を脱ぎ捨てたラーマ、クリシュナ、イエスや仏陀、シルディババが信者の求めに応じて姿を顕しておられるように、帰依者の前に現れられるだろう。
それとも、サッチャサイババは、プレマサイが来られたらもう、役割が終わりで、霊体でも仕事をされないとでも言うのであろうか。絶対そんな事はない。千年経っても、サッチャサイババのダルシャンを得たいと泣いてる帰依者の前にババは現れるのだ。
来るべき、史上最大の神の奇跡を行われる前に、ババはその使える霊力に制限がある肉体を脱ぎ捨て、人類のための一大神聖劇の公演を、今、舞台裏で準備をされているのだ。
今、自分たちがしなければならないことは、これまで通りババの御教え通り生き、その日を辛抱強く待つことだ。
今の世界を見回しても。誰が神を求めて泣いているだろうか?神を求めて泣くような、そういう事が起こらない限りは、人々は神の方に顔を向けないのだ。神様どうか助けて下さいと心から願わないといけないのだ。自分に災害や不幸が襲ってきて初めて人は頭を打って目覚めるのだ。
ヨシオはそう信じていた。だから、ババが出て来られるまでに、必ずゴタゴタがある。世界中が暗闇に包まれる時が来るのだ。そう信じて、ヨシオは毛布やテントなどを買って用意しているのだ。
その時に、人々が味わう苦しみを少しでも軽減したいという一心で、全財産を投げ打ってこのような仕事をしているのだ。人々から気違いと呼ばれ、金の無駄遣いとか、ババの教えを分かっていないとか、過去二十五年間も様々な人々から批判され続けて来ているのだ。
それが、もうすぐ終わろうとしている。長いようで短かかった二十五年間だった。
もうすぐ、全世界はババの色で一色になるだろう。世界中がババを呼び求める声で満たされるだろう。歓喜の涙が、全ての人の頬を流れ落ちるだろう。
ヴェーダが世界中で唱えられ、人々がお互いに兄弟と呼び合う時代がやってくるだろう。全ての人が神を愛し、求め、その教えを学び、それに従って生きて行けばゴールデンエイジがやって来るのだ。
その産みの苦しみを、人類全体で共有しなければならないだろう。そして、すでに英知を持った一部の神に近い人々によって、ババの教え通り、世界中の人々が神の方へ導かれて行くのだ。
ヨシオはこう信じて、今まで生きてきたのだ。そして、ゴールデンエイジが実現した暁には、ヨシオは生まれる前の神との約束を果たしてもらいに、ババの元へ旅立つのだ。
ただ、彼の元に帰りたい、彼の御足にたどり着きたい…。それだけが、その事だけが、ヨシオがこの世にやって来た、ただ一つの目的だった。
時は早く過ぎ去り、人の寿命は氷の塊が溶ける様に、刻々と無くなっていっていることに気付くべきである。
人は自らの人生に幕を下ろすときでさえも、未だ自分がやらねばならなかった基本的なことでさえ見つけられていません。
何が義務なのでしょうか?
それは、人生の目標を見いだすことです。
人は、富、快適さ、地位、幸せ、を探し求めています。
それらは、結局のところ何だというのでしょうか?
人がそれらの世俗的な幸せのみを求めることによって、神からの祝福を得られなくなっているのです。それらの、一時的なはかない物質的な喜びが、いったい何だというのでしょうか?SS8/95p199
皆さんの頭の中は、世間のどうでも良いような話題でいっぱいになっています。
まずそれを空にして下さい。
そうしてはじめて、神聖な気持ち、神聖な思いで満たされるようになります。
沢山の人が目的の無い道を歩み、無意味な人生を歩んでいます。
泣きながら生まれてきて、泣きながら死んでいくのです。
その間どうでも良いようなことで泣いたりわめいたりしています。
皆さんはダルマの衰えを目にして涙を流すでしょうか。
ダルマが衰えた時こそが、泣くに値するときです。
力の限りを尽くしてダルマの衰えを改め、ダルマの衰えによって傷ついた部分を癒やしてあげなさい。SGc13
すべての人が、またすべての生き物が、平安と幸福を得ようと努めます。
誰もが人生の目的を知ろうとしています。
しかし、人々はその努力に成功することができないでいます。
強い決意をもって、目標に到達するまであきらめない人は、百万人に一人です。
限りある命をもつ普通の人は、それが自分の手に届かないものだと考えて、全くこの方面の努力をしません。
彼らは、物質的なその場限りの快楽を追及することに一生を費やします。
彼らは、衣・食・住こそが人生の三大目的であると勘違いしています。
その人生は、妻子を中心としたものになっています。
彼らは、人生にはこれよりも高い目的があるということに気がつきません。23/11/02
今日、人間は人生の目標を探求しません。
人生の目標を知ろうと努める代わりに、人間は自分の世俗的生命を心配しています。
動物や昆虫でさえ、自分たちの世俗的生存に関心をもっています。
生命の秘密を知ることは大事なことではありません。
人は、人生の目的を知らなければなりません。
それはとても大事なことです。
私たちの人生の目標は、アートマの原理に象徴された真理に他なりません。
人生の目標を探求する代わりに、人間は生命の秘密を知ろうとしています。
それは不毛な努力です。
これを知るためには、何度生まれ変わっても十分ではありません。
あなたの心を人生の目標に定めなさい。
生命については心配する必要はありません。1/3/03A
人は、はかない物事の追求に深く捕らわれて人生を過ごします。
人は、人生の各成長段階に特有の無益な思考に心を奪われます。
そして人生の最後に、自分は貴重な人としての生を、実にくだらないことを追い求めることで浪費してしまったと気づくのです。
これが人間の本性なのでしょうか?
人間が人生で学ぶべきことはこれなのでしょうか?
これらの活動は、水の泡のような束の間のものです。
それが人に永続する幸せをもたらすことはできません。
そうした取るに足りないことを追い求めることで自らの時間を費やすことは、愚行にほかなりません。7/10/05
ポニョ:おいらが来て、手伝っているから良いけれど、こんな大きなアクアポニックスのシステムを一人で作ろうと思ったら、時間がかかるよな。
ヨシオ:メルボルンの郊外で、一から全て自分で設計してアクアポニックスを始めた方がいて、最初は、いろいろ不安でラジオを聞きながら温室を建てたり、野菜栽培台を作ったりしていたけど、だんだん一人で、静かに仕事をしていたら、心の声が聞こえ始めて来て、そに声に従って仕事をしたら全てが上手く行ったと言っておられたな。その人は、お金が無いので仕方なく、一人でなんでもやっていたんやけど、今になって振り返ってみれば、心の中から聞こえてきた声に従って、一緒に仕事をしていた時が、人生で一番幸せな時やった。と言ってた。今は、野菜を売って生活されてるんや。その点、俺は都会育ちで今だにキャベツと白菜の違いもわからんぐらいの、野菜音痴やからな。
ババにノンハイブッドシードを買いなさいと言われた時も、何でっかそれは?という感じやったな。それをどこから買うかも知らんし、どうやって種を保存するのかも分からへんし、困っタネって感じやったな。大体、どの種をオーダーして良いのかも分からんし、それでポニョが来てくれたんやな。助かった。
ポニョ:嫁さんも連れて来るつもりやったけど、うちのアクアポニックスの面倒を見なくてはいけないので、おいらだけ来たけど、あんたの嫁さんが気を使ってくれてオクラの天ぷらをしょっちゅうしてくれるから嬉しいぜよ。
ヨシオ:オクラは、インド人に結構人気があって、オクラカレーにして食べとるな。だから、どこの八百屋さんでも売ってるって嫁さんが言ってたな。
ポニョ:それに、大きいオクラやしな。安いし。でもあんたのアクアポニックスのシステムが完成したら、オクラなんて嫌ほどできるぜよ。
ヨシオ:それは、嬉しいな。でも、出来るまで時間がかかりそうやけどな。それはそうと、今日の朝、何時ものようにガネーシャの前でヴェーダを唱えて、外に出ると朝陽がちょうど地平線から顔を出すとこやったんや。それで、朝陽を見ながらガヤトリを唱えていたら、大きなカンガルーの家族がすぐそばにいてたんや。唱えて終わっても全然逃げないし、唱えている最中もおとなしくして聞いているし、とても浄性な生き物やな。
ポニョ:おいらも働いている時に見たぜよ。背はおいらより高かったんで、少し怖かったな。でも、一緒にいてる奥さんが子供をお腹の中に入れてて可愛かったな。あんたとこのペットみたいなもんやな。ここに住んでるんやろか。
ヨシオ:昨日、森の方からライフルを撃つ音が聞こえて来てたから、誰かカンガルーを密猟してるんやろ。それで、家族で逃げて来たんと違うか。
ポニョ:こんな平和な田舎にいても嫌なことがあるもんやな。密猟やて。嫌やな。簡単に生き物を殺すなよな。それにしても、でっかいカンガルーやったな。
ヨシオ:ババの背は小さいやろ。ある時、コダイカナルで背の小さい学生がいて、ババがちょっと君、こちらにおいでと言われて、ババの横に立たされたんや。それで、一緒にいてる他の学生たちにこの子と私とどちらが背が低いと思う?と聞かれたんや。
それで、ババの方が少し高いです。と答えるとババは、私の方が小さいよ。だって、私はこの世に存在する全ての中に入れるぐらい小さいんだ。そして、どんなものより大きいんだよ。と言われたんや。
ポニョ:それは、当たり前やんかな。神さんやもん。でも、神さんと背比べって面白いな。ババの背は小さいもんな。
ヨシオ:ババの弟さんに招待されたことがあるって以前言ったやろ。弟さんの方がババより背が低かったな。でも、面白かったのが、ハーレムドロッターズというアメリカの、ショーバスケットプロチームが、プッタパルティに出来たスポーツスタジアムの、こけら落としに来た時に、バスケットボールの選手が一列に立って並んでいるところを、ババがダルシャンを与えられたんや。バスケの選手って背が高いやろ。ババがその前を歩かれている時、一人ひとりの顔を見て歩かれたんやけど、顔を真上にあげて、めっちゃ背が高いな〜。と驚いた顔をされて歩かれていたのが面白かったな。
ポニョ:そうか、スポーツスタジアムも出来たんやったな。おいらも長い事、アシュラムに行っていないから変わったやろな。
ヨシオ:俺も、長い間行っていないけれど、ショッピングセンターなんて出来たって言ってたな。驚くよな。昔、俺が初めて行った頃、小さい店が幾つかボランティアの学生とかで運営されていただけやったもんな。マンゴージュースを買っていつも飲んでた。
ポニョ:美味しいよな。あのマンゴージュースは。あんたがジュースを飲んでいた時に、そのジュースのカップをめがけてお猿が木の上からウンコをして、カップの中にウンコが上手く入ったんやろ。その事を記事にしたけど、面白かったな。
ヨシオ:ちょうど飲み始めようとしたとかやから、腹立って面白くなかったわ。上を見たら、ハハーしてやったりというような顔をして、俺の表情を猿が覗き込んどるし、めちゃムカついて、俺は、インドのサイババさんのアシュラムやからこうして大人しくしてるけどな、こら、猿!わしを舐めてけつかんのか?わしは天満の張って言うんや。ここが大阪やったら、ただじゃすまんぞ。クソ猿。お前なんか猿汁にしてケツから食ってしまうぞ、と言ったら逃げて行きよった。
ポニョ:あんた、ベジタリアンと違うかったんか。そんな啖呵きっても、インドの猿には効かへんやろ。
ヨシオ:でも、時々、こうして啖呵を切らないと俺のアイデンティティーが、ババの中に埋れてしまいそうになるんや。
ポニョ:それってええ事やないの。何を言うとるんや。でも、さっきの話やけど、サイの学生たちはババの元でいろんな奉仕活動をする機会があってええよな。
ヨシオ:彼らのハイライトは、ババが少数の学生だけを選ばれて、夏に、コダイカナルに連れて行かれる旅行やろな。なんと言っても、ババと一緒で、とても近いし、いろんな素晴らしい思い出がたくさん出来るやろな。俺が知っているだけでも、素晴らしい話がいっぱいあるで。
ポニョ:ちょっとここで紹介してくれるか。
ヨシオ:そうやな。こんな話がある。コダイカナルに行く時は、学生たちがバスに乗ってババが乗られた車の後を、他の信者たちの車と一緒に着いて行くんやけど、時々交通渋滞とかに巻き込まれて、バラバラになってしまうんや。そして、時間も予想外にかかって食事が取れなかったりする時があるんやけど、ある時、前から一台の帰依者の車が戻って来て、ババが思ったより時間がかかって、学生たちがお腹が空いているのでこれらを持って行って食べさせなさい、と言われたんです。と言って、たくさんのスナック類を届けてくれたんや。その人によると、ババは学生たちのバスと離れてしまった。と何度も言って気遣われておられたんや。
ポニョ:本当に、心底から学生たちを愛しておられるって分かるよな。
ヨシオ:そして、コダイカナルに着いたのが九時を回っていたんやけど、着くや否や、ババが学生たち一人ひとりに、バスの旅はどうだった。疲れたろう。とか行って慰められるんや。そして、すぐにダイニングルームに、連れて行かれて食事の準備をされるんや。
ポニョ:神の愛は母の愛って言うもんな。幸運な奴らやぜよ。
ヨシオ:ある日、ババも一緒に学生たちが乗っているバスに同乗して、山の頂上にある宿舎に向かっている時に、それまで冗談などを言って学生たちを楽しませていたババの顔の表情が、突然シリアスになったんや。それで、みんなどうしたのかな、と思って、ババが見てられる方を見ると、二人の年配の女性が重そうな木の束を頭の上に乗せて、坂道を苦しそうに歩いて登っていたんや。ババは運転手に、バスをその女性たちの横に停めるように言いつけ、扉を開けて下車し、その女性たちと話を始められたんや。家族の様子を聞かれたり、生活はどうですか、大丈夫ですかとかいろいろ話されていたんや。そして、学生たちにその重い木の束を担いであげなさい、と言われて、運ばさせたんや。そして、女性たちと別れる時に、一人当たり、500ルピーの金をプレゼントされたんや。女性たちはいきなり、サイババさんからこんなに祝福を受けて、感激して泣いていたんや。
ポニョ:500ルピーって大金やで。そら誰でも、泣いちゃうよな。聞いただけで、涙が出そうになったぜよ。
ヨシオ:また、学生たちにボートハウスの近くで出店を出している麦わら帽子を売っている子供から帽子を買ってくるように言われた。その子は孤児で金に困っているんだ。と言って学生たち一人ひとりにお金を渡されたんや。それで絶対値切ってはいけない。言い値で買いなさいと言われたんや。それで皆でボートハウスに行くと子供は店をたたんで帰るとこやったんや。それで子供を追いかけて麦わらを売ってくれるように頼んだらその子は驚いたんや。というのもこの十五日間、一つも帽子が売れなかったんや。子供は普段は20から25ルピーで売っているけどシーズンも終わりだから15ルピーでいいよと言ったけど、ババに言われた通り最初の言い値で買ったんや。全員で20人ほどいたから、子供はとても喜んだんや。一人の学生が子供に君はサイババって知ってる?と聞くとおもむろに財布を出して中から古い新聞の切り抜きを見せたんや。学生がその古い新聞の切り抜きを見るとババの写真やったんや。その子は僕は彼を毎日礼拝しているんですと言ったんや。学生たちが、ババが全てを御存知で、毎日その神聖な愛を全ての人々に分け与えておられるのを目の前で見て、感激して、みんなで同じ麦わら帽子をかぶってババと記念写真を撮ったんや。
ポニョ:おいらも、今度、その麦わら帽子を売ってる少年のところで一つ買ってあげようかな。
ヨシオ:それは、一体いつのことやねん。その帽子売りの少年は、ポニョが来る時まで、まだそこで出店をしていると思ってるんか。
ポニョ:その同じ帽子が欲しいなと思っただけやんか。だっておいらはその記念写真を見たことがあるんや。みんなとても楽しそうやったで。
ヨシオ:この世の中を生きていて、一番楽しい時は、もちろん自分が神様と一緒にいつも居てるって分かる時やけど、自分が人様の役に立ってるって分かる時も心がウキウキと楽しくなるな。
ポニョ:子供時代の楽しかった時の思い出や、幸せだった頃の事を思い出しても、心は少しウキウキとしてくるけど、でもそれは長続きしないよな。昔は昔。思い出は思い出だけやもんな。今、自分が生きているこの時点で、自己犠牲を伴った奉仕をして、それが報われた時の方が、はるかに思い出だけのウキウキより幸せ度が大きい。
ヨシオ:そして、その奉仕を神に捧げる奉仕とみなせば、更に幸せ度が増すんや。だって、神様に捧げると言っても、全ては神さんやから、神さんは何も要らないんやろ。誰かに何かをあげても、それは神さんのものを右から左に移しただけや。だから、結局神さんに捧げる行為は、自分のためになるって気付くんや。そうすれば、その奉仕には自分がしてあげたというエゴが消えてしまう。
ポニョ:昔、先輩からスーツをもらったことがあって、学校のパーティとかでそれを着て行くと、先輩が、誰かに、あのポニョが着ているスーツは俺がやったんや。とか言って、いつまで経っても言われるので、それを着ていくのが嫌になったな。
ヨシオ:人ってそんなもんなんや。一度、人にあげたり、お世話をしてあげたりしたら、忘れないといかんねん。いつまで経ってもその事をについて、うじゃうじゃ言われたり、思われたりしたら、してもらった方が、ポニョみたいに嫌になるよな。
ポニョ:この話はうっとうしくなるから、やめとこ。それより、もっとサイの学生の話を聞きたいな。
ヨシオ:それじゃ次もこの続きをしよか。
犠牲には満足が伴います。
実際、犠牲には至福が伴うのです。
今日の実利主義の人々は、犠牲の有用性を疑問視します。
人間は自分のことしか考えないので、飢えている乞食に対してさえも、一握りの食べ物を与えることすらしません。
飢えた人の空腹を満たしてあげることができたとき、私たちはどれほど大きな幸せを味わえることでしょう!
おなかをすかせた人々に食物が与えられるとき、あなたは喜びを感じずにおれるでしょうか?
人間社会においては、心の狭い利己主義がはびこっています。23/11/99
真我の悟りは犠牲を通じてのみ獲得することが出来ます。
しかし中には喫煙や非菜食をやめることができない人々もいます。
もし、このような良くない小さいことでさえ犠牲にできないのであれば、どのようにして犠牲の精神を培うことができるのでしょうか。17/2/89
霊性修行の最高で最良の方法は犠牲であることを、常に心にとめておきなさい。
あなたは、時間、お金、資質、エネルギーを犠牲にしなければなりません。
礼拝では少なくとも一枚のバジルの葉を神に捧げなさい。
このように「人は犠牲によって不死を獲得する」のです。
犠牲は霊性修行です。愛は犠牲によって表れます。
犠牲の伴わない愛は、無意味であり、まったく利己的なものです。
あなたは肉体感覚や肉体への執着を犠牲にしなくてはなりません。
邪な思いと悪い感情を犠牲にしなければなりません。
犠牲を払うことがあなたの本質です。
犠牲は人間に授けられた神聖な特質です。
実際には、あなたは犠牲を払うことで何か特別で高尚なことをしている訳ではありません。
あなたは自分自身のために犠牲を払っているのです。
「人の身体は犠牲を払うために作られている」のです。
礼拝やバジャンといった活動は、奉仕や犠牲より劣ります。
神の愛は信愛であり、それは犠牲として表現されなければなりません。
~「犠牲から得られる実践的な英知は、解脱への唯一の道である。」と言われています。
これは心を超越したプロセスであり、肉体によって行われる活動をも超越しています。
このようにして初めてあなたは、至福という成果にたどり着くことが出来るのです。STPSp159
ポニョ:大きなブッシュダニに噛まれたけど大丈夫か?
ヨシオ:これは、お母さんダニ。
ポニョ:突然ダジャレか。
ヨシオ:そんなダジャレを言ったのはダレジャ。
ポニョ:あのね、もう記事に突入してるんやろ。こんなアホな会話をしてたら、いつものおいら達になってしまうやんか。あんたの嫁さんがおいらに、あんたが、この前セアカゴケグモにも噛まれたって言ってたで。
ヨシオ:何やねん、そのゴケグモって。
ポニョ:知らんのか。ここにたくさんいてるやないか。背中に赤い線が入っている蜘蛛や。
ヨシオ:レッドバックスのことか。ああそうか。あの蜘蛛、嫁はんが旦那を食べて後家になるんや。だから、後家蜘蛛っていうのかな。そういや噛まれたな。この辺りいっぱいいてるからな。でも、ゲッコーという平べったい尻尾を持っているトカゲがセアカゴケグモを好物にしとるで。あいつが来たら、その辺にいてるセアカゴケグモは一週間ぐらいでいなくなるな。天敵やねんやろな。俺はおでこを噛まれて、熱が出たな。うちの倉庫の天井にたくさんいて、蜘蛛の糸を一本スーッと地面に垂らしとるんや。それで地面に仕掛けた巣に獲物がかかったら、さっと天井から降りて来て仕留めよるんや。だから、帽子をいつもかぶってるんやけど、帽子の上に降りてきたんや。そのまま帽子のつばを伝って来て、でこちんを噛まれたな。
ポニョ:それでどうもなかったんか。
ヨシオ:一週間ぐらい顔全体が腫れて西川のりおぐらいのサイズになったな。でも、すぐ治った。でも、噛まれたところは、穴が空いたみたいになった。第三の目の近くやったら、ついでにもっと大きい穴を開けてくれたら良かったんやけどな。
ポニョ:あのな、第三の目って霊的な目やって言ったんはどこの誰やったかな。それに、西川のりおってまだ居てるんか。古い人の名前が出てきたな。今回のダニはどうやねん。熱が出てないんか。
ヨシオ:少し、休んだら大丈夫やろ。でもダニに噛まれて、頭に毒が回ったんやろか?少し目眩がする。ポニョがハンサムに見えてきた。
ポニョ:あのね、君。あんたの娘さんがボランティアで、救急隊員してるんやろ。普通、そんな大きなお母さんダニに噛まれたら、救急車で病院に運ばれるって言ってたで。親指ぐらいの大きなダニやったで。生まれて初めてそんな大きなダニを見たぜよ。
ヨシオ:俺は、昔から何度も噛まれているから、免疫ができてるんや。でも、こんな大きいのは始めてやったな。最初は、なんで、こんなでっかいハエが足にへばりついているんかなと思った。俺のカルマを取ってくれとるんやろな。
ポニョ:娘さんは、死亡するケースもあるって言ってたで。なんでも、NSW州では統計を取り始めてすでに20人が亡くなったらしいで。軽く見たらいかんぜよ。オーストラリア全体やったらもっと亡くなっているやろな。
ヨシオ:俺は、ここに来た時、そんな危険な虫がいるって知らなかったから、子供達を連れてよく森の中へ出かけたな。そして、かくれんぼをしたり、缶蹴りをして遊んだ。下の息子が何か身体について取れないし、痒いと言った時も、ちょっと蚊に刺されたんやろとか言ってたんやけど、だんだん酷くなってきて、病院へ連れて行ったらブッシュダニやったんや。それで、手術してダニを取った。
ポニョ:手術せな取れないのか。大変じゃの。
ヨシオ:小さい虫が皮膚に噛み付いているから、普通やったら指でつまんで撮ろうと思うやろ。でもそうすると、ノコギリのような長い歯だけちぎれて、身体に残ってしまうんや。厄介なのは、その歯がまだトカゲの尻尾のように生きていて、自分でどんどん皮膚の奥にまで入って行くんや。それで、炎症を起こして化膿し、死亡するんやて。それに、最初噛まれた時に、ダニが自分の毒を注入しよるしな。やっかいな虫や。無視できない。でも、俺は、そんな事知らんかったから、お腹の周りにまだ十年や二十年前のダニの歯が入ったままやねん。手術して取るのんが面倒くさいし、お風呂に入って身体が温かくなった時に、少し痒みがあるぐらいや。
ポニョ:そんな古い歯をお腹に持ってるんか。あんたはやっぱり普通の神経の持ち主と違うな。
ヨシオ:ダニの小さな歯が二本や三本身体の中に入ったまま生活していても、どうってこと無いやんか。すぐに死ぬわけではないし。それより、心臓麻痺で明日の朝、ベッドの上で死んでるかもしれんから、今のうちに神さんの事をしっかり思っておく方が大切や。いつ逝ってもええようにな。まあでも、ダニに噛まれるより噛まれない方が、ええのんは決まっているけどな。
ポニョ:特にこの時期は、春めいて暖かくなってきて、ワイルドフラワーが咲き始める季節やから、みんな野山に出かけるもんな。おいら達も、夕食後出かけたけど、多分その時に噛まれたんやろ。まだ腫れてるけど本当に大丈夫なんか。
ヨシオ:ノコギリの歯が身体に入っていなかったら、痒みも10日程で無くなる。普通はワセリンとかを、たっぷりダニがへばりついている上から塗って、ダニを窒息死さすんや。そしたらダニを取ってもノコギリ歯が一緒にくっついて来るんや。でも俺は、それは面倒臭いのでハサミで挟んで引っ張って取ったら、上手く取れた。時計の針と反対に回しながら引っ張れば良い、なんて言ってるけどな。
ポニョ:まだ血を吸う前やったから、お腹がペタンコダニやったな。
ヨシオ:実はその日の瞑想中に、夜に靴下を履かないと、体に良くない、というメッセージをもらってたんや。でも、俺は面倒臭がりやろ。メッセージを無視してたら、足を噛まれてこの様や。
ポニョ:そういうメッセージってどんな風に来るんや。
ヨシオ:そうやな。例えて言うのは難しいけど、ポニョは料理が好きやろ。何かを台所で料理をしていて、火をつけ忘れたまま外出したする。そして、外出先で、あっ!火をつけたままやったんと違うかな。どっちやったかな?と思うやんか。そういう感覚やな。
ポニョ:結構ストロングなフィーリングなんやな。
ヨシオ:それは、人によって違うんや。例えば車に乗ってドライブに行く。車の中で何かお菓子を食べている。あるいは缶ジュースとかコーヒーを飲んでいる。その飲み終わった缶やお菓子の袋を窓を開けて外に捨てるか?捨てないやろ。その時に、ポニョの良心が捨てたらいかんと言ってるんや。そして、ポニョはそれに従うんや。その時の良心の囁きって結構大きく聞こえるよな。
ポニョ:でも、その囁きが蚊の鳴くような声で聞こえず、それに従わない人は外にポイやな。で、そんな人は、人ではなく豚のカテゴリーなんや。
ヨシオ:それは知らんけど、というわけで良心の囁きが瞑想時には、とてもはっきり聞こえるんや。というのも世俗の物事に囚われている身体と心がその時に、コントロールされているから。早朝に迷走すると、とても良い。
ポニョ:ババも、この世は劇の舞台のようなもので、君たちはその劇を演じている。そしてその劇のディレクターである私は、舞台の後ろで君たちが自分の役を演じているか見守っている。ある人は、セリフを忘れてしまって、バカみたいに舞台の上で何を言っていいのか分からず口をパクパクして、観客に笑われている。私は、そういう役者に舞台の後ろから、台本を小さい声で読んで教える。君たちが瞑想をすると、その神のその台本を読んでいる囁きが聞こえるはずだ。と言われたことがあるな。
生きとし生けるものはすべて、舞台の上で劇をする俳優です。
彼らは色々な役を演じます。
その舞台裏で役者たちに指示を与えるのが神です。
指示を与える者は、舞台には登場しませんが、一切を心得ています。
もし彼が俳優たちと一緒に舞台に上がり、指示を与えるならば、劇は劇でなくなってしまうでしょう。
それゆえ、指示を与える神は舞台の影でスクリーンの後ろに立ち、全ての俳優たちに指示を与えるのです。そのように、神はこの世の物質世界というスクリーンの背後にいて、あなた達に指示を与えます。
あなた達は常に神の声を聞こうと耳をそば立てて、神が与えるごく些細な指示をも捉えようと、熱心に気を配らなくてはなりません。
もしあなたが劇の筋書きやセリフを忘れ、つまり今生での役割を忘れ、スクリーンの後ろにおられて指示を与えようとしている神を無視して、舞台の上でぼんやりと立っていたなら、観客はあなたの間抜けさを嘲笑し、劇を台無しにしたと非難することでしょう。
この世という舞台の上で、人としての役割を演じる俳優は最初に劇の筋書きを覚え、次にスクリーンの背後にいて指示を与える神に注意を向けることです。
この集中と自覚は瞑想によってもたらされます。DVJp49
ヨシオ:俺たちは、神さんが与えてくださった自分の役割を、恥ずかしくないようにきちんと演じて、人生を終わりたいよな。
ポニョ:でも、人によってどれくらい自分の良心が聞こえるかが違うのは、その人が、エゴや欲望をどれくらい持っているのか、によって変わって来るもんな。人が動物から生まれ変わって来て、どれくらい動物的な獣性を、人として生まれ変わることによって、徳を積みながら無くして行っているかによって違うからな。だんだん、そういう獣性がその人から、消えて行き神の神聖火花がその人の内側から輝き始めた時に、人はいつもあんたの嫁さんみたいにニコニコしてハッピーで、いろんな才能も開花して行くんやろな。
ヨシオ:うちの嫁さんがいつもニコニコしているように見えるのは、元々ああいう顔やからやねん。でも、今ポニョが言ったことは、とても重要な事なんやで。時には、ポニョの英知の光が出てくる時もあるんやな。驚いた。
ポニョ:なんで驚くんや。いつも光が頭からピッカピカしてるって、からかうやんか。
ヨシオ:ババがある学生が、すごく良い成績を取ってゴールドメダルをもらったので、褒めておられたんや。すると、その学生は、あなたからこの才能を頂きました。ありがとうございます。とババに謙虚に礼を言ったんや。するとババは、私はお前に才能なんてあげてはいない。と言われたんや。
ポニョ:ええ?何でやねん。その学生は、もちろん自分で一生懸命努力したやろうけど、神さんから才能をもらえなかったら、そんなゴールドメダルなんて取れないのんと違うんか。
ヨシオ:ところが、違うんや。なんでかと言ったら、それはもうポニョが答えをさっき言ったやんか。だから俺はポニョは英知の光が出て来てるなって褒めたんや。
ポニョ:それは、いつも出て来てるから、どの英知の光か分からんようになってしまったな。なんて言ったっけ。
ヨシオ:ババは、このようにその学生に言われた。神はお前に才能なんてあげないのだ。お前の才能は実は、神そのものなんだよ。と。
ポニョ:ああ、そういうことか。そんな事をおいらは言ってないぜよ。
ヨシオ:ポニョは自分が言ったことをすぐに忘れるな。さっきこう言ったやんか。
「人が動物から生まれ変わって来て、どれくらい動物的な獣性を、人として生まれ変わることによって、徳を積みながら無くして行っているかによって違うからな。だんだん、そういう獣性がその人から消えて行き、神の神聖火花がその人の内側から輝き始めた時にハッピーになる」って。
ポニョ:言ったな。そう言えば。そんな事。でもそれと、神が才能とどういう関係があるんや。
ヨシオ:ポニョは自分で言ったことを分からんと言ってるのけ。才能というのは、元々どの人にも同じように持っているや。それは神そのものやから。でも、ポニョが言ったように、一人ひとり、動物から生まれ変わった時期も違うし、人に生まれ変わった回数も違うし、生まれ変わってもどれだけ徳を積んだのかも人によって違う。それに、生まれ変わる前の動物の違いによっても、性格や傾向も変わってくる。
だから、その人がどれくらい神に近いかは、つまり、どれくらい神自身である才能を開いているかは、人によって変わってくるんや。
だから、さっきポニョがいみじくも言った、一人ひとりの神聖火花をその人の内側から徳を積んで輝き始めさすのが、人としての義務なんや。
ポニョ:ほお〜。そんなすごいことをおいらが言っていたのか。知らんかったぜよ。多分、おいらの中の神聖火花が、何かと混線してショートして、火花が飛び散ったのかもしれないぜよ。多分そうや。だっておいらそんな事、普段から考えたことがないぜよ。才能は神さん御自身なんや。そうか。分かったぜよ。
ヨシオ:だから、その自分がすでに持っている才能を、逆に人類や生きとし生けるものに使わず、自分だけのためや、自分の名声を上げる為にだけ使うのは罪なんや。だって、その才能は神さん御自身であって、その神さんは全てのもののために、私を使いなさいと言っておられるんや。
もしあなたが大きな仕事が出来るような才能を持っていたなら、それを神の栄光を讃え、人類を高める為に使いなさい。vol4p, 190
ポニョ:ということは、死ぬまでに出来るだけ、自分の中に元々持っている才能を、人としての徳を積むことによって引き出し、その才能を神様御自身であるとみなして、世のため、人のために使って行けばいいんやな。
ヨシオ:そうすることが、世のため人のためではなく、回り回って結局は自分の為なんや。だから、自分は人より偉いとか、人より才能があるなんて言って、偉そうに出来る理由って一つも無いんや。
あなた自身を債権者と見なして、あなたの富や才能を他の人のために使いなさい。
いろいろな機会をとらえて他の人を助けなさい。
哀れみ深くありなさい。SS31996p, 267
ポニョ:おいらは昔から、理解のスピードが人より少し遅いやろ。だからお前は才能が無い、のろまや、なんて言われて、バカにされた時があったけど、逆に人より才能がある奴の方が、他の人をバカにしたり、他の人より自分が賢く見えたりするので、その分、エゴが膨らみ、神から離れてしまう、という意味でハンディキャップを持ってるな。
ヨシオ:そういう事やろな。ポニョも色々昔から苦労したんやな。あんたは馬鹿正直なとこあるもんな。
ポニョ:バカは余計やろ。
ヨシオ:自分の才能を自分が獲得したと有頂天になって、人の頭の上でのさばり、人をバカにする輩は世の中に腐る程いるけど、この世界には、本当は自分のものなんて一つも無いんや。死んでからあちらの世界に持って行けるものは、生きている間にどれくらいたくさんのものを、神様と見なして、それらを愛して来たか、その神への愛だけが、手荷物としてあの世に、そして、また再び生まれ変わっても、それらを手土産として持って来れるんや。
だから、神への愛を持っている人が、神の祝福や奇跡を体験出来るのであって、逆に神の奇跡を体験した人が、神への愛を持てるというわけではないんや。
ポニョ:何度も、サイババさんの奇跡を目の前で見ても、神様を疑っている人を知ってるな。ババはそういう人のことを聖書のトーマスに因んで、疑い深いトーマスと呼んでられるな。科学者なんか、その奇跡をここではなく、私たちが管理する施設や部屋の中でもう一度やってくれたら、それを奇跡と認めましょう。なんて失礼な事を言ってるもんな。
ヨシオ:逆に星やんのように、生まれた時から、神を探し、神を愛してる人もいるしな。でも、神さんからみたら、どっちも可愛い自分の子供やもんな。
神は宇宙の舞台監督であり、脚本家であり、俳優です。
神はあなたの姿をとって演じてさえいるのです。
神は批判する者であり、批判される者です。
神は泣く者であり、泣かせる者でもあるのです。
それらが神の本質ならば、一体誰が神について何か断言できるような事を言えるのでしょうか。23/11/87
この世という舞台には、様々な登場人物がいます。
人々は、それぞれの役割をきちんと演じることを学ばねばなりません。
監督である神の指示通りに従った時にのみ、その、演技を完成させることが出来ます。
人生という劇において、登場人物が神の指示に背いてなす行為は何であれ、その人を価値のないものにし、孤独にさせます。エゴと執着という二つの要因が、人が監督の指示に背かすのです。PD32
朝、目を覚ました時、至高の神によってあなたに割り当てられた役割りを演じる舞台劇に登場した、と思いなさい。
その役を上手く演じて神に褒められるように祈りなさい。
夜、眠りに着く時は、舞台を降りて自分の演ずる役割の衣装を着たまま楽屋に居ると思いなさい。
なぜなら、おそらくあなたの役は未だ終わっていないので、衣装を脱ぐことを許されていないからです。
おそらく、あなたはまた翌朝舞台に立たねばならないでしょう。
何も心配はありません。
彼の意思に従いなさい。
彼はすべてを知っています。
彼が劇を書いたのです。
そして、彼は劇がどのように終わるのか、どのように続いて行くのかを知っています。
あなたはただ、与えられた役割を演じて退出すれば良いのです。OCSp12
ポニョ:インドの大きなお祭りの一つナヴァラトリ祭が始まったな。
ヨシオ:9日間に渡って、三人の女神さんを祀るんやったな。
ポニョ:シヴァ神のお妃パールバティ女神、を最初の三日間お祭りして、そのあとヴィシュヌ神のお妃ラクシュミ女神、そして最後にあんたの女神さんである、サラスワティ女神さんやったな。
ヨシオ:インドでは多くの地域で、これから9日間の間、断食をするんやで。
ポニョ:それは、おいらにはちょっと無理やな。胃酸が出過ぎて胃に穴があいてしまうわ。
ヨシオ:俺は、今年いろんなことが始まるって言ってたやろ。これらの三人の女神さんは実は、母なる地球なんや。神さんの創造物である地球そのものなんや。それを、女神さんに例えてお祭りしてるんや。
ポニョ:それじゃ、人類が今の世界で地球環境を破壊し、多くの国や地域で鉱山や油田などから、地球の資源を収奪し、母なる地球であるこれらの女神さんを汚している、その汚されている当人さんたちをお呼びしてお祭りする9日間なんやな。そんな事を聞いたら、真剣に礼拝しないと、女神さんからひどいしっぺ返しが来そうやな。
ヨシオ:大丈夫や。女神さんである、母なる地球のお祭りしている間は、彼女らも忙しい。問題はそのお祭りが終わる十月以降かもしれんな。
ポニョ:木曽の御嶽山も爆発したで、何が女神さんは忙しいや。お祭りをしてもらっても、人類に対する怒りは収まっていないぜよ。
ヨシオ:もちろんそんな事で、収まるようなもんやないよな。人類は母なる地球に、どれだけ今までひどい事をして来たか。ババは、人類が環境を破壊しているけど、それらの行為は母なる地球の力と比べたら大した事はない。母なる地球は、全ての創造物を破壊して、もう一度初めから創造することだって簡単に出来る。母なる地球が人類に対して我慢出来ないことは、暴力、虚偽、虚栄、嫉妬、怒り、などの非ダルマが地球中に、はびこっているのが許せないと言っておられたんやて。
ポニョ:本当に、そうやなって思うぜよ。もう一度リセットしないと、本当にひどい世界になっていると思うぜよ。英米の嘘つきたちは、世界をぐちゃぐちゃにしてるし、肉食のために動物たちを殺しまくっているしな。目を覆いたくなるような、悪魔崇拝に関わっている猟奇事件もしょっちゅう起こっているし、人類はこれまでになく悪くなりました。ってババが言っておられたけど、本当にその通りやな。
“哀れなことに、人間だけが今の世で自らの価値を失ってしまいました。
何の価値もないまま人生が費やされています。
その為、人間は動物より悪くなってしまいました。”
ヨシオ:他人事やないで、俺たちも人類の一員として、連帯責任があるんや。だから、ゴタゴタした時には、誰も逃げることは出来ないんや。大なり小なりみんなが影響を受けるやろな。
ポニョ:聞くところによると、インドでも環境汚染が進んでいて、もう半分以上の川の水が飲料水として相応しくないんやて。
“今日、呼吸する空気、飲料水、耳で聞く音、摂取する食物、全てが汚染されています。
あらゆるものが汚染されているゆえに、人の健康は悪影響を受けています。
また、人の心も汚染され、人は病気になりやすいのです。
静かで清らかな生活をするように、熱心に努力しなさい。21/1/94
今、食べるものも、飲む水も、吸う空気も、すべてが汚染されています。
人間自身もひどく汚染されています。
それは、自分のマインドを悪い感情で満たしているからです。
悪い感情とは、悪い欲にほかなりません。
当然、人間には欲があるものですが、欲には限度がなければなりません。”
ヨシオ:それはひどいな。インドにある川って全部で900って聞いたことがあるけど、その半分やから450河川てすごいよな。きちんと水質管理が出来てないんやろ。人口が多いからな。
ポニョ:だから、ババはまだ自然がたくさん残っている自然保護地域などに行かれるのが好きなんや。
ヨシオ:そういや、ババがウーティやコダイカナルに学生を連れて行かれた時は、よく野生動物を見に行かれたな。象に乗って自然保護区のエコツアーを楽しんでおられた写真もあるな。ケララの海岸沿いに運河があって、椰子の木がそこら中に植えてあって、絵葉書を見ているみたいでとても綺麗なんだけど、ババはそれらを見てとても喜んでおられたな。
ポニョ:湖にボートを浮かべて、のんびりとされている写真があるよな。
ヨシオ:その時のボートに乗った旅がとても楽しくて、親しくしておられた帰依者に手紙を出されたな。
ポニョ:でも、ババは何をされている時が一番ハッピーなんやろか?
ヨシオ:今の質問と同じ質問を、ある学生がババにしたんや。するとババは、私の教えを君たちが実践することだ。とおっしゃってたな。
ポニョ:ババは、人類全体にダルマ、信愛、非暴力、平安、真理の教えを垂れて、新しい黄金の時代を人類にプレゼントするために降臨されたんやもんな。
ヨシオ:ババが言われたことは、全て俺たちの為に良い事なので、フォローしなければいけないんや。ある日一人の学生にババが、「少し頼みがあるんだけど聞いてくれますか?」と言われたんや。それで、その学生がババがそんな事を言われるのは聞いたことがないので驚いてもちろんですとも、スワミ。と言って身を乗り出してスワミの方へ行くと、ババは「今日帰ったら、魚を二三匹食べて、明日の朝ここにまた来なさい。」と言われたんや。それで、その学生は菜食やし、なんて返事したらいいのか分からんかったんや。それで、返事が出来ずに黙っていたんやけど、しばらくして、いや、それは…と言うと、ババは、「私は普段、人に頼むってことはしないのに、こうして君に頼んでいる。どうして私のいうことを聞けないのか。」と言われたんや。
ポニョ:いきなり、魚を食べろって言われても苦しいよな。
ヨシオ:クリシュナが病気に臥せている時に、誰かの足に付いているちりを食べれば、治るんだけどと言われたんや。近くにいた人はそんな自分の足に付いているチリや垢なんて、神聖なクリシュナに捧げることは出来ないと躊躇していたんやでも、その話を聞いたゴピーたちは、急いで自分たちの足に付いているチリなどを集めてクリシュナに捧げたんや。ババは、それらの行為が本当の帰依や。と言っておられた。
ポニョ:そうなんや。だって考えたら、このおいら達の生きている世界は全て、神様が自分の想像力を使って創造された一大劇場みたいなものやもんな。だから、足のチリであろうが、魚であろうが、神御自身頼まれたり命令されたりしたことは、100%フォローしなくてはいけないんや。ババがその人に一見無理難題を言われているように見えるけど、実は、その人にとって良かれと思って,言われてるもんな。魚の件もその人の帰依心を試されたんやろな。
ヨシオ:昔、アデレードにしばらく住んでいたことがあって、アデレードの南にアルディンガというところがアルディンガ。
ポニョ:どこかで、聞いたなそのノリは。
ヨシオ:そこの海岸では、車が直接波打ち際まで乗り入れることができて、誰でも道路じゃないので運転出来るんや。
ポニョ:北陸の方にも渚ドライブが出来るところがあるで。
ヨシオ:そこで、俺は、その頃まだ小さかった子供達を膝の上に乗せて、一人ずつ車を運転さすんや。子供達は自分でハンドルを回して、とても喜んでいたな。でも実は、ハンドルの下の方は俺が握っていて、急ハンドルや、無理なハンドリングで危ない時は、俺が事故が起こらないようにコントロールしてたんや。
ポニョ:そら、そうするのんが親として当たり前やもんな。
ヨシオ:ババと一緒に人生を歩むって、それと同じ事なんや。一見、人々は自分の行動や行為を自分の判断で決めているって思うけど、実はその人が決めた事が、その人にとって良くないと神が判断された時には、ハンドルを少し動かして調整されるんや。実は俺たちは、俺の膝の上で自分で車を運転してるって思っていた子供達と一緒なんや。
ポニョ:なんでも、神さん抜きで決めて、自分の人生を自分で歩んでいると思っていたけど、それはああ勘違い。の世界やな。全ては、ババがされているんやな。ババは全てを知っておられるし。おいらも、こんな話を聞いたことがある。ある女子学生のお母さんが大やけどする事故で亡くなって、その女子学生はとても落ち込んでいたんやけど、ババが直接その学生に、もしあなたのお母さんが助かっても盲目になって、大変苦労する人生となってたでしょう。彼女は、その事故で亡くなることになっていたのです。あなたは、自分の母親一人を亡くしましたが、代わりにここに、何千もの母の愛を持った私がいるではないですか。と言われたんやて。
“私は私を憎む者をも愛します。
私は私に対する悪い宣伝に耽る人さえ愛します。
私は誰のことも敵とは見なしません。
すべての人は私のものです。
私は母親のように、皆さん全員に気を配っています。
私の愛は一人の母の愛ではありません。
私の愛は千人の母の愛です。
サイの愛は千人の母の愛です。
ひとえにその愛ゆえに、私は皆さんのあらゆる過ちを顧みず、前を見て歩んでいるのです。
誰かが過ちを犯したときはいつも、私は本人を呼び、声を高めてその人を正します。
ですが、私はその人に怒りを示すことはしません。
私は誰に対しても怒りはありません。
実際、私には怒りという感情はまったくありません。"
“私はあなたにとっては母であり、あなたの母にとっても母であり、あなたの父にとっても母であり、あなたの妻にとっても母です。
私の愛は、千の母の愛であり決して変わりません。”
ヨシオ:それは、感動的な話やな。さっきの学生の話やけど、そのあと、その学生の家族と一緒にババにインタビューに呼ばれ、記念に家族全員とババと写真を撮ろうとカメラを構え、シャッターを押したけど、フラッシュがつかないんや。何度もトライしたけど、ダメだったんで写真に収まろうと並んでおられたババに、残念ながら、私の不徳の致すところにより、フラッシュがつきませんでした。と言って謝ったんや。そして、外に出ると、ちょうど写真屋がいて家族全員とスワミの写真を撮ってくれたんや。ババは、その学生に、全ては良いことなのだ。フラッシュがつかないことも…。そのおかげで、こうして、君は私と並んで一緒に写真におさまることが出来ただろう。と言われたんや。
ポニョ:魚を食べなさいと言われて、ハイ食べます。と言えないと、テストは不合格なんや。ババが言われることには、全て理由があるし、無駄なことは一言も言われないんやな。おいらが、ベジタリアンになる前は、あんたのお母さんと一緒で、エビの天ぷらが大好きやったから、ババにその学生と同じ質問をされたら、魚の代わりにエビやったらあきませんか?と聞いて、OKやったら、昔の行きつけの、牧落の心々庵の天ぷらを久々に食べに行こうかな。
ヨシオ:ババは、ポニョには絶対そんな事を頼まれないやろな。
人ははスワミ の命令を無視しています。そのようなことで、どうしてスワミを得られるとでもいうのでしょうか。
スワミの命令というものはスワミ自身よりも重要で価値がある。
という認識に基づいて行動するように努めれば、スワミは容易に彼らのものとなるでしょう。
節度のない無駄話をし、傲慢な態度を取り、よこしまな目で見、悪い行為をする。
そのようなことをしなければ、悪意に満ちた汚れた心は存在できません。
健康的でない、望ましくない思いが心に浮かんだとしても、それは過ちではありません。
あなた自身がその悪い思いでもって行動を起こさぬ限りは。PD31
若者は躊躇することなく神の命に従うべきです。
神の指示に対して、疑いを持つこと、異議を申し立てること、背くこと、非難することが決してないようにしなさい。神の指示を厳格に守ることは、全託と呼ばれます。
これを育めば、人生における成功は必須です。stps2p180
もしあなたが、神の命令に従わなければ役に立ちません。
それは神のもので、これは自分のものという思いを断ち切りなさい。
そのような思いを持っている者は半分、盲目と同じなのです。
それ故、神のもの、私のものというパートナーシップのような関係を神との間で築いてはなりません。
神と信者の関係は神聖な関係なのです。8/4/96
ポニョ:世界中の火山が噴火しそうな気配やな。あんたの説によると、八月に地球の奥深いところで、大きな動きがあり、それが地表に三四ヶ月程かかって影響するって言ってたもんな。バブルが弾けて、小さいバブルがブクブクと水の中から水面に出て来ている感じかな。そして大きい泡が十二月ぐらいに浮かんでくるんや。なんかお風呂に入っている時にオナラをしたら、そんな泡がぷか〜て浮かんでくるよな。そして顔の近くで破裂したら、いや〜な匂いがお風呂中に漂って、息ができなくなるんや。
ヨシオ:ポニョは、俺から見たらいつも食べ過ぎやな。俺の倍ぐらい食べてるから、消化不良を起こしてるで。普通、芋とか豆類を食べると、腸の中で発酵しておならは出るけど、臭くはないんや。でも、ポニョの場合は…。
ポニョ:サイババさんは、おいらぐらいの年になれば、食べる量を減らしなさいと言っておられるけど、おいらにはちょっと無理やな。
ヨシオ:あのね、前回の記事では、神の命令には従いましょう。というのがテーマやったやろ。だから、そういう、ババの教えを発信している者が、それを守らないのは、ちょっと感心出来ないな。大体、ババは「年を取ると、食べる量を減らしなさい」と言われたのには科学的な根拠があるんや。お腹いっぱい食べると、それが消化されて身体から出て行くまで、なんとフルマラソンを走るのと同じ量のエネルギーを身体が使うんやで。だから、年を取ると食べる量を控えないと肉体の方が付いて行かないんや。
何をする場合も度を超さないように。
皆さんのすることが限度をわきまえた、正しいものであれば何の害もありません。
度を超えたものは、たとえ悪気が無くとも皆さんの害になります。
例えばあまり物を食べ過ぎると、消化に悪いし、心にも好ましくありません。
それと同じで、あまりものを考えすぎるのも心に良くないのです。
執着も同じです。
あまりに強い執着は、心の病の一つです。
ただし限度をわきまえていればそれほど危険ではありません。
車に乗る人の安全を守るためにブレーキがあるように、感覚器官も、肉体の持ち主を守る為に適度に抑えることが必要です。SGc19
ポニョ:フルマラソンを走り切るだけのエネルギーか。それは大変な量やな。だから、腹一杯食べた後、もう何も出来なくて眠たくなるのかな。身体のエネルギーを消化に使いすぎて。
ヨシオ:その通りや。それに、食べた後、眠たくなってすぐ横になったりすると、ある種のタンパク質が頭の中に形成されるんや。それが、認知症の大きい原因の一つなんやで。だからババは食事の後は二十分ほど歩きなさいと言っておられるんや。そうすると、足の筋肉を動かすやろ。そうすれば、頭の中にそのタンパク質が形成しないんや。俺はお袋が認知症になったから、本を沢山読んで調べたから知ってるねん。
ポニョ:だから、毎食後、散歩に行ってダニに噛まれるんやな。
ヨシオ:ダニは余計やろ。もう噛まれたところは治ったわ。
瞑想中に眠気をもよおす原因は、食物の不消化であることが多いのです。
食べ過ぎ、過度の運動による疲労、睡眠不足などによっても眠気が生じます。
ですから普通は、瞑想の修行をする者は昼寝をすべきではないのですが、前の晩に眠りが足りない時は、昼寝を少し取るのも悪くありません。
本当に空腹を感じるまでは、食事を摂ってはいけません。
食事の量は控えめにしなさい。
腹が四分の三満たされたと感じたら、それ以上食べないように。
つまり、もう少し食べれると思っても、そこで止めるのです。
このようにすれば、胃袋を正しく振る舞うように教育することができるのです。
運動のし過ぎも好ましくありません。
歩くのも度を超えてはなりません。
眠気が覚めるまで歩くのは良いのですが、眠気を追い払ったあとに、瞑想に入ることは出来ないことも忘れてはなりません。JV
ポニョ:あんたの言う通り、夕食の後、あんたら夫婦と付き合って散歩に行く習慣が付いたけど、消化も早くなったし、調子がいいぜよ。日本に戻っても、続けようかな。でないと認知症への道まっしぐらやもんな。でも、ちょっと気になったのは、今、あんたのお袋さんの洗面所を使わせてもらわせているけれど。お袋さんが愛用しておられた歯磨きは、しっかりアルミニウムが入っている奴やったで。
ヨシオ:その歯磨きは、お袋が好きでいつも使ってたな。日本から取り寄せてるやつやろ。
ポニョ:そうや。薬用つぶ塩歯磨きや。花王が出してるやつやな。塩が固まって、ガチガチにならないように、アルミを混ぜるんや。別にアルミでなくてもええんやけど、裏社会の連中は、人々を認知症にさして、薬で儲けるのが目的やから、今では全ての塩にアルミを入れてるんと違うか。アラントインクロルヒドロキシアルミニウムって長い名前のアルミやけどな。歯磨きの成分に書いてあったわ。
ヨシオ:ポニョがそういう事を教えてくれるまで、俺は何にも知らんとそういう毒を、家族に消費させてたんやな。それが、お袋の認知症の一因ってのは間違いないな。しっかり使っていたからな。飯の後も、うたた寝してたしな。
ポニョ:おいら達も気を付けやなあかんぜよ。ということで、今度から頑張って少食にトライするぜよ。あんたみたいに一日一食はきついけどな。でも、こんな事をのんびりと、言ってられない時代が近づいて来てるな。あんたが言ったとおり、今年はいろいろありそうやな。御嶽山は大惨事やな。たくさん人が亡くなったし、シチリア島も火口ではないところから、噴火して子供が二人亡くなっているし,カリフォルニアのマンモスマウンテンも、火山性の地震がたくさん観測されているし、もちろんイエローストーンや、カムチャッカ、インドネシア、それに大きなカルデラ湖である十和田湖でも群発地震が始まってる。桜島や、世界中の火山がアクティブになって来てるな。地震も昔と比べたら信じられないぐらい多くなってるし。
ヨシオ:ナラバトリ祭が終わったぐらいから、もっといろいろ出てくるやろな。そして今年の末ぐらいから本格的に始まると思うで。それまでに、俺たちのアクアポニックスのシステムを作り上げようぜ。
ポニョ:そのために、おいらはここに来たんや。でも、ここんところ、天候が悪くてはかどらなかったもんな。今日も雨が降ってるし。
ヨシオ:まあおかげで、記事がほぼ毎日書けるし、翻訳の方も第三章まで出来た。
ポニョ:それで、今日も、おいらのリクエストに応えて、サイの学生の話をしてくれるのか?
