この本はタチヨミ版です。
── なんでもないこの一日だって記念日だ。〈新作読み切り・小説〉
── ひと振りで、世界は変わらないけれど〈新作読み切り・エッセイ〉
── 栄誉の記念運転 しかしそこに人間はいない〈新作読み切り・小説〉
── 羽ばたく「今日」は、きっと記念日。〈新作描きおろし・表紙イラスト〉
なんでもないこの一日だって記念日だ。
〈新作読み切り・小説〉
今日も私は生きていた。
また朝が来て、私の体は液状化することなくさらりと乾いていた。無事だった。
布団の中でもぞもぞと手足を伸ばしてみる。関節が自分でも驚くくらいスムーズに動く。シーツもかけ布団もさっらさら、湿っぽさのかけらもない。
くり返し思う。今日も、私は、生きている!
その事実を噛みしめて気合いを入れて体を起こしたら、いつもだったら隣のベッドで体を丸めているはずのエミがいなかった。
エミは寝起きが悪い。左右対称とはいえ、同じ遺伝子でできてるはずなのになんでなんだって思うくらい、私の数倍寝起きが悪い。そんなエミのはずなのに。
ぬくぬくしい羽毛布団をはいで、裸足のままフローリングの床に降り立った途端、眼球の奥に残っていた眠気が吹き飛んだ。一月末、部屋の中はどこもかしこもしんしんと冷えている。
パジャマのまま、ベッドが二つ並んで狭っ苦しい寝室を出た。間取りとしては3LDKだけど、そんなに広いわけじゃない。寝室を出てすぐのところに、リビングのドアが待ちかまえている。曇りガラス越しに動く影があるのに気づき、私はそっとドアを開けた。
「おめでとー!」
パーンという乾いた音がして、赤や黄色の細い紙テープが飛んできた。
私と色違いの、ユニクロで買った黒いパジャマを着たエミがクラッカーを持っている。でもって、リビングの壁には色とりどりの折り紙で作られた輪飾りがつり下げられていて目が点になった。
「どうどう? びっくりした?」
おまけにエミは、紙で作られた三角帽子──去年の誕生日に私が買ったやつだ──をかぶっていた。パジャマ姿のくせに。
「……これ、どういう風に反応するのが正解なの?」
えへへ、とエミは笑う。双子なのにどうしてこう行動が読めないんだろう、と内心ため息をついた。
「私ね、もっと記念日を大事にしようと思ったんだよ」
パジャマ姿で三角帽子をかぶったままのエミと、ダイニングテーブルで向かい合って朝食をとった。
「これまでの私は記念日を軽視しすぎてた!」
食パンと目玉焼きといういつものメニューを頬ばりつつ、エミはそんな宣言をする。
「あれ、いつ作ったの?」
エミの三角帽子越しに、カラフルな折り紙の輪飾りが見えていた。セロテープでべたべたと壁に貼ってある。
「三日くらい前から、夜中に作ってた」
「夜中? いつも一緒の時間に寝てたじゃん」
「アミが寝てからベッド抜け出してた」
思い返してみると、なんとなく、ここ数日エミが眠たそうだなとは思ってた。夜中によく眠れてないのかなとも。とはいえ、私は眠りが深い方で、一回眠ったら朝まで目が覚めることは滅多にない。腐が発症してからは余計にだ。
タチヨミ版はここまでとなります。
2015年1月27日 発行 第2版
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