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jacket

TM NETWORKのアルバム『QUIT30』を聴いて感じ、考えたことを文章にまとめました。イメージを刺激する音と言葉がぎゅっと詰め込まれた作品です。

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Words for QUIT30

FJK

http://inthecube.exblog.jp/



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 目 次

INTRO

New mix for QUIT30

New songs

CAROL2014 suite

QUIT30 suite

OUTRO

INTRO

 タイトルは『QUIT30』。TM NETWORKのオリジナル・アルバムが二〇一四年一〇月二九日にリリースされました。"QUIT" は終了を意味する言葉、例えばiTunesを閉じるときにクリックする項目であり、"30" は三人がレコード・デビューから積み上げた年数です。
 このアルバムは四つのカテゴリーに分けることができます。二〇一二年のライブから展開されてきた物語につながる組曲「QUIT30」。一九八八年に発表したものをアップグレードした組曲「CAROL2014」。アルバムのために書き下ろしたいくつかの新曲。二〇一二年以降に発表したシングルに収録されている曲を、アルバム用にミックスしたもの。『QUIT30』は新たな音を鳴らし、新たな物語を綴り、僕らに新たな驚きと感動を与えてくれます。
 アルバム『QUIT30』は新曲「Alive」から始まり、一気に加速します。マーティ・フレデリクソンによるミックスで印象が変わった「I am」を経て、組曲「QUIT30」の幕が上がります。組曲は八つのパートから構成されています。組曲のうち前半が終わると、ミディアム・テンポの「STORY」によって世界が切り換わります。
 「あの日あの時いつか何処かで」、「LOUD」、「君がいてよかった」のアルバム・ミックスが続いた後、聴き手は再び組曲「QUIT30」の世界に潜り込みます。物語の輪郭が浮かび上がりそうに思えつつも、霞んではっきりとは捕らえられない。絶えず流動的に展開し、広がり、雰囲気を変えるサウンドを、マーティ・フリードマン、美久月千晴、村石雅行といった歴戦のミュージシャンが構築します。いくつもの謎を残しながら、組曲「QUIT30」が幕を下ろします。その残響を記憶に残して、新たに制作された「Mission to GO」と「If you can」でアルバムの一枚目は終了します。
 二枚目は「Always be there」で始まります。曲とともに詞を小室さんが書いており、大事な人に向けた言葉が印象に残ります。そして、記憶を刺激するメロディが流れ始めます。それは、四つの曲で構成された組曲「CAROL2014」です。二〇一四年の音と声でドレス・アップしたCAROLは、「QUIT30」とどのような関係があるのか。二枚目の最後の曲は「Alive」のリミックスです。キックの音とソフト・シンセのリフを強調したEDMサウンドに彩られて、アルバム『QUIT30』が終わります。

 『QUIT30』ダイジェスト
 • YouTube: http://www.youtube.com/watch?v=ggJogCh1d5g
 • niconico: http://www.nicovideo.jp/watch/1414144400

 二〇一二年。ライブ・イベント「All That LOVE -give&give-」への出演をきっかけにして、TM NETWORKは再び動き始めました。同じ年にシングル「I am」のリリースとライブ「TM NETWORK CONCERT -Incubation Period-」の開催が実現し、翌二〇一三年にはライブ「TM NETWORK FINAL MISSION -START investigation-」を行ないました。
 そして、二〇一四年。新曲を収めたシングル「LOUD」と、過去に発表した曲をリメイクしてまとめたアルバム『DRESS2』がリリースされました。二〇一二年と二〇一三年のライブの演出はいずれも、小室さんが描くストーリーに沿っています。その流れは、二〇一四年春のライブ・ツアー「TM NETWORK 30th 1984~ the beginning of the end」に受け継がれ、アルバム『QUIT30』の発表と同時に幕を開けたライブ・ツアー「TM NETWORK 30th 1984~ QUIT30」にも通じています。この新たなライブ・ツアーは二〇一五年の初頭まで続き、アリーナ規模の会場で行なわれる「TM NETWORK 30th 1984~ QUIT30 HUGE DATA」と題したライブで幕を閉じる予定です。
 観てから聴くか、聴いてから観るか。「TM NETWORK 30th 1984~ QUIT30」が始まる直前、小室さんは言いました。アルバムに込められた意味、歌詞の行間にある物語は、ライブ、そして小室さんが書いた『CAROLの意味』という本によって補完されました。ここに記録したのは、アルバムを聴いたときの第一印象です。いくらかの推測を働かせ、思うままにイメージを解放して『QUIT30』を聴きました。これから、四つの章に分けて、TM NETWORKが生み出す新たな世界、『QUIT30』の世界を覗いてみましょう。