ヨシオ:そうやな。ヴィジャヤ サイという学生が、俺がアシュラムに行ってた頃やから、八十年代から九十年代にかけて、必ずババに指名されてスピーチをし、その後に歌も歌うんや。とても才能のある学生で、セミプロ級やったな。今でも、その才能を生かしてババのアシュラムの仕事やら、同窓会の仕事、また自分で会社を起こしてヒーリングなどをして、社会のために活躍されているんや。そして、そのヴィジャヤ君が、初めてババの元に訪れた頃は、まだニキビ面やったんやけど、霊的にはかなり上の方に行っていて、ババにダルシャンで君はどこから来たの?とか、名前はなんて言うんだいとか、もう神様ならそんな事を聞かなくても知っておられる事を、聞かないで、もっと、君は肉体ではないのだ。アートマなのだ。というような事を話して欲しいな。とかマセガキっぽい事を心の中で思っていたら、ババが、その君のにきびは、こうすれば良くなるよ、と言って懇切丁寧に教えられたんや。
ポニョ:それは、面白い。本人は、身体のことなんて二の次や、宇宙を統べる神様に相応しい会話を自分にして欲しいと思っていたのに、ニキビの治し方を教えてくれたんか。それってガクって来るよな。
ヨシオ:ヴィジャヤ君は歌がとても上手くて、話すのも上手いんや。それで、ババに、さっきも言ったようにいつも指名されてスピーチをするんだけど、いつ指名されるか分からんので、いつもそのスピーチのための準備をしなくてはならないんや。
ポニョ:まるで水商売みたいやな。
ヨシオ:何を言ってるんやポニョは。そしてどんな事をスピーチするのかを書いた紙をポケットに忍ばせていて、いつババに指名されてもそれを見て、話せる準備が出来ていたんや。でも、ババは紙を見ながら話すのをあまり好んでいないって知っているので、いつもそっとズボンのポケット入れていたんや。まあそれが、彼のスピーチの自信の元になっていたんやな。
ポニョ:どっかの首相の原稿みたいに、漢字の横にフリガナをふってあったり、大きな印字で書いてあったり、ここで拍手が来る。とか、ここで水を飲む、とか書いてあったんやろな。
ヨシオ:幼稚園じゃあるまいしそんなん書いてあるわけはないやろ。それでその日も指名されて用意したスピーチの紙をポケットに忍ばせたまま、まずババの御足に触れて挨拶をし、演壇の前に立って、話し始めようとし、そっと手をポケットに入れると紙がないんや。それでどっかで落としたんかなと思ってその辺を見回すと、ババがその紙を手に持って、意味ありげに笑いながら、紙をひらひらさせておられたんや。
ポニョ:なに〜。ババがスリのようにすっとポケットから、足を触れている間に抜かれたんか。めちゃ早技やんか。手が早いな。それで、そのヴィジャヤさんはどうしたんや。ババの元へ行って紙を返してもらったんか。それがなかったら、スピーチが出来ないもんな。
ヨシオ:いや、ババがそのまま話しなさい。って言われたんで話さなければならなかったんや。でも、いつも話す前に、サンスクリットで、詩を唱えたりするんやけど、その間中、何を話したら良いか考えていて、頭の中はいっぱいやったんや。それで、時間を稼ぐために、もう一度ババのところに行って御足に触れ、話し始めたんや。
ポニョ:それって、すごい緊張したやろな。たくさんの人の前でいきなり準備していていたスピーチの紙を神さんにすられ、何にもなしで話さないといけないって、大変やで。おいらやっったら、膝がガタガタになるな。
ヨシオ:ババはヴジャヤ君に自信をつけてもらおうとされてたんやろな。でも、紙ではなく手に書いて用意をしたんやけど、それもばれてダメだと言われた。仕方なしに、何も準備なしに話し始めると、何とか最後まで話し終えることが出来たんや。でも、次の機会では、突然、ババがヴィジャヤ君が事前に用意していないトピックを、話さそうとして、サナタナサラチの編集長からトピックを決めさせたんや。
ポニョ:つまり、ヴィジャヤ君が話すトピックは何が良いか、サナタナサラチの編集者の方が決めて下さい。「信仰と帰依心」ですか。いいトピックですね。ハイ、ヴィジャヤ君。君が皆さんの前で話すトピックが決まりましたよ。「信仰と帰依心」です。それでは、スタート。って感じやな。おいらやったr、ションベンちびるやろな。
ヨシオ:ええ年こいてちびるなよ。それで、話し始めたんやけど、ババが後ろから小さい声で助け舟を出してくれるんや。ドロウパティの話をしろ。とか象の王さんのガジェンドラの話もしろ、とか言って。そのおかげで、だんだんスピーチに自信が出来てきて、素晴らしい話家になれたんや。
ポニョ:ええ話やな。おいらは、使い捨てオムツを履いていかないと無理やろな。やっぱり。口ベタやし。でもすごい面白い話やったぜよ。
ヨシオ:ヴィジャヤ君の事を、ババが気に入られておられるだけあって、とても心が真っ直ぐな青年なんや。ある日、みんなの前で大きなチョコレートを物資化して配られたんや。そして、どうして私が今日、このようにチョコレートを物資化してみんなに配っているか分かりますか、と聞かれたんや。誰も、その質問に答えられなかったんや。ババは、実は今日、旧暦でヴィジャヤサイ君の誕生日でした。と言われたんや。それで感激しているヴィジャヤ君に、ババ自らチョコレートのブロックを割って与えられたんや。ヴィジャヤ君はそれを手に持っていると、ババがちょっとそれを貸してと言われたので渡すと、三回息を吹きかけられたんや。すると、なんとそのチョコレートのブロックと同じ大きさで同じ形のエメラルドに変わったんや。そこにいた誰もが、そんな大きなエメラルドを見て驚いていると、それを手から手に渡して皆が見れるようにされたんや。そして、そのエメラルドがヴィジャヤ君の手に戻ってきたので、ヴィジャヤ君はこの大きな宝石が誕生日プレゼントだ、と思って大事に握りしめていたら、ババはもう一度、ちょっとそれを貸してと言われたので、手渡すと、また、三回息を吹きかけたら、元のチョコレートになった。それを見ていた皆が大笑いしたんや。そして、そのチョコレートをヴィジャヤ君に手渡され、そのあと何事も無かった様に、別の方にいる他の学生たちと話し始められたんや。ヴィジャヤ君は、返してもらったバースデーチョコレートが、手の中で溶け始めてネタネタしてきたので、少しかがんで、皆に見えないように、口の中に入れたんや。すると、違う方向に向いて話しておられたババが突然、ヴィジャヤ君の方を向いて、チョコレートをエメラルドにするので出しなさい、と言われたんや。それを見ていたみんなは、大笑いしたという、ババはやはり意地悪でした、という話でした。
神もまた、時にはあなたに困難を課します。
しかし、それはただあなたのために、それがあなたにとって良いことであるからこそするのです。
喜びも悲しみも神の贈り物です。
それらは神の恩寵です。
だれにも神のリーラ〔遊戯〕を理解することはできません。1/3/03朝
ポニョ:木曽の御嶽山の爆発やけど、たくさん人が犠牲になったぜよ。同じ山を愛する仲間として、ご冥福を祈ります。大事なことは、これから、世界中の火山が噴火し、メガ地震が起こり、地殻変動が起こる。地球の大掃除が始まるんや。ゴールデンエイジに向けての産みの苦しみが待っている。御嶽山はその前触れや。警告やぜよ。
ヨシオ:世界情勢がどうとか、こうとか、そんな事を言ってられない時がすぐ近くまで来てる。人々を騙して自らの安泰、利益の事しか考えていない一部の輩が、大騒ぎして神様がいたんやって涙を流す時がやって来るんや。
ポニョ:早く来ないかな。待ち遠しいな。また例のヴィジャヤサイ君の話の続きを聞きたいな。
ヨシオ:その前に、ババが面白いコメントをされている記事を見つけた。俺たちが、ババが戻って来るよと、情報を発信し続けているけど、その理由の一つが、神がアヴァターとして降臨されて、帰依者の数が増えるに連れて、その使う霊力が増えてくるけど、肉体を持っている限り、その肉体の持っている霊体を調整しないと、アヴァターとしての使命を果たせなくなる。だから、そのアヴァターとしての生の各段階で、肉体にある霊力を調整するために静養されたりされる。だから今回も身体から離れられて霊体だけになり、肉体の持っている制限から自由になられる為に、肉体を脱ぎ捨てられた。って言って来たよな。というのも、もうすぐババが予言されているように、霊力をたくさん使われる大きな奇跡が見れる神聖な時代がやってくるんや。
ポニョ:その話は何度も聞いたけど、肝心のババの記事って何やねん。
ヨシオ:この記事はカスツーリさんが書かれた本、「イシュワランマ選ばれた母」の中で見つけたんや。ちょうど、ババがバンガロールで静養されている時の話で、カスツーリさんがババと初めて会った時期なんや。
その頃、ババの近くにいた、スッカンマさんと、ラジャ セティさんに、Swami confessed that He was in the process of remoulding His physical frame so that it might withstand the Divine Energy stirring within, for He had to embark on His Avataric Tasks.と言われたんや。
ポニョ:つまり、今まで、あんたが言って来たことと同じ事を言われたんやな。この事は、以前記事にして詳しく説明したよな。
ヨシオ:とにかく、全てが彼の計画通りに世界が動いている。ポニョがこの世界の不正や虚偽に気付いて腹立たしくなる気持ちはよく分かるけど、もっと大きいところで神さんは解決されるんや。何にも心配しなくても、ポニョは自分のやらなあかん義務だけしっかりしていたら、全ては上手く行く。
ポニョ:そういう事やな。でも、なんでも、おいらが気付いたことは、暴露して行くぜよ。というわけで、ヴィジャヤサイ君の話をしようじゃんかぜよ。
ヨシオ:何やその言葉は。横浜弁と土佐弁のチャンポンじゃんかぜよ。先ずは、ポニョの好きな食べ物の話から入って行きます。
ババは人に応じて違ったダイエットをしなくてはいけないので、美味しいご馳走が出されても、学生たちがそれを食べようとすると、君は糖尿の傾向が有るのでこれは食べてはいけないとか、君は高血圧だから、これを控えなさいとか言って、口に運ぼうとしたその人の好物を取っていかれる時があるんや。ヴィジャヤサイ君は、そういうことをババがされるのをたくさん見て知っていたので、食事の時には、ババからいつも遠く離れたところにわざと座るようにしてたんや。その日の夕食には、ラドゥという彼の大好物である美味しいスイートが出されたのを見て、ヴィジャヤサイ君は喜んでフードマントラを唱えて、いざ食べようと目を開けるとラドゥが消えていたんや。それで、周りに座っている人たちに聞いても、誰も、彼のラドゥを取ってないんや。で、その時誰かに名前を呼ばれたので行くと、ババの近くに座っていた人が、ババがわざわざあんたのラドゥを取りに、あんたのところまで行かれたんやで。と言ったんや。
ポニョ:なが〜いフードマントラを唱えている間に、さっと来て好物のラドゥだけ取って行かれたんか。楽しみに食べようとしてたのに、ショックやったやろな。でも、フードマントラって神にこの食べ物を捧げます。って言ってるから文句言えないよな。でも、食べ物の恨みは、三代続くぜよ。
ヨシオ:そんなに続かないっちゅうに。また、ババが何らかの理由でヴィジャヤサイ君に怒っている時があって、プッタパルティのマンディールで、バジャンを歌おうと、少し歌い始めた途端、ババは席を立って何処かへ行かれたり、お顔を覗きこもうとすると、目を閉じられたり、徹底的に無視された時期があったんや。
ヴィジャヤサイ君は、これは、ババの自分に対するテストやからと思っていたんやけど、ある日、何とかしてババを笑かそうと考えたんや。それで普段は歌わない、とても甘い感じのメロディーのバジャンの曲を選択し、ババの前で歌い始めたんや。すると案の定、ババは大きく目を開いて、どうして君がこんな曲を歌うんだ?と怪訝な表情をされたんや。ヴィジャヤサイ君はやった!ババが罠に引っかかった。と思い、突然曲の途中から、いつものテンポの速い歌に切り替えて歌ったんや。すると、今までヴィジャヤサイ君を無視されていたのに、ババは大笑いされて、一件落着となったんや。
ポニョ:ババを罠にかけて、笑わすなんてすごいガキやな。根性があるぜよ。聞いたことがないな。そんな話は。
ヨシオ:そうやろ。俺も驚いたな。ヴィジャヤサイ君も、今から振り返ったら凄いことをしてしまったな、なんて言ってた。それが出来たのも、ババが自分を無視されたのも神の愛から出た行為であって、決して本当は怒っていないてことを知っていたからなんや。
ポニョ:そこまで、ババの愛情を深く理解されていないと、絶対に出来ない行為やな。星やんも、以前記事にしたけど、ババから無視されていた時期があって、もう辛抱たまらんから、ダルシャンで目の前を歩いてあられる、ババの足に飛びついて抱きしめ、どうしてこんなにあなたの事を愛しているのに、僕を無視するんですか?僕のどこが悪いか言ってくれないと、黙っておられたら分からないじゃないですか。僕が一体何の罪を犯したのか分からないんですけど、許して下さい。それまで絶対に、この御足を離しません。と言って泣きながらババの足に食らいついていたな。
ヨシオ:こんな芸当も星やんしか出来ないよな。まるでヴィジャヤサイ君と正反対にいるみたいに見えるけど、神への信仰心は同じレベルやな。
ポニョ:ババもこの世に降臨されて、こういう帰依者に会えて、内心とても喜んであられるやろうな。
ヨシオ:そうやな。俺もそう思う。彼らは人類のお手本や。俺たちも、ああいう帰依者になれたら良いよな。
この世の人生で手にすることの出来る真の価値のあるただ一つで永遠のもの、それは神の愛です。SGc3
何より大事なのは神から愛されているかどうかです。
自分は神を信じ、愛しているつもりでも神が愛してくれなければたいして遠くへ行けません。
それではどうすれば神から愛されるようになるのでしょうか?
その答えはバガバッドギーターの帰依の道を説く章に見られます。
帰依の道とは、いつも神と一つに繋がっているということです。
どんな時もゆらぎの無い心で実践することを帰依の道は教えています。
強い決意を持ち、暮らしの中でひたむきに教えを実践すること、そしていつも悦びに満ち足りていることです。SGc3
私は賞賛も嘲笑も、尊敬も軽蔑も、怒りも幸福も、超越しています。
私には、徹頭徹尾、一つの属性があるのみです。
それは私の愛です。
私は私を憎む者をも愛します。
私は私に対する悪い宣伝に耽る人さえ愛します。
私は誰のことも敵とは見なしません。
すべての人は私のものです。
私は母親のように、皆さん全員に気を配っています。
私の愛は一人の母の愛ではありません。
私の愛は千人の母の愛です。
サイの愛は千人の母の愛です。
ひとえにその愛ゆえに、私は皆さんのあらゆる過ちを顧みず、前を見て歩んでいるのです。
誰かが過ちを犯したときはいつも、私は本人を呼び、声を高めてその人を正します。
ですが、私はその人に怒りを示すことはしません。
私は誰に対しても怒りはありません。
実際、私には怒りという感情はまったくありません。23/11/08
神の行うことには利己心のかけらもありません。
神の愛の真の性質を理解することができる人はわずかしかいません。
人間は自分の愛と神の愛を比べようとします。
人間は、自分の愛が、自分の好きなものや、いつも自分が楽しんでいるものへの執着に基づいていることに気づいていません。
人を引きつける力やその逆の力は、対象物それ自体の中に本来備わっているものではなく、個々人に関係のあるヴァーサナー(過去の印象に基づいた欲求)に備わっているものです。7/10/97
人間として生まれた目的は何でしょう?
それは神の愛を体験することです。
神の愛を受け取った人だけが、世界に変革をもたらすことが出来ます。
現代社会は不安と悲しみに満ちています。
どこを見ても悲しみ以外何もありません。
洪水などの自然災害の多くは、大変な惨状を引き起こします。
これらは神によって引き起こされるものではありません。
人間の苦しみの原因はすべて人間にあります。29/10/09
世俗的な愛は彼の執着する心の反映でしかないために、月日が経つに連れてだんだん冷めてくるものなのです。
しかし神の愛は、絶えることなく不変です。
それは、永遠にして神聖、無私のもですが、誰でもこれを理解できるというわけではありません。
人は自分達の欲望が満たされなければ、この愛を誤解し、神を非難さえします。17/7/97
ポニョ:晴れ間が出て来て、少し仕事がはかどって来たから、アクアポニックスのシステムも、全体像が見えて来たな。
ヨシオ:ババの降誕祭までには完成しそうやな。今まで、急ピッチでして来たから、少しテンポを落としてもええな。
ポニョ:このままのペースで進むと今月末ぐらいには、屋根は出来ていないけど、最初の野菜を植えることが出来るので、今からタネを蒔いて、芽を出さしておいた方が良いやろな。
ヨシオ:そうか、それは楽しみやな。実は、実験用の小さいシステムではプチトマトが大きくなっているし、大豆やほうれん草、レタスも育って来ている。でも、まだ鯉が小さいし、水温もそんなに高くないので食いつきも良くないし、ペーハーの値が高いんや。それに、雨水が直接、屋根から鯉のタンクに入るので、雨が多かった今年は、タンクが水で溢れそうになっている。
ポニョ:少し、システムを稼働さす前に、他のタンクに水を移し替えた方がええな。水が多すぎる割には、鯉が小さいし、数も少ないからペーハーの値が落ちないんや。弱酸性が鯉にも野菜にも一番ええねんけどな。それでは、今日もヴィジャヤサイ君の話に移ろか。おいらは、それが毎日楽しみになって来たんや。このヴィジャヤサイさんという学生さんは、とても面白いもんな。ババを笑わせようとして、バジャンの歌を変えるって聞いたことがない。ところで、どのソングに変えたんや。
ヨシオ:オームナモバガバテ バスデ〜バ〜ヤに変えたんや。そして、そのバジャンに突然変わったのでババは、少し驚かれ、シリアスな顔をして十秒間ぐらい我慢しておられたんやろな。でも突然、我慢しきれずに、吹き出して大笑いをされたんや。
ポニョ:神さんも、笑いを我慢しきれないことってあるんやな。
ヨシオこのヴィジャヤサイ君はとてもシンプルな青年で、シンプルな二つの欲望を持っていたんや。一つは、ババが講話をされる時に一度でいいから、ババの通訳をしたいのと、ババの車を運転したいという二つやねん。
ポニョ:めちゃシンプルな欲望やな。でも、普通の人には実現さすのが難しい欲望やな。
“神は一つの国や社会のために来られたわけではありません。
神がこの世に来られたのは、すべての人類のためです。
各自はそれぞれの欲望の程度に応じて神から得ることができます。
各自の行為に応じて、行為の果実を得ることができます。
それ故、何か事をなす前にそれが正しいか間違っているかを考えねばなりません。
その行為によって、誰かを傷つけることがないかどうかを検証しなくてはなりません。
これは肉体的な快楽に執着している者にとっては簡単なことではありません。
すべての苦悩は身体と世俗的な欲望に関係しているのです.8/1996p,218”
ヨシオ:それで、ある時、コダイカナルに行く途中、例のサイスクールのあるウーティに寄り、そこでババが講話をされることになったんや。でもアニールクマールさんは急用で家に帰られたので、誰か代わりに通訳をしたい人は、と聞かれたので、ヴィジャヤサイ君が名乗りを上げたんや。でも、彼の出身地の言葉はテルグ語ではないので、ババの講話を通訳しようと思っても難しかったんや。それで、ババがヴィジャヤサイ君が、少し困っているのに気がついて、ヴィジャヤサイ君が知っている話や詩を引用して、それらを中心に話されたんや。講話が終わってから、そこにいた人々がヴィジャヤサイ君がとても上手く通訳したので、感心してたんや。
ポニョ:でも本当は、ババがコントロールされてたんやな。でも、さすがババやな。どのようにして、ババがヴィジャヤサイ君が知っている話や詩を知っておられたのか、それは神さんしか出来ない芸当やな。それで、車の運転の方はどうなったんや。
ヨシオ:ババは、それはお前に任せられない。お前が運転したのを保険会社が知ると、保険がおりないって冗談を言われたんや。
ポニョ:学生やしな。まあ、それぐらい運転がまだ下手くそっていうわけやな。
ヨシオ:歌の話に戻るけど、ババがダルシャンの時にヴィジャヤサイ君の前を通り、今日、お前が歌ってスピーチもしろと合図を送られたんや。でも、ヴィジャヤサイ君は、その日、喉が腫れていて声が出なかったので、ババに喉を指差して、歌えないとジェスチャーをしたんや。するとババは二三回大きく手を回されて、大きなキャンディを物質化されて、ヴィジャヤサイ君に手渡され、噛み砕かずに舐めなさい。そうすれば、お前は今日歌えるって言われたんや。それで、大きなキャンディをしゃぶっていたんやけど、大き過ぎてなかなか全部溶けないので、もう五曲ぐらいバジャンが終わり、ババが次はお前の番だと合図を送られても、口の中のまだ溶けずに残っているキャンディを、口を開けてババに見せたりして、二人でアタフタしてたんやけど、やっと、演壇に立ててスピーチと、歌を終えることが出来たんや。それで、意気揚々と元の座っていた場所に座ろうと思ったら、後ろから、みんなが詰め寄って来ていて、ヴィジャヤサイ君の座るスペースが無くなっていたんや。仕方なく、少し離れたところにスペースを見つけて座っていると、ババがヴィジャヤサイ、もう一曲歌えと言われて、マイクが回って来たんやけど、座っている場所からは、ハーモニウムやタブラから遠くて聞き取りにくいんや。案の上、歌い始めたのは良いが、音を取るのが難しくて少し外れそうになったんや。でも、ババがミニシンバルの演奏を始められたので、群衆は大喜びで手拍子をして、曲を無事に歌い終わることが出来たんや。そして、周りの人々が、ヴィジャヤサイ君に、あんたが歌っている時にババが一緒にシンバルを演奏して下さった。なんてラッキーな奴だと言って、喜んでくれたんや。それで、ヴィジャヤサイ君はババに感謝しに行くと、ババは、お前が音を外しそうになったので、私が急いでシンバルを演奏したんだ。そうすれば、みんな私の方に集中して、お前の音が外れた歌に誰も気付かないからな。と言われたんや。
ポニョ:それって、感激もんやな。その、ヴィジャヤサイ君は俺も聞いたことがあるけど、とても歌も上手いし、話すのも上手やから、その名声が落ちるのを防ぐために、ババが自らシンバルを演奏する事によって、守られたんやな。帰依者を守るためなら、どんな事でもされる愛の化身や。
ヨシオ:しかも、ただ座って小さいシンバルを演奏されていたんではなく、椅子から立ち上がり、自ら身体を動かしながら、男性の方を向いたり、女性の方に身体を向けたりして大サービスをやったんやで。
ポニョ:帰依者を思うその優しい心。千の母の愛、汚れ無き、全き純粋の愛、その愛の塊であるババに愛してもらう人って、ババと同じく、純粋な愛の心を持っているんやろな。神様から、おいらもそんな風に愛してもらいたいぜよ。
ヨシオ:人がどれだけ神様を愛しているかは問題ではないんや。自分が神様からどれだけ愛してもらっているのかという方が大切なんや。というのも、後者はババの教えを実践している帰依者の証拠なんや。でないと、それだけの愛を神様からもらえない。
ポニョ:つまり、自分は神様を愛しています。と言っても、その神様がそうか。そんなに私の事を愛してくれているのか。では、私の帰依者だったら、少なくとも、私の四つのやってはいけない教えを守るのです。とババが言われても、いやそれは、自分には少し無理です。家内が菜食ではないので、家では肉を食べざるをえないし、タバコや酒、ビールをやめろって言われても、急には無理だし、ギャンブルも、会社の付き合いで、競馬や賭け麻雀やゴルフをしなくてはいけないし…。でも、あなたの事を愛しています。って言ってるようなもんやもんな。
ヨシオ:神さんは自分の言葉を無駄にはされない。いくらその人に教えを垂れても、聞く耳を持たず、それを実践するような人では無かったら、初めから、その人とは話すことなどされないんや。だから、先ほどから、言っているように、どれくらい自分が神様を愛しているかは、口先だけではなく、その人が神様の教えをどれくらい実践しているかによるんや。
ポニョ:そら、いくら口であなたを愛していますと言っても、神さんの言うことを守らなければ、その神さんをリスペクトしてない、と言う事は、実際は愛していないのんと一緒やもんな。
家で、お父さん、あなたのことをとても愛しているけれど、あなたの言うことを聞きませんので宜しくって言ったら、家から出て行けって言われるよな。
ヨシオ:この、ヴィジャヤサイさんのように、ババからとても大事にされている人って、もちろん前世から持っているもんも大きいけど、共通している点があるよな。それは神様を心から愛しておられて、子供のような純真な心を持っておられるな。そして、自分の良心の囁きが聞こえるんや。次に、紹介するエピソードは、本当に今言ったことを証明している話なんや。この話をラジオサイのプログラムで、聞き手の方に話しておられたんやけど、途中から聞き手の人が黙り込んで質問をしなくなったんや。プログラムの最後に、聞き手の人は話を聞いている間に、胸が熱くなって涙が出てきて話せなくなったと言っておられたな。
ポニョ:もったい付けんと、早よ話してや。イライラして来たぜよ。
ヨシオ:それは、コダイカナルでの事やったんや。ババが少しヴィジャヤサイさんを皆の前でからかわれたので、ヴィジャヤサイさんは少し傷ついて、部屋に戻って泣いていたんや。そして、泣きながら、以前ババのことを思ってもその愛が叶えられず、その悲しみを歌った歌を作った人がいて、その歌の一節を思い出して、泣きながら歌っていたんや。すると、自分の後ろで、自分が歌っている歌と同じ旋律だけれど歌詞を、神さんと一緒で楽しいよ、と変えて歌っている声がしたので、目の前にある鏡を見ると、ババが映っていたんや。ババが、後ろにそっと来て、傷ついて泣いているヴィジャヤサイさんの部屋に、わざわざ慰めに来られたんや。そして、ヴィジャヤサイさんが歌っていた歌の本当の意味はこうなんだよ。と言って、一行ごと、一節ごとに解説して教えて下さったんや。そして、その歌は、実は最後には神様と一緒だと分かって幸せだ、という歌詞で終わるという事を、教えてもらったんや。
“欲望とむさぼりを戒め、いつも満ち足りていて、神の愛を受け取ることが出来るように努めましょう。
ただ神様を愛しているだけでは足りません。
どうすれば神様から愛されるか。
どうすれば神の恵みを得られるか。
どうすれば“欲望とむさぼりを戒め、いつも満ち足りていて、神の愛を受け取ることが出来るように努めましょう。ただ神様を愛しているだけでは足りません。どうすれば神様から愛されるか。どうすれば神の恵みを得られるか。
どうすれば神の愛をじかに得られるか。
それを良く理解せねばなりません。
神は自分のものだと言って泣いたり叫んだりしても何もなりません。
おまえは私のものだと言ってもらうように願うべきです。SGc23”
“だれが創造主ですか?
あなたは自分の意志で生まれてくることができましたか?
いいえ、できませんでした。
それは神の意志です。
神があなたに体を授けました。
神への奉仕と神への崇拝に体を使い、体を神聖にすべきです。
世界に理想を示すべきです。
すべての人の平安と幸福のために働きなさい。
他の人にしてほしいことを、他の人にしなさい。
苦しみたくなければ、他の人の苦しみを和らげるよう努めなさい。
あなたの平安と幸福を他の人と分かち合いないなさい。
全ての人の幸福を祈りなさい。
ポニョ:ババの再降臨が近づいて来たぜよ。いろんな人に、ババがメッセージを送られているようや。ある人なんかは、夢の中で、プッタパルティのサマディの前に座って、ババに礼拝をしていたら、白い大理石にひび割れがし始め、それが大きく広がってきたと思ったら、目の前にババが立っておられたんや。年は六十を過ぎたぐらいの二十年以上も前のババの御姿やったらしい。
ヨシオ:そうか。俺たちだけではなく、いろんな人々がババからメッセージをもらってるんやな。ということはババが出て来られる時が近いな。
ポニョ:ある人の夢では、ババが、もうすぐしたら神聖劇が始まるよ。それを楽しんで見るんだよ。と言われた帰依者の人もいる。
ヨシオ:それは、楽しみやな。神聖劇か。確かにそうやもんな。幾人かの人々から、どうして記事をブログに載せないのか?とお叱りを受けてるけど、もうすぐしてババが再降臨されたら、日本、いや世界中の人たちが、この俺たちの記事を見るから別に今の時点でブログに記事を載せて、たくさんの人に見てもらう必要はないんや。それにもう充分、ババが帰って来るというメッセージや、グローバルエリートの陰謀を暴露した記事を発信して来たしな。それより、まだこうして余裕のある間に、出来るだけ、まだ余り知られていないサイの記事を、たくさんのアップするのが大切なんや。
ポニョ:とは言っても、熱心な方が、たくさん電子本を読みに来てくれておられるで。数あるBccksの本の中でも一二を争うぐらいの人気本になってる。
ヨシオ:それはありがたい話やな。いつも俺たちの拙文を読んで頂いているお方に本当に感謝いたします。では、今日もポニョが好きなヴィジャヤサイ君の話をしよか。
ポニョ:ハイ、待ってました。なんか、毎日二つか三つの話を聞かないと、夜、寝つきが悪くなって来たぜよ。ババの話を聞くのが癖になって来たのかな。
ヨシオ:ええ癖やないの。こうして、毎日、神様の話をしたり聞いたりしてると、心が浄化されるよな。ところでポニョは、ここんとこ、天気が悪かったので、外での肉体労働をしてなかったからやろ。だから少し太ってきたんと違うか。ババは、昼間にしっかり身体を動かして疲れたら、夜はよく寝れるって言っておられるからな。
ポニョ:今日は、バケツ八杯分しか砂利を運ばれなかったからな。でも、砂利を洗うのが大仕事やな。あんたがバケツの底に穴をいっぱい開けて、そのバケツに砂利を入れ、大きな水タンクにそれを浸したり出したりして洗うんやけど、水と砂利でが入っているバケツ一杯分で、三十kgはあるやろな。
ヨシオ:腰をいわしたらあかんから滑車を吊って、バケツが半分の重量になるようにしてるけど、まだ重いよな。でも、とてもええエクササイズやな。
ポニョ:もうすぐしたら、二人ともキン肉マンになってしまうな。というわけで、今日の話はどんな話やねん。
ヨシオ:太り過ぎたらあかんで。という話から入って行こか。実は、ヴィジャヤサイ君は巨漢なんや。ババは彼の事を脂肪がたくさん付いているので、ショックアブソーバーと呼んでいるんや。ある日、ババがヴィジャヤサイ君があまりに太って来ているので、君は、食べてばかりで全然エクササイズをしないから太り過ぎだ。私を見たまえ。昔から体重は108パウンドに、保っているんだ。ところで君の体重は、何キロなんだい。と聞かれたんや。
ポニョ:そんなに太っているから、この前の記事で、フードマントラをヴィジャヤサイ君が唱えている間に、甘いものをババがお皿から取っていかれたんか。
ヨシオ:ヴィジャヤサイ君は、ここしばらく体重を計っていないので、自分の体重を知らないんです。90キロぐらいかな。いや、95キロかもしれない。とか言っていたら、ババがわざわざ体重計を持って来られて、この上に立ってご覧。と言われたんや。ヴィジャヤサイ君は、本当は自分の体重を知りたくないので、渋々乗ったんやけど、片足を体重計から、半分ずらして体重計に全体重がかからないようにしたんや。すると、すかさずババが両足をきちんと体重計に乗せなさい。と言われたんや。
ポニョ:ほんまに、おもろい子やな、このヴィジャヤサイって子は。神さんの前でズルするか?
ヨシオ:仕方がないので、観念して体重計の数字を見たくないので、天井を見ながら乗ると、ババは、97キロもあるやないの。だから言ってるでしょう。食べてばかりで、運動をせず、いつも、体重を増やすことばかりしてるって。本当に良くない。と言って叱られたんや。
ポニョ:ババはまるで、本当のお母さんみたいやな。体重計まで持ってきて帰依者の健康の心配をされるって。本当に優しいよな。でも97キロはちょっと太り過ぎやな。ショックアブソーバーというあだ名が本当にピッタリやな。
ヨシオ:この、巨漢のヴィジャヤサイ君も入れて、三人ぐらいの学生がいつもババの追っかけをしていたんや。ババはいつも裸足だけど、時々何処かへ出かけられる時に、つっかけを履かれるんや。それで、いつそれを履かれるか分からないので、ヴィジャヤサイ君たちはいつも持って歩いていて、ババがそれを履かれそうになると、急いで持って来るんや。そういうふうに、いろんな機会を捉えて、ババの追っかけをしていたんやけど、ある日、ババの方に向かって数人で競争しながら走って行くと、勢い余ってババにぶつかってしまったんや。
ポニョ:それは危ないな。いくらヴィジャヤサイ君が脂肪が身体にたっぷり付いていて、ショックアブソーバーというあだ名でも、ババはとても小柄やからな。
ヨシオ:しかも、その時は、勢いよく走ってきたそのままのスピードで、ババに頭突きをしてしまったんや。それも周りの人達にも聞こえるぐらいの大きな、ゴンという音がしたんや。
ポニョ:なに〜!それは、ひどいやんか。そんな話、今まで聞いた事が無いで。可哀想にババさん。
ヨシオ:でもババは、何も言われずに、周りにいた学生たちが口を開けたまま、言葉もなく唖然としている中を、自分の部屋に入って行かれて戸をすぐ閉められたんや。
ポニョ:めちゃ、痛かったんやろな。ババはいつもそんな事故があっても、声を出されないんや。覚えてるか?マンディールの工事中に、高いところから落下されて、頭を打って血だらけになった話を。その時も、痛〜い。とかうわ〜とかという声を一言も出されずに、周りの人に自分を部屋に運ぶように言われて、鍵を中からかけてしばらくの間出て来られなかったで。
ヨシオ:そう言えばそんな事を記事にしたよな。その時は確か頭が割れて血だらけになるぐらいひどい怪我やったな。そして、しばらくしてババが部屋から出て来られたら、もう頭の傷口がきちんと縫合されていて、傷跡も半年前の傷のように完治してたんやったな。
そして同じように、今回も学生たちが心配そうに部屋の外で待っていたんや。そして、ババに思いっきり頭突きをしたヴィジャヤサイ君を皆が責めていたんや。ババが出て来られたら、めちゃ怒られるで。とか言って。すると、ババが何事も無かった様に出て来られて、ヴィジャヤサイ君に君、さっき私とゴッチンしたけど、君の頭は大丈夫ですか?と尋ねられたんや。ヴィジャヤサイ君は、僕は大丈夫だけど、ババ様はどうもありませんか。どうもすみませんでした。さっきは。たんこぶは出来てませんか?と心配そうに尋ねると、私は君の頭と違ってクッションがあるから大丈夫だよ。と答えられたんや。
ポニョ:アフロヘアがクッションになってたんか。そのコメントはババしか言えないコメントやな。こんな時でも笑いを取ろうとされるって、よっぽど性格がクールでないと出来ないで。本当はめちゃ痛いはずやで。自分の事より学生の事を心配されるって、流石に愛の化身やな。でも、アフロのクッションと、脂肪たっぷりのショックアブソーバーがぶつかっても大丈夫やなんて、シャレにもならないよな。
ヨシオ:ババはそのあと、ヴィジャヤサイ君に今度から気をつけなさいと注意されていたから、やっぱり痛かったと思うで。
ポニョ:そらそうやろ。ゴンって周りに聞こえるぐらいの音がしたんやもんな。
ヨシオ:また、学生たちがババに押し寄せたり、部屋にババが入られたりした時に、学生たちがババと一緒に入ろうと、急いでドアを閉めたり開けたりするので、ある日、ババが指をドアで挟まれた時があったんや。ババはいつも通り何も大きな声で叫んだりされないので、学生たちは、全然その事に気が付かなかったんやけど、後で、ひどく腫れてきたんや。半年後ぐらいに、その時の事を、冗談混じりで話されるんやけど、その時になって初めて、学生たちが事実を知るんや。ババは、ある学生の不注意で私が指をドアではさみ、指がひどく晴れた事を皆がその時に知ると、どうなるでしょうね?と言われたんや。
ポニョ:優しいな、こんなに優しいハートフルな神さんが、おいらの神さんなんやと思うと、嬉しくなって来るぜよ。そういや、ババが腰の骨を折った時も同じケースやな。学生がスツールの上に立って仕事をしているときに、ババがへやに入って来られてたので、その学生が緊張してスツールからひっくり返って落ち、鉄のスツールがババの腰に当たったのが原因やったんやけど、その話も随分後になって明かされたな。また、降誕祭で山車に乗っておられたんやけど、山車を運転していたドライバーが突然急ブレーキをかけたので、ババが手すりに付いている金具で深く腕を切り、血だらけになった事もある。でも、ババはそのまま何事もなかったようにパレードを終え、山車から下りられる時に、ローブから大量の血が滴り落ちているのを、誰かが双眼鏡で見つけて大騒ぎになったんや。
ヨシオ:そんな話もあったよな。ババご自身は神の化身で、人の姿を取ってこの世に来られているけれど、この世界に住んでいる七十億人の人間の中で、ただ一人、支払うべきカルマを持っていないんや。カルマを何も持っていないババが、そういう事故に遭ったりするのは、自分の身体を傷つけることによって、帰依者のカルマを取られたり、世界や地球のカルマを取られるんや。この広大な宇宙を創造されたババがされるどんな小さな事でも、実は大きな意味があるんや。俺がアシュラムでこんな話を聞いた事がある。ババが以前シャワーを浴びておられる時に、石鹸を踏んでひっくり返り、骨を折られたことがあるんや。ババは近くで心配している帰依者に、こうする事で一つ、世界の大きなカルマを取った。もうこれで、第三次世界大戦は無くなったよ。と言われたそうや。
私は賞賛も嘲笑も、尊敬も軽蔑も、怒りも幸福も、超越しています。
私には、徹頭徹尾、一つの属性があるのみです。
それは私の愛です。
私は私を憎む者をも愛します。
私は私に対する悪い宣伝に耽る人さえ愛します。
私は誰のことも敵とは見なしません。
すべての人は私のものです。
私は母親のように、皆さん全員に気を配っています。
私の愛は一人の母の愛ではありません。
私の愛は千人の母の愛です。
サイの愛は千人の母の愛です。
ひとえにその愛ゆえに、私は皆さんのあらゆる過ちを顧みず、前を見て歩んでいるのです。
誰かが過ちを犯したときはいつも、私は本人を呼び、声を高めてその人を正します。
ですが、私はその人に怒りを示すことはしません。
私は誰に対しても怒りはありません。
実際、私には怒りという感情はまったくありません。23/11/08
さあ皆さん、私のうちに、あなた自身を見なさい。
なぜなら私は、あなた方全ての内に私自身を見ているのだから。
あなたは、私の生命であり、私の息吹、私の魂…あなた方は皆、私の化身なのです。
私があなたを愛する時、私は自分自身を愛しているのです。
あなたが自分自身を愛する時、あなたは私を愛しているのです。
私は私自身でいられるように、私自身から私を分離したのです。
私は私自身でいられるように、私自身から私自身を分けて、この世の全てのものとなったのです。
私は私自身になりたかった。
私自身 、それは至福の化身、愛の化身…それが、本当の私であり、私はそれになりたかったのです。
どうすれば私は至福の化身、愛の化身になれるのでしょうか。
どうすれば至福を得て、それを与えることが出来るのでしょう。
私は誰に至福を与え、誰に愛を与えることが出来るのでしょうか。
それゆえ私はこのようなことをしたのです。
つまり、私は私自身から私を分かれさせて、この世の全てのものとなったのです。PD27
ポニョ:ババが降誕祭のパレードで、山車に乗っておられる時に、腕から血が吹き出していてたなんて誰も知らなかったやろな。
ヨシオ:ババは、タオルでその血を拭いたりされて人に分からないようにされていたんやけど、そのタオルは血が絞れるぐらいやったんや。
ポニョ:普通の人やったら失血になって、気絶してしまうやろな。それを最後まで誰にも気付かれずにパレードを終えられたんや。すごい感覚のコントロールやな。
ヨシオ:またある時にも、アメリカの帰依者がババがシャワーを浴びた後、髪の毛を乾かすのに便利だろうと思って、ドライヤーをプレゼントしたんや。早速それをババが使われていたんやけど、インドって停電になったりするやろ。それで、ドライヤーが停電で止まったんや。ババはドライヤーの熱い空気が出るところを覗いていたら、突然電気が通じてドライヤーが動き、ババの目を焼いて失明されたんやで。
ポニョ:なに〜!ババの片方の目は失明していたんけ?知らんかったな。
ヨシオ:ババは、周りの人が是非手術して下さいと、頼んでいたんやけど、一つの目だけでこの世界を見るには十分だ。と言われてそのままにしておられているんや。
ポニョ:でも、ドライヤーの吹き出し口を至近距離で覗くか?なんかおかしいで、それって。
ヨシオ:この前も言ったように、この地球上で人類は七十億人もいるけど、ババを除いては、その全員が何らかのカルマを持っているから、必然的にこの世に生まれ変わっているんや。でも、ババだけは、何のカルマも無く、人類やこの地球に生きとし生けるものの為に、人の姿を取ってこの地上に降臨されたんや。でも、帰依者のカルマを取るためや、地球のカルマ、例えば以前も言ったけど、ナラカという、太陽の周りを大きく楕円形の軌道に乗って回る小惑星を破壊されて地球を救われたり、国や地域が持っているカルマを破壊されることもある。そういう事の為に、自らの肉体を傷つけられる事はしょっちゅうされるんや。でも、決して誰々を助けるためにとか、何々のカルマを取るためにやられている、なんて言われないんや。例え言われても、その人の奥さんにに言われたりした事はあるけど、ほとんどの場合、誰の為に怪我や病気をされたか分からないんや。ババは、アヴァターがこうして地球に降臨して、全然ありがたく思わない事は罪だ。と言っておられたけど、本当にその通りなんや。実は、俺たちの見えない、知らないところで、大きな仕事をされているんや。ドライヤーの話にしても、ポニョの言った通り、突然止まったドライヤーの吹き出し口に、目を近付けるなんてとんでもない事やろ。誰もそんな事をしない。それに、百歩譲ってババが知らずに目を近づけたとしても、突然、熱風が出て来たら、普通は直ぐにドライヤーを手放すか、ドライヤーの角度を変えるやろ。それを目が焼けるまで、熱風を目に当てたままにするって尋常ではないやんか。
ポニョ:そうやな。普通やったら絶対そんな事をしないよな。とても不自然や。だから、誰かのカルマを取る為にわざとそうされたんか。それしか考えられないよな。今回は多分、この事を講話の中でアメリカの帰依者からもらったヘアドライヤー、と言っておられるから、アメリカという国が持っていたカルマを取られたかもしれないな。でも、そういうことを何も言われないって、ババさんらしいな。優しさの化身やもんな。
9年前のある日、私は頭を洗ったあとに髪を乾かしたいと思いました。
アメリカ人の医者の一人が私に愛を込めてヘアドライヤーをプレゼントしてくれたので、私はそれを使おうとしました。
そのとき停電になりました。
そして、私がちょうどドライヤーに目を近づけて見ていたときに電気が復旧しました。
その結果として、突如、熱風が私の目に当たり、網膜を傷つけたのです。
私は少しもうろたえませんでした。
この広い世界を見るにも片方の目で事足ります。5/7/03
ヨシオ:しかも、ほとんどの場合カルマを取ってもらった帰依者も、ババが自分のカルマを取って行かれた事に気づかないんや。
ポニョ:でも、死んで霊界に行ったら分かるやろ。死ななきゃ分からない、の世界やな。
ヨシオ:こういう風に直接、自分の身体に誰かのカルマを取り込む以外にも、ババは帰依者を救う為に、ありとあらゆる事をされるんや。昔、メキシコシティーで大地震があって、たくさんのビルが倒壊したんやけど、ある高層マンションも、隣のビルにぶつかって倒壊したんや。隣のビルはどうもなかったんやけど、倒壊した方のマンションには、たくさんの犠牲者が出たんや。そして、そのマンションの最上階にババの帰依者の家族が住んでいたんやけど、全ての家族が無傷やったんや。
ポニョ:どのようにしてそんな奇跡が起こったんや。不可能やろ。倒壊したビルの最上階に住んでいたのに。
ヨシオ:ところが、そのマンションが隣のビルにぶつかった瞬間に、最上階の部分だけがちぎれて、隣のビルの屋上に乗ったんや。
ポニョ:なに〜。それってダルマさん落としのゲームみたいやんか。ほら知ってるやろ。木のカナヅチで積み上げてある丸い木を下から一つずつ横から叩いて、取って行き、最後に一番上のダルマさんが下まで無事に降ろして行ったら勝ちなんや。
ヨシオ:あったな。そんなゲーム。俺もやったことがある。いつも途中でダルマさんが落っこちて、上手くいかなかったけどな。
ポニョ:それと一緒のことが起きたんやろな。神さんがダルマ落としゲームをされてたんやろな。他の階にいて犠牲になられた方には、申し訳ないけれど。
ヨシオ:たくさん亡くなったからな。ということで、今日もヴィジャヤサイ君の話をしよか。今日は鹿の話から始めよか。ポニョがホワイトフィールドでインタビューに呼ばれた時に、ゲートをくぐったところに、鹿が何頭かいるのを見たやろ。
ポニョ:うん。鹿だけやない。他にもウサギや小鳥のような色んな生き物がいて、さながらに、ミニ動物園みたいやったな。ババが、バナナをあげたりして面倒を見られておられんやろ。
ヨシオ:ある日、その中の一頭の鹿の目から、涙が流れ落ちているのをヴィジャヤサイ君が気付いたんや。それでババに、あの〜。スワミ、あの鹿が泣いていますけど、と言うと、ババは、彼の時間が残されていない。鹿としての生が終わりに近づいている。と言って、その鹿にバナナを食べさせていたんや。ババが言われた通り、その日の晩にその鹿は死んだんや。
ポニョ:以前、誰が、どのくらい生きるか、いつ死ぬか、もうその人が生まれる前から決まっているって記事にしたよな。その人が、不摂生しているから、寿命が短くなったとか言うけど、実は、その人が不摂生することも、すでに織り込み済みなんやって。生まれる前に、もうすでに自分の命日が決まっているのに、人は自分の死を恐れるって滑稽やな。
ヨシオ:ババは死を恐れるな。と言っておられる。その人が一生の間に何回、息を吸って吐くか、その人の生涯における心臓の鼓動数まで知っておられる。また、何度、その人が一生の間に嘘をつき、人を傷つけるか、また、何回、神のことを思って胸をときめかすのかも知っておられる。ポニョが言ったように、全ては神様によって織り込み済みの事なんや。だから本当は、ガンを宣告されて自分の死に直面しても、ジタバタする必要なんてないし、身内や友人の突然の死に接しても、全く泰然とした態度を取らないといけないんや。
ポニョ:そういう態度を取るって難しいよな。執着心って誰でも持っているから。でも、淡々と、飄々と、その人の行為は、まるで水の上に書いた字のように、書いては消えて行くように、スゥ〜っとクールに人生を送れば良いなって、以前も記事にしたことがあったな。
ヨシオ:ポニョはよく覚えているな。確かにその通りやな。神様に近い帰依者って、そういう人なんやろな。神の帰依者の神に対する思いって、神様を束縛するって言うやろ。神様は帰依者の召使になるって。俺は、それは一体どういう事なんかなと思っていたら、こんな話をヴィジャヤサイ君が言ってた。ダサラ祭の日に、プーナチャンドラホールに入りきれない程の人々が詰めかけていた時に、ババは、学生たちと一緒に緞帳が閉じられている舞台の上におられて、ダルシャンを与えようと椅子から立ち上がろうとされてたんや。でも、ヴィジャヤサイ君たち学生は、こんなにも近くババと一緒にいることが出来る機会は余り無いので、ババに、心からもう少し僕たちと一緒にここにいて下さい。とお願いしてたんや。ババは、ホールに集まっているたくさんの人々が、私が行かなかったらカエルになってしまう。つまり、ハスの花の近くにいながら、その蜜の味を味わえない。だから、今からホールで待っている人々にダルシャンを与えないといけないのだ。と言われたんや。でも、ヴィジャヤサイ君達が、もう少し僕たちと一緒にいて下さい。と頼むと、ババは、君たちのそうした祈り、願いがどれ程の力を持っているのか君たちは知らないだろう。私は、その君たちの純真な祈りの力によって、この椅子から立てないのだよ。と言って、そこに二十分近く座っておられた。ババは、少しだけダルシャンを与えたら、すぐに帰って来るので行かせて欲しいと、言われたんや。そして、ダルシャンを与えにカーテンを開けて人々の前に出て行かれると、ババをを待ちわびた人々がババが出て来られたのを見て、大きな拍手をしたんや。ババは、会場を一回りして舞台の上に戻って来られると、ヴィジャヤサイ君達に、彼らはカエルからミツバチになった。遠路遠くからやって来て、私の神聖な蜜を味わった。と言われたんや。
ポニョ:帰依者の神への祈りって、それほど神様を束縛出来るんやな。本当はすごい力を持っているんやな。だから、ババは心から神に祈りなさい。それは神に必ず届くから。と言われているんやな。
カルマを支払い、奉仕や霊性修行を行う上で、あなたは様々な困難に出合います。
しかし、それはあなたが生きているこの世界では自然なことです。
この世界には善と悪、喜びと悲しみ、光と影といったように二面性を持っています。
それらのことにあまり重きを置かないようにしなさい。
あなたに降りかかるものを、あなたの義務として神への祈りと共に受け入れることです。
そしてその結果については神の御手にゆだねなさい。SS11/1996
ヨシオ:俺も祈りの力って、このようなすごい力があるって知らなかったので、今度からしっかり祈るようにしようと心を新たにしたんや。あるオーストラリアから来たプアーな失業中の帰依者が、ババに何が望みだと聞かれて、毎日、札束を数えるのが仕事のような生活をしたいな。と言ったんや。すると、彼はオーストラリアに帰るとすぐに仕事が見つかり、毎日、銀行のカウンターで札束を数えている仕事をしてるんや。
ポニョ:なんやそれって。彼がババに言った意味は、毎日札束を数えるのが仕事になるぐらいリッチになりたい、っていう意味やろ。人の札束を数えてどうするんや。
ヨシオ:ババに祈ったり、お願いしたりする時は、正確な言葉で、きちんと意味が通じるように、正しいセンテンスで言わなければ、このようになってしまうんや。だって、神様の話されることは全て真理で、言霊そのものなんや。だから、その神様に何かお祈りや、お願いをする時は、言葉自体がマントラだと思って話さなくてはいけないんや。二年以上も失業中の俺の友達も、ババに、何か良い仕事を与えて下さいと頼んだんや。するとババは、四月に良い仕事があるから、その仕事をすれば良い人生が待っている。と言われたんで、四月になるのを心待ちにしていたんやけど、やがて五月になり六月を過ぎてしまっても、何の仕事も見つけられなかったんや。でも、その人は、正式な仕事に付くまで四月に開設されたサイババブックショップの奉仕をしていたんや。でも、ババが約束してくれた良い仕事に付けなかったので、失望して奉仕活動もやめてしまったんや。俺は、ババの言われた仕事って、今あんたがしている奉仕活動の事やで、と言ったんやけど、こんな事をしていたら金もなく結婚も出来ない。僕が望んでいたのは、高給がもらえるような仕事なんや。と言っていた。ババは世俗的な仕事など、何の興味もない。神の目から見たら、その帰依者が神に近づく為の仕事のみが、有益な仕事なんや。だから、その奉仕活動に身を捧げたら、必ず生活の面でも面倒見てくれるし、良いパートナーも必ず見つけてくれるんや。それが、神さんの帰依者に対する仕事、義務なんや。帰依者が神の方に一歩近づくと神様は十歩近づいて下さるんや。それが、真の帰依者と神様の関係なんや。
ポニョ:神様に自分のエゴや欲望を捧げずして、どうして神の方に近付いて行けるのか?それが問題や。
ヨシオ:なんで、それが問題やねん。ポニョは俺と居てたら、日本語が変になってきてるんと違うか。きちんと話さないと、変な望みを神様が叶えてくれはるで。
ポニョ:それは、論理的ではない。
ヨシオ:今度は宇宙大作戦のスポックか?ポニョと話していたら、こっちが精神分裂になりそうやな。
あなたが何をするにせよ、それはあなたの自己自身の満足の為であり、他の人の為ではありません。
そしてその自己とは神であることを理解しなさい。
あなたは人生という劇で自分の役をうまく演じなければなりません。
スワミが演出家であなたが俳優です。
願望成就を祈ってはなりません。
神と共に、そして神とのみ在るようにと祈りなさい。
そうすれば、他のすべてがあなたに与えられるでしょう。
常に謙虚で礼儀正しくありなさい。STPSp250
暑さと寒さ、損と得のように対立する様々なものは、他のすべてのものと同じように、それぞれが世の中に役立っています。
どんなものも目的があってこの世に生まれたのです。
そのすべてを、自分の人生のために、自分の成長の段階にふさわしく、正しく活かしていくことが大切なのです?SGc2
ポニョ:昨日の会話で少し疑問があるんやけど。帰依者が純粋な心で神様にお願い事をすると、神様でも帰依者に縛られるっていう話があったやろ。プーナチャンドラホールに何万人もの人がババを一目見ようと集まって来ているのに、あのヴィジャヤサイ君が、もう少しここにいて下さいって頼まれると、ババが少しの間ダルシャンに行かれずに舞台裏に留まっておられたよな。でもホールでは何万人もの人が来てくださいとお祈りされているんやろ。ババは一体どっちのお願いを聞けばええんやろか。
ヨシオ:それは、錆びた鉄と磁石の関係なんや。神様は磁石で、帰依者は鉄なんや。磁石は鉄をくっつけるやろ。でも、鉄が錆び付いてしまったら、磁石と言えどもくっつけることが出来ない。それと一緒で、あのヴィジャヤサイ君は錆が全然無い鉄なんや。だから、彼の願い事はストレートに神に届くんや。ところが、俺たちのように、多かれ少なかれ、欲望やエゴを持っていると、それは錆びた鉄のようなもので、神に届かないんや。
ポニョ:ということは、ホールに集まっている何万人もの人のお願いより、ヴィジャヤサイ君のお願いの方がババに届くって事なんか。
ラーマは100%純然たる磁石でした。
これがラーマがとてつもない弓を扱うことが出来た理由です。
シータもまた純然たる磁石でした。
磁石は錆びてほこりだらけであれば、一片の鉄も引き寄せません。
鉄片や鉄の棒も、長い間磁石にくっついていれば磁石になります。
これはヴェーダの詩節「ブラフマン知る者は、ついにはブラフマンになる」の意味するところです。
あなたは、人生という鉄は世俗の欲で錆させてはいけない、ということを理解しなくてはなりません。
さもなければ、人生は崩壊して終わってしまうことでしょう。STPS2p196
ヨシオ:だからババは、量より質やって言われてるんや。数人の目覚めた聖者のような人がいるだけで、世界を変えることが出来るんや。
ポニョその人たちの神に近い波動が、他の人たちの霊的波動を上げるんやろな。だから、ババは私は真の帰依者を探しているって言われているんやろうな。あんたが一番最初に、インドに行った時も、プーナチャンドラホールに何万人もの人がいるのに、あんたの願いを叶えてくれたんやったな。
ヨシオ:あれは、少し焦ったな。まさかあれだけ人がいるのに、俺の心の中を読まれて願いを聞いてくれるって、夢にも思わんかったな。それ以来、心の中にババがいつもいるって分かったから、悪いことを思ったり考えたり出来なくなったんや。あれからしばらくして、ババがホワイトフィールドにおられる時に行った時も、同じような体験をしたな。
ポニョ:ホワイトフィールドの話は、おいらも聞いたことがないな。いや、あるかな?ちょっと忘れたぜよ。
ヨシオ:あれは、ババがサマーコースで講話をされている時やったんや。カレッジの講堂の中で話されていて、俺はインドに着いたばかりやったんや。もちろん外から中の様子は見えないけど、拡声器で話されている事は聞けるんや。でも、俺は声だけではなく、お顔も見たいなと思い、講堂の周りをあちこち歩いて中の様子を見れる窓を探し出し、そこから覗いたんや。すると、ババが一生懸命話されているのが見えたんや。俺は、ババと会うのが久しぶりやったし、とてもお元気そうだったので、嬉しくなり、ババさん。お元気そうで何よりです。また、のこのこやって来ました。よろしくお願い致します。と挨拶をしたら、その瞬間、講話をストップされて、こちらを見られて手を上げられたんや。俺はまた、ババの邪魔をしてしまった。とちょっと後悔したけど、とても嬉しかったな。
ポニョ:おいらも、何回かホワイトフィールドのサマーコースの時に行ったけど、ダルシャンは有ってもインタビューは無かったな。近くのガラス工場の宿舎に泊まらしてもらって、歩いてダルシャンに行ってた。でも、ダルシャンに行っている間に、お猿が部屋に入って来て、荷物をすっかり荒らされたな。お猿はとてもやんちゃやけど、サイの学生さんたちは規律正しく振る舞っているので、見ていても気持ちがええよな。
ヨシオ:いつも、規律正しいというわけでもないんや。もちろん、俺たちの目から見たら素晴らしい学生さんばかりやけど、ババから見たら規律がなっていない、と言って叱られるんやで。以前紹介した、ウーティのサイババスクールの先生が、ババに、先生は生徒にどうすれば良いのですか?と聞かれたんや。するとババが、今何て言ったのですか?もう一度、しっかりとしたセンテンスで質問し直しなさい。と言われたんや。それで、ババ様、先生として、生徒を指導して行く上で、まず最初に何を一番注意しなくてはならないのですか?と聞き直すと、ババは、生徒が先生に正しいセンテンスできちんと質問をさすことを、教えなくてはなりません。とおっしゃったんや。
ポニョ:ババの基準はとても高いからな。いつも、100%完璧なものを望まれるもんな。
ヨシオ:ヴィジャヤサイ君も言ってたけど、ある時、ババがホワイトフィールドのカレッジに行かれた時、とても怒っておられたんや。規律がなってないって。それで、いつも学生たちに話しかけられたり、一緒になってリラックスされるんやけど、その時は十日間以上も誰にも話しかけられないし、学生たちに与えられるダルシャンも無かったし、講話もされないんや。その時、ヴィジャヤサイ君は、ホワイトフィールドのカレッジの講師をしていて、ババからこんな事を頼まれたんや。学生達は規律に欠けている。私は、そのような事を受け入れられない。君が私の代わりに学生たちに話をしてくれないか。規律はとても大事だというテーマで、と。それで、ヴィジャヤサイ君が学生たちの前で話を始めたんやけど、最近までヴィジャヤサイ君もそのホワイトフィールドの学生やったし、ババが一言も話されない時の学生たちの気持ちが自分の事のように分かるし、辛かったんや。でも、ババの言いつけに従わなくてはならないので、ババの前で、規律について話し始めたんや。でも、話がだんだんババは愛の化身だ。帰依者が心から許しを乞えば、どんな大きな過ちを犯しても許して下さるのだ。それに、ババは決してNoとは言われない。帰依者が心底からババに頼めばYesと言ってくれるのだ。と自分も泣きながら、ババに、あなたは、バターのようです。僕たち学生が、あなたに許しを乞い、心から間違いを悔い改めれば、あなたの心は溶け始めるでしょう。お願いです。黙ってないで、話して下さい。と言ったんや。それを聞いて、学生たちも全員、泣きながらババに神への賛歌を歌いもってお願いしたんや。ババは突然、想定外の成り行きにとても困惑されていた様子で、ヴィジャヤサイ君、一体これはどうなっているんだ。って顔でヴィジャヤサイ君の顔を見られていたんや。でも、しばらくしてから、皆に話し始められたんや。
あなたは、私の恩寵がなければ進歩することが出来ない、というかもしれません。
しかし私のハートはバターのように柔らかいとは言え、あなたの祈りにある程度の温かさがあるときにのみ初めて溶けるのです。
あなたが何らかの規律ある努力、何らかの霊性修行をするのでない限り、恩寵が注がれることはありません。
切実なる願いと、目標が達成できない苦悩こそが、私のハートを溶かす熱なのです。
これこそが恩寵を勝ち得る為の苦行なのです。SaiBaba&Psychiatrist
神はその人の受けるにふさわしい程度に応じて恩寵を授けます。
神は愛の権化です。
悪い属性は、神の恩寵を実感認識する事を防げます。
欠陥は人の方にあり、神が悪いのではありません。21/8/94
ポニョ:ババでも想定外の事があるんやな。面白い。でも、本当は、想定外も想定内の事なんやろな。だって、ババはヴィジャヤサイ君がそう言う事を言うだろうと想定して、話すように言われたんや。それがきっかけで、ババが学生を許そうと計画されてたんやで。多分。でも、そうだと分かっていても、実際その場面にいれば、おいらも泣いてしまうやろな。このヴィジャヤサイ君って本当にとても心が優しい感じの子やな。優しい子って言ってるけど、おいらより身体はごっついけどな。97キロやったっけ。
ヨシオ:でも、こんなでかい図体してても、ババの前で劇を披露する時は、主役になったりするんやで。アディシャンカラの物語を演じた時も、シャンカラチャリヤの役を演じたんや。ババは昔から演劇が大好きで、何度もヴィジャヤサイ君のリハーサルに来られて、振り付けとかに手を加えられるんや。
ポニョ:ババは小さい時から、歌やダンスが得意やもんな。ババのおじいさんも、ラーマヤーナの物語のお芝居をよく演じておられたよな。
ヨシオ:でも、ババの振り付けが、普通と違うのは、シャンカラチャリヤの歩き方は、そんなに早くなかったよ。もっと、こういうふうにして、シャンカラチャリアはゆっくり歩いてたから、そうするように、とかラーマが着ていた服はこんなんだった。とか、神様なのでその当時の事を何でも知っておられるんや。
ポニョ:そらそうやんかな。実際、時空を超えてその場におられたし、ババ御自身がラーマとかクリシュナやったから、役を付けるって言っても、めちゃリアリティがあってエキサイティングやろな。この場面では、ラーマはこのようにして弓を引いたんや。とか、クリシュナが手綱を引くときにはこうされてたんやとか、全部知っておられるもんな。
ヨシオ:ババはもちろんなんでも知っておられるけど、インドで、クリシュナは色男だ。だって水浴をしてるゴピーたちの服を盗って、何処かに隠した助兵衛野郎や、って話があるんやけど、ババは、あの時はクリシュナはまだ子供で、そんな色男とか助兵衛だとか言われても、何も知らんガキやったんやで。と言い訳されているのが可愛いいな。
ポニョ:後世で、無邪気な子供がやったことを誤解されたら、誰でも少し弁解したくなるよな。時空を超えて生きているものにとっては、その辺が辛いとこやろな。
ヨシオ:何が、時空を超えて生きているものにとっては、辛いや。神さんは、誤解されても何にも気にしてられないわ。それに、辛いことなんて何にも無いんや。お腹が空いても、誰かさんみたいにビービー言われないよ〜だ。
ポニョ:おいらはビービーなんて言う前に、お腹の中に食べ物を入れてるわ。でっかいダニに噛まれて血を吸われて、ビービー言ってる柄の悪いおっさんよりマシだよ〜だ。
あなたはマーヤーにより自分を体と同一視して『私』と言う。
しかし、それはあなたの本当の自己ではない。
あなたは体ではない。
自分と体を同一視している限り、あなたは個別の存在(ジーヴァ)のままだ。
いったんマーヤーから覚めれば、あなたはデーヴァ(至高の自己)と一体の存在となる。
それゆえ、体への執着を捨てよ。人間の体は人形のようなものだ。
しかしながら、人は体を道具に自分のあらゆるカルマ〔行為〕をなさねばならない。
人にはカルマをなすという権利があるのみだ。
全世界はカルマゆえに動き続けている。私はその宇宙劇の監督である。7/10/05
心は、身体の感覚器官と結びつかないうちは害を及ぼしません。
たとえて言えば、心は想念の劇場を持っているようなものです。
その劇場自体は何も害を与えません。
しかし、心が身体をそそのかして自分の劇場に連れて行くと、それが映画になり、登場人物になり、そしてそれを見て人は感情的になり、またそれがその人の概念になり、そして結局のところ人は平安を失います。
心を身体と結びつけさせてはいけません。
身体の感覚は、身体の保持に必要とすることのみに限定させておかねばなりません。
心も真理、集中、平安、愛、祝福といった五つの心の作用につなぎ止めておかねばなりません。
心をこのようにつなぎ止めることができれば、すべてはうまく進み人々は幸せで平安になれるのです。CWSSBp55
ポニョ:ババが、学生たちが規律が無いので、しばらくの間、無視されていたな。学生たちは、それがとても辛くて泣きながらバジャンを歌ったんやっけ。それは何の歌やったんや?
