「文字による文字のための文字のサイト」type.centerが、文字にまつわる小説・随筆など青空文庫に置かれているものを「文字文学」としてまとめました。
久保田 万太郎(くぼた まんたろう、1889年(明治22年)11月7日 - 1963年(昭和38年)5月6日)は、浅草生まれの大正から昭和にかけて活躍した俳人、小説家、劇作家。生粋の江戸っ子として伝統的な江戸言葉を駆使して下町情緒と古典落語を愛し、滅びゆく下町の人情を描いた。俳号は暮雨、傘雨[1]。筆名は千野菊次郎。位階は従三位、勲等は勲一等。
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此頃の発句を作る人ほど、文字に対して敏感を欠いてゐるものも少なからう。
文字に対する敏感——
こゝに一つの句があるとする。
その句の存在は、耳に聞く前に、まづそれが眼に訴へられるものである事を考へなければならない。
その眼にうつたへられる場合、その文字を選ばない事によつて、其の句の持つてゐるものを——感じをハッキリ伝へることの出来ないことが屡々ある。
趣向がよくつてもそれはいゝ句とはいへない。
調子がよくつてもそれはいゝ句とはいへない。
出来上つた一句の、それを纏めてゐる文字が、読む人の眼にどんな感じをあたへるか、果してその句の持つてゐるものをハッキリ伝へてゐるか、そこまで考へなければ本当ではない。
たとへば、此頃の人々がよく使ふ「陽」と云ふ文字である。
誰が使ひはじめたのかは知らない。云ふところの新らしい人たちのうちの誰かゞ、今迄使はれて来た「日」と云ふ文字では、はつきり心もちを現はせないと考へたとき、余儀なくそれは使はれたものであらう。
だが、一度それが人々の眼にふれると、いかにも新らしい発見でゞもあるやうに、我も/\と猫も杓子も「陽」と云ふ字を使ふ。内容にふさはうが、ふさふまいが、そんな事は一向考へずに使ふ。
いふならば、私は、其の最初に「陽」の字を使つた人の心もちさへ疑はれる。
古くから発句といふものゝ季題に用ひられてゐる文字、すべて調子の低い色の薄い、ある陰影を持つた文字ばかり常に並べられる間にあつて、そこに使はれた「陽」と云ふ文字が、どの位あくどく、強く、さうして濁つて居るか分らない。
——蓋し穿きちがひである。
これを翻訳に例をとる。
それは恰も彼の、メエテルリンクの「家の内」を、「内部」と訳し、ヱデキントの「春の目覚め」を「春期発動」と訳し、いゝと思つてゐる手合である。
発句を作る人は誰も発句と云ふものゝ、持つてゐる本質、味はひ、さうした事を、つねに深く考へないではいけない。
もし此の説に首肯出来ないものがあるならば、私はたやすく、その人を文字に対する敏感を欠いてゐるものと断定すると同時に、発句を作るほんたうの資格のないものと断定することが出来る。
底本:「日本の名随筆 別巻88 文字」作品社
1998(平成10)年6月25日第1刷発行
底本の親本:「久保田万太郎全集 第一四巻」中央公論社
1967(昭和42)年6月
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2014年1月2日作成
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2014年11月20日 発行 初版
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