New mix for QUIT30

 TM NETWORKは二〇一二年四月二五日に「I am」、二〇一四年四月二二日に「LOUD」というシングルをリリースしました。シングルの表題曲とカップリング曲がアルバムに収録されています。シングルそのままの音ではなく、音のバランスやボーカルの処理が調整されています。オリジナル・ミックスのときと同じ素材を扱い、強弱のつけ方を変えたり使う音を入れ替えたりしています。原型から大きく離れるリミックスとは異なり、その骨格を残し、輪郭も同じままになっている。立体的なものに対して、違う角度から光を当てている感じですね。同じものでも、光の当たり方が変われば受ける印象が変わる。
 最初に鳴るのは太く重く、芯のあるドラムの音。ベースとギターが引っ張るイントロ、そしてその波に飛び乗るようにコーラスが響きます。心地よいハーモニーに心躍る、そして引き込まれる。「I am」のアルバム・ミックスは、大胆に音を抜き差ししなくても、ここまで印象が変わるのか、という驚きをもたらします。マーティ・フレデリクソンがミックスを手がけています。彼は作曲家、プロデューサー、演奏家、エンジニアなど、いくつもの顔を持ち、Aerosmithを始めとした数々のバンドの楽曲制作に携わっています。
 シンセサイザーの音が後衛に下がる一方で、その他の音がフロントに立って曲の印象を決定づけています。キックやスネアの音が強められており、勢いよく曲を貫くベースの音が体感速度を上げます。テンポはオリジナルと同じなのに、スピード感が違うのが不思議ですね。オープン・カーで風を感じながら走るようなものかもしれません。
 ギターを弾くのはマイク・スミス。彼はラップ・ロックの代表格であるLimp Bizkitに所属していたことがあり、『Results May Vary』の制作に携わりました。彼のギターを意識的に聴くのは「I am」のオリジナル・ミックスが初めてでしたが、とても大きなインパクトがありました。アルバムではギターが一歩も二歩も前に出ており、ギター・ロックの鋭さを備えています。
 TM NETWORKの三人の声は立体的に配置され、それぞれが前に出たり、下がったりします。ウツがリード・ボーカルであり、木根さんと小室さんがコーラスを重ねるというのが基本的な役割ですが、聴いているとその境界線が消えていきます。語尾のはね方や切り方に注視してみると、ボーカル・トラックがオリジナルと異なっているように聞こえます。クラムボンのmitoは「『I am』だけエフェクターの代わりにちょっとANTARES Auto-Tune的なものを使っている」と述べており(『サウンド&レコーディング・マガジン』の二〇一四年一二月号より)、ソフトウェアでボーカルに変化をつけたのでしょう。
 「I am」の歌には、流れるように言葉を生み出すラップの雰囲気が漂いつつも、メロディの輪郭はくっきりと見えます。小室さんがメロディと詞を併せて書くときの特徴ですね。言葉に合わせて譜割は変わり、同じメロディやテンポでも、言葉の違いによって体感速度が変わる。曲の中で速度や印象が変化する「I am」は、アルバム・ミックスによってその特徴が浮き彫りになります。
 「ある日ある時いつか何処かで」はシングル「LOUD」に収録されている曲です。テンポを抑えた柔らかなポップスですが、ソフト・シンセとアコースティック・ギターが混ざり合うサウンドがシャープな印象を与えます。シンセサイザーのリフとボーカルが並走して、曲を前に進めています。アルバム・ミックスでは、アコースティック・ギターが目立つ割合が下がっており、硬くて鋭角的な印象を受けた音は丸みを帯びてマイルドになりました。
 その代わりに、エレクトリック・ギターやリズム・トラックが強調されています。オリジナルよりもひとつひとつの音を太くして、サウンドの密度を高め、厚みを持たせている。オリジナルではミックスの段階でカットされたと思われる、シンセサイザーのリフが聞こえます。このリフをメインにしたリミックスも聴いてみたい。
 二〇一四年春のライブ・ツアー「TM NETWORK 30th 1984~ the beginning of the end」では、幕が下りてエンドロールが表示されている間、「ある日ある時いつか何処かで」が流れていました。出演者やスタッフの名前をスクリーンに表示するエンドロールは、映画では普通であってもライブでは珍しい。曲を聴きながらエンドロールを眺めていると、この曲は何かしらシリアスな映画に合うと思いました。物語の終幕の余韻を感じながら、映画館のスピーカーでゆったりとこの歌に浸る。すぐに席を立つのは惜しくて、スクリーンの上をするすると流れていく文字を目で追いかけ、優しげな旋律にじっと耳を傾ける。
 この曲のもうひとつのポイントは歌のトラックですね。アルバムでは、歌が前に出るようにミックスされています。コーラスは前寄りに配置されていて、木根さんの声がツイン・ボーカルのようにウツと並ぶ場面がある。声の軌跡を感じ取れる瞬間はとても立体的であり、混ざり合うハーモニーとは異なる魅力があります。そして、アウトロで繰り返されるコーラスでは、三人の声がきれいに混ざり合います。シングルではフェイド・アウトして曲が終わりましたが、アルバムでは最後のコーラスをすべて聴くことができます。
 「LOUD」のアルバム・ミックスでは、ピアノに近い音で奏でるシンセサイザーがフィーチャーされています。その音が顕著なのはソロを弾く間奏ですが、音の配置を前後に入れ換えています。オリジナル・ミックスでは後ろで鳴っていた音を前で鳴らしている。さらに、曲の最後ではギターが満たしていたところを、このシンセサイザーで埋めています。こうした違いに着目することで、曲の立体感を楽しむことができます。
 シングルでミックスを担当したのはデイヴ・フォード。小室さんの作品のミックスを十年以上も前から手がけている、ベテランのエンジニアです。一方、アルバムには、デイヴ・ウェイがミックスした音源が収録されています。オリジナルよりも骨太な印象があり、ロックの雰囲気を感じますね。それを強く感じるのが、リズム・セクションです。
 スネアの音が抜けるように調整され、クリアに聞こえます。特に、展開が変わって盛り上がっていく終盤はスネアの音が全体を引っ張っていく。キックとスネアが織り成すリズミカルな展開は、まるでピッチにおける息の合ったパスワークです。スネアが引いてキックだけになると、キックの魅力が何倍にも増して拡散します。スネアが屹立するほどに、キックの厚み重み深みを感じられる。スネアとキック、どちらの音も魅力的だからこそ実現する相乗効果です。
 「君がいてよかった」という曲もアルバムに収録されています。シングル「I am」のカップリングとして収録されました。この曲の特徴は洋楽のようにChorusとVerseで構成されていることだ、と小室さんはインタビューで話していましたね。Chorusから始まり、音とボーカルが並んで走り出し、その勢いを維持したままVerseに駆け込み、走り続ける。イントロの序盤で、ウツの♪One, two♪というカウントが入り、曲を加速させます。アルバムではこのカウント部分にエフェクトをかけて、力強く、前に押し出しています。声のバランスを調整することで、ぐっとアクセルを踏み込み、曲をトップスピードに押し上げる。
 アルバム・ミックスで大きく変わった要素といえば、やはりエレクトリック・ギターの音が加わっていることでしょう。もともとシンセサイザーやベースの太い音によって分厚いサウンドになっていましたが、そこにごつごつしたロックの手触りが加わり、タフになっています。ギターの音は、終盤になると前に躍り出て、鋭いフレーズを差し込んできます。ステージの中央でギタリストがボーカリストに近づき、背中を合わせて演奏しているようなイメージが浮かびますね。
 各曲のアルバム・ミックスを聴いて思ったのは、音のバランスを変えることでロックに寄ったということです。オリジナル・ミックスがシンセサイザーを前に配置していたためか、その対比でアルバム・ミックスではギター、ベース、ドラムといった音が強めに鳴っていると感じます。シングルはダンス・ミュージックとポップスを混ぜた音だとすれば、アルバムの音はダンス・ミュージックとロックのハイブリッドと言えるかもしれません。
 さらに、ボーカル・トラックが前に出るようにミックスされていることも共通していますね。ミックスを依頼するとき、ボーカルやコーラスの処理のイメージだけを伝えて、他はエンジニアに一任していたのかもしれません。TM NETWORKの特徴のひとつは三人で生み出す声のレイヤーです。一九八四年のデビュー・アルバムから重視していた要素ですが、二〇一二年以降は、特に重きを置いています。三人の声からは、色褪せない魅力と同時に、時間をかけて生まれた深みのある魅力を感じることができます。