ヨシオ:オ〜マ〜 サイマ〜という曲や。聞いたことがあるやろ。
ポニョ:もちろんや。学生たちがいつも歌ってるやんかな。定番や。メロディもええし、おいらが好きな曲や。I keep feelingもええで。
ヨシオ:俺もその曲のメロディが好きやったから、日本語バジャンを作ったんや。確か…
♬神の御名、甘く、心溶かせる
唇にサイラム、まるで甘露のよう
It's a sweeter and sweeter as a days goes by
私の心、サイに溶け込む
My Sai and I, My Sai and I
サイと一つ、愛に溶け込む♬
こんな、歌詞やったな。この曲、よく家のバジャンで歌ったな。
ポニョ:あんたとこは、毎週ファミリーバジャンをやってるんやな。おいらも参加させてもらって楽しませてもらっているけど。
ヨシオ:ババの帰依者になって以来、一回も欠かした事がないな。みんながいない時も、一人で九曲歌うんや。また、何処かに出かけている時も、出かけ先で歌うんや。俺は、シヴァバジャンが好きやけどな。パワーもあるし、アップテンポやしな。歌ってても、なんかリズムに乗ってくるやんか。
バジャンにはとても大きな至福が伴います。
バジャンで体験する至福は他では体験できません。
それゆえ、バジャンを歌うことは不可欠です。
あなたのバジャンを誰かが聞いているかどうか、気をもむことはありません。
歌っていることの幸福感に集中しなさい。
たとえ誰も自分の歌うバジャンについて来なくても、がっかりしないように。
あなたは自分のために歌っているだけで良いのですから。1/1/08
ポニョ:そうやな。シヴァソングはリズムに乗りやすいよな。特にあんたみたいな、大きな声の人に合ってるな。パワーもあるし、ピッタリや。でもあんた、昔、日本にいる時にカラオケ通いをしてたんやろ。演歌みたいに小節を利かしてバジャンを歌ってるで。バジャンは演歌やないんやから…。カラオケで「花と龍」をよく歌ってたんやろ。
ヨシオ:どこから、「花と龍」が出て来るんや。でも、このヴィジャヤサイ君はとても歌が上手くて、最初にババの前で歌われた時に、ババはとても喜ばれたんや。どこでそんな歌を学んだんや、とかいろいろ聞かれておられたな。定番はクリシュナのソングやて言ってたな。
ポニョ:クリシュナの歌ってスローテンポで、心を入れて歌わないといけない曲が多いよな。玄人向きやな。
ヨシオ:ババは、長い歌詞がある歌より短いシンプルな歌をスイートに歌いなさい。そして、そのフレーズを繰り返しなさい、と言われたんや。
大勢の人がバジャンに参加しにここに来ています。
その人たちは皆、シュラッダー(固い信仰)とバクティ(信愛)をもっているのでしょうか?
その人たちは皆、ムクティ(解脱)を得るのでしょうか?
いいえ、まったくそのようなことはありません。
その全員の中で、祈りが神に届くであろう人はわずか十人にすぎません。
集団でのバジャンは、バジャンに参加している大勢の人の中で、せめて何人かの愛は神に届くであろうという願いをもとに催されました。
バジャンには、集団全体の神への愛を育むことも意図されています。
集団で歌う修行を始めたのはグル・ナーナクです。
「ずいぶん多くの人がいっしょに歌っていますが、神はそのすべてを聴いているのですか?」と誰かが尋ねると、ナーナクは「少なくとも一人か二人の愛が神に届くことは可能だ。
全員を守護するにはそれでこと足りる」と答えました。
だからこそ、私たちはサマシュティ・バジャン(地域での讃歌)を催すべきなのです。
サマシュティ(地域)はヴィヤシュティ(個人)で成り立っています。
多くの個人が集まってグループを作るとき、個人のプシュティ(力)は増します。
神はただの遊びで創造物を創造したのではありません。
神は創造物すべての一体性を明らかにするためにそれを行ったのです。
一体性は創造物の根底にある原理です。
一体性には、すべてに内在する愛の原理を促進することが意図されています。1/5/08
ポニョ:そうやな。時々、ヒンドゥ語の長いバジャンは着いて行きにくくて壁壁するよな。
ヨシオ:そして、ヴィジャヤサイ君が、とても歌や話すことに才能があるので、バジャンを歌って人々を楽しませなさい。それが君の奉仕だ、と言われたんや。
ポニョ:それだけ、才能があるっていうのは、前世で音楽家やったかもしれないな。
ヨシオ:多分そうやろな。俺の末っ子も、前世は俺の親父やったんやけど、ギターが上手かったんや。最近亡くなった山口淑子、別名、李香蘭の楽団に入るためのオーディションに呼ばれて行ったけどんや落ちて帰って来たってお袋が言ってたな。それで、俺の末っ子が初めてギターを見た時、目が輝いていて、ギターを持ったまま離しよれへんねん。誰も教えてないのに一人でギターばかり弾いてたな。音感も抜群やし。
ポニョ:親父が生まれ変わって息子になるって面白いよな。
ヨシオ:それも、前世では九人兄弟の長男やったんやけど、今回は末っ子やから、思いっきりみんなに甘えとるな。みんなから世話してもらって、楽ばっかりしとるで。
ポニョ:長男が末っ子になるって面白いよな。カルマの法則ってそういうふうに働くんやな。歌も上手いねんやろ。
ヨシオ:ギターも上手いし歌も上手いな。
ポニョ:おいらは、バジャンを歌っていても、時々音を外すけどな。時々、バジャン会に出かけても下手なリードシンガーが歌うバジャンには着いて行くのが嫌になるよな。
ヨシオ:ババはそういう音を外したりリズム感が無い人は、公共の場で歌わず、風呂場で歌いなさい。リードシンガーとして歌ったらダメやと言ってられるな。
ポニョ:はっきりとした指示やな。
ヨシオ:でも、歌の上手いヴィジャヤサイ君にも、その歌はもう公共の場で歌うなって言われたことがあるんやで。
ポニョ:ババはいつもパーフェクトを要求されるからな。
ヨシオ:その歌は、ヴィジャヤサイ君が初めて歌う歌やったんや。それで、タブラプレーヤーとリズムが合わずに、タブラプレーヤーの人にそのことを言おうとしていたら、持っていた歌詞を書いた紙が、風で吹き飛ばされて、歌詞が分からなくなってしまい適当に歌ったんや。するとババがその歌は、もう公共の場で歌うなって言われたんや。でもババは、本人に直接言うと傷つくのでヴィジャヤサイ君に言わしてたな。
ポニョ:それって、なんかええかっこしい見たいやな。
ヨシオ:そうしないと、神の化身自らがその人に、あんたは音痴やから歌ったらいかん、なんて言うと傷つくで。ある日、ババがバジャンコーディネーターのヴィジャヤサイ君に、あの学生にリードシンガーをやらしてはいけないと言われたんや。それで、バジャンの前にその学生にそれを告げたんや。もちろんババからの指示やなんて言ってないんや。でも、バジャンセッションの時に、その学生がババに自分も歌ってもいいのか直接聞くと、ババは歌いなさい。と言われたんや。その学生は喜んで、ヴィジャヤサイ君にその事を告げたんや。ヴィジャヤサイ君は驚いてババの方を見るとババは、その学生に歌わすなというサインを出したんや。それで、今日は遠慮して下さいと、その学生に言うと、ババは歌っても良いと言われたんや。それで、もう一度ババの方を見ると、ダメだというサインを出されたので、その学生にダメですと言って歌わせなかったんや。それで、バジャンセッションが終わってから、みんなから、お前は神であるババがお許しになっているのに、お前の了見でその学生に歌わさないって、なんと大きなエゴを持っているんやと、批判されたんや。ヴィジャヤサイ君は、あの時はとても困った。自分にとって大きなテストやったな、と言ってたな。
ポニョ:それは、困るよな。でもババがヴィジャヤサイ君に言われたことを守らなければいけないし、その学生は直接ババから歌っても良い、という許可をもらっているし、おいらがそんな状況に置かれたら、ババに一体どっちやねんハッキリしてくれないと困るやんか。と大きな声でみんなの前で聞くやろな。
ヨシオ:ポニョはいつも、ストレートやから絶対にこういう事をババは頼まれないやろな。
ポニョ:だって、神の化身に、あんたは音痴やから歌うな、と言われて、自分では音痴ではないと思っていても、神の耳で聞いたら音痴に聞こえるのか。そうか、もっと精進しよう。と思うだけやんか。なんでババに直接言われて傷つくか分からん。それこそが、大きなエゴやんか。
ヨシオ:もちろんそうやけど、全ての人が、ポニョみたいにシンプルに生きていないんや。だからババは、その人を傷つけないようにいつも考えて行動をされるんや。
ポニョ:でも、最初に言ったけど、どうして学生たちに規律がないと言われて、10日以上も話されないんや。それって学生たちが傷つくで。それに、ババのところに行って、可愛がってもらった人は誰でも体験するけど、ババが一定程度、注意を向けられた人は、少ししてからと言っても、人によって違うけど、ババに無視されるケースがたくさんあるで。それって、人を傷つけているんと違うんか。
ヨシオ:もちろん、ババに無視されるって、とても辛い事やろうけど、ババはその人のために良かれと思って無視してられるんや。だって、いつまで経っても肉体のババが神であると思うのは、霊的には、まだ幼稚園のレベルなんや。だから、肉体をとっている神を信仰するレベルから、一段上のレベルに行ってもらおうとされて、そういう行為をされるんや。
ポニョ:そうか。心の中にいるババに目を向けれるように、肉体のババがその人を無視するんやな。
ヨシオ:それに、学生たちを無視されて悲しませているけど、本当はババの方が学生たちと交流出来なくて、もっと悲しんでおられるんやで。
ポニョ:そうなんやろな。
ヨシオ:ババがされたり、言われたりする事は、一点のエゴや欲望の陰りがないんや。全ては、その人のために良かれと思ってされるんや。ヴィジャヤサイ君が、歌い手として、そしてスピーカーとしてとても重宝されていたので、ヴィジャヤサイ君も連れて行くことにしたんやけど、ヴィジャヤサイ君は、ババが行かれないところに断固として行かない。ババの元から離れないと言い張ったので、みんなはヴィジャヤサイ君を説得するようにババに頼んだんや。ヴィジャヤサイ君は、僕の才能はババの為にだけ使いたいんです。ババだけを喜ばせたいので、こうして歌を歌ったりしてるんです。ババ以外の誰かを喜ばすために歌いたくありません。と言って動こうとしなかったんやけれど、ババが、私を信じなさい。私の言うことを聞くと、きっと、いい事があるよ。それを信じるのです。と言われたんや。それで、仕方なしに行ったんや。しばらくしてババが、私の部屋に来なさい。そして、私のベッドの足元で寝ても良い、という許可を出して下さったんや。
それは、全ての学生たちが夢に見るような特権やったんや。
人は神の恩寵という助けによって、人生において何でも成就することができます。
絶対的な信仰心をもって神の課すあらゆる試練に立ち向かい、自分の義務を果たすなら、必ず成功します。
皆さんは海外の帰依者の信仰の深さを知っていますか?
海外の帰依者の多くは、プッタパルティに来て、小さな宿舎で暮らします。
それでも、とても幸せです。
ひるむことのない信仰心の結果であるその幸福感を表現することは、だれにも不可能です。
もし、あなたにそのような神への強い信仰心があったなら、あなたがどこにいようとも神はあなたの面倒を見るでしょう。22/8/07
ポニョ:ヴィジャヤサイ君は、ババの近くにいつもいるから、ハッピーやろな。
ヨシオ:でもババは、神の化身の肉体の近くにいても、悲しみが待っている。自分のハートの中にいるスワミをいつも、感じないといけないと言っておられる。だって、その時は一緒でも、しばらくしたら離ればなれになるやろ。
ポニョ:それって、よく言われていることやけど、なかなか難しいよな。身近な例で言えば、恋人同士が何処かで会ってデートをしていても、お互いの家へ帰る時が来る。また、恋人が出張で何週間も離ればなれになる時だってある。そんな時に、その恋人のことを心に思い浮かべて、話しかけても虚しいだけやもんな。
ヨシオ:ところが、神さんの場合は、本当に心の中で会話も出来るし、その存在を実感出来るんや。場合によっては、神さんはその人の前に、姿を現されることだってあるんや。
ポニョ:そういや、星やんが夕陽ケ丘の図書館の地下に続く階段の踊り場で、どうしてこの世の中はこんなにひどいんや。神様がサイババさんとして降臨されたのに、嘘や虚偽ばかりまかり通っている、と言って泣いていたら階段の上の方から誰かが降りてくる足音がして、誰かなと思ってみると、ババやったんや。それで、「ババ〜」と言って御足に触れて挨拶をしたら、「ババは幸せでいなさい。幸せでいなさい。」と何回か言われてから消えられた。と言ってたな。そして、その時に現れたババは、星やんがいつも持ち歩いている、ババの写真の姿と全く一緒やったって言ってたな。
ヨシオ:そう言えば、そんな事を言ってたな。夕陽ケ丘図書館か。そこに確かS夫人達もいて、その時にババが言われた言葉を元にして、バジャンを作られたんやったな。確か「故郷」のメロディーで歌うんやったな。こんな歌詞やった。
♫幸せでいなさい。
幸せでいなさい。
苦しい時も、悲しい時も、微笑みを浮かべて♫
ポニョ:おいらも、夕陽ヶ丘図書館に自習しによく行ったな。ちょうど上町台地にあって、裏道を行くと階段だらけの細い坂道ばっかりやったな。そんなとこにババが出て来られたんか。面白い。神さんは、その信者が心に抱いている御姿を取って出て来られるからな。つまり、自分がイメージしてる神さんの姿を取られるんやったな。ラッキーな奴やったな、星やんは。おいらはそこに勉強に行くだけやったけどな。たまに、デートをしてる奴もおったな。それで勉強が終わると、図書館の近くの神社に続く沿道に、美味しいそば屋さんがあって、そこに行ったことがあるぜよ。
ヨシオ:また食べもんの話か。ババは、ヴィジャヤサイ君に、神様の身体に執着するのは構わないけど、君の中にいつもいる私を見つけなさいと言われたんや。つまり、肉体を超えたところにいる私を見つけなさいということや。帰依心って、この世の物事への執着、神の身体へ執着することも含めて、自由になれば、どんどん育って行くもんなんや。
この世の愛は一時のものです。それは愛とは呼べません。
本当の愛は不滅です。
そのような愛を育てるべきです。
肉体は成長し衰えます。
一体どうやってそれを実在するものと見なすことができるでしょうか?
実際には、この世にあるものはすべて現実には存在していません。
迷妄の原因は肉体への執着です。
それゆえ、徐々に肉体への執着を減らしていきなさい。
これは、皆さんが始めなければならない一番大切なサーダナ(霊性修行)です。
ポニョ:そういや、ババはこんな事を言ってられるな。帰依というのは、ホテルに宿泊してチェックアウトするようなもんやって。というのも、そのホテルに投宿しても、チェックアウトする時には、そのホテルの部屋の備品を持って帰れないやろ。だってそれらは全て、そのホテルのもんやから。自分のもんて何も無いやんか。と言っても、おいらの嫁さんは、いつも石鹸とかミニシャンプーを持って帰りよるけどな。この小さい石鹸が便利なんやとか言って。
ヨシオ:つまり、ポニョが言いたいのは、この世に生まれて死ぬまでの間、自分のものは何にも無い。全ては神さんの持ち物で、自分が死んでもあの世に持って行けるもの何て無い、ということやな。だから、全てが神だって事を気付くのが帰依だってことを言いたいんやろ。
ポニョ:まあそういう事やな。帰依者がインドに行って帰って来ると、インタビューもらえたかとか、とすぐに聞いてくる人がいるけど、本当はババに会って、ハートの中のババに少しでも近付けるようになったか?と聞くのが本当やけどな。インタビューってインナービューの為にあるんやから。
ヨシオ:ポニョは今日、なんか、冴えてるやんか。夕陽ヶ丘図書館の話が出たからか?インタビュー フォー インナービューか。そういやババは、肉体的に私に近いのは重要ではない。Seek me within yourselfと言っておられる。そうすると私自身が、君に近くて親しい存在になるといわれた。
ポニョ:Near and Dearやな。でも、ババの近くにいると、いろんなことが経験出来て面白いやろな。
ヨシオ:ババは学生たちに、周りにいる人達が席を外したり、いない時を見計らって、その人たちのモノマネをされて笑わせるんや。声色を真似たり、くせを真似たり、動作を真似るんや。学生たちはそれを見て大笑いするんやて。
ポニョ:めちゃひょうきんやな。
ヨシオ:でも、ババは規律に厳しいので、気が抜けないんや。ヴィジャヤサイ君はダルシャンの時は、歌手だから一番前列に座るんやけど、そこから女性の席の方も見えるんや。ヴィジャヤサイ君がババと目が合った時に微笑むと、ババは私に頬笑みかけてはいけません。女性たちには、君が彼女たちに微笑みかけているように見えるから、と言われたんや。
ポニョ:それは、ちょっと苦しいな。
ヨシオ:ババは西洋の社会ではそのようにして、異性の気を引くけど、それは良くないって言われている。
西洋社会では、男が女を見つめ、女が男を見つめ返すことによって、両者の関係を築くという悪い習慣があります。
このような習慣は動物的なのです。
これは又、悪魔的な習慣へと発展していきます。
このような傾向は若い男女の間に見られます。
あなたが、最初にやるべきことは、目で何を見るのかをコントロールしなさい。
他の人を邪悪な目で見るよりも、視力を全く失った方がましなのです。SSN秋1984
ヨシオ:アシュラムの中でも、お姉さんと偶然会って立ち話をしていた学生に、ババは、君たちが姉弟と知らない周りの人々が、君たち二人が通りの真ん中で立ち話をしているのを見たらなんて思うだろう。たとえ姉弟でも、公衆の面前で立ち話をしてはいけない。と言われたんやで。
ポニョ:めちゃストリクトやな。でも、ババが言われたように、知らん人が二人を見たら、サイの学生が女の子と道の真ん中で、イチャイチャしとるって思うやろな。
ヨシオ:また、こんな事もあった。ヴィジャヤサイ君が舞台裏にいてた時、ババがちょうど講話をされていたんや。その時、ヴィジャヤサイ君は全然ババの講話を聞いていなかったんや。ババが講話を終わり、舞台裏に戻って来られた時に、ヴィジャヤサイ君に今日の講話はどうだったと聞かれたんや。その目は、私は知っている。君は全然講話を聞いていなかったね。という目だったんや。
ポニョ:それも、苦しいよな。全部お見通しやもんな。
ヨシオ:このようにババと肉体的に近いと、いつも気を抜けないんや。少しの嘘でもすぐに分かるし、心の中まで、ガラスのショウケースを見ているみたいにお見通しやしから、その心の中の良からぬ動きを読んで叱られたりするので、欲望やエゴをたくさん持っている人は、絶対にババの近くで生活出来ないんや。
ポニョ:心の動きまで読まれたら、普通の人やったら、どうしてババが突然、怒っておられるか分からんもんな。
ヨシオ:また、フェスティバルの時には、帰依者がたくさんやって来るので、ババの神聖なエネルギーが溜まり始めるんや。それで、知らずにババに触れるとひどい電気ショックを受ける時もあるんや。もちろん、ババはその前に警告されるけどな。
ポニョ:そういや、昔、ヴィジャヤクマーリさんたちに、ババがご自分の第三の目を見せられた時も、身体に触れてはいけない。ショックを受けるからと警告されたよな。それでも、興奮してババに触れた人は、気を失ってしまったよな。あの時も全身に電気ショックを感じたと言ってられたな。
何千という帰依者がこのマンディールに集まるために、莫大な量の磁力がここに集積しています。
それが益々信者が絶え間無く流れ込んでくるために、輝きを増して光り輝いています。
マンディール自体は何も特別な力を持っていませんが、帰依者、一人ひとりの磁力が外に影響を及ぼしているのです。13/3/02
私の体内でリンガムの形成を容易にするために、私の身体は強力な磁力と化しました。
そのため私はこの三日間歩行が困難でした。
私の身体の磁力のために足が地面にくっついてしまったからです。
また私が触ったものすべてが、私の手にくっついてしまいました。
私の全身が磁気を帯びたのでそれはもっともなことです。
このような引力は誰もが体験出来るものではありません。
こうした極めて強力な磁力は神だけが持っているものです。
これらのことを万人に明かすことは出来ません。
神聖な磁力は全ての人の内にありますが、人には一定の限界があります。13/3/02
ヨシオ:特に、霊的なパワーは髪の毛に溜まるんや。だから、インタビュールームでババの近くに座った人が、ババの髪の毛に触れようとすると、ババは許可を得てから触れなさい。と言われる時がある。
ポニョ:散髪屋さんも、常に人の髪の毛を触ったり、切ったりするので、その人の霊力を自分に取り込んだりしてしまうんやろな。髪の毛を切ると、その切った毛の先からオーラが出てるのを、キルリアン写真で見たことがあるな。その切った毛から出ている霊力に触れると、その霊力を自分に取り入れたりするんやろな。だから、髪の毛を切るリアン写真っていうのか。
ヨシオ:そんなわけが無いやろ。というポニョのレベルの低いダジャレのオチが付いたところで、今回でヴィジャヤサイ君の話を終わりにしたいと思います。
ポニョ:なんやもう終わりか。もっと聞きたかったな。楽しみにしてたのに。
ヨシオ:それじゃ最後に、こんなエピソードを紹介して終わりにしよか。ある時、ボンベイ、今のムンバイからヴィジャヤサイ君の知り合いのグループが、ババに会いに来ることになっていたんや。それでババは、何人ぐらい来るのかヴィジャヤサイ君に尋ねたんや。ヴィジャヤサイ君は、二十人です。と答えると、ババは違うやろ。もう一度確認してご覧と言われたので、名簿を数え直すと、やはり二十人やったんで、ババに二十人でした、と答えたんや。すると、ババはいや、どのグループにも私がいるんや。私を数えていないだろう。と言われたんで、ヴィジャヤサイ君は、失礼しました。ババはどこにでもおられるのを、忘れていました。すみません。二十一人でした。と答えたんや。ババは、よろしい。と言われたんやけど、次の日に君のグループは何人ぐらいなんや?と同じことを聞かれたんや。ヴィジャヤサイ君は、昨日ミステイクしたので、今日は大丈夫だ、間違わないぞ。と胸を張って、ババを入れて二十一人です。と答えたんや。するとババはいや違う。私はそのグループの一人ひとりの中にいるんだよ。だから、四十人だ。と言われたんや。ヴィジャヤサイ君は、そう言われればそうだったと気づいたんや。いよいよ、彼らが到着したので、ババに報告すると、ババは全部で何人だ。と聞かれたんや。ヴィジャヤサイ君は、今度こそ絶対間違わないように、四十人です。というのも、一人ひとりの中にあなたがおられるからです。と答えたんや。するとババは、いや違う。全ては、私だ。私しかいないので、実は一人だけなのだ。と言われたんや。
ポニョ:すごい、哲学問答みたいやな。二元論から条件付き一元論、そして不二一元論へとババの答えが飛躍して行ったぜよ。
ヨシオ:その人の霊的レベルに応じて、ババの答えも変わって来るんや。でも、ポニョが言ったように、二元論、つまり自分とババの関係から、ババが自分の中にいると気付く、条件付き一元論、そして最後には全てが神だと悟る、不二一元の世界へ、全ての人が歩んで行かねばならないんや。
ポニョ:それが、霊的進化の過程やもんな。ところで、おいらはどの辺の過程を歩んでいるんやろか。多分、食べ物と私という二元論のところを、行ったり来たりしているんやろな。情けないよなそれって。
ヨシオ:自分で分かってるんやったら、もうちょっと節制したらどうやねん。ポニョは大体食べ過ぎや。
二元論の根っ子には欲望があります。
欲望が生じるのは自分と他のものという思いがあるからです。
欲望を持つ者と、欲望の対象物は異なる二者であるとの観念があります。
しかし真の不二一元論は主体と客体が一体となることにより、二者の分離がなくなると説きます。8/9/96
信愛は二元的です。神と神を愛する人がいます。
帰依者は神がいなければ価値はありません。
同様に神も帰依者と結びついています。
帰依者と神をつないでいるのが信愛です。
一方、全託は不二一元です。
ひとたび神に全託したなら、あなたはもはや自分自身のためには存在しません。
自分自身のものと呼べるものは何も無くなるのです。
自分自身を完全に神に全託している帰依者は、自分を神と別個の存在だとは考えないのです。
これが真の全託であり、不二一元の精神なのです。STPSp272
砂糖から離れて甘さだけを、太陽から離れて光だけを見ることは可能だろうか。
神には霊と物質という二つの特徴がありますが、実はそれらは一つなのです。
神の本質は公に現れず、また逆に人々の目の前にあるのにも関わらず、それはただ各々の体験によってのみ知ることが出来ます。
あなたが砂糖の甘みを味わうように。
神が単に意思することによって宇宙が神を包み込みました。
この神という唯一の存在が、普遍なるものと個なるものの基本であり、全体であるとともにその部分でもあるのです。顕現された全体としての宇宙、言い換えれば充満性は、目に見えない実在から生じましたが、それらは少しも減少することはないのです。真善美p148
ポニョ:昨日の記事で面白かったんは、神を思えばその人がいつも親しんでいる姿で、神が出てこられるってとこや。
ヨシオ:人の想像力ってとても、重要なんや。というのも、すごいパワーを持っているんや。以前にも記事にしたけど、想念の力って、磁力の一種で、想念の波動とも呼ばれているけれど、神様は、その俺たちが持っているのと同じ想念の力を使って、この広大な宇宙を創造されたんや。
ポニョ:この、広大な宇宙を想念の力だけで創られるって、本当にすごいパワーやな。
ヨシオ:だからババはいつも、思っていることと、話す事、そしてそれを為す事が一つにならないといけない、とおっしゃってるんや。それらが、バラバラになると、思いと言葉が繋がらなくなり、想念の力も、言葉の力も失くしてしまうんや。
ポニョ:ということは、想念のパワーを失うと同時に、言葉の力、つまり言霊では無くなってしまうんや。
ヨシオ:いつも、真理のみを話していると、自然に言葉にパワーが付いてくるんや。つまり、言ったことがその通りになるんや。それが、今ポニョが言った言霊な訳や。
ポニョ:以前に、パンダヴァーズの妻であったドロウパティが、髪の毛を掴まれて引き回されて辱めを受けた時に、この髪の毛をお前の血で洗うまで、決して束ねたりしないと言った時、そこにいた武将たちは恐れおののいたって話をしたよな。
ヨシオ:そうやったな。ドロウパティは、それまで、一回も嘘を言ったことがなかったので、彼女が発する言葉は、全て実現するんや。だから、ドロウパティが恨みを持って言った呪いの言葉が、将来実現するのは間違いないので、みんな恐れおののいたんや。
小さな子供でさえ眼鏡をかけ、若い人々が毛を染め、多くの人々が入れ歯をするというこれらの理由は、現代における家庭の雰囲気が、虚偽に満ちていて真理から程遠く、心配事やねたみ心がいっぱいで、人々は何事にも満足できず、高慢で見せびらかしや嘘や欺瞞に満ちているためである。
このような腐敗した環境の中で育った者は病気になってあたりまえである。
もし人々が満ち足りた平安の香ばしい香りのする家庭で育ったならば、そこに住んでいる人は幸せで健康であるはずです。
そういう意味で、年長者は次世代者のために大きな責任を負っているのです。SSvol6p89
ポニョ:だから、あんたの子供達が嘘を言ったら、あんたが24時間断食して、嘘を絶対言わない子供に育てたんか。
ヨシオ:そうなんや。どんな状況の元でも真実だけを話す、という生き方は、人に利用されたり、騙されたり、ペテンにあったりするかもしれないけれど、たとえそういう被害にあったとしても、霊的に見たら、真理を堅持する方が結果的にはええんや。
ポニョ:そら、嘘を言ってその場を取り繕っても、その分、その人の霊力は削られてしまい、霊的なレベルも下に落ちて行くもんな。
ヨシオ:いつも、真実を守って行きているか?常に真理を口にしているか?神の御名を唱えているか?全ての生きとし生けるものを愛しているか?といったことを守って生きていけば、心の純粋性が保たれるし、よりピュアになって行けるんや。
ポニョ:でもいくら真実でも、それを言うことによって人を傷つけたらいかんしな。
ヨシオ:ババは、人を不快にさすようだったら、真実であっても口に出してはいけないとおっしゃっている。
ポニョ:ハイ、そこの不具のお兄さん。足が一本短いですね。ヨタヨタと身体を揺すって歩かれていますね。このクソ暑い日に大変やけど頑張って歩いてね。汗だらけやね。そら、そんなに身体を揺すって歩いたら汗もかくよな。義足とかしはったらええのに。でも、その身なりではお金を持っていないようやね。お互い、貧乏人は辛いよな。それでは、またね。なんて真実しか言ってなくても、その人にぶっ飛ばされるやろな。
ヨシオ:それって、嫌味やないか。誰でも頭くるで。そんなん言われたら。
ポニョ:おいらも、自分で適当に言ってたけど、自分で話してて腹が立ってきたぜよ。
ヨシオ:当たり前やないか。さっきの話の中で、ババは想念の力でこの世界や宇宙を創られた、って言ってたけど、こんな面白い話をされたんや。それは、バスの中で学生たちに言われたんや。私がいろんな物を物質化しているけれど、その秘密を教えてあげようか?って。
ポニョ:それって、おいらがめちゃ知りたい事やぜよ。早く、言ってクレマハーデーバーヤ、ナマハ。
ヨシオ:なんやねん。最後のナマハとかいうのんは。
ポニョ:ちょっと興奮したから、ルッドラムの一節が思わず出て来たんや。
ヨシオ:ポニョの言葉が、一瞬、言霊に聞こえたからびっくりした。
ポニョもうどうでもええコメントはやめて、早く言いなさい。
ヨシオ:ババはこの世界で、物質化する方法は三つある。と言われたんや。一つ目は誰でも知っている方法や。例えば指輪を物質化しようとすれば、彫金師に頼めば自分の好みの指輪を作ってくれる。
ポニョ:当たり前の話をするなよ。なんかイライラして来たぜよ。それで、二つ目は何でっか。
ヨシオ:二つ目は、苦行をして感覚をコントロールしたり、滝に打たれたり、禁欲したり、断食したり、瞑想を何時間もしたりして、苦行をして身につける霊的なパワーを使って物質化すること。でも、このパワーは、得ることが出来ても一時的なもので、折角溜め込んだ霊力をたくさん使うので、すぐに霊力が無くなってしまうんや。それに、ラーマクリシュナパラマハンサも批判しているように、そういう霊力を持てるようになると、なんか、普通の人より上の人間みたいに思えて来て、エゴが膨らむんや。だから、そういう超能力を身につけても霊的向上は望めないんや。
ポニョ:それも、何遍も聞いたし、知っている話や。それでいよいよ、最後の三つ目はどんなんや。しょうもないやり方やったら、おいら明日の飛行機で日本に帰るで。
ヨシオ:三つ目は、ババがいつもされているやり方で、想念の力を使うんや。ババは、学生たちの前で、今から想念の力を使ってダイヤモンドを出すデモンストレーションをします。と言われたんや。それも、普通のダイヤモンドと違うで。緑色のダイヤモンドや。ババは、まず最初に自分が物質化しようとしているもの、今回だったら緑のダイヤモンドを頭の中にイメージします。
ハイ、頭に緑のダイヤモンドがイメージとして浮かんで来ました。だんだん、浮かんで来ましたよ。ほら、きれいに浮かんだ。と三回言われたら、なんと手の中に緑のダイヤモンドを握られていたんや。
ポニョ:なに〜?たったそれだけで、物質化出来るんか。驚き桃の木山椒の木やないの。それって。めちゃ簡単やんか。
ヨシオ:ババはこの方法はシンプルで、とても簡単に皆さんが奇跡と呼んでいる事が出来る、と言われたんや。そして、唖然として、口を開けたままの学生たちに、シンプルだろ。こんなに簡単なんだよ。では、次にこの緑のダイヤモンドを、白いダイヤモンドに変えましょうと言われたんや。そして、先ほどと同じやり方で、まず、白いダイヤモンドのイメージを頭に浮かべます。そうです。白いダイヤモンド。ほら、だんだん浮かんで来た。浮かんで来た。浮かんだ。と三回言われたら、手の中のダイヤモンドが白い色になっていたんや。ババはとても簡単に、こうして私は何でも物質化することが出来るのです。と言われたんや。
ポニョ:ちょっと待ってくれる?明日の飛行機で帰れへんから、もうちょっと詳しく教えてくれへんか。
ヨシオ:まだ、アクアポニックスのシステムが、全工程の半分も出来てないのに、帰ってもらったら困るんやけどな。砂利運びも大変やし。俺一人で、今日だけでもバケツ四十杯分運んだで。しかも運ぶだけやなくて、砂利を洗うのが大変やったな。
ポニョ:仕事の話はどっちでもええから、その秘密をもうちょっと詳しく言ってもらえませんか?とさっきから、と頼んでいるんやけど。
ヨシオ:それは、もうさっき話したやろ。心がきれいやったら、こういうことが出来るって。
ポニョ:それは、想念の話やったやろ。物資化の話と違うやんか。
ヨシオ:想念やねん。想や念。想念がピュアやったら出来るんや。だから、さっきから想いと、言葉と、行為が一つにならなあかんと言ってるんや。
アートマンは英知を研ぎ澄ませることと、純粋な心でつかむことが出来る。
ではどのようにして心をきれいにするのであろうか?
それは、例えばおなかがすいているからといって悪い食べ物、つまり世俗的なものでおなかを満たすより、良い食べ物、つまり神のことを思うことで空腹を満たすことである。
英知も、何が一時的で、何が永遠なものかを識別することによって研ぎ澄ませることが出来る。
あなたの思いを神の御名と御姿に集中させてみよう。
そうすればあなたは、純粋で永遠なものとずっと一緒だったと気づき、そこから喜びを引き出されることができるであろう。
このような理由で私はナマスマラナという霊的修行の重要性にこだわっているのです。SSSvol5p9
純粋なハートは真理を映し出す最高の鏡です。
それゆえあらゆる修行はハートを浄化するためのものなのです。
ハートが純粋になるやいなやすべての真理が一瞬の内にハートに映し出されます。
あなたが本当に純粋であるならば宇宙に存在するすべての真理があなたのハートに顕れ出ることでしょう。プレーマ ダーラ P.47
神はどうしたら体験できるのでしょう?
