───────────────────────
───────────────────────
この本はタチヨミ版です。
辺りは月夜の裸電球によって蜜柑色に染められ、くぬぎ林のすみずみまで見渡すことができた。ぽっかりと浮かんだ里山のはるか夜空に、一匹の夜鷹がぎゃーよと泣いた。僅かな新芽の香りがする夜風が吹くと、周囲に霧のカーテンがかかり始めた。先ほどまで満々と湛えていた月も、既におぼろとなる。林の西のはてでぎゃーよと泣いた。
熊笹を掻き分けてざさーざっざっと何かくる。ざさーざっざっと暫く続く。まだ見えない。辺りは霧で霞んでいるせいか。獣なのか人なのか。漸くその音は近づいた。人肉の腐敗臭が漂いはじめた。どうやら人のようだ。ぼろをまとっていて汚らしく布が垂れ下がっている。その肩に泥で塗られたような大きな袋を背負っている。どうやら後に従う獣が三匹付いてくるようだ。犬が二匹に猫が一匹か。その者はとても重そうに前のめりになって一歩一歩足元を固めながら進む。獣たちは揚々と跳ねている。いや待て、まだ一匹いる。ふわふわ浮いてしんがりに続く。鳥にしては大きすぎる。手足が付いている。
一隊は千年祟と呼ばれる巨大なくぬぎの下で立ち止まった。するとふわふわと舞う獣が、その一隊の前に進み出てシーッと冷気をその口から噴霧した。ここは駄目だと判断したのか、なだらかな斜面を右に下った。今度はミズナラのところまでやってきた。誰も異を唱えるものがいなかったのだろう、その者は担いでいた物をどさりと下ろした。
初春というのに鳥肌がたつ。一隊は輪になり穴を掘り出した。その手と足でざりっざりっと夜空に響く。どうやらスコップなどというしゃれたものはないようだ。その手と足でざりっざりっと延々と掘り続ける。何時間そうしていたのだろう。既に東の空は明らんできた。やっと満足いく深さに達したのだろう、その者は大きな袋を引きずり寄せた。その口紐を解き、底をつかんでひっくり返した。中から出てきたものは穴の底に落ちてドサリッと、まだ柔らかい音がした。袋の口からぬめぬめとした柔らかい液体が滴り落ちた。鉄錆を帯びたようなその臭いは、まさしく血である。まだ生暖かく凝固していない。
皆で土をかけて埋めていると、今まさに東の空に陽が昇ろうとしていた。皆に陽が降り注ぎその顔も見えた。その者こそ幽霊人マーヤである。顔や手足には肉が半分くらいしか付いておらず所々骨が剥き出しになっていた。左の眼球は白内障で濁り、少々飛び出して瞬きのひとつもしなかった。穴だらけで垂れ下がったジーンズは土色に染まり、襟のついたシャツは垢で艶があった。その横に犬が二匹いた。マーヤはラブラドールレトリバーを露帝夢と呼び、小柄な甲州犬をペリと呼んだ。その後ろにシャムと白毛のハーフ猫がいた。大柄でしなやかな体を優雅に操る。倭王と呼んだ。奴らは生前マーヤが可愛がっていたが、あの世に渡らずここに憑いて来たのだ。まだいた。マーヤの頭上にふわふわと浮かぶものは、赤ん坊くらいの大きさで背中に小さな羽根がついており、それをぱたぱたと煽るだけで舞っていた。天呼ちゃんと呼ばれていたから生き物には違いない。奴らが行くところには決まって狐のように憑いてきた。それが何故なのか奴らにもさっぱりだった。ペリは見張っていると言い、露帝夢は見守っていると言い、倭王は幽霊人に憑く幽霊だと言ったが、マーヤは五月蝿い奴だと呼んでいた。天呼ちゃんの体は光を通してしまい中身がみんな見えたが、ただ透明で何もなかった。
「ペリ、あれを持ってこい」
マーヤがそう言うと、ペリは一目散に朝靄に煙る獣路を小屋に走った。奴らはいっせいに土をかぶせた。暫くしてそれが終わるとその上に土を盛った。円墳のようだ。墓か。ちょうどそこにペリがコナラの苗木の入った包みと、手作りの小さな卒塔婆をくわえて帰ってきた。
「よしっ」
マーヤはペリの頭をひとつ撫でた。すると、露帝夢が吠え倭王が鳴いてやきもちを焼いた。コナラの苗木を土盛に植え、白っぽい長靴を履いた右足で踏みかためた。その後ろに卒塔婆を刺し、その苗木を支えるために山葡萄の蔓で縛った。そして、彼は両の腕を広げ大空を仰いで叫んだ。