New songs

 アルバムには組曲「QUIT30」の他に、アルバムのために書き下ろした曲がいくつか収録されています。アルバムの軸である「QUIT30」からは離れ、それぞれの曲が独立した世界を描きます。これらの新曲では、小室さんの曲に加え、木根さんが書いた曲を聴くこともできます。
 「Alive」、「STORY」、「Mission to GO」は、いずれもみっこ(小室みつ子)さんが詞を手がけました。みっこさんとTM NETWORKが組んで制作した曲はどのくらいあるのか、もはや数え切れません。デビュー・アルバム『RAINBOW RAINBOW』に参加してから三十年。TM NETWORKの黎明期から、いくつもの印象的な詞を生み出してきました。TM NETWORKが躍進する原動力となった「SELF CONTROL」や「GET WILD」や、映画の主題歌として多くの人の耳に届いた「BEYOND THE TIME」や「SEVEN DAYS WAR」の詞も彼女が書いています。
 少し離れたところで今起きていることを眺めながら、未来に向けた言葉を連ねる。言葉は抽象的なレベルから、目の前の相手まで自在に行き来します。前を向く明るさとともに、どこか冷めた視点も感じる。みっこさんの詞はJ-POPのシングル曲として役割を充分に果たしながら、多くを語らない単館上映の映画のような空気を漂わせます。みっこさんが作り上げる物語、その断片に僕らは触れ、イメージを膨らませるのです。
 「Alive」では、複雑に絡む世界に生きる人々と、それらを分かつ境界線の存在を描きます。「STORY」では、音楽とともに生きてきた仲間たちの思いを綴り、そしてその思いに寄り添います。「Mission to GO」では宇宙を旅するボイジャーに人々の生きる姿を重ねます。それぞれに物語があり、短編集のようなおもしろさがありますね。ひとつひとつの世界は小さいけれども、その中の物語は大きく広がる可能性を持っている。
 「Alive」はアルバムの冒頭に配置され、先陣を切る役割を果たします。口ずさみやすいメロディと、駆け抜けるような勢いを感じさせるリズム。ストレートな日本のポップスという感じを漂わせつつも、リズムはダンス・ミュージックの要素を含みます。シーケンサーの音が鮮やかに光り、曲を彩ります。J-POPの雛型と言うべきか、一九八〇年代後半から一九九〇年代にかけて成長したユーロ系のポップスかなと思います。端々に漂う哀愁はヨーロッパの香り。なるほど、音の雰囲気や言葉のはめ方は一九八〇年代、すなわちTM NETWORKの最初の十年に近い、と言えなくもない。けれども、響いてくるリズム、駆け巡るシンセサイザーの音は、紛れもなく二〇一〇年代です。
 ふとイメージが浮かびます。二〇一四年四月のアルバム『DRESS2』では、過去に発表した曲がリメイクされました。このとき、タイムマシンに乗って一九八〇年代からやってきたひとりの音楽家は、自分のつくった曲が思いもよらぬ形でドレス・アップする様を目の当たりにします。音楽家はそのまま二〇一四年に留まり、目の前の音に惹かれて、それを使って新たな曲を生み出す。そして二〇一四年の出来事を記憶に刻み、タイムマシンに乗り込んで元の時代に帰る。
 「STORY」は木根さんが書き下ろしたポップスです。TM NETWORKの新曲として木根さんの曲が発表されるのは、二〇〇七年のアルバム『SPEEDWAY』以来ですね。『SPEEDWAY』では半分以上の曲を木根さんが書き下ろしています。木根さんはミディアム・テンポのポップスやスロー・バラードを得意としており、小室さんが書くアップテンポの曲とのコントラストが生まれます。木根さんが書いたメロディをウツが歌い、小室さんがアレンジして曲を完成させる。「キネバラ」と呼ばれるTM NETWORKのバラードは、三十年前と相似した三角形を描いて聴き手に届きます。
 「STORY」の主役は木根さんのメロディです。小室さんのサウンドはいわば助演であり、聴き手がメロディの良さを堪能できるようなサウンドを構築します。テンポが緩やかになるほど、リズムの重要性は増します。曲が重くならないように、軽くならないように。木根さんが書くメロディは柔らかく、時として気持ちを集中させて強く響きます。音は川の中にある石のようなものでしょうか。メロディの流れを止めないように、けれどもさらりと流れていかないように。シンセサイザーとアコースティック・ギターとリズム・トラック。薄く重なり、それぞれが透過して色が混ざり合います。
 「Mission to GO」はシンセサイザーの音が全体をぐいぐい引っ張る曲です。硬く鳴る音と丸みを帯びた音が組み合わさって、ぐるぐるとループして軌跡を描きます。ソフト・シンセの音は、曲面や平面が美しく設計されたプロダクトをイメージさせますね。無機質なのだけれど、触れてみると、その感触は冷たくない。美術館に飾られたアートではなく、生活の中にフィットするデザイン。小室さんは、音を丁寧に重ねて構築することで、ソフト・シンセの音をポップスやロックに混ぜて世に出しています。
 宇宙に浮かぶ星々をとらえた映像に合わせて、この曲を流してみたらどうでしょうか。歌詞と混ざり合い、音が旅を始めるかもしれません。星と星の間を航行する音。みっこさんの言葉を乗せ、音はどこかに向けて飛び続けます。ボイジャーに感情があるとすれば、当初の役割を終えて星々の間を進む今、何を思うのでしょうか。それを人間の営みに重ねると、どのような思いが浮かぶのか。過去に課されたミッションが終わり、飛行体は進むことそのものをミッションとして飛び続けます。未知の世界を進み続け、未知のものに遭遇する。