第一の必要条件はハートの純粋さです。
すべての宗教は、純粋さが根本的に重要であることを確言してきました。
すべての霊性修行の目的は平安に到達することです。
あらゆる生き物に対する慈悲は神への信愛です。30/3/87
ポニョ:ああそうか。そこで、さっきの話と繋がっているんやな。やっと分かったぜよ。つまり、純粋な心を持っていたら、頭の中でイメージしたことが、この物質世界にそのイメージした物を物資化出来るっていうことなんや。それって、めちゃ面白いな。
ヨシオ:ババは以前、人々がどうして、こんなに簡単に出来ることを見て、奇跡だ奇跡だと言って大騒ぎするんだろう。と不思議やった。と言っておられた。私にとって、物資化なんて何の努力も要らず、普通に昔から出来ていたのにって。
ポニョ:ババは生まれた時から、ピュアなハートを持っておられたんやもんな。おいら達と違って、何のカルマも背負わず、アヴァターとしての生を、全ておいら達に捧げるためにこの世界に来てくれたんや。本当に有難い話やな。ババのおいら達への愛を思ったら、涙が出て来るぜよ。
ヨシオ:確かに、この地球で一番心がきれいで、繊細で、誰よりも人や、生きとし生けるもの全てを愛しておられて、ただの一秒も御自分の事を考えず、計算にも入れずに生きておられる人の姿を取られた神様が、俺たちと一緒にこの地球の土の上を歩かれて、食事をされ、同じ空気を吸われていたと持ったら、本当にありがたいよな。
ポニョ:そして。この宇宙で一番きれいなハートを持っておられるお方が、もうすぐその真の御姿を世界中に現して、全世界を善に、真理に、正義に、愛に導いて行かれるんや。
ヨシオ:もう待てないよな。これ以上。早く出てきて欲しいよな。待ってるよ。スワミ!!早よ出ておいでや。
多くの人々は、スワミが指輪、腕時計などを物質化しているが、それには何か現世的な意味があると解釈している。
しかし、それは大きな間違いである。
そのように解釈してはいけません。
それらのものは、明るい理想的な未来に上るための梯子としてあるのです。
あなたがその神聖なものを保持している以上、高貴な思いのみが心に浮かぶようにすべきなのです。16/6/96
ヴィブティを生み出すことは、神の栄光のほんの一部にすぎませんが、私はほんのわずかしか顕さないようにしているのです。
~人々に注目されようとして奇跡を見せびらかすことは、私の本性ではありません。
私は何の目的もなく、ただ喜びを分け与えるのです。
私が不思議な御業を楽しんでいるのはその為なのです。真善美p,152
私はどんな難しい問題も解決する能力を持っていますが、それをあたかも持っていない振りをしているだけなのに、それを見て、私が単に奇跡を行う人で、それ以上の存在ではないと見るのは大変愚かなことです。SSIB1974c32
ポニョ:ババによる、奇跡のレッスンが面白かったな。ババが奇跡のやり方を、懇切丁寧に教えても誰も真似出来ないよな。
ヨシオ:それを、分かってて教えてられるんや。大体、アヴァターの持っている十六の能力の中で、無から物を物質化さすことが出来る十六番目の力は、アヴァターしか持っていないんや。それ以外の力は、霊性修行で獲得することが出来るけど。だから、ポニョがどんなに逆立ちしても無からの物質化は出来ないんや。
ポニョ:なんや、そうやったんか。でも、食べ物を物質化したり、花や色んなものを物質化してるヨギの話を聞いたことがあるぜよ。
ヨシオ:それは、ババが言った三つの物質化の方法の二番目やろうけど、無から物質化してるわけではないんや。どこからか出来合いの物を、物質移動してるか、成分を変化させてるんや。
ポニョ:物質移動か。そうかもしれんな。そうか、無から物質化は出来ないんや。でも、神様のように心で思った事と、話していること、そして行為が一つになれば、かなり高い霊的レベルに到達出来るやろな。
ヨシオ:そうやろな。だから、それを培うための一つの手段として、バジャンをサイババさんは勧めておられるんや。
バジャンは、神を満足させたいという願いを持って全身全霊を込めて歌わねばなりません。
神は才能の優れた音楽家と乞食を区別しません。
信愛と真剣さがあればよいのです。バジャンに魂を溶け込ませなさい。
バジャンを霊化させなさい。
そうすればあなたは真の至福を体験します。6/3/97
ポニョ:バジャン会に出て 歌を歌うことと、思いと言葉と行為が一つになることって何の関係があるんや。
ヨシオ:バジャンって神を讃えたり、思ったりする歌が多いやろ。だから、神を思い、それを声に出して歌い、手を叩くという行為もついでにするやろ。
ポニョ:そうやな。思い、言葉と行為の三拍子がセットになってるな。おいらは黙って聞いているのが好きやから、手を叩いたりしないんやけど…。
ヨシオ:ババはそれはダメだ。神を思って大きな声で歌い、手拍子もしっかりしなさいと言っておられるんや。でないと、三拍子揃わないやんか。ババは、この三つが揃った時に、人は神と融合することが出来るって言われたんや。
ポニョ:そうなんや。今度から、大きな声で歌って、手拍子も叩くようにするぜよ。
ヨシオ:ババは、一人でいる時は、心の中でいつも歌を歌ってたり、小さな声で歌ってられるんや。ある時、何か一人でブツブツ言ってらるなと思って顔を近づけると、なんかの面白いメロディーの歌の一節を繰り返して歌っておられた時もある。
ポニョ:クリシュナみたいやな。クリシュナもいつも戦場で幸せそうに歌っていたぜよ。
ヨシオ:ババは、私は子供達と一緒にいる時は、子供になり、婦人といる時は婦人に、年寄りといる時は年寄りになります。でも、一人で居る時は、神になります。と言われたことがある。だから、誰も、ババが神になっているのを見れないんや。
ポニョ:確かにそうやんかな。だって、一人になっているんやから。
ヨシオ:でも、実は、飛行機で旅をされた時に、一人で座席に着かれ黙って座っておられる時、私は神に戻っていると言われたことがあるんや。
ポニョ:それじゃ、周りの人からババが神になっているのを見られているやんか。
ヨシオ:さっきのは、冗談や。ババは一人になってもならなくても、いつも神さんやんか。でも、ババが一人になっておられる時には、いつも歌を歌っておられるんや。幸せそうに。ダルシャンを与えておられる時も、歌を歌いながら歩かれている時もある。また、僧侶たちが唱えているルッドラムを聴きながら一緒に唱えて、ダルシャンを与えておられたこともある。あるダルシャンの時、学生たちがバジャンを歌ってたんや。知ってるやろ、この歌を。アナンダサガラ ムラリダラという曲や。
ポニョ:知ってるぜよ。ちょっと哀愁を帯びたええ曲やな。
ヨシオ:この曲は珍しく六拍子の曲やねんけど、ババはこの曲を聴きながらダルシャン会場を歩いておられたんや。すると突然、ある女性の帰依者が、ババの御足に飛びついたんや。ババは、この曲の難しい六拍子のリズムに合わせて後ろに二歩下がられ、そしてすぐに、リズムに合わせて前に二歩、ダンスをするようにリズミカルに動かれて、何事もなかったように男性側に歩いて行かれたんや。そしてその後の曲が、とてもテンポの早い十拍子の曲やったんやけど、ババはこの曲にも合わされて歩かれていたんや。でも、皆はそのババの御足を見て驚いたんや。だって、足から血が流れていたんや。というのもその飛びついた女性の爪がとても長かったので、ババの足を切って怪我をさせてしまったんや。その女性は、大きな声で泣いていたな。
ポニョ:神様に触れる時ぐらいは、爪を切って来いよな。失礼な人や。でも、ババは何もなかったように、ハッピーそうに曲に合わせて歩いて行かれたんやな。さすがや。
ヨシオ:ババは、このようにいつもハッピーなんや。クリシュナのようにいつも、心の中で歌を歌ってられるんや。そして、俺たちも神を思い、その思いを口に出して歌い、手もついでに叩けば、さっきも言ったように、神に融合することが出来るんや。
ポニョ:なるほど、そういうことやったんか。ババは一人の時は神になっていると言ったけど、バジャンを歌ってられたんやな。おいらが、いつもお風呂で歌っているけど、その時は、おいらも実は神になっていたんやな。
何のために人間として生まれてきたのでしょうか。
立派な教育を受けながら、それを生かそうとせずに、鳥や動物や虫が夢中になっているような程度の低い楽しみのために時間を使っていてどうするのですか。
人間だけに特別に許されている理想とは何でしょう。
人間として生まれることは、途方も無く難しいという言葉の深い意味は何でしょう。
皆さんは動物のように振る舞うために生まれてきたのではありません。
人間は神になるために生まれてきたのです。
人間としての人生は、神の意識という最高の境地に達するために与えられたのです。SGc21
ヨシオ:ババは学生たちがいる前で、このようにしてバジャンを歌えば、この世界の全ては私に融合することが出来る。と言いながら近くにいた学生に、でも君は、私が今言ったことを全然信じていないけれどね。と言われたんや。
ポニョ:サイババさんが目の前で言われたことを信じない、そういう学生もいるんやな。しかも、自分の心の中をすっかり読まれているぜよ。
ヨシオ:確かにサイのカレッジの学生たちにもいろんなんがいてるな。ある時、女性の帰依者がババに、私の息子はサイの学生です。と言ったら、ババは、いいやそうではない。と言われたんや。それで、その女性は、ババさん、私の息子はあなたのカレッジを、つい最近卒業したサイの学生ですよ。と言うと、いいや、そうではない。と言われたんや。ババは続けて、サイのカレッジを卒業したからと言って、自動的にサイの学生になる訳ではない。と言われたんや。
ポニョ:つまり、こういう事か?サイの学生って、サイのカレッジを卒業していなくても、サイの教えを守って生きて行けば、その学生はババから君はサイの学生だ。と認められるって訳なんやな。
ヨシオ:そういうことや。だから、インドのサイのカレッジや教育機関に行かなくても、どこかの国の大学やカレッジに行っていたとしても、その学生がサイの教えを守り、サイの理想に基づいて生きているんだったら、その学生はサイの学生なんや。
ポニョ:そうか。よく考えてみれば、そういうことやもんな。だって、サイのカレッジに行っていても、サイの教えを守っていなかったら、サイの学生って言える訳がないやんか。
ヨシオ:学生の中には金をもらって、反サイババキャンペーンに手を染めている人もいるんやで。
ポニョ:それは、すごいカルマを作ってるぜよ。だって、ババの教育機関って全て無料やろ。ババにそんなに、世話になっているのにババの悪口を言うなんて、最悪じゃんか。
ヨシオ:これは例外中の例外やけどな。大多数の学生は、もちろん真面目で、ババの教えをしっかり守って生きているんや。でもある時ババは、冗談でサイカレッジの学生たちの前世は、シータを救うためにラーマに協力した猿たちだった、と言われたことがあるんや。
ポニョ:お猿さんが大学生になったんか。面白いやないの。でも、その中の何匹かの猿がラヴァナに幽閉されていたシータの純潔を疑ったので、シータは火の上を素足で歩いて渡り、その純潔性を証明せねばならなかった、というエピソードがあるな。
ヨシオ:いろんな猿がおるのと一緒で、いろんな学生がおるからな。まあ、いろいろ違ってみんな良い。の世界やな。
ポニョ:でも、サイの学校を卒業して一歩外に出ると、世間の荒波が待っているぜよ。どのようにして、今までの神の保護の元にある学園生活から、あんたみたいな海千山千がウロウロしてる社会に適応出来るんかいの。めちゃ難しいと思うで。いろんな、誘惑がいっぱいあるぜよ。
ヨシオ:俺のどこが海千山千やねん。そうやな…、やっぱり当たってるかもしれんけどな。神の化身の直接の指導と保護の中で育った学生たちは、一旦社会に出てその荒波にもまれても、今まで培ってきた霊的財産を、無くさないようにしなくてはいけないから、みんな普通の学生より人一倍努力してるんや。ババは、君たちはミルクだ。社会は水だ。君たちが社会に出て、水と混じるとミルクが薄くなって飲めなくなる。でも、このカレッジにいる間に、神の化身である私の教えをしっかりと守り、それを自分のものとすれば、君たちはミルクから、それをかき混ぜればバターになるように、社会に出ても汚い汚染水と混じらなくなる。だからここにいる間に、ミルクからバターになるように努力しなさい。と言われたんや。
ポニョ:めちゃ分かり易い例えやったな。さすがババや。本当にその通りやもんな。ババの学校にいる間に、瞑想の習慣をつけたり、いつも真理のみを話すようにしていたり、もちろん菜食に徹したり、時々断食もしたり、おいらは無理やけど…。また、友達や先生に対して、愛を持って接したり、神の御名と唱えたり、バジャンを定期的にやったりする習慣をつけると、どこに行っても神のことを忘れず、社会の悪や誘惑に染まらなくなるやろな。
ヨシオ:神の元へ行くには、三つの知識が必要とされるんや。一つは、霊的な知識、二つ目は、この世界を生きて行くための実践知識、そして科学的な知識なんや。サイの学校では、その三つの知識を教えているんや。だから、学生たちはどのようにして水道の配管をするのか、電気の配線などの仕事、各種工具の使い方を習ったり、家の修理の仕方など、いろんな事を学ぶんや。特に重要な事は、奉仕活動をしっかりカレッジをあげてやるんや。グラマセバと言って新聞紙に包んだ弁当をたくさん、トラックに積んで貧しい村に届けたりするんや。
ポニョ:そうか。おいらは霊的な知識はそこそこOKやけどな。実践的な知識はしっかりあるし、科学的な知識も、アインシュタインには負けるけど一応持ってるな。
ヨシオ:ということは、ポニョは神の元へ行ける知識を三つとも備えているって事やんか。おめでとう。ようこそ、神の元へ。棺桶は松竹梅のどれにしますか?パンダの絵がフタに描いてあるのが、あなたにぴったりだと思いますが…。
ポニョ:あのね、松竹梅ってめでたい事に使うんや。なんで、棺桶に松竹梅があるんや。
ヨシオ:身体を離れるってめでたい事やないの。
ポニョ:おいらは、まだ、逝きたくないっちゅうに。そんなに早く人を殺すなよ。
ヨシオ:今さっき、アインシュタインに負けるって言ったけど、アインシュタインは全然、この世を生きる上での知識を持っていなかったんや。ある時、大工に、ドアに犬専用の小さな出入り口を作って欲しいと頼んだんや。それで、何匹かペットの犬がいるから、大きな犬には少し大きなドアを、小さな犬には小さなドアを作るように、言ったんや。すると、大工は二つも三つも犬用のドアを作らなくても、大きい犬用のドアを一つ作れば全ての犬がそれを使うことが出来ると、アインシュタインに言ったんや。アインシュタインは全然そこまで考えが及ばなかったと言って、大工を褒めたんや。
ポニョ:なんや、そんな簡単なこと誰でも分かるやんかな。なんで、一匹一匹の犬がそれぞれ違う大きさのドアを使って出入りするんや。アインシュタインってもっと賢い人かなって思ってたぜよ。
ヨシオ:このように、この世界を生きる為の知識って重要なんや。つまり、一般常識って奴やな。だって、それが無かったら、神にいちいちお伺い立てないと、何も出来ないような人になってしまうんや。ババは、自分の頭を使え、一般常識を使えとよく言われている。
ポニョ:それやったら、任しといてくんろ。一般常識の専門家ポニョと言われているくらい詳しいで。
ヨシオ:一般常識の専門家なんておるんかい?誰でも持っているのが、一般常識やんか。ポニョは食事常識の専門家やな。
ポニョ:あんた、日本語がおかしいぜよ。食事の専門家と言ってくれる?
世間の知識は食べるものと住むところを与えてくれます。
ところがアートマンの知識は、自分自身の真実を気づかせてくれるのです。
世間のことを多少は知っておかなければ、不滅のものを知ることは出来ません。
世間の知識を甘く考えてはいけません。
世間の知識と神に向かう知識とのつり合いが大切なのです。
学問と霊的探求を結び付けなさい。
人生という車は一輪では動きません。
一輪の車はあまりにも危険です。
片羽で飛べる鳥はいません。
両翼を用いてこそ、自由に飛び回ることが出来るのです。
世俗のことには俗世間の知識が必要であり、ブラフマヴィディア(霊的知識)は霊的安寧の為に必要です。
両方の知識にもとづく生活を送りなさい。2/6/91
ポニョ:この前の記事の中で、誰でも人はミルクみたいなもので、世俗の悪い水と混じれば薄くなって飲めないけれど、ミルクをかき混ぜてバターになったら水と混じらなくなる。という例えがわかりやすいけれど、おいらには難しい教えやったな。だって、学生と違ってもういろんな習慣が身についているし、変えるのって難しいぜよ。
ヨシオ:年を取ってきたら、誰でも長年染み付いた習慣などを変えるのは本当に難しいよな。それに、誰でも世俗の誘惑に負けて人生の道を大なり小なり外してしまうのが普通や。そして、罪を犯して、新しいカルマを作り、また生まれ変わる要因を作ってしまうんや。
ポニョ:おいら達もババのことを知らなかった頃、結構無茶苦茶してたよな。特にあんたは。ババにほっぺたを、ぺっちんされたぐらいやもんな。
ヨシオ:ババは天使でさえ、この世の誘惑に負けて道を踏み外す事さえある。と言ってられる。ババの事を知らない時はいろんな過ちを犯しても、それはそれで仕方が無いことや、と言って済ませるかもしれないけれど、一旦、ババを神の化身と認めてその教えにも触れたなら、それを命に代えてでも守り切るのが帰依者の義務なんや。
ポニョ:ということは、あんたは天使やったと言いたいんか?何処にそんないかつい顔をした天使がいるんや。あんたは天神橋筋四丁目に住んでたから、天使ではなく天四の人間や。
ヨシオ:言ってくれるやないの。最近ポニョは冴えてるな。やはり、俺のような人間といつも一緒にいるから影響を受けるんやな。
ポニョ:そういや、最近柄が悪くなってきたと思うぜよ。
ヨシオ:ババは、良い仲間を持つのがとても大切や。特に若いときは、まだいろんな悪い影響を受けるから仲間を選ぶのが大切や。と言われてるな。普段、ババが学生たちと一緒に旅をされるときは、ご自分の車に乗られるんやけど、途中で車から降りて学生たちが乗っているバスに乗り込んで来られることもある。すると、あちこちの町や村を通る時に、人々がババの車を見つけると、その車にババが乗っておられると思って、両手を合わせて挨拶をしたり、走って追いかけたりするんや。それを見てババは、ご覧、あの車はいつも私と一緒にいるおかげ、で人々から羨望の眼差しを受け、人々が両手を合わせて挨拶をされている。だから、良い人と混じるのはとても大事なことなのだ。と言われたんや。
ポニョ:それにひきかえ、学生たちの乗ったバスは誰も振り向きもしない。ババが乗ってるのにな。面白いやんか。
ヨシオ:ババは彼の時間の75%を学生達のために使い、残りを帰依者のために使うって言われたことがあるんや。
ポニョ:なんや、ちょっと不公平やんか。せっかく帰依者が遠いとこから来てるのに。
ヨシオ:学生は、まだ俺たちのように世俗の垢に染まっていないし、真っ直ぐな心を持っている。だから、若いうちにしっかりと鍛えておけば、将来の世界を導いていける指導者になるんや。
ポニョ:鉄は熱い間に打てって言うもんな。もう、おいらのように還暦を過ぎた帰依者なんて、どう叩いても変わり様がないほど、自分というエゴが固まってゴリゴリになっているもんな。
ヨシオ:という訳でもないんやけど、さっきも言ったけど、ババは将来を見据えておられるんや。学生を鍛えて、あちらこちらに派遣されて、ゴールデンエイジを迎えた暁には、その学生たちを使って世界を導いて行かれるんや。
ポニョ:ババは。もう頭の中で誰をどこに使うかマスタープランが出来てるんやな。そういや、ババのカレッジを卒業し、そのあと九州に来て、その後、名古屋や石川で研究活動をしていた学生が言ってたけど、同級生だったバレーボールの選手だった学生と偶然、ヴェーダを学ぶ九州の会で会って、その同級生は、僕はわざわざ日本の反対側からここ、九州まで来てるから、君が九州地区を担当してくれないかと頼まれたんや。そして、気が付くともう一人の、知り合いの学生も北日本にいたので、三人でちょうど日本を三つに手分けしてヴェーダ普及の仕事をしたって言ってたな。
ヨシオ:それらの三人の学生たちは、ババからの日本のヴェーダ履修者への贈り物やな。
ポニョ:彼は福島の原発の事故の後も、日本での奉仕をするためにヴィザを延長して滞在したって言ってたな。仙台の方へセヴァに行く時に、放射能で汚染されている地区を通ったけど、一晩中恐れを無くすマントラを唱え続けけたと言ってた。でも、日本に来てもほとんどの食べ物に魚や肉の出汁が入っているし、食うもんに困ったと言ってたな。
ヨシオ:いつ食いもんの話が出るかなと待ってたら、やっと出て来たな。
ポニョ:それに一般の人はババに対するネガティブキャンペーンに、洗脳されているから驚いたと言ってたな。以前も記事にしたけど、日本という国は独立国のように見えるだけで、実は政治経済、そして教育やマスゴミに至るまで、全て占領政策の延長上にあるんや。特に、政治面では、何処かの国の軍事基地が日本中にあるし、経済面では新帝国循環といって、日本の富がアメリカの国債を買わされ、その金でハゲタカヘッジファンドが、日本の優良企業の株を買い占め、乗っ取ろうとしてるんや。だから、どんなに一生懸命勤勉な日本人が働いても、ワーキングプアのままで、日本の官僚を操っている裏社会の一部の悪党共に、全てを吸い上げられているんや。それに気付いて、真に独立した日本を取り戻そうとした心ある政治家は、消されたり失脚させられたりするし、日本は世界の一部の裏社会人間が操っているポチの国なんや。
ヨシオ:ここオーストラリアはもっとひどいけどな。昨日もテロ対策やなんて言って、ネットを裏から合法的に見れる法案が可決したしな。
ポニョ:でも、だんだん裏社会の連中も追い詰められて来ているから、あからさまに人々を強権で支配しようとしてるな。今、どこを見ても全てが裏社会の連中にとって、想定外の出来事が起こっているやろ。
ヨシオ:香港の騒乱やエボラ、ウクライナはもちろんの事、それらの騒動を作り出そうとしてる試みは全て失敗に終わってるもんな。
ポニョ:それに今、北朝鮮が怪しい動きをしてるな。主席や政府要人が乗る専用機が北京で目撃された。何かクーデターか何かが起こったかもしれないな。
ヨシオ:こんな田舎でもポニョのアドバイスのおかげで、無線を使ってネットが見れるようになって良かったな。言われるまで知らんかった。
ポニョ:ネットはあんたにとってええか悪いか分からんけどな。でも、世界の最新情報は入って来るし、記事もアップ出来る。
ヨシオ:テレビやラジオのニュースは全て洗脳手段やからネットだけが頼りやもんな。まあでも、こうして毎日、昼間は肉体労働で、夜になればこうしてポニョと雑談して記事を書くって充実してるな。裏社会の連中なんてどっちみちすぐに歴史から消え去ってしまうから、あまり関わりたくないよな。でも、いろんなことをポニョは暴いてくれたおかげで、食べもんにはとても気を付けるようになったな。例のヒマラヤの海塩を摂るようになって、血圧が下がったな。今は68/108やから下がり過ぎかな。
ポニョ:あんたは元々低かったんと違うんか?六十才超えてるのにちょっと低すぎるんと違うか?さっきの話に戻るけど、裏社会の連中は、嘘と非真、不正義と不道徳の価値観を押し付けて世界を支配しようとしてるから、ババと全く正反対なんや。だから、反サイババキャンペーンをしてババを攻撃するんや。
ヨシオ:俺たちのブログもいろいろと嫌がらせが来たよな。
ポニョ:彼らはスカウトされて、詩愛映画、金を出している電通でバイトをしてるんや。時給四千円ぐらいで。それでおいら達のような、社会のカラクリを知って目覚めたブログを攻撃するんや。でもすごいカルマを作っているぜよ。金のために良心を売り渡して神であるサイババを批判するなんて。
ヨシオ:彼らの将来に、そんなにひどいカルマが返って来ないように、祈ってあげることしか俺たちには出来ることが無いけどな。
ポニョ:早く、世界の全ての人々が幸せに暮らせるような世界が来ればええのにな。
ヨシオ:ババは、学生たちに同じような質問をされたことがあるんや。君たちに聞きたいんだけど、どのようにすれば世界中の一人ひとりの人たちを幸せにする事が出来るでしょうか?って。
ポニョ:うーん。それはとても難しい質問やな。自分の周りの人を少しはハッピーに出来るかもしれないけれど、世界中の人たちとなると想像もつかんな。ババのような神さんだけが、そんな壮大な質問を考えて、答える事が出来るんやろな。それで、その答えは何やねん。
ヨシオ:学生たちは誰一人、その質問に誰も答えることが出来なかったんや。それでババは、次のような分かりやすい例をあげて説明された。この世の全ての人は、水道の蛇口のようなもので、それがトイレットにあったり、台所にあったり、風呂場にもある。でも、そこから出てくる水は同じや。それは高いところにある水タンクから来ている。そのタンクの水が神様で、一人ひとりと繋がっている。そして、人が神さんを幸せにすれば、神様であるタンクの水も幸せになって、そのタンクに繋がっている全ての蛇口から出てくる水も幸せになると言われたんや。
ポニョ:つまり、神さんをハッピーにすれば、全てがハッピーになるって事か?でも、神さんって元々ハッピーなんと違うのんか。
ヨシオ:もちろんそうや。でも、一人ひとりの人々が神を愛し、自分の周りの人の中にその神を見て、その人の中におられる神様をハッピーにすれば、その神聖な思いは神である元の水タンクを経て全ての人々に伝わって行くんや。
ポニョ:ということは、一人ひとりの神への思いは、神を通じて全ての人と共有出来るって事か?
ヨシオ:その通りや。だってこの世にあるものは全てが神で、全部が実は、元で繋がっているんや。
ポニョ:それってすごい発想やな。裏社会の連中ともおいらが繋がってるって考えたら、少し気分が悪いけどな。でも、ババの教えを深読みすれば、確かにそう言えるぜよ。
ヨシオ:だから、ババは数人の、神を心底から愛する者がいるだけで、世界を変えて行けることが出来るって言われたんや。
ポニョ:だから、いつも神の事を思って生きて行きなさい、と言われてるんやな。そうか、自分の周りの人たちの中にババを見て、そのババをハッピーになってもらうようにすればええんやな。分かったぜよ。これやったら、おいらでも出来そうや。そうする事によって全ての人たちを少しでもハッピーに出来るんやったら、喜んでやるぜよ。そんな事で全世界の人々を幸せに出来るって分かったら、なんか嬉しくなってきたぜよ。
(スワミは、インドの地図とサンスクリット語が描いてある直径10センチメートルほどの銀のメダルを物質化された後、講話を始められた。)
このメダルには、これから将来にわたってインド各州に設立されるであろう大学や記念塔などが描いてあります。この身体はあと46年間生き続けます。(2022年)そしてその間、インドで何が起こるかが、このメダルに示してあります。このメダルにはまた、インド各州のリーダーになるであろうサイ大学の学生達の名前も書いてあります。
~近い将来、インドの霊的遺産を、ここにいる若者達が世界中に広めるであろう。学生達を出来るだけ簡素に保っておけば、私が彼らを世界のリーダーに育て上げるであろう。このメダルには未来における世界のリーダーの資質や、性格、赴き先などが書き記してあります。ここにいる若者達は、自分にどのような未来が待っているのか案じているが、私はこのメダルに、将来においての各自の指針を書いておいたので、これらの指針に注意深く従い、他の者の模範となって欲しいと思っています。
近い将来、あなた方はスワミが様々な姿を取ってあなた方の前に現れるのを見るであろう。このような素晴らしい機会を逸しないように、努力して私の教えに従いなさい。神の計画を世界に顕す為に、私はこのような教育機関を設立したのです。
ごく近い将来、あなたは私がマンディールにいる同じ時に、別の私をあなたのクラスルームで見るでしょう。そして私がクラスルームにいる間に、人々は別の私が講堂にいるのを見るでしょう。私が講堂で講話をしているときに信者達は、私がマンディールでアラティを受けているのを見るでしょう。あなた達はそのような体験を近い将来するのです。あなたはこのような体験をし、その体験によって得た至福を世界中に広めるでしょう。これが、この教育機関を設立した主な目的です。私はインドの伝統的な文化、古代からの叡知を現代に甦らすでしょう。こういうことがもうすぐ起こるのです。甦ったバラタの古代の叡知はこれからずっと続き、あなたがたは世界中にダルマを教え広めるという機会が与えられるのです。勝利はどんどん近づいてきており、あなた方は必ずその使命を成し遂げるでしょう。
未来については、あなた方にはよく分からないかもしれませんが、私には私の意図した計画が、実現するのがはっきりと見えています。今、私の神聖さを無視している連中も、私の元にひれ伏すようになるでしょう。間もなく、私の神聖さはすべてに知れ渡るようになるのです。私は意図的に私の神聖さが世界に広まるのを遅らせています。しかし、一度、私が私の真の姿を顕現すれば、すべての世界がプラシャンティニラヤムになることでしょう。
ポニョ:電子本part7の量が多くなり過ぎて、新しい記事を一本読むのに、全部で五百ページ近くも毎回ダウンロードしなくてはいけないから不便じゃ、というお叱りを幾つか受けたから、ブログの方にも記事を転載しておいたぜよ。
ヨシオ:俺はネットの事はよく分からんから、ポニョが適当にしておいてくれや。それより、息子が面白い記事があるって紹介してくれた。これは、闘牛士のアルバノ ムネラさんが牛と闘っている時に、牛の優しさに触れて闘う気力を無くし、座り込んでしまったんや。それを見て牛が優しく気遣っているんや。写真もある。
ポニョ:ほんまや。なが〜い角を持ってるなこの牛。もう既に、背中に何本か剣で刺されているやないの。
ヨシオ:これが、このプロの闘牛士であるムネラさんの最後の闘牛やったんや。
ポニョ:ムネラさんは、この牛から何かを感じたんやろな。昔、闘牛士になりたくて子供の時から憧れていた人の生い立ちを描いたスペインのドキュメンタリー映画を見たことがあるけど、闘牛士になるってめちゃ難しいねんで。それに、彼らは地元の英雄なんやで。
ヨシオ:でも、こうして観衆の前で膝を曲げて首を垂れて、闘う意思を無くしてしまったら、もう闘牛士としての生命は断たれたのも同然やな。
ポニョ:この牛も自分を殺そうとしている闘牛士を、気遣って近づいて来てるやないの。よっぽど優しい牛やったんやろな。プロの牛殺しの心を変えたんやから。
ヨシオ:ババは、愛より強いものはこの世界に存在していない。と言っておられる。今世界をぶっ壊そうと暗躍している輩もいてるけど、俺たちが出来るだけ毎日の生活の中で、自分達の周りから愛を広げて行けば、きっといつか世界が平和になる。
ポニョ:近い将来、ババが再降臨されて、地球の大掃除をされるけど、それを待たずとも、おいら達は、おいら達が出来る範囲で愛を広めていかなあかんよな。
ヨシオ:そういうことや。ババは私の生き様が私のメッセージだと言っておられるけど、俺たちも、俺たちの生き様がババのメッセージだと言えるぐらい、ババの教え通り生きていかないかんな。
ポニョ:おいら達の生き様が、ババのメッセージか。それじゃまず最初にしなくてはいけない事は、手をクルクル回して物質化する練習やな。
ヨシオ:アホやなポニョは。何言うてんねん。
ポニョ:だって、ババはいつも奇跡は私の名刺やって言ってられるから、ババのメッセージを伝えるには、まず最初に名刺を用意せないかんやろ。
ヨシオ:はいはい。頑張ってね。ババのメッセージは愛を広げる事なんや。Love All Serve Allや。さっきの牛さんの例でも分かるように、愛があればどんな事でも可能やし、愛を持って立ち向かえば、恐れるものなんてこの世界に何も無くなるんや。
ポニョ:自分を殺そうとしているプロの闘牛士の心を、口が利けない手負いの牛が変えるって本当にすごい話やぜよ。
ヨシオ:感激もんやな。俺もお袋が亡くなる一時間ほど前に、二人で一緒に近くの公園のベンチに座っていたけど、そこでお袋の顔が突然ババの顔に変わって、その慈愛溢れる目でじっと俺の目を覗き込まれた。その目は、今思い出しても鳥肌が立つほどパワフルな愛に満ちた眼差しやったな。目だけでこんなに愛のパワーを人に伝えることが出来るってとても驚いたな。
ポニョ:目は口ほどにものを言う、やな。
ヨシオ:愛の力や。牛にでも、人の心を変えるほどの愛の力があるんやから、人間である俺たちも、毎日の生活を愛を持って送り、俺たちのハートの中におられる神さんの力を顕現させていかなあかんよな。
ポニョ:愛そのものであるババが、その良い例やな。あんたが紹介してくれたいろんなババの愛に満ちた行為は、人の心を変えることが出来るもんな。
ヨシオ:ババと一緒にいると、その一つ一つの言葉や行為が愛で満ち溢れているのがよく分かるんや。学生たちと一緒にバスに乗って旅をされている時も、道中で貧しい人たちを見つけると、バスを停めさせて、自ら下車して、その人たちに言葉をかけられることは珍しい事ではないんや。ウーティに行かれる途中に、道端で貧しい老女が裸足の孫を膝の上に置いて座っていたのを見つけられて、バスを停められ、バスから降りて声をかけに行かれたんや。
お婆ちゃん。この子はあなたの孫さんですか?
はいそうです。
お婆ちゃんは僕の事を知っていますか?
いいえ、あなた様にお目にかかった事は無いです。
そうですか、知らないの。でも、プッタパルティのサイババって聞いたことがあるでしょう。
はいありますよ。聖者さんでしょう。
そう。僕がそのサイババなんです。
あなたがサイババさんなんですか。ありがたい事です。御足に触れさせて頂いてもよろしいですか?もちろん良いですよ。孫さんにこのお菓子を食べさせて下さいね。お婆ちゃんにもこれをプレゼントさせて下さいね。
と言われて、お菓子と大枚のお札を物質化してプレゼントされたんや。お婆ちゃんは、涙を流しながら喜んでおられた。
ポニョ:本当にババは優しいな。愛がいっぱいやな。
ヨシオ:ババは愛の化身って言うやろ。でも、人はババが言われたりする事を誤解することが多いんや。
ポニョ:ババは、人が見れない未来まで先読みして人にアドバイスをされるから、そういうことが起こるんやろうな。
ヨシオ:未来だけではなく、過去も知っておられるからな。だから先日まで連載して来たヴィジャヤサイ君も、他の学生たちから嫉妬される程ババと親しかったけど、他の学生たちはヴィジャヤサイ君の過去生で積んだ良いカルマが、このように神の化身と親しくなるという結果を生み出していることを理解したんや。
ポニョ:みんな若いのに偉いな。そういう風に理解するって、なかなかおいらのように年をとっていても難しいぜよ。
ヨシオ:年をとったら頑固になるし、変なプライドも出来るから余計に難しいかもしれないな。ババのアドバイスで思い出したけど、こんな話もあった。ババはプッタパルティが暑くなる頃に、いつも涼しいホワイトフィールドに行かれるんやけど、プッタパルティのアシュラムにいるある帰依者の人は、ババがホワイトフィールドに行かれている間、ババに許可をもらって自分の故郷に毎年帰るんや。その年もいつものように、ババがホワイトフィールドに行かれるので、直接ババに聞いて、故郷に帰る許可をもらおうとしたら、ババは今年は帰ったらダメだ。ここに滞在しなさい。と言われたんや。その人は、ババがそう言われたらその忠告に従わなければならないって知っているので、その夏は暑いプッタパルティで過ごすことにしたんや。それで、ほとんどの人たちはババと共にホワイトフィールドに行っているので、幾つかの新しい建物を建てる工事人以外は人がいないアシュラムを散歩してたら、突然レンガが落ちて来て頭を直撃したんや。その人は、すぐに病院に運ばれ手当を受けたんや。幸い軽傷だったので三日後に退院出来たんや。その人は、もし郷里に帰っていたらこんな怪我をすることが無かったのに。とババの忠告に従ったことを後悔し始めたんや。でも、翌日の新聞の一面の見出しを見て驚いたんや。というのも、自分が乗るはずだった汽車が故郷の町の近くで事故を起こし、百人近くの乗客が亡くなったんや。その人は、一瞬でもババの忠告を疑ったことを後悔したんや。
ポニョ:頭の怪我は、ババがカルマを取られたんやろうな。でも、神さんへの信仰心が無ければ人生は後悔だらけになるやろな。逆に昨日も言ったように、神さんを信じて、おいら達一人ひとりが神様を幸せにさす行為をすれば、その行為は神さんを通じて世界中の人々を幸せにする力を持っているんやな。世界中の人々がお互いをいたわり合って愛に満ち溢れた世界になるのが、ゴールデンエイジなんや。早くそんな世界にならないかな。待ちきれないぜよ。
ヨシオ:本当やな。全ての人々が神を愛し、お互いを兄弟と呼ぶ日が来るんやもんな。でも、ババと一緒にいる学生たちは、そのような体験をカレッジでもうしているんや。どの学生たちに聞いてもサイカレッジに在籍している時が、人生で一番充実していたと言っている。
ポニョ:神の化身が75%の自分の時間を学生たちのためにさいておられたんやから、そら当たり前やな。
ヨシオ:それだけではなく、テストの時にはもう準備が出来ている学生が、他の学生たちに僕はこの科目は得意やから、教えてあげようか?とか言って助けてくれたり、いつもトップの成績を取っている学生が全然偉そうにせず、謙虚に他の学生たちを助けたり、スポーツをやっている時も昔の中国や無いけれど、友好第一、試合第二の精神でするので、とても楽しいと言っていたな。
ポニョ:そういう環境で学んだら、本当の友人関係が出来るやろうな。
ヨシオ:同窓会の活動もとても盛んなんや。面白いのは、同期の学生たちだけではなく、先輩や後輩のことも良くお互いに知っているんや。だから、昨日の記事で日本に留学した三人の学生がお互いによく知っているので、上手くヴェーダを手分けして広めることが出来たんや。
ポニョ:聞いてたら、本当にゴールデンエイジを先取りしてるような学校やな。
ヨシオ:もちろん、学生たちはお互い助け合いもするけれど、ババの恩寵を少しでもたくさん受けたいので、ババの車を見つけたら走って行って追いかけたり、競争をするんや。また、一部の学生がババと個人的に親しくなっているのを見て、嫉妬心が出てくるのは当然や。
ポニョ:でも、神さんを追いかけたり、お互い神さんの事で嫉妬したり、競ったりしてもカルマを作らないって聞いたことがあるな。
ヨシオ:全ての行為を神に捧げれば、カルマを作らないんや。だから神さんの事で競い合うのは良い事なんや。
ポニョ:神さんの事で競い合うと神さんの事をいつも考えたり思ったりするから、頭の中はいつも神さんになるもんな。
人間として生まれた目的は何でしょう?
それは神の愛を体験することです。
神の愛を受け取った人だけが、世界に変革をもたらすことが出来ます。
現代社会は不安と悲しみに満ちています。
どこを見ても悲しみ以外何もありません。
洪水などの自然災害の多くは、大変な惨状を引き起こします。
これらは神によって引き起こされるものではありません。
人間の苦しみの原因はすべて人間にあります。29/10/09
世俗的な愛は彼の執着する心の反映でしかないために、月日が経つに連れてだんだん冷めてくるものなのです。
しかし神の愛は、絶えることなく不変です。
それは、永遠にして神聖、無私のもですが、誰でもこれを理解できるというわけではありません。
人は自分達の欲望が満たされなければ、この愛を誤解し、神を非難さえします。17/7/97
愛に満ちたヴィジョンを持つ人は、全宇宙に絶対実在(ブラフママヤム)が浸透しているのを見ます。
肉眼で世界を見るならば生まれてから死ぬまで世界は惨めの束と見えます。
神への愛は、惨めさから逃れる唯一の道です。
神への愛が無い人は、少なくともこの瞬間から神への愛を培いなさい。4/4/92
欲望とむさぼりを戒め、いつも満ち足りていて、神の愛を受け取ることが出来るように努める。
ただ神様を愛しているだけでは足りません。
どうすれば神様から愛されるか。
どうすれば神の恵みを得られるか。
どうすれば神の愛をじかに得られるか。
それを良く理解せねばなりません。
神は自分のものだと言って泣いたり叫んだりしても何もなりません。
おまえは私のものだと言ってもらうように願うべきです。SGc23
ポニョ:暑い夏をプッタパルティで滞在しなさい、と言われた帰依者のように、全ての人の未来を知っておられるババのアドバイスは、しっかりと聞いて従わないと後で後悔するよな。
ヨシオ:ババがされるたり、言われたりすることは、何一つご自分の事を計算に入れておられないんや。全ては、帰依者の事を思ってされているんで、その事を分からないとババを誤解したり、ババを批判したりして離れていく人も少なくないんや。ある人は、ババからダルシャンで顔も見てもらえず、もちろん話しかけてもらえず、手紙でさえ取ってもらえなかったんや。でも、めげずに何年もアシュラムに通い、やっと手紙を受け取ってもらえたんやけど、ババがその時に君がこの手紙を書こうと思った瞬間に、君の思いが私に既に来てる。君がペンを便箋の上に走らせる前に、文章はもう私の元に届いている。君は私とコンタクトをするのに、こういう手紙やインタビューでは無く、もう君と私の間には、ホットラインが開設してあるのに気付いていないのですか?と言われたんや。
ポニョ:そういう事なんや。 ババと霊的にもう繋がってるんや。普通の人やったら、それだけ無視されたら嫌になるけどな。根性あるな、この人は。
ヨシオ:ババは、帰依者の信仰心がどれくらいあるのかテストをするのが神の趣味だ、と言っておられる。だから、いつも帰依者の事を試されるんや。
生徒は、試験を受けなければ、上の学年に進級することができません。
人々は、試験に合格して面接を受けなければ、職に就くことができません。
同様に神は帰依者の幸福と進歩の為にテストをします。
テストは神の趣味です。23/11/99
あなたの中にある愛の火花は、神に到達することができるよう、大切に養われ、油を注がれなければなりません。
そうすれば、すべての存在は神になり、すべての行為は神聖になり、外界からあなたが得るすべての反応は、プレーマ〔愛〕に満たされ、その甘露によって甘くなることでしょう。
あなたがあらゆる存在の中にいる神を愛するとき、あらゆる存在にいる神は愛を込めて応えます。神を愛しなさい、たとえ苦難があなたの運命であったとしても神を愛しなさい。
たとえ拒絶され、叱責(しっせき)されたとしても。
なぜなら、厳しい試練という坩堝(るつぼ)の中でのみ、金属は純化され、汚れは取り除かれるからです。18/7/70
ポニョ:今回もスワミは、崩御されて葬式までしたけど、私はまた戻って来たよ。パッパラッパパーとラッパを鳴らしながら、ついでに舌をちょこっと出して、おいらにウインクしもって復活されるんやろな。
ヨシオ:なんでポニョにウインクをされるんや。気持ち悪いやないか。
ポニョ:今回の崩御自体が、全ての帰依者を試されるテストなんやろな。だってババは御講話で、これまで何度も化身としてやられる仕事のことや、この世に神が生まれ変わって来た理由などを予言されているのに、それらを途中で全部ほっとらかして逝かれたもんな。その事を太陰暦で数えると96歳で亡くなったとか、無理にいろいろとこじつけて正当化出来ないぜよ。
ヨシオ:ババがまた戻って来られるとしか、考えられないよな。でも、そういう事を受け入れられない人がマジョリティやな。だって、俺たちが言っているように、一度ドカンと経済が下に落ち、世界情勢も悪化して世界戦争が起こりそうな事態となり、また自然現象も火山噴火や地震などが世界中で起き始めるような状態になって初めて、ババがもう一度この世界に降臨される条件が整うんや。
ポニョ:でもほとんどの人は、今自分が置かれている状態に満足されているんやろな。そこそこの給料ももらっているし、マンションや持ち家もあるし、ビジネスも上手く行ってるし、仕事もきついけど我慢したら海外旅行に行けるし、そんな世界的な大災害や、大恐慌なんて起こって欲しくない人がほとんどやろ。
ヨシオ:だから、それじゃダメですよ。いつまでそんな生活をしているんですか?もっと真剣に神様を思うような人生を歩み始めましょう。と警告を鳴らすのがこのブログの目的やったんや。
ポニョ:ババは、この世界に住んでいる人間の99%は利己的や。と言っておられたことがある。自分さえ良かったら、パレスチナや、東ウクライナで人が殺されようと、自分には関係ないと思っている人がほとんどやろ。また、罪もない動物や、生き物が殺されて人に食されているのに、平気でスーパーの棚から肉を買ったり、皮革製品を身に付ける為に買い求めている。
ヨシオ:これから、いろんなことが世界に起こるけど、これは全部、人類の身から出た錆なんや。特に、一部の裏社会の者が社会を混乱に陥れようとしているけど、全てがリセットしなければ、あれだけの富と軍事力にものをいわして世界中で悪さをしている輩が、単純にハイ、参りました。これから、神を思い、清く正しく生きていきます。今まで世界を混乱に陥れ、たくさんの人々を殺して来てすみませんでした。反省してます。なんて言うわけがない。
ポニョ:そんな事が起こったら、まさしく奇跡やな。結局のところ、人は頭を打たないと賢くならないんぜよ。
ヨシオ:というわけで、人をテストするのが神さんの趣味やそうやから、俺たちの神さんである、サイババさんがええ趣味してるかどうか、ちょっとこれから見ものやな。
ポニョ:あんたの話によると、今年の後半から色々と起こるっていってるけど、もうあと二ヶ月半しかないで。
ヨシオ:いろんな事が年末までに始まると思うで。だって見てみ。世界中でどれだけの地震があり、火山が噴火してる?また、巨大台風に慣れてしまうぐらい、巨大台風が普通になってしまってるやろ。
ポニョ:裏社会の連中も、今年、二機のマレーシア航空機に悪さをし、それを口実にネオナチを使って東ウクライナを攻めてロシアをおびき出そうとし、シリア、イラク、イランにまたがるイスラム国を捏造して、以前からの陰謀通り、あの地域を三分割しようと企んでいる。もうとにかく、今年だけでもめちゃ大きい事件を起こしているな。
ヨシオ:それら全てが、想定外の結果に終わっている。これも、世界中で人々が覚醒して来たおかげやな。今ではもう誰も、あのツインタワーの件はオサマがやったと思ってないやろ。
ポニョ:ここ数年の間の、人々が覚醒するスピードは速いな。ネットのおかげやろな。
ヨシオ:俺はパイロットやから、ジェット燃料は灯油に近いって事を知ってる。翼の上にわざとまいて、ライターの火を近づけてもすぐに火がつかないし、ついてもゆっくり燃えるって教官が言ってた。それが、あの超高層ビルを潰して灰にしたのを見て笑ってしまったな。
ポニョ:それに、飛行機がぶつかっていない高層ビルも粉々に壊れたやろ。なんでもありの世界やな。今面白いのは、ロシアがそれらの詳しい情報を世界に発信し始めてるんや。テレビでも放映を始めたし、こうなると、もっとたくさんの人々が覚醒して、彼らの足元に火がつくやろな。今では、もう誰もマスゴミの言うことを信じていない。奴らの洗脳手段やからな。
ヨシオ:このような俺たちが住んでいる世界は、嘘や暴力、非ダルマでとてもひどい反面、真理の芽が出て来てる。これから、どういう展開になって行くのか分からないけれど、何が起こっても、それはええ事なんや。ババが人類の未来は明るく、真理の光りで輝いていると約束されてるんや。だから、そうなるんや。100%。誰も、未来の事を全て知っている神さんに逆らえないし、その神さんが人類に約束して下さった未来の世界は、想像も出来ないくらい素晴らしい世界なんや。
すべての人類が調和に満ちて生きるという時が近づいています。
その時期は、人々が思うよりも早くやってくるでしょう。
それは、誰も想像できないくらいです。
それは、人の理解を超えています。
私が今言えることは、そのときの美しさは、すべての人が見る夢よりも、もっと素晴らしいということです。SSS Balvikas9/1995vol15p9
ポニョ:ババは本当に全てを知ってられるもんな。細かい事でも全てを。
ヨシオ:ある人が、バンガロールからプッタパルティにババのダルシャンを受けに行こうと、車で走っていると反対車線にババの車が止まっているのが見えたんや。それで慌ててストップして、車から出て急いでババの車に走って行くと、ババは、君は今からどこに行こうとしてたんだ。と聞かれたんで、今からあなたのダルシャンを受けにプッタパルティまで車を走らせていました。というと、ババがわざわざ車から出て来られて御足に触れさせてくれたんや。そして、こんなところにいると、事故に遭うので早く車に戻りなさいと言われたんや。それで、その人は思わぬところでババに会えて、御足にも触れることができて喜んでいたんや。でも悲劇は九年後に起こったんや。その九年前と同じ場所で、前に止まっていた砂利を満載したダンプが、ギヤを入れ間違えて後ろ向きに走り出し、運転手はダンプをコントロール出来なくなったので、ドライバー席から飛び降り、ダンプはそのまま後ろから来た、そのババと道の途中で会った人の車に突っ込んだんや。ダンプはフロントガラスをぶち破り、その人の鼻の前、二センチのところで止まったので、怪我はしなかったけれど、もちろん車は大破したんや。
ポニョ:九年前に、ババがここにいたら事故に遭うとおっしゃったんか。そして、その同じ場所で事故にあったんや。未来の事を分かっていてその場所で車を停められたんやな。ババらしいな。このようにババの言葉は奥深いから、絶対冗談として受け取ったり、無視したらあかんな。でも、鼻の前二センチでダンプが止まったって、めちゃ恐ろしい体験やな。ババがそこで止めてくれたんやろな。
ヨシオ:そのダンプは50%も最大積載量をオーバーして砂利を積んでいたんや。こんな砂利の話をしてたら、俺はもう、これからの人生、砂利を見ないと一日が始まらないような気がしてきたな。
ポニョ:砂利洗いと砂利運びの仕事は楽しいやろ。もうどれくらいやっているんや。一週間ぐらいか?ちょっとは筋肉がついてきたみたいやな。還暦になっても筋肉はつくんやな。面白い。今度から、砂利を買ったらコンクリートミキサー車でデリバリーさせたらあかんで。砂利がセメントの粉だらけになるからな。アクアポニックスは閉鎖型水循環式農法やから、水にセメントが混じると野菜も育たないし、魚も死んでしまう。しっかり砂利を洗わなあかんぜよ。コンクリートミキサー車なんかで運ばしてくるからや。常識やぜよ。あんたが作ったカルマやから、自分で支払いなさい。おいらは、タネから芽を出さす仕事で忙しいんやぜよ。こういう具合に仕事も分業すれば楽しいな。
多くの人々は、私の言葉を重視せず軽く取っています。
これは正しいことではありません。
私が話すことは、例え私が軽い調子で話し、冗談として話したとしても、全て真理であり真理のみなのです。
しかし、人々はそのことに気付いていません。
肉体的にスワミの近くにいる人でさえも、このことを正確には理解していません。
その結果しばしばスワミの言うことを無視しています。
私の言葉を真剣には受け取らず、スワミは軽い調子で話をしたのだと思っています。
そして、私の言葉が真理である事を後でそれが現実となった時にようやく気付くのです。
人は未来のことを何も知らないので、私の言葉を軽く受け取ります。
けれども、私の言うことが全て本当だということが将来判明するでしょう。
そうして初めて、人は私の言葉を理解することが出来るのです。
眼の前で、私が歩き、話しているのを見、起こっている事を全て目撃しているのにもかかわらず、人々は私の言葉を理解することも、私の神聖さを認識することも出来ずにいます。
人々の多くは、私の言葉を冗談でかたづけます。8/08
ポニョ:神さんの趣味が人の信仰心をテストする事やなんて、少し意地悪いよな。ヴェンカタギリの王様の亡くなったお母さんを霊界から呼ばれた時も、お母さんは王様である息子に、この方は、お前の信仰しているラーマ神であるけれど、クリシュナ神のように人を試されるから注意しなさいとアドバイスをしてたな。
ヨシオ:ババは、帰依者がアシュラムに来ていつまで滞在するか知っておられるので、その帰依者が帰るギリギリまでインタビューに呼ばれない事が多いんや。だから帰依者たちは、今回はババはインタビューに呼んでもらえないんやろか?とか思って疑心暗鬼な気持ちになり、ババのアシュラムに来たことを後悔したり、ババを疑い始めたりして、自分の帰依心や信仰心の強さなどに、心の中で向かい合わないといけないんや。
ポニョ:つまり、インタビューではなくインナービューやな。そういう状況をわざとババは作って、帰依者を試されるんやな。ちょっと意地悪やなそれって。
ヨシオ:シルディサイババの帰依者で、シルディババに、また、南インドで生まれ変わると告げられた方がいるんや。それで、サッチャサイババになって生まれ変わったシルディババを、見つけ出し、サッチャサイババの帰依者になられた、ペッダバッドゥという方なんやけどな。
ポニョ:ほう、二人の神の化身の帰依者か。それってすごいよな。
ヨシオ:その方が、私はババに私がこんな風にサッチャサイババの事を思っているなんて知られたくないので、彼には直接言いませんが、シルディババは帰依者に対して怒ると、その辺にある石を拾い上げてその帰依者に投げつけたものでした。でも、サッチャサイババは表面上は甘く優しいように見えますが、でも、人の心の内部で石を投げられるんですよ。と言われたことがある。
ポニョ:つまり、帰依者をテストされるって事やろ。シルディババの方が、もっとストレートでおいらに向いてるな。
ヨシオ:サッチャサイババは、帰依者一人ひとりの中に神様がいますよって教えてくれるんや。そして、次のプレマババは、実はあなたが神なんですよって導いてくれるんや。だから、今のサッチャサイババは、一人ひとりの心の中に神さんがおられる事に気が付きなさい。良心の囁きに耳を傾けなさい。その良心の囁きは神の囁きですよ。心に悪い思いが浮かんだら、すぐに捨て去りなさいね。神様とその悪い思いは共存出来ませんよって教えられているんや。
ポニョ:以前、椅子取りゲームの話をしたけど、そのことやな。だから、一人ひとりの心の中の悪い思いに石を投げられるんか。
ヨシオ:カナダのバンクーバーのサイセンターの会長をされていて、HSBCのテクニカルライターの仕事をされている、マユールパンディアさんていう以前、サイのカレッジで教えていた方がいるんやけど…。
ポニョ:なに〜。HSBCってグロエリが仕切っている悪さばかりしてる銀行やぜよ。High Society Bank of Criminal やんか。
ヨシオ:何を興奮してるんやポニョは。世界中のほとんどの銀行は繋がっていて奴らの影響下にあるから、どれでも一緒やないの。それで、そのマユールさんは、トライブリンダヴァンという建物の前の庭を誰も手入れしていないのに気がついて、雑草抜きや花を育てたり、掃除をしたりしていたんや。
ポニョ:トライブリンダヴァンって、中にマンディールがあって、ババもホワイトフィールドにおられる時にそこに滞在されるところやろ。おいらも中に入ったことがあるぜよ。それって、かなり以前の事やろ。だって、おいらがインタビューに呼ばれてトライブリンダヴァンの外で、ババがダルシャンを終わられるまで待っていたけど、ペットの鹿や鳥や他の生き物もいたし、庭もめちゃきれいに手入れしてあったで。
ヨシオ:マユールさんが、ブリンダヴァンのカレッジに入ったのは35年以上も前の話なんや。だから、誰も庭の手入れなんてしていなくて、マユールさんが一人でしていたんや。ある日、ババがマユールさんに、君の庭はどうだい?って聞かれたんや。それで、マユールさんは先ほど新しい花のタネを撒き、肥料も入れましたし、他の草花も順調に育っていますよ。と返事すると、ババは君の庭はどうだい?と同じ質問をされたんや。それで、どのように答えていいのか分からなかったので、返事出来ずにいると、ババは去って行かれたんや。近くにいた学生に何か言いそびれたことがあったかな?とか聞いていたんだけれど、結局分からずじまいやったんや。でも、次の講話でババは一人ひとりの心の中に人は庭を持っている。その心の庭の雑草を抜かなければならない。と言われたんや。
ポニョ:そういうことか。ババが君の庭はどうだい?と聞かれた意味は、マユールさんの心の中にはびこっている雑草取りもしていますかという意味なんやな。ところで、心の中の雑草って何やろな。
ヨシオ:俺に聞かんでも、自分で分かるやろ。
ポニョ:そうやな、腹が減ったら我慢出来ずに、すぐに何でも口に入れてしまうこととか、食事の前にフードマントラを言うのんを忘れてしまうとか、甘いものには目が無いので、もうちょっとダイエットに気をつけやなあかんとか。
ヨシオ:分かった分かったって。ポニョは食べることばっかりやんか。雑草って簡単に言えばババが以前、講話で言われてたけど人の六つの敵の事やねん。
単に人間のみならず、生きとし生けるもの全ては欲望、怒り、痴情,貪欲、自惚れ、嫉妬という六つの敵に取り囲まれています。
六つの中で最も強力な敵は欲望と怒りです。
欲望と怒りは異なるものとみなされますが、怒りは欲望より生じます。
貪欲、痴情、自惚れ、嫉妬もまた欲望の結果です。28/9/90
ポニョ:ああそういうことか。おいらの場合は、欲望って食欲だけやからな。他にないぜよ。
ヨシオ:それって大きな敵やないの。チャクラが胃の位置にある証拠やからな。それで、このマユールさんはババのカレッジに入るまでムンバイのカレッジに在籍していて、ババのカレッジではしてはいけないということを全てして来て、普通の学生生活を楽しんでいたんや。でも、家族全員ババの帰依者で両親はマユールさんがババのカレッジに行って欲しかったんや。でも、マユールさんは壁にかけてあるババの写真が後ろ向きにひっくり返ったらババのことを神と信じてもいいよ。なんて言ってたんや。
ポニョ:にくそいガキやったんやな。両親も頭が痛いやろなこんなガキが一人家におったら。
ヨシオ:でも、ある日、知り合いの人がババのところに行くのでついて行ったんや。そして、最初のダルシャンでババが神さんって分かったんや。家に帰ると、お母さんが壁にかけてあるババのお写真はひっくり返らなかったけど、あんたが神の方にひっくり返ったね。と言われたんや。それで、カレッジに入ったんやけど、早朝からバジャンを歌って通りを歩いたり、礼拝やいろんな行事が自分にあってると分かって、すっかりババのカレッジにはまってしまったんや。ある日、マンディールの中にいた時、郵便局に行く用事を思い出したんやけど、当時、学生がマンディールを離れる時は、教授などに許可を得ないといけなかったんや。でも周りを見回しても誰もいないので、事後承認でいいやと勝手に自分で決め込み、規則を破ってマンディールを抜け出したんや。そして、トライブリンダヴァンの横を通って裏ゲートの方に歩いていると、何かを感じて上を見たんや。するとババが二階のベランダからマユールさんを見下ろされてたんや。それで、ああババに見つかってしまった思い怒られるのかなとババを恐々みると、ババは、お前が勝手に規則を破って出て行くのを見つけた!という悪ガキのような笑い顔をされて、マユールさんを指でさされていたんや。そして、その指をおもむろにピストルの形に変えてマユールさんをバンと言って撃つマネをされたんや。マユールさんはおかしいやら、驚くやらわけが分かなくなってマンディールに戻ったんや。
ポニョ:ババは何でも知っておられるし、どこにでもおられる事の証明やな。おいらは大阪出身やから、手でピストルの形を作って友達とよく撃ち合いしてたな。子供やったら誰でもするやんかな。知らん人にもピストルの形を手で作ってバンと撃ったら、撃ち返して来るんやもんな。おもろかったな。チャンバラも、知らん人に切る真似をしたら切り返してきよるもんな。それで通りでやり合いするんや。
ヨシオ:そんな事を知らん通行人と出来るのは、世界中で大阪だけやろな。何というても、チャンバラトリオの発祥の地やもんな。俺の学校にも来てパフォーマンスやってたな。
ポニョ:そんなノリがええのが大阪のええとこやな。でも、まさかババが大阪のノリをやるって知らんかったな。面白いやろな。ダルシャンで、ババとそのノリでバンバンと言いながら帰依者と撃ち合いしたら。ダルシャングランドが吉本新喜劇の会場になるやろな。
ヨシオ:今回は、ポニョの一人芝居はやめとこな。この記事を読んでくれているババの帰依者の人は平均俺たちと違って、生真面目な人が多いから立腹されるかもしれん。
ポニョ:…そうやな。やめとくわ。本当はおいらやりたかったんやけどな。
神は、あなたがしていることをすべて見ています。
あなたは、他の人は誰もあなたが何を考えているかを知らないだろうと想うかも知れません。あなたは他の人々を騙せるかもしれませんが、神を騙すことができるでしょうか?