「血と涙を吸い、肉と骨を食らい、宙に向かってでっかくなれー」
犬どもは空に向かって吠え続け、猫は這いつくばって地面に向かって鳴き続けた。
卒塔婆には無意味な文字が連ねられていた。安満山罪人餡巻姉とある。そうか、あの安満山に隠れていたアン巻か。遂に殺されたか。マーヤの大鎌、名刀鎌いたちで。極悪人の最後である。奴は組織の準構成員で、十三の時に初めて人を殺めたという。その後、何人殺したのか自分でも勘定できないという。殺人方法は血圧操作剤による薬物混入である。体内に注入された者は循環器系の事故か心筋梗塞によって、この世の最後を迎えねばならなかった。人をいたぶりパシリに悪さをさせて、自分はその罪を免れていた。いちおう女ではあったが自分のことを「おりゃあ、おっかないぞお」と言って憚らなかった。法曹局も手を拱いてばかりいなかったが、前科八犯は軽微な犯罪歴であった。捕まるたびに殺人罪に問われたが、物的証拠に乏しく遂に死刑に処すことはできなかった。マーヤが眼を衝けたら物的証拠など必要ない。狙われたら最後、おのれの胴体から首を剃り獲られ、即座に心筋が停止されるのである。そして、今しがた見つけられ死刑に処されたのだ。その罪名はマーヤの母、塚子の血圧操作剤による薬物混入殺人。マーヤの父、栗太郎と双子の兄ヒーヤ(火矢)の同薬物による殺人未遂。その弟マーヤ(魔矢)の土砂生き埋め殺人である。
あれは2003年十二月三十日の夜七時だった。いきなり塚子がこたつでテレビを観ている皆に向かって叫んだ。
「オレは死ぬぞ」
皆、唖然とした。確かに彼女は、近頃めまいを起こし四回意識が遠のく出来事があった。
「人間、そう簡単には死ねないよ」
ヒーヤが諭した。
「お母ちゃん、何故そんなことを言うだえ」
マーヤが尋ねた。
「このあいだ死んだタミさんだって、ありゃあ殺されたんだ」
「タミさんは事故死って新聞に載ってたぞ」
栗太郎がテレビを観ながら答えた。
「違う。そうじゃあにゃあだあ」
「じゃあ、それは何故だ」
しかし、マーヤが執拗にその理由を問うたが塚子はそれ以上は口を固く閉ざした。みんなは自然にテレビに吸い込まれ、そのことはすっかり忘れてしまった。彼女はこれから起こるであろう何かを感じていたのかもしれない。
翌朝、餅つきの米を炊いていて塚子は土間で倒れた。すぐ意識は取り戻したものの失禁していた。三時間ほど布団で暖め、昼食後に係り付けの病院に連れていった。血圧が高めのため食事と生活に気をつけよということだった。
その夜、塚子は茶箪笥から奇妙な薬を大きな茶色の瓶から摘み出して飲もうとしていた。病院の薬ではない。ちょうど、そこにヒーヤが通りかかった。
「そりゃー何だい」
「アメから買わされた薬だよ。これを飲むと元気になるだい。足腰がしゃんっと立つ」
アメとは飴代のニックネームで、彼らの遠い親戚であった。近くに住んでいたので時々遊びにやってくる。ヒーヤは母親からそれを受け取り説明書を読んだ。
「リタリンだよ。これ、やばいよ。脱法ドラックだよ。覚せい剤みたいな薬だよ」
彼女は目を丸くした。
「なんでそんな物をアメはオレに売りつけたんだ。リキリコっていうドリンクもよくくれるぞ。昨日まで毎日飲んでた」
「やめなっ、やめなっ。そんな麻薬みたいなもん。これはアメに返す。金も返してもらう」
翌日、早速ヒーヤはアメにそれを返しに行った。しかし、もう開封したからと返金はかなわなかった。大晦日と正月の茶番劇だと言ってマーヤは一笑に付したが、彼こそ脳天気な傍観者だったのである。
一月十日夜七時、皆がニュースに集中していると、塚子はぽつんと言った。それはいきなりである。前後の脈絡もない。
「なんで家は悪い奴らにやられるずらあなあ」
皆、ニュースに聞き入っていたので取り合わなかった。しかし、脳裏の潜在意識に疑問符が打たれた。その四年後、マーヤは地団駄を踏んで悔しがった。