 アルバムの一枚目を締め括るのは「If you can」という曲です。タイトルに動詞はありません。何をするのか、何ができるのか。歌詞からイメージしてもいいし、自分が思い描く言葉を当てはめてもいい。音を聴きながら、いくつものイメージを解き放ち、それらが広がるのに任せてみましょう。
 詞を書いたのは松井五郎さんです。安全地帯を始めとした多くのポップスの詞を手がけたことで有名ですよね。過去に一度だけ、松井さんはTM NETWORKに詞を提供しています。一九八五年にリリースした「ACCIDENT」という曲です。二〇一四年にはリメイク版がアルバム『DRESS2』に収録され、ライブ・ツアー「TM NETWORK 30th 1984~ the beginning of the end」でも披露されました。このときの「ACCIDENT」の詞との再会がきっかけだったのでしょうか。再び、小室さんの曲に松井さんの詞が乗ります。
 「If you can」の言葉のはめ方を見ると、職人芸というべきか、プロフェッショナルの仕事だと思えますね。メロディにきっちりと乗っているし、言葉のバリエーションやリズムも考えられている。小室さんはラップのような感覚で言葉をはめるし、言葉に合わせて譜割を変えることもある。言葉と曲は一体化して作り込まれます。作詞家は与えられた曲に合わせて言葉を考え、はめていくのが仕事なので、作詞のプロセスは異なって当然ですが。
 アルバムの二枚目の冒頭に収録されているのが「Always be there」です。これは国際連合のプロジェクト「Friend's Whistle」のために二〇一一年に小室さんが書いた曲です。アルバムを聴いたとき、この曲が制作された経緯を知らず、アルバム用の書き下ろしだと捉えていました。そのためら、歌詞や音から抱いたイメージをダイレクトに反映した言葉が出てきました。世界を俯瞰する言葉も、捉え方によってはごく個人的な視点になることもある。そのような発見もありました。
 「Always be there」を最初に聴いたとき、大切な人に向けて書いた手紙を読ませてもらっている気がしました。この曲の詞は小室さんが書いています。口に出すと照れてしまう言葉だけれど、文字にするからと言って美辞麗句がすらすらと出てくるわけではない。気持ちが伝わる言葉が並び、読まれるのを待っています。その言葉の連なりは心を激しく揺さぶるのではなく、そっと揺らします。
 ♪思い出を敬う♪という言葉が記憶に残ります。思いもよらない言葉の組み合わせです。思い出に浸る、思い出を大事にする、思い出にすがる。思い出という言葉は良くも悪くも強く、意識が吸い寄せられ、場合によっては依存する。では、敬うという言葉をつなげるとどうなるでしょうか。少し離れたところから見ている雰囲気があります。その存在を認めながら、そこに取り込まれていない。自分の一部であることを、過去の一部であることを自覚しながら、気持ちを寄せ、肯定します。
 「Always be there」はコーラスから始まり、コンガの音でシンプルにつくられたリズムが柔らかい印象を与えます。オルガンの音は聴き手を包み込むように響き、それでいてどこか冷静さを含んでいる。クールに振る舞いながらも、優しすぎない優しさを感じさせます。曲の終盤でドラムが入ってくると、気持ちはぐっと盛り上がります。言葉が迫ってきて、静かにゆるやかに熱を帯びます。♪思い出を敬う♪という言葉が再び現われ、曲が終わります。
 二枚目の最後には「Alive」のリミックスが収録されています。小室さんが音を選び直し、新たな音を加えてミックスしています。これまで追究してきたEDMの流れを汲むリミックスであり、キックの音が強く迫ってくる。キックがミュートされると、音が戻ってくるのが待ち遠しくて、再び鳴った瞬間の興奮が増幅しますね。さらに、ソフト・シンセの太い音で弾いたリフが四つ打ちに乗ります。このリフがオリジナルよりも前に出てきて、EDMらしさを決定づけており、強烈なインパクトを残します。シンセサイザーの音の魅力をプレゼンテーションしているミックスです。
 EDMというジャンルはもはやひとつに括るのが難しく、何が主流で何が傍流なのか分かりません。いくつかのジャンルに近づき、交わり、時として呑み込んだ結果、流行り言葉のように扱われているのが現在のEDMだと思います。流行はすぐに廃れる。ダンス・ミュージックはいつの時代も徒花として短い命を散らせてきました。その歴史にEDMも名を連ねるのでしょうか。
 ダンス・ミュージックのリズムはポップスに入り込み、もはや不可分の存在になっている。それを考えれば、ソフト・シンセの音もEDMを媒介にしてポップスやロックに移植されているのかもしれません。二〇一〇年あたりから五年ほど、ソフト・シンセの音を軸にした音楽が世界を駆け巡ったことは確かです。版図を広げた帝国が縮小するようにEDMという言葉がローカルなものになったとしても、あちこちに埋め込まれたソフト・シンセの音がこのムーブメントの影響力を示しています。
 EDMに限らず、音楽は混沌に向かっている、あるいはすでに突入しています。ソフト・シンセもハード・シンセも生楽器も同列に扱ってディレクションできる人がおもしろい音を生み出していくのでしょう。