神はすべてを知っています。
ですから常に善いことをしなさい。
あなたが感覚を正しく使うようになれば、あなたの犯した罪はすべて償われます。
皆さんは、怒りに襲われれば、一切の識別力を失って人間らしからぬ行動をとります。
ですから、腹が立ったときは、必ずすぐにその場を離れるようにしなさい。
罪を犯した後でそのことを悔やむよりも、最初から罪を犯さないほうが良いのです。5/7/01
朝、目を覚ました時、至高の神によってあなたに割り当てられた役割りを演じる舞台劇に登場した、と思いなさい。
その役を上手く演じて神に褒められるように祈りなさい。
夜、眠りに着く時は、舞台を降りて自分の演ずる役割の衣装を着たまま楽屋に居ると思いなさい。
なぜなら、おそらくあなたの役は未だ終わっていないので、衣装を脱ぐことを許されていないからです。
おそらく、あなたはまた翌朝舞台に立たねばならないでしょう。
何も心配はありません。
彼の意思に従いなさい。
彼はすべてを知っています。
彼が劇を書いたのです。
そして、彼は劇がどのように終わるのか、どのように続いて行くのかを知っています。
あなたはただ、与えられた役割を演じて退出すれば良いのです。OCSp12
ポニョ:このマユールさんも、以前紹介させてもらったヴィジャヤサイ君のように、ストレートな人間て分かるよな。おいらと似ているぜよ。
ヨシオ:昔、ムンバイで行ってたカレッジでは、ババのカレッジでやってはいけない事を全てやってた。とか、壁にかけてあるババの写真が裏返ったらババを神様と信じるとか、自分の気持ちを素直に述べられているな。
ポニョ:自分を飾らないっていいよな。今の世界は、虚栄を張って自分を飾る人が多いから、一体その人が何を考えて、何を言いたいのか、何かを企んでいるのかいないのか、さっぱり分からん人だらけやもんな。おいらには、ちょっとついていけないぜよ。
ヨシオ:ポニョは一番苦手やもんな、そういうタイプの人って。その点、マユールさんのような人は、初めてのダルシャンで直ぐババの神聖さが分かり、それ以後、ババにずっと一瞬も離れることなく着いて行っておられるな。
ポニョ:もちろん、前世からの徳もあるんやろうけど、ババに会って花が開いた人って多いよな。
ヨシオ:ババも、そういうストレートな人、心で思っている事と口に出して言うことが同じ、そして口に出した事は必ずやるという人を好んでお側に呼ばれるな。
ポニョ:今の世界でそういう人は少ないよな。だって、そんな事をしていると人に騙されたり、利用されたりするぜよ。
ヨシオ:さあ、それではマユールさんの話に入ろか。マユールさんがカレッジにいた頃、ババが車で出かける時みんなでお見送りに行ってたんや。でも周りは学生だらけでババの姿を見るのも難しいので、マユールさんは自分が育てた花を摘んで、ババの車が通る道の横に立って待っていたんや。すると、ババは車を停めてマユールさんから花を受け取られるんや。それを見ていた他の学生たちも、マユールさんのマネをして花を摘み、マユールさんのように道の脇で立つようになったんや。それで、庭の花がすぐに無くなり、花を持った学生達が等間隔で道にたくさん立って待つようになったのでとても面白かったと言っておられたな。
ポニョ:なんか、それって知らん人が見たら変な光景やもんな。なんか、笑っちゃうようなそんな光景や。学生たちが、花を持って道に等間隔でたくさん立っているなんて。
ヨシオ:そういや、俺もババがサマーコースが終って講堂から出て車に乗られる時に、少しでも近くに行こうと一生懸命やったな。でもある日、講堂の廊下に少し高さの低い窓があるのに気がついたんや。講堂の廊下の幅って、たかが一メートルぐらいやろ。そこをババが歩いて車のところまで行かれるんやけど、その窓の前を歩かれるから、その窓を開けて顔を出していたら、至近距離でババを見れるかなと思って待ってたんや。すると案の定、ババが俺の鼻の先、三十センチのところを通られたんや。俺のなが〜い顔が突然窓に出現したんで、横目で見て行かれたけどな。
ポニョ:そら、そんな長い馬面がいきなり窓の外に現れたら誰でも驚くよな。
ヨシオ:馬面は余計やろ。多分俺と同じ事を考えて、このマユールさんもその窓の前でババを待っていたんや。するとババはラッキーな事にその窓の前で歩みを止めてマユールさんに話しかけられたんや。ババはマユールさんに、君は私の事を愛していますか?と聞かれたんや。マユールさんはもちろんですともスワミ。あなたの事を心から愛しています。と答えると、ババはお前は嘘つきだ。神を本当に愛すると、愛してるなんて言えなくなるんだよ。自分が神を愛していると思ったり、言ったりしている間は、本当は神を愛せていないんだ。と言われたんや。
ポニョ:愛しているという感覚や意識がある間は、本当に愛していないって事なんやろな。難しいよなそれって。そう言えば、クリシュナの時代にゴーピー牧女達は、クリシュナの事を思いすぎて我を忘れてしまっていたよな。あるゴーピーはロウソクの炎の中にクリシュナを見て、そのロウソクが溶けて自分の手がやけどしていることさえ気づかなかったよな。
クリシュナは言いました。 「ラーダー、私は宇宙の主だ。何でも欲しいものを願いなさい。すぐにそれを授けよう」
ラーダーは答えました。「あなたから欲しいものはありません」
クリシュナは言いました。 「私の愛さえ欲しくないというのか? 」
すると、ラーダーは「私は自分があなたを愛していることを知っています。あなたが私のものであることも、この先ずっと私のものであることも、永遠に私のものであることも知っています。あなたが私を愛していようと、愛していまいと、それは問題ではありません」
クリシュナは、初めてひざまずくと、母なるラーダーの手を取って言いました。
「ラーダー、私は自分の全創造において、今、初めて自分の帰依者からあるものを受け取った。それは無条件の愛である」 と。
ヨシオ:ラーダーってゴーピーの一人でクリシュナの叔母に当たる人なんやろ。
ポニョ:そうやったんか。それはおいらも知らんかったな。確か亡くなる時に、クリシュナのフルートを聞きながら死にたいって言って、クリシュナの膝の上で亡くなったんやったな。
ヨシオ:理想的な死に方やな。それ以来クリシュナはフルートを吹くのんをやめたんや。
ポニョ:でも、実際はヴィシュヌ神の相方のラクシュミー女神の化身やって言う話もあるぜよ。
ヨシオ:でも、ラーダーぐらい強い神への信仰心を持っている人ってなかなかいないし、いたとしても普段その信仰心を、人に見せないようにしているんやろな。ある時、マユールさんはババの車の前席に乗る機会があったんやけど、乗っている間、誰も話さないし、後ろを振り返ってババを見たら、なんか、自分の事を睨んでいるみたいやし、嫌な雰囲気やったから思い切ってババに話しかけたんや。スワミ、あなたの事を愛しています。あなたの事を思って夜も寝れません。というと、ババは嘘を付くな。毎晩大きいいびきをかいて寝てるやないか。と言われたんや。
ポニョ:なんでもお見通しやな。ババにかかると。神様になんにも隠し事なんて出来ないよな。
ヨシオ:ババはその頃、学生たちを連れて野生動物を見に、モトマライの森によく行かれたんや。三頭の象に分乗して、深い森の中の道無き道を歩んで行くんや。
ポニョ:その写真を見たことがあるぜよ。象の上に六七人乗って森の中を行くエコツアーやな。それってめちゃ面白そうやな。
ヨシオ:途中にカルグリーレストハウスというところで休憩するんやけど、ババはマユールさんに、森の探索を楽しんでいる間に何か分かったことはあるかい?と聞かれたんや。マユールさんは、いいえ別にと言うと、ババは、人々は森の中にいる野生動物を探すように神を探し求めているけれど、実は神様はいつも君たちと一緒にいるんだよ。と言われたんや。
ポニョ:ババはいつもいろんな機会を捉えて、帰依者たちに易しく霊的な事を教えられるよな。森の中で捜す野生動物を神様と例えられているんやろうけど、実は神様は君たちと一緒に象に乗っているんや。
ヨシオ:本当は、神様は俺たちといつも一緒に人生を歩んでいるんやけど、それに気がついていないのが俺たちなんやな。
ポニョ:昔、外国に住んでいる友人からカードをもらったことがあって、そのカードに書いてあった詩や絵がとても良かったんで、何度も読み返したことがあるぜよ。そこに描かれている絵は、砂浜に二人分の足跡がずっと続いているんや。それで、あるところから、一人分だけの足跡になっているんや。しばらくしたら、また二人分の足跡がずっと続いていて、また一人の足跡だけになって渚に消えてしまっているんや。
ヨシオ:不思議な絵やないの。それで、どんな詩が添えてあったんや。
ポニョ:昔の事やから、よく覚えていないけど、大体こんな感じやった。
神様と二人で歩む人生
それは、長い長い海岸を歩くようなもの
後ろを振り返ると、ああ本当だ。神様がずっと私と一緒に人生を歩んでくれているんだって分かる
だって、私と神様の二人の足跡が砂浜に残っているから
ああ、時には人生に悲しみや苦しみが襲ってくる
そんな時、心から呼び求めるあなたの名前
神よ、神よ、神よ
この苦しみから私を救いたまえ
ようやく過ぎ去った人生における苦難の嵐
私は、そんな苦難の時にこそ、きっと神様がその苦しかった私と一緒にいて下さったんだと信じて後ろを振り返りる
そして神様の足跡が私の足跡の横に付いているかどうかを見てみる
でも、私があんなに心から神様を呼んだのに、その時に神様は来てくれなかった
私の人生で一番苦しかった時に、神様は来てくれなかったのだ
だって、私が神様を泣き叫んで呼び続けていた頃の足跡は、私のたった一人分の足跡しか無かったのだ
神様、私の呼ぶ声が聞こえなかったのですか?
私が悲しみで毎晩、涙で枕を濡らし続けていたのに
私が苦しみに負けて、心がへし折れそうになっていたのに
あの時、私がどれほどあなたを必要としていたかを、ご存知のはずなのに
娘よ、私の愛しい娘よ、お前が私を呼ぶ声は耳が痛くなるほどよく聞こえたよ
だから、あの砂浜についている足跡は、お前の足跡ではなく、私の足跡なんだよ
そうなんだ、お前が苦しみに負けそうになっていたので、私がお前を背中に背負って、困難を乗り切ったんだよ
私は、今までずっとお前と一緒だったし、これからもそれは変わることはないんだ
こうして、二人でお前の人生の最後までずっと一緒に歩もうな
そして、お前の人生が最後を迎える時、逆にお前が私を背負って歩いておくれ
そうすれば私たちは一つになれるんだよ
ヨシオ:ええ詩やないの。心にズンと来たで。最後のオチが最高やったな。そうか、人生でしんどい時は神様が背負ってくれるんやな。それでよく分かったわ。なんでポニョがダイエットせなあかんていつも言ってる理由が。ポニョは人生でしんどい時に、神様に背負ってもらおうと思ってるんやろ。やめ時、あんたみたいなお腹出たおっさんを神様は背負わないから。
ポニョ:そうやろか。でも、その通りやな。あの小さい身体のババが、お腹がプックリ出てるおいらを背負って歩くなんて、想像したら可笑しいよな。
どのようにして心をきれいにするのであろうか?
それは、例えばおなかがすいているからといって悪い食べ物、つまり世俗的なものでおなかを満たすより、良い食べ物、つまり神のことを思うことで空腹を満たすことである。
英知も、何が一時的で、何が永遠なものかを識別することによって研ぎ澄ませることが出来る。
あなたの思いを神の御名と御姿に集中させてみよう。
そうすればあなたは、純粋で永遠なものとずっと一緒だったと気づき、そこから喜びを引き出されることができるであろう。SSSvol5p9
いつも幸せでいなさい。
あなたの喜びを周りの人々にも分け与えなさい。
これが真の霊性です。
覚えておきなさい。
愛は神です。
愛の中に生きるのです。
真理は神です。
真理の中に生きなさい。
恐れてはいけません。
神はあなたといつも一緒です。
神は私といつも一緒にいて、私は神様の中にいるんだ。
という確信を持って生きていくなら、あなたは何も恐れることは無いでしょう。
このように行動することによって、皆さんがそれぞれの国で平安と調和を広めて行くことを私は望みます。17/2/89
ポニョ:昨日の記事で、クリシュナの膝の上でラーダーがフルートの音色を聴きながら亡くなった話が感動的やったな。そして、それ以来クリシュナはフルートを吹くのをやめたんやったな。
ヨシオ:金子ミス夫の砂浜に残った神様と二人分の足跡の詩もハートフルやったな。
ポニョ:前にも言ったけど、その金子ミス夫はおいらのペンネームと違うからやめてくれる?それより、以前、あんたがパラグライダーをやってて、最高のフライトをグルプニマの日にしたよな。地平線から昇る満月と地平線に沈む夕陽の間の空間を飛んで素晴らしい体験をしたけど、それ以来飛ぶ気がしなくなったと言ってたやろ。クリシュナもフルートをやめたのは、ラーダーのような素晴らしい帰依者が死んでいなくなったので、フルートを吹く気がしなくなったからなんやろか?
ヨシオ:このクリシュナがフルートをやめた話は、ババの講話の中で実は二つ程違うバージョンがあるんや。ババは人は九つの穴が開いた皮袋やって言ってられる。フルートも九つの穴が開いていて、中は空洞になっているやろ。神さんがそこに息を吹き込むと、綺麗な音がなって素晴らしいメロディを奏でることが出来るんや。それと一緒で神の帰依者も自分というエゴを身体から追い出せば、神さんが息を吹き込んでくれて、素晴らしい神さんの道具となって世の中を光で輝かせることが出来るんや。ラーダーは素晴らしい神の道具の典型やったんや。エゴが一点の曇りもなく、彼女の心の中は、クリシュナだけで占めていてまさしく彼女こそ、バクティヨガをしている帰依者のお手本やったんや。最高の帰依者であるラーダーはクリシュナがいつも持ち歩くに相応しいフルート自体やったんや。そして、そのフルートであるラーダーが亡くなったのでクリシュナもフルートを捨てたんや。
ポニョ:そうやったんか。人の体に空いてる九つの穴と、フルートの穴。そしてそこに吹き込まれる神の息吹によって奏でられる神聖なメロディーと、人が神聖化する事によってもたらせる神さながらの行為。二つの物質が神聖化する事によって神の道具になるのか?すごいロマンチックやな。でも、本当に人間の身体って九つの穴が空いているんやろか。目と耳が二つずつやろ。鼻は一つとして数えるんやろか、それとも二つかな。
ヨシオ:ポニョの鼻の穴は一つに繋がってるんかい。二つに決まってるやろ。
ポニョ:でも奥で繋がってるで。でも見かけは二つやな。おいらもそうやと思った。それと口と…おへそも数えるんかな?
ヨシオ:さっきからしょうもない事ばっかり聞いてくるなよ。ポニョのでべそは穴が空いていてそこから息をしとんのかい?
ポニョ:おいらは、でべそと違うんやけど。おへそに穴が空いてたら息をする代わりにおならが出てくるやろな。でも、なんか変や。公共の場でおならが出そうになったらおへそを押さえるなんて。あんたはん。さっきからおへそを押さえてはりますけど、芋の食べ過ぎやおまへんか。もうちょっと離れたところでその押さえた手を離してくれますか、ここら辺でおへそからプーと嫌な臭い撒き散らさんといてくださいな。という具合に直ぐにおならを我慢してるのがバレるもんな。だからおへそは数えたらおかしいぜよ。あっ、変な話やけど男と女は穴の数が違うやんか。
ヨシオ:あのな、もうさっきからええ加減にせえや。ポニョはほんまに。どこが、ロマンチックやねん。現実的過ぎるやないか。まあ、ポニョは誰が見ても善人の塊みたいな人間やけどな。ポニョが何を言っても罪がないわ。神さんの事もしっかり愛しているし、ポニョみたいな人間が神の神殿に到達出来るんやろな。でも、おかげでクリシュナとラーダーの夢が壊れてしまったやないか。
ポニョ:神の神殿に?おいらが?それやったら今からちょっとええ服を新調しとかなあかんぜよ。
"私達は、他人からの批判に臆すること無く我々自身の正しい道や、英知そして決意を守り通さなければなりません。
格言にもある通り、果物をつけた樹木だけが、通行人から石を投げられるのです。
常に善人は悪人を刺激して中傷を招き、悪人は善人を中傷して物笑いの種とします。
これがこの世の常道です。
この世にそうしたことは起こらないと思う事にこそ、人は驚くべきです。
単なる善人は、至高の神がおわす神殿に到達する候補者となりうることは確かであるが、しかし帰依の念を持つ善人は、確実にそこに到達する権利を持っているのだ。SDMp115"
ポニョ:ところで今さっき、ババの講話で幾つか違うバージョンを言ってられるって言ったけど、どうしてそのように違うバージョンがあるんやろな。
ヨシオ:それは、民間に伝わっているクリシュナのエピソードを尊重されているからなんや。ババはクリシュナだったし、もちろんその時その場で一体何が起きたかも逐一知っておられる。でも、クリシュナの話は六千年前の話で、その間いろんなバージョンが伝えられてるんや。小さい頃からそういうクリシュナについての伝承を聞かされて大きくなった子供達も、その伝えられた話を信じているし、そういう子供がインドにはたくさんいるんや。だから、物語の根幹に関わらない部分については、民間の伝承を尊重されるんや。こういう事は、ラーマヤーナにも出て来る。例えば、ラーマがラヴァナを征伐して凱旋して武将たちに褒美の品物を配っている時に、シータがハヌマンに、自分を救ってくれたお礼にと、自分がしている真珠の首飾りをプレゼントしたんや。するとハヌマンはその真珠を一つひとつ耳に当てて、ラーマというサウンドがするか確かめて、サウンドが聞こえなかったので、歯で噛んで割って中身を確かめているんや。ハヌマンにとっては真珠もダイアモンドもラーマのサウンドを発していないものは何も価値は無いんや。そこまでは、どのバージョンも一緒なんやけど、それを見ていた将軍がやっぱりこいつは猿や。真珠の価値を知らんから歯で割って壊してしてしまいよった。というのと、それをシータやラーマが言ったという三つのバージョンがあるんや。因みに、この後ハヌマンは自分の身体の毛を一本抜いて耳に当てるように言ったんや。するとその毛からは、コンスタントにラーマ、ラーマ、ラーマというサウンドが聞こえて来たんや。このようにいろんなバージョンがあるのは、物語に大きな影響を与えないマイナーな部分やから、インド各地に伝わっている民間の伝承を尊重されているんや。
ポニョ:でも、将来ゴールデンエイジになってババの講話を学校とかで教えるようになったり、大学で研究するようになったりすれば、ババは違うところで違うことを言ってるなんて重箱の隅を突つくような事を言い出す研究者もいるんやろな。
ヨシオ:もちろんや。実はババは、そこを狙っておられるんや。わざと矛盾するような事を講話で言っておいて、後世においてババを研究する事によって食っている研究者や学者、専門家はその頃はメジャーになっているやろうけど、そういう者たちの間で、争いの種、争論を起こさそうとされているんやろうな。
ポニョ:なんでそんな種をわざわざ蒔かれるんや。
ヨシオ:今の世界を見渡したら、一体どれくらいの人がババの教えを守って行きていると思う?ほんのほんの一握りやろ。しかも、今回ババはあの世で潜伏されて再び降臨される機会を伺っておられるけれど、ババの帰依者の間でも、そういう事を否定して信じていない人が大多数やんか。
ポニョ:でも、最近は少し増えて来ているぜよ。
ヨシオ:でもまだまだマイノリティやろ。将来、ババが再降臨された時、世界中がババ一色に塗りつぶされる。その時に、今までババを三流マジシャンだと言って馬鹿にして来た人も、インチキ手品師のアフログルと言って無視して来た人も、今、ババの再降臨を信じず鼻でせせら笑っている人も全て、涙を流しながら空に浮かんでおられるババの神々しい御姿を見るんや。そして、これからの何千年の間、その事が神話となるまで後世に伝えられて行くんや。
ポニョ:ゴールデンエイジが待ち遠しいな。でも、それとバージョンと何の関係があるんや。
ヨシオ:その、ゴールデンエイジがやって来ると、今までババを批判して来た人も、誰も彼もがババのことを学び始め、周りはババの専門家だらけになる。そして、霊的レベルの低い人もババの帰依者になり、ババの教えについて一言申す人がわんさか出て来るのは目に見えている。そして、大抵そういう人たちは、以前ババを批判していたように、ババの講話の中の矛盾点を重箱の隅を突つくみたいにして見つけ出して、将軍の首を取ったみたいに喜ぶんや。ババは、そういうレベルの人達のことを考えて、今わざと餌をばら撒いておられるんや。
ポニョ:それに、ババは講話の中や、グループ、個人に話される時に、その人の霊的レベルに応じて話されるので、同じトピックでも違うことを言ってられる時もあるしな。でも、えらい遠い将来の事まで考えて講話されているんやな。でも、本当にそうやろな。ババは一言も無駄な事を言われないから。将来、今ババをマジシャンやとかペテンやとか言って批判している人も全てババの帰依者になり、自分が昔言ったことを忘れて、ババの事を人一倍知っているような事を言い始めるんやろな。
ヨシオ:そのような人が例え亡くなっても、次に生まれ変わった時代はゴールデンエイジになっているけど、その人の前世からの傾向でゴールデンエイジになっても、ババの言われている矛盾点を見つけ出して、いろんなことを言うんやろな。だから、その時に人々に本物と偽物を見分ける機会を与えるために、ババはこういうことをされるんや。
ポニョ:前世からの傾向って結構その人の行為に影響するんやろな。
" 不浄の傾向は、低い欲望をかきたてるもの、例えば映画などを見たがったり、魚や肉などを食べたいと思ったり、人格を台無しにするアルコール類を飲みたいと思ったり、怒り、迷い、貪欲、自惚れ、欺瞞、憎悪、嫉妬などの念を生じさせます。
そのような不浄の傾向には、栄光、権力、個人的な栄耀栄華を手に入れようとする世俗に関する前世からの欲望傾向、世に名の聞こえた学者となり、同じ分野の競争相手を負かそうとする学問に関する前世からの傾向、美しい肉体、筋骨たくましく、なめらかな肌を愛し、それらが皺や筋肉の歪みで衰えるのを好まない身体に関する前世からの傾向の三つがあり、それらは、あなたを生々流転の浮世の車輪に縛り付けます。
そして、ハートに侵入して次々に悩みを作り出します。
それは、過去の経験を思い起こさせ、快楽を思い出させるので、人はまたそれを味わいたいとの欲望を持ち始めるのです。
心は執着という傾向を持つゆえに、物資と外界に引きつけられ物質のことを絶えず考えるようになり、物資の属性に囚われます。
すべてそれは、心に前世からの傾向があるからなのです。
心に前世からの傾向が無い人は、外界の事物によって影響を受けません。DVJp80~3"
ヨシオ:そして、一旦ゴールデンエイジになってプレマサイもサマディになった後、何千年も神の化身は地上に現れないんや。それくらいこの世は平和になっているんや。だからちょっとぐらい刺激がある方がええやろ。何れにしても、ババは全てを知っておられるし、わざと人々の間が混乱する様に種を蒔かれるんや。ババが何もされてもされなくてもそれは、愛で持ってやられているんや。全ては愛、愛、愛なんや。
ポニョ:この世は全て愛なんやな。本当はどこを見ても愛に見えるように自分を訓練しないといけないし、この世に起こる全ての事は、起こるべくして起こるんやな。
ヨシオ:カルマの法則や。二三日前に紹介した、闘牛士の心を動かした牛の話も、あの牛は多分前世では闘牛士やったと思うで。
ポニョ:そう言ったらそういう可能性はあるよな。だって、闘牛士って罪もない牛を、余興のために殺すというめちゃ大きなカルマを作る人たちやろ。だから次の生は牛に生まれ変わっても仕方が無いやんか。そして、牛に生まれ変わって闘牛士に殺される時に、その自分を殺そうとしている闘牛士に私を殺さないで下さい。あなたも私のように牛になって生まれ変わりますよ。動物を殺すのをやめましょう。と、その闘牛士に強いメッセージを想念の力として送っていたのが通じたんやろな。
ヨシオ:今日はポニョの変な一人芝居のおかげでスペースが無くなり、サイの学生さんの話が出来なかったやないの。
ポニョ:おいらよりあんたの方がたくさん話していたぜよ。
"神の信者になろうとしている者は、肉食、アルコール、喫煙をやめなければならない。SS12/1994p315
今日、どうして人口の増加が起こっているかといえば、それは人々の行為のせいである。
人々の小さな胃袋を満たす為に、神は世界に沢山の食料となる物を創造しました。
大量の米、大量の小麦、大量の果物のような良い食料を神が与えているのにもかかわらず、人々は肉や魚などを摂っています。
そしてそれらの人によって殺され食された魚(や動物たち)が,人として生まれ変わってくるのです。SSIB1977p182
人々の為に飲料水を提供する施設を創設し、同時に人々が動物を食料として殺しているのを止めさす、という二つのことが太古の栄光を取り戻す上で基本的に必要なことです。
どんな形にせよ、罪のない動物を殺すということは暴力であり、悪であり、野蛮な行為なのです。SS12/94p323
真の信者になろうと思うならば、肉食を完全に止めなければならない。
人は動物を殺しながら、どうして自らをサイやラーマやクリシュナの信者だと言えよう?
そのような人は悪魔である。
そのような人は、神の恩寵を決して受けることは出来ないであろう。
誰であろうと、その人がインド人だろうが外国人だろうが、サイババの命に従わなければなりません。
今すぐ肉食を止めなさい。SSN春95p33"
ポニョ:昨日の記事は、少し将来を先取りしたような事を偉そうに書いてたけど、その頃にはおいら達はもうこの世にいないやろな。おいらは、神の神殿にいるようやし。
ヨシオ:あの世でポニョを尋ねようと思ったら神の神殿に行けば会えるんやな。
ポニョ:そこでおいらは多分、来客の食事係かなんかに任命されて忙しくしているやろな。
ヨシオ:ポニョっぽくってええやないの。神殿を訪れるのが楽しみやな。俺は多分飛ぶのんが好きやから、綺麗どころを集めた天女さんと一緒に神の神殿の空からの警備を担当しようかな?
ポニョそれって、不公平やないか。なんでおいらが食事担当で、あんたが綺麗どころと一緒に空をふわふわ飛んでる警備係なんや。
ヨシオ:綺麗どころっていうのは、うちの嫁さんの事やんか。
ポニョ:まあそれやったら許したるわ。やっぱりおいらは食べもんの近くに居てるのが合ってるな。ところで、昨日紹介し損ねたサイの学生さんの話やけど、名前も忘れたやんか。ええと…。
ヨシオ:マユールさんやろ。このあと、マユールさんはホワイトフィールドの学校を卒業して、ババから直接呼ばれてバンガロールにある大学に行きなさいと言われたんや。というのもホワイトフィールドの学校はまだその当時、大学として認められていなかったんや。
ポニョ:でも、バンガロールにある大学に入ろうとしたら、ババの学校と違っていろいろと金もかかるんと違うのか。
ヨシオ:そうやねん。それで、その指示をババがマユールさんにされた時に、ババはこの金を入学金の一部に使いなさいと言われて手を出されたら、その手に札束が現れたんや。
ポニョ:いきなりか。くるくる回さんとか?それって驚くよな。手からいきなり金が出て来たら。
ヨシオ:以前も記事にしたけど、イタリアの首相の息子がババのことを信じていなくて、インタビュールームに呼ばれた時も、わざと一番後ろに座り、その間ババがいろんな物を同じグループの人たちに物質化されているのを見ていても、ババが本当の神さんやったら、手をくるくる回さんでも、俺の欲しい腕時計を出せるやろ。と思った瞬間に、腕時計が自分の手首に出現したので、驚いて泣いたって話をしたよな。そのように、ババは別に手をくるくる回したりしなくても何でも出せるんや。俺がインタビューに呼ばれた時も、手のひらを上に向け、その手のひらの真ん中から銀のシルディババの像がニョキニョキとタケノコが生えて来るように出て来たな。
ポニョ:でも、それが出来るんやったら、どうして手をくるくる回したりされるんや。
ヨシオ:手をくるくる回したら、手品っぽく見えるやろ。ババの事を疑っている人たちに、ババがやっている奇跡は、やれ手品や、とかマジックや、とか言える機会を与えておられるんや。そうすれば、嘘を信じた人たちはババの元にやって来ないからな。
ポニョ:つまり、霊的レベルを落としたくないんや。量より質って事なんやな。いつも人をテストをされるババらしいな。シヴァラトリの時も、昔は逆さ向けにしたツボをカスツーリさんに持たせて、そのツボの中を下から手を入れてツボをかき混ぜる様にしたら、たくさんヴィブティが出て来てシルディババの像がヴィブティで埋まっていたよな。
ヨシオ:そうそう、それを見て、ある人たちはこのマジックはカスツーリの袖からパイプを通してツボからヴィブティを出してるんや。とか言っていたな。
ポニョ:そのように、わざとトリックをしているように見せかけられるんやな。
ヨシオ:まあ、人を試すのがババの趣味やから仕方がないけどな。マユールさんの話に戻るけど、無事バンガロールの大学を卒業した後、プッタパルティのカレッジで教えなさい。とゴーカク副学長に頼まれたんや。でも実はババがゴーカク副学長を通じて頼まれたんや。というのもマユールさんはとてもホワイトフィールドのカレッジに執着していて、離れたくなかったんや。それで、ババが直接プッタパルティに行けと言うとマユールさんを傷つけるので、ゴーカクさんを通じて言われたんや。でもマユールさんはそれでも僕は嫌だ。ババから離れるのは嫌だ。と言ってだだをこねたんや。というのも、その頃ババはホワイトフィールドのカレッジの方によく顔を出されていたんや。それで、仕方が無いから直接ババがマユールさんを呼んでプッタパルティに行ってくれるか?と頼まれたんやけど、マユールさんは、それでもだだをこねて嫌だ。あなたから離れてプッタパルティに行きたくないと言ったら、ババはそれは執着心だから神である私のいう事を聞きなさいと言われて、こんな話をされた。全てを捨てて森に行き苦行をしていた苦行者が、ある時いつもの岩に座って瞑想しようとしたら、誰かがもうそこに座っていたので、そこは自分がいつも座って瞑想するところだから、そこをあけてくれと怒って言ったんや。君もこの苦行者と同じやないか。岩がホワイトフィールドで、それに執着してはいかん。と説得されたので仕方なくプッタパルティに行くことになったんや。
ポニョ:ババにだだをこねるって、聞いたことがないな。でも、ババがきちんと例を出して説得されたんや。そうか全てを捨てて苦行に励んでいる修行者でも執着心はあるんやな。身体は森にあれども、心は街にあるって奴やな。心のコントロールか。簡単ではないよな。
ヨシオ:人によって違うけど、普通の人は瞑想の時に揺れ動く心をコントロールするのは難しいやろな。マユールさんも、クンダリーニヨーガの本を読んで瞑想をしようと思ってるけど、心がさまようので、ババにどうすれば良いか聞いたんや。するとババは、子供がお母さんの手から抜け出したので捕まえようとして、子供を追いかけてもすばしっこくてなかなか捕まえることは出来ない。逆に、お母さんが子供を無視してじっとしていると、子供はお母さんが追いかけて来ないので退屈になってお母さんの元に戻ってくる。心もそれと一緒だ。と言われたんや。
ポニョ:そうか。心がさまよっている時に、それを無理に連れ戻そうとせず、無関心さを装えば自然に心はさまようのを止めるんか。そう言えば、ババは心をハンカチに例えて、ハンカチを持っているより放す方が簡単だ。と言っておられたよな。
ヨシオ:ババは、マユールさんに君は私と二人っきりの時の事を思い出しなさい。私が君にヴィブティをあげたり、私にパダナマスカ御足に触れる事をさせてあげたことを思い出しなさい。そしてそのシーンを心に浮かべるのです。そういう修行を毎日続けてして行けば、きっと私にいつか融合出来るようになる。と言われたんや。
ポニョ:そういう風にババからアドバイスをもらえてラッキーな人やな。
ヨシオ:マユールさんはババに、それをトライしてみますと言うと、ババはトライしてもドライになるだけだ。言われたことをやれば良いのだ。と言われたんや。
ポニョ:トライはドライになるって、つまりやってみます、ではダメで、必ずやります。と言わないといけないんやな。
ヨシオ:ババは人々がダルシャンに出る事がどれだけ意義があるのか分かっていない。と言っておられる。つまり、ババが神の化身として肉体をとって人々の間を歩き回るのを見れるというのは、何十年も森の中で修行を積んでやっと一瞬の間だけ神のヴィジョンを見るよりラッキーな事なんや。と言っておられる。「サイババと精神科医」という本を記されたサムさんは、ある時、車から降りてババと二人で通りを歩く機会があったんや。夕方遅かったのですれ違う車もババと気付かなかったんや。ババはサムさんに、今こうして君が私と二人で歩いている情景を心に刻むのです。君は、その事がどれくらい君の霊的進歩にとって良いのかまだ分かっていないけれど。と言われたんや。
ポニョ:つまり、ダルシャンに出たり、インタビューに呼ばれたりした時に、ババを見たりババと会話をしたりすることが、その人の想念の中に刻まれて、その情景が心に永遠に残るってことなんやな。
ヨシオ:だから、俺が瞑想中、ババとハグしてババと一つになる事をイメージしていたら、ババが夢に出て来られて、なんという素晴らしい瞑想の仕方だ。と言って褒めて下さったんや。
ポニョ:だから、大事なことは、自分の心の鏡にババを映し出し、それをいつでも思い起こせるようにして、瞑想をするって事なんやな。
ヨシオ:そして、それを続けて行けば自然とババと一体化出来るようになるんや。ある時、ババがコダイカナルに続くクネクネした山道を車で登っておられた時に、後ろから二人乗りのモーターバイクが追いかけて来たんや。ババと一緒にいた同乗者は、なんてあんな無謀な運転をするんや、あのバイクの若者は。きっと不良に違いないとか言ってたら、ババは彼らはそんな人達ではないと言われたんや。すると急カーブのところでそのバイクが転倒したんや。ババと一緒の同乗者は、それ見たことか。危ない危ないと思っていたらやっぱりひっくり返りよった。と言ってたら、ババが車を停めさせて、転倒したバイクの二人に駆け寄り、大丈夫かいと聞かれたんや。すると血を流して倒れたまま、その二人はババの御足に触れながら、僕たちのバイクが転倒したおかげで、今こうして神様を見ることが出来たばかりでなく、神様と話すことも出来、そして、その御足にも触れる事が出来ました。人としてこの世に生を受け、これ以上一体何を求めることがあるでしょうか?と言ったんや。
誰であれスワミの教えを完全な不動の信念で実践するものは、一瞬において神の直接のヴィジョンを得ることが出来ます。31/7/96
あなたにゆるぎない信仰と帰依があり、重ねてしっかりとした純粋なハートを持っていれば、あなたは神を自分の前に出現させることができます。22/7/02
神の御姿を完全に心の中でイメージしてそこに心をそそぎ込むようにすべきです。
神の御姿が、外界に見られる時、それは条件付き二元論です。
心の中で見れる時、それは条件付き一元論です。
神の御姿が、アートマに吸収された時、それは不二一元論となります。
外界で見れる神の御姿は、まず第一に心に吸収されて、次に魂に吸収されなければなりません。自分で選んだ神のイメージに集中して、他に心を揺らすべきではありません。
心を御姿の型に流し込むことによって、心が神の御姿になるのです。CWSSBJp117
愛を込めて神の御名を唱えなさい。
神は人の姿を愛します。
それだからこそ、化身は人間の姿をとって降臨しました。
人として守るべき本分の道を歩んでいるならば、あなたは神のヴィジョンを体験することが出来ます。SS8/89
ポニョ:心がさまようのを防ぐのは難しいな。昨日の記事でもババはハンカチを持っているより放す方が易しいと言われたけど、そんなに簡単な事やないよな。
ヨシオ:誰でも欲望はあるから、心がそっちの方に興味を持つのは当たり前や。目を閉じて瞑想していても美味しい料理の匂いがしてきたら、ポニョみたいに頭の中は食べることばかり思うようになる。この世界はとても魅力的に創られてあるから、人の興味を引くものがたくさんあるんや。それらに没頭して一生を終わってみると、何の事は無い、俺が追い求めていたのは蜃気楼やったと分かるんや。
ポニョ:そうやな。神さんがご自分の想像力を使って創られた世界がおいら達が住んでいるこの世界やもんな。もともと、想念だったのが物質化しただけの話なんや。
ヨシオ:ババは、この世界は全て変化する。地球も人の体も何もかも永遠のものなんて無いんや。インタビューでババは俺の息子の手を取ってご自分の前に立たせ、この子はまだ六才や。でも三十年も経つと一人前の男と呼ばれる。そして六十年経つと年寄りと呼ばれる。この子の身体はどんどん年と共に変化して行くが、この子の中のアートマンは変化しない。そのアートマンこそが実は本当のこの子なのだよ。と言われたんや。おかげで、うちの息子は三十を過ぎても結婚せず独身貴族で生活を楽しんでる。36歳で結婚しようかなとか言って。
ポニョ:この世界は全て変化して行くけどアートマンは変化しない。でもこの世界にある全てのものは実はアートマンそのものやろ。
ヨシオ:変化して移ろい移り行くものの中に、変化しないアートマンを見るのはとても難しい。そんな事が簡単に出来る人ってそこらにいないやろ。だから、永遠で目で見ることの出来ない、全てに偏在する神様を人の目に見えるように石や絵画などで自分の好みの神様を作り、それを拝めて徐々にその神様が全ての変化するものの中におられることを感じ、最後に全てが自分も含めて姿形を持たない神さんだと悟れば、今まで崇めてきた神さんの彫像や絵画などが要らなくなるんや。そういう段階になれば、自分が見る聞く感じる全てのものは神になって、瞑想さえする必要はなくなるんや。
ポニョ:その人が朝起きて寝るまで、見るもの聞くもの全てが神だと分かって生活していてば、その人が生きていること自体が瞑想していることになるんやな。
ヨシオ:俺に会いに、こんな田舎まで外国からもたくさんの人が来てくれた時があって、その時に色んな人がいろいろと聞いて来るんや。ある人はあなたはどのような瞑想をしていますか?という質問をして来た。俺は、神様を体験するのが瞑想やと思っている。と答えたんや。そのように答えた後、サイババさんが夢に出て来て、俺に瞑想って神を体験することやもんな。と言われて微笑まれたんや。
ポニョ:神を瞑想の時に体験するってどうやって出来るんや。
ヨシオ:これはあくまで二十年以上前に俺がやってた方法やけど、サイババさんの御姿をイメージして一緒に遊ぶんや。ババと手をつないで、いつもの散歩のコースを歩いたり、子供達と芝生の上に座ってピクニックランチを食べたり、一緒に歌を歌ったりするんや。だから、瞑想が楽しいしどれくらい時間が経っているのかも分からん。
ポニョ:でも、そんな事誰でもすぐに出来ないやろ。サイババさんと手をつないで散歩なんて。
ヨシオ:ババは、人はテレビや映画などを見るけど、それは甘い味が付いているナイフを舐めているようなもので、徐々に人の想像力を奪ってしまう。と言われている。俺はこういう事が誰でも出来るんやと思っていたので、来た人たちに俺の体験を話すとみんな驚くんや。その反応を見て俺はもっと驚いた。
ポニョ:元々誰にでもある能力なんかもしれないけど、だんだん失われて行くんやろな。
ヨシオ:俺から話を聞いた人は、これは前世からのもんやからあんただけがそんな事を出来る、と言うんやけど、でもその人たちは自分の家に帰って今までと同じように、テレビをつけて面白いドラマを見、コンピューターゲームをして自分の想像力を傷つけているんや。俺は、テレビを見ないしコンピューターゲームもしない。やはり、これは霊性修行やからババの言われたことを守って生きていかないかんと思う。自分を甘やかせて欲望や感覚の奴隷となって毎日の生活をしていても、きちんと瞑想が出来ないのは当たり前の話や。
どの家にもテレビがあります。
テレビは、金持ちの家には、各部屋に置かれています。
テレビが出現してから、人の心は汚染されました。
テレビの無かったころには心はそれほどは汚染されてはいませんでした。
暴力行為も、以前にはそれほど多くはありませんでした。
今日テレビはどの部屋にも置いてあります。
人々は食事を取りながらテレビを見ます。
その結果、テレビに映る下劣なことも(霊的身体にも取り入れて)消化します。
テレビに集中することは、見る者の世界観に影響を及ぼします。
テレビの見せる、感覚、思い、行為は見る人の心をいっぱいにします。
知らず知らずのうちに苛立ちと悪い思いが人々の心に入ります。
やがてそれらは心に根を張るでしょう。
それゆえ、食事をしながら恐ろしい事件を話題にすべきではありません。
心を興奮させる話題を食卓にのぼらしてはいけません。
食事をしている間は静粛にしなさい。
音響さえ心に侵入して影響を及ぼします。
食事の時はテレビを見てはいけません。
それは蜂蜜を塗った刃。
蜂蜜をなめるなら、刃は舌を切ります。
バラタのみではありません。
全世界がテレビの悪影響に犯されています。
世界には無秩序、不和、欲求不満が溢れています。
テレビを見ることを完全に止めなさい。
ことに食事中であれば尚のこと、仕事中であれば仕事に集中しなさい。15/1/1996
ポニョ:特に、肉食をしていたら、動物や魚の想念が入って来るから心のコントロールなんて難しいよな。そういう意味で、あんたの子供達が通ってたシュタイナースクールは菜食を勧めているし、テレビやコンピューターは御法度やし、想像力を養うのにはピッタリの学校やな。
ヨシオ:長男がシュタイナースクールの小学生やった頃に、ババが勧めておられる光明瞑想を教えようと思っていたら、僕はそんなことしなくても神様に集中出来るで。と言ったんや。それで、どんな方法で集中してるのか聞くと、自分が水の水滴の一滴になり、空から大きな波が立っていない静かな大海にポツンと落ちるんやて。そして、そのまま大海の一部となって静かにそしてゆっくりと大海に飲み込まれて行くんや。と言っていた。
ポニョ:小学生でそんな事が出来る子っていないんと違うか。面白い子やな。
ヨシオ:長男は以前も紹介したように卓球が好きで、卓球場へトレーニングに連れて行ったんや。その日は、元世界チャンピオンの中国人の人が練習をしてくれるって言われたので連れて行ったんや。そこの卓球場は卓球台と卓球台の間が天井から薄い布で仕切ってあって、ゆらゆらと揺れているんや。長男が元チャンピオンの人とたくさんのボールを使って練習をした後、散らばっているボールを拾い集めるんやけど、その時に仕切りのカーテンに体が触れてそのカーテンが大きく揺れたんや。その瞬間ボール拾いをしていた長男が凍ったように動かなくなって、そのゆらゆら揺れているカーテンを長い間見つめていたんや。元チャンピオンの人も長男が動かなくなったので、不思議がって近づいて行って声をかけても返事をしないんや。俺はすぐに長男が瞑想モードに入ったって分かったから、チャンピオンだった人に少しそっとしておいて下さいと頼んだんや。長男はしばらくして、何事も無かった様にボール拾いを始めてまた練習を始めたんや。俺は、その事について何も聞かなかったけれど、帰りの車の中で、お父さんカーテンが揺れているのを横から見たことがありますか?と聞いてきたんで、いや、正面からしか見たことがないな。と言うと長男は、今度機会があったら見て見たら面白いよ。とても綺麗やで。一つひとつのカーテンのひだが少し飛び出たり、たくさん飛び出てきたり、忙しくしてるんや。でもカーテンは一つやろ。でもひだはたくさんある。それぞれのひだの動きはバラバラでも、カーテン全体から見るととても調和が取れていて、踊っているみたいに見えるんや。また、あのカーテンを見て見たいな。と言ったんや。
ポニョ:子供の感性ってすごいよな。カーテンの動きだけでこの世界の創造の秘密を看破してるぜよ。一人ひとりは違っても本当はそれらはひとつであって、踊っているように美しいって。すごい話やな。
ヨシオ:俺も、子供がこんな事を言うとは思わなかったので、とても驚いたんや。その時、シュタイナースクールに入れて良かったって思ったな。
ポニョ:おいらも、今度から瞑想をやってみようかな。今まで何回もトライしたけどいつも途中で寝てしまうんや。ババが光明瞑想を勧めておられるって言ってたよな。それをしてみようかな。
瞑想中に眠気をもよおす原因は、食物の不消化であることが多いのです。
食べ過ぎ、過度の運動による疲労、睡眠不足などによっても眠気が生じます。
ですから普通は、瞑想の修行をする者は昼寝をすべきではないのですが、前の晩に眠りが足りない時は、昼寝を少し取るのも悪くありません。
本当に空腹を感じるまでは、食事を摂ってはいけません。
食事の量は控えめにしなさい。
腹が四分の三満たされたと感じたら、それ以上食べないように。
つまり、もう少し食べれると思っても、そこで止めるのです。
このようにすれば、胃袋を正しく振る舞うように教育することができるのです。
運動のし過ぎも好ましくありません。
歩くのも度を超えてはなりません。
眠気が覚めるまで歩くのは良いのですが、眠気を追い払ったあとに、瞑想に入ることは出来ないことも忘れてはなりません。JV
ヨシオ:ポニョは集中力が強いから瞑想をしても直ぐに深く入っていけるかもしれないな。
ポニョ:昔から集中し過ぎて、他に気が回らないな。と言って叱られたな。
眼を閉じると、心の目の前に小さい黒点が現れます。
その黒点が動かぬよう、心を12秒間その黒点に集中しなさい。
この方法により瞑想の力がつきます。29/6/89
集中の実践は瞑想への準備です。
瞑想の持続時間は集中の12倍です。
つまり12x12=144秒.即ち、2分と24秒です。
正しい瞑想は集中を正しく行うことが出来て初めて可能です。
12の瞑想は三昧の一つ分に相当します。
つまり144秒x12で28分と48秒です。
1時間よりもずっと短いのです。
もし三昧がこれよりも長くなったらそれは生命に危険を及ぼすかもしれません。
以上が、ヨーガ行者の実践する修行法です。
今私が述べた修行法は、これまでのどの経典にも記されていません。29/6/89
ヨシオ:実は瞑想というのは、八つの霊性修行のうち二番目に高い修行なんや。だから、先ずポニョのように集中力を高めなくてはいけないんや。ポニョはアシュタンガヨーガって聞いたことがあるやろ。
ポニョ:知ってるぜよ。もののけ姫に出てくる男の子やんか。
ヨシオ:それは、アシタカや。俺が言ってるのはアシュタンガや。
ポニョ:あんまり変われへんやんか。それで、その後アシタカと、もののけ姫は上手く行ってるんか?