「あの時、何を言いたかったんだ。聞いておけばよかったあ」
一月十三日午後一時半、塚子は外のトイレに行こうとして庭のカエデの下で倒れた。前回倒れた時はすぐ意識が戻ったが、この時はもう二度と意識は戻らなかった。救急車で運ばれる途中、係り付けの与太内科病院に寄って医師に彼女の最近の健康状態について救命士が尋ねた。医師は何も分からないとしか答えなかった。いいかげんな藪医者だったのか、それとも何か訳でもあったのか、無責任な医者であったことは確かだ。救急車はサイレンを鳴らしながら市民病院に向かった。市民病院特療室に緊急入院。このときの血圧二百、昏倒時に大小の失禁あり。カテーテルにより動脈に頭部血管撮影用の像映剤注入の承認書に署名。ヒーヤと栗太郎は病院に残り、マーヤは家に戻って洗面用具や寝巻き、身の周りの必需品を用意していた。そこに誰かがやって来た。
「マーヤさん、おばあちゃん、くも膜下出血だって。最後になるかもしれないから、早く病院に行って」
アメだった。
「おう、分かった。すぐ行く」
マーヤは足が地に着かなかった。母方の叔母もそれで死んだのだった。
病院に着くと家族三人は主治医山崎ドクターの診察室に呼ばれた。どの治療にするか家族に決定してほしいということだった。明朝九時までに決めてほしいとのことだ。
一つ目は動脈瘤をクリップで止める手術であった。この治療が一般的であったが、手術には五時間かかり、塚子は高齢で普段運動もしなかったので体力も弱く、糖尿病で肝臓や胆臓、腎臓が障害を併発していたので、とてもこの手術には耐えることは出来ないだろうということだった。
二つ目は血管内にカテーテルを挿入し、動脈瘤内部にコイルを取り付け出血を止める三時間に及ぶ手術である。成功率は七十五パーセントと高いが、彼女はもともと血管が弱くカテーテルで血管を破る危険性があった。さらに、出血は頭部全体に広がっていた。
三つ目は薬物治療で血圧と出血をコントロールし、手術せずにこのまま見守る方法である。この生存率は二十パーセントに過ぎず、初期二週間が特に危険であるが三ヶ月経過すれば成功であると言われた。
彼らは夜通し話しあった。ヒーヤとマーヤは二つ目の方法、栗太郎は三つ目の方法を主張したが、結局この三つの方法は取らなかった。二週間様子を診て、体力が回復したら二つ目の手術をしてもらうというものだった。ドクターは承知したが、面倒臭そうに印をもらうため手術承認書を栗太郎に手渡した。
「わりいねえ、我がままを言っちゃって」
「いえ、ご家族のお気持はよーく分かります」
父親がちょこんと頭を下げるとドクターは謙虚に答えたが、どうなっても知らないぞという顔は隠すことはできなかった。
倒れて三日目、塚子は自分の舌が喉をふさぎ呼吸がしにくくなったため、挿管チューブを喉に入れた。
「先生、母は植物状態なんでしょうか。目も開けないし口もきけない」
マーヤが疲れた表情でドクターに尋ねた。
「安心してください。植物人間ではありませんよ。ちゃんと自分で心臓を動かし、ちゃんと自分で呼吸をしていますよ」
「頭も働いているんでしょうか」
「はい、ちゃんと働いていますよ」
五日目の朝、ヒーヤが母親の耳元で小声で歌を歌いだした。
「上を向いて歩こお~涙がこぼれないよお~に」
その様子をぼんやりと見つめていたマーヤの左眼から涙が流れた。
七日目の昼過ぎ、アメが見舞いに来て栗太郎にもっときめ細やかに世話をしてやれとこごとを言った。交代にやって来たマーヤはそれを聞いて腹を立てた。
「俺たちは交代で一生懸命やってる。何も知らないくせにふざけたことを言いやがって」
だが、栗太郎は下を向いて何も言わなかった。
十一日目、血圧が二百近く跳ね上がったためペルジミン原液をシリンジポンプを使用し、その注射器型容器でチュウブに注入した。昨日より血管れん縮が始まったと思われる。この治療を始めた頃から看護師たちの目が血走ってきた。容体が悪化したに違いない。