CAROL2014 suite

 短く切り取られたソフト・シンセの音が、あちこちに散りばめられます。その音に導かれていくつもの音がキャンバスを埋め、絵を描いていく。聴き手を異世界に誘うようにギターが鳴ります。女性の声が織り上げるポエトリー・リーディング。組曲「CAROL2014」の幕を上げ、「CAROL」という物語のプロローグを綴る曲「A Day In The Girl's Life」が始まります。
 二〇一四年に新たに録音されたウツの歌は、はっきりとした輪郭を浮かび上がらせ、ひとつひとつの言葉を丁寧につないでいきます。最初のフレーズを聴いたときから、強力な吸引力を感じました。物語の世界に、音の世界に、声の世界に引き込む。ソロ活動や「U_WAVE」というバンドで取り組んだ物語性の強いパフォーマンスが活きているのでしょうか。ウツの歌声は物語を紹介し、聴き手をエスコートします。
 「CAROL」が生み出されたのは一九八八年。前年から行なわれていたライブ・ツアーの途中で、小室さんが「CAROL」の構想を木根さんに話し、二人の間でコンセプトが形づくられていきました。その後、小室さんはロンドンに移住してサウンドトラックの制作を手がけつつ、アルバム『CAROL -A DAY IN A GIRL'S LIFE 1991-』の音づくりに着手しました。
 ウツと木根さんが合流して、歌を入れる。現地のミュージシャンやエンジニアが参加し、録音はAIRスタジオを含むいくつかのスタジオで行なわれました。アルバムは一九八八年一二月にリリースされ、物語を軸にした大規模なライブ・ツアーが催されました。木根さんは物語のディテールを作り込み、ツアーの途中で小説を完成させます。
 物語「CAROL」の核とも言える四つの曲が、組曲「CAROL2014」として新たな姿に生まれ変わりました。ソフト・シンセの音を軸にして、ギターをマーティ・フリードマン、ベースを美久月千晴さん、ドラムを村石雅行さんが担当しています。マーティがTM NETWORKで弾くのは初めてですね。ミックこと美久月さんは二〇〇〇年にリリースされたシングル「MESSAGE」に参加しています。村石さんは二〇〇二年にシングル「CASTLE IN THE CLOUDS」で叩いています。
 オリジナルのアレンジ、二〇一四年のアレンジ、どちらも音の層が美しい。音の種類は異なるものの、それぞれの時代で選ばれた音が重なり、絡み合い、引き立て合います。いくつもの音が張り巡らされ、聴くたびに新たな音に出合うことができます。一九八八年の音と二〇一四年の音を並べて聴いてみるのもいい。歴史を積み重ねたロンドンのスタジオで、その空気とともに録音したのが一九八八年の「CAROL」。対して、二〇一四年の「CAROL」はソフト・シンセの音を軸にしており、日進月歩の速度でアップデートされている音が鳴ります。
 「CAROL」のテーマ曲は二つに分かれています。そのひとつである「Carol (Carol's theme I)」は、ゆったりとした曲調で主人公キャロルの姿を歌います。ピアノとストリングスの音が十七歳の少女であるキャロルの輪郭を浮かび上がらせます。ミックさんのベースがとてもいい雰囲気を出していますね。村石さんのドラムとともに、曲をしっかりと支えている。
 組曲の随所でストリングスの音を聴くことができます。「CAROL2014」のストリングスはソフト・シンセで構築され、控えめにミックスされています。他のシンセサイザーの音が際立っているのは、そのためでしょうか。一九八八年のオリジナルでは、アン・ダドリーが編成したストリングス・オーケストラによる演奏を加え、曲に厚みを持たせています。静謐な雰囲気を演出するときもあれば、駆け抜ける風のように響くときもある。キャロルの前に立ちはだかる巨大な壁にもなる。
 賑わいを見せるストリートを歩き、人の波をかき分けるキャロル。物語はロンドンの一画から始まり、やがて舞台は彼女が住むバースに移り、そこから異世界に導かれます。彼女は異世界からのメッセージを受け取り、それが何を意味するか分からないままに時を過ごします。いくつかの不思議な出来事を見聞きして、気持ちがざわつき、それが頂点に達したとき、彼女は期せずして、けれども自分自身の手で異世界への扉を開きます。
 キャロルが目を覚ましたのは、どこまで広がるか分からない森の中。森の中を歩き回り、自分が何をすべきかを悟り、敵の居城に乗り込む過程で、彼女は三人のキー・パーソンに出会います。キャロルと三人は力を合わせて、音を盗む魔物を打ち破ります。その三人は、キャロルが住む世界、すなわち地球では、「ガボール・スクリーン」という音楽グループとして知られていました。彼らは音を通じて別の世界にメッセージを送っていました。異世界で出会った三人が実はガボール・スクリーンであることを彼女が知るのは、この不思議な冒険が終わった後です。
 組曲の後半は「In The Forest」から始まります。軽快な音を響かせる曲は、森の中を駆けるキャロルを浮かび上がらせます。暗く、魔物に支配されつつある森の中でも、彼女の心は光を放っている。音が盗まれ、希望が奪われかけた世界。この世界のことを何も知らないキャロルは、持ち前の明るさを武器にして前に進みます。ここに住むものに出会い、その惨状を聞かされても、彼女の心に灯る火は消えません。そんな姿に励まされ、生き残ったものたちは音と希望を取り戻すために動き出します。
 二〇一四年のアレンジでは、ミックさんと村石さんによるリズム・セクションが曲を支え、前に押し出しています。音に緩急がつき、心地よい流れを生み出す。歌はリズムに乗り、勢いのあるところと緩やかに流すところを巧みに歌い分けます。メリハリをつけた舞台役者の身体コントロールのようです。ステージで役者たちがアクティブに動き回り、光が駆け巡るシーンが目の前に浮かびます。シリアスな演技の中にもコミカルな動きや表情を見せる一幕です。
 「CAROL2014」では、バンド演奏の中でシンセサイザーの音が際立ちます。それは小室さんと久保こーじさんのプロジェクト「tk-trap」でのアレンジを思い起こさせます。一九九六年に行ったライブを録音して、パッケージとしてリリースしたプロジェクトです。そこでは、当時の音で構築した組曲「CAROL」が披露されました。サックスやパーカッションを含むバンドが演奏し、三人のコーラス隊が英訳された詞を歌っています。多彩な音が交差して、ジャズかファンクかフュージョンか、表情は次々と変わっていきます。
 tk-trapのライブ盤を聴いたとき、全体的に乾いた音で構築されていて、その中でシンセサイザーの音が思いのほか硬くて、違和感を覚えたものです。それは同時に、シンセサイザーはシンセサイザーであって、他の楽器の代替ではないことを初めて意識した体験です。ピアノ、ギター、サックスなどの、特徴や役割が明確な楽器と同じである、と。それから十五年後、EDMを介してソフト・シンセの音を聴くようになると、シンセサイザーは唯一無二の存在だと確信しました。「CAROL2014」に感じる、硬くて乾いたシンセサイザーの音、その源流のひとつをtk-trapに見ることができます。
 組曲は最後の曲、「Carol (Carol's theme II)」を迎えます。最初は静謐な空気を漂わせながら、巨大な敵に立ち向かうキャロルの姿を歌います。突如として音は一転し、炎が立ち上がるかのように、盛り上がりを見せます。マーティ・フリードマンのギターが咆哮します。激しく、輝きを放つマーティのプレイは、この展開を演出するために彼が選ばれたのではないかと思えるほど。シンセサイザーの鋭角的な音がギターと対峙します。戦いの様子を音で描く。
 音の奔流が途絶えると、「In The Forest」の歌詞とメロディが再び姿を見せます。「In The Forest」では跳ねて勢いのあったアレンジですが、「Carol (Carol's theme II)」では、ぐっと柔らかくなっています。戦いが終わり、残された者の傷を癒すかのようです。ずっと空を覆っていた雲が少しずつ晴れ、光が差し込んできます。