ヨシオ:知らんちゅうに。俺が言ってるのは、アシュタンガヨーガと言ってサマディに至るまでに昇って行かなければならない八つの段階の事なんや。
ポニョ:なんや。それやったらよく知ってるぜよ。きちんと座って、寝ないようにして、食べ過ぎないようにして、とかそんなんやろ。
ヨシオ:それとはちょっと違うんや。先ず、正しい生活を送ること、心を清め、清く正しい生活をすること。もちろん肉食をしたりするのは御法度なんや。そして、ポニョが言ったみたいに正しく座り、呼吸を整え、感覚をコントロールし、揺らぎない神への信仰心を持って、神様に集中出来ること等や。そして、次に来るのが瞑想で、それは第七番目の段階なんや。
ポニョ:それって、おいらが思っているより厳しい条件やな。特に感覚のコントロールなんて無理や。食事を抜いて断食なんて絶対出来ないし。心は綺麗けどな。
ヨシオ:自分で言うてどうするねん。でも、そういう条件をクリヤー出来た人だけが瞑想をする資格があるんや。それらの前提条件を飛び越えて瞑想を始めると、集中出来ないだけではなく、瞑想をしている間、いろんな世俗的な事や、欲望を頭に浮かべてしまうので、気が狂ってしまう人もいるのでとても危険なんや。特に、瞑想を人に教えるなんて、厳密に言えば無理なんや。だって、教える人は瞑想をしている人が、瞑想をしている間に何を頭の中で想像しているのか、分からないやろ。その人の霊的レベルによっても違うし。
ヨガを行うその人の感覚の力が未だ相当に強い場合、その人の感情と熱情をそのままにしてヨガをすれば、悲惨な結果を生むことになるでしょう。
その人は狂気に陥り、自分自身や他の人にばかげたことや下劣なことを言ったり書いたりします。
私は、このように道に迷った多くの修行者を知っています。
それゆえ感覚をコントロールし、あなたの中にある感情や熱情をコントロールし、心が外的なものを追いかけさせないようにさせ、寒さや暑さ、悲しみや喜び、得たり失ったりしても平常心でいられる力を得なさい。
経典に記されていることや、聖者たちの体験を信頼しなさい。
それゆえ何事にも動じない心、忍耐心が、(神と融合するという)大志を抱く者の必要条件だと強調されてきたのです。SSvol10p118
ポニョ:でも、さっきも言ったけど、ババは光明瞑想を勧めておられているよな。また、トライしてみようかな。
ヨシオ:ポニョの気がすむようにすればええやんか。例のサイの学生のマユールさんも、クンダリーニヨーガの本を読み、自分もクンダリーニのパワーが欲しくなって瞑想をすることにしたんや。それで、一人になる場所を探していたら、ちょうどサイカレッジの校舎の建設中だったので、半分完成しかけた工事中の校舎の誰もいない教室に入り、ババの光明瞑想を始めたんや。一週間が過ぎ、一ヶ月が過ぎ、そして半年近く、毎日のように長い間、一日も欠かさず瞑想に励んだんや。するとある日、何時ものように光を身体中に回して、霊体を浄化し、その光を第三の眼のある眉間に持って来ると、その光が大きく輝き、自分がその光に飲み込まれるようなヴィジョンを見たんや。少し怖くなって来たので、目を開けようとしても、その光が強烈で身体中が焼けるのではないかと思うぐらい熱を感じて、目も開けられなかったんや。マユールさんは、これが僕が長い間瞑想をして追い求めていたクンダリーニのパワーか?と感激したんや。そして、しばらくすると精神も落ち着いてきて、今日の瞑想は最高だった。と、とても喜んで目を開けると、なんとロウソクの炎が風よけに使っていたダンボールの紙に燃え移って灰になっていたんや。ババは、このあとマユールさんを全校生徒の前で、君!「ヒビ割れた壺君」こっちに来なさいと言って呼ばれたんや。マユールさんはどうしてババが自分の事を「ヒビ割れた壺君」と350人もいる全学生の前で呼ばれたのか分からんかったんやけど、この後ババは、講話でアシュタンガヨーガについて話されたんや。
ポニョ:つまり、瞑想をする段階に達していない人が瞑想をしても、それはまるで「ヒビ割れた壺」と同じで瞑想で蓄えられた霊力が身体から漏れて行ってしまうって事なんや。やっぱり、おいらは瞑想やめた。アシュタンガヨーガを一つひとつクリヤーしてからや。
善い性質を培うためには、根気強い努力が必要です。
あなたはその過程で、幾つもの障害物を乗り越えなければなりません。
美徳を培うことによって初めて、あなたの心は浄化され、集中力を獲得することができて、神の黙想や瞑想に没頭できるようになるのです。
そのような善い性質が備わっていなければ、心は一時の間も静かにしていることができません。心に善い性質や善い想いが備わっていないのであれば、どうして心を瞑想だけに向けることができるでしょう?
レンガや漆喰を準備しなければ、どうして家を建てることができるでしょう?
ですからあなたが、瞑想に没頭したいと望むのであれば、まず初めに、善い性質と善い想いを身につけなければなりません。KSHより
ポニョ:昨日の記事の中で、印象に残っているのが、カーテンが揺れているのを横から見ただけで、神様が創造された宇宙の創造の一端を見た長男の感受性がすごいなと思ったぜよ。
ヨシオ:あいつは昔から、そういう直感が鋭くて妹が友達を家へ連れて来たのを一目見ると、あの子は妹にとって良くない友達や。すぐに追い返した方が良い。と俺に言いに来たんや。それで、俺が何を言ってるんや。お母さんは校長先生やし、しかもババの帰依者として有名な人やで。人間の価値教育の先生として十年以上もサイのセンターで奉仕されているんや。悪い娘な訳が無いやんか。と言って一蹴したんや。
ポニョ:そんな人の娘さんやったら誰でもええ娘やと思うよな。
ヨシオ:ところが、しばらくすると、娘が俺にもうあの子とは付き合いたくない。と言い出したんや。あの子と付き合ってたらとても疲れるねん。欲望や欲求が強いし、もうしんどいねん。と言って頭を押さえたやんや。俺はその頭を何気無くみると大きな円形禿げが出来ていたんや。それで、その親御さんに鄭重にもう娘さんとうちの娘と付き合わさない様に頼みに行ったんや。
ポニョ:長男が一目見てどういう人か分かるってすごいよな。親は、どうしても世間的な目で見て判断してしまうからな。その長男って以前紹介してくれたよな。
ヨシオ:もう三十過ぎてるんやけど独身なんや。日本では普通やけどな。どの娘と会っても直ぐにいろんな欠点が見えるんやろ。だから、嫁さんはゴールデンエイジになってから探すって言ってた。いわゆる直感人間なんや。うちの嫁さんよりも直感が強いと思うで。
ポニョ:あんたもそうやないの。そう言ったら、あんたのお袋さんも直感人間やったな。
ヨシオ:コインランドリーの店をやってた時、お袋が店に入って来たお客さんを見た途端、警察を呼べと言ったんで、無理やり俺が警察を連れて来て店の外からあのお客はちょっと怪しいねんけど、と言ったら実は指名手配中やったんや。それも、指名手配になったばかりやったので刑事も驚いていたな。おかげで、その刑事と仲良くなって何か情報はありませんかとか言って、いつも俺の事務所に来ていたな。それで、ドライブに行こうとか言って覆面カーに乗せてもらって街をウロウロしたな。
ポニョ:また、なんか手柄を立てたかったんやろな。
ヨシオ:お袋がだいたいややこしい事を感じるからこんな事になったんや。刑事の友達なんか要らんのに。友達で思い出したけど、最近うちの田舎町にインドから歯医者の夫婦が引っ越して来て娘と友達になったんや。俺は未だ会っていないねんけど、テルグ語を話すって言ってたからババと一緒やと思ってたんや。キーホルダーにシルディサイババの写真が付いていたから、シルディババの帰依者だと思うって娘が言ってたけどな。それで、インドの歯医者の資格はオーストラリアでは認められないので、夫婦で苦労して一から勉強し直して取ったんやて。それで、最初オーストラリアに来た頃は何も資格はないし、果物を収穫するアルバイトを二人でやってたんや。
ポニョ:なんで二人ともインドやったら歯医者として働けるのに、わざわざオーストラリアくんだりまで来て、果物を収穫するアルバイトをしてたんや。
ヨシオ:それは、奥さんのカーストがブラミンで、ブラミンの女性はブラミンの男としか結婚出来ないのに、歯科大学でブラミンではない恋人が出来て家族中から反対されたので、二人でオーストラリアまで駆け落ちして来たんや。
ポニョ:インドは、そういうカースト制度の弊害があるから大変やな。ブラミンの男は違うカーストの娘と結婚出来るんやろ。それっておかしいよな。ババも若い時にブラミンであるスッバンマさんの家に出入りして食事を作ったりしてタブーを破ったので、住んでいた小屋に火をつけられたり、食べ物に毒を入れられたりして大変苦労されたな。
ヨシオ:おかげで、娘は良い友達が出来たって言って喜んでいる。何と言っても菜食やから、娘がしょっちゅう食事に招待されて、本格的なインド料理を楽しんでいるんや。
ポニョ:それはラッキーやな。俺も友達になりたいな。
ヨシオ:ポニョの友達になりたいっていう動機はこの前も言ったけど、不純やないか。でも、この前娘が家に帰って来て面白い話をしていた。その、旦那さんはもちろん俺がこの田舎町に住んでいる理由なんて知らないんや。でも、最近、世界中が洪水になる夢をよく見るんやて。本人も気持ち悪がっているんやて。そんな夢を今まで見たことがなかったから。
ポニョ:それは気持ち悪いやろな。でも最近地球は確かにおかしいぜよ。イタリアのジェノバは大洪水やし、あっちこっち地震や火山が噴火してるし。大きな台風がやって来るし。
ヨシオ:星やんがババに是非日本に来てくださいと頼んだことがあったんや。するとババは、それでは富士山がよく見える部屋を用意しておいて下さいと言われたんや。ババは絶対余計な事は言われないやろ。俺はその話を聞いて近い将来富士山が噴火するんやろなと思ったな。
ポニョ:それは当たってると思うで、だってここ三百年間も富士山は噴火してないやろ。平安時代の最初の三百年間だけでも十回は噴火してるんや。平均して三十年に一回や。だから富士山はいつ噴火してもおかしくはないんや。
ヨシオ:それに、将来大きな天変地異が起こるとき地殻変動が起こるやろ。その前触れとしてあっちこっちの火山が噴火してると思うで。
ポニョ:富士山が噴火したら首都圏は麻痺するし、それに連動してあっちこっちで地震や津波があるやろうし、大変やろな。グロエリや陰謀やなんて言ってられないやろな。
残念ながら、今、科学技術の進歩の結果として人間性が衰退し、世界は楽しむためにあると人は考えています。
そのため、世界に脅威を引き起こす形で自然の力が使われています。
世界は単なる楽しみのために創造されたのではありません。
自然の資源を乱用し、自分の根本的な人間性を忘れて、人は創造の目的に反しています。
多くの天災は完全に人間の振る舞いのせいです。
地震、火山の噴火、戦争、洪水、飢饉(ききん)といった災難は、自然が深刻な異常をきたしている結果です。
こうした異常は、もとをたどれば人間の行いが原因です。
人間は人類と自然界との切っても切れない関係に気づいていません。
人体においては、目や耳や口といったあらゆる器官は互いに完全に結びついています。
人間にとってこうした器官が重要であるのと同じように、社会にとって個人は社会有機体の手足として等しく重要です。
個人は人間社会の一部です。
人類は自然の一部です。自然は神の手足です。
人間はこうした相互関係に気づいていません。Sathya Sai Speaks Vol.25 C37
ヨシオ:俺の友達がニュージーランドの北島にあるでっかい火山、トンガリロ山がよく見えるところに住んでいるんや。あっ、そうそうこの友達もカーストが違う人との結婚を望んでいて、両親から反対されたんやけど、ババが両親を呼ばれて世界には人類という一つのカーストしか無い。結婚を認めなさいと言われたんやて。話は戻るけど、昔、その友達の家に二週間程滞在させてもらった際に、その活火山にみんなで登山しに行ったんや。頂上に野球場ぐらいの湖があって湖水の温度は普段、五十度ぐらいやねんけど、その時は七十度もあって登山禁止令が出る直前やったんや。湖面から湯気がたくさん出てたな。それに火口の淵に座って弁当を食べようと思ったんやけど、地面が熱くて座れなかったんや。もちろん火口から煙がもうもうと上がっていたな。
ポニョ:恐ろしいな。いつ噴火するか分かれへんな。
ヨシオ:俺たちが、登山してから一週間後に小噴火したけどな。その友達はサイの帰依者なんやけど、ババが夢に出て来られて、あの火山は将来大噴火するが、私に帰依すれば私が全ての面倒を見る。と言われたんやて。もう、二十年以上も前の話や。
ポニョ:トンガリロ山が大噴火したら大変やろな。大きな火山やから。そういや、メキシコシティに住んでいる人もメッセージをもらって、ポポカテペトロという大きな火山が近くにあるんやけど、それが大噴火したら時は近いって聞いたことがある。
ヨシオ:世界中の火山が噴火し始めるのが、地軸が傾くサインという訳か。それがサインやったら分かり易いな。まあ、何れにしても火山から目を離せないよな。
ポニョ:今、ニュージーランドの話が出たけど、ババはニュージーランドのグループがインタビューに呼ばれた時に、フランスがニューカレドニア沖で行った核実験のせいでニュージーランドで将来、たくさんの人がガンで亡くなると言われたことがあったな。
幾度か行われた太平洋での核実験のつけは、ニュージーランドにおいて特に顕著に現れるであろう。人々が海産物を摂ると、食物連鎖の結果、心臓麻痺や身体のあちこちに癌を発病することになる。7千万トンもの魚が毎年捕獲された結果、魚の量が減り、魚による海洋浄化が進まなくなった結果、海洋を不健康にして汚染度を増大させている。SSALp,46
ヨシオ:世界中で人は自然を破壊し、好き勝手に自然から収奪しているから、いつか大きなしっぺ返しが来るのは時間の問題や。
あなた方は自然界の法則に基づいて如何に自らの活動を調節すべきかを学び、自然の法則に逆らうべきでないことを学ばねばなりません。
人間には創造主の創られたものを享受する自由があります。
しかし、どのようなことをすれば恩恵を受け取れなくなるのか、という識別力を働かせることが必要です。
あらゆるものを享受しても良いという事は、それらを好きなように使って良いと言う訳ではありません。
というのも、自然に対して何をしようとその反作用が必ず伴うからです。
あなたはその結果から逃げることは出来ません。
結果を気にせず、それに直面する覚悟があれば好きにしなさい。
しかし、実際には当初、人は喜んで何でも好き放題しますが、後になってその悪い反作用に苦しみ、嘆くのです。
それは、心が弱い証拠です。
~それゆえ自然界の領域では、あなたが何をなそうとも遅かれ早かれその結果から逃れることは出来ません。22/5/92
ポニョ:カナダにアスベストという町があるんや。その名の通り、アスベストの産地なんやけど、アスベストは肺がんの原因なんや。だから、どの国もそれを建築資材に使うことは禁止になっているんや。でも、インドはアスベストは安いので、まだ低所得者の家の屋根材として使っているんや。それが原因でたくさんの貧しい人々が肺がんになって亡くなっているんや。
ヨシオ:サイの帰依者であるインドの首相のモディさんが、早く輸入禁止にしてくれればいいのにな。
ポニョ:でも、そのアスベストを輸出している会社はとてもひどいブラック企業で、賄賂を撒き散らして役人どもを丸め込んどるんや。もちろん、トップは裏社会の人間もどきや。
ヨシオ:何やねんその人間もどきって。まさか爬虫類人間じゃないやろな。
ポニョ:そんなものは存在しないぜよ。そういう事を言っている人は洗脳されているか、偽情報を流してる工作員や。
ヨシオ:ババはビジネスがモラルを失くせば、とても危険だと言っておられる。本当にその通りやな。でも、サイのカレッジの学生たちがどんどんビジネスの世界に飛び出て、インドの悪しき習慣である、賄賂、汚職、非効率、低賃金などを改善して来ているんや。州立銀行の幹部が、とても調和があって、効率的に仕事をするチームがあると聞いて、そのチームの主任に会いに来たんや。その幹部は、その主任にどこのカレッジの出身なんだ。と聞くと、主任はボパールの大学の名前を言ったんや。そこは、トップの大学でとても有名なんや。幹部はそれ以前はどこにいたんや。と聞くと、農村事業発展センターで講習を受けていました。と言ったんや。すると、その前は?とまた聞いてきたので。ボパールのXX高校を出ました。と言ったんや。それで幹部は、その前はと、もう一度聞いたので、サイババ中高校に数年間在籍していました。と答えるとその幹部は、プッタパルティのか?私はそれを聞きたかったんだ。最初から君がババの教育を受けていたことは薄々分かっていたんだよ。だって、チームをこんなに上手くまとめれる人材はいつも、サイの教育機関を経て来た者の証明なんだよ。と言ったんや。
他の人々がどう言おうとも、我々の学生たちは黄金のように素晴らしいのです。
彼らの足跡の埃でさえ、他の人々の不正を阻止することができるでしょう。
私たちの教育機関の卒業生たちは、男子も女子も神聖で他の者の見本となるような人生を送っています。
我々の女子大学の卒業生が作っている「サティア・サイの使者」と呼ばれる組織は、様々な国において幾多の奉仕活動を行っています。
彼女たちは、夫を感化して奉仕の道を歩かせることまでしています。
我々の学校の卒業生たちは、スイス、アメリカ、日本、ロシアといった様々な国々で活躍しています。
一部の外国人たちが、彼女たちを買収してサティア・サイババを非難するための話を捏造(ねつぞう)させようとしています。
スイスでは、女子大の卒業生に対して、ある人物が、サイババを陥れるための作り話を考えて欲しいと言って近づいたとき、彼女は烈火のごとく怒って、すぐさま自分の履いていた靴を脱いで手に取り、ほとんど相手を打ち据えるような勢いで「これがあなたの宗教の教えですか? これがあなたの宗教が広めようとする理想なのですか? 恥を知りなさい! ここを出て行きなさい!」と迫ってその人物を追い払いました。
しかし中には、ユダのように買収されて、サイババを陥れる虚偽の攻撃をする裏切り者たちがいます。25/12/20000
ポニョ:マユールさんがクンダリーニのパワーと思い込んでたら実はロウソクの炎が風よけに使っていたダンボール紙に燃え移っていた話は笑ったぜよ。でも、ダンボール紙が燃えたら焼ける匂いがするやろ。
ヨシオ:その校舎はまだ建築中で隙間だらけやったんや。だから風が吹き込んで来てロウソクの火を消すぐらいやったのでダンボール紙が必要やったんや。たとえ匂いがしても風で吹き飛ばされていたのかもしれないな。
ポニョ:ところでエゴや欲望を持ったまま瞑想や苦行をすると、好ましい方向に行かないってその時の記事で言ってたな。もちろんひび割れた壺には霊力が漏れてしまうのは分かったけど。
エゴを持ち続けている限り、どのような霊性修行も実践できません。
あなたが行ってきた様々な霊性修行が心やエゴ、すなわち「私という意識」を伴って行われたために、あなたは今まで向上できなかったのです。
中には「私は肉体である」として、自分を肉体と同一視しながら霊性修行をしている人もいますが、そのような修行はあなたを真の目的地に連れて行ってくれないでしょう。
ラーヴァナ、カンサ、バスマースラといった者達はこの部類に属します。
~生きとし生けるものすべてのものの内に同じ神聖さを感じ、体験することが真の愛です。STPSp196
ヨシオ:以前、クンダリーニ ヨーガの事を記事にした時に、クンダリーニのパワーが背骨をクルクルと蛇のように螺旋状に昇って行って、頭頂部にある千枚の花弁の形をしているサハスラーラチャクラに到達する。そして花の中心にある光が大きく膨張して花弁に触れると神を経験するけど、世俗的な欲望を持ったままサハスラーラチャクラに到達すると花弁の方から光に触れなければならないということを言ったよな。どちらも神の力を得ることは出来るけど、一方は間違った方へ行ってしまうんや。
ポニョ:つまり、神と融合するという真の目的地に行けないって事やな。
人体の脊柱上には、シャド・チャクラと呼ばれる生命を維持する六つのポイントがあります。
一番低いところに位置するのはムーラーダーラー・チャクラと呼ばれる、生命を維持する根本的、根源的なポイントです。
プラーナーヤーマでは、二番目の段階である保息をしている間に、シャドチャクラを通過する空気の供給が欠乏するために、クンダリーニーが目覚め動き出して上昇し始めます。
最上部には、サハスラーラチャクラすなわち「大泉門」があります。
そこには花びらに囲まれた神聖な光りが存在しています。
サハスラーラーチャクラは、千枚の花弁がついた蓮華の花のようなものです。
人が鬼のような性質を持つと、それらの花びらが中央の神聖な光りに触れます。
逆に人が神の性質を持ち始めると、神聖な光りの方から花びらに触れ始めるのです。
このように、霊性修行を行うとクンダリーニが、人体に影響を与えるのです。STPSp213
ヨシオ:普通、人は霊力が多いとか少ないとか言っているけど霊力って想念の力なんや。その想念の力が霊的磁力となって全てのものを引きつけたり、いろんな物に変化するんや。
ポニョ:磁力って言うと鉄しかくっ付かないと思うけど、霊的磁力は何でもくっ付くんやな。
ヨシオ:以前も紹介したけどロシアの女性はこの霊的磁力が生まれつき強くてスーパーに行っても何でも身体にくっついて来るから大変やったんや。でも、このパワーをコントロール出来なかったのでで早死にされたけどな。
ブリジッドというロシア女性は、強力な磁力を持っていました。
彼女が道を歩くと必ず鉄分を含んだ物体が彼女に引き寄せられました。
彼女が店に入ると商品が彼女に引っ付くために入店を断られました。
しかし磁力を備えるだけではなくそれをコントロールする力も必要です。
彼女はそれができなかったために、食事も満足に摂れず早死にしてしまいました。13/3/02
ポニョ:ババがひび割れた壺から漏れるのはこのパワーなんか?
ヨシオ:瞑想をして神の御名を唱えたり御姿を浮かべたりすると、神を思う想念の力はどんどん貯まって行く。でも世俗的な欲望と結びつくと、心がせっかく浄化し始めているのにまた世俗の垢で汚れて行くんや。その事をひび割れた壺と表現されているんや。
ポニョ:ということは、霊力って霊的磁力の事で、それはナイフみたいなもんなんや。医者が使えば患者を手術して助けられるけど、悪もんが持てばそれを使って強盗が出来る。
ヨシオ:霊的には、それは有害な力と呼んでいるんや。分かり易く言えば黒魔術師が使っているパワーやな。怒り、嫉妬、執着などの想念はこの霊的磁力をすぐに使い切ってしまうんや。だから、怒った後とても疲れるやろ。
ポニョ:そうやな。目が充血するし、体温も上がってるんやろな、だって顔が真っ赤になるし、手足が震えるもんな。すごいパワーを使っていると思うで。
ヨシオ:俺の知り合いの旦那さんもめちゃ短気でいつ見ても怒ってたな。早く逝かれたけどな。
人の力は怒りによってかなり減少します。
寿命は、ねたみと怒りと憎悪という大きな刃によって短く切りきざまれます。
妬みは人の寿命を短くさせる主な原因です。
怒ると身体全体が震えます。
血液が熱くなります。血液が冷めるまで3ヶ月かかります。
一瞬の怒りは、6ヶ月間食事で得たエネルギーを消耗してしまうのです。10/8/83
人間が不浄なものを見たり感覚的快楽を追求するために、寿命が縮められています。
そして、不浄なものを見る結果 、人の目に備わる何十万という光線が失われています。
人間の目が悪くなっている原因はここにあります。
ポニョ:短気は損気っていうもんな。
ヨシオ:逆に物静かで神様の事を思い、必要以上なことを話さず、いつもニコニコしていたら霊力は貯まって行くんやろな。
ポニョ:おいらの知り合いに散髪屋さんがいて、ある日電話がかかって来たんや。それで、彼が言うのには、ものすごいネガティブな霊力がおいらからやって来たって言うんや。ポニョの怒っている顔がお客さんの髪の毛を切っている間中、頭に浮かんで離れへんかった。一体何を怒っているかまでは分からんかったけど、ものすごい血相で怒っていた。だから、次のお客さんを椅子に座らせて新しいジャンプを読んでもらっている間にこうしてポニョに電話してるんや。と心配してかけてくれたんや。確かにその時、あることでめちゃ頭に来て壁を蹴って一人で怒鳴りまくってたんや。おかげでそのあと、熱が出て三日間寝込んだぜよ。
ヨシオ:ポニョは頭に来ても普通は直ぐに機嫌を直すけどな。そんな頭に来るってポニョには珍しいな。その知り合いの人は散髪屋さんと言ってたな。散髪屋さんっていつも人の髪の毛に触れたり切ったりして、いつも誰かのオーラに触れてるんや。だって人の霊力は爪や髪の毛に貯まるから。だから人一倍、霊感が強い人が多いな。
ポニョ:でも、変な事を考えたり思ったりしている人の霊力には触れたくはないよな。驚いたのは、その知り合いの人の店は、おいらの家から三百キロも離れているのにおいらの怒りを感じることが出来たんぜよ。
ヨシオ:霊力には距離は関係無いんや。それに霊的なスピードは想念やから、光より速いんや。
ポニョ:あんたも昔みたいにカーッと来なくなってるけど、腹が立った事は無いんか?
ヨシオ:もちろん人間やからあるな。最近と言っても六年ほど前やけど、下の息子が十五才でプロバスケットボールのチームにスカウトされてデビューすることになったんや。それで、その日の試合の立派なプログラムを切符を買えばくれるんやけど、大きく息子の紹介が写真入りでしてあったんや。スタジアムもたくさんの人が詰めかけていて、俺の家族や友人も一人千円も払って息子のデビュー戦を見に来てくれたんや。試合の経過は一方的ではなかったんやけど、余裕の勝ちゲームで、いつ息子が出てもゲームの勝ち負けには影響しない展開やったので、みんなでコーチに息子を早よ出さしたってくれや。と心で祈ってたんや。結果は試合時間残り十六秒でやっとコーチに呼ばれてコートに出て一回ボールに触れただけでゲーム終了になったんや。家に帰ってから、嫁さんにブツブツとコーチの悪口を言って寝たんやけど、その夜、サイババさんが夢に出て来たんや。俺と息子と二人で立っていたらババが来られて、お前の息子の身体はまだ細すぎる。こんな大きな身体ばかりのレベルでやるのは危険だ。それにお前がこの息子の親だと思っているんやろうがそれは大間違いだ。私が、この子の本当の親だということはお前も知っているはずだ。私がコーチを使ってわざと十六秒間だけこの子をコートに立たせたのだ。この子の身体がもっと大きく、しっかりしてくれば私はこの子のコート時間を増やすつもりだ。それと、お前のコーチに対するネガティブなエネルギーは、私がもらっておいた。と言われたんや。
ポニョ:ババがネガティブな想念のエネルギーを取られたんか。
ヨシオ:俺たちのように神を信じて酒も飲まず、常に真理を言って菜食でピュアな生活をしている者が発するネガティブなエネルギーは、人を病気にしたり事故に遭わせたりするほど強力なんや。しかもおまけに、一度そういうエネルギーを発するとそれを後悔して取り戻す事も出来ないんや。悪いことにそのエネルギーは、自分に十倍に膨れ上がって将来戻って来るんや。だから、ババが自分の身に取ってくれたんや。この件があって絶対に、ほんの小さな事でもムカッと来たらあかんと思ったな。蛇足やけど息子は今ではスタメンで、コートタイムは平均三十五分ももらっているんや。
腹立ちやすい環境にいても、怒りをコントロールすることができるなら、それは見事な成就です。
そのような環境でないところで、怒りの感情をコントロールしたといってもそれは意味のないことです。
それゆえ、怒りや憎悪が起こりやすい世間の生活をしつつ、それらをコントロールすることを学ばねばなりません。SIP5-52
心の力を表現することなどとても出来ません。
思考の速度は、光や風やこの世界の何よりも速いのです。
人にこのような計り知れない力を与えられているというのに、人は自分で弱いものだと思い込んでしまうことは悲しいことです。
また、心と肉体の心臓とは何の関係もありません。SS3/90
愛の速度は非常に速いので、全宇宙を1秒で一回りすることがでます。
光の速度を測ることはできるかもしれませんが、愛の速度を測ることはできません。
しかし人間は、そのような超越的で無限の愛の周囲に障壁を張り巡らし、それを取るに足りない目的のために使っています。
今日、世界が混沌に陥っているのはそのためです。
世界に平和と安全が欠如している原因を、人々は様々に考えるかもしれません。
しかし、最大の原因は、人間が心の中に愛を育てることができないからなのです。
人々は、自分たちの中に、無限で不滅の、甘露のごとき愛が内在していることを自覚するための努力を何ひとつしていません。
想いと言葉と行動を愛で満たしなさい。
あなたの人生を愛で満たしなさい。
ポニョ:そうかそんな事があったんか。おいらもその事があって以来、自分が怒るっていろんな物に影響してるって分かったな。だから、それまで怒りっぽい反面、直ぐに怒っている事さえ忘れてしまうキャラを、忘れてしまうだけを残すようにしてるんや。
ヨシオ:それって、よく分からんけどな。いずれにしてもポニョや俺の怒りの波動は世界中いや、宇宙中に影響するんや。だから、逆にヴェーダを唱えると、その神聖なバイブレーションは世界中に愛の波動を広めて世界の平和に貢献出来る力を持っているんや。
人は人間社会を全面崩壊の寸前にまで追い込んでいます。
人はその知性を使って、土地と大気と水を汚染しています。
また解脱の道具である心を自分を縛る鎖に変えました。
人は、教育、法、政治、商売、科学を通して自らを偏見や、教条主義や、国家エゴの中に閉じ込めてきました。
通信技術の発達に伴い、世界はますます小さくなってきましたが、隣人への愛はどこにも見られません。
人類がこれまでに体験した、いかなる革命よりももっと強力で 政治的、経済的、科学的、技術的よりもっと深く普遍的に広まる 根源的な革命が今進行しつつあります。
それは霊的革命です。
それは、人間の内的視力を研ぎ澄まさせてアートマに関する真実を見ることができるようにします。
その影響は、必ずや人類社会全体を包んで豊かにし、人々を神性という無限の海に向けて流れる求道者たちの中に放り込むことでしょう。
インドはこの霊的革命を先導するのです。
この革命の手段と目的は愛です。
それは世界中の教育、道徳、法律、政治、商業、科学の分野に、愛の泉を呼び覚まします。
それは、父なる神と人類同胞という意識を人々にもたらして同胞に奉仕するよう啓発するでしょう。
どんな人でも、どこにいようが、どのような身分であろうが、また何を信仰していようともこの霊的革命に加わって、人類を無知から解放するための道具になることができます。Prema Dhara2
ポニョ:裏社会の連中も忙しいよな。陰でなんか悪い事をするってめちゃ疲れるやろな。
ヨシオ:表に出てお天道さんを拝みながら正々堂々とやることに比べれば、疲れ具合は格段の差があるやろな。
ポニョ:いつも、日陰にいるんで脚気にもなるしな。ビタミンBが足りなくなるぜよ。今、エボラで悪さをしてるけど、想定通りに行くかな?ウクライナでも上手く行かなかったし、シリアでもロシアが出て来たおかげで想定外の結果に終わったし。今回も外れになれば奴らも終わりやで。想像してみ。奴らグローバル企業がいない世の中を。先ず武器商人がいなくなるから戦争が無くなるやろ。モンサントも無くなるからどこに行っても有機肥料の野菜を食べれるやろ。遺伝子操作の食物が消えてしまうから安心して野菜を食べれる。病院も薬屋が金儲けで無くなるから癒着が無くなって患者主体の治療が出来るようになるやろ。ガンの三大治療法も奴らと繋がっているから自然療法に取って代わるやろ。オイルの時代が終わってオルタネイティブのパワーを使った発電機が出来たり、無公害の車も出来るかもしれんな。学校も、もっとモラルがあり、考える事がしっかり出来る生徒を生み出すようになるやろな。ネットで出回っているひどい画像や動画も裏で人の社会を堕落さそうとしてるから、それも取り締まれる事になるやろな。金かねカネの世界は終わりや。軍事基地も無くなるやろうし、今米国に貢いで米国債に化けてる金も、少しは戻って来るかもしれんな。全額戻って来たとしたら、日本人一人当たり七百万円近くになるんやで。
ヨシオ:それは大きい額やな。赤ちゃんも含めて一人当たりそれだけの金を国民一人ひとりがもらったら、景気がめちゃ良くなるやろな。返してもらおうぜ。
ポニョ:消費税とは全く逆やな。それだけの金を盗まれているんや。ほんまにあいつらは人類や地球のお荷物や。
ヨシオ: ババはそういうどうしようもない輩を、嫌いになるんではなくて、自分のやんちゃな放蕩息子やと思いなさい。と言っておられる。
ポニョ:なんであいつらがおいらの息子にならないかんねん。もし自分の息子やったら勘当や。
ヨシオ:神様の辞書には勘当って言葉が無いんや。だって神様が見離せば誰がそれらの人々を神に導いて行けるんや。やっぱり、最後は神さんしかいてないやろ。
ポニョ:そらそうやな。まあ嫌やけど、出来の悪い息子にしといたるわ。それにしても、悪いやっちゃ。ムカつくな。
ヨシオ:もう分かったって。そういう人は自分でカルマを自分で支払うんや。以前記事にしたやろ。死んだら閻魔さんが来て自分が犯した罪を裁いてくれるんやけど、実はその閻魔さんは自分の良心やったって話。
ポニョ:ああ覚えているぜよ。それって強烈やったな。自分が自分を裁かないかんって。
ヨシオ:俺たちが自分と思ってる肉体を持っている自分は、本当の自分ではなく、それを横でいつも小さな声で、それは間違っているよ。こうしなさい。ああ、今回は良い事をしたね。その調子だよ。頑張ってね。とか言って囁いてくれている自分が本当の自分なんや。
想念はあなたの都合によって湧き起こる場合が良くあります。
一方、直感は、心と知性の両方を超越しています。
直感は真理の直接認識です。
ですから、直感は真理に基づく確信を意味します。
つまり言葉を換えれば直感とは、人知の及ばない英知の発現ということが出来るでしょう。
想念は、正しいことも間違っていることもあるでしょうが、直感の促しは真理以外の何ものでもありません。
想念はほとんどの場合、感覚的で世俗的な性質を持っています。
一方、直感は内なる声、つまり良心のささやきであり、神聖なるものです。
理性により時折あなたは、人を疑ったり、怒ったりすることもあるかもしれませんが、良心つまり直感は、あなたの内なる純粋意識を呼び起こすのです。STPSp280
ポニョ:良心が横でいつも囁いて見守っていてくれてるんか。何で大きな声で言ってくれないんや。
ヨシオ:それは、その人によるんや。もし肉体の自分が自分だと思い込んでいたら、つまりそれはエゴやけど、その場合は、もう一人の自分がいくら大きな声で叫んでも聞こえないんや。でもその小さく囁いている声を一人で静かなところにいる時に深く心に沈潜すれば聞こえて来るんや。その良心の囁きは、深く深く自分の中に入って行けば行くほど大きな声になってはっきりと聞こえて来るんや。
ポニョ:でも、死んだら肉体意識が無くなってその良心の声がめちゃ大きいスピーカーの音ぐらいになって聞こえるって以前言っていたよな。それって、怖い話やな。本当の自分の声が聞こえないために間違いを犯し、自分が自分を裁くって。
ヨシオ:良心の心の痛みってやつやな。人が死んだ時に、人は自分が本当の自分に向き合うんや。そして、人生のいろんな場面を見せられてその時々で間違った判断をしたり、罪を犯したりしたことを周りに集まっている当時の関係者や守護霊たちと一緒に見るんや。そして、自分がどれ程馬鹿げた事をしたのか思い知らされるんや。
ポニョ:それって本当に怖い話やな。そして、そんな間違いを犯したことを心底反省して、次の人生は人として生きて行く価値がない。獣になって人々の足だけを見て四つ足で歩きながら、悪うござんした。私のせいで多くの人様に迷惑をおかけしました。と言って謝りながら犬ころの生を送るんやな。そんな事を以前言ったって思い出したぜよ。
http://blog.goo.ne.jp/saiponics/e/726fc24a571765a7d072b9dea156e003
ヨシオ:だから、奴らは自分たちで自分を裁くという苦しみが待っているんや。可哀想な奴らや。俺たちは、この地球に住んでいる、生きとし生けるもの全てを愛して行くのが神さんから授かった義務なんや。だから、誰も嫌いになったらいかん。例えばポニョが宇宙船に乗っていて何処かの生命の痕跡さえない惑星に不時着し、そこで、死ぬまで一人で孤独に過ごさなければならないとする。そんな時に一匹のゴキブリが這っているのを見つけたら、鬼の首を取ったように喜ぶやろ。そのゴキブリを自分ペットにして大事に友達のように話しかけながら育てるやろ。俺がウジ虫をペットにしてたみたいに。
ポニョ:それはどうかな?多分ペットにはしないと思うけど。ああゴキちゃんがいてるな。で終わるやろな。
ヨシオ:…まあええわ。ポニョらしいわ。それでは久しぶりにサイの学生の話に戻るけど、今日は全てを愛する方法を教えてもらったゴパール君の話をしようかな。俺の宇宙船不時着ゴキちゃんストーリーがポニョに通じなかったからな。
ポニョ:せっかく例を出して説明してくれたんやけど、ピンと来なかったんや。おいらやったらウジ虫やゴキブリをどんな状況下でもペットにはしないと思うぜよ。悪かったな。
ヨシオ:謝らんでもええやんか。俺の例えが悪かったんや。今度はポニョの好きな何か食べ物の話を考えとくわ。そうや!今の話の続きやけど、その不時着した惑星にポニョが一人で十年以上住んでいたんや。すると、ある日、地平線の彼方に一人の男が歩いているのが見えたんや。それでポニョは喜んで、ちょっとそこのお兄さんいやお爺さん何処へ歩いて行かれるんですか。おいらは一人でここに不時着して十年以上も住んでるんやけど、ちょっと一緒にお茶でも飲んで話でもして行きませせんか?と言って走って行ったら、なんとその人はポニョが地球にいる特に一番嫌ってた人やったんや。でも、ポニョはこの大きな不毛の惑星にたった一人で住んでいたから、人恋しくてその嫌いだった男とお茶でも飲むやろ。
ポニョ:う〜む。考えるな。おいらやったら、なんやお前か?ここに一人で住んでいるんか。おいらもそうやねん。なんか要るもんでもあったらまたちょっと寄れや。あっそうそう。おいらはここを分岐点として西半球に住むから、お前は東半球をやるわ。そうしたら、お前も二度と俺の顔を見なくても済むやろ。それじゃな。って言うやろな。
ヨシオ:救いようが無いぐらい頑固な一面を持ってるんやな、ポニョは。知らんかった。それって鈍性の性質やで。良くないな。これがポニョが生まれ変わった一番の原因かもしれんな。
霊性修行における第一段階は貪性の資質を無くすることです。
それは、分別なく頑固で、知性を欠き、意味のない問いや議論に浸りこむ傾向があります。
激性の人は自分が望むものを手にした時に幸せを感じます。
それによってエゴは増していきます。
欲望が満たされない時には、憎しみが募ります。
それゆえ、望みが満たされても、されなくても、結果は良くないものとなります。
激性の人は怒りと苦々しさに溢れ、激しやすく、短気です。
また浄性でさえもが、束縛となります。
純粋で価値ある行為がすべて神への捧げ物としてなされる時に、浄性はその束縛を乗り越えることが出来るのです。
この世のすべての人々は、これら三つの属性のうちの一つ、もしくは幾つかを合わせ持っているのです。PSDp28
男性は、男は女よりも強くて力があると考えて、女性に対して横柄な態度を取るべきではありません。
本当のことを言うなら、女性は男性よりも力があるのです。
聖典は、男は三つの力を持っているだけなのに対して、女は五つの力を持っていると述べています。
女性は夫のためなら自分の命さえ犠牲にする覚悟があります。
サーヴィトリーは夫のために自分の命を投げ出す覚悟でした。
しかし、男性にそれほどの犠牲の精神が見られるでしょうか?
妻が死ぬと、男は再婚する気でいます。
けれども、女性はそんなことはありません。
女性は、敬意、品位、犠牲、満足、繁栄という五つの徳の詰まった宝箱です。
その一方で、男性は、怒り、頑固さ、愚かさという悪に陥る傾向にあります。
女性は徳と高潔さの化身です。11-8-2000
ポニョ:昨日は、なんかおいらの頑固さがばれてしまったぜよ。前から、気が付いていたんやけどなかなか治すのは難しんや。
ヨシオ:そらそうや。誰でも性格を変えるなんて一朝一夕に出来るもんやない。時間かけてゆっくりと変えていけや。まず、自分の主張にこだわらないことやな。自分は自分が言ってたり信じていたりしていることを100%正しいと思っていても、他人の方が自分より知っている場合だってあるやろ。それに、少し見方を変えたら他人の行ってることの方が理が通っている場合だって多々あるんや。だから、他人が言ってることに1%の真理があるんやったら、自分の方が99%正しいと思っていても他人の人の話に謙虚に耳を向けて、そこから学ぶっていう姿勢が大切なんや。でも、そんな風にポニョはしてるって思っていたんやけどな。
ポニョ:時々、変に昔のキャラが出て来るんや。これだけは仕方ないな。それじゃ、おいらの話はこれぐらいにしてサイの学生さんの話に入ろか。
ヨシオ:そうやな。このゴパール君はグジャラティというところにある王国の跡継なんやけど、悪い奴がいて、お婆ちゃんを騙して銀行口座から大金を引き出して横領したり、慈善事業に寄付した金を横取りしたりしてたんや。その事がばれて、ゴパール君は頭に来てたんや。家の人たちは全てババの帰依者でこの世に何の偶然もない。全てを神に捧げたと思えばええやんか。これはカルマを支払ってるんや。仕方のない話やと言って、受け入れていたんやけど、ゴパール君は受け入れられなかったんや。それで、サイの高校に十一年生から編入したんやけど、編入して三ヶ月程してベランダにいる時に、突然ババがインタビュールームから怒った顔をして出て来られて、ゴパールよ。ちょっと中に入れ。と言われたんや。そして、驚いて恐々インタビュールームに入ると、ババはいきなり、お前は一体何をしとるんじゃ。と言って叱られたんや。ゴパール君はベランダに座っていただけで、何も悪いことはしていないのに、どうして叱られているのかさっぱり分からないので困惑してたんや。それでババに、あの〜僕が何かしましたか?ベランダに座っていただけなんですが。と答えるとババは、そこに三十分座っている間に三回も人を殴り殺しているやないか。と言われたんや。ゴパール君はベランダの座っている時にその男の事を思い出し、頭の中でその男を殴っているのをイメージして想像に耽っていたんや。
ポニョ:ババが怒って来られたのはゴパール君がそういうことを想像していたからか。頭の中で想像しただけで叱られるってボーッと出来ないな。
ヨシオ:だから、ババの近くにいつもいるって大変難しいことなんや。とても気を使って気を抜くことが出来ないんや。だから、いつも頭の中で良い事を思って、且つ、頭の中で思ったことと言葉と行為が自然に一つに出来る、子供の心を持ったような人でないと難しいんや。
ポニョ:おいらはそれが普通に出来ているな。逆に、何で人は頭の中で思ったことと違うことを言葉として言えるか理解出来ないし、それをやろうとしたら声が震えたり、言葉に詰まったりするからちょっと無理やな。
ヨシオ:ポニョのような人間はババのそばに居てても大丈夫やろな。それでゴパール君はババに、あなたは何でも知っておられるでしょう。あの男は僕の家のお金を盗んでいたんです。許すことなど出来ません。あなたがなんとかして下さいよ。と言うと、だからこうしてお前をここに呼んで殺される事から救っているんや。と言われたんや。ゴパール君は全然意味が理解出来なかったので、どうして僕が殺されるんですかと聞くと、ババは、このお前たちが住んでいる世界では気に入らない連中がいれば殺して消してしまえばそれで良い、と思っているんだろうけど、神の法則では違うんだ。神の法則では、頭の中でイメージした途端にそれが実現するのだよ。だから、良くないことを頭の中で想像すると七倍になってその人に戻って来るので気をつけなさい。お前の場合では、三回も人を殴り殺したので、その七倍だから21回も将来殺されそうになるんだ。でも、その男はお前の事を全然何とも思っていないので、お前のようなカルマを作っていないのだ。さあ、これでもまだその男のことを、嫌いか?と尋ねられたんやけど、ゴパール君はそんなの不公平です。まだ嫌いです。そんな簡単に許せないです。と言ったんや。
ポニョ:この前は十倍になって返って来るって言ってなかったか。状況に応じて違うんかな。でもこのゴパール君はやっぱり、おいらと反応が一緒やな。おいらも同じ事を言うやろな。ほんまに不公平やんか。なんでその男の事をボコボコにしてしまう事を想像しただけで、そんなカルマを作り、将来21回も殺されそうになるんや。絶対不公平やんか。受け入れることなんて出来ないぜよ。
ヨシオ:まあそれが普通やろな。それで、この後ババはゴパール君にヴィジョンを見せられたんや。突然ゴパール君がいたインタビュールームが断崖絶壁の上に変わって、その男がそこから悲鳴をあげてゆっくりと後ろ向きに歩き、地面にある先のとんがった石につまづいて後ろに転び、崖から落ちそうになっているシーンやったんや。その時ババの声が何処からともなく聞こえて来て、ゴパールよ、何が見える?と聞かれたんや。ゴパール君は男が崖から落ちようとしています。と言ってその光景を冷たい目で見ていたんや。するとババは、その男は手に何か持っているだろう。と言われたので、よく見るとなんと、可愛い赤ちゃんを必死に一方の手に持っていたのが見えたんや。その赤ちゃんはゴパール君を無垢な目で笑いながら見つめていたんや。ゴパール君は男に恨みはあってもその赤ちゃんには何の恨みもないので、赤ちゃんを助けなければいけないと思い、とっさにその崖から半分落ちかけている男のところに行き、その男の身体を抱えたんや。そして渾身の力を込めて男を崖の上に引っ張り上げようとしていたんやけど、とても重くて、ババに助けてください、と大きな声を出してお願いしたんや。すると、なんとか男を引き上げることが出来、赤ちゃんも助かったんや。そしてゆっくりと目を開けるとババが来てゴパール君の肩に手を置き、ゴパールよ。これでもまだその男のことを嫌っているのか?と聞かれたんや。ゴパール君は、いいえ彼に対する恨みは消えました。もう嫌いではなくなりました。と言ったんや。そして、これはお前の為に私が仕組んだ、恨んでいる人を恨まなくなるレッスンなのだ。これからの人生で、もし嫌いな人が出来たら、今日のようにお前の中にある愛の泉から愛の水を汲み出し、その者をお前の愛の水で溺れさすのだ。自分の愛が引き出せるものならなんでも良い。今回は赤ちゃんだったけれど、それが可愛い子犬でもなんでも良いのだ。とにかく、自分の愛の泉から愛を引き出せるものをイメージして、その自分が恨んだり嫌いだったりしている人の上に投影するのだよ。そうすれば、その者を今のように嫌いではなくなるようになるだろう。一番理想的なことは、その男もお前もお互いに愛を持つことなのだ。
でもそれが難しければ、お前だけでも、あの男を嫌いにならないようにイメージすれば良いのだ。でないとさっきも言ったように、もしこのまま放置したらあの男ではなく、お前が新しいカルマを作ってしまうのだ。あの男が何処か遠くにいてお前のことを嫌っているかどうか、そんな事は問題では無いのだ。大事な事は、お前がその男を愛しているかどうかなのだ。と言われたんや。
ポニョ:これは、すごいレッスンやぜよ。こんなレッスンをされたら誰でも、嫌いな人がいなくなってみんなを好きになれそうやな。
ヨシオ:ゴパール君も同じ事を言っていた。もういつでも、心を開いてその男と一緒にコーヒーを飲みながら談笑出来るって。恨みのうの字さえもう無くなったって言ってたな。
ポニョ:おいらも、裏社会の連中の上に、おいらの愛するオクラの天ぷらでも投影して食べてしまおうかな。
ヨシオ:あの〜それって愛の行為なんか?
平常心を養うために様々な方法があります。
誰かが、あなたのことを罵ったり、中傷したり、無視しても、それらを笑顔で受け入れなさい。
こういうことが起こるのは、この世界では普通のことなのですから。
それは、基本的には感謝知らずで礼儀知らずな行為だけれども、結果的にはそういうことを通じてあなたを強くするのです。
そのような体験をしても、怒ったり恨んだりせず自分自身を勇気づけながら、口元に静かに勝利の微笑みを浮かべれば良いのです。SSSvol8p229
愛の心を育みなさい。
だれをも嫌ってはなりません。
起こることはすべて自分のためだと信じなさい。
いついかなる困難や苦しみが降りかかってきたとしても、その原因は自分自身にあります。
他の人を敬いなさい。
その行為自体があなたを守ってくれるでしょう。
反対に、もしだれかを侮辱したなら、その行為自体があなたを罰するでしょう。
喜びも苦しみもあなた自身が作り出したものです。
あなたが積んだ徳や犯した罪は影のようにあなたについてきます。
現代人は他人に説教をしながら自分ではその教えを守ってはいません。
そのような教えにどんな価値があるというのでしょう?