十三日目、午後二時の血圧百三十二の八十、体温三十八度。ペルジミンのせいだろうか、両手のむくみがひどくなってきた。両足のむくみはそんなにひどくないが、大変冷えている。マーヤが看護師に相談すると、よくもんでマッサージをするとよいというので世話に来た時間の許す限りそうしてした。チューブから注入する薬が多いため、それを処理する肝臓、腎臓の機能が低下していると思われる。
十四日目、早朝五時四十分、自宅で寝ていると病院の担当看護師から電話が掛かってきた。
「今から十分前、午前五時半、塚子さんが息を引取りました。至急、こちらに来て下さい」
残された家族三人は慌ただしく身支度をし、お茶だけ飲み車を病院に向けて飛ばした。
病室に着いてカーテンを開けるとベッドの無い病床だけが目に入った。急いでナースセンターに行くと応急処置室を指差した。ドアを開けるとベッドの上に母親が眠っていた。いや、横たえていた。既に息を吸うことをせず、どきどきと鼓動さえ打つことはなかった。母の死姿を下に見る。だが、手を握ってみると未だ体温は体中のどこもが暖かい。人間は運命を変えることは遂に叶わなかった。マーヤは体中から力が抜け、母の死姿の横で突っ立っているのがやっとだった。ヒーヤは涙を流し顔を両手で覆った。栗太郎は口を横に広げ声も涙も出さずに肩を揺さぶっていた。
母親、塚子は一月二十六日、永眠。享年八十一歳。あと六日で八十二歳になるというのに。担当医が来て心停止を確認したのは六時半だった。
マーヤは塚子の未だ暖かなむくんだ手を握り、こう呟いた。
「この現実に、これほど絶対的なものはない。いざ、さらば、さようなら、お母ちゃん。俺もできるだけ一生懸命生きていく。数十年後に再会しよう。俺の躯体には、あんたのDNAが半分も生きているぞ。今までほんとうにありがとう。お母ちゃん、さよなら」
市民病院から葬儀屋の車で塚子の遺体を自宅に連れ帰る途中、フロントグラスより望む富士山はどこかで見た絵葉書のようによく見えた。
「あいつの最後を富士山も見送ってくれらあ」
栗太郎が誰に言うでもなく呟いた。
一月二十七日午後七時より通夜。同時間、門前に小さくて五十年は経っているだろうなと思われる仏壇が捨てられていた。内部に昔の五十円玉が一つ入っていた。薄気味が悪いので地元の交番に引き取ってもらった。この悪戯が何を意味していたのか誰も想像さえ出来なかった。しかし、これこそが極めて不吉な事を暗示していたのである。
それから二年後、八月中旬の台風が通り過ぎた日だった。アメの兄、茶棒が訪ねてきた。
「風がすごかったねえ。大丈夫だったかえ」
「雨戸が外れて吹っ飛ぶかと思っただえ。裏の大杉も根こそぎ倒れやがっただあ」
栗太郎は縁側で彼にお茶を入れた。それから世間話を通りいっぺん交わした。そして、ふとこのような事を切り出した。
「ここの土地は谷あいで畑も狭い。埋めて平らにしたら畑も広くできて作業もしやすいじゃあないかえ」
一瞬、栗太郎はぎょっとしたが直に冷静になった。
「この畑は俺と塚が汗みず流して耕した土地だ。これでいい」
今度は茶棒が向きになった。
「ただで平らにしてくれるって人がいたらどうだえ」
「寝言いうな。何を埋めてただになるだ。そんな奴がいたら御天道様が西から上がってくらあ」
茶棒はにんまりとした。
「まだ名前は言えねえけど、ただで平らにしてくれるって人がいるだえ」
彼はまさかという顔になった。
「この俺に死ねっていうのか」
茶棒は舌打ちした。
「また来るよ。今の話は二つっ子には内緒にね。お邪魔しました」
彼は二度と来るなと言いたかったが声にならなかった。
その夜、彼はお茶を飲みながら茶棒に内緒にしておけと言われた話を打ち明けた。ヒーヤは殊のほか怒ったがマーヤは土地所有者の父が好きなようにすればいいと言った。
「俺も平らになんぞしてほしくねえ」
栗太郎がそう言ったのでヒーヤは火に油を注いだように燃えた。
「それは産廃だ。製紙PS灰ならダンプ一杯で何十万になる。それなら、おとっちゃん、永久に埋められないようにしよう」