QUIT30 suite

 TM NETWORKのアルバム『QUIT30』の表題曲は、二十二分半に渡る組曲です。八つのパートから構成され、各パートは独立した曲として収録されています。前半は三つ、後半は五つのパートから成ります。
 組曲「QUIT30」には「The Beginning Of The End」と題した曲が含まれており、三部作になっています。第一部は組曲の前半に配置され、第二部と第三部は並んで組曲の最後を飾ります。素直に受け取れば、三部作であること、トラック・タイムの長さからして、この曲が組曲の軸になっていると考えられます。この曲名は二〇一四年春のライブ・ツアーのタイトルと同じです。その事実は何かしらの関連を示唆しているのでしょうか。曲名、歌詞、メロディ、サウンドの裏に張り巡らされたミッシング・リンクを探ります。アルバムに仕込まれた情報と自分のイメージによって、アルバムだけでは見えないつながりを、どこまでクリアにすることができるのでしょうか。
 組曲は「Birth」というパートから始まります。何もないところに何かが始まる。それは宇宙の誕生とされるビッグ・バンのようなものでしょうか。静かな雰囲気で音が生まれ、広がり、メロディを形づくっていきます。ソフト・シンセを含むシンセサイザーの音に、三人のミュージシャンがそれぞれの音を重ねます。マーティ・フリードマン、美久月千晴、村石雅行。マーティは曲によってエレクトリック・ギターとアコースティック・ギターを弾き分けます。
 「QUIT30」では、ネットワークの功罪、すなわちネットワークが人間に貢献すること、人間を縛ることを歌います。人と人のつながりであれ、ソーシャル・メディアのようなインターネットによるつながりであれ、その形は一定ではなく、表の姿、裏の姿がある。光と影の関係でもあります。
 ソーシャル・メディアの興亡を思い浮かべます。最初に世界を席巻したのはMySpaceでしたね。日本ではmixiでしょうか。その後、TwitterやYouTubeが勢力を拡大し、それを呑み込むようにFacebookが世界を支配しました。やがて、限定されたサークルでメッセージを交わすLINEが、閉じたネットワークを無数に生み出します。今、帝国と呼ぶにふさわしい版図を持つSNSはあるのでしょうか。未来を予測するには、あまりにも状況は複雑であり、多彩であり、ひとつの尺度で測ることはできない。
 ソーシャル・メディアで情報が交差するほどにリアルな人間関係がクローズ・アップされ、時に両者は対立する存在として扱われます。電子書籍と紙の本がそうだし、アマゾン・ドット・コムと実店舗を構える書店がそうです。ネットは冷たい、リアルは温かい。そんな二元論が幅をきかせることもあります。けれども、ソーシャルとリアルは合わせ鏡のように並び立っています。鏡は互いに映せない姿を映し出しますが、映している対象は同じですよね。ソーシャルであれリアルであれ、ネットワークの中にいる自分の姿が映っているわけで、片方が善で片方が悪ということではありません。いくつもの、いろいろなネットワークの中で多彩な姿を見せる。人間は多面体です。
 「The Beginning Of The End」の第一部では、TM NETWORKには珍しいアプローチが見られます。ギターとシンセサイザーで奏でるフレーズはバグパイプのような雰囲気を醸します。マーティが弾くギターは滑らかに流れ、螺旋を描いて、聴き手をどこか別の国に導きます。バグパイプといえばアイルランドやスコットランドでしょうか。この曲の構成に、もはや歌モノのセオリーはどこにもありません。ループするフレーズは少しずつ姿を変えて、淀みなく流れ、祝祭のような雰囲気を帯びます。空に向かって音を捧げる。土地が変わり、言葉が変わる。地球を巡り、人と人をつなぐネットワークを体現する音。ぐるぐる回る音は、地球のあちこちを巡る。
 TM NETWORKは「QUIT30」のような長大な組曲を制作したことがあります。「MAJOR TURN-ROUND」と題した組曲は、インディー・レーベルからリリースしたアルバム『Major Turn-Round』の収録時間の半分を占め、三部構成になっています。各パートには「First Impression」、「Second Impression」、「Third Impression」という名称が付けられました。アルバム・タイトルのロゴはYesの『Close To The Edge』、表題曲の各パートのタイトルはEmerson, Lake & Palmerの『Brain Salad Surgery』の影響が見受けられ、アルバムのコンセプトや音はPink Floyd、Genesis、Yes、King Crimsonに触発されています。
 組曲の前半は「Mist」と題したパートで終わります。「The Beginning Of The End」のループ・サウンドが生み出したうねりを、霧が呑み込みます。霧の中にいくつもの人間の顔が浮かび、消えます。形のないスクリーン。「Mist」の歌詞はアダムとイヴから始まり、人間の変遷を歌い、最後はすぐそばにいる恋人たちの姿を綴ります。俯瞰から二人だけの世界。 「QUIT30」はマクロの視点からミクロの視点へ、そして可逆的に視点が移動します。
 それは、ぼんやりと光る何か。「Glow」というタイトルは、遠くに見える小さな光を表わすのでしょうか。組曲「QUIT30」の後半が始まります。歌詞に登場するのは海を渡る船乗り。海は陸で生きる人たちをつなぐネットワークでもあります。陸に沿って遠くの地域に人や物を運び、やがて遠くの大陸を目指して海を渡り、人々が交わり、世界が広がり、つながります。船乗りたちは沖で船に揺られながら、はるか遠くの陸に残してきた家族を思います。