そうしたものはすべて欺瞞にすぎません。
どんな教えを読もうとも、どんな教えを聞こうとも、それを実践しなければ、その教えが役に立つことは決してありません。
少なくとも、小さな形で人類同胞を助けなさい。
そうした行為そのものが皆さんを助けてくれるでしょう。
自分が遭遇する困難を他人のせいにしてはなりません。
決して人をののしってはなりません。
すべてを愛しなさい。
すべての人を兄弟姉妹として扱いなさい。
神が父であり人類は同胞であると感じる心を育てなさい。1/1/04
ポニョ:ゴパール君って人が良さそうやな。
ヨシオ:だから、今まで人に利用されて来たんや。
ポニョ:おいらのクラスメイトにも、そんな奴がいてたな。金を悪ガキから巻き上げられるんや。
ヨシオ:ババはゴパール君に、お前がもっとシャキッとしないから、人に利用されるんや。時には人に対して厳しい態度を取らないといかん。と言ってたしなめられたんや。
ポニョ:まあええわ。とか言ってたら、いつまで経ってもハイエナみたいに、しつこくひっつき回る奴がおるもんな。
ヨシオ:ババは、そういう輩のカルマはお前のせいで作ってるんや。お前がしっかりすれば奴らも来ないやろ。と言われたんで、それ以来シャキッとするようになったんや。
ポニョ:シャキッか。被害者のせいでカルマを作るって、なんか腑に落ちないけどな。でも、そういうことがあるんやろな。
ヨシオ:いくらカルマを作っても神の恩寵で取り消しになる場合もあるしな。例えば、その人がそのカルマを支払うのに、とても大変で耐えきれない時には、神さんが介入されて苦痛を軽減してくれるんや。神さんだけやろなそんな権限を持っているのは。
良い行いは、誤った行いによる悪い結果を取り消すことが出来るという考えは、貸し借りの発想です。
神の貸借対照表は、それと種類が違います。
神は善行善果、悪行悪果と言った具合に、あなたが自分の行為の結果に直面するようにします。
神は人のどのような行為の結果にも、足し引きはしません。STPS2p153
皆さんは、神の恩寵を得るにふさわしくなるために、正しい行いをして、功徳を積まねばなりません。
生まれ出たるとき、皆さんは首もとに何の花輪もかけてはいません。
しかし、良かれ悪しかれ、すべての過去の行為の結果 という目に見えない花輪をかけているのです。
そのカルマ(行為の結果)の首輪なしにこの世に生まれ出る者は一人としてありません。
しかし、人はこの真実を忘れ、常に快楽と富を追い求めます。
世俗的な喜びがどれほど長く続き得るでしょうか?
若者たちは、自らの若さや富を誇りに感じます。
しかし、それらは一時的なものなのです。
この真理を悟り、私たちは、神の恩寵という富を蓄えなければなりません。6/5/03
皆さんは、カルマの結果から逃れる方法はあるのだろうかと思っているかもしれません。
方法はあります。
神の恩寵を得た人々には可能です。
ひとたび神の恩寵の受取人になれば、カルマ・パラの影響を受けることはなくなります。
ですから、神の恩寵が得られるよう努力すべきです。
カルマから逃れるのは不可能だ、と学者は言います。
学者の言っていることもある程度は真実です。
けれども、ひとたび神の恩寵を得たならば、たとえカルマの結果を被らなければならないとしても、もはやその痛みを感じなくなるのです。
薬が入ったビンを例にあげましょう。
ビンには薬の有効期限が記してあります。
有効期限を過ぎれば、薬の効き目はなくなります。
それと同じように、神の恩寵はカルマ・パラを「期限切れ」にします。
つまり、神の恩寵はカルマの結果 を無効にするのです。
ですから、カルマの結果から逃れることは可能なのです。
人間は神の恩寵を受けるに値することができるように、必要な強さと意志の力を培うべきです。
ひとたび神の恩寵を得たならば、カルマの足かせから解放されるのです。21/7/05
ポニョ:コダイカナルの帽子売りの子供も、そんな感じかな。ババが学生たちに帽子を買いに行かすまでの二週間の間、一個も売れなかったんやろ。それにあの子、孤児やったんやな。知らんかったぜよ。
ヨシオ:ババは学生たちにお金を渡す時に、絶対に帽子を値切って買ってはいけないと言われたんやけど、その子は、夏のシーズンも終わりやからと言って、大幅な値引きしてくれたんやけど正価で買ったんや。それである学生が、君サイババって聞いたことある?て聞いたら、大事そうに古新聞の切り抜きを財布の間から取り出して来て学生に見せたんや。それはババの写真で、その子はいつもババに礼拝していますって言ったんや。
ポニョ:ババは、自分に帰依するものを決して見捨てられないんやな。この話はつい最近聞いたばかりやけど、いつ聴いてもええよな。心にジンと来るぜよ。おいらの家にはババの写真がたくさんあるので、一枚持って行ってあげようかな。
ヨシオ:もう、学生があげてるやろ。そんな事心配せんでも。コダイカナルでは、学生たちとババがいつも一緒やから、いろんなエピソードが伝えられているな。ババのお住まいであるサイシュルティでは、一週間に一度、奉仕の日というのがあって貧しい人たちにサリーやドーティという服などを配布するんやけど、その日はたくさん毛布が残ったんや。ババは、ここに来た人たち全員が受け取ったかどうか、もう一度チェックしなさいと言われたので、チェックしたんやけど、皆もらっているようなので、ババに報告すると、ババは何も言われずに部屋に戻られたんや。しばらくして、ホールに出て来られたんやけど、とても機嫌の悪い顔をされていて、近くにいた学生に喉が渇いたと言われたんや。それで、その学生がコップに水を入れて持って行くと、横によけて飲まれなかったんや。その学生も含めて、一体どうしたものかと、気をもんでババを見ていたら、ババは運転手を呼ばれて何かを言われ、そしてそのまま車に乗られて何処かへ行かれたんや。小一時間ほどで帰って来られたんやけど、どういうわけか満面に笑みを浮かべてられてたんや。みんなは、一体何があったのか運転手に聞いたところ、ババは残りの毛布を全部車に乗せて、あちこちの家を回られて毛布を配られていたんや。
ポニョ:それってすごいよな。ババが自ら毛布を配りに行かれるって。もらった人は驚いたやろな。突然ババが、あの〜毛布を持って来たんですよ。よかったら使ってね。君たち、私のダルシャンに来たくても交通の便が悪くて来れなかったでしょう。だから私がこうして来たんですよ。ここは標高が高くて夜は冷えるからね。しっかり毛布にくるまって寝なさいよ。と言って配られたんやろな。
ヨシオ:ポニョの言ったとおり、人々はババがコダイカナルに来られているのは知っているんやけど、交通の便が悪くて来れない人が多いんや。学生たちはババのそういう行為を見て、奉仕というのは、助けを求めに来て人だけにするものではなくて、助けを必要としている人のところにも出かけなくてはならないのだ、という事を学んだんや。その後、ババが戻られてから、ババは一息でコップの水を飲み干されたんや。
カルマを支払い、奉仕や霊性修行を行う上で、あなたは様々な困難に出合います。
しかし、それはあなたが生きているこの世界では自然なことです。
この世界には善と悪、喜びと悲しみ、光と影といったように二面性を持っています。
それらのことにあまり重きを置かないようにしなさい。
あなたに降りかかるものを、あなたの義務として神への祈りと共に受け入れることです。
そしてその結果については神の御手にゆだねなさい。SS11/1996
今日教育を受けたものは皆、利己的な欲望の追及にのみ関心を持っています。
他人への奉仕をしようと思わず、国益も念頭にありません。
卒業しないうちから就職を心配します。
教育と就職のつながりを、きっぱりと断ち切りなさい。
教育は人生のためであり、食べるためではありません。21/5/92
ポニョ:喉が渇いたと言われた意味は、帰依者がババのことを心から呼んでいる。という意味だったんやな。ババに会いたくても会えない苦しさを、喉が渇いたと表現されたんやろうな。それより、あの孤児のところにも行かれたんやろな。
ヨシオ:ポニョがさっきから孤児の事ばっかり心配してどうするんや。その帽子屋の子供は両親を亡くしたけど、本当の両親であるババが面倒見てくれるので心配ないんや。それとも養子にでもするか?
ポニョ:そこまでは考えたことないな。そんなたたみかけるような喋り方をしなくてもええやろ。
ヨシオ:帽子屋の孤児にこだわり過ぎや。不毛の惑星の東半球に、一人で住んでいる奴のことをもっと心配したれや。
ポニョ:分かったってその話は。今度、一緒にコーヒーでも飲もうって約束したんや。でも、いつババの話を聴いてもババは優しいなって思うよな。本当に子供のような純真な心を持っておられるもんな。
ヨシオ:子供で思い出したんやけど、ババは子供達にテトラパックというジュースを配っておられたんや。そのジュースを飲んだ後、空になったビニールの中に、もう一度ストローを突っ込み息を吹き込むと風船みたいに膨らむんや。それを手で割ると大きなパーンという音がして、周りの人を驚かせることが出来るんや。それで、その日はもちろんババがおられるし、そういう音を立ててはいけないので、みんな、飲んだ後のテトラパックをゴミ箱に捨てていたんやけど、誰かが大きなパーンという音をさせてテトラパックを破裂させたんや。みんなはこんな大きい音をさせたんやったらサイババさんにも聞こえたかもしれん。もしそうだったら後で怒られると思って、恐る恐るサイババさんを見ると、こちらを何気無く見られていたんや。ほら、スワミにも聞こえたやんか。これは絶対後で怒られると思っていたけど、この後、先生も誰も何も言ってこないし、ババも普通にされていたので、良かったと言ってみんなで安心して教室に戻ろうとしたら、誰かがまた、大きなパーンという音をさせてテトラパックを破裂させたんや。うわ!今度は絶対に怒られるぞ。二回もババの前でそんな音を立てたらと思って、誰が破裂させたんやと思って周りを見回すと、ババがテトラパックの破れたビニール袋を持って、やんちゃ坊主のような顔をして笑いながら子供達を見ておられたんや。
ポニョ:ほんまに子供やな。ババは。子供がパーンと大きな音を立ててジュースの袋を割ったのを見て、自分もやりたくなったんやろな。人を驚かすのが大好きやからなババは。へえ〜。このジュースのパックはこんな音を出すことも出来るんや。面白い。私もやって見よかな。子供たちも驚くやろな。ワン、ツー、スリー 行くぜ!パーンという感じやろな。おいらもっと早くババとお友達になってたら良かったな。おいらと一緒に自然の中でいろんな事をして遊べたのにな。
ヨシオ:今からでも遅くないやんか。ポニョのイメージの世界の中で、俺みたいにババと遊べるで。昨日の瞑想で、俺はババと組み体操して遊んだな。ババはいつも上の方ばかり行きたがって俺はいつも支える側や。もう面白くなくなって途中でやめたった。でも、学生さんに頼んで一番格好がええところをカメラで撮ったけどな。
ポニョ:普通の人が聞いたらあんたの事、頭がパーになってるって思うやろな。
ヨシオ:自分でもそう思うわ。でも他の人のことは何にも気にしてないんや。俺とババだけの秘密の、お遊戯の時間や。以前、ウーティのサイババ小学校の話をしたやろ。ババがそこの学校に行かれる時は、子供達と一緒に寄宿舎の一室で寝られるんや。子供達も、とても喜んでババがおられる間とても興奮するんや。でもいつかは別れの時が来るやろ。それまでクリスマスと正月が一緒に来たみたいに、ペンやらお菓子やらペンダントやらノートブックやら物質化してプレゼントされるやろ。それに小さい学校やから、一人ひとりに神の無限の愛情を注がれるので、子供達はババをとても愛していて、ババが帰って行く時を恐れているんや。だから、ババは早朝四時に、みんなが寝ている頃に、そっと音を立てないようにして車で帰られるんや。でも子供達はそれに気づいていて、ババの車が出るや否やベッドから飛び起きて、二階にあるガラスの部屋と呼ばれている、景色がよく見える部屋に競って駆け上がって行くんや。ウーティの学校は丘の一番上にあるので、遠くの方までよく見えるんや。それで、子供達は泣きながら、ババの名前を呼んで手がちぎれそうになるまで振るんや。ババの車がだんだん小さくなって、見えなくなるまで10分ぐらいかかるんやけど、その間、みんなの目はババの車に釘付けになるんや。ババも、もちろん子供達が自分に手を振っているのを知っておられるので、その十分間の間、車中の誰とも話をされず、よそ見もせず、ずっとリヤウインドウから子供達を見ながら手を振り返されるんや。分かるやろ。俺、自分の長男をウーティの学校に行かしたかった理由が。
苦行とは自分が神と別れてしまっていると感じるときの辛い気持ちのことです。
神と別れているという苦しみがあれば、何時どこにいてもそれは苦行をしているのです。
苦しみを感じながら神を熱烈に求めていけば、三つのグナの魔力に捕らわれなくなります。
その時、三つのグナは融け合って一つになります。
~それが出来れば、言葉に尽くしがたい大いなる悦びがやってきます。SGc11
ハヌマーンは「私はラーマ様の僕だ」という一途な気持ちによって大きな悦びを味わっていました。
ただその気持ちはいつまで続くでしょうか。
それは神の恵みを受け、神の近くにいるときだけです。
神と別れてしまったら大変苦しむことになるはずです。
「私は神」の段階になれば苦しみの問題は全く起こりません。
高度な段階になれば、いつも神と一つなのですから、神と別れたり苦しんだりすることはありません。
「神の僕」の段階では、神と僕が別れてしまう事もあるが「私は神」の段階では悦びが途切れることはありません。
二つに分かれることは決して無いからです。SGc9
神を忘れるのは人間です。神は決して信者から離れていることはありません。
信者が神から離れているだけです。
あなたは神があなたから離れていると思っています。
しかし全くそうではありません。
あなたは神を忘れ、神があなたを忘れたと宣言していますが、実はあなた自身の感情があなたに反映されているだけなのです。14/1/96
現代人はすべての物事に関して疑います。このような猜疑心は、自分が神から離れた存在だと思うことから生じるのです。23/2/06
ポニョ:ババは本当は子供たちと混じってジュースの空袋を破裂させながら遊びたかったんやろなと思ったぜよ。
ヨシオ:ババは、舞台の上の玉座に座りシリアスな顔をして神さんのように振る舞うより、子供達と一緒に遊んでいる方が、幸せなんかもしれんな。現に、ヴィジャヤさんたち女性のグループと一緒に部屋で談笑されていた時、前にも言ったけど、あゝ僕のお兄さんがやって来る、みんな静かにしてくれる?僕は今から神さんのように振舞わなければいけないから、と言われた途端にお兄さんが部屋に入って来たんや。そしてババは神妙な顔をされてお兄さんの話を聞き、お兄さんが出て行かれた途端、また元のババに戻られたんや。
ポニョ:ババは、私は女性といる時は女性のように振る舞い、子供といる時は子供のように、年寄りといる時は年寄りのように振る舞うって言われたことがあるよな。でも、それだけいろんな役を役者のように出来るってすごいよな。
ヨシオ:ババは鏡のようなもので、その人が思っている神のイメージになれるんや。だって、子供達が思っているババのイメージと違う、怖い威厳のある神さんとしてババが振る舞われたら、誰も二階の窓から手がちぎれそうになるまで、ババに手を振らないで。
ポニョ:そうやろな。でも可愛かったな。子供達がババァ〜と言って泣きながら、別れを惜しむ姿。イメージが目に焼きつくようやったな。
ヨシオ:今、ポニョが何気なく言ったイメージが目に焼きつくという言葉は、霊性修行にとってとても重要なんや。正確に言うと、自分がイメージしたいものを心のスクリーンに焼き付けて、それを再び自分が好きな時に取り出してイメージすると言うんだけれど、これが意識的に出来れば神さんを、いつでもどこにいても自分の目の前に呼び寄せることが出来るんや。
ポニョ:まるでアラジンの魔法のランプを持って歩いているのと一緒やな。そうか、あんたはそうして、ババと組み体操したりして遊べるんか。
ヨシオ:どこにいても、どんな時にでもババを呼び寄せれるし、話し相手にもなってくれるし、慰めてもくれるんや。例えば、一緒にババとピクニックに近くの自然保護区を歩いている事をイメージしている時に、ここから先は人の領域ではないから行かないように。デーヴァの領域やからと言ってくれたりするんや。人は俺に、ババが帰って来るってあんたは言ってるけれど、肉体のババに執着するからや。宇宙意識としてのババが今まで通りババの使命を果たすために働いておられるのを分からないのか、とか言ってアドバイスか批判かどっちか分からないことを言って来るんやけど、俺は別に肉体を持ったババを恋しがったり、執着したりしてるからこういう事を言っているわけではないんや。だって、今ポニョが言ったようにアラジンの魔法のランプのようにいつでもババと会えるから。ババは肉体を持っておられる時も、宇宙意識として働いておられたし、肉体を離れた後もそうされる。それは、疑いのないことや。俺が言いたい事は、ババが肉体を持っておられる間になされるって言っておられた事が、まだ成就していませんよ。と言っているんや。
ポニョ:あんたのように、インドに行ってババのダルシャンを得、そのイメージを発展させて、心にそれをいつでも映し出せれる人は、ババを心に持っているってことやもんな。
ヨシオ:俺自身はもう、五人の子供も育て上げて、母に対する義務も果たし終えたし、明日死んでも何の悔いも無いんや。この世界で、俺が果たすべき義務は全て果たし終えたんや。だから、真っ直ぐ神さんの目を見れるんや。何のやましいことも無い。だから全然死は怖くない。さらに付け加えて言うなら、将来、家にいた時にババが空に現れたとして、みんなで一つの小さな窓からしかババを見れなかったら、俺はその窓の横に座っていても誰かに喜んで席を譲るやろな。俺にはババがいつも一緒に居てると分かっているから、それだけでハッピーなんや。それに、今ポニョがいろいろとグローバルエリートの犯罪を暴露してくれているけれど、神さんが全てを後ろでコントロールされているのを知っているから、何の心配もしていないし、全てはなるべくしてなるので、ポニョのように感情的にもなれないんや。もちろん、ポニョがアドバイスしてくれたようにワクチンや、食べ物に気をつけてるけどな。
ポニョ:そう言うたらあんたはいつも冷めてるもんな。
ヨシオ:ジャイナ教徒であるインド人の友達に、子供達が海外旅行に行く時に一緒に家から見送った後、俺はこのようにして人に手を振ってさよならを言う時、これが現生での最後の別れやと自分に言い聞かすんや。子供達や愛するものが、例え事故かなんかで亡くなったとしても、もうその時に心の準備は出来ているから、取り乱したりしなくなるんや。と言うと、それはおかしい。旅立つ人には、無事に帰って来るように神様にお願いして送り出さなければいけない。とか言っていたけど、俺は神様にそんな事を頼んだことがない。俺は、いつもどんな事が人生に起こってもそれに負けないような強い心を下さい、と言ってお願いするんや。だって。神様に無事を願ってその時は叶えられても、その事故は次に延長されるだけで、カルマは遅かれ早かれ支払わなければいけないし、それに俺の子供と言えども、どんなカルマを持って生まれて来たのか父親でさえも分かりようがないやろ。神さんだけが知っている。それを信じるか信じないかは、あなた次第です。
ポニョ:何を言ってるんや。どっかのテレビ番組のセリフやんか。
あなた方は神に、至福や平安を下さいと祈るべきですが、人々は何でも好き勝手なものを神に祈っています。
あなたは自分自身にとっての幸福とは一体何かを知りません。
神はあなたにとっての幸福を知っています。
ですから、神はあなたの願い事を聞き遂げないのです。
神はあなたの幸福を知っていますから全てを神に捧げなさい。
そして、神があなたに与えるものを受け取りなさい。17/7/97
神を信じる人には四つのタイプがあります。
一つ目は、悩みや苦しみのあるときに神に祈る人。
困ったときや、人生の試練にであったときにだけ神に祈る人です。
二つ目は、富や財産や権力を神に祈る人です。
長寿や子孫の繁栄を祈り、財産や牛や、宝石や金などを願う人です。
~たいていの人は、そういう俗世間の願い事ばかりしています。
三つ目は神の節理を知りたいと努力する人です。
神はどこにいるのだろう。
神とは何だろう。
どうすれば神に達することが出来るのか。
私と神はどんな風に繋がっているのか。
私とは何か。等の知識を身につけようとします。
~これらの知識が身についたとき、四つ目の英知の人の段階にたどり着きます。
英知とは世間一般の知識では無くて神に向かう知識、すべてを超えた知識を言います。
英知とは、すべては一つだと悟ることです。
~世間の知識は、何をしてもそれは自分に戻ってきます。
何を言っても、何を考えても、結局は自分自身に返ってくるのです。
ところが神に向かう世界には、触れるものも、見るものも、聞くものも、何の反応もありません。
ただすべてを超えた知識があるだけです。
これこそは真の知識です。
そこには反応するものも、響き渡る音も、映し出される姿もありません。
そこには二つ目のものが無いからです。
そこではすべては一つです。
二つのものがあるところには、一方を手に入れたいという思いか、一方を退けたいと思う思いがいつでもおこります。
つまり欲望か、恐怖の感情がいつも起こるのです。
けれども、真の知識に満ちていれば、他の人も他のものも経験する事はありません。
他のものなどどこにもありません。
そうなれば、欲望も恐怖もおこらないでしょう。
それこそは英知、最高の知識と呼ばれるに相応しいものです。
高度な意識の状態では、何を見ることも、何を聞くこともありません。
ただ究極の悦びに満たされています。
これこそが、「完全存在、完全知、完全至福」と呼ばれる、永遠の悦びなのです。SGc14
ヨシオ:俺たちがこの事件は大変不幸な出来事やとか、悪い奴らの陰謀によってたくさん人が殺されたとか言って騒いでいるけど、ババはそれらの事を宇宙をお創りになる前から知っておられて、そういうことが人類に降りかかる事をお許しになっておられるんや。だから、劇のディレクターが台本通りに劇の進行を進めているのに、舞台に上がってそれぞれの役を演じている大根役者が、ディレクターにこの場面はちょっと悲しすぎるから台本を変えてくれるけ。とか俺の子供をこの場面で殺さんとってくれるか。とか言って劇を台無しにしてるのが俺たちなんや。もちろん、劇を演じてる役者が役の中に入り込み過ぎて、自分が演じている役者と自分を同一視してしまい、悲しみのあまりディレクターに変更をお願いすればディレクターはマイナーな変更をしてくれるやろな。それが、神にお願いすれば叶う願い事や。だから、俺たちはただの役者で自分の役を演じていたらそれで劇は上手く回るんや。劇の台本にまでいちいち口を挟む必要もなければ、他の役者が演じている役についても、あの子は可哀想すぎるとか、目立ち過ぎるとか言って批判やコメントなんてする必要もないんや。自分の置かれた条件、場所、状態、状況、時に応じてやらなければいけない役者としての義務を台本通りしっかり果たし,ディレクターに褒められるようにならないといけないんや。もちろん大役者になれば余裕も出来、監督やカメラマン、音響、照明係、舞台裏の人たちを手伝う余裕も出て来る。そんな時は自分の出番がない時に、ディレクターの手足となって働けば、ディレクターも喜んでくれるやろな。
ポニョ:そうか、ええ役者にならないといけないんか。おいらには、ちょっと無理やな。だって、舞台に立っていても、綺麗な女優さんが横にいたら胸がドキドキして、あの〜良かったらこのシーンが終わったらあとで舞台裏でお茶でも飲みませんかと言ってしまうやろな。
ヨシオ:それが嫁はんに見つかると、どうなるか知っているんか?バチキ食らって、ポニョの低い鼻が曲がってしまうで。
ポニョ:それを言わんといて〜な〜。この前も、卍固めをかける練習相手をさせられて、股関節が抜けそうになってしばらく歩かれへんかったんやで。
ヨシオ:ええ年こいて夫婦で何をいちびって遊んでるんや。卍固めやて…。えらい古いもん持って来たな。アントニオ猪木の技やったな。
ポニョ:古かったかな。「あん時の猪木」って言うもんな。
ヨシオ:それも古いギャグやな。
今、豊かさは増しましたが、人間はますます欲深くなっています。
その結果 、人は人間本来の性質を忘れてしまいました。
正しい方法で稼いだお金が必ずしも幸福をもたらすわけではないとしたら、どうして不正な手段で手に入れたお金で幸福を得ることを期待できるでしょう?
ですから、決して過大な富が平安や幸福をもたらすことはできないということを理解するようにしなさい。
もし、あなたが多額の財産をもっているなら、他の人を助けるためのよい活動にそれを差し出しなさい。
そうすることで、あなたは充足感を得るでしょう。
第二の悪は力への渇望です。
村人から都会でトップの地位にいる人まで、だれもが力を追い求めています。
力には制限と義務が伴います。
力には五つの種類があります。
それは、情報の力、知性の力、名声の力、人格の力、犠牲の力です。
この五つの力をすべてもっている人だけが、権威ある地位 を望むべきです。
昨今、人は権威の使い方を理解することなく、権力のある地位に就いて行動しています。
村落の五人会議の議長から国の政府の長に至るまで、あらゆる人が力のある地位 を求めます。
力を追求する中で、人は道徳と正義を犠牲にする一方で、進んでありとあらゆる手段を使います。
力を確保するためにあらゆる種類の不正行為が行われています。法と秩序はむしばまれつつあります。
このような具合に、人間本来の性質は忘れ去られつつあります。
これは非常に危険な状態です。
地位 と権威を求める人はそれらの義務を知っておくべきです。
そうした地位にある人は、制限を守ることに対して当然払うべき注意を払って、力を行使すべきです。
「制限のないところでは偉大なことは何も達せられ得ない。」
このように、富と力はどちらも制限付きで使われるべきです。
しかし、今やそうした制限は破られています。
今日、国が抱えている混乱やもめごとはすべて、そうした違反行為によるものです。
人は神の性質に気づくことができずにいます。
一人の役者としてこの世の舞台に降り立ってはいるものの、神は自らの役割を演じるのにふさわしい時を待っているのです。
果 物が熟すのには時を要します。
果物は熟すと自然に落ちます。
それと同じように、自分の行為の報いを得るための機が熟したとき、人は行為の本質に従って報いを得る準備ができていなければなりません。
悪い結果 や良い結果へと導くのは自分自身の行為です。
それゆえ聖典は、人間の心が輪廻や解脱の原因であると宣言しているのです。23/11/94
ポニョ:この世界では、おいら達は劇を演じている役者だ、という例は分かり易かったけど、ディレクターである神様は全ての話の展開をすでに知っておられるので、面白くないのと違うやろか?
ヨシオ:ところがそうではないんや。ポニョは田舎の方によく行ってたから知っていると思うけど、田舎の人って、余り都会のように余興が無いので劇団とかが巡業に来ると、とても楽しんで役者たちに声をかけながら見られるやろ。
ポニョ:今は知らんけど、昔はよく三文芝居が田舎の街を巡業していたな。
ヨシオ:俺の家の裏に、以前そういう劇団が劇場を構えていて、田舎から都会に出稼ぎに来ている人なんかがよく見に来て繁盛してたな。俺もそこによく連れて行ってもらったんやけど、人気の役者なんかが出て来ると、お客さんがあちこちからその役者の名前を呼ぶ掛け声が聞こえてきたり、クライマックスシーンでは興奮して大きい声をかけたりして、なんか独特の雰囲気があったな。リピーターだらけやったしな。
ポニョ:大阪にもそんなとこがあちこちにあったよな。ほとんどがチャンバラモノやったけどな。おいらもおばあちゃんに連れられてよく行ったぜよ。赤城の山の〜とか、清水の次郎長とかをよく覚えてるな。みんな、興奮してその劇の人物になったように涙を流したり怒ったりしてたな。
ヨシオ:ババもその劇のディレクターやなんやけど、そのお客さんたちと一緒で、帰依者の人たちや、学生たちが演じる劇を見られている時、その劇を演じている役者たちに感情移入をしてしまって涙を流されたり、大きな声で笑われたりしてその劇をとても楽しんで見られて喜ばれるんや。
ポニョ:ババが涙を流しながら劇を見られるんか。ちょっと意外やったな。
ヨシオ:ババの近くにいた学生がそれを見ていて驚いたんや。それも一回や二回ではないんや。ババはとても純粋な子供のような心を持っておられるので、目の前の舞台で繰り広げられる劇の物語にすぐに感情移入をされるんや。まるで純粋な心を持っている田舎の人みたいに。
ポニョ:そうやったんか。そう言えば、ババは子供の時から劇とかを自分で書いて自分で演出し、自分も登場人物となって演じておられたよな。
ヨシオ:そうそう、覚えてるかな。高校時代の友達の家でその友達と家族だけのために、劇のシナリオを書き、わざわざ舞台まで作り、自らも一つの役を演じて家族を楽しませていたな。
ポニョ:ああ思い出したぜよ。その劇は、本当はその友達のために書かれたんやろ。確か、ババは自分は神だけれど、その友達とは友人として付き合っていたから、自分の足に触れて帰依しなさいと言えなかったので、わざわざその劇のシナリオを書いてその友達が演ずるクリシュナの頭を、回し蹴りで蹴るシーンを作られたんやったな。
ヨシオ:もちろん劇では本当に蹴られていないけど、足が頭にかすったって言ってたな。とても怖かったって。
ポニョ:そら、誰でも回し蹴りを食らったら怖いよな。でも、その友達は後ほど、ババが有名になり神の化身として世界中から帰依者が来るのを見て、自分は本当にラッキーだと思うと言っていたな。自分が立っているだけで、神の御足が頭に触れる事が出来たんやから。本来は、自分が神の御足にひれ伏して額を御足に付けるんやけどな。
ヨシオ:ババは、このように劇が大好きで、学生や子供達がフェスティバルで劇を演ずるためにリハーサルをしているのを何度も見に行かれたり、演技の指導もされるんや。
ポニョ:この世界を創造された神の神聖劇が、今こうしておいら達の目の前に展開しているんやけど、ババはその劇のシナリオを書かれていて全ての劇の展開を知っておられても、この世界で起こる様々な事を楽しんでおらるんやな。
ヨシオ:以前、アメリカの女性がババに、この日は何の日ですかとか言ってある特定の年月日を聞かれて、ああその日は、私たちの結婚記念日です。とか、誰それの誕生日ですとか答えていたんやけど、ある年月日だけ答えられなくて、その日は何の日だか分からないとババに言った話があったやろ。
ポニョ:よく覚えているぜよ。それで、その日はその女性が主人と朝から喧嘩して、スーパーで腹いせに万引きした日やったんや。あれは衝撃的な話やった。
ヨシオ:ババは、私はあなたが覚えていないような、どんな仔細なことでも興味があるから、覚えているのです。と言われたんや。
ポニョ:どんな仔細なことでもって、全てを覚えるのは大変やろ。
ヨシオ:ババはそういう表現をされているだけで、実際は、ババ御自身は宇宙中に充満して宇宙にある全てのものを創造しているチットと呼ばれる純粋意識でもあるので、結果的に宇宙で起こる全ての事象や人の想念の動きまで知っておられるんや。
私たち自身が、サット・チット・アーナンダという三つの特性の化身なのです。
あなたが自分のことを思うあなたは「サット」(真理)です。
他の人があなたのことを思うあなたは「チット」(意識)です。
本当の あなた自身は「アーナンダ」(至福)です。
これらの三つの特性は、人間の特権です。
それは人間に生まれながらにして備わっている権利です。
それらは人間の本性です。
実にそれらは、人間の本質的な特性なのです。
この本質的な真理を忘れ、私たちは人間の尊厳に対して何の敬意も払わず、他者を非難し、嘲笑し、彼らの悪口を言います。
他者を嘲笑することによって、私たちは彼らの罪の一部を我が身に負うことになります。
決して他者を嘲笑して、彼らの心を傷つけてはなりません。
もし誰かの欠点を見つけた場合は、優しく彼らに話して道理を説き、理解と愛を持って彼らに判らせ、正すように努めなさい。 KSH
ポニョ:だから、この世の全ての事柄に興味があるって言われたのか。面白いな神さんって。
ヨシオ:そして、その御自分で創られた神の創造劇の中に自分自身も登場人物として出られるのがアヴァターや。
ポニョ:今回のアヴァターは劇のメインキャラで出て来られるから、待ち遠しいよな。クライマックスシーンはまだやけど。
ヨシオ:すごいシナリオを準備されておられるもんな。本当に、この世界に化身として降臨されて目一杯楽しんでおられるな。
ポニョ:グローバルエリートという悪役の役者たちも揃っているし、後は正義の味方の月光仮面が出て来るのを待つばかりやな。
ヨシオ:月光仮面って、白バイに乗ってるミイラのおっちゃんか?
ポニョ:ミイラのおっちゃんはないやろ。おいらのヒーローやったんや。顔に白い布を巻いているんは顔を火傷したからやないんや。
ヨシオ:ミイラみたいやんか。額に三日月を付けて。火傷で思い出したけど、昔、ソーラーホットウオーターシステムをサイの小学校で取り入れて工事が完成した時、ババはメインの来賓としてお湯の栓をひねってお湯を出す事になっていたんや。そのセレモニーにはいろんな人が招待されていて、子供達も全員出席しいてたんや。ババは、とても興味深くそのシステムについて関係者に質問されていたんや。そして、みんなの目が注目する中を、ババはメインのイベントであるホットウオーターを出す栓をひねられたんや。ところがお湯は一滴も出て来なかったんや。それでババは続けて栓をいっぱい回されていたら、突然ものすごい量のお湯が飛び出して来て、ババは頭からローブまでぐっしょりとお湯浸しになったんや。そこにいた全ての人はショックで、何て言ってババに声をかけていいのか分からなかったし、ババがお湯で火傷をされていなかったのか、心配して成り行きを固唾を飲んで見ていたら、ババは突然、僕が一番打者だ。と冗談を言われたので張り詰めた雰囲気が和んだんや。
ポニョ:一番打者か。英語ではなんて言われたんや。
ヨシオ:I've got first batや。インドはクリケットが盛んやろ。だからゲームの最初にコインを投げて、裏表を当てた方が言う時によく使う言葉やねん。まあ、野球で言ったら先攻や。
ポニョ:ババはクリケットがお好きなんやろか。
ヨシオ:好きも何も、放課後、毎日のようにされてたで。何年か前にもヒルビュースタジアムでインドのナショナルチームと世界のオールスターチームが試合をしたんやで。相手はかき集めやったからインドが勝ったけどな。でも大観衆は大喜びやったんや。サッカーも良くされていたけど、ゴールキーパーをやられてたな。あと、大きな木の枝にぶら下がりながら、鬼ごっこをするモンキー遊びもやられていたし、普通の子供がする遊びは全てされていたってババの弟さんが言ってたな。
ポニョ:でもそんなに緊張した場面を解きほぐすために冗談がとっさに出て来るってさすがやな。ババは何を言われてもされても人のためだけやもんな。
多くの人々は、私の言葉を重視せず軽く取っています。
これは正しいことではありません。
私が話すことは、例え私が軽い調子で話し、冗談として話したとしても、全て真理であり真理のみなのです。
しかし、人々はそのことに気付いていません。
肉体的にスワミの近くにいる人でさえも、このことを正確には理解していません。
その結果しばしばスワミの言うことを無視しています。
私の言葉を真剣には受け取らず、スワミは軽い調子で話をしたのだと思っています。
そして、私の言葉が真理である事を後でそれが現実となった時にようやく気付くのです。
人は未来のことを何も知らないので、私の言葉を軽く受け取ります。
けれども、私の言うことが全て本当だということが将来判明するでしょう。
そうして初めて、人は私の言葉を理解することが出来るのです。
眼の前で、私が歩き、話しているのを見、起こっている事を全て目撃しているのにもかかわらず、人々は私の言葉を理解することも、私の神聖さを認識することも出来ずにいます。
人々の多くは、私の言葉を冗談でかたづけます。8/08
ヨシオ:ババは引っ掛け冗談がお好きみたいやな。子供達に、君の兄弟は何人いるんだい。と聞かれて、二人とか三人とかと言って答えると、全ての男の子は君の兄弟だよ。と言われるんや。そして、その横にいる子に君の姉妹は何人だいと聞かれてまた、二人とか三人とか答えると、いや全ての女の子は君の姉妹だよ。と言われるんや。そして、そのまた横に座っている子に、君の奥さんは何人だい。と聞かれて、その子は最初の二人が間違った答えをして、ババに修正されたのを見ていたので、ババが言われた通り、全ての女の子は僕の妻ですって答えたんや。ババは、それを聞かれてお腹を抱えて笑われたんや。このような質問を、子供達が忘れた頃に繰り返しされては大笑いされるんや。
ポニョ:引っ掛け冗談やな。あんたが好きなやつやんか。
ヨシオ:またこんな話もあった。プッタパルティの小学校では毎朝三時に起床し、朝食が終えたらババのダルシャンに行けるんやけど、早く行けばババが来られる横に座れて、ババに言葉をかけてもらえるチャンスがあるんや。それで子供達は早食い競争をして、食べ終わるや否や裸足でダルシャングランドを目掛けて一目散に飛び出して行くんや。ババの近くに座りたい一心で食事もせずそのまま走り出す子もいてるんや。ババはそんな子に、今日はどんな朝ごはんだったの。と聞かれるんや。その子は、朝ごはんを食べてないというのがバレるのが嫌だけど、嘘もつけないので朝ご飯はお饅頭でした。と言ったんや。ババは幾つ饅頭が朝食に出て来たの。と聞かれて、二つです。と答えると、じゃあ、君は幾つ食べたんだいと聞かれたんや。
ポニョ:はい。この最後の質問で捕まりましたね。朝飯を食べていないのがバレました。ババはしっかり子供は朝飯を食べましょうと言っておられるから、こういう質問をされたんやろな。でも、世界中どこを探しても神さんの近くに行きたい為に、また神さんに言葉をかけてもらいたい為に、友達と裸足で競争して走り、朝飯を抜いてまでも神さんのところに一目散に駆けていく子供が通っている学校って無いよな。普通の子はコンピューターゲームやら映画やらが、話題の中心やもんな。
ヨシオ:逆に言えば、聖者や苦行者が何十年もかかって得ることが出来ると言われている、神の御姿を拝めるダルシャンが、朝飯を抜いてちょっと走れば得ることが出来る子供達自身が、それだけ良いカルマを持っているって証拠なんやろな。
お前たちは将来ダルシャンを得る機会が少なくなるだろう。
~悲しんではいけない。
遠く離れた場所からのダルシャンや、私の講話を印刷物で読む事はインタビューを得たことと同じくらい価値あることなのだ。
私の責任は増し、私自身、新旧の信者から肉体的に距離を置かねばならないのだ。ANDIp270
私がヒマラヤで苦行に従事している者にダルシャンを与えるとき、たとえそれがほんの数秒であっても、彼らはその神のビジョンを得られたことでこの上 ない至福を感じます。
そして、それをとてもすばらしい経験であると見なします。
しかし、あなた方は皆、毎朝毎夕私のダルシャンを得ていながら、未だにその価値にまったく気づいていません9/98SNSarthi
ポニョ:今インドではディパバリー祭を祝っているな。インドの子供達が一番楽しみにしているお祭りやな。
ヨシオ:プッタパルティでも、大きな祝日やもんな。この頃、たくさんの帰依者がインド中からやって来るもんな。
ポニョ:ディパバリー祭は、ろうそくに火を一晩中灯したり、花火や爆竹を鳴らして賑やかやもんな。
ヨシオ:プッタパルティでも子供達が一番楽しみにしているのが、このディパバリーや。何と言っても花火に火を点火するのがサイババさん御自身やからな。
ポニョ:ババも子供達や帰依者が喜ぶのを見て喜ばれるんやろな。
ヨシオ:そうや。御本人も結構楽しみにされているんやで。でも、ある年のディパバリーで、ババが花火に点火される時にこんな事件があったんや。その日、花火の点火式でババがスイッチを押すと花火や爆竹がなるしかけやったんやけど、万が一スイッチを押しても花火が点火しない場合を想定して、皆に分からないように、手動で点火する用意もしていたんや。このような用意をしていたら、万が一花火に点火しなくても、ババがたくさんの来賓の前で恥をかかなくてもすむやろ。それで一人の学生が目立たないところに隠れて万が一に備えていたんや。ババは、このような花火のスイッチ点火は毎年やっているのでとても楽しみにされていて、左手の人差し指でスイッチを押される振りをして、来賓に具体的にどのような仕組みで点火するか説明されていたんや。そして、後ろにいた来賓たちと雑談をされていたんやけど、それを見ていた手動で点火する役の学生が、ババが既にスイッチを押したのに花火が点火していないものと思い込んで手動で点火したんや。そしてたくさんの花火が大きな音を立てて、夜空に舞い、爆竹もけたたましく音を鳴らし始めたんや。ババはそれを見て直ぐに前を向き、花火が上がっている空を見たり、周りを見回して、僕はまだスイッチを押していないのに花火が上がってるやないの。と困惑した顔をされていたんや。ミステイクに気づいた学生たちも右往左往していたんや。
ポニョ:ババが自慢そうに、この装置はうちの学生が作ったんや。上手く出来ているやろ。僕がこのスイッチを押しただけで、花火がドーンと上がるんやで。と言って自慢してたらいきなりドーンやもんな。
ヨシオ:学生たちは、もちろんババに申し訳なく思っていたけど、その時のババの困惑して学生たちを見られた表情や仕草が、神の化身とは思えない人間らしさで溢れていたんでとても面白かった。ババのまだ見たことのない側面を見れたといって喜んでいたんや。
ポニョ:無相、無属性で偏在の神さんが、人の姿を取られておいら達の間をウロウロされているだけでも驚異やのに、その宇宙を創造され、宇宙の支配者であるババが花火の点火が出来なかったというような小さい事件で困惑されたのを見ると、神様にとても親近感を抱くようになるよな。
ヨシオ:以前にも言ったけど、実はそれは逆の話で、ババが人間のように振舞っておられるのではなく、俺たちが限りなく神様に近いんや。特に純真な心を持っている子供達は、別に手をクルクル回して物質化したり出来ないけれど、ほとんど神と言って良いぐらい神様に近いんや。
ポニョ:ババは、一日に五分だけでも子供の時の頃を思い出して、その頃の純真な心を取り戻しなさいと言ってられるもんな。
子供は神の申し子と言われています。
子供のうちは、憎しみや怒りや嫉妬に駆られることはありません。
イエスは、子供にはどこにも悪いところが無いのだから、子供は神のようだと言っています。
子供のうちは、心にも身体にも何も悪いところはありません。
悪い心からおこる悪い感情が無いから、子供は美しいのです。
大きくなるにつれて、子供達に少しずつ悪い性質が身についてきます。
そうなると、子供の持っている美しいものが失われてしまいます。
悪い心は、悪い言葉と悪い行いとなって、子供の美しさを無くしてしまうのです。
人の持っている美しさは、少しずつ無くなっていきます。
そういったはかない美しさは、永遠の悦びを与えてくれません。
ロバだって生まれたばかりの時はかわいいものです。
それが大きくなってくると、腹が出てきて醜い姿になってしまいます。
悪いところが無いうちはどんなものでも美しく見えます。
ですからこの世界では、どんな人もどんなものも美しさは限られています。
ということはそこから生まれる悦びも限られているのです。
美しさと悦びはいつも一緒にやってきます。
美しいけれどつまらないものなどどこにも無いし、おぞましい姿の楽しいものも見ることはありません。
永遠に喜ばしく、永遠に美しいただ一つの摂理は何でしょう。
それはアートマです。
アートマは変わることも移ろうこともありません。
それどころか、アートマには何の姿も無いのです。
美しさと悦びが、アートマの姿です。SGc19
ヨシオ:その五分が一生涯続いているのがサイババさんなんや。ある日、こんな事もあった。サイの小学校で、一学年毎にババにカードを作って捧げる催し物があって、学年の代表が一人ひとりクラス全員で作ったカードをババに見せて読んでもらうんや。ある低学年のクラスの代表の子がババに、自分たちで作ったカードをババに見せて説明していたんや。そのカードにはランプの絵が描いてあって、まだ光は灯されていなかったんや。それで、そのカードを見せながらババにあなたが私たちの心の中にあるランプに火を灯して下さいと頼むと、ババはあの〜。ランプに火を灯す為にマッチがいるんだけど、持っていますか?と聞かれたんや。その低学年の子供は、ババ様。いやそうではなく、僕たちの心の中のあるランプに火を灯して欲しいんです。これはただのランプの絵で、火を灯して欲しいのは私たちのハートの中のランプなのです。と丁寧にババに説明しなければいけなかったんや。その様子を横で見ていても、とても喜ばしい情景だったんや。
ポニョ:御講話で、演壇に立たれたら学者でも難しいヴェーダの真髄を講義されるのに、心のランプに火を灯して下さいと言うと、マッチ箱を持って来てください。って子供みたいな質問をされるんやな。冗談で言われたんやろか。
ヨシオ:もちろん、冗談ではない。ババは女の人たちと一緒のいる時は女性に、子供達といる時は、子どもになるって言われたことがあるやろ。この時も、その低学年の子供がそばにきた時点でババはその子のレベルになられたんや。
ポニョ:一瞬にしてそういう事が出来るんやな。摩訶不思議やな。
ヨシオ:ポニョだってやってたやんか。小さい子供の手を引いて歩いていたお母さんと街で会って、お母さんと話していても、その子供さんと話す時には突然子供のようになって話すやろ。
ポニョ:確か、お母さんに何を買ってもらったの?可愛い人形やね。とか言ってたな。
ヨシオ:そうやろ。誰でも出来るんや。また、違うカードにはババの絵が描いてあったんやけど、ババはその絵を見て、口をとんがらせながら僕と似てないやんか。僕の髪の毛はこんなんと違うよ。あんたらが描いた絵では僕の髪の毛はまるで洗面台みたいやないの、と言って不満を言って子供を笑わせられていた。
ポニョ:洗面台みたいな髪の毛ってどんなんやねん。だいたい想像出来るけどな。ババの髪の毛を黒色で塗りつぶしたら洗面台みたいになるよな。
ヨシオ:なるか?ちょっとひどいでそれって。それに洗面台って四角いやろ。
ポニョ:底が丸い洗面台もあるで。ババはそのことを言ってられたんやろ。
ヨシオ:その後ババは子供たちに御褒美のアイスクリームをあげるんや。先生たちがマンディールの中で食べたらいかんと言っているのを見て、食べても良いよ、溶けるもんな。早よ食べや。と言われたんや。そして子供達が喜んでアイスクリームを美味しそうに食べているのを見て喜ばれるんや。
ポニョ:おいらも食べたことがあるで。そのアイスクリーム。ジョイアイスクリームと言って帰依者の人が経営しているアイスクリーム会社なんやで。夏のとても暑い日、ババは帰依者たちを引き連れてそのアイスクリーム工場に行き、工場の冷凍室でバジャンをされたことがあったで。それでババはバジャンの後、工場からのプレゼントのアイスクリームを帰依者の人たちと一緒に食べられたんやけど、君たちこんなものを美味しいと言って食べてるんか。僕はこのような食べ物を好きじゃないな。とか言われていたんや。
ヨシオ:ポニョは食べ物の話はよく覚えていているんやな。さすがや。
ポニョ:おいらも、その工場の冷凍室の中でバジャンをしてただのアイスクリームを食べたかったんや。でも、ババがアイスクリームが嫌いって聞いてショックやったな。
ヨシオ:ババは子供達がそのアイスクリームを食べている時に、君たち神さんってアイスクリームのようなものなんだよ。だって、神さんのハートはその君たちが今食べているアイスクリームのように真っ白でピュアーで、とても綺麗なんだよ。それから、そのアイスクリームの会社の名前のようにいつもジョイしてるんだ。と言われて子供達の心に直接優しい言葉で霊性の話をされたんや。
ポニョ:子供達がアイスクリームを食べるのを見ながら、そしてよだれを流しながら言われたんやろな。
ヨシオ:ババはアイスクリームが好きじゃないって言ったのは誰やねん。何でも自分の欲望に照らし合わせて話すなよ。このように、ババはいろんな機会を捉えて霊性の事について大人だけではなく、子供達にも話されるんや。ある小1の子にも、僕の手の中には何があるか知ってる?と聞かれて手のひらを広げて見せられたんや。そして、その子が何にも無いよ。と言うと、突然砂糖菓子を物質化されてあげたんや。ほら、神さんの手の中には何でもあるんだよ。と言われたんや。その子は目の前で初めて奇跡を見たので、自分の目が信じられずババの手を掴んで手の両面を一生懸命チェックしていたんや。
ポニョ:そんな小さい時にババの奇跡が目の前で見れるってすごいカルマを持っているな。
ヨシオ:ディパバリーの話に戻るけど、昔、インドは極地にあって半年間は太陽が昇らない暗闇の世界やったんや。そして白羊宮に太陽が入る4月13日に太陽が顔を出し、天秤座に入る11月15日に太陽は地平線の下に入ったまま次の4月まで出て来ないんや。だから、人々はその日から毎日ランプに灯りを灯すのでディパバリーという祭日が始まったんや。
ディーパヴァリの祝日を科学見地から見れば、太古私達の祖先が極地に住んでいたことにまず注目する必要があります。
極地では一年のうち6ヶ月が暗闇でした。
太陽が十二宮の白羊宮にはいるメハシャンクランティの日(4月13日)に、太陽は現れます。
太陽がてんびん座に入るトウラシャンカランティの日(11月15日)に太陽は沈みます。
その2点を太陽が移動する期間が六ヶ月なのです。
太陽がてんびん座に沈むと、暗黒の半年が始まります。
今日は、カルテイカの月の14日(チャトルダシ)です。
それは新月の日(アマーヴァーシア)です。
この月は、カウムデイと呼ばれています。
極地の人々はその日から灯火に火をともすのが習慣でした。
ランプに灯火をともすことにはそれ以外の意味もありました。
長い間、暗闇の中で過ごす習慣があった彼らは、灯された灯火をニティアジョーティ(永遠の光明)と呼びました。5/11/91
ポニョ:おいらが読んだ本にはラーマ神がラヴァナに勝って勝利を祝う日だと言っておられたで。
ヨシオ:全ての祭日は人々のハートを清め、心の神さんを抱くようにするのが目的やねん。ディパバリーも例外ではない。この祝日をラーマがラヴァナを退治したように、自分の心の中の悪い傾向を退治すれば良いし、太古の人のようにこの日から六ヶ月間毎日灯すランプを二ティアジョーティーと呼んで暗闇を照らす永遠の神の光と思って拝んだらええんや。
ポニョ:でも、なんでそんな極地にインドがあったんやろ。
ヨシオ:いろんな説があるけど、一つの説はババはユガ期の終わりはいつも世界が大洪水で覆われるって言われてるから、ユガ期毎に地軸が傾いていて、その当時インドは極地に位置していたんやろな。しかも、地軸が傾くと極地だったところの氷が全て溶け、新しく極地になったところも温暖な気候になるんやろな。
ポニョ:そういや、シベリアの永久凍土で見つかったマンモスの死体を解剖したら胃から暖かいところでしか生息しないキンポウゲがたくさん出てこたと言っていたな。
ヨシオ:俺たちの住んでいるこの地球は、科学者たちが思っている以上にとても微妙なバランスの上に乗っかっているんや。だから、今人類が我が物顔で地球の支配者のようになって振舞って環境を破壊しているけれど、近いうちにしっぺ返しが来るのは間違いがないんや。今はカリユガの終わりでもなく真ん中ぐらいやけど、地軸が傾く原因は鉱山会社が無分別に強欲に地下資源を収奪しているから、地球のバランスが崩れて傾くってババが講話で行っておられたな。
ポニョ:そういや、サイババさんの帰依者であるベネズエラのマドゥーラ大統領が、アメリカはシェールガスの採掘に水圧破砕法を用いているために地球環境を破壊してるって非難してたな。地下水を汚染したり、地層や断層のバランスを崩すんやて。
http://japanese.ruvr.ru/news/2014_10_23/beikoku-sekiyu-sekai/
ヨシオ:それだけではなく、岩を溶かすために使っている溶剤の成分を秘密にしてるんやてな。
ポニョ:ものすごい毒性の強い、岩をも溶かす溶剤を使っているんや。そして石油の値段をわざとサウジアラビアと共謀して下げているのはベネズエラ潰しの為なんぜよ。汚いやっちゃないつまで経っても、地球のゴミやね彼ら。
ヨシオ:その地球のゴミ君たちが頑張ってくれているおかげで、ババが再びこの地球へ降臨される準備が出来るんや。一見悪いように見えていることでも実は良い事なんや。いずれにしても、どっちに転んでもありがたい話やな。
あなた方一人ひとりの内に愛は存在します。
しかし、あなた方はその愛をこの世的(物質的)な関係に向けています。
あなた方はいまだ、真の愛を味わったことがありません。
神を心の底から愛しなさい。
それが真の愛です。
人々は来ては去りますが、神は来ることも去ることもありません。
神はつねに存在します。
悲しみに巻き込まれたときは、幸せを思いなさい。
確実に幸せを体感できるでしょう。
あなたは愛に満ちています。
実際、あなたの心ハートは愛にあふれています。
しかし、あなたはこの愛が外に溢れ出ることを邪魔しています。
本来、愛には障壁や障害はまったくありません!
絶え間なく、深く神を思い続けなさい。
そうすれば、あなたは、肉体的にも、精神的にも、霊的にも、つねに幸せでいられます。
残念なことに、今日、あなたは数々の欲望のせいで、このような至福の神聖な性質を失っています。
もしこうした欲望を切り離すことができれば、あなたはつねに至福に満たされているでしょう。
たとえば、ここに白い布があります。
白さがこの布の本質です。
しかし、いつも使っていることにより、この布は汚れます。
同じように、あなたの心ハートもつねに純粋で、明るく、至福に満ちています。
しかし、心は欲望によって汚れます。
ですから、愛を培い、心をつねに純粋にしておきなさい。
そうすれば、あなたは人生のいかなる瞬間においても至福に満たされるでしょう。
しかし、あなたは、至福の内なる本質を忘れてしまい、つねに、悩みと不幸に浸っています。14/1/05
他人の誤りについて考えると、あなたにもその人の誤りが生じます。
悪い人と向き合い、敵対すればあなたはその人を負かそうとして、その人より更に悪くなってしまいます。
他人の誤りを指摘することさえ避けなければなりません。
あなたが、他人の誤りを指し示すとき、残りの三本の指は、あなたを指すというではありませんか。
悪い事と、善を切り離すことをヴィバーカヨーガと呼びます。
悪い事や好ましくないこととは、袂を分かつべきなのです。
日本には、京都という街があります。
そこで一人の女性が、汚れた着物の束をきれいな白い風呂敷に包んで通りを歩いていました。
ある人がその包みの中身を尋ねたところ、その女性は、「私は、人にきれいなものだけを見てもらいたいので、こうして汚れた着物を白い風呂敷に包んでいるのです。」と答えました。
他人の欠点を見つけ、他人を物笑いの種にしたり批判することは、決してしてはならないことなのです。STPS2p16
ポニョ:昨日の記事でインドは太古極地にあったという説は一つの説や、って言ってたけど、まだ他の説があるんか?
ヨシオ:俺が知っている説は、主にイギリス人の学者たちによって主張されている説なんやけど、アーリア人がウラル山脈の方から南下して来て、パキスタンを通ってインドに入り、彼ら独特の進んだ文化をインドにもたらしたという説や。因みにアーリアという意味はサンスクリット語で「高貴な」という意味なんや。この説によると、アーリア人たちは高度の霊的な文明を誇り、火を崇めてヴェーダなどを広めていたらしい。だから、ルッドラムの中にもソーマ神がよく出てくるけれど、このソーマというのは元々乾燥したところにしか生えないお茶の一種で覚醒作用があるんや。今もパキスタンに行けばソーマ茶の葉をバザールで売っているんや。でも、この植物はインド原生ではないんや。だから、ヴェーダをもたらしたのは、古代アーリヤ人たちで南インドの土着のタミル人などのドラヴィダ人ではないという説なんや。それに、ラーマヤーナという物語自体が、アーリア人であるラーマがインドに勢力を広げていたドラヴィダ人達を征服する物語ではないかと主張している研究者もいるんや。
ポニョ:でも、ババはラーマーヤナをそんな風に解釈してはいけない。それは間違っていると講話で言ってられたのを読んだ覚えがあるぜよ。
ヨシオ:そうなんや。だから、アーリア人達が南下してインドにヒンドゥー文化を広めたという論説自体は、西側の学者たちによってもたらされたもので、インドの多くの学者は反対しているんや。というのも、これはイギリスのインド植民地支配に都合が良い説なんや。つまりアーリア人たちはヴェーダという聖典を武器にして、ドラヴィダ人が支配するインドにヒンドゥー教をもたらして支配し、その結果インドは北部のアーリア人と南部を支配するドラヴィダ人の二つに分かれているといって、インドを二つに分離して植民地支配をし易くしたんや。それとアーリア人によるヒンドゥー教を使ってのドラヴィダ人の支配からの解放、カースト制度を徹底的に悪く言って叩いて、カースト制度からの解放という論拠をでっち上げてイスラム教やキリスト教や西洋文化がインドに入るのを正当化したんや。
ポニョ:アーリア人達が太古のインド文明をもたらしたって事は、ディパバリーは北の方から来たアーリア人のお祭りであってインド独自のものでは無いということになり、地軸は傾いていないってことになるんと違うんか?
“多くの自然災害は人為的なものなのです。
地震、火山の噴火、戦争、洪水、飢饉や他の災害は厳重な自然の乱れの結果です。
それらの乱れは人の行為の帰結なのです。
人は、未だに人と自然の関係を完全に理解していないのです。”
地球は一つの球です。球を安定な状態にしておくには、バランスをとらねばなりません。
今、限度も無く天然資源を消費し、地球のバランスが崩れば地軸が傾くのです。
ヨシオ:その説にはたくさんの無理があるんや。だいたいからして、他国の文明を支配したりすることはヴェーダの教えに反してるし、もともとアーリア人たちはコーカサスの北の住人と言われているんやけど、そこから極地までは程遠いんや。それにその説が正しいとしたらインドに伝わる太古からの叡智サナザナサラチは、コーカサスの牧羊民からもたらされたもので、インド太古からの叡智では無いって事になるやろ。そうではなく、インドは霊的叡智の宝庫と言われるように、古代から多くの叡智が伝わって来ており、アーリア人達の叡智もそれに花を添えた形になるんと違うかな。と言うかアーリア人達も実はハラッパーという最古の都市を建設した当時からインド文明に関わっているんやろな。ドラヴィダ人を放逐したとかと言っている西側の植民地肯定論の元となっているアーリア人によるインド侵略論は、ババが言われたように根拠が無く、いろんなものの寄せ集めなんや。さっきも言ったけどヴェーダの教えは平和主義そのもので、他国を侵略して拡張を謀る西洋文化とは全く違うんや。モヘンジョダロの高度な都市もアーリア人に侵略されて放棄されたものではなく、サラスワティ川が干上がって地下に潜り地下水脈となってしまったので、仕方なく放棄したんであって、イギリスの学者たちが主張してるアーリア人侵略説には無理があるんや。
ポニョ:そうやったんか。アーリア人による侵略説は、イギリスによる植民地支配肯定論をサポートするためのプロパガンダやったんやな。また騙されていたぜよ。
ヨシオ:だから、極地にいたアーリア人によってヴェーダやディパバリー祭りがもたらされたのではなく、サラスワティー川の流域のハラッパー周辺で、アーリア人やドラヴィダ人によって太古のインド文明は平和的に築かれ守られて来たんや。そして、そこは地軸が傾く前は極地やったんや。それに、昨日も言ったけど、ババはバガヴァッドバヒニという本の中で、ユガ期の終わりはいつも大洪水になるって言われてるから、それは地軸の傾きによる世界規模の大洪水だと説明すると、自然に理解出来るんや。
ポニョ:ノアの箱舟の話も本当やったのかもしれんな。でも、もし傾くとしたらどれくらいの角度で傾くんやろな。
ヨシオ:実は今、ポニョがいるここオーストラリアも、地軸が傾く前は極地やったんや。その証拠に大陸の真ん中が、巨大な氷の塊に押し潰されてへっ込んでいるやろ。大鑽井盆地て言うんやけど、学校で習ったやろ。
ポニョ:いや、その時間はいつも寝てたな。退屈な先生で、一人でずっと話していて、誰にも質問もせず、ベルが鳴ったらすっと消えていなくなる、事なかれサラリーマン先生やったからな。
ヨシオ:ポニョの先生は横に置いといて、大鑽井盆地に乗っかていた氷が溶けてオーストラリアの地下に巨大な真水の地底湖があるんや。その広さは日本より大きくて深さは深いところで七百メートルもあるんや。あるところでは地表から二十メートル程掘れば地底湖の水面にぶち当たるんや。
ポニョ:確か、この話は以前記事にしたよな。アボリジニの聖地になってるって。そしてその地底湖にたどり着いたら目の無い魚がたくさんいたって話をしたよな。
http://blog.goo.ne.jp/saiponics/e/3d8b9781e707e5b4d7bb922813a970dc
ヨシオ:そうやったな。だから、オーストラリアも昔は氷に覆われた極地やったんや。
ポニョ:それが、今では乾燥大陸や。ハエが多いよな。ここんところ少し暑くなってきたら、信じられないぐらいたくさんのハエが顔にまとわりつきよるぜよ。頭からすっぽりかぶる虫除け帽子が無かったら頭が変になるぜよ。
ヨシオ:すぐに慣れるで。お友達やと思っとき。俺はハエのことは詳しいで。
ポニョ:よっぽどハエと良い関係を持っているんやな。これも前世からのもんなんか。
ヨシオ:と言うと、俺の前世は蝿取り紙かなんかやとポニョは言おうとしてるんやろ。
ポニョ:そうか、あんたの前世は蝿取り紙か。思いつけへんかったけど、そうやったかもしれんな。前世でたくさんハエを殺したから、今生でハエをペットとして飼ったり、こんなハエ王国みたいなとこに住んでいるんや。おいらはこの仕事が終わったら、さっさと日本に帰るぜよ。ハエは嫌いなんぜよ。
ヨシオ:まあもうちょっとの辛抱や。砂利洗いもそろそろ終わりやしな。それでさっきの話の続きやけど、俺がこの仕事を始めてしばらくしたら、ババが夢に出て来られたんや。そして、俺と二人で地球のはるか上空から地球を見下ろして、アメリカの西海岸を指差しながらここが新しい赤道になるって言われたんや。
ポニョ:その話は初耳やな。興味があるあるあるぜよ。
ヨシオ:あの〜。あるが二つ多いですが?
ポニョ:また人の上げ足とって喜んでるやろ。もったいつけんと早よ説明しなさい。
ヨシオ:ババによると、新しい赤道はアメリカの西海岸沖を大陸と並行して走り、サハリンの北を抜けてモンゴルに入り、ウランバートルの横を走ってヒマラヤを横切るんや。そしてこの新しい赤道を延長して行くと面白い事が分かったんや。それはインドやねん。そこでは、もし地軸が傾くのが昼の十二時やったとすると、東の空から昇って来た太陽が西に沈む代わりに、中天で突然向きを変えて南の方へ沈む事になるんや。
ポニョ:ヘェ〜なんでそんな事が起こるんや。
ヨシオ:それが起こるのは今の赤道と新しい赤道が交じる周辺だけやねん。他の地域では太陽の位置が急激に変わるんや。例えばシドニーでは夏の太陽が容赦無く照っていたとしたら、突然太陽は北西の方角に向きを変えて沈んで行き地平線の上を這うようにして、一晩中沈まなくなるんや。
ポニョ:それって極地で見られる現象やんか。それじゃシドニーは南極になってしまうんか。
ヨシオ:その通りや。オーストラリアの西海岸でもニュージーランドの南の端よりまだ南に位置するんや。
ポニョ:それってシドニーはすぐに氷に覆われるんか?
ヨシオ:それはない。だって、赤道は南極岬の先をかすめるようにして通るので、南極の氷は瞬く間に溶けて地球は寒冷地が無くなり、温暖な極地でも人が住める惑星になるんや。
ポニョ:あゝ。そういうわけで、昔のインド人は局地に住んでディパバリーを祝ってたんやな。
ヨシオ:そういうことや。因みに北極はモロッコやスペイン周辺になるやろな。
ポニョ:これが本当やったらすごい情報やぜよ。面白い。なんで今まで親友のおいらに隠してたんや。
ヨシオ:別に隠してたわけはない。ポニョが聞いて来なかったからや。それにこんな事は今まで地球の歴史で何度も繰り返して起こっていることなので、別に珍しい事でも何でもないんや。俺たちが学校で教わっていないだけなんや。
ポニョ:学校って何やねん一体。こんな大事な事を教えずに暗記力を試すテストばっかりしてるやんか。
ヨシオ:おかげでポニョのようなええ性格な人が巣立って来てるやんか。
ポニョめちゃ嫌みやね。君。おいらはB層の典型やって言いたいんやろ。
科学者と科学技術者たちは、利己的な興味や名声を追い求め、社会と国家の安全と幸福にはまったく注意を払わず、自然のバランスを崩して社会全般に災害や損害や苦痛を招いています。
人は欲に限度を設けるべきです。
人間の行いが本末転倒しているために、今日、自然災害が起きているのです。
皆さんはグジャラート州で起こった地震による惨害を知っていますね。
何万という人が命を落としました。
このようなことが起こる原因は、人が過度の欲望を心に抱いていることにあります。
神は自らが創造した宇宙の完全なバランスを保っています。
神の創造物の中で、大地と海はバランスが授けられています。
ところが、人間は地球の天然資源を無分別に採取して、石油を採掘しています。
毎日何万トンもの魚介類が海で捕獲されています。
このような天然資源の無差別な収奪が地球のバランスを失わせ、人間の生活を破綻させています。
心の不安定さ(カムパム)から解放されたとき、初めて人は地震(ブーカムパム)に悩まされることがなくなります。SSS Vol.34C3
地球は一つの球です。
球を安定な状態にしておくには、バランスをとらねばなりません。
今、限度も無く天然資源を消費し、バランスが崩されています。21/1/93
私達は、創造物をただの物質とみなして自然界を規制し、多様の構成物に正しいバランスを与える知覚ある機能と本性を無視して創造物を無造作に扱いがちです。
科学者と科学技術者は、利己的な関心と名声を追うことに熱心なあまり、世界の国家の安全と安寧を完全に無視し、自然界のバランスを崩しています。
その結果,さまざまな事故、災害、損失、惨めさが大規模に人々を襲います。
今日不幸にも科学とテクノロジーの進歩の結果、人間らしさは衰え,人々は世界が自分達の楽しみの為にのみあると考えます。
その結果、自然の力は世界を大きな脅威にさらす様になってきました。
世界は単に人間が楽しむために創造されたのではありません。
自然資源を乱費し、人間性を無くしてしまった人間は創造の目的に背いています。
このような人間の行動が原因で、数多くの大自然災害が引き起こされました。
地震・火山爆発・戦争・洪水・飢饉などの災害は、自然界の由々しい混乱の結果です。
これらの混乱はもとをただせば人間の行動が原因です。
人は、人間と自然界とが円満な関係でなくてはならないことを認識していません。
人は自然界の出来事に関して、一種の舞台監督であるといえましょう。
この責任を忘れて人々は権利を主張して争います。
深く熟考するならば、この世界に人間が権利を欲求しうるものなどは何一つないということがわかるはずです。
人間には義務があるのみで、権利はありません。
義務を果たさず権利を主張して争うのは愚かなことです。
世界の混乱と争闘は、全て人間が義務を忘れたことから生じました。
全ての人が自らの義務を果たすなら、世界は平安で繁栄します。22/11/92
人間には創造主の創られたものを享受する自由があります。
しかし、どのようなことをすれば恩恵を受け取れなくなるのか、という識別力を働かせることが必要です。
あらゆるものを享受しても良いという事は、それらを好きなように使って良いと言う訳ではありません。
というのも、自然に対して何をしようとその反作用が必ず伴うからです。
あなたはその結果から逃げることは出来ません。
結果を気にせず、それに直面する覚悟があれば好きにしなさい。
しかし、実際には当初、人は喜んで何でも好き放題しますが、後になってその悪い反作用に苦しみ、嘆くのです。
~それゆえ自然界の領域では、あなたが何をなそうとも遅かれ早かれその結果から逃れることは出来ません。22/5/92
人は自然から数え切れないほどの借りを作り、いろいろな面で自然から恩恵を得て楽しんでいます。
しかし彼はどのような感謝の気持ちを神に捧げているのでしょうか?
彼は、すべてをお与えになっておられる神を忘れ去っています。
それが原因で、人は様々な困難や災難の犠牲になるのです。SSvol21chap19
ポニョ:昨日の記事で一つ分からなかった事は、どうしてインドだけが太陽が方向を変えてゆっくりと地平線に沈んで行くだけで、他の地域は太陽が急に大きく何処かに動いて行ったりするんや。
ヨシオ:、新しい赤道と古い赤道が交差した周辺の地域だけにそういう現象が起こるんや。そして、地球にはそれが二地点にしか起こらないんや。そのうちの一箇所がインドで、もう一箇所が南米の太平洋沖合なんや。
ポニョ:ということは、その二地点だけ地軸が傾いても、あまり大きな影響を受けないって事なんか。
ヨシオ:その通りなんや。以前にも何度もこういう事が起こったって言ったやろ。前に起こった時も、この新旧の赤道が交わった地点にあり、今も赤道下に位置してるインドネシアとガラパゴスの周辺ではあまり大きな影響を受けなかったので、世界でこの二地点にだけ、まだ大トカゲが生息してるんや。あとは、みんなはぼ全滅や。
ポニョ:そう言うたらそうやんかな。その二地点は対極になってるもんな。ということは、今回起こるであろう地軸の傾きによって、インドが大きな影響を受けないと分かっていてババは、プッタパルティにアシュラムを作られたんやろな。
ヨシオ:しかも、デカン高原の真ん中や。そこが安全って知っておられるんや。だから、恵みの水のプロジェクトにしても、新しい病院も、今いろんなところで設立されているサイババスクールも、ほとんどがデカン高原とかブルーマウンテン山脈の周辺に限られているやろ。
ポニョ:そう言うたらそうやな。クリシュナも、この世を離れる前にアルジュナに、将来女子供を連れて私の宮殿に避難しなさいと言われたな。そして、大洪水が来てもその宮殿は大丈夫やったけど、その周りは水の下に沈んだんやったな。
ヨシオ:ババは決して無駄なことは言われないし、されない。生誕地をデカン高原に選べれたのも、いろんなプロジェクトをその周辺でされていることも、全て将来に何が起こるのか知っておられるからなんや。
ポニョ:全てを知っておられるババか。ババは純粋意識であるから、人々の小さい心の動きまでも知っておられるもんな。いろんな人がババの元へきて、まず驚くのがそのババの何でも知っておられるというその偏在的知識やもんな。昔、あまり人が来なかった頃にババに呼ばれてインタビューに行くと、ババがその人の心の中に持っている疑問を全て答えられていたそうやな。
ヨシオ:そうやったな。質問をする必要がなかったって言ってたな。ある帰依者の家ではババのために素晴らしい椅子をデザインして、祭壇の横にいつも置いているんや。それは普通の椅子ではなく、椅子の背もたれの上に幾つもの首を持った神聖な蛇が飾られて、椅子に座られたババを、その蛇の頭で覆い被せるようなデザインになってたんや。そして、その家族がインタビューに呼ばれた時に、一番最初に言われた言葉があんたの礼拝室にある椅子に座るといつも蛇で頭を打つので痛いんやけど。と言われたんや。
ポニョ:その家族は、いつもババがその椅子に座っておられると思ってお祈りをしていたから、実際にババからそういうコメントをもらったら本当に嬉しいやろな。
ヨシオ:ババのそういう何でも知っておられる話を聞いて、ケララ州の運輸課の人がババに、どうしてケララ州では他の州と比べてバスの事故が多いのか教えて欲しいと言って来たことがある。ババはこんな簡単なことが分からんのか?と言ってアドバイスをしたらその日から事故が劇的に減ったんや。
ポニョ:ほう。そんな事があるんやな。それでどんな解決法を伝授されたんや?
ヨシオ:とても簡単や。女性専用席の位置を変えなさい、というアドバイスやったんや。
ポニョ:何で女性専用席の位置を変えたら事故が減るんや。
ヨシオ:ケララ州では、女性専用席は運転席の真後ろやったんや。だからそこに女性がいつも座っているんやけど、バスのドライバーはその女性たちをリアミラーでいつも見ながら運転するので事故が多かったんや。
ポニョ:なんやそれって、おいらみたいな運転手ばっかりなんや。
ヨシオ:ババは、人のモンキーマインドが、このような事故を多発させていたと言われたんや。
ポニョ:危ないよな。脇見運転は。というより後ろ見運転やな。それって余計に危ないやないか。
ヨシオ:ババはこのように全てのことを知っておられるので、別に言葉などで話されなくても、心で思っただけで通じるんや。
ポニョ:マインドリーディングやな。星やんもインタビューでババがテルグ語で話され、星やんが日本語で答えていたな。インタビューの後、そのやり取りを見ていたインド人の人に、あんたはテルグ語が分かるんかすごいな。とテルグ語で言わてれたけれど、星やんはそのインド人が何を言っているのか分からなかったんや。聞き返すと、英語で同じことを言ってくれたんや。それで始めて、ババが自分とテルグ語で話しているって知ったんや。
ヨシオ:ということは、ババは星やんの心を読まれただけではなく、自分が話されたことも星やんの心にダイレクトに伝えられたんやな。ところで星やんはババが言われた言葉を何語で聞き取ったんやろか。
ポニョ:もちろん日本語に聞こえた。と言ってたな。星やんが話し終えると、ババはあっそう。と言われた。と言ってたから。でも、それって昭和天皇の口癖やったな。ババ天皇か。面白い。
ヨシオ:俺と一緒に仕事をしていたイタリア人の人も、ババがイタリア人のグループを呼ばれた時に、あるイタリア人の帰依者とテルグ語で話され、その帰依者はイタリア語で返事をしていたって言ってたな。
ポニョ:おいらには大阪弁で聞こえるように話して欲しかったな。インタビューでは、英語でおいらに話しかけられたからな。ポニョ、元気にしてたんか?朝起きたらな、いつも愛を持って一日を始めるんやで。一日中愛で持って愛を振りまいて過ごすんや。それで、寝る時までそうしたら神さんのところに行けるんやで。とか言ってくれてたら、もっと心にしっくり来たんやけどな。
ヨシオ:もう自分で言うぐらいやから、しっくり来てるやないの。また、こんな話もイタリア人の人から聞いたな。ババはそのイタリア人の手を片手で取ってもう一つの手でパシンと叩かれたんや。多分悪さをしてたんでそれを罰せられたんやろな。するとそのイタリア人もババの手を取って、もう一つの手でパシンと叩き返したんや。
ポニョ:なに〜叩き返すって神さんに何をするんや。
ヨシオ:でもババは、自分の出来の悪い子供を見るようにニコニコされていたんや。
ポニョ:その人は多分しっぺ返しか何かしてババと遊んでいるつもりやったんやろな。ババは実はいろんな方法で罰を与えて、その人のカルマを取られておられるのにな。
ヨシオ:ババはポニョが言ったように、いろんな方法でカルマを取られるな。ある学生もババといた時に、君の脈拍数はいくらぐらいなんや。と聞かれたんや。その学生は時計をしてなかったので、そばにいた学生に時間を計ってもらって脈を取り始めると、ババは86と言われたんや。すると脈をとっていた学生はその通りです。と言って驚いたんや。ババは私は時計がなくても脈を測れるんだよ。と言われたんや。そして、全ての生き物は鼓動が早い方が寿命が短いと言われて、ハートの形の指輪を物質化されて、その学生のシャツをはだけさせて心臓に手をやり、でもお前は私の学生だから大丈夫だよ。と言われたんや。
ポニョ:ハートの形をした指輪って、男がしたらちょっと恥ずかしいけどな。でもそれがその学生のお守りなんやろな。多分心臓が悪いんやなその学生さん。
ヨシオ:ババはその隣にいた学生に、お前はここでは良い子ぶってるが、デリーに帰ればいつもタバコばっかり吸ってるやないか。と言って叱られたんや。
ポニョ:喫煙って一度病みつきになったらなかなかやめられないもんな。でも本当になんでも知ってられるんやな。
ヨシオ:アメリカの帰依者の家族は俺のように農場に住んでいるんやけど、毎週家族でバジャンをしてたら、飼い犬が一緒に歌いたいって吠えるんや。うるさくて仕方がないので、犬を母屋につないで、犬に聞こえないように少し離れた納屋の二階でバジャンをしていたら、またその繋いであったはずの犬が納屋の中まで入ってきて、階段の下で仲間に入れろ。俺も歌いたいって吠えるので、うるさくてバジャンを中断したんや。家族の人たちは、繋いであった犬がどのようにして納屋に入って来たんかな。納屋の扉も閉めてあったのに、と言って訝しがっていたんや。それで多分あの犬はババ様かもしれないね。と冗談を言って皆を笑かしていたんや。しばらくして、インドに行くツアーがあったので合流し、幸運なことにインタビューに呼ばれたんや。ババは近くにいたインド人の夫婦にヒソヒソ話しをしながら、アメリカから来た家族に向かって指をさされていたんや。インタビューが終わり、その家族は一体ババ様が自分たち家族を指差して、何をヒソヒソ話しをされていたのか気になってそのインド人の夫婦に、あの〜先程あなた方と一緒にインタビューに呼ばれた者なんですが、ババ様が僕たちを指さされて何かあなたにヒソヒソ話しをされていましたよね。あの〜差し支えなければ、ババ様があなたに何を言われたのか教えていただけませんか。と言うと、ああ、あの時のことね。ババは、あそこに座ってるアメリカ人の家族は、実は僕のことを犬だと思っているんだ。と言っておられたんですよ。あなた達、神様の事を本当にそんなふうに思っておいでなの?と聞かれたんや。
全宇宙に神聖なエネルギーが充満しています。
この偏在のエネルギーを経験するためには、一定の霊性修行をする必要があります。
その一つは、あなたが何をしようが、何を認知しようが、何を体験しようが、そこに神を見ることです。21/11/95
外に神を探す代わりに、自分に内在する神を実感認識するよう努めなさい。
自分の中で、自分は誰かを探しなさい。
肉体意識は脇へ置いておきなさい。
自分を体と同一視してはなりません。
「私」と「あなた」という問題が起こるのは、自分を体と同一視しているときだけです。
「私」と「あなた」が一つに融合すれば、一体性が生じます。
しかし、不幸なことに、現代の人々は利己的な「私」を忘れられずにいます。
どこを見ても、「私」の原理〔アートマタットワ〕があるのみであり、それはすべてに存在しています。
ひとたび、同一のアートマ〔真我〕がすべての人の体に偏在していることを実感認識すれば、「私」と「あなた」の違いは消え去ります。
ところが、皆さんは体と同一視する事を手放すことができずにいます。
生まれたときから自分を体と同一視することに慣れてしまっているのです。21/3/04
ポニョ:久しぶりの川下りが楽しかったな。おいらがよく行く四万十川でも自然はいっぱいやけど、川沿いに道路があって結構車が多いんや。でも、こっちは、車も見かけ無いし橋も無い。人もいないし騒音も無い。の無い無いずくめやったな。もちろん商店も食堂もコンビニも何にも無かったけどな。自分が自然の一部になったみたいで良かったぜよ。
ヨシオ:ところでしょうもない質問やけど、ポニョらは一台の車で行ったやろ。どのようにして川を下った後、帰って来たんや。ヒッチハイクでもしたんか?あの辺は車もそんなに走ってないやろ。
ポニョ:最初の日は短い距離やったから、二人で一緒に下って自転車で帰って来たんや。二日目以降はA地点から一人が下り始め、もう一人がB地点まで車で行ってC地点まで下るんや。それで、A地点からB地点まで下ってきた人が、車に乗ってC地点に行き、もう一人の人を迎えに行くんや。その次の日は、下るところを入れ替えるんや。
ヨシオ:そうか。頭が賢なかったらすぐに思いつかないないな。そんな事。
ポニョ:車一台で川下りする人達はこれが常識やぜよ。そんな事はどっちでもええんやけど、おいらがちょっと聞きたかったのは、少し前の記事で、二十年以上も前にあんたが瞑想の時にババとハグして一つになる事をイメージするようにしてたら、ババがそれはとても良い方法やって感心されていたやろ。それ以来二十年以上も経っているけど、今はどんな霊性修行をやってるんや?
ヨシオ:全ての人の中にババを見るようにしてるんや。
ポニョ:全ての人の中に神さんを見るって、難しいのんと違うんか。
ヨシオ:最初は難しいけど、だんだん慣れてくるな。もう今では誰を見てもババを見てるような気になるな。全てが神さんだって実感出来るんや。全てが神さんって実感出来るようになると、自分がその人の中にもいるような感覚になるんや。例えばある人がやって来て、その人が車で帰る時にお互いに手を振るやろ。その時に、その車に乗って帰っていく人の目から、俺が手を振っている姿が見えるんや。その人の苦しみや痛みが分かりすぎるくらい分かる時もあるし、また、人と話している時に、その人が嘘を言ったり事実で無いことを言ったりすると、その人の中に居てる自分が、それは嘘やと言ってるんや。だから余り人と接触するのが苦手やな。星やんもこの世に生まれて来て一番辛い事は、他の人のエゴと接触することやって言ってたけど、俺もそんな気持ちやな。
この世のあらゆる人間の姿は、どれも私の反映にすぎません。
私は、あたかも鏡であるかのようなそれらの体の中に、自分自身を見ることができます。
あなたがこの段階に到達することができたとき、初めて皆さんは本当の平安を味わうでしょう。22/11/08
どんな人に対しても、どんなものに対しても、神を見ることが出来ないとき、そこに恐怖が生まれる。
宇宙のあらゆるところに存在する、様々な名前と姿のあるものはすべて五つの元素の組み合わせに過ぎない。
そして五つの元素がどんな形をとっていたとしても、それを支え助けているのは神だ。
そのことに気づきそれを深く信じるならば、恐怖はその足場を失う。
そうなれば恐怖から永遠に解放されるだろう。SGc28
ポニョ:面白いな。どうやってそんな風に感じれるんやろか。ちょっとコツでもあったら教えてくれるか。
ヨシオ:別にコツなんてない。でも、俺たち人間って何か?私って誰か?ということを追求して行けば、自ずと答えは出て来るんや。例えば俺たちはみんな同じ鏡を持っているんや。動物から生まれ変わった時は、その鏡は獣的な欲望などで汚れてよく見えない。でも何度も人として生まれ変わって徳を積んで行くと、その汚れがだんだん無くなってきて、他の人を見ると他の人の鏡も自分の鏡に映るようになる。二つの鏡は同じやから、汚れの程度だけ違うんや。つまり他の人の鏡の汚れが自分の鏡に映るんや。だから、自分の鏡の汚れとすぐ比較出来るんや。それで、その人の鏡がどれくらい汚れているか、どの部分が汚れているか一目瞭然となるんや。でも、その人の鏡の中で自分より綺麗なところは見えないんや。だって、自分の鏡のその部分は汚れているから映らないんや。
ポニョ:それでか。そうやたっんや。人って他人の欠点や悪いとこはよく見えるもんな。ババはそういう観点から見ると、一点の曇りもない鏡を持っておられるから、その人の欠点や短所、偽りや過去のカルマなんかも全てがお見通しなんやろな。だから、ババは人々に正しい霊的なアドバイスもできるし、矯正も出来るんや。神様だけがグル中のグルやな。
平安の境地にある人の性質は、おのずから、波一つない鏡のごとき湖面 のようになります。
貯水槽に水が入っていれば、風の動きによつて、水面にはさざ波が立っているのが見えるでしよう。
水の表面が振動していれば、水に映ったあなたの姿も揺れているはずです。
泥が多く、濁った水に映ったあなたの姿は、はっきりせず、ぼんやりしたものになることでしょう。
透明で波のない水の場合は、そこに映ったあなたの姿は、動くこともなく、はっきりと見えます。
同様に、根本的な真理、すなわちアートマ(真我)の実質は、宇宙万物に遍在しており、唯一にして変わることがありません。
ところが、それが反映された姿は、それを反映する媒体の純枠度と特質によって、アートマが反映される度合いが異なります。
〜 ですから、反映された姿は異なっているように見えても、それらはすべて同じ神聖な原理に由来しているものであるために、基本的には同じものであるということを認織しなければなりません。
このように、神と人間と宇宙は、本質的には同じものなのです。
したがって私たちは、万物の根源である、根本的な真理(ムーラダーラ=サティア)を理解するように努めなければなりません。KSH
ヨシオ:だから、人はポニョが言ったように人の欠点は自然に目に映るけど、人の良いところや長所は見えないんや。だから、俺たちは意識し努力して人の良いところを見つけないといけないんや。 時々俺たちも、この人は自分に無い良いものを持っているなって感じるけど、それを訓練によって意識的に高めて行けば、自然に、もっともっと人の良いところを見れるようになれるんや。そしてそれによって自分の鏡の汚れている部分も消えて行くんや。だからババは人の良いところだけを見なさい。悪いところは無視しなさいって言っておられるんや。
ポニョ:逆に言えば裏社会の連中の悪さを暴露しているブロッガーの人たちがたくさんいるけど、裏社会の連中の悪いところばかり見てるから、だんだん性格が暗くなって来て、他の人のブログを批判したり、だんだんとっつきが悪くなって来ている人たちがいるな。
ヨシオ:俺たちのような能天気なブログを救い様のない馬鹿ブログって批判してた人もいてたな。
ポニョ:でも、晴耕雨読の早雲さんや、世界の裏側のニュースのJapan up risingさん、アセンションのもりさんたちや、もちろんサイ帰依者のすまブログさんやシャクティプラネット、シャーティジョーティさんたちも色々と励まして下さっているな。今回、ブログを再開したって連絡してないけど、大まにの元気丸さんは、人は自分が光の子であるっていうことを忘れているよね。と言われてたな。そして年末の忘年会にも誘われたぜよ。陰謀系のブログでもポジティブな良い人がたくさんいるよな。
ヨシオ:でも、普通の人たちはそういうものを見たり聞いたりすれば悪い影響を受ける。だから俺はポニョに裏社会の連中がやっていることは、見かけは悪いように見えるけど、大きな目で見たら良い事なんやと何度も言っているんや。そのように見ないと、ポニョの綺麗な心の鏡がまた汚れてしまうんや。でも、普通の人はそういう見方をするのは難しいから、あるサイセンターではグローバルエリートの話題を禁止にしたとこもあるんや。
ポニョ:でも、毎日の生活の中で、彼らがおいら達を毒漬けにしようと食品や薬、ワクチンに色々と毒を混ぜてるけど、それらから自分や自分の子供や大事な人を守るのは義務と違うんか。
ヨシオ:その通りや。だから俺はこのブログでポニョがその手の話をし始めた時に反対しなかったんや。でも、神さんは全てを超越してるんや。そういうことを全然知らなくて自分や子供達が裏社会の連中が入れた毒を食べていても、きちんとフードマントラを唱えれば無毒化してくれるし、例え身体に摂り入れたとしてもデトキシックしてくれるんや。
ポニョ:でも、そういう裏社会の陰謀を知って且つ、子供達にフードマントラを唱えれば大丈夫だからと言って毒が入った食品を与えるのは罪と違うか?
ヨシオ:もちろんそうや。ジャイナ教の友達も同じ事を言っていた。彼はもう二度と子供にアルミの入った塩を食べさせないし、フッ素の入った歯磨きを使わないし、GM大豆の入った粉ミルクも飲ませないし、水もフィルターで濾したやつしか飲まない。大豆食品も不妊になるので控えているし、俺たちがアドバイスした事を出来るだけ守って生活をしてるんや。俺もポニョが言ってくれるまでそういう事を知らなかったから、自立して生活している子供達に知らせられなかったんや。子供達は大好きなベジタリアンピザを食べにドミノへよく行っていたんや。ピザハットやドミノで使われているチーズには、たくさんのシリコンが含まれいるんや。その事を知らすと子供達が自分でどのピザにそのチーズが使われているか調べたら、なんといつも食べていたピザにだけ、そのチーズが使われていなかったんや。
ポニョ:それはラッキーやったな。
ヨシオ:一見ラッキーのように見えるけど、実はこの世にはラッキーもアンラッキーも無いんや。全ては神の意思通りに動いているんや。だから、子供達が数あるメニューから一つだけシリコンが入っていないピザを選んだことは必然なんや。
ポニョ:そういうことなんか。神さんはあんたの子供の中にもおられるし、ピザを作って売っている人の中にもおられる。全てはなるべくしてなっているのがこの世の中なんやな。
ヨシオ:俺は昔、コーランを研究していた時期があって、その中の一節ががとても気に入っていたので、バジャンにして日本のサイセンターに送ったことがある。
見えざる秘界の宝の鍵は、神の御手にあるなれば人知るすべもなかりけり
陸と海にあるものは神皆それを知りたもう
神知りたもう事無くて、一葉も落ちる試しなし
暗き地中の種一つ、湿り乾きの違いさえ
神の御文に記されざるはなかりけり
(シルディ サイ ドワラカ マイ プラシャンティ バーシー サーイ ラームの曲で)
ヨシオ:神様は、この世で起こる事や過去や未来の出来事を全て知っておられるんや。地中の種が乾いているか、湿っているか。大きな木に付いているたくさんの木の葉のうち、どの木の葉が一番最初に地面に落ちて来るのかも知っておられるんや。どんなにグロエリの連中が世界を掻き乱して悪さをしようと、それはまるで御釈迦様の手のひらの上を金斗雲に乗って飛んでいる孫悟空のようなものなんや。この世界で起こる全ての事は、神のコントロール下にあるんや。そしてその神様は愛そのもので、俺たちを実の母より千倍も愛してくださっているんや。だから世界に何が起ころうがこの世で何も心配することなんて無いんや。
ポニョ:だからババはいつも幸せでいなさいって言われてるんやな。神の元に行ける第一の条件は、その人が幸せかどうかやもんな。
神を実現する為には、幸せであることが欠かせません。
幸せでいることは、神に至る幾つかの重要な門の一つです。
人が幸せでないことは、単なる一つの欠陥であるに留まらず、それは、あらゆる欠陥の中で最も重大なものです。
幸せでないことは、自己実現への障害です。
人々は世俗的な追求、執着、楽しみなどのために不幸になります。CWSSBJp123
すべての人、すべての生き物は愛の具現です。
あらゆる鳥や動物や昆虫は、人間と同じように幸せを手に入れたいと望んでいます。
それらも人間同様に幸せを味わうのです。
けれども、それらが楽しむ幸せと人間が楽しむ幸せには違いがあります。
鳥や動物や昆虫は、幸せによって有頂天になることもなければ、悲しみによって落胆することもありません。
幸せと悲しみを平静に受け取ります。
しかし、人間は平静さに欠けています。
人間は欲望が満たされると有頂天になり、満たされないと欲求不満に陥ります。
人は幸せを味わうためさまざまな努力をします。
幸せになりたくない人は世界中でほとんどいないでしょう。
しかし、幸せは外から得られるものではないことを理解しなければなりません。
幸せは心ハートの中から生じます。
心が至福の源です。
私たちが楽しむ外側の世界の幸せは単に、内なる幸せの反応、反映、反響でしかありません。
この真理を理解できる人は非常に限られています。
今日、人が体験する外見上の喜びは人工的で一時的です。
心の中から湧き出る幸せのみが永遠のものです。14/1/05
人間として生まれた目的は何でしょう?
それは神の愛を体験することです。
神の愛を受け取った人だけが、世界に変革をもたらすことが出来ます。
現代社会は不安と悲しみに満ちています。
どこを見ても悲しみ以外何もありません。
洪水などの自然災害の多くは、大変な惨状を引き起こします。
これらは神によって引き起こされるものではありません。
人間の苦しみの原因はすべて人間にあります。29/10/09
世俗的な愛は彼の執着する心の反映でしかないために、月日が経つに連れてだんだん冷めてくるものなのです。
しかし神の愛は、絶えることなく不変です。
それは、永遠にして神聖、無私のもですが、誰でもこれを理解できるというわけではありません。
人は自分達の欲望が満たされなければ、この愛を誤解し、神を非難さえします。17/7/97
欲望とむさぼりを戒め、いつも満ち足りていて、神の愛を受け取ることが出来るように努める。
ただ神様を愛しているだけでは足りません。
どうすれば神様から愛されるか。
どうすれば神の恵みを得られるか。
どうすれば神の愛をじかに得られるか。
それを良く理解せねばなりません。
神は自分のものだと言って泣いたり叫んだりしても何もなりません。
おまえは私のものだと言ってもらうように願うべきです。SGc23
ポニョ:昨日の話は面白かったな。もうちょっと聞きたいな。違う例をあげて説明してくれるか?
ヨシオ:そうやな。どんな例が分かりやすいやろか。まあ、平たく言えば神さんは光で、と言っても想像出来ないくらい強烈な明るさで輝いているんや。愛の光や。そして、その光が放射するパワーで宇宙の一つひとつの粒子や原子や分子などを振動させているんや。それがシヴァダンスと言われてるものなんや。そして、それらがお互いくっついたり離れたりして物質を形づくり、この世界が成り立っているんや。人の身体も一緒なんや。人はこの広大な宇宙の雛形なんや。聖書にもそう書いてあるやろ。
ポニョ:神は自らの形に似せて人を創造された、とか書いてあったっけ。
ヨシオ:それで一人ひとりの人間の中にその神さんである愛の光が存在していて、その光の放射パワーが波動となって一つひとつの細胞を振動させて生命を与えているんや。
ポニョ:宇宙と一緒なわけやな。
ヨシオ:その光のパワーがその人を通じて100%出て来たらその人は神そのものなんやけど、残念ながらそうはいかないんや。というのも、人は自分を神から離れたものと思い、その体を自分と思ってしまうんや。
ポニョ:それがエゴと呼ばれるもんやな。
ヨシオ:そのエゴがある限り、人は神の光のパワーをその人の身体を通じて顕現出来ないんや。どうしても、エゴの影響を受けるんや。エゴは光を遮ることが出来る雲みたいな役割をするんや。その雲がどれくらい多くて厚いのかは、人によって違うんや。ある人は80%、またある人は40%の雲量という具合に。
ポニョ:その例は分かり易かったなぁ。つまり、人って雲に覆われた太陽のようなものなんやな。時々雲の切れ目から光が射すように、神様が、こんにちはと言って時々挨拶をされるんや。
ヨシオ:そういう事や。俺たちが毎日の生活でしなければならない事は、人と会ったり接触したりする時に、その人を覆っている雲を見ないことなんや。その雲に隠されている太陽を見なくてはいけないんや。
ポニョ:しかし、人によっては雲が厚すぎて太陽があるなんて感じられない人もいるで。
ヨシオ:でも、その雲自体も実は太陽が無かったら存在してないやろ。
ポニョ:うーん。そうかな。海の水が太陽で熱せられて水蒸気となり、それが上昇して雲になるんやもんな。そう言えばそうや。という事は、その人のエゴも神様である太陽が創造されたってことになるで。
ヨシオ:それが、マーヤー迷妄と呼ばれている力なんや。太陽を覆い隠し人々を神ではなく、肉体を持っている自我だと思わす力なんや。俺たちが空を見る時に、空に浮かんでいる雲に目が行くやろ。その雲のいろいろな形や色、そして雨を降らせたり、突風を巻き起こしたり、ひどい場合には竜巻を作り出して惨事を招かせたりする雲に目が惹きつけられるけど、その後ろでいつもニコニコと笑って光っている太陽を忘れたらいかんのや。
ポニョ:でも、夏の暑い日に陰を作ってくれる雲もあるで。入道雲がもたらす夕立は夏の暑さをしばらくの間忘れさせてくれるし、お百姓さんは梅雨時期に雨が降らなかったら困るから、雲よ雨を降らせたまえ、と言って空を見上げるで。
ヨシオ:全ての人は大なり小なり雲に覆われている。今ポニョが言ったように、人に役立つ雲に覆われないといけないよな。でも、その人に役立つ雲も所詮は雲なんや。太陽を隠す事には違いないんや。だから、太陽を現れさすにはその雲も最終的には取り除かなくてはいけないんや。
ポニョ:つまり、人の社会に災害をもたらす雲から、太陽の周りで、太陽を飾っている雲になり、最後にはその雲自体も取り除けば、君は自分が実は太陽そのものだったんだと悟るんやな。分かり易い例えだったぜよ。今日、おいら、二箇所もトゲが刺さったけど、とげぬきでたトゲを抜いた後は、そのとげぬきも要らんようになることと一緒やな。
ヨシオ:最初、人が動物から生まれ変わった時に、まだたくさんの獣が持っている貪欲さとか、怒り、嫉妬、傲慢、残酷さなどを持って生まれ変わって来ている。でも、それらの獣的性質を何度も人として生まれ変わって徳を積みながら、投げ捨てていかなあかん。そうすれば、神に近づいて行けるんや。人の性質は鈍性、劇性、浄性と三つあって、誰でも動物から生まれ変わった時は鈍性の性質をたくさん持っているけど、浄性の性質である同情や、親切な人にならないかん。でも、これらの浄性の性質も雲と一緒で、太陽を隠す役割をすることには間違い無いんや。だから、最後にはこれらの三つの性質も乗り越えて行かねばならないんや。
ポニョ:ババが浄性の性質を持っていたらダルシャンで大変やろな。あら〜ポニョ君久しぶりやね。いつから来てるんや。あと二週間程したらインタビューに呼んであげるから我慢して待っててね。おお、君か。お母さんの病気は治ったかね。この前あげたヴィブティが無くなたら遠慮せずに言いなさい。また物質化してあげるからね。あれ〜。君は前に言ったように子供は出来なくても良いんだよ。子供を育てるカルマを持っていないからね。何?どうしても子供が欲しいの。それじゃ来年女の子が出来るように取り計らってあげよう。どんな感じの娘が欲しいにのか手紙に書いて後で持っといで。霊界にはたくさん人になって生まれ変わりたいソウルがいるからね。ああそうだ。この前死んだ象のサイギータなんかどうや。ちょっと太めの大きな赤ちゃんになって生まれて来るけど、鼻は高〜い女の子やで。まあ考えておきなさい。とか言ってダルシャンがめちゃくちゃ賑やかになるやろな。
ヨシオ:俺はそんなダルシャンやったら嫌やな。この世に囚われている人だらけで、そこから抜け出されへんやんか。神さんの役割って、この世での人生を快適にするように人々を導くのではなく、この世から抜け出すように導くのが仕事やからな。
ポニョ:それで、全ての人の中に愛の太陽として輝いている神様を見つけて生きて行くんや。
ヨシオ:ババは、君たちは同意しないかもしれないけれど、私の目から見るとこの世は愛しか見えないとおっしゃっていたけど本当にそうなんや。雲を見てたらこの世のいろんな悪い事や、不幸などが見えるけど、その後ろに控えている愛そのものである神さんを見なくてはいけないんや。
ポニョ:全てに愛を見るってとても大変なことやもんな。ババはその人が過去で犯した罪深い行為などを知っておられるので、その人が苦難に遭って嘆いていてもそれは過去のカルマを支払うために必要な事だと分かってられるから、ニコニコされているけれど、おいら達はそう言うのが見えず、いま起こっている惨事を見て心を動かしてしまうから、神のような超然たる態度を取れなくなってしまう。
ヨシオ:逆に、目の前で繰り広げられているいろんな不幸や惨事で苦しんでいる人たちを見ているのに、神さながらの超然たる態度を取らなければいけないと、彼らは今、過去生で犯したとてもひどいカルマを支払っているから良い事なのだ。ワッハッハと言ってのんびりとテレビを見ながら我関せずの態度を取るのは利己主義やしな。
ポニョ:その辺のところが難しいところや。
ヨシオ:詰まるところは、ババがいつも言われているように、全てを愛し、全てに奉仕することが一人ひとりに求められているんや。災難を受けた被害者が金持ちだったら奉仕をしないとか、ネットを撹乱する工作員だから冷たく扱うとかしないやろ。奉仕をする時にいちいち奉仕をされる人が、奉仕をされるに値するかどうか吟味してから奉仕をしない。惨事を受けて被害に遭われたり、食べ物が無くてお腹を空かせている人には、その人たちの過去生のカルマがどうであれ、自分たちの出来る範囲で助けるのが当たり前や。
私には自分に直属する三つの部門があります。
それは、愛、無私の奉仕、霊性修行、という三部門です。
誰であれ、私を愛する者を私も愛します。
私への愛だけで十分です。
その人の性質や資格を調べたりはしません。
また、誰であれ、私は何の見返りも求めずに奉仕する者の世話をします。
最後に誰であれ、いつであれ、霊性修行の道を行く者は私の保護下に置きます。
私はその人の世話をします。
これら三つ以外の部門は私の大臣達がそれぞれの役割に応じて人々の面倒を見ています。ND
知性と共にまた、人格も磨かなければなりません。
なぜなら知性だけを用いて社会に奉仕することは出来ないからです。
他の人の苦しみを和らげるために、自分の楽しみをも犠牲にできることが、良い人格をつくる上でとても重要だからです。SSSVol10p49
ポニョ:はい。皆さんお待たせしました。ここに並んでくださいね。今から炊き出しをします。オクラがたっぷりと入っている美味しいカレーですよ。その前にここにおられるサイキックの人にあなたの過去生をチェックしてもらいます。もし過去に犯した罪を返す為にあなたが二三日、食事にありつけないということが判明しましたら、残念ですが今回ご奉仕出来ませんので立ち去ってくださいね。
ヨシオ:それはひどいよな。何か勘違いしとるな、そんな事をする人がいてたら。神さながらの超然たる態度って何を見ても聞いても、至福でいることなんや。でも、それと目の前で不幸にあっている人たちを支援しない事と関係ないんや。それよりも全ての行為を神に捧げて、その行為をしたっていう事を忘れる事が大切なんや。良いことも悪いことも含めて。そうすれば良いカルマも悪いカルマも作らないやろ。良いカルマも結局は人をこの世に縛ることになってしまうんや。そういう良いカルマをたくさん作り、この世界で慈善事業家とか呼ばれている人は天国に行けるけど、そこで、ああ俺はこんな良いことをした。あんな良いこともしたな。なんて思い返して自己満足し、やがてそういう思いが薄れて来たり、飽きた来たりしたら、またこの世に生まれ変わって来るんや。だから天国の門を叩いてはいけないんや。そのもう一つ上の世界に、もう二度とこの世界に帰って来なくても良いところまで霊的な階段を登りつめないといけないんや。そのレベルにまで昇る方法を教えておられるのがババなんや。
解脱は天国の住人でさえ手の届かぬものなのです。
天国も地獄も行為の結果であり、創られたものであり、それゆえ不滅ではありません。
誕生、成長、衰退、死という条件によって縛られています。
無始の始めから存在し続けたものではありません。
それはつくられたものなのです。
行為以前には、天国も地獄も存在しませんでした。
過去に無かったもの、未来にも無いものは、現在にも無いのです。
それは行為の報いによって、天国か地獄を与えるだけで、不滅の歓喜を与えるわけではないのです。UVc11
皆さんの中には、貧しい人に施しをしたり、儀式に出たり、苦行をしていれば、天国に行ける。と思っている人もいるはずです。
ところがクリシュナは、天国など儚いものだといっています。
「アルジュナよ、天国よりはるかに偉大なものがあるのだ。
儀式や苦行などは、止めた方が良いといっているのでは無い。
むしろそういうことは、君の務めだと言っていい。
ただしどんなことも世界の幸いのために行うのだ。自分のために働くのでは無い。全世界が平和で豊かで幸いであることだけを願って、どんなことも私欲を捨てて行うのだ。
天国に行きたいなどと思ってはいけない。
天国をはるかに超えたもっと高い境地を願うのだ。
天国は、前世で積んだ功徳がある間は続くだろう。
だが功徳が無くなれば、君はまたこの地上に戻ってこなくてはならない。
だから天国のような儚いものを求めてはいけないのだ。
神に近づき、神に親しむのだ。
そして神と一つになれ。
本当に大事なことはそれだけだ。
神の摂理は、天国よりもはるかに偉大なものだ。
行為の本当の意味を知り、正しいものの見方と共に行為をすれば、神そのものを手に入れることが出来るのだ。」SGc32
神聖で淨らかな行為によって得る最高の賜物は、天国です。
死後、天国に行く人の浮世から解放される期間は、他の人に比べて長いのですが、しかし天国にいる期間にも終わりが来ます。
求道者は、天国に行くことを欲するのを止めなければなりません。UVc4
2014年9月6日 発行 初版
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アクアポニックスという魚を使った自然農法をやりながら、千年至福の時代を待ちわびております。