マーヤは反対もしなければ賛成もしなかった。
「お前はどう思う」
ヒーヤが迫るとマーヤは猫の頭をなぜながら答えた。
「親父がそうしたいのならそうすればいい」
「それじゃあ、三本杉弁護士の事務所に行ってここは永久に埋めてはならぬと遺言を書いて残してくれ」
ヒーヤのやることは早かった。翌日、栗太郎と二人でそこに行きそれを書いて納めてきた。彼はかねてより判例六法全書を読んでいたので司法に準じた手を打つことに徹していた。それに引き換えマーヤはのんびりしたものであった。ひとがやってくれるだろうと努力を怠っていたのだ。
その翌年三月十日午後五時、町内老人会会長から電話がかかってきた。
「栗さんがね、倒れてね、総合病院に救急車で運ばれたさ。病院に着いたら意識が回復してね、入院する仕度をしてすぐ来てくんにゃあかえ」
栗太郎は老人会の旅行で夜霧レッドランド温泉に日帰りで出かけていた。ふたりは急いで仕度をして出かけた。
「おかあちゃんが死んで今度はおとっちゃんか」
ヒーヤは途方にくれた。マーヤもハンドルに力が入りすぎた。
精密検査の結果、硬膜下出血と判明した。しかし、体力もあり出血した場所が良かったため手術でほぼ治るとのことであった。
「良かったあ、おとっちゃんにはもっと長生きしてもらわなきゃあ困る」
父親思いのヒーヤは安堵した。術後の経過も良く二週間で退院できてしまった。また、三人はのんびりした生活に戻った。
それから半年後、栗太郎にまた異変が起こった。昼食後、こたつにあたっていたが小便をしたくなり外の便所に行った。その帰り、門灯の下で倒れた。皮肉にもそこは塚子が倒れた場所でもあった。意識はすぐ戻ったので脳内の毛細血管が切れたのかもしれない。二人は父親をしばらくそこに横たえ、布団を被せて体温が下がらないようにした。だが、午後に総合病院に連れていってみると、血圧が高くなる原因が解らないというのだ。体はいたって健康だという。二人は顔を見合わせた。
「何かあるぞ」
マーヤは凶暴な表情になった。
「お前は何か知ってるとでもいうのか」
ヒーヤはマーヤに敵意があるかのようにそれを引き出そうとした。
「考えてもみろ。お袋も脳梗塞だ。また親父もだ。なぜだ」
「死因の二番目だ。それだけ循環器系疾病で死ぬ年寄りが多いということだ」
マーヤの眼光がさらに鋭くなった。
「何年か前、お袋は自分で俺は死ぬぞと喚いたことがあった。タミさんも殺されたと言った。アメにリタリンとリキリコを飲まされていた。くも膜下で死んだ。つぎに親父だ。茶棒が親父にただで埋めてやるって言いやがった。そして、それを断った。遺言も残した。温泉に行ったら倒れた。脳梗塞だ。同じだった。お袋と。つまり、原因は同じだということじゃあないのか」
ヒーヤはそれを聞いて「まさか」という顔になった。
「同じだ。リタリンとリキリコだ。探せ」
帰宅すると真っ先に茶箪笥を開けた。しかし、なかった。塚子はここにリタリンを入れてあった。家中のどこにもそれはなかった。
ヒーヤは父親の枕元に座って尋ねた。
「おとっちゃん、アメから何かもらって飲んでるら」
栗太郎はすっかり元気だったが、ヒーヤに無理やりに寝かされていたのだ。
「時々、元気になるっていう、瓶に入った、ジュースみたいなもんを、もらってる」
「それだあ」
マーヤがヒーヤの後ろに被いかぶさるように立っていた。二人は居間に戻って思案にくれた。
タチヨミ版はここまでとなります。
2014年10月5日 発行 初版
bb_B_00129068
bcck: http://bccks.jp/bcck/00129068/info
user: http://bccks.jp/user/128181
format:#002t
Powered by BCCKS
株式会社BCCKS
〒141-0021
東京都品川区上大崎 1-5-5 201
contact@bccks.jp
http://bccks.jp
趣味で書き物をしております。