 彼女は地球を守る、と歌う「Loop Of The Life」。最初にこの曲を聴いたとき、キャロルの姿を思い浮かべました。地球に送り込まれた生命体、それはイギリスで生を受け、キャロルという名前を与えられる。「CAROL」という物語とは別の、あるいはパラレル・ワールドのように、もうひとつの物語が存在したのかもしれません。異世界に行くキャロル、地球で潜伏者として生きるキャロル。両者の物語は交わるのか、平行するのか。地球を守る、それは映画『アルマゲドン』のような劇的なものではなく、人々が気付かないところで何かと戦うことを意味しているのでしょうか。あるいは、異世界で音を盗む魔物を倒したキャロルのことを指しているのか。物語は交錯して、イメージも交錯します。
 「Loop Of The Life」の音を絡め取りながら「Entrance Of The Earth」というハウス系のインストゥルメンタルが流れます。地球への入口。宇宙船が大気圏を通過し、地球に到達する場面を思い描きます。二〇一二年のライブ「TM NETWORK CONCERT -Incubation Period-」からTM NETWORKが展開している物語では、「地球に潜伏する生命体」という存在が鍵になっています。幾多の潜伏者が地球のさまざまな時代や場所に存在して、文明の進歩に寄与した。天才と呼ばれた人物は潜伏者であり、人類の発展に影響を与えてきた、と。そうした場面がライブ「TM NETWORK FINAL MISSION -START investigation-」で示唆されました。地球への入口。今もなお潜伏者は存在して、さらに新たな潜伏者が生を受けて育っているのかもしれません。ライブ「TM NETWORK 30th 1984~ the beginning of the end」では、生命体を生成する過程を描き、地球に向けて送り出しました。地球への入口。ワブル・ベースの破片が混ざります。紙に滲む水彩絵の具のように、目の前に音が広がります。
 ループするエレクトロニック・サウンドから一転して、スネアの音が新たなパートの始まりを告げます。村石さんの叩くドラムによって躍動感が、ミックさんの弾くベースによって温かみが加わる。「The Beginning Of The End II」のイントロが響くと、それは豊かに実る大地を思わせます。重心があり、しっかりと両足で大地を踏みしめて立つ。身体の軸が定まり、多少のことでは揺らがない頑強さを感じさせる音です。音に乗せて三人の歌声が響きます。三人の声は線で結ばれます。声は重なると同時に、三角形を描く。
 「The Beginning Of The End II」の後を継ぎ、インストゥルメンタルの「The Beginning Of The End III」が演奏されます。三部作を完結させ、同時に組曲「QUIT30」の幕を下ろすパートです。組曲を締めるのにふさわしく、広がりがあり、壮大に響きます。女性の声で紡がれるコーラスが、終幕に向かう曲を盛り上げます。その雰囲気は、Mellotronの音に包まれた記憶を再生します。組曲「MAJOR TURN-ROUND」がライブで披露されたとき、曲の最後を飾ったのがMellotronという楽器です。内蔵されたテープには一九六〇~七〇年代のコーラスやストリングスが吹き込まれており、鍵盤を押すとそれらの音が再生されます。長大な曲に幕を下ろす、ダイナミックな音が印象に残っています。組曲の終わりを目の前にして、さまざまな記憶が再生され、重なり、混ざります。
 組曲「QUIT30」が奏でた音、綴った言葉を記憶から引き出して、再び鳴らし、紡ぎます。この曲が語り、示唆し、黙したものを思い浮かべてみましょう。それは言葉が語り、音が暗示し、空白に浮かび上がります。聴き手の数だけ解釈や思いはあるし、それらは関わり方、アクセスの仕方によっても変わる。聴き手が主体的に関わることで補完され、変化して、新たな像を結ぶ。聴き手のアクションも曲を構成するピースです。本を読むように、絵を描くように音楽を聴く。目を凝らして見ることで浮かび上がるものが、ある。
 インターネットが一般化しつつあった二〇〇〇年、「MAJOR TURN-ROUND」を含むアルバムの曲のいくつかがインターネットで配信されました。当時、音楽データのダウンロードは時間のかかる、非効率なものでした。小室さんは「音楽配信が当たり前の時代が来る」と主張する人のひとりであり、それを実践していました。インターネットを介して、もっと多くの音楽が国境を越えるに違いない、と。
 「QUIT30」を制作した二〇一四年、音楽はデータとしてiTunesやSpotifyを介してネットワークを行き交います。一方で、触れてストックしておけるアナログ盤への回帰が見られたり、ライブやフェスといったリアルタイムの音楽体験が求められたりしています。良くも悪くもネットワークを抜きにして音楽を語ることはできません。大容量のデータのダウンロードもストリーミングも当たり前のものになっています。いくつものソーシャル・メディアが興り、人々がコミュニケーションをコンテンツとして消費します。巨大な存在となり、細分化されて人々に絡みついたネットワーク。それを二〇一四年の視点で語ったのが「QUIT30」なのです。
 バンドの演奏とコーラスがフェイド・アウトしていきます。エンドロールの終わった映画に似て、曲がゆっくりと消えます。音は呑み込まれたのか、どこかに仕舞い込まれたのか。そして、何かが素早く飛び去ったような音が短く鳴り、さまざまなイメージと記憶を呼び起こした組曲「QUIT30」が終わります。からっぽの空白が残され、不思議な静寂が漂います。

OUTRO

 『QUIT30』には二〇一二年からのTM NETWORKの三年間が詰め込まれています。デビュー三十周年をモチーフにしたプロジェクト、その記念碑とも言うべき作品です。小室さんが二〇一二年に想定していたものとは異なるのでしょうが、三年の間、音に向き合い、ストーリーを練り上げ、聴き手を巻き込んできた足跡が刻まれています。
 音楽に限らず、節目の年になるといろいろイベントが増えるものであり、プロモーションにも力が入るものです。もちろん、TM NETWORKのデビュー三十周年も例外ではありませんが、残された二枚のアルバムを振り返ると、同窓会の雰囲気は薄いと思わせてくれます。過去の曲をリプロダクションによって新たな姿に変えた『DRESS2』。馴染みのある曲を大胆なアレンジやサウンドに変えて披露するのはTM NETWORKの常套手段ですが、そのスタイルを節目の年であっても貫きます。ソフト・シンセを中心に据えたサウンドで構築した『QUIT30』。組曲「QUIT30」ではダイナミックな展開で大きな物語を描きます。それは『CAROL -A DAY IN A GIRL'S LIFE 1991-』や『Major Turn-Round』などのストーリーテリングの系譜に連なるものです。
 二〇一五年は「TM NETWORK 30th 1984~ QUIT30 HUGE DATA」に続いて、「TM NETWORK 30th FINAL CONCERT」の開催が予定されています。三十年目の活動を総括するライブであり、二〇一二年に始まった物語に終止符が打たれるものと思われます。ただ、ライブのタイトルだけでは内容を予測することは不可能です。わずかな情報で膨らませたイメージは、会場で大きく裏切られるに違いない。僕らが考え、何かしらの結論に到達したとき、小室さんはすでに先の方を走っており、僕らは慌てて追いかける。
 地上で見上げる星の輝きは、ずっと昔に放たれた光です。いつだって、小室さんは僕らの先を行き、驚かせてくれます。曲を聴き、ライブを観て、少しでも核心に迫るべく追いかけるけれども、物語は先に進み、いつの間にか姿を変える。コミットすればするほど、手の届かない感覚を味わうことになる。これは、偶像視でも畏怖でもない、アーティスティックな距離感です。遠くも近くもない、まるで太陽と地球のような距離感が、二〇一二年以降に発表されたTM NETWORKの作品の特徴だと言えますね。それを『QUIT30』の随所から感じ取ることができます。
 ジャケットに印刷されたアルバム・タイトルのロゴでは、最初の文字「Q」と最後の文字「0」が、電源マークを模したデザインになっています。コンピュータの電源スイッチに刻まれているマークですね。「Q」は電源マークの上下を逆さまにしたもの、「0」は電源マークそのものです。"QUIT" はプログラムを終了することを意味しますが、電源スイッチは終了だけではなく、起動のトリガーにもなります。電源スイッチを押せばコンピュータが立ち上がります。『QUIT30』の中には終了だけでなく起動も示唆されている、と考えることもできます。
 もちろん、プロジェクトは終わらなければならないし、二〇一二年からの三年間をきちんと締め括る必要はあります。けれども、それがオペレーティング・システムの終了だとすれば、いつかまたアップデートして、再び電源スイッチを押して起動することを期待していいのかもしれません。

Words for QUIT30

2015年1月28日 発行 初版

著  者:FJK
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イメージとノンフィクションが混ざり合う文章を書いています